●ひどい話
とてもひどい話です。そう少女はひとりごちた。
白煙昇る蒸し布はくるむものを失い、臼や杵と共に砂にまみれ転がっている。
水桶はひっくり返り、餅に纏わせるつもりで用意されていた味付けの類も器ごと地へ落ちていた。
温かく真っ白だったもち米の塊も、今となっては土塊のよう。
辺りに漂うのは黄泉へ誘う本坪鈴ばかりで、人の気配も一切なく。
「あんなに賑やかでしたのに」
狐耳の少女が残念そうに溜息を吐いた。
仕方がありませんよね、と少女は微笑む。
「皆さん、私の敵なんですもの」
――嗚呼、本当にこれはひどい。
●グリモアベースにて
「とてもひどい話ね」
グリモア猟兵のホーラ・フギト(ミレナリィドールの精霊術士・f02096)が、『餅つきを楽しむ10の方法』と書かれた本を静かに閉じて、口火を切った。
「そういうわけで、サムライエンパイアの餅月ノ里へ向かっていただきたいのよ」
良質な水に恵まれた餅月ノ里は、田園風景の中にある。
特産品がもち米や餅で、郷土料理も餅が中心という、餅の天国とも呼べる集落だ。
観光客もいるが街道からほど近いこともあり、どちらかというと旅人や武士の立ち寄りが多い。
「特にトシノセはお餅目当ての人が多いみたい。里の人たちもその準備に追われてるの」
準備で賑わう里を襲撃しに来るのがオブリビオンだ。
はじめに襲い来るのは、魂を黄泉へと招く本坪鈴の群れ。
そして群れを率いるのは、ひとりの妖狐の少女。
里に何の恨みがあるかは知れないが、人里を襲い、日常を奪う真似は許されない。
「まずは、里へ向かうオブリビオンの群れ9体を倒すことに専念してね」
転送先は里の手前。移動次第すぐ群れと遭遇する。
「そうそう、里の人たちからも戦いの様子は見える距離にあるわ」
年の瀬のため慌ただしい里の人々だが、興味本位で遠くから覗き見ることもあるだろう。場合によっては、応援の声などが聞こえる可能性もある。
ただ戦場に近づいては来ないため、討ち漏らしさえしなければ巻きこむ恐れはない。
「……群れを殲滅させて、無事に妖狐も倒せば、里でお餅を楽しめるわよ」
各所で振る舞われる餅料理。ぺたん、ぺたんと弾む餅つきの音。
想像しただけで楽しそうね、とホーラは薄く微笑んで。
「それじゃ、準備ができた方から声をかけてちょうだい。お掃除、よろしくね」
棟方ろか
お世話になります、棟方ろかと申します。
あんころ餅が特に好きです。
どうしても今年中にお餅シナリオがやりたくて、出しました。
シナリオの主目的は『妖狐を撃退し、餅月ノ里を守る』こと。
第一章は集団戦、第二章がボス戦、そして第三章では餅つきや餅料理を楽しむパートとなっております。
餅つきなので、遅くても30日までには完結させたい気持ちでおります。
三章のお餅パートでは、グリモア猟兵のホーラ・フギトもお招きがあればお顔を出させていただきます。もちろん、交流する旨のプレイングがなければ登場しません。
それでは、皆様のプレイングお待ちしております!
第1章 集団戦
『黄泉の本坪鈴』
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POW : 黄泉の門
【黄泉の門が開き飛び出してくる炎 】が命中した対象を燃やす。放たれた【地獄の】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
SPD : 人魂の炎
レベル×1個の【人魂 】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
WIZ : 後悔の念
【本坪鈴本体 】から【後悔の念を強制的に呼び起こす念】を放ち、【自身が一番後悔している過去の幻を見せる事】により対象の動きを一時的に封じる。
イラスト:marou
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
バドル・ディウブ
餅というと、あの白くて伸びる食べ物か。
以前田園風景は拝んだ事があるが、穏やかで心の落ち着く素晴らしいものだった。
…その様な場所に、オブリビオンは不要。
刃をもって、応えるとしよう。
敵は中々厄介な技を駆使してくるな…【SPD】と残像を活かし、捕まらぬ様にしたいところだ。
攻撃に関しては、様々な状態異常を連撃に乗せて叩き込んでいく。
UC:空で分身を呼び出す事で、更に苛烈に攻撃を加えよう。
麻痺や気絶で動きが止まれば、畳み掛けて一気に体力を削ってやる。
敵の数は9体と中々に多い。
仲間と連携し、討ち漏らしが里の者へと向かわぬ様に気を付けねば。
音海・心結
楽しいお餅つきを邪魔するのはいけませんねぇ
せっかくの楽しいイベントを妨げる敵さんたちはみゆたちで成敗してあげるのです
里へ向かうオブリビオンの群れは9体のようですが、
里の人々がギャラリーで見にくるかもしれないのですね
大丈夫だと思いますが、最善の注意を払って行動するのです
みゆはStorm of cherry treeを使うのです
【戦闘知識】と【先制攻撃】を使って、猟兵に気が向くようにしましょうか
ひらひら綺麗な桜ですが、当たったらケガをすることは確実なのです
あ、避けちゃいそうなら【スナイパー】も使いますよ
みゆから後ろには一歩も通さないのです
モリオン・ヴァレー
【WIZ】
こんな時期にも襲撃とはね
おかげで皆迷惑してるわ
何とかして退散して貰わないとね
……そんな外見していながら
やる事がかなりえげつないのね
正直効いたわ
あの時のあたしには戦える力が無かった
もしあの時力があったら、と何度思った事か
だけどね
だからこそあたしはここに居る
過去を悔やんでももうどうしようも無い
もし戻ってきたらそれは『怪物』なのだから
その時が来ても戦える様に
そして元凶を倒す為に
あたしは戦う力が欲しい
だから……
<殺気>の<オーラ防御>を放ち過去の幻影を断ち切りつつメイスを向け
霊力を集中
【ショック・バースト】発動<誘導弾>逃がしはしないわ
だから……まずはこの里を救う事から、ね
唐木・蒼
餅、いいなぁ餅!
どんな理由があったって食文化を潰そうなんて…と言うかそれ以前にただ暮らしてるだけの人達を襲おうだなんて許しちゃおけないっての!
世の為人の為餅の為、しっかりバッチリ叩き潰す(じゅるり)
【POW】
ユーベルコードで複数を巻き込む形で足止めできたら最高かな。
元気な敵には「見えざる拳」の「気絶攻撃」で自分や味方の追撃の隙を作りたい、弱った敵には「捨て身の一撃」で仕留めたいな!
応援があったら…つきたての餅でも投げ込んでもらえたら元気百倍なんだけど、な?
乙雪・柚佳
「せっかくの美味しく楽しいお餅パーティーを!!」
そう言いながら戦闘態勢に入る。
第一に人命優先。自身が敵と対峙していても周囲に常に気を配っている。敵からの攻撃で誰かが傷付きそうな時は目の前の敵を放って守りに行ってしまう。
連携が取れそうな場合は協力的に行動し、もし撃ち漏らしがあった場合は真っ先に行動に移したい。村の人たちに楽しい思い出にしてもらいたい。
戦闘が優位に進んでいる場合、攻撃時「私もお餅食べたい!」「みんなとぺたぺた餅つきしたい!」と欲がこぼれる。
パーム・アンテルシオ
妖狐が敵の依頼、ね。
同族が敵って事には抵抗は無いんだけど。このままにしておいたら、妖狐の評判が落ちかねないし。
なんてね。戦う理由付けなんて、村のみんなが可哀想、だけでもいいのかな?
