エンパイアウォー㉙~神を殺しに
●さいあいの、
「ねんねん、ころりよ。おころりよ」
「ぼうやは、よい子だ。ねんねしな」
唄う声は、いっとう優しく。
腹を撫ぜる指先には、ありったけの慈愛がこめられ。
「あ、」
蹴った。
途端にぱあと、花咲く笑み。暗く静かな洞窟にあっても尚、貴方と出逢う日が待ちきれないとばかりに。もう一人此処に居るのだから、寂しさなんて微塵たりとも感じない、感じているわけがないとばかりに。小さな焚火に照らされた、大きくなった腹を愛おしそうに眺めては、女はふくふくと幸せそうに笑うばかりで。
世俗的な出来事を神秘的と感じ、至上の喜びとする。
そのさまはまるで、ニンゲンのようではないか。
ぼうやの、
おもりは、
どこへ行た。
「……あの人は、もう帰っては来ないのかもしれないけれど」
蒼白の指先が強ばって、僅かに震えた。
ええきっと、あのひとはもう既に。
……でも。だからこそ。
決意と共に手指を丸め、固く固く握り込む。
「この子は私が、守ってみせる」
幾多もの命を奪ってきたはずの冷たい冷たい掌を。
まるで励ますかのように、命の熱が癒していった。
●受胎告知
「子供を殺す覚悟はあるか?」
放たれた一声。地獄を宿す女は何を思うか、それとも何も思わぬのか。その声色や視線はさしたる温度も持たず、猟兵達の覚悟を問う。――ヴラディラウス・アルデバラン(Uranus・f13849)は皆の顔つきを眺めたのち、任務の説明へと移った。
「奥羽地方に安倍晴明の拠点らしき研究施設がある。その施設から逃走した女の撃破が此度の任務だ」
「女はオブリビオンでありながら胎内に子を宿している。神の力を胎内で育て、オブリビオンフォーミュラを人為的に産みだそうとする計画らしいな」
女に宿るのは魔軍将の力や、コルテスが持ち込んだ神の力だ。十月十日を無事に過ごしもし産まれてしまったならば。フォーミュラとまでは成らずとも、非常に強力なオブリビオンとなる事はほぼ間違いないであろう。
「オブリビオンは晴明の術により、胎内に宿る神の子を至上の存在だと認識させられている。故に隙あらば逃走を図るだろう」
戦闘中であってもな。
言葉を切り、ヴラディラウスは問う。貴様はただ逃げるだけかもしれぬ妊婦を殺せるか?胎児を殺せるか?言葉にはするまい。然れど今回ばかりは再度覚悟を問わずにはいられなかった。任務の過酷さははじめの一言の時点よりも、格段に上がっているのだから。
しかしその一方で、見逃せぬ理由も今回は多い。戦争に直接影響しないとはいえ何としてでも阻止しなければならない目論見だ。それぞれの双眸を確認せぬままに送り出し、殺意が足りず、結果逃走を許されたなどといった事態は万が一にも避けなければならない。
心情、価値観としては。或いはここまでの状況でなければ、どちらの重りを重視するか。どちらに天秤が傾くか、傾かせる決断をするかは猟兵次第とも言えたのであろうが。
「逃がすなよ」
グリモアが起動する。白く眩い体毛の、半透明の馬型のそれ。天使の遣いのようでもあるそのグリモアは皆の周りを囲むように、悠然と歩みを進めていき。一周した頃、奇跡待つ母の元へと、猟兵達を送り出した。
七夜鳥籠
三作目は初めての戦争シナリオとなりました。
七夜鳥籠と申します。どうぞ宜しくお願い致します。
●シナリオについて
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
また、こちらは『⑧鳥取城餓え殺し』を短期間で制圧した事で発生した、ボーナスシナリオとなっております。
安倍晴明が研究、実験していた『偽神降臨の邪法』。転生の邪法を阻止する為には、実験の対象となったオブリビオンを撃破しなければなりません。
転生には十月十日の日数が掛かる為、こちらのシナリオは戦争の帰趨に直接の影響を与えるものでは御座いません。とはいえ戦後のサムライエンパイアの危機に繋がる可能性は充分にあり、故に火種はここで絶っておく事が最善でしょう。
それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
第1章 ボス戦
『『雪女』冷結』
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POW : 氷の制裁
【足を魅せる等して肌から冷気を貯め、指先】を向けた対象に、【対象の場所を起点に発生する氷の塊】でダメージを与える。命中率が高い。
