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おおかみはいしを喰らひて
●第二層
赤。赤。赤。
目が眩むような一面の赤は『鮮血の大地』と呼ばれる世界、このダークセイヴァーで流された全ての血が集められた、『五卿六眼』の『ライトブリンガー』へと捧げられる贄の色である。
鮮血はいまだぬくく、地面には脈打つ血管が這う。
鮮血には記憶があった。かつて生きた生命の痕跡。
ろくでもない記憶。ろくでもない世界の。ろくでもない生の軌跡。
例えば、あるおおかみは劇を見たことがあった。
支配者たる吸血鬼が好む喜劇。低能な『猿』を生きたままに処刑する、勧悪懲善の分かりやすいごっこ遊び。殺しても何をしても良いそれを壊す瞬間、苦しみのたうつ姿を眺め、快楽を貪る為の人形劇。
「この『芸術』がわかりませんか」
「……喰ってやろうか」
「ほ、ほほほほ。所詮は卑しい|走狗《いぬ》風情が」
貴族に飼われたおおかみが、泣き叫ぶ猿を引き摺り倒し、腹を食い破り、生きたまま臓物を喰らうのを見た。野生であればまず息の根を止め、抵抗をさせないことこそが己が身を守る本能でもあったが。仕方がない。無意味な痛みを、苦痛を与えることこそが人形劇の『肝』なのだから。そういう風に教えられ、育ったのだから。
「何をしているんだろうな……俺は」
その鮮血の記憶が己のモノであったのか、それとも別の誰かのモノであるのかも、もはや不確かだ。
だが、あらゆる記憶は混ざり、無価値へと均され、いずれ、こうしてただ強者への贄として捧げられるだけのものだ。この身の肉の形、その脳髄に刻まれた情報の状態になど大した意味はなかった。
冷たく冷えていく太陽。消えゆく光。暗闇に抗い、もがき、呑まれてゆく世界。
星々を守る者たちの死。狂信者の歓喜。渾沌への回帰。
そうして、全てはいずれにせよあの下らないモノの一部となるのだから。
滑稽に踊る者共。白痴。心の無い怪物。全てはその一部であり、そこへと還る過程にすぎない。
何故なら、彼らは、我らは、つまるところ『ソレ』を何よりも好むように出来ているのだから。
仕方がない。仕方がないのだ。それは、そういうモノなのだから。
「………俺は……」
しかし、青年は歩いていた。鮮血の大地を。
赦されぬ虚構の花園もなく、吹き散らすべき偽りの花々さえ一輪も咲かぬ、草木の一片すら見当たらないただただ荒涼とした大地。
どこに行こうというのか、何をしようとしているのか、自分でも分からないままに。死体。虚無の現身たる人形は、それでも進む。
青年は、人狼と呼ばれる種族であり、かつては騎士であった。
その腰のベルトには錆びた赤黒い鎖が繋がれ、背後へ伸びていた。幾筋にも、血管のように、或いは神経のように枝分かれした鎖の先端には『|ギャラリア《人間画廊》』と呼ばれる、生きた人間を閉じ込めたクリスタルが中空を浮遊し、時折、薄暗い世界で仄かに煌めく。この死体だらけの、世界の墓場、永劫なる闇の辺縁で、深淵に呑まれぬようにともがき瞬く星々のように。
水晶に閉じ込められているのは、幼子たちのようであった。
青年はただ一度も振り返らず、故に顧みることもなかった。
奇妙な道連れ。
その破滅の旅路を哀れむ月はない。
白く瞳の文様が描かれた、不気味な六つの赤い月だけが、彼らの当て所ない道程を冷然と見下ろしていた。
●依頼
「皆さんが、オブリビオンと戦う理由は、きっと様々なんでしょうね」
軍隊であってさえそうなのだから、群体とも呼ばれるような緩い繋がりを持つ猟兵であればなおさらのことだろう。グリモア猟兵のリア・アストロロジーは、けれど、それを最初にあなたたちに問うた。
彼女自身は、その理由は、「自分の大切な人が、|生きていける《・・・・・・》世界を作りたい」というモノだったが。果たして、あなたたちの脳裏に浮かんだのは、如何なる答えだっただろうか。或いは、それを探すこと自体が答えだというモノもいるだろうけれど。
「ダークセイヴァー。その第二層に『月光城の主』が訪れています。その目的は不明ですが……」
第五層においての支配者であった『第五の貴族』の干渉すら阻み、『月光城』に籠っていた謎のオブリビオン。眼球と満月を組み合わせたような『月の眼の紋章』とその身を融合し、己の戦闘力を『66倍』にまで高めた、歴戦の猟兵から見ても恐るべき強者。
「先ずは、この紋章へ対処しない限り、戦って真正面から打ち破るのは難しいと思います」
リアが予知した月光城の城主は人狼の青年。生前はとある王国に仕える『黒騎士』であった彼は、『呪いの二刀と魔靴』を備え、並外れた速度と騎士として身に着けた武技を使いこなす、非常に強力な戦闘特化型のオブリビオンだ。その為、紋章の強化がある状態でまともに戦うのは自殺行為。
「人間画廊……ギャラリアと呼ばれる、生きた人間を内部に閉じ込めたクリスタル。紋章に力を与えているのは、そのギャラリアです。だから、中の人たちをこれから『解放』することで、彼は弱体化していくでしょう」
……ただ、と。リアは少しためらってから、続けた。
「その『解放』の方法は、中の人間の、生死を問わないようです。そうして、半分ほど解放すれば、紋章は効果を失うだろう事が分かっています。そして、クリスタルに封じられているのは、子どもたちばかり、みたいです」
12歳の外見特性を持つに至ったリア。それと同じか、もっと幼い者たちの姿。それは脆弱な人間の中でも、更に脆弱で、弱い存在でしかない。殺さず救い出そうとしたとして、戦闘に巻き込まれれば一たまりもなく死亡するだろう。大人のように理屈を言って聞かせるのも難しい。ならば、初めから『半数は諦める』というのも『効率』を考えれば正解、なのかもしれない。
欲張ったところで、あなたたちが負けてしまえば、どうせ全員が助からないのだから。仕方がない。それは仕方がない、許容されるべき犠牲だ。きっと、誰もあなたを責めはしないだろう。いや、むしろ、|あえて《・・・》手を汚して『世界』を守ったあなたを、良くやったと賞賛するだろう。そうあるべきなのだ。私たちは、そういう自己|犠牲《欺瞞》的な|美しさ《残酷さ》が大好きなのだから。
「……わたしの予知では、彼ら、彼女らはその多くが、いずれにせよ、命を落とすだろうと。もしも第二層から第三層には連れていけても、故郷にまで戻ることはあの子たちには難しいし……生きていくことは、ただでさえ大変な世界、ですから」
ギャラリアに封じられた、『死ぬ権利』すら奪われた永遠の標本たち。
実際、ここで一思いに死なせてあげることこそ、生きて、苦しみ、結局死ぬよりはマシな選択肢かもしれないのだ。
運が悪ければ、魂人として転生するかもしれない。だが、運が良ければ、今のダークセイヴァーは死ぬことが出来る。
あなたが哀れな子どもを哀れむために、苦しむと分かっていて『救い』、無責任に『生きろ』とだけ言って、生きてはいけぬような世界に放り出すも、正当な理由を以て殺すのも、それは自由だ。
何故なら、あなたたちは強いから。
天を仰ぐしかない弱者たちの運命を決する、少なくとも左右することが可能な強者であるのだから。
「皆さんの、あなたの、戦う理由はなんですか?」
かつて、その強者の手によって、確かに死の運命から救われた少女は問う。
——あなたの作りたい、守りたい『未来』は、どんな形をしていますか?
常闇ノ海月
冒涜的なまでにお世話になっております。愚かしい、滑稽なダンスが常闇ノ海月です。
何だかんだ二年以上あっためちゃったシナリオですが、いい加減心残りをなくす為にも消化していきたいと思います。
うららかな春の日、誰にも祝福されない道を歩み、共に深淵を覗きたいって方向けのシナリオです。
参加者さんが集まらない場合はサポートさんのお力を借りて、描写を濁しつつ安定ルートへ進むつもりですが、実際それが一番マシになる可能性もあります。
誰かの善意が報われるとは限らない、あなたの大事なキャラに傷を残すかもしれない、リスキーなシナリオです。また、より望ましい成果を求めるのであれば、単純な勧善懲悪でなら味わう必要のない不快感を伴う認知的な負荷や、手がかりから状況を読む読解、推理能力などを要求するかもしれません。
それでも宜しければ、ご理解の上で参加をご検討ください。
●プレイング募集について
断章公開後、少数採用の予定です。
二章構成です。二章も断章公開後に募集いたします。
グループ参加はペアまでなら可能かもしれませんが、採用率は下がるかもしれません。
受付締切はタグでお知らせする予定です。
遅筆のため、返却が発生してしまう可能性もあります。再送は皆さまの判断にお任せいたします。
●第一章
最終目標は黒騎士の撃破になります。子どもたちの解放と保護、或いは別の行動をしても良いです。優先順位は自身でご判断ください。
●ギャラリアの子どもたち
シナリオ完結後まで生き残った場合、生存者は第三層の拠点で保護される予定ではあります。が、リアの予知によれば助けてあげても結局死んでしまう子が多いようです。理由は分かりません。
●月の眼の紋章
ギャラリアに近づくと飛び出す棘鞭で攻撃してきます。
●人狼の黒騎士
基本的にはギャラリアは無視して戦闘を挑んできます。
ただ、ギャラリアからの解放には何らかの反応を示すかもしれません。
●第二章
黒騎士は死に際に「六つの赤い月」のひとつから放たれた「赤い光」を受け、月の如く煌々と輝く『異形の身体部位』を幾つも生やした強力なオブリビオンへと生まれ変わります。
が、力の制御が上手くいかない様子で一章より弱体化している可能性もあります。第一章に引き続いてイケメンおにいさん。元地獄の獄卒です。
そう……実は、このシナリオは、おにロリ! です!
