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情と知の、桜の木の下で

#サクラミラージュ #逢魔が辻 #桜シリーズ

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#逢魔が辻
#桜シリーズ


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(「奴は失敗した、か……」)
 帝都の、今はもう誰も近付かない、何処か薄い夜の帳に包まれた様な、幻朧桜の群れの下。
 今にも枯れ果てそうな幻朧桜の木々の向こうに、ひっそりと佇む神社の中で。
『それ』は、ただ胸中で独りごちる。
(「となると、気付かれるのも時間の問題、か」)
『私』……『わたし』達が、この地に災禍を齎そうとしているその事に。
(「ですが、私は……」)
 ――わたしには。
 もう、こうしたいという想いしか残っていない。
 何処とも知れぬ闇の中。
 そこに薄っらと淡い輝きを伴った桜色の息吹と、『私』の心を反映した、『陽』と『陰』……二つにして、一つの存在たるそれらの姿を認めて、息を吐く。
「お前達は、最後まで私と共に戦ってくれるのだろう? 私の愛する……『わたし』達」
『それ』の問いかけに、『陽』と『陰』は静かにざわめく。
 同時に、『それら』の目前に薄っすらと見える、2つの影。
 それを見ながら……『私(「わたし」)』は、問いかける。
「さあ、あなた(お前)達が示した答えを、『私(わたし)に見せておくれ」

 ――と。


「……帝都桜學府から、とある影朧の存在を突き止めた、と連絡が入った」
 淡々と、何処か事務的に感じられるその口調で。
 北条・優希斗(人間の妖剣士・f02283)がグリモアベースの片隅で、呟いたその言葉に興味を持ったか、幾人かの猟兵達が彼の前に姿を現す。
 そんな猟兵達に優希斗は、何処か悲しげな様子を見せながらも、静かに微笑んだ。
「もう、気付いている人もいるだろうけれど。ある帝都桜學府の諜報員が、とある影朧の正体を突き止めるべく行動を起こした結果、『彼』は遂にその正体を突き止めた」
 その『彼』から直接連絡が入った、と言う事だ。
 『彼女』を殺した影朧の居場所が何処だったのかが。
「そして、そこに挑む前に『彼』は俺達に連絡をよこした。……多分、帝都桜學府の意志とは別に、自分の意志で」
 そうしなければこの影朧が現れるその場所を、帝都桜學府は見捨てるだろうから。
 そう連絡をよこした青年……雅人は電報で暗に示している。
 そこまで告げた所で、けれども、と小さく優希斗が溜息を一つ。
「この戦い……まだ漠然としたものでしかないのだけれども。恐らく、皆の体ではなく……心との戦い……そうなるであろう可能性を懸念している」
 最初に、猟兵達と相対するは、影朧に『情』を抱く者達の想いが神の使いである烏の欠片となり、猟兵達と敵対するその姿。
「そして次に戦うことになるのは恐らく『知』」
 その意味する所は、『常識』
「皆はその『影朧』の想いに報い、それを越えてその先にいるであろう影朧と戦うために、其々の想いをぶつける必要がありそうなんだ」
 例えそれが、どんな結末になろうとも。
 それは正しく『心』の殺し合い。
 故に、己が強き『想い』を持つ者で無ければ、容易くそれに飲み込まれる。
「この件、帝都桜學府の助力は期待できない。けれども……それでも皆がこの道の先にいるであろう影朧に対してある答えを導き出し、その影朧に対処できることを信じている。どうか皆、宜しく頼む」
 小さく囁かれた優希斗と共に。
 発された蒼き光に包み込まれた猟兵達が……静かにその場を後にした。


長野聖夜
 ――汝らが求めし答えは何ぞや?
 いつも大変お世話になっております。
 長野聖夜です。
 新世界が公開されているのを重々承知の上で、サクラミラージュシナリオ第四弾をお送り致します。
 尚、心情重視以来になる可能性が極めて高いので、その点ご了承頂けますと幸甚です。
 今回のシナリオは、下記3シナリオと若干設定を共有しておりますが、新規の方も歓迎致します。
 1.あの桜の木の下で誓約を
 URL:https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=14914
 2.この、幻朧桜咲く『都忘れ』のその場所で
 URL:https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=15730
 3.その、桜の闇の中で
 URL:https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=17026
 尚、今回の第1章は、プレイング受付期間よりも前に、オープニングとは別に幕間を挟ませて頂く予定です。
 プレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は下記となりますので、もしお時間ある様でしたら、『プロローグ』も確認して頂けますと幸甚です。
 プレイング受付期間:12月27日(金)8時31分以降~12月28日(土)一杯迄。
 リプレイ執筆期間:12月29日(日)一杯。
 尚、プロローグの公開は12月26日(木)夜迄に行わせていただく予定です。
 第2章以降のプレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は都度お知らせ致します。
 尚、日程の変更がありましたらマスターページにてお知らせ致しますので、其方もご参照頂けますと幸甚です。

 ――それでは、己が求める最善の結末を。
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第1章 集団戦 『しろがらすさま』

POW   :    雑霊召喚・陽
レベル×5体の、小型の戦闘用【雑霊】を召喚し戦わせる。程々の強さを持つが、一撃で消滅する。
SPD   :    おみくじをひきなさい
レベル分の1秒で【おみくじ棒】を発射できる。
WIZ   :    ゆめをみましょう
【ふわふわの羽毛】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。

イラスト:橡こりす

👑11
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種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●プロローグ
 ――どうして私は、此処に辿り着いたのだろう?
 何時の間にか、やって来ていた。
 理由は、よく分からない。
 ――けれども。
(「あの人達……」)
 無意識に胸に差した、淡く輝くその羽根に触れる。
 猟兵――帝都桜學府と呼ばれる場所からは、超弩級戦力と呼ばれている人々――が、気にしてくれていた、生まれてからずっと私の胸にあったその羽根に。
 ……そんな、時。
「ねぇ、貴女の望みは何?」
 現れたのは、白き霊。
 無数の白き霊達が、神の御使いである事は、何となく理解出来た。
「私の……望み?」
「そう。貴女の望み」
 私の問いに、白き御使い達は頬笑んで頷きを一つ。
 私の望み。それは……。
「皆が、幸せになれる事だと思う」
 そう、私が答えたその時に。
 御使い達は、そっと天使の様な微笑を浮かべて首肯した。
「それだったら、目的は私達と一緒」
「生きとし生けるもの全てが、『幸福』になれる世界。それが、私達の望みだから」
 御使い達が呟くと同時に。
 不意に、周囲が仄かに甘い香りを伴って、桜色の美しき景色へと変貌していく。
 そこでは、沢山の人達が世界中の全ての人々が笑い合って。
 互いに助け合い、思い合い、寄り添い合って、幸せに過ごしている。
 そんな世界が、投影されていた。
 その世界は誰も理不尽な暴力を受けることも、痛みや苦しみに、悩むことも無い。
 ただ幸福な時間だけが、約束されている。
「これが、私達の桃源郷。きっと皆が望む、幸せな、平和な世界」
「そうね」
 互いに分かり合い、思い合える。
 そんな世界は、きっと理想郷なのだろうと、私も思う。
「私達は、誰かを思いやり、その人々に奉仕する事を無償の悦びとしているの。それが、私達の望み……『情』だから」
 ――だから。
「貴女にも、私達の手伝いをして欲しい。この理想郷を作るための、その手伝いを」
「それ、は……」
 御使い達のその言葉に、私……紫蘭は、何も言えずに押し黙る。
(「確かにこの世界は、優しさに包まれた幸せな世界だと思う。でも……」)
 どうして、私は。
 その全てを、受け入れる事が出来ないのだろう?
(「私は」)
 ――私の望む、世界は……。
「どうしても、来て貰えない?」
「これが私達だけじゃない、他者の幸せを最大限に追求した……その果てにあるものだとしても?」
 御使い達の問いに、私は返事を返さなかった。
 それは、互いに分かり合い、助け合う事こそが、幸福に至る道とされる世界。
 その慈悲深さと、愛に染まったその世界の中で……。

 ――猟兵達は、どんな答えを望むのか。

*第1章のルールは、下記となります。
1.NPC:紫蘭と言う名の桜の精がおります。彼女はユーベルコヲド【桜の癒し】を使用可能です。
2.この場所は、真なる幸福に満ち満ちた場所です。幸福の形は人其々ですが、どんな幸福な光景が見えるのか、それは皆様にお任せ致します。
3.2の幸福な世界を否定する事が出来る『何か』が無ければ、そもそも戦うことが出来ません。また、この幸福な世界は基本的に『他者が幸せになる事で、自分も幸せになる事が出来る』と言う論理に則って作成されます。
4.紫蘭は、猟兵達を信じるに値する存在としておりますので、猟兵達の指示に基本的に従います。但し、この場から撤退しようとはしません。
5.第2章以降のシナリオに紫蘭を連れていくかどうかは、猟兵達の選択に委ねられます。尚、紫蘭を連れていくかどうかは、連れて行く、連れて行かないという方針を選んだ人数で決定されます。
*もしそれが同数の場合、先ず🔵がどちらの方が多いのかで結果が決まります(これは、皆さんの行動を一斉返却した場合でも、MS判定で行なわれます)
 それでも尚同数と判定された場合、奇数が連れて行く、偶数が連れて行かないという方針で、ダイスにて判定致します。
6.第2章以降に連れて行く、連れて行かないは、プレイング冒頭に○、×を記入して下さい(○は連れて行く、×は連れて行かない、と判断します)

 ――それでは、良き選択を。
 
ウィリアム・バークリー


理想郷……。それが実現するならぼくとしては言うことはありません。ですが、実現しないからこその『理想』。例えば、一つしかないものを何人もが欲した場合、どのようなことになるのでしょうか?

痛みも苦しみも、心の傷さえ、成長するための糧。優しい繭の中で微睡むだけなら、人の心は腐り落ち堕落してしまいます。
人は時に競い合うことも必要なんですよ。

夢はそれぞれが見れば十分です。オブリビオンにわざわざ押しつけられるものじゃない。

――それでは、討滅を開始します。
Icicle Edgeを連射して影朧たちを撃ち落とし、ルーンスラッシュで至近の敵を斬り捨てる。
手加減は出来ませんよ。討滅が嫌なら主の元へ案内してください。


森宮・陽太
×

【WIZ】
アドリブ連携大歓迎

過去の記憶を失っている俺には
真なる幸福な光景は見えねえはず

しかし実際に見えたのは
「他者の命令に従うことこそが幸せであり、存在意義だと思っている、無表情の俺」
(※忘却の彼方にある過去の断片)

…気持ち悪い
自分の幸せを他人の意に委ねんじゃねえよ
他人に押し付けられた幸せは本当に自分の幸せか?

優しすぎて居心地が悪いぜ、こんな世界
俺自身の幸せは俺自身で掴む
押し付けがましい幸せが全ての世界を、否定してやる

「高速詠唱」+指定UCでアスモデウス召喚
霊を全て…燃やし尽くしてやる

紫髪のねーちゃん(紫蘭)の同行は反対
俺は彼女とは面識がねえが
どんな闇が出てくるかわからん場には連れていけねえ


白夜・紅閻
◆幸福の先
僕の…俺の、望んだ幸福とは?

そこは、どことも知れない森に囲まれた場所
その隣には大切な…大切な
その目の前には愛しい我が子たち
暖かな日差しの下での優しい奏で

暫し、その温もりに浸る…堕ちる
堕ちる…堕ちた

でも、やはり『大切な』それは、見えない

見えない!
当然だ、大切な…それは、僕がこの手で殺したんだからな!

◆戦闘
お前には感謝するよ
例え、幻だとしても…一時の幸福を得られたのだからな

だが、それ以上は踏み込ませない!
俺が『自分のこの手で掴むための幸福』なんだからな
他人(貴様)の手なんぞ借りん!!

くたばりやがれ!似非神様さんよ!!

◆心情
例え、永遠(記憶が戻らなくても)に得ることが出来なかったとしても…




 この幸福に満ち満ちたその世界。
 そこに最初に辿り着いたのは……。
 ――僕の……俺の望んだ幸福とは?
 何処とも知れない、森に囲まれたその場所で。
 嘗ての戦いで脳裏を過ぎった『彼』によく似たその人物の隣で、幾ら手を差し出しても決して届く事の無い、頭に靄がかった向こうにいる『あの人』と同じ位の身長の者がいる。
 ――それは、大切な、大切な……。
 目前に現れたその光景。
 触れるだけで湧き上がってくる幸福感に身を浸しながら、白夜・紅閻は息を呑む。
 2人の男女の前には、『愛しい』と、自然と思える我が子達がいるのだから。
 そう。それは……暖かな日差しの下での優しき奏で。
 奏で上げられた温もりは、紅閻にはあまりにも暖かくて、幸福で。
 そのままその微睡みに身を任せ、堕ちて……堕ちていく。
(「ああ、これが俺の……」)
「それで良いの」
「それが、あなたの望む幸福な世界」
 誰も傷つかず、愛し合い、思い合える……そんな世界。
 何処かその夢の中に堕ちて陶酔した表情を浮かべている紅閻を見て、銀髪のにーちゃん、と、森宮・陽太は呼びかけようとした。
(「俺には、過去の記憶なんてものはねぇ」)
 だからこんなまやかしに何て……。
(「――っ?!」)
 そう思った、正にその時。
 陽太の心の裡側からむくり、むくりと呼び覚まされていく想い。
 それは……。
 ――無表情な、陽太。
 あの時、あの影朧との戦いにおいて、鸚鵡返しに『敵』と呟いた時に感じた、もう一人とでも言うべき自分。
 ――目前の神の御使いは、唯、優しく微笑んでいた。
「あなたは気付いていなくても、あなたの心は知っている。あなたがどんな幸福を望んでいるのかを」
 白き御使いが、そう蕩けてしまいそうな程に慈悲深き声音で呼びかけてくる。
 その呼びかけを聞いた陽太が見た、無表情な『陽太』は……。
「他者の命令に従うことこそが幸せであり、存在意義だ」
 その思いを胸に抱き、無表情の中に垣間見える恍惚とした空気を纏っていた。
(「ちっ……、気持ち悪い」)
 それが、目前の御使いを名乗る者達による押し付けである事は重々承知しているのだけれども。
 それでもそれは、あまりにも抗いがたい幸福な、忘却の彼方の記憶の世界。
 紅閻が見ている幻と、陽太が見ている幻。
 それらの光景の狭間に彼等が囚われるその間に、御使い達が見せてくるその光景に微かな疑問符を浮かべている紫蘭にそうですね、とウィリアム・バークリーが首肯を一つ。
「紫蘭さん。貴女が感じているその疑問は、きっとこういう事です」
 そう告げながら、ウィリアムはルーンソード『スプラッシュ』を抜剣する。
「理想郷……。それが実現するならば、ぼくとしては言うことはありません。ですが、実現しないからこその『理想』。例えば、一つしかないものを何人もが欲した場合、どのようなことになるのでしょうか?」
 ウィリアムの問いかけに、白き御使い達は、微かに戸惑った様な表情を浮かべながらそれは、と答えた。
「その時は、一つしかないもの……それを私達が其々の為に生み出すわ。その為にも、そこにいる彼女にも協力して欲しいのよ」
 白き御使い達の視線が向いたのは、紫蘭。
 白き御使い達のその言葉に、成程、とウィリアムが胸中で独りごちる。
(「【桜の癒し】、ですか……」)
 人は、『夢』を見る。
 幸福な世界を夢見て、歩き続ける。
 そして【桜の癒し】には、安らかな眠りを齎す力があった。
 その眠りの中で微睡み続け、その夢の中で幸福な世界に居続けさせる事が出来る、と言う事だろう。
(「ですが……それでは何にもなりません」)
 内心で軽く頭を振って。
 ウィリアムが、抜剣した『スプラッシュ』の切っ先を御使い達に向け、その切っ先で青と桜色の混ざり合った魔法陣を描き出しながら、確固たる意志と共に告げた。
「人にとっては、本来、痛み、苦しみ、果ては心の傷さえ、成長するための糧なのです。だから……優しい繭の中で微睡むだけなら、人の心は腐り落ち、堕落してしまいます」
 もし、ただ、命令を享受し。誰かが与えてくれた幸福にその身を浸しているだけでは、それは正しく堕落であろう。
 その理解と共に、静かに息を吐き、ウィリアムが断固として告げた。
「人は、時に競い合うことも必要です。……あなた方が与えている夢は、其々がただその人が見るだけで十分です。影朧……いや、オブリビオンであるあなた達にわざわざ押し付けられるものじゃない!」
「……っ!」
 ウィリアムのその言葉を耳にすると同時に。
 紅閻が、大きく目を見開く。
 夢の中に堕ちて、堕ちて、堕ちていった……その果てで。
 一番見たかった『それ』を見れなかった、その赤き瞳を。
 でも……。
(「見えないのは、当然だ……!」)
 だって、その自らの望み、夢、理想郷の先にあった『それ』は。
「僕が……この手で、殺したんだから!」
 その身を苛む様な痛みを感じながら。
 自らの一つの『真実』を口に出し、改めてイザークを呼び出す紅閻のそれに。
 陽太が、何かを悟ったかの様に息を吐いた。
「そうだな。そう言う事だよな」
(「確かにこの世界は……優しい」)
 でも、優しさも度を過ぎれば、それは『毒』となる。
 ウィリアムの言うとおり、自ら成長する『糧』を得られる機会を捨てる事になる。
 身勝手に、一方的に押しつけられた、『優しさ』では。
「居心地が悪いんだよ、こんな世界は」
 紅閻の事情は詳しく知らない。
 けれども彼は自らの手で、自らの最上の幸福となるであろうそれを破壊している。
 それは何となく伝わってきたから陽太もまた、鋭く目を細めた。
「他人に押し付けられた幸せは、自分の幸せなんかじゃねぇ! 俺は……俺達は、俺達自身の幸せを、俺達自身で掴み取ってやる!」
 陽太の叫びに合わせる様に。
 既に、周囲に複数の魔法陣を描き、空中に繋ぎ止めていたウィリアムが告げた。
「それでは討滅を始めます……Icicle Edge!」
 その呟きと共に魔法陣から撃ち出されるのは、250を優に超えた氷柱の槍。
 それは、白き御使い達が差しだそうとした『誰もが幸福となれる世界』を体験することの出来る、甘き眠りへと人々を誘う、『情』に満ち溢れたふわふわの羽毛を撃ち出そうとした御使い達の羽を次々に貫き、射落としていく。
「そうなのね。だから私は……」
 ――白き御使い達の言の葉に、引っ掛かりを覚えていたんだ。
 その想いを抱き、周囲を桜吹雪で満たす紫蘭の様子をちらりと見やりながら、陽太がダイモンデバイスを構え、白き御使い達に突きつける。
「アスモデウス! あの霊達の全てを燃やし尽くせ!」
 陽太の叫びに応じたアスモデウスが御使い達の甘美なる夢の世界への誘いを辛うじて堪えながら、獄炎の炎を解き放ち。
 円の様に舞うそれらが、白き御使い達の一部を焼き払った。
 仲間達を焼き払われた白き御使い達が焦る様子も見せずに、周囲に雑霊達を召喚し、これ以上の侵攻を防ぐ肉壁にしようとした、正にその時。
「お前には感謝するよ。例え幻だとしても……一時の幸福を得られたのだからな」
 紅閻が、叫びながら手を挙げた。
 その手の動きに合わせる様に、カボチャの様にも見えるフォースイーター=イザークが、ケタケタと声なき笑い声を上げたかの様に、周囲一帯の大気を振動させる。
「だが、それ以上は踏み込ませない!」
(「例え、永遠にそれを得ることが出来なかったとしても……!」)
「その失われたそれは、俺が『自分のこの手で掴むための幸福』なんだからな! その為に貴様の手なんぞ借りん!! くたばりやがれ! 似非神様の御使いさん達よ!! 『イザーク、破壊しろ!』」
 紅閻の誓いに応じる様に。
 大気を振るわせたフォースイーター=イザークがその口を大きく開いて、白き御使い達事呼び出された雑霊達を喰らい、サイキックエナジーを吸い尽くしていく。
「手加減は出来ませんよ。討滅が嫌なら主の元へと案内して下さい」
 フォースイーター=イザークによって抉り取られた大地をトン、トン、と軽快にステップを刻んで移動しながら。
『スプラッシュ』に氷の精霊達を這わせたウィリアムが鋭い一閃を放つ。
『断ち切れ、スプラッシュ!』
『スプラッシュ』に氷の精霊が刻み込んだルーン文字が輝きを発し、白き御使い達を袈裟に薙ぎ倒した。
 それらの様子を見ながら、桜吹雪を舞わせて彼等を少しでも静かな眠りにつかせようとする紫蘭に、陽太が軽く頭を振る。
(「あの紫髪のね~ちゃんと、俺は面識がねえが……どんな闇が出てくるか分からない場には、連れて行けねぇよな」)
 例え、転生させるために静かな眠りにつかせる力は持っていたとしても。
 戦闘能力は然程でも無い、そう陽太には思えるから。
 ――けれども。
(「まだ、コイツらとの決着はついてねぇ。それに他の奴等がどう思っているのかも分からねぇ」)
 ならば、その結果を見届けるしか無いだろう。
 そう陽太は結論づけ、目前の白き御使い達への攻撃に集中した。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

カタリナ・エスペランサ
リリー(=カタリナ)の幸福
吸血鬼たちオブリビオンが駆逐されキマイラフューチャーのように人々が面白可笑しく暮らせるようになったダークセイヴァーで家族と生きる

魔神の幸福
故郷の世界で御使いの長姉として主神に仕え未来の発展に尽くしていた頃、世界が理想郷として完成する前の記憶が一瞬浮かび消える
あの頃以外に幸福など無く、自ら滅ぼした過去が蘇るなど己の矜持と存在意義が決して許さない

――成程
化身、同一存在だなんて与太話を真に受ける気は無かったのだけど
真に幸福な世界、ゴールに辿り着いた完全な理想郷
そこで生きる事は私にも出来ないようね

【世界の不完全証明】、楽園に今一度拒絶と終焉を。

…知りたくなかったわね、こんな事


荒谷・ひかる


……この場所は。
痛みも苦しみも、哀しみも悩みもない世界なんですね。
愛と情で繋がれた、平穏に「閉ざされた」世界。
ああ、何て、何て……悍ましい。

理不尽や苦痛はわたしだって嫌です。
でもそれに対して、より良い世界にしようと悩んで。
喪失の痛みを哀しみ、寄り添って。
知恵と勇気で立ち向かい、前に進んできたのが「人間」でしょう?
確かに、理想として掲げるには素晴らしい世界かもしれない。
けれどこれは、現実にあってはならない世界です!

