ケルベロス・ウォー⑫~もうなにも怖くはない
●
東京上空を暗雲が覆った。
ガラス張りのビル群を上空から覗き込むように、巨大な人影が突如、姿を現したのだ。
人影は、無数の蔦を絡めて作り上げたような歪な姿かたちをしていた。
主上『グラビティピラー』は、都市一つをそっくりそのまま飲み込むほどの巨体をそびやかしては、顔らしきものをわずかに傾けて、地上を睥睨する。
倨傲たる不死者は無機質な声音でもって口火を切った。
――生命とは醜悪であると。共生の上に築かれた人類文明などはまやかしであると。
主上は厳かな声音で語る。
――人類は弱者であり、自らの手でもって根絶すると。
主上は宣言するや、蔦のごとき手足をゆったりと地上へと下ろした。
指先が地上をなぞれば、蔦の指先は糸のようにほつれ、菌糸を彷彿とさせる無数の筋目をコンクリート舗道に網目状に広げていく。
菌糸は、線虫かなにかのように不気味に蠢動しながら、舗道の上をじわじわと這いずり回り、乳白色の足場にミミズばれのような襞を生み出した。
この不気味な菌糸を彷彿とさせる筋目こそが、主上『グラビティピラー』の神経だ。
主上の神経は、大地に根を張り、星の命でもあるグラビティ・チェインを吸い上げ、真綿で首を締めるように星の命を絞り取る。
主上『神経樹グラビティピラー』はこの星より全ての命を吸い上げるべく、浸食を開始したのである。
●
エリザベス・ナイツは、ベースにて十二剣神『神経樹グラビティピラー』の動静を窺っていた。
ベースに立った時、数年間の日々が走馬灯のように脳裏を横切った。
そこには、多くの人の姿があった。
野心を抱き、巨悪に挑む者がいた。ささやかな恋心を抱いた少女がいた。定命化の末に、人のために戦う半機人を知った。
もちろん、善人ばかりではない。旧人類に怨嗟を抱く者もいたし、他者を貶めようとする者もいた。
だけれども、私が出会ってきた人類は『神経樹グラビティピラー』がいうような醜悪さとはかけ離れていた。
だって誰も彼も、皆命を輝かせていたから。彼らの魂は、まるで綿花のように柔らかな光を湛えていた。あの柔らかな光こそに私は、人の希望を見たのだ。
『神経樹グラビティピラー』は、人を弱者として嘲笑し、あまつさえ、人類を醜悪であると豪語して根絶を謳った。
美醜であったり、強さであったりを私は正確に定義することなんてできはしない。
だが、仮に個のもつ力が強さの絶対的な指標であるのなら、未だに大型動物が地球で幅を利かせていただろう。そもそも、未だに人類はデウスエクスに勝利することすらできなかったはずだ。
この一年間、多くの猟兵たちを戦場へと送り出してきた。
だからこそ、わかる。
『神経樹グラビティピラー』が語る一元的な強さとは本当の強さではないと。
一人一人は弱くとも、共生のもとに文明を築き上げ、そして他種族すらも内包した、人類という種は異形の神が説く強さとは別の異形の力を有しているのだ。
人類は、力のみに心酔した異形の神に打ち勝つだろう。
私はじっとグリモアベース内を見渡した。気づけば、微笑が口端に浮かんでいた。
覆水盆に帰らず。こらえようとしても、一度、にやついた口元はもはや、横一文字を結ぶことはなかったのだ。
だって……ここには彼らがいるのだから。
きっと、自分がグリモアとしての力を得たのはこの時のためにあったのだ。
彼らを、今、この瞬間、戦地に送り出すために自分はグリモア猟兵として覚醒したのだ。
「ねぇ……みんな」
集まった猟兵たちを交互に見やる。私の大好きな人たちがそこにいる。
「――どうか力を貸してもらいたいの」
いつも誰かを戦場へと送り出すのが怖かった。
誰かが傷つくのを見るのが怖かった。自分が誰かの命を間接的に奪っている、そう自覚するのが怖かった。
だけれど……今はもう違う。
だってこの場に集ったみんなは、ただ一つの目的のために共に戦うことを選んだのだから。
彼らは、私が信じた強さの体現者そのものだった。
もうなにも怖くはない。
