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苦海、涙譚

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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●慟哭
 ――いやだ、いやだよ。
 声が狂おし気に哭いていた。
 ――いやだよ。いやなんだ。
 喉をからからに乾かしながら、哭いていた。
 懸命に、縋る腕を振りほどこうとしながら哭いていた。
『いいの、たべて』
『わたしを、たすけて』
 ――いやだ、いやだ。
 ――いやなんだ……でも、でも、でも。
「かあちゃん、たべていいんだよ。はらいっぱい、食べていいんだよ」
 ――ちよ、ちよ。でも、でも、でも……ああ、でも。いや、けど、飢えるんだ。
 抗えない飢えに哭く女は、縋る腕に歯を立て、肉をむさぼり、血を啜る。
 喰らいながら、また哭いて。哭いて、雫をひとつぶ頬から伝わせる。
 やがて冷えた水面に落ちたそれは、緩やかな波紋を広げて――また、涙を誘う。
 ――ちよ、ちよ。もう、もう。
「いいんだよ。だからかあちゃんは、はらいっぱい食べて」

●ちよにやちよに
 さる妓楼で神隠しが起きているという。
「神隠しと言えば聞こえはいいが、要は人が消えるってことさ。まぁ、影朧の仕業だろうがね」
 よくあることさ、と肩を竦めた虚空蔵・クジャク(快緂慈・f22536)は意味深に笑い、「昏い場所でばりぼり喰っていたよ」と見得た光景を付け足す。
 犯人は影朧だと理解っている。だのに昏いせいで周囲の様子が伺えず、場所の特定には至っていないのだとクジャクは片頬を皮肉に吊り上げた。
「水の気配があったように思う。あと影朧を匿っている子供がいるね。『かあちゃん』って呼んでる声がしたから」
 幼げな語尾に霞んだ吐息に交じっていたのは、悲壮感ではなく安堵感。だから『匿っている』と判断したクジャクは、子供を『ちよ』と呼ぶ。
「おそらく、妓楼の関係者だろうよ」
 影朧の居場所は特定できぬが、匿っている者の絞り込みはそう難しくない。ならば後は、『ちよ』とやら次第。
「説得に素直に頷いてくれればいいけどね。けしかけて、こっそり後を追うとかでも構わないだろう。仔細はあなた達にお任せするが、拷問だけは勘弁しておくれ。非人道的だし、何よりスマートじゃあない」
 伊達男を気取る女は赤い髪をさらりと揺らし、お誂え向きな機会があるよと話を先に進める。
「件の妓楼の近くで、影送りという宵祭がある。何でも憐れな影朧たちの転生を願うことに端を発しているそうだ」
 影送り。影を送る祭。
 昔ながらの提灯や灯篭、ハイカラなガス灯など。街角には様々な灯がともり、色々な影を落として躍らせる。
「動いた影が語り掛けて来る――なんて事もおきるかもしれないのだとか。果たしてどんな影がどんな事を語るのか。実に興味深いね。うっかり心の隠し事をざっくりやられたりした日には、暫く立ち直れなくなりそうだが」
 立ち直れなくなることなど無さ気な貌でクジャクは喉を鳴らし、猟兵たちを促した。
「影送りに参加するだけでも構わない。けど気が向いたら、ちよや影朧のことも頼む。不安定な存在だが、世界崩壊に繋がりかねないからね」


七凪臣
 お世話になります、七凪です。
 サクラミラージュでのお仕事をひとつお届けに参上しました。

●シナリオ傾向
 三章通してしっとり系を想定。
 後味はあまり宜しくないかと思われます。そういう系。

●シナリオの流れ
 【第1章】日常。
 『ちよ』に絡むもよし、影送りを楽しむもよし。
 【第2章】冒険。
 1章の情報を元にして、影朧の元へ辿り着くまでの物語です。
 【第3章】ボス戦。
 詳細は章開始時に導入部を追記します。

●その他
 POW/SPD/WIZはお気になさらず。

●プレイング受付期間
 各章、導入部を追記後に受付開始致します(導入部が追記されていたら、プレイングを送って頂いて構いません)。
 締め切りは特に設けない予定ですが、情報が出揃うなり、次章に進むべき段階だと判断したら、さくさく進みます。
 受付を締め切っていない限り、お気持ちにおかわりなければプレイングは何度送って頂いてもOKです。

●採用人数
 展開に合わせて採用人数は前後するかと思いますが、あまり多くはなりません。
 最低限進行になる可能性もあります。予めご了承下さい。

●その他
 七凪の都合によりシナリオ進行が停滞する場合は、マスターページとTwitterにてその旨、お報せします。
 1週間以上、話が進んでいない場合は、一度ご確認下さいませ。

 皆様のご参加を、心よりお待ちしております。
 宜しくお願い申し上げます。
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第1章 日常 『夜半の夜話、影送り』

POW   :    望んだ儘にあれも此れも、存分に祭りを遊び尽くそう

SPD   :    足の向く儘、賑わいを遠目に眺む夜半の逍遥

WIZ   :    影絵を辿り、揺らぐ影達に想いを馳せる

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●影に探して
 普段から華やかな界隈だ。何せ花を扱う街だから。
 だがいつもと異なる明るさに、浮足立った人らの歩みが更に浮足立つ。
 ガス灯の硝子に貼られた折り紙の六花が、地上に影の雪を降らせている。そこかしこに吊り下げられた提灯は、雛を祝うぼんぼりのようだ。ところどころに数基まとめ置かれた石灯籠は、幾何学模様にも似た影を四方に伸ばす。
 いつもは目をやらぬ暗がりにこそ目がゆく。
 だからだろうか、影が語り掛けてくることもあるなどと言われているのは。
 でも凡その人は影の不思議を楽しむのみ。影朧の末を祈っているのは、通りを外れた隅で立ち尽くしている人くらいだろう。
「門限は八時だよ。それより一分でも遅れたら明日は食事抜きにするからね」
「わかってますって」
「そうそう。逃げやしないから安心して頂戴」
 二階建ての、傍目には豪勢な楼の前。しとやかに着飾った女たちが、声を華やげる。
「屋台も出ているのでしょう? 何を買おうかしら」
「去年は灯に透かすと模様が浮かぶべっこう飴があったわね」
「ちよ、ちよ。ちよは何が欲しい?」
 すこし癖のある黒髪を下ろした女に尋ねられ、両の手で作ったキツネの影で戯れていた童女が顔を上げた。
「おねえさん、ちがうよ。わたしはもう真珠(たま)だよ」
 年の頃は、六つか七つか。利発な顔立ちをした童女の応えに、女はくしゃりと顔を歪めて苦笑いする。
「本当に真珠は賢いね。でも、そんな急いで大人にならなくたっていいんだよ。今日くらいはあたし達に甘えてちょうだい」
 おねえさんと呼んだ女の求めに、真珠はわずかに視線を泳がせ、すぐに明るく破顔する。
「わかった! それじゃあ、今日はいっぱい甘えるね。ねぇねぇ、雪の影踏みをしよう? べっこう飴も食べたい。それから、それから――」
 おかっぱ頭に赤いリボンを二つ結んだ童女は、ころりころりと笑い出す。大人が安心する笑顔で、朗らかに。
「あらまぁ、待って真珠。ひとりでいっては駄目よ」
「へいきだよ! 牡丹ねえさんもはやくはやく!」
冴島・類
この世界ならではのお祭りでしょうね

提灯やガス灯が落とす影の景色を眺めながら祭りの景色を楽しむ
肩には灯環
屋台で買った飴を一口

妓楼関係者とあらば
華やかなお姉さん達と歩いてる幼子だろう
当たりつけ捜索

見つけたら、少し離れた位置で
瓜江を手繰り、雪の影踏みをさせ…てからの
祭りの雰囲気に合わせ静かに祈祷の舞を舞う、芸人の振りをして
彼女達の気を引けないか試みる

もし、成功したら

影のことを送る、この祭りの優しいいわれに惹かれて
多少なりともの足しにと魂鎮めの舞を、舞っていました

影は、輪廻の輪を外れてしまった者と聞く
苦しむ子らがいれば
鎮めたり
できることがあればと思うのだけど

君は、ここらでは影朧を見たことはないかい?と



●真珠(たま)
 厳つい体躯の男が静かに舞っている。
 顔の上半分を、鴉のような鋭い嘴がついた面で覆う男だ。衣服の上からでも、鍛え上げた肉体を持つ男だ。
 そんな男が、実にしめやかに、軽々と舞っている。羽織った外套と一体化したかの如く、ひらりひらりと舞っている。
 纏う色も相俟って、黒い雪のようだ。思い付いて視線を男の足元に落とすと、一足ごとに男は影の雪を踏んでいた。
「凄いわぁ」
「まるで本物の人間みたい」
 いつの間にか己を囲んで出来た人の輪から上がる歓声に、冴島・類(公孫樹・f13398)はピアノを弾くよう十指を絶え間なく動かしながら、思惑の成就を密かに待つ。
 ――この世界ならではのお祭りでしょうね。
 提灯に灯篭、更にはガス灯。古典的なものと現代的なものの融和という、サクラミラージュならではの光景を楽しみつつ、屋台で買ったべっこう飴を一口。
 肩に乗ったヤマネの子――灯環が興味深げに大きな目をきゅるりと丸めたところで、類は担ぐ葛籠より等身大の絡繰り人形を取り出した。
 それこそが、影送りの宵祭に繰り出した人々の目を惹き付ける舞手。『瓜江』の名を持つ類の半身ともいうべき人形。
「ちよ、ちよ。凄いわよ。ほら、あのお人形さん。雪影踏みしながら踊っているわ」
 ぴくり。聴こえた声に、瓜江を操る類の耳が聳つ。
「牡丹ねえさん、だからちがうの」
「ああ、そうだったわね。ごめんなさい真珠(たま)」
(「――あの子、かな」)
 妓楼関係者ならば、華やかに着飾った女たちと共にいるだろう。それとなく宵祭を散策し続け、見つけたそれらしきおかっぱ頭の童女を伴う一団。露骨にならぬよう、少し距離をとって芸人を装い瓜江に鎮魂を舞わせていたらば、案の定。
 手掛かりは、「ちよ」という名前だけ。そしてその「ちよ」は、今は「真珠」と名を変えているのかもしれない。
 持てぬ確信に、類は瓜江を一際高く跳ねさせた後、そぉっと影の雪に膝をつかせた。
 見事な舞の終幕に喝采があがる。それを機に、十代にも見える容姿のままの初々しい口振りで、類は人々の――真珠の心に手を伸ばす。
「影のことを送る、この祭りの優しいいわれに惹かれて。多少なりともの足しにと魂鎮めの舞を、舞っていました」
 影は、輪廻の輪より外れた者。
 苦しみを和らげたいのだと、慰めたいのだと、語られる真摯な言葉に、宵祭の由来を忘れかけていた人らの顔にも慈しみが浮かぶ。
 そんな中、たった一人。眼差しを尖らせる者がいた。
「君は、ここらでは影朧を見たことはないかい?」
 敢えて膝を折り。目線の高さを合わせて。傍目には、一番幼い者を気遣ったように見えるよう。類は苛立ちを隠しきれぬ真珠へ問い掛けた。
「――しらない。ねぇ、ねえさま達。ほかへいこう? おどりはもう終わったのでしょう」
「あらあら、真珠は飽きちゃったの?」
「仕方ないわね。心が洗われたわ、ありがとう素敵な舞手さん」
 子供らしい我儘に、周囲の女たちは相好を崩して類を囲う輪を離れてゆく。
 不自然に思った者はいなかったろう――類を除いては。

(「やはり、あの子だね」)
 明らかな拒絶の態度は、影朧を知る証。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ
願い。慕い。請い。喰らい…
現世は往々にして苦界。
絶えず湧き出ずる欲に抗える者が、一体如何程居たものか――

帝都風の装束で好事家など演じ。
何なら妓楼の客人でもなりたい所ですが…
今宵は祭。
店先で、品々選ぶ娘御らに、贈り物などを。
楼の外で貴女方の笑顔を見られるなら安いものです、等と微笑んで。
普段は気にする童顔もフル活用。
顔はいいし懐も温い!
…伊達に仕事人間してませんし。まぁ散財も、こんな時くらいは…。

視界に映す。
ちよ…と呼ばれていた…娘が、
力尽くで神隠しは難かろう。
では、複数なら…
否、呼ばい導くなら?

別離、求不得…
如何にも出来ぬ、さだめ。
夜の世界には、淋しさが付き物だから。

君の抗えぬ欲の行先は、何処?


ユルグ・オルド
声もしない色もない
影だけなら辿れるもんかと
立ち尽くしてはみたものの
過るは他人に自分の影と

影の木々踏み黒い檻横切り
縋る心地だけ残して擦り抜けた
どうにも持て余すもんだから

嬢ちゃん、飴は好き?
尋ねながら手に取るのは
3本の花を束ねた細工の飴
束ねたリボンを解いたなら
差し出すのは2本
俺は甘いの1本で十分だからネ
折角だから嬢ちゃんと
あとは誰かにあげたら良い
癖で噛んだ飴は甘い
探る言葉を探す気でいたケドもまァ
ちいさな子相手に繰る言葉も見当たんない
影送りは楽しめてるかい
尋ねるのは好奇とそれから
多少はそうあって欲しいと、願うから
過る色の種別くらいは
俺にも多少は知れるでしょ



●棘
 願い。慕い。請い。
(「喰らい……」)
 うつし世とは、往々にして苦界であるものだ。
 欲は絶えず湧き出で、人を誘う。その引力に抗える人間が、いったいどれほどいるだろう。
 内なる思考は目端にさえ滲ませず、和装にインバネスコートを合わせたクロト・ラトキエ(TTX・f00472)は、からり下駄を鳴らして華やかな一団へと歩みを寄せる。
「ごきげんよう、好い夜ですね」
 幸い、クロトは人好きのする――しかも多方面に若く見られる顔に生まれ付いていた。あからさまに言うと、人に警戒されにくい顔だ。
 それを武器にクロトは好事家を装い、花たちを綻ばせにかかる。
「何か気になる品でもありましたか?」
 宵祭で商う露店らしい、可愛らしい小道具を取り扱う店前での邂逅。櫛に簪、紅入れや巾着袋をめいめい手にとっていた女たちは、クロトの訊ねにカナリアのように囀り始める。
 場所が場所だ。自分たちが、娼妓であることを女たちは理解していたし、隠すつもりもないようだった。そしてクロトも、彼女らにそう接する。
「よければ、ひとつずつ贈りましょう。何ならひとつと言わず、ふたつ、みっつ」
 今宵が祭でなければ、客人として妓楼に上がりたかった。つまりそれだけ魅力的であるとクロトは女たちを褒めそやし。
「楼の外で貴女方の笑顔を見られるなら安いものです」
 男の笑顔に、女たちが娼妓の顔を艶めかせる。
「まぁ、お大尽様」
「それならこの店ごと買って下さいな」
 男と女の駆け引きだ。しかも相手はクロトからしたら娘同然な年頃の女もいるけれど、手練手管に劣る者はいない。
「えぇ、いいですよ」
 余裕を竦めた肩で嘯き、クロトは冷える肝を女たちに悟られる無様を回避する。
(「……伊達に仕事人間してませんし。まぁ散財も、こんな時くらいは……」)

 一際大きな賑わいが近くにある。
 頗る太っ腹な男が、女たちに集られているようだ。
(「――」)
 ああはなりたくないと思ったか、くわばらくわばらと念じるだけに留めたか。ユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)の裡はユルグ自身しか知らねど、鍔のない片刃の彎刀に宿った男は、つと視線を逃がして溜め息をひとつ溢して視線を足元に落とす。
 あるのは、四方から伸びた影の交差点。
 果たして声もなければ色もない、ただ影だけで辿れるものかと途方にくれはしたけれど。何の因果か、『男と女』の戯れから逃げ出した童女は、ひっそり佇む男の方へ歩み寄って来た。
「おにいさん、具合がわるいの?」
 酷く心配気なのは、そうやって倒れていった者を多くみてきたからか。丸い輪郭に似合わぬ気遣いに、ユルグは「いいや」と首を振ってしゃがみ込む。
「嬢ちゃん、飴は好き?」
「……」
(「――ふーん」)
 『おねえさん』たちの仕事から一線を隔した童女は、ずいぶん敏い子供なのだろう。自分からユルグを案じて来たのに、ユルグから声をかけると、途端に警戒の色を示した。
「ごめんネ? これをどうしようかと悩んでたのよ」
 半歩、身を退き。窺う眼の童女へ、ユルグは笑って三輪の花束を懐から取り出してみせる。近く遠くに透けて飴色に輝くそれは、小洒落た飴細工。
「見目に惹かれて買ったはいいケド。俺は甘いの一本で十分だからネ」
 名前は呼ばない。だって知らない体だから。でも元になった情報と、先んじた猟兵の話から、手を伸ばせば抱き込めるくらいの場所にいる童女が「ちよ」で「真珠(たま)」であるのをユルグは知っていた。だから距離を詰めるのは慎重に――とは思いはしても、ユルグはユルグ以外になれはしない。
 だから。
「良かったら、貰ってくれない。ひとつは嬢ちゃんに、もうひとつは誰かにあげて?」
 花を束ねる赤いリボンを解き、ユルグは半ば癖で手元に残した一輪をがりと噛む。
 口に広がるのは、素朴で素直な甘さ。飾り気のなさぶりは、ユルグ自身を映したようで。
「――ほんとにいいの?」
 子供とは、存外に大人の機微に敏いものだ。そして真珠は自然体のユルグを受け入れた。ユルグから作為を感じなかったからだ。何故ならユルグが、心底探ることを放棄していたから。
(「ちいさな子相手に繰る言葉も見当たんないし。仕方ないでショ」)
 背伸びできぬユルグの等身大がもたらした、意外な功名。
「ぜひもらってあげて? 飴もその方が喜ぶと思うし」
「飴もよろこぶんだ、ふしぎだね。ありがとう!」
 年相応のふくよかな笑みをみせた真珠に、ユルグの中で好奇心が首をもたげる。
「嬢ちゃん、影送りは楽しめてるかい?」
 ――願わくば、そうであることを。
 密やかな祈りが籠ったユルグの尋ねに、大人の輪に戻りゆく童女が振り返る。
「うん、たのしいよ。おにいさんもたのしんでね。あめ、ありがとう!」
 影の木々を踏み、檻を横切り、縋る心地だけ残してすり抜けた男の心に、童女の笑顔がじわりと染みた。
 だがそこに、影が潜むのをユルグは見落とさない。
 真珠の笑顔は、子供らしさの奥に、そう見せようとする計算のある――大人顔負けのものだった。

 敢えて童女を一人にしたクロトは、目的を果たしたらしい同胞と、そこから戻ってくる真珠を視野に思案する。
 あの幼子に、神隠しを力尽くで装うのは無理であろう。ならば犯人は複数――或いは、呼ばい導くなら。
(「別離、求不得……」)
 如何にも出来ぬが、運命(さだめ)というもの。
(「夜の世界には、寂しさが付き物だから」)
 ――君の抗えぬ欲の行先は、何処?

