幸せな過去、幸福な未来
●水晶宮の縁姫
「どうして……どうして私よりも早く逝ってしまったの、おみよ……」
人知れず墓地へ訪れた女性。普段のはつらつとした表情はその顔にはなく、ボロボロと大粒の涙を流しながら彼女は墓石に寄り添っていた。墓石には「みよ」と刻まれており母である彼女はその名をつぶやきながら嘆いている。
「父さんが死んだとき、慰めてくれたお前まで病で逝ってしまったら、母さんはどうしたらいいんだい……。お前と始めたお茶屋も、私一人でやっていける気がしないよ……」
彼女のお茶屋は人気の店だ。人も雇い、彼女自身切り盛りできるほど優秀な女性である。しかしその心は酷く蝕まれ、夜な夜な嘆きに耐え切れずに娘の眠る墓場まで足を運んでいるのだった。
「ああ、あの頃に戻りたい……貧乏だったけど父さんも幼いお前もいて、幸せだったあの頃……。なにかが違ったら、父さんとお前と、幸せにお茶屋をやっていたんだろうかね……」
それは言っても詮無きこと。過去は過去であり、死んだ人は生き返らない。現在とつながらない未来はありえない。……そう、現実であれば。
「……? あら……? 真夜中なのに、なんで、光が……」
ふわり、ふわりと女性の周りを光が囲う。ほのかな優しい光に女性はぼんやりと惚け、それを眺めていた。光の向こう側から楽しそうな声が聞こえる……。
________おかあしゃん!
「おみよ!? おみよ、そこにいるのかい!?」
光の向こうから聞こえたのは幼い頃の娘の声。今の今まで夢想していた、希望の声。
________おーい、早く来ないとおみよと二人で行っちまうぞー?
「ああ、ああ……お前さん、お前さん……!」
うずくまっていた女性はふらふらと光へ、怪火へと近寄っていく。一度墓石に着物が引っかかったが、構うことなく振り払った。光の向こうにある幸せな過去の情景を目指して。
「ああ、今日もまた哀れな人々がやってくる……」
水晶のごとき宮に多くの人々が集っている。彼らはその中心にいる姫君……『縁姫』を崇めていた。
「私の力で救いましょう……悲劇の現実から離れ、私の元で幸福な未来を甘受なさい。永遠にね……」
手元の人形をもてあそびながら、縁姫は笑う。すべては己の思うがまま、とでも言いたげに。
●歪められた未来は幸福か?
「……と、いうのが今回の予知の内容だ。今回もなかなか、なかなかに厄介な事件だ」
グリモアをパタン、と閉じてアメーラは言葉を切る。旦那と娘を亡くした、悲劇の女性。彼女の悲劇にはオブリビオンは絡んでおらず、回避することはできない。彼女の嘆きはすでに現実のものなのだ。
しかし、嘆く彼女へ伸びる魔の手を防ぐことならば、できる。
「今回の黒幕は“行く末の予祝者『縁姫』”。相手の望む未来、つまり幸福な未来とやらを見抜き、その幻想世界を見せる能力を持つようだ。いやはや恐ろしい」
へらへらと笑っているようで、その実彼女の瞳は笑っていない。先の歴史、ひいては未来をありえない方向に歪めることは彼女にとって許しがたい蛮行だ。もちろん、猟兵であればだれもが嫌う所業ではあるだろうが。
「だが、厄介なことに彼女の住まう水晶宮は一体どこにあるのか皆目見当もつかない。うまく隠れているようでね」
だから、案内してもらおうじゃないか。そうアメーラは口端を上げる。
「縁姫は自分の信者を増やすため、嘆く人々の元へ使者を送るそうだ。その使者は別名“クラゲの火の玉”と呼ばれるオブリビオンだ。やつらは、標的の幸せな過去の幻影を見せ、己の中に取り込む」
クラゲの火の玉の中は、望む風景を見せる幻想空間だ。一度取り込まれると最後、その檻から出ることは難しくなる。出ようと思えばいつでも脱出できるのだが、心地よい空間から一般人は逃れようとはしないだろう。
「しかも出される瞬間に、トラウマを吐きかけてくるおまけつきだ。人の心をもてあそぶ、大層なオブリビオンたちだよ、まったく」
見るトラウマは過去の思い出したくないことかもしれないし、記憶にない捏造かもしれない。しかしその瞬間はそれを本物と錯覚するので一般人は半狂乱になる。そこに幸福な未来を見せる縁姫がくれば、容易に洗脳されてしまうだろう。
「過去の悲劇は変えられない。だがそれを利用し弄ぶオブリビオンは許す理由がこれっぽちもないね。どうか彼女を、おかみさんを救ってくれたまえ」
ひとりの猟兵がアメーラに違和感を覚え、それを尋ねる。被害に遭いそうな女性を知っているのか、やけに親身じゃないか、と。
「……彼女のお茶屋の団子は名物でね。よく通わせてもらっている。そんな彼女があのように嘆いていたなんて、知らなかったんだ」
でも私にはなにもできない、とアメーラは肩をすくめる。予知した彼女にできることは協力者を募るだけだった。
「おかみさんは強い女性だ。今は弱っているけれどこのオブリビオンたちと出会わなければ自然と前を向けるはずさ。だから彼女が攫われる前に、縁姫を倒してくれ」
グリモアが輝き、テレポートした先は深夜の寺の前だった。おかみさんは中だ。ここで猟兵たちがクラゲに乗りこめば、彼女は攫われずに済むだろう。気合をいれて、猟兵たちは怪火を待ち構えた。
夜団子
●今回の構成
第一章 水晶宮からの使者が猟兵を飲み込みます。幸せな過去に飲み込まれないよう気を保とう。また、最後にはトラウマをぶち込んでくるぞ!
第二章 黒幕、『縁姫』との対峙。彼女は猟兵にとって最も幸福な未来を見せてくる。打ち破って彼女を倒そう。
第三章 おかみさんの経営するお茶屋でゆっくりと疲れを癒そう。団子も料理も美味いぞ!
●詳しい説明(プレイングの参考とお願い事)
第一章について。
見るものはかつてあった幸せな過去になります。とりこまれた猟兵たちの望むまま、もっとも幸せな過去に捕らえられます。そして最後には強烈なトラウマを植え付けられます。これは過去に本当にあったことでもいいですし、完全な捏造でも問題ありません。プレイングに記載をお願いします。また、幸せな過去との前後関係があってもなくても構いません。
トラウマと過去の比率がどちらに傾いても構いません。時間的には過去の方が長く見ているでしょうが、トラウマのほうが衝撃的で、長く感じることもあるでしょう。
この第一章は幸せな過去の誘惑やトラウマに打ち勝つというよりは耐え続けるようなものになります。
第二章について。
たどり着いた水晶宮で、縁姫が『幸福な未来』を見せてきます。それはとても都合よくゆがめられた未来で、例えば、すでに亡くなった者がいる未来であったり、失ったはずの物が手に入っていたりします。どんな未来か、教えてください。
思考停止を誘うほど強力な幻影です。強い意志を持って打ち破ってください。そのうえで縁姫に攻撃が通ります。
第一章、第二章共に、基本的にはひとりきりで幻想を見る形になりますが、共同で幻想を見ることを望む際はその旨と共同者の名前の記載の上、プレイングをお願いします。
風景や相手について、描写のヒントを記入していただければ存分に盛り込みます。基本的にプロフィールは見に行きますが、それ以上の情報はプレイング以外からは抜き出せません。
アドリブ多めのリプレイになることを、ご了承ください。
また、場合によっては再送をお願いする可能性がございます。どうかご了承ください。
第三章について。
おかみさんの経営するお茶屋での穏やかなひとときです。なにをしなくてもおかみさんは立ち直りますので、好きなプレイングをしてくださって構いません。また、希望があればアメーラを登場させることもできます。
第1章 集団戦
『水晶宮からの使者』
|
POW : サヨナラ。
自身に【望みを吸い増殖した怪火】をまとい、高速移動と【檻を出た者のトラウマ投影と夢の欠片】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD : 夢占い
小さな【浮遊する幻影の怪火】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【鍵の無い檻。望みを何でも投影する幻影空間】で、いつでも外に出られる。
WIZ : 海火垂る
【細波の記憶を染めた青の怪火】が命中した対象を高速治療するが、自身は疲労する。更に疲労すれば、複数同時の高速治療も可能。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
モルツクルス・ゼーレヴェックス
「マスター……」
観るものは、修行時代
UDCアース、日本の安アパートの一室
故郷から助け出された自分が、マスターと過ごした場所
『それを覚えるまで飯抜きじゃ』
『礼法の一つもモノにしてから風呂に入らんか』
「……クソジジイ」
缶詰にされて勉強漬けにされても、散々バカにされたって
「……楽しかったっすね」
『じゃが、お前のせいで儂は死んだ』
「……」
『お前が負担で、寿命縮んでもうた』
【幻電海星】発動
「これは、幻っすか?」
『正確に定義するのは難しいね』
イルカが笑う
『ソンケイを信じるんだ』
「……つまり」
自分がどう感じるかが大事ってことっすね
「マスター。……だとしても、自分からは感謝を」
さあ、前へ
『おや、笑ってる……』
UDCアースの、とある一室。安アパートの部屋で必死に勉強している純白の羽をもつ子どもがいた。その姿を後ろから眺めながら、モルツクルス・ゼーレヴェックス(素敵魔術師・f10673)は立ち尽くしていた。
「これが自分の、幸せな過去……」
「それを覚えるまで飯抜きじゃ」
聞き覚えのある声にモルツクルスは勢いよく振り返った。記憶に焼き付いた、己の恩人の声。
「……マスター」
その老人はモルツクルスに気づくことなく子どもへ……幼いモルツクルスの元へ歩いていく。まだできんのか、この大馬鹿者め! と怒鳴る声がいまや懐かしい。ああ、このころは大変だったなぁとしみじみ思う。
「でも飯くらい食わせろって話っすよ。大きくなれなかったらどうするんすか」
声も姿も届かない夢。だからどこか他人ごとのようにそれを眺める。これはいずれ覚める夢なのだから。
「これ、礼法の一つもモノにしてから風呂に入らんか」
風呂に入れと言われて駆けだしたら呼び止められ説教される。入れって言ったのはマスターなのに、理不尽な話だ。やけに礼法にはうるさい人だったな、と今では笑っていられるが、当時はうんざりしていたものだ。
「……クソジジイ」
それでも“幸せな過去”として視たのはこの修行時代だった。その以前のことを思えば確かによっぽど幸せだ。ダークセイヴァーでの、自由も陽の光を浴びることも、空を眺めることもできなかった、あの生活に比べたら。
どんなにクソジジイでも、滅ぼされた故郷から救い出してくれたのは、猟兵として戦えるように修行をつけてくれたのは、この人だ。
「……いや」
それだけじゃない。昔の囚われの身と比べて幸せだった、なんていう比較だけじゃない。恩を感じているだけならこんなに胸がざわつくこともなかった。
缶詰にされて勉強漬けにされても、散々バカにされたって。
「……楽しかったっすね」
もう失われた過去。あれが幸せだったのだとまざまざと突きつけられる。過去になってから思い知る後悔と、こんな残酷なことをするオブリビオンへの「どうして」の気持ちが胸を占めた。
「じゃが、お前のせいで儂は死んだ」
「……」
突然己に向いたマスターの声にモルツクルスは顔を上げる。そこはあの安アパートの一室ではなく、薄暗いどこかだった。足元で、少しやつれたマスターが布団に横たわっている。
「お前が負担で、寿命縮んでもうた」
変わらず憮然と、だが少しだけ弱った声で、マスターが唸った。たまらず、モルツクルスは言葉を失う。そして頼りになる友人の名前を呼んだ。
「________ソンケイ!」
『ここにいるよー』
キュルル、と鳴いてモルツクルスの元へイルカが現れた。脳内と電子世界を揺蕩うこのイルカはモルツクルスにとって大切な助言者だ。するするとモルツクルスの周りを泳ぐ彼に問いを投げかける。
「これは、幻っすか?」
『正確に定義するのは難しいね』
「どういう意味っすか……」
期待した明瞭な答えは与えられなかった。キュル、キュルルとイルカは笑っている。
『ソンケイを信じるんだ』
「信じる……。……つまり、自分がどう感じるかが大事ってことっすね」
イルカの言葉を正しく汲み取りながら、モルツクルスは前を向く。苦しそうに横たわっているマスターが吐いた言葉は、果たして幻なのかそれとも本当に彼が思っていたことなのか。
真偽は重要じゃない。自分がどう思うのか、だ。
「マスター。……だとしても、自分からは感謝を」
反応はない。言葉もない。だがモルツクルスにとってはそれでよかった。
薄闇の向こうからまばゆい光が差し込む。あれば檻の出口だろうか。ならばもう、水晶宮へたどり着いたのだろう。
さあ、前へ進もう。おぼろげになっていくマスターを置いて、モルツクルスは歩み始める。助言者たるイルカはその場でくるりと回って消えた。
その直前。
『おや、笑ってる……』
消えゆくマスターの口元を見たイルカはひとりつぶやく。その言葉もマスターも空間自体も、モルツクルスに気づかれる間もなく消えてしまった。
大成功
🔵🔵🔵
芥川・三六
俺の幸せな過去…?
