#アルダワ魔法学園
タグの編集
現在は作者のみ編集可能です。
🔒公式タグは編集できません。
|
四季のある世界では、冬と呼ばれる凍える季節が猛威を振るっていた。
防寒具や暖房器具――人々は知恵と技術を以て、今日も様々な暖にて冬に対抗している。
一方、季節の関係ないグリモアベースでは季節感皆無のガションガションが響いていた。
「めーでー、めーでー、めーでー! アルダワ魔法学園で事件だよっ!」
天・リンカが予知を告げるべく走って来たのだ。間違って覚えた季節の知識、師走ダッシュを引きずりながら……。
●
「さむ~い季節に、あったか~い部屋で、つめた~い食べ物を食べる。冬に負けない技術力あればこその贅沢だよねぇ。アルダワ魔法学園でも、そういう楽しみ方をしている人がいっぱいいるみたい。ぼくは食べられないから分からないけど、とってもステキだと思うな!」
予知の前の語りに頷く猟兵もいれば、『何の関係が?』と疑問符を浮かべる猟兵もいる。どちらの反応にせよ、呼びかけに応じてくれた頼もしい仲間達だ。リンカは集ってくれた彼らに向けて前置きの真意を語る。
「つめた~いお菓子の話を出したのはね、事件の重要なキーワードがアイスだからなんだ! 昔、学園で流れていた“消えたアイス職人”っていう噂と繋がりがあるみたいなの!」
最近になって、学園迷宮の一つで隠し通路とその先の領域が発見された。
隠し通路が発見されてからというもの、忘れ去られようとしていた古い噂が脚光を浴び、学生の間で再び囁かれるようになる。
噂の名は、消えたアイス職人。
かつて、氷菓作りに情熱を傾ける【アイスの魔女】と呼ばれた女性達がいたという。
その中の一人が『修行に出る』と迷宮に潜ったきり、待てども待てども帰って来なかった。捜索が行われるも、本人どころか潜ったはずの迷宮も見つからずに長い年月だけが過ぎていったという。
ライバル職人に差をつけようと珍しい材料を欲しがった、だの。アイスの為に災魔の力を利用しようとした、だの。事実か尾ひれか分からない話もくっつけながら、噂は細々と今に語り継がれ、そして――。
「アイスの魔女さんが潜った迷宮こそ、この隠し通路の先なんじゃないか……って。真相を確かめようとする学生さん達が迷宮に向かう姿が見えたよ」
ここまで話を聞いた猟兵達の中で、予知が噂と結びつく。
「そう。ぼくが見た事件の結末は『隠し通路に足を踏み入れて、二度と帰らない学生さん達』。迷宮の仕掛けで命を落としたり、仕掛けを抜けた先で姿を消したり――真相を探して隠し区画に入った人たちが、一人残らずいなくなっちゃう光景なんだ」
●
そして、誰もいなくなる。
不穏な空気に表情を険しくする猟兵達に、リンカは『転送のタイミングは学生達の出発よりも先になる』と教え、彼らの心に余裕を持たせようとした。
「隠し領域の仕掛けについて、予知で分かった事を話すよ。ひとつは“魔法のシャボン玉まみれの部屋”で、もうひとつは“ベルトコンベアの迷路の部屋”っ! 落とし穴とか脅かす仕掛けとかはないけど、微妙~に厄介なんだなぁ、コレが」
なぜならば、数々の迷宮の例に漏れず、隠し領域にも油断ならない仕掛けが施されているのだから。
「シャボン玉は視界が悪くなるくらい出てるし、幻惑の効果があるみたいだから気を付けて。当たったら幻覚が見えたり、気分がおかしくなったりするんだ。対策をしないと、どんどん惑わされて足止めされちゃうかも。でも、速さに自信があるなら勢いで突っ切っちゃう手もアリかな?」
まずは、第一の部屋について。シャボン玉は床から天井まで部屋全体を満たし、回避は不可能。異なる場所に発生源があるのか、止める手立てもない。ただ、四方の壁の随所に扉があり、いずれも次の部屋に繋がっているのが幸いか。“次の部屋の何処に出るか”は、扉にもよるようだが……。
予知から推測された幻覚は『惑わされた者の理想を反映した美しい光景』。気分の変調は『楽しさ、幸福、恍惚、夢見心地』――それらによる戦意喪失。恐ろしさを持たないが故の厄介さが猟兵を阻むだろう。
「次の部屋なんだけど……やたら複雑にベルトコンベアが入り組んでいる割に、行きつく先は一つの大きな扉。出口だけなんだ。まるで、決まった場所に決まった物を運んでるみたい……工場みたいな感じだね!」
第二の部屋には心身に影響する仕掛けは無く、ひたすらに出口を目指して進んでいくだけ。油断や慢心をせずに、という前提のもとに。第一の仕掛け部屋で出口の側に出られる扉を選べたのなら、攻略難易度はぐっと下がるだろう。
問題は、大きな扉――出口の先に在るモノ――だ。
「迷路の先、扉の向こうは予知でも見えなかった。けど、オブリビオンが待ち構えているのは確実。だって、扉を開けた学生さん達は…………」
先に進んだきり、戻ってこなかった。消えたアイス職人の噂のように。
「アイスの魔女さんの噂も気になるけれど、ファーストダンジョンの事もあるし――“もしもの時”に備えて、不安は一つでも失くしておきたいよね。学園のひと達にとっても、ぼく達猟兵にとっても」
大きな戦の予感にざわめく学園の空気を感じて警戒しているのは、グリモア猟兵だけではない。ここに集った猟兵達も、同じ想いを抱いているだろう。
いつかの未来に訪れる、巨大な力渦巻く戦に挑むために。今に蘇った過去を討つ。
「さあ、学生さんが入り込む前に解決しちゃおう! 心置きなく、これからに挑めるように! 今回の事件もご安全にー!!」
迷宮の仕掛け部屋――ベルトコンベア迷路の工場っぽい雰囲気――に引きずられた機械音声を耳に、猟兵達は噂とオブリビオンの潜む隠し領域へと転送されていく。
珠洲
珠洲と申します。よろしくおねがいします。
下記が今回のシナリオの目標となります。
『仕掛けを潜り抜け、ボスの居場所を目指すこと(第一章/第二章)』
『ボスのオブリビオンを倒すこと(第三章)』
仕掛けはいずれも難しいものではありません。勢いだけでも突破可能です。面白い突破方法を思いつきましたら、ぜひプレイングにお書き添えください。
●噂について
必ずしも関わったり調べたりする必要はありませんので、真相にこだわらず、オブリビオン撃破だけを目指しても問題ありません。
第1章 冒険
『しゃぼん玉フェスティバル』
|
POW : 忍耐力で勝負、強引に突き進む。
SPD : スピード勝負、速攻で突き進む。
WIZ : 対策して勝負、慎重に突き進む。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
ベルベナ・ラウンドディー
宇宙バイクを自動運転モードで固定
扉ごとブチ抜いて進めるようにユーベルコード使用
…私はどうあれ機械に任せれば問題ないはず
仮に罠に陥っても進むことそのものを楽しむのです
旅人は目的地に着くことではなく旅そのものを楽しむと、よくいうアレです
●学習能力・気合い・ダッシュ
学習能力で同じ走行ルートは選ばないよう設定
これは過ぎ去る光景を楽しめば何の問題も無いただのツーリングですよ
なので私は駆け抜け13階はネクタイ締めたアルパカに似た薄紅色のクソコラ大作戦で次回作のイカした新生銀河帝国ベルベナ大皇帝のきまぐれラインダンサーからの必殺空中殺法で原価計算ワンナイト辛子明太子おおおおお!たのしいいい!(←気分変調全開
●
疾走を今か今かと待つ宇宙バイクの上で、ベルベナ・ラウンドディーが突入前の最終確認を行っていた。
眼前を塞ぐ鋼鉄の扉の先は、学園迷宮の隠されし領域がひとつ。その第一の仕掛け部屋が、ベルベナを餌食にしようと待ち構えているのだから。
(宇宙バイク、コンディション――オールグリーン。自動運転モード固定、よし。走行ルート指定、同ルートの再走行を禁止に設定……こちらもよし)
ベルベナが確認を終えると、タイミングを見計らったかのように扉がゆっくりと開いていく。
「入り口をブチ抜く手間が省けましたね。内部の扉も同じように出迎えてほしいところですが……まあ、閉ざされていても予定通りにブチ抜けばいいでしょう」
少しずつ広まりゆく隙間からこぼれるのは、シャボン玉と薄っすらと漂う甘い香り。果実のような、花のような、菓子のような……正体不明の甘美な香りに、ベルベナの視界が刹那の楽園に揺れた。
「……私はどうあれ、機械に任せれば問題ないはず」
惑わされる覚悟はできているが、突入前から惑わされては格好がつかない。首を軽く振って正気に戻り、バイクのハンドルに手をかける。
今こそ突入の時。宇宙バイク――ユーベルコード【ゴッドスピードライド】――の真骨頂が発揮される時が来た。
「生体は惑わせても、機械、ましてやユーベルコードまでは惑わせないでしょう!」
唸る宇宙的エンジン音は疾走への歓喜。丁重な出迎えに応えるべく、宇宙バイクは初速から猛スピードでシャボン玉のフェスティバルへと躍り出るッ!
「――ッ……! 幻覚なんて見せなくても、十分綺麗な光景じゃないですか」
突入の衝撃で弾けたシャボン玉を肌に鱗に感じながら、ベルベナは可能な限り周囲を見渡した。
予知で示されていた通り、確かに、部屋を満たすシャボン玉で視界は悪い。しかし、注視すれば部屋の構造が把握出来る程度のものだったようだ。
広い広い部屋の中。シャボン玉は淡いきらめきで空気を染め上げ、床からは宝石と見紛う色とりどりの氷の柱が生えて美しく進路を塞いでいる。四方の壁は色彩豊かな扉で飾られており、付近を走れば、扉にはそれぞれ文字が彫られている事も判明した。高速移動をしている為にじっくり確認する暇はなかったが、“ソーダ”に“チョコ”に“ミルク”――菓子の味(フレーバー)の名が見て取れる。
何故、扉に名が刻まれているのか。理由はベルベナには分からない。否、分かろうとする思考が既に失われていた。
(罠に陥っても進むことそのものを楽しむのです。旅人は目的地に着くことではなく旅そのものを楽しむ、と。よくいうアレですね。ああ、景色はまるで万華鏡のよう……!)
彼の思考は、心は、目の前を流れていく景色に夢中であった。
鮮やかな景色の中を、直進して、旋回して、湾曲して。バイクが駆ける度、ベルベナの身体のあちこちでシャボン玉が弾けて消える。呼吸の度に、空気と溶け合ったシャボン液が体内に入り込む。徐々に、徐々に、奇妙な幻惑がベルベナを蝕んでいたのだから。
「風となった私と宇宙バイクに、障害物など意味はありません。それすらも瞳を楽しませ、過ぎ去るだけの光景――何の問題も無い。これはただのツーリングです。楽しい楽しいツーリングなんですよッ!」
彼が覚悟を完了させ、想定していた事態こそ、まさに現在の気分変調状態だった。
だがしかし。ベルベナの心、愉快適悦。されど、その進撃は疾風の如く。扉の先へ進もうとする意志は決して失われる事はなかったのだ!
「なので私は駆け抜け十三階はネクタイ締めたアルパカに似た薄紅色のクソコラ大作戦で次回作のイカした新生銀河帝国ベルベナ大皇帝のきまぐれラインダンサーからの必殺空中殺法で原価計算ワンナイト辛子明太子おおおおお!! たのしいいい!!」
アクセル全開。スピード全開。ハッピーもアレもコレもなんかもう……全開ッ!!
『イャッホーイ!!』とハジけた一声を部屋に木霊させながら、ベルベナは宇宙バイクで“ストロベリーミルク”と書かれた薄紅色の扉をド派手にブチ抜いた。
成功
🔵🔵🔴
星群・ヒカル(サポート)
おれは超宇宙番長だから、どんな状況にも勇んで挑戦していくってのがスジってもんだ。
人と話すのは得意なんだ。
『存在感・パフォーマンス』で現地人と接触したら、『コミュ力』も駆使して情報をゲットするぞ。
そして、おれの『星の目』は、超宇宙望遠鏡『ガントバス』を所持していることで手に入れた魔法の目だ。
『超宇宙望遠鏡〜』ではじまるユーベルコードはおれの視力を様々な方法で強化し、情報収集に役立てることができるぞッ!
『第六感』めいた強化もされるから、フツーなら目に見えないものも見えてしまうかも?
時には愛用の宇宙バイク『銀翼号』で駆け巡りながら情報を得たり、敵を追ったり、障害を超えたりするぞ。
●
鋼鉄の扉すら震わせるエンジン音と走行音。そして――『イヤッホーイ!』のハジけたシャウト。
「おおっ、先に行った奴も宇宙バイク乗りか!」
扉が誘う二人目の猟兵もまた、ベルベナのように宇宙バイクに跨っていた。
人呼ぶ、風呼ぶ、誰が呼ぶ。超宇宙番長、星群・ヒカル。スペースシップワールド生まれ現役UDCアース高校生のイカした番長だ。
「聞こえたか、【銀翼号】。あのエンジン音……おれ達も負けてられねぇよな!」
彼が呼びかけたのは、愛用にして相棒の宇宙バイク。防水加工もバッチリな、銀に輝くシャレオツボディ――その名を【銀翼号】。これより走る未知の道を、銀翼号は歴戦の猛者の佇まいで見つめている。
「いくぞッ! オブリビオンへの道を切り拓くッ!」
吼えるエンジンで飛び込む喧嘩相手の懐は、学園迷宮の魔法の仕掛け。予知でも回避不能とされた、とびきりの厄介である。
しかし、どんな状況であろうとも勇敢に挑むのが超宇宙番長。そして、その勇敢が決して無謀に変じないのは、魔眼【星の目】で真実を見定めるからに他ならない。
(見えたッ、隠しトラップ!)
扉を越えた瞬間、星の目――【超宇宙望遠鏡「ガントバス」】より齎された未知の力――が床の下で急速に集まる冷気の数々を看破する。
「姑息なマネは効かないぜ! おれの魔眼でお見通しだッ!」
進路を塞ぐ氷の柱を態と大きな曲線を描いて避ければ、曲線の内側で新たな氷の柱が突き出した。星の目で見破っていなければ、確実に串刺しにされていただろう。
先の猟兵には無意味だった障害物が、手を変えて繰り出された。恐らくは、隠し領域を支配するオブリビオンの意思の下に。
(星の目と銀翼号が揃えば、どんな罠でも超えられる! けど……!)
隠し罠を軽々と飛び越える度に、ヒカルの鼓動が早まっていく。突破の手応えだけではない。シャボン玉の幻惑が鼓動の加速に拍車をかけている。
(流石に、幻惑までは……!)
星の目は告げた。狂気を弾くマント【虚影外衣】でも防ぎ切れないシャボン玉は“狂気の類ではない”。
狂気でなければ、瘴気。あるいは、最悪の正気。幸福な心を与える事を望み、作り替える、狂気すれすれの純粋だと。
(くそっ……! なんか、ハチャメチャにテンション上がってきた……! このままじゃ、突破どころか探索も出来なくなっちまう!)
楽しさに塗り替えられる心は、『最高(グッドラック)に踊(ダンス)っちまいたい』と騒ぐ。一方、理性は『番長として、猟兵として、為すべき事を成せ』と踏み止まっている。
「――だったらッ!! 少しでも普通なそのうちにッ!! せいやぁぁぁッ!!」
二極の想いの挟間でヒカルが導き出した答えは、【超宇宙牽引ワイヤー】の射出だった。
「“あずき”ッ!! “キャラメル”ッ!! “チョコミント”ぉぉぉッ!!」
最高潮に達したテンションでゴキゲンに操られたワイヤーは、芸術家の筆のようにしなやかに、三つの扉に星型のマークを刻み込む。
名前も色も見て納得、小豆色の“あずき”の扉。説明不要の明るい茶色、“キャラメル”の扉。薄緑色と焦茶色のツートーン、“チョコミント”の扉。これら三枚の扉の共通点は――
「刻んだぜ……“近道”への標をなッ!!」
第二の仕掛け部屋、その出口に最も近い場所に出られる扉だという事。
己の後――番長の背――に続く者達へ、最高のヒントを届ける為に。ヒカルの成した最善は、必ずや猟兵達の大きな力となるだろう。
「仲間の道を作って示すッ!! これもまた、超宇宙番長の務めってヤツさッ!!」
ヒカルの声に頷くように、銀翼号のボディがキラリと煌めいた。ハイテンションに覆われようとも、ヒカルの番長魂の輝きまでは覆いつくせやしないのだと誇っている。シャボン玉の魅せる夢や幻ではない。この煌めきは本物……紛れもない真実だッ!!