SPD : 氷の神隠
自身と自身の装備、【そこから吹雪を発しながら自身と】対象1体が透明になる。ただし解除するまで毎秒疲労する。物音や体温は消せない。
WIZ : 氷の呟き
【心の底から凍てつく言葉】が命中した対象にルールを宣告し、破ったらダメージを与える。簡単に守れるルールほど威力が高い。
イラスト:煤すずみ
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠ポーラリア・ベル」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●あなたと出逢ういつか、その日を。この母はとても、心待ちにしているのです
森の中。
~~……、~~、……。
何処からか、何かの音が、聞こえている。
きっと件のオブリビオンだろう。そう判断した猟兵らは間もなく、洞穴のような空間を発見する。静かに近付いていけば、まだ此方には気付いていないのだろう。音は鳴りやむことはなく、それは軈て鼻唄なのだと理解できた。
~~……、~~、……。
――……ん、……りよ、……ろりよ。
――……は、よい子だ、ねんねしな。
嫌に呑気で、平穏な色を纏う声色。
暗く静かな洞窟の中。愛し子を想う母親の、その鼻唄だけが。
寒気さえ感じさせかねぬ程、命(せい)の喜びに満ち溢れていた。
ジャハル・アルムリフ
☆/◆
災いとなるのが確かであろうと
いまは只の
ありふれた罪咎なきもの
しかし捨て置けば主にも害及ぶやもしれぬもの
「母子」とはどんなものであったろうか
生まれながらに、ばけものであると
奪うために生まれてくると
…そう解っていたなら
ひと息に駆け【竜墜】を
氷塊は、研ぎ澄ました六感にて見切り
こちらへ伸びる瞬間に怪力で割り砕き、反動も利用し躱す
為せねば激痛耐性で耐えて前へと
飛び道具は用いず
せめて屠る感触は此の手に刻む
戦場に立つ以上迷えるはずもなく
赦しなど乞いはせぬ
恨み、呪えばいい
焼き付けてゆこう
こんな結末があったなら奪わずに済んだろう
…あの方にも逢えなかったろう
これを猟と呼ぶのなら
嘆くだろうか、我が主は
それとも
揺歌語・なびき
ああ、逃がすかよ
誰にも祝福されないいのちだ
産まれる前から、罪人だ
地形を把握しつつ潜んで彼女を狙う
【目立たない、情報収集】
脚を射撃、機動力を落とす
派手に動く味方が居れば【援護射撃】
透明時は己の勘&物音や吹雪の流れを観察
其方へ攻撃し姿を現した所で咎力封じ
【第六感、野生の勘、聞き耳、追跡、だまし討ち】
動きが明らかに遅くなったら棘鞭で一気に畳みかける
泣こうが喚こうが乞われようとも
胎ごと貫くつもりで
【串刺し、呪詛、傷口をえぐる、鎧無視攻撃】
反撃は勘と【見切り】で躱す
呪いたかったら呪えよ
それくらいは許すさ
不思議と心は凪いでいた
ひゅるりと吹雪が当たる
ここはあの子のふるさとだ
(あの子が、おれを許さなくても)
●金剛石に魅せられた獣/碧玉に救われた竜人
――ああ、逃がすかよ。
言われた言葉に返事をするかのように。揺歌語・なびき(春怨・f02050)は春色の双眸を鋭くさせ、一歩を踏み込む。
当然とばかりに殺意も心に宿っていたが、反面、足音ばかりは静かで、気配も薄い。洞窟は広そうであったが、そうでなくとも気付かれていないのであれば不意打ちを狙うに限る。思考は何処までも冴え渡っていて、まるで真冬の早朝の如しであった。
あたたかで、ぬるま湯のような。耳障りな歌声は近い。けれどこれは洞窟内で反響した分、より近くに聞こえているだけだろう。猟兵の勘と、人狼の――獣の聴覚が、そうなびきに告げていた。
ならば、作戦を練るのはまだ間に合う。
入り口付近の構造くらいは把握出来たわけだけど、どうする?役割分担とかするなら今の内だけど、と、此処で初めて後ろを振り返り、同僚である猟兵らを見遣るなびき。先頭であった彼は殺意抑えきれぬ瞳で仲間に尋ねたわけだが、ふと、それでも此方を見詰め返すある男と目が合った。――他の仲間達もなびきを見詰め返してはいたが、此度はこのドラゴニアンの黒と偶然、視線が交わったのである。
「……こうしよう」
声量を抑えつつ、作戦を立てる。内部の構造も状態も把握しきっているわけではないため、ほんの簡単なものであったが。
それでも、一斉に掛かって岩盤が崩落、オブリビオンは逃走……などといった事態になる可能性は下がるだろう。
猟兵達と、ドラゴニアンの男と頷きあう。さて、先ずは――。