ではでは、皆さまの参加をお待ちしてます。
第1章 ボス戦
『呪いの二刀と魔靴を携えし黒騎士』
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POW : 黒風鎧装・迅
自身に【猟兵の🔵取得数に比例した規模の黒き旋風】をまとい、高速移動と【二刀からの斬撃と共に繰り出す黒き旋風の刃】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD : 天を翔け地を砕く魔靴
レベル×100km/hで飛翔しながら、自身の【装備する黒騎士の魔靴】から【直撃箇所及びその周囲の地形を破壊する蹴り】を放つ。
WIZ : 封印を司る呪いの二刀
【触れた任意のあらゆる力を封じる呪いの二刀】で攻撃する。[触れた任意のあらゆる力を封じる呪いの二刀]に施された【戦闘能力増強を伴う己の人狼としての狂暴性】の封印を解除する毎に威力が増加するが、解除度に応じた寿命を削る。
イラスト:唐草
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「ルパート・ブラックスミス」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●おおかみ
かつて、騎士には仲間がいた。
異形の身、月を見ては狂う気狂いなどを誰が好んで傍に置きたがるものか。
だが、忌まれることに慣れた空きっ腹の化け物は、何の因果か仲間を得た。
彼は仲間たちの誰よりも速く、誰よりも遠くまで行けた。
故に、もとより短命たるその身は誰よりも早く戦場に辿り着き、戦い、そして誰よりも早くに死ねるはずだった。
……しかし、そうはならなかった。
彼の野性、生存能力が人よりも優れていたがゆえに。
彼が誰よりも速く、誰よりも遠くへと行けたゆえに。
人狼騎士の忠義。呪われし命を拾い上げた王侯貴族。今の彼にとってはあまりにも下らない、あの存在自体が無意味で無価値だった無能者共の口から、生臭い吐息と共に吐き出された|言の葉《呪縛》。そんなモノによって彼が誰よりも長くこの地獄へと留まり続ける羽目になったのは、皮肉としか言いようがない。
しかし、それでも、彼は往かねばならなかった。
そして今ではもう知っている。
はじめからどこにも行き場などなく、ゆえに、どこにも行けなかったのだということを。
――がり、ぼり、ばきん。
硬い何かを噛み砕く音。
口腔から滴る鮮血が渇きを潤す。
――やめて。なにをしているの。おねがいやめて。
幼子の哀願。泣き声。
細く頼りない腕が伸びておおかみを叩く。必死に止めようとしても、止まるわけも無い。飢えた化け物。呪われた、狂った化け物。取り囲む嗜虐的な冷笑と蔑みの目が、冷徹に見下す数多の目が、この世界の正体であったから。
飢えていた。渇いていた。だから、仕方がない。それはどこまでいっても仕方がないことだった。
腹が裂け、臓物が溢れ、破れたそれが汚物臭を放つ。その汚らしい糞袋を踏みにじり、最後に、化け物が嗤った。
——そんなありふれた苦痛が刻まれている|モノ《光景》が、生まれてくるべきではなかった、異形の、月を見ては狂う、呪われた化け物に相応しい、物語の風景の果てだった。
●赤ずきん
錆びた鎖が擦れ合い、軋んだ耳障りな音が鳴る。
低い、獣の唸り声。眉間にしわを刻み、牙を剥き、威嚇する化け物がいた。
「去ね。さもなくば、貴様ら|も《・》、喰い殺す」
その背後には無数のクリスタルが浮遊する。
|ギャラリア《人間画廊》。眼前の化け物に力を供給する贄であり、鎖につながれた虜囚。
透明な結晶に包まれているのはかつてこの世界の何処かで生まれ、生きた、無辜の幼子たちの姿だ。
その姿は、一心に何かを祈っているようにも見えた。
疲れ果て、飢え、渇き、やせ細り、泥や血で汚れ、およそ年齢に似合わぬ苦難の、痛みの、絶望の痕跡が刻まれ青ざめた顔で、唇を震わせながら、ただ祈り続けている。
「……俺の、餌だ。|貴様ら《・・・》の、餌では、ない!」
吐き出した激情と共に、化け物から狂気が迸る。
同期するかのように、錆びた鎖の表面を赤黒い燐光が走る。まるで神経系の|インパルス《活動電位》のように、ギャラリアに閉じ込められた幼子たちの恐怖が、絶望が、嘆きが、耐え難い苦しみが、その冷たい予感が、冷たい鉄の繋がりを介してシナプスの発火のように明滅し、共鳴し合っていた。
これこそが|人間画廊《ギャラリア》。
心あるものの嘆きを、苦しみを、その絶望を吸い上げ糧とする、支配者達の編み出した『芸術』だった。
しかし、おおかみは決して背後を振り返らず、それらを一顧だにしようともしない。
永遠に固定され、死ぬ権利さえも奪われた、鎖につながれた生の残骸。
そのうちの一つには、赤い頭巾の少女が囚われていた。
やめて、と。のどを引きつらせながら、泣きじゃくる、懇願のこえが聞こえた気がした。
赤ずきん。おおかみに食べられた赤ずきん。
『わたしを、た――』錆びた鉄のノイズが、放たれたパルスを、その意味を欠落させていく。
だが、そう、きっと、『たすけて』と泣き叫んでいるのだろう、|哀れな少女《被害者のシンボル》。
ならば、あの化け物を疾く討ち滅ぼし、彼女を救い出せたなら、それはきっと『誰かに非難されることもない』、正義に相違ないのだろう。
さぁ、役者は揃ったのだ。踊ろう。
この、どこまでも滑稽で、愚かしい、歓喜の舞踏を。
ナヤ・スリジエ
せめて苦しみを和らげる
助け出せる術もなければ
破壊するほどの力もないから
ユーベルコードを発動
そのためだけに召喚される少女
彼女は生前の私を知ってるみたいだった
でも私は思い出せない
人間回廊の子どもに眠りを与える
おおかみは眠らない
二刀で私を切り裂き、呪う
攻撃を凌いでも
二刀の呪いでユーベルコードと
切断部位の接続が封じられる
体が花びらになる
形を押し留めている包帯が解けていく
せめて包帯をおおかみに巻きつけて束縛
体から散る花びらに祈りと風を乗せ
属性攻撃
乱暴にしてごめんね
でも眠れないのなら
いたいのいたいのとんでいけ
だけでも唱えさせて
慰めにもならないかもしれないけれど
あなたに降る花となるわ
おやすみなさい
●泥中に咲く
赤。赤。赤。
とくとくと脈打つ、生ぬくい、荒涼とした赤の大地。
天に浮かぶ六つの月もまた不気味な赤色の、昏い空。
ダークセイヴァー第二層。『鮮血の大地』に、本来ある筈もない薄紅の花びらがはらはらと舞っていた。
それは透き通った肉体を持つ魂人——このダークセイヴァーにおける支配者が誂えたその『|器《のろい》』に捕らわれたナヤ・スリジエ(|愛するヒト《メモライザ》・f44610)による権能の行使だ。
辺獄の景色が揺らぎ、情景が重なる。
此処ではない何処か。
満開の、はらはらと散りゆく夜桜。広げた梢の先には煌々と、欠けることなく満ちた月が浮かんでいて。
桜並木の下を、藍色の影がひとつ歩いていた。
強い意志の顕れと同時に脆さを感じさせる貌。
ナヤの記憶には既に存在していない、幻のような、儚い|輪郭《かたち》。
その背に、肩に、絶えることなく降りしきる花びらは、ナヤ自身でもあっただろう。
夢幻の、刹那の邂逅。
少女が、ぴたりと足を止めた。
それは現実に在るのか、無いのかも定かではなく。心臓なき器に捕らわれた虜囚の見る幻覚。偽りの|楽園《花園》のような。ナヤの妄想と|ユーベルコード《罪深き刃》が生み出した、慰めの、まやかしの、偽物の、夢物語でしかないのかもしれない。
けれどたしかに、その少女は、たしかにかつての『|ナヤ《いのち》』を、知っているようだった。花びらがただそっと触れただけ、それだけで細い肩が震え、唇が戦慄き、蚊の鳴くような声が零れる。ナヤを呼ぶ声。懐かしい声。
とうに失くしたはずの心臓が跳ねる。——でも、思い出せない。
生きていた頃の記憶。かつてあった生命の軌跡。それはすでに喪われてしまったから。
少女の面影は、振り返ることをしなかった。そこにある何かを認められないかのように。そんな筈がないと否定するように。確かめることを恐れているかのように。ただ、立ち止まり、立ち尽くすだけ。
ナヤは、舞う花びらは、進むことも出来ないまま、ただ震えるているその肩を包もうとしたけれど。
——夢は、いつか終わるものだ。
繋がりは解け、交わった世界の座標が、断片が剥離していく。
忘却が。生まれ変わるということが。すべての生命に与えられた約定が、抗いようのない波が、流れが、濁流のように押し寄せ、押し流し、引き裂いていく。固く結ばれた絆でさえも、再び孤独へと還していく。
あとに残されたのはかすかな温もりと、ずっと癒えないままの、胸に空いた|傷痕《欠落》の痛み。
堪えきれずとうとう少女の裡から溢れでた透明な雫が、舞い散る花びらに混じって月の輝く大地へと落ちていった。
§
一輪の花すら咲かぬ鮮血の荒野に、花びらが舞い散る。
桜の花吹雪、聖者の断片は【|あなたに降る花《オヤスミナサイ》】となって、|ギャラリア《人間画廊》の子どもたちに眠りを与えようとしていた。
水晶に鎖された彼ら彼女らは、眠っているのか覚めているのかも分からないけれど。
もはや死ぬことも傷つくこともなく、鑑賞するために、消費するために閉じ込められた永遠の|標本《いのち》。それらは星々のように瞬き、夢を恐れているようだった。永遠に続く悪夢。ならば、せめて、その苦しみを和らげるために。
(……私には助け出せる術もなければ、破壊するほどの力もないから)
それがナヤの選択で、理由だった。
「忘却は最後の赦しよ。痛みくらい、忘れていいはずだわ」
「赦しなど」
だが、おおかみが眠ることはない。花吹雪が夢に誘おうと。星々がさやかに見守ろうと。眠れるはずもない。これ以上に忘れることもない。彼自身が、すでに|忘却《オブリビオン》そのものなのだから。
「赦しなど、ない。ありは、しないっ!!」
ゆえに、彼は両の手に握られたその|二刀《呪い》を以て、聖者の資格を持つ魂人の、その器を切り裂いた。
迷いなく、故に躊躇もなく、容赦もまたありはしない、純粋な破壊、純粋な殺意。
白痴の眷属。混沌を寿ぐ怪物。その銀閃がナヤの肉体を刻む。緋き苦痛の刻印も、切断部位の接続も、もはやその花びらが散ってしまわぬように留めておくことができなくなって、構造物としてのナヤが壊れていく。
変わって、溢れだしたのはさくら色の花びらだ。
肉体が花びらに変わる怪奇。
ひとの形、その輪郭を留めていた|包帯《よすが》が解けていく。その結末はかつてナヤの死を意味したけれど……。果たして、六番目の猟兵になったことで得た『強さ』は祝福であったろうか。
意識は辺獄にとどまり、肉体は解けた花びらと化したまま、せめてにもとその包帯をおおかみに巻きつけていった。
ナヤの、脆い女の肉体を留めていたそれが、おおかみを包む。
紋章。鎖。再孵化による受肉。すでに雁字搦めの人形を縛る。
「乱暴にしてごめんね。でも、」
眠れないのなら、と。
ひとの|容《かたち》から解け、溢れて、この鮮血の大地にも降りしきる花びらのそのひとひらずつに祈りを乗せて。
風と共に、贈る。
「……いたいのいたいのとんでいけ」
おおかみが俄かに怯んだ。
闇に生きる怪物。ゆえに、光を恐れ、忌み、嫌う、邪悪なたましい。狂った化け物が、拒むように藻掻く。
苦痛。苦痛。苦痛。
その苦しみが癒えることはないのだと、慰めにもなりはしないのだと、|現実《世界》はナヤにそう突き返してくる。
「やめろ。やめろ。俺は……」
花びらは、それでも降り注ぎ続ける。|あなた《あの子》に降る花となって。
花が花であるゆえに。
(どうかあなたが、赦され、眠れますように。……おやすみなさい)
或いは、それは時代を超え、場所を変えても消し去れない何か。無窮の流れ、無辺の地平に再現されるフラクタルな構造。相似する波形の現出であったかもしれない。
がり、ぎりりと歯を食いしばり何かを堪えるおおかみの背へ。
闇に呑まれ、堕ちていくたましいへ。
星々は今も変わらず、そのちいさな光を、精一杯に降らせ続けていた。
大成功
🔵🔵🔵
●鮮血の記憶~『微睡んだ泡沫』
かつて、町中が祝福に包まれた日がありました。
尊きひとの、愛の結晶。誕生を祝われたいのち。
生まれながらの、光。
はらはらと降り注いだひなげしの花びら。
精一杯のご馳走と、葡萄酒がふるまわれ、大人たちも上機嫌。
みんな、悲しかったことも、日々の苦しみも忘れたかのように、嬉しそうに笑っていました。
焼きたてパンの匂い、あたたかいスープに、山羊のチーズものせて。
しっぽの生えた少年は、今日ばかりはとおなか一杯に食べさせてもらいながら、ぼくなんかとは大違いだな、と不思議に思いながら。ちいさなころにおかあさんに捨てられて、当てもなく彷徨った日々を、少し悲しく思い出しながら。
でも、その子が生まれてくれたおかげで、こんなに良い人たちにこんなにも良いことがあるなら、それは、きっと素晴らしいことのように思えたのでした。
——守らなければならない、大切なもののように、感じていたのでした。
大町・詩乃
(バニーガール&両腕のみフィルムスーツ装着で颯爽と)
子供達が一時でも幸せな生を送れるよう、バニィ心で衆生救済♪
スペースアシカビヒメ・バニー、ここに登場!