私は、すべての力を賭して彼らを戦場へと送り届けるのだ。
眦を吊り上げて、歌うように声を張り上げた。自分のものとは思えない、力強い声音がグリモアベース内に響き渡っていく。
「敵の名前は『グラビティピラー』。十二剣神の一柱に名を連ねるデウスエクスで、今回、私たちが戦うべき敵よ」
曖昧に言葉をぼかす事はしなかった。
生まれて初めて、私は明確に敵という言葉で他者を定義した。
「予知を伝えるね?」
要点を掻い摘んで敵の概要について説明を始める。
グラビティピラーが、知的生命体全てを根絶せんと襲いかかってきたこと。
理由は分からないが、内包する凄まじいグラビティ・チェインによって、戦場の猟兵たちを「進化」させようとしていること。
進化を受容した猟兵たちは常時「真の姿」状態となり、結果、知覚を先鋭化され、本来ならば感知不可能な『グラビティピラー』を認識可能となる。
故に必然的に無数の「グラビティピラー軍団」からの攻撃に晒されること。
予知より読み取った敵の特性を矢継ぎ早に伝えたのだ。
最も伝えた情報に意味はない。
だって、彼らが負けるとは思えなかったから。
手にした指揮棒を振り上げる。いつも以上に動きが軽やかだった。
私は彼らを送り出す。自分にできる精一杯の声と力で――。
「人類の未来を切り拓くための、そして、宇宙へと一歩を踏み出すための戦いにみんなの力を貸して? 私は信じているわ。みんなの勝利を。――デウスエクスなんかに負けないで...!」
指揮棒の先端から翡翠の光が溢れ出す。
光は輝きを増しながら、空間に光の綾を描き出し、そして巨大な空洞を生み出した。
空洞の先に、巨大な人影に覆われ、暗がりに沈む大都市東京の姿が浮かび上がっている。
ここに彼我は一つに繋がったのだ。
辻・遥華
この度は、オープニング文章を拝読頂きましてありがとうございます。辻・遥華です。
ケルベロスウォーより、依頼を一本用意しました。
ご興味ある方はよろしければご参加ご検討いただければ幸いです。また、依頼参加の際には、行き違いなど避けるためにMSページの◆戦争依頼の項をご覧くださいませ。
基本的に参加者は、4-8名様を想定しています。足りない場合は、全体やサポートにて完結を予定しております。
以下、依頼の情報とプレイングボーナスにつきまして。
グラビティピラーは、内包する凄まじいグラビティ・チェインによって、戦場の猟兵達を「進化」させようとします。
進化を受容した猟兵達は常時「真の姿」状態となり、「グラビティピラー軍団」が認識できるようになり、集団戦形式でグラビティピラーと戦闘して頂きます。
逆に拒否した場合は、「通常の姿」のまま「グラビティピラー」一体と戦闘して頂きます。
プレイングボーナスは、進化を受容するか、拒否するかをプレイング中に記載することです。冒頭に記載しても良いですし、台詞や心情として描写していただくなどなど、適宜工夫してプレイングに落としこんで頂ければ幸いです。
第1章 ボス戦
『十二剣神『神経樹グラビティピラー』』
|
POW : 受容せよ。グラビティ・チェインは吾が力でもある
【濃密なグラビティ・チェインの霧】を最大でレベルmまで伸ばして対象1体を捕縛し、【重グラビティ起因型神性不全症(寿命削減)】による汚染を与え続ける。
SPD : 受容せよ。神経樹は宇宙を覆い尽くしている
【天空から降り注ぐ神経樹の槍】【建造物から生える神経樹の槍】【大地から生える神経樹の槍】を組み合わせた、レベル回の連続攻撃を放つ。一撃は軽いが手数が多い。
WIZ : 受容せよ。デウスエクスこそが到達点である
視界内の任意の全対象を完全治療する。ただし対象は【神経侵食】に汚染され、レベル分間、理性無き【暴走デウスエクス】と化す。
イラスト:hina
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
仇死原・アンナ
アドリブ歓迎
…時は来たれり!