さておき。どうしようかな。
出てきたはいいものの、直接の殴り合いなんてのは苦手なんだよね。
ここは大人しく、後方支援…かな?
応援してくれる村人さんたちもいるみたいだし、私も一緒に応援してる事にするよ。
月歌美人を使って…応援だし、テンション高めで、楽しい曲で。
となると、あの曲で…運動会の曲?なるほど、そういう認識してる人が多いんだね。
ふふ、村人さんたちも、一緒に歌ってくれたりしないかな。盛大に歌えたら、楽しそうなんだけど。
リーファ・レイウォール
お餅は、基本的には、きな粉が好きね。
お餅の方が、怪人とかの類でないのは、何よりだと思うのよ。
お餅だと思ってたべたら、おはぎだったとか
そんな後悔は、横に置いておくとして、里には近づけないようにしないのいけないわね。
攻撃はWIZ主体。
早々に、倒しておきたいから
【梨花の暴風】に【全力魔法】わ付けて、飛ばすね。
ユーベルコードで花びらに変えるのは、背中に背負っている【第八聖典】よ。
まぁ、討ち漏らしても【なぎ払い】で、里には近づけないようにしておくのよ。
戦闘中は、ただ黙々と敵を狩ることに集中するわ。
●鈴九つ
「せっかくの美味しく楽しいお餅パーティーを……良くないよっ!」
果てしなく続く青空の下、頬をぷくぷく膨らませて、乙雪・柚佳(シトロンスカイ・f01966)が握り緊めたグルメツールで地面を数回たたく。
そんな柚佳の心境を知る由もないオブリビオン――黄泉の本坪鈴は、カランカランと音を疎らに零しながら群れて突撃してくる。
オブリビオンの標的は餅月ノ里だ。
里の手前に猟兵が布陣するとはいえ、先ずは敵の気を惹く必要があるだろうと、音海・心結(ダンピールの咎人殺し・f04636)が先手を打つ。
心結の生み出した白花の天の川が、突き抜けるような空の青に靡く。派手な音はしなくとも、花は人心だけでなく生き物の視線を奪う。
天に流れる花の川を見て、本坪鈴は漸く道を阻む存在に気付いたらしく、奏でる鈴の音がけたたましくなった。
バドル・ディウブ(月下靡刃・f03976)はさりげなく顎に手を添え、話題にあがっていた食べ物の情報を脳から引き出す。
――餅というと、あの白くて伸びる食べ物か。
焦げ目がつき膨らんだ焼餅の表面の硬さや、汁物に入ってとろけるほど柔らかくなった白さ。いずれもおいしいと聞きはしたが、知識としてわかっていても、経験から遠いと実感は湧かない。
それでも、損なわれてはならぬものだと解る。
ふと、以前拝んだ田園風景をバドルは想起した。広がる静穏を前にしたとき、自身の心も落ち着いたのをよく覚えている。此度の里の風景も、餅料理が振る舞われる光景も、同じく穏やかそのものなのだろう。
前を向けば、オブリビオンの群れ。迎え撃とうとする猟兵に気付いても、恐れる素振りはない。彼らは踏みにじるために襲撃しにくるのだ、平穏な日常へと。
――その様な場所に、オブリビオンは不要。
バドルは得物を握り直し、安寧に包まれた里から遠ざかり、殲滅するべく敵陣へ駆けた。
その前方。
挨拶をするため一群の真中へ唐木・蒼(妖狐のバーバリアン・f10361)が飛び込む。
跳ねた勢いに乗って巨大な斧を振り下ろすと、ブウン、と重たく風を切る音がした。蒼の一撃は本坪鈴を脳天から叩き斬り、そのまま地面をも波打たせる。
隆起した地面の周りで慌てふためくオブリビオンの群れを前に、着地した蒼は腕を撫す。
「食文化を潰そうなんて……というかそれ以前にっ」
襲い来る黄泉の炎も、蒼の揮う得物が一閃。見事に掻き消した。
「ただ暮らしてるだけの人を襲おうだなんて、許しちゃおけないっての!」
蒼の一声が響いたおかげか、黄泉の本坪鈴の視線が心なしか、ほんの短い時間、蒼へと集まる。
雪を彩る柔らかなピンクの髪を風に遊ばせて、パーム・アンテルシオ(桃色無双・f06758)は少しばかり後ろから、戦況を見渡していた。
すでに駆けだした猟兵がいて、武器を構えた猟兵がいる。直接戦うのは不得手なパームにとって、この一瞬は逡巡の時でもあった。ほんの僅か、仲間の戦い方を見遣った少女は判断し、頷く。
そうしてパームは尾に纏わせた気で世を撫でながら、息を深く吸い込む。
彼女が奏でたのは音と歌。陽の下に創り出す幻想を歌声に、月下を走る神秘と強さをあふれだすメロディに乗せて、仲間を鼓舞する。
賑やかな曲と歌声に耳朶を打たれ、里の人々が戦場を遠見する。状況を詳しく聞かずとも、里へ向かってくる異形の群れを迎撃しているということは、彼らも感じ取っていた。
お餅。
本来ならば甘美なだけの響きを喉の奥へ呑み込んで、リーファ・レイウォール(Scarlet Crimson・f06465)はベルトで纏めてあった第八聖典を、梨の花弁へと変化させる。
――お餅の方が怪人だった、とかの類でないのは、何よりね。
思い当たる節があるらしく、やや眉間を狭めたリーファだが、すぐに敵の位置を一体一体視認する。
直後、本坪鈴が飛ばした後悔の念を振り切ったリーファの背で、塊のようだった花弁が広がる。展開した花吹雪は、リーファが今しがた定めたオブリビオンの群れめがけて渦巻く。白の欠片が空舞う光景は、まるで煌めく新雪。
――猛省しなさい。
リーファの放ったユーベルコードは、梨の花の香気を辺りに振る舞う。
柔らかい花弁の嵐と香りに包まれて、猟兵たちはくんと鼻を鳴らすが、黄泉の本坪鈴はのたうつ。
カラン、と響いた鈴の音が、そこで後悔の念を手招いた。
咎人を殺める殺気を守りの力に換えて、悔やみに駆られながらモリオン・ヴァレー(死に縛られし毒針・f05537)が隕鉄の杖を構えた。
それでも彼女は故郷を見た。過去は忌々しいほど鮮明で、思わず白皙の顔も青ざめる。
――そんな外見していながら、やることがえげつないのね、かなり。
杖を握った手に力を籠め、揺れかけた瞳を瞼で覆う。
瞳は知っている。失われた日々も、そこで笑う家族や友の顔も、皆の輪に包まれた温もりも。
すべてを失った光景は焼き付き未だ消えず、幻となって現れた世界は、あのとき力があれば、あのとき戦えていたらと、幾度となく自責の念に駆られてきた彼女の胸を、ひどく締めつける。
だがモリオンは、自らを呑み込む幻影世界を、自らの杖で裂いた。
――だからこそあたしはここに居るの。
もし皆が戻ってきたとして、それは捨てられた過去の産物――怪物でしかない。
いざ過去から来た皆とまみえても、戦えるように。皆を過去にした元凶を、打ち破れるように。モリオンが胸の底で滾らせるのは、それだけ。
――あたしが欲しいのは、戦う力。だから幻に折れたりしないわ。
影を断ち切った杖に、霊力を集わせる。拳は震えない。心もこれ以上揺さぶられはしない。
彼女へ後悔の念を呼び起こした本坪鈴を、きっと睨みつけて。
「……邪魔よ、吹き飛びなさい」
杖の先端から放つのは、圧縮された重力波。
ふわりふわりと宙を漂う黄泉の本坪鈴を圧す波動は、逃れようとする敵をも追い、呑み込んだ。
念のためにと、心結は里も見渡せる位置に立ち、辺りを見回していた。里から離れているとはいえ、いつ里の人間を巻き込んでしまうかもわからない。警戒は怠らず侵攻を阻む心結にも、黄泉の本坪鈴は構わず突破を試みる。
常世を楽しんでか無邪気に鈴の音を鳴らすオブリビオンへと、不意に花弁が降りしきる。
はらはらと降るのは春を告げる花。
「楽しいお餅つきを邪魔するのは、いけませんねぇ」
心結の武器が数えきれないほどの桜の花弁となり、絶望を招くオブリビオンの群れを覆い尽くした。
一方で、がぶりとライオンが一体のオブリビオンに噛みつく。柚佳のユーベルコードが生み出したライオンの頭だ。咆哮を見舞う代わりに大口を開けて食らいつけば、丸みを帯びた鈴のオブリビオンはひとたまりもない。
