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白に月光、神よ祈りを

#UDCアース

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#UDCアース


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 雨が降っていた。
 何重にも囲いを作られているというこの部屋でそれがわかるのは何故かと言えば、天井に大きな天窓が作られているからであった。そのガラスを、雨粒が叩いているのである。少女は雨が嫌いではなかった。
 その雨垂れの音に混じって、夏の宵闇に枯れかけた山梔子が香っている。何もこんな枯れかけたものを飾らなくってもいいのに、と少女は思った。けれど、多分、自分には似つかわしかった。死にかけの花。茶色の花弁。
 私はどこにいる。
 私はどこに在る。
 そんなことを思いながら、少女は赤い盃に口をつける。口に入れた水は、匂いこそなかったが、苦かった。四方を白い壁に囲まれた部屋は、燭台に立てられた和蝋燭がちろちろと燃えるばかりで、暗い。そう言えば、今日で十五になるのだっけ。誕生日なんて、もう嬉しくもなんともないけれど。
「……本当に、この子でよろしいのか」
「何、失敗したらまた別の娘を連れて来ればよろしい。保険は既に連れてきております」
 伯父と、誰か知らない男の声が、部屋の隅から聞こえる。
「しかし、こいつには何もできんのですよ」
 勉強も、運動も。見てくれだって良くはない――伯父の攻撃的な口調。神になるには役者不足というものではないか。伯父の懸念は、少女も理解できることだった。神。神とはなんなのだろう。着せられた白い着物は、落ち着かなくなるほど上等な肌触りであった。
「関係ないのですよ」知らない男の言葉。「必要なのは彼女の血筋です」
 あなたが教団に入れたのも、彼女の血縁者だったからをお忘れなく。男の言葉。不意に、くらり――と、視界が回った。座っていた畳の上に、少女は仰向けで倒れる。己の長い黒髪が、円状に広がるのが、自分でもわかった。意識が朦朧とする。
 伯父が言うに、あの盃は薬であるとのことだった。男が完成させた、『神降ろしの薬』なのだと。けれど、それはつまり、毒ということだったのではないだろうか。少女はぼんやりとそう思う。死ぬのか。わからない。ただ、意識だけが溶けるように消えていく。
 神。
 少女の実家は神社であった。祀っている神が何なのか。それは忘れてしまった――というよりも興味がなかった。もしかすると、教えてもらったこともなかったかもしれない。三年前、父と母が死んで、少女は伯父夫婦に引き取られた。けれど彼らは、少女と言うより、彼女が継いだ神社が欲しかっただけのようだった。だから少女は、この場所からいつか離れようと――否。それは嘘だ。離れようとは思っていなかった。
 どうでも良かった。
 どうでも良かったから――彼女は今、倒れている。
 しゃん、と、鈴の音がした。この部屋に鈴はないのに。そう言えば、神社の方で、奥さんが何かしているんだっけ。それの音が聞こえたのか。――どうやって? 神社からここまでは、車で来なきゃいけないくらい遠いのに。
 突然、雨が止んだ。天窓から見える空の雲が晴れて、月が見える。真珠のような満月が、少女を見下ろしていた。
 お前は三年前に死に損なったのだ。伯父は毎日そう言って少女を詰った。事実そうなのだろうと思う。私は死に損なった。そう考えれば、こうなったのは……むしろ天祐というものなのかもしれなかった。私は、これを望んでいたのかもしれない。
 満月に照らされる少女へ、白い女性が――手を伸ばす。イメェジ。
 そして、私は神になる。

 ●

「とんでもない薬を作り出すものであるな」

 困ったことである。のんびりとした口調で葛籠雄九雀は予知を締めた。

「生贄もなく、神社で一個人が行う儀式と薬のみで神を降ろす――『神降ろしの薬』とは。よく完成させられたものであるぞ!」

 その技術力には驚嘆すべきものがある、と九雀はどこか悠長なことを言う。彼に緊張感がないのはいつものことである。

「さて、猟兵ちゃんたちには早速事件にあたってもらいたい……のであるが、申し訳ない。何も追加情報がないのである」

 そう言って、九雀は集まってくれた猟兵たちへ、深々と頭を下げた。

「『薬』については言わずもがな、神社についても何も出て来なんだ。本当に申し訳ないのである」

 猟兵ちゃんたちには手間をかけさせてしまうのである、と言いながら体を起こし、九雀はしおれた背中を伸ばす。

「辛うじて使えそうなものは、『三年前に父母が死んでいる』というのと、『少女が十五歳である』こと、『伯父夫婦が神社を欲しがっていた』ということくらいであるか。それと、神社で行う『儀式』を調べる方向からでもアプローチは可能だとは思うであるぞ」

 教団に入れたのは、と男は言った。ということは、あの『神降ろし』はどこかしらの教団主導のものであるということなのであろう。勿論、教団から探るなど、危険は他の手段の比ではない。九雀は猟兵たちの顔を見まわしてから、「とりあえず、無理はしないようにして欲しいのである」とだけ言った。

「神社が判れば、次はそこに住まう『伯父』とやらを締め上げて、『薬』の出処を吐かせてもらいたいのであるぞ。予知では、次も画策しているようであったからな。保険とやらが何か、想像には難くないのである」

 いつもの通り丸まってきた背を伸ばして、九雀は続ける。

「一応、満月まではまだ遠いであるし、十分止められるとは思うのである。ただ、少女に助かる気がなさそうなのが気になるところと言えば気になるところではあるか……」

 その身を亡ぼす神降ろしを、天祐、と少女は称した。
 では、それを邪魔する猟兵を、彼女はどう捉えるか。

「……まあ、自死は選ばんであろう。おそらく」

 絶対ではないが、『そこまでする意思があるようにも思えない』というのが九雀の正直な感想である。薄弱という印象だった。余程追い詰められれば別だろうが、今のところは問題ないであろう。
 それらを伝えてから、それでは、と九雀は再び深く頭を下げる。

「情報が少なく申し訳ないが、どうかよろしくお願いするのであるぞ」


桐谷羊治
 なんだかポンコツなヒーローマスクのグリモア猟兵にてこんにちは、桐谷羊治です。
 五本目のシナリオです。何卒よろしくお願いします。

 そんなわけで、邪神復活を阻止していただければと思います。

 第一章は神社を探し出して少女を確保したり、伯父を締め上げたり、色々していただければと思います。

 第二章は薬の出処たる場所で邪神復活を阻止。第三章はボス戦です。

 心情があれば書きます。なくても大丈夫です。バトルはいつもの通りです。基本は大丈夫ですが、うっかりNPCが死ぬ可能性はあります。ご了承ください。

 まだまだ新米の若輩MSですが、誠心誠意執筆させていただきたく存じます。
 よかったらよろしくお願いします。
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第1章 冒険 『満月と魔』

POW   :    怪しげな場所を手当たり次第に探して廻る

SPD   :    ネットなどで怪しげな動きが確認されていないか探してみる

WIZ   :    邪教団に潜入してみる

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

トリテレイア・ゼロナイン
(過去のUDCアースの依頼【Forget-me-not】の中で護衛対象であった少女が邪神として覚醒、やむを得ず殺害しており、似通った所がある今回の依頼に過剰に感情移入している)

絶対に、絶対に阻止して見せます。天祐などと表現するほど生きる意志を奪われた環境から、絶対に少女を救い出して見せます

UDC組織の協力や自前の●ハッキング能力を活かし●情報収集
鍵は「過去3年間で管理者が替わった神社」
そこから該当する神社を探り当て少女に関する情報を手当たり次第に入手

名前、来歴、3年前の出来事、それ以前はどんな人物だったのか
好きな事柄


…生きる希望を持たせる為の手掛かりとなる情報を探して、少女の確保に向かいます


冴島・類
かみ降ろし、ね
人の身で成すもんじゃない
そんなもの
願いに食われる

ひとの一生は
自分の願いを探して生きるのだけで
充分なぐらい短いんだ

【spd
あたりつける為
三年前、過去の事件記事や
ねっとの情報で神主夫妻が亡くなった神社探す

あやしい土地に行き
朱印集めでもする旅人
神社までの道迷ったふりで
地元の方に話を聞きたい

そういえば
あそこは
色々あったと聞きましたが
神主様が変わらたのですかと
纏わる話を集めたい
人の口に戸は立てられぬ

該当の神社を見つけたなら
伯父若しくは近しい人物を探し
式放ち追跡

夜になるか人気のない場で
忍び足や夜目使い追い
伯父をふん縛り
彼女の居場所や
薬について吐かせ
早く…少女を確保したい

※アドリブ情報共有歓迎


ベルンハルト・マッケンゼン
アドリブ連携大歓迎

SPD
「3年前に宮司一家3人を襲った事件事故」「唯一の生存者は当時12歳の一人娘」「伯父夫婦が神職業務を代理する」

調査で判明次第、現場に急行。
時間が惜しい。ダイナミックエントリー、強硬突入だ!

UCのVerneSHoTを使い、セントリーガンを正面配置、陽動攻撃。自らは天窓か窓を破って突入、部屋をクリアリングしつつ少女の元へ。

「どうでも良い? あぁ、その通りだ。この世界は、確かにどうでも良い。だから……もう少し適当に、楽しんでみろ!」

「死ぬ程楽しんでから、最期に神を呼びつけ、一切合切の後始末をさせるんだな。まぁ、その前に我等お節介なイェーガーが来てしまうのだが。戦術的に…フッ」



 
「……かみ降ろし、ね」
 そう呟いたのは、冴島類だった。事件の解決にあたり、似た手段を選択した彼とトリテレイアは、協力して情報を集めているのだった。別の場所では、ベルンハルトがアナログ情報の収集にあたっている。集めた情報の中で、怪しげなものに行き当たれば、類やベルンハルトが現地で確かめてくるという手筈になっているのだ。
「人の身で成すもんじゃない。そんなもの、願いに食われる」
「……そう、ですね」
 少年にも見える男の言葉に、思い浮かべるのは、一人の少女だ。
 我儘を一つ言い、約束を破ったことを謝って、邪神となったあの、少女。
 騎士として守ると誓いながらも、最後はその人としての誇りを守るだけが精一杯だった、娘。
 願いに食われる……とは、あのような顛末を言うのだろうか、とトリテレイアは思う。特別になりたいと願った彼女の、愛を乞う言葉。あれもまた、多分、願いだった。
 感情移入し過ぎている、とは気付いていた。彼女と今回の少女は別人であるし、彼女を救ったところで過去に何らかの影響があるわけでもない。過去は取り戻せない。彼女は死んでしまってもういない。それは残酷であるようにも思えたが、当然の道理だった。それを、彼は知っていた。理解していた。
 だが、それでも、トリテレイアは、この騎士は――誓わずにはいられないのだ。
(絶対に、絶対に阻止して見せます)
 邪神と同化して死ぬことを、天祐などと表現するほど生きる意志を奪われた環境から、絶対に少女を救い出してみせる。
 今度こそ、その手を、掴んでみせる。そう、トリテレイアは決めたのだ。
 そのために――自分ができることは、何でもする。
 ハッキングで手に入れた情報は玉石混交で、現時点ではどれが真実なのかなどわかりはしない。けれど、それで良い。今必要なのは、彼女に関する情報をできるだけ収集することだ。どんな些細なことでも良い、名前、来歴、三年前の出来事、それ以前はどんな人物だったのか。
 それから……好きな事柄。
『特別』。
 トリテレイアは、遺言じみたその言葉を、受け止める。あんなことは、二度と起こさせない。その思いで、類と共に情報の精査にあたる。
「……ああ、これは随分、あやしいね」
 呟くようにそう言って、類が選んだのは、小さなネットニュース、それと、オカルト専門らしきブログの記事であった。トリテレイアも収集の手を止め、それらを覗く。
「交通事故……ですか」
 追突事故だった。赤信号を待っていたところを追突され、乗っていた運転手の男性と後部座席の女性は即死。追突した車の運転手も、病院に搬送されて間もなく死亡。助手席に乗っていた小学生の娘だけが生き残った。記事にはそう書かれており、ニュースの下部分に書き込まれたコメントには、様々な感想が飛び交っていた。
 よくあるものと言えばよくあるものだ。だが。
「……そこで、こちらと照らし合わせるわけですね」
 近所の神社の話なんだけど。その文句から始まるブログ記事を、トリテレイアは読む。宮司さん夫婦が交通事故で死んで以来、知らない男が宮司を名乗って居座っている。宮司としての仕事は殆どしない。それなのに追い出されるなんてこともなく、一人娘の女の子でさえ、あれが父だという。何なのだ一体――記事は大凡、そのような内容であった。時期も、ニュースと殆ど一致している。
「名前はわからないけど、大体の場所は掴めたから」
 先に行くよ、と立ち上がった類に、お願いします、と返す。ベルンハルトへも、情報を共有しておくのを忘れない。
「私はこちらで情報収集を続けておきます。必要な情報などが出て来次第、共有させていただきますので」
「ありがとう」
 助かるよ――そう言って立ち去る類を見送って、トリテレイアはニュースとブログ記事に再び目を落とす。少女は、助手席に乗っていた。だから助かった――追突してきた運転手は死んでいる。後部座席と運転席の両親も。死に損なったと、予知で少女は言っていた。死に損なったから――この事故が、彼女から生きる意志を奪った原因なのだろうか? 本当に、これだけが? なんとなく、違うような気がする。だが、考えてみても、事実が明らかにならない限り、全てはトリテレイアの憶測に過ぎない。
 そんな曖昧なものでどれだけ美辞麗句を重ねても、きっと彼女は救えない。
(……どこかに、きっとあるはずなのです)
 少女に生きる希望を持たせる為の、手掛かりとなる情報が。
 それは漂う蜘蛛の糸を掴もうとするのに似ていた、触れたと思えば風に吹かれてその全体図が見えなくなる。まるで、大雨の向こうに滲む風景である。確かにそこにあるのに、その細部がわからない。彼女自身が痕跡を残さない性質である可能性も十分にあるが、これはどちらかと言うと、『意図的に消されている』のではないだろうか?
 彼女に神を降ろすために。彼女を神とするために。
 誰かが、彼女を、消している。
 神に――過去や名前は要らぬとでも言うのか。
「……ふざけないでください」
 怒りにそう呟いて、今度は逆に、『消された部分だけを比較するように』情報を並べる。『何』が残っていては都合が悪いのか、それがわかれば、輪郭くらいは把握できよう。
 彼女が消えてしまうなら、消されているのならば。
 私が彼女を描いてみせる。
 その決意で、トリテレイアは、朧気なそのシルエットを捉えるべく、薄く煙る情報の中へ埋没していったのだった。

 ●

 UDC組織に移動手段を融通してもらって、辿り着いたのは、小さな町であった。近くに工場があるためか、田舎と言うほどではないが、山の中である。工場に書かれた社名を見れば、どうやら、製薬会社の工場であるらしい。近くには、太い河川が一本流れていた。一応頭に入れておこう、と思いながら、類は町を歩く。トリテレイアからの連絡はまだない。
 と、ぽつ、と、雨が降ってきたので、近くにあったコンビニで傘を買う。梅雨はこれだから困る、と類は傘をさして、坂道へと出た。ビニールの傘を、大粒の雨がばらばらと叩く音が、類の耳朶を打つ。住宅街の生垣の緑が、雨に揺れていた。
 ……願いに食われる。
 なんとなく、類は自分で言った言葉を思い出す。神降ろしなどと――そんなもの、人の身には余るものだ。
(ひとの一生は、自分の願いを探して生きるのだけで充分なぐらい短いんだ)
 地面で跳ねた雨が、袴を濡らす。山の中であるからか、この町の坂は随分と急だ。雨の住宅街には、神社のことを聞けそうな人もいない。ニュースによれば、この町で合っている筈なのだけれど。
「……あ」
 そこで類は足を止めた。そう言えば、神社の場所くらい、先程のコンビニで聞けば良かったのではないか。突然の雨に、思考が鈍っていたようだ。しまったな、と悔やんでも、当のコンビニは既に遠い。振り返っても、坂道の下で、光る看板が小さく煙っているばかりだ。わざわざこれを下りて、聞きに行くのは些か不自然だろう。
 仕方ない、他の店や人を探そう。類は坂道を再び歩き始めた。男が歩く道路の縁を、雨が滝のように流れていく。
 やがて、坂の上に辿り着いた。ここは辛うじてと言うべきか、幾らか平地であるらしい。車がよく走っていた。住宅街を抜けたのか、店も、先程までの坂に比べれば多くある。これならば、質問する者には困るまい。とりあえず、近場の――あれは和菓子屋か。季節柄か、羊羹の広告がガラスのショーウインドウに貼られていた。あそこから聞いていこう。青信号を渡って、類は和菓子屋に近付く。
「すみません。一つお伺いしたいのですが……」
「なんです?」
 傘を畳み、中へ入れば、出迎えてくれるのは中年の男である。年若い人間が訪れるのは珍しいのか、男はきょとんとした顔で、類を見た。
「実は御朱印を集めておりまして。この辺りにも神社があると聞いて訪れたのですが、道がわからなくなってしまい……良ければ、道を教えていただいてよろしいでしょうか?」
「あー、あそこですかぁ……」
 やめておいた方がいいですよ、と男が苦虫を噛み潰したような顔で、手を振る。
「どうしてでしょう?」
「あそこねえ、前の神主さんが死んでから、変な男――って言っちゃあ悪いか。神主さんの兄貴が居座ってんですよ。変なやつらも出入りしててね。いやあ、あれは駄目ですよ。あの男は駄目だ。女ァ殴るんですからね。それで若い時に警察のご厄介になって神社も追い出されたのに、どの面下げてって――ああ、すみません。そういう訳なんで、御朱印も貰えるかどうか」
「そんな状態なんですか? 確かに、色々あって、神主様が変わられたとは聞きましたが……」
「ああ、知ってるんですな。流石若者はネットなんぞを使えばお手の物なんでしょうなあ。まあ、なら話は早い。本当にやめた方がいいですよ。参拝客だろうと、何されるかわからないです」
 我々も迷惑しとるんです。あんな不審な。和菓子屋の男は、顔を顰めてため息を吐いた。
「神主様のお名前はわかりますか?」
「どっちです? 今の? 前の?」
「今の方です」
「水無月佐平、と言いましたかね。確か」
 ――人の口に戸は立てられぬ。
「水無月さん、ですか。今神社に住んでおられるのは、その佐平さんだけなのでしょうか?」
「いやあ? 確か、妙に生気のない嫁さんと、前の神主さんのお嬢さんと三人暮らしだったはずですな。名前はちょいとわかりません。あ、いや、お嬢さんの方はわかりますよ。前の神主さんとは仲良くさせてもらってましたからね。確か、詩文、だったかな。詩集の詩に、恋文の文って書くんですが。それが何か?」
「いえ、少し気になって。その……神主さんの様子だと、家族の方は大変かなと思いまして」
「大変でしょうなあ。ああでも、詩文ちゃんはそうでもないのかねえ」
「それは、どういう?」
「いや……うん、駄目ですよお客さん。それは家庭の事情ってやつですからね」
 どうやら、話し過ぎたと気付いたらしい。男は急にばつが悪そうな顔になって、返答を濁した。ここまでか、と類は、これまで得た情報を内心で纏めながら、「そうですよね、すみません」と謝罪をした。
「色々ありがとうございます」
「いえ、どういたしまして。それで、どうします? 神社」
「一応、行ってみるだけ行ってみます。道順を教えていただけますか?」
 いいですよ――と男が笑って、レシートの裏紙に、鉛筆で地図を書いて、類に渡してくれる。
「危険そうだな、と思ったら帰った方がいいですよ」
「ご忠告痛み入ります」
 それでは、と和菓子屋を後にして――類は、他の二人へと手に入れた情報を送信した。最初に返ってきたのは、トリテレイアの返事だった。それならば、ほぼ確定でしょう、と彼は言った。次に返ってきたのは、ベルンハルトの『時間が惜しい、先に行く』とだけ書かれたメッセージであった。
 え、と思うも、彼から送られてきたのは本当にそれだけだった。それならば、類がやるべきことは、彼もまた神社へ赴き、少女を確保しながら、佐平や、その妻を捕まえて薬の出処を吐き出させることくらいであろう。とは言え、あまり派手に動いてもまずい。できるだけ目立たぬ参拝客を装い、類は神社へ続く山道を登る。
 その横をベルンハルトが駆け抜けていったのは、山道も中腹となった頃であった。
 伯父の方を頼む――と叫んだので、どうやら彼は少女を確保するつもりであるらしい。隠密に、であるとか、慎重に、であるとかの言葉を一切考えていない行動に、もうそれならそれで良いか、と類はその後ろ姿を追いかけるようにして、急ぎ神社へ向かう。もう少しで頂上だ、と言う時に、ガトリングの音が神社から響いて、直後、二人の男女が駆け下りてくるのが見えた。
 伯父夫婦だ――とはすぐに分かった。だが、佐平の方は、類とは反対側の山道を駆けていってしまっていて、遠い。ならばあちらは後回しだ、と借物一葉〈カリモノヒトヒラ〉の追跡をつけて、こちらへ走ってきた女を咄嗟に捕まえる。彼女も儀式を執り行うのには必要な人材である筈だ。ということは、捕まえておかねばなるまい。女は抵抗しなかった。
 しおれた花のような女であった。量の少ない髪の毛をぺったりと一つ結びにして、己を捕まえた類を見上げている。その顔は腫れていた。
 ――女ァ殴るんですからね。
「……『神降ろしの薬』について、話してもらうよ」
 大丈夫、手荒にはしないから。
 そう言って、類は、一先ず神社へと女と共に上がっていったのだった。

 ●

 急に振り出した雨に、ベルンハルトは一応ビニール傘をさしていた。正直なところを言えば、別になくても良いのだが――雨の戦場など慣れていたし、室内なのにスプリンクラーでずぶ濡れになったことだってある――、円滑な聞き込みや情報収集をするためには、傘をさしていた方が良いと判断したのであった。
 しかし、当の情報が掴めない。
 場所についての情報をトリテレイアに送ってもらって、類と同じく小さな町にやってきているのだが、到着するなりこの雨で、声をかけるべき住民も、殆ど家屋の中に引っ込んでしまった。いまいち運が向いていない、とベルンハルトは思った。ハッキングを使用できるトリテレイア以上にデジタル情報を収集できるとも思えないと足で稼いでいるのだが、生憎の調子だ。湿気を多分に含んだ空気も、あまり好ましいものではない。
 駅前の地図で場所は把握しておいたので、神社へ行こうと思えば行ける。ただ、確たる裏付けがない。未だ当の神社は、『怪しい場所』でしかないのだ。この段階で少女を強引に確保しても良いが、これで間違いでしたとなった日には、流石に笑って済ませるわけにもいくまい。
 三年前に宮司一家を襲った事件事故、唯一の生存者は当時十二歳の一人娘、伯父夫婦が神職業務を代理する――これだけの情報が揃っていて、何故確定しないのか。運向きの悪い自分はともかく、あれだけの情報を収集しているトリテレイアなら、すぐにわかりそうなものだと言うのに。行く当てもないので、雨の町を一応神社まで歩きながら、ベルンハルトは考える。簡単だ、情報が消されているのだ。相手は随分上等な手を使うようじゃあないか、とベルンハルトは口角を吊り上げた。
 類から宮司と少女に関する情報が送られてきたのは、そんな折のことであった。水無月佐平と水無月詩文。それから、複雑そうな家庭環境のこと。次いで、トリテレイアから、それで凡そ間違いはないだろうというメッセージ。それを読んで――ベルンハルトは決めた。
『時間が惜しい』
 先に行く、とメッセージを送信して、青年は駆け出す。少女の、詩文の厭世がどこから始まっているかだと? そんなもの、彼にわかるわけがない。彼は少女ではないし、歩んできた人生を小指の先ほどだって知りはしない。
 だから。
「――ダイナミックエントリー、強硬突入だ!」
 確保するのが最優先で、それから考えたらいいのだ。
(死んだら、悪夢に出るくらいのことしか出来なくなるのだからな!)
 まずは命だ。それから理由だ。邪魔なビニール傘を無理矢理畳み、引っ掴んだまま、雨の中を走る。途中の山道で類とすれ違ったので、「伯父の方を頼む!」とだけ叫んで、進む。神社の境内には、一見誰もいなかった。だが、何が潜んでいるか。罰当たりなど知ったことかと言わんばかりに、ベルンハルトは鳥居をくぐって境内に辿り着くなり、量子複合AI搭載自律型ガンタレットを展開し、叫んだ。
「愛してるぜ、タレットーッ!」
 Verne S.H.o.T.〈ヴェルヌショット〉による、石畳を剥ぎ取るような、ガトリングの掃射。それを陽動に、ベルンハルトは社務所の扉を蹴破って少女を探す。伯父はいない。その妻らしき女もいない。ただ――
 一番奥の、窓もない、小さな四畳半程度の部屋。
 白い夏用セーラー服を着た少女はそこに、ぽつんと正座をしていた。
 外ではまだガトリングの音がしている。目の前には、ずぶ濡れな上に土足で立つベルンハルトがいる。だがそんなものなど存在していないかのように、少女は、壁に張り付くようにして置かれた卓に飾られた、山梔子を見ているのであった。
 生きながら死んでいる。
 そんな印象だった。
 いずれにせよ、ここに彼女を置いておいても仕方がない。ベルンハルトは少女を担ぎ上げると、部屋を出る。抵抗はなかった。
「……何を考えているんだ?」
 返事は、存外すぐだった。
「特には。強いて言えば……どうでも良いと思っています」
 あなたが誰で、私をどうしようとも。
 社務所の外は、まだ雨が降っていた。案の定、タレットに二人ほど、スーツの男が引っかかって死んでいる。伯父夫婦が引っかかっていないということは、彼らは随分運が良かったのだろう。
「どうでも良い? あぁ、その通りだ」
 へし折れた傘は役に立たない。ベルンハルトは少女を抱えたまま、言う。
「この世界は、確かにどうでも良い」
 鳥居の方から、しなびた女を縛りあげた類が現れる。女の顔は腫れていたが、類が殴ったわけではないだろう。それくらいはわかる。それを見ながら、ベルンハルトはトリテレイアに通話を繋げた。
『すみません、今、どうなって!? 何も把握できておりません! 急いでそちらへ向かっておりますが……!!』
「心配するな。彼女は確保した。今代わる」
 言って、少女に携帯電話を押し付ける。
「だから……もう少し適当に、楽しんでみろ!」
 そうして死ぬ程楽しんでから。
「最期に神を呼びつけ、一切合切の後始末をさせるんだな」
 まぁ、その前に我等お節介なイェーガーが来てしまうのだが。少女を抱えたまま、タレットを止める。会話の邪魔だろうと思ったからだ。通話から漏れ聞こえるのは、トリテレイアの、懸命な言葉である。
『水無月、詩文様』
 名前を呼ばれても、少女は動じない。
『私は、あなたをよく、知りません。いえ、知識としては、知っているのです。調べましたから。けれど……理解できているとは思えません。ですから、軽率に、何かを言うことはできないのです』
 それがどんな結果を生むか――私はかつて知りました。少女は無言である。
『あなたが何者なのか、どう産まれたのか……私は、知っています。知ってしまいました』
 少女が、僅かに震えた。しかし、何も言わない。だから、トリテレイアは続ける。
『あなたが己の命を厭う本当の理由を、私は知っています。ですが……ですが、私は、あなたに生きていて欲しいと思う』
「……本当に」
 ぽつりと、少女が答える。
「本当に……そう思っているんですか」
『お――思っています!』
 トリテレイアが叫ぶ。
「でしたら……いいですよ」
 生きていても――少女はそう、騎士に応えた。
「ごめんなさい、これは、私の『希望』じゃないです。でも」
 あなたのその気持ちを、無下にしたくないから。
 そう言う少女を降ろして、ベルンハルトは彼女から離れる。
「類、佐平と――神社の下に集まっていた数人は、もういないな?」
「少なくとも、僕の式で追跡してた伯父さんの方は、他の猟兵に捕まったみたいだよ」
「そうか」
 それなら――少女、水無月詩文の件は、一先ずこれで終わりなのだろう。
 次は、薬の出処だ。
 雨は、まだ止まない。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