たぶん…人の身になった俺を可愛がってくれた元の主との時間だろうか?
掛軸を集めるのが趣味で特に幽霊画が大好きだった。
彼は俺が人の身を得たことを大層喜んでくれた…。
幽霊画の幽霊が現れたようだと。
だから喜んでくれた。
俺を可愛がってくれた。
それが俺はとても嬉しかった。
絵画に幽霊画の幽霊に惚れた主を奇異の目で見る人は多かったけど。
その時が一番幸せだったと思う。
主亡き後は好事家の元を点々としたけれどやはりあの主が…あの主はなぜ死んだのだっけ?
俺を好いたあの人は確かに気の狂った人だった?
アドリブ歓迎。
ふわふわ、ふわふわと揺蕩う怪火。己を迎えに来たそれをぼんやりと眺めながら、芥川・三六(幽霊画のヤドリガミ・f17480)はグリモア猟兵の言葉を思い返していた。
「……俺の、幸せな過去……?」
何が現れるのだろうか、とどこか現実味なく考えていると怪火はどんどん近づいてくる。もとより攫われる依頼、抵抗する気も避ける気もなく立っていると、三六を取り囲んだ火が朗らかな光を一層強めた。幽霊にはこたえるな、と自嘲気味に思いながら目を閉じる。開いた先にどんな幸せな過去があるのかと、一抹の期待を抱きながら。
「おお……おお……!」
光景よりも先に、声が飛び込んできた。歓喜に震える、男の声。三六はゆるゆると目蓋を上げる。忘れもしない彼の声。目を開ける前からそこに誰がいるのか、三六はわかっていた。
(ああ……人の身になった俺を可愛がってくれた、元の主との時間……か)
「なにが、何が起きたんだ? 幽霊画の中から、本当に幽霊が……!」
幽霊画の中から、幽霊のような男が現れる。そんな状況、普通の人だったなら腰を抜かすかもしれない。泣いて命乞いをするかもしれない。はたまた逃げ出すかも……。
だがこの男はそうではなかった。それどころか、惚れたのだ。絵画に、幽霊画の幽霊に。
「ああ、久しぶりだな……我が、主……」
ぐるりと見渡せば壁という壁に、掛け軸、掛け軸、掛け軸。美人画や風景画もあるにはあるが飾られているのはほとんど幽霊画だ。その光景さえ懐かしく感じる。
フラッシュバックのように視界が瞬き、情景が変わる。鼻歌交じりで台所に立つ主。楽しそうに包丁を扱っている背中が、少し遠く見えた。
そっと寄り添えば嬉しそうに耳を赤くする。手伝おうかと問えば怪我したらどうするんだと断られた。そうだ、そういう人だった。
(俺が人の身を得たことを喜んでくれた人、可愛がってくれた人……うん)
確かにあの日々は幸せだった。紛れもない、幸せな過去だ。この人の終わりまで続いた、幸福な日常だった。
(……主が、死ぬまでは)
突然、照明が落ちたように周囲が真っ暗になる。暗闇に包まれた三六は旅の終わりを予感していた。……ああ、もう着くのか。もう少しゆっくりしてくれてもよかったのに。
眼下に映るは一つの布団。顔に布をかぶせられた男が静かに眠っていた。誰もいないはずの周囲から無数の視線とささやき声が聞こえる。絵画に、幽霊画の幽霊に惚れた男の亡骸へ向けられる視線は、奇異と好奇の目ばかりだった。
所有者が死んだ絵画は譲渡、もしくは売却される。ヤドリガミが宿るような年代物はなおさら、よく取引された。様々な主を転々とした記憶は真新しい。
「だけど俺は主……あなたのことが……」
ふ、と三六の言葉が止まる。どうしても思い出せない。その状況を頭に浮かべることができない。自分のかつての主がどんな最期を迎えたのかが。どうして死んでしまったのかが。
ささやき声が笑い声に変わる。嘲るような、馬鹿にするような笑いかた。聞いていたくなくて三六は耳をふさいだ。
________とんだ奇人だわ、絵を愛するなんて。
________百歩譲って美人画ならともかく、幽霊画ねぇ……。
________しかも現実に出てきたとまで言うし。もう駄目だったのかしらね。
________きっとそうよ。あの人はもう……狂ってしまっていたのよ。
「くるっ、て……」
ズキズキと頭が痛む。脳内でぐるぐる回るのは愛しの主の顔。楽しそうだったり、いじらしい表情だったり。彼は狂っていた? 自分を、愛したから?
「俺を好いたあの人は、確かに気の狂った人だった?」
その問いに答えてくれる者はおらず、三六はただ粛々と幻想世界の終わりを眺めていた。
大成功
🔵🔵🔵
吉備・狐珀
【見るもの】今はもう焼かれてしまった嘗て住んでいた小さな村の神社。傍らには兄と慕った自分の対。
村の五穀豊穣を2人で願いながら過ごした他愛のない日々。
【トラウマ】大物主神の荒魂の起こした戦の最中、兄の器物である狐像が壊され消えかかる兄を「離れたくない」という自分の我侭だけで自身の使っていた人形に閉じ込めたこと。
もう見ることは叶わなくなった私の生まれた場所。
夏になると桔梗が咲く私の大好きな神社。
そして私の傍に何時も貴方がいてくれた。いつも優しく名前を呼んでくれて笑いかけてくれた…。
私は貴方の死を受け入れられず魂を人形に封じた。
結果、力を使い果たし村を守れず貴方は物言わぬ人形になった。
それでも私は…
濁った蝉の声が境内に響く。
照りつく日光を神木が遮り、心地よい木漏れ日を生み出していた。神木の根元には薄紫の桔梗がいくつも花をつけ、ひらひらと風に流れて揺れている。
竹箒を手に境内を掃きながら、吉備・狐珀(ヤドリガミの人形遣い・f17210)は暑い空気に息をついた。ヤドリガミである彼女の肌には汗は流れない。それでも人の身を得た以上、このけだるさは気になるというものだ。
村の人たちは大丈夫だろうか。人間は熱で簡単に倒れてしまう。特に村には幼い子どもたちがいるはずだし、今日も元気に遊んでいるはずだ。
(彼らが倒れるようなことがないといいのですが……)
ひとり懸念を浮かべぼんやりと心をやっていた狐珀を、ある声が呼び止めた。兄と慕う大切な相手の声に狐珀はすぐに返事をする。彼は笑って社から手を振っていた。
「もう少しで村の祭りだね」
のんびりとした兄の言葉に、そうですね、と笑いかける。用意してくれたお茶とお団子を手にするとりとめのない話が好きだった。
暑いから子どもたちは大丈夫でしょうか、とぼやくと兄はきっと大丈夫だよ、と返す。危なかったら助けよう、という彼の言葉にうなずきながらお茶を飲み込んだ。ちょっとだけ苦い抹茶だった。
「五穀豊穣を願う祭り、今年もきちんと成功させないといけませんね」
「うん。我らが主がおよろこびになれば、ますます村は栄えるだろう。栄えれば余裕ができて、また人が増える。そうしてにぎやかになってくれたら、すてきだろうね」
優し気な微笑みを浮かべる兄に、同じように狐珀は笑った。
桔梗の花が、咲き誇る大好きな神社。大切なこの場所に、大切な兄と過ごした時間。なによりも幸せな時間だった。
この時間がいつまでも続き、過去にならなければよかったのに。
狐珀の視界が一気に切り替わる。見つめていた兄が眼前から消え、社から炎が上がる。小さな悲鳴をあげて離れた狐珀は今まで見ていた情景は過去の記憶だったことを思い出した。
(そうでした、私は、依頼で、人々を救うために)
自ら、過去を見せるオブリビオンに囚われた。なにを見せられても大丈夫なように心を強く持ってきたはず、なのに。
過去の情景だとわかっていても冷静ではいられなかった。咄嗟に走り出した狐珀の足の向かう先は、己と兄の本体、狐像。結末がわかっていても、無事にいてくれと願ってしまう。
果たしてたどり着いた狐像はすでに片割れがひどく損傷していた。石が削れ、飾りが落ち、霊力をもってしても成り立たなくなっていた。
大物主神の荒魂が引き起こした、無為な戦い。これにより兄は本体を破壊され、神社は焼かれて消えてしまう。日を遮ってくれた神木も、美しい桔梗の花々も、みな火に巻かれてしまった。生まれた場所も慕う兄も失ったこの日を、狐珀は決して忘れない。
「いかないで、私をひとりにしないで、いや……!」
狐像の中の霊魂が、みるみる消えていくのを感じる。琥珀は像にすがりつき「消えないで」と虚ろに繰り返した。
未だに考えるのだ。なぜあの日に自分は生き残り、貴方が消えてしまったのか。
「……離れたくない」
その言葉はあまりにも自然にこぼれて。もう一度繰り返しても同じことをしてしまうのかと琥珀は己の口を押さえた。
離れたくない、それはただのわがままだ。狐珀の本来するべきことは霊力を使い切ってでも村を守護することだった。だというのに自分は、兄の死を受け入れられずに己の人形に彼を閉じ込めたのだ。
「ああ……ああ……」
崩れ落ちた狐珀のひざ元に、狐の人形が転がっている。兄を封じ込めた人形。もう話すことのない人形。それをそっと拾い、胸へと抱える。
あの日の選択は、行動は、後悔している。心の傷として一生残り続けるだろうし、消すつもりもない。
「それでも私は……」
空間は歪み、燃え盛る神社も消えていく。琥珀が気が付いたときにはそこは光り輝く水晶宮だった。
大成功
🔵🔵🔵
終夜・還
幸せだった過去に呑み込まれてトラウマ背負って来い?アメーラってホントイイ性格してんなァ
ま、それくらいで救える魂と心があるなら甘んじて呑まれてやるよ
見るのはこの手じゃもう定番な、セレアとの幸せな頃
聖者の保管してる本目当てに屋敷へと忍び込み、捕まった俺に世間知らずなお人好しが持ち掛けてきたのは「従者として生きる道」
命と引き換えに犬になれっての、或る意味上手いなと思ったよ
傍に居たら元々部外者の俺に甘え出すわ、俺ものめり込むわ…ホント若かったな、あの頃は
ま、終止符打ったのも俺なんだけどね
セレアを喰わざるを得なかった事をトラウマとは感じちゃいねえが…いや、未だ人の血を貰うのに抵抗があるのは十分トラウマか
「幸せだった過去に呑み込まれて、トラウマ背負って来い? はぁ、アメーラってホントイイ性格してんなァ」
寺の入り口を守りながらナイフをもてあそび、怪火を待ちかまえる終夜・還(一匹狼・f02594)。依頼をよこした猟兵の笑顔を思い浮かべながらため息をついていると、遠くからふわふわ漂う光が視界に入った。
ああほら、来やがった。
還は腰を上げて、やってくる光を眺めた。見せてくるのは『幸福な過去』と『トラウマ』。それがわかっていれば心の準備もできるというものだ。
「ま、それくらいで救える魂と心があるなら甘んじて呑まれてやるよ」
怪火の光はもう眼前に迫っている。光に応えてその目をゆっくりと閉ざした。
「貴方、大丈夫?」
はっと目を開いてみれば、自分は冷たい牢に伏していた。忘れるわけもない、愛しい声。ゆるゆると顔をあげてみればやはり、なによりも愛しい女性……セレアがそこで首を傾げていた。
ふと手を頭に当ててみれば、人狼病特有の狼の耳はどこにもなかった。尻尾の違和感も消えているし、己の手を見てみれば一回り以上小さかった。あの頃に戻ったのか、と還は小さく自嘲した。