どうせかぶりつくならお餅がいい、と柚佳は口を尖らせて、里を混乱に陥れようとしているオブリビオンを噛み砕いた。
狐火の妖気で素手を覆い、鈴そのものを蒼が打つ。外から見ると静かな衝撃だが、彼女の一打は敵を内側から激しく揺らし、気を失わせる。
晴天から降るのは花ばかりでない。
遍く注がれる陽光は、落花の影から急降下するバドルを映した。
光に遮られた彼女のシルエットが、着地と同時に一体のオブリビオンを武器によって地へ押し伏せる。自身が立ちあがるより一寸速く、敵から引き抜いた刀を回して後方を突けば、その剣鋒がバドルの後背へ迫っていたオブリビオンを刺す。
――刃をもって、応えるとしよう。
闇から闇へ跳ぶ彼女は、光の元にあっても敏捷性を損なわない。
受けた一手で浮かぶのもままならぬ本坪鈴が、仲間に庇われてかやや後退する。バドルは深追いはせず、間近な敵から体力を削いでいく。
その近くで、鈴の音とも悲鳴とも異なる悲痛な叫びが零れる。
「私だって、私だって……ッ」
ふるふると拳を震わせた柚佳が、身体の一部をライオンの頭に変形させる。
傍で開かれた黄泉の門が、地獄の炎で彼女を喰らおうとする。
「お餅食べたい!」
しかし主張と同時にライオンは、炎ごと本坪鈴を咥えて。
「みんなとぺたぺた餅つきしたい!」
やはり主張と共に貪る。
百獣の王に狙われた獲物が逃れられるはずもなく、柚佳の想いも力となって鈴は砕け散った。
いつしか高らかな歌に、パーム以外の声がいくつも混ざりだした。応援の歌を聞いていた里の人々が、覚えて彼女の声に重ねてきたのだ。がんばれと肩を叩く代わりに、朗々と。
乗ってきた里の人たちの陽気さに、パームは息継ぎの際に小さく笑った。
そのとき。
真正面から突撃してきた一体と拮抗する柚佳の死角を、二体の本坪鈴がよろめきながらすり抜けていく。
「そっちいったよ!」
オブリビオンを噛んだまま咄嗟に柚佳が叫ぶ。
声に応じ、敵を逃さなかったのはリーファだ。
小柄な身をぐっと低め、勢いをつけて地を蹴る。跳んだリーファの身は二体の陣の眼前へ軽やかに舞い降り、そして。
――近づかせないわ。
胸中に抱く覚悟を握る柄に秘める。
草を一定の高さに刈るように、リーファが真紅の刃で薙ぐのは本坪鈴。ガラガラと鳴る余裕すら起こさない裡に、人里へ近寄ろうとするオブリビオンを阻んでいく。揮う鎌が弧を描くのに合わせて身を躍らせれば、主の命で里へ押し入ろうとした二体を地へ転がせた。
人魂が群れと化し、鈴と鈴の狭間で戦うバドルへ集中砲火を浴びせる。
だが、オブリビオンが捉えたのはバドルの残像だった。燃え尽きた残像と炎に替わり、バドルが自身を模した幻影を出現させる。陽炎のごとく浮かんだ幻は彼女の意志に沿い、一群の合間へ分け入った。一振りで敵を痺れさせ、また別の敵を撫でるように斬りつければ、敵は暫し痙攣を繰り返す。
少しずつ確実に動きを鈍らせ、命を絶つための準備を整えていく。
弱り切ったオブリビオンの懐へ飛び込んだのは蒼だ。捨て身で挑む彼女と相打ち、敵は地へ転がるように消滅する。
渾身の体当たりに足をふらつかせながらも里の側へ後退り、蒼は応援のため集まっていた人々を一瞥した。
ちら。ちらり。
視線で訴えた彼女に、少しして察したらしい若い女性が、運ぶ途中だった丸餅をひと掴み振りかぶる。
「おねえさーん! 新しい餅よー!」
整えられて間もなかった丸餅が、宙を舞う。青空に映えた白が着弾するのは、準備万端に仰ぐ蒼の咥内。
ぱくりと頬張ってみればまだ熱く、声にならぬ声を呻かせて頬を熱に赤らめた蒼は、元気百倍になったことを、投擲者へ手を振り伝えた。
突然、別のところでオブリビオンが歪んで砕けた。モリオンの杖が展開した重力波だ。人魂の炎で周囲を焼こうとした一体を、重力の波動で貫き、散らせる。
――まずはこの里を救うことから、ね。
モリオンの眼差しは、残るオブリビオンを確と見据える――残るは一体。
その間に狙い澄ましていた心結の一撃は、漂い避ける鈴から外れない。後悔の念で精神を支配しようとした標的のオブリビオンに、心結が先手を盗る。風を味方につけた花弁が、オブリビオンを囲う。
「桜は好きですか?」
花弁に埋もれても尚もがくオブリビオンへ、くるくる動く金の瞳をやわらげて。
「綺麗な花です。いっぱい見惚れてくださいね」
空を彩る花の嵐が心結の想いを示して、悪さをする過去の塊を沈めた。
●きつねびと
パームの歌にざわついていた里の人たちから、歓声があがる。
里へ迫りくる黄泉の影は跡形もなく消え去り、残ったのは猟兵だ。
掴んだ勝利のひとときに、ふう、とリーファが細い息を吐き出す。九体きっちり仕留めたと、確認するまでもなく、綺麗に黄泉よりの使者は殲滅した。
するとそこへ、どこからともなく和服の少女が姿を現す。
「どうして、邪魔をするんですか?」
白雪を連想させる髪、穏やかな微笑み。狐の耳を残念そうに傾けて、少女は猟兵たちに問う。
真っ先に応じたのはパームだ。
「このまま放っておいたら、妖狐の評判が落ちかねないし」
通じるように告げた彼女の言葉も、妖狐の少女が受け取る気配は無い。理解できないとでも言いたげな眼差しで、パームを見つめる。
――なんてね。
不敵な笑みを保ったまま、パームは喉の奥で呟いた。同じ妖狐が敵にいるという事実に抵抗はない。極寒をも越え、自由に尾を揺らし歩く彼女にとって、微々たることだ。それでもパームがここに立つ理由を付けるとするならば。
――村のみんなが可哀想、だけでもいいのかな。
誰に向けるでもなく己の中で滲んだ問いを抱いて、パームは妖狐を見据えた。
傍で柚佳も、妖狐の娘へ口を開く。
「みんなの楽しさを奪うのは、だめだよ!」
がんばって用意したであろう餅。それを楽しむための味付けや道具。想いも籠もったそれらを台無しにしてしまう行いは良くないことだと、柚佳は訴えかける。
「こんな時期に里を襲撃するなんて、皆も迷惑してるわ」
モリオンが付け加えた一言にも、妖狐の少女は澄まし顔のままだ。
わかりました、と突然少女が耳をそばだてる。明らかに、猟兵たちへ敵意を滲ませて。
「あなたたちも私の敵です。ひどい話です、とても」
聞く耳を持たない妖狐の娘に、蒼がびしりと指先を突きつける。
「そっちに引く気もないみたいだし、私たちがしっかりバッチリ叩き潰すよっ」
勝気な光を双眸で煌めかせて、蒼は宣言した。
「それが世の為、人の為、餅の為!」
透ける青が塗りたくられた空の下、妖狐の娘との戦いがはじまろうとしていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『『妖狐』小町』
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POW : 妖狐の蒼炎
【青白い狐火】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
SPD : クイックフォックスファイア
レベル分の1秒で【狐火】を発射できる。
WIZ : コード転写
対象のユーベルコードを防御すると、それを【巻物に転写し】、1度だけ借用できる。戦闘終了後解除される。
イラスト:茅花
👑17
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠暁・碧」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
音海・心結
次がボス戦ですね
みゆはまだまだ戦えるのです!
