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斯くしてそ、人は死ぬと云ふ

#サムライエンパイア


●藤波の ただ一目のみ 見し人ゆゑに
 風にあおられた藤が波のように揺れて、満ちた水月がぽかりと穴をあけたかのような水面は鏡のように藤を映したゆかり色が広がる。
 未だ冷たい夜風は少女の黒髪を弄ぶように揺らす。少女が身に纏う華やかな装束も憂いに濡れた少女の涙を拭い去ることは出来ず、ただ夜を彷徨うように場違いに浮かび上がっているのみ。
「彼は、私と出逢わなければきっと倖せになれたのだわ」
 少女は想い、湖面へと溜息のように憂いを漏らす。
 姫と召使い。恋に落ちてしまった時には結ばれない関係だと云うことは重々解ってはいた。
 ただ互いに想いを重ね合う日々が倖せで、密やかに愛を紡ぎあう時間は夢のようだった。
 大人になるまでのひとときの間の、幻のような刹那の恋。それだけでよかった。大人になれば諦めるつもりだったその淡い恋は、父に知れることとなると一変血生臭いものへと変わった。
 娘を誑かしたと激怒した父は召使いの首を刎ね、姫を座敷牢へと放ったのだ。
 そして、まるで罰だと云うように、未だ嫁入りには早すぎる齢だと云うのに輿入れが決まったのがつい先程のこと。最後の情けとでも云うように外出許可が下りたから少女は彼とよく訪れていたこの神社へと足を運んだ。
 神隠しの噂を恐れた人達が訪れぬ此の場所は、美しさに反比例するかのように誰も居ない。本当に隠世のよう。
 嗚呼、いっそのこと噂通りに神が隠してくれれば良いのに。神が住まう隠世にはきっと、彼もいる。喩え其れが地獄だろうと、現世が最早地獄なのだから関係ない。
 そうして、踵を返そうとしたその時――ふと、風が凪いだ。
「千代」
「与市……?!」
 余りに懐かしいその気配は、香りのように辺りに満ちる。あれ程恋しく想った少年の声に、振り返った少女は驚きの余り言葉を失う。
 動けないままで居る少女に、少年は手を差し出して語りかける。
「君を迎えにきたんだ。僕と暮らそう。千代」
 そして、再び夜風が通り抜ける頃にはその場に少女の姿はなかった。

●陶酔
「かくしてそ人は死ぬといふ。藤波のただ一目のみ見し人ゆえに」
 詠うように囁いた瑞枝・咲耶(名残の桜・f02335)はすぅっと桜色の瞳を細める。
 春も盛りを過ぎて、色めき立つ陽気は夏へと向けて益々と勢いを増している。桜も新緑へと変わり、季節の主役を藤へと託していた。
「こうして人は死ぬというのですね、藤の花のように美しいあの人に一目で恋におちて忘れられないまま……そのような意味を持つ万葉集の和歌です。死んでも良いと想う程の一目惚れ……人のこころと云うのは本当に素敵ですよね」
 大層、浪漫に溢れておりますよね――咲耶はそう呟いてから憂いに濡れた表情で静かに説明を始めた。
「藤波が大層美しい神社だそうです。浅い湖に建つ神社、鏡面のような水面に掛かるのは朱塗りの社殿の廻廊。そして、今の季節には藤波が咲き乱れているのです。湖面に映る姿は、まるで夢景色」
 特に夜藤は見る者の心を捕らえて放さない程に幻想的な光景なのだと咲耶は語る。
 漆黒の水面に、月光と吊るし行灯の仄かな光を受けた藤がほぅっと一面に広がる。まるで鏡映しかのような美しき光景は代々人々に愛され、親しまれてきた。しかし。
「その様に美しい場所ではあるのですけれど、此処数年藤が咲く季節は夜間に神社関係者以外が近付こうとはしないのです。或る噂が地元の人の間で語り継がれているとようで」
 ある噂。不意に言葉を止めた咲耶に猟兵達は不思議そうに首を傾げた。
 咲耶は少し躊躇い、意を決して口を開く。
「藤波の向こう側――仄かな光に照らされたその先に、神が住まう隠世(かくりよ)が在る。神は人を愛し、人を夢へと誘う」
 つまりは、神隠し。
 人々の噂話でしかなかったのだけれど、つい先日神社の関係者が少女が神隠しに遭う瞬間を目撃したらしい。
 その少女は周辺を統治する有力大名の一の姫。召使いの青年秘めた恋に身を焦がし、叶わぬ恋と知りながらも逢瀬を重ねた。密やかなる倖せも大名の知るところとなり、青年は姫を誑かしたとして処刑されたと云う。
「姫は幸せそうな表情で藤波の中へと吸い込まれ、消えて行ったそうです。そして、グリモアが映したのはこの神隠しが怪異の仕業だということです」
 グリモアが映したのは、その神隠しがオブリビオンの仕業だと言うこと。
 甘い陶酔(ゆめ)を魅せて人を攫う鞠の姿のオブリビオン。
「猟兵とて、怪異の陶酔からは逃れられぬでしょう。一度は魅入られてしまい何とか現世へと舞い戻ってもオブリビオンは心に想う相手の幻影を虚空へと投影して猟兵達を惑わせてきます」
 けれども、甘い陶酔に堕ちないで。
「皆様がお戻りになるのを、私は此処でお待ちしておりますから――いってらっしゃいませ」


花方ゆらぎ
 御機嫌よう、花方ゆらぎです。
 夜藤と陶酔の切ない夢物語をお届け致します。

 性質上、今回は基本的に連携描写無しでリプレイをお届けします。

●シナリオの流れ
 第一章で藤見。第二章で夢の世界へ。第三章でオブリビオン及び愛しい人との戦いをして頂きます。
 切なげな雰囲気で描写していけたらなと思います。

 第1章:『神社の境内で』
 時間は夜。満月と吊るし行灯で十分な光量があります。
 湖に建つ神社。水面は鏡面のように澄んでいて、今の時期は藤波がとても美しく朱塗りの廻廊から見渡すことが出来ます。
 静かに光景を愛でるも良し、写真や絵で記録に残すも良し、誰かと語り合っても良し、和歌を詠んでみるも良し、ご自由にお過ごしくださいませ。

 第2章:『消えたお姫様』
 気付けば猟兵達は姫が取り込まれた夢の世界に居ます。
 あまりにも甘い夢の世界は『あり得たかも知れない優しい世界(if世界)』や『恋しく思う過去の世界』など、あなたが望む夢を投影します。
 千代姫については怪異を解決すれば救出することが出来る為、特に気になさらずどうぞ。

 第3章:『蒐集者の手毬』
 任意の品を蒐集し、吐き出させることが出来る手毬。確実に蒐集する為、人間相手には精神攻撃もしてきます。
 能力で猟兵の『心に想う誰か(特に死者)』を投影して再び夢の世界へ誘おうと甘い言葉を囁いてきます。其れに失敗すると今度は愛しい者の姿で攻撃して強制的に蒐集しようとしてきます。
 愛しい人が誰か、またどのような手段で貴方を惑わし攻撃してくるのかご指定ください。

●その他
 迷子防止の為同伴者がいる場合は【お相手のお名前+ID】や【グループ名】の記載のご協力をお願い致します。

 此処までお読みいただき、ありがとうございました。
 それでは皆様、よき陶酔を。
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第1章 日常 『神社の境内で』

POW   :    子供たちと遊ぶ、童心に返る

SPD   :    昼寝をする、ボーっと過ごす

WIZ   :    景色を眺める、写真を撮ったりスケッチする

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

 風吹けば藤が揺れて、湖面に波紋を広げる。鏡のような水面には鮮やかな朱廻廊と夜藤が場違いなように浮かび上がっていた。
 何処までも透き通るかのような静かな夜。何を想うのかは漆黒の夜空に浮かぶ、孤独な望月だけが知っている。
鮫島・冴香
【WIS】
夜の神社、行灯の光。
照らされた鮮やかな藤の花。
…幻想的ね。美しいわ。

…これが仕事でなければ、最高の光景なのだけれど。
(静かに藤の花と景色を愛で。水面をそっと見ながら)

今でも、こうしているとあの人(亡くなった夫)が現れてくれるのでは、と思ってしまう。
神隠しであったなら、そう願ってしまう。

でも、千代姫さんと一緒。
彼女も愛する人の死に直面した。
私も、未だに捕まらない猟奇殺人犯が
愛する人を葬る様を、
愛する人が生を失う瞬間を映像で見てしまった。

それでも、夢だと信じたい自分がいる

…皮肉なものね。
現実から目を逸らすために猟兵になったのに
結局貴方を想い出すことばかりよ
(儚く笑み)

※アドリブ大歓迎★



 夜風が揺らす藤が行灯の光に灯されて漆黒の夜にゆかりの色を添えている。
 水面に映るのは、藤のゆかり色と社殿の鮮やかな朱色。鏡合わせのように世界を形成していた。
(幻想的ね。美しいわ)
 鮫島・冴香(f13873)は美しい光景を愛でながら溜息を零す。これが仕事でなければよかったのにと願う瞳は、ふと細められる。
 夜風に揺れる藤の花は、まるで自分の心を映すかのよう。
 心は、いつだって揺れていた。
(今でも、こうしているとあの人が現れてくれるのではと思ってしまう)
 それこそ、神が何処かに隠してしまっただけである日ひょっこりとまたあの穏やかな笑顔を見せてくれるのではないか、なんて。
 優しいひとだった。自分の恋しい想いに最初は戸惑いながらも優しく自分を抱いてくれたあの腕の感触を忘れることなんて出来るはずがない。心臓のとく、とくと暖かく鼓動を刻んでいてその音を聴く度に安心して眠れたこともよく覚えている。
 自分を撫でてくれた、あの大きくて硬いあの手にはどんな物語が刻まれていたのだろう。それを知るには夫婦として過ごした一年という時間はあまりにも短すぎた。
 そう、千代姫と同じ。自分も愛する人の死に直面した。大切な彼は結婚一年でこの世を去った。
 頼れると思っていた彼は猟奇殺人犯に殺されて、自分はその光景を犯人に送りつけられたDVDで見てしまった。呆気なく壊れた日常という幸せ。
 最愛の人を奪った猟奇殺人犯(ホシ)は今も尚、逃げ続けている。まるで、未だに揺れる自分を嘲笑うかのように。
 未だ脳裏にこびり付いて離れない、愛する人が死に絶えて逝く姿――それでも、夢だと信じたい自分がいる。

 忘るやと物語して心遣り
 過ぐせど過ぎずなほ恋ひにけり

 ふと脳裏を過ぎった和歌は確か万葉集のものだっただろうか。
 高校の古文の授業でぼんやりと聞いたような、恋の痛みを忘れる為に気張らしすれど益々痛みが深まるばかりといった意の恋歌。
「……皮肉なものね」
 冴香はひとりごちる。
 余りにも辛い現実から逃げるように猟兵になったというのに、思い出すのはいつだって貴方のことばかり。
 逢いたい。抱いて欲しい。愛してる。今なお、ずっと。だから――。
 この心は、いつだって揺らいでいる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フローリエ・オミネ
吸い込まれそうな月夜――なんてかなしげなのかしら
かなし。この言葉には二つの意味があるとか。

まさに嘗てあったという物語そのもの。

月は何年も前から変わらずひとの営みを眺めていることでしょう

――夢現で眺めていると、本当に魅了されてしまいそう
湖に我が身を沈めても、きっと水は包み込んでくれて
わたくしを抱いて底へと連れて行ってくださるわ。

……世の中を思へばなべて散る花の
わが身をさてもいづちかもせむ

この歌は何処で聞いたのかしら
今のわたくしの、身に染みる……

歩けぬ足に硝子の硝子をはめて
重い身体を衣装で引きずって
宇宙でしか生きられぬ、この身体は

何時か地上で暮らせる日が来るのかしら。

……なんでもないの、戯言よ。



 何処までも透き通る宵の空。月をめがけて伸ばす手はあの夜空に届くはずもなくて――嗚呼、空があれ程にも遠いなんて。
 吸い込まれてしまいそうな程に魅入られてしまう月夜。
「……なんてかなしげなのかしら」
 フローリエ・オミネ(f00047)は溜息を吐くように、呟きを漏らす。
 かなし。この言葉には二つの意味があるのだという。
 一つは悲哀、そしてもうひとつは――かぶりを振る。表裏一体の言葉。まさに、嘗てあった物語そのものだとフローリエは月を眺む。
「月は何年も前から代わらずひとの営みを眺めていることでしょうね」
 古来から詠み継がれてきた歌達が示すように。この地からひとつだけ、一際燦めく白くてまるくて大きな星。
 ――夢現で眺めていると、本当に魅了されてしまいそう。
 そうしたら、どんな夢を見るのだろう。
 喩えば、そう、湖に我が身を沈める夢。ひんやりと冷たい水は包み込んでくれて、きっと我が身を抱いて水底へと誘ってくれる。
 水の中はきっと、懐かしき無重力の世界。

 世の中を思へばなべて散る花の
 わが身をさてもいづちかもせむ

 ふと脳裏を過ぎるうた。
 この歌は何処で聞いたのかしら。思考を巡らせれど、答えを得られないけれど。
「今のわたくしの、身に染みる……」
 歩けぬ足に硝子の靴をはめて、重い身体を衣装で引き摺って。
 なお、漂うように宇宙でしか生きられぬ、この身体は。
(――いつか、地上で暮らせる日が来るのかしら)
 さすれば、きっとあの狭き箱庭から解き放たれる日もきっと。
「……なんでもないの、戯れ言よ」
 フローリエはひとりごちる。その儚い呟きを、月だけが聴いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アダムルス・アダマンティン
なんとも雅やかなものよな
詩神であれば詩の一つでも詠んでいたのだろうが。やはり詩情持たざる武骨者に斯様な場は似合わぬか
なれど神と聞いてしまった以上は、落ちぶれたとて同じ神性として看過はできぬ
正味、このような景勝地で事件が起きた、などとは俄に信じがたいものだが……

待ちの間は手持ち無沙汰に木を彫ろう
木は小さな薪でも譲って貰うか。ナイフで少しずつ削り、その姿を作り出す
さて、題材はいかにしたものか。ユーベルコードで生命を与えた時に事欠かぬよう、従来の動物に似せて作ろう
この地に似合うような、小さな動物を彫り始める
詩情を解さぬ身であれど、彫り上がったならば記念にもなろうよ

アドリブ歓迎



(なんとも雅やかなものよな)
 夜に溶かしたかのように全身に黒を纏う男がひとり。男は地獄の炎で燃え盛るソールの大槌に選ばれし神が一柱。
 名をアダムルス・アダマンティン(f16418)という。
(詩神であれば詩の一つでも詠んでいたのだろうが……やはり詩情持たざる武骨者に斯様な場は似合わぬか)
 武神である自分にそのような才を求めても詮無いこと。夜風に揺れる藤と朱の廻廊は真に雅やかで、この様な場に居るとどうにも自らが異物のように感じてしまう。
 なれど、此処で異物だからと引き返すことなど出来ない。聴かば神が人を攫うと云う。落ちぶれたとて自らも同じ神性の身。看過など出来るはずがない。
(正味、このような景勝地で事件が起きた、などとは俄に信じがたいものだが……)
 夜は静かに揺れている。息を呑む程に美しき光景。
 そうして気配を巡らせど、未だ隠世へ誘う気配なく然りとてこのまま手持ち無沙汰に時間を持て余すのも勿体ない。
 人の気配はなかったものの、暫く歩けば社務所近くに若い神職の青年が居た。
「小さな薪を少しばかり譲っては貰えないだろうか」
「ええ……解りましたが、何を?」
「折角このような景勝に巡り会えたのだ。その記念に木でも掘ろうかと思うてな」
 不思議そうに首を傾げる神職の青年に答えたアダムルスはふと思いついて、質問を投げかける。
「この地に合う、木彫りの題材になる動物に思い当たるものはないか?」
「でしたら、狛犬などは如何でしょう」
「それは犬なのか?」
「いえ、どちらかと云えば獅子に似た想像上の神にお仕えする聖獣です。この廻廊を道なりに進んで往けば本殿の前に廻廊を挟む形でいると思いますから、よければ見にいかれてみては如何でしょう?」
「感謝する」
 神職の青年に礼を告げて、彼の云う通り廻廊を進めば一対の石像が湖の上に建っている。確かに想像上の生物で、実在する生き物の姿とは掛け離れていた。
 これでは、能力で生命を与えた際に不都合が生じかも知れない。犬、ならばと思案しアダムルスが彫り上げたのは和犬だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ミコトメモリ・メイクメモリア
お姫様というのは、どの時代でも大変だ。気持ちはわかるよ、ボクと婚約者とかいたしねー…、っと。

でも、いくら甘やかな夢でも。
偽物の幸せなら、それはいらない。
助けに行くとしようか。……ああ、でもこわいなあ。何を見せられるんだろうか。

……しかし、情緒のある場所だこと。
日本ってこういうところすごいよね。花鳥風月、見習いたいものです。

歌でも詠んでみようかな? いや、経験はないんだけどさ。
えっと、575だっけ?

きれいだな、ああみなもとか、きれいだな。
……うん、ボク、こういうセンスはないみたい。


★アドリブ、絡みなど歓迎です。



 お姫様という身分は、どの時代でも大変なものだと廻廊をぼんやりと歩くミコトメモリ・メイクメモリア(f00040)は想う。
(気持ちはわかるよ。ボクもそうだし、婚約者とかいたしねー……)
 身に纏う白薔薇のドレスと、大きな冠がミコトメモリの身分を示していた。
 オブリビオンに喰われ、消滅した祖国。何も出来ずに生き残った非力な自分。
 あの出来事が夢で在ったのならばと想う。しかし、いくら甘やかな夢でも其れが偽物であるのならば要らない。
(助けに行くとしようか)
 同じお姫様として。
 ああ、でも――。
(こわいなあ。何を見せられるんだろうか)
 先のことを恐れていてもしょうがない。ミコトメモリははぁ、と一息吐いてから改めて意識を光景へと向けた。
 空と湖面の黒を彩るのは藤のゆかり色と、社殿の鮮やかな朱色。独特の情緒溢れる和の風景。
「しかし、情緒ある場所だこと。日本ってこういうところすごいよね。花鳥風月、見習いたいものです」
 このまま藤を愛でていても良いのだが、折角ならば何かしてみようか。
 喩えば、歌を詠んでみるなんてどうだろう。経験は無いのだけれど思いのほか良い歌が詠めるかもしれない。
(えーっと、たしか575で詠むんだっけ?)
 川柳だったか俳句だったか。以前聴いた覚えのあるルール回想しつつ、周囲を見渡せば湖面に映る光景が眼に入る。
(あ、水面に映るアレ綺麗だなー。あれ詠んでみようかな)

 ――きれいだな、ああみなもとか、きれいだな。

「………………」
 思わず無言になるミコトメモリ。
 自分が詠んでおいて言えた義理ではないだろうが、これはいくらなんでも――。
「……うん、ボク、こういうセンスはないみたい」
 哀しいながらも、認めるしかなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

赫・絲
あまりの絶景に息を飲んで、回廊から藤を眺める

こうして見てると、ほんとに現世じゃないみたい。
この回廊を歩いて行ったら隠世に着く、なんて言われても信じちゃうなー。

命より大事だと思うものになんて出会ったことはない。
その恋を捨てれば生き永らえると言われれば、迷わず恋を捨てる。
命を賭ける程の、死んでもいい程の恋や愛なんて知らないけれど、でも。

藤の花言葉は、決して離れない、だっけ。
此処をよく訪れていた二人は、それを知ってたのかな。
いつか離れる日が来るのを知りながら、花言葉に願いをかけたりしてたのかな。

それは、ちょっと羨ましくて。
叶わないものって欲しくなるんだね。
ぽつり、藤に語りかける。

アドリブ歓迎



 赫・絲(f00433)は思わず息を飲む――眼前にひろがる絶景は、あまりにも美しかったから。
 夢現のままに朱廻廊を巡れば、夜風に揺れる藤波が絲を迎え入れるかのようにそよぐ。
 廻廊の欄干に頬杖を立てて、藤と同じ彩の双眸で湖を眺める。
 廻廊の朱色と、藤のゆかり色。其れらをぼんやりと照らす吊るし行灯や月。夜色の水面は鏡映しのように光景を映していて。
(こうして見てると、ほんとに現世じゃないみたい)
 この廻廊を歩いて行ったら隠世に着くなんて云われても信じてしまうくらいに。
 絲はほうっと溜息にも似た感歎の息を漏らす。

「かくしてそ人は死ぬといふ。藤波のただ一目のみ見し人ゆえに、かぁ」

 想い初む相手を藤波に見立てて詠んだ恋歌。命さえ惜しくない程の恋慕。
 命より大事だと思うものになんて、出会ったことなんてない。
 その恋を捨てれば生き永らえると言われれば、迷わず恋を捨てる。
 命を賭ける程の、死んでもいい程の恋や愛なんて知らないけれど、でも。
(――藤の花言葉は、決して離れない、だっけ)
 此処によく訪れていたというふたりはその花言葉を識っていたのだろうか。
 姫と召使いの青年。叶わぬ恋と識りながらもひとときの淡い恋を、ともにいられる為の願いを花言葉にかけたりしていたのだろうか。
 藤波はさらさらと夜風に戯れるように揺れている。この藤は、ふたりの願いとその果てを識っているのだろうか。
 大人になるまでの、儚くて淡い恋。決して叶わない、ほろ苦い初恋。
 其れでも恋をしている間は、ふたりは間違いなく自由だった。其程に誰かを想えることが少しだけ、羨ましい。
「叶わないものって、欲しくなるんだね」
 絲はぽつり、言葉を夜に零すように藤に語りかける。
 かわらず美しい彩を浮かべる藤は静かに揺れていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
春告の薄紅が去った和国へと舞い立つ
月光と灯火。双明に照らされた藤の郡を見遣る
紫の彩は波打つように、然れど静かに広がって
幽幻なるその光景から、目が離せないわ
〝魅せられる〟とは、このことを言うのでしょうね
まるで、夢幻の世界へと誘われるようだわ

彼岸と此岸の果て
ふたつの世界の境へと、足を運べたのなら
ナユはもう一度、〝あの人〟に逢えるのかしら
鎖に連ねた、褪せた柘榴石の指輪にくちづけて

やさしい声色
金糸雀の彩――美しき、ひと
嘗て屠った、清廉なる力
未だに心を焦がす熱情を、
甘美なる〝あか〟の味を、
忘れたことなど、ない

ねえ。ナユの『かみさま』
もう一度、あなたに出逢えたのなら
あなたは、ナユに微笑んでくださるのかしら



 あかい牡丹を一花冠する娘が、春告げの薄紅去る和国へと降り立つ。
 あかい娘――蘭・七結(f00421)が身に纏う艶やかな紅色の羽織のように、鮮やかな朱色の廻廊。
 月と灯火。双明に照らされた藤は夜風にそよいでひとつの波を打つ。さわりと、然れど静かに広がる余りにも美しい光景。
「魅せられるとは、このことを言うのでしょうね」
 ゆめまぼろしのようで幽玄の世界。ひとたび目にすれば、決して離せない鎖のよう。
(――まるで、夢幻の世界へ誘われるようだわ)
 そうして、誘われたさきには何が待っているというのだろう。
 喩えば、本当に隠世が在るのだとしたら此岸の果てへと往くのはどうか。
 此岸と彼岸、ふたつの世界の境へと、足を運べたのなら。
(ナユはもう一度、〝あの人〟に逢えるのかしら)
 鎖に連ねた、褪せた石榴石の指輪にくちづけて想いを巡らせる。

 黄泉帰るのは、やさしい声色。
 金糸雀の色彩を身に纏う、美しきひと。
 嘗て屠った、清廉なる力。未だに心を焦がす熱情を。
 其の甘美なる〝あか〟の味を、忘れたことなど――ない。

「ねえ、」
 少女は夜空で孤独に揺れる満月へと囁くように呟く。
「ナユの『かみさま』」
 もう一度、あなたに出逢えたのなら。
「あなたは、ナユに微笑んでくださるかしら――?」

大成功 🔵​🔵​🔵​

花狩・アシエト
おお……めっちゃ綺麗だな
藤もさらさらと流れてなんていうか、幻想的っていうんだろうなぁ
んー綺麗しか浮かばない自分が憎い

スマホのカメラで撮ってこ
ガキンチョたちに見せたら喜ぶだろ
あとかーちゃんも好きそうだ…それと相棒も
色んな角度から撮影してく
湖に映ったのなんてめっちゃ綺麗
吊るし?提灯に吊るされてるのもめっちゃ綺麗(パシャパシャ
藤ももちろん

「我が命の全けむかぎり忘れめや
いや日に異には念ひ益すとも」
まぁ、いるさ
それなりに生きてるから

俺は、花より酒だからな
こういう景色をみてると酒を飲みたくなるわけだ(手をくいっとして)

アドリブ歓迎



「おお……めっちゃ綺麗だな」
 朱塗りの廻廊へと降り立った花狩・アシエト(f16490)は思わず感嘆の声を漏らす。
 漆黒の夜空に、一面に広がるゆかり色。藤は吊るし行灯の光を受けてほぅっと仄かな灯りを放っている。
「藤もさらさらと流れて、幻想的っていうんだろうなぁ。綺麗だなぁ」
 喩えば、他の誰かであったらこの光景をもっと美しく詠めるのかも知れないけれど、浮かぶ言葉は綺麗程度。なんだか、自分が憎い。
「スマホのカメラで撮ってこ」
 ひとまずはこの光景を写真に収めておこうとアシエトはスマートフォンを取り出してカメラアプリを起動。
(ガキンチョたちに見せたら喜ぶだろ。あと、相棒と……かーちゃんも好きかな)
 脳裏に浮かぶ人々を想いながら、色々な角度でパシャパシャと撮影する。
 湖に映った光景。吊るし行灯。藤波。
 あっと言う間にゆかり色で埋め尽くされる画像フォルダ。これだけあれば、きっと皆満足するだろう。
 ひとしきり取り終えたアシエトは、柱に寄りかかって物思いに耽る。
 美しき光景は、どうしても感傷に浸らせる。

 我が命の全けむかぎり忘れめや
 いや日に異には念ひ益すとも

「まぁ、いるさ。それなりに生きているから」
 此の命続く限り想いを忘れられるはずがない。増すことはあっても。
「ま、俺は花より酒だからな」
 そうごちて、手に持っていた容器を傾け、呷る。
 それは淡泊な味わいで――というか、無味。
「あ、そっか。水だこれ」
 それはただのミネラルウォーター。此処に来る前にコンビニで買ったペットボトル。
 この景色みてると酒を飲みたくなるけれど、残念ながら今、手元にはない。
 ならば――水で酔えるか試してみようか。花に酔うとも云うように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

オールステッド・プラネイト
【POW】
おうおう、随分とまぁキレーなとこじゃねーのよ?
こういうのがフゼーがあるってーのかね?

