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逢魔ヶ刻の黄泉参り ~誰彼焰讎愛憎奇譚~

#サムライエンパイア #戦後

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#戦後


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●祭囃子
 どん、てん、しゃん。
 祭囃子が聞こえてくる。
 ぴーひょろぴィひょろ笛の音。
 あれは誰だかもう分からん。
 仮面の男や角付き童。
 札を顔に、貼り付けた女。
 ぴィひょろぴぃひょろ、どん、てん、しゃん。
 此処は何処だ、彼方は其処だ。
 此処は黄泉との境目だ。

●黒衣の男
「肝試し」
 聖職者風の衣装に身を包んだ男、ジェラルディーノ・マゼラーティ(穿つ黒・f21988)はそう言って笑う。光を顔下にやって、化生どもの真似事だ。
「肝試しって、知ってるかい? ああ勿論、その肝試しのことではなく――」
 曰く。『肝試し』と呼ばれる、お祭りがあるのだという。
 サムライエンパイアのとある地方特有の風習であり、歴史のある伝統的な年中行事であると。その時期だけは普段疎遠な関係の者達も歌い狂い踊り狂って、仲良くはしゃぎ騒いでは、朝まで飲み明かすのだと。
「まあそこまでは普通のお祭りと変わらないよね」
 男は笑う。ここからが『肝試し』の面白いところなのだと。
「この祭りには普通のそれとはちょっと違った、興味深い特徴がある」
「仮装だよ」
 祭りに参加する者は皆、思い思いの仮装をするのだという。
 物の怪や怪物、羅刹や妖狐の真似事まで。古くから伝わる化生の類の仮装が多いものの、神や、神に近しいモノの仮装をする者もいるし、何なら創作の“何か”でも良いのだと魔術師は言ってのける。
「まるでハロウィンみたいだねぇ」
 まあ、洋風混じりでもいいんじゃないかな、我々は猟兵だしね、と。楽しそうに。
 小さな村々が寄り集まって、開催される祭りだ。密接な繋がりを持つ田舎の集落とはいえ、誰も彼もが顔見知りというわけでもあるまい。また、この祭りのためだけに里帰りをする者もいるのだという。観光客が来る程有名というわけでもないらしいが、多少奇妙な恰好をした者が交じったとてあまり気にはされないだろう。何より、当日は皆が皆飲んで歌っての大騒ぎだ。絡んで来る者どもはいても、からりと笑い飛ばす程度で大した問題にはならないだろう。
「ただし――」
 ただし、予知があったのだと。男は笑みを収めた。
「惹かれて来るのかねえ」
 それとも、嫉妬してとか?
 さてはて、男は深くは語らない。
「ヒトが生を謳歌しているのが、気に入らないみたいだ」
 金魚と炎に要注意。
「いつの世も怖いものだね」
 ――……は。その声は儚くも、猟兵らに届く前に空気中に溶けて消え。
「まあま、先ずは楽しみたまえ」
 再度、責任感の薄そうな声色が低く響いて。金の瞳が猟兵らを見詰める。
「仮装もきっちりね。猟兵だと気付かれては元も子もない」
 人外らしい種族ならばそのままでも村人は誤魔化せるだろうが、オブリビオンはそうもいかない。人らしからぬ特徴を持つ者達でも、念のための仮装をしていくようにと魔術師は付け加えた。
「歌うも良し、踊るも良し。眺めるだけでもまあ良いだろうが――その場の雰囲気をめいいっぱい楽しんでいれば、そのうち自然とつられてくるだろうさ」
 黒衣の案内人はグリモアを起動する。
「ただし、ご注意を」
 男は笑う。銀糸が揺らぎ、月色の双眸が不気味に輝く。
「彼方は正に肝試し、逢魔が時――」
「ちゃあんと“帰って”来れるよう、お天道様に祈っておくんだよ?」
 アチラの“仲間”にならないよう、お気を付けて。
「まかり間違って誰かが減っても――或いは一人か二人、増えたりしても、」

「おじさん、数え間違えちゃうかもしれないからねぇ」
 ははは。
 冗談じゃない、という顔をする猟兵がいたとしてもそこはピンポイントにスルーして。
 ひらひら。片手を揺らし、自称“善良なおじさん”はにこやかに仲間を見送ったのであった。


七夜鳥籠
 四作目は戦後のサムライエンパイアが舞台です。
 『逢魔ヶ刻の黄泉参り ~誰彼焰讎愛憎奇譚(たそがれえんしゅうあいぞうきたん)~』。
 この世とあの世の境目で、不思議で不気味なひとときを過ごし、楽しみましょう。
 七夜鳥籠と申します。どうぞ宜しくお願いいたします。

●第一章
 オープニングにもあります通り、調査や探索の必要性は一切御座いません。イベシナ感覚でどうぞ。

●第二章
 集団戦。
 ホラー、グロテスク描写が御座います。

●第三章
 ボス戦。
 二章よりも更に過激なホラー、グロテスク描写が御座います。また、場合によっては残酷描写だけでなく負傷、火傷、欠損描写等が生じる可能性が高いです。
 そういった描写が可能か否かを指し示す専用のマークはご用意させていただきます。が、苦手な方はご理解ご了承の上でご参加くださいますよう、宜しくお願いいたします。
 詳細は断章やマスターページにてお知らせいたします。お手数おかけいたしますが、その都度ご確認いただければと存じます。

 それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
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第1章 日常 『百鬼夜行の肝試し』

POW   :    お祭りはノリが命。周りを脅かして回るぞ。

SPD   :    見た目が重要。こだわりの衣装を作り込む。

WIZ   :    実は仮装じゃないけれど、猟兵だから大丈夫。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●百鬼夜行
 ピーヒョロピィヒョロ、ドンテンシャン。
 さあさあお祭り、肝試し。
 ぴィひょろぴぃひョろ、どん、てん、しゃん。
 今夜は騒げよ無礼講。
 歌えや踊れの大騒ぎ。
 マジリモノが多少いたとて
 仲良く飲むならご愛嬌。
 肩組み踊り、歩こうや。
 さあさ、今夜はお祭りだ!


 物の怪達は行進する。
 行列ぞろぞろ、そのさまは。
 百鬼夜行と、区別がつくか。
 いやいやつかぬ、誰も彼も。
 鬼に悪霊、魑魅魍魎。
 ならば猟犬交じったとて
 気にする者はもはやいまい。

 時は黄昏、誰そ彼時。
 逢魔ヶ刻から曙まで。
 一晩寝ずに騒ぐのだ。
 村から始まり、山を往復。
 千本鳥居を行って帰ろう。
 さてはて、さてはて。
 さてさてはて。

 ――本当に彼らは無事に帰れる?
逢坂・理彦
◎◆
面白いお祭りだねぇ。
百鬼夜行の仮装行列。ってな感じかな?

俺は元々妖狐だしさてどんな仮装行列をするかなぁ…あまり素のままだと周りが冷めちゃうだろうから…まぁ、小さい子に怯えられない程度に仮装できたら。

大人も子供も仮装して無礼講。この中に生きてない物が混ざったて意外と誰も気にしなかったりしそうだけど。死者にとっては恨めしいだけなのかねぇ。

小さな子には機会があればそっと頭を撫でて【破魔】の力を授けようか。
まぁ、それ以外は普通にお祭りたのしむよ。



●ほおずきゆれる ―守護者たる狐―
「傘を持ったから唐傘お化け……は。ちょっと無理があるかなぁ」
 頭の後ろ辺りをがしがし、髪をかき混ぜたのは一人の男妖狐。
 三十半ばの見目であるその妖狐は、真っ赤な和傘を肩に掛け、ゆうらりゆらりと歩んでゆく。
「お、」
 提灯。仮装しそびれた者にでも配っているのか、それとも夜道の灯りにと気を遣ってか。幾つか同じ物を持っていた村の男に声を掛けると、おう、とにこやかな笑みと共に有り難くも譲ってもらい。
 更には偶然にも矢立を持っているようだったので、ちょいと拝借。蛇腹の凸凹に苦戦しながらも、何とかそれらしい目と口を描けば。
「まあ、こんなものかねぇ」
 何だか混ぜこぜになってしまった気もするが、傘のおまけが付いた、提灯小僧の出来上がりだ。
「小僧なんて歳じゃないけど」
 こんな夜だ、そこはご愛嬌ってことで。

 マイペースに男は歩く。周囲の人間を観察しながら。
 この中に生きてない物が混ざったって、意外と誰も気にはしなさそうだけどねぇ。
「死者にとっては恨めしいだけなのかねぇ」
 と。誰かの泣き声を聞いた気がして、耳がはためく。
 まだ幼いひとの声だ。そしてこの妖狐は、そんな者を放ってはおけない。
 きょろきょろ。柔くかがやく金の瞳を動かして、きっと直ぐにでも声の主を見付けるのだろう。
 そうしたら、破魔の力をそっと込めて、優しく頭を撫ぜるのだ。
 おじさんの尻尾でよければもふる? などと、ゆるり笑みを浮かべながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​

瑠璃・宵
◇◆
物の怪の真似事。

人の子も面白い事を考える。
それにマツリは嫌いじゃねえ。
元から"妖"の身ではあるが、偶には人の子に混じって遊興に耽るのも悪くはねえだろうよ。

仮装は──…そうさな、"陰陽師"にでも扮してみるか。
嗚呼、でも上等な衣は持ってねえ。それなりに見えりゃいいだろ。
狐の面で目元を隠して、人の子に混じって酒でも食らう。旨いつまみもありゃ褒めてやってもいい。酒臭え無粋な男の手は払うがな。
もし女が忙しなく働いてるんだったら、手伝うのも吝かじゃねえ。お前らも飲め、食え。
文句を言う野郎がいたら、てめえも働くんだよ、と尻を蹴り上げてやる。



●陰と陽の狭間にて ―天狼刃―
 狩衣めいた衣装を着る、見目麗しい男――否、女が一人。己を“妖”とするそのヤドリガミは、狐面で目元を隠し人の子の家屋に入る。
「まあ、偶には悪くはねえだろうよ」
 無愛想な声色に反し、人の子は面白い事を考える、などと。女はマツリも人の子も、嫌いというわけではない。ましてこんな可笑しな祭や空間であれば、尚更のこと。皮肉も冗句も嗜む宵の色纏う女は、今ばかりは“それらしく”。物の怪紛いの生き物達と、不思議なひとときを過ごしていた。――旨い酒やつまみを出した者には、素直に褒めてやったくらいに。
 しかし。
「おい」
 痩身の美しき妖は、黒髪結った妙齢の女にふと声を掛ける。先程から慌ただしくあちらこちらに動いて酌などをしていたのを遂に見かね、気遣ったのだ。
「祭だっていうのに何してやがる。ほらお前らも飲め、食え」
「でも……」
「いいから、」
 怒ったように聞こえたのか女が肩をびくりとさせたのを、溜息をつき見遣る。
「お前らも楽しめって言ってんだ。人手が足りねえってんなら俺も手伝ってやるから、ほら、」
 盃を渡し酌までしてやれば、優しげなまなこを持つこの女が断れるわけもなく。遠慮を脱ぎ捨てぐいと飲み干したなら、ありがとうございますとやわく笑った。
「嗚呼」
 それでもきちんと笑み返してはやれないのがこの女。丁度隣の男から酌だ何だと注文が飛んできたので、お前のその手は飾りなのかと弛んだ尻を蹴り上げてやった。
「ふふ、」
 桃色の着物が似合う女のあたたかな声が聞こえてくる。
 そうだそうだ、お前も楽しめよと。
 怠け者の男どもを片手間に捌いてみせながら、黄昏色をゆるく細めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

多々良・円
○◆

祭りは、地方や世界によって様々じゃのう。
神や霊を祭るものもあれば、皆で騒ぎ倒すだけのようなものもある。
人々の歴史や生活が感じられて、大好きじゃ。
……今は、この場を楽しむとしよう。
もし、現れるのが奴であれば……。

猫耳と尻尾を2本つけて、猫又の仮想をするのじゃ。
きりまる(アイテム参照)とお揃いじゃな!
本体にも紙で作った耳をつければ完璧じゃ。

踊るのも良いが、わしは皆が笑って楽しんでいるのを見るほうが好きじゃな。
屋台の物でも食べ歩きながら過ごすとするのじゃ。
そういえば、これほどの騒ぎようでは、迷子や酔いすぎた者が出るかもしれぬな。
そういう者を見かけたら、手を差し伸べるのじゃ。



●受け継ぎ繋ぐ、手と想い ―くるくる、くるり―
 祭りは、地方や世界によって様々だ。
 神や霊を祭るものもあれば皆で騒ぎ倒すだけのようなものもあって、故にそれが“祭り”という名として一纏めにされてしまうのが不思議だと思えてきてしまう程に、実に様々である。
「うむ、よい。実によい」
 人々の歴史や生活が感じられる“祭り”というものが、わしは大好きじゃ。
 十一程の人の子に似た姿を取るヤドリガミは、仮装のために付けた猫耳を揺らし、一つ頷く。赤ら顔で踊る人の子達の、何と楽しそうなこと。平和でよいよい。……取り敢えずは。
「……今は、この場を楽しむとしよう」
 もし、現れるのが奴であれば……。
 呟きはぬるやかな夏の夜の風に流され、不穏な空気をさらっていく。今は炎の気配はない。奴が現れるにしても、まだ暫く時はかかるはずだ。
「ん? 何やら美味しそうな匂いがするのう。あれはなんじゃ」
 突如鼻先をかすめた香りにすんすん鼻をひくつかせ、踊りから興味が逸れたように匂いの元を辿ってゆく。
 このヤドリガミ――今は猫又か――は、元より己が踊るよりは、楽しむ皆を見ている方が好きな性分であり。故に気分が乗らずか否かは全く関係もなく、自然と足は屋台の方へと向いたのであった。

「おや、」
 迷子か。
 童が今にも泣きそうな顔で、おっかあおっかあと喚いている。作り物の二又の尾を揺らし、急ぎ駆け寄れば。小さな手をそっと、自身よりも華奢な肩に添わせて。
「大丈夫か?」
 人懐っこい笑顔と共に、そう優しく声を掛けた。

 軈て童は落ち着きを取り戻し、ゆるく笑みを浮かべるのだろう。
 そうしたらきっと、猫の鳴き真似でもして更に楽しませ、笑わせてやるのだ。
 彼の本体である色褪せた朱色の傘に貼られた、紙の猫耳がひらりと揺れる。
 平穏であれ。
 彼らにそよいだこの風は、彼の想いに呼応したかのようであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

千頭・定
ぐうたらお兄さんなエリオくん(f16068)連れてきました!

(服装は浴衣イラスト)

狐面も付けて、怪しい座敷わらしということで。
お化け感出す為にも、背中から寄生UDCのヴェーを出しておきますよう。
エリオくんはやる気出してください。

普段はUDCアース暮らしですので、こういうお祭りは新鮮でワクワクしますよう。
未成年ですのでお酒はしっかりお断りしますが、遠慮なく賑やかさに混じらせていただきますっ

音楽も踊りも楽しそう…!
私たちも参加できますかね?
ほら、しっかり立ってくださいエリオくん。
焼きそばは後で買ってあげますから。
お化けなんて出ませんよ。
第一私たち猟兵ですからお化け退治なんて余裕ですよう!


鐘馬・エリオ
【定・f06581】と来た。
※服装は浴衣イラストです。

座敷わらしの仮装って雑…まあ良いか。
定は普通の座敷わらしね。
僕はスーパー可愛い天使の座敷わらしって設定で行こう。

お祭り、すごいな。
定の後をだらだらついていくよ。
雰囲気も楽しいし、綿あめも美味しいけど…仮想の中に怪しい人もいない?
世界が世界だし、本物の妖怪とかじゃないの?
怖いから帰りたい。

たしかに仕事上、変な怪物とかとも戦うけどさ…
こういうヒトの祭事に紛れ込んでいるってのが一番怖いんだよなあ…。

怖くて足取り重いなぁ……定、焼きそば買ってきて。



●日常と、非日常 ―惹かれ者の小唄―/―鈴蘭の礎―
「はい、完成!」
 薄緑の甚平を着た黒髪の少女は、同じく甚平の、橙色のそれが金の髪に似合っている白き羽持つオラトリオの少年に和風の狐面を被せてから。大層な仕事をやってのけたと言わんばかりに、満足げな顔をしてみせた。
「え? これだけ?」
「怪しい座敷わらしということで」
「雑……」
 まあ良いか、と少年は頷く。仕事上おかしな怪物と戦うこともあるにはある。が、何せ少年はお化けが得意というわけではない。寧ろどちらかといえば苦手な方であるために、何時にもましてやる気のなさそうな顔をして、此度の仕事に参加していた。とはいえいつもの自分可愛いアピールは忘れるはずもないわけで、これまたいつもの鬱めいた表情で首を傾げては。
「――は普通の座敷わらしね。僕はスーパー可愛い天使の座敷わらしって設定でいこう」
 などと。
 しかしやはりと言うべきか、少女はさしたる反応をしない。少年の言動がいつも通りであるならば、少女にとってはそれは既に、“日常”の風景と化していたからだ。
「まあお化け感出す為にも、ヴェーは出しておきますがね」
 三対六本の尾のような、左右それぞれ白と黒の色を持つ何か――寄生UDCである神の末端を背中から出しては、直ぐに視線は彼女にとっての非日常へと移ってゆき。こういうお祭りは新鮮でワクワクしますよう、などと、そわそわとした様子で、陽気なざわめきや独特の音楽に耳を傾け、身体まで僅かに揺らぎ始めている程であった。
「さあ、色々巡りましょう――くん!」
「僕は早く帰りたいんだけど」

 様々な屋台に、楽しげに笑いあう村の人々。延々と並ぶ提灯に、僅かに聞こえてくる、涼やかな響きの虫達の声。
 綿あめ片手にだらだらと、少女の後をついてゆきながら。少年は何だかんだでこの祭りの雰囲気を楽しみつつ、けれどやはり、通り過ぎる人々を何とはなしに観察してしまっていた。
「お祭り、すごいな」
 思ったよりも人が多い。こういったヒトの祭事に紛れ込んでいるというケースが、少年にとっては一番恐ろしいことであって。故にあちらこちらの物陰や、提灯で照らされた不気味な仮装の人々につい、視線を彷徨わせてしまう。
「仮装の中に怪しい人とかいない?」
「いませんいません」
 少女は適当に返事をする。どうやら少年とは違い、好奇心が勝ってしまっているようだ。林檎飴や綿あめなどを抱えながら、草むらの虫達にまで酷く興味を示している。
「あれ何ですかね? この世界特有の虫でしょうか」
 そんな背中を眺めながら、少年は更に続ける。端から見ると落ち着いているようでありながら、その実視線は相変わらずゆらゆらと揺れ、不安そうだ。
「世界が世界だし、本物の妖怪とかじゃないの? お化けとか紛れ込んでない?」
「お化けなんて出ませんよ」
 またまたあ、と。少女は漸く振り向いて、その銀の双眸と視線を合わせる。ほら、しっかり立ってくださいと親戚のお兄さんである目の前の少年に声を掛け。
「第一私たち猟兵ですからお化け退治なんて余裕ですよう!」
 と、その華奢な肩をぽんぽんと、励ますように軽く叩いた。
「……焼きそば買ってきて」
 ほんのり落ち着きを取り戻した少年は少女に注文をつけたが、
「焼きそばは後で買ってあげますから」
 無慈悲にも要望は直ぐには通らず。
「向こうの方で鳴ってる音楽も踊りも楽しそうなので、まずはそちらを見物してから!」
 私たちも参加できますかね? などと続ける少女に、少年は仕方ないなあ、と。もう少しだけなら付き合ってやっても良いか、と、ゆるく溜め息をついたのであった。

 UDCアース生まれの、二人は世界を満喫する。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン
○◆

やあ、変わった風習もあるものだ!