美味しいお餅のためにも頑張りましょうっ
相手は一人のようですね……それなら、
みゆは【ブラッド・ガイスト】を使うのです
1体なら殴り合いが出来るので小細工なしで殴りに行くのですよ♪
貴重な貴重なみゆの血液を使って攻撃するのですから、
これは遊びじゃないってことが伝わりますか?
攻撃をする際は【傷口をえぐる】ように、
避けられるようなら【スナイパー】で更に命中率を意識するのですよ
リーファ・レイウォール
「『人を困らせてから、甘やかそう』なんてマッチポンプを考えているわけではないわよね?」
妖狐ってかわいい顔してる割に、やる事がえげつないイメージになったわね。この年末だけで。
【WIZ】
通常攻撃は、魔法が主体。使える技能は、全部使っていくわね。
『紫青色の炎』を放つ類の魔法。
相手が1人なのであれば、当てるだけが攻撃じゃないのよ?
仲間の攻撃の軌道へと追い込んだりね?
UCは【エレメンタル・ファンタジア】。生み出すのは【『紫青色の炎』の嵐】。
「『改心』できるなんて思っていないもの。完膚なきまでに焼き焦がしてあげるわよ」
バドル・ディウブ
私達を敵と認識しているのならば、話は早い。
互いに覚悟の上だ、もはや何も語るまい。
先程と変わらず、【SPD】で相手を翻弄したいところだ。
範囲攻撃や連射、技の模倣と厄介な行動が多いな…残像は勿論の事、ジャンプも駆使して立体的な回避を心掛けよう。
状態異常を連撃に乗せる事で、自身の攻撃機会のみならず、他の者の攻撃機会へと繋げたい。
奴がどれだけ戦闘慣れしているかはわからぬが、武器を自ら手放す相手にはそう巡り合った事はあるまい…UC:散華にて、不意打ちを叩き込んでやろう。
結局のところ、一番の武器は鍛えた己の精神と肉体…それを、その身に刻み込もう。
モリオン・ヴァレー
どうして邪魔をするのかって……
この騒ぎの張本人が言う言葉かしら?
里の事もそうだし、何より嫌な事をしっかりと思い出させてくれた事だし
覚悟はいいわね?
……終わったらきなこ餅、予約ね
【マリス・バインド】使用
<投擲><誘導弾>そう簡単に逃がす訳ないでしょう?
ギベオンを投げた後もそれに付随する霊糸を操り
狐火と針が当たらない様誘導を
針が食らいついたら……
<毒使い><マヒ攻撃>あなたが味わうのは餅じゃなくてこっちよ
守りも忘れずに
<オーラ防御>あたしに向かってくる狐火は
メテオライト由来の重力のオーラでの防御を試みるわ
もし霊糸が相手の束縛にも成功していたら
その糸にも重力のオーラを
そう簡単には振りほどけない様にね
唐木・蒼
どうして邪魔するかって?そりゃあ私怨で里ひとつ滅ぼそうなんてするから止めるのよ。あなたにとって破壊や蹂躙は当然なのかもね…でも同じように、里の人達って平和に楽しく過ごすのが当然なの。で、私達はそれを守りたいって訳。
ついでに私は私情がひとつ…美味しいお餅をもっともっと食べたくてね!
【POW】
相手は妖狐らしく術系っぽいかしら、相性悪いか。でも私は真っ直ぐいくよ、この道って決めたから!…それしかできないとも言うけどねー。
幸い味方は頼もしいヒトばかりだし、囮兼壁役としての意味も込めての正面戦闘。接近してユーベルコードの繰り返しね。
「鎧砕き」で防御を崩して追撃に繋げたいわ!
パーム・アンテルシオ
ひどい話だね、本当に。理由もわからずに、同族が敵になるなんて、ね?
どう?ここで理由とか打ち明けて、戦うのをやめてみる…なんて、応じるわけもないか。
それじゃあ…ひどい話を終わりにしちゃおうかな。
ユーベルコード…金竜火。
ふふ、そうだよ。これは狐火。あなたもきっと知っているもの。
せっかく観客もいるんだから…妖狐同士でこそ出来る戦い、してみる気はない?
言ってしまえば、私のやる事は時間稼ぎだよ。
クイックフォックスファイアに対して、狐火を数でぶつけて相殺する。
蒼炎に対しては、こっちも狐火を合体させて対抗する。
拮抗とは行かなくてもいい、似たような技を当てる事で、気を引ければいい。
後の事は主役にお任せ…かな?
●きつねびと
ひどい話だね。
澄んだ青空に一言を溶かしたのはパーム・アンテルシオ(桃色無双・f06758)だ。
「どう? ここで理由とか打ち明けて戦うのをやめてみる、なんて」
軽い調子で尋ねてみても妖狐は温厚そうに微笑むばかり。パームも当然、妖狐の反応は想定していた。応じるわけないよねと呟いて、パームは揺らめく自身の尾を撫でる。強情な妖狐というのも困り者かもしれないと、薄く感じながら。
「それじゃあ……」
尾と共に、陽炎のような気を揺らして高めた。
「ひどい話、終わりにしちゃおうかな」
パームの挑発じみた発言にも、妖狐の娘は穏やかさを歪めない。眼差しは確かに、猟兵たちを敵視しているのに。
まだまだ戦えるのです、と音海・心結(ゆるりふわふわ・f04636)が意気込む。
「美味しいお餅が待っているのですよ。頑張りましょうっ」
心結の一言に、猟兵たちも頷く。
火蓋を切ったのは唐木・蒼(喰らい砕くはこの拳・f10361)だ。味方の頼もしさに全幅の信頼を預け、妖狐の眼前まで飛び込んでいく蒼に狐火の群れが襲い来る。火の粉が髪に、衣服に、肌に掠ろうとも、蒼は迂回しようとは微塵も思わない。
――この道って決めたから!