ジニア・ドグダラ
なるほど……しかし、それでもそれだけ情報があれば、絞りこめるでしょうか。

もう一人のワタシと協力して、教団についての周辺情報を絞っていきます。私は真っ当と思わしき神社の方から、【礼儀作法】にて穏便に、何か噂などがないか聞きこんでみます。もう一人のワタシは神社関連の情報をネットやスマホなど情報端末から検索してみましょうか。
それと共に、そのように探れば、こちらを観察するものも出てくるかもしれません。それなら逆に、【目立たない】よう気配を隠し、相手が戸惑っている隙に奇襲、尋問にて情報を吐き出して頂こうと思います。その情報を元に、他の教団信者を【追跡】し、さらなる情報獲得に勤めます。

※アドリブ・連携歓迎


ロカジ・ミナイ
WIZ

神降ろしの薬だぁ?
独占禁止反対!興味津々!先越されてムカつく!
…いや、僕は至って冷静だよ
ちょいと素直なだけさ

薬に関する調査なら任せておくれ
僕はそういう臭いにも敏感だからねぇ
ふふ、いっそのこと教団に持ち込もうじゃないか
何をって?そりゃあ勿論「本物」をさ

文字通り、この世のものとは思えぬものにする薬
UC奇稲田で書類もブツもバッチリこの通り
普通の人が飲んだってダメよ、腹壊して終わりよ

尻尾と髪を隠して
偽物が流行ってんですよ、やんなっちゃうね、なんて吹っ掛けて
そりゃあ胡散臭がられるだろうよ
でも僕にかかれば何かしら口は滑らせるかもしれない
こっちだって得意分野だからね

ヤバい臭いがしたらさっさとトンズラさ



 
 ――歩く空は曇っている。
 雨が降りそうで嫌な空ですね、とジニアは思った。厚い灰色の雲からは、遠雷も聞こえてきている。とは言え、調査を止めるわけにはいかない。次の目当てである神社、その近くの商店街で、『二本』黒い傘を買って、ジニアは雨に備える。一本は自分、もう一本は、自分の代わりに隣でネットから情報収集を行っている『もう一人の自分』――ヒャッカのためである。オルタナティブ・ダブルで現れた、スマホを操る『ワタシ』の表情には何の色も見られない。それに傘を渡しながら、ジニアは商店街を抜けた。神社まではもう少しである。しかし情報の集まりは芳しくない――教団が目をつけた神社、それについての情報が、まるで出てこないのだ。皆無と言っても過言ではない。同じく教団の方から手を回してみると言っていたロカジの方はどうかと言えば、こちらも音沙汰がなかった。上手くいっているのか、苦戦しているから何もないのか。どちらとも言えない。
(あれだけ情報があれば絞りこめるかと思いましたが……これは少々難敵でしょうか)
 ただ、それでも、神社の方の聞き込みでは、それなりに成果があった。これでかれこれ、訪ねた箇所は十を超えるが、そのうちの幾つかで、「随分身なりの良いスーツの男性が、熱心にお参りをしていた」という証言を引き出せている。その全てが、『女子』を血縁に持つ神社であった。年頃は全員、十五から十八程度。念のため尋ねてみたところ、彼女たちは皆無事に各々の生活を過ごしているらしいので、その点だけは安心できるか。
(少女を集めている? 保険……)
 考えながら神社への途を歩くジニアのフードに、雨粒が落ちる。ぱらぱらと振り始めたそれが、すぐ本降りになるのには、そう時間はかからなかった。案の定降ってきましたか、と黒い傘を広げて、ジニアは歩く。隣のヒャッカも、同様だ。
「……どう思いますか」
 雨に紛れるほどの小声で『ワタシ』に問えば、彼女もまた、目線をスマホへ落としたまま、潜めた声で返事をする。
「それは――ワタシ達をずっと見ている者についてか?」
「ええ」
 気付いたのは、商店街へ入る前である。最初は気のせいかとも思ったが、傘を買った時に確信へと変わった。明らかに、ジニアたちを、追って見ている者がいる。
「観察……でしょうか」
 歩くジニアたちの横を、車が通り過ぎていく。ここはまだ、人通りがいくらか多い。幹線道路が近いのだ。
「あるいは、捕らえる算段か」
「その可能性もありますね」
 あちらも神社の境内で荒事を起こすつもりはないと思うが、神社へは、この道を外れて、少し入り組んだところへ入らねばならない。仕掛けてくるとしたら、その辺りだろう。尤も――観察にせよ捕縛にせよ、相手の思う通りに動いてやる義理はない。ジニアは傘の縁から落ちる雨垂れを見ながら、呟くように言う。
「では……先にこちらから、『お話を伺って』みましょうか」
「ああ。それが良い」
 都合良く、正面から、何人かやってくる。それとすれ違うようにして、ヒャッカと二人、人気のない道へ、ふうと入る。目立たぬよう気配を殺して横道へ逸れたジニアたちに、『観察者』が驚くのがわかった。革靴の走る音がする。それに見つからぬよう、住宅街の塀の影に隠れ、横道へ走り込んでくる相手をやり過ごし――その背後へと躍り出る。
 目の前で背中を晒すのは、スーツの男であった。薄いグレーのスーツに、紺色の傘をさしている。顔を見ていないので歳はわからないが、短く刈られた髪の毛は黒い。振り向こうとした男の背に改造拳銃の銃口を押し付け、「動かないでください」と命令する。男が、息を呑むのがわかった。ヒャッカには、周囲の警戒に当たってもらう。
「両手を挙げて、跪いて。ああ、傘は捨ててください」
 男が、言われた通りに傘を捨て、濡れたアスファルトに跪く。銃口の位置を背中からその後頭部にシフトさせ、ジニアは問う。
「あなたは何者ですか?」
「……答えるとでも?」
「答えなければ、あなたの頭が柘榴のように弾けるだけですね」
 改造拳銃を更に押し付ければ、「なんでそんなもの」と怒りにも似た声が男から漏れた。
「法治国家だぞ、ここは」
「生憎ですが、私はそのようなものの埒外におりますので」
 大体、あなた方も私のことは言えないでしょう。
「『神降ろしの薬』――知っていますね」
「……知っている」
「ありがとうございます。では、あなたの他の教団信者は、どこにいらっしゃいますか? それから、その薬の開発を主導していた方のお名前をお伺いしたく」
 男は無言である。
「恐れ入りますが、三秒以内に答えていただけないのであれば、あなたはその頭を失うことになります」
「――ッ真澄! 真澄正だ! 仲間の方はわからん! 皆散り散りに仕事をしている!」
「ますみ、せい。ですか。仕事……とは、一体何を?」
「知らん! 俺たちには真澄さんが連絡を寄越すだけだ! 例えば、お前を尾けろ、と言う風にな!」
 普段は製薬会社に勤務している、と男は言った。
「……待ってください、製薬会社全体が教団――なのですか?」
「さてな。お前が確かめてみればいいじゃあないか。ただ言っておくが、俺たちは『神様』とやらが見てみたくて堪らなかっただけなんだ――まことしやかに囁かれながら、どこまでも得体の知れぬ『それ』を」
 お前にはわからんだろうがな。男が忌々しげに吐き捨てた言葉が、雨の地面に転がる。
「俺たちは、真理に辿り着く」
「……そのために、他人を犠牲にして良いと?」
「仕方ないだろう。俺たちの誰も、適合しなかったのだから。出来るものなら、俺たちがやっていたさ! あんな誉れを……どうして小娘如きに……」
 唸るような男に、ああ駄目だ、とジニアは思った。狂っている。これと――『会話』は成立しない。この男よりは、未だやまぬ雨音の方が、まだ『まとも』だろう。
「そうですか。では、何も言いません。ただ……あなた方の真理とやらは、私たちが打ち壊します」
「勝手にしたらいい」
「ええ、勝手にします。……ヒャッカ、彼のスーツの中に、名刺などはありませんか?」
 もう一人の『ワタシ』が、男の服を探す。抵抗はなかった。程なくして、スチールの名刺入れに収められた名刺の束が見つかったので、回収する。
「……それでは」
 拳銃を構えたまま、ヒャッカと共に男を警戒しつつ、横道を出る。馬鹿なやつらだ、と、男が笑うのを背中で聞きながら――ジニアは一先ず、名刺に書かれた製薬会社へと向かったのであった。

 ●

 ――『神降ろしの薬』だぁ?
 独占禁止反対! 興味津々! 先越されてムカつく! 予知を聞いたロカジが最初に思ったことと言えば、大凡こんなことであった。たとえそれを知った誰かに悠長、楽天家と侮られようと、薬屋としてはその点大いに注目せざるを得なかったのである。何しろ、『薬』と銘打たれた以上、彼にとって相手はれっきとした商売敵だ。それ故に、ロカジにしてみれば、かの薬の正体は、猟兵として云々以上に、暴いてみたくなるものだったのである。
 かと言って、別段ロカジは激昂していたわけではなかった。言うなれば『ちょいと素直』であっただけである。むしろ彼は至って冷静で、だからこそ――

「さて皆様お立合い! これこそ本物、『神降ろしの薬』さ!」

 製薬会社の応接室に、男の朗々とした声が響いた。薬箱から取り出だしたるは陶器の小瓶に入った薬と、何枚かに渡って綴られた、『効果を証明するための』書類。無論、書類は偽造品である。奇稲田〈イシャノフヨウジョウ〉によって作り出されたでっち上げの紙きれは、それでも想定以上の効果を見せているようだった。ロカジの前に座る、スーツを着た老境の男たちは、二人三人揃っておいて、誰もその偽造に気付かず、おお、だの、ほう、だの、梟みたいに間抜けな声を上げている。そう言えば、顔も梟に似ているかもしれない。その癖、節穴なんだよねぇ。偉い方々らしいけれど、こりゃ教団の中心人物じゃあないな。ロカジはお偉方の反応を見ながら、煙管を吸いつつ、力関係を推測する。
 しかし――鼻が利き過ぎるってのも考え物かな。同じく教団へ探りを入れているジニアにも情報を共有しようと思ったのだが、あたりをつけた一件目から大当たり、胡散臭がられたのも束の間、あれよあれよと応接室まで連れて行かれてしまって、彼女へ連絡を入れる暇がなかったのだ。商談中にケータイ弄るなんて言語道断だしねぇ。まあ、後でもいいだろう。どうせなら幹部の名前や所在まで引っ張り出せてからの方が、効率もいいはずだ。ロカジはそう結論づけて、煙管の灰を高そうな灰皿へカン、と捨てると、梟のような老人方が小瓶の蓋をこじ開けようとするのをやんわりと止めに入った。
「ちょいと待ちな、いや申し訳ない。普通の人が飲んだってダメよ、腹壊して終わりよ」
「ならば、どんな者が飲めば良いと言うのだ?」
「そうだねぇ……」
 ふむ、とロカジは考える。この調子であれば、予知の少女の名前や神社まで、全部洗い出せるかもしれない。狙うならば一石二鳥。ロカジはにっこり笑うと、真っ白で綺麗な薬の瓶を、指で摘まんでお偉方に見せつけた。
「やっぱり、この瓶みたく清廉なお嬢さんとか、かね。そう言う子に心当たりはないかい?」
「……娘、か……」
「そんなもの、真澄の見つけた娘らで良いだろう?」
 気が急いたのか、梟の中の一羽が、名前をこぼす。真澄。成程、そいつが多分親玉だな。見つけた――ということは、『見つけ方を知っている』のだ。ロカジは表情を崩さず、何も聞こえなかったような素振りで、老人たちの言葉を待つ。紫煙が、くるりと天井で渦を巻いた。
「ああ、例の山中に作った工場へ置いている……」
「あそこは水無月の姪がいる、丁度いいだろう。元よりあの神社を使う予定だったのだ」
 いっそ呆れにも似た気持ちである。こんなのがお偉方って。いや、実権を握ってるのはその真澄ってやつなのかな。その人も可哀想に、こんな無能ばかりで。大体、アポも取ってない流れの薬屋を『文字通り、この世のものとは思えぬものにする薬、ですよ』の一言で応接室まで連れ込んじゃうあたりが心底愚鈍だと思う――まあ、楽で助かるのだけれど。上手くやれば何かしら口を滑らせるかも、いや滑らせてみせる、くらいの意気込みでいたロカジとしては、少々肩透かしの感は否めない。三羽の梟は、まだほうほうと鳴いている。もしや本物の梟の方が賢いんじゃないかい。そんなことを考えながら、出てきた情報をロカジは頭の中で纏める。
 水無月の姪、かつ神社ということは、おそらくこれが予知の少女と、彼女が住んでいる神社だろう。上手く行っていれば、他の猟兵が奪取出来ているはずだから、これに関しては自分が出ていく必要はない。次に真澄。これは、神社近くの工場に居るのか。わからないが、とりあえず今この会社にはいないと断定できる。何故なら、もし居たらとっくの昔にここへ乗り込んできて、この梟たちを黙らせ、かつロカジを追い出しているはずだからだ。最悪殺しにかかってきていてもおかしくはない。もしかすると、その真澄って人が今ここにいなかったことこそが、僕にとって一番の幸運だったのかもね。そう思う。
「――わかった」
「はい?」
 老人が、頷いてロカジに向き直る。
「そちらの薬、買い取ろう」
「へぇ、どなたか知らないけど、使うあてがあるんだね?」
「ある。さて、幾ら欲しい?」
「やぁ、待ってよ。そりゃあ売るけどもね。こっちとしても、間違った使い方で詐欺だなんだとクレーム入れられちゃたまらない。わかってると思うけど、貴重な薬なんだよ。使うなら、相手の見極めくらいはさせてもらえないと。その『あて』ってのはどこに居るんだい?」
「それは流石に教えられん」
「そりゃいけないよ、お客さん。医者だって処方箋出すのに患者診るだろう? 患者を診せてもらわないと、僕は困る」
「安心したまえ、どんな結果になろうとも、君を詐欺で訴えるなどということはしない」
「有難いお約束ですがね。あのねぇ、最近偽物が流行ってんですよ。やんなっちゃうけどね。神様になるのに儀式が要るだなんて言う。でもね、僕の薬がそういうのと十把一絡げで扱われるのは嫌なんだよ」
 煙管を吸いながらそう強い口調で言ってみれば、お偉方の気色が変わった。
「本物は、儀式が要らんと?」
「そう。本来そんなもの要らないのさ――考えてもみてよ。『薬』って祈祷とセットかい?」
 老人方が、黙る。何かを考えているようだった。さて、鬼が出るか蛇が出るか。
「……良かろう」
 ついてきたまえ。そう言って、老人方は立ち上がる。一人が、内線で車の準備をするように指示していた。そうして彼らに着いてエレベーターに乗り、一階まで下りる。
 ――と、そこで、彼はジニアの姿を見た。あの棺桶は見間違えようがない。名刺らしき紙を持ち、受付へと話しかけようとする彼女に、ロカジは迷わず声をかける。
「ジニア! こっちこっち!」
「あ――ロカジさん」
「おい、何をしている」
「ああ、どうもすみませんね。彼女、僕の助手なんだ」
 こう見えて薬屋見習いで。近寄ってきたジニアを、愛弟子でも紹介するように、老人たちの前へ連れてくる。ジニアは多少困惑しているようだったが、何も言わなかった。察しが良いのは助かるね。ロカジは内心で、彼女の協力に感謝する。
「この薬を作るのには彼女の手伝いも大きくて。一緒に連れて行きたいんだけれど――いいかい?」
 それに、アンタたちが『勿体無ければ』、彼女に使ってもらってもいいんだよ。
 そう言って目を細め、にんまり笑ってやれば。
「……仕方があるまい」
 全てはお釈迦様の掌の上、なのさ。
 そうして彼らは、雨が降る中、用意された高級車へと乗り込んだのであった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

碧海・紗
アンテロさん(f03396)とPOW
"彼女"は元々倒れていて
"少女"は彼女を蘇らせる為だとしたら
彼女は一体何者か
伯父が欲しがる神社に何が…

神社を探すなら空から探すのも手
市松を発動、二匹の文鳥を召喚
空からの探索を任せ
此方は歩いて見落とし防止も兼ね

――…聞いてみますか?やる気は補償しませんが
彼から貰った魔法の鏡『神立』で情報収集
飾られた山梔子も”口無し”なんて言いますし
花言葉や由来に何か関係してるのかしら

第六感、視力も使って若し伯父を見つけたら
おびき寄せ、コミュ力で挑発し言いくるめ
洗いざらい白状なさい

あなたに何の得があるんですか?
所詮利用されてるようにしか、思えませんが…――

アドリブ歓迎


アンテロ・ヴィルスカ
碧海君(f04532)とPOW、アドリブ歓迎

神社…確か、無数の神と共に日本に山程存在する宗教施設だったかな?
空からは鳥達に、我々は歩きで捜索
何かしら掴めば他の猟兵達と情報交換も。

…なんだ碧海君、もう使いこなしているのかいその鏡。頼もしいねぇ?

神社と伯父、もしくは教団関係者を見つければ銀鎖で拘束、神降ろしの薬の詳細や出所について問う。
口を割らぬなら、殺さぬ程度にUCを使用

あの花の実のように真っ赤になりたくはないだろう
…俺ではないよ、君らを血祭りにあげるのは。怖いね?



 
 彼らがその街に辿り着くのと、雨が降り始めたのは、殆ど同時のことだった。
「ひどい雨だ」
「ええ」
 水煙に白んだ景色を、藤色の傘と濃紺色の傘が、二つ並んで歩く。空から探すのも手だろうと事前に市松〈イチマツ〉を使って白と黒に協力してもらっていたのだが、この雨で二羽ともずぶ濡れになって――それでも場所を探し当てて――帰ってきたので、今は休ませている。少し運が悪かったわね、と、碧海紗は、文鳥たちのことを考えて、靴を濡らすほど降りしきる雨に小さくため息を吐いた。こんな時でなければ、こういう景色も楽しめたかもしれないけれど。
「浮かない顔をしているね、碧海君」
「流石にこの雨では。ここへ来るまでにも、幾分遠回りをしましたし」
 紗の言葉に、アンテロが納得したように笑う。側溝を滝のように雨が流れていくこの坂道は、神社へと続くものだ。これで確か、三つ目だったか。一所で情報を収集しているだけならばともかく、紗たちは実際に足で神社を探している。旅行を装って行動してはいるが、動くものは、とかく人の目につくものだ。やろうと思えば、相手もこちらを捕捉することが可能だろう。
「どうにもいい加減なのです、この鏡は。――……もう一度、聞いてみますか? やる気は保証しませんが」
「そうだね。一応聞いてみよう」
「わかりました」
 ここでいいのですね?――と、紗は手にした鏡へと問う。手のひらにすっぽりと収まる程度の小さな黒い鏡――『神立』は、相変わらず「アッ、ハイ」と、やる気のない返事である。
「しっかりしてください。『三年前に宮司夫妻が亡くなり、十二歳の一人娘が相続したが、彼女を引き取った伯父が乗っ取ってしまった』という神社は――この先の神社で間違いないですね?」
「ハイ。そうです」
「ええ、あなたは一つ前の神社でもそう答えましたね、神立。覚えていますよ」
「そうでしたっけ」鏡の、とぼけた返答。「でも、あれも似たようなケースでしたよ」
「確かに、似てはいたかもしれません。あなたから見れば」
 つまり、紗から見れば、まるで似ていなかった。確かにその神社の少女は親を亡くしていたけれど、病気によるものであったし、母親しか亡くなっていなかった。当然宮司は代わっていない。何の変哲もない神社であった。
「もう一度聞きます。ここで間違いないのですね?」
「だと思います。私より、あの文鳥たちの方が真摯に答えてくれると思いますが」
「そうでしょうね。けれど、神立。私は、あなたに聞いているのです」
 傘の藤色を映す鏡を握り、紗はゆっくりと、四度目の問いかけをする。
「ここで、間違いないですね?」
「……間違いないです」
「絶対に?」
「絶対です。今まではわかりにくかったので間違えていましたが、これだけ近くなったら間違えません」
 渋々と言った調子で、神立はそう答えた。
「わかりにくかった?」
「おそらく、魔法の力などを阻害する結界か何かでもあるんじゃないでしょうか」
「……なるほど」
 それならば、一概に鏡のやる気のせい、というわけでもないのかもしれない。言い訳という可能性はあるが、ここは鏡のことを信じておこう。
「それは失礼しました。ありがとうございます」
「もういいですか?」
「はい」
 それじゃあ、用があっても出来るだけ呼ばないでいただけると嬉しいです。そんなことを言ってから、鏡は沈黙した。
「まったく……」
「……なんだ碧海君、もう使いこなしているのかいその鏡。頼もしいねぇ?」
「使いこなしているように見えましたか?」
「勿論。いや、プレゼントした甲斐があるというものだ」
 面白がるアンテロに、また一つため息を吐いて、紗は鏡を仕舞う。坂道はまだ続いているが、いつの間にか、大分周囲は、山に近くなってきていた。
「しかし、神社というのは、本当に随分多いものなんだね」
 確か、無数の神と共に日本に山程存在する宗教施設だったかな? 濃紺の傘の下で、笑いながら男が言う。
「こうなると、どこにどんな神が奉られているのか、少々気になってくるよ」
「では、終わったら、一緒に神社でも巡りますか?」
「ああ、それも悪くないかもしれないね」
 嘘とも本気とも知れない会話をしながら、歩く。
「……そう言えば、飾られた山梔子に意味はないだろうと、神立は言いましたが」
 本当に意味はないのでしょうか。紗の言葉に、アンテロが不思議そうな顔をする。
「どういうことだい?」
「山梔子は“口無し”なんて言いますし」
 花言葉や由来に何か関係してるのかしら。独り言のように呟けば、ふむ、と隣の男も考え込むような仕草をした。
「例えば、“彼女”は元々倒れていて、“少女”は彼女を蘇らせる為だとしたら――“彼女”は一体何者か」
「成程。喜びを運ぶ、天国に咲く花……ね」
「誰にとっての喜びで、誰にとっての天国なのでしょうか。件の伯父が欲しがる神社に何が……」
 ――と、坂の上に人影を見つけて、紗は目を凝らす。この雨なのに、傘もさしていない。どうやら男であるようだった――こちらへ勢いよく走ってきている。遠くて顔の判別はまだ出来ないし、おそらく知らない男であることは間違いなかったが――彼女の第六感が、『そう』告げていた。
 あれは。
「……本人に聞けば良いですか」
「碧海君、何か?」
「アンテロさん、あの方が……『伯父』です」
「……おや」
 怪しまれぬよう足を止めず、二人坂を上りながら、紗は徐々に大きくなるその姿を捉えた。どこか――凡庸な外見の男である。特筆すべきところがない、というのか。男は、脇目もふらず、紗たちの横を通り過ぎようとする。
「……どこへ行こうと言うのですか」
 すれ違いざまに冷たい目で問いかけてやれば、男がぎょっとした顔でこちらを振り向き、雨の坂で躓いて転がった。足を止めて、呻く男へ近付く。己を見下ろす紗がどう見えるのか、男は悲鳴を上げて這いずった。
「臆病な人ね。そんなに恐ろしいものがあるのなら、ずっと陰で息を潜めて暮らしていたら良かったのに」
 わざと挑発するように嘲りを口にすれば、男が、僅かに怒ったような表情を見せた。
「な、何を。あんた、あんたら、何なんだ」
「私たちが何者であるか、あなたには関係がないでしょう。駒にしか過ぎないあなたに」
「こ――ま」
 駒、と、男が繰り返す。
「洗いざらい白状なさい。『神降ろしの薬』――その反応は、やはりご存知ですね。それに協力することで、あなたに何の得があるんですか? 所詮利用されているようにしか、思えませんが……――」
「――碧海君」
 アンテロの鋭い声が聞こえて、雨に暗い山道を、車のライトが照らした。麓の方から、黒い車が走ってきて――紗たち三人の前に停まる。降りてきたのは、スーツの男たちだった。人数は三人、いや四人か。見た目は普通の、会社員と言った風情である。だが、その目にあるのは明らかな敵意だ。その対象は、『伯父』だけではない。だから――『動くものは、とかく人の目につく』。
「いいね。丁度、暇を持て余していたところだよ」
「……楽しんでますね?」
「勿論」
 碧海君はそちらを。そう言って、アンテロが銀鎖を伸ばす。飄々とした様子の彼を見て、スーツの男たちが身構えて三人を取り囲む、が、何をするわけでもない。
「なんだ……もしかして、武器もないのか」
 それなら、傘を畳む必要もないな。
 その言葉の通り、アンテロが片手で銀鎖を操れば――瞬きをする間に、男たちはそれに足を絡め捕られて、地面に引き倒されていたのであった。