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルルティア・サーゲイト
 コレ、割と便利なのじゃよ。妾の元々の羽は大鴉の物であるからのう。
 ちよの近くに一羽張り付けて、その付近に数羽を広げておく。後はゆるりと祭り愉しむかのう。目立たぬ場所を鴉化させておけば人の姿は保てる。元よりヒトにはみ出る部分は多い、翼や尻尾を鴉にしておけば良かろう。
「むむっ、あれは何じゃろうか?」
 割と祭りの屋台で売る食べ物は結構好きである。近年は色々な屋台があるし、大正400年ともなれば何か珍しい物もあるに違いあるまい!
 なお、美味しいかどうかは別である。不味い物を食べたい訳では無いが、珍しい物とは往々にしてそうなりがちなのも乙である。



●鴉罠
「ふふふ、それで妾を捉えたつもりかえ?」
 今日に限っては捉われるのではなく、捉える側だが。
 さも愉快そうにくふりと影で笑ったルルティア・サーゲイト(はかなき凶殲姫・f03155)は、獣の尾が転じた鴉の羽搏きを満足そうに見る。
 元は肉体の一部、或いは全てを数多の鴉に変異させ、鴉の特性と挟隙をも味方につけるルルティアだけのユーベルコードだ。しかしとっておきは、存外に使い勝手の良いもので。
「ほれ、後は任せたぞ」
 然してルルティアは、宵と影に紛れるにはうってつけの鴉の一羽を、『ちよ』改め『真珠(たま)』と名乗る童女の頭上へ飛びゆかせる。
 あとは真珠が影朧の元へ向かってくれれば万々歳。労せずして、ルルティアはその居場所を知ることになる、という算段だ。
 無論、ちよが真珠なのを突き止めたのは他の猟兵の働きがあってこそ。齢の割には小振りな胸に感謝を秘め、斬ると決めたからには必ず斬る――ではなく、探り当てると決めた娘は意識を鴉一羽と繋ぎ続ける。
 とはいえ、ルルティアの羽は元より大鴉のもの。つまりキマイラであるルルティアとの相性が悪いはずもない。
 娼妓らに連れ歩かれる童女の動きは、実に童女のものらしい。走って、転んで、少し愚図って、笑って。いっそ不自然なまでに童女らしすぎるのだが、ルルティアはそこへは気を遣らず――何せ、影朧の居場所へはいずれ辿り着けると確約を得たようなものなのだから――、せっかくだからと宵祭を愉しむ方へ舵を切る。
「むむ、あれは何じゃろうか?」
 祭といえば定番の、りんご飴の傍ら。可愛らしく咲き誇る花がルルティアの目を惹きつけた。
「店主、これは何であるかえ?」
 古めかしい口振りの問いも、祭の宵ならば首を傾げられるどころか歓待される。
「嬢ちゃん、お目が高いね。花の飴細工だよ、一輪どうだい?」
「何、妾から金をとるというのか――冗談じゃ」
 にこやかな店主との丁々発止のやりとりもまた、祭の醍醐味。斯くしてルルティアは、可憐に咲いた飴をはむりと頬張り、ほわりと笑みを蕩かせる。
 祭飯というのは往々にして当たり外れが多いものだが、どうやら今宵は当りだったらしい。
「流石は大正400年の味じゃの!」
 稀有なる出逢いは幸先の良さの顕れ。
 次は外れを引くのもまた乙なもの。そんな調子でルルティアは暫し影の祭を足取り軽くゆく。
 空往く鴉には、ずっと意識を留め置いたまま。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
神隠し――消えた者は化物の腹の中、か?
はっ、まるで三流の怪奇小説よな

先ずは件の童の動向を探らねばなるまい
…祭を楽しむのは序でだぞ?
等と嘯きつつも着飾るならば華やかに
袴揺らし、鼈甲飴を手に祭の喧騒を歩く
ほれジジも如何だ?
透したそれを目で舌で楽しんで
ちよを視界に捉えたならば従者へ指し示し
極力自然に喉の渇きを訴える

接触、目的を達成した暁には
誰が食いしん坊かと従者を杖で小突いては
同じく少女に礼を
昨今、付近で神隠しが横行していると聞きます
攫われぬよう気を付けて――良い夜を
等と少々唆してみるか

…ジジ?
足元見る男に寄れば消える影
ふふん、如何した
影に何か云われたか?
慰めてやらん事はないぞ


ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
着慣れぬハカマも落ち着かず
ふむ、消えたものは神の仕業と?
薄ら寒さに首など竦め

さて、一番はしゃいでいるのは何方だろうな
灯籠のあかりで金色の飴を
師の手から受け取って

「ちよ」の姿あらば
怯えさせぬよう屈んで声を
済まぬ、飲み物の屋台を知らぬか
連れの喉が渇いたらしい

聞ければ礼と
撓めた尾で作った竜の影絵も頭を下げ
なにせ食いしん坊の連れ故
助かった、この街に詳しいのだな

少女を見送れば
地に落ちたままの竜の影
光の当たらなかったもの
其処は、寒くはないか
寂しくはないか

灯に輝く師のかたわらに立てば影も消えてゆく
…こうして光の傍にいるものを、恨まぬ日はなかろうな

いつまで幼子扱いすれば気が済むのだ、全く



●わらべ
 仕立てたばかりの衣装は、空気を含む量が多くて、どことなく心許なさを覚える。
 確か『ハカマ』と言うんだったか。書生風の装いに身を包んだジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は視線を泳がす。
 そこには金魚の尾鰭のようにひらひら揺れる赤い毛先。
「神隠し――消えた者は化物の腹の中か?」
 赤から、青へ。移ろう色を辿ると「ふぅむ」と顎に手をやり考える素振りを見せる顔。女学生風の――似合うから良いが、それが『女学生風』だと当人が把握しているかは不明。知っていたとしても『何か問題が?』と気にも留めない気もするが――衣装に袖を通したアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)だ。けれど素振りにすぎない仕草は、軽い謗りの吐息と共に解かれる。
「っは、まるで三流の怪奇小説よな」
 師父が出した結論に、「消えたものは神の仕業と?」と至極真面目に想像して背筋をうすら寒くしえいたジャハルは肩を下ろす。
「でかい図体をしてジジは怖がりよの」
「師父が怖いもの知らずなだけ――」
「なんぞ言うたか?」
「――いや、何も」
 他愛ないいつも通りに、知らず不慣れも馴染む。ひらけた視野に、様々な影が伸びて踊って、また踊る。
 祭を楽しむのはあくまで序で。肝は童の動向だと口では言いつつ、アルバは右に左に影に戯れ、露店に遊ぶ。袖に咲く花と同じ柄の巾着袋を見つけては瞳の星を瞬かせ、ちゃんばらの出し物を見かけては腰に佩いた刀に手が伸びかける。
「ほれジジも如何だ?」
 ガス灯に透かして牡丹と鈴蘭をそれぞれ咲かすべっこう飴を目で味わい尽くしたアルバは、牡丹の方をジャハルへ差し出し――そこで、眼差し鋭くした。
 果たして一番はしゃいでいるのは何方やら。多くを語ることはなくとも気儘な師父に祭を連れまわされたジャハルは、金色の飴を受け取りながら、アルバの変化の意を悟る。
「――甘いものを食べ過ぎた。ジジ、何ぞ飲み物を買って参れ」
「相分かった」
 足を止め、ジャハルは周囲を見遣り。目に留まった一団へと小走りに駆け寄る。
「済まぬ。飲み物の屋台を知らぬか」
 連れの喉が渇いたらしい、というジャハルの求めに、着飾った女たちは色めきたつ。
「ああ、それなら」
「西の門近くに一つあるわ」
「駄目よ、あそこは甘酒じゃない。甘い物の食べ過ぎには東のにいさんのとこの果実水がお勧めよ」
 甲斐甲斐しい囀りに耳を傾けつつ、ジャハルは女たちが連れた童女に『初めて』気付いた顔で膝を折った。
「なにせ食いしん坊の連れ故な」
 するりとジャハルの竜尾が、童女とジャハルの間へ滑り入り。落とした竜の影絵が、ぺこりと頭を垂れた。
「「「まぁ!」」」
 子供を喜ばせようとしたのだろうジャハルの気遣いに女たちは頬を染め、童女も食い入るように影を追う。
「誰が食いしん坊か」
 勝手を言うでない、と弟子を肘で小突きにアルバも輪に加わる流れは、至極自然だった。その当たり前の流れの中で、アルバはさもたった今思い付いた顔で礼に忠告を添える。
「果実水の店の情報、ありがとうございます。そういえば昨今、付近で神隠しが横行していると聞き及びました。せっかくの良い夜です、攫われぬよう気を付けて」
 お気遣いありがとうと女たちが艶やかに笑み返し、童女と手を繋ぐ。
 邂逅は瞬く間。女たちは祭の喧騒へ戻り、アルバとジャハルはその背を見送る。何か思い詰めたような童女の一瞬の表情を目に焼き付けて。

「……ジジ?」
 不意の無言。立ち上がりはしたものの、俯いたままのジャハルをアルバは見上げる視線で覗き込む。
 途端、スターサファイアの放つ光が、残った竜の影を消し去る。
「影に何か云われたか?」
 ジャハルは何も語ってはいない。だのに師父はやはり師父。見透かされたジャハルは七彩の眼で星を見る。
 ――竜の影。
 ――光の当たらなかったもの。
 ――其処は、寒くはないか。寂しくはないか。
(「……こうして光の傍らに居るものを、恨まぬ日はなかろうな」)
「なんだ、そんなに慰めて欲しいのか? ほれ、ほれほれほれ??」
 被る帽子を奪い、髪を掻き混ぜようとしてくるアルバに、そこでようやくジャハルは心を今に戻して苦く笑う。
「いつまで幼子扱いすれば気が済むのだ、全く」
「何を言うか。いつまでたってもあの童女と変わらんぞ。はぐれぬよう、手でも繋ぐか?」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

清川・シャル
折角なら綺麗なのがいいです
影を空に送る…でいいのかな
ふむ、故人を偲ぶのかなこれ。
すまほで情報収集検索しながらふらふらと
シャルなら父様と母様になるけど、シャルの父母は地獄で獄卒やってるって話ですもん
ホントかどうかは知らないけど
なら空じゃないですね……
けど空は好きなので、想いを空に馳せてみましょうか

父様母様〜お手紙を書いた時からシャルは更にパワーアップして元気ですよ〜
こうやって時々念を送りますからね〜

さて。「ちよ」さん。
かあちゃん、ねぇ…
コミュ力と礼儀作法で聞き込みでもしてみましょうか
手遅れになる前に、と思います


ディアナ・ロドクルーン
SPD

此処が…サクラミラージュ。
何とも幻想的な…ああ、(憐れな影朧たちの転生を願う為だから、かと思いを巡らせ)

明りが堪えぬこの場所も今宵は特別な夜

雪の影踏みをしながら、街をぶらぶらと。
水が、係わっていそうな所があれば場所を確認して
後で情報共有…かしら…?

件のちよさんを見つけられたら遠目から様子を見る
暗がりへ向かう場合は後を付ける

怪しまれないようにお祭りに来ているような素振りくらいはするわ

―この飴、綺麗ね。(飴細工を片手に

・アドリブ、他の方との絡みは歓迎です


菱川・彌三八
祭りてなァどこの世界も同じだな
浮かれた足取り、笑い顔、それから妖
此岸と彼岸、昼と夜
こんな日ァ区別がねェのサ
殊更影の祭りなんざ、色んなもんが紛れやがるだろ
見つけるも一興
見ぬふりも一興
互いの領分さえ守ってりゃあ大ェしたこたねぇ
後はちゃあんと帰る言葉を覚えておいて
そうそう、子どもの手ァしっかと掴んでおくんだゼ

したが祭りの境目をふらりと行こう
提灯みてぇな影灯篭でもひとつもらおうか
花や雪やの走馬灯
震えるやうに揺れる様がいじらしいね

一頻り楽しんだら、見世の間を忙しく走る、女の影絵をちょいと探して歩こうか
内から見ても影、外から覗いても影の世界よ
見目は光を纏っちゃいるがね
こんな日ァ、さぞかし目立つだろうよ



●祭賑
 綺麗と醜悪。
 選ぶなら、やっぱり綺麗の方が良い。
「影を空に送る……で、いいのかな?」
 聞き慣れない祭の作法に清川・シャル(無銘・f01440)は戸惑いながら、あちらこちらを見回っては、興味深げに目を瞬かせる。
 地面には影の雪、様々に形を変える影もある。反対に、規則的に並ぶ影もあった。
 要領を得ない時のとっておき。取り出したスマートフォンで他の猟兵らのコメントなぞを探し出しつつ、シャルはシャルなりの答に辿り着く。
「ふむ、故人を偲ぶのかなこれ」
 傷つき虐げられた者達の『過去』から生まれた影朧を偲び、障りない転生を祈ることが元になった祭だ。あながち間違ってはいないだろう。
 然して少女は、身近な故人を思い浮かべる。
 それはもちろん、父と母。シャルがシャルである根源となった大切な二人。でも――。
「シャルの父様と母様は地獄で獄卒やってるって話ですもん」
 嘘か真か知らない――娘としては、ないとは言い切れない気がしないでもない――逸話に、頬を膨らませたものか、それとも顔を綻ばせるべきかシャルは暫し迷い、ならばとガス灯の向こうに広がる夜空を見上げた。
 影の中に父母はいない。そして空の上にも居ないだろうけど。どうせならシャルが好きな場所に想いを馳せてみるのもいいではないか。
 ちらちらと、星が瞬いている。
 時折吹き来る桜吹雪に灯があたると、天の川が近くにある気分になった。
「父様母様〜お手紙を書いた時からシャルは更にパワーアップして元気ですよ〜。こうやって時々念を送りますからね〜」
 精一杯背伸びして、両手を伸ばし。
 シャルは宵祭に、自分流の綺麗な一頁を刻む。

「此処が……サクラミラージュ」
 春でもないのに桜が咲き乱れる光景に、ディアナ・ロドクルーン(天満月の訃言師・f01023)は静かに息を飲んだ。
 灯された明かりに、雪のように小さな花弁がちらついている。美しい、とどこかで誰かの感嘆する声が聴こえた気がした。
 そこに今は、影の彩が添えられている。
「何とも幻想的な……ああ、」
 足元に散った影の雪を踏まぬようそろりと避け、ディアナはこれが影朧たちの転生を願う為の美しさかと想いを巡らせた。
 憐れな影朧たち。
 さしたる力も持たぬ異端者。
 ならば手向けるものは、清く美しいものが良いのだろう。
 と、その時。ディアナの道行きを塞ぐように影雪が落ちた。逸らしきれなかった爪先が、六花の端を踏む。しかし踏まれても穢れぬ雪は、逆にディアナの爪先にそっと咲く。
 成程、この雪は踏まれてなお清いままなのだ。
「確かに影踏みをしたくなるわね」
 あちこちに影踏みをしながら歩く姿を見止め、ディアナも倣って宵祭に溶け込む。
 灯が絶えぬこの場所も、今宵は特別な夜。叶うなら、大事にはせずに片をつけたい。
 その為にも余人に不審がられるないようディアナは祭を楽しむ素振りで、水に纏わる場所を探す。
 果実水や甘酒などを扱う露店に、甕などに貯められた水。ぱっと目につくのはそれくらいだが――。
「――この飴、綺麗ね」
 三日月が浮かぶべっこう飴を何とはなしに買い求め、ディアナはふと視界に入った井戸に目を瞠る。
(「そうだわ、井戸……」)

 ふと走らせたくなった絵筆を懐に仕舞い、菱川・彌三八(彌栄・f12195)は宵祭に今一度、改めての視線を馳せた。
 聞える囃子はしめやかながら、明るい調べも帯びている。きっと未来ある転生を祈るからだ――と理由づけることは幾らでも出来るが、どうしたって祭は祭。
 古今東西、祭には付き物がある。
 浮かれた足取りに、笑い声、それから妖。
「此岸と彼岸、昼と夜。こんな日ァ区別がねェのサ」
 ――殊更影の祭りなんざ、色んなもんが紛れやがるだろ。
 見つけるのも一興、見ぬふりもまた一興。
 仕舞った絵筆に換えて取り出した煙管をぷかりと吹かし、いなせを気取ってハイカラな帽子を被った男は、ふらりふらりと影追い祭をそぞろ歩く。
 足元に咲く六花は、見ようによっては妖の手だ。交差する幾何学模様は、謎めいた呪紋に見えなくもない。
 逢魔時は大禍時。だが祭は人と妖が入り乱れる時。互いの領分さえ守っていれば、災禍に見舞われることもない。人も妖も。
「おいおい。子どもの手ァしっかりと掴んでおくんだゼ」
 見かけた華やかな女たちの集団から、子供がひとりまろび出たのに目を遣って、声を放れば「気を付けます」と律儀な応えが返り、何やら急ぐ様子の子供を女の一人が追いかけていく。
 そこで、はた、と。
 小さくなっていくおかっぱ頭の後姿が、彌三八の心をおかしく掻き立てる。
 いやいや別に、彌三八にそういう趣味などありはしない。
 釈然としない胸騒ぎをいなす為、彌三八は影灯篭を商う露店の軒先を賑やかす。
「お、震えるやうに揺れる様がいじらしいね」
 今宵を象徴するように、花と雪がさすらう提灯は、懸命な幼子のような風情で庇護欲をそそる。
 ああ、そうだ。
 さっきの童女も酷くいじらしく見えたから気にかかったのだ――と、不意に得心いった時。
「大変です、真珠さん――元ちよさんですが。ええと、ちよさんが勝手にどこかへ行ってしまったそうです」
 ぱたぱたと忙しない足取りでシャルが駆けてきて。
「すみません。私も姿を追っていたのですが、神社の参道付近で見失ってしまいました」
 祭の奥の奥、妓楼連なる界隈の守り神ともいえる社の方から舞い戻ってきたディアナが肩を弾ませる。
「ん? なんでぇ! さっきのわらしかい!」

 どうやら子どもは、手を振り解いてどこかへ姿を晦ましてしまったらしい。
 でも大丈夫。おおよその行方は分かっている。
 後は運命が巡り会うのを待つのみ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸櫻泡沫
アドリブ歓迎

妓楼?
ええ…あたしは通ってもいたし働いてもいたって…
一夜の恋愛ごっこよ!
そ、そんな顔しないで
リルだけだってば!
拗ねた人魚を追いかけて
影雪踏んで歩む

井戸?なるほどね
リンゴ飴を齧り祭りを楽しみつつも呪華の影蝶を飛ばし水とそれに近づく子供の気配を探すわ
ちよが妓楼に住む子供ならば売られてきたか
楼で生まれた子かしら
母を恋しがる年頃よね
(歳が近いのよ…一華と)

見遣れば
喰い殺した昔の恋人の影
(責めている?母を喰い殺し息子から奪った化物と、私を)
語る言葉など
聞きたくない

優しい人魚の歌に安堵し微笑んで
誤魔化すように髪撫でる
金魚のべっこう飴?いいわよ

影と一緒に私の中のこの影も
送ってしまえたら


リル・ルリ
🐟櫻泡沫
アドリブ歓迎

妓楼か
確か櫻は妓楼に縁深いんだっけ?
知ってるけど
聞かなきゃいいのに聞いてみる
当たり前だろ!
ジト目、頬膨らませて拗ねる
子供地味た嫉妬だ
影雪游いで祭りに華やぐ街をゆく

桜綿飴で機嫌を直してあげた
色んなお店があるね
暗くて水の気配…なら
人気のない仄暗い井戸とか思い浮かぶな
どんな影朧なんだろう

へぇ…そうなんだ
母を恋しがる子供…
母を影朧と重ねてるんだとしたら…切ないな
(気になるんだろう
ちよは君の息子と歳が近いもの)

彼の視線の先の影
遮るように辛そうな櫻の側へ
小さく優しく歌い掴まえて気を引く
僕と一緒なのに何を見ているの?
金魚のべっこう飴食べたい!