「貴方、本を目当てにここへ忍び込んだらしいわね」
変な人! と笑う彼女。まぶしい笑顔に苦笑したが、口から出たのは怪訝な声だった。確か、本当に始めて会ったときに言い放った言葉。どうやら過去は過去で、変えられないらしい。
(過去を見せるのに変えることは許さない……この地点で、だいぶ残酷じゃねぇか)
夜中に突然牢へ現れた女。鉄格子越しに話し込んで、最後には「お友達になって!」とまで言いやがった、真正のお人好し。流石に立場がまずいだろ、と思って断れば「じゃあ従者にすればいいかしら」なんて言うとんでもないヤツ。そんな世間知らず、心配でおいて逃げることもできなかった。
(命と引き換えに犬になれっての、或る意味上手いけどよ。やっぱり今見ても世間知らずでお人好しで、底抜けのバカだな)
だが、そんな彼女だったからこそ自分ものめりこんでしまった。
場面は変わり、己は従者服に身を包んでいた。旅をしていたときには考えられなかった、暖かい部屋に雨風を心配しない生活。そして己にもたれかかって眠っている、最愛の恋人。
(……ホント若かったな、この頃は)
その顔にかかった髪をそっと避けてやり、自然と笑みがこぼれた。
この頃は本当に幸せだったと、はっきり言える。この頃を超える幸せはもう手に入れられないだろうということも。最愛は昔も今も、そしてこれからも彼女に捧げられるだろう。
だが、この幸せに終止符を打ったのもまた、自分だ。
「……っ!」
目の前の光景が一斉に書き換わる。部屋は瓦礫に、辺りは火に、照明も天井も消え、ただ重苦しい夜空が広がっていた。
隣に眠っていたはずのセレアは腕の中で冷たくなっていて。その肉が覗いた無残な姿と広がる血が目に焼き付いた。そして己の口周りを汚す、赤い何かも。
「……トラウマと思っちゃいない、つもりだったんだがなぁ……」
やっぱり堪えるわ。そう呟いて還はそっと、その亡骸を抱きしめた。
大成功
🔵🔵🔵
紫丿宮・馨子
器物として
平安時代にとある姫宮様の元に献上
当時の日本にまだ伝来していない技術で作られていたため
姫宮様に気に入られ
大切に扱っていただき
娘のちぃ姫様とお付きの女房達との日常が幸せでした
ああ…懐かしき帰らぬ日々
まだ人の身を得ていないので
意志疎通はできませんが
この後の悲劇を思えば
このまま…
姫宮様、ちぃ姫様、その娘の承香殿の紫の宮様に譲られ
紫の宮様は若くして床につかれ
身罷られた瞬間に人の身を得た
迫り来るのは長い髪の狩衣姿の青年
手を伸ばし攫うように掻き抱かれる
やめてくださいませ
わたくしはあなたのモノになるつもりはありません
宮様を殺したあなた
本当はあの男は
わたくしを手にするには至らなかった
宮様は亡くなった
カコ、と軽い音がして光が差し込む。目を覚ました紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)は伸ばされる手に包まれて、やっと世界を見た。
これがとある姫宮様との初めての出会いだった。
平安時代、未だ日本では珍しい器物であった馨子は、献上された姫宮様に大層大切に扱われた。まだ人の身を持たぬ頃、意思疎通はもちろんできなかったが、平穏で豊かな日常。姫宮様の娘、ちぃ姫様が生まれなさったときも、馨子は姫宮様のそばに控えていた。
苦しむ姫宮様を見て、不安がないわけがなかった。だからこそ元気な産声があがったときあふれるような感情を抱いた。そのとき馨子は初めて、愛しいという感情を手に入れたのだ。
「それはおもちゃではありませんよ、ちぃ姫様。姫宮様の大切なものでございます」
「そうなの? わたしも、これ、とってもすきよ」
まだ舌足らずな言葉でちぃ姫様が馨子を好きと言えば、姫宮様は嬉しそうに笑われる。では、大きくなったら貴方に譲りましょうね、と姫宮様が優しくちぃ姫様を撫でた。女官たちもほほえましそうにそれを眺め、馨子も心地よい気持ちで佇む。私もあなた方のことを好いておりますよ、と伝えられない体はとても残念に思われたけれど、大切な方々が笑っていてくれるだけで十分だと馨子は微笑んだ。
(ああ、これを人は幸せというのですね)
幸せの意味を教えてくれた愛しき日々。もはや帰らぬ、懐かしき日々。ちぃ姫様は美しく育ち、伴侶を娶り、正式に馨子は彼女に譲られた。そしてついに、ちぃ姫様が身ごもられる。
(また家族が増えるのは、とても喜ばしいこと)
また新しい命が生まれることに馨子は心を躍らせ、物の身ながら神へ祈った。無事、元気な御子が生まれてきますように。その願いは一部を除いて叶えられた。
御子は元気な産声を上げてお生まれになった。紫の宮と名付けられた新たな家族は、すくすくと育ち、ちぃ姫様と同じように馨子を好んだ。愛らしい孫に姫宮様も大層喜び、また幸せな日々が始まるのだと、誰もが疑っていなかった。
まだ幼い紫の宮様が、床についてしまうまでは。
(どうして……)
小さな体が布団の中で苦しそうに揺れる。わずかな呼吸はあまりに頼りなく、いつか簡単に掻き消えてしまいそうで、馨子は目を離すことができなかった。
「……紫。あなたが大好きだったこれを、あなたに譲りましょう。私は大人になってから母様に譲られたのだから、あなたは特別よ?」
馨子を紫の宮様の枕元に置くちぃ姫様の声はか細く、枯れていた。泣き腫らした目は赤く、子を思う母の嘆きが表れている。
ちぃ姫様はわかっていた。もう、紫の宮様が大人になることはないと。だから馨子を譲った。己と同じく、大人になってから譲るつもりだった、馨子を。
枕元で紫の宮様を見守りながら馨子は嘆く。もしこの身が人であれば、苦しむ紫の宮様の頭を撫でて差し上げられた。悲しむちぃ姫様の肩を抱いて差し上げられた。己より先に孫を逝かせてなるものかと熱心に祈る姫宮様の体を、労わることもできたはずなのだ。
ある夜、紫の宮様は身罷られた。ふっ……と人が命を失う様を、馨子は一生忘れないだろう。自分は涙も流せないのか、と自嘲した瞬間、その頬に冷たいものが伝うのを感じた。
「な……なぜ……なぜ、いまさら……」
声が出る。涙を流せる。冷たくなった紫の宮様の手を取ることも、優しく撫でることもできる。だが、遅すぎた。今更人の身を得たところで嘆くことしかできぬというのに!
「ああ……なんと、なんと美しい……」
あの男の声に、馨子はハッと覆っていた顔を上げる。いつの間にか場面は変転していて、そばには柔らかな寝具。そして己を隠していたはずの御簾をたくし上げ、呆然と馨子を見つめる狩衣姿の青年。彼が一歩進み、御簾の中へ完全に入ってきたことで馨子は小さな悲鳴をあげた。
「や、やめてくださいませ……!」
体を退け逃れようとしても、男は構わず手を伸ばす。肩を掴まれ攫うように掻き抱かれて、馨子は半狂乱で押し返した。
「姫様方を写したような緑の黒髪、光の見えぬ深き瞳。ああ、あなたという女性ともっと早く出会っていたならば……」
「わたくしは、わたくしはあなたのモノになるつもりはありません!」
馨子は無意識のうちに香の球を生み出し、着物へ手をかける男へとぶつけていた。男が香の持つ呪に囚われ寝具へと沈む。寝台に散った長き髪を眺めながら、馨子は彼と距離をとる。
「なりません……あなたのモノにだけは……宮様を殺したあなたの、モノにだけは……!」
声を震わせそう言い放った馨子の視界が歪んでいく。暗く、暗く。その視界が開けたときには、馨子は水晶宮へたどり着いていた。
大成功
🔵🔵🔵
アスカ・ユークレース
思い出すのは、技師との記憶
『愛してる』『いつもありがとう、これからも私の為に働いてくれ』
技師の喜ぶ顔が見たくて望まれるままにどんな事もした
『本当の娘のように思っているよ』
『お前の為だ、辛いだろうが頑張ってくれ』
その言葉が支えになった
なのにどうして……私は捕らえられている?
感じるのはやり場のない怒りと絶望
『ああ、その顔も愛しいよ。何心配することはない、お前からデータ(記憶)を取り尽くしたらまた可愛がって(弄んで)やろう』
全てを奪われ、眠らされる直前に見た嗤う技師の顔
……この人は初めから、私をリサイクル可の道具としか……!
やめて、もう見たくない…
ここから、逃げたい……!
(降りきるように星彩を使う)
夢を、見た。
「すごいぞアスカ! さすがだ!」
目の前の大好きな彼がそう歓声を上げた。道具を引っさげたままはしゃぐ技師はアスカ・ユークレース(電子の射手・f03928)の髪がぐしゃぐしゃになるほど頭を撫でた。乱暴だけど褒めてくれていることはわかるその仕草に、アスカは破顔する。________この人の笑顔のためならなんだってできる。そう思って。
「いつもありがとう、愛しいアスカ。これからも私の為に働いてくれ」
「え、へへ……頑張ります、ね……?」
額にキスをされればないはずの心臓が飛び跳ねた。人間ではない自分をこんなに可愛がってくれる技師が大好きで、アスカは幸せな日々を過ごしていた。
あれもこれも、あの人のため。たいへんな鍛錬も、あの人のためなら頑張れる。
「……お前のことを、本当の娘のように思っているよ」
そう笑いかける顔は確かに穏やかで。アスカは褒められるがまま様々な技能を身に着けていった。
食事をとる必要はないけれど、彼と食べたいあまりに食卓を囲った。
自衛の手段を得ようといわれて、射撃の訓練を重ねた。
頼まれるがままに、密偵のようなまねごとをした。
そしてついに、レーザーマーカーを、人に当てた。
だってそうしたら、彼は笑って褒めてくれるから。喜んで、自慢の娘だと愛してくれるから。
「すべてはお前の為だ、辛いだろうが頑張ってくれ」
そう彼だって言っていた。だから、なにもおかしくない。彼の喜ぶ顔が見たいから、アスカはなんだってした。
バーチャルキャラクターでありヒトではない自分を娘と呼んでくれる彼が大好きだったから。
大好きだった、のに。
(どうして……私は捕らえられている?)
「ああ、その顔も愛しいよ、アスカ。私の可愛い可愛いアスカ」
アスカの髪を弄び、髪へ口づける技師。その顔は酷く歪んで、おおよそ見ていられるものではなかった。
幸せな夢だった。彼のことを盲目的に慕えた、愛しき過去。今となっては塗りつぶしたい、酷い黒歴史。
椅子に縛り付けられた手足。頭につながるケーブル。それはおおよそ娘に対する仕打ちではなくて。裏切りへの怒りとどうしてこうなったのかわからない絶望で、涙が出る。その間も技師は楽しそうに機械を操作するのだ。
「何心配することはない、お前からデータを取り尽くしたらまた可愛がってやろう」
ピピ、と音がして機械が動き始める。いやだ、助けてと声をあげても彼はニヤニヤ笑うばかり。
(……この人は初めから、私をリサイクル可の道具としか……!)