直進する蒼に迷いはなく、その姿勢に迎え撃つ妖狐も目を瞠った。
眼前まで接近した蒼のジャブが、防御しようと構えた妖狐の腕を殴打する。そのまま右ストレートをいれると、妖狐がよろめいた。
「あなたにとって、破壊や蹂躙は当然なのかもね……でも」
打ち込んだ拳に感じた衝撃を引き寄せて、蒼は言葉を紡ぐ。
「同じように、里の人たちって平和に過ごすのが当然なの」
低く響いた蒼の話に、苦しげに胸元を押さえながら妖狐がねめつけてきた。
「で、私たちはそれを守りたい、ってわけ」
「……っ、だから邪魔なのです」
のどに詰まっていた空気を吐いて、妖狐は蒼へ言い返す。
「自分のものではない何かを守りたいだなんて……解りません」
「平行線ね」
相容れない主張に蒼は肩を竦めた。
ひどい話です、と漏らす妖狐の繰り言を、バドル・ディウブ(月下靡刃・f03976)は傾けていた耳から締め出す。
私怨に追い立てられた妖狐は信念を譲らない。だから敵は敵でしかなく、かといって策謀するでもなく、堂々と姿を現し戦いを挑んでくるのは判りやすかった――言葉は不要。
走り出した仲間とは別の角度からバドルもゆく。風に靴音を紛れ込ませたバドルは、狐火を容赦なく射出する少女の視界から外れた。
まさか、と術式を編みながらリーファ・レイウォール(Scarlet Crimson・f06465)が妖狐へ問う。
「人を困らせてから甘やかそう、なんてマッチポンプを……」
濃密に凝縮した紫青の炎が、リーファの掌から躍り出る。炎は天地を照らす光と熱を湛えたまま嵐となって標的へ向かい、妖狐は広げた巻物で直撃を防ぐ。散った火の粉は妖狐の肌を焼くが、焼け跡を残さない。そんな美しい炎をリーファは再び指先に集わせる。
「……考えているわけではないわよね?」
問い掛けに妖狐は柔い笑みを溢したまま、首を少しばかり傾げるだけだ。
肯定も否定もしない妖狐の態度に、やることがえげつないイメージになったわね、とリーファも追及せず炎を舞わせた。
モリオン・ヴァレー(死に縛られし毒針・f05537)がそのとき投擲したのは、二種の毒針を伴う霊力の糸。
鋼の鋭き針が重しにもなり、霊糸はぐるりと妖狐の片腕を捕らえた。すかさず妖狐は、モリオンめがけて狐火を撃ちだす。 しかし腕の自由が利かないことで小さくなった狐火は、モリオンの纏う重力の守りが、為す術もなく圧し潰す。
――暴れられると厄介ね。
繋がる霊糸に重力を添える。糸に絞られた骨の軋みが強まり、妖狐の穏やかな表情にも陰りが見えた。
「どうして、あなたもそんなに邪魔をするんですか……っ?」
妖狐が投げた疑問にモリオンは目を細める。
「この騒ぎの張本人が言う言葉かしら?」
返された言葉に、妖狐の少女は青白い狐火を周りに浮かばせる。
そして妖狐の意識が仲間へ逸れている間、背に回ったバドルの刃が敵の首を攫う。抱きこんだ首へ突き立てかけた刃はしかし展開した巻物に阻害され、火玉が燃え移らぬ裡にバドルは飛びのく。
「油断ならないひとですね」
僅かに振り向いた妖狐の瞳が、緩やかに悦を帯びる。バドルは背筋に感じた寒気を一切顔に出さず、生命の熱を追い地を蹴った。
心結の体内で刻印がざわつく。思わず拷問具に触れ、込み上げる想いに耳を傾けた。
血液は力の代償だと理解しながらも、あどけなさの残る笑みを浮かべたまま心結はその選択肢を採る。全身を流れる血が沸騰したかのように熱い。捧げた血は武器の封印を解き放ち、捕らえ、息を絶つための力を心結に与える。
すう、と息を吸い込んだ瞬間、彼女の身はふわりと跳ねていた。
殺気が刺さったのか、妖狐が慌てた様子で火の玉を蔓延らせる。主を守る焔は心結を付け狙うが、彼女の一手一手は、余韻すら許さず火を打ち消していく。
そこでリーファの放った炎が、くるりくるりと開かれていく巻物に吸い込まれる。直後、巻物が呼び起こしたのは、紫青に染まった炎の嵐――転写された魔法が仕返しとばかりにリーファを覆う。
だが炎は彼女の翼も髪の花もほとんど焼かず空へ昇り、消えた。
目を瞬いた妖狐に、リーファが見せたのは自身をやさしく包むオーラの加護で。
「……許されません」
妖狐の娘が、ぽつりと零す。聞き取れなかった囁きが地へ落ちるのと同時、少女は忌々しげに狐火を解き放った。
飛び交う燐火の真っ只中を蒼が走る。牽制の拳を突きだし、攻撃してくる火の玉は直前まで引きつけ最小限の動きで避ける。
「私には私情がひとつ」
左のジャブで距離を測った蒼は、すかさず肩を入れたしなやかながら力強いストレートを繰り出す。
「美味しいお餅を、もっともっと食べたくてね!」
だから私怨で里を滅ぼそうとする彼女を止める。
そう決意を拳に秘めた蒼の強打にこめかみを押さえて、妖狐が腕に巻き付いていた霊力の糸を引きちぎる。
刹那、身を低め駆け寄ったバドルが、徘徊する狐火もろとも妖狐を斬り上げる。瓜切りにした炎越し、映った妖狐の表情は驚きに満ちて。すかさず脇から飛び込んできた狐火が、バドルを襲う。纏う蒼炎の痛みに耐えながら得物で掻き消んだバドルは、妖狐の視線に射貫かれる。
眼差しが秘めるは苛立ちか、嫉みか、恨みがましさか。
はじめにあった余裕を塗った妖狐の微笑みも、今となっては過去の顔となった。
一方、パームが両腕を広げ、命の欠片を呼びだしていた。それは小さな狐を模った桃色の炎。
軽やかに駆け回る焔を怪訝そうに眺めた妖狐に対し、ふふ、とパームが吐息だけで笑う。
「そうだよ。これは狐火。……あなたもきっと知っているもの」
思い思いに跳ねまわる素振りの、桃色の狐火。宿した命がそこに存在するかのように狐火たちは跳ね、発射された妖狐の火へと体当たりする。炎と炎が衝突して弾けるたび、色が重なり花が咲く。
殺傷力の代償と常に寄り添いながら、心結は妖狐の腹部へ一撃を打つ。代償――そう、彼女のユーベルコードは己の血液を犠牲にする力。だから心結は妖狐に念を押す。
「これは遊びじゃないのですよ?」
――貴重な、貴重なみゆの血液を使うのですから。
溌剌とした瞳で心結が告げる。妖狐は背筋に走る冷や汗が拭えず、心結の身を全力で突き飛ばした。
もちろん突き飛ばされて揺らぐ心結ではない。
踏ん張った彼女は、仕掛ける仲間の陰をゆく。
その頃モリオンは再び腕を前へ伸ばし、鋼針を一直線に飛ばした。陽に煌めく暇すら持たず、針は妖狐の髪を裂き、針に付随する霊糸で頬を切る。流れるまま針の軌道が落ちれば、妖狐の肩口に絡みつく。
モリオンが馳せる。里のこともあるが、何より嫌な事をしっかりと思い出させてくれた妖狐に伝えたい言葉があるとするなら、ただひとつ。
「……覚悟はいいわね?」
睨んだモリオンに妖狐も穏やかな目つきのままにらみ返す。
凄みがないわね、とモリオンが不敵に笑えば、少女の双眸に苛立ちの炎が宿った。
そして陰から近付いた心結が、妖狐の傷口へ力を突き刺し抉っていく。相手は一体。小細工は必要なかった。しかし妖狐も黙って受け続ける大人しさは持たず、殴りかかる心結へ狐火を次々向けて、その身を押し返す。
青白い燐火が辺り一帯を漂う。
囲い込みにじり寄る火にも、佇んだ蒼は怯まない。脇から触れてくる熱に構わず一群の中を駆け、正面から戦いを挑む狐火は拳を構えながら瞬時に避けて進む。
