鬼河原探偵社レイン・リチュアル
●因果
鬼河原探偵社にとって夏とは鬼門たる季節である。
二年前はクーラーの故障騒動。
一年前は、停電騒動。
一度あることは二度あるとはよく言ったものである。
となれば、三度目もあるのではないかと勘繰ってしまうのは無理もないことである。
「一体全体何の因果なのかね、これは」
鬼河原・桔華(仏恥義理獄卒無頼・f29487)は、額に汗を浮かべながら屋上のソーラーパネルを見上げていた。
照りつける太陽。
実に結構なことである。
太陽光発電を促す日光は、天の恵みと言えば、その通りであった。
なにせ、日光が降り注ぐほどに電力は生み出され、探偵社内の冷房はガンガンに酷使されて涼やかで快適な空間を生み出しているからだ。
加えて、重要なデータなどを保存しているパソコンの電源を停電時にも活用できるようにと、無停電電源装置を購入したり、非常用内燃式自家発電機などを導入したのだ。
これでもう電力不足とは言わせない。
夏よ、目にもの見せてくれようぞ!
とまあ、そんな風に意気込んでいたのである。
「なのにこれは一体全体どうしたことだ……」
確かに災害とはいつ起こるか誰も予想できぬものである。
地震もその一つだろうし、また夏は台風だって発生する。水害だってあり得るだろう。冬は雪害だって考えられる。
であれば、やはり備えあれば憂いなし、だ。
だが、備えれば備えるほどに出費は重なるものである。
それも一軒家ではなく、雑居ビルだ。
多くの維持費というものが必要になる。
悩みのタネというのは、いつだって尽きないものだ。
芽吹いた芽を摘んだかと思えば、予想しないところからトラブルの種が芽吹く。放置していれば、芽吹いたタネは探偵社そのものを崩壊させるトラブルへと発展することは想像に容易いものだったのだ。
であれば、維持費の捻出である。
この探偵社のビルに屯する猟兵たちから、これまで利用料のようなものは何一つ取ってこなかった。
本来ならば取って然るべきなのだろう。
だが、連中はそこそこ使える者たちばかりだ。
まあ、扱いにくい人材ばかりであるが、そうした連中を御してこその獄卒であろうと言われたのならば、桔華は頷くほかなかっただろう。
であれば、だ。
これを機に利用料金を徴収するべきかと考えたのだ。
いや、何も問題はないはずだ。
市民の社会教育の場として設けられた公民館ですら、ちゃんと利用料金というものが定められているところが多い。
なんの問題もないはずだ。
そう考え始めた今日のこの頃。
「39℃……!! 一体全体なんの冗談だこれは!!」
彼女は額から眼鏡のツルを伝って落ちた汗が探偵社の屋上、そのコンクリートの地面にてすぐに蒸発した様を見やり戦慄した。
外気温39℃。
それは殺人的な暑さであった。
おかげさまで梅雨の湿度なんてどこかに行ってしまった。
カラッカラのカラカラなのだ。
そう、あまりの酷暑。加えて、今日に限った気温ではないのだ。
36℃超えは連日のことである。
圧倒的高気圧が居座り、雨の一粒すら降らぬ在り様。
大干ばつ、まったなし!
そんな状況で桔華は思う。
これがもしや、今年の夏なのだろうか、と。
一昨年はクーラーの故障。
昨年は停電。
今年は日照りか?
仏の顔も三度までと言う。
であれば、来年はどうなってしまうのか?
流石に滅びるのか? UDCアース。
四度目の夏は、因果業報とでも言わんばかりに邪神が、ぽこじゃか復活してカタストロフが引き起こされてしまうのか?
世界の破滅なのか?
