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ゼラフィウムの後始末

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ヴィリー・フランツ




●契約締結
 桐嶋技研の応接室は、薄い消毒液の刺激臭がする。どこから漂ってきているのだろうか。ヴィリー・フランツ(スペースノイドの傭兵であり民間軍事請負会社のCEO・f27848)は室内を目で一巡したが、臭いの元は発見できなかった。
 テーブルに置かれたビーカーを手に取って口を付ける。草原を撫でる風のような味と香りが、ゼラフィウムでの惨劇で重さを増した頭を冴えさせてくれた。エルネイジェ特産のハーブで淹れた茶だと、目の前で端末の操作に夢中になっている水之江が言っていた。大麻に似た成分を持つ植物だが、毒性は皆無であるらしい。依存性を除いて。

「はい。じゃあ契約内容をよくご確認の上、サインをどうぞ」

 水之江は操作していた板状の端末をテーブルに置いた。ヴィリーはそれを受け取り、画面に表示されている長々とした文章を目でなぞり始める。
「報酬はむこうの言い値。仲介料に不服は無かったから交渉無しの即決。全部ヴィリーさんの希望通りよ」
 脚を組んでビーカーに注がれた茶を啜る水之江に、ヴィリーは上目を寄越す。
「戦後の事後処理なんてらしくねぇって顔だな?」
「まあね」
「今は喪中期間だからな」
「傭兵にも一般市民を悼む気持ちはあったという事かしら?」
「俺だって多少は思う所はあんだよ」
 傭兵とはやくざな商売だ。人の生き死にに関わりすぎる。人を撃つ事への抵抗感は薄く、殺しの折り合いなど既に付けている。だが何も感じない訳ではない。それが人を人たらしてめている部品なのだろう。
 ヴィリーにはゼラフィウム大虐殺の加担者という自認があった。それを淡々と、諦観に近い冷静で受け止めている自分がいる。一方で、仕方ないと片付けるには犠牲が多過ぎたと思える自分もいた。
 必要以上に散らかした責任は取るべきだ。それが大人の始末の付け方であると一旦の結論を付けて、小さな文字でぎっしりと書かれた契約内容を読み進める。
「前よりボリュームが増してないか?」
 文字が小さくなった契約内容に堪らず目頭を摘んだ。
「以前より規制が厳しくなったのよ。先方もゼラフィウム大虐殺を通じて、猟兵という生き物について学ぶことがあったようね」
 契約内容の端々から猟兵への警戒心が読み取れる。
 ゼラフィウムで、猟兵は猟兵が持つ力を実直に示し過ぎた。レイテナにとって、猟兵の力は有益な戦略であるのと同時に――あるいはそれ以上に、致命的な破壊を招く諸刃の剣となった。
 真実はどうあれど、猟兵が難民を焼き払ったこと、スラム街に無差別艦砲射撃を実施したこと、市街地区画で水爆の数千倍の威力を持つ熱兵器を使用したこと、その他にも多数の損害と犠牲者を出したことは事実だ。
 最終的にゼラフィウムの要塞本部への被害は免れたが、支払った代償は到底収支が付くものではない。
 その結果の一端が、契約内容に記載された規制の強化だ。
 動員可能な人員の総数。猟兵一人辺りが運用できる艦艇の数。持ち込める兵器の厳密化。使用を許されないユーベルコード。新たな規制は読めば読むほどきりがない。
「うちの宇宙海兵強襲部隊と宇宙海兵戦闘工兵隊は大丈夫なんだろうな? 仕事を始める前に契約違反で送り返されたら堪らん」
「規約内なら大丈夫なはずよ。先方も意地悪するつもりはないでしょうし、問題があれば指摘されるわよ」
 ヴィリーは水之江の言う事を信用する以外になかった。兎にも角にも、現地入りしなければ事を始められない。ペンを手に取り、電子契約書の最終項目に開いた空白に、自分の氏名を書き加える。
「はい。これにて契約締結。ご成約どうも」
 板状端末を受け取った水之江も署名した。
「さて……出発はいつにする?」
「すぐにでも」
 ヴィリーはサインをしたら即仕事に取り掛かるつもりでいた。装備は全て揃っている。
「じゃあさっそく現地に転送しましょうか。二番格納庫に行くわ」
 水之江が椅子から立ち上がるのに合わせてヴィリーも立つ。蛇のようにうねるポニーテールを追い、グリモアの転送門が開かれる格納庫へと向かう。
 あの虐殺劇から数日後、地獄の釜は今頃、人の憎悪と恐怖で沸騰しているに違いない。意識せずとも腹に力がこもる。表情は硬くなっていた。