あっという間に妖狐の懐へ飛び込んだ蒼は、左ジャブを入れて守りを砕く。そこへ渾身の右ストレートを叩きこめば、防御も削がれた妖狐は仰け反るしかなく。
蒼き狐火に対抗したのはパームが召喚した狐火たちだ。淡く輝く桃色が、時には単独で、時には融合して消火していく。その都度、阻まれることに妖狐の娘も無神経では居られなかったらしい。消えゆく狐火を一望して、眉根を微かに寄せた。
「どう? 妖狐同士でこそ出来る戦いだと思わない?」
パームの挑発にも、妖狐は易々と視線を呉れる。強張った顔を隠し通すつもりも無いようだ。
意地になったのか、またもや妖狐は火の玉を多く招いた。数で猟兵たちを攻め立てる炎も、パームにとっては時間稼ぎの材料でしかない。精神を集中させて、桃色の狐火を一体ずつ操作していく。消し損ねた狐火がひとつ、パームめがけて飛び込んでくるが、気を纏う尾でさらりと振り払ってしまえば些末な存在だ。
仲間の動きを一瞥したリーファの翼が、ふわりと風に揺れる。頬を撫でる風も、翼を遊ばせる風も、まるで自分の背を押しているようでリーファは両の掌を重ねて掲げた。風に炎が宿るのを待つ。
それは彼女のエレメンタル・ファンタジア。
「焼き焦がしてあげるわ。完膚なきまでにね」
そして妖狐が巻物を滑らせて開くより一瞬早く、盛んに燃える炎を巻き上げる。
足元から湧く炎の渦を避けようと、妖狐が後退ったところへ、一陣の風が吹く。
風に見失った人影は、不躾な妖狐へ己の武器を刻み込むため姿を現す。バドルだ。
バドルがオブリビオンへ贈るのは――ユーベルコード、散華。
握り緊めずとも力は手に籠もり、喉元へと突き入れた貫手は、妖狐の呼吸を乱し噎せさせる。
自分が炎の嵐で誘導されたことに気付き、妖狐がリーファを見遣った。
――当てるだけが攻撃じゃないのよ。
不敵さを頬に刷いて、リーファが視線のみで返す。
直後、モリオンが擲つのは鋼針ギべオン。毒針が陽光に透け、霊力の糸は空気に透け、妖狐の腕を束縛した。
狐火で焼きはらおうとする妖狐は、もはやなりふり構わず両腕をばたつかせた。しかし霊力の糸はモリオンの意志を秘め容易く切れはせず。
「ほら、振り解ける?」
抵抗を諦めない妖狐にモリオンが投げかければ、妖狐の顔つきも険しさを増す。
「あなたが味わうのは餅じゃないわ」
糸に気を取られていた間に、毒針が妖狐を刺す。
「こっちよ」
毒と痺れが一挙に押し寄せ、妖狐は悲鳴すらあげられない。はくはくと開けて閉じてを繰り返す妖狐の口は、まるで酸素を求めるかのようだ。
喉を掻きむしる仕草をしてみせた妖狐の胸元を、続けて蒼が強烈な拳で打つ。
止まない連撃の波に、けれど妖狐の娘は苦痛を声に出さず頽れる。
「……嗚呼、なんてひどい話……」
そう吐いたきり、妖狐の娘は猟兵たちの前から消滅した。
●餅月ノ里へ
オブリビオンの脅威も去ったことで、猟兵たちの鼻孔はあたたかいもち米の香りを思い出す。記憶としてよみがえったのではない。里から漂ってきていた。
くんくんくんと鼻先を動かしていた心結が、お餅のいいにおいなのですよ、と頬を上気させる。
すると里の方から、行く末を見守っていたらしき人々の、感謝と誘いの呼びかけが響く。
「ぜんぶ倒したのね! ありがとうお姉さんたち!」
「おーい! 退治済んだなら食ってけー! たんと用意したぞー!」
戦の匂いにのまれていた意識も、胃を刺激する香りに日常風景を取り戻させる。
そういえばなんとなく空腹感があるなと、バドルは胃の辺りをさすった。
「観客のご意向には応えないとね」
そう呟いたパームが、ゆらゆら尾を靡かせて里に向かって歩き出すと、傍にいたモリオンは小さく咳ばらいをして。
「……きなこ餅、あるわよね」
控えめな願いを唇に刷く。
温められた餅の香りに、醤油や香ばしさまで風に乗って届き始める。いよいよ猟兵たちの腹の虫が鳴きそうだ。
「いろんな味付けがあるって言っていたのよね」
期待にきらきらと目を輝かせた蒼も、先をゆくパームを追った。
戦闘とは別の意味で明るさや賑やかさを失わない光景に、リーファは頬を少しばかり緩める。
――もうこれで、予知にあったという風景は……。
役割を果たせたことに胸を撫で下ろし、彼女も一歩踏み出した。
大成功
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第3章 日常
『餅つきしようぜ!』
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POW : 力いっぱい餅をつく!食べる!
SPD : 素早く餅を返す!食べる!
WIZ : きな粉やあんこ等を用意する!食べる!
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●餅月ノ里にて
街道からほど近く、田園に囲まれた餅月ノ里と呼ばれる長閑な集落は、賑やかな年の瀬を迎えていた。
店と民家が建ち並ぶ通りは、住民だけでなく観光客や、旅の道中らしき大勢の人で賑わっている。
ある民家の軒先では、ぺたんぺたんと餅をつく音が耳に馴染み、子どもたちが餅つきの順番を胸を弾ませて待つ。
別の民家の前では餅の入れた鍋を振る舞い、あんこやごま、きなこ、くるみに大根おろしといった、絡めて楽しむ味付けを取り揃えた店もある。
蒸したさつま芋を入れてついた甘みのある餅や、お汁粉と呼ばれる小豆の煮汁に餅が入った甘味なども人気だ。
なにせもち米も餅も、この里の特産品。様々な餅料理が、里にあふれている。
そして、肌寒い空気が身に沁みるサムライエンパイアの冬。熱いお茶も各所で用意されているため、良いひとときを過ごせるだろう。
猟兵たちは人々に招かれるがまま、餅月ノ里を訪れた。
さて、どのようにして過ごそうか。
リーファ・レイウォール
平和を守れて何よりね。
せっかくだから、ご相伴に預かろうかしら。
きな粉をよく食べるとだけど。
辛いものが好きなのよね。
「辛い味のお餅はないのかしら?」
きっといろんな食べ方を知ってるのは、村の人たちよね。
だから、より好みの味のものを、求めてみても良いわよね。
せっかくなんだから、楽しみましょ。
モリオン・ヴァレー
騒ぎの元凶はこれで居なくなった
これで問題なくお祭りも始める事ができる
という訳で
皆で改めて楽しみましょうか
【SPD】
私も餅つきをしたかったけれど
生憎力自慢という訳でもないしね
それよりだったらこの手先を活かした手伝いの方が、ね
正確に返しつつも
餅に触れるのは短時間
その都度桶の水で手を漬け……
とはいえ、やはり熱いモノは熱いわね
そして振り下ろされる杵とのタイミング合わせ
お祭りとはいえ……
いや、お祭りだからこそ事故が起きない様慎重に、ね
餅が出来上がったら、宣言通りきなこ餅を頂こうかしら
……うん、やっぱり出来たては素晴らしいわね
この里もこのお祭りも、何とか守り通せてよかった
まずは一時の休息を
唐木・蒼
待ーーーってました!お餅!!さっき貰ったからわかる…文句なしに美味しいってね♪
さぁさぁどんどんついてどんどん食べましょう!味?なくてもいいしどんな味付けでもどんと来い!