いいねぇ、こういう雰囲気。俺は好きだぜ。
さて、来たはいいがどう過ごしたもんか。

こんだけあったかけりゃ昼寝するのもありだな。
ああ、そりゃあ贅沢だ。いいな。そうするか?(そこに子供たちの声が聞こえる)

お? お? 何でぇジャリ共、何やってやがんでぃ?
あ? 鬼ごっこ? おいおいおいおい、だったら俺も混ぜろよ。
故郷(クニ)じゃ「鬼のオールズ」なんて呼ばれて恐れられてたんだぜ?(大嘘)

本番前の運動と行こうじゃねーか。
そーら逃げろ逃げろジャリンコ共! オールズさんが食っちまうぞー!(子供を相手に鬼ごっこに混ざる)



「おうおう、随分とまぁキレーなとこじゃねーのよ? こういうのがフゼーがあるってーのかね」
 朱廻廊へと降り立ったオールステッド・プラネイト(f05597)は美しい光景を堪能。
 いいねぇ、こういう雰囲気。俺は好きだぜ――そう想いつつも。
「さて、来たはいいがどう過ごしたもんか」
 此れが粋な人間であれば歌のひとつでも詠んだりするのかも知れないが、生憎そのような風情は持ち合わせてはいない。
 頬を撫でる夜風は、未だ少し冷たくとも冬に比べれば温かい。これだけ温かければ、昼寝をするのもありかも知れない。
(ああ、そりゃ贅沢だ。いいな、そうするか?)
 そのとき。

 子をとろ子をとろ。
 にげないとつかまえるよ。つかまったらかごのなか。
 かごのなかは、いつでやる? よあけのばんになってもでられない。
 あまい、あまい、ゆめのなか。

(お?)
 耳に届いたのは聞き慣れぬわらべうた。
 オールズが体を起こしてみれば、手鞠を手にしながら童児達が楽しげに駆け回って遊んでいる。
「お? お? 何でぇジャリ共、何やってやがんでぃ?」
「おにごっこなの。みんなで、たくさんおにごっこなの」
 いらえたのは、一番背の高い幼女。子ども特有の甲高い声。
 鬼ごっこというには不自然な手鞠が気になりながらも、オールズは昼寝よりも余程魅力的な過ごし方を見つけた。
「あ? 鬼ごっこ? おいおいおいおい、だったら俺も混ぜろよ 故郷(クニ)じゃ『鬼のオールズ』なんて呼ばれて恐れられてたんだぜ?」
「ほんと? でも、あなたわたしたちとおなじくらいじゃないの?」
 きょとりと首を傾げる童児達にオールズはにぃっと笑って立ち上がる。
 ――本番前の運動と行こうじゃねーか。
「そーら逃げろ逃げろジャリンコ共! オールズさんが食っちまうぞー!」

大成功 🔵​🔵​🔵​

百地・八刀丸
おお、これは良い藤波よ
月明りと行灯の照り返しが実に素晴らしい
この廻廊も雰囲気に一役買うておる
人工物と自然の織り成す幕間はさても眼が洗われるようじゃて

ふむ。これならば神隠しと言うのも肯ける
……人の心が揺さ振られるような景色、連れて行かれもしような
それがオブリビオンの仕業でなければ、のう

ともあれ今は無粋なことはなしにして眺めを楽しもうではないか
……折角じゃ、拙い句でもひとつ

あかあかの 藤の水面に 誘う伝 今は長閑と 心行く迄

……うむ、やはりお前ほどの良い句は作れぬな
さて、言葉通り、「心行くまで」この景色を堪能しようか
いや、明かりに灯りに、見事なものよ
これを見ながら酒でも飲めば、さぞや美味であろうな



「おお。これは良い藤波よ」
 百地・八刀丸(f00181)は思わず感嘆の声を漏らす。
 眼前に広がるは夜藤と社殿の朱廻廊。それらを、鏡のように映し出す湖面。ゆかり色と朱の協奏は夜を艶やかに彩っていた。
「人工物と自然が織り成す幕間はさても眼が洗われるようじゃて」
 此程に美しい光景であるのならば――幻想的で浮き世離れしているのであれば、神隠しというのも頷ける。
 人の心が揺さぶられるような景色。魅入られるのも仕方なく、これならば連れて行かれもしよう。
(それがオブリビオンの仕業でなければ、のう)
 ともあれ、今は無粋なことはなしにして眺めを楽しもう。
 喩えば、此処で思いついた句をひとつ口ずさんでみるのはどうだろうか。
「……折角じゃ、拙い句でもひとつ」

 ――あかあかの 藤の水面に 誘う伝 今は長閑と 心行く迄

「……うむ、やはりお前ほどの良い句は作れぬな」
 お前ならば、この光景をどう詠んだだろうか。心内に居るお前に語りかけて、思考を巡らせてみてもお前程の良い句が詠めないことだけが解り、思わず呆れたような笑みをひとつ零しながら宵空を見上げる。
 漆黒の夜空に浮かぶ、今宵は満月。望月は明るくてそれ故見えぬ星々。寂しげな宵の空。
 自分の心を映し込むなら、そよぐ藤か、揺れる水面か、孤独な望月か。
 しかし、思考していても詮無いこと。さて、言葉通り心行く迄この景色を堪能しようか。
 吊るし行灯に照らされた藤は、仄かに光りを放っている。
 明かりに灯り、見事なものよ。
(これを見ながら酒でも酒を飲めば、さぞや美味であろうな)
 夜風に揺れる藤波を眺める。酒はないけれども此程に見事な藤波なのだ、それだけで十分。
 八刀丸は暫しその光景に酔いしれていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

サヴァー・リェス
アドリブ歓迎
以下キャラ口調

ユーン(f09146)を誘い
静かに藤を見て歩く
「私は、この敵と…会わないと、と、思う
でも、一人は…少し、怖くて」
そんな事、思うの、初めてと思う…ふしぎ

ユーンはいつも優しく賢い
「ありがとう、ユーン
…あなたも、辛い思い、きっと、するのに」
ごめんなさい…

おかしい、かしら…?

…難しい、けれど、ユーンは、気にせずに、と言ってくれている
わかるから、あたたかい
続く、言葉も、優しく響く…とても、大切
そう、あの小さく優しい友達も
信じて待ってくれている

見つめ返せば、ユーンの瞳、同じ…綺麗、藤の色
…あ
笑顔、零れていた…下手だから、しないのに
でも、そう
みごと、は、楽しむのが、粋
手に
手を重ね


ユーン・オルタンシア
アドリブ歓迎
以下キャラ口調

サヴァー(f02271)に誘われ
藤を楽しむ…とは行かず
その唇は若干青褪め
それでも光強い瞳で敵と対峙すると言う友を
何故放りおけましょうか
「貴女の内で
大切な事が動いているのかも知れませんね
その勇気を尊敬し、祝福し…助けになります」
気遣われればくすぐったく小さく笑ってしまい
怪訝だろう彼女にすみませんと微笑
「いえ、いえ、何も
只、私は年長者ですし
気遣われると座りが悪いと申しましょうか
大丈夫
誘惑との闘いは孤独ですが
私達は決して孤独ではない
お互い覚えていましょう」
共通の友を思い彼女を確り見つめれば
銀瞳に藤波揺れ笑む貴女の綺麗な事
「では、見事な藤波を楽しみましょうか」
さ、お手をどうぞ



 この友が自分を誘ったことはユーン・オルタンシア(f09146)にとっては少し驚く出来事だった。
 隣を歩く友――サヴァー・リェス(f02271)はお世辞にもこの美しい藤波の光景を心から楽しんでいるようには思えない。むしろ、その唇は少し青ざめている。本来であれば忌避したい"できごと"なのかも知れない。
(それでも、その瞳に強い光を宿らせて敵と対峙すると云う友を何故放りおけましょうか)
 ユーンがゆかり色の瞳を細めサヴァーを見れば、彼女は月色の瞳を少し不安げに揺らしながらも、逃げるように目の前の出来事から目を逸らすことはしない。
「私は、この敵と……会わないと、と、思う。でも、一人は……少し、怖くて」
「貴女の内で大切な何かが動いているのかも知れませんね。その勇気を尊敬し、祝福し……助けになります」
 このような想いを抱くことは初めてで戸惑ってしまう。静かに紡ぐサヴァーに、ユーンはにこやかに答える。
 ユーンの優しさはまるで春の柔らかな太陽のよう。その優しさと賢さにサヴァーは何度も支えられ、助けられてきた。
 だからこそ。
「ありがとう、ユーン。あなたも、辛い思い、きっとするのに……」
 ごめんなさい。サヴァーが申し訳なさそうな表情で云えば、何故かユーンが小さく笑いを零す。
「……? おかしい、かしら」
「いえ、いえ、何も。只、私は年長者ですし気遣われると座りが悪いと申しましょうか」
 怪訝がるサヴァーにすみませんと謝罪をいれて微笑めど、彼女は今一つ腑に落ちていない様子。
 良い意味ではあるのだけれど、何だか難しくてよく解らない。でも彼が気にせずにと言うのならその言葉に従おう。
 俯きがちになるサヴァーに、ユーンは穏やかに目を細めて言葉を紡ぐ。
「大丈夫。誘惑との闘いは孤独ですが、私達は決して孤独ではない。お互い覚えておきましょう」
「ええ……そう、あの小さくて優しい友達も、信じて待ってくれている、から」
 きっとその絆さえあれば乗り越えられるから。
 かわされる視線。梟の女の月の瞳がとらえるのは、優しい青年の藤色の瞳。
 ――綺麗。そう想えば、自然と零れる笑みに少し驚く。下手だから笑わないのに。
 だけれど、彼女の微笑みはとても美しくて。暫し見つめ合った後、夜風が吹き渡り藤が揺れたことで周りの光景に改めて気付く。
「みごと、は、楽しむが、粋」
「では、見事な藤波を楽しみましょうか――さ、お手をどうぞ」
 ユーンが差し出した手のひらに、サヴァーは手を重ね合わせる。
 手を取り合う、ふたつの人影を満月が見守っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

桜橋・ゆすら
グリモアを輝かせる桜の貴女へそっと手を振る
託して下さった想いを抱いて、ゆすらはこの地へ足を踏み入れましょう

夢景色とも云えるその神社へそっと近寄る
嗚呼、と思わず感嘆の溜息
湖面へ目を落とせば、ゆらゆら揺れる、朧げな『ゆすら』の姿が映る

ゆすらは、本当に『ゆすら』?
それとも、別の誰か?

持ち主の記憶を思い出して以降、迷いは残る
けれどこの悲しみさえ、夜の藤波が隠してくれるのなら――

「夢うつつ、思へば翳さる君の影、憂ひ浚うは夜の藤の波」

拙い、でしょうか
けれどこれがゆすらの想い
ぽつり紡いだ即興の歌を口遊み
藤の夜へ想いを馳せる


ゆすらを…いえ、わたしを“持ち主”へ贈った『貴方』
わたしは忘れられないの
貴方のことも



 グリモアを輝かせる桜の少女にそっと手を振れば、お気をつけて、と控えめな声が反ってくる。
 友が託してくれた想いを抱いて桜橋・ゆすら(f13614)は和の国へと足を踏み入れる。
 満月が照らす夜の道を歩く。朱塗りの神社の廻廊へと近付けば眼前に広がる一面のゆかり色は夢景色のように美しい。
「嗚呼、きれい」
 ゆすらの桜色の唇から漏れ出す感歎の溜息。ゆすらは廻廊を渡り、欄干越しに湖を眺めて瞳を湖面へと落とす。
 湖面には朧気な『ゆすら』の姿がゆらゆらと、頼りなく揺れている。

 ゆすらは、本当に『ゆすら』?
 それとも、別の誰か?

 ずっと朧気だった記憶。けれど、あの夢幻の濃霧が立ちこめる森で“持ち主”に出逢った――想い出してしまった。
 御国の為と命を賭した男を愛し、彼と死に別れ“非常識(ナンセンス)”に囚われた女。
 何も映さぬ曇り硝子の眸で生を殺め、血で物騙り、原稿用紙を朱に染めた気狂いの作家気取りの娘。
 呪詛の紅を。禍いを。血腥い惨劇を――“万年筆(ゆすら)”で綴ってきた。
(――ゆすらは、)
 彼女の記憶を想い出したあの日以降、迷いは晴れない。
 けれどこの悲しみさえ、夜の藤波が隠してくれるのなら――。

「夢うつつ、思へば翳さる君の影、憂ひ浚うは夜の藤の波」

 拙いでしょうか。誰に訊ねるわけでもないけれど――でも、聴いてほしい。
 万年筆が自ら綴った拙い歌。だけれど、ゆすらが紡ぐ素直な想い。
 即興で紡ぐ歌をぽつりと口遊めば、欄干に手をかけて夜藤の湖面に想いを馳せる。

 ゆすらを――いえ、わたしを“持ち主”へと贈った『貴方』。
(わたしは、忘れられないの。貴方のことも)
 藤波は幽かな光を放ちながら、宵の空を閑かに漂っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リグレット・フェロウズ
◆行動
静かに、物憂げな様子で景色を見つめる

◆心情
……誰かと言葉を交わす気分でもないわね。
独り、静かにその時を待ちましょう。

フジナミ……ええ、見事なものだわ。
こんな最低の気分でなければ、もう少し、美しくも見えたでしょう。

猟兵というのは、因果な物ね。
オブリビオンは滅ぼす。そのことに躊躇いはないけれど。
……夢の中に沈めてあげた方が、幸せでしょうに。

あぁ――見たくもない夢を見るなんて。気が、進まないわ。

◆設定
オブリビオンによって祖国を喪い、その際に家族と婚約者を亡くしている
……もっとも。千代姫とやらと違って……別段、愛し合っていたわけでも、ないけれど


アレンジ歓迎



 燃えるような紅を纏うリグレット・フェロウズ(f02690)は物憂げな表情で朱廻廊を歩いていた。
 誰かと言葉を交わす気分でもない。今はただ、その時を待とう――リグレットは朱廻廊の果て、人が訪れないであろう片隅へと足を運べば朱色の欄干に頬杖を立てて、物憂げに藤波を見上げる。
 夜の黒に絡み合うような藤のゆかり色。さわさわと閑かに夜風に揺らぐ藤波は幻想的でまるで夢のよう。
「フジナミ……ええ、見事なものだわ。こんな最低な気分でなければ、もう少し美しくも見えたでしょうね」
 零れる溜息。その表情は憂いに濡れたまま晴れる様子もなくただぼんやりと光景を眺めている。
(まったく、猟兵とは因果な物ね)
 オブリビオンは滅ぼす。そのことに躊躇いはない、けれど。脳裏に浮かぶのは藤波に攫われた少女のこと。
 曰わく、叶わぬ恋に身をやつしていたのだという。淡い初恋の果ては、父親による婚約者の殺害というあまりにも残酷な結末。
 特別な相手。自分にもそのような相手は一応はいた。婚約の契りを結んだひと。だけれど、自分は彼と別段愛し合っていたわけではなくて、オブリビオンに奪い取られた祖国の中のひとりでしかない。
 けれど、千代姫にとっては、どうだったのだろうか。
 現実はただ、残酷なだけで。
(――なら、夢に沈めてあげた方が幸せでしょうに)
 夢。これから待ち受けるのは、甘い陶酔(ゆめ)。けれど、リグレットにとっては望まない世界。
「あぁ――見たくもない夢を見るなんて。気が、進まないわ」
 吐き捨てるようにリグレットは云う。憂鬱は夜の空に不協和音を奏で掻き乱していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

北条・優希斗
SPD
他の方との連携・声掛けOK
――満月を見て
美しい光景だな。ただ…何か懐かしい
(水面に映る満月に吸い込まれる様に眠りに落ちていく)
(夢の中で自分は誰かと話している。けれどもそれが誰なのかは分からない。ただ、それがその者と『人』として出会った最期の記憶だという事は何故か思い出せる。この記憶の正体は何なのかはっきりしないけれど…それでも大切な思い出の一つなのだとは感じられる)
 …っと、何時の間にか眠ってしまっていたか。取り敢えずこの光景を目にしっかりと焼き付けておかないとな
 次にこんな美しい世界を見られるのが何時になるのかなんて…分からないから



 月さゆる夜。閑かに夜を漂う孤独な満月。
「美しい光景だな」
 北条・優希斗(f02283)は夜色の双眸で明月を眺める。
「ただ……何か、懐かしい」
 優希斗が視線を湖面へと落とせば、水月がゆらゆらと揺れている。まるで青年を眠りに誘うかのように、優希斗は深い夢の世界へと吸い込まれていく。

 夢の中で、優希斗は誰かと話していた。
 その誰かの表情は翳っていてよく解らない。声色でさえ朧気で澪のように徒もすれば儚く霧散する『誰か』。
 名も、貌も、声も、存在さえ思い出せない誰か。ただ、大切な想い出のひとつだと云うのは解る。
 その誰かと『人』として出会った最期の記憶ということだけが、何故だか思い出せた。
 相も変わらず、その記憶の正体ははっきりとはしないけれど。
 だけれど――。

 其処で何かが浮上する感覚がして、夢の中の誰かと遠く離れてゆく。
 目を醒ませば、変わらず夜は閑かに漂っていて藤は幽かに揺れている。
「……っと、いつの間にか眠ってしまっていたか」
 目覚めた優希斗が顔を起こせば、座したまま眠りに就いていた所為か身体の節々が軽く鳴る。
 折角の美しき光景。瞳に焼き付けて置かねば勿体ない。
(だって、次にこんな美しい世界を見るのがいつになるのかなんて……わからないから)

大成功 🔵​🔵​🔵​

白寂・魅蓮
ここが藤波の見える神社、かぁ。
見た感じは確かに綺麗な神社だな…満月が出てるのだけがどうにも嫌だけど、この光景自体はずっと見ていたい気もする。

湖を眺めていると、ふと水面に自分の顔が映る。
すっかり笑みの消えた顔にふとこれまでの生活を思い出す。
伝統的な武芸を生業としてきた家を追い出されて、長いこと一人で旅をして必死にここまで生きてきた。
人前で舞を踊っている時は演技で笑う事はあったけど、心から笑ったのはもうどのくらい前だろう。

気晴らしにこの綺麗な場所で少し舞を踊ってみよう。
僕が今を生きるきっかけになった、あの人が踊っていた舞を披露する。
彼女の持っていた、紫陽花柄の扇子を手にして。



「ここが藤波の見える神社かぁ」
 和の国へと降り立つ白寂・魅蓮(f00605)は光景を見て、一言。
 夜を彩るのは藤のゆかり色と鮮やかな朱廻廊、それらを映し込む鏡のような水面。確かに美しい。だけれど、晴れぬのは夜空にぽかりと浮かぶ満ちた月。
 鈍く光輝く銀髪から生えた獣耳が心内の衝動に呼応するようにぴくりと動く。此れだからどうにも満月は好かない。
(けど、この光景自体はずっと見ていたい気もする)
 魅蓮は朱廻廊の欄干に越しに湖面を眺める。ぼんやりと、呆然と、過ごしていれば湖面に映る自分の貌が目に入る。
 すっかり笑みの消えた顔。ふと、回想するのはこれまでの足跡。
(僕は、生きることに必死だった。ただ、生きていたくて――長いこと、僕はひとりで旅をしてきた)
 はじまりは伝統的な武芸を生業としていた家を追い出されたことだった。
 生きる為には先立つものが必要だった。まだ幼い魅蓮が生業に選んだのは舞踊。そして今日まで究極の舞の完成を目指し、芸を磨いてきたのは、長く生きるため。
 幼き貌に纏う蠱惑的な表情は齢から外れたものだけれど、この顔だって生きていく為に身につけた『仮面』。
 本質は孤独を愛す一匹狼でも、仮面を纏わねば生きてはいけない。まるで生きることと引き替えに自分を少しずつ削ぎ落として切り売るように生きてきた。
(人前で踊っている時は演技で笑うことはあったけど、心から笑ったのはもうどのくらい前だろう)
 記憶を辿ろうにも、その記憶は遠くてすぐに辿ることは出来ない。
 そう、考えていたら少し気分が沈む。
「気晴らしに、この綺麗な場所で少し舞を踊ってみようか」
 魅蓮は決めて、扇子を取り出す。開けば淑やかな紫陽花が咲き誇る――此れは、彼女が持っていたもの。
 僕が今を生きるきっかけをくれた彼女。魅蓮は彼女の舞を月下に披露する。
 魅蓮の銀髪が月光を受けて鈍く燦めき、纏う黒蓮の武芸衣装は花のように美しく揺れて夜に溶ける。
 ――綺麗。
 もし、誰かが此の光景を見ていたのなら、誰しもが同じように感歎を漏らしていたことだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

皐月・灯
静かだ――。

……オレはどうして、ここに来たんだろう。
愛しい人、大事な人……心の奥底の気持ちを利用するヤツが気に食わねーから?
それなら、藤の花なんてどうでもよかっただろ。

湖のほとりに腰を下ろして、目の前の景色でも眺めてみるか。
水面に映るオレは、左右で色の違う瞳でオレを見返してくる。
……あの頃は、こんな目じゃなかったな。

支配された夜の世界で、貧しさに喘いでいたけれど……独りじゃなかった。
両親がいて、隣の家の姉さんもいて……。

……ああ、そうか。
「決して離れない」……藤の花の、花言葉。
その言葉は、オレ達皆の約束だったっけ。だから、ここに……。

……バカか、オレは。何を、今更。
……もう、守れねーのにな。



 静かだ。人の気配がない。ただ、静かに夜風に藤と水面が揺れるだけ。
「……オレはどうして、ここに来たんだろう」
 朱廻廊を歩く皐月・灯(f00069)は夜に吐き出すようにぽつりと言葉を漏らす。
 仰げば藤波が静かに夜風に揺られている。何故か心揺さぶられる光景。
 どうして、此処へ来たのだろう。
 愛おしい人、大事な人――心の奥底の感情を利用するオブリビオンが許せなかったから? 否、灯は軽くかぶりを振る。
(なんか、違う。それなら、藤の花なんてどうでもよかっただろう)
 気持ちを紛らわせるように朱廻廊を渡り、湖の畔に腰を下ろす。眼前の景色を眺めた後、視線を落とせば水鏡に映る『オレ』が異色の虹彩で見つめ返してくる。
(……あの頃は、こんな目じゃなかったな)
 灯は背中を丸め、蹲る。
 記憶を巡らせるのは夜に支配された故郷のこと。
 生活はいつも厳しくて、貧しさに喘いでいたけれど決して独りじゃなかった。
 両親に、隣の家の姉さん。沢山の人の姿が脳裏に浮かび、過ぎ去るように消えてゆく。

 ああ、そうか。
 ――決して離れない。
 藤の花言葉を思い出す。
 決意のようなその言葉は自分がかつて皆に約束したこと。

(だから、ここに……)
 感傷に浸れど、灯はすぐに首を振る。
 馬鹿か、オレは。何を、今更。だって――。
「……もう、守れねーのにな」

大成功 🔵​🔵​🔵​

リンジ・デルト
まったく、酷い風評被害だよねぇ…?

ボクは月光浴をしながらここの神と世間話でもしようかなぁ?
居なかったら独り言ということで

死のない俺達には今と過去しかない
現実に在るか骸の海に無として存在するか…

生ある子たちが紡ぐものこそが未来なんだろうね。どんな悲しみがあっても
未来ある限り前に進まなければならない。それが創り行く世界を護るのが
俺達の務めというものだ

大丈ー夫、ここにいる子たちはとても強いよ。キミが護っていた子もきっと連れて帰るだろう

さて、少し冷えてきたね
力も大分貰えたし、風邪を引かないように【範囲攻撃(魔法)】と【氷結耐性】で少し気温を上げておこうか

アドリブお任せ



「まったく、酷い風評被害だよねぇ?」
 へらりへらりとゆるやかな笑みを浮かべながら宵の空に語りかけるのは、リンジ・デルト(f16587)。
 その視線の先にも、彼の隣にも何者の姿はないけれど、何も独り言をぼやいているのではない。リンジが語りかけるのは――。
「神隠しだなんてさ。キミは何もしていないんだろう?」
 青年の応える声はなく、けれども満ちる清浄な空気が『其れ』の存在を示している。月光浴とともにこの社の神と世間話。
「死のない俺達には今と過去しかない。けどさ」
 リンジは一度言葉をとめて、ひとつ息を吐く。
「生ある子たちが紡ぐものこそが未来なんだろうね。どんな哀しみがあっても未来ある限り前に進まなければならない」
 有限の生を抱える彼らは、無限の生を有する自分達からしたら、いとも儚くか弱い存在。
 だけれど、だからこそ。有限の生を精一杯命の灯火を燦めかせて生きる姿は美しく、力強い。
「それが創り行く世界を護るのが、俺達の務めというものだ」
 そうでしょ?と訊ねかけるように云えば、夜風がふわりと藤波を揺らす。
 それにね、とリンジはにへらと笑んで。
「だいじょーぶ。ここにいる子たちはとても強いよ」
 神であるリンジが猟兵と共に過ごすようになってまだ日は浅いけれど、その日々以上に様々なものを彼は金眸に映してきた。だから、識っている。
 彼らは強い。彼らは負けない。きっと、成し遂げる。
 だから、まるで予言のように『其れ』へと語りかける。
「キミが護っていた子もきっと連れて帰るだろう」

 ――私の愛し子を、どうかよろしく頼む。

 刹那、強く満ちた清浄な空気はリンジを包むと、月の光とともに彼の身体に力を分け与える。
 人に寄り添い共に戦う同族への信頼の現れだった。
「さて、少し冷えてきたね」
 月冴ゆり更ける夜。夢見る時間はもう近い。

大成功 🔵​🔵​🔵​

東雲・咲夜
幼馴染のそうくん(f01798)と

嗚呼…溜息が出るほど美しい
水面を染める紫霞は
幽世への門のよう
慎ましやかな華やかさに魅入られて
うちの魂も攫われてしまいそうや

ん…そうくん
物思いに耽ってどないしはったん?
……そっか、お母さまのこと思い出してたんやね
いっぺんお逢いしてみたかったわぁ
どないな御人やったんやろ

掛けてくれはった羽織を手繰り寄せ
彼の体温が宿っとるんかな、あったかい
心配りにも心がじんわりするん
おおきになぁ

初めてそうくんを見た時
子供ながらに侘しさのようなもんを感じとったんを憶えてます
この子がわろてくれはったらどんなに素敵やろって
…今はよう笑顔を見せてくれはるから嬉しい
それ以外の表情も、ね……ふふ


朧・蒼夜
幼馴染の咲夜(f00865)と一緒に

夜、神社で観る藤はとても綺麗だな…
藤は俺にとって大切な花
あの人との想い出の…

ん?あぁ、藤は母が好きな花なんだ
咲夜、寒くないか?
春になったとはいえ夜は身体が冷える
そっと藤の花咲く着物を彼女に羽織る

咲夜は桜の花だけど藤も良く似合うな
とても綺麗だ

ゆっくりと彼女の歩に合わせ
昔の話をする

そういえば出逢った時も藤の花の下だったね
俺が藤を眺めてたら君が話しかけてくれた
俺はずっと一人だったからとても嬉しかった
ん?俺の表情…そうかな??
嬉しそうに笑いつつ…無表情だがどこか照れて

君と出逢ったからだよ
また君とこうやって観れたら嬉しい



「嗚呼……溜息が出るほど美しい」
 感歎の息を漏らした東雲・咲夜(f00865)は夜風に揺れる藤波へと手を伸ばす。
(慎ましやかな華やかさに魅入られて、うちの魂も攫われてしまいそうやなぁ)
 水面を染める紫霞は、幽世への門のようで咲夜はほうっと意識を寄せる。
 花に戯れるような少女の隣で朧・蒼夜(f01798)は物思いに耽る。
(藤は俺にとって大切な花。あの人との想い出の……)
 夜に神社で眺む藤花は確かに美しい。けれども、それ以上に遠くなった彼女の面影を追ってしまう。
「ん、そうくん。物思いに耽ってどうしたん?」
「ん? あぁ、藤は母が好きな花なんだ」
 桜銀糸の髪を揺らしてきょとりと首を傾げる幼馴染みに応えながらも蒼夜の蒼眼は未だ思考の海に囚われたまま。
 今となっては遠くなった母の姿。揺れる藤波を背に蒼夜に語りかけていたことを想う。
 物思いに耽る蒼夜の貌は何処か寂しげ。咲夜は幼馴染みの心に寄り添うように瑠璃色の双眸を柔らかに細める。
「……そっか、お母さまのこと思い出してたんやね」
 蒼夜と咲夜は齢を共に重ねてきた。けれど、知らないことは在る。
(そうくんのお母さま、いっぺんお逢いしてみたかったわぁ。どないな御人やったんやろ)
 心の中で咲夜が想えば、吹き渡るのは未だ冷たい夜の風。ぶるりと軽く身を震わせれば、隣を歩く蒼夜がそっと藤の花咲く羽織を肩にかけてくれる。
「春になったとはいえ夜は身体が冷える。これを羽織るといい」
「おおきになぁ」
 幼馴染みのさり気ない気配りに、咲夜はほんのり可憐な笑みを浮かばせ応える。
(彼の体温が宿っとるんかな、あったかい)
 咲夜は羽織をきゅうと手繰り寄せてくるまる。じんわりと身を包み込むあたたかさ。風除けの羽織よりも、蒼夜の体温よりも、彼の心遣いに桜の少女の心は暖められる。
「咲夜は桜の花だけど藤もよく似合うな、とても綺麗だ」
 藤波の下、舞うように歩く少女はとても美しくて。想いを口にすれば蒼夜の記憶を擽るのは幼い頃の優しい想い出。
「そういえば、出会った時も藤の花の下だったね。俺が藤を眺めていたら君が話しかけてくれた」
「うん……そん時のことはよう憶えとります。この子がわろてくれはったらどんなに素敵やろって」
 互いに、素直に紡ぎ合う昔話。
 孤独だった蒼夜に舞い降りた藤の精のような少女。
 それがどれ程に嬉しかったのか言葉に今までは言い表せなかったけれど、それを変わりに現すようによく笑うようになった。
「今は、よう笑顔見せてくれはるから嬉しいんよ」
 少しはにかみながら話す咲夜の瑠璃眸。そらさずに蒼夜が告げる言葉は真っ直ぐな想い。
「君と出逢ったからだよ」
 少女は一瞬驚いたように瑠璃眸を広げると頬を桜色へと染めて笑んだ。

 また君とこうやって観れたら嬉しい。
 勿論。その時はそれ以外の表情も、ね。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
■櫻宵(f02768
アドリブ歓迎

わぁすごい!紫の雫が咲いている!
櫻宵、あれはなんというの?

