22
虹の鳥籠

#アルダワ魔法学園

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#アルダワ魔法学園


0




●光の御許
 そこはアルダワ魔法学園の地下迷宮の一画だった。
 ドーム状の空間の壁や天井は複雑な多面体で彩られ、隙間からは絶えず蒸気が細く吹き出している。
 そしてそれらの頂点に、光を内包した無色透明の結晶があった。
 大人がようやく一抱えできる程の大きさだ。人工物か、自然物かは分からない。が、光源としての役目を果たす結晶から零れ落ちた光は、壁面に反射し、蒸気に歪められ、迷宮内を虹色に満たす。
 一時、留まり眺めるには美しい場所だ。
 けれど美しさ故、不安定に囚われる感覚にも襲われる。
 『虹の鳥籠』と呼ばれるようになったのは、きっとそのせいだ。

●『自分』の迷宮
 あのね、と。ウトラ・ブルーメトレネ(花迷竜・f14228)は眉尻を下げて切り出した。
「きらきら、キレイなところ。きれいすぎて、こわいくらい、だったみたい、なんだけど。そこにね、オブリビオンがいついちゃうの」
 だったみたい、なのは。ウトラが『綺麗すぎて怖い』という感性を未だ理解し得ないからだろう。
 圧倒的な美しさを前に、人は萎縮しがちだ。
 蛇に睨まれたカエルのように身を縮こまらせて、しかし呼吸を忘れる程に囚われる。
「そのオブリビオンがね、鏡のオブリビオンなの。光がきらきらしてるところに、鏡。まぶしいし……いやな子を、つくってた、かな?」
 己が裡にもあるはずの人心の機微に思い至れぬ少女は、だからとつとつと予知した未来を視た儘に猟兵たちへ語った。
 敵は、闇色を光に紛れ込ませた、巨大な鏡。
 『いやな子』とウトラが称したのは、その鏡によって映しとられ、歪められた、己の鏡像。
「たどりつくのも、たいへん。おかしなしかけがあるのよ。たのしいけど、やっぱり少し……いやな感じ」
 どう言葉にして良いか分からぬのか、ウトラは眉根を寄せて「うーん」と中空を見遣って、もごもごと言葉を探し、やはり適切なものを選べなくて――うん、と笑った。
「たぶん、みんなならだいじょうぶだと思うの。だから、」
 ――おねがいするの。
 一般の学生たちに被害が出る前に、事態を解決して欲しいという一念を、最後の一言に詰め。ウトラは猟兵たちをアルダワ学園の地下迷宮へと送り出す。


七凪臣
 お世話になります、七凪です。
 今回はアルダワ魔法学園でのお仕事をお届けに参上です。

●シナリオ傾向
 1章はライトに(重くても構いません)。
 2章以降はご自身の内側と向き合って頂くこととなります。
 『今』のあなたは『本物』ですか?
 虹色の光に囚われて、自分自身と対峙してみたい方へお勧めです。

●シナリオの流れ
 【第1章】冒険
 なりたい自分になりきっちゃいましょう。
 白い蒸気が視界を遮ってくれていますので、恥ずかしさを感じる必要はありません☆
 【第2章】冒険
 誰にも見せたくない自分の一面との遭遇。
 【第3章】ボス戦
 悪意によって歪められた自分自身との戦いです。
 が、自分の真実かもしれません。

 いずれの章も、開始時に導入部を公開致します。
 またPOW/SPD/WIZの選択肢は参考程度とし、ご自身で自由に考えて頂いて構いません。

●その他
 シナリオの性質上、お一人での参加を想定しております。
 複数銘で参加頂いても描写は一人ずつになる可能性が高い事を予めご了承下さい。

 第1章のプレイングは5/26の8:30より受付開始致します。
 以降のシナリオ進行状況、プレイングの受付締切等の連絡は『マスターページ』にて随時行います。
 ご確認の上、プレイングをお送り頂けますと幸いです。

 自分でも理解していない自分や。
 必死に押し隠している自分など。
 それらを再確認する機会になればと思います。
 皆様のご参加、心よりお待ちしております。
 宜しくお願い申し上げます。
257




第1章 冒険 『イェーガーの不思議なダンジョン』

POW   :    剣士、勇者、アスリート……力強い存在に「なりきり」ます

SPD   :    魔法使い、医者、学者……頭脳や技能が必要な存在に「なりきり」ます

WIZ   :    幽霊、フェアリー、喋る犬……おとぎ話に出てくるような存在に「なりきり」ます

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●『なりたい自分』
 『虹の鳥籠』へと続く長い長い一本道は、シューシューとそこかしこから吹き出す蒸気で煙っていた。
 特に熱を感じないのは、きっとアルダワの神秘だろう。
 それにしても、だ。
 あまりに煙り過ぎて、通路の果てが見えない。むしろ果てがあるか分からない。永遠に白の世界を彷徨わされそうな気になる。
 駆られた不安に、手近な壁に寄りかかれば。そこに書かれた文字に気付くだろう。

『なりたいあなたになりましょう』

 簡潔な一文。
 だが明確な意図を伝える一文は、この白い廊下を突破するための秘訣。
 なりたいあなたになりましょう。
 そうすれば不思議な魔力が満ちて、あなたを望む場所まで運んでくれるはず。
ジャハル・アルムリフ
長いな
知らぬ間に分かれ道でも行き過ぎていなければ良いが

なりたいもの、か
古い絵本で見た謎かけのようだ
己は己にしかなれぬと、疾うに知ってしまったというのに

…例えば、陽に透き通る髪
夜の涯まで見透す、星宿す瞳に
指先ひとつで奇蹟を手繰る魔力
ほんの小さな光を浴びるだけで周囲を照らすような

例えば、そんな存在であったなら
畏れず対等なるモノとして歩めただろうか
そこらに彷徨い転がっていた
小汚い化け物を、恐れられず救ったり出来るのだろうか
有り得ない「もしも」を夢想しながら

まぼろしの髪の一房や掌を眺めても
白い通路を振り返ったところで答えのある筈もなく
変われなかろうと前に進まねば
追えるものも追えはしないと言い聞かせて




 汚泥のような小さき何かが、物陰でじぃと身を縮こまらせていた。
 かつん。
 男は足音を一つ軽やかに響かせると、小さきものの傍らに膝をついた。
『……?』
 男が躊躇いなく差し出した白い手に、小さきものは怯えることなく身じろぎ、パチンと鳴らされた男の指先から生まれた七彩の星の煌めきに、輪郭の定まらぬ体を歓喜に膨らませた。
『すごい、すごいね!!!』
 まるでそう言うように、汚泥の中の一点。黒く沈んだ大きな眼に、男の聖らかな笑みが映る。
 柔らかな陽射しを紡いだ髪は、男の僅かな所作にもしゃらりと揺れて。温かな星を宿す瞳は、明けぬ夜の涯まで見透すよう。
 男の手が、小さきものをそっと撫でる。
 すると穢れが祓われたように、小さきものが輝いた。
『――ありがとう』
 そうして小さきものは光に導かれ、幸せそうに消えてゆく――……。

 まぼろしか――と。
 ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は髪を梳いた指に残った漆黒に、色のない息を吐く。
 木漏れ日色は尽く幻。それは髪に限ったことではない。鏡を見ずとも、ジャハルは己が姿をよく識っている。肌は浅黒く、虹を宿す瞳は夜に深く沈む。
 そこに居るだけで周囲を照らすような姿とは真逆。

 嗚呼、もしも。
 光の化身が如き存在であったなら。
 畏れず対等なるモノとして歩めただろうか。
 憐れな小さきモノを、恐れられずに救う事も出来たりするのだろうか。

「なりたいもの、か」
 遠い記憶。今にも表紙が朽ちてしまいそうな絵本で見た謎かけのような言葉をジャハルは平らな声で反芻し、帯びた黒剣の柄を握り締める。
 この手は、奇蹟の魔法を繰る手に非ず。邪を断ち斬る剣を振るうのを得手とするもの。
 それにジャハルは疾うに知っているのだ。己は己にしかなれぬということを。
 けれども白く煙る世界に視た幻はすぐには消し去りがたく。
 それでもジャハルは、振り返らない。
 ――変われなかろうと前に進まねば、追えるものも追えはしない。
 言い聞かせる決意に、気付くと果てなき白はいつの間にか終わりを迎えていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒門・玄冬
SPD
二重人格者でなければ
そのもう一人が反逆者でなれけば
学者になりたいと思っていた

日がな一日
本の海に浸って歴史を学び
想像の翼を広げ可能性の宙を飛び
新しい種を発見して議論の水を与えて開花させる
幼く無力な少年の頃
そんな日々に憧れたこともあった

実際は抑えきれぬ衝動への
焼き尽くせと叫ぶもう一人の男への恐怖に耐えかね
御仏にすがったが
…僕は今も無力なままだ

なりたいあなたになりましょう

立ち込める白い靄のようにあやふやな
しかしどこか許されるような
少しばかり麻痺して
抱える恐怖が和らぐような気がする

束の間でも
ここで許されるなら
まずは本を手に
歴史の海へ沈むことにしよう




 よく使い込まれた年代物のランプで手元を照らし、男は一心不乱に書物を読み耽る。
 小難しいタイトルのそれは、歴史を記す学術書なのだろう。二段組みされた紙面には細かい文字がびっしりと並び、たまにある挿絵も華美なものではなく、時代背景を端的に表したものばかりだ。
 常日頃から本に馴染んでいないと、手に取っただけで眉を寄せたくなるだろう。しかし男の口角は僅かに上がっていた。
 と、何かに気付いたのか。文字の羅列を追う青い光を含んだ紫の瞳の動きが止まる。そして癖のある黒髪をくしゃりと右手で掻き混ぜた男は、左手で傍らに積んだ本の山から一冊を取り出すと、ぺらぺら頁を捲り、ぱっと顔を輝かす。
「やはり、そう」
 楽し気に呟いた男は、今度はペンを手に取りつらつらと文字を書き連ね始める。
「きっとこれは新しい発見になりますね」

 視界を閉ざす白の世界で、黒門・玄冬(f03332)は幻の分厚いローブを羽織り、本の海に沈む。
 ずっと、ずっと憧れてた。
 日がな一日、歴史を学び。想像の翼で時の宙を駆けゆき、新たな『種』を発見しては、同志と議論を繰り広げ、『種』を芽吹きを与え花を咲かせる――『学者』になりたいと。
『     』
 そんな玄冬を、心の中のもう一人が嗤う。
 嗤って叫ぶのだ――何もかも焼き尽くせ、と。
 衝動は抑えきれず、玄冬はもう一人の男の影に怯えた。恐怖に耐えかね、御仏に縋りもした。けれど玄冬は、未だ無力なまま。

 二重人格者として生まれたがゆえに、望めなかった未来。
 いや、例え二重人格者であったとしても。もう一人が『反逆者』でさえなかったら。
 ――そんな現実さえ、今は忘れて。
 少し先も見通せぬあやふやな世界で玄冬は許された心地に身を浸し、内なる恐怖を和らげて。
 暫し幼い頃の憧れに酔う。
 そしてペンが結びを記す頃、玄冬はきっと白い世界の終わりに立っているのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

タロ・トリオンフィ
壁の一文に触れて、困惑してしまうかも

なりたいもの――
うん、少し困ったな。僕は、

僕の『作者』が、贈る友の為に込めた想いや願いも
僕を使い続けた主人と共に、人の姿を得る前から様々な人の運命を占ってきた過去も
ずっと大切にしてくれた日々も
全てがあって、今の僕が宿ったから
……その今の僕を、変えたい想いは無いのだけれど

ああ、そうだ、でも、

僕を大事にしてくれる主人を
僕が示した未来をよすがに進もうとする人を
何物からも護り通せるようになれたら、それはどんなに嬉しい事だろう

堅牢な城砦の門
或いは宝物を仕舞って鍵を掛けた、秘密の箱
……うん、なかなか悪くない気がする
本当にそうだったなら、宿るのはきっと僕ではなかったけれど




 ――少し、困ったな。
 真白く煙る世界にすっかり溶け込み、タロ・トリオンフィ(f04263)は困惑の溜め息をほろりと零し、七色が艶めく白い眼差しを彷徨わせる。

『なりたいあなたになりましょう』

 困惑は、壁に記された文字をなぞった指先から広がった。
 髪も、肌も、纏うローブも。全てが白のタロにとって、数少ない色彩である手袋の黒が、じわじわ全身へと伝播していくような違和感。
 だってタロはヤドリガミ。
 変わり者ながら腕は抜群だった画家が、生涯で唯一描いたタロットカードセット。
 贈る唯一の友の為に込められた想いも、願いも。タロを使い続けてくれた主人たる屈な魔導具師と共に、様々な人々の運命を占ってきた過去も。ずっと大切にされてきた日々も。
(「全てがあって、今の僕が宿ったから」)
 否定し得ない根源をタロは慈しみ、その一切を変えたいとは望まない。
 だから『なりたいあなた』が思い浮かばない。
 しかしこのままでは、永遠にこの白に溶ける回廊を彷徨うことになってしまいそうだ。
 それは、望まない。望めない。
 ならば、僕は。僕である事を否定せずに――。
「ああ、そうだ」
 人の身として巡らせる思考の果てに、タロの姿が不意に堅牢な城砦の門へと変わった。
 蛮族や獣たちの侵攻を阻み、人々の営みを守るもの。
 威風堂々と立ち、タロは胸を張る。
 これならば、己を大事にしてくれる主人を、己が示した未来をよすがに進もうとする人々を。何物からも護り通せる。健やかな毎日を、見守ることができる。

(「……うん、なかなか悪くない気がする」)
 次は想いの詰まった宝石を仕舞う鍵付きの小箱にでもなってみようか、とタロは思い浮かべ――間近に感じた白の世界の終わりに物憂げに瞬く。
 望む人々を、望んだだけ。護れる姿の何と心強いことか。
 ――けれど。
(「本当にそうだったなら、宿るのはきっと僕ではなかった」)

 ああ、それでは。
 やはりタロは望めない――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クラウン・メリー
俺は、本物のピエロになりたい!
俺の芸を見た瞬間、皆が笑顔になるような!

翼も無くて、「いちゃいけない存在」でもなくて
ただ純粋のピエロに!

大切な友達から貰ったピエロのお面を被って、手をふりふり。
くるくる、大玉に乗ってジャグリングだって出来ちゃうよ!
黒剣を出して、これを飲み込みます!……ごくん。
あはは、驚いた?
マジックだってお手の物さ!ポンッと出たトランプが、
あら不思議。花束になったよ!
最後はお花のシャワーして、一礼。

えへへ、皆がどうすれば笑顔になれるのか
どうすれば楽しい気持ちになれるのか。
少しでも悲しい気持ちを無くしてあげたい。
それだけを考えていたいな。




 陽気なピエロが、街の大通りを練り歩く。
 練り歩くと言ってもピエロの足元にあるのは、カラフルな大玉。それを先端が尖った靴で器用に操り、右へ左へと自由自在。
 ぽかんと口を開けて見上げていた子供にぶつかりそうになったのはほんの冗句。優雅に腰を折ってお詫びをすると、驚いた子供の顔も満面の笑顔に早変わり。
 どこからともなく取り出した帽子をひょいと被ったかと思えば、すぐに脱いで頭上でくるり。すると三羽の鳩が空へ飛び立ち、虹色の紙吹雪を街へと降らす。
『ねぇねぇ、あれやって! ボールをくるくるするやつ!!』
 強請る子供の声に応えて、ピエロはポケットの中から赤、橙、紫のボールを取り出すと、大玉に乗ったまままずは赤を、ほい。次いで、橙。そして紫。中空に放たれたボールはピエロの手に戻るや否や、また空を舞い。くるくる、くるくる。ぶつかることなく放物線を描き続ける。
 しかもいつの間にか、黄に緑に、青に白も加わっていて。巧みなジャグリングに子供たちだけでなく、大人達も目を輝かせ始めていた。
 場は十分に温まっただろう。
 頃合いを見計らい大玉からとんと降りたピエロは、ぶかぶかの服の背中から長い黒剣を取り出すと、切っ先を己が口へと宛がう。
 起こる未来を察した女が顔を背ける。小さな子供は両手で目を覆った。
 けれど安心。こくんと剣を飲み干したピエロは元気いっぱい。驚かせてごめんね、というようにポンと両手を打ち鳴らすと、トランプがピエロの手元から溢れ出し。いそいそ搔き集めたら、色とりどりの花を束ねたブーケに早変わり!
 ピエロを囲う人々はやんややんやの大喝采。窓辺からも惜しみない拍手が送られる。
 誰もが笑顔になっていた。
 悲しみを忘れて、楽しさに声を上げ、また誰かを楽しい気分にさせている。
 どこまでも『楽しい』が連鎖して、街全体が笑顔の花園になったよう。

 幻の観衆たちへ一礼し、クラウン・メリー(f03642)は再び大玉に飛び乗ると、次の街を目指して転がり始める。
 その背には、翼はない。
 今のクラウンは、正真正銘ただのピエロ。『いちゃいけない存在』ではなく。大切な友達に貰ったピエロの面を被った笑顔の伝道師。

(「少しでも悲しい気持ちを無くしてあげたい」)

 それだけで胸を一杯にしたクラウンの転がる先では、白い世界の終わりが手招いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

百合根・理嘉
なりたい自分……?
なりたいのは、なんだろな?
正直良く判んねぇや

あー……でも、『こいつが居れば安心』って言うのはいいよな
居て良い、必要とされてる、って思えるから

頭使うのは嫌いじゃないけどそこを頼りにされるよか
腕っぷし頼りにされる方がいい
経験とかそーゆーの、重ねれば重ねただけ強くなれそーだし
鍛える為に重ねた月日がきっと前に向かう力をくれると思うしよ

だから、こう、アスリートとかそういうの?
勇者とか剣士って言うよりも、弓兵とかそういうのがいいな

子供の頭上のりんごを射抜いた英雄みたいな
そーゆーんがいい
あれ?あれは狩人だっけか?
ま、いっか

補足
18になっても
まだ、自分の未来も方向性も迷子で決めかねている感じ




『なりたいあなたになりましょう』
 記された文字に百合根・理嘉(f03365)は「うう~ん」と低い天井を仰いだ。
 18歳とは言え、理嘉は運送屋で働く立派な社会人――の、はずなのだが。
 彼には未だ、自分の未来が視えない。方向性さえ、掴めていない。謂わば、人生の迷い子。
 明確に浮かばぬヴィジョンに、理嘉はひたすら頭を捻る。『良く判んねぇや』が正直なところだ。
 だが、このままでは仕事に戻れないどころか、すっかり白骨になるまでこの白い迷宮に囚われてしまいそうで。
「う~ん……う~ん……あ、」
 閃きは唐突。
 きっと絵にしたなら、この瞬間の理嘉の頭上では昔懐かしの白熱電球にぽっと光が灯ったところだったろう。
「……そうだな、うん。『こいつが居れば安心』って言うのはいいよな。居て良い、必要とされてる、って思えるから」
 されどその灯はまだ心許ない。
 むしろ今にも消えてしまいそう。
 しかし掴まえた細い糸を、理嘉は懸命に手繰り寄せる。
 幸い、ガタイには恵まれている。頭を使うのも嫌いではないが、そこに重きをおかれるよりも、腕っぷしを頼りにされた方がきっと役に立てる。
「経験とかそーゆーの、重ねれば重ねただけ強くなれそーだし」
 ぶつぶつ、ぶつぶつ。
 理嘉は呪文でも唱えるが如く、言葉にして『なりたい自分』を思い描く。
 きっと鍛える為に重ねた月日が、前に向かう力をくれる。
 ――努力は無駄にならない。
「あー……、こう、アスリートとかそういうの?」
 顎に手をやり、首を傾げ。
「勇者とか剣士って言うよりも、弓兵とかそういうのがいいな」
 大きな子供はああでもない、こうでもないと幻想を浮かべては消し、消しては浮かべ。
 ――そして。
「そうそう、こういうやつ!」

 風を切る緑の短衣に、矢筒を背負い。ぎりりと弓を引いた青年は、白い世界の果てまで届く矢を放つ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア
※アドリブ掛け合い絡み大歓迎

なりたい自分、ねぇ…
んー…なら、魔法使えるようになってみたい、かしらねぇ。
あたしそっち方面はカケラも才能ないし、ド派手な魔法で広範囲殲滅どっかん、ってちょっと憧れるのよねぇ。

…で、なりきればいい、だったかしらぁ?
んじゃとりあえずてきとーに…えーと、ふぁいあぼーる。
…こんな雑いのでもちゃんと発動するのねぇ。
それなら、もうちょっと凝った詠唱ならどうなるのかしらぁ?
――銀嶺に座す女王の娘よ、我が前にて淡き衣翻し踊れ!ブリザード!
…やっぱ気合入れたらそれ相応のことできるのねぇ。

さーて、割と好き放題撃ちまくってみたけど。
鬼か蛇か、何が出てくるのかしらねぇ?




 自身が経営するバーの制服でもあるギャルソン服のまま、ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)はムーディな夜の街だったならば少々不似合いだったろう歓声を上げる。
「やだぁ、楽しい……!」
 なりたい自分、と考えて。
 真っ先に思い浮かんだのは、魔法を使えるようになった自分、というもの。
 弓引きの戦場傭兵としての腕にはそこそこ自信があるが、魔法方面に関してはからっきしなのだ。
 だから、こう……ド派手に広域魔法ぶちかますとか――憧れる。
 しかし最初は、遠慮がちに。
 ふぁいあーぼーる、なんて極甘ロリボイスでぽそりと唱えてみたらば。実際、炎弾が白い世界をふよふよ飛んだ。
 些か雑な扱いだったかしらぁ? とティオレンシア自身も思ったけれど。ちゃぁんとそれらしきものが発動した。
 ――なりきり、悪くないかもぉ??
 瞑られているだけのような細い目が、愉し気な弧を描く。
 今みたいなので大丈夫だったのだから、今度はもっと盛大に!
 えぇとぉ、と。脳内辞書を片っ端から検索し、ティオレンシアは朗々たる詠唱を組み上げる。
「――銀嶺に座す女王の娘よ」
 厳かな語調にあわせ、ティオレンシアの全身が薄青のオーラを立ち昇らせる。元より微かに青みを帯びた夜色の髪が、足元から湧き立つ風に煽られ広がった。
「我が前にて淡き衣翻し踊れ」
 立ち昇っていたオーラが、ティオレンシアの頭上付近に収束し、オーロラの輝きを放ち始める。
 そして――。
「ブリザード!」
 高く唱え上げた形成す言の葉に、雪の嵐が吹き荒れた。
 白い世界にあって尚白く、或いは青く輝き。凍てつく風が、渦巻き暴れる。
 どうやら気合を入れたら相応のことが出来るらしい――もちろん、ただの幻影ではあるが。そうと分かっていても、面白いものは面白い。
 然して仮初めの大魔法使いとなった女は、滅多矢鱈に超絶破壊魔法を繰りだし続け。白い世界の果てまでも破壊し尽くす勢いで、終わりへ辿り着く。

 さてさて、割と好き放題させてもらったけれど。
 この後、ティオレンシアを待つのは鬼か蛇か、それとも――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーナ・リェナ
なりたい自分かぁ……
今でもわりとそうだけど、もし叶うなら大きくなりたいかな
ただ身長が伸びるんじゃなくて、人間サイズに
仲良しさんの肩とか頭とかに乗れるのは今の大きさだけど
飛ばないで一緒に歩いたりとか
何かの試合っぽい手合わせみたいなのはできないから
それはちょっと寂しいんだ
やっぱり今のままがいいって思うかもだけど
大きくなってみないとわからないからさ




 いつもより一歩が大きい。
 虹色の翅でひらりと飛び越えるサイズのクッションだって一跨ぎ。陽だまりでのお昼寝に最適なもふもふでふかふかなモフィンクスのマフラーも、今は首周りを温めるだけ。
 まるで違う世界の大きさに、少女はラズベリー色の瞳を瞬かせた。
 見かけた白ソックスのネコに、ぱたぱたと駆け寄る。きっといつもだったらぎゅっとさせてくれただろうネコは、しかし大きな影に驚いてぴゃっと逃げ出してしまった。
『ざぁんねん』
 追いかければ抱っこできるかもしれない。けれど警戒にぶわりと膨らんだ黒白の毛並みが可哀想で、少女はすんっと立ち尽くす。
 ――と、その時。
 隣に、誰かが並んだ。
 顔ははっきりとは見えないけれど、見知った誰かな気がして少女の表情が輝く。
 差し伸べられた手を、ぎゅっと握り返す。指に抱き着くのでもなく、掌に乗るのでもなく。
 分かち合う体温は、いつもより少し低く感じるのに、何故か頬はぽぽぽと色付く。
 不思議、不思議。
 不思議な感覚。

「あれ?」
 ぽんっと弾き出されてしまった白の世界――無事に踏破し終えただけ――に、ルーナ・リェナ(f01357)はきょとんと目を円める。
 なってみたかった、大きな自分。身長だけとか、そういうのではなく。フェアリーサイズから、人間サイズに。
 アルダワ地下迷宮の仕掛けは、その幻をルーナに視せてくれた――しかし。
「うーん……うーん」
 難題を一つクリアーし終えたばかりだというのに、ルーナは頭を抱える。だって空だってひょひょいと飛べる小さい今と、仲良しさんと肩を並べて歩ける楽しさと。どっちが素敵か、まだ結論をみつけられていない。
「誰かと手合わせとかしたら、もっとはっきりしたかしら?」
 うーんうーんと唸って、けれど「まぁ、いっか」とルーナはひらりと中空を舞う。
 絶対に大きい方がいい! ってならなかったのだから。答はきっと、そういうこと?

大成功 🔵​🔵​🔵​

オルハ・オランシュ
アルダワって、来る度に全然違う光景を見せてくれるよね
そう呟いても
いつもならば返ってくる声は、今日は無くて
どこまでも続く白い世界をひとり往くのが少し心細い

……ん?
『なりたいあなた』……?

想像した、なりたい自分の像
それは自信を持って先生と肩を並べられる一人前の私だ
先生と同じように美味しいジャムも作れて
何でも屋の仕事だって、
先生と同じように指名で大きなお仕事も貰えて
同じように――

先生に恩返しをするには、今の私じゃ力不足だから

でも、とふと気付く
先生と同じようになりたい……?
それって本当に、なりたい『自分』って言えるのかな
私は結局、まだ、自分が見えていないのかも

……ううん
これでいいんだ、今は




 皮と果肉をふんだんに使ったオレンジジャムは、甘くフレッシュな味わいが自慢。
 粒々の食感を活かしたブルーベリージャムは、程よい甘さと仄かな酸味が楽しめる。
 そして何より、いちごジャム。看板商品に偽り無し! 厳選した高糖度のいちごたちは、ジャムになっても本来の美味しさを口いっぱいに広げてくれるのだ。
 とあるジャム屋の厨房で、キマイラの娘は鍋にことこと火を入れる。
 焦がさないよう、水分を飛ばし過ぎないよう、細心の注意を払いながら。その甲斐あって、果物の魅力を最大限に引き出した娘手製のジャムは日々飛ぶように売れている。
 開店準備中の今だって、店の外には行列が出来ていた。
 わあわあ、大変。急がなくっちゃ。
 けれど今日は開店前に大事な用がもう一つ。程よく煮詰められたジャムを火から降ろした娘は、エプロンをぱっと外すと店の奥へと走り。三叉槍を背に負うと、小振りな黒い翼で闇に紛れて裏通りへ駆け出す。
 娘を指名の何でも屋の仕事も大盛況。秘密の合言葉は、朝な夕なに囁かれる。
 何もかもが『先生』と同じ。ジャム作りが上手なのも、何でも屋として大きな仕事を指名で任せて貰えるのも。
 雑用ばかりではない。ちゃあんと娘は『先生』へ恩返しが出来ている。

 しかし裏通りの果て――白い世界の終点で、オルハ・オランシュ(f00497)はことりと首を傾げた。
(「あれ? 私って、先生と同じようになりたい……?」)
 それって本当に、なりたい『自分』って言えるのだろうか。
 明るい緑の双眸で来た道を振り返り、オルハは自分の裡へ問い掛ける。
(「私は結局、まだ、自分が見えていないのかも」)
 ぐるぐる、ぐるぐる。考え始めると、訪れる度に違う光景を見せてくれるアルダワみたいに、礎となる輪郭が遠退くよう。
 それでも幸いなことに、オルハは「なんとかなるよ」が口癖で、何事も楽しめるポジティブの天才なのだ。

 ――……ううん。
 これでいいんだ、『今』は。

 然してオルハは今日も一日楽しむべく、白の世界の外へ飛び出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
【WIZ】
なりたい貴方、か
どういう意図かは解らないけれど、
中々に楽しそうで 年甲斐も無く胸が躍るね

焦がれる自身を一つ選ぶのなら、
矢張り頁を捲る先の様な物が良いな
其れが、何よりも好きな童話な様な物なら
更にと 良い物になる筈だ

草臥れた作家には不釣り合いな、
シルクハットに貴族服を想像して
茶席にはきっと兎と鼠の友人、
この煙も暖かな紅茶の湯気に違いない
――さあて、そろそろ御茶会を始めようか
不思議な夢の御茶会を、永久の時間を
遂にと話題が尽きて気不味い時間も、
たっぷりとミルク注いで茶濁して

ふふ。思ったより楽しくて
――何と云うか。ずっと、居たくなる
何て思い掛けず焦がれる様な響き落とせば、
自身へと 苦く笑って




 まるで絵本の中の出来事のようではないか。
 白く煙る世界で出くわした言葉に、ライラック・エアルオウルズ(机上の友人・f01246)は心を弾ませる。
 意図を探るのは、きっと無粋。
 誰が物語の舞台裏を知りたいだろう?
 夢は夢、幻想は幻想であるのが良いのだ。
「どんな『僕』になろうかな」
 くふりと笑みを頬で転がし、四十路も近い男は年甲斐もなくはしゃぎながら、真っ白い原稿用紙に新たな物語を綴り始める。

『やあ、こんばんは』
 眩い日差しが燦燦と注ぐ青空の下。常緑の木陰にティーセットを広げ、高貴な血筋と思しき衣服に身を包んだ紳士はへシルクハットを脱いで四本足の珍客を出迎える。
 ぴょんと跳ねたウサギが席につく。
 緑の大地まで垂れたテーブルクロスを頼りにちょこちょこ登ったネズミも、茶器の前でスタンバイOK。
 棚引く白の残滓は、ふくよかに香る紅茶の湯気だ。
『――さあて、そろそろ御茶会を始めようか』
 紳士の合図に、四枚翅を持つ妖精がよいしょよいしょと角砂糖を運ぶ。給仕を買って出たユニコーンも、その背に銀の盆を乗せて客人と紳士の周りを軽やかに駆ける。
 いつもは『視えぬ』友人たちも、今日は一緒に不思議な夢のお茶会の一員。
 あれやこれやと語り明かす時間は永遠。うっかり話題が尽きて場が白けたなら、熱々紅茶にたっぷりミルクを注いで――茶を濁す。

 何て良き一時、素晴らしい世界。
 頁を捲るのが楽しみで仕方ないような、焦がれて止まぬ己の姿に、ライラックはぽつり。
 ――何と云うか、ずっと、居たくなる。

「……!」
 己が紡いだ呟きに、ライラックははっと目を瞠った。
 思いがけず、焦がれる響き。
 自分は、こんなにも――。
 そこから先は敢えて思考を塞ぎ、ライラックは己へ苦く笑む。
「大丈夫。ずっとは、ない」
 冷めて冴えた思考は、白い世界の終わりを捉えていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レガルタ・シャトーモーグ
なりたい自分…

なりたいもの、と言われて直ぐに思い浮かばない
けど、なりたいと思うって事は、今の自分に不満があるって事の裏返しとも言える
ならば、俺も「なりたい自分」とやらがあるのかもしれない

俺は俺自身が嫌いだ
小さくて、非力で、一緒に居たかった人は指先から溢れる様に消えていく
両親と双子の弟、家族で幸せに暮らしている自分…
そんなモノを観てしまったら、きっと俺は弱くなる…
ならば望むのは、大人になって強くなった自分、それが落とし所だろうか
移ろわぬ心、故郷を襲ったオブリビオンを倒せる力
それを兼ね備えた大人の自分…
将来、本当にその姿になった時、俺はどう思うんだろう…




 大きな漆黒の翼が風をはらんで、一気に加速する。
 滑り込む先は、オブリビオンの顎と、今にも喰われんとしている少女の狭間。
 がっと、と男は鋭利な牙を剥いたオブリビオンの顔面を鷲掴むと、そのまま力任せにオブリビオンを地面へ捻じ伏せた。
 再び顔を上げるまでの一瞬。男は少女を抱き上げ瞬く間に空高くへ飛翔する。
『ありがとう』
 泣きじゃくっていた少女の唇は、まだ青褪めたまま。けれど眼差しに宿った光に、男は少女の命を救えたことを実感する。
 ここに隠れておいで――告げる代わりに、男は少女を物陰に降ろすと、安心させるように少女の髪を大きな手で一度撫でた。
 少女が、男を見上げて笑う。
 みんなの事も守ってね、と言う。
 男は力強く頷き、オブリビオン目掛けて空を翔ける――……。

「……なんだ」
 こんなものか、と瞬く間に辿り着いてしまった白く煙る世界の終点で、レガルタ・シャトーモーグ(屍魂の亡影・f04534)は小さな肩を落とす。
 なりたい自分になれと記してあった。
 だからなりたい自分を探した。命じられるままに仕事を熟していたように。
 されどすぐには自分の意思には辿り着かず。
 ――なりたいと思うって事は、今の自分に不満があるって事の裏返しか。
 そう思い至った時に、道は拓けた。
 レガルタは、他でもない己自身が嫌いなのだ。
 小さくて、非力で。何も守れないから、一緒に居たかった人々の命は、さらさらと指先から零れ落ちて消えて逝った。
 『なりたいもの』がないわけではない。
 けれど、もし。
 父と母が笑い、双子の弟の隣で幸せそうにしている自分になんて、なってしまったら。
(「……俺はきっと、弱くなる」)
 想いを馳せただけでじくりと疼いた胸に手を押し当て、痛みを殺し。レガルタは大人になった自分を、白い靄の向こうに振り返る。
 この地に巣食うオブリビオンを屠る為の、落としどころのようなものだった。
 だが、いつか。移ろわぬ心を持ち、故郷を襲ったオブリビオンを倒せる力を真実、得たならば。

 ――俺はどう思うんだろう……。

 見果てぬ理想はただの夢。
 掴めぬ現実に、レガルタは僅かに子供の顔を覗かせ――惑う。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雨糸・咲
なりたい自分…

壁に書かれた文字を指でなぞって
暫し考え込む

私は何になりたいのかしら?

きっと、今の自分でなければ何でも良くて
…でも、そう
何でも自由に選べるのなら

――時を自在に渡る、偉大な魔法使いに

凄惨な事故も
哀しい争いも
ほんのちょっとしょんぼりするぐらいのことだって
過去へ遡って、原因を断ち切ってしまえば良い

今は不治の病でも
遠い未来に行けば、治す方法がきっと見つかるでしょう

哀しい過去が
不安な未来が
穏やかに笑って暮らせるものになるように
少しばかりのお手伝いができたら良い

そうして
望む通り組み替えた「今」には
自分はいなくなっていれば良い

※アドリブ歓迎




 様々が無残に砕けて散っていた。
 喧騒が巻き起こる。夥しい朱が、じわりじわりと広がっていく。傍らには、赤いボールがころり。
 誰もが諦めていた――その時。
『大丈夫です』
 偉大な魔法使いが、小振りな糸車をぐるり。
 気付くと赤いボールを抱えた少年は、横断歩道の前でぼんやりと大型トラックが過ぎ去る様子を眺めていた。

 民族と民族が争っていた。
 始まりは、支配を目論むまた別の民族。互いの疲弊を誘い、頃合いを計って両者を屈服させようとする思惑。
 だがそれに気付かぬ二者は、本来であれば意味のなかった戦いを延々と繰り広げる。
 駆り出された男が死ぬ、待つ女が泣く、子供が路頭に迷う。
 高い丘の上から哀しい現実を具に見つめた魔法使いは、糸車をぐるりぐるり。
 すると彼女の眼下には、二者が互いに手を取り合う和やかな牧草地帯が広がっていた。

 母親とはぐれたのだと幼い少女が泣いていた。
 くすりと小さく笑った魔法使いは、糸車をくる。
 泣いていた筈の少女は、母に手を引かれてアイスクリームを頬張っていた。

 時を自在に渡る魔法使いは、過去へ渡って負の因果を断ち切り。未来へ渡っては、不治の病を治すきっかけを『現在』へもたらす。
『少しばかりのお手伝いが出来れば、いいのです』
 誰に知られる事もなく、魔法使いは時を渡る。
 悲しい過去が、不安な未来が、穏やかに笑って暮らせるものになるように。
 そうして。全ての人に等しく安寧が訪れた時。
 魔法使いは『今』からぱちんと消えた。

 不意に視界が開けた。
 ぱちりと目を瞬かせた雨糸・咲(f01982)は、自分の手に糸車が抱えられていないことを確認し、複雑な微笑を白い頬に浮かべる。
 ――私は何になりたいのかしら?
 指でなぞった文字に考えさせられ、今の自分でなければ何でも良いと思ってしまって。
 自由に選べるならと……夢を視た。
 全てを望むとおりに組み替えた魔法使いは、果たして幸せだったのだろうか?
 答えは白い白い――二度と振り返れない蒸気の壁の向こう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

尭海・有珠
今の自分は少しでも近づけているだろうか
途方もない気がするのはこの道と同じだな
少なくとも幼い頃読んだお姫様みたいに守られるだけの存在にはなりたくなくて

とても強くて、とてもかっこいい大人
まるであの人、師匠のような
そんな師匠と並び立って遜色のない人間になりたかった、もっと早くに
――手遅れになる前に

前線に立ってその手で薙ぎ払う姿も
あらゆることが出来ると思わせる魔法を操る術も
人の心を巧みに掴めて、そのくせ料理までうまいだなんて
匂い立つような色気…は自分はいいや

守られるだけでなく、大切な人一人守れるような力があれば
せめて庇護され愛されるだけでなく隣に立てれば
私はあなたをひとりで目の前で逝かせずに済んだのに




 仄暗い海の底の気配を帯びた剣を手に、ゆるく波打つ黒髪で風を切る女は、血生臭い戦場を颯爽と駆けていた。
 敵群までの距離が詰まる。
 ――射程内に捉えた。
 そう判断した瞬間、女は剣を媒体に魔術を放つ。
 裂けた空から、青い稲妻が襲い来る。意思持つ蛇のように地面を舐めた稲妻は、瞬く間に敵前衛を消し飛ばす。
 そこへもう一人が駆け入り、残った敵を薙ぎ払ってゆく。
 されど敵はまだ複数。単騎で突入するには分が悪い――にも関わらず、その人は平然と海を割るが如く戦い続ける。
 見惚れる大人の背中に女は刹那、見入ると思い出したように肩を跳ねさせ、新たな呪文の詠唱に入った。
 次は直接敵を屠る技ではなく、かの人と己の命を繋ぐ魔法。結ばれた糸に、かの人は更なる力を得て、ますます耀き戦場で唯一の勝者となる。そして女もその高揚を共有し、何よりかの人の命を守る絶対の楔と成るのだ。

「……」
 駆けて、駆けて、駆けて。
 気付けば傍らには誰もおらず、白い世界の終点に一人佇んだ尭海・有珠(f06286)は、血濡れてもいなければ、魔術を操った気配もない両手をしげしげと眺めた。
 なりたいと思ったのは、高い塔の天辺で守られている可憐なお姫様とは真逆の、とても強くて、とてもかっこいい大人。まるであの人――師匠のような。
「人の心も巧みにつかめて、そのくせ料理もうまいだなんて……」
 ほろりと唇から零れた言葉の語尾が、僅かに滲む。
 あらゆる事が出来ると思わせる魔法までも操る人だった。
 ――遜色なく並び立てる人間になりたかった。
 ――手遅れになる前に。
「……まぁ。匂い立つような色気は……私は、いいかな」
 沈みゆく声を懸命に弾ませようとして、有珠は垣間見た幻の自分に羨望を抱く。
 もっと、早く。ああなれていたら。
 せめて庇護され、愛されるだけではなく。隣に立てたならば。

 ――私はあなたをひとりで目の前で逝かせずに済んだのに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フランチェスカ・ヴィオラーノ
本当にこの先にあるのかな
私一人、出られなくなっちゃったりしないよね?

なりたいあなた。
なりたい私。
将来なりたいものとかはわからないけど
おとぎ話の存在でいいなら…
アリスみたいに、不思議の国を冒険してみたい!

