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時がふたりを分かつまで

#サイキックハーツ #ノベル

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仇死原・アンナ



ベルト・ラムバルド




 自動ドアの前に立つと、程よく人影が散った店内から、有名チェーンらしい独特のチャイムが流れた。
 終戦後のお祭り騒ぎから暫くののち、仇死原・アンナとベルト・ラムバルドは、サイキックハーツ世界で人気らしいファミレスへ訪れていた。
 せっかくの打ち上げ、兼デートだ。騎士道の化身たるベルトとしては、もっとムーディな隠れ家バーとか、高級フレンチレストラン等にアンナさんをご招待したい気持ちも無論あった。
 しかし、彼の頭をよぎったのは、先の戦争でうっかり迷いこんだお悩み相談コーナーで得た金言だ。
 ラブリンスターさんはこう仰っておられた。
 背伸びをせず、ただの『好きな人と一緒にいたい男の子』でいてみるのが良いと――。

(そのためにはあえてのファミレス! しかも深夜! う~む完璧な作戦! これが背伸びしないエモな青春ってやつの王道だと、サイキックハーツに詳しい猟兵のみんなから聞いたぞ!)
 ベルトがふふんと店内を見回すと、確かにそこはランチや夕食時の賑やかな雰囲気とは異なる、奇妙な静けさに満ちていた。
 夜中に一人でパソコンと向き合う若者、終電を逃し力尽きている男性、これから夜勤らしい労働者の集団……この世界で働く一般人の日常を目にして、アンナがぽつりと呟く。
「私達も……こんな毎日を守る力になれたのかな……良かった」
 珍しく柔らかな微笑みを浮かべたアンナの顔を見て、ベルトはやべっアンナさん可愛すぎだろ……! と悶えた。
 今まで何かと空回る事が多かったが、思い切ってファミレスに誘ってみたのは正解だったかもしれない。
 星空の下で聞いた過去の話が思い起こされる。常闇の世界に生まれ落ち、奪い奪われるのが常であった彼女は、この死を超越した世界に無意識の安らぎを感じているのだろうか。
「そうですねアンナさん! ささっ、あちらのお席へどうぞ!」
「うん……何か美味しそうなもの……探そう」
 お好きな席へどうぞと店員に言われたので、ゆったり座れる窓際の席を確保する。メニュー表を開けば、あらゆるジャンルを網羅した手頃なお値段の料理が並んでいた。
「アンナさん何食べます? このドリンクバーってやつは絶対頼んだほうがいいらしいですよ!」
「私も聞いたことがある……じゃあ……試してみよっか」
 深夜らしいチルなBGMがほんのり流れた空間は、好きな人や友達とだらだら喋りながら過ごすには最適だ。そんな二人の前に立ちはだかるのは――昨今すっかり定着した電子メニュー表だった。
「ていっ! やあっ! くっそ~っ、私はポテトとアイスを注文したいだけなのにどこにあるんだよ!?」
「難解で煩雑な分類め……処刑人の血が騒ぐ……! ……前に、こう適当に……ぽちぽちぽちっと……えいっ」
 結局アンナが何個か目についたメニューをぽちぽちし、注文ボタンを押してしまった。アイドル活動を通して二人もある程度慣れただろうが、初見の店だと現代人すら結構手こずるのだ、これ。
 まぁ今までアイドル☆地獄で食レポやらされた料理達に比べたら……全部おいしいだろう……と、アンナは悟りを開いていた。
(ウソでしょ、キャバリア乗りとしてここはカッコよく決めたかったのに……いや、ラブリンさんは私のこういう所がなんか可愛いって言ってなかったっけか? 結果オーライなんじゃない?)
 ベルトがあちゃーと思っている間に、アンナはドリンクバーのコーナーへ歩いていっていた。ベルトも慌てて後を追う。アンナはまだ若干ドッキリを警戒していたが、どうやら本当に普通のファミレスっぽいと確信するや、グラスを取りメロンソーダを注ぎ始める。
「アンナさんはメロンソーダ派かぁ~! 流石は私のマドンナ可憐な……んんん?」
 ホットドリンクのコーナーで華麗にコーヒーを注いでいたベルトは、彼女の挙動を見てあれっと思った。
 アンナはメロンソーダの上に、コーラとジンジャーエールとホワイトウォーターをドバドバ注いでいる……主に男子や子供がよくやる儀式だ。プライベートでも自ら体当たり罰ゲーム道を突き進んでいる。
「ファミレスに来たら……一度はやりたいだろう……」
 瞳を輝かせ、ぽっと頬を染めるアンナ。
 このお茶目さんめ! かっわい~! と小突きたいが……していいのかなぁ!?
 あの、これ私もやんなきゃダメ? 紅茶とか抹茶ラテ混ぜるべき? とベルトは悶絶した。
 だが、結局「マズいのは嫌だ」という硝子の騎士ハートが勝ち、彼は普通のコーヒーにした。