【考察】
なぜ「貴様らの餌ではない!」と(オブリビオンと混同?)
なぜ子供だけ?
なぜ大半が死ぬ?(人狼病か疫病?)
なぜ第二層に?
→実は子供達を護り、病を治そうとしてる?
と考え、「私は子供達を助けたい!貴方が子供達を救いたいなら手助けします」と申し出る
戦闘になればオーラ防御展開し
・空中浮遊で浮き、念動力・空中戦で空を舞い、敵攻撃を心眼・第六感で読んで、見切り・軽業で回避
・天耀鏡を足場にジャンプ・ダッシュで軌道変更
・腕に仕込んだレーザー射撃・スナイパーで牽制
・衝撃波で吹き飛ばす
で引き付ける
【産巣】で地面を「デビキンの変態紳士な豚悪魔さん達」に変えてギャラリアと棘鞭破壊。子供達を保護。
弱体化させたら、地面からゴリラ悪魔さん達、大気から透明な鳥悪魔さん達を作って、敵の手足頭部を羽交い絞め。
神罰・雷の属性攻撃・全力魔法・高速詠唱による貫通攻撃をします!
●Why?
かつて在りし、だれかの願い。
それが呪いのはじまりだった。
『力なき正義は無力。だが、意志無き力はただの悪だ。意志の力だけが、人を『英雄』にする』
『だから俺は紋章を創る。正しき意志を持つ者に、相応しき力を与える為に!』
翼持つ痴れ者はかく語った。たとえ悪心がなくとも。自らの正しさを疑わず、数多の犠牲を生んだ。
人はソレを指さし、狂気と、邪悪と呼んだだろう。
端から放っておけばよかったのだ。無力だろうと。淘汰されるべき|もの《弱者》が淘汰されるだけのこと。結局出来もしないことを騙って状況をより悪化させるくらいなら、何もしない方がマシだったのだから。
残されたるは負の遺産。紋章。昆虫にも似た形状の寄生型オブリビオン。
宿主から自律し、ギャラリアを狙う者に対しては触手のような棘鞭を容赦なく振るう『月の眼の紋章』を移植されたおおかみもまた、その『呪い』を継承するオブリビオンだった。
「私は子供達を助けたい!」
そしてまたひとり、大町・詩乃(阿斯訶備媛アシカビヒメ・f17458)が、結局は彼の世界を呪うだけでしかないのだろう、そんな意志を掲げて。
その狂った|おおかみ《化け物》の、憤怒の貌へと申し出る。
「だから、もし、貴方が子供達を救いたいなら手助けします」
「……なんだ、お前」
かつて呪われ、狂気に呑まれ、絶望に贄まれ、久遠の闇、深き淵へと堕ちていく死体の目が、『詩乃』を見ていた。呆れたものを見る、冷たい目。
助けるとは? 救いとは? こいつは、自分が誰に何を言っているか、理解しているのか? それとも、何もわからずに、だからこんなバカげた寝言を、妄想を、夢物語を囀っていやがるだけなのか?
「なんだ、お前……」
再度、聞かれた。胡乱な目。
むべなるかな。詩乃は、彼女自身もまたとある『紋章』を装備してこの場に臨んでいた。
いや、紋章が悪いということではない。ただ『月の眼の紋章』のようにその戦闘能力を66倍に強化するような能力こそ持たないが――代わりに、詩乃にはうさ耳がついていた。
『バニーの紋章』の効果であった。
「何なんだ」
詩乃は、バニーさんだった。
戦場に似つかわしくない煽情的なバニーガール姿で、しかし颯爽と現れた詩乃は、真顔で三回も同じことを尋ねてくるおおかみの問いにかわいくウィンクをしながら、笑顔で答えてみせた。鉄の心臓。
「子供達が一時でも幸せな生を送れるよう、バニィ心で衆生救済♪ スペースアシカビヒメ・バニー、ここに登場! です♪」
「……そうか」
青年は、ちょっと、冷静になってしまっていた。
ていうか、堂々過ぎる詩乃の姿勢に、普通に困惑していた。
「幸せな生。下らないことをいう愚か者。一時の泡沫。それはどんな幸福だ? それは……」
いずれ剥奪されるものだ。
きまぐれに、上位者に、強者によって与えられる『幸福』。しかしそれは、そんなものはこのダークセイヴァーにもありふれていて、特段珍しくもないモノだったから。
おおかみが鼻で笑う、こめられた感情は嘲笑と侮蔑。
「むー。そんなの、人それぞれじゃないですか」
さすがにこれは馬鹿にされたのだと気付いた詩乃が、頬をぷくーっと膨らませながら抗議して。
「それで、実際のところどうなんですか? 『貴様らの餌ではない!』とか何とか仰ってましたが、もしかして、私たちをオブリビオン……たとえば、『ヴァンパイア』か何かと勘違いしてたとか?」
尋ねる。
おおかみは答えなかった。視線は鮮血の大地へと注がれていた。
「なぜ、ギャラリアの中には子どもばかり?」
おおかみは答えなかった。大きな狼耳がぴくぴくと揺れていた。
「あの子たちは、私たちが助けたとして、その大半が死ぬのだと……そう予知されていました。それは一体どうしてなのでしょうね。あなたはどうして、あの子たちを第二層に連れてきたのですか?」
詩乃は、その原因として人狼病かその他の疫病の可能性をおぼろげながら思い浮かべていた。オブリビオンに対する考察としてはいささか性善説が過ぎたかもしれないが。
(間違っていたとして、精々私が恥をかくだけですしね……)
そうして失敗した誰かを見下し嘲笑う者が居るのだとしても。飛び込んでみなければ決して辿り着けなかった景色というモノもまた、確かにあっただろう。……ただ、問いを立てたところで、答えられるものもあれば、答えられぬものもまた、あっただろう。
「………餌、だから、だ!」
果たして、化け物は答えた。喰らう為に。力を得る為に。贄として捧げる為に。
いかにも白痴の怪物らしい、しかしだからこそ誰にでもわかりやすい|模範解答《下らない現実》を。
●Where?
封印を司る呪いの二刀。その刀身に触れた先から、詩乃が展開したオーラの防御は呆気なく、突風にあおられた霧のように吹き散らされる。
舞台は空中戦。空中浮遊や念動力を用いた外部からの操作のみでは到底間に合わない機動力の差に、『天耀鏡』——一対のヒヒイロカネ製の神鏡を足場に使い、跳躍し、天を駆け、三次元の戦闘機動を行う。敵の動きを視界に捉えてからでは到底間に合わない。心眼、第六感といった不可知のセンサー類も駆使して複数の選択肢から敵の太刀筋を見切り、先読みをしておくことで、どうにか回避してみせる。
「こん、のっ!」
だが、このままでは呆気なく押し込まれる。その前にとまずは腕に仕込んだレーザー射撃で牽制。しようとして、詩乃は思い止まる。彼の後背に浮かぶ星々の瞬き。|ギャラリア《人間画廊》。回避されれば其方に当たる。
刹那の逡巡。バニーの紋章の透明装甲が弾け、銀閃に幾筋か黒髪が散った。須臾の間を埋めるようにもう一刀が閃き、間一髪で滑り込ませたヒヒイロカネの神鏡が耳障りな金属音を響かせた。
そうして鏡は未だ詩乃の首が繋がっている代償となって、堕ちていく。尚も追撃を試みるおおかみを衝撃波で吹き飛ばし、スペースアシカビヒメ・バニーは時間を稼ぐ。
(流石に、66倍はキッツいですねちーとですね……でも!)
先だって、詩乃はそのユーベルコード【|産巣《ムスヒ》】にて、『鮮血の大地』から詩乃が知る生命を創造していた。こうしている間に、ギャラリアの子どもたちを保護させるために。
そのユーベルコードは仮初の肉体を形作る代償として『無機物』を要する権能であったが。
「ブヒィイイイイ!!! さあ、飛ばない🐷はただ野豚! なのですぞー🐷」
「!? 紅の……野🐷さん!」
鮮血の大地から創造した、というか器を形作りそこに精神を召喚したような格好の『デビキンの変態紳士な豚悪魔さん達』とは、そんなやり取りがあったとかなかったとか。赤一色の大地から生み出した生命。そこには本来のピンクピンクした彼ららしからぬ、鮮血の大地バージョンのカラーリングだったりしたようだが。
「あたらなければどうということはない、のですぞー!🐷🐷🐷」
そうしてパーソナルカラー(?)が赤になったことで機動力が通常の3倍くらいになっていた変態紳士たちは、しっかりと紋章の棘鞭による迎撃を潜り抜け、子どもたちを救出出来ていた。彼らは、ロリ(ショタもいける)のためなら、なんだってできる系の変態紳士たちだったのだ。
「……おにいちゃん? だぁれ?」
「やりましたぞー!! みてー!! まま❤ ままみてー❤、ぼく、やったよー!!🐷❤🐷」
「だ、だれがママですかっ!!💢」
その腕に幼子を抱いて、ひとまずはすたこらさっさと安全圏へ離脱して行く悪魔たち。
「……なんなんだ、お前」
おおかみからは呆れたモノを見るさげすみの目で見られながら、「これが忍辱……ってコト!?」などとちょっとずれたことを考えながら、バニぃ女神はふとその手を緩めた敵を今一度眺める。
詩乃は化け物が弱体化しその攻勢が止まった折には更なる悪魔軍団を嗾け、敵の手足頭部を羽交い絞めして痛打を見舞おうとも考えていたが……権能から生み出した疑似生物頼みの攻勢は、封印の権能を持つ二刀に対しての相性から、実行したとしても結果は芳しくはなかったかもしれない。
ただ、そこまでして積極的に彼を追い詰めずとも。
「やはり、良くわかりません……あなたは、結局何にも答えてくれてませんし」
圧倒的な戦闘能力の代償。おおかみは正気を失い、命を削り、狂いながら壊れていっているようにも映る。
その度に星々は悲鳴をあげるかのように明滅する。
苦しいのだろうか。いや、きっとそうなのだろう。
でも……。
青年と刃を交えた今、詩乃には分からなくなっていた。
なぜ? どうして? そんな疑問は却って増えていく。
結局、彼は何がしたかったのだろう。
今こうしてギャラリアから|子ども《餌》たちが奪われていても、どうでも良いことのように、まるで興味などないかのように、頑なに後ろを振り返らない。
「どうして、見ないんですか?」
「………」
化け物は相も変わらず、答えない。
或いは、それは生まれついての善性として、人々に崇められ、愛される存在であった詩乃の立場からは想像さえ難しい、もっとも縁遠い心境だったかもしれない。
詩乃は神だったから。慕ってくる氏子、血族が向ける好意を、親愛を、何の疑いもなく受け取ることが出来たから。
猟兵をして圧倒されるほどの強者。であれば、尚更、容易には想像がつくまい。
見るべきものも見ようとはせず、己に都合が悪ければ容易く切り捨て、顧みもしないのが|人間《弱者》の業というものであったが。この世には、それ以上に、まるで綿にも怯え怪我をするような『|臆病者《よわむし》』もいるなどと。
「何も見ず、聞かず、考えずに。ただ、狂った化け物として。……それが、あなたの望みですか?」
おおかみは、答えなかった。
もはや彼は、ただその身に巣くう狂気と衝動によって動いているだけの、死体でしかないのだから。
大成功
🔵🔵🔵
●鮮血の記憶~『地図にもない場所へ』
「へぇ? 餌、ねぇ。本当かなぁ?」
満ちた月の夜。貴種の血筋に連なる吸血鬼が首を傾け、尋ねます。
少年のような外見。
だが、実際は永い時を蓄えた、力を持ち、かつ知恵を身に着けた狡猾でしたたかな怪物。
「嘘じゃないよね。嘘は、良くないよ」
永劫に満たされることなき餓鬼。
無聊を慰める、|戯れ《・・》を好む、残虐無道な夜の支配者が、隠していた魔眼を晒して——、
「だったら、証明してみせてよ! あはははは! ほら、ほら喰ってみろよ、犬っころォ!!!!」
ブラミエ・トゥカーズ
汚れ仕事であれば余の様なモノが相応しかろう
誇る気もないが、数など数えておらぬし
人の餌を奪う気はないが、それは本当に餌であるかな?