 ●

 さて、俺はこちらか。
 とは言え、彼らからきちんと情報を引き出せるかは怪しいところという気もするが。銀鎖で背中合わせに拘束した四人の男たちは、皆狂人の目をしていた。これならば、先日の商店街で出会った者たちの方が、いくらか正気であるように思う。伯父の方へちらりと目をやれば、紗が言葉巧みに、自尊心への飴と鞭で言いくるめているところであった。漏れ聞こえる情報によれば、伯父なる男は、水無月佐平と言う名らしい。あちらはあのまま彼女に任せていれば良いだろう。上手くやるものだ、とアンテロは感心した。
「……お前たちは何者だ」
「俺たちかい?」
 そうだな。何と呼ぶべきなのだろう。猟兵と正直に答えるのは愚かしいし、そもそもそれは、彼らの求める返答ではないはずだ。であれば。
「対外的に言えば、正義の味方……となるのかな?」
 アンテロにそのつもりはないが、少女を助け、邪悪な教団の思惑を潰す――というのは、いかにも『正義の味方』らしいシチュエーションではないだろうか。そう考えて真面目に答えたというのに、男たちがふざけるな、と叫んだ。別に、ふざけてはいないのだが。
「碧海君の言葉ではないけれど、俺たちが何者だとしても、君たちに関係はないと思うがね。それに、どう答えようと、君らは納得しないだろう?」
 納得したいようにしか納得しない。そういう類の人間たちであることは、正義の味方という返答にふざけるなと返した時点で明らかだ。
「見たい世界しか見ない者には、どんな説明も無意味だよ」
 それだけ言って、アンテロは己の本体たるロザリオを取り出す。そして男たちの一人を選ぶと、その頭へ向けてロザリオを掲げた。
「――難しい話はなしだ。君は正しい事だけ口にすれば良い」
 百合紋章から血が滴って――雨に濡れた男の頭に落ちる。男が、うわ、と怯えたような声を上げた。
「まずは一つ。『神降ろしの薬』とは何だ?」
「答えるわけが――っが、ァ!?」
「ああ。言い忘れていたけれど、真実を答えない場合は、少々痛い思いをしてもらうことになる。心してくれ」
「な、何を、貴様……!!」
 男が悲鳴を上げてのたうち、恨めし気にアンテロを見上げたが、無視して質問を続ける。
「もう一度訊こう。『神降ろしの薬』とは何だ?」
「い――言わない、ぎぃあッ!!」
「大人しく答えた方が身のためだと思うがね……そのまま抵抗していると、いつか頭が割れるぞ」
 あの花の実のように真っ赤になりたくはないだろう。
「き、貴様、何が正義だ! ただの人殺しだろうが!」
「人聞きの悪い。……俺ではないよ、君らを血祭りにあげるのは。怖いね?」
 アンテロに死なせるつもりはないが、男が永遠に真実を口にしなければ、結果的に死ぬということは有り得る。それだけだ。
「三度目だ。色好い返事を期待しているよ」
「ま――待て、待ってくれ!」
 叫んだのは、尋問中の者ではなく、その右にいた男であった。仲間の悲鳴のためか、その瞳には、いくらか理知の光が戻ってきている。
「『神降ろしの薬』は――名前の通りのものだ!」
 何を、と他の三人が激昂したが、アンテロがその金色の目を向けただけで、全員黙ってしまった。どうせなら、そのまま感情任せに色々吐き出してもらえたら助かったのに。そんなことを考えながら、アンテロは話し始めた男へ、先程と同様、ロザリオの血を垂らす。
「な、何故」
「何、お気になさらず。では、『神降ろしの薬』について詳しく教えてくれるかい?」
「あ……あれは、真澄さんが開発した――薬なんだ。理論的なことは何も知らない。もしかすると真澄さんだって、本当は知らないのかもしれない……あれはそういうものだと思う。ただ、あの薬を使うと、生物の体内に――あるいはそれに重なる異次元に、『神』……そう、多分、神と呼ばれる『それ』を迎え入れるための……なんて言うのかな……穴、門……ああ、どれもしっくり来ない。俺たち、あれに名前をつけなかったから……とにかく、『神』に為れるんだ。人間が!」
 狂人の戯言に近いようにも感じるが、ユーベルコードに反応はない。ということは、彼の話すことは真実なのだろう。
「それなら、自分たちで使えばいいだろうに。何故神社の娘を選んで使おうと?」
「『憑かれやすい』血筋っていうのが――あるんだよ。『降ろしやすい』って言ってもいい。そういう血筋じゃないと、神様が、崩れてしまうんだ。俺たちじゃだめだった。俺たちじゃ、どんな神様でも、すぐ消えてしまって。女の子ばっかりなのは、単に成功率の問題だよ。年取った男より、若い女の方が、維持されやすいんだ。大体、別に、神社だけじゃない。神社にそういう血筋が多かったってだけで……普通の家からだって連れて来てる」
「……それが『保険』?」
「なんだ、あんた、知ってるんじゃないか――そうだよ。この町に工場があるだろ……あれが真澄さんの『檻』だ」
 みんなあそこにいるんだ。
「見世物みたいにさ――なんだ――俺たちみんな、『そう』なんじゃないか!」
 それだけ言って、突然、男がげらげらと笑い始めた。……どうやら、完全に壊れてしまったらしい。おそらく、薬で神を顕現させようとしていた際の代償なのだろう。先程の理性は、最後の灯火だったようだ。三人は、そんな男を、哀れむように見るだけだった。
「……どうしたんですか?」
「おや、碧海君。そちらは終わったのかい」
 見れば、紗の背後では、佐平がこと切れたように項垂れている。あれなら、逃げることもあるまい。
「ええ――それで、その方は?」
「俺は何も」
 言うなれば自業自得だよ。そう肩を竦めると、紗が痛ましげに、笑う男を見下ろした。
「ところで、佐平君は何だって?」
「聞いてらしたんですか?」
「聞こえていたというのが正しいかな」
「どちらでも変わらないような気が……まあ構いません。水無月佐平は、本当に利用されていただけのようですね。少女の身柄と、神社を自由に使えるようにすることと引き換えに、教団からお金をもらっていたとのことです。彼、自分の神社が何を祀っているかも知りませんでした」
「それはそれは……」
 予想の範囲内ではあるが。
「山梔子については、何かわかりましたか?」
「ああ――それは聞いていないね。何しろ、聞く前に壊れてしまったから」
「……ただの、真澄さんの気遣いだよ」
 咳混じりの哄笑の中、不意に言葉が聞こえてきて、アンテロは男たちの方へ目を向ける。言葉を発したのは、最初に尋問した男であった。
「被験者のメンタルが不安定だと、神も不安定になるから。あの人は……花が好きなんだ」
 そして供物でもある。
「天国に咲く花だから、ですか?」
「そういう話もあるのかもな」
「随分と感傷的なんだね、その真澄とやらは」
「ロマンチストなのさ――俺たちは皆」
 神様に恋焦がれるくらいな。
 話は、それで終わりだった。ずぶ濡れの男たちを佐平共々車に放り込み、工場へと向かうこととする。彼らが追ってきたら、その時は足の一本でも折って動けなくしてしまえば良いだろうという判断だった――尤も、彼らにアンテロたちを追いかけるだけの気力は、もう無さそうだが。
「そう言えば、アンテロさん」
「何だい?」
「山梔子が“口無し”である所以は、その実が割れないことから、という説があるそうですよ」
「……へえ」
 それなら、口を割らぬ彼らが赤く染まるとしても……存外、道理だったのかもしれぬ。
「面白い話を知っているね。是非道すがら、もっと聞かせてくれ」
「構いませんよ」
 そして、二人は山梔子香るその場所へと赴いたのであった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第2章 冒険 『白い檻の中の神』

POW   :    下働きのアルバイトを装う

SPD   :    隠密し潜入する

WIZ   :    研究者や被験者を装う

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 
 ――真っ白な工場である。
 周囲を取り囲む塀も、その塀に埋めるようにして作られた門扉も、塀から突き出るようにして見える、工場自体も――全てが白い。窓のない工場の壁面には、製薬会社の名前の看板が取り付けられており、それだけが唯一、黒で作られていて目立っている。日中であるにも薄暗い、降り続ける雨に煙る景色と相まって、どこか奇妙な錯覚を齎す工場であった。例えば――この工場にはもう、純粋な『人間』など存在していないのではないか、だとか。例えば、この工場だけが、異世界に取り残されているのではないか、だとか。例えば、この中では、『得体の知れぬ何か』が繭を作って息づいているのではないか、だとか――そのようにオカルティックで、奇怪な錯覚である。門扉の周辺に、警備員はいない。だが、監視カメラが至る所に設置されていた。
 白い塀は、随分と高い。ゆうに五メートル、否、六メートル程度はあるか。頂上部分には、内側へ返しのように折れ曲がった金属柵が取り付けられていた。ただ、それ以外に何があるのかは、地上からではわからない。刑務所――牢獄。それは明らかに、『中に居るものを出さないための』塀であった。それが、頑健そうな門扉を抱えて、工場を守っているのである。不可思議な光景だった。

 滴る水の匂いの中――どこかから山梔子が香っていた。

 そんな白い工場に、ふと、一台だけ黒い車が入っていく。白い門扉が自動で開き、敷地内へとそれを飲み込む。一見好機と思えども、監視カメラがそれを許さず、やがて門扉も自動で閉まり、後に残るのは再び、雨の中に白く滲む、奇怪な工場だけとなってしまった。
 雨垂れに、チャイムが鳴ったのは、そんな折のことであった。何事かと思い見ていれば、勝手口らしき小さな扉が一つ開いて、職員らしき者たちが、ぞろりと幾人か出てくる。その殆どが私服で、皆一様に若い、が、全員成人済みであるように見える。男女の割合はおよそ半々だろうか。アルバイトか、被験者かの類だとは容易に知れた。その中の迂闊な者が、つけっぱなしにしていたネックストラップを、首から外してズボンのポケットや鞄に入れる。その緩みようを見るに、昼食か何かを取りに行くところなのであろう。
 そうして最後の一人まで確認してみても、やはり、彼らの中に『保険』と思しき年代の少女たちはいなかった。つまり、詩文に続き彼女らをも救うには、どうにか中へ入らざるを得ないということだ。
 だが無論――ここにいるのは、少女たちだけではない。

 真澄正。

『神降ろしの薬』を作った張本人たる男もまた、ここにいるのであった。

 さて――詩文は、隙なく確保している限り、猟兵の言うことを聞く。それは確かだ。どこか安全なところに隠しておいても良いだろう。けれど、他の少女たちはどうか。真澄と猟兵たちを比べた時――どちらを信じるのか。少女ら一人一人の『個』を調べるのには、まるで時間が足りない。怨まれるかもしれぬ。感謝されるかもしれぬ。はたまた、見向きもされぬかもしれぬ。
 あるいは――神に為ろうとする者も、いるかもしれぬ。
 誰の行動で何が起きて誰が何をするのか。

 結末は、ただ『神のみぞ知る』。
 
ジニア・ドグダラ
……監視カメラや何か術式で発見されないよう、慎重に行動しましょうか。

工場から離れた場所で死霊を召喚、【存在感】を消すよう体を霧散させ【目立たない】ようにします。
追跡対象は勝手口から出歩いていた方々にし、彼らが所用を終えた後で工場に戻る際、死霊も背後に位置しばれないよう潜入します。

ある程度同伴していきますが、彼らのあり方からして深部までの潜入は困難と判断し、途中で対象を他施設職員に変更しつつ【追跡】を継続、内部の情報を他の猟兵の方に連絡しながら行動を継続します。
出来る限り監視カメラや術式に引っ掛からないよう行動しますが、発見されそうな場合は死霊で物を多数動かし、他の方の【時間稼ぎ】に努めます。


ロカジ・ミナイ
トンズラルート確保、真澄の薬の廃棄及びネコババ
誘惑に触れた少女へ惚れ薬、筋力強化すりゃ数人抱えていける

――ここに神になりたい子はいるかい?

薬ってのは、必要なお客に必要なだけ渡すものだから
いらねぇって相手に投与したら、それは暴力だ

病は気からって言うでしょ?薬もおんなじよ
プラシーボ効果ってやつ
…ねぇ?普通の人が飲んだってダメよ、腹壊して終わりよ
望む人が飲んだら、ちゃあんと神になる
アンタの考える神が見える

僕の薬に不適合な子に用はないよ、寧ろちょいと邪魔だ
企業秘密だからね、あんまり見せたいもんじゃないし

ねぇ、そちらさんの薬も見せておくれよ
僕が嫉妬して燃やしたくなる様な出来なんでしょ
味見させておくれよ



 
 案内された部屋は、想像していたよりもずっと、清潔で豪華だった。
 ホテルのようだ――というのが、ジニアの正直な感想である。広さは八畳くらいか。個室で、バスルームまである。誰が整えているのか、ベッドメイクも完璧に近い。難点と言えば、窓がないことくらいであろうか。入り口正面の壁には、熱帯魚の入った水槽を映す、高精細な液晶モニターが嵌め込まれているばかりであった。二匹の赤いベタと、沢山のネオンテトラが、水草の間を泳いでいる。偽物ではあるが、無聊を慰めるのには良いのかもしれない、とジニアは思った。真っ白な部屋で、その水槽だけが、色を持って美しい。
 ここが――工場の中に作られた、少女たちの檻だった。
 先程工場内へ案内されたジニアは、一緒にやってきたロカジと別れ、この場所へ連れて来られたのである。別段、彼に裏切られただとか、そういう訳ではない。話し合った結果、別行動で、お互いやるべきことをやるという手筈になっただけだ。そのためには、ジニアはここに居た方が警戒されなくて良いだろう、というのが、双方で合致した見解であった。なお、当の彼はと言えば、ここへ彼女達を案内した老人と共に、『実験室』なる場所へと行っている。
 さて。ジニアは閉じられた扉にちらりと目線をやってから、一応、部屋の四隅や飾られた絵画の裏など隠された場所、それからバスルームの中を確認しておく――見る限り、どこにも監視カメラや盗聴器の類はない。少女たちのプライバシーは侵害しない、ということであろうか。それとも、他の何か術式で見張っているのか。
(おかしな気配は……ありませんが)
 呪いの類の知識はそれなりにあるつもりだが、部屋の中にそのような気配はない。これならば、本当に監視の目はないとみていいか――ジニアはそう判断すると、目を閉じ、意識を集中させる。
「……人の背後に連なる影よ、動き出せ」
 少女の、密やかな呟き。それに伴って、ジニアの視界に、『外の景色が映し出される』。奇霊招集〈ストークスペクター〉を用いて、工場の外に死霊を召喚したのだ。ジニアの視界の中で、工場の勝手口が開き、数人のアルバイトたちが現れる。丁度良い――彼らを尾行させてもらおう。召喚した霧状のそれを更に霧散させ、誰にも気付かれぬよう、その存在感を限界まで希釈する。
(それでは、始めるとしましょう)
 目的は、逃走経路と侵入経路の確認と確保だ。特に、『檻』に居るジニアと、深部であろう『実験室』へと赴いたロカジには、逃走経路が必須となる。工場内に地図があれば話は早かったのだが、ここへ至るまでも、目隠しをされて連れて来られたので、どうしようもなかった。当然のことながら、工場内部は機密情報ということであるらしい。であれば、地図は自分たちで作るしかない。アルバイトたちを追いかけ、その中の、コンビニへ赴いた者を選ぶ。目算通り、そのアルバイトは、昼食と思しき食料を幾つか購入して、早々に工場へ戻ってくる。これならば、思ったより早く済みそうですね。そう思ったのも束の間、俄かに扉の向こうが騒がしくなったので、ジニアは慎重に扉の傍まで行くと、耳を澄ませた。自分の行動が把握されたのなら、打開策を考えねばならないと思ったからである。
 だが、聞こえてきたのは、彼女の行動についてではなかった。
 監視カメラが全部イカレた。セキュリティが破壊されている。空から降ってきたやつまでいるらしい、なんだそれはガセじゃないのか……漏れ聞こえる怒声は、大凡そのようなものであった。
 ……空からとはどういうことなのであろう。疑問を抱きながら話を聞いているうちに、喧騒は、彼女の部屋を通り越して、どこかへと行ってしまった。同時に、アルバイトが帰ってくる。勝手口は――破壊も可能な構造ですね。特に複雑な仕掛けもないようだ。その背後へ張り付くように、死霊も敷地内へと侵入させる。見れば、塀の中の敷地には、低木が植わっていた。
(あれは……山梔子ですね。他は、沈丁花……金木犀、でしょうか)
 もう少し近寄ってみないと正確にはわからないが、おそらくその三種で良いだろう。どれも匂いの強い花だ――真澄なる男の趣味だろうか。山梔子の匂いが、雨の中でよく香っていた。工場内部へとアルバイトが入っていくのを追いかければ、木々は白い扉に閉ざされて、見えなくなる。
(……そろそろですか)
 アルバイトは、想定通り、工場内部を決められたルートで進み、休憩室へと辿り着いて食事を始めた。これ以上彼についていっても、深部への潜入は困難であろう。そう判断し、ジニアは、たまたま休憩室にいた、別の職員を選んで追跡を継続することとする。着用する白衣から見るに、これなら、おそらく工場の心臓部まで進めることだろう。職員が、休憩を終えたらしく、空になった紙コップを、ゴミ箱に捨てて部屋を出ていく。
 しかし――入り組んだ工場だ。そして物々しい。廊下を繋ぐのは、扉というより、潜水艦や船などのハッチに近い。開け放たれているものもあるが、大半は、都度開閉を行っているようだった。職員が、面倒くさいな、と小さく呟くのが聞こえる。緊急の事態が起こったらどうするのだろう、とジニアは思った。ここを……墓にでもするつもりなのだろうか。
 追跡していた職員がいくつ目かの扉を通過したところで、正面から走ってきた別の職員が、「何悠長にやってんだ!」と叱責したので、ジニアは更に意識を集中する。どうやら、一人アルバイト用の休憩室を利用していたため、情報伝達が上手くいっていなかったようだ。いくらか二人の間でやり取りがあって、侵入者を押さえに行くという話でまとまる。
(させません)
 通路として開放されていた扉を、死霊で勢いよく閉めて、通れないように固く閉ざす。職員がそれに驚きの声を上げて、別の道へと進むべく――スマートフォンのような端末を取り出すと、その画面に地図を表示した。
(――これは……)
 随分と運向きが良い。ただ、残念ながら、そこに表示されているのは、表層部分だけであるらしかった。ならば、もっと深部へ行くよう扉を閉めて誘導し、他の職員へ対象を変更しながら、内部構造を把握していこう。
 ジニアはそう決めると、二人の職員の誘導を開始したのであった。

 ●

 目隠しをされたまま連れて来られた『実験室』には――五人の少女が居た。どれも皆、若いというよりは幼い、という印象を受ける。皆、格好は様々だ。部屋着のようなラフスタイルの者から、パンク系の衣装を身に着けている者もいる。筋力を強化したら、これくらいなら抱えて逃げられるかな。ロカジは冷静に、少女たちの体格と、己の筋力を勘定する。うん――大丈夫そうだ。
「彼女らが、君が言うところの『患者』だ」
「成程ね……」
 問題は、逃走経路である。ここまで目隠しをされていたので、道順など、歩数で測った距離と、曲がった回数、階段の数くらいしか把握できていない。途中、内部構造の確認と確保をジニアに頼んでおいたから、彼女が頼みの綱となる。トンズラルートが確保できたら、真澄の薬の廃棄とネコババもしたいなぁ。ロカジはそんなことを考えながら、実験室を眺める。何もない部屋だった――白いだけの部屋。椅子が七つほど置いてあって、そこに少女たちは座っている。ガラスも何もないので、少女たちは勿論ロカジを認識しているはずなのだが、何の反応も示さない。洗脳でもされてるのかな、とロカジは思った。そういう素振りはないのだけれど。
「さあ――早く取りかかってくれたまえ」
「そう焦らないでよ。薬ってのは、必要なお客に必要なだけ渡すものだから」
 いらねぇって相手に投与したら、それは暴力だ。そう答えながら、ロカジは少女たちへと一歩踏み出す。そうして初めて、少女たちが、ロカジを見た。その目は全て黒い。十の黒曜石に射抜かれながら、男は、彼女らに問う。
「――ここに、神になりたい子はいるかい?」
 反応は、どうにも鈍かった。少女たちはお互いを見、その視線を彷徨わせ――戸惑ったような表情で、男とその後ろの老人たちを見る。怪しまれているのかもしれない。やがて、パンクな装いをした、一番年長らしき少女が、おずおずと手を挙げた。
「お嬢ちゃんかな?」
「……はい。神様、っていうのが、よくはわからないんですけれど……」
「真澄って人から説明されてないの?」
「説明はされました。でも……神様って、なれるものなんでしょうか?」
「なれるさ――病は気からって言うでしょ? 薬もおんなじよ」
 椅子から立ち上がり、ロカジの方へ近寄ってきた少女へ、丸薬を握らせる。華奢な手だ、幼い少女の、折れそうな指。
「所謂、プラシーボ効果ってやつ」
 ロカジの言葉に、背後にいた老人たちが色めき立つ。話が違うではないか――嗚呼嫌だ、これだから救えない。話を聞かない。
「だから――普通の人が飲んだってダメなんだよ。腹壊して終わりよ」
 薬を握った少女へ、「飲んでごらん」と優しく言ってから、ロカジは老人たちを無視して話を続ける。
「……ねぇ? お嬢ちゃんはどうだい」
 望んでいるのかい――神に為ることを。少女が、ロカジの顔をじっと見る。それから、手の中の薬へ視線を移し――それを飲む。
 ああ、と。
 少女が、膝から落ちた。
 それを見てから、ロカジは老人たちに向き直る。
「普通の人が飲むからダメなのさ。望む人が飲んだら、ちゃあんと神になる」
 アンタの考える神が見える。老人たちには何が見えているのか――それは判然としない。ただ、彼らは、『何かに怯えている』ようだった。蒼白な顔で、硬直している。
「ねぇ、そちらさんの薬も見せておくれよ。僕が嫉妬して燃やしたくなる様な出来なんでしょ。味見させておくれよ」
 真澄――それがアンタらの部下で、薬作ってたやつなんでしょ。そう笑えば、老人たちが震える指で、実験室の壁を指さした。何もないじゃないか、と言おうとして、ロカジはそこに、僅かな色味の違いを見る。どうして隠しているのだろう、とは思ったが、このよくわからない部屋を実験室と称しているあたり、真澄とやらの思考回路を推し量るのは難しいだろうなと、考えるのをやめた。座する少女たちの前を横切って、ロカジはそちらへと歩み寄ると、扉に手をかける。彼女らに興味はなかった――彼の薬に不適合な子に用はない。寧ろちょいと邪魔だ。
(企業秘密だからね、あんまり見せたいもんじゃないし)
 ここへ来るまでにロカジが目隠しをされていたのと同じである。技術の秘匿は、こういう商売では最優先の事項だ。それ故に、ロカジは、真澄の薬を頂戴しようと思っているわけなのだから。
(さてさて……どんな薬かなっと)
 扉の先は、何の変哲もない、薬戸棚の並ぶ小さな薬品庫であった。並んでいるのは――手のひらサイズの瓶に詰められた、無色透明な液体。ラベルはない。ただ、日付だけが貼ってある。一番古いものは、十年前の日付であった。
「……これ全部、『神降ろしの薬』ってやつなのかい」
 執念だね。一体何が、真澄をここまでさせたのか。
(ま、僕には関係ないけど)
 欲しいのは薬だけだ。ロカジは一番新しい日付のものを取って懐に仕舞うと、倉庫を出る。老人たちはまだ硬直し、少女たちは、戻ってきたロカジをぽかんとした表情で見ていた。人形みたいだね、とロカジは思った。動かないなら動かないで楽だから、別にそれでもいいのだけれど。
「――っと、忘れるところだった」
 ロカジは倉庫を振り返ると、丸薬を中へと放り投げた。それらは宙を飛びながら――一瞬にして炎となり、瓶詰になった薬を舐める。
「燃えて治まる熱もある……ってね」
 葬捨男の八法心薬〈ハッポウシンヤク〉で焼かれる倉庫に背を向けて、ロカジは己も薬を飲む。言わずもがな、こちらは筋力強化の薬だ。薬さえ手に入れば、こんな『実験室』などに用はない。同時に、ジニアからかなり詳細な工場内部の地図が送られてきたので、それを確認する。ルートも確保、ならば、後は少女を抱えて逃げるだけだ。
「ちょいと御免よ、っと」
 軽い悲鳴を上げる少女たちを右手に二人、左手に三人抱えて、ロカジは実験室を出る。老人たちは知らない。勝手にするだろう――多分。少女を抱えた自分に、通りがかった職員が騒ぐのを、蹴り倒して黙らせる。両手が塞がっているので、足癖が悪くなるのは仕方ない。少女の一人が声をかけてきたのは、そんな折のことであった。
「……おにいさん」
「うん?」
「おにいさんって、いい匂いがしますね。好きな匂いです」
 匂い。突然何を言うのやら。誘惑には自信があるけれど、匂いに惚れられるとは。抵抗されれば惚れ薬でも使う気ではあったが、今はもう必要ないし。ロカジは少女の言葉に笑いながら、なんだか慌ただしい工場の中を走り、時々職員を蹴倒す。これは、他の猟兵が何かやっているのだな。派手にやっていると見える――後始末のUDC組織も大変だろうなぁ、と、倉庫を一つ焼いたロカジは、他人事のように思った。
「褒めてくれるのは嬉しいけど、今はちょっと舌を噛むかもしれないよ」
 はい、と少女が素直に頷いて、黙る。
 そうしてロカジは、ジニアの檻まで辿り着くと、彼女と合流したのであった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

トリテレイア・ゼロナイン
詩文様はUDC組織に協力してもらい安全な場所で待機して頂きます
…貴女の今後に私が関われることは余りにも少ないのです
ですが、「生きていてもよい」と告げてくれたこと、心から感謝しております

先ずはUCの妖精ロボを工場へ潜入
それらを●操縦、●情報収集と同時にセキュリティに●ハッキングと●破壊工作を敢行

『保険』の少女達の救出をメインに侵入
●防具改造で消音と迷彩を施し、施設の人員を●怪力で●だまし討ち

少女達には●優しく救助に来たことを告げますが、洗脳等を受けて抵抗するようであれば問答無用でワイヤーアンカーの●ロープワークで速やかに確保、猿轡も噛ませ自害も許しません

恨まれても構いません、一人でも多くの命を!