成功
🔵🔵🔴
シホ・エーデルワイス(サポート)
私でお役に立てるなら喜んで
人柄
物静かで儚げな雰囲気
余り自己主張せず
仲間が活躍しやすい様に支援します
心情
仲間と力を合わせる事で
どんな困難にも乗り越えられると信じています
基本行動
手伝いや救助が必要な人がいれば
身の危険を顧みず身代わりになったり庇ったり
疲労を気にせず治療します
一見自殺行為に見える事もあるかもしれませんが
誰も悲しませないよう
UCや技能を駆使して生き残る事を諦めません
またUC【贖罪】により楽には死ねません
ですが
心配させない様
苦しくても明るく振る舞います
探索
得意な技能を優先して使います
またUCも使える物があれば出し惜しみしません
戦闘
味方がいれば回復と支援に専念します
攻撃は主に聖銃二丁を使用
●
二人の猟兵の風の如き勇敢を引き継ぎ、シホ・エーデルワイスはシャボン玉の祭典に足を踏み入れた。
可憐なドレスに身を包み、静かに儚く佇めども、その名と髪にエーデルワイスを――高潔な勇気の花を冠する猟兵。彼女もまた、第一の仕掛け部屋に導きの道を作り出してくれるはずだ。
「この身に代えても。幻惑に狂っても。必ず道を見出して、仲間の助けとするのです」
きつく結んだ口元は、自己犠牲も厭わない純粋さと覚悟の表れ。
コンタクトレンズ型演算デバイス【エリカの瞳】で、隠された罠と先の猟兵達が辿った痕跡の分析を開始する。
「……乗り物が動いた、跡?」
視線を動かしてすぐの事。無秩序に部屋を満たすシャボン玉の陰、床の上に小型の騎乗機械が走行した痕跡を“ふたつ”発見した。この痕跡を基に最も安全なルートを導き出すべく、シホはシャボン玉を恐れずに調査へと乗り出していく。
「まずは、ひとつ目の跡。なるほど、扉の強度は破壊可能な程度……と」
障害物たる氷の柱を蛇行で避け、最後は真っ直ぐ扉を突き破り第二の部屋へ。痕跡の終点には、薄紅色の扉の残骸が見える。
「次は、ふたつ目の跡。ひとつ目の跡よりも不思議な動きをしていますが……」
大きな曲線や、跡が途切れては続く跳躍と思しき跡。何も無い床を避けるようについた跡は、隠し罠を回避したものだと分析する。そして、四方の扉達の表面には――
(星の、形)
あずき、キャラメル、チョコミントと名付けられた扉。この三枚の扉にだけ刻まれた星のマーク。エリカの瞳の分析結果を待たずとも、シホにはそれが仲間が残した印だと瞬時に理解出来た。
「解りました……! 第二の部屋で有利となる扉ですね……!」
清楚な花がほころぶように、シホの表情に笑顔が咲いた。
「ありがとうございます。扉までの安全確保は、私が必ず成し遂げてみせましょう。安全な道を作ります。きっと、きっと、絶対にです」
己が為すべきは何か。シホが全てを理解し決定した時、幻惑がついに彼女の心を染め上げた。たった今咲いた笑顔に、ひと欠片も自己犠牲の悲壮が感じられないのがその証拠だ。
「一曲を捧げましょう」
だが、幻惑で押し付けられた喜と楽と幸は、シホの行動に少しも影響を与えなかった。むしろ、彼女の行動を活き活きと後押ししている。
「葬送曲を、守護の行進曲へと変えて――!」
【ピア】と【トリップ】、二丁の聖銃の銃口で、十字の光が瞬いた。
シホのユーベルコード【弾葬】――【聖銃二丁で奏でる葬送曲(レクイエム)】の音色が響き渡り、隠し罠の無い床の上に連綿と弾痕が撃ち込まれていく。楽譜の中で踊る音符と見紛うそれは、シホが『最も安全な道』とした導きの標。
遠く障害物に阻まれた狙いが困難な位置にも、跳弾を利用して弾丸を届かせる。氷の柱で弾丸が跳ねる度に鳴る透明な高音が幾重にも重なり、楽器を奏でるような連射の姿と相まって、第一の仕掛け部屋はひとときの小さな音楽会と化した。
「この道を仲間が悠々と歩んでいく。ふふっ……とっても素敵ですね」
撃ち終えたピアとトリップを仕舞い込み、正しく刻まれた標を安堵と優しさで眺めるシホ。
「素敵で、素敵で……素敵だから――嬉しくて、幸せ」
シホは胸のロザリオを優しく握り、舞い飛ぶシャボン玉の中で祈りを捧げる。
「この身がどこまで擦り切れようとも、誰かの役に立てるのなら、心の底から幸せを感じられる。嘘も偽りもない、素敵な想いを感じられる。仲間と共に道を作れて、私は今、本当に幸せ……」
触れれば消えてしまう、泡沫の輝きの中の祈り。その姿を見る者がいたのなら、幻惑が齎す幻想よりも神秘的で美しいと見惚れてしまうだろう。
「どうか、進みゆく全ての猟兵(なかま)に勝利と祝福のあらんことを」
どうやら、オブリビオンは幸福を押し付ける相手を間違えてしまったようだ。
己の助けが実を結ぶ未来ほど、シホにとって美しく幸福なものはないのだから。
成功
🔵🔵🔴
戦犯・ぷれみ(サポート)
こんな名前を与えられたキャラクターが、誰から愛されたわけもない
ネットミームの果てに産まれたみんなのための仮想敵
あなたたちがCO-OPから追い出したいと願った、大人の遊びの足を引っ張る子供たち
その体現が「戦犯・ぷれみ」よ
みんなで楽しく遊びたいけど、そんなの無理だと解っているから結局誰とも遊ばない
ありったけの憎悪とほんの少しの期待をこめて、「あたし」は歌うことを選んだ
このユーベルコードたちは呪いもしくは祈りであって、DPSなんて知ったこっちゃないわ
過去も未来もまとめて滅んで仕舞えばいいんだわ
日常にも冒険にも戦闘にも興味なんてないわ
戦犯ぷれみはある日突然そこにいて
バフかデバフを撒き散らして消えていく
●
シャボン玉の魅せる幸いにぴったりな表情を張り付けながら、その裏に正反対の憎悪を抱き、一体のバーチャルキャラクター――戦犯・ぷれみが、突如として扉の前の空間に現れた。
「どうせ誰とも仲良くできないし、今日はここで遊んじゃおうかしら!」
ころんと可愛い三頭身ボディは、大きな頭をゆらゆら揺らしながらスキップで扉へと進んでいく。
「もちろん一人で! 一人で、ひとりで……ひとり……ヒトリ……ヒト、ヒトリ、リ、リリリリリリ……ッ……ああああああクソがッ!!」
機嫌よくスキップしていたというのに、扉の直前でぷれみの態度が豹変した。自虐発言が引き金となり、裏の想いがダダ漏れになってしまったようだ。
ぷれみには、出自――ネットミームからの発生――故の不安定さが垣間見える。幻惑のシャボン玉に突っ込むのは危険に思えるが……問題は無いだろう。電脳のセカイで生まれた彼女は、世界によっては幻の概念に近い存在。目には目を、歯には歯を、幻には幻のようなモノを。そう。ぷれみは、幻惑に対抗し得る可能性を秘めている。
「だあああーッ! とっとと開くったら開くのっ! ぷれみがインできないじゃない!」
固定された笑顔から放たれる物騒な言葉遣いは、掴みかかった扉をこじ開けるうちに元に戻っていく。妖しく導くよう仕組まれた扉の開閉速度は、ぷれみにとっては遅すぎたようだ。
「あら……? キズがちょこちょこ付いてるのね?」
こじ開けた衝撃で割れるシャボン玉に目もくれず、早速降りかかってきたシャボン玉も無視し、ぷれみは“ただキレイなだけではない部屋”に首を傾げて、すぐさま頭上に光る『!』のエフェクトを出現させる。
点々と床を穿つ弾痕の先に、星型が刻まれた扉がある。既に何名かの猟兵が部屋を訪れ、仕掛けの謎を解いていった証拠と理解したのだ。
「分かったわ! 思いついたわ! ぷれみの力をプラスしたら“一緒”ができるかもしれないって!」
ぷれみの抱く幽かな望み、『みんなで楽しく遊ぶこと』が、果てしなく遠回りながらも叶う機会が訪れた。
九割九分九厘の諦めと一厘の期待にて。機会を掴むべく【らーん・とぅ・ぷれい(ハジメテノゴアイサツ)】を発動しようとした瞬間――
「分かっているわ。考えるまでもないわ。とっても、とっても、つまらない」
人々が笑顔でぷれみを呼ぶ光景が彼女を取り囲み、電子の心を……全く揺さぶらなかった。
「ぷれみに幻(ウソ)なんて意味ないの」
誰からも愛されない、仮想敵たるバーチャルキャラクター。それが、戦犯・ぷれみ。
彼女は誕生した瞬間から知っていたのだ。知っていたからこそ、崩壊しているのだ。己に笑顔が与えられる事はない。与えられる笑顔といったら、偽りの笑顔ばかりだった。
「だから、ぷれみは止められない! ルール設定、いくの!」
実物の嘘と偽りを知るからこそ、ぷれみは一ピクセルも揺らがない。
ぷれみのユーベルコードを止められるものなど、この場に存在しようはずがないのだ。
「『入り口から道しるべの周りはシャボン玉立ち入り禁止』っ!!」
ユーベルコードで生成したコントローラーをブンブン連投すれば、面白いようにシャボン玉に当たってルールを方々に布いていく。仕掛け部屋の主にとって、部屋中を満たす量のシャボン玉が完全に仇となっていた。
ぷれみが指定した範囲に近づいたシャボン玉は、ルールを破った代償として次々に消滅していく。らーん・とぅ・ぷれいの効果が続く限り、続く猟兵達はシャボン玉の幻惑を気に留める必要なく進んでいけるだろう。
「シャボン玉、消えちゃった。弾けて消えて、滅んじゃった。興味ない過去みたいに。どうでもいい未来みたいに。過ごしたくもない日常みたいに。求めるモノなんてない冒険みたいに。やる気のない戦闘みたいに」
少しだけ見晴らしの良くなった部屋を見渡しながら、壊れた音楽機器のようにぷれみは語り紡ぐ。朗々と、延々と、続く言葉はもはや歌。抑揚のないメロディーとリズムで繰り返されるそれは、例えるならば呪いの呪文だ。
だが、そこには確かに一欠片の祈りも織り込まれている。存在理由にこびり付く憎悪の奥底で、ひっそりと息づく望みから生じる祈りが。
「優しい、優しい、幻(ウソ)みたいに」
ひとしきり遊び終えて満足したぷれみは、その姿を忽然と消した。
残されたのは、ぷれみが誰かと一緒に作った道。残らないのは、一体のバーチャルキャラクターが居た証。
ぷれみの生まれたセカイのコトバに例えるならば――『ERROR:その幻想は見つかりません』。
成功
🔵🔵🔴
真宮・響
【真宮家】で参加。
さて、手伝いをしにきたよ。とはいえ、アタシ達は探索に向いてないんだよね。他の猟兵が残して行った標を辿るしかないんだけどね。
はでに扉が壊れているが、罠を回避した後も見える。先行した猟兵はさぞ有能だったんだろうね。何かを引きずった跡もあるし、その跡を辿って行けばいい訳だ。瞬、何か見つけたのかい?ふむ、あずき、キャラメル、チョコミントと名付けられた扉に星の印があると。この星を調べる前に・・・このシャボン玉を消して置くか。奏、護りは任せた。瞬は後方からの援護を。【二回攻撃】【範囲攻撃】で竜牙を使って、シャボン玉を薙ぎ払うよ。
真宮・奏
【真宮家】で参加。
お手伝いに来たんですが・・・基本殴って解決というスタンスなので、頭脳労働は苦手なんですよね。先行した猟兵さんの標を辿って、探索の最後の詰め、頑張らせて頂きます。
破られた扉や回避された罠を支障のないように家族に先行して片付けつつ、トリニティエンハンスで防御力を高め、【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【盾受け】【拠点防御】で防御を固めつつ、家族を導いていきます。星の印が付いた扉を見つけたら、後方の憂いを無くす為、家族の盾となりつつ、【属性攻撃】【二回攻撃】【衝撃波】でシャボン玉を纏めて吹き飛ばします。さあ、次に進みましょうか。
神城・瞬
【真宮家】で参加。
まあ、母さんも奏も突っ込んで殴ってから考えるタイプですからね。こういう探索は苦手でしょう。今回は他の猟兵さんが残して行った標を丹念に辿っていけばいい訳ですが。細かい所も、見逃すことのないようにしましょう。
奏、罠が回避された後があります。突っ込んでいかないように。ここに走行した跡がありますし、破られた扉を通って行けばいいと。母さん、あずき、キャラメル、チョコミントと書かれた扉に星の印があります。これを調べればよさそうですね。月光の狩人を起動し、【誘導弾】【範囲攻撃】【二回攻撃】で邪魔なシャボン玉を吹き散らしてから、次のフロアに進みましょうかね。
●
ほんの少し前まで鋼鉄の扉だった、歪んだ鉄屑を臨む隠し通路。
そこに木霊する足音は三つ。真宮・響、真宮・奏、神城・瞬――真宮家の面々の足音だ。
先頭を歩む真宮家の母たる響は、第一の仕掛け部屋を認めるや否や、目を輝かせて歩行速度を上げた。
「ご覧よ、頑丈な扉が飴細工みたいじゃないか! 実に良いこじ開けっぷりだ!」
奏も、母に続けとばかりにトコトコと元気よく入口へと一直線に向かっていく。
「シャボン玉の中にトンネルが出来ています! 先行した何方かのお力でしょうか?」
ぷれみ――先行した猟兵のひとり――がユーベルコードで作り上げた、シャボン玉の及ばない道。幻惑に悩む事なく進めると、早速トンネルに突入しようとする二人を止めるのは、唯一冷静沈着な瞬だ。
「母さん、奏、即行で突っ込むのを止めて下さい」
響と奏を追いかけて、二人を抑えながら瞬は語る。
「対策が施されていますが、ごく僅かにシャボン玉が零れています。惑わされたくなければ、小さな脅威にも気を配るべきでしょう」
仕掛けを解いてきた皆の活躍を台無しにしないよう、幻惑にかかってはいけないと。念を押す瞬に、響と奏の足にブレーキがかかる。
「おっと、そりゃあいけないな!」