 座席に戻った二人は、すぐ運ばれてきたフライドポテトとシーザーサラダをつまみつつ、戦争の思い出を振り返る。勇ましく強敵に立ち向かった話、ずっこけた戦法で相手を圧倒した話……どの戦場も二人ならではの個性的なエピソードが満載で、話題は尽きない。
 互いの奮戦ぶりを讃え合ったり、予想外の作戦に驚愕したり、思わず笑ってしまったり。どこか通じる空気があって、互いの話を聞いているだけで、心地良い時間がゆっくりと流れていく。
 アンナは黙々とポテトをつまみながら、時折先ほど作ったジュースを飲み、なんとも言えない顔をしている。
 この感じ……今が『カッコつけない告白』のベストタイミングなんじゃないの!?
 ベルトに天啓が降りた。暗黒とか光明は置いて『騎士』ぐらいに抑えようと。
 なるべくカッコつけず、でも気持ちキリッとした真面目な顔で、彼はアンナに顔を寄せ彼女をまっすぐに見つめた。

「アンナさん、好きです! 私、アンナさんといると、なんか楽しくてしょうがないみたいで……その、アンナさんが良ければ、もっと恋人らしい事も一緒に色々したいです!」
「……ぶッ!?」
 ベルトは華麗に、そして真剣に愛の告白を決めたのだが、普段の彼とのギャップがありすぎた。急にそんな事を言われるとは考えてもみなかったアンナは、思わずドリンクを盛大に吹き出してしまった。
「どわーッ!?」
 シュワシュワした甘い液体がベルトのキメ顔をダイレクトに襲う。
 なんでだよ、アドバイス守ったのに……でもこれ、超広い意味で関節キスだよな? うわ甘ーい……キュンでしょ……と、ベルトはベタつく顔を拭きながら極めてポジティブに解釈した。

「え……その……ちょっと待て」
 いつもカッコつけな彼から珍しくピュアで直球な告白を受けたアンナは、机に飛び散ったドリンクを拭きながら視線を泳がせる。
 一応恋人っぽいとはいえ、何かと喧しいし、盗撮写真とか持ってるし、聖夜の贈り物はクソデカ指輪だし、ちょっとズレてるこの男。
 いつもしょうがない奴め、と思いながら若干雑に扱っていたのだが……こう真剣に見つめられると、胸がときめく。忘れがちだが、改めて見ると高貴でハンサムだし。
 狩野響羅と戦った時の彼は正直ちょっと格好良かった。責め苦の内容はアレだったが、共に地獄に立ち向かえて心強かった。
 アンナは思う。自らの前にどんな理不尽が立ち塞がろうと、重い宿命もトンチキ試練も共に乗り越えてくれるタフガイは、もしかしてこいつぐらいなのでは――?

 頼んでいたらしいハンバーグとライス、麻婆豆腐が運ばれてくる。こうして向かい合って座っていると、まるで普通の家庭の食卓のようだ。
 空になったグラスを置き、俯いて沈黙するアンナを、ベルトは背筋を伸ばしてそわそわと見つめている。
 呪われた出生を持つ自分のような女が、この事を他者に話すなんて許されるのだろうか。アンナは暫く逡巡したのち、この男にならと思い、意を決して口を開いた。
「ソウルボードで見た……私の、幸せな夢の話……お前、笑わず聞いてくれる……?」
「勿論ですとも! アンナさんの幸福は私の幸福ですから、全力で手伝いますって!」
「ほんとに……? ん……じゃあ……言う」
 これだけは自分の胸に秘めておこうと思っていたこと。
 アンナは空のグラスを握りながら、コルネリウスの夢で見た『幸せな光景』をぽつぽつと語り始める。