もしこの世界で現実を塗り潰そうとするのであれば、それは人間の「心」や「感情」を「理不尽に奪い取る」事に他ならない。
そんなことは、させません!
【炎の精霊さん】発動、羽毛ごと敵を焼き払う




 フワリと桜の花弁が、周囲を漂っている。
 その桜の花弁を呼び出して、自らの答えを見出していた少女に向けて。
「貴女も、痛み、苦しみ、悲しみが人を成長させるために必要なものだと……そう思うの?」
 何処か悲しげで、寂しげな白の御使い達の呼びかけを遠くで聞きながら、紫の長髪を風に靡かせ、少女……紫蘭が静かに首を横に振る。
「紫蘭さん……」
 目前の光景の意味を、何となく理解して。
 荒谷・ひかるが紫蘭に呼びかけ、紫蘭が打ち消そうとしているそれらの光景を静かに見つめる。
 ――自分にとってだけじゃない、誰にとっても幸せな、そんな光景を。
 そこでは当然の様に姉も、友達も、大切な人も、それ以外の人達も、皆笑顔で。
 自分を付け狙い続けていた筈のもう一人の自分……歪み果てた前世の自分、既に心の中に吸収したあの子迄もが、悪鬼となる事無く幸せに微笑んで、自分と一緒にいてくれる、そんな世界。
 精霊さん達も幸せそうで、そこでは人、影朧……そんな垣根は一切無く、ただ皆で寄り添い合って生きている。
(「これは……」)
 その光景を、カタリナ・エスペランサもまた同様に見つめていた。
 カタリナ……リリーと、その身に宿す魔神、暁の主も、また。
(アタシの……私の幸福は……」)
 カタリナが見たのは、嘗てひかるが生まれ育ったと言うキュマイラフューチャーの様に、人々が面白可笑しく過ごせるダークセイヴァー。
 永遠の夜に覆われ、人々を絶望の淵に追い込む吸血鬼達を初めとするオブリビオンが残らず滅され……ただただ、平和で優しい何気ない一時を、家族皆で過ごしている光景。
 それはある意味ではありふれた日常で。
 リリーにとっては、目指すべき目標でもある。
(「今、姉さんがどうなっているのかは私には分からないし……現状では、オブリビオンはいなくならない」)
 夜明けの無い夜は来ない、と言われているが、今のダークセイヴァーの夜明けは、何時になるとも知れぬ。
 そもそもそれを得た時、自分は確かに幸福なのだろうけれども……逆に言えば、その未来永劫続くであろうその平和と安寧にリリーが自らの身を委ねた時。
 新たな道を切り開くことの出来なくなった自分は、その平和という名の停滞の日々を、何時まで無為に過ごし続ける事が出来るのか。
 ふとそんな事を、リリーが思った丁度その時。
 彼女の胸中に、とある光景が思い描き出されていった。
(「これは……?」)
 それは、暁の主が長姉として、主神……“天の女王”に仕えて未来の発展に尽力している世界。
 そこで尽力している暁の主は、幸福に満ちていた。
 けれども、その世界の理想郷が生まれ落ちた正にその時。
『暁の主』……切り開かれていく未来を常に望み続けていた彼女は、主神と敬愛してやまなかった“天の女王”と相対した。
 未来を司る『暁の主』以外の主神をも含む全ての神々が、生まれ落ちた理想郷の中での秩序と停滞を望み続けたから。
 ――成程。
 見せつけられるこの偽りの優しさに閉ざされた世界にいる限り、自分はそれに叛逆し続ける、と言う事か。
「そうね。私には、そんな世界を認めることは出来ないよ」
 ――だって、秩序と停滞の中にあれば、リリーは……『私』はそれを否定して、前へと向かう事を願うのだから。
(「正直、化身、同一存在だなんて与太話を、真に受ける気は無かったのだけど」)
 第六神権 ― rejection ―の力を限定解放するべく強く拳を握り込みながら、カタリナは薄らと何処か儚げな微笑みを浮かべた。
「どうしたの?」
「どうして、今にも消えてしまいそうな位、悲しそうな微笑みを浮かべるの?」
 白き御使い達の問いかけに、カタリナが、いえ、と軽く頭を振る。
「あなた達が見せてくれたこの世界は、確かに私にとって、真に幸福な世界、ゴールに辿り着いた完全な理想郷の様なのだけれども」
 ――そこで生きる事は、私にも出来ないようだから。
「そうですね……カタリナさん」
 ポツリ、と寂しげに呟くカタリナに小さく頷いて。
 自らが見せられ続けているその光景に、ひかるが軽く頭を振る。
「あなた達が教えてくれたこの世界は、痛みも苦しみも、哀しみも悩みもない世界なんですよね。ただ……愛と情で繋がれた、平穏に『閉ざされた』世界」
 ひかるの呟きに、そうね、と白き御使い達が首肯を返す。
 はっきりと断言する白き御使いのそれに、ひかるが悲しげに眉を細めてた。
「ああ、何て、何て……悼ましい世界何でしょうか?」
「悼ましい? 何処が? 人は誰かと寄り添い合う事が出来なければ、生きていくことが出来ない。それを知らない貴女達では無い筈なのに」
 白き御使い達の問いかけに、確かに、とひかるが頷きを一つ。
「確かにわたし達人間は、互いに手を取り合い協力して生きて、前に進んできています。勿論、理不尽や苦痛は、カタリナさんも嫌でしょう。少なくとも、私は嫌です」
 でも、それでも人は。
 人だけじゃ無い、カタリナさんが視た光景の中に朧気に移った『暁の主』と呼ばれていた神でさえも。
「それに対して、より良い世界にしようと悩んで。わたし達は……喪失の痛みを哀しんで、寄り添って。知恵と勇気で立ち向かい、前に進んできたのではないでしょうか?」
「……」
「そうね。『私』は、自ら滅ぼした過去が蘇るなんて事を決して許せない。それが『私』の……矜持と、存在意義だから」
 理想郷を作り出し、その果てを神を通じて擬似的に見通したリリー……常に未来を歩むことを望む娘と。
 自らの過去を受け入れて一つになり、新しい未来の為に尽力する少女は静かに首肯する。
「あなた達がわたし達に見せてくれた世界は、理想として掲げるには素晴らしい世界かもしれません。でもこれは……現実にあってはならない世界です!」
「!」
 ひかるの解に、カタリナの裡に眠る『暁の主』が驚いた様にビクリと反応する。
 カタリナの背にある遊生夢死 ― Flirty-Feather ―が、ひかるが精霊杖『絆』を掲げて呼び出した炎の精霊さんに照されて、仄かに赤く輝いた。
「もし、あなた達が、この『進むことの無い』世界で、現実を塗り潰そうとするのであれば、それは人間の『心』や『感情』を『理不尽に奪い取る』事に他ならない。そんなことは……させません! 『やっちゃえ、炎の精霊さん!』」
「『“見るがいい、思い知れ、そして戦慄せよ! 是こそ此世の脆弱たる証左である!!”』」
 ――なんて、ね?
 ひかるの呼びかけに反応した炎の精霊さんが猛る炎の息吹を吹きかけて、白の御使い達を焼き尽くし。
 慌ててそれに応じる様に一瞬で撃ち出されたおみくじの棒と白き御使い達が複数居る空間事、限定解放されたカタリナの第六神権 ― rejection ―が、白き御使い達を押し潰していく。
「何故……何故貴女達は、貴女達が求める理想の世界を否定する? 私達は、ただ、貴女達のためだけを思って……!」
 押し潰されていった白き御使い達の悲哀に満ち満ちた声が、突き刺さる様に辺り一帯に響き渡った。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

天星・暁音
嫌な世界だね
真なる幸福?こんな世界が?
確かに分かり合い助け合うのは理想だよ
誰かが幸せになれば自分も幸せ、ああ綺麗だとも優しいとも
でも違う…俺は例え世界中の何者に非難されることになろうとも、こんな世界は認めない
誰もが分かり合う世界に個など見いだせないから
まして幸福なだけの世界なんて緩やかに滅びていくだけさ
その世界はきっと俺にとっては生きやすい世界だ
誰も痛みを感じないなら何時でも何処でも四六時中この体を蝕む誰かの何かの世界の痛みは減るから…それでもだ…俺は痛みのない世界を認めない
その世界ではきっとこの水晶華は生まれないから…
その世界を望むなら何者で有ろうと全力で抗ってみせる


自分の幸福
家族と過ごす事


朱雀門・瑠香

幸福ですか・・・確かに父や母、弟と誰一人欠ける事無く過ごしている
それはそれだけで満ち足りた幸福な世界です。
最も私は其れが叶わぬことだと知っています。それを終わらせたのは私ですからね・・・・さて、という事ですのでお暇願いましょうか。
先に進みますので。
数の多い雑霊が厄介ですがこれまでの戦闘経験を生かした知識で動きを見切り周辺の地形を利用して躱し、破魔の力を宿した一撃で諸共に切り捨てましょう!
しかし、雅人さんも桜學府に知らせずこちらに直接ですか・・・・
気は進みませんけど、桜學府が何か隠しているのか探らないといけませんかね?


館野・敬輔


【SPD】
アドリブ連携大歓迎

見えた幸福な光景は「隠れ里が襲撃される前の日常」
皆で力を合わせ、他人を気遣い、思い遣って生きる日々

僕が捨て去った日常
一方で、取り戻したい日常

そのはずなのに、何かおかしい
…何かが欠けている気がする

無意識に【魂魄解放】発動
…なあ、君たちはどう思う?

ああ、わかった
これじゃあ「個々の意見をぶつけ合えない」んだ
意見や思想が同じになってしまって
最適解を導くために話し合いすらできないんだ

だから僕は、否定する
…僕たちは常に前に進まないといけないから

攻撃できるようになったら
「2回攻撃、怪力、なぎ払い」+衝撃波で一気に薙ぎ払う

紫蘭さんが同行を決めたら
全力で守ると騎士の誓いを


藤崎・美雪
○(条件付き)

【WIZ】
アドリブ連携大歓迎

見える光景は「家族との団欒」
何ともまあ、分かりやすい光景だ
過去の私が手放したくなかった光景でもある

だが、既に私は捨てたのだよ
家族に己の力のことを話せない…話し合いすら望まなかった時点で
自らこの幸福を捨て去ったのだからな

否定する論理は簡単だ
他者の幸せを望むなら、自分が他者に意見を合わさねばならない
それは「個性」が失われるのと同義だ

この幸福の先に待っているのは、個性の緩やかな滅び
到底受け入れることはできぬな

「歌唱、パフォーマンス、鼓舞、時間稼ぎ」+指定UCで
皆の決断の後押しをするよ

紫蘭さんは「自分の意思で」この先の事実を見極めたいと決めた場合のみ連れていく


彩瑠・姫桜

可能な限り紫蘭さんを守り戦う
防御は武器受け・かばう併用
攻撃はUCからめドラゴンランスで串刺しにするわ

『他者が幸せになる事で、自分も幸せになる事が出来る』って、いうけれど
皆が一律に幸福になることなんてない
同じ言動で誰かは傷つき誰かは幸せだと思う
全てを等しく幸福にすることなんて基本的には不可能よ

もしそんな「真の幸福」を作り出すならば
そうするためには誰かが「幸福の定義」を示し、
その定義から反するものを排除する必要があると思う
でもそんなの、自由じゃないわ

…私は、幸福と不幸は両方あっていいと思う
傷ついても不幸になってもいいから、ちゃんと選び取る自由が欲しい
だから、ごめんなさい
この世界、壊させてもらうわ


文月・統哉


他者の幸せが自分の幸せに
そうだね
俺が人を助けたいと願うのも俺自身が救われたいから
全ての人が分かり合い助け合えたならどんなに素敵な事だろう

でも全ての痛みを苦しみを悩むことすら失くしてしまったその先に
真の幸福なんてあり得るのだろうか?

喜びも怒りも哀しみも楽しみも
感じた全てが今の俺へと繋がっている
悩み苦しんだ事にだって一つ一つに意味があった

この世界は優しいね
でもやっぱりまやかしだ

幸せと痛みは表裏一体、切り離せるものじゃない
痛みを知ってこそ人は幸せの重みを知るものだから

祈りの刃で空間ごと斬る

紫蘭
その羽は嘗ての君の幸せの証
そこには痛みも苦しみもあっただろう
それでも知りたいと思うのなら
行こう、この先へ!




 ――家族。
 それは、最も近しき者。
 ――家族。
 一方でそれは、自分達がこの世界に生まれ落ちた時、一番最初に接触するであろう『他人』でもある。
 しかし、『他人』の中でも最も身近にいる家族達は、やはり、多くの人々にとって、とても大切な者であり。
 彼等・彼女等とずっと過ごし続ける事こそ、幸福とみなす者も少なくない。
 そう、それは……。
(「何とまぁ、分かり易い光景だな」)
 自分の目前に現れた『それ』に、藤崎・美雪が嘆息する。
 勿論、即座に躊躇い無くその幸福を捨てることが出来る程、美雪も完全な人間では無い訳だが。
(「この人達は……確かに、過去の私が手放したくなかった光景だしな」)
「これは私にとっても、幸福に満ち満ちた世界ですね」
 父・母・弟……そして、自分。
 それは、由緒ある家系としてサクラミラージュの一部の者に知られている今の朱雀門家……その次期党首として選ばれた、朱雀門・瑠香の目前に移し出された光景でもある。
「……っ?」
 自分の前に現れた、その光景に。
 館野・敬輔が軽い目眩の様なものを覚えて、其方を掴み取ろうとするかの様に手を伸ばした。
 敬輔が見ているその光景は、嘗て自分が暮らしていた、既に滅びた『故郷』の中で、皆で力を合わせ、他人を気遣い、思い合って過ごした『何気ない日常』
 そこでは皆、其々に笑い合いながら逞しく生きていて。
 とても眩しくて、暖かくて、懐かしい……そんな光景だった。
「……紫蘭さん!」
 自分の目前に現れている、家族と幸せに笑い合うその光景を振り切る様に。
 桜吹雪をその身に纏い、白き御使い達を少しでも転生させんと祈りを捧げていた紫蘭に彩瑠・姫桜が駆けより、紫蘭を襲い幸せな眠りに追い込みそうになっていたふわふわな羽毛を、二槍を風車の様に回して風を呼び起こし弾き飛ばす。
 自分の目前に不意に現れた姫桜に、紫蘭が思わず、と言った様子で息を呑んだ。
「姫桜……?!」
「どうにか、間に合ったみたいだな」
 紫蘭の驚きを交えた問いかけに、ニャハハッ、と笑みを浮かべた文月・統哉が軽く手を振って答える。
 統哉が手に握るのは、黒き夜を駆け抜ける一条の輝きを発する刃を持つ、漆黒の大鎌、『宵』
 この目前の、誰もが幸福でいられるその世界から漏れてくる優しさと温もりを、切り開くべく構えた刃。
 その統哉が見ている光景は、紫蘭が見ているものとほぼ同じ。
 統哉が知らない、多くの人達が互いに思い合って手を取り合って、温かな笑顔で生きている……そんな温もりと愛に満ちた世界だ。
(「他者の幸せが、自分の幸せに、か……」)
「そうだな。俺が人を助けたいと願うのも、俺自身が救われたいからだ。そんな俺がこんな風に、全ての人が分かり合い、助け合える世界の中で生きいけるのならば、どんなに素敵な事なんだろうな」
「そう。互いに互いを思いやり、それで相手が幸せになり、その笑顔で自分も幸せになる。それこそが私達と、あなた達が望む理想郷」
 親愛の情に満たされた、その世界。
 それこそが、白き御使い達が示す理想郷だ。
 ふわふわの羽毛で、穏やかな眠りへと美雪達を誘おうとする白き御使い達。
 けれども、その時。
「嫌な世界だね、此処は」
 人々を、安らかな眠りへと誘うふわふわの羽毛を封じようとするかの様に。
 それまでじっと目を瞑り、自らの目前に見えていた家族との幸福な一時に沈み込む度に、共苦の痛みに絶えず鋭い痛みを与えられていた、天星・暁音が目を開いた。
 気がつけば暁音の星杖シュテルシアの先端には、蒼水晶の如き星色の輝きが、少しずつ、少しずつ集い始めている。
「暁音さん、それは……」
 暁音の呟きに、自らが望んだ光景に手を伸ばしていた敬輔が、ふと、我に返った様な表情で問いかける。
 と、そこで。
(「あれ?」)
 おかしい。
 これは、自分が求め続けていたものの筈なのに。
 何故だろう……致命的に『何か』が欠けている様な、そんな気がする。
「『他者が幸せになる事で、自分も幸せになる事が出来る』と貴女達は言うけれど」
 姫桜の紫蘭を守る誓いを示すかの様に。
 桜鏡に嵌め込まれた玻璃鏡の水面は、何処までも澄み切っていた。
 戦うのは、怖い。
 本当であれば、白き御使い達の求める世界は、正しいのかも知れない。
 けれども、それは有り得ない。
 そう思い、姫桜が二槍を構えたままに、目を細める。
「皆が、一律に幸福になることなんてないわ。だって、仮に同じ言動をしたら、誰かは傷つくかも知れないけれど……誰かは幸せになれる筈。つまり……全てを等しく 幸福にすることなんて、基本的には不可能なのよ」
 姫桜の当然と言えば当然の呼びかけに。
 白き御使い達は、パチン、と愛らしいウインクを一つした。
「その基本的には不可能なことを可能にするために、私達は、その娘の……そして、あなた達の力が必要なのよ」
 その口調には、やや焦りが見え始めているけれども。
 それでも尚、自分達と一緒に来て欲しい、と心から願う白き御使い達に、瑠香と美雪が、同時に息を吐いた。
「残念ですが、あなた達と共に行く事は出来ません。私は元々、姫桜さんの言ったそれを、既に知っていますから」
「そうだな。私も、形こそ違えど、恐らく瑠香さんと同じだ。姫桜さんの言うそれを、私も既に知っている」
「えっ……?」
 思わぬ瑠香と美雪の言葉に、姫桜が微かに詰まった様な表情に。
 白き御使い達の動揺は、更に著しいものとなった。
「知っている? 何を言っている? あなた達がこの世界に踏み込んだその瞬間から、あなた達はもうこの世界の事しか……」
「いいえ、そうではありません。その幸福を……家族と共に在る事に終止符を打ったのは、私自身」
 ――それは、決して拭いきれない、拭ってはいけない瑠香の記憶。
 その時から瑠香は、自らの意志でその幸福な世界を断ち切る道を選んでいた。
 そしてそれは……。
「――私もだ。既に私も、家族の事は捨てている。……この力に目覚めた、その時からな」
 覚醒したその瞬間から、家族と話し合いすら望まなかった美雪も同様だ。
 だから、こそ。
「あなた達が与えようとしている幸福を、私達が否定するのは簡単な話だ。つまり……」
 他者の幸せを望むなら、自分が他者に意見を合わさねばならず、同時にそれは、『個性』が失われる事と同義。
「だからこそ、その幸福の先に待っているものは、私達という『個性』の緩やかな滅びだ。残念ながら、唯の人でしか無い私には、それを到底受け入れることなど出来ないな」
 それが例え、エゴだ、我欲だ、と言われようとも。
 それもまた、一つの真実だから。
「そうね。美雪さんの言うとおり。もし、あなた達の言う『真の幸福』を作り出すのであれば、誰かが『幸福の定義』を示し、その定義から反するもの、それこそ個性等を全て排除する必要があると思う」
 でも、それは……。
「そんなのは、自由なんかじゃないわ。人は、生まれた時から自分の意志で生きていく権利があるの。それを否定するやり方が……『真の幸福』になるなんて、私にはとても思えない」
 美雪の言葉を引き取った姫桜のそれに応じる様に。
 紫蘭を守るべく白き御使い達の前に立ちはだかっていた姫桜の二槍……schwarzが黒き波動を、Weißが白き波動を纏っていく。
 姫桜の双槍の光を見た、白き御使い達が何処か動揺の表情を見せた。
「陰と陽?! どうして、あなたがあの御方と同じ力を……!?」
 咄嗟に自分達の身を守る様に。
 無数の雑霊達を呼び出す白き御使いの姿に、姫桜が意外そうに目を細める。
(「白と黒の対比、それ自体は、よくある話だと思うけれど……?」)
 姫桜がそう思った、その時だった。
「こんな世界の何処が、真なる幸福の世界なの?」
 何処か突き放す様な声音で暁音が問いかける。
「っ!?」
「統哉さんの言う通り、確かに分かり合い助け合うのは理想だよ。それで誰かが幸せになれば自分も幸せ、ああ、本当に綺麗だね、優しい話だね」
 ――でも。
「でも、そんな世界は……違う」
 星杖シュテルシアの先端に集う魔力を、人々の希望と願いを、感じながら。
「だから俺は……絶対にこんな世界は認めない」
 誰もが分かり合うことの出来る……そんな幸福な世界では、美雪や姫桜の言うとおり、そこに『個』等と言うものは見いだせないから。
「ならば、『幸福なだけの世界』の先で待っている事なんて一つしか無いよ。それは……」  
 緩やかな、滅び。
 暁音の想いに答える様に。
 共苦の痛みが喘ぐ様に、激しい痛みを暁音に刻み込む。
 ――それは、今まで戦ってきた彼女達との戦いの記憶だったり。
 ――その戦いの中で傷つき嘆いた世界の悲痛であったり。
 ――紫苑達の悲しみでもあった。
 今までに無いほどの苦痛に冷汗が零れだしそうになるのを堪えながら、暁音はそっと微笑んだ。
「その世界は、きっと俺にとっては生きやすい世界なんだと思う」
 この共苦の痛みが、その世界にはきっと無いのであろうから。
 否……白き御使い達の言葉が真実であれば、間違いなくこの痛みは失われる。
 何故なら……。
「誰も痛みを感じないなら、何時でも、何処でも、四六時中この体を蝕む誰かの、そして何かの世界の痛みが減るのは、間違いない話だから」
「それが分かっているのであれば、どうしてあなたは、あなた達は私達の事を拒む? あなたが感じている痛みを、もう二度とあなたは味合わなくてすむ。そんな世界が、私達とともに歩めば待っている……唯、それだけの事なのに」
「それは……」
 暁音が続けて言葉を紡ごうとした、その時。
 暁音の言葉を引き継ぐ様に、統哉が小さく笑みを浮かべた。
「俺達や紫蘭が君達に力を貸して。それで全ての痛みを、苦しみを、そして悩むことさえも無くしてしまったその先に、俺達を待っているのは何だと思う?」
 統哉のその問いかけに。
 何を今更、と言った様子で雑霊達を召喚した白き御使い達の生き残りが一斉に唱和した。
『皆が幸せに笑って、生きていく事が出来る永遠の平和……穏やかな幸福に満ち満ちた世界。そこには私達との醜い争いは存在しない。皆が皆、私達と共に幸せでいられる楽園』
「それが、本当に真の幸福って言えるのかな?」
 何処かからかう様な統哉の呟きに合わせる様に。
 美雪が瑠香達を鼓舞する歌を歌い始め、敬輔がそっと瞑目し、みずからの黒剣を両手に構えて囁きかけた。
(「なぁ、君達は、どう思う?」)
 何処か、何かが欠落している様に見える白き御使い達の告げる幸福な世界を見て。
 敬輔が自らの黒剣に宿る少女達に問いかけると、『彼女』達は、統哉の問いに対して其々の声で敬輔に囁きかけた。
 ――わたしには、分からないかな。
 ――それも一つの答えだと、わたしは思うよ。
 ――そんなもの、認められないよ。理由はまだ、はっきり言えないけれど……。
 多種多様なその答えを聞いたその時。
 ああ、そうか、と何となく敬輔が腑に落ちた表情になり、同時に白い靄が敬輔と黒剣を中心として舞い、黒剣が赤黒い輝きを発し始めた。
「統哉さん、やっぱりこれは、『真の幸福な世界』なんかじゃ無い。姫桜さんも後輩ももう言ってくれているけれど。少なくとも、僕は……私達は、私達が何も言えなくなることを、望んでいない」
 そう、この世界を受け入れてしまえば。
「『私』は、『私』でいられなくなる。オブリビオンへの復讐を、皆が背負わせてくれたその想いを、裏切ることに、なってしまう」
 黒剣の赤黒い光が一際強い輝きを発し、敬輔の口からそんな言葉が溢れ出す。
 その様子に、瑠香、統哉、暁音、美雪、紫蘭は怪訝そうな表情を浮かべるが、あの戦いでその声を聞いた姫桜だけは、複雑な表情で息を吐いた。
「そうよね。それが、『あなた』が選んだ道なのよね」
「そう言う事よ、お姉さん。私達は、自分の意志でこの道を選んだの。でも、あの子達の世界では、私達の存在は、お姉さんの言う『否定される』対象だから」
 敬輔の口でそう告げてくる『娘』の言葉に、姫桜が小さく頭を振り、それから静かに白き御使い達を見つめた。
「……複雑ではあるけれども。私は、幸福と不幸は、両方あっても良いと思うの」
「その想いは、あなた達を傷つける。その傷を、あなた達は受け入れられるの?」
 呼び出された雑霊達が次々に串刺しにされ、更に瑠香が物干竿・村正から解き放った衝撃波に残った雑霊達が薙ぎ倒されていく様に、驚きを禁じ得ぬ儘に。
 問いかけた白き御使い達に、そうね、と姫桜が微かな迷いを見せながら首肯する。
「正直に言えば、分からないわ。もしかしたらその傷の全てを受け入れることは、私には難しいかも知れない。でも……そうやって傷ついて、それで不幸になっても、私は良いの。……それ位、私はちゃんと自分の意志で選び取れる自由が欲しいから」
 姫桜の言葉に、統哉がそうだな、と口元に笑みを閃かせて頷きを一つ。
「喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも。それらの全てを感じてきたからこそ、嘗ての俺は、今の俺へと繋がっている。それは……紫蘭だって、そうだろう?」
「統哉……」
 統哉の呼びかけに、紫蘭が微かに淡い微笑みを一つ浮かべる。
 その背からは、美雪の反旗翻せし戦意高揚の行進曲が鳴り響いている。
 精神操作を解除するその歌を、姫桜や瑠香と同じくその背に受けながら。
 統哉が自らの過去を振り返り、そうだな、と小さく頷いていた。
「俺達は、いつも色んな事に、悩み、苦しんでいたんだ。でも、そうやって悩み苦しんでいた一つ一つの事にだって、ちゃんと意味があった」
 その結果が今の紫蘭であり。
 或いはこの場所を自分達に知らせてくれた、雅人でもあるのかも知れない。
 頬に傷を持つ彼の姿を思い出し、統哉が率直な意志を籠めて御使い達に告げた。
「この世界は優しいけれど、やっぱりまやかしだと俺は思う。だって、幸せと痛みは表裏一体で……切り離せるものじゃないから。痛みを知ってこそ、人は幸せの重みを知る事が出来ると思うから」
「……そうだ。だから俺も……痛みの無い世界なんて、認められない」
 統哉の言葉に応じる様に。
 今までに無い痛みを共苦の痛みを通じて感じながら、暁音が呻く。
(「この痛みは……白き御使い達の……?」)
 それとも白き御使い達を遣わした、その向こうにいる存在の……?
 そんな疑問を脳裏に浮かべながらも、暁音が続ける。
 気がつけば、彼の星杖シュテルシアの先端に、星光で七色に輝く美しき水晶華が咲き誇っていた。
 それは、星の煌めきを抱く星麗扇と、星と夜空の魔術書とされる星天の書、そして暁音の最も大切な、家族と共に過ごした時間を思い出させてくれる星屑の光明が沢山の誰かの希望と夢を集め、そして咲き誇った星命の鼓動。
「そんな世界じゃ……人はただ生きているだけで、皆の希望や夢を糧に咲く、この水晶華が生まれ無い」
 夢も、希望も。
 痛み、苦しみ、悲しみを越えたその先にあるものだから。
 ――だから。
「俺は……その世界を望むなら、例え何者で有ろうとも、全力で抗ってみせる!」
 叫びと共に、暁音が自らの杖の先端に集った、人々の夢と希望を集めた星光によって七色に輝く水晶の無数の花弁を解き放つ。
 解き放たれたそれが、白き御使い達の羽を一つ残らず吹き飛ばし。
「僕達は否定する! 最適解を導くために、個々が話し合うことの出来る今の世界を守る為にも、先に進まなくちゃ行けないのだから!」
 敬輔が叫びながら白き靄を纏った黒剣で空間を断ち切る事で生み出した白き斬撃の衝撃波で、おみくじを射出しようとしていた白き御使い達を根こそぎ斬り払い。
「……こんのぉ!」
 返す刃で下段から振り上げた刃で残された白き御使い達を纏めて叩き斬った。
「さて、という事ですのでお暇願いましょうか。私達は、先に進みますので……!」
 周囲の地形を飛ぶ様に走り抜けた瑠香が、物干竿・村正を再度振るう。
 振るわれた刃から発された衝撃波が、暁音の水晶華の花弁と、敬輔の衝撃波と重なり合って残された御使い達を吹き飛ばし。
「御免なさい。この世界、壊させて貰うわ」
 瑠香のアイコンタクトを受けた姫桜が、黒きオーラを纏ったschwarzで白き御使いが呼び出した雑霊達を薙ぎ払い、返す白きオーラを纏ったWeißで、白き御使い達を1箇所に集める様に串刺しにする。
「どうして……どうして?!」
「私達は、こんなにあなた達の事を思っているのに……!」
「これがあなた達の望む真の幸福……永久の平和が約束された世界なのに!」
「確かにそうかも知れない。けれど……きっとそうじゃない」
 ――人は、痛みを知ってこそ、幸せの重みを知る事が出来る。
 それが欠けてしまった世界を否定する願い、そして御使い達が輪廻の輪に戻る様に祈りを籠めて。
 統哉が漆黒の大鎌を振るった。
 昏き夜を斬り裂く、星々の如き淡き輝きを発する漆黒の刃を持つ大鎌『宵』が、姫桜によって縫い止められた残された白き御使い達を……御使い達が作り出した空間事斬り裂いた。
「幻朧桜達。お願い、あの子達を、安らかな眠りにつかせてあげて……」
 統哉の、祈りの刃に合わせる様に。
 姫桜に守られ、無傷で自らの意志を定めた紫蘭が祈りの言の葉を紡ぎ出す。
 紡ぎ出されたそれが、さらさらと流れゆく川の美しさを伴った桜吹雪となって白き御使い達を包み込み……そのまま安らかな眠りに御使い達に誘わせ、桜の花弁と化させて消していった。