オブリビオンの脚が狙撃された。彼女の死角から狙ったのは潜み隠れていたなびき。無論躊躇ってのそれではなく機動力を落とそうとしてのその行為は、もし敵が自身より格下の実力しか持たぬ者であったならば迷いなく心臓を狙っていたのだろうと、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は推察する。きっとこの者は迷わぬのだろう。戦場に立つ以上、己もそれは同じではあるが……。
母子とはどんなものであったろうか。生まれながらに、ばけものであると。
奪うために生まれてくると。
……そう、解っていたなら。
己の運命、境遇をどうしても想起せざるを得ない。重ね合わせざるを得ない。
もし、己にも――。
……いや。今はよそう。
ジャハルは思考を振り払う。今は己の役割がある。例えこのまま交戦したとて殺意も勘も、判断力も鈍ることはないだろう。だがしかし、今はより集中せねばなるまい。目の前の母と、子のためにも。
竜が駆ける。悲鳴と共に立ち上がった女の、正面から。せめて死に顔を焼き付けんと、母子殺しの業を背負わんとするかのように。敢えて飛び道具は用いず、せめて屠る感触は、此の身に、此の手に刻むという覚悟と共に。
雪女である彼女と目が合う。指先が向けられ、幾つもの氷塊が地から此方を貫かんと――。
「……!!」
激しく音が鳴り響き、氷塊は竜化し呪詛を纏ったジャハルの拳を以ってして割り砕かれる。砕き切れなかった幾つかの氷塊や新しく錬成されたそれらが再び此方を狙って来ても、力の衰えぬ竜の拳を振るったり、その反動すら利用して躱したりしながら。彼の攻撃から逃れた氷塊が、例え身体を酷く傷付けても。変わらず前へ、前へと。
離れた場所から氷塊の威力を削る、なびきの援護射撃も女にとっては厄介だった。岩陰に隠れ、着実に邪魔をしていく人狼に攻撃を当てようにも、距離を詰めていく男がいるせいで其方に集中せざるを得ない。序盤は役割を分けるという作戦が、見事功を奏していた。
「……っ、邪魔ね……!!」
ふと、女の姿が消える。吹雪を発生させるのと同時、身を隠す術を使ったようだった。
「逃げられるとでも?」
なびきの瞳孔が開く。全ての感覚を研ぎ澄まし、導き出された敵の居場所は――。
「ソコ、」
反響する銃声。呻き声を上げ姿を見せた敵にも慈悲すらなくロープを放ち、胴体に引っ掛かった縄を目視すると黒曜の彼へと、
「今だ!」
「嗚呼、」
ジャハルは接敵。呪われた竜の拳を躊躇いなく。
「赦しなど乞いはせぬ」
「恨み、呪えばいい」
何故か攻撃するのを止めた、無防備な正中へと――。
敵にとっては間一髪、氷の壁によりジャハルの攻撃は軽減されてしまい。
命中しながらも致命傷とはなり得なかった胸元の傷を、オブリビオンは庇いながら。洞窟の奥へと、新たな氷塊を壁としながら素早く逃げて行った。
元いた足元には、切断されたロープと欠けた氷柱。隙を作ることになるのは覚悟の上で氷柱を錬成し、防御に徹しつつ拘束から逃れる方を選んだようだ。
「……小賢しい」
なびきは呟く。
いくら子を守ろうとするとはいえ、優先順位を取り違える程オブリビオンの脳は腐っていたわけではないということだ。その程度の計算くらいはまだ出来る、と。
氷塊に獣の顔が映る。目付きは凍ったそれなれど、心は不思議と凪いでいた。
止まぬ吹雪がひゅるりと当たる。
ここはあの子のふるさとだ。
「……、」
一方ジャハルも、逃がすまいと厚い氷塊を殴りつつ。
なびきと同じように、反射する己の顔と向き合っていた。
思うは、先程擡げかけた思考。
――己にも。
己にも、こんな結末があったなら奪わずに済んだろう。
けれど、こうも思う。
あの方にも逢えなかったろう、と。
二人はそれぞれ、大切なひとを想い浮かべ。
もしこの場にいたのならと、夢想する。
これを猟と呼ぶのなら。
嘆くだろうか、我が主は。
この俺を見たのなら。
許さないだろうか、雪色のあの子は。
――それとも/それでも。
猟兵らは、再び彼女を追う。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
華折・黒羽
◯◆
己にとっての母とはどんなものであっただろう
産みの母は顔も知らぬ
育ての母は陽だまりのような人だった
優しく、おおらかで、あたたかな
馴染みある音の綴りに獣の耳は震え
子を思うあたたかな声を拾う
これが晴明の術によるものなのかと
僅か信じたくない心地
……
