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夏の記憶

#UDCアース

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#UDCアース


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●こいごころ
 林の奥は真夏とは思えない涼やかさで、静寂に満ちている。
 時折、ざわざわと風が騒ぐ。その風にすすり泣きの声が混じった。

 大きな虫かごに腰掛けた一人の少女が静かに泣いていた。麦わら帽子のリボンと、ぎゅっと掴んだ虫取り網のネットが風に揺れる。
 どうして、どうして。少女はぽろぽろと涙を零して嘆く。震える肩。か細い声。
 その声に応えるように虫かごの中のピンク色のハートが淡く輝いた。

 誰かを待っているのだ。
 それは誰なのか、いつから待っているのか――。

 夏の中で、彼女はずっと待ち続けている。
 片思いの大好きな男の子を。
 決して自分を見てはくれないと分かっているのに。
 ちゃんと全部、分かっているのに。

●あの夏の日の、あの場所で
「今年のUDCアースの夏は、あまり天気がよくないですね」
 赤いリボン付きの麦わら帽子を手に持った岡森・椛(秋望・f08841)が、猟兵たちに語りかけた。
 異常気象なのか平均気温も例年よりやや低めで雨が多く、青空が広がる日も数えるほどしかない。猛暑が続くよりは過ごし易いかもしれないが、眩しい太陽や大きな入道雲が恋しくもなる。

 そのUDCアースで事件が起きようとしていると椛は続ける。場所はとある林だ。

 まずは、口に人形の手足を咥えた、歪な姿の黒い犬が現れる。ペットの蘇生の願いを聞き届けたUDCが、その亡骸に歪んだ修理を施した哀しい存在だ。

「鋭い牙を持っていて、歪な遠吠えを放ってきます。でも、本当は一緒に遊びたいみたい」
 死んでしまう前はさぞや人懐こかったのだろう。今は変わり果ててしまったが、まだその気持ちは心の奥底に残っているかもしれない。

「その先の、林のもっと奥に、女の子がいます。名前は堀・結香ちゃん。小学三年生です。彼女は想いを寄せる男の子と虫取りに行き、林で迷子になったきり行方不明で……」
 椛の声が曇る。
 一緒に虫取りに行った男の子とは、途中で喧嘩をしてはぐれてしまったのだろう。林の中で迷子になり、さぞや心細かったに違いない。そして、その後に彼女に起こったであろう出来事を思い描くとあまりにも哀しい。
 彼女は今もずっと、彼を待ち続けているのだ。あの夏の日のまま、止まった時の中で。

「でも本体は虫かごの中のピンクのハートみたい。結香ちゃんは取り込まれていて……だからハートを攻撃していただければ大丈夫です」
 切ない恋心を糧にするUDCらしいですよと、椛が複雑な表情で告げる。人の心を軽く扱うUDCに憤っているような、哀しんでいるような、そんな表情だ。
「夏の中に置いてけぼりにされてしまった結香ちゃんは、大切な恋心だけを抱えて、今もずっと最後の思い出と重なる場所に留まり続けているのですね……」

 だが彼女も紛れもないオブリビオンだ。倒さねばならない。椛は説明を終えると、どうぞよろしくお願いしますと猟兵たちに頭を下げた。

「そうそう、近くには素敵な日本庭園があります。お茶屋さんの夏季限定メニューもすごく人気があるみたいですし、戦い終えた後に立ち寄られてはいかがですか?」
 お団子が美味しいと評判の茶屋だが、夏場はふわふわかき氷が人気メニューらしい。マンゴーや白桃、宇治金時等、種類も豊富だ。
 庭園には夏の花が今を盛りと咲き誇っている。のんびりと散策したり、東屋で休憩するのもいいだろう。

 あの夏の日。
 変わらぬまま揺蕩う想い。
 こんなにも強い想いなのに、いつかは儚く消えてしまうのか。
 消えたなら、その想いは一体何処へと行ってしまうのだろう。


露草
 はじめまして。新人マスターの露草です。今回が初めてのシナリオとなります。

 思い返すだけで胸が締め付けられるような、忘れられない夏はあるでしょうか。
 そんな切ない夏の物語をお送りします。

●シナリオ構成
 ・1章 集団戦(ヒトガタクライ)
 ・2章 ボス戦(恋する蛹)
 ・3章 日常(彩の庭園)

 各章のプレイングは、導入文追加後に受付開始となります。

 3章のみ、もしもお誘いをいただけた時は岡森・椛(秋望・f08841)も登場します。

 プレイング受付やリプレイに関するお知らせがある時はマスターページに記載しますので、お手数ですがご確認をお願いします。

 皆様の素敵なプレイングをお待ちしています。
 どうぞよろしくお願い致します。
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第1章 集団戦 『ヒトガタクライ』

POW   :    あれもおいしそう
【口から人形の手足を離す事】を代償に自身の装備武器の封印を解いて【対象を噛み砕く為の鋭い牙】に変化させ、殺傷力を増す。
SPD   :    とおぼえオルゴール
対象のユーベルコードに対し【オルゴール音の混ざった歪な遠吠え】を放ち、相殺する。事前にそれを見ていれば成功率が上がる。
WIZ   :    ごりごりがりがり
戦闘中に食べた【人形の手足】の量と質に応じて【全身が錆に覆われ】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 歪なオルゴールの音が近付いてくる。不気味な姿の黒い犬の鳴き声だ。
 亡骸に歪んだ修理を施され蘇生したそれは、もう普通の犬ではない。鋭い牙でなにもかもを噛み砕ける。怒りも苦痛も理不尽も。

 でも本当は今でも思っている。
 もっと遊びたい。一緒に遊んで欲しい。その証拠に、ほら、尻尾がパタパタと揺れている。

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●補足
 そのまま正面から戦って倒しても構いませんし、望み通りに遊んであげても構いません。遊んでいる間は攻撃もしてこないようです。一緒に遊ぶと満足して、自らの定めを素直に受け入れてくれます。
冴木・蜜
……、生前の貴方は幸せだったのでしょうか

ほんの少しの続きを望んだだけなのに
この在り様はあまりにも哀しい

いいでしょう
動物は好きです
どんな姿であれ
生きようとしたものは愛おしい
おいで
私でよければ
乞われるままに遊びましょう
貴方の気が済むまで

存分に遊んでやり、その時が来たら
最後にもう一度
優しく頭を撫でましょう
それから融けた己の毒腕で
彼らを優しく抱き締めて
その命を融かす

…貴方は賢く優しい良い子ですね
私は貴方を満足させられたでしょうか
最後にひとときの幸せを感じて貰えたら
私も嬉しい

それでは
せめて苦しまずに 眠る様に逝けたなら
どうか最期にいい夢が見られますよう



 突然の風に漆黒の髪と白衣の裾が翻る。この林に棲む者たちに来客を報せる風だろうか。林の入り口に立つ白い影を見つけた黒い犬は、威嚇しながらその影に近付く。

 その不気味な姿を見て、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)は胸が締め付けられるような気持ちになった。
(生前の貴方は幸せだったのでしょうか)
 死んでしまった犬の蘇生を望んだのは飼い主だろう。別れたくなかった。もっと一緒にいたかった。例え僅かな時間でも――だからこそほんの少しの続きを望んだだけなのに、この在り様はあまりにも哀しい。

 蜜から全く敵意を感じない為か、犬は威嚇をやめた。距離を保ち慎重に蜜を見つめている。その姿に、蜜は温厚な笑みを浮かべて犬に話しかける。
「いいでしょう。動物は好きです。どんな姿であれ、生きようとしたものは愛おしい」
 おいで、と優しく手招きする。
 最初は警戒していた犬も、蜜が動物好きで自分の味方だとすぐに分かったようだ。ゆっくりと近付いてくる。
「私でよければ、乞われるままに遊びましょう」
 貴方の気が済むまで――その言葉を理解したのか、犬は嬉しそうに飛びついてきた。

 思い切り走りたい。物を投げて欲しい。こっちに来て。一緒に遊ぼう! もっともっと!
 犬の思うがままに、蜜はくたくたになるまで一緒に遊んだ。思っていた以上に激しい運動を求められ、何度もタールを吐いてしまった。だがそれも望むところだ。生真面目で人のいい彼は手を抜かずに犬と向き合い、全力で遊んだ。とことん付き合ってもらえて、犬も満足そうだ。――そろそろ潮時だろうか。

 すっかり蜜のことが気に入った犬は、人懐こく擦り寄ってくる。今は二匹が融合した姿をしているが、恐らく彼らは仲の良い兄弟犬だったのだろう。不公平にならないように、ふたつの頭を平等に優しく撫でてやると、犬は小さく鳴いた。それは全く歪ではない、美しいオルゴールの音だった。

 蜜は穏やかに微笑んで、融けた己の毒腕で犬を抱き締めた。犬は逆らわない。大好きな飼い主の腕の中にいた時のようにおとなしく体を預け、機械の尻尾だけが嬉しそうにパタパタと揺れる。腕の中で仲良く並んでいるふたつの頭はどちらも満ち足りた表情をしている。オブリビオンとしての己の定めを理解し受け入れて、全てを蜜に委ねているのだ。
「……貴方は賢く優しい良い子ですね」
 蜜の声はほんの少し震えていたかもしれない。

 じわりじわりと、蜜の毒で犬の命が融けていく。尻尾も、もう動かなくなった。蜜はその姿を哀しみと優しさに満ちた紫の瞳でじっと見つめていた。
(どうか最期にいい夢が見られますよう)
 蜜は希う。その願いは既に叶っている。蜜自身がとても幸せな夢を見せてくれたのだから。

 犬は全く苦しまずに眠るように逝った。腕の中からすっかり消えてしまった後も、蜜は暫くその場を動かなかった。
「私は貴方を満足させられたでしょうか」
 最後にひとときの幸せを感じて貰えたら、私も嬉しい――木々の隙間から夏の空を見上げ、蜜は呟いた。この毒の手でも救えると信じたい。だが救えるのだろうか。胸に抱く昏い罪悪感故に繰り返し自らに問うてしまう。

 ふと、風に乗って美しいオルゴールの音が響いた気がした。単なる気のせいだろうか。だがその音は最後に犬の頭を撫でた時の鳴き声とよく似ていた。
 ありがとうと、幸せに鳴いているような音だった。

成功 🔵​🔵​🔴​

花房・英
……ほんの少し、自分の姿と重ねてしまうな。
望まない形で、力を生を与えられた事に。
今は俺を受け入れてくれる人がいる。でも、こいつは……。

望むならと、ヒトガタクライと遊ぶ。
林に落ちてる枝を使って、投げて取って来させたり。
お手とかできんのかな?知ってればおやつでも持ってきたんだけど、生憎クソまずなやつしか持ってねぇ。

傷つけて、殺すのは簡単だけど。
それで満足して、自分から定めを受け入れられるならそうしたい。
今度は、普通に生まれて普通に見送ってもらえたらいいな。
せめて苦しくないように、送ってやる。



 林を少し入った場所にその黒い犬はいた。
 無残な修理を施された不気味な姿を見つめ、花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)は複雑な表情を浮かべる。

(……ほんの少し、自分の姿と重ねてしまうな。望まない形で、力を生を与えられた事に)
 英は幼少より実験体として過ごした。理不尽な扱いを理不尽だと気付くよりもずっと前からそうだった。何の疑問も感じていなかった日常の違和感に気付いたのはいつだっただろう。

 この犬も同じだ。犬自身はもっと生きたかったのか、分からない。だがこのような姿になることを望んでいたとは到底思えない。それにもう飼い主は側にいない。飼い主はこの姿に満足したのか? それとも――英の握った拳に無意識に力が入る。
(今は俺を受け入れてくれる人がいる。でも、こいつは……)
 犬は不思議そうに英を見つめている。敵意は感じない。逆に思い悩む英を心配しているようにも見える。

 英は用心深い。今までの人生の中で当たり前のように身に付いたことだ。だが自分の姿を重ねたこの犬に対しては自然と警戒心が緩んだ。遊んでやろう。面倒くさいという気持ちは微塵も湧いてこなかった。

「そら、取ってこい」
 林に落ちている木の枝を拾い、投げる。放物線を描いて飛ぶ枝に犬は素早く反応して大急ぎで追う。
落下地点に駆け寄った犬だが、何故かすぐには拾わない。それどころか軽く暴れているようだ。一体何事かと心配した英は側へと近付き、真相を知る。
 どうやら、ふたつある頭のどちらの口で枝を咥えるかで争って、ちょっとした喧嘩になったらしい。しまった、と英は思った。ひとまず、ふたつの頭を撫でて気持ちを落ち着かせる。

 やり直しだ。枝を二本、同時に投げることにした。今度はふたつの頭の両方の口に一本ずつ枝を咥えて犬が戻ってきた。よしよしと撫でてやる。そしてふと思う。この犬は兄弟だったのだろうかと。繰り返し何度も枝を投げては拾い、犬も満足したようだ。少し休憩することにした。犬はごく自然に英に寄り添ってくる。

「お手とかできんのかな?」
 英の声に犬は顔を上げ、その場にちょこんと座って上手にお手をした。
「おっ、やるな」
 英はしゃがみ込んで視線を合わせ、その手を握る。誇らしそうな犬の顔には明らかに「もっと褒めて褒めて!」と書いてあった。はは、と笑いながら英は犬の頭を撫でる。両方の手で、ふたつの頭を同時にわしゃわしゃと。犬は嬉しそうに目を細めた。

 やはりこういう時はご褒美もやるべきだろうか。だがしかし、ちょうどいい物を持っていない。念の為に服のポケットも探ってみたがやはり何も入っていなかった。残念そうに肩を落としながら、英は犬に告げる。

「知ってればおやつでも持ってきたんだけど、生憎クソまずなやつしか持ってねぇ」
 クソまず。一体どのような物か。
 英が取り出したそれは赤い色のお菓子類に見える何かだった。鉄の味がするのだという英の説明を、言葉が通じているのかいないのかよく分からないが、犬は神妙な顔で聞いていた。
「……食うか?」
 赤い色の何かを掌に乗せ、英は問う。犬はこくんと頷く。いいのかと思い悩みながらも差し出されたそれを、犬は何度か鼻先でつついた後、パクリと食べた。

 沈黙。
 一瞬、時が止まったかと思った。

 だがその直後、明るいオルゴールの鳴き声が響いた。尻尾も大きく振られている。本気かと、英は犬を見つめる。

 大好きな人からもらう物は、全部おいしい。

 そう言っているように感じた。英は言葉をなくす。
 なんだよ。どうして、そこまで……。
 そして思った。この犬はそれほどまでにこうやって一緒に遊んでくれる人を欲し、待ち望んでいたのだろうと。

 傷つけて、殺すのは簡単だけど。
 それで満足して、自分から定めを受け入れられるならそうしたい。
 そう考えていた。犬はちゃんと理解しているのだ。自分は骸の海に還るべき存在だと。その為に、英が来るのを待っていたのだ。このような姿になった自分を理解し、一緒に遊んでくれる人を。
 名残惜しくもあるがそろそろだろう。幸せそうな表情をした犬に英は向き合う。未練はないかと問うと、頷いた。やはり人の言葉を理解しているのだろうか。

 せめて苦しくないように送ってやる。
 自身の血液を代償に、英の体内に埋め込まれた刻印が殺戮捕食体に変化した。ほんの一瞬で犬は刻印に捕食され、この世から消えた。何の抵抗もなかった。送ってくれる人が大好きになった人でよかったと思っていたかもしれない。

 何もいなくなった場所を見つめ、英は唇を噛み締めた。
「今度は、普通に生まれて普通に見送ってもらえたらいいな」
 その呟きは静かな林の中に吸い込まれていった。

成功 🔵​🔵​🔴​

エンジ・カラカ
イヌ、イヌ、イヌ
賢い君、賢い君、どーする?どーしよ。
イヌと遊ぶ?アァ、アァ……そうだなァ……。
仲間だもんなァ……。

イヌ、お前はなにして遊びたい?
コレと鬼ごっこしてみる?
たーのしいたーのしい鬼ごっこ。
よしよしイイ子だ。
イヌは賢いというし嫌いじゃあない。
さあさあ、鬼ごっこしーましょ。
鬼はお前たち。

鬼ごっこに飽きたら今度は……アァ、物を投げてみよう。
賢いなら取りに行くのだろう?
それじゃあそーれ。
賢い君のアカイイトを丸めてぽいっ。
ぽいっ。食べたらダメだ。
お前たちが苦しくなるだろうからなァ……。
苦しくなっても良いなら良いサ。

さぁさぁ、ばーいばい。



「イヌ、イヌ、イヌ」
陽気に喋りながら、長身の男が林を行く。エンジ・カラカ(六月・f06959)だ。黒い髪が夏の風に揺れ、金の瞳は木漏れ日を受けて輝く。口元に弧を描き、楽しそうに笑っている。

「賢い君、賢い君、どーする? どーしよ」
 相棒の拷問具に問い掛ける。賢い君と、エンジはこの名で呼んでいる。その名の通り賢い君は実に賢いのだ。すぐさまエンジの問いに答えを返す。
「イヌと遊ぶ? アァ、アァ……そうだなァ……」
 エンジは不思議そうな顔で思案する。だがすぐにいつもの笑顔に戻る。
「仲間だもんなァ……」
 賢い君の答えに納得したのだろう。しみじみと呟いた。エンジは人狼。確かに犬は仲間である。

 イヌ、イヌ、イヌ。一体どこにいるのかと、エンジは林の中を歩き回る。妙なオルゴールの音を響かせながら黒い犬が茂みから現れた。いた。このイヌか。
 ハロゥハロゥと陽気に挨拶する。犬は距離を保ったまま、訝しげにエンジを見つめた。へらりと笑う顔に敵意はない。賢い君と相談して遊ぶと決めたのだ。決めたからには、遊ぶったら遊ぶ。

 自分に危害を加える存在ではないと理解した犬がエンジに近寄ってきた。一緒に遊ぶ人を求めていたのだ。遊ぶオーラ全開のエンジに興味津々だ。
「イヌ、お前はなにして遊びたい?」
 エンジの問いかけに犬は首を傾げた。遊びたいとは思っていたが、具体的に何して遊びたいかはまだ考えていなかったようだ。或いは、遊びたい思いが強すぎて逆に決められないのかもしれない。

「コレと鬼ごっこしてみる? たーのしいたーのしい鬼ごっこ」
 その言葉に、犬はオンゴールの音で鳴いて肯定する。改造され、もう普通に鳴くことはできない。鳴き声は全て歪なオルゴールの音色になる。だが不快な音ではなかった。
「よしよしイイ子だ」
 エンジは笑いながら犬の頭を撫でる。イヌは賢いというし嫌いじゃあない。犬は嬉しそうに尻尾を振り、もう一度機械的な音で鳴いた。

「さあさあ、鬼ごっこしーましょ。鬼はお前たち」
 エンジは明るく笑って駆け出した。彼は犬のふたつの頭のそれぞれに独自の意思があることにも気付いていた。だから呼び名はお前たちだ。

 犬はすぐにエンジに追いつき、彼を簡単に捕まえるつもりだった。きっと自分の方が早く走れるはずだと。だがエンジは予想よりも遥かに素早い。身軽に木々の合間を抜け、ひらりと追跡を振り切り、時には軽々と木に登って犬が駆け回る地上から行方をくらます。

 犬は必死になって走り、エンジを追跡した。エンジの匂いを嗅ぎつけ、エンジ目掛けて一直線に走り、最後は勢いに任せて体当たりした。エンジは避けずにその体を受け止めた。掠れた声でキシシと笑い、犬を撫でた。鬼ごっこは終了だ。
ねえ、次は何をする? 犬は期待に満ちた眼差しでエンジを見つめる。

「今度は……アァ、物を投げてみよう」
 賢いなら取りに行くのだろう?
 エンジの問いかけに、犬はもちろん、とばかりに明るい音で鳴いた。尻尾も揺らして早く早くとエンジを急かす。

「それじゃあそーれ」
 賢い君のアカイイトを丸めてぽいっと投げた。犬はすぐさま駆け出し、地面に転がる丸まったアカイイトを咥えてエンジの元に持ってくる。エンジはそれを受け取り、頭を撫でる。そして再び、ぽいっ。犬が望むままに何度何度も繰り返す。

 このアカイイトを投げるのは何回目だろうか。そろそろ犬も満足して少し飽きてきたのか、拾ったアカイイトを戯れに齧りだした。その姿を見てエンジは犬に声をかける。
「食べたらダメだ。お前たちが苦しくなるだろうからなァ……苦しくなっても良いなら良いサ」
 犬がぴくりと動いた。苦しいのは嫌だとばかりに慌てて口から離す。だがその後、何か考える素振りを見せた。

 少しの間逡巡していたが、再びアカイイトを咥えてエンジの元に戻ってきた。犬自身も分かっていた。そろそろ骸の海に還らねばならない時間なのだと。エンジの前におすわりし、さあどうぞとばかりに瞳を閉じた。これだけ遊んでもらったのだ。もう思い残すこともない。聡いからこそ全てを理解した上での行動だ。エンジは頷き、懐におさめた相棒に語り掛ける。
「賢い君、できるよなァ……」
 そして鱗片と、毒性の宝石と、赤い糸を犬に向けて放った。

 バタリと犬は倒れ、苦しむ間もなくそのまま息絶える。
「さぁさぁ、ばーいばい」
儚く消えていく犬をエンジは明るく見送った。犬にとってはそれも嬉しかっただろう。この世から消えてからも、エンジと過ごした楽しい時間がずっと続いていくような気がしていた。エンジにもらった丸められたアカイイトも咥えたまま一緒に消えた。骸の海でもボール替わりにして遊んでいるかもしれない。

「賢いイイ子だったなァ」
 エンジは独り言ちる。イヌ、イヌ、イヌ。賢い君の言う通り、遊んでよかったと感じていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

薬師神・悟郎
連携、アドリブ歓迎

遊びたいのか?…良いだろう、俺も相手をしてやる
少々、乱暴に扱ってしまうかもしれないが恨まないでくれよ

激痛耐性、狂気耐性、呪詛耐性で備え
玩具の代わりにしては物騒だが、UCで破魔の力を込めた苦無を複製し操作
敵の攻撃が一人に集中しないよう遊びを兼ねて攻撃の相殺、範囲攻撃を行う
その際、地形の利用、逃げ足で距離を保ちつつ攻撃するタイミングを計る

こいつの話を聞いた時、可能であれば出来るだけ苦しまずに逝かせてやりたいと思ったのはいけないことだろうか?
医術、情報収集で致命傷となる部位の特定すれば、早業、暗殺、視力、見切り、スナイパーで止めを狙う
「…いっぱい遊んだ後はねんねの時間だ。おやすみ」



 林の中で木漏れ日が揺れる。光が強いほど影は濃くなり、影の部分はまるで夜のようだ。陽の光が差し込むだけでこれほど世界の様子は変わるのかと改めて感じる。夏の強い日差しなら尚更だ。やはりあまり太陽は好きなれない。その眩しさで照らさずにそっとしておいて欲しいと思ってしまう。

 冷たい夜の色を纏う男――薬師神・悟郎(夜に囁く蝙蝠・f19225)は黒い犬を探して林の中を歩いていた。影に紛れつつ、時折その姿が木漏れ日に照らされる。半魔半人の特徴である整った顔立ちはフードで隠されて、はっきりとは見えない。フードの隙間から覗く灰色の髪はボサボサだ。色鮮やかな夏の中で彼は異質な存在だった。

 突然風が強く吹き、フードが脱げそうになる。悟郎は手で抑え、哀愁を帯びた灰色の瞳で周囲を見渡す。それらしい黒い影が見えた。向こうの木の陰からこちらをじっと見ているのが目的の犬だろう。どうやら悟郎が敵なのか味方なのか、判断に迷っているらしい。

 悟郎は犬に歩み寄った。
「遊びたいのか?……良いだろう、俺も相手をしてやる」
 その言葉に犬は尻尾を大きく振った。待ってました! とばかりに元気に近寄ってくる。何して遊ぶ? なんでもいいよ! 犬は悟郎の足元に座り、彼の顔を見上げた。期待で眼がキラキラしている。
「少々、乱暴に扱ってしまうかもしれないが恨まないでくれよ」
 足元に向けて悟郎は淡々と告げた。犬は首を傾げる。

 経験と努力により培われた多種多様な耐性準備は瞬時に完了した。
「玩具の代わりにしては物騒だが……」
 【飛雷】と【疾風】。悟郎が愛用している小型の苦無型暗器だ。行け、と召喚【弐】を発動させて破魔の力を込めたこの苦無を大量に複製し、念動力により操り始めた。数えきれぬ苦無がバラバラに動き、犬に迫る。

 犬は驚いた。遊ぶつもりでいたのに、いきなり無数の苦無が飛んできたのだ。慌てて避けたが、明らかに戸惑っている。遊ぶって言わなかった? ねえねえ!