あの樹木の巨神を倒す為に…さぁ行くぞ…私は処刑人だッ!
進化なぞ…必要ない!我が力で倒す!
仮面を被り鉄塊剣を振るい戦闘開始
精霊馬を召喚し騎乗し霧中の戦場を駆け抜けよう
毒耐性で症状の進行を遅らせながらも迅速に不眠不休で敵へ接近
心臓に地獄の炎灯して回復力と再生力で病状を耐えよう
…霧が濃くなってゆく!
このままでは死ぬやもしれん…だがそれでいい…この力が輝く時だ!
鉄塊剣を振るい武器変形と巨大化させて【炎獄殺法「地獄廻」】を発動
巨大化した地獄の炎纏う鉄塊剣を怪力で振り回し巨神を真っ二つに切り捨ててやろう…!
●戦場:北北西
精霊馬の鼻頭を優しく撫でた。
白く閉ざされた視界の中にあっても愛馬の澄んだ優しい瞳は透明に輝き、なでつけた毛並みの感触は温かかった。
精霊馬の鼻頭をくすぐり、ついでがっしりとした首元を掌でさする。
どこかくすぐったそうに愛馬が鼻を鳴らしたのを目の当たりにした時、仇死原・アンナ(処刑人、獄炎の花嫁、焔の魔女、恐怖の騎士・f09978)は、ついに戦いの時が来たのだと、心の中で一人呟いた。
濛々と立ち込める霧が、透明な毒の触角でもって、アンナを貫いているのが分かった。
市街を包み込んだ白い霧は、『神経樹グラビティピラー』が吐き出す死の吐息に他ならない。
霧は実体がないように見えて、その実、濃密なグラビティ・チェインの塊であり、触れたものを汚染して、命をむしばむ。
ふと視線を上げれば 高層ビルを見下ろすほどの巨体が、天高く身をそびやかしているのが見えた。
蔦と蔓、木の枝とで塑形された、人とも植物ともつかぬ歪な人影が上空より大都市東京を冷徹な眼差しで俯瞰している。
この霧をもたらした張本人である、グラビティピラーの姿がそこにあった。
この場に留まるほどに霧の有した毒によって自分がじわじわと侵食されていくのは、火を見るよりも明らかだった。
それでも尚、アンナは精霊馬……自らにとっての相棒とのわずかなひと時を優先したのだ。
これから命を懸ける相棒をおざなりにしては、要所でしくじるだろうという直感があったからだ。
愛馬のたてがみを撫で、がっしりとした背を優しく叩く。
最後に愛馬の勇敢なる瞳を正面よりじっと眺めて、俯きがちに目合図すると、アンナはゆったりと唇を開いた。
「あの樹木の巨神を倒す為に……さぁ行くぞ……」
アンナが言い放てば、愛馬がどっしりとした嘶きでもってアンナに答えた。
いななきが木霊する霧の中、愛馬は、ひとりでにアンナの傍らに進み出てると、わずかに身を屈めた。
アンナはうっすらとした微笑が張りつく自らの細面を、鴉を模した処刑人の仮面でもって隠した。
ついでしなやかな足を、鐙にかけて勢いよく、精霊馬に飛び乗った。
左手で手綱を握りしめて体を馬上の中心に固定し、体を前のめりに倒した。
そうして騎乗の体勢を整えるや、内ももに力を込めて両の足で馬腹を蹴り上げる。
精霊馬が、はげしく前脚を振り上げた。
彼は鼻息を荒げながら、まるで鬨の声でもあげるのかように激しく嘶くと、コンクリートの足場を思いきり蹴り上げる。
精霊馬の巨躯が躍るようにコンクリート舗道の上を飛び跳ねた。
愛馬の足が大地を離れ、軽やかな浮遊感がアンナを襲った。