水色のエプロンドレス
え、これって、本当にアリスになっちゃった!?
アリス、アリス
私こそが本当のアリス!

視界を真っ白にしている悪戯な子は誰かしら?
帽子屋?チェシャ猫?それともハートの女王様?
貴方達の思惑通りになんてさせない
こんな世界、ぶっ壊してやる!

…あれ
私の夢見たアリスって、こんなキャラじゃなかったような
ま、いいか…
ずっとお城で窮屈だったから
暴れ回って、すっきりしちゃった!
女王様は…きっと母様ね




 春の晴れた空色のエプロンドレスをくるりと翻し草原を駆けた少女は、石に躓いてころりころり。
 あれれ大変、止まらない!
 ころころ転がる少女は、なだらかな斜面を鞠のように弾む。
 私ったら、このままどこへいっちゃうのかしら?
 谷に落ちたらどうしよう。崖から海へ放り出されても困ってしまう。
 目を回しながら少女は様々な想像に鼓動をドキドキと高鳴らせ、唐突な転がりの終わりにきょとんと菫色の瞳を瞬いた。
 そこは薔薇の花園。
 どうやら少女は、花園を守る風変わりな衛兵の足にぶつかり止まったらしい。
 ああ、でもでも。衛兵が怖い顔で少女を睨んでいる。このままだと掴まって牢屋に閉じ込められちゃうかも!
 慌てた少女は、ローズブラウンの髪に草を絡み付かせたまま走り出そうとして――エプロンドレスの裾をむんずと踏みつけられて鑪を踏んだ。
『どこへお急ぎだい、お嬢さん?』
 人の言葉を喋る真っ赤な鳥が、話しかけてきた。
『ちょっと衛兵、無粋なことはおしでないよ』
 ぷりぷり怒ったピンクの豚が、鼻先を衛兵に押し付け、少女を救い出す。
『さぁ、おいでよ』
 青い眼鏡をかけたロバが『乗って』と背を差し出して来た。
『待っていたよ、君は僕らの救世主!』
 真っ白なオオトカゲが、ロバを先導するように走り出す。
 あれれ? あれれ? ここは何?
 ぐるぐる考えた少女は、けれどすぐに笑顔をぱぁと輝かせる。ここはおとぎ話の世界。私はここを大冒険して、悪い女王を倒すのだ。
『まかせて! こんな世界、ぶっ壊してあげる!』

「……あれ?」
 最初は心細かった真っ白な回廊。しかし気付けば終点へと辿り着いていて、フランチェスカ・ヴィオラーノ(f18165)は小鳥のように首を傾げた。
 なってみたかったのは、物語の中の登場人物。でもでも、想像していたのと違ったような。
「ま、いいか……」
 ずぅっとお城で窮屈な思いをしてきたから、その反動だろうと、フランチェスカは自由を満喫するみたいに大きく伸びをする。
 とてもすっきりした気分なのは、暴れ回ったからだろうか?
 生憎と悪い女王様の元までは辿り着かなかったけれど。
「女王様は……きっと母様ね」
 ぽつりと呟き、フランチェスカは新たな世界へ一歩を踏み出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

キトリ・フローエ
…なりたいあたし?
何でも良いのなら、そうね
あたしは大きいみんなみたいに大きくなりたいわ!

あたしは小さいけど空を翔べるから
大きいみんなと同じ高さで世界を見ることは出来るけど
皆と同じように地面を歩いたら、どんな風に世界が見えるのかしら?
あたしには大きなパンやお菓子は、やっぱり少し違う味がするのかしら?
…それに、あたし、大きいみんなと同じくらい大きくなって
一度でいいからチロ(f09776)のことをぎゅうって抱きしめてあげたいの
大きくなっても小さくても、いつだってぎゅうってしてあげたいって
思うくらい大好きなのは変わらないけど
そんな風に考えていたら、いつの間にかこの道を抜けられていたりは…しないかしら?




 木製の椅子をごとりと引いて、少女は賑やかなテーブルに着いた。
 一番に運ばれて来たのは、給仕の女性が一抱えするサイズの籐の籠に山盛りに盛られた焼きたてのパン。
 どうぞ召し上がれ、の声に少女は両手でパンを掴むと、遠慮なくかぷりとかぶり付く。
 途端、鼻から香ばしい匂いが抜けてゆき。次いで大きな窯でじっくりと焼き上げられた、ふかふかもっちりの生地の甘さが、口いっぱいに広がった。
 小麦だけではない味わいに少女がアイオライトの瞳を不思議そうに瞬くと、対面に座していた恰幅の良い中年の女が『ここのパンは蜂蜜をたっぷり使ってるんだよ』と教えてくれる。
『とっても美味しいわ!』
 はしゃぐ少女の姿に気を良くしたのか、店主が厨房から顔を出す。
『お嬢ちゃん、いい食べっぷりだね。おまけにこんなのはどうだい?』
 むぐりとパンを飲み込み終えた少女の前に、今度は大きなガラスの器に盛られたパフェが置かれる。真っ赤な苺をふんだんにあしらったそれは、とても一人では食べきれなさそう。
 でも、今日は。
 カメオで飾られた金のスプーンで、少女は目一杯クリームをまとわせた苺を掬い、思い切りよくぱくりと一口。

 そうしてお腹がいっぱいになった少女は、気付けば涼やかな風が吹く草原に立っていた。
 柔らかい草が少女の足首を撫でる。こしょこしょと擽られるような感触に堪らず少女は破顔し、緑の大地をえいやと踏みしめ走り出す。
 だってそこに、若葉色の瞳の少女が居たのだ。
『  』
 呼んだ名前に気付いたのか、白熊に跨った少女も此方へ駆けて来る。
『  !!』
 ――そして、抱き締めた。
 小柄な若葉色の少女はすっぽり腕の中。夜と昼の空を瞳に閉じ込めた少女は、そのままぎゅ、ぎゅ、と何度もその感触を確かめる。
 新緑を仄かに溶かした白い髪からは、お日様の匂いがした。

「大きくなっても、小さくても。いつだってぎゅうってしてあげたいって思うわ」
 それは絶対変わらないけどと呟いて、キトリ・フローエ(f02354)は白い回廊の終点で掌へ青い視線を落とす。
 そこにはまだ温もりが残っているよう。
 けれど本当のキトリの手は小さくて、大好きなあの子をぎゅっとすることは出来ない。
 しかしキトリは胸を張ると、繊細な紗を思わす翅を背中一杯に広げた。
「あたしは、あたし。それでいいの」
 大きいパンも美味しかったし。両足で踏みしめた大地は温かかったし。何より抱き締めたあの子の髪の匂いも忘れない。
 白い世界が視せてくれた人間サイズの自分にも満足しながら、フェアリーの少女は地下迷宮をふわりと飛んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジナ・ラクスパー
なりたいものなら、はっきりと
瞼を閉じて思い起こし
もう一度開いたら、そこには―

姿形は私のまま
甘さのない視線と揺るぎない心
ひとかけの怯えもなく前に踏み出す『戦士』
仲間と等しく戦いの苛烈さを知って
仲間と等しく危険に身を晒すもの

そんな自分になりたかったのです
危ういもの全て遠ざけた箱の中
何も報されずしまわれていたと知ってからずっと
それではだめだったのに
戦わなければいけなかったのにと
自分が恥ずかしくて、腹立たしかった

蹴り飛ばし飛び出した箱にはもう戻らないと決めた
やり直せない時間に背は丸めず
せめてしゃんとして
少し出遅れてしまったけれど、もう大丈夫
幻にはさよなら
私の意志で、この手と足で、追いついてみせるのです




 胸に在る腹立たしさの儘、少女は放たれた矢のように森を疾駆する。
 くん、と鼻を鳴らすと生木が無理やり焦がされる匂いがした。きっとどこかで火の手があがっているのだ。素早く周囲へ視線を巡らせ、少女は手近な樹を枝を足場にリズミカルに跳ね登る。
 開けた視界に、少女は短く息を呑む。
 太陽を思わす瞳が捉えたのは、燃え盛る紅蓮。そして欹てた耳が、甲高い剣戟を拾う。
 誰かが――仲間が戦っているのだ。
 少女は迷わず樹から飛び降りると、定めた方角へ向け一心不乱に森を走り貫く。
 戦場へ飛び込む事への迷いはない。躊躇わず剣を抜いて、風の精霊を宿らせる。
『――!!』
 気勢を吐く一刀で、少女は『敵』を斬り捨てた。が、すぐに襲い来た火球が少女を焼く。深い水底を思わす藍色の髪が焦げた。飾った花のリボンも吹き飛んだ。
 それでも少女は怯まず、更に踏み込み、火球を放った敵へと肉薄する。
 危ない、と。誰かが少女を制止した。けれども少女は止まらず、新たな炎へ自ら飛び込み――突破して剣を薙ぐ。
 胸に在った腹立たしさは、いつの間にか鳴りを潜めていた。
 だってそれは、少女が少女自身へ抱いていたもの。
 危ういもの全てから遠ざけられた箱の中。大事に大事に守られ、何も報されず、しまわれてきた自分への。
(「私は私が恥ずかしかったのです――それでは、だめだったのに」)
 ――私は戦わなければいけなかった。
 仲間と等しく、命を懸ける苛烈さを知り。
 仲間と等しく、命を危険に晒して。
(「私は、ひとかけらの怯えもなく前へ踏み出す『戦士』になりたい!」)
 想いを噛み締めるのは瞼を落とした刹那。
 再び世界を瞳に収めた瞬間、少女は――ジナ・ラクスパー(f13458)は等身大のジナのまま望んだ通りの戦士となって刃を振るう。
 大切な人々を護る為なら、命を仕留める事も辞さない。
 覚悟はもう十二分に決まっている。
 たおやかな見目に反し、ジナが裡に飼うのは問答無用の鉄砲玉。
 蹴り飛ばし、飛び出して来た安寧の箱には、二度と戻らない。
 代わりに、やり直せない時間へ背を丸めることもしない。
「私は、私は、私は――」
 いつの間にかジナの周りの風景は、森の戦場から白く煙る世界に戻っていた。
 されどジナは駆ける足を止めず、一足飛びに幻の終わりまで突き進む。
(「少し、出遅れてしまったけれど。もう、大丈夫」)
 ジナの『戦士』としての人生はこれからだ。
 思い描くだけの日々に別れを告げて、自身の意思で、手と足で、先を征く人々へ追いついてみせる。

 しゃんと背筋を伸ばした少女は、力強く新たな一歩を踏み出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リリヤ・ベル
いちばんなりたいのは、大人なのです。
いまこのときに、ちゃんとおとなになれれば。
10年も20年も待つことなく、いま、追いつければ。
となりに並んで、歩くことができるのに。

一足飛びに歳をとることは、できません。
10年なんて、とおくて、とおくて。
あるかどうかわからなくても、
一歩ずつ進むしかないと、わかっているのです。
魔法が叶えてくれたとしても、
わたくしはわたくしでしかないのですから。
もどかしくても、がんばらないといけないのだと、知っています。

わたくしは、レディなのです。
祈りをちからに。
騎士様の帰る場所を、まもれるひとに。
……いまだってりっぱなレディですけれど。
もっともっと、なりたいものに、なるのです。




 手足はすらりと長く、形を整えられた爪は品の良い薄桃に彩られている。
 唇に差すのは瞳の翠を引き立たせる淡い紅。綺麗に巻いたミルクティ色の髪も、ふんわりと背中へ流れ落ちている。
 年の頃は、二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。
 高い棚に仕舞っておいた花瓶を苦も無く取り出した女は、汲んでおいた水を注ぎ、色とりどりの花たちをバランスに配慮しながら生けていく。
 やがて満足したのか女は厨房へ足を向け、今度は夕餉の支度に取り掛かる。
 メインの羊肉はワインで煮込む。スパイスもふんだんに用いるそれは、大人な味に仕上がるだろう。添えるサラダには健康を考えて、幼い子供だったら口にしただけで眉をしかめるような苦い野菜も取り入れる。
 テーブルを整えるのも忘れずに。テーブルクロスは可愛いものより、落ち着いた深い碧のものを。
 そして壁にかけた女神さまの絵画へ、女は静かに祈りを捧げ。一頻り、誰かの無事をお祈り終えると、またゆったりとした物腰で、『騎士様』の帰りを待つ温かな場所を作り上げていく。

 数歩先さえ見渡せないほど濃かった白い蒸気は既に薄らぎ、リリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)に今の自分の姿を知らしめる。
 手も足も、小さくて。身長だって、台がなければ高い棚には届かないくらい。
「わたくしは、おとなになりたいのです」
 丸みを帯びる頬の輪郭をぺたぺたと触りながら、リリヤはままならなさに臍を噛む。
 十年も二十年も待つことなく、いま、追いつきたい。
 隣に並んで、歩きたい。
「……わかっています」
 一足飛びに歳をとることが出来ないのを、幼いリリヤも分かっている。でも、十年は遠い。遠すぎて、本当に『そこ』があるかも疑わしい。
 しかし、一歩ずつ大人になるしかないのだ。
 白い世界が視せてくれた幻のように、或いは魔法のように。ほんの一時、夢はみれても、リリヤはリリヤでしかないのだから。
「わたくしは、レディなのです」
 くっと顎を上げ、揺るがぬ視線で前を見据え。リリヤは明日へ繋がる一歩を踏み出す。
 どんなにもどかしくても、頑張って一歩ずつ。祈りを力に、リリヤは騎士様の帰る場所をまもれる――時にそれは、何かと戦わねばならない可能性もあるかもしれないが――『大人なレディ』を目指す。
 もちろん、今だって立派なデレィなつもりだけれど。
 けれど、もっと。もっと――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
煙で視界が遮られる
においで道を辿ろうにも
慣れぬ場所
目指す先のにおいが分からないのでは進みようがない
今は只、獣耳で捉える風の気配を感じながら進むしかなかった

なりたい自分とはどんな自分なのだろう
今までそんな事考える機会は無かった
只生きる事に必死で
あの子に出会ってからは
あの子を守る事に必死で

ああ、でも

強くはなりたかった

あの子の隣に並び立っても遜色ない程に
明るく力強く
前を向いて
あの子の手を引けるほどに
強く

そんな
“人”であれたなら
今こうしてあなたを探し彷徨うことも無かったんだろうか

獣が入り混じるこんなにも歪な身体を
厭う事も無かったんだろうか…─

視界を掠める獣の手や尾から目を逸らす様
半人半獣の身は只先へと




 蒸気が一切の視界を遮っている。
 視覚に頼っていてはまともに進めそうにない。そう思った華折・黒羽(掬折・f10471)は鼻を利かせようとして、辿る『元』に覚えがないことを思い出す。
 初めての地。頼りとするものもない。ならば、如何に鋭い嗅覚を持っていようと、宝の持ち腐れに等しい。或いは、急な敵の接近を知るくらいには役立つかもしれないが。
 八方塞りに近い中、黒羽は僅かな音の変化を頼りに歩を進める。
 あまりの『白』に、自身の黒が染み出して行きそうだった。
 それならそれで――と思いかけ、黒羽は壁に残されていた文言を反芻する。

『なりたいあなたになりましょう』

 そんなもの、考える機会なぞこれまで一切なかった。
 ――なりたい自分?
 白のただなかを、神経を尖らせ進みながら黒羽は生まれて初めての事を試みる。
 ――それはいった、どんな自分なのだろう?
 これまではただただ、生きる事に必死だった。
 自分の命を明日へ繋ぐことだけで、精一杯だった。でも、そこに。新たな命題が加わったのはいつのことだったか。
 ――あの子に出会ってからは。
 ――あの子を守る事に必死で。
 黒羽の脳裏を、あの子の顔が過る。白い世界に、あの子の影が見えた気がした。その、瞬間。

 一人の男が光の中にいた。
 男の傍らには、誰かが立っていた。
 男が笑うと、誰かも笑う。
 嬉しくて男はまた朗らかに笑う。
 そうして男は、つるりとした肌の手で誰かの手を引くと、しっかりと前を向いて歩き出す。
 靴を履いた二本の足が、力強く大地を踏む。
 まっすぐ伸びた背に、追い風が吹いていた。

「……そんな“人”であれたなら」
 幻の終わりは、白い世界の終わりと共に訪れた。
「今こうしてあなたを探し彷徨うことも無かったんだろうか」
 黒羽は自分の手へ視線を落とし、漆黒の毛並みを持つ猫のものであるのを確かめる。
 背には、烏の羽翼。中途半端に掛け合わされた、歪な半人半獣――それが黒羽だ。
 苛立ちにたすりと尾で床を叩いてしまい、黒羽は貌をしかめる。
「強い、“人”であれたなら――こんな身体を厭う事も無かったんだろうか……――」
 苦く呟き、黒羽はありのままの自分でひたすら前へと進む。
 そうしていれば、己が姿から目を背けていられるとでもいうように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レテ・ラピエサージュ
※アドリブ歓迎

「冒険はじめてさん(ノービス)」になります
ノービスさん達をナビゲートするチュートリアル担当で見守るばかり
グングン強くなるのは成長できないわたしの憧れでした

…!
これが皆さんが仰ってたぱらめーたーですね?
わぁお、レベル10って書いてある!1からじゃないのってなんでかな…あ、そこは禁則事項ですか

武器がずっしりと重たい
なんだかわからず適当に選んだこれで苦戦するんですね(キラキラ
ボコボコで戻ってきた人に「ノービスの間は経験点は減りませんよ」って説明…

なりきりです、なりきり!
ここは現実、斬られると痛いし
わたし、ゲームじゃない?慣れないといけないですね

※UCは初心者ボーナスアイテムな演出希望




 纏うのはぴらっぴらの皮の服、腰には鋼の剣を携えて。見目は花盛りの年頃の少女は、熱気と涼気の両方がない交ぜになった風吹く草原に瞳を輝かせた。
 ――ぴよ!
 頭にかぶったひよこの帽子が唐突に鳴いたのに、少女はぴゃっと肩を跳ねさせ、右手の指先で六芒星を空に描く。
 途端、ぺこんと音を立て飛び出して来たコマンド画面の中から、少女は懸命にヘルプを探す。
「えぇと。確か、確か……」
 ――ぴよぴよ!
 そうする間にも、ひよこ帽子の鳴き声はけたたましくなっていき。少女はようやく、自分の足元にプリンみたいなぷよんぷよんのモンスターが迫っているのに気付いた。
「そうでした、ノービスの間はひよこさんが敵の接近をお知らせしてくれるって、酒場のマスターが!」
 ようやく合点がいった風情で少女はやおら鋼の剣に手を伸ばす。
「――ぅ」
 けれど存外重いそれに、少女の顔はしゅんと曇る。
「ちょっと欲張りすぎたでしょうか?」
 魔法力を重視で設定したパラメーターだと、最初のお勧めはナイフだと武器屋の主人は言っていたのに。初回ボーナスのペタを全投入した欲張りの結果を少女は今更のように悔やむ。
 でもでも、悔やんでいたって始まらない。ここは思い切って――。
「あ、れ?」
 しかし何とか鋼の剣を振り上げたところで、少女はモンスターにはみはみされてる足がちっとも痛くないことにパチリと瞬きして、また「っは!」とする。
「わたし、ノービスの間は経験点は減りませんよって説明したことありま――」
 げふん。
 余計な事にまで言及してしまったのに少女は『失敗、失敗』と無駄に明るく笑って、もう一度コマンド画面を展開すると、必殺技の文字を迷わずポチ。
「困った時は、これです!」
 ――ぴよぴよぴーーー!!
 高らかにひよこ帽子が鳴く。すると少女の身体はぱあああっと光に包まれ、彼女に触れようとしていた邪な眷属は瞬く間に消滅した。
 更におまけに、ぴこんぴこんぴこん。ついさっきまでモンスターがいた場所に、三つの宝箱が出現する。
「わぁ、ドロップ三倍! これもノービス得点――っは、わたしったらまた」
 せっかく何も知らないつもりではじめたのに、と少女は両手でお口にチャック。
 あとどうしてレベルが『1』からじゃなくて『10』からなのかとかもツッコまない。だってそこは禁足事項――げふげふげふ。

 MMOのナビゲーターとしての役割を果たし、ゲームが終わった後も電子の海を漂い。そうして現世へ産声を上げたレテ・ラピエサージュ(忘却ノスタルジア・f18606)は、ずっとずっと憧れていた冒険者になって白い世界を突破する。
 永く見守り導くだけだった自分。「冒険はじめてさん(ノービス)」たちはあっという間に強くなっていったのに。
 だが、今度はレテが成長する番。
 けれどご用心? 幻ではなく本当の戦闘は、痛いし怖いし、体力だって減ってしまう。それがレテが生きる『リアル』。

大成功 🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
…なりたい私、

鸚鵡返しの呟きも
己の身をじっと見下ろしたのも
無意識のうち

――…私の見目は、主の写し故に、

私は彼の姿になりたかったのか
心に問えど
其れさえも白い靄の彼方にあるようで
答えは己の中にしか無いというのに、掴めやしない

ゆるり首を振り、思考の霞を払う
常の笑みを浮かべて
悪戯を思いついたかの如く
ぽんと手を打ち

今のまま
青年の姿でヤドリガミとして顕現したから
己には「幼少期」が無い

なれるなら、そう――

世界が
空が
今よりもっとずっと広く高く果てしなく
未知の煌きに溢れて見えるに違いない小さき身の、
幼い姿の自分に、なりたい

手の平に乗り切らぬ程の大きさの化石に
足元をちょこまかと走る蜥蜴に
きっと目を輝かせたでしょう




 風にそよぐ帳をそっと掻き分け、童はきょろきょろと周囲の様子を窺うと、咎める者がないのを良いことに、ぱたたと廊下へ駆け出し。今度は御簾を潜って春香る外へとまろび出る。
 裸足の爪先が、反尻の裾を踏みかけそうになる――が、躓きかけても童の顔を彩る笑顔は微塵の曇りもなく。
 鑪を踏んだことにさえ黄色い歓声を上げると、空を抱きしめるように両手をめいっぱい広げて掲げる。
 高く果てなき空は、童の腕には当然おさまりきれぬ。だが童は『それがいい』と言わんばかりに一人満足げに頷くと、背の低い生垣の中をまた走りゆく。
 ひらひらと白と黄の蝶が飛ぶ。捕まえようと試みかけた童は、何を思ったのか手を引っ込めてえいっと跳ねる。
 きっと一緒に飛ぼうとしたのだろう。けれど結果は尻もちをついて終わり。驚いた蝶たちも逃げてしまった。だが童はやはりしょげることなく、きゃらきゃらと幼い声で笑う。
 池の畔では、蝸牛に似た石をみつけた。両の手のひらを合わせても乗り切らぬそれを童は抱え上げ、右から左からとしげしげ眺めて早春萌ゆる若葉色の眼に麗らかな春陽を煌めかせる。
 かと思うと、ちょろりと這い出して来た青い蜥蜴に興味を移し、衣が汚れるのも気にせずに長い尻尾を四つん這いで追う。
 頬を撫でていく風さえ新鮮で、童の笑みは絶えない。

 ――……なりたい私、
 と。白い世界の入り口では、辿った文字をおうむ返しに呟いた都槻・綾(f01786)も、今はもう新たな局面へ進む間際。
「……ふふ」
 すっかり大人な自身の姿を見遣り、仮初めのひと時を味わい終えた綾は喉をころりと鳴らす。
 青磁香炉に宿った魂である綾の器(からだ)は主の写し。
 果たして彼の姿になりたかったのかと自問はすれども、答は通り抜けてきた厚い白の蒸気の壁の向こう側よりなお遠く、おぼろげ。
 故に、綾は――形を成した時より『青年』であった男は、幼少期を夢に見た。
「こういうものも……えぇ、ふふ」
 どことなく悪戯が成功した子供のような気分で綾は今一度笑い、その心地のまま次へと続く一歩を軽やかに踏み出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

石守・舞花
いしがみさんには双子の兄がいます
同じ日に生まれたのに、兄は神官の世継ぎとして育てられ、自分は戦巫女として宇宙で戦うのがお仕事
それが当たり前だからもう気にはしてないけど、もし自分が兄の立場になれたなら。

守られて大切にされて、平和に過ごして
外にどんな脅威があるとも実感することもなく、ただぬくぬくとお勉強と遊びの日々
友達もいっぱい、戦巫女の仕事の中身すら知りゃしない

でも自分、よく考えたらお勉強漬けとか絶対無理っすわー
薙刀ぶんぶん振って戦うほうが性に合ってますし?
全住民の拠り所になるとか正直重すぎですし?
やっぱ羨ましくないですねー。いやマジで。マジですってば




 神官服を身にまとった少女に、複数の大人たちが額づいている。
 少女が両手を広げると、すぐに数人の大人たちが駆け寄ってきて、甲斐甲斐しく着替えさせ始めた。
 少女の歩み一つにも、気が配られる。過って転倒し怪我でもせぬように。
 少女の食事一つにも、多大なる注意が払われる。間違っても身に障るものを体に入れぬように。
 温かな光が満ちる空間は、分厚い鋼の壁の向こうの騒乱を少女へ伝えることはない。
 昏い宙では無数の命が散っているというのに。
 少女は外の現状に一切触れることなく、神官としての学びに務める。
 時に沢山の友人に囲まれ、彼ら彼女らと無垢な笑顔で遊びながら。
 対たる『戦巫女』が宙で血濡れていることなど、爪の先ほども想像することなく。

「――無理無理無理、やっぱりいしがみさんには絶対無理っすわー」
 ナイナイナイと右手を顔の前で振りながら、石守・舞花(f17791)は「はぁぁ」と盛大な溜め息を吐く。
 舞花には双子の兄がいる。兄は神官の世継ぎとして大事に大事に育てられ、舞花は戦巫女として宇宙で戦うことを定められてきた。
 格差の激しさは、同日に生まれたとは思えぬほど。だから、何となく。なりたい自分と唆され、兄の立場を欲してしまった――の、だが。
「自分、よく考えたらお勉強漬けとか無理だし。むしろ薙刀ぶんぶん振って戦うほうが性に合ってますし?」
 鳥肌を宥めるように腕や顔、首筋を撫で払い、舞花は幻影の残滓を我が身から遠ざける。
 うん。やはり、無理だ。どう考えても、無理だ。全住民の拠り所になるなんて、重すぎて耐えられない。
「やっぱ羨ましくないですねー。いやマジで。マジですってば」
 そう誰に言い聞かせるでなく、戦巫女たる少女は白い世界から脱兎の勢いで転がり出た。

大成功 🔵​🔵​🔵​

彼者誰・晶硝子
ふしぎなところ、ね
うつくしい自然物に、眩むほど長い目隠しの通路
けれど自然と生まれるのなら、それは、何かに望まれているということなのかしら

…望まれるままに在った、それだけだった
たまたま、光ることができただけ、癒すことができた、だけ
ほんとうなら、わたし自身が、お話をして癒したり、治療の技術で手当てをしたり、できたなら
光る石では無くて、わたしという存在が望まれたならば

それはきっと、会話がじょうずなわたし
祈るだけではなく、手を差し伸べることができるわたし
…光らない、わたし

でも、でも、この光が無ければ、こんなことすら望めなかったのだわ、きっと
祝福であれと望まれた、わたしなのだから

少しの夢を、ありがとう




『無理はしなくていいのよ』
 うずくまる子供の前に膝をついた少女は、被っていたフードを肩へと落とすと、ふわりと微笑んだ。
 周囲の空気さえ和ませるような少女の微笑に、痛みに全身を強張らせていた子供はふにゃりと表情を崩し、押し寄せた安堵にわんわんと泣き始める。
『大丈夫。すぐに治してあげるから』
 怖がらなくていいのよ、と囁きながら、少女は子供の膝へ手を翳すと短く唱えた。
『傷よ、癒えて』
 翳された少女の手から、柔らかな風が吹く。それはだくだくと血を流す裂傷が訴える痛みを宥め、同時に細い糸となって傷を覆い尽くし――瞬く間に癒してしまった。
『ほら、もう痛くない』
 少女の言葉に子供が泣き止む。ぱちぱちと大きな眼を瞬いて、さっきまであった傷がきれいさっぱりなくなっていることに気付き。すっくと立ちあがって、感覚を確かめるみたいにぴょんぴょんと跳ねた。
『ね?』
 少女がことりと首を傾げて子供を見上げると、子供は跳ねたまま『うん!』と向日葵を思わす笑顔を咲かせる。
『ありがとう、魔法使いのおねえちゃん!』

 おとずれてしまった白い回廊の果て、彼者誰・晶硝子(空孕む祝福・f02368)は苦みを帯びた光を裡に灯す。
 ここから先、進んだ場所には美しい水晶があると聞いた。自然物か人工物かは分からないけれど、もし自然と生まれたものならば。運命の偶然に望まれ結んだということかもしれない。
「……そう、望まれて」
 晶硝子の唇が、光の粒子を溢す。憂いの息でさえそうなってしまう晶硝子は、生まれ落ちた瞬間から光灯したクリスタリアン。
 ――たまたま、光ることができただけ。
 ――癒すことができた、だけ。
 望まれる儘に、晶硝子は『其処』に在った。
 しかしそれは晶硝子自身が望まれたわけではない。だって自らの力で会得した技術や力で人々を癒したのでもなく、語り掛けて心を慰めたわけでもなく、ただただ『在る』ことだけを求められていたのだ。
 でも。
「この光が無ければ、こんなことすら望めなかったのだわ」
 祝福であれと望まれたからこそ、晶硝子は優しい夢を視た。人を悲しませない、笑顔にできるそんな夢を。
 それはきっと、とても尊いコト。
「少しの夢を――」
 星を宿した瞳を刹那、閉ざし。晶硝子は、瞼の裏に残る己――『光らぬわたし』をしっかりと焼き付けて。
「――ありがとう」
 夢のひと時に、静かに別れを告げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

七那原・望
なりたいもの、ですか……なんでしょうね?

高い身長で、とっても、精神的にも大人で、心も能力も、本当に強くて……善良で賢くて……とてもとても素敵な女性。

わたしとは正反対ですね。本当に。
まぁ、出来るかどうかわからないですけど、可能な限りやってみましょう。身長とかは、この空間がなんとかしてくれると信じて。

そう、演じるのは揺るがない正義を胸に世の為人の為に。
わたしはみんなの為にあって、けれどわたしはわたしも蔑ろにしない。
わたしも含めてみんなを幸せにできる。そんな素敵で完璧なわたしの姿。

わたしは理想のわたしを上手に演じられたのでしょうか?
なんだか少し、叶わない妄想に縋るみたいで虚しいです、ね……




 歓喜の声が、波のように広がっていく。
 街の広場から沸き起こったそれは、やがて街全体を覆い尽くす。
 広場の中心には、金色の王笏を手にした女がいた。
 すらりとした長身に、女性らしい優美な曲線を描く肢体。しかし甘さは僅かに香る程度。代わりに凛然とした正義が女の全身から溢れている。
 かつん、と。
 女が王笏で石畳を鳴らす。
 その音に、また歓声が沸く。
 皆の笑顔は晴れやかだ。作ったものではなく、心の底から今を『幸せだ』と思っている表情だ。
 そして女もまた笑顔だった。
 正義を胸に、世の為、人の為に生きる女だった。それでいて、己をも蔑ろにしない女だった。
 女の微笑みが、人々を幸せにする。
 女の振る舞いが、人々を不幸から遠ざける。
 女の力が、人々の健やかな日常を守る。
 疑いの余地など一片もない、完璧な女だった。

「……なんだか……しょんぼりな気分なんですー」
 幻から解き放たれた七那原・望(封印されし果実・f04836)は、重い溜め息を吐く。
 身長が高く、精神的にも大人で、心も能力も秀で、善良で賢くて――今の己とは正反対の大人の女性に望は憧れた。
 なってみるなら、そんな女性だと思い、想像の翼を羽搏かせてみた。
 アルダワの不思議な蒸気は、その幻を両眼を封じた望にも視せてくれた――しかし。白い世界の終わりで望に圧し掛かったのは、齢七つの少女が抱くには過ぎたもの。
「なんだか少し、叶わない妄想に縋るみたいで虚しいです、ね……」
 肩を落とした望は、ほとほとと幻想世界を後にする。
 幻は、幻。
 掴めぬものならば、届かぬものならば。ありのままの等身大で生きる。
「きっとそれが、一番なんですー」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルベル・ノウフィル
wiz
なりたい自分?

哀しい人達を助けたりできて、困ってる人達を元気に出来て、なんでもできて、そういう英雄みたいな自分
僕はそういう自分を目指すべきなのでございます

(けれど、本当になりたいのは、普通の人間の子供)
(死霊の声を聞く事もなく、平凡な日常を、そう。平和な世界で。何も知らず、普通の子のように。親や友達がいて、何も心配せずに普通の日常を過ごす自分)

うむ、僕がなりたいのは、立派な騎士でございます
悲しんでいる人々や、理不尽に死んでしまって夜な夜な啼く死霊達
僕はそんな人々のために戦える立派な黒騎士となりましょう

何者にも染められぬ気高き黒色
理不尽に立ち向かい、どんな敵にも屈さぬ
そんな黒騎士に僕はなる




 ジジ、ジジと。白い蒸気にノイズが混じる。
 痩せ細った老婆に手を貸していた騎士の姿が、ブレて掠れる。
 襲い来た獣を斬り払おうとした騎士の剣の切っ先が、風に溶ける。
 ジジ、ジジ、ジジ。
 善良を、正義を成さんとする騎士の輪郭が、脆く崩れ落ち。やがて一冊の絵本に形を整え直す。

 穏やかな火がレンガ造りの暖炉で燃えていた。
 その前に幾つものクッションを並べて陣取った子供は、柔らかい熱に白い頬を赤らめながら、騎士様の物語に読み耽る。
 勇敢な騎士様は、蛮族から人々を護っていた。
 優しい騎士様は、食料が不足している人々の為に果樹を植え、魔法で瞬く間に花を咲かせて実りをもたらしていた。
 陽気な騎士様は、母とはぐれた子供に肩車をし、色とりどりの紙吹雪舞う街を親を探しながら練り歩いていた。
『    』
 飽きもせず絵本に魅了されていた子供は、けれど厨房の奥から聞こえた声に顔を輝かせて、お行儀の良い返事をすぐに返して立ち上がる。
 向かった食卓には、父と母と、数日前から遊びに来ている友人の姿があった。
『お待たせしてしまったでしょうか?』
『   』
 テーブルにつきながら詫びる子供に父は笑顔で許しを与え、まだ湯気が立ち昇る母の手料理へと気持ちを切り替えさせてくれた。
 死霊の声など聞こえようはずもない、普通の子供の、ありきたりの日常風景。
 そして子供は幸せな食卓で、夢を語り出す。
『僕がなりたいのは、立派な騎士でございます』
 読んだばかりの本をなぞるように、子供は夢を語り――世界は再び、白に包まれた。

 馬を繰り、黒き甲冑に身を包んだ騎士が黒刀を振るう。
 苛烈な斬撃に、理不尽な死を齎そうとしていた『何か』が血しぶきを撒き散らしながら地に崩れ落ちる。
 浴びた返り血にも、黒騎士は染まらない。
 そして黒騎士は新たに咆哮を上げた巨大な邪へ向け、馬を飛び降り駆け出した。
 黒き疾風が戦場を貫く。その勢いのままに高く跳躍した黒騎士は、邪の頭上に立つと迷わず刃を突き立てた。
 巨体が大地を轟かせ、朽ち果てる。かの顎からふわりと迷い出てきたのは、おそらく救えなかった者の魂。黒騎士は、それらを受け止めるべく黒染の妖刀を高く掲げる――。

「僕は、必ず立派な黒騎士となりましょう」
 白い世界の終わりでルベル・ノウフィル(f05873)は真っ直ぐに前だけを見据える。
「僕はそういう自分を目指すべきなのでございます」
 紅い瞳に迷いはない。
 けれど、ほんの僅か。死霊の声を聴くルベルの、時に本の頁も捲る指先に、何者でもないただの子供への憧憬が滲んでいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ブルーベル・ザビラヴド
オブリビオンが出る、と聞いて
放って置けなくて来てみたけれど……

落ち着きなく辺りを見回しつつ、道の先へ

なりたい自分って、なんなんだろう
僕には、もうよく分からなくなってしまった

なりたかった自分はいる
大好きだった人(あるじ)がいて、その隣に並べる自分でいたかった
でも、あの人は人間で
同じ時間を生きるなんて最初から無理な話だったんだ

右腕の先をぼんやりと見つめる
僕は青い色硝子
大した価値もない僕をあの人は綺麗と言ってくれたけど
人として見てはくれなかったね

あの時どうしたかったのか、どうなりたかったのかは、分からない
ヒトになりたいのかそれとも、何も言わず、考えもしないモノに戻りたいのか
僕はまだ、答えを探している




 木陰のベンチに少年と誰かが、肩を並べて座っていた。
 頬を擽るように吹いて来る風が心地よい。微かに花の香りを感じた少年が首を傾げると、察した誰かが香りの主の名前を教えてくれた。
『   』
 教えられたばかりの花の名を、少年は特別な飴玉のみたいに口の中で転がして。
『憶えました、ありがとうございます』
 傍らの誰かへ花が綻ぶような笑みを向ける。と、誰かの手が少年の青い髪へ伸びた。よく出来ました、と言う代わりに誰かの手が少年の頭を優しく撫でる。
 それがまた嬉しくて、少年は金と青――左右で異なる彩を持つ双眸を細めた。
『   』
 少年が誰かへ語り掛ける。
 返される眼差しは慈しみに満ち、優しい。
 ――けれど。

 ぱちん、と。泡が弾けるかの如く、幻の終わりは唐突だった。
 オブリビオンが出ると聞き、放っておくことができずに訪れたアルダワ学園の地下迷宮。惑うばかりかと思っていた白い回廊の終わりに、ブルーベル・ザビラヴド(誰かが愛した紛い物・f17594)は頼りなげに佇む。
 ――なりたい自分など、とうにわからなくなってしまっていた。
 いや、もしかしたら。最初からよくわかっていなかったのかもしれない。
 人としての形を成す、その前から。

「……あるじ」
 大好きだった人。
 ブルーベルは、その隣に並べる自分でありたかった。
 しかしブルーベルはただの石ころ。本物ではないもの――模倣宝石。
 『人』であるあの人は、年月に流された。同じ時間を生きるなど、望む前から無理な話だったのだ。
 それに――かの人は。大した価値もないブルーベルを綺麗だと言ってはくれたけれど。決して『人』としては見てくれなかった。

 温かみのある肌を纏い、身を飾る服を着て。ブルーベルは『人』として『あるじ』のいない今に一人、立ち尽くす。
 ――あの時、どうしたかったのか。
 ――どうなりたかったのか。
「……分からない」
 本体と同じ無機質な青が煌めく右腕へブルーベルは色彩異なる視線を落とし、人らしい憂いの息をほろりと溢す。

 ――ヒトになりたいのか。
 ――何も言わず、考えもしないモノに戻りたいのか。

「僕はまだ、答を探している」

 望む何かになれる白い幻の世界は終わり。
 ここより先にあるのは現実のみ。
 寄る辺なさを抱えたまま、ブルーベルは偽りの時間を後にする。

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
なりたいあたし
今のままでもあの子が愛してくれるから十分なのだけど
やっぱり
今できないことができるあたしかしら!

