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おおかみはいしを喰らひて

#ダークセイヴァー #ダークセイヴァー上層 #戦後 #第二層 #月光城 #【Q】 #月の眼の紋章

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#月の眼の紋章


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●第二層
 赤。赤。赤。
 目が眩むような一面の赤は『鮮血の大地』と呼ばれる世界、このダークセイヴァーで流された全ての血が集められた、『五卿六眼』の『ライトブリンガー』へと捧げられる贄の色である。

 鮮血はいまだぬくく、地面には脈打つ血管が這う。
 鮮血には記憶があった。かつて生きた生命の痕跡。
 ろくでもない記憶。ろくでもない世界の。ろくでもない生の軌跡。

 例えば、あるおおかみは劇を見たことがあった。
 支配者たる吸血鬼が好む喜劇。低能な『猿』を生きたままに処刑する、勧悪懲善の分かりやすいごっこ遊び。殺しても何をしても良いそれを壊す瞬間、苦しみのたうつ姿を眺め、快楽を貪る為の人形劇。

「この『芸術』がわかりませんか」
「……喰ってやろうか」
「ほ、ほほほほ。所詮は卑しい|走狗《いぬ》風情が」

 貴族に飼われたおおかみが、泣き叫ぶ猿を引き摺り倒し、腹を食い破り、生きたまま臓物を喰らうのを見た。野生であればまず息の根を止め、抵抗をさせないことこそが己が身を守る本能でもあったが。仕方がない。無意味な痛みを、苦痛を与えることこそが人形劇の『肝』なのだから。そういう風に教えられ、育ったのだから。

「何をしているんだろうな……俺は」

 その鮮血の記憶が己のモノであったのか、それとも別の誰かのモノであるのかも、もはや不確かだ。
 だが、あらゆる記憶は混ざり、無価値へと均され、いずれ、こうしてただ強者への贄として捧げられるだけのものだ。この身の肉の形、その脳髄に刻まれた情報の状態になど大した意味はなかった。

 冷たく冷えていく太陽。消えゆく光。暗闇に抗い、もがき、呑まれてゆく世界。
 星々を守る者たちの死。狂信者の歓喜。渾沌への回帰。
 そうして、全てはいずれにせよあの下らないモノの一部となるのだから。
 滑稽に踊る者共。白痴。心の無い怪物。全てはその一部であり、そこへと還る過程にすぎない。
 何故なら、彼らは、我らは、つまるところ『ソレ』を何よりも好むように出来ているのだから。
 仕方がない。仕方がないのだ。それは、そういうモノなのだから。

「………俺は……」

 しかし、青年は歩いていた。鮮血の大地を。
 赦されぬ虚構の花園もなく、吹き散らすべき偽りの花々さえ一輪も咲かぬ、草木の一片すら見当たらないただただ荒涼とした大地。
 どこに行こうというのか、何をしようとしているのか、自分でも分からないままに。死体。虚無の現身たる人形は、それでも進む。

 青年は、人狼と呼ばれる種族であり、かつては騎士であった。
 その腰のベルトには錆びた赤黒い鎖が繋がれ、背後へ伸びていた。幾筋にも、血管のように、或いは神経のように枝分かれした鎖の先端には『|ギャラリア《人間画廊》』と呼ばれる、生きた人間を閉じ込めたクリスタルが中空を浮遊し、時折、薄暗い世界で仄かに煌めく。この死体だらけの、世界の墓場、永劫なる闇の辺縁で、深淵に呑まれぬようにともがき瞬く星々のように。

 水晶に閉じ込められているのは、幼子たちのようであった。
 青年はただ一度も振り返らず、故に顧みることもなかった。

 奇妙な道連れ。
 その破滅の旅路を哀れむ月はない。
 白く瞳の文様が描かれた、不気味な六つの赤い月だけが、彼らの当て所ない道程を冷然と見下ろしていた。

●依頼
「皆さんが、オブリビオンと戦う理由は、きっと様々なんでしょうね」

 軍隊であってさえそうなのだから、群体とも呼ばれるような緩い繋がりを持つ猟兵であればなおさらのことだろう。グリモア猟兵のリア・アストロロジーは、けれど、それを最初にあなたたちに問うた。
 彼女自身は、その理由は、「自分の大切な人が、|生きていける《・・・・・・》世界を作りたい」というモノだったが。果たして、あなたたちの脳裏に浮かんだのは、如何なる答えだっただろうか。或いは、それを探すこと自体が答えだというモノもいるだろうけれど。

「ダークセイヴァー。その第二層に『月光城の主』が訪れています。その目的は不明ですが……」

 第五層においての支配者であった『第五の貴族』の干渉すら阻み、『月光城』に籠っていた謎のオブリビオン。眼球と満月を組み合わせたような『月の眼の紋章』とその身を融合し、己の戦闘力を『66倍』にまで高めた、歴戦の猟兵から見ても恐るべき強者。