ヴォルフガング・ディーツェ
【SPD】
良いとこ取りで申し訳ないけど状況は把握したよ
…白は虚無という意味合いを含む色だけど、正にそんな場所だね

【調律・機神の偏祝】を起動
情報体を用いてハッキング

カメラの映像を「異変がない」ものに差し替え侵入を手引き
オレはその後警備システムと施設構造を掌握、管制室を武力制圧

カメラが仕掛けられているだろう被験者部屋の情報を含め、各猟兵に情報送信も行い合理化を図る

説得が上手くいくなら不干渉、神になると言うのなら…「実験
データ」を見せるのが早いか
どうせ残虐な事もやっているだろう。君、その末路を望むかい?

真澄含め職員を無用に殺す事はないが…時間がないのも確か
尋問の必要があれば容赦なく指を折り、腹を抉る



 
「それでは、よろしくお願いいたします」
 トリテレイアが頭を下げると、UDC組織の職員は、「責任を持って、お守りします」と約束してくれた。スーツの優しげな女性である。彼女であれば、詩文も大丈夫であろう――そう思うのに、少女の顔は、暗いままである。いや、暗いと言うのであれば、少女の表情は、ずっと浮かないのだけれど。
「どうか……いたしましたか?」
 どうしても理由がわからなくて質問してみると、少女は、「帰ってきますよね」と小さく呟いた。帰ってくる、とは。言葉の意味がわからなくて困惑していると、少女は、「死にませんよね」と言葉を変えて、また口にした。
「私のせいで……私たちのせいで、誰かが死ぬのは……嫌なので……」
 ――雷に打たれたような衝撃で、トリテレイアは、己の半分程度しかない少女の頭部を見下ろす。『私のせい』と――『私たちのせい』と、彼女は言った。
「……詩文様、貴女は、この状況を、ご自分のせいだと?」
 自分は、『あちら側』だと。
 この少女は、そう思っているのか。
「だって、そうでしょう?」
 私が起点になって、こんなに大勢の人たちが動いている。少女はそう言って、トリテレイアを見上げた。確かに――少女の認識は間違っていない、彼女が神になるという予知がなければ、こうやって猟兵たちが集まって計画を阻止しようとすることもなかった。
 けれど。
「それは違います、詩文様」
 トリテレイアは、少女と目線を合わせるように跪いて、そのあまりに柔い手を取る。地面は雨に濡れていたが、構うものか。
「貴女は確かに、この事件の発端ではあったでしょう。しかし、だからと言って、貴女がこの事態を引き起こしたわけではない」
 それに、と彼は続ける。
「我々は誰も死にません。きっと必ず、貴女の元へ帰ってきます」
 それは宣誓にも似ていた。トリテレイアを見つめて、詩文が、僅かに微笑む。
「そう――ですか」
 それなら、良かった。少女の、安堵したような声。
「……詩文様」
 これから、少女はどうなるのか。それは難しい問題だった、UDC組織に保護してもらっても、それは一時的なものだ。こうなった以上伯父と共に住まわせるのは難しいだろうし、彼の収入源である真澄たちは、今からトリテレイアたちが潰してしまう。彼女の暮らしは、これまでとはまったく違ったものになるのはまず間違いなかった。もしかすると、今までよりずっと、つらいものになるかもしれない。
 そして、それに、トリテレイアは……関わることが出来ない。
「……貴女の今後に、私が関われることは余りにも少ないのです」
 勿論、様子を見ることや、UDC組織へ話を通すことなど、簡単な援助はできる。だが、それだけだ。トリテレイアが水無月詩文という少女に対してできることは、ここで終わり、なのだ。それは無情で、どこまでも正しく道理だった。いつか、彼女がトリテレイアを怨む日が来るかもしれない。それは、多分、わかっていた。
「ですが」
 思い出すのは、やはり、あの日の少女。詩文の手の甲に、トリテレイアは額を押し付けるようにして、言う。
 それすら――してあげられなかった娘がいる。
「『生きていてもよい』と告げてくれたこと……心から感謝しております」
 それだけ言って、トリテレイアは、詩文から離れて立ち上がると、職員の女性にもう一度礼をしてから、詩文に「それでは行って参ります」と背を向ける。
「あの」
 振り向かないで、聞いて。少女の言う通り、トリテレイアは、その言葉を背で受ける。
「私は、あなたの考える『誰か』ではありませんが」
 少女の――『少女』の声。
「私の命で、あなたが少しでも救われたのなら……私も、ちょっとは、嬉しいですよ」
 こんな役立たずの命が、少しでも助けになったのなら。
「それじゃあ、お元気で」
 ――待ってください。そう言おうとして、振り向いたトリテレイアの前で、詩文が車に乗り込む。見えた少女の横顔が、ちらりと彼を見て、優しく笑んだ。最後にひらりと少女が手を振って、UDC組織の車は、その場を離れてしまう。
 後に残されたのは、雨の中立ち尽くす、トリテレイアのみである。
「……私が、救われたなら……」
 それは――どういう意味だったのだろう。トリテレイアにはわからない。今彼女が見せた笑みの理由すら、理解できないのだ。
 それなのに……やらねばならぬことは、山とある。
(――先ずは、工場へ潜入しましょう)
 頭の切り替えは、あまりに簡単だった。機械であることを感謝すべきなのか、冷笑すべきなのか。どちらかと言えば後者なのでしょうか、などと思いながら、スティールフェアリーズ・ネストを使用し、妖精型の偵察ロボを呼び出す。
「御伽噺の騎士に導き手の妖精はつきものです……」
 これは偽物なのですが。トリテレイアは呼び出した妖精ロボたちを工場へ送り込み、入り口のリーダーに取りつくと、ハッキングで強引に開錠して建物内部へ入る。妖精ロボで見る工場の中は、どこか船に似ていた。雨――洪水、船。そして神。思い浮かんだ要素から考えてみるが、しかし動物の気配はない。これは何かの符号でしょうか、と、トリテレイアは、めぼしいコンピューターに取りつき、今度はセキュリティを破壊するためにハッキングを試みる。
 ――が、セキュリティは、既に『権限を何者かに奪われつつある』ところであった。
(……これは、他の猟兵でしょうか?)
 何にせよ、これで中へ入れる。トリテレイアは音を消し、己の姿が見えないよう迷彩を施してから、死んだ監視カメラの前を通って工場の中へと堂々と入っていく。目指すは、『保険』の少女たちである。
 ――救いたい。
 トリテレイアは、そう思う。恨まれても構わない、一人でも多くの命を! 妖精ロボのハッキングで内部の情報を収集しながら、少女たちの檻へと進んでいく。途中、慌てたように走っていた職員を、騙し討ちのように怪力でねじ伏せ、檻への道を切り拓く。
 そのメッセージが入ったのは、そうして少女らの元へと向かう最中のことであった。
『猟兵だよね?』
 妖精ロボを介したそのメッセージに、トリテレイアは『はい』と返事をする。
『ああ、良かった。オレはヴォルフガング・ディーツェ。良いとこ取りで申し訳ないけど状況は把握したよ。今から管制室を武力制圧しに行くところだ』
 どうやら、先程セキュリティを掌握しようとしていたのは、彼であるらしい。トリテレイアは、ヴォルフガングと名乗った猟兵に己の名前を告げると、『私は今から、少女たちを救いに行くところです』と答えを返した。
『それなら、こっちが制圧完了したら、全部ロックとか外していくね』
『それは助かります』
 ロックがあれば全てハッキングで開ける予定ではあったが、管制室から開けられるのであれば、そちらの方が時間もかからず良いだろう。
『先に、東の棟の方へ行きますので』
『了解』
 短い会話を終わらせれば、少女たちの檻は目前であった。
 彼女らは洗脳されているかもしれない。抵抗されるかもしれない。それならそれでも良い。ワイヤーアンカーで縛ってでも、確保する。死のうとするなら、猿轡も噛ませる。
 絶望――それがどんな奈落か、トリテレイアには、想像することしかできない。理解の及ばぬ闇の底、その深さを、彼は、多分知らない。知らなかった。
 それでも。
 それでも――彼は手を伸ばす。
 そこへ届く、一条の光が、存在すると信じて。

 ●

 ……白は虚無という意味合いを含む色だけど、正にそんな場所だね。
 流石に外装よりは色のある内部を見ながら、ヴォルフガングはそんなことを思う。事件のあらましは、UDC組織などから聞いて知っていた。『神降ろしの薬』、生贄の少女たち――『保険』と、この事件を引き起こした、張本人である真澄正。
 くだらない、と一蹴したくなるような事件であった。どうして人は、すぐに神を求めるのか。例え犠牲が出るとわかっていても、時に人は、それを選ぶ。選んでしまう。
 だから……ヴォルフガングは、この空虚な檻を壊すのだ。
「さあ開演だ……指令『法則を我が意の儘に、戯れの幕を落とさん』」
 唱え、起動させるのは、調律・機神の偏祝〈コード・デウスエクスマキナ〉である。ユーベルコードで己の技能を更に強化して、トートの叡帯から呼び起こした電子操作盤を操り、高度情報体経由で工場のセキュリティに潜り込む。それが思いの外簡単だったので、ヴォルフガングは拍子抜けする。なんだ――こんな外観で、『神降ろしの薬』なぞ作っているから、セキュリティも余程堅牢なのかと思ったが、存外そんなこともないな。一般企業より少し複雑、と言った程度だ。魔術的な防御に至っては、ヴォルフガングの技術の前には紙切れ同然の強度しかなかった。素人魔術だな、と男は思った。術の使い方も、作り方も知っている。それはわかる。けれど、腕がついてきていない。そういう防御だった。
 何にせよ、これならば、早々に終わるだろう。まずは、このA区画からだな。ヴォルフガングは盤上の指を躍らせ、カメラの映像を順に『異変がない』ものに差し替えていく。これで、職員として潜り込もうとする猟兵の手助けも出来るだろう。
(行きと帰りで出入りしてる人間の顔が違うなんて……気付かれたら厄介だからね)
 まあ、ここまでしなくても、ばれないかもしれないけれど。念には念を、労力もさして払わなくていいのなら、損はない。さて、次は警備システムの掌握に移ろうか。数十台のカメラの映像を全て差し替えたヴォルフガングは淡々と、作業を進めていく。こちらも、さして堅固というわけでもない。システムそのものを奪って、それを利用するように、施設構造も把握する。
 殻。それが、ヴォルフガングの第一印象であった。『何かを守る』――あるいは、『何かを秘匿する』ための――殻。外殻だ。複雑な構造も、通りにくい扉も、利便というものとはまるで無縁である。歪な螺旋を描くようなその内部は、どうも、何がしかの術式の稚拙な模倣に見えた。偶然か、意図して作ったのか。判別がつかない。
 ただ、ヴォルフガングにわかるのは、工場を貫くように作られた中心部、その部屋こそが、予知で儀式が行われた部屋であるということであった。
 そして、真澄もそこにいるということも。
 と、ヴォルフガングが八割以上掌握しつつあったセキュリティに、誰かが干渉する気配がして、彼は身構えた。彼はシステムを掌握しながら、誰にも触れられないよう、壁を作って外部の接続を弾いていたからである。それに触れられるということは、それだけの力量があるということだ。まさか、職員ではないだろうが。防壁を増やすか、迎撃に出るか。考えていたところで――相手が退いた。代わりに、ヴォルフガングを邪魔しない範囲で、施設情報を引き出し始める。
(これは……猟兵だね)
 特に算段などもなかったので、偶然他の猟兵と噛み合ってしまったようだ。カメラの実際の映像の方を拾ってみると、三メートル近いウォーマシンが、鈍色の可愛らしい妖精に導かれるようにして、施設の職員と思しき男を騙し討っているところであった。おそらく、先程の干渉は彼――おそらく――のものであろう。見覚えがある、ような気がする。あれはA&Wだったか……直接会話をしたわけではないから、確証はないが。
 念のため、ヴォルフガングは、ウォーマシンの連れる妖精あてに、メッセージを送る。『猟兵だよね?』。返事はすぐだった。肯定である。
 ――システムの掌握も終わったし、オレもそろそろ動くか。
『ああ、良かった。オレはヴォルフガング・ディーツェ。良いとこ取りで申し訳ないけど状況は把握したよ。今から管制室を武力制圧しに行くところだ』
 ヴォルフガングはメッセージを送りながら、移動を開始する。勝手口を通り、フリーパスとなった入り口から、把握した構造通りに、最短ルートで管制室を目指す。全ての扉のロックを外して、あの部屋へも入れるようにしなければ。
 ウォーマシンは、トリテレイア・ゼロナインと名乗った。彼は、少女たちを救いに行くところであるらしい。それなら、任せてしまって構わないだろう。ロックを外すと伝えて、ヴォルフガングは走る。途中にいた職員は、邪魔だったので拳で黙らせて通り抜けた。どうせ通路を歩き回っているような人間からは、碌な情報など出ない。
 辿り着いた管制室は、大騒ぎであった。それもそうだろう、ヴォルフガングがシステムを丸ごと奪い取り、防壁まで張ったのだから。ユーベルコードによって強化された、魔法とプログラムの複合防壁である。常人に破れるものではない。扉から入ってきたヴォルフガングに、職員の一人が気付いて、侵入者だと叫んだ。それを見ながら、齢百の人狼は厳かに告げる。
「――退け。退かぬなら、鏖殺する」
 決して大声で放たれたわけではないその声で、管制室が一瞬で静まり返る。職員たちが去るのは、早かった。怯えるように一人二人とモニターやコンピューターの前から立ち去り、やがて十人ほどいた全員が、わっと蜘蛛の子を散らすように、ヴォルフガングの背後にあった扉から出て行った。必要があれば指でも折るつもりであったから、素直に従ってくれたのは僥倖であった。管制室も血で汚れずに済んでいる。
 トートの叡帯とコンピューターを繋ぎ、一台で全て扱えるようにしてから、ヴォルフガングは部屋のロックを解除していく。まずは、少女たちを収容した檻の、東棟からだ。次に、西棟。それから他の場所――最後は、儀式場だ。これで、この工場のあらゆる場所は開錠せず通れるようになったが、トリテレイアの方はどうなっているかな。ヴォルフガングはカメラを元に戻して、ウォーマシンの様子を覗く。
 柔らかな物腰のトリテレイアに、抵抗している少女はどうやらいないらしい。五、六人の少女を、彼は確保しているようであった。洗脳などもされていないように見受けられる。……もしかして、被験者部屋の情報なども、集めていないのだろうか。疑問に思って、ヴォルフガングは少しデータを攫ってみる。
 ……ない。
 本当に、少女たちの部屋のデータはなかった。一応、『神降ろしの薬』の失敗作を用いたために、発狂していった者たちの録画記録は出てきたが、それだけだ。
 随分――甘い男なのだな。
 そう思う。普通こういう時は、監視をつけるものだと思うが。
(まあ……この『実験データ』を、彼女たちに見せずに済んだだけ良かった、と言うべきか)
 失敗作の薬で召喚される神々は、どれも禍々しく、直視に堪えない。その存在に耐えきれず壊れていく被験者たちもまた。中には……人の容を留めていられなかったものもいる。
「……この末路を、望むわけもない、か」
 呟くと、ヴォルフガングは、他の猟兵たちへと、ロックを外した旨の情報を共有したのであった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ケイ・エルビス
アドリブ台詞等歓迎

相棒ベルンハルト(f01418)と

spd


普段は運び屋として使っている
戦術輸送機「エアバスA400M」
愛称「アトラス」に相棒の要請を無線で受け急行!
彼を拾って同乗し事情を把握して目的地付近上空へ


高高度降下低高度開傘で
視認外である高高度を飛ぶ輸送機から
オートパイロット機能で上空へ待機させ


2人で降下し共にスカイダイビング
自由落下し低高度でパラシュートを開き敵地に降下潜入


この方法なら敵警戒を回避しやすく
降下時間も短い為発見される可能性が低い


高高度から飛び降りる性質上
パラシュートと合わせ
酸素供給システムや防寒装備でトラブル回避


「久しぶりのスカイダイビングだな。準備はいいかい相棒?」


ベルンハルト・マッケンゼン
アドリブ、他参加者との絡み大歓迎
戦友のケイ・エルビス(f06706)と共に参加。

SPD
隠密潜入……ステルスエントリー、か。
戦友所有の輸送機をチャーター、工場上空をフライパスするフライトプランを依頼。
自分はパラシュート等の空挺装備で搭乗、戦友と二人HALO降下で工場屋上へ降り立つ。
帰りの便はいらないぜ、戦友。片道任務だ、戦術的に…フッ。

屋上からクライミングロープでラペリング下降。窓をトーチバーナーで焼き破り静かに中へ侵入。
UCの影の追跡者の召喚を使い部屋をクリアリングしながら、真澄の所在や召喚儀式の場所を捜索。
少女達? 残念だが今回の作戦目標には入ってない、な。
戦友や他猟兵に、任せよう……フッ。



 
 ベルンハルトから無線にて要請を受けたケイ・エルビスは、待機していた彼を拾って――今、高度一万メートル付近を飛んでいた。コクピットから見える空は、地上の悪天候など知らぬとばかりに太陽に照らされて眩い。雲の上であるから、当然なのだが。
「なるほど、気付かれないよう工場に潜入しないといけないわけか」
 オーバーホールして蘇らせた、戦術輸送機エアバスA400M愛称『アトラス』――普段は運び屋として使っている――の内部で、ベルンハルトの説明にて、ケイは事情を把握する。突然アトラスをチャーターしたいと言われたので、何があったのかと思っていた。
「で、HALO降下と」
「流石に上空は警戒していないだろうからな」
 確かに、敵さんもまさか、空からやってくるとは思っていないだろう。事実、ベルンハルトから聞く限り、取られている対策は全て、地上に向けたものだ。それにこの方法なら、敵警戒を回避しやすく、降下時間も短い為、発見される可能性が低い。地上から入るのが難しいのであれば、悪くない案であるとケイも思う。
「戦友には、工場上空をフライパスするフライトプランを頼みたい」
「一人で潜入する気か?」
「ああ。幸いおそらく相手は素人だ。影の追跡者〈シャドウチェイサー〉を使えば、クリアリングしながら真澄の所在や召喚儀式の場所を探すことも出来るだろう」
 だから、帰りの便はいらないぜ、戦友。
「片道任務だ、戦術的に……フッ」
 ケイは、そう笑うベルンハルトの顔を、まじまじと見た。その表情は、嘘や冗談を言っているようなものではない。悲壮さがあるわけでもない。ただ、彼は事実としてそうだから、そう言っているのだろうとケイは思った。自分が彼をこの高度から工場へ向けて放り落として去ったとして、何の問題もなく、ベルンハルトは任務へ移行するのだとは容易に知れた。
 だが、だからと言って、はいそうですか、と見送る自分ではないのだ。
「……水臭いな、ベルンハルト」
 言えば、ベルンハルトが、どこか不思議そうな顔をした。ケイは自分より十も下の青年の顔を見ながら、ニカッと笑う。
「オレもついていくぜ! 燃料は満タンだし、こいつはオートパイロット機能がついててな――上空待機もお手の物なんだ」
 それに。
「空から潜入して悪の組織をぶっ潰すなんて、映画じみててかっこいいだろ?」
 親指を立てれば、青年が、僅かに表情を揺らしてから、笑みを浮かべた。
「……フッ。私は良い友を持った」
「褒めてもらえて嬉しいぜ」
 そうとなれば、降下準備である。ケイはアトラスを操縦して、目的の工場まで飛ばす。それほど遠い距離ではない。瞬きをする間に工場付近まで辿り着くと、ケイはアトラスの操縦をオートパイロット機能へと切り替え、後部貨物部へ赴くと、ベルンハルトと共に、積んでいた防寒装備と酸素供給システムを身に着ける。それから、作戦に必要な装備も。
『似合ってるぜ、相棒』
『ケイもな』
『そう言や、潜入して、女の子たちはどうする? 保険なんだろ?』
『少女達?』
『そう。放っといたらまずいんじゃ?』
 邪神復活の贄にされるのでは、と懸念を告げるが、ベルンハルトは淡々と『残念ながら、今回の作戦目標には入ってない、な』と答えた。
『他の猟兵たちに任せよう』
 マスクの下で僅かに笑う気配がする。それが彼なりの信頼であるということは、当然理解できた。他の猟兵たちが少女たちを救うと信じているからこその判断なのであろう。
『やりたいというのなら、戦友は助けに行っても構わないぞ』
『いやぁ、オレも今回は遠慮しとくかな。元凶を叩きに行った方が、面白そうだ』
 少女のために潜入して救って脱出するというのも悪くはないが、他に向かっている者がいるなら、わざわざ向かうこともあるまい。
『まあ、道中で出会うことがあれば助けておくさ』
 マスクを調節しながら、ケイはそう言って笑った。
『そんじゃ、減圧開始と行くか!』
 減圧が完了するまでに、防寒と酸素のチェックを済ませる。外は極寒の気温マイナス五十度だ。酸素も当然のように薄い、ここで不備があれば、空中で失神してしまいパラシュートを開けず、潜入前に死亡という事態になりかねない――尤も、猟兵である自分たちは、死ぬことはないのかもしれないが。
『相棒、猟兵ってのは、真の姿を解放するとかなりの負傷でも治るって言うけど、高度三万五千フィートから落ちたような時でも助かると思うか?』
『あまり考えたくはないシチュエーションだな……が、そうだな、助かるのではないか? 元より、航空機の事故で雲の上に放り出された人間でも、極低確率で生き残ることがあるらしいぞ』
『へえ。そう考えると、案外、人間って凄いんだな』
 生命力なのか、運命なのか。感心しているうちに、減圧が完了する。マスク越しに見えるのは、アトラスの後部ハッチだ。
『じゃあ、ハッチ開くぜ』
『オーケイ』
 薄く開いていくハッチに、風が巻き起こる。雲海は広く、昼下がりの太陽が、二人と貨物室を照らしていた。
『――久しぶりのスカイダイビングだな。準備はいいかい相棒?』
 ゆっくりと時間をかけて、ハッチが開く。
『勿論』
『それじゃ――行くぜ!』
 開ききったのを見て、ケイはハッチの外へと落下した。浮遊感――そして重力。くるくると回りながら、体勢を整える。横に、同じく落下するベルンハルトが見えた。
 そうして、青空の下、高度一万メートルからのフリーフォールが始まった。