 抗議と思しき歪なオルゴールの音色の遠吠えが響く。何本かの苦無は弾き飛ばされた。身を翻し距離を取る悟郎を犬は追いかける。苦無は絶え間なく降り注ぎ、犬はそれを避けながら必死になって悟郎を追うが、なかなか追い付かない。彼は常に適度な距離を保ちつつ攻撃するタイミングを計っているのだ。

 だが途中で犬は気付いた。もしかして追いかけっこしてない? それにほら、この飛んでくるのを避けるのも楽しい!

 悟郎はこうして戦うことで犬と遊んでいるのだ。不器用な彼は彼らしいやり方で犬と真剣に向き合っていた。子供や子供っぽい存在も苦手だ。どう接していいのか分からない。それにこういう無邪気な動物も――それでも彼はここに来た。単に苦手だからと切り捨てることのできない、気掛かりな何かを感じたからだ。だがこれでいいのだろうか。お前は満足してくれるか?

 やっと犬が悟郎に追い付いた。鋭い牙で悟郎の腕に噛み付こうと飛びかかる。だが悟郎は体を反らせ、間一髪でその牙をかわす。犬はバランスを崩してそのまま地面に滑り込む。その隙に悟郎はすかさず距離を取る。

 起き上がった犬と向き合い、悟郎はその眼を見た。そこに宿るのは敵意や憎悪ではない。「喜び」だった。犬は悟郎が与えてくれた共に遊ぶ時間を思い切り楽しんでいるのだ。

 こいつの話を聞いた時、可能であれば出来るだけ苦しまずに逝かせてやりたいと思ったのはいけないことだろうか? 悟郎は自問する。そして答えを出した。やはりそうすべきだと。
「……いっぱい遊んだ後はねんねの時間だ。おやすみ」
 犬が再び牙を剥き動き始めた。悟郎は複製した一本の苦無に強く念を込める。飛びかかってくる犬の体をその苦無が貫いた。目にも留まらぬ速さだった。

 悟郎の卓越した技術により急所を貫かれた犬はその一撃で苦しまずに逝った。最後に響いたオルゴールの音は断末魔だろうか。周囲に血の匂いが立ち込めたが、遺体はすぐに消え去った。

 悟郎は遺体があった場所をぼんやりと眺めた。もうなにもないが、血の匂いだけが微かに残っている。犬は無事に骸の海へと還っただろうか。迷子になるなよと小さく呟く。何故だろうか、見上げた夏の空の太陽は普段よりも妙に眩しく感じられた。

成功 🔵​🔵​🔴​

クラリス・ポー
形は歪になってしまっても、魂に記憶が残っているんですね。
…いつまでも。

いいですよ!
ワンワンさん、私で良ければ一緒に遊びましょう。
この獣奏器は音が鳴るので、興味を引きやすいでしょうか。
ダッシュとダンスのパフォーマンスで、右へ左へ。
追って来てください、私も全力で元気に跳ねてお相手します!
こういう時には心からの笑顔と、
動物使い、コミュ力や動物と話すという技能が役立ちそうですね。
追付けたら、偉い偉いと二つの頭を撫で撫でしましょう。

ワンワンさんが尻尾を振るのは、遊んで欲しいのは。
いつか出会った人が優しくて、
そんな人が大好きだったからなんでしょうか。
遊ぶことで、幸せな気持ちを想い出せたらいいなと願います。


黒門・玄冬
遊んでいる間は攻撃をしてこないのであれば、
無益な刃を交える必要もない。
僕とは何で遊ぼうか…生憎と玩具に持ち合わせが無くて。
暫し逡巡の末、手荷物から見繕い。
弾性包帯を丸めて球を作る。
それを見せて感触が良ければ。
さぁ、取っておいで。と、ボール遊びを始める。

言葉を交せない代わりに、
人と犬との間には視線を通しての絆が培われたと聞く。
共に過ごす、眼を合せることで、多幸感すら生まれるのだとか。
瞳を通して信頼の感情を伝え、委ねたいたいと思う。
球が持ち返れば、賢いこだねと頭を撫でよう。

ペットの主も恐らくは少女だったのではないだろうか。
対価無くして願いが叶うことはない。
その叶いすら、UDCに歪められてしまった。



 黒衣を纏った男とシスター服のケットシーの少女が連れ立って林に入ってきた。
「玄冬兄さん、どの辺りにワンワンさんはいるのでしょうね」
 隣の男に丁寧な言葉で話しかけ、キョロキョロと辺りを見回すケットシーの少女はクラリス・ポー(ケットシーのクレリック・f10090)だ。玄冬兄さんと呼ばれた男の名は黒門・玄冬(冬鴉・f03332)。二人は義兄妹だ。

 玄冬は顎に手を当て考えを巡らせる。
「動物は狭い場所を好むと聞く。自分の後ろと側面が壁になっている場所だと落ち着くそうだ。犬も例外ではないだろう。この林でそのような場所といえば……」
 周囲を見渡す玄冬。さすが玄冬兄さんは物知りだと誇らしくなったクラリスも一緒に該当しそうな場所を探す。
「あの鬱蒼とした茂みの辺りでしょうか?」
「そうだな。探してみよう」
 長身の義兄の後を、身長40センチ足らずの義妹が追いかける。

 玄冬の足が止まった。クラリスも止まり、玄冬の後ろから彼が見つめる先を覗き込む。そこには探している黒い犬が座り込んでいた。話に聞いた通り、歪で不気味な姿だ。クラリスは胸が苦しくなった。
(形は歪になってしまっても、魂に記憶が残っているんですね。……いつまでも)

 義妹の心境を察してか、玄冬が犬に手を差し伸べた。
「おいで。一緒に遊びたいだろう?」
 犬はオルゴールの音色で鳴き、玄冬の誘いに応えた。ゆっくりと立ち上がり、二人のもとへ歩み寄ってくる。その姿にクラリスも笑顔になる。

「いいですよ! ワンワンさん、私達で良ければ一緒に遊びましょう」
 クラリスは愛用の獣奏器を掲げた。六角形の魔法青金石に金のベルを誂えた杖状の獣奏器だ。金のベルが高らかに澄み響く。身軽に踊るように駆けだし、右へ左へと跳ねる。その姿に犬も興味を持った。オルゴールの音色を響かせながらクラリスについて行く。
「追って来てください、私も全力で元気に跳ねてお相手します!」
 その言葉の通り、クラリスは獣奏器を手に跳ね回る。犬も同じように跳ねながらクラリスを追いかけた。ケットシーと犬のダンスだ。ベルの音とオルゴールの音も見事なセッションである。玄冬は微笑ましいその光景を見守った。遊んでいる間は攻撃をしてこないのであれば、無益な刃を交える必要もないと安堵しながら。

 犬がクラリスに追いつく。すっかり懐いた犬は嬉しそうに鼻先でクラリスをつついてくる。ふたりはもうすっかり仲良しだ。クラリスは偉い偉いとふたつの頭を撫でた。背伸びして、手を精一杯伸ばして。この犬をたくさん誉めたかった。

 しかし跳ね回りすぎてクラリスはくたくただ。少し休憩を……と思ったが、もっと遊びたいと犬はじゃれつく。
「次は僕と遊ぼう」
 玄冬が声をかけた。バトンタッチだ。

「何で遊ぼうか…生憎と玩具に持ち合わせが無くて」
 暫し逡巡の末、何かあったかもしれないと手荷物を見繕うことにした。弾性包帯があったので丸めて球を作ってみる。それを犬に見せると、嬉しそうに眼が輝いた。
「気に入ってくれたかな。さぁ、取っておいで」
 玄冬は球を投げた。犬は大急ぎで拾いに行く。楽しそうに、軽やかな足取りで。

 言葉を交せない代わりに、人と犬との間には視線を通しての絆が培われたらしい。玄冬は以前本で得た知識を思い出していた。共に過ごす、眼を合せることで、多幸感すら生まれるのだとか。それならば瞳を通して信頼の感情を伝え、委ねたいたいと思った。
 犬が球が咥えて返ってきた。玄冬はしゃがんで視線合わせ、賢いこだねとふたつの頭を優しく撫でた。犬は尻尾を大きく振りながら嬉しそうに目を細める。

 犬はもっともっととねだる。玄冬は笑いながら何度も繰り返し球を投げた。
「玄冬兄さん、私にも投げさせてくださいニャ」
 休憩していたクラリスも、居ても立っても居られずやってきた。今度はクラリスの番だ。球を思い切り遠くに投げる。

(ワンワンさんが尻尾を振るのは、遊んで欲しいのは。
いつか出会った人が優しくて、そんな人が大好きだったからなんでしょうか)
 こんな姿になっても人懐こい犬。きっと理由があるのだろう。こうやって遊ぶことで、ワンワンさんが幸せな気持ちを想い出せたらいいな。球を拾いに行く犬の後ろ姿を見つめ、クラリスは祈った。

 玄冬は考えていた。ペットの主も恐らくは少女だったのではないだろうかと。ペットを愛する純粋な願いが哀しい存在を生み出してしまったのか。
(対価無くして願いが叶うことはない。その叶いすら、UDCに歪められてしまったのか)
 やりきれない話である。

 そろそろ犬も遊び疲れたのか、伏せの姿勢で休んでいる。クラリスは犬に寄り添い、背中を撫でる。
「この子、連れて帰っては駄目でしょうか……」
 クラリスはかつてオブリビオンに家族を奪われた。暫く独りでいたが、義母と出会い養女として迎えられた。私を受け入れてくれた義母さんなら、この子も家族にしてくれないだろうか――いや、そんなことは出来ないと理解している。たとえ攻撃してこなくても、この犬もれっきとしたオブリビオンなのだ。けれども優しいクラリスはつい思ってしまう。なんとかして助けられないだろうかと。

 玄冬は義妹の優しさをよく知っている。何事にも一生懸命の頑張り屋で、常に自分のことよりも他人が優先だ。頑張りすぎて疲れてしまうのではと心配にもなる。だからこそこの犬にも心を寄り添わせ、大切に思っているのだろう。
(僕がやらなければいけないな)
 最初からそう思っていた。だが改めて考えを固める。

 先ほどまで伏せていた犬は、今は力なく寝そべっている。クラリスと玄冬に遊んでもらえて満足して、いよいよ終わりが近づいてきたのだ。そのことを察したクラリスは涙ぐんだ。玄冬はクラリスに問う。大丈夫かと。クラリスはこくんと頷いてからもう一度だけ犬を撫で、立ち上がって犬の側を離れる。

 玄冬はしゃがみこみ、犬と眼を合わせた。視線がぶつかり、玄冬には犬の声が聞こえた気がした。楽しかったです。ありがとう、と。犬はもう骸の海に還る時間だと理解しているのだ。せめて苦しませずに送ろう。玄冬は決意した。

 玄冬が能力を発動させ、犬を素手でそっと撫でる。犬の体が淡く輝き、次の瞬間には消えていた。クラリスの息が止まった。必死に涙を堪えて祈り、震える声で呟く。私達はあのワンワンさんを救えたのですよね――義兄はその言葉に深く頷いた。

 風がクラリスの獣奏器のベルを揺らす。その音色がまるで鎮魂曲のように夏の空の下に響き渡った。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

吉備・狐珀
【ヤド箱】で参加です

こちらが何もしなければ襲ってこないどころか、あの尻尾の振り様。
本当に人懐っこい子なのですね。
それなら貴方が満足するまで一緒に遊びましょう。

(動物と話す)でどんな遊びや玩具が好きか聞きながら犬と遊びます。
飼い主さんとの思い出話を聞くのもいいですね。
ただ歪んだ修理を施されたその体は少し力が強いかもしれません…。
一応(医術)の心得はあるので遊んでいてもし怪我をしたら手当てしますね。


勘解由小路・津雲
【ヤド箱】
 ……ふむ、これはあえて戦う必要はないか。この世の理の異常を察知し、穢れを払い、神や怨霊の怒りを鎮めるのが陰陽師本来のあり方、ともいえるし、な。

【戦闘?】 事故防止のために霊符だけはらしてもらうぜ。【七星七縛符】、これで能力を防げば、ほぼただの犬、のはずだ。しかし霊符をどうはるかな。おーしおしおしおし、敵意はないぞ、なでるだけ、なでるだけ、痛くない。わしゃわしゃわしゃわしゃ……としている隙にはるとしようか。あとは術の維持に専念しよう。ヤドリガミゆえ、寿命はほぼ無尽蔵なんでな。……ごふっ

……十分満足したら、そのまま「破魔」の力で……。静かに眠りな。


ファン・ティンタン
【SPD】形は歪めども
【ヤド箱】で参加

……、こんなことになった元凶がこの場に居れば、ぶった斬ってやるのにね
いない敵に刃を向けても仕方ない
そう……この場に、敵はいないんだから

歪な犬達を少しでも理解するために、武器の類はまとめて地に置き、触れ合いに行く
【異心転身】により、自らも歪な身を模して、彼らと同じ境遇を経験する

痛みは、ない?
苦しみは……?

同じ形を取ることで【コミュ力】を増進
【動物と話す】要領で、彼らの最期を穏やかなモノにするための誘導を、それとなく進める

今日この日だけでは、満足には至れないかも知れないけれど……
あなた達には、還らなければならない場所があるんだよ

……願わくば、次なる生に、幸あれ


落浜・語
【ヤド箱】で参加。

まぁ、さっさと還すのは簡単だが、納得して還すことができるなら、そのほうが良いよなぁ。
満足して、未練なく還ってもらおうか。

遊びたいなら相手をしてやるよ。ああ、でも全力は勘弁してくれな。
そんなに体力ないから、ほどほどで…ってわけにはいかないか。うん。
まぁ、満足するまで、気が済むまで付き合ってやるさ。
せめて、次があるなら幸せになれるといいな。

削る寿命が存在しないとはいえ津雲さん、あんま無理すんなよ。



 「ヤドリガミの箱庭」に集う四人のヤドリガミ達は、林の中で黒い犬を探していた。犬や少女の話を聞き、気になった者達が連れ立ってここへとやってきたのだ。気心の知れた間柄の皆とこうして共に行動できることはとても心強い。

「まぁ、さっさと還すのは簡単だが、納得して還すことができるなら、そのほうが良いよなぁ」
 落浜・語(ヤドリガミのアマチュア噺家・f03558)はしみじみと思う。たとえオブリビオンとはいえ、友好的な相手だ。敵意のない相手と無駄に争うことなど好まない。それに語は面倒見がいい。望まぬ形で改造され、それでもなお一緒に遊んでくれる人を待ち望んでいる哀しい存在を放っておくことはできなかった。
「満足して、未練なく還ってもらおうか」
 その言葉に皆も頷く。全員共通の願いだった。

 突然、木の陰でに何かが動いた。
「おや、ここにいたぜ」
 勘解由小路・津雲(明鏡止水の陰陽師・f07917)が一匹の黒い犬を見つけて皆に知らせる。吉備・狐珀(ヤドリガミの人形遣い・f17210)が津雲の指さす先を見つめ、こちらの様子を伺っている不気味な犬の姿に心を痛めた。歪んだ修理を施されて、こんな姿にされてしまったなんて。

 ファン・ティンタン(天津華・f07547)も憤っていた。
「……、こんなことになった元凶がこの場に居れば、ぶった斬ってやるのにね」
 その声は哀しさに満ちている。この犬を改造したUDCはまだ何処かで哀しみを生んでいるのだろうか。
(でも、いない敵に刃を向けても仕方ない。そう……この場に、敵はいないんだから)
 自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。いつかそいつと出会ったら必ずぶった斬ろうと心に決めながら。

 狐珀が手招きすると黒い犬は木陰から出てきた。尻尾をパタパタと振っている。四人から全く敵意が感じられないので、遊んでもらえるのかと期待しているようだ。
「こちらが何もしなければ襲ってこないどころか、あの尻尾の振り様。本当に人懐っこい子なのですね」
 その姿に狐珀は目を細める。先程は歪な姿に驚いたが、今はこの犬がとても可愛らしく感じる。
「それなら貴方が満足するまで一緒に遊びましょう」
 狐珀のその声に、犬はオルゴールの音色の声で嬉しそうに鳴いた。
「遊びたいなら俺も相手をしてやるよ。ああ、でも全力は勘弁してくれな」
 語が犬の頭を撫でながら明るい声で言う。本当に? 嬉しい! 犬の尻尾はますます大きく揺れた。

 犬や仲間達の様子を見ながら津雲は顎に手を当て思慮を巡らせる。
(……ふむ、これはあえて戦う必要はないか。この世の理の異常を察知し、穢れを払い、神や怨霊の怒りを鎮めるのが陰陽師本来のあり方、ともいえるし、な)
 志半ばで倒れた持ち主の遺志を継ぎ闘う彼は、この状況ならばきっとあの人も同じように動いただろうと思った。この選択肢は間違いではない。

 ファンは犬を理解したいと考えていた。その為に武器の類はまとめて地に置く。敵意はないことを行動ではっきりと示したかった。そして犬に触れ、そっと頭を撫でる。指先に確かな温もりがある。ああ、この犬は生きている。こんな姿でも。もっとこの犬を理解しよう、その気持ちに寄り添おう。そう決意したファンは、【異心転身】で自らも歪な身を模して、彼らと同じ境遇を経験しようと試みた。

 乳白色の髪、乳白色の肌。その白く美しい容姿がみるみるうちに歪んだ姿の黒い犬へと変わる。どちらがファンなのか分からないほどに瓜二つだ。それでもなお右目は頑なに閉ざされており、それにより区別がついた。
(痛みは、ない? 苦しみは……?)
どうやら改造を施されたとはいえ、体の痛みはないらしい。そのことに安堵する。だが胸はとても苦しい。この犬はずっとこんな苦しみを抱え続けていたのかと愕然とする。

 驚いたのは犬だ。目の前に自分がいる。歩み寄り、様子を伺う。ツンツンと鼻先で犬と化しているファンの鼻をつつく。仲良くなりたい相手への挨拶だ。そんな二匹の様子を語達は笑顔で見守っていた。

 さあ遊ぼうとした瞬間、津雲が皆を止める。
「少し待て。事故防止のために霊符だけはらしてもらうぜ」
 これで能力を防げば、ほぼただの犬、のはずだ。津雲は【七星七縛符】を発動させ、特別な力が込められた霊符を手にする。しかしこれをどう貼るかが問題だ。普段のように勢いよく投げつける訳にはいかない。
意を決した津雲は唐突に犬に抱きついた。一瞬、二匹いる犬のどちらが本物の犬なのか分からなかったが、右目を見てファンだと気づいて間違えなかった。

「おーしおしおしおし、敵意はないぞ、なでるだけ、なでるだけ、痛くない」
 わしゃわしゃわしゃわしゃ……突然のことに犬は固まっていたが、すぐに嬉しそうに尻尾振り始める。その隙に津雲は赤い首輪の辺りに霊符を貼った。犬は嫌がる素振りは見せず、むしろ新しいアクセサリーを付けもらえたと思ったのか、上機嫌だ。津雲は作戦が成功したことに安心した。あとは術の維持に専念しよう。

 その様子を見て、まさかこれからずっと術を維持するのかと語は津雲が心配になった。
「気にするな。ヤドリガミゆえ、寿命はほぼ無尽蔵なんでな。……ごふっ」
 いきなり吐血した。やはり心配だ。
「削る寿命が存在しないとはいえ津雲さん、あんま無理すんなよ」

「どんな遊びが好きですか?」
 狐珀は犬に話しかけた。残念ながら改造の際に声帯をオルゴールに換えられてしまった為に会話は困難を伴うようだが、意思疎通は可能だった。どうやら追いかけっこが好きらしい。好きな玩具はボール。投げてもらって取りに行くのが楽しいという。飼い主との思い出を聞くと犬は目を輝かせた。大好きだったようだ。飼い主も、犬をとても可愛がっていたらしい。
(大好きだからこそ、死を受け入れられずにこんな姿に……)
 狐珀の表情が曇る。純粋な愛情は時には悲劇を生んでしまうのだろうか。哀しくなった。

 狐珀と犬の会話を聞いていた語はふむふむと頷く。
「追いかけっこが好きなのか。よし、早速いこう」
 語が犬と走り出す。先程、全力は勘弁してくれなと犬に伝えてはあるが果たして分かってくれただろうか。
(そんなに体力ないから、ほどほどで……ってわけにはいかないか。うん)
 犬は容赦なかった。嬉しくて仕方ないらしく、林の中を全力で駆け回る。語にも早く早くと急かす。ファンも一緒に走ったが、犬の姿を模した彼女とは違い、語は既にヘトヘトだ。

 しかも犬がじゃれついて語に飛びかかってきた。うわ、と声を上げながら語はばたりと倒れる。
「大丈夫ですか?」
 医術の心得のある狐珀が手当てしましょうかと慌てて駆け寄った。いやいや平気だと語は手を振る。倒れたままで、ふと高座から見える客の笑顔を思い出していた。あの笑顔ほど嬉しいものはない。ははは、と語は笑う。
(まぁ、満足するまで、気が済むまで付き合ってやるさ)
 犬を抱えて語は起き上がった。ここにも笑顔の花は咲いているのだ。もっと華やかに咲かせてみせよう。