藤、
見るの初めて
月と藤映す湖をゆるり游いで岸辺を歩く櫻宵へ微笑みかける
揺れる藤に君の桜
嗚呼なんて綺麗なんだろう
僕の櫻が一番綺麗
恥ずかしいから言わない

まるで異界に迷い込んでしまったみたいに美しくて
不安になり櫻宵に手を伸ばす

家族が反対してお互い好きでも結ばれないなんて哀しい
櫻宵の家は厳しいってきいた
僕じゃきっと…

僕はまだ大切な人を喪ったことがない
今までいなかったから
でも
大切な存在ができた
僕の櫻

だから
君を喪うのが何より怖いんだ
歌えなくなるよりも
死ぬ事よりも

嗚呼
大事な君が隠されないように
ずっとこの手を握っていたい


誘名・櫻宵
🌸リル(f10762)
アドリブ歓迎

月夜の社
藤に灯に朱の鳥居
湖に映る藤に月
游ぐ人魚
神秘的で美しくて溜息がでるわ
藤が揺れれば愛しの人魚が嬉しげに笑う
幸福感に頬が緩む

藤っていうのよ
絢爛に咲き誇り歓迎してくれてるのね

黒に浮かぶ白皙に藤あかりが映され一等美しい
美しすぎて攫われてしまいそう
手を伸ばせば同時に彼も伸ばしてくれていて
笑って屈み手をとる
水上と陸上とで握る手は隔てるものを乗り越えさせてくれる

そんな事もきっとある…哀しい恋物語
あたしの家?
ばかねリィ
勘当されてるから問題ないわ
そんなものに引き離されてなるものか

大事なあなたは決して離さない
藤の花言葉の様に
きっと抱く想いは一緒ね
奪わせは
隠させはしないから



 晴るる夜の湖を人魚が泳ぐ。リル・ルリ(f10762)が尾鰭をひらめかせ螺鈿を描けば、孤独に揺れる満月はまるで水面のよう。
「嗚呼、綺麗」
 誘名・櫻宵(f02768)の溜息は、月夜の社か愛しいあの子へと吐かれたものなのか。
 美しい夜だった。神秘的に揺れる夜だった。
 朱塗りの廻廊神社。世界を鏡のように映す湖面。月冴ゆる夜。優雅に宵の湖を游ぐリルは水鏡に浮かぶ藤波と戯れている。
「わぁ! すごい紫の雫が咲いている! 櫻宵、あれはなんというの?」
「藤っていうのよ。絢爛に咲き誇り歓迎してくれているのね」
 たしか、花言葉も歓迎と云ったかしら。嬉しげに笑う愛しの人魚の姿に櫻宵の頬は幸福で緩む。
 ふたりは藤揺れる湖畔をならんで歩く。正確に云えば岸辺を歩く櫻宵に湖を游ぐリルが笑みかける形だけれど、湖から眺める櫻は藤に混じり合って、とても美しい。
「嗚呼、なんて綺麗なんだろう」
 僕の櫻が一番綺麗。本心は夜の空へと沈めて隠してゆらりと尾鰭をはためかせる。
 ぴちゃぴちゃと鳴る水音。リルの姿が可愛らしくて櫻宵は目を細める。黒に浮かぶ彼の白皙が藤あかりに灯され一等に美しい。
「ええ、本当に綺麗」
 怖いくらい。異界に迷い込んでしまったかのような美しい光景に、ふたりは互いに向けて手を伸ばす。
 愛おしい私の人魚が、愛おしい僕の櫻が神に攫われてしまわないように。
 水面から差し出されたリルの手を屈んだ櫻宵が手を伸ばし手を取れば、確かに繋がる絆。互いを結ぶぬくもり。
(――水上と陸上とで握る手は隔てるものを乗り越えさせてくれるかしら)
 櫻宵は想う。そうして思い出すのは淡い初恋の果てに愛する者を父に奪われた姫の話。
「家族が反対してお互い好きでも結ばれないなんて哀しい」
「……そうね。そんなこともきっとある。哀しい恋物語」
 櫻が脳裏に浮かべれば、人魚もまた同じことを想っていたようでリルが哀しげな様子で呟きを漏らす。
「でも、櫻宵の家って厳しいってきいた。僕じゃきっと……」
「あたしの家? ばかねリィ。勘当されてるから問題ないわ」
 けれども、リルは不安げな様子で言葉を続けてくるから櫻宵は明るく返す。
(――そんなものに引き離されてなるものか)
 手を繋ぐ愛おしいこの体温を見失うものかと櫻宵が決意を心に秘めればリルが軽く微笑みを返してくる。
 不安。だけどきみが云うのであればその言葉を信じよう、心に想うリルは心に紡ぐ想いを櫻宵へと語る。
「僕はまだ、大切な人を喪ったことがない今までいなかったから」
 でも、大切な存在が出来た。僕の櫻。君がすき。だから――。
「君を喪うのが何より怖いんだ。歌えなくなることよりも、死ぬことよりも。ずっと、ずっと、ずっと」
 こんなに強く誰かを想うのは初めてで。故に膨れあがる不安に押し潰されてしまいそう。
 櫻宵は安心させるように繋いだ手と逆の手で彼の頬をさらりと撫でる。
「ねぇ、リィ。藤の花言葉って知ってる?」
「しらない。何ていうの?」
 櫻宵の問いかけにリルはきょとりと微かに首を傾げる、その仕草さえ愛しくて。
「恋に酔う――そして決して離れない、よ」
 きっと、抱く想いは同じね。櫻宵がリルの手を強く握れば、リルもまた握り返してくる。
 嗚呼、なんて愛おしいのだろう。
 互いが離れてしまわないように、奪われ隠されてしまわないように――。

 藤波が夜風に静かに揺れる。
 ふたりの姿を月明かりが照らしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
アドリブ歓迎

藤の花と言うものですか。ゆっくりと廻廊を歩きながら花を眺めます。

藤の花のように美しい人…この花を見て人はそんな風に考えたりするんですね。
私が例えるなら……きれいだなぁ程度の事しか思いつきません。もう少し上手くいえたらいいのですが(しょぼん)

それでも藤の花を見ながら、なんとか言葉を探してみます
どの位きれいと言えばいいでしょうか…

人の身を得てから出会った人達…例えば自分を「友達」と言ってくれた人や、俯きそうな自分を力づけてくれた人
そして何より主にも…屋敷の庭の桜とはまた違う、綺麗な花を見せたら喜んでくれるでしょうか?

”あの人達に見せたい程”きれい
私の中ではこれが一番の褒め言葉です



「これが藤の花と云うものですか」
 朱廻廊をゆっくりと歩を進める桜雨・カイ(f05712)は周囲を興味深く眺めながらそんなことをぽつり。
 ヤドリガミとして生を受けてからまだ四季を一巡りもせぬこの身体は藤波を見るのも初めて。
 見たこともないそのゆかり色はなおのこと一層鮮やかに瑠璃双眸に映る。
(藤の花のように美しい人……この花を見て、人はそんな風に考えたりするんですね)
 確かに美しい花。けれども、美しい人への喩えに使うなど――とても、思い付かない。
 私が喩えるなら、綺麗だなぁ。所詮浮かぶのはその程度。
(もう少し上手くいえたらいいのですが)
 しょんぼりと肩を落としながらも、藤の花を見て言葉を探す。
 どのくらい、きれいと云えばいいのだろう。
 思い巡らせば浮かぶのは人の姿を得てから出逢った人達のこと。
 喩えば、自分を友達と云ってくれた人。
 喩えば、俯きそうな自分を力づけてくれた人。
 そして、何より主にも屋敷の庭の櫻とはまた違う、この美しいゆかり色を見せたら喜んでくれるだろうか。
 そう、思い。決めた。そうだ、私の一番の褒め言葉は。
 ――あの人達に見せたい程、綺麗。
 ようやく見つけた言葉にカイは笑む。彼らへの土産話を持ち帰る為にも、心生まれ落ちたばかりの人形はその美しい藤波を双眸へと焼き付けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鎹・たから
WIZ

水面に映る藤の花が、淡い紫でとても綺麗ですね
このお伽話のような世界は
たからには少し似合わない気がします

ぼんやりと眺めては、お姫様のことを想います
恋をして、会いたい人に会いたいと願うことは
決して罪ではありません
そのさみしい気持ちを利用する悪が、悪いのです

…たからは、どうでしょうか
今からそんな敵に出会った時
誰を思い浮かべるのでしょう

たからには、わかりません
だって誰かをそんな風に想ったことは、ないから

ああ、でも
守ってくれた人のことを、たからは一度たりとも
忘れることはありません

彼女が、彼が現れたら
たからは、ちゃんと戻ってこられるでしょうか



 水面に映る花が淡く紫に揺らめいている。
「綺麗ですね」
 朱廻廊の欄干越しに鎹・たから(f01148)は湖面を見る。まっくろな湖面に柔らかな藤のゆかり色の鮮やかな廻廊の朱色。
 まるで御伽噺のような世界は、自分には少し似合わない。
 雪硝子の双眸で光景をぼんやりと眺めていれば、脳裏を過ぎるのは神に隠された姫を想う。
(恋をして、会いたい人に会いたいと願うことは決して罪ではありません。そのさみしい気持ちを利用する悪が、悪いのです)
 夜風に寒椿の紅いスカーフが揺らぐ。まるでヒーローのようなその寒椿のスカーフはたからの信条を現している。
(……たからは、どうでしょうか)
 未だ幼いと云う姫のことを思いながら、ふと自分は如何であるかを考える。
 望む夢を魅せ、逢いたい想い人を映す怪異。敵といざ邂逅した時、誰を思い浮かべるのか。
(たからには、わかりません。だって、誰かをそんな風に想ったことは、ないから)
 鏡のような水面に浮かぶゆかり色がゆらゆらと、頼りなく朧気に揺らいでいる。
 夜風ひとつでも吹けば、儚く消えてしまいそうなその水鏡に藤とともに映るのはたからのくすんだ琥珀色の髪。
 ――ああ、でも。
 守ってくれた人のことを、自分は一度も忘れることはありません。
(彼女が、彼が現れたら――たからは、ちゃんと戻ってこられるでしょうか)
 たからのヒーロー。子どもから大人へと移るその狭間に揺れる雪氣硝の少女は、ぼんやりと夜の湖面を眺める。
 水面に映る花が淡く紫に揺らめいていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マレーク・グランシャール
【壁槍】カガリ(f04556)

カガリの瞳の色だな
月光を透かした藤色の天井に囲われているとお前に守られている時のようだ

お前が望むのなら片角の無様な姿をお前に晒そう
捻れた黒曜石の角は魔竜の印、片方は勾玉にしてお前に
生涯一度きり、ただ一人のために自ら折って
お前が守る盾の後ろが記憶を失った俺の故郷と呼べる場所だから

俺の願いも聞いてくれるなら夢想城壁に俺を取り込め
城門であった頃のお前の在りし日の姿を見てみたい
角の記憶も想いもそこに残して行こう
幻惑の隠世で俺がお前に槍を向けぬように
藤波の下で死んだ想いを墓標代わりにお前の盾に刻もうか

toujours à ton côté.

お前を傷つけるのは今ただ一度きりだ


出水宮・カガリ
【壁槍】まる(f09171)と

己の眼を、花に例えられたことは無かったな
…お前はいつだって、カガリの内に留まってはくれなかったのに
そういう戦い方しかできない竜だがな

お前の勾玉(【竜角勾玉】)のことを、ずっと考えて
折れた角を、見たくなった
カガリの為に負った痛み。その形。温度。意味。想い。
この眼と指で、全て覚えておきたいから

【夢想城壁】には、何も残せはしない
遺すなら、この盾に刻んでいけ
痛みは敢えて受け入れよう
城門(カガリ)は黄金都市の入口
金屋根に、この盾と同じ門だぞ

彼を招き入れた【亡都の紋章】を胸に抱いて、一人で藤波を見上げよう
…想いの記憶は、夢想の箱庭に消えようと
この城門が確かに、静かに覚えている



 夜風に揺れる藤波は静かに漆黒の空に映えている。
 藤天井の下、藤花を仰ぎながらマレーク・グランシャール(f09171)はふと想う。
「カガリの瞳の色だな」
「己の眼を、花に例えられたことは無かったな」
 応えたのマレークから半歩離れた場所で同じように藤花を見ていた出水宮・カガリ(f04556)。
 朧月にも似た柔らかな黄金色の髪を風に靡かせて、藤色の双眸を細め花を見やる青年の姿はひとつの絵画のよう。
 マレークは想う。色彩だけではなく、藤は何だかお前に似ている。
「月光を透かした藤色の天井に囲われているとお前に守られている時のようだ」
「……お前はいつだって、カガリの内に留まってはくれなかったのに」
 何処か攻めるようなニュアンスを滲ませてマレークへと云う口調のカガリ。だけれども、理解している。この竜はそのような戦い方しか出来ない。
「いや、解っている。だから、カガリの頼みをひとつ聞いてくれないか」
 唐突に言い出したカガリにマレークは首を傾げる。
 カガリにはひとつ確かめておきたいことがあった。首元を探り首飾りを手繰りあげて手のひらに乗せる。
 夜のように深い彩の勾玉。かつては、マレークの一部であったもの。
「お前のくれたこの勾玉のことをずっと考えていて……折れた角を、見たくなった」
 片方が欠けてしまった角だからと、いつもは尾や翼ごと隠しているマレークの角。
 マレークは一度驚きながらも頷く。
「お前が望むなら片角の無様な姿をお前に晒そう。けれど、何故」
「カガリの為にと負った痛み。形。温度。意味。想い――この眼と指で、全て憶えておきたいから」
 顕わになった欠けた黒曜石の角。カガリは白磁の指で確かめるようにゆっくりと撫でる。
「お前は、俺の故郷だから」
 生涯一度きり、ただひとりの為に自ら折った。カガリの守る盾の後ろが記憶を失ったマレークの故郷と呼べる場所だから。
「俺の願いも聞いてくれるなら、夢想城壁に俺を取り込め」
 城門であった頃のお前の在りし日の姿を見てみたい。そして。
「角の記憶も想いもそこに残して行こう」
「夢想城壁には、何も残せはしない」
 そうか。カガリの返答に少し残念だと想うマレークはしかし、続くカガリの言葉に驚くことになる。
「遺すなら、この盾に刻んでいけ」
「いいのか?」
 マレークの問いにカガリは頷いて、カガリは“鉄門扉の盾(カガリ)”を彼の前へと差し出す。
 ――toujours a ton cote.
 幻惑の隠世で城門へと槍を向けぬように。藤波の下で死んだ想いを墓標代わりに盾へと言葉を刻む。
「お前を傷つけるのは今ただ一度きりだ」
 マレークがそう云えばそうかと頷いて、カガリは亡都の紋章を掲げる。
「“城門(カガリ)”は黄金都市の入り口」
 金屋根に、この盾と同じ門。告げると同時に黄金都市へと彼が誘われる。
 カガリは独り、藤波を見上げる。
 想いの記憶は、夢想の箱庭に消えようと、この城門が確かに覚えている。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

マリス・ステラ
夜彦(f01521)と行動します

彼は、自身の名に相応しく夜にこそ美しい
たとえば月明かりを反す刀身のような美しさ

「藤は美しい。けれど、あなたもまた美しい」

湖に目をやれば水面に映る月と藤

「……月に遠くおぼゆる藤の色香哉」

記憶を手繰りながら呟く
藤には確かに色香と呼ぶものを感じます
思えばそれは夜彦にも通じるものがあります
流石に口にするのは憚られると、私は沈黙する

夜彦の生い立ち、彼の話に耳を傾ける

「過去は忘れることもあります。ですが、なかったことにはできません」

いいえ、してはいけないと思います
私は夜彦に頷く
それが悲しい結末でも、重ねた想いまで消えるのは、寂しすぎるから

夜彦の視線を追うように藤を見つめた


月舘・夜彦
マリス殿(f03202)と藤を見に行きます

月と行灯に照らされる藤は美しく、鏡面の湖は天地の堺が分からぬようで
現世と違う所へ居るような気持ちになります
マリス殿は花はお好きでしょうか
……その様な口説きは女性にするべきなのでは

今回の件、他人事には思えません
私の主も豪族でした
そして彼女の護衛として雇われたのが一人の侍
後に恋仲となるも身分違いの恋
父君に知られると彼はその地には居られない
私はその時の再会の約束として贈られた簪なのです

姫様の気持ちは主と似ている
私はずっと彼女を見ていましたから
ですが無かった事には出来ないのです
意味無き物にはしてはいけないと

少し話し込んでしまいました
もう暫し眺めていましょうか



 月冴ゆる空に藤。夜風吹かば空に浮かぶゆかりの仄かな光を放ちながら花は波を立てる。
 黒にゆかり、社殿の朱色が融け合うこの光景に心奪われぬものなどいるのだろうか。月舘・夜彦(f01521)は滴る藤の花に手を翳す。
「鏡面の湖は天地の堺が分からぬようで現世と違う所へ居るような気持ちになります。美しい、藤の光景」
「藤は美しい。けれど、あなたもまた美しい」
「……その様な口説きは女性にするべきなのでは」
 星が転がるような美しき声音で紡ぐマリス・ステラ(f03202)に夜彦は思わずぼやく。彼女の海星の瞳は変わらず涼しげに夜彦を見つめていた。
 夜と月の名を持つ彼。夜空にひたしたかのような紺青色の彼は夜にこそ美しいとマリスは想う。喩えるならば、月明かりを返す刀身にも似た凛とした美しさ。
「マリス殿は花は好きでしょうか」
「ええ」
 彼の横顔を眺めていれば、夜彦から訊ねられた問いにマリスは軽く頷く。
「――月に遠くおぼゆる藤の色香哉」
 藤波に記憶を手繰りよせれば、マリスの桜色の唇から漏れた呟きは藤の美しさを称える歌。
 藤には確かに色香があって、夜彦にも通ずるものを感じる――流石に口にするのは憚られるからと口を閉ざす。
 口を噤めば夜彦は何か想いに耽っている。閑かに揺れる藤波の中で、沈黙の時が流れていた。
「今回の件、他人事だとは思えません」
 幾度藤波が揺れた頃か。湖面に漏らすように呟いたのは夜彦。
 辿るのは旧い主の記憶。竜胆の簪の時間が巡り始めた遠い昔のこと。
「私の主も豪族でした。そして、彼女の護衛として雇われた一人の侍」
 若い青年と娘の間に自然と芽生えたのは恋愛感情。恋仲となるも身分違いの恋。
 父君に知られると彼は、もうその地には居られない。離ればなれになる若い恋人達。
「私はその時、再会の約束として贈られた簪なのです」
 ゆえに、千代姫と召使いの青年の身分違いの恋の話を聴いたとき他人事だとは思えなかった。
「姫様の気持ちは主と似ている――私は、ずっと彼女を見ていましたから」
 もう二度と帰って来ぬ人を待ち続けるつらさは一等よく理解しているつもりだ。
 彼女の黒髪に霜がおち、瑞枝のような指が枯れ果てるまで恋しい人を思い続けた主。
 千代姫も、主も、いっそ、哀しい記憶と感情を捨ててしまえば楽になれたのかも知れない。だけれど。
「ですが、無かった事には出来ないのです。重ねた日々を、意味無き物にしてはいけないと」
 そう言葉を結んで語り終えた夜彦に、静かに耳を傾けていたマリスも頷く。
「過去は忘れることもあります。ですが、なかったことにはできません」
 恋の痛みを忘れることと、そもそも過去を無かったことにしてしまうのでは違う。
 哀しい記憶を、重ねた想いごと消してしまうのは――寂しすぎるから。
「少し話し込んでしまいました。もう暫し眺めていましょうか」
 夜彦がそう紡ぎ花に視線をやれば、マリスも彼の視線を追うように藤を見つめた。
 夜藤は風に舞い、湖面に水月が寂しげに揺れていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

地獄塚・吽形
※アドリブ、絡み等歓迎
花見、と洒落こんでもいいんスけど。花見にはお酒に、ドーナツに……。ドーナツはないスよねぇ。(しょんぼり)
誰ぞ知り合いでも連れてくればよかったスかねぇ。

――神隠し。ふふ、連れていかれるのは、どこなんスかねぇ。どうせなら、ワタシもどこかに行ってしまいたいスけど。地獄の、果てまで。
……でも、この神隠しも、結局はオブリビオンの仕業にすぎないんスよね。
――戻ってこれちゃうのかぁ。……残念。

……オヤ。じっと悩んでる間に、もうこんな時間スか。



「花見、と洒落こんでもいいんスけど」
 朱塗りの廻廊につくと早速そのようなことを言葉にしたのは夜の闇よりも昏くて濃い黒を全身に纏うクリスタリアン――地獄塚・吽形(f13623)。
 花見といえば酒は欠かせない。それから――ドーナツ。荷物を漁れどその中にドーナツなどなく、しょんぼりと項垂れる。
(誰か知り合いでも連れてこればよかったスかねぇ)
 早速湖畔の岸辺に腰掛けて花見酒のついでに月見酒。
 そして想うのは、此の場所でまことしやかに囁かれている神隠しの噂。
「――神隠し。ふふ、連れていかれるのは、どこなんスかねぇ。どうせなら、ワタシもどこかに行ってしまいたいスけど。地獄の、果てまで」
 吽形が抱くときめきの感情。だけれど、この神隠しも結局はオブリビオンの仕業に過ぎない。オブリビオンの仕業だとしたら此処にいる猟兵達が見逃しはしないだろう。
(――戻ってこれちゃうのかぁ……残念)
 一度は隠世なんぞを見てみたかったけれども嘆いていても仕方がない。
 酒を呷りながら空を見上げれば月は随分と夜の空を移動している。
「……オヤ。じっと悩んでる間に、もうこんな時間スか」
 そろそろオブリビオンを探しに神を探してみようか。立ち上がる吽形の耳に聞こえたのはてん、てん、と乾いた音とわらべ歌。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『消えたお姫様』

POW   :    ひたすら足で情報を集め、お姫様を探す

SPD   :    小さな情報や証拠を探し出し、真相に近づいていく

WIZ   :    お姫様が消えた理由や、事件の裏側を推理する

👑11
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●陶酔
 てん、てん、てん。
 乾いた音が夜に響く。

 子をとろ子をとろ。
 にげないとつかまえるよ。つかまったらかごのなか。
 かごのなかは、いつでやる? よあけのばんになってもでられない。
 あまい、あまい、ゆめのなか。

 てん、てん、てん。
 ひとりでに跳ねる手毬。ひとを甘い陶酔(ゆめ)へと誘う。

 斯くして、ひとは陶酔(ゆめ)に堕ちる。
 失った過去を、ありえたかもしれない優しい日々を。

 あなたの望むものを、なんだって魅せてあげる――。


※『マスターより』
 あなたの望む夢の世界へ皆様をご案内致します。
 失った過去か、if世界か。優しい夢か、少しほろ苦い夢かは望む皆様次第です。
 夢の中で誰かに逢う場合はその方のお人柄が解るようプレやステシや参照等に記載して頂けたら出来る限り拾わせていただきます。

 また、千代姫については放っておいても皆様がオブリビオンを倒せば救出可能です。
 ですが、もし姫に声を掛けたい方がいらっしゃいましたらプレイング送信をなるべく遅らせていただけると連携の都合上大変助かります。
 必須ではありません。もしも、彼女を夢から引っ張りあげたい方がいらっしゃいましたら。

 プレイング受付は4月22日(月)8:30からです。締切については追って雑記でお知らせします。
 それでは皆様、おやすみなさいませ――良い陶酔(ゆめ)を。
赫・絲
父に、母に手を引かれ、笑顔で歩く少女
少女は少しずつ大人びて、友人と他愛もない話をするようになって
優しそうな男と嬉しそうに寄り添って歩いて
いつしかその腕に子どもを抱いて
子どもの手を引いて歩くようになって
だんだん、だんだん年老いて、けれど
いつの日か幸せそうに、眠るように息を引き取る

悲しさを通り越して笑っちゃう
だって、すぐに夢だとわかってしまう夢だから
何の変哲もないただの女の子でいたかった、私の夢

一族の繁栄の為に授かった呪いに縛られた私の命には、年老いるまで生きる日も、安らかに息を引き取る日も来ない
それでももしかしてなんて、希望に縋りたくなるから
優しい夢は、残酷だよ
いつまでだって、諦めさせてくれない



 夕暮れの道を親子が三人手を繋いで歩いていた。
 水族館の帰り道。斜陽に照らされた三人の影が長く伸びている。
 母と父、子は他愛のない話をしながら家路を辿る。
 斜陽に照らされた影のように子の背が伸びて大人びれば、興じるのは友人との他愛のない話。た
「好きな人いるの?」
 友人から問われれば、少女の視線はひとりの少年へとうつる。すると彼も此方を向く。ぶつかり遭う視線。気恥ずかしさに慌てて顔を伏せた。
 ――付き合わない?
 そう言い出したのは、どちらだったか。
 少年は男になって、少女は女になる。寄り添い歩く女の腕には赤子の姿。
 腕に抱かれるだけだった赤子は、歩き、泣いては、笑って駆けだして、巣立っていった。
 今は、男だった老人とゆっくり縁側で茶でも飲みながら猫を撫でる日々――それも幸せと笑いながら。
 
 何気ない日常。眠たくなるように退屈で、けれど幸せで満ち足りた日々だった。
 そして――。
 いつの日か幸せそうに、眠るように息を引き取る。

「はは……、」

 悲しさを通り越して笑ってしまう。
 だって、すぐに夢だとわかってしまう夢だから。
(これは夢なんだ。何の変哲もないただの女の子でいたかった、私の夢)
 胸がきゅうっと締め付けられる。一族の繁栄のために授かりし呪いに縛られた絲の命は、年老いるまで生きる日も安らかに息を引き取る日も来やしない。
 手に入らないもの程欲しくなる。望めば叶わぬ夢に溺れて苦しくなってしまうのに。
 ――けれど、こんなものを見せられてしまったら。
 それでも、もしかしたらなんて、希望に縋りたくなってしまうではないか。
「……優しい夢は、残酷だよ」
 いつだって、いつまでだって、諦めさせてくれない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花狩・アシエト
過去の世界

ねえちゃんと送る、何気ない日々
ねえちゃんは12年も前に男と駆け落ちした
俺より5つ年上
儚くて綺麗で疲れていて、消えそうだった
初恋の相手

あれは洗濯物いっしょに片してる時だったかな
ほかのきょうだいは外で遊んでて、賑やかな声だけが聞こえる
「アシエトはいい旦那さんになるわ」
そう言われて、ねえちゃんのお婿さんがいい!なんて言える勇気はなくて
「なんで?」
「だって料理も掃除もお洗濯も、縫い物もできるでしょう?」
「きょうだいだってできるぜ」
「アシエトがいちばん、優しいからよ」
好きだって、何回心の中で言ったかな
でもその時は、いつもみたく好き!とは心の中で言えず、胸が痛くなるのを感じた

アドリブOK



「アシエト」
 柔らかで、鈴を転がすように澄んだ声。アシエトは弾かれたように顔をあげる。
 午后の微睡むような空気の中。穏やかな日差しを受けた彼女が儚げに、優しげに微笑んでいる。
 外から他の“きょうだい”達の遊ぶ声が聞こえる。だから“家”には自分と彼女のふたりきり。ふたりで洗濯物を片付けているいつもの日常風景。なのに、何故懐かしさと慕情で心が一杯になってしまうのだろう。
 ねえちゃんはいつも傍に居るのに、何故、遠くに感じるのだろう。心に浮かぶ何故をアシエトは振り払い、自分の名を呼んだ彼女に応える。
「え、なに? ねえちゃん」
「靴下、間違ってるわよ」
 彼女に指摘されて自分の手元を見やればアシエトがペアにした靴下は白と黒。慌ててほどいて洗濯かごの中から互いに正しいものを引っ張り出して畳む。
 その様子を見た彼女がふふ、と笑いを浮かべる。その笑顔には隠しきれない疲れが滲んでいて、今にも消えてしまいそうだった。
 優しくて儚くて綺麗な5歳年上の『ねえちゃん』。初恋の女性。
「アシエトはいい旦那さんになるわ」
「なんで?」
 微笑みながら云う彼女に『ねえちゃんのお婿さんがいい!』なんて告げる勇気もなくて、精一杯想いを隠して首を傾げる。
「だって、料理もお洗濯も、縫い物もできるでしょう?」
「きょうだいだってできるぜ」
 ねえちゃんの言葉に反論するように云う。
 だって、此処は孤児院。皆、それくらいのことは出来て当然なのだ。そうして、子どもながらに身を寄せ合い暮らしている。なのに、何故ねえちゃんはそのようなことを云うのか。
 少し頬を膨らませるアシエトの頭を優しく撫でて微笑みながらこう告げる。
「アシエトがいちばん、やさしいからよ」
 虚を突かれ瞳を丸めるアシエトは、けれど再び不機嫌そうな表情を浮かべて再び俯く。
 好きだと、何度心の中で言っただろうか。けれど、その時だけはいつものように好きと心の中で言えない。
 ――それは、あまりにも残酷で。
 胸から込み上げてくる想いは胸を締め付けるようで、胸が痛くなる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リシェア・リン
んー、お姫様いないなぁ
おーい、千代姫様ー。どこー?

…え?
何で…こんな所にあなたがいるの?