理想だけは大きくて思い描くだけで弾む足取り
そうね
陰陽の術が他に比類ないくらい息をするように使えたら!
腕をふれば式神の蝶が舞い、指を鳴らせば朱雀が踊る
軽くステップすれば白虎が戯れるなんて素敵じゃない?
一睨みで呪いをかけて、微笑みだけで邪悪を浄化するのよ!
それと水龍のように何処までも泳げるの
あの子と一緒に水没都市を探検できるわ

殺す愉しみも血の穢れをしらない、公平で聡明で美しい桜
家族にも、愛される
……そうだったら
勘当なんてされなかったわね

足りないものを痛感させられる
白の果てに、虚しさがとけそう




 桜の花が舞い散る深い宵、百鬼夜行に遭遇した陰陽師は袖で隠した口元でふふりと笑った。
 集う魑魅魍魎の数は無数。まさしく四面楚歌。なれど陰陽師の笑みは自棄を起こしたそれでなく、純然たる余裕の顕れ。
『じゃあ、遠慮なく始めましょうか』
 歌うように告げ、陰陽師は口元を覆っていた袖をはらり。含んだ香りは瞬く間に白き蝶となり、一帯を星月夜に変えた。
 清き光に追われ、魍魎たちが一斉に陰陽師へ飛び掛かる。
 そこへ陰陽師は指先をぱちん。軽やかに鳴らされた指は、然して荒ぶる紅蓮を燃え上がらせ。形を成した朱雀は炎の羽搏きで邪たちを焼き払う。
 襲い来る熱と火に、魍魎たちが僅かに怯む。その隙に、陰陽師は楽し気にくるり。踏んだ三拍子のステップに冷気が渦を巻き、たちどころに白虎と化して咆哮をあげる。
 四足の獣は魍魎たちの逃亡を許さない。風のように駆け、鋭い爪で戯れ引き裂く。
『さぁ、どうしましょう』
 陰陽師の一瞥に、魍魎たちの自由が奪われる。
『どうしたい?』
 零れ落ちる花の如き陰陽師の微笑に、怨嗟の塊は尽く清められ、地に留まる理由を失い霧散する。
『そうだ、思いついたわ!』
 パンと打ち鳴らされた柏手一つ。地底の底より目覚めた玄武は大地を割って、残る魍魎たちを丸呑みにした。
 しぃんと静まり返った戦場に、陰陽師は最早興味を失い。空に描いた五芒の星より青龍を招いて、水に乗る。
 呼吸を妨げぬ水の流れは、陰陽師の思うがままに桜の宵を渡りゆく。

 今のままでの十分。だって『あの子』が愛してくれるのだもの。
 でも、その上で。なるとしたら、今は出来ないことができる自分――大きな理想は思い描くだけで誘名・櫻宵(f02768)の心を弾ませてくれたのに。
「もし、本当にそんなことが出来たら。あの子と一緒に水没都市だって探索できるわね……」
 口では楽しい夢を紡げど、櫻宵の瞳は昏がりに沈む。
 ――殺す愉しみも、血の穢れも知らぬ自分。
 ――公平で、聡明で、美しい『桜』。
 そうであったなら。きっと家族にだって愛されたろう。勘当なんて、されなかったろう。
 意識などしたくなかった。
 そんな自分を『なりたい自分』として思い描いてしまう己が居る事を。
「  」
 息苦しさに、櫻宵は救いを求めるようただ一人の名を唇に乗せる。
 痛感させられた足りないものに、白い世界の果ては虚しさに溶けてしまいそうだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

無供華・リア
【WIZ】
なりたい自分、ですか
お恥ずかしながらわたくし、ヤドリガミとして生まれたのがつい最近でして
どうにも感覚が掴めないのです
そうですね…存在しなかった子供時代を体験してみるのも楽しいかも知れません
彼も…ジェイドも一緒に

ええと……こんにちは、「わたし」はリア
もうすぐ13歳
A&Wのちいさな田舎町に住んでいます
最近ね、幼馴染のジェイド君が冒険者になったの
強くて格好いいジェイド君は皆の憧れ
わたしもすっごく嬉しいな

でもちょっとだけ心配
大怪我したら……それ以上の事があったら、どうしよう
わたしも冒険者になれればいいのにな
魔法使いになって、ジェイド君の傷を治してあげるんだ
そしたらずっと一緒に居られるのにな




 黒いドレスの裾を踏んづけてしまわぬよう両手でちょこんと摘まみ上げ、少女はぱたぱたと長閑な田舎町を走る。
『どこへ行くんだい?』
 顔馴染みの老人が窓辺から放った気心しれた尋ねに、少女は朗らかに手を振り返す。
『あのね、もうすぐジェイド君が帰って来るの』
『おや、それは楽しみだね』
 少女の嬉しさに煌めく声に、牛飼いの女がひょこりと顔を出し、『これで美味しいものでも作っておあげ』と搾りたてのミルクをくれた。
 アックス&ウィザーズの片隅。
 名物と言えるものはないけれど、平和であることにかけては他所に負けない自信のある小さな町。
 そこで生まれ育った少女は、今年で十三。お料理も自分で出来るようになったし、お裁縫も上手にこなせるようになった。特に、レースのほつれを直したり、お人形の服を作る事に関しては、町一番とも噂されている。
 でも、少女の胸を最近占めているのは、幼馴染のジェイドが冒険者になったこと。
 白い冒険者服を颯爽と着こなす彼は、強くてかっこよくて、皆の憧れ。
 すっごく嬉しい――半面、心配もちょっとある。
 だって冒険者なのだ。もしかしたら、どこかで大怪我を負う事だってあるかもしれない。それ以上だって――。
「そんなことは、ないのっ。考えちゃダメなの、わたし!」
 想像に不安の影を過らせた少女は、華奢な手で自分の頬をぺちんと叩くと、明るい未来を思い描く。
「わたしも冒険者になれればいいのだけれど……」
 なれるかどうかは、分からない。が、なれたらきっと楽しい。
 ジェイド君と一緒に知らない街へ行って、誰も足を踏み入れたことのない遺跡を探検して。
 スキルを磨けば、魔法だって習得できる。そうすればジェイド君が怪我をしても大丈夫。すぐにかけつけ、少女が癒してあげるのだ。
「そしたらずっと一緒に居られるのにな」

 飛び切り素敵な夢を呟いた瞬間、無供華・リア(夢のヤドリギ・f00380)は幻から解き放たれ、白い世界の終わりに辿り着いていたことを知る。
「……ねぇ、ジェイド。あなたはどう思います?」
 美しく微笑んで腕の中の花婿人形に問うリアは、生まれたてのヤドリガミ。
「わたくしは、お転婆さんかしら? それとも――」
 思い出や記憶は本体であるドレスのようにまだまだ白く、だのに姿は大人の女。
 持ち得なかった『子供時代』。
 そこで視た夢は、想いは、果たして全てが幻だったのだろうか?

大成功 🔵​🔵​🔵​

泉宮・瑠碧
霧の森ならば歩いた事はあるが…
こうまで白くなるのだな

なりたい自分…
姉の様にとは思うが、姉になりたい訳では無いな
あの背を追い掛けはするが
姉は姉で、僕は僕だ
僕が…

…私が、なりたいのは…
誰かや何かを、助け、癒し、救える私…

生き物は、定命まで生きられるよう見守り

オブリビオンも
もう未練は無いと、苦しく無いと
傷付けずに、穏やかな眠りを渡せる様な…

…互いの大切なものを傷付け、喪わず
悲しませずに済む様な

…片方しか取れないのなら、私は…

…僕は
過去のオブリビオンより、今を生きるものを取るが
傷付け合わずに救える自分が居れば良いのに、と
…たとえ生き延びても
痛みや喪失が消える事は無いからな

叶わずとも
真っ直ぐ前を見て進む




 湖の畔に一人の少女が立っていた。
 いや、少女というには大人びて。けれど大人というには熟れ切れぬ年頃の娘だ。
 人の生涯で切り取ったならば、最も華やぐ時節。されど娘は華美に飾ることなく、無駄に人の輪に溶け込むことなく、ひっそりと世界に気配を馴染ませる。
 ふ、と。
 聞こえた羽音に、娘は頭上の樹を見上げた。そこには羽搏く練習をしている雛鳥たちの姿。
『……風よ』
 娘は懸命な羽搏きを応援するよう、小さく唱えた。すると吹き来た優しい風が、雛鳥たちの背を押す。
 嗚呼、今にも飛び立ちそう。
 けれどその瞬間、黒い影が雛鳥たちへ襲い掛かる。
『オブリビオンっ!』
 娘は咄嗟の判断で水の精霊を杖へと変えた。そして祈る心地で力を振るう。
 杖が戴く宝珠から、清らかな水が湧き立ち、オブリビオンへと迫る――が、それは穿ち殺すための力ではなかった。
『??』
 薄い水の膜に全身を覆われたオブリビオンが、困惑に全身を戦慄かせたのは一瞬。やがて現世への妄執を浄化され、美しい鳥の姿と成り。一度大きく羽搏くと、娘が吹かせた風の残滓にキラリと解けて消え逝く。
 良かった、と。心底嬉し気な笑みを浮かべ、娘は再び雛鳥たちの巣立ちを見守る。

 消えてしまった幻を惜しむように泉宮・瑠碧(月白・f04280)は白い世界を背に見返り、哀惜に満ちた吐息を漏らす。
『なりたいあなたになりましょう』
 目にした文字に瑠碧が真っ先に思い浮かべたのは、姉の姿だった。
 姉の様に――それは常に思う事。だが瑠碧は、姉そのものになりたいわけではない。
 追いかけはすれど、姉は姉。瑠碧は瑠碧。
「なら、私は……」
 望んだのは、誰かや何かを、助け、癒し、救える『私』。例え、相手がオブリビオンでも同じ。
 未練を断ち、苦しみを消し、傷付けず、穏やかな眠りを渡せるような。
 誰も傷付けず、喪わせず、悲しませずに平穏を齎せられる『私』。
「……両方を欲張れないのは、分かっているのです」
 されど現実は『全て』は許されず、択ぶより他にない。
「……それなら、」
 ――私は、
 ――……僕は。
「過去のオブリビオンより、今を生きるものを取る」
 叶わぬ願いに封をして、心が訴える痛みをも捻じ伏せて、瑠碧は視線をまっすぐ進む先へと向け直す。
 踏み出された歩みに、白い幻への未練はなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マクベス・メインクーン
ふーん、鏡のオブリビオンね
なんかよく分かんねぇけど攻略してみっか!

なりたいあなた……って、なんだこれ

なりたいオレ……か
そりゃ、強くなりたいよな
憧れてる兄貴分たちみたいにカッコいい強いオレ

小さい頃に見た、赤がトレードマークで炎を使うヒーロー
苦戦する時もあるけど、最後には絶対悪いやつを倒す
そんな強くてカッコいいヒーローに!

そう…ヒーローは強くなくちゃ…
なんでも倒せるくらい、強い力が欲しい
(すべて壊せるほどの力が…)

ん?
あれ、壊してどうすんだよ…
ヒーローなら守らなきゃだめだよな?




 竜の翼でヒーローが空を翔ける。
 神速の域まで到達した彼のスピードは他者の追随を許さず、ヴィランの逃亡も見逃さない。
 地上に舞い降りたヒーローは、今まさにビルに風穴を開けようとしていた怪人の拳を受け止める。
 けれど直後、襲い来た蹴りにヒーローは吹き飛ばされる。
 強かにコンクリートに打ち据えられた背中が痛む。衝撃に、肺も悲鳴をあげていた。
 しかし、彼はヒーロー。
 例え苦戦することはあろうと、最後には必ず悪を滅ぼす正義の使者。
『  !』
 気勢を吼えて、ヒーローが強く踏み出す。繰り出す拳に、炎が灯った。見る間に燃え盛った紅蓮は、熱を孕んで赤く、白く輝き、ヴィランの顔面を捕らえる。
 爆風がヒーローを中心に巻き起こった。
 大気が震える。そして再び街が静寂を取り戻した時、立っていたのはヒーローだけ。
 悪が滅びた歓びに、街中がヒーローのトレードマークである赤に染まった。

「そう……ヒーローは強くなくちゃ……」
 半ばノリと勢いで挑んだ迷宮攻略。マクベス・メインクーン(f15930)は猫耳を隠す帽子の縁を指先でいじりながら、幻想の余韻にぼんやりと浸る。
 なれるならば、強くなりたい。
 憧れて止まぬ兄貴分達のように、カッコよくて強い自分。
 そして幼い頃に見た、ヒーローのように!
 平凡なキマイラの少年は、少年らしい大望を胸に抱いた――けれど。
「なんでも倒せるくらい、力が欲しい」
 ぽつり、マクベスは呟く。
 ――力が、欲しい。
 呟いて、その『先』を思う。
 ――すべて壊せるほどの力が……。
「ん?」
 踏み込んだのは、禁断の領域。されど迷宮を閉ざしていた白い蒸気が晴れるのに合わせ、マクベスの思考にかかっていた靄も払われる。
「壊してどうすんだよ……」
 ――ヒーローなら守らなきゃだめだよな?

 気付いた矛盾に少年は幾度か青い瞳を瞬き、クリアーになった視界に『次』へと続く道を捉えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

終夜・凛是
なりたい、俺……
俺、は……にぃちゃん、みたいになりたい……
俺の記憶の中のにぃちゃんは長い、くせっけの髪をくくり上げて
琥珀色の瞳は強い色。それから狐火を操るのが何よりも上手
俺とは、大違いだ

一緒に尻尾揺らして、笑ってもらえたらうれしいけど、そうじゃなくてもいいんだ
ただ後ろついていくことが当たり前で、いられたら……嫌がられなければ、いい

…なんて、思うけれど
にぃちゃんとまだ会えて、ない
見つけられてない
まずそこからなんだ

俺の事、どう、思っているのか…聞いたことないけど
でもきっと俺を、受け入れてくれるはず
なんでいなくなったのかも、ちゃんとにぃちゃんから聞きたい

近付きたい
でもそれは外面じゃ、なくて…
心の、事




 薄く伸びた雲が金色に輝く夕刻の空の下。一日の終わりを告げる太陽に、白い頬を茜色に染められた二人――青年と子供が並んでブランコに揺られている。
 幼い子供は、地面まで足が届かない。だから時折、青年が小さな背中を押してやる。
 きぃこ、きぃこ。
 誰そ彼刻に青年と子供は、ゆらりゆらり。
 頭の上にピンと立った狐耳で夕凪に細波をたてながら、ゆらりゆらり。
『  』
 子供に呼ばれ、青年が振り向く。
 静かな所作にも、高い位置で結われたくせの強い髪がふわりと揺蕩う。
『  』
 子供に強請られたのだろう。よく見ているように、と指先で子供の視線を誘った青年は、その指先にぽぅっと明るい灯を点す。
 すぅ、と。青年が指を動かすと、灯も付き従う。円を描けば、大きな円を。ぴっと一本の線を描くと、炎の道が中空を走る。
 子供の瞳に、炎の欠片が映り込んで輝く。いや、嬉しさに内側から瞳に現れているだけかもしれない。そんな子供はぴょんとブランコを飛び降り、青年の膝元へとととっと駆け寄った。
 眼差しが、お膝に乗せてと言っている。
 けれどそろそろ夕餉の時間。
 青年は『もうお終い』と示すみたいに自らもブランコから立ち上がり、子供の前を歩き出す。
 叶えられなかった願いに、子供の耳がしゅんと項垂れる。が、ふさふさの尻尾がおいでおいでと揺れて招いているのに気付くと、萎れた耳もぴこんと元気を取り戻す。
 ぱたたたっと歩幅一杯の勢いで駆けてくる子供を、青年が一度だけ振り返る。
 夕焼けに、琥珀の瞳が色の強さを増す。そこに浮かぶ感情は、二人の進み行く先にある太陽が隠してしまったけれど。
 影絵の狐に、青年の子供への慈しみが現れている気がした。

「……こんな感じ、かな」
 朱金の世界から白い果てへと意識を戻し、終夜・凛是(f10319)は柔らかい吐息をほろりと零した。
 ――なりたい自分。
 真っ先に思い付いたのは、兄の姿。自分とは、何もかもが大違いだと思っている人。
 ――にぃちゃんは。
 ――にぃちゃんは。
 ――にぃちゃんは。
 色々、想う。でも、長く逢えていない。見つけられてさえ、いない。
「でも……にぃちゃんだから」
 幻の中で象った狐を、手でもう一度。思い返したのか、凛是の口角が僅かに上がる。
 自分の事を、どう思っているのか。聞いたことはないけれど。きっと自分を受け入れてくれるはず。だから――。
「なんでいなくなったのかも、ちゃんとにぃちゃんから聞きたい」
 凛是が尋ねれば、兄は応えてくれるだろう――と、凛是は信じている。
 一緒に尻尾を揺らしたり、笑い合ったりはしてくれないかもしれないけれど。後ろをついていくことくらいは、赦してくれて。
 嫌がらないでくれて。

「近付きたい」
 それは見目や所作、技ではなく。心の、事。
 まず、そのためには。
 探さなくては――。
 逢わなくては――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リオ・フェンブロー
鳥籠、ですか
虹というものは、記録でしかみたことがないので気になりますね
七色と聞いたのですが……おや、この蒸気は熱を感じないものとは……

なりたいものに、ですか……
この歳で考えるのは、難しい話ですね

ですが……
アトリエを持つデザイナーになれたら
別に、さほど売れなくても……いや、売れないよりは売れた方が良いか
式典へのスーツ、ドレスでも
任せてくださいと笑って仲間の背を送り出せれば……
戦場以外の、幸せな何処かに
そんな自分にー…

遠く声が聞こえた気がして、幻想の中足を止める
戦場へと送り出した事実が変わるわけもない
頬の傷に触れ、顔をあげる

行きましょう
せめて私は、貴方達に土産話の一つでもできるように




 扉に取り付けたカウベルの小気味良い音色に、机に向かっていた男は、緩く結った三つ編みを背中へ流してゆっくり立ち上がった。
『いらっしゃいませ』
 余所行きの貌で出迎えはするが、今日の予約は一組きり。見馴染んだ男女の連れを、男は店の奥へと誘う。
 レディ・メイドたちを並べた表とは違う、アトリエを兼ねた工房には、オーダー・メイドを待つ生地たちが棚の中でお行儀よく鎮座している。
 その中の幾つかを男は取り出すと、作業台に広げてスケッチブックを開いた。
『どのようなデザインに致しましょう?』
 演技めかして男が恭しく尋ねると、女の方はころころ笑い、男の方は居心地悪そうに頬をぽりと掻く。
 どうやら悪戯が過ぎたらしい。
 詫びる代わりに男は工房の更に奥、備え付けの厨房に一度引っ込むと、二人の好みに合わせた茶葉で淹れた紅茶をサーブする。
 男は、服飾デザイナー。
 店の繁盛ぶりは、ほどほどといったところか。食うには困らぬ程度には稼げているが、のべつ幕無しに働いているかというと、そうでもない。
 今日の客は、『元』同僚。男は彼らの新たなる門出の為に、とっておきを仕立てるのだ。

『よくお似合いですよ』
 仕上がった婚礼衣装を纏った二人を、男は面倒見の良さが滲む笑顔で見守る。
 男と女は照れたように互いを窺い、俯いては、また顔を上げるを繰り返す。
 ――嗚呼、何と幸せな時間でしょう。
 男は目を細め、そして二人を新たな人生へと送り出す手伝いが出来たのを誇りに思うのだ。
 どうか、どうか。
 幸せに。
 ずっと、ずっと――。

「、っ」
 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、リオ・フェンブロー(f14030)ははたと歩みを止めた。
 気付くと、白い世界の終わりはもうすぐそこ。
 随分と遠くまで来たような心地だった。
 記録でしか見たことのない虹。熱のない蒸気。識らぬものに思い馳せたのは僅か。若いとは言えぬ年齢に、なりたい自分など、と戸惑いはしたものの、降り落ちてきた『幻想』は瞬く間にリオを捉えた。
 ――しかし、どれほど幸福そうな笑顔を思い描いても。
「私が戦場へと送り出した事実は変わらない……」
 頬に残る傷に指を這わせ、リオは沈む青の瞳を前へと向ける。
 望んでも、祈っても、変わらぬものは変わらない。
 喪ったものが、還らぬのと同じに。
「行きましょう」
 故にリオは止めた歩みを再び進める。

 ――せめて私は、貴方達に土産話の一つでもできるように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霄・花雫
なりたい自分になりきるの?
んん、難しいなあ
だって、今のあたし、ずっとなりたかった自分になったあとだもん
これ以上何になれば良いのかな

んー………………あっ
そーだ、一回くらい翼のある種族になってみたいかなあ
妖精とか天使とかさ
今のあたしはユーベルコードで空を駆けることが出来るけど、効果切れたらどっか蹴って発動し直さなきゃいけないじゃない?
そういう制限がない、自前の翼で空を飛べる種族って良いなあって

勿論、あたしの水中を自由に泳ぎ回れる鰭も大好きだよ?
でもさ、あたしの一番の憧れは空だから
部屋の窓から見上げ続けた高くて広い空と、自由に飛んで行ける鳥が羨ましかったの
だからね、翼ある種族になってみたいなあ




 四人の兄の末に、ようやく授かった女の子は酷く小さく、か弱い子供だった。
 寝込んでばかりの女の子は、両親と兄たちの溺れるような愛に包まれ懸命に命を繋ぎ、やがて力を得て、病を克服し――ついに広い世界へ飛び出した!
「なりたい自分になりきるの?」
 白い回廊の入り口。記された文字を見つめる霄・花雫(f00523)の、左右で微妙に色彩を異にする青い瞳は好奇心に煌めく。
 でもでも、花雫はもう十分に『ずっとなりたかった自分』に成れている。
 外だって思い切って走り回れるし、お買い物も楽しめちゃう。両親の元を巣立って、下宿暮らしだって始められた。
「これ以上何になれば良いのかな」
 幼い頃の自分だったなら、きっと考えられなかっただろう毎日を生きる花雫は、腕を組んで首をことり。
「んー……」
 成りたい、自分。
 成りたい、自分。
 成りたいからには、好きなものがいいのだろう。
 好きなもの、好きなもの、好きな――。
「…………あっ!」
 ピンと来た閃きに、花雫は反射的に自分の背中にある鰭を見遣った。
 ゆらゆら優雅にゆらめくミノカサゴの鰭は、水中を自由に泳ぎ回らせてくれるから、とっても大好き。
 けれど花雫の一番の憧れは、空。
 高くて遠くて果てを知らない、空。
 ただ見上げるしかなかった日々。部屋の窓から望む青は希望に満ちているようで、自由に飛んでいける鳥が羨ましくて仕方なかった。
 だから――。
「あたし、翼がある種族になってみたい!」

 フルクリアーハーフムーンの鰭に似た、透明感のある白い翅で少女は空を自在に翔ける。
 ユーベルコードの発動限界なんて関係ない。ただ歩くように、游ぐように。疲れたら、少し速度を落とすだけでいい。
 ぽかりと浮かんだシュークリームみたいな雲を目指し、少女はぐんぐん空を昇っていく。
 眼下に広がる街並はどんどん小さくなって、ミニチュアみたいになっている。
『すごい!』
 翼ある種族――フェアリーになった少女は翅で風を漕いで、心の赴くままに空をゆく。
 小さな体に、空よりも大きい夢を膨らませながら。
 途中で出逢った鳥の群れとも、暫しランデブー飛翔を楽しんで。

 白い世界の終わりまで、花雫は翼で翔け抜ける。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『真実の鏡』

POW   :    鏡を割れば姿も見えない!力ずくで姿を隠す。

SPD   :    素早く通り抜ければ姿を見られない!さっきと通り過ぎてしまう。

WIZ   :    これは自分の姿ではないと暗示をかけて通り過ぎる。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●『見せたくない自分』
 なりたい自分になれる、長く短い一本道の終わり。
 そこは『虹の鳥籠』の控えの間とも言うべき場所だった。
 虹の鳥籠ほど大きくはない。が、ドーム状の空間を光が無軌道に反射している。反射させているのは、無数の鏡だ。
 空間を埋め尽くす鏡。
 空間を幾筋にも区切る鏡。
 ただしそれらはただの鏡に非ず。

『これに写るあなたは、真実のあなた。誰にも見せたくないと願う、あなたの本性』

 どこからともなく、声が響いた。
 ねっとりと絡み付くようでありながら、何故か耳障りが良いと感じてしまえて気味が悪い。
 まるで心の深淵に甘い毒を流し込まれているようだ。

 背筋を冷たい汗が伝う。
 もし、本当に。
 見せたくない自分が写るなら。
 自分の内面と向き合わねばならぬというなら――。

 立ち止まらず、鏡という鏡を砕いて進んでも構わない。
 否定を重ね、目を瞑って進んでもいい。
 直視して、心で血反吐を吐いてもいい。

『これに写るあなたは、真実のあなた。誰にも見せたくないと願う、あなたの本性』

 甘い声が、繰り返す――。
誘名・櫻宵
真実の姿なんて
見たくない
血色の桜
醜い化け物

血を吸ってこそ桜は美しく咲く
無様な言い訳
竜人に血を好む闘争本能はないのに
英雄?程遠い

殺すのが好き
それだけ
四肢を落とし腹を裂き首をはね
血華を咲かせ命奪う一瞬
一瞬だけあたしを見てくれる
その視線が好き

気がつくと白く細い人魚の首をみてる
温い血潮よりも
隣を游ぐ少し冷たい体温が1番落ち着くのに
いつか人魚が逃げてしまうのを恐れてる
そうなるくらいならその前に
なんて
何でそんなこと考えるの!
幸せに笑って生きていてくれるのが1番なのに

鏡を壊す
壊しても
欠片に映る血色
否定するのも壊すのも簡単

助けてと軋む心に人魚の歌が響く
幻影の人魚が微笑んで抱きしめてくれる

こんな私でも
あなたは、




 血濡れた桜が、凶刃を手に愉悦を嗤う。
 躍らせた一刀に、誰とも知らぬ『誰か』の右腕が飛んだ。
 派手に飛沫きを上げた朱色に、花あかりの薄墨色の髪がべったりと濡れる。しかし歓喜に身を浸す竜人は、そのまま更に一刀。抗うように構えられた左腕を斬り捨てた。
 新たな傷口から、命が奔流となって零れ落ちる。熱も失われていく。
『  』
 竜人はまた嗤い。まるで『返してあげる』とでも言うように、つい先ほどまで同じ誰かの中にあった血を自身の髪で舞わせ、誰かの顔へ還し染める。
 誰かの表情には、もう絶望しかない。
 『終わり』は疾うに見えている。
 抗いようのない瞬間が、誰かには迫っている。
 だのに、だのに。
『  』
 竜人の剣舞は続く。閃かせた刃に、右足が飛ぶ。バランスが崩れるのを待たず、左足も。
 そうして転がった四肢なき抜け殻の腹部を一刺し。ぐるりと抉って、ろくな痛覚など残っていないだろう顔に苦悶に歪んだところで、終いの一太刀。
 真一文字の、横薙ぎ。
 ひゅっと風が鳴くのを聞いた誰かの見開かれた眼に、竜人が映る。
 ぞくり、と。竜人の背筋を快感が突き抜けた。
 他の誰も介在する余地なく、たった一人。竜人だけを、見つめてくれる。
 この瞬間が――堪らない。
 うっとりと、恍惚と、竜人は誰かの首を跳ね落とす。咲いた血華に、竜人の角に咲く桜が淡い彩を添えた。

「……やめて!」
 誘名・櫻宵(f02768)は両手で顔を覆うと、首を激しく左右に振る。
 見たくない、見たくない、血色の桜なんて見たくない。醜い化け物なんて――真実の姿なんて見たくない。
 ――血を吸ってこそ桜は美しく咲く?
 無様な言い訳だ。竜人に血を好む闘争本能は無い。ただ櫻宵の本質なだけ。英雄? そんなもの程遠いどころか、対極の存在だ。
「……!」
 ちらり、指の隙間から再び鏡を覗き。櫻宵は絶望に息を呑んだ。
 化け物が、白く細い人魚の首を見ていた。
 ――温い血潮より、隣を游ぐ少しだけ冷たい体温は落ち着くのに。
 逃すまい、と。怪物の手が人魚の首へ伸びる。
 ――いつか逃げられてしまうくらいなら、その前に。

「何でそんなこと考えるの!!」
 堪らず櫻宵は、拳を鏡へ叩きつけた。甲高い音をたて、真実を暴く鏡が四散する。
「幸せに笑って、生きていてくれるのが、一番、なの……にっ」
 けれど鏡は無数。虚ろな視線を彷徨わせるだけで、絶望が櫻宵を襲う。
 壊す、壊す、壊す。
 それでも散った欠片に、血色が映る。
 ――助けて。
 一心不乱に駆け出した櫻宵の心に、人魚の歌が響く。幻聴だ。それでも櫻宵は歌声を求めて直走り。かき抱くように自身に両手を広げてくれる人魚の幻影にすがりつく。
 それがこの鏡の間の終わりに通じているとは気づかずに。

 ――嗚呼、こんな私でも。
「あなたは、」
 愛しい人の名を呼ぶ吐息が、掠れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

オルハ・オランシュ
鏡に映った自分を見て息を呑む
あの頃の私……他の場で対峙した私と決定的に違うのは、
身体のあちこちに残る生々しい暴力の跡

――私のせいで、家族が壊れちゃった
私がいると、大切なひとが不幸になるの
ごめんなさい
死んで償わなきゃ――

やだ……!やめて!!
これが真実の私?
今の私とはまるで違う
弱い私はあの時確かに死んだはず、なのに

大切なひと……
先生や彼まで、不幸にするっていうの?
……っ

気付けば正面の鏡が砕けていた
そこに突き刺したままの槍を持つ手は震えていて

自分でも知らなかった
私、怖いんだ
また同じことを繰り返してしまうのが
これが私の本心なんだね

でも……繰り返さないよ
死んで償うことも、もうできない
悲しませたくないから




『   』
 弱々しい瞳をした少女が、二つの音から成る誰かの名を呟いた。
 落ち着いた色味の緑の瞳には、生気が欠片も感じられない。僅かな光さえ拒むように、深く深く沈んでいる。
 ――だって。仕方ないのだ。
 顔、腕、足。見える皮膚には尽く、生々しい暴力の痕跡が残っている。
 いや、見える場所だけではあるまい。
 腹に背、色々な場所に蹴られ、殴られた痕が少女にはあった。
 でも、そう。仕方ないのだ。

 ――私のせいで、家族が壊れちゃった。
『   』
 少女の青褪めた唇が、また誰かの名を呟く。
 ――私がいると、大切なひとが不幸になるの。
『   』
 どれだけ名を呼んだところで、赦されない。
 失われたものは、戻らない。
 ――ごめんなさい。
 ――せめて、死んで償わなきゃ。
 今より幼い顔立ちの、丸みを残した指先が、自身の喉元へ伸びる――……。

「やだ……! やめて!!」
 希望を灯す瞳をぎゅっと閉じ、オルハ・オランシュ(f00497)は否定を叫ぶ。
 違う、違う。
 これは真実の自分などではない。
 これはもう、『今』のオルハではないはずなのだ。
 だって、そのオルハはもう死んだ。弱いオルハは『あの時』、確かに死んだはずなのだ。
 なのに、なのに。
「私、また」
 戦慄く唇が、絶望の吐息を吐く。
 ――大切なひと。
 ――先生や、彼まで。
 ――不幸にするっていうの……?
「……っ」
 脳裏に過った顔に、オルハの身体は反射的に動いていた。
 容易く人の命を奪う三叉の槍は、鏡を砕いてなお、材質の分からぬフレームに突き刺さっていて。柄を握るオルハの手は、小刻みに震えている。
 そのことにオハルは気付き――知った。
「……私、怖いんだ」
 震える手では、槍を抜くこともままならない。
「また同じことを繰り返してしまうんじゃないかって……」
 だからオルハは心を鎮めようと、瞳を伏せた。そして、認める。
「これが、私の本心なんだね」
 すとんと胸に落ちた現実に、オルハはゆっくりと瞼を開く。
 意識が、研ぎ澄まされていた。震えは既に止まり、今度はするりと槍が抜ける。まだ困惑の残滓は、微かに尾を引いていたけれど。
「でも……繰り返さないよ」
 オルハは前へのみ視線を据えて、歩き出す。
 ――死んで償うことも、もうできない。
 ――悲しませたくないから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クラウン・メリー
鏡に写っているのは泣いている自分?

何で泣いているの?わからない。
俺はもう涙なんて出ないよ?

(一瞬、蔑んだ目で)
あぁ、あれはきっと……。

不安と罪悪感──。
そんなことで押し潰されそうになって、
ただ、ただ泣いている鏡の自分に、

何してるの?

なんとかしないと。と思う自分と
あまり興味がない自分がいる。
俺きっと、「自分」が好きじゃないんだな。

──あぁ、息苦しい。生きてる実感がしない。
蓋をしていた感情が出てきそうになる。
奥に、奥にしまって。

黒剣で自分の足に刺し、
気持ちを落ち着かせる。
痛くない。むしろ心地良い。

(一呼吸置いて)

これが「真実のあなた」?
違う。
昔みたいに、俺はもう泣けないよ。

だから突き進むよ。前に。




 髪に咲くフリチラリアと同じに、顔を俯かせたピエロが肩を震わせ泣いている。
 頬にペイントされた星や涙も流れ落ちてしまうんじゃないと思うくらい、ほろほろと、はらはらと。
 昏く沈んだ表情が、不安を訴えている。罪悪感に怯えている。
 耐えきれないと、押し潰されてしまいそうだと。
 泣いたって、どうにもならないと知りながら。それでもどうしようもなくて、泣いている。

「何してるの?」
 クラウン・メリー(f03642)は冷めた声で鏡の中へ問い掛けた。
 これが、自分?
 ――まさか。
 だって今のクラウンは、涙なんて流さない。
 だから自然と、鏡を見つめる眼差しから温度が消える。蔑みが、滲む。
 そうして目を眇めて、眇めて、ようやく合点がいくモノに思い至る。
 ――あぁ、あれはきっと……。
 鏡の内側が抱く『感情』に思いは至れど、ならば何故という想いがクラウンの裡では強くなる。
 なんとかしないと、と思うクラウンもいた。
 同時に、心に熱を灯らせぬクラウンがいつのも事実だ。
「俺はきっと、『自分』が好きじゃないんだな」
 呟きさえ、何処か他人事。鼓膜に蓋をされたかの如く、遠く遠くに響いて、微かに届くのは細波の片鱗。

 ──あぁ、息苦しい。生きてる実感がしない。
 泣き続ける鏡像に、首をもたげてはならぬかにかが蠢く。
 蓋をして、無いことにした感情が溢れ出しそうになる。
 だめだ、だめだ。
 これは。
 奥に、奥に、仕舞っておかねばならぬもの。

 不意に、クラウンは黒剣を構えた――のではなく、無造作に刃を足へ突き立てた。
 貫きの衝撃は二つ。手と、足の両方に。ただし手は穿つ側、足は穿たれる側。
 先鋭化される感覚が、クラウンを内なる混沌から遠ざける。
 痛みはなかった。むしろ、恍惚とした心地よさが、クラウンを満たす。
 凪いだ心地に、深く息を吸い込み、同じだけを吐き出した。
「これが『真実のあなた』?」
 クラウンは、もう一度だけ鏡像を見る。
 しくしくとそれは変わらず泣いていた。だがクラウンは『違う』と短く云い棄てる。
 違う、違う、違う。
 あれは今のクラウンじゃない。
 昔のクラウン。
 だって今のクラウンは、鏡の中のピエロのようには泣けないのだから。

「じゃあね」
 バイバイと、鏡に手を振り。
 クラウンは何事もなかったように前へ前へと突き進む。
 自分にはもうそれしかないのだ――というように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霄・花雫
……あたしの誰にも見せたくない本性ってなんだろ
見せたくないあたしなんて、病弱時代の姿しか浮かばないんだけど

痩せたちっぽけな女の子
生まれつき弱くて、何度も死にかけて、来る日も来る日もベッドの中で
心配する両親や兄たちを泣かせたくなくて、歪んだ表情で無理矢理笑う女の子
毎日みんなを心配させて、泣かせ、迷惑かけて、不安にさせて
何も出来ない役立たずの自分がこんなにも愛されていることに勝手に申し訳なさを感じる癖に、自由に生きるみんなを妬む悪い女の子

……あー……やっぱりこれだよねぇ……
……んー……ま、いっか
見せたくないし見たくもないけど、今のあたしにはもう関係ないもん
あたしは自由なら気持ちは誰より強いんだから




 痩せっぽちの少女が、上半身だけベッドに身を起こして淡く、淡く微笑んでいる。
 今にも消え入りそうな笑顔だ。
 否、それだけではない。
 懸命に、作っているのだろう。
 上げた口角は引き攣り、眦は痙攣している。にも関わらず、少女は微笑む。歪に、懸命に、必死に。そうするだけで、息が上がりそうなのに。それでも、無理に無理を重ねて。
 か弱く生まれたちっぽけな少女が生死の境を彷徨った回数は、きっと両親でも正確には憶えてはいないだろう。
 繰り返し、繰り返し。命の灯を風に晒す少女に、両親や兄たちの気が休まる日はなかったに違いない。
 心配に、涙して。
 急な事態に、予定を翻し。
 そんなみんなへ、何も持たぬ少女が与えることが出来たのは不安だけ。
 ――だというのに。
『  』
 歪な笑顔の裏で少女は、家族を、皆を妬んでいた。
 だって、だって。
 みんなは何処へだって自由に行ける。好きに生きることが出来るのだ!
『  』
 俯き、申し訳なさげに微笑みながら。
 少女は歪んだ上目遣いで、皆を見る。
 何も出来ない、役立たずなのを自認しながら。愛される事を、勝手に申し訳なく思いながら。
 それでも、それでも。
 持たないものを持つ父を、母を、兄たちを――。

「……あー……やっぱりこれだよねぇ……」
 昏い瞳の鏡像に、霄・花雫(f00523)は憂いを絡めた息を吐いた。
 誰にも見せたくない本性と聞き真っ先に思い浮かんだ通りの自分に、思わず肩を竦めたくなる。
 じっとりとした眼差しは、皆を妬んでいるのがあからさま。
 儚げな少女が身の内に宿した、悪い悪い女の子。
 ――でも。
「……んー。……ま、いっか」
 意外なほどあっけらかんと、花雫は『真実』を切り捨てる。
 確かに、見せたくないし。見たくないものではあるけれど。
「今のあたしにはもう関係ないもん」
 ぴらり。羽のような背びれを優雅に泳がせ、ふふんとスキップでも踏むように花雫は鏡に背を向けた。
 写し取るなら、幾らでも写し取ればいい。
 しかしそれはもう、今の花雫ではない。
 来る日も来る日もベッドで過ごした花雫は、もう過去のもの。例え心に、深く根差すものがあったとしても。
 過ぎ去りし日々から蘇るのはオブリビオンだけ。
 そして花雫は、そのオブリビオンを狩る猟兵なのだ。
「あたしは自由なら、気持ちは誰より強いんだから!」
 ふたつの青に煌めく双眸で、光が交錯する世界に未来を見つめ、花雫は泳ぐように、飛ぶように歩き続ける。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マクベス・メインクーン
真実のオレ?
本性?
意味わかんねぇな…

オレが見る鏡に映るのは…

知らない人、知っている人、親しい人
皆ミンナ、愉しそうに傷付け壊し笑っているオレ
壊して、コロして、血に塗れて酔いしれているオレ
コワスノガタノシイオレ……

は?なんだよそれ
そんなことあるわけねぇだろっ!
これがオレの本性って
そんなのある訳……

(別の鏡に兄貴分と模擬戦をしている映像が映り
 そこで同じく狂ったように自分の兄貴分を壊そうとする姿を見せられ)

……これ、少し前にやった模擬戦?
そういやあん時の記憶途切れてたっけ…?

はは…っ、まじかよ
マジでこれがオレの本性だってのかよっ!
認めたくないのに…なんで胸の奥がザワザワすんだよッ!!




 平凡なキマイラの少年に過ぎないマクベス・メインクーン(f15930)は、甘い声に唆されるようにして鏡を覗き込む。
 ふざけたような呪いを受けた身だ。果たしてその本質は如何なものだろう?
 ヒーローに憧れ、兄貴分たちのように格好良い男を目指すマクベスだ。興味は身の丈にあった純朴さで、困惑は年相応のものだった。
 ――ただ、それだけだった。のに。

 これは誰だろう?
 見覚えのない、男か女か、老人か若人か、もしかすると子供かもしれない誰かを紅蓮の炎にまいて酷く見知った顔が喜々と笑っていた。
 焼き尽くしたのか、誰かがぴくりとも動かなくなると、見知った顔の手は別の誰かへ伸びる。
 今度は知った相手だった。
 和やかに近付き、いきなり殴りつけ、圧し倒したかと思うと、馬乗りになって幾度も幾度も拳を叩きつけている。
 赤い血が飛ぶ。それを頬に受け止めた見知った顔は、歓喜の声を上げた。
 そうしてまた他者を壊し終えた見知った顔は、次は最初から愉し気な様子で誰かの元へ駆けた。きっと親しい間柄の相手なのだろう。仔猫が『遊んで』と近付くみたいに足取りを弾ませて――おもむろに銃を抜いた。
 大気を震わせ撃ち出された炎弾が、親しい誰かの頭をぶち抜く。脳漿が散って、血もどぼどぼと零れ落ちる。
 その赤を両手で掬い上げ、見知った顔はげらげら笑っていた。
 ――壊すのが、タノシイ。
 ――コロすのが、愉しい。
 血に塗れ、酔い痴れる。
 そうだ、そうだ。
 見知った顔は、他の誰でもない。
『コワスノガ、タノシイ――オレ……』

「っは!? なんだよそれ!」
 覗き込んでいた鏡から飛び退ったのは、半ば反射の行動だった。
「そんなことがあるわけねぇだろっ!」
 マクベスは否定を吼え乍ら尚も後退る。違う、違う、違う、あんなのは自分の本性ではないと心が叫んでいた。
 けれど。
「これがオレの本性って、そんなのある訳……」
 背中が、新たな鏡にぶつかった。
 振り向いた瞬間、マクベスは直視する――。

「……これ、少し前にやった模擬戦?」
 記憶にある光景に、マクベスは息を飲む。
 映し出されていたのは、兄貴分と慕う誰かを狂ったように壊そうとしている己の姿。
 作り出されたものではない。
 写し取られたものだと、記憶の片隅が訴えている。
 そうだ。確か、あの時。自分は途中から記憶が途切れ、て。
「はは……っ、まじかよ。マジでこれがオレの本性だってのかよっ!!」
 叫んでも、誰も否定を呉れない。
 在るのは鏡と、鏡が反射する光だけ。誰も、マクベスを『否定』も『肯定』もしてくれない。
 しかしざわつく胸の奥が、マクベスを糾弾している。
 おおよそそれは平凡とは言い難いものだと。
 ヒーローに憧れるに相応しい性根ではないのだと。
 認めたくないものこそ『事実』だと、毒を孕んだ甘い声でもないのに、教えてくれていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

無供華・リア
見せたくないわたくし?
ええ、構いませんよ
わたくし自身、知らない事だらけですから

先の子供時代
あれはわたくしの「本体」にかつて袖を通した女性の物語なのです
殆どわたくしの作り話ですが
その女性の姿は、わたくしと生き写しだと聞きました

進行性の病に蝕まれていた彼女は
冒険者になるどころか、村を出る事さえ難しかったそうです
大好きな彼の旅の相棒が美しい女性だったら、貴女は妬いたかしら?