珍しいものに触れられるのは、旅の醍醐味だよな。レディ?
――と、あんまり左腕に話しかけてると不審かな

私は恐らく、あまりこの国に馴染む見目ではないのだろう
顔は狐の面を被って覆い、和装に身を包み
ふかふかの大きな尻尾もつけてみたよ
キツネ人間みたいだ! ええと、妖狐っていうのかい?
(マントがないのは少しさびしいな……)

楽しげに響く音楽に耳を傾けながら
ひとびとの様子を眺めていよう
ウン、やはり賑やかで楽しい国というものは良い

――え?いや、すまないが酒はちょっと飲めなくて…
ああ、これをくれるのかい?ありがとう
見慣れない食べ物だね。これは何だい? オニギリ?
なるほど、おいしい



●異邦人 ―“運命”―
「やあ、変わった風習もあるものだ!」
 晴天の如き双眸を輝かせたのは、まるで王子のような見目の男。
「珍しいものに触れられるのは、旅の醍醐味だよな。レディ?」
 “レディ”という名の薔薇の宿る、左腕に向け話し掛ける男であったが。
「――と、」
 あんまり話し掛けてると不審かな、と思い直して。金糸を揺らし、歩き出した。

 普段は衣装も王子のようである彼であるが、此度ばかりはそれらしき和装に身を包んで。ふかふかの大きな尻尾に、藍色の扇子。狐の面で、顔を隠し。
「キツネ人間みたいだ!」
 そう、顔を綻ばせたなら。
 おいおい兄ちゃん、そいつは妖狐って言うんだぜと、何処からか声が上がったので。
「ええと、ヨウコ? っていうのかい?」
「そうだそうだ、」
 などと。そちらを振り返り、村の人々との会話を楽しむのだ。
「――ウン、やはり、」
 賑やかで楽しい国というものは良い。
 楽しげに響く耳慣れない音楽に、見慣れない恰好の人々。
 あてもなく世界を旅する王子様は、やはり正義と、平和と愛を。とてもとても、愛している。
 何時も身に纏っている、マントがないのだけは少し寂しく、残念ではあるものの。
 ――良いことだ。うん。
 まるで己の民を優しく見守る統治者かと、錯覚しかねない程に。
 その穢れなき蒼は、どこまでもどこまでも。あたたかく、そして希望に満ち満ちていた。
「……ん? これをくれるのかい?」
「ああ、ありがとう」
 再び村人に話し掛けられた彼は、人好きのする笑顔で応対する。
「見慣れない食べ物だね。これは何だい? オニギリ?」
 まじまじと見詰めつつ、けれど疑いもせずにぱくりと一口、食べたなら。
「なるほど、おいしい」
 瞳はきらきら、輝いて。
 そして、初めて食べた、そのあたたかい味に。
「この美味しさは、一体何と表現したら……」
「素朴で、でも何処か懐かしくて、」
 ああ、まるで。

「――人の心が、伝わってくるようだ」
 そう、やわらかく。“王子”のように、微笑んだのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

境・花世
◎◆

あは、ずいぶんと太っ腹なお祭りだ
ひとじゃなくても仲間にしてくれるなんてね

盃片手にひらりと列に加わるけれど、
光も影もあいまいな逢魔が時では
隣が誰かもわかりはしない
角が生えてても、牙があっても、
今ばかりはともに酌み交わそう

……ああ、でも、もし花の生えた妖がいたら、
それだけは気をつけて

花は種を結び、種は苗床を求めるよ
鬼に喰われるよりも、鬼にされるほうが、
ずっとおそろしいと思わない?

ひそやかな声を黄昏に融かして、
酒に濡れたくちびるで甘く笑う
さあさ、道行はまだ半ば

右目を隠した面がうっかり外れてしまったら
彼方と此方のあわいに馨る爛漫の花
内緒にしてねとひらひら咲って
行って帰ろう、行きて帰らぬ、千本鳥居



●くれない ―*葬―
 光も影も曖昧な、逢魔が時の百鬼夜行。
 其処にひらりと加わったのは、赤髪揺らす一人の女。
 右目を仮面で隠す女は誰に訝しまれるでもなく、盃片手に舞うように。
 丁度隣の牙の生やした男やら、二つの角持つ女やらと。気さくに飲み、酌み交わして。
「あは、」
 思わず笑みが溢れてしまう。なんて愉快なお祭りだ。
 だって、ずいぶんと太っ腹――ひとじゃなくても、仲間にしてくれるなんてね。
「っと、」
 ごめんね、大丈夫? と声掛けたのは十二かそこらの少年へ。ぶつかり転げた赤鬼の彼に、しゃがんでその手を差し出して。
 大丈夫、今の俺はそこらの鬼より強いんだ!
 ふんすと鼻息荒くして腰に腕遣るおのこは大層微笑ましく、でもね、と女が語りだすのは、とある一つのこわい話。
「そっか、えらいえらい。きみは鬼には負けないんだね」
「……ああ、でも、」

 もし花の生えた妖がいたら、それだけは気をつけて。
 花は種を結び、種は苗床を求めるよ。

「鬼に喰われるよりも、鬼にされるほうが」

 ずっとおそろしいと思わない?

「……っ、」

 ひそやかな声を黄昏に融かして、酒に濡れたくちびるで甘く笑う。
 ほら、女の顔をよくよく見てみろ。警告のような声が何処からか聞こえてきた気がして、少年はずれていた面を外す。赤鬼からひとに戻り、そろりと顔を上げたなら。
「……っ、!!」
「……ああ、うっかり、」
 強張る表情に漸く気付いたのだと言わんばかりに、右目に這わす白き指先。ゆるり、もう一方の目で笑う。
 ――女のまなこに根差すのは、彼方と此方のあわいに馨る、爛漫の花。紅牡丹。
「内緒にしてね」
 しぃ、と。妖しげに照りひかる唇に、そっと人差し指持ってきたなら。
 ひらひら、ひらひら。笑って、咲(わら)って。

 ねえわたしのクリスティーヌ。
 『愛して』とは言わないから。
 秘密だけは墓場まで。
 持っていってはくれないかな?
 
「なあんて」

 さあさ、さあさ。道行きはまだ半ばだから。
 ひとのふりして、また歩こう。
 朱に交われば、何とやら。
 この右目の紅牡丹は、
 染まってくれるか解らないけど。
「……手ごわそうだ」
 独り言は盃に消え、どういう意味かと問う者なければ。
 ただ今は白き仮面で、赤を再びそっと隠して。
 歩こう、歩もう、紛れるまで。
 他の赤で紛れるまで。
 死へと向かう道すがら、花愛で酒愛で、ひとの心を愛でながら。
 誰そ彼時を、楽しみながら。

 男装めかした黒い衣が、宵にまじり、消えてくように。
 きっとまなこのはないろも、彼方へ行けば目立たなくなる。
 お迎えがいつかだなんて、まだ解りはしないけれど。

 行って帰ろう、行きて帰らぬ。
 千本鳥居の、向こう側。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴島・類


黒羽君(f10471)と

人も交じった人ならざるものも
祭囃子に浮き足立って
境界の宵は賑やかだ

仮装は良いかなと言う黒羽君を
いやいや!と村人達と共に見立て
着替えた姿に大満足

うん
似合ってる
お祭りなんだし紛れる為にもね

折角君と歩くんだ
提灯に灯した火を青に変え
羽模したものを羽織り
青鷺火でも、纏ってみようか

興味深げなのに飛べないけどねと笑う
うん?
僕は神様…よりか妖のが近いよ

踊るよりもと取られた笛が響けば
ふわり、舞に加わろうか

此方を見るのに目配せを
踊ったことがないと言った彼の手を
後で引き込んでしまおうって企みは隠し舞う
綺麗で真っ直ぐな音
妖の闇は炙り出されてしまいそう

楽しむ人らも、君も
羨む闇には掴ませないとも


華折・黒羽
類さん(f13398)と



耳に賑やかな祭囃子
そのままでもいいと言ったのだが
折角だからと伸びてきた村人の手により装いは様変わり
反応に困った様に連れの顔を見るだろう

似合っていますね、類さん

誂えられた様な仮装姿
常と違う姿形に興味津々と周りをぐるり
元が神様故にかどこか雰囲気も異なる心地

多種多様な人行き交う行列に加われば
物珍しげに移ろう視線
賑やかな音に踊る人々

踊りに巻き込まれていく人達が目に入れば
巻き込まれぬ様にと篠笛取り出し先手打つ

奏でるは祭囃子に合わせた高い音
合わせ舞い始める類さん見ればゆるり目を細め
紛れ込む“神”の舞に
少しでも寄り添う音は響くだろうか

人と妖と神とが手を取る景色
その表情が綻ぶようにと



●人と、妖と、神と ―公孫樹―/―掬折―
 耳に賑やかな祭囃子。村に降り立った男二人は、その場の空気をまずは吸い。浮き足立つような心地になりながら、人の子達を暫し眺めた。
 嗚呼、夏の匂いだ。

 と。
「彼方で仮装の衣装を貸し出しているようだよ」
 ふいに、ヤドリガミが口を開いて。
「俺はこのままでも良いです」
 キマイラがこたえれば。
「いやいやいや!」
 村人達を味方につけた、ヤドリガミがにじり寄る。
「折角のお祭りなんだし、紛れる為にもね」
「はあ……」
「ね?」
 困ったように返す黒猫のキマイラと珍しく圧の強い鏡のヤドリガミとの戦いは、どうやら後者が勝ったようであった。


「うん、似合ってる」
「似合っていますね、」
 ――さん。
 互いに褒め合う彼らに、村人達も満足げだ。
 鏡の彼は青鷺火という、古くから伝わる怪現象の真似事を。羽を模したものを羽織ったのは、折角君と歩くのだからと。此度の連れが獣人紛い――黒猫の耳と烏の翼を持つ歪で美しい彼であったからこその、あたたかなそれ。
 序でに提灯もそれらしく、灯した火を青色に変え。褐色の肌と白き髪色、緑のまなこに合うような、留紺色と若草の、組紐飾りで髪を彩り。タッセル風の耳飾りをおまけにつけたなら、ほら。
「まるで神様」
 いえ、元よりそうなのですが、より神々しい雰囲気ですねと。
 興味深げに彼の周りをぐるりぐるりとまわっていた、此度の相棒の言葉には、しかし。
「僕は神様……よりか妖のが近いよ」
 などと。当の本人はゆるり笑んで、律儀に訂正をするのであった。
 そして、此方の獣人紛いはというと。
 山伏装束に杖を持ち、濃緋と白の組紐飾りで髪を整え。古風な面を斜めに被って、仕上げに化粧と、高下駄を履いたなら。
「お前さん、随分と目出度げな出で立ちになったじゃねえか!」
 着せ替えを楽しんだ男どもと、髪やら顔やらを弄くりまわした女どもがはしゃいでいる。
 鏡を渡され見てみれば、目元に引かれた紅が映る。その赤は、己の漆黒の髪と薄青の双眸、そしてどちらかと言えば白めの肌に見事に映えているようで。周囲の女達が口を揃えて言っている通り、色の組み合わせとしては確かに美しい……ような……。
 視線を上げれば黄色い悲鳴。
 ――嗚呼、此処の住人は。
 この烏の羽を、きれいだと、思ってくれたのだろうか。
「本当に似合ってる。――君の方こそ、まるで神様みたいだよ」
 村の者達から同じように沢山褒め称えられながらも、己に向けしっかりと、そう微笑んでみせた彼に。烏天狗となった青年は、ただ、曖昧に笑って。
「ありがとう、ございます」


 仮装行列に加われば、物珍しげに移ろう視線。
 ただやはり、躍りに巻き込まれていく人々を見た彼の、先手を打って篠笛取り出したるさまにはこれはやられたと笑むしかなく。
 けれど後で引き込んでしまおうとの企みを、ひそり隠して舞う鷺と。そうとは知らず、“神”の舞に見合う音を奏でられているだろうかと少しばかり物思いつつ、とはいえきちんと、高く美しい音色を夜空に響かせている烏の。
 夜は更に、ふけていく。

 ふいに二人の目が合って、互いにゆるりと目を細めた。妖の闇など既に炙り出されて、消えてなくなってしまいそうな程の、綺麗で真っ直ぐな笛の音に、美しい神の舞だ。
 本当にこのまま、楽しいままであれば良い。
 人と妖と神とが手を取る、うつくしいこの景色。

 皆の表情もその心も、やわく綻んだままであれ。
 羨む闇には掴ませないとも。楽しむ人らも、君も。
 烏天狗と鷺はそれぞれ、そう、祈りをこめたとか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ

師父(f00123)と

唄う錫杖、灰の僧服
額から垂れる飾り布には刺繍の三ツ目が爛々と
師の仕立てで装うは異形の入道
但し尾と角は自前なれど

見上げてはならぬぞ師父
なにせ仰ぐ程に伸びるという妖かしだ
…尤も、中身は狸だという話だが

師の変じた九尾には似合いの化かし合いか
鉱石ならざる房尾を追って右往左往
逸れてはならぬと気も漫ろ
やれ、童子より燥いでおられる

ふと出店の前で足を止め
あかく灯る鬼灯提灯
ふたつ求め、ひとつは師の手へ
――まかり間違い「あちら側」へと
つれてゆかれては、難儀故
立てた指で釘を差そう

どちらを見ても人ならざる姿ばかり
目印出来れば安堵して
頬張る林檎飴の甘さに微笑み
…まだ入るのか、師父よ


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
おうそれは皮肉か?(杖つん)
…冗談はさて置き良く似合ってるではないか
矢張り私の見立ては完璧よな

斯く言う私も九尾の飾り尾と白き衣を纏い
『白面金毛九尾の狐』なる妖を演じよう
ふふん、如何だ優美であろう?
もふもふ感にも拘った故な

百鬼夜行に紛れ込み、入道と飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ
気になる料理に舌鼓打ちつつ
この世界の酒にも大いに興味がある故
これ好機と飲み比べてみよう
…む、ジジ
師の顔に何か付いておるか?
朱き鬼灯に目を瞬かせ
やれお前は誠に心配性よなあ
斯様に不安ならば綱でも繋いでしまおうか?
等と戯けてみせ…む、それは何だ?
中に林檎が刺さっている様だが
もそっと師に見せよ

*従者以外には敬語



●青い狐と黒の狸、煌々照らす、鬼灯提灯 ―凶星―/―双星の魔術師―
 唄う錫杖、灰の僧服。
 額から垂れる飾り布には、刺繍の三ツ目が爛々と。
 師の仕立てで装ったのは、歪で不気味な異形の入道。
 自前の尾と角は相変わらずも、それさえ何処か、何時もとは異なるような雰囲気を静かに厳かに纏っているかのようであって。
「見上げてはならぬぞ師父」
 なにせ仰ぐ程に伸びるという妖だ、などと言う黒曜の彼に。
「おうそれは皮肉か?」
 と。杖つんなるもので戯れてみせたのは、千夜一夜を語る彼。
 身長差の凄まじいこの師弟は、しかし小さい方が歳上であった。――それでいて見た目ばかりは、寧ろ師匠の方が年若く見えるような。そんなギャップもはらんだ、不思議なコンビが彼らである。
「……まあ、冗談はさて置き良く似合ってるではないか。矢張り私の見立ては完璧よな」
 どやあ、と自慢げに口角を上げる青髪の師匠はクリスタリアンなる種族であったが、今ばかりは白き衣と九尾の飾り尾で豪奢に自身を飾り付け、白面金毛九尾の狐という非常に強力だと古来より伝わる、金色の毛並み持つ狐の妖を見事に演じきっている。
「ジジよ、お前の師はどうだ」
 ふふん、如何だ優美であろう? と返事を待つでもなく言ってのける師の、何時もよりか僅かに幼く、はしゃいでいるかのような様子に。優しき弟子は一つ頷き、流石は師父だ、神々しささえある、などと。
 そうしたらこの師は尚更どやり、と空色のまなこを弛めるわけで。
「当然であろう? もふもふ感にも拘った故な」
 尻尾をふりふりしてみせたなら、青の髪までさらりと揺れた。

 百鬼夜行に紛れ込み、飲めや歌えやどんちゃん騒ぎ。
 気になる料理のどれもこれもに舌鼓を打つ九尾の狐は、あちらこちらを行ったり来たり。この世界の酒にまで興味津々な様子で、これ好機、と飲み比べまで遂には始める始末であり。
 これでは弟子の気も漫ろ。鉱石ならざるふかふかの尻尾を必死にただ追い掛けて、逸れてはならぬ、はぐれてはならぬと右往左往するばかり。三ツ目入道姿の弟子は置いてかれることだけはないように、と、こんなにも。その尾に喰らいつかんとする程の勢いであるというのに。九尾の師匠は全くもって、此方を気に掛ける様子すらない。――否、ただ本当に、気付いていないだけなのかもしれぬが。
「……やれ、童子より燥いでおられる」
 そんな弟子の独り言も、虚しく風に流されるだけで。
 このまま時は、過ぎていくかに思われたが。

 ふと、足を止めた歪な入道。
 目の前には出店の屋台と、その売り物である――あかく灯る鬼灯提灯が二人の周囲を優しく照らしながら、煌々と、煌々と。幾つも幾つも並んでいて。
「む? ジジ、」
 師の顔に何か付いておるか? と久々に振り向いた鉱石の彼は、夕焼けに染まる海のようで。
 堪らず暫し待たせたのなら、ふたつを求め、そのうちひとつを青の元へと。
「どちらを見ても、人ならざる姿ばかり」
 しっかり持たせ、勝手ながら安堵したなら。
「――まかり間違い“あちら側”へと、つれてゆかれては難儀故」
 深刻そうな顔をして、指立て釘を、さしてやるのだ。

 言われた青の彼の方は、むう、と。大袈裟に膨らませた白い頬をそのままに、鬼灯提灯に照らされながら。
「やれお前は誠に心配性よなあ」
 斯様に不安ならば綱でも繋いでしまおうか?
 戯れにそう、言ってみせたが。
「うむ、それも良いかもしれぬな」
「ぬ、」
 本気か冗談か分からぬ弟子の、返した言葉に唇を尖らせ。そして、
「ま、鉄の鎖で繋がれようとも私はお前を引き摺っていくがな?」
 ――なあ? ジジ。

 やられたかに見えた次の瞬間、再びやり返してみせた師はにやりと笑ってみせたのだが。
 しかし、
「そうだな、師ならやりかねん」
 などと口にした弟子の言葉を受けて、また、ぬう、と眉を潜ませることとなって。

「む、それは何だ? もそっと師に見せよ、」
 けれど弟子が何時の間にやら手に入れていた林檎飴を、目敏くもきっちりしっかり、見つけたならば。本気と冗談ともつかぬ、楽しい戯れは一先ずここまで。きらきら瞳を輝かせて、好奇心旺盛な師匠の興味は途端にそちらへと移ってゆき。
「……まだ入るのか、師父よ」
「もちろん!」
 ぱちくりと瞬いたのであろう布に隠れた黒曜のそれなど、長年連れ添った師父にとっては想像に容易く、また愛しい。

 ――我が子と二人、頬張る赤はいっとう甘く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報

風見くん(f14457)と参加

鬼も狐も実在する世界じゃ、『肝試し』も姿を変えるのかもね。
お揃いの耳尻尾で、質素な小袖の狼女と行こうかな。
よーし、がおー!
……夏報さん風格がないのかなあ、誰も驚いてくれないや。
え? まだちょっとしか呑んでないよ。前後不覚なんてことないよ。
ああー、行列を離れたらタダ酒が……。

まあいいか。折角の女子会だ。
風見くんとは同じUDC日本の出身だし、職種も似てるからね。
こうして二人で静かに話せば、自然と話が合うかな。
それとも些細な違いが気になったりするのかな?

いいね。記念撮影。
尻尾は無理だけど、耳がちゃんと画面に入るように。
……お互い首輪があるせいか、狼というか犬だなこれ。


風見・ケイ

夏報さん(f15753)と参加

鬼を引き寄せるように騒ぎ立て、鬼から身を護るように酒酔いを装う。
とても興味深い……と、悪い癖が。

耳尻尾を付けて、夏報さんとお揃いの狼女。
世界に合わせ和装、夜色のシンプルな物。
チョーカーはそのまま首輪のように。

脅かしたりは私も苦手です……。
お酒を頂きつつ雰囲気を楽しみ……少し離れて歩きましょうか。
ここにいたら前後不覚になるまで飲まされてしまいそうだ。(というか、飲みそう)

これで静かに……でもないか。
夏報さんとこうして二人で飲むのは初めてですね。
一度ゆっくりお話ししてみたかったんですよ。
UDCエージェント、とても気になる存在です。

そうだ、折角なので一枚撮りませんか?