いつも見慣れた顔の、黄金の竜人
私よりずっと高い背丈も、声音もいつもと同じ
一緒に来た覚えなんてないのに

『やっと気付いたんだ』
『オレが愛してるのはリシェアだけだって』
『もう一人ぼっちにはさせないからな』
『ずっと一緒にいよう、リシェア。愛してる』

ああ…ああ、何て、何て…。


残酷な夢なのかしら


だって、…こんなの、ありえない
私一人を愛してくれるなんて、悪夢でしかない
覚めてしまったら辛くなるだけだわ
…何より、あなたらしくない

でも…ほんの少し
長居したらしただけ辛くなるのは分かってるけど
─この悪夢に、溺れさせて


※アドリブ歓迎



「おーい、千代姫様ー。どこー?」
 千代姫を探し歩いて、どれほど経ったのだろう。
 リシェア・リン(f00073)は白い世界を歩いていた。見渡す限り果てもない白の世界。視界を遮るものなど一切ありはしないのに誰の姿も見えない。リシェリアの声は虚しく反響する。
(んー、お姫様いないなぁ。それに、みんなも)
 此処が隠世なのだろうか。何だか少し心細くなった――その時。
「……え? 何で、こんなところに、あなたがいるの?」
 目の前にはいつも見慣れた顔の黄金の男が居た。高い背も、声も、いつもと同じ、なんら変わらない。
 けれど、一緒に来た覚えなどない――なのに、何故。
「やっと気付いたんだ」
 彼が口を開く。鼓動がとくんと高鳴る。
 彼が近付く。気付けば周りの風景はいつも見慣れたあの場所。
「俺が愛してるのはリシェアだけだって」
「そんな、わけ」
 リシェアは思わず後退る。
 なおも距離を詰めた彼は腕を伸ばして、リシェアを抱きしめる。
「もう一人ぼっちにはさせないから。ずっと、一緒にいよう」
 その腕を振り解くことも、逃れることも出来ない。
 ――ああ、なんて残酷な夢なのかしら。
 ありえないとリシェアの理性が訴えかけている。おかしいと脳が警鐘を鳴らしている。
 だって、彼が私一人を愛してくれるなんて、悪夢でしかない。甘い、甘い悪い陶酔(ゆめ)。
(……何より、あなたらしくない)
 でも、もう少し、ほんの少し。後少しだけでいいから。
 長居したらしただけ、つらくなることは理解してはいるけれど。
「リシェア、愛してる」
 この悪夢に、溺れさせて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

皐月・灯
――夜に支配されていた世界に、太陽の光が満ちてる。
実り豊かな畑と、綺麗な水。
聞こえるのは、オレの本当の名前を呼ぶ声。

ああ、父さん。明日はこの辺の作物、収穫しようよ。
母さんは病気が治ったばっかりだから、休んでて。
2人とも子供扱いすんなよなー、おれはもう14だよ?

えっ、エルナ姉ちゃんを手伝いに呼んだって!? ほんとに!?
そっか……へへ。明日はエルナ姉ちゃん、来るのかあ。

……毎日忙しいけど、おれは幸せだって思う。
明日が楽しみだ。明後日も、その次も、ずっと――




――ああ。そう思うよ。ここに居られたら、幸せだろうって。

……でも、行かねーと。
これは、ただの夢だから。
……オレにはもう、何もねーから。



 夜が明けて、朝が来る。
 目覚めた灯が窓をあければ実り豊かな畑に、綺麗な川。爽やかな風吹き渡る大地に降り注ぐ暖かな太陽の光。
「××」
 父が灯を呼ぶ。灯じゃない、本当の名前。
「ご飯食べたらすぐ行く」
 灯は手早く着替えて、パンを咥えたまま靴を履き替え外へ出る。季節は実りの秋。それ故に日々慌ただしくろくに休む暇さえない。
 農作業に勤しめば日はいつしか真上。昼時でぐぅとお腹が鳴れば丁度良い具合に母がサンドイッチを持ってきてくれた。
「あなた、××。やっぱり私も……」
「母さんは病気が治ったばっかりだから、休んでて」
 サンドイッチを頬張りながら母に応える。病み上がりの母に無茶させるわけにはいかない。
 母の分まで農作業を手伝うのだと思っていれば父がぐしぐしと髪を撫でてくる。
「××がいっちょ前な口叩きやがって」
「あらあら、ふふ」
「2人とも子ども扱いすんなよなー、おれはもう14だよ?」
「何歳になろうとお前は俺達の可愛い息子だよ」
 そんなことを父が言うから灯は頬を膨らませる。心外だ。
 サンドイッチを口に詰めて、周囲を見てみれば午前中に頑張ったお陰で南瓜の収穫は今収穫出来る分は大体片付いた。
「ね、明日はあの辺の林檎を収穫しようよ。さっきちらっと見たんだけど良い具合に紅くなってたよ」
「そうだなぁ。ただうちの林檎園は広いから骨が折れるかもなぁ」
「だよねえ」
 がっくしと肩を落とす。農作業は嫌いではないがどうしても考えれば気が滅入る。
「でもな、エルナを手伝いに呼んだからなんとかなるかもな?」
「えっ、エルナ姉ちゃんが来るの? ほんとに!? そっか……へへ、明日はエルナ姉ちゃん、来るのかあ」
 灯の表情は緩んでいて。
「××は本当にエルナちゃんが好きなのねえ」
 母がにこやかに告げたから、全くと少し拗ねたように灯は応えた。

 毎日忙しいけれど、幸せな生活。
 明日が楽しみだ。明後日も、その次も、ずっと――
 ――ああ、そう思うよ。ここにいられたら、幸せだろうって。

 でも、行かねーといけねーんだ。これはただの夢だって解ってるからさ。
 オレにはもう、何もねーから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

地獄塚・吽形
見るのは、故郷で平和に暮らしていた日々の夢。遥か昔に母星を失って、小さな小さな漂流船で旅するクリスタリアンの一族。
鉱石の体ゆえ、変化に乏しい社会と、そんな中にあって、他種族に興味津々のあねさま。
優しく、お茶目で、天真爛漫なあねさま。
わたしと同じ、美しい月長石の体。飲食のいらない種族にありながら、料理好きな変なあねさま。
わたしは、あねさまが大好きで――あねさまは、その好奇心ゆえ、帝国軍の侵略を招き、故郷は滅びた。

生き残ったのは、ワタシだけ。
――夢の時間はオワリッスか。
また会えて嬉しかったッスよ、あねさま。多分そう遠くないうちに会うことになると思うスから。また、地獄で待っててくださいス。



「ねぇ、新しい料理が出来たのよ。食べてみて」
「また?」
 吽形が不審げに首を傾げれば、首に何か輪っか状のものを押し入れられた。
「今度はスペースノイドから教わったのよ。ドーナツと言うらしいの。小麦と牛乳と卵とバターと、砂糖とー! とにかくね、そういう美味しい材料を混ぜて捏ねてくるってして、油であげるの。さくさくふわふわしてて自信作よ!」
 姉が大層に並べる言葉の半分も理解出来ないが、確かにそのドーナツという食べ物は不味くはない――と、思う。味覚の基準がよくわからない。
 自分達は月長石の身体を持つクリスタリアン。本来は飲食の必要無い体だと云うのにこの姉は好んで料理を作っていた。
 変な女だと皆は云う。変な姉だと自分も想う。
 優しく、お茶目で天真爛漫な美しい姉。鉱石の身体ゆえ、変化に乏しい社会の中にあって社会に飽いて多種族に興味津々だったあねさま。
 遥か昔に母星を失って、小さな小さな漂流戦で旅をする宝石の一族だったから、故に、姉は新たな出逢いを求めて日々を彼程楽しんで生きていたのではないか。
 自分と同じ月長石の身体は、姉の方がよく燦めいていたように想う。きっと、その笑顔がそう魅せたのだろう。
(わたしは、あねさまが大好きで――あねさまは、その好奇心ゆえ、帝国軍の侵略を招き、故郷は滅びた)
 皮肉な運命だった。生き残ったのは、自分だけ。
 ――夢の時間はオワリッスか。
「また会えて嬉しかったッスよ、あねさま」
 多分そう遠くないうちに会うことになると思うスから。また、地獄で待っててくださいス。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マリス・ステラ
気がつけば私は独り

「こちらにおいで。自分で選びなさい」

その声に鼓動が高鳴る

"彼"だ

それはいつかの懐かしい光景
私は店の軒下に歩み寄り並ぶ簪を眺める

「急に選べと言われても……」

そう、過去をなぞるように答えた
そんな私を思案顔で見ると、彼は一つの簪に手を伸ばす

「……意外です」

見るからに華やかで精緻な簪には目もくれず手に取ったのは朱い組紐がついただけの質素な品

「簪だけが目立ってどうするんです」

呆れ顔で私の髪にそっと飾ると鏡を差し出す
質素と思った簪は誂えたかのように収まり私に映える

「調和……」

呟きに満足そうな顔で彼が頷き――

夢が醒める
簪の記憶、"彼"が思い出させてくれたのか

「ありがとう」

私は感謝を口にした



 気がつけばマリスはひとりで街に居た。
 藤波の城下かと思ったが、見渡す限りに夜彦の姿はなく、藤もない。それに日も高く昇っていて活気の良い商人達の呼び込みの声が騒がしく街の光景に音をつけている。
「こちらにおいで。自分で選びなさい」
 あまりにも懐かしい声。マリスの鼓動がドクンと高鳴る。
 ――彼だ。
 今は亡き人。そして、それがいつの日の記憶だと思い当たる。
 彼の呼ぶ方へ、店の軒下へと歩み寄り適当な髪飾りを手に取る。
「急に選べと言われても……」
 店の商品棚には数沢山の髪飾りが並んでいる。
 桜が葉とともに緻密に飾られたもの。幾層の藤が折り重なるように華やかに揺らぐもの。
 少し変わった趣向で折り鶴や、何処か遠い場所から取り寄せたであろうびいどろ細工を使ったものまであった。
「……どれにすれば」
 沢山の簪を前にマリスは困り顔。そんな彼女の表情を見た彼は一つの簪に手を伸ばす。
「……意外な選択です」
「簪が目立ってどうするんです」
 彼は少し呆れた顔でそう云った。
 彼が選んだのは朱い組紐がついただけの質素な作りの簪。見るからに華やかで精緻なものが沢山あるなかで、敢えて。
 彼女の頭に簪をそっと飾った彼は、取り出した鏡をマリスに渡す。
 マリス自身が美しいのだから、簪は其れを引き立てる程度で良い――鏡に映る簪は最初からそうであったように収まり美しい。

「調和……」

 マリスがそう呟けば、彼は満足そうに頷き――夢が、醒める。
 簪の夢。夜を纏う彼の話が思い出させてくれたのか。
「ありがとう」
 彼の姿は未だ此処にはないけれど、揺れる藤を見上げ口元を綻ばせて感謝を口にした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月舘・夜彦
私の望む夢
決して叶わないもの
我が主、小夜子様が願ったもの

もし簪を渡した彼が約束通り帰ってきたのならば未来は違っていたでしょう
再会した二人は二度と離れず共に生きていく
一人寂しく歩いていた道を、二人並んで歩いている御姿は
さぞ幸せだろう、さぞ愛おしいものだろう
貴女の長く美しい黒髪に、待っていた時と変わらず「私」を飾ってくださるのだろう
今度は「再会を叶えた簪」として、私も誇りを持って飾られ……

――嗚呼、嗚呼

叶わない

例え甘い夢でも幻であっても、私が此の姿で在る限り所詮は偽物
貴女の隣を歩く方は私が模した、私がなりたかった者

あの頃に戻れない
夢を見ようとも、胸の痛みが呼び覚ます

私は、往かねばなりませぬ
戦う為に



 柳揺れる川沿いの道を男女がふたり歩いている。
 黎明の空。まだ薄暗く朝霧が立ちこめる道を歩くふたりの顔は幸せに満ち足りている。
 先日までは女が一人歩いていた。
 この川沿いの道の先に続く高台からは町の外、領地の外れまで見渡せる。
 彼女は、離れ離れになった恋人を探し高台を一人寂しく登り探し待つのが日課だったのだ。
 少し寒い――女が云う。
 ならば、この羽織を――男が、自らの羽織を女にかける。
 寄り添い歩くふたりは愛おしげに笑い合う。
 長く美しいぬばたまの女の髪には竜胆の花が咲いていた。

 ――嗚呼、嗚呼。此れは叶わない夢の残滓。

(これは私の望む夢。再会を叶えた簪と誇りを持って飾られる。そして、我が主小夜子様も願い求めた未来の姿)
 ふたりから目を背けるように川を見やれば、水面に映るのは男と同じ自分の姿。
 彼女の想い人の模造品。自分がこの姿で在る限りは所詮は偽物。
(私は、彼になりたかった。小夜子様の願いを叶えたくて貴女の隣を歩くあの方を模した)
 自分が願いが正しかったのは解らない。その答えをくれるもう、彼女はこの世に居ない。
 幾ら夢を見ようとも、彼女の幸せはもう、叶わない。
 ――あの頃には、戻れない。
 痛む胸が現実へと呼び覚ます。
(私は、往かねばなりませぬ――戦うために)
 甘い夢に別離(わかれ)を告げて、夜彦は歩き出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

オールステッド・プラネイト
爆火轟く戦場は、草一本生えない星の荒野。
そこにたたずむ顔のない兵士が、同じく顔のない兵士に向かって銃を撃つ。
顔のない兵士が倒れ、顔のない兵士が勝利を喜ぶ。
だが顔のない兵士が背後から切りかかり、顔のない兵士は倒れてしまう。

荒野にはびこる顔のない兵士たち。
どこに属し、何と戦い、どうして命を散らしていくのか。
それすらも不明瞭な、鉄火場、修羅場、地獄の有様。

俺は誰だ。
ここはどこだ。
そんなことは知ったことか。
戦え。戦え。戦い続けろ。そうしてやっと金がもらえる。
それが傭兵。宇宙を駆ける顔のない戦士だろう。
だから戦え、そんな生き方しか知らないのだから。
傭兵には、名も顔も不要なのだから。
……本当に?

アドリブ可



 赫赫たる星の荒野。
 炎は爆ぜ、鮮血は舞い、草木はとうに枯れ果てた。
 既に死に絶えたようなその荒野に、尚も兵士達が死の灰を降り撒く。
 顔のない兵士が、同じく顔のない兵士に向かって銃を撃つ。
 顔のない兵士は、勝利を喜ぶ。
 つかの間、また別の顔のない兵士が勝利を喜ぶ兵士を背後から斬り殺す。

 地獄だ。
 荒野に蔓延る顔のない兵士達は、働き蟻のように淡々と死を運ぶ。
 此の戦いに意味はあるのか。兵士達は誰も知らない。戦いの意義ばど関係ない。
 顔のない傭兵達は、ただ戦っている。殺し合い、死を降り撒いている。
 何処に属し、何と戦い、如何して命を散らすのか。
 ――それすらも不明瞭な、鉄火場、修羅場、地獄の様相。

 俺は誰だ。
 ここはどこだ。
 そんなことは知ったことか。
 戦え。戦え。戦い続けろ。そうして、やっと金が貰える。
 それが傭兵。宇宙を駆ける顔のない戦士だろう。
 だから戦え、そんな生き方しか知らないのだから。

 ――なぁ、そこのお前。
 命の価値を知っているか?
 命に価値をつけるなと云えるなら、お前は幸せだ。
 俺は、知っている。
 命に価値なんてない。命は安い。
 命の価値などあまりに脆い。例えばこの引鉄ひとつで呆気なく散るのだから。
 俺は、命を売りにかけて命を狩る《傭兵》だ。

 傭兵には、名も顔も不要なのだから。
「……本当に?」
 問うたのは、誰。

大成功 🔵​🔵​🔵​

百地・八刀丸
夢の世界

今は亡き妻を隣に置いて、縁側で並び見るは月夜の藤波
それは願望か、それとも後悔か
己に問うても解りはせぬ
ただ解ることは「これが夢である」と言う自覚のみ
何故ならば、お前はあの頃の様に美しい。ワシだけが老いておる

しかし夢でも構わぬ
否、夢でしかお前に会えぬ
もしも、もう一度会えるならば、と
考えた言葉を紡ぐも、夢のお前の答えは己の妄想
亡き女を想う。斯くたることか

ならば何も言うことはない
優しい夢の世界で、二人黙して藤波を見ようか
黙っていれば、何も言わねば、お前はお前よ
だから答えてくれるな

……ワシはお前を置いて夢から立ち去る
今はまだ一時の夢よ。それで良い
いつか、永遠の夢となる時まで

……また会おう、お菊よ



 彼女が月の光を浴びて笑んでいる。
 藤咲ける月夜。彼女の嫋やかな笑顔。ぬばたまのような黒い髪を揺らして笑む頬は瑞々しい。
「……まことに、綺麗だ」
 八刀丸は少し苦い彩を混ぜて笑む。
 此れは夢だと、直ぐに自覚した。何故ならお前はあの頃のように美しくて、自分ひとりが老いている。
 今は亡き妻の幻影がただ、隣で笑んでいる。
(しかし、夢でも構わぬ。否、夢でしかお前に会えぬ)
 胸に込み上げるものは願望か、それとも後悔か。己に問うたところで答えなど出ない。
 ただ。
 ――もしも、もう一度会えるならば。
 浮かぶのは此処で言葉を紡ぎ想いを伝えてしまおうかなどという考え。
 しかし、八刀丸は言葉を飲み込む。
 此処に居る妻は過去の幻影。己の夢の産物。夢の中で言葉を紡ごうと、応えの言葉は妄想でしかない。
(亡き女を想う。斯くたることか)
 隣に居ようと互いの外見が流れる時間の違いを現していて、改めて胸に想いが込み上げる。
(ならば、何も言うことはない)
 縁側で並び見る藤は夢のように美しい。否、これは夢なのだから当然のことか。
 八刀丸が黙したまま藤波を仰がば、妻も同じように静かに藤波を見る。
 降りしきる静寂――だが、これでいい。
 己が黙せば、妻は応えず。
 妻が応えねば、お前はお前よ。
(――だから、答えてくれるな)
 あまりにも優しい夢のひととき。月だけが見守るこの時を――暫し夢に酔いしれる。
 だけれど、夜は必ず明ける。夜が明ければ目覚めの刻。
(ワシは、往く)
 立ち上がった八刀丸の背を追おうとする妻を、手で制す。
(ワシは、お前を置いて夢から醒める)
 今は一時の夢よ。それで、良い。
 いつか、永遠の夢となる時まで。
「……また会おう、お菊よ」
 お前は彼岸で、笑んで待ってくれるだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朧・蒼夜
ん?咲夜は何処に行ったのだろうか?
桜の姫の逸れ、夢の世界と彷徨う。

何処か聞き覚えのある子守唄
そこに立つは美しい鬼の女性
両手に布に包まれた赤子抱いて愛おしいげに唄う

あの人には俺は見えてないだろう
産みたくて産んだ訳じゃない子
俺の父親には愛されずただ実験で自分の子を産ませた可哀想な人

今抱く子は彼女が愛した男の子供
きっと俺の妹だろう
彼女が愛するたった一人の子供

俺には感情が無い
悲しいとも恨みも無い
ただ生きてるだけの人形

その時に出逢った桜の姫
彼女は笑顔で何気なく話しかけきて
きっと彼女とっては普通の事
でも俺には救いだった

母上…俺は護りたい人が姫が出来ました。



「ん? 咲夜は何処に行ったのだろう」
 気付けば隣を歩いていたはずの桜の姫の姿はない。
 探すように彷徨い歩けば藤波の世界へと辿り着く。先程まで居た場所へと帰り着いたのか。否、空は明るく風は春めいている。
 土と苔の香りは山の其れ。蒼夜の心に懐かしさが満ちる。

「――ねんね、ころりよ。おころりよ」

 何処か聞き覚えのある子守唄。蒼夜が息を飲みながら其方へと視線を遣れば其処に居たのは美しい鬼の女。
 淑やかな手で白いおくるみに包まれた赤子を愛おしげに抱き、子守唄を紡ぐ。
 其の顔は、愛おしげで幸せそうで。
(――母上)
 心の中で呟く。母に蒼夜の姿は見えていない。だって、母にとっては"要らない子"だったから。
 産みたくて産んだわけではない子。父との間に愛などなく、ただ実験で子どもを産まされた可哀想な人。
 女性は愛おしげに歌を紡ぐ。その表情が今抱く子が愛する男との間に出来た子だと物語っている。血縁上は、蒼夜の妹にあたる子。
(彼女が愛する、たった一人の子ども)
 けれど、哀しみや嫉妬の感情は起こらない。
(俺には、感情がない)
 だから、悲しいとか憾みもない。

 ――ただ、生きているだけの人形。

 でも、その時出逢った彼女が、桜の姫が手を差し伸べてくれた。
 笑顔で何気なく話しかけてきた彼女。無邪気そのもので無垢な表情が彼女にとっては普通のことを物語っている。
 だけれど、孤独だった人形は、その出逢いにどれだけ救われたか。

「母上……俺には護りたい人が出来ました」

大成功 🔵​🔵​🔵​

フローリエ・オミネ
姫を探しているうちに、いつの間にか知らない場所へと迷い込んでしまったの

これは、「そうあるべき」だった世界……?

空色に柔らかな白を落として、うららかな陽気を足して。
地面は土、そして青々と生い茂る叢。
色とりどりの花に心地よい風、そこを軽やかに歩く娘。

両の瞳は楽しげに輝き、裸足で走りまわっているの。
重力が作用していても尚、こんなに動けるだなんて

――ッ!?

……本当、都合の良すぎる夢だったわ。
失った視力は二度と手に入らない
それに、ああいう風に走り回れるのなんて……何年後? 何十年後?
それとも――

でもね、嘆いても仕方の無いこと
夢は夢のまま。叶う夢は「願い」だから
……これは、夢に過ぎないのよ。

アドリブ歓迎



 絵本で描かれていたような柔らかな空色が頭上に広がっていた。暖かな陽気の中を居眠りするように留まる白い羊雲はふわふわと浮かんでいる。
 立ちこめる土の香り、青々と茂る草むら。馨しい色とりどりの花。心地良い春風が頬を撫でて、心を浮き立たせる。
(此処は、何処なのかしら。知らない場所、知らない空。だけれど)
 フローリエは首を傾げる。先程まで、姫を探し歩いていた筈だ。だのに、何故か知らない場所へと辿り着いた。
(――不思議と懐かしいと感じるの。これは《そうあるべき》だった世界……?)
 けれども、嫌な気はしなかった。
 自分の足は確りと地について、軽やかに草原を裸足で歩く。素足を擽る草の感触は少しだけこそばゆい。
 重力に囚われてもなお、軽やかに歩む脚は最初から無重力など知らなかったよう。
 両の瞳は楽しげに輝けば、フローリエは駆け出す。微風が踊らすフローリエの銀髪は空の彩を映している。

「――ッ!?」

 しかし、唐突に夢から醒める。その表情は悪夢より目覚めた時のものに似ていた。
(……本当、都合の良すぎる夢だったわ)
 忌々しげに想い吐き捨てれば、未だ夢うつつの意識は一気に現世へと舞い戻る。
 失ったものは、戻らない。
 失った視力は、もう二度と手に入らない。
(それに、ああいう風に走り回れるなんて……何年後? 何十年後? それとも――)
 幸福な夢の代償を支払うかのように、気分が沈んで往くフローリエ。しかし、浮かぶ嫌な想いを振り払うようにかぶりをひとつ、振る。
 だって。
 嘆いたとて、仕方のないこと。
 夢は夢のまま。叶う夢は《願い》になる。だから。
 フローリエは隻眼を閑かに閉じる。

 ――これは、夢に過ぎないのよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

東雲・咲夜
朧月夜に照らされて
微笑む唯一無二の片割れ
生まれた時から 生まれる前から
其の隣はずっと互いのもんやった

常に心に住まうは貴方
愛しくて、最も近く、独占したい
素直も我儘も飾らないうちの居場所


小夜に燈る青いぼんぼりの下
灰銀の毛並みと青い髪が春風に靡く
いつもの和やかな微笑につられて綻ぶ

特別が欲しい、傍にいたい
冀望と安穏の存在
その笑顔と言葉は拠り所


おいで――
大きな手に招かれる

あかんよ、だってうちらは『姉弟』だもの

おいで――
優しい指がうちを呼ぶ

あきまへん、『弟』を置いてはいけないの

うちは誰も選べへん
傷つけとうない
…せやけど、どちらを手放すこともできひん

これは夢?現?
狡くて醜いうちはいま、何処におるん…――



 美しいのは、朧月夜か桜銀糸のその髪か。
「咲夜」
 微笑む瑠璃双眸は自分のものと同じ――唯一無二の片割れ。
 この世に生を受けた時から、否、母に胎に宿った時から『となり』は互いのものだった。
 常に心に住まうは貴方。
 愛しくて、最も近く、独占したい。
(――素直も、わがままも飾らない、うちの居場所)
 そのぬくもりにずっと甘え、溺れていた。

 小夜に灯るの蒼色のぼんぼりが、ほぅっと辺りを照らせば其処に青年が居る。
「咲夜ちゃん」
 灰銀の毛並みと青い髪がふわりと春の夜風に靡く。
 ぽやんとしたいつもの和やかな微笑みにつられて、咲夜も綻ぶ。
 特別が欲しい、傍にいたい。冀望と安穏の存在。
(――その笑顔と言葉は拠り所)
 その、和やかで蕩けるような彼の傍に居たい。

「おいで――」
 大きな手に招かれる。
「あかんよ、だってうちらは『姉弟』だもの」
 咲夜は後に退く。
「おいで――」
 優しい指がうちを呼ぶ。
「あきまへん、『弟』を置いてはいけないの」

 夢を拒んだのか、純粋に選べなかったのか。
(うちは、誰も選べへん)
『傷つけとうない』なんて、最もらしくて卑怯な言葉が脳裏を過ぎる。
(……せやけど、どちらも手放すことはできひん)
 夜風が頬を撫でる。藤が揺らげば夢うつつ。
(これは夢? 現?)
 水面に揺れる満月。水月に並ぶ自分の姿は相当醜い。狡猾に塗れた己の相貌は歪んでいる。
 見たくもない。咲夜は貌を手でおおう。
 世界を自らの目から逸らすように、自らを世界から閉ざすように。
(嗚呼、うちは、狡くて醜いうちはいま、何処におるん……)

大成功 🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
※主(とその息子と妻)と共に暮らしていた屋敷。桜が綺麗だった。

ここは…?あの屋敷?しかも桜がこんなに満開。
今年のお花見は共にできなかった、気持ちをきりかえたはずなのに
…でも油断すればすぐにぐらつく。本当に自分の弱さが情けない

廊下を駆けてくる足音
世一…よ、いち?(幼い主の息子)
あのころまだ人形で、何も出来ずに目の前で殺された…

「かぁい」少し間延びした呼び方もそのままに。
心配そうに見つめる世一に手を伸ばし
泣きそうなのをこらえて強くだきしめる
ずっと願ってた、こうやってこの手に抱きしめる事を

おとぉさん、と世一が廊下へ書けだしていく
足音が聞こえる、近づいてくる…あの人が(以下三章へ)



 溢れんばかりの桜が雨のように降ってきた。
 春の御空は何処までも澄みきり、花舞う天は空は蒼と桃の二色に混じり合っている。
「此処は……? あの屋敷? しかも桜がこんなに満開」
 見覚えのある場所だった。否、忘れられるはずない。此処はかつて主と共に暮らしていた屋敷。桜が綺麗なことを憶えている。
(けれど、今年はお花見を共に出来なかった)
 花見を共にする人が、もう、いなくなってしまったから。気持ちは切り替えたはずだった。なのに油断すれば揺らぐことをやめぬ心は本当に情けないとカイは自嘲の笑みを浮かべる。なんと弱いことか。
 その時、廊下をとてとてと駆けてくる足音が耳に入る。とても覚えがある足音。
「世一…よ、いち?」
「かぁい」
 少し間延びした呼び方もそのままに、廊下の先から姿を現した幼子は紛れもなく幼い主の息子だった。
 目頭に込み上げてくる熱い何かを堪える。だって、世一は、殺された。未だ人形で何も出来なかった自分の目の前で。
「かぁい? どーしたの?」
 カイが酷い表情をしていたからか、世一は心配そうに見つめる。
(世一!)
 カイは溜まらず世一に手を伸ばし、泣きそうになるのを堪えながら幼子を抱きしめる。
「かぁい? かなし? かなしーの? よしよし」
 世一は抱かれながらカイの頭に手を伸ばす。小さな手の感触に泣き出しそうになる。

 ――ずっと願っていた、こうしてこの手で抱きしめることを。
  人形の身では果たせなかった、夢。

 暫く抱きしめた後。突然彼が降りたいと主張するかのように世一が手足をばたつかせるから降ろす。
 すると直ぐに世一は廊下へ駆けだしてゆく。
「おとぉさん」
 世一が駆けて行った先、聞こえた足音は聞き慣れたもの。
 足音が聞こえる、近付いてくる。
(――あの人が、)