――ふふ、そうね、わたくしも
ジェイドが他の女性を見つめる瞳が、妙に活き活きとしている気がして
もやもやする位御座いますよ
でも彼の
わたくしだけを贔屓しない佇まいが、わたくしはとても素敵だと思うのです
(本当に?)
(鏡は何と言うかしら?)




 青白い顔をした女が、鏡に映っていた。
 見るからに、顔色の良くない女だ。見目は麗しいのに、生気のなさが彼女の魅力を半減させている。
 いや、唯一。儚さだけは、輝くように。
 大事そうに胸に抱えられているのは、冒険譚を記した書物だろうか。
 夢見るようでありながら、夢見ることさえ諦めた瞳で、女は鏡の外をじっと見つめ続ける。

「ねぇ、ジェイド。わたくしたち、そっくりかしら?」
 まじまじと鏡を観察した無供華・リア(f00380)は、腕の中の花婿人形に問いかけた。
 その声には、純粋な興味しかない。
 だってリアは己の真実なぞ『知らない』のだ。
 見せたくないものが何か、も。自身の姿が『生き写し』だという『女性』のことも。
「ねぇ、貴女?」
 白い世界で思い描いた幼少期を生きた筈――大半は、リアの作り話だけれど――の女性をリアは視る。
 白い白い、花嫁衣裳に袖を通した女性。
 性質の悪い病に命を蝕まれていた彼女は、冒険者になることはおろか、村を出ることさえ難しかったとリアは聞いている。
 外を走り回ることもなく、往来を行く人々と気安く言葉を交わすこともなく。
 大好きな『彼』との旅を夢見ることしか出来なかった女性(ひと)。
「貴女は、彼の旅の相棒が。美しい女性だったら、妬いたかしら?」
 花婿人形を鏡へ正対させ、リアはころころと笑う。
 ねぇ、ねぇ。
 知らない貴女。
「あら、訊ねてばかりではいけませんわね」
 ふふ、と悪戯な微笑を口元に描き。リアは、そうね、と生まれたばかりの心を掻き混ぜ、語れる事を探し出す。
「そうね、きっとわたくしも。ジェイドが他の女性を見つめる瞳が、妙に活き活きとしている気がして、もやもやするくらい御座いますのよ」
 ことりと首を傾げ、リアはじぃと鏡の中の女性と視線を見交わす。
 ――ねぇ、ねぇ。
 ――知らない貴女。
 ――貴女はどうかしら?
 鏡を覗き込むリアの動きに、黒いドレスが衣擦れを楚々と歌う。
 覗き返してくる女性も同じく動き、白いドレスをふわりと躍らせる。
「でも彼の、わたくしだけを贔屓しない、佇まいが、わたくしはとても素敵だと思うのです」
(「……本当に?」)
 自問は、リアの奥の奥の奥の奥。そう考えた事にさえ、リアも気付かぬくらいの奥の奥。
 故に鏡も応えず、ただリアを写して悲し気に微笑むのみ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

百合根・理嘉
真実の、オレ?
誰にも見せたくない、本性?

まぁ……知っても進むけど
余りに余りな有り様だったら問答無用で殴ろう
殴って破壊して進もう

鏡に映ったのは、大切な相棒で悪友である彼や
引き取って育ててくれた叔父を縊り殺そうとする自分

恍惚としてるのは幸福だから、なんかな

あぁ、そうか――
殺してしまえば、オレの許から去ったりしないもんな
殺害手段が絞殺なのは
愛されたいと願った果てに、オレを棄てた母親が
オレにそうしたから、か……

そっか……
何処まで行っても、愛されたがり、なんだなぁ、オレ
あぁ、こういう時に独りってな、シンドイや

うん……帰ろう
帰るために殴って進もう

映った本性に納得してる自分がなんか腹立たしいから、砕いて進む




 きつく握り込んだ拳を、百合根・理嘉(f03365)は鏡へ叩きつける。
 ひびが入った所へ、もう一押し。力を注ぐと、ばりんと鏡は砕けた。
 一歩を踏み出す毎に、理嘉は鏡を割る。一枚、二枚、三枚、四枚、五枚――繰り返し、繰り返し、目に留まる全てを尽く。

「あぁ、そうか――」
 最初に理嘉を捉えた鏡を、理嘉は感慨なく見つめた。
 真実の自分? 誰にも見せたくない本性?
 知ったとしても、進むと決めて踏み込んだ迷宮だ。鏡像と遭遇するのは必然で、直視する覚悟も決めていたけれど。
「殺してしまえば、オレの許から去ったりしないもんな」
 鏡の中の男は、無体を働いていた。
 大切な相棒であり悪友である彼を。引き取って育ててくれた叔父を――縊り殺そうとしていた。
 大きな手が、命の脈動を断とうとしていた。
 手の甲に青筋が浮いているのは、その手に籠る力の本気を知らしめる。
 それでいて、鏡の中の青年の表情は恍惚としている。ああ、幸せだと。幸せで堪らないとでも言うように!
 ――愛されたいと願った果てに、理嘉を捨てた母が理嘉へそうしたように……。
 鏡の中の青年が、理嘉へ一瞥を放る。
 まるでこっちへ来いと誘うかの如き視線に、理嘉はどうしようもない溜め息を吐く。
「そっか……。何処まで行っても、愛されたがり……なんだぁ、オレ」
 暴かれ、見せつけられたことに怒りはない。
 理嘉はただ坦々と、真実として鏡像を受け止める。
 だって、それが。自分の本性だと、理嘉自身が納得しているのだ。

「あぁ、こういう時に独りって、シンドイや」
 尖った印象を与える面差しに憂いを浮かべ、理嘉は鏡という鏡を砕く。
 例え納得していても――いや、納得しているからこそ腹立たしく、許せぬものはあるのだ。
 一枚、二枚、三枚、四枚、五枚――どこまで続くか分からぬ鏡を、理嘉はがむしゃらに砕いて前へ前へと進む。
 帰る、為に。
 大切な人たちの許へ、戻る為に。
 拳が血濡れるのも構わずに――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

終夜・凛是
鏡の中の、俺は
みちゃ、だめだ…

ほんの少し、気づいてる
でも見ないふり、しているそれをつきつける

……諦めてる、悲しんでる
受け入れて、いる
諦念の、俺

にぃちゃんに受け入れられないと知ってしまった俺
そんな、ことは……ない
絶対に、ない
ない……って思ってるのに、どこかでそう、思っている
隠してる、みないふり、暴かれてる

歯噛みして、目の前の鏡に拳向ける
みたくない、これは、誰にも悟られたくない
俺自身だって、これは見るべきじゃない

諦めを知れば歩けなく、なる
それは、ダメ
俺は、絶対に……にぃちゃんに、会うんだ

だからこの姿は、打ち砕く
こんな俺はいない
どこにもいない
いたとしても心の奥に沈めて、絶対に…
どこにも、出さない




 終夜・凛是(f10319)はピンと尖った狐耳を注意深く欹てる。
 獣の耳は、些細な音の違いも細やかに拾い分ける――そう信じ、熾火のような瞳を瞼の奥に封じ込め、光が乱反射する世界をそろりそろりと歩く。
 垂らす尻尾も直立を計り、視界を閉ざした凛是の歩みを助けてくれる。
 けれど、どろりと精神を溶かすような甘い囁きだけは防げない。

『これに写るあなたは、真実のあなた。誰にも見せたくないと願う、あなたの本性』
『これに写るあなたは、真実のあなた。誰にも見せたくないと願う、あなたの本性』

 壊れた機械のように繰り返される聲に、凛是は自身を暗がりに閉ざす瞼に力を入れた。
 ――鏡の中の、俺は。
 拾うはずのない『光』の感触が、凛是の肌を泡立てる。
 ――みちゃ、だめだ……。
 鋭い矢のように、『鏡』の存在が凛是の心を穿つ。
 見えなくても、視得ている。
 そこにどんな自分が写っているのか、凛是は識っている。

 力なく耳を萎れさせ、だらりと尻尾を垂らし。背中を丸めて縮こまった狐が、肩を震わせている。
 鳴き声も、泣き声もあげていないのに。
 無言の背中が、諦めていることを、悲しんでいることを物語っている。
(「受け入れて、いる」)
(「諦念の、俺」)

 灰色の毛並みが、遠ざかっていく。
 追いかけても、追いかけても、届かない。
 石に躓き転んでも、手を差し伸べてなどくれない。どころか、振り返りもしてくれない。
 ――にぃちゃんは、俺を。受け入れて、くれない。
「そんな、ことは……ない」
 必死に這って、ようやく手を伸ばす。
 灰色に指が触れそうになった瞬間、立派な尾は希求を振り払う。
 ――にぃちゃん、は。俺を、……。
「ちが、う。そんなこと、絶対に、ない」

 否定を紡ぐ唇が、戦慄く。
 『ない』と発する度に、爪を剥き出しにした手に心臓を鷲掴みにされたみたいに、凛是の胸はぎりりと痛んだ。
 己の嘘を、暴くように。
 隠している『みないふり』こそ、現実だと突き付けるように。

「っ、」
 独り静かな道行きの中、不意に凛是は歯噛みした。
 そして込み上げた衝動の儘に拳を固め、突き出す。
「これは、見るべきじゃない」
 鏡があげた甲高い叫び声に、凛是は瞳を開く。散った破片も見ない。駆け出しながら、焦点も定めずに拳を繰り出し、姿を捉えられる隙も与えず鏡を砕く。

 ――みたくない。
 ――これは、誰にも悟られたくない。
 ――俺自身にも!

 諦めを知ってしまえば、歩けなくなる。前へ進めなくなる。
「それは、ダメ」
 全てを見失ってしまう。凛是の世界は閉じてしまう。
「俺は、絶対に……にぃちゃんに、会うんだ」

 走馬燈のように、鏡が流れてゆく。
 その一つ一つに結ぶ像を、凛是は形が持つ意味を認識する前に打ち砕く。
 項垂れる自分は、どこにもいないのだと。
 諦念に憑かれる自分など、絶対に存在しないのだと。
 ――もし、いたとしても。
(「心の奥に、沈めて。絶対に……」)
「どこにも、出さない」

 内に猛る紅蓮は、嵐の気配。
 されどその全てに封をして、妖狐の少年は惑いの世界の終わりまで直走る。
 惑いなど、ありはしないのだと。言い聞かせることそのものが、惑いの存在証明になっていることになど気付きもせずに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジナ・ラクスパー
…やっぱり、思った通りなのです

目の前に現れたのは、無知で無邪気な私
幸せな森の郷という箱の中
何の疑問も抱かず、本を読み、動物たちと遊んで
…褒めそやされるまま、楽しそうに魔法で武具を編み上げて
それが作り出す凄惨な風景を知らずにいた
戦いの厳しさからは遠ざけられ、現実を伏せられたまま
ー…ううん、違います
私が知ろうともしなかっただけ

気にかけていなければ、まだ手が届く筈の誰かの何かをまた見逃しそうで
お節介なんて言われるのはきっとそのせい
それでも、貴女に戻るよりはずっとましです
今は武器を手に、頑なに
声にも姿にも目を逸らさず進む
後悔、怒り、羞恥
全てを知った時と変わらない感情に
震える心をただ強く握り締めて




 外には炎の雨が降っている。
 雷の槍が天と地を貫き穿ち、血臭を帯びた風が乾いた世界を舐めている――にも関わらず。
 深い森の奥には穏やかな静寂があった。
 葉ずれの歌を軽やかに謳う常緑樹に背を預け、柔らかな草の上に腰を下ろした少女は、その箱庭の主。
 読んでいた本を閉じた少女の瞳は、物語の世界に浸ってうっとりと夢見心地。ふふ、と口元に余韻を描きながら、肩に乗っていたリスに頬擦りをする。
 そんな少女の丸い膝へ、一羽の赤い小鳥が舞い降りた。
 ちゅぴぴ、ちゅぴ。餌をねだる囀りに気付いた少女は、指先で中空をつつっと掻く。生まれた風の軌跡に、不可視の刃が跳ねる。それは頭上の紅い果実をぷつんと捥いだ。
『  』
 落ちて来た果樹を両手で受け止めた少女は、赤い小鳥へ紅の実りを差し出し。何かを思い出したように一枚のメモを傍らから拾い上げると、いそいそと魔法を編み上げ始めた。
 まるでタクトを振る指揮者のように、理を超えた力が見る間に結実する。最初は、槍。次は剣に、赤い宝玉を戴く杖。
 幼子が積み木で戯れるが如く、少女は楽し気に破壊の礎たちに形を与えていく。
 膝で紅を啄む小鳥の赤が、徐々に深く濃いものになっているのに少女は気付かない。例えるならば、それは乾く間際の血の色。
 そして実が捥がれて出来た隙間から落ちる木漏れ日に、炎の気配が兆していることも。
 少女を抱く森の腕は、無知の檻。
 仮初の安寧にくるまれた少女は、無邪気に微笑み続ける――……。

「……やっぱり」
 思った通りなのです、と。鏡と向き合ったジナ・ラクスパー(f13458)は眉根を寄せて重い息を吐いた。
 これは間違いなく、ジナ自身。幸せな森の郷という匣の中、褒めそやされるままに魔法で武具を編み上げていた頃の。
 『其れ』が如何なる光景を生み出すものなのかさえ、知りもせずに。
 遠ざけられていたのだ。現実も伏せられていたのだ――でも、それは言い訳に過ぎないことを今のジナは知る。
 優しさだけを享受して、その向こう側を知ろうとしなかった事はジナの罪。
「――」
 ジナはそっと鏡へ手を伸ばし、微笑む少女の輪郭を辿る。指先の動きに合わせ、熱のない鏡面に曇りが走った。残った指紋が、無垢な少女を汚す。
 でも、それでいい。
「貴女に戻るよりはずっとましです」
 甘受するばかりの時は既に去った。今度は自ら手を伸ばす番。『知る』為に、気を配る。手が届く筈の誰かの何かを、再び見逃すようなことにならないよう。『お節介』なんて言われるのは、きっとそのせいだろうけれど。それで、いいのだ。そう、在りたいのだ。
 声からも、姿からも。あらゆる『現実』からジナは目を逸らさないと、耳を塞がないと決めたから。
 腰に携えた剣の柄をぎゅっと握り、ジナは鏡へ背を向けた。
(「私は、――」)
 掌に蘇った肉を貫く感触を敢えて反芻し、ジナは光で満ちる鏡の世界の終わりへ進む。
 ――後悔、怒り、羞恥。
 全てを知った時と変わらない感情に、心はまだ震えているけれど。その心を強く握り締め、ジナの眼差しは切り開く未来を視る。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フランチェスカ・ヴィオラーノ
父様の血を啜ってしまった時の私
母様そっくりの妖艶な笑みを湛えて

『本当は父様の心を取り戻したいなんて、思っていないくせに』
何言ってるの?そんなことあるわけ…
『だって、父様の心が戻ったら。離れていってしまうかもしれない』
…そんなのわかってる。私が父様に望まれて生まれた子じゃないってことくらい
それでも、心を殆ど失っていても優しい父様が大好きだから
『大好きだから――父様の全部が欲しい』
違う!
『父様の血は、とっても美味しかったものね』
やめて!そんなこと、思い出したくないの…
『所詮、母様と同じ』
違う、違う、違う…私は母様とは、違う…
『人間になどなれないわ。アハハ!』

吸血姫の笑いがこだまする




 白磁の肌に、ねっとりとした血の赤はとても良く映えている。
 そっと指先で口元を拭った少女は、その美しい赤に見入ったように菫色の瞳をうっとりと細め――蠱惑的に、微笑んだ。
『    』
 血濡れた唇が、恍惚と謳う。
 啜ったばかりの父の血の味に、酔い痴れて。
『本当は父様の心を取り戻したいなんて、思っていないくせに』
「っ!?」
 豪奢な銀の薔薇で縁どられた鏡の中から、母親そっくりの笑みを浮かべた己に語り掛けられ、フランチェスカ・ヴィオラーノ(f18165)はびくりと肩を跳ねさせた。
「何、言ってるの?」
 カタカタと指先が震え出す。
「そんなこと、あるわけ……」
『だって、父様の心が戻ったら。離れていってしまうかもしれない』
 懸命に絞り出した否定を、ヴァンパイアを母に持つ娘が軽やかに嘲り、見透かす瞳でフランチェスカの心を射抜く。
『ねぇ、そうじゃない?』
 甘い囁きに、フランチェスカの視線が足元へ落ちた。
 震えていた指先は、スカートの裾をぎゅっと握り締め、血の気が失せた白に染まっている。
 だってそれは真実。
 鏡なぞに指摘されずとも知っていたこと。
「……私は、父様に望まれて生まれて来た子じゃないってことくらい。わかってる」
 人間の父。ヴァンパイアの母によって籠絡され、城に幽閉され、人形のようになり果てている父。
 そんな父が、心を取り戻したとして。その温かい腕で、フランチェスカを抱きしめてくれるだろうか? 母の血を引く自分を。
 答は、容易に想像できてしまう。
 それでも、それでも。フランチェスカは父親のことが大好きなのだ。心の殆どを失ってなお優しい父親が、好きで好きで堪らないのだ。
『……血を、吸いたいくらいに、でしょう?』
「違う!」
『大好きだから――父様の全部が欲しいのでしょう?』
「違う!!」
『父様の血は、とっても美味しかったものね』
「やめて!!!!!」
 ローズブラウンの髪を振り乱し、フランチェスカは血色に艶めく唇の囁きに抗う。
 ――やめて、やめて。
 ――思い出したくないの、そんなことは。
 けれどフランチェスカの喉はごくりと鳴る。
 違う、違う。これは、血を欲したわけではない。ただ、乾いてしまっただけ。叫びが、閊えてしまっただけ。
『所詮、母様と同じ』
「違う違う違う、違う……私は、母様とは、ちが、う……」
 ダンピールの少女の否定に、鏡の中の血濡れのフランチェスカがにぃと口の端を吊り上げた。
『理解なさいな。あなたは人間などなれないわ』

 アハハハ!!!!!
 吸血姫の哄笑は、鏡の世界にいつまでもこだましていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
それは何か、と思い至る前に
そんな物は、と掻き消す前に
映る物を眸が捉えれば 息を飲んで

そうだ僕は――
ずっとはない、と解ってはいる
誰かが揶揄した様な狂人では無いから
友人も 物語も
全て想像の物で有る事を知り乍ら、
見ない振りをしているだけだ

そうして、想像や物語に傾倒するのは
友人との別離を迎える事が出来無いのは
その方が酷く都合が良いから
世界が、現実が、どうしようもなく
疎ましくて 仕方ないから
想像を解さなかった人達も 僕は

――違う、
滲むインクの様な厭世観に、首を振る
世界にも『想像以上』の事はある
僕は、現実を愛せる筈だ
――だから、此は違う
悲惨な展開に眸を背け頁を捲る様に
唯足早に 通り過ぎる

見ない振りをして、




 世界に飽いた目をした男が、ライラック・エアルオウルズ(f01246)のことを見つめていた。
 よくよく見知った顔だった。
 いや、見知ったなどというものではない。
 朝、目覚めて。向かった洗面台で一日の最初に見る顔。
 就寝前に、歯を磨く時にも見る顔。
 他でもない、ライラック自身の顔。
 その瞳が、紫の双眸が、ライラックを――世界を胡乱げに見つめている。
 ――それは、何か。
 思い至るより早く。
 ――そんな物は。
 そう掻き消すより先に。
 ライラックは、息を飲む。

(「そうだ僕は――」)
 どれだけ望もうと、永遠などないことはライラックだって分かっている。だってライラックは、世間が面白おかしく囃し立てるような狂人ではないのだ――喩え、そうである風にライラックが振る舞っていても。
 目に見えぬ友人たちも。
 傾倒する物語も。
 全てが想像の産物であることを知っている。知ったうえで、見ないフリをしているだけ。
 何故なら、その方が酷く都合が良いのだ。

 ――世界が。
 ――現実が。
 ――どうしようもなく、疎ましい。
 ――要らない、要らない、要らない。こんな世界は、現実は。

(「想像を解さなかった人達も 僕 は」)

「違う」
 かは、と。吐息に血を混ぜる心地で、ライラックは喉から『言葉』を絞り出す。
「違う」
 鏡の向こう、滲むインクの様な厭世観の塊を、首を振って否定する。
「違うんだ。この世界にも『想像以上』に事はある……っ」
 鏡の中への訴えかけは、そのままライラックへ反射されるもの。まるで、光のように。
「僕は、現実を愛せる筈だ」
 ――筈、だ。
 だから、此は違う。
 違う、違う、違う――。

 ぱたり、と何処かで分厚い本の表紙を捲る音がした。
 そのまま暫し。けれど不意に足早に。頁は、読まれることなく次へ次へと送られてゆく。
 悲惨な展開から眼を背けるが如く。
 見ないフリをする為に。
 はらり、はらり。
 ぱたり、ぱたり。
 ぱた、ぱた、ぱた、ぱた。
 いつしか足音へと代わったそれは、ライラックの靴が奏でるものだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

キトリ・フローエ
誰にも見せたくないあたし?
…そうね、あたしはひとりが嫌
ずっとみんなと一緒にいたい
ひとりは寂しいわ。だって誰も答えてくれない
どんなに辛くて泣き叫んでも、誰も涙を拭いてくれない
冷たくて暗い、永遠の夜を彷徨っているみたい
そんな弱いあたしをみんなに見せたくないのも本当よ

でも、だからって何?
少し覗き見したくらいで、あんた達にあたしの何がわかるっていうの?
これを見たあたしが先に進めなくなると本気で思ってたの?
残念、少し遅かったわね
『今』のあたしは、ひとりじゃないってちゃんと知ってるんだから

真っ直ぐに精霊銃を構えて、全力で力を解き放つわ
氷の礫に雷の力、それとも炎がお好み?
ひとの心を覗き見る悪い鏡はお仕置きよ




 今にも綻びそうな百合の蕾。その先端をちょっと掻き分け、中を覗き込んだ少女はしゅんと肩を落として翅を萎れさせる。
 大きく膨らんだ蕾は、誰かが隠れていてもおかしくないのに。探しても探しても、どの中身も次代の命の兆しだけ。
 それでも――と。一縷の望みにかけた蕾は、赤子の頬のような柔らかな紅色。
 導かれた素敵な予感の結果は、然して同じ。強いて変化を上げるなら、ぷくんと膨らんだ頬を、悪戯を咎めるように緑の葉の先端がつついたくらい。
 空には無数の星が、歌うように瞬いている。
 地上には目覚めを待つ色とりどりの蕾たち。
 とても賑やかなのに、世界は酷く静かで心許なくて――。
『ねぇ』
 オーロラを映したような翅で冷たい夜気を叩いた少女は、ふわりと舞い上がり、がむしゃらに翔け出す。
『ねぇ、誰か!』
 誰でもいい。誰でもいいから答えて欲しいと少女は喉を枯らして叫ぶ。
『ねぇ!』
 一人は寂しい。みんなと一緒にいたい。
 知らず溢れた涙は誰に拭われることもなく、夜露となって蕾に注ぐ。

「でも、だからって何?」
 鏡が映す永遠の孤独に、キトリ・フローエ(f02354)はふんっと鼻を鳴らしてふんぞり返った。
 確かに、キトリはひとりが嫌いだ。
 そんな弱い自分を皆に見せたくないのも、本当だ。
 迷宮の鏡たちは、的を射ている――しかし。
「少し覗き見したくらいで、あんた達にあたしの何がわかるっていうの?」
 つんと突き出した指先で憐れな鏡像を指差し、キトリは眼差しに揺るぎない強さを煌めかせる。
 鏡が写し取るのは、真実。されど人間は一つの真実のみで構築されるものではない。
 弱い寂しがり屋が本質に居たとしても、キトリを包む現実が彼女をひとりぼっちにするとは限らない。
 ――そうだ。
「残念、少し遅かったわね」
 可憐な貌に不敵な笑みを浮かべて、キトリは精霊銃を構え。
 一人、一人。名前を呼ぶ。
 それは応える声を求めるのではなく、キトリ自身の内に根付いた存在を確かめる為。
「『今』のあたしは、ひとりじゃないってちゃんと知ってるんだから」
 今のキトリはたとえ『一人』であっても『独り』ではない。いつも皆が一緒にいてくれる。孤独に彷徨い泣く事はない。帰る場所がある。出迎えてくれる――笑い合える人たちがいるのだ。
 だからキトリは躊躇わない。
「氷の礫に、雷の力。ううん、それより炎かしら? ねぇ、あなたはどれがお好み?」
 広げた翅に光を集め、自身の力に換えたように。キトリの内が満ち、外にも漲る。
「ひとの心を覗き見る悪い鏡はお仕置きよ」
 精霊銃より放たれた奔流は眩しく、強く。今のキトリの心の在り方そのものを映したかの如き一撃に、彼女を取り巻く鏡は瞬く間に四散し、新たな道を希望の瞳に示した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルベル・ノウフィル
wiz
鏡に見える
夜な夜な啼く死霊達の声に共感し
過去を想い、理不尽な世を厭い、現実から逃れ、
こんな人生をさっさと終わらせてしまいたいと思っている僕
そう、こんな世を生きるというのはとても億劫なものでございます
ゲームをリセットするように人生に幕を引き
魔導機器のスイッチを切るように心を消して無に帰したいと

あの鏡に在るのは恥ずかしい僕でございます
惨めで、ちっぽけで、情けなき姿
在るがまま僕は受け止め、自覚しましょう
僕は自分が恥ずかしい生き物だとわかっております

主を守れなかったあの日から、僕はずっと生き恥を晒しているのです
が、僕は進みましょう

僕には誓いがございます
己を顧みず、この生命の残りは人々のためだけに




 小柄な体躯の少年が、夜の片隅で膝を抱えて蹲っていた。
 彼の手には鏡刃の短刀が一振り。じぃと覗き込む少年の瞳は昏い。
 重い空気が少年に纏わりついている。不可視のそれらは、しかし少年の耳元へ囁く。
 現世への怨嗟を、果たされたかった夢を、残して来たものへの無念を、悔恨を――。
『   』
 小さき聲にも、がなり立てるような聲にも。聞き落しなどしないのだろう少年の、頭上の白い獣の耳が一つ一つにぴくりぴくりと欹ち動く。
 そしてますます少年の表情は重くなる。まるで目の前が閉ざされてしまったように。
 内へ内へと籠もる少年の心には、聴こえる死霊たちの聲がよく馴染む。
 未来も、現在も、必要ない。
 だって世界は理不尽だらけ。
 振り返られる日々にのみ安息はある。
 ――だから。
 少年の眼差しが、明らかな意図を孕んで鏡刃へ注がれた。
 こんな世を生きるのは、ただ億劫なだけ。
 飽きたゲームをリセットするよう、人生に幕引きをして何がいけない?
 虚ろな瞳が、厭世に哭く。
 魔道器具のスイッチを切るように、心を消して無に帰したいと希っている。

「惨めで、ちっぽけで、情けなき姿」
 鏡の中。蹲って動かぬ少年の姿を、ルベル・ノウフィル(f05873)は冷めた瞳に映す。
 あれは自分。
 恥ずかしくて堪らない己の本性。
 ともすれば誰の目にも触れさせないよう覆い隠したくなる姿を、然してルベルは淡々と眺めて受け止める。
 否定はしない。できない。
 だってルベルは、自分自身が『恥ずかしい生き物』だと解っているから。

 ――僕は。主を守れなかったあの日から。ずっと生き恥を晒しているのです。

 消えぬ吸血鬼の記憶。猟兵となったきっかけの出来事。
 始まりは、恥から。
 ならば何を恐れる必要があるというのだ。
「僕は進むのでございます」
 最後に一瞥、蹲る己へ色のない視線を放り。ルベルはしっかりとした足取りで鏡の中を歩き出す。
 ルベルの胸には誓いがある。
 その誓いを破らぬことが、ルベルの矜持。己の真実よりも大事なこと。

 ――己を顧みず、この生命の残りは人々のためだけに。
 ――僕は、ただそのためだけに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リアヘル・タクティシェ
【POW】
グリモア猟兵の予知通りなら
この鏡はオブリビオンだ
オブリビオンであれば殲滅する
手榴弾を投擲しつつ手近なものは刀で破壊する
手榴弾が切れたら弓を使う
矢が当たれば鏡も割れるだろう
もっと対物装備を持ち込むべきだったな
他の猟兵なら鏡の破壊程度に苦労しないのだろうが

真実の俺
俺の本性なんて
理解り切っている
家族がヴァンパイアに殺された日
グリモアで逃げ出した弱い臆病者が俺だ
その後もオブリビオン相手にみっともなく這いずり回った
俺が復讐したいのは故郷を滅ぼしたヴァンパイアではなく
あの日無力だった俺自身だ
あの頃と本質的に俺は何も変わらない
だから鏡に写っているものなんて見るまでもない
だからすべての鏡を破壊する




 重い甲冑に全身を包んだリアヘル・タクティシェ(f13977)は、無造作に手榴弾を放った。
 光が炸裂し、風が巻き起こる。無数の鏡が瞬く間に砕けた。
 しかしリアヘルは欠片へも容赦しない。姿を写し取るに十分なものへは、抜いた刀を閃かせる。
 一閃、二閃、三閃。
 無銘の打刀は、刃毀れを恐れることなく鋼が微塵になるまで斬って斬って、斬る。
 手榴弾が尽きれば、次は弓と矢だ。
 戦場で扱いやすいよう、大きさを調整したロングボウはリアヘルの手によく馴染み、無駄な動きを一切要せず、思い通りに矢を放つ。
 鏃が鏡を砕けば、また同じ。
 まるで嵐を起こすが如き剣閃が、鏡を粉々にしてゆく。
「もっと対物装備を持ち込むべきだったな」
 視認し得る鏡という鏡をリアヘルは無感動に蹂躙しながら進む。
 この先に待つのはオブリビオン。ならば、ただの仕掛けだろうが手心を加える必要性は爪の先ほども感じない。
 ――それに。
(「真実の俺?」)
 表情を窺わせぬ兜の下で、リアヘルは鼻を鳴らす。
 わざわざ見せられずとも、リアヘル自身が自身の真実を誰より知っている。
 それは、家族がヴァンパイアに殺された日。持つ力を使い、逃げ出した弱い臆病者。
 しかもその後も無様の極み。
 抗うのではなく、リアヘルはオブリビオン相手に這いずり回ったのだ。
「俺が復讐したいのは故郷を滅ぼしたヴァンパイアではなく、あの日無力だった俺自身だ」
 故に、リアヘルは歩みを弛めることなく前へ前へと進む。
 あの日と本質的には何一つ変わらぬ自分を、鏡に気取られぬよう。
 破壊して、破壊して、破壊して、破壊の限りを尽くし復讐騎は征く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

彼者誰・晶硝子
真実の、自分…
鏡に、ひたりと手を合わせる
冷たくて固い、わたしと、同じ
真実の、ほんとうの、わたし
それは、この鏡と同じ、かも知れないな…

わたしは、わたしという個人が分からない
ずっと、ただの石だった
祝福を求められて、祝福を返す
笑顔には笑顔を返し、涙には涙を流し
生きたい人には生きる希望を
死にたい人には死の救いを
ただの石だったから、言葉はなかったけれど、望みを望むまま与えることこそが、祝福になるのだと
祝福とは、そういうものだと…

祝福といいながら、祝福を分からないわたし
わたしを分からないわたし
からっぽの、写し鏡
それが、きっと、見られたく無い…のかしら
それも、分からない…

いつか、分かるようになる、かしら…




 硬質な指先が鏡像と彼者誰・晶硝子(f02368)を繋ぐ。
 ひんやりと冷たい感触が、伝わってくる――けれど、それが自身そのものの熱なのか、それとも鏡のものなのか晶硝子には分からない。
 全身を写す大きな鏡。
 額を寄せて覗き込んでも、そこに居るのはただの晶硝子。
 光宿せしクリスタリアンの聖者。
 『在る』だけで人々を救う者。
 ――真実?
 何処か違いはないだろうかと、晶硝子は鏡像の自分をじっと見る。
 ――ほんとうの、
 すると鏡像も全く同じ仕草で晶硝子を見つめる。
 瞳に輝く星の瞬き、揺らぐ虹の色彩さえ同じ。何もかもが同じで、変わりは微塵もない。
 ――わたし?
 晶硝子が首を傾げると、視線を見交わす相手もことりと首を傾げた。
 鏡像なのだ。在りのままを、在りのままに写し取る。個の差異など在りはしない――在りはしないのが、当然なのだ。
 祝福を求められれば、祝福を返し。
 笑顔には笑顔を、涙には涙を。
 それはまさしく晶硝子の在り様そのままだ。

 ――生きたいと望む者へは、生きる希望を。
 ――死を欲する者へは、死の救済を。
 ただ祀られた石として。言葉なく、望みを望むままに与え続けてきた。
 そうすることが祝福になるのだと。祝福はそういうものだと信じて――。

(「……信じて?」)
 過った不確定事項に晶硝子は長い睫毛を波打たせて瞬いた。
 信じる為には、心が要る。果たして自分の硬質な内側に、それは存在しているのだろうか?
 ――祝福を。
 人々に光を齎しながら、晶硝子は祝福を知らぬ。
「わたしを分からない、わたし」
 呟きに、鏡像も唇を動かす。
「からっぽの、写し鏡」
 ふぅと寄せた吐息に、けれど鏡は曇らず。変わらず晶硝子を写し、映す。まるで鏡そのものが、晶硝子とでも言うように。
「それが……これが。見られたくない、わたし?」
 晶硝子が問い掛けると、鏡像もまた問い掛ける。
 合わせ鏡の尋ねは、無限に繰り返されながら永遠を彷徨う。

 もし、いつか。
 発した言葉の意味を。晶硝子が『晶硝子』という個を理解する事が出来たなら。答は齎されるだろう――しかし。
「いつか、分かるようになる、かしら……」
 可能性の分岐の果ては、未だ晶硝子にも鏡像にも見通せぬ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーナ・リェナ
鏡に映ってるのはルティール・ラ・イーファ
虚ろな昏い緋の瞳に星の闇を吸った翅は昔のわたし

七色の翅が珍しかったから捕まえられて、飼われて
いつしか色を失ってからは都合のいい道具にされて
……ほんとはただの、透明な翅なんだけどさ
あの人が来てくれるまで、鳥籠の外の世界は怖いところだった

イーファはたしかにわたし
わたしの一部だよ
でも、今のわたしはそれだけでできてない
物珍しい道具としてじゃないわたしを呼んでくれるみんながいるから
イーファがいるから今が楽しい、大切だってよくわかるんだ
だから……ばいばい

鏡を割って一歩を踏み出すよ




 緋色の深淵が、眼窩にぽかりと嵌っている。
 外へ飛び立つことを封じる鳥籠の中で、鳴かぬ小鳥は虚ろな視線をただ彷徨わせるだけ。
 だって外の世界は、怖いところ。
 ここを出ては、生きてゆけない。
 鳴かぬ小鳥は、薄い翅に星の闇を吸って俯く。
 それはルティール・ラ・イーファ。
 七色の翅を珍しがられ、捕らわれ、飼われた妖精。
 色を失ってからは、都合の良い道具にされたモノ。
 羽搏きを知らぬ、臆病で憐れなイキモノ。

「……確かにね。あの人が来てくれるまで、鳥籠の世界は怖いところって思ってた」
 乱反射する光を薄翅で虹色に照り返させるルーナ・リェナ(f01357)は、大きな鏡の、中ほどくらいにぺたりと両手をついて、映されるものをじぃっと見入る。
「イーファはたしかにわたし」
 翅だって、本当な虹色じゃなくて。光を美しく跳ね返す透明なだけ。
 特別なんかじゃ、なかったのかもしれないけれど。
「イーファはわたしの一部だよ」
 見せつけられた『真実』をルーナは穏やかに受け止めた。
 否定を叫ぶ必要はない。今のルーナには、物珍しい道具としてではなく、ルーナを『ルーナ』として呼んでくれる『みんな』がいるのだ。
 外だって、怖くない。
 好奇心に任せて、何処まででも翔んでゆける。ラズベリー色の瞳を輝かせて、仲良くなった人の頭に乗って――。
「あのね、イーファ。今のわたしはそれだけでできてない――けど」
 泣きもせず、視線を何かに定めることもなく。ただ空虚な妖精へルーナは微笑み、額をこつりと鏡へ寄せた。
「あのね。イーファがいるから今が楽しい、大切だってよくわかるんだ」
 鏡像は微笑まない。
 鏡像は返さない。
 けれどルーナは一切の否定を紡がず、在るが儘を受け入れ、心の内側に抱き留めて――。
「だから……ばいばい」
 ――最後は思い切りよく、赤く燃えるドラゴンが姿を変えた槍で鏡を貫いた。
 緋色の穂先に、囚われの小鳥が砕ける。

 さよなら、イーファ。
 わたしはルーナ。
 知った世界に歩みを止めぬ妖精。

大成功 🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
夢のような幻を見せられ
己の姿が嫌でも目の端にちらつく
視界にいれていないのに記憶に焼き付く
造形が視覚化されるかのように

眉を潜めて歯を食い縛りその虚像を消し去ろうと
思考の端に追いやろうとしていたのに
鏡に写る自分の姿がそれを許してくれない

届いた声に嫌な汗が首筋を伝う

見なければいいのに
視線はあがる
鏡の自分を捉える


──化け物だ


醜い醜い生き物
全身が獣の体躯

獲物を狙う様爛々と揺らめく青の瞳
牙の隙間から唾液が流れて
広げられた黒の両翼

これをどうやったら「人」だと思えるんだ

見たくない
見たくない

消えろ

振り抜いた屠で周囲の鏡を全て割る
化け物が消える

冷たい汗が
流れ続ける

逃げられない、と
どこからか声が聞こえた気がした




 正直、酷い話だと思った。
 なりたいと思う姿を幻影の中に見せておきながら、次は秘しておきたい現実を叩きつけるのだ。
 否が応でも神経はささくれ立つ。
 常から視界に入れないようにしているものまで、輪郭を明瞭に成す。
 或いは視界に入れていないにも関わらず、記憶にまざまざと焼き付く造形が視覚化されてしまったかの如く心を抉ってくる。
 その虚像を懸命に振り払うとして、華折・黒羽(f10471)は眉をひそめ、奥歯をぎりと鳴らした。
 思考の端へ、端へと追いやろうとするのに。
 視界を覆い尽くす鏡が、黒羽にそれを赦さない。
 ちらりと写り込む影が、ほんの断片が、黒羽の意識を奪い捉える。
 ――そして。

『これに写るあなたは、真実のあなた。誰にも見せたくないと願う、あなたの本性』

 甘い囁きに、冷たい汗が首筋を伝った。
 ごくりと喉を鳴らした直後、愚かにも黒羽は逃がした筈の視線の先で、鏡と相対してしまう。
 漆黒に染まる身。
 せめて美しい猫なら良かったものの、それさえ中途半端な紛い物。だって猫ならば、背に烏の羽翼なぞあるはずない。

『これに写るあなたは、真実のあなた。誰にも見せたくないと願う、あなたの本性』
「――化け物だ」
 ねっとりと絡みつく声に、黒羽は吐き捨てる。
 醜い、醜い生き物だ。
 全身が獣の体躯、獲物を狙うように爛々と揺らめく青の双眸。剥かれた牙の隙間からは、たらたらと唾液が滴っている。
 ましてや、翼を広げれば。これは、まるで――。

「見たくない」
 どうしたって『人』に見えもしなければ思えもしない姿に、黒羽は黒の内に潜む黒を抜き放つ。
「見たくない」
 どうして、見せつける?
 どうして、知らしめる?
 これ以上、何を思い知らせようというのだ。
 これ以上なく、知っているというのに。厭うているというのに!
「消えろ」
 振り抜いた宿主に依存し共存する黒剣が、圧だけで鏡という鏡を割っていく。砕け散る甲高い音に、化け物も消え失せる。
 それでも、冷たい汗は止まらない。
 ひたひたと流れ続けて、じわじわと黒羽の身を蝕む。
『逃げられない』
 一歩の度に一枚の鏡を屠る黒羽の耳に聞こえた声は、果たしてただの幻聴であったのだろうか――?