 ●

 高度三百メートル付近でパラシュートを開き、数秒僅かな滑空をしてから、ベルンハルトは工場の屋上へ降り立った。続いてケイも、スカイ・ハイを使って着地しようとして――何かバランスを崩したらしく、雨に濡れた屋上に足を滑らせて転んだ。かなり豪快にひっくり返ったので、パラシュートを畳みながら、ベルンハルトはケイに近寄ると手を差し伸べる。
『大丈夫か、戦友』
『だ、大丈夫だぜ』
 まさか転ぶなんて、格好つかねえな。ため息交じりにそう言って、ベルンハルトの手を掴むと立ち上がり、ケイもまたパラシュートを回収する。
 さて時間はあまりない。どこに着地したのか、と周囲を見回すと、どうも、大分工場の奥へ着地したようだ。こちらは、メインの棟ではないように見える。ただ、メインの棟には窓すらないから、こちらの棟に落ちたのは逆に潜入しやすくて良かったのかもしれないとベルンハルトは思った。運が良かったのか悪かったのか、それはわからない。雨に煙る敷地内には、緑色に茂る低木が植わっている。だが、流石にここからでは、どんな花が咲いているのかわからなかった。
 ベルンハルトは装備品の中からクライミングロープを取り出すと、戦友に先んじて、工場外壁へとラペリング下降を始める。ロープに支えられた体で徐々に降下し、窓へ辿り着く。内部を覗くが、誰もいなかった。良し、とベルンハルトはトーチバーナーを取り出すと、窓を焼き破る。そうして静かに内部へ侵入すると、ケイもまた、同様に焼き破った窓から工場内部へと入ってくる。
 周囲に人影はない。ベルンハルトは影の追跡者の召喚で影の追跡者〈シャドウチェイサー〉を呼び出すと、自身を追跡するように指示して、先頭を走る。曲がり角の先を覗くが、特に何もない。先程食事に出て行ったようだから、職員も残っていないのかもしれなかった。扉が一つあったので、開いて中を見る。
 部屋の中は無人であった。家具はと言えば、簡素な白いベッドと、サイドチェストがあるばかりで、他には何もない。辛うじて、サイドチェストには雑誌が置いてあったけれども、それだけだ。
『……寮か?』
『というか、病室っぽいな』
『ああ……』
 そうか、とベルンハルトは思った。被験者を手っ取り早く求人するなら、『治験』などでも装った方が良い。
『こちらはそう言う目的で作られた棟なのかもしれないな』
『じゃあ、真澄はいないかな?』
『まだわからん』
 部屋を出て、他を探す。が、回廊のようになった廊下から入れる部屋を全て見ても、どうやらこの階に人はいないらしいということが分かっただけであった。
『では下へ行こう』
『ラジャー』
 ケイと二人、階段を使って階下へと進む。と、今度は人を発見することができた――白衣の、研究者らしき男である。窓から木々を眺めて、ぼんやりとしているようだった。丁度良い、真澄の居場所でも吐かせるか。ベルンハルトは身を屈めて男の背後へと回り込むと、そのまま取り押さえた。
「なっ――なんだ!? なんなんだお前!?」
『真澄正はどこに居る?』
「は!? 真澄さん――わかったぞ、お、お前、水無月詩文について嗅ぎまわってた連中の一人だな!」
『話を聞かないやつだ。真澄正はどこに居るかと訊いている』
「だ、誰が教えるものか!」
『貴様が痛い目に遭うとしても?』
「たとえ死んでも、だ! ――誰か!! 誰か来てくれ!!」
 男が大声を出したので、ベルンハルトは舌打ちをして男を昏倒させる。見上げた忠誠心だ、ただの研究者とは思えない。今はまるで有難くないが。男の叫びに人が集まってくるのがわかる。
『相棒、どうする』
『隠れながら進む他あるまい』
 そう言って、ベルンハルトはケイと共に、人が集まってくる前に廊下の死角へ入り、彼らをやり過ごすと、『開けっ放しになっていた部屋』を順繰りに見てから更に下へと向かった。男に呼ばれた者たちが、己の部屋を開けっ放しにして出て行ってくれたのは、不幸中の幸いと呼ぶか。いや――
(幸運と言えば幸運なのだろうな)
 手の中にあったカードキーを、閉ざされていた部屋に通して開錠する。どうやら、中は書庫であるらしかった。何故ベルンハルトの手にこんなものがあるかと言えば、先程部屋の中にあったキーを、拝借してきたのである。無論返すつもりはあるが、機会があるかはわからない。鍵がかかっていたので当然だが、無人の書庫だ。
『儀式場の場所とか、書いてないかね?』
『探してみよう』
『じゃ、オレはこっちを見てみるぜ』
『助かる』
 ケイと別れ、ベルンハルトは書庫の本の背表紙から、タイトルを読んでいく。殆どの本は、医学に近い分野の専門書であるらしかった。出版社も、有名なものが多い。こんなものに、怪しげな邪神召喚の儀式のことなど書かれてはいないだろう。念のためいくつか表紙を剥いでみたりもしたが、問題ないようであった。どうやら、ベルンハルトが探す範囲に、おかしな本はないらしい。影の追跡者の視界にも、特筆すべきものはなかった。
 となると、ケイの方に何かないか。そう思うが、本棚の隙間から顔をケイもまた、首を振る。手掛かりはない、か。ならばここに用はない。そう思ってケイに合図をして、部屋を出ようとし――ベルンハルトは影の追跡者の視界の違和感に気付いた。
 よくよく見れば、影の追跡者で見る本棚の、本の奥に、何か薄い金属が挟まっている。
『どうした、相棒』
『何か、あるようだ』
 影の追跡者の元へ行き、本を取り出そうとして、ベルンハルトは、それが動かないことに気付く。仕掛け扉か――ケイに注意を促しながら、本を、『押し込んだ』。
 ――ごん、と鈍い音がして、壁から小さな本棚が出てくる。いかにも怪しげな本たちであった、どれにも出版社の名はなく、表紙に題名すらないものが大半で、表紙は革張りが多い。
『ビンゴ!』
 ケイが、ひゅうと口笛を吹いた。

 ――そうして出てきたそれを手分けして読み、儀式場の場所を把握した二人は、「屋上からロープが」だとか「窓が破られて」、「まさか空から?」だとか騒ぐ研究員たちの間をくぐり抜けるようにして、その場所へと向かったのであった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

冴島・類
流れる川
雨に香る匂い

嫌な空気だ

ひとを耕し
薬で降ろす
何か壊して呼ぶよなもんは…
かみではないよ

連れてこられた子らの保護
避難優先

カメラや防犯機器、扉などは
綾繋で糸を繋ぎ
写さぬようずらし
開閉や必要なだけ操作
忍び足と
出来る限り気配消し奥へ

内部に詳しい教団員もいるだろう
見つけたら捕縛
今施設内にいる連れてこられた子らの数
場を聞き出し向かう

本当に
神様になりたいかい?
事情や置かれた場はわからぬ
人は
生まれは選べないが
これからどうあるかは
選べる
僕は…不条理に喰われて
君らを名もない何かなどにさせるのは
御免だ

手を繋ぎ
巻き込まれたり
自死などは選ばぬよう
止め、庇い
避難を

真澄正は逃走させぬ為
情報や場を見つけたら
封鎖し確保狙う



 
 流れる川、雨に香る匂い。
 ――嫌な空気だ。工場の中を一人移動しながら、冴島類は思う。
(ひとを耕し薬で降ろす、何か壊して呼ぶよなもんは……かみではないよ)
 神とは何か。類は、それを考える。そうしているうちに、次の監視カメラを見つけたので、綾繋〈アヤツナギ〉による不可視の糸を絡めて制御権を奪い、類のことを映さぬようにずらした。こうして通り抜けた後に解除してしまえば、誰にも類のことを把握することはできない。
 他の猟兵たちが行動しているからだろう、職員たちの動きは慌ただしい。だが逆に言えば、その分相手の動きが読みやすくなっているということでもあった――騒ぎながら通り過ぎる職員たちは、いくつか先の区画からでも、声が届くから。
 出来るだけ気配を消し、音を立てぬようにしながら、類は職員を見極める。彼が求めるのは、内部に詳しい者だ。そのためには、真澄までとはいかずとも、それに近しい権限を持つ者が良い。彼らの下げるネックストラップ、そこに入った社員証の文字やカラーを確認して、目当ての者がいないと理解した類は、また別の場所へと移動する。
 それを幾度か繰り返して――その男を見つけたのは、窓のない工場、その最奥とも呼べるエリアでのことだった。
「この部屋の娘たちのことはもういい! 君たちは緊急時対応のマニュアルに沿って業務を遂行してくれ!」
 覚えていない者は、覚えている者に聞け。そう命令する、初老の男。彼の首から下がっている社員証に書かれているのは、確かに『副所長』の文字である。年齢や態度を見ても、彼が重要人物なのに間違いはないだろう。男の命令に若い職員たちが走っていくのを、隠れてやり過ごしてから、類は男に忍び寄り――背後から、その全身を、からくり人形の糸で強く縛り上げた。
「な――ッ」
「静かに。殺すつもりはないから」
 頭の良い人なのだろう、副所長の地位を与えられた男は、類の言葉に黙り込む。それから、背後の類へと身をよじるように視線をやってから、「君は人ではないね」と呟いた。
「……なぜ、そう?」
「何、勘さ。十年も神様の紛い物に付き合っていると、人の埒外にあるものは、なんとなくわかるようになってくるものだ」
「十年も……こんなことを?」
「十年も、こんなことを。人間というのは欲深い。いや、疑り深いというのかな……あるいは、神を憎んでいたのかもしれないね。私たちは、否、私は……多分」
 神を憎んでいるという男に、類は何も言わなかった。無言の類に、「さて」と男が言う。
「さて、何が知りたい? こうなってはどうしようもない、何でも喋ろう」
 何しろ、私はただの人間だからね。初老の男がただそう言うばかりだったので、類も同じく、聞きたかったことだけを聞く。
「今施設内にいる、連れて来られた子らの数と、場所を教えてもらいたい」
「人数は、確か十五か、十六くらいだったかな。二十はいなかったはずだ。真澄が連れて来るばかりだから、正確な数はわからないね。奴は、自分の判断で勝手に逃がすこともあるから。今は東と西の檻に収容していたはずだが……」
 そこで、男のスマートフォンが鳴った。鳴り響く着信音から察するに、電話であるらしい。
「出ても?」
「どうぞ。僕のことを喋らぬなら」
「勿論。そんな面倒なことはしない」
 それだけ言って、男が電話に出る。いくらか言葉を交わして、すぐに電話は切られた。
「どうやら、残るは、ここに居る娘たちだけらしい」
 男が、縛られたまま、部屋の入り口へと目をやって肩を竦める。それを追って類もそちらを見遣れば、船のそれを模したような扉が、そこにはあるばかりであった。
「ここの娘たちは特に精神が不安定でね。隔離していたのだよ」
 君に救えるなら、救ってみたら良い。
 そう言う男を背に、類が扉を開けた瞬間――何かにぶつかられて、僅かによろめいた。見れば、ひとりの少女である。髪の毛をブラウンに染めた――いや違う、これは元から茶色いのだ。目や肌の色素も、どこか薄い。その額には、大きな傷跡。
「――ねえ、神様なんでしょう?」
 少女の第一声はそれであった。
「神様なんでしょう、あなたたち、神様なんでしょう……」
 今にも泣きそうな表情で、少女は類に縋り付いて、そう繰り返す。後ろで、男が、「そうだったのかね?」ととぼけた台詞を吐いた。
「だからわたしを神様にしてくれるって……ずうっと待ってるの、わたし、いい子にしてたでしょう、だから神様にして……ねえ、今すぐ……」
「どうだ、話が通じないだろう」
 男の言葉を無視して、類は少女を優しく引き剥がすと、その顔と、部屋を覗いた。どうやら、中には他に二人ほど、少女が居るようだ。皆、類と少女を不安げに見ている。
「――本当に」
 少女の肩を優しく支え、類は潤んだその目を見る。
「本当に神様になりたいかい?」
「なり……たい。もう、生きていたくないもの……」
 そう呟いて少女はついに泣き出した。嫌、嫌、と喚いて、少女は「神様にして」と言う。
「……君の事情や、置かれた場はわからぬ」
 顔を覆う少女の腕は、この夏の雨の中、長袖に覆われている。彼女にとっての最善とは何か。それは、わからない。彼女のことは、名前すら知らないのだ。
「けれど、人は」
 だが、類は――この、宿神は。
「人は……生まれは選べないが、これからどうあるかは選べる」
 そう言って、類は、泣く少女の手を取ると、その濡れた手を掴む。柔らかな手のひらだった。十代の、少女の手。
「僕は……『不条理に喰われて』君らを名もない何かなどにさせるのは御免だ」
 まだ人生など碌に知らぬ少女が、自ら死を願うほど追い詰めたその不条理や。
 そんな彼女らを壊して、神とも呼べぬ何かを降ろそうとする不条理に。
「だから、僕は、君らを生かすよ」
 喰わせてなど、やるものか。
 類は少女と手を繋ぎ、部屋の中の少女たちにも手を差し伸べる。そうして半ば強引に彼女らの手を握り、類は部屋を出る。
「……神はいつだって、傲慢だ」
 なぜか男が――泣きそうな顔で類を見て、そうこぼした。
「真澄は中央の儀式場にいるよ。報告では、動いていないらしいし――奴の性格上、こんな事態になって逃げ隠れすることもないだろう。その子らを外へ放り出したら向かうと良い。先程、セキュリティも全部掌握されていると報告が入ったから、スキップしていても辿り着けるだろうよ」
「……仲間じゃないのか」
「私たちは無二の親友でね」
 彼には一緒に地獄に落ちてもらう、と男が呵々と笑った。
「さっさと行けば良い。私は君とは手を繋がん」
 ――それは明確な、類への拒絶だった。ここでいくら言葉を尽くしても無駄だろうと、すぐに察することが出来るほどの。
 それに、類のやるべきことは、少女たちを無事に外へ連れ出すことだ。
 自死など選ばぬよう、類は彼女らの手をしっかと握ると、走り出す。セキュリティが壊れ、少女たちを回収されつつある工場の中は、上へ下への大騒ぎだ。中には、武器になりそうなものを持って回っているものもいる。これに巻き込まれて怪我などもさせる訳にはいかない。
 念のため儀式場を封鎖するよう動きながら脱出しようと走る類に、死なせてください、と、先程泣いていたのとは別の少女がぽつりと言う。
「生きていくのって……神様にはわからないでしょうけれど、つらいんですよ……」
「……知っているよ」
 ずっと見ていた。悲しみ、笑い、苦楽を抱えて死んでいく、短い命たち。愛し、慈しんだ彼らの命を、その重さと儚さを、類は……よく知っている。
「知っているから……君らを、逃がすんだ」
 燃えた縁と社、そこから生まれた己だから。
 そして類は少女らの手の温度を感じながら、儀式場から逃れられぬように封鎖を済ませると、工場の外へと出たのであった。

 

成功 🔵​🔵​🔴​

アンテロ・ヴィルスカ
碧海君(f04532)とWIZ、諸々ご自由に…

予めUDC組織の者に我々の顔写真を頼む
ふふ、依頼の記念ではないよ?

休憩中の職員を襲い、白衣と社員証を奪えば顔写真をすり替え、研究者として潜入
あくまでも職員。目立たないよう眼帯は外し、軽口は謹んで礼儀を払う
碧海君の人形には俺の【外套】で迷彩を施すよ
…目指すは神に恋した男だ。

スペアの娘に出会う事があれば【花籠】に入った甘味でおびき寄せ
穏やかな口調と態度で、女子救出を主とする猟兵達の元へさり気なく誘導

さて、真澄君だったかな?
俺は是非聞いてみたいのだよねぇ、自らを実験体にしてでも神を降ろして何がしたいのか…


碧海・紗
アンテロさん(f03396)とWIZ
アドリブ歓迎


アンテロさんの躊躇いなく襲う様を眺めつつ
便乗して目立たぬよう種族特徴を仕舞い早着替え、研究者の演技を
白髪・蒼白の人型操り人形の可惜夜はフード付きマントを纏って

少女たちは”真澄さん”を知っているようですし
コミュ力で言いくるめ情報収集
今どこにいるのかしら?
(あの花籠は私からの…――)
彼の優男な雰囲気に内心冷ややかな視線を

発見出来たなら
少々お付き合い願いたいわ
此方に意識を向けて貰うべく誘き寄せ挑発
研究するのもいいけど…そうねぇ、私も神になれるかしら?


タイミングを見計らい、可惜夜を操り糸で彼を拘束
一体なにが目的?
あなたにとっての利益を是非聞きたいわ?



 
『顔写真、ですか?』
「そう。ふふ、依頼の記念ではないよ?」
「……そんなことは、UDC組織の方もわかっていると思いますよ」
 電話口から聞こえてきた、不思議そうな声にお道化てみせれば、隣の紗に、呆れたような声音で指摘される。それに肩を竦めつつ、「頼めるかな?」と組織の職員に問えば、了承する言葉と共に、最寄りの写真屋を案内されたので、そちらへ赴く。
「悠長な……」
「急がば回れだ、碧海君」
 そうして出来上がった証明写真は、大層いい出来であった。ふむ、と自分の写真を仕舞ってから、紗の写真を覗き込む。やはり、こちらも良い出来だ。
「美人に撮ってもらえたじゃないか」
「それで、これをどうするんですか?」
 アンテロの軽口を流して紗が問う。
「簡単なことだよ」

 ――数分後、男の足元には、二人の職員が転がっていた。

「どうぞ、一応女性のものだ」
 職員から剥ぎ取った白衣と社員証を紗に渡せば、「ありがとうございます」と、淡々とした返事が来る。どうも、躊躇いなく職員を襲ってその装束を奪取したことに対して、何か思うところがあるらしい。が、特に何も言われなかったので、アンテロは気にせず自分の白衣を着る。背丈と体格の都合で少し袖と丈が足りなかったが、まあ許容範囲であろう。雨が当たらぬよう、屋根のある物陰を探して昏倒させたので、着替えも楽であった。見れば、紗も、黒い翼を収納して、白衣を着終わっている。
「いつ見ても不思議なものだねぇ」
 翼など最初からなかったのだと言わんばかりに綺麗な背中を見せる紗に、そう感嘆の声を漏らす。どうやっているものか、オラトリオではない自分にはわからない。
「そうですか? ただ仕舞っているだけですよ」
「それが不思議なのさ。――ああ、可惜夜には、俺の外套を貸そう」
 白髪に蒼白の人型操り人形に外套を着せて、迷彩を施す。フード付きのマントを着用した人形は、一見、アルバイトか被験者に見えた。これなら、それ程目は引かずにすむだろう。後は、社員証の写真を、先程手に入れた自分たちのものに入れ替えれば、準備は完了である。目立たぬようアンテロも眼帯を外してから、紗と二人傘をさし、工場へと向かう。
 監視カメラは、思っていたよりもすんなり通過できた。無論、ここで警報でも鳴らされることを求めていたわけではなかったが、何のお咎めのなしというのは、少々拍子抜けである。まあ、楽で良い。もしかすると、他の猟兵が監視カメラを制圧しているのかもしれないな、とアンテロは思った。
 ……目指すは神に恋した男だ。
 山梔子香る敷地を抜け、工場へと入れば、中はひどく慌ただしかった。漏れ聞こえる声を聞く限り、自分の予想は正しかったようだ。誰もアンテロたちが職員でないことにも気付かず、横をすり抜けていく。
 さて、真澄とやらの居場所は一体どこか。地図もないし、闇雲に探すより、人に聞いた方が早そうだな。そう考え、走り回る職員たち、その中の一人を呼び止め、アンテロは問う。
「失礼ですが、真澄さんがどちらにいらっしゃるか、ご存知ですか? 呼ばれていたのですが、この騒ぎでわからなくなってしまって」
 あくまでも職員として、軽口は謹み、礼儀を払った言葉遣いで質問をすれば、職員の男は少し首を傾げて二人を見たものの、素直に答えてくれる。
「悪い、今居る場所はわからないな。朝、西の方に居たのは見たけど――ああ、あんたら地図持ってないよな? 見ない顔だし、新人だろ。災難だな」
 これ貸すよ、と地図の表示された端末を渡されたので、アンテロは丁寧にお礼を言って、頭を下げた。
「東の方には行くなよ。『保険』狙いの侵入者がいるらしくて、全員気絶させられてる。助けにも行けないからな、死んでも知らないぞ」
 おそらくその正体は猟兵であろう。それじゃあ俺仕事あるから、と職員が去って行くのを見送ってから、男は、ク、と笑い声を喉から僅かにこぼす。
「アンテロさん、こんなところで笑わないでください」
「いや、すまない。あまりに何も疑われないものだから、おかしくなってね」
 それじゃあ急ごうか。紗と共に、地図の通り西棟から儀式場へと駆ける。周囲が走っているので、そちらの方が目立たないと判断したからであった。途中、他の猟兵から連絡をもらった通り、扉は全てロックが外された状態で開けっ放しになっていたので、移動はさしたる労力でもなかった。
 ――困惑した顔で廊下に立ち尽くす二人の少女を見つけたのは、そんな時のことである。年の頃は大体十五、六であろうか。スペアの娘たちであろう、とはすぐにわかった。
「どうしたんだい」
 声をかけるが、少女たちは訝しげな顔で、無言のままアンテロから距離を取るばかりであった。先程の男も『見ない顔』と自分たちを評していたから、彼女らもそれで警戒しているのかもしれない。アンテロは少女たちに微笑むと、つい、と小さな花籠を差し出した。
「良かったらどうぞ」
 中に入っているのは、和三盆である。可愛らしい、色とりどりの干菓子を見て、少女らが顔を見合わせる。
「大丈夫よ、悪いものは入っていないから」
 紗が優しげな声で語り掛けたおかげか、少女たちが、恐る恐る近付いてきて、和三盆を摘まむと一つずつ口に入れた。お菓子って久しぶりかも、と少女の片方が呟く。
「いつも食事はここで?」紗の質問に、少女が頷く。
「うん。美味しいけど、お菓子とかはないんだよね……」
 もう一つもらっていい?とねだる少女に「勿論」と笑顔で答えれば、また一つずつ和三盆がなくなる。それで警戒をやめたのか、少女たちはいくらか砕けた調子でアンテロたちを交互に見て、首を傾げた。
「お兄さんたちは新しい人?」
「そうなんだ。今日入ってきたばかりで」
「そっか。運が悪いね」
「どうして?」
「ここ、いっつも人が死んでるもん」
 あたしたちは、『保険』だから大丈夫みたいだけど。少女が、「美味しい」と和三盆を賞味しながら、そんなことを言う。
「白衣の人もすぐ死んじゃっていなくなるから、皆あんまり顔覚えられてないみたいだよ。あ、セキュリティの人たちは別だけど」
「っていうより、もう白衣で判断してるんじゃない? あれ」
「あー、そうかも」
「わたしらでも覚えてる人のこと、次の日には忘れてるもんね」
 ……どうやら、随分と面白い職場であるらしい。正気を失っているためなのか、入れ替わりが激しいためなのか。先程の職員との会話だけでは判別がつかなかった。どちらにせよ、それで仕事が回るのだろうか、とアンテロは思う。
「ねえ、私たち真澄さんを探しているのだけれど、場所を知っている?」
 この質問には、二人とも首を振った。
「あたしたち、『保険』の中でもあんまり『いい』方じゃないから」
「まあ、花とか飾ってくれる時はあるけど。会うのはその時くらいかな」
 スペアの中でも格があるのか、と思ってから、それもそうかとアンテロは考え直す。工業品でも出来不出来があり、不揃いがあるのだから、人間にない道理はない。
「今も騒がしかったから見に来ただけだしね」
「いきなり扉のロック外れてびっくりしたよねー。自由時間じゃないのに!って」
「そうそう。――あ、そう言えば、あっちの方の子なら、何か知ってるかも」
 少女が閃いたように指さすのは、中央の方である。
「読書室に二人くらいいたと思う。確か、あの子らは朝真澄さんに会ってたはず」
「助かるよ、ありがとう」
 柔らかく笑めば、少女が照れたように顔を伏せた。
「それで、あたしら、どこに行けばいいのかな?」
 職員であると信じているためだろう、少女がそう訊いてきたので、アンテロは笑みを崩さないまま、「東の方に行ってくれるかな? ほら、この地図のこちら側」と端末を見せて案内する。勿論、先程猟兵が女子救出を画策していたと聞いたからである。セキュリティを奪っているのならこの少女たちのことも把握しているだろうし、どこかで拾ってもらえるだろう。
「ふうん、わかった」
「じゃーね、お兄さんたち」
 お菓子また食べたいから生き残ってね、と手を振る少女たちと別れ、読書室へと向かう。
 背後を歩く紗の気配が――冷たく鋭くなっていることには、気付かないふりをして。

