LIVEはEVILに、されどVIXIと
●『■存者』
クローン。
それは人の可能性を狭めたのか、それとも広げたのか。
まったく遺伝的に同一の存在を生み出すことができるというのならば、優秀な人間だけをクローニングし続ければいい。
それは人間を商品にすることだ。
優秀でなければ、必要ない。
劣等を淘汰する自然の摂理にも似通っているが、多様性を廃している。
多様性がないのならば、淘汰も生まれない。
淘汰が生まれなければ競争も起こらない。
競争がなければ、進化も存在し得ない。
なぜなら、優秀という到達点は、それ以上にはならないからだ。
そして何より、アイデンティティが喪失する。
己と他の間が曖昧になるだろう。
そうなった時、己と他の同一によってクローニングされた人間は自我が崩壊するだろう。そうなった時、人は人でいられるだろうか?
社会性の獣ですらなくなった人間に未来があると思えるだろうか?
優秀であることを求めた結果、本来あり得た可能性をも潰えさせるのは皮肉でしかなかった。
しかしだ。
戦乱満ちる世界にあって、優秀であることは生存に必要不可欠なものであった。
どれだけ運が、機会が、タイミングが得られたとして、基礎となる優秀さがなければ、それ以上にはならないだろう。
そして何より、『それら』を利用する者たちは、自然の秩序に土足で踏み入ったのだ。
神の領域とすら称する者たちがいたとして、必ず神ならぬ人間の身である。
その齟齬に社会は反発するだろう。
そして、たとえ、その反発すら許さぬ状況にあっても、人は揺らぐものである。
悪性と善性を持つのが人間である。
なら、その間に生まれるのが良心だ。
モラルと言っていい、倫理と言ってもいい。
それらによって人間は完全なる悪性にもなりきることもできなければ、完全なる善性をも獲得することが不可能であると証明するのだ。
己の不完全さを、他者の完全さで補おうとするから、歪むのだ。
そこに信頼の構築を忘れた哀れな獣がいる。
インスタントな手段は、長期的は繁栄を引き寄せないのだから。
「……」
見上げた空は灰色に濁っていた。
陽の光も遠ざかっている。
時間の経過も、今が暦の上で何月何日なのかもわからない。
それほどまでに空は曇天そのものだった。
わからない。
わからないけれど、どうしてか涙もでない。
心のなかには空虚だけがある。
どうしようもないほどに。
朱鷺透・小枝子(亡国の戦塵・f29924)は、生き残ってしまったと『思い込んでいた』。
なぜなら、眼の前にはどこまでも続く廃墟だけがあったからだ。
崩れた建造物。
擱座して黒煙を上げる鋼鉄の巨人たち。
部品のように散った骸。
硝煙と血。
砂嵐塗れの視界に映る全てに疑問符が付き従う。
見上げた空は何も教えてくれなかった。
欠片のように散った己が血は、身を起こすと乾いた音を立てて剥がれていく。
それがどうしてか物悲しく思えてしまった。
何か、忘れてはいけないものを忘れてしまったような。
置き去りにしてしまったような。
取りこぼしてしまったような。
いいようのない感情は、虚の中に吸い込まれていってしまった――。
●欠片
鋼鉄の巨人たちが激突する。
見上げる暇すらない。
爆炎が巻き上がり、衝撃と轟音が耳朶を打つ。
走る。
走る。走って、走って、走り続けて、目標にただひたすらに前進する。。
それが求められたことだった。
「ハァッ……ハァッ……!」
息が切れる。
だが、抱えたパルスグレネードをしっかりと握りしめる。
これは己の生命よりも重たいものだ。
必ずや、敵をこのパルスグレネードの放つ爆炎の中に叩き込まねばならない。
確実だ。
それが己の役割だ。
だから、と管理番号『E034』は、ただひたすらに走った。
その傍を弾かれた鋼鉄の巨人、キャバリアが倒れ込む。
重たい音を立てて、管理番号『E034』の体躯を跳ね上げさせたが、彼女はひた走った。
倒れ込んだキャバリアは友軍機だ。
迫るのは、敵キャバリア。
「我が国に」
仇為す敵。
滅ぼす。滅ぼさなければ、と安全装置を引き抜こうとした瞬間、皮肉なことに友軍機のキャバリアが転倒した際に倒れ込んだ家屋の瓦礫が彼女の頭上から狙いすましたように飛来した。
影が、視界を暗くしたことすら認識できたが、それでどうにかできるわけがなかった。
ただ、彼女の長くはない人生の走馬灯が一瞬で駆け抜けるだけだた。
身に走る衝撃。
痛みよりもまず先に思ったのは、己が手にしたパルスグレネードを瓦礫から遠ざけなければならないという思考だった。
手を伸ばす。
何故、そんなことを、とまともな思考を持つ人間なら思っただろう。
我が身を守ることを優先するのが生物の基本だ。
だが、それすら思考の端に追いやっている。
そこにあったのは献身だった。
己が瓦礫にひしゃげて死ぬことは必定。無駄死にだ。無駄だ。
なら、手にしたパルスグレネードは、地面に転がっていれば友軍の兄弟たちが使うかも知れない。
そうすれば、兄弟たちが自分の役立たずぶりを是正してくれる。
そう信じて。
ひしゃげた音が、彼女が最後に聞いた音だった――。
●欠片
脚部と腰部に排されたメガスラスターが重力を振り切るようにして、己が体を飛翔させる。
迫りくる灰色のコンクリート。
敵地の建造物の特色は理解している。すでに要所のポイントも判明している。
管理番号『A921』は、装備されたパルスグレネードに手をかけた。
敵の重要施設を破壊できれば、それでこの戦いは終わる。
早期に戦いが終われば、無駄に死ぬ兄弟たちもいなくなる。
それはただの付随した思考に過ぎない。
ただ国に奉仕する。
そのためだけに生み出されたのだから、それはただの雑念であるとしかいいようのないノイズであった。
だが、彼女は構わず飛ぶ。
ビルとビルの間、その壁面を器用に蹴って機動をなして敵の追撃を振り切る。
「敵機、確認。防衛ラインの最終戦力と断定。攻撃に入る」
キャバリア。
戦場の花形。
体高5mの人型の鋼鉄。
まるで巨人と戦いだ。肉薄したキャバリアの関節部に手にかけたパルスグレネードをねじ込み、敵機の装甲を蹴って、『A921』はパルスグレネードの爆発に煽られながらも離脱し、さらに壁面に張り付いた。
次の瞬間、壁面に穿たれるのは苛烈な銃痕だった。
散る破片の中、『A921』は黒髪の交じる幾房もの白髪を揺らして空中でメガスラスターの噴射と共に一気に敵機へと取り付く。
キャバリアのアイセンサーが己を捉えた。
まるで人間のように同様したキャバリアに表情など彼女は見出さなかった。
すでにパルスグレネードはない。
引き抜いたフォースサーベルを装甲に突き立てる。
だが、頭部センサーを守る装甲は固く弾かれる。幾度が叩きつけたが、どうにもならなかった。
キャバリアを相手取ることができるのはキャバリアだけだ。
如何にアンサーヒューマンと言えど、膂力まで人間以上であるわけではない。
ただ、瞬間思考によって常人よりも戦場における判断力が優れているというだけのことだった。
だからこそ、手にした武装は結局凡百のキャバリアを相手取る有効打にはなり得ない。
ならば、と頭部センサーとオーバーフレームをつなぐ、人間で言うところの首の部分へとフォースサーベルを叩き込む。
斬りつける。
もがくようにキャバリアが『A921』へと腕部を振るった。
それはまるで人間が羽虫をはたき落とすような動作に似ていた。
「……」
瞬間思考は、それをつぶさに見せていた。
メガスラスターの噴射。
だが、メガスラスターは、それまでの極端な機動によって推進剤が枯渇していた。
気の抜けた音。
「……友軍機到着まで」
あと何秒。何分。
死が迫る中、そればかりを計算していた。
敵の重要施設への攻撃を成功させるためには、敵キャバリアの制圧は必要不可欠だった。
だから、時間を稼がねばならない。
羽虫のように叩き落された体がは、そこかしこがひしゃげていた。
視界が真赤に染まる。
眼の前には、パルスグレネードが転がっている。
有効な装備。
認識。
手を伸ばす。
だが、腕が動かない。もう少し。もう少しなのに。
「……でも」
赤く染まる視界の端で敵機が友軍機によって破壊される様を認め、その瞳はもう光を移さなかった――。
●欠片
歩兵に対する機銃の掃射を恐ろしいと思ったことはなかった。
どんな火器と言えど、弾丸を放つのならば、その直線上にいなければ意味をなさない。衝撃波などの問題もあるだろうが、己たちの装備であれば、問題にはならない。
管理番号『J1132』は、そう思っていた。
「進め。敵施設の破壊を」
指令を受けて走り出す。
歩兵は常に前進を求められる後進など必要のない言葉だった。
前に、前に、前に。
ただひたすらに歩を進める。
単純なことだ。
簡単なことだ。
誰にだってできることだ。ただ、前に進んだ結果、生命を落とすこともある。
それ自体はどうでもいいことだ。
問題は、何もできずに死ぬことだ。
敵施設の抵抗は予想以上だった。
バリケードとトーチカ。
これらから放たれる機銃の掃射は十字のように火線を描いている。
猛烈な抵抗。
それだけ敵国にとって重要な施設であるのは間違いないようである。
銃弾が雨のように注いでいる。
「雨に撃たれて死ぬやつはいない。なら」
進むだけだ。
高揚などなかった。かと言って恐怖に体が凍りつくことなど無縁だった。
機銃の掃射の中、隣を進んでいた兄弟が吹き飛んだ。
脇目も振らない。
意味がないからだ。
弾丸の軌跡を捉える。
瞬間思考は、己の視界をオーバーフローさせる。
目尻から血液が噴出する。
膨大な機銃掃射の弾丸の軌跡を一つ一つ捉えていれば、当然情報量が膨大なものとなるだろう。
その膨大な情報を受け流すことができない。
すべて、つぶさに捉えてしまう。
それ故に情報はさらに増大し、処理できなくなってしまう。処理できなくなればどうなるか?
簡単だ。
フリーズする。
我が身が硬直した瞬間、体に衝撃が走る。
何が起こったのか理解できた。
飛来した機銃の弾丸が己の右半身を吹き飛ばしたのだ。
感覚がない。
「死ぬのが遅れただけだ。ほんの数秒」
それでも数秒。
兄弟たちに比べて、数秒も生きながらえたのならば、やるべきことはひとつだ。
身を起こす。
そして、前進する。
たったそれだけだ。
だが、己の眼前に巨大な影があった。
それはキャバリアの足底だった。
パルスグレネードに手を伸ばす。
いや、伸ばせなかった。利き腕が吹き飛ばされていたのを失念していた。判断が遅れた。
だが、左腕でパルスグレネードの安全装置を引き抜くことは出来た。
「吹き飛べ」
そこで何も見えなくなった。
どうなったかなんてわからない。ただ、確実なのは、己が。
爆風に煽られて、パルスグレネードが一つ、また転がっていった――。
●欠片
「キョウダイ! いこう! 次は自分たちだ!」
「了解であります!」
敵国の施設の抵抗は激しい。
歩兵たちによる前進は遅々たるものであったが、友軍機キャバリアによる前線の押し上げは成功していた。
あとは施設に踏み込むだけだ。
だが、バリケードとトーチカの十字掃射は激しい抵抗を示していた。
銃火が雨となって注ぐ中、歩兵小隊のことごとくが玉砕していた。
広がるのは骸ばかりだった。
ころころと転がっていくパルスグレネードは、その形状故であったが、まるで意思を持っているように敵施設へと偶然であろうが、煽られるようにして不規則に進んでいく。
管理番号『P402』と『P403』は、互いに頷きあった。
キョウダイ、と呼んだのは別に特別な意味があってのことではなかった。
連番になっているから、ではない。
彼女たちは皆キョウダイだ。
ただ、同じ小隊に配属されただけだった。
意味なんてない。
それはただの数字だったからだ。
機銃の掃射に次々と倒れていくキョウダイたちを見やり、彼女たちは走り出す。
その装備はお粗末なものだった。
消耗品に上等な装備など必要ない、というのが国の見解だった。
彼女たちに求められたのは、捨て駒だ。
敵の銃弾を一発でも多く浪費させるためだけの肉の壁。いや、壁なんて上等なものではなかった。
盾ですらない。
ただの的でしかない。
弾丸一発を生命で引き換えにする狂気。
だが、彼女たちはなんら疑問に思うことはなかった。
「敵ながらよく練られているが!」
「敬意はあれど、戦意は衰えることはないのであります!」
走る。
走って、駆け抜けて、銃火に頬を切り裂かれて血潮が舞うのだとしても止まらない。
爆発がそこかしこで起こっている。
身を煽られ、よろめく。
その頭上を銃弾がかすめる。
誇らしい。
また敵の弾丸を浪費させることができた。
「キョウダイ、敵の照準は甘くなってきているであります! このまま……」
キョウダイ。
隣を走っていた『P403』から応答がなかった。
考えるまでもなかった。
よろめいた体を引き起こして、後ろを見ずに走った。
後悔などない。
ただただ走る。
誰かのためになるのだとか、託されただとか、引き継ぐだとか、そんな思考なんてなかった。
ただ、走って。撃たれて。倒れる。
それだけのことだ。
弾丸を数発身に受けて血反吐の中に沈み込んだ彼女の虚ろな瞳の中、また爆風に煽れてパルスグレネードが転がる――。
●欠片
重厚な装甲を持つキャバリア『ディスポーザブル01』が前進する。
それに合わせるのに管理番号『R09』は必至だった。
行軍の遅れになってはならない。
確かにキャバリアの前進に合わせるのは困難なことであった。
そもそも歩幅というものが違う。
如何に『ディスポーザブル01』が重厚な装甲を持つが故に鈍重な動きしかできないのだとしても、それでも歩兵である己達よりもずっと速い。
これに追いつく、いや追いすがるのはどう考えても体力が追いつかないことだった。
しかし、展望はある。
前線の敵バリケードとトーチカの戦力の抵抗が弱まっているのだ。
先に投入された部隊が敵を消耗させてたのだ。
「このままいけば、この戦いは自分たちの勝利であります」
腰元に下げたパルスグレネードが揺れる。
まるで自分の出番を待っているかのようだった。早く、早く、爆ぜさせろ、と言わんばかりに揺れるパルスグレネードを掌で『R09』は押さえながら、息を切らしながら走った。
隣進む『ディスポーザブル01』の鈍重なれど、つつがなく進む歩行音が頼もしく思えてならなかった。
息が切れる。
吐き出しきった息の瞬間、彼女は見上げた。
『ディスポーザブル01』に組み付く敵機。キャバリア。手にした武装が『ディスポーザブル01』の強固な装甲を打ち据える。
拉げることなかったが、弾かれたように装甲が凹む様を見た。
そして、敵機の手にした火炎放射器が『ディスポーザブル01』の胸部……つまりはコクピットハッチへと押し付けられた。
「――」
声を上げることも出来なかった。
なぜなら、息は吐き出しきっていたからだ。
もう二度と息を吸い込むことはできなかった。火炎放射器の燃焼は、周囲の酸素を残らず燃やしたし、白熱するように己の視界が染まりきったからだ。
吹き荒れる炎から逃れる術などなかった。
なまじ、『ディスポーザブル01』に随伴するために近づいていたがために、それは一瞬だった。
荒れ狂う炎の中に狂うことはなかったのは幸いだった。
いや、己にとっては幸いでもなんでもなかっただろう。
けれど、端から見れば、幸いだった。
なぜなら、敵機の火炎放射器は火力が尋常ではなかった。
当然だろう。
敵機のコクピット内部を蒸し焼きにするほどの火力だ。生身で受ければどうなるかなんて言うまでもなかった。
パルスグレネードが誘爆を引き起こし、彼女の体は欠片も残らなかった。
きっと、苦しむことはなかった。
けれど、役割を果たせなかった安全装置のピンだけが、虚しく戦場に落ちた――。
●欠片
『ディスポーザブル01』が敵機とぶつかる。
火炎放射器を装備したキャバリアを圧壊さえるように数機で叩き潰し、もたげるようにしてオーバーフレームを持ち上げたモノアイセンサーの光が妖しく戦火に揺らめいた。
敵機を粉砕した際に散ったオイルが返り血のように装甲を汚していたが、気に留める暇などなかった。
立ち上がった『ディスポーザブル01』から放たれたホーミングレーザーが幾条にも伸びて敵機の群れへと殺到する。
爆風が巻き起こる。
そのさなかを敵機が踏み込んできた。
「迅速な判断であります」
コクピットにいた管理番号『B747』は操縦桿を握りしめ、即応する。
敵機の装備を把握。
小型パイルバンカー。
取り回しがよく、こちらの重装甲を熟知しているがゆえの動きで懐に入り込めば、と勝機を見出したのだろう。
指で弾くようにしてコンソールを叩く。
背面に装備された騎兵刀を『ディスポーザブル01』が抜き払うが、遅い。
故に胸部の電磁音波発生装置によって敵機の動きを押し留める。
だが、止まらない。
「止まらないのなら」
騎兵刀を叩き込む。
だが距離が近すぎた。振るった騎兵刀の刃、その最大の攻撃力を誇る刃が敵機の装甲に僅かに食い込む。
身を捩るようにして敵機がパイルバンカーを振るい上げた瞬間、まるでいなされるように騎兵刀が逸らされたのだ。
瞬間思考が奔る。
だが、それは意味をなさなかった。
判断できるのは、彼女の視界に映るものだけ。
視界外、つまりは死角から迫るパイルバンカーの一撃に対応などできようはずもない。
横合いをなぐようにして放たれた一撃は、彼女の体ごとコクピットを貫き、その巨体を沈黙させる。
騎兵刀は力なく地面にうなだれるようにして落ちた。
亀裂奔る地面。
その行く先は、前に――。
●欠片
鈍重な『ディスポーザブル01』を追い越すように重力制御で跳ねるようにして飛ぶ異形のキャバリアがあった。
「クソッ! 敵の主力は重装甲型だけじゃあなかったのかよ!」
「いいから動け! ああっ、ガッ――!」
「おい! 応答しろ! 何が……!」
衝撃が奔る。
機体が揺れ、コンソールパネルには、機体状況を知らせるアラートが明滅している。
右腕が損失。
スラスターはまだ生きているが、脚部が反応しない。
「チッ! 『■■■■■』の屑弾たちが!」
忌々しく敵国の名を、そして、その敵国が要するクローニングアンサーヒューマンたちを罵る。
だが、それで事態が好転するはずなどなかった。
今、己たちが相対している敵国は、あろうことか倫理観を捨て去っていた。
狂っている。
一人の人間をクローニングし、全て同じ顔をした兵士として押し出しているのだ。
戦場には、帯びたただし数の同じ顔の兵士たちが転がっている。
「生命を何だと思ってやがる! 狂ったクソどもが!」
悪態は意味がない。
わかっていても、それでも恐怖を紛らわせるために叫ぶしかなかったのだ。
まるで異形の化け物じみた動きで、あの六腕のキャバリア『ディスポーザブル02』と呼称されるキャバリアが迫っている。
逃げ切れない。
抵抗するように銃器を構えた瞬間、銃器ごと機体が貫かれる。
爆散したキャバリアを尻目に『ディスポーザブル02』は妖しげなアイセンサーを煌めかせながら、キャバリアを仕留めていく。
まるで蜘蛛のようだった。
素早く、獰猛。
建造物を遮蔽物にして、どこからともなく強襲を繰り返す『ディスポーザブル02』は恐怖を増幅させていく。
だが、それも長くは続かない。
異形の戦闘機動を『再現』するために装甲が限界まで削られているのだ。
破れかぶれの銃撃に損壊を受けた六腕が僅かにラグを生んだ瞬間、機体が大きく傾ぐ。
それを見逃さず掃射が行われれば、軽装甲は容易く打ち砕かれる。
アラートがコクピット内に響く。
敵は恐慌状態だ。
であれば、これでいい。
「先にいく。キョウダイ」
その呟きさえも弾丸に飲み込まれて消えた。
破片が曇天に舞う。
くるり、くるりと、風を切り裂きながら舞い、あえなく地面に落ちた――。
●欠片
破片が鋭く地面に落ちて、墓標のように突き立てられていた。
その破片を尻目にすらせず、人工魔眼が燃える。
熱を放つのは、膨大な情報量を処理するためである。
当然、熱を持てば眼窩にめぐらされた神経を焼き切っていく。だが、問題などない。
敵の動きは緩慢そのものだった。
故に、敵の動きを先んじて潰すことができる。
『ディスポーザブル01』のパワークローは強靭だ。叩きつけてよし、掴んでよし、潰してよし。
如何様にもできる。
マニュピレーターの汎用性など、このパワークローの前では無意味だった。
「戦線を維持するであります」
燃えるような熱と共に管理番号『A5.55』は人工魔眼を限界まで酷使していた。
迫る敵機キャバリアのコクピットへとパワークローを叩き込み、抉る。
すでにホーミングレーザーを放つだけのエネルギーはない。
エネルギーインゴットは役目を終えて、排出されている。エネルギーを絞り出したのなら、あれはただのデッドウェイトでしかないからだ。
その他の武装もそうだ。
胸部の電磁音響兵器も作動しなくなっている。
だが、パワークローはエネルギー切れなど無縁。
いくらでも叩ける。
「……これで、何機目、でありますか。しかし、これで」
戦線は維持できている。
守りきれた。
しかし、疲労が蓄積している。視界が霞む。
いや、ノイズが走っている。
痛みはないが、しかし、脳が動きを止めようとしている。
コクピットの中にキョウダイたちの声が聞こえてくる。
「ごめん、よく、聞こえ、ない」
自分が操縦桿を握っているのか、握っていないのか。
それさえもわからない。
頭と目だけが燃えるように熱い。
なのに、体の感覚だけが、な、く、な――。
●欠片
転がるようにパルスグレネードが敵地へと落ちていく。
それを認めることはなかったが、しかし、アラートが響き渡るコクピットの内部で燃える人工魔眼が明滅していた。
「……この機体も、自分も、もうダメそうであります、キョウダイ」
コンソールパネルに浮かぶ機体。
脚部損傷。右腕損失。
頭部アイセンサー異常。背面スラスターはエネルギーインゴットごと爆ぜている。
無事なのはコクピットと胸部の電磁音波発生装置のみ。
「まだ戦える! そうだろう、キョウダイ!」
「……いいえ、戦線が下がっています。自分は此処においていってください……最後に、一撃、食らわせてやります」
ここまでやって。
ここまで犠牲を払って。
得たのは、僅かな前線の押し上げ。しかも敵の施設は健在である。
状況は最悪だ。絶望的だ。
いや、そもそも破滅的な戦いだった。そこに疑問など持たなかった。
わかっていることは、己たちは国のために生まれ、国のために死ぬだということだけだった。
だから。
「……キョウダイ、その意気や良し! 皆、後退だ! 戦線を下げて少しでも長く、戦い続けるぞ!!」
キョウダイたちの声に、笑む。
粗悪品の不良品。
それが己たちだ。
管理番号で呼ばれるが、その意味も曖昧だ。
数字だって時折変わる。
まったくもって杜撰なことだ。
どの道、この戦いを生き残っても先はない。
そもそも、彼女たちの寿命は20歳に固定されている。
如何に思想教育を施そうとも、クローニングされた兵士であろうとも、個を捨てきれないのが人間だ。
必ず、齟齬が出る。
齟齬は歪に至る。
故に、彼女たちは道具そのものだった。
戦争の道具は、戦争が終われば不要だ。
だから、そもそもが戦場以外で生きられない。
それは狂気だった。
「こいつ……まさか! 退け、いや、電磁シールドを!」
「う、うそだろ! じ、自爆するつもりか、こいつ!!?」
敵の混乱した声が聞こえる。
腰部スラスターを噴射させて、飛び込む。
「人工魔眼、臨界……電磁音波、出力……!」
燃える。
燃え盛る。
それは昌盛する熾火のように『ディスポーザブル01』の胸部から発せられていた。
プラズマにすら到達する熱量と共に『ディスポーザブル01』が敵地に飛び込む。
自機の保全すら厭わぬ膨大な出力。
それは、周囲にあった骸、役立たずのまま朽ちていく定めだったパルスグレネードを引き寄せていた。
「……キョウダイ。お前たちも」
呟いた声に惹かれるように、戦場に散った数多の、キョウダイたちが集まり、全てを塵に変えた。
それに意味があったかなんてわからない。
けれど、役割は、あった――。
成功
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