大成功 🔵​🔵​🔵​

レテ・ラピエサージュ
※アドリブ、心抉り歓迎

鏡には『運営特権を盾に罰を下すわたし』
違います!そのわたしはMMOと共になくなりました
キャラデリート=死
…わたしは人を殺した
罪じゃない
運営判断でデリートです

そのとたん鏡に映る顔が空洞になる
わたしはNPC、運営の傀儡

ここにいるわたしなんて嘘のつくりもの…なの?
わたし…
かつてMMOで『忘却』を司りスタートのピストルを鳴らす役だった
でもわたしには忘れる記憶がない

ぴよぴよ!
ひよこさんの声にハッとなる
そうだ
わたしは『わたし』として冒険をはじめたんです
ノービスひよこさんがその証

鏡を見据える
わたしは
特権に思い上がりがちで傀儡
…肝に命じて歩かないと
気を抜けばからっぽに追いつかれちゃいます




 まるで正義の使者だ。
 白い羽根を輝かせ、華奢な体躯の少女は『違反者』の前に舞い降りて、立ち塞がる。
『あなたの行いは基本条項、第七節、第十一項に反しました』
 冷たい音声で、少女は淡々と事実だけを告げる。
 少女を見上げる冒険者の貌が、驚愕から絶望に移り変わることなど気にも留めずに。
『よってあなたをデリートします』
 反論は許さない。
 だって少女は、ゲームを正しく、恙無く、運営する為のプログラム。
『YYYY年MM月DD日』
 電子の音色が刻を紡ぐ。
『00時32分54秒。運営判断により、あなたのアカウントを消去します。以後、あなたは一切の権限を失い、二度とこのゲームにはアクセスできません』

「……違います!!」
 黄泉の琥珀から、明るい水の色へと移ろう髪の。その水色部分を冴え輝かせ、鍵の形へ転じさせた手を『冒険者』の胸へ突き立て、ガチリ。
 蓄積されたデータの全てを消去するプログラムを起動させる鏡像を、レテ・ラピエサージュ(f18606)は必死に否定した。
 違う、違う。
 アレは『運営特権を盾に罰を下すわたし』であり、運営されていたMMOの終了と共に『無くなった』はずのレテ。
 だのに、鏡像は『冒険者』を殺め続ける。
 だってあそこはレテが生きた世界。消し去る事は即ち、死を意味する。
「……わたしは、人を殺した?」
 人の形を成していたデータが、鏡の中で四散する。やめて、やめろ、と叫びながら。
「違う、違う」
 殺める事はルール違反だと、レテは識る。
 でも違う。レテが執行したのは正義であって罪ではない。
「そう。そうです。罪じゃない。運営判断の、デリートです」
 そのはずだ。間違いない。レテは悪くない、悪くない、悪くない――はず、なのに。次の瞬間、鏡が映したものにレテは息を飲んだ。
「あ、」
 そこには、顔のない怪物。
「あ、あ、あ、」
 空っぽの顔をした、意思なきNPC。
「ああああああああ、あっ」
 運営の、傀儡。
「わたし、わたし」
 造り物の電子の付け羽根を懸命に羽搏かせながら、レテは己が身を掻き抱く。
「ここにいるわたしなんて、嘘のつくりもの……な、の?」
 自分自身の存在を確かめる為に、腕に力を込める。しかしそれさえもまやかしなのではないだろうか? データは幾らでも改ざん出来る。喜びも悲しみも、何もかも植え付けることが出来る。書き換えることが出来る。
 わたしは、何?
 わたしは、本当に此処にいるの?
 此処は、何処?
 此の世界は、何?
 そう、わたしは。
 わたしは、レテ。
 MMOで『忘却』を司り、スタートのピストルを鳴らすナビゲーター。
 ノンプレイヤーキャラクター。
 中に『人』などいない。
 黄泉を流れる川の一つの名を冠す、忘却を齎すモノであり。忘れるべき記憶を持たぬモノ――……。

 ――ぴよぴよ!
「、ッ」
 困惑と混乱に囚われた少女は、プログラムから具現化した頭上の帽子の鳴き声に『今』の『現実』を取り戻す。
「そうです。わたしは、」
 ぎゅっと帽子を掴み、レテはぴよぴよ鳴く黄色いひよこの手触りを確かめる。
「わたしは、『わたし』として。冒険を、はじめたんです」
 電子の海から掬い上げられ、少女は目覚めたのだ。可愛らしく鳴くひよこの帽子が――ノービスひよこがその証。

「わたしは、特権に思い上がりがちで傀儡」
 虚無を顔に映す少女を、レテはまっすぐに見据える。
「わたしはそれを肝に銘じます」
 0と1が連なるデータ保存領域ではなく、得た心に自戒をレテは刻み、鏡に背を向けた。
 それでも見渡す限り鏡の世界。
 全てがレテにレテの真実を突き付けるけれど。
 レテは自分の冒険譚へぴよぴよ歩み出す。

 気を抜いてはいけない。
 忘れてしまえば、からっぽの足音は――ほら、すぐそこに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ
埋め尽くす鏡に、鏡
返す光で眩しくて敵わない…筈なのに

己を映している筈のそれは黒々として
ふたつの暗い洞のような卑屈な双眸に
血で汚れた口許は――
突きつけられて止まる呼吸をどうにか飲み下す

反射的に握った拳を抑え
脆い銀の板を砕くのは容易かろうが
…己だからこそ見えているのなら、これでいい
遣り過ごして前へ行けども行けども
埋め尽くすばかりの、ほんとうの

ああ、よく知っている
忘れた日などない
これからも忘れはしない
どこまでも負ってゆくさ
ひときわ大きな一枚へ
押し止めるように冷たい表面に触れる
入った罅から零れた、鋭い一欠片を掌に封じて
牙なら此の身に立てていろ

だから二度と、そこから……ここから出てくるな
……ばけものが




 光と光が交錯する世界。
 通り過ぎてきた白い世界よりなお、色が瞳を突き刺す世界。
 熱なき白は、もはやただの暴力にも似て。人々の内側を暴く――というのに。
『  』
 その闇は、目も眩むような世界にあっても健在だった。
 圧倒的な光の中にあって、たったの二粒。だのに周囲の鮮烈な輝きまでも浸潤するよう、黒々と、重く、歪んで。
 まるでぽかりと口を開けた中身のない洞だ。
 内側で何を育むことなく、慈しむこともなく。そのくせ外界を羨むような、卑屈な黒だけを垂れ流す。
 最も光に掻き消されそうでありながら、むしろ存在を顕わにする黒――双眸は、焦点さえ定めずに。喰らう獲物を求めるようにゆらゆらと蠢く。
 ああ、よくよく見れば。
 黒と黒の中点から、鼻筋を通った下ほどにある口許は。お誂え向きに血に汚れているではないか――。

「、ッ」
 鏡、鏡、鏡、鏡。僅かな通路を残し、四方を鏡に取り囲まれたジャハル・アルムリフ(f00995)は、喉に閊えかけた呼吸をむりやり飲み下した。
 固めた右拳を、左手で抑え込んだのは咄嗟のこと。細い理性の糸が、ジャハルを突き動かした。
 所詮、脆い銀の板。
 砕いて進むのは容易いこと。
 他に見る者がいないのならば、どれだけ写し取られようと構わない。
 一時の嵐を遣り過ごすなど、労無きことだ。
(――本当に?)
 四面楚歌の地を通り抜け、進んだ先はまた鏡。行けども行けども鏡、鏡。前に進めているかさえ分からなくなるほどの鏡たち。
 その全てが――。

「ああ、よく知っている」
 虚ろな視線に絡め取られたように、ジャハルは一枚の鏡の前で足を止め、対峙する。
「忘れた日などない」
 洞の眼がジャハルを見る。
「これからも忘れはしない」
 が、ジャハルは視線を合わせることなく、汚れた口許へ目を遣った。
 そうだ、忘れはしない。
 どこまでも負ってゆく。
 ――逃げなどしない。
 ジャハルの心を嗤うよう、朱に濡れた口許が歪む。何かを喰らわんと、牙を剥く。
「だから」
 虚ろと七彩惑わす視線の交錯は一瞬。
 ジャハルの手が、鏡へ伸びる。押し留めるようにそっと触れただけなのに、びしりと無数の罅が鏡に走った。
 冷たい筈の手触りは、人の体温に似て生温かく。
 然して僅かに毀れた鋭い欠片を、ジャハルは掌中に封じる。
「だから、二度と。そこから……」
 握り込んだ欠片が、ジャハルの肌を突き刺す。ちくりとした痛みは小さいものなれど、尾を引くもの。
「ここから出てくるな」
 ――牙を剥くなら、この身に立てていろ。
「……ばけものが」

 光と光が結ぶ世界。
 ジャハルが零した痛みと苦さを聞く者は、ジャハルただ一人。

大成功 🔵​🔵​🔵​

石守・舞花
スペワが平和になった後、いしがみさん達戦巫女のお仕事はなくなりました
平和に戻ったのは、嬉しいはずなのに
身体に埋め込まれた神石の欠片が、他者の生命を吸いたいと疼くから
あるいは、お役御免扱いされたことに腹が立ったから
ある日『私』は、寝ている兄を殺そうとしてしまって……

いいんです
確かに自分のイヤな面だけど、もう諦めていますから
外の世界に飛び出したのも、オブリビオンを殺し続けることにしたのも、自分と上手くやっていくためなのですから
他者の生を奪い続けるのが『私』なのだと、もう割り切ってますから
だから、いしがみさんは一刻も早くここの災魔を殺さなきゃ

さようなら
帰りたい、帰れない、懐かしい母艦




 慣れない静寂に、小柄な少女はぼんやりと部屋の天井を見上げている。
 きっと大きな戦いの後なのだろう。外には心地よい賑やかさが漂っている気配がある。
 故に、少女の居る部屋の静けさが余計に異常に感じられた。
 血と煤に汚れた戦巫女の装束が、無造作に放られている。それは即ち、もうそれに袖を通す必要がなくなったということ。
『平和って、何ですか……?』
 虚ろな視線が、強化ガラスの向こうの凪いだ宙へ向けられた。
 ――戦いは、終わった。
 それはきっと『嬉しい事』のはずなのに。
 少女はきゅっと眉宇をひそめ、己が身体を抱きしめるように腕を回す。
 身体の内で何かが暴れている――と、少女は感じているのだ。他者の命を喰らいたいと、喰らわせろと、疼いているのだ。
 いや、それだけではない。
 ――どうして?
 不意に少女の眼差しが険を帯びる。磨き上げられた翡翠の勾玉の如き瞳に映るのは、うち捨てられた戦巫女の装束。
 何故、どうして。こんな風に、あっさりと。
 お役御免に。もう要らないと言わんばかりに。
 今までの自分たちは何だったのか。戦いに明け暮れた日々は何だったのか。終わってしまえば、用無しなのか?
 胸に燻るものが怒りなのか、はっきりと理解できぬまま。少女はすやすやと安らかな寝息をたてる少年の枕元に立っていた――。

「……別に、いいです」
 兄を殺めんとする鏡像を見つめる石守・舞花(f17791)の顔は、常とさほど変わらぬ無だった。
 確かに、この『私』は。己のイヤな本質ではあるけれど。そうであることを舞花はとっくに諦めてしまっているのだ。
 自分の内側には、『私』がいる。
 分かっているから、外の世界へ飛び出した。オブリビオンと戦い続けるみちを選んだのも、自分と上手く付き合って行くためだ。
「他者の生を奪い続けるのが『私』……」
 チカリ。鏡と鏡の間を乱反射した光に瞳を射抜かれる眩しさに舞花は目を細め、対峙していた鏡へ背を向ける。
「だから、いしがみさんは一刻も早くここの災魔を殺さなきゃ」
 他に幾つの鏡に見せつけられても舞花の足取りは揺るぎない。まるでここにあるのはまっすぐな一本道であるかの如く、舞花は終焉の地を目指す。

 ――さようなら。
 ――帰りたい、帰れない、懐かしい母艦。

 そこへは戻れない。
 ならば舞花は、進むだけ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

タロ・トリオンフィ
鏡に触れ、その向こうに有るのは過去の占い

僕が示したカードの意味
其れに従い、願った通りの富を得て、恨まれ孤独になった人がいた
恋仇を滅ぼした故に、望んだ愛を失った人がいた
復讐を果たしたのちに処刑された人がいた

それは、きっと分かっていた結末
ただ、彼らが「その先」を願わなかった

たとえば、その時をやり直せるとしても
彼らの問いかけが同じである限りは
僕はきっと変わらぬカードを示すだろう

僕は先を示しその背を押すもの
然しそれは、必ずしも約束された幸いへの道であるとは限らない
迷い人は、幸いを求めて占うというのにね

選び取るのは彼ら自身
たとえ彼らの幸いを願えど、

――僕が示すのは幸いへの道ではなく、ただその願いの写し鏡




 一組のタロットカードが『答』を示す。
 目を輝かせた青年は、幼い頃より傍らにいた女を捨てて利を取った。正しい選択だったのだろう。青年は見る間に巨万の富を得た。されど情を粗末にした男の末なぞ知れたもの。温もり通わぬ金銀に囲まれた男は、人々に恨まれ孤独に過ごす。

 一組のタロットカードが『答』を示す。
 愛する男を手に入れる為、男の傍にいつもいる女へ邪な企みを仕掛けた女は。愛を失った女の邪な企みにより、愛する男を失った。

 一組のタロットカードが『答』を示す。
 悪徳領主に永く虐げられ、親を奪われた男は。滅多に訪れぬ好機に遂に復讐を果たしたが。すぐに囚われ、憐れ断頭台の露と消えた。

 法則に基づき並べられた札からくるりと一枚。
 見目も見事なタロットカードが、求められる儘に『答』を示す。
 されどそれらは、求められたものに対する答え。そこから先は示さぬもの。
 いや、答を求める者が更なる先――結末まで望んだならば、タロットカードは正しく未来を示しただろう。
 ともすれば無慈悲とも思われかねない占い札の様子を、タロ・トリオンフィ(f04263)は鏡に触れて無言で見入る。
 ――もし。
 時を巻き戻し、財を求めた青年や愛を求めた女、復讐を果たさんとする男と再会したとしても。
(「僕はきっと変わらぬカードを示すだろう」)
 得た人の身が、心が幾ら騒ぎ立てようと、タロの本質は変わらない。
 タロは先を示し、その背を押すもの。
 問い掛けが同じであるなら、示す答は変えられない。
 例えそれが、必ずしも約束された幸いへの道でなかったとしても。
「……迷い人は、幸いを求めて占うというのにね」
 矛盾に、白い溜め息が零れる。
 瞳に揺らぐ七色が、憂いに傾く。
 されど、タロにはどうしようもない。タロは鏡に映し取られた通り、ただのタロットカード。
 運命を選び取るのは、占いを求める人々自身。
 タロの『心』はどれだけ彼ら彼女らの幸いを願おうと、タロットカードが示すべきは嘘偽りない答のみ。

 一枚の鏡ごとに、人それぞれの終焉が映る。
 真の幸福を得た者、偽りの幸福から転落した者、様々に。
 それらの間を、タロは曇りない白のローブの裾を引きながら真っ直ぐに歩む。
(「僕が示すのは幸いへの道ではなく、」)
 ――ただその願いの写し鏡
 映す鏡と、写す鏡。合わせ鏡に果ては無い。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雨糸・咲
最初は、普通の鏡だと思った
そこに写った姿は、全く今の自分だったから

不気味に耳を侵食する声にはっとして
傍にある鏡をもう一度見
知らず、僅かに退る

鏡面の向こうの自分が、こちらへ手を伸ばしている
子供のようになりふり構わず泣きながら
必死に何か叫んでいる

何故泣いているのか
何を訴えたいのか
すぐに解った

「自分」を見て欲しいなんて
必要として欲しいなんて
受け入れて欲しいなんて

…そんなこと、望んではだめ
弁えなさい、紛い物のくせに

歯噛みして、低く呻く
足早に鏡の間を通り抜ける
それでも砕けずにいるのは
寂しいと泣くその姿を否定できないからかも知れない

※アドリブ歓迎




 土に塗れた手が、鏡の向こう側から伸びる。
 縋るように何かを掘り返そうとした後なのか、爪の奥まで小石が入り込んだ手だ。
 白く美しい手が汚れるのも構わずに、何を欲したのか。
 きっと欲しくて欲しくて堪らないものなのだろう。頬を伝い続ける涙が、鏡の中の少女の印象を決定づける。
『  』
 少女が、何かを叫んだ。
『  』
 懸命に手を伸ばし、叫んでいる。
 駄々を捏ねる子供のように。なりふり構わず泣きながら、必死に叫んでいる。
『  !』
『  !!』
『  !!!』

「弁えなさいっ!」
 咄嗟に鏡の中の少女を叱咤して、雨糸・咲(f01982)は自分の声の語調の強さに戦いた。
 無造作に光が交差する世界。
 それとはなしに踏み込んで、すぐ傍らに姿を写し取られた瞬間は、ただの鏡だと咲は思った。
 だって装いも、髪の編み方も、飾った花も。全てが今の咲と同じ。
『これに写るあなたは、真実のあなた。誰にも見せたくないと願う、あなたの本性』
 しかし耳より忍び入った呪縛のような甘い声に咲は短く息を飲み、今一度眺めた『己の姿』に唇を青褪めさせた。
『これに写るあなたは、真実のあなた。誰にも見せたくないと願う、あなたの本性』
 内側をどろりと侵食される不快さと『現実』が同時に襲い来る。知らず、僅かに後退ったのは拒絶からか。
 そして咲は、鏡の中の『自分』を叱責していた。

 何故、泣いているかなんてすぐに理解できてしまった。
 何を訴えたいのかも、唇を読む必要さえなかった。
 ――『私』を見て!
 ――『私』を必要として!
 ――『私』を『私』として受け入れて!

「……そんなこと、望んではだめ」
 鼓膜を揺さぶる声なき声に、咲はふるりと首を振る。
 だめ、だめ、そんなことを望んではだめ。
「……弁えなさい、紛い物のくせに」
 今度は噛み殺すように、低く呻いて。咲は咲自身を貶め咎める――いや、貶めてはいない。だって咲は己が誰かを映しただけの存在だと識っているから。
 望んではだめ。
 欲してはだめ。
 だって、だって、だって――。

 深く俯き、咲は足早に鏡の間を通り抜ける。
 どの鏡からも、手が伸びる。
 叫びが聞こえる。
 それでも咲が鏡を砕かないのは。

(「私は、寂しいと泣くその姿を……否定できない?」)

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒門・玄冬
白い、雪のような白髪
果てどなく渇望する空の蒼穹を
映した瞳に逆巻き吹き荒れる風と四散した紫焔

けらけらけら
げらげらげら

怒りから笑う
呪い罵り嘲笑する
為政者も宗教者も殉教者も数学者も
奴隷も乞食も病人も孤児も
俺が俺を認めた瞬間から
世に生き縛られる
クソのようなものは全て気に喰わぬ
狂おしさに歯噛みする
くべて焚いて炎上
地平線の向こうまで燃やし尽くしたくて堪らない

強者には泥を、弱者には鉄火を
右も左も区別無く
老いも若きも御破算だ
握り潰し
踏み潰し
望みは裏切り
願いは敗れる
耳を揃えて引き倒し
一切残らず引き摺り下ろす

それは嫌だぁ?
だったら飛べよ、出来るならな

沈むだけの男に見えるものなんてあるのかね
掴めるものなどあるのかね




 一人の反逆者が、嗤っている。
 けらけらけらと何もかもを嘲笑し。
 げらげらげらと可笑しくもないのに腹を抱えて。
 ナニモノにも汚されたことのない新雪を思わせる白い、白い、白い髪を振り乱し。
 何処までも渇望してやまぬ果てなき蒼穹を映す瞳に、流れに抗い吹き荒れる暴風と、何かの名残のような紫焔を散らし。
 反逆者は、怒りに身を任せて嗤い、笑い――、
『  』
 呪いを吐き、
『  』
 罵りを吐き、
 けらけらけら、と。げらげらげら、と。高らかに嘲笑う。

 正しきを胸に掲げた為政者だろうが。
 尊きに目覚めた宗教者だろうが。
 清き信仰の為に我が身と命を差し出した殉教者だろうと。
 理を読み解かんとする数学者であろうとも、関係ない。
『奴隷も!』
 反逆者は天に指を突き立て、
『乞食も!!』
 乱暴に髪を掻きむしり、
『病人も!!!』
 癇癪を起した子供のように足を踏み鳴らし、
『孤児も!!!!』
 胸を開いて、暴虐を哂い笑う。
 ――俺が俺を認めた瞬間から、世に縛られる。
『クソのようなものは全て気に食わぬ!!!』

 心臓を引き摺り出したい程の狂おしさに、反逆者はぎりぎりと歯噛みする。
 嗚呼、なにもかも気に食わぬ。
 気に食わぬ全てを、くべて、焚いて、炎上させてしまいたい。
 力の限り走って行ける――否、喩え辿り着かなくとも。目に映る地平線の、そのまた向こうまで。燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やして、燃やし尽くしたくて堪らない!!!

 けらけらけら。
 ――強者へは、泥を投げつけよう。
 げらげらげら。
 ――弱者には、鉄火を押し付けてやる。
 右も左も、上も下も、天も地上も、空も海も関係なく。全てを、尽く、区別なく。
『老いも若きも、ご破算だ!!!』
 さぁ、握り潰そうか!
 さぁ、踏み潰そうか!!
 望みは裏切ろう。
 願いは破り捨ててやろう。
 嗤い哂い、笑う反逆者の手が伸びる。
 耳を揃えて引き倒し、慈悲の欠片も慈愛の名残も、未練の欠片さえ抱けぬように、残せぬように、引き摺り下ろす。

『それは嫌だぁ?』
「……黙れ、」
『だったら飛べよ、出来るならな』
「お前の出る幕はない」
 黒き門番は、白き囚人を細い細い、今にも断ち切れそうなほどに細い意思の糸で封じ込める。
『沈むだけの男に見えるものなんてあるのかね』
『掴めるものなどあるのかね』
 耳を塞いでも、目を閉ざしても。笑い声が追って来る鏡の世界を、黒門・玄冬(f03332)は理性という理性を懸命に搔き集め、必死に、往く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
甘やかな声が耳に胸に響く中
意識を奪われぬよう足を早めて先へと進む

然れど正面
道を見失ったかの如く立ち塞がる姿見
無数の反射に惑わされたかと
息を吐いて踵を返し掛け

――…、

微かに眉を顰めたのは
眩さの所為ばかりではなく
映し出された己が
日頃湛えている笑みも浮かべず
いろの無い眼差しで何かを睥睨していたから

足元に散らばるのは数多の羽根
羽毛が千々に飛び散り
所々赤黒く穢れている
男は、何の感慨も無く
感情も滲ませずに踏み拉いて
ただ其れらを見下ろしている

視線を上げたのは、鏡か、現の私か
何方が先だったのだろう
鏡なのだから同時の筈だ、と分かっていても
分け隔てたいと希ったのは無意識のうちで

交わる視線
鏡の中の己が、ひそり嗤った




『これに写るあなたは、真実のあなた。誰にも見せたくないと願う、あなたの本性』
 振り払えども、振り払えども。
『これに写るあなたは、真実のあなた。誰にも見せたくないと願う、あなたの本性』
 毒を持つ甘い響きは、耳に、胸に忍び寄る。
『これに写るあなたは、真実のあなた。誰にも見せたくないと願う、あなたの本性』
 意識を絡め取られそうな感覚に、足は自然と早くなる。
 右と左を隔てる鏡は、見なければいい。
 只管に道に沿い、前だけを向いて進めばいい――けれど。
「――っ」
 道行きを阻むように、正面。聳える壁の如き鏡が、都槻・綾(f01786)の前に。
 初めは、ただの白。乱反射する光に惑わされたのかと思った。
 故に、踵を返そうとして。閃く衣の裾が落とした影に、綾は視た。視えてしまった。

 まずは足元に散らばる、数多の羽。
 雪原のように、無垢に広がる其れを、誰かの足が踏み拉く。
 所々目に留まる穢れは、赤黒い。何かを彷彿させる、命の色だ。
 無遠慮な足に、羽が散る。千々に、散る。憐れに、散る。
 その動きにつられて視線を上向けると、無体な振る舞いを繰り広げる誰かの全容が明らかになった。

「――……、」
 綾は、言葉なく眉を顰める。
 そこにいたのは、間違いなく己。鏡に写し取られた自分自身。
 しかし日頃讃えている優美な笑みの気配はなく。代わりに、『いろ』の無い眼差しが、世界を睥睨していた。

 いろなき男の視線が、足元へ落ちる。
 再び、羽が踏み拉かれる。
 綾の視線も、自らの足元へ落ちる。
 何もない――はずなのに、交錯する光が羽のように見えた。

 周りの光に塗り潰された綾の表情からは、想いが読み取れぬ。
 あるのは、沈黙。
 最早、甘い声さえ聞こえない。

 ゆるり、と。男たちの視線が動く。
(「――何方が、先か」)
 同じ『いろ』の視線を交差させて、綾は思う。
 所詮、鏡像なのだから。同時である筈なのに。
 鏡と現との境界で、分け隔てたいと希ってしまったのは――無意識の願望。
 あれは、自分ではない。
 自分とは異なるモノ。
 別の魂を得た、違うヒト。
 そんな綾の奥底を見透かしたように、鏡の中の男がひそりと嗤った――気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

泉宮・瑠碧
真実の、自分…
…嫌という程、知ってはいる…多分

鏡に映るのは、案の定

暗闇の中で独り
怖い、悲しい、苦しい…
そう、耳を塞いで、瞳を閉じて
震えて蹲って
ただ、泣く、私

温かな何かが横切っても
怯えるだけで、何も見ず、聞く事も無い
…そうすれば、これ以上
傷付く事は無いと
痛くても耐えられると
独りなら誰にも迷惑をかけないと
それだけを信じる様に

…せめて、泣かなければ良いのに
傍から見るとこうも鬱陶しいのかと
我が事ながら、うんざりする

一瞬、鏡を割りたくもなるが…
そうしたところで、何も変わらない
暴いても、何にもならない

…酷く愚かで、醜く滑稽でも
そうでなければ、自分を保てない
それでも、生きなくては、ならないから
…約束したから




 何もない暗闇の中から、啜り泣く声が聞こえている。
 怖い、悲しい、苦しいと。声は負の感情を細く細く、か細く泣き続ける。
 暗闇に、じぃと目を凝らすと。泣き濡れているのが少女であるのがようやく見て取れた。
 少女は先の尖った耳を両手で塞いでいた。
 きっと瞳も閉じてしまっているのだろう。
 蹲る背へ流れ落ちる淡く輝くような青い髪の毛先が小刻みに揺れ続け、少女が震えていることを知らしめる。
 しくしくと、少女は泣く。
 ほろほろと、少女は涙する。
 不意に、誰かの手が暗闇に過った。
 少女の頭を撫でようとしたそれを、少女は身を固く強張らせて拒絶する。
 触らないで、近寄らないで、独りにして。
 温もりはイラナイ。
 だって、そうしていれば。これ以上、傷付くことはない。傷付けられることもない。
 『痛み』は増えない。
 なら、大丈夫。
 今、抱えた分なら。耐えられる。
 独りなら、誰にも迷惑はかけずに済む。
 ――そう頑なに信じるように。少女は一人きりの暗闇で、ただ、ただ、ただただ泣き続ける。

「……」
 想像と寸部違わぬ鏡像に、泉宮・瑠碧(f04280)はじっとりと重い息を吐いた。
 真実の自分なぞ、誰に教えられなくても瑠碧自身が一番よく知っている。それこそ、嫌という程。
 だが知ってはいても、見せつけられた無様に全身を脱力感が苛む。
「……せめて、泣かなければ良いのに」
 直視するには耐えられないとばかりに瑠碧は視線を僅かに逸らし、内に籠って泣く己を目端に映す。
 知っていた。
 けれど。
 傍から見ると、こんなにも鬱陶しいものなのか。我が事ながら、うんざりを通り越して殴り倒してやりたい衝動さえ覚える――が。
 ふぅと諦念の息を漏らし、瑠碧は握り締めかけた拳から力を抜き、ゆっくりと指を開く。
 鏡を割るのは、容易い。
 しかしそうしたところで、現実は何も変わらない。否定しても、暴いても、瑠碧の真実に変わりなく、何にもなりはしない。

「僕は」

 チラ、と。今一度だけ鏡像に焦点を合わせた瑠碧は、すぐに『前』を見据える。
 ――酷く、愚かで。
 ――醜く、滑稽でも。
(「私は、そうでなければ……自分を、保てない」)
(「それでも、生きなくては、ならないから」)

「……約束したから」

 踏み出す一歩の重さを噛み締めながら、それでも瑠碧は前へと進む。

大成功 🔵​🔵​🔵​

七那原・望
わたしの見せたくない一面、本性ですか……

それは、決して絶えない世界の在り方への憎悪。
例えばダークセイヴァーのように、一部の幸福の為に他が苦しむ、それを当たり前とする世界への過激な殺意。

弱い人が、善良な人が、わたしの大切な人が幸せになればいいと祈る思いの裏側で、醜悪な世界を作る者達すべて、苦しんで苦しんで苦しんで死ねばいい。いや、殺してやると、叫び続ける声。

醜くくて、目を背けたくなるようなわたしの一面。

暫く意識はしてませんでしたけど、こういう気持ちも相も変わらずあるのですね。

まぁ、いいです。今更なのです。
他の人に見られさえしなければ、なんでもいいです。

だって、その気持ちにも嘘はないのですから。




 踏み躙られた花園を前に、幼い少女が身を震わせていた。
 貧しい村の、唯一の心の慰め。白い花は、闇に覆われた世界に在って光のようであったのに。
 無造作に荒らされた花園で、痩せ細った村人が天を仰いで泣いている。
 縋る神がそこにいないことを知りながら、それでも誰かに救いを欲して泣いている。
 遠くに聞こえる高笑いは、この花園を気紛れに荒らした主――ヴァンパイアのものだ。
『このような白、ここには相応しくないだろう』
 そんなことを口走った相手を、少女は八つ裂きにしてやりたいと思った。
 心の臓に杭を打ち込み、泣いて叫んで許しを請うまで、痛めつけてやりたいと。無論、それで許すつもりはない。どれだけ命乞いされようと、最後は必ず屠ると決めている。

 ――苦しんで死ねばいい。

 弱い人々が、善良なる人々が、無辜の人々が。
 大切だと思う人々が、幸せであって欲しいと幼い少女は白い花のように可憐に祈る。
 けれど、その裏側。
 広げた翼が落とす影の、そのまた影で。

 ――殺してやる。

 悪辣で、醜悪で、救いのない世界を作る者たち全ての誅殺を叫ぶ少女がいる。
 しかもただ殺めるのではなく。苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて、苦しめ抜いて。

「暫く意識はしていませんでしたけど、こういう気持ちも相も変わらずあるのですね」
 黒い目隠しで視覚を封じられた七那原・望(f04836)は、然して他のあらゆる感覚から得た情報で鏡が写す自身の『本性』を静かに受け止める。
 確かに醜く、目を背けてしまいたくなるような一面だ。
 けれど望に抗う気持ちはない。
 だって、今更なのだ。
 他の人に見られさえしなければ、それでいい。
 幼いながら大人びた望は、悟りをひらいた賢者のようにゆっくりと鏡の世界を渡る。
 写せばいい、映せばいい。
 それも間違いなく望の本心。

 ――その気持ちに、嘘はない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア
※アドリブ掛け合い絡み大歓迎

あー、楽しかったぁ。
…で、真実の自分、あたしの本性?
一体何が…

――それは、数秒前まで談笑していた相手を、刹那の躊躇いもなく撃ち殺す光景。
――それは、共に歩んだ仲間を、一切の呵責なく置き去りにする光景。

…他の人に見られなくてよかったわぁ。
だって――





こんなの見られたら、アタシの味方が減るじゃない。
(常の微笑みはそのままに、冴えきった光を宿す眼が笑っていない)

――元々彼女の本性は超利己主義。
普段の口調・言動は二重人格じみた意識的なもの。
無駄に敵を増やすなど愚の骨頂という冷徹な思考によるものである。

――彼女の二つ名はイエロー・パロット。
カクテル言葉は――『騙されないわ』。




『  』
『  』
 一人の女が誰かと談笑していた。
 ――そう、談笑していたのだ。その談笑の余韻はまだ耳に残っているというのに。誰かは脳漿を撒き散らし、唐突に息絶えた。
 きっと女が躊躇いなく引き金をひいたことさえ気付かぬままに。

『  』
 誰かが叫んでいる。
『  』
 また別の誰かが項垂れている。
『  』
 更なる誰かは、笑っていた。
 発する言葉は三者三様。怨嗟、諦念、達観。そのいずれも共に歩んだ仲間の口から発せられたものだというのに。
 女は振り返りもせず、その場を立ち去る。
 そこへ置いていけば遠からず命が失われることを知っていながら。良心の呵責など一切抱かずに。惑いなどない確かな足取りで。

「……他の人に見られなくてよかったわぁ」
 ティオレンシア・シーディア(f04145)は独特に間延びした声で、楽しみ尽くした白の世界のままにほろりと呟いた。
 本当に、他に見る者がいなくて良かった。
 だって、だって――。
「こんなの見られたら、味方が減るじゃない」
 くふふと笑みを漏らす口許はいつも通り。されど溢した感想が冗句ではないのを、冴えきった光を宿す瞳が語っている。
 無数の鏡が写し取っているのは、間違いなくティオレンシアの真実。
 けれど、これの何が悪い?
 仕事を成しただけだ。生き延びただけだ。
「そうよね? アタシ」
 ティオレンシアは鏡像をこともなげに撫でる。
 罪悪感?
 そんなもの知らない。元より彼女は超利己主義者。そうある自分を認め、望んでそう在る者。
 甘やかな口調も、穏やかな為人も。冷徹な思考が生み出した、仮面のようなもの。
(「無駄に敵を増やすなど愚策の極致でしょ?」)
「ねぇ、アタシ。アタシはアタシの二つ名を知っている?」
 裏町のフィクサーとしての貌を覗かせ、ティオレンシアはくつりと喉を鳴らす。
「イエロー・パロット。憶えておいてね」
 知らぬわけなどないだろう事を、敢えて言い置き。ティオレンシアは鏡の世界を悠々と歩く。

 イエロー・パロット。
 そのカクテル言葉は――。
 『騙されないわ』
 欺く女は、欺かれない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レガルタ・シャトーモーグ
みせたくない自分か…
この鳥籠の作者は、相当に性格が悪いらしいな
文句を言っても始まらないので早々に突破しよう

自分のみせたくない姿なんて決まってる
ぬくもり…、親だとか兄弟だとか、そんな霞のように曖昧で幻のように消えてしまう何かを求めてしまう弱い心の自分だ
そんなものは、もう居ない
最初から居なかったのだと
そう自分に言い聞かせ、幼子の様にぐずる自分は殺して生きてきた
暗殺者の唯一の利点は、殺す事は得意だということ
それの対象は自分自身や持て余した感情であろうとも変わりはしない

みせたくない自分の姿を見たら、背後から背面強襲で殺す
…いつもやってきた事だ
感情も感傷も乗せず
ただ刃で切り裂くだけ
そう、簡単な事だ…




 爽やかな初夏の風が吹く草原を、子供が二人ころころと転げ回っている。
 そんな子らの様子を木陰から見守るのは、二人の両親なのだろう。父親と思しき男は茣蓙の据わり心地を確認するのに余念なく、母親と思しき女は朝一番で作ったランチが入るバスケットを抱えながら子供たちの様子を愛おし気に見つめていた。
 和やかな光景は、然して一つの雷鳴によって掻き消される。
 安定した世界。
 取り残されたのは、子供が『ひとり』。
 背中を丸めた子供は、壊れたバスケットを抱く。泣いているのだろうか。髪に咲く鳥兜の花も小刻みに震えている。
 そして子供は、バスケットから転がり落ちる様々を拾おうとしていた。
 サンドイッチにチキン・ナゲット。レタスで巻かれたポテトサラダに、真っ赤なミニトマト。先が尖っていないナイフにフォークも。
 それら全てが家族の欠片だとでも言うように、少年は必死に搔き集める。
 霞のように曖昧で、幻のように消えてしまう温もりそのもののように。

 ――けれど。
 レガルタ・シャトーモーグ(f04534)は無言で弱い像を結んだ鏡を、ナイフの一突きで破砕した。
「この鳥籠の作者は、相当に性格が悪いらしいな」
 溢される言葉にもおおよそ子供らしさはなく、感慨の一つも滲まない。
 ただ、ただ。ただ冷たく、レガルタは割れて足元に散らばった破片を睥睨する。
 見せたくない姿など決まっていた。
 故に、この鏡の迷宮に踏み込んだ時点でレガルタの腹は据わっていたのだ。
「そんなものは、もう居ない」
 幼子らしいふくよかな唇から、レガルタは熱を帯びぬ息を吐く。
「最初から居なかった」
 血の色をした双眸が、昏く沈む。どこまでも、どこまでも、底を知らぬ深淵へと飲み込まれていくかのように。
 だがレガルタは浮上を望まない。
 だって、もう、随分と。ただの幼子のように愚図る自分の事は、殺してきたのだ。
 レガルタは暗殺者。十に満たずとも、人を殺める事を生業とする者。殺す事を得手とする者――それは自分自身の持て余した感情であろうと同じコト。
「……いつもと同じ。ただ、それだけだ」
 振り返りざま、レガルタは背面の鏡を突き砕く。
 更には右へ、次は左へ。歩む先にある鏡の全てに、鋭い一撃で終焉を呉れる。そうすることで、温もりを求める子供をも殺す。
 レガルタの眼差しにも、ナイフを操る手つきにも、前へ征く足取りにも感情は浮かばない。感傷さえ滲まない。
 内なる無の儘に、冷え冴えた子供は淡々と刃で世界を切り裂く。
 迷うことが、惑うことが、何処にある?
 全ては――そう。

「簡単な、事だ……」

 僅かに伸びる語尾が微かに纏う色の名を、レガルタは知らない。
 いや、知ったとしても。レガルタはきっと一瞬で斬り捨てるのだ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ブルーベル・ザビラヴド
鏡の中の影が囁く

――本当は愛されたかったくせにいい子ぶって
結局なんにも得られなかった、ヒトの形のガラクタ
折角その形を得たのだからもっと素直になればいい
貪欲に生き汚く
欲しいものは欲しいと言えばいい

そう、嫌味な声で囁く

愛されたかった?
そうかもしれない
本当の気持ちを隠したまま、あの人に仕えたこと
後悔しているのかもしれない

でももう一度やり直せたとしても
僕はまたここに戻って来るんだろう
あの人の一番は僕じゃない
でも、その幸せを壊して一番になるくらいなら、僕は無意味なガラクタでいい
嘘じゃないんだ

歌声とともに呼び寄せるのは雪と氷の旋風
鏡を割って先に進もう

今の僕は、いつかの僕が望んだもの
お前なんかに否定させない




 きらきらと星屑をまぶしたような、濃淡さまざまのサファイアに縁どられた鏡の中で、金と青の瞳を持つ少年が微笑む。
『何故、我慢しているの?』
 ことりと首を傾げる仕草に、ドレスハットを飾るリボンとフリルが甘く揺れる。まるで愛らしさが香り立つようだ。
 けれど、仕草の端々に、声の余韻に険が滲む。
『――本当は、愛されたかったくせに』
 左の金が、眇められる。
『いい子ぶって』
 肩には届かぬ青い髪の、一房。他より少し長い右の髪に、白い頬を擽らせて。
『結局。なんにも得られなかった、ヒトの形のガラクタ』
 ニコリ。右の青を、見せつけるように瞠って。
『折角その形を得たのだからもっと素直になればいい』
 あくまでも、愛らしく。否、愛される為に設えられた面差しを、より魅力的に、蠱惑的にみせる角度を択び抜き。
『貪欲に生き汚く』
 小作りな唇が、鈴を転がすような音色で――。
『欲しいものは欲しいと言えばいい』

「……ッ」
 外へ出ようとするように両手を伸べてくる鏡像を、ブルーベル・ザビラヴド(f17594)は両手で抑え込む。
「……愛されたかった?」
 耳朶に残る、甘い声よりなお毒々しい嫌味な声の囁きを、ブルーベルは否定しきれない。
 そうかもしれない、と。思ってしまえる。
 ふぅ、と。短い息が零れた。けれどこの動作さえ、ただの石ころであった時には出来なかったこと。人の形を得た今だからこそ、出来ること。
 あの人に並べる人の形をブルーベルは得た。
 ならば、人と同じように。愛されたいと、望むこともまた――。
(「僕、は」)
 後悔しているのかもしれない。本当の気持ちを――持つことを赦された『心』をひた隠しにして、あの人に仕えたことを。

 ――でも。

 ブルーベルの手が、鏡から離れる。
 右の金で、左の金を。
 左の青で、右の青を真っ直ぐに見据える。
「僕、は。もしもう一度やり直せたとしても、ここに戻って来ると思うんだ」
 鏡像が唇を開く前に、ブルーベルが言葉を――心を『音』という形にする。
 だって、知っているのだ。あの人の一番は自分でないことを。その幸せを壊してまで一番なんて欲しくない。もしもそれを望んでしまうくらいなら、自分は無意味なガラクタのままでいい。
「これも、嘘じゃない。僕の、本当」
 イミテイションではない、ブルーベルにとってたった一つの本物。心という宝石を磨き上げ、花の名を与えられた少年は、鏡像へ向け微笑み歌う。
 その大気を震わす声に、六花が咲く。最初は、一片。やがて光の世界を更なる白へ染め変える雪と氷の旋風となったそれは、囁き続ける鏡たちを尽く打ち砕く。
 そうして散りばめられた硬質な欠片と、美しい青の残骸を踏みしめ、ブルーベルは惑いの果てを見据えて歩き出す。

 ――今の僕は、いつかの僕が望んだもの。
 ――お前(じぶん)なんかに、否定はさせない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リオ・フェンブロー
また、凝った趣向ですね

甘く誘うような声に首を振れば、耳に届いたのは緊急のアラート
指先に、頬に感じる熱は宇宙に、戦場にいる時に感じるもの

死ぬのかとそう思うのに
倒すべき敵が目の前にいる事実にトリガーを握る手は止まらない

敵がいる戦場への高揚
いや、違う私は……

倒すべき敵を求めている訳ではなく、あの日の戦場で死にたかったのか
彼を英雄にして、仲間を戦場に送った私が

そんな容易い終わりを求めるのが私の本性か
吐き出した声と共にいっそ笑いが出る

鏡を砕くことはできない
これが私の本性だというのであれば、目を逸らす訳にはいかない
私にはその責がある

前に進みましょう
どれほど心を刻んでも。生きることが私には…




 眇めた青い瞳が『敵』を捕らえる。
 男は迷わずトリガーを引いた。放たれた弾丸が『敵』の眉間を捕らえ、瞬時に命に終わりを齎す。
 どうっと倒れ伏す敵に、また新手が現れる。
 それは、そうだ。
 軌道を隠す事無く銃を撃ったのだから、位置を気取られるのは当然のこと。されど男は雲霞の如く押し押せる『敵』を撃ち続ける。
 男へと通じる屍の道が伸びてゆく。半ば自殺行為だ。やがて『敵』は男の元へ到達するだろう。正しくは、射線を読まれぬ位置から銃を撃つべきだったのだ。或いは、最初の敵を仕留めた時点で狙撃ポイントを変えるか。
 けれど男は、定点より敵を迎え撃つ。撃って、撃って、撃ち放つ。
 何故なら、そこに『敵』がいるから。照準を合わせる暇も惜しいとばかりに、男は敵を屠る。
 己の死さえ恐れずに――……?