(「転生、したのか……?」)
 桜の花弁と化して消えていった白き御使い達の様子を見送りながら、微かに怪訝そうな表情を浮かべる敬輔。
 何か微妙な痼りが残っている様にも思えるが、それがなんなのかは分からない。
 そんな、折。
「皆、また来てくれたのね。特に姫桜、私のことを守ってくれて、本当にありがとうございました」
「ふふっ……あなたが無事で良かったわ」
 紫蘭の呼びかけに姫桜が微笑み、それから統哉が紫蘭の胸元で淡く輝き続ける羽根に視線を向ける。
「紫蘭、その羽根は……」
「統哉。あの時、あなた達に気にして貰ったこの羽根が、酷く輝いているの。何だか変な胸騒ぎもするし、このままだと大変なことが起きそうな、そんな予感がするの」
 紫蘭の呟きに、統哉が思わずと言った様子で姫桜や美雪、敬輔と顔を合わせる。
(「嫌な予感? それって……」)
 一瞬脳裏を過ぎったそれを軽く頭を振って記憶の外に追いやり、紫蘭、と美雪が呼びかけた。
「あなたは、これからどうするつもりなのだ? この先に……」
「行くわ。皆が、あの子達に見せてくれたその答えが辿り着く先を、私は知りたい」
「そうだな、紫蘭。君は……」
 多くの痛みや、苦しみを背負ってきた。
 それが結実して、嫌な予感と言う曖昧な形でこそあれ、紫蘭の中でその予感を確かめる、と言う明確な意志となっている。
 だから紫蘭は此処に居るのだろうと、統哉は思う。
「……分かったよ、紫蘭さん。そう言うことなら、僕は全力で貴女を守る」
 そう告げて黒剣を胸の前で翳し、騎士の礼を取る敬輔。
 そんな敬輔にありがとうございます、と笑顔で頷く紫蘭に美雪も何も言えず、仕方ないな、と言う表情をした時、ふと、難しい表情をしている瑠香と目が合った。
「……雅人さんは、帝都桜學府にはこの情報を伝えず、私達に情報を流してきたんですよね」
「ああ、そうだな」
 怪訝そうな瑠香の呟きに、美雪が微かに息をつきながら頷きを一つ。
(「帝都桜學府内で一体何が起きている?」)
 それが何なのかは、分からないけれども。
 瑠香が、微かに苦渋を滲ませる表情で溜息をついた。
「となると、正直気は進みませんが……この戦いが終わったら、帝都桜學府が何を隠しているのかについて、調査する必要がありそうですね」
「……そうだな」
(「最も、此処からでは調査しようも無い、がな」)
 一先ず目前の問題を何とか解決しなければならない。
 そう思い直した瑠香を先頭に、猟兵達は紫蘭を伴って奥へと進んでいった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『くろがらすさま』

POW   :    雑霊召喚・陰
レベル×5体の、小型の戦闘用【雑霊】を召喚し戦わせる。程々の強さを持つが、一撃で消滅する。
SPD   :    おねむりなさい
【ふわふわの羽毛】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。
WIZ   :    みちしるべ
【勾玉】から【光】を放ち、【視界を奪うこと】により対象の動きを一時的に封じる。

イラスト:橡こりす

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


*次回プレイング受付期間は、断章公開後~12月31日13:00頃の予定です。これに合わせまして、リプレイ執筆期間が12月31日(14:00)以降~1月1日迄となります。何卒、宜しくお願い申し上げます*
●断章
(「此処があいつのいる所、か」)
 とある超弩級戦力の人物にこの場所についての情報を流した僕が今いるのは、黒い霧に包み込まれた様な、そんな空間。
 情報提供後、僕は、まるで何かの光に導かれるかの様にこの場所を彷徨い、そしてこの空間に辿り着いていた。
(「あの光は、結局何だったのだろう?」)
 そんな疑問が僕の脳裏を掠めた、丁度その時。
 周囲の空間が、不意に幻朧桜の木々に包まれた場所へと姿を変える。
 何が起きた、と辺りを見回しながらも、腰にある刀に手をやり身構えた僕の前に、それは現れた。
「お前は、何のために此処に来た?」
 問いかけてきたのは、黒い小さな鴉の様な、そんな影朧。
 何処か童話に出てくる妖精めいたその鴉の問いかけに、僕は静かにこう言い放つ。
「自分の過去に、決着を付けるために僕は来た」
「そうか。……お前は、わたしを追う事を選んだユーベルコヲド使いだったか。大切な女を、わたしに殺された復讐の為に」
 ――そして、わたしが何かを知っている可能性に思い当たったが為に。
「分かっているのなら、退け。或いはお前達の主の元へ、僕を……」
「それは出来ぬ。何故ならわたしは、お前達に現実の残酷さ、無慈悲さを知らせるべく現れた、わたしの主の『影』であり、『知』の一部なのだからな」
 そう、妖精めいたその鴉……黒き御使いが告げるとほぼ同時に。
 周囲の幻朧桜の木々が、黒く、黒く腐食していき、果ては周囲を焼き払う炎の猛威と化して、この戦場全体を覆った。
「わたしは影朧。お前達人の不安定な心から生まれ落ちた過去の残滓。そして、お前達ユーベルコヲド使いや猟兵達を憎悪し、本能のままに人々を不幸に陥れることこそ『正義』と信じる、理を知る者。故にお前達は、生きたままこの地から逃れられぬと知れ!」
 鋭い叫びを、黒き御使い達が放った時。
(「えっ……?!」)
 胸元の羽根が、更に強い輝きを発した。
「……こっち、こっちよ!」
 南の方から、不意に聞こえてきたその声に。
 雅人は、一瞬だが目を見開く。
(「この声……まさか?!」)
 雅人の動揺した一瞬をついて。
 黒き御使い達は、影朧としての理に従い、周囲の黒き幻朧桜の上で燃えさかる黒炎と共に、雅人へと一気に襲いかかった。

*第2章のルールは下記です。
 第2章は純戦よりの判定となります。
 1.NPC:紫蘭及び雅人が登場します。
 A.紫蘭
 状態:猟兵と行動を共にしています。
 *1~2人、皆さんが護衛に回れば確実に安全圏となるでしょう。 
 使用UC:【桜の癒し】を使用しますが、ある条件を満たすと【桜花の舞】(鈴蘭の舞のデータを桜に置き換えたユーベルコヲド)を使用可能になります(プレイング次第ですが、桜花の舞の方が手数が増えるので難易度が下がる可能性が高いです)。
 B.雅人
 状態:影朧に包囲されています。
 最低限の救出・補助プレイングが無い場合、死亡します。
 使用UC:【剣刃一閃】か、【強制改心刀】です。
 【剣刃一閃】で応戦しますが、皆さんが指示すれば【強制改心刀】を使用します。
 2.戦場は、現在黒い幻朧桜に囲まれており、此処からは黒炎が上がっています。炎への対処を行う事で、難易度は下がります。
 3.紫蘭も雅人も猟兵を信頼しておりますので、猟兵の指示には従いますが、この戦場から撤退することはありません。
 4.帝都桜學府についての情報を雅人から引き出すプレイングは、現時点では握手です(そんな余裕が現状在りません。戦闘難易度も、その分上がります)
 5.紫蘭及び雅人(生きていたら)は、第3章にも同行致します(此処で、彼等を撤退させる事は出来ません)

 ――それでは、良き戦いを。
天星・暁音
とりあえず動きを止める
援護するから雅人さんの救助を先ずは優先させるよ
2人とも誰かの傍から離れない様に庇える位置にはいてね
聖域の力で上手く行けば戦場の黒炎桜もある程度如何にか出来る筈、あれも俺からみれば間違いなく敵に当たるし…
聖域であり破魔と祈りを込めたものだ。あれが邪なものなら効果は見込める筈だけど…


開幕聖域展開で敵を牽制と動きを止めて仲間の雅人さん救出をサポートします。
その後は紫蘭と雅人の傍で何時でも庇えるよう構えつつ二丁銃等で味方を援護支援回復し近づくもの銀糸を張り巡らせて迎撃や敵を盾にで同志撃ちさせたりして二人を護ります

アドリブ共闘可
アイテム、スキル、UC、ご自由にどうぞ


彩瑠・姫桜
雅人さんの救出を最優先

先に雅人さんの周囲の敵の動きを一時的にでも止めたい
接近前に先行して【サイキックブラスト】で[範囲攻撃]を試みるわ
その後はできるだけ雅人さんと敵の間に割り込んで[かばい]ながら攻撃
できるだけ複数を[串刺し]にして数を減らしてくわ

視界を奪われても怯まず体ごとで突っ込んでいく[覚悟]よ

できれば雅人さんと紫蘭さんは合流させた上で守りたいけど
その辺は雅人さんの意向に添うわ
どちらにせよ雅人さんの守護と支援をしながら戦うわね

雅人さん毎度のことながら本当に無茶をするわね
でも、納得するところまで突き詰めるんでしょ?
なら今回もとことんまで付き合うわよ
紫蘭さんにもせいぜいいいところ見せてよね!


ウィリアム・バークリー
雅人さん、そいつらから離れてぼくたちの後ろに!

蜜界なんて名乗ったところで、所詮オブリビオン――いえ、影朧。この場で討滅して転生の輪廻の輪の中に戻します。

Active Ice Wall展開。黒炎や勾玉の光を「盾受け」しながら、隙を見てぼくも「高速詠唱」でのIcecle Edgeで「援護射撃」します。
二人とも話したいことはあるでしょうが、それは後で! 今はこの戦場を生き延びることが優先ですっ。

そんなに輪廻転生が怖いですか? 今の自分を失い、別のモノになるのが怖い? それでも、例え表層が変わっても、根底の魂は変わらない。影朧として人を傷つけ続けるよりは、また生あるものとして世界を楽しんでみませんか?


カタリナ・エスペランサ
今回もピンチらしいね! 元気にしてたかい雅人?

《念動力+ハッキング+地形の利用+限界突破》、UC【架空神権】の要領で空間と距離を歪め雅人の傍に直接転移
適用UCは【閃風の庇護者】。
敵の攻撃とその性質を《見切り》物理攻撃には《怪力》、魔法や特殊干渉には《破魔》を込めた斬撃の《早業+カウンター》で退け雅人を《かばう》よ
もし紫蘭の方が手薄になるなら次はそっちのフォローに移る

劫火を宿した羽を《属性攻撃+制圧射撃》で放つと同時に《歌唱+全力魔法》の歌声も響かせ戦場の黒炎に《ハッキング》して支配権を奪おうか
勿論羽弾で貫いた影朧は《焼却》しよう

人を不幸にする事が正義である筈が無い
その歪み、ここで断たせてもらう


朱雀門・瑠香
雅人さんをやらせるわけにはいきませんね!
彼を助けるためにダッシュで一目散に向かいましょう。
群がる雑霊達の挙動を見切って躱し切り払います。当たろうが当たるまいが動きに乱れが出ますからその隙をついて雅人さんと合流。
無茶はさせないようにしながら私自身は前に出て敵の群れを破魔の力を込めて全て切り払いましょう!
さて、この先にいるのいるのは誰なんでしょうかね?


吉柳・祥華
◆銀紗
白夜に来ていたのかと問われ
これ(法具:倶利伽羅)を創っていてのぉ

◆心境
出遅れ感ありありじゃが、まあよいか
紫蘭たちより先に雅人遭遇出来たらと思うのじゃ

◆戦闘
『倶利伽羅』を雅人の周囲に布陣させる
攻撃は雅人に任せ倶利伽羅は雅人を守るように勝手に動くじゃろ

妾の周囲には
『朱霞露焔』をばらまき結界でも張っておくのじゃ
霊符によって敵の攻撃は阻まれたり出来るじゃろ

妾は破魔を施した『結羽那岐之』で
カウンター・衝撃波・吹き飛ばし・なぎ払い・咄嗟の一撃・串刺し等の技能攻撃
同時に『ユルング・カルマ』&ユーベル
高速詠唱・全力魔法・二回攻撃・範囲攻撃などで攻撃じゃよ

◆雅人
小童!よそ見する出ない!
戦に勝ってからにせい


真宮・響
【真宮家】で参加。他猟兵との連携可。

雅人、また厄介ごとに首を突っ込んでるようで。紫蘭まで巻き込まれてるときた。こうなると2人纏めて面倒見るしかないね。世話する子供が増えた気分だ。

雅人へのフォローは奏と瞬に任せる。アタシは紫蘭のフォローに行く。あの娘は無茶をしがちだから、フォローした方がいいだろう。現場に付いたら即座に【ダッシュ】して敵の群れに飛び込み、【残像】【見切り】【オーラ防御】で雑霊の攻撃を捌きながら、雑霊ごと【二回攻撃】【範囲攻撃】を併せた竜牙で攻撃する。さあ、どいたどいた!!紫蘭には手を出させないよ!!


真宮・奏
【真宮家】で参加。他猟兵との連携可。

雅人さん、また危険な場所に踏み込んで・・・紫蘭さんも居るんですか!?状況が凄い事になってますが、まずはこの状況を乗り越えねば。今行きます!!

私は雅人さんの救出に行きます!!トリニティ・エンハンスで防御力を高め、【オーラ防御】【武器受け】【盾受け】【拠点防御】【火炎耐性】で黒炎を突破して雅人さんの所に向かいます!!お待たせしました。雅人さんの身はかならずお守りしますので、私の傍から離れないで下さいね!!【属性攻撃】【衝撃波】【範囲攻撃】で炎を吹き飛ばしながら敵を牽制しますね。


神城・瞬
【真宮家】で参加。他猟兵との連携可。

雅人さんと紫蘭さんが同時に事件に巻き込まれてしまいましたか・・・状況は錯綜してますが、雅人さんと紫蘭さんの無事が最優先です。急いで現場に向かいます。

僕は奏と共に雅人さんの救出にいきます。【オーラ防御】で風の精霊を纏って黒炎を突っ切り、雅人さんの元へ。黒炎は【高速詠唱】【全力魔法】【二回攻撃】で氷晶の矢を放ち、炎ごと凍らせることで消火。鴉へは【誘導弾】【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】で攻撃して、【吹き飛ばし】も使い、敵が雅人さんに近付くのを阻止します。


藤崎・美雪
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎

確かに現実は残酷で無慈悲かもしれないが、同時に慈愛と慈悲にも満ちている
いや、光と闇、双方兼ね備えてこそ現実では?
故に、あなた方が知らせようとする現実を、我々が覆す

基本は「歌唱、パフォーマンス、鼓舞、祈り」+指定UC
早期決着目指し、全員の力を底上げだ
ただし紫蘭さん、雅人さんの負傷が嵩めば【シンフォニック・キュア】に変更
皆を信じている故、歌うだけの私は視界を奪われても問題ない
…だからこの場は頼むぞ

周囲の黒炎を鎮火すれば、紫蘭さんが攻撃に転ずることも可能になるか?
携帯用水タンクの中の水をぶっかけ、様子を見よう
鎮火できればラッキー、無理でも手がかりが得られればそれで良い


森宮・陽太
【POW】
アドリブ連携大歓迎

はっ、幸福の次は残酷と無慈悲…絶望か
全く、都合のいい飴と鞭の使い分けだぜ
絶望に落とされた身に幸福の囁きは甘露のように沁みるだろうよ
都合のいい誘導とも言うがな

今はそこの兄ちゃん(雅人)を殺させるわけにはいかねえ
指定UCで無敵の鎧を纏い、アリスグレイヴで雅人の周囲の霊を「なぎ払い」ながら突撃だ!
雅人を狙う奴はアリスランスを伸ばし「ランスチャージ」で貫いてやる
何よりもまず、この場を切り抜けるぜ!
必要があれば雅人をかばうが…優秀な盾役がいる気がするぜ

今回の鎧の色は白銀ではなく漆黒
(※忘却の過去を見せられたことによる影響)
…色が違っても信頼に値する鎧であることに変わりはねえ


館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎

何故ここに雅人さんが!?
…いや、今はこの状況を打開するほうが先か

紫蘭さんに騎士の誓いを立てた以上、僕は彼女のそばを離れることができない
雅人さん救出は他の人任せだ…頼むよ

【魂魄解放】発動継続
基本は紫蘭さんの護衛
紫蘭さんに極力僕が庇えるような場所にいてもらい
攻撃は全て「第六感、見切り、視力」で察知し「かばい」、「武器受け、オーラ防御」で受け流しか防御
隙あらば「早業、2回攻撃、なぎ払い、範囲攻撃」+衝撃波で次々と敵を蹴散らすぞ
ふわふわの羽毛の眠気対策は、黒剣を太ももに突き刺してその痛みで耐えよう

…思うに、この衝撃波で黒炎を散らせないか?
手が空いたらダメもとで試してみる


白夜・紅閻
◼️銀紗
あれ?といった表情で祥華サンをみる
来ていたのか…と
※銀紗はアドリブ連携は可

■心情
『創った』といわれる法具を見ながら雅人を任せる
僕は、とりあえず紫蘭のほうを優先するが
『篁臥』の封印を解き、祥華と雅人のフォローするように指示する
同じく『白梟』の封印を解き、僕たちの援護射撃に

■戦闘
バカのひと覚えのように使い慣れたイザークでとフォースセイバーで攻撃

■雅人
確か、祥華サン動物と話せたよな
よし!
皆の敵の影を通して篁臥を雅人のもとへ行かせたあとに
祥華が側にいたのなら…篁臥を通して
『祥華サン、俺たちが隙を作りますんで、雅人を連れてこちらへ来れますか?』

皆にもそのことを伝え、手伝ってもらう


文月・統哉
即介入し武器受けと火炎耐性で雅人を庇う

オーラ防御で護り固め
紫蘭の防御が十分な事も確認
俺は雅人の盾となり援護する

声かけ連携
第六感も使い攻撃見切り武器受け
カウンターに氷属性範囲攻撃の衝撃波放ち
雑霊薙ぎ払い炎消す

紫蘭
君は決して無力じゃない
全てを救いたいと願うなら
その想い貫く力は君自身の中にあるから

雅人
俺には君が復讐の為にここへ来たとは思えない
影朧達の、そして人の抱える悲しみや痛みを知った紫苑
彼女が本当はどうしたかったのか
雅人自身はどうしたいのか
答えは見えたかい?

俺達は負けないよ
不安定な人の心が影朧を生み出したのだとしても
向き合い乗り越えていくのもまた人の心の力だ
救いへの願いと強い意志を込め
祈りの刃を


荒谷・ひかる
雅人さんは、やらせませんっ!
間に合って!

【水の精霊さん】発動
精霊さんの呼び出した鉄砲水を龍のように操ってもらい、雅人さんの周囲に巻き付くような形で攻撃を庇いに入る
平行して水のブレスで影朧を牽制しつつ周辺に水と霧を撒き消化及び冷却し、こちらに有利な戦場へと調える
霧は対炎の他に強烈な光を乱反射させて散らしたり、羽毛を湿気させて飛び散りずらくする効果も期待

わたし自身は紫蘭さんの近くで護衛に専念
二丁の精霊銃にそれぞれ雷撃弾と氷結弾を装填、水の精霊さんの影響で水に濡れた状態の影朧を状況に応じた弾で適切に撃ち抜き対処していく

やっと、お二人の運命が重なろうとしているんです!
絶対に、護り抜いてみせますっ!