「先ずは、この紋章へ対処しない限り、戦って真正面から打ち破るのは難しいと思います」

 リアが予知した月光城の城主は人狼の青年。生前はとある王国に仕える『黒騎士』であった彼は、『呪いの二刀と魔靴』を備え、並外れた速度と騎士として身に着けた武技を使いこなす、非常に強力な戦闘特化型のオブリビオンだ。その為、紋章の強化がある状態でまともに戦うのは自殺行為。

「人間画廊……ギャラリアと呼ばれる、生きた人間を内部に閉じ込めたクリスタル。紋章に力を与えているのは、そのギャラリアです。だから、中の人たちをこれから『解放』することで、彼は弱体化していくでしょう」

 ……ただ、と。リアは少しためらってから、続けた。

「その『解放』の方法は、中の人間の、生死を問わないようです。そうして、半分ほど解放すれば、紋章は効果を失うだろう事が分かっています。そして、クリスタルに封じられているのは、子どもたちばかり、みたいです」

 12歳の外見特性を持つに至ったリア。それと同じか、もっと幼い者たちの姿。それは脆弱な人間の中でも、更に脆弱で、弱い存在でしかない。殺さず救い出そうとしたとして、戦闘に巻き込まれれば一たまりもなく死亡するだろう。大人のように理屈を言って聞かせるのも難しい。ならば、初めから『半数は諦める』というのも『効率』を考えれば正解、なのかもしれない。
 欲張ったところで、あなたたちが負けてしまえば、どうせ全員が助からないのだから。仕方がない。それは仕方がない、許容されるべき犠牲だ。きっと、誰もあなたを責めはしないだろう。いや、むしろ、|あえて《・・・》手を汚して『世界』を守ったあなたを、良くやったと賞賛するだろう。そうあるべきなのだ。私たちは、そういう自己|犠牲《欺瞞》的な|美しさ《残酷さ》が大好きなのだから。

「……わたしの予知では、彼ら、彼女らはその多くが、いずれにせよ、命を落とすだろうと。もしも第二層から第三層には連れていけても、故郷にまで戻ることはあの子たちには難しいし……生きていくことは、ただでさえ大変な世界、ですから」

 ギャラリアに封じられた、『死ぬ権利』すら奪われた永遠の標本たち。
 実際、ここで一思いに死なせてあげることこそ、生きて、苦しみ、結局死ぬよりはマシな選択肢かもしれないのだ。
 運が悪ければ、魂人として転生するかもしれない。だが、運が良ければ、今のダークセイヴァーは死ぬことが出来る。

 あなたが哀れな子どもを哀れむために、苦しむと分かっていて『救い』、無責任に『生きろ』とだけ言って、生きてはいけぬような世界に放り出すも、正当な理由を以て殺すのも、それは自由だ。
 何故なら、あなたたちは強いから。
 天を仰ぐしかない弱者たちの運命を決する、少なくとも左右することが可能な強者であるのだから。

「皆さんの、あなたの、戦う理由はなんですか?」

 かつて、その強者の手によって、確かに死の運命から救われた少女は問う。

 ——あなたの作りたい、守りたい『未来』は、どんな形をしていますか?




第2章 ボス戦 『赫鷹』

POW   :    鬼哭炎
【地獄の炎を纏い、侵食する力を得た怨嗟】を込めた武器で対象を貫く。対象が何らかの強化を得ていた場合、追加で【制御困難な激情噴出による判断力低下】の状態異常を与える。
SPD   :    赫炎地獄
戦場全体に【赫炎渦巻く地獄】を発生させる。敵にはダメージを、味方には【地獄の炎を纏うこと】による攻撃力と防御力の強化を与える。
WIZ   :    無辜の民
対象の周りにレベル×1体の【救われないまま死んだ魂が実体化したもの】を召喚する。[救われないまま死んだ魂が実体化したもの]は対象の思念に従い忠実に戦うが、一撃で消滅する。

イラスト:いしはま

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は鬼桐・相馬です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●賽の河原
 赤子、乳飲み子。一歳、二歳の、ようやく言葉を覚え始めた幼児。三歳児に、四歳児。
 難解な道理などまだ分かるわけもない稚児たちが、河原で悲しいこえを響かせていた。

 おかあさん。おかあさん。
 おとうさん。おとうさん。
 さむいよ。ひもじいよ。さみしいよ。つかれたよ。いたいよ。こわいよ。
 かえりたい。かえりたいよ。

 けれど、いくらそうして泣いていても、その泣き声はどこにも、だれのもとにも届かなかったから。
 やがて子どもたちはあきらめて、足の裏や手のひらを傷だらけにしながら、擦り切れた指先から滲む赤に濡れた石を運んで、積み重ねていく。
 ひとつ。ひとつ。積み重ねていく。