 甘い囁きに、凝った趣向だとリオ・フェンブロー(f14030)が微笑めたのは一瞬だった。
 状況を把握するために見渡した視界に、鏡の一つを捉えた途端、リオの耳はレッドアラートを捉えた。
 幻聴だ。
 宇宙で――戦場で聞く筈のそれが、ここで聞こえる筈がない。理性はそう判断しているのに、リオの指先は、緩みかけていた頬は、硝煙を帯びた熱風に嬲られていた。
 鏡に映る己の姿と、『此処』に居る自分が交錯する。
 足元が揺らぎ、現実感が遠退く。代わりに、『敵』が居る戦場への高揚が蘇る。
「いや、違う。私は……」
 鏡像がまた一人、仕留めた。けれど血を撒き散らして死に逝く兵士もリオの顔をしている。
 そうだ。敵を撃ち抜くリオの胸にあるのは、昂りなどではない。己が死への渇望だ。
「……私、は」
 ――倒すべき敵を求めている訳ではなかった。
 ――あの日の戦場で、死にたかった。
「彼を英雄にして、仲間を戦場に送った私……が?」
 呆然と紡ぎ出した自らの声を聴覚に拾い、リオは瞠目する。乾いた笑いが、口から洩れた。
 だって、そうだろう?
 部隊を束ねる立場にあり、多くを死地へ送って来たのに。『彼』を英雄にして戦場に沈めたのに。
 そんな自分の本性は、容易い終わりを求めているだなんて。
 全ての責を負い、絶対の勝利を目指すと決めている筈なのに。

 ならば、せめて。

 奥歯をぎりっと噛み締め、リオは視線を鏡像から引き剥がす。
 戻って来る現実感に、とんだしみったれを裡に飼う男はゆっくりと歩き出した。
 そんなリオを嘲笑うように、道を成す鏡にはリオの無様を映し続ける。が、リオはそれらを一枚一枚確認しながら、前へと進む。
 鏡を砕くことは出来なかった――否、安易に砕くことをリオは自身に許せなかったのだ。
(「これが私の本性だというのであれば、目を逸らす訳にはいかない」)
 ――それこそ、己が責。
 どれほど心を切り刻まれようと、苦しみに苛まれようと。逃れるわけには、いかない。
(「生きる事が、私には……」)

 鈍色の鷹は、無様であろうと羽搏くことを止めない。止めてはいけない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リリヤ・ベル
おおきな耳。
おおきな口。
鋭い牙に、鋭い目。
森の中の“わるいおおかみ”

――いえ。いいえ。
それは、ほんとうではないのです。
父さまも母さまも善いひとでした。

ただ、村の外れに住んでいて。
ただ、古い知識を伝えていて。
ただ、死病を除こうとしていて。
ただ、……それゆえに、人狼病に罹る血筋だっただけの。

それが外からどう見えていたか、わたくしはもう知っています。
疎まれ、蔑まれ、虐げられ、貶められて。
なによりも、声の届かないことが、いちばんこわい。

見せたくないのは、見たくないのは、おおかみのすがたではありません。
――ひとを信じきれない、わたくしのこころ。

目は、逸らしません。
わたくしは、わたくしでしか、ないのです。




 もりにはこわいおおかみがすんでいました。
 おおきなお耳に、おおきなお口。
 口にはするどい牙もはえていました。目も、とってもするどかったのです。
 むらびとは、とてもとてもこわがりました。
 姿をみたことのないひとも、こどもにいいきかせていました。
 森の中には“わるいおおかみ”がいるよ――と。
 けれど、むらびとをこわがらせたてんばつなのでしょう。
 “わるいおおかみ”はあるひ、やまいでしんでしまったのです。

(「――いえ。いいえ」)
 幼子へ絵本を読み聞かせるのにも似た声を頭の中に響かせていたリリヤ・ベル(f10892)は、被るフードを深く引き寄せた。
 ちがう。ちがう。
 “わるいおおかみ”なんかじゃない。
(「それは、ほんとうではないのです」)
 他の誰が何と伝聞を語ろうと、他でもないリリヤは『ほんとう』を知っている。
(「父さまも、母さまも。善いひとでした」)
 “わるいおおかみ”なんかじゃない。
 人狼の娘は知っている。
 ――父も母も、善良な人だった。
 ――ただ、村の外れに住んでいて。
 ――ただ、古い知識を伝えていて。
 ――ただ、死病を除こうとしていて。
 ――ただ、……それゆえに。『人狼病』に罹る血筋だっただけの。
 本当に、善い父と母だったのだ。善な“にんげん”だったのだ。だのに、だのに、だのに――。

 リリヤはいっそう、フードを深く被る。
 けれどリリヤの全身をすっぽりと写し取れるくらいの大きさの鏡の前で、ゆっくりとフードを背中へ払い落とした。
 蔦が絡みつくフレームにはめ込まれたそれは、まるで魔女の鏡だ。
 悪いものを見せる、悪い鏡だ。
 しかし映った自分からリリヤは目を逸らさない。

 いつもと変わらないリリヤがそこには居た。
 いや、変わらないように見えて、瞳だけが違っていた。
 早く大人になりたいと、騎士様に追いつきたいと願いに煌めく翠の眸ではなく。全てを穿ち眺める眼差し。
 誰も、誰も、誰のことも信用していない、くすんだ翠の眸。
 人狼病におかされた、子供ではなく。狼の姿をした“にんげん”でもなく。
 ――ひとを、信じきれない心を持ったちいさなちいさなこども。

(「わたくしは、もう知っています」)
 善良な父母が『外』からはどう見えていたのか。
 本当の事など知りもしない人々が、疎み、蔑み、虐げ、貶めていたことを。
 そんな人々へは、何を言ったところで通じない。
 泣いて、叫んで、訴えても。決して声は、届かない。それはなにより、いちばん、こわいこと。

「ねぇ、わたくし」
 リリヤは昏い瞳の自分へそっと手を伸ばす。
「わたくしは、わたくしでしか、ないのです」
 触れ合った指先から、二人は光の世界で静かに溶け合う。
 ――否定はしない。
 だってこれが、リリヤなのだ。
 だからこわくない。おそれもしない。受け止めて、進むだけ。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『シャドウミラー』

POW   :    力の影
【鏡に映した相手を歪め力を強化した偽物】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
SPD   :    素早さの影
【鏡に映した相手を歪め素早さを強化した偽物】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
WIZ   :    知性の影
【鏡に映した相手を歪め知性を強化した偽物】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。

イラスト:イツクシ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠マリアンネ・アーベントロートです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●『可能性の自分』
 ――嗚呼、美しい。
 辿り着いた『虹の鳥籠』に、誰しも必ず最初にそう感嘆する。
 無数の光の帯が、虹色に輝いていた。
 まるで万華鏡の中に迷い込んだような心地。
 歩を進める必要さえなく、僅かに首を傾げるだけで――否、瞳孔の僅かな動き一つで世界は彩を変え、人の心を魅了する。
 しかし、長くは居れない。
 何故なら美しさは、時に凶器であり狂気。己さえ知らぬ己を、暴き出す。日の輝きが強ければ強いほど、濃い影を足元へ落とすように昏く、濃く、禍々しく。

 そういった意味では、この虹の鳥籠に居ついたオブリビオンは、自らに最適な場所を選んだと言えよう。
 素手で魂を掻き乱されるような地の中央、黒い鏡が鎮座する。
 虹色の世界に在ってなお、闇に沈んだ鏡が獲物を前にニタリと哂う。

 さぁ、お前の可能性を歪めてやろう。
 お前は己に戦き、闇に還るのだ。

 語りはせず、されど存在のみで鏡は哂う。
 絢爛なる空間だからこそ、垣間見える可能性を盗み見て。歪めて、突き付けて、穢し貶めんと欲して哂う。
 逃れる事は、出来ない。
 何故ならそれはあくまで鏡。
 どれだけ歪めようと、元は『自分』なのだ。
 可能性の片鱗。
 定まらぬ虹色が滴り落とした『if』の姿。

 踏み入ったが最後。
 文字通り、籠の鳥。
 虹色の美しさで魅了し、可能性を引き摺り出して。
 されど鏡はオブリビオン。
 倒さなければ、犠牲が出るだけ。
 ならば、ならば、ならば――。

 虹の鳥籠に囚われて。
 人は美しくも醜い夢をみる。
百合根・理嘉
キレー過ぎんのは、コワイ
ってのは、良く識ってる

可能性の自分
オレの可能性

……どんな可能性なのか、考えても判んねぇや
なりたい自分も判んねぇもんな、オレの場合
さっき鏡の迷路で見たアレが可能性としての自分でも驚かねぇもん

愛情の果ての狂気に囚われた自分
それが可能性の自分なら、今ここで倒して全否定するっきゃねぇじゃん

バトルキャラクターズ使用
召喚したにーさん(バトルキャラクター)らは合体させて
敵と対峙させる
勿論、俺もBlack Diamondで殴るなり蹴るなりの攻撃はすっけど
実はまだうまく使えねぇんだよな

あぁ、でも……こんな気分のまんまじゃ終われねぇから
鏡は骸の海に還さねぇと

やっぱ……皆のトコ帰りてぇもんよ




 虹が織り成す鳥籠に足を踏み入れた理嘉は、得心を頷く。
 ――キレー過ぎんのは、コワイ。
 それは理嘉も良く識ること。
 故に、理嘉は煌めき降る光の中を。気負うことなく――言い換えれば、淡白に――歩みを進めた。
 可能性の自分。
 示されるという鏡像。しかし理嘉には、自身の可能性が解らない。
「……どんなもんかねぇ?」
 『日常』を当たり前には生きている。
 知識が欠落しているわけでもない。
 だのに、どれほど考えても、己の裡を覗き込んでも。理嘉には理嘉の可能性が視得ない――のみならず、自分自身のことさえ判らない。
 だから何があっても、どんなものを突き付けられても、理嘉は全てを諾々と受け止めてしまう。あぁ、そんなこともあるのか――と。
 しかし『否定』も覚えないのかと言えば、そうではない。
「……」
 眩いヴェールの向こう、ようやく捉えた黒に理嘉は棘を綯い交ぜにした息を吐く。
 漆黒の鏡から染み出すように、鏡像が実体化するまでは一瞬だった。然してそれはただの虚ろ。瞳に何も捉えず、映さず、人の形をしただけの狂気に塗れた怪物。
 懸命に伸ばされる手が、何かを訴えている。
 おそらくは、愛情だろう。
「これは、まぁ。全否定するっきゃねぇじゃん」
 ひとりごち、理嘉は多数のゲームキャラクターを召喚し、合体を果たせさせると即座に鏡像へとけしかけた。
 虚ろな虚像も、また同じく。
 二体のゲームキャラクターが、組み合う。五分の駆け引きの隙を抜け、闇色を帯びたサイキックエナジーを纏う。
「ちっ、」
 コントロールに慣れないダイヤモンドの硬度にも匹敵する闇色は、理嘉の意識に外れて形を変える。その儘ならなさに舌を打ちながらも、理嘉は鏡像へ肉薄した。
 上手く狙いを定めることは出来ない。盲滅法に拳を繰り出し、蹴りを見舞い。同じ分だけ、拳と蹴りを受ける。
 ――これは、受け入れられない。
 攻撃を交わす事で、名付けられないむかむかが理嘉の中で膨れ上がる。
 ――こんな気分のままじゃ、終われない。
 ――鏡は骸の海へ還さなくては。
「やっぱ……皆のトコ帰りてぇもんよ」

 二対の激突は、暫し続き。
 ピシ、と。鏡に罅が走る音で以て終焉を迎える。
 消え失せたのは鏡像のみ。理嘉は理嘉が望んだ通り、皆の元へと帰還を果たす。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クラウン・メリー
『皆を笑顔にしたい?それが使命?
所詮、それは「自己満足」だろ。
己の罪を無くそうとしてるだけ。
上書きしようとしてるんだろ?

人殺しなんだよ。
お前が死ねば、全部償えるよ?』

……君だって、「俺」なんだろ?
だったらわかるはず。
死んだって意味がないんだ。
だって、簡単だもん。
俺にとっては逃げるのと一緒。

俺はこの痛みを一生背負って生きていく。
それが合ってるのかはわからない。
でも、そう決めたんだ。

ごめんね

ずっと放っておいて。
だけど、まだ自分を好きになれない。
君を受け入れられない。
でも、いつか迎えに行くよ。
それまで待ってて?

今は友達が待ってくれてるんだ。
こんな俺にも。

(花に変わってた剣で刺す)

だから、またね──。




 虹色の光が、像を結ぶ。
 黒い鏡に呪われ、歪んだ『自分』がクラウンの前に立つ。
 ――けれど。
 髪も、翼も、衣装も、頬のペイントも。全てが純白のピエロの姿に、クラウンは息を飲んだ。
 捻じ曲げられたのだ。どれほど禍々しい姿になるかと思ったのに。それは酷く清らかで、一切の罪を知らぬよう。
 だからこそ、髪に咲いたクロユリだけが異質。怨嗟の塊じみてクラウンの瞳を引き付ける。
『皆を笑顔にしたい?』
 ひらり、一枚の花弁が地に落ちた。
『それが使命?』
 また一枚、花弁が散る。
『所詮、それは<自己満足>だろ』
 はらり、はらり。また一枚、また一枚と。淀んだ黒を削ぎ落しながら、白いピエロは淡々とクラウンを糾弾する。
 だってクラウンは災いの子。彼の誕生と時を同じくし、小さな村では人々が次々と命を落とした。
 村で唯一、翼を持った男の子は。天からの御使いではなく、冥府からの使者。
『己の罪を無くそうとしてるだけ』
『上書きしようとしてるんだろ?』
 ゆっくりと、ゆっくりと。一歩を見せつける速度で白いピエロが、息を殺すクラウンへと近付く。
『人殺しなんだよ』
 すっかり黒を落としきり、白一色になった『クラウン』が、クラウンの頬へ手を伸べる。
『お前が死ねば、』
 するりと、白い指が赤い星を辿り。青い涙を撫でて、首筋に鋭い爪を宛がう。
『全部償えるよ?』
 囁きは、甘く。優しく、誘うように。
 身を委ねてしまえば、安らかな終わりが来るだろう――けれどクラウンは。白きピエロを拒絶することなく、我が裡へと抱き込む。
「……君だって、<俺>なんだろ?」
 だったら、わかるはずだとクラウンは罪を覆い隠す白へ言い聞かす。

 ――死んだって、意味はない。
 ――それはとても安易な安直な、逃げ道。

「俺はこの痛みを一生背負って生きていく」
 その選択が正しいのかは、分からない。もしかしたら命が終わる瞬間まで、答は出ないのかもしれない。
 それでも、クラウンは決めたのだ。
「ごめんね」
 ずっと放っておいた自分。
 まだ、好きにはなれないけれど。受け入れることも出来ないけれど。
 でも、いつか。きっと、迎えに行くから。
「それまでは、待ってて?」
 気付くと、地面に落ちた筈の花弁が金色になっていた。そしてそれらは寄り集まって、クラウンの手の中で剣へと変わる。

 ――逃げることは、出来ない。
 ――今はこんな『俺』にも、待っててくれる友達がいるから。

「だから、またね――」
 静かに再会を約し、クラウンは白いピエロのうなじに剣を突き立てる。
 パリン。
 何処かで何かに小さな罅が走る音がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

キトリ・フローエ
虹の鳥籠…そうね、本当にきれい
こんな場所で眠ったら、心ごとどこかに攫われてしまいそう

現れるのは小さなわたし?それともおおきなわたし?
…でもね、わたしはわたしだけ。誰もわたしにはなれないわ
初めまして、偽物さん
この鳥籠のようにきらきら色を変える、もうひとりのわたし
けど、ここでお別れよ

言っておくけれど、わたしはそんな顔で笑ったりなんかしないわ
まるでとってもきたないものを見ているような、ひどい顔!
せっかく鏡に映すならその辺もちゃんと考えてくれなくちゃ!
ねえ、ベル。見えるでしょう?
鏡が映したあなたも色んな色が混ざって、ちっとも綺麗じゃないわ
だから空色の花嵐を全力で
わたしたちの力で、鏡ごとやっつけましょう




 天の頂点。透明な水晶から放射状に降り注ぐ色の光が、虹色の鳥籠を織り成す。
「……そうね、本当にきれい」
 吹き出す蒸気に不規則に跳ねた光の粒を指先で辿り、キトリはアイオライトの瞳に宿す星を一つ、落とす。
 目を眩ませるほど、美しい場所だ。
 こんなところで眠ってしまったら、心ごと何処かに攫われてしまいそう――とも、思う。
 いつもの彼女であったなら、そこかしこへ翔び、虹の粒たちと一頻り戯れただろう。瞳は少しの光も失うことはなかったに違いない。
 だのに、今のキトリは陰鬱を感じている。
 認められないものを目に、確かな嫌悪を抱いている。
 黒き鏡に歪められた『自分』が現れるのは分かっていたし、幾らかも想像はしていた。が、一番星にも似るフェアリーを捉えたオブリビオンが結んだ像は、――。

 見た目だけならキトリと全く変わらぬ少女は、弱々しく、儚げに微笑みながら上目遣いでキトリを見ていた。
 溌剌としているはずの青は、媚びるように多分の水気を含み潤んでいる。
 元気の良さの表す頬の薄紅も、同じ色でありながら花香るたおやかな印象を与えている。
 ああ、きっとこのような少女であったなら。
 守りたいという庇護欲をかき立てる少女であったなら。
 きっと誰も『キトリ』を一人にはしないだろう。
 真綿で包むように大事に大事に。彼女の愛らしさに似合いの籠を設え、何人からも少女を守り抜くに違いない。
 少女が風の歌を望めば、海へ連れ出し。小鳥の囀りを求めれば、森へと運び。煌めきに焦がれれば、街から宝石商を呼び寄せるのも厭うまい。
 欲する以上の贅が許される。好奇心だって、満たして貰える。寂しい思いだって、絶対にさせられないだろう。
 ――でも、違う。
 これは、違う。
「初めまして、偽物さん」
 乱反射する光に複雑に彩を変える翅で空をすいと滑り、キトリは手を伸ばせは『キトリ』へ手が届く場所にふわりと浮いて。歪な己を勝気な瞳で睨みつけた。
「わたしは、わたしだけ。誰もわたしにはなれないわ――だから、ここでお別れよ」
 この美しい鳥籠のように、きらきら色を変えた『もうひとりのわたし』にキトリは用はない。
「言っておくけれど、わたしはそんな顔で笑ったりなんかしないわ」
 愛を請いつつも、理不尽に攻め立てて来る者を許す慈母が如き微笑を、キトリはきっぱりと否定する。どころか、
「まるでとってもきたないものを見ているような、ひどい顔!」
 全力で貶めた。
 だって鏡写しの『キトリ』の瞳には星がない。ただただ愛らしいばかりで、裡から溢れ出す命の輝きがない。
 生きているのに、まるで生きていない!
「せっかく鏡に映すなら、その辺もちゃんと考えてくれなくちゃ!」
 ぴしりと指を突き付けキトリは『キトリ』を正す。そこで初めて『キトリ』が桜色の唇を開く。
『つよくなったら、ひとりになるかもしれないのに?』
 問い掛けに、キトリは胸を張る。
「大丈夫よ。今のわたしは絶対にひとりにならないもの!」
『おいていかれるかもしれないわ?』
「その時はわたしから抱き締めにいくもの!」
『払い除け――』
「お話は、もうお終い! ねぇ、ベル。見えるでしょう? 鏡が映したあなたも色んな色が混ざって、ちっとも綺麗じゃないわ」
 意味のない問答を断ち斬って、キトリは連れる精霊に呼び掛ける。実体化した綻ぶ花を纏う精霊は、同じく写し取られた色定まらぬ偽物に気分を害したようにプイと顔を背け、花蔦絡む杖へ姿を変じた。
「えぇ、あなたの言いたい事はわかったわ。一緒に鏡ごとやっつけちゃいましょう」
 ――ベル、あなたの花を見せてあげて!
 キトリの求めに、可憐な杖が輪郭を失い。青と白の花びらを連れた風となる。
 キラキラ、きらきら。
 虹色の光にも負けぬ煌めき宿したそれは、華やかな嵐となって鏡像を包み、昇華へ導いた。

 ――ぴしり。
 堅固な己を持つフェアリーの一撃に、黒き鏡に深い亀裂は走った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジナ・ラクスパー
ー前に出てさえいれば、矢面に立ってさえいたなら
私は頑張ったって、言えますものね?

鏡の自分がにっこり笑う
そんなこと思っていません、思いもよらない
否定したいのに、声が出ないのはどうして?

ーでも同じ。何も変わっていないのです
強くなったと言ったって、私はやっぱり盲目で
誰かの足を、引っ張り続けているでしょう?

違うと言えないのは、心当たりがあるからだ
突き刺さる笑い声を花爪で振り払う
でも

…理想に足りていないことを、教わったのです
今すぐ届けばいいのは当たり前
届かないなら、努力するだけ
嘲う声に耳を貸す暇なんて、ありません!

選ばない可能性は、過去にもならない
あなたみたいに自分を諦めて嗤う私が
私だなんて、認めない




 髪に飾る花を、散らし。
 綻ぶ花弁を思わす、藍から白、黄へと移ろうスカートの裾を、見るも無残なありさまにして。
 擦り剥きどころではない傷を、膝に、腕に、頬に、額に負った少女が、血みどろの顔で爽やかに微笑んだ。

 ――前に出てさえいれば。矢面に立ってさえいたなら。
 ――『私は頑張った』って、言えますものね?

 ね? と。
 目覚めたばかりの太陽のような清々しい金色の瞳に無邪気な光を湛えられて、ジナは息をすることを忘れた。
 そんなこと、思っていません。
 思いもよらない。
 全力で、否定したいのに。ジナは、囀る事を忘れる小鳥になってしまい。喉を震わすことさえ出来ずに、ただ酸素を求めてあえぐ。
 覚えた苦しさに、ジナは傷ひとつない手で喉を抑えようとする――けれど。その手を、折れた藍水晶が制す。

 ――でも、同じです。何も変わっていないのです。

 べっとりと血濡れて曇った藍水晶は、ジナが精霊を宿すことで剣にも、槍にも、杖にも育ち得るもの。つまりジナがジナとして戦うのに欠かせぬ武具。
 それが折れている、ということは。彼女は戦ったということ。傷だらけになるまで、戦って戦って、戦ったということ。

 ――強くなったと言ったって、『私』はやっぱり盲目。

 でしょう? と。
 知るべきことを知り、守られず。果敢に前へ前へ、ひたすらに前へ出続けた証の少女が、屈託なく笑う。
 無知を糾弾するでなく、あるがままをあるがままとして笑う。
 望むままに戦って、きっと誰かのことも巻き添えにしただろう姿で、ころりと笑う。

 ――だから、誰かの足を。引っ張り続けているでしょう?

「――、っ」
 耳に忍び入る春風の笑い声に、ジナは白銀の柄を強く握り締めた。途端、散った藍の小花がジナを幻惑から切り離す。
 美しくありながら、同時に凶暴でもある光が顕わにしたジナを、黒き鏡は歪めに歪めて『ジナ』という鏡像にしてジナの前へと立たせた。
 けれど『ジナ』の言葉を、ジナは否定できない。
 だって、心当たりがあるのだ。
 嘘偽りだと高らかに声をあげてしまえば、それこそ全てが嘘偽りになってしまう。
「……理想に足りていないことを、教わったのです」
 変わらず微笑み続ける『ジナ』を、ジナは真っ直ぐにねめつけた。
(「これは目を反らしてはいけないもの」)
 勿論、今すぐ届くにこしたことはない。
 でもどうしたって、届かないものは届かない。
 何故なら『人』は一足飛びには成長できないのだから。
 ――なら。
 騒ぐ心を落ち着けようと、深呼吸をする。満たされた酸素が、全身を巡って、ゆっくりとジナの強張りを解いてゆく。
 急ぐ必要はない。急いでは、きっと間違えてしまう。だからゆっくり。自分らしい歩幅で、真っ直ぐに往けばいい。
「届かないなら、努力をするだけです」
 凛然と、ジナは纏わりついてくる『ジナ』の笑い声を、気迫で跳ね返す。
 選ばない可能性は、過去にもならない。
「あなたみたいに自分を諦めて嗤う私が」
 そうだ。衒いいけれど『ジナ』の笑顔は、進むことを諦めたものの笑顔。終着点を定めてしまった者の、無の境地。
「私だなんて、私は認めない!」
 せいぜい土ぼこりくらいしかついていないブーツでジナは『ジナ』へ強く踏み込む。
 甘やかなラインを描くスカートの裾が、大輪の花のように棚引き広がる。
 剣の形を成した藍水晶は、零れひとつないけれど。
 それで、いい。いまは、これが。等身大の――私。

「あなたの声に耳を貸す暇なんて、ありません!!」
 きっぱりと言い放ち、ジナは己のありったけの力で『ジナ』を貫き砕いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

終夜・凛是
また、鏡
また俺の姿……だけど

許さない仆す許さない仆す果てろ果てろ滅べ滅べ
兄ちゃん絶対許さない
置いていった事消えた事、全部全部許さない

すぅと顔上げて、瞳に色が無い
何か全部、叩き折られた俺だ
絶望の底までたどり着いてる俺が酷く痛々しい顔で笑った
けど、楽しそう

ぞっとする
あれは俺じゃないくせに俺だ
どこかで間違えた俺
でも、俺は絶対、あんなにならないって思えた

懐に踏み込んで拳繰り出すのはどっちが早いか
どっちでもいい
でも拳は向かい合う俺の方が重い
喰らったら痛い、あんまり受け続けられないかも
痛い、でもこいつ見てる方が痛い

鏡の方に追い込んで、そのまま鏡も巻き込んで拳打ち込む
俺は、お前を否定するから――負けられない




 しゃっしゃっしゃ、と。
 右手と左手。それぞれ人差し指の、長く伸びた爪と爪とを擦り合わせ、研ぎ澄まされた刃へと変えていく。
 肩は力なく落とされているのに、尖った耳と膨らんだ尾が緊張と警戒と――戦意を漲らせている。
 ――許さない。
 しゃっと、鏡面ほどに爪を研ぎあげて。
 ――許さない、■す。
 右の爪先だけに、小さな狐火を灯し。
 ――許さない■す、許さない■す。
 赤橙に縁どられた焔の中央、輝く白をじぃと見据え。
 ――許さない■す、許さない■す果てろ果てろ。
 灼熱の向こうに『何か』を見透かそうと、両の眼を剣呑に眇め。
 ――許さない■す、許さない■す果てろ果てろ滅べ滅べ。
 口の中で何かを唱えるように呪を繰り返したいた少年が、俯いていた貌をゆっくりとあげる。
 落ちた前髪が影を落としていた鼻筋に光が当たり、頬も白み。唇が、顎も、輪郭を顕わにした。
 魂さえ消し飛ばしそうな虹色の光が、少年の裡を暴く。

『兄ちゃん絶対許さない』
『置いていった事消えた事、全部全部許さない』

 哀しいのか、苦しいのか、悔しいのか、憎らしいのか、もどかしいのか。
 発した言葉に反し一切の色を失った瞳に、凛是は腹の奥から込み上げてきた何かをぐっと飲み下す。
 また、鏡だった。
 そして姿を写し取り、具現化された像は。確かに凛是そのものだ。
「あれは、俺じゃないくせに――俺だ」
 色ある凛是の背筋を、怖気が走る。
 そうだ。あれは、間違いなく自分自身。
 己が軸たる何かを全て、尽く、容赦なく叩き折られた凛是に違いない。
『許さない■す、許さない■す果てろ果てろ滅べ滅べ■す■す■す』
 吐き出す怨嗟は、絶望の果て、人が辿り着ける最底に至ったからだろう。
『兄ちゃん絶対許さない』
 凛是の顔をしたそれが、酷く痛々しい顔で笑う。
『置いていった事消えた事、全部全部許さない』
 だのに、なぜか。とても愉しそうにも見えて、凛是は爪の伸びていない手を固く結んだ拳へと握り締めた。

「お前は、どこかで間違えた俺」
 凛是が踏み出すと、堕ちた凛是も走り出す。
「でも、俺は。絶対」
 ――お前には、ならない。
 確信というよりも、未来の確実性を凛是は携え、『己』との距離を詰める。
 肩で弾く光粒が、発火し燃え出す。コントロールしきれない炎が、立ち昇るオーラであるかの如く凛是の周囲にゆらめく。
 その不安定な熱の紗を、焔灯す爪先が切り裂いた。
 瞬く間の至近距離。先に届かせようと伸ばされていた肘が、脇に引き寄せられる。
 動きまで、鏡写し。
 洞の眼が、凛是を見る。
 どちらが早いか、なんて。どうでもいい。ただがむしゃらに、打ち出す。
「――ッ」
 腹のど真ん中に貰った拳に、凛是は先ほど飲み下したものが再び込み上げるのを感じた。 熱が生む風で加速させているのか、おそらく重さでは『凛是』が上。
(「そうだ。深さは、強さにはならない」)
 鋭い爪が残して行った貫傷から溢れ出す血を手で留め、凛是は顔がへしゃげた『凛是』を見る。
 凛是と向かい合っているのに、ぶつぶつと繰り返している『俺』の姿が痛い。
 果たしたいことの中枢に限って、明瞭な音に出来ない『俺』が心を打つ。
 負うダメージよりも、『凛是』を見続ける方が凛是には痛い。
「俺は、お前を否定するから」
 獲物をおびき寄せる為に尾を翻し、凛是は根源たる黒へ駆ける。追随する気配を逃さず、オブリビオンの影へ回り込む。対峙する焔が膨れ上がった。
「――負けられない」
 刹那、意識を一点に集中し。『凛是』の熱に、凛是は己が熱をぶつける。

 衝撃が爆ぜた。
 虹光までもが轟き啼いて、大気が震えた。
 ビシビシビシ――黒き鏡に無数の罅が走る。情動が落ち着く頃、そこに鏡像の姿はなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ
…ああ、そうだな
これは確かに有り得ぬ「歪」な己なのだろうよ
つい笑みすら浮かぶほどに皮肉で

虹を背に、ましろの肌に銀の髪で
手を差し伸べ乍ら、やわく笑う男
輝く翼と尾に揃った角は、標星無き生来のモノで
暫し言葉も呼吸も失う

世界は斯様に美しくなどなく
己は斯様な目映さとは程遠い
ヒトへ救いの手など差し伸べるどころか――
揺らぐ拳を握り
我が手は、こうする為にしか在れぬらしい

【竜墜】にて葬らんと駆ける
力で勝るなら耐え、機を狙い、返す
俺はお前にはなれぬし
お前も俺にはなるまいよ
不要な鏡ごと打ち砕いてくれよう

此処に在るのは間違いを犯し薄汚れて、不揃いで不格好
ひとり永らえた卑怯者の生
…なればこそ、戴いた星の為だけに




 心をも殺す美しい世界の中で。
 眩く注ぐ虹光よりも、なお目映ゆく。
 ましろい肌の男が、泣き喚く赤子でさえ見入るやわい微笑みを浮かべ。
 雪解けの水を縒り紡いだのかと思わせる銀の髪をサラと揺らし、何者にも救いを与える手を慈愛に満ちた仕草で差し伸べる。
 翼も、尾も。白星を散りばめたように燦然と輝く。
 揃いの角も、左右同じ。冠を授けられるが如く戴いた標星はそこになく、生まれた儘の姿で――なお、煌めく。
 美しい。
 圧倒的な美が、そこに在る。
 暴力的な美しさを背負いながら、負けぬ美が柔らかく和やかに佇んでいる。
 地を這いずることを知らぬ面に、血を啜る事を知らぬ唇でゆるやかな弧を描き、穢れる事を知らぬ眼差しをしなやかに細めて――。

「……ああ、そうだな」
 知らず呼吸さえ忘れていた喉から、ジャハルは短い呟きを苦く零す。
 黒い鏡が結んだ像は、どこまでも清らかな白い己。いっそジャハル自身が鏡像だといった方が得心がいく程の。
 故に、歪。
 絶対に、有り得ぬ己。歪曲された存在の極致。
「世界は斯様に美しくなどない」
 口元が勝手に笑みを象るほどの皮肉を、ジャハルは全霊で以て否定する。
 違う、違う。
「俺は斯様な目映さとは程遠い」
 救う優しさは夢見ている。だが、それはあくまで夢見るもの。或いは、ただの結果論。
「俺は」
 ジャハルの浅黒い手は、
「俺の手、は――」
 ヒトへ救いの手を差し伸べるどころか――。

 ぐ、と。瞳に宿す七彩を煌めかせ、ジャハルは揺らぐ拳を強く固めた。
「我が手は、こうする為にしか在れぬらしい」
 そしてそのまま、低く低く。地を這う低さで、空を翔ける。
 白きジャハルは迎え撃つよう、翼を広げて堂々と立つ。
 激突までは一瞬。交わされた拳は、互いを捉えた。力は、五分。されど侵食する白がジャハルの内を泡立てる。
 それは白きジャハルも同じなのだろ。しかし美しき貌は微塵も歪まず、泰然とした微笑みを絶やさない。
 光が、対極を浮き立たせる。
「俺はお前にはなれぬし」
 飛んだ白を追い、黒が翔けた。翻った白が、真白の剣を抜き。追いすがる黒目掛け、振り下ろす。
「お前も俺にはなるまいよ」
 目にも留まらぬ一閃を、ジャハルは呪詛が染むくろがねの籠手で捌き。もつれ合いながら、黒き鏡の元へ落下してゆく。
「不要な鏡ごと、打ち砕いてくれよう」
 白など、ジャハルは知らぬ。
 求めなど、しない。 
 在るのは、間違いを犯し、薄汚れて、不揃いで不格好で。ひとり永らえた卑怯者。
 その『生』をジャハルは否定しない。
(「……なればこそ、戴いた星の為だけに」)
 ジャハルは竜化した拳におぞましい呪詛をまとわせ、白を打つ。それはまさしく、星を堕とす一撃。
 喩え星であろうと、唯一無二の星でないのなら。
「――堕ちろ」
 低く唸り、黒が白を穿つ。

 眩き虹光降る広間の中央で、濛々と砂塵が湧く。
 全てが鎮まり凪ぐ頃、黒き男が立ち上がる。
 全力を尽くした彼の傍らで、骸の海より蘇りし異形は原型を失いかけていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リリヤ・ベル
分岐点は、選択肢は、たくさんあったのです。
まだ、すこししか生きてはいなくとも。
いまに至るまでの道は、きっとこれしかなかったから。

そこから外れた、可能性のわたくし。
誰も頼らず。
誰も信じず。
誰かのいのちを喰らい、
自分のいのちを永らえる。
物語の外側から、成り代わる機会を伺っている、わるいおおかみ。

――歪められても、わたくしはわたくし。
いつだって、いまだって、そうなってもおかしくないことを、
わたくしはちゃんと知っています。

でも。それでも。
わたくしは、なりたいものになるのです。
守ってくれた父さまと母さまのように。
助けてくれたあのひとのように。

いつかのわたくしも、歪んだ鏡も、しろく、しろく、砕きましょう。




 ――がうがうがう。
 手を血でまっかに染めた少女が、命を滴らせるものを貪り喰らう。
 よほど腹を空かせていたのか、一心不乱に喰らう。
 己が命を永らえさせる為に、誰かの命を喰らい尽くす。
 ――ぎろり。
 一頻り喰らい終え、腹もくちくなったのか。少女の意識は外へと向かう。
 されどそれは、興味ではなく、警戒と敵意。
 眼光鋭く少女は周囲を窺い。小さな物音ひとつに背を丸め、血で汚れた口で唸りを上げる。
 ――わたくしは、だれもしんじません。
 ――わたくしは、だれのこともたよりません。
 自分の足だけで、大地を駆けて。自分の手だけで、獲物を狩り。自分だけで、生きていく。他人なんて、必要ない。だって他人は勝手に『わたくし』を作り上げる。
 ああ、でも。
 それなら――。

「わかっております」
 研ぎ澄まされた爪の一閃を寸でのところでリリヤは躱し、とととっと後ろへ数歩を踏みながら、殺意を迸らせる少女――鏡像の『リリヤ』を見る。
 美しい虹の光を照り返し、出現した『リリヤ』がリリヤに襲い来るまでは一瞬だった。
(「これは、わるいおおかみ」)
 獣性を剥き出しにする『リリヤ』の速さは、リリヤを翻弄する。が、リリヤの心は惑わない。
 そう。これはわるいおおかみ。
 物語の外側から、成り代わる機会を虎視眈々と伺っているモノ。