記憶を吸い上げられる感覚に嗚咽を上げながら、アスカの意識が暗くなっていく。なにもわからなくなったら、またこの人はアスカを弄ぶのだろう。アスカを娘と呼び、表面上でしかない愛をささやき、家族として支えながら使える道具として鍛えていく。
もしかしたら次はアスカと名付けられもしないかもしれない。本当は、アスカという名前ですらなかったのかもしれない。何度も何度も記憶を消されて、アスカすら、一番目ではないのかもしれない。
「やめて……」
小さな声は機械の稼働音にかき消された。例え聞こえていたとしても彼は止めなかっただろうが。
「もう見たくない……」
目を覆いたくても縛り付けられていて手は不自由。目蓋を閉ざして見ても、激しい電撃が目蓋を越してやってくる。
「もう、ここから、逃げたい……ッ!」
だから、逃げ出した。
青白いノイズが空間にバチバチと弾ける。輝くそれはアスカを覆うように広がり、空間を裂いてノイズを広げた。この空間自体がウイルスに食われた電子世界のように……蝕まれ歪められ、壊れていく。
逃げたい。その一心で放った願いは現実へと届いた。
ハッ、とアスカが目を覚ました時、彼女は光り輝く水晶宮の天井を眺めていた。床に転がっていたことに気が付き慌てて起き上がる。
(そうでした、今までのはオブリビオンの罠で……)
それでも涙が出た。失われていた過去をこんな形で見るなんて、本当、あんまりだ。
大成功
🔵🔵🔵
西条・霧華
「ああ……なんて残酷な夢なのですか」
失われてしまった私の故郷
「明日は霧華の誕生日だね」
そう言って笑う、家族や友達…
私の大切な人達
ずっと続くと思っていた私の幸福な時間
でもその「明日」が訪れる事はもう無いんです、永遠に
燃える、全てが…
燃えて落ちる
皆を殺し、私を殺し損ねた「何か」が目の前に立っている
違う、皆を殺したのは何かじゃなくて…
「オマエ自身ダロウ?」
煩い、燃えろ、燃えてしまえ
皆が「死にたくない」という願いを諦める程残虐の限りを尽くし…
「苦しい…殺してくれ」と、そう懇願させたお前を私は赦さない
そして、そんな皆の苦痛をもう一度私に見せたのなら…
覚悟はできていますね
全てを焼き尽くしてこの幻を殺します
「明日は霧華の誕生日だね」
友人の声を聞いてぼんやりとした頭が覚醒する。きょろ、と首を回してみればそこは至って平和な街角で。公園のベンチで腰かけていた自分と友人はそんな普通の風景に溶け込んでしまっていた。
西条・霧華(幻想のリナリア・f03198)の反応が妙だったからか、友人が「おーい」と手を振ってくる。「なんでもないですよ」とはにかめば、友人もくしゃりと笑った。
(ああ……わかっていたとはいえ、なんて残酷な夢なのですか)
仰いだ空は青い。どこまでも続くこの空のように、こんな日々が続くと漠然と信じていたのだ。
「何買ってもらうのー?」
まだ決めてません、と返すとのんびりだなぁと友人は笑った。本当のあの日はなにを欲しいと考えていたか、もう思い出せない。くだらないものだったことは、確か。
もし今答えるのだとしたら、「こんな平和な時間が永遠に」と言うことだろう。だが、過去を変えることはできない。
「明日」が訪れる事はもう無いのだ、永遠に。
母に寝坊を起こされることも、父に小言を言われることも、友人と寄り道をすることも、こうして談笑することも。もう二度とできない。失くしてしまった過去の話。
(ああ……)
肌が粟立った。あんまりだ、もう少し夢想させてくれてもいいじゃないか。
「燃える、全てが……」
立ち上がった火柱が、平和な街を飲み込んだ。あのきれいな青空さえ飲み込んでいく。
燃える、燃える。すべてが燃える。燃えて、落ちてしまう。
霧華の小さな世界の、終末だった。
「あ、ああ、あああああ!!」
友人の悲鳴が上がる。慌てて駆け寄って、その身を焼く炎を払おうと手を伸ばした。火は消えない。友人の肌を焦がし、髪を焼き、絶叫を喜ぶように揺れている。半狂乱の友人を抱きしめてもなぜか霧華は熱くなかった。けれど炎の勢いは止まらず、収まる気配はない。
「もう……もう……ころして……っ」
「っ……!」
「くるしいよ、くるしいよ、霧華ぁ……っ! もう、ころしてよぉぉッ!」
その絶叫を最後に、友人は灰になった。死体さえ残らず、灰は熱風に飛ばされ消えていく。
「……こんなものを二度見せるなんて……っ!」
________ナァニ、被害者ブッテルンダ?
ケタケタと笑う不快な声が真正面から降ってくる。ギリ、と歯を噛みしめ顔を上げれば、不定形の“なにか”がそこで嗤っていた。
「許さない……」
自分の知るよりずっと低い声が、恨み言を吐いた。それは残虐を尽くしたことか、友人たちを追い詰め殺したことか、それともこの惨状をもう一度見せたことか。……あるいはそれらすべてか。
(でも、違う……本当は、本当は皆を殺したのはこの“なにか”じゃなくて……!)
________オマエ自身ダロウ?
「っ、煩い、燃えろ、燃えてしまえ!」
霧華の体を切り裂き、地獄の炎が噴出する。うねりくねった紅蓮の炎は目の前の“なにか”を焼き、そしてこの空間自体を焼き始めた。
「……知ってるんですよ。ここ自体が、作られた世界だって」
ここに飲み込まれると決めたのは、この依頼を受けると決めたのは、自分だ。だが、こんなに胸糞の悪い、皆の苦痛をもう一度見せたことへの報復はしてやろう。
「トラウマを見せてきたならもう着いたのですよね。それなら……覚悟はできていますね」
全て、全て焼き尽くしてしまえ。空まで燃やす火柱は、幻までも殺してしまった。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『行く末の予祝者『縁姫』』
|
POW : しあわせになりましょう
【過去を否定し悩みを消し去る舞扇】【現在を捨てる覚悟をさせる市松人形】【未来を定める幸福の手鞠】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
SPD : 幸福はここにあります
無敵の【それぞれが思う思考停止を誘う幸福な風景】を想像から創造し、戦闘に利用できる。強力だが、能力に疑念を感じると大幅に弱体化する。
WIZ : 私を守る優しい人達
【縁姫を愛した親類縁者】の霊を召喚する。これは【全ての苦痛を遠ざける優しい手】や【全ての敵を退ける力強い刀】で攻撃する能力を持つ。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠アカネ・リアーブル」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
「ああ……いらっしゃい。哀れな人々」
縁姫は笑う。たどり着いた彼らが猟兵であろうが、なかろうが。ここに来たのはトラウマを抱えた者たちだけだから。幸せな過去を失って、彷徨う人々。それを哀れといわずになんと呼ぶ。
ならば導いてあげましょう。こんなつらいだけの現実は忘れて、未来を生きましょう。そうすればみんな幸せ。縁姫を祀っていれば、永遠の幸福が手に入る。抗うなんて馬鹿な事、するはずがない。
「さあ、貴方の幸福な未来を、教えてちょうだい……?」
歪めて作られた、都合のいい未来へ。貴方の思う幸福な未来で。
永遠と眠っていればいい。永久に溺れていればいい。
そこにいれば最愛の人も、大切なものも、失うことはない。
ただ笑って暮らせるのだから。そんな幸せを手放すなんてこと、しないでしょう?
【PL情報】
第二章について(再提)。
たどり着いた水晶宮で、縁姫が『幸福な未来』を見せてきます。それはとても都合よくゆがめられた未来で、例えば、すでに亡くなった者がいる未来であったり、失ったはずの物が手に入っていたりします。どんな未来か、教えてください。
思考停止を誘うほど強力な幻影です。強い意志を持って打ち破ってください。そのうえで縁姫に攻撃が通ります。
幻影には必ず飲み込まれます。都合のいい幸福な未来なので、現実味の乏しいありえない風景でも、猟兵が幸せを感じるのなら再現されます。
例のごとくアドリブ過多となりますのでよろしくお願いいたします。
終夜・還
俺の望んでいる幸せ?そうだな、セレア亡き後、俺が『今、望んでる幸せ』は俺が長生きをして、死んだ者がキチンと眠れていて、今を生きている友達や知り合いが誰一人欠けることなく世界が平和になった未来かな
此処は確かに心地良いし、セレアも居るみたいだけどさ、俺、セレアが居る"過去"に戻りたいとは思ってねぇんだ
過去はあくまで思い出だ。
セレアの『生きてね』って言葉は俺の支えだけどセレア自身に縋り付く気はない。
あの頃の最愛はそのままに、これから最愛が出来るなら俺は比べないしそいつを愛するだろう
だから、今を生きて愉しんでる俺にはこんな場所邪魔でしかないよ。
つーわけで、俺の術に呑まれて消えて♥ 術者諸共な!
暖かい感触で目が覚めた。
「まだ眠っていたの?」
仕方ないな、とでも言いたげにセレアが笑う。沈んでいたソファから身を起こし、体を伸ばせばその手を彼女がとった。相変わらずせわしないな、という軽口は自然と終夜・還(一匹狼・f02594)の口からこぼれ、彼女をむくれさせる結果になった。
「いくつになってもお人好しのお転婆だな」
「そのお転婆にここまで連れ添ったのは誰?」
答えは期待されていないのだろう。彼女は還の腕を怪力のまま引きずり、バルコニーへ向かう。それに抗ってよかった試しはあまりないので促されるままその足を進めた。
セレアの姿は数年経って成長しても衰えることはなかった。豊かな金の髪も宝石のような双眸も、その笑顔も。自分が彼女の手をとれたのはまさしく幸運だったのだろう。
「外に出たってなにも面白いもんなんかねぇだろ」
「何言ってるの! 以前じゃ見られなかった……綺麗な空よ? ほら!」
窓に差し込む光は暖かく、ガラス越しに見る空は青い。純白の雲がところどころにかかった青空はまぶしい太陽を抱えてなお、広かった。
UDCアースでは何度だって見た空だ。他の世界へ渡れば当たり前に見ることができる景色。しかし、ここダークセイヴァーでは百年前に失われた景色であり、今の子どもたちは言葉でしかその美しさを知らない。吸血鬼に奪われたはずのそれがある、ということは逆に言えば、吸血鬼からこの世界を取り返した証拠になる。
「セレアさまー!」
眼下から聞こえた子どもの声に、セレアが笑顔でその手を振った。下の通りから声をあげた子どもは嬉しそうに手を振っているが、母親は慌てたように子どもを止める。その顔には焦りが浮かんではいるが、不安もいつ殺されるかわからない恐怖も、映ってはいないようだった。
視線を流してみると通りを若い二人が仲睦まじく歩いているのが見えた。少し離れた場所では声をあげて売り込みをしている男が。姦しく立ち話をしている主婦たちが。駆けまわって遊んでいる子どもたちが。
皆、顔を俯かせることなく笑っている。空の明るさに目を細めている者もいた。さっきの子どもも顔を上げていたからセレアが見えたのだろう。かつてのこの世界ならば、ほとんどあり得ないことだった。
「平和になったね」
子どもが見えなくなってから、セレアがぽつりとつぶやいた。還は答えなかった。ただこの光景をじっと目に焼き付けていた。
青空が、平和がある。領民が幸せに暮らしている。セレアが生きていて、しかも記憶より少し大人になっている。言うことを聞かない厄介な尻尾も、狼耳もない。まごうことなき幸福な未来。
だが、還の望む“今の幸せ”はもう違うのだ。
「此処は確かに心地良いし、セレアも居るみたいだけどさ、俺、セレアが居る"過去"に戻りたいとは思ってねぇんだ」
その言葉はそこにいるセレアでも誰に向かうでもなく、偽物の青空に消えていった。
過去は過去。思い出だ。
今の自分の支えにセレアの言葉があることはもちろん否定しない。だが還はもう、彼女自身に縋りつく気はないのだ。あの頃の最愛はそのままに、もし今最愛ができるのならば還は比べることなく愛せるだろう。
「俺の今望んでいる幸せはな。まず俺が長生きをして、死んだ者がキチンと眠れていて。今を生きている友達や知り合いが誰一人欠けることなく世界が平和になった未来……ってとこだな」
そのために自分は猟兵として戦っているのだ。過去に立ち返って幸福を甘受する時間はない。
術者の思い違いを鼻で笑いながら振り返った還の前にはもう、平和だねと笑うセレアはいなかった。ただ、あの頃の記憶のまま、思い出の中のセレアがその場で微笑んで、消えていく。
彼女はあくまで過去で、還は今を生きている。だから、今を愉しんでいる還にはこんな場所は邪魔でしかない。
「つーわけで」
憎たらしいほど青く広い空。偽物のそれに還は指を向けて、術を紡ぐ。その手にはとある本があった。
「俺の術に呑まれて消えて♥ 術者諸共な!」
俺を閉じ込めたんだから、やり返される覚悟はできているだろ?