ところで、それは美味いのか?
余は硬い物は食えぬ故よくわからぬが
敵の攻撃は吸血鬼の不死性に任せてギャラリア破壊を優先
不死性を封じられたらその部分のウイルスを分離
血の大地を吸血して増殖再生
解放した子供に対してUCを使用
人間を吸血鬼化することで死ねなくする
飢えや渇きは自身と同じく血の大地を喰らわせて落ち着かせる
任意で解除できるが危険な状態が落ち着くまでは御伽噺の吸血鬼状態を維持させる
いやはや此度は余の眷属を増やしても良さそうであるし。
しかも飲み放題
ここは好みの世界ではないが、偶には良かろうよ
眷属達よ。やりたい事、言いたい事があれば好きにするが良い。
易々とは死ねぬ故、安心したまえよ
所詮は吸血鬼《ウイルス》
只々、増える。拡がる。
それこそが、これだけが自身の活動理由なのだから
品のない嗜虐趣味はないし、人類の敗北者として人の意思には多少忖度はする
物理的手段での人殺しはできない
●徒花の涙
(汚れ仕事であれば余の様なモノが相応しかろう。誇る気もないが、数など数えておらぬし……)
汚れ仕事。適任者。
ブラミエ・トゥカーズ(《妖怪》ヴァンパイア・f27968)の考えるそれが『理由』と呼べる程の積極的な動機ではなくとも、ともあれ、彼女は鮮血の大地にて対峙する。
猟兵として数多屠ってきた、数えてもいない|オブリビオン《世界の敵》どもの、その数えてもいない数の+1となり、無意味へと還っていくであろう化け物と。
「人の餌を奪う気はないが、それは本当に餌であるかな?」
「………」
伸びた鎖、赤錆びて不快に軋む鎖の先に繋がれた|人間画廊《ギャラリア》。
その透き通った水晶体の中には、生きたままの子どもたちが囚われていた。概ね、10歳前後。戦うにはまだ未成熟が過ぎ、かといって赤子や乳飲み子ほどに手間が掛かるわけでもない、微妙な年齢。
「非常食だ。だが、いますぐに喰らう必要もない。餌の方から、喰われにやってきたのだから、な!」
おおかみは眉間にしわを刻み、牙をむき、剣を以てブラミエに応える。
二刀の切っ先が、武具に込められていたその呪いが、磨き抜かれた合理と野生、剣技の極致が、一息の間に吸血鬼の両足を凪いで、頭部から股下までを唐竹に割り、更に独楽のように回転、反転しながら首をはね、心の臓を刻み、再生不能なほどの細切れにするべく振るわれた。
正確にいえば西洋妖怪にして『致死性伝染病』の化身ではあったが、同時に御伽噺の吸血鬼としての性質を併せ持つブラミエ。その不死性も呪いとの接触、感染によって封じられ、彼女の肉体は一個の安定した構造体としてのつながりをもはや維持できず、内部崩壊し、より安定した状態——無秩序へと還っていく。
それはすなわち、あらゆるものがいずれは避けうることのできない、無への回帰、死であった。
——が、
「ふむ。ところで、それは美味いのか?」
「ちっ……」
不満げな舌打ちは、おおかみのモノ。
鋭く睨むその視線の先では、鮮血の大地が、その地面の一部が影のように黒く濁り、隆起する。
「いやはや此度は余の眷属を増やしても良さそうであるし。しかも飲み放題ときた」
肉体のほとんどを消し飛ばされたはずの吸血鬼が、涼しい顔で再び顕現する。なるほど。この世界は始祖ヴァンパイアに捧げる贄そのもの。『食事』には事欠くことなく、それが地面の下に溢れている状況においては、一部でも仕留め損ねれば、こうして再生してしまう。
つまりは、この闇の支配者たちが構築したシステムに護られた世界では、曲がりなりにも『吸血鬼』としてその恩恵に連なる彼女を、そうそう容易く打ち滅ぼせるものではないということで。
「美味くなくとも、喰らう。お前たちと同じだ。無為に喰らい。無為に糞へと変えていくだけ、だ!」
運命に定められた人狼の呪いを、人の手で授けられた武具の呪いを、いのちソレそのものが削られ、刻まれ、千切られ、引き裂かれていく苦しみを、その|誘《いざn》いである狂気を迸らせ、獣面の、狂った怪物へと変化していきながら、
「さてな。余は硬い物は食えぬ故よくわからぬが……」
|おおかみ《ばけもの》と|吸血鬼《ばけもの》は、もはやそれに何の意味があるのかも判然としない、壊し、壊され、名も所以も知らぬ|だれか《有象無象》の血を啜り、壊され、無意味に壊れてはまた血を啜るという、終わりなき、滑稽な踊りを踊り続ける。
§
「……うむ。付き合っておれん!」
永遠に続いてしまいそうな泥仕合から抜け出し、ブラミエは一旦ギャラリアの破壊へと向かった。
そもそも彼女はこちらを優先するつもりだったのだが、どうも黒騎士には酷く嫌われているようで、随分と執着され、刻まれてしまっていた。おそらくはだが、第一印象からして良くなかったのかもしれない。
「ここは好みの世界ではないが……、偶には良かろうよ」
そうして、解放した子どもらに対して行使する権能は【|伝承再現・泡沫の暗黒時代《バイオハザード・クリムゾン・ナイト》】。転移性血球腫瘍ウイルスを噴出し、感染した者たちをUDCアース伝承に準拠した『吸血鬼』へと変化させ、操るというユーベルコードだった。
ここは危険な戦場であったから。
脆くて弱い人間を、強く強靭な『吸血鬼』へと変化させることで、死なないように作り替えたのだ。
生きものは死を恐れ、ゆえに病と闘った。
その生きようとする本能、生かそうとする意志が、かつて猛威を振るったブラミエをも殺した。
だから、こうして死を遠ざけ生に留まらせることは、人間の価値観に沿った善行であったろう。
「易々とは死ねぬ故、安心したまえよ」
血を啜る怪物が、そうして、強者の手で死する権利を奪われた子どもたちに『安心』を囁く。
——そんなこと、だれが頼んだ。
誰かが、掠れ、震える声で呟いた。そこに感謝は無かった。怯えた顔に浮かぶのは警戒心と敵意。
恐ろしい化け物を、『敵』を、『捕食者』を見る目が、世界の守護者、選ばれし『猟兵』である女を見ていた。
(……これは……血の大地を喰らわせて、落ち着かせ……られるはずもない状況かの……)
ブラミエが為したそれは、忖度なしにいうなら彼ら彼女らへの第一印象としては間違いなく最悪の、絶望的な、完膚なきまでの大失敗だった。何せ吸血鬼によって、その吸血鬼の眷属にされたのだ。このダークセイヴァーで、彼らがどのような事情や背景を持つにせよ、それは耐えがたい恐怖と屈辱、絶望を与えるに十分すぎる、死よりもよほど悲惨で救いのない結末として受け取られてしまっていた。
しかし、人にも人の心が分からないというのに、ウイルスにならそれがわかる道理もなかったのだろう。
『でも君は、ぼくの前に転生できてラッキーだったね』
『だってぼくは、友達が欲しいだけなんだ。友達だから、ぼくはなんでもしてあげる』
『……君はいま「死にたくない/ここから逃げたい」って思ったね?』
『じゃあ心臓を増やしてあげよう。脚もいっぱい付けようね!』
心の内側を読むことが出来る怪物をして、こんな有様なのだから。
皆、幸せを与えて——与えようとしてくれている。あのデスギガスでさえかくも|親切《・・》にしてくれる。人形。強者の自尊心を、虚栄心を、自己顕示欲を一方的に満たすための、都合の良い人形としてであれば。
(なるほど。敵の餌? は味方とは限らぬか)
合理的な判断。生かすために必要な措置なのだから、受け入れられて当然という驕りがあったのかもしれない。ブラミエは彼ら彼女らのことを何も知らず、知ろうともしなかったから。
「眷属達よ。やりたい事、言いたい事があれば好きにするが良い」
償いというわけでもない。自然とその許可を与えた。
彼ら自身の意志がどこにあるのか、確かめるように。
グリモア猟兵が語った前提条件。
何故、『助けてあげた』彼ら彼女らの命は失われるのか、ここまでくればその予想も粗方ついてはいたが。
——果たして、眼前の少年は一息で、躊躇うことなく、自らの喉を突いて死のうとした。
次々と。それに感化された子どもたちは自害しようとする。
だが、死なない。死ねない。
実のところ眷属化は解除しようと思えばできたのだけれど、ブラミエは危険な状態が落ち着くまではと、子どもたちに吸血鬼化した状態を維持させていたから。喉を裂いても、胸を貫いても、ただ痛いだけで、終わることなく、苦しみが増すだけだった。自死という唯一の権利、その逃げ道さえも、とうに塞がれてしまっていたのだ。
「……それが、おまえたちのやりたいことか?」
傷つけた肉体の痛みゆえか、どのような願いを抱いてもその全てを剥奪し続ける世界にか、堪えきれずに泣き叫ぶ子どもがいた。だが、それはまだましな方だったかもしれない。死んだ魚のような虚ろな目で、もう何もかもを諦めた目で、凍て付いた表情で、この残酷な世界の全てに怯え、尊厳なき玩具として生き続けなければいけない現実に耐えられずに、心を閉ざして、ただじっと与えられる苦痛に耐え続けるだけの|肉塊《ナニカ》に成り下がるよりは。
「やめなさい」
そんな中でも、強迫観念に駆られるように、どうにかして死のうとする少年を、その既にすっかり無残な姿になりながら、自らの首をのこで轢くようにして切り落とそうと試みる眷属を、ブラミエは見かねて流石に止めた。放っておけば、死にはしないだろうけれど、その前に心が完全に壊れてしまう。
「……じゃま、しないで」
「そういう訳にもいかん」
血の泡を吹きながら、どこを見ているかも定かではない、瞳孔が開き切った目で、狂気の沙汰を繰り返していた少年が、唯一自由の残された口で呪詛の様なうわごとを繰り返しはじめる。
死にたい。死にたい。死なせろ。死にたい。死にたい。死なないと。死なないといけない。死にたくなくたって。お荷物になってはいけない。なりたくない。だって。そうすれば。きっとどこへでも行けた。どこでも、望む場所へ。戦うことも。逃げることも。できた。できたんだ。でも、僕らが……。
「……こんなにも、よわい、ぼくらは」
居ない方が良かった。死にたい。はじめからそれでよかった。それがなければどこへでも行けた。こんなもの、いらない。なければ良かった。なくなれば良かった。生まれたことが、間違いだった。はやくしにたい。ころして。