 同時に不思議のことが起きていた。ファンの胸に抱えていた苦しみが徐々に薄れている。何故だ?
 犬を見て理解した。今の犬はとても嬉しそうに遊んでいる。ファンの気持ちは犬のそれと連動しているのだ。だから心が軽くなっていく。その事実にファンは安堵し、本当によかったと思った。そしてもっと走ろうと犬を誘う。彼の最期を穏やかなモノにするための誘導を行わねばならないのだ。それにはやはり、もっと遊ばなければいけない。

 追いかけっこがひと段落した後、木の枝を投げて遊ぶことにした。ボールを持ってくればよかったと語は思ったが、犬は木の枝も喜んで拾いに行く。

 だが犬には気になることがあった。遊びの輪に入らない津雲だ。犬は枝を口に咥えて、少し離れた場所でこちらの様子を見ている津雲に駆け寄った。ねえねえ、どうして遊んでくれないの? さっきみたいに撫でて! 無邪気にじゃれてくる犬に津雲は困り果てた。
「ま、待て、おれには大事な任務が……うわっ」
 飛びついてくる犬に慌てる津雲を見て皆が笑った。参ったと、津雲も笑っていた。

 遊び倒してすっかり疲れた犬は四人の前に賢くおすわりして皆を見つめた。それはそろそろ楽しい時間は終わりだと犬自身も理解しているような素振りだった。
「今日この日だけでは、満足には至れないかも知れないけれど……あなたには、還らなければならない場所があるんだよ」
 術を解き元の姿に戻ったファンは静かに伝える。犬は神妙に頷いた。やはり分かっているのかと語は感じ、話しかける。
「せめて、次があるなら幸せになれるといいな」
 ううん、遊んでもらえたから今も幸せだよ――犬がそう言ったような気がした。狐珀の耳にもそのまま言葉ははっきりと届いていた。

 犬は十分満足している。仲間達も覚悟はできている。津雲は首輪に貼った霊符に向けて破魔の力を送り込んだ。
「静かに眠りな」
 その力で犬はあっけないほどに簡単に倒れ、そのまま儚く霧散した。

 語は目を伏せ、狐珀はおやすみなさいと呟き、黙祷する。ファンは空を駆け天に向かう犬を思い描いた。そうであればいいと願い、祈る。
「……願わくば、次なる生に、幸あれ」

 きっとその願いの通り、犬は空を駆け天を超え、骸の海へと還っただろう。四人のヤドリガミと一緒に遊んだ楽しく幸せな思い出を胸に。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

マレーク・グランシャール
【壁槍】カガリ(f04556)と

想いを残して死んだ者は、時として死んだことすら気づかぬままにオブリビオンとなる
結香という娘も、この犬共も
俺は子供も動物も好きだ
これまで戦って倒すことでしか見送ってやれなかったが、たまには想いを叶えて見送ってやろう

木の枝を拾ったら槍投げの要領で遠投する
犬は物を投げると悦んで拾ってくるからな

次はシンプルだが犬と一緒に走る
ダッシュ力には自信があるから競争しよう

それから褒めて、撫でてやる

カガリは犬と遊ぶのは初めてと言うから手本となろう
人が誰もいないときも鳥や動物がいたら慰められるだろうから
いつかは彼を置いて死ぬ俺に出来るのは、少しでも淋しくないようにしていくことだけだ


出水宮・カガリ
【壁槍】まる(f09171)と

怨霊の類とは、よく相まみえることがあったが
ちょっと、悲しい娘、だな

一緒に遊びたい犬は、尻尾を振るのか
犬と遊ぶ、というのを、したことが無かったから
まるに教わりながら、ちょっと変わった犬と遊んでみよう
【竜角勾玉】の首飾りで、犬の気持ちをわかりやすくなったり、できるかな

枝を一緒に投げてみる
元気よく追っていくのだなぁ…
一緒に走るのも、喜ぶのか
なら…籠絡の(【籠絡の鉄柵】)を、本来の姿で出して(50センチほど)
犬と一緒に泳がせたら、楽しめるかな

オブリビオンと、本当の意味で遊ぶ事になるとは、思わなかったが
……こんな送り方も、いいのかな
平和に、静かに、送ることができるなら



 蒸し暑いUDCアースの夏も、林の中は比較的過ごしやすい。枝や葉は日光を遮断し温度の上昇を防ぎ、樹木は根から吸い上げた水分を葉から大気中に蒸発させ、その気化熱によって林の中は涼しくなるのだ。足を踏み入れた途端、まるで別の世界に来たような気分にもなる。

(想いを残して死んだ者は、時として死んだことすら気づかぬままにオブリビオンとなる――結香という娘も、この犬共も)
 マレーク・グランシャール(黒曜飢竜・f09171)は、目の前にいる黒い犬を見つめていた。出水宮・カガリ(荒城の城門・f04556)と共に林を訪れたが、早々と目的の犬に出会った。歪な姿をしているが、敵意は全く感じられない。尻尾を振り、こちらを見ている。出会ったばかりなのに既にマレークとカガリに対して友好的だ。

(怨霊の類とは、よく相まみえることがあったが、ちょっと、悲しい娘、だな)
 カガリはそう思いながらこの林へとやって来た。グリモアベースで話を聞き、その悲しい存在を見過ごせなかった。そして現れたこの犬。尻尾を振るのか……と興味深く見入る。興味を持ってもらえたことが嬉しくて、犬はもっと大きく尻尾を振る。

 マレークは子供も動物も好きだ。だからこそこのまま放ってはおけない。
「これまで戦って倒すことでしか見送ってやれなかったが、たまには想いを叶えて見送ってやろう」
 マレークの言葉に犬の耳がピクンと動く。カガリも頷く。今まで犬と遊んだことはない。
(まるに教わりながら、ちょっと変わった犬と遊んでみよう)

「おいで」
 マレークは犬に向けて手を差し伸べた。犬は待ってました! と言わんばかりに飛びついてくる。ずっと遊びたくてたまらなかった。だからあなた達を待ってた。来てくれてありがとう――犬は飛び跳ね、全身で感情を表現していた。

 カガリは竜角勾玉と名付けられた首飾りの先端に吊り下げられた勾玉をそっと手で握る。それだけで温かな気持ちになる。この首飾りはマレークから贈られた大切な宝物だ。
「これで、犬の気持ちをわかりやすくなったり、できるかな」
 犬はカガリの足元にもすり寄ってきた。遊んで、遊んで、いっぱい遊んで! カガリの耳にははしゃぐ犬の声がはっきりと聞こえた。カガリは笑いながらその頭を撫でてやる。多分、こうすれば犬に喜んでもらえるかな、と考えながら。もちろん犬は大喜びだ。

「まる、何をして、犬と遊ぼう?」
「木の枝で遊んでやろう。これを槍投げの要領で遠投する。犬は物を投げると悦んで拾ってくるからな」
 お手本だとばかりに、マレークは足元に落ちている木の枝を拾って美しいフォームで遠くへと投げた。すると犬は恐るべき速度で反応し、猛ダッシュでその枝を追いかけ始める。カガリは犬の素早すぎる動きに驚いた。

 しばらくしてその枝を口に咥えた犬が戻ってくる。小走りでマレークに近寄り、その枝を渡そうとする。マレークは受け取り、よしよしと犬の頭を撫でてやった。犬はとても嬉しそうだ。マレークがもう一度枝を投げると、再びその枝めがけて走り始める。
「元気よく追っていくのだなぁ……」
 カガリは感心して犬の後ろ姿を見つめた。まさに元気いっぱいである。
「次はカガリが投げてみろ」
 マレークの言葉にカガリは笑顔でうんと頷く。

 カガリが投げた枝を犬は誇らしげな表情で拾ってきた。カガリは枝を受け取り、マレークがしていたように頭を撫でる。
「沢山褒めて、撫でてやるといい。そうすると喜ぶ」
 マレークがカガリに教える。そうなのかと、もっと撫でてみる。犬はとても幸せなそうだ。その様子が嬉しくて、カガリはさらにわしゃわしゃと撫でてやった。

 木の枝での遊びもひと段落。次の遊びはなに? 犬は期待の眼差しを二人に向ける。
「次はシンプルだが犬と一緒に走る。ダッシュ力には自信があるから競争しよう」
 マレークが駆け出し、犬も間髪を入れずに走り始める。カガリも慌てた後を追う。
「一緒に走るのも、喜ぶのか」
 そして閃いた。
(なら……籠絡を、本来の姿で出して犬と一緒に泳がせたら、楽しめるかな)

 カガリのルーンソード、籠絡の鉄柵。カガリはそっと触れて本来の姿へと変える。現れた50センチほどの頭の無い黒い魚骨は優美に宙を泳ぎ、前方を走る犬と並ぶ。
 突然現れた魚に犬はびっくりしていたが、共に走る仲間が増えてますます嬉しそうだ。お友達が増えた! と浮かれ、加速する。喜びを全身で表すように。

 林を思う存分走り回り、皆くたくただ。座り込んで休憩することにした。競争の結果はというと、マレークが優勝だった。

 肩で息をしながら、楽しかったとカガリは笑う。犬と籠絡は仲良くじゃれあっている。すっかり仲良くなったようだ。
(オブリビオンと、本当の意味で遊ぶ事になるとは、思わなかった)
 とても不思議な体験をした。こんなこともあるなんて。カガリは呟く。
「……こんな送り方も、いいのかな」
「ああ」
 マレークは肯定した。そうだねと微笑むカガリ。平和に、静かに、送ることができるなら。やっぱり、嬉しい。

 カガリは犬と遊ぶのは初めてと言うから、この体験はいい手本になるだろうというマレークの計画は見事に目標を達成したようだ。
 人が誰もいないときも鳥や動物がいたら慰められるだろうから、いつかは彼を置いて死ぬ俺に出来るのは、少しでも淋しくないようにしていくことだけだとマレークは考えていた。

 カガリは鉄門扉のヤドリガミだ。今は二人の時間は重なっているが、やがてはずれが生じ、未来へ行けば行くほどにそのずれは決定的となる。今から死んだ後のことを考えるのは気が早いかもしれないが、それだけカガリは大切な存在なのだ。焼け付くような夏の太陽の日差しから、そして時には雨風から、大きく枝を伸ばして寄り添うものを守る大樹のように、マレークはカガリを大切に想い、見守っていた。

 たっぷり遊んだ。
 どうやら時間らしい。空から吹く風に犬が顔を上げた。樹々の隙間の青い空を見上げながら少し悩んだ後に、意を決したように二人と籠絡の前に来てぺこりとお辞儀をした。ありがとうと言っているようだった。聡い犬は全てを受け入れ、定めに従おうとしているのだ。

 そうかとマレークは犬に近寄り、そっと触れた。触れた所から犬が淡く光り始め、あっという間に輝く粒子となり、そのまま宙に吸い込まれるように消えていった。還ったのだ。骸の海へ。

 カガリは犬が輝きながら消えていく様子を見届け、下を向いた。
 残される側は、いつでも寂しくて、悲しい。

 先程までは確かにいた。指先で触れていた。だが今はいない。指先に僅かに残っていた温もりさえも、もう消えてしまった。
 自分もいずれは消える。その時までに、もっとカガリの為に出来ることを――マレークは温もりの消え去った手を握りしめた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『恋する蛹』

POW   :    ばか、ばか、ばか
【心細くて泣きたい気持ち】から【虫取り網でぽかぽか殴る攻撃】を放ち、【罪悪感や切なさ】により対象の動きを一時的に封じる。
SPD   :    いかないで、わたしの気もち
【虫籠から飛び出した蝶の群れ】が命中した対象を爆破し、更に互いを【対象が拒絶すれば切れる赤い糸】で繋ぐ。
WIZ   :    ごめんねが言いたかったの
無敵の【あの子に好きになってもらえるわたし】を想像から創造し、戦闘に利用できる。強力だが、能力に疑念を感じると大幅に弱体化する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠鵜飼・章です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 はっと、少女は顔を上げた。
 誰かがくる。あの子? それとも……。

 本当は虫はそんなに好きじゃない。可愛い虫はいいけど、怖い虫もいるから。
 でもね、あの子は虫がすごく好きなの。
 いつも虫取りに行ってたから、わたしもいっしょに行きたかった。

 けれども、雑木林はあつくて、つかれて、のどがかわいて……。
 わがままを言ってあの子を困らせてしまった。
 それでケンカして、わたしだけ迷子になって、そして……。

 少女の瞳に涙が滲む。
 あやまりたい。ごめんねって言いたい。
 それにもっとあの子に伝えたい気持ちもあって……。

 彼女の時も、想いも、全てがあの日のままで止まっている。
 涙をこらえながら、好きな人を夏の中でずっと待ち続けている。

---------------
●補足
 敵はあまり強くありません。戦闘に関するプレイングは最低限でも大丈夫です。
 もしよろしければ、堀・結香ちゃんに伝えたい言葉や、なにかお気持ちがあれば是非ともお聞かせください。心情重視で書かせていただく予定です。

【7/26(金)AM 8:30】より、プレイング受付を開始致します。
 よろしくお願いします。
花房・英
面倒くさい、と口にしながらも、
内心はずっと一人の人を待ち続ける彼女の一途さが、少し眩しい。
ここに来るのが、彼女の待ち人じゃなくて悪いな。

ただ倒すだけというのもしのびなく感じてしまい、言葉選びに気をつけながら声をかけてみる。

あんた、よく頑張ったよ。こんな暑い中、ずっと一人で待ってたんだよな。
なんか話したい事とかあるなら、聞くよ。
溜まってるもんあるなら吐いた方が楽になる。

後悔は、誰でもするもんだと思う。
でも、彼女は挽回する機会すら得られなかったって事だよな。

無銘で、籠の中身を攻撃。
戦わなきゃならないと腹を決めて無銘を握りしめる。
仕事だと分かっているのに、どうしてか少し苦しい。


薬師神・悟郎
事前に激痛耐性、医術で備える

堀・結香の痛々しい姿に思わず顔が強張ったのは仕方ないだろう…
だが…涙を零して悲しむ姿を見て何も思わないわけじゃない
どうしたのかと声をかけ、説明してくれるようなら、聞き役に回って話を聞く

「気が済むまで気持ちを吐き出せばいい。…大丈夫、待っててやるから」
何も答えてくれないようなら、無理に聞き出そうとせず気持ちが落ち着くまで傍にいる等し相手になる
俺に出来るのはその心を受け止めてやることぐらいだと思うから

そういえば…本体はハートだと言ってたな
少女に気付かれないようハートの位置を確認
他の猟兵がどう動くのか聞き耳、第六勘、野生の勘でさり気なく把握、攻撃する時は彼らに合わせて動く




 せみが鳴いている。
 煩いくらいに鳴いている。

 先程まではこの林は涼しく過ごしやすいと感じていたが、急に蒸し暑くなってきた。空ではギラギラと真夏の太陽が輝いている。熱気がまとわりつき、汗が噴き出す。
「まったく、面倒くさい……」
 無意識に呟いてしまう。だが花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)は林の奥へ向けて歩き続ける。少女は何処だろうかと探しながら。どうしても放っておけなかった。

 ずっと一人の人を待ち続ける彼女の一途さが、彼には少し眩しかった。何故そこまでできるのか。想いが強すぎてそうせざる得なかったのか。もし自分が同じ立場なら俺はどうしただろうか――蒸し暑さのせいだろうか。考えがうまく纏まらない。

 少し開けた場所にたどり着いた。その中央に麦わら帽子を被った白いワンピースの少女がいる。ピンク色のハートの入った虫かごに腰掛けて、今にも泣きそうな顔をしている。一目で結香だと分かった。汗をかいており、暑そうだ。

 結香は誰か来たことに気づいた。英の姿を見て、少し残念そうな顔をする。
「待ち人じゃなくて悪いな」
 彼女をがっかりさせることは分かっていたが、妙な罪悪感がある。

 このお兄さんは誰だろう? 高校生くらい……?
 小学三年生からすると、高校生はすごく大人に感じられる。

 知らない人と話してはいけないと学校でも家でも教えられている。結香はちゃんとその言いつけを守っていた。人の良さそうなおじいさんに道を聞かれて、本当は教えたいのに、ごめんなさいと心の中で謝りながら走って逃げたこともある。でもこのお兄さんはちょっと怖そうだけど、本当は優しいんだろうなとなんとなく分かる。それになりよりも、たった一人ですごく寂しかった。いつからかずっとここにいて、やっと人に会えたのだ。

「こんにちは」
 結香は挨拶をする。英も挨拶を返して結香の傍に来ると、まだ幼くあどけない少女だとはっきり分かった。とても小さい。ただ倒すだけというのもしのびなく感じ、怖がらせないように言葉選びに気をつけながら話しかける。
「あんた、よく頑張ったよ。こんな暑い中、ずっと一人で待ってたんだよな」
 結香は褒められて恥ずかしくなったのか、はにかんでもじとじしている。
「うん。気づいたらここにいたの。おうちへの帰り道も分からないし、それにあの子が来てくれるかもしれないし……」

 そうかと相槌を打つ。この様子だと喉が渇いているだろうし、お腹も空いているかもしれない。やはりお菓子でも持って来れば良かった。英は本日二回目の後悔をした。さすがにクソまずなやつを少女にあげるのは気が引ける。
「なんか話したい事とかあるなら、聞くよ。溜まってるもんあるなら吐いた方が楽になる」

 その時、木陰から冷たい夜の色を纏う男が現れた。薬師神・悟郎(夜に囁く蝙蝠・f19225)だ。新たなる訪問者に結香は驚く。ずっと一人だったのに、急にお兄さんが二人も来てくれた。悟郎と英を交互に見て、首をかしげる。
「お兄さん達は、お友達……?」
「ああ、まあ、仲間というか……そんなところだ」
 二人はこの林への転送時に顔を合わせている。そうなんだと結香は納得した。それならこのフードのお兄さんも警戒しなくて良さそうだと安心する。
「お友達が来てくれて、いいな」
 なにげない呟きに男二人は言葉を失った。幼い彼女は一体いつからケンカ別れした男の子を待っているのか。その時間の長さを考えると胸が痛む。

 悟郎は結香を見つめた。話に聞いていた通りだ。その痛々しい姿に思わず顔が強張る。やはり子供は苦手だ。どう接していいのか分からず、胸の内がザワザワする。特に結香のような幼い女の子はよく分からない存在だ。白いワンピースを着たその無垢な姿は、半魔半人で影を選んで歩く自分とは対極のようにも思う。
 だが、悲しむ姿を見て何も思わないわけがない。なにか、なにか――俺に出来ることを。

「こんな所でどうした。誰か待っているのか?」
 もし説明してくれるようなら、聞き役に回って話を聞こうと思った。だが何も答えてくれないようなら、無理に聞き出そうとせず気持ちが落ち着くまで傍にいてやろう。
 俺に出来るのはその心を受け止めてやることぐらいだと悟郎は考えていた。不器用な男は哀しい定めの少女の心に寄り添おうと決めたのだ。その想いは結香にも伝わった。このお兄さんも優しそう。フードでお顔が見えないけれど……。

「あのね、あのね」
 結香が悟郎に問いかける。
「なんだ?」
「こんなにも暑いのに、すごく分厚いフード、ずっと被ってるの?」
「……」
 今回ばかりは仕方がない。無言のまま、悟郎はばさりとフードを脱ぐ。隠されていた端正な顔立ちが現れる。フードのお兄さん、金色の目なのね。綺麗でいいなと結香はにっこり笑った。お話するなら、やっぱりお顔を見ながらがいい。

 ぽつりぽつりと結香はここにいる経緯を話し出した。誰かに聞いて欲しかったのだろう。一生懸命話してくれた。英と悟郎は時折相槌を打ちながら黙って聞いていた。

 暑い夏の日に同級生の男の子と一緒に雑木林に虫取りに来たこと。
 わがままを言ってしまってケンカになって別れたこと。
 そして迷子になったこと。
 気づいたらここにいたこと。

 凡そ、説明に聞いていた通りだ。だが結香自身から聞くと印象も違った。
 哀しみ。後悔。そして恋慕。強く伝わってくる。

 悟郎は察した。うるさい蝉の声やうだるような暑さ。今、この空間は、この少女が行方不明になってしまった時と寸分違わないのだろう。まるで哀しい記憶が再現されたような場所に少女は囚われているのか。それとも、結香自身がこの場所を望んだのか。
 英も悟郎と同じように感じていた。

「……その男の子をずっと待ち続けているのか」
 悟郎の問いかけに結香はこくんと頷く。また泣きそうだ。必死に涙を堪えている姿が痛ましいと悟郎は思う。本当はもっと泣きじゃくりたいだろう。だが、泣いたことでますますあの子をうんざりさせたみたいだと結香は言っていた。だから泣くことを堪えているのだろうか。あまりにも不憫だと悟郎は頭を抱える。

(後悔は、誰でもするもんだと思う。でも、彼女は挽回する機会すら得られなかったって事だよな……)
 全ての可能性を奪われたいたいけな少女。英は溜息をついた。そして彼女を置いていったどんな男の子だったのだろうと想像する。小学三年生。その年頃であれば女の子に興味がなくても仕方ないかとも思う。でも、女の子は違うんだなともう一度結香を見つめる。この少女は恋をしているとはっきり分かった。やはり彼女が眩しく感じる。

(そういえば……本体はハートだと言ってたな)
 少女に気付かれないよう悟郎は虫かごの中のハートの位置を確認する。あれか。結香の真下だが、これなら結香を巻き込まずに攻撃できそうだ。

 激痛耐性や医術は既に備えてある。抜かりはない。悟郎は英に目配せする。英は視線を結香に向けたままで僅かに頷く。悟郎は一瞬で英の考えを把握した。
 そろそろ取り込まれた少女を解放してやらねばならない。二人はタイミングを合わせて左右から虫かごに駆け寄り、その中のハートを狙う。結香は決して傷付けないと互いに心に決めていた。

 英は戦わなきゃならないと腹を決めて無銘を握りしめた。相棒から贈られた刀身に乙女椿が装飾された折りたたみ式ナイフは英の血液を代償に禍々しい殺戮捕食態へと変化し、虫かごを破壊しハートを切り裂く。仕事だと分かっているのに、どうしてか少し苦しい。何故だ。何故だ――自問しながら下唇を噛みしめる。

 悟郎は召喚【弐】により愛用の苦無型暗器【飛雷】と【疾風】を大量に宙に出現させる。
「行け」
 無数の苦無は悟郎の意思の通りに結香を避け、虫かごの隙間からハートに降り注ぐ。不意打ちをくらいピンクのハートが点滅するように光りながらぐにゃりと歪んだ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

御堂・茜
遅参失礼…あら
まあまあまあ
可愛らしいお嬢様!
堀結香様ですね
お話は伺っておりますわ!

御堂の知人にもすっごく虫好きな殿方がおりますの!
わかりますそのお気持ち
殿方ってなにゆえあんなに虫がお好きなのかしら!

御堂も蝶々やてんとう虫は好きですけれど
毛虫や蜘蛛を素手で掴んで見せてきたり
蝿を叩くと「かわいそう…」と見つめてきたり
地べたに這いつくばって何時間も蟻の行列を眺めていたり…
信じられませんわ!(ぷんすか

でも結香様はきっとその子の
そんな所もお好きなのですね
御堂もそんな恋に憧れます!