過去の影など送ってよ
今を一緒に過ごすんだから



●子の行方
 珍しい宵祭だというのに、影雪の上を游ぐリル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)の表情は冴えない。と言うより、頬は不満に膨れている。
 妓楼が如何なる場所なのか知らないほどリルは無知でなければ、子供でもない。
 そしてその妓楼と誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)が縁深いのは承知の上――では、あるのだけれど。
「まぁ、通っていたし働いてもいたけれど……違うわよ? 一夜の恋愛ごっこよ!」
「……ふーん?」
「だからそんな顔をしないで頂戴」
「そんな顔ってどんな顔?」
「あああん、あたしにはリルだけだってば! そんなことリルが一番知っているでしょうっ」
 知ってはいても、妬かないとは言っていない。子供じみた嫉妬だと理解しながら、リルは胸のあたりに込み上げるムカムカのままプイとそっぽを向いて先をゆき。慌てた櫻の龍は花を萎れさせてご立腹中の人魚を追いかけ影雪を踏む。
 当然、リルも心の底から怒っているわけではない。全ては過去のこと。綺麗さっぱり水に流すには毒が多いが、飲み干す覚悟は出来ている。だからこれは戯れの延長。桜綿飴ひとつで手は打てる。
 斯くして桜色した綿飴をひとつ強請った人魚は、優しい甘みに頬を桜色に染めてご満悦。そしてそんな恋人の様子に、櫻宵の萎んだ桜も豊かに花開く。
 影に遊ぶ道々には、菓子類は当然ながら小間物屋に射的に果実水売りなど様々な露店が並んでいた。
 人出は少なくない。着飾った女たち、悠々自適な男たち、間を走る子供たち。そこで、ふと。リルの脳裏に可能性のひとつがシャボン玉のように浮かんで膨らんだ。
「暗くて水の気配……人気のない井戸とか?」
 賑わいが、寂寥を際立たせたのだろうか。けれど思い至れば、確かに条件は合致している気がする。
「……影蝶を飛ばしておくわ」
 得心を頷いた櫻宵は素早く呪詛から成る蝶を幾匹か宵空へと放つ。付近に幾ら井戸があるかは分からないが、ひとつくらいは当りがあるかもしれない。
「お真珠ちゃん、現れてくれるかしら……」
 ちよと呼ばれる童女が、今は『真珠(たま)』と名乗っているのは、先んじた猟兵から齎された報で知っている。
 名を変えた童女。おそらくいずれ、娼妓になる童女。
「楼で生まれた子か、売られて来た子よね……母を恋しがる年頃だわ」
 察するに余りある境遇に、櫻宵の唇が細かく震えた。同時に重なる影が、櫻宵の心を乱す。
(「……一華」)
 歳が近いのだ。櫻宵の、息子に。
「母を恋しがる……影朧と重ねてるんだとしたら切ないね」
 櫻宵の裡を推し量ったリルも眉根を寄せる。舞い降りる、ぎこちない沈黙。知らず心は過去へと誘われ、影を誘う。
 わけもなく泳がせてしまった視線の先、見得た影に櫻宵は身じろぐ。それは喰い殺した昔の恋人の影。
 ――責めている?
 ――母を喰い殺し息子から奪った化物と、私を。
(「語る言葉は――聞きたく、ない」)
「――享楽蕩けて夢の中」
 影の口が揺らめいた直後、耳を塞ぎかけた櫻宵の前にリルが立った。
「囚われ揺蕩う現の海に 堕ちる阿密哩多 愛慕に誘い 惑い果てても離しはしない」
「……リル」
 視界を遮ってくれた優しい人魚の歌声に、櫻宵は詰めていた息を吐く。そしてリルは強張っていた櫻宵の腕を掴んで、ぐいと引く。
「もう、櫻ったら。僕と一緒なのに何を見てるの? 金魚のべっこう飴食べたい!」
 再び拗ねてみせたのは、装い半分、本音半分。
(「過去の影など送ってよ。今を一緒に過ごすんだから」)
「はいはい、ごめんなさいね。お詫びにべっこう飴、たくさん買ってあげるわ」
 金縛りから解かれたように櫻宵はリルの髪を撫で梳き、緊張の尾を宵闇に隠す。
(「影と一緒に私の中のこの影も送ってしまえたら――」)

「竜宮楼の千代ちゃん、真珠って名前を貰ったんだって?」
「太夫も夢じゃないって言ってるんでしょ?」
「覚えの良い子だって。いい買い物したって御内儀さんも鼻高々って話よ」
「いじらしいねぇ。実の母親に口減らしで売られたって分かってるだろうに」
 道すがら、櫻宵とリルは他愛ない話を耳にする。
 影蝶からの報せがあるのは、そんな折。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎本・英
憐れな影朧たちの転生を願う事かい。
私とは無縁な行事だね。
影朧を憐れだとは思った事が無いのだから。
否、そうやって身近な誰かが影朧になった事が無いから
そう感じるのかもしれないね。
私は至って普通に生きているのだから。

しかし、この光景は作品の役に立つ。
影の声を聞いた人がいるなら、揺れ動く心情を肌で感じ取るのも良い。
……子供の声か。
確か、ちよだったかな。この近くにいるのかもしれない。
出会えたら話してみよう。

やあ。レディ。
君のような可愛らしい子もこの行事に参加するのだね。
この行事は初めてかな?
ちよとは何気ない会話をしたいと思うよ。
もしかするとそこに何か隠されているかもしれないからね。



●人でなしの詩
 榎本・英(人である・f22898)という男は、『人である』と自ら称さねばならない程度には人でなしだ。
 磨かれた革靴の踵を石畳にかつりかつりと鳴らし、四方に散らばる無数の影を観察者の眼で視る――どこかにネタは落ちていやしないだろうかと。
(「憐れな影朧たちの転生を願う事かい? わたしとは無縁な行事だね」)
 サクラミラージュに親しみながら、英に影送りに参加しようという気持ちはない。いや、祭を楽しむつもりはある。
 しかし。
(「何せ私は影朧を憐れだとは思ったことが無いものでね」)
 ――そう、英には影送りの根本が欠落している。
 いや、身近な誰かが影朧になった事がないからかもしれないが。
 影朧は、傷つき虐げられた者達の『過去』から生まれるもの。即ち、傷つき虐げられる者が傍にいなければ、縁が結ばれることはない。
(「私は至って普通に生きているのだから」)
 ――果たしてそうだろうか?
 生きている以上、全く傷つかない者などいるのだろうか。一切の虐げを知らぬ者ばかりに囲まれて生きていくことなど可能なのだろうか? それを真実『普通』というのであろうか……?
 考え始めれば沈んでも沈み切れない思考の海。そんなものに無駄な時間を割く暇があるなら、ネタの一つでも考えた方がよほど建設的に違いない。
 然して英は、平凡な推理小説家の目線と足取りで宵祭をゆく。
 影追いのモチーフそのものは悪くない。影の声を聴いた人から話が効ければ、揺れ動く心情の極上資料となるだろう。それこそ肌で感じ取れるほどの。
 その時。
「――ん」
 前方から、おかっぱ頭の童女が駆けて来る。しかも何やら思い詰めた様相で。
(「あれは確か」)
 先んじて調査に当たった猟兵から齎された情報に依るところの、元ちよ、の、真珠(たま)という少女ではないだろうか。
「やあ、レディ。君のような可愛らしい子もこの行事に参加するのだね」
「えっ、あっ、こんばん、は」
 唐突な接触にも関わらず、真珠は律儀に足を止めて英に向き直ると、幼子らしくない丁寧な仕草で頭を垂れた。だが、――。
「この行事は初めてかな?」
「いえ、二回目です。もうしわけございません、すこしいそいでおりますので」
 英の探し物をするような目に、童女は恭し過ぎるほど恭しい礼をとって脇をすり抜け走り去ってしまった。
 されど英にはそれで十分。
「隠し事、ありありの様子だね」
 小さくなりゆく背中へ、英はポツリと呟く。
 十二分にしつけられた幼子。大人の思惑を敏く読み、逃げるという手段をとる幼子。
 彼女は間違いなく、小説の主要キャラになりえる設定の持ち主だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

六条寺・瑠璃緒
ジャック(f16475)と

友人と祭りだなんていつ以来だろう
「射的があるね。金魚掬いは帰る間際の方が良い?」
殊更にはしゃぐのは影が囁いた気がしたから
ヒトの姿に擬態しても所詮お前の正体はー…と
嗚呼…黙れよ

ジャックは影に何を見ているだろ
…楽しいことではなさそうだね

「僕、林檎飴を買って来る」
無邪気に駆け出すのは、件の少女達を見つけた為と、ジャックの注意を引く為
「あ、ごめんね」
不注意に彼女にぶつかりそうになった演技でも
フォローはジャックにお任せ

催眠術を用いて少し話を
影朧を悼む祭りだなんて珍しいよね
悼む人々は影朧とどんな関係で、どう折り合いをつけて転生を見送ったのだろう
…何か彼女の率直な想いを聴けたらと


ジャック・スペード
瑠璃緒(f22979)と

影朧を悼み、想いを馳せるのか
この世界のヒト達は優しいな
希くば、虐げられる者など居ない世界になると良い

金魚はか弱い、帰る間際に遊ぼうか
傍の美しい造形の少年と並び歩けば
自身の影がひどく歪に見えた
動く影から目を逸らせず、語る聲を聴く

ヒトと違いすぎる此の身は
悍しいモノなのでは無いか
言い返せずに黙せば、降って来る少年の聲

大丈夫か、瑠璃緒
夜道は気を付けないと、スタァが怪我でもしたら大変だ
意図は察すも保護者ぶって心配する素振り

そこの少女も怪我はないか
驚かせてすまない、詫びに鼈甲飴を貰ってくれ
然し勝手に物をやると、家のヒトに怒られてしまうだろうか
其方は姉妹で祭り歩きか?仲が良くていいな



●問答
 ――友人との祭に出向くなぞ、いったい何時以来だろう。
 影雪の咲く石畳に硬い金属音を立てて歩くジャック・スペード(J♠️・f16475)を一瞬見上げた六条寺・瑠璃緒(常夜に沈む・f22979)は、すぐに視線を並ぶ露店に移す。
 影朧を悼む事から始まった祭だというが、賑わいぶりは実に祭らしく。
 定番の菓子売りに、少し目を惹く小間物屋、創り出す影が独特な提灯屋など、眺めているだけでも気分は浮き立つ。
「ジャック、ご覧。射的もあるね」
 いや、浮き立ってもらわねば困るのだ。
 心が裡へと向けば、影が頭をもたげる。そしてその影が、耳打つのだ。
 ――ヒトの姿に擬態しても所詮お前の正体は……。
(「嗚呼……黙れよ」)
「あちらには金魚掬いもあるね」
 見目通りの少年のように、瑠璃緒は半歩先へと進み出ると、くるりと反転。ジャックの顔を斜め下から見上げて首を傾げる。
 塞ぎ損ねた隙間から忍び入った囁きを、殊更はしゃいで捻じ伏せるためだ。そして瑠璃緒のヒトとして美しく整った造形がジャックの鋼の心臓にノイズを来させる。
 ヒトを模して造られた己の歪さが、瑠璃緒と共に在ることで際立つ。
 影朧を悼み、想いを馳せるという、この世界のヒトらの優しさを解しても。願わくば、虐げられる者など居ない世界になると良いと、ジャック自身が優しく祈れども。
 それでもやはり自分はまだ『ヒト』には至らぬのだと、思い知らされるのだ。
 人工物らしいフォルムの影に、ジャックの『意識』は吸い寄せられる。
 逃避を許さぬ現実が、計測不能のパルスを発しているのだろうか。電気信号とセンサーと、その他諸々の機械的集約体であるはずの、ジャックの金の双眸が昏く沈んだ。
「……楽しいことではなさそうだね」
 言の葉を交わさずとも、何をか汲み取った瑠璃緒は、ジャックが影に何を見たのか問うのは止めて、「金魚掬いは帰る間際にしようか」とまたも聲を躍らせる。
 金魚はか弱い生き物だ。連れて歩けば障ることもあるだろう。
 問われる事無く導き出された解へただ黙すだけだったジャックは、今宵の終幕への同意を唱えようとして、くるりと踵を返す瑠璃緒の後ろ姿にかちあう。
「瑠璃緒――」
「僕、林檎飴を買ってくる」
 小鹿のように跳ねる様は、絵に描いた無邪気そのもの。他意など感じさせない――ジャック以外には。
「あ、ごめんね」
 人間、足元には注意が払いにくい。それを体現したかの如く、童女とぶつかりかけた瑠璃緒はバランスを崩して尻もちをつく要領でへたりこむ。
「――ぁ」
 急ぐ様子だった童女が口元に手を遣り、息を飲んだところで、慌ててジャックが二人の元へと駆け付けた。
「大丈夫か、瑠璃緒。夜道は気を付けないと、スタァが怪我でもしたら大変だ」
「ごめんなさい! わたし、ちゃんと前を――」
「いや、此方こそ連れが驚かせてすまない。怪我はないか?」
 慌てて気色ばむ童女を、ジャックが宥めようと声を和らげる。
「そうだ。詫びにこの鼈甲飴を貰ってくれ。嗚呼、然し勝手に物をやると家のヒトに怒られてしまうだろうか」
 差し出された影を彩る飴と、進んでゆく話に童女の瞬きが止まらない。
 自分が粗相をしでかした。他所様に迷惑をかけた。怪我をさせたかもしれない。だのに謝られている。菓子まで渡されそうになっている。
 その混乱の隙を、瑠璃緒は突いた。
「おいで、話をしよう」
 日頃、舞台の上に立つ者の、舞台下へ与える慈悲と言う名のファンサァビス。受けた者はひとたまりもなく身も心も奪われる――要は、催眠術だ。
 瑠璃緒もジャックも、相対する童女が元はちよという名の真珠(たま)だと分かっていた上で、一芝居打って仕掛けたのだ。
 とろり、真珠の眼差しが溶ける。警戒心を持て無くなったところへ、瑠璃緒は釣り糸を垂らす。
「影朧を悼む祭りだなんて珍しいよね」
「悼む人々は影朧とどんな関係で、どう折り合いをつけて転生を見送ったのだろう」
 真珠の率直な想いを引き出すための、問い。
 だが童女の口は重かった――というより、求められた答を正しく導けなかったのだろう。
 影朧を悼む祭は、幼い彼女にとっては当たり前で――何せ限られた狭い世界しか知らぬのだから――、物事に折り合いをつけられるほど人として熟していなかったから。
 しかし。
「桜夜は、わるくない。だっておねえさんも、いなくなりたがってた。きえたいって、ないてた。だから、わるくない。夜桜は、おなかいっぱいになっていい。かあちゃんみたいに、はらをすかせたまんまでいなくていい――」
「真珠ー! 真珠―! どこー?」
「!!」
 催眠が破られたのは、突然だった。
 自身を探す誰かの声に瞳に光を取り戻した童女は、「ほんとうにごめんなさい!」と弾かれたように頭を下げて瑠璃緒とジャックの間をすり抜けて行ってしまった。
 残された瑠璃緒とジャックは、受け取ってもらえず終いの鼈甲飴を見つめて、目線を交わす。

 どうやら既に事は始まっているらしい。
 然して自身の影のことを棚に上げた二人は、闇と影に紛れた小さき姿を追う。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『桜舞う幻朧神社』

POW   :    くまなく神社の中を歩いてみる

SPD   :    事前に調べておいた神社の情報を元に探索してみる

WIZ   :    社の周辺を探索してみる

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●櫻に迷って
 『神隠し』が外の人の耳にも届いていた。
 もうそんなに噂になってしまったのだ。
 そしたら、そしたら、きっと■しにやってくる。
「なにもわるいこと、してないのに」
 いつもいつも、哭きながら食べているのに。
 食べて欲しいと――助けて欲しいと請われて、ようやく食べているのに。
 生きる事を厭うている女たちを、救ってくれているのに!
「そんなのは、だめ」
 走るに邪魔な華美な下駄を脱ぎ捨て、童女は転がるように走った。
 耳に馴染んだ声の主以外にも、追いかけて来ている誰かがいる。きっと■しに来た人だ。だめ、だめ、だめ、近づかせてはいけない。どこかへ逃がさなくてはいけない。
 己が焦れば焦る程、『誰か』への道案内になってしまっていることに、物の道理を弁えた筈の童女は気付かない。それほどに困惑していたから。同時に、根底はどうしたって計算高くて小狡い大人にはなりきれていない。
 両脇に幻朧桜が咲き誇る参道を、影に隠れて走り。やがて童女は脇道に逸れる。
 吹いた花の嵐に、低く垂れこめた枝に引っ掛かった赤いリボンが心細げに揺れていた。

 かつては「千代(ちよ)」であった真珠(たま)が駆け込んだのは、妓楼連なる街の奥に鎮座する社であった。
 その社の何処かにある井戸に、影朧を隠してあるだろうことは既に分かっているし、井戸の場所を影蝶で掴んでいる者もいる。そうでなくても、くまなく歩きまわれば目的地に辿り着くのは容易だろう――しかし。
『どうして? なんで?』
『わるいこと、してないよ』
『あなたたちは、おねえさんたちをくるしめるの?』
『おなかいっぱいになるのは、だめなの?』
 影朧を憐れに思う影と桜が見せる幻想か。猟兵たちの前に、幾人もの真珠が立ち塞がる。
 もちろん、真珠本人ではない。ただの幻像。だが心は真珠そのもの。
 力づくで跳ねのけてしまっても構わない。
 桜に酔うフリで、声など届かぬフリをしても構わない。
 だって相手は童女。弁えたはずの道理も、子供特有の駄々の前では砂上の楼閣。納得はさせられまい。
 でも、でも、でも、でも――……。
ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
理屈など通じぬ幼子に
くらがりで腹を空かせた影朧
……師父は、あの時、俺に

師が読む魔力の流れ
<暗視>に、使いの仔竜
井戸は間もなく見出せようが
師父、少し良いだろうか
幻影たちへと振り返って

哀れだとは口にすまい
幼子は空腹をこそ、そうと思うのだろう故
解決する魔術も言葉もないが
迷いつつもその場に屈み
幻影と知れど「真珠」をひとり
不器用ながら抱き寄せる

…たべても、かなしいのだ
みたされても、くるしいのだ

自分が嘗て与えられた温かさと
同じものには程遠かろうが
僅かでも己の裡の迷いに気付いてくれたなら

井戸を前に、漸く聞き取れる程度の声で
…師父、俺は感謝しているぞ
ここから出してくれた事
救いの手に、手を


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
やれ理屈の通じぬ輩とは厄介なものだ
それが童であれば尚更、な

童の動向を知るなぞ容易い
【影なる怪人】を使役し、件の社へ
足を踏み入れたならば怨嗟の幻影を視界の内へ
紡ぎ出される言の葉
…まるで罪の告解よな

――そうさな
腹が空けば喰わねばならぬ
然もなくば生きる事なぞ叶わん故
だが…脳裏を過るは幼き己
そして、嘗て救った幼き竜の姿

お前は悪くないと嘯くが
ならば何故、斯様に苦しむ?
空腹を満たす事は出来れど
心の渇きは…悲しみは癒す事叶わぬ
其処な従者の云う様に、な
童の幻影を抱くジジを見詰める
真珠――千代の心に添うには
私はあまりに齢を重ね過ぎた
あまりにも、救われてしまった