 ●

 同じく読書室でも警戒されたアンテロが花籠に入った和三盆を差し出し、蕩けるような笑みで二人の少女たちをおびき寄せるのを、紗は内心冷ややかに見ていた。
(あの花籠は私からの……――)
 いや、こんな時である。言っても仕方がないのだろう。そうは思うが、整ったその容姿を最大限に活用するかの如きその優男な雰囲気には、どうしても閉口してしまうのであった。少女たちの手前、表には出さぬようにはしているが、アンテロには気付かれているのではないかと思った――彼は何も言わないけれど。それがまた、紗の感情を一層冷え込ませるのだ。何も知らぬ少女たちは、嬉しそうな顔でアンテロから和三盆を受け取っている。
「美味しい?」
「は、はい」
 微笑みかけると、干菓子を口に入れた少女もまた、笑顔で頷く。
「良かったわ。ところで、真澄さんは今どこにいるのかしら? あなた、知っている?」
「えっと、多分、儀式場……だと思います」
「儀式場?」
「はい」
 聞けば、中央部分に、屋上まで突き抜ける程天井の高い部屋が一つあるらしく、真澄は時々そこへ行っては何か考え事をしているのだと言う。ここです、と、指さされた端末の地図には、それらしき場所が確かに存在していた。この読書室からなら、かなり近い。
「空が見えるので……わたしたちもたまに連れていってもらうんです」
「……真澄さんは優しい?」
「優しい……って言うんでしょうか? わたしたちが壊れないように気を遣ってるだけだと思いますけど」
 それを優しいと言うなら、多分優しいです。少女は困ったような顔でそう答えた。隣にいた別の娘が、「でも」と続ける。
「わたしは、たとえ優しくなくても、真澄さん好きですよ。ここだと、ひとりの人間として扱ってもらえますし」
「毎日ご飯食べられますしね」
 実はここ来て太ったんですよ、と笑う少女は、それでもほっそりとしている。少女らしく華奢な肢体は、ふとしたことで折れそうなほどであった。
「わたしたちみんな、多分ここで救われたんだと思います」
 ――会話は、大体それで終わりだった。真澄の場所はわかったし、時間もそうあるわけではなかったから。先程と同様、猟兵の方へと誘導してから少女たちと別れ、紗はアンテロと共に儀式場へと赴く。
「真澄君は、随分慕われているようだね」
「そうですね」
 救われた――と、少女たちは言った。
「彼女たちにとっては、真澄という男こそが……神様だったんでしょうか」
 ぽつりと呟いた自分の言葉に、アンテロが「さあ」と気のない返事をする。その一言だけでも、彼が考えていることは何となく理解できた――どちらにせよやることは変わらないのだから、部外者である自分たちが懊悩しても意味がないだろう。おそらく、そのようなことだ。正論である。だから紗も、それ以上は何も言わなかった。たとえ真澄を失った彼女らがこれからどうなるとしても、自分たちのやることに変わりはない。
 何重にも作られた迷宮のような回廊は、今や既に全ての扉を開けられて、儀式場までの道のりを曝け出していた。本来ならこれが物理的な防壁としての役目を担っていたのだろうが、こうなってしまえば形無しである。そうして辿り着いた儀式場の、観音開きになった扉を開けば、一人の男がそこに立っていた。照明の類はないが、天窓から、雨の降る白い昼の光が鈍く差し込んでいた。紗とアンテロに背を向け、男はそれを見上げている。あれが――真澄であろうか。顔が見えないので、歳はわからない。髪の毛には、少し白髪が混じり始めていた。振り向くつもりのないらしい男に、紗は言葉を投げかける。
「あなたが――真澄正?」
「そうですよ」男は振り向かない。「私が、ここの責任者である真澄です」
「『神降ろしの薬』なんてものを研究しているそうだけれど」
「そうですね。俗にそう言われます。あの幹部連中なぞにもね。あなた方もその白衣を着ているのなら、ご存知でしょう?」
 一瞥もしていないのに、真澄は紗たちが白衣を着ていることに気付いているようだった。最初から覗いていたのか、他に見る手段があるのか。視線を部屋の中へ走らせるが、それらしいものはどこにもなかった。
「研究のために、あなたもここへ来たのでしょう」
「……そうね、そうよ」
 どういうつもりなのかは知らないが、真澄もまた、紗たちのことを、研究者の一員として扱おうとしているらしかった。だから紗は頷いて、続ける。
「ただ、研究するのもいいけど……そうねぇ、私も神になれるかしら?」
「あなたが神に?」
 男がようやく、視線を空から正面へと移した。可惜夜の糸で拘束するべく、紗はタイミングを見計らう。
「ええ。ここの方は皆――その薬を試したのでしょう?」
 それなら私も試してみたいわ。そう言えば、僅かな逡巡を挟んで、「構いませんよ」と真澄が懐に手を入れ――紗から意識を外すのがわかった。その隙に間髪入れず、可惜夜を繰って、紗は真澄を拘束する。
「おっ――と……っ!」
 それにバランスを崩して床へ仰向けに転がった男の顔は……これほど大仰な工場で自らと他人を犠牲にするような実験を繰り返していたものとは思えぬほど、柔和なものであった。ただ、想像していたよりも幾分老けている。六十の手前、と言ったところであろうか。疲れ果てている、と言った印象を受ける男であった。
「……皮肉なものですね。人間でないものを降ろそうとして、人間でないものに邪魔されるとは」
「へぇ、わかるのかい?」
 感心したようなアンテロに、真澄が笑う。
「私も人を半ばやめておりますからね。十年もやっていたので」
 逃げないので、せめて立たせていただいてよいですか。信用できないとは思ったが、実際床から見上げられているのも然程愉快ではなかったので、素直にその要求を飲む。天窓を伝う雨粒が、部屋の床に薄く影を作っていた。
「ありがとうございます」
「――さて、真澄君だったかな?」
「はい」
「俺は是非聞いてみたいのだよねぇ、自らを実験体にしてでも神を降ろして何がしたいのか……」
「私も聞いてみたいですね。一体なにが目的? あなたにとっての利益を是非聞きたいわ?」
 二人の質問に、真澄は、その疲れたような顔で、また笑った。
「神様に会いたかったんですよ。神様の実在を、確かめたかった。ただそれだけです」
「それは、何故?」
「二十年前、娘が死にました。妻と一緒に」
 訥々と、呟くように、男が語る。
「娘は死産で、妻はそのために死んでしまったと。聞かされていたんです。私はそれを信じていました。だから悲しくても、やりきれなくても、耐えられた。十五年前までは。でも違った。教えてくれたのは、雪村……あなたたちは会っていないですかね。うちの、副所長なんですが。とにかく彼で。彼も、偶然知ったそうですが……私の血筋が、神への供物に丁度良かったようです」
 それで、生まれた娘は私から奪われた。男の表情は、笑顔のまま、少しも変わらない。
「妻はついでですね。赤ん坊だけでは血肉が足りんと判断されたんでしょう。それなら、私でも良かったんじゃないかと思いますが……まあ、赤ん坊の方が……供物に相応しいと思うのはわかります。それで神の『か』の字も降ろせていないのは、滑稽の一言ですがね」
 だから、私は神を憎みました。
「そんな、いるかどうかもわからない『何か』のために――私の娘は死んだのだと。信じたくなかった。憎んで憎んで憎んで――いつの間にか、私は、神に焦がれていた。会いたくてたまらなくなっていった。これは、恋ですよ。娘と妻を殺した神に、私は恋をしたのです」
 縛り上げられた男は、疲れ果てた男は、『憑かれ果てた』男は――そう言って笑い続ける。
「良くある話です。どこにだってある話。ここに来た研究者たちは、皆、似たり寄ったりの事情で、神を憎んで、神に恋をした者たちだった」
 誰が私の家族を殺したか。この会社の幹部連中ですよ。
「笑ってしまいますよね。私が就職できたのは、私の血のせいで。最初から、私の妻子は奪われるように出来ていたんです。そんな人たちですからね。私が十年前に、『神降ろしの薬』の試作品を作って持っていったら――狂喜しましたよ」
 これで神にまみえることが出来ると――言って。
「私も、なぜ彼らがそんなに神を求めるのか疑問でね。それとなく聞いてみたら、ふ、ふふ。面白いことに、彼ら、人をやめたかったんだそうです。正しく言えば、死なない存在になりたかったと。人をやめたからと言って、死ななくなるわけでもないでしょうに。そんな彼らより、我々の方が先に人をやめてしまうなんて、世の中は不思議ですね?」
「……あなた、自分が、彼らと同じことをやっている自覚はあるの」
 問えば、「ありますよ」と真澄が平然と答えた。
「でも、私の方がまだ良心的のはずだ。本人の同意と、保護者の同意を得ている」
「良心的だなんて――」くだらない詭弁だ。そう言おうとして、真澄がそれを遮る。
「たとえば水無月詩文。彼女は、佐平から『要らない』と言われていたんですよ」
 皆々そうです。ここの少女たちは。
「要らない、必要ない――そう言われてきた娘たちだ。だから、私が買い取った。それだけだ。私の時より、ずっとずっとマシでしょう」
「確かにそうだね」
「アンテロさん」
 同意した男に、紗は鋭い声を投げる。だが、アンテロはどこ吹く風といった具合だ。
「それがビジネスとして成り立っていたのは理解できた。しかし、その中で水無月詩文が特別として選ばれたのは?」
「血が濃かったからです」
 あれは、佐平と、その姉の娘なんですよ。
「佐平が神社を追い出されたのはそのせいでね。姉は気を病んで、詩文を産んだ後自殺したらしいですな。それで、弟が引き取ったと――妻の方は、大分嫌がったそうです。神社の方も表沙汰になると困るので、地元には隠蔽していたようですが……佐平に金を渡したら、壊れた蛇口みたいに何でも喋りましたよ。追い出すだけでなく、殺した方が良かった類の男でしょうね、あれは。情報を消すのも苦労しました」
 何が悪いことなのか、何もわかっておらん男です。だから己だけは『凡庸』でいられる。ふ、ふ、ふ、と、真澄の壊れた薄ら笑いが、儀式場に響く。遠くから、他の猟兵たちがこちらへ駆けてくる音が聞こえてきていた。間もなく、ここも制圧されるだろう。
「さあ、ご両人。これが私の企てた全ての顛末です。目的は神を降ろすことそのもの、利益はこの恋の成就――そして、何がしたいか、でしたか……」
 縛り上げられていた真澄が、不意に『口を動かした』。明らかに、喋るための動きではない。それにアンテロが反応を見せるのと、紗が可惜夜を動かすのは、殆ど同時のことだった。床に引き倒して顎を掴み、アンテロがその口をこじ開けるが、出てきたのは透明な袋だけである。どうも、頬の裏に、薬を入れた袋を貼りつけていたようだ。それならば、と、こじ開けられた口へ、容赦なく可惜夜の指を入れ、吐かせる。だが何も出てこない――何も。真澄が、『神様』でも見るような顔で、二人を見た。

「これで、神を殺してもらえる」

 神を殺せる者が、いつか来ると信じて。
 十年間薬を作り続けたのだと――男は言った。
「そのために、全てを騙してきた! 全て!! あの幹部連中も! 研究員たちも! 雪村も、佐平も、少女たちも、あるいは私自身すらも!!」
 雨が止むのがわかる。太陽とは違う、強く白い光が、真澄を照らす。
「欺罔とは、きぼうとも読みますよね」
 これが私の希望だ。
 既に、何が嘘で何が真実なのか、彼にもわかっていないのではないか。そう思える顔で、男が、微笑む。
「いつか消える出来損ないの神でも、死んだらちょっとは、救われますから」

 そして――真っ白な神、が。

 白い檻の中に、顕現した。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『『受胎者』セレニア・ミグダニア』

POW   :    救い求めた祈りは白に貪られた
自身の身体部位ひとつを【触れた者の生命力を削る輝く粒子】に変異させ、その特性を活かした様々な行動が可能となる。
SPD   :    いつか見た記憶は白に流れゆく
【現存する生物の器官を現した侵蝕体】に変形し、自身の【自身に微かに残っていた人格や記憶】を代償に、自身の【攻撃力】【機動力】【飛翔能力】を強化する。
WIZ   :    生きたい理由は白に否定された
自身が戦闘で瀕死になると【自身に宿っていた不完全な邪神】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はジニア・ドグダラです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 
 部屋の広さは、大体、学校の教室くらいであったろうか。底面が一片七、八メートルほどの正方形となった、縦に長い、柱体の部屋である。天井の高さは、十二、三メートル程度はあるか。雨が止んだ天窓からは、曇りの空が見えていた。床も壁も、全てが白い部屋であった。
 そんな部屋の中を、真っ白な女が、儀式場へ集まった猟兵たちの前へ、天窓からゆっくりと降りてくる。同じく白い床に倒れ伏すのは、男――真澄正だ。女は何も言わぬ――何も。そして真澄もまた、物言わぬ塊と化していた。生きてはいる、おそらく。だが、それだけだ。ここから連れ出したとて、元に戻るかどうかは、最早わからない。

 神を憎み、神に恋し、神を殺してくれと願った男を苗として。
 不完全ながらも、その女は、現れた。

 大きさは、人間の女性と大して変わらないだろう。腕には、しゃらしゃらと鳴る長く細い鎖がついている。周囲に銀河にも似た歪みを纏って、女は輝いていた。白に塗り潰されたようなその肢体は、天使のような羽がその背に生えていること以外は、確かに人間のものだ。
 それは――彼女もまた、かつて『誰か』であったからなのか。
 やはり、女は何も言わぬ。
 女は、何も。
 猟兵たちを見る素振りもない。ただ、そのしなやかな腕を、沈黙した真澄へと伸ばしただけである。それは愛しい人へ向けるもののようで、だが、はっきりと捕食の――否、もっと原初の衝動に似た、己をより確固たるものへと昇華するための、本能じみた意志を感じるものであった。

 だから猟兵たちは――その手が真澄へ届く前に、各々の行動を開始したのであった。

 
ロカジ・ミナイ
本当にいたんだなぁ、空からやってくる神様が
とーっても美しいじゃないの
いい女だよ

ポカンと天井と床の間に浮かぶ白を眺めて
本当は、神様の鎖に手を伸ばして、
この体に括り付けて僕のものにしたかったんだけど

真澄の確保に動く
神が触れるより早く
男を神に奪われてはならない
同時に素戔嗚を発動、大蛇を僕と男の盾とし、
神様の端っこでもいいから咬み千切って腹にしまっとけ

こういうのを体が勝手に動くっていうのかね
その割には理性的で計算高い行動だと、自分でも驚いた

安否確認、安全確保、身体調査
生死に興味はないけども、変調観察は丁寧に
おい、薬はアレで最後かい?

さっき飲んだ薬が腹で疼く
――いやはや不思議な薬があったもんだ


アンテロ・ヴィルスカ
碧海君(f04532)と、諸々ご自由に

真澄君に礼を、色々聞けて興味深かった
実際に神らしきものを降ろしてしまうのだから大した男だ…
俺は面白くて好きだね、彼。

空中戦は得意とは言えないな
武器改造、俺の黒剣を可惜夜の銃に纏わせて強化
更にその状態でUCを発動。
俺が直接使うと疲弊してしまうからねぇ?
その間にも防具改造で鎧を重い武器に耐えられる程度に強化しつつ、銀鎖で彼女の動きをサポートしよう

敵の動きが鈍れば剣を手元に戻し、大剣へ再び改造

望んだ終わりは見られたかな?

さて、碧海君がご立腹だ。
神社巡りがてら新しい菓子を買いに行こう、可惜夜。


碧海・紗
なんとも言い難い…
思った以上に複雑で。

けれど野放しには、出来ないのだから。
ね?優男のアンテロさん(f03396)





可惜夜を目立たないよう忍ばせて
殺気を立たせて、いざ。

緒発動
神様を経て
いいこと、ありましたか?

零距離攻撃で銃を構える可惜夜
心があるのに
どこか儚げな
羨ましげな、寂しそうな
それは心を持たない人形故か

アンテロさんの援助も受けて
人形なりにやりきろうとしているようにも

真澄さんが助かりたいのかどうかもわかりませんが…

結局の所は操られてる故
敵の攻撃を私の代わりに受ける事も
やり返すことも容易く

彼とご機嫌を取ろうとお菓子を求めに行く様は
なんだか心があるようで

そのお菓子は貴方のよ、アンテロさん

アドリブ歓迎


冴島・類
彼らが口々に願う
ひとではない何かとの逢瀬
超越したなにかへの変貌や

物言わぬ真澄と伸ばされた手を見
咄嗟に彼連れて行かれぬよう
引き剥がし抱え
儀式場から連れ出す

ここでは、死なせない

喚んだものを食って
かたちをつくる類なら
肥大されては、困る

戦場に戻り次第
破魔込めた薙ぎ払いで
牽制、注意引きながら相手の攻撃見極め

すべて一緒に、白、になり
無になれば、悩みも少ない、か
若しくは此れを消して、救われたいか

嫌だね

不平等、不条理、悲劇
そればかりでは、ない

かみさまではない
人に焦がれた
モノにできることは

焚上にて
受けた分攻撃力強化に活かし
炎纏わせた刀で切る

救いも、道も
かみさまに託すものじゃない
両の手足で
探していくしかないんだよ


ベルンハルト・マッケンゼン
戦友のケイ(f06706)と参加、アドリブ絡み大歓迎

方針:POW/技能:2回攻撃
聖都アル・クドゥスを思い出す。膝下まで異教徒の血に染まりながら、叫んだものだ。神よ、これでもまだ足りないと言うのか! と。

まずは遮蔽物の確保。次いでケイと連携攻撃、敵に十字砲火を浴びせる。
「戦友、援護を頼む……10秒だけ時間をくれ!」
援護攻撃の間にグレネードランチャーに弾を込める。
「喩え我、死の影の谷を歩むとも禍害を怖れじ――何故ならこの俺こそが、この谷で最悪の悪党だから、な!」
UCのEisernen Handを攻撃力重視で使用。我が名はベルンハルト、傭兵にして酔いどれ。神よ、我が業を照覧せよ。そして……絶望せよ!


ジニア・ドグダラ
『お前は……やはり、か』「……貴女がこうなるのは、覚悟、してました」

神である女に対し私とワタシが呟き、真の姿を現します。

真澄と彼らの言う事を信じるならば、少なくともここには死した者もいるはず。棺桶の封印を解きながらも、ここに在る死霊全てを呼び出し、私に憑りつかせ憑依体になります。
そのままワイヤーフックで素早く接近、死霊達の呪詛を込めた鎖や棺桶をぶつけ、敵の行動を阻害します。

神が更に正体を改めたのなら、憑りつく死霊達を高速詠唱により圧縮、死霊の弾丸として、体に必ず命中するよう射出。当たりさえすれば、死霊達による生命力の奪取や呪詛で悶えるだろうからな。

最後に、再度一発装填し、神である女を撃ちます。


ケイ・エルビス
アドリブ台詞等歓迎

相棒ベルンハルト(f01418)と


POW



「女の子から人並みの幸せや笑顔を
奪うようなヤツは神なんて呼べねえぜ」




早業の援護射撃で
相棒をサポートしながら


彼や猟兵仲間達が行動しやすいよう
UCで銃弾とビームで弾幕貼って時間稼ぎ


手数とフェイント重視の範囲攻撃で
敵を動きにくくするぜ


敵攻撃は第六感や見切りで回避


避けきれねえ攻撃は
気合いのオーラ防御や武器受け
体さばきで自ら吹き飛び
急所を守りダメージ軽減


相棒や猟兵仲間がピンチな時
クイックドロウな咄嗟の一撃
かばう



自分ピンチ時
捨て身の一撃
ナイフでカウンター




事後
「オレは学が無えけど欲しいものは持ってるよ。
色々難しく考えすぎなんじゃないのかい?」


ヴォルフガング・ディーツェ
妻子を弑したモノに恋慕し、守る殻を作る…確かに人じゃあない、怪物の所業だね

持てる医術知識もかき集めて助けよう、真澄
君には犠牲者を想う者に石打ちされる義務がある
…と、守護者の仮面も被らせておいて貰おうか



真澄の襟首を掴んで戦場外に放り出しつつ、ガジェットを爪に変えての接近戦を挑もう

再びUCを纏い、開幕としようか

光の粒子に触れないようグラップル・フェイント技術を駆使したヒット&アウェイで攻撃

呪詛の属性を帯びた爪の連撃で切り裂き、中まで抉り込んだらハッキング

君の弱点や構造、腸の邪神を分析すると共に思い出を食い潰そう
手数は減らしておかないとね?

接近困難な際は火のルーン魔術で焼き払う

得た情報は仲間に還元


トリテレイア・ゼロナイン
神を巡って命を落とした者、救われた者
真澄正…貴方には言いたいことが山ほどあります
悪行は善行で相殺など出来ない
ですが真意はどうあれ、貴方は命と心を救える人
神殺しが終わり目覚めたならその手腕、正しき方向へ使うことを願います

格納銃器で牽制、●かばいつつワイヤーの●ロープワークで引き寄せ真澄を保護
●防具改造で装備した煙幕発生装置で●目潰ししスラスターでの●スライディングで急速離脱、真澄を安全圏へ退避

戦線復帰したら粒子の動きをセンサーで●情報収集し●見切り回避しつつ剣で攻撃
邪神が召喚されたら全格納銃器を展開し攻撃
隙を見て鎖を●怪力で引き寄せUCを刺します

かつての『誰か』の道行きがせめて安らかであるように



 
 辿り着いた儀式場、その天井と床、井戸にも似た合間へと優雅に浮かぶ、その白をポカンと眺めて――ロカジが感じていたことはと言えば、おそらく、感動と称するのが正しかったのだろうと思う。
 ――本当に。
(本当にいたんだなぁ、空からやってくる神様が)
 とーっても美しいじゃないの。いい女だよ。
 目も眩むほどの白色が、男の眼前で、一人の女を形作っていた。しゃらりと鳴るその鎖も、細い体躯も、真澄へと伸ばされる華奢な腕も、輝く羽も――彼女のすべてが、どこまでも甘美な誘惑にも似て、彼の前に在る。あの繊細な鎖に手を伸ばして、この体に括り付けて僕のものにしてみたい。その気持ちが、男の中には確かにあった。
 けれど。
 ロカジが動くと同時、神と真澄、その間に、銃声が轟いた。牽制のため放たれたその弾丸で、真っ白な女が、怯むように手を止める。当の真澄は、至近距離で銃声を聞いているというのに、ぴくりとも動かない。
「真澄正……貴方には、言いたいことが山ほどあります」
 そう言って、ロカジとは別方向から、真澄を庇うように神の前に躍り出たトリテレイアが、倒れる男をワイヤーで捕まえ引き寄せる。そのまま、脱力しきった真澄をその腕の中に抱きかかえると、乱暴にならぬよう、後ろに控えていた類とヴォルフガングに引き渡した。神が、それに反応してか、その優美な曲線を描く顎を――つい、と上げ、連れ去られんとする真澄を、おそらく――見た、のだと思う。だが、それに神がどんな動きを見せるより先に、ロカジもまた、素戔嗚〈キツネノカイヘビ〉を発動させて、自分たちの盾となるよう大蛇を呼び寄せた。直後、トリテレイアの煙幕が、彼らを包んで辺りを白く染める。
 それを割り開くように伸びるのは、柔らかな神の指先だ。それは、真澄を追っての動作なのに間違いはなかった。優しい女の、繊細な指先。
 あの指が撫でるのは――決してロカジではない。
 あの神を喚んだのは。
 あの神が求めるのは。
 あの神とまみえたのは……ロカジではない。
「――かわいいオロチたち、ご褒美の時間だよ」
 今、自分は、どんな顔をしているのだろう? それを見る者は、この白い煙の中、どこにもおらぬ。それは自分自身ですらも例外でない。それはさびしいことであるようにも思えたが、もしかすると、幸いなことであったのかもしれない、と男は思った。食するものを見つけた貪欲な七つ首の大蛇が、その牙を見せながら、笑うように顎門を開く。
 ……とある醜女曰く、八つ目の蛇の首は、ロカジなのだと言う。
 背後で、トリテレイアのスラスターが音を立てて離れるのが聞こえ、儀式場の外へと真澄を連れ出さんと移動していくのがわかった。ロカジも、それに続くべく、オロチたちの胴を一つ撫でると、にんまりと笑う。
「神様の端っこでもいいから、咬み千切って腹にしまっとけ」
 ――こういうのを体が勝手に動くっていうのかね。
(その割には、理性的で計算高い行動だと、自分でも驚くけれど)
 でも――あの神様を僕のものにはできないから。
 煙を泳ぐように現れようとする神がオロチに咬み千切られるのを見ながら、ロカジもまた真澄を追って身を翻す。間髪入れず聞こえてくるのは、銃撃と爆発音だ。それから、前の商店街で聞いた、あの酔っ払いの、よくわからない口上。
 どこかで、山梔子が、薫っていた。
 儀式場の外へ出てみれば、ヴォルフガングの天幕が、小さな医療施設を作っていた。それに駆け寄って視線を投げ、状態をざっと把握する――どうも、経過はあまり芳しくないようだ。ヴォルフガングが、帯から起こした電子操作盤を弄りながら、難しい顔をしているところから、それはすぐにわかった。類とトリテレイアも傍らに居るが、双方ともその顔つきは厳しい。ロカジは男に近寄ると、声をかけた。
「何か、問題があるのかい」
「問題しかないね」
 整った顔の人狼が、その赤い目を細めて、ぐんにゃりと転がる真澄を見る。その姿は、ゴムで出来た人形のようで、およそ生きているとは言い難い。どこを見ているのか、茶色味がかった虹彩も、黒く抜けた瞳孔も、あっちこっちてんでバラバラだ。
「例の『門』だかなんだかの場所はわかったけれど……それの閉じ方が、全然わからない」
 苛立ったように、ヴォルフガングが電子操作盤をまた弄った。それから、小さく「なんだこの出鱈目な術式は」と毒づくのが聞こえる。
「そんなにめちゃくちゃ?」
「機能してるのが不思議なくらいだね」
 ふうん、とロカジは、真澄の傍にしゃがみ込むと、一応、「彼に触ってもいい?」とヴォルフガングに伺いを立てる。動かすと邪魔をするかと思ったのだ。だが、男から返ってきたのは、「いいよ」と言う短い返事であった。ならばとロカジは、遠慮なく真澄に触れる。まずは安否確認。それから安全確保。口や鼻の中に何も入っていないことを確認して、ロカジは、真澄を横向きに寝かせる。最後は身体調査――外傷は、打ち身くらいか。生死に興味はないが、見落としがないよう、丁寧に確認する。
「これ、どうなってるんだい?」
「どうって?」
「腹の中にあるのかい、その門ってのは」
「いや――別の次元だね。次元っていうのもおかしいような気もするけど……魔術で現実と少しずれたレイヤーを無理矢理作って、自分を複製してそこに配置し、それを簡易祭壇として機能させて、現実の自分を供物として、薬を呼び水に、神を引き出してる……って感じだと思う」
 でもそれだけなら、ここまで出鱈目な構造にしなくていいはずだ。そうヴォルフガングが呟く。
「だから――継ぎ足していったんでしょ」
 なんとなく、ロカジは口にする。真澄に変調はない。男の説明が正しいなら、まずは薬を吐かせる必要がありそうだ、と、適した薬を調合するべく、薬箱から取りだした幾つかの材料を吟味していると、「継ぎ足す?」と人狼の、訝しむような声がした。
「十年やってたんだ、最初から綺麗に完成してたわけじゃないってことさ」
 そうか。ヴォルフガングが閃きの得心を口にするのを聞きながら、ロカジは、ひとまず一つ、薬を作る。秤を用い、擂粉木ですり潰し、時には少し炙って、出来上がったそれを、真澄の腹の中へ、水と共に流し込んだ。すぐに変化はない。戦闘音を遠くに聞きながら、しばらく待って――不意に。
 がふ、と。
 真澄が、咳き込んで、白衣に包まれた体躯が電流でも流されたように痙攣する。暴れて怪我でもされたら困ると両腕で抑えるが、力が強すぎて難しい。くそ、とロカジは顔を歪めた。
「手伝います」
「僕も手伝おう」
「助かるよ――こんな大きい獲物は初めてでね」
 トリテレイアが足を、類が上半身を抑え込んで――暴れる真澄が、ついに何か透明な液体を少量吐き出した。これが『神降ろしの薬』というやつだろう、おそらく。痙攣が収まり、黒目もまともな位置に返ってくる。だが、意識が戻らぬ。それに薬の量も少なすぎた、ロカジが『ちょろまかした』液体は、どれもこれの倍はある。
 ならば次だ。再び材料を選んでいると、ヴォルフガングが、頭上で、なんだ、と小さく声を上げた。
「――馬鹿らしい。オレは、子供の落書きに頭を悩ませていたのか」
「わかったのかい?」
 顔を上げると、男が、不敵に笑った。
「勿論」
 ヴォルフガングがロカジ同様跪き、蒼い薬を取り出す。何かの技術で精製されたと思しきそれの蓋を開けながら、真澄の顎を掴む。
「――持てる医術知識もすべてかき集めて助けよう、真澄」
 君には犠牲者を想う者に石打ちされる義務がある。
 先程と同じく薬を流し込まれた真澄の体が再び跳ねて――蛙のような声を漏らしながら、寝かされたシーツを掻いた。それを四人がかりで抑え込みながら、ロカジはふと、視線だけを儀式場の中へとやる。白い檻の中では、未だ神が猟兵と戦っている。
 真っ白な、美しい神が。
 さっき飲んだ薬が、腹で疼く。
(――いやはや)
 不思議な薬があったもんだ。
 ロカジは笑いながら、二つ目の薬を男へ与えたのであった。