何も言葉出せぬまま
目の前に女が現れれば屠に纏わせた縹の冷気が風と舞う
殺したいわけなど
奪いたいわけなど無い
けれど
消化しきれぬ思い抱え
敵の氷にぶつける己の氷花
相殺すると共に逃げ道を阻む壁として
──あなたと…その腹の子を
見逃すわけにはいかないんです……
苦悩に歪む表情浮かべ
然れど揺らがぬ屠の一閃を
“屠”と刻む黒剣の名
命奪う己の咎を決して忘れることの無いように、と
●命の約束
洞窟内は入り組んでいた。初めに相見えた二人が進んだ先が結果的には一番の近道であったのだが、其処に辿り着くまでにも道は入り組み、歪に繋がりまた分かれもするそのさまはまるで巨大な迷路のようで。
これほどの洞窟を一団で捜索するという下策を敢えてとることもあるまい。ということで事前に手分けして雪女の捜索に当たっていた猟兵達であったが、次に彼女と相見えることになったのは猫の耳持つ獣人紛い――キマイラの華折・黒羽(掬折・f10471)であった。
妊婦とはいえオブリビオン。長く走って来たらしい雪女は多少ぜえぜえと息を乱すばかりで、黒羽の姿を見るやいなや直ぐさま戦闘態勢に入る。
――……ああ、。
出逢ってしまったか。握る黒剣は些かぎこちなく、けれど見逃すわけにはいかぬのだとギチリ、と。奥歯を噛み砕くかの如く、母の瞳に向け構えて。
「……見逃してはくれないの?」
「っ、」
出てもいない唾を呑み込む。寧ろ口は渇ききって、けれど嫌に汗だけはじわり、浮かぶような心地であった。
黒剣の名は屠(ほふり)。ひとを、ほふるためだけの力。
「――……、」
殺したいわけなど。
奪いたいわけなど無い。
……けれど。
黒剣に纏わせた冬の符、縹の冷気が風と舞う。
ひゅるひゅるり、この状況を拒絶するかのように、殻に閉じ籠るかのように。或いは彼を守るかのように、黒羽の周りを回ってから。
「――あなたと……その腹の子を」
「見逃すわけにはいかないんです……」
それでも、と。
命奪う厳冬は母の正当防衛を突き破るかの如く彼女の氷塊とぶつかり、ギシギシ音を立てながら大きな氷花を幾つも形作った。
雪女は忌々しそうに氷の壁を見詰め、他の逃げ道を探す。まさか己の術が仇になろうとは。
一瞬の間を置き、それでも屠片手に母へと迫る黒羽は端から見れば迷いなどないかのよう。苦悶に歪む表情こそそのようではあったが、然れどこの剣は揺らぎはせぬ。屠の一閃を、いま、
袈裟斬りにされた肩からは血の飛沫が舞う。
蒼白き肌から溢れ出た赤は黒羽の頬を濡らし、まなこを濡らした。
思わず一瞬、目を瞑る。
命奪う己の咎は、決して忘れまい。
そう、心に刻んで。
……嗚呼、けれど。
次に青を見せた時、母子の姿は其処にはなかった。
点々と続く命の道しるべ。
このままでも何時かは他の猟兵に屠られようが、一度刻んだ咎を放棄したりはせぬ。なかったことになどできぬ。
……例え、当人がそう望んでいようとも。
苦難の道を敢えて進む。母子を屠らんと、追う、追う。
歪み切った道はまるで己を映し取ったかのよう。
足音が反響する。何処からか水音が聞こえてくる。
――己にとっての母とは、どんなものであっただろう。
顔も知らぬ産みの母。
育ての母は、この洞窟とは似ても似つかぬ――優しく、おおらかで、あたたかな。まるで陽だまりのような、そんな人であったが。
装備が触れ合う音が響く。屠が僅かに鳴いている。相変わらず洞窟内は暗く、じめじめとしていて、漆黒の毛並み持つ猫の耳は些か湿り、より深い色と――闇に紛れかねぬ色となってしまっている。……嗚呼、また何処からか、ぽたぽた、ぴちゃぴちゃと。水の音が耳を伝って、鼓膜の奥まで響いてくる。
――鼓膜の奥の奥、脳内にまでこびり付いたあのあたたかな母の唄が、馴染みある音の綴りのせいかまた、聞こえてきた気がして。
獣の耳が、ふるりと震えた。
大成功
🔵🔵🔵
アルバ・アルフライラ
☆◆
…っは、生誕を待つ胎児であれ
子を慈しむ慈母であれ
それがオブリビオンならば、私は躊躇なく殺せる
決して逃すまいと【女王の臣僕】で退路を断ち、対峙
蝶の力で彼奴の動きを鈍らせ、弱体化を図る
凍てつく言葉は拒む事なく受け入れ
宣告無視による苦痛は呪詛耐性で、激痛耐性で凌ぐ
憎悪の情を、怨嗟の情を――私は否定せぬ
全ては己を動かす原動力となる
親が子を守らんとする、その慈愛の情も…な
罅が走る身に鞭を打ち、更に亀裂を広げ
我が渾身の魔力を費やし、追撃
ほれ、逃げたくば掛ってくるが良い
子を守りたいのであろう?