●お揃いの、 ―終われない夏休み―/―Ternary Star―
「がおー!」
「ん? 何だいお嬢ちゃん」
「……あれ?」
 肝試しの驚かせ役の真似事をした女だったが、擦れ違う人々の誰も彼も、みんな驚いてくれやしない。
「風格がないのかなあ」
「驚かしたりは私も苦手です……」
 少々不満げな灰色の女に、黒髪の女が相槌を打った。お揃いの耳と尻尾を付けて、二人で仲良く狼女だ。折角仮装をしたのだから肝試しとしても楽しみたかったのだが……。
「まあいいや、飲も飲も」
「そうですね、飲みましょう」
 酒好き女の、二人組である。

「あー美味しかった! っていうかこの酒も美味しい!」
「ええ、とても美味しかったですね」
 朱色の盃掲げながら、夜店巡りに躍りの見物。
 お嬢ちゃん達いけるクチかい? などと酒を注いでこようとする、愉快な人達とも会話して、いやいやお兄さん達こそ! なんて世辞を言いつつ、意味もなく飲ませ合いっこに発展してしまうなど。
 流石に飲み比べの誘いまではしっかり断ったものの――本当は乗ってしまいかねなかったが――、二人は思いの外この『肝試し』なる祭りを楽しみ、また想像以上に大量の酒を飲んでしまっていた。
「……少し、歩きましょうか」
「え? まだちょっとしか飲んでないのに」
 まだちゃんと歩けてるし、ほら、と女はスキップを披露するものの、その足取りは何処かぎこちない。
「やはり少し離れましょう。ここにいたら前後不覚になるまで飲まされてしまいそうだ」
 というより、誘惑に負け、自ら飲みまくってしまいそうだと女は思う。
 前後不覚なんてことないよ、まだまだいける! などと言ってのける此度の連れを、彼女にしてはやや強引気味に、ずるずると引っ張っていく。
「ああー、行列を離れたらタダ酒が……」
 そんな嘆きが、虚しく夜空に小さく響いた。

「これで静かに……でもないですけど。――さんとは一度、ゆっくりお話ししてみたかったんですよ」
「まあこういうのも悪くないよね。折角の女子会だ」
 話そ話そ、と藍色の双眸をゆるめ、灰髪の女が笑う。それにつられ、青と赤の瞳を持つ、夜色の着物を纏った女も薄く笑んでは空を眺めた。
 ――満天の星が綺麗だ。
「……平和ですね」
「平和だねえ」
 同じUDCアースの、日本という島国の出身であること。UDCエージェント兼猟兵である女と、元警察官で現探偵、そして猟兵としても怪異や非日常に挑んでいる己という女。出身は同じで職種も近く、酒好き、そして女という生き物。向こうは人間で、己は多重人格者であるが、見目や構造はそこらの人間と大して変わりはないので、明らかな人外――明らかに彼女とは別種の存在である、というわけでもないだろう。……そして何より、チョーカー仲間でもある。
 ……この女との共通点は多い。だから初めて二人で飲み交わせたこの素敵な機会や、縁に感謝しながら。共通点や、差異、そしてその人自身について、一度ゆっくり話し、語り合ってみたかったのだが。
 ――この星空の美しさに気付き、息をのんでしまったなら。……何だかもう少し、鈴虫の声に耳を傾けていたくなったのだ。
 もう一人の女も、それは同じ。女子会などといって沢山語らい、互いについてもっと知り合う機会にするつもりであったものの、やはりUDC世界では中々見ることのできない別世界のような夜空につい、目を奪われ。暫く沈黙と、遠くのざわめきや祭囃子、そして虫の声のみが流れる心地のよい空間を、二人で共に、楽しんだ。

 終戦後のサムライエンパイア。この辺りは被害が少なかったのか、家屋も森も見る限りでは無事であるようで。人々も、空元気などではなく。ただ純粋に、自然に。このお祭りを楽しんでいる。
「平和ですね」
「平和だねえ」
 そんな独り言のようなやり取りを、再びぽつりと交わしてから。
 そうだ、折角なので一枚撮りませんか? と黒髪の女が言ったなら。
 いいね、記念撮影。などと。灰色の女もにこり頷き、快く同意するのだ。
 尻尾までは難しいかもしれないが、付け耳はきちんと入るように。試行錯誤しながら、撮った一枚は。

「……お互い首輪があるせいか、狼というか犬だなこれ」
 なあんて。
 微妙な出来に、二人で笑って。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

花剣・耀子
◎◆
ははあ、仮装。
そうね、お仕事だもの。ちゃんとしましょう。

出自からは違うふうにした方が良いかしら。
角は隠して、ねこの耳と尻尾を付けて。
今日のあたしは化け猫よ。にゃあん。

賑やかしいのは嫌いじゃないわ。
お祭りの様子も興味深い。
誰がヒトで、誰があやかしなのか。
暴くのは野暮と言うものなのでしょう。
うつつのすがたを忘れて遊んで、
おうちに帰るまでがおまつりよ。
途中で誰か攫われないよう、せいぜい気をつけなくてはいけないわ。

……なんて、いまから構えるのも野暮天ね。
あたしはねこだからむずかしいことはよくわからないもの。
おいしいものをちょっと摘まんで、
おいしいものをちょっと飲んで。
きままに遊んで回りましょう。



●たのしいおしごと ―Tempest―
「ははあ、」
 仮装。
 羅刹の女は神妙そうな顔で、一つ頷く。
「そうね、お仕事だもの」
 お仕事だもの。
「ちゃんとしましょう」
 ええ、ちゃんと。
 元来女は仕事には真面目に取り組むたちである。たちではあるが――。
 言い訳をするようにまた一つ頷いたのち、彼女にしては浮かれた様子で人波へと紛れていった。

 羅刹の角は此度は隠し、猫の耳と尻尾を付けて。
「今日のあたしは化け猫よ。にゃあん」
 だなんて。小さく小さく呟けば、誰にも聞かれていないというのにごほんと咳払いして、何とはなしに取り繕う。猫のヒゲ真似と思い頬に描いた三対の筋が、そんなはずもないというのにピクリと揺れたようであった。
 改めて周囲を見回してみれば、戦争直後とは思えない程に朗らかな顔の人々ばかり。……いや、漸く決着がついたからこその、それなのかもしれないが。
 何にせよ、賑やかしいのは嫌いではない。この『肝試し』と呼称される珍しいお祭りも彼女にとっては非常に興味深いものがあり、いつになく視線はきょろきょろと、落ち着かない様子である。
 ……途中。ふと、何かヒトのものではない気配がした気がするけれど。
 誰がヒトで、誰があやかしなのか。
 暴くのは野暮というものだ。
 悪い気配ではなく、また脅威にも感じなかったので、きっと山から下りてきた鬼か何かであろうと、そう、結論付ける。
 己だって、ヒトならざるモノなのだ。鬼の一つや二つ、多少紛れていたとしても。この祭りであればきっと、愉快なかおして受け入れてくれることであろう。

 うつつのすがたを忘れて、遊んで。
 だれもかれも、わからなくなって。
 ――けれど。
 おうちに帰るまでがおまつりというのは、覆してはならないルール。
「途中で誰か攫われないよう、せいぜい気をつけなくてはならないわ」
 ……なんて。
 ふと呟いた独り言に、いまから構えるのも野暮天ね、とゆるり、頭を振って。

 あたしはねこだからむずかしいことはよくわからないもの。
 ねこはあそんで、たべて、ねるのがしごとなのよ。
「……ああほんとうに、ねこになりたい」
 冷静な自分がほんの一瞬だけ、ちらと顔を出しはしたけれど。
 それも今は、遠くのどこか、よそへやって。
 にゃあん、にゃん。あれはなにかしら。
 おいしいのかしら、にゃあん、にゃん。
 祭囃子の軽快な音調に、追い立てられるように。乗せられるように。
 夜色の髪を結い上げた可愛らしい化け猫は、林檎飴やら綿あめやら、再炙(ふたたび)田楽やら、カルメ焼きやら。美味しいものをたくさん摘まんで、気ままに遊んで回ったのであった。
「……あ、」
 ねこ。
 この祭りだからこそであろうか。
 二又の猫の飴細工にぴかりと瞳が瞬いて、化け猫はまだまだ、楽しい“おしごと”に夢中なようだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『残滓』

POW   :    神気のニゴリ
【怨念】【悔恨】【後悔】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
SPD   :    ミソギの火
【視線】を向けた対象に、【地面を裂いて飛びだす火柱】でダメージを与える。命中率が高い。
WIZ   :    ケガレ乱歩
【分身】の霊を召喚する。これは【瘴気】や【毒】で攻撃する能力を持つ。
👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●千本鳥居
 誰そ彼時の百鬼夜行は、ぞろぞろと。山の奥深くへと入ってゆく。
 ある意味では既にひとならざる者達も、魑魅魍魎に紛れ、歩いてゆきながら。息を潜めてその時を、ただただ静かに待っていた。
 ふと、先を見詰める。
 もう少し上った先にあったのは、異界への道――千本鳥居。
 夜店の気配など過ぎ去って暫くしたというのに、あの時に見た赤提灯くらい、煌々と。ひとりでに輝いているような気さえして。猟兵らはつい、息を呑んだことだろう。

 真っ赤な真っ赤な千本鳥居。
 いきはよいよい、かえりはこわい。
 その唄は、正に此の場所を歌ったものであったのだろうか。
 ――そう、思える程の。

 然れど行列は進んでいく。
 止まらない、止まれない。
 此処に来るか、或いはその先で出逢うのであろう血と炎の化身は、
 ちゃあんと帰して、くれるだろうか。

 とはいえ今更、引き返すというのも。
 きっと許してはくれないだろうから。

 わからぬながらも、
 ――とおりゃんせ、とおりゃんせ。
瑠璃・宵
◇◆傷、参

雅なもんなど、生憎俺には判らんが
だが、この光景は美しい
この空気も、悪くはねえ
今の俺は機嫌が良い
だから、
──送ってやるよ
お前らのその辛気臭せえ穢れを祓って、
手離せないその想いごと、
黄泉路の果てへ

*戦闘
敵からの攻撃は第六感や見切りを駆使してなるたけ避ける
隙あればカウンターを試みる

破魔の力を乗せ、俺が発動するユーベルコードは『妖剣解放』
その綺麗な髪も顔も腕も斬り落とすのは惜しい故に

首を、狙う。


俺は、『物』だ。

けれど人の子を羨む時もあった
その腕が。体が。足があれば
あの時独り泣いていた主を抱き締めてやれたのに

だがそれは、『物』の領分じゃあ無え
『俺』は俺らしく
主の願いを、叶えてやるだけだ



●今更人の子のようになった、器物たる我が身のこと
 千本鳥居の只中で。すらりと立つその“獣”は、この世のものとは思えぬほどの――。
 瑠璃・宵(天狼刃・f20050)はまるで月のような、瞳が収まる目元を細めて。この光景を楽しんでいた。澄んだ空気も気持ちが良い。
 故に。存外、機嫌は良かったのである。雅なものは判らねど、これらのものは美しいと。そう、素直に思えるほどに。
 だから、
「――送ってやるよ」
 目の前の“主”の形をした、何かにも。大して心を動かされることはなかった。侮辱されたなどと怒り狂うようなことは、尚更。
 ただ、辛気臭い穢れだけがやや鬱陶しく、手早く静かに祓ってやろうと。
 そう、思うばかりで。
「なあ、」
「手離せないんだろ?」
 様々な負の念が寄り集まり、幻惑を操るまでになってしまったモノ。未練と後悔と、穢れた魂の成れの果て。
 誰にでも芽生える感情の一つは、こんなにも大きくなって。最早、手のつけようがなかった。……常人には、であるが。
「なら、俺が送ってやる」
 しかし。猟兵であり、陰陽師である女には祓ってやれぬこともない。
 今日は、今は機嫌が良いから、ことさら丁寧に向き合ってやろう。その無念を、受け取ってやろう。想いも、攻撃も、防ぎはすれど、受け入れてやろう。ハナから拒絶や否定はせず、理解しようと努めてやろう。
 例え、手離させてやることができなかったとしても、
「その想いごと、黄泉路の果てへ」

 瑠璃・宵は、かつては“物”であった。
 人に使われ、扱われる。
 命というものを、感情というものを持たない、ただの、物であった。
 けれど、人の子を羨む時もあった。
 その腕が。身体が。足があれば。
 あの時独り泣いていた主を、抱き締めてやれたのに。
 声を掛けてやることができたのにと。

 でも、それは。物の領分ではない。
 宵はステップを踏み、妖刀を振るう。
 ――“俺”は、俺らしく。
 主の願いを、叶えてやるだけだ。

 刀に乗せるは破魔の力。己に纏うは妖刀の怨念。
 己の影を置きざりにするほどの高速移動と、斬撃による衝撃波。
 寿命が多少削れたとて、構いやしない。
 これは、弔いの舞なのだから。
 ただ、その綺麗な髪も顔も腕も、斬り落とすのは惜しかったから。
 首だけを、狙って。
 地を裂き襲う、火柱の間を縫うようにして。
 隙を見ては一気に駆け、接敵、
 ――そして、一閃。

 主の顔をした頭が、ごとりと落ちた。
 分かたれた身体は砂のように空気中へ溶けていき、続くようにしてその頭も、さらさらと舞うように、夜の闇へと消えていった。
 宵は、夜空を見上げる。
 人はその生を終えると、彼は星になったんだよ、なんて表現をすることがある。
 宵の主も。
 これら幾つもの星達の、どれか、一つとなって。
 肉体を得た彼女を、見守ってくれているのだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴島・類
☆、傷、弐

※黒羽君(f10471)

赤々と映る鳥居を潜る
生者を羨む炎の化身が出るという
…何とも皮肉だが
それを祓う身で惑わされる訳にはいかない

異変を見逃さぬと注視
すると黒羽君に違和感抱き
黒帝に縋るよな掌、汗
何を見ているんだい?

心配で近づき
駆け出した背を即追う

いけない
過去に飲まれては
追った先
霊の見せる幻
炎に囚われて傷つく彼等

…謝るんじゃないよ
暴れることを恐れる瞳に笑む

己にも見える
嘗てを焼いた炎と
救えなかった、命の声

地獄のような火や
胸に巣食う呪いも痛もうと
今、足を止める理由にはならない
止めれば、また
生き願う子を喪う

連れては、行かせない
幻惑も毒も焚上で飲み込み斬る

蹲る彼の手を強く掴む
目を開けるんだ、黒羽


華折・黒羽
類さん(f13398)

☆・傷・弐

眸映る赤に過去の炎を思い起こす
冷たい汗感じ得体知れぬ恐怖から
連れた相棒に手は触れ
類さんの背見失わぬ様

─なのに
気付けば目前に全て奪った燃ゆる赤
耐え難い過去が繰り返す
大切なあの子の背目掛け振り下ろされる刃

助けようと
駆けた黒帝諸共惑わされ敵を見失う
斬られた感触だけが生々しかった

黒帝が
楔が
約束が
命がまたこの手をすり抜ける
楔失いどくり内の化物が目を覚ます
嫌だと抗えど霞む意識の中暴れ出そうと
身の内の影が広がる

耳に届く鈴音

─るい、さん

ごめんなさいと
たすけて
の色宿す眸

手も声も炎も
全てがあたたかい
影照らす光に
呑み込まれたくないと手を伸ばす

きっと今
凄く情けない顔をしているのだろうな



●闇(ほのお)と、光(ほのお)
 ――まだ何も起きてはいないというのに。冷や汗が滲むのもそのままに、華折・黒羽(掬折・f10471)は相棒の黒獅子の鬣を掴んだ。幼子が母を求めてそうするように、けれどそれ以外は何とか取り繕って、白きヤドリガミの背を追うことにのみ集中しようと。……嗚呼、けれど。
 あの赤が、過去の炎と重なって。
「……嗚呼、」
 炎が、見える。
 気付けば呪詛に、呑まれていた。


 赤々と映る鳥居を延々と潜り抜けながら、冴島・類(公孫樹・f13398)は思案する。生者を羨んでか、それとも恨んでか。グリモア猟兵の言葉によれば、炎の化身が出ることが予想されるが……。果たしてそれは、此処に出てくるのであろうか。それとも、この先か、もしくは帰りでのことなのだろうか。
 ……それにしても、炎だなんて。何とも皮肉だ。それを祓う身で惑わされるわけにはいかない。類は益々心を鎮め、周囲の様子を観察しながら着実に歩を進めていく。
 よくよく見て、異変を見逃さぬようにしなければ。
 そう、思いながら。
 と。
「……黒羽君?」
 いつからだろうか。何やら連れの様子がおかしい。
 つい先程まではいつもの彼であったはずだ。表情の薄く、冷静な。
 けれど。
「う……あ……」
 この彼は。小さく小さく、魘されるような声を発している。明らかなる異常事態に、類は内心ひやりとした心地で、しかし努めて冷静に様子を窺う。
「……黒羽君、」
 何を見ているんだい?
 そう、肩に手を掛けようとした瞬間。
「!! 黒羽君!!」
 黒羽は突如だっ、と駆け出し、類はそれを追うこととなった。


 ――人には誰しも、後悔や未練というものがある。
 切り離して生きる、或いは完全に避けて通るということは殆ど不可能なのであろう。其処に、感情がある限り。
 例に漏れず。
 華折・黒羽という男にとっても、大切な者が過去に在った。
 燃ゆる赤の中で。
 大切な“あの子”が、今、背後から斬られようとしている。
 そんなこと、見過ごせるはずもない。
 黒羽はすっかり惑わされ、黒獅子と共に駆け出していた。
 助けようと。あの耐えがたい過去を、決して繰り返しはしまいと。
「――……ッ、」
 このままでは間に合わぬ。必死になって然れど優しく、あの子を突き飛ばし、身代わりとなる。刃が振り下ろされ、あの子のものではない血が飛び散る。視界が一瞬ちかちかして、気を失いそうになって、でも、あの子が無事であることに心底ほっとして、嗚呼、良かった、と。
 ――斬られた感触だけが、妙に生々しかった。
「……?」
 ぼんやりとした視界の中、幻の見せる“事実”を知る。
 ……あの子が、いつの間にか血だらけで倒れていた。
 相棒の黒獅子――黒帝も、何故か一緒に斬られていたようだった。
「……なぜ?」
 思考が巡る。今回ばかりは助けたはずだ、助けられたはずだ。黒帝もまさかそんな、さっきまでは無傷だったはず、そんな、まさか。
 ぐるぐる、ぐるぐる。頭の中がこんがらがって、まるで縺れた毛糸のよう。取れない染み、解けない固結び。黒帝が、禊が、約束が。命がまたこの手をすり抜ける。禊を失ってしまったならば、――どくり。内なる化物が目を覚ます。
 嫌だ、止めろ、やめて、いやだ、
 闇よりも濃い黒々とした染みが、どんどんどんどん広がって、

 ――りぃ……ン、

「――ぃ、さん」

 るい、さん。

 ごめんなさい。
 たすけて。


「……謝るんじゃないよ」
 揺れる瞳に、安心するようにとゆるり笑む。
 どうやら危機は脱したようだ。此方を認識しはじめてくれている。
 引き戻されてしまわぬようにと、もう数度、りぃん、リィン、と鈴の音を鳴らして。類は、眼前の景色に双眸を細めた。
 ――冴島・類なるヤドリガミにも、自身の未練(それ)は、見えていた。
 己の伽となっているもの。心の何処かに、巣食っているもの。
 ……嘗てを焼いた炎と、救えなかった、命の声。
 己の地獄が、迫ってくる。心が。モノである己にはきちんと在るかも解らない、赤き血巡らす心の臓が。ひどく、ひどく痛む。
 けれど。
「連れては、行かせない」
 今、足を止める理由にはならない。止める理由になど出来るわけがない。
 止めればまた、生き願う子を喪う。そんなの、
 意地でも、現実にしてやるものか。

 さあ、現(うつつ)に帰ろう。
 悪夢を終わらせよう。
 幻惑も毒も呪詛すらも。焚上で呑み込み浄化して、遂に姿を現した、その正体を斬る。――その正体は、此方(せいじゃ)を羨む霊であった。
「ステキね」
「素敵だろうとも」
 我々には、未来があるのだから。
 然れど決して、この命を渡すわけにはいかない。
 震えながらも生きようと伸ばされた、あたたかな彼の手を。強く掴んで。
 彼を惑わせていた悪夢までもを、己の赤で塗り替え、すっぱりと斬ってみせた。
「目を開けるんだ、黒羽」


 手も声も炎も。
 全てがあたたかい。

 影照らす光に向け、呑み込まれたくないと伸ばした手は既にしかりと掴まれた。
 ――ああ、ひかりが。かれが、みえる。
 ……きっといま、
 凄くなさけない顔をしているのだろうな。


 全ては優しきほのおで包まれ。
 二人は闇から脱出する。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アルバ・アルフライラ
傷弐☆
ジジ(f00995)と
っくく、楽しげな匂いに惹かれたか
私を連れて行こうものならば
其処な入道が黙っておらぬぞ?