●死体漁り
 頭上に広がる分厚い曇天が、午前の日射を遮っている。
 ゼラフィウム大虐殺から約一週間後。スラム街は、真っ黒な瓦礫の大地と化していた。
 犇めいていたバラックやテントはほぼ全てが焼け落ちて炭化し、礫地のような荒涼とした平面が、要塞の城壁の足元まで広がっている。
 散見される大きな窪みは、艦砲射撃で生じた窪みに間違いない。そこだけ生の地面がくっきりと剥き出しになっていることから、使用された砲弾の威力は十分に推し量れた。
 無惨な戦場を彷徨うのは、家族や知人の遺体、または遺留品を探す難民の生き残り。幼子が空に向かって親の名前を泣き叫んでいる。レイテナ軍の兵士は、キャバリアや重機、人力で瓦礫の撤去作業に取り掛かっている。数の少なさからして、本格的な復旧活動には程遠い。レイテナ軍に紛れて、黒い外套を纏う修道者達がいた。仰々しい紋章から、バーラント機械教皇庁かアーレス教の信徒であるようだ。

 煤の臭いを運ぶ風の音は、理不尽に奪われた命の怨嗟か。十数万人が奏でる断末魔の合唱を聞いたヴィリーは、眼前に広がっている光景に、途方もない虚しさを覚えた。
「まるで骸の海だな」
 覚悟はしていたが――実際に現場を見ると、どこから手を付ければいいのか分からなくなる。かといってただ突っ立っているために来たのではない。隷下の海兵強襲部隊と海兵戦闘工兵隊は、既に整列を終えて指示を待っている。
「総員傾注」
 ヴィリーの声に兵士達は一斉に佇まいを正す。
「グリモア猟兵経由でゼラフィウムへの支援依頼が正式に通った」
 周囲から視線を感じる。突き刺すような殺気。決してあがなわれない憎しみ。恐怖。様々な感情を帯びた視線。それらは、ゼラフィウム大虐殺から辛うじて生き延びた難民達が注ぐ視線だった。
「現状、レイテナ軍ゼラフィウム駐留部隊は再編成中であり、工兵科も工業区画の復旧に注力、郊外の瓦礫の撤去や遺体の回収作業には殆ど手が付けられていない状態だ。今回の我々の主な任務は、要塞外周スラム地区跡地での遺体の回収、及び各メインゲートに続く街道上の瓦礫撤去だ」
 この骸の海と化したスラム街跡地を全部さらうことなど、とても現実的ではないが。各隊の兵士達もヴィリーと同じ思いを抱いていた。ましてや投入できる人員に規制が課せられている状況だ。費やす時間にもよるが数区画分が精々であろう。
「各員は対BC兵器の防護装備の着用を厳守。海兵強襲部隊は工兵隊のビークルに分乗。任務は工兵隊の護衛だが、暴徒化した難民や時間差で羽化したエヴォルグ幼体が襲撃するかもしれん。作業を手伝っても良いが油断はするなよ」
 作業ばかりに専念してもいられない。新型エヴォルグウィルスの脅威がある。感染源はナノマシンである可能性が高いというところまでは判明しているものの、肝心のナノマシンがどこで散布され、どこに潜んでいるのかも分からない。幸いにして空気感染の恐れはないが……難民は全てエヴォルグ量産機を腹の中に抱えていると疑ってかかる必要がある。ゼラフィウム大虐殺以降、難民の中から羽化した事例は報告されていないが、遅れて羽化しないとは誰も断言できない。故に、人道支援を目的とした任務でありながら、武装した強襲部隊は必須であった。

「工兵隊は各所での作業を担当する。ドーザーは街道の瓦礫の撤去と砲弾跡の穴埋め、バックホゥはレイテナから指定されたエリアに遺体処理用の縦穴掘削、輸送車は各所から遺体の回収と縦穴への集積を行え。それと、総員無許可での発砲は厳に禁ずる。余計なトラブルは御免だ。以上! 各部隊、作業に取りかかれ!」
 ヴィリーの号令と同時に、敬礼する兵士たちの足が寸分違わず鳴り響いた。場の空気が一瞬で引き締まる。
 輸送車と重機が排気の唸り声をあげる。それが、終わりの見えない作業を始める合図となった。