――ならば恨め、殺せ
我等猟兵を
我々の屍の先にしか、貴様等の道はない
私は迷わぬ――弟子の導として
私の道を、示さねば
●宇宙 ―chaos―
別の道を行ったはずが、嗚呼、これは。
アルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は己の弟子――ジャハル・アルムリフが戦うさまを見詰め、静かに溜め息を吐く。
「……全く、」
何というざまだろう。
……否、他の猟兵共には分からぬ程度の、己にしか分からぬ程度の変化かもしれない――何しろジジは表情が乏しい。とはいえ、とはいえだ。
「青い、な」
は、と皮肉げに、けれど愛は込めた複雑な表情にもなろう。
私なら。生誕を待つ胎児であれ子を慈しむ慈母であれ、それがオブリビオンならば、私は躊躇いなく殺せる。
彼の表情、行動を見るに流石に迷いではなかろうが。割り切れきれぬということの、何と辛く、青いことだろう。しかしそれは彼の、人の美徳でもある。それは愛おしむべき感情――即ち心そのものであり、安易に否定するべきものでもないが……。
さて、帰ったら何を言ってやろうか……。
巡る思考は別として、状況の変化も見逃しはしない。雪女が逃げるのと同時、アルバは地を蹴り動きだす。
氷塊に塞がれた道はこのまま彼らに任せよう。私は別の、この道から――。
この洞窟は、鍾乳洞でもあったのか。
ひらけた場所に出れば、水晶の如き輝きがアルバを出迎えた。
クリスタリアンであるアルバの、スターサファイアの長髪が何処からか吹いて来る風に靡き、棚田のような小さな水溜まりに青のきらめきが反射する。
普段ならば見とれでもしたかもしれないが、仕事中、しかも其処に敵を見付けてしまったならば尚更、アルバは愚を犯す真似などしない。
「どうやら私が先だったらしいな」
しかし肩から袈裟斬りのような傷が、止血のためか氷で覆われている。幾つか花が咲くような、特殊な形をした氷が認められるのは果たして、敵の能力か、それとも同僚の術によるものか。まあ、今はどうでも良いことだ。敵を殺すことには、変わりないのだから。
「――控えよ、女王の御前であるぞ」
それはまるで、この場を玉座とせん程の。
彼の輝きそのものが、そのまま力を持ったかの如き。無数に舞う青き蝶が、雪女の元に飛来する。蝶は煌々と輝きながら退路を断つように道を塞いで、その内幾つかは痺れをもたらす鱗粉を苦い顔する彼女の上へと――。
「逃がして!」
突如、女は声を張り上げる。
「この場だけでもいい。永遠に、なんて言わないから。今この瞬間だけでも、どうか見逃してください」
今度は慈悲を請うかのように、涙目で。祈るように、両指を組む。
彼女の持つ、対象の行動を縛る能力。容易に守れるもの程、破ったときには大きな損害を相手に与えるものであるが……。
「効かんな」
アルバは躊躇なく、蝶へと指示を出した。
「っ、殺人鬼め!あなたには、人の心がないの!?」
「さてな」
繊細な光を放つ鱗粉が雪女へと降り注ぐ中、アルバは静かに続ける。
「憎悪の情を、怨嗟の情を――私は否定せぬ」
「全ては己を動かす原動力となる。親が子を守らんとする、その慈愛の情も……な」
故に、全てを受け止めよう。ぴきぴきと、罅が走るのにも構わず。己の身に鞭を打ち、亀裂を広げながらアルバは駆ける。
「ほれ、逃げたくば掛ってくるが良い」
子を守りたいのであろう?と挑発の笑みすら浮かべながら。
「――恨め、殺せ」
我等猟兵を。
「我々の屍の先にしか、貴様等の道はないのだから」
雪女の凍り付くような瞳孔が刺さる。
何時の間にか、弟子の気配が近くにある。
――私は迷わぬ。弟子の導として。
私の道を、示さねば。
ありったけの憎悪と怨嗟――子想う母の原動力となった凄まじいまでの吹雪と氷塊が、魔術師たるアルバの渾身の魔力とぶつかり合う。
命の奔流とも言える大いなる魔力がぶつかり合うそのさまはまるで、美しかっただけの鍾乳洞に命や生、心というものの時には醜く然れど美しい――哀れで愛おしい混沌たる一面を知らしめるかのようで。
――弟子の見詰めるその先で。
混沌を。宇宙を穿つ雷鳴の如き轟音が、大きく激しく響き渡った。
大成功
🔵🔵🔵
鹿忍・由紀
◎◆
後で余計な仕事が増えるくらいなら
今の時点で片付けた方が良いね
気分良く終われる仕事ではなさそうだけど
そう考えながらも興味も同情もなく、冷めた目で
随分呑気にしてるみたいだね
すぐに逃げられないよう一応洞窟の外に罠を張っておく
足止め程度だけど、鋼糸を目立たないように足元に
他の猟兵には引っかからないように合図して
洞窟へ忍び足を使って侵入、奇襲
奥へ逃げないよう暗視で奥側へと立ち回る
奥に逃げても無駄だと分かったら外に出ようとするでしょ
逃げる姿勢なら腹這いになるよう前から転けるはず
その影から棘を作り出し、腹から串刺しに
お腹が心配?
大丈夫、二人共一緒だよ
普段と変わらぬ調子の軽い口調
躊躇いなく振り下ろすダガー
●死への道――例え其処に光が見えたのだとしても、
鹿忍・由紀(余計者・f05760)は洞窟の最奥らしき場所を見付けると、その辺りを起点に索敵を始めた。ふと、悩み苦しんでいた同僚の顔を思い出す。この任務は確かに、そういった表情になるのも頷けそうな程過酷なものである。この自分でも流石に気分良く終われる仕事ではなさそうだなとは思うものの、けれどやはり、表情は何時も通り。興味も同情もなく、冷めた目で敵を探す。
そもそも今回の母親は人間ではなく、産まれてくる予定の赤子ですら既に過去のもの――骸の海に還るべき、オブリビオンである。……産まれてくるはずの命(もの)が既に過去のそれだなんて、とんだ不可思議な話ではあるが。そんな皮肉的な出来事も、由紀には関係のないこと。後で余計な仕事が増えるくらいなら今の時点で片付けた方が良い。ただ、それだけのことであった。
「……」
足音が聞こえる。ぺたぺたと生き急ぐようなそれは猟兵のものではない。そう由紀は確信すると、音を立てぬ駆け足で其方の方面へと向かった。
「!!」
ぶつかるようにして相対した二人。相容れぬ敵同士と解ってか、踵を返すようにして逃げる雪女を由紀は更に追う。途中、直角に曲がったところを見るに向こうから逃げてきたか、それとも行き止まりと知ってのことだろうか。頭の中で描いていた地図を再び呼び起こしながら、由紀は暗闇に慣れた目で、逃すことなく彼女を追う。
ただ、一歩進むごとに形作られる氷塊だけが厄介であった。オブリオンはちらり此方を見遣るのみで、その度に新たな氷塊を次々と作っていく。その身は既に多くの外傷を抱え、内部的損傷――気力体力の消耗は勿論、魔力も枯渇しかけているだろうに。確かに、実際にどのような戦いを潜り抜けてきたのかは由紀には分からない。けれども彼女の様子は、ここまでの術を容易に行使できる状態ではとてもないように男には思えた。いくらオブリビオンとはいえ、不可能か、それに近いことであるはずだ。何かしらの強い理由……そう、例えば子を想う母のような、非常に強い意志、決意でもない限りは。
そうして追い掛け続けること暫く。軈て道は、外に出る道と繋がった。雪女は息を切らして、出口へと向かう。洞窟内はもう、安全ではない。猟兵だらけで、寧ろ外の方が隠れ、逃げやすそうであった。
外に出さえすれば、こっちのものだ。また山中に潜み、或いは鬱蒼とした森の中を駆けて。忌々しき猟兵達を遣り過ごし、そして赤子を産めばいい。
雪女がそう、思ったかは分からないが――少なくとも、その背には些か晴れ晴れとしたものがあるように思えて。
「……嗚呼、そっちは」
感慨もなく放たれた言葉。警告のようでそうではない由紀の呟きを意に介さず、……介していれば良かったものを。
出口に到達しその身に光を浴びた瞬間、この男が仕掛けていた鋼糸に片足を引っ掛け。
数瞬詰まったものの何とか体勢を立て直し、再び転がるようにして前に飛び出たところを。
「……っあ、」
丁度、腹這いのような姿勢になっていたところを男の術により。己自身が作っていた影から伸びてきた黒々とした棘により、己の腹(すべて)を穿たれたのである。
――そう、全てはどうでも良いことだ。
暗く湿った狭き通り道に、氷の塊がいくら、沢山詰まっていたとて。
対象の目視、そしてその場に影さえ出来ていたなら。
この男からは、決して逃れられないのだから。
ぜえ、ひゅう、と息乱す雪女の、その肩が揺れているのは傷のせいだけではない。
久し振りに日の光を浴びてやや眩しそうにしながら、由紀は問い掛ける。
「お腹が心配?」
眉根を僅かに寄せたようなその表情には、一切の憐憫などないけれど。
「大丈夫、二人共一緒だよ」
苦しみを長引かせるつもりもない。
ダガーは躊躇いなく振り下ろされ――。
大成功
🔵🔵🔵
境・花世
全てのオブリビオンに花を手向けること
それがわたしに許された唯一の生きる意味
だからごめんね、何の感慨もないんだ
ただ、仕事で葬ると決めただけ
されど選ぶ手立ては百花王の馨
早業で音もなく接敵し意識を蕩かせ
最後にゆめを見せてあげよう
やさしい、甘い、祝福に満ちた、
命が産声を上げるゆめを
うれしい? しあわせ?