我が心には一つ大きな後悔がある
今の力を有していれば救えたやも知れぬ命
――ああ、セラ
お前は…私を恨むか?
毒を、瘴気を、齎される痛みを
毒や激痛に対する耐性で凌ぐ
…好きなだけ恨むと良い
僕はお前を救えなかった
砕かれるお前の叫びを聞く事しか出来なかった
――けれど
私は未だ其方には行けぬ

視線の先には懐かしい煌き
幾分か小さいそれに目を細め
朱き灯をゆらり、揺らす
…ほれジジ、師は此処ぞ

伸ばされた手を離さぬよう強く握り締め
我が未練たる幻影に【雷神の瞋恚】を落とそう
我が心を弄んだ不敬
その死を以て贖うが良い


ジャハル・アルムリフ
弐/傷/全て☆
師父(f00123)と

見慣れぬ朱は門の形
潜れば異なる世に出るも仕方なし、か
嘆くも喚くも貴様の自由だが
師だけは渡せぬと駆ける

ふと気付けば黒い砂嵐
顔の見えない少年
…ああ、またか
お前が淵へと誘うなら
俺は応えるべきなのだろう
だが

…あいつは、もういない
俺の糧となった
俺が糧にした
故に幻と知っている

腕でも脚でも持ってゆけ
今、それ以外にやれるものは
【竜墜】で意思を示し
手を伸べる先は青い光へ
出会った頃から追い続けた、無二の輝き
あの透明さに内包した後悔の正体は未だ知れずとも
穢れの渦より互いを引きずり出すように
――師父、此方へ

許されぬ事など疾うに知れど
辿るべき道も
帰るべき場所も
ただ彼の双つ星の導きの許



●彼の色
 赤とも、どこか違うような。それでいてこの提灯の如く、自ら発光しているかのような、そんなあか。見慣れぬ色は朱色という。師父はそう、教えてくれた。
 見慣れぬ景色に、見慣れぬ門。そんな、己すら見失ってしまいそうな中で。
 それでも師だけは渡せぬと、黒き竜――ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)はただひたすらに駆けていた。
 いつの間にやらはぐれてしまったか、それともどちらかが異界へと引き摺り込まれたか、或いは。何も分からぬまま、然れどこの異常事態はオブリビオンの仕業であろうと。それだけは確信し、暗黒を駆ける。何故、如何してと、誰かに問うまでもない。――この己が、我が師を見付けられぬはずがないのだから。
「……っ、」
 ザザ――……ッ、
 ノイズ音と共に、突如砂嵐が現れる。敵襲を警戒し足を止めれば、それはやがて俯いた少年の姿となった。
 ……嗚呼、その姿も、その服装にもうんと見覚えがある。
 転んでできた痣の痕だって、薬指にできたそのささくれだって。
 ……ああ、
「またか、」
 ふと漏れた吐息の色は、まるである種諦念であって。
 それこそ、この世に未練などないかのようであった。


 ――ああ、セラ。
 アルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)もまた、自身の過去と対峙していた。
「お前は……私を恨むか?」
 何とかそう問うてみても、あれからの答えはない。声もない。
 ……嗚呼、声帯まで奪われたのか。
 己にしては鈍く動かぬような頭や心の奥底で、ぼんやりと思う。
 私は――僕は、あの時。砕かれるお前の叫びを、ただ、聞くことしか出来なかった。
 今の力を有していれば、救えたやも知れぬ命。
 この両の掌から、零れ落ちることなどなかったやも知れぬ命。
 今は、叫ぶような罵詈雑言すら、聞けぬ。聞くことも出来ぬ。
 ……せめて、その声が聞けたなら。
 一瞬でもそう思ってしまったことの、何と傲慢なことだろう。
 恨みも痛みも全て、受け入れる。その気持ちに、嘘はないものの。
 アルバは自身をせせら笑ってから、改めてあの者を見詰める。
 毒が、瘴気が。傷の目立つあの者の身体に、厚く深く、纏わり付いていた。
「……好きなだけ恨むと良い」
 その言葉を皮切りとしてぶわりと襲い来る呪詛に、逆らわず、身を委ねる。
 何、痛みなど凌いでみせるさ。
 ただ、その恨みを。悲しみを。絶望を。孤独を。
 弾くような、拒絶するかのような真似だけは。どうしても、したくなかった。
 罅が入る音がする。身体が軋み、苦痛に奥歯を噛みしめる。
 ……ああ。お前は、きっとこれ以上に。
 ああ、セラ。

 僕は、お前を救えなかった。

「――けれど」
 僕は。私は。
 未だ、其方には行けぬ。

 ぽう、と灯った、小さき光。
 視線を其方へと遣れば、懐かしき煌めきにまなこを細める。
 未だ放さずにいた、朱きひかりをゆらり、揺らして。
 ……ほれ、ジジ。
「師は此処ぞ」


 重く頭を垂れた彼。ジャハルは彼に向けて、ぽつり、ぽつりと語り掛ける。
「お前が淵へと誘うなら。俺は応えるべきなのだろう」
 いつかのむかしに、ころしてしまった、かれ。
「だが」
 あいつは、もういない。
「お前は、もういない」
 ころしてしまった。殺してしまったのだ。
 糧となったのだ。俺の糧となった。あいつは糧にした。俺が、糧にした。
 故に。
「故に、幻と知っている」
 少年が、頭を擡げた。顔は、虚無のような闇に覆われている。
 ほんとうに?
 そんな、声が聞こえた気がした。
「嗚呼、」
 それに、応えてやる。
「お前は。――あいつは、」

「この俺が、殺したんだ」

 怒るように、一瞬で距離を詰めた彼のカオを見詰める。
 何処か受け入れるかのように。彼の思うまま、寧ろ差し出す勢いで、右腕を肩から呉れてやった。
 ……既に、幻と知りながら。
「持ってゆけ」
 許すように、黒曜を細める。
 今、それ以外に。やれるものはないからこそ。
「だが、我が命は」
 逆に、許しを請うように。
「我が命は、師父の為に」
 ――それが、許されるまで。
 この世は“彼”に捧げたのだと、彼に宣言してみせた。
 どくどくと脈打つ右は無視して、もう片方の腕を掲げる。
 
 ――竜墜、!!

 竜化し、呪詛を纏ったその腕は。
 虚無の貌に、躊躇いのない一撃を浴びせた。

 ざらざらと消えゆく彼の姿の、その向こう側に。
 ゆらり、と。あたたかな朱が、揺れるのが見えた。


 ――己との魔術訓練において失敗から生まれた、我が身にとっても付き合いの長い、その技と。弟子自身の、黒曜の煌めき。
 ――他でもない己自身が師父に渡した、朱き目印と。出会った頃から追い続けた、蒼き光。無二の輝き。

「ジジ、」
「師父、」

 ――此方へ。
 あの透明さに内包した後悔の正体は、ジャハルには未だ知れずとも。
 穢れの渦より互いを引きずり出すように。
 絶望の淵より互いを引き寄せ合うように。
 伸ばされた腕は今、しっかりとその手を手首から掴んだ。

「良くぞ見つけた」
 笑う師は、何だか久方振りのようで。
 ――許されぬ事など、疾うに知れど。
 辿るべき道も、帰るべき場所も。
 ただ彼の、双つ星の導きの許に。
 強く握り返された彼の温度を、彼の意思を感じながら。

「我が心を弄んだ不敬、その死を以て償うが良い」
 師――アルバ・アルフライラが仕込み杖を向けた先。
 天より穿たれた雷が、黒き霧を貫くのを己のまなこでしかと見ては。
 ジャハル・アルムリフは、改めてそう。傍らの青き一等星に、誓いなおしたのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報
弐、傷、風見くん(f14457)と。

ぶち撒けられた血と内臓で描かれた絵。
むせ返るような灯油のにおい。
燃える化学準備室。
……2012/8/19《あの夜》のことは、まだ、全部は思い出せない。

儀式は成らなかった。神様の声は聴こえなかった。僕は何も知らなかった。全部あの子を信じなかった罰なんだ。
肝試しだってさ、君は自分の肝臓を口に詰め込まれたことがある?
あれ、風見くん?
僕は今何を見て、

あ、駄目。
これ以上は駄目。
見ないで。
見せないで!

……ッ、ごめん。
これ以上、情けないところ見られるわけにはいかない、や。

敵の根幹が負の感情なら、その後悔を、この光景を、全力で焼き尽くす。
後悔まみれの『僕』ごと、全部だ……!


風見・ケイ
弐傷
夏報さん(f15753)と

風船のような破裂音。
降り注ぐ生暖かい液体。
口に入り思わず吐き出したゼリー状の何か。
恐怖に竦む私を庇った先輩――彼女はまるでサモトラケのニケのように。

……今でも夢に見るんですよ。
だからいつものように目を覚ますだけ。
簡単です。

あれ(残滓)の仕業か……夏報さん?
夏報さん!
戻ってきてください!
何も見ない、記憶を消してもらってもいいから
熱ッ、それはダメだ……

彼女は消えてしまうのではないか。
嫌だ。
次は耐えられない。
ならば。

さあ、今度は左腕をあげる。
足りなければ脚だって。
だから、お願い。彼女が消えてしまう前に、すべて喰い尽くして。
あの日ように。
……今日は、間に合いますように。



●Twinkle, Twinkle, Little Star.
 2012/08/19。
 ――あの夜のことは、まだ、全部は思い出せない。

 並ぶ薬品棚と、机。ホルマリン漬けの何かに、割れたガラス瓶。
 ぶち撒けられた血と臓物と、それらで描かれた禍々しき絵。
 むせ返るような灯油のにおい。鼓膜に響く、モノがごうごうと焼ける音。
 舞い散る書類の白も、己の髪先も、何もかもが。最早全て、焼け焦げて。
 燃える化学準備室。
 あのよるの、こと。

 臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は頭痛と吐き気に襲われながら、朧気な記憶の中の、いつかの岐路に立っていた。
 喉がひどく渇いている。涙なんて枯れ果てている。
 ただ胃液ばかりが込み上げてくるようで、うえ、とひとつ嘔吐いた。
 ――儀式は、成らなかった。
 神様の声は聴こえなかった。
 僕は何も知らなかった。
 全部あの子を信じなかった罰なんだ。
 肝試しだってさ。君は、
 ――君は、自分の肝臓を口に詰め込まれたことがある?
「ぅ、ぇ、」
 耐えきれずに、夏報は胃液を吐き出した。


 風船のような破裂音。
 降り注ぐ生暖かい液体。
 口に入り、思わず吐き出したゼリー状の何か。
 恐怖に竦む己を庇った先輩――彼女はまるで、サモトラケのニケのように。

 ……今でも夢に見る。それこそ、毎日のように。
 風見・ケイ(壊れた鉛の心臓・f14457)は、ゆるやかにその色違いの双眸を閉じる。
 こんなの、既に慣れっこだった。
 ――胸の痛みは消えねども。
 幾度も繰り返された夢を、これは夢だと、断じることだけは容易かった。
 ……だから、いつものように。
 いつものように、目を覚ますだけ。
「簡単です」
 ――起きろ。
 己に、夢(せかい)に念じてから。再び赤と、青の瞳で現(せかい)を見る。
 視界は山の空気が如くクリアだった。赤の鳥居に、囲む木々。儚げにたゆたう夢の残滓に、あれの仕業かと睨み付け。攻撃し、見事霧散させたなら。遠くで聞こえる、呻きや悲鳴。同僚達もそれぞれに、過去や未練と戦っているらしいと。助けに行かねばと思ったところで。近くで聞こえた、嘔吐く音。まさか、あれは――。
「……夏報さん?」
 何かを見て、苦しむ彼女の姿があった。
「夏報さん!」
 女は飛び付くかの如く、彼女の元へと駆けていく。


 ――ん、――……さん、。
 とおくでこえが、きこえたきがする。
 ――さ、……。――……ヵほさ、……。
 これは、だれのこえだったろうか。
 ――……ㇹさん。――かほさん、。
 これは……。
「――夏報さん!!」
「……っ!!」
 がくがくと肩を揺らされているらしいことに、漸く気付く。
 これは、かざみくんのこえ。ぼくは、かほ。そして、ここは――。……ここは?
「戻ってきてください!! 夏報さん!!」
「……あれ、風見くん?」
 繰り返される己の名前と鋭く響く同僚の声に、ザア……と視界が晴れてゆく。
 それでも動揺は収まらず、揺れる藍は友を見詰めた。
「僕はいま、何を見て、」
 鼻腔の奥で、灯油の匂いが再び香った。
 鳥居のそれとは違う赤が、また。視界の端で、ちらついて。
「……ぁ、」
「ああ良かった、……夏報さん?」
「だめ、」
「……?」
 だめ。
「これ以上は、」
 だめ、駄目。駄目、みないで、
「見せないで!」
「!!」
 一瞬硬直した彼女を余所に、ユーベルコード――【2012/8/9(コール・イット・ア・デイ)】を発動する。
 それは、後悔を焼き尽くすコード。
「何も見ない、見てませんから!! 記憶を消してもらってもいい、だから!」
 早まらないで!! 叫ぶ声は近いはずで、けれど何処か、遠くの――何かの向こう側で、聞こえた気がした。
 色褪せたアルバムから写真を取り出す。それは、ごうごうと。ひとりでに、燃えている。
「……ッ、ごめん」
「これ以上、情けないところ見られるわけにはいかない、や」
 ぎこちなく、唇の片側を吊り上げるように笑う。
 嗚呼、僕はきっと。上手く笑えてなどいない。
 そうぼんやりと思いつつも、視線は直ぐに逸らされて。改めて、まだ薄く見えている、あの絵と。この幻を作り出した、霊のかたちをした“それ”を見詰めた。
 敵の根幹は、恐らく負の感情だ。後悔と未練で、できているのだろう。
 なら、
「その後悔を、この光景を、全力で焼き尽くす」
「後悔まみれの『僕』ごと、全部だ……!」

 燃え盛る写真が、投げられる。それは夏報ごと、後悔を焼き尽くさんと。ごうごうと、ぼうぼうと。唸り声と、悲鳴を上げる。
 止めようとした手は、振り払われた。火柱が上がって、まるで拒絶するかのように。炎の壁が、円状に広がる。
「夏報さん、それはダメだ……っ! いま助けに、熱ッ、」
 最早人の身では、この中に入ってゆくことはできない。
「夏報さん……っ!!」
 巻き上がる炎。散る火の粉。庇うように掲げた腕の下で、ケイは必死に叫び続ける。
 返事はない。
 彼女は既に、覚悟を。そちら側へと行く覚悟を、決めてしまっているのかもしれない。
「っ、」
 彼女は消えてしまうのではないか。
 そんなの、嫌だ。
 “次”は耐えられない。今度こそは、助けたい。

 ならば。
 判断と、決断は直ぐに、下された。
 炎が彼女を覆ってから、およそ数秒。発動させたのは、【星に願いを(スター・オーバー・ヘッド)】。
「――消えるのは、私だけでいい」
 さあ、今度は左腕をあげる。足りなければ脚だって。
 だから、お願い。
 彼女が消えてしまう前に、すべて喰らい尽くして。
 あの日のように。

 星に願いを託すように。左腕をぴんと張って、縋るように、天に祈った。
 指の間から見えた夜空は、ひどく美しく、きれいで。
「……今日は、間に合いますように」
 消失した左腕と右足を贄として、現れたのは名状しがたき。不定形の、黒い岩のような。獣の怪異――UDCであった。
 黒き獣は炎の壁をものともせず、突き抜けて。
 夏報の炎を捩じ伏せるようにしながら、霊を襲い、喰らっていく。
 赤がもろとも、彼女を焼いてしまう前に。黒が先に、喰らい尽くしますように。
 転げるように、座り込みながら。瞬きさえ忘れて、眼前の光景をただ見詰める。炎の壁は、まだ消えない。あとはカミサマに、祈るしかなかった。

「……、」
「ぁ……」
 彼女の姿が、鮮明に映る。炎の壁が、消えたのだ。
「夏報さん!!」
 糸が切れたように後ろに倒れ込んだ、彼女を急いで抱きとめる。
 代償として捧げた箇所は暫くののち、歪で醜い肉と成った。まさしく異形のそれではあったが、それでも、己の手足として動き、彼女のために働いてくれた。
 彼女の熱傷は、酷い。
 けれど。
「ぁれ……? ぼく、は……」
 うわごとのように喋り、揺らぐ青が。まだ、生きていたから。
「消えるなんて、許しませんからね」
 そう、冗談めいて微笑むのだ。
「風見くん、こそ……」
 消えるのは私だけでいいとかなんとか、うっすら聞こえてたんだからね。
 そうしたら。彼女が爆弾を落としてゆくものだから。
「な、」
 聞こえてたのならもっとしっかりしてほしいものですと、また冗談を言いかけたけれど。でも、
「いきてて、よかった」
 ただただ嬉しさが、込み上げるばかりで。
 間に合って良かったと涙ぐむケイに、夏報は今度こそ、眉をハの字にさせ。
「……ごめんね」
 申し訳なさそうに、謝って。
 それを受け、ケイも。
「いいんですよ」
 ただ、無事で良かったと。
 瞼に掛かった前髪を、そっと払ってやるのだった。


 ――頭上では、きらきらと星が瞬いている。
 その夜空からはひとつだけ、小さな星が消えていたこと。
 当人達は気付けはしない……やもしれないが。
 確かに願いは、聞き届けられたのだ。
 流星となって、彼女の代わりに、燃え尽きて、藍に溶けて。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

エドガー・ブライトマン
傷/弐
私が持ち合わせている記憶はそう多くない
何故なら、レディが食ってしまうからさ

つまり、私が覚えていなくともレディが覚えていてくれるとも言える
未練やら後悔の自覚はないのだけれど、こうして現れるということは
やはり、私にも一応そういったモノがあったんだねえ

現れたのは弟のジョージの姿の幻惑。久々に見るなあ
レディ?私はジョージに対して何の後悔があるんだい?
……教えてくれないよね

後悔の自覚は無いまま、弟の幻惑に立ち向かおう
その姿を使われるのも、兄として良い気がしないからね
《激痛耐性》のお陰と言うべきか、負傷には気づかない
隙を見て“Jの勇躍”

さあ、弟の幻惑を払ったならば
囚われて抜け出せない仲間を助けよう



●Jについて
「ああ、ジョージ」
 久々に見るなあ、と何処か他人事のようであるのは、金髪蒼眼の男――エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)だった。
 レディ? と彼は、いつものように左腕に語り掛ける。
「私はジョージに対して何の後悔があるんだい?」
 沈黙。
「……教えてくれないよね」
 弟である、ということだけは覚えている。他も、ほんの少しなら。
 けれどエドガーは、肝心のことは何も覚えていなかった。
 何故か。
 それは、この薔薇(レディ)が、色んな記憶や思い出を節操なく食べてしまうから。
「まったく、いつものことながらレディには困ってしまうよ」
 やれやれと首を振るも、彼女は沈黙を貫いている。彼女は頑固であり、我儘だ。気分屋で、傲慢で。その振る舞いは、まるで女王さま。
「幾らかでも、戻してくれれば嬉しいのだけれど」
 吐こうと思えば吐けるんだろう? と、じっと。お願い、の気持ちをこめて見詰めてみても、やはりと言うべきか、戻してくれる様子はない。
 これは諦めるしかないかなと。エドガーは改めて弟を見遣った。
 ――ジョージ。親愛なる、我が弟。
「未練やら後悔の自覚はないのだけれど」
 こうして現れるということは。
「やはり、私にも一応そういったモノがあったんだねえ」
 記憶を失った相手には、このような精神攻撃は当然、通じることはない。
 幸か不幸か。後悔の自覚もないままに、兄はその剣先を、愛しい弟へと向けた。

 エドガーの持つ記憶はそう多くはない。弟についての記憶に限らず、家族のことも、友人のことも――己についての記憶さえ、少なからず奪われてしまっているのだろう。小さな出来事も、大きな出来事も。レディはたくさん、食べてしまうのだから。
 けれど、こうとも言える。
 己自身が覚えていなくとも、この左腕の狂気だけは。暴虐たる淑女の、独裁者たる女王の“レディ”だけは、いつまでもずっと、余すことなく覚えていてくれる。
 今はきっと、それでいい。
 ――偶然会った仲間から、幻惑の仕組みは聞いていた。それは、未練や後悔の元となった過去や記憶の幻を、それぞれに合わせた形で見せ、弱らせてくるのだという。
 ……だから先程、あんな発言をしたのだけれど。
「さあ、掛かってくるがいい」
 レイピアの先をくい、としならせ、挑発する。
 ――この幻影である理由も、何がトリガーとなったのかも分からない。己自身に反応したのか、それともレディが記憶を持っていてくれているからか。
 何も、分かりはしない。けれど。
「今は、戦ってみせるさ」
 勇猛果敢に、王子が如く。
「その姿を使われるのも、兄として良い気がしないからね」
 さあ、さあ。
 さあ、ご照覧あれ。
 選んだコードは、【Jの勇躍(シャル・ウィー・ダンス)】。
「私と踊ろうか、親愛なる弟の幻影よ」
 ここまで言っても我が弟は、ただ此方を見詰めるばかり。
 ――それもまた良し。
 掛かって来ないというならば、此方からいくまでだ。
 男は金糸をさらりと揺らして、地を蹴り前へと駆けてゆく。
 華麗な剣戟を見せるエドガーはきっと、幻(ジョージ)より、ジョージらしかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

境・花世
◎◆

百鬼夜行に紛れる気配は
錆びた血と遠い海の匂い
ああ、ほんものの鬼が出たんだね

――それならもう、かくさないでいい?

怪人の仮面を剥ぎ取って、
迷いなく右目に伸ばすゆびさきで
ぐちゃりと薄紅の花を毟りとる

それは腸のように生温く
なのに血さえこぼれない
虚ろな眼窩が闇を孕むばかりの化物
みにくい、悍ましい、この躰で、
境界線を今、踏み越えよう

闇にひそむ影を早業で掻い潜り、
裁曄で形なき穢れを断ってゆく
ぱちん、ぷちん、花枝を切るように
散る毒も怨嗟も構いやしない

ひとでないものをころすのは、
結構むずかしいんだよ、慣れてないとね

残滓に刃を突き立てながら薄らと笑っていれば
いつの間にかこの右目には、また爛漫の花が咲く



●奈落の底
 さあさ、歩もう。朱に交わるまで。
 宵に染まって、朱く染まって。
 行って帰ろう、いきてかえらぬ。千本鳥居の、向こう側へ。

 境・花世(*葬・f11024)はそんな風に、花愛で酒愛で、ひとのふりして歩いていたが。
 千本鳥居に辿り着けども、化けの皮は剥がれぬまま。
 きれいだなあ、なんてどこ吹く風で、まだまだかわいく猫被り。
 そのさまはまるで、ひとりの女。無力で哀れで、目立たぬ民草。
 彼女の扮する怪人のように、おそろしきものなどにはとても見えず、とても思えず。
 寧ろあの歌姫が如く、純真可憐そのものな空気で。
 ――ひとの気配に、たのしい宴に、羨む霊がやって来るまで。
 上手く紛れたひともどきは、行列の中で今しばらく、黙って笑って、ただ歩いて。ひたすらに、大人しく。ひととして、ひとを愛でていたのであった。

 そうして少しの時が経ち。
 宵が深まり、千本鳥居の始まりも見えなくなってしまった頃に。
 ふと、花世はすん、と。鼻先を僅かにひくつかせ、周囲に漂う香りを嗅いだ。
 突如、紛れたいやな香り。百鬼夜行に紛れた気配は。
 錆びた血と、遠い、遠い、海の匂い。
「ああ、ほんものの鬼が出たんだね」
 呟いて、にっこりわらう。

 ――それならもう、かくさないでいい?