たったの一飛びで、精霊馬は長大な距離を飛び越えた。ふたたび、蹄が固いコンクリート舗道を踏みしめた時、周囲に立ち並んでいた家屋がはるか後方へと遠ざかった。
馬蹄が大地を踏みしめるたびに、鼓を打つような軽やかな音が耳朶を揺らした。
白い霧による神経毒が、アンナにねっとりと絡みつき、意識を断ち、命を蝕まんと全身を浸潤していく中、アンナは愛馬よりの声なき激励の声を聞いた気がした。
黒の眼をむき出しにしながら、鋭い視線でもってグラビティピラーの巨体を制する。
疾駆ざまにアンナは馬上にて鉄塊剣を肩に担いだ。
精霊馬は駿馬だ。
彼が一歩を踏み出すごとに、 立ち塞がる、分厚い霧の障壁は一枚、また一枚と砕け散り、グラビティピラーとアンナとを隔てる長大な空間は瞬く間に縮まっていく。
精霊馬の疾駆とともに、霧が濃度を増していく。
重く立ち込めた霧が、何層にもなって目の前に立ちはだかり、猛毒の指先でもってアンナを蝕んでいく。
手綱を掴む手が、麻痺した様に気怠く感じられた。肩に担いだ大剣が普段以上に重苦しく右手を圧迫していた。
アンナ自身、毒への耐性は備えていたし、ブレイズキャリバーとしての特性が、毒に蝕まれて拍動を減弱させる心臓を奮い立たせ、辛うじて鼓動をつなぎとめていた。
とはいえ、この一方的な持久戦は長くは続きはしないだろう。
どこかで自分は倒れる。だからこそ、アンナは精霊馬に騎乗して、最短距離で敵へと突撃を試みたのだ。
酩酊した様に視界は動揺していたし、ビル群の向こうで佇むグラビティピラーの影は二重にも三重にも霞んで見えた。
血が出るほどに唇をかみしめながら、意識を保つ。
アンナは、グラビティピラーの元へと不撓不屈で突き進む。
今、自分は生と死の狭間にどっぷりと膝まで足を踏み入れたのだ。
そして、命の危機にある現状こそが、自らの技【炎獄殺法「地獄廻」】を研ぎ澄ます。
手にした大剣、鉄塊剣の刀身より赤黒い焔が渦を巻いている。
焔は、血のごとき赤褐色を湛えていた。そして、アンナの命を燃やして更に火勢を増していく。
このままでは死ぬかもしれない……なんて処刑人の仮面の下で、自嘲気味に口端を緩めた。
――だが、ただで死ぬつもりは無い。死ぬならば敵を殺してからだ。
既にアンナとグラビティピラーとを隔てるのは僅かな間合いのみとなった。
視線を仰げば、はるか上空より青々とした微光がまるで雨のように降り注いでくる。光の出所を窺えば、神経樹グラビティピラーの刳れた胸もとに行き着いた。
むき出しになった心窩部に、青々と輝く宝珠のようなものがはめ込まれている。
「あとひと頑張りだ。敵の心の臓に刃を突き付けるまでもう少しばかり付き合っておくれ」
愛馬に耳打ちして、アンナは、力強く精霊馬の腹を蹴る。
瞬間、精霊馬が大きく瞳を瞠目させて、大地を蹴り上げた。
精霊馬は、空中へと軽やかに舞い上がるや、左右に立ち並ぶビル群の外壁を軽やかに蹴り上げつつ、上空へと一挙に浮上する。
浮上するに従い、霧はますますに濃厚となって、視界を白く閉ざした。
もっとも、霞目でも、敵の心の臓たる核を、アンナが見誤るはずが無かった。
