Corrupted′s upper limit
元ヒーローの両親を亡くしたその少年は、ボロ雑巾のようになりながらスラムや様々な街を彷徨っていた。
そして戦禍から立ちあがろうとしていたある街でヴィランを倒すためのヒーローを作ろうとしていた博士に拾われた。
その奥さんや娘と、まるで本当の家族のような温かい時間を過ごし、肉体的にも精神的にも傷が大分癒えてきたところで、改造手術に挑んだ。元々あった両親のようなヒーローになりたいという憧れと恩返しをしたいという想い、その一心からだった。
しかし博士の腕が悪かったのか、組み合わした素体の相性が悪かったのか、手術は失敗した。
人を救うための力として与えられた念動力は暴発し、少年が麻酔で意識を失くしている間に復興しつつあった町は瓦礫の山と化した。
「失敗作、お前は、ヒーローではない……!」
うめき声があちこちから聞こえる無惨な廃墟を背景に、頭から血を流しながら怒りに満ち満ちた目で言葉を搾り出した博士の姿に精神崩壊に近い形になった少年は、騒ぎを聞きつけて駆けつけたヒーローに襲われた。
混乱する少年が襲いかかろうとしたわけではない。ヒーローは博士と少年の見た目と状況証拠だけで問答無用で少年を悪と決めつけたのだ。
こうして半分死にかけになりながら逃げ延びた少年の憧れは反転して嫌悪と化し、自暴自棄に繋がった。
拠点は持たず、ふらふらと様々な街を渡り歩き、欲しい物があれば奪う、気に入らなければ殴り、邪魔であれば人殺しも厭わない。
鶏が先か卵が先か、嘘から出た誠か、ヒーロー志望だった少年は、博士の言った通り立派なヴィランへと堕ちた。
もしヒーローが絡んでいれば、人の醜さを知らない無垢な瞳を持つ者も、罵声を浴びせかける口を持つ者も、訳知り顔で勝手に同情を寄せてくる者も、再起出来るかどうかわからないレベルまで叩きのめした。
そして今日もまた。
「ぐっ、くそぉ……!」
吹っ飛ばされた拍子に落としたヒーローの銃を拾い上げ、まじまじと眺める。
「返せ! それは、父さんが最期まで持っていた銃なんだ!」
「最期、ねぇ……。この銃がポンコツだったから最期になったんじゃねぇか?」
掌に生んだ炎で燃やし溶かす。形見が無惨に破壊されたことで生じた光に目を見開かせたヒーローの顔は照らされた。
ヒーローは怒りの咆哮を上げると素手のまま突っ込んでくる。ヴィランはその突進を念動力で強制的に逸させ、無防備な足を払って転ばせた。
「若いの! 怒りに任せていくな!」
別の———古株のヒーローが助太刀に入り、ヴィランを背後から捕まえようとする。しかし背中から迸った紫の電撃がそれを許さない。
振り返ると同時に古株のヒーローの腕から金属製のロープが勢いよく飛び出してきた。だがそれもまた念動力の前に失速し、ヴィランに届く前に地面についた。
スタートダッシュを決めようとする息遣いが聞こえたと同時にヴィランはまた念動力を使って逸させる。そもそも逸れることを念頭に置いていたのか、ちょっと傾きながら走っていたヒーローは自分から盛大に地面に転がった。
脳に鈍い痛みが走る。そういえば昨日も変な薬を売った金で豪遊していた男どもを黙らせるために念動力を大盤振る舞いした。仮眠程度では十分に回復しなかったらしい。
荒んだ旅を続けているうちに改造で得た念動力は副作用として使えば使うだけ頭痛が酷くなり、その痛みが限界を超えるとタガが外れて暴発し、あの惨状を招いたのだと分かった。
そして知ってからは多勢に無勢の状況に陥ったり、追いこまれたりした時にその性質を悪用して、強引に突破した。
すると名は悪い意味で知れ渡り、今のように何か事件を起こさずともその辺を歩いているだけでもヒーローがやってくるようになった。
「……ははっ」
ヴィランは腰に下げていた拳銃をここで初めて抜く。そして出鱈目に撃った弾丸を全て真っ青に染め上げてから捻じ曲げて、ヒーロー達の脚に命中させた。
古株と思わしきヒーローはしっかりと防具を巻いていたので防御出来たが、若手のヒーローは内側に鉄板を仕込んでるなんてことはなく弾が突き抜けた穴から血を噴き出させて苦痛の声を上げて倒れる。
味方が倒されたことに喉の奥から唸るような音は発しつつも、殺されてはいないことを確信してロープを鞭のようにしてヴィランを叩こうとする。
適当にパクった服だが裂かれて血が出るのは嫌だな、とヴィランはまた念動力でロープを鈍らせると鉛玉をどんどん叩き込む。
ヒーローは素早くロープを回収し、すぐさま弾丸を弾くために手元で振り回して防御する。そしてヴィランに向けた時にだけロープの動きが鈍くなることが分かると軽く頷いて地面に手を添えた。
そしてそのままクラウチングスタートの体勢を取り、若手のヒーローと同じように真正面から突っ込んできた。
「何度やっても無駄だ」
ヴィランは鼻で笑い、ヒーローの動きをまた捻じ曲げようとする。しかしその瞬間、足元に何かが巻き付いた感覚がした。
視点を下に向ければ、アスファルトを突き破って伸びたロープがズボンにどんどん巻き付いてきている。そしてヒーローの方を向けば両手からそれぞれロープが伸びていて、その先はスタート地点に突き刺さっていた。
「これでもう好き勝手は出来んぞヴィラン! いい加減にお縄につけ!」
ヒーローが巻き取りを始めると地面に埋まっていたロープが露出し、脚を引っ張られたヴィランはあまりの力に耐え切れず倒される。念動力を使ってもロープは解けず、鈍くなってもヒーローに近づいていくことに変わりはない。
ヴィランは舌打ちをして、倒された衝撃で落とした拳銃を念動力で引き寄せる。そして振り返り様にヒーローの顔面を撃ち抜いた。
脳漿をぶちまけることはなかったが、脳震盪は起こしたヒーローはヘルメットの破片を撒き散らしながらその場でひっくり返った。
ヴィランは自分の意図しない移動が止まったのをみて体を起き上がらせようとする。
そんな時だ、周囲の木々が、鉄柱が、アスファルトが震え出し、周囲の砂利や空き缶が浮かび出したのは。
そして体が内側から弾けるような感触が。
「……んんっ」
目が覚める。
起き上がって窓の外を見る。どこにも崩れた建物はない。
久々に変な夢を見たな、と思う。
フォーティナイナーズに選ばれたことで、楪がヴィランとなった経緯は勝手に掘り出された。当事者であるヒーローや博士の名前は初報では伏せられていたが、楪が起こしたあの事故は当時地元メディアで相当大きく報じられていたらしく、勝手にネットの住民がひっくり返して暴いたらしい。
それからヒーロー達も楪を見つけた瞬間に手を出すことがなくなった。
ヴィランであることは分かっているが、結果的に同胞の早とちりが闇堕ちのきっかけになったことやフォーティナイナーズと敵対することによる自身の評判への影響、そもそも楪自身が大人しくなったことなど様々な事情を天秤にかけた結果、何かとんでもない事件を起こさない限りは不介入を決め込むことにしたのだろう。
だがもうとっくのとうに興味は失せた。覆水が盆に返らないように、楪にとってはもう過去のことだから。
適当にテレビをつける。ちょうど流れていた兵器会社の最新作を握ってポーズを取った広告に映るヒーローの姿は最後に見た時よりも精悍さが増している気がした。
成功
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