 おとうさん、ごめんなさい。
 おかあさん、ごめんなさい。
 
 因果の清算。
 生んでくれた親に先立って、与え育ててくれた親を悲しませた罪に報い、その嘆きを和らげる為の、それは祈りだった。少なくとも、そのつもりだったのに。

「おお、お前たちの積む塔の、なんと見苦しく、不細工なこと……」

 いくら積めども、そこに地獄の獄卒どもがやってきては、恐ろしい形相で子らを睨み付け、完成間際だった塔を鉄棒で容赦なく打ち、壊していく。
 絶望し、泣き叫び、恐怖に逃げ惑う子らへ。

「こんなものが功徳になどなるものか。さっさと積み直して成仏を願え」

 やり直せ、と。
 もっと苦しめと。
 それが報いなのだと。

「お前たちが甲斐なく死んだせいで、お前たちの親は、今も苦しみ、嘆き続けているのだから」

 何度でも。
 何度でも巡り、苦しみ続けるのだと。

 勤勉な地獄の鬼どもは、立派な金棒を振り上げ、容赦なき呵責を突きつけるのだ。
 いつか現れる救世主、その『慈悲』によって救われるという、子を失った苦しみに耐えられぬ大人たちが納得する、安心する、罪悪感を紛らわせられる、予定調和の『喜劇』を成立させる、その人形として、舞台装置として、あの子らは苦しみ続けなければいけないのだから。
 死んだとしても。逃げられはしない。何度でも。何度でも。死体蹴り。裁判官。死体に鞭うつことで守られる、秩序のため。罰。罰。罰。死は赦しではない。何度でも。何度でも巡り、苦しめと。奴らは。

「——だから、己は」

●赫炎は灯りて
 赤く、赤く、赤く。
 絶えることなく燃え盛り、逆巻く炎が、鮮血の大地を舐める様に広がっていく。
 殺風景の地獄を、天に座す六つの赤き月の光にも負けじと眩く照らす、光と熱。

 赤い月、その一つから降り注いだ光を受けて、おおかみの骸は『|赫鷹《カクヨウ》』——かつて『地獄の獄卒』であったモノへと変容していた。黒装束に、朱色の羽織。赫炎纏う死神のような出で立ち。
 彼の背からは『煌々と月のように輝く異形』の棘が無数に生え、光背の如き輪郭を形作っていて。
 その周囲には無数の影が侍り、地獄の炎を纏わされ、悄然と立ち尽くしていた。

 赤。赤。赤。

 強者への、勝者への捧げもの。贄。鮮血の大地に宿るその赤き血の記憶から、再び現世へと呼び戻された、かつてあった、この世界に生まれて、生きて、そして救いなど見ぬままに無意味な死をただ死んでいった、奪われる側の、救いようのない弱者の、その魂たち。
 それは汲めども汲めども尽きることなき、無限にも思える死と絶望のほんの一部が顕現しただけに過ぎないが、かのオブリビオン——『赫鷹』との間には夥しい数の小さな人影が立ち尽くし、ただそこに在るだけで邪魔な、目障りな、迷惑な、鬱陶しい、肉の壁として、現に存在してしまっていた。

「……お前たちが、今、何を考えているか」

 酷く冷たい、醒めた目だった。
 元獄卒は続く言葉を告げはせず、分かるとも言わず、憂鬱な吐息をひとつ零した。敵意はない。怒りは、恐らくあるのだろう。静かな、どこまでも静かな、狂気と呼ぶには十分すぎる激情が、熾き火のように燻ぶっている。

 念仏のように、彼は口の中で小さく、ぶつぶつと唱える。
 仕方ない。仕方ない。意地悪をしているわけではない。ただ、そういう仕組み。
 怒りにとらわれるのは未熟であるから。
 救いたいなどという傲慢さがあるから。

 現象。あれがああ|だから《・・・》、こうだという、ただそれだけのことを。ただの現象を。在るが儘受け入れる智慧を持たぬから。無明だから。因果を解さぬから。期待するから。執着するから。受け入れよと唱えながら、受け入れられないから。それほどまでに愚かだから。
 だから、すべて、|仕方ない《・・・・》。

「まやかしの水。お前たちは、お前たちを呼ばう、父母の面影を見るだろう。声を聴くだろう。だが、それは」

 そうして彼は、宿敵であるはずの『猟兵』に等もはや興味もないかのように、自らが呼び出した影たち、無辜の、罪なくして死んだ幼き魂へ、諭すようにして、とつとつと語りかけ始めた。

「触れれば炎と化してお前たちを焼き殺す、幻影に過ぎぬ」

 そうして、罠に陥ることの無いように、と。
 賽の河原で石を積む苦行に、無意味な繰り返しに縋り、すり減ることの無いように、と。
 幼子のひとりを懐に招き、その目をそっと袖で覆いふさぎ——焼き、尽くした。