そう思ってしまうほどに桔華はあまりの暑さにうなだれてしまった。
「こんなんじゃ断水も時間の問題だろう」
「で、ござろうな」
そんな彼女の隣に侍るのは、伊武佐・秋水(Drifter of amnesia・f33176)であった。
彼女は頷く。
訳知り顔であるが、この日照りに関してはさっぱりである。
どうしてこんなに連日、36℃超えの暑さが続いているのか。何故なのか。もうお手上げ状態であった。
「皆目検討もつかんでござる」
「邪神じゃないのか、この酷暑の仕業は」
「いやはや、その可能性は捨てきれておらんのでござるが……これはこのまま彼岸まで耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ。それしか方策はないのでござらんか?」
「どう考えても異常気象が過ぎるだろ。絶対邪神かなにかの仕業じゃあなければ説明がつかん!」
「これがどうにも怪奇事件でもなんでもないのでござるよなぁ」
秋水はお手上げ、と言わんばかりであった。
まあ、彼女からすれば、昨年度までの流れを汲んで対策に対策を重ねた探偵社の悠々自適な環境は、とてもありがたいことだった。
確かに日照りは続いている。
だがしかし、クーラーの効いた室内にいればよいではないかと思うのだ。
かさむのは電気代やら暑さ対策の出費だ。
別に自分の腹が痛むわけではない。
「これは益々持って利用料金を取らねば立ち行かなくなるだろう」
「……それは真でござるか?」
「どんだけ施設維持に金がかかってると思ってんだ。もうむちゃくちゃだろう。電力がどれだけあっても断水したらお手上げだぞ。シャワーも浴びれない。トイレも使えない、炊事だって満足には行えんだろ」
彼女の言葉に秋水に電流が走った。
これまずい。
そう、己の悠々自適な居候ライフが脅かされようとしている。
他ならぬ天によって、だ。
これはまずい。
どうにかせねばなるまいと、と彼女は咳払い一つして勿体つけた。
「……一つ、妙案があるでござる」
「あ? なんだいそれは」
「……うまく行く確証はござらんが……」
「嫌に勿体つける。なにか手があるんなら……」
秋水は目を見開いて告げる。
そう、先程テレビの映像でも告げられていたニュース。
「雨乞いにござる!」
「ついに暑さで頭をやられたか?」
「違うでござるよ。普通の雨乞いでは効果がないのは目に見えてござろう。であれば、我ら鬼河原探偵社の総力を持ってことにあたれば、普通ではない尋常ならざる雨乞いができるとは思いませぬか。そして、尋常ならざる雨乞いであれば、ここら一体の水不足も一気に開所うされましょうぞ!」
それはそうかもしれない、と桔華は頷く。
だが、雨乞いと一口に言っても一体何をすればいいのだろうか――。
●雨乞い
「曰く、天子はその年の気候の安定を祈り、日や雨や風邪を祀る廊や各地の名山、大河において祈りを捧げるという」
黄・威龍(遊侠江湖・f32683)は拳を掌に打ち付け、桔華の前にて拱手を持って礼を尽くす。
彼にとって彼女は烈女そのものだ。
姉御、姐さん、と呼ぶ慕うのは、彼の認めるところだ。
そんな彼女から雨乞いをするぞ、と言われては飛んでこないわけにはいかなかった。
「なんで我輩まで……」
その隣には、飛・曉虎(大力無双の暴れん坊神将・f36077)の姿があった。
彼女は古代の『神将』と呼ばれる存在である。
当然、鬼河原探偵社の屋上に来るに当たって、素直にやってきたわけではない。
全ては威龍の拳骨一発である。
彼女は大層な暴れん坊であった。
そんな彼女のぼやきに威龍は拳一つを握りしめて見せて、すくみ上がらせていたのだから、力関係というものは一見するとわからないものである。
「まさか天子様のように祈りでどうにかしてくれる、と?」
「いいや、姐さん。仮にそうだとしても、ただ祈るばかりではどうにもならないだろう。やはり……」
「ムハハハ! こういう時には決まり文句みたいなものがあるだろう! 即ち、人身御供よ!」
曉虎の語ることは、彼女が生きた時代の話である。
人身御供。
つまりは生贄である。
生命より重たいものはなく、そして天が意志を持ち得るものであるというのならば、人にとって最も大切な生命を差し出すことによって願いを聞き入れてもらおうというわけである。
しかしながら、生命は惜しい。
であれば、どうするか。
己たちの社会、その集団から人身御供を出すわけにはいかない。
答えは簡単だ。
自分たち以外の集団から生贄を出せば良い。至極単純な話だ。
だがしかし、ことはそう簡単に運ばぬものである。