あえかに笑って女の上に零した種は
その身に愛し子に根を張り血を啜って
絢爛の花を咲かせるだろう
夢現のまま、喪うことにも気付かないまま
眠るように逝かせることが出来たなら
そんなこと、仕事には必要ないはずなのに
初めて聞いた母親の子守歌が、
あんまりやわらかく耳に響いたから
……すこし調子が、狂ったみたい
冴島・類
◎■
僕は母の胎を介して生まれてはいない
でも、命宿し我が身より愛し
慈しむその感情は
見て、触れて知っている
それすら、利用されている
耐え難い胸の軋みは
滅すると決めた段階で底に埋めて
到着次第
彼女の道を塞ぐように割り入って
言の葉は
焚上で炎纏い受けようと喰い
他の猟兵へのものも庇い
踏み込み距離を詰める
嘆き、怨みに憤怒…存分に聞こう
逃せないんだ
その、かみさまは
受け止めて近付き
炎載せた刀で、躊躇いなく斬る
すまないも言えない代わりに
苦しまないよう、真っ直ぐ
感触ごと忘れないと
今生きる子らを守る為
綺麗事は、結果望めど言わない
晴明が発端だとしても責任転化もしない
奪われたくなかった
決めた道と知りながら
唯、腕がひどく冷たい
●宿り神
「待ってください」
ぴたり。喉を貫く――否、頭を切り落とすところだったその刃は寸前で止まる。思わず喉をこくりと鳴らしてしまった雪女であったが、声の主は己と同じオブリビオンというわけでもなさそうである。暫し迷うように静止し、けれど結局は従うように、その鋭き刃先が離れていくのを揺れる双眸で捉え。そして徐々に近付く気配を肌で感じて、逆転はできそうにない末路――己と愛し子の運命を悟る。けれども確認だけはせずにもいられない。視界の端でそちらを見遣れば、褐色の肌に白髪という、正反対の色味を持つ男がいた。……少し後ろには、反面鮮やかな。血のような赤に大輪の花を咲かせる女がいる。……何だ、やっぱり。少し、ほんの少したりとも、見逃してくれそうにはないじゃないか。雪女はそう、胸の内で文句を垂れた。
雪女はぜいぜい、ひゅうひゅうと唸りながらも、一先ずは大人しそうにしてみせている。隙を窺い逃げるつもりであったとしても、この損傷度合いでは流石に猟兵三人は相手取れないであろう。彼女の運命は我々が握っているのだ。良くも、悪くも。
同僚の刃を止めた男――冴島・類(公孫樹・f13398)は目の前の女を冷静に分析しながらも、同時につい、思いも巡らす。類は猟兵間では一般的にヤドリガミと呼ばれる、物そのものが形を成した超常たる存在であり。つまり自然的な事象として母の胎を介して生まれた――自然に生まれ出でた命、生き物では決してない。然れどヤドリガミというモノは、長年もの間愛され、慈しまれなければ生まれぬ存在でもある。故に類はそこいらのヒトよりも知っていた。見て、触れて。愛し愛されるということを、慈しみの心を。それこそこの場の誰よりも――と断言できるかもしれない程。過去、田舎の小さな社に祀られ人の営みを見守っていた、この――今は冴島類と名乗りヒトの形を持つ鏡のヤドリガミは。ヒトの心を、知っていたのである。
けれど。それでも、形持つ神は迷わなかった。先刻――グリモアベースでこそ拳を握っていたものの、ぎちぎちと爪が食い込んだ跡は既にもう消えかけている。ヒトの心を、母の心を知っている身からしてみれば、術によるものとはいえ――否、だからこそ。母の子を想う感情が利用されていることがそれだけで先ず不愉快であり、胸の軋みは耐え難かったが。一度滅すると決めてしまったならば、そのヒトらしい脆き心は底に埋めて、再度堀り返すことはない。実際にも、彼女を目の前にして決意が揺らぐようなことはなかったが――金糸の髪持つ猟兵の刃を止めたのには、それとは別にきちんとした、彼なりの理由がある。
「あなたの嘆き、怨みに憤怒……存分に聞こう」
かみさま、と願ったところでこの神は逃してなどやれぬ。けれどその心だけは、どうか少しでも安らかであれと。そう、祈りを込めて。
「受け止めよう」
そのこころの、全てを。
女は涙を一筋流し、訥々と語り始めた。
●花のいろ、いのちの温度
「……私は、見て分かると思うけれど。雪女と呼ばれる種族なの」
「はい」
「他の雪女は分からないけれど。私は、子に恵まれなかった」
オブリビオンが何を言ってる、と思うかもしれないけれど。
雪女は憔悴しきった様子で、そう笑う。