「……もう悲しむことはない、泣く必要はない。何にもならぬ石を積む必要も、それを壊す鬼に怯える必要も、気まぐれに、お前たちを弄ぶ夢を見て惑う必要も、ない」

 悲鳴をあげる暇すらなく、一度だけ大きく跳ねた小さな躰。
 ほどなくして灰になった影が、その粒子が、さらさらと零れ、鮮血の大地へと還っていく。

「……ただ、苦しみ、苦しみ、苦しみ続けるがいい。何度でも。何度でも」

 いつか、気まぐれに現れお前たちを『救う』のだろう、菩薩の功徳を知らしめる為に。罪はあり、苦しみはあらねばならないのだから。そうでなければ都合が悪いのだから。おかげさま。おかげで地獄は今日も大盛況だ。クソ喰らえ。

「……救いなど、初めから、どこにもないのだから」



§



 かくして、赤き炎は地獄を照らした。
 緋色を纏い、光背を負う死神。死を与えうる存在。それは苦痛に塗れた地獄において唯一の光だ。

「………」

 或いはその光に誘われたのか……、それは彼ら自身にも分からないことかもしれなかったが、誰に促されるでもなく、ふらふらとおぼつかない足取りで、赫鷹の方へと歩み出している者達がいた。

 生きることは戦いだ、という者がいる。
 では、なぜ生きるのか。なぜ戦うのか。

 理不尽な現実、抗いがたい大きな力に、運命に翻弄されるその時、勝算などありもしない絶望の淵で。

 ——それでも、その心臓が、最後の瞬間まで鼓動を刻み続ける『理由』を、あなたは持っているだろうか?
 
ギュスターヴ・ベルトラン
あーやだやだ!
殺す事が救済になりえる状況ってのはマジで気が滅入る
…まぁ、愚痴っても仕方ない

邪魔するぜ、オブリビオン

理不尽が組み込まれたシステムへの諦念は理解する
一度、オレも折られた側だからな
でもよ、それで誰かを見捨てるのは…諦め以上に、気に入らねえんだよ
結局のところ、神父様面しただけの圧政への反逆者なんでな

だから壊しに来た
苦しみが正当化されて、受け入れろだの諦めろだの…そんなもん全部な

【祈り】を捧げてUCを発動する
これは救いじゃねえ
これ以上踏み躙らせねえための一手だ

星を落とす
そのままぶっ壊してやる

…オレに出来るのは、主が迎えてくださると信じて送り出すことくらいだ



●反逆者
「あーやだやだ! 殺す事が救済になりえる状況ってのはマジで気が滅入る」

 思わず嘆息する青年——ギュスターヴ・ベルトラン(我が信仰、依然揺るぎなく・f44004)は|悪魔祓い《エクソシスト》であった。
 人に巣食う闇と邪悪を討ち滅ぼす事を定められた霊能力者。
 されど、その憂鬱げな言動から察せられる通り、ある種の思考停止した、一面的な、安易な結論に絶対の『真理』とラベルを貼って強弁する、いわゆる狂信者の類では決してなかったろう。

「……まぁ、愚痴っても仕方ない。邪魔するぜ、オブリビオン」
「………」

 そうして、彼が相対するそれは『オブリビオン』だった。
 オブリビオン――世界を停滞と滅亡へと導く破滅の使者。
 溢れた『骸の海』の断片。かつてこの世界にあった、流れ過ぎた、そうして廃棄された時間の一部が受肉したとされるそれは、ただ其処に在るだけで世界を蝕む害悪であり、決して赦されぬ『穢れ』そのものだったろう。

「理不尽が組み込まれたシステムへの諦念は理解する。一度、オレも折られた側だからな」

 それでも、その有り様の全てを否定することはなかった。
 肯定は出来ずとも、受け入れられるものでなくても、理解はできる。多くを語らずとも、それはギュスターヴ自身にもまたそういった、言葉では語れないだけの過去が存在しただろうことの証左だったかもしれない。

「でもよ、」

 ただ世界を、その理不尽たる構造の存在を知ることと、抗い難いそれを受け入れ同質化してしまうことは、ギュスターヴにとってはまた別の話であったろう。

「……でもよ、それで誰かを見捨てるのは……諦め以上に、気に入らねえんだよ。オレは結局のところ、神父様面しただけの圧政への|反逆者《灼滅者》なんでな。だから」

 灼滅者。人の心の闇に潜む怪物に抗う者。
 それが、彼の『理由』だったろうか。神の家を預かる管理人、天の国への導き手たる司祭ではなく。自らの存在。本質。それは圧政への『反逆』にこそあったのだと。
 かつての己は、誰かを見捨てるしかない「仕方ない」を否定したかったのだと。

