エクソダスは語り継がれるか、紫焔のゆらめき
●後始末
紫の炎が舞う。
それは光条の一撃に貫かれる直前のオブリビオンマシン『アーレス』を取り囲むユーベルコードの輝きであった。
『闘神』とも呼ばれたキャバリア『アーレス』の贋作。
それが『殲滅回路』を得てオブリビオンマシン化した脅威の名である。
無論、贋作とは言え、『闘神』足り得る所以を遺憾なく猟兵達に見せつける戦いぶりを『アーレス』は見せていた。
そして、そのコクピットにはオブリビオンマシンによって狂気に囚われたパイロットがいる。
だが、そのパイロットの瞳に光はない。
なぜなら、背面のひしゃげたユニットから流入する膨大な『エース』の戦闘データという名の魂が彼の脳を圧迫し続けていたからだ。
膨大な負荷であったことだろう。
そんな中で『アーレス』という強大なオブリビオンマシンの性能に助けられているとは言え、猟兵たちの度重なる攻勢と相対していたのだ。
当然、パイロットの脳は不可逆なる深刻なダメージを負っていたはずだ。
朱鷺透・小枝子(亡国の戦塵・f29924)は『ディスポーザブル01』と共に『アーレス』に踏み込んでいた。
怨念結界。
周囲の干渉を断つ力。
すでに『アーレス』は猟兵の一撃によって爆散している。
だが、彼女のユーベルコード、紫焔(ライカス)によって、『アーレス』のコクピットの時間のみを巻き戻していた。
伸ばした『ディスポーザブル01』の腕部がコクピットブロックを掴む。
「本来ならば扱えぬ者が強大な兵器兵器を扱えるようになり、ただのキャバリアに使用すれば無敵に等しい力を与える」
『代わりにオブリビオンマシンに変わってしまうっていうんだから、やっかいなパーツだよ、これは』
『クレイドル・ララバイ』のやれやれ、といった嘆息を聞きながら小枝子は頷いた。
『殲滅回路』は、クロムキャバリアという世界においては劇薬だ。劇毒と言ってもいい。
人は他者より優れたるを求める。
それは地位であったり、財産であったりするだろう。
そして、この戦乱満ちる世界において最も求められるのは、やはり力だ。
「『殲滅回路』は、安易に人に力を与えるものであります」
『インスタント、お手軽って言えば聞こえはいいけどねぇ』
「こんなものを蔓延らせてはならない」
故に回収しなければならないのだ。
未だキャバリアが何故、オブリビオンマシンにすり替わっているのか、その根本的な問題は解決されていないし、糸口も視えない。
だが、今確実に『殲滅回路』というパーツを組み込めば、キャバリアがオブリビオンになるという過程を猟兵たちは掴んだのだ。
「回収し、何かしらの対処法を見出さなければ」
『ディスポーザブル01』のコクピットハッチが開き、紫の炎の中を小枝子は躊躇うことなく飛び出し、確保した『アーレス』のコクピットに乗り込む。
コンソールバーの中央。
そこに目を小枝子は向けた。
『奏者、恐らくそのデバイスが『殲滅回路』だよ』
「わかっているであります」
『なら早く』
「わかっているであります」
小枝子の目に映っていたのは、『アーレス』のパイロットだった。
名もなき一兵卒。
こんな終わりを望んでいたわけではないだろう。誰もが望む最期を迎えられるとは限らないことぐらい、小枝子には分かっていた。
だが、それでも、だ。
こんな終わりが、と思わないでもない。
小枝子は、その事切れたパイロットの瞳をゆっくり伏せさせ、『ディスポーザブル01』のコクピットに『殲滅回路』と思わしきデバイスと共に戻る。
「荼毘に付しましょう」
放たれる熱光雷撃が『アーレス』のコクピットブロックを埋め尽くし、破壊する。
爆散する『アーレス』。
その光景を小枝子は見送り、己が機体から小国家『グリプ5』へと通信をつなげる。
「敵機の制圧を確認したであります。自分はこれより帰投する……でありますが」
「ご助力、感謝致します」
『ツヴァイ・ラーズグリーズ』の声が通信の先から聞こえる。
彼女は小国家の元首として、助力してくれた猟兵……傭兵という立場である小枝子に礼を告げる。
だが、小枝子はそんな彼女の礼を遮った。
「敵キャバリアのパーツ、その一部を持ち帰らせていただくであります」
『奏者、何もそんな馬鹿正直に……』
「いえ、同じ事を二度繰り返させないためであります。良いですか、このパーツは搭乗者を狂わせる。貴殿らも、これを手に入れることがあっても、使うことは絶対に無きよう。見つけても我々のような者たちに渡すか……いえ、破壊してください。必ず」
小枝子の言葉に『ツヴァイ・ラーズグリーズ』は首肯した。
本来なら受け入れられない事柄であった。
けれど、彼女もまた一度はオブリビオンマシンの狂気に晒されている。
であれば、だ。
「何故、と問いかけることは」
「恐らくご理解いただけないことかと。ですが、あのキャバリアの暴威は普通ではありません。そして、このパーツを使えば、必ず繰り返されるであります。故に兵士達は無論、一般人の方々にも厳守を」
「……わかりました。厳命することをお約束しましょう」
「ありがとうございます。こんなもの、使えば敵だけではなく、まもりたかったものも、求める未来も等しく破壊し、さらなる禍を招くだけであります。その事を、努々お忘れなく」
小枝子の言葉は釘指すようであった。
だが、確信がある。
『殲滅回路』は悪魔の誘惑そのものだ。
戦争という競争に塗れた世界。
他者よりもと願う世界。
だからこそ、小枝子は強く戒めるように言葉を紡ぐ。
「自分も、間違いを起こし、狂った皆様を破壊するような、そんなことはしたくありません」
それは『殲滅回路』を使えば、必ず己が敵として小国家『グリプ5』に敵対するという宣言であった。
誤解を招くかもしれない。
けれど、それでも。
そうまでしてでも、止めねばならないことなのだ。
故に小枝子は言い切り、背を向ける。
未だ戦乱は続く。
人の未熟さが生み出したものではなく、何かの意志を介在させるようにばらまかれる『殲滅回路』がある限り、この世界の争乱は収まる気配を見せないだろう。
小枝子は破壊する。
戦いを呼ぶ狂気を、だ――。
成功
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