「……こっち、こっちよ!」
 南の方から不意に聞こえてきたその声への雅人の動揺を見逃さず、雑霊達を率いて黒き御使い達が周囲の幻朧桜の木々から放たれた黒炎と共に一斉に雅人を焼き尽くし、そのまま止めを刺そうとした、正にその時。
「妾を邪険にしないで欲しいのぉ」
 黒金の輝きを伴ったそれが、青白い結界を伴って展開されて、黒炎とぶつかり合って爆ぜる。
 何事かと黒き御使い達が空を見上げれば、𠮷柳・祥華が、カラコロと鈴の鳴る様な声で笑いながら彼等を見下ろしていた。
「この結界は……?!」
「おっと、小童! 余所見するでないぞ! それは戦に勝ってからにせい!」
 驚愕の表情を浮かべた雅人を叱咤激励しながら、祥華が雅人の周りに倶利伽羅を展開、続けざまに鬼神を封印したという霊符、朱霞露焔を懐から取り出し、バラバラと周囲に張り巡らせる。
 ゆらり、と陽炎の様に移ろいで生まれ落ちた青白い結界が、雑霊達の突進を辛うじて受け止めていた。
 雑霊と黒き御使い達の勢いこそ衰えたものの、しかし火勢は決して衰える事無く。
 そのまま雅人を焼き払わんと迫る焔の勢いを沈静化させる様に。
 300本を優に越える氷晶の矢が、天空に描き出された青き方円から怒濤の如く降り注いだ。
 何事かのぅ、と天空に方円を描いた矢が射られてきた方角を、祥華が身を乗り出す様な姿勢で見たその先にいたのは、真宮・響、真宮・奏、神城・瞬と言う名の、真宮家の一族。

「雅人さんと紫蘭さんが同時に事件に巻き込まれることになるとは……状況が錯綜していますね……」
 思う所があったか、眉を顰めながらも六花の杖を天へと掲げ、じっ、と祈る様に瞑っていた目を開いた瞬の背を後押しする様に響が声を張り上げた。
「多分雅人は、また厄介事に首を突っ込んでいるって所だろうね。しかもあの声は紫蘭。つまり、彼女も巻き込まれているって訳だ。しょうがない、こうなったら2人纏めて面倒見てやるしかないね。奏、瞬、雅人のフォローは任せたよ!」
「分かりました、母さん」
 響の鼓舞に瞬が頷き、そして……。
「はい、母さん!」
 シルフィード・シューズに風の精霊達を集わせた真宮・奏もそれに頷き、奏が一直線に飛ぶ弾丸の様に、瞬によって凍てついた炎を掻い潜って、雅人の元へと水の魔力を素早く練り上げて青い輝きを発したエレメンタル・シールドを掲げて肉薄、黒炎による第一波を余すこと無く受け止める。
「貴女達は、確か……」
「どうやら、援軍のようじゃのぅ?」
 刻一刻と変化していく戦況の中で、微かに目を見開く雅人と、そっと口元を着物の裾で覆いつつ、愉快そうに目尻を下げている祥華に、響が軽く手を振り会釈を交わすと、そのままドタドタと戦場に駆け込んでくる紫蘭達に合流する。
 その内、空中を散歩する祥華を見た白夜・紅閻が、あれ? と軽く首を傾げた。
「来ていたんですか……祥華さん」
「白夜か。あれを創っていたらのぉ、偶々そこの小童を導く様な光を見つけたんじゃ。要するに偶々じゃ、偶々」
 紅閻の問いに答えた祥華が指差した先にあったのは、奏と共に雅人を守る倶利伽羅と言う名の法具。
「響さん達も、どうやって此処に?」
 何処か唖然とした表情で首を傾げる藤崎・美雪の問いかけに、何!?、と目前の光景が信じられないと言う表情を見せる、館野・敬輔の傍に立ちながら、響が御使い達に向けていた背を翻して軽く肩を竦めてみせた。
「グリモア猟兵の予知に引っ掛かった雅人の居場所の近くに、転送させて貰っただけさ」
「でも、どうして此処に雅人さんが?!」
 響の解に頷きつつも、驚愕の表情を浮かべたままの敬輔が問いかけるが、それに誰かが答えるよりも早く、辺り一帯を覆う黒く腐食した幻朧桜から飛び散った黒炎が戦場全体を炎上させ、周囲の熱を上げようとする。
「雅人さん、そいつらから離れてぼく達の後ろに! Active Ice Wall!」
「雅人さんは、やらせませんっ! 間に合って! 『ばしゃーん! とお願い! 水の精霊さん!』」
 ウィリアム・バークリーが素早く指先で天に描き出した青と黒と桜色の混ざった魔法陣を展開、無数の氷塊を撃ち出してそれを溶かし尽くす第二波の黒炎の勢いを減じさせるその間に、精霊杖【絆】から『水』の紋章の刻み込まれた精霊石を外して咄嗟に投げつける荒谷・ひかる。
 投擲された『水』の紋章から呼び出された水の精霊が吐き出した鉄砲水が、ひかるの願いに応じて青き龍へと姿を変じて、大気を振るわせる咆哮の様な激流音をあげながら、水飛沫をあげつつ黒炎を喰らい尽くさんと雅人と奏の周りを取り囲む様に戦場を駆け抜ける。
 紅閻が自らの羽織っていたコートを翻して篁臥を召喚する事が分かっていたかの様に、文月・統哉と彩瑠・姫桜が篁臥の背に跨がった。
 自らの役割を重々承知しているのだろう、低く唸り声を上げた篁臥がチーターの如き速さで戦場を疾駆。
 その篁臥に気がついたか、黒き御使い達はその胸の勾玉をかっ、と発した。
 それは光、と言うより閃光というに相応しい輝き。
 目が焼けてしまいそうな程に眩い光に目眩を覚えながらも姫桜が、バチ、バチ、と両掌をスパークさせながら高圧電流を生み出している。
「これ以上、雅人さん達を危険な目に遭わせなんてしないんだから!」
 叫びと共に篁臥に跨がったまま、大地に両掌を突き出す姫桜。
 高圧電流がひかるの水龍やウィリアムの氷塊を通して一気に加速し、黒の御使い達の全身に張り付き、感電させる。
 絶え間なく呼び出されていた雑霊達が現れなくなった一瞬をついて、統哉と姫桜が奏や祥華と共に態勢を立て直すべく後退していた雅人の傍で、篁臥の背から飛び降りた。
「統哉さん、姫桜さん!」
 シルフィード・セイバーに風の精霊の力を込めて横薙ぎに振るって解き放った風刃で黒炎を切り払う様に打ち消していた奏に合わせて氷の術式を展開、黒炎から雅人達を守っていた瞬の呼びかけに、二槍を構えた姫桜が会釈を一つ。
 一方で統哉はその手を不可思議な形に組み、まるでそれをなぞる様に、指を動かし、空中に奇怪な紋章を描き出していた。
「凍てつき、薙ぎ払え氷嵐の礫!」
 かっ、と目を見開く様にした統哉の一喝と共に、氷の礫が風に乗って雑霊達事、残りの瞬やウィリアムの氷、ひかるの水龍を突破した黒炎と真正面から衝突し、甲高い音と共に掻き消えていく。
 そのまま霧と化した氷の礫が晴れていく向こうで、祈りながらも今のままでは何も出来ない、と悔しげに俯く紫蘭を安心させる様に微笑みかけた。
「紫蘭、大丈夫だ。雅人も君も、俺達が必ず守る」
「統哉……」
 統哉の言葉に、紫蘭が静かに息を吐くその間に。
「雅人さんをやらせるわけには行きませんね!」
 篁臥の後を追う様に朱雀門・瑠香が大地を駆けながら、腰に帯びた物干竿・村正を抜刀と同時に横薙ぎに振るう。
 振るわれた刃が大気中の空気と擦れた浸透音と共に、鋭い斬撃の波と化して体を痺れさせていた黒き御使い達を一網打尽にしていた。
『さぁて、少しばかり書き換えるよ?』
 わざとらしいニヤニヤした笑みを、口元に閃かせながら。
 カタリナ・エスペランサが軽薄な口調でそう告げ、軽く拳を握りしめ、第六神権 ― rejection ―を発動させると、ほぼ同時に。
 カタリナの意志の及ぶ範囲で物理法則を書き換える黒い突風が大地に叩き付けられる様に吹雪いた。
 その黒い風に呑まれる様にカタリナの姿が掻き消えた、と思ったその次には、雅人の傍に姿を現し、自らの背の遊生夢死 ― Flirty-Feather ―に青光の如き輝きを伴わせて悪戯めいたウインクを一つ。
「今回もピンチらしいね! 元気にしてたかい、雅人?」
「毎度の事ながら、本当に無茶をするわね、雅人さんは」
 カタリナのそれに姫桜が嘆息して軽く肩を竦めるのに、軽く頬を掻く雅人。
 照れくさそうな雅人の様子に、微かに頬が熱くなるのを感じた姫桜がプイッ、とそっぽを向いた。
「べっ、別にそれが駄目って言ってるんじゃ無いからね!? たっ、ただ今回も最後まで付き合おうとかそんな事考えて無いんだからね!?」
「だからどうしてそこでツンデレと化すんだ、姫桜さん!?」
 懐から鋼鉄製ハリセンを取り出し突っ込もうかと言った表情を見せる美雪だが、そんな他愛も無いやり取りにクスクスと統哉は微笑むのみ。
 裾で口元を覆って隠してこそいるが、笑いは押し殺しきれなかったのか祥華の肩が震えている。
 黒炎は未だ絶えず、戦いはまだ始まったばかり。
(「にも関わらず、こんな緊張感の無いやり取りをするってのは、紫髪の姉ちゃんの緊張を解す意味もあるのかねぇ? だとしたらベテランの兄ちゃん、姉ちゃんは、本当に違ぇな」)
 と、妙な感慨を抱き思わず吹き出しそうになる森宮・陽太だったが、胸の中に焦げの様にこびりついているそれを、容易に落とす事は出来そうに無い。
 それは……。
「はっ、幸福の次は残酷と無慈悲……絶望、かよ」
 鼻で笑う様に吐いて捨ててみるが、胸の靄が晴れることも無かった。
 それでも軽く肩を竦めて、雅人達と紫蘭達の中間辺りを陣取り、濃紺のアリスランスを下段に構え、淡紅のアリスグレイヴを鍬を担ぐ様な態勢に持ち替えておく。
(「まあ、絶望に落とされた身に幸福の囁きは、甘露の様に染み渡るだろうな」)
 それは、逆もまた然りだろう。
「つっても、そりゃ都合の良い誘導でもあるわけだ」

 ――だから。

「テメェらは許さねぇ。一匹残らず、貫いてやる」
 パチ、パチ。
 黒炎から降り掛かる火の粉を肩に担いだ淡紅のアリスグレイヴで煩わしげに打ち払いながら、陽太が殺意を発しつつ断じたのだった。


「取り敢えず、動きを止める」
 それは、先行した姫桜達を援護するために星杖シュテルシアを正面に構えて祈りを籠めて十字を切った、天星・暁音の静謐にして神聖なる誓いを籠めた呟き。
 暁音の持つ星杖シュテルシアの先端には、祈りの籠められた星々の力が宿り。
 その足下には、白と金に光り輝く魔法陣が幾何学的な紋様を織り込む様にして描き出され始めていた。
 その魔法陣から戦場全体を包み込む様に広がるは、黒き御使い達の勾玉から発せられた光に勝るとも劣らない輝きを伴った光の波。
「紫蘭さん、雅人さん。誰かの傍を、決して離れない様にね」
 その光の波に乗せて、戦場全体に伝わる様に小さく囁きかけながら。
『無垢なる聖域、我らを護り仇なすものへの裁きを!暗闇のような現在(いま)を切り拓き導く聖なる寿ぎ!イノセント・サンクチュアリ!』
 暁音が最後の呪と共に、星杖シュテルシアで大地を突く。
 カツン。
 大地を叩いた音が反響し、暁音の足下の魔法陣が、散開する様に光の鎖と化して戦場全体を拘束せんと飛び出した。
「お前達のユーベルコヲドでわたし達を止められる等と……」
 黒き御使い達が重厚なバスを思わせる声音で呼びかけながら、勾玉から光を放つ。
 1つ、1つは小さな光でしか無いそれも、寄り集まれば猟兵達の目を焼き尽くす程鮮烈な光となるが、暁音の地面から噴き出した光の鎖が、そうはさせじとばかりに黒き御使い達に迫っていった。
 光の鎖と光がぶつかり、互いに互いを相殺するその間に、ウィリアムが左手でActive Ice Wallの術式を維持しながら、右手でルーンソード『スプラッシュ』を抜剣、その剣先で空中に円を描き出していく。
 描き出された円陣がまるで何かに浸食されていくかの様に、先程統哉が組み上げた不可思議な紋章と以て異なる紋章に満たされていき……。
「御使いなんて名乗ったところで、所詮あなた達はオブリビオン――いえ、影朧。この場で討滅して、転生の輪廻の罠の中に戻します。……Icicle Edge!」
 そのまま『スプラッシュ』を突き出す様に押し出した。
『スプラッシュ』に押し出された魔法陣から250を越える氷柱の槍が大地と水平に撃ち出され、それが怒濤の如く、黒き御使い達に押し寄せていく。
 光の鎖が周囲に絡みついた光球を氷柱の槍が貫きその動きを止めるその間に、その一瞬の隙を見逃さなかった瑠香が雅人にちらりと目配せをしながら、物干し竿・村正を今度は唐竹割りに振り下ろした。
 振り下ろされた瑠香の刃が波紋を生み出し、全てを斬り裂く風と化して雑霊達を纏めて吹き飛ばし、そこに割り込む様に紫蘭を守っていた紅閻が見事な白銀の翼を蓄えた、肩に乗った大型インコに飛べ、と小さく命じる。
 命じられた大型インコ、白梟がその命に応じて、高らかに囀ってその肩を離れて力強く天に向かって羽ばたけば、瞬く間に見事な白銀の羽を持つ巨大な白き怪鳥と化して、瑠香が作り出した隙をその鋭い鉤爪を振るって抉り、そこですかさず敬輔が、周囲を舞う白き靄達の力を集結させて、下段から刀身が赤黒く光る黒剣を撥ね上げた。
 斬り上げと共に撃ち出されるは、弧を描いた斬撃の鋭い痕。
 その白き剣痕が、黒き御使い達がバタつかせて生み出した小さな手から抜け落ちたふわふわの羽毛を吹き飛ばしている。
 轟、と言う鋭い音が衝撃と化して辺り一帯に響き渡り、周囲の腐食した黒き幻朧桜の花弁を風で吹き飛ばした。
 黒炎は風に煽られ、より煌々と黒く輝く炎となる。
(「普通の火ならこれで掻き消せないことも無さそうだけれど、戦場全体に広がっている黒炎では、却ってその火勢を強めかねないか……!」)
「気にするな、先輩。今のである程度絡繰りは分かった」
 ちっ、と微かに苛立たしげに敬輔が舌打ちを一つするのが耳に入ったか、堂々、と言う様に軽く両手で敬輔を制した美雪が呟き、懐から携帯用水タンクを取り出して、戦場を焼く黒炎に向かって水をぶっかけると同時に、メソソプラノで歌い始める。
(「確かに現実は、残酷で無慈悲かも知れない。だが……」)
 残酷で無慈悲なこの世界の中にも。
 慈愛と慈悲もまた、存在する。
 希望と絶望、光と闇、表と裏と呼ばれる対極的な想いもまた。
 美雪の歌に乗せられたその想いを、黒き御使い達は感じ取ったのだろうか。
 その視界を焼き尽くす光が、輝きを増した。
 それで視界が眩み、一時的に失明状態に陥りながらも、美雪は思考を続けながらカタリナ達、仲間を信じて歌い続ける。
 程なくして、自分達だけで無く影朧である黒き御使い達の光が、一瞬だが強さを増したその理由に思い至った。
(「成程。……当然と言えば、当然か」)
 即座に歌に先程までとは異なる指向性を与えて、歌い方を変える美雪を賞賛する様に、黒き御使い達の内の一体が深く首肯する。
「その通りだ、猟兵……いや、超弩級戦力と呼ばれる者達よ。わたし達は、正にその光と闇を抱えし者。お前達が乗り越えてきた理想郷……それは本来、現実にはあり得ぬものだ。そう、お前達はそんな理想郷は夢物語でしか無いと、先の戦いで白き御使い達の想いを否定した。その気持ちは、わたし達も共感できる。泡沫の理想を打ち破り、現実を、事実を受け止める事こそ真実で有り、それが分からぬのならば、分からせる役割を持つものが必要だ、と言う形でな」
「そんな理由で人を不幸にすることが、正義である筈が無い! その歪み、此処で断たせて貰うよ!」
 敬輔によって散り散りになったふわふわの羽毛の間隙を縫って、遊生夢死 ― Flirty-Feather ―で滑空したカタリナがするりと太股に束ねていた二本のダガーを抜いて一閃。
 白く光る刃による目にも留らぬ一閃が一瞬で羽毛を細切れにし、ついでに数体の黒き御使い達を纏めて屠り、続けざまに魔神の力の一部を劫火として具現化させ、それを遊生夢死 ― Flirty-Feather ―の羽根に着火させて射出。
 放たれた劫火の羽根が数ばかりが取り柄の雑霊達を焼き払い、更に暁音の光の鎖に絡め取られた黒き御使い達を撃ち抜いて消滅させていく。
「『正義』など人……否、影朧、猟兵によって様々だ。どうしてそれに気がつかず、お前達はわたし達を『悪』と断じ、自分達を『正義』の立場に置く事を望む? それはお前達がわたし達を滅ぼすために作り上げた、自己を正当化するための言い訳に過ぎないのでは無いか? そして、そう自己を正当化しなければ、自分達が存在出来ないという現実を、何故お前達は忘れることが出来る?」
「確かにお前達の言うとおり、僕達は、僕達の行動を正当化するためだけに、大義名分を抱えているだけなのかも知れない。でも……」
 自身の理想のために、戦う事の全てを否定しても良い理由なんて無い。
 胸中でそう結論づけた雅人が、刀を一閃。
 鋭利なる白銀の光が、焼き尽くされ地面に落ちてきた黒き御使い達を斬り捨てた。
「あの人は、倒す事こそが救済、と考えているの……?」
 黒き御使い達の光に視界を奪われたが故に、却って聴覚が鋭くなったか。
 抑揚を利かせた声音で呟き、彼を守ろうというのか、覚束ない足取りながらも、雅人の方へ向かおうとする紫蘭。
「全く、無茶するんじゃ無いよ!」
 頼りなく歩く紫蘭を見かねて響が叱咤の声を上げ、紫蘭を襲わんと雑霊達による突撃を敢行させようとしていた黒き御使い達に向けて、ブレイズブルーを天に掲げてプロペラの如くひゅんひゅんと振るって鎌鼬現象を起こし、特攻隊と化していた雑霊達を一気に叩き落とす。
「やっと、お二人の運命が重なろうとしているんです! 絶対に、護り抜いてみせますっ! ……水の精霊さん!」
 Nine Numberと、THE EARTH。
 精霊の息吹が籠められた弾丸を撃ち出すべく引金をひくひかる。
 THE EARTHからの氷結弾が雅人の周りを駆け巡っていた水龍を凍てつかせてそこに撃ち込まれたNine Numberからの雷撃弾が跳弾し、稲光と化して黒き御使い達を撃ち抜き、感電死させていく。
「水の精霊さんっ! 美雪さんの投げた水に力を与えてあげて下さいっ!」
 ひかるの呼びかけに応じた水の精霊達が雄叫びを上げて、水龍を作り上げた鉄砲水とは別の巨大な水鉄砲を吐き出した。
(「ひかるさんは、一気に消化に掛かるつもりみたいだね。それなら、もしかしたら、その勢いを弱める手伝いが出来るかも……」)
 祈りを捧げながら戦況を見て取った暁音が、自らの祈りの言葉の中に、腐食した黒き幻朧桜と、それに移る黒炎さえも囲むほどに聖域の範囲を拡大するべく、星天の書をパラパラと捲り、目的の頁を見つけて朗々と読み上げた。
 暁音の詠唱に、導かれる様に。
 暁音の足下にある魔法陣の輝きがより増して、すっぽりと腐食した黒い幻朧桜ごと覆う様なドーム状の結界が生み落とされ、戦場全体をすっぽりと包み込んだ。
(「……っ!」)
 聖域の効果範囲を拡大した事による急激な魔力の消耗に目眩を感じながら、星屑の光明を左手で握りしめ、自らの意識を繋ぐ暁音。
(「これは聖域であり、破魔と祈りを籠めたもの。もしあの黒炎が、邪なものであれば……多少の効果は見込める筈だけれど……」)
 微かに呼吸が速くなるのを自覚しながらも発動を止めない暁音。
 光の鎖はそんな暁音の想いに応じる様に、腐食した黒い幻朧桜から飛散しようとする黒炎を絡め取るや否や。
 美雪の歌を感じ取り、更に先程ばらまいた水を吸収し、巨大化した水龍が残された黒炎を残さず喰らい尽くした。
「……そうか、そう言う事か。絶望と希望。理想と現実。聖と邪。正義と悪。陽と陰。対になるものをぶつける必要があった、と言う訳か」
 暴風であれば火を消すことも不可能では無いが、基本的に風は火を煽るもの。
 衝撃波で吹き飛ばすと言う発想は、風と火の関係に近いと言う事だったのだろうな、と敬輔は思う。
「わたし達の黒炎が破られるとは……!」
 微かに歯軋りする様な姿を見せ、まだ想像がつかない程大量に存在している雑霊達をけしかけ、自分達もまた、黒き魔法の矢を呼び出して果敢に攻める黒き御使い達。
 雅人に向かって放たれたそれは、
「雅人さんは絶対にやらせませんっ!」
 奏が衝撃を押し殺す様に盾を翳して前に踏み込んで、エレメンタル・シールドで受け止めて。
 一方で、紫蘭に放たれたそれらの矢は、
「やらせないよっ! 『この一撃は、竜の牙の如く! 喰らいな!!』」
 響がブレイズブルーを風車の様に回転させて、雑霊達と共に、悉く叩き落とした。
「守りはあの姉ちゃん達と、黒髪の兄ちゃん達に任せとけば必要なさそうだな。なら、思いっきりやらせて貰うぜ!」
 漆黒と化した戦闘鎧をその身に纏った陽太が裂帛の気迫と共に、濃紺のアリスランスを伸張して、雑霊達ごと黒き御使い達の何体かを貫き、息を合わせた姫桜がschwarzで陽太が貫いた黒き御使い達を纏めて串団子状態にして屠った。
 姫桜は続けざまにWeißを突き立てて、勾玉から光を発してその場を離脱しようとしていた黒き御使い達をも纏めて地面に縫い止める。
「陽太さん、お願い!」
「あいよっ、金髪の姉ちゃん!」
 姫桜の呼びかけに応じた陽太が生き残っている無数の黒き御使い達の攻撃を真正面から受け止めながら、深紅のアリスグレイヴを横薙ぎに振るう。
 深紅の残像を曳いた刃が姫桜が串刺しにした黒き御使い達を纏めて屠った。
「ふむ。しかし此奴等……数に物を言わせておるのか、全く動じぬのう」
 上空から天衣をはらりと翻し、ゆらりと空中を舞う様に一回転しながら、柄に龍の巻き付いた結羽那岐之を振るって、黒き御使い達を滅ぼしながら、ほぅ、と息を一つつく祥華。
 波状の穂先に取り付けられた、月牙による三日月の様な軌跡を描いて纏めてその命を刈り取りながらのその呟きを、篁臥と意識を共有させていた紅閻が耳にする。
 紅閻が紫蘭に迫ってくる黒き御使い達のサイキックエナジーをフォースイーター=イザークに喰らわせながら、そうですね、と頷く。
 そのまま肩を微かに上下させながら、胸中で篁臥に念を送り、祥華のその問いに対する解を告げた。
(「このまま力押しで負ける、と言う事は無いでしょうが……それだと時間が掛かりすぎますね。後一手、決め手があれば良いのですが……」)
 篁臥のグルグル……と言う呻きから微かに焦りを感じさせる紅閻の愚痴とも取れるそれに祥華が頷きながら、火之鬼の力を借りるべく、朱霞露焔の力を解放しようとする。
 その矢先に、ふと統哉の様子に目が行った祥華は、程なくして、クスクスと微笑み、自らの彩天綾を軽く風に靡かせた。
『祥華サン……?』
 紅閻と同時に、篁臥が微かに眉を顰めるのを愉快そうに眺めた祥華は、程なくしてそっと目尻を和らげ頷く。
「どうやら、白夜の言う後一手が決まりそうじゃのぅ」
「えっ?」
 カラコロと鈴の鳴る様な声で笑う祥華の様子に、キョトンとした表情になった姫桜が、パチクリと目を瞬かせた。