 右目を覆う、怪人の仮面。白きそれを自ら剥ぎ取り、薄紅の牡丹を露にさせて。ひとのふりを、やめたならば。
 迷いなく伸ばす五つのゆびさきで、ぐちゃり、と。
 薄紅の花を、毟りとる。
 誰かが見れば、叫んでいたことだろう。
 腰を抜かし、気を失っていたことだろう。
 その奥にあったのは、薄紅色の可愛らしいみぎめ……などではなく。それは。

 ――それは、腸のように生温く、なのに血さえこぼれない。
 虚ろな眼窩が闇を孕むばかりの。

 ……嗚呼、怪人なんてなまぬるい。
 わたしは『化物』なのだから。

 漸く正体を現した、花世という名の化物は。
 とん、とん、と軽やかに、地を駆け、門を潜り抜ける。
 幾つも幾つも、朱色の門を通り過ぎても。
 この躰は、この眼窩はきれいに染まってくれやしない。
 けれどもきっと、化物退治にはぴったりだ。
 彼方側へ向かうのに、何の痛みも、代償も払わなくて良いのだから。
 ……否、痛みは、感じたのかもしれないけれど。
 今は気付かぬふりをして。
 みにくい、悍ましい、この躰で。
 境界線を今、踏み越えよう。

 行列は直ぐに追い越して、そのまたずっと、ずっと先。
 闇にひそんでいる影を、掻い潜って、的確に。
 裁曄と銘打つ刃にて、形なき穢れを断ってゆく。
 ぱちん、ぷちん。
 それはまるで、花枝を切る庭師かのよう。
 切る合間に散る毒も、此方に向かい、舞い落ちる怨嗟も。
 構わずに、次へ次へと。その命を断ってゆく。
 境界にある糸を、命の境目を。瞬時に見極め、断ってゆく。
 ぱちん、ぷちん。

 ――ねえ、しってた?
 ひとでないものをころすのは、結構むずかしいんだよ。
 慣れてないとね。

 あの時の少年がこの場にいたなら、女はそう、咲っていたことだろう。
「――ふふ、」
 然れど女は、少年がおらずとも狂ったように、ひとりでに咲う。
 冷えたまなこを蕩けさせて。
 残滓に刃を突き立てながら。花のような、吐息混じりに。
 薄ら、と。笑う、咲う。
 ――いつの間にやら。
 虚ろばかりだったはずの。奈落の底そのものであったはずのその右目には、また。
 爛漫の花が、咲いていた。

「ステキね」
「ほんとう?」
「ステキね」
「ありがとう」
 あげれるものなら、あげたっていいんだけどな。
 でも、そういうわけには、いかないから。
 行きはよいよい、帰りはこわい。

 ――ぱちん、ぷちん。
 ――ぱちん、ぷちん。

大成功 🔵​🔵​🔵​

千頭・定
◎傷弍
出ないとか嘘でした。
ごめんね、エリオくん(f16068)
行列楽しくなっちゃって。

特効役はお任せ下さい。
異論は無し無しです。
それでは、お仕事を開始します。

武器は鋼糸。
赤くて可愛い、私の意図です。
[暗殺]をするように[早業]で行動。
嘆く間もなく、幽霊さんをあの世送りに。
腕が飛ぼうが覚悟の上[激痛耐性]で続行です。

幽霊さん…母様を思い出します。
私が、お仕事で失敗をしなければ、ご存命の母様。
……戦闘中に意識を逸らしては、それこそ母様に嘆かれてしまいますね!!

エリオくん、正気ですか!
変な薬吸ったみたいな顔して!
しっかりしてください!

怖くても、名前が呼びづらくても、行列は進みますので。
通して下さい。


鐘馬・エリオ
◎傷弍
オバケいるじゃん、定(f06581)
美人な幽霊だな。

僕は後衛。
女の子に任せるなんて心苦しいけど…頼んだよ。

鐘を鳴らして彼に傅こう
召喚した首切馬と援護。
彼に影から攻撃をしてもらいつつ、[空中浮遊]で大鎌に宿した氷[属性攻撃]を放って撹乱。
[傷口をえぐる]よう切りつけるよ。
視線は怖いので、危ない時は定を回収、首切馬と共に影に潜り込む。

彼女を見てると…忘れた嫌な記憶思い出しそうだな。
そんな時は鬱な気持ちも吹き飛ぶ薬。
[ドーピング]で持ち直そう。
これは合法だからね。

神様の通り道に、僕らがお邪魔しちゃいけませんよね。
でも、この行列止まらないので。
定の名前が曖昧でも呼べるうちに、事を終えたいな。



●記憶
「オバケいるじゃん」
「出ないとか嘘でした」
 どこか他人事のような雰囲気で行列の中に紛れていたのは、鐘馬・エリオ(鈴蘭の礎・f16068)と千頭・定(惹かれ者の小唄・f06581)の、少年少女二人組だ。定は申し訳なさそうに、ごめんねエリオくんと言葉を続けて。
「行列楽しくなっちゃって」
 ぺろ、と小さく舌を見せた。
 ……と、いうのも。
「お化けが出たぞー!」
「本物の化生だとよ!」
 こういった具合に、行列の前方は何やら騒がしく。後方や中ほどの者達は、そんなまさかあ、臆病者が勘違いしたんだろ、などと、気にせず行列を進めようとするのだが。前が詰まってはどうにも動くこともできず、渋滞ができてしまっているという状態である。
 騒ぐ声は聞こえるが、様子は窺えない程度の距離。前方寄りの、中ほど組といったところか。定とエリオの二人はその辺りで足を止めながら、聞こえてきた混乱に対し、そんなやり取りをしたのだ。
「どうします? 私達も出ましょうか」
 ぴょこぴょこと、人波の頭と頭の間から顔を覗かせるようにして、背丈の低い定が問う。
 予想されるのは、招かれざる者達――オブリビオン。同僚達が戦っているような音も何だか聞こえる気がするので、ほぼほぼ間違いないだろう。
 元は仕事で来たのだから、仕事ならばちゃんとしないと。真面目な気質の定はそういった、真剣な思いで尋ねていたのであったが、隣のエリオは。
「おばけこわい」
 どこまでが本当か、ふるふる震えてなどいるので。
「もう、ちゃんとしゃきっとしてください!」
 定はエリオの猫背をぱしんと、喝を入れるように叩いたのであった。
「定、いたい」
「はいはい。……いきますよ」

 特攻役はお任せください、と微笑んで地を蹴ったのは、少し前の話。
 行列を一度抜けて森に入り、険しい山道を駆け、再び千本鳥居の並ぶ元へと戻ろうと。鳥居と鳥居の間を縫うように、定は己の身体をするりと滑り込ませたはずであったが。
「どうして……?」
 母様。
 弱く響いたその音は、空気中に溶けて消えた。

 その姿は、定の記憶を刺激する。
 ――私が、お仕事で失敗をしなければ、ご存命中の母様。
 厳しく、武芸に長ける。私の師匠でもあった、死んだはずの母様。
 母様が死んだのは。
 私の、せい。

「……でも、」
 揺らぐ私を、きっと母様は許しはしない。
 悲しむはずだ。現実と夢をごちゃまぜにして、縋る私を見たならば。
 だから。
「……戦闘中に意識を逸らしては、それこそ母様に嘆かれてしまいますね!!」
 自身を鼓舞するようにそう言っては、努めて笑うのだ。
 ……とはいえ。定にとっては、その精神攻撃は大したものではなかった。ダメージを受けた、ショックを受けたなどといった種別のものではありはしない。ただ少しだけ、驚いただけだ。
 ――元より定という少女は、正気などとうに失っている。先程の揺らぎは、ほんの僅かな確率の合間を縫って奇跡的に生まれてしまった、ブレでしかない。バグでしかない。母に叩き込まれた多様な武技が、この程度で鈍るわけがないように。その精神も、容易に崩壊などはしない。……故に。
「――お仕事、開始します」
 冷やかなまなこにはもはや、感情などといった不要なものは微塵たりとも残ってはいなかった。仕事を前にした定は無敵だ。普段は垣間見せる好奇心も、その年頃らしい子供っぽさも、今ばかりはなりをひそめて。冷徹なる指先で、鋼糸を操ってゆく。
 赤い糸が、定の意図が。母の姿をした霊を、すっぱりと無慈悲に切断した。
 母の顔が、首が、落ちる。
「ちょっと通してくださいませ」
 その様子はまるで、反抗期を迎えた娘のようでもあり。

「嫌な記憶思い出しそうだな」
 折角上手く忘れているのに。
 エリオは彼女の姿を見て、眉を寄せてそうぼやく。そんな時はと、取り出したのは怪しい丸薬。こくりと飲み込めば、あら不思議。鬱な気持ちも吹き飛んだ。
「……これは合法なやつだから」
 誰にともなく呟いて。編み出すのは、“彼”を呼ぶための術式。
「――彼に傅こう」
 ごおん、ごおんと鐘が鳴る。召喚したのは首切馬。影に潜った彼に援護をしてもらいながら、前衛の定の、激しく靡く鋼糸の合間を縫うように。慣れたように、大鎌に纏わせた氷属性の攻撃を放つ。二人のコンビネーションは素晴らしいもので、敵はなすすべもなく、次々と葬られていった。
 ……そんななかで。不意にある幽霊と、顔が合ってしまう。
「美人な幽霊だな」
 エリオはぱちくりと目を瞬かせるも、やはりその黒々としたまなことじっと見詰めてくる視線はひどく恐ろしいもので。
 直ぐに顔を逸らしては、気を紛らわすように定の様子を窺った。
 ……女の子に前衛を任せるのは、心苦しかったのだけれど。
 人には向き不向きというものがあるし、彼女が前衛を、と言うのであれば、己は後衛に徹するしかなかい。今は彼女と彼女の実力を信じて、できるだけ怪我のないように観察と、援護とを入念に行ってやるだけだ。
「神様の通り道に、僕らがお邪魔しちゃいけませんよね」
 でも、この行列止まらないので。
「ちょっと通してくださいな」
 エリオは鳥居を見上げて、ぼんやりとカミサマに語り掛ける。
 仕事も、面倒なのも大嫌いだ。
 ――でも、それはそれとして。
 何だか彼女を、見失ってしまいそうだったから。
「……この仕事、はやく終わらせて帰って寝たいな」
 ねえ? さだ。
 気のせいかもしれないが。今は別の理由も、加わったような気がして。
 此方側へと繋ぎ止めるように、彼女の名前を呟いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

花剣・耀子

◎◆傷

見えるのは、たくさんのちいさな影。
すこしだけ年上の子。同い年の子。やさしい笑顔。
――否。
そのどれより、もうあたしの方が大きい。
同じ組織の、おとなになることが出来なかったこどもたち。
みんなの時間は止まったままで、少しずつ距離が開いていく。

喪失を悔いて、届かなかった心を残して、……きっと早晩あたしも其処へと墜ちる。
先に斃れたら、きっと未練がない訳じゃない。後悔がない訳じゃない。けれど。

でもね。
未だなくしていないものを惜しむなんて、器用なことは出来ないのよ。
いまここにあるいのちは、あたしのものだわ。
如何使うかは、あたしが決めるの。

散りなさい。
おまえたちにくれてやるものなんて、ひとつもないわ。



●レールの先
 ――目を開ける。
 花剣・耀子(Tempest・f12822)はその青で、映し出される世界を見た。
 周囲は暗く、闇の中を彷徨うよう。
 けれど、其処は線路だと分かった。
 木の板と鉄でできた、一昔前の線路。
 苔の生えた枕木に、錆びて赤茶けたレール。
 どうしてこうなったのだろう。
 どうしてここにいるのだろう。
 耀子はただぽつねんと立っていたが、此処にいても何も始まらないと、一先ず前へと歩いてゆくことにした。
 ……どちらが前で後ろかなんて、分かりはしなかったけれど。

 やがて見えてきたのは、影。
 たくさんのちいさな影だった。
 すこしだけ年上の子。同い年の子。やさしい笑顔。
 ――否。
 そのどれより、もう耀子の方が大きい。
 それは、耀子の所属している対UDC組織の。
 おとなになることができなかった、こどもたちであった。
 背比べをするように、一人一人を追い越してゆく。
 足は、不思議と立ち止まってはくれなかった。
 耀子だけが、ひとり前へと進んでいく。
 みんなの時間は止まったままで、少しずつ距離が開いていく。
 ――嗚呼。立ち止まるとは、死ぬということなのだと。
 耀子はぼんやりと、さとる。
 あたしはまだ死んではいないから、止まれないのだと。
 止まって、その頭を撫ぜてはやれないのだと。
 ふと、歩きながらも足元を見た。
 何で今まで気付かなかったのだろう。
 ……己だけ、線路の上に立っていた。
 他のみんなは、地面があるかも分からない、暗がりの上に在るだけだ。
 己だけが、この道を歩んでいる。

 ――喪失を悔いて、届かなかった心を残して、……きっと早晩あたしも、其処へと墜ちる。
 先に斃れたら、きっと未練がないわけじゃない。後悔がないわけじゃない。
 けれど。

「――でもね」
 ぽつり、呟く。
「未だなくしていないものを惜しむなんて、器用なことはできないのよ」
 足は自然と止まっていた。もう、夢は終わりなのだろうか。
 それとも……。
 胸に手を遣る。心臓はまだ、動いていた。
「いまここにあるいのちは、あたしのものだわ」
 あたりまえのことを、覆しはない。
 墜ちるときは、きっと身を委ねるだろう。
 でも。
 いま、うつしよに生きて、息をしているのであれば。
「あたしのいのちを」
「如何使うかは、あたしが決めるの」

 ――コードネーム、《花剣》(テンペスト)。
 それは、花を散らす嵐の具現。
 組織に拾われ育てられた、孤児であったひとりの羅刹。 
 戦場で拾われ戦場に生きる、黒と青の、ひとりの少女。

「――散りなさい」
 おまえたちにくれてやるものなんて、ひとつもないわ。

 放たれた白刃は、その名の通り。
 花の嵐(テンペスト)となって、過去を残らず消し去っていく。
 それが、線路の奥まで届いた時。
 少女の姿は白く輝き、赤混じる現実へと帰っていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『徒花太夫』

POW   :    傘妖扮人魚
【烈々たる炎の雨を降らす人魚態】に変身し、武器「【傘『開花芳烈』】」の威力増強と、【炎の海を泳ぐこと】によるレベル×5km/hの飛翔能力を得る。
SPD   :    指切立心中
自身の【切り落とした指】を代償に、【馴染みの客の亡霊たち】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【各々の職業に即した武器や青白い幽鬼の炎】で戦う。
WIZ   :    怨魂着金魚
自身が【怨み、辛み、妬み】を感じると、レベル×1体の【決して消えぬ怨讐の炎で創られた金魚】が召喚される。決して消えぬ怨讐の炎で創られた金魚は怨み、辛み、妬みを与えた対象を追跡し、攻撃する。
👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は多々良・円です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●炎上花街
 炎が。炎が見える。
 嗚呼、誓ったのに。私はあの者に誓ったというのに。
 あの者も私に愛を囁き、いつか此処から連れ出すと。
 甘く蕩けた顔をして、そう、誓ったというのに。
 ――あれは嘘だったの?
 さいごには別の女を連れて、その女と共に、梅と成った私を嘲笑って。
 この私を、ひどく冷めた目で見下ろしていた、彼は。
 ――私を愛してはいなかった、と?
 嗚呼憎い。
 憎い憎い憎い憎いにくいにくいにくいにくい。
 もはや連れは愛しい金魚と、赤く美しきこの傘のみ。
 嗚呼、焼けてしまえばいい。全て、全て、全て、焼け落ちて。
 消えて、なくなれ。

 ――この身、諸共。


 千本鳥居のその先に、社があると、聞いていたが。
 神域であるはずのその場所は、既に穢れに塗れていた。
 安全のため、村人達を置き去りに。
 待ってもらった猟兵達は、一足先に辿り着く。
 彼らの目に、飛び込んできたのは。
 ――朱を染める、赤、赫。
 恨みと憎しみを糧として燃える、炎と。
 左右それぞれにずらりと並んだ、燃え続ける、遊郭であった。

 あるはずのない花街に、これは夢だと彼らはさとる。
 中央には一本の道。奥には小さく、朱き社が見えていた。
 花街にしては異質に佇む、まだ燃えずにいる、朱きそれ。
 社は現か幻か。行ってみねば分からぬものの。
 これらの何処かに、居るのだろう。
 恨みと憎しみに燃える何かが、きっと恐らく、居るのだろう。
 探さねば。
 猟兵達は一歩を踏みしめ、千本鳥居を抜けたけれども。
 行こうとしていた道の先。
 燃える花街の直ぐ手前が、ふいに突然、盛り上がって。
 ひとつの小さな、山となった。
 花街始まる門の手前に、ゴミ屑のような、何かがひとつ。
 よくよく見ると、それは――。

 ぐるん。
 山の一部と化した“女”が、首を動かし此方を見る。
 掠れて血の滲んだ色の悪い唇が、僅かに開き、上下する。
 ――わたしたちを、すてるなんて。
 ぐるん!
 その言葉を皮切りに、一斉に、他の女の首も動く。
 髪も着物も、乱れ、血と土と、泥に塗れて。
 暗いまなこで、見詰めてくる。
 爛れた肌は、火傷のそれのようでもあったが。
 見る者が見れば、気付くだろう。
 ……女達は梅の病に、侵されて死んだのだと。
 ゴミ屑のように、投げ棄てられ。積もり積もって、山を成したのだと。

 幾つもの虚無が、見詰めてくる。
 怨嗟の渦が、生者を呪う。
 この幻を生み出した者も、きっと。

 ――憎悪の炎と梅の毒と、男達とに、侵されて。
境・花世
参◎◆

未だこの身にふれたものはなく
未だこの身を焦がした恋はない
それは不幸だったか、さいわいだったか

だってほら、そんなに痛くて苦しそう

赤く澱んだまぼろしの廓を
ふらり歩いて暗がりを視る右目
そこにいるの、今も哭いているの
手巾の代わりに差し出す薄紅の一片は
その虚ろへと手向けるために

恋などしなければよかったろうか
いずれ朽ち棄てられる花ならば
はじめから、咲かなければ、

――ああ、だけど一度芽吹いたその種は、
止めることなどできないんだね

身に巣食う花がざわりと揺れて笑うのは、
悶え、憎み、燃え尽きることのない
“ひと”の業を愛おしむから

困ったように淡く笑ったならば、
何もかもを花吹雪のうちにかき消して



●燃ゆるほどの、
 燃える花街。燃ゆる遊郭。
 高温で炙られ続ける廓内の空気は、それ自体が幻を見せてきそうなほど、熱く揺らめき、澱んでいて。呪詛も溜まっているのだろう。猟兵の身を以ってしても、流石にすこし、息苦しかった。花のような女がひとり。境・花世(*葬・f11024)は、花咲き乱れる幻を歩く。
 躊躇わずに、ひらひらと。目的などないように、然れど気紛れだけでもないように。何を思ったか知れないが、ふらり、建物の中に入っていったのは、ほんの少し前のこと。この幻を作り出した張本人を探しているのは勿論そう。けれど、あの“山”のような幻影がもし他でも見えるのなら。……興味があったのだ。だって、彼女は――。
「ねえ。恋って、どんな感じ?」
 軋む階段を下りてきた、うら若き遊女に話し掛ける。馴染みの客だろうか、向こう側に顔を遣っている男の腕に、自ら己のを組ませた。もしかすれば商売としてそうしているという側面もあるのやもしれないが、けれどやはり、女の顔は恋をするもののそれである。紅潮する頬、上がる口角――煌めくひとみ。
 若草色の着物を纏った十代らしきその少女は、此方には気付くことのないままに、男と何やら話している。声は不思議と聞こえないものの、ぱくぱく動く小さい口が、何とも可愛く、愛らしい。
「おしえてよ、」
 言葉は花には届かない。全てが滞るような空気の中で、薄く色付く唇を出てから。ほんの、ほんのすぐ先で、ぴたりと止まってしまったかのよう。届かぬ言葉はふよふよ浮いて、まるで進むのをやめてしまったかのよう。
 ビジョンが変わる。時が進んだある日のことだろうか。別の女を侍らせ階段を上ってゆく男と、それに縋りつく女の姿。伸ばした手は振り払われ、よろめき、半ば転ぶようにして危なげに階段を一段、二段。縺れた足の勢いは止まらず、床へと辿り着いた瞬間崩れ落ちるようにして、そのままどたんと座り込んでしまった。
 暗がりですすり泣く女の背を、花世はぼんやりと見詰めている。