【POW】
食べるのは勿論大好き、なんだけど…お餅ってあの、つかれてるのとか熱々を手で成形するのとかもなんかこう、涎が出るというか何と言うか、好きなのよねー。
なので餅つき。腕力はちょっと自信があるから、おっきなお餅をぺったんぺったんしてみたいわ!労働の代わりにと言っちゃなんだけど、つきながらお餅を食べさせて貰えたりしないかな、なーんて。
折角だし知らせてくれたホーラさんも一緒に、餅つきとかどうかしら?きっと楽しいわ!
バドル・ディウブ
良い雰囲気だ、本当にな…ダークセイヴァーでなく、こういった長閑な田舎に生まれたかったものだ。
さて、熱いお茶でも飲んで一息つくとしよう。
そういえば、餅つきをやるという事だったな…詳しいやり方はわからぬが、とりあえず【SPD】を活かして素早く餅を返してみようか。
見様見真似で技を盗むのは武器の扱いの基本だが、こういった場合にも同じ事は言える筈だ。
じっくり観察し、餅つきの技を己の物としたい。
餅が出来れば、勿論美味しく頂こう。
稼業故か、落ち着いて食事を取るという事が無かったのでな…多少食事速度が早くても、大目に見てくれ。
田園風景が心を、餅が味覚を癒してくれる。
本当に素晴らしい年の瀬だ。
音海・心結
わぁわぁ!
おもちがいっぱい、いーっぱいあるのですっ!
みなさん、お疲れ様でしたねぇ
みゆは【WIZ】でおもちのトッピングを用意するのですっ
きな粉やあんこはもちろん、
醤油やノリ、ずんだあんも用意したいですねぇ
みなさんで分け合って食べましょうか
きっとそっちの方が美味しいのです♪
みゆは用意された全種類のトッピングを制覇しますよっ
たまにはこんな贅沢も良きものです♪
んーっ
どのおもちもとっても美味しくて……ほっぺが落ちちゃいそうです♪
●餅月ノ里で
「待ーーーってました! お餅ッ!!」
両腕を大きく広げて天を仰ぎ、嬉々とした声を張り上げたのは唐木・蒼(喰らい砕くはこの拳・f10361)だ。
果てしない青空へ轟いた声は、焦らされた末の彼女の気持ちをこれ以上ないほど物語っている。
「みなさん、お疲れ様でした。……わぁ、わぁ! おもちがいっぱい、いーっぱいですっ!」
里から手招く人々が持つものを視界に入れて、音海・心結(ゆるりふわふわ・f04636)も身と心を弾ませた。
心結のその気持ちもよく理解できる蒼は、うんうんと何度も頷きながら。
「さっき貰ったからわかる……文句なしに美味しいってね」
名前と同じ色の瞳をこれでもかというほど輝かせた。
騒ぎの元凶がいなくなったことに胸を撫で下ろして、モリオン・ヴァレー(死に縛られし毒針・f05537)もそんな仲間たちにつられるように、里へ意識を向ける。
その傍では、バドル・ディウブ(月下靡刃・f03976)が穏やかな風景を見渡していた。
――良い雰囲気だ、本当にな……。
己の故郷がダークセイヴァーでなく、長閑な田舎だったなら。きっと歩んできた人生も違っていただろうと、バドルは双眸を細めた。
平和を守れて何よりね、と感慨にふけるリーファ・レイウォール(Scarlet Crimson・f06465)に、モリオンも声をかける。
「みんなで改めて楽しみましょうか」
誘いに、リーファは薄く笑みを浮かべて。
「せっかくだから、ご相伴に預かろうかしら」
●餅つき
もち米が、臼の中でぐいぐいと丁寧に潰されていく。全体的に潰れたところで、里の人が餅をつきはじめた。
ぱしん、ぱしんと音が鳴り、臼からは視界を覆うほどの湯気が昇る。
餅つきの様子を眺めていたのは蒼だ。杵でつかれた餅を、合いの手が返して、またつく。そうして成形される餅つきの餅に目が奪われていた。ごくりと蒼の喉も鳴る。
「お嬢さんがたもどうぞ!」
「! 任せて!」
餅つきをしていた里の人が呼びかけると、蒼は腕まくりで応えた。
――時間との勝負でもあるのよね。
負けられないと意気込み、温まった杵を受け取る。
傍にいたモリオンも、手先を活かした手伝いができればと、臼の前で時を待つ。
「いくわよ!」
掛け声を高らかに響かせて、蒼が杵を振り下ろす。彼女の腕力からつかれた餅も、やはりぺたんと耳に馴染む音がする。
そしてモリオンが外から内へ折り込むように合いの手を入れ、桶で手を濡らす流れを迅速に進めた。いつの間にか集まっていた観衆からも、おお、と唸り声がこぼれる。
――わかっていたけど、熱いモノは熱いわね。
寒さに悴んだのもあるからか、餅に触れる指先が異様に熱く感じる。火傷はもちろん、誤って事故が起こることもないよう、モリオンは指先とタイミングに神経を集中させ、蒼と交互に声を発していく。
熱に感覚が鈍り始めた頃合いで、バドルがモリオンへ声をかけた。ふたりの作業を網膜に刻み込んだバドルは、餅を返す役目を変わろうと提案する。
「そうね、お願い」
交代でやっていくのが一番だと、モリオンは迷いなくバドルとバトンタッチした。
――見よう見まねで技を盗むのは常だからな。
ここは戦場ではなく、戦闘を行うわけでもない。だが積んだ基礎を活かせる場は、戦地であるとは限らない。また餅つきの技を会得すれば、日常においても戦いにおいても有効となり得るはずだ。
そう考え、バドルは桶の手水に指を浸ける。
「いっくわよー!」
蒼の合図に頷き、今度はバドルの合いの手で餅つきが始まった。
モリオンもバドルも敏捷性に長けているだけあり、里の人も驚くほど美しくそして力強く餅つきが進行する。
観衆から拍手もあがり、少しして蒼は一息つく。
するとそこへ、ついたばかりの餅の欠片の試食を、里の人が勧めてきた。
「何か絡めるかい?」
味付けを尋ねた里の人に、まずはそのままで、と蒼は無垢なままの餅をはくりと咥える。
頬をふくふくとさせて満足してから、蒼は観衆からひとりを手招いた。
「ホーラさんも一緒に、どうかしら?」
そして蒼は、グリモア猟兵のホーラ・フギト(ミレナリィドールの精霊術士・f02096)に杵を渡す。
「きっと楽しいわ!」
「ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えて」
めいっぱいの笑みを咲かせる蒼にホーラも笑顔を返して、餅をつきはじめた。
ぺったん、ぺったん、と繰り返される心地好い響き。
捏ねてはついて、捏ねてはついて。そうして立ち昇る湯気と香りが、一帯をふんわり包み込む。
「そろそろ、みなさんで分けて食べましょう。そっちの方が美味しいのですっ」
トッピングを用意していた心結が、取り皿を置いてそう呼びかける。心結が里の人と協力して拵えたのは、あんこやきな粉だけでなく、醤油に海苔、ずんだあんまで様々だ。餅のために用意される餡子は、豆を潰さないよう時間をかけてじっくりやさしく炊いていくのだと、心結は聞いていた。手間暇がかかっている分、小豆本来の香りも甘みも充分味わえる。
だから餡子は必ず食べないと、と心結は心に決めていた。
一方、刃物の扱いが得意なバドルと、器用に餅を返していたリーファが、それぞれ速さを活かして餅を切り分け、皿へ並べていく。
皿を盆に乗せながら、集まっていた人たちへ蒼が声を張り上げる。
「さぁさぁ、どんどんついてどんどん食べましょう! つきたてのお餅ほしい人ー! はーい!」