「紫蘭」
 雑霊を氷嵐の礫で殲滅し、漆黒の大鎌『宵』で、雑霊達の攻撃を受け止めながら。
 統哉が、自分の背後で庇っている雅人の更に少し奥で、響達に守られながら雅人を救うべく此方へと近付いてきている紫蘭へと優しく呼びかけた。
 紫蘭に向かってもふわふわの羽毛や勾玉からの光が時折、黒き御使い達から降り注ぐが、その悉くが敬輔と響によって遮られている。
 既にほぼ制圧されているとは言え、まだ僅かに燻っている黒炎を黒き御使い達は操り腐食した黒い幻朧桜に点火させて、再び巨大な炎の渦に戦場を飲み込ませようとしたが、先の先を読んでいたカタリナの劫火を伴った羽根に撃ち抜かれ、或いはダガーで一閃されて消滅し、事を成せずにいた。
 畳みかける様に、瞬が手を振り下ろして発動させた天空から降り注ぐ氷晶の槍と、ウィリアムが『スプラッシュ』を下段に構えて撥ね上げ、地面から突き出す様に解き放たれた氷柱の槍に挟まれて、燻った黒炎すら凍てついていく。
(「あの人を、助けたい」)
 奏達に守られながらも、果敢に戦う一人の青年、雅人の姿を瞼に焼き付ける様にしながら、そう心の奥底から願う紫蘭。
 胸元の羽根が、まるでそんな紫蘭の想いに応えるかの様に淡い桜色の輝きを灯しているが、紫蘭はそれには気がつかず、ただ、小さく頭を振る。
(「でも、私に出来ることは……」)
 幻朧桜達に影朧を転生させるための助力と、桜の花弁により安らかな眠りにつかせ、その傷ついた体を癒すことだけだ。
 それではあの青年を、雅人と呼ばれる彼の手助けになる事なんて出来ない。
 ――私には、美雪の様な歌を歌ったり、姫桜の様に体を張ってあの人を庇うことも難しい。どうしてこんなに私は……。
 無力なのかしら、と紫蘭が嘆じようとした、その時だった。
「紫蘭、君は決して無力じゃ無い」
 雅人に迫る雑霊達を、星の如き煌めきを刃に伴った『宵』で一網打尽にしながら。
 まるで紫蘭の心を読み取ったかの様に紡がれた言の葉は、この戦場の腐食した幻朧桜と同じく黒く塗り潰されかけていた紫蘭の心に染み入っていく。
「私が、無力じゃ無い? 統哉には、どうしてそう言えるの?」
 腐食した黒い幻朧桜の木々が、微風に煽られて漣立っているのを見ながら。
 統哉が、口元に微笑を閃かせた。
 まるで、厳しい冬の風の中でも尚揺るがぬ、蝋燭の火の様な、その微笑みを。
「紫蘭が全てを救いたいと願うなら、その想いを貫く力は、君自身の中にあるのだから」
「……私の中?」
 微かに眉を吊り上げ、首を傾げる紫蘭。
 美雪が音盤の様に、キューブ型グリモアの中に刻み込んだ音符を叩かせ、自らの歌を代歌させながら、そうだな、と何処か確信を持った表情で頷いた。
「既に周囲の黒炎は、私達が鎮火した。この状況であれば、あなたであればあの幻朧桜の木々を上手く活用することが出来るのでは無いか?」
「……」
 美雪の問いかけに、ぎゅっ、と胸元で桜色の輝きを発する羽根に触れる紫蘭。
「紫蘭さん、俺達だけの力じゃ、後一押しが足りないんだ。このままだと、君が助けたいと願う雅人さんを助ける事も出来なくなってしまう」
 聖域を維持する為に多大な魔力を消耗し、顔色を青ざめさせ。
 力になれないのでは無いか、と言う紫蘭の不安、この黒き御使い達の、理解出来るが故に決して自分達がわかり合うことは出来ないという悲しみの念、そして、この影朧達が存在する事への世界の痛みを共苦の苦しみを通じて、体を針に突き刺され続ける様な鋭い痛みを感じながら。
 それでも尚、聖なる銀糸に幾重にも刻み込まれた魔法を起動させて、勾玉から放たれる光を銀の煌めきで反射し、或いは、黒き御使い達自身を絡め取りながら、暁音が諭す様に紫蘭に告げれば。
「アンタが無茶な子なのは、アタシ達はもう十分分かっているんだ! アタシ達に出来るのは、そんなアンタの無茶の背を押す事だけだよ!」
 ブレイズブルーを地面に突き立てて空中へと飛び出し、そのまま勢いよく両足を開いて紫蘭を狙った黒き御使い達を蹴り飛ばしながら、響がその背を押す様に声を張り上げた時。
 紫蘭は、意を決した様に澄んだ眼差しで戦場を見つめ、その胸元の羽根をそっと撫で、何かを呟く。
 そんな紫蘭の想いが通じたのか。
 不意に、周囲の腐食した黒き幻朧桜達が、彼女の胸の羽根と同じ桜色の輝きを発し、瞬く間に腐食から立ち直り、また、美しい桜の花を咲かせてその場に根付く。
 ――風が、舞った。 
 その風によって桜の花弁が吹き飛ばされ、嵐と為って黒き御使い達を襲う。
 気がつけば紫蘭の胸にあった羽根は、桜の花弁と化して、雅人を狙う黒き御使い達を打ちのめしていた。
 叡智の杖に刻み込まれた知恵を基に、それを読み取った祥華が満足げに頷き、虹色の光沢を持つリング、ユルング・カルマを天に翳し、同時に周囲に展開していた朱霞露焔に祈祷と、結羽那岐之による神楽舞を奉納しつつ、黒き御使い達に斬りかかる。
「『火之鬼、すまんのう……おぬしのチカラ、貸しておくんなし』」
 その祈祷が天に届き、新しい世界を創造する雨を祥華が降り注がせるその間に、54体の火龍と言う仮初めの肉体を得た火之鬼が朱霞露焔から顕現し、桜吹雪に導かれる様に炎を吐き出し、或いはその場で縦横無尽に暴れ回り、瞬く間に黒き御使い達を炭化させていく。
 創造の雨は幾重もの光と闇の光線と化して、黒き御使い達を射貫いていった。
 その様子を見ながら、姫桜が、軽く雅人へとウインク。
「続くわよ、雅人さん。元々、納得する所まで突き止めるつもりなんでしょ? なら、最後まで付き合ってあげるわ」
 紫蘭の桜花の舞、祥華の創造の雨と火之鬼に続く様に、姫桜が両掌に蓄えた高圧電流を二槍へと流して激しい火花を散らさせながら笑みを浮かべた。
 SchwarzとWeißは、自分の手から迸る高圧電流を流されて驚いているだろうな、と思いながらも、その行為を姫桜が止める様子は無い。
「あっ……ああ!」
 雅人が姫桜に頷き、抜刀した退魔刀を下段に構えてピタリと静止して動かなくなった様子を見たウィリアムが、素早く瞬へとアイコンタクト。
「それならば、ぼく達がやることは一つですね、瞬さん」
「そうですね」
 互いにやるべき事をアイコンタクトで確認するや否や、ウィリアムが『スプラッシュ』を振り上げ、瞬が六花の杖を改めて青眼に構え直し、そこに月虹の杖を重ね合わせる。
 月虹の杖を十字型に重ねられ、綺羅星の様な輝きを伴った光属性を帯びた六花の杖が、月の光を反射したかの如き美しき輝きを発し、それに呼応する様に、二本の杖の前に、ルーン文字が複雑に刻み込まれた魔法陣が姿を現し、蒼月の輝きを発する。
 瞬のそれに応じる様に、ウィリアムの前方に描き出された青と桜色の混ざり合った魔法陣もまた、明滅していた。
 そして。
「凍てついて下さい、『Lightning Edge!』」
「『さて、僕達のこれを見切れますか!?』」
 ウィリアムと瞬が、即興の合成術を起動させたのに合わせて姫桜がSchwarzとWeißを駒の如く縦にヒュルヒュルと旋回させながら、二槍に蓄えた高圧電流をウィリアムと瞬が生み出した合計790本の『氷』の力を抱いた氷柱の矢に流し込む。
 流し込まれた高圧電流を帯びて無数の天をも砕く雷の矢と化したその矢がまるで閃光の如く残されていた黒き御使い達を次々に撃ち抜き、痺れさせ、即座に消滅させていった。
「ここでわたし達が敗れるのもまた理だというのか……!?」
 雷光の矢に撃ち抜かれ次々に散って逝く同胞達に激しく動揺の表情を示す黒き御使い達の様子を目聡く読み取った奏が、雅人の背後を守る様にエレメンタル・シールドを掲げながら叫ぶ。
「今です、雅人さん!」
「雅人。君は復讐なんかのために、此処に来たんじゃ無い。本当は何をしたくて此処に来たのか、あの御使い達に教えてやれ!」
 漆黒の大鎌の刃先に、星々の力として祈りと願いの力を蓄えながら告げる統哉に頷いた雅人が、動揺する黒き御使い達に肉薄、刀を一閃。
 銀閃が円状の弧を描いて、動揺で動きを止めていた黒き御使い達を薙ぎ倒す様を見ながら、ウィリアムが嘆息を一つ。
(「先程の技は、ぼく一人では使うことはとてもではありませんが出来ませんね」)
 火水地風、そして氷の精霊達とは深い交流があるが、雷や光の精霊と直接やり取りをした記憶は、そう言えばあまり無かった様な気がするな、等と胸中で今までの戦いの記憶を振り返りながら、ウィリアムが消えゆく黒き御使い達に問いかけた。
「そんなに輪廻転生が怖いですか? 今の自分を失い、別のモノになるのが怖い?」
「怖い? 怖くない? わたし達はそう言う次元の存在では無い。わたし達は、全てわたし達の主たるものの『理』を司るものから分裂した存在。それ以上でも、それ以下でもありはしない。わたし達は、ただ、わたし達の知る理から現実の厳しさを教えるべく現れたに過ぎないのだから」
「つまり転生観への答えを聞きたければ、お前達を倒していけ、と言う事か」
 ウィリアムの問いに対する黒き御使い達の解に対して、紅閻が小さく呻きながら、自らの指に嵌めた、色褪せてしまった指輪をそっとなぞる様にしつつ、フォースイーター=イザークを再び発動させる。
「ならばお前達を倒し、俺達はその答えを聞き出してやる! 『イザーク、破壊しろ!』」
 紅閻の叫びと共に、まるでカボチャを思わせる様な容姿をしたフォースイーター=イザークがけたたましい笑い声を上げながら、残った黒き御使い達へと齧り付き、次々に彼等のエネルギーを喰らい尽くした。
 そのイザークを引き剥がすべく、他の黒き御使い達が雑霊を寄越そうとするが、その時には、白梟が上空から嘴で黒き御使い達の目を貫き、また雅人の側を離れて突貫した篁臥がその鋭い四肢の爪牙を突き立て、引き裂き、黒き御使い達を瞬く間に制圧していく。
「さて……これ以上は時間の無駄でしょう。一気に終わらせますよ、ひかるさん、暁音さん!」
 瑠香がその様子を見やりながらひかると暁音に呼びかけ、上段に構え直した物干竿・村正を振るい、大気を切り裂き振動を発生させた。
 紅閻の一撃によって抉り取られた地面がそれに激しく鳴動するや否や、全てを斬り刻む衝撃波が瓦礫と共に周囲に鋭い棘の様な形と為って解き放たれ、黒き御使い達を切り払い、そこに暁音が星杖シュテルシアを地面に突き立て、光の鎖を維持したまま、素早く腰のホルスターからエトワール&ノワールを引き抜き、躊躇無くトリガーを引く。
 残された魔力の残滓を、星と闇の属性を持つ弾丸へと変えて、的確に黒き御使い達を狙撃する暁音。
「水の精霊さん、お願いしますっ!」
 ひかるの呼びかけに応じた水の精霊達の呼び出した水龍が霧と化し、ウィリアム達の撃ち出した雷光と化した矢を乱反射させて、更に黒き御使い達を貫いていくその様子に頷きつつ、二丁の精霊銃から、雷撃弾と氷結弾を連射するひかる。
 ひかるが連射した弾丸に撃ち抜かれ、消えてゆく黒き御使い達の中でも、その後ろに無数の雑霊達を引き連れた特攻部隊は、その弾幕をものともせず、紫蘭達を襲おうとするが……その時には、2つの影がその場を駆け抜けている。
「紫蘭さんを守るためにも、皆、どうか僕に力を貸してくれ!」
 自らの黒剣に宿る魂達と意志を同調させた敬輔が叫びながら空間で突きを放ち、投げ槍型に変化した白き靄達で黒き御使い達を貫き。
「その隙、見逃せないんだよね。これで、終わりだよ!」
 その瞬間をその目で見切っていたカタリナが、自らの背の遊生夢死 ― Flirty-Feather ―を桜色に輝かせてバサリと羽ばたき、生き残った御使い達を劫火に包まれた羽根で焼き払う。
 それでも尚、突貫してくる最後の雑霊達の紫蘭を狙った攻撃を,敬輔よりも僅かに早く、受け止めた者がいた。
 それは……。
(「……例え色が違っていたとしても、信頼に値する鎧には変わりないからな」)
 陽太だ。
 本来であれば白銀の光沢を持つその鎧が、今は漆黒の輝きを伴い、陽太の身を守っている。
 その身をその鎧で守った陽太の上空を飛ぶ、一人の影。
 それこそが。
「紫蘭も、雅人も、アンタ達にやらせはしないんだよっ!」
 地面に突き立てたブレイズブルーを反動を付けて手放して空中で体を側転させながら、赤熱の様な赤い輝きを発するブレイズランスで、残された黒き御使い達を雑霊事貫いた響であった。
 そして、残された最後の黒き御使い達に。
「不安定な人の心によって生み出された影朧達よ。忘れないで欲しい」
 そう呼びかけたのは、統哉。
 その手に握る宵闇に輝く星々の淡い輝きの光を、漆黒の刃に背負った大鎌『宵』を肩に担ぎ、統哉は戦場を疾駆する。
 その様は、正しく夜空を横切る流星の如し。
「例え、君達を生み出したのが、不安定な人の心であったとしても。それと向き合い、乗り越えていくこともまた、人の心の力なんだ、と言う事を」
 それは誓いであり、人が人で在り続ける為の理の一つ。
 その理から生じる救済の願いと祈りを籠めた星の輝きを抱いた漆黒の大鎌『宵』を、統哉は袈裟に振り下ろした。
 その星々の淡い煌めきを思わせる光を刃に灯らせた大鎌による一撃は、残された黒き御使い達を一網打尽にし、その邪心を断ち切った。


「……終わったのか?」
 雅人が軽く息をつき、額の汗を拭いながら呟くのに、姫桜が軽く頭を横に振った。
「本当の戦いは、これからよ」
「そうですね。白と黒……対存在とも言うべき影朧を討滅した以上、この先にいるのが、彼等の本体でしょうから」
 姫桜に同意する様にウィリアムが小さく返す。
 一方、紫蘭を守り抜いた敬輔は、少し茫洋とした様子で、自らの漆黒の鎧を見つめている陽太をちらりと気遣わしげに見やっていた。
(「今までの戦いの中で、陽太さんのこの姿は見たことが無かった。この姿は、一体……?」)
 何の影響なのだろう、と思わないでも無いが、程なくして敬輔は軽く頭を振る。
 誰にだって、踏み込んで欲しくない領域の一つや二つはあるだろう。
 そう、思ったからだ。
「紫蘭さんと、雅人さん……お二人を守り抜けて、本当に良かったです」
 ほっ、と薄い胸を撫で下ろしながら、幼い中に、やや大人びた色合いの交ざった微笑を浮かべるひかる。
「ありがとう、ひかるさん」
 ひかるの言葉遣いに、違和感を覚えたのだろうか。
 やや戸惑った様な表情を浮かべる雅人だったが、その視線は、直ぐにひかるの隣にいる少女……紫蘭へと向けられた。
(「!」)
 瞬間、ひゅっ、と息を飲み込む雅人。
 その目は、吸い寄せられる様に、紫蘭の胸で輝く一枚の羽根へと向けられている。
 紫蘭の方もその羽根を見せる様にしながら、両手を自分の胸に添えていた。
 そんな紫蘭の息遣いが、微かに激しくなっている事が、小刻みに震えている肩の様子から、暁音には何となく察せられる。
「雅人さん。この人が、紫蘭さんだ。……名前だけは、教えたことがあるかも知れないけれど」
 暁音の紫蘭の紹介に、思わず肩を震わせる雅人。
「紫蘭さん……か……。良い名前……だね……」
「あ……ありがとう、ございます……」
 たどたどしくその名前を褒める雅人に、頬を赤く染めてモジモジと指弄りをしている紫蘭に苦笑を零しながら、トン、と統哉が雅人の肩にその手を乗せた上で、紫蘭を真っ直ぐに見つめて問いかけた。
「雅人、紫蘭。君達は本当はどうしたいのか、その答えは見えているかい? 特に……雅人。君はもう気がついているんだろう? 『彼女』が本当はどうしたかったのか、君自身も本当はどうしたら良いのかを。そしてその先にあるのは、復讐なんかじゃない、と」
「『彼女』?」
 緩んでいた頬を引き締めながらも、くいっ、と可愛らしく小首を傾げる紫蘭の様子に泣き笑いの様な表情を見せながら、そうだな、と雅人が統哉に頷き返した。
「僕は、真実を知りたかった。そして、僕自身がそれに対峙した時、どんな答えを差し出せば良いのか、ずっと考えていた。でも、漸くその答えが見えてきた気がする」
「雅人さんは、この先に誰がいるのか、既に知っているのですか?」
 瑠香の不意な問いかけに、なんとも言えない表情になる雅人。
「多分……さっきの黒い御使い達と、それから皆が戦ってきたという、白い御使い達……相反する二つの想いを抱いた存在、だと思う」
「……そりゃぁまた、厄介な話だな」
 陽太が軽く天を仰ぎ、参ったという様に軽く額に手を当て、美雪も左手を机代わりにして右肘をつけ、顎に手を置き、軽く首を傾げた。
(「これはまた、一筋縄ではいかない話になりそうだな」)
 一方、紅閻は。
(「これが運命、なのか……?」)
 転生する前の記憶が無い紫蘭と、その転生した紫蘭に無意識に紫苑を重ね合わせてしまいそうになる自分への嫌気からか、他人行儀で、何処かチグハグな様子を見せる雅人を見て、鋭い目眩を起こしていた。
 そのすれ違う紫蘭と雅人の様子があまりにも痛々しく、それが何処かで、自分の頭の中に掛かった靄の向こうの『あの人』を思い出そうとして思い出せない、そんな自分と重なってしまう様な、そんな気がしたから。
 カタリナも煮え切らない雅人と紫蘭を笑わせるために、道化になるべく手を振り上げパフォーマンスを行なおうとしたが、ふと、脳裏をある想いが掠めて手を挙げたままに硬直してしまう。
 カタリナの脳裏を締めた想い、それは……。
(「もし、私が姉さんに会えたら、私はその時、どんな顔をするんだろうな」)
 そしてその時、姉さんがどんな答えを出してくるのか。
 胸の中に湧き上がってくるモヤモヤとしたそれに気を取られ、カタリナの意識がそのまま思考の無限ループに陥ろうとした、その時。
 パン、パン。
 手を叩く音が、辺り一帯に響き渡った。
 思考の海に沈みそうになっていたカタリナと紅閻が驚いて其方を見やれば、ヤレヤレ、と言った様に和らげていた目尻を上げ、朱霞露焔に火之鬼を戻し、厳しい表情の祥華がいる。
「此処で長居をしているわけには行かぬぞ、皆の者。寧ろこれからが本番じゃろう」
「ああ……そうだね。アンタの言うとおりだよ、祥華」
 祥華の言葉に、それまで腕を組んで紫蘭と雅人を交互に見つめていた響が眉根を顰めて頷き、奏が何処か気遣う様な眼差しを雅人達に向けながら、やや掠れた声でそうですね、と同意する。
「僕達の戦いは、まだこれからですからね……母さん」
 周囲を警戒しながら、敢えて冷淡に感じる声音で呟く瞬にそうだよ、と響が頷き、それから思考の淵に再び足を掛けようとしていた美雪を見つめた。
 その視線を受けた美雪が、腕を組み替えて深呼吸を一つ。
「響さんの言うとおりだ。そろそろ行こう、皆」
「はっ、はい。そうですね……」
 美雪に促されて束の間、唇の近くに人差し指を置いていたひかるが躊躇いつつも頷き、姫桜と敬輔が其々の表情で雅人と紫蘭を連れて、最奥部へと向かう。

 ――戦いの終わりの時は、刻一刻と近付いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『正常を望む者』

POW   :    わかってる、“自分”が何をしていたのか知っている
【理性を優先する自分と】【本能を優先する自分の】【記憶が混雑すること】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
SPD   :    食べたい、壊したい、満たされたい
自身の【瞳】が輝く間、【爪や牙やブレス】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ   :    あなたを助けたいの
【桜色のブレス】が命中した対象を高速治療するが、自身は疲労する。更に疲労すれば、複数同時の高速治療も可能。

イラスト:黒無

👑11
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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はサフィリア・ラズワルドです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


*業務連絡:次回リプレイ執筆期間は、1月4日(土)~1月5日(日)の予定です。そのため、プレイング受付期間は1月2日(木)8時31分以降~1月3日(金)一杯となります。何卒、宜しくお願い申し上げます*
●終章
 ――今にも枯れ果てそうな幻朧桜の木々の向こうに佇む神社の最奥部。
 お互いの距離感を掴み兼ねている様子の雅人と紫蘭を気に掛けながら、猟兵達はそこへと辿り着く。
 そこにいたのは、一匹の獣。
 その周囲に漂う濃厚な気配は、白と黒。
 そうとしか形容できないであろう慈悲深さと無慈悲さを持ち合わせ存在。
 『聖獣』? 『魔獣』? 
 それとも、『神獣』と呼ぶべきであろうか。
 どの名を選んでも正しくもあるし、間違っている様にも思えるその存在が寛容さと苛烈さを其々に宿した両の瞳で、紫蘭と雅人を交互に見やる。
「久しぶり……と言うのも妙な挨拶ですかね、『娘』よ」
「……?」
 挨拶の意味を図りかねているのだろう。
 沢山の疑問符を頭に浮かべながらそれを見つめる紫蘭を慈愛に満ちた光を宿した瞳で見つめ、それから苛烈な光を持つ瞳を、雅人へと向けるそれ。
「等々此処まで来てしまったのだな、『お前』もまた。だが……これも宿命か」
「……お前が、『彼女』を殺した影朧、なのか?」
 じっとりと嫌な汗が背筋を伝って落ちていくのを感じながら、カラカラに渇いた喉から絞り出す様な声で問いかける雅人に、それは『そうだ』、と答えた。
「わたしの望みは、『破壊』。その場にあるありとあらゆるものを破壊することこそ、わたしが影朧としてこの世界に生み落とされた『理由』なのだと、わたしはこの理を持って知っていたのだから」
 冷たく突き放す様な声で蕩々と語るそれだが程なくしてそれは、いいえ、と軽く頭を振った。
「あなたは、忘れてしまっているだけです。『私』の本当の使命を。『私』が自らの意志で成し遂げたいと思っていたその願いを。思い出して下さい。あなたは……いいえ、私はこの世界と、この世界に住む生きとし生けるもの全てを幸福にし、生き続けて欲しいと願っていた事を」
「あ……ああ……」
 穏やかに語るそれの声に、ガタガタと全身を震えさせる紫蘭。

 ――入り込んでくる。

 それが望む人を、人々を、強いては世界を癒したいと言う、心からのそれの願い。
「……で、でも、あ、あなたの望む、理想郷、は……」
「そうだ、お前の言う通り。所詮、理想郷などというのは夢物語に過ぎない。『私』は、何故それを理解出来ない。わたし達は、既に影朧としてこの世に生を受けたのだ。であれば、影朧の本能の赴くままこの世界の理を破壊する事こそ真実であろう」
「そんな事をお前にさせるわけには……!」
 雅人が紫蘭を庇う様に前に出て、額からも吹きだしていた汗を拭い、肩を怒らせながらも、真っ直ぐにそれを見る。
 そんな雅人の様子を……それは、優しく見守っていた。
「分かっています、あなた。あなたの言う通り、私は『影朧』。如何に世界を救いたいという願いを抱いたとしても、それが決して報われることはない存在でしょう。ですが、初めからその様に諦めてしまっていては、理想を成し遂げることなど出来ません。それは……あなたのよく知る理の筈です。……私の前に現れた2つの光。あなた達は、私達に何を求めるのでしょうか? 超弩級戦力の皆様が、私達に求めることは何でしょうか?」
 理想と現実。
 聖と邪。
 光と闇。
 そして……情と知。
 表裏一体のそれらを理解し、どちらの真実が正しいのかを如実に求め、ただ、純真さと剣呑さを孕んだ瞳で、その場にいる者達にそれは問いかけた。

「私は、この世界に真の平和が来ることを、心から望んでおります。その私を、あなた方が救済するというのであれば、それはあなた方が私と手を取り合うしか術はありません」

 ――それが、そう呟いたその瞬間。

 既に朽ち果てかけていた神社が不意に白い景色と化し、同時に温かく穏やかな世界と化して、猟兵達と紫蘭と雅人を抱擁した。

 ――一方で。

「わたしは、お前達を滅ぼす事こそが、世界の理を質す最善だと理解している。わたしは影朧。お前達に絶望を齎すもの。しかし、わたしは知っている。今の世界で、わたし達がその世界の理の正しさを認めた時、わたし達は輪廻転生の輪に還り、そして新たな生命を得ることになる事を。それが、わたしにとって正しいのか迄は分からぬがな」

 ――故に。

「わたしが望む世界の在り方、お前達の望む世界の在り方それを本当の意味で理解した時、わたしはお前達との戦いの果てに『死』を迎えることになるのだろう。そう……そこの小僧が、奴に対して出した決断と同じ様に」
 睥睨する様に雅人を見つめながら冷淡に告げるそれに、ごくり、と雅人が生唾を飲み下した。
「ですが……私は、決してあなた達の求める輪廻転生の輪に戻ることは出来ません。輪に戻るという事は、皆様の理想を実現するという私の願いの否定と同義ですから」
 全てを愛し、慈しむ穏やかな光を称えた柔和な瞳で、それが紫蘭を見つめた時。
 紫蘭は、全身に電流が走る様な衝撃を受けて、ビクン、とその背を震わせた。
 雅人と紫蘭の反応を見ながら、いずれにせよ、とそれはその場に居る全ての者達の脳に反響する様な声音で告げる。
『私(わたし)達をもしあなた(お前)達が否定し、本来の輪に戻したい、と言うのであれば、私(わたし)達が示したあなた(お前)達への問いに明確な『解』を提示し、その上でそれを貫くだけの力を示して下さい(示せ)。さもなければ、私(わたし)達は、決してあなた(お前)達に負けることはありません(ない)』

 ――穏やかで平和な箱庭の様な、美しい世界。
 ――理不尽な暴力や、戦いに血塗られた現実。

 相反し、決して受け入れることが出来ぬ2つの想いと世界が、奇妙な形でその心の中で併存しているその獣に。
 猟兵達は、どの様な答えを出すのであろうか。

*第3章のルールは下記です。 
*今回は、心情/戦闘、どちらも重要なファクターとなります、どうかお覚悟を。

 1.戦場
 崩れかけていた神社とその周囲の枯れかけていた幻朧桜の群れを、白い箱で覆い尽くした様な、そんな世界です。
 この世界に存在する限り、猟兵、雅人、紫蘭は全員幸福感に包まれ攻撃する意欲を削がれます。これは、常に高レベルの『精神攻撃+範囲攻撃+鎧無視攻撃』を受けている、と表現されます。
 理由を付けるでも良し、UCを使用するも良し、技能を使用するも良し。
 何らかの形でこの幸福感を打ち消すプレイングを入れて下さい(この時、して欲しい描写が在れば合わせて記述して頂ければ出来うる限り採用する予定です)

 2.NPC
 雅人と紫蘭の2人です。尚、この戦いでは何も2人の補助をしない場合、2人(或いはどちらかが)死亡します。
 また、下記ルール内での協力はして貰えます。
 共通ルール
 *戦場からの離脱は不可。
 *2人とも、猟兵の指示には基本的に従う。
 但し、他の方と命令が逆だったりした場合、多数派、又はよりプレイングが良い方の指示を優先します。

 a.雅人
 *居場所:猟兵達の傍
 *使用可能UC:『剣刃一閃』or『強制改心刀』
(プレイングで指定がある方を優先します。基本UCは『剣刃一閃』です)

 b.紫蘭
 *居場所:猟兵達の傍
 *使用可能UC:『桜の癒し』or『桜花の舞』
(プレイングで指定がある方を優先します。基本UCは『桜の癒し』です)

 *2人での連携は、現時点ではあまり上手く取れません
(第2章の判定結果故です)
 
 *情報について
 獣が知る情報を収集しようとする事は不可能では有りません。
 MSにて、に表記されているシナリオ内で描写されている情報の内、この獣が持っている情報を収集することは可能です(但し、世界観にあまりにも深く切り込む質問等はNGです)

 *転生について
 これを第3章ボスが行なえるかどうかは、皆様の選択次第です。尚、皆様のプレイングだけで無く、とある条件を満たす必要がございます。

 ――それでは、良き結末を。


 
※追記:とある条件について
転生させるための条件にあるとある条件とは、皆様のNPCへのプレイングです。
上記の記述ですと、それを満たす条件を皆様がスルーする可能性がございましたので、補足させて頂きます。
誠に申し訳ございません。
何卒、宜しくお願い申し上げます。
白夜・紅閻
◆銀紗
祥華サン、引き続きを雅人をお願いします
俺はこのまま紫蘭を!