 未だこの身にふれたものはなく、
 未だこの身を焦がした恋はない。
 それは不幸だったか、さいわいだったか。

「きみは、ふこう?」
 ……それとも。
「それでも、しあわせだったって言えたりするのかな」
 恋を知らないわたしより幸せ?
 それとも知らないままのほうが。
 泣きはらし、目元の赤くなった女の顔を覗き込む。
「実はね。わたし、その痛みは知らないんだ」
「どんな痛みがするのかな。どれだけ苦しいものなんだろう」
「恋ってすてき?」
 世間や皆が言うように、そんなにもすてきなものなんだろうか?
 ほんとの、ほんとうに?
 ――だってほら、そんなに痛くて苦しそう。

 恋などしなければよかったろうか。
 いずれ朽ち棄てられる花ならば、
 はじめから、咲かなければ、

 歯を食いしばって泣く女は、下唇が腫れている。
 それは、変化の兆し。侵されたしるし。
「――ああ、」
 嗚呼。
 だけど一度芽吹いたその種は、止めることなどできないんだね。
 その病も。……恋という病も。
 困ったように淡く笑って、握る得物へ視線を逸らす。
 ――かの海へ、還してやろう。
 裁曄は薄紅の花びらへ。
 己の身に巣食う花、八重咲き牡丹がざわりと揺れる。
 それは決して泣いてなど。笑っているのだ、けたけたと。
 楽しんでいるのだ、愛おしんでいるのだ。
 悶え、憎み、燃え尽きることのない“ひと”の業を、ひどく愛しているが故に。
 薄紅花弁纏う身は、守られてでもいるのだろうか。炎は随分と近くまで、迫ってきているというのに。未だ、その艶やかな赤い髪先さえも、焦げる気配はない。焼かれることはない。
 ――彼女の心。恋や愛と、同じように。
「さあ、おやすみよ」
 涙は拭いては、あげられないけど。手巾の代わりに、差し出そう。
 その寂しげな胸の内、ぽっかり空いた虚ろへと。
 花の如く華やかな女は、指先動かし、薄紅を手向ける。
「さようなら」
 そこで初めて。土のような、焦げ茶のひとみと目が合った。
 ――だいじょうぶ。きっと痛みを感じるまえに。

 春を不本意に散らせた少女は、いま。
 美しく散りゆく、ひとひらとなった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン
◆○/傷/弐
徒花太夫を探そうか
まず千本鳥居のその先の、社を目指そうかな

遊郭とやらも、馴染みがないなあ
私の国には無いものだったから
レディは遊郭って知ってる?あっ、無視してるね。まあいいや
あまり狂気だとか呪詛だとか、恨みつらみの類は私に効かない
体質みたいでさ
《狂気耐性/呪詛耐性》
真っ直ぐと、不思議と燃えない社へ進む

やあ、キミが徒花太夫かな
私の名はエドガー。通りすがりの王子様さ
ああ、すまないがキミの王子様にはなれないんだけど

キミの悲しみは計り知れない
ただ、その恨みを抱えたまま囚われるのはもっと苦しいハズさ
梅の毒には、バラの花を手向けよう

左手の手袋を外して
出番だよ、レディ
この炎は払わなければならない



●Eの記憶
 千本鳥居のその先の、遊女の“山”を迂回して。花街はじまる門抜けて、一直線に、社へと。
 異様な光景である中を、まるで散策でもするかのように。エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)はのんびりと、大した反応もせぬままに木造の店々を通り過ぎていく。物珍し気ではあるものの、その様子は決して、この場合においては常人のそれとは言えず。寧ろ、この幻と同じくらいに、異常な――。
「遊郭とやらも、馴染みがないなあ」
 明るい声色が花街に響く。
 エドガーの国にはそのようなものはなかったため、非常に新鮮に映ったのだろう。周囲をきょろきょろと見回しながら、それでも立ち止まらずに進んでいく。
「レディは遊郭って知ってる?」
 左腕に語り掛けるも、相棒の薔薇はとても静かだ。
「あっ、無視してるね」
 まあいいやと、気持ちを直ぐに切り換えて。
 社はまだ燃えてはいない。それは、幻でないからなのかもしれないけれど。
 ……もしかしたら、オブリビオンはそこにいるのではないだろうか。そう考えたエドガーは、寄り道せずに歩んでいたのだ。
 とはいえ呪詛や、怨念の渦巻くこの花街である。本来ならば真っ直ぐ行っても負の念からは逃げられぬのだが、エドガーは少しも影響される様子を見せない。彼が未だ無事でいるのは、狂気や呪詛に耐えられる身を持っているが故であった。
「……?」
 ふいに、燃える建物ばかりだったその道に、派手な一行が見えてくる。いわゆる花魁道中だ。
「綺麗だね、レディ」
 攻撃されるやもしれないからと、できるだけ端に寄り、警戒はしながらも。
 美しい衣装を纏ったその姿に、ひとときばかり目を奪われて。
 幸いにも何事もないまま、擦れ違い、また進んでいく。
「……」
 擦れ違う瞬間、その美貌は剥がれ落ち。
 梅の花に侵された醜悪な顔を、最後の最後で見てしまいはしたが。
 一瞬見せたレディの粗相など、紳士は敢えて揶揄しない。
 たとえそれが、幻の淑女であろうとも。


「おっ……と、」
「やあ、キミがオブリビオンかな」
 社に着いた途端襲ってきたオブリビオンにも、紳士的な態度を崩さず。その攻撃を躱して互いに距離を取り、改めて相対したなら。
「私の名はエドガー。通りすがりの王子様さ」
 燃ゆる瞳をしっかりと見て、律儀に名乗り、挨拶をするのだ。
「……ああ、すまないがキミの王子様にはなれないんだけど」
「キミの名前を聞かせてくれるかい?」

 道中に見た着物の女と同じくらい豪奢な、赤き女。
 不愉快極まりないといった表情をしながらも、徒花太夫でありんす、と呟いた声をエドガーは聞き漏らさず。一歩近付き、優しく言葉を投げ掛けてゆく。
「……徒花太夫。キミの悲しみは計り知れない」
「ただ、その恨みを抱えたまま囚われるのはもっと苦しいハズさ」
 だから、だからこそと。左手を隠す、手袋を外して。
「――出番だよ、レディ」
 この炎は払わなければならない。
 発動したのは、【Eの献身(マイ・フェア・レディ)】。
 記憶の断片を代償とし、“Ready”――左腕に憑依している狂気の薔薇を、戦わせるコード。
 慣れたように、簡単に記憶を手放した彼。
 レディがどれを蝕んだかは、もうエドガーには分かりはしない。
 失ったものはもう。認識することすら、できやしないのだから。
 ――独占欲の権化たるこの薔薇は、そうやすやすとは。既に蝕んだ記憶について、教えてくれるはずもなく。
「梅の毒には、バラの花を手向けよう」
 ただ、女王様の、お気に召すまま。
 レディの好きにさせるように、敵に向かう花弁と茨とを、エドガーは見守り、邪魔しないようにと暫し大人しく眺めてから。
 此方を狙う攻撃に備え、得物であるレイピアを構えた。

 鋭きそれらは太夫を切り裂く。
 戦いの途中でエドガーも、傘に突かれ殴打され、炎の雨で火傷を負う。
 それでも王子の乱舞は止まらず。
 怨嗟に塗れた淑女も止まらず。
 戦いはまだ、続いてゆく。

 鍔迫り合いになった時、エドガーは彼女の表情を、改めて良く覗き込んだ。
 記憶に、過去に、蝕まれている太夫の顔は、ひどく辛く、苦しそうだ。
 己は――エドガーは一方、笑うことができている。
 記憶を失っても。或いは、蝕む可能性のあるものを、失ってしまったからこそ。
  
 辛く苦しい記憶を、持っているのと、失うのと。
 ――どちらが幸せで、不幸せなのだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

瑠璃・宵
◇◆弍、傷

第六感にて太夫を探す。


彼女たちの嘆きも、憎しみも、哀しみも、この耳に聞こえたなら。

…そうさなあ、
捨てられるのも、置いていかれるのも、
…嫌なものだな。

お前たちがどれほど無念だったか、"物"である俺には到底わかり得まい。
だが、もう、いいだろう。
もうこれ以上、自身をを苦しめてやるな。

彼女たちの手向けに、この一閃を贈ろう。
破魔の力を宿して、彼女たちを穢れごと斬り祓う。


花剣・耀子

◎◆傷

ここは苦界と聞くけれど、死んだ後まで続くのね。

怨まずにいられるようなお話でもないのでしょう。
怨んで呪って、気が済むまで燃やし尽くして吐き出せば良いわ。
あたしにそれを慰める術はないもの。
おまえたちのかなしみも、くるしみも、わからない。

……、でも。ゆびきりした手を離されたのは、さみしかった。
共感できるのは、それだけ。

好きになさい。
あたしも、好きに仕事をするわ。
真っ当に生きているヒトを巻き込まれては困るのよ。

泳ぐ金魚を探しましょう。
どこまでもまっかなこの世界でも、きっといっとう目立つもの。
泳ぎ続ける限りは、あかい世界から逃げられない。
……嗚呼、業の深いこと。

此処で、その因果を断ち斬るわ。


千頭・定
◎傷壱
エリオくん(f16068)
なんでちょっと笑ってるんですか??
正気失ってますよね!
[早業]で移動、UC発動です。
背中からは寄生UDCヴェーの白黒の触手の束を、それぞれ両腕に纏い、巨腕に。
敵は手当り次第叩き潰します!

幻の遊郭…たまに視界に舞い飛ぶ蝶々が鬱陶しいです。
なんなんですかもう。
綺麗な人に、蝶々、遊郭、蝶々、わたし、何処にいるんでしたっけ。

……エリオくんの氷、地味に痛いっ 幻の合間に、助けて頂いたようで。
容赦はしません。お返しです!
[激痛耐性]で、触手が切れよううが、吹き飛ぼうが…触手を生やしてやります。
両掌で挟むように、平手打ち。
お言葉を借りるならばーこれは、慈悲です。


鐘馬・エリオ
傷壱◎
定(f06581)と
綺麗なお姉さんと炎の海…粋だね!
僕らは若き少年少女なので、色恋沙汰はよく分かりませんが。
恨みも呪いもお断りです。

【空中浮遊】で戦闘。
指を切り落とすなんて痛ましい真似は辞めてください。
美人なのに…病も情も惨いものですね。
烈火の怒りには、憐憫の氷を。
大鎌による氷【属性攻撃】、【なぎ払い】による【衝撃波】で攻撃。
間抜けな定は何してるのかな。
触手女子と心中なんて嫌だよ。
受けれる攻撃は引き受けてあげるけど…ほら、起きて僕を守って。

【高速詠唱】でいつでもUCは発動できるように。
死にかけた時にしか助けてくれない薄情者。
死にたくないから、助けてくれ。



●炎と蝶と、憐憫と慈悲と
 蝶。
 それは、蝶だった。
 両側に並ぶ遊郭の、炎の揺らめきから生まれ出たかのような。そんな、赤い蝶。
 千頭・定(惹かれ者の小唄・f06581)はぼんやりと、舞い飛ぶ蝶を見詰めていた。
「鬱陶しい」
 けれど、何故か目を離せない。
「なんなんですか、もう」
 赤が、きれいだ。見える、女の人達も。すごく、すごく、きれい。
 蝶々、蝶々。
 綺麗な人々、蝶々、遊郭、蝶々。
 赤い、蝶。
 ――わたし、何処にいるんでしたっけ。

 何もないはずの空間を見詰める、彼女。
 鐘馬・エリオ(鈴蘭の礎・f16068)は様子のおかしい定をちらり見遣るも、今は心配するままに駆け寄ってやることもできない状況だ。捜索の途中で見つけた、ひとつの塊――地面から這い出た幻の遊女らは、先程の“山”とは違い美しい状態を保っていたので。彼女らを綺麗だなあだなんて眺めていたら、丁度、敵であるオブリビオン――徒花太夫と、タイミング悪く遭遇してしまったのである。
 それでも普段であれば、二人ともが直ぐに戦闘態勢に入れるはずだが。
 定が、まだ。此方側に、きちんと“帰って”これていない。
 その名を呼んでも、反応はなく。
 エリオは仕方ないなあと頭を掻いて、大鎌を構えた。
「定みたいな凶暴で、間抜けた女の子と心中は嫌だよ」
 どうせなら落ち着いたお姉さんとかがいいよね、と。不安を誤魔化すように、ゆるり、笑って。
「僕らまだ若き少年少女なので、色恋沙汰はよく分かりませんけれども」
「烈火の怒りには、憐憫の氷を差し上げましょう」
 恨みも呪いも、お断りだと。呑まれはしないと、はねのけて。
 襲う炎の金魚の波に、自ら立ち向かうが如く。
 氷使いの少年は、一人果敢に飛び出していった。

 其方がまるで人魚のように脚を魚のものに変え、炎の海を泳ぐならば。此方もふわりと宙に浮き、自由自在に戦ってみせよう。
 炎の雨を降らせるなら、氷の傘で防いでみせる。
 其方が得物の傘を使い、物理攻撃してくるならば。その傘ごと、なぎ払ってしまおう。
 炎と氷が激しくぶつかり、凄まじい音を響かせる。
 エリオは孤軍奮闘だ。既に随分と火傷を負い、切り傷も目立つ身体であるが。定はまだぼんやりとして、建物を覆う炎や宙、虚空などを見詰めている。
 これは、意識を戻すための平手打ちくらい許されるだろうか。
 エリオがそう、思えてきた頃。
 金魚を象る幾つもの炎が、突如、定を襲う。
「定!」
 この距離ではなぎ払っても、全ては散らしきれないだろう。一つ一つ攻撃しても、当然間に合うはずがない。
 なら。
 氷柱を無数に錬成する。徒花太夫の真似をして、氷の雨を降らせよう。
「当たったらごめんね」
 そう一言、定へと添えて。
 ザアッ――と、雹が如くの轟音が響いて。
 その場一帯には水蒸気が立ち込め、霧のように視界を覆った。

「あいたっ、」
 降ってきた氷柱の一つが後頭部に当たり、定の意識を呼び覚ます。
 炎の金魚を貫通したそれは殆ど溶けかけたものであったが、それでもやはり、痛いものは痛い。
「地味に痛いですよう」
 頭部をさすり仰ぎ見れば、霧の中近付いてくる影がひとつ。金の髪の。
「……、」
「ごめんごめん」
「いえ、それよりも、」
 熱傷に、打撲痕。切り傷に、流れる血。
 私は、なんてことをしてしまったのだろう。
「……どうやら助けていただいたようで」
 ありがとうございます、と続いた声は、いつになく弱気めいた音を響かせたが。
「まあね、触手女子と心中するのは嫌だったから」
 そう言って笑う彼に、何言ってるんですかと文句は漏れて。
 それでも。
「……帰ったらプリン奢りますから」
「プリンだけ?」
「それは例えですよう」
 心配も、反省もしているから。
「……挽回しなければいけませんね」
 あとは私に任せてくださいと、定は。敵の気配がする方向を、ぎ、と睨んだ。
 ――未だ霧晴れぬなか。エリオを追うように、凄まじい速度で一直線に、此方に向かってくるオブリビオン。人魚の姿をした彼女の持つ、傘の刺突が到達する前に。
「ヴェー!」
 素早く寄生UDC――ヴェーをその背中から生やし、更には白と黒の触手の束を、左右それぞれの腕にぎっちりと纏わせる。
 化け物のようになった、巨腕で。
「――これは、慈悲です」
 両の掌で挟むような、平手打ちをお見舞いした。

 押し潰された徒花太夫。気が抜けて、ふらふらと倒れ込んでしまったエリオ。
 然れど、この一撃で倒されるほど、敵は柔な身体ではない。
 数瞬の沈黙ののち、全ての触手が切り裂かれる。肘から下が持っていかれた定はしかし、痛みに耐えながらも新たなものを生やし、切断部位を塞ぐことで一時的にでも止血を試みようとするが。すかさず抜け出た徒花太夫が定ごと一気に触手を燃やそうと真っ赤な金魚を、
「許さないよ」
 ……完全に形作られてしまう前に。伏していたエリオは何とか腕に力を入れ座るような体勢になると、必死に祈るように、高速詠唱を紡いでゆく。
 ――繋いだ影の緒、忍ぶ蹄よ。夜に生まれた君に乞う。
 死にたくないから、助けてくれ。
 影が現れるようにして、その声に呼び出されたるは。エリオが瀕死になってはじめて召喚に応じる、薄情者の女騎士。
 どうやら条件は満たしていたようだ。ほっとするエリオを余所に、不気味なるデュラハン――馬に跨る首無し騎士は敵の背後に顕現し、鎌を大きく振り被る。太夫は咄嗟に身を翻すも、逃げる隙は与えられず。炎に照らされた大鎌は鈍く輝きを放ちながら、ザックリと、敵の肩を斜めに抉った。

 叫ぶ声が、辺りに響いて。
「おのれ……おのれ……」
 二人を恨めしげに睨み付けながら。徒花太夫は、裂かれた側の腕を掲げる。懐から取り出したる小刀で、
「――っ!!」
 右の小指を、切り落としたなら。
「こんなに綺麗なのに……」
 指を切り落とすなんて、痛ましい真似やめてくださいとの。エリオの言葉も聞き入れず。
 次の指へと、刀を振るった。
 呼び出されたのは、幾人もの亡霊達。
 男ばかりの面々を見るに、嘗ては馴染みの客だったのだろう。
「……病も人の情も、惨いものですね」
 エリオはそう呟くと定を見遣り。
「もういける?」
「もちろん」
 止血を終えた彼女が頷いたのを、確認してから。
「じゃああとは、よろしく……」
 今度は定が僕を守ってと言い残し、ふらり、と。
 再び地面に伏してゆき。
 一方、任された定は。
「これは焼肉食べ放題くらいじゃないとダメかもしれませんね!」
 まだ、倒れるわけにはいかないと。
 亡霊達を前にして。エリオを庇うように、ふらつきそうになりながらも地面を踏みしめ、勇敢にも一歩、二歩と、そちら側へと進み出た。

 しかし。
「まあ、待て」
「待ちなさい」
 一人戦おうとする少女の前に。霧の奥から、ゆらり。子を守る母が如く、二人の女が現れた。
 ――ザッ、。土が擦れる音がして。
 彼女らは自分達に任せろと言わんばかりに少女より前に陣取って、それぞれの武器を構えてみせた。
「ここより先へは、行かせない」


●似ていること、違うこと
 怨嗟の渦を眺める、女が一人。
 瑠璃・宵(天狼刃・f20050)は花街はじまる門の前で。女達の屑山を、じっとただ見詰めていた。
 猟兵らは既に、この幻を生み出したのであろう敵の捜索に当たっているらしい。
 無論、己も直ぐに向かうつもりではあるが。
「……そうさなあ、」
 女達の、表情を見る。呻く声を、嘆きを聞く。
 それらに宿る色が、決して恨み辛みの類だけではないということを。
 己には容易に、感じ取ることができる。
 ――捨てないで。
 ――置いていかないで。
 ああ、そうだろうさ。
「捨てられるのも、置いていかれるのも、」
「……嫌なものだな」
 ふうとひとつ、息を吐いた。

 ……そりゃあ、嫌だろうさ。愛したものに捨てられて。
 例え愛したものがなかったとしても、置いていかれるというのは。
 己だけ“中”に閉じ込められて、追い掛けることもできず。
 身動きすら自由にはできず、ただ。
 ひとりきり。置いていかれるというのは。

 もしかしたら。
 通じる部分も、あるのかもしれない。
 彼女達はひどく不自由で、一人では生きてゆくこともできず。
 誰かに生かされて、けれど誰かに利用されて。
 孤独で、愛を求める。誰かを待つ、ひとりの女だ。
 ……けれどやはり、人と器物は違う。
 今宵の女は、そう断じた。
「お前たちがどれほど無念だったか、“物”である俺には到底わかり得まい」
 物として感じる孤独と。人として感じる孤独は、違うのだろう。
 何より、多少歯がゆい思いをした身とはいえ。
 こうして顕現しているということは。嘗て誰かに愛されたということだ。
 ……それも、長い年月を掛けて。じっくりと、あたたかく。
「だが、もういいだろう」
 撫ぜるような眼差しで、一人一人の顔を見る。一人一人と、その瞳があう。
「もうこれ以上、自分を苦しめてやるな」
 ――彼女達の手向けに、この一閃を贈ろう。
 妖刀に宿した、破魔の力。
 ぶわり。風が流れ、宵の周囲を清浄な空気が覆う。
「――去ね。黄泉の果て迄」
 数多の女達が重ねられ、ひとつの山を成したそれを。
 空気の刃が如き、何人も視る事叶わぬ斬撃が。
 その濁りきった穢れごと、ごっそりと全てを斬り祓った。


 そうして。
「まあ、待て」
 ひとの子が怪我を負っても尚、立ち上がる姿を見ることとなったこのヤドリガミは。
 己と同時、正面に現れた羅刹の女の青空を見詰めてから、重傷である二人――少年少女の、前へと。
 オブリビオンの女から、亡霊達から阻むように、守るように。土を踏みしめ、進み出たのであった。