●邂逅
「うわあああぁぁぁ! イェーガーだ!」
「殺される! みんな逃げろおおおぉぉぉ!」
 ヴィリーと率いる部隊が移動した先々で悲鳴があがった。難民たちが蜘蛛の子を散らすようにして逃げてゆく。
「返って作業はやりやすいが、嫌われたもんだな」
 分かりきっていた事だが、猟兵はユーベルコードを操る凄腕のパイロット、あるいは生身でキャバリアと渡り合う超人として、闘争に疲弊した人々の希望の象徴から、殺戮と蹂躙の象徴となった。痛みと共に深く根付いた印象はそうそう払拭できるものではない。ゼラフィウム大虐殺の名と共に猟兵の存在も語り継がれてゆくのだろう。散々難民を焼き払った張本人として言い分はあったが、真相を話したからといって納得が得られるとも到底思えなかった。
「まともな死体がないな」
 黙々と瓦礫を撤去していると、すぐに死体が出てくる。腹が破裂した死体は、エヴォルグ量産機の繭だった死体だ。その他にも四肢がなかったり、逆に手足だけだったり、胸から下から内蔵がぶら下がっていたりと、人の形を保っているものは殆どない。艦砲射撃の衝撃波と弾片で文字通りに身体が爆発四散したらしい。黒焦げになった死体も少なくなかった。木炭のようになった死体は脆く、搬送するために持ち上げると崩れてしまう。
「兵隊ならタグを回収すりゃいいが、民間人はな……」
 死者行方不明者数は十数万に登る。レイテナが発表した暫定報告の信憑性は高い。輸送車の荷台は身元不明の遺体、またはその一部で満杯になった。
 集積所に向かう輸送車を見送っていると、装甲気密服に小粒の何かがぶつかった。取るに足らない小さな衝撃が金属音を鳴らす。
「イェーガーはゼラフィウムから出ていけ!」
「東アーレスから出ていけ!」
「人殺し!」
「大量殺人者!」
「私の家族を返せ!」
 振り返れば大人から子供まで、遠くから石や瓦礫を投げつけてくる。ありったけの憎しみを籠めた罵詈雑言と共に。
 同様の報告が各隊からあがってきた。ヴィリーはそれらに「無視しろ。発砲は絶対に禁ずる」と定型文で応じた。
 ソフトボール大の石が命中しようが、全身を完全に覆う装甲服には傷すら付かない。ただ、伝う衝撃は物理的に感じるよりも、遥かに重く感じた。これは猟兵が刻み込んだ傷跡から生まれた重み。傷が塞がったとしても、憎悪の重量は決して薄らぐことはないだろう。