◆真の姿
銀の髪、漆黒の瞳
紅と黒のフォースを纏い背には銀翼

◆困惑
こいつは、一体なんなんだ?
二つの意志が混沌しているのか?

堕ちそうになる意識を繋ぎとめるのは
自身のこの姿と指輪の感触、そして指輪の持ち主である彼の思念(痛み

『っ…言ったはず、だ。…これ以上、踏み込むことは許さん!!』
叫びは『彼』の言葉と白夜の声が被るような感覚で、その勢いのままイザークが限界突破することでぶち壊す

同時にユーベルで回復処理
眠くなるけどな!

◆戦闘
篁臥は雅人を守るように指示&攻撃
白梟は俺たちの援護射撃&攻撃

戦闘知識を持ってレーヴァティンとイザークで技能による攻撃


天星・暁音
何を求めるか?
何も…俺は別に君に何も求めないよ
理想郷とか真っ平ごめん
まあ人が滅びれば世界は平和になるかもね
でもだから何?
人が滅びた世界が平和なら俺はそんな世界いらないよ
痛みに溢れ悲しみに溢れ苦しさに溢れた世界…それでも、だからこそ俺は愛おしいと思うのだから生きるものたちが…
ユートピア、理想郷、語源は知ってる?
それは、素晴らしく良い場所だけどどこにもない場所だよ
救済何ていらない俺は自分で歩くから
君が転生を望むと望まないとどうでもいい
俺は正義の味方なんかじゃなくて唯の我儘な生きてるものだからね


雅人、紫蘭にも聞かせる様に

幸福感には真っ向から立ち向かって否定します

回復補助行動中心二人を護衛して庇います


吉柳・祥華
◆銀紗
承知した。雅人は任せるのじゃ
おぬしも抜かるなよ?

◆心情
…ほんに面倒な輩が居ったものじゃな
これだけの『歪み』が何故、今迄放置されておったのか?
嗚呼…敢えて、かのう
恐らく、この世界の『理』が関係しておるのじゃろうな…

◆UC
『独神』である妾のもう一つの姿じゃよ
名を『黒闇天』

肌は血の色のように紅く
それは罪の色

髪は漆黒
それは闇に染まった烙印

ぬしら的に例えるなら
『理想郷を創り(神聖なる存在が)
理想郷に裏切られた(禁忌を犯した)…成れの果てじゃよ』

ぬしらと妾達は似ておるのかもしれんのう…?
なに、戯言じゃよ
※黒闇天と協力し歪みをぶっ壊す!

◆戦闘
倶利伽羅と霊符による結界で雅人をフォロー
妾は技能による攻撃か


ウィリアム・バークリー
まずはこの幸福感に抗わなければですね。
氷の「属性攻撃」で手の中に氷の結晶を生成。そこから伝わる冷気で目を覚まします。

『解』
難しく考える余裕はありませんね。少なくとも七百年、この世界は影朧を幻朧桜の力で転生させ続けて維持されてきました。そこには無数の喜怒哀楽があったでしょう。それでも世界は回っている。
この世界の皆さんは、影朧送りのようなしきたりまで作ってあなた方を見送ってきました。その思いを受け取ってください。

雅人さん、紫蘭さん。この影朧を討ち取れたら、転生の仕儀をお願いします。

Active Ice Wall! この氷塊群で敵の攻撃を「盾受け」しながら反撃の糸口を探し、ルーンスラッシュで一撃を。


カタリナ・エスペランサ
UC【失楽の呪姫】を使用、精神干渉は魔神の魂で強化した《継戦能力+気合い+破魔》で跳ね除ける
《ブームの仕掛け人・範囲攻撃》の要領で破魔を拡大して味方への影響も同様に排除だね
今更こんな問答以前の子供騙しに付き合う義理は無いよ

黒い方への答えは単純だ
残酷な現実ってのは立ち向かい乗り越えていくものだからね
絶望が形を成すならその度に打ち倒し皆の幸福を守ろう

白い方も否定する
諦めないなんて耳障りの良い言葉を弄して過ちを正さないのは偽善だ
影朧なんて配役のまま理想を語ったところでキミは何も救えていない
その想いが本物なら転生したって消えやしないのは紫蘭も証明しただろう?

アタシの答えは示した
後はいつも通り勝つだけさ


荒谷・ひかる
精霊銃で弱装雷撃弾を自分に撃ち込み少しでもショックによる気付けをして対抗(必要に応じて何度でも)

【精霊さん応援団】発動
猟兵の仲間及び雅人と紫蘭を【鼓舞】し続け、戦闘力強化と幸福感への抵抗の補助を行う
また、可能ならとどめは雅人と紫蘭の手で刺してもらう

……人間の世界の平和は、人間達が自分自身で考えて、苦悩して、試行錯誤して手にいれるもの。
今はまだ、その過程の段階に過ぎません。
あれの望む真の平和は、人類の「個」「感情」を殺して……いわば現行の人類を「滅ぼして」成立するもの。
方向性は違えど、世界を滅ぼす存在……まごうことなきオブリビオン、世界の敵です!
みなさん、こんなまやかしに負けてはいけませんっ!


朱雀門・瑠香
・・・随分極端な世界観をお持ちですね。
私は私の決断の果てに此処にいますので貴方に救済だの破壊だの言われても・・この世は光もほどほど闇もほどほどです。
光だけの世界、闇だけの世界に人は生きられませんよ。
己を鼓舞しつつ雅人さん、紫蘭さんにも鼓舞して呼びかけましょう。
雅人さん、紫蘭さん貴方達の見てきたこと思った事感じた事その答えを
こいつに示す時です。こいつは特に貴方達の答えを知りたいでしょうから・・・
私自身は記憶が混濁しまくって分けわからん存在になってそうな此奴の挙動から攻撃を見切って躱し
破魔の力を込めて切り捨てるとします。
貴方はもう一度やり直すべきですよ。この光と闇が混在する世界を生きるために
 


真宮・響
【真宮家】で参加。他猟兵との連携可。

すべてを知ってるような神気取りの奴か。気に喰わないねえ。所詮過去の存在でしかない奴にアタシたちの歩む未来を示されるいわれはない。過去の存在と未来がある私達には決して相容れない。

それに、アタシは子供達の為なら、どんな闇に堕ちようと構わない。赫灼の炎は煉獄の炎だってなる。闇の中だって、燃え盛るさ。

赤熱する槍に【属性攻撃】で炎を纏わせて、上に槍を上げて、赫灼のグロリアを歌い上げて揺らがない決意を示す。そのまま【ランスチャージ】【二回攻撃】【二回攻撃】【ダッシュ】で突進して【串刺し】で真っ直ぐにその身体を貫く。アタシの道はアタシ自信で決める!!


真宮・奏
【真宮家】で参加。他猟兵との連携可。

お言葉ですが、理想と現実。聖と邪。光と闇。情と知。けっして区別できないと思うのです。片方があるからもう片方がある。どっちの存在も否定できませんよ。それを排除は必ずしもできません。

それに、闇にあって星は輝くものです。光あるこそ闇がある。他人に生き様を断定されるのは有難迷惑というものです。

トリニティエンハンスで防御力を高め、【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【盾受け】【拠点防御】で雅人さんと紫蘭さんの盾になります。盾になることに専念し、攻撃はどうしても必要な時に。その時は【属性攻撃】【二回攻撃】【衝撃波】を使います。
 


神城・瞬
【真宮家】で参加。他猟兵との連携可。

突然現れてこちらの意見も聞かずに自説を押し付けるような輩を信頼する理由はありません。自分達の生きる世界は苦労して、辛い思いをして、闇に堕ちるような経験をして初めて勝ち取るもの。一方的に与えられた楽園などいりません。

月は闇にあって星と共に輝くもの。僕は自分の意志で歩んでいきます。

強い決意と共に偽りの幸福感を【高速詠唱】【全力魔法】【二回攻撃】で風花の舞を起動して杖の群れを敵の群れに示して拒絶の意志を表します。追撃として【誘導弾】【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】を使い、ダメージは【オーラ防御】で軽減します。


文月・統哉
オーラ防御展開
紫蘭と雅人を護り庇い共に戦う

物理攻撃には武器受け
精神攻撃には強い意志で
祈りの刃を振るう

紫蘭、雅人
悩んでも一人で抱えなくていいんだぜ
二人は今共にあり
俺達もここにいる
導かれた奇跡の様な出会い
互いのいるこの世界を護りたいと願うなら
それもきっと答えの一つだ

相反する二つの真実は
共に正しいのだと俺は思う

大切なのは一方を選び否定する事じゃなく
両方に向き合って悩みながらも歩んでいく事だ

過去に学び現実を知り理想を描き未来へと歩む
それもまた人の持つ大切な理だから

その為に
影朧のままでは決定的に足りないものがある
『未来』だよ

だからこそ俺は願い祈りたい
貴方達の未来を転生を

二人にも強制改心刀と桜の癒しを頼む


藤崎・美雪
【WIZ】
アドリブ連携可

家族と共に過ごす幸福感に意識を囚われそうになるが
家族とはもう2度と会わないと決めたゆえ、覚悟を持って振り払うよ

雅人さん、紫蘭さん、猟兵全員に聞こえるよう
シンフォニックデバイスを通しながら歌う
「歌唱、鼓舞、祈り、時間稼ぎ」+指定UCだ
相手の両極端な押し付けがましい意志に流されないために
私は皆が己の意思で歩むための手助けをするだけだ

光と闇、希望と絶望、幸福と不幸、理性と本能
何れか極端に振り切れても逆に不幸なだけ
我々は清濁併せ持ち、バランスを取る生き物だ

ひとつ質問させてもらおう
なぜ、あなたたちは紫苑さんを殺したのかな?
望みが同じであれば、本能に従い殺す必要はないはずだ


森宮・陽太
【POW】
アドリブ連携可

…けっ、極端すぎて気味悪い
だが、てめぇのような敵を倒し、俺の意思で前に進むためなら
俺の過去すら利用してやるさ

指定UC発動、漆黒の無敵鎧を纏う
過去の断片を思い出したため真の姿解放
衣装や武器は一切変化しないが
目の部分だけ開いた顔全体を覆う白一色のマスケラ装着
無感情無表情に切り替え幸福感を振り払う

「地形の利用、ジャンプ、ランスチャージ」で
利用できる足場は全て利用し高所へ移動
敵上空からアリスランスを伸ばし強襲
俺はただ、目の前の敵を倒すだけ
…消えろよ

雅人、紫蘭
お前らは何を望み、何を願う
持っている願いは奴の言う通りかもしれないが
その根源たる想いは奴と同じか?
違うならはっきり伝えろ


彩瑠・姫桜
【血統覚醒】使用
雅人さんと紫蘭さんの守り中心
前に出て武器受け併用
可能な限りかばうわ
手が空けば敵の頭部狙いで攻撃
串刺しにするわ

理想の実現は、確かに素敵だと思うわ
でも、理想のみを追求する世界は
私たちが自分の意志で考え動く自由を奪うことにだってなる
私はどんなに美しくても理想という名の檻の中に閉じ込められるのは嫌

現実は、確かに理不尽よ
でも、現実があるからこそ理想が成り立つのだと思うわ

理想も現実も
私たちが生きる世界には必要よ
だから私は、貴方たちの考えを否定はしない

でも
今、この場において
私たちから考える自由を奪い滅ぼそうと動くなら
私は私の意志と覚悟において
私と私の大切な人たちの未来のためにあなた達を倒すわ


館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携可

闇に踏み込む決意を固めたか
雅人さんも、そして…紫蘭さんも
なら、僕は護るだけだ

「憎悪と争いを捨てることが幸福」と囁かれると…辛い
だが、里の皆の敵討を果たすまでは捨てられない!
そして、オブリビオンへの復讐は僕と彼女らの意思!
【魂魄解放】発動後、彼女らの意と同調することで振り払う!

紫蘭さん、雅人さんの護衛継続
「見切り、第六感」で敵の攻撃先を察知し「かばう」
ダメージは「武器受け、オーラ防御」で軽減
反撃可能なら「2回攻撃、怪力」で斬り刻む