大成功 🔵​🔵​🔵​

マレーク・グランシャール
夢の中、金屋根が付いた城門が見える
嗚呼、あれはカガリ(f04556)の門だ

雨の日も、風の日も、雪の日も
健やかなるときも病めるときも
一日たりとも欠かすことなく槍を持って立ったあの門だ

朝が来るのを待ちわび、宵には星が瞬くのを眺め
昼には人馬の往来を見守り、夜には悪しき者を打ち払う
それは何と誇らしく、何と輝かしい日々であったことだろう

だけどある日城門は俺に言ったのだ
既に門番は選ばれた
此処はお前の場所ではないと

共に守り共に戦う相手と思っていたのは俺の傲り
俺は門に守られた数多の一人に過ぎなかったのだ

失うくらいなら、いっそお前を──
喰えばいいのに、だけどお前を──

裂いた己の腹に愛はない
あるのは孤独の腸だけだ


出水宮・カガリ
【壁槍】

…まる(f09171)が、来る
この見下ろす視点は、今のカガリではなくて
都の入口の門だ

やっと来てくれた
もうどこへも出さないぞ
おいでと、扉を開いて、彼を迎えようとして

──気付く
これは、『出ていく』ところだ
扉を開ければ、彼は行ってしまう
もう、戻ってこないかもしれない
それは、あまりに
あまりにも、悲しい、悲しいぞ

いくら嘆いたとて、所詮は門
元より門とは、黙して見送るもの
望むのなら、そのように開こうと、待っていたら
…目が合った

この目があるのは、大きな門の上
金屋根との間の、装飾の一部
出ていく前にそんなところを見つめるなど
早く行ってしまえ
閉じ込めてしまうぞ、本当に

…なんて
行けよ、ほら
門はもう開けたから



●夢の中、黒曜の竜
 降りたった夢の中、見えた少し寂しげな黄金都市。
 金屋根が付いた城門がマレークを出迎える。
「嗚呼、あれはカガリの門だ」
 雨の日も、風の日も、雪の日も。
 健やかなるときも、病めるときも。
(一日たりとも欠かすことなく槍を持って立ったあの門だ)
 此処に立ち護った日々は、未だ色鮮やかに思い出せる。
 朝が来るのを待ちわび、宵には星の瞬きを閑かに眺めて。
 昼には人馬の往来を見守り、夜には悪しき者を打ち払う。

 ――それは、何と誇らしく、何と輝かしい日々であったことだろう。

 輝かしい日々は永遠とばかり思っていた。しかし、その終焉はあまりに呆気ない。
「既に門番は選ばれた。此処はお前の場所ではない」
 或る日城門が告げた言葉がマレークを告げた言葉。
 其れは、あまりに。
(俺は、結局門に守られる数多の一人に過ぎなかった)
 共に守り、共に戦い、共に立つ飽いてだと思っていたのは、マレークの驕りでしかなかったのだから。

 失うくらいなら、いっそお前を――
 喰らえばいいのに、だけどお前を――

 駄目だ。ならぬ。
 裂いた己の腹に愛はない。
 在るのは孤独の腸だけだ。

 ただ残るのは、虚しいという感情。



●夢の中、黄金の門
 ――まるが、くる。
 カガリは其方へと目を向ける。見下ろすような視点で嗚呼と納得がゆく。
 マレークを見下ろすようなこの視点は己の姿が人ではなく城門の姿があることを示していた。
 カガリは――黄金都市の入り口の門。都の入り口の門。人を迎え入れ、外の世界から人を護る守護者たる城門。

 マレークは城門を見上げている。
 声をかけようとする。しかし、此の姿の所為か、此の夢の所為か。鉄の躯は声を紡ぐことはない。
(ああ、やっと来てくれた。もうどこへも出さないぞ)
 カガリはおいで、と彼を誘うように扉を開けようとしてから気付く。
 ――否、此れは出ていくところだ。
 門を開けたのは迎え入れる為だ、見送る為ではない。
 閉じなければ彼は行ってしまう。早く、閉じろ。閉じなければ。
 そうして、一度門の外へ出た竜は、もう、戻ってこないかもしれない。
(それは、あまりに、あまりにも、悲しい、悲しいぞ)

 けれど、カガリは門である。
 幾ら嘆いたとて所詮は門。門は黙して人を見送るもの。
(カガリは、まるが望むのなら、そのように開こう)
 マレークの言葉を、仕草を、待つ。彼を見ていたら――目が合う。

 カガリの今の目は、大きな鉄門扉の上。
 金屋根との間の、装飾の一部。
(まる、お前は何を考えているのだ)
 出てゆく前にそのようなところを眺めるなど。
 まるで、名残惜しむかのように。
 要らぬ期待を持ってしまう。

(――早く行ってしまえ。閉じ込めてしまうぞ、本当に)
 なんて。城門は、カガリはお前を黙して見送るから。
 ――行けよ、ほら。門はもう開けたから。

 お前は、いつだってカガリの内に留まってはくれないのだな。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

北条・優希斗
(他者との連携・声掛けOK。不採用可)
――秘めた恋心を持つ青年の死を悼み、夢の中でその青年との逢瀬に浸る有力大名の一の姫、か…(その風景を凝視する)
2人の逢瀬をじっと見ている間に脳裏に過ぎるとある光景
それは、あの夢の中で見た“彼女”が、彼女の“家族”と共に、最愛の“双子”を母の笑みで見つめている姿
その“最後”まで続いていたかも知れない光景に…胸が痛む
(この記憶が真実ならば『俺』は彼女達の細やかな幸福を奪った罪人だ。それが例え本人の意志だとしても…俺は…そうだと思っている)
――だから、御免。
貴女にとってこれは幸福なのかも知れないけれど
俺は…この“偽り”の幸福を破壊する。
それが…俺の“贖罪”だから


ミコトメモリ・メイクメモリア
……ああ。まだ戻ってきてしまった。
ボクの国。ボクの場所。ボクを忘れてしまった……ボクの居ない、メイクメモリア。

城下町も、お城も、あの頃のまま
民も、従者も、家族も、生きている……

けど。

道を歩いていても、お城に向かっても、すれ違う人も……父様も、母様も、マコトミモリ兄様も――ボクに気づいてはくれないんだね。
……忘れられた、お姫様だから。

……ああ、もう一度見れて、良かった。それは、嘘じゃない。
だけど、こんな夢に“覚えてるふり”をされたら、それこそたまったものじゃない。

千代姫を、探しにいこうか。
幸せな夢は、確かに心地よいけれど。
心の空白を夢で埋めてしまった者は、死者と同じだから。
キミを、迎えに来た。


サヴァー・リェス
アドリブ・連携歓迎

ユーン(f09146)と

陶酔というゆめ
記憶のない私の、それは

…心の手触りでみるゆめ
声も姿もわからない誰か
手鞠はボールに変わり
私、誰かと遊んでいる
そう…誰かは、1人ではない、のね
男性…小さな子…

私はやっぱり笑うのが下手で
でもその人達は気にしない
穏やかに投げ受け止め合うボールは力強く優しく
…ずっと、こうしていたい

ああ、でも、きっと
私は、このボールを捨ててしまった
―つみびと
「…ごめんなさい…わたし、…」
何を伝えたいか分からない
そっと唇を閉ざす
これは起きなければならないゆめ
私の、大切な人達
今度は捨てない

でも
見て良かったゆめ

「千代姫
あなたの中に在る、大切な人まで…殺さないで
辛い道でも」


ユーン・オルタンシア
アドリブ・連携歓迎

サヴァー(f02271)と

私一人ゆめの中
優しい人間の育て親との素朴で温かな生活
初めての恋、幾つもの愛
例えばあの戦がない世界

過去やもしもの世界が万華鏡の様に現れ
遠い昔の事実が尚鮮やかな情景を魅せる事に苦笑する
「…まだ、私は覚えていられるのですね」
尽きる人間の親の寿命
あなただけと言った娘の心変わり
終わらない戦
現実を思い出せば当時覚えた心の痛みは
時を経た私の中で甘い疼きに変わっている
―懐かしい
「有難う
私はいきますね」
儚い泡沫だからこそ
私はいま一瞬に誠実を誓う
案じる友の許へ急ぎつつ

「千代姫
此処は邪なる者に操られし悪夢
貴女の心にいる想い人こそは
未来を捨て冥府へ留まれと言う人でしょうか」


リグレット・フェロウズ
●夢の内容
結婚式

相手は婚約者の第一王子
両親、貴族、信頼するメイド
恋敵になれたかもしれない、ついぞ出逢えかった友人
国中に見守られた、盛大で暖かな結婚式

別に、愛し合ってなどいないけれど――憎いわけでも、なかった
良き妻として次代の王を支え、国の礎となり――

●行動
「――お笑い草ね。壊れる前ですら、信じていなかった光景だなんて」
……それとも、心の奥底では、望んでいたというのかしら。自嘲気味に笑って

「お生憎ね。暖かい日差しに微睡めるほど、可愛げのある女じゃないの」
地獄の炎で、焼き払う

●千代姫に
ねぇ
夢に沈むも、後を追うも、勝手だけれど
案外……生き永らえれば、ウマの合う喧嘩友達の一人くらいは、見つかるものよ


リンジ・デルト
ごめんね?流石に何千年も経ってしまうとお前(亡き同胞)たちの姿や声は思い出せないや。
でもキミたちは確かに俺といた。
その時々に感じたたくさんの想いは
今でも思い出せる。…懐かしいというんだろうな

まあ、過去の創った幻影にはあまり興味ないね。藤波から力を預かってしまったし、真面目に働かなきゃなぁ…

藤波の力に声をのせて加護のあるところへ飛ばすよ
聞こえるかい?
いつまでも過去に囚われていては駄目だ。キミを想って哀しんでいるものたちを忘れてはいけないよ

…ボクらしくもない言葉だなぁ
キミもそう思うだろう?
いつの間にかいた他と比べて姿がはっきりしている弟の幻影がいる事には驚かないよ
いることに少し期待していたのだから



●陶酔(ゆめ)
「……ああ。また戻ってきてしまった」
 ボクの国。ボクの場所。ボクを忘れてしまった――ボクの居ない《故郷(メイクメモリア)》。
 変わらなかった。いっそ、残酷な程に懐かしい光景。
 穏やかな空にそびえ立つ城。その城のまわりを囲むように広がる城下町を歩く。
 威勢の良い声を張り上げて客を呼び込む商人達。街全てが自分達の遊び場とばかりに自由に駆け回る子ども達。井戸端話に花を咲かせる主婦達。
 大通りを往来する人々は皆自分の記憶通りに幸せそうな笑顔を浮かべていて、思わず緩みそうになる口元。
 大通りを抜けて城へと辿り着いたミコトメモリ。特に止められることもなく城に入る。
 そして、出逢う懐かしい顔。
 姫様は白薔薇がお似合いですねと笑顔で言ったメイドの女。
 口うるさく少し苦手に思っていた教育係のばあや。
 町娘と恋に落ち結婚の約束をしたのだという庭師の青年。
 そして、父様、母様も、マコトミモリ兄様も――。

 みんな、生きている。
 だけれど――みんな、ボクを覚えていないんだね。気付いてくれないんだね。

(――忘れられた、お姫様だから)
 立ち尽くすミコトメモリの直ぐ傍を兄が通り過ぎる。
 兄へと伸ばした手は、すり抜けた。チクりと心を突き刺す感情に名前をつけるとしたら、きっと後悔。
「ああ、もう一度観れてよかった。それは嘘じゃない。だけど、こんな夢に"覚えているふり"をされたら、それこそたまったものじゃない」
 寂しげに、けれど、決意の彩を籠めてミコトメモリは呟く。
「さて、千代姫を探しに行こうか」
 過去の記憶は此処でもうお終いにして、未来の記憶を紡ぎに行こう。
 幸せな夢は確かに心地が良いけれど、其処に明日はない。


=====================================

「おめでとう、リグレット。体には気をつけるのですよ」
 母が涙ぐみながら告げる。
「おめでとう、リグレット。しっかり務めを果たすのだぞ」
 父の言葉に新婦は言われなくとも十分解っていると心の中で返す。
「おめでとう、リグレット。王子様のお嫁さんなんて凄いわ。しあわせにね」
 友人。恋敵になれたかも知れない、ついぞ出逢えなかった親友が笑顔で祝福の言葉を口にする。
 貴族が、信頼するメイドが、国民の全てが祝福の言葉を次々と口にする。

 突き抜けるような晴天に白い鳩が飛ぶ。瑞雨のように降りしきる《花吹雪(フラワーシャワー)》。
 りーん、ごーんと高らかに鐘が鳴り、祝福が国中に舞い踊る。
 白磁の大聖堂。執り行われているのは第一王子と公爵令嬢の国を挙げての盛大で暖かな結婚式。

 無垢な白のウエディングドレスに《花嫁(リグレット)》の紅い髪がよく映える。
「綺麗だ」
「やめなさい、貴方らしくもない」
「精一杯可愛げのないお前に考えたのだけれど」
 何と言おうと今日から君は自分の妻だと言わんばかりに王子は自信満々の表情を浮かべる。

 親が定めた許嫁。政略結婚。其処に愛などなくとも憎んでいたわけではない。
 良き妻として次代の王を支え、国の礎となり――

「――お笑い草ね。壊れる前ですら、信じていなかった光景なんて」
 それとも、心の奥底では望んでいたのかしら。自嘲気味に吐き捨てたリグレットの言葉に王子は驚いたような顔をする。
 余計に、リグレットの心は醒めてゆく。だから、地獄の炎を放ち、夢を灼き払う。
「お生憎ね。暖かい日差しに微睡めるほど、可愛げのある女じゃないの」


=====================================

 陶酔というゆめ。
 記憶のない私の《陶酔(ゆめ)》は一体どのような彩を魅せるのか。

 色彩のない真っ白な世界。
 てんてん手鞠が転がって、サヴァーは拾い上げた。
 拾い上げた手鞠はパステルカラーのドッジボールへと変わる。
 喩えば、そう、其れは子ども遊びに遣われるもの。
「私は、誰かと遊んでいる?」
 ボールを中心に色彩のない世界に彩が宿る。
「おい、早く投げろよ」
 少年がサヴァーに呼び掛ける。彼は描いたようなやんちゃな少年で、短パン膝小僧には絆創膏。
「投げろ投げろー!」
「ちょっとー!」
 また別の少年が囃し立てるように言えば少女が諫めるように言う。
「え、っと……」
 サヴァーはボールを投げる。投げたボールは見当外れの飛んでいった。
「へたくそー」
 と、誰かが云えば、みんながどっと笑い出す。つられてサヴァーも笑うけれどその笑顔はボールを投げるのと一緒でとても下手なものだったけれど子ども達は気にしない。
「サヴァーちゃんにあわせてあげよう」
「わかった! サヴァー、今度こそちゃんと投げるんだぞ!」
 子ども達はサヴァーにあわせてボールを投げる。サヴァーは受け取り、落ち着いて確実に投げる。
 穏やかに投げ合うボールは力強く優しく、暖かい。ずっと、こうしていたい。

 ――けれど。

 捨てたドッジボールはこてんと地面に転がって、鞠へと戻る。
 同時に世界は色彩を失って逝く。

 私は、このボールを捨ててしまった――つみびと。
「……ごめんなさい、わたし、」
 伝えたいことも纏まらず、唇を閉ざす。
 此れは起きなければならない夢だから、サヴァーは醒める。

 ――でも、見てよかった。夢。


=====================================

 気付けば懐かしい光景が目の前に広がっている。
 例えば、あの戦がなかった暖かな世界。
「おかえり」
「ただいま」
 育ての親が優しげな表情でユーンを待っている。
 自然と彼らに返すユーン。慕情。懐かしさ。胸の中で何か感情が揺れ動く。
 甘くて、優しい――それは、陶酔(ゆめ)。
「……まだ、私は覚えていられるのですね」
 ユーンは寂しげに呟く。全て、遠い過去のことだから。
 人である育ての親の命はとうに果てた。
 貴方だけよと甘い言葉で告げた娘の心も変わり、目の前から去った。
 そして、訪れた戦。死と絶望の雨が全てを飲み込んだ。
「だけれど、私はこれで良かったと思います。私が想い出を後悔に濡らしてしまえば、彼らは哀しい存在になってしまいます」
 甘い陶酔から醒めて、思い出す現実は苦い。だけれど、不思議と痛いものではなかった。
 当時は哀しく痛い突き刺すような心の痛みも、時を経れば其れさえも愛おしい甘い疼きへと変化していた。
 ――懐かしい。全て、優しい想い出。
「有難う。私はいきますね」
 いずれは醒める儚い泡沫にも似た甘い夢と、人々と過ごした優しい時間。
(だから、私はいま一瞬に誠実を誓いましょう)
 ならば、一秒とて無駄には出来ない。
 ユーンは待っている友のもとへと足を急がせた。


●千代に八千代に夢うつつ
「千代。今日は何処へ行こうか」
「余市と一緒なら何処へでも。あ、けれどそろそろ畑を耕さないといけないのではなくて?」
「千代はしっかりものだなぁ」
「当たり前だわ! 駆け落ちしたんだもの。これからの生活のこと考えなくちゃ!」
 気合い十分と言わんばかりに握りしめる両手。白磁のように美しくしなやかなこの指に農作業が出来るのかと余市は曖昧に笑んだ。

(――秘めた恋心を持つ青年の死を悼み、夢の中でその青年との逢瀬に浸る有力大名の一の姫、か……)
 幸せそうな二人の光景に優希斗は凝視しながら、ふと或る光景が脳裏を過ぎる。
 それは夢で見た彼女が、彼女の家族とともに、最愛の双子を母の笑みで見つめている姿だった。
 最後まで続いていたかも知れない光景。想えば胸が痛まないわけがなかった。
(この記憶が真実ならば『俺』は彼女達の細やかな幸福を奪った罪人だ。それが例え本人の意志だとしても、俺は……そうだと思っている)
 だから、御免。
「貴女にとってこれは幸福なのかも知れないけれど、俺は……この“偽り”を破壊する。それが、俺の贖罪だから!」
 そう告げながら、姫のもとへと駆ける。
「嫌! 誰なの貴方。余市!」
「姫、君は理解しているはずだ。彼はもう居ない。君にとって幸福な時間であっても偽りだから間違っていることに」
「そんなの、解ってる。でも、現実に戻ってどうしろと言うの。もう、彼は居ないの。私の所為で。私が彼を求めてしまった所為で。貴方はあの現実を受け入れろと言うの? 彼を殺した父の言いなりなれと――彼を、一人遺して」
 その時。

 ――聞こえてるかい? あー、聞こえてるみたいだね。よかった。

 空から降り注いでくる声に優希斗と千代は顔を上げる。
 少し場違いにも思える穏やかな声はリンジのもの。のんびりとした口調に千代の緊張も若干解れる。

 ――いつまでも過去に囚われていては駄目だ。キミを想って哀しんでいるものたちを忘れてはいけないよ。そうだ、少し縁結びの手伝いでもさせて貰おう。

 その言葉とともに清浄な神力が場に満ちる。
 藤波の"同胞"からわけて貰った力も使い、千代に想いを寄せる者らと縁を結ぶリンジ。
 此処は夢の世界。人の想いのままに映る世界。映せるのは質の悪い陶酔ばかりではないのだから。

「幸せな夢は、確かに心地よいけれど、心の空白を夢で埋めてしまった者は、死者と同じだから――キミを、迎えに来た」
 優しく手を差し伸べるようなミコトメモリの言葉。けれども、ミコトメモリの手を取ることを選べば、もう二度と彼と逢うことは出来ない。
 永劫の別離。怖がるように後退る千代。ユーンは穏やかに彼女に語りかける。
「貴女の心にいる想い人こそは、未来を捨て冥府へ留まれと言う人でしょうか」
「いえ、間違ってるのは自分でも理解はしているの。けれど、」
「千代姫、あなたの中に在る、大切な人まで……殺さないで。つらい道でも。貴女が生きて覚えている限り、彼は貴女の中で、生き続ける」
 月並みの言葉かも知れないけれど。サヴァは優しく言葉を紡ぐ一方で、少し視線を逸らしたリグレットが若干ぶっきらぼうな口調でこう告げる。
「私は夢に沈むのも、後を追うのも、勝手にすればとは思うけれど……案外生き永らえれば、ウマの合う喧嘩友達の一人くらいは見つかるものよ」
「喧嘩、友達?」
「そ、本心をぶつけ合うの。そこに身分とか何も関係なくて本音をぶつけあう対等な喧嘩友達。意外と良い冥土の土産になるかもね」
 リグレットの言葉に、千代は驚きながらもかみ締めるようにリグレットの言葉を反芻すると、少しだけ柔らかな表情を見せて。
「愉快な喧嘩友達が私に出来るなど以外でしょうから、冥土の土産に持っていけば余市は喜んでくれるかしらね」
「過去の記憶は書き換えることは出来ないけど、未来の記憶は新しく紡いでいくことが出来る。だから、ボク達と一緒に紡ごう、キミの記憶を。彼の記憶と一緒に」
 ミコトメモリは千代に、手を差し伸べた。

=====================================

「……ボクらしくもない言葉だなぁ。キミもそう思うだろう?」
 リンジは傍らにいた他と比べて姿がはっきりとしている幻影に語りかける。
 何千年も経つと亡き同胞たちの声や姿は色褪せて、思い出せなくなる。
 それでも時々感じた沢山の想いは今でも思い出せて、彼らが確かに存在していたことを証明している。
 ――懐かしい。この感情に名前をつけるのであれば、きっとその名が似合う。
 朧気な記憶から形取られた幻達はぼんやりとした霧に映る影のようなものだった。
 しかし、ただひとりだけハッキリと姿形を取っていた幻影がある。
 ――弟。
 いつの間にかいた弟にリンジは驚かない――だって、いることに少し期待していたのだから。
「藤波から力を預かってしまったし、真面目に働かなきゃなぁと思ったんだよ」
 弟に語りかけるように、リンジは言葉を紡いだ。

 ――彼らは強いよ。キミが護っていた子もきっと連れて帰るだろう

 これは予言だ。外れない。
「後は生ある子らが未来を紡ぎ、物語るものだからね」
 空渡る月を仰ぎ見ながらリンデは笑んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鮫島・冴香
★過去

「磯野」
真剣で、それでいて熱を帯びた彼の声が私をそっと呼んだ
「はい、鮫島さん」
彼の目配せに応じ。
私達は違法カジノの現場へと踏み込んだ。

私、磯野冴香は上司である鮫島栄太郎と行動を共にしていた。
新米だった私に、彼は捜査の基本を真剣に伝えてくれた

言葉は多くなく、いつも難しそうな顔をしていた彼。
きっと彼は、女性と接することに慣れていなかったのだろう。
それでいて、張り込みの車内で
『寝れる内に寝ておいた方がいい』
とコートを私に渡す、気遣い
鋭い洞察力と、不器用な微笑み

いつの間にか、私が彼に抱く尊敬の念は
愛情へと変わっていった

ねぇ、もしも。
2人が刑事じゃなかったら
幸せは、長く続いたの?

※アドリブ大歓迎!



 フロントガラスの雨粒が街灯りに反射して燦めく。
(そういえば、天気予報で今夜は雨になると言っていたわね)
 磯野・冴香はふと天気予報を思い出す。予報通り夕方を過ぎてから降り出した雨は本降りとなって夜の街を濡らしている。
「あの男、現れませんね」
 車体を叩き付ける雨音が煩い中、冴香は運転席に座る鮫島・栄太郎に話しかけた。
 車内。ふたりは違法カジノの前で張り込みをしている。その賭場は違法賭博以外にも数々の違法行為の見本市。
 今直ぐに強制捜査に踏み切っても良いのだが、目的はある男を逮捕する為。
「今度こそ逃がしてなるものか」
 栄太郎が苦々しく呟く。
 男は裏社会に関連する人物。以前も被疑者の一人として追っていたが、相当狡猾な男で証拠を何一つ掴めず証拠不十分で逃がしてしまった苦い経験がある。
 だから、今回こそは彼を立件する為に証拠を押さえなくてはいけない。違法に関連している証拠を。
「ええ、必ず今度こそは捕まえましょう」
 規則正しくワイパーが雨粒を拭き取る。積もるように雨粒が視界をワイパーが拭い去り、また雨が積もる。
 その繰り返し。いい加減見飽きてくるような光景も、不思議と飽きることはない。
「磯野、連日の張り込みは疲れるだろう。寝られる内に寝ておいた方がいい」
「いえ、鮫島さんと居られるだけで勉強になりますから。昼間、仮眠も取りましたし問題ありません」
 疲れが顔に滲み出ていたのだろうか、栄太郎にコートを掛けられて気遣われる。
 鋭い洞察力と、不器用な微笑み。一瞬高鳴る心を押さえ込んで、冴香は努めて平静に返す。
「磯野は僕を買いかぶり過ぎだ」
「いえ」
 貴方と居る時間は苦にはならない。
 一瞬、思わず出そうになった言葉を飲み込む冴香。
 彼は新米だった私に捜査の基本を真剣に伝えてくれた恩人。
 女というだけで舐められる環境で彼は年齢も性別も気にせずに対等に接してくれた。
 言葉は多くなく、いつも難しい顔をしていた彼はきっと女性の扱いに慣れていなかっただけだろう。
(優しい彼に、私は――)
 その時。
「磯野」
「はい、鮫島さん」
 カジノから出てくる男は紛れもない対象者。
 ふたりは雨に濡れるのも構わず目配せると車から飛び出した。

 あぁ、これは過去の幻影。
 もしも、もしも2人が刑事じゃなかったら、幸せは長く続いたの?

大成功 🔵​🔵​🔵​

エレニア・ファンタージェン
陽だまりの中で目が覚める
膝を貸してくれるのは懐かしい、エリィの所有者
陽にとけてしまいそうに繊細な美貌を見上げて目を眇める

「今、何時?」
「…何時だろうね。まだ眠る?」
「起きるわ。エリィ、お買い物に行きたいの」
「そう」

気の無い態度は彼の常
だからこそほんの少しの微笑だけでも愛おしい
髪を撫でてくれる指先も、触れてみた肌の温もりも

ねえ、幸せね
優しい嘘ばかりね
だってエリィ、あの人と、ヒトの姿で向き合ったことがないもの
あの人とは、薄暗い阿片部屋以外知らないし、この距離からお顔が見えるほどエリィは視力が良くないし…
だからこういうのって…ええ、大好きよ

※アドリブ歓迎



 目覚めれば、降り注ぐ暖かな陽のひかり。陽だまりの中は程良く暖かくて、再び睡魔に溺れてしまいたいほど。
 眇めた視線の先には、柔らかな光を背に陽光にとけてしまいそうな程繊細な美貌を持つ“彼”。
 彼に膝を貸されていたエレニア・ファンタージェン(f11289)は、ほわりと欠伸をひとつ。
「今、何時?」
「……何時だろうね。まだ眠る?」
「起きるわ」
 エレニアは彼の膝から起き上がり、阿芙蓉色の瞳をゆるりとした細めた笑みを浮かべる。
「エリィ、買い物に行きたいの」
「そう」
 気のない態度は彼の常。けれども、エレニアの真白の髪を撫でるその指は愛おしげ。
(エリィを愛してくれてるのかしら。いいえ、違うわ。彼が愛したのはこの身に燻らせた阿片ね)
 人にひとときの夢を魅せ、口づけを交わすごとに命を吸い取った阿芙蓉の香り。
 愛おしい。幸せ。こうして髪を撫でる指先も、触れる肌のぬくもりも――。
「ねえ、しあわせね」
「そうか」
 エレニアは曖昧に笑む。
 あまりにも優しい嘘ばかり。だから、理解している――これは夢なのだと。
(だって、薄暗い阿片部屋以外知らないし、この距離からお顔が見えるほどエリィは視力が良くないし……)
 そもそも、ヒトの姿で向き合ったこともない。
 けれども、こうして人の姿同士で触れ合えていることは紛れもない幸せ。全部、あまりにあまくてとろけそうな《虚構(うそ)》。
「――だからこういうのって……ええ、大好きよ」
 もう少し夢を見ようかしら。あなたの夢を見て微睡むの。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
褪せた指輪をぎゅうと握りしめ
夢幻の花がいざなう先、
辿り着くは――〝もしも〟の世界

鮮やかな色彩溢るる和の国
其れは、何色にも染まることなく佇んでいて

眞白の衣
銀を遊ばせた長い髪
慈しみに満ちた、金糸雀の双眸
指先を飾るは、柘榴の彩
あの時と変わらぬ声で囁くのは
――〝七結〟
わたしの、名前

甘い甘い毒のように、
ナユへと浸透してゆく
――〝おいで〟
抗えるわけがない
抗うつもりなど、ない
あなたの元へと歩を寄せて
しろく、つめたい手を取って
ねえ。もっと、もっと
わたしを、呼んで

ナユのなかでゆらぎ、揺らぐ想い
ああ。――さま。ナユの『かみさま』
屠り喰らったあの日からも
ずうと、ずうと
あなただけを、求めていたの

――〝ねえ、わらって〟



 閑かに揺れていた藤花。ふいに時が止まるが如く動きを止めた。
 世界が水月のように揺らぐ。
(――ついにその時が来たのね)
 七結は、鎖の先で褪せた彩を浮かべる柘榴石の指輪を祈るように握りしめる。
 てんてん手鞠が夢花の薫りを纏わせて誘えば、辿り着いたのは――〝もしも〟の世界。

 色鮮やかな色彩溢るるはずの和の国。
 けれども今は、何色に染まることなく佇んでいる。
 しん、と全ての声が消えた世界、空から降る花が拭い去ったのか。
 それとも――。

「――〝七結〟」

 あの頃と全く変わりのない聲で、彼女が呼ぶ。
 まるで染み渡る甘くて、甘い、毒。じんわりと蝕んでは、麻痺のような幸福感をもたらす。
 彼女が纏う眞白は六花の彩。銀髪は月光を映したように、金糸雀の双眸を一層に引き立たせる。
 そして指先を彩るは、自分の其れよりもずっと鮮やかに見える柘榴の彩。