「そこらへんの素行の悪い輩を攫ってきて生贄にすれば簡単解決であるなムハ……ぎゃんッ!?」
落ちた雷の如き拳骨に曉虎は押し黙るしかなかった。
「この時代にそれはできない」
「……いつつ、であればどうするか!」
「古来の法に倣えば良い。かつての人々もそうしてきたように、供物は羊と豚だ。これを柴の上に起き燻し、煙を天に昇らせる」
「そんなんでどうにかなるものか! もっとこう、血生臭……わかったわかった兄者! わかったから!」
握り拳一つで黙る戦闘生物。
「足りな帰れば、減膳だ。高貴なる者が身を慎むことによって天に意を示すのだ。結局の所、天災とは、君主の政治が徳なき悪政であるがゆえに天が与えた警告。逆に善政であれば世は天下泰平に尽きるのだ」
「それは私の探偵社の運営が間違っている、と?」
「あいや、そういうつもりはない。姐さんは十分すぎるほどにやっていると思う。これは喩えだ」
「ムハハハ! 兄者の言説を信じるのならば、それ以外なかろうて! ギャンッ!?」
再び落ちる雷。
「とは言え、供物に羊豚を丸々、というのはアレであろう」
「それで?」
「ああ、簡易ではあるが効果はあるだろう」
威龍が持ち込んだのは、解体され捌かれた羊肉と豚肉のパック。それにバーベキューコンロであった。
「もしや、これが柴の代わり、と?」
秋水の言葉に威龍が頷く。
本気なのか、と思わないでもない。
しかし、こうした儀式的な方法に頼りたくなるほどに、今年の日照りは凄まじいのだ。
「後は肉を飽きながら、立ち上る煙が天高く舞い上がって雨が降るのを待つ……」
「それはただのバーベキューじゃないか?」
「……そうとも言う」
「ムハハハ! この時代、もはや民間信仰や因習などは残っていそうなもんどえあるがな! まあ、どちらにせよ、いい時代になったものよムハハハ! それで、早速焼こうではないか!」
曉虎は元気そのものだ。
しかし、とその間に割って入ったのがサ、ブリナ・カッツェン(ドラ猫トランスポーター・f30248)であった。
「流石にそりゃあ、ないんじゃあないのか?」
「というと?」
「迷信が過ぎるし、あまりにも受け身がすぎるって、あたしは思うんだよ」
彼女の言葉も尤もな気がした。
確かに天候をどうにかできるなぞ、人外、埒外、それ以外にはできぬことだ。
猟兵達は埒外の存在である。
天候操作ができなくもない者だっている。
しかし、日照りにあえぐ国一つをどうにかできるほどの力を持つものも多くはないだろう。
であれば、とサブリナが示したのは、運び込んだ小型ロケット弾発射機であった。
「で、これだよ!」
「発射機……? それがどう雨を降らせるのと関係があるってんだい?」
「ふ、あたしんとこの世界……クロムキャバリアではさ、水はプラントでも生み出せるんだよ。つーか、水源地がプラントっつー小国家だってなくはないし、珍しくもない」
確かにその通りであった。
小国家ひしめくクロムキャバリアにおいて、生産施設はこの場合、重要視されない。
何故なら、遺失技術でもって造られたプラントが汎ゆる物品を生産することができるのだ。
精肉からキャバリアまで。
大凡作ることのできるものは、すべからく作れると言って良いだろう。
故に文明発展の条件んであえる大型河川がなくとも生活には事欠かない。まあ、あるにこしたことはないし、水源を確保して水力発電を行うこともしたっていいだろう。
まあ、どのみち、プラントを巡って奪い合いの戦争が始まるのだから、不毛と言えば不毛である。
加えてオブリビオンマシンの跳梁跋扈もある。
そこで発展したのが人工降雨技術だ。
「昔は、飛行機なんつーもんで『雲の種』を上空に散布していたっつー昔話もあるが……あの暴走衛生のお陰で、それも無理ってなもんでね。そんなら、感知されない高度ギリギリまで打ち上げるロケット技術が発展したっつーわけだよ」
「それで、成功確率は……?」
「うん、まあ、それなり、かな。打ち上げればこっちの仕事は終わりってなもんでさ」
「果報は寝て待て、と。なるほど、私好みでござるな」
「だろ? こういうのは結局科学の力がどうにかしてくれるもんなのさ」
「ですが、成功率がそれなり、ということは失敗率もそれなり、ということでしょう」
サブリナの言葉に、説明が終わるまで静かに待っていたシグルド・ヴォルフガング(人狼の聖騎士・f06428)がついに言葉を発した。
「あん? いちゃもんをつけるってことかい?」
「いいえ、そういうつもりではなく。確かにサブリナ殿の方策、実に論理的でありました。ですが、人事を尽くして天命を待つ、という言葉もありましょう」
つまり、彼が提案したのは、それぞれの持ち寄った雨乞いの方策を片っ端からためそう、ということであった。