恋する女の子はいつだって正義なのです
その尊い心を悪用する輩は!
UCで成敗です!

いつか貴女を
素敵な王子様が迎えに来てくれますよう




 その時、林の奥でキラリと何かが光った気がした。

 さらに、チャチャチャラーンと、盛り上がる場面では必ず流れるテーマ曲が聞こえてきた気がした。この曲が流れ始めると視聴者のテンションは自然と上がる。だがしかし、無論幻聴である。

 木々の間隙を縫うように、パカラッパカラッと馬が爆走してきた。馬は結香達の手前でズザザザザーと土煙を上げながら急停止し、棹立ちでブヒヒーンといななく。その背に乗っていた和装の娘は、下馬の際にとぅ! と叫びながら空中で一回転し、可憐なポーズで着地した。

「ジャスティスモンスターかっこいー!!」「今週の正義超人ネオジャスティスは神回だった。やっぱりジャスティスモンスターが活躍する回は盛り上がって最高オブ最高」「すぐにジャスティスモンスターの登場シーン見て。ほんとすごいから全人類見て」と、ちびっ子達はテレビの前で大興奮し、ごっこ遊びではこぞってジャスティスモンスター役をしたがり、普段は愛ゆえに口うるさいマニア達も諸手を挙げて大絶賛しそうな、大迫力かつ華麗な姿だった。

「遅参失礼……あら……」
 その娘、御堂・茜(ジャスティスモンスター・f05315)は結香の姿を見つけて朗らかに笑う。
「まあまあまあ、可愛らしいお嬢様! 堀結香様ですね。お話は伺っておりますわ! わたくしは御堂茜。御堂です!!!!!」
 呆気にとられている結香達の傍に駆け寄り、感無量の極みでございます! と話しかけた。話している間にテンションがどんどん高くなる。ちなみに乗っていた馬は名馬サンセットジャスティスという名の正義の馬型ロボットである。

 挨拶や自己紹介をされてもなにがなにやら全く分からず、結香はぽかんと茜を眺めていた。茜は微笑んで言葉を続ける。
「御堂の知人にもすっごく虫好きな殿方がおりますの! わかりますそのお気持ち。殿方ってなにゆえあんなに虫がお好きなのかしら!」
「う、うん……」
 結香はものすごく戸惑っている。茜はひるまずに話し続ける。

「御堂も蝶々やてんとう虫は好きですけれど、毛虫や蜘蛛を素手で掴んで見せてきたり、蝿を叩くと「かわいそう……」と見つめてきたり、地べたに這いつくばって何時間も蟻の行列を眺めていたり……信じられませんわ!!!!!」
 ぷんすかと怒る茜。初めて素手で掴んだ毛虫を見せられた時は驚きのあまりによもや戦線布告かと勘違いし、無意味な戦いは悪ッッ!!!! と、熱く正義を語ってしまった。

「……あ、あは、あはは……」
 結香は笑い始めた。
「お姉さんの知ってる人もそうなんだね。あの子とそっくり」
 そして少し恥ずかしそうに、結香は思い出を語り始める。

 ある日、あの子が学校の近くの小さな公園で這いつくばっているのを見かけた。体調が悪いのかと思ったが、そうではないようだ。近くに寄ると、「あっ」とあの子が声を上げた。結香は知らない間に蟻の行列を踏んでいたのだ。何匹かの蟻は結香の靴の裏で潰れてしまった。
 蟻を死なせてしまったことと、あの子が行列を眺める邪魔をしてしまったことに対する罪悪感で動けなくなる。行列は結香が踏んだ部分だけが少し乱れたが、すぐに何事もなかったように元に戻った。

「……堀さんも見る? 蟻の行列……」
 動けなくなっていた結香に、あの子が声をかけてくれた。うん、と返事をして、あの子の隣に這いつくばる。声をかけてもらえて、まるで赦されたような気持ちだった。蟻の行列は最初は面白かったがすぐに飽きてきた。ずっと食い入るように見ているあの子が不思議だった。

 以来、特に虫が好きではないが、虫が好きなあの子ともっと仲良くなりたくて、虫の図鑑を読んだり公園で虫を探したりした。でもあの子ほど虫に興味が持てないのでいつも途中で飽きてしまう。
「どうして男の子ってあんなに虫が好きなのかな……」
 ずっと思っていたことを理解してくれるお姉さん。嬉しくて、また涙が出そうになる。

「でも結香様はきっとその子のそんな所もお好きなのですね」
 結香の体がぴくりと揺れる。少しためらってから一度深呼吸して、頬を染めながら小さく頷いた。
 ああー、やはり!!!! 茜は感極まってますます声が大きくなる。
「御堂もそんな恋に憧れます!!!!!!」
また例のテンションが上がるテーマ曲が流れ始めた気がした。

「恋する女の子はいつだって正義なのです! その尊い心を悪用する輩は!!!! 御堂の必殺技で成敗です!」
 茜はこれでもかと気合いを入れながらジャスティスミドウセイバーを構える。狙うのはあのピンクなハートだ。これは衝撃波が相当でかそうだと判断した仲間の猟兵達が結香の手を引いて少し離れた場所に避難させる。

「悪は滅びる!!! 正義は勝つ!!!!! 皆様ご唱和くださいませッ、【完・全・懲・悪】ッッッ!!!!!!!!!!」
 心優しい猟兵達が茜の望み通りに唱和してくれたような気がするが、茜の声が大きすぎてよく分からなくった。熱い正義の制裁でピンクのハートが切断される。茜と結香の会話中は空気を読んでずっと大人しくしていたハートは結構いい奴かもしれない。ド派手なアクションにぽかんとしている結香に茜は微笑んだ。

「いつか貴女を、素敵な王子様が迎えに来てくれますよう」
「おうじさま……」

 結香は胸がぎゅっと痛くなった。
 あの子の顔が脳裏に浮かぶ。
 わたしの王子様は、あの子だけ。

成功 🔵​🔵​🔴​

冴木・蜜
…すみません
私は貴女が待っているヒトではないのです

ずっと一人で心細かったでしょう
彼の代わりにはなれませんが
もしよければ
貴女の抱え続けた想いを聞かせてもらえませんか

…貴女は彼と一緒に居たかっただけ、なのですよね
本当はそれほど好きでもない虫取りに付いていったのも
想いを寄せた人の
傍に居たかっただけ

大丈夫
彼だって喧嘩別れは嫌な筈
きっと謝りたいと思っています

迷っているようであれば
手を差し伸べましょう

……今からでも遅くありません
彼に謝るために
貴女のその想いを告げるために

――さあ、還りましょう?

彼女に還る決心がついたようなら
UDCの本体に『毒血』
人の心を利用するモノは総て融かしましょう


クラリス・ポー
玄冬兄さん(f03332)と

こんにちは
初めまして、結香ちゃん
私はクラリスっていいます
ケットシーです
不安で心細いだろう彼女の心が
少しでも落ち着き、安らげる様に
昔からのお友達の様な
温かく優しい笑顔で話掛けます

素敵な麦藁帽子と虫捕り網ですね
結香ちゃんに似合ってます
虫捕り網は、誰かに選んで貰ったのですか?

私も虫捕りをした事があります
兄がとても上手だったんです
大好きで
一緒に遊びたくて着いていきました
それが私が転んで泣いてしまって…
喧嘩になりました
でも
怒った後で兄は笑ってて

結香ちゃんのごめんなさいも
伝えたい気持ちも
きっと受け止めて貰えます
だって結香ちゃんが好きになった人ですから

あの夏に還る為に
虫かごに光を


黒門・玄冬
クラリス(f10090)と

こんにちは、僕は玄冬
僕達ともお話してくれないかな

年頃からして義妹の方が話題も弾むだろう
相槌を打ち見守りながら
無理強いせず敬意を持ち接する

言葉は交せず、規則的で、懸命に生きる身近な命
青空を飛び、土に潜る彼等に僕も憧れたことがある
彼もそういうものが格好良く見えるのかも
そして共に見てくれる君のことも
きっと嬉しかったと思うよ

悲しみを薄め、安らいだ心に
どうか彼女自身に
新たな勇気が宿る様に

沢山待ったね
今度は会いに行ってはどうかな?
大切に抱えた気持ちを伝える為に
彼も少し先で、君を探しているかもしれない

それは理から外れた先だと知りながら
背を押す

再会を胸の内で願いながら
ハートを遮断する


マレーク・グランシャール
【壁槍】カガリ(f04556)と

もう一度あの瞬間に戻りたかった
喧嘩してごめんねと謝りたかった
彼への想いをあの夏告げたかった

結香も想いが強すぎたというだけ

ならばカガリ
もう一度自らの意志で成仏出来るよう、試してみないか?
少女の想いを遂げさせ、止まった時を進めてやらないか?

カガリに林の外へ連れ出せないか頼み、自分は彼女に手紙を書くことを勧める
連れ出せなかったとしても手紙を届けてやりたい
面と向かって告げられぬなら、手紙に書けばいい

バカと言われても虫取り網で叩かれても反撃しない
俺にも想いや後悔があるから望みを叶えてやりたい
ずっと一人で迷い、想いを囚われた彼女を救いたい

カガリ、想いを無事に届けてくれよ


出水宮・カガリ
【壁槍】まる(f09171)と
※アドリブ可、可能なら【ヤド箱】(かでのの、かたり、ファン、狐像の)と連携

純粋で、ありふれた、子どもの気持ち
たまたま、運が悪かっただけの
その意思をこの眼(【大神の神眼】)に捉えて、眠らせる事もできるが…
穏やかに、願いを叶える術があるなら、それがいいのかな

おや、そちらも来ていたか、かでのの
娘があるべき姿を取り戻したら、可能かも知れない
手紙、書いてやればいいと思うぞ
虫のこととか、本当に言いたかったこととか
渡しに行くのは、簡単だ
【出水宮之門】でまるの近くに現れて、強く願ってもらおう
会いたいひとの事を、できるだけ強く、詳しく、しっかり願って
振り向かずに潜るといい


落浜・語
【ヤド箱】で参加。【壁槍】と連携

できることは全てやってみるに越したことはないからな。
その為の前準備、しますかね。

【優しさ】【言いくるめ】フル活用して話を聞く。
まぁ、大概の場合男の方が鈍感だし自分のやりたいことを、優先しがちだからな。君だけが悪いって訳じゃないだろうさ。多分、相手の男の子も、探してるんじゃないかな?そんで、謝りたいって思ってると思う。俺だったらそう思うな。
君はどう思う?
もし、少しの時間でも、彼に会えるとしたら、会いたいかい?
俺らなら、それを叶えてあげられる。その為には、少し君の協力も必要になるんだが、悪いようにはしない。そこは約束するよ。

同意を引き出せたら、あとは周りに委せる。


勘解由小路・津雲
【ヤド箱】で参加、【壁槍】と連携
おやカガリ来ていたのか。そちらは友人かい?

(ファンのUC後に)24時間だけの奇跡か、それまでには。
「堀・結香」という名前が分っているなら、彼女が会いたかった相手も見つけられるのではないか?

普通に会わせるわけにはいかないだろうが、【催眠術】で夢だと思わせれば……。

【戦闘?】
【鏡術・反射鏡】を使用。「無敵のわたし」が本人に見えるように。「……見えるかい? でもそんなに背伸びしなくったってきっと大丈夫さ」

【行動】
道具「千里鏡」を使い【情報収集】【世界知識】などで「男の子」を探す。事件から何年たっているか分らないが……。

見つかれば【催眠術】で夢だと思わせて再会を。


ファン・ティンタン
【WIZ】男の子は、女の子のヒーロー
【ヤド箱】で参加
【壁槍】と連携

過去に囚われたまま、言えない想いを抱えてたら辛いだろうね
―――もし、あなたの願いが叶うかもしれないと言ったら、どうする?

あなたは、好きになってもらえるようにと無理して理想像を取り繕おうとしてるみたいだけれど…
男の子ってさ、得てして、自分が守らなくちゃって庇護欲が強いみたいだよ
ねえ、あなたが好きになって欲しかった自分を、本来のあるべき姿を、取り戻さないと…ね?

自身は【転生尽期】の為に魔【力溜め】に専念する
機は、仲間が用意してくれる
私は私の役を果たす

―――私は命ず
その想い、歪むことなく顕わにせよ
願わくば、時を越えて、望む邂逅の為に


吉備・狐珀
【ヤド箱】で参加
【壁槍】と連携

UC【狐遣い】で狐を召喚。
夏の雑木林なら探していたのは甲虫でしょうか。
甲虫に姿を変えた狐に結香殿が会いたい男の子を捜してもらいます。必ず見つかるように【祈り】をこめて、。
結香殿と喧嘩になりそのまま会えなくなってしまったこと、男の子も同様に後悔しているのでは…。
あの日一緒に探した甲虫なら結香殿をより鮮明に思い出し津雲殿の催眠術にかかりやすくなるはず。

語殿の言葉に結香殿が会いに行く気になったら、
結香殿が身を委ねてくれる様【催眠術】を使い、怖がらないように【手をつなぎ】不安を軽減します。

男の子と結香殿が会えたら、結香殿が伝えたい気持ちを伝えられるように【鼓舞】します。


ララ・マニユ
可哀想……なんて、簡単に言っちゃいけないかな
ずっとずっと誰かを待ち続けるなんて、苦しいよね。悲しいよね
私は君をその子に会わせてあげられないんだけど、
でもひとりぼっちでずうっと待つことはやめさせてあげたいんだ

君の伝えたかった言葉はなあに?
良かったら聞かせてもらえないかな
大事な大事な気持ちでしょう。きっと素敵なものだと思う!
残してあげる。失くなってしまわないように。私が憶えているよ

嘘は吐きたくないから、約束はしてあげられない
でも、君の言葉を伝えたい"あの子"に会えたらいいな
そうしたらきっと届けてあげられるから

絵筆を使って属性攻撃するね
夏の青空と白い雲を描くように
綺麗な夏の情景を見ながら、目を閉じて




 すぐ近くで何かを叩き斬るような大きな音がした。
「あっちだ」
 マレーク・グランシャール(黒曜飢竜・f09171)と出水宮・カガリ(荒城の城門・f04556)は駆け出した。涼しかった林は今は非常に蒸し暑くなっており、不快だ。だが二人は汗を拭うことすら忘れて先を急いだ。

 林の中の開けた場所に着くと探していた少女がいた。大きな虫かごの上に座っていると聞いていたが、何故か離れた場所にいてオロオロと戸惑っている。しかも虫かごの中のハートはかなり傷付いているようだ。
 一体何が起きたのか分からないが、これは好機だ。マレークがそう思った矢先に、少女はまるで見えない糸に絡め取られて引き寄せられるようにハートの元に戻ってしまった。再びちょこんと虫かごの上に座る少女。少女を取り戻したことにより、ハートは先程よりも回復しているように見える。

 ここへ到着した直後に間髪入れずにハートを撃破すべきだったか。カガリも突然の出来事に驚いているが、さすがにこの状況は読めなくても無理はない。すぐに気持ちを切り替える。過ぎたことを悔やむよりも次の一手だ。幸い、この少女も能動的には攻撃してこないようだ。マレークは思案する。

 もう一度あの瞬間に戻りたかった。
 喧嘩してごめんねと謝りたかった。
 彼への想いをあの夏告げたかった。

――結香も想いが強すぎたというだけ。
 それならば、とマレークはカガリに伝える。
「もう一度自らの意志で成仏出来るよう、試してみないか?」
「自らの、意思、で……?」
 カガリは首を傾げた。
「ああ。少女の想いを遂げさせ、止まった時を進めてやらないか?」
 カガリは驚いてマレークの顔を見つめる。

(純粋で、ありふれた、子どもの気持ち。たまたま、運が悪かっただけの……)
 カガリには、その意思をこの眼――大神の真贋――に捉えて、眠らせる事もできる。磐戸の神力は立ち向かうものの自由意思を閉ざすのだ。けれども。
(穏やかに、願いを叶える術があるなら、それがいいのかな)
 運が悪かっただけの純粋な子どもを救いたかった。止まってしまったあの子の時が進んだら、きっと哀しみは消えるだろう。

「でも、まる、どうやって……?」
「カガリの能力で林の外へ連れ出せないか?」
「うん、やってみる」
 マレークは頼むぞとカガリに言う。あとは結香をその気にさせるだけだ。

「結香、その少年に会いたくないか?」
 マレークの突然の言葉に結香はびっくりして、虫かごの上でびくんと跳ねた。ずっと待っているのだ、会いたいに決まってる。
「うん。会えるの? あの子がどこにいるか知ってるの?」
「これから探すことになる。まずはこの林を出よう」

 マレークはカガリに目配せする。頷き、カガリは【出水宮之門】でマレークのすぐ傍に鉄門扉の門と共に出現した。この門は潜る者が強く望んだ場所へ通じる道となる。
「会いたいひとの事を、できるだけ強く、詳しく、しっかり願って」
「お兄さんがあの子のところに連れて行ってくれるの?」
 結香は不思議そうな顔をしながらもカガリに言われた通りにする。さっきから次々と人が現れてわたしの為に一生懸命いろいろなことをしてくれる。だから信じたい。この扉を潜れば、あの子がいるの? あの子の顔を思い浮かべて、強く願って……。

 だが門は何処にも通じなかった。カガリは困ったようにマレークを見る。
 そして気付いた。先程、犬と遊んだ場所とは全く違う蒸し暑さ。同じ林の中なのにおかしいと思っていた。この場所は特殊な空間なのだろう。あの夏の日を寸分違わぬ姿で構成されたこの空間に、今や猟兵達も結香と共に囚われている。
 恐らく、脱出する方法はただ一つ。
 あのハートを撃破することだ。
 そしてハートを撃破すれば、ハートに取り込まれている結香は……消える。

 門を潜る為に虫かごから結香が離れる時にハートが全く抵抗しなかったのは、つまりはそういうことだろう。ハートはこの空間からの脱出が不可だと分かっていた。まるで嘲笑うかのようにピンク色が点滅する。

 マレークはハートを睨んた。カガリは俯く。振り向かずに門を潜って欲しかった。その先で再会して欲しかった。
 ただ、ある程度は予想していたことである。連れ出せなかったとしてもせめて……そうだ、手紙だ。手紙を届けてやりたい。

 マレークは懐から紙とペンを取り出す。これで手紙の代わりになるだろう。
「面と向かって想いを告げられぬなら、手紙に書けばいい」
 結香は差し出された紙とペンを素直に受け取る。お友達との手紙交換が大好きでよくお手紙を書いていた。でもあの子にはお手紙を送ったことがない。これはあの子へのはじめてのお手紙だ。何を書こうかな……。
「手紙、書いてやればいいと思うぞ。虫のこととか、本当に言いたかったこととか」
 カガリも応援してくれた。結香は嬉しそうにうんと頷く。

 しかし文字が書けない。インクが切れている訳ではない。書こうと試みても文字が紙の上に現れない。ペン先を紙に押し付けても跡すら付かない。文字に残すと言う行為自体が妨害されている。恐らくハートの力か、この空間の特性か。

 これも駄目なのか。愕然とするマレークとカガリの様子を見て結香は状況を察した。けれども、二人に笑いかける。
「あのね。あのね……お手紙は書けないみたいだけれど、わたしの気持ちをお兄さんに教えるね。あの子に会えたら、伝えてくれる?」
 傍に来てとカガリにお願いする結香。カガリは屈んで結香と視線を合わせる。カガリの耳元にそっと手を添えて、内緒話みたいに囁く。たった一言、ごめんね、と。

「……それだけで、いいの?」
 カガリは不安そうに結香の顔を見つめる。
「うん。わたしのために、いっぱいありがとう」
 結香は微笑む。恋心を伝言することは、幼い少女にはあまりにも照れくさすぎた。だから、これだけでいい。

「……。分かった。その子に会えたら、絶対、伝えるから」
 カガリは結香の眼をまっすぐ見ながら言った。
 考えていた通りの結果にはならなかった。しかし、少女の想いは確かに受け取った。ずっと伝えたかった大切な伝言だ。

 結香にばかばかと虫取り網で叩かれても反撃せず受け止めるつもりだったが、彼女は攻撃してこなかった。マレークにも想いや後悔がある。だから結香の望みを叶えてやりたいと思った。ずっと一人で迷い、想いを囚われた彼女を救いたい――その一心だった。それは悪意により阻まれてしまった。だが僅かな希望は残されている。

(カガリ、想いを無事に届けてくれよ)
 マレークは目を伏せ、祈った。


 結香が雑木林で行方不明になってから、既に十年以上の年月が流れていた。
 小学生が姿を消して当時は騒ぎになったが、今はもう覚えている人は殆どいない。
 痛ましい事件も当事者以外にはあっという間に忘却される。

 あの雑木林はもうない。ずっと前に整備され自然公園になっている。
 あの子はもう「男の子」ではない。
 何処にいるのかも分からない。
 彼は覚えてる?
 彼は探してる?
 それとも……多くの人と同じように忘れてしまっている?
 誰も知らない。何も分からない。


 程なくして、「ヤドリガミの箱庭」に集うヤドリガミ達――落浜・語(ヤドリガミのアマチュア噺家・f03558)、勘解由小路・津雲(明鏡止水の陰陽師・f07917)、ファン・ティンタン(天津華・f07547)、吉備・狐珀(ヤドリガミの人形遣い・f17210)の四人が到着した。

「おや、そちらも来ていたか、かでのの」
 カガリが皆に挨拶をする。カガリもヤドリガミの箱庭の所属しており、皆と友人同士だ。
「おやカガリ来ていたのか。そちらは友人かい?」
 津雲が問いかける。
「彼は、まる。うん、大事な友人だよ」
 カガリのその言葉に合わせて、マレークは四人に会釈した。

 津雲達はこの場所に向かう間も熱心に相談していた。なんとかして結香をあの子に会わせたい、と。
 自分達には出来なかったことも彼らなら成し遂げるかもしれない。カガリとマレークは彼らに希望を託した。

「できることは全てやってみるに越したことはないからな。その為の前準備、しますかね」
 語はアマチュア噺家だ。話術に長けている。語達も結香を「あの子」に会わせようとしていた。その為にまずは結香の話を聞いて、それから説得だ。語は気合を入れた。

「――まぁ、大概の場合男の方が鈍感だし自分のやりたいことを、優先しがちだからな。君だけが悪いって訳じゃないだろうさ。多分、相手の男の子も、探してるんじゃないかな? そんで、謝りたいって思ってると思う。俺だったらそう思うな」
 結香はきょとんとした表情で語の話を聞いていた。噺家らしい淀みなく軽快な喋り方で己の考えを分かりやすく伝える。同時に結香が不安に思ったりしないように心掛け、優しく接する。

「君はどう思う?」
 うーん、と結香は首を傾げる。
「もし探しているならどうして来てくれないのかな?」
 ケンカして離れ離れになって、もうずいぶんと長い時間が経つのに。ずっと待ってるのに。
「それは……まあ、何か遅くなっている事情もあるだろうな」
 語は慎重に答える。小さな子どもを言いくるめるのは簡単だが、彼女の心境を慮ると適当な憶測で喋ることは気が引けた。