「――〝おいで〟」

 あまりにも甘美な誘い。
 抗えるわけがない。抗うつもりもない。
 魅入られるように、夢みるように、かみさまのもとへと近付けば新雪にも似たその手を取る。しろくて、つめたくて、愛おしい手。
「ねえ。もっと、もっと、もっと――わたしを、呼んで」
 甘えるように、懇願するように、縋るように。
 今の七結を現すのだとしたらどんな言葉? 様々な言葉が浮かぶけれど、揺らぐナユの言葉は見つからない。
 けれど、いい。今は、あなただけに溺れたい。
「ああ。――さま。ナユの『かみさま』」
 ずうと、ずうと、あなたを求めていたの。
 屠り喰らったあの日から。
 ずうと、ずうと、あなただけを求めていたの。

 だから。

 ――〝ねえ、わらって〟

大成功 🔵​🔵​🔵​

桜橋・ゆすら
時は大正
夕暮れの帰路を辿るは三人の男女
一人は詰襟の『貴方』
一人は女袴姿の“貴女”
そして、最後は――ゆすら

ゆすらの望みは『人として生きること』
二人の友で在りたかった
「ゆすら、いつか俺達で本を売ろうぜ」
「私達ならきっと良い作品を生み出せますもの」
作家志望だった二人は
下校途中そうゆすらに微笑む

…ごめんなさい
全てゆすらの我儘です
ゆすらは二人の別離を止めたかった
けれど受け入れなくちゃ
二人が居ない未来を…

頭を下げて走り去る

夢と陶酔は違う
陶酔が忘却による恍惚ならば
ゆすらは夢を選ぶ

過去と決別し
未来への望みを夢見たいから

「――君死にたまふことなかれ」
届かないことなんて知ってる
過去は変えられませんもの

アドリブ歓迎



 夕映えに染まる街はまるでセピアに映る《活動写真(キネマ)》。
 いくらモダンだハイカラだ文明開化だと浮かれても、人の暮らしに変わりはない。
 喩えば、三人で辿る夕暮れ帰路。双眸を希望に咲かせて物語るは夢想譚。血腥い惨劇も、絶望も、一切の穢れを知らぬひたすらに透明硝子の美しくて青い夢。
「ゆすら、いつか俺達で本を売ろうぜ」
 詰襟姿の『貴方』が双眸を輝かせて云う。
「私達ならきっと良い作品を生み出せますもの」
 女袴姿の“貴女”が優しげに微笑んで云う。
「ええ、」
 けれど、ゆすらが浮かべるのは曖昧な笑み。
 ゆすらは、人になりたかった。人として作家志望のふたりの友でありかった。
 だけれど。
「……ごめんなさい。全てはゆすらの我儘です」
 貴方と貴女は同時に首を傾げる。哀しみなんて知らない頃の幸せなあなた達。
 きゅうっと縛り付けられるかのような胸の痛み。これは罪だ。これは罰だ。
(ゆすらは、ふたりの別離を止めたかった。けれど、受け入れなくちゃ。二人がいない未来を……)
 頭を下げてゆすらはふたりから走り去る。

 夢と陶酔は違う。
 陶酔が忘却による恍惚ならば。
(――ゆすらは夢を選ぶ)
 過去と決別し未来への望みを夢見たいから。
 そして、ゆすらの物語を紡ぐのだ。今度は、ゆすら自身の手で。

「――君死にたまふことなかれ」
 陽が沈み、藍に染まる空。煉瓦畳の道で物想いに耽るゆすらの視線のその先で、瓦斯灯が次々と灯る。
 届かないことは承知。過ぎ去った時は変えられない。此れは既にあまりに哀しい結末を迎えた物語。
 けれど、想い祈ることくらいは赦されるだろうから、ゆすらは願う。
 そうして眺めた橙と藍、優しくて哀しい日暮れの色彩を忘れることはないだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
■櫻宵(f02768
アドリブ歓迎

夢の中でくらい
夢を叶えさせて

叶わない夢
僕は人魚
足はない
願いを叶えてくれる魔女はいない
叶うなら
僕の何でも捧げるのに

『愛する君にもらった硝子の靴を履いて、君の横を歩けたら』

見て!
櫻!僕の足
いつも一人で夢見て焦がれてた
けれど今日は君も一緒

駆けて抱きつく
手をとり踊る躍る

嗚呼
地に足をつけて見上げると櫻宵は背が高いんだ
大好きな君と同じ場所で生きられる
何の不便もない

肩車して
おんぶして
一緒に踊ろうよ

君と一緒の足で
君と共に歩みたい

本当は尾鰭を切り取って
足をくっつけたい
けれど君は喜んではくれないって
しってる

でも
目覚めの鐘がなる時までは
このままでいてよ


夢に願いを眠らせる
甘い夢をみせて


誘名・櫻宵
🌸リル(f10762
アドリブ等歓迎

硝子の靴なんて履けなくても
リルはあたしのシンデレラ

リィの歌声を奪う魔女など斬り殺す
もうあなたから何も奪わせない
自分を大切にしてほしいのに
どうしても
願うのか

足を

胸に飛び込んできた足のあるリル
満面の笑みで
細く美しい足で踊る愛しい子
見下ろす形になってだいぶ背が小さいと知る

強請られること全て
足でないと出来ないこと
夢の中でなら
幾らでも叶えてあげる

だから現にと願わないで
そのままでいいの
不便だなんで思ってない
そのままのリィが大好き
可愛い尾鰭の人魚のリルが

ばか
わからずや

どうしてもと願うならば
あたしが足を捨て水底へ行く

あたしが見て欲しいのは
ありのままのリルが幸せになる夢なのに



 ――夢の中でくらい、夢を叶えさせて。
 僕の夢はシンデレラ。君に見初められ、硝子の靴で迎えられて王子に愛される《君にとってのただひとり(シンデレラ)》。
 けれど、叶わない。自分は人魚。足はなく、硝子の靴は履けない。隣を歩くことは出来ない。
 願いを叶えてくれる魔女もいない。叶うなら、僕の声帯でも何でも捧げるのに――。

 世界は、リルの夢を投影する。
 夢は――もしもの優しい夢。


 穏やかな空色に、草原を揺らすそよかぜ。
 まるで絵本のようなパステルカラーの柔らかな春の世界。
「見て! 櫻!」
 愛しい櫻のもとに駆け寄って彼に抱きつけば、リルは満面の笑みを見せる。
 そう、彼は――駆けてきた。
「え? リィ」
「僕の足! いつも一人で夢見て焦がれてた君と一緒の僕の足。お揃いの何の不便もない足。ずっと履いてみたかった君がくれた硝子の靴」
 リルは嬉しそうに歌うように足をしめせば其処には細くて白くて美しい足と燦めく硝子の靴が存在している。リルは櫻宵の手をとれば跳ね回るように踊り出す。
 人の歩きと踊りをただ真似ただけの出鱈目なステップ。硝子の靴を履いて跳ね回れば当然のように、バランスを崩す。
「うわあ!」
「リィ、危ない!」
 転びかけたリルを慌てて櫻宵が抱き止める。無事受け止められて櫻宵は安堵の息を漏らすが、当の本人はというと転びかけたというのにリルは嬉しそうに笑う。
「だって、ころぶのもはじめてだから。あと、地に立って気付いた。櫻宵は背が高いんだね」
「そうね、いつものリィは游いでいるから、あたしもなんだか新鮮。可愛いわ、リィ」
 地に足をつけて見やる互いは思うよりも背が高くて、背が低い。見慣れている姿のはずなのに視点が違うだけでこんなに変わるなんて。
「ありがと、櫻。やってみたいこと、沢山あるんだ……いいかな?」
 興奮のままに、リルは櫻宵の手を取るときらきらと眸を輝かせて次々と櫻宵に『おねだり』をした。

 ――肩車、おんぶ、いっしょに踊ろう。

 ありふれた何気ないおねだり。でも、それは全て足がないと出来ないこと。
 人にとっては当たり前のことでも、リルにとってはずっと憧れていた特別なことだったから。
 櫻宵は夢の中でならいくらでも叶えてあげるとリルに言われるがまま全ての『おねだり』を叶える。
「エスコートお願いね、僕の櫻」
「勿論よ、あたしの人魚。転ばないようにしっかりとエスコートさせて貰うわ」
 リルが差し出した手をとって、向かい合って両手を繋ぎ、舞踏するのは優雅なワルツ。
「楽しい。踊ることがこんなに楽しいなんて」
「音楽でもあれば最高ね」
「まかせて」
 リルは軽やかな三拍子を口ずさむ。美しい旋律に櫻宵の口元も緩む。
「これが本当になってしまえばいいのに」
 そのまま三曲程踊り続けて少し遊び疲れたリルが呟けば、櫻宵は苦い顔。
「現になんて願わないで、そのままでいいの」
「ううん。櫻。僕は、本当は尾鰭を切り取って足をくっつけたい。君と一緒の足で、君と共に歩きたい。それは鰭では叶わない」
「あたしは不便だなんて思っていないわ。リィの可愛い人魚の尾鰭が好き」
 櫻宵はリルの顎を指でクイと持ち上げて、視線を合わせさせる。
 彼の薄花桜色の双眸を、櫻宵は真っ直ぐに、逸らすことなく見つめる。眸で訴えかけるかのように、せめてでも伝わるように。
 これは、大切なことだから。
「ありのままのあなたのことが大好きなの。あたしは望んではいない。どうしてもと願うならば、あたしが足を捨て水底へ行くわ」
「しってる。君は喜んではくれないだろうって。でも――」
 リルは櫻宵の返答を何となく予測出来ていた。だから、リルは願う。
「目覚めの鐘がなる時まではこのままでいさせてよ。僕の櫻」
「ばか、わからずや」
 わかったわよ。少しの間だけよ。もたれかるリルを櫻宵は愛おしそうに抱きしめる。

 どうして、ありのままのリルが幸せになる夢を見ないの。
 あたしが見て欲しいのはそういう夢だったのに――。


 硝子の靴なんて履けなくても、足などなくとも、リルは《あたしにとってのただひとり(シンデレラ)》。
 ありのままの貴方を愛する。硝子の靴なんてなくても、貴方を見つけ出して迎えに行ってみせる。
(もうあなたから何も奪わせない。奪わせたくないのに)
 もし、歌声を奪う魔女などいたら、斬り殺す。もう二度と貴方に辛い想いなんてして欲しくないのに。
 なのに、何故。どうして、何故。もっと自分を大切にして欲しいのに。
 どうしても、願うのか――足を。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アダムルス・アダマンティン
研究所で、白衣の男が高笑いをしている
「素晴らしいね、刻器とは!研究すればするほど興味深い!」
――そうか
「特にこのPM形態!すンばらしィ!刻器を暴走状態にして更なる力を手に入れる!ロマンがあるねえアダムルスゥ!」
――……そうか
「今のPM形態はまだまだ表面的な力だ、まだまだ暴走状態の真髄は奥深ァイ!常に暴走状態で運用すればクロノスへの道も――そう遠くはないかもしれないねェ?」
――貴様は、何をしようとしているのだ。
「クロノスへの近道探しだよ、アダムルスゥ」

「例えば――短針同士を掛け合わせたら!傑作ができると思わないかァい!?」

先代の長針のⅦ
奴は狂人だった
あいつを止められた頃には――全て、手遅れだった



 後悔。
 たとえば、あの時彼を止められていたら――世界は“後悔(キオク)”を映し出す。

 気が付けば周囲の景色は或る研究所。
 白衣の男が高笑いをしている。狂ったように、気を違えたかのように。
「素晴らしいね、刻器とは! 研究すればするほど興味深い!」
「――そうか」
 高笑いをするのは先代の“長針のⅦ”。相対するアダムルスは静かに応えた。
「特にこのPM形態! すンばらしィ! 刻器を暴走状態にして更なる力を手に入れる! ロマンがあるねえアダムルスゥ!」
「……そうか」
 詠うように、つらつらと、抑揚たっぷりに男は語る。
 興奮は冷める様子もなく、机に並んだ研究資料。その中から一枚の写真を拾い上げた男は写真を愛おしげに撫でる。
「今のPM形態はまだまだ表面的な力だ、まだまだ暴走状態の真髄は奥深ァイ! 常に暴走状態で運用すればクロノスへの道も――そう遠くはないかもしれないねェ?」
「貴様は、何をしようとしているのだ」
 白衣の男の言葉にアダムルスの眉間にぴくりと皺が寄る。
 何故だろう。過ぎる、この不穏な予感は。
 男はアダムルスの心情など構いやしない。むしろ、よく訊いてくれたと云わんばかりに嬉しげにこう云う。
「クロノスへの近道探しだよ、アダムルスゥ」
 男は嗤う。ニタァと粘りつくような厭な嗤いを――。
「例えば――短針同士を掛け合わせたら!傑作ができると思わないかァい!?」

 あの男の、研究に捧げる情熱は尋常ではなかった。否、外れていたのは人道か。
 今思えばあの男にとっては、刻器の研究でさえも手段に過ぎなかったのかもしれない。
 遅かった。遅すぎた。

 あいつを止められた頃には――全て、手遅れだったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鎹・たから
ひとりぼっちの女の子
連れてこられた寺子屋に
羅刹は彼女しか居なくて

それでも先生は彼女を捨てはしなかった
みんなと同じように愛してくれた
本当の母のように
彼女は一度も、お母さんと呼べなかったけれど

寺子屋が壊されて、先生も皆も殺されて
ひとりぼっちの女の子
その手を取ってくれたのは
異なる世界の男の人だった

大きな身体に広い背中
無愛想でぶっきらぼうで
声がとても優しい人だった

ずっと一緒だと思ったのに
人を庇ってあっけなく死んだあなた

たからはあなたを母と呼びたくて
たからはあなたのようになりたくて

どうして声が届かないのでしょう
どうして手が届かないのでしょう

これが夢ならば
せめて涙を拭ってくれませんか(届かない、ねがいごと



 ――今日からみんなと学びを共にする友達だから、みんな仲良くしてあげて。

 女性が寺子屋へと招き入れたのはくすんだ金色の髪を持つひとりぼっちの羅刹の少女。
 人間ばかりのこの地域では、雪黒曜の角は異端。他人とは違うその容姿は、すぐさま寺子屋の子ども達の興味をひいた。
「え、なにそいつ」
「ほんとに人なの? お化けとかじゃなくて?」
「こら!」
 純粋な興味で訊ねる者。怖がる者。向けられる目は様々で、けれど同時に一斉に襲いかかるような視線達。
 羅刹の少女は怯んで何も言えなくなり、女性が子ども達叱りつける。この子も私達と同じなのだと。
 そして、不安げな少女に優しく笑んで、こう云った。
「――今日から、あなたも私の大切な教え子。家族みたいなものなの」
 その日から女性は他の子どもと同じように少女を愛してくれた。
 何か悪いことをすれば叱り、哀しいことがあったら抱きしめた。
 孤独な心は癒えていき、抱え込んでいたものも言えるようになって。
 一度もお母さんと呼べなかったけれど、このまま、幸せに暮らしていけると思ってた。

 けれど、死んだ。寺子屋は壊されて、みんなは殺されて。
 また、ひとりぼっち。
 彼女の手を取ったのは異世界からきた男性。
 大きな身体に広い背中、自分の頭にぽふりとのせてきたその手は硬くて、ぶっきらぼうだった。
 だけれど、その声はとても優しくてずっと一緒にいられるものだと信じて疑わなかった。
 なのに、あなたも死んだ。優しいあなたは、人を庇って呆気なく死んでしまった。

 たからは、あなたを母と呼びたくて。
 たからは、あなたのようになりたくて。

 ああなんて、優しい夢なのだろう。
 ああなんて、残酷な夢なのだろう。
「夢の中でも、あなた達は散ってしまうのですね」
 たからは空に孤独に浮かぶ望月を眺める。
 月は涙に滲んでよくは見えない。けれど、これが夢の中であるのなら。
「――せめて、涙を拭ってはくれませんか」

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 集団戦 『蒐集者の手毬』

POW   :    あなたと共に在るために
【自身がよく知る死者】の霊を召喚する。これは【生前掛けてくれた優しい言葉】や【死後自分に言うであろう厳しい言葉】で攻撃する能力を持つ。
SPD   :    理想郷にはまだ遠い
【自身と同じ能力を持つ手毬】を召喚する。それは極めて発見され難く、自身と五感を共有し、指定した対象を追跡する。
WIZ   :    いつか来る未来のために
小さな【手毬】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【全ての望みを再現した理想郷】で、いつでも外に出られる。

イラスト:にこなす

👑11
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●目醒めの朝は未だ遠く
 猟兵達を無理矢理閉じ込めておくにはその筺はあまりに小さくて、ふとした歪みから世界は壊れて気付けば藤波の朱廻廊に戻っていた。
 てん、てん。猟兵達を取り囲むように無数に跳ねる手鞠。
「余市……」
 猟兵達と共に現世に戻った千代が呆然と呟く。
 手鞠は若い男の姿を模していた。
「現世に戻っても、つらいことだけだ。もう一度、夢を見よう。夢の中で幸せになるんだ」
 少年だけではなかった。無数の手鞠達は次々と「ひと」を模してゆく。
 それは、夢を見た者の記憶を吸い取って出来た幻影。だけれどそれは確かに本物と見まごう姿。
 口調も、声も、仕草だって偽りだとは思えない。


※『マスターより』
 あなたの心に想う人が、あなたを再び夢の世界へと誘おうとしてきます。
 過去に愛した人でしょうか。哀しい想い出の人でしょうか。もしくは、自分自身なのかもしれません。
 甘い言葉を囁く者もいれば、厳しい言葉を浴びせてあなたの精神を縛ろうとしてくる者もいるかも知れません。
 いずれにせよ、精神攻撃をするオブリビオンはあなたの心に揺さぶりをかけてきます。
 それでもあなたを堕とせないのなら、実力行使にうつるでしょう。
 戦闘になる場合はどのような方法で攻撃してくるのかご指定ください。
 また、お相手の口調や台詞、性格や関係等を記載して頂けたらアドリブも入れやすくなるので助かります。

 夢見の夜はもうお終いにして、朝を迎えましょう。

 プレイング受付は4月29日(月)8:30からです。
 締切については最初の方のプレイングにあわせて設定しますので、雑記でお知らせします。
鮫島・冴香
●敵の姿=夫

「…栄太郎、さん…」
傍に彼がいた
変わらぬ笑みを浮かべ、私の愛に応えてくれた低く甘い声で
『磯野』
このまま、彼の胸に飛び込みたい。
私が想いを告げた、あの時のように。
『いや…冴香。僕も、君を愛しているよ』

(…咲耶さんの、忠告のお陰ね)
これは、幻
そう、わかる。けれど
『冴香、僕と一緒に行こう?』
触れる手の温もり。あの時と変わらない
(このまま彼について行けば、幸せな夢は続くの…?)
足が、動きそうとなる、けど――

【冴香は、渡さないよ】
すまない、冴香。僕の出番だ。
(人格が栄太郎へ強制的に変わり)
彼女には生きて貰わないと困るんだ
(熱線銃で敵を的確に仕留め)
僕の幻影に、惑わされないで

※アドリブ大歓迎♡



「磯野」
「栄太郎、さん」
 冴香は呆然と呟く。藤波を背にして穏やかな微笑みを浮かべる夫が佇んでいた。
 一回り以上も年上の夫。自分の愛に応えてくれた穏やかな笑顔。
「磯野……いや、冴香。僕も、君を愛しているよ」
 低く甘い声で愛を囁く。何一つ思い出と変わらないその姿で愛した夫が確かに其処に居る。
 あぁ、今すぐにでも彼の胸に飛び込みたい。想いを告げたあの時のように抱きつきたい。
(でもこれは幻。思い出した。咲耶さんの、忠告のお陰ね……)
 甘い陶酔に堕ちないで。送り出した少女の声が脳裏を過ぎり、冴香はこれが幻の存在であることを認識する。
 認識はしている。頭では理解している。これは幻なのだと――なのに。
「冴香」
 彼が名を呼び、手を取る。冴香の鼓動は跳ね上がる。
 だって、その大きな手のは暖かく幸せだった頃のままだから。
「僕と一緒に行こう?」
 栄太郎が手をひいて、歩きだそうとする。
 違う。これは幻、いけないと冴香の理性が訴えかける。だけれど。
(――このまま彼についていけば、幸せな夢は続くの……?)
 幸福が麻痺のように脳から理性を奪い取る。夢うつつのまま、栄太郎に手を引かれて歩み出そうとしたその時――。

「すまない、冴香。僕の出番だ」

 刹那、冴香の表情が一変する。優しくも鋭く男を射貫くようなその視線は“鮫島・栄太郎”の人格に変わったことを現していた。
 無理矢理に冴香から意識を奪った栄太郎は冷静ながらも鋭い視線で憤りを顕わにする。
「冴香は、渡さないよ――彼女には生きて貰わないと困るんだ」
 栄太郎は素早く銃を構えると的確に急所を打ち、己の生前の姿を模した幻影を仕留める。
 霧散するように幻影が消えるのを見届けて、栄太郎は銃を仕舞うと視線を湖へと移す。
「冴香……」
 栄太郎は湖面に映る水月を眺める。湖面に映る己の姿は生涯でただ一人愛した女性であり、かけがえのない存在である妻の姿。
 僕は死んだ。今此処に居る僕は妻が愛で現世に繋ぎ止めてくれた幻のような存在でしかない。
(僕も君と一緒に居たい。己の腕で君を抱きしめたい。愛してると、直接伝えることが出来たらよかったのに)
 目の前に現れた己は、冴香ではなく自分の夢だったのではないか――。
 水月のようにともすれば揺らぎ消えてしまいそうな曖昧な存在。妻と共に居るという当たり前のことさえ叶わない。
「冴香を置いて死んだしまった僕に言える資格はないのかもしれないけれど」
 口元に浮かぶ自嘲。もう、抱きしめることも彼女の涙を拭うことさえも出来ない。
 愛してる、だから。
「――どうか幸せで」

大成功 🔵​🔵​🔵​

北条・優希斗
フローリエ(f00047)と同行
敵:フローリエと同じ娘
それは…夢で俺が最後に『人』として出会った彼女
蒼月が淡く輝く
「やっぱり貴女ですか、――さん」
俺に掛けられる言葉は『許し』
(詰られる方がまだマシだ。俺の力の源『罪』を否定されるよりは)
「フローリエさんを詰り、俺は許すか。お前の言葉は相変わらず嘘だらけだな――さん。否…シャックス」
経緯がどうであれ俺達は今自分の意志で此処にいる
この偽りの幸福を破壊する為に
「俺達のこれからは俺達が決める。だからお前は消えろ」
彼女達の魔力は拮抗するか。ならば俺が破壊する
見切り、ダッシュで肉薄UC起動。
【二回攻撃】、【串刺し】、【傷口を抉る】による乱舞攻撃で殲滅


フローリエ・オミネ
優希斗(f02283)と一緒
敵も同じ娘

わたくしはあなたと表裏一体
背、瞳や肌の色、本当に似てる
でも、同一人物ではないわ

映し出された娘は途端に口を歪め笑い――青い悪魔に成り下がり
わたくしが逃れた全てを責め嘲る


確かにあなたは受け入れて飼い慣らした
でも肝心な事を疎かにしたのでしょ
それがあの末路。

……あなたは嘘吐き。本物の彼女はそんなことは言わない。

優希斗の罪を偽者のあなたが許す? 偽善も良いこと
シャックス。これがあなたの名。月の名を模した彼女に成れなかった、憐れな女。

わたくしが攻撃しても魔力が相殺し合う
ならばわたくしは「光の瘴気」を纏わせ幻影のあなたを弱め、サポートをするわ
……さようなら、「お姉さま」



 ――辿り着いたのは、己の罪だった。

「やっぱり貴女ですか、――さん」
 優希斗が現れたその女に言葉をぶつければ、女は笑みを深くする。
 蒼月が淡く輝く。女は月のような彩の銀髪を海中に漂う水月光のように空に游がせて、口元の歪な笑みを浮かべる。
「わたくしは赦す。貴方のことを。貴方は何も間違っていなかった、貴方は貴方のすべきことをしただけ」
「否定をするな、俺の『罪』を」
 いっそなじられる方がマシだ。優希斗は蒼月の女を睨むが気にする様子もなく女はは妖艶に笑みながら、彼の頬を撫で語る。
「――だから、いいのよ」
 噎せ返りそうな程に濃厚な月下美人の香りで脳がくらくらと酔う。
「優希斗の罪を偽物のあなたが許す? 偽善もいいことね」
 ふたりの間を割るように夜を引き裂いて現れたのはフローリエ。
 フローリエは己と同じ姿を模した幻影を睨む。背、瞳や肌の色は本当に似ている。しかし、同一人物ではない。
「赦すも何もあの結果はあなたの我が侭の果てにすぎない。確かにあなたは受け入れて飼い慣らしたけれど、肝心な事を愚かにしたのでしょ。それがあの末路」
「あら、随分なことをいうのね。まるで貴女に罪がないとでも言うのかしら」
 優希斗の頬に手を当てたまま、貌だけをフローリエへと向ける。そして、鏡映しのような女が嗤う。口元に歪な笑みを浮かべて嗤う。
 フローリエは嫌悪感を滲ませて、言い放つ。
「シャックス。これがあなたの名よ。月の名を模した彼女に成れなかった、憐れな女」
 フローリエの硝子のような聲に優希斗はハッとなる。
 ――ああ、思い出した。
 夜霧が晴れるように優希斗の朦朧としていた記憶は鮮明な色彩を取り戻す。罪の、その形を。
「フローリエさんをなじり、俺は許すか。お前の言葉は相変わらず嘘だらけだな――さん。否……シャックス」
「ええ、嘘吐き。その言葉には偽りしかない。本当の彼女はそんなことは言わないもの」
「経緯がどうであれ、俺達は今自分の意志で此処に居るんだから」
 互いに頷き、二人は己の過去と対峙することを決意する。
 フローリエの攻撃。拮抗するふたりの魔力。互いを攻撃しようとその魔力は相殺しあう。ならば。
「貴方を支援するわ」
 フローリエは静かに口にしながら光の瘴気を纏わせて幻影の力を弱める。一瞬交わる視線。フローリエに頷き優希斗は蒼月を構える。
(――この、偽りの幸福を破壊する為に。これが俺の贖罪だ)
 優希斗の剣閃に曇りはなく、決意の瞳でシャックスを射貫くように見据えると一気に駆け出し高速乱舞の剣閃を夜に咲かせる。
「俺達のこれからは俺達が決める。だからお前は消えろ!」
 優希斗の蒼月に舞うように美しい剣閃が悪魔の女に無数の裂傷を刻む。致命傷。シャックスは驚いたように紅眸を広げるが、やがて笑む。
「なにを」
 問いを投げかけるよりも早く、夜の静寂に溶けるように消えた。

 最期の笑みの意味をフローリエは考える。
 しかし、望んだ答えを導き出すことは出来ない。理解したのはこれがひとつの別離だということのみ。
 ならば、フローリエは紫彩の隻眼で湖を眺める。
(――さようなら、『お姉様』)
 湖面の月。曖昧に揺れる水月は懐かしくも哀しくフローリエと優希斗を見守っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユーン・オルタンシア
アドリブ歓迎

サヴァー(f02271)、皆様と連携し戦いを
悪酔いしてはいないかサヴァーを見遣ればふうわり微笑の気配が返る
「なるほど、仰った通り…会うべき敵だったのですね」

想う人は育て親
優しい人間の夫妻
永い時間、人と事象をいつも見送る側の私が不憫と泣き
再び夢へと両の腕を恐ろしいまでに広げ襲い来る
「有難う
ですが
私はあなた方に頂いた優しさと共に
森の民としての誇りを掲げ生きております」
そして
いま、大切な友と挑む戦いなら
私はこの一瞬を切り拓くように、生きる
コードで夢を祓う様【祈り】籠め弓から光を射ち攻撃
戦況を良く観察、皆様が全力で戦える様に【援護射撃】

サヴァーの攻撃に彼女の覚悟を知る
ええ、私も共に参ります


サヴァー・リェス
アドリブ歓迎

ユーン(f09146)と皆と共に
ユーンが気遣い何も言わずにいてくれる
笑顔は下手だからしないけれど私も優しさ籠め彼を見る
言いたい事もわかってくれる
「…ええ
何も、変わらない、けれどそれでも、良い夢…だった」

想う人は男性と少年
(サヴァーは気づかないが昔の愛人と実の赤子
思い出す事ない罪は赤子を手放した事
全て不明瞭にお願いします)

声も姿もわからない
優しく懐かしい事だけは確かな声が呼ぶ
でも
「いいえ…私は、行けない」
生きて、贖って
そうして、斃れたなら
本物のあなた達に謝る事が許される
だからこの夢は、悪い夢で相殺する
コードで呼ぶ神がそうする
夢は私達の心だけにあれば良い
嘆きの現実をユーン達と歩いていく