「罪悪感、か……わしからすれば、贅沢な悩みだがの。所詮は吸血鬼。只々、増える。拡がる。それこそが、」
これだけが自身の活動理由なのだと。かつて人に敗れ、人を模しただけの、人よりも遥かにシンプルで、ゆえに強靭な遺伝子の乗り物。その化身、まるで意志なき人形であることを自認する吸血鬼が、人形たちから意志を奪う。
「己が何をしているのか。もう、分からんか」
子どもらの泣く声を聞きつけたか、その絶望を喰らおうと、絶望に適応した、白痴の化け物がやってきたのだ。
おおかみの振るう二刀に触れれば、ブラミエの権能もその効力を封じられてしまうだろう。それは不可逆な死を意味する。ゆえに眷属と化した子どもたちを強制的に戦場から遠ざけ、その背を追わせぬために、ブラミエは彼らに代わって再び滅多切りにされる憂き目にあった。
(汚れ役、か。なるほど。わしもこのバカたれと変わりないか……)
あれらは泣いていたが、絶望に苛まれていたが、それは何もブラミエばかりが悪いという訳ではない。どちらかといえば、事情も分からぬ初対面で、運悪く八つ当たりされてしまったようなモノで。
彼らの心により深い傷を残した誰かがいるとすれば、それは、単に恐ろしい化け物とだけでは成り立たない、複雑な関係の中にあった、深い絶望だろう。
(……所詮はウイルス。只々、増える。拡がる)
だから、仕方ない。
向き合うことが出来なかった。対等ではない。一方的に与え、与えられる庇護。
それは、ウイルスが持つ感染と増殖の自動的なメカニズムの発露でしかなくて。
(それこそが、これだけが自身の活動理由なのだとしても)
自己欺瞞。自己満足。
関わった者、残される者の心がどうなろうと、誰も、互いに相手のことなど分かろうとしない世界。
そんな余裕もなかったのかもしれない、昏くて、寒い、夜の世界。
「品のない嗜虐趣味はないし、人類の敗北者として人の意思には多少忖度はするものであろうに……のう!」
「くたばれ。吸血鬼」
銀閃。
首が跳ねられ、世界は目まぐるしく回る。
くるくる、くる。
「……やれやれ。これと同レベルというのは、中々に……前途多難じゃの」
——おおかみの死体と、御伽噺の吸血鬼の、愚かしくも滑稽なダンスはいましばらく続きそうだった。
大成功
🔵🔵🔵
●鮮血の記憶~『おおかみはいじを背負いて』
――がり、ぼり、ばきん。
満ちた月の夜。
狂ったおおかみは、その飢えを、渇きを、存分に満たしました。
――やめて。なにをしているの。おねがいやめて。
声は、聞こえていました。おおかみはやめませんでした。
そうしてやがて訪れた結末に、化け物が嗤っていました。
あはははは。こいつは傑作だ! 芸術的だ!!
おおかみも、いっしょに笑いました。
はは。
もうだいじょうぶだ。はらいっぱいだ。
うえて、いない。かわいても、いない。
たくさんの『いし』を食べ続けたおおかみは、もう、お腹いっぱいで。
砂礫が喉を引き裂いても。内側から込み上げる血で息ができなくても。
食べて、食べて、食べ過ぎたお腹は、とうとうその内側から、はち切れて破れてしまいましたから。
だから、
もう、だいじょうぶだ。
だから、だか、ら……。
おおかみは、わらっていました。
それから、たぶん、泣いてもいました。
——わたしを、たべて。
たのむから、そんなこと、いわないで。
こんなにもかなしい、こえを、ひどい、めいれいを、もう、おれにきかせないで、くれ……。
大町・詩乃
(バニーガール&両腕フィルムスーツ&下半身サイバー巫女クノイチスーツ装着で颯爽と)
子供達が一時でも幸せな生を送れるようバニィ心で衆生救済♪
SSB(スペースサイバーバニー)アシカビヒメ、ここに登場!
(虚空と交信し)成程、彼女がキーなのですね。
と一人頷く。
(豚悪魔さん達に子供達を連れてきてもらい)
おおかみさん、貴方が望むなら、オブリビオンになる前の人狼騎士に戻り、主君の忘れ形見である赤ずきんの少女、そして何らかの関りがある子供達と共に生きていけるようにします(この場にいるおおかみさん・子供達全員に回生蒔直を準備)。
勿論、今までの事が無かった事にはなりません。
子供達から恐怖の視線を受けながら共に生きる。
それは苦しいです。
でも、それを乗り越える事で貴方が本当に居たかった場所を得られます。
子供達には「皆さんが安心して暮らせるように私も手伝いますよ♪」
と笑顔で安心させます。
滅びるのは何時でもできるでしょう?
もう少しだけ苦しくても子供達と一緒に生きてみませんか?
と笑顔で手を差し伸べてお誘いしますよ~♪
●こころをなくした怪物
月が煌々と輝いていた。
赤き月。
おおかみを狂わせる、六つの月。
その月の魔力にあてられたか、一羽の白兎が、罠へと、白痴の神々の口中へと飛び込んでいった。
貌の無い神。何処にでもいて、何処にもいないから、分かりやすく殴りつけることも出来ない敵。
「おおかみさん、貴方が望むなら」
衆生救済を高らかに謳う大町・詩乃(|阿斯訶備媛《アシカビヒメ》・f17458)。
神々しい神気、活力にあふれた、赤赤と沈む地獄を照らす、慈愛に満ちた光。彼女は言った。望むなら、戻してあげると。オブリビオンになる前の人狼騎士に戻して。生きていけるようにできる、と。
生きていけること。生きている世界。
それは、とある少女が抱いたかつての願いでもあった。
無垢なるものの陥りやすい罠。純粋な善意からの願い。
その幸せな夢へと通ずる筈の、愚かな、無垢な、そうして誰かのための地獄へと続いていた、呪い。
「——勿論、今までの事が無かった事にはなりません」
「やめろ」
随分と数を減らしたギャラリアの光が、弱弱しく明滅する。
赤き月に比べれば豆粒ほどの、在るかどうかも分からぬ、ささやかな光。
生まれながらの光。
けれど、詩乃はそれを見ていたようで、見えてはいなかった。
脅威が目の前に迫った時、生物の注意はまず優先して対処すべき方、分かりやすい危険へと向いてしまう。そうして、分かりやすく分類して、対処する。それは死を恐れ危険を回避する人の本能であったから。
神々といえど、人に似た神格を持った神である以上、どうやらその枠からは逃れがたかったのかもしれない。
「子供達から恐怖の視線を受けながら共に生きる。それは苦しいです」
「………」
おおかみもそれを見なかった。彼はすでに死体であったが、見たくなかったから。
知りたくもない過去。観測さえしなければ存在しないのと同じの、可能性の残骸。
けれど、過去とは、罪業とは、そうして目を背け、逃げ続けたとしても、きっといずれは追いつきその背から罪人を呑み込むものだったのだろう。
「でも、それを乗り越える事で貴方が本当に居たかった場所を得られます」
奇しくも詩乃自身もかく語ったように、向き合い、克服せぬ限り、辿り着けぬ景色があったのだろう。
……だが、この際はっきりというなら、それを見たものはまだいない。誰もいないのだ。それは、何度でも飽きることなく繰り返される忘却。かつて『歴史』と呼ばれた、いのちあるものたちの宿命でもあったから。
「いたかった、場所……」
——ゆえに、それは遅かれ早かれそうなっていたこと、そうなるべきだったことが、少しばかり早くなっただけ。捨てられ、利用され、蔑まれ、罰され——そんなありふれた苦痛になどとうに慣れ切った、おおかみ自身がそうであれと望んでいたことの、背中を押してあげただけだったろう。
そうして、積み上げた石が崩れる音が、この世界の何処でもない場所で、ガラガラと無情に響いて。
「げぇっ」
かくして可能性は収束した。
煌々と輝く、無明の闇へと。
そこに残されたのは、女神の慈悲を理解できぬ、愚かで、汚らわしい、狂った、人食いの怪物だ。
「ぐ、げ、げぇぇぇぇ……」
びしゃびしゃ、と汚らしい、赤色の吐瀉物が、喉をかきむしり、苦悶するおおかみの喉奥から吐き散らかされた。
赤黒い色の中に混じる固形物は、その口腔をずたずたに切り裂く尖ったそれは、きっと、彼がかつて食い殺してきた子どもたちの骨であったのだろう。ならば、まさに因果応報。彼は清浄な光によって照らし出された自らの罪業の、その受けるべき報いを、苦しみを受けているに過ぎないのだろう。
「……おおかみ、さん?」
うずくまって、繰り返し嘔吐いていたおおかみが、やがてのろのろと顔をあげる。
その化け物の顔には、もう、怒りもないし、悲しみもないし、苦しみもなかった。
ただ、無になっていた。
——やった。やった。
予定調和。台本通り。うまくいった。白痴の神々がほくそ笑む。げらげらと、笑い声が木霊する。
残酷な、滑稽劇の完成。不気味な笛の音と、くぐもった、狂おしい太鼓の音。目がなく、耳もなく、心のない怪物たちが踊りだす。歓喜のダンスを、謡い、踊る。
不可逆の崩壊。エントロピーの増大。混沌への回帰。
可哀想だから、と。散った花を拾い集めて枝に戻したところで、元通りになどなりはしないことを。すべてはこうして狂っていくことを。すべてはただ虚しく、壊れていくことを。より安定した、心地よい、摩擦の無い、秩序だった無秩序へと還っていくことを。
共に、祝おう。
§
異様な気配を放つ、手負いの怪物が暴れ狂う。
しかし、化け物にはもうかつての技も闘志もなく、いわばただの自動的な反応を繰り返す肉塊であり、歴戦の猟兵にとってそれはただ狩られるのを待つ、愚かで惨めな獣でしかなかった。
動くもの全てに襲い掛かり、自滅していくだけのおおかみ。
まるで滅びを望んでいるかのような振る舞いに、
——滅びるのは何時でもできるでしょう?
詩乃は彼にそんな言葉をかけようとして、呑み込む。
本当に、そうだっただろうか? 望みさえすれば彼に滅びを与えてあげられたのか? だとしたら、この世界はずいぶんと|快適《・・》な筈で、そうなっていないのは神々の——詩乃の『意地悪』ということなのだろうか。
いつでも死ねる。
そんな贅沢が許されるなら、願いが一つ叶うなら、仲間たちと一緒に。真っ先に、一番先に。死にたかった。そう願う者が居た。なのに、何故、何故、皆、己には出来ないことを誰かに求めるのか???