僕は憎悪と復讐でこの剣をふるう
だからこそ、憎悪を向ける先は誤れない
闇の存在であっても、力を向ける意志の根源はおそらく光
…二分論で割り切れるかよ




 白く、母なる胎内の様に温かく、どんな所にいる時よりも、安らぎを与えてくれる世界。
 ただ幸福を待つ多くの人々であれば、そのまま取り込まれて、幸せな、永久の眠りに落ちてしまうであろう、そんな世界の片隅で。
(「こいつ、一体なんなんだ? 二つの意志が、混沌としているのか?」)
 白夜・紅閻が、目がチカチカする様な目眩に襲われながら、心の裡でそう問うた。
 その心の裡からもたげてくるそれが、白き御使い達が見せた光景と重なり、それが尚更、紅閻の心をあの時と同じ幸福に誘っている。
「さあ、私と一緒に行きましょう。血で血を争う愚かで醜悪な戦いも、怒りや憎悪に塗り潰されて己を見失う様な事も無い……そんな、皆が幸せになれる世界の中へ」
(「憎悪と争いを捨てる事が幸福……」)
 それは、どれほど甘美な囁きなのだろう。
 自らの戦いの根源を否定するそれを耳にした館野・敬輔は、突き刺さる様な鋭い頭痛に苛まれながら、黒剣を支えに、何とか紫蘭の前に踏み留まった。
(「くっ……この感覚は……」)
 あの御使い達の様に羽毛でそれを起こすのでは無く、ただこの場に存在している獣を見ているだけなのに。
 涙が滲み、胸の奥がかっと熱くなり、その上、頭の中が満たされて空白になっってしまう。
(「……っ。先ずは、この幸福感に抗わなければ……」)
 自分に与えられてくる、無償の愛。
 まるで、親が子に与えてくるそれが、欠けているのであろう自分の心の中に染み入っていくその感覚を、歯を食いしばって懸命に堪えながら、ウィリアム・バークリーが、その手の中に小さな円状の氷の結晶を生成。
 全てを凍てつかせる様な冷たさが、この色の失われた白き世界を満たすそれと正反対な感覚を絶えず送ってきて、手をかじかませ、肩を小刻みに震わせる。
 その家族と共に在る事の幸福に身を委ねかけているのは、ウィリアムに限ったことではない。
(「これは……白き御使い達の空間を更に拡大したもの……なのか」)
 あの時見た、家族と共に、穏やかな日常を過ごすその光景。
 白き世界が与えてくるそれは……可視化する事無く、脳に直接叩き込まれてくる、自らが望む幸福のヴィジョン。
 故に、喚起される郷愁と胸を満たす幸せは、あの時の比ではない。
(「想像の中だけでも、この力も無く、あの人達と一緒に過ごすことが出来るのであれば……」)
 それは、どれ程幸せな事なのだろう。
「大丈夫です。もう、あなた達には何の不安も悲しみもありません。ただ、皆で穏やかに笑い合い、助け合い、救いあえる世界が、今此処に……」
 思わず、美雪の意識がそれに囚われかけた、その時。
「……随分、極端な世界観をお持ちですね」
 家族達と共に在る幸せを嘗て見た、朱雀門・瑠香が、ふん、と鼻を一つ鳴らして低い声音で毒づいていた。
「極端、か。まさかお前にその様な事を言われるとは思わなかったぞ、朱雀門」
「!」
(「私を……いや、朱雀門を知っている……?!」)
 黒、としか形容できないそれが、何処までも、無慈悲に残酷に、切りつける様に語るそれに瑠香が思わず目を見開く。
「お前は、『私』の御使いが作り出したあの世界で、自らの意志で幸福を捨てた、と言ってこの世界を否定したな。だが、それは何故だ? 何故、その様な決断をすることが出来た? 大切な者を、社会的に抹殺しなければならなかったとするお前に、何故、わたしの言葉を極端と言える? お前はお前の意志で選び取ったと言うかも知れぬが、それが本当はそうでは無く、誰かによって選び取らされた道では無かったと、何を持って確信できる? ならば……」
「そこまでですよ、わたし。あなたは性急過ぎる。決断することに苦しみ、悩む者達に手を差し伸べ、それを救うことこそ、私達の役割でしょう? この穏やかな世界で手を取り合う為に」
『白』の声に、『黒』は答えない。
 いや……答えられなかったのか。
 それは、白き世界の中で煌々と煌めくそれを、見つけてしまったのだから。
「……全てを知っている様な、神気取りの奴、か。気に食わないねぇ」
 その色の基となりしものは、赫灼たる明光の如き炎を思わせる、猛々しい声。
 栄光の歌を歌いながら、その白き光を断ち切るかの如き解の一つを示したのは、真宮・響。
「そうですね。お言葉ですが、理想と現実。光と闇。情と知。それは、決して区別できないものだと思います。片方があるから、もう片方がある。誰かがいる所に、影がある。つまりどちらの存在も否定できず、それを排除することは必ずしも出来ません」
 赤熱の炎を煽る風の様に。
 美しき緑色のオーラを纏い、まるでシルフィードの如き軽快なステップを踏んで、真宮・奏が響のそれを後押しする様に告げる。
 奏の背後には、紫蘭を守る敬輔と、黒き獣である紅閻の使い魔篁臥、雅人を守る様に白と黒の竜槍を構え、その腕の桜鏡に嵌め込まれた玻璃色の鏡の鏡面を泡立たせながら、白き世界に立ち向かう様に、きっ、とした眼差しをする彩瑠・姫桜。
 そして、彩天綾を翻しながら、その形の良い眉を顰め空中を浮遊している吉柳・祥華が倶利伽羅で蛇の如き姿を象った炎を展開し、姫桜達と共に雅人を守っている。
「少なくとも……突然現れて、僕達の意見も聞かずに自説を押しつける様な輩を、信頼する理由はありません」
 嘗て失った家族と共に、幸福な日々を送っていた時の事が、感慨となって潮の様に自らの中に押し寄せてくるのを実感しながら。
 尚も六花の杖と月虹の杖を構え、その二本の杖を繋ぎ合わせる様にしながら、クルクルと回転させて巨大な魔法陣を生み出す神城・瞬。
 瞬の周囲に現れたのは、全部で65本の二杖。
 青水晶と差し込む月光を思わせるその杖は、白に染め尽くされたこの世界の中でも際立つ光と化し、白き世界を少しでも塗り替えようと輝いている。
「ああ、そうだな」
 赤、緑、黄、青。
 響達の意志に答えて新たに現れた色により、白き世界を塗り替える事を後押しする様に小さく頷き、クロネコの刺繍が入った赤き波動で覆われた結界を自らの身に纏いながら。
(「俺は、成すべき事を為すために、此処にいる」)
 その強き意志で自らを支えた文月・統哉が、口元に笑窪を刻んで強く首を縦に振り、それから、姫桜達の庇う紫蘭と雅人に微笑みかけた。
「紫蘭、雅人。悩んでも、一人で抱えなくて良いんだぜ」
『えっ?』
 統哉の穏やかだが、確固たるそれが添えられた労りに、紫蘭と雅人は同時に声を上げた。
 そんな二人のために、微かに目元を和らげ、柔和な微笑みを浮かべたまま。
 統哉が二人を、その胸にある羽根を、じっと見つめる。
「だって二人は今、共に此処に居て。俺達だって、此処にいる。それはきっと、導かれた、奇跡の様な出会いだから」
 でも、本当はそれは、奇跡なんかじゃ無くて。
 自らの意志で集うことを願ったが故に、出会えた、偶然という名の、必然。
「……黒髪の兄ちゃんは、いつも美味しいところ持って行きすぎなんだよ」
「まあ、それもそうか。兄ちゃんだって話だもんな。雅人に紫蘭の事を伝えたってのは」
 口元に悪戯じみた笑みを浮かべ、からかいを投げかけたのは、森宮・陽太。
 この幸福感に抗う術を得るために、この戦いの中では最後になるかも知れないそれを浮かべた陽太を誤魔化す様に、統哉が軽く肩を竦めた。
 陽太がそのまま『獣』へと意識を向ける、その間に。
「ははっ……何か色々、納得したよ。確かに、アンタみたいな奴だったら、あんな殺人鬼を雅人に寄越しながら、あの停滞しか無い世界を、理想郷だなんて言って、アタシ達に押しつけてくるだろうね」
 その背に背負う1対の双翼遊生夢死 ― Flirty-Feather ―を、3対6枚の純白の翼に変化させ、その頭上に光輪を備えたカタリナ・エスペランサが、神気を纏いつつ乾いた笑い声を上げた。
(「此処は……正しく私が否定した、『未来』を捨てた世界じゃないか」)
 心臓を締め付けられる様な感覚をその身に帯びながら、3対の翼の1対を黒く、1対を深紅に染め上げるカタリナ。
 最後の1対の純白の翼を通してその身に顕現させるは、魔神『失楽の呪姫』の『未来』を望む想いと魂。
『仕方ないなぁ――アタシの本気、ちょっとだけ、見せてあげる』
 告げながら、黒き遊生夢死 ― Flirty-Feather ―から黒雷を解き放つカタリナ。
 解き放たれたそれが、白き世界を微かに揺るがすその間に。
(「ああ……そうだ」)
 忘れる筈もない。いや、決して忘れてはいけない。
 瑠香と同じく……自分もまた、この幸せを自らの意志で捨てた事を。
 もう2度と、その楽園には手を伸ばさない。
そう決めた、その時の事を。
 響と瞬、そしてカタリナによって微かに白き世界の勢いが弱まり、自らの意志でこの場に立っている事を再確認した美雪が歌い始めた。
 歌の名は――【反旗翻せし戦意高揚の行進曲】
(「皆、押し流されるな……相手の両極端な押しつけがましい意志に、流されないために」)
 その願いを籠めて高らかに歌い上げられるそれに、パチン、と何かが弾ける様な音が、陽太の耳にはっきりと届く。
 既に定めていた覚悟とは言え、額に滲む汗は拭いきれず。
 それは……この世界が、自分達の想像力の源である脳に直接干渉する事で成り立っている、精神世界だったからかも知れない。
「……けっ、極端すぎて気味悪い」
 ぺっ、と軽く唾を吐いてから。
 陽太が、濃紺のアリスランスを中段に構え、淡紅のアリスグレイヴを肩に担ぎ、目を瞑り、深く、深く息を吐く。
「良いぜ、てめぇの様な『敵』を倒し、俺の意志で前に進む為にも……俺は、俺の過去すら利用してやるよ!」
 その変化は、『敵』と言う言の葉を紡いだその瞬間から起きていた。
 陽田の体が見る見るうちに漆黒に染まった無敵鎧に覆われていき、同時に、目の部分を除いた陽太の顔全体が、白一色のマスケラに覆われていく。
 マスケラ――イタリア語で仮面――を被った陽太の目から放たれるのは、鋭い目前の『敵』への殺気。
 同時に、先程統哉や雅人、紫蘭に浮かべていた悪戯じみた笑みは消え、その表情と心を『無』に塗り替えていく。
 表情も、感情も消えるその中で唯一陽太に残されたものは、目前の『敵』を倒すという目的のみ。
 現れたその気配に微かに驚きつつも、響、瞬、カタリナ、美雪によって弱まったその結界の力の中で、荒谷・ひかるはNine Numberの銃口を、自らの二の腕に向けて引金を引き、低出力の雷撃弾を自らに撃ち込んだ。
 ビリリッ、と言う電気ショックが自らの身を襲い、ビクリ、と背を弓なりに一度しならせ、少しでも気を緩めれば直ぐに体に馴染んでしまう夢の様な一時とスイーツの様に甘いそれを打ち払いながら、左手で握りしめた精霊杖【絆】を高らかに掲げて、ブンブン、と応援旗の様に大仰に振るう。
『みんなーっ! がんばれ、がんばれーっ♪』
 ひかるの溌剌とした声が、風の精霊さんの呼び起こした風に乗って白い世界を覆い、美雪のメゾソプラノの歌と重なり合う。
 気がつけばひかるの背後では、陽気な炎の精霊さんが、お手製のマイ応援旗を大手に振るっていて、更に光の精霊さんが煌めく光の花弁と化して、美雪の行進曲を派手に演出していた。
「何故です!? 何故、この穏やかな世界をあなた達は否定するのですか!?」
 獣の問いに、ひかるが応援を続けながら、凛とした表情で告げる。
「あなたの望む真の平和は、人類の『個』、『感情』を殺す……いわば、現行の人類を『滅ぼして』成立するもの。それは、方向性は違えど、世界を滅ぼす存在……紛う事なきオブリビオン、世界の敵の在り方だからです!」
『……!』
 ひかるのその声を聞き、はっ、と目を見開く紫蘭と紅閻。
 ――カッ。
 爆ぜる様な何かを感じ、目を見開く紅閻。
 脳裏に過ぎるあの靄が決して晴れることは無いけれども。
 それでも……望むべき本当の答えは、『この世界』には無い。
 それを教えてくれたのは、その薬指に嵌められた色褪せた指輪の感触と、その本来の持ち主である……。
『……っ! 言った筈、だ。……これ以上、踏み込むことは許さん!!』
 ――『彼』の思念(痛み)と、イザークのカラカラと言う限界を超えた笑い声。
 赤と黒の光が紅閻を包み込み、それが晴れた時、紅閻は真の姿で顕現した。
 ――濡れる様な黒髪が、白を切り裂く銀髪に。
 ――白熱した銀の瞳が、この白き世界を塗り潰すが如き漆黒の瞳に。
 ――同じフォースを核とする二対のカボチャ、赤と、黒の波動を纏い。
 ――極めつけは……その背に背負った銀の双翼。
「何も……俺は別に、君……いや、君達に何も求めないよ」
 紅閻の姿を横目に見ながら。
 あの時に見せられた光景……そこは自分自身にとって居心地の良い世界……痛みの無い世界と断じたその白い世界の中で。
 美雪と響の歌とカタリナの劫火、そしてひかるの応援を背に受けながら。
 戻ってきた共苦の苦しみを通じた痛みに幸福なる世界から意識を此方へと戻した、天星・暁音がそう告げる。
「私に何も求めない、と?」
「ああ。理想郷とか、真っ平ごめんだからね」
 怪訝そうに首を傾げる獣に、あくまでも平坦な口調を保ったまま、暁音が続けた。
「そうか。やはりお前はその道を選ぶか。残酷で無慈悲な、人間達のその世界を。何故、それをお前は選ぶ? 滅びを受け入れれば、世界も人も、これ以上傷を穿つ事等無くなるであろうに」
「まあ、人が滅びれば確かに世界は平和になるかも知れないね」
 黒き声に、淡々と頷く暁音。
 共苦の苦しみが絶えず受け止める痛み。
 それは、世界だけのものじゃ無い。
 人の痛みや、彼等……影朧達に刻み込まれた痛みさえも受け止めてしまう。
 これ以上無い、と言うほどの激痛を体に受けながら、でも、と暁音が呟きを一つ。
「だから、何? 人が滅びた世界が平和なら、俺はそんな世界、いらないよ」
「成程。それも道理と言えば、道理ではあるか」
 暁音の言葉に深く首肯する黒き声。
 思わぬ反応に、暁音が一瞬、目を開いた。
「……影朧の君が、俺のそれを肯定するのか?」
「言ったであろう。わたしの望みは『破壊』だと。その場にあるありとあらゆるものを破壊する事こそ、わたしが影朧として生み落とされた『理由』なのだと。少なくともわたしは、世界の理を破壊すること……それこそが存在意義であると知っている、と」
「……っ!!」
 黒き声の言葉に、暁音が一瞬息を呑む。
 黒き声は、嘲笑する様な波動を送ってきた。
「お前は自分が正義でも何でも無い、唯生きたい、と言いたいのだろうが、そう思う事それ自体が、わたしと同種である事の証だ。正義だ、悪だ等という議論をわたしは望んではいない。世界の、人の、そして影朧達の痛みを、それを通じて感じているお前であれば、それに気づける筈であろう。わたしの否定は、お前自身の否定として返ってくる。その時、お前はどうする? わたしを救済するしないの問題では無い。逆に問おう。お前は、お前自身の救済を望むのか?」
「……そうか、君と俺は同じ、か。そう言われれば、そうなのかも知れない」
 黒き声のそれに動揺を鎮めて軽く頷きかけながら、だが、と暁音が鋭く目を細め、星杖シュテルシアで、地面をトン、とつく。
「俺は、自分で歩くから救済なんて要らない。君が転生を望もうが望まないが、どうでも良いんだ」
 星杖シュテルシアで大地をつくと同時に、祈りを紡ぐ暁音。
『祈りを此処に、妙なる光よ。命の新星を持ちて、立ち向かう者達に闇祓う祝福の抱擁を……傷ついた翼に再び力を!』
 紡がれた祈りが光となって、その場を満たしていく。
 それに応じた獣が吐き出したのは、桜色のブレス。
 桜色のそれが、色のついたこの世界を修復すべく吹きかけられ、吹きかけられた箇所から、少しずつ、少しずつ白色が戻ってくる。
 星の光と桜色の息吹のぶつかり合いが、凄まじい勢いで周囲の世界を癒し合うその光景は、あまりにも眩しい。
 けれども、白と無数の色が交差するその世界の中で。
『憎悪と争いを捨てる事』が幸福に繋がるという事実を突きつけられてしまった敬輔が、鋭く頭を振り、黒剣を両手使いに構えて心頭滅却。
 その先にあったのは、無音の世界。
(「里の皆の敵である仇を果たすまで、僕は……私達は……!」)
 オブリビオンへの復讐を、止められない。
 敬輔の想いに答える様に、周囲に白い靄が色濃く表れ、その黒剣の剣先が赤黒く光り輝き、まるで生き物の様に蠢いていた。
「例え、それを否定されたとしても。僕は、憎悪と復讐の為に、この剣を振るう」
「その憎悪が、復讐が歪んだ世界の連鎖を生み出し、私達の様な存在を生み出す。どうしてそれが分からないのですか? あなたにこの理想郷を受け入れて頂ければ、その悩みも苦しみも、全ての枷から解き放たれ、自由になれると申し上げておりますのに」
 獣の声に、小さく呻く様に頭を振る敬輔。
「違う……違う……! 例え僕が望むものが復讐……『闇』にあたる存在であっても、その力を向ける意志の根源は、恐らく『光』……!」
(「もう二度と、自分の様にオブリビオンによる犠牲者を生み出さない」)
(「こんな悲しい目に遭うのは、自分だけで十分だから」)
 意志を籠めて敬輔が擦過させた黒剣を撥ね上げる。
 三日月型の斬撃を描き出した黒剣の軌跡が大地を穿ち、闇を切り裂く白き斬撃と化して白き世界に罅を入れた。
 空間からの勢いが減じた事に、獣が驚嘆しつつも、敬輔に問いかける。
「その己の力の根源を『光』とする、その所以は何処にあるのですか? その答えが無ければ、世界は歪みます。私を滅ぼしたとしても、また新たな私が現れる。あなた方が刃を振るえば振るう程、世界は傷つき疲れ果ててしまう。世界は、もう休むべき時なのではありませんか?」
「……それは」
 獣の問いかけに、喉がカラカラになる敬輔。
(「……分からない。分からないけれども」)
 思考の無限ループに陥る敬輔へ、少女達の霊が囁きかけてきた。
 ――立ち止まっちゃ駄目だよ、お兄ちゃん。
 ――確かに私達のやっていることは、間違っているかも知れない。
 ――あの子の言う通りなのかも知れない。
(「皆……?!」)
 目を大きく見開く敬輔にでもね、と『彼女』が囁きかけた。
 ――私達が見たいのは、人々が生きていける未来なの。そこに、私達の居場所がなかったとしても。
 それでも目指すべき場所は、あれが目指している世界とは違うから。
 そう思念で伝えてくる『彼女』の思念に、敬輔が微かに肩の力を緩め、改めて黒剣を構え直した。
(「ふむ……ほんに面倒な輩が居ったものじゃな」)
 其々にこの精神世界に抗う術を刻んでいくのを空中から目を細めて見つめながら。
 響のグロリア、美雪の行進曲、ひかるの鼓舞にその背を押され、己が想いを定めた祥華は思う。
(「これだけの『歪み』が、何故、今迄放置されておったのかのぅ?」)
 目前の狂獣……しかし、何処か神々しさを残すその獣の姿を見つめながら。
『神』である祥華は、遙か彼方を見つめる様な眼差しで、ほぅ、と溜息をついた。
「嗚呼……だからこそ、なのかも知れぬのぅ。或いは、この世界の『理』が、関係しておるのやも知れぬな……」
 ――光と闇は、表裏一体。
 どちらも、存在しなければならないもの。
 この歪みを潰せば、天秤は、大きく光に傾く。
 或いは、肥大化し過ぎた歪み故に、倒すこと叶わず彼等はこれを放置したのか。
 真相は、定かでは無いけれども。
 その先を見つける鍵となるのは恐らく……。
(「雅人……妾の守る小童じゃろうな」)
 だが、今はそれを考えるべき時では無い、とそっと息をつき、祥華が獣にあやす様な声で囁きかけた。
「なぁ、お主」
 裾で口元を覆い隠し、深く溜息をついて、紅閻達に見せる様な、慈しみの籠もった眼差しで見つめながら。
「なんでしょう(だ)、あなた(お前)?」
 祥華のその問いかけに。
 獣は、空中に浮かぶ祥華へと視線をやり、低い唸り声を上げていた。
「ヌシ等の言いたいことは、妾にもよく分かる。じゃからこそ……今度は、妾がヌシ等に見せたいものを、見せてやるとしようかのぅ」
 諭す様な祥華のそれを聞いた獣は、何処か落ち着きの無い眼光で、祥華の姿を映しだしていた。