 夢から醒めて現世に舞い戻ったサヴァーの表情は何処か優しげで、ユーンは目尻を細くして微笑む。
 陶酔に酔う。けれども、悪酔いはしていないようだ。
「なるほど、仰った通り……会うべき敵にだったのですね」
「ええ……」
 ユーンの問いにサヴァーは静かに頷く。
 笑みは下手だから浮かべないけれど、眸に優しさを籠めてサヴァーはユーンを見返す。
「何も変わらない、けれどそれでも、良い夢……だった」
「そうですか。良い夢であったならば、その目醒めを邪魔する無粋者達にはお帰り願いましょうか」
 告げるユーンの先には三つの鞠。てんてん手鞠が跳ね回ればそれは彼らの姿を模す。

「あなた、たちは……」
 サヴァーの目の前に現れたのは男性と少年。しかし、その貌は靄が掛かったように陰られていて解らない。
『――もう一度、夢を見よう。そうして、一緒に暮らすんだ』
『いっしょにキャッチボールしようよ。ともだちもまってる』
 男と少年がサヴァーを呼ぶ。呼ぶと云えどその声色は不明瞭でまるで印象に残らない。
 全てが思い出せないけれど、きっと、其れは己の罪なのだろう。
 優しくて懐かしい響きは確かで、けれど――。
「いいえ……私は、行けない」
 サヴァーは虹水晶を頂く木製ステッキを揺らす。
 その誘いの手を取れたら素敵なことだとは想う。けれども、これは幻に過ぎない。嘘の光景。
(だから、私は生きて、贖って、斃れる。そうしたら、本物のあなた達に謝る事が赦される)
 幻の夢は嘘の夢での相殺を。呼び起こしたカミは心身を貫く音無き悲哀の絶叫で夢を掻き消した。

 ユーンの目の前に佇んでいたのは育ての親。人の身でユーンを育ててくれた優しい夫妻。
「ユーンや。置いて逝ってしまってすまない」
「長い間その身で人や時を見送るのはさぞや辛いことだろう。ああ、不憫なユーン」
 母は不憫と泣き、父は両腕を広げる。未だ幼き頃、森で遊んでいた自分を迎えにきた時のように。
 懐かしさが恐ろしい程に襲いかかる。けれど、ユーンは弓を張る手
「有難う。ですが、私はあなた方に頂いた優しさと共に森の民として誇りを掲げ生きております」
 そして。伝えるのは精一杯の感謝と、自分の決意。
「いま、大切な友と挑む戦いなら、私はこの一瞬を切り拓くように生きる」
 それがあなた達から受け継いだ勇気、そして傍らの友から貰った覚悟だから。
「――私も、参ります」
 自らの幻影を振り払うようにユーンは光芒の矢を放った。

 全て終われば、ただ閑かな夜だけが残る。
「夢は私達の心だけにあれば良い」
「強いのですね」
「ユーン達がくれた、強さ。あなた達とともにいられるなら、私は強くなれる」
 夜の空を仰ぎみる。未だ遠い夜明けも時期に暖かな彩を見せるだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

オールステッド・プラネイト
現れたのは顔のない兵士。
武器を携えた兵士が、こっちに向かって手招きしている。
何だ、また俺を戦場にいざなうのか。俺にはやはりそれしかないのか。

しかし違和感に気付く。
この兵士、女。背の高い女だった。髪は白髪で、かなり長くて。
ああちくしょう、顔が見えねぇ。思い出せねぇ。

「     」
「うるせぇ、囀るんじゃねぇ」

女の声など聞こえないのに、どうして俺はそれが癇に障る?
ちくしょう、ちくしょう、意識にノイズが走りやがる。
お前は俺の何だってんだ。

「……ああ、いい。どうせ獲物だ。俺のおまんまのために散れ」

ユーベルコードを展開し、空に作った巨石を降らせて圧し潰す。
じゃあな、いつか俺の大事な人だったかもしれねぇ女。



 顔のない兵士が月を背にして立っていた。
 大剣を背負い不敵に立つその兵士はオールステッドに向かって手招きをしている。
「何だ、また俺を戦場にいざなうのか。俺にはやはりそれしかないのか」
 忌々しげに、吐き捨てるように、けれども誘いを振り払うことも出来ず近付くオールステッド。
「あん?」
 そうして、近付いて気付く。顔のない兵士は女だった。
 背は高く、髪は白髪。長い髪は月光を受けて絹糸のように戦場の夜に場違いに浮かび上がっている。
「――ああ、ちくしょう。顔が見えねぇ。思い出せねぇ」
 心の奥底で何かが蠢いている。ジリジリと灼かれるように脳も痛む。
 近付いたところで女の顔は見えない。
「      」
「うるせぇ、囀るんじゃねぇ」
 女は何かを言っている。その口を開いて、動かして、何かを自分に言っている。
 けれども、わからない。きこえない。
 その貌も、その声も、なにひとつ知りやしないのに何故――其れが癇に障る?
「ああ、ムカつく。ちくしょう、ちくしょう。お前は俺の何だってんだ」
 どうして。どうして。こんなに心がざわつく?
 意識にノイズが走りやがる。焼け付くような音を立てて思考が止まりそうになる。
「……ああ、いい。どうせ獲物だ。俺のおまんまのために散れ」
 斬り捨てるように星屑を夜空に浮かべる。オールステッドのユーベルコードで作り出された超重量物体の巨石は地へ降り墜ち女の身体を押し潰した。
「――じゃあな、いつか俺の大事な人だったかもしれねぇ女」
 巨星が消えた後、其処には何も残ることはない。虚無。
 まあいいや。オールステッドも大した興味を持たないでその場を立ち去った。

 おまんまを食い散らかして、吐き捨てた後には何も残らない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

百地・八刀丸
……此度は悪夢と言うわけか?
なるほど。ならば確かにこれは「夢の続き」やも知れぬ

自分自身の二十余年も過去の姿をこうして見るとな、滑稽なものよ
妻を看取れんかった無念と、自分自身への憎しみで実に滑稽

何を言われようがワシは揺らがぬぞ
……いや、悔やんでおるよ。悔やみ切れたものではない

抜け。その太刀を
亡き妻の名を冠した大太刀「菊花大文字」を、な

これ以上の言葉は無粋。語り合うは刃のみよ
その夢の刃。このワシの現にて断ち斬ってみせよう!

※過去の八刀丸(40前後)の姿。
妻を亡くしたばかりで、やや乱暴な状態です。
今際に傍にいられなかったことを激しく悔やんでいます。
現在とは真逆に、真っ直ぐで激しい剣技を使います。



 先程が甘くも優しい夢だとするならば、此度は悪夢だろうか。
「成る程。ならば、確かにこれは夢の続きやも知れぬ」
 八刀丸の視線の先、藤波の下、朱廻廊の上にひとりの男が佇んでいる。
 月あかりはこの世の全てに憤怒し、憎悪し、絶望した男の貌を映し出す。
「おぬしか、二十余年程前の過去のワシよ」
「ああ、大切だった女ひとり看取れんかった愚かなお前自身だ」
 月光に照らされた男は過去の八刀丸自身だった。齢四十程度。
 妻を亡くしたばかりの頃の己。妻の死の間際傍で看取ること叶わなかった無念と自分への憎悪に溺れる過去の自分。
 こうして相対するのは中々滑稽なことだ。真に悪い夢。
「お前は、何故平気で居られるのだ。己が罪を忘れたとでも云うか。無駄に生き存えて耄碌でもしたか」
「……いや、悔やんでおるよ。悔やみきれたものではない」
 八刀丸は悲哀の色を籠めて男に云う。
 あの無念はこれまでも、これからも一生忘れることはないだろう。忘れてたまるものか。
 それでも揺らがない理由はある。
 妻は失った。しかし、遺されたものも新たに得た者もあった。
 ならば、己の二十年あまりの人生の意味を今こそ示す時。
「――抜け。その大太刀を」
 八刀丸は己の剣に手を掛けると男にも同じように促す。
 亡き妻の名を冠した大太刀『菊花大文字』。過去の自分と決着を付けるならば、これ程相応しい刀はない。
 男もまた、刀に手を掛け、同時に引き抜いた。
「これ以上の言葉は無粋。語り合うは刃のみよ」
 引き抜く刀。交わる剣閃。愚直で激しい夢の刃を往なすと、八刀丸の現の刀は流れるような動作で幻を断ち斬った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リグレット・フェロウズ
顔の見えない、同年代の少女

幼い頃に夢に見た、会ったこともない「ヒロイン」
私を破滅させ、私の婚約者と真実の愛を見つける筈だった女

そんな夢を、どうして信じたのかは、今となっては分からないけれど

ああ、そうね
きっとこうして、私にまで親身に声をかける暖かな少女なのでしょう
実力行使というなら――戦闘というより。私の非道を告発して、処刑台に送るのかしら


もう、笑いも出ないわね。
夢だと分かっているけれど……言ってあげる。

ごめんなさい。
誰かの幸せの礎になって散るのなら、それでいいと思ったのに。
私はそれまで、国を守ることすら出来なかった。

ごめんなさい。
何度来ても同じよ。
私は――もう今更、やり直したいとは思えない



「リグレット」
 自分の名を柔らかな声で呼んで夜闇から現れたのは、顔の見えない同年代の少女。
 幼い頃に夢を見た『ヒロイン』。会ったこともなければ存在さえも不確かな存在。
 自分を破滅させて、自分の婚約者である第一王子と真実の愛を見つける筈だった女。
(そんな夢を、どうして信じたのかは……今となってはわからないけれど)
 子どもながらに何故悪役令嬢を目指したのかは解らない。だけれど、ずっと生きる目標であり、標だったのだ。
 こうして、虚構のヒロインを創り上げる程に。
「ねぇ、リグレット。私達良い友達だと思ってるわ。だから、国に帰ってきて? あの人も、みんなも待ってるわ」
 《愛される貴女(ヒロイン)》は《悪役令嬢(リグレット)》に手を差し伸べる。
(ああ、そうね――きっと、こうして私にまで親身に声をかける暖かな少女なのでしょうね)
 聖女のように優しく、故に愛される。世界に祝福された物語の主役たる少女。
 己の空想の中でのみ存在する、己を断罪する存在。
 これは夢なのだと最初から解っている。けれど、敢えて言おう。
「ごめんなさい」
 もう、笑いも出なかった。
「誰かの幸せの礎になって散るのなら、それでもいいと思っていたのに」
 己が夢を見たのはヒロインに断罪される悪女。
 ハッピーエンドに必要不可欠な恋敵。
「私は、それまで国を守ることすら出来なかった」
 心優しいあなたの為の、美しくて幸せな国。
「だから、何度来ても何度言われても同じよ。私はもう今更、やり直したいとは思えない」
「そうなの」
 ヒロインは残念そうに呟くと、リグレットの手を掴むように握る。
 決して離さないと言わんばかりに掴んでは、それでも優しげに笑む。
「なら、私が貴女に最高の舞台を用意するわ。非道を告発して処刑台送りがお望みかしら?」
「それも、悪くないかも知れないわ。けれどね」
 リグレットはその身に炎を滾らせて、己の身ごとヒロインを灼く。そして、愛おしげにヒロインの頬に手を当てて。
「今の貴女は所詮私が創り上げた『虚構(うそ)』の存在でしかないの。虚構に私の後悔は断罪出来ないわ」

 さようなら、恋敵になれたかも知れないあなた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マリス・ステラ
夜彦(f01521)と行動

現れた"彼"は、その姿、声、仕草でさえも本人としか思えない

――それでも

幻だとわかってしまう
その自覚が心に寂寥の風を吹かせる
"彼"の優しさと言葉は、私が抱いた願望だから

――夜彦は?

不意に、宿神の美丈夫を探した時、もう幻は私を拐かす事を止めていた
厳しい顔で見つめている
そう、"彼"はその顔がよく似合う
私は微かに口元を綻ばせて告げる

「夢は覚める。覚めるから夢なのです」

それとも、
叶わないから夢を見るのか、叶わないから夢なのか

"彼"が弓を構える
私も弓を構える

夜彦も刀を抜いている
葛藤があった事は想像に難くない
それを窺わせる表情をしても、彼はやはり美しいと思いながら、私は矢を放った


月舘・夜彦
マリス殿(f03202)と合流し戦闘へ

元の場所に戻ったもののオブリビオンは倒せておりません
マリス殿も無事の様ですが、彼女にもあの幻が見えるのでしょう
それぞれが想う相手となって……

私の未熟さ故に貴女を呼び寄せてしまう
小夜子様、どうかお許しください

美しい黒髪に夏の夜を思わせる藍色の着物
己に向ける言葉は聞き慣れた懐かしい声

『ずっと一人で寂しかったのよ、どうして早く人にならなかったの』

悲しき哉、其れが偽物である事が分かってしまう
貴女の言葉は私の願望に過ぎない
何故なら、私は言葉を交わせず貴女を看取ったからだ

だから私は偽りの貴女に刃を向ける
あの日には、戻れない

……マリス殿、貴女にも大切な方がおりましたか




 気が付けば世界は藤波の世界。
 朱廻廊へと舞い戻っていた夜彦は、感傷に耽る間もなく其れと対峙する。
「まだ、やるべきことは残っておりますね」
 オブリビオンの討伐。夜彦の目の前でてんてんと跳ねれば女の姿へと変わる。
「夜彦」
 ぬばたまの美しい黒髪に、夏の夜を思わせる藍色の着物。
 黒髪には霜のひとつもなく、瑞枝のような指はあの頃のように白くしなやかで若々しい。鈴を転がすように澄んだ声。
「小夜子様」
「ずっと一人で寂しかったのよ。どうして早く人にならなかったの」
 紛れもなく主の姿だった。感歎を漏らすように呟いた夜彦に小夜子は笑みかける。
 其れは甘く恋人に向けるような笑み。別離を迎える前に彼に見せていたような幸せそうな表情。
(私は、ずっと貴女のその顔を願っていた。再会を叶えた簪として)
 けれど、哀しき哉。其れが偽物であることが解ってしまう。彼女の言葉も表情もすべては願望に過ぎない。
 言葉も交わせないまま主を看取った記憶が夜彦に夢なのだと、確かに教えていた。
「小夜子様、どうかお許しください」
「いいのよ、夜彦。貴方は私の為に人に成ろうとしてくれたのでしょう? 嬉しいわ。これからは一緒に暮らしましょう。貴方とならば、もう寂しくなんてない」
 謝罪を口にする夜彦に穏やかな笑みを浮かべる。
 小夜子の言葉は夜彦が欲していたものなのかも知れない。だけれど、全て幻に過ぎない。
「今の貴女は私の未熟さ故に呼び寄せてしまった幻影です。だから、私はあなたに刃を向けます」
 突き立てた日本刀は偽りを消し去った。

 時はただ未来へ向けて流れる。
 人の生とて、逆戻ることは決してない。
 どんなに願っても、祈りを重ねてもあの日に戻ることは決してないのだ。

 幻影が晴れて周囲へと目を向ければ、男へと弓をひくマリスの姿。
(……マリス殿、貴女にも大切な方がおりましたか)



 夜に姿を現した“彼”が、マリスに優しげな声を掛ける。
 姿。声。仕草。全てが本人としか思えない程の精巧さ。
(それでも、幻に過ぎないのでしょう。だって――“彼”の優しさと言葉は私の抱いた願望だから)
 自覚をすれば心に吹くのは寂寥の風。マリスは星彩の双眸で彼を確りと見つめて、告げる。
「あなたは、偽物。私が抱いた幻想に過ぎません」
 星が転がるような囁き声で云えば、“彼”は何を言っているのですと呆れたように首を振る。
 その仕草でさえも美しい。けれど、彼ほどではない。
(――夜彦は?)
 不意に共に居た美しき宿神の美丈夫を想い、探すマリス。
 刀を構えた夜彦は女性と対峙していた。その表情は葛藤があったことを窺わせる。それもまた美しい。
 思わず少しだけ見取れてから、“彼”の存在を思い出して視線を戻せば、“彼”は厳しい表情を見せていた。
「調和を乱すというのですか」
「そう、あなたにはその顔がよく似合う」
 調和と美しさに囚われ、マリスを閉じ込めた男の妄執の表情。
 懐かしさと溢れ出す様々な想いで綻ぶ口元に、言葉を浮かべた。
「夢は覚める。覚めるから夢なのです」
 それとも、叶わないから夢を見るのか。叶わないから夢なのか。

 “彼”が弓を構える。
 私も弓を構える。
 互いに弓を引き合う。
 “彼”が矢を放つ前。
 私が矢を放つ。

 マリスの矢は“彼”の胸を貫く。
 “彼”の姿が夜に溶けるのを見届けてから、夜彦のもとへと歩を進めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

赫・絲
その姿は、紛れもなく父の姿
『いいんだ、君の好きに生きたら良い』

そうだね、貴方ならそう言うだろう
一族の繁栄なんてクソ食らえって、呪いで寿命が縮むのも気にせずに
好きに生きて、好きに死んだ貴方なら
『意味なく永らえるぐらいなら、好きに生きて好きに死にたい』
幼い日、貴方が母にそう語ったのはいつだったっけ
私は、私達はどうして、好きに永く生きる道は選べないの?
どうして、私達だけ?

――なんて
そんな感傷はとっくの昔に捨てた、捨てたんだ
諦められないけれど、諦めきれないから
今を繋いで明日にすることだけは、諦めない

一族に伝わる糸術も精霊を友とする術も、父は得意だったんだろうか
返すように、雷纏わせた糸で縫い止め仕留める



「いいんだ。君の好きに生きたら良い」
 絲の記憶をなぞるような姿と声色。藤波の下顕れた父は自分の予想を外してくれることもなく想像通りの言葉をかける。甘い、甘っちょろい、自分勝手な言葉を。
(そうだね、貴方はそういうだろう。一族の繁栄なんてクソ食らえって呪いで寿命が縮むのも気にせずに好きに生きて、好きに死んだ貴方なら)
 絲は藤色の眸を細めながら、想う。
『意味なく永らえるくらいなら、好きに生きて好きに死にたい』
 幼い頃の記憶。父が母に語った記憶が蘇る。表情は思い出せるものの、いつのことだったかまでは思い出せない。
 ただ、背が伸びるにつれて厭でも理解した。
 一族の繁栄の為と『絲』で雁字搦めに縛られた魂。自分にかけられた《宿命(のろい)》を。
(私は、私達はどうして、好きに永く生きる道は選べないの?)
 どうして、私達だけ。どうして。

「――なんて、そんな感傷はとっくの昔に捨てた、捨てたんだ」

 諦められたわけじゃない。諦められるはずがない。
 好きに恋をして、好きに生きて、普通に老いて、普通に死ぬ。
 そんな極普通の当たり前を未だ愚かに夢見てしまう程、諦めきれていない。今だってずっと『普通に』恋い焦がれている。
「諦めないけれど、諦めきれないから。今を繋いで、明日にすることだけは、諦めない」
 だから、夢は振り払うように絲は己の糸を手繰る。
 父も鏡合わせのように糸を手繰る。
(一族に伝わる糸術も精霊を友とする術も、父は得意だったんだろうか)
 答えをくれる人は居ない。
 目の前の彼は己の記憶の幻影。答えをくれる父はもうこの世にはいないのだから。

 ――さよなら。

 所詮は全て、夢のこと。
 縁断の鋼糸が幻影を断ち斬った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マレーク・グランシャール
【壁槍】カガリ(f04556)と

カガリが俺に今さらのように「戻ってこい、お前が必要だ」と言う
お前は他の者を選び、俺を切り捨てた
側に居らればそれで良かったのに、お前が俺をいらないと言ったのだ
そのくせ俺が居なくなると分かると慌てて俺を求めてくる

これは夢じゃない
つい最近の出来事だ。

だが夢でも偽りでも俺はお前に槍を向けられない
たとえどんなに傷つき、悲しんだとしても

だからお前を殺す代わりに俺を殺そう
槍で貫いた身から流す血が俺を現実に戻してくれるはずだ
後は【邪竜降臨】で自身を邪竜と化したら敵を喰らえばいい

カガリを寄る辺とした男は死んだ
藤波の下、墓碑として最初で最後、刻んだ言葉は盾の内に、俺の左手に


出水宮・カガリ
【壁槍】まる(f09171)と

この、藤波は…そういえば、そうだった、ここにいた
…まる? どうした、そのように優しい笑顔をして
まるで、愛しいものを見るような
そのまま距離を詰めて、噛み付こうとするなら
その顔に【命の篝火】を抜いて突きつける
…甘やかしては駄目だ、まる
カガリは、カガリの意志でお前を門から出した
この悲しみも痛みも、お前の『死』も、
カガリの気分ひとつで覆せるほど軽くはない
それに――まるはな
例え模擬戦であっても、カガリに刃を向けたくないと言っていた男だ
ならば、今カガリに槍を向けているお前は、何だ?

夢とわかった以上は、潰す(【駕砲城壁】)
まる(本物)の流血を見たら、とても嫌な顔をするだろうなぁ




「まる、戻ってこい。カガリにはまるが必要だ」
「カガリが其れを言うのか、他の者を選び俺を斬り捨てたお前が」
 目の前に居る男が甘い言葉を囁く。しかし、マレークは最初から幻影だと解っていた。
「カガリはただ、まるを守りたかった。だから、他を選んだ。城門は内に居る人間を守ることは出来るが、門番を守ることは出来ない。だから――」
「俺はただ、側に居られればそれで良かったのに、お前が俺をいらないと言ったのだ」
 幻影にどれ程甘い言葉を掛けられたとて、マレークの心に響くことはない。
 ――そのくせ、俺が居なくなると分かると慌てて俺を求めてくるのだな。
 告げてから目の前の男を見据える。そして、告げた。
「お前は夢だ。嘘だ。幻の――偽りの存在。カガリではない」
 だけれど。マレークは槍の柄を握る手に力が籠もる。
「夢でも偽りでも俺はお前に槍を向けられないんだ」
 たとえどんなに傷付き、悲しんだとしても、俺はお前を傷つけられることなど出来るものか――だから、お前を殺す代わりに俺を殺そう。
 マレークが自らを槍で貫けば、その身から溢れ出る血はマレークを現実へと揺り戻す。あれは幻影と、改めて己へと告げる痛覚。
 そうして流れ出る血がマレークの姿を暴食の竜へと変化させ、敵を喰らった。

 ―― toujours à ton côté.

 カガリを寄る辺とした男は死んだ。
 鮮やかに、艶やかに、夢うつつに、閑かに揺らぐ藤波の下。
 墓碑として刻んだ言葉は最初で最後。盾の内に、自分の左手に。
 


 閑かに夜に藤が揺れていた。
「この、藤波は……そういえば、そうだった、ここにいた」
 視点の違いに自分の体を見れば人の姿。
 徐々に夢から醒めるかのように現実を認識していく。
 隠世から現世へと舞い戻ったのだ。ならばマレークも同じように舞い戻っているはずだ。
(まるは何処だ?)
 カガリが周囲を見渡せば、求めた人影はすぐ傍に在った。
 そして、マレークも同時にカガリの存在に気付いたのであろう。カガリへと顔を向けると、貌を緩める。
「……まる? どうした、そのように優しい顔をして」
 違和感を覚える。その笑みはまるで愛しいものを見るようなものではないか。
 優しい表情を浮かべたまま距離を詰め、カガリへと牙を立てる。全てを喰らおうという饑餓。
 しかし、カガリは冷静にマレークの顔へと命の篝火を抜き放ち、彼へと突き立てた。
「……甘やかしては駄目だ、まる」
 めらめらと、炎が滾る長剣がふたりの間の距離を作り出す。
 カガリは、カガリの意志でお前を門から出した。だから。
「この哀しみも痛みも、お前の『死』もカガリの気分ひとつで覆す程軽くはないんだ」
 それに。
「まるはな、例え模擬戦であってもカガリに刃を向けたくはないと言っていた男だ」
 真っ直ぐにマレークを見据えるカガリ。
 彼は言い返すことも、。ただ、喰らおうと槍を構えるのみ。
「ならば、今カガリに槍を向けているお前は、何だ?」
 夢か、幻か。それならば、潰すのみ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

花狩・アシエト
自分自身

10歳の俺
「あの頃はよかっただろ?」
「オヤジやかーちゃんも元気でねえちゃんも綺麗になってきて、相棒は…まあ毎日俺と殴り合ってただろ?」
「しあわせだったろ?」
「戻りたいよな」

うるさい
ねえちゃんはもういない!!
時々手伝いにきてた、ボランティアの男と駆け落ちしたんだ!!

「認めたな、弱虫」
「あれからねえちゃん以外の女が怖いくせに」
「触れられないくせに」

いいんだよ
俺は、きょうだいを支えて、きょうだいたちと生きていくんだ
相棒も一緒に
決めたんだ
俺は花狩家を守っていくって
俺が守るって

お前が、ただの弱虫だろう!!

「早く気づけよ、弱虫」

界刀閃牙で薙ぎ払う
…もう消えとけよ

アドリブ歓迎



「あの頃はよかっただろ?」
 うるさい。喚くな。
「オヤジやかーちゃんも元気でねえちゃんも綺麗になってきて、相棒は……まあ毎日俺と殴り合ってただろ?」
 うるさい。惑わせるな。
「しあわせだったろ?」
 うるさい。それ以上言うな。
「戻りたいよな」
「うるさい! ねえちゃんはもういない!! 時々手伝いにきてた、ボランティアの男と駆け落ちしたんだ」
 アシエトは絶叫するように声を上げる。
 遮るような叫び声。けれど、其れに臆することもなく目前の少年は嗤う。
「認めたな、弱虫」
 ニタァと厭な笑みを浮かべるのは10歳のアシエト自身だった。
 初恋に破れた己の姿。後悔をそのまま形作ったような自分自身。過去の自分はなじるように言葉をつらつらと並べていく。
「あれからねえちゃん以外の女が怖いくせに」
「怖くなんか……」
「だって、触れられないくせに」
 過去の自分だけに、放たれる言葉はずきずきとアシエトの心を刺す。
 怖くないと言えば嘘になる。この後悔と傷を癒やすことが出来たらと願わないわけがない。
「いいんだよ。俺はきょうだいを支えて、きょうだいたちと生きていくんだ」
 相棒も一緒に決めた。花狩家を守ろうと誓いあったんだ。
 俺達が護ると決めたんだ。
 今の俺には《目標》がある。《約束》も《誓い》もある。失ったばかりのお前じゃない。
 想いひとつも伝えられなかった、弱虫なお前じゃない!
「早く気付けよ、弱虫」
 うるさい。もう黙れ。
「……もう、消えとけよ」
 アシエトは過去の自分を薙ぎ払う。直ぐさまに霧散する。
 しかし、剣を握るその手は震えていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ミコトメモリ・メイクメモリア
ボクに望む過去をぶつけるのであれば。
ああ、やっぱり兄様だ。
ボクの為に戦って、ボクを忘れてしまった兄様だ。

『ミコトメモリ』
『ごめんな、お前のことを忘れてしまって』
『けどもう、お前を一人にはしないよ』
『一緒に行こう、皆、お前を待ってる』

……うん、素敵だな。
もしボクの事を思い出してくれるなら、ボクはすべてをなげうつだろう
マコトミモリ兄様
生真面目な癖に破天荒で、強引な癖に剽軽で、為政者の癖に分け隔てなかった
でもね、その未来がない事を、ボクは知っているんだ。
もう諦めてしまったんだよ
ボクの征く未来の先に、貴方は居ない

《時を刻む記憶の欠片》
さようなら
大好きな兄様


※アドリブ歓迎



 心に想うのは、望む過去を映すのであれば――それはきっと。
「ああ、やっぱり兄様だ」
「ミコトメモリ」
 藤波の中から顕れたのは予想通り兄の姿だった。
 ボクの為に戦って、ボクを忘れてしまった兄様。
 生真面目な癖に破天荒で、強引な癖に剽軽で、為政者の癖に分け隔てなかった。
 だから、兄の周囲にはいつも人が居た。沢そんな兄が自慢で、大切で、慕っていた――大好きな兄様。
「ごめんな、お前のことを忘れてしまって」
 兄マコトミモリが優しげな声で囁く。
 その姿も、口調も、声色も、仕草も寸分違わない兄が目の前に居る。胸に溢れる慕情と懐かしさ。
「けどもう、お前を一人にはしないよ。一緒に行こう。皆、お前を待っている」
 兄は手を差し伸べる。けれど、ミコトメモリは首を振った。
「うん、すてきだな。すてきだと思う。もし、本当にボクのことを思い出してくれるなら、ボクはすべてをなげうつだろう」
 ミコトメモリは哀しげに笑う。その未来が無いことをミコトメモリは知っている。
 《兄》や《故国(メイクメモリア)》の記憶はミコトメモリの中に、ひとつも欠けることなく残っている。
 暖かい記憶も、優しい記憶も、哀しい記憶も、最期の記憶も――何もかも。
「……ごめんね。ボクの記憶は、その果ての物語を識っているんだ」
 夢を見られていたら、幸せだったかも知れない。無垢にその手を取れたならなんて子ども染みた夢を見る。
 だけれど、もう二度と叶わぬ夢を見ていられる程子どもではない。
 諦めた。諦めてしまった。
(ボクの往く未来の先に、貴方は居ない)
 願っても、祈っても、足掻こうとも、過去は変えられない。
 ならば、記憶の欠片を掲げる。