「だから、壊しに来た」
「……愚かだな」

 赫鷹は一度だけ彼の方を見て、ただそれだけを呟いた。その足は鮮血の大地をよどみなく渡り続け、その腕は無辜の子らを懐に招き、そして赫炎を以て白い灰に還していった。

「救いようがない」

 彼の双眸は醒めていた。酷く冷たい目だった。
 赫赫と燃え盛る炎に包まれながら、業火の渦中にありながら、どこまでも寒々しく、凍りついた貌。

 廃棄場から溢れた残骸と、いまを生きるいのち。
 絶望の呼び水と、希望を原動に未だ道を歩む者。
 亡びと、それを滅ぼすために選ばれた猟兵。

「……何度でも廻り苦しめ。救済など有りはしない」

 不倶戴天の仇同士が僅かに交わした言葉の、それがすべてだった。

●選別の光
 祈りを捧げる。
 闇の深淵から響く声を前にしても、微塵も揺るがぬ信仰と共に、おおきなものに捧げ、託す願い。
 応え、顕れるユーベルコードは『|シオンは物見ら歌うのを聞き《スィヨン・アンタン・シャーンテ・レ・ヴェイユール》』——福音を告げる、待ち望まれた光の到来。

 ローマ帝国からの迫害。|パルーシア《メシアの再臨》の遅延。それはかつて、諦観と虚無主義が蔓延しつつあった初期キリスト教において、同胞にあてた励ましでもあったのだという。
 同胞よ。賢き者、思慮深き者たちよ。その備えは、忍耐は決して無駄ではないのだと。信仰への熱意を失い、油を絶やし、眠り込んでしまったような者たちの目を覚ますような、輝かしい福音の喩え。
 頑なに『救済』を否定し、己の裡に暗くよどむ絶望の海へ、闇の深淵へ、昏き淵へと子らを招く死神。その罪科を裁くには、あるいはこれ以上ないほどに相応しいユーベルコードだったかもしれない。

「これは『救い』じゃねえ。だが」

 これ以上踏み躙らせないために。その必要な一手であったろう。
 救いなどと嘯くことはない。少なくとも、その点でいえば彼はどこまでも誠実だった。

 個人的な動機。歪んだ欲望。不安の転嫁。
 容赦なく与えられる加虐を大義によって飾り立てて、神を騙り、利用し、人を欺き、己を欺き、それでも魂は救われたのだ、などと。宗教という、人の心のよりどころ、絶大な権威を笠に、声をあげられぬかよわき者たちを貪り喰らってきたような|過ち《歴史》を繰り返すことは、決してなかったのだから。

『――シオンの光は明るく、その星は高みへ昇る』

 星。赤き月だけが煌々と見下す天に、星影が散った。
 845の煌めきが、流星が夜空を切り裂く。
 風が歌う。星が、降り注ぐ。

「ぶっ壊してやる」

 幾百幾千の影たちが、降る星を見上げた。
 立ち尽くす影がたちどころに消えていく。
 星の光に呑まれて、消えていく。

「苦しみが正当化されて、受け入れろだの諦めろだの……そんなもん全部な」

 鮮血の大地を眩く照らす光と、熱と、轟音の中で。
 痛みを感じることも無かっただろう。一瞬のうちに与えられた死。仮初の、不完全で不自然な、生とも言えぬ人形として蘇らされた亡者たちの、それが終焉だった。

「……オレに出来るのは、主が迎えてくださると信じて送り出すことくらいだ」

 そうして青年は再び――おそらくは何度でも、祈りを捧げる。
 願わくば、子らが慈悲深き父のみ胸に抱かれんことを、祈る。

 出来ること、出来ないこと。
 変えられるものと変えられぬものを見分ける智慧。
 この鮮血の大地に捕らわれたまま、どこにも行けず、わだかまり、ただ喰われ消費されるのを待つだけの、数え切れない、おびただしい人々の群れ。無辜の民。その受肉した仮初の器を破壊しつくした今、ギュスターヴに出来るのは、彼らの冥福を祈り、それを信じることだけだったのだから。



§



 たしかに同じ世界の一部でありながら。
 だれもが、それぞれにその与えられた文脈、与えられた材料でしか世界を解釈できなかった。

 知ることとは真理に近づくことである。
 仮に、知っていたら何かが変わっただろうか。
 そうかも知れないし、そうではなかったかもしれない。

 赫鷹。かつて世界に、その理に背き、討伐された|元《・》獄卒は、天より降り注いだ星々の光と熱をその身に受けても、構うことなく、自らの懐に子らを招きそれを灼き続ける。彼は、彼自身もまたとうの昔に亡骸であり、敗北者であり、その精神は既に狂っていたから。今更、再びその身が滅びることになど、頓着する理由もなかったのかもしれない。