「もし、少しの時間でも、彼に会えるとしたら、会いたいかい?」
 結香は語の言葉に反応する。そんなの、会いたいに決まってる。会いたいよ。会いたい! でもさっきのお兄さん達もそうしようとしてくれたけれど、無理だった。
「本当に会えるの……?」
「ああ。俺らなら、それを叶えてあげられる。その為には、少し君の協力も必要になるんだが、悪いようにはしない。そこは約束するよ」

 この人達もわたしの為にいっぱい頑張ろうとしてくれてる。結香は嬉しかった。でもわたしの協力ってなんだろう? さっきみたいにお手紙を書いたりするのかな? それで彼に会えるのなら。
「うん。お願いします」
 語は同意を引き出せた。任務達成だと、ほっと胸をなで下ろす。あとは周りに委せよう。

 会わせるなら、まずは男の子を捜さなくてはならない。そして再会させるのだ。皆それぞれに動き出していた。ファンはこれから使おうと考えている御業の為に魔力を溜めることに専念し、狐珀は眷属を呼び出す。

「眷属 寄こさし 遣わし 稲荷神恐み恐み白」
 狐珀が美しい声で優しく詠唱すると、ぽわんと眷属の狐が召喚された。とても可愛らしい姿をしている。
「夏の雑木林なら探していたのはカブトムシでしょうか」
 狐はぴょんと跳ねると、一瞬でカブトムシに姿を変えた。この狐は自由に姿を変えることができるのだ。このカブトムシに結香が会いたい男の子を捜してもらおう。あの日一緒に探したカブトムシなら、男の子に結香をより鮮明に思い出してもらえるような気がした。
 カブトムシが飛んでいく。その姿を見送りながら、必ず見つかるようにと狐珀は祈りを込めた。

 しかし眷属と五感を共有している狐珀はすぐに違和感に気づいた。今、自分達のいるこの林の中から出ることができないのだ。さすがにこの林に男の子がいるとは思えないので、林を抜けて探すつもりだった。だが抜けようとしても同じ場所をぐるぐると回ってしまう。それどころか、先程犬と遊んだ場所にすら戻れない。

 私達はこの蒸し暑い空間に囚われている。これではいけない。狐珀は眷属を自分の元へと引き戻し、急いで皆にも伝える。ここは隔離された空間だと。
 考えられる原因はひとつ。あのハートの力だろう。

 狐珀は、結香と喧嘩になりそのまま会えなくなってしまったことを男の子も同様に後悔しているのではと思っていた。だからこそ二人を会わせてあげたかった。幼い二人を仲直りさせてあげたい。
 この空間から出られないのであれば他に方法はないかと精一杯考えてみる。仲間達も悩み始めた。全ては結香の為だ。

 もしや情報も遮断されているのかと、津雲は「千里鏡」を使ってみた。スマホ程度の情報収集は可能な、文字や視覚情報を映し出す鏡だ。
 千里鏡での情報収集は可能だった。「堀・結香」という名前が分っているのだ、そこから検索して男の子の情報も何か分からないだろうかと思い、探っていく。結香が行方不明になったという小さな新聞記事も出てきた。その記事の日付を見て津雲は驚いた。十数年前だ。ヤドリガミ達からすれば十数年など僅かな時間だが、思っていたよりもずっと昔の出来事だった。

 津雲は結香を見つめる。この女の子がもし生きていたら既に二十代後半だ。行方不明になった場所も分かった。しかしそれらしい男の子の名前は分からなかった。それに途中から映し出された情報にノイズが入ることが多くなってきた。ハートが邪魔をしているのかもしれない。
 この場所に行って周辺住民に聞き込み等の情報収集を行うなどすれば何か分かるかもしれないが、男の子がもうそこには住んでいない可能性もある。それでも手がかりは掴んだ。
「そうか。それならまずはそこに行かないとな」
 津雲の説明を聞き、語が神妙な顔で言う。俺達は少しずつ前進している。まさに藁にもすがる思いだ。

 ハートを倒して皆が囚われているこの空間から脱出すれば津雲の調べた場所で男の子を探すことができるだろう。同時に結香も消えてしまうが、ファンの御業は戦場で死亡あるいは気絶中の者が対象だ。結香も含まれるかもしれない。それならと、ファンは結香の前に進む。

「過去に囚われたまま、言えない想いを抱えてたら辛いだろうね。――もし、あなたの願いが叶うかもしれないと言ったら、どうする?」
 ファンの言葉にやはり結香は反応し、彼女をじっと見つめる。わたしの願い。あの子と会えるの? 本当に?

「あなたは、好きになってもらえるようにと無理して理想像を取り繕おうとしてるみたいだけれど……男の子ってさ、得てして、自分が守らなくちゃって庇護欲が強いみたいだよ」
 ファンは優しく結香に伝える。この女の子を救いたい。男の子は女の子のヒーローだ。二人が会えばきっと全てが良い方向に動き出すだろう。
 ひご、よく……? 小学三年生に恋の駆け引きはよく分からない。駄目なことをしていたのかなと、結香は俯く。

「ねえ、あなたが好きになって欲しかった自分を、本来のあるべき姿を、取り戻さないと……ね?」
 結香は下を向いたまま黙って聞いていた。何かを言おうとして顔を上げ、やめる。そしてまた下を向く。何度かそれを繰り返した後、やっと口を開いた。

「たぶん、ね……」
 声がうわずる。
「あの子が好きなのは」
 絞り出すように言う。
「虫、だけ」

「わたしがカブトムシになったらきっと好きになってもらえた」

 ああ……と、ファンは理解した。
 彼女は完全に報われない恋をしていた。
 本来のあるべき姿では絶対に好きになってもらえない。そのことに理解しつつ、それでもあの子が好きだった。

 それなら尚更、彼女は本来のあるべき姿を取り戻すべきではないだろうか。だがそれだと興味すら持ってもらえない。子どもは純真でそれ故に残酷でもある。一方通行の幼い恋にファンは苦悩する。

「だから」
 結香は続ける。
「取り戻さなくていい。わたしは、あの子に、好きになってもらいたいの」
 カブトムシになってもいい。ううん、その方がいい。
 そして泣き始めた。泣かないように我慢していたけれど、自分の心の奥底に押し込めていた気づきたくなかった事実と向き合ってしまい、涙が止まらなかった。

 ファンは迷った。これ程までに強く拒絶する彼女に【転生尽期】を使うべきだろうか? 彼女を救いたい気持ちは本物だ。だが本人が望まないことをしてもそれはエゴで、救いにはならないとファンはよく分かっている。

 思い悩んでいるうちに、結香は無敵の【あの子に好きになってもらえるわたし】を想像から創造し始めた。何もない場所から大きなカブトムシを召喚し、投げつけてくる。それは凄まじい勢いで爆発し、多くの者を巻き込む。
うわ、と語がその爆発を慌てて避けた。大丈夫ですかと狐珀が駆け寄る。傷付いた者への治療は引き受けるつもりだ。

 津雲が祭祀服を翻しながら素早く前に躍り出て、鏡術・反射鏡を「無敵のわたし」が本人に見えるように使用した。結香はじっとそれを見つめる。
「……見えるかい? でもそんなに背伸びしなくったってきっと大丈夫さ」
 とても優しい声だ。ここに集まった皆は、誰も結香が苦しむことなど望んでいない。全員が結香を救う為に集まり、必死で考えている。

 しかし、会わせることで彼女は本当に救われるのか?
 結香の話によると、男の子は結香に全く興味はなかった。
「君、誰?」
 そんな反応をしないという保証はない。
 そうすれば彼女はもっと傷付くだろう。
 語も、狐珀も津雲も、そしてファンも思い悩む。
 一体どうすれば真の意味でこの少女を救えるのだろう?

 結香は津雲の反射鏡に映った自分を見つめ続けていた。無敵。無敵。ほんとうに?
 カブトムシじゃないのに?わたしはカブトムシになれないのに?
 好きになってもらえるの?
 わたしのこと、全然気にもしてないのに?

 どうしてこの鏡に映っているわたしはカブトムシじゃないの?
 カブトムシになれないわたしなんて、こんなのじゃ絶対に好きになってもらえない!
 彼女がみるみるうちに弱体化していくのが分かる。

 あの子に好きになってもらえるわたしは消え去り、結香はさめざめと泣き出した。ぼろぼろと大粒の涙が溢れる。


 少し離れた場所で大きな爆発音がした。仲間が戦っているのか。冴木・蜜(天賦の薬・f15222)は音が聞こえた方向に向けて、道なき道を急いだ。走ると時折タールを吐き出してしまうが、今は気にする時ではない。走ろう。

 同じ頃、別の場所でクラリス・ポー(ケットシーのクレリック・f10090)と黒門・玄冬(冬鴉・f03332)は爆発音を聞いた。びくりとクラリスの体が震える。
「玄冬兄さん、すごい音ですニャン」
「ああ……クラリス、走れるか?急ごう」
「はい!」
 駆け出す玄冬をクラリスは追いかける。頼もしい兄の背を見つめ、いつか追いつきたいと思った。

 そして、ララ・マニユ(teller・f20458)も林の中を駆けていた。自分よりも小さな女の子の話を聞いて、居ても立っても居られなかった。私にもきっとなにかできることがあるはず。だからその子のところに行こう。
「ああでも、どこかな……」
 その時、大きな音がした。きっと、あっち!


 蜜が爆発音の聞こえた場所に着いた時、そこでは麦わら帽子を被った白いワンピースの少女が泣いていた。この少女が結香だとすぐに分かった。

 新たなる訪問者の気配を感じ、結香は泣くのを止めた。涙で視界が滲んでよく見えない。男の人?
紫の瞳、漆黒の髪、色白の肌……ああ、あの子と、あの子と同じ……!
「……すみません。私は貴女が待っているヒトではないのです」
 とても申し訳なさそうに蜜は結香に謝る。

 結香は両手で眼をゴシゴシと擦った。赤く腫れた眼がますます赤くなる。……あの子じゃなかった。泣いてたせいで見間違えるなんて。彼はやっぱり来てはくれない。
「ずっと一人で心細かったでしょう。彼の代わりにはなれませんが、もしよければ貴女の抱え続けた想いを聞かせてもらえませんか」
 蜜の言葉に結香は少し気持ちが落ち着く。みんな、わたしの話を聞こうとしてくれる。とても優しく聞いてくれる。

 そこに背の長い男と、シスター服のケットシーが駆け込んできた。玄冬とクラリスだ。結香はクラリスに釘付けになる。小さくてとても可愛いニャンコちゃん。

「こんにちは。初めまして、結香ちゃん。私はクラリスっていいます。ケットシーです」
 クラリスは不安で心細いだろう彼女の心が少しでも落ち着き安らげる様に、昔からのお友達のような温かく優しい笑顔で話掛けた。わあと結香は微笑んだ。可愛いニャンコちゃんが挨拶してくれた。嬉しいな。
「こんにちは、僕は玄冬。僕達ともお話してくれないかな」
 玄冬も挨拶をした。二人は義兄妹だと教えられて結香は驚く。

 今度は茂みの辺りで音がした。ふわふわと柔らかな白い髪を三つ編みにした女の子がそこから顔を出した。ララだ。
「良かった。ここにいたんだね」
 やっと到着できたことに安心する。結香は茂みから出てくるララの姿を見て、またもや釘付けになった。その背には綺麗な翼がある。今度は天使が来てくれた! 春の日のおひさまみたいな天使の姿にそわそわしている結香に、ララはにっこり笑う。

(可哀想……なんて、簡単に言っちゃいけないかな)
 結香のことを聞いて、胸が痛んだ。こうして彼女のところまで駆けてきて、やっぱり気の毒に思う。でもそれは言うべきじゃない。だからこそ笑顔で話しかける。
「私はララ。私にもお話を聞かせて欲しいな」

 もう一度、結香は話し始めた。
 あの子のこと。あの日のこと。ここでずっと待っていること。

 蜜は穏やかな眼差しで相槌を打ちながら話を聞いた。
「……貴女は彼と一緒に居たかっただけ、なのですよね。
本当はそれほど好きでもない虫取りに付いていったのも、想いを寄せた人の傍に居たかっただけ」
 とても優しい声だった。結香は俯きながらうんと頷く。頬が赤く染まっている。蜜はその表情だけで彼女の想いが手に取るように分かった。

 生真面目な蜜はじっくりと考え、穏和に結香に伝える。
「大丈夫。彼だって喧嘩別れは嫌な筈。きっと謝りたいと思っています」
先程も語から同じことを言われた。結香は考え込む。
「そう、なのかな……」
「ええ、きっとそうですよ」
 信じたい気持ちと信じられない気持ちが胸の中で混じり合う。本当は信じたい。すごく。

 結香の葛藤は蜜にもよく分かる気がした。形は違えど自身も葛藤を抱えている。毒の手を信じたい気持ちと昏い罪悪感は常に入り混じってしまう。だからこそせめて結香には信じて欲しいと願った。

「素敵な麦藁帽子と虫捕り網ですね。結香ちゃんに似合ってます。虫捕り網は、誰かに選んで貰ったのですか?」
 クラリスは明るい声で結香に質問する。
「あのね、お母さんにお願いして買ってもらったの。わたしは虫取り網が欲しくて……あの子と虫取りに行きたかったから。そしたら、お母さんは麦わら帽子も一緒に買ってくれたの」
 そうなんですねとクラリスは笑顔になる。結香がクラリスに虫取り網を見せてくれた。やっぱり素敵ですとクラリスは言う。

「私も虫捕りをした事があります。兄がとても上手だったんです。大好きで、一緒に遊びたくて着いていきました。それが私が転んで泣いてしまって……喧嘩になりました」
 わたしとおんなじ。結香はクラリスを見つめながら思う。虫取りについて行って、泣いて、ケンカになって……。そうなんだね。わたしだけじゃないんだ。

「……でも。怒った後で兄は笑ってて……」
 結香は玄冬を見る。あの人と虫取りしたのかな? 左眼に傷があってちょっと怖そうなお顔だけれど、優しそうな雰囲気の人。二人が楽しそうに虫取りしている姿を思い浮かべる。
「結香ちゃんのごめんなさいも、伝えたい気持ちも、きっと受け止めて貰えます。だって結香ちゃんが好きになった人ですから」
 クラリスの優しい言葉に、結香の胸がキュッと痛む。

 年頃からして義妹の方が話題も弾むだろうと、玄冬は相槌を打ち見守りながら無理強いせず敬意を持ち結香に接していた。義妹の話を聞いていつか捕まえた虫のことを思い浮かべる。言葉は交せず、規則的で、懸命に生きる身近な命。
「青空を飛び、土に潜る彼等に僕も憧れたことがある。
彼もそういうものが格好良く見えるのかも。そして共に見てくれる君のことも、きっと嬉しかったと思うよ」
「そう、かな……」
 玄冬の言葉に結香は考え込む。あつい、つかれた、のどがかわいたと、わがままをたくさん言ってしまった。もしそんなことを言わなければ、隣にいることを嬉しいと思ってくれただろうか。ずっと一緒に虫を追いかけられただろうか。

 ララは結香の話に熱心に耳を傾けていた。相槌を打ちながら、やっぱり結香が可哀想だと思った。でもそれは口には出さない。
「私は君をその子に会わせてあげられないんだけど……でもひとりぼっちでずうっと待つことはやめさせてあげたいんだ。だから、来たの。すごく走ったんだよ」
 柔らかに微笑みながら結香に伝える。うん、ありがとう。結香も気恥ずかしそうに笑う。わたしのことを一生懸命考えてくれる人ばかり。とても嬉しい。

 ララは少し悩んだ後、思い切って結香に聞いてみる。
「君の伝えたかった言葉はなあに? 良かったら聞かせてもらえないかな」
 結香はきょとんとする。
「言葉……」
「うん。大事な大事な気持ちでしょう。きっと素敵なものだと思う! 残してあげる。失くなってしまわないように。私が憶えているよ」

 なにか私にできることはないかなとずっと考えていた。私のできることは、きっと、これ。ララはぎゅっと結香の手を握る。自分の手の中にすっぽり収まるその小さな手にびっくりした。小学三年生の手はこんなにも小さいんだ。ずっとずっと誰かを待ち続けるなんて、苦しいよね。悲しいよね。その小さな体で、ひとりぼっちで頑張っていたんだね……。

 結香は迷った。さっき、お兄さんにごめんねって伝言した。この天使さんにはなんて言おう。わたしが本当に伝えたい言葉は何だろう。悩んだ末に、想いを言葉にする。
「また一緒に虫取りにいこうねって伝えたい」
 やっぱりどうしても、好きと伝えてとは恥ずかしすぎて言えなかった。

「教えてくれてありがとう!」
 嘘は吐きたくないから、約束はしてあげられない。でも、君の言葉を伝えたい"あの子"に会えたらいいな。そうしたらきっと届けてあげられるから――ララは受け取った言葉を心の中の宝箱に大切に納める。"あの子"は一体どんな子だろう? ララはその姿を想像する。虫取り少年。君が好きになるくらいだから、きっとかっこいい子だろうな。

 悲しみを薄め、安らいだ心に、どうか彼女自身に新たな勇気が宿る様に――玄冬は彼女に伝える。
「沢山待ったね。今度は会いに行ってはどうかな? 大切に抱えた気持ちを伝える為に、彼も少し先で、君を探しているかもしれない」
 でもわたしはここから出られないし、会いにはいけない……そう言いかけて、結香ははっと気づいた。この人が言っているのは全く違う意味だ。

 クラリスも玄冬の言葉の意味に気づいていた。玄冬兄さん、と不安そうに義兄を見上げる。玄冬はクラリスの頭を撫でて心を落ち着かせる。それは理から外れた先だと知りながら、玄冬は結香の背を押したのだ。

 玄冬の言葉を聞いていた蜜は、迷っているようであれば手を差し伸べましょうと告げる。結香の近くに歩み寄り少し屈み、視線を合わせて優しい声で伝えた。

「……今からでも遅くありません。彼に謝るために。貴女のその想いを告げるために」

――さあ、還りましょう?

 蜜の言葉に結香の心が乱れる。
 ああそうだ。
 わたしがあの子に会う方法がある。
 今のままだと絶対に会えない。けれども、微かに記憶にある、無限量の液体の中。わたしは確かに、ここに来る前はそこにいた。そこから染み出して……。

「還るって、そういう意味なのね」
 はい、と蜜は肯定した。結香は悩む。けれども、やはり彼に謝りに行きたかった。
 もし実際に会ったら、余計に哀しい思いをするかもしれない。でもどうしても結香は彼に会いたかった。


「あのね、少しだけ待って欲しいの」
 結香は四人のヤドリガミ達に声をかける。

「泣いたり、怒ったりしたごめんなさい。わたしのために、いっぱい考えてくれて嬉しかった」
 語に、狐珀に、津雲に、そしてファンに頭を下げる。
「俺らならそれを叶えてあげられると言ったのに、嘘になってごめんな」
 語は謝る。ううんと結香は首を振る。わたしも協力できなかったから。狐珀は結香の手を取り、そっと握る。これから骸の海に還る彼女が不安にならないように、繋いだ手に祈りを込めた。

 ファンも結香に謝った。でもいつかは彼と会って欲しい。だからこそ祈る。願わくば、時を越えて、望む邂逅の為に……。うん、会えるといいな。結香はにこりと笑う。津雲はその姿を優しく見守っていた。もし結香が不幸な事故に遭わなければ、今は狐珀やファンよりも年上だ。どんな女性になっていただろう。

 マレークとカガリにも話しかける。
「お兄さん達もありがとう。あの子に会えたら、伝えてね」
 カガリは頷いた。大事な伝言を預かっている。なんとかしてその男の子を探して伝えなければ。マレークもその手伝いをするつもりだ。

 最初に来てくれた高校生くらいのお兄さんと、フードのお兄さんにもありがとうとお礼を言う。ずっと一人だったから、来てくれて嬉しかった。

 和装のお姉さんにもすごかったと伝えた。虫が大好きなお友達にもよろしくね。

 蜜と玄冬にも還る決心をさせてくれてありがとうとお礼を言い、傍にきてくれたクラリスとララの手を握る。
「ニャンコちゃん、お兄さんと仲良くね。天使さん、憶えてるって言ってくれてありがとう。みんなに会えてよかった」

 お礼を言い終わり、結香は麦わら帽子をかぶり直した。虫取り網を大切に抱えて眼を閉じる。いよいよだ。

 蜜がピンクのハートに毒血を贈る。
「人の心を利用するモノは総て融かしましょう」
 致死性の毒蜜が瞬く間にハートに広がる。蜜の毒は総てを融かし尽くす。ハートは激しく点滅した。どうやら結香に反撃しろと命令しているようだが、結香は動かず、眼を閉じたままだ。恋心はもう次の夏へと向かい始めている。

「玄冬兄さん!」
「ああ」
 義兄妹は互いに目配せした。
 クラリスは虫かごの中央に指先を向けて、天から眩い光を落とす。玄冬はその光と同じ場所に両手から気を放った。想い人との再会を胸の内で願いながら。

 ララは絵筆を握りしめる。アルダワ魔法学園美術部にら所属する彼女はいつも迷宮をキャンバスにして世界を美しく彩っている。筆先を宙に滑らせると、鮮やかな色が現れた。結香を想いながら、心の向くままに描き続ける。

 もう終わる。毒と、光と、気と、色と。ピンクのハートが苦しんでいるのが分かる。わたしの体も……その時、結香は一瞬だけ眼を開けた。
 そこに広がっていたのは、夏の青空と白い雲。結香は微笑む。わあ、きれい。

 次の瞬間にはもう結香は消えていた。
 この世界で結香が最後に見たものは、ララが描き出した美しい夏の情景だった。


 わたしはこれから、またあの子を探す旅に出る。

 夏休みに家族で旅行に出かけて電車に乗った時を思い出した。
 発車ベルが鳴って、ガタンゴトンと電車が動き出す。
 あの時みたい。ガタンゴトン。行き先は、骸の海。……ううん違う。そこは途中停車駅。

 終着点は、あの子がいる、夏。


 結香は骸の海へと還っていった。
 想いを果たせぬまま、この夏の中から彼女は消え去った。

 オブリビオンである彼女は、またいつか、ここではない別の夏の中に現れるだろう。もしかしたら数えきれないほどの沢山の夏を過ごすかもしれない。それぞれに少し似ていて、全く違う夏だ。

 その中で、彼女はいつか会えるかもしれない。
 ずっと会いたかった「あの子」と。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『彩の庭園』

POW   :    庭園を散策し、四季折々の風景を楽しむ

SPD   :    茶屋で美味しいものを食べる

WIZ   :    美しい景色を眺めてのんびりと過ごす

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 少女が消えてすぐに、まとわりつくような不快な暑さも消え去った。
 涼やかな林から猟兵達は帰還する。林の外はやはり蒸し暑かった。

 目的の日本庭園は林の近くにあった。
 穏やかで、疲れた体と心を休めるのに適した場所だ。
 夏の花や瑞々しい緑をのんびりと眺めよう。あるいは茶屋で何かを食べて行こう。