「ガァ、グ、ギャアアアアアッ!!!」
獣じみた、獣の慟哭。
もはや狂って暴れるしか能のない肉塊は、化け物は、それでも傷を負えば痛いらしく、苦しみ叫ぶ。
「もう少しだけ、苦しくても……なんて。これ以上は、ですか……」
告げたとて、もはや届かないだろう。
おおかみはもう、どんな言葉も、声も、聞いてなどいなかったから。
「あなたの望みは、私の望みではない、……当たり前でしたね」
綿にも傷つくような相手へ罪を突き付け、それを償えなどと。それは叶うはずもなかった願いだ。
ならばせめて、詩乃はそれ以上苦しませぬように、と、薙刀を振るいおおかみにとどめを刺した。
完全に消えて、二度とは目覚めることのない、無への回帰など、与えられる筈もなかったけれど。
「……それでも、俺は——、」
最後の一瞬、光を取り戻したおおかみが、その手が中空を掻く。
伸ばされた掌の先、虚ろへと落ちていく青年の目は、禍々しい光を注ぐ『赤い月』を見上げていた。
彼とギャラリアを繋いでいた錆びた鎖はとうとう砕け散って。
本来そうであったのだろう構造体、澄んだ結晶の断片が赤き光を乱反射して、きらきらと煌めいていた。
●うつされた呪い
——勝利の宴、平和の訪れ。
祝われたお祭りの日に、通りを駆けながらはしゃぐ声。
提供される料理には、豊かな大地の恵みがふんだんに使われていて、誰もが満ち足りるまで味わう。
もしかしたら、どこかの宇宙ではありえたのかもしれない、可能性の一つ。
それは詩乃が——|阿斯訶備媛《アシカビヒメ》が神さまとして守る、とある町の情景だった。
「……離してくれないか」
立派な耳と、ふさふさ尻尾の生えた『騎士』に、がっしりと、全身でしがみついている、赤いずきんの少女がいた。
小さな者たちから無邪気にじゃれつかれて、身動きが取れずどうしていいかも分からずに困っていた騎士。
ためしに「ガオオオオ」と吠えて脅してみても、神さまが「言うこと聞かないと食べられちゃいますよ」と脅かしてみても、きゃあきゃあ笑いながら逃げて行く子どもたちには混ざらずに——混ざれずに。
騎士の腰にひっしと縋りつきながら、涙を一杯にためて、勝利をくれた、平和をくれる『神さま』にまで不信の籠った敵意の目を向けている。
「……どうしてだか、もう、わかりますな?」
すると、二つ返事で眷属になることを受け入れてくれそうな、でも別にそうしなくても呼べば秒で来てくれそうな、煩悩に塗れた赤色のヲークたちが、やれやれといった顔で、阿斯訶備媛を無遠慮にじろじろ眺め回す。
「ええ、それは、きっと私が……」
「バニーガール&両腕フィルムスーツ&下半身サイバー巫女クノイチスーツだったからですぞ🐷」
——そう、詩乃はバニーガール&両腕フィルムスーツ&下半身サイバー巫女クノイチスーツでの再登場だった。
赤ずきんの少女は、そんな詩乃を見て、めっちゃ警戒したし、なんなら騎士の背に隠れながら威嚇とかもしていた。
「ひぃ、ひぃん……」
前にもどっかで見たような光景だったかも、とか思いながら、長生きが過ぎたせいかちょっと大雑把というか、いまいち学習力が足りていないのかもしれない詩乃は、このどこまでいっても分かり合えないことばかりの残酷な世界に、そうしてその中には自分さえも含まれているのだという抗いがたい事実に、はらはらと落涙していた。
——ただ、それは。それでも。
そこにあるモノを見ようともせず、リスクを避け、痛みを避け、ゆえに痛みを知らぬまま、白痴の、もはや己の快楽を貪ることにしか頓着しない、『楽園』に住む怪物たちよりは、遥かにマシだったかもしれない。
滑稽だとしても、どこか微笑ましい、もしかしたらあり得たのかもしれない、輝いてみえる情景。
幾星の夜を歩む旅の途中で、ほんの一瞬、すれ違った女神が、本当は見せたかったのだろう光景。
それを最後に目にして、目を細めるおおかみのしっぽも、遠慮がちに、やさしく揺れていたから。
「また、すぐに戻ってくる。前線の、奴らにも伝えて……そうしたら、帰ってくる」
おおかみはそんな嘘をついて、少女の華奢な手が引き留めようとするのを、強引に振りほどいた。
それから。
「……さあ、今度はお前たちの番だ。俺は、もうたくさんだ。好きなだけ苦しみ、苦しめ、好きに生かし、そして殺すが良い。どうせ、結果は変わらぬ。お前たちも……だが、だからこそ、俺が、手を下すまでもない」
昏い場所へ、全てがあり、ゆえに何もない場所へと、背を向け、淡々と歩み続ける。
如何にも化け物らしい捨て台詞を女神に吐いて、より深き地獄へ、不可逆な崩壊へと、堕ちていく。
満ちた赤き血に世界を見る。
一片の花びらに地獄を見る。
どこまで行っても交わることのない、悲観主義的な悪に、|平和を望む正義《正しき者たち》が勝利した瞬間であった。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『赫鷹』
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POW : 鬼哭炎
【地獄の炎を纏い、侵食する力を得た怨嗟】を込めた武器で対象を貫く。対象が何らかの強化を得ていた場合、追加で【制御困難な激情噴出による判断力低下】の状態異常を与える。
SPD : 赫炎地獄
戦場全体に【赫炎渦巻く地獄】を発生させる。敵にはダメージを、味方には【地獄の炎を纏うこと】による攻撃力と防御力の強化を与える。
WIZ : 無辜の民
対象の周りにレベル×1体の【救われないまま死んだ魂が実体化したもの】を召喚する。[救われないまま死んだ魂が実体化したもの]は対象の思念に従い忠実に戦うが、一撃で消滅する。
イラスト:いしはま
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「鬼桐・相馬」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●賽の河原
赤子、乳飲み子。一歳、二歳の、ようやく言葉を覚え始めた幼児。三歳児に、四歳児。
難解な道理などまだ分かるわけもない稚児たちが、河原で悲しいこえを響かせていた。
おかあさん。おかあさん。
おとうさん。おとうさん。
さむいよ。ひもじいよ。さみしいよ。つかれたよ。いたいよ。こわいよ。
かえりたい。かえりたいよ。
けれど、いくらそうして泣いていても、その泣き声はどこにも、だれのもとにも届かなかったから。
やがて子どもたちはあきらめて、足の裏や手のひらを傷だらけにしながら、擦り切れた指先から滲む赤に濡れた石を運んで、積み重ねていく。
ひとつ。ひとつ。積み重ねていく。
おとうさん、ごめんなさい。
おかあさん、ごめんなさい。
因果の清算。
生んでくれた親に先立って、与え育ててくれた親を悲しませた罪に報い、その嘆きを和らげる為の、それは祈りだった。少なくとも、そのつもりだったのに。
「おお、お前たちの積む塔の、なんと見苦しく、不細工なこと……」
いくら積めども、そこに地獄の獄卒どもがやってきては、恐ろしい形相で子らを睨み付け、完成間際だった塔を鉄棒で容赦なく打ち、壊していく。
絶望し、泣き叫び、恐怖に逃げ惑う子らへ。
「こんなものが功徳になどなるものか。さっさと積み直して成仏を願え」
やり直せ、と。
もっと苦しめと。
それが報いなのだと。
「お前たちが甲斐なく死んだせいで、お前たちの親は、今も苦しみ、嘆き続けているのだから」
何度でも。
何度でも巡り、苦しみ続けるのだと。
勤勉な地獄の鬼どもは、立派な金棒を振り上げ、容赦なき呵責を突きつけるのだ。
いつか現れる救世主、その『慈悲』によって救われるという、子を失った苦しみに耐えられぬ大人たちが納得する、安心する、罪悪感を紛らわせられる、予定調和の『喜劇』を成立させる、その人形として、舞台装置として、あの子らは苦しみ続けなければいけないのだから。
死んだとしても。逃げられはしない。何度でも。何度でも。死体蹴り。裁判官。死体に鞭うつことで守られる、秩序のため。罰。罰。罰。死は赦しではない。何度でも。何度でも巡り、苦しめと。奴らは。
「——だから、己は」
●赫炎は灯りて
赤く、赤く、赤く。
絶えることなく燃え盛り、逆巻く炎が、鮮血の大地を舐める様に広がっていく。
殺風景の地獄を、天に座す六つの赤き月の光にも負けじと眩く照らす、光と熱。
赤い月、その一つから降り注いだ光を受けて、おおかみの骸は『|赫鷹《カクヨウ》』——かつて『地獄の獄卒』であったモノへと変容していた。黒装束に、朱色の羽織。赫炎纏う死神のような出で立ち。
彼の背からは『煌々と月のように輝く異形』の棘が無数に生え、光背の如き輪郭を形作っていて。
その周囲には無数の影が侍り、地獄の炎を纏わされ、悄然と立ち尽くしていた。
赤。赤。赤。
強者への、勝者への捧げもの。贄。鮮血の大地に宿るその赤き血の記憶から、再び現世へと呼び戻された、かつてあった、この世界に生まれて、生きて、そして救いなど見ぬままに無意味な死をただ死んでいった、奪われる側の、救いようのない弱者の、その魂たち。
それは汲めども汲めども尽きることなき、無限にも思える死と絶望のほんの一部が顕現しただけに過ぎないが、かのオブリビオン——『赫鷹』との間には夥しい数の小さな人影が立ち尽くし、ただそこに在るだけで邪魔な、目障りな、迷惑な、鬱陶しい、肉の壁として、現に存在してしまっていた。
「……お前たちが、今、何を考えているか」
酷く冷たい、醒めた目だった。
元獄卒は続く言葉を告げはせず、分かるとも言わず、憂鬱な吐息をひとつ零した。敵意はない。怒りは、恐らくあるのだろう。静かな、どこまでも静かな、狂気と呼ぶには十分すぎる激情が、熾き火のように燻ぶっている。
念仏のように、彼は口の中で小さく、ぶつぶつと唱える。
仕方ない。仕方ない。意地悪をしているわけではない。ただ、そういう仕組み。
怒りにとらわれるのは未熟であるから。
救いたいなどという傲慢さがあるから。
現象。あれがああ|だから《・・・》、こうだという、ただそれだけのことを。ただの現象を。在るが儘受け入れる智慧を持たぬから。無明だから。因果を解さぬから。期待するから。執着するから。受け入れよと唱えながら、受け入れられないから。それほどまでに愚かだから。
だから、すべて、|仕方ない《・・・・》。
「まやかしの水。お前たちは、お前たちを呼ばう、父母の面影を見るだろう。声を聴くだろう。だが、それは」
そうして彼は、宿敵であるはずの『猟兵』に等もはや興味もないかのように、自らが呼び出した影たち、無辜の、罪なくして死んだ幼き魂へ、諭すようにして、とつとつと語りかけ始めた。
「触れれば炎と化してお前たちを焼き殺す、幻影に過ぎぬ」
そうして、罠に陥ることの無いように、と。
賽の河原で石を積む苦行に、無意味な繰り返しに縋り、すり減ることの無いように、と。
幼子のひとりを懐に招き、その目をそっと袖で覆いふさぎ——焼き、尽くした。
「……もう悲しむことはない、泣く必要はない。何にもならぬ石を積む必要も、それを壊す鬼に怯える必要も、気まぐれに、お前たちを弄ぶ夢を見て惑う必要も、ない」
悲鳴をあげる暇すらなく、一度だけ大きく跳ねた小さな躰。
ほどなくして灰になった影が、その粒子が、さらさらと零れ、鮮血の大地へと還っていく。
「……ただ、苦しみ、苦しみ、苦しみ続けるがいい。何度でも。何度でも」
いつか、気まぐれに現れお前たちを『救う』のだろう、菩薩の功徳を知らしめる為に。罪はあり、苦しみはあらねばならないのだから。そうでなければ都合が悪いのだから。おかげさま。おかげで地獄は今日も大盛況だ。クソ喰らえ。
「……救いなど、初めから、どこにもないのだから」
§
かくして、赤き炎は地獄を照らした。
緋色を纏い、光背を負う死神。死を与えうる存在。それは苦痛に塗れた地獄において唯一の光だ。
「………」
或いはその光に誘われたのか……、それは彼ら自身にも分からないことかもしれなかったが、誰に促されるでもなく、ふらふらとおぼつかない足取りで、赫鷹の方へと歩み出している者達がいた。
生きることは戦いだ、という者がいる。
では、なぜ生きるのか。なぜ戦うのか。
理不尽な現実、抗いがたい大きな力に、運命に翻弄されるその時、勝算などありもしない絶望の淵で。
——それでも、その心臓が、最後の瞬間まで鼓動を刻み続ける『理由』を、あなたは持っているだろうか?