 分岐点も、選択肢も。十にも満たぬ年月しか経ていないリリヤの生にあっても、それらは無数にあった。
 その中で、『今』に至る道はひとつだけ。
 『これ』だけしか、なかった。
 もし一つでも違うものを選んでいたら、外れていたら、今のリリヤは此処には居らず。対峙するようなリリヤが居たはずだ。
 だから、これは。
 どれだけ歪められていようとも。
「わたくしは、わたくしなのです」
 いつだって。
 この瞬間にだって。
 リリヤが『リリヤ』にとって代わられる可能性があることを、リリヤは知っている。
 全ては、心ひとつ。
 見えないスイッチを押せば、いつだって。ああなれる、なってしまえる。
「でも」
 縦横無尽に駆けずり回る『リリヤ』を必死に視線で追って、リリヤは手を伸ばす。
「それでも」
 ぴっと突き付けた指先に、水晶が降らせるものではない、光を宿す。
「わたくしは、なりたいものになるのです」
 ――恨むのではなく、憎悪するのでもなく。
 ――守ってくれた『父さま』と『母さま』のように。
 ――助けてくれた『あのひと』のように。
「『いつか』のわたくしも、歪んだ鏡も。しろく、しろく、砕きましょう……!」

 風のように駆けるなら、風の先をリリヤは読む。
 捉えたのは、奇蹟に等しい刹那。
 直後リリヤの指先から迸った白き閃光は、まっすぐに『リリヤ』を射抜く。
 音もなく、鏡像は崩れ去る。
 細かな光の粒が風に舞い、黒き鏡に深い瑕を刻んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
そうなれたらよかった
理想、輝かしい可能性
醜い血濡れの過去
見たくない真実
両方共あたし自身

どちらにもなれない
今のあたしが真実

鏡よ鏡よ鏡さん
世界で一番うつくしいのは誰
あたしよ
空虚と自身への失望を明るい笑顔と煌びやかな装飾で着飾って
ほら綺麗
誰もが振り向き
血桜咲かさた後、死んだ瞳にこの身を映す

見切りで躱して呪詛を込め衝撃波を放ちなぎ払う

鏡よ鏡よ鏡さん
世界で一番うつくしいのは誰?
醜いあたしを愛してくれる無垢の人魚
あたしは彼のようにはなれない
なら無垢を守る刀となるわ

醜いなりにできることはある
鏡は斬るより割るのが一番
失望も痛みも全部込め
怪力のせて【壊華】で可能性の鳥籠ごとぶち割るわ

虚構になど
あたしは穢させない




 ――そう、なれたらよかった。
 陰陽の術を巧みに操り、あらゆる邪悪を微笑み一つで浄化せしめる。
 それは眩い理想の姿。輝かしい可能性。
 ――見せつけないで。
 刃も我が身も、血に塗れさせ。喜々として命を屠り、蹂躙することに愉悦を踊る。
 醜悪極まりない血濡れたそれは、否定さえ赦されぬ過去。
(「両方が、あたし」)
 あったかもしれない輝きも、消し去れぬ闇も。その何れも櫻宵であり。その何れでもないのが、今の櫻宵の真実。
 故に、歪んだ黒き鏡が結んだ像は――。

「鏡よ鏡よ、鏡さん」
 猛々しく刃を振るいながら、凛然とした光を放ち。己に迫る鏡像を、櫻宵はひらりと袖にする。
「世界で一番うつくしいのは誰――あたしよ」
 すれ違いざま、曇りなき淡い桜の瞳が櫻宵を映す。
 それは空虚と自身への失望を、はち切れんばかりの明るい笑顔と、煌びやかで艶やかな装飾で飾り立てた櫻宵。
 ――えぇ、えぇ。やっぱり綺麗。ねぇ、綺麗。ほら、綺麗でしょう?
 虫をも殺さぬようなたおやかな微笑を湛え、躊躇いなく凶刃を薙ぐ。
 魅入られた者は血桜を咲かせた後に、光を失くした眼に美しき鬼を映すのを赦される。

「鏡よ鏡よ、鏡さん」
 あらゆる邪を祓う真白い剣戟を紙一重で櫻宵は躱しながら、呪詛を込めた衝撃波を打ち返す。
 だが、怨嗟の塊はひらり閃いた刃に掻き消された。そして踏み込まれた一刀が、櫻宵の腹を突く。
「世界で一番うつくしいのは誰?」
 ごふりと吐いた血の鮮やかな赤で、櫻宵は唇を彩り笑う。
「答えなくていいわ。だってそれは決まってるもの!」
 畳みかけてくる刃を、地に手をつき潜り抜け。即座に態勢を整え直した櫻宵は、背後から鏡像へ斬りかかった。
「醜いあたしを愛してくれる無垢の人魚。彼以上にうつくしい人なんて、この世にはいないわ!」
 ――あたしは、彼のようにはなれない。
 ――でも。無垢を守る刀になら、なれる。
(「醜いなりに、できることはある」)
 清らかな鏡像を捉えた刃を、無造作に振り抜き。血の代わりに、はらはらと光の粒を零す背中へ、櫻宵はなおも襲い掛かった。
 正しきを成す貌が、櫻宵を振り返る。
 醜さを否定する眼差しに、しかし櫻宵は婀娜めいて微笑む。
「鏡は、斬るより割るのが一番よね?」
 蔑みなど、恐れはしない。
 たった一人の人魚の眼差し以外も、恐れはしない。
 そしてその人魚は、如何なる櫻宵をも受け止めてくれるから。
「か弱く儚く桜花の如く――壊してあげる!」
 失望も、痛みも。全てを込めた拳を、櫻宵は鏡像の横顔へと呉れてやる。
 大気をも戦慄かせる一撃に鏡像が砕け散り、びしびしと啼きオブリビオンにも無数の罅我が走った。

「虚構になど、あたしは穢させない」

大成功 🔵​🔵​🔵​

彼者誰・晶硝子
まあ、礼拝堂のステンドグラスのよう…
いや、その中、かも知れないな‬
陽を透かして神聖な空間に相応しい光に変える膜

向き合う『自分』、鏡のわたし
知らないわたしを、あなたは知っているかしら
どんなものかしら、わたしとは何かしら
しりたくて、まぶしい
嫉妬、嫌悪、憎悪
それが悪いものでも、これがわたしと胸を張れるなら、どれほど嬉しいかしら
‪…嬉しい、かしら?
‪悪くはないと、おもうのだけど

どんな気持ちかしら、『わたし』
けれど、自分を持っているひとには、悪い自分は、悪いものでしか無いのよね
この美しい場所で素直に祝福を感じられるように
…わたしは、あなたから知らない自分という夢を貰ったけれど
幻想は、幻想に、還って、ね




「まあ、礼拝堂のステンドグラスのよう……」
 陽を透かし、神聖な空間に相応しい光に変える膜。
 虹の鳥籠に満ちる光は、反射を幾重にも繰り返すことでその高みにあった。心を静謐に保たせるようであり、しかし罪を暴いて灼く尽くす美しさ。
 その光粒を我が身で弾き。むしろ光を光で飲み込んで、晶硝子は、何でもないようにひたひたと歩く。
「いや、その中――かもしれないな」
 燦燦と注ぐ光は、人によって描き出された神の祝福にも似る。
 魅入られて、歓喜に涙する者もいるだろう。
 恐れおののいて、狂気を叫び出す者もいるに違いない。
 だというのに、晶硝子は何一つ感じずに、何一つ覚えずに、ついには黒鏡の前に立ち、不気味な気配を漂わす面をじぃと覗き込む。
 このまま割ってしまえそうだ。
 そう思わぬでもない沈黙が、オブリビオンと晶硝子の間に落ちる。
 けれど晶硝子はそうはせずに、じぃとその時を待った。
 そして何かに迷うように黒鏡が震え、嘆息にも似た胎動を経て一つの鏡像を結ぶ。
「これがわたし?」
 自身と鏡を隔てる僅かの隙間に立った、色も形も何もかもそっくりな『自分』を晶硝子は興味深げに見つめる。
 すると『晶硝子』も晶硝子を見た。
 まじまじと、観察するように、じっくりと。頭のてっぺんから、爪先まで。じろじろと。
「知らないわたしを、あなたは知っているかしら」
『知らないわたしを、あなたは知っているかしら』
「どんなものかしら、わたしとは何かしら」
『どんなものかしら、わたしとは何かしら』
「……まぁ」
 おうむ返しの問いに、晶硝子は星の眼をぱちりと開き。そこで『晶硝子』の瞳には光がないのに気付く。
 代わりに在るのは、空虚な黒。
 眩さを厭う、嫉妬であり、嫌悪であり、憎悪。
 ようやく見つけた『歪み』に晶硝子は口元を弛めた。
 知りたいと、思ったもの。眩しいと、感じたもの。
 それが悪いものでも、晶硝子は構わなかった。『これがわたし』と胸を張れるものならば、喜べると――嬉しいと思えると。そう思っていたのだ。
「……嬉しい、かしら?」
 しかし胡乱な視線に矯めつ眇めつ眺められ、晶硝子はゆっくりと首を傾げる。
 悪くない、とは思う。気が、する。けれど。けれど?

「どんな気持ちかしら、『わたし』」
『どんな気持でもないわ、わたし』
 侮蔑を含んだ音色を聞きつけ、晶硝子はまた瞬く。
 とても素敵なものに出会った気分。でもこれは、歪められた悪。きちんと『自分』を持てている人になら、悪以外の何ものでもないはずのもの。認めてはいけないもの。歓喜してはいけないもの。
 そのことを、晶硝子も知識として理解してはいる。
 故に晶硝子は粛々と光を繰り――。
「……わたしは、あなたから知らない自分という夢を貰ったけれど」
 ――ごめんなさいは、言わない。
 ――言う理由を、晶硝子は見つけられないから。
「幻想は、幻想に、還って、ね?」
 虹の鳥籠をも凌ぐ光で『晶硝子』を消し去った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フランチェスカ・ヴィオラーノ
会いたくなかった
でもあなたを倒さないと、元の世界には戻れない、だよね
母様よりも、もっと悍ましい――私

自分の偽物を、尽く焼き尽くす
焼かれた私は笑ってる
嘲るような嫌な声
何をしても無駄だと言わんばかりに

元より自分は籠の鳥だった
母様の作り上げた箱庭
…母様は、私が父様と仲良くすると露骨に嫉妬するけれど
普段はまだ、優しくはしてくれた
大事な娘だから?
それとも、愛しい父様との間に生まれた娘だからに過ぎないのか

醜い私が焼かれていく
他には何も残らない
綺麗な私なんてどこにもない
美しい鳥籠があるだけ

父様を奪おうとする私なんていらない
…そうだ
本当は、誰にも父様を奪われたくない…
自覚した途端、涙が堰を切ったように溢れ出た




 強欲な光が爛々と輝く瞳は、野に咲く可憐な菫の色とは言い難く。
 俯いたフランチェスカは苦し気に呟いた。
「……会いたく、なかった」
 立ち塞がる少女は、言うまでもなくフランチェスカと同じ顔をしていて。背格好も、服装だって一緒だった。
 ただ違うのは、明確にたった一人を欲していること。
 燃える菫の中には、フランチェスカの父親だけが映っている。彼だけが欲しいと、媚びるような艶を含んだ視線が求めている。
 ああ、知りたくなかった。
 会いたくなかった。
(「母様よりも、もっと悍ましい――私」)
 煌びやかな光が暴き出した、フランチェスカの真実。素手で心を鷲掴み、掻き乱し、そうして実体化された像は、他でもないフランチェスカそのもの。我欲を知り、それを是としてしまった『父様』の娘。
「そうじゃない!」
 視界を閉ざす代わりに、フランチェスカはがむしゃらに炎の矢を番えた。目も眩む一帯が、紅蓮に染まる。満ちる熱に、フランチェスカの白い肌が色付く。
 集中的に浴びせかけられれば、幻影などひとたまりもない――はずの攻撃だった。
 だが炎にまかれた『フランチェスカ』は高らかに嗤っている。
 ふふふ、ははは。くすくす、ふふふ、と。
 フランチェスカが何をしようと無駄だと言わんばかりに!

 ――元より私は、籠の鳥。
 ――母様の作り上げた箱庭の住人。
 父を籠絡した母。父を愛した母。フランチェスカが父と親しくしていると、露骨に嫉妬していた母。
 それでも普段は、優しくしてくれたのだ。ヴァンパイアでありながら、ダンピールの娘に。
(「大事な娘だから?」)
(「それとも、愛しい父様との間に生まれた娘だから?」)

 身じろぎひとつせず『フランチェスカ』はフランチェスカの炎を浴びる。
 ただただ、嗤い続けて、灼かれている。
 フランチェスカに代わって『フランチェスカ』が断罪されている。
 醜い、醜い、醜いフランチェスカが、……――。

 やがて紅蓮から真白になった炎は、オブリビオンが作り出した鏡像は跡形もなく消え去った。
 残されたのは、美しい鳥籠の中に佇むフランチェスカだけ。
 醜い部分を焼き捨てても、決して美しくはなれないというのに。
「父様を奪おうとする私なんていらない」
 熱の余韻に、フランチェスカは呟き。逃れ得ぬ現実を悟る。
「わたし、今……」
 己が唇が紡いだ言葉を、フランチェスカは恐る恐る反芻し――絶望の吐息を「……そうだ」と零す。
 そう。
 本当は。
 ただ、誰にも。父様を奪われたくない……それ、だけ。
「……ぅ」
 自覚した途端、菫色の瞳からは堰を切ったように涙が溢れ始めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レガルタ・シャトーモーグ
また鏡か…
下らない幻想を見せてくる前に叩き壊す

俺の可能性、だと…?
これではまるで…
いや、違う
コイツは俺の影だ
断じてアイツなんかじゃない…!

影に微笑むその姿は、亡くした双子の弟に重なって

双子は魂を分け合って生まれると言う
魂の片割れを亡くしたら、その空白は何で埋めれば良いのか
怒りと憎しみを其れらしく詰め込んで、空白から目を反らす
だから…
この影にも怒りと憎しみを込めて、断命の一撃を振るえばいい

けど、きっと、本当にその想いを向けたいのは自分自身
力が無いから、何も知らなかったから、大事な何かを守れなかった無力な自分
この影を殺せば、俺はもっと強くなれるだろうか…?




 鏡の次も鏡。
 どうせまた、碌でもないものを映し出すのだ。
 だからレガルタは煌びやかな虹のフロアーの中央に漆黒を視た瞬間、距離を詰めた。
 小柄な体躯を、低く前に傾け。とん、と床を一蹴り。漆黒の翼の羽搏きで加速を得て、飛針を放つべく指のリングに意識を集中させる。
 動かぬ『敵』ならば、破壊は容易だ。
 信じて、横から最後の一歩を踏み込む。下らない幻想を見せてくる前に、叩き壊す為に。
 ――が。
「、っ」
 砕く為に、鏡面を覗ける位置に立った途端。現れたもう一人の『自分』に、レガルタの身体は硬直した。
「俺の可能性、だと……?」
 幼い少年がじぃとレガルタのことを見つめている。ただ、静かに。微かに微笑みながら、血を分けた相手へ対するような眼差しを向けている。
 これはただのレガルタだ。
 何も歪められてなどいない。
 ――本当に?
「あ……いや……」
 血のように赤い眼が、小刻みに揺れる。髪に咲く毒の花も、震えていた。
「これは……まるで、」
 違う、違う。そうじゃない。だって、アイツは。だって、アイツは――。
「コイツは、俺の影だ!! 断じてアイツなんかじゃない……!!」
 わななく手から飛針がころげ落ち、甲高い音をたてて床に散らばる。大切な仕事道具だ、無様に晒すような真似は暗殺者として許されない。
 だのに今の――影に亡くした双子の弟を重ねるレガルタに、それを慮る余裕などなかった。
「違う……」
 これは、違う。絶対に、違う。
 他でもないレガルタだから、確信できる事実。だって弟はこの世にはいない。そのことは、レガルタ自身がいやという程、知っている。
 されど微笑む顔が、レガルタの柔らかさを残した心を蝕む。
 ――双子とは、魂を分け合って生まれてくるという。
 ならば。その魂の片割れを亡くしてしまったら。ぽかりと開いてしまった空白には、何を詰めればいい? 埋めればいい? 込めればいい?
 レガルタが押し込んだのは、怒りと憎しみだった。それらを、実に『其れらしく』詰め込んで。出来てしまった『空白』から目を反らし続けてきたのだ。
(「――大丈夫だ」)
 そうだ。そうやって、ここまで来た。これからだって、そうしていく。
 所詮、この影は紛い物。幾ら、弟に重なろうと。弟ではない。だからいつも通りに、怒りと憎しみを込めて、断命の一撃を呉れればよい。

 アノトキノヨウニ。

「――そう、じゃ。ない」
 走馬燈のように脳裏を駆け抜けた光景を、意識の奥の奥へ押しやり。レガルタは肩を落として、足元に散らばる暗器を拾い上げる。
 ――わかっている。
 本当に、『其の』想いを向けたい先は、他でもないレガルタ自分自身。
 力が無かったから。何も知らなかったから。守られるだけの子供だったから。誰も救えず、大事な何かを守れなかった無力な自分。
「この影を殺せば、俺はもっと強くなれるだろうか……?」
 答は、分からない。
 実際に殺ったとしても、分からないだろう。だって『強さ』を計るものさしを、まだ幼いレガルタは持たないのだから。
 それでも、今一度。飛針を構え直し、呪われし子供は己が像を打ち砕く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リオ・フェンブロー
良い住処を見つけた様ですね
ですが、だからこそ貴方を砕かなければ。

私の愚かな可能性を示すのが貴方であれば
この砲撃は、高い勉強料の支払いです

アンサラー を起動
他の猟兵と連携し中遠距離からの砲撃を行いましょう

偽物を見れば静かに笑い
力を得たところでーー私一人、力を得たところであの日を覆せたなど
愚かなことは想いはしない

敵の攻撃は、さて偽物は砲撃で来ますか?
迎撃も手ですが、前に行きましょうか
零距離とて構わない
鏡ごと撃ち抜きましょう

魔力を回し、炎の属性を砲塔に込める
唇に乗せるは魔女の歌
なり損ないとて私も魔女
鏡像相手に怯む様では笑われてしまう

この世界を穿て、アンサラー
微睡みと迷いの時は終わりです




 音もなく虹の光の内へ踏み入り、リオは一切の無駄を排除した動きで漆黒のアームドフォートを構えた。
 砲口を向ける先には、禍つ鏡と。それを守るように立つ、一人の『男』。
 沈む青が、鋭い光を湛えている。
 何ものにも屈せぬ強さが、その眼光から伝わってくる。
 彼の視線は、世界の理さえ読み解く。成すすべもなく暴かれた理は、『男』の前にひれ伏し、在るべき道順を彼へと示すだろう。
 多くの力を得た『男』だった。
 『魔女』としても酷く優秀で、戦士としても一流の『男』だ。
 そうであると、存在だけで知らしめる『男』だ。
 ――しかし。
「まったく、良い住処を見つけたようですね」
 優れた『男』の向こうのオブリビオンをリオは気負いなく揶揄し、力を砲弾へと変える。
「ですが、だからこそ、私は貴方を砕かなければ」
 ――私の愚かな可能性を示すのが貴方であれば。
 ――この砲撃は、高い勉強料の支払い。
 先手はリオが取った。
 そして放ったばかりのエネルギー弾を追いかけ、リオは走り出す。
 直撃するかに見えた砲撃は、『男』が放った一撃に四散した。爆ぜた衝撃に巻き起こった風が、リオの銀の髪を弄る。
 視界が、乱反射する虹色で覆われた。
 それでもリオは、足を止めない。
 次弾が『男』から来るのは読めた。おそらく、リオでは予測し得ない軌道を描き飛び来るだろう。
 果たして結果は『予想』通り。光の屈折を利用したのだろう、背後から襲い来た熱矢がリオの脹脛を灼き貫く。
 その痛みが、リオの五感を研ぎ澄ます。経験も、視得ない軌道を読む力になる。
 リオは迷わず走った。走り、走って、遂に影を捉える。
 視認した『男』に、リオは薄く静かに微笑んだ。
 『男』は、リオ。
 ただしリオより遥かに優れたリオ。
「けれど、ね」
 今度は真正面から来た弾丸に、リオは片腕を呉れてやる。どうせ躱せなどしないのだから、盾として使えれば十分だとでもいうような瞬間の判断だった。
「力を得たところで――私一人、力を得たところで。あの日を覆せたなど、そんな愚かなことを私は想いはしないのですよ」
 飛沫いた朱を、リオは小さく唱えて種火とする。
 燃え始めた魔力は、砲塔へと込められていく。
 理を読み解く『男』がまた構える。被弾は免れないが、構わない。愚直に進めば、何れ辿り着く。それで、いい。傷だらけになろうと、生き延びさえすれば。どれだけ無様な姿になろうと、辿り着けさえすれば、勝利は掴める。
「――」
 血を失い青褪めた唇に、リオは魔女の歌を乗せた。
 所詮、なり損ないなれど。リオも魔女であることに変わりはない。
「鏡像相手に怯む様では、笑われてしまいますから」
 襲い来た最後の弾は、流石にもう片方の腕はやれないから、軽く跳ねることで腹で受けた。
 ごふ、と。込み上げてきた酸を含んだ血が、口からあふれ出る。
 でも――。
「甲斐は、ありましたね」
 同じ顔をした『男』の前に、リオは零距離で立つ。

 ――この世界を穿て、アンサラー。

 漆黒のアームドフォート。名は、古き伝承に祖をもつ。
 そこから放たれる一撃は、如何なる鎧でもっても止めることは出来ない。

「微睡みと迷いの時は終わりです」

 膨れ上がり、燃え上がった灼熱に、虹色さえも歪み溶け落ちる。
 衝撃音は甲高く、影を貫き砕き、漆黒へも鋭い一撃を与えたことを示していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーナ・リェナ
ここまできたら最後まで、だね
ゆがんだイーファに向き合うよ

攻撃は見切りで避けながら、まっすぐに鏡像のところへ
目の前の姿はもしかしたらのわたし
でも、わたしじゃない
鳥籠のイーファに寄り添ってくれる存在はなかった
今のわたしには遊んでくれたり、戦ってくれる仲間がいるんだもん
だから、ね
――ソル、イエロ。一緒に行こっか
3人で飛んで、今度こそ本当のさようなら
目の前から姿が消えても忘れないから




 きらきらと虹色の光が降って来る。
 天井からだけではなく、壁からも。吹き出す蒸気からも。そして床からも、跳ねあがってくる。
 ただ美しいばかりの空間だったなら、ルーナは興味にかまけてひらひらと飛び回ったに違いない。
 そして何色でもあり何色でもない光を翅に浴び、まさしく光の妖精となっただろう。
 ――けれど。
「ここまできたら最後まで、だね」
 虹の鳥籠の中央。座した黒き鏡が編み出した己の影を、ルーナは真っ直ぐに目指す。
 虚ろな緋色の瞳。眩い世界にあって尚、輝けぬ翅。
 あれは、ルティール・ラ・イーファ。しかもオブリビオンに汚染され、歪められてしまった籠の鳥。
 昏い眼を濁らせて、自由に羽搏くルーナを撃ち落とそうと翔けてくる異形。
 漲る殺意で加速しているが如き飛翔をルーナは辛うじて躱す。掠めた腕に血がにじんだが、ルーナは気にしない。
 ――あれは、もしかしたらのわたし。
 ――でも、わたしじゃない。
 鳥籠のイーファに、寄り添ってくれる存在はなかった。人も、物も、何かも。ずっとずっと独りぼっちだったイーファ。
(「今のわたしには、遊んでくれたり、一緒に戦ってくれる仲間がいるんだもん」)
 故に、あれはルーナではない。迷うこともない。躊躇うこともない。
「――ソル、イエロ。一緒に行こっか」
 緋の穂先から姿を換えた、赤く燃える身体を持つドラゴン――ソルと。
 自身の身体の一部――今日は左腕――を転じた凍竜のイエロと。
 三人でイーファは飛び、間近に迫った透明な水晶から『イーファ』の元へと真っ逆さまに降下する。
「今度こそ、本当のさよならを」
 炎を滾らせ、大気を凍てつかせ。
 二つの調和で、ルーナは鏡像を砕く。
 ちらちらと。舞う小雪のように『イーファ』が光の粒となって消えて逝く。その様を、ルーナは永遠に忘れないようにと目に焼き付けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
歪み、歪む、映した自身は
想像に沈む姿を形取るのだろうか
現実を疎み、現実を棄て
物語めく世界に生きて、
物語めく住人と生きる
そんな、夢見た理想を選び取る自身
現実から逃げた、僕の『IF』を

眺めて抱くのは、羨望?

――、違う!
今度は眸を背けずに、
映る自身へ強く握る万年筆を向けて
僕は確かに、現実が嫌い、だった
僕の作品で友人が否定された時、
如何しようも無く疎ましくなった
想像の世界に、逃げたかった、けど

――僕は。愛した想像を、
都合の良い逃げ場所にしたくないから
現実も"愛する"と決めたから
理想ばかりを追うのは、御終いだ

文字にさえ出来ずに居た決意を、吐く
迷いも無く唯真直ぐに黒線を、引く

――貴方の見せた可能性は、没だ




 まるで古い物語に記された、光の精霊たちの国のようだ。
 苛烈な強さを持ちながら、想像力と創造力を掻き立てる空間に、ライラックの心は本来であれば浮き立つはずなのに。
 黒い鏡の傍らに出現した妖精の翅の鱗粉を撒いたような繭を見つめる男の顔は、痛みを堪えるそれであった。

 極めて薄い虹色の繭は、中に居る男を透かす。
 外界と明確に線を引いた――拒絶した――男は、繭の内で至極幸せそうに微笑む。
 天から注ぐ光だけが、男の元へ至る。
 ただの光に思える光だ。けれど男の目には違うものに見えているのだろう。
 男の指が、つと伸ばされた。まるで小さき乙女に翅休めの枝を差し出すように。
 空いた手が、何かの鬣をなぜるようにゆっくり滑る。よほど手触りが良いに違いない。男の笑顔は今にも蕩けそうだ。
 男の瞳が外へと向けられることは決してない。
 夢見る男は、物語めいた世界にのみ生き、物語めく住人たちと過ごしている。
 とても、とても。幸せそうに。

「――、違う!」
 攻撃してくる素振りのない繭の中の男を、じぃと見つめていたライラックは、不意に肩を跳ね上げ否定を現実へと響かせた。
 違う、違う。絶対に、違う。
 繭の中の男を――オブリビオンが歪めた鏡像である『ライラック』を、ライラックは羨んでなどいない。
「そうだ。そうじゃない」
 妖精へ休む場所を作る代わりに、ライラックは強く握った万年筆を突き付ける。今度は、眸を背けずに。
 ――僕は確かに、現実が嫌い、だった。
 ――僕の作品で『友人』が否定された時、如何しようも無く疎ましくなった。
「想像の世界に、逃げたかった……けど」
 それでは、駄目だったのだ。
 だってそうしてしまえば、ライラック自身が愛すべきものを穢してしまうことになる。
 ――僕は。愛した想像を。
 ――都合の良い逃げ場所になんか、したくない。
 その為にライラックは、現実も“愛する”と決めたのだ。
 現実がなければ、空想もまた存在しない。空想する為には、現実を生きなくてはならない。
 矛盾を孕んだ、創造の理。
 受け止めなければいけない。想像を愛し続ける為に、現実にも希望を見出す為に。
「理想を追うのは、御終いだ」
 物語は、ピリオドを打たねば真の物語に非ず。未完の作品も、また想像の翼を広げさせてくれるものだけれど。永く愛されるには、終わる事も必要なのだ。
「白紙に戻らず、」
 騎士の名を持つ万年筆を、ライラックは中空へと走らせる。
「残るは紙屑」
 ぴ、と。最初は一点の黒。それをライラックは一本の線と成す。迷いも無く、唯真直ぐに黒線が引かれる。
 その線は、刃となって敵を断つもの。

「――貴方の見せた可能性は、没だ」
 文字にさえ出来ずにいた決意を、きぱりと吐き。
 ライラックは幻想めいた虹色の繭ごと『ライラック』を消し去る。
 鏡像の消失に、黒い鏡に細い罅が幾筋も走った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

タロ・トリオンフィ
鏡の中、「それ」は何処までも優しく微笑んで
救いの手を延べる天使の如く

導いて差し上げよう
幸いへ
悩み苦しむ事無き道へ
さぁ、運命は
僕の手を取れば思うがまま


――歪んだ「僕」が手繰るカードは意のままの未来を引き出そうとする
其れはほんの少し、悩める人の背を押すだけの僕とは違って
望めば望んだだけ手に入れる……

考えた事が無いとは言わないよ
けれど
それは傲慢で
僕が考える幸いをどれだけ重ねたところで
与えられた者には虚無が待つのみ

真っ向から相対し、愛用の絵筆をとる
僕の絵筆は、かつて僕を描いた画家が愛用していたもの
その筆先に白を
善かれと信じ、過ぎた力でひとの未来を歪めるその過ちを、
鏡写しの「僕」を、白紙に塗り潰す為の白




 降り注ぐ虹色の光さえ、我が身から放つ後光であるかのように。
 白く、美しい『それ』は何処までも何処までも、優しく清く微笑んでいた。
 ――さぁ、こちらへ。
 誘い延べられる手も、黒を被せてあるにも関わらず、磨き上げられた真珠のよう。
 穢れを知らず、むしろ如何なる澱をも祓い落とすかの如く。そう、まるで救済の天使のように。

『導いて差し上げよう』
 白い『それ』が光が織り成す場で、涼やかにカードを繰る。
『案じることはない。そこにあるのは幸いのみ』
 迷いのない手つきで、軽やかに、けれど厳かに。
『悩み苦しむ事無き道が、あなたを待つ』
 運命の神の宣託であると、謳うように。
『さぁ、運命は』
 ――僕の手を取れば、思うがまま。

「……それは、傲慢だ」
 黒き鏡が結んだ白い像へ、タロは絵筆の穂先を向けた。
 かつてタロを描いた画家が愛用していたその筆は、あらゆるものへ思うがままの色を乗せる魔法の筆。
 そしてタロが今、白に対して乗せようとしているのは白。
 オブリビオンの悪意によって歪められたタロは、意のままに未来を引き出そうとする白。
 ほんの少し、悩める人の背を押すだけのタロとは違い。望めば望んだだけを差し出し、手に入れさせるのを良しとする白。
 白紙の未来を、自在に操る白。
 ――考えた事がないわけではない。
 憐れな末路が視得ているなら、示してしまいたい。救いを求める人に、転落の顛末などあって欲しくはない。
 だがそれは、あくまでタロの視点。
 タロが考え得る幸い。
 それに、全てを識って何になる?
 書き記された文章を後追いするのにも似た人生が、定められた未来へ歩むだけの日々が、行きつく先はただの虚無。
 夢も、希望も、思い描くことを忘れて。悲しみを失くした故に、喜びも得られずに。
「だから僕は、」
 変わらず微笑む白へ、タロは迷わず白を塗る。
 ――善かれと信じ、過ぎた力で『ひと』の未来を歪める過ちを。
 ――鏡写しの『僕』を。
「全て、白紙に」
 一筆払い、白で白の輪郭を消し。
 また一筆払い、タロは白で白を無へと帰す。
 人の進む先に、より多くの余白を残す為に。そこでこそ、人の命は輝くと信じて。喩え、憐れな終焉が待っていようとも。そこに至る耀きこそが、本物だから。

 ぴしり。
 塗り潰された白の先。白を生んだ黒に、修復し得ない大きな罅が走った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

オルハ・オランシュ
私と目が合って、私が笑う
それはそれは、幸せそうに――

先生に会えて良かったな
だって、先生のおかげで家から逃げられたし
痛い思いも嫌な思いも、もうしなくて済む
先生のところにいる限り私は自由!
――そうだよ
ねぇ
今がこんなに楽しいのに
わざわざネクに会いに行って今の日常を壊すなんて、馬鹿げてると思わない?

……っ、
ただ首を振るしかできない
弟に会わなきゃ、謝らなきゃって気持ちに嘘はないけれど
その日を境に何かが変わってしまうのは明白で
その不安を見透かされているようだったから

強化された素早さにも勝てるように
【早業】で私を突いて、目の前から消す

ほんと、馬鹿みたい
どうして否定できなかったんだろう
……どうして……




 若草色の瞳をにこりと細め、『私』が屈託なく笑う。
 『私』を見つめ色褪せた貌をする私と視線を合わせ、とてもとてもとても幸せそうに笑う。

『先生に会えて良かったな』
 くるり。高い位置で結い上げた髪を、ご機嫌な犬の尻尾みたいにふりまわして一回転。
『だって、先生のおかげで家から逃げられたし』
 軽やかなステップで私に近付いた『私』が、私の鼻先へぴっと指を突き付ける。
『痛い思いも嫌な思いも、もうしなくて済む』
 『私』が笑う。
 心の底から幸せそうに笑う。
『先生のところにいる限り私は自由!』
 幸せを私へ知らしめて、ばんざいと両手を広げて、ぴょんと跳ねる。
 正しさを疑わず、私も『私』になりなさいと誘うように。

 ――そうだよ。

『ねぇ、』
 ジャム屋の店先で、頬杖をついた『私』が笑う。
『今がこんなに楽しいのに』
 先生の後を追いかける『私』が笑う。
 笑って、笑って、笑って、笑って、私の周りをくるくる回って、笑って、笑って、笑って、笑って、私を視線で射抜く。
『わざわざネクに会いに行って今の日常を壊すなんて、馬鹿げてると思わない?』

「……っ」
 耳元に落とされた囁きに、オルハは目を瞑り、懸命に首を幾度も幾度も振った。
 だって、オルハも分かっている。
 弟に会わなくてはならない。謝らなくてはいけない――嘘ではなく、本当にそう思ってはいるけれど。
 会いに行ってしまったら。『今』のオルハは居なくなる。その日を境に、何かが変わってしまう。
 それは、絶対で。
 不安を抱えているのも、本当で。
 だから、首を振るしか出来なかったのだ。

『ねぇ、』
『今がこんなに楽しいのに』
『わざわざネクに会いに行って今の日常を壊すなんて、馬鹿げてると思わない?』
『ねぇ、』
『今がこんなに楽しいのに』
『わざわざネクに会いに行って今の日常を壊すなんて、馬鹿げてると思わない?』
『ねぇ、』
『今がこんなに楽しいのに』
『わざわざネクに会いに行って今の日常を壊すなんて、馬鹿げてると思わない?』

「――!」
 繰り返される囁きに、オルハは無我夢中でウェイカトリアイナ――三叉の槍を繰り出していた。
 すると手応えさえ殆ど残さず、『私』が砕け散る。
 ただ無数の破片をオルハの足元に残して。

「ほんと、馬鹿みたい」
 黒き鏡の欠片から逃げ出すように、オルハは駆け出す。
 耳の奥にはまだ『私』の囁きが残っている。
 ――どうして否定できなかったんだろう?
 追いかけてくる声を、耳を塞いで遠ざける。
 こうしていればいずれ聞こえてこなくなる――本当に?

(「……どうして、私は……」)

大成功 🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
一滴の墨が滲むように広がる闇は
やがて己の姿を為して

符を掲げる一拍
ひとつ、息を吐いたつもりだったのに
…嗤ったのは、何方だろう

自身を屠ることに一切の躊躇いは無い
むしろ何の憂いも無く遣り易い、と感じるもの故に
高速詠唱で紡ぐ鳥葬は
大鷲の羽搏きと嘴の惨刑で影を食らうもの
二回攻撃で畳み掛ける

反撃は第六感で見切り
オーラ防御で相殺

辺りに散るのは鳥の羽根の幻想
踏み拉く己の眼差しは
きっと
先にまみえた「本当の姿」の、いろ

刀を抜いて
影の間近へ一歩

己を写すものでも
唯一つ
知らないことがあるでしょう?
差し上げますよ

一閃
冴える刃が影なる鏡を骸海へと還す

凪いだ口調で贈るのは
主が私に向けた最期の言葉

――「お前はもう、要らないよ」




 喩えるならば、星の海。
 彦星と織姫を分かつ天の河が如く、空間には色とりどりの光が溢れている。
 目も眩む美しさは、人の身なれば怖れをも抱かせるだろう。
 が、元が器物の綾の感覚は、今に限って僅かに鈍い。
 人の形を成した折に得た筈の心は、美しさに引き寄せられず。唯一のおぞましさに、魅せられる。
 じわり。
 虹の鳥籠の中心に座す黒から、一滴の墨が滲むように闇が広がり。粘土を捏ねるように、やがて『綾』の姿を象った。
 屠るべき敵の出現に、綾はすかさず符を掲げる。
 その為の、一拍。綾はひとつ、息を吐いたつもりであったのに――。
「……?」
 喉を吐いて出た嗤いに、綾は胸裡で疑問を呈す。
 されど綾は『其処』へは心を割かず、速く唱えた。
 ――時の歪みに彷徨いし御魂へ、航り逝く路を標さむ、
 人の耳には捉えきれぬ旋律に、疾てなる大鷲の羽搏きが虹色を舞い、生まれたばかりの『綾』へ襲い掛かる。
 己を屠る事に、綾は一切の躊躇を覚えない。
 むしろ他の何を殺めるより、心静かに為せる気さえする。
 だからこそ、大鷲は常よりも獰猛に、敵を鋭い嘴で啄み、残酷に影を喰らう。無論、『綾』とてしてやられてばかりでいるつもりはないのだろう。まとわりついてくる邪魔者を、祓おうと応じる――が、符を操らんとする腕を大鷲の嘴が容赦なく貫いた。
 もつれ合う人と鳥に、無数の羽根が散る。
 いや、実体を持つ羽根ではない。
 あくまでそれは幻想、綾の目のみが視得るもの。

 淡雪の如く、羽根が降り、光の世界に深々と降り積もってゆく。
 それを綾の足が、無残に踏み拉く――蹂躙する。

 ――嗚呼、きっと。
 無体を働く己が眼差しは。先にまみえた、『本当の姿』の、いろ。

 人の身ではあり得ぬ軽やかさで、綾は『綾』へ肉薄する。
 駆け乍ら、刀を抜く。
 白刃が反射する光が、また新たな虹を生む。そこに綾の感慨は、やはりない。
「己を写すものでも唯一つ、知らないことがあるでしょう?」
 抑揚なく、しかし謳うように綾は『綾』へ謂う。
「差し上げますよ」

 一閃。
 冴え渡る刃が僅かの歪みもない弧を描き、すとんと『綾』の首を堕とす。
 がきん、何処かで巨大な鏡が欠けた音がする。されどそこに綾は気を遣らず。消え逝く鏡像へ、約したものを贈る。

「お前はもう、要らないよ」

 凪いだ響きは、主が綾へ向けた最期の言葉と同じであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒門・玄冬
酷く
疲れた

何故、僕が
三千と繰り返した疑問と自責
精神の荒廃と肉体の虚脱
眩暈に揺れながらも
地を踏締める感触だけが
微かに名残惜しく
生きた心地を与えてくれる
拳を握り緊めた――血が通っている
眼を開き、見据える

割るしかない
破壊するしか
それが自明の理であろう
そんなことは最初から解かっていたさ!