「ごめんなさい……私もつい。いつもの癖で突っ込んでいたら、失敗していましたね」
「どうか気になさらずに。二人が思い切り殴って解決できるよう、僕がいるのですから」
猪突猛進な義母と義妹を止めるだけが瞬の役目ではない。二人が力を活かせるよう、寄り添い支えるのもまた彼の役目なのだ。
「さあ、まずは奏の出番ですよ。扉の残骸の片付け、任されてくれますよね?」
瞬はシャボン玉が影響範囲外に流れていくのを見計らい、奏を呼びながら歪んだ鉄屑を指差す。
「……! 任されましたっ!」
密かに想う相手から頼られる喜びに、奏は愛用の【ブレイズセイバー】を豪快に振り抜いて、見事に鉄屑――かつて扉だった物体――を進路から排して見せた。
●
シャボン玉のトンネルの内側で、響はぐるりと部屋を見回し、最後に天井を見上げた。
「おお……想像以上に広いんだな。この部屋のあちこちに仕掛けがあるってわけか」
扉の排除の勢いで先頭に立った奏は、周囲に警戒しつつも母の声に頷く。
「苦手な頭脳労働でも、避けてばかりはいられない……と」
眉間に皺を寄せ始めた二人を安心させるべく、瞬は声色を柔らかくして響と共に上を向いた。
「僕らを守るトンネルのように、他の猟兵さんが残していった標があるはずです。丹念に辿って行けば、きっと無事に扉まで辿り着けますよ」
頼れる息子の一言と頼れる猟兵仲間の足跡があれば、呆気にとられかけた響が調子を取り戻すなど、あっという間の事。
「ああ、瞬の言う通りだ。じゃあ――丁度良く先頭にいる奏は守りを固めつつ先導! 瞬は後衛で支援を頼むよ! 全員、気になる物を発見したら即報告だ!」
「はいっ!」
「もちろんです」
真宮家を引っ張る肝っ玉母さんらしく、響の的確な指示が飛ぶ。
奏は【トリニティ・エンハンス】で防御力を高め、トンネルに沿って前進を始めた。もしも前方から想定外の攻撃が飛んできても、ユーベルコードでの強化と卓越した守りの技術で受け止められるはずだ。
途中で薄紅色の板の破片を片付けるなど、僅かでも進路の邪魔になる物はしっかりと片付けていく。
一方、瞬は後衛で静かに視線を動かし続けていた。上に向けられていた視線は、今は足元に向けられている。
(丹念に、丹念に。細かい所も見逃すことのないように)
探索が苦手な二人の為、真剣な眼差しで床を眺める事暫し。明らかに様子の変わった床が瞬の視界に映り込む。
「母さん」
「瞬、何か見つけたのかい?」
膝をつき床を指でなぞる瞬を、響はしゃがみながら覗き込む。奏は調査中の二人を守るべく、足を止めて静かに【エレメンタル・シールド】を構えた。
「床に跡があります。銃弾の跡と――」
「何かを引きずった跡?」
「小型の機械が走行した跡ですね。銃弾の跡は、走行の跡をなぞりながら続いています」
「乗り物ねえ……障害物が無い場所まで走ってないかい? 幻惑のせいで妙な走り方をしちまったとか?」
「いいえ、回避の跡かと。恐らく隠し罠があったのでしょう。そうでなければ、わざわざ銃弾でなぞり、標を作る意味がありません」
「なるほどなー! いつでも名探偵になれるんじゃあないか、瞬! 母さんは感動したッ!」
「……ほ、褒めすぎです」
瞬は褒めちぎらた嬉しさと気恥ずかしさを咳払いで誤魔化し、見守ってくれた奏を見上げた。
「こほん……! そちらは……奏の方はどうでしたか?」
「扉の名前が全部美味しそうでしたっ!」
「名前は美味しそうでも、食べられませんからね」
隠し切れない食いしん坊を発揮し、奏は扉を次々に指差していく。スイカ、グリーンティー、壊れた薄紅の扉――元ストロベリーミルク。ソーダ、チョコ、ミルク。あずき、キャラメル、チョコミント。瞬は奏の指先を追いながら、ふと、シャボン玉越しの違和に気が付いた。次は、瞬が指を差す番だ。
「奏。あずきとキャラメル、チョコミントの扉に星型の印が見えませんか」
「あ……! 三枚とも、トンネルと道しるべの先にある扉です!」
奏は瞬に示された扉に星の印を認め、先頭を歩んでいたからこその繋がりを知る。暫く歩くであろう距離の先。三つに分かれたトンネルのそれぞれの終点に、三つの星が待っていた。
響も扉の観察に合流し、目を細めて子供たちの見つけた星を観察する。戦士だった亡き夫と過ごし、培った経験と勘は、星が刻まれた正確な時間と正体を導き出す。
「ついさっき付けられた真新しい傷だ。これは仕掛け部屋の罠じゃあない」
瞬は響に同意しながらも、瞬は口元に手を当てて考え込む。
「他の猟兵さんが、僕らに何かを知らせるべく付けた物でしょうね……果たして、この星――僕らにとって良い知らせなのか、悪い知らせなのか」
安全なトンネルと繋がる事から、悪い知らせではないと思いたい。しかし、危険な扉を知らせている可能性も捨てきれない。浮かんでは消える様々な可能性は、瞬に決定打を与えようとしなかった。
そんな彼の迷いを断ち切ったのは、大好きな家族の真っ直ぐな言葉。
「私は……信じたいです。後に続く猟兵が有利になる扉を見つけてくれたと」
「アタシも信じるぞ。良い知らせだ、ってさ! シャボン玉避けといい、道しるべといい、先行した猟兵はさぞ有能だったんだろうね。どれもこれも信じるに値する活躍ばかりじゃあないか!」
瞬に想いを寄せてくれる、大切な奏の声。いつだって瞬を温めてくれた、響の声。思考の夜闇に溶けかけた瞬は、二つの声に照らされ、静かに光を放つ月のように微笑んだ。
もう迷わない。迷うくらいなら、信じて共に突き進む方がずっといい。
「母さんと奏が信じるのなら。僕も、星の導きを信じます」
●
「問題は、どの扉を開くかなんだがねえ……」
トンネルの分かれ道にて、腕を組む響が一枚ずつ扉を睨む。
「星印の扉は三枚。アタシ達は三人。一人一枚ずつ開ける手もあるぞ」
全ての扉に有利が保証されているのなら、どこを開いても問題はないはずだと響は考える。それこそ、各々が好きな扉を開いて離れ離れになってもすぐに合流できると、大雑把な確信を以て。
反対に、慎重な瞬はこれまで通り一家(チーム)を維持するべきだと助言した。
「僕は全員同じ扉が良いと思います。普段と変わらず連携がとれるに越したことはありませんし……何より、離れ離れになるのは心配です。主に、二人が突っ走らないかが」
「あー……確かに。うん、全員同じ扉がいいなっ!」
「私も同意します。一家揃って次に挑みましょう!」
奏も家族の――瞬の側にいたいのだろう。こくこくと勢いよく頷いて瞬の案に賛成する。
「で。アンタ達、どれを開けたいんだい? 母さんはあずきッ!!」
組んだ腕を解いて、ビシッと響が指し示すのは小豆色。
「私はキャラメル!」
「僕はキャラメルで」
同時に声を重ねた子供達が指し示すのは、明るい茶色。
仲の良い奏と瞬の様子に豪快に笑いながら、響はキャラメルの扉への道へ足を向け――
「あっはっは! 若者の好みに合わせるよ! 早速、キャラメルの扉を調べに……」
笑顔を真顔に変え、【ブレイズランス】でトンネルに侵入してきたシャボン玉を薙ぎ払った。長さのある武器の先端で弾けたシャボン玉は、誰にも触れる事無く消えていく。
「ついにトンネルに限界がきたか」
響はトンネル内と視界内に浮かび始めたシャボン玉から目を離さず、最前に躍り出て編成を変えた。
「奏! 瞬! 入って来たシャボン玉は、なるべく遠ざけて壊すんだよッ!」
言葉は無くとも武器を構えて頷く気配に、子供達の頼もしい成長を感じながら。響は時間との戦いに挑むべく、強く床を踏み締めて駆けだした。
●
次第に狭まりゆくトンネルの中で、衝撃波がシャボン玉を遠く蹴散らす。
「それにしても……!」
衝撃波を放った本人、奏の少々の憤りを乗せて。
「美味しそうな名前を付けるのなら、食べられる素材の扉にしてほしかったです」
奏の側で【月光の狩人】の狩猟鷹達を誘導していた瞬は、動揺こそしなかったものの、再び顔を出した奏の食いしん坊に反応せざるを得ない。
「この状況で突っ込むのがそこですか……奏らしいといえば、奏らしいですが」
「扉の名前のせいか、氷の柱までお菓子に――アイスキャンディに見えて困るんです。第一の部屋は、シャボン玉以外にも人を惑わす仕掛けがあるようですね。侮れません……!」
それは『胃袋ブラックホール』と称されるほど食欲旺盛な奏だけでは――と。口にしようかしまいか、僅かに逡巡する間、奏の“とある一言”が瞬の中で閃きへと変化した。
「アイス、キャンディ」
狩猟鷹の羽撃きに隠れる小さな呟きは、奏が口にしたものと全く同じ単語。
(消えたアイス職人の噂。氷の障害物と甘味の名がついた扉。アイスの概念を詰め込んだかのような部屋です)
広く狩猟鷹を飛ばしシャボン玉を噴き散らしながらも、瞬の思考は止まらない。
(やはり、この隠し領域には“消えたアイス職人”との深い繋がりがある。単なる噂以上の深い繋がりが)
閃きから始まった推理は、一歩一歩、着実に隠し領域の秘密に迫っていく。
(迷宮のオブリビオンが、迷い込んだアイス職人の力を利用している……? 襲ったのか、取り込んだのか……)
仕掛けを作り動かすモノ。迷宮に隠れ潜むモノの正体に。
(いや……まさか……アイス職人がオブリビオンと化して――!)
秘密のベールに手が届く、まさにその時。真実が齎す驚愕に刹那に動きを止めた瞬の眼前で、竜の如き響のユーベルコードがシャボン玉を喰い破った。
「瞬! 考え事は一旦中止だ!!」
「――!!」
響の【竜牙】が二度吼えて、愛息子の危機を救ったのだ。
「シャボン玉避けの力が完全に切れちまった。扉まで全力で走るよ!」
「……分かりました!」
母が名探偵と褒めてくれた、推理の披露はまた後で。
周囲には、もうすぐ消えてしまうトンネルの名残の僅かな安全。背後からは無限にして夢幻のシャボン玉が迫り来る。瞬は後方に狩猟鷹を展開させてシャボン玉を防ぎながら、母の呼ぶままに走り出した。
あと少し、もう少し……と。一人一人がユーベルコードと技を駆使して駆け抜ければ、ついに目指す扉が三人を出迎る。
「お上品に開けちゃあいられない! 無作法だが――ごめんあそばせ!!」
「力いっぱい吹き飛ばさせて頂きます!!」
一秒たりとも無駄には出来ない、ドアノブに手をかける時間すら惜しい、危機の迫る状況だ。形振り構わず放たれた響の竜牙と奏の衝撃波の二重奏が、キャラメルの扉を周囲の壁ごと粉砕し、ぽっかりと暗闇をこじ開けた。
「止まるな! 進み続けろッ!」
突き進む強き母の強き声の下、彼女の誇れる子供達は恐れる事無く暗闇に身を投じていく。
「猛進は得意分野です!」
「行きましょう――第二の仕掛け部屋へ!」
響、奏、瞬。真宮家三人が誰一人として欠ける事無く突破した瞬間、第一の仕掛け部屋のシャボン玉がぴたりと止んだ。尽く猟兵に看破された仕掛けを“意味のないモノ”と断じたオブリビオンの意思によって。
儚く落ちて消えゆくシャボン玉が最後に映すのは、幸福な幻とは裏腹の、寂しく冷たいだけの跡――
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 冒険
『運ばれていくよ、冒険者』
|
POW : ベルトコンベアの流れに逆らっていく
SPD : ベルトコンベアの流れに乗っていく
WIZ : ベルトコンベアの行き先を予想していく
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
真宮・響
【真宮家】で参加。
ふう、扉を無事抜けれたね。向こうにあるのは次に行く扉じゃないかい?とはいえ、このベルトコンベアが邪魔だねえ。先へ続く流れになって進めば・・・あ、流れを良くみなければ先に進めない、と。流石瞬、うっかりしてた。
ふむ、瞬の見立てによるとこのこの流れのベルトコンベアに乗ればいいと。念の為に炎の戦乙女を発動して先行して貰う。奏、いつも先行役を任せてすまないね。最後尾に瞬にいて貰って背後の警戒をして貰えば、万全だ。さ、最後の困難に進もうか!!
真宮・奏
【真宮家】で参加。
これが次の部屋ですね!!ベルトコンベアの流れに乗ってすすめば、きっと先に辿り着け・・・(瞬に腕を引かれて止められる)確実に先へ進むベルトコンベアを選択しないと意味ないと?えへへ、うっかりしてました!!(笑ってごまかす)
瞬兄さんの見立てによるとこのベルトコンベアに乗ればいいと?先行役はお任せください!!(ぐぐっ)念の為、トリニティエンハンスで防御力を高め、【オーラ防御】を展開してもしもの時に備えておきますね。さあ、先へ進みましょう!!どんなものが待ち受けてようとどんとこい、です。
神城・瞬
【真宮家】で参加。
最奥に待ち受けているものは気になりますが、まずはこの部屋を突破しませんとね。(奏の腕を引く)奏、迂闊にこのベルトコンベアにのると変な所に流される危険性があります。丹念に流れを調べて、確実に先へ進みましょう。
(ベルトコンベアの流れを見極めて)分かりました、このベルトコンベアに乗れば確実に前に進めます。最後尾はお任せください。念のため、月読の同胞に後ろを警戒して貰いましょう。さあ、行きましょう。先に、全ての謎の答えが待っています。
シホ・エーデルワイス
アドリブ&味方と連携歓迎
待っていれば出口へ辿り着く仕掛け?
…罠の方向性が攻略妨害から撤退妨害になった…
たぶん戻ろうとすると発動する罠や
出口へ辿り着くまでに私達を消耗させる罠があるのかしら?