…阿呆
云われずとも分っておるわ



●愛し子(めぐしご)
 はらはらと、無数の花弁が舞っている。遠い灯に照らされ、夜の青を帯びて白んだそれは、まるで止め処なく溢れて止まぬ涙のようだ。
(「やれやれ」)
 光に惹かれる羽虫のように、己が髪に落ちた一片を摘まみ上げ、アルバは内心で嘆息する。
 理屈の通じぬ輩とは厄介なものだ。童であればなおの事。
 ちらりと傍らの従者を見上げれば案の定。アルバを覆うほどの影を地面へ落とす図体を、ジャハルは随分と縮こまらせているように見える――正しくは、図体そのものではなく、その裡側を。
「――そら、出番だぞ」
 ともすれば重苦しくなりかねない桜の帳を振り払うよう、アルバは事も無げに輪郭を世界に溶かす亡霊を社の境内へと放つ。
「所詮、童の浅知恵よ」
 いっそ悪し様な言い様は、常通り。事実、真珠の動向を探るなどアルバにとっては容易いこと。だがそこから先を、師父は弟子へと任せる。
「ジジ」
「……分かっている」
 不可視であるはずの亡霊を追う役目を命じられ、ジャハルは馴染んだ魔力の流れを感覚で辿り、使いの仔竜を羽搏かせた。闇に溶け込む黒い体躯にまばらに青を散らす仔竜が、花吹雪の合間を縫う。そうして暫し。「ピギャ」と聞えた声にジャハルは黒蛋白石に全神経を注ぎ込む。
「居た」
 捜索に手間取ることはなかった。手水場の奥の奥、社の北東に位置する寂れた井戸。そこに片方のリボンを失くした童女はいる。
 ――理屈など通じぬ幼子。
 ――くらがりで腹を空かせた影朧。
(「……師父は、あの時、俺に」)
『おなかいっぱいになるのは、だめなの?』
「師父、少し良いだろうか」
 踏み出そうとした一歩。阻むように立ち塞がった童女の幻へ、ジャハルの視線が移る。
『どうして、なんで?』
『わたしたちから、うばわないで』
 ずっとずっと投げかけ続けられた怨嗟の言葉と非難の眼差し。罪の告解にも似たそれらに、ついに捕まってしまったジャハルを、アルバは短く頷くことで容認した。
 ジャハルがこの童を無視できないと、分かっていた。
 或いは、アルバ自身も――。
「……」
 長身の男が、己の腰までも背は届かぬ幼子に膝をつく。童女が半歩、身を引く。威圧感に逃げ出してしまいたいのに、守りたいものの為に虚勢をはる仕草だ。幻像とは思えぬリアルさは、真珠の心の投影そのものだからだろう。
 だからジャハルは、何も言わず両手を伸ばす。
 哀れだとは、口にしなかった。幼子は空腹をこそ、そう思うのだろうと知っているから。
(「解決する魔術も言葉も、俺は持たぬ」)
 ねめつけてくる幼子を、ジャハルはおそるおそる抱き寄せた。壊さないよう、そっとそっと。
『やめてっ、はなして――』
「……たべても、かなしいのだ」
 拒む真珠を懸命の柔らかさで抱き留め、耳元に落とす。
「みたされても、くるしいのだ」
『……え?』
 黒真珠を思わす童女の瞳が、見開かれた。害意なき抱擁に戸惑い、目が泳ぐ。
 大切なものを■しに来た人なはずなのに、優しくしてくれる。その裏に、見世を訪れる大人のような≪魂胆≫が視得ない。
(「……そうよな」)
 混乱の極致にあるのだろう。手近にあった存在へ縋る真珠の眼を受け止め、アルバは短く息を吐く。
「お前は悪くないと嘯くが――ならば何故、斯様に苦しむ?」
 ジャハルの抱擁の真意は、ジャハルにしか理解らない筈だ。しかし想像できぬわけではない。
「空腹を満たす事は出来れど、心の渇きは……悲しみは癒す事叶わぬ」
 ジャハルは今、嘗て自分が与えられた温かさを童女へ齎そうとしようとしているのだ。きっと、同じものには程遠いなどと想い乍ら。どうか、僅かでも己の裡に抱えた迷いに気付いてくれたなら等と殊勝に祈って。
「其処な従者の云う様に、な」
 幼子に合わせて選んでいないアルバの言の葉たちは、童女にとっては難解極まりなかったろう。それでも童女は、自分を――己を包む男の背を見つめる宝石のような人を具に見ていた。
『……っ、』
(「真珠――千代の心に添うには。私はあまりに齢を重ね過ぎた」)
 黒真珠が潤む。
(「私はあまりにも、救われてしまった」)
『しらない! わからない! ずるい!!』
 癇癪を起したように三つの言葉を並べ、童女がジャハルの腕の中から掻き消えた。
 最後がきっと本心だ。分からないと言いつつも、転がり出たそれが、彼女が現実を悟ったことを知らしめる。
 空っぽになった腕の中をぼんやり眺め、それからジャハルはゆるりと身を起こす。
「……」
 想いの丈は、ぶつけた。あとはもう、立ち合うのみ。
「……師父、俺は感謝しているぞ」
 顔を上げて、仔竜待つ井戸――闇の底のような暗がりを見据え。
「あそこから出してくれた事」
 ――救いの手に、手を。
 ジャハルに皆まで言わせず、アルバが先に歩き出す。
「……阿呆」
 振り返らずとも、ジャハルが着いて来ることをアルバは理解している。何故なら、アルバはアルバで、ジャハルはジャハルだから。星授け、授けられた者だから。
「斯様なこと、云われずとも分かっておるわ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎本・英
こっそりと後を追いかけて様子を見てみようか

悪い事はしていない……。
果たして本当にそうなのかな。
君こそ立派な殺人鬼だよ。
口にはしないけれど。
正論こそ君を傷つけるものだと私は知っているからね。
正論は時に人を傷付けてしまう。


言いたい事があるならば吐き出してしまえばいいよ。
私は全て聞いていない振りをするがね。

嗚呼。桜が綺麗だね。
真の救済は人それぞれだろうね。
私はそれを救済とは思わないよ。
けれども君にとっては救済なのだろう。

その者たちが報われているなら悪い事は何もしていない。
でもやはり君は殺人鬼なんだ。
立派な、立派な、殺人鬼だ。
残念ながらこの国に殺人鬼の居場所はない

だから隠れて生きなければいけないのだ。


クロト・ラトキエ
だから云う。
この世は苦界。何一つとして儘ならぬ。
淋しさと欲ばかりが集い、空隙埋める虚飾の世界
…影朧の種尽きなそうな事。

水回り…なら。北東と南西は避けるか。
同様に、北も。最有力は社より東…?
この手の文化は、相や縁起やらを大事にしますし。
…こういうの、あの電脳魔術士青年なら詳しそうですけど…
無い者ねだりは止めておき。
声、音、痕跡、あと夜目も。
予測と追跡、双方から攻め。虱潰しは最後の手段。

声に湧き出ずる情は無く、幻像に向ける興味も無い。
己は仕事を請けた猟兵で、子守りでは無いのだから。
…あぁ、けれど。
意地の悪い僕が、言うとするなら、ひとつだけ。

本当に…
わるいこと、してないの?
そんなに、なかせているのに



●あゝ、むじゃう
 ――こどもが、ないている。
(「水回りなら、北東と南西は避けそうと思っていましたが」)
 風水の知識を頼りに、クロトは桜の花弁で埋め尽くされそうな境内を歩き回る。
 最有力は社より東かと当たりはつけた。事実、そこには立派な井戸があった。が、影朧が潜んでいる様子はなかった。
 神に纏わるもの、古来より伝わるもの。
 往々にして、この手の『文化』は、相や縁起やらを大事にするもの。確かに建物などの配置はおおよそ想定通り。
 しかし目的のモノは無い。
 何かがずれているのだろうか?
 眼鏡に張り付いた花弁を適当に払い除け、クロトは思考の整理を試みる。
 ――なんで、なんで。
(「……こういうの、あの電脳魔術士の青年なら詳しそうですけど」)
 脳裏にちらついた影を、クロトは花弁同様あっさりと思考の隅へと追いやった。無いものねだりをしても仕方ない。何せ自分は十二分に大人なのだから。子供のように聞き分けのない事を言ったりしないし、望みもしない。
 頼りにするのは、身の丈通りの己が力ひとつ。
 微かな声や音を探して、耳を欹てる。
 暗がりの底まで見通そうと、目を眇めた。
 雪のように降り積もった花弁の上に、小さな足跡を探す。
 ――わるいこと、してないよ。
(「成程。確かに影朧なら、そこが正しい」)
 然して虱潰しの一歩手前で、クロトは正解に辿り着く。手水場から更に奥に進んだ、影の影。社からは北東に位置する寂れに寂れた場所――いわゆる、鬼門。
 法則から対極ともいえるそこに井戸があったのは、社が建つ前から在ったからか。今では使う者など殆どいないと見受ける外観が、余人からは忘れ去られたモノであることをクロトに教えてくれる。
 だからこそ、隠せたのだ。しかも魔を隠匿するには最適なことこの上ない。
 ――だめよ、だめ。
 請け負った仕事の完遂を目指しクロトは暗がりの井戸へと歩みを進めようとして、
『ひどいことをしないで』
「――」
 そこで初めて、纏わりついてくる小さきものへ熱のない一瞥を呉れた。
 力ない童女の幻像だ。クロトを阻むことなど出来やしない。だからずっと相手にすることさえなかった。クロトは子守りをする為にこの地に赴いたのではないのだから。
(「……ああ、けど」)
 むくりと大人の顔が、クロトの裡で頭をもたげる。いや、意地の悪い、と言うべきか。
「本当に……、本当にわるいこと、してないの? あんな風に、なかせているのに」
 突き付けるのは、たった一つの真実。
 井戸の奥底から聞こえる嘆きへの、単純にして明快な正論。

 ――この世は苦界。何一つとして儘ならぬ。
 ――淋しさと欲ばかりが集い、空隙埋める虚飾の世界。
 ――何と影朧の種尽きなさそうなことか。

 正論は、時に容赦なく人の傷口を抉る。
 遠回りに物語として記せば、素直に受け入れてくれる者も少なくはない。
 しかし単刀直入に斬りこめば、返されるものはだいたいが拒絶である。
(「悪い事はしていない……果たして本当にそうなのかな?」)
(「君こそ立派な殺人鬼だよ」)
 爛漫の桜の下、お誂え向きのおべべ姿で。両手を広げて立ち塞がる童女と対峙しながら、英は言葉の取捨選択を繰り返す。
 影朧が近くにいる空間だ。多少の不思議はあってもおかしくない。こっそり後をつけたつもりが待ち伏せされるのだって妥当だろう。
 だって此処は既に≪彼女≫の領域だ。故にこそただの童女が、古の忍よろしく無数の幻像を結ぶこともある。
 怪奇小説にしてはチープな演出だが、時には小説の方が現実より奇なこともあるのだろう。
『わるいことしてないのに、■すの?』
「嗚呼、桜が綺麗だね」
 袴の膝を握り込んで来る童女の目から視線を頭上へ逸らし、英は幻想の夜に酔い痴れる――フリをする。
 真の救済は人それぞれだ。この子供にとって、そして苦界に生きる娼妓にとっては、時に『終わる』ことが救いとなるのかもしれない。
 だが、他者が他者の命を奪うのは、どんな理由があろうと殺人以外の何物でもない。
『なくのをとめてくれるだけ』
『いきたいひとがいきて、いきなくないひとはいきない』
 然して英は幻像に――真珠が吐き出す言葉を待つ。一切合切を、聞かぬ素振りで。
『それのどこがだめなの?』
『くるしいままでいなきゃいけないの?』
(「ああ――」)
 舞い上がった桜吹雪から、はぐれて散り来た一片をつまみ、英はふぅと息を吐いてそれを再び空へと戻す。
 しかしどうしたって一度群れからはぐれてしまった花弁は迷子のまま。風に攫われ損ねて、幻像の髪を掠めて地に落ちた。
『すきにいきたい。いきていいじゃない』
『どうして、どうして?』
 泣いてせがむ子供の小さな手へ一度だけ目を遣って、英は説かぬ道理を胸裡で唱える。
 喰われた娼妓が、真実『救われた』と思ったのならば、童女も影朧も悪い事はしていまい。
(「それでも君は、殺人鬼なんだ」)
(「立派な、立派な、殺人鬼なんだ」)
 無垢に見える手で慕っていただろう誰かを、冥府の門まで誘った。そして事実がそうである以上、この国に殺人鬼の居場所などない。
 ――だから。
「君は――君たちは、ずっと隠れて生きるつもりなのか?」

 衝撃に撃ち抜かれた子供の目は、磨き上げられた黒真珠のように美しかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユルグ・オルド
咲き誇る桜の見事なモンで
佇む姿もよく似合う
存外掴めない花弁を一片摘もうとして
まァやぱり擦り抜ける、と

ンな遊びに興じる程には足が進まないが
そのまま踵返せるならここまで来ない
一目につかず死角にあって
こどもの足には遠くとも実際然したる距離でもない
だから駆け出さないなんて言い訳だけ

俺みたいのにも声掛けるくらい
随分優しい子だからネ
助けてやりたくなったかな
庇って救いたいんだろうか
何が善くって何が悪い、ッて誰が決めただろうね
大人の顔して説いてやるには俺にはちょいと難しい
キレイな答えがあったとして納得できるかは別だしさ

だけど、なく子を放っちゃおけないし
名前も聞かずにお別れなんて、ンな寂しいこともないでしょ


冴島・類
彼女を追い社の周辺を探す
途中現れるちよちゃんの幻は跳ね除けず
少しでも心を聞こう

君は、警戒していたね
精一杯気を張って
不安で、守りたいから
隠した子を送りに来た僕らは、敵なのだろう

無理に受け入れさせようとは思わないさ
さっきも、今も
背伸びし止むなく大人びてはいても
幼子に嘘をつく気はない

お腹いっぱいになるのが、悪いか
そうだな、自体は悪いとも言い切れぬ

けど
望んだから終わりへ導く
食わす
彼女は…それをして笑っていたかい?
食べられた子らは、しあわせと言えるかい
共に、他に道はないか
考えたかい

それは、誰の為に
しているんだい?

泣かずに次の生に行く道があるならば
出来れば、送ってあげたいと思わないかい
その為に、来たんだよ



●『ちよ』
 地の利では、童女の方に分があった。小さい体躯も、はしっこい動きに一役買っている。
 大人の手を逃れた真珠は、子供だけが通れるような個所を幾つも潜って、やがて桜吹雪の中に姿を消した。

 見失った背中を探し、類は社の周辺をくまなく調べる。
 耳を澄ますと、桜の歌が聴こえた。さわさわと葉擦れよりも優しく、幻惑的に響く音色だ。
 そしてその旋律が像を結んだかの如き幻像の登場を、類は静かな心地で受け止める。
『 』
「こっちにおいで?」
 低い童の目線に合わせて膝をつき、責める言葉を吐こうとした子どもを手招く。
『え?』
 意表を突かれた童女の貌は、年相応に幼げだった。
「おいで、ちよちゃん」
『わたしは真珠(たま)――』
「ちよちゃん」
 妓楼から授けられた名ではなく、親から貰ったであろう名を、類は敢えて繰り返す。すると童女は――千代は、始めは訂正を試み、そして無防備に項垂れた。
「君は、警戒していたね。精一杯、気を張って。不安で、守りたいから。隠した子を≪送り≫に来た僕らは、敵なのだろう?」
 一線を超えさせない為か、いっかな近寄って来る気配のない千代へ、類はそれでも柔く微笑む。
 無理に受け入れさせようとは思わない。
 背伸びすることを常態とし、止む無く大人びた子供に嘘をつく気は類にはないのだ。さっきも、今も。
 だから彼女のペースに合わせ、そして自分が影朧を送る為にやってきた事を隠さない。
 だが、≪送る≫と明言したのに、千代の反発は大きくなかった。
『かなしいをたべて、おなかいっぱいになるだけ。だめじゃない』
 たどたどしい自己肯定に、類は否やを唱えない。確かに、腹一杯になること自体は、どうしたって悪とは言い切れぬ。
「けど、望んだから終わりへ導く……食わす。彼女はそれをして、笑っていたかい?」
『っ、……――』
 はっと息を吸い込んだ柔らかな唇が、むぎゅりと閉じそぼり、頬が膨らむ。
「食べられた子らは、しあわせと言えるかい? 共に、他に道はないか考えたかい?」
 まんまるに見開いた黒真珠のような眼が、白い髪の男を映していた。
 きっと千代には類の言葉は難しい。全てを正しく理解することは出来ないだろう。けれど幸か不幸か大人の機微に敏くなければ生きていけなかった童は、類の謂わんとすべき意図を正しく飲み込んだ。
『ほかにっ、ほかにっ、ほかに……なんてっ。そんなこと、したら、かあちゃんがかりた金がかえせなくなる!』
「そうだね。でもそれはちよちゃんの理由。他の子は? ちよちゃん、ちよちゃんは誰の為に、してるんだい?」
 堂々巡りだ。
 千代に答が出せるわけがない。出せるわけがないが、楔を打ち込むことは出来る。
「泣かずに次の生に行く道があるならば。出来れば、送ってあげたいと思わないかい」
 ――その為に、来たんだよ。
『っ、っ、っ!!』
 類の優しい呼びかけに、幻像がするりと溶けた。
 消える間際の子供の顔は、泣きたそうで、縋りたそうで、でもそんな自分を赦せないような表情をしていた。

「はぁ……見事なモンだ」
 季節を問わず咲き乱れる幻朧桜はため息が出るほど美しく、ユルグはいつまでも見上げていたい心地に暫し浸る。
 と、一片。
 気紛れな薄紅が、薄い金の髪の毛先を掠めた。
 構ってくれと言わんばかりの花弁だ。しかし手を伸ばすと、ひらり逃げる。悔しいから更に手を伸ばすが、結末は猫と戯れるが如し。
「まァ、そうなるよネぇ」
 捕まえ損ねた花びらが、するりするりと踊って、やがて足元へ落ちる様子を眺めて、ユルグは重い溜め息を吐く。
 児戯に興じてしまう程度には、ユルグの足は重かった。
 けれどこのまま踵を返せるくらいなら、社まで至ることはなかったろう。
 子供の足だ。行動範囲なぞ知れている。子供ならではの視点で隠れられるのは厄介だが、それでも本気の大人の目から逃げ果せるはずがない。
 だからユルグは駆け出さないだけ――それが自分への言い訳であるのもユルグには分かっていたけれど。
「だってサ。俺みたいのにも声かけてくれるくらい、随分優しい子だからネ」
 ――おにいさん、具合がわるいの?
 見上げて来た瞳は、黒真珠みたいにキラキラしていて綺麗だった。
 飴を受け取った手は、握りつぶしてしまえそうなくらいに柔らかそうで小さかった。
 いとけなさが、ユルグの内側にひっかき傷を作る。
 無視できない。割り切れない。
(「助けてやりたくなったかな」)
(「庇って救いたいんだろうか」)
 猟兵として、ただオブリビオンを屠れば済むだけではないあれこれが、どくりどくりと脈打っている。
 どうすればいい?
 どうしたらいい?
(「何が善くって何が悪い、ッて誰が決めただろうね」)
 地面に根を下ろしてしまったような足を、まずは右足から持ち上げ、次に左足を運ぶ。なんとはなしに、先ほど舞い落ちた花弁は踏まぬよう気を付けて。
 不可侵の領域に入り込む者の前へ、幻が像を結んだのはその時。
 最初に見た時と変わらぬ円らな瞳がユルグをじぃと見ていた。
(「大人の顔して説いてやるには俺にはちょいと難しい」)
(「キレイな答えがあったとして納得できるかは別だしさ」)
『こないで――』
 童女がユルグを拒絶する。だがユルグは拒絶しない。
「ネ、名前はなァに?」
 ことりと首を傾げ、困ったように少し笑って。
 操り人形みたいなぎこちなさでユルグは童女へ手を伸べ、五指を開く。
「さっき、聞き忘れたの。名前も聞かずにお別れなんて、ンな寂しいこともないでしょ」
 自身を捕らえようとする大人の男の大きな手を、童女はまじまじと見ていた。まじまじと眺めて、それからユルグの顔を見て、逃げ出さず、おずおずと華奢な手を伸べ――手に手を重ねた。
『……た――ちがう。ちよ。ちよにやちよにしあわせでいれますようにって。ちよ。とうちゃんがつけてくれたんだって、かあちゃんがいってた』
「いい名前じゃない」
 ユルグと千代が、手を握り合う。
 幼子の白い頬を涙が伝う。
 それはぽろりと地面に落ちた時、千代の幻像もふつりと消えた。
 ――確かに手を握り合った感触をユルグに残して。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟櫻沫
アドリブ歓迎

僕は妓楼に詳しくないけど
櫻宵は花魁だったんだよね
苦界を知る君ならば
見えるものもあるのだろうか

桜もどこか哀しそう
桜に酔うのもいいけれど僕には悲鳴のようなこの聲を無視することはできなくて
そうと櫻宵に腕を絡める
歩む櫻は凛として迷いなく
子供に言い聞かせるというより覚悟を問うようで
僕は、誰も悪くないと思うんだ
…そんなに辛い世界ならば
哀しみを紛らわせる何かがきっと必要なんだ
駄々こねる聲をただ受け止め游ぐ
…けど続けさせるわけにはいかない
ひとを食べさせるのはいけないことだよ
君は、ひとなんだから

櫻、辛いという顔をしていないのは気のせい?