幸福な未来など生ぬるい。死霊で作られた迷宮で朽ち果てるまで彷徨えばいい。生み出された死霊たちが、幻影の空間を食い破って縁姫へと襲い掛かった。
大成功
🔵🔵🔵
芥川・三六
幸福な未来?そんなものあるのか?
俺はただの幽霊画のヤドリガミ。
元の主が愛した幽霊画の幽霊。
誰かを狂わせることはなく。
ただただ新しい主に大事にされる?
そんなものは…違う。
俺は確かに元の主を狂わせてしまったかもしれない…いやもともと彼は狂っていたのかもしれない。
それでも確かに幸せだった。
自分が歩んだ先にまた別の幸せがあるならともかく…用意された幸せはいらない。
こういう感情は初めてのような気がする。
怒りとはこれだろうか。
UC【網剪】切り裂けこのくだらない未来ごと。
アドリブ歓迎。
こんな幸福に、覚えはなかった。
幸福な未来を見せてあげる、と言われて芥川・三六(幽霊画のヤドリガミ・f17480)は思わず首を傾げた。
自分に幸福な未来などあるのだろうか。自分はただの幽霊画のヤドリガミ。元の主が愛した幽霊画の幽霊。それ以上でもそれ以下でもない。
だから________。
(……これ、は?)
目の前の光景を戸惑いながら眺めるほかなかった。
「ああ、本当に見事な幽霊画だ」
掛け軸を壁へと下げながら、目の前の男は嬉しそうに笑った。その顔に見覚えはない。少なくとも今まで自分を引き取った者たちの誰かではなかった。
無邪気に幽霊画を喜ぶ男はさて、とこちらを向いた。なぜだか不気味なものを見るような心地がして、思わず一歩下がる。幽霊はこちらなので不気味なのは自分のはずなのだが。
「ヤドリガミが憑いているという話は聞いていたが、本当だったんだな! 狭い家だが歓迎するよ。ご飯は食べる?」
臆するでもなく、まるで友人にでもするように話を進める男に、三六は戸惑い続けていた。とりあえず食事はいらないと断った。男は特に気にするでもなく、そうか! といって自分の分の食事だけを用意していた。
男は大層な日本画マニアらしい。少しあの主と通ずるものを感じたが、そこに病的な執着は感じられなかった。ただ絵を愛で、毎日手入れをし、ときたま掛ける絵を変えて。比較対象もあまりいないが、なんとも“普通”の好事家に見えた。
人の身を得た自分がいるからか、それとも本体の幽霊画を気に入っているからか、三六の掛け軸が外されることはなかった。
「三六はみかんも食わないのか?」
「……いらん」
「そうかー」
朗らかな人なのだろう。態度や返事がそっけなくとも邪険にしてくることはない。なにかを求めてくることもない。三六に執着することもない。あの主と違って________。
(誰かを狂わせることはなく。ただただ新しい主に大事にされる……か)
これが幸福か? といえば、そうなのだろう。少なくともこの男との生ぬるい日々は平穏だろうし、あの冷たく鋭い視線を主に向けられる経験はしなくていい。能天気なこの主は己が床に沈むときまで三六のことを大事にするだろうし、居心地は悪くないだろう。
前の主を忘れてこの男を主と仰ぐ。それは誰かにとっての幸福だったかもしれない。
だがそれは、あくまで“誰か”にとっての幸福だ。
「そんなものは……こんなものは、違う。俺の幸福じゃない」
音をたてて立ち上がれば、目の前の男は不思議そうにこちらを眺めていた。善良で穏健な主。しかし彼は、幸福を見せる縁姫の用意した幻影にすぎない。
「俺は確かに元の主を狂わせてしまったかもしれない……いや、もともと彼は狂っていたのかもしれない。それでも……俺は、確かに幸せだった」
それを理解させてくれたのは、紛れもないあのクラゲの使者たちだ。自分の部下たちの幻影が自分の幻覚を打ち破るヒントを与えてしまっていたなんて、縁姫にはわかるはずもないだろう。
「自分が歩んだ先にまた別の幸せがあるならともかく……用意された幸せはいらない。必要もない。それでは意味がないからだ」
腹と胸の間あたりがムカムカする。先ほどからずっと存在した違和感は明確に不快感へと変わり、三六は下唇を噛んだ。
こんな感情は初めてだ。そんな気がする。これが、怒りというものだろうか。
「舞う苦無は網剪がごとく________切り裂け。このくだらない未来ごと」
装備していた苦無がいくつもの影にわかれ、あちこちを切り裂き始める。まるで失敗作の絵画を破るような、ビリリ、ビリリリ、という嫌な音が周囲に広がった。男は動かなかったし、三六はすでに興味もなかった。この不愉快で失敗作の幸福へ、もう目を向ける気も起きない。
大きく切り裂いた空間の向こう側で、小柄な姫が見えた。幻影に飲み込まれる前に一瞬だけ見えた、縁姫の姿。三六が幻影を破って出てきたことがそんなに不思議だっただろうか。彼女はあっけにとられたように立ちすくみ、逃げる様子もない。
「俺には思いつかない幸福を、どうもありがとう。これは礼だ」
その姿を冷ややかな目で見下ろしながら、三六は一斉に苦無を縁姫へ向けた。ぎらりと光る苦無たちは、彼女の体に容赦なく突き刺さり、その身を引き裂いた。
大成功
🔵🔵🔵
吉備・狐珀
【幸福な未来】戦が起きなければ村人達は祭りの準備を始め、私と兄も社で仕度をしていた。あの日は兄の笛の音に合わせて五穀豊穣を願い舞を奉納するはずだった。
…貴女はこれが幸福な未来だと言うのか。
確かにここなら辛いことは忘れられる。だが作られたものに本当の幸せはない。
死は終わりではない。その魂は愛した者を、土地を守るためにあり続ける。
愛した者がここにいては魂は彷徨うどころか、偽物に心奪われる姿を見て悲しむだろう。何より思い出を語り覚えていてもらえることで彼らはそこに在り続けられるのだ。
業を背負うのは私だけでいい。彼らはここから出て前へ進み本当の幸福をつかむのです。
偽物は全て兄の炎で燃し夢から覚ます。
死は終わりではない。
せわしない日常がいつものように過ぎ去っていく。祭りに備えて村人たちはいつも以上によく働いていた。
ひとりが木材を運び、ひとりが舞台を作り。向こうでは奉納品の準備を進めていて、あちらでは神輿の点検を行っている。
大変だろうに、その表情は歪まない。みんな笑顔で支度を進めていく。毎年恒例の平和な光景。戦が起きなければ、あのときもこうやって日常を過ごすはずだった。
ぼんやりと目の前の幻影を、“幸福な未来”を、眺めていた吉備・狐珀(ヤドリガミの人形遣い・f17210)はその背に近づく兄の影に気が付かなかった。肩をぽん、と叩かれてやっと振り返る。彼はいつものようにゆるく笑った。
「どうしたんだ? 村人たちが気になるのか」
兄の手には笛が握られていた。気が付けば、狐珀の服も奉納する舞のため、身に着ける美しい衣へ変わっていた。兄の笛に合わせて舞を踊る。それが自分の役目で、当たり前にくる兄との共同作業のはずだった。
練習しようと促す兄を思わず見つめる。こうやって何事もなく、共に祭りの準備をするはずだったのだ。五穀豊穣を願って舞い、共に祭りを楽しみ、またその先の日常へとつながるはずだった。
________それは全て、今となってありえないことになってしまったけれど。
「…………縁姫といいましたか」
幻影の中の誰でもなく。この幻影空間を生み出したオブリビオンへ狐珀は語り掛ける。聞いているかはわからない。それでも言葉は口から洩れていった。
「……貴女はこれが幸福な未来だと言うのか」
その言葉に乗るは静かな怒り。声は冷ややかに、視線は鋭く。縁姫の見せる幸福な未来を否定するため言葉を紡いだ。
「確かにここなら辛いことは忘れられる。だが作られたものに本当の幸せはない」
この空間は全て偽物だ。己の思うままの幸せを追求できるこの世界は確かに暖かいだろう。傷ついた心を癒すこともできるだろう。嘆くのをやめてまどろむことができるだろう。しかし現実ではない以上、それはただのまやかしにすぎない。
死は終わりではない。その魂は愛した者を、土地を守るためにあり続けるのだ。魂の消失はその死を誰もから忘れ去られたときに起こりうる。
「愛した者がここにいては魂は彷徨うどころか、偽物に心奪われる姿を見て悲しむだろう。何より、思い出を語り、覚えていてもらえることで彼らはそこに在り続けられるのだから」
遺された大切な者が、己によく似た偽物に囚われる。そんな光景は魂にとって地獄に相当しよう。己が死んでしまったから、と嘆く魂もあるかもしれない。偽物に心奪われて死したことを忘れられた本物は、完全に消失してしまうかもしれない。
「縁姫……貴方が生み出しているのは幸福などでは決してない。……ただの地獄です」
偽物の村人が、偽物の兄が、悲しそうにこちらを見る。その光景には胸がチクリと痛んだけれど、それはすべて幻影なのだと、狐のぬいぐるみを抱きしめて決別する。
「天狐地狐空狐赤狐白狐、稲荷の八霊五狐の神の光の玉なれば」
祝詞を詠いながらそっとぬいぐるみを離す。ふわりと浮いた彼はその力を用い、炎を生み出した。
「浮世照らせし猛者達を守護し、慎み申す________彼らはここから出て前へ進み本当の幸福をつかむのです」
業を背負うのは私だけでいいから。
炎が、村を神社を、空間ごと燃やしていく。まるで紙に描かれた絵のように簡単に燃やされていく空間は、形を崩し千々に消えていった。
……縁姫を倒し、同じく囚われた人々を助けなければ。
その決意を胸に、狐珀は幻影空間を後にした。もう後ろは、振り返らない。
大成功
🔵🔵🔵
西条・霧華
「この夢に溺れられるなら、きっと幸せなのでしょう」
「来なかった明日」から続く未来
家族や友達と当たり前の様に暮らす日々
特筆する事なんてない位有り触れた、もう二度と訪れないと諦めた光景
確かにその未来は、私が望んで止まないものです
ですが…
あの日の記憶[ボロボロの黒いロングコート]と[刻まない時計]に手を触れる
どんなに現が辛く苦しくとも、生き残ってしまった私は目を逸らさずに生き抜いて
同じ悲劇を繰り返させない事でしか報いれないと【覚悟】しています
…ありがとうございます、一時の夢としては幸せでした
あの日より磨き研ぎ続けた業にて終わらせます
【残像】を伴い、【破魔】の力を籠めた[籠釣瓶妙法村正]にて『幻想華』
もう訪れることのない明日
「お誕生日……おめでとう!!」
目の前でクラッカーが鳴る。たくさんの友人、家族に囲まれて西条・霧華(幻想のリナリア・f03198)は目を見開いていた。
周りの笑顔、笑顔、笑顔。違う口から同じように紡がれるのは祝いの言葉。これは訪れることのなかった、あの日の霧華の誕生日の光景だった。みんな思い思いの誕生日プレゼントを霧華に贈り、次は自分のを開けて、と口々に頼んだ。言われるまま包みを開け、その中身に破顔し、ありがとうと相手に伝える。そんな当たり前で少し特別な幸せな一日。
(ああ……)
この夢に溺れられるなら、きっと幸せなのでしょう。
霧華の見る夢が場面を変える。霧華はまた、友人と道を歩いていた。昨日は楽しかったね、とか、このあとどこか寄る? だとか、取り留めのない話をしながら二人は歩く。
「あ、ねこちゃん!」
友人が声を上げて駆け出し、やけに人懐っこい猫を撫でる。ごろにゃあと甘えた声を出した猫を愛でて友人はご満悦だ。霧華も撫でなよ! と楽しそうに霧華の腕を引く。誘われるまましゃがみ込みあたたかなその背に手を伸ばした。
「かわいい……」
「ねっ!」
明日もここにいるかなぁ、とつぶやく友人に霧華は答えられなかった。
明日は、来るのだろう。この幸福な未来では。あの災厄の日が訪れず、いつも通りの未来が訪れたこの世界では、家に帰り、布団に入って眠れば、普通に朝が来る。そしてまた友人たちと取り留めのない話をして日々を過ごすのだ。
(……確かにその未来は、私が望んで止まないもの……ですが)
そっと自分の服に手を伸ばす。先ほど見たときは昔の、代わり映えしない普通の服を自分は着ていた。しかし本当は違うことを霧華はよく知っている。
触れたのはボロボロの黒いロングコートだった。焼け焦げた煤がこびりつき、多くの刃傷で汚されたコート。これがあるということが今の目の前の幻影が偽物であるという証拠になり、あの日のことを忘れさせない楔となっていた。
(誓ったんです。私は、もう________)
「霧華?」
友人の声にゆっくり首を振って一歩退く。その手には懐から取り出した時計があった。もはや時を刻まない時計________そうなったときから霧華を支え、その心を守るお守りのようなもの。
「……ありがとうございます、一時の夢としては幸せでした」
まずは感謝を。敵とはいえこんな幸せな夢を見せてくれたことに。そして己の覚悟をより一層固めてくれたことに。
「どんなに現が辛く苦しくとも、生き残ってしまった私は目を逸らさずに生き抜いて……同じ悲劇を繰り返させない。そのことでしか私は彼女たちに報いることができないと、私は覚悟しているのです」
目の前の偽物の友人ではなく、あの日無残に散った友人や家族のみんなに。霧華は誓ったのだ。もうあんな悲劇は起こさせない。他の世界の人々を救って、みんなに報いると。
そのためには目をそらすことは許されない。人を殺すための剣であったとしても、研ぐことを止めてはいけない。
報いるためには、救うためには、力が必要なのだから________。
チャキ、と刀を浮かせ居合術を放ち打つ。一瞬で空間ごと全てを切り裂いたその剣筋は誰の目にも止まらなかった。切り裂かれた空間はバラバラに散って、ガラス細工のように壊れていく。
空間を斬り、幸福な未来を終わらせる。己の手で幸せな夢を斬り捨てた霧華に縁姫は慄いていた。そんなはずはない。確かに彼女は幸せだった。その未来を捨てるようなことをするはずがないのだ________!