ギュスターヴ・ベルトラン
あーやだやだ!
殺す事が救済になりえる状況ってのはマジで気が滅入る
…まぁ、愚痴っても仕方ない
邪魔するぜ、オブリビオン
理不尽が組み込まれたシステムへの諦念は理解する
一度、オレも折られた側だからな
でもよ、それで誰かを見捨てるのは…諦め以上に、気に入らねえんだよ
結局のところ、神父様面しただけの圧政への反逆者なんでな
だから壊しに来た
苦しみが正当化されて、受け入れろだの諦めろだの…そんなもん全部な
【祈り】を捧げてUCを発動する
これは救いじゃねえ
これ以上踏み躙らせねえための一手だ
星を落とす
そのままぶっ壊してやる
…オレに出来るのは、主が迎えてくださると信じて送り出すことくらいだ
●反逆者
「あーやだやだ! 殺す事が救済になりえる状況ってのはマジで気が滅入る」
思わず嘆息する青年——ギュスターヴ・ベルトラン(我が信仰、依然揺るぎなく・f44004)は|悪魔祓い《エクソシスト》であった。
人に巣食う闇と邪悪を討ち滅ぼす事を定められた霊能力者。
されど、その憂鬱げな言動から察せられる通り、ある種の思考停止した、一面的な、安易な結論に絶対の『真理』とラベルを貼って強弁する、いわゆる狂信者の類では決してなかったろう。
「……まぁ、愚痴っても仕方ない。邪魔するぜ、オブリビオン」
「………」
そうして、彼が相対するそれは『オブリビオン』だった。
オブリビオン――世界を停滞と滅亡へと導く破滅の使者。
溢れた『骸の海』の断片。かつてこの世界にあった、流れ過ぎた、そうして廃棄された時間の一部が受肉したとされるそれは、ただ其処に在るだけで世界を蝕む害悪であり、決して赦されぬ『穢れ』そのものだったろう。
「理不尽が組み込まれたシステムへの諦念は理解する。一度、オレも折られた側だからな」
それでも、その有り様の全てを否定することはなかった。
肯定は出来ずとも、受け入れられるものでなくても、理解はできる。多くを語らずとも、それはギュスターヴ自身にもまたそういった、言葉では語れないだけの過去が存在しただろうことの証左だったかもしれない。
「でもよ、」
ただ世界を、その理不尽たる構造の存在を知ることと、抗い難いそれを受け入れ同質化してしまうことは、ギュスターヴにとってはまた別の話であったろう。
「……でもよ、それで誰かを見捨てるのは……諦め以上に、気に入らねえんだよ。オレは結局のところ、神父様面しただけの圧政への|反逆者《灼滅者》なんでな。だから」
灼滅者。人の心の闇に潜む怪物に抗う者。
それが、彼の『理由』だったろうか。神の家を預かる管理人、天の国への導き手たる司祭ではなく。自らの存在。本質。それは圧政への『反逆』にこそあったのだと。
かつての己は、誰かを見捨てるしかない「仕方ない」を否定したかったのだと。
「だから、壊しに来た」
「……愚かだな」
赫鷹は一度だけ彼の方を見て、ただそれだけを呟いた。その足は鮮血の大地をよどみなく渡り続け、その腕は無辜の子らを懐に招き、そして赫炎を以て白い灰に還していった。
「救いようがない」
彼の双眸は醒めていた。酷く冷たい目だった。
赫赫と燃え盛る炎に包まれながら、業火の渦中にありながら、どこまでも寒々しく、凍りついた貌。
廃棄場から溢れた残骸と、いまを生きるいのち。
絶望の呼び水と、希望を原動に未だ道を歩む者。
亡びと、それを滅ぼすために選ばれた猟兵。
「……何度でも廻り苦しめ。救済など有りはしない」
不倶戴天の仇同士が僅かに交わした言葉の、それがすべてだった。
●選別の光
祈りを捧げる。
闇の深淵から響く声を前にしても、微塵も揺るがぬ信仰と共に、おおきなものに捧げ、託す願い。
応え、顕れるユーベルコードは『|シオンは物見ら歌うのを聞き《スィヨン・アンタン・シャーンテ・レ・ヴェイユール》』——福音を告げる、待ち望まれた光の到来。
ローマ帝国からの迫害。|パルーシア《メシアの再臨》の遅延。それはかつて、諦観と虚無主義が蔓延しつつあった初期キリスト教において、同胞にあてた励ましでもあったのだという。
同胞よ。賢き者、思慮深き者たちよ。その備えは、忍耐は決して無駄ではないのだと。信仰への熱意を失い、油を絶やし、眠り込んでしまったような者たちの目を覚ますような、輝かしい福音の喩え。
頑なに『救済』を否定し、己の裡に暗くよどむ絶望の海へ、闇の深淵へ、昏き淵へと子らを招く死神。その罪科を裁くには、あるいはこれ以上ないほどに相応しいユーベルコードだったかもしれない。
「これは『救い』じゃねえ。だが」
これ以上踏み躙らせないために。その必要な一手であったろう。
救いなどと嘯くことはない。少なくとも、その点でいえば彼はどこまでも誠実だった。
個人的な動機。歪んだ欲望。不安の転嫁。
容赦なく与えられる加虐を大義によって飾り立てて、神を騙り、利用し、人を欺き、己を欺き、それでも魂は救われたのだ、などと。宗教という、人の心のよりどころ、絶大な権威を笠に、声をあげられぬかよわき者たちを貪り喰らってきたような|過ち《歴史》を繰り返すことは、決してなかったのだから。
『――シオンの光は明るく、その星は高みへ昇る』
星。赤き月だけが煌々と見下す天に、星影が散った。
845の煌めきが、流星が夜空を切り裂く。
風が歌う。星が、降り注ぐ。
「ぶっ壊してやる」
幾百幾千の影たちが、降る星を見上げた。
立ち尽くす影がたちどころに消えていく。
星の光に呑まれて、消えていく。
「苦しみが正当化されて、受け入れろだの諦めろだの……そんなもん全部な」
鮮血の大地を眩く照らす光と、熱と、轟音の中で。
痛みを感じることも無かっただろう。一瞬のうちに与えられた死。仮初の、不完全で不自然な、生とも言えぬ人形として蘇らされた亡者たちの、それが終焉だった。
「……オレに出来るのは、主が迎えてくださると信じて送り出すことくらいだ」
そうして青年は再び――おそらくは何度でも、祈りを捧げる。
願わくば、子らが慈悲深き父のみ胸に抱かれんことを、祈る。
出来ること、出来ないこと。
変えられるものと変えられぬものを見分ける智慧。
この鮮血の大地に捕らわれたまま、どこにも行けず、わだかまり、ただ喰われ消費されるのを待つだけの、数え切れない、おびただしい人々の群れ。無辜の民。その受肉した仮初の器を破壊しつくした今、ギュスターヴに出来るのは、彼らの冥福を祈り、それを信じることだけだったのだから。
§
たしかに同じ世界の一部でありながら。
だれもが、それぞれにその与えられた文脈、与えられた材料でしか世界を解釈できなかった。
知ることとは真理に近づくことである。
仮に、知っていたら何かが変わっただろうか。
そうかも知れないし、そうではなかったかもしれない。
赫鷹。かつて世界に、その理に背き、討伐された|元《・》獄卒は、天より降り注いだ星々の光と熱をその身に受けても、構うことなく、自らの懐に子らを招きそれを灼き続ける。彼は、彼自身もまたとうの昔に亡骸であり、敗北者であり、その精神は既に狂っていたから。今更、再びその身が滅びることになど、頓着する理由もなかったのかもしれない。
「……そうだ」
緋色の外套を纏う、救済の否定者はそれから、何も感じていないかのようにギュスターヴの方を見た。
否。その目は彼を、猟兵を見ていなかった。
「もう、分かったろう」
これ以上、苦しみを負わせぬように、と。
土台、無理なものは無理なのだと。
流れ過ぎる時の中、すべてのものが、たとえばそれが神の愛だとしても、きっと愛は、慈悲は、有限なのだから。呼ばれたとしても、選ばれる者は少ないのだから。
行儀良く振舞わねば。ライバルを蹴落とさねば。役に立たねば。それは容易に取り上げられてしまうのだから。
ゼロサムゲーム。限りある愛を、時間を、生存圏を。奪われないために。自分以外の誰かにとられないために。取り分が減ってしまわないように。そんな不安と焦燥こそがその原動力。だから、
「お前に、お前たちに出来ることは、何もない……」
乾いた響きだった。
ギュスターヴではなく、その後ろにいるのだろう別の誰かへ、とつとつと静かな声音で語りかける。
かの『救世主』をも裁こうとした大審問官とて、或いはこのような心持ちであったのかもしれない。
残酷な世界。
受け入れよ、と。そう示す者がある。どんな言葉よりも雄弁に。
応えずば殺され、呼ばれども、選ばれぬ者がいる。闇の中で歯ぎしりをするしかない者たちがいる。
救いはない。その権利はない。神の如き者たち。その怪獣同士の足元で、顧みられることなく、願いは踏み躙られるのみ。人は自らの置かれた文脈でしか、たった二つの目でしか、世界を解釈できないゆえに。
仕方ない。受け入れるしかない。現実、そうなのだから。繰り返し、繰り返し、繰り返されること。
言葉でなどもはや取り繕えもしない。流れ過ぎる時間が、生命が、その証人となって証立てている。
「………」
例えば、美しき星々を見上げて、滅びを受け入れる者たちがいた。
眩い光と音の中、そのかすかな、声なき者の|悲鳴《こえ》を聴いてしまう者もまた、この戦場にはあった。
小さな影が天を見上げる。
縮こまって、出来るだけ目立たぬように背を丸め、脅かす何かから己を覆い隠そうとしていた影。彼、或いは彼女にとって光とは目であり、その目とは彼を監視し、評価し、罰する為に在るモノだったから。
影はそこに無数の目玉と、牙の生えた怪物の顎を見た。
最後の瞬間、恐怖に零れそうな悲鳴を、誰にも聞かれぬようにと、両の手で必死に口を塞ぎ、そうして、ただ自分の存在を消し去ろうとしていた。それが、それだけが、理由も分からないままに疎まれ、最後までついぞ愛されることの無かった彼の、短い生涯の間に覚えられた精一杯の『善行』であったから。
走馬灯。
一瞬に駆け巡る記憶。過ぎてきたすべてのことが。次から次へと甦り、押し寄せる。
大きくて険しい目が、ものすごい速度で開閉する口が、吐き出される言葉の雨が。風を切ってうなりをあげる拳が、熱が、痛みが、悲しみが、目を逸らして、見ない振りをしていただれかの横顔が、その瞬間に感じた絶望が、底なしの虚無感が通り過ぎていく。けれど、
納得。納得するしかない。
ぼくは、邪魔だった。ぼくは、居ない方が良かった。
だから、これは、正しい終わり。だから……
正しさを、受け入れよう。
何度でも。何度でも。繰り返そう。
いつか自分の形も、その輪郭も分からなくなって、ただの骸になって、混ざり合って、すべてが意味をなくして、すべてを忘れられる日が来るまでは。
――こんな痛みを得るならば、心なんて、もう、いらないのだから。
大成功
🔵🔵🔵
ナヤ・スリジエ
避けられない
なら、受け入れます
貫くべき心臓はなく
溢れるのは血液でなく花びら
獄卒も花びらに触れることでしょう
私の怪奇体質は
大声を出そうとするだけで
喉が焼けるように痛み
口から花びらをこぼすようなもの
その有り様に母は嘆き
父は治療法を探して狂った研究をした
私を治すためにたくさんの命が消耗された
やめてと叫べなかったの
私は死んでもいいのに
そんなことを言ったら
家族がもっとおかしくなるから
叫べばよかった?