●家宅之境
 燃える、燃える。炎のあか。
「ここは苦界と聞くけれど、」
 死んだ後まで続くのね。
 染まらぬ黒を靡かせて、花剣・耀子(Tempest・f12822)は花街の中。燃える建物の一つに近寄り、暫しの間眺めていた。この炎は幻なのだろうか。触れたら、熱いのだろうか。
 確かめる価値はあるのやもしれないが。好奇心のみで触ってみる程、耀子は刹那的な気質でもない。
「好奇心は猫を殺すのよ」
 ひとも化け猫も、同じこと。
 一人がやっと通れる程度の狭い入り口の奥では、女達が此方を見詰めている。
 数歩横に移動したところの格子の隙間からは、これまた同じような、醜い発疹だらけの土気色の女達が、恨めしそうに此方を見ている。
 出して、出してと叫ぶ声。
「出してはあげられないの」
 でも、その代わりに。
「きっとお前達も、原因を排除すれば消えるのでしょう」
 そうなのだろうと思ってはいても、それでもいま、還してやると。
 これは耀子なりの慈悲だ。
 望む手段を取ってやることはできなかったけれど、彼女達を此処から解放するかのように。
 羅刹はその白刃によって、在るべき場所へと見送った。


 金魚の尾鰭がゆらりと揺れる。
「あそこね」
 赤い赤い景色の中でも、それはいっとう目立っている。
「……嗚呼、業の深いこと」

 泳ぎ続ける限りは、あかい世界から逃げられない。


 霧めいた水蒸気の立ち込める一帯において、その赤は尚更目に留まる。
 見失うわけもなく、駆け付けると。
 指を切り落とす、オブリビオンの姿が霧の向こう側でうっすらと見えた。
「……?」
 彼女は正面を見据え何やら様子がおかしく、此方には気付いてもいないよう。
 ふいに、血の匂いが鼻先を掠める。
「ああ、」
 少女と、少年がいた。
 敵が左斜め前――十時の方向だとすると、丁度二時の辺りだろうか。
 血塗れの少女と、既に重傷の少年だ。
 触手による巨腕は少女の能力であろうが、此方も少年と同じく、酷い負傷であると此処からでも認められた。
 ――助太刀しましょう。
 猟兵は貴重な戦力だ。例え一人でも、決して失うわけにはいかない。
 また、先程見た線路と過去の幻影も、彼女に影響を与えたのやもしれないが。
 何にせよ、この場で取るべき行動はひとつ。
 正面に見えた女の黄昏と視線を合わせたなら、靴音を敢えて響かせる。
 注意が此方へと向かうように。未来がこれ以上傷付かぬように。
「待ちなさい」
 背後にやった二人とは、歳はそう変わらなさそう、だなんて。分析したって、関係ない。
 守るべきは、未来。
「ここより先へは、行かせない」
 ――過去に侵させるわけには、いかないのだから。


●因果
 亡霊どもが天を仰ぎ、叫ぶ。各々の武器を構え動いたのと同時、二人の女も土を蹴った。
 男は邪魔だと言わんばかりに、宵が亡霊を相手取る。刀を避け、拳を避け、青白き炎をその妖刀で払ってゆき。
 空いた隙間を縫うようにして、耀子が本体である徒花太夫を狙う。
 ――綺麗な女だ、此度は花を持たせよう。宵がそう思ったかは、分からないが。
 何も言葉を交わさずとも、自然と連携はできていた。
 庇われた少女、定もまた。亡霊どもを蹴散らしてゆく。名状しがたき巨腕にて、手当たり次第に叩き潰す。数の多い亡霊も、猟兵二人が相手ではひとたまりもないであろう。
 それでも邪魔な、しつこく迫る男どもは僅かながらも存在する。それらを容赦なく斬り捨てながら、耀子は宙に浮き続ける、赤い彼女に話し掛けた。
「怨まずにいられるようなお話でもないのでしょう」
 目が合ったなら、より憎しみを込めて太夫は亡霊を差し向ける。
 ……そう。怨みも呪いも憎しみも、好きにあたしに向ければ良いわ。あたしはそれで、構わない。
「怨んで呪って、気が済むまで燃やし尽くして吐き出せば良いわ」
 主の声に呼応してか、チェーンソーが激しく唸る。血肉に飢えた獣に餌を与えてやるが如く、くるりと円を描くように幾人をも斬り、一纏めに葬ってみせる。そんな耀子が目障りだと、或いは耳障りだとでも言うように。人魚のように泳ぐ徒花太夫が傘を携え迫ってくる。
「あたしにそれを慰める術はないもの。おまえたちのかなしみも、くるしみも、わからない」
 太夫の指の、先を見る。もう失ってしまった、二本の指。
  ……ゆびきりした手を離されたのは、さみしかった。
 共感できるのは、それだけ。
 黒髪の美しい同僚が、背後の男を蹴散らす音を振り返るでもなく聞いたなら。
 いよいよ迫る、女の瞳をしっかり見遣って。
「――ええ、好きになさい」
 あたしも好きに仕事をするわ。
 ――向けるなら、その全てを私の元に。
「真っ当に生きているヒトを巻き込まれては困るのよ」
 赤と青と、炎と、傘と。その鋭き刃とが、激しくぶつかり、混ざり合えば。
 其処に、残されたのは。


「……平気か」
「ええ」
 首を狙った斬撃は、想像以上に硬質であった太夫の傘に軌道を逸らされ。
 そのまま突かれ、胸元を穿たれてしまったものの。
 此方もほぼ同時に、その赤く燃える下半身を腰の辺りから断ち斬ってやった。
 斬られたオブリビオンは苦しみながらも咄嗟に後退し、炎の雨を集中的に降らせ、更には亡霊どもに守らせることで、耀子の邪魔をするだけでなく同僚の女や少女の追撃からも逃れ。そしてその隙に、己の脚に再び炎を厚く纏わせ、海を泳ぐ人魚のように姿を消してしまったが。
 自ら姿を変えたのではない。他者によって、斬られたのだ。
 だからきっと。
「もう二度と、“ひと”のようにはなれないでしょう」
 そうだとしたら、足の指を切ることもできない。
 耀子はそう、続けたのだけれど。
 重傷を負った女の傍らでその台詞を聞いていた、同じくあちこち斬られた宵は。然れど、他の意味も込められている気がして。
「“ひと”のよう、か」
 宵闇色の彼女をじ、と見詰めたなら。
「因果とは、恐ろしいものね」
 耀子は黄昏を見返してから、まなこを閉じ、耳を澄ませた。
 宵も倣い、金の月を夜に隠す。
 聞こえてきたのは少年を心配して駆け寄っていく少女の声と、足音だけではなかった。
 もっと遠くの音を探せば。
 ――この場に辿り着き、また追う他の猟兵らの、駆ける足音が幾つも聞こえる。
 ――それに混ざって、火種の爆ぜる音が時折、響く。
「……嗚呼、ほんとうに。業の、深いこと」
 炎はまだ燃えている。けれど彼女は逃げられない。
 己自身が生み出した、この。
 ――あかい、あかい、世界からは、もう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報
壱、傷、風見くん(f14457)と。

この焼けた着物に爛れた肌じゃ、そのうち『あれ』の仲間にされそうで……
弱気になってる場合じゃないのにな。
心配しないで、次はこんな無様はやらかさない。
こう見えて腹を立ててるんだ。この幻にも、――僕自身にも。

ああくそ、色々似てはいるけれど、やっぱり僕らは全然違うな。
君はいちいち格好いいもの。
これ以上は無茶させないからね――!

(『羊の皮』を脱ぎ棄てれば、真の姿が、セーラー服に黒縁眼鏡、冴えない少女の――滅多刺しの死体が、その身を起こす)

さあ、今日も2012/8/19《あの日》の続きだ。
人を呪わば穴二つ、呪詛返しなら十八番。
僕の怒りとお前の怨み、どちらの炎が強いかな!


風見・ケイ
壱、傷、夏報さん(f15753)と

……私の羽織をどうぞ。
これ以上夏報さんに無理はさせられない。

拳銃で金魚姫を撃つ

ありがとう
君達のおかげで私は覚悟できた

赦さない
君達のせいで彼女が酷く傷ついた

感謝と報復。
これはお礼参りだ。

体を灼かれること。
腕を喰われること。
風船になるより辛いのだろうか。

異形の手足を盾に耐え
意識を手離す前に名状しがたき存在に再び祈る
憐れな金魚姫を最も貴いものに逢わせてあげて、と

感情は複雑怪奇。
かの男に逢えばどこかに後悔が生じるはず。
後は夏報さんを信じて。
彼女なら大丈夫。きっと上手くいく。

借り物の腕を失くしてしまったら、また貸してくれるだろうか。
星を掴めなくなるのは、少し寂しいから。



●あいいろ、あかいろ。心のいろ
「羽織をどうぞ」
「……ありがとう」
 臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は、相棒の女に肩を貸して貰いながら。酷く痛む身体からなるべく意識を逸らそうと、花街手前の“山”の上、炎から逃れる夜空を見た。羽織を着たならそれはそれで、無防備な肌に布地が擦れ、正直……。
「行こう」
 痛い、とは。言わなかった。羽織の袖を握り締め、ありったけの強がりを。
 弱気になってる場合じゃない。ここで倒れるわけにはいかない。
 痛みも、傷も、この調子ならそのうち“あれ”の仲間にされそうだ、だなんて悪い想像も。全て、この夜色の羽織で覆い隠して、見ないふりをしてしまおう。
 “あれ”と同じにはなりたくないから、似ている部分――焼けた着物に爛れた肌は、そっと隠して、“ひと”のふりして。お前らとは、既に死したものとは違うんだというところを、しっかりと見せつけねばならない。
 だから。
 これ以上無理はさせられませんよ、と気遣う彼女――風見・ケイ(The Happy Prince・f14457)に、ゆるり、首を振って。
「心配しないで、次はこんな無様はやらかさない」
「こう見えて腹を立てているんだ。この幻にも、」
 ――僕自身にも。
 怒りの炎が、覚悟の炎が、今の己の動力源だ。
 預けていた身体を起こし、己の意地だけで立ったなら。
「……私も、行かねばならない理由があります」
 ケイも、隣に倣い花街を見遣る。
 さあ、敵を探し、倒しにゆこう。
 ――これは、二人のお礼参りだ。


 パァン、。火種の爆ぜる音にも負けず、意志の弾丸が敵を穿つ。
 何処かから逃げるように遠くを横切った徒花太夫の、その下腹部を撃ち抜いたのは。ケイの握る拳銃から放たれた、覚悟を纏った鉛玉だ。
 おのれ、と徒花太夫の唇が戦慄く。また一本と、躊躇うことなく己の指を切り落とそうとしたが。
「させません」
 その銃撃は的確に腕を狙い、小刀を手放させることに成功した。
 ぎ、と此方を睨む赤い双眸。殺してやる、と言わんばかりに炎の海が辺りに広がり。愛用の傘を得物に、太夫はケイへと突貫する。
 炎に似た、赤い閃光。
 尾鰭の軌跡が夜を埋めようと、ケイは決して逃げることはない。

 ――ありがとう。
 君達のおかげで私は覚悟できた。
 ――赦さない。
 君達のせいで彼女が酷く傷ついた。
 感謝と報復。
 お礼参りは、これからだ。

 炎の雨が、降り注ぐ。
 異形の手足を盾代わりに、歯を食いしばって耐え忍ぶ。
 身体を灼かれること。腕を喰われること。
 先輩より――風船になるより、辛いのだろうか。
 赤に染まってゆくなかで、ふと、そんなことを考えた。
 脳裏にはりつくあの姿は、いつもすぐ傍にあって。
 些細なことで思い出されてしまうほどに、中々離れてはくれないのだ。

 交差した腕に、重い衝撃。何かが砕ける音がして、骨がいったかなと他人事のように女は思う。
 続けざまに腹を抉り、貫通する、その痛みにいよいよ気が遠くなってゆくも。
 ガ、と傘を自ら掴む。
 最後の力を振り絞り、抜かせまいとしながら。
 挑発するように、薄ら、笑ってみせた。
「逢わせてあげます」
 ――きっと、“現れる”のはかの男だろう。
 いくら憎いと喚いても、“次”に繋がるキーである、後悔という感情は恐らく。まだ、彼女の心の、何処かに――。
「■■さん、■■さん、」
 私の願いを聞いてください。どうか願いを叶えてください。
 閉じられたまま、抜けぬままの、赤をぎりりと握りしめ。天を仰ぎ、闇夜を見る。
 熱気によって空間が歪み、揺らめく空は光が見にくい。
 醜い爛れた肌の先、怨嗟を向けるまなこよりも遠く。
 遠く見えた、小さな光。決して近付けないようでいて、意外と近くにあるような。でもやっぱり近付きがたいようで、離れて見ているくらいが丁度良いような。
 そんな、ちいさな、幸せの粒。白いひかりが、ひとつ、ふたつ、……みっつ。
 瞼の裏に、閉じ込めて。
 ――どうか、。

「どうか憐れな金魚姫を、最も貴いものに逢わせてあげて」

 条件が整い、邪神の力が発動する。
 徒花太夫が、最も逢いたいと願う者。その亡霊がゆらりと身を起こす傍らで、ケイは真っ赤な傘を手放し、背中から倒れてゆく。
 スローモーションのようにひどく穏やかな世界のなかで、ケイは敵でも亡霊でもなく、ただ、此度の相棒の瞳を見詰めた。
 ――借り物の腕を失くしてしまったら、また貸してくれるだろうか。
 星を掴めなくなるのは、少し寂しいから。
 そんなことを、思いながら。
 あとは任せたと、微笑みの形に表情を動かす。己の身体がどうなろうと、お礼参りは果たされるだろう。
 臥待・夏報という女を、人を。私は信じている。
 ――彼女なら大丈夫。きっと上手くいく。
 離れて見守る藍色は、この美しい夜空に似ていた。


「――、」
 ああくそ、と夏報は思わず唇を噛んだ。燃え続ける遊郭の影で、倒れる女を見届ける。
 計算してのこととはいえ。こういう役回りを任せるのも、それをただ眺めるしかないというのも、歯痒いような気分になって、どうしようもなく居心地が悪い。
 けれど、折角の作戦をふいにすることもできず。気付けば掌からは鮮血が流れ、影によって濁る土色を更に暗く染めていた。
「色々似てはいるけれど、やっぱり僕らは全然違うな」
 君はいちいち格好良いもの。
 彼女の左目を思わせる、爪を彩る赤を見る。
 似ているのはこの身に流れる血の色だけ――、
 ――嗚呼、でも。
 ぼくにはもう、血などながれていないのだっけ。
 真実も、現実も。この身がなにで、なんで、動いているのかも曖昧なのだ。
 加えて、よくわからない幻まで出てきている。しかもそれに囲まれている。
 ……なら。曖昧だらけのこの世界で、真実を露わにしたって。
 きっと――。
 徒花太夫はわなわなと震え、未だ動く様子はない。なら、今がその時だ。
「これ以上は、無茶はさせないからね――!」
 “羊の皮”を脱ぎ棄てる。現実に、世界に馴染むように形作られた、都合の良いカラダを剥ぐ。

 そこに、現れたのは。
 むくりとその身を、起こしたのは。
 セーラー服に黒縁眼鏡、冴えない少女の――何処にでもいそうな哀れな少女の、
 滅多刺しの、死体。

 ――臥待・夏報の、真の姿。

 血だらけの姿で、瞳孔の開いたまなこで、憎い憎い敵を見る。
 土気色の乾いた唇が薄くはかない酸素を吸えば、口端にこびりついた黒々とした古い血が、ぽろぽろと、先程の染み――紛い物の鮮血の上に、落ちて、沈んだ。
「さあ、今日も“あの日”の続きだ」
 敵の表情を観察してから、陰から飛び出る。
 同時、経年劣化の激しいアルバムを手元に展開、燃える写真を指先に持つ。
 敵の身体に滲んだのは、“後悔”というヒトの感情。
 哀れな女の、ひとかけら。
 ――いける。
 相棒が己に繋いだ反撃への鍵。お礼参りの、締めくくり。
 敵はようやっと一歩を踏みしめ、その顔を涙で濡らしながら。
「――!!」
 殺してやる、と、私が信じたのが間違いだった、と、
 あの時殺していれば良かった、と、叫んではいたけれど。
 愛でなくとも良い。情でも、慈悲でなくとも良い。
 ……否、正にそれこそが一種の愛なのかもしれないが。
 後悔でさえあるなら、発動条件を満たしている。
 だから。
「人を呪わば穴二つ」
 男の亡霊に肉薄する彼女――殺意を向けた徒花太夫が、復讐を果たし、此方に気付いてしまう前に。
「僕の怒りとお前の怨み、どちらの炎が強いかな!」
 己を焼き払おうと窺う“彼女”を、怨讐に塗れた女に投げる。
 ――男の呻く声の直後に、赤き着物が、翻る。
 今更此方を向いても遅い。後戻りするには、遅すぎた。

 その“刃”を深く刺した、嘗ての男の亡霊と共に。
 金魚姫は、炎に呑まれる。

 藍色は夜空、愛色はきっと、血と炎の、真っ赤な赤だ。
 ……ああ、否、時には。黒にも成り得るだろうけれど。
 ――でも、それなら。

 ――それなら後悔に怨讐は、果たして何色に似ているのだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ
弐/傷/全て◎
師父(f00123)と

子細知らぬ在り方の街
嘗ての顛末こそ知らねど
浮かばれぬ女達の不幸ばかりは痛い程

敵の姿を探せば
燃える橋、路地の入り口
悲しげに此方を見る者達は顔が無く
己と良く似た肌
…済まぬな、思い出してもやれぬ

師父?
ならば、目を閉じておられよ
師の手を引き、幻どもを背に


徒花太夫発見後は師の壁として
――承知
自在には泳がせぬよう
【怨鎖】用い、人魚の尾を捕らえ地に叩き付ける
師へと向かう金魚共も同じく
振る鎖、剣や腕で墜とし或いは盾となる

師を灼く炎なれば、俺が受けよう
此の身が焦がされ焼け落ちようと
あの貴石と比べるべくもない

…行き場無き恨みも呪いも此処に置いてゆけ
重すぎては、過去の海で泳げまい


アルバ・アルフライラ
傷弐☆
ジジ(f00995)と
憎悪に塗れた視線
冷たい物が背筋を走る
…やれ、もはや執念よな

花街捜索の折、此方に手を振る影
慈愛に満ちた笑顔
母様――溢れる言葉を飲む
成程、逢魔ヶ時…悪趣味にも程があろう
従者の言葉に些事と首を振る
目を瞑る心算もない、が
こうと決めたら聞かぬ故…致し方ない
手を引かれ先へ進もう

怨嗟の炎は熱うて仕方あるまい
ならば、少し冷やすか
召喚した【女王の臣僕】で痛みすら忘れられるよう
麻痺でその身を侵し、氷の柩に閉じ込める
…往け、ジジ

金魚にとって私は格好の的
寧ろ好都合と火炎、激痛耐性で苦痛を凌ぐ
全く、我が美声が焼かれたら如何する
憐れに思えど今生に救いはない
総てを殺める存在と成り果てる前に最期を



●星の海
 ――その塊が、女であると。死体の山だと気付いた黎明の魔術師は、感情の読めぬ目で数歩、寄り。彼女らをじっと、視て、眺めた。
 火傷のようにも見えるそれ。皮膚は溶け、人と人との境目すらもはや、曖昧だ。
 幾つもの瞳が、此方を見詰めている。鼻が削げて人の顔ではなくなっているものも――いや、化け物のようになっているものしか、此処には存在しない。
 ……洞穴と、目が合ってしまった。
「……やれ、もはや執念よな」
 冷たいものが背筋を走り、逃れるように視線を逸らす。
 憐れな女達の集合体の、その先。燃える花街を見遣れば、吹き上げる風が快晴の空を靡かせ。男はそれを宥めるように、己の髪を耳にかけた。
 より一層、声は鼓膜に響いたけれど。
「――ジジ、往くぞ」
 己の耳が拾うのは、嗚呼と頷く従者の声だけ。
 アルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は長身の男――ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)を引き連れ、黄泉の国への門を潜った。


 首魁の姿を探す主従二人は、彼岸の海に誘われる。
 ――アルバの場合は。
 密集する建物の隙間、人一人通れるかといったところの、狭い路地から。
 此方に手を振る、ひとつの影。

 柔らかく、慈愛に満ちた、かのひとの。
 陽だまりのような、笑顔を視る。

「――、」
 母様。
 ひゅ、と喉が小さく鳴り。溢れる言葉を、こくりと飲み込む。
 周りはこんなにも熱く、暑いというのに。脊髄が一気に凍ったようで、ふるりと肩を無意識に揺らした。
「成程、逢魔ヶ時……」
 悪趣味にも程があろう。
 続けて吐き捨てた言葉に、傍らの影が此方を見遣る。
「師父?」

 ――ジャハルも。
 師父と慕う男の異変に気付くのが遅れたのは、己の過去を見ていたから。
 ――燃える橋。師が見たのとはまた別の。ほんのり暗い、路地の入り口。
 悲しげに此方を見る者達――不思議と悲しげであることは解る、顔無しの“誰か”たちに数瞬、視線を奪われていたから。
 この身と良く似た、褐色の肌。
 恐らく、その見目から導き出される事実は。

 ――……済まぬな、思い出してもやれぬ。

 吐き出す息に、想いを込めて。瞼を伏すことで、謝罪の意とする。
 そうして、漸く己らの足が止まっていることに。
 己が一、二歩だけ、師よりも先を行っていたことにふ、と気付いて……。