 ●

 自分ではない誰かの記憶が――瞬きと共に蘇って、ベルンハルトは、ああ、と小さく声を上げた。真っ白な神。倒れ伏す男。工場を逃げ惑う人々――神を信じて。神を愛して――そして死んでいく。女も子供も容赦なく。積み重なる襤褸切れの山、否、そこに積み上がっているのは人の死体だ。街は死臭に満たされ、地面は既に血河と化し、誰も彼もが死んでいる。見よ、私の足を。膝下まで異教徒の血に染まりながら、死んで死んで殺して殺し続けて――だから、『彼』は、叫んだのだ。
「――神よ、これでもまだ足りないと言うのか!」
 隣にいた――琥珀色の目をした男が、ぎょっとした顔で自分を見た。それで漸く、ベルンハルトは気付く。ああ――違う。違うな。ここは、かの聖都ではない。もう一度瞬きをすると、真っ赤な街も、死体も、何もかもが消え失せる。映画のように鮮明なフラッシュバックから帰ってきた男の眼前には、ただ真っ白な儀式場があるばかりだった。先んじて動いた数人の猟兵たちが煙幕を張って真澄を抱えて儀式場の外へと去るのを見ながら、ベルンハルトは口元を苦笑の形に歪めた。どうやら、また、自分のものではない記憶を見たらしい。またとびきり古い記憶だ――千年近くも前の。戦史研究が趣味の自分ではあるが、その影響というわけでもないのだろうとはわかっていた――まったく、不可思議なものだ。マスクを外した顔を撫で、七つ首の大蛇にその指を食い千切られる神を見ながら、銃を構えて男は戦友に語り掛ける。
「それではやるとしようか、ケイ」
 呼ばれた男はと言えば、一瞬だけ、心配そうな顔で――何かを言うためだろう、僅かに唇を動かしかけた。だが、戦場というこの場では、それもすぐに消えてしまって、男はいつもの元気そうな表情に切り替えると、「オーケイ!」と親指を立てた。
(さて、まずは遮蔽物の確保……と行きたいが)
 この何もない四角い檻の中でそれを求めるのは難しいだろうとベルンハルトは思った。床にも壁にも、その用途を満たしてくれそうなものはない。どうやら、予知で用意されていた畳などは、後から持ち込んだものであるらしい。神が現れたこの今、空っぽの部屋の中、辛うじて存在しているのは、当の白い神と、それに食らいつく大蛇だけである。床をグレネードランチャーで破壊して、というのも頭を過ぎったが、塹壕とできるほどに抉れるとも思えなかったし、何より敵は自分たちの頭上である。平面的な防御の有用性については、疑問が残るところであった。無言のまま、ベルンハルトは、舞う神を見る。真っ白な神は未だ健在で、咬みつく大蛇を振り切ることさえできれば、今にも天井まで舞い上がってしまいそうだ――ならば、それを止めることが先決であろう。
 ケイに合図をして二手に分かれ、それぞれ正面と側面から、十字砲火を仕掛ける。無論、あの薬師の喚んだ大蛇には当てぬよう、注意を払うのは忘れない。恨みを買うのは恐ろしいものだからな、と僅かに笑うベルンハルトの眼前で、弾丸を受けた神が悶えるように身を震わせて、食らいつかれた大腿部を、眩く輝く光の粒子へと変貌させた。おそらくは、銃撃と大蛇の牙から逃れようという心算なのであろう。粒子に触れた大蛇が、萎れるように勢いをなくし、頭を垂れた。それにいよいよ自由を取り戻した神が、銃弾の嵐に揉まれながら、それでもその白い翼を羽搏かせて、上空へと舞い上がろうとする。
 だが、そうはさせぬ。
「――戦友、援護を頼む……10秒だけ時間をくれ!」
 叫べば、ケイが、「了解!」と返事をした。信頼できる友の『了解』ほど、背中を預けられるものもない――ベルンハルトは銃撃を止めると、グレネードランチャーへ手早く弾を込めて、神を見据える。サイトの向こうで羽搏く女は、大蛇から逃れた腿を元に戻して、今度は銃弾と熱線を受ける胴体を粒子へと変え、ケイの方へと伸ばそうとして、避けられていた。そう言えば、あの商店街でも、あの女神のおかげで酷いものを見せられたのだったな――苦い記憶に、ベルンハルトはあの日飲んだ、冷たい酒の味を思い出す。
(その八つ当たり、というわけでもないが)
「……フ。白い女神とやらには、いい思い出がないものでな」
 呟いて、男は叫ぶ。
「喩え我、死の影の谷を歩むとも禍害を怖れじ――」
 詩篇の一文を唱えて、グレネードランチャーを、右の翼へ向かって発射する。着弾した擲弾が爆裂して、神が苦しむように仰け反った。白い羽が、引き千切れるように燃える――焦げ跡こそないが、その羽は、確かに歪んでいた。だが、まだ、飛ぶことは可能であるようだ。これは祈りか? 私は敬虔な羊飼いか。いや、そうではない。ベルンハルトは神を信じていない。楽観と酩酊の中にのみ、命の実在を感じられる、ただの酔いどれだ。路上で寝転がる赤ら顔の男、それが聖職者然として祈りを吐いても――そんなもの、誰にも届くまい。
 ましてや、今から『誰かが愛した神を殺す』、大罪人とも呼ぶべきこの男の祈りなど。
 その重さを、多分……自分は理解できていた。
 それでも、ベルンハルトは、この神を屠るのだ。
 神が、胴体を諦めて、翼を粒子へと変異させようとする。
「――何故ならこの俺こそが、この谷で最悪の悪党だから、な!」
 再び引かれた引き金に、Eisernen Hand〈アイゼルネン・ハント〉の擲弾が飛んだ。爆発音が響いて、粒子化が間に合わなかった翼がついに折れる。片翼で飛ぶことのできなくなった神が――あるいは天使が、高度を落とす。
「……我が名はベルンハルト、傭兵にして酔いどれ」
 それを美しいと思ったのは、そこに滅びを見たからだろうか。それとも、あのギリシャ彫刻に、頭と腕がないことを美しいと思うのと、同じ理由だったのだろうか? ベルンハルトは、笑いながら、言葉を続ける。
「神よ、我が業を照覧せよ。そして……絶望せよ!」
 いつの間にか、ガラス窓から差し込む日差しが――強くなり始めていた。

 ●

 同行したのが途中からだったせい、というのも、きっとあるのだと思う。ケイはベルンハルトの要請を受けたからアトラスを飛ばしただけで、ここへ辿り着いたのも、強い動機によるものではない。正直に言えば、多分ケイは、『映画みたいで楽しいじゃないか』という理由で、ここに来ていた。無論、相棒であるベルンハルトを手伝いたかったというのも確かにある――あの、薄氷の上で自我を保っているような。ケイが目の前にいるのに『一人で潜入する』という手段を選ぶような。青い目の奥に見知らぬ過去の幻影を灯して燃えながら、それでもなお、何でもない顔で「それではやるとしようか」などと言うような、あの、頼り下手の青年を――助けてやりたいと思ったのは、間違いのないことだった。
 だがそれでも多分、自分個人の感情だけで言うなら、『楽しそうだと思ったから』というのが、きっと、大きかったのだと思う。久方ぶりのHALO降下も、工場内へ潜入して儀式場へと向かうのも、疑う余地なく『楽しかった』。だからもしかすると、ケイには一生わからないことなのかもしれない。
 けれど――彼は、考えてしまうのだ。己が構えるアサルトライフルの銃声を聞きながら。白く輝くそれを見ながら……どうしても。
『何故』。
『何故』、真澄は、『こんなもの』を降ろす道を選んでしまったのだろう。
 彼が語る言葉を直接聞いたわけではないから、伝聞の経緯しか知らないけれど、彼が取るべきは、こんな手段じゃなかったはずだ。真実を暴き出して証拠を揃え、然るべき機関へ訴えたっていい。UDC組織が嗅ぎつけてくれれば、彼らが解決してくれたかもしれないし、彼らの手には余ると言うなら、どうにか猟兵を手配してくれることだってあったはずだ。それが難しいなら、いっそ会社のお偉方をとっ捕まえて痛い目に遭わせたっていい。それで、それで――どうして、済まなかったのだろう。それだけで、良かったのじゃあないか。
 こんな、何人の血肉を吸って生み出されたのか、わからぬものを呼ばなくたって。
「……女の子から人並みの幸せや笑顔を奪うようなヤツは神なんて呼べねえぜ」
 これは、『神』なんかじゃない。ケイはそう思う。
(オレは学が無えけど欲しいものは持ってるよ。色々難しく考えすぎなんじゃないのかい?)
「……なあ、『あんた』もそう思うだろ?」
 その精緻に過ぎる、『人間』を模った姿もまた……かつての『誰か』のものなのだろうから。
 ベルンハルトが、「10秒だけ時間をくれ!」とケイを頼る。それに強く「了解!」と返して、男はアサルトライフルを左手に持つと、愛用の熱線銃――スタリオンを取り出して、両方の銃口を、神へと向ける。時間稼ぎならお手の物だ。任せとけ、とケイは笑った。
 そうだ、そうやって頼るべきだ。人は一人では立てないのだから。
(お前を支えてやることくらいは、俺にだって出来るんだ。ベルンハルト)
 ――真澄にも、そんな人間がいたら。
 十、と、頭の中でカウントを始める。
「こいつで……決まりだぜ!」
 グレネードランチャーに弾を装填し始める青年を視界の端に捉えて、ケイはタリホーによる銃撃で、神を捉える。九。人間の形をしていながら、およそ人のそれではない白を、銃弾と熱線が貫いた。八、七。それに痛みを感じたのか、逃げようと粒子へと変異して、ケイへとその粒子を伸ばす。六。光り輝くそれを、直感と見切りを駆使して回避し、体勢を立て直す。五、四。冷静に頭の中のカウントを減らして、ならばと、神をその粒子ごと攻撃する。三、二。アサルトライフルで肉を穿ち、ブラスターのビームで粒子を焼けば、最後の一秒が過ぎて――丁度十秒が経つ。
 直後青年の擲弾が、右羽を焼いた。焼かれる胴を諦めた神が、翼を粒子へ変えようとするのに、ベルンハルトが再度擲弾を叩き込み、羽が折れる。そうして高度を落とした神の――左羽もまた、別の猟兵が爆破させたことで千切れ飛んだ。両翼を失った神が、ひらひらと、木の葉のように地面に落ちる。それなりの高さから落ちたように見えたが、落下の音はなく、神もダメージを負ったようには思えない。どう動くのかわからなかったので、銃撃だけは止めて、ケイは、慎重に、真っ白な床へ倒れ伏す神を見た。目が眩むような白だと思っていた床は、神に比べると、幾分くすんでいる。
 こう見ると――色以外は人間と同じなのに、とケイは思った。よろよろと、翼の折れた神が、鎖を鳴らしてその上半身を起こして――
 ――顔が。
 人間ならば顔がある筈の場所が、虚ろな銀河となっていた。その容貌に、ケイの第六感が激しい警鐘を鳴らす。さっきまで顔はあった、それは絶対に間違いがない。ということは、粒子となって消えたのだ――どこへ。鋭く視線を走らせ、輝くその星屑を探す。視界の端で、ベルンハルトもまた、同じく粒子を探しているのが見えた。
 その背後に、太陽に照らされて煌めく、白い影が薄く迫っているのも。
「――ッ!!」
 息を呑む。声をかけるか。いや、それでは間に合わない。熱線銃、駄目だこの位置は青年に当たる。それなら、取る手段は一つだ。ケイはそう覚悟を決めて勢いよく駆け出すと、驚く青年の腕を掴んで、庇うために背後へ放り投げた。さらさらと流れる白い影がケイの全身を覆う、同時に強い虚脱感。眩暈がした、『生きていくために必要な何か』が、削られているのがわかる。自分の名を呼んで駆け寄ろうとする気配。そうじゃない、そうじゃねえぜ、ベルンハルト。青年を手で制して、ケイは笑う。
「だから――水臭いって言ってんだよ!」
 こんなもの、どうだって言うんだ。気合を入れて、オーラを纏う。それで粒子による攻撃を防ぎながら、ケイはスタリオンの熱線で粒子を焼いて、離脱した。
「こういう時は、黙って助けられとくもんだぜ」
 どうしても何か言いたいなら、『一つ借りが出来たな』と笑って。
 そして、最後に、酒の一杯でも奢るんだ。
「この世ってのはそういうもんだし、それでいいんだよ、相棒」
 真澄、あんたもな。
 口には出さずに目をやれば、儀式場の入り口には――よろめくやつれた男が、立っていた。

 ●

 時間は少し前に遡る。
 白い神の足元で、完全に脱力して白目を剥いてしまった真澄は、最早アンテロではどうしようもないと即座に判断できるような状態であった。念のため紗の方を見るが、彼女もまた、首を横に振る。であれば、彼について自分が出来ることなど何もない。駆け付けてくる猟兵たちの邪魔をしないよう、可惜夜の糸を解いて、紗と二人、真澄から速やかに距離を取る。
 真澄に礼を言わねばならぬ、とアンテロは思った。
(実際に神らしきものを降ろしてしまうのだから大した男だ……)
 儀式場の上部へと現出する女は、確かに神で、真澄が降ろしたものであった。これがここに在り、アンテロたち猟兵がここへ集った以上、神は必ず屠られる。真澄の話を聞く限り、それこそが彼の本懐であり、真の目的であったのだろう――ならば彼は勝者だ。
 彼は、自らの手で、自らの力で、己が希望を手に入れた。
(いやまったく、色々聞けて興味深かった)
 戦闘へと移行するため、黒い甲冑へとその装束を変えながら、アンテロは満足気に笑う。反面、浮かぬ顔なのは、隣の紗であった。
「……なんとも言い難い……」
 困ったように眉尻を下げて、紗が言う。直後、数人の猟兵たちが儀式場へと辿り着き、数瞬――おそらく状況を把握するために――動きを止めてから、すぐに動き出した。滑るように、真澄へ手を伸ばす神と真澄の間へ割り込んだのは、白を基調にした装甲のウォーマシンと、黒い髪の先だけをピンク色に染めた、ロカジである。ウォーマシンの銃器による銃声が鳴り響いて、白い女が怯む。神にしては小さいようにも感じるその姿は、ある程度の高度を保って、降りてくる気配もなかった。あの羽の片方でもへし折ってやれば、墜落もするのかもしれなかったが、それまではあの状態の神と戦わねばならぬらしい。
「そうかい?」
「ええ。思った以上に複雑で」
 ――空中戦は得意とは言えないな。それなら、大人しく飛び道具を持った者に任せよう。アンテロは黒剣を抜くと、「少し頼むよ」と言って、紗が操る可惜夜の銃へとそれを纏わせた。紗もまた、そうして強化された可惜夜を、神の興味を引かぬよう、目立たないように自分たちの影へと忍ばせる。
「単純なものより、多少複雑な方が、興味が湧くだろう」
 ウォーマシンがワイヤーで真澄を巻き取り、背後に控えていた猟兵二人――片方はヴォルフガングだった。向かい側には、金髪の傭兵も居る。どうも、今回はあの商店街で出会った面々に縁があるようだ――へ引き渡す。
「俺は面白くて好きだね、彼」
 真澄を面白いと称したアンテロに、紗が小さく、呆れたようなため息を吐き、それから真っ直ぐ神を見つめると、可惜夜の糸に繋がる指を、優雅な仕草で動かした。猟兵の二人が真澄を抱えて儀式場を去り、ウォーマシンの放った煙幕の中で、盾として呼ばれた大蛇が踊った。遅れて、殿のロカジもまた、外へ出る。
「――けれど野放しには、出来ないのだから」
 ね? 優男のアンテロさん。
 どこか棘のある口調は、先程スペアの女子たちへ花籠の和三盆を食べさせたせいだろう。あれは、彼女からの贈り物だったから。怖いものだね、などと思いつつ、アンテロはすっかり甲冑に包まれた肩を竦めると、「御尤も」と返した。
 さあ――出番だ。
 大蛇が、神の指先を噛み千切る。次いで、向かい側で動き始めた猟兵たちの銃声を聞きながら、アンテロもまた、鎧の内側の棘を、自身へと突き立てた。その痛みで僅かに顔を顰めながら、溢れ出た血を、可惜夜の銃に纏わせたままの黒剣へと注ぎ、sarkofagi〈サルコファギ〉を発動させる。
(俺が直接使うと疲弊してしまうからねぇ?)
 自ら大剣を振るわずに済むだけで、随分と消耗は抑えられる。神を落とすことが先決である以上、力の配分は大切だ。アンテロは、殺気を立たせて可惜夜の銃を神へと向けた紗のサポートをするべく銀鎖を取り出しながら、擲弾で神の右羽が燃えるのを見る。
「丁度良いな。俺たちは左を狙おう」
「ええ」
 短い返事と共に、紗の操る可惜夜が、黒剣とユーベルコードによって強化された銃を、神へと向けた。照準を合わせるその間にも、鎧を、大剣の重さに耐えられるように強化する。
 それにしても――神というのは、屋内で飛ぶのが好きなのだろうか。男はそんなどうでもいいことを考えた。例の天秤といい、この神といい、高いところから凡愚たる民草を見下ろすのが、彼らの義務とでも? あるいは、単純に、“God’s in His heaven”ということなのか。アンテロにはわからない。正確に言えば、その理由を把握する必要など、さして感じていなかった。
 二発目の擲弾の爆発音がして、直後、アンテロのsarkofagiによって破壊力を増した可惜夜の銃もまた、神の翼を射抜く。銃弾が命中すると同時、発動するのは、紗の緒〈イトグチ〉だ。擲弾よりも大きな爆発が起きて、神の左羽が千切れ飛ぶ。
 天窓から見える空は、いつの間にか、幾分晴れ間を見せ始めていた。
 その白い日差しの中、紗の糸を絡ませながら、周囲に纏った歪な銀河を煌めかせて、神が雪のように舞い落ちて、伏せる。こうやって見ると、一層小さいな、とアンテロは思った。自分がその首に大剣を振り下ろせば、そのまま簡単に死んでしまいそうだ。尤も、それほど簡単に済むのならば、猟兵など必要ないのだろうけれど。
 どうやら、神の注意は、例の金髪の傭兵の方へ向いているようだ。あるいは、『人間』を取り込みたいと思っているのか。手助けはさして必要ないだろう、彼にも頼れる仲間がいるようだから。
 可惜夜に纏わせていた黒剣を手元に戻し、大剣へと再改造しながら――アンテロは、現れたその男に、「やあ」と声をかけた。
「もういいのかい、真澄君?」
 猟兵たちに支えられ、憔悴しきった様子の男に顔を向ければ、真澄は幾度か瞬きをしてから、「あなたは……先程来た男性ですか」と、弱々しい声で尋ねた。
(……ああ。兜か)
 一瞬、何故そんなことを聞くのかと思ってしまった。
「そうだよ。興味深い話をありがとう。俺はアンテロ・ヴィルスカ。以後お見知りおきを」
 礼儀を払ってお辞儀をすれば、真澄が何か反応を見せる前に、神が立ち上がる。
 楽しいお話は後だ――真澄には是非、彼の恋した神が死ぬところを見物していてもらおうではないか。
 そう考えながら大剣を構えたアンテロの耳朶を打ったのは、紗の声ではなく。真澄の声でもなく。ましてや、神の声などでもなく――

「……セレニア」

 こぼれ落ちるように呟かれた、少女の声であった。

 ●

 真澄が儀式場へと戻り、地に伏した神が、粒子と化していたその顔を、元に戻す。白いかんばせは、空を飛んでいた時よりもはっきりとして、集った猟兵たちにその造作を見せていた。感情の抜け落ちた女の顔は、人形のそれに似て儚い。
 そんな女の顔を見て、セレニア、と、名を呼んだのは――棺桶を背負った、小柄な少女だった。名は確か、ジニアと言ったか。ロカジから聞いただけなので、正しいかどうかは知らないが。他の猟兵たちも、流石に動きを止めて、神に呼び掛けた少女を注視していた。
 セレニア、どうして貴女が。
 どうして……。
「……良かったね、真澄。君の降ろした神は、呼ばれるべくしてここに現れたらしい」
 散々吐いて暴れた上に、かなり荒っぽい治療を施されたせいだろう、真澄の顔色は死人めいて悪い。寿命などもいくらかは短くなっているのかもしれなかったが、そこまではヴォルフガングの知ったことではなかった。真澄が、ぼうっとした顔で、ジニアを見る。
「彼女も……神に誰かを奪われたのですか。その結果が、あれだと……」
「さあ。オレは彼女のことを知らないからね。何とも」
 でも、良くある話と言ったのは、君だろう。冷たい声で告げてやれば、真澄が、疲れた顔で「そうでしたね」と力無く笑った。
「神はいつだって気まぐれに、我々の大事な何かを奪っていくのでした」
 それが神というもので、だからこそ、私は神を殺して欲しかった。
「だから私は、それにたまらなく恋焦がれながら……その死を願った」
「……は。妻子を弑したモノに恋慕し、守る殻を作る……確かに人じゃあない、怪物の所業だね。しかも、自らその恋の破滅を望むとは」
 ヴォルフガングは、嘲るように言う。真澄は、小さく、その通りですと肯定した。
 セレニア! 痛々しいほど必死な叫び。だが、ジニアの言葉に、神は攻撃まったく反応しない。少女は悲愴な顔をして、一つ俯くと、すぐに顔を上げて――再び神を見た。
 その表情にあるのは、おそらく、決意だったろう。
 相手がかつて『誰』であったにせよ、猟兵として、その存在に幕を引いてみせるという、眩い光にも似た、決意。
 白は――虚無の色だが、光の色でもあるのだ。男はそんなことを思いながら、少女を見る。
 ならば、ヴォルフガングも、それを手伝おうではないか。
(……これもまた、仮面に過ぎないのだけれど)
 守護者の。腹の中で煮える愛憎を押し込める……仮面。
 それでも、この場では、きっと必要なものだ。
「――真澄。俺たちはあれを殺すだろう」
 真澄の方を見もせずにヴォルフガングは一歩踏み出し、口笛をぴゅぅいと高らかに吹くと、その両腕に嵌まっていた這い穿つ終焉〈スニークヘル〉を魔爪に変化させる。
「お前の望んだ恋の結末を、きちんと最後まで見ていろ」
 明日、誰かの愛に打ち据えられるために。
 死ぬ最後の瞬間まで、石礫の重みを忘れずにいられるように。
 ジニアの棺桶が薄く開き、禍々しい影の手が、いくつも這い出す。少女の白い肌には、紫色の紋様が浮き、その目は鋭い光を灯した。それを視界の端に捉えながらヴォルフガングも駆け出すと、敵意を感じたのか、神が千切れた翼を羽搏かせて、無理矢理逃げようとする。
 ――だが。
「遅い」
 肉薄した男の魔爪が、神の腹に食い込んでいた。そのまま、半身を捻るようにして、上へと爪を振り抜いて引き裂く。腸はない――あるのは、虚ろな星屑のみ。神が、その手首から繋がる鎖を蛇に変化させて、ヴォルフガングの喉笛を噛み千切ろうとする。それを飛びずさって避け、再び懐へ入り込むと、爪の形に星屑が見える腹へ、爪を立てて大きく切り開く。そうして空っぽの腹を更に抉り込んで腕を埋め込むと、ヴォルフガングは神の――女の顔を掴んで、暴れぬようにした。
「――ジニア!」
 視線も投げずに名を呼べば、少女が、「はい」と返事をする。
「彼女の中にある、君との思い出を――オレは今から食い潰すよ」
 それは、単なる宣言だった。許可など求めていなかったし、怨嗟にはもう慣れていた。だから、返事が来る前に、ヴォルフガングは腸に潜む邪神を探り、内部を分析する。手数は減らしておかねばならない――そう判断したから。
「……ありがとうございます」
 一瞬の空白を挟んで、返ってきたのは、感謝だった。
 それにも振り向かず、男は、解析のための、ユーベルコードを纏う。
「……指令、『法則を我が意の儘に、戯れの幕を落とさん』」
 女を抑え、調律・機神の偏祝〈コード・デウスエクスマキナ〉で神が抱え込んだ情報を開けば――出てくるのは、あまりに幸福な記憶。その、砂粒のような断片たちだった。少女らしく笑いあって。買い物をして。美味しいものを食べて――それだけの、平凡な。そして、それ故に尊い、失われた『いつか』の、あまりに小さな残滓。それだけでわかる、わかってしまう。もう、彼女は救われない。元に戻らない。人としての形を……とうに失っている。この『セレニア』という少女のためにできることは、これ以上この煌めく小さな欠片を神の餌にさせぬよう、見つけた端から食い潰していくことだけだ。神の中に埋もれたそれらを抹消して――ヴォルフガングはその奥の邪神に触れる。
 嗚呼、居た。急激に藻掻く激しさを強めた女に、それが弱点なのだと知る。
 この臆病者め、お前如きが。
 お前のような、くだらぬ『神』風情が。
『誰か』を贄にせねば『完全』になれぬような、出来損ないが。
「……他人の体を……ッ」
 ――ありがとうございますと。
 あのささやかな思い出たちすらも失うことを……感謝するなど。
 腹の底で――あの日の憎しみが燃える。
「――、勝手に使うなッ!」
 ぐいと女の中にあった『神』と、表層の殻としての『女』の情報を、そっくりそのまま入れ替える。粒子になるならなれば良い。強化もしたければ勝手にしろ。今度はその分だけ、『お前』が流出するだけだ。苦しむように仰け反って硬直した神から手を引き抜いて離れ、ヴォルフガングは嘲笑を唇に浮かべる。
「さあ……『君』自身は、どれだけ強いんだろうね?」
 見せてみてよ、『神様』。
「開演ブザーはとっくに鳴ってるんだ」