●補足
 茶屋ではかき氷やお団子の他にも、あんみつや抹茶パフェ等、大抵のものはあります。ご自由にオーダーなさってください。
 また、庭園の奥の方には犬や少女と出会った林の中とよく似た場所もあります。

●もしよろしければ、PC様の「夏の記憶」をお聞かせください。
 完全お任せは難しいですが、情報をいただけましたらそちらを元に心情重視で書かせていただきます。楽しいものでも切ないものでも、ご自由にどうぞ。その際は私(露草)のアドリブが大幅に加わると思いますので、アドリブが苦手な方はお手数ですが一言記載をお願いします。(※PC様のイメージを壊すようなアドリブはしません)

【7/29(月)AM 8:30】より、プレイング受付を開始致します。
 よろしくお願いします。
薬師神・悟郎
アドリブ歓迎

犬に堀・結香という少女、俺に何か出来ることはないかと思ったのも本当だが
苦手な太陽の下に出てきたのは甘味が食えると聞いたから

少女と出会った林に似た場所に、先程のやり取りを思い出し
(…あの頃の俺はどんな感じだっただろうか?)
思い出されるのは、口下手で厳しくも優しい祖父の姿
意外にもあの人は甘い物が好きだった
この季節に食べる水饅頭には珍しく笑顔を見せて、この人が笑うことなんてあるのかと驚いたな

空になった皿に気付けば、追加で水饅頭一つ
つるんとした口当たりの良い皮に、優しい甘さの餡が美味い
暑い季節に食べるにはぴったりだ
生前の祖父との数少ない穏やかな思い出を振り返りつつ、水饅頭のお代わりを頼もう




 照りつける真夏の太陽が眩しい。否応無しに夏を実感させられる。
 じりじりと焼かれる思いで到着した日本庭園は緑豊かで静かな場所だった。木々や花は体感温度を若干下げてくれる。薬師神・悟郎(夜に囁く蝙蝠・f19225)は庭園内を散策していく事にした。影を選んで歩きながら、太鼓橋を超えてその奥へ。今いる場所は、結香と出会った林によく似ていた。

 悟郎は結香とのやり取りを思い返す。儚げで、しかし自分の意志をしっかりと持っている少女。彼女の言葉でこのフードを脱ぐことになるとは思っていなかった。もう骸の海へたどり着いただろうか。
(……あの頃の俺はどんな感じだっただろうか?)
 小学三年生だと言っていた。それなら八歳か九歳だ。

 瞼を閉じて思い出してみる。
 最初に思い浮かんだのは、今はもういない、口下手で厳しくも優しい祖父の姿。意外にもあの人は甘い物が好きだった。この季節に食べる水饅頭には珍しく笑顔を見せて、この人が笑うことなんてあるのかと驚いたものだ。当時の悟郎は、この中に餡子の入った夏だけ売っている半透明のお菓子には祖父を笑わせる特別な力があるのかなと思っていた。

 ある夏の日、祖父の為に水饅頭を買って帰ったことがある。財布の中の小遣いの残りは決して多くはなかったが、近所の和菓子屋の店先に瑞々しい水饅頭が並んでいるのを見かけ、どうしても祖父にあげたくなった。
 孫からの予期せぬ贈り物に祖父はとても喜んだが、何故かなかなか食べ始めようとしない。皿の上の水饅頭をじっくりと眺めているだけだ。どうして食べないのかと聞くと「勿体無すぎて食べられない」と照れくさそうに笑いながら言った。あの時の祖父の顔は今でもよく覚えている。祖父のあんな表情を見たのはあの時だけだった。

 林で出会った犬と少女。境遇を聞き、俺に何か出来ることはないかと思ったのも本当だ。見送ってやれて良かった。だがわざわざ苦手な太陽の下に出てきたのにはもうひとつ理由がある。甘味が食えると聞いたからだ。
 悟郎は茶屋に向けて歩き始める。太鼓橋を渡る前に見かけた建物が茶屋だろう。食うならやはり水饅頭だ。祖父の影響もあり、悟郎にとって夏の甘味といえば水饅頭なのだ。

 店内はそれほど混んではおらず、悟郎は窓際の席に座る。注文から程なくして水饅頭と冷たい緑茶が運ばれてきた。黒文字楊枝を手に、涼感溢れる夏だけの甘さをゆっくりと味わう。つるんとした口当たりの良い皮に、優しい甘さの餡が美味い。やはり暑い季節に食べるにはぴったりだ。
 そしてその味は少し懐かしい気もした。祖父のことを思い出したせいだろうか。

 食べ終えて、ふと気づいた。水饅頭が盛りつけられていた涼しげなガラスの皿。そこに澄んだ青で描かれた模様は、かつて家にあったガラス皿のそれとよく似ていた。祖父はその皿が気に入っているのだと祖母が教えてくれたことがある。だから好物の水饅頭を食べる時は必ずこの皿を使うのだと。
この黒文字楊枝も、祖父が水饅頭を食べる際によく使っていたことを思い出す。どこにでもある黒文字楊枝が急に懐かしく感じられた。

 生前の祖父との数少ない穏やかな思い出が重なり合い、悟郎はまるで祖父と共に水饅頭を食べているような感覚になる。もう何年も前に祖父は亡くなった。だがはっきりと思い出せる。あの滅多に見せない笑顔も、一緒に食べた水饅頭の甘さも。

 悟郎は店員を呼んで水饅頭のお代わりを頼んだ。すぐに新しい水饅頭が運ばれてくる。先程と同じ模様のガラス皿に盛りつけられていた。
 恐らく祖父はこの店の水饅頭も気に入るに違いない。もしこの場に祖父がいれば、きっと大喜びで水饅頭を食べ、目を細めて笑いながら美味いと言うだろう。

 窓の外には夏の青空が見える。祖父は空の上から孫を見守っているだろう。もしかしたら色々と苦労している悟郎を心配しているかもしれない。
(大丈夫だ。俺は元気にやってる)
 祖父の顔を思い浮かべながら、悟郎は心の中でつぶやく。そしてそれは自分自身を勇気づける言葉でもある。

 二皿目の水饅頭を味わいながら、悟郎は夏空を見上げた。偶には祖父の墓参りに行くか――そう考えながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンジ・カラカ
ハロゥハロゥ
椛だったっけ?ひさしぶりひさしぶり。
元気元気ー?
コレも賢い君もとーっても元気
暑くてそれはもう暑すぎるトキには氷がイイ
冷たい冷たい氷は癖になるよなァ……。
おいしいおいしい。

コレは夏らしい夏を過ごしたコトが無い。
アァ……でもこの前花火を見た。
空に咲く火の花
ドーンってでっかかったなァ……。

それから辛くて……アァ、ラムネ。
ラムネも飲んだ。
アレは辛いがとーっても癖になる味だ。
瓶の中にカラカラいう不思議な丸いヤツが入っていて
それがまた面白いンだ。
椛の夏もまた聞かせてくれ

今年の夏も楽しくなるとイイなァ……。




 緑豊かな日本庭園で、エンジ・カラカ(六月・f06959)は見知った後ろ姿を見つけ、話しかける。

「ハロゥハロゥ。モミジだったっけ? ひさしぶりひさしぶり」
 名を呼ばれて振り返った岡森・椛(秋望・f08841)は、わあと笑顔になる。
「あっ、エンジさん、おひさしぶりです! そうです椛です、覚えていてもらえて嬉しいな」
 最初はダークセイヴァー。二度目はアックス&ウィザーズで、二人は共に戦ったことがある。

「元気元気ー?」
「はい、元気です!」
「コレも賢い君もとーっても元気」
 挨拶を交わし、折角なので一緒に茶屋に立ち寄ることになった。店に入り、同じテーブルに着いてお品書きを見る。

「エンジさん、何にしますか?」
「暑くてそれはもう暑すぎるトキには氷がイイ」
 店内は冷房が効いているが、やはり暑い。梅雨が明けた途端にUDCアースにはすさまじい猛暑がやって来た。庭園内をこの茶屋へ向けて少し歩いただけで汗だくだ。

 この茶屋は夏場はかき氷に力を入れているらしく、定番の苺や宇治金時から、今年流行のタピオカミルクティーまで、たくさんの種類があった。あまりに種類が多すぎて、何がいいのやらと不思議そうにお品書きを眺めるエンジ。椛は今月のおすすめ品が掲載されたページを指差して言う。
「この『スペシャルデラックスマンゴーかき氷』とかいかがですか? 限定数20らしいですけど、まだ今日はまだ残ってるみたいですよ」
「スペシャル……? よく分からないけど、じゃァ、それ」

 椛は同じくスペシャルデラックスな白桃を頼む。数分後に運ばれて来たかき氷は、それぞれマンゴーと白桃が豪華にトッピングされた、その名の通りとてもデラックスなかき氷だった。
「氷、氷、氷。おいしそうだなァ……」
 シャクシャクと食べ始めるエンジ。期待通りの味だったようで、おいしい、おいしいと始終笑顔だ。やはり暑い時は氷だ。それにデラックスな盛り付けも面白い。カットされたマンゴーやマンゴーアイスもゴージャスにトッピングされている。それらはシロップがかけられた氷とはまた違った美味しさがあり、共に食べることによりそれぞれの美味しさがより一層引き立つ。

「冷たい冷たい氷は癖になるよなァ……」
 最後のひと匙まで、大満足のかき氷だった。
 エンジはおいしかったなァとしみじみと呟きながらお茶を飲み、白桃かき氷を食べ終えた椛に話しかける。
「コレは夏らしい夏を過ごしたコトが無い」
「ええっ。そうなんですか?」
 椛はびっくりしたようにエンジの顔を見る。武器が飛び交う牢獄で生まれ育ったエンジ。そこには夏らしい夏などあるはずもなかった。

「アァ……でもこの前花火を見た。空に咲く火の花……
ドーンってでっかかったなァ……」
「あっ、私もこの前、花火を見ましたよ」
 もしかしてアルダワ魔法学園での花火ですか? もしそうなら、エンジさんとすれ違っていたかもしれないですねと椛は嬉しそうに笑う。ウンウンと頷くエンジ。その時に見た、目に優しい平和な炎を思い出す。

「それから辛くて……アァ、ラムネ。ラムネも飲んだ」
 エンジがラムネを飲んだのはその時が初めてだ。とても気に入り、教えてもらった名前を何度も呼んだ。
「アレは辛いがとーっても癖になる味だ」
「ラムネ! 美味しいですよね」
 私も好きですと相槌を打つ椛。

「瓶の中にカラカラいう不思議な丸いヤツが入っていて、それがまた面白いンだ」
 エンジはラムネ瓶を振るジェスチャーをする。カラカラ、カラカラ。あの時の音を思い返しながら。
「エンジさん。あのカラカラ、取り出せるみたいですよ……!」
 椛が神妙な顔で言う。突然の言葉にエンジはきょとんとする。
「あのカラカラが……?」
「瓶の種類によるみたいですけど、取り出せるものもあるって……。私は今まで一度も取り出せたことないですけど……」
 エンジは想像する。あのカラカラが手のひらの中にコロリと転がる様子を。
「面白そうだなァ……カラカラがコロコロ。カラカラがコロコロ」
 とても楽しそうに、エンジはからりと笑った。

 モミジの夏もまた聞かせてくれ、とエンジは椛に言う。椛は夏の思い出を話す。椛は夏になるとナツヤスミというすごいものを毎年もらうそうだ。そのナツヤスミを使って、川遊びやキャンプ、星空観測などを楽しむらしい。
「それにやっぱり海に行くのも楽しいですね」
「あァ、海……海は広い。広くてイイ。なァ……賢い君? 海に行く?」
 胸元の相棒へと目を落とし、話しかける。海、海、海。広いなァ。

「今年の夏も楽しくなるとイイなァ……」
「夏は始まったばかりですし、きっと楽しいことがいっぱいありますよ」
 椛は微笑む。そうだなァとエンジも笑う。

 楽しい時を過ごして欲しいと、夏は両手を広げてエンジと賢い君の訪れを待っているだろう。世界を眩い太陽の光でキラキラと輝かせながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜
折角ですから
茶屋で美味しい甘味を頂きましょう

私、甘い物には目が無いのです
特にあんみつが好物でして
少し贅沢をして涼やかにクリームあんみつを

纏わりつくような暑さが消えたとはいえ 夏は夏
暑いものは暑いですから

…夏と言えば
あのサナトリウムを思い出しますね

白いシーツに横たわる蒼白い肌の彼

今よりもずっとずっと
擬態が苦手だった私は
とてもヒトとは言えない姿形だったのですが

彼は私を人間のように扱ってくれた
様々なことを教えてくれた
救いたいという私の願いを後押ししてくれた
私はあの夏、彼から沢山学んだのです

本当は彼には生きていて欲しかったのですが

……彼のお陰で今の私は在る
彼とのあの夏の思い出は
忘れずにいたいですね




 日本庭園には様々な花が咲いていた。赤い百日紅をのんびりと眺めた後、折角ですから、茶屋で美味しい甘味を頂きましょうと、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)は松葉色の暖簾をくぐった。

 蜜は甘いものに目がなかった。特にあんみつが好物だ。
 美味しそうな甘味が勢揃いしているお品書きを楽しく眺め、やはりあんみつにしようと決める。あんみつにも幾つか種類があるが、今日は少し贅沢をしてクリームあんみつを注文した。お品書きの写真によると、この店のクリームあんみつはアイスクリームが乗っているようだ。
 纏わりつくような暑さが消えたとはいえ、夏は夏。暑いものは暑い。そうするとやはり涼やかなクリームに心惹かれた。

 運ばれてきたクリームあんみつに舌鼓を打つ。まずはアイスとあんこを一緒に食べ、次は賽の目に切られた寒天そっと掬って口に運ぶ。口の中で寒天がボロボロと崩れていく感覚も心地良い。フルーツや求肥も実に美味しい。あっという間に食べ終わった。

 素晴らしき至高のクリームあんみつの余韻に浸りながら、少し甘みのある冷えたお茶を飲む。そして蜜は今日の出来事を思い返す。骸の海へ還った彼女の夏は彼に出会うまで続くのだろう。
 蜜にも思い出の夏がある。昔、サナトリウムで過ごした夏だ。

 その頃の蜜は今よりもずっとずっと擬態が苦手だった。
 とてもヒトとは言えない姿形だった為に、周囲の人達からは気味が悪いと避けられていた。しかしたった一人、そんな蜜を人間らしく扱ってくれる男がいた。
 白いシーツに横たわる蒼白い肌。彼の姿を一目見て、余命幾許もないのだとすぐに分かった。それでも瞳だけはとても澄んでいるのが印象的だった。その眼差しはとても優しく、温かかった。

 彼はとても博識で、草木や鳥、虫の名前をよく知っていた。どうしてそんなに詳しいのかと尋ねると、みんな一生懸命生きているからね、彼らのことをよく知りたくなるんだと言っていた。医学にも詳しく、命にとても興味があるようだった。

 空や雲の名前にも詳しかった。積雲の中にも座り雲や立ち雲など、俗称は色々ある。急速に発達した積乱雲の頭の部分に頭巾をかぶせたように現れる雲は頭巾雲。それを突き抜けて更に発達すると襟巻雲。
 蜜は雲にこれほどまでに沢山の名前があることを彼に教えもらって初めて知った。彼は窓から空を見上げているうちに覚えたらしい。空も雲も刻々と表情が変わっていき、まるで生きているようだと笑っていた。だからその一瞬をしっかりと覚えておきたいのだと。

 蜜は彼とすっかり打ち解け、よく話をした。このような姿形の蜜を厭うことなく理解してくれた。そして彼は「救いたい」という蜜の願いも後押ししてくれた。それはとても嬉しく、蜜の励みとなった。
 日に日に彼の顔色は悪くなっていったが、優しい笑顔は変わらないままだった。蜜は彼からもっと沢山のことを学びたいと思っていた。

 だが、夏の終わり頃のある朝、彼は静かに息を引き取った。病による想像を絶する苦痛の中、もがき苦しみながら死んでいく者も多いが、彼はとても穏やかに亡くなったと医者から聞いた。恐らくその苦痛も全て受け入れて死を迎えたのだろう。
 彼と蜜の交流はたったの一夏で終わってしまった。とても僅かな時間だった。

(本当は彼には生きていて欲しかったのですが――)

 小さくため息をつき、蜜は窓の外の青空を見た。雄大な白い雲は恐らく無毛雲だろう。彼に教わった雲の名前のひとつだ。彼から教えてもらったものを見つける度に、彼と過ごしたあの夏を思い出す。気だるい暑さや、突然の夕立。雨上がりの虹や、燃えるような夕焼け。全てが鮮明に蘇ってくる。
 それに彼からもらったものは知識だけではない。願いを叶える為に挫けずに頑張ろうと思える、前向きな気持ちをもらった。

――彼のお陰で今の私は在る。
彼とのあの夏の思い出は、忘れずにいたい。……いいや、忘れない。忘れるはずもない。掛け替えのない大切な思い出だ。

 お茶のおかわりはいかがですかと、店員が蜜に声をかけた。お願いしますと答え、注いでもらう。今度のお茶は少しだけ苦く感じられた。

 あの夏、蜜は彼から沢山のことを学んだ。
 今もそれは、蜜の心の中にはっきりと息衝いている。

 このまま日暮れまで、この日本庭園でのんびりと過ごしてから帰ろうか。
 なんとなく、今日はあの夏の日に彼と見た夕焼けとよく似た空を見ることができそうな気がしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花房・英
冷えたお茶を飲みながら、庭に咲いてる花を見て歩く。
このお茶が、さっきあったらな…とやはり少し後悔して次からは持って歩こうと決意。

綺麗な花々を眺めて、やっと気持ちが落ち着く。
今年は、インパチェンスやペンタスを植えたけど
こういう庭園に咲いてるような花もいいな。

●夏の記憶
はじめて育てた朝顔が咲いた時を思い出すな、こんな暑い日だった。
実験施設から助け出されて、今の生活を始めた頃…5年前か。方便だろうけど、手伝ってって言われて育てたんだっけ。
興味なかったけど、咲いた時は嬉しかったな。
上手に育てられたねって褒められたのも、ホントは嬉しかったんだよな。




 和風庭園の園内案内板を見る。花が咲いているのはどの辺りだろうか。花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)は、おおよその場所を把握し、歩き始めた。

 途中にあった売店でペットポトルのお茶を購入した。よく冷えており美味い。渇きを潤す為に半分近くを一気に飲んだ。この暑さの中で体が水分を欲していたことがよく分かる。 水分の補給は大切だ。
 このお茶が、さっきあったらな……とやはり少し後悔した。あの少女もきっと喉が渇いていただろう。汗をかいていたその姿を思い出し、次からは持って歩こうと決意する。

 水出し抹茶入りの夏仕様とラベルに記載されたそのお茶は、仄かな抹茶の味がした。額の汗を腕で拭い、夏を謳歌するように咲くノウゼンカズラやキョウチクトウを眺めながら庭園を歩く。

 しばらくしてオニユリが咲き誇っていている場所に着いた。綺麗だなと英は思う。他にも様々な花が咲いている。何という名前だろうか。近くに花に関する説明書きやネームプレートはないかと探したが、見当たらず残念だ。
 花を見ていると、やっと気持ちが落ち着いてきた。

――今年は、インパチェンスやペンタスを植えたけど、こういう庭園に咲いてるような花もいいな。
 英は優しい眼差しでオニユリを見つめる。英は植物が好きだ。花を育てるのも上手い。とは言え、最初から上手かった訳ではない。以前は花とは全く縁遠い日々を送っていた。

 あれは五年前だろうか。実験施設から助け出されて、今の生活を始めた頃だ。恐らく方便だろうが、朝顔を育てるのを手伝って欲しいと頼まれた。最初は全く興味がなかった。言われた通りにやるだけだった。

 渡された小さな黒い種子を、教えられた通りに土に埋めた。数日後には発芽して小さな双葉が開いた。英はその双葉を見てとても驚いた。種はこうやって育つと知識では知っていた。しかし実際に目にすると、あの小さくて硬い種に本当に命が詰まっているのだと実感できた。

 朝顔はぐんぐん育っていく。双葉が開いて一週間ほどで本葉が出始め、茎や葉が急速に大きくなった。英は懸命に世話をした。 水やりは土の表面が乾いてから行う。風通しを良くして病気や害虫を防ぐ。追肥を行い、支柱を立てる。あいつが育て方を丁寧に教えてくれた。

 支柱につるが巻きつき、ますます大きくなる朝顔。上手く絡まないつるは、英が手で巻きつかせた。つるは英の言うことをちゃんと聞き、しっかりと支柱に巻きついて元気よく育っていった。
 そしてある夏の日の朝、綺麗な花が咲いた。群青色の朝顔だった。英はとても嬉しく、ずっとその群青色の花を見つめていた。朝顔も美しく咲けたことをとても喜んでいるように思った。

 あいつも「上手に育てられたね」と褒めてくれた。その時は気恥ずかしくて「別に」と返事をしてしまったが、本当はとても嬉しかった。多分、あいつはそんな英の気持ちもお見通しだっただろう。

 毎朝、朝顔がいくつ咲いているか数えるのが日課になった。開花してからもしっかりと世話をした。朝顔は花が咲いてから更に水を必要とする。水やりは欠かさず、暑い日が続く時は半日日陰になる場所へ移動させ、少しでも長く咲き続けて欲しいと英は願った。朝顔はその想いに応えるように、夏の終わりまで美しく咲き続けた。

 秋が近づいて枯れてしまった時は寂しかったが、朝顔は種子を残してくれた。最初に渡された種子の何十倍にも増えた種子。命はこうやって繋がっていくのだと英は思った。

 以来、毎年、色々な種類の花を植えて育てている。不思議なことに花を育てていると気持ちが落ち着く。今ではすっかり慣れたものだ。あいつも褒めてくれる。でもその度についつい「別に」と言ってしまう。あの頃からあまり成長していないかもしれないと、余計に気恥ずかしくなる。

 残り少ないペットボトルのお茶はすっかりぬるくなっていた。もうそんなに時間が経ったのかと驚く。花は時間を忘れさせるようだ。相変わらず太陽は眩しくてとても暑いが、もう少し花を見て回りたい。その為にもお茶をもう一本買おうかと、英は売店へ向かう。

 今日は帰ったら、あいつにこの庭園で見た花のことを伝えよう。きっとこういう花も好きなはずだ。林での出来事も……やはり、聞いてもらいたいように思う。犬や少女との出会いで感じたことも、あいつになら話したい気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クラリス・ポー
玄冬兄さん(f03332)と
貰ったハンカチを涙滲む目元に押付ける

椛さんを見つけたら駆寄って
ただいまを言おう
ワンワンさんのこと
結香ちゃんのこと

遊んでお話しして
どうして別れたかを
私の言葉で、伝えたい
椛さんに聞いて欲しいのです

結香ちゃんに話した
今は亡きケットシーの兄のこと
両親と、上に二匹の兄がいたんです
虫捕りが上手だったのは、長兄の方で
家族が守ってくれたから
私は今もこうして生きています