「――さようなら、大好きな兄様」

 時計は先へ先へと逆戻ることなく時を刻むのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

東雲・咲夜
さっきのは、夢?
あないな幻に囚われるやなんてかなわんなぁ
…せやけど、お陰で視えたもんがあります

再び夢想に攫われる前に
《玉兎》ちゃんを召喚せな
白雪色の温もりを抱きしめれば
記憶の残存、心安し微笑みが
あの日のように寄り添ってくれはる

――なのに、
心に燈る囁きと同じ音色
振り返れば
誘引の手を差し伸べる彼の姿

せやけどうちは応えまへん
…あのひとには、ずっと笑っていてほしい
それが何よりまもりたいもの
こないな覚束ない思慕で
期待の花を咲かせたとて
誰が倖せになれますのや

せやから迷うんはもうお仕舞い
想いの芽を摘んだなら
坐視と謳いて風へと溶かしましょう
幻の彼の前へ一歩、また一歩

――おおきにありがとう
氷の四柱へ閉じ籠めます



「さっきのは、夢?」
 咲夜がぱちくりと目を瞬かせながら周囲を見渡せば、其処は代わらぬ夜の藤波。
 夢というには生々しくて、じっとりと粘り着くような感覚が今もまだ残っている。
(あないな幻に囚われるやなんてかなわんなぁ)
 幸福な夢であるものか。
 己の醜さを水鏡のように映し出す、悪しき夢。
「……せやけど、お陰で視えたもんがあります」
 咲夜は呼び出した玉兎を喚び出して抱きしめる。
 孤独に怯えた日に《彼》が喚びだしてくれた兎。ぬくもりと記憶の残滓はあの日のように優しい笑みと共に寄り添ってくれる。
 けれど、目の前にいる彼はあの日と同じ声と貌で咲夜を呼ぶ。
『一緒にいよう。こっちにおいで』
 振り返れば、一緒に居ようと手を差し伸べ誘う彼の姿。だけれど、咲夜は首を振る。
「……あのひとには、ずっと笑っていてほしい。それが何よりもまもりたいもの」
 こんな覚束ない思慕で期待の花を咲かせたとて誰が倖せになれるのか。
 だから、迷うのは此れで終いにしよう。
 想いの芽を摘んで、迷いを振り切って、坐視と謳いて風へと溶かす。
 さらりと一瞬、藤波が揺れる。夢のように幻想的で美しい朱廻廊を幻の彼へと向けて咲夜は一歩、また一歩と近付く。
「――おおきに、ありがとう」
 想いを込めて呟けば、その想いごと氷の四柱へ閉じ籠めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鎹・たから
敵の姿=養母と恩人の男

たからの名前を、呼ぶのですね
忘れかけた声を思い出させるように

「がんばったのね」
「誰かを守りたかったのか」
そうです、こども達をすくいたくて

「でも、あなたが傷つく方が悲しいわ」
「もう頑張らなくていい」
やさしいのですね
あの頃のたからに接するように

でも
たからはヒーローで居たいから
これが夢ということを知っています

たからはあなた達に
もっとがんばれと言ってほしいのです

止まらない涙を拭う人は居ない
だから、たからは
たからではない誰かの涙を拭いたい

夢に囚われているままでは
たからはおとなになれないのです

その姿で攻撃される前に
まぼろしをほろぼします
【先制攻撃、暗殺、念動力、優しさ、勇気、覚悟】



「たから」
「たから」
 忘れかけていた声が、たからの名を呼ぶ。
 暖かで、柔らかくて、愛おしい声。
 時を経て色褪せかけていたその声を鮮明に思い出せば、霧が晴れたかのようにその表情まではっきりと見える。
「がんばったのね」
「誰かを守りたかったのか」
 女性が優しく云えば、男性の声はぶっきらぼうだけど暖かみに満ちている。
 嗚呼、懐かしい。たからの大好きな人。
「そうです。こども達をすくいたくて、あなた達のようになりたくて」
「でも、あなたが傷付く方が悲しいわ」
「もう頑張らなくていい」
 たからを案じ、投げかける声はまるであの日と同じ。
 近付いた男性がぽふりと頭を撫でる。その感触さえ、変わらない。
 この感触に溺れていられたら、子どものままであなた達に居られたら、それはなんて幸福な陶酔(ゆめ)だろう。
 けれど。
「――でも、たからはヒーローでいたいから、あなた達にはもっと頑張れと言ってほしいのです」
 これが夢だということを知っている。此処に存在するあなた達が幻であることも解っている。
 とまらない涙を拭ってくれる人はいない。
「だから、たからは、たからではない誰かの涙を拭いたいのです」
 その為にも、子どものままではいられない。
「夢に囚われているままでは、たからはおとなになれないのです」
 たからを慈しみ、愛し、育て、守ってくれたあなた達のようにたからは大人になって子どもを護りたいのです。
 たからの《想い出(ヒーロー)》がオブリビオンに穢されてしまう前に、たからは彼らに手のひらを向ける。
「――たからは、ヒーローになります」
 あなた達の生きていた証を繋ぐ為にも。
 天から降り注ぐ雪と霰の奔流が幻を飲み込み、消し去る。
 揺れる藤波は何処か優しい名残を留めていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

白寂・魅蓮
「どうして…貴女がここに」
呪いを解くための舞を生業とした家を追い出され、生きる為に遊郭を一人彷徨っていたあの頃。
その芸者の舞を見て、嫌いになっていた舞踊の道にまた花が開きかけた。
『あなたはもう十分頑張ったわ』
澄んだ声が、紫陽花の着物が、確かにそこにあった。
あの自分もあの踊りに少しでも辿り着けるように、今を生きていた。
もう僕は頑張らなくていいのだろうか。

違う、そんなわけがない
たとえ声が、温もりが同じでも、あの人はもういないんだ
これは僕がまだ味わいたいと望んだ、ひと時の夢だ

「…僕はまだ、そっちに行くわけにはいかないよ…紫陽」
実力行使に移った時は、「泡沫語リ」で終わらせよう

※アドリブ歓迎



 回想するのは、大切だけれど少しだけ苦い想い出。
 呪いを解くための舞を生業にしていた家を追い出されて、生きる為に遊郭を一人彷徨い歩いていたあの頃。
 ただ、生きる為に生きている。目的もなければ、理由もない、けれど生きていたいから生きる。
 だから世界は灰色で、色などとうに失って、ずっとこのままだと思っていた。
(けれど、そこで、彼女と出会ったんだ)
 遊郭で舞を披露していたひとりの芸者。ひらり鮮やかで優美なその舞に、世界は彩を取り戻した。
 そして、嫌いだった舞踊の道に花が開きかけた。生きる意味を再び与えてくれた。
 色を失った自分の世界に彩を取り戻してくれた美しい舞――それを目指して、ひたすらに舞を磨いてきた。

「どうして……貴女が此処に」
「あなたはもう十分に頑張ったわ」
 鈴を転がすように澄んだ美しい声。移り気で繊細な色を浮かべる紫陽花の衣。
 あの頃と寸分違わぬ艶やかな姿。彼女が優しげな表情を浮かべて、頑張らなくても良いと甘い言葉を投げかけてくる。
(僕は……)
 あの色鮮やかな舞を目指して、少しでも辿り着けるように、ひたすらに今を生きてきた。
 色々なものを削ぎ落として、本当の笑顔を失いながらも、ただひとつの目標の為に生きてきた。
 それは辛くて、苦しい道だった。甘い言葉がくらくらと脳裏に反響する。
(――もう、僕は頑張らなくてもいいのだろうか)

「違う、そんなわけない」
 魅蓮は眸を閉じて、ひとつ呼吸。眸を開いた後、彼女を見据えた。
「これは、僕がまだ味わいたいと望んだ、ひとときの夢だ」
 ならば、行うことはただひとつ。
 舞を披露しよう。幻を解くための、貴女に捧げる、ただひとつの舞。
「……僕はまだ、そっちに行くわけにはいかないよ、紫陽」
 紫陽花の扇子を広げ舞えば、夜の黒ささえも吸い込むように咲き誇る黒き蓮の花びらが彼女を飲み込んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
■櫻宵/f02768
アドリブ等歓迎
☆敵
元飼い主
見世物劇場の座長(黒髪/黒燕尾服の男

『何をしている
リル。私の人魚、私の歌姫
お前は私の元以外では生きられないのだ
今戻れば許してやろう』
奴隷は奴隷らしく私の言うことを聞け

響く聲は絶望の音
座長
何で
かつての主は唯一だとでも

僕はもう奴隷じゃない
君のものじゃない

僕は櫻を
愛を見つけた
身体の震えを隠し言い切れば櫻宵に手を握られ

……!
彼の前に黒髪の女

サクヤ

櫻の愛を初めに得た女
にも関わらず傷つけ捨てた女
座長よりこの女が目障り

櫻を連れていこうって
させるかよ
僕の見つけた幸せだ

悪いけど
櫻宵は僕が幸せにする

君はもうでてくるなよ
歌う「氷楔の歌」
全部凍らせ砕くまで

嗚呼
これは
嫉妬だ


誘名・櫻宵
🌸リル/f10762
アドリブ等歓迎

◆敵
元恋人サクヤ(羅刹、黒髪紅瞳の和装女

「迎えに来たわ、櫻宵。私が悪かったの。私はやっぱり貴方がいないとダメなのよ」
笑うのはサクヤ
かつての愛し裏切られこの手で殺した女
心にこびり付く汚泥

あたしを踏みにじっておいて
あなたに必要なのは誘七の家でしょ?
笑わせる
あたしには心から愛する人がいるの!
啖呵切りリィの手をとれば怯えた様子

見れば
黒髪に黒い燕尾服の男
あれが
リィを奴隷にした座長

逢いたかったわ座長
サクヤはどうでもいい
こっちを殺してやるわ!
あたしの人魚を連れていくって?
許さない
リルはあたしのものよ
渡さない

踏み込み咲かす絶華
幻なのが残念
あなたの首なら無限にはねてやれるわよ



「何をしている、リル。私の人魚、私の歌姫」
 黒い男が呼び掛ける。夜の闇を、心の闇をそのまま身を閉じ込めたような黒い髪に黒色の燕尾服。
 座長。かつてリルを奴隷の身に堕として見世物小屋の狭い水槽に閉じ込めた男。
「お前は私の元以外では生きられない。今戻れば許してやろう」
 奴隷は奴隷らしく私の云うことを聞けと座長が云う。硝子瓶に閉じ込められた稚魚が心の中で悲鳴をあげた。
「座長、なんで、かつての主は唯一だとでも僕はもう奴隷じゃない。君のものじゃない」
 支配に怯える稚魚はもう居ない。存在しない。
 それなのに、身体が恐怖に震える。
 ――けれど、今は。

「迎えに来たわ、櫻宵。私が悪かったの。私はやっぱり貴方がいないとダメなのよ」
 紅い瞳が笑う。ぬばたまのように艶やかで美しい髪の隙間から羅刹の角が覗く。
 サクヤ。かつて櫻宵が愛した女。
(相変わらず貴女は綺麗ね。綺麗すぎて、憎いくらい)
 愛が憎悪に変わった瞬間のことを裏切られてこの手で殺めた汚泥のように心にこびり付いた存在。
「あたしを踏みにじっておいて、あなたに必要なのは誘七の家でしょ?」
 笑わせる。櫻宵は怒気を籠めてそう云おうともサクヤは笑むばかり。其れが答えを示している。
 櫻宵はサクヤのことを愛していた。けれど、サクヤが愛していたのは『櫻宵』ではなく『誘七』だった。
 ――けれど、今は。


「僕は櫻を、愛を見つけた」
「あたしには心から愛する人がいるの!」
 震えながら言い切る声と、啖呵を切るような強い声。
 言い放つ声は重なる。
 思わず互いを見つめれば、リルの青白い顔をして怯えた様子を見せていた。
「リィ」
「櫻宵」
 震えるリルの白い手を櫻宵が取れば、リルは安心したように口元を緩める。
 そして、相対する敵の姿を見る。
(あれが、リィを奴隷にした座長)
(サクヤ。櫻の愛を初めに得た女……にも抱えあらず、傷つけ捨てた女)
 真の敵は己の因縁の相手ではなく、愛おしい人を縛る過去の幻影。
 櫻宵とリルは手を解くと、互いの敵に向けて奔り、游ぐ。


「逢いたかったわ、座長」
 櫻宵は燕尾服の男に告げれば、座長は不快そうな顔をした。
 サクヤのことなど、どうでもいい。今心の中で滾るのはリルを奴隷にしたこの男への殺意のみだ。
「私の人魚を拐かし攫った盗人か」
「あの可愛い人魚が自分のモノだなんて、とんだ思い上がりね」
 座長に返す言葉は刺々しく貫くように強い。
 稚魚のリルを傷つけ、未だに消えぬ傷を植え付け、彼から様々なものを奪い取ったというのに。
 それでもなお自分のモノだと言い張り、更に奪おうというのか。
 屠桜を握る手に力が籠もる。
「あたしの人魚を連れていくって? リルはあたしのものよ。許さない、渡さない」
 櫻宵は屠桜を握り、踏み込み咲かす絶華。
 紅い華は座長を黄泉路へ誘い、幻影を霧散させる。
「幻なのが残念。あなたの首なら無限に刎ねてやれるのに」
 愛しの人魚を傷つける者は何人たりとも許さない。喩え、それが過去の幻影だとしても。

「きみのことは大嫌いなんだ。大好きな櫻宵の愛を初めに受けておきながら、無残に投げ捨てた君のことが大嫌いだ」
 サクヤを見る。彼女は僕の知らない櫻を知っていて、僕の持っていない足も持っていて、なのに全部捨てた。
 憎むなと言う方が無理な話。先程まで恐怖に怯えていたリルの姿はない。
「なのに、櫻宵を連れてこうって? させるかよ、僕の見つけた幸せだ」
「同じ地を歩めない貴方が、誘七の家に認められない貴方が幸せに出来ると言うの? とんだ妄言ね」
 リルをあざ笑うように云うサクヤ。
 リルは射貫くように女を見据える。
(きみに何がわかる)
 櫻宵は尾鰭を、ありのままの僕を愛してくれた。勘当されたから家など関係ないと言ってくれた。
 今の櫻宵のことを何も知らないくせにきみが櫻宵を語るのか。それは騙りだろう。そんなきみに言われることは何もない。
「悪いけど、櫻宵は僕が幸せにする」
 そして謳う氷楔の歌。凛と響く熱を奪い凍てつかせる玲瓏な歌声。
 サクヤから凍てつかせ、生を奪い、粉々に砕けさせるまで謳うことをやめない。やめるものか。
「君はもう黙れ、もう出てくるなよ」
 歌声とは裏腹にめらめらとリルの心の中で蠢く感情。
 嗚呼、これは――嫉妬だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

皐月・灯
◆敵の姿=両親

ああ……やっぱ、そうか。
……さっき、「アンタたち」を見たよ。
生きてた。光が溢れる世界で、幸せそうだった。

ずっとあそこにいたいって、思ったよ。

だけど、あれはオレの夢だった。
そうあってほしいという、オレの願いのかたちだった。
……オレ達の世界には、まだ夜明けは来ない。
オレにはもう誰もいない。独りだ。

だから、父さん、母さん。
アンタたちは、偽物だ。


……戦いの術なんて全く知らない人たちだったからな。
首を絞めてくるとか、農具で殴りかかってくるとか、そんな程度だろ。

避けねー。受ける。
そして、二人の胸に両拳を押し当てる。
《猛ル一角》の術式をこめてな。

ーーもう、行くよ。



「ああ……やっぱ、そうか」
 顕れた人影に灯は呟いた。先程夢見たばかりの彼ら。
 夜の世界に光りが満ちて、幸せそうだった大切な彼ら。
 今はもう居ない大好きだった、両親。暖かなひだまりのような世界で笑っていた。
「ずっとあそこにいたいって、思ったよ」
「ならば、帰ってこい。お前が手伝ってくれなきゃ林檎が収穫しきれないんだ」
「そうよ。アップルパイを焼いてみたの。冷めないうちに帰ってきて欲しいわ」
 しみじみと云う灯に両親は優しげに言葉をかける。
 まるで家出をした息子に帰ってこいと諭すように、日常そのものの態度で言う。
(ごめん、ふたりとも。あれは、オレの夢だったんだ)
 世界がそうであって欲しいという、願いのかたち。
 叶わないから夢は夢でしかなくて、夢は夢であるからこそ現実にはならない。
「オレ達の世界には、まだ夜明けはこない。オレにはもう誰にもいない。独りだ。ふたりともオレの願いが作り出した偽物。だから、一緒にはいけない――ごめん」
 其処には未来も、本当もないから。
 拒絶の言葉に両親の表情が変わる。
 けれども、戦いの術など知らぬ優しい両親。
「帰りなさい」
「帰ってきなさい」
「暮らしましょう、家族で」
「それこそがあなたの幸せなのよ」
 拳を振り上げる父親と、包丁で斬りかかってくる母親。
 灯はそれを敢えて避けずに受ける。
 そして、術式をこめた両腕をふたりの胸へと押し当てる。
「――もう、行くよ」
 さようなら、ありがとう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朧・蒼夜
敵:父親違いの妹

桜の匂いがした…
姫?俺が騎士として護ると誓った桜の姫…

いや、そこに立っているのは桃色の髪と瞳…俺の妹
彼女は俺の顔を見て駆け寄り胸へと

『兄様…好き』

彼女の言葉にすまないとあの日と同じ言葉を告げる
そして妹は何処かへと消えた

『酷いわ、兄様。
こんなに愛してるのに
あの人の一番なんてなれないのに
可哀想な兄様。
でも私なら兄様の一番になれるわ』
彼女はそっと口づけを交わそうと頬に触れる

『藤乱舞』で舞い、黒藤で斬り裂く

すまない…俺はお前の一番にもなれない

俺の気持ちはわからない
別に一番になりたいとも思わない
ただ姫の傍で彼女を護れるなら

桜の姫は無事だろうか?
彼女の無事を願い踵を返し
大切な姫を捜しにいく



 仄かに香る桜の花の香り。蒼夜が慕う少女の象徴の花の香り。
「……姫?」
 桜花の気配に、騎士として護ると誓った桜の姫の姿を思い出す。
 彼女の姿を期待して、気配する方へと視線を向けてみれば、其処にいたのは期待をしていた少女ではない。
「兄様」
 藤波の下で佇んでいたのは桃色の髪と眸を持つ少女。蒼夜の妹である娘の姿。
「兄様……好き」
 妹は頬を桃色へと染めて蒼夜へと駆け寄り、胸へと抱きつくと、あの日と同じ言葉を囁く。
 とても愛らしい仕草、だけれど。
「すまない」
 だから自分はあの日と同じ言葉を口にした。妹は一瞬悲しげに顔を歪めた後、蒼夜の頬へと手を伸ばす。
「酷いわ、兄様。こんなに愛しているのに、あの人の一番になんてなれないのに」
 妹の口調は甘くて、全てを受け入れるかのように優しく言葉をぶつけてくる。
「可哀想な兄様。でも、私なら兄様の一番になれるわ」
 妹は伸ばした手で蒼夜の頬に触れる。口づけを交わそうと背を伸ばし――
「すまない……俺はお前の一番にもなれない」
 蒼夜は手を振り払うと黒藤で妹を切り裂いた。妹は愕然とした表情を浮かべた後に、霧散して消えた。
 自分の気持ちは解らない。でも、別に一番になりたいとも思っていない。
(ただ、姫の傍で彼女を護れればそれでいいんだ)
 そうして脳裏に浮かぶ彼女の姿。
 ともに此の藤波の朱廻廊へと訪れていた彼女は無事だろうか?
 姫の無事を願いながら、蒼夜は大切な彼女を探しはじめた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フランチェスカ・グレンディル
[相手の姿=忘れられぬ少女]

どれだけ時間が過ぎても消えない思いってありますね
「あなたも、そう思いませんか?」
後ろに感じた気配に、十年前後の過去に…その少女へと顔を向ける

振られたと思った、
でも本当に友達からという意味だったのかもしれない
言葉の受け取り方の違い、想いのすれ違い
時間が経ち幾年過ぎようとも私は其の事をいつまでも忘れない
私の罪を、忘れない。
でも私は人間だから、弱いから気にはなってしまう
あなたは今…あのことをどう思っているか

相手の言葉を、その身に受ける
それは本当に少女の今の思いかもしれない
だけど目の前の存在は夢幻…

「あなたに感謝を、そして断罪を」
私は大鎌を振り下ろす

アドリブをお願いします



 どれだけ時が経とうとも、季節が過ぎようとも消えない思いはある。
「あなたも、そう思いませんか?」
 フランチェスカ・グレンディル(f06390)は花咲く銀色の髪を夜の海へと靡かせて振り返る。
 己の背後に居たのは懐かしい少女の姿。十年あまり過去の、懐かしい少女へと顔を向ける。
「少し、昔話をしましょうか」
 フランチェスカは語る。
 振られたと思った。でも、本当に友達からという意味だったのかも知れない。
 言葉は万能なようで、その実は欠陥品。言葉の受け取り方の違い、想いのすれ違い。
 時間が経ち、幾年過ぎようとも、私は其の事をいつまでも忘れない。忘れられない。
 私の罪を、忘れられない。忘れようとも思わない。
「でも、私は人間だから、弱いから気になってしまうのです。あなたは今……あのことをどう思っているか」
 相手の言葉を待つ。好きよ、とただ一言返ってくるが、グリモア猟兵が告げていた言葉を思い出す。
 ――夢へと誘う為に、甘い言葉で猟兵を惑わせる。
 だから、この言葉は自分の願望に過ぎないのかも知れない。けれど。
「けれど、ありがとう。あなたの口からその言葉が聞けて、よかったです」
 本当の想いなのかもしれない。しかし、此処で真実を確かめる術はない。
 目の前の少女は自分の願望を映した夢幻だから。でも、その姿でもう一度話すことが出来てよかった。
「あなたに感謝を、そして断罪を」
 感謝の言葉を告げると、フランチェスカは大鎌を振り下ろした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リンジ・デルト
姿形は記憶から、そこに魂なんてものは無い
…ただの亡霊のようなものかな?

『亡霊ねぇ…
今のリンにだけは言われたくないなぁ?
…オレ達が居なくなってから、何がキミに残っているんだい?』

…さぁ?でも、知っての通り俺は守護神の一柱だから世界の妨げになる過去は消さなくてはならない。自分の記憶ならその在り方を知っていて当然…月狂いの狼に消されたアイはもう夜明けに存在しないのだから、銃口を向けて容赦無く撃つよ

『…本当、つまんなくなっちまったなぁ。我が兄は』

俺は最初からつまらない者だったよ。弟よ
キミのことも似して創られた子が居なければ、忘れていたのだから

アドリブお任せ

補足:弟=アインス・デルト。あだ名がアイ



 顕れたその姿は記憶から形作られたもので、其処に魂なんてものはない。
「……ただの、亡霊のようなものかな」
「亡霊ねぇ……今のリンだけには言われたくないかなぁ?」
 弟アインス・デルトは呆れるように溜息を吐いてから。
「オレ達が居なくなってから、キミに何が残っているんだい?」
「……さぁ?」
 弟の幻影の言葉にリンジはわざとらしく小首を傾げてみせる。
「でも、知っての通り俺は守護神の一柱だから、世界の妨げになる過去は消さなければならない。わかるよね?」
 自分の記憶から生まれた存在ならば、その在り方も解るはず。
 そう相対する弟に問えば、無言のまま見つめてくる。其れは肯定の意味。言い返す言葉もないのだろうか。
「ちょっとは情ってものないのかい?」
「生憎ながらね。俺は俺の記憶から生まれた幻影でしかないアイよりも世界とあの子達を取るよ」
 月狂いの狼に消されたキミはもう夜明けに存在しないのだから。
 弟の幻影へと銃口を向けて、容赦なく引鉄を弾く。アインスの胸へと命中し、幻影を消し去る。
 幻影が消える間際、アインスは独り言のように呟く。
「本当、つまんなくなっちまったなぁ。我が兄は」
「……俺は最初からつまらない者だったよ。弟よ」
 キミのことも似して創られた子が居なければ、忘れていたのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
アドリブ歓迎
※主(弥彦):人の良さそうな…少し頼りなさげな雰囲気
でも幼い頃から共にいて、大切にしてくれた

「あぁごめん本当に悪かった。でもお花見までには間に合ったから」
違う。お花見を過ぎてもあなたは帰ってこなかった
何よりヤドリガミの「私」を知るはずがない
分かっているが抵抗できない

『友達と、遊びたい、だな』
『今年は俺がお前に思い出作ってヤっから』
(一章の”あの人達”)の声が。
もし無かった事になるのなら、あの人達とも出会えなかった…?
空っぽの自分の中に重ねられた思い出が、かすかな重みとなって歩みを止めた

幻を風で吹き飛ばす
無かった事にはしたくないんです
ごめんなさい世一…弥、彦(我慢出来ず涙がこぼれる)



「あぁごめん、本当に悪かった。でも、お花見までには間に合ったから」
 人が良いけれども、頼りなさげな笑顔を浮かべて廊下の奥から顕れたのはかつての主、弥彦。
 その足音を知っている。懐かしい足音。だって、彼が子どもの頃からその足音を聞いていたのだから。
 同時に世界に降りしきっていた桜の雨が降り止んで、代わりに藤波の光景に舞い戻る。
(違う。お花見を過ぎてもあなたは帰ってこなかった)
 何より、ヤドリガミの『カイ』を知るはずもない。理解しているはずなのに、抵抗出来ない、声に出して拒絶出来ない。
「カイ、花見をしよう。今年はとびきり綺麗に咲いたんだ。世一も、お前の為に花見団子作りを手伝っていたし早く行こう」
 弥彦に手をひかれる。望んでいた優しい世界。主や主の大切な人に起きた『不幸』がなかった世界。
 誘われるまま歩を進めようとした時に、ふいに声が蘇る。

 ――友達と、遊びたい、だな。
 ――今年は俺がお前に思い出作ってヤっから。

 暖かい、あの人達の声。
 もし、なかったことになるのなら。
 あの人達とも出会うことはなかったのか――?
 空っぽだった自分の中に想い出を積み上げてくれた人達。その想い出がかすかな重りとなってカイの足を止めた。

「なかったことにしたい。ですが、なかったことにもしたくないんです」
 だから、カイは幻影を風で吹き飛ばす。
「――ごめんなさい世一……弥、彦」
 消える弥彦の幻影。溢れ出す涙を堪えることなど出来なかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
――さま。ナユの『かみさま』
ずうと、ずうと
あなただけを、求めていたの

あの時と変わらず
あなたは、微笑んでくださるのね
やさしい声で誘われたのなら、
あなたの腕の中へと、身を沈めて

異形の耳に、出でる牙
少女のおもてなど、とうに剥がれていて
わたしは鬼
あなたに恋をした、愚かな鬼
――嗚呼。あまい、匂いがする

繊細な肢体を抱きしめて
しろく、つめたい首筋へと
ひと思いに、つき刺して

溢れ出でる〝あか〟は、とても美しくて
つみ重ねるのは、ふたつめの業

清廉なる力を宿した〝あか〟
鬼の身には毒であろうとも
あまい、あまいその雫を
一滴足りとも逃さぬよう
あかい口を、潤わせて

其の生命ごと、吸愛をしたのなら
崩れゆくしろに、口づけを落として



「――さま。ナユの『かみさま』」
 呼び掛ければ、金糸雀の眸を細めて此方を向いてくださる。
 嗚呼、その眸。新雪の世界に一点だけ落とし込んだ尊い金のように眩しく輝いている。
(ナユは、ずうと、ずうと……あなただけを、求めていたの)
 慈しみに満ちた金糸雀色の双眸を細めてあなたは微笑む。それだけで、七結の心は高鳴る。
「七結」
 女性のように優しい微笑みで名を呼びながら、男性のようにおおらかに受け入れてくださる。
 あなたに呼ばれ、七結は腕の中にその身を沈めた。
 つめたくて、愛おしいあなたの感触と温度。嗚呼、なんて、なんて倖せなの。
「あの時と変わらず、あなたは微笑んでくださるのね」
 あなたの腕の中で少女のように甘える七結。しかし、その耳は異形に変わり、牙が出でる。
(わたしは鬼。あなたに恋をした、愚かな鬼)
 恋鬼へと堕ちた七結。少女のおもてなど、とうに剥がれおちた。
 衝動のままにあなたを、求める。
「――嗚呼。あまい、匂いがする」
 繊細で冷たいあなたの肢体を抱きしめて、しろい首筋に牙を立てたなら、ひと思いにあなたを求め屠る。
(嗚呼、なんて、あまいの)
 溢れ出る〝あか〟はとても美しくて。
 ふたつめの業をつみ重ねることになろうとも、この衝動を耐えることなど出来はしない。
 清廉なる力を宿した〝あか〟は恋鬼の身には毒。けれど、一滴たりとも逃さない。
 あなたの〝あか〟が、恋に乾いた身と心にじんわりと染み渡って、あかい口と、この心を潤わせる。
 あなたの生命ごと《吸愛(あい)》して、華を散らす。

 ――かみさま、嗚呼、ナユのかみさま。

 崩れゆくあなたに捧げるのは恋心口づけ。
 甘美、あなたにも伝わるかしら。
 この、恋心とともに。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年05月06日


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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
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 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

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👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

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👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト