涼やかな秋風が吹くようになった九月の末。サムライエンパイアでは、今日も賑やかな祭が開かれている。
来月に来たる秋の豊作を祈るため、はたまた民衆の心をひとつにするために開かれた祭によって、市井の人々は種族を問わず楽しそうな笑顔を交わしている。
――そんななか、ぽつんとひとり佇む女が居た。
「……すこし遅れた?」
仇死原・アンナは呟く。予定よりも十分ほど遅れてしまったせいか、待ち人の姿は何処にもない。
待ち合わせの場所は決めていたものの、同じように浴衣を着こなす人々は少なくない。あちらが迷ってしまったのだろうかと思いつつ、祭の会場で相手を待つ。
浴衣コンテストを一緒に楽しみたい。そう誘われたものだから、特に予定もないことだしと、アンナは青年の申し出を受け入れた。
秋の味覚も食べられるだろうし、涼やかな会場で屋台を楽しむのも悪くはない。なんだかんだと毎年新しい浴衣を仕立ててもらうのは気分が良いし、彼のうれしそうな表情を見るのも面白くはあった。
とはいえ、肝心の待ち人はまだ見当たらない。このままこうしているのも仕方がないだろうか、と探しに行くか迷っていれば、声をかけられる。
「あら、素敵な浴衣ねぇ。とってもよく似合ってるわ」
普段の装いである鎖と革ベルトを織り交ぜ、紺のグラデーション生地に薔薇をあしらったレースを合わせた浴衣は、アンナの性格やスタイルを美しく表現してみせている。それを褒めてくれたのは優しそうな老婆で、女はありがとう、と感謝をかえす。
ふいに、老婆が持っている荷物の多さに気づいて、アンナはそっとその荷物を持つ。
「あら、ありがとう。すこし先の屋台まで、これを届けなくちゃいけなくてねぇ」
「なら一緒に行く」
そうして執行人は、ゆっくりと老婆と歩幅を合わせて目的地へと向かった。
待ち合わせ時刻から、二時間が経過していた。アンナは今、屋台の店先で和菓子を食べている。
大人気の屋台へと材料を届けに歩いていた老婆を助けたお礼にと、彼女の息子夫婦である店主達に和菓子を振る舞われたのだった。
「……おいしい」
もぐもぐ、栗を使った練り菓子はとてもおいしくて、淹れてもらった緑茶もよく合う。それにしても、彼は何処に居るのだろう。
――アンナは知らない、そもそも彼女の待ち人は“サムライエンパイア”ではなく“アヤカシエンパイア”で待ち合わせしていることを。
うっかり勘違いしたのは彼女のほうで、しかしそれを気づかせてくれる人は此処には居ない。
「ま、いいか」
かたや平安の世が続く和の世界、かたや戦乱の世が続く和の世界――どことなく似ているこのふたつの世界のそれぞれで、ふたりはぼんやりと待ちぼうけを続けることになるのだった。
成功
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