「……そうだ」

 緋色の外套を纏う、救済の否定者はそれから、何も感じていないかのようにギュスターヴの方を見た。
 否。その目は彼を、猟兵を見ていなかった。

「もう、分かったろう」

 これ以上、苦しみを負わせぬように、と。
 土台、無理なものは無理なのだと。

 流れ過ぎる時の中、すべてのものが、たとえばそれが神の愛だとしても、きっと愛は、慈悲は、有限なのだから。呼ばれたとしても、選ばれる者は少ないのだから。
 行儀良く振舞わねば。ライバルを蹴落とさねば。役に立たねば。それは容易に取り上げられてしまうのだから。
 ゼロサムゲーム。限りある愛を、時間を、生存圏を。奪われないために。自分以外の誰かにとられないために。取り分が減ってしまわないように。そんな不安と焦燥こそがその原動力。だから、

「お前に、お前たちに出来ることは、何もない……」

 乾いた響きだった。
 ギュスターヴではなく、その後ろにいるのだろう別の誰かへ、とつとつと静かな声音で語りかける。
 かの『救世主』をも裁こうとした大審問官とて、或いはこのような心持ちであったのかもしれない。

 残酷な世界。
 受け入れよ、と。そう示す者がある。どんな言葉よりも雄弁に。
 応えずば殺され、呼ばれども、選ばれぬ者がいる。闇の中で歯ぎしりをするしかない者たちがいる。
 救いはない。その権利はない。神の如き者たち。その怪獣同士の足元で、顧みられることなく、願いは踏み躙られるのみ。人は自らの置かれた文脈でしか、たった二つの目でしか、世界を解釈できないゆえに。
 仕方ない。受け入れるしかない。現実、そうなのだから。繰り返し、繰り返し、繰り返されること。
 言葉でなどもはや取り繕えもしない。流れ過ぎる時間が、生命が、その証人となって証立てている。

「………」

 例えば、美しき星々を見上げて、滅びを受け入れる者たちがいた。
 眩い光と音の中、そのかすかな、声なき者の|悲鳴《こえ》を聴いてしまう者もまた、この戦場にはあった。

 小さな影が天を見上げる。
 縮こまって、出来るだけ目立たぬように背を丸め、脅かす何かから己を覆い隠そうとしていた影。彼、或いは彼女にとって光とは目であり、その目とは彼を監視し、評価し、罰する為に在るモノだったから。

 影はそこに無数の目玉と、牙の生えた怪物の顎を見た。
 最後の瞬間、恐怖に零れそうな悲鳴を、誰にも聞かれぬようにと、両の手で必死に口を塞ぎ、そうして、ただ自分の存在を消し去ろうとしていた。それが、それだけが、理由も分からないままに疎まれ、最後までついぞ愛されることの無かった彼の、短い生涯の間に覚えられた精一杯の『善行』であったから。

 走馬灯。
 一瞬に駆け巡る記憶。過ぎてきたすべてのことが。次から次へと甦り、押し寄せる。
 大きくて険しい目が、ものすごい速度で開閉する口が、吐き出される言葉の雨が。風を切ってうなりをあげる拳が、熱が、痛みが、悲しみが、目を逸らして、見ない振りをしていただれかの横顔が、その瞬間に感じた絶望が、底なしの虚無感が通り過ぎていく。けれど、

 納得。納得するしかない。
 ぼくは、邪魔だった。ぼくは、居ない方が良かった。
 だから、これは、正しい終わり。だから……

 正しさを、受け入れよう。
 何度でも。何度でも。繰り返そう。
 いつか自分の形も、その輪郭も分からなくなって、ただの骸になって、混ざり合って、すべてが意味をなくして、すべてを忘れられる日が来るまでは。

 ――こんな痛みを得るならば、心なんて、もう、いらないのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ナヤ・スリジエ
避けられない
なら、受け入れます
貫くべき心臓はなく
溢れるのは血液でなく花びら
獄卒も花びらに触れることでしょう

私の怪奇体質は
大声を出そうとするだけで
喉が焼けるように痛み
口から花びらをこぼすようなもの
その有り様に母は嘆き
父は治療法を探して狂った研究をした
私を治すためにたくさんの命が消耗された

やめてと叫べなかったの
私は死んでもいいのに
そんなことを言ったら
家族がもっとおかしくなるから
叫べばよかった?
こう強く思ってしまうのが激情?

ねえあなたの体がおおかみさんのものなら
私はあなたを燃やせるの
それが駄目でも
あなたは私を貫いて
血の代わりに花びらを受けた
ねえその炎は誰の炎?
見分けられますか?