この井戸だね
ふうん…人魚
さよ
僕以外の人魚を喰らう気かい?


誘名・櫻宵
🌸櫻沫
アドリブ歓迎

影朧のいる井戸は分かっているわ
道中幼子の影と遊ぶのもいいかしら
口減らしに売られたなら
お腹いっぱい食べさせたいと思うのも自然
賢しい子なら母の為に自分からこの道を選んだのかも
守ろうとするなんて健気ね

そうよ
リルは優しいわ
うふふ、だってあたし花魁だったもの
誰も悪くない
堕ちたのは苦界の泥沼
苦痛で命断つ者も病で死んで寺に投げ込まれる者もいる
成功すれど籠の鳥
真珠は這い上がれるかしら
こう駄々こねる方が年相応で可愛わ

影は食うのを嫌だと言って?
なら助けてあげる
嫌がるのに食べさせられるのも辛い事
あたしも母に贄を食わされたの
それはもう辛くて『堪らなくて』
気のせいよ?

見ぃつけた
あたしも腹ぺこなのよう



●花魁道中
 妓楼について詳しくないリルにとって、櫻宵の歩みの堂々ぶりは『花魁』の何たるかを垣間見るに十分だった。
 頭上には一年通して咲き続ける桜が満開だ。
 その見事な枝ぶりまでも、櫻宵に傅いているように思える。
 櫻宵の目線の先にだけ、光が見えた。櫻宵の歩いてきた場所だけ、灯に照らされている気がする。
 圧倒的な優美さが、そこにはある。月光ヴェールの尾鰭を揺らめかせるリルを以てしても、届かぬ次元がそこにだけある。
 だのに、どうしてだろう。
 櫻宵という光を受けて輝く桜たちも、影に白む桜たちも、今宵咲いた花たちはどこか哀しそうに見えてしまう。
 はらり、はらり。
 降り止まぬ桜の雨は、誰かの心が流した涙のよう――だというのに。
(「ねぇ、苦界を知る君ならば。見えるものもあるのだろうか」)
 するりと櫻宵の腕に己がそれを絡めたリルは、花のかんばせを見上げた。
 確かに櫻宵は苦界の何たるかを知る。
 誰も何も悪くはない。されど堕ちた世界は泥の沼。どれだけ藻搔き足掻こうと、這い出る事は叶わない。
 苦痛で命を絶つ者もいる。
 望まぬ病に罹って、ろくに顧みられることなく死に果てて、寺に投げ込まれる者もいる。
 例え頂点を極めようとも、所詮は籠の鳥。せいぜい金払いの良い身請け人が現れてくれるのを祈るくらい――そんなこと、磨き上げた自尊心が許さないかもしれないが。
「真珠は這い上がれるかしら?」
 ――こうやって駄々を捏ねる方が年相応で可愛いわ。
 そう肩で微笑をそびやかす櫻宵の横顔は凛としていて、しゃなりしゃなりとした歩みにも迷いがない。
 二人の周囲には、ひとりふたりさんにんよにん、幾人もの真珠の幻像が現れていた。そしてその一人ひとりが啼いている。
『どうして、どうして』
『わるいこと、してないよ』
『あなたたちは、おねえさんたちをくるしめるの?』
『おなかいっぱいになるのは、だめなの?』
『やめて、やめて』
『いかないで、みつけないで』
『おねがい。そっとしておいて』
 無視などできない聲が、リルには悲鳴のように胸に突き刺さって痛い。その痛みは幻のはずなのに、本当に痛くて痛くて、息苦しくて。リルはぎゅうっと眉を寄せて、櫻宵に絡めた腕に力を篭め。そんなリルへ櫻宵は「リルは優しいわ」と美しく艶やかに笑んでみせる。
 影朧の居場所は知れているのだ、道中幼子の影と遊ぶくらい構わない。
 そんな風に思える櫻宵は、やはり元苦界の住人。
 口減らしのために売られた子。ならばお腹いっぱいに食べさせたいと思うのも自然。賢い子ならば、母の為に自ら堕ちる事を選んだやもしれぬ。
 嗚呼、何て健気。何て健気でいじらしい。
 ――いじらしくても、櫻宵は真珠を哀れまない。哀れんだところで、前に進めぬ世界であることを知っているから。
(「哀れむ優しさを持てるのは、リルだけで十分」)
 いつもより流れるような優美な仕草でリルの髪を梳き、櫻宵は井戸への道を進みながら泰然と言い放つ。
「真珠、影は食うのを嫌だと言っていないかしら?」
 びくり、と全ての真珠が身震いした。知らぬ『おねえさん』だけど、見世で一番偉い『おねえさん』と同じ空気を感じたせいだ。
「なら、助けてあげる。嫌がるのに食べさせるのも辛い事よ」
『っ、でもっ』
「でも? でも、なにかしら?」
 櫻宵の一瞥に、幻像のひとりが桜に溶け消える。まるで蛇に睨まれたカエルみたいだった。
 ともすれば威圧の音色だ。しかしリルだけはそこに櫻宵の内側を聞いている。
 櫻宵は言い聞かせるというより、真珠の覚悟を問うているのではないだろうか。
(「僕は、誰も悪くないと思うんだ」)
 生きる事さえ辛い世界なら、哀しみを紛らわせる何かがきっと必要なはず。真珠にとって、真珠と近しい女たちにとって、それが影朧だったという話。
 ――けれど、どうしたって続けさせるわけにはいかないから。
「ひとを食べさせるのはいけないことだよ。だって君は、ひとなんだから」
 雄弁たる櫻宵の間に、柔らかな歌を差し込んできたリルに、櫻宵はとろりと煮詰めた蜜のように笑み崩れ。しかし瞬く間に、また凛然と――恍惚と口の端を上げる。
「それにね。あたしも母に贄を喰わされたの。それはもう辛くて『堪らなくて』――」
『!』
『!!』
『!!!』
 喉を掻きむしる櫻宵の真似に、幻像の全てが瞬く間に消え去った。慌てて何処かへ向かったようだ。いや、心を一か所に戻しただけか。往く宛ては一か所しかない。
「あら、すっかり道があいたわね。それじゃあリル、征きましょうか」
 変わらず右に左にと足を返す独特のリズムで櫻宵がゆく。
「櫻、辛いという顔をしていないのは気のせい?」
 傍らを添うリルの目は正しい。けれど櫻宵はころりと笑う。
「そう? 気のせいよ」

 しゃなり、しゃなり。一夜限りの花魁道中。
 辿り着いた先で、櫻宵は咲き乱れる桜のように妖しく微笑む。
 ――見ぃつけた。
 ――あたしも腹ぺこなのよう。
 そんな櫻宵へ、リルは唇を尖らせる。
 ――ふうん、人魚。
 ――さよ、僕以外の人魚を喰らう気かい?
 妖しき夜の果ては未だ視得ぬ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

菱川・彌三八
参道で、暫し
夢、のやうだな
これが黄泉への入り口だってェんなら、存外悪かねェと思う程に
生きられぬと泣きやがるもんが見れば、極楽往生を夢に見るだろう
推し量れんなァそこまでよ
善いか悪いか、人が決める事じゃねぇや

それからゆつくりと脇の道へ
風の鳴る度に花の舞う
散つてゐる
咲いて、散りつゞけてゐる

井戸は隠密に探らせる
子どもの声がするんじゃあ気が散って仕方がねェヨ
だが敢えて耳を貸しちやる
応えはしねェ、オトナだからナ
なに、きまぐれっちやつよ
子どもなりの答えてぇモンを聴いてみたくなっただけサ

さて、そろそろ動く頃合いか
過去を慰めて輪廻に還ェすんだとよ
その先が幸福たァ限らねェが…
今の苦界よりゃちいとマシであるように


ディアナ・ロドクルーン
SPD

千代…今は、真珠さんと呼べばいいのかしら…
早く、見つけないと。
井戸、井戸は何処に…?

(真珠の声に、耳をピクリと動かした)
これは―…幻…

飢えはとても苦しい。お腹一杯食べさせてあげたい、その気持ちは理解できる
私も飢えに苦しんだ、草や土を食んでも満たさる事なく、辛かった

真珠さんにとっては善行かもしれない
でも影朧は本当にそれを望んでいるの―?
真珠さんが抱いている悔いを、影朧にあてているだけではないだろうか

幻影に何を言っても意味はない、彼女自身に伝えねば


清川・シャル
いい事と悪いことの区別!なかなか付かなかったりしますよね
年頃なら特にそう
シャルも何かあったら間違えてしまうかもしれない
だから、善悪の区別ついてるひとが、だめだよ、って諌める事だって必要なんです
けど押しつけもダメ
ゆっくり対話が肝心なんです
……って思いますよ
自信ないけど……

地道に探しましょうか
くまなく歩きます
真珠さんかぁ。いい名前ですね
取り返しのつかないことになる前に。
第六感と野生の勘と地形の利用と情報収集使ってみようかな



●桜慈雨
 彌三八が絵筆を取るのも忘れて立ち尽くす。
 ざぁ、と風が鳴く。鳴く度に、ごくごく薄い紅の花弁が空に波を起こして、宵闇へと攫われてゆく。
 朱塗りの鳥居をくぐってすぐ。社へ続く参道の両脇で満開を謳歌する幻朧桜の美しさたるや、まさに夢の如し。
(「これが黄泉への入り口だってェんなら、存外悪かねェ」)
 生きられぬ、と。嘆き泣く者がみれば、この道行きに極楽往生を思い描いて、心を慰めることだろう。
 それほどまでの圧巻ぶりに彌三八は暫し歩みを止めて、しかし燻らせていた紫煙の尾が消える頃にはスタリスタリと歩み出す。
 きっとこの道を誰かに案内されて逝っただろう誰かの裡を、推し量れるのは此処までだ。
(「善いか悪いか、人が決める事じゃねぇや」)
 善と悪は表裏一体。そして価値と基準は人によって面白いように異なるもの。赤い絵の具は万人が赤と言うだろうが、赤一面で塗り潰した絵を『夕焼け』と評すか『山火事』と評すか、はたまた『地獄』と唱えるか、人によって千差万別なように。
 世は流れる。
 速さもまた、人それぞれ。
 留まることは赦されないから、彌三八も桜に導かれるよう歩き出す。
 気紛れに、脇道へと逸れる。
 桜の天蓋を越えても、また桜。視界一面を夜に白む花が埋めている。
 それが風が鳴る度に舞うのだ。
 ――散つてゐる。
 ――咲いて、散りつゞけてゐる
 その様は、まさに命の在り様。

 頭上にピンと立った耳をディアナは欹てる。
(「早く、見つけないと」)
 千代と呼ぶべきか。はたまた今は真珠と呼ぶべきか。二つの名を持つ童女の事を想えば、気持ちは急く。
(「井戸、井戸は何処に……?」)
 神社の造りは往々にして似通っている。参道、手水場、社。だが井戸となると、一つとは限らないし、定石通りの場所にあるとも限らない。
 と、その時。
 ピクリ。聞えた幼い声にディアナは音のした方へ耳を向け、目を凝らして――瞠った。
「……これは、幻……」
 ほんの一瞬前までそこに誰もいなかったのは、五感に触れてくるものがなかったことから確実なはず。
 つまりは実体なき陽炎のようなもの。
『なんで、なんで?』
『おなかすいてるだけ』
『わるいこと、してないよ。たべていいものだけ、たべているよ』
 されど訴えは生々しくて、ディアナの心臓はきつく引き絞られる。
 過酷な環境で生まれ育ったディアナも知っている。飢えはとてつもなく苦しい事を。
 草や土を食む虚しさ。懸命に口に運んでも、決して満たされることはなく。ただただ辛く、苦しい。
 ならば腹くちくなるまで食べさせてあげたい――そう思ってしまう気持ちも、分かってしまう。
(「真珠さんにとっては善行かもしれない」)
 狭い世界に生きざるをえない者の道徳は、時に偏る。
(「でも影朧は本当にそれを望んでいるの――?」)
 母に売られたという童女。困窮の果ての飢えを知るであろう童女。女の憐れを身近に見て育つ童女。
(「真珠さんが抱いている悔いを、影朧にあてているだけではないかしら……」)
 人心の真実を、余人が正しく知ることは、きっと終生ないだろう。
 それでも、それでも、僅かでも寄り添い、広い世界へ導くことが出来たなら。
「……」
 ディアナは訴え続ける幻像に一瞥をくれると、桜の迷宮へ踏み出す。
 あれは幻だ。何を言っても、意味はない。
「――彼女自身に伝えないと」

 桜は綺麗。
 肩に舞い落ちた花弁をシャルは目を細めながら摘まみ上げ、ふぅと息を吹きかけ空へと戻す。
 シャル自身が桜の衣を纏ったかのようだ。降りしきる桜の雨は止む事なく降り続け、暗い宵を静かに彩り続けている。
 明るい日差しの中で誰かと共に歩いたら、さぞや心浮き立つ参道だろう。
 しかし今は少し寂しく感じてしまう。余りに美し過ぎる光景だからか、それともシャルの感性が何かに呑まれて勘違いを起こしているからか。
(「いい事と、悪いことの区別!」)
「なかなか付かなかったりしますよね」
 目の前の光景と、物の道理の複雑さを並べ比べて思案し、「年頃なら特にそう」とシャルは大好きな桜の中で憂いの溜め息をそっと吐く。
 ――シャルも何かあったら間違えてしまうかもしれない。
 人に『絶対』はない。正しいと信じた道が、誤っていることだって少なくない。
 父や母がいてくれたら、子供は己が誤りに気付けるだろう。その父や母がいなければ――いなくても、いつかどこかで出逢う新たな誰かが、教えてくれることもある。
 様々を脳裏に過らせながら、シャルは夜の桜に手を翳す。
 広げた指の合間から、ことさら白い一枚がすり抜けてきた。青褪めた頬のような色だと思えば、全ての道理を弁えたとも言い切れぬ年頃のシャルの心は逸る。
(「善悪の区別がついているひとが、だめよ、って諫めることだって必要」)
(「けど、押し付けるのもダメ」)
 肝心なのは、ゆっくりとした対話。
 どれだけ逃げても、手を取って。また逃げても、諦めずにこんこんと付き合ってくれるような――と、思いはするが、どうにも自信は持ち切れない。
 果たして自分にそんなことが出来るだろうか?
 間違っている童女に、何かを教えてあげられるだろうか?
 わからない、わからない。
 それでも。
「真珠さんかぁ、いい名前ですね」
 それは、いずれ売り物にされるためにつけられた名前だけれど。綺麗であることは、少しくらい慰めになるだろうから。
『なんで、どうして?』
『ひどいよ、ひどい』
『すくわれたいだけだよ、みんな』
「真珠さーん、どこですかー?」
 幻像の囁きには耳も貸さず、シャルは真実のみを求めて桜の雨の狭間をゆく。
 取り返しがつかなくなる前に、真珠と影朧を救うために。

『どうして? なんで?』
『わるいこと、してないよ』
『あなたたちは、おねえさんたちをくるしめるの?』
『おなかいっぱいになるのは、だめなの?』
 子供特有の甲高い声が神経に障る。それは密かに放った隠密らと五感を共有するのに邪魔になったが、彌三八は律儀に耳を貸す。
 が、応えるつもりは毛頭なかった。何せこれは子どもの駄々。逐一付き合う暇はないし、何より彌三八は――。
(「オトナだからナ」)
 耳を貸すのも気紛れだ。力いっぱい背伸びして、生きることに必死な子どもなりの『答え』とやらを聴いてみたくなっただけ。
 故に、お付き合いは程ほどに。
「ん?」
 手水場から進んだ奥の奥。社からすれば鬼門の位置にて目的の『本人』をみつけた彌三八は、今宵の気紛れに終止符を打つ。
「さァて、そろそろ動く頃合いか」
 此処より先が、いざ本番。過去を慰め、輪廻に還す大仕事。
(「その先が幸福たァ限らねェが……」)
 世は無情。されど願わくば。
 ――今の苦界よりゃちいとマシでありゃイイけどよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

六条寺・瑠璃緒
ジャック(f16475)と

…駄々をこねる子どものお守りは得意じゃない
ジャック、出来る?
対話くらいはしてみようか

祭りの時にも君はそう云ったね
悪くない、と
咎められる前から殊更に無実を主張する其の後ろめたさは誰に対するものだい?
世の道理に照らしたならば悪いことだと君自身が考えて居るのだろう

喰われた娼妓達のことを君は救ってやったと云うね
苦界からの解放を救いだと君が云うなら、僕も其れを影朧に与えよう
行動には責任が伴う
救いだ等と…責任を負う覚悟もなしに安易に考えたなら随分傲慢だよ
僕は善悪に興味はないが、此れは君が招いた結末だ

…此れ以上は不毛だね
道を開け給え、良い子だから

ジャック…そうだね、終わらせよう


ジャック・スペード
瑠璃緒(f22979)と

ああ、子供に好かれるのは難しいな
しかしお守りなら多少は出来る
話をしよう、対話に意味が無いとしても

餓えも生きる苦しみも、俺には理解出来ない感情だ
しかし、喩え本人が望んでいようと
人の未来を閉ざすのは「わるいこと」だろう

進んで喰われた彼女たちだって
明日は良い日になったかも知れないし
10年先には笑って生きられたかも知れない

目の前の苦しみから救えても
彼女たちのそんな未来を閉ざしたことは
ただの欺瞞ではないかと思う

死の淵からしぶとく蘇った我が身を思い
掛ける言葉は彼女に届くだろうか
今は未だ分からなくとも、
何かを感じて道を開けてくれると良い

さあ、瑠璃緒
望まぬ粗餐に哭く影朧を救いに行こう



●すくい
 嗚呼、と。思わず零れてしまうくらいには、瑠璃緒は端から乗り気ではなかった。
 何せ駄々をこねる子どもが相手だ。お守は国民的スタァの領分ではないし、ふらりふらりと世を渡り歩く瑠璃緒の得意とするところでは当然ない。
「ジャック、出来る?」
 半歩分後方を歩く男を瑠璃緒は仰ぎ見て、話を振ったはいいが適任か否か思い悩む。
 ジャックはヒーローとはいえ、ダークヒーローだ。ついでに猟兵であるが故にどんな世界にも自然と馴染むが、身体は鋼で構築されている。
 然して返された答は案の定。
「子供に好かれるのは難しいな」
 ジャックの応えはいつもより低く響く。近くに甲高い子どもの声があるから、なおのことジャックの低さが際立つ。そしてその低音に、青褪めた童女の幻像がたじろいだ。
「……ジャック」
「これは不可抗力だ」
 身の丈おおよそ七尺。幼い子どもには、おそろしいまでの巨躯だろう。対峙するにも気骨が必要なはずだ。だのに童女は大きく両手を広げ、瑠璃緒とジャックの前に立ち塞がる。
『こ、ここからさきは、だめ』
『わるいことしてないよ。だから、かえって』
 ――健気なことだと、思わないでない。そしてそれを無下に扱うほど瑠璃緒もジャックも人でなしではない。ジャックに関しては、正しくヒーローだ。
「対話くらいはしてみようか」
 肩を落としながらも善処の姿勢をみせた瑠璃緒に、ジャックも是を頷く。元より、好かれることは稀だが、お守りそのものは出来ないでないのだ。
「そうだな。話をしよう――対話に意味が無いとしても」