 ●

「おい、薬はアレで最後かい?」
 お前さんが飲んだやつだよ――と、神へと向けて走るヴォルフガングの背を見ながら、ロカジが問うて、真澄が頷く。神の死をどうしても見たいと懇願されたから連れてきたが、果たして本当に良かったのだろうか。トリテレイアは些か不安だ。
「もう……ないはずですよ。誰かが複製していなければ……」
「複製している可能性があるのですか?」
 それなら、この工場の職員を、全員逃さず取り調べなければならない。こんな無惨な物語を、これ以上繰り返さないために。そう思って、トリテレイアは真澄に問う。
「私と雪村は全部知っていますし、彼と私が連れていた直属の部下数名も、調べようと思えば調べられる権限はありましたから。それに、あの人たち……幹部の老人方にも、一応内容自体は報告していました。名目上は彼らが雇用主なので」
 理解していたとは思えませんが、と言う真澄に、トリテレイアは、類とロカジの顔を見る――三人の見解は一致していた。それは、きっとかなり危険だ。
「あの梟みたいな馬鹿どもが、その情報をどこかに売っぱらったら、『別の誰か』がそれを基に、似たようなのを作れるってことじゃあないのかい、そりゃあ」
 ロカジが、特徴的な眉を険しく寄せて、言う。
「けれど、神を完全な形で降ろすには特殊な血筋が必要なのでしょう?」
 これは類である。彼もまた、その柔和な顔立ちに、真剣な色を乗せていた。
「『保険』として集められた彼女らの、名前や住所がなければ……の話ですね、それは。更に言えば、詩文様も生きていらっしゃいます」
 それに、不完全でも、神は神だ。降ろせないことはないのだと――皮肉にも、真澄自身が証明してしまっている。
「……UDC組織も万能ではありません。何体かのオブリビオンを連れて襲われたら、彼女らは容易く奪われるでしょう」
 トリテレイアの言葉に、三人揃って押し黙る。間違いなく、これは考えなければいけないことだった――だが、ここではあまりに時間がない。この場で最も優先されることは、神を殺してしまうことだ。神に取りついたヴォルフガングも、解析を終えようとしている。真澄は、ぼんやりとトリテレイアたちを見ていた。
「……真澄正」
「なんでしょう」
「これだけは言わせていただく。悪行は、善行で相殺など出来ない」
「……わかっています」
 真澄が、苦く微笑む。
「ですが真意はどうあれ、貴方は命と心を救える人。あの、檻に入っていた少女たちの一人が、貴方のことを何と言っていたと思いますか?」
「な……何でしょう? すみません……わかりません」
「……『おとうさんみたい』ですよ」
 男が、雷にでも打たれたように目を見開いて――それから、くしゃりと、顔を歪める。
「そんな……ことを」
「神殺しが終わり、目覚めたなら……その力、正しき方向へ使うことを願います」
 ヴォルフガングが離れたので、トリテレイアも、神の方へと向かう。苦しむ白い女神は、人の大きさをしている。
 セレニア様――でしたか。
(ジニア様の様子を見る限り……きっと、大事な方だったのでしょうね……)
 すれ違うように合流したヴォルフガングが、「お願いした通り見守っててくれてありがとう」と告げたので、構いませんと答える。
「それで――いかがですか」
 男が、首を振る。
「頼まれた通り、書き換えたよ。ただ、今の状態だと、一度邪神が召喚されないと完全に引き剥がすのは難しいと思う。それから……元に戻るとは思わないでね。はっきり言えば、あの『セレニア』って子はもう死んでる。中には記憶も人格も殆ど残ってなかったし……オレがさっき、それも全部食い潰した」
 そうですか、と返した声は、自分でも苦々しくなるほど、機械らしく平坦だった。そのまま、入れ違いに神へ近付き、剣を構える。苦しんでいた女が、トリテレイアを見て、その腕を粒子へと変える。もう真澄のことなどどうでも良いのか、目に入るものは何でも取り込みたい、といった状態であるようだ。
(蓄えていた『餌』がなくなったのですから……そうでしょうね)
「……だからと言って、機械にまでそれを求めるのは、愚かというものですよ」
 粒子の動きを、全身に備えたマルチセンサーで把握し、見切る。複雑な動きをしているようにも見えるが、目的のために他を考えぬその動きは、ウォーマシンのセンサーには、雨粒よりも単調に映った。神が、怯むように、折れた羽を痙攣させながら、後退る。
 貪欲な神だ――その腹一杯に食事を詰めて。空っぽになったらまた餌を。冬眠をするわけでもあるまいに。スラスターで神へ一息に詰め寄り、粒子と化していた細い腕の根本を、儀礼用の剣で、叩き潰すように斬り落とす。悲鳴はない。血飛沫もない。ただよろめいて――ワイヤーフックで急速に接近してきたジニアの棺桶で掬い上げるように殴られて、吹き飛んだ。突然の攻撃と、棺桶が飛んできたことに流石のトリテレイアも驚いて、少女を見る。
「じ――ジニア様」
「……お待たせしました」
 フードに隠れたジニアの表情は、巨躯を持つ自分には窺い知れない。神が起き上がって、二人を見る。
 ――トリテレイアの胴体には、短剣がある。特殊な短剣だ――痛覚麻痺の薬剤を仕込んだそれを、召喚された神に刺すことができれば。
 せめて――肉体だけでも。
 かつての『誰か』を……取り戻すことが、出来るかもしれない。
 あの日出来なかった救済を。
 あの日与えられなかった希望を。
 天に備え付けられた窓の外は――もう殆ど雲が晴れて、強い光が差し込み始めている。
 嗚呼。
 この檻にも、光は差すのだ。
 トリテレイアは剣を強く握り、片腕となった神を見る。
(そのためにはまず……邪神が召喚されるまで、攻撃を続けなければ)
 本性を現さねばどうにもならぬと相手が判断したその時こそが――好機だ。
 かつての『誰か』の道行きがせめて安らかであるように。
 騎士として――最後まで、足掻いてみせよう。
 夏の光が、檻を照らして、眩かった。

 ●

「――成程」
「つまり……神を攻撃していれば良いと?」
 情報を伝えるために猟兵たちの元へ戻ってきたヴォルフガングの言葉を咀嚼して、紗は頬に手をあてた。
「まあ、大体そういう感じだね。ただ出来れば殺さないでいてくれると助かるかな」
「死なない程度なら痛めつけて構わないのだね?」
「大丈夫だよ」
 それなら大して先程までと変わりないな、とアンテロが言って、トリテレイアが対処している神へと視線を向ける。それを追いかけて紗もそちらへ目をやるが、的となる神が小さすぎて、いまいち割り込みにくい――他の猟兵たちが加勢に入るタイミングを窺っているのも、同じ理由だろう。絡ませていた糸も、神がその身を粒子へと変化させた際に解けてしまっていた。
「真澄は僕が見とくし――なんだったら、餌になる前に殺すよ」
 そう笑ったのは、ロカジと名乗った猟兵であった。物騒な台詞だとは思ったが、言われた当の男は、涙をこぼしながらも苦笑するばかりだった。
 ……けれど、なんだか。
「真澄さん……お顔、少し明るくなりましたか?」
「そ……そうですか?」
 嗚咽をこらえ、しゃくりあげてから、真澄が「一度死んだようなものだからかもしれませんね」と紗を見る。
「正直、今もこうして生きているという事実に、現実味がないのです。どうして、私は生きているのでしょう」
「どう考えても、僕たちのおかげだね」
「心臓が止まった時は、もう駄目だと思いました」
「オレは、『門』が拡大してるのに気付いた時が一番かな……」
 ヴォルフガングがこぼした言葉に、ああ、と二人が苦い顔をする――どうやら、儀式場の外も、相当に壮絶であったようだ。それを聞くアンテロは「そちらも随分面白かったようだねぇ」と、心底楽しそうな声音で言う。
 真澄は、そんな彼らを、眩しそうに眺めていた。
「……神様を経て、いいこと、ありましたか?」
 問うてみれば、男が、驚いたように目を瞬かせた。彼が助かりたかったのかどうか、紗にはわからない。これからのことを考えれば、もしかすると、「死んだ方が良かった」と思う時が、彼の人生には訪れるのかもしれない。何しろ彼が殺し、壊してきた人数は――きっと、両手では足りないのだろうから。生きていることこそが地獄だと……思う日が、来るのかもしれなかった。
「……そう……ですね……」
 真澄が、困ったように首を傾げる。
「いいことは……なかったでしょう。そしてこれからも、私にそんなものは訪れない」
 ただ。
「私のことを……おとうさんと……呼んでくれていた子が。居たと知って……」
 父と呼ばれぬまま、娘を失った私は。
「多分……少しは、救われました」
「……望んだ終わりは見られそうかな?」
 アンテロの言葉に、真澄が、涙に濡れた顔で、微笑む。それは年相応に柔らかく穏やかで――奥さんと娘を殺されなければ、彼もこの笑顔を浮かべ続けていられたのでしょうね、と紗は僅かに思った。
 ふっと――不意に、今までより一層強く太陽が天窓から差して。白い儀式場が、明るく輝いた。同時に、ジニアが、棺桶で神を殴り飛ばすのが見えて、己の身長ほどもあるそれを振り回す少女に驚いていると、アンテロが、「今だよ、碧海君」と神の方へと駆け出した。それを追い、紗も可惜夜を繰って神へと向かう。
「良かったじゃないか」
「え?」
 突然そんなことを言われたので、紗は黒い瞳を瞬かせて、男を見た。
「真澄君のことさ――彼が救われて嬉しいと顔に書いてある」
「……」
 そうやって見透かしたようなことを言う時の、彼は嫌いだ。そう感じる自分は、少し子供っぽいのではないかと思う。
「……彼がどうだろうと、それで私がどう思っていようと、別に構わないでしょう」
「まだ怒っているのかい」
「ええ――」
 間合いを見極め、足を止めると、指を縦横無尽に動かして、可惜夜に繋がる糸を繰る。音楽でも奏でるかのような完成されたその指の動きに、白髪に蒼白の人形は、踊るように銃を構えると、神へと近寄る。可惜夜を見たトリテレイアがこちらへ顔を向け、「お願いします」とすべてを承知した言葉を告げた。
「――私、とっても、怒っているわ」
 逃げようとする神を、アンテロが銀鎖を操り、捕らえる。そうして引き寄せられた神へ、指を動かして、紗は可惜夜の銃口を神の頭部へ押し付けると、銃弾を発射した。
 直後、緒〈イトグチ〉による爆発が起きて神が縛られたまま仰け反る。それに焦ったのか、神が顔を粒子へと変化させて可惜夜を包むが、生命を持たぬからくり人形に効くはずもない。
 だが――糸で繋がった神と紗、それを繋ぐ可惜夜の――その造作が、どこか儚げに見えるのは……何故なのか。羨ましそうな、寂しそうな。それは、心を持たない人形故か。
「さて、碧海君がご立腹だ」
 アンテロが、大剣へと血を吸わせ、神へと歩み寄る。
「さっさと終わらせてしまって、神社巡りがてら新しいお菓子を買いに行こう、可惜夜」
 かけられた言葉に、可惜夜が、嬉しそうに笑った――ような気がした。勿論、気のせいであるはずなのだけれど。アンテロの援助を受けて、人形なりにやりきろうとしているようにも――何故か、紗には見えるのだ。
「――どうぞ、クレバスの底へ……静かに眠るといい」
 餞代わりにそう言ってから、男が大きく剣を振り上げ――その切っ先を、女の姿をした神の背中目掛けて勢いよく突き立てた。あまりに強烈な、sarkofagiによる一撃で、儀式場の床がびしびしと音を立てて大きく割れる。杭に打たれた吸血鬼じみて、神が痙攣した。血も肉もなく――たださらさらと、歪んだ銀河の星屑が、女の背から、溢れて散る。
「……私も、また新しくお菓子を贈ります」
「おや、有難い」
「ただし」
 アンテロのsarkofagiは消耗が激しい。それ故何度も使うことは出来ないので、一度退くべく男が大剣を引き抜くのに合わせ、紗は可惜夜も引き寄せる。神は、ぐったりとして、それでも立ち上がるために藻掻いていた。だがその動きはどうしようもなく緩慢で、その死が近いことを猟兵たちに伝える。
 もうすぐ。
 もうすぐ……『彼女』もまた、『檻』から解放されるだろう。
「そのお菓子は貴方のよ、アンテロさん」
 雨上がりの空気が、どこから入ってくるのか。
 湿気を含んだ山梔子の甘い香りが、白い檻の中を撫でていた。

 ●

「『門』は……もう、私の中にないのでしょうか」
「ないよ」
 君の複製も潰したし、薬もない。だから神はもう呼べないよ――と、あっさりと答えるヴォルフガングの言葉で、真澄の顔に、僅かな落胆の色が浮かんだのを、類は見逃さなかった。
「……真澄、君はまだ、あれを望むのか」
「そういう、わけでは」
 この恋の――始末がつかんだけです。
 恋、と類は男の言葉を考える。真澄をはじめ、この工場の者たちは、皆『神に恋をした』と言うが、類には……それが恋だとはおよそ思えないのである。彼らは口々に、ひとではない何かとの逢瀬や、超越したなにかへの変貌を望み、そしてそれを、恋と、憎しみと称していたけれど――それは。
「君たちのそれは……単なる死への渇望だろう」
 真澄が、虚を衝かれた顔をした。目を見開いて、老いを纏い始めた男が、類を見る。
「恋も憎悪も憧憬も、君たちが抱いているとしたら、神に、ではないよ。その向こうにある『死』そのものに対してだ……君たちは皆、『死にたかった』だけだろう」
 あの、雪村という男もまた――きっと、そうだった。
「どう。僕は、間違っているかな」
 あの神を見たいと望んだのも、『何かの手違いで、自分が死んでしまわないか』というのを期待していたからだろう、と類は思っていた。そして真澄の反応を見る限り、果たしてそれは正しかったようだ。
「君たちのやっていたことは、他人を巻き込んだ集団自殺だ」
「……生きていくことに、希望が見出せない人間は、いるんです」
 それでも、生きていくには、微かでも希望がなくてはいけなくて。
「狂気に堕ちてしまえたら。この思考する頭の中身を、真っ更にしてしまえたら。死んでしまえたら……そう、思わなかったわけではありません」
 そうして救われたいと。
「……そう」
 紗とアンテロが、神と交戦しているのを、類は真澄の背後に見る。先程、救われたと――男が言って。あの人たちは、多分、喜んでいたのだと思う。彼らだけが、神を降ろす前の真澄から、直接話を聞いていたからなのに違いないと、類は思っていた。
「けれど、僕は、君を死なせないよ」
 ここでは、死なせない。
 喚んだものを食ってかたちをつくる類なら肥大されては、困る。そう告げれば、真澄は、仕方がないですね、と俯いた。
「……良くある話だと、君は言ったけれど……」
 類の言葉に、真澄は無言だ。
「それでも、それは、『君たち』にとっては特別な話だったんだろう」
 人の営みとは、きっとそういうものだと、類は知っている。どれだけありふれていて、目新しくもない出来事であったとしても――本人にとって、どれほど『特別』なものなのか。
 男が、肩を嗚咽に震わせた。
「……救いも、道も」
 短刀――枯れ尾花を手に、己も神の元へ行くべく、類は真澄に背を向け。それから一度だけ、足を止める。
「かみさまに託すものじゃない。両の手足で、探していくしかないんだよ」
 人には、それが出来るはずだから。それだけ言って、類は今度こそ、神の元へと歩いていく。途中、アンテロの放った剣の一撃で、床が鳴動したが、構わず進む。近寄ってみれば、甲冑の上からではわからないが、男からは強い血の臭いがした。己が傷を負う代わりに、先程の力を引き出している、と言ったところのようだ。軽口を言い合いながら、二人が退く。それがどこか眩くて――類は目を細める。あんな風に、人の中に混ざれていたなら、あるいは自分も。
 よろめきながら起き上がる神を、再びジニアが棺桶で打ち据え、トリテレイアが、残っていた腕を斬り撥ねる。そのダメージに耐えられなくなったのだろう、神のシルエットが揺らいで、止まった。もう少し――もう少しだ。類は枯れ尾花を引き抜くと、一息に神迄の距離を駆ける。それに気付いたトリテレイアとジニアが、神までの道を開けた。
 自然――真っ白な神が、類の視界に入った。
(すべて一緒に、白、になり……)
 無になれば、悩みも少ない、か。
 若しくは此れを消して、救われたいか。
「……嫌だね」
 不平等、不条理、悲劇。
(人の世は――そればかりでは、ない)
「幸福だって……同じだけあるんだ」
 呟いて、枯れ尾花を薙ぐ。破魔を込めた短刀に抉られた神が、ついに――その本性とも呼ぶべき邪神を召喚した。輝く神が、天窓から降り注ぐ太陽の光の中、繭から生まれ出でるように――猟兵たちの攻撃でぼろぼろになった女の腹から現れる。
 それは、胎児の姿をしていた。形状としては、殆ど人としての機能を備えた、臨月のものだ。閉じた大きな目も、短い指も、丸まった足も。すべて、人の赤子と遜色ない。違うのは、その大きさだけだろう。トリテレイアが無言で、剣から短剣へと武器を持ち替える。
 人の胎にはおよそ入らぬ大きさの、ぶよぶよとした胎児が、女をぐるりと抱き締めるように取りついて、おぎゃあ、と、歪な声で泣いた。
 同時に、赤ん坊と、女の顔が、粒子となって舞う。
「――こちらだよ」
 もう一刀、短刀による破魔の薙ぎ払いを放って、邪神の注意を惹く。トリテレイアの短剣がこれを貫くまで――彼らに手出しをさせるわけにはいかない。破魔の力を持つ類を脅威と判断したらしい邪神が、粒子を彼の方へと向ける。
「聞かせて。君の業、その全てを」
 焚上〈タキアゲ〉による炎を身に纏い、粒子を焼きながら、同じく炎を纏わせ、受けた攻撃の分だけ力を増した刀で、神を斬る。真っ白な神は、それに悶えて、仰け反った。
(かみさまではない、人に焦がれたモノにできることは)
 多分これくらいだから。
 神が、完全にこちらを向く。彼女らの思考の中には、もうトリテレイアやジニアのことは残っていないだろう。その隙を見て――ウォーマシンが、神を凄まじい力で後ろから己の方へと引き寄せ、バランスを崩したその体へと、短剣を突き刺した。

 ――赤ん坊の、絶叫。

 説明だけは受けていた、トリテレイアの慈悲の短剣〈ミセリコルデ〉、そこに仕込まれたナノマシンが、神の宿主とされた『セレニア』から、『神』を除去しているのだ。
 命までもは救えないとはわかっていても。
 かつての『誰か』を――取り戻したいと、彼は願うから。
 救いも――道も。
 人は、両の手足で探していける。
 真澄に言ったことを思い出しながら――
 類は、ジニアを振り向いた。

 ●

『お前は……やはり、か』
 どうして――という言葉は、事ここに至って、あまりに無力だった。
 UDC組織へ少女たちを引き渡すにも、歳の近い自分の方が少女たちも安心するだろうとの判断で、他の猟兵たちに少し遅れて合流したジニアが見たのは、親友であるセレニア・ミグダニアの姿であった。
 眩むほど真っ白に――変わり果てた。
「セレニア」
 彼女の、名を呼ぶ。
 ジニアがどうして猟兵になったのか。
 セレニアがどうして神に為ったのか。
 どうして自分と彼女が、こんな再会を果たさなければならなかったのか。
 どうして真澄が喚び出した神が、彼女であったのか。
 どうして……自分が、彼女を殺さなくてはいけなくなってしまったのか。
 彼女を見つけ出すために、自分は戦ってきたはずなのに。
 もう一人の『ワタシ』が……頭の中で、諦めにも似た呻きをこぼす。
「セレニア、どうして貴女が」
 自分の呼びかけに、親友は応えない。
「セレニア!」
 どうして。
 まったくもって無意味な問いだった。その理由が何であれ――ここには、『彼女を殺す者』としての自分と、『自分が殺す者』としての彼女しかいないのだから。
 そう――多分、薄々気付いていた。『ワタシ』も、私も。彼女はもうどこにもいなくて、いつか自分と相対する日が来るんじゃないかと。行方不明になってしまった彼女のことを考えるたび、そんなことが奥底で首を擡げていた。
 だから……私は。
(覚悟、していた)
 こんな日が来ることを。
 こんな終わりを。
『ジニア』
「……貴女がこうなるのは、覚悟、してました」
 俯いて、呟く。ならば私は。私がやるべきことは。いつの間にか握っていた手を開いて、顔を上げる。
(嘆くことじゃない)
 戻らぬ者に縋って泣いても――棺の蓋は永遠に開かない。死者は埋葬するのだ、悼みを以て。愛を込めて。花を捧げて――その安らかな眠りを祈る。
 それが、きっと、私のやるべきこと。
 真の姿を解放し、棺桶の鎖を握って背から下ろす。中に封じ込めた死霊たちが、うねりのような呪詛を吐き出してわなないた――早く生者を殺したいと。ジニアの体を、ローブを、紫色の呪いが這い回る。
「――ジニア!」
 黒い衣装の男が、ジニアを呼ぶ。「はい」と返事をすれば、こちらを見ずに、男が言う。
「彼女の中にある、君との思い出を――オレは今から食い潰すよ」
 思い出。
 そんなものが……今の彼女に残っているのだろうか。あるいは、それこそが、この神の餌なのか。今この時も、『セレニア』は、苗床として消耗され続けているのだろうか。もしそうだとしたら――それは。
「……ありがとうございます」
 それは、許せることではないから。
 男が神を引き受けている間に、ジニアは再起犠者〈リベンジヴィクティム〉を発動させるべく、詠唱を開始する。
「――来たれ! 再起を望む、打ち捨てられし犠牲者よ! 憑依し、その願望、成し遂げよ!」
 それは、死者を呼び出し、無念を操る、禁忌の秘術。棺桶の封印を解きながら、そのユーベルコードを発動させ――ジニアは、己に憑りついた死者たちの重さに、呻き声を上げた。ヒャッカが、『おぞましい』と吐き捨てるのが聞こえる。
 ここで何人死んだのか。その詳しい情報を、自分は知らない。けれどこれは、数人程度の重さではなかった。真澄たちが殺した者たち、それから……きっと、『この会社』がずっと殺してきた、名も知らぬ『誰か』の、死霊。
 蓄積された無名の呪いが、今ジニアの華奢な体に、集約されていた。
 黒い男が離れ、今度は白いウォーマシンが神に近付く。粒子を避けながら神の腕を斬り落とすのを見ながら、ワイヤーフックを射出し神に引っ掛け、巻き取り機構に身を任せて飛び込むと、フックが外れるのを見計らって、鎖に繋がった棺桶で下から殴り抜いた。呪詛が込められ、威力を増した棺桶の一撃で大きく吹き飛んだ神が、親友の体で床を転がる。
「じ――ジニア様」
「……お待たせしました」
 棺桶を下ろして、ジニアは己の中で猛り狂う怨霊たちの呪詛に顔をしかめる。そんな彼女の前に、白い人形が躍り出て――黒い甲冑の男が神を捕らえると、人形の銃弾がその頭を爆発させた。間髪入れず、男の大剣が、神の背を床ごと貫き砕く。血の臭いが濃く漂って、人形とその操り手、それから鎧の男が退いた。そうして、背骨を斬り砕かれたにも関わらず、よろよろと起き上がろうとする神を、ジニアは、再び棺桶で殴って床に打ち据える。残った腕の指先を粒子へ変えようとしたのを、ウォーマシンが、剣で撥ねた。転がっていく腕から伸びた鎖が、床の上でしゃらしゃらと音を立てていた。
 かつて『セレニア』だったものが……血も流さずに、倒れている。
 なんだか心が――凍っていくような気がしていた。ふと神のシルエットが揺らいで、立ち上がる。それが、現れた少年の放った一撃で――
 赤ん坊を産んだ。
 これが――邪神か。
『……殺すぞ』
(はい)
 胸の中にあるのは、昏い決意だった。少年が囮となって神の注意を引いている隙に、憑りつく死霊達を、高速詠唱により圧縮し、拳銃へと込める。術式により自動精製され、銃弾となったそれを――ジニアは神へと向けた。
 神である女を、殺すために。
 だが。
「っ!?」
 ジニアが銃弾を放つよりも先に、風を切ってウォーマシンが神を背後から捕まえ、その肉体へと短剣を突き立てた。耳をつんざく、異様な悲鳴が赤子から上がって――
「……あ」
『セレニア』が。
「あ、ああ」
 セレニアの体が。
「ああ……そんな」
 神から、ゆっくりと、分離した。
『そんな、ことが』ヒャッカの、呆然とした声。『そんな、都合のいい話が――』
 現れたその姿は、ジニアが持つ写真のものと、寸分違わない。それは確かに、彼女がずっと探していた、親友の体だった。血の気をすっかり失って、もう手遅れだとわかる様相ではあったが、確かに。

 確かに――それは、『誰か』ではない、『彼女』だった。

 セレニアを奪われた神が、辛うじて残った女の残滓を蠕動させながら、再び彼女を取り込もうとする。考えるより、先に体が動いていた。

 もう二度と。
 もう、二度と!

「『――あなた〈お前〉に彼女は渡さない!!』」

 叫んで、死霊の銃弾を神に撃ち込む。生命力を奪われ、無数の呪詛に蝕まれた神が、声もなく震え、のたうち、そして潰えた。ひび割れた床に倒れ伏し、末端から白い粒子となって消えていく神は……その本性に反して、太陽の光の中、どこか祝福にすら見えた。
「セレニア!」
 最初とは違った感情で、ジニアは親友の名を呼ぶ。会いたかった。会いたかった! 駆け寄って抱き起こした体は、やはり冷たい。死んでいるのだとは、すぐにわかった。でも、それでも。
「迎えに、来ました」
 一緒に帰りましょう。
 親友の体を抱き締めてジニアは微笑み、それから、他の猟兵たちを振り向く。殆ど名前も知らない彼らに、万感の思いを込めて、告げる。

「ありがとう、ございました」

 天窓から見える空は既に青く。
 Every cloud has a silver lining――陽の光に親友と二人包まれながら、ジニアは、そんな諺を思い出していた。


 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2019年07月30日
宿敵 『『受胎者』セレニア・ミグダニア』 を撃破!


挿絵イラスト