自らも挙手しつつ呼吸を弾ませて、蒼は皿を運んでいった。
●味わう
皿の布団で気持ちよさそうに横たわる餅を見下ろし、バドルはまだ内側から熱を零すそれを口にする。幕を広げたかのように伸びた餅から、まだ湯気がのぼる。そして舌で舐めれば弾力に沈み、噛みきればもち米の香りがより強まった。
サムライエンパイアの名物調味料でもある醤油は、そのもち米の旨みを引き立たせているようで、バドルは僅かに唸る。口に含む前から香ばしさはあった。だがいざ咀嚼してみると、癖になる妙味だ。
他の味も試してみようとバドルは別の皿を取り、さっぱりした甘さが評判だと里の人が話していたあんこ餅を味わう。口に含んだ直後は濃厚にも思えた豆の甘さは、呑み込んでも喉を焼くほどの甘さではなく、すっきりと胃まで落ちていく感覚がする。
塩味から甘みまで様々に味覚を癒したところで、バドルははたと動きを止める。
――落ち着いて食事をとるのも、久しいな……。
稼業故が稼業だからか、落ち着いて食事を取る機会は殆どなかった。
さりげなく仲間の方を見遣れば、他の猟兵たちも思い思いに餅を楽しんでいる。
たまにはこういうのも悪くないと、バドルは目つきをやわらげた。
その近く、きなこ餅をひとつ食べ終えたリーファは、味の濃い料理――辛いものが欲しくなりつつあった。己の食欲には逆らえない。
「辛い味のお餅はないかしら?」
リーファの質問を耳にし、里の人がすりたての大根おろしや生姜、そしていくつかの液体を置く。
「これはただの醤油。で、こっちは合わせダレだね」
合わせだれ、という単語にリーファが首を傾ぐと、醤油だけでなく出汁や味醂などを混ぜたタレだと言う。醤油のみで食べる人も多いが、大根の辛みに合わせて、自分好みのタレをかける人もいるらしい。
話を聞いて、やっぱりいろんな食べ方を知ってるのね、とリーファは感心を声に含める。
――より好みの味のものを、求めてみても良いわよね。
疼く興味に突き動かされ、リーファは白皙の腕を次なる餅へと差し伸べた。
全種トッピング制覇。
偉大なる目標であり望みでもあるワードを抱くのは心結だ。おかげで彼女の前の卓上には、色とりどり、薫りとりどりの餅が所狭しと並んでいる。滋味に富む味付けを前に、我慢も耐え忍ぶ必要もない。だから食欲と好奇心の思うがまま、心結は端のあんこ餅から手に取った。
ふっくらしたあんこの粒が、物欲しそうに心結を見上げる。
――たまにはこんな贅沢も良きものです♪
はくりと含めば、心結の咥内を満たす小豆の甘さと香り。紗幕のように薄く伸びた餅を噛み切ると、閉ざした口の中で美味しさが転がった。ふるふるとかぶりを振れば、無造作に髪が揺れ遊び、心結の胸中を表す。
んーっ、と嬉しそうに窄ませた喉から声を発して、心結は頬を掌で押さえる。
「ほっぺが落ちちゃいそうですっ」
餡子の甘みに目つきも頬も蕩けさせたあと、今度は身体を温める生姜餅に挑んでいく。
どんな味付けもどんとこい、と胸を張る蒼の前に並べられたのは、あんこやごま、きなこに大根おろしといった定番の味付けから、生姜などの身体を温めるものから、色鮮やかな沼海老という縁起物まで多種多様だ。
順番に頬張るためにも、まず蒼が挑まなければならないのは。
「ど、れ、に、し、よ、う、か、な……」
贅沢に味付けを選び始める。
そんな蒼の傍では、モリオンがきなこ餅を噛みしめていた。
じっくり時間をかけて炒られ、石臼で挽いてできあがったきな粉は、豆本来の風味がする。舌の上で少しざらつく粉の食感と、餅のとろけるような柔らかさが融合したきなこ餅だ。鼻を抜ける香りも心地好く、モリオンは瞼を伏せて味わう。
そしてやや間を置き、うん、と小さく頷く。
「……やっぱり出来たては素晴らしいわね」
満悦を唇に刷き、もうひとつのきなこ餅へ手を伸ばす。そして淡く優しいきな粉の色をまぶした餅を見つめ、モリオンは改めて思う。
――この里もこのお祭りも、守り通せてよかった。
平穏を失わなかった、失わせなかった光景の中で、ひとときの休息を満喫した。
モリオンの近く、リーファの目の前には、うずたかく積まれた餅の山。
まだ熱が残る餅は顔を近づけるだけで温かく、リーファは黙々と口へ運んでいく。その小柄な身からは想像もつかない量を、次々と胃に蓄えていくリーファの姿は、里の人たちの興味と驚きを惹いた。
たまげたもんだあ、と老齢の男性が唸れば、前掛けが似合う恰幅の良い女性も、嬉しそうに続けた。こんなにたくさん食べてくれると作った甲斐があるよねえ、と。
大根おろしに醤油を垂らしていたリーファは、そこでふと自分をじっと見上げる幼い少年少女の姿に気付く。子どもふたりは、餅が乗った小皿をずいっと差し出してきた。
「おねえさん、もっと食べる? あたしの食べる?」
「ぼくのもいる?」
自分たちが分けてもらった餅を、あげようと思ったのだろう。
突然の厚意にリーファはきょとりと目を瞬いてから、長椅子の隙間を詰める。
「私の分はあるから大丈夫よ。それよりせっかくだから、一緒に食べましょ」
空いた椅子をぽんぽんと叩いてリーファが告げると、少年と少女は笑顔を咲かせて、彼女の隣へ腰かけた。
子どもたちと並んで座り、続けて餅を頬張るリーファに、暫くしてから少年が、あのね、とおずおず顔を覗き込んでくる。
「ぼくまだ大根おろし苦手なんだ。いつかおねえさんみたいに食べれるかな?」
辛党の彼女が美味しそうに味わっているのが、少年にとってはよほど鮮烈な印象だったのだろう。
焦らなくてもいつかいけるかもね、と答えを返してからリーファは思い出したように。
「無理に食べなくても大丈夫よ。……それでも、食べられるようになりたい?」
素朴な疑問にも、少年は深く頷いた。
「そしたら、おねえさんたちみたいに強くなれる!」
恐らく少年も、戦いを里から見ていたひとりなのだろう。
幼さが残るがゆえの躊躇いのない一言に、リーファは思わず吐息に笑いを含んだ。
すると少女の方が、席も近かった蒼の食べっぷりを覗いて両眼を輝かせる。
「あたしも、いろんな味の食べたらきれいな大人になれる?」
少女の年頃からすると、随分と大人だと感じるのだろう。問いを投げられた蒼は、もっちろん、と爽やかに応じて、色鮮やかな海老をまぶした餅を口へ放り込んだ。
一方、あっという間に平らげたバドルは、里を囲う柵の向こう側へ視線を移していた。
サムライエンパイアにある季節のうち、春や夏には、鮮やかな緑や花たちが陽気に揺れるのだとバドルも聞いている。
しかし今は冬。色味も褪せ、どちらかといえば大人しい植物が目立つ。里の周り、田園に広がるのも落ち着いた冬草の青や、その青が混じりながらも枯れた草木の姿。
それでも、心打たれる景色であることに変わりはない。
冷たい冬の風に晒されながらも草葉は耐え、人々は寒さに負けじと温もりを分かち合う。そんな景色を拝むバドルもまた、舌で味わった餅や茶が喉を抜け、腹が温まるのを感じる。意識せず、金の双眸が揺らめいた。
――本当に素晴らしい年の瀬だ。
大成功
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