「……あの日より磨き研ぎ続けた業にて終わらせましょう」
刹那、霧華は縁姫の目の前にいた。勁力の瞬発を乗せた縮地。それにより可能となった変幻自在の疾走は、もはや瞬間移動の域だ。そうして間合いを詰め、相手を惑わして、霧華は剣を抜くのだ。
「鬻ぐは不肖の殺人剣……。それでも、私は………」
その刀はぶれることなく縁姫を斬り捨てた。それでもなお断ち切れない想いを刀に乗せて。
大成功
🔵🔵🔵
アスカ・ユークレース
それはきっとifの世界
『あの時記憶を消されていなかったら』
『どうした?早く席につかないと冷めてしまうだろう?』
微笑むあの人
あれはきっと悪い夢
美味しい物を食べて眠ればまたいつもの日常
そういえばまた新しい妹が増えると言っていた、今度はどんな子だろうか
…なんてね。
…ありがとう、縁姫。私がずっと追い求めてきたことを、教えてくれて。でも、人の過去をいいように弄ぶのも未来を歪めて惑わせるのも許せない
だから私はこの幻影を撃ち破って猟兵として生きる、確かな『今』を選ぶ…!
幻影の核は恐らく目の前の技師
彼ごとUCで撃ち抜く
きっと在った、ifの世界。
「どうした? 早く席につかないと冷めてしまうだろう?」
気が付いたときアスカ・ユークレース(電子の射手・f03928)は食卓の前にいた。あたたかな食事が薄く湯気を上げている。向かいで座っている彼はいつも通りの笑顔で、アスカを手招きしていた。
その笑顔に、アスカの記憶が蘇る。ニヤニヤと笑いながら、自分を捕らえた技師。嫌がる自分を機械につないで、求めた助けは無下に払われて。失意と裏切りへの怒りの中消えていく意識。
途端吐き気に襲われてアスカは口を押さえた。ふらつくアスカを案じるように技師が立ち上がる。「大丈夫か?」と問う彼の声は優しくて、肩を抱く手は柔らかい。大丈夫だと伝えて笑えば彼もゆっくり微笑んだ。
(あれはきっと……悪い夢)
食卓に座っていただきますと手を合わせる。食器を手に、夕食を口に運ぶ。美味しい。スープはあたたかくて、パンはふわふわ。よく焼けたステーキは柔らかく刃を通す。食事の要らない体だけど、娯楽としては大好きだから。よく噛んで味わって食べる。
そうやっていつものように食事をして、いつものように楽しく話して、いつものように床につく。きっとそうすればあんな悪い夢は忘れて、明日からまた楽しい日々が続いていくはずだ。
終わりなんて来ない。裏切られることもきっとない。アスカは技師の娘として、彼の望むことをし続けるのだ。そうする限り愛してもらえるから。
「そうそう、新しい妹が増えるんだ。仲良くしてやってくれよ」
また増えるのか。今度はどんな子だろう。美味しいスープを一口飲んで「もちろん」と笑った。仲間が増えるのは喜ばしいことだし、また明日が楽しみになった。ここもにぎやかになって、幸せな日々が続いていくのだろう。
(………………なんてね)
そっとスプーンを机に置く。まだ夕食はたくさん残っていた。食べるのをやめた私に怪訝そうな視線を技師が向ける。俯いたままアスカは立ち上がった。
(……ありがとう、縁姫。私がずっと追い求めてきたことを、教えてくれて)
忘れていた記憶。忘れていた感情。失ってから探し続けていたそれを彼女たちは見せてくれた。
過去に縋りたい気持ちがないとは言えない。でもそれ以上に、人の過去をいいように弄ぶのも、未来を歪めて惑わせるのも許せない。だからアスカは猟兵として生きる、確かな『今』を選んだ。
レーザーボウガンを手に、技師へ向ける。目を見開いた彼にもう感情は抱かない。
これは偽物だ。歪められた偽物の未来だ。自分がこうしている間に苦しんでいる人がいる。アスカは幻影を打ち破る覚悟を決めた。
「あなたのもとで鍛えたボウガンです」
彼も偽物。本人ではない。だからこんな言葉に意味はないかもしれないけれど。
「確かに幸せでした。でも私はもう、あなたの道具じゃない」
少しの復讐の気持ちをこめて。アスカは引き金をひいた。乾いた音が食卓に響き、鮮血がテーブルクロスを汚す。核を失った空間は崩壊の音を響かせて崩れていった。
「あの時記憶を消されていなかったら……か」
そうしていたらこの未来のように、未だに技師の元で嘘の愛情を受け続けていたのだろうか。技師の言葉を信じ切って、その願いを叶え続けて、漫然と生きていたのだろうか。
「……考えても仕方ないですね!」
もしもを考えても答えはない。それなら胸を張って今を生きると、決めたところではないか。
「まずは決着を着けましょう……縁姫と」
覚悟を込めてアスカは現実を見据える。そして、幻影の向こう側にいる縁姫へその手のボウガンを向けた。
大成功
🔵🔵🔵
紫丿宮・馨子
・未来
姫宮様、ちぃ姫様、紫の宮さまと肉体を得た自分の四人で平穏な日常を
…確かにこれは、抗いがたき光景
わたくしにとって、成れば幸せな光景
けれどもこれが、成立しない光景であるとわたくしは知っております
先程見せられたものも
真実と虚実が入り混じっておりました
紫の宮様は承香殿の女御として入内したのちに床につかれ亡くなられ
原因はあの男で相違なくとも
あの男はわたくしを手にするには至らなかった
UDCアースにて
千年の孤独を味わったわたくしには
この光景はもはや決して叶わぬ夢物語と確かにわかる
寿命の短き時代
紫の宮様が息を引き取られた時――わたくしが肉体を得た時
すでに姫宮様は没しており
もうすべて、遠き昔のことなれば
すべては、遠き昔のことなれば。
「馨子? うたた寝をしているの?」
柔らかい声で呼びかけられ、目を覚ます。長い長い眠りについていたような感覚。瞳を開いてみれば愛しい三人が不安そうにこちらをのぞき込んでいた。姫宮様、ちぃ姫様、紫の宮様。皆、紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)の大切な人たちだ。
「どうしたの、そんな顔をして」
思わず己の顔に触れる。確かにその感触は指に伝わり、そこに人の身があることを知らせていた。
馨子の膝にちぃ姫様の手が触れる。心配そうに眉を下げるその表情を彼女にさせてはいたくなくて、馨子はゆっくり首を振った。なんでもありません、と伝えればその顔はほころんで。夢の中ならせめて彼女たちには笑顔でいてほしいと思うが故の行動だった。
お茶を淹れましょうと姫宮様が、歌遊びをしましょうとちぃ姫様が、美しい庭で馨子に笑いかける紫の宮様が。誰かに害されることもなく、戦いとも縁遠い平穏な日々。人の身を得たことで、かつては伝えられなかったこともたくさん伝えられる。ともに笑い、触れ合い、語り合うことができる。
(なるほど……確かにこれは、あまりにも……抗いがたき光景です)
あまりにも幸せで平穏な光景を見ながら、馨子は眉を寄せた。
姫宮様とちぃ姫様と紫の宮様。愛しい彼女たちと人の身で共に過ごす日はついに訪れなかった。だからこそ、これは馨子にとって成るのならば幸せな光景。これ以上を望まぬほどの幸福な未来。
「……けれどもこれが、成立しない光景であるとわたくしはよく知っておりますゆえ」
________さあ、舞い踊りませ。在り得ぬ未来を切り裂いてしまいなさい。
馨子の手から舞い降りた扇がその身を分け、千々に飛び回る。霊力により鋭い刃となったその扇は仮初のこの場を切り裂き、幸福な未来を壊していった。
在り得もしない未来など、どれだけ幸せでも空しいだけのもの。現実とはなり得ない願望の塊のような歪なものだ。
彼女たちが生きて、そして天へと向かったのは、千年もの時を超える遠いかつてのことなのだから。
「…………」
踊る扇をよそに、馨子はぼんやりと幸福な未来の残滓を眺めていた。かけらとなったそれらには笑顔の三人が時折映り、そしてまた消えていく。
UDCアースにてとくと味わった千年の孤独。あの記憶が馨子の中に刻まれているうちは、この光景がもはや決して叶わぬ夢物語と確かにわかる。
「……そういえば、先程見せられたものも真実と虚実が入り混じっておりましたね」
紫の宮様が床につかれ天に召されたのは、承香殿の女御として入内したのち。そして紫の宮様が息を引き取られた時――馨子が肉体を得た時、姫宮様はすでに天界の住人となっていた。
どうあがいても馨子が人の身で、三人と相まみえることなど叶うわけがない。
紫の宮様の不幸の原因はあの男で相違なくとも、結局あの男は馨子を手に入れることが叶わなかった。あの過去は馨子にトラウマを刻み付けるため虚偽を混ぜていたのだろう。
「……鋭さを帯びし扇からは逃ぐること能わず」
舞い踊る扇のひとつを手に取り、大きく振るい放つ。大きく一の字に切り裂かれた空間はぱっくりとその穴を開け、現実への道を生んだ。天の光を浴びて輝く水晶宮。他の扇で狙うはその主、縁姫。
「……わたくしは、夢に溺れるには永くを生きすぎました」
残念でしたね、縁姫様。
縁姫のその幼子のような体は幾重にも切り刻まれ、不快な金切り声を上げる。その声で、ひとりの被害者が目を覚ました。
皆の目覚めの時は近い。縁姫の見せるすべては、虚構の夢なのだから。
大成功
🔵🔵🔵
モルツクルス・ゼーレヴェックス
誰もが笑ってる。太陽が空に輝いて
……此処はダークセイヴァー、暗い故郷
「長閑っすねえ……けど、これはただの夢っす」
自分は知ってる。今この瞬間にも苦しんでいる人がいる
それを知ってて、こんな夢に浸ること自体が
「耐え難い、苦痛なんすよ縁姫殿」
いつの間にやら空は夜……星が輝く
霊達がやってくる
「……人間にあるのは、精々が自由意思。これを貫く事こそ、自分の幸福」
【冥王特権】
空に輝くは冥王星プロート
呼び出された親類縁者達は、逆に縁姫へとその刃を向ける
「なぜ?……分からないんすか?」
【縁姫を護りたい】っていう自由意思すら、奪い去って空虚な幸福与えたのは貴女でしょう……操り人形にやられるなら
「……本望っすよね?」
それは、人々の持つ唯一の。
太陽が、容赦なく地上を照り付ける。UDCアースであれば、憎々し気に空を睨む若者ぐらいいたかもしれない。それほどの身を焼く快晴。しかし、ここでは誰もが笑っていた。幸せそうに空を仰ぎ、あるいは涙を流し、この幸福を全身で受け止めている。
そんな人々を眺めながらモルツクルス・ゼーレヴェックス(素敵魔術師・f10673)は思わず苦笑を漏らした。
……此処はダークセイヴァー、暗い故郷。吸血鬼たちによってもたらされた暗黒が空を覆う、絶望の世界。
それを思えばこんなに幸せな光景はないだろう。人々は死の恐怖から解放され、空は青く、暖かな光が注ぎ続けている。
「長閑っすねえ……」
鳥が鳴き、風はせせらぎ、人々は穏やかに生活する。肺に取り込む空気はこれでもかというほど美味いし、きっとこの空を舞えば歌でも歌いたくなるほど清々しいだろう。そんな平和で幸せな、あるかもしれない未来の話。
「……けど、これはただの夢っす」
夢、幻影、まやかし。なぜなら今もまだダークセイヴァーやほかの世界で苦しんでいる人々がたくさんいて、助けを求める人々が声を上げていて、平和を望む人々が嘆いているのだ。
それを知っていながらこの夢に浸る? 現実は異なるとわかっていながら、救える人々が外で苦しんでいることを知りながら、まやかしの幸福に身を沈める?