なるべく消耗せずに辿り付けるよう道標を作りましょう
<第六感と聞き耳>で罠に注意し探索しつつ
破壊しても大丈夫なら聖銃の<誘導弾>で射撃
罠の解除に発動が必要なら
仲間の助けになる<覚悟>で【盾娘】か【贖罪】を
罠の種別で使い分けて強化し身を投じる
周囲の状況をエリカの瞳で撮影して<情報収集し学習力>で分析
コンベアの構造を把握し
出口への最短ルートを特定
要所にペイント弾を聖銃で撃ち込み道標や注意表示
とどまる時は<空中浮遊>
●
甘い甘い名の扉を抜けると工場であった。
ここは第二の仕掛け部屋。規則と不規則の混ざる低い唸りを上げながら、立体迷路と化すほど複雑に配置されたベルトコンベア達が“運ぶ”という役目を黙々とこなしている。
第一の仕掛け部屋を『夢幻の祭典』と例えるならば、第二の仕掛け部屋は『現実の歯車』と例えるべきだろうか。色彩豊かな前の部屋から一転し、鈍い金属色と薄暗さに支配された空間だ。天井と壁にぽつぽつと灯る橙色の照明が、真宮家三人の顔に薄っすら浮かぶ汗を照らしている。
響は汗を拭いつつ、現状を笑い飛ばしていた。されど、部屋を見渡す瞳は歴戦の竜騎士の瞳。未知の脅威に向けられた、油断のない鋭い眼差しだ。
「ふう、扉を無事抜けられたね。まさか、ベルトコンベアの真上に落っこちるとは思わなかったけどさ!」
キャラメルの扉の先に一息つける足場は無く、三人は直接ベルトコンベアに落下した。長身の三人が並んでも余裕のある幅と、両端のフェンス状の防護柵が無ければ、他のベルトコンベアまで転がり落ちて更に迷う羽目になっていただろう。
一見すると安全で拍子抜けしそうな仕掛けだが、瞬は響と異なる形で脅威を警戒する。
「“運ぶもの”が落下しないよう、細心の注意が伺えますが……嫌な予測しか出来ません……」
ベルトコンベア自体に仕掛けは無く、ゆっくりゆっくり流れていくだけ。
油断を誘って迷路の深みに嵌めようとしているのかもしれない。ベルトコンベア以外の場所に危険な罠が仕込まれているのかもしれない。“運ばれてくるもの”に“来てほしい”のかもしれない。
浮かぶ危険の一つ一つに脳内で対処する瞬のすぐ隣で、奏は部屋の一か所に釘付けになっていた。
「これが次の部屋ですね! やっぱり、星の印は導きの印でした! 母さん、瞬兄さん、出口がすぐそこにあります!」
「こんなに近くにあるなんて、嬉しい驚きじゃないか! とはいえ、あそこに行くにしても……このベルトコンベアが邪魔だねえ」
奏が指差す一際大きな鋼鉄の扉は、第二の仕掛け部屋では彼女の示すたった一枚しか存在しない。彼女の言う通り、出口――オブリビオンの待つ最奥への入り口――に違いないだろう。
数本のベルトコンベアを飛び越えるだけで届く、出口に続く足場へ。ベルトコンベアの乗り換えを試みるべく、柵を乗り越えようとする奏の腕を、瞬の手が確と引き留めた。
「いけません、奏」
「わひゃぁっ!?」
突然腕に力と温度を感じ、更にその主を認めた奏の動きは、驚きの声と共にぴたりと止まる。
「瞬兄さん?」
「迂闊にベルトコンベアを変えてしまうと、変な所に流される危険性があります。前の部屋のように隠し罠がある可能性も捨てきれません。流れと動きを見極めて、確実に、落ち着いて進みましょう」
家族揃ってオブリビオンに挑み、全員が無事に未来を守り帰還する為に。
「出口の先――最奥に待ち受けているものは気になりますが、まずはこの部屋を無事に突破しませんとね」
「えへへ、うっかりしてました!」
笑顔で誤魔化しながらも、瞬の言外の思いを汲み取って、奏は柵から離れてトリニティ・エンハンスを発動する。これから何をしてほしいのかも、彼女にはよく理解出来ていたのだから。もちろん、響も子供の事ならお見通しだとばかりに戦装束を靡かせて、颯爽と瞬の前方へ歩み立った。
「さあて! 難しい事はいつも通り瞬にお任せするか!」
「ええ、最後尾での頭脳労働を任されましょう。母さん、奏、前衛を頼みます。いつも通りに」
瞬は響と奏の肩越しの光景と、左右と背後の光景を視界に映して頭に焼き付ける。難解なベルトコンベアの立体迷路に必ず存在する、正しき進路を見極めんと。
●
「――分かりました」
瞳と頭脳を忙しく働かせた末に、瞬が辿り着いた答えは一つ。
「このベルトコンベア、大当たりですよ。このまま最短ルートで確実に出口まで進めます」
瞬は『星の印を刻んだ猟兵には感謝してもしきれない』と微笑みながらも、隠し切れない困惑を滲ませていた。足元に移された視線が示す困惑の原因は、依然としてゆっくり動くだけのベルトコンベアだ。
「ただ、こうも速度が遅いのは困りものですね。オブリビオンの討伐を急ぐなら、流れに沿って歩いた方が早いのでは……」
瞬の答えをじっと待っていた奏は、彼の困惑を新たな作戦へと変えて武器を持ち直した。ぐっと気合を入れたその姿は、立ち止まり構える為ではなく、攻防一体で前進する為の姿である。
「つまりは進攻ですね――先行役はお任せください!! どんなものが待ち受けてようとどんとこい、です!!」
「奏、いつも先行役を任せてすまないね。念の為に【戦乙女】をお供につけておくよ」
「ありがとうございます、母さん! さあ、先へ進みましょう!!」
「おーっ!!」
やはり母娘というべきか。身体を動かす機会の到来に、響も意気揚々とユーベルコードを発動する。【炎の戦乙女(ホノオノヴァルキリー)】で現れた戦乙女を奏に添わせ、母娘揃って振り返らずに前だけを行くのは、必ず瞬が常の位置――最後尾の守り――についてくるはずだと信じているからだ。
「危険ですから、全力疾走だけはやめて下さい。せめて早歩きに留めて……くれていますね」
二人が信じた通り、瞬は【月読の同胞】で呼び出した戦士の霊と共に殿の位置に。
ベルトコンベアの上を少しだけ賑やかにしながら、真宮家が攻め行る事暫し――
「ちょっと待ちな! 下のコンベアを見てくれ……人が倒れてる!」
響が勢いよく柵に身を寄せ、下方で同方向に並走するベルトコンベアを凝視し始めた。
彼女が見つめる先では、確かに何者かが倒れている。花の咲いた銀の髪が無機質な機械の上に広がり、白い翼と細い身が力なく横たわっていた。
「オラトリオの女の人!? 大変……意識がないみたいです……!」
「…………」
血の気を失った白い肌で目を閉ざす女性を奏が心配する一方、瞬は冷静に女性の状態や持ち物を観察している。
「あの、瞬兄さん、私……」
奏は口ごもり、『助けに行きたい』と最後まで言葉に出来なかった。瞬ならば罠と考えて止めると予想できたからだ。事実、観察だけとは思えない鋭さ――警戒が視線に混ざっている。
だが、奏の予想よりも驚くほど速く警戒は解かれた。瞬が、警戒を解き信頼するに値する決定的な証拠を発見したからだ。
それは、女性が携えていた“二丁の銃”。第一の仕掛け部屋で連綿と続いていた弾痕は、銃一丁だけで付けられる数ではなかった。複数人が同じ型の銃を揃える偶然が起きたとは考え難く、一人が二丁以上の銃で撃ち抜いた跡だとするのが自然だろう。ならば、眠れるオラトリオの女性こそが……
「奏。彼女は先行した猟兵さんの一人です。それも、銃弾で道を示してくれた方ですよ」
「なら、すぐに!」
「ですが、先ほど言った通り迂闊な動きは出来ません。彼女と僕達、双方が無事でいられる方法を探らくては。救助しようとして共倒れになる……最悪の事態だけは避けたいでしょう?」
「最悪の……事態。分かりました。仲間の命もかかっているなら、頑張って頭を使わないと……!」
立場と性格から警戒の目で見てしまったが、瞬もまた、倒れる者を救いたかった。真宮家を導いてくれた仲間なら尚更に。しかし、第二の仕掛け部屋には導きは無く、二兎を追って二兎とも得られる確証も無い。
瞬も奏も思考の行き止まりにぶつかってしまった、こんな時。行き止まりを打ち破ってくれるのは母の一声だ。
「けどさ。探してる間はほったらかしってのも心配だよ、アタシは。あの子のコンベアに罠がないとも限らないし。せめて、声掛けして目を覚ましてやるくらいはできないかね?」
「あっ! そうです! 瞬兄さん……声掛け、ダメですか?」
「問題ありません。僕も、彼女に目覚めてほしいと思っていましたから。意識を取り戻してもらわないと、危険の一つも伝えられませんからね」
今のところ、人の声や物音に反応する類の罠は無い。もし先にあったとしても、戦乙女や戦士の霊、奏のオーラ防御で対処が出来るはず。瞬のお墨付きを貰い、響と奏は柵越しに声を張り上げた。
「おーいっ! そこのアンタ! アタシらの声が聞こえるかい!? 生きてるんなら返事してくれーっ!!」
「私達も猟兵です! 安心してください! 貴女の導きでここまで来れた、仲間ですよ!!」
仲間を案じる想いは機械音を跳ね飛ばし、翼と花を持つ心身を揺り動かす。
響と奏の声に引き寄せられるように、女性が最初に取り戻したのは微かな声だった。
「…………なか、ま」
●
ごうん、ごうん……と重苦しい音が聴こえる。『返事をして』、『無事でいて』と優しい二重唱が聴こえる。無意識に『なかま』と言った己の声が聴こえる。
相反する二つの音を耳に。肺と喉と唇を揺らす自らの声に。シホはゆっくりと瞬きをしながら目を覚ました。
(確か……幻惑にかかって……感じてはならない幸せを、抱いてはならない幸せを……私は、喜んで……)
現実に戻り来る体を起こし、第一の仕掛け部屋での記憶を思い起こす。
運の良い事に、幻惑はシホの行動と記憶に影響を及ぼさず、彼女が思い描いていた通りの働き――仲間の支援を完遂出来た。半面、運の悪い事に、精神と記憶には引っかかりを残してしまっている。
シホは過去の罪から自身の幸福に罪悪感を抱いており、『幸せになってはいけない』と断じているからだ。
(そして、幸せに浮かされたまま扉を開けて気を失った。辛うじて印の無い“ミルクの扉”を開けられましたが……選んだ道は、贖罪の苦難に相応しい道なのでしょうか……)
シャボン玉の幻惑効果は喜と楽と幸福であれど、如何なる形で影響を及ぼすかは十人十色。解っていても悔しさが湧きあがるが、今は後悔に引きずられている場合ではない。まずは現状を把握し、目覚めを齎した呼び声の主を見つけ、感謝を伝えなければ。
「呼び声は……上から聴こえましたね」
見上げれば、探すまでもなく優しい紫色の瞳と視線が交わった。
優しい紫色の持ち主は、母娘と思しき二人の女性。彼女達の後方にオッドアイの男性が一人。声の主は二人の女性のものだろう。
「あ、あの……!」
「気が付いてくれた! 心底安心したよ! なあ、奏!」
「はいっ! あぁ、ほっとしましたよぉ……!」
女性二人はシホの無事を認めるや、満面の笑顔で無事を喜んでくれた。
「呼びかけのおかげで目覚める事が出来ました。私なんかを気にかけてくれて、本当にありがとうございます……!」
「こらこら、“なんか”なんて言うもんじゃないよ!」
「私達は同じ猟兵、仲間なんですから。気にかけるのは当然です! それに、『ありがとう』は私達の台詞なんですからね!」
「そうそう! アンタの銃弾がキャラメルの扉まで導いてくれたから、大当たりのベルトコンベアに乗れたんだ!」
「本当ですか……? 標を辿って、キャラメルの扉を……?」
シホに向けられた二人分の笑顔に尊敬と感謝の想いが重なり、彼女の心に温もりを灯していく。
(よかった。道標を見つけてもらえました。作った道を歩んでもらえました)
『ありがとう』が女性達にも当てはまる言葉なら、『ほっとした』もシホに当てはまる言葉だ。シホにとっては誰かの役に立てた喜びの証でもあり、幸せを呼び起こす複雑な感情だが。
(どうしましょう……幻惑が尾を引いているのでしょうか? また、心の奥が『幸せだ』と温かく……)
幻惑の名残が複雑さに拍車をかけているのか、と。安堵の裏で困惑を始めたシホに助け舟が出された。
シホが女性二人の会話の畳みかけに戸惑っている様子に映ったのだろう。後方の男性が女性――娘らしき少女――の横に立ち、真面目さの窺える美しい一礼をしてみせる。
「お礼の前に、名乗るのを忘れてしまいましたね。僕は瞬。貴女に呼びかけ続けていたのが、母の響と妹の奏です」
瞬の礼と名乗りで大事な部分を飛ばしていた事に気付いた二人――響と奏の母娘も慌てて名乗る。
「ああっ、アタシとした事が!」
「真宮・奏です。ごめんなさい、無事でいてくれたのが嬉しくて……つい、うっかり」
「アタシは真宮・響。見ての通りのお母さんをやってるよ!」
「私はシホ。シホ・エーデルワイスです。こちらも名乗るのを忘れていたので、おあいこですよ」
シホ達の名乗りが終わるのを待ち、瞬は静かにシホへと手を差し出した。奏も瞬と同時にシホを招く仕草を見せている。
「母が『大当たり』と言った通り、こちらのコンベアは出口までの最短ルートなんです。よろしければ、僕らに合流しませんか?」
「シホさんも一緒に出口を目指しましょう!」
「飛び移れないのでしたら、移動が可能な地点まで待つのも良いかと」
「…………」
迷宮にあってなお温かな場所がシホを呼んでいる。
その優しさを見上げれば、エリカの瞳が“瞬の言う『最短ルート』は正しい”と告げると共に“三人が知らない脅威”を捕捉した。
(視えました。視えてしまいました)
シホにとって“贖罪の苦難となり得るモノ”であり、真宮家の三人と未だ見ぬ誰かに“伝えるべきモノ”を。
「合流の提案、受け入れさせていただきます。今からそちらに向かいますので――皆さん、絶対に動かないでくださいね」
ふっと儚く微笑んで、優しい手に向かう為の覚悟を胸の内に抱え込んで。シホはベルトコンベアを蹴って宙に浮かび上がり――左右と上の三方向から放たれた、薄闇を裂く白い光線にドレスの裾を撃たれて焼き焦がす。
「……っ!!」
第六感と聞き耳で攻撃の予兆を感知し回避に成功したが、次撃もドレスを焦がす程度で済むとは限らない。覚悟のユーベルコード【盾娘(ジュンジョウ)】――【災厄を引き受けし盾の乙女】にて身体を強化しようとも。
(たった一度の、私なんかの合流だけで、心優しい方々を危険に晒すわけにはいきません。危険な目に遭うのは私だけで十分です……例え、共に進む為だとしても。いくら傷ついても構わない、傷つかなければならない。傷つくなら、私ひとりだけで――)
真宮家の面々は、警戒していた罠にこのような形で遭遇した事に動揺を走らせる。滅多に動揺しない瞬も、この時ばかりは僅かに声を揺らがせていた。
「罠ッ!? 天井と壁か!?」
「シホさん!」
「まさか……貴女は知っていて『動くな』と……!?」
「いいえ。今、“視えたばかり”。大丈夫……私、こう見えて結構丈夫なんです」
再び浮遊に挑むシホには、二つの目的があった。回避で離れた真宮家との距離を再び縮める為、そして、エリカの瞳にて特定した罠を破壊する為だ。
「この、ように……っ! 進行方向、から……逸脱する動きに、反応して……作動する罠です……!」
伝えるには、光線を避けなければならない。仲間を罠から守るには、罠を破壊しなければならない。
繰り返される回避と空中で撃つ聖銃の反動で、縮めようとしていたはずのシホと真宮家の距離は徐々に離れていく。シホの乗っていたベルトコンベアは進路を変え、最短ルートとの並走を止めた。近くに新たな足場となるベルトコンベアも見当たらない。
猟兵達の有利を裂いて崩さんと降り注ぐ光線に、真宮家の中で最初に抗ったのは響であった。
「だったらッ!!」
響は己の魔力を込めた魔法石を輝かせ、奏に添わせていた戦乙女を態とコンベア上で逆走させた。
「戦乙女、動き回って囮になってくれ! いいぞ! 罠の攻撃を逸らすんだ!!」
無造作に振られる赤熱した槍を罠が熱源と誤認識するのも相まって、光線の半数近くがシホから戦乙女へと移っていく。
「響さん……!?」
次に動き出した瞬は、弓持つ戦士の霊を呼び寄せていた。
「月読の同胞、力を借ります!! 僕の示す位置に真っ直ぐ弓を放ってください!!」
光線の確度から罠の位置を計算し、交差するベルトコンベアの隙間を縫い、的確な指示で罠を撃たせる姿は、さながら一軍を率いる名将だ。
「瞬さん……!」
そして、奏はトリニティ・エンハンスとオーラ防御の相乗にて不動の守り手になる選択をする。シホが目指す最も安全な目標となる為に。
「シホさん、そのまま私に飛び込んでください!! 受け止めますッ!!」
大きく広げられた奏の姿が瞳いっぱいに映った瞬間、シホは確信した。
幻惑の残滓などシホの何処にも残っていない。シホの本物の心が、純粋に幸せを感じている。仲間が仲間を想う当たり前の優しさに、幸福である事を許されているのだと。
許されたと思うからこそ、シホは世界に許しを請い願う。
(――どうか、お許しください。誰かと苦難を分かち合う幸福をお許しください。この戦いが幕を下ろす瞬間までは、どうか、どうか、どうか)
幻惑に押し付けられた幸福ではなく、シホ自身から生まれ来る幸福を力に、白の翼が羽撃いた。
幸せになってはいけない――心と記憶の枷を解きいて翔け舞うのだと。全ての終わりに、再び枷を掛けるのだとしても。
「奏さん!!」
「はいっ……! 宣言通り、受け止めましたよ……!!」
浮遊能力を全力で出し切った飛翔の衝撃で、シホの身を離れた白い羽根が舞う中。奏の優しい腕が、高潔な勇気の花を抱きしめた。
●
合流を果たし、近辺の罠の破壊で静けさの帰って来たベルトコンベアの上にて。瞬は奏に支えられたシホへと問いかけた。
「シホさん、単刀直入にお聞きします。何故、罠に気付くことができたのですか?」
「エリカの瞳で――目に装着する演算デバイスで、周囲の観察と分析を行って発見しました」
「なるほど……高度な技術を扱えるシホさんと合流できたのは幸運と言う他ない。僕らが罠の作動条件に当てはまる動きをしなかったことも」
瞬が思い出していたのは、第二の仕掛け部屋に突入したばかりの自分達の行動だ。
奏も瞬と同じ場面に思い至り、胸に手を当てて深く息をつく。
「……あの時、瞬兄さんが止めてくれてよかったです。私、空中で撃ち落とされていたかもしれないので」
「奏さんに何が――というより、何をなさったのですか?」
「実はですね」
キャラメルの扉を出ると、すぐ側に出口が見える位置に落下した事。出口へのショートカットを試みて、ベルトコンベアを飛び越えようとした事。止められた後は、ベルトコンベアの進行方向に添って歩いた事。これらの情報をシホに伝え終えると、奏はふと浮かんだ不安を口にした。
「私達は運が良かった。けれど、後続の猟兵さんも運良く――とは限らないですよね。私のようにうっかりな行動をとって、罠の餌食になってしまうかもしれません」
間近で奏の不安を聞き取ったシホは、彼女の不安と失敗の反省を汲んで同意に頷く。
「最初の部屋とこの部屋は、罠の方向性が真逆ですから。攻略妨害から撤退妨害に急転換しています。簡単に行動を変えるのは難しいかと」
「ですよねぇ……」
難しい顔をし始めた少女達に釣られ、瞬もまた彼女らに似た険しさを眉間に刻んで策を巡らせ始めた。
「オブリビオンがすぐそこに待ち受けているわけですから、後続の猟兵さんを迷路や罠で消耗させたくはありません。この部屋にも標の必要性が出てきましたが……さて――」
子供達が難しい顔を突き合わせる間、響はというと、三人の様子をそっと見守っていた。
決して、苦手な頭脳労働を避けたいわけではない。子供達と仲間を信じ、彼らを重んじるが故の見守りだ。それでも、彼らが踏み出す一歩に困っているのなら、背中を押してやろうと響は決めていた。
「母さん、アンタ達の話を聞いてて思ったんだけどさ! 最短ルートが分かってたり、罠がなくなったりしてるんだったら、近道も逆走もし放題じゃあないかい?」
豪快かつ大胆に押された背中に真っ先に応えたのは、豪快も大胆も長年フォローを担ってきた瞬だった。
「まあ……母さん風に大雑把に言えば、そうなりますね」
「罠の破壊も、道しるべも、両方やっちまえばいいのさ! 四人になったアタシ達なら、近道一本分くらいは出口に着くまで出来るだろうさ!!」
胸を張って言い切る響に、シホは挙手をして瞬に続く。
「エリカの瞳でご協力します。もとより道標を作るつもりでいましたから、銃は印用のペイント弾も撃てるようにしていますし……誘導弾で通過した箇所にも弾が届くはずです」
奏はというと、頼もしく聞こえるはずのシホの発言に首を傾げている。
シホの過去について奏は知る由もないが、合流時から自らに負担を強いる行動が気がかりになっていたようだ。真っ直ぐ育った奏だからこそ感じ取れる、切ない歪みがあったのかもしれない。
「ええと。デバイスであちこちを見て考えて、目印も付けて、罠も壊して……? あれっ、シホさんの負担が一番大きくありませんか?」
瞬もシホが苦を選びたがる理由を知らない。されど、彼も“実の両親を失った”という経験を以て、奏と同様にシホの抱えるものを感じ取れていた。故に、『奏と自分で彼女の苦を軽く出来るのなら』と、自然と顔を見合わせた奏と頷き合って、共にシホに提案をする。誰か一人が力を与えつくすのではなく、互いに力を出し合う当たり前の協力の提案を。
「僕と遠距離攻撃を分担すれば、シホさんの負担も減りますよ。シホさんは通過地点の対処を、僕は進路の罠の処理を担当する……というのはいかがですか」
「私も衝撃波で少し遠いくらいの物なら壊せますし。最前線の防御とあわせて、ぜひぜひ頼ってください!」
すぐ側で星のように輝く奏の元気と、月光のように高くから降る瞬の思いやりに、シホは自身でも気づかないうちに素直な微笑みを咲かせていた。
「奏さん、瞬さん……ありがとう。お願いします」
「おおっ、アタシの思い付きが立派な作戦に大変身したねえ! 万全のアタシ達で最後の困難に進めるよ!」
シホの笑顔を見届けて、響は大げさなほど格好よく槍を構え、真宮家とシホの再始動の合図とする。
「手が足りなかったら教えておくれよ、シホ。いざとなったら、アタシの華麗な槍投げを披露するからさ!」
「ふふ……響さんったら」
咲き続ける笑顔をそのままに、シホは真宮家と足音を重ねて歩き出した。
家族の繋がりと、仲間の繋がり。二つの繋がりが紡いだ四重奏により、後続の猟兵の憂いは間もなく全て断ち切られるはずだ。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
ベルベナ・ラウンドディー
ストロベリーミルクの扉とは成程
大なり小なりアイスクリームの意匠が反映済みのフロアに着いた、と
敵は大体決まりましたね
●破壊工作・追跡・学習力・世界知識
ベルコンは大いに結構、手持ちの爆弾一式から時限爆弾を選択
運搬させて罠を探りながら後に続けばいい
先行した猟兵の跡を辿れば踏破も易いが、そう楽させてはくれないか
とは言え罠の総数・種類には限度がある
でなくば先のシャボン玉の部屋で別の罠を併設し、処理することが出来たはず
それが出来ない背景を読んで学習し、抑えるところを抑えて進むのみです
さっきの部屋で幾らか疲れてますからね
省エネで進みたいのです(金平糖ばりぼり
●
当たりの扉を開いた先は、出口までの最短ルートを流れるベルトコンベア。
では、それ以外。ハズレの扉を開いたなら?