 夢の中のアンナは処刑人ではなかった。
 このサイキックハーツの世界に生まれ、優しい夫と結ばれ、授かった子の誕生を待ちわびるように刺繡を縫う、ただの幸福な母親だった。
 恐らく昔はダークネスの暗躍すら知らず、灼滅者に守られる立場だったであろう、弱くとも満たされた一般人。
 その人生に浸っているのは幸福だったが――アンナは自らの呪われた血を許すことができず、忌まわしいその望みをすべて地獄の炎で焼き払ってしまったのだと。
「……そんな……」
 ベルトも思わず悲痛な表情を浮かべる。彼女と比べたら、ここまで苦労らしい苦労もせず、やりたい放題やれてきた自分はなんと幸福な人間なのだろうと痛感する。

 アンナは無意識に腹に手を添えた。そこに我が子はいない。
 当然だ、すべては夢の中の幻だったのだから。
 けれどあの時は確かに感じたのだ、自分の中に芽生えたちいさな命への愛おしさを。
 深層で望んでいた夢が、それを呪われた力で自ら壊した時に零れ落ちた涙が、今もアンナの胸に深く刺さって抜けない。地獄の責め苦よりもよほど耐えがたいことだ。
「屈辱だ……それでも私は……あの光景と体験が忘れられない……やはり、自分は子を産み落とし……母と成る事を、本当は望んでいるのかもしれない……」
 どこか自分を責めるような、恥じ入るような小さな声だ。
 そんな顔をしないでほしい。
 暗黒騎士ベルトは、いつだってアンナさんの可愛い笑顔が見たいんだぞ。いつもなら軽く出てくるような台詞も、今は言うのが躊躇われる。
 私みたいなボンボンが、愛しのアンナさんになんて声をかければ笑ってもらえるんだろうか――ベルトはいつになく真剣に悩みながら、冷めきったコーヒーを口に運んだ。
「もし可能ならば……その時やそういう事は貴様に協力を頼みたい」
 そっか~。そういう手があるかぁ。それは考えてなかったなぁ……。
 ……。
 ん? んんん???
 えっ今なんて仰いました!? アンナさん!!?!?

「ああアアンナさんブフォ~~~ッ!?」
 ベルトはコーヒーを思いっきり吹いた。先程とは逆に、黒くて苦い液体がアンナの顔面を直撃する。
「あっつっ……いや、ぬるっ……あ、天丼来た……おいしそう」
 アンナはさらっとバラドル的リアクションを取り、顔を拭きながら注文を受け取った。
 いつも通り黒づくめの服を着ていたのが救いといえば救いだろうか……いや、大事な告白シーンが突然こんな空気になっていいんですか? 先程までの結構重い過去どこ? と二人以外は思ったかもしれない。
 周りの店員や客達も一瞬ベルトの大声に驚いたようだが、すぐ各々の作業に戻っていく。深夜のファミレス独特のゆるっとした、不思議と平穏で寛容的な無関心だ。
 その空気はどこか、等身大のアンナとベルトに似ていた。
 肩書きも血脈も取り払った、少しぼんやりした普通に幸せになりたい女と、好きな子のために頑張るなんだか憎めない男。
 今の二人は、深夜のファミレスに居るかもしれない、ちょっと変わったカップルに見えるだろう。

「二人一緒なら大丈夫だと言っただろう? ……死……とまでは言わないが……時がふたりを分かつまで……駄目か……?」
 愛しのアンナさんが瞳を潤ませ、頬を染め、さらっとぐいぐい来てる。
 想定外な衝撃の告白を受け、窮地に立たされたベルトは完全に固まっていた。
 そういう協力ってつまり、そういう事だよなぁ!? 父君になってくれ~って事だよね!? えっどうしよいきなりそこ!? あ~でもアンナさんキュートすぎるし、私もさっき恋人っぽくラブラブしたいとか全力で手伝いますとか言っちゃったじゃんね~!
 ……的な考えがぐるぐる巡っていた。しかし、騎士に二言はない。ベルトはも~どうにでもなれ~! と覚悟を決めるしかなくなった。
「はいッ! アンナさんが望むなら、この不肖ベルト・ラムバルド、地獄でも天国でもお供いたします! ていうかずっと一緒にいたいですけども! 私より先に死んだら絶対絶対ヤダよぉ~っ!!」
「……ありがとう……ベルト……」
 感情がぐちゃぐちゃになり、泣きださんばかんの勢いのベルトを、アンナは穏やかな瞳で見つめてそっと手を重ねる。
 夢の中よりずっと賑やかで、楽しい家庭を持てる未来が、自分にもあるのかもしれない。
 いつでも眩しいほどに闇を照らすこの光。涙も笑顔も彼とならきっと、一緒に分け合っていけるから。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2026年07月11日


挿絵イラスト