ワンワンさんとのダンス
結香ちゃんはあの子を心から好きで
あの微笑みを
思い出せば笑ったり
泣きそうになってしまうけれど

穏やかな夏の庭園で
椛さんや玄冬兄さんや
優しい人達と思い出を抱えていく

私が救われた様に
誰かを
何かを救いたいの


黒門・玄冬
クラリス(f10090)と
彼女の眼の淵に光るものを認め
頷いて、ハンカチを渡して続ける
大丈夫
光さえ見失わなければ
それは、僕自身の願いでもある

岡森さんに会えたら
クラリスの兄として自己紹介とお礼を
黒門・玄冬です
義妹のクラリスがお世話になっているね、有難う
仲良くしてあげてください

少女達の会話に割り込む気はないので
暫し席を外そう
適当な木陰に腰を降ろし、今日の出来事を想った
クラリスの語った兄を
結香ちゃんは僕と思った風だったが異なっている
同じ立場で、僕自身が“こう”で無ければ
きっとそうしただろう

寒い国の短い夏
夕映え響く遠雷の下を
手を引かれ歩いた
懐かしい記憶

頃合いをみて
甘いものでもどうかなと二人を茶屋へ誘おう




 和風庭園はもうすぐそこだ。豊かな緑が見えてきた。
 林からその庭園に向けて歩いている間も、クラリス・ポー(ケットシーのクレリック・f10090)の目は涙で滲んでいた。大粒の涙が今にも溢れそうだ。泣かないようにと必死に堪えているのが分かる。
 黒門・玄冬(冬鴉・f03332)は頷いて、クラリスにハンカチを渡す。そして優しい声で言う。
「大丈夫。光さえ見失わなければ――」
 それは、玄冬自身の願いでもある。

 クラリスは受け取ったハンカチを涙滲む目元に押付ける。ありがとうございますと義兄に礼を言い、その後はずっと黙っていた。必死で涙を堪えているのだ。玄冬は何も言わず、ただ寄り添うように歩いていた。
 泣きたい時は泣いてもいいと玄冬は考えている。だからこそ泣かないように堪えている義妹はあまりにも健気だと思った。いつも優しくて、この世の全ての悲しみを背負い込もうとしているような妹がやはり心配になる。

 庭園の入口付近で、クラリスは岡森・椛(秋望・f08841)の姿を見つけて駆け寄る。
「椛さん、ただいまです」
「クラリスさん! おかえりなさい。お疲れ様です」
 にっこりと笑う椛。クラリスは隣にいる玄冬を椛に紹介する。
「黒門・玄冬です。義妹のクラリスがお世話になっているね、有難う。仲良くしてあげてください」
「初めまして。いえ、むしろ私がいつもクラリスさんにお世話になっていて……」
 丁寧に自己紹介しお礼を伝える玄冬に、椛は緊張しながら頭を下げた。

 庭園内は広く、人影もまばらだ。木陰のベンチに並んで座り、クラリスは椛に林での出来事を話した。少女達の会話に割り込む気はない玄冬は、少し周辺を散策してくるよと、席を外す。

 ワンワンさんのこと。結香ちゃんのこと。
 遊んでお話しして、どうして別れたかを、私の言葉で、伝えたい。椛さんに聞いて欲しい――クラリスはずっと思っていた。話している最中も時折涙ぐみ、玄冬からもらったハンカチで目元を拭う。
 椛は相槌を打ちながら真剣に聞き入っていた。そしてクラリスの手を取って伝える。とても辛くて哀しい事件だったけれど、解決してくれて本当にありがとう。クラリスさんの優しさはきっとワンワンさんと結香ちゃんの心を救ったと思う、と。クラリスはまた目頭が熱くなり、ぎゅっと椛の手を握り返した。

「結香ちゃんに話した、今は亡きケットシーの兄のこと……聞いてくれますか?私には両親と、上に二匹の兄がいたんです」
 ぽつりぽつりとクラリスは話し始めた。とても大切な、今はもういない、オブリビオンによって殺されてしまった本当の家族のことを。

「虫捕りが上手だったのは長兄の方で、家族が守ってくれたから、私は今もこうして生きています」
「そうだったの……」
 椛の知らないクラリスの話。あまりにも哀しい話に、なんと言えばいいのか分からない。家族を喪った悲しみを胸に、それでも常に前向きで、いつも他人を優しく思い遣って生きているクラリス。
「私はクラリスさんのそういうところを、すごく尊敬してるの」
 椛は正直に気持ちを伝えた。クラリスは半分泣きそうな顔で、そんなに立派ではないですよと、とても照れ臭そうに笑った。

 ずっと誰かに聞いて欲しかったのだろう。クラリスは本当の家族の話を続けた。父や兄達と釣りに出かけ、大好きなお魚を釣り上げた話。母親とパンを焼いた話。家族総出で畑に種を蒔き、秋が来れば収穫する。毎年大変だったけれど楽しかった。
 オブリビオンの襲撃の時、クラリスを必死で守ってくれた家族。でもオブリビオンからだけではない。いつもクラリスは両親や兄から守られていた。愛され、とても大切にされていた。大好きな、自慢の家族だ。

 どうして私だけが生き残ってしまったのかと思い悩むこともあった。けれども、家族のおかげでクラリスは生きている。だからこの命を大切にしたい。生き続けて、守ってくれた家族に誇れるような自分になりたい。シスターを志したのもそういう理由があったからこそだ。
 時折、クラリスの声は震える。椛はクラリスの小さな肩にそっと手を置く。

「でも今は楽しいです! 新しい家族や、お友達のおかげですニャン」
 この間もリゾート船で女子会をした。とても楽しい時間だった。クラリスは哀しみを乗り越えて、毎日を懸命に生きている。


 玄冬は適当な木陰に腰を降ろし、今日の出来事を想っていた。犬も少女も、還すことができて良かった。
 クラリスの語った「兄」を、結香は玄冬だと思ったようだが、それは違う。とはいえ無理もない。義兄妹だと自己紹介された後で、妹から兄の話題が出れば、大抵はその場にいる義兄のことだと思うだろう。だから結香が勘違いしているであろう視線をこちらに向けていても、何も言わなかった。

 それに。
(もし同じ立場で、僕自身が“こう”で無ければ、きっとそうしただろう)
 妹と虫取りに行く幼い自分を想像してみる。小さな妹が高いところにいる虫を取りたいと言ったら、抱えあげて虫取り網が届くようにしてあげたい。疲れたと泣き始めたら、おんぶして帰ろう。
 でもそれはあり得ないのだ。犯罪の街に生まれ、正気を保つ為に僧籍に入るが歪みを抑えられず破戒し、多重人格者として今に至る玄冬。“こう”である以上、そのようなことはできるはずもない。

 それならば、幼い自分はどのような生き方をしていたのか。回顧しても、あの頃の記憶は混沌としている。しかし瞼を閉じれば蘇る情景がある。

 寒い国の短い夏。
 夕映え響く遠雷の下を、
 手を引かれ歩いた、
 懐かしい記憶――。

 ふう、と深い溜息をつく。とても懐かしいくせに、その情景は驚くほどに鮮明だ。僕は囚われているのだろうか。自らの過去に。そして自分自身に。よく分からない、と首を振る。

 気づけば随分と汗をかいていることに気づいた。物思いに耽っているうちにかなり時間が経ってしまったようだ。木陰とはいえ屋外で話している妹達もさぞや暑いだろう。そろそろ話も終わっただろうかと、玄冬は少女達の元に戻る。

 ベンチではクラリスと椛がまだ話をしていた。しかし二人の表情はそれほど深刻ではない。これなら問題なさそうだなと、声をかけた。
「二人とも、茶屋に行かないか。甘いものでもどうかな」
「玄冬兄さん! 行きますニャン!」
「はい、私も行きたいです!」

 元気のいい二人の声に玄冬は安心する。
 玄冬がそうであったように、二人もやはり汗だくだった。早急に涼まねばならない。何を食べようと相談しながら、三人は茶屋へと向かった。やっぱり冷たいものがいいかな、どうしようかなと少女達がはしゃぐ。

 笑い合いながらも、クラリスはもう一度思い出す。林の中での出来事を。
 ワンワンさんとの楽しいダンス。オルゴールとベルのセッション。結香ちゃんはあの子を心から好きで、あの微笑みを思い出せば笑ったり、泣きそうになってしまうけれど。
 こうやって穏やかな夏の庭園で、椛さんや玄冬兄さんや、優しい人達と思い出を抱えていく。だから大丈夫。きっと大丈夫。また溢れそうになった涙を二人に気づかれないようにクラリスはそっと拭った。

――私が救われた様に、誰かを、何かを救いたいの。
 クラリスは願い続ける。
 どうか、どうか私のこの手で、たくさんの誰かを、何かを、救えますように……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

マレーク・グランシャール
【壁槍】カガリ(f04556)と

俺には夏の想い出がない
猟兵となる前の記憶の一切を失ってしまったからだ
だから何をしても初めての夏になる
どうせならUDCアースの林でしか体験出来ない夏を楽しもうか

カガリと二人、木立を散策
蝉時雨に耳を澄まし、名も知らぬ夏草や野花を摘む
夏が終われば命を終える蝉は、猟兵の俺のようで、俺もまた次の夏を迎えられるか、冬を越えられるかどうかさえ分からない
たからこの蝉の合唱を、カガリのまると呼ぶ声を、耳に焼き付けておく
摘んだ花は後で押し花にして、俺も結香へ勧めたように友へ遺す手紙に挟もう

来年は氷菓でも食べようと約束するけれど
この身は虫かご、囚われたハートが見せる幻なのかもしれない


出水宮・カガリ
【壁槍】まる(f09171)と

19年、ヤドリガミとして夏を過ごしてきたが
誰かと過ごす夏、というものが、初めてなので
カガリも、記憶の無いまると大差ないな

何をするか、いろいろ迷って
蝉時雨の林を散策することにした
まるの砦に持ち帰る…間に、萎れてしまいそうだな…
この夏のことを、まるがいつまで覚えていられるか…

押し花、とは?
時間が経っても、花の色と形を留めておける…いいな、押し花!
いくつか持ち帰って、今日の日記にしよう
ちゃんと、『未来のまる』が読んでもわかるように書くのだぞ?

何度忘れても、今日のページを見返せばいい
そして「あの子」を探すのを、まるもどうか手伝ってくれ
どうか…悲しいことは、言わずに




 蝉の声が林に響いている。たくさんの蝉達が懸命に鳴いている。

 マレーク・グランシャール(黒曜飢竜・f09171)と出水宮・カガリ(荒城の城門・f04556)は、和風庭園には行かずに蝉時雨の林を散策することにした。ちょうど先程、犬と遊んだ辺りだ。はしゃいでいる犬と共によく走ったなと改めて思う。あれから僅かな時間しか経過していないが、何故か既に懐かしい気がした。

 マレークには夏の想い出がない。猟兵となる前の記憶の一切を失ってしまったからだ。それ故に何をしても初めての夏になる。
「どうせならUDCアースの林でしか体験出来ない夏を楽しもうか」
 カガリはマレークの言葉に笑顔で賛成した。二人でここに来たのだから、このままこの林で楽しもう。

 カガリは19年、ヤドリガミとして夏を過ごしてきた。だが、誰かと過ごす夏、というものは今年が初めてだ。
「カガリも、記憶の無いまると大差ないな」
 マレークと同じだということが嬉しい。初めてを一緒に楽しめるということは、とても貴重だ。「初めて」はたった一度の特別な機会なのだから。

 つまり今この瞬間こそが、二人にとっての初めての夏だ。カガリは何をするかいろいろ迷った。マレークと一緒ならなんでも楽しい。その中でも、すごく楽しいと思うことをしたい。だから蝉時雨の林を散策することにした。犬と遊んでいた時から、涼しげなこの林が気に入っていた。

 二人は蝉時雨に耳を澄まし、名も知らぬ夏草や野花を摘んだ。この時間に鳴いているのはニイニイゼミだろうか。この林は虫にとっても快適な場所らしく、きっと時間帯が異なれば他の蝉も元気に鳴いているだろう。とても賑やかだが、不思議と蝉の声は不快ではない。蝉は土の中で長い時を過ごし、ようやく地上に出てくるのだ。まるで命を燃やして鳴いているように感じた。

 夏が終われば命を終える蝉は、猟兵の俺のようで、俺もまた次の夏を迎えられるか、冬を越えられるかどうかさえ分からない――マレークはそんな想いを胸に抱いていた。たからこの蝉の合唱を、カガリのまると呼ぶ声を、耳に焼き付けておく。カガリを見つめる眼差しはとても優しいが、寂しげでもあった。

「まる、見て」
 カガリは可憐な夏花を摘み、嬉しそうにマレークに見せた。白くて小さな、名前を知らない花だ。花壇には咲いていない珍しい花がここにはたくさん咲いている。
「まるの砦に持ち帰る……間に、萎れてしまいそうだな……」
 カガリは不安に思う。そしてカガリにはもっと不安に思っていることがあった。
(この夏のことを、まるがいつまで覚えていられるか……)

 過去の記憶を失い、猟兵となってからの記憶も所々欠けているマレーク。この夏のことを、今この瞬間を、マレークはいつか忘れてしまうのだろうか。カガリはそのことがとても不安で、怖かった。
 マレークは必ずカガリを置いていくことになる。それがいつなのか、近い未来なのか遠い未来なのか、分からない。だからますます怖い。そのことを普段はあまり考えないようにしたいが、どうしても考えてしまう。マレークが大切な人だからこそだ。

「摘んだ花は後で押し花にして、俺も結香へ勧めたように友へ遺す手紙に挟もう」
 不安に押し潰されそうになりながら摘んだ花を見つめていたカガリは、マレークの言葉に顔を上げる。
「押し花、とは?」
 きょとんとしているカガリにマレークは押し花がどのようなものなのかを説明した。それにこの花は水分が少なく花弁が薄い。押し花に向いている。押し花作りに慣れていなくても綺麗にできるだろう。

「時間が経っても、花の色と形を留めておける……いいな、押し花!」
 カガリはまるで宝物を見つけたかのように、嬉しそうに笑う。帰ったら、マレークに教えてもらいながら押し花を作ろう。その為にも、もっとたくさん夏花を摘もう。マレークが作る分も摘まないと。

 でも、「友へ遺す手紙」……? マレークは時々とても不安になることを言う。哀しくて心が痛んだが、それを表情には出さないように堪えて、気持ちを前向きに立て直す。
「いくつか持ち帰って、今日の日記にしよう。ちゃんと、『未来のまる』が読んでもわかるように書くのだぞ?」
 何度忘れても、今日のページを見返せばいい。そうすれば、きっと……。

 カガリの想いを感じ取り、マレークは寂しそうに微笑んだ。俺はいつか全て忘れてしまうかもしれない。だが、忘れたくないと思う。記憶と共に感情も欠けてしまう。カガリへの想いさえも消えていくことは、覚悟はできているとはいえ、やはり耐え難い。

「そして「あの子」を探すのを、まるもどうか手伝ってくれ」
 少女の大切な伝言を預かった。「あの子」に必ず伝えなければならない。伝言を直接聞いたのはカガリだ。だが、結香はカガリとマレークの二人にこの伝言を残したのだとカガリは思っている。結香は最後に言った。「お兄さん達もありがとう。あの子に会えたら、伝えてね」と。
 だから、だから。どうか手伝って欲しい。マレークと一緒に探したい。一緒に頑張りたい。
「どうか……悲しいことは、言わずに」

 カガリの声は哀しみに満ちていた。マレークは頷く。そうしたいと思っている。結香の為にカガリと共にあの子を探そう。カガリの傍にいられる限り。それはマレークの命がある限りと同じ意味だ。

「……来年は氷菓でも食べよう」
 マレークはカガリと約束する。来年の約束。カガリの顔がぱっと明るくなる。まるが、未来を約束してくれた。
 UDCアースでは約束の際に指切りという文化があるらしいと、それを真似て曲げた小指を互いに引っ掛け合ってみる。面白いねとカガリは笑った。どんな形でも、約束できることはとても嬉しい。

 マレークは優しくカガリを見つめる。
 だがこの身は虫かご、囚われたハートが見せる幻なのかもしれない――。
 本当はどうなのか、自分でも分からなくなる時がある。だがそうではなければいいと願いながら。

 蝉の合唱はまだ止まない。今日は来年の約束もできた。カガリはこの夏の日のことを忘れないと、何もかもを覚えていたいと、耳を澄ましてその声を聞く。マレークももう一度、合唱を耳に焼き付けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

落浜・語
【ヤド箱】

まぁ、こういう結末もあるわな。
彼女が納得してるなら、それでいいかな。うん。

俺も茶店寄ってこうかな。
クリームあんみつ食べたい。……抹茶クリームあんみつあるから、そっちにしよ。
主様がよく食べてたな。あんみつは好きだけど、豆は嫌いだって良く残してた。
その度にあの人やお弟子さんが豆だけ食ってたっけ。


勘解由小路・津雲
【ヤド箱】
「あの子」に好きになってもらえる姿がカブトムシだとは、予想していなかったよ。……おれたちが想定していた以上に幼い恋だったようだな。
 まあ、あれでよかった、と思うとしようか……。

【行動】
 さて、せっかくだから茶店によっていくかね。かき氷は高級品ではあるがサムライエンパイアでも見たことあるな。
 しかし抹茶パフェとな? ふむ。(メニューをにらみ思案する)

……そういえば、調査の過程で行方不明になっただいたいの場所はわかったのだったな。

 そこに花を……、いや、この場合は、昆虫が集まりそうなスイカでも供えておくとしようか。


吉備・狐珀
【ヤド箱】で参加です

虫だけが好きなら一人で虫取りに出かけますよ。
あの雑木林は整備された今の公園と違って道は舗装されていませんでした。
夏の暑い日に女の子と一緒では自由に探せません。
一人で蟻を眺めていた自分に付き合ってくれ、興味を少しでももとうと図鑑を眺める結香殿だったから一緒に行ったのだと思います。
それが恋心かはわかりませんが、少なくとも甲虫の姿では持たれない感情だったと思います。
あの日、喧嘩をしてしまったけれど、結香殿を追いかけて探しただろうし、先に帰ったのではなく見つからないことに不安を覚え大人を呼びに戻ったのだと思いますよ。

今更ですが…と思いながら林から庭園に移動し、そのまま散策します。


ファン・ティンタン
【WIZ】主が嫌った季節
【ヤド箱】で

ふらりと、消えゆく林を名残惜しそうに歩く
…私の主は、こんな林の近くに、廃トラックをねぐらにしてたっけな

主は、暑さが苦手だった
主が帰りを待つ、あの犬の獣人がいつも暑そうにしていたから

主は、虫が好きではなかった
あの犬の獣人が虫好きで、ちょくちょく主から気を逸らす理由だったから

主は…夏が、嫌いだった
あの犬の獣人が行方をくらませて、独り夏祭りに行くことになったから

一介の刃でしかないあの頃の私には、さほど気になる事でも無かった
けど今なら、少しだけ、主の想いが分かるかも知れない

主は、きっと―――

……私には、もう、“悲しい”が分からなくなったけれど
いいモノでは、ないんだね




 ヤドリガミの箱庭の仲間達は和式庭園へと向かうという。しかしファン・ティンタン(天津華・f07547)はこの消えゆく雑木林を散策したくなり、ここに残ると皆に伝えた。少女が消えてすぐにまとわりつくような不快な暑さは消えたが、周辺の林とは異なる雑木林はまだ残っていた。恐らくこれから徐々に消えていくのだろう。

 ファンは食物を食べることができない。自身に何かが混ざることを極端に恐れている為、飲食すると大抵のものは吐いてしまうのだ。その乳白色の容姿は、何も混ざらない故の美しさなのかもしれない。
 皆もそれをよく知っているので、彼女を茶屋もある日本庭園に強く誘うことはなかった。庭園にいるからそっちで待ってるぞと伝え、去っていく三人の後ろ姿をファンは見送った。皆、寂しそうな後ろ姿をしているように感じられた。恐らくファンの後ろ姿も、彼らと同じように寂しさに満ちていただろう。

 この雑木林はもうすぐ消える。既に消え始めているのか、奥の方はぼやけて見える気がする。そんな林の中を、ふらりと、名残惜しそうに歩いた。
(……私の主は、こんな林の近くに、廃トラックをねぐらにしてたっけな)
 ファンは今はもういない主に想いを馳せる。ファンはかつて、一人の少女と寄り添った、刃渡り三寸弱の白い一振りの護刀だった。

 主は、暑さが苦手だった。
 主が帰りを待つ、あの犬の獣人がいつも暑そうにしていたから。

 主は、虫が好きではなかった。
 あの犬の獣人が虫好きで、ちょくちょく主から気を逸らす理由だったから。

 主は……夏が、嫌いだった。
 あの犬の獣人が行方をくらませて、独り夏祭りに行くことになったから。

護刀であるファンは、常に一番近い場所で主を見ていた。主の表情も感情も、全てが伝わってきた。しかし、一介の刃でしかないあの頃のファンには、それらはさほど気になることでも無かった。

 けど今なら、少しだけ、主の想いが分かるかも知れない。
 主は、きっと―――。
 ファンは俯き、下唇を噛みしめる。どうしてあの頃は気にもならなかったのだろう。今はこんなに。こんなにも……。

 ファンは表立って感情を示すことはあまりない。特に“悲しみ”の感情が著しく欠落している。それでも、一体なんだろう。この胸が締め付けられるような気持ちは。

(……私には、もう、“悲しい”が分からなくなったけれど、いいモノでは、ないんだね)

 木漏れ日が揺れる。今、主が嫌った季節の真ん中にファンはいる。そして、主が抱いていたであろう想いがファンを包んでいる。それはいいモノではない。けれども、振り払うこともできない。“悲しい”とは一体何なのだろう。心の中に知らぬ間に入り込んでくるモノなのだろうか。

 消えゆく林の中でなら、こんな想いに囚われていても、その想いも林の消滅とともに消えてしまわないだろうか。まるで儚い夢のように。
 ファンはゆっくりと散策を続ける。もう少しだけこの雑木林の中にいよう。


 落浜・語(ヤドリガミのアマチュア噺家・f03558)、勘解由小路・津雲(明鏡止水の陰陽師・f07917)と共に庭園に向けて歩きながら、吉備・狐珀(ヤドリガミの人形遣い・f17210)は釈然としないものを感じていた。

 結香の話を聞き、疑問が溢れてきた。彼女はああ言っていたが、実際はどうなのだろう。狐珀はずっと考えていた。そんな狐珀の心中を察してか、津雲が声をかける。
「「あの子」に好きになってもらえる姿がカブトムシだとは、予想していなかったよ。……おれたちが想定していた以上に幼い恋だったようだな」

 津雲の言葉に、狐珀は少し考えてから話し始める。
「……虫だけが好きなら一人で虫取りに出かけますよ。あの雑木林は整備された今の公園と違って道は舗装されていませんでした。夏の暑い日に女の子と一緒では自由に探せません。一人で蟻を眺めていた自分に付き合ってくれ、興味を少しでももとうと図鑑を眺める結香殿だったから一緒に行ったのだと思います」
 ふむ、と津雲は顎に手を当てる。そのまま狐珀は続ける。

「……それが恋心かはわかりませんが、少なくともカブトムシの姿では持たれない感情だったと思います」
 狐珀は言い切る。とても悔しかったのだ。恋する小さな女の子を救えなかったことが。しかも彼女が、カブトムシになりたいと泣いていたことが。
 せめて、そんなことはないですよと、この気持ちを結香に伝えたかった。

「あの日、喧嘩をしてしまったけれど、結香殿を追いかけて探しただろうし、先に帰ったのではなく見つからないことに不安を覚え大人を呼びに戻ったのだと思いますよ」
 そうであって欲しかった。そうでなければ、死んでしまった結香があまりにも気の毒だ。

 思い返せば返すほど、哀しみが溢れてくる。やはりあの小さな女の子を想い人と会わせてあげたかった。あれだけ悲痛に叫ぶ彼女の姿は痛々しすぎて、今も心がもやもやしている。

「まぁ、こういう結末もあるわな。彼女が納得してるなら、それでいいかな。うん」
「まあ、あれでよかった、と思うとしようか……」
 語と津雲の寂しそうな声に、狐珀は沈思する。
 やはりそう思うしかないのかと溜息がこぼれる。けれども思っていたことを口に出せて、ほんの少しだけ、気持ちが軽くなった。

 いつか、どこかの夏の中で、結香は「あの子」と再会を果たすだろう。その時に狐珀が疑問に感じていたことも全てが明かされるかもしれない。二人に何があったのか。雑木林の中で「あの子」は何を考えていたのか。今はまだ真実は闇の中だが、きっと分かる日が来るはずだ。


 到着した和風庭園は静かで趣のある場所だった。
「さて、せっかくだから茶店によっていくかね」
「そうだな。俺も茶店寄ってこうかな」
 津雲の提案で早速店に立ち寄ることにした。疲れた体には甘味が必要だ。甘い物が好きな語も笑顔で同意した。狐珀は園内を散策しようかと考えていたが、二人に誘われて一緒に店に行くことにした。

「かき氷は高級品ではあるがサムライエンパイアでも見たことあるな。しかし抹茶パフェとな? ふむ」
 テーブルに着いた津雲はお品書きをにらみ、思案する。パフェとは一体どのようなものであろうか。興味を持った。これにしてみよう。

「俺はクリームあんみつ食べたい。……抹茶クリームあんみつあるから、そっちにしよ」
 語はすぐに決めた。主様がよく食べてたな、と思い出しながら。語の主様はあんみつが好きだったが、豆は嫌いだと言って良く残していた。
(その度にあの人やお弟子さんが豆だけ食ってたっけ天…)

 懐かしいな、と語は小さく笑う。語がヤドリガミとしてかりそめの肉体を持ったのはここ数年の話だ。ヤドリガミとなった後、主様が嫌いだと言っていた豆も食べてみた。さぞや不味いだろうと想像していたが、ごく普通に美味しくてほんの少しだけ拍子抜けした。主様が好きだったクリームあんみつは、今では語の好物のひとつでもある。豆も含めて。

 狐珀はわらび餅を頼んだ。彼女は料理が上手い。和菓子作りも得意で、持ち前の学習力によって日々腕前を上げている。この店の和菓子はどのような味だろう。

 運ばれてきた抹茶パフェはかなりビッグサイズだった。20センチはありそうな容器に豪華に盛り付けられている。上には抹茶ケーキまで乗っている。すごいものが来たと津雲はまじまじと見つめる。
「これが抹茶パフェか……」
 スプーンでつつきながら食べる津雲の様子を語は楽しげに見つめていた。抹茶クリームあんみつもとても美味い。狐珀のわらび餅はきな粉に黒蜜がかけられており、上品な味だ。

「……そういえば、調査の過程で行方不明になっただいたいの場所はわかったのだったな」
 抹茶パフェを攻略しながら津雲が言う。容器の高さとパフェスプーンの長さがあまり変わらないので、容器の底の部分を食べるのに苦労しているようだ。容器を斜めに傾けて頑張っている。

「そこに花を……いや、この場合は、昆虫が集まりそうなスイカでも供えておくとしようか 」
「そうだな、それがいい。皆でそこに行こう」
 語が賛同する。昆虫と聞き、狐珀はほんの少しだけ複雑な顔をしたが、そうですねと微笑みながら頷いた。そうすることでほんの僅かでも、過去にその場所で亡くなった結香の心を慰めらるのなら、やはり嬉しいと思った。そろそろこっちに来るであろうファンも誘おうと皆で話し合う。

 たった十数年で、行方不明になった小学生の女の子は世間から忘却されてしまう。騒がれるのは僅かな期間だけ。いずれは数少ない当事者以外は誰も気にしなくなる。ごく普通でよくある、とても残酷な話だ。

 優しいヤドリガミ達は、そんな女の子に真剣に向き合い、その哀しい境遇から救おうとした。結香も彼らが自分のことを思ってたくさん行動してくれたことが嬉しかった。ハートに囚われて夏の中から抜け出せなかったけれど、本当に嬉しかった。
 きっとこれからも、多くのものがヤドリガミ達の優しさと行動力に救われるだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

浮舟・航
岡森さん、お久しぶりです。
いつかの――水族館以来でしょうか。あの時はお世話になりました。
アウラさんは今日も一緒ですか? それなら、君にもありがとう、と

君と一緒に彩の庭園を歩きたいな
時折、夏の花の写真をスマホで撮りながら

夏って、やっぱり暑いんですねえ
僕、体が生まれつき弱くてですね。
こうして暑い季節に外を歩けるようになったのも二、三年前からかな
それまでは大体病室か家にいたんですよ

だから夏の記憶って特別なものは無いし、普通に暑さも苦手なんですが
こんなに景色が鮮やかなのは、やっぱり夏だからこそでしょうか

こうして一緒に過ごせたのが、希少な夏の思い出かもしれませんね
岡森さんは、夏って好きですか?




 緑豊かな和風庭園の東屋の傍で、探していた人の後ろ姿を見かけた。

 浮舟・航(未だ神域に至らず・f04260)は一度深呼吸してから、その後ろ姿に「岡森さん」と声をかける。

 名前を呼ばれて振り向いた岡森・椛(秋望・f08841)は、航の姿にわぁと喜びの声を上げる。
「岡森さん、お久しぶりです。いつかの――水族館以来でしょうか。あの時はお世話になりました」
 丁寧にお礼を伝える航。二人はかつて、一風変わった水族館で出会ったことがある。
「こちらこそ! あの水族館で戦ってからもう三ヶ月以上経ってるなんてびっくりで……また航さんにお会いできて嬉しいです」
 にこにこと笑う椛。その表情を見て航はほっとした。少しだけ迷ってしまったが、勇気を出して話しかけてよかった。

「アウラさんは今日も一緒ですか?」
 航は辺りを見回す。航は水族館で赤黒い世界に飲まれそうになっていた時、風の精霊アウラの優しい風で引き戻された。あの時の柔らかな灰色の毛先を擽る清涼な風の感覚を、航は今でも覚えている。
「アウラなら、そこに……あ、きたきた」
 アウラは主人の椛から少し離れ、高い木に咲く花を見ていたようだ。だが二人の会話が聞こえたらしく、大急ぎで戻ってきた。そして航の周囲をくるくると嬉しそうに飛び回る。その動きに合わせて航の髪が微かに揺れた。

 あの時の清涼な風と同じだ。航は小さく微笑みながらアウラに手を差し出す。
「君にもありがとう」
 アウラは空中で止まり、にっこり笑ってその手に自分の小さな手を重ねる。どういたしまして! と言っているようだ。

 航は、一緒に彩の庭園を歩きたいなと椛を誘った。椛は大喜びだ。断る訳がない。
 時折、夏の花の写真をスマホで撮りながら、のんびりと二人並んで歩く。再会が嬉しかったらしく、アウラは航の傍でふわふわ浮かんでいた。

「夏って、やっぱり暑いんですねえ」
 額の汗をハンカチで拭いながら航が呟く。その言葉にはっとしたアウラは、そよそよと涼しい風を航へと送る。小型扇風機状態である。突然の涼風に航は驚いたが、ありがとうとアウラに伝えた。

 風のおかげで暑さが少し和らぎ、体も楽になった。
「僕、体が生まれつき弱くてですね。こうして暑い季節に外を歩けるようになったのも二、三年前からかな。それまでは大体病室か家にいたんですよ」
 撮影した写真を確認しながら航は言う。椛はとても驚いた。確かに航の灰色の髪や白い肌、そして細い体は非常に繊細な印象で、あまり屋外で活発に活動しているようなイメージない。けれど、まさか二、三年前まではそんな日々を送っていたなんて。

「だから夏の記憶って特別なものは無いし、普通に暑さも苦手なんですが……」
 アウラは大慌てで風を強める。小型扇風機の風量が大になった。
「なるべく影に入りましょう。今日は暑すぎて直射日光が痛いくらいですし……」
 二人が気遣ってくれるので航は申し訳ない気持ちになった。大丈夫ですと、少し困ったような、気恥ずかしいような表情で言う。でも、と言葉を続けた。

「こんなに景色が鮮やかなのは、やっぱり夏だからこそでしょうか」
 生い茂る緑の葉と、草いきれ。可憐な夏花。白い雲が浮かぶ青い空には太陽が眩しく輝き、池の水面もキラキラと煌めいている。目の前に広がる鮮やかな光景は夏だからこそだろう。わざわざ暑い中、ここに来た甲斐があったと思わせる景色だ。
「こうして一緒に過ごせたのが、希少な夏の思い出かもしれませんね」
 同い年くらいの女の子と一緒に夏の庭園を歩けるなんて、数年前までは想像すらしなかった。

 椛は少し考えてから、微笑みながら話し始めた。
「もし航さんがずっと病室や家にいたら、出会えないままだったんですね……。私、航さんと出会えて嬉しいです。それに、ネットで航さんのイラストも見ました」
 え、と航は驚く。確かに水族館で会った時、タブレットで描いた海魔の迫力にとても感激した椛に「普段も絵を描いてるの?」と尋ねられ、SNSで活動している旨は伝えた。椛は家に帰ってすぐに検索したらしい。

「すごくポップで素敵なイラストでした! 色合いがとっても華やかで、綺麗で……航さんの右手がこの世界を生み出したんだって、すごいなって、見惚れちゃいました」
 目の前で褒められると照れくさい。どうも、と航は軽く頭を下げる。航のイラストには常に数多くのいいねが付いている。あの中のひとつは私のいいねですと椛は言った。やはり照れてしまう。

「この夏の庭園をモチーフに、何か描くのもよさそうです。写真もたくさん撮りましたし……」
 航は照れ隠しのように呟く。夜と海が好きな航だが、今まで縁遠かった鮮やかな景色をタブレットで描くのも面白いかもしれない。楽しみですと椛は満面の笑みを浮かべる。アウラも眼をキラキラさせていた。アウラも椛と一緒に航のイラストを見ているらしい。

「岡森さんは、夏って好きですか?」
 航の言葉に、椛はうんと頷く。
「私は夏の海も山も好きだし、花火とか天体観測も好きだし。それに何より、夏休みがありますし! 宿題は気が重いけど……」
 それに。
「今日はこうして航さんと会えて、また夏の思い出が増えました。楽しい思い出が増えると、ますますその季節が好きになります」

 なるほどと航は思う。それならこれから、自分も夏を少しずつ好きになっていくだろうか。
 航は夏の景色をじっと見つめる。スマホの中だけではなく、自分自身の中にもしっかりとこの景色を残しておきたくなった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ララ・マニユ
んんー。良い場所、だよね。ここ
絵に描きたくなっちゃうけど、
……ちょっとおやすみ!
お茶屋さんで何か食べていこうっと!

ふわふわのかき氷が気になるなぁ
でも抹茶パフェも捨てがたい!迷っちゃうー……!
とんっと絵筆を立てて、ぱっと離す
右に倒れたらかき氷!左に倒れたら抹茶パフェ!
(判定おまかせ)

えへへ、おいしい!
ちっちゃい時はパパとママとよく一緒にお出掛けしたっけ
最近あんまり帰ってないなぁ……会いたくなっちゃう
うん!決めた!
帰ったら思い出の一枚を描くの
小さい時の、もうあんまり覚えていない情景だけど
きっときらきら素敵な絵になるわ

それをお土産に、久しぶりにお家に帰ろう




 和風庭園って、どんなところだろう?
 好奇心旺盛なララ・マニユ(teller・f20458)はわくわくしていた。

 和風だからサムライエンパイアみたいな感じかな? でもここはUDCアースだから、それとは違う感じかな?
 思いを巡らせながら到着した庭園は、落ちついた雰囲気に包まれた美しい場所だった。自然と文化が見事に融合しており、ところどころにUDCアース的な現代風アレンジも加えられている。

「んんー。良い場所、だよね。ここ」
 ララは庭園を見回す。生命力みなぎる木々の緑がとても綺麗だ。夏の息遣いが聞こえてくる気がした。
 ああ、絵に描きたくなっちゃう。真夏の太陽の輝きと、青々とした葉と……。だけど。
「……ちょっとおやすみ! お茶屋さんで何か食べていこうっと!」
 女の子を救いたくて蒸し暑い林の中を必死で走り、還す為に戦ったのだ。まずは少し休もう。やっぱりこういう時は甘いものが食べたかった。

 趣がある松葉色の暖簾をくぐって茶屋に入ると、一番眺めのいい窓際の席に案内された。ガラス窓に囲まれていてとても見晴らしが良く、生い茂る木々と夏の花と、輝く池や太鼓橋も見える。見上げた青い空には入道雲が浮かび、まさに特等席だ。

 すごくいい席に座れた。ララは幸せな気持ちでお品書きを眺める。美味しそうな甘味だらけだ。
「ふわふわのかき氷が気になるなぁ。でも抹茶パフェも捨てがたい! 迷っちゃうー……!」
 ララは困った。ものすごく困った。両方ともとっても美味しそうで、決めらない……!

 そうだ! なにかを閃いたらしいララは鞄の中から絵筆を取り出す。この愛用の絵筆に決めてもらおう。テーブルの上にとんっと絵筆を立てて、ぱっと離す。
右に倒れたらかき氷! 左に倒れたら抹茶パフェ!

 絵筆も迷っているのか、倒れるまでにほんの少し間があった。右にぱたんと倒れる絵筆。かき氷に決定だ。
 しかし、新たなる大問題がララの前に立ちはだかった。この茶屋は夏場はかき氷にとても力を入れており、十種類以上のかき氷が用意されているのだ。もちろん全部美味しそうである。その中からひとつだけを選ばなくてはならない。
「また迷っちゃうー……!」
 ララは引き続き絵筆に選んでもらうことにした。

 絵筆によって選ばられたのは、ロイヤルミルクティーのかき氷だった。豊潤な茶葉の香りが広がり、ふんわりしたクリームがトッピングされている。
「えへへ、おいしい!」
 ララは幸せいっぱいだ。ひと匙ひと匙、大切に口へと運ぶ。時折、綺麗な花柄の湯飲みに注がれたお茶も飲む。このお茶もすごく美味しかった。

 素敵なお店を訪れて、美味しいものを食べるのはとても楽しい。そしてふと思った。
(ちっちゃい時はパパとママとよく一緒にお出掛けしたっけ。最近あんまり帰ってないなぁ……会いたくなっちゃう)

 アルダワ魔法学園に入学して楽しい毎日を送っているララだが、学園生活が充実すればするほど、忙しくて実家に帰る機会が減ってしまう。
 パパとママとお出掛けして、こんな風にお店で美味しいものを食べて……。幼い頃の懐かしい記憶が蘇ってくる。優しいパパとママ。大好きなパパとママ。会いたい。

――うん!決めた!
(帰ったら思い出の一枚を描くの。小さい時の、もうあんまり覚えていない情景だけど、きっときらきら素敵な絵になるわ)

 それをお土産に、久しぶりにお家に帰ろう。ララは両親の顔を思い浮かべる。パパ、ママ、もうすぐ帰るから、待っていてね。
 ララが心を込めて描いた思い出の絵は、両親の大切な宝物になるに違いない。

 それにやっぱり、この庭園の絵も描きたい。こんなにも素敵なお庭だもの。窓の外を眺めていると、早く描きたくてうずうずしてしまう。あの池の水面の輝きはどんな風に表現しよう。花はもっと近くでしっかりと見なくちゃ。木漏れ日の光も影のコントラストも綺麗に描きたい。鳥とか小動物もいるのかな? もしいるなら、絵の中にも登場させたいな。
 かき氷の代金を支払って茶店を出て、さあ、描こう!

 ララが愛用の絵筆で描き出す情景は、いつもきらきら輝いている。
 それはララの心がきらきらしてるから。
 伝えていきたいものがある――その気持ちが、世界をいつも輝かせる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

御堂・茜
椛様~!
いつも我が基地にご来城下さり誠に有難うございます!
わたくしも椛様ともっと親しき仲になりとうございます!
せっかくのご縁ですもの
ご一緒にお茶をいかがかしら?

御堂はこれ!
白桃のかき氷にします!
我が故郷にもかき氷はございますが
UDCアースの氷はふわっふわのひえひえで
彩りもかくも鮮やか!正義です!
初めて夏祭りの夜店で口にした時は感動致しました
家臣や民達にも味わって頂きたいものです…!

屋台に花火に盆踊り
御堂はこの国の夏祭りが大好きです!
椛様は夏祭りの想い出、ございますか?

聞けばサムライエンパイアは
この日本なる島国と似た歴史を辿っていると
わたくし達が愛した江戸の夏は
変わらぬ平和の証であれと願いますわ




「椛様~!」
 御堂・茜(ジャスティスモンスター・f05315)の明るい声が庭園に響く。
 名前を呼ばれた岡森・椛(秋望・f08841)は顔を上げ、少し離れた場所にいる茜を見つけて「茜さんー!」と手を振り、お互いに駆け寄った。

「いつも我が基地にご来城下さり誠に有難うございます!」
「いえいえ、そんなそんな。いつもお邪魔してしまって……」
 椛は時折、茜の超カッコイイ秘密基地であるネオジャスティスミドウ城に遊びに行き、鴉達にご飯をあげている。鴉達からお礼に貰った虫ピンとハンガーは椛の大事な宝物だ。

「わたくしも椛様ともっと親しき仲になりとうございます! せっかくのご縁ですもの。ご一緒にお茶をいかがかしら?」
 茜の言葉に椛はぱっと顔を輝かす。
「はい、喜んで! 私ももっと茜さんと仲良くなりたいです」

 茶屋はあまり混んでおらず、待ち時間なしでテーブルに案内された。この茶屋は人気があって、長時間待つこともあるから今日はラッキーですよと椛から聞いた茜は、これはきっと椛様と御堂の仲を深める為の有難き天の計らいッ!! とハイテンションで喜ぶ。

 お品書きを二人で眺め、何にしようか一緒に悩む。とても美味しそうな甘味ばかりだ。
「御堂はこれ! 白桃のかき氷にします!」
「白桃美味しいですよね! 私も好きです。私はカラメルミルクかき氷にしようかな」
 注文したかき氷はすぐに運ばれてきた。ふわふわした氷の美味しさは言わずもがな。白桃を豪華に使用したトッピングも華やかで、茜は目を輝かせる。椛のかき氷も濃厚なミルク氷とキャラメルシロップの絡みが絶妙だ。

 いただきますと手を合わせて、ぱくりと一口。
「UDCアースの氷はふわっふわのひえひえで、彩りもかくも鮮やか! 正義です!」
 茜のテンションがどんどん上がってくる。
「初めて夏祭りの夜店で口にした時は感動致しました。家臣や民達にも味わって頂きたいものです……!」
「分かります、感動ですよね。家臣さんや民さん達にも是非食べてもらいたいな……」
 椛も雪のようなふわふわかき氷を初めて食べた時はとても感動した。以来、大好物だ。

 そして御堂家の姫として、家臣や民を思い遣る茜の優しさに胸を打たれた椛は、ネオジャスティスミドウ城でふわふわかき氷を作って皆さん食べてもらえないかと真剣に考え、茜と相談を始める。家臣さん達は全部で何人くらいですか? どのくらいの氷とトッピングの財力をクーラーボックスに入れて持っていけば足りるでしょうか。ふわふわ氷を削り出すかき氷機は市販されているから、それを買うかレンタルして……。
「多くの人にふわっふわでひえひえのかき氷を振る舞うッッ!! まさしく正義ッ!!!」
 茜も乗り気だ。

 だが家臣と民の人数は、椛の想像を遥かに超えていた。マイナーとはいえ御堂家は大名。将軍に直属する一万石以上の武家なのだ。 これだけの人数分のかき氷を作るのはとてつもなく大変だ。でももし実現できれば、ちょっとしたお祭りになるだろう。まさに夏祭りの夜店で初めてかき氷と出会って感動した茜と同じ気持ちを、皆にも感じてもらえそうな気がした。

「屋台に花火に盆踊り……御堂はこの国の夏祭りが大好きです! 椛様は夏祭りの想い出、ございますか?」
 トッピングの瑞々しい白桃を口に運びながら、茜は椛に尋ねる。
「私も夏祭り、大好きです。夏祭りの日は朝からそわそわしちゃいます。花火大好きだし……あっ、茜さんはヨーヨー釣りってやったことありますか? 普通はこよりがすぐ切れてしまうけれど、一度だけ、三個のヨーヨーを同時に釣り上げたことがあって……」
「同時に三個ッ!! 大量でございますッッ!!」
「そうなんです。あの時、すごく嬉しかったな……」
 えへへと椛は笑う。他にも夏祭りの想い出はたくさんある。毎年、夏祭りに出かける度に、楽しい想い出が増えていく。

「聞けばサムライエンパイアは、この日本なる島国と似た歴史を辿っていると。わたくし達が愛した江戸の夏は、変わらぬ平和の証であれと願いますわ」
 茜はとても優しい表情で語る。江戸の夏。団扇と、風になびく風鈴。可愛い金魚や美しい蛍。川辺の床机台に腰掛けての夕涼み。そして花火。まさに変わらぬ平和の証そのものだろう。
 茜の座右の銘は世界平和。武士道に憧れ、改造手術でサムライサイボーグに生まれ変わった義に篤く心優しい娘は、この平和を守る為に日々江戸を駆け、悪しきを挫き、多くの人々を救っている。

 最後の一口まで、とても美味しいかき氷だった。
 美味しゅうございました、ご馳走様でした。支払いを済ませて店を出る。
 でも、まだ話し足りない。二人は庭園を歩くことにした。サムライエンパイアによく似た風景に茜は目を細める。

 サムライエンパイアでは大きな動きが始まっている。茜は正義の為に戦いに行くのだろう。
「私もお力になれるように、頑張りますね」
 椛はぐぐっと拳に力を入れる。
「椛様!! 大変頼もしゅうございますッッ!!!」
 茜はサムライエンパイアへの想いと熱い正義を語りながら、にっこりと微笑んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年08月03日
宿敵 『恋する蛹』 を撃破!


挿絵イラスト