当たり以外は全てハズレとは理不尽極まりないが、果たして……
真宮家とシホが出口に辿り着いた直後の、第二の仕掛け部屋。
一定のリズムを刻むベルトコンベアの稼働音を断ち切るように、ハジけた声とエンジン音が部屋の一角に木霊した。
「これは新設のアトラクションに違いないッ!! たぁぁぁのしそおおおーぅッ!!」
最初に迷宮に挑んだはずのベルベナの姿が、後続の猟兵の更に後にベルトコンベアの迷路に現れる。
ベルベナがブチ抜いた薄紅色の扉――ストロベリーミルクの扉――は、残念ながらハズレの扉。
この扉に施されたハズレの証は“時の流れに歪みを発生させる”という罠であり、猟兵達の突入順に逆転現象を引き起こしている。他のハズレは“気絶”や“ミンチ”、“速攻ぺしゃんこ”に“問答無用全罠作動”というのだから、時間の前後は非常に優しい部類に入る。ベルベナは、ハズレ界の大当たりを引き当てたのだ。
「最早、私は空翔けるペガサスッ! 恐れるなッ、死神とのランデブー……――」
幻惑が高めに高めた楽しすぎるテンションそのままに。アトラクションことベルトコンベアを翔び越えるべく、ベルベナがバイクの前輪の角度を僅かに変えた刹那。
――チュインッ。
光線一閃。前輪の数ミリ先を焦がした罠の一撃が、ベルベナの幻惑を撃ち抜いた。
「……あれ?」
だいじょうぶだ……ベルベナはしょうきにもどった!
「……あれーっ!? 私、何かやっちゃいましたねー!?」
第一の仕掛け部屋で惑わされども、行動の記憶は残っている。
幻惑にかかっていたとは思えぬ軽快なバイクさばきで障害物を華麗に避けた事も。あらゆるアレコレが全開過ぎて、『ベルベナ大皇帝』やら『辛子明太子』などと口走って突っ走ってド派手な風になった事も。
「ま、まあ……誰にも見られていませんでしたし? 問題ありませんとも!」
そう。“何をしたのか”も、“何を見たのか”も、全て記憶が残っている。駆け抜けた鮮やさや、頬を撫でた冷気。これらの存在意義を読み解くには十分すぎるほどの記憶が。正気に戻ったベルベナであれば、真実に至るのは容易なはずだ。
まだ罠の作動条件を知らないベルベナは、罠を警戒して宇宙バイクを沈黙させつつ思考を巡らせる。幸いにも、考えるが故に最小限となった動きが彼の身を守っていた。
(それにしても、私がブチ抜いた薄紅色の扉。“ストロベリーミルク”と書いてありましたが)
解読への最初の一手は、宇宙バイクごと飛び込んだ扉の名前。それに引き寄せられて次々に甦るのは、過ぎ去った扉の名前だ。全て見えたわけではないが、どれも甘い菓子を連想させる名前が付けられていたように思う。
(障害物だって、普通の柱でも構わなかったはず。わざわざ氷の柱を選んだ理由は一体?)
扉の名前を全て読み切れなかったのは、幻惑が原因ではない。冷たくも美しい障害物――氷の柱に目を奪われ、遮られていたからに他ならない。
(映え力でキマイラフューチャーの猟兵をピンポイントで狙ったわけでもあるまいし…………ああ、成程)
第一の仕掛け部屋に散りばめられた欠片が、ベルベナの中でも繋がった。
(氷の障害物。扉の名前。組み合わせれば、大なり小なりアイスの意匠が反映されていると解ります。つまり、ここから導き出されるオブリビオンの正体は――!!)
確信に弧を描くベルベナの口元で、竜の牙が鋭く光る。
「見破ったり、オブリビオン! 仕掛けを突破するまで少々お待ち下さいね!」
ならば『後は動き出すだけ』と、先に進むべく手に掴み取った物。道具からベルベナが自信満々に選び出したのは、時限爆弾とふざけた硬さの金平糖だった。
●
一定のリズムを刻むベルトコンベアの稼働音に対抗するように、『ぼりぼり』と金平糖を噛み砕く音が木霊した。
「さっきの部屋でハシャぎすぎて、幾らか疲れてますからね。省エネで進みたいのです」
省エネモードと化したベルベナは、金平糖を味わいながらベルトコンベアの流れに身を任せている。
とはいえ、ただボンヤリと流れているわけではない。ガッチリ固められたたっぷりの糖分で疲労を癒し、オブリビオンとの決戦に備えているのだ。更に、前方に配置した時限爆弾で未知の罠対策も万全である。
(つい先ほど、毛先と引き換えに“逆らうとビームが来る”と学習しましたし)
出所不明の光線の他、ベルトコンベア自体にも罠がないとは限らない。予測を立てたベルベナは、囮兼罠の破壊装置として時限爆弾の設置を試みたのだが……爆弾から離れる動き――流れに逆らう動き――を感知され、髪の毛を一房焦がしてしまっていた。万全に至るまでの必要な犠牲であった。
(よって、省エネモードは最適解。毛先を何度もアヴァンギャルドにする私ではないのです)
余程の対策を講じなければ、逆走やショートカットは困難。故に、ベルベナはあえて最低限の動きに留めているのだが……
(ですが、省エネのままともいきません。オブリビオンまで手が届きそうで届かない距離に、何より、進行速度にたまらないもどかしさ! スピード感ーっ、返事して下さーいっ!!)
ゆっくりゆっくり進むベルトコンベアの上で、ついに時限を迎えた最初の爆弾が煤と煙と残骸に変わる。
出口へ続くルートの発見には至ってはいないが、いっそ流れに沿って歩くか走るか、ビーム覚悟で囮をばら撒き宇宙バイクで駆け出すか。決断の時に腕を組んで悩んでいると、ベルトコンベアを覆う四角形の蒸気機械と出くわした。
「おや、何でしょう。こちらの世界によくある機械のようですが……罠ですかね」
身構えて観察すれば、蒸気機械にはベルトコンベアが通る穴が開いているのが見える。先に置いた時限爆弾が穴の中に吸い込まれ――浮かび上がった。否、持ち上げられた。機械の中でベルトコンベアは一度途切れ、異なる機械に変わっているようだ。この変化がベルベナに伝える罠の形とは……
「ははっ、エグい想像しか出来ない」
持ち上げられた爆弾が出遭うのは、上部から勢いよく降りてくる平らな金属の塊。
はっと気づいたベルベナが耳を塞ぎ蹲った瞬間、上下からの圧力に挟まれた爆弾は炸裂し、爆風で跡形もなく蒸気機械の罠を吹き飛ばす。時限爆弾も、まさか時限以外で爆発するとは夢にも思っていなかっただろう。
「プレス機的な罠とは……壊せた事を喜べばいいのか、止まった事を嘆けばいいのか」
爆弾が役目を果たした事で罠を一つ回避出来たが、罠と連動していたのだろう、同時にベルトコンベアも停止してしまったのだ。幸いにも他のベルトコンベアは流れ続けているようだが、飛び移ろうと動けば光線に撃たれる未来が待ち受けている。
「両方やりませんけどね! 今出来ることをやるまでです!」
ますますもどかしい足止めの事態に、ベルベナは諜報道具から観測器具を取り出して、新たな進路を切り拓こうと試みる。
「…………色?」
ほどなくして観測器具が捉えたのは、人工の染料で色づいたベルトコンベアと壁だった。
(染料の飛び散り方から察するに、ペイント弾ですね。一つや二つではありません……結ぶと線になります)
ペイント弾の色を辿れば、周辺の壁や天井に穿たれた跡も見えた。壊れた機械片がはみ出している事から、罠――光線の発生源――の無力化が成されたと解る。遠距離攻撃で破壊されたとほぼ断定して、角度から計算するに、ペイントされたベルトコンベアから破壊が行われたに違いない。
「あれは正しく目印! 他の猟兵が残してくれた手掛かり……『あの先に出口がある』と!」
言葉ではなく心で理解したベルベナの決断と行動は速かった。当然だが、心以外でも十分に理解しているので安心してほしい。
「またとない好機ッ! 一気に翔びますよ、【V-RAXX】ッ!」
困難も危険も打ち消すほどの、最高の好機の元へ。
ベルベナは宇宙バイクに跨るや、すぐさまエンジンを再び吠えさせ、幾つもの発煙弾を無造作に放り投げた。
「やっぱりアトラクションですよ! このベルトコンベアは!」
残された罠達が爆ぜさせた爆煙に紛れ、自慢の宇宙バイク【V-RAXX】でコンベアからコンベアへと飛び移る――纏い尾を引く煙を翼に、翔ける姿は機械仕掛けのペガサスの幻想だ。
「『お待ち下さい』と言いましたが、待つ必要はたった今無くなりましたよ……“消えたアイス職人”さん!」
仲間の標の守りの下に恐れるものなど一つも存在しない道で、ベルベナは隠し領域の主の“かつての肩書き”、あるいは“二つ名”――“正体”を高らかに叫ぶ。
「最速で翔けて最短を駆けるッ! 刹那ではありますが、貴方の元まで走りを楽しませてもらいますッ!!」
過去の喉元まであと少し。ここは最後の一直線。
ベルベナの全速力は、閉じられた迷宮に生まれるはずのない鮮やかな風を巻き起こす。
「――言ったでしょう」
出口前の空間に宇宙バイクのブレーキ痕を刻み、ベルベナは出口にして入り口たる扉を睨み上げた。
「待つ必要は無くなった、と」
蒸気機械と魔法仕掛けの重厚な扉は、ベルベナの緑の瞳に命を認めると、頭上から女性の声を降らせてくる。
『美味への一歩は、確かな材料選びから!』
『ごきげんよう! 幸せな材料さん!』
『お会いできて、わたしもとっても幸せです!』
定められた条件で、定められた言葉を響かせる……自動再生なのだろう。蒸気機械に録音された音声は、己の迷宮を二つも突破されたオブリビオンとは思えない能天気な響きで、開きゆく扉へと誘っていた。
『ようこそ! わたしの夢のアイスキャンディ工場へ!』
扉の奥から滲み出す濃厚な甘い香りと強烈な冷気、そして、狂気の意志が猟兵を絡め捕らんと見えざる手を嗤って伸ばす。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『アイスメーカー『キャンベル』』
|
POW : 甘美な味見と『ユーベルデコレーション』
戦闘中に食べた【魔法でアイスに変えた対象】の量と質に応じて【対象の能力とユーベルコードを習得し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
SPD : 『アイスキャンディ・ストライク』でアイスになぁれ
【戦場に氷の足場を生成し高速滑走で攪乱して】から【対象の足元や尻にサイズ自在のアイス棒】を放ち、【棒のサイズに応じたアイスキャンディ化】により対象の動きを一時的に封じる。
WIZ : 『アイスファクトリー』美味しいアイス出来上がれ♪
戦場全体に、【出口で彼女が操作する、猟兵アイス製造工場】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
イラスト:汐谷
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠ポーラリア・ベル」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
ベルベナ・ラウンドディー
私の真の姿なら髪の色的にチョコバニラのダブルあたりに見えてるんでしょうかねぇ…
あの工場見るにアイス職人より機械工学の研究者のほうが向いてますが
…話が通じそうにないし終わりにしますか
携行する爆弾を使用、焼夷弾あたりでも撒いて【焼却】とします
飛ぶアイス棒を燃やす狙いですが決め手にかけますね
攻め手も備えねば
ユーベルコード使用
アイスに変える魔法とかアイス棒やらを掴んで持ち上げて【投擲】でお返しします
【破魔】の力がありますし魔法くらい多分破れますよ
他猟兵のユーベルコード製の利用可能なものもあれば同じく投擲
…しかし魔法で変えたアイスか
味や効能には興味がありますし、利用する機会があれば考えておきましょう
シホ・エーデルワイス
アドリブ&味方と連携歓迎
猟兵をアイスの食材にしますか…
飽くなき探究心は素晴らしいと思いますが
果たして狩られるのはどちらでしょうか?
【祝音】で味方の支援や火炎<属性攻撃の焼夷弾で範囲攻撃>し
室内の温度を上昇させてアイスも氷の足場も溶かします
猟兵アイス製造工場は先のベルトコンベアの迷宮と似た物でしょうか?
先の経験を<学習力>で分析して迷宮の構造を把握し
熱を放っている機械は氷結や雷<属性攻撃の誘導弾で熱膨張やショートを起こして部位破壊>します
ごめんなさい
貴女の大切な夢を壊して
でも命の奪い合いをする以上
手加減はできません
戦闘終了後
狂気から解放され
来世では皆を笑顔にできるアイスが作れますよう<祈り>ます
●
魔法であらゆるモノが狂い捻じ曲がる、迷宮の最後、過去の居城にて。
ふんだんに水を含んだ冷気は霧となり、ベルベナの周囲の視界を白く染めていた。
視界を遮られた分だけ研ぎ澄まされた聴覚が捉えるのは、奇妙なほどに“生気”を感じる機械の稼働音と、時折紛れ込む氷や硝子を思わせる澄んだ音。迷宮の主、オブリビオンの姿は未だ見えない――
「敵でも味方でもなく『材料さん』ですか。私の真の姿なら、髪の色的にチョコバニラのダブルあたりに見えるんでしょうかねぇ……」
魔法と蒸気機械、両の罠を駆使した敵だ。こちらに敵は見えずとも、敵はこちらを見る術を持っているはず。ベルベナが霧中からの攻撃を警戒して呟くと、霧の奥深くから先ほど聴いたばかりの能天気で愛らしい声が響いてきた。
『まあ! なんて素敵な髪の色でしょう! チョコと抹茶? それともミント? メロンですか?』
「嘘……ホントにそれっぽく見えてるとか……」
『まあ……何であっても、材料さんが素敵なことに変わりありませんね! アイスの魔女【キャンベル】は、もちろんあなたも大歓迎! わたしの工場で美味しくできないものなんて無いのですから!』
「――ッ!!」
能天気さと愛らしさとは裏腹に、霧を裂いてベルベナに襲い掛かるのは回転する花弁状の巨大な刃。飛び退く瞬間、ベルベナの脳裏に過ったのは、いつかの日常で目にしたミキサーの刃だった。
「……鱗ごとズバっ、と……随分と良い罠をお作りで。アイス職人より、機械工学の研究者のほうが向いているんじゃあないですかね……?」
濃霧という悪条件の中でベルベナの回避は成功したものの、ドラゴニアンの長い尻尾があだになった。刃の攻撃範囲に残ってしまった尻尾が刃を受け、頑丈な鱗に血の色の一線が走っている。
傷を気にせず反撃か。死角を探して応急手当か。それとも――
「手当します」
「えっ?」
ベルベナの選択と判断よりも早く、凛とした女性の声と慈愛を感じる温かな光が彼を包み込んだ。
「これは……! 回復のユーベルコード!」
急速に癒される尻尾から慈愛の源を探れば、いつの間にか側に佇んでいたオラトリオの女性と視線が交わった。
「ありがとうございます、助かりました! ええと……」
「シホです。挑む敵は貴方と同じ――猟兵ですよ」
救ったばかりのベルベナを安心させるべく、シホは努めて冷静に名乗る。【祝音(シュクイン)】の――ユーベルコード【苦難を乗り越えて響く福音】の代償、疲労を隠しながら。
「戦闘中ですから、短いご挨拶で失礼いたしますね」
「構いませんとも! 私はベルベナ。どうぞ、お見知りおきを」
「では、ベルベナさん。早速で申し訳ありませんが……一緒に床に寝転んで下さい」
「ぅえっ!?」
ベルベナの懐にシホが飛び込み、衝撃で倒れ込んだ視点が天を向く。床に倒れたベルベナの瞳に映るのは、頭上で振り子の如く揺れる巨大な泡立て器だった。シホの行動がなければ、ベルベナは重い金属に打たれて深刻な傷を負っていたに違いない。すぐ近くにいたシホも巻き込まれていたはずだ。
「ぬわぁーっ!? ミキサーの次は泡立て器!?」
「あ……今動くと危険ですよ。泡立て器はいずれ止まりますから、焦らずに待ちましょう」
ベルベナの真上に倒れ込んだシホは、起き上がろうとする彼をやんわり制し、限定された視界でエリカの瞳の演算結果に従った。すぐに起き上がれば、せっかく避けた攻撃の餌食となる。敵が諦め、新たな攻撃方法に移行し、隙が生まれるまで待つのが最善だと。
この演算結果は、デバイスの性能だけが齎したものではない。優しい人々がシホくれた想いを重ねてこその結果であった。だからこそ――この戦いの中だけだとしても、シホは孤独な自己犠牲を計算材料から弾き出す。仲間も、自身も、決して犠牲にならない為に。
「動けるようになるまで、“私達”が知り得た情報を簡単にお話しますので」
シホがベルベナに伝えたのは、彼女が『優しい猟兵一家と行動を共にしていた』という事。そして、敵の名乗りと同時に現れた氷と機械の迷路によって分断された事。故に、迷路――空間を作り変えるオブリビオンのユーベルコード――に最も警戒しなければならないという事だ。
「工場だの美味しいだのと言っていましたが、本当の本当に……」
「アイスの魔女のユーベルコード。その一つが、この領域を覆う全て。凶悪な“アイスキャンディ工場”なのです」
泡立て器がかき混ぜた空気で霧が晴れ、迷路の全貌が明らかになっていく。
機械が氷になったのか。氷が機械になったのか。膨大な氷で固められ結びつけられた金属が、最奥の魔女を鎧い隠し、ベルベナとシホ達を逃がすまいと取り囲んでいる。
第一の仕掛け部屋と第二の仕掛け部屋を溶かし混ぜ合わせた戦場は、アイスの魔女【キャンベル】の意思が動かす迷路にして、常に形を変える生きた工場。遥か遠い日――魔女と呼ばれた職人が夢見た、魔法の【アイスファクトリー】。
●
氷が軋み、迷路が蠢き姿を変える。
『困りました……おとなしく加工されてくれないのなら、直にアイスにするしかありません!』
待ちに徹したベルベナとシホに、しびれを切らした魔女が動き出したのだ。
『美味しい魔法【アイスキャンディ・ストライク】で――ふたりともアイスになぁれっ!』
魔女キャンベルの一声で、背を委ねていた床が急激に冷え、氷の床へと変貌していく。
それだけではない。第二の仕掛け部屋のベルトコンベアを思わせる氷の足場が、高速で二人に伸び迫っていた。
「ベルベナさん、起きますよ」
「了解です!」
「エリカの瞳、演算開始……攻撃到達予測……回避距離計算……完了! こちらへ!」
エリカの瞳の導くままに、広がる氷の床を避け、ベルベナとシホが新たな攻撃を掻い潜る。
氷の足場を滑る機械から発射され、降り注ぐ大小様々な木製の棒は、ベルベナをはじめ存在を知る者ならば一目で“何に使われる物か”が分かるはずだ。人の背丈を超える大きさから、手に収まる常識的な大きさまで。様々であれど、いずれも平たく細長い。
「アイスキャンディの棒ときましたか。新手の迷路の罠ですかね?」
「いいえ。異なるユーベルコードだと……デバイスは分類したのですが」
「……が?」
「自ら業の効果を晒すなんて。彼女は、よほど狩られない自信があるのでしょうか」
「確かに! 高らかに言い放っていましたね……『アイスになぁれ』と……」
次撃に目を光らせ二人が視線を落とす床では、突き刺さった棒の先端で色と香りの付いた氷が発生していた。しかし、標的がいないと理解した氷は無意味を悟ってぼろりと溶け落ちる。
恐らくは、大きな棒なら全身を。小さな棒なら一部を。当たった相手の身体をアイスキャンディ化させ、動きを封じる効果があるのだろう。
実にアイス職人らしい業の成れの果てを見つめながら、ベルベナとシホは浮かぶ可能性を同じくして互いの言葉を繋げていく。
「或いは」
「不利と気付かないほどに、狂っているの?」
氷が溶けていく様――回避の現実は、無論、魔女キャンベルにも見えている。失敗した彼女の情の矛先が向けられるのは、エリカの瞳を駆使してこの現実を招いたシホだ。
『あのぅ……花の香りの材料さん、邪魔をしないでくださいな。アイスになるのはお嫌です?』
「もちろんです。貴女の材料になる事が贖罪になるとは到底考えられませんので」
『あなたなら、儚く甘く美しい花のアイスキャンディになれますのに。魂に温もった幸せを、どうか凍らせてくださいませんか。わたしの魔法で、わたしの技術で、絶対に絶対に美味しくすると誓いますから!』
「お断りします。美味への飽くなき探究心は素晴らしいですが、どこで道をお間違えになったのでしょうか」
『でしたら! “あの材料さんたち”とミックスするなら、アイスになってくれますか? みんな一緒なら寂しくありませんし、いいですよね! 四人ぶん……複雑な味……想像しただけで胸が高鳴りますっ!』
「“あの方々”は、貴女に負ける猟兵ではありませんが」
『ではでは! ダブルの贅沢材料さんとなら――――』
激しく押し寄せる魔女の言葉――高速呪文詠唱級のマシンガントーク――に毅然と答えるシホの声を耳に、ベルベナは声の源である迷路の最奥を睨む。
(はっきりしましたよ、アイスキャンディへの執念と狂気が。アイスの魔女……話が通じそうにない)
無駄に思える問答の時間は、無駄であれど無意味ではない。お喋りに夢中な魔女の攻撃の手は止まり、戦況を猟兵有利に傾け始めているのだから。
シホがわざわざ問答に付き合っているのも、受け答えの裏でデバイスを駆使し広域観測を行っているからに他ならない。ベルベナはお喋りの陰に紛れ、魔女の注意を引き付けてくれているシホに感謝しながら、とある爆弾を手に取った。魔法を解き、機械を壊す。両方を一度に叶えられる爆弾を。
(生命体を魔法で変えたアイス――味や効能には興味がありますが。作り出す魔女の存在は、この場で終わりにしなければならないようです)
密偵時代の名残が『魔女のアイスを知りたい』と疼くが、隙を活路と活かさねばならない。己の過去には暫し蓋をして、ベルベナは空いた手でシホの肩をぽんと叩いた。
「シホさん、シホさん。寒い中のお喋りで体が冷えたでしょう? 問答はお終いにして、“これ”で温まりましょうよ!」
「“それ”は……ふふ、奇遇ですね」
振り返ったシホはベルベナの片手に乗った爆弾を認めると、二丁の聖銃をちらりと見遣る。
「丁度、私も使おうと考えていたんです。氷を解かす炎の塊を」
過去より来たる魔女の終わりは、冷たい狂気を問答無用で溶かし尽くす事から始まる。
二人が選んだ爆弾と銃弾の名前は、焼夷弾という。
●
『――あら、いけない! わたしったら! アイスの事になると、つい熱く語ってしまうのです。冷たいお菓子の職人なのに……悪いクセ!』
炎に狙われているとも知らずに、てへぺろ、とでも効果音を付けたくなる能天気が氷に反響し続けている。
『今度こそ、ちゃぁんとアイスにしてあげますので! 材料さんたち、もっともーっと美味しくなーぁれっ!!』
材料と呼ぶ猟兵達が、とっくに彼女の声など聞いていないとも知らずに。甘美な氷がベルベナとシホを彩る光景を好き勝手に想像し、魔女キャンベルはアイスキャンディの棒を再びの雨へと変えた。
「解れば恐れるに足りません! 私の【掌握(ショウアク)】に、掴めぬユーベルコード無しッ!」
想像を想像のままで終わらせようと、氷を呼ぶ雨に挑みかかるのはベルベナだ。
ユーベルコードに起因する事象を掴み取る業にて、広げたベルベナの掌は、彼の背丈を超えるほどの棒に爪を喰い込ませる。破魔の力でアイスキャンディ化に対抗すれば、アイスの魔法は解け、氷は二度と生まれない。氷菓の支えという役目を失った棒は、名も無き力の塊と化した。
「第一の迷宮も、第二の迷宮も、ブチ抜いて駆け抜けた私です!」
ベルベナは棒を振りかざし、シホを信じて振り返らずに氷の床を踏み砕く。彼女なら絶対にアイスキャンディになるはずはないと。
「でぇりゃぁぁぁッ!!」
後の先。全力全開の投擲が、冷気を裂いて鋼を斬る。迷路の順路など無視し、道中の罠をも破壊し。真っ直ぐに進むたった一本の力は、巨大な風穴をこじ開け進む。
行き止まりの分厚い氷壁に阻まれ、折れて消えてしまうまで、アイスキャンディの棒“だったモノ”は魔女の工場に文字通りの大打撃を与えた。
「ここまで来たら貫徹するまで! 最後の迷宮、貴女の業もブチ破ってしまえばいいのですッ!」
『な、なんてこと!』
ベルベナ達の遠く上方に鎮座する、半透明の氷壁の裏。壊れた機械でぼろぼろの円から見える行き止まりで、人型の影がわなないている。厳重に鎧われたその場所こそ、アイスファクトリーの中枢部――魔女キャンベルの玉座(そうじゅうせき)に違いない。
『わたしの可愛い調理機械がっ、わたしの魔法を盗まれてっ……!』
「盗むだなどと、竜聞きの悪い。私は私の力をありのまま使っただけですってば。ねえ、シホさん?」
空っぽになった手にもう一つ。両手に焼夷弾に携えて、ベルベナは無事を信じるままに仲間の名を呼んだ。
「ええ、魔女さんと何ら変わりありません。成し遂げる為に、自らの意志で振るった力です」
果たして、エリカの瞳の導きは強力であり続け、ベルベナの信じた通りにシホは健在であった。
魔女への憂いを湛え、氷の床を悲しくに鳴らし、氷壁を見上げて歩み寄る。敵との距離が縮まるわけではない。攻撃の予備動作でもない。数歩の歩みは、魔女の名が称号でしかなかった職人に想いを寄せる、厳かな聖者の行進だ。
「ごめんなさい、貴女が遂げたかった想いの形を――大切な夢を壊してしまって」
『謝るのでしたら、おとなしくアイスに……』
「でも」
歩みも想いも寄り添えど、過去と現在の距離は離れたきり変わらない。猟兵とオブリビオンの目指す未来が交わる事は決して無い。
「命の奪い合いをする以上、手加減はできません」
『そんなぁ……』
シホの憂いは瞬き一つで塗り替わり、聖者の行進は猟兵の進攻へと旋律を変えた。
構えた聖銃ピアとトリップに火炎の属性を込めれば、それぞれの弾丸は、放たれた瞬間に焼夷弾の力を備えた炎の塊と化すだろう。
「ベルベナさん。迷路がまた凍る前に、溶かせるだけの氷を溶かすべきかと」
「魔女を守る氷の壁も溶かせたら万々歳ですが。攻撃、届きますかねえ」
失意で無言になりながらも、魔女キャンベルに諦めの二文字は浮かんでいない。ベルベナの開けた穴を塞ごうと、氷を蠢かせて機械を繋ぎ始めているのがその証拠だ。修復されて新たな迷路を作られる前に、修復以上の速度で破壊を齎さなければ。
「燃え盛るように力いっぱい支援します。届きます。届けます。きっと」
「心強い! では、シホさんの力いっぱいを無駄にしないよう――」
拓いた活路を閉ざされまいと、ベルベナの焼夷弾はついに彼の手を離れて宙を舞って火を噴いた。
「力いっぱいの波状攻撃ですッ! 全弾ブチ込んでカチ込んでやりますよッ!!」
一つ、二つ、三つ、四つ――ありったけの焼夷弾が撒き散らされ、炎の海となって氷を飲み込み広がりゆく。聖銃から連射される火に煽られ、炎は怒涛の勢いで迷路を焼き焦がし、ベルベナとシホの周囲から一切の氷が消えた。
『ば、爆弾です……!? やめてっ、やめてください! いけませんっ! わたしの工場で許される火は材料さんを煮て焼いて揚げるだけの――っ』
アルダワと異なる技術で作られた為に、爆弾との認識が遅れたか。迷宮内の材料達に気を取られすぎていたのか。修復に力を注ぎたかったのか。魔女キャンベルは、出遅れた防御で延焼を止めようと試みるが……
『――え?』
突如氷壁に突き刺さった金属片にびくりと震え、視線を奪われ、工場を操作する手足と意思が硬直する。なぜならば、彼女には金属片何であるのか瞬時に理解出来てしまったからだ。工場の一部だ、と。
「焼夷弾だけかとお思いでしたか? 迷路の部品、掌握させていただきました」
「炎だけが貴女の敵ではないのです」
焼夷弾を使い切って終わるベルベナではない。彼がユーベルコードで投擲したのは、シホから誘導弾の支援を存分に受けた欠けた歯車だ。
目にも留まらぬ速さで切り替えられたシホの属性強化、雷の弾丸が引き起こしたショートで壊れ落ちた、蒸気機械の部品のひとつだった物。創造主に刃向かったそれは、守りの壁に罅を刻んで、穴を穿って地に落ちる。聖銃の銃弾が潜り抜けられるだけの、小さくも大きな道を。
「貴女の幸福を祈りましょう」
魔女キャンベルに、熱風に乗ったシホの祈りの言葉が届く。
「狂気から解放され、来世では皆を笑顔にできるアイスが作れますように」
壁の遥かで光の十字架が清く輝き、溶けた氷が発した蒸気を切り裂いて、聖なる銀が魔なる者の脇腹を貫いた。
●
守りの氷の内側で。冷たくおぞましい情熱が、傷つきながら笑っていた。
白いエプロンに滲んだ赤を、血よりも赤い氷で堰き止めながら笑っていた。
『うふ、ふ……ふふふっ……』
己も迷路の部品と狂い、魔法の氷の繋ぐ力を無理矢理に当てはめて。
いつまで保つかも分からない無理も、狂ってしまえば理になると、歪な呪文で更に狂って。
『……お祈り、ありがとうございますねぇ……でもですねぇ、だめなんですよぉ……来世では、だめなんですよぉ……だめだから、今に蘇れたのですよねぇ? だから、だから、わたし……は!!』
加速する狂気に呼応して、迷路が、戦場が、激しい地鳴りに轟き吼える。
魔女を衝き動かすものは――遥か遠い彼の日から、少しも狂わぬたった一つの…………
『わたしは!! “今のアルダワ”で!! 一番のアイス職人になるのですから!!』
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
火土金水・明
「少しでも迷宮内を安全にするために、あなたを倒させてもらいます。」
【SPD】で攻撃です。
攻撃方法は、【先制攻撃】で【高速詠唱】し【破魔】を付けて【フェイント】を絡めた【全力魔法】の【銀の流れ星】で、『アイスメーカー『キャンベル』』に対して【2回攻撃】をします。相手の攻撃に関しては【見切り】【残像】【オーラ防御】【氷結耐性】でダメージの軽減を試みます。
「(攻撃を回避したら)残念、それは残像です。」「さあ、オブリビオンは『骸の海』へ帰りなさい。」
アドリブや他の方との絡み等はお任せします。
●
炎熱で膨張する多量の蒸気に耐えきれず、鋼の扉が弾け飛んだ。
思いがけず開かれたアイスファクトリーへの入り口で、火土金水・明は迸る熱い蒸気に覆われていた。
高温の蒸気を吸い込み喉を焼く寸前だったが、眼前に倒れた扉が空気の流れを変え、危うく難を逃れた……といったところだろうか。
「けほっ、けほっ……凄い蒸気……! 中での戦闘、かなり激しいようですね」
マントを翻して上記を振り払い、未だ止まぬ熱風に揺れる【黒色のウィザードハット】を深くかぶり直し、明は炎と氷が互いを喰い合う戦場へと進み行く。
『どうして、わたしは評価されなかったのでしょう? どうして、みなさんは評価しなかったのでしょう? キャンベルが一番だ、って。キャンベルこそ一番の魔女だ、って』
早々に明を出迎えたのは、絶えず組み変わり続ける機械仕掛けの迷路と、虚空に呆然と放たれる問いかけであった。
(キャンベル……魔女……オブリビオンの名前?)
機械を通して拡声された魔女キャンベルの声は迷路全体に反響し、声の出所が――魔女キャンベルの座す現在の中枢部の位置の特定を困難にしている。突入したばかりの明にとっての不利が立ち塞がっていた。
(居所への手がかりはあまりにも小さい――それでも、あちこちに散らばっている。諦めずに手繰り寄せれば、必ず辿り着けるはず。過去を骸に還したいなら、迷っている暇なんてありません!)
視界いっぱいに広がる複雑な迷路を前に、明は素早く決断を下す。
立ち止まっていては、迷路の変化に飲み込まれて敵を見失ってしまう。見失っては、探索に時間を奪われ敵が遠ざかってしまう。ならば、こちらから切り込み暴き、魔を【銀の剣】で斬り祓うのだと。
『命をかけて、命を削って。技術を高めて、素材を探して。他の魔女に負けないくらい、美味しい美味しいアイスキャンディを作りました』
「…………」
明は機械部品を渡りながら、魔女キャンベルの独白に冷静に耳を傾ける。拡声機の位置、床や壁への反射、鋼と氷の振動から位置を割り出す為に。
(反響までの時間差からして、オブリビオンはそう遠くないはずなのですが……!)
すぐに居所の目星は付けられたものの、位置が地震に遭っていると錯覚するほど揺れる足場、魔女の心残りを代弁する脈動が邪魔をする。
だが、透明な冷気が横切った事で彼女の進路に光が差した。アイスキャンディ・ストライクの射出装置を運ぶ氷の道が、明の視界で煌めいているではないか。
(魔女の魔法――氷の道! 辿れる手がかりは、まだありました!)
明が閃きで編み出したのは、氷結耐性と破魔の力を活かした氷上移動。
二つの抗いの力があれば、魔法の氷は明にとって美しいだけの道だ。滑走し、跳び上がり、漆黒の流れ星となった明が翔けていく。
『私、考えたんですよ。考えて、考えて、命がけでアイスを作ったんですよ』
(……言葉一つ一つの意味は、真面目で一生懸命なのですが)
道中で現れる射出装置を見切って避け、図らずもアイスキャンディ化を防ぎながら。着実に機械を通さない声に――魔女キャンベルの操縦席に向かう明は、近づくほどに深まる違和に眉を顰めた。第六感が“おかしい”と警鐘を鳴らしている。
『なのに、みんなおかしいんですよぉ。わたしの考えも、作るアイスも、“間違いだ”って言うんですよぉ』
「聴こえ来る響きが、おかしい。私は、人は、これを……」
何と呼んでいたか。何と名付けていたか。
小さく唇から零れた違和の理由は、程なくして明の五感と魔女の虚ろな問いで証明される事となる。
『命をかけて作ったアイスは、いつだって美味しさと幸せを生む。なら、命そのものをアイスの材料にしたら? 命の器の肉体も、そこに宿る心も魂も、全部ぜーんぶ使ったら?』
明の瞳に、無秩序に組まれた部品と氷壁に守られた影が――ようやく辿り着いた魔女の姿が映る。
鼓膜に触れた魔女の感情に肌が粟立つ。濃密な冷気が耐性を上回って、呼吸の度に肺を蝕む。むせ返る甘い香料の匂いに眩みかけた意識を叱咤し、明は銀の剣を握りしめた。
「やはり――!」
『新しい氷菓の理論を証明したのに! 評価されなかったんです! 私の命も、災魔の命も、他人の命も、こんなにあんなにいっぱいいっぱいかけたのに! わたし、一番になれなかったんですよぉ!!』
叫びに崩れる氷の道から翔び立って、明は落下の勢いに任せて剣を氷壁に叩きつけた。魔女キャンベルが染まってしまったモノの名前と共に。
「あなた、狂っていますッ!」
剣と氷のぶつかり合う高音が一帯の音と言う音を断ち切れば、明という猟兵の到来が知れ渡る。魔女キャンベルは彼女に釘付けとなり、虚ろな声を満たして邂逅の喜びを捲し立てた。
『よくぞおいでくださいました、新しい材料さんっ! 黒いアイスにキラキラのデコレーションが似合いそう……いいえ、絶対ぜったい似合いますっ! 黒は何で着色しましょう? ご希望はありますか? ねえ、夜の色の材料さん!』
成立しない会話。繋がっているようで、実はばらばらの言葉達。相手を認識していながらも、己と己の夢しか見えていない。UDCアースの邪神もかくや。ヒトから生じた本物の狂気がそこに在る。
「その狂気、決して看過できません。迷宮内の安全のため、あなたを倒させてもらいます」
反動で着地した部品の上で剣を整える明は、狂気を一身に受けながらも着実に狙いを定めていた。
氷壁が守りの要なら、一撃で破壊出来るとは初めから思っていない。他の動作からの続きではなく、一つの業に全力を注ぐ。ユーベルコード【銀の流れ星】の連撃にて、氷と鋼ごと魔女を斬るのだと。
『ああ、直接アイスに変えれば着色料なんていりませんねっ!』
業を発動せんと足場を蹴った明もまた、狙われる側である。射出装置を介さずに氷壁から撃ち出されるアイスキャンディ・ストライクが、宙で無防備となった明の胴に突き刺さり――手応えも何も無く、いくつかの部品を壊しただけで終わって消えた。
「残念、それは残像ですよ」
『まあ、残装! 残像もアイスキャンディにできないでしょうか? まだ作ったことがなくって!』
氷と鋼の合間を流麗に舞い翔び、はためく【黒色のマント】に加速の風を蓄えながら、明は状況を理解しきっていない魔女へと種を明かす。
「私は昔のあなたを知りません。功績も、罪も。けれど、あなたの狂気に触れて解りました……あなたの作った幸せは、影で山ほどの不幸を生んだのだと」
加速で身軽になるほどに。明のユーベルコードは重く鋭く強くなる。
残像を知ろうと伸ばされる機械の手も、ようやく察知した危機の気配を振り払おうとする氷の手も、フェイントを交えていなしながら。明の掌の中で、銀の剣は偽りない剣戟が放たれる時を待った。
「その狂った幸福論、現在(いま)に終わらせ未来を断つ! 骸の海へ還りなさい――オブリビオン!」
●
流れる星に、魔を断つ力を。
銀の剣が待ちわびた正真正銘の連撃が、流星と疾駆し氷壁に輝きの閃を描く。
断たれた氷壁が閃に沿って滑り落ち、ついに魔女の玉座は陥落した。
『まあ、まあ……猟兵という存在は……実に素晴らしい材料さんです』
曝け出された魔女は、青空色に染まる氷の座の上で深いブラックココア色の瞳を瞬かせている。
『そうでした……迷宮の中で命が尽きた、あの時だってそうでした……わたし、追い詰められるほど燃えてしまうんでしたっけ……』
瞳と同じブラックココアの髪、その編まれた一房が、銀の流れ星に斬られて解け落ちようとも。エプロンに鮮やかな赤が更に滲もうとも。魔女キャンベルは、迫る終わりに取り乱す事も無く、逆光に煌めく銀の剣を笑みを浮かべて眺めていた。
『燃えて、燃えて、終わりが見えているはずなのに……足掻いて、足掻いて、足掻きたくなって……』
振り上げられた剣が頂点に達した刹那、魔女の笑みも狂気の極みに咲き燃える。
『止まれなくなってしまうんですッ!』
ここは、魔女が夢見たアイスファクトリー。魔女の想い一つで自在に動く生きた工場。
声も言葉も無き命令の下、氷の座の真下に底の見えない空洞がぽっかりと口を開け、座ごと魔女の身を吸い込んだ。
成功
🔵🔵🔴
真宮・響
【真宮家】で参加。
まあ、仕掛けの扉の名前で察してはいたが、消えたアイス職人はオビリビオンになっていた訳か。その熟練したアイス作成の腕が人に向けられると危険だね。熱意があるのは結構だが、人をアイスに替えられるのは止めたいね。
真の姿解放(黒髪金眼になり赤いオーラを纏う)早速奏と瞬が迷宮に閉じ込められるが、あの子達が脱出してくるまで、戦線維持に専念しようかね。【残像】【見切り】【オーラ防御】で攻撃を捌きながら、【ダッシュ】【早業】で高速滑走に付いていく。隙を突いて【二回攻撃】【カウンター】で飛竜閃を当てる。まあ、アイスに変えられても時間稼ぎが出来れば充分だ。こいつをぶちのめすのは奏と瞬に任せるよ。
真宮・奏
【真宮家】で参加。
美味しそうな仕掛けの奥にはアイス職人のお姉さんが待っていたと。何でもアイスにしてしまう怖くて危険なお姉さんみたいですので、退場願いますか。人間アイス、聞いただけで怖いです。
真の姿を解放(黒髪金眼になり青いオーラを纏う)した途端、迷宮に閉じ込められますが、蒼の戦乙女を発動し、【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【盾受け】【拠点防御】で防御を固め、【二回攻撃】【衝撃波】を放ちながら出口に向かって高速で飛翔。兄さん、しっかり付いてきてくださいね!!無事出口から抜けたら高速で敵に接近、【怪力】【グラップル】で全力で殴り飛ばします!!
神城・瞬
【真宮家】で参加。
件の行方不明になったアイス職人、オブリビオンになって奥に籠っていたと。迷宮を人間アイス工場にさせる訳にはいきませんので、ここで倒させて頂きます。
真の姿を解放(両目が赤くなり、銀髪になり、銀のオーラを纏う)奏と共に迷宮に閉じ込められますが、奏と共に迷宮の脱出を試みます。月読の騎士を発動、【誘導弾】【部位破壊】【二回攻撃】で迷宮の壁を壊しながら、奏の後ろに付いて出口を目指します。出口から飛び出したら、高速で敵に接近し、【属性攻撃】で火を纏わせて更に【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【吹き飛ばし】【武器落とし】諸々を乗せた杖で直接【二回攻撃】で全力で殴ります!!
●
溶解と凝固を繰り返す氷の中で、赤い太陽が赫赫と光を放っていた。
真宮家の母、響の真の姿が万華鏡のように氷に映る。
茶色の髪は黒髪に、紫の瞳は金眼に。纏うオーラは炎と見紛う灼熱の赤。オブリビオンを焼き祓おうと燃える鬼神の如く。
「まあ、仕掛けの扉の名前で察してはいたが。消えたアイス職人はオブリビオンになっていた、と。瞬の推理も完璧だったって証明されたな」
激しく鳴動する迷路の中、響の側に愛する子供達の姿はない。道中で合流した仲間の姿もない。
(早速、奏と瞬が閉じ込められて今に至る訳だが。まあ、あの子達なら心配いらないか!)
会敵からの真の姿解放早々、魔女キャンベルのアイスファクトリー――初手からの搦め手、あるいは奇襲――を喰らい、皆と離れ離れになってしまったのだ。
それでも、響は子供達も仲間も信じて自身の戦いを猪突猛進に続けていた。絶えず変化する迷路の壁や部品を破壊しながら直進し、魔女キャンベルに痛手を与えながら道を切り拓き、戦線維持にと奮闘している。
丁度、今も一枚の分厚い壁をブレイズランスで突き崩したところだ。
「熱意があるのは結構だが、人をアイスに変えられるのは止めたいね――アイスの魔女、アンタを倒してさ」
崩れる壁の先に立っていたのは、魔女キャンベル。
発見時と違い、沁み込んだ血で汚れて破れた衣装を身に纏っている。三つ編みの片方を切り落とされており、所々を氷で塞いでいる事から、迷路を攻略した他の猟兵達が彼女と戦えたのだと伺い知れた。
『二度目のごきげんよう。色が変わっても香りで分かりますよぉ。ベリーチョコの材料一号さんにまたお会いできるなんて嬉しいっ。緊急脱出口、使ってみるものですねぇ』
魔女キャンベルは響から向けられた槍の先に一礼をし、自身の周囲にアイスキャンディの棒――アイスキャンディ・ストライクを展開させる。大きな棒は見当たらない。力を失い、生成する余裕がなくなってしまったのだろうか。初手のアイスファクトリー展開のように、狂った彼女なりの考えがあるのだろうか。
『あなた、大切にされた幸せな人生を送ってきましたね? 誰かを大切にする幸せな人生を送ってきましたね?』
浮かせた棒をふわふわと動かしながら、魔女キャンベルはニコニコと響に語り掛ける。
「うるさい放送で聞こえちゃいたけどさあ……本当に話が通じない相手だよな、アンタ……」
だが、それでいい。
力づくの迷路攻略の際に聞こえてきた彼女の独白や、他の猟兵とのやり取りを思い出し、響は『むしろ好都合だ』とユーベルコード発動に向けて神経を研ぎ澄ませる。説得だの何だのと、難しく頭を使う必要はない。ただ、【飛竜閃(ヒリュウセン)】を放って、話の通じない魔女を業で穿ち通してやればいい。確実に、当てて見せる。
「ああ、そうさ! 幸せだから何だってんだい!」
『…………♪』
電光石火で繰り出される飛竜閃が、魔女キャンベルの飛ばすアイスキャンディ・ストライクを早業で撃ち払いながら、術の主たる彼女の身に――彼女の武器代わりのアイスキャンディに一撃目が突き刺さる。切り分けたスイカを模したアイスキャンディの赤が、血が爆ぜるように飛び散った。
「これからも幸せな人生、歩ませてもらうよ!」
散って溶けた赤で互いの頬を濡らしながら、業と業のぶつかり合いは止まらない。
『まあまあ、あらまあ! 速くてついていくのが大変ですっ! そんなあなたの強さの源、幸せの味……【ユーベルデコレーション】で味見させてくださいな!』
アイスキャンディ・ストライクの棒の中の一本が、他とは異なる動きを見せた。動きだけではい。放つ光も、また……
「ぐ、っ……防具が……っ!?」
腕と槍を前に防御を取った響に棒が当たった瞬間、彼女と幾度も戦場を越えてきた【真紅のガントレット】が、たちまち暗い茶色に赤と紫が混ざるマーブル模様のアイスキャンディと化してしまった。
魔女の魔法(ユーベルコード)、最後の一つ。【ユーベルデコレーション】が密かに仕込まれていたのだ。
『残念……全身をアイスにしたかったのですが。でも、あなたと共に時を重ねた武具の味なら――同じ味。お酒の効いた大人のビターチョコベリーミックス! さっそく、いっただきまぁす♪』
魔女キャンベルの手元に吸い寄せられたアイスキャンディは、甘美な味見で魔女の唇から舌の上へ。
『~~っ! おいしいっ……おいしいっ! あなたの力、あなたの幸せ、とっても美味しいっ!』
「そりゃあどうも! アイスにされる程度、想定内で覚悟済みさッ!」
口いっぱいに広がる味と、体中に満ちる“響から奪った力”に歓喜し、魔女キャンベルは冷気と甘い香りを手のうちに凝縮させる。
『でもでも、“これ”は想定外かもしれませんよぉ?』
槍の形に固められた、赤茶色の粒が混じる超硬度のアイスキャンディが勢いよく突き出された。
響の【漆黒の戦装束】に掠り傷を付けたそれは、その動きは、ユーベルコード飛竜閃にあまりにも似ている。
「へぇ……アタシの飛竜閃の真似事かい」
見切り、掠り傷だけで済ませた響は冷静に氷菓の槍を一瞥した。
「所詮は真似事、偽物だ! 本家(アタシ)に張り合えると思うんじゃないよッ!」
己が使う業だからこそ、理解など瞬時である。反撃など更に容易い事だ。
模倣の飛竜閃を放った氷菓の槍の切っ先に、ブレイズランスの本物の飛竜閃が衝突する。
魔女の氷菓の中で最も硬い氷菓で作られた槍が粉砕される様を、魔女キャンベルはぽかんと見つめていた。
『あら……あらあら? 災魔のアイスの時はうまくいきましたのに……なぜでしょう? おかしいですねぇ……』
首を傾げる魔女キャンベルの自問に呼応するように、響の周囲の機械はうねり、氷は予測困難な不規則な渦を巻き上げる。
『ああ! 食べる量が足りないのです! 今は“誰かに食べさせる”アイスではなく、“わたしが食べる”アイスが必要なのですね!』
「あっ!? おい、こらっ!?」
自答への呼応は、渦巻く氷と機械の牢。足元と眼前を固められ、相手の撤退を悟った響は反射的にブレイズランスを投擲した。
だが、ほんの一瞬だけ遅かった。天井からぶら下がったワイヤーとフックを握り、空中に遠ざかる彼女を穿ちきる事は出来ない。穿ったのは迷路――ではなく、アイスファクトリー発動直前に見えた、迷宮本来の壁だった。
「待てっ!! ああもうっ、何から何までまどろっこしい工場だねえ!!」
手元に残った武器で足元の機械と氷を崩して自由を取り戻し、牢から飛び出せば、魔女キャンベルの居た位置に欠けた真紅のガントレットが落ちていた。
「……時間稼ぎが出来ただけ充分としようか。盗られた物も取り返したしね。修理代を請求できないのが残念だけど、今は――」
ガントレットを拾いながら、響は騎士の眼で遠く魔女の行方を見る。
魔女キャンベルは、もう長くない。猟兵のユーベルコードを完璧にコピー出来るとはいえ、完全に我がものと出来ていない。痛みすらどうでもよくなるほど狂っても、傷つき疲労し、鈍る動きにはどうする事も出来ていない。アイスファクトリーの影響力も薄まり始め、迷宮本来の構造物も覗いている。
「奏ッ! 瞬ッ! 魔女をぶちのめすのは二人に任せたよッ!!」
響は魔女に最期を齎すのが子供達だと確信し、氷と鋼のどこか先にいる奏と瞬の名を叫んだ。
●
託す母の声は、最期に突き進む迷宮に反響し、子供達へと確かに届いていた。
響達と引き離された奏と瞬は、咄嗟に手を繋いで分断を免れ、これまで行動を共に出来ていたのだ。調理機械の罠を越え、魔法の氷の妨害を破り、狂った魔女の最期を飾るこの時まで――
「やはり。件の行方不明になったアイス職人、オブリビオンになって奥に籠っていましたか」
「猟兵を、人間を、アイスに……聞いただけで怖いですよね。職人さんは、怖くて危険なお姉さんだった……」
魔女キャンベルが近づくにつれて激震する床と、真の姿ですら肌を刺す冷気に緊張を走らせる瞬と奏の心は、聞き間違えるはずのない母の声で強く奮い立っている。もう、分断直後の不安は欠片も見当たらない。
氷菓から始まった狂った物語は、いよいよ大詰め。
魔女の魔法が解ける時まで、魔女の夢が終わる時まで、あと僅か。
「だからこそ、彼女の思い通りに――迷宮を危険なアイス工場にさせる訳にはいきません」
「はいっ! 魔女のお姉さんには退場願いますッ!」
より輝く真の姿を目印に上空を飛び来る魔女を仰ぎ、奏は衝撃波を、瞬は誘導弾を撃ち出した。
『ごきげんよう! ごきげんよう! お出迎えありがとうございます!』
魔女キャンベルは大きく回したワイヤーで二つの攻撃を避けながら、宙に作り出した氷の階段に着地し、冷ややかな足音で一段一段を鳴らし、最期の場所へと舞い降りた。
『ベリーチョコの材料二号さん、舞踏会のお姫様みたいっ! お母さまによく似て、まっすぐな香りが心地いい……けれど、お母さまよりも甘さが強いですね。恋のような、とろける甘さが!』
奏は母と同じ黒髪の奥の金眼を細め、【蒼の戦乙女(アオノヴァルキリー)】にて纏う豪華絢爛なドレスを翻し、騎士の如くブレイズセイバーを胸元に掲げる。
「魔女のお姉さん。貴女はきっと、とても真面目で純粋な人だったのでしょう。職人としての情熱は本物だと感じました。狂わなければ、後世まで名を遺せていたかもしれません……」
燃え上がる青は、奏の胸の内から湧き出る未来への希望。真の姿が放出する青のオーラと、ユーベルコードが生む水色の翼。
『ハチミツの材料さんは、寒い日のお月さまみたいになりましたよねっ! せっかくの瞳のお色が一色になってしまったのは寂しいですが……アイスキャンディにした時に、あの素敵な二色をきらめかせてみせましょう!』
瞬の真の姿は、【月読の騎士(ツクヨミノキシ)】の名の業が表すが如く、銀のオーラが照らす銀の鎧が静かに輝く夜の化身。真なる力の解放に靡く銀の髪の間から、紅の両眼が魔女を険しく射抜いていた。
「貴女の求める評価は――貴女にとっての幸福は、今に存在などしません。狂いの道へと進み手放した、貴女の過去の……更に過去にしか存在しないのです」
彼の背に静かに広がる純白の翼は、魔女が過去に置き去りにしてしまった過去を悼む。
『どうか、どうか……わたしの魔法、解けないで! だから、だから、おふたりの魂をください! わたしに“今”を生きる力をくださいな!』
奏の翼と瞬の翼。未来へ羽撃かんとする双翼に抗いながら、魔女は今にしがみつく。志半ばで叶わぬままだった、“いつかの今”を繰り返すのだと。
『おねがい、おねがい……わたしの氷菓、溶けないで! 今度こそ、今度こそ、わたしは足掻ききって真の一番になるのですからッ!』
ありったけの魔法と機械を動員し、四方八方からユーベル・デコレーションの力を宿した罠と氷で双翼を覆い尽くし、圧し潰す。
だが、規則正しく作られた不規則で猟兵を惑わせていた工場迷路の姿は、最早無秩序で乱雑なだけの飛礫である。真なる力を解放した猟兵に狩られるだけの、無駄な足掻きに等しかった。
絢爛な城砦と化した奏のオーラが宿る盾に傷は一つもつかず。火炎に彩られた瞬の二本の杖に弾き飛ばされ、魔女キャンベルの目論見は全てが無に帰した。
『だめでも!! だとしても!! わたしは、わたしの、わたし――……わたし……ッ!!』
「瞬兄さん、翔びますよ! 翼も、剣も、心も全部使って!」
「全力、猛進、一直線……この時ばかりは、僕も奏と同じです!」
光のはためきが、双翼のはためきが聴こえる。
奏の全力の飛翔の後を追い、瞬の天駆が終焉を運びゆく。
「未来を切り拓こうッ!!」
「大切なものを守る為にッ!!」
光速の斬撃の四重奏は、讃美歌の五線譜に記されたかのように完全なる美しい終止を齎した。
『わたし……ゆめ……しあわせ、を――……』
魔女キャンベルの全身が、斬り刻まれた痕から万色の氷と化して粉々に砕け散る。
悲しいほど高く澄み渡る消滅の音は、覚めない氷の夢に終わりを告げる音――
あなたこそが一番だ、と。
あなたの作る物で幸せになれたのだ、と。
始まりは、誰もが抱く当たり前の夢だった。夢の魔法にかけられて、目指し続けるものだった。壁にぶつかり魔法が解けた時、誰もが諦めや妥協を選んでしまう、誰もが抱く当たり前の夢、目標、理想だった。
しかし、一人の職人は――アイスの魔女キャンベルは――純粋さ故に決して諦めも妥協もしなかった。
ただひたすらに頂点を見つめた純粋は、いつしか狂気と化してしまう。
純粋は狂気と紙一重。彼女は進み続けた末、命を削りきり過去となり、隠された迷宮の主となった。
皮肉にも、彼女が冠した名誉の称号“魔女”を悪しき意味へと変えて。
最高の評価を求めるあまり、最高の氷菓を求めて狂った、一人の職人の魔法はここに討たれて断たれて解けた。
使い手を失くしたユーベルコードの氷が溶け、ぽたりぽたりと落ちていく。
狂い果て泣く事すら忘れ去った、亡き過去の代わりに涙するように。
●
遠くから、誰かが迷宮の出口の在り処を告げる声がする。
消えゆく工場の中枢、操縦席があった場所の裏側まで来るよう呼びかけている。
撃破に昂ぶる心を鎮めながら、奏と瞬は声の聞こえる方角へと顔を上げた。
「母さんの声ではありませんね」
「他の猟兵さんが、僕らの戦闘中も工場攻略に挑んでいらっしゃったようです」
崩壊し消えていく機械の隙間から見えたのは、魔女と迷路との戦いを終えた猟兵達と――母、響が手を振る姿であった。
「おっ、気付いた気付いた! やっぱり無事だったねえ、二人とも! 母さんもこの通り元気だぞーっ!!」
母の笑顔に戦いの終わりを実感し、奏と瞬の顔つきも柔らかくなる。
「よかった……母さん達が無事だって分かったら――安心して、すごくお腹が空いてしまいました」
「……ふふ。奏らしいですね」
武器を仕舞うや胸と腹部をさする奏に、瞬から家族の前だけで見せる笑みが自然と零れた。
「迷宮を出たら、食事をしてから帰りましょうか。奏、希望はありますか?」
瞬もまた武器を仕舞い、持ち直し、防具に積もった、。そうして奏に問えば、彼女から弾けんばかりに元気いっぱいの答えが返ってくる。
「アイスがいいですっ! アイスキャンディに、アイスがたっぷり乗ったパフェに……あっ、アイスケーキなんていうのもありますよね! 私、現代のアイスの魔女さんのアイスを食べてみたいです!」
「アイス職人のオブリビオンと戦ったばかりでしょうに。さては、扉の名前に影響されましたね」
「それもあるんですけど。冷たいお菓子で、戦いの熱を冷ましたくて」
氷に抗う熱だけではない。魔女キャンベルの歪んだ情熱もまた、奏と瞬の身を焦がした熱に違いない。
「良い考えですね。僕も少々熱くなりすぎましたし……ところで、現代まで魔女の称号は残っているのでしょうか?」
「いますよ、きっと! 噂が広まるくらいですから!」
「ごく普通の材料で、ごく普通にアイスを作ってくれていると信じたいですね」
「過去から――消えたアイス職人の噂から学んでいるかと。心配いりません!」
自信とアイスを食べる気を満々に、出口への道に歩を進める奏の背を眺めながら、瞬は頷いて彼女の思考を言葉に変える。
「道を極めんと危険に身を投じ、肝心のアイスが作れなくなっては元も子もありませんからね」
「奇抜な技術や材料でなくてもいいんです。美味しさや幸せは、特別の中だけにあるものではないのですから」
語りながら溶けた氷の水溜まりを越え、消えていく鋼の足場に少しだけ慌て、本来の姿を取り戻した迷宮の床を進み――あと数歩で母と仲間の伸ばす手に届くという場所で。くるりと振り向いた奏が、瞬に笑いかけた。
「大好きな母さんと、瞬兄さんと、みんなと――一緒に食べれば、私、何を食べてもどんな時でも幸せです! 一緒にたくさん食べて、幸せな時間をたくさん過ごしましょうね!」
幸福を願い命をかける事は、時に何よりも大切かもしれない。だとしても、それが唯一の方法ではない。
奏の満天の星空にも負けない笑顔に、瞬は幸福の意味を噛み締める。家族、想い人、仲間、猟兵としての生き方、困難を越えた先の勝利――魔女キャンベルとの戦いを経た猟兵達も、きっと、彼と同じく幸福の在り方と与え方に思いを馳せているだろう。
「では、魔女さん方のアイス食べ比べといきますか。母さんの説得と、お財布の管理は任せてください」
「やったぁ! そうと決まれば、出口まで一直線ですよっ! 兄さん、しっかり付いてきてくださいね!」
「もちろんですよ。奏の後に僕が居なかったことなんて、なかったでしょう?」
きらきらと消えゆく氷と鋼の欠片に見送られ、幸福な絆で結ばれた二人が、もう一つの大切な絆の元へと駆けていく。
二人が三人になって最後に出口を潜り抜けた瞬間、迷宮は静かな闇に閉ざされ、不幸な未来もまた永遠に閉ざされた。
寒さや冷たさは、かつて多くの生命にとって脅威だった。
命の熱を奪う恐ろしいものであり、命の終わりを突きつける悲しい証でもあった。
だが、幾星霜の時を経て寒さを乗り越え、冷たさと共存を果たした生命にとって、今やそれらは幸福の温もりを齎す恵みである。今日も世界のどこかで、冷たさに触れた誰かの喜びの声が響いているだろう。
例えば、雪遊びに。例えば、氷上の舞いに。例えば、冷たい美味に。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