『おなかがへるのはつらいの。たべるのはだめなの?』
 飢えも、生きる苦しみも、機械であるジャックには理解できぬ感情だ。どれだけ懸命に訴えられても、データと照合して『おそらくこうであろう』と想像するより他はない。
「しかし、だ。喩え本人が望んでいようと、人の未来を閉ざすのは『わるいこと』だろう」
 必要以上に怯えさせずに済むよう、膝を折って、背中を丸めて。駆動域を限界まで酷使し目線の高さを合わせて、ジャックは童女へ問い掛ける。
『でも、でも。わるいことはしてないよ』
「祭の時にも君はそう云ったね」
 ――悪くない、と。
 潤むまあるい眼を、瑠璃緒は高い位置から灰色の眼差しでまっすぐ射抜く。
「咎められる前から殊更に無実を主張する其の後ろめたさは誰に対するものだい?」
 誰かからとやかく言われる前に、否やを唱える理由はただひとつ。
 世の道理に照らした場合、己の行いが悪に類することを、他でもない自分自身が理解しているということ。
「すすんで喰われた彼女たちだって、明日は良い日になったかも知れないし。十年先には笑って生きられたかもしれない」
 口を噤んだ童女へ、ジャックはなるべく穏やかに告げる。
 目の前の苦しみから救えても、可能性を否定し未来を閉ざしたことは、ただの欺瞞ではないかと。
 ぎまん? と。童女が幾度か瞬いた。理解できない言葉なのだろう。他にも端々で首を傾げては瞬き、尖りかけた唇を引き結んでいる。
 童女なりの、大人たらんとする姿勢なのだろう。
 こんな場面でなければ微笑ましいばかりの童女を前に、死の淵からしぶとく蘇った己をジャックは顧みた。
 壊れても、多少喰われても、修復可能な自分。ただのヒトである童女とは、おそらく違う次元を生きている。そんな自分の言葉は童女に届くのだろうか?
(「いや、今は分らなくて良い。いつか、何かを感じて道を開くきっかけにさえなってくれれば」)
 希望はココロの顕れ。鋼の心臓が脈打つ証。
 成程、確かにお守り程度なら出来ると言っただけのことはある。ジャックを前に押し黙った童女へ、瑠璃緒は『すくい』の理を説く。
「喰われた娼妓達のことを君は救ってやったと言うね。苦界からの解放を救いだと君が云うなら、僕も其れを影朧に与えよう」
 ――否、説いたわけではない。
 子供の理論武装の綻びを崩しただけ。
「行動には責任が伴う」
 駄々をこねるだけの相手に合わせるほど、瑠璃緒は暇ではないし、そこに心を割く理由もみつけられない。
 本人が大人を演じるなら、相応に扱うのみ。
「救いだ等と……責任を負う覚悟もなしに安易に考えたなら随分傲慢だよ。僕は善悪に興味はないが、此れは君が招いた結末だ」
 二人の前に立ったままの童女へ、瑠璃緒が一歩近づき。
「――これ以上は不毛だね。道を開け給え、良い子だから」
 頭を撫でる素振りで身動きを封じ、するりと脇をすり抜けた。
『っ、だめ!』
 縋る童女の足を、立ち上がったジャックが再び威圧する。
「では、瑠璃緒。望まぬ粗餐に哭く影朧を救いに行こう」
「……そうだね、ジャック。終わらせよう」
 立ち尽くす童女を二人は振り返らない。
 見据えるのは、彼らなりの『救い』の先にある未来。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルルティア・サーゲイト
 はて、気取られる様な下手を打ったか。どの道こっそり後を付けるなど性には合わぬ故に。
「童よ。たとえ自ら望んで食われているとしてもそれは成らぬ、生らぬ願いである」
 鴉の姿のままで語りかけよう。
「死しても何も救われぬ。自ら死を望む者の、その死に際が悦びに満ちた事などあるか? 否、否である。その顔は眼前に突き付けられた本物の死への恐怖と絶望だけである。結局の所誰も本当に死を望んでいるのではない。救いを望んでいるのである」
 鴉は嘯く。
「妾に救う手立てなど無い、妾は誰も救えぬ。ただ、悲劇を終わらせるのみである。その因を斬るだけである」
 鴉が集い、嘯く。
「童よ、その結果が救いであるかはお主次第じゃ」



●嘯
 ――はて、気取られる様な下手を打ったか。
 立ち塞がった童女の幻像を、燃える夕焼けのような眼に映したルルティアは、ここまでの短い道程を振り返り――顧みるのを止めた。
 既に鳥居は潜っている。謂わば敵のテリトリーに入ったようなもの。戦場であれば、いつどこから矢が飛んで来てもおかしくない。
 世界放浪者の傭兵を自称する通りに、大鎌一本で数多を斬り捨てて来たルルティアは腹を括る。
 元より、こっそり後を付けるなど性に合わないのだ。
 立ち合うならば、真正面から。薙いだ刃が飛沫かせた返り血を、浴びられる距離で。
 然してルルティアは背の翼を翻す。
 猛き羽搏きに、無数の花弁が嵐に飲まれたかのように不規則に舞う。乱暴な桜吹雪に、刹那、ルルティアの姿が霞む。
 そして花の嵐が落ち着いた時、そこに居たのは一羽の大鴉だった。
「童よ。たとえ自ら望んで食われているとしてもそれは成らぬ、生らぬ願いである」
 人ならざる獣が、赤い眼で童女を睥睨して言う。
「死しても何も救われぬ。自ら死を望む者の、その死に際が悦びに満ちた事などあるか?」
『な――っ』
 反論しかけた童女が唇を噛んだ。
 ルルティアの言葉は、幼子には難しいのだ。だが醸される圧が、自身の行いが否定されていることを童女に悟らせている。その上で、自らの言い分を声高に叫べないのは、異相に怯えたというより、戦士のプレッシャーにたじろいだせい。
「否、否である。その顔は眼前に突き付けられた本物の死への恐怖と絶望だけである。結局の所誰も本当に死を望んでいるのではない。救いを望んでいるのである」
 狭い世界しか知らぬ童女に、鴉は囁き嘯く。
「妾に救う手立てなど無い、妾は誰も救えぬ。ただ、悲劇を終わらせるのみである。その因を斬るだけである」
 知らぬ間に、一羽、また一羽。黒い翼が飛来していた。やがて儚げな薄紅を覆い尽くさんばかりに膨らんだ黒が、人の手を模してざわめき――究極を嘯く。
「童よ、その結果が救いであるかはお主次第じゃ」
『っ、しらない! わからない!』
 弾かれたように踵を返した童女の否定は、否定の体でありながら、理解を拒む駄々であった。
 そして童女は転がるように境内の奥を目指す。
 そこには深淵の入り口が、井戸の形でぽかりと口を開けていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『桜夜』

POW   :    こぼれ桜
【桜の花吹雪 】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。
SPD   :    濡れ桜
全身を【水塊 】で覆い、自身が敵から受けた【負傷】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
WIZ   :    花筏
【両掌 】から【桜混じりの水塊】を放ち、【頭部を覆った窒息】により対象の動きを一時的に封じる。

イラスト:天城望

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は薬袋・布静です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●涙に溺れて
 井戸の縁を背にはりつけ、童女は近寄る猟兵たちを睨みつける――が、その瞳には力がない。
「だめ、こないで」
 口では懸命に抗ってはいるが、自らの行いが正しくないことを理解せざるを得ない状況に追い込まれているのだろう。
 猟兵らが割いた心は童女の胸に届いている。それでも、「はい、そうですか」と折り合いつかぬのが人の感情。幼い子どもならなおさらに。
「やだ、やだ。ころさないで」
 黒真珠の眼から、大粒の涙が溢れ出す。
 認めなくなかった言葉を、ついに口にしてしまったせいだ。
「ころさないで、ころさないで、ころさないで」
 送る――と。優しく言ってくれた者もいた。もし正しく生まれ変わることが出来たらどんなに良いだろう。
 だがそうなってしまっては、童女は拠り所を失くしてしまう。『おねえさん』たちを助けてくれるヒトもいなくなる。それは真の意味の『救い』ではないのだろうけれど。
 十に満たぬ子どもでも知れる、苦界に放り込まれた女の生き様。
 ――未来など、夢見れぬ。
 ――明日など、期待できぬ。
 ――夢や期待で腹は膨れぬ、抱いたところで絶望は大きくなるばかり。
 ――でも、此処でしか生きられない。何処へも行けない。逃げ果せない。
「おねがい。ころさないで。かあちゃんを、ころさないで」
 せがむ声が、桜と影の宵に悲痛に響く。一歩踏み出せば、童女は刺し違える勢いで猟兵に飛び掛かってくるだろう。
 しかし変化は思わぬところから現れた。
「哀れな子だよ。我の事を、腹を空かせた母と重ねたらしい」
 井戸の内側から、ゆらりと美しい人魚が姿を現す。
 喰った数なのか、三つのされこうべを抱いた人魚は、透明な微笑みを浮かべて猟兵たちを見遣った。
「我を屠りに来たのだろう?」
「かあちゃんっ!」
「良い、ちよ。それがこの者らの道理」
 色めき立った童女を、人魚は慈しみの目でみて、小さな頭を優しく撫でる。
「我は桜夜。ヒトを喰わねば生きてゆけぬ化生。されど我はヒトを愛する。喰らうのは苦しくて苦しくて堪らない。だが、喰らわねばならぬのだ――その因果を終わらせに来てくれたのであろう?」
 桜夜は、どこか嬉しそうでもあった。
 終われる事を歓迎しているようでもあった。
 だからこそ夜桜は、苦界に生きる女たちの苦難を分かり得たのだろう。哭きながらでも喰ったのであろう。
 ――されど。
「我は所詮、力無き化生。お前達の手にかかれば、瞬く間に屠られてしまうであろう。だが我は全力で抗う――死にたくはない故」
 嘆く者を、喰らった化生が云う。
 死にたくないと、云う。
 矛盾に塗れて、苦悩を眉間に刻みながら、云う。
「死にたくないから、喰った。哭きながらも、喰った。命を、喰った。ヒトを殺した。我が死にたくない故に。のう、それの何処が人と違う? 我にもココロはある。我も命だ。なら、我を屠るお前達は、人殺しにはならぬのか? ああ、そうと分かっていても『役目』と称して割り切る者もおるだろうな」
 夜桜は舞い散る花のように微笑み。童女の前へと姿を現し、猟兵たちと対峙する。
「人の子とは、哀れよな。ちよも、哀れ。ちよの母も、哀れ。女たちも、哀れ。お前達も、哀れ。我も哀れ」

 ――世は哀れの涙で溢れている。まさに、苦海。
ルルティア・サーゲイト
「否、汝に特に重き罪は無い」
 大鴉が群れ集い、人型を、混獣の姿を成す。
「妾はルルティア・サーゲイト。お主の因果を刈り取りに来た」
 化生としての姿を晒し、道理を語る。
「誰も何も違わぬ。殺生せずして生きられる命は無い。お主を討つのは単に妾が猟兵でお主がオブリビオンだからである」
 獣の四肢で地を蹴り、異形の大鎌を振りかざす。
「人を喰ったかどうかなど関係は無い、犯した罪の重さに意味は無い。故にお主だけが罪人ではない。妾も同じ、全ての命は等しく罪人よ」
 大鴉の翼が跳ね、空を蹴るようにして。
「これが、辿るべき因果よ。死の閃きにて永きを断つ、死閃永断衝ッ!」
 一撃で決める!
「先に往け、何れ妾もそこへ往く」



●化生と化生と、ひとの子と
 ふふ、と黒い影が羽搏きで笑みを音にした。
「妾にコレを使わせた事を誉めてやろうぞ!」
 大鴉であった黒が、更なる異形――化生に転ずる。様々な獣が入り交じった姿は混沌を極め、人型でありながら人とは遠く、凶つ気配を垂れ流す。
「妾はルルティア・サーゲイト。お主の因果を刈り取りに来た」
 地面を覆う桜を鋭い爪で踏み拉き、ルルティアは井戸の傍へと歩み寄る。
 桜夜よりも異様な姿に、童女が人魚の背中で身を竦ませた。その頭を、されこうべを片方に寄せてことで空けた手で陽炎がなぜる様を、ルルティアはじぃと見て口を開き――。
「汝に特に重き罪は無い」
 朗々と放たれたのは断罪ではなく、けれど赦しを与える言葉でもなかった。
「誰も何も違わぬ。殺生せずして生きられる命は無い。お主を討つのは単に妾が猟兵でお主がオブリビオンだからである」
 ユーベルコードの力を借りて、ほんの一時、化生としての本性を晒したルルティアが、化生たる夜桜へ道理を語る。
「人を喰ったかどうかなど関係は無い、犯した罪の重さに意味は無い」
 語りながら、猛き化生は力強く踏み込んだ。
 圧し潰された花弁が、醜く破れてルルティエの足の底にへばりつく。しかしそんなことには僅かも気を遣らず、ルルティアは己の身の丈より長大な鎌を構えて走った。
「故にお主だけが罪人ではない。妾も同じ、全ての命は等しく罪人よ」
 命を絶つことは罪。須らく、等しく、罪。
 ルルティアは己が罪をも認めて、走る。
 そして大鴉の翼が一際大きく跳ねた。途端、人魚の頭上へ獣が舞い上がる。
「……っ、」
 人魚の揺れる眼がルルティアを振り仰ぐ。
 自分を屠ろうとする化生が、降ってくる。空を蹴るように羽ばたいて、一直線に降ってくる。
 待ち受ける化生は両手を広げ、花を編む。
「これが、辿るべき因果よ。死の閃きにて永きを断つ、」
 ――何れ己もそこへ逝くつもりで、ルルティアは繰り出していた。桜夜も躱せぬと悟り、一矢報いる覚悟であった。
 二人の化生の命運が交錯する。
 しかし。
「死閃永断衝――ッ!」
「いや、いや、いや……いかないで、いかないで、ころさないで……!」
 その場に居たのは化生のみならず。唯一の人の子は――我儘を押し通す童女は、人魚の背から刃の前へまろび出た。
「……だめだ、ちよ!」
「っ!」
 咄嗟の力技でルルティアは降り下ろしかけていた鎌の軌道を逸らす。
 風唸らせた翼の刃に、人魚の片耳と髪と、無数の桜が散った。

成功 🔵​🔵​🔴​

アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
貴様も童も――そして私も
救われる者は一人として居ない
これを、哀れと云わず何と呼ぶ?

…ふふん、屍を詰み上げてきた者同士
仲良くしようじゃないか
懐より取出すは宝石
【妖精の戯れ】――さあ遊んで来い
ちよ諸共傷つける程耄碌しておらん
抵抗されようと狙うは影朧のみ
増強された力をまともに食らわぬよう
時に残像で惑わして
挙動を観察、見切りを試みる

我が子でなくとも
彼奴のちよへの想いは明白で
少しだけ我等と重ねては首を振る
――桜夜
貴様がちよを哀れむならば
ちよを遺す事を未練とするならば
輪廻に縋ってでも、戻ってくるが良い

…はてさて、そうさな
お前は、お前が信ずる侭に動いておるか?
ならば私が哀れむ謂れはない


ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
何度も巡った言葉が影朧から零される
…全部、同じだ
力が脱けそうな拳を握る

だが
…それらを
自らを哀れと呼ばぬ為
報いる為に生きている
言い聞かせる様に紡ぐ

お前は欲を優先した
「ちよ」を想うなら
手を汚すな
強く在れと
何故導き諭してやらなんだ
…卑怯だ
己の声はもはや誰に向けたものか

己と「父」であったならそうするだろう
ちよの慟哭、抵抗は痛い程で赦しも乞えぬ
されど<第六感>を最大限
氷結寸前に短剣や掌を身代わりに躱し乍ら
共に砕けようと接近し
【想葬】にて送らんと

また、次の海で

…師父
俺は哀れに見えたか
今もそう見えるか
あの娘は、これから進んで行けるだろうか

ああ
果てぬ苦海であったとて
この輝きと共に往こう


クロト・ラトキエ
死にたくない?全力で抗う?
結構。当然です。
貴女が、その子が、女達が哀れ?
まぁ否定はしません。

けど
…手前の物差しで測った挙句知った様な口叩かないで頂けます?

死なぬ為なら抗おう。
生きる為なら同族とて糧としよう。
人を殺すも過去を殺すも、徹頭徹尾己の意思。
数多の屍、無量の怨嗟…
それでも此処が生きる道、苦海とて呑み干すと決めた。
哀れ?
ありがとう。
最大級の侮辱です。

それでも、これは仕事。
説得する者あらば待つ。
が。
屠るとあらば。
花吹雪は鋼糸で散らすを試み、
睡魔に落ちかけるなら手を刺し意識を引き戻し。
今扱える魔力最大値…黒剣に叩き込む
――壱式。
一閃、更に追いて穿つ2回攻撃。

未来なんて…
現在を生きた先にしか無い


六条寺・瑠璃緒
ジャック(f16475)と

…哀れ?
僕と大切な友人に…不敬だね
つまりお前に慈悲は不要と…話が早くて助かるよ

生きる為に哭きながら喰らった…だから何?
喰らわねばならぬ癖に折り合いすらも付けられなかった己が弱さを美化して楽しいかい
童女の哀れみ迄も誘って共犯にさせおいて
然うでもしなければ生きられぬほど弱いなら…此処で死ね

UC使用、技能強化
闇に紛れてオーラ防御を展開
攻撃にカウンターを返しながら接敵
Requiemで斬り付け様に吸血を
「悪いけど、僕も喰らう側なんだ」
君ほど心は弱くないけどね
生命力吸収を返されたなら此方も生命力吸収を

窮地はジャックに守って貰おう
此方もオーラ防御で彼を守る様立ち回りつつ


ジャック・スペード
瑠璃緒と(f22979)

そこの少女にも、お前にも事情が有るのだろう
だが、ヒトに害をなすなら退治しなければ

ヒトを喰った口で、ひとごろしと糾弾されるのは心外だ
その少女を巻き込む必要も、本当は無いだろう
何故、母じゃないと切捨てなかった

哀れみなど、俺にも瑠璃緒にも必要ない
お前がヒトを愛し喰うなら、俺はヒトを愛し護るだけ
理解も見返りも、俺には不要だ

黒き機翼を展開し宙翔け高速で接近
涙淵による捨身の一撃で氷属性攻撃を行おう
もし転生叶ったら、お前も愛し愛される存在になると良い

反撃はビームシールドを展開し防御
瑠璃緒が狙われたら、この身で庇い水塊を受けつつ
氷の銃弾を放ちカウンター
真珠に当たりそうな時は武器を下ろす


榎本・英
嗚呼。全く持ってその通りだよ。
人は哀れでどうしようもなく汚い。
君も人のように哀れで汚い。
死にたいと云いながら死にたくはないと喰らい続ける。
矛盾だらけの生き物だよ。

立派な殺人鬼を育ててしまった
否、勝手に殺人鬼になってしまったのかなその童は。
私は君を救うつもりは無いのだよ。
君に同情はするけど
立派な殺人鬼を育て上げてしまったからね。

誰も彼も哀れだ。
人の味は美味しいだろう。
その衝動に抗わずに喰らえば満たされるだろう。

さて。問おう。
「なぜ君は死にたくないと抗うのかい?」


だってきみは
私達と同じ化け物ではないか。


リル・ルリ
🐟櫻沫
アドリブ歓迎

君が食べた女達も
誰もが本当は死にたくはなかった
苦しみなんてない方がいい
幸せに暮らしたい
きっとそれだけ
誰もが泪の海でなんて泳ぎたくない
僕の櫻と同じ名の人魚
君もそうだろう?