 非難の投石を浴びているのはヴィリー達だけではなかった。
「自国民なのになんで助けてくれなかったんだ!」
「レイテナ軍は死ね!」
 レイテナ・ロイヤル・ユニオンに属する兵士達もまた、猟兵と同じ咎を背負っている。彼らもセクションゲートに殺到する難民に対して、無差別攻撃を実施していたからだ。
 石と罵声を受けながらも作業を進めるレイテナ軍の兵士達。その中には、スワロウ小隊の隊員達の姿もあった。
「テレサ少尉らも戦闘拒否の罰則で奉仕活動でも命令されたか?」
 ヴィリーが声を掛けると、テレサは「いえ……」と暗い面持ちを逸らした。
「待機命令中ですけど、私達もできることをしなきゃと思って……イェーガーを止められなかった私達にも、責任がありますから……」
 消え入りそうな声で呟き、粛々淡々とした様子で千切れた遺体を運び出す。
「そうか。ならこっちの海兵隊を三人ほど付けてやる」
「私は……」
「いまは石ころで済んでるが、火炎瓶でも投げられたら作業にならんだろうしな」
「私は――!」
 テレサが張り上げた声を地面に叩き付ける。ヴィリーと各隊員が思わず手を止めた。
 沈黙が降りる。そしてテレサは、肩を震わせながら口を開いた。
「私は……最初の私がイェーガーに言っていたことが、全部間違いだとは思えない……!」
 すぐにテレサは逃げるようにして小走りで去ってしまった。ヴィリーには萎縮した背中にかける言葉が見当たらなかった。
「敵に絆されたってわけじゃあ無さそうだが……」
 作業に戻ろうとした時、またしても手が止まった。ローブを着た何者かが、いつの間にかすぐそばに立っていたからだ。
 顔をすっぽりと覆うフードの奥に、緩いウェーブのかかった金髪が見える。シトリン色の瞳は、こちらを真っ直ぐに睨んでいた。怒りと憎しみ、そして失望が窺える眼差しだった。
「お前……」
 ヴィリーはこの相手を知っている。直接ではないが、顔を合わせたことはあるはずだ。彼女の名は――。
「久し振りだな。スティーズ中隊のリリエンタール・ブランシュ大尉」
「お元気そうで安心したわ。これであなたを躊躇いなく憎むことができる」
 露骨な皮肉が籠もった声を聞いたのは、核弾頭の輸送任務依頼だった。リリエンタールとの間合いに、緊張の空気が走る。
「東アーレス解放戦線のエースが偵察任務か? ゼラフィウムを落とすなら今がチャンスだとは思うがな」
 警戒態勢を取る海兵強襲部隊をヴィリーは手で制した。リリエンタールから憎悪の気配はあれど交戦の意思は匂わない。
「後始末に来たのよ。あなた達がやった大量虐殺のね」
「事情を話せば長くなるが……聞く気はないんだろうな」
 リリエンタールは鼻を鳴らして首を横に振った。
「どんな言い訳を並べたって、あなた達の行いは正当化できないわ。あなた達は大勢の人の命を一方的に奪った。それが、揺るぎない事実よ」
「ならお前さん達ならもっと上手くやれたって?」
 ヴィリーの皮肉の返しはリリエンタールに深い溜息を付かせた。
「あなた達イェーガーには失望したわ。それだけの力を持っているなら、東アーレスを人喰いキャバリアから奪い返せるはずだったのに。ただの殺戮者に成り下がるなんてね」
「他に代案があったなら是非とも教えてもらいたいもんだ」
「あなた達はイェーガーなのよ? 私達とは違う。私達にできないことがあなた達にはできる。あなた達は持てる力で大勢の人を救えたはずよ。なのに逆のことをした。どうしてかしら?」
「さあな? 勝手に期待されても困る」
「力に溺れたのよ。その力がイェーガーを傲慢にした。その傲慢さで大勢の人の命を奪った。イェーガーに原罪があるのだとしたら、それは力と傲慢よ。覚えておきなさい。力の使い道を誤ったあなた達は、いつか必ず罪を償う日が来る。私達が償わせるわ」
「そりゃいつだ? 今日は止してくれ。そんな気分じゃない――」
「くぅぅぅおるぅぅぅあぁぁぁ! そぉぉぉ! こぉぉぉ! のぉぉぉ! 口ばっかり動かしてないで手を動かしなさぁぁぁい!」
 凄まじい怒声が空気を戦慄かせた。燃え盛るような赤髪の少女の怒声だった。
 小柄な背丈から出てきたとは思えない声量に、流石のヴィリーも押し黙る。暗い色調の修道服と紋章から、闘神アーレスに仕える修道女に違いない。
 アーレス教の総本山はバーラント機械教国連合にある。レイテナにとって最大の敵国であるはずなのだが、それがどうしてゼラフィウムで我が物顔をしていられるのか――人道支援の建前上、レイテナ側には拒否するにできない事情があったのだろう。
「自分からお手伝いを申し出ておいておサボりですかぁぁぁ!? 遊びに来たんなら帰ってもらえますぅぅぅ!? こっちはものすごぉぉぉく忙しいぃぃぃのでぇぇぇ!」
 赤髪の修道女は凄まじい剣幕だった。集音センサーが音量を自動調整しているはずなのに、一言一句が鼓膜に痛い。
「偶然再会した知り合いと少し話し込んでただけだ。すぐ作業に戻る。だからそんな大声で怒鳴らんでくれ」
「ほぉぉぉら働く働くぅぅぅ! イェーガーがとっ散らかしたんですからねぇぇぇ! 自分の後始末ぐらい自分できっちり付けなさぁぁぁい!」
 手を叩いて急かす。リリエンタールに目を戻すと、既に離れた場所で作業を始めていた。もう話すつもりはないと背中で語っている。
「工兵隊、ドーザーを二台寄越してくれ。砲撃で開いた穴を埋める」
 ヴィリーの誘導に従い、重機が瓦礫を窪みへと押し出す。猟兵が穿った傷跡は幾らでもある。埋めても埋めてもきりがない。死を踏み生きているとはまさにこれのことか。覆い隠されてゆく傷跡を見下ろしながら、ヴィリーは内で呟いた。