【散花延焼】



●咲いた夜
 諦めないこと。
 どんな絶望にまみえても、最後まで絶対に『諦めない』のは、きっと正しいことだったのだろう。
 怪奇人間として生を受けたナヤ・スリジエ(|愛するヒト《メモライザ》・f44610)の父は、それを体現してくれた人だった。

「……私の怪奇体質は」

 生前の彼女の肉体は、大声を出そうとするだけで喉が焼けるように痛み、けれどそうしたところで口から零れ落ちるのは言の葉ではなく、実を結ぶことなき花びらが溢れ、はらはらと散っていくばかりだった。

「その有り様に母は嘆き。父は治療法を探して狂った研究をしたわ」

 同胞たる猟兵が『切り開いた』道を辿り、誅すべき邪悪なオブリビオン——赫鷹の元へと向かったナヤは、魂人として生まれ変わる過程で多くが欠落したはずの、しかしそれでもなおその魂に刻まれていたのだろう|大切な記憶《心的外傷》を吐露しながら、ふらふらと彼に歩み寄る。
 その声は決して大きくはなかったが、奇妙な静けさを湛えた赫の地獄には不思議と良く通って響いた。

「私を治すために。たくさんの命が……」

 すり潰され、消耗されていったこと。
 そして、今ここにこうして彼女がいるということは、その狂った研究が、それらの『尊い犠牲』の全てが結局は無駄に終わり、彼ら彼女らがいかに『役立たず』であったかを如実に物語ってくれているだろう。
 折角、彼女の父が絶望に負けず、諦めず、運命に『立ち向かった』というのに。
 自らの絶望を埋めるため、耐えがたい、受け入れがたい運命から逃れるために、より弱い者たちにその絶望を転嫁し、押し付け、その生を奪い、利用し、踏み躙って、愛する娘のために捧げようとしてくれたのに。

 結局、ナヤは死んでしまった。
 だが、もしもそれらの『業』が彼女を魂人という器に縛ることとなったのだとしたら? 存外、それを知ることさえ出来たなら、彼女の父は地獄にあってさえ喜んだのかもしれない。何しろ『生きていてくれる』のだから。
 それがどれだけ不自然な生であったとして、それこそが父が彼女に託した『願い』だったのだから。
 愛とは盲目であり、愛する者を失う『恐怖』は理性も善性をも凌駕してしまうものだったのだから。

 犠牲に塗れた罪深い生。
 なぜ、ナヤ・スリジエという女が、聖者の資格を持ち透明な姿に転生した魂人がその胸の裡を語ったのか、それを聞く赫鷹にはきっと何一つわからなかっただろう。彼はそれを分かろうともしないし、その必要もなかった。
 ただ、鮮血の大地を素足で踏みしめ、歩み——、かつて絶望に餐まれ、この大地の一部となった無辜の民を、救われないままに死んだ子らの魂を、捧げられた生贄たちのなれの果てを、死神のような黒衣の懐で焼いていく。

「やめてと叫べなかったの」

 そんなか細い囁きと同時に。
 声ひとつあげることなく、小さな躰がびくんと大きく跳ねて、白い灰になって散っていく。
 そうしてさらさらと風に運ばれて、重力に従い、最後にはまた鮮血の大地へと還っていく。

 ナヤにとってみれば何の意味があるのかも分からない、きっと意味なんてない、ただ虚しいだけの無意味な繰り返しをその瞳に映しながら。それでも、死神へ向けた言葉は喉の奥から溢れて止まることはなかった。

「私は死んでもいいのに。そんなことを言ったら家族がもっとおかしくなるから」

 それが、彼女がかつて父の『凶行』を憂いながらも止められなかった『理由』だったろうか。
 とどのつまり、生贄となった有象無象より|身内《家族》が大事だったから。壊したくなかったから。壊れてしまうのを見たくなかったから。自分たちが壊れるのではなく、他の誰かを、その命を壊し続けることを、受け入れた。
 否、|選び取った《・・・・・》のだ。

「叫べばよかった? こう強く思ってしまうのが激情?」

 揺れる心。わななく唇から零れ落ちた問い。
 受け入れがたい運命であれば、それに耐えることは慣れていたけれど。身構えているときには死神もやってこないというのは、ある種の真実であるのか……とうとう、手を伸ばせば触れるほどの距離に近づいてさえ、ナヤは自身が予想していたような運命には出会わなかった。

 赫鷹は、その刃はそもそもナヤに向けられてはいなかった。
 彼に『敵意はなく』、まるで猟兵の存在自体に興味が無いように、もはや見向きさえもしていなかったのだ。

「……己が思うに」

 ただ、問われれば答える程度の知性や理性は残っているのか、訥々と感情の失せた平坦な声で言葉が返る。
 愛想の欠片もない貌。ざんばらな髪のすき間から覗く炎のような瞳二つがナヤに向けられ、そうして初めてその存在に気付いたかのように細められる。

「お前は……お前たちは……」

 愛してしまったがゆえに嘆き、苦しみ、果てに狂ってしまうというのなら。
 そんなことで患うというのなら。

「生まれてくるべきではなかった」
「………」

 機械的に、流れ作業のように。なんの躊躇いもない赫鷹の刃が、呆気なくナヤの胸を、その中心を刺し貫いた。あまりにも無造作で淀みない加害に、ナヤはそれを避けられなかった。……否、むしろ望んでいたのかもしれない。