今やアンナの目と鼻の先で、蒼白い光の尾を煌々と揺らせながら、グラビティピラーの核たる青い宝珠は輝いているのだから。手を伸ばせば、光に手が届きそうだった。
左手で愛馬の頬を優しく一撫でして、そうして、両の手で力強く鉄塊剣を握りしめた。
「ありがとう――。あとは私がやつを焼灼するよ」
優しく愛馬に声を掛け、ついで、アンナはふらつく両脚で馬上に立つと、鞍の上を思い切り蹴り上げた。
アンナの優艶たる姿態が、ゆるやかな放物線軌道を描きながら、宙を舞う。
何層にもはりめぐら 霧の障壁を突き抜けていくたびに白い触手は、無遠慮にアンナに絡みつき、神経毒でもって苛んだ。
知ったことかと哄笑しながらにアンナはグラビティピラーの核たる心臓部の上空に躍り出た。
既に鉄塊剣は燃え盛る炎により、通常時にも数十倍するほどの刀身へと膨張していた。
アンナは、宙で体を捩じり、上段に剣を構えた。
「貴様に地獄が如き敗北を味合わせてやろうぞ……!!!」
吐き出すと同時に、敵の核へと目掛けて鉄塊剣を上段より振り下ろす。
焔纏いし刀身は、青く輝くグラビティピラーの核に焔の切っ先を突き付けた。
氷のように張りつめた核の表面に、赤い筋目が一筋走るのが見えた。
アンナは両の腕に力をこめる。
息も絶え絶えに、全身に蓄えた力を絞り出し、重力落下と共に剣を下方へと押し出した。
ぴしり、と、なにか乾いた音が、鼓膜を揺らした。
更に両腕に力を込めれば、焔の刀身はアンナとともに滑るように青い皮膜の上をなぞり、青く輝く宝珠が如き核を赤黒い焔で塗り固めた。
赤黒い焔の中で、ここに宝珠は音も無く完全に砕け散った。
獄炎を纏った巨大な刀身が、振り下ろされれば、切っ先にまとわりついた、青い光の残滓が、さらりと零れ落ちた。
アンナは空を落ちていく。
核である心臓部を失ったことでグラビティピラーはもはや人の形を留めること叶わずに、崩れ落ちていく。
落下を続けるアンナに先駆けて、巨人を形作っていた蔦や蔓、木の枝などが地上へと落下し、コンクリート舗道の上に枯れ木の山を築いた。
どうやら、敵の残骸が自分のクッションとなるようだ。アンナはますますに近づいていく地表面を苦笑交じりに見遣った。
先ほどまで深く立ち込めていた霧は晴れ、コンクリートの舗道は照り付ける陽光を反映して、銀色に輝いて見えた。
アンナは瞼を閉じると、得も言われぬ浮遊感に身を任せるままに、束の間の休息を取る。
ここに無事に処刑は執行されたのだ。
大成功
🔵🔵🔵
エミリィ・ジゼル
おや、かじできないの様子が?
おめでとう!かじできないはかじできないさんズに進化した!
進化によって真の姿『無数のかじできないさんズ』となり、グラビティピラーの群れ(以下、森)と戦います
数には数で挑もうっていうすんぽーです
そして、無数の我々でもって、揃ってUCを発動
数にものを言わせたケルベロス戦法で森の群れを囲んでフルボッコにします
何人かは森の霧で犠牲になるでしょうが構うことはありません。必要な犠牲です。
こちらが倒れるペースよりも早く、森を伐採していけばいきましょう
古来より、ケルベロスは非常識な物量で敵を圧倒してきました
それを再現してやりましょう
我々の非常識な物量に恐れ戦くがいい!