なにせ、尋常ならざる日照りなのだ。
であれば、通常の方法でどうにかなるとは思えない。
雨を降らせる、雨乞い。
これを成功させるのならば、多くの試行錯誤が必要となるのは、ある種必然であろう。
これにはサブリナも納得せざるを得なかったようだった。
「それは、まあ……しかし、どうすんだい?」
「これは、私が旅にて見聞した雨乞いなのですが……」
シグルドもまた仕えるべき主君を求めて放浪の旅を続けている騎士である。
そんな彼も此度の危機的な暑さを理由に探偵社へと避難をしていたのだ。
そこにこの雨乞いである。
一宿一飯の恩義。
これを忘れるような不義理など彼にはできない。
「恵みの神に仕える巫女らが川に人形を投げ入れる雨乞いの儀式があるのですが……それは先程、黄殿たちの語られた人身御供の代わりになる儀式に似通ったものがあります。さらには、村々に伝わる五穀豊穣の祭りにて|祈りの踊り《レイン・ダンス》も」
「そこらへんは世界が違っても共通項があるんだな」
「ええ、それに旱魃を招いて生贄を要求する怪物の話も」
「ムハハハ! 我輩ならば、そんなヤツ、ボコして終わりだがな! お、兄者! そろそろ肉が焼けるのではないか! いい具合に……ぎゃん!?」
「待て」
儀式の説明を行っている隙に、とばかりに曉虎はバーベキューコンロで焼かれている肉を狙うが、拳骨でまた黙らされる。
「なるほど。となれば、我らの解釈と一致するところもある」
シグルドの言葉にエリアル・デハヴィランド(半妖精の円卓の騎士・f44842)は目深に被ったパーカーを跳ね上げた。
日差しの下では、あまりに紫外線が強烈過ぎる故に彼はこれまでパーカーを目深に被っていたが、会話に混ざるに当たって失礼に当たると見てフードを取り払ったのだ。
「我々の世界でも数多の天災は各地にて|百獣族《バルバロイ》の怒りと考えられているところがある」
それは彼ら……バハムートキャバリアの人間の祖先が過去に犯した過ちゆえである。
その原罪を贖うために人々は騎士道を掲げ、鎮魂の祈りを捧げているのだ。
毎年執り行われる祭事も、その一つであった。
「昨今ではオブリビオンとして百獣族が復活する手前、その呪いに起因したものが多くなっているのも事実。しかし、このUDCアースでは……」
「そのとおりなのです、デハヴィランド殿。物語であれば、勇敢な若者や聖人によって怪物も退治され、めでたく雨が降るものです。雨とは恵み。であるのならば、日照りは神の罰と受け取られるのもまた、物語の伝えるところでありましょう。また、同時に神を語る悪辣なる存在が、という後者のケースもございます……ですが……邪神の気配が感じられないのですよ、この事態には」
うなだれるシグルド。
これが邪神のもたらした事件だというのならば、騎士として打つ手などいくらでもあった。
だがしかし、だ。
「ヴォルフガング卿、心中お察しする……」
「ハッ、討つべき邪神もいないのであれば、騎士様たちもお手上げってか?」
ザビーネ・ハインケル(Knights of the Road・f44761)は、二人の騎士……正道をゆくであろうシグルドとエリアルに皮肉げな視線を向けた。
「そのとおりだ。だが、考えていても埒が明かぬのならば行動せねばならないだろう」
「そんで? お前が商店街で買ってきたのも供物ってわけか?」
ザビーネが示したのは、エリアルが手にしたポリ袋であった。
エコバックなる慣習をエリアルは知らなかったために、そのような作法があるとは、と商店街で口惜しげにしていたが、ザビーネからすれば、金を払えば袋が買えるんだから、それでいいじゃないか、と思うものであった。
そんなエリアルの手にした袋に入っていたのは、海鮮物である。
エビにサザエ、イカ。
海の恵もまた供物として通用するのではないか、と思ったのだ。
「そうだ。これらを供物として焼き、その煙でもって雨乞いの儀式の一助とするのだ。これま百獣族の怒りを鎮める祭事だと思えば……」
「どうだかな。確かにそういう側面もあるだろうよ。同意もするがよ。世には善人ばかりじゃあねぇんだぜ? 祟りを語る妖精族や魔法使いがいねぇとも限らねぇ。そういう法螺吹き連中が仕掛けてるっていう可能性はないかよ」
「此度は、ヴォルフガング卿もおっしゃられる通り、事件の可能性はない。であれば、だ」
「へーへー、わかってんよ」
「ザビーネ、貴殿の魔法でもどうにもならないことはあるんだ。であれば、試す価値はあるとは思わないか」
ザビーネは、確かに局所的ならば魔法の力でどうにかできる自身がある。