――それだって、偽りの記憶かもしれない。優しげに相槌を打つ白髪の男の傍ら……半歩下がった直ぐ後ろで、境・花世(*葬・f11024)は一人思う。
最早、何処までが本当で何処からが術により植え付けられたものなのか、花世にも、誰にも。判別はつかない。それはいつの間にやら徐々に集まってきていた、先に刃を交えていた猟兵達にも同じことだ。神――全知全能たる、真なる神がいたとして。それは神にしか分からぬのであろう。唯一の望み……何がしかの事情を知っている可能性はある、晴明ももう。この世には――私達の側には、もういない。
「……」
曰く、我が子をこの腕に抱くのを夢見ていたこと。己には、子を抱く資格などないと思っていたこと。
「だって、この身体はあまりにも冷たすぎる!!」
温度のない。命を宿すにはあまりにも冷たすぎる、雪女である己を恨んだこと。……故に、怨みから人を次々に、いとも容易く殺めてしまったこと。
「……後悔は、しているわ」
因果応報ねと、腹を撫ぜて女は嗤った。
――嗚呼。花世は思う。女にとっては最早、それが真実か否かなど関係がないのだ。だってこんなにも、
「今更後悔したって、遅いってことは分かりきってる。百も承知よ。でも、」
でも、今更諦めきれないってことも、あんた達は百も承知でしょう!?
そう叫んで吹雪を、氷塊を編み出す彼女の目はなんて、なんて生に満ち満ちているのだろう。
――だってこんなにも、彼女は美しい。
「ごめんね、」
仕事で葬るって決めたから。だから、葬るだけ。
最後まで続かなかった花世の言葉は、さぞや柔く、優しげな響きに聞こえたのだろう。類ばかり見ていた雪女と、遂にしっかりと目が合った。
花世は一つきりのまなこで、その視線を受け止める。全てのオブリビオンに花を手向けるのだと、それが己に許された唯一の生きる意味であるのだと信じきっている彼女。その、花世と同じように。
生きよう生きようとする眼前の女を、我が子を想う母の心を。嘘かもしれないからとさっぱり流すことなんて、常人にはとても――。
嗚呼然れど。此処には常人などおらず。
全てを受け止めた上で斬ると言う、類と名乗った男の能力――焚上が、嘆きも怨みも、吹雪も氷塊ですらも、悉く呑み込んで溶かしてゆくのを。浄化の炎のその先が、ぱちぱちと瞬いているのを。一度ふ、と見上げてから。花世はさいごに、と。一言だけ、雪女に声を掛けた。
「最後にゆめを見せてあげよう」
類の、炎の相手に掛かりっきりであった女が首を傾げる間も与えず。花世は音もなく接敵すると、右目に宿す八重牡丹――百花の王が雪の女を祝福した。
――それは、虚構と現実の境界が翳む、とても甘くてしあわせな馨り。
「……あ、ああ、」
女は幻を魅る。やさしくあまい、祝福に満ちた。
命が産声を上げるゆめを。
「うれしい?しあわせ?」
花の女はあえかに笑う。雪の女――冷結と名乗った一人の母の、上にそっと、零した種が。その身に、愛し子に根を張り血を啜って。絢爛の花が咲いてゆくのを、ただ見守って。
そうして、冷たいはずの土壌から、あたたかな花が咲いたなら。
百花の王が。堂々たる大輪の花が、見事に雪上に咲いたならば。
「……あ、……ぁ、」
「……ゆっくりお眠り」
きっと、このヒトもどき……いいえ。この人、も。
きっと、きっと。私はまだ、こんなにもあたたかかったんだと。
――そう、思えるはずだから。
「……あれ、」
何だか。
初めて聞いた母親の子守歌が、
あんまりやわらかく、耳に響いたものだから。
……少し調子が、狂ったみたい。
●神のみぞ、
吹雪の名残か、それとも季節外れの自然現象か。ちろちろと雪が、降っている。
猟兵達は空を見上げた。桃色がかる夕焼けに、きらきらと瞬くのは一番星だ。
一番星の正体は、殆どの場合金星であると聞く。
彼らにとっての戦争の守護星――光をもたらす者を、私達はまだ、星屑にも満たない内に。さきほどこの手で、殺したばかりだけれど。
――せめて、その最期が安らかなものであったなら。
そうした、身勝手な願いを。想いを。
いっとう美しく、優しげに輝くあの夜空の星に。
そっと託してみた者も、いたのかもしれない……なんて。
――それこそ、。
大成功
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