僕は苦界には…え?
それは
罪を背負って游いだ先に君という拠所を見つけたから

救いたい…けど耳が痛い

思うなら
ちよに罪を重ねさせてはいけない
歌唱に想い込め歌う「魅惑の歌」
真珠ごと桜夜を絡め留め
真珠が傷つかないように櫻と彼女の周りに水泡のオーラを漂わせ守る

櫻はわざと厳しい事を言っているんだ
苦界を知ってるから
ちゃんと生きて欲しいんだよ
ちよは哀れじゃない
人を思いやれる強い子だ
影送りにのって
おかえり桜夜
人を食らう苦痛も終わり


誘名・櫻宵
🌸櫻沫
アドリブ歓迎

愛を喰らって私は咲くの
いつだって真摯に覚悟を持って殺(愛)しているわ
哀れだなんて侮辱しないで

リルだっていたわ
見世物劇場という血腥い苦界に
リルは立派に這い上がったわ
救いたいなら大金はたき身請けしてやれば済む話

人食いの化物は何時だって排される
(私も、いつか
リルの歌がちよごと人魚を縛ったら
桜夜を狙い衝撃波でなぎ払い
散華を放ち散らす

聞き分けて
今の真珠に必要なのは覚悟
哀しいけど堕ちたの
泥沼に
生きたければ
「ちよ」である事を取り戻したいなら
這い上がりなさい
酷だけど強くなければ勝てないの
自身が拠所になるのよ

夜桜道中
哀れな影を送るわよ
今日は祭りの日
またかえって来た時に立派な姿を見せたげなさい


ディアナ・ロドクルーン
誰もが無垢な存在では有り得ない
生きる為には何らかの命を日々奪って生きていくしかない

―ええ。ええ。だから全力で抗って、下さい

苦しいだろうけど本当は死にたくないでしょう?
だけど、私たちは貴女を終わらせる責があるの

どうか、どうか次の生は心穏やかに過ごせられますように…

真珠、母の面影を求める子…
辛いでしょう。哀しいでしょう
でも、貴方のしたことは本当の救いなのかしら…?

妓楼は男にとっては天国みたいなものかもしれないが
多くの女にとっては苦界に等しく
皆がそれぞれ苦しみを胸に抱いている
お姉さんを助けたとはいえ、死に導いた事は本当の救いだったのかしら
更なる苦界に沈むか、這い上がるかは貴女次第
全ては貴女の心一つ


菱川・彌三八
雨を
恵みとするか、怒りとするか
其れと同じさ
人は確かに愚かで哀れ、花の街ァ苦界も同義
だからと云って憂いてばかりいりゃあ、晴れる事もなし
…男が云う事でもねェか知れねェ
が、此方にも此方の苦楽があらァ

悪いかどうかは誰が決める
難しくって、俺にも解りゃしねェ
だが、人の世は人で回さにゃなるめェよ
…否
言い訳を連ねるなァ、気に入らねェや

千鳥は風の化身
二塊の旋風で巻き上げて、子どもの視界ごとさらっちまおう
両の手を封じるように右から左から翻弄
例え俺の動きが止まっても、千鳥にゃ誘導弾と麻痺を付けておく
ちいとばかりなら堪えられよう

死ぬのも転生も、傍から見りゃ同じ
だが、泣けば苦しみに溺れっちまう
せめて幸いを祈るがいいサ


ユルグ・オルド
結局のとこ見逃してやれない
正しさなんて知れないけども
死にたくないアンタと死なせたくない俺と
抜いたら覚悟を決めて全力で応じようか

ちよは下がっといでよ
もしくは眠ってくれっとイイんだけどさ
ね、アンタもそっちのがやりやすいでしょ
動くんでも危害が及ばないようにを第一
余波でも及びそうなら割って

窺いつつも相手を疎かにする気もない
対峙したら常のように見据え
傷で増すなら刳で削ぎに行こう
雨でも水でも濡れんのは御免蒙りたいネ
打ち払って駈けるのは何時でも最短を
示してみせてよ憶えてるから
逸らさず躊躇わずそれだけを手向けに

ちよにやちよとしあわせに
どんな世にあってもそう在れと紡ぐ願いを
ちよ、どうか諦めずにいて欲しいんだ


冴島・類
人殺しにならぬのか

問われれば、苦く笑う
責められるまでもなく
そんなこと立場が違えば、当たり前

今更だ
僕は、ちよちゃんも、あなたも
彼女達…も
全てを救うだなんて、万能の一手は持ちませんが

貴女が、泣きながら食べて
彼女も、悪いと知りながら続けて泣いて
愛するものを食べてしか長らえぬ
そこに、生きる喜びが見出せぬなら…
手を取り繋がり生きるものでなく
終わらせるばかりのひとごろしの化生のままでなく
悔やむなら
厭い、これ以上、涙を生んで…溺れぬように
違う形へ、生まれ変わってはみませんか?

ちよちゃんが、彼女を庇おうとするのは
防ぐよう、飛び出せば止めに入り

水の攻撃は、見切り
近づき声を
もし、彼女が受け入れるなら
花嵐で送れたら



●罪の在処
「雨を――恵みとするか、怒りとするか。其れと同じさ」
 一切の気負いを感じぬ彌三八の不意の言葉に、桜夜の残された耳が微かに跳ねた。
 人は確かに愚かで哀れ。
 花の街は、苦界も同義。
「だからと云って憂いてばかりいりゃあ、晴れる事もなし」
 男の自分が云う台詞じゃないかもしれないがと彌三八は肩をそびやかせこそすれ、切れ長な目に曲がらぬ意思を宿す。
「でもなァ、此方にも此方の苦楽があらァ」
 決めつけるなと暗に含んだ彌三八の言い様に、血を流す化生は強張りかけた貌を弛めた。
「だからこそ、哀れと思わぬか? この世の全てが」
 ――嗚呼。
 化生の言葉に、英は感慨なき溜め息をひとつ吐く。
「全く持ってその通りだよ」
 人は哀れでどうしようもなく汚い。そのことを、小説に人を記すがゆえに、『人』を知る英は僅かな抵抗も抱かず肯定する。
 同時に、――。
「君も人のように哀れで汚い」
 桜夜のことは肯定しない。
 眼鏡のフレームに手をやってピントを合わせ直し、英は人魚の姿をした影朧をまじまじと観察する。
 死にたいと云いながら、死にたくはないと喰らい続ける化生。
 矛盾だらけの『生き物』。人の世の理から外れた輪廻に在ったとしても、命であることには変わりない。
 だからこそ、英は桜夜の罪を暴く。
 だって桜夜は、童女を立派な殺人鬼に育ててしまった。
「否、勝手に殺人鬼になってしまったのかな? その童は」
 レンズの奥ですぅと眇められた英の視線に、化生の腕に抱かれた童女が身を竦める。
 稚い年頃だ。顔立ちも可愛らしくはあるのだろう。それこそ、将来有望だと妓楼の主に見初められる程には。
 だが、それだけだ。物語の主軸に添え得る人物なれど、英の内側の原稿用紙は真白いまま。
「私は君を救うつもりは無いのだよ」
 同情しないわけではない。されど童女にも罪がある。
「君は立派な殺人鬼を育て上げてしまったからね」
 童女が隠さなければ、導かなければ、未だ失われぬ命が三つはあったろう。つまり桜夜を殺人鬼にしたのは童女自身。
 ――誰も彼も哀れだ。
 さりとて全てを救う万能の一手なぞ、誰も持ちようがない。
 人殺しにならぬのかという人魚の問いに苦く笑っていた類は、肩に入りかけていた余分な力を抜く。
 立場が異なれば、主観が異なり、結論も違うものになるのは至極当然のこと。
 どれだけ嘆こうと、全ては『今更』だ。
 誰も彼もが、ちよも桜夜も、苦界に堕ちた女たちを救うことなど出来やしない。
 一つの手で取れる手は、一つ限り。
 択ぶ躊躇を、類は感傷の外側へかなぐり捨てる。 

●疼痛
 ジャハルの視界には桜色の暗雲が垂れ込めていた。
 いや、ただの桜吹雪だ。振り払えないものではないし、僅かも道行きを阻むものではない。
 だのにジャハルの眼は昏い。
(「……全部、同じだ」)
 影朧が零した言葉にジャハルは覚えがあった。
 何度も何度も廻ったものだ。じくじくと内側を疼かせるものだ。
 戦うべき相手を前に、言い知れぬ倦怠感がジャハルの全身を襲う。それでもジャハルは力が抜けそうな拳を、意思の力で握り締める。
 爪が皮膚に食い込む痛みが、現実を囁く。じわりと通う血が、指先にまで熱を行き届かせる――しかし。
「……ふふん、屍を積み上げてきた者同士。仲良くしようじゃないか」
 他のどんな命の拍動よりも、嘯くアルバの耀きがジャハルを今へ繋ぎ止める。
 星の瞳がまっすぐ化生を見ていた。懐へ手を差し入れる仕草もいつも通りだ。
「――さあ遊んで来い」
 取り出した宝石たちに、アルバが魔力という命を吹き込む。するとただ美しいだけの結晶だったはずのものが、翼を得たように空を泳いだ。
 桜吹雪に硬質な煌めきが軌跡を残す。
 目も覚めるような鮮烈さに刺激され、網膜がチリと痛んだ。
(「……ああ、そうだ」)
「……俺、は。それら、を。自分を、哀れと呼ばぬ為。報いる為に生きて、いる」
 とつり、とつりと。ジャハルは想いを吐く。それは桜夜に聞かせる体をとりながら、己の裡へこそ言い聞かせる言の葉。
「お前は欲を優先した」
 追いかけてくる影を振り切るように、ジャハルもアルバに倣い顔を上げて前を向く。
「『ちよ』を想うなら、手を汚すな、強く在れと何故導き諭してやらなんだ」
 己と『父』なら、きっとそうするだろうとジャハルは信じる。
 信じながらも、まだジャハルの足は桜の地面を不安定に踏んでいた。
「……卑怯だ」
 絞り出した声は、もはや誰に向けたものなのかジャハルでも分からなかった。
 わからない、わからない、わからない。何を否定して、何を肯定すればいいのか、わからない。
 しかし歩みを止めることだけは、出来ない。
 前へ進まなければならない。
 何を屠り、誰を泣かせても。

(「確かに貴様も童も――そして私も。救われる者は一人として居ない」)
 魔力を行使しながらアルバは内側で自重を笑む。
 走り出したジャハルの背中はもう前にある。だがその背中で揺れる翼が、尾のしなりが、彼の苦悩をアルバへ知らしめていた。
 無論、気配ひとつでジャハルの思いなどアルバには容易く知れていたけれど。
 誰も彼も救われぬ戦い。
 おそらく、救われることを望んでいないだろう戦い。
(「これを、哀れと云わず何と呼ぶ?」)

 ――胸が疼く。

●生き様
 紫の双眸を沈ませて、ディアナは静かに息を吐く。
 過去の記憶は持たぬとも、人狼病を理由に刹那的に生きようとも。誰もが無垢な存在ではあり得ないことをディアナは識っている。
 生きる為には、何らかの命を奪うしかない。そうせねば、自らの命が終わるからだ。或いは自分が誰かの糧とされてしまうか。
「――ええ。ええ。だから全力で抗って、下さい」
 獣の本性を顕わにするよう、ディアナは耳と尾の端まで神経を行き渡らせる。広げた五感に触れてくるのは、悲哀と飢餓。
 矛盾に塗れた化生の本心まで見透かすことはできない。
 けれど足踏みしていては、誰の未来も始まらない。
「苦しいだろうけど、本当は死にたくないでしょう?」
 命の本質を頼りに導き出した答を掲げ、だがそれを砕くためにディアナは駆け出す。
「だけど、私達は貴女を終わらせる責があるの」
 猟兵としての自負を胸に、人狼は人魚に牙を剥く。迎え撃つ影朧の目は、ディアナの抱えた『責』こそを哀れんでいるかのようだった。

 ――死にたくない?
 ――全力で抗う?
(「結構、当然です」)
 化生の言い分に、クロトは思考の芯が冷えていくのを感じていた。
 桜夜が哀れだというのも。童女が哀れだというのも。苦界に堕ちた女たちが哀れというのも――それそのものは否定しない。
 喰いたくないものを口に捻じ込まねば生きていけぬのは、辛かろう。
 往きたくない道を歩かされるのも、辛かろう。
 ――けれど。
「……手前の物差しで測った挙句、知った様な口を叩かないで頂けます?」
 クロトは低く、低く唸った。酷く平坦に、淡白に、誰かがその呟きを耳にしたとしても、特に気にかけることのない響きで。
 分かっている。此処は戦場で、駆け引きは続いている。桜夜の哀れみに反応するのは、挑発にむざむざ乗ってやるようなものだ。
 ――死なぬ為なら、抗おう。
 ――生きる為なら、同族とて糧としよう。
(「人を殺すも、過去を殺すも。徹頭徹尾、己の意思」)
 桜色の宵、遠くから射す灯に、クロトの深い青の瞳が人知れず細められる。唇は、緩やかな弧を描いた。
 数多の屍を築き上げてきた。無量の怨嗟が纏わりついて離れない。
 それでもクロトは『此処』こそ自らの生きる道だと解しているし、歩み始めた時点で苦海だろうがなんだろうが飲み干すと決めているのだ。
(「――それを、哀れ?」)
 喉が引きつれそうになったのを空咳ひとつでいなし、クロトは影に潜んで走り出したいと訴える脚を地面に縫い留める。
 未だ、思惑は出揃っていない。誰かの仕事を邪魔して、敗北を喫するような真似はしない。
 泰然自若を真似て、クロトは屈辱に笑む。
「ありがとう。最大級の侮辱です」

「……哀れ? 僕と大切な友人に……不敬だね」
 整った容貌が拗ねると、凄みを増すもの。然してつんとそっぽを向いた瑠璃緒は、遠慮なく剣呑な気配を漂わせた。
「不敬?」
 瑠璃緒の不満を理解できなかったのだろう化生が、反芻して首を傾げる。
 心の底から敵対者までをも哀れむ様子に、瑠璃緒は苛立ち――三日月を模して笑む。
「哀れと決めつけることの何処が不敬でないと思うんだい?」
 嘲りを隠さず瑠璃緒が喉を鳴らすのを、同じ心地でジャックも聴く。これまで決して順風満帆な人生を送ってきたとは言い難いジャックだが――むしろ逆――、初見の相手に哀れまれる謂れなぞない。
 哀れみは、時に否定だ。
 これまでの歩みが、恵まれたものではなかったと、褒められたものではないのだと評されているようなものだから。
「そこの少女にも、お前にも事情があるのだろう」
 童女に対し背を丸める努力を惜しまぬジャックの声も冷える。
「だが、ヒトに害を成すなら退治しなければ――そもそも、ヒトを喰った口で、ひとごろしと糾弾されるのは心外だ」
「ちがうよ! わたしがむりにくわせたんだもん!!」
 剣呑な男たちに甲高い声を張り上げたのは、化生の腕に抱かれた童女だった。大きく見開かれた黒真珠の瞳は、涙に濡れている。
 分かり易く、哀れを誘う子どもだ。そこは瑠璃緒もジャックも認めている。なればこそ、ジャックの裡では厭わしさが育つ。
「そもそもだ。その少女を巻き込む必要も、本当は無いだろう。何故、母じゃないと切り捨てなかった」
「ちがうよ、ちがうよ。ぜんぶぜんぶわたしがっ」
「生きる為に哭きながらでも喰わせた……だから何?」
 子どもの駄々には付き合いきれぬと、瑠璃緒はゆるく首を左右に振って、童女の献身を、そして桜夜の成してきた事実を糾弾する。
「喰らわねばならぬくせに、折り合いすらもつけられなかった己の弱さを美化して楽しいかい? 童女の哀れみ迄も誘って共犯にさせておいて」
「だから――」
「良い、ちよ。あの者の言う通りだ。それでも我は、容易く命はくれてやれん」
 童女の抗いを遮る化生は、理に従う者のように見えた。されどそれは偽り。
「お前を見逃せば、お前はまたヒトを喰うのだろう?」
 ジャックの指摘に化生は「然り」と是を唱えた。
「ならば俺はヒトを愛し護るだけだ。お前がヒトを愛し喰らう限り――そこに理解も見返りも不要」
 ジャックの四肢が、地を這うような駆動音を奏でる。緊張の糸が徐々に引き絞られてゆく。
「いずれにせよお前に慈悲は不要、と――話が早くて助かるよ」
 飛び出す機を窺いながら、瑠璃緒はことさら艶やかに口元をやわらげる。
「縋って喰って。そうでもしなければ生きられぬほど弱いなら……此処で死ね」

 桜夜と櫻宵。
 同じ名を持つ人魚と龍の邂逅は、視得ぬ糸で手繰られた運命やもしれぬ。けれど二人は、あらゆる意味で対極。
「愛を喰らって私は咲くの」
 哀れみに頬を濡らす人魚へ、櫻の木龍は艶やかに、そして胸を張って微笑んだ。
「いつだって真摯に覚悟を持って殺(愛)しているわ――だから哀れだなんて侮辱しないで」
 咎める風ではなく、花綻ばせる口調なのが、櫻宵の矜持を物語り。だからこそ隣で聞くリルの胸は憂いと誇らしさの狭間で揺れ動く。
「君が食べた女達も、誰もが本当は死にたくなかった」
 望んで生を手放したい人間などいない。そこに至ってしまったのは、思い詰めてしまったからだ。
「苦しみなんてない方がいい。幸せに暮らしたい。みんな、きっとそれだけ」
 何故、生きることに苦しまねばならないのだ。
 誰もが泪の海でなんて泳ぎたくないはずなのに。
「僕の櫻と同じ名の人魚……君もそうだろう?」
 か細く息を吐き出すようなリルの問いに、桜夜はうっそりと笑んだ。
「優しい人の子。皆そうであれば、我らは生を受けずに済んだろうな」
 影朧は、傷つき虐げられた者達の『過去』より生まれるもの。根底に悲哀を抱きしもの。皆々が幸せであれば、存在しなかったかもしれないもの。
「だがそれは砂糖菓子のように甘い理想に過ぎぬ――」
「リルを理想論者みたいに言わないでちょうだい。リルだって、見世物劇場という血腥い苦界にいたのよ。そこから立派に這い上がったからこそ、夢をみられるのよ」
 リルの優しさを見くびる人魚に龍の内側に赤とも青とも取れぬ炎が灯る。
「櫻、僕は別に――それに、罪を背負って游いだ先に君という拠所を見つけたから」
「ほらご覧なさい! リルは誰より強いからこそ幸せを語れるのよ」
 救いたいなら大金をはたいて身請けしてやれば済むだけの話を、なんやかんやと拗らせて喰ったどうのと嘆く桜夜への櫻宵の風当たりは強い。
 それは夢や理想を語れるか、這い上がったか否かだけではなく、櫻宵と桜夜が同種なればこそ。
(「人食いの化物は、何時だって排される」)
 ――私も、いつか。
 喰らう人魚と喰らう龍。
 平行線の二者の間で、童女と歌う人魚が唇を噛み締める。だからだろうか、童女とリルの視線が不意に絡んだのは。
 涙を湛えた黒真珠が、止めてと訴えている。声にせずとも伝わる悲痛さに、リルの心はギリギリと軋んだ。
 ――救いたい。
 願う傍ら、誰も彼もの言い分が正しくて、耳が痛かった。