だが、彼女の実力ではこの雑居ビルをどうにかできる程度だ。
決定打ではない。
となれば、やはりこれは……。
「つっても、ただのバーベキューじゃねーかよ」
正直、飲んで食ってでいいのではないか。
わざわざ儀式、なんて勿体つける必要があるのか。
「いやはや、ですが案外儀式というのも馬鹿にできたものではございませんよ」
「あん?」
そこに居たのは、好々爺然とした獅子戸・馗鍾(御獅式神爺・f43003)であった。
彼は歴代の八秦家当主に仕えし歴戦の家人式神である。
今回、彼が所縁もない探偵社にやってきたのは、名代として、である。
「大旱魃とは国家存亡を賭けるほどの大祭事。今やアヤカシエンパイアにおいては、平安結界によって気候はコントロールされておりますが、はるか昔は経典の転読や、祈祷、そうした儀式を経て乞われるものでありましたからな」
「爺さん、だがよ。この場合、どうにもならねーんじゃねーのかな?」
「作用。ですが、何も乞うばかりではないのは、さぶりな殿のろけっとなるものからも分かる通りでございますれば」
「つーと?」
背後で打ち上がるサブリナのロケット弾。
凄まじい音が響き渡り、音が彼女たちの身を打つ。
サブリナはというと、仕事は終わったとばかりに、桔華たちと共に缶ビールを空けては煽っているではないか。
すでに酒盛りである。
儀式、と呼ぶには正直、その……と言った具合である。
現にザビーネも、一本拝借して呑んだ後なのだ。どうこうい言える筋合いはない。
「これなるはとっておきでございます」
彼が取り出したのは、黒い布で作られ、逆さに吊るされた『ふれふれ坊主』なる呪具であった。
なんだか奇妙な気配を魔法使いであるザビーネは感じるところであった。
「なんだこいつは。妙な気配出しやがって……」
「ほう、おわかりになられますか。これには水神の分霊が宿っております。扱いには難がありますが、有効に活用できれば……」
「はぁん? なるほどな。つまりこれはあれだ。水を奉るところの神霊の類をわざと怒らせちまおうっていう、あれか?」
「ははぁ、そのとおりでございます。ご慧眼、やはり鋭く」
「世辞はいーよ。しかし、おもしれーな。他世界っていうのもあるが、考え方一つで逆転の発想が出る……ん? つーことはだ」
「あっ、何を召されるか」
ザビーネは馗鍾から、さっと『ふれふれ坊主』をひったくる。
「これを火あぶりにすれば、火の逆、つまりは水の災いが起こるっつーことだろ?」
理屈だ、とザビーネはほろ酔いの勢いで眼の前のバーベキューコンロに『ふれふれ坊主』を炙ってみせた。
「ああっ! どうかお気をつけくだされ!」
「だいじょーぶだって……あっ」
「あっ」
「ん? なにか落ちたが……」
エリアルは、真っ逆さまにバーベキューコンロにて熾された炭火へと落ちた『ふれふれ坊主』が一瞬にて燃え尽きる様を見て首を傾げる。
燃え尽きた呪具は、すぐさま色濃い煙を立ち上らせる。
「いかん! 曉虎殿! どうか、その煙を……」
「ムハハハハ! 我が乾坤圏に任せい!」
唸りを上げる曉虎の腕輪。
それは凄まじき回転を生み出し、煙を天へと高く舞い上げた。
「ああっ、違いまする! 空に上げてはなりませぬ!」
だが、遅かった。
すでに黒い煙は天へと登り、それはもくもくと真っ黒な暗雲へと変貌したのだ。
「……やらかしたか?」
ザビーネは己の身に何か落ちる感触を覚えて空を見上げる。
大粒の雨。
それが彼女に一瞬で降り注いだのだ。
あまりにも突然のことだった。幸いだったのは、彼女が水着姿であった、ということ。
鱗めいたビキニスタイル。
ゴールドの水着は一瞬で雨に濡れ、艶かしい雰囲気を放っていたが、しかし、雨の勢いが尋常ではない。
「おお、これほどとは……! ご用心戴かねばなりませぬ、とお伝えするのが遅れたばかりに」
「こ、これは……流石に効きすぎではござらんか!?」
まるで濁流のような雨。
確かに雨が降ってほしいとは願った。
だが、あまりにも効きすぎている。
干ばつどころではない。これでは水害が発生してもおかしくない。
「おいおい、これどーするんだよ?!」
「あいや、しかし、これほどの規模になるとは……はっ、まさか!」
馗鍾は気がついた。
そう、これまで猟兵たちが各々行った儀式。
それが偶然にも相乗効果を生み出し、この水害の如き雨を呼び込んだのだ。
「トンチキが過ぎたか……」
「日照りの次は水攻めとはな」
とは言え、なんとかしなければならない!
鬼河原探偵社の受難は、続く――!
成功
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