________冗談じゃない。
「そのこと自体が……耐え難い、苦痛なんすよ縁姫殿」
聞こえているっすよね?
モルツクルスの言葉に、あるいは強き意思に……今まで幻影を破った猟兵たちの決意に。縁姫は耐えることができなかった。理解することができなかったのだろう。平和な世界に似つかわぬ怒号が空から降り注いだ。
「どうしてッ!? どうして幸福に溺れないのッ!? それは確かに貴方たちが望む最高の幸福、あるべきと望んだ幸福な未来のはずッ! どうして溺れない、どうして現実を捨てないッ!? どうして…………思い通りにならないッ!!?」
「本性を現したっすね」
いつの間にか空は暗転していた。星々の光る美しい夜空。これもまた現実のダークセイヴァーでは未だ見ることの叶わぬもの。
(……いずれ、現実でつかみ取って見せる)
怒りを滾らせた縁姫はついに自ら幻影空間を攻撃する。かつて己を愛した親類縁者の霊たちはただひたすらに縁姫を守る。苦しみをその両手で退け、敵はその大きな刀で切り捨てて。そうして気に食わないものを捨て続けたのだ。このオブリビオンは。
「……人間にあるのは、精々が自由意思。これを貫く事こそ、自分の幸福」
モルツクルスの手が夜空へと差し出される。まるでその手に誘われるように、星々は躍動をはじめ、ある星がまっすぐと彼の元へ降臨した。夜空に輝くは死者を統べる王の星________冥王星プロート。
その光を浴びた霊たちは、その刀をモルツクルスへ向けるのをやめてしまった。
「えっ……なんで、なんでッ! 貴方たちは私を愛しているんでしょう? なんでそいつを殺さないの!? なんで……刀を私に向けるのッ!?」
そしてモルツクルスからそらされた刀は縁姫へ向く。しかしそれを持つ霊の瞳に意思はなく、ただ茫然とそれを振り上げるのみ。彼女の声など当然届かない。
「なぜ? ……分からないんすか?」
それを奪ったのは貴女自身だ。己の思うまま操れるよう奪い、夢を与え、終わりのない眠りへ彼らを誘った。
「“縁姫を護りたい”っていう自由意思すら、彼らから奪い去って。その頭に空虚な幸福を詰め込んで与えたのは貴女っす」
彼女自身の欲望のため、己を愛する人々さえ洗脳した。その報いをしっかりと受ければいい。
それは、己が作り出した操り人形だ。それらに斃されるのならば。
「……本望っすよね?」
かくしてオブリビオン、“行く末の予祝者『縁姫』”は己の操り人形に刻まれ倒された。彼女の消滅により、人々を捕らえていた空虚な夢は終わり、ひとり、またひとりと夢から目覚めることだろう。
彼らが立ち直れるかは彼ら次第。だが、確かに猟兵たちは多くの人々を救ったのだった。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 日常
『お茶屋で一服』
|
POW : 屋台そばや握り寿司など、たっぷりとお食事を味わいます。
SPD : 周辺の散策や、ちょっとしたパフォーマンスなどで楽しみます。
WIZ : お団子や抹茶など、甘味をゆっくり味わいます。
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
時は流れて、天に太陽が昇る。穏やかで騒がしい、街の一角。
小奇麗なお茶屋は客で賑わい、その中をひとりのおかみが笑顔で歩いていた。
手には盆、盆には茶と団子。その笑顔に陰りは見当たらず、ただひたすらに客をさばき続けている。
彼女も完全に立ち直れたわけではないだろう。まだしばらくは嘆きの夜を過ごすかもしれない。だが、人は強い。妙な横やりがない限り、彼女たちは決別し、死者たちとの思い出を胸に、生きていくのだ。オブリビオンが倒されひとまずの平和が訪れたこの街ならば、心の傷をゆっくりと癒すこともできるだろう。
客の一人が久しぶりに見たひとりの男に声をかけた。疲れた顔でありながら少し清々しい顔をしたその男は、少し前に女房を亡くしていた。ある日を境にぷっつりと消息を絶ってしまったものだから、友人たちは彼が自決でもしたのではないかと心配していたのだ。彼は差し出された茶をすすり、友人たちの言葉にはにかんだ。その目にすべてを諦めた絶望の色は、もう映っていない。
この平和な光景はオブリビオンを倒した猟兵たちが掴んだものだ。猟兵たちは確かに、絶望の淵でおぼれていた人々を救い出した。
そんな猟兵たちにもひと時の休息を。
なにせこのお茶屋は料理も甘味も格別だ。それに舌鼓を打つことも、人々と交流を持つことも、そばの小川や街の風景を楽しむこともできる。
人知れず街を救った猟兵たち。その身も心も、ここで存分に癒してほしい。
芥川・三六
おかみさんが無事で一安心だ…。
せっかくだからお茶とお団子を。
他の人を怖がらせてはいけないからそっと隅の方で。
ヤドリガミとして生きて食べ物に興味が沸いたことがなくて「美味しい」っていうのがいまいちよくわからなかったけれど。
主が作ってくれたご飯は美味しかったし。
今ここで食べるお茶やお団子も美味しいと思える…。
今は感情が味を左右してしまっているけどいつか味に感情を動かされるようになったらきっとそれはまた「幸せ」が増えるんだろう。
アドリブ歓迎
騒がしいお茶屋の一角、日光を避けた店内の隅で芥川・三六(幽霊画のヤドリガミ・f17480)はそっと茶をすすっていた。店内も外の席も、笑顔の人が溢れている。彼らを不必要に怖がらせることのないよう、三六は静かに茶を楽しんでいた。
縁姫から解放された人々が一斉に街へ帰ってきた。そうなれば彼らを心配していた人たちは彼らに集い、再会を祝して茶を煽る。酒の者もいるだろうが、昼間から飲む人は少ないだろう。この街で名の通るお茶屋であるここが混雑するのも無理はない。
「はいよ、お兄さん! 出来立てほやほやの団子さね!」
温かいみたらし団子が三六の前に置かれる。おかみのニッと笑ったその笑顔に、翳りは見られない。ありがとう、と軽く応えて三六は茶を机に置いた。
(おかみさんが無事で一安心だ……)
自分たちが攫われることで彼女の誘拐を避けるという作戦だったが、彼女が無事かどうか作戦中はわかりようがなかった。こうして無事な姿を直接見ることができて最後の肩の荷が下りる。
みたらし団子を一本手に取り、はむと咥えた。団子の温かさが口に伝わり、甘いたれが唇に付着する。ぺろりとなめとれば甘さに舌がしびれた。
(美味しい……)
苦い茶と甘い団子。良い組み合わせだ、と舌鼓を打ち、団子の一つ目を一気に口に入れた。
美味しい、という感覚がわかるようになったのはいつだったか。ヤドリガミとして生きてきて、ずっと食べ物に興味が沸かなかった。美味しいという感覚もわからないまま生きていた。
ふと、あの主の顔が浮かび上がった。ついで、台所に立つ彼の背中。食卓を囲んだ日々。
(……主が作ってくれたご飯は美味しかったし、今ここで食べるお茶やお団子も美味しいと思える……)
それは幸せだからだろうか。今は嬉しいという感情が美味しく感じさせているのだとして、それが逆転したらどんなにいいだろう。いつか味に感情を動かされるようになったら、きっとまたそれは新しい「幸せ」になるのだ。
(俺の幸せ、か……)
のんびり、それを増やしていこう。過去でも用意された幸福の未来でもなく、自分の手で見つけた、新しい幸せの中で生きていくのだ。
成功
🔵🔵🔴
吉備・狐珀
お土産用のお団子を包んでもらったら、賑やかのお店の様子を横目に小川の方へ。
人目につかない所を見つけたら荷物を置いて、もう一度辺りに人がいないか見渡します。
人がいないことを確認したら、あの日舞うはずだった舞を。
寂しくなった時、悲しくなった時またオブリビオンに囚われることのないように祈りをこめて。
笛の音がなくても問題ありません。
私は覚えていますから、あなたの優しい笛の音を…。
※アドリブ等歓迎です
「団子をいくつか……お土産用に包んでもらえますか?」
「はいはーい、じゃあいくつかの種類を包んどくね!」
三食団子にみたらし団子、焼き団子に餡団子。様々な団子が包まれる様を見ながら吉備・狐珀(ヤドリガミの人形遣い・f17210)はそっときつねのぬいぐるみを抱きしめた。
にぎやかな店内、立ち寄っておしゃべりに興じる人々。多くの笑顔を眺めて平和をしみじみと噛みしめる。こうやって平穏な日常が続くことが、きっと世界にとって何よりの幸福だ。
「ほい、おまたせ。みんなでお食べよー」
「ありがとうございます」
そっと団子の包みを受け取り、おかみへと軽く会釈する。人のいい笑顔を浮かべながら手を振る彼女へ一度だけ振り返って、狐珀は店を後にした。
足が向かうのは小川の方角。流れの緩い小川はのどかで、水音が心地よい。たまに河川で黄昏る人が見受けられるが住宅の影になっている場所には人っ子一人いなかった。先ほどのにぎやかさも相まって、自然の声しか聞こえない静寂さが心を癒す。
「ここならだれも……いませんね」
そっと荷物を降ろし狐珀は再度辺りを見渡した。
やはり、誰もいない。誰かがくる気配もない。ほっと一息ついた狐珀は数歩荷物から離れ、その手を広げる。一歩、二歩、三歩と足を踏み出せば、舞は始まった。
大丈夫、体は覚えている。服も舞台も違うけれど、それは舞を誤る要因になりはしなかった。
本来の舞は笛の音に合わせて踊るもの。しかしここに吹き手である兄はもういない。たったひとりで舞いながらも狐珀の動きは完璧だった。何度だって聞いた笛の音は狐珀の体にしみこんでいて、いくらでも思い出すことができるから。
(私は覚えていますから、あなたの優しい笛の音を……)
せせらぎの中から笛の音が狐珀の耳に届く。あの日永遠に失われた兄の優しい笛の音。忘れるわけがない。忘れられる、わけがない。
狐珀の胸が悲哀や寂寥感で満ちたとき、またオブリビオンに囚われることのないように。覚悟と祈りを込めて狐珀は舞う。あの日舞うはずだったその舞を。
成功
🔵🔵🔴
終夜・還
おかみさんの様子をチラッと確かめて、アメーラが居たら後ろからヌっと手を肩に置いて、「よー、趣味の方は如何でした?労ってくれてもイイよね?」って団子でもせびろうと思う。
苦い抹茶と甘い団子を食べながら、たまーにおかみさんに気の利いたセリフでも吐いて、あとはほのぼのと甘味を満喫。
お土産にいくつか饅頭とか買って帰ろうかな。
おかみさんがこれからも笑顔で、先に旅立った家族の分も生きて、いつか土産話を拵えて胸張って向こうで逢えるとイイなァ、なんて。
此処の団子の味、俺気に入ったからさ?また食べに来たいし、これからも頑張って店続けてくれよな☆
くるくると働くおかみの動きは忙しない。これだけ繁盛していればそりゃそうか、と終夜・還(一匹狼・f02594)は苦笑する。問題なく救えたならそれでいい。
多くの客がにぎわう中で外の席で満足そうに茶をすする女がひとり。今回の任務が苦境とわかっていながら猟兵たちを集めた彼女の肩に、還はぽんと手を置いた。
「よーアメーラ、趣味の方は如何でした? 労ってくれてもイイよね?」
見つかったか、と呟きながら喉の奥で笑うアメーラ・ソロモン(数多の魂を宿す者・f03728)。彼女はすでにお茶屋を満喫しているらしく、その傍らには食べかけの団子が置いてあった。