●千代、ちよ、真珠
(「ちよ諸共傷つける程、耄碌しておらん」)
 どうにかして桜夜を守ろうと足をばたつかせる童女を避けて、アルバは宝石を繰る。
 羽が生えた鳥の如く宙を自在に翔ける煌めきは、掴まえようと伸びる童女の手を掻い潜るには適していた――が。小回りの利かぬ剣はやりにくい。
「っ、」
 背面から踏み込み、桜夜の首を狙ったジャックは、そこへ縋りつくように絡まった童女の手に、振り抜きかけた刃を引き留めた。
 殺しきれない余波は、ユルグが強引に捻じ込んだ手で受ける。バランスを崩した人魚の手から転げ落ちそうになった童女を、類は――強引に奪うには、状況が今少し整っていなかったから――咄嗟に片手で支えた。
 猟兵が童女を守ろうとしているのは明らかで、庇われてばかりの子どもは嗚咽をあげながらも、時折激しく首を振っていた。
 ――真珠、母の面影を求める子……。
「辛いでしょう、哀しいでしょう。でも、貴方のしたことは本当の救いなのかしら……?」
 鋭く駆けて化生と切り結び、反動に命を喰らわれながらもディアナは童女へ呼びかける。
 妓楼は男にとっては極楽のような場所かもしれない。
 しかし多くの女にとっては、苦界そのもの。
「皆がそれぞれに苦しみを抱えているの」
 ――あなただけじゃない。
「お姉さんを助けたとはいえ、死に導いた事は本当の救いだったのかしら」
 ――路は幾つもあったかもしれない。
「更なる苦界に沈むか、這い上がるかは貴女次第。全ては貴女の心一つよ」
 数多の幻像に猟兵らがかけた言葉を、ディアナは真珠自身へ言い聞かせる。
 いやいやと首を振って耳を塞ごうとするのは、童女が道理を理解している証。だのに手が影朧から離れない。
 そこから先への進み方を未だ知らずにいるから。

 櫻宵の刃が紅く輝き、空を絶って花を舞わせる。
 桜夜も花の嵐で応戦する、が。互いに真の牙を剥けないのは、千代が間にいるからだ。
 母と呼んだ人魚から離れたがらない子どもは、懸命に桜夜に張り付き盾になろうとする。そうする事で猟兵たちが手心を加えるのが分かっているのだ。
 あざとい訳ではない。ただ必死なだけ。こんなことをしていてはいけないと、心のどこかで思っているだろうに、心が追いつかない。立派に分別をつけて振る舞わねばならないのに、子どもの駄々を捨てきれない。
「何を見ているの どこを見ているの 何を聴いているの――」
 見かねたリルは高らかに謳った。
「そんな暇があるなら、僕をみて 僕の歌を聴いて。離して、あげないから」
 奇跡の如く澄み切った歌声が、昏い桜の宵に響き渡り、聞く者を恍惚の罠に捕らえる。
 その一瞬で櫻宵が走った。
「  」
 とろりと意識が酩酊する隙をつき、櫻宵は千代を桜夜から引き剥がす。
 我に返って暴れ出す前に、リルは加護宿す薄い水の膜で千代を包み込んだ。
「かあちゃん……っ」
「聞き分けて! 今のあなたは――真珠に必要なのは覚悟よ。哀しいけれど、もう泥沼に堕ちてしまったのよ。生きたければ……『ちよ』である事を取り戻したいなら、這い上がりなさい!!」
 櫻宵の一喝は、雷のように真珠を打った。
「這い上がりなさい。誰に縋るでなく、自分の力で」
「っ、う、あ……で、も……」
「酷だけど強くなければ勝てないの」
「……だって、だって――」
「自身が拠所になるのよ」
 花の嵐に気圧されて、しゃくりあげ始めた千代を、櫻宵からリルが受け取る。
「櫻はわざと厳しい事を言っているんだ。苦界を知ってるから」
 千代が奪われる間際の桜夜の唇を読んだリルは、子守唄のように柔く説く。
 哀しい人魚は『任せる』と言っていた気がした。この子どもに罪を重ねさせたくないと、願っていた。そう思ってしまうのは、リルの希望なのかもしれないけれど。
「ちゃんと生きて欲しいんだよ。ちよは哀れじゃない。人を思いやれる強い子だ」
「つよくないっ、つよくないっ、だからひとりはいやぁ!」
「まァね。ひとりは誰だって嫌だよねェ」
 リルの腕で藻搔く童女を宥めたのは、ユルグだった。頭を撫でてくる手の主を探して視線を移した童女は、それがユルグのものであるのに放心する。
「おにい、ちゃん……も、ころ、しに。きたひと?」
「ごめんネ? あ、俺の名前はユルグだよ」
 ちよ、ちよ、と繰り返し名前を呼んで、名乗り損ねた名前を告げて、ユルグは童女の髪を梳く。滅多にしないことだから手加減はわからなかったが、手を払い除けられないのに安堵した。
 優しく敏い子。
 今、彼女の胸中がどうなっているかはユルグにも想像はできない。
 心を許した相手に裏切られたと感じたろうか、それとも逃れ得ぬ運命を悟ったろうか。
「ね、アンタ。ちよ、眠らせてくれない?」
 そしてユルグは桜夜に助力を請うた。
「アンタもそっちのがやりやすいでしょ」
 夜桜が千代を盾にとるだけの正真正銘化生であったなら、ユルグの求めを一笑に付したか、なんだかんだのヘリクツを並べ拒んだろう。
 でもそうならないことを、ユルグは分っていた。
「さよならだ、ちよ」
 人魚の指先がくるりと周り、小さな花吹雪を巻き起こす。
「やだ、やだ、かあちゃ――」
「我は母ではない――ただ生きよ」
 リルの水と桜夜の花に巻かれて、童女は深い深い、されどほんの一時の眠りについた。

●花の嵐
 悪いか、そうでないか、だなんて。いったい誰が決めるのだ。
(「難しくって、俺にも解りゃしねェ」)
 彌三八は眉間によりかけた皺を、絵筆の尻骨でコツンと叩いて伸ばし、しゃっきりと背筋を正す。
 ――人の世とは難しい。
 ――だが、人の世なればこそ、人が回すのが道理。
(「……否」)
「言い訳を連ねるなァ、気に入らねェや」
 まだるっこしい考え方は、彌三八の性に合わない。腹を括らねばならないのなら、さっくり括って前進あるのみの江戸っ子気質。
「鍔迫りの打ちいづる戦場の千鳥」
 さっと空へ筆を走らせれば、チチチっと小さな鳥が羽搏き始める。
「勝を千取るしるべなるらむ」
 彌三八の手により生み出された千鳥は瞬く間に二つの群れを為し、桜と共に一帯を覆い尽くす。
 風の化身たる千鳥たちが、人魚の動きを翻弄する。まずは左手、次いで右手。ただしそれは一つの群れのみ。もう一つは、万が一にも千代が『終わり』を見ぬように、戦場を覆う帳と化す。
 そうして隔てられた内側の闇を、明けない夜に染まった瑠璃緒が走る。
 井戸の傍に青い羽衣が揺れていた。鷹揚に尾鰭で空を掻く人魚の背後を取るのに難はない。
 音もたてない風と化し、瑠璃緒は夜桜に肉薄し、穢れを纏う刃を抜く。
「悪いけど、僕も喰らう側なんだ」
 ――君ほど心は弱くないけどね。
 一緒くたにされるのは御免被るとばかりに一言添えて、瑠璃緒は背中に突き立てた刃から、ずるりと化生の命を吸い上げた。
「で、あるならば。我も喰らおう」
 さしたるものでもない命の片鱗を奪われた人魚が、ぎこちない動きで振り返る。我が身を餌として捉えた獲物は、いわば同種。喰らわれた分も、取り戻せば五分と五分。
 だが瑠璃緒は一人に非ず。
「ジャック!」
「瑠璃緒を放せ」
 瑠璃緒の肩を鷲掴もうとした化生へ、ビームシールドを展開したジャックが体当たる。桜の地面に転がった人魚の全身は、水の膜に覆われ濡れていた。
 触れれば今度はジャックの命が喰われる。即座に判断した鋼の男は黒き機翼を展開すると、一気に宙へと舞い上がった。
「もし転生叶ったら、お前も愛し愛される存在になると良い」
「――哀れみか?」
「罪を負った子どもの未来の為だ」
 上昇した時以上の加速を得て、ジャックは夜桜めがけて落下する。投げかけられた問いには短く返し、無骨な男が持つには流麗な刀を鞘より抜いて、照準を定めて一思いに振り抜く。
 鋭い白刃に、化生の血が散った。
 夜桜の周囲だけ、桜の紅が色を濃くする。
 転がり出した終焉の歯車を加速させるべく、クロトは黒いロングコートを翻す。
 豊かに撓む袖から鋼の糸が伸びる。襲い来た艶やかな眠りには、手の甲をくれてやった。
 痛みで尖鋭化させた意識で、自分の血に濡れた鋼糸をクロトは繰る。
 がむしゃらに肉薄させると思わせ――桜夜を近接の間合いに捕らえる直前、クロトは頭上に張り巡らせた鋼糸を強く引く。
「……なっ」
「桜の豪雨、ですよ」
 鋼糸は、桜の枝を一斉に揺らしただけだ。しかしたわんだ枝は、滝のように花を散らして桜夜から距離感を奪う。その隙に、クロトは更に踏み込む。
「――壱式」
 ありったけの魔力を注ぎ込んだ黒剣が、さながら鞭であるかのように伸びて踊った。描かれる放物線は大きく、けれど桜夜の身を斬り裂く。そこへ今一度、クロトは刃を引き戻す。
「っ、人の子も面妖な技を使うのだな」
 返る刃に首筋を裂かれた夜桜が、虚空へ懸命に手を伸ばす。
 尽きる命を補おうとして、誰かの命を啜ろうとする仕草だった。
 人の味を知ってしまった化生だ。哭きながらも喰った化生だ。
(「人の味は美味しいだろう」)
(「その衝動に抗わずに喰らえば満たされるだろう」)
 されど桜夜は率先してそうしようとはしなかった。
 ならば、と英は今にも干からびそうな人魚へ問う。
「なぜ君は死にたくないと抗うのかい?」
 ――だってきみは、私達と同じ化け物ではないか。
 ぱらりと英が捲った書物から情念の獣が駆け出す。それが執拗に伸べてくる手に自由を奪われながら、化生は英が突き付けた真理にうっすらと微笑む。
「ああ、化け物だ。化け物という命だ。だから惜しんでしまう――これを本能と云うのだろう?」
「そうだな、アンタは間違いなく化け物だ。だから俺たちはアンタを斃す」
 結局のところ、見逃すことは出来ないのだ。絶対に――意を決したユルグの眼差しは強い。
(「正しさなんて知れないけども」)
 ――死にたいアンタと。
 ――死なせたくない俺と。
 惑いが鬩ぎ合う時間はもう終わりだ。腹を括ったユルグは、重心を落とした。
「全力で来なヨ? コッチも全力でいくからサ!」
 静かな闘志で全身を満たす。あとは思い切り踏み出すのみ。
 濡れそぼった桜は足元に渦巻いている。が、それを飛び越えユルグは中空で身を捻り、斜めの軌跡で夜桜の懐へ飛び込んだ。
「示してみせてよ、憶えてるから」
「参ったな、人の子とは哀れのみならず優し過ぎる」
「どうだかネ?」
 跳ねのけようと交差された人魚の両腕を、ユルグは回転を味方に払い除け。微笑む人魚の心の臓の真上から片刃の彎刀を突き立てた。
「――痛いね」
 衝撃に桜夜の顔が歪む。されど刃を抜かれた肌には傷ひとつのこっていない。精神のみを、削られたのだ。
「違う形へ、生まれ変わってみませんか?」
 今生にしがみつく為に桜交じりの水を練る夜桜へ、そう訴えかけたのは類だった。
「貴女が、泣きながら食べて。彼女も、悪いと知りながら続けて泣いて」
 飛ばされた水の礫を余さず見切り、触れるには遠く、だが声を届けるには十分の距離に類は立つ。
「愛するものを食べてしか長らえぬ――そこに生きる喜びを見出せぬなら」
 ――手を取り、繋がって生きるものではなく。
 ――終わらせるばかりの『ひとごろし』の化生のままでなく。
 惑わぬ緑の眼で類は影朧を視る。
 元は田舎の小さな社に祀られていた鏡。永き時と数奇な喪失を経て、愛おしみ慈しんだ人と同じ形を得たのが類だ。
 儘ならなさも分かる。新たに踏み出すことも知る。故に。
「悔やむなら――厭い、これ以上、涙を生んで……溺れぬように。違う形へ、生まれ変わってはみませんか?」
 重ねられた提案に、化生は形容しがたい貌をした。
「此処に正しく送れる人の子はおらぬだろう?」
 含まれた諦念に、類は桜夜の複雑に絡み合った心の片鱗を感じ取る。
 抗うといいながら、ちよに別れを告げた影朧。終わることは、とっくに受け入れているのだ。
「……咲け、常春」
 探り損ねた二の句に変えて、類は嵐と舞わせた山桜の花弁で化生を包み込む。
 一夜限り、美しく咲けるのは桜を名に持つ人魚にとっては本望だろう。けれど咲いた桜は、散る運命。
「舞い散る桜の如く美しく。さぁ、お退きなさい!」
 抜刀からの一閃。不可視の斬撃が、桜夜を引き裂く。
「おかえり、桜夜。人を食らう苦痛も終わり」
「そうよ。またかえって来た時に立派な姿を見せたげなさい」
 まるで長く共に歩んできたようなリルと櫻宵の送る言葉に、血濡れた人魚が「……また、か」と小さく含み笑った。
 この場に影朧を転生させ得る桜の精はいない。どれだけ特徴が似てはいても、櫻宵の本質は龍。桜夜を導くことは叶わない。
 しかし今宵は影送り。賑わう祭の隅で祈る誰かの想いが届く奇跡を、信じるくらいは構うまい。
(「どうか、どうか――次の生では穏やかに過ごせますように……」)
 切なる願いとは裏腹に、ディアナの繰り出す攻撃は鋭く重い。
 己が命を燃やし、ディアナは夜桜に爪を立て、牙を立て、葬り去る事に熱を注ぐ。
 童女が眠りから醒める前に、全てを終わらせてしまいたいから。哀れな泣き声を桜夜に聞かせたくないから。
 そんなちよの泣き声はジャハルの耳に残っている。
(「赦しは、乞えぬ――」)
 どうしたって彼女を嘆かせる。いっそうの哀れの海へ沈めることになる。
 それでもジャハルは高く羽搏いた。
 幻朧桜の天を超え、宵闇に紛れた竜をアルバは目で追う。弟子が仕留めにかかったのを理解した師は、即座に残像を放って桜夜の視界を惑わす。
「終わらせるのか」
 察した化生の口調は静かだった。
 だからアルバも殊更穏やかに返す。
「――桜夜。貴様がちよを哀れむならば、ちよを遺す事を未練とするならば」
 腹を痛めて生んだ我が子でなくとも、桜夜のちよへの想いは明白だった。少なくとも、アルバが自分たちと彼女らを重ねてしまう程には。
 だがアルバは首を振って、まとわりつく影を払う。
「輪廻に縋ってでも、戻ってくるが良い」
「人の子は、やさしいな」
 否定と肯定の両方を浴びた化生は、アルバに気を取られる間に頭上から迫っていた気配にうっすらと微笑んだ。
「罪を犯した我が、其れを望んで良いものやら――」
「望め、お前の為でなく。ちよの為に!」
 化生のいまさらな自嘲を、ジャハルは一蹴し、共に砕けんばかりの勢いで影朧の懐へ飛び込んだジャハルは、広げるだけ広げた翼で人魚の尾までも包み込む。
 緩慢な拘束だ。けれど捉えた以上、逃がしはしない。それにもう、桜夜に抗う心がないのは火を見るよりも明らかだった。
「また、次の海で」
 翼から放つ闇で桜夜の命を枯らしながら、ジャハルは未来を求める。
「――あの子が泣き続けるようなら、な」
 然して人魚は終いの一瞥を眠る童女へ放り、静かに苦海の泡と消え去った。

●ちよにやちよに
 影と桜の宵が、ただの幻朧桜の夜になった頃。目覚めた千代は、さめざめと泣いた。
 死ぬのも転生も、傍から見れば同じこと。失ったことには大差ない。
 泣いてばかりでは、苦しみに溺れてしまう。
 けれど泣き濡れる童女相手に言い説くのは少々骨が折れる予感に、彌三八は端的な送り方を示す。
「せめて幸いを祈るがいいサ」
 突き放すようでありながら、芯に熱の籠った彌三八の言葉に、千代が泣きはらした目で顔を上げる。
「ちよ、どうか諦めずにいて欲しいんだ」
 黒真珠に己を映してユルグは懸命に笑おうとして、くしゃりと顔を歪めた。
「ちよにやちよにしあわせに――どんな世にあってもそう在れと紡がれた願いに、応えてやって欲しい」
 幼子に無理を言っている自覚がユルグにもあった。
 それでもどうしても、そう願わずには居られなくて。
「……がんばりたい、よ」
 様々な逡巡を超えた千代――真珠がようやく零した言葉に、彌三八とユルグはただただ頷いた。

「……師父」
 哀れな泣き声を背に、ジャハルの眼は過去を視る。
「俺は、哀れに見えたか? 今もそう見えるか? あの娘は、これから進んでいけるだろうか」
 矢継ぎ早に繰り出された問いは、図体ばかりは大きくなった男の裡に今も息衝く子どもの顕れ。
 しかしその子どもと歩み続けてきたアルバに、迷いは無い。
「……はてさて、そうさな。お前は、お前が信ずる侭に動いておるか?」
 七彩宿す眸を、星の眼が覗き込む。
 応えに言葉は不要。目は口より雄弁に決意を語るものだから。
「私が哀れむ謂れはあるまい」
 躊躇いなく言い切るアルバに、刹那ジャハルは言葉を失う。
「……師父」
 稀有なる珠のような人は、ジャハルの標。願わくば、追うばかりでなく、胸を張って並べるようになりたいけれど。未だ、道半ば。
 ならば往こう、果てぬ苦海であろうと。この輝きと共に。

 元の影の宵に溶け往く一時に、クロトは気配を殺して立ち尽くす。
「未来なんて……現在を生きた先にしか無い」
 死せば、終わり。
 廻れば再びの始まりもあるやもしれないが。それを真実、未来と云うのだろうか?
 だが千代には――真珠には未来がある。
 今宵、泣きに泣いた童女がいつまで今日の日を覚え、胸を煩わせるかは分からない。彼女の先には、今日より遥かに辛い明日があるかもしれないのだ。
 それでも、いつかは。そう願うことを咎めるものはいまい。

 やがて白み行く空の橋は、苦しみも悲しさも何もかもを包み込んで隠すような美しい桜色に染まっていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年12月17日
宿敵 『桜夜』 を撃破!


挿絵イラスト