こう強く思ってしまうのが激情?
ねえあなたの体がおおかみさんのものなら
私はあなたを燃やせるの
それが駄目でも
あなたは私を貫いて
血の代わりに花びらを受けた
ねえその炎は誰の炎?
見分けられますか?
【散花延焼】
●咲いた夜
諦めないこと。
どんな絶望にまみえても、最後まで絶対に『諦めない』のは、きっと正しいことだったのだろう。
怪奇人間として生を受けたナヤ・スリジエ(|愛するヒト《メモライザ》・f44610)の父は、それを体現してくれた人だった。
「……私の怪奇体質は」
生前の彼女の肉体は、大声を出そうとするだけで喉が焼けるように痛み、けれどそうしたところで口から零れ落ちるのは言の葉ではなく、実を結ぶことなき花びらが溢れ、はらはらと散っていくばかりだった。
「その有り様に母は嘆き。父は治療法を探して狂った研究をしたわ」
同胞たる猟兵が『切り開いた』道を辿り、誅すべき邪悪なオブリビオン——赫鷹の元へと向かったナヤは、魂人として生まれ変わる過程で多くが欠落したはずの、しかしそれでもなおその魂に刻まれていたのだろう|大切な記憶《心的外傷》を吐露しながら、ふらふらと彼に歩み寄る。
その声は決して大きくはなかったが、奇妙な静けさを湛えた赫の地獄には不思議と良く通って響いた。
「私を治すために。たくさんの命が……」
すり潰され、消耗されていったこと。
そして、今ここにこうして彼女がいるということは、その狂った研究が、それらの『尊い犠牲』の全てが結局は無駄に終わり、彼ら彼女らがいかに『役立たず』であったかを如実に物語ってくれているだろう。
折角、彼女の父が絶望に負けず、諦めず、運命に『立ち向かった』というのに。
自らの絶望を埋めるため、耐えがたい、受け入れがたい運命から逃れるために、より弱い者たちにその絶望を転嫁し、押し付け、その生を奪い、利用し、踏み躙って、愛する娘のために捧げようとしてくれたのに。
結局、ナヤは死んでしまった。
だが、もしもそれらの『業』が彼女を魂人という器に縛ることとなったのだとしたら? 存外、それを知ることさえ出来たなら、彼女の父は地獄にあってさえ喜んだのかもしれない。何しろ『生きていてくれる』のだから。
それがどれだけ不自然な生であったとして、それこそが父が彼女に託した『願い』だったのだから。
愛とは盲目であり、愛する者を失う『恐怖』は理性も善性をも凌駕してしまうものだったのだから。
犠牲に塗れた罪深い生。
なぜ、ナヤ・スリジエという女が、聖者の資格を持ち透明な姿に転生した魂人がその胸の裡を語ったのか、それを聞く赫鷹にはきっと何一つわからなかっただろう。彼はそれを分かろうともしないし、その必要もなかった。
ただ、鮮血の大地を素足で踏みしめ、歩み——、かつて絶望に餐まれ、この大地の一部となった無辜の民を、救われないままに死んだ子らの魂を、捧げられた生贄たちのなれの果てを、死神のような黒衣の懐で焼いていく。
「やめてと叫べなかったの」
そんなか細い囁きと同時に。
声ひとつあげることなく、小さな躰がびくんと大きく跳ねて、白い灰になって散っていく。
そうしてさらさらと風に運ばれて、重力に従い、最後にはまた鮮血の大地へと還っていく。
ナヤにとってみれば何の意味があるのかも分からない、きっと意味なんてない、ただ虚しいだけの無意味な繰り返しをその瞳に映しながら。それでも、死神へ向けた言葉は喉の奥から溢れて止まることはなかった。
「私は死んでもいいのに。そんなことを言ったら家族がもっとおかしくなるから」
それが、彼女がかつて父の『凶行』を憂いながらも止められなかった『理由』だったろうか。
とどのつまり、生贄となった有象無象より|身内《家族》が大事だったから。壊したくなかったから。壊れてしまうのを見たくなかったから。自分たちが壊れるのではなく、他の誰かを、その命を壊し続けることを、受け入れた。
否、|選び取った《・・・・・》のだ。
「叫べばよかった? こう強く思ってしまうのが激情?」
揺れる心。わななく唇から零れ落ちた問い。
受け入れがたい運命であれば、それに耐えることは慣れていたけれど。身構えているときには死神もやってこないというのは、ある種の真実であるのか……とうとう、手を伸ばせば触れるほどの距離に近づいてさえ、ナヤは自身が予想していたような運命には出会わなかった。
赫鷹は、その刃はそもそもナヤに向けられてはいなかった。
彼に『敵意はなく』、まるで猟兵の存在自体に興味が無いように、もはや見向きさえもしていなかったのだ。
「……己が思うに」
ただ、問われれば答える程度の知性や理性は残っているのか、訥々と感情の失せた平坦な声で言葉が返る。
愛想の欠片もない貌。ざんばらな髪のすき間から覗く炎のような瞳二つがナヤに向けられ、そうして初めてその存在に気付いたかのように細められる。
「お前は……お前たちは……」
愛してしまったがゆえに嘆き、苦しみ、果てに狂ってしまうというのなら。
そんなことで患うというのなら。
「生まれてくるべきではなかった」
「………」
機械的に、流れ作業のように。なんの躊躇いもない赫鷹の刃が、呆気なくナヤの胸を、その中心を刺し貫いた。あまりにも無造作で淀みない加害に、ナヤはそれを避けられなかった。……否、むしろ望んでいたのかもしれない。
剥き出しの魂が刻まれ、破壊される激痛。死の味を知る者に再び与えられる死の苦しみ。壊される痛みを。悼みを。苦痛を。運命を。その悲惨さを受け入れる覚悟を、果たして、ナヤは持ち得たかどうか。
しかしそれは確かに、かつて記憶として刻まれた――受け入れ難くとも受け入れざるを得なかった、過去であった。
「死んでも良いという程度の命なら」
死神はその誕生を否定していた。
生まれるものがない世界。そこにはいかなる選択もなく、死すら選びえない世界。死とは、どれだけ生者から厭われようとも生の完成であったから。それすらも許さず、善も悪もない、喜びも苦痛もない、静寂な『無』の世界こそが理想郷であるとでもいうのだろうか。
結局、どちらを選んでも正しくなどなかったのだから。己を軽んじれば父母が壊れ、父母の想いを重んじるならその他大勢を犠牲にするしかない。いずれにせよ罪を負うというなら、生まれたこと自体が間違いだったのだ、と。
「ねえ」
だが、いずれにせよ、受容とは諦めとイコールではなかったはずだ。
己の肉体が、それを現世に留めようとする力が解け、懐かしい死に近づいていくのを感じながら。
胸に開いた孔から溢れだした花びらが赫鷹を包んでいく。
貫くべき心臓など初めから持ち合わせていなかったから。
赤い血の代わりに流れ出る薄紅の花びらが零れ落ち、はらはらと舞って死神の容へまとわりつく。
「あなたの体がおおかみさんのものなら、私はあなたを燃やせるの」
|散花延焼《ウスクレナイ》——美しい花びらはいま花孕む炎へと変化して、赫鷹を呑み込んだ。
ナヤを貫き、その花びらを身に受けた代償として、彼もまたその全身を燃え盛る炎に焼かれるのだ。
「ねえその炎は誰の炎? 見分けられますか?」
ナヤが、再びそんな問いを投げかけた。
目には目を。散花の花びらは彼の生存を許さぬ、存在を許さぬ炎と化して鬼を焼く。
生きたまま炎の中で焼かれること。火に焼かれ、赤く爛れていく皮膚。その苦しみはどれほどか。
「……焼かれること。他者を焼きながら、お前たちはそれを否定するのか?」
だが、黒衣の死神は総身を焼かれながらも構わずに、自らの存在が再び崩壊に向かうことになど全く頓着していない様子で、そのまま歩みを止めもせず、淡々と無辜の民を焼き続けていた。
「……獄卒どもは。あの地獄の鬼どもは、そうだった。我を恨むな、と。恨め、恨むな。それくらい、好きにさせたら良かろうに。いや。いや分かっている。分かっているさ。怒りは、恨みは『救済』を遠ざけるから。『お前たちのためを思って』そうしているのだということくらいは。反吐が出る」
骸の海。過去の化身。オブリビオン。かつて世界から流れ過ぎた『時間』が再孵化し受肉した『現象』のようなそれは、抑えきれぬ怒りを滲ませ、彼にしては饒舌に一息でそう語ると、最後にそんな言葉を吐き捨てる。
自らを灼く星の光にも、散りゆく花びらの炎にも、大して興味を示さないのに。それは自らが内包し自らを構成するその『過去』にどうしようもなく捕らわれている、その証左であったのかもしれない。
「獄卒。あなたは……」
「——……花は嫌いだ」
そんな彼を呆気にとられ見つめていたナヤに気付くと、赫鷹はそう言い捨ててからふいと視線を逸らした。
感情。怒りの奥底に潜むゆらぎのような何か。
一瞬、底なしの絶望の中に垣間見えた気がしたそれが一体何を意味するのか、ナヤには分からなかった。ただ分かるのは、彼女が彼を燃やそうとしたところで、燃え尽きてしまうまでは彼が『それ』を止めないということだけだ。
ひとりひとりを懐に迎え、その目を覆い、一瞬で焼き殺す——至極非効率な『処刑』。
まるで、道具も使わずにてのひらで海を掬い、海を焼こうとしているような愚者の姿。
生きるということに絶望的に向いていなかったであろう、不器用な、いつかのいのちの成れの果てが踊る、滑稽劇。
「……やめろ。己は」
散花。花びらは散る。何を生むこともなく。
それでもかつては確かに美しかったであろうその形は、今は死神を責め苛む業火と化して、その身体を焼き焦がす。
「己は、違う……」
この無愛想な男に、だれがそれを巻いてくれたのかは分からない、それでもかつてだれかの手によって手当てされたのだろう『包帯』が、その傷痕を覆う『慈悲』の名残が無残に焼け落ち、灰になって、鮮血の大地に散っていく——。
大成功
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