●戦場:北北東
大地に張り巡らされた十二剣神『神経樹グラビティピラー』の神経叢が不気味に攣縮しながら、濁った白色の吐息を吐き出している。
まるでそれは、死の灰だ。まるで爛れたように空気にこびりついて、青空を濁すのだ。
白い吐息は立ち上がるや 互いに絡みつき、濃霧となって市街を閉ざしていく。
エミリィ・ジゼル(かじできないさん・f01678)は、薄汚れた濃霧の中で体を小刻みに震わせていた。
降ろされた白い帳は、完全にエミリィの視界を閉ざし、平衡感覚すらも奪っていた。霧が齎した異臭が鼻腔を占有して、すえた匂いをエミリィへと齎している。
濃霧が空気を擦るたびに上がる、葉擦れのような耳障りな異音が絶えず、エミリィの鼓膜を震わせていた。
五感を奪われた世界の中、淡緑色の細かい光の雨粒が、翠雨のように霧の中を錯綜していた。
エミリィの全身は、ざらつく霧の触手により絡めとられ、不気味な光の雨によって洗われた。
この雨によって、エミリィの体は振戦を始めたのだ。
ふとエミリィが面差しを上げれば、異質な人影が目についた。
ぼやけた視界においてもなお、ビルをも超える巨大な人影を見失うはずが無い。
エミリィは、高層ビルに蔦の指先を絡みつけながら、首を傾けて地上を見下ろす異形の神の姿を目の当たりにするのだった。
蔦や蔓、そして小枝で塑形されたグラビティピラーの顔面のもと、眼窩らしき窪みにくっぽりとはめ込まれた蒼白い球体が、冷酷な光を湛えながら、ゆっくりと見開かれていた。
鋭い眼光に貫かれ、エミリィはぴたりと体を静止させた。
かのデウスエクスの下卑た視線が自らを貫いた時、エミリィはかのデウスエクスの思考を即座に読み取ったのだ。
――まちがいない。彼もまた自分の進化を祝福しているのだと。
「おめでとう!」
エミリィは頭をあげ、グラビティピラーへと満面の笑みを送る。
心なしか、蔦で出来た神経樹グラビティピラーが、憮然とした様子で巨体を身をこごまらせたように見えた。
エミリィは、今、自らへと訪れたであろう進化を前にして内心、歓喜していた。
某ゲームに置いて、モンスターの進化を目のする時、トレーナが至上の喜びを感じるように、エミリィもまた、自らへと震えという形で去来した進化の予兆を前に、喜びの渦に体を引きずり込まれたのだ。
声を失っていたのもそれが理由だったし、なんだか周囲の空気が微妙に腐ったように感じられたのも進化が齎す喜びに打ち震えていたからだ。
はたとグラビティピラーと目があった。
眼球と思しき蒼白い光の塊が、愕然とした様子で見開かれていた。
なにか意外なことでもあったのだろうか。
いや、ありえないことだろうが、もしかすれば彼はエミリィが現状に恐怖でも抱いたものかと勘違いしたのだろうか。
だとしたら見当違いも甚だしい。
今、エミリィが肩を震わせているのは、別に恐怖や歓喜によるものではない。
一重に、進化を前にして体が自然と震えだしたのに過ぎない。
振戦は徐々に勢いを増してゆく。
そのたび、グラビティピラーは、まるでエミリィを畏怖するように一歩一歩と、後ずさっていく。
ついに震えが最高潮へと至った瞬間、エミリィから這い出すようにして黒い影がぬるりと伸びていた。
黒影はまるで陽炎のように揺らめきながら、徐々に輪郭を明瞭としていくと、立体感を増していき、エミリィそっくりの、二足歩行の鮫へと姿を変えるのだった。
「かじできないは」「かじできないは」
立ち込める霧の中で、エミリィの声音が二つ響いた。
声音は、音程は勿論のこと、抑揚から声量まで完全に同一のものだった。
エミリィは、首を傍らに傾けると、透かすようにして濃霧の中を凝視した。