「俺も同じのちょうだい♡」
「しかたないな。まあ、見つかってしまったからね」
おかみさん、とアメーラが声をかけると彼女はとびきりの笑顔でこちらにやってくる。はいよーと帰ってくる声は元気そのものだ。
「友人に同じものを頼めるかい? 抹茶もセットで」
「お、アメーラちゃんのお友達? お兄さんもうちの常連になっとくれよ~」
最後の一口を頬張るアメーラの横で還はおかみへ笑顔を振りまく。忙しそうな彼女だが、確かにその顔に陰はないように思われた。
「素敵な人だろう。団子も茶も絶品だが、私は彼女の人柄がここを支えているように思えるね」
「ん、同意。まあ、元気そうでなによりだな」
「言っただろう、彼女は強い人だ。オブリビオンさえいなければいずれ前を向ける人だってね」
過去に捕らわれることを還は己に許さない。それは己を生かしてくれた彼女への冒涜にあたるし、今まで必死に生きてきたことを無駄にする行為だからだ。だからこそ、安心した。おかみが前を向くことができると、この目で実感することができて。
「……おかみさんがこれからも笑顔で、先に旅立った家族の分も生きて、いつか土産話を拵えて、そんで……」
胸張って向こうで逢えるとイイなァ、なんて。普段の己ならば口にしないであろうことを漏らしてしまったのは、安心したせいだろうか。
「……へえ、珍しい。今日は天邪鬼はお休みかい?」
「おっ団子来たな。おかみさんありがとよ」
「都合の悪いことは無視かい。なぁちょっと」
人の隙をつつきまわすのが大好きな友人の追及は放っておいて、団子と抹茶を受け取る。お土産ってやってたりする? と尋ねれば饅頭を勧められたので団子をかじりながらそれも追加で頼むことにした。
茶を一口。程よく苦くて好みの味がした。
「おお……団子も茶も美味いな」
「そう言ってもらえると鼻が高いねえ」
「此処の団子の味、俺気に入ったからさ? また食べに来たいし、これからも頑張って店続けてくれよな」
任せな! と腕を叩く彼女に心配はいらないだろう。茶をもう一口すすって、団子を食べようと目を向けたが串にささっていたはずの団子が一つなくなっていた。犯人はひとりしかいないな、と隣に目を向けてみるともぐもぐと口を動かしていたアメーラがにやりと笑った。無視するのが悪い、とでもいいたげな彼女の笑顔に、還はもう一本団子を奢らせることを決意するのだった。
成功
🔵🔵🔴
アスカ・ユークレース
せっかくだし、お団子食べてから帰りましょう?名物って聞きましたし。ゴマに御手洗、磯部団子もいいですね。飲み物は…甘味に合わせた渋めのお茶を一杯
景色を眺めながら依頼の事を思い返す
求めていた物の実態は残酷で。
彼ともいずれ決着をつけなければいけないだろう。その時に自分が立ち向かえるか分からないけど…今は前を向こうと決意
甘くて美味しいはずのお団子は妙に塩っぽい感じがするかもしれない
(せっかくだし、お団子食べてから帰りましょう)
任務の終わり、アスカ・ユークレース(電子の射手・f03928)は件のお茶屋に立ち寄っていた。名物の団子を食べにくる機会を逃す手はない。鼻歌交じりに品書きをのぞけばたくさんの種類のメニューが並んでいた。
(ゴマに御手洗、磯部団子もいいですね……美味しそう)
頬が緩む感覚に、顔へ手を当てながらアスカは団子を選んでいく。全部食べてもいいかな……という誘惑は何とか振り切って、甘い団子に合わせた渋い茶を頼めば、隣の客の餡団子が目に入った。
「……あんこのも、追加で……!」
お団子を頬ばり茶を楽しみながらアスカは風景を眺める。穏やかな街の風景は先ほどまでの激戦の傷を癒し、平和を存分に感じさせた。吹き抜ける風は柔らかく、空はどこまでも青い。
「…………」
ふと、思い出されるのは戦いの中で見た光景。己の生い立ちと、あの技師と過ごした日々の記憶。あれだけ捜し、求めていたものをオブリビオンによって見つけることができるなんて、想像もしていなかった。……その実態は優しいものではなかったけれど。
残酷な記憶だった。忘れていた方が幸福だったのかもしれない。夢で溺れていた方が笑っていられたのかもしれない。でもそれは現実にそぐわないIFであり、今まで積み上げてきた猟兵としてのアスカを捨てる選択でもある。
(そんなの、いやです……)
自分や友人のために戦って、自分のためにご飯を食べて。自分のために生きていられるこの瞬間はまぎれもなく幸せだ。だから夢には溺れない。胸が痛むけれど、それを抱えて前を向くと決めたから。
思い浮かぶのは技師であった彼のこと。記憶を消された以降の記憶がないのだから、彼が今どうしているのかはわからない。だが予感として、死んではいないだろうとアスカは思っている。そうなれば、いつか決着をつける日が来るのだろうか。……いや、わかっている。いつかは決着をつけなければいけないのだ。
(そのとき私が立ち向かえるのか、それはわかりませんが……)
今はこの自分で、前を向こうと決意する。その決意がいつか、力になると信じて。
美味しい団子が、ほんの少しだけしょっぱいような、そんな気がした。
成功
🔵🔵🔴
西条・霧華
「人は歩み続けます。歩みの速度は違えども…、等しく共に。」
人々の様子を眺めながら、人々の間をそぞろ歩きます
彼ら彼女らの幸福な悪夢は終わりを遂げました
人によっては、今を不幸だと嘆くのかもしれません
それでも、私はこの現を歩んでほしいと思います
歩み続ければ、いつか乗り越えられるかもしれません
自分一人で乗り越えられなくても、人の営みの中に在れば誰かと共に乗り越えられるかもしれません
もしかしたら傷を抱えたままかもしれません
それでも、たった一人で幸福な悪夢に溺れるよりは、何倍も良いと信じています
人は歩み続けるんです
いつの日か…何年、何十年分の土産話を持って彼岸へ赴く時…
胸を張って、喪った人達と逢える様に…
人々の幸福な悪夢は終わりを告げた。人々が街へ帰っていく姿を眺めながら西条・霧華(幻想のリナリア・f03198)は歩みを進める。特に目的地はない。悪夢から目覚めた彼らと混ざって歩いているだけだ。
「人は歩み続けます。歩みの速度は違えども……、等しく共に」
霧華のつぶやきは雑踏の音にかき消され誰の耳にも届かなかった。もとより誰かに伝えるための言葉ではない。それは街の空気に溶けて霧散していく。
歩む人々の表情は様々だ。晴れやかな顔をしている者もいればまだ陰りを残している者もいる。はたまた、まだ呆然と遠くを眺めている者もおり、全員が全員完全に振り切れたわけではないことがよくわかる光景だ。それは仕方のないことだろうと霧華は目を伏せた。
(人によっては、今を不幸だと嘆くのかもしれません。それでも……私はこの現を歩んでほしいと思います)
もしかしたら彼らは心に傷を抱えたままかもしれない。嘆きは尽きないかもしれない。今を不幸だと思っているかもしれない。
(……歩み続ければ、いつか乗り越えられるかもしれませんから)
振り返れば被害者たちを見つけて血相を変えて取り囲む者たちがいた。みな口々に大丈夫だったか、医者はいったかと彼らの安否を尋ねている。その肌に触れて、怪我がないか自ら確認する者だっているのだ。彼らは一人じゃない。
歩んだ分だけ苦しむかもしれないし、大切な誰かの記憶薄れてしまうかもしれない。だけどそれは、たった一人で幸福な悪夢に溺れるより、何倍も良い。そう霧華は信じている。
人は歩み続ける。そこに苦難があろうとも、痛みがあろうとも。死を選ばぬ限り人はその足を止めない。
そして何年、何十年と歩み続けて、いつの日か彼岸へ赴くとき。歩んできた分の土産話を両手いっぱいに持って、喪った人々に胸を張って逢えたなら。先に発ってしまった彼ら彼女らの魂も安らぐだろう。
もう過去になってしまった大切な人々のためにも歩み続けるのだ。その願いはこの街の人々だけでなく、霧華自身にも向けられていた。
成功
🔵🔵🔴
モルツクルス・ゼーレヴェックス
「イルカ君、これはハッピーエンドっすかね?」
『人それぞれ独自の価値観が蔓延る中でそれを正確に定義するのは難しいね』
茶屋に座って怪訝な視線を向けられながら、脳内イルカと会話する男一匹モルツクルス
「じゃあどうするんすか?」
『ソンケイを信じるんだ』
自分にしか見えないイルカが言う
「つまり……彼女がどう思うかが重要ってわけっすね」
『そうさ』
イルカは牙コワイ
『誰かが勝手に彼女が不幸だと言ったとしても、誰にもそれを証明出来ない……彼女以外にはね』
「そうっすよね」
本当にそのとおり
「おかみさん!お茶とお団子お願いするっす!」
『大至急ね』
多少訝しがられても気にしない
「うん!おかみさん!お団子美味しいっす!幸せ!」
「イルカ君、これはハッピーエンドっすかね?」
ひとりで虚空に話しかける男がお茶屋の一角で座っていた。客からは若干怪訝な視線を向けられているが、彼、モルツクルス・ゼーレヴェックス(素敵魔術師・f10673)は気にしない。脳内のイルカに構わず問いかける。
『人それぞれ独自の価値観が蔓延る中でそれを正確に定義するのは難しいね』
脳内のイルカは手心のない正確な回答を突きつけてくる。別に優しさに欠けているわけではない。そういうイルカなのだ。
「じゃあどうするんすか?」
ハッピーエンドじゃないのなら、自分はどうしたらいいのか。できることなら彼らを救ったと信じたい。結構厄介な任務だったし。
『ソンケイを信じるんだ』
モルツクルスにしか見えないイルカがそう答える。それはつまり、信じて考えろということ。
「つまり……彼女がどう思うかが重要ってわけっすね」
『そうさ』
くるくると忙しなく働くおかみ。忙殺されて家族を忘れているとも、もう前を向けているともとれる表情だ。彼女の心は彼女にしかわからない。彼女の幸福は彼女にしか決められない。
イルカに顔を向けてみると彼はキュルルと声を上げて笑った。隙間から見える牙がぎらりと光った。
『誰かが勝手に彼女が不幸だと言ったとしても、誰にもそれを証明出来ない……彼女以外にはね』
「そうっすよね」
彼女が不幸と思えば不幸なのだろうし、幸せと思えば幸せなのだろう。それは猟兵たちには決められないこと。おかみ自身がゆっくり決めていくべきこと。
(うん……本当にその通りっすね!)
おかみさん! と呼べば彼女は屈託のない笑顔を向けてこちらへやってくる。その笑顔の意味をこちらが勝手に決めるのは、きっと傲慢なことだ。
「お茶とお団子お願いするっす!」
『大至急ね』
モルツクルスのことを“なんか一人で話している変なヤツ”と思っていた他の客たちがまた訝しむような視線を向ける。聞こえるはずのない声でおかみを急かすイルカを、宥めながらモルツクルスは団子を待った。
「うん! おかみさん! お団子美味しいっす! 幸せ!」
美味い茶に美味い団子。それを頬張りながら笑うモルツクルス。そんな彼にニコニコと笑顔を向けるおかみの姿が、そこにはあった。
成功
🔵🔵🔴
最終結果:成功
完成日:2019年07月22日
宿敵
『行く末の予祝者『縁姫』』
を撃破!
|