『功徳天は人に福を授け、黒闇天は人に禍を授く。此二人、常に同行して離れず』
「……っ?!」
 祥華の素早いその詠唱。
 その言葉の意味を理解したか、獣が微かに息を呑み、その瞳を鋭く怪しく輝かせる。
 瞳の輝きと同時に放射したブレスが祥華を焼き払わんとするが……。
「白梟!」
 紅閻の呼びかけに応じた白梟が祥華の前に飛び出し、代わりにそのブレスを受けて、その羽を焼け焦げさせる。
 ポトリ、と言う音が、辺り一帯に響き渡った。
 何だ、と言わんばかりに獣が見つめたその先に現れたのは、肌が血の色の様に赤く、漆黒に染まった髪を持った、祥華に瓜二つの女。
「! これは……」
「気がついたようじゃのぅ、大きな歪みよ。その者は、『独神』である妾のもう一つの姿じゃよ。その名を『黒闇天』。罪と闇に染まった烙印を刻み込まれた、もう一人の妾じゃ」
「! それ以上は……!」
 罪に塗れ、尚も理想郷を求めて高い続けている筈の私。
 けれども彼女は、私が最も聞きたくないそれを、自分から、差しだそうとしている。
 爪を伸張し、咆哮と共に祥華に襲いかかろうとする獣。
我武者羅なその攻撃を読んだ祥華は、己が両耳に飾られている赤い羽根を軽く指先で弄り、そこに封じられている四聖獣へと呼びかけた。
「朱雀よ、出番じゃ。妾を守り、目前の歪みを破壊する力となれ」
 その言葉を受けて、見事な深紅の翼を羽ばたかせ、一羽の巨大な全身を炎に包まれた神鳥が、戦場に姿を現す。
 呼び出された朱雀の咆哮に爪と牙を受け止めさせ、祥華は、結羽那岐之を構えながら、いっそ親しみさえ感じさせる声音で告げる。
『理想郷を創り(神聖なる存在が)、理想郷に裏切られた(禁忌を犯した)……成れの果てじゃよ』
 祥華と黒闇天の声音が被さり、黒闇天が邪気に染まった黒髪を風に靡かせ、色とりどりの玉を通じて、声高に命じた。
「妾の僕たる玄武よ。妾と同じ闇を喰らえ」
 黒闇天の命令に応じる様に。
 祥華が大地に放った玄武の宝玉が昏き輝きを示し、漆黒の肌持つ獣として玄武がその姿を曝け出し、上空の獣へと、その巨大な尻尾を叩き付けた。
 それに合わせる様に、白梟が鉤爪を獣に向けて突き立て、カタリナが3対の翼を羽ばたかせて天空を舞い、黒翼から無数の羽根を飛ばす。
「さて、今の君はどっちかな?」
 黒羽根の一枚一枚が、あらゆる守護を貫く黒雷と化して、獣を貫かんと迫る様を見ながら、カタリナが肩を小刻みに震わせながら笑窪を刻んだ。
「どっち……?! 私は、私であり、わたしでもあります!」
「って事は、白い方か。うん、キミはさっき諦めないって言ったよね?」
 全てを貫く黒雷にその身を貫かれ、祥華の結羽那岐之にその身を袈裟に切り裂かれ、朱雀に炎を、白梟に鉤爪を、そして玄武からは尾をまともに受けて地面へと落下していく獣へと、憐れみを交えた表情で問うカタリナ。
「当然です! それが私達に与えられた使命! 全ての人々に理想とする世界を与えることが私の役割……! それを放棄するなど……!」
 雄叫びの様に思念でそう返してくる獣に冷たく鋭い一瞥をくれながら。
 口元の笑窪は決して絶やすこと無くカタリナが切りつける様に告げた。
「諦めないなんて耳障りの良い言葉を弄して過ちを正さないのは、偽善だ」
「偽善ですって!?」
 黒雷に貫かれながらも即座に態勢を整え直した獣が、炎のブレスを吹き付けてくるのを顕現した魔神の魂で読み取りながら、そう、とカタリナが頷いている。
「そもそも、キミは影朧。不安定な過去が具現化した存在。そんなキミが、影朧という配役のまま理想を語ったところで、キミは何も救えない」
「そんな筈はございません! 私は理想の世界の実現のために戦うことを選んでいます! それが全ての人々の為の幸福になると、その可能性を信じています! それを……!」
 その言葉にヤレヤレという様に軽く頭を振って大地に向かって滑空しながら。
 カタリナがだってさ、と戯けた表情で、冷たい事実を突きつけた。
「キミの想いが本物なら、転生したってその想いは消えやしない。それは既に、紫蘭が答えとして示しているだろう?」
「!?!?!?」
 その言葉は、黒雷よりも遙かに、白獣の心を穿ち、傷つけた。
 滑空しながら、今度は赤き羽根を飛ばすカタリナ。
 飛ばされたその羽根は、終焉を招く劫火の欠片と為って、神話にある世界を焼く火の如き裁きを、獣に与えんことを欲している。
「そう言うことだ、私よ。お前の理想論では、この者達を救うことは出来ぬ。わたし達に出来ることは、破壊することのみ。人間を、生ある者を滅ぼさなければ止まらぬ程に、この世界は、保てなくなってきているのだから」
「とと……今度は黒い方だね。まあ、キミ達からすれば、今の世界は在るべき姿を保てなくなってきている、と言うのも道理なのかも知れないね」
「とは言え、少なくとも七百年、この世界は影朧を幻朧桜の力で転生させ、そうして維持し続けてきたのも現実です。そこには無数の喜怒哀楽、憎しみも、愛も、あったのでしょう。ですが……それでも世界は回っています」
 カタリナの言葉を引き取る様に呟きながら、その右手で青と桜色の魔法陣を描き出し、そのまま右手を振り下ろしたウィリアムが淡々と答えている。
 左手に作り出した氷の結晶の冷たさは、此処に確かに自分が『自分』として居るのだと実感させてくれて。
 自然とそう考えられる、と言う事は、つまりこの獣によって与えられる幸福は、結局そう言う事なのだろう、と結論づけていた。
「Active Ice Wall!」
 ウィリアムの叫びと共に撃ち出された無数の氷塊は、態勢を立て直した獣の爪や牙……それらの凶器を軽々と押さえる。
 パリン、パリン、パリン、パリン!
 甲高い音を立てて氷塊の盾は壊れていくが、ウィリアムが氷の結晶を握った左手を横一文字に切る事で、契約された氷の精霊達が駆け出し、大気中の水分を横に連結させて氷の盾にして、九連撃の勢いを、急速に減じさせていた。
 カタリナや雅人達の所に届くその時には、既にその威力は遙かに殺されてしまい、掠り傷にこそなれ、致命傷には程遠い。
「その氷塊は、この世界の皆さんの思いです。影送りの儀の様に……あなた方影朧が転生していく事を偲び、転生の後に穏やかな生を全うして欲しいと言う、心優しい願いの込められたしきたりまで作ってきた、この世界の皆さんの」
「影送りの儀か。不安定さによって生まれる心を鎮め、次の世代にその想いを託す。……成程。確かにあれは、この世界の理に対するお前達の心の表れとも言えるな。だが、それこそお前達の欺瞞であろう。わたしは、わたしの行いを正義とは思っておらぬ。わたしはただ、影朧としてのわたしの本能の赴くままに、この世界の理を破壊する事が正しいと思っている。故に、破壊を望むのだ。それこそが、残酷で無慈悲な現実なのだから」
「つまり、キミにとっての残酷な現実ってのは、キミがアタシ達みたいなのに立ち向かい、それを乗り越えていくって事か。ただ、それがアタシ達にとっては『絶望』と言う形に置き換えられるだけで。……キミはシンプルで分かり易い。キミがキミのエゴでそうするのであれば、アタシ達はその度にキミ達を打ち倒し、皆の幸福を守れば良いって事になるんだからね」
 カタリナがくつくつと笑いながら、終焉を招く劫火を宿した羽根を天空から降り注がせる。
 雨あられと降り注ぐ劫火の羽根をブレスで迎撃し、ただ、朗々と低い声で歌う様に『それ』は告げた。
『分かっている、“自分”が何をしていたのかを知っている。私(わたし)は、理想の世界を望み、わたし(私)は世界の崩壊を望む。それこそが“自分”の望む果ての果て』
「白より、黒の方が余程性質が悪いか。だが、俺の目的は、お前を倒すのみ」
 白い幻朧桜をジャンプと三角飛びの要領で一気に駆け上り、更にウィリアムの呼び出した氷塊を足場にして、更なる高みに昇りつめ、紅閻の白梟の背に跨り。
 そこから無表情のままに濃紺のアリスランスを伸長させる陽太。
 祥華や白梟の攻撃を警戒した獣がバックステップで陽太の攻撃に備えようとしたその時には、瑠香がその隙を見逃さずに、大地を蹴って物干竿・村正を両手使いに持ち、捨て身の構えを取り、瞳を深紅に染め上げ、犬歯を伸ばし、その背に血の羽を抱いた吸血鬼と化した姫桜が二槍を構えていた。
「例え、どれほど傷つけられようとも。私は、私の決断の果てに此処にいます。貴方に救済だの破壊だの言われても……私には、私の守る世界があるのです。それは……光も程々、闇も程々の、あなた方影朧の様に不安定でありながらも、いつかは、やがていつかは、と未来を望むことの出来る世界。何故なら私達は、白きあなたの言う光だけの世界、黒き貴方の言う、残酷で無慈悲な闇だけの世界……そんな世界で生きていく事は、出来ないのですから」
「そうね。理想の実現は、確かに素敵だと思うわ。でも、理想のみを追求する世界は、私達が自分の意志で考え動く自由を奪うことにだってなるし、理不尽な現実が無ければ、ううん、その現実があるからこそ、理想が成り立つ筈よ」
 ――トン。
 瑠香と姫桜がほぼ同時に、大地を蹴り、地上を疾駆しながら突きを放つ。
 瑠香のそれは、神速ともいうべき必殺の刺突。
 姫桜のそれは、白と黒、相反する二つの力を重ね合わせ、目前の障害を、自分達の望む世界の破壊者である双方を滅ぼす一撃。
「その通りです。貴女方の言う通り、光と闇は本来であれば、分かたれることなく受け入れられる存在でしょう。ですが、それが当たり前なんだ、当然の事なのだと貴女方が受け入れてしまえば……それ以上の進化は、望めなくなる。私が与えようとしている世界は、自由意志を奪う世界ではありません。ただ、貴方方が、其々に幸福になりたいと願う想いを、叶えることが出来る世界なのです」
「理不尽な現実があるからこそ、理想が成り立つ。そうではあるまい。そもそもお前達は知っている筈だ。理想など持たなくとも、理不尽な現実をあるがままに受け入れ、その現実を、時間を、命を無意味に費やしていく人々を。お前達は、その理不尽な現実から目を背けるために、火を、文明の利器と呼ばれる道具を、果てには娯楽と呼ばれるもの迄をも生み出した。だが、その結果、草木は枯れ果て、或いはあの狼達の様に、理不尽に絶滅させられた獣達さえもいる。或いはわたし達がその男の元へと送ったあの殺人鬼の様に、人同士でさえ、命を費やすことを望む者すらいる。そんな者達がいる世界が、正しいと言えるのか? 世界に費やすことを強要する事……それは果たして、在るべき姿なのか?」
 問いかけを続けながら、先程よりもはるかに質量の大きな炎のブレスを吐き出す獣。
 全てを焼き尽くす獄炎の炎が、周囲の幻朧桜の木、朽ち果てた神社もろとも、姫桜達を焼き尽くさんとするが、ヴァンパイアと化した姫桜はその強靭な生命力で耐え抜いて強引にその炎を突破、瑠香は咄嗟に体を大きく前方に突っ込む様に傾けて、更に自らの体を加速させながら、物干竿・村正を突き出している。
 神速で突き出された刃を獣は見切らんと、翼を羽ばたかせてホバリングして攻撃を躱そうとするが、その時には陽太が上空から狙いすまして伸長させた濃紺の煌めきを伴ったアリスランスでその片翼を貫き表皮を破り、獣のバランスを崩させていた。
 そこに左右からの瑠香と姫桜の突き。
「貴方は、もう一度やり直すべきなのですよ。この光と闇が混在する世界を、貴方自身で、生きるためにも」
 胸部に突き刺した物干竿・村正を、一気に振り抜く瑠香。
 胸から臍辺りまでを切り下ろした反動を利用してその刃を引き抜くと同時に、計47回の斬撃を放って獣の全身を斬り刻んでいく。
 一方で姫桜は、口元から寿命を削り、血を滴らせ、そうね、と真紅の瞳を充血させながら、獣の言葉に同意していた。
「貴方達の考え方、言いたい事は、私には否定しきれないわ」
 ――ピチョン。
 玻璃鏡の鏡面に一滴の雫が零れ落ちた様な波紋が立ち、それが姫桜の心……相手に対する共感と、自身の意志を貫くことへの迷い……を映し出したかの様に波打つ姿を見せている。
 それでも、姫桜は止まらない。
 血の涙が、真紅の瞳から滴り落ちていくのを知りながら。
「でも……今、この場において」
 二槍を突き立て、ぐりぐりと捻じ込む様に回転させ、獣の傷口を深く抉る。
 肉を貫き、骨を抉るその感触が、二槍を通じてぐいぐいと自らの両手に伝わってきて、その重みが否応なしに増していく事に眩暈と嫌悪を覚え。
「わ、私達から、考える自由を、貴方達が、奪い、滅ぼそう、と動く……ならば」
 舌が、もつれた。
 相手の想いが貫けば貫く程痛い程に伝わってきて、それを桜鏡が引き取り、その波紋を広げていくから。
 ――それでも。
「私は、私の意志と、覚悟において……私と、私の、大切な人たちの未来のために、貴方達を、倒すわ」
 まるで姫桜の思いを代弁して、咆哮するかの様に。
 二槍が白と黒の光を解き放ち、獣の体を撃ち抜いていく。
 白き獣……その情の深さ故に、衝動の儘に人々を救う世界を生み出そうとしていたそれは沈黙するが、己が生まれ落ちた理由、影朧の『本能』、性質を理解しているが故に、その理性を優先し世界を破壊する事を望んだ黒き獣は、姫桜のそれに嘲弄交じりの声を上げた。
「それが、お前達の正しき在り方だ。だからこそわたしは、お前達の前に立ちはだかる。この残酷で理不尽な現実を象徴する聖獣としてな」
 そのまま瞳を輝かせて、桜色のブレスを自らに吹きかけ、たった今受けた傷を再生していく獣。
 更に桜色のブレスと同時に、全てを包み込む闇を思わせるブレスを吐き出し、雅人達を喰らわんことを欲するそれ。
 その闇のブレスを奏が真正面からエレメンタル・シールドで受け止め、攻撃力の強化されたブレスの勢いを減じ、敬輔が黒剣による斬撃の衝撃波でそれを真っ向両断し、更に残されたブレスを、紅閻の黒き獣……篁臥が盾となって受け止める。
「あなたは、知っていますか? 闇にあって星は輝く、と言う事を。そして光あるからこそ、闇がある、ということを」
「無論だ。故に、わたしは……私達は、其々の理想の世界を作るために奮起しているのです……理想などとは程遠い、この残酷な世界に終わりを齎したい、と」
 獣の呟きに、奏がだったら、と非難の声をあげた。
「あなた達が、他人の生き様を断定し、強要しないでください。それをされるという事は、私達にとっては有難迷惑というものなのです」
「そうかも知れぬ。が、古来より神とはそういうものだ。世界を生み出した後、神は人を作り出した。だが、人は神より厳しく戒められていた禁忌を破り、原初の罪を抱いた。……なれば、いつかはその罪を贖う時が来なければならない」
「その時が今だと言いたいのですか?」
 諭す様な黒き獣のそれに、眉間に皺を寄せながら瞬が尋ねると。
 獣はそれに、わたし達が神とまでは言わぬ、と訂正を入れた。
「だが、わたし達を作り出したのは、間違いなくお前達人の想いだ。陽と陰、2つの相反する想いが募りに募り、わたし達は人々が求める世界を知った。その望みに答える事の、何処に躊躇う理由がある?」
「あなたは、大きな思い違いをしています。幸福とは、僕達が、僕達の生きる世界で苦労して、辛い思いをして、闇に堕ちる様な経験をして、初めて勝ち取ることが出来るものだと言う事です。貴方達に、一方的に与えられた楽園のことを、幸福とは言いません」
 告げながら先刻白き世界を染め上げた、六花の杖、月虹の杖の模造品を自らの目前に集中させる瞬。
「行け!」
 鋭く命じられた65本の杖が次々に獣に襲いかかるのを受け止めながら、獣がふん、と鼻で瞬を笑う。
「もしそれが本当であるのならば、恐らく私が生まれることはなかったであろう。それはお前達が人の中では、超弩弓戦力と呼ばれる程、強い者であるが故に出来る事だ。すべての人類が、お前達の様に自分の意志で前を向いて切り開いていくことが出来る程、強くはない。それが分からぬお前ではあるまい?」
 黒き獣のそれに、ゴクリ、と生唾を飲み下す瞬。
 しかし瞬はそれでも、と白き獣の力で差し出されようとする手を振り払い、断言する。
「月は、闇にあって星と共に輝くものです。僕は……僕達は、僕達の意志で歩んでいきます」
「アンタは所詮過去の存在だ。未来がある私達とは、決して相容れない。そもそも、アンタが見落としているのは、人はそんなに弱い奴ばかりじゃないって事だ! アタシは、子供達の為ならば……どんな闇に堕ちようと構いやしないんだからね!」
 瞬の決意を引き取る様に、赫灼のグロリアを高らかに歌い続け、赫灼の炎をその目に焼き付かせんばかりにブレイズランスを赤熱させながら、響が叫ぶ。
 太陽と見まごうばかりの炎の輝きを伴ったそれを構えて、突進した。
「赫灼の炎は、どんな闇に堕ちたとしても、煉獄の炎と化して、闇の中でだって燃え盛る! アタシの、アタシ達の道は、どんなにその人の心が弱くとも、アタシ達自身で決められるんだ! 人間を……アタシ達を、神気取りで舐めるんじゃないよ、影朧!」
 灼熱の如き炎を纏ったブレイズランスをそのまま突き立て、内側からその炎で獣を焼く響。
 内側から這いまわる炎が流石に堪えたか、塞がっていた筈の傷さえも再び開き、その体を炎が駆け巡るのに、四股を踏ん張り堪える獣。
「ぐっ! この程度で……私達の望みを、願いを壊すことなどできません! 私達の求める理想をあなた方に否定させる事は、決して!」
「皆さんの言う通りですよ、獣さん。……人間の世界の平和は、私達人間が自分自身で考えて、苦悩して、試行錯誤して手に入れるものです。あなたは、わたし達を滅ぼすことこそが真の世界の平和だと語りますが……わたし達の求める真の平和は、今はまだ、過程の段階にしか過ぎません」
 尚も立ち続ける獣の様子を、何処か茫洋とした眼差しで見つめながら。
『人』が抱く真実を、ひかるが語る。
(「そうじゃな。人間には、『未来』がある。妾は、その未来を、過去の罪と共に見つめる者じゃ。そういう意味では……妾達と、ヌシラは……」)
「……似ておるのかも、しれんのう……?」
 祥華がユルング・カルマを翳して創造の雨を降り注がせるその間に、黒闇天が時空を揺るがす叡智の杖の魔力を解放し、破壊の力を叩きつけながら、ポツリ、と呟く。
『何?』
 鸚鵡返しの様な問いかけに、カラコロ、と鈴の鳴る様な声で笑って応じる祥華。
「なに、ただの戯言じゃよ。少なくとも、妾達には、見守るものがある。そうであろう、白夜?」
「そうだ! お前はただ破壊する事しかできない! だが、俺達は……!」
 ――今はもう、決して届かないけれど。
 ――でも、自分が堕ちていったあの光景の先にある……。
「未来を、作ることが出来るんだ……!」
 自分には、届かないかもしれないけれど。
 それでも自分には、自分の望む『未来』がある。
 それが、どれほど残酷で、困難な道だったとしても。
 茨の冠を抱きながらも、歩くことは出来るのだから。
 レーヴァテインとイザークの核となるフォース。
 銀翼の付け根に生み出されたそれで疑似的な月を作り出し、それが齎す安らかな眠気に堪えて傷を癒しながら。
 紅閻が深紅のレーヴァテインと、漆黒のイザーク……それは2体のフォースイーター……に突進させる。
 それに、息を合わせる様に。
 暁音が祈りと共に発した癒しの光を受けた白き靄を纏った敬輔が、ひゅん、と大上段から黒剣を振り下ろした。
 赤黒い光を伴った三日月形の衝撃波は、そのサイキックエナジーを喰らうレーヴァテインとイザーク、それに呼応した篁臥の突進、白梟の上空からの鍵爪による強襲と合わせて。
 獣の肉を引き裂き、その身を喰らい、その体の一部を消失させる。
 紅閻のイザークとレーヴァテインにその身を囓られ、祥華の創造の雨に悲痛な声を上げながらも尚、瞳を怪しく輝かせ、その、人の肉など容易く引き裂き、体を食いちぎるであろう牙を突き立てんと迫る獣。
 敬輔が白い靄をその身に纏いながら、紫蘭に向けられたその刃を黒剣の平で受け流し、或いは突き立ててくる牙を砕きながら、思う。
(「もしかしたら、僕の……私達の根源にある『光』は、未来なのかも知れない」)
 でも、それならば。
「僕は……私達は、この憎悪を向ける先を、誤る事は出来ない!」
 9撃目の牙を受け止めながら、怒号の様に叫ぶ敬輔に。
「敬輔さん、行って下さい!」
 風の精霊さん達と共に、ひかるが叫んだ。
 もう一人の自分であり、影でもあった宿敵を倒しそれを取り戻したひかるの、風の精霊を伴った純粋なる曇り無き想いの籠もった応援は、敬輔の心にジン、と熱を与えていた。
「未来という光を求めるからこそ、自分の過去に清算を付けるべく、復讐と憎悪と言う闇を操る者もいる。……理想と現実、光と闇なんて、二分論だけで割り切れるものかよ!」
 轟、と言う鈍い音と共に、黒剣で大気を断ち斬る様に振り下ろす。
 振り下ろされた黒剣の剣先に宿る赤黒い輝きが、白き靄と絡み合い、全てを貫く矢となって、吸い込まれる様に獣の胸から背を突き通した。
「グガァッ……?!」
「どうした? 僕は……俺は……私はまだ、立っているよ?」
 敬輔、彼女達、敵と戦う時の自分の心情。
 それらの様々な感情が滝壺に向けて怒濤の如く流れ落ちていく水の様に胸中で奔流し、ごちゃ混ぜになった口調で挑発する敬輔。
 紫蘭を守り続けた影響か、肩を怒らせ、体の彼方此方に切り傷や刺し傷が出来ているが、暁音の月光の祈りの籠められた光に照らし出されてその傷は癒え、口元に不敵な笑みを浮かべていた。
 それに触発されたか、獣が罵声の如き咆哮を上げたその一瞬の隙を、氷塊による援護でその攻撃を遮り続けていたウィリアムが見逃す道理は無い。
「……今ですね!」
 そのままグン、と敬輔を踏みつけんとその足を持ち上げた獣の懐に、自らの生み出した氷塊を滑る様に掛けて潜り込み。
 ウィリアムがルーンソード『スプラッシュ』に、氷の精霊達を集結させた。
「断ち切れ! 『スプラッシュ』!」
 『スプラッシュ』を潜り込んだ腹部に突き刺し、氷の精霊の力を解放しながら、ぐいっ、と振り下ろすウィリアム。
 『スプラッシュ』が比較的脆い腹部を易々と断ち切り、その内側から氷の精霊が次々に潜り込み、獣の体内で暴れ回る。
 程なくしてウィリアムが斬り裂いたその向こうから、突き出す様に氷柱の槍が姿を現し、獣の内臓を、体を、内側から凍てつかせていた。
「がっ……ガァァァァァァァァッ!」
 ウィリアムの一撃で、内臓を著しく傷つけられた獣が悲痛な叫びを上げながら、桜色のブレスを吐き散らし、自らの体と白き世界を癒そうとするが。
「そう言えば君は、ユートピア、理想郷、この言葉の語源は知っているかい?」
 桜のブレスによる回復に対抗するため、月杖シュテルシアを掲げ、胸元の星屑の光明を弄りつつ。
 周囲を踊る、ルーン文字の様な光の輪を、星杖シュテルシアの先端に収束させて、天空へと解き放つ暁音。
 それは、白梟や陽太の心と体の傷、ブレスによる致命傷こそ避けていたが、尚、その余波や姫桜達が捌ききれなかった爪牙を受けていた紫蘭や雅人の傷を癒し、更に桜色のブレスを包み込む様に上空から覆い被さっていた。
 状態異常と精神異常を癒す神聖なる光が桜色のブレスと拮抗するその様を見つめながら、暁音が獣の返事を待つこと無く、それはと続ける。
「素晴らしく良い場所だけれど、何処にも無い場所、だよ」
「な、ならば、尚更私達が作らなければなりません! 此処は理想郷だと、皆が胸を張って言える場所を、私達が……!」
 のたうち回りながらも尚、戯言を告げる白き声に、暁音が頭を振り、何処か諦念を感じさせる声音で説いた。
「仮に君達がそれを作れたのだとしても、それは理想郷なんかじゃ無い。何故なら、理想郷は『何処にも無い』からこその、理想郷だから」
 雅人や、紫蘭達にも伝わる様に。
 朗々と告げた暁音のそれに、白き声が絶句し、桜色のブレスの勢いが弱まる。
 貴方達を癒したい、と言う私の願いを。
 この子は……この超弩級戦力と呼ばれる者達は、絶対に認めない。
 何故なら……。
「光と闇。希望と絶望。幸福と不幸。理性と本能」
 行進曲を、グリモア・ムジカに封じられた音符を弾いて奏でさせながら。
 美雪が、粛然とした態度で静かに告げる。
「何れかに極端に振り切られても、それは逆に不幸を齎す」
 その不安定さこそが、世界の理を、輪廻転生を、世界の秩序を保つ最善であり、それを命ある者が望み続ける限り。
 世界は不安定ながらも回り続けるだろう、と美雪は思う。
 ――故に。
「私達は清濁を併せ持ち、バランスを取る、そういう生き物だ。貴方達の様に、どちらかに極端に振り切る様なことはしないし、出来ない」
 ――シン。
 水を打った様に、静まり返った様々な色の入り交じった世界の中で。
「ひとつ、質問させて貰おう」
 美雪は、ただ、淡々とそれを口にする。
「何故、あなた達は紫苑さんを殺したのかな?」

 ――獣の論理を決定的に崩壊させる、その問いを。

「!」
 あまりにも残酷なその問いかけに、雅人がびくりと肩を震わせた。
「あの子は、私の想いに共感して下さいました。そこで、私と共に、あの理想郷を作り上げる、その為に……」
「あなたと本当に望みが同じであれば、本能に従い、殺す必要は無い筈ではないか? あなたの言っていることは、あなた達に共感した者は全て、その限りある生を奪われ、そして殺されると言う事になる。そう言うことだろう?」
 鋭く切り込む美雪の舌鋒に、黒き獣が静かに頷いた。
「わたしが、破壊を望む者だと言ったであろう。私は、お前達を破壊すること、それこそが本能であり、わたしの理なのだと。その理に、わたしが従ったまで」
 黒き声の重苦しい溜息と共に吐かれたそれに、そうか、と美雪が息を吐いた。
「貴方は、現実は残酷で無慈悲なもの、そして自身を、破壊者と定義していたな」
「そうだ。そして破壊の先にあるのは、創造。神は死に、人の時代が生まれ落ちたのと同じ様に。わたし達の手により人の世と今の理は破壊され、新たなる理が、この世界に育まれる。……そう言うことだ」
「だが、貴方達は影朧。過去に残された不安定な魂だ。その貴方達が新しい世界を生み落とす、その様な事は出来ないだろう。仮に出来たとしてもそれは邪法。であれば、私達が望む世界では無い。そう言うことでは無いのか?」
「……」
 冷徹に事実を突きつける美雪に、遂に黒き声が沈黙する。
 潮時、と見て取ったのだろうか。
 白梟に乗った陽太が、下にいる雅人と紫蘭を、何も映さぬその瞳を鋭く細めて見つめた。
「……雅人、紫蘭。お前等は何を望み、何を願う? 持っている願いは奴の言う通りかも知れないが、その根源たる想いは、本当に奴と同じなのか?」
「そうです、雅人さん、紫蘭さん」
 陽太の言葉を引き取り、その背を押す様に激励を送ったのは、瑠香。
「今までに見てきたこと、思ったこと、感じたこと、その答えを、今こそ貴方達がこいつに示す時です。どんな理由であれ、こいつはずっと貴方達の事を見てきていた。だからこそ、貴方達の得た答えを、知りたいでしょうから」
 きっぱりと告げる瑠香に、口元に柔和な微笑を作りながら。
 統哉がそうだな、と目前の獣を何処か優しい眼差しで見つめて首肯する。
「お前の言う、相反する二つの真実は、共に正しいのだと俺は思っている。けれども、一番大切なのは、皆の言う様に一方を選び、否定する事なんかじゃ無くて。両方に向き合って悩みながらも、歩んでいく事だろう」
 過去に学んで現実を知り、理想を描き、未来へと進む。
 それもまた、人の持つ大切な理。
(「でも……俺が、矛盾を孕みながらも尚、人の幸福を願おう、思おうとするこの悲しき影朧に足りないものを指摘したとしても」)
 統哉達の声では、多分、足りない。
 だって、この獣に最初から関わり、この結末を見届けることの出来るそれを見つけることが出来たのは……。
「陽太の言う通り。雅人、紫蘭。……君達、なんだ」
「統哉さん……」
 返り血で刃を曇らせていた銀の刃を握りしめた雅人が、自らの頬の傷をなぞり。
「そうね……私達、か」
 紫蘭は、そっと自らの胸の羽根に、祈る様に静かに触れる。
「雅人さん、紫蘭さん。この影朧の転生の儀式の始まりは、きっと貴方達の言葉でしょう。道は、ぼく達が切り開きました。後は……あなた達次第です」
「……後は、頼んだぜ」
 ウィリアムと陽太のそれに頷いて。
 先に一歩前に踏み出し、獣の前に立ったのは雅人。
 銀刀の血糊をひゅっ、と一閃して、振り払いながら。
 雅人はよく通る声で、胸にずっと閉じ込めていたその想いを口ずさむ。
「白き声。理想を求め続けた貴女を、そう呼ばせて貰う。僕は、貴女の様に、何かの理想に殉じて戦ってきたつもりはない」
 これまでも、そして……これからも。
 それが抱えている『闇』を探り当てるその時迄、自分は決して止まることは無い。
 唯の、我儘だとも思うけれども。
「僕が此処に辿り着いたのが、仮にあなた達の差し金だったとしても。僕は、僕の意志で、真実を知りたいという僕の欲望を満たすためにあなた達を追い、この場所に辿り着いた。ただ……それだけなんだ」
 そこにあるのは、皆が笑って暮らせる理想郷、等では無い。
 ただ、残酷で無慈悲で、どうしようもない悪意に満ち満ちていて……でも、その中でも優しさが育まれている、人間が作り出した世界。
 満ち潮の様に、胸にその想いが流れ込むのを感じながら、雅人がそっとはにかんだ。
「『あの子』は、最終的には、僕達人間の身勝手な理由と理不尽で殺された。でも……それだけだ。それは人が、人として生きていく限り、何処かで誰かが遭ってしまう、どうしようもない偶然」
 それに出会った者は、世界を、人を憎むだろう。
 或いはそんな憎しみや悲しみ、苦しみが、この獣の様な存在を生み出すのかも知れない。
 ――でも。
「僕には、人と言う種を憎む事なんて出来ない。僕は、人だ。そう言う種だ。だから、その人を、人に優しくしてくれる『紫蘭』の様な桜の精達を、そして……統哉さんや瑠香先輩達の様に超弩級戦力と呼ばれる様な、世界の守護者である猟兵達、皆が過ごす事が出来るこの世界の理を、救わなければ、と言う使命感からあなた達が作り出した新しい世界の理で破壊しようとするあなた達を否定する」
 ――だけど。
 それ以上、雅人が何かを言うよりも前に。
 その胸の羽根に触れていた紫蘭が、私は、と見る者全てを何処か柔らかく包み込む様な暖かい笑顔を浮かべて、それを引き取った。
「あなたの、皆が笑って穏やかにいられる世界を望む気持ちは、『私』と同じだと思う。でも……今思えば、あなたは、あの白き御使い達を遣わすことで、それだけじゃ駄目なのだと、優しく私を諭してくれた。カタリナ達、猟兵の皆の言葉を通じて」
 ――だって、あの世界は。
「命の終わった死後の世界……楽園の様な場所なのだと、私は思う。そこは、きっと楽で、幸せで、穏やかな日々を過ごせる世界なのかも知れないけれど……でも、それ以上は何も生み出せないの」
 そこまで告げたところで、紫蘭が自らの胸の羽根を撫でる。
 自分が生まれ落ちたその瞬間から、ずっと胸に差されているその羽根を。
「この羽根の意味を、祥華さん達は私の名前と一緒に教えてくれたわ。この羽根が……名前も知らない誰かが、未来に向かうことを願って転生する時に遺してくれた、大切なものなのだと。そして私の胸にある羽根と同じ羽根を持つ人が、この世界でまだ生きているのだ、と」
 転生する時、人はその記憶を全て失う。
 けれども、その想いまでもが失われるとは限らない。
 その想いが……未来への新たな道筋となるのであれば。
「でも、あなた達の望んだそれは、この未来への新たな道筋を拒んでしまう。ひかるさんが叫び、姫桜さんが伝え、美雪さんが証明してくれたそれを。それは……私の願いじゃ無い。私は、限りある命が紡いでいくその想いを……輪廻転生と言うこの世界にある本当の優しさを守るために、あなたの、その狂ってしまった心を癒したい」
 ――その為に必要なこと、それは……。
「雅人、俺に合わせて、『あれ』を頼む。雅人が伝えた答えと、紫蘭が伝えた願いを、あの獣達の未来へと繋げるために」
 まるで、全てが分かっていたかの様に。
 いつかこの獣が、人として過ごせるその時を祈り、願って。
 白き世界の中でも際立つ漆黒の大鎌を、統哉が両手使いに上段に構えた時。
「ああ……分かったよ、統哉さん」
 銀の光を持つ刀を、雅人が大上段に構えた。
 統哉の漆黒の大鎌……『宵』の刃先に、星の様に煌めく淡い光が伴われ。
 雅人の退魔刀に、白銀の輝きが伴われた時。
「まだ! 私にはやることが……!」
『獣』の白き声が、一際鋭く甲高い声を上げ。
「……良かろう。それが最後のお前達の一太刀、か」
『獣』の黒き声が、今までに無い程、ドスの利いた声で、低く唸る。
 その咆哮と共に、ブレスが吐き出される、その前に。
「統哉さん! 雅人さん! 紫蘭さん! ……今です、頑張って!」
 ひかると彼女と契約を結んだ精霊さん達の心からの応援が。
「~♪ ~♪」
 美雪の、歌う戦意を高揚させる行進曲が。
「アタシの本気の前に、これ以上は無力だよ!」
 カタリナの停滞を忌み嫌う未来を望む魔神の心臓が奏でる心臓音が。
「行きな! 雅人! 紫蘭!」
 響の赫灼の栄光歌が。
「……正直、君がどうなろうと僕には興味が無いんだけれども。雅人さん達がそれを望むなら、協力はするよ」
 暁音の、聖なる祈りの光が。
 その先にある未来に向けての道筋を生み出す広大なオーケストラと世闇の中で輝く星々の力と化して、『獣』の白き世界に取り込まれた今にも腐り落ちてしまいそうだった色褪せた幻朧桜達に、命の息吹を吹き込んだ。
 その、幻朧桜の木々の道を、通り抜け。
『安らかに』
 統哉が金の様な輝きを伴った軌跡と共に、『宵』を『獣』に向けて袈裟に振り下ろし。
『これで……終わりだ!』
 雅人が、銀閃と共に退魔刀を、逆袈裟に振り下ろした。
 X字型に振り下ろされた、金色を思わせる月閃と、銀閃が交差した、正にその時。
『白』と『黒』の声が絶叫し、その巨体を鈍い音と共に傾がせる。
 ――そして。
「幻朧桜……どうか、この獣に今一度、新たな生命を生き抜く機会をお与え下さい……」
 紫蘭が両手を組んで、祈りの言葉を紡いだ。
 白き世界の中で桜色の輝きを取り戻した幻朧桜の木々が、風に靡いて花弁を舞わせ。
『獣』を……『邪心』を断ち切られた物言わぬ亡骸を覆い、安らかな眠りへとつかせた時。
 ――サァァァァァァァッ……。
 風が舞い……『獣』は、桜の花弁と化して、元に戻ったこの世界の中に、露となって消えていった。

 ――また、いつか。

 そう、桜の花弁で書き置きを遺して。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年01月05日


挿絵イラスト