 剥き出しの魂が刻まれ、破壊される激痛。死の味を知る者に再び与えられる死の苦しみ。壊される痛みを。悼みを。苦痛を。運命を。その悲惨さを受け入れる覚悟を、果たして、ナヤは持ち得たかどうか。
 しかしそれは確かに、かつて記憶として刻まれた――受け入れ難くとも受け入れざるを得なかった、過去であった。

「死んでも良いという程度の命なら」

 死神はその誕生を否定していた。
 生まれるものがない世界。そこにはいかなる選択もなく、死すら選びえない世界。死とは、どれだけ生者から厭われようとも生の完成であったから。それすらも許さず、善も悪もない、喜びも苦痛もない、静寂な『無』の世界こそが理想郷であるとでもいうのだろうか。
 結局、どちらを選んでも正しくなどなかったのだから。己を軽んじれば父母が壊れ、父母の想いを重んじるならその他大勢を犠牲にするしかない。いずれにせよ罪を負うというなら、生まれたこと自体が間違いだったのだ、と。

「ねえ」

 だが、いずれにせよ、受容とは諦めとイコールではなかったはずだ。
 己の肉体が、それを現世に留めようとする力が解け、懐かしい死に近づいていくのを感じながら。

 胸に開いた孔から溢れだした花びらが赫鷹を包んでいく。
 貫くべき心臓など初めから持ち合わせていなかったから。
 赤い血の代わりに流れ出る薄紅の花びらが零れ落ち、はらはらと舞って死神の容へまとわりつく。

「あなたの体がおおかみさんのものなら、私はあなたを燃やせるの」

 |散花延焼《ウスクレナイ》——美しい花びらはいま花孕む炎へと変化して、赫鷹を呑み込んだ。
 ナヤを貫き、その花びらを身に受けた代償として、彼もまたその全身を燃え盛る炎に焼かれるのだ。

「ねえその炎は誰の炎? 見分けられますか?」

 ナヤが、再びそんな問いを投げかけた。
 目には目を。散花の花びらは彼の生存を許さぬ、存在を許さぬ炎と化して鬼を焼く。
 生きたまま炎の中で焼かれること。火に焼かれ、赤く爛れていく皮膚。その苦しみはどれほどか。

「……焼かれること。他者を焼きながら、お前たちはそれを否定するのか?」

 だが、黒衣の死神は総身を焼かれながらも構わずに、自らの存在が再び崩壊に向かうことになど全く頓着していない様子で、そのまま歩みを止めもせず、淡々と無辜の民を焼き続けていた。

「……獄卒どもは。あの地獄の鬼どもは、そうだった。我を恨むな、と。恨め、恨むな。それくらい、好きにさせたら良かろうに。いや。いや分かっている。分かっているさ。怒りは、恨みは『救済』を遠ざけるから。『お前たちのためを思って』そうしているのだということくらいは。反吐が出る」

 骸の海。過去の化身。オブリビオン。かつて世界から流れ過ぎた『時間』が再孵化し受肉した『現象』のようなそれは、抑えきれぬ怒りを滲ませ、彼にしては饒舌に一息でそう語ると、最後にそんな言葉を吐き捨てる。
 自らを灼く星の光にも、散りゆく花びらの炎にも、大して興味を示さないのに。それは自らが内包し自らを構成するその『過去』にどうしようもなく捕らわれている、その証左であったのかもしれない。

「獄卒。あなたは……」
「——……花は嫌いだ」

 そんな彼を呆気にとられ見つめていたナヤに気付くと、赫鷹はそう言い捨ててからふいと視線を逸らした。

 感情。怒りの奥底に潜むゆらぎのような何か。
 一瞬、底なしの絶望の中に垣間見えた気がしたそれが一体何を意味するのか、ナヤには分からなかった。ただ分かるのは、彼女が彼を燃やそうとしたところで、燃え尽きてしまうまでは彼が『それ』を止めないということだけだ。

 ひとりひとりを懐に迎え、その目を覆い、一瞬で焼き殺す——至極非効率な『処刑』。
 まるで、道具も使わずにてのひらで海を掬い、海を焼こうとしているような愚者の姿。
 生きるということに絶望的に向いていなかったであろう、不器用な、いつかのいのちの成れの果てが踊る、滑稽劇。

「……やめろ。己は」

 散花。花びらは散る。何を生むこともなく。
 それでもかつては確かに美しかったであろうその形は、今は死神を責め苛む業火と化して、その身体を焼き焦がす。

「己は、違う……」

 この無愛想な男に、だれがそれを巻いてくれたのかは分からない、それでもかつてだれかの手によって手当てされたのだろう『包帯』が、その傷痕を覆う『慈悲』の名残が無残に焼け落ち、灰になって、鮮血の大地に散っていく——。

大成功 🔵​🔵​🔵​