声の出どころへと目を遣れば、つぶらな青い瞳とぴったりと目があった。
ゆったりとした白のカチューシャを頭頂部に頂き、青のリボンで襟元を飾った、キルト生地の青鮫が二足歩行でそこに立っている。
鮫の口元は大きく開かれていて、そこからは、青い目をした少女の姿が覗かれた。
銀色の長髪をふんわりと揺らしながら、フリルをふんだんにあしらったメイド服を身に着けた少女だ。
顔貌はもちろんのこと、仕草や些細な挙止に至るまで彼女は、エミリィと全ての点においてぴったりと一致していた。
あえて相違点を挙げるとしたら、自分が聖剣めいどかりばーを握りしめているのに対して、エミリィの分身は仰々しい箱型の爆破スイッチを握りしめていることくらいだろう。
つまりは、違いなどは微々たるものだった。
一つ、二つとエミリィより這い出る影がその数を増やしていく。
気づけば、濃霧の中、市街はひしめく数多の人影で溢れかえっていた。
エミリィが薔薇の唇が綻ばせれば、鮫ぐるみにを身を包んだ無数のエミリィが、愉快そのもの口を開く。
銀糸を引くような滑らかな声音が、幾重にも重なりながら、白く閉ざされた視界の中で多重奏を奏でた。
「「「かじできないは、かじできないさんズに進化した!」」」
声音が重なりあって濃霧の中へと響いていく。
エミリィの一体がおもむろに爆破スイッチを押せば、突如、巻き起こった爆風が霧の帳を強引に取り払う。
晴れ渡る視界のもと、エミリィは、無数のエミリィがこの場に一堂に介するのを目の当たりにするのだった。
瀟洒なオフィス街に彩られた大都会東京の一隅は、今、この瞬間に無数の鮫ぐるみによって占領されたのだ。
グラビティピラーは致命的な失策を犯したといえるだろう。
グラビティピラーは生物種へと強引に進化を促し、対象の知覚能力を格段に飛躍させる。
ひとたび、対象が進化を受け入れれば、対象は異様なほどに知覚神経を研ぎ澄まし、本来ならば視認する事すら難しい、無数のグラビティピラーの存在すらも意識下に置くこととなる。
結果、対象者は本来ならば宇宙に無限に存在するとされるグラビティピラーの軍団と戦う事を余儀なくされるのだ。
つまりは、グラビティピラーは数で押すべく、敵を強引に進化させる訳だが、この場合それが裏目に出た。
戦いの妙諦とは圧倒的な物量にものをいわせて、敵を殲滅する事にある。
エミリィは実戦でそう学んできた。
だからこそ、エミリィは、まず第一に進化を選び、自らの真の姿を解放して、自ら無数に増殖させたのだ。
さらに、増殖させた個体ごとに、ユーベルコードを使用させて、次元の扉を開き、異世界よりも自らの分身を多数召喚したのである。
古来より、ケルベロスは非常識な物量で敵を圧倒してきた。つまり、エミリィは、たった一人で見事にそれを再現してみせたのだ。
グラビティピラー自身、エミリィが真の姿を解放することで、かなりの数を現世に顕現させることに成功したものの、数の点でいえばエミリィには遥かに及ばない。
数の利は、エミリィに味方していた。
基軸世界のエミリィは、膨らみのある桃色の唇に指先を添えると、従容そのもの、居並ぶグラビティピラーへと一揖する。
無数のエミリィが、基軸世界のエミリィに倣って、挙止を正し、一斉にお辞儀した。
無数のアクアマリンの瞳が、白い霧の万幕の中に青白い光を滲ませた。
「「我々の非常識な物量に恐れ戦くがいい!」」
宣言に続き、くぐもった法螺貝の音色が戦場へと鳴り響いた。
重く響き渡っていく調を合図にして、鮫ぐるみの軍団が、黒い波のうねりを彷彿とさせる苛烈さで、一気呵成にグラビティピラーへと押し寄せていく。
チェーンソーの歯が閉ざされた視界の中で金切り声をあげていた。