沸騰する血潮に重低音の警鐘が痛んだ
片眼に滲んだ水も何れは揮発してしまうだろうか
それでも今は拳を振り上げる

鏡ごと壊してしまえ
壊したとして
その先の世界で貴方は
微笑んでいてくれるだろうか

『バーカ、御託並べてんじゃねぇよ』

振り抜いた拳に白い影が重なる
如何しても嬉しくて微笑んだ

未だ、答えはない
逃れ縋り続けてもなお捨て切れぬ
未練だ




 神々しくも禍々しい。
 虹の光で編まれた鳥籠の中、現れたもう一人の己を前に。玄冬は、ただ立ち尽くした。
 何をしかけてくるでもない『己』。
 玄冬と同じように、二本の足で地面を踏みしめ、背筋を伸ばしているだけなのに。
 たったそれだけで玄冬の精神は削れ、病んでしまいそうになっていく。
 命を繋ぐ為の血の循環が鈍る。
 当たり前のことが、当たり前に行えなくなる――それほどに、玄冬は疲れ果てていた。

 ――何故、僕が。

 それは。一人の仏が、世界を善へと導けるという年数と同じくらいの数を。繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返した疑問と自責だ。
 されどついぞ出ぬ答に、精神は荒廃し、引きずられた肉体までも――健全な魂を宿す為、十全すぎるほど鍛え上げたというのに――虚脱した。
 確かに生きているのに、既に生きていない心地。
 唯一、地を踏み締める感触のみが名残惜しさを密かに齎し。そのことが玄冬に命がまだあることを教えてくれる。

 ――何故、僕が。

 いま一度、問う。
 幾たび目かの、責めの爪を心の臓に突き立てる。
 握り込んだ拳に、過剰な力が籠もる。圧をかけられた血管が、悲鳴を上げた。どくり。血が、玄冬の中に流れている。
 嗚呼、そうだ。
 生きている。
 生きている。
 生きている。
 生きている。
 草臥れていた瞼を叱咤し、押し上げた。
 虹色の中にあって青を強くする紫眼で、『それ』を見据える。

 ――割るしかない。
 ――破壊するしかない。
 ――それこそが自明の理。

「そんなことは最初から解っていたさ!」

 叫んだ瞬間、目の前がカッと熱くなった。
 沸騰する血潮に、重低音の警鐘が痛む。
 ちり、と片眼に滲んだ水さえも、何れは熱にまかれて揮発してしまうかもしれない。
 それでも、今は。

 玄冬が、拳を振り上げる。
 叩きつけるのは、変わらず無言で立つ男。
 ――鏡ごと、壊してしまえ。
 ああ、そうだ。壊してしまえ。でも、壊したとして。
(「その先の世界で、貴方は微笑んでいてくれるだろうか」)

『バーカ、御託並べてんじゃねぇよ』

 降る虹を切り裂く拳に、白い影が重なった――のを、玄冬だけが視る。
 如何しても込み上げてしまった歓喜に、黒き門番は知らず微笑みを浮かべていた。

 手の甲に、衝撃の余韻が残る。
 聞いた甲高い音色は、裡を飼いならさんとする虹の鳥籠があげた悲鳴だろうか。
 何れにせよ――答えは、未だ無し。
 逃れ、縋り続けても。捨てきれずにいる。
 理不尽な矛盾を人が何と言うか、玄冬は知っている。
「――未練だ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ブルーベル・ザビラヴド
瞬き一つで彩を変える虹色の世界
その中に澱んだ、得体の知れない真っ黒な鏡

不思議だね
歪んだ『僕』を目の前にしても、不思議と初めて会う気がしない
だって、狭量で貪欲な醜い『僕』は
いつだって僕と共にあるものだったから

雪と氷の【エレメンタルファンタジア】をもう一人の自分とぶつけ合う
きっと力は同等で、『いい子』じゃない分あっちが有利

でも
硝子の右手が罅割れても
僕は君から、逃げたりしない

「君は本当に僕、なんだね」

光って砕けてく氷の欠片に、映る嫉妬は、怨嗟は
悪意に歪められているとしても、きっと元々、僕の持ち物
だから、君ごとここに置いていく

雪風のせめぎ合いに競り勝ったら、明日は
今よりももう少しマシな僕になれるのかな




 痛いほどの硬質な光が、ブルーベルの右腕で跳ねる。
 途端、金から青へと変わった一条の光をブルーベルは二色の眼で追い、巨大な鏡へ吸い込まれていくのを見た。
 鏡なのだから、即座に反射するはずだ。
 だのにそれは一瞬、ブルーベルの『光』を吸い込んで。もぞりと身震いしたかと思うと、ほろりと闇色の澱を吐き出した。
 瞬き一つで彩を変える、恐ろしいまでの美しさに満たされた世界。
 そこにあって唯一、得体の知れない真っ黒な鏡はオブリビオン。それが生み出した鏡像が、『形』を成す。
 濁り、僅かも見透かすことのできない石ころから。愛らしく、初々しく――けれど、甘やかに媚びる笑顔を貼り付けた少年へと。
 計算され尽くした角度で、『少年』の首が微かに倒された。
 見る者の目を惹かずにおれない仕草には、ブルーベルでも目を瞠る。
 しかし。
「……不思議だね」
 生まれたての鏡像――歪められた『僕』を前に、ブルーベルは一抹の違和感さえ抱かなかった。
「本当に、初めまして、かな?」
『いい子が、僕に触るな!』
 思わず伸べてしまった手が、鋭く弾き返される。剣呑な眼差しには、あからさまな侮蔑と敵意が滲んでいた。
『勇気がないだけの癖に』
『いい子を演じて、許された場所にしがみついているだけの癖に!』
『僕は違う。僕はちゃんと言える』
『愛して。あなたの一番を僕にくださいって、ちゃんと言える!!』
 幼子じみた癇癪は、しかし苛烈。力持つ否定の声は、刃となってブルーベルを引き裂き、蹂躙する。
「……うん」
 迸らされる激情は、おおよそブルーベルらしからぬもの。だのにブルーベルは、そこから自分の欠片を拾い上げる。
 ――狭量で。
 ――貪欲で。
 ――醜い『僕』。
(「君は、確かに。常に、僕と共にあるもの」)
 すとんと胸に落ちた肯定に、ブルーベルは躊躇なく一冊の書物の頁を捲った。
 ブルーベルの意を察した『ブルーベル』も、全く同じ動作で書物を開く。
 二つの冷気が、虹の鳥籠に漂い始める。やがて六花と氷礫となったそれは、白く白く二人のブルーベルを包み込む。
「君を、外に出すわけにはいかないから」
『いつまでもいつまでもいい子ぶるお前なんか、消えてしまえ!!!』
 お綺麗な理屈と、剥き出しの我欲がぶつかり合い、氷雪の嵐が互いの手元から、相手の命めがけて放たれる。
 力は、全くの同等だった。されど自分に素直――『いいこ』でない分だけ『ブルーベル』の方が圧でブルーベルを上回る。
 守りの風雪をすり抜けて、氷礫がブルーベルへ届く。額が裂かれ、腿を貫かれ、書物を構える右手の青に罅が走る。
 痛みが、ないわけではない。
 ――いや、痛みがあるのだ。
 ただの石ころだったら持ち得なかった、痛みが。即ち、心。
 心とは、振りかざすものではない。誰かを優しく思うのも、また心のはず。だから。
(「僕は君から、逃げたりしない」)
 砕けた氷の欠片に虹色の光が落ちて、鏡像を映す。
 ブルーベルを壊そうとしている表情に、先ほどまでの愛らしさはなく。代わりに嫉妬と怨嗟で彩られている。
 愛されようもない、醜い顔――醜い心だ。
 だがそれさえもブルーベルは是認する。あれはただの悪意によって歪められただけのものではない。

 ――きっと元々、僕の持ち物。
 ――だから、君ごとここに置いていく。

「君は本当に僕、なんだね」
 吹き荒れる雪と氷が、二人のブルーベルの声と視線が交わるのを阻む。けれどもブルーベルは歯を食いしばり、血だらけの足で前へ踏み込んだ。
 このせめぎ合いに、競り勝つことが出来たなら。
 明日は。
(「今よりももう少しマシな僕になれるのかな」)
 自問に応えは返らず。
 しかしすぐ近くで、魔が砕け散る甲高い音がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マクベス・メインクーン
オレの偽物……いや、あれがオレの本性か…
さっき見たのが本当にオレだってなら
オレはオレの破壊衝動を制御してやるぜっ!

鏡も偽物も纏めて魔装銃で【範囲攻撃】
雷【属性攻撃】で感電させて動きを封じにいく
つっても素早さ高められたオレとか厄介
近づいてきた所を【オーラ防御】しつつ【零距離射撃】
攻撃食らおうと引かねぇ…【激痛耐性】で耐えるぜ

オレの偽物だってんなら
自分のしぶとさくらい分かってんだろ
こんなもんじゃオレは壊れねぇぜ?

UCで素早さの超強化して【フェイント】交えつつ
偽物に炎の【全力魔法】を叩き込んでやる
お前に勝てなきゃ兄貴に合わす顔ねぇぜ
いつか完璧に制御してやっからそれまで眠ってろよ




 黒き鏡は、姿を写し取った者の本性を歪め、新たな像を結ぶもの。
 ならば、その『元』が。最初から歪んでいたらどうなるのか。
 歪み歪んで、補正されるのか。はたまた更に捩じれて、原型を留めぬ怪物に成り果てるのか。
 考え始めれば、嵌る深み。故にか、それとも生まれ持った性か。マクベスは、ただひたすらに影の如き己と立ち合う。
 初手は、問答無用の弾丸の雨。
 雷を帯びさせたそれは、影を痺れで戒め、本体である鏡までも届くはずだった。
 されど相手はマクベス自身。水、雷、風の精霊を身に宿し、驚異的な加速で全ての弾丸を弾き落し、悠然と反撃に転じてくる。
 懐に入られるまでは、一瞬だった。
 その速さのまま、影は二丁の魔装銃のトリガーを引く。
 展開したオーラの圧で、マクベスは放たれた弾丸を凌ぐことを試みる。同時に、銃口を影の胸元へ押し当てた。
 ――だが。
「っ、オレは。こんくらいじゃ、引かねぇ」
 強化の分だけ、影がマクベスを上回る。影が放った弾丸はマクベスの両足を射抜き、対してマクベスが放った弾丸はオーラの圧に跳ね返された。
 とん、とん、と。軽やかに数歩を跳んで影がマクベスとの距離を取り直す。
 余裕な姿がムカついた。今すぐ壊してやりたい衝動が、マクベスの内に燻り始める。しかしマクベスは理性を搔き集め、『それ』を必死に抑え込む。
「なぁ、オレの偽物さんよ。お前もオレなら、オレのしぶとさくらい分かってんだろ。こんなもんじゃ、オレは壊れねぇぜ?」
 笑いそうな膝を叱咤して、マクベスは勝気に口の端を吊り上げた。
「オレだって接近戦くらいやれるっての!」
 そして影が得たのと同じ加護を纏い、今度は此方から距離を詰めにかかる。ただし、馬鹿正直には突っ込まない。読まれることを予測しながらも、フェイントを組み込む。
「お前に勝てなきゃ、兄貴に合わす顔がねぇぜ」
 バックステップにも影はついてくる。ならば左へ半歩、軌道を逸らす。これにも対応された。
 どこまでも、己と己。策を練るのは無意味。だというなら、純然たる力をぶつけるのみ。我が身さえ、焼き尽くす覚悟で。
「いつか完璧に制御してやっから、それまで大人しく眠ってろよ!!!」
 高らかに吼え、極限まで高めた力で。マクベスは巨大な雷球を影へ――自分自身へと放った。

 何かが焼け焦げた匂いが、意識が朦朧とするマクベスの鼻先を掠める。
 パリン、と。硬質な何かに罅が走る音がしたのは、その時だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霄・花雫
……わぁ、……綺麗な場所……
でも、何だかちょこっと怖いかも?
鏡って色んな逸話があるって言うよね、良い話も悪い話も

……あたしの、可能性かぁ……
歪められたあたしは、どうなるんだろう?
……でも、鏡像如きがあたしに勝てると思わないでよね
本物はいつだって輝いてるんだから!たとえあたしより速くたって関係ない、捉えてみせる!
【空中戦、ダンス、パフォーマンス、全力魔法、毒使い】で真っ向からぶつかって、【誘惑、挑発】であたしに惹き付けてみるよ
【野生の勘、見切り】でその速さすらも乗り越えてみせるんだから

やっと自由に生きて行けるようになったんだから、あたしの全てはあたしのものよ
偽者があたしより輝けると思わないで




 天井から、虹の光が粒となって降って来る。
 手を伸ばしたら触れられそうだ。けれど指を伸ばすと、その指先が虹色に染まるだけで、温度も何も感じない。
「……わぁ、……綺麗な場所……」
 動き回れるだけの丈夫な身体を得て、色んなところへ行った。けれどその何処とも違う世界に花雫は感動に繊細な背鰭をレースのように波打たせる。
 いや、その震えにあるのは感動だけではない。美しさ故の畏れもまた、そこには在る。
 ただベッドに懐くしかなかった日々。外へ想いを馳せながら、読んだ本たちの中に。鏡に纏わる様々な逸話があった。
 心が浮き立つ、良い話もあった。
 心を騒がせる、悪い話もあった。
 だからだろうか。こんなにも綺麗で、世界に吸い込まれてしまいそうなのに。花雫の背筋を、嫌な汗がつぅと伝う。
 その時。
 色合いを異にする二つの青が、黒い鏡を捉えた。直後、放たれた殺気が花雫の全身を突き抜けた。
「……これが、あたしの可能性?」
 弱々しく、今にも消え入りそうな少女がひらりと中空を泳いでいる。
 否、消え入りそうなのではない。まさに今、消えかかっているのだ。
 痩せ細り、輪郭さえも溶けかけて。命が尽き掛けているのが一目瞭然な少女。
 しかし、消えかけだからこそ。命の輝きに、溢れた少女。
「……っ!」
 命を燃やし尽くさんとする輝きは、苛烈にして鮮明。目も眩むような少女の姿に、花雫はぎゅっと唇を噛み締めた。
 ――美しい、と思ってしまった。
 ――一瞬でも、気圧されてしまった。
 でも、でも、でも、でも!
「鏡像如きが、あたしに勝てるなんて思わないでよね!」
 先に空中へと泳ぎ出した少女を追って、花雫も光を放つ結晶を目指して翔ける。
「本物はいつだって輝いてるんだから! たとえあたしより速くたって関係ない、捉えてみせる!」
 ――さあ、飛ぶよ!
 春風を爪先に吹かせ、花雫は何度も何度も空中を蹴り。その都度、加速する。
 分かっている。同じ分だけ、少女も速くなる。何も持たないだけ、彼女の方が身は軽い。それでも、それでも。負けない、負けたくない。
「やっと自由に生きて行けるようになったんだから、あたしの全てはあたしのものよ」
 追って、追って、追って。踊るように追いかけて。花雫は、眩い少女へ手を伸ばす。指先に、毒を宿し。魔力を込めて。
「偽者があたしより輝けると思わないで――掴まえた!」

 触れたのは、翻るフリルの際。
 しかしそれで十分。
 仮初の光を、花雫は全力で打ち砕いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
叶わぬ夢に見る己の姿
秘した記憶に見る己の姿

『逃げられない』

知っている
そんな事、ずっと前から
知っているんだ

手に入れる事のできないものを求め
身の程知らずな幸せを願った

だから
全部
消えたんだ

この手から零れ落ちて
何もかも無くなった

「消えるべきなのは、俺だったのにな…」

嗚呼
自分自身を相手取る事の
なんと容易い事か
俺は俺を殺したい
だからその姿は逆効果だ

振り抜く剣先に躊躇は無い
屠が纏う縹の冷気に思考は冷やされ
浮かび上がる霜が鏡の居場所を教えてくれる

駆ける、飛ぶ
剣先は映し出された俺ごとその鏡へ
触れた先から花となれ


俺を殺せたのなら
どれ程楽になれるだろう

けれどあの子に、生きろと言われたから

今日も醜く、生き続けるんだ




 光の中の“人”は、傍らの誰かを笑顔にさせて、自身もまた笑顔だった。
 ――所詮、叶わぬ夢。
 黒き獣の体躯に唯一の彩は、獲物を狙うかの如く爛々と煇く青い眼。醜い醜い、姿。
 ――どれだけ秘しても、記憶に見てしまう己。

 まみえた二つが、黒羽へ語る。
『逃げられない』
(「……知っている。そんな事、ずっと前から」)
「知っているんだ」
 萎縮してしまいそうな美しい光の世界にあってなお、黒羽の心は微かも揺れ動かない。
 だって彼を苛むものはいつだって黒羽の内側に。故に、景色の移ろいなぞ意味なきもの。

 ――手に入れる事のできないものを求めた。
 ――身の程知らずな幸せを願った。
「だから全部、消えたんだ」
 広げた両の手の指と指との間を、虹色の光がすり抜けていく。
 一筋でも捕まえようと拳を握ったけれど、掴めぬそれは黒羽の元に影さえ残してはくれない。
 何もかもが、黒羽の手から零れ落ちて、消え失せた。残ったのは、せいぜい『空っぽ』だけ。
「消えるべきなのは、俺だったのにな……」
 ――そうだ。
 ――自分を、消せばいい。
 ――消せば、いいのだ。
 辿り着いた至高の解に、黒羽は青い眼をぐわと剥き、駆け出す。烏の羽翼で空を叩き、加速も得る。
 同時に『影』も黒羽へ肉薄していた。
 『影』が如何なる歪みを帯びているかなど黒羽には関係ない。姿を写し映した時点で、殺意の矛先を向けるに十分。
 むしろ――。
「嗚呼」
 自分自身を相手取る事の、なんと容易い事か。
 黒羽は黒羽を殺したくて堪らないのだ。だからこそ、その姿は逆効果。
 しんと漂う冷気に、黒羽の思考は冷えて冴ゆる。隠遁を解き顕わになった黒き剣の発したそれは、帯びた縹の呪力。そして黒羽に同調した屠の刃も、獲物を喰らおうとぎらつく。
 走る霜が、消したくて仕方ない者の居場所を黒羽へ知らしめる。
 二者が激突した。初手は互角、弾かれるように距離を取り、また駆けて、飛ぶ。
 もはや人と人との戦いではなく、獣と獣の生存競争。互いに牙を突き立て、命を食いちぎり、負けを欲しながらも相手を消そうとする。
 勝者となり得るのは、より己を厭う者。
「花が枯れ堕ちるまで、──動くな」
『花が枯れ堕ちるまで、──動』
 結末は、僅かに黒羽が早く。渾身の一閃、刻まれた斬痕。そこから咲いた氷花が、『影』に終わりを齎した。

 鏡に罅が入る音を耳に、黒羽は己と同じ姿をした者が砂のように崩れて逝くのをぼんやりと見下ろす。
 こんな風に、自分を殺せたなら。どれほど楽になれるだろう?
 けれど、そうは出来ない。
 あの子に『生きろ』と言われたから。
 だから黒羽は――今日も醜く、生き続ける。

大成功 🔵​🔵​🔵​

七那原・望
憎悪と正義感が最悪な形で結び付いた、わたしの可能性の姿ですか……

残虐に、冷酷に断罪を続け摩耗した最果てのわたし。
あと何億人殺戮するつもりなのでしょうね?
そうして苦しめたいだけ苦しめて、殺すだけ殺して、満足したら今度は自分自身に矛先を向けるのでしょう?
本当に、くだらない。

【Laminas pro vobis】を発動します。込める望みはただ一つ。
攻撃力を重視し、短期決戦を狙います。

歪められているとはいえ相手は自分自身。攻撃は【見切って】適切な対処で回避します。

相手の動きの癖も勿論【見切り】、【カウンター】で至近距離から【全力魔法】を叩き込みます。

不愉快です。消え去りなさい、偽物未満の虚像のわたし。




 神々しくも痛々しい光の中に立ち、望は対峙する『自分』の全てを五感で拾う。
 最初に感じたのは、強い覇気。むしろ強すぎると言って良いそれは、人々を圧倒する虹の鳥籠の美しさをも翳ませるだろう。
 次いで、憎悪。悪を、罪を、弱さを、穢れの一切を認めず、切り捨てる冷酷さが望の肌を突き刺す。
 そのくせ、呼吸は弱々しい。まるで疲れたとでも言わんばかりだ。
 ああ、それは。
 憎悪と正義感が最悪の形で結びついてしまった姿だ。残虐に、冷酷に、容赦なく、人々を断罪し続け――結果、摩耗した最果ての『望』。
 されど『望』は止まらないだろう。
 この世に裁くべきものがある限り『望』は清め続ける――殺戮を繰り返すに違いない。
「そうして苦しめたいだけ、苦しめて」
 かつん、と。靴の踵を鳴らし、視界を封じられているとは思えぬ確かさで、望は『望』へ歩み出す。
「殺すだけ殺して、満足したら今度は自分自身に矛先を向けるのでしょう?」
 幼子らしい柔らかな唇が、大人びた言葉を発する。
「本当に、くだらない」
 然して望は強かに『望』を切り捨て、真白い翼で翔け出す。
「わたしは望む……」
 今の望の望みはただ一つ。疾く、この『望』を始末すること。希求の念が、赤い光となり。そこから生まれた武器と礼装が望に彼女が欲する力を与える。
 全力で、望は『望』を滅することを望む。しかし『望』もまた望。紅いアネモネが咲く大鎌を手に望の飛来を待ち受けた。
 魂刈る曲刃が、先に閃く。
 僅かに速度を落として望は切っ先を躱し、『望』の頭上へ舞い上がる。
 虹色の光の源を背に、望の気配が一瞬だけ世界に溶けた。五感で追う『望』に、空隙が生まれる。そこを逃さず、望はありったけの魔力を回す。
 増幅された力が、望の両手に集約する。
「不愉快です。消え去りなさい、偽物未満の虚像のわたし」
 全力の魔力弾が地上へ向け放たれた。躱すことを赦さぬそれは、『望』ごと地面を抉り、赤々と燃えて炸裂する。

 がり、と。漆黒の鏡の一部が欠け落ちる時。
 虹の鳥籠には仮初めの静寂が戻る。
 そこに『望』の姿はなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リアヘル・タクティシェ
下手なオブリビオンより強くなる猟兵もいるだろうが
俺に対しては悪手だな
戦闘知識に頼るまでもなく
『自分』の弱点は俺が一番熟知している
知識を活かし準備する間のない遭遇戦
それが俺の最も苦手とするものだ
膂力、頑健さ、俊敏さも並以下
超抜的な異能もない
戦術的脅威度は群れるオブリビオンと大差ない
皮肉過ぎるが力を強化した程度の俺なんて話にならない
鏡像の太刀筋を有利に捌ける立ち回りを分析し
斬撃を刀で受け流しながら
剣刃一閃を繰り出す
剛性を無視して切断するユーベルコードで十分だ
致命傷を狙う必要すらない
四肢を掠めて戦力を削るだけで勝敗は決する
あまりに弱過ぎて反吐が出る
これがこのていどが俺の力だ
なんて脆弱な存在だ




 人の魂さえ魅了する美しい光の世界に在りながら、リアヘルの心は対峙する己へのみへ注がれる。
 写した人物を、歪める鏡。
 猟兵によっては、配下を率いるオブリビオンよりも強い『己』を顕現させる者もいるだろう。
 ――が。
「俺に対しては悪手だな」
 端的に事実のみを呟き、リアヘルは像を結んだばかりの『リアヘル』へ襲い掛かる。
 リアヘルが他者に対して唯一誇れるものは『戦闘知識』だ。
 その知識を活かす準備もないまま戦端が開かれれば――突発の遭遇戦となれば、リアヘルは我が利を活かせない。
 自分だからこそ最もよく知る、自分の弱点。
 膂力も、頑健さも、俊敏さも。並以下であるとリアヘルはリアヘルだからこそ、『リアヘル』を分析し、有利を取ろうと駆けた。
 ――超抜的な異能もない。
 ――戦術的脅威度は群れるオブリビオンと大差ない。
 端的にリアヘルは『リアヘル』を読み解く。皮肉にも、多少の強化をされたところで、箸にも棒にもかからないことなぞリアヘル自身が知り尽くしている。
 リアヘルの接近に気付いた『リアヘル』が刃を抜く。
 予測より早く重いのは、可能性を歪められたからだろう。躱すことも受け流すことも出来はしなかったが、致命傷には至らない。
 だからリアヘルは、痛む体に鞭を打ち、そのまま単純明快なユーベルコードを発動する。
 銘も無き打刀が、剛性も理をも無視して望むものを断つ刃と化す。
 閃きは、一度きり。
 それこそ致命傷を与える必要さえない。何故なら、ほんの僅か戦力を削げばいいのだ。おそらく四肢を掠めるだけで、戦いは実質的な終わりを迎える。
 果たしてリアヘルの読みは正しく、右足の腱を断たれた『リアヘル』は蹲ってリアヘルを見上げるのみとなった。
「……」
 手応えさえ感じることのない『己』の弱さに、リアヘルの裡に苦々しさが充満する。
 憐れとすら、感じない。
 ――これが。この程度が、俺の力だ。
「なんて脆弱な存在だ」
 己を認め、リアヘルはもう一度だけ刃を振り下ろす。
 きぃんと響いた甲高い音色は、黒き鏡が何処かで傷付いた音。
 されど『リアヘル』は何も残さず、あっという間に光の中へと消え去った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

石守・舞花
目の前にいるのは、返り血で戦巫女の装束を染めたいしがみさん
敵の生命を嬉々とした表情で喰らっている姿に、思わず震えが走ってしまいます
違う! これは鏡に映ったニセモノの自分!
だって、いしがみさんが敵を狩るのは、生命を喰らうのは……ただの義務、なんだから

薙刀を振るって、同じ技でぶつかり合います
相手が自分のコピーなら、隙が見えるタイミングも同じはずです
おばば様によく指摘されてた自分の苦手な部分を思い出して、横合いから攻め込みます

敵を倒す瞬間、【生命力吸収】する瞬間に気分が高揚している自分に気付いて
……あぁ、なんだ。アレ自分そのものじゃん
もうこんなん、自嘲するように笑うしかないですよ




 神懸った光景なぞ、改めて興味を惹くようなものではない。
 なぜなら舞花は神官一族の娘。
 身に染むほどに教え込まれた様々に、それは常にまとわりつくもの。
 だから舞花は虹の鳥籠に畏怖を感じることはなく、しかし結ばれた鏡像に唇をわななかせた。
 だって、だって、だって。
「いしがみ、さ、ん?」
 こげ茶の髪も、白い肌も。袖を通した戦巫女装束も。べったりと朱に濡れた少女を、舞花はそう呼んだ。
 無論、ただの朱ではない。生温い血だ。『舞花』を具に観察しても、傷の一つも見受けられないことが、その血が返り血であることを舞花に知らしめる。
 そして『舞花』は。とても満足そうに微笑んでいた。
 きっと敵の命を喰らっているのだ。しかも、この上なく嬉々として!
「……っ、違う!」
 小刻みに震え出した己が身体をかき抱き、舞花は全力で否定を叫ぶ。
 違う、違う、違う。
 コレは、鏡に映ったニセモノの『舞花』だ。
「だって、いしがみさんが敵を狩るのは……生命を喰らうのは――ただの義務、なんだから!」
 ――そう。
 歓んでなんかいない。
 悦んでなんかいない。
 だから違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違うちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう!
 薙刀を手に、舞花は一心不乱に『舞花』を目指す。
 血濡れの『舞花』も舞花へ襲い来る。
 まずは上段からの一撃。鏡写しの動きに、ぶつかり合った白刃が虹色の世界に火花を散らし咲かす。
 同等の力の衝撃に弾かれた二人の舞花の間に、距離が出来る。いや、オブリビオンの強化を受けているだけ『舞花』の方が少しだけ上。故に、鑪を踏む歩数は舞花の方が多く。その分だけ、間合いが広がった。
 そこへ舞花が再び踏み入る。
(「おばば様に、耳にたこが出来るくらい指摘されたのです」)
 舞花の苦手は横合いから攻撃への対処。ならば『舞花』も同じはず。
 爪先のみの舞で神霊体へと舞花は我が身を昇華して、『舞花』の脇腹目掛けて薙刀を振り抜く。
 放たれたはずの衝撃波さえ後追いになる、疾き一閃。
 ――どくり。
 予感した『敵』の終わりに、舞花の鼓動が一つ高鳴った。無意識にでも流れ込んで来る『命』に舞花の体温が上がる。
 それは、高揚の証。
「ッ、」
 そうだ。あんなに懸命に否定したのに、そうではなかった。そうでなかったことに、舞花は気付いてしまう。
「……あぁ、なんだ」
 パキンと黒い鏡が欠けて、破片が舞花の足元へと転がって来る。
 されどそれにさえ舞花は心を動かさず、突き付けられた現実に自嘲するように笑う。
 ――いや。
「もうこんなん」
 笑うしかなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア
※アドリブ掛け合い絡み大歓迎

…確かにあたし、「魔法使ってみたいなー」とは言ったわよぉ?
…言ったけど…





「相手したいなー」なんてひとっことも言った覚えないんだけどなぁっぶな掠ったぁ!
(対峙するは「魔道の才に溢れた自分」。肌を埋めるほどの呪紋を纏い、背には大量の魔法陣。爆ぜる地面、荒ぶ氷刃。業火が、紫電が、レーザーが乱れ飛ぶ中を〇逃げ足全開で回避)

この釣瓶打ち相手じゃ遠距離戦は流石に無謀ねぇ。
〇ダッシュ・ジャンプ・スライディング駆使して駆け回りつつ隙を〇見切ってグレネードで〇目潰し、後は各種〇耐性と〇オーラ防御頼みに突っこんで〇零距離射撃で〇鎧無視攻撃の●滅殺一閃。
博打だけどコレが最良,かしらねぇ。




 うううん、と身を捩らせながら。
 そうねぇ、と相変わらずの甘さを言葉尻に尾を引かせ。
 しかしいつもより目をほんの少し――あくまでほんの少し。だいたい一ミリくらい――大きめに開けて、ティオレンシアは『思案するふり』の現実逃避を決め込んだ。
 千言万語を費やしても表現し得ない虹の鳥籠内の光景には、ほんのり驚きもしたけれど。だがそれ以上に、何と言うか、その。

「……確かにあたし、『魔法使ってみたいなー』とは言ったわよぉ?」

 多分、あれがオブリビオンだろう。『鏡』というには既に原型を保っていない黒い耀きが生み出した『鏡像』は。確かに、見てくれはほぼほぼティオレンシアだ。
 ちなみにどうして『ほぼほぼ』かと言うと。

「……言ったけど……」

 まずは衣服。ギャルソン制服のティオレンシアに対し、鏡像は――鏡像のくせに――なんだか物凄く動きにくそうな、ずるずるひらひらのローブっぽいものを着ている。
 そして肌。顔や手など外気に触れる部分は、つるんとした卵のように色白で何の変哲もないのがティオレンシアなのに、鏡像は――しつこいようだが鏡像なのに――見える部分全てにびっしりとオカルトちっくな呪紋が刻まれている。
(「あれはきっと全身に施されてるわねぇ……って、そうじゃ、なくってぇ!」)

「『相手したいなー』なんてひとっことも言った覚えないんだけどなぁっぶな掠ったぁ!」
 むしろなぜ掠めるだけで済んだのか分からない、というくらい。半ば物理法則を無視した動きでティオレンシアは紫電の一撃を掻い潜り、一目散に『ティオレンシア』へ背を向け全力ダッシュを開始する。
 キィンと耳をつんざくような音がしたのは、無数の魔法陣がティオレンシアの背後へ展開されたからだろう。だが見なければ無いも同じということにして、ティオレンシアは直感だけで右に左にと駆けずり回る。傍らで、地面が爆ぜた。かと思うと、進路を阻むように氷刃が突き刺さる。慌てて回避したところを狙いすまして、レーザー光線が襲い来た。
(「まったく、もぉう!」)
 身体があと僅かでも固ければ、最後の一撃は致命傷になり得たかもしれない。ブリッジの要領で辛うじて凌いだティオレンシアは、腹筋を叱咤して跳ね起きると同時に転身する。
「この釣瓶打ち相手じゃ遠距離戦は流石に無謀ねぇ」
 ぺろり。唇を舐め、ティオレンシアはニッと笑う。
 他所様には向けられないタイプの貌だ。しかし見るのは『ティオレンシア』くらい。捩じくれ曲がって魔法の才に満ち満ち溢れちゃってるけれど、どうせ相手は『自分』。
 見せつけられた技の数々を、今度は脳内で再生し。構成と発動の間を読み切り、ティオレンシアはあっという間に『ティオレンシア』へ肉薄する。
(「博打だけどコレが最良、かしらねぇ」)
 一手間違えれば、消し炭だ。でもそのスリリングさも悪くはない。
「と、いうわけで。クロスレンジなら安心? ……ちょぉっと甘いんじゃないかしらねぇ?」
 予備動作ほぼ零でティオレンシアは銃を構え。銃口を『ティオレンシア』へ突き付けると、トリガーを引くより早く雷管を直接叩いて弾倉内の弾丸を放つ。

「はぁ……あぶなかったわねぇ?」
 そんなことは露ほども思っていないくせに。ティオレンシアは浮かびもしない額の汗を拭い、消えゆく鏡像に興味の一切を失くした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

泉宮・瑠碧
虹の鳥籠、あまりに綺麗で…圧倒されると言うか
自分が、取るに足りない…卑小な存在に思えてくるな
…あの時の様に

生き残るのなら、私の様な卑小な存在ではなく…
もっと素晴らしい人物なら良かったのに、と

可能性なら
死に急ぐ、死にたがりか
…今と、大して違いは無いのかもしれないが

僕は相照加護
大気中の水や風の流れから精霊達が相手の動きを読み
見切りやオーラ防御を併用して回避
攻守に第六感

相手も身のこなしは軽いので当て難いだろうが
回避の為に得た予測から、精霊弓を番えてスナイパー
破魔と精神攻撃も乗せて
歪んだ己と鏡にも攻撃は加えていく

自分だから分かる
もう、君の重い荷物は棄てて良い、そして皆の元へ逝くと良い
…皆に、よろしくね




 踏み入るのも憚られ、瑠碧は虹の鳥籠の外側で少しの間だけ立ち竦んだ。
 降り注ぐ音がしないのが、逆に不思議なくらい。遥か高みから流れ落ちた滝が、地表近くで雨霧に変って奏でるのに似た音色がしても、きっと納得してしまえただろう。
 ――と、想像に身を置くのは容易。
 しかしいつまでも留まってはいられないと、瑠碧は光のシャワーを潜る。
 まみえた世界は、想像を超える美しさ。
 ちらちら、きらきらと。視界に映る全てが、光。しかも一時たりとて定まらぬ、移ろいの彩。
 あまりの光景に瑠碧の心臓が「きゅ」と縮こまる。
 でもそれは、圧倒されるというより萎縮だ。
 俯いた先の煌めきに、瑠碧は感嘆とも憂いともつかぬ息を細く吐く。
(「自分が、取るに足らない……卑小な存在に思えてくるな」)
 ――……あの時の様に。

 生き残るなら、私の様な卑小な存在ではなく……。
 もっと素晴らしい人物なら良かったのに。

「……全てに宿る、」
 過る記憶に、思考が陰鬱へと沈む――が。ゆうらりと揺らいだ光の向こう、現れた薄青の影に瑠碧は無理やり意識を切り替えた。
「数多の精霊達……力を貸して――、!」
 歌うように静かに唱え、この地に溢れる光の精霊達の力を借りた瑠碧は、視神経をちくりと刺した気配に息を飲む。
 だって鏡像が――『瑠碧』が純然たる殺意を漲らせ、瑠碧を屠ろうと間合いを詰めてきていたのだ。そのくせ、どこからでも撃ってこいとでも言うような無防備さは――。
(「ああ……なんて、死にたがり、な」)
 顕わにする殺意だって死に急いでいるのと同義。
 表情だけは無に近いのは瑠碧とそっくりだけれど。
(「いや、在り方そのものが。今の僕と、……大した違いは無いのかもしれない」)
 自嘲は裡に留め、瑠碧は光の矢を番えた。
「――な、」
 然して放った光矢は、『瑠碧』の右肩を射抜く。同等の能力を――しかもオブリビオンに強化されている――有す影ならば、おそらく躱すだろうと思っていた瑠碧は、『瑠碧』の意図を悟って、唇をきつく引き結ぶ。
 ――そんなにも、死にたいのか。消えてしまいたいのか。
 そのくせ――無意識にだろうけれど――致命傷は回避してしまう行動は、瑠碧が覚えた『卑小』そのもの。
 違う、そうではない。
 これは『自分』であって、自分ではない。
 幾つもの可能性の中の果てに、悪意によって歪められた『瑠碧』だ。断じて瑠碧そのものではない。
 だが理解し得る『瑠碧』の想いに、瑠碧は精霊たちの加護を狙いの補正に傾けた。
(「自分だから、分かる」)
 撃ち合いは、ただ戦闘を長引かせるだけ。互いに無意味だ。だって瑠碧には『瑠碧』に敗北し、ここで命を捨てるつもりはない。
 ならば、疾く。
 絶対に躱せない位置。『瑠碧』の動きの先の先の、そのまた先を読み。選び抜いた一瞬に、瑠碧は渾身を射掛ける。
「もう、君の重い荷物は棄てて良い、そして皆の元へ逝くと良い」
 邪を祓う力を帯びた光矢が、虹色よりも眩く輝き、『瑠碧』の心臓へと吸い込まれていく。
 キンと硬い音がしたのは、鏡のオブリビオンもダメージを負ったからだろう。
 しかし今は暫し。
「……皆に、よろしくね」
 形を失い、光の粒に溶けて。母の腹へ還るように無色の水晶へ登りゆく『瑠碧』であった薄青の光を、瑠碧は祈るように見送った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雨糸・咲
美しい景色に心動きはするけれど
その中にいる自分はひどく地味で
何だか場違いにも思えて
…居ては、いけないような

現れた姿は、自分そのもの
でも、迷い無く攻撃してくる姿はまるで
成り代わろうとしているような

…そういう欲を、持ってはだめよ

この姿は、大切なひとから借りたもの
たくさんの後悔を残して逝ってしまった
清く美しいひとのもの

自分の為になど、在ってはいけない
この姿を穢す生き方など…認めない

自身と同じ見目であればこその躊躇無い膺懲
回避は捨てて前へ、前へ
高速詠唱の全力魔法は、鋭く降り注ぐ氷柱の雨
2回攻撃で間断なく攻めかかる

何も望むな
求めるな
己の心に誇れないなら、いっそ死んでしまえと
自身に刃を向ける代わりに――




 咲はゆっくりと、自分の影へと視線を落とした。
 それでも不規則に跳ねた光が、咲の瞳にチカリとオパールのような色を反射させる。
 ――まるで、月の涙みたい。
 存在し得ない幻想に例え、咲は色を失くした唇を引き結んだ。
 虹の鳥籠と称されるに相応しい美しい光景に、咲は最初に息を飲んだ。心も動かされた――けれど。
 同時に、言い知れぬ居心地の悪さと心細さに胸を刺された。
(「……私、は」)
 唯一無二を映した姿を咲は持つのに、その己の存在がひどく地味で。此処に相応しくないような、場違いであるように思えてしまったのだ。
(「居ては……いけない?」)
 しかし自問が解を得るより早く、咲は感じ取った殺気に顔を上げる。
 夢のように、変わらず世界は美しいまま。その中を、無数の光を散りばめさせた『咲』が咲を目掛けて走り出していた。
 夜の藍を紡いだような髪も、それが緩やかに波打つ様も。胸元を清楚に飾る白のレースも、袖から伸びるしなやかな手も。
 全てが、咲と同じ。唯一の違いは、眼差しだ。静かに微笑むのではなく、欲を隠すことなくぎらつかせている。
 まるで、咲にとって代わって、『咲』が咲として地上へ出ることを望んでいるような。
「……そういう欲を、持ってはだめよ」
 髪に飾る作り物の菊花をむしり取ろうとする手を辛うじて躱し、咲はすれ違いざまに『咲』を諭す。
 けれども聞く耳を持たない風情の『咲』は、腕の反動を活かして振り返り、短く何かを唱えた。
 それが高速での詠唱だと気付いた時には、質量を持った光の風が咲を翻弄する。
 眩しさに耐えるように閉ざした視界さえ揺らぐ。平衡感覚を失ってはいないのに、足元も覚束なくなった。
 穿たれるだけの一時を、然し咲は懸命に己を庇って耐える。
 ――そう。この、姿は。
 大切なひとから借りたもの。
 たくさんの後悔を残して逝ってしまった、清く美しいひとのもの。
 先ほど感じた不足感は、姿に対するものに非ず。咲を咲たらしめている魂へのもの。
 だってこの姿は尊いもの。
 一片たりとて、自分の為になど在ってはならぬもの。
 自分の欲を宿すことを許してはならぬもの。
「私は――この姿を穢す生き方など……認めない」
 凛然と言い放ち、咲は気迫で光嵐を打ち消した。
 悲壮と、咲の決意を思う者はいるだろう。だが咲はそこに自らの芯を置き、自らが定めた道を外れぬ為に力を振るう。
『  』
 『咲』が何かを訴える。が、咲はその声を敢えて意識から外す。
 訴とは、つまりが希求。咲が持って良いものではない。

 ――何も望むな。

 言葉が通じぬと判断した『咲』が、再び光を繰る。
 けれど、今度は。正面からの突破に咲は挑む。

 ――何も求めるな。

 この『咲』は、仮初めであろうと存在してはならないもの。

 ――己の心に誇れないなら、いっそ死んでしまえ。

 光の嵐を抜けた直後、咲は『咲』より早く唱えた。
 出現するのは、無数の氷柱。槍の切っ先にも似る雨は、裡に燃やす苛烈さの儘に――自身へ刃を向ける代わりに、『咲』の身へと注いで貫く。
 けれども更に、同じ雨で咲は『咲』を打つ。
 同じ見目であればこそ、膺懲することに躊躇いはない。消え逝くのであれば、傷もなかったことになるのだから。

 視界の端に映っていた漆黒――オブリビオンが、『咲』の四散と共にガラガラと崩れ落ちるのを咲はぼんやりと見つめる。
 為すべき事は、全て為し終えた。
 この虹の鳥籠にも、凪が戻ったのだ。
 これからも少なくない生徒たちが、此処を訪れるだろう――けれど。消えぬ居た堪れなさに、咲は美しさから目を背けるように光の世界を後にした。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年06月26日


挿絵イラスト