●灰よ
 曇天から差す夕陽は既に遠ざかり、宵闇が世界に幕を下ろそうとしていた。
 スラム街跡地の外れに掘られたその縦穴は、地獄に続いているのではないかと疑いたくなるほどに深い。
 中では紅蓮の灼熱が踊っている。ファイアアント対装甲火炎放射器の燃料に、幾多の亡骸を焚べた、死者の炎だった。
「隊長、葬儀での祭詞は暗殺の危険性が高すぎるのでは……?」
 装甲服で隙間無く全身を覆った強襲部隊員が尋ねる。礼服に着替えたヴィリーは「だろうな」と携えた聖書を開きながら言った。
「俺を狙う奴はその権利があるし、俺には殺される理由がある、どちらにせよ、ここで死ぬ様なら俺はそれまでの男だった訳だ」
 火葬を遠巻きに見守っている観衆の中から、憎悪を伴う殺意の眼差しが注がれていることは分かっている。リリエンタールも決して許さないという信念の宿った眼差しを寄越している。テレサ達は……全く目を合わせようともしない。
 ゼラフィウムに渦巻く憎しみと悲しみの中心には、猟兵がいる。戦いが終わっても――或いは戦いが終わったからこそ、規模を拡大しながら滞留し続けている。
「で、エクシィ・ベルンハルト一等執行官殿、祭詞はこっちでやっても構わんと?」
 燃える赤髪の修道女に問う。
「ご勝手にどうぞ。私は連日のお務めで喉ガラッガラなんでぇぇぇ。ったく、つくづくイェーガーってのは人の仕事を増やす事の天才ですねぇぇぇ?」
 ヴィリーは大声で怒鳴り散らすせいじゃないのかと言いたくなったが、堪える事にした。
「宗教上の都合は?」
「別にぃぃぃ? アーレス教の教えは寛大なんですよん。アーレス大陸じゃ、どうせ全ての神魔は闘神アーレスの前に跪くんですから。あなた達イェーガーもね」
「傲慢さならイェーガーと良い勝負ね」
 リリエンタールの嫌味はエクシィにも聞こえていたはずだが、特に反応は示さない。アーレス大陸で最大規模の宗派であるが故の余裕なのだろうか。
「なら始めさせてもらうが」
「……イェーガーの弔祷で浮かばれるもんか」
 難民の意見はごもっともだった。自分には憎まれる理由があるし、恨まれる理由がある。だから自分は後始末を付ける義務がある。咳払いをし、聖書のページを捲った。

『彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊の血で洗って、白くしたのです。
 だから彼らは神の御座の前にいて、聖所で昼も夜も、神に仕えているのです。
 そして、御座に着いておられる方も、彼らの上に幕屋を張られるのです。
 彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。
 なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、
 いのちの水の泉に導いてくださるからです。
 また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。
 そして残された肉体は大地に返します、土は土に、灰は灰に、塵は塵に。
 父と子と聖霊の御名において、アーメン』

 痛いほどに静寂な空気が降りる。燃え盛る炎の音だけが鳴り、炎を見守り続ける者達の顔を緋色に照らし出す。
 この聖書の一節は、理不尽に命を奪われた者達にとって、なんの救いにもならないだろう。
 だが死者にできることと言えば、せめて骸を人らしく弔い、祈ることだけだった。

「絶えず時は運び、全てが土へと還る。そうして今があるなら、生者は死者の上に立っている……か」
 誰の言葉だったか、誰の歌だったか――この道は幾多の骸で舗装されている。
 自分たちはその道を進むしかない。
 全ての犠牲に、意味を持たせるためにも。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年11月16日


挿絵イラスト