「……師父?」


 ジャハルはゆるりと振り返り、そのまま我が師の正面へと立つ。顔色を窺おうと、少しだけ背を屈め、美しいかんばせとの距離を縮めれば。
 ふわり、白粉のような嗅ぎ慣れた香りが、彼の鼻腔を擽った。
「もしや師父も、」
 言葉少なに問うたなら、アルバがようやっと此方を見た。覇気が僅かに削がれたような、珍しい顔つきだと従者は思い。その訳を探して、今の今まで師が見ていた方向を見遣るも。
「……」
 なにも、だれも、そこにはいない。
 居た気配すら、感じ取れはしなかった。
「……嗚呼、ジジもか」
 追うように其方へと燃ゆる星を投げかけた、師が何を見たかは、ジャハルには分からず、また問うには少し、憚られた。
「亡くした者を、すこしな」
 なくしたもの。無くしたもの。幻が示した、二人の僅かな共通点。
「それならば俺も、」
 ――恐らく。
「恐らく?」
 自信なさげに呟かれた言葉は、師の片眉を僅かに上げるも。
「まあ、良い」
 今は些事だと、首を振るに留められた。
「……師父、」
「ん?」
 目を閉じておられよ。
 気遣う声は、陽だまりというにはすこし涼しく、低すぎる音で奏でられたが。
 ……従者は従者で、いつになく心配性を発揮して。
「目を瞑る心算もない……が、」
 こうと決めたら聞かぬ故な。致し方ない。
 ふくり、艶やかに色づく師の唇が、笑みの形を描いたのは。今は今で傍に在る、大切なもの――ひとを、思い出したから。
 表情の薄い我が子の、己を包む土色の手が。いつにもまして、あたたかく力強く、頼もしく感じられたから。


 ――嗚呼、でも。
 揺れる炎の尾鰭を見る。嘆く女の声を聞く。
「怨嗟の炎は熱うて仕方あるまい」
 この熱さにも景色にも、少しばかり飽いてきた。
「少し冷やすか」
 召喚したのは、冷徹なる――。
 青。
「……往け、ジジ」
「――承知」
 主の声を受け、従者が駆ける。
 青の奔流が先ず、オブリビオンの元へ。
 蝶の群れは波のように、従者を守りながら夜空へと舞う。
 目眩ましの役目すら果たしながら、従者は庇護を受けながら。
 そして到達したのなら、津波のように呑み込んで。
 藻掻くように逃れようとも、しつこく追い縋られるさまはまるで、
「灯りも強すぎれば生き辛かろうよ」
 情熱も過ぎれば毒となる。激情の炎を燃やし続けるというのは、はて、どんなにか――。

 女は既に数多もの損傷を負っていたが、アルバの見立て通り、足掻き続けるつもりのようで。
 凍てる波が、冱つる海が、突如、紫に染まる。
 相殺されるかに見えたところを、その真下で機を窺うジャハルが、
 ――跳ぶ。
「逃がさん」
 青き海から逃しはしない。
 蒼を蹂躙させはせぬ。

 それはまるで、意趣返し。彼女との直接の因果ではないが。然れど同じ、“過去”への復讐をいざ、果たそうではないか。――先に受けた負傷の、その傷口から。
 ぽたり、と。女に落ちた、血の雫、一滴。必要なのは、たったそれだけ。
「鎖せ」
 ――ドオォォォォオン……、。
 爆発に巻き込まれぬよう下り立つジャハルに、また無茶をすると主が笑う。
 蝶の海から漏れ出た金魚が、もし其方に向かっていたら。傘の刺突が、もし、心の臓を穿っていたら。
 同僚達の活躍で、そして蝶の鱗粉によって。女の動きや反応が鈍くなっていたから、まだ、良かったものの。
「……まあ、その辺りもようく視ていたことだろうが」
 恐らくは、と。なればこその、笑みである。困ったような、愛しさの滲むような。
 狩りを教えたのは何時であったか。そうでなくてはその無駄に長い背を蹴ってやるところだが、どうやら随分と、“視る”のが上手くなった。
 猟兵稼業に於いてはそれぞれ単騎で駆けることも多い。故に、師の知らぬところで沢山の経験を積み、負傷し、また、たくさん、たくさん、一人で学んできたのであろう。
「しかし、随分と、」
 ――成長したな。
 此度はまこと、絶妙な間であった。
 寂しさのような何かには、そっと、蓋をして。

 師の思考が巡る間にも、ジャハルはしっかりと鎖を握る。
 怨鎖(えんさ)と名付けたこの術は、正に今に相応しい。
 黒く染まりゆく血で編まれた鎖は、人魚を爆破すると同時にその赤き尾を捕らえていた。
 業深き者は、まだ、まだと。その罪から逃れようと左右に身を振り天を昇る。
 先程の衝撃で蒼き海は、もう、散ったというのに。
 否。だからこそか。
 再び海に呑まれぬように。溺れるように、藻掻き続ける。
「……、」
 師のそれとは正反対の、この女の“色”を視る。遊色の彩る瞳に映るは、仔細知らぬ在り方の街より、ごうごうと燃え続ける己らを囲む熱き火炎より、ずっと、ずっと、赤く、赫い。
 然れど宵闇に溶けるほどに昏く、冥い、アカでもある。数多の化け物の血を煮詰めた色……とでも言おうか。例えばワインやボルドーよりも濃い――師であれば、アルジェリアン・レッドとでも表現しただろうか。従者はきっと、その赤を知らない。その“アカ”は知らない。
 ――ただ。
「重すぎては、過去の海で泳げまい」
 ただ、重すぎる、と。そればかりははっきりと、視て、感じ取ることができた。
 彼女を“此処”に縛るのは、掌から――地から伸びるこの闇(くら)き、黒き鎖でも、天に座す海――蒼きかの星(ひかり)でもない。
「置いてゆけ」
 此処に。此の場所に。
 行き場なき怨みも、呪いも、全て、すべて。
「――ジジの申す通りよな」
 師の声が、後に続く。
「今生に救いはないと、何故解らぬのか」
 憐れに思えど、現実を突きつけることには何の躊躇いもないのがこのアルバという男である。
「……ジジ、」
 父が蒼き眼差し送れば、子は瞬くことで返答とし、きゅ、と静かに顎を引いて。
 ――総てを殺める存在と成り果てる、その前に。最期を。

「――!」
 察したか、憐れに揺蕩う人魚姫が声の限りに天へと叫ぶ。最後の意地か、炎の金魚を一斉に放って。
「全く、我が美声が焼かれたら如何する」
 寧ろ好都合と、不敵に黎明が喉を鳴らせば。
 彼に色を授けられた長躯の黒竜が、貴石と比べるまでもないと自ら立ち塞がりつつ。
「――墜ちろ」
 在るべき、かの海へと。
 深き業を雪ぐように、赫き尾鰭で星座を描く。

 ――それは、流れ墜ちてゆく星の、燃え尽きて散る、さまに似て。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴島・類
傷、弐、⭐︎
※黒羽君(f10471)

黒羽君は応急処置
帰ってきてくれて、嬉しい
原因に会いにいこうか

いつかを抜け
あるのは燃える花街

彼女らの憎悪が輪唱のように響く
建物の中へ行っても良いかい?
神すら呪っていそうなものだ
社以外をと

行く道は己が前に
幻の怨み、惨状にも動じず
炎で僅かでも浄化し
刀越しに触れ祓い、探す

僕の頭に血が上ったら
君の氷で冷やしてくれと言ったら怒るかい

愛し愛され誰かと幸せに
それすら絵空事と
踏み躙られた子が
憎悪に囚われ誰かをも燃やす
誰も、怨みたくて生きた訳じゃ
ないはずだ
終わらせたい

咲く氷の花弁に
背を守られ

太夫の火からも逃げず
受けても近づくの優先
踏み込み胸を突く

もう、いい
其れが焼くのは君自身だ


華折・黒羽
類さん(f13398)
☆、傷、弐

素直に手当て受け頷く
…あの、ありがとう…ございます
零す言葉

掴んでくれた手のあたたかさを思い出したから
きっともう幻に掴まる事は無いだろう

背を追い抜けた先の花街
華やかさの裏で渦巻く闇があると伝え聞いた事がある
これはその成れの果てか

己も身に受けた優しい炎で浄化してゆく彼の背追いながら
怒るかと問われれば首を横に
その人を傷付けさせはしないと
氷纏う屠で襲い来る怨念は斬り捨て

全てを救えるとは思っていなくとも歯噛みする思い
せめて一つでも多くの魂が浄化される様にと
類さんの行く道守り続ける為周囲に展開した花雨

─類さんの、思うままに

その道は作りますからと
信じ、火に包まれる彼を見守る



●焰讎の先
 唸りを上げるかのように燃える、遊郭街の手前にて。
 素直に手当てを受けるのは、華折・黒羽(掬折・f10471)の姿である。
「……あの、ありがとう……ございます」
 零す言葉に、微笑む男。先程あらかた終えたけれど、念のためにと治療を施すその影は。冴島・類(公孫樹・f13398)という名を持つ――。
「帰ってきてくれて、嬉しい」
 焼け落ちた縁と、社に嘗て祀られていた、古き鏡の宿り神。
「この中に、いるのでしょうか」
 黒羽がぽつりと吐息を漏らす。
 怨磋の渦のような火炎の海は、黒羽には少し恐ろしい。
 まるで、
「……地獄の底のようですね」
 地獄とは。このようなところであるのかと、思えてしまうほどの。
「……例え、地獄の底であっても」
 類が黒羽を見詰め、応える。
「今度も、帰ってこよう」
 緑と青の、視線が重なる。必ず、と力強く言葉を続けて。
「大丈夫。僕を信じて」

 ――こんな僕では頼りないかもしれないけれど。
 宿り神は、物思う。
 あの過去を持つ僕では、頼りないかもしれないけれど。
 ……でも、だからこそ。人の身を得てからは、守れる力を得てからは。
 せいいっぱい守りきってみせようと、心に決めていた。
 故に今は、胸を張ろう。
 それが彼の心を、ほんの少しでも救うのであれば。

「さあ、原因に会いにいこうか」
 類が先に立ち上がり、優しく黒羽へ掌を差し出す。
 ……黒羽は、類の表情のその裏に何があるかを、察するほどの余裕はなかったけれど。
 頷いて、手を握る。
 千本鳥居の幻の中で、掴んでくれた手のあたたかさも。今感じるこのぬくもりも、心にずっと、残っているから。
 きっと、幻に掴まることはもうないだろうと。
 このかみさまとなら、きっと大丈夫だと。
 自然とそう、思えていた。
 ――はい。類さんを、信じます。
 神様がついていてくれるなら、地獄だろうと、何処へだろうと。
 背筋をしゃんとさせたなら、“山”と、その先の黄泉への入り口を、しっかりと見遣って。
 いざ、地獄の門の、その先へ。


 黄泉比良坂踏み越えて。炎の海へと入ってしばらく。
「……これは、」
 ひどい、と黒羽が眉をひそめる。
 ――華やかさの裏で渦巻く闇があると、伝え聞いたことがある。
 これはその成れの果てか。或いはただの幻か。
 ……たとえ幻であったとしても。何時かの何処かで、こんな悲劇はあったのだろう。
 目の前に、あるのは。

 ――助けて、
 ――そこなだんなさま、助けておくんなんし、。

 柵の隙間から手を伸ばす、艶やかな着物の女達。
 白魚のような手指が服の端を掴もうとするのを、一歩、後退ることで各々に避ける。
 朱色の格子は、彼女達を飾りつける額のようでも、縛りつける檻のようでもあり。
「僕の頭に血が上ったら、君の氷で冷やしてくれ――と言ったら、怒るかい?」
「……、」
 傍らの、ひとの子想う宿り神に、黒猫の耳がふるりと揺れる。
 左右に静かに振られた首は、歯噛みする思いに耐えようとする、仕草のそれにもよく似ている。けれど間もなく動いた彼に、黙ってついていくほどには。せめて、と――せめて一つでも多くの魂が救われますようにと、次の行動へ移す覚悟を。前を向く心を、失ってしまっているわけでもなく。
 一切の躊躇いなく建物の中へと、入ってゆく彼を追う。神の背を、追ってゆく。

 燃えゆく廓から逃げようとする、助けを求める少女の声。幾重にも重なって此方を向く手指は、まるで花ひらいた白百合のよう。
 他の世界であれば例えば、学生服を着て。楽しげに街でも、歩いていたのだろうか。
 そう思えてならないほどに、着飾って紅を差す女達は幼かった。
 なればこそ。なおさら類は、見逃すことなどできようもない。己の身を焼きかねない中に、より一層呪詛の渦巻く中に入っていったのも道理であった。
 朽ちた木の板を踏みしめて、己らが見ていた遊女達を探す。幾つかの襖を、焼け落ちて倒れる薄く簡素な衝立を越えて。迷路のような廊下をも抜け、格子の間に、繋がる扉へ。
 ――嗚呼、。
 件の部屋の、裏側へと到達する。その空間には、憎悪が、輪唱が如く響いていた。
 あの切なげな顔は表の顔であったのだろうか。
 それとも一度、見放すような仕草を見せた己らを怨んでのことか。
 廓の中の、呪詛のせいか。
 或いはそもそも、己らが見ていたものこそが偽物で。
 “この姿”こそが、彼女らの真の姿なのだろうか。
「さぞや、」
 苦しかろう。
 さぞや、痛かろう。
 少女達は、もはや助けを乞うこともなく。
 男二人を見るやいなや、恨めしげな声を上げ。一斉に襲い掛かってきたのである。
 数瞬前。ぐるん、と振り返った時の、あの寒気は忘れまい。
 美しかった顔たちが、まさか中では梅に侵された有り様を見せようとは。
 突如襲われたことには、類は動じてはいなかった。また、先程の惨状に対してすらも。
 しかし流石に、遊女達の変わりようには一瞬ひやりとなりはして。とはいえ動きには一切の支障も躊躇いもなく、己の炎を翻す。
 黒羽も屠に氷纏わせ、類とは真逆の力によって彼女達を救おうと動いてゆく。
 振るう刃は凍てつききって、梅の赤すら手折るよう。
 類の翳す優しき炎は、悲哀を憎悪を、喰らう灯りだ。
 清めて浄化させるため。苦しみを終わらせてやるための、炎と氷の舞であった。


 全ての遊女を還した後。
 他の店々も巡っていく。
 もしかしたら、意味のないことなのかもしれない。
 彼女達は、霊や、過去の残滓などではなく。
 此度の黒幕のオブリビオンの見せる、幻の影というだけなのかもしれない。
 けれど彼らには、充分に意味のある行為であった。
 全てを救えるとは思っていない。
 なかったことにすることはできない。
 でも、せめて。嘆きを、痛みを、聞いてやることはできるから。
 終わらせるための力なら、今はこの手に持っているから。

 ――そして二人は、彼女に出逢う。

「……君が」
 類が、黒羽が、立ち止まる。
 鎖にぎりぎりと締められて、地へと叩き付けられた“それ”。
 鎖の先は同僚の掌にゆるく繋がっていたものの、まるで、それそのものが彼女の業が、具現化したかのようであると。
 二人はそんな印象を、逢って直ぐに感じ取る。
 びた、びた、と動くそれは、赤黒い襤褸切れが意思を持ったが如く、非常に気味の悪いナニカに変わり果てていて。
 髪の乱れてそれでも此方を睨め付けるさまは、その姿も相俟ってとても恐ろしいものであったけれど。
 血走った赤い目はいっそ、生に縋っているようにも――。

 類は少し行った先の足元の襤褸切れ――怨讐の成れの果てを見下ろして。
 憎悪に塗れたそのまなこの、奥の奥を覗きこむ。

 愛し愛され、誰かと幸せに。
 それすら絵空事と、突き放され、見放され、踏み躙られたひとりの子が。
 憎悪に囚われ、誰かをも燃やす。
 誰も、怨みたくて生きたわけじゃないはずだ。

「――終わらせよう」

 眦細める、緑の眼差し。
 類の想いが静かに響いて、少し後ろに佇んでいた、黒羽が頷き、応えを紡ぐ。
 ――類さんの、思うままに。
 屠る刃に、冬の力が満ちていく。
「黒抱く白姫、腕満つらば天降る涙が舞い落ちる――」
 詠唱の完了すると共に、屠と銘打たれた刀が散る。涙の落つるようにして、さらさら、きらきらと生まれゆくは冬の結晶――氷の花びらだ。
「その道は作りますから」
 どうぞ、安心して思うままの最期をと。
 宙に浮く花びらは類の背で咲き誇る。走りだす神の背を、覆うようにして火花から守る。
 炎の金魚の、もう、数匹すら生みだすのがやっとであった太夫だけれど。
 万が一のため、そして、その数匹きりでも、彼の道行きの邪魔になってはならないのだと。
 最後の一匹は、太夫の傍らに寄り添うようにして在った。
 まるで自らの意思で主を守ろうとするかのような赫き金魚の、横っ腹を突っ切って。
 転がっている傷だらけの傘の、その赤も飛び越えて。
 ふらつきながらも立ち上がった、徒花太夫のまなこを見ながら、
 ――踏み込み、胸を突く。

「――もう、いい」

 君の放った怨讎の焰が一番ひどく焼いているのは、花街でも、僕達でもない。
 君の――君自身の、心と魂そのものだ。





●泡となった人魚姫
 哀れな少女の魂が、ほろほろ、ぽろぽろ、崩れ落ちる。
 ひとりの女の身体と心が、ぽろぽろ、ほろほろ、還ってゆく。
 骸の海に、落ちて、沈んで、泡のように溶けたなら。
 炎がその身を包むことも、魂が焼かれることももうないだろう。
 業が足枷となって、沈んでゆくのとは違う。
 きっとそれは、蝶が羽根を休めるような、
 海月がふわふわ、ゆらゆらと、思うままに揺蕩い、漂っては流れるような。

 ――海星(ひとで)が落ち着く場所を探して、自ら沈んでいくかのような。


●巡る季節
「それは考えすぎやもしれぬが」
 そうであったら良いと、思うことは自由だろうか。
 幾人かの猟兵も、同じような想像をしたのだろう。
 燃える花街消えた後。ぽつんと残った社にて。
 お参りする青鷺につられ、何人かもそれに倣い。
 ぱん、ぱん、と。清涼な音が、白みかけた星空に響く。
 興味深そうに眺める狐の王子に、青鷺がおいでと手招きする。
 お参りの方法を教えてやるなど、和やかな空気に満たされて。
「あ、」
 紅葉だ、と花の女が咲ったなら。
 炎に焼かれなくて良かったですねと、烏天狗がまなじり細め。
 緑の中で一際目立つ、赤き星ともいえるそれに。黒き竜が目を奪われる。
 夜明け間近の消えゆく昨日に、狼達が天を仰げば。
 明日への希望を星に願う。声無き遠吠え。星に願いを。

 徐々に聞こえる、鈴虫達の囁き声。
 それに背を押されるように、或いは朝日を厭うように。
 陰陽師と化け猫の、宵闇二人が警戒を解いて、社の陰で、身体を休めて。
 少年少女の無事を喜ぶ、あたたかな声が明日を、太陽をも照らしたなら。
 きらきら、きらきら。
 秋晴れの空を靡かせて、青が黒の傍らへと立つ。
 海星(ひとで)のような一枚の葉。青々とした海の中に唯一混じるそれは、
 ぶわり、と吹きゆく風により、さわさわ、さわさわと、
 周りのそれと一緒になって、穏やかに揺れる、揺れる。
 今日が、また続いてゆけばいい。
 明日が、また続いてゆけばいい。
 鋭いナイフの上を歩む、痛みが今はあろうとも。
 未来がまだある身である限り、ハッピーエンドを望んでもいい。
 未来に夢を、みてもいい。
 ……いつかその代償を、払うやもしれないけれど。
 タイムリミットの、その時まで。
 或いはそれさえはねのけて。
 次の季節の訪れを、楽しむことのできる日々が、
 ずっとずっと、続きますようにと。二人で、笑って。みんなで、笑って。

 秋の知らせを運ぶような、炎のそれとは違うあか。
 赤子の掌のようなさまに、ひとつ、また微笑んでから、
 そうだ、と女がはっとして、牡丹の隣を瞬かせたなら。
 わたしみんなを呼んでくるねと、白く輝く石畳を抜け、千本鳥居を戻ってゆく。
 いきはよいよい、かえりはこわい。
 そんな唄も、良く聞くけれど。
 今日の帰りは、怖くない。
 きっと明日も、無事に帰ろう。

「あ……!」
 虫の好きな座敷童子が指をさした、その先に。
 いつの間にやら、橙の蝶。
 地色がオレンジでありながら、
 羽搏きにあわせ、紫にもきらめくようなその蝶は、
 コムラサキだと、彼女は言う。
 南瓜の季節を先取りしてか、今宵の宴に遅れて来たか、
 それとも彼らを祝福してか。
 幾匹かの美しいそれらは、
 彼らの頭上を、ひらひら、ひらひら、優雅に軽やかに飛んでゆき。
 光満つる稜線の先へと、溶けるようにして消えていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年12月06日
宿敵 『徒花太夫』 を撃破!


挿絵イラスト