棘付きのいかめしいバールが、ぎらぎらと黒光りしながら、薄墨色の光芒でもって濃霧を切り裂いた。
爆破スイッチが、押し込まれるたびに、至る所で赤い爆炎が生じる。
エミリィ達は、進軍しながらに、ポジション名を叫びだす。
「私はクラッシャーで、大木を根元から一刀両断に切断する」
「私はクラッシャーで、バールで大樹を抉りぬく」
「私はクラッシャーで、爆破スイッチで大樹を焼き尽くす」
誰も彼もが、決して自らの役割を譲ろうとはしなかった。
エミリィ軍団は、クラッシャーの大合唱で大地をゆらしながら、ここに森の伐採を開始するのだった。
嶮山のように聳えるグラビティピラーに無数のエミリィが取りついていく。またたくまに、蔦で出来た巨体はエミリィによって足先から頭上まですべて埋め尽くされた。
チェンソーの刃によって蔦で出来た皮膚組織が切り裂かれ、爆破スイッチによる焔が、樹木で構成された骨幹を灰にした。
皮膚を裂き、骨を断ち、そして、彼らにとっての心臓部であるグラビティ・チェインの集簇場所である心の臓をエクスカリバールが乱打する。
いともたやすく行われる暴力の嵐の前に、グラビティピラーは心臓を砕かれて、一体、また一体と力なく崩れ落ちていった。
もちろん、グラビティピラーも、エミリィに伐採されるがままに、ただただ指をくわえて成り行きを傍観していたわけではない。
彼は、濃霧を放ち、エミリィへと反撃を試みたのだ。
濃霧により一人、また一人とエミリィが倒れていく。
そんな倒れていく自らの分身を目の当たりにした時、基軸世界のエミリィは感傷めいた微笑を口元に滲ませただけだった。
エミリィは尊い犠牲だと、独り言つや、狂気にも似た笑みをますますに深くして、味方の屍を超えてグラビティピラーへと一番槍を突き付ける。
自らの分身の弔い合戦とでも言わんばかりに、基軸世界のエミリィはエミリィ軍団の陣頭に立つや、グラビティピラーによじ登り、手にした聖剣めいどかりばーで心臓をめった刺しにした。
めいどかりばーに切り刻まれて、青い心臓が粉々に砕けちった。
グラビティピラーは、もはや誰の手にも負えない怪物を世に解き放ったのだ。
気づけば、戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図を呈した。
戦場には、焔が立ち込め、白刃が煌めき、ものものしいチェーンソーの刃音とともに木々が伐採される、甲高い異音が響き続けた。
無数のケルベロスの圧倒的な攻撃を受けて、大樹の怪異はそのすべてが息絶えたのは間もなくのことだった。
木々が死に絶えれば、必然的に死の霧も、進化の光も消失する。
本来なら緑となじみの薄い大都会の舗道に、大樹の残骸が横たわっていた。散らばった葉木が薄い緑の布かけとなって、乳白色の大地を覆い、切断された幹が堆く積み重なって小山を築いていた。
基軸世界のエミリィは、多次元世界へと帰還する仲間たちを見送ると、安閑そのものあくびしながら、戦域を見渡した。
清々しい風が、寂寥の調を奏でながら北北東の戦場を過ぎ去っていった。
大成功
🔵🔵🔵
カーバンクル・スカルン
色んな世界を渡り歩いて色んな知識を得て、ユーベルコードを思いつくのをあなたが「進化」と思うならば、私は肯定してあげよう。個人的には進化ってのは姿形が変わることだと思ってるから、私は「成長」だと主張するけどね?
大量に姿を現したグラビティピラー達の中心で【ガーネット・フラッシュ】を発動してそこら中から飛び出す神経樹の槍を燃やし尽くそう。
手数が多くとも肝心の威力が弱かったら、強力な攻撃に相殺されるどころか押し切られるだけなんだよ。竹槍持って戦車に突っ込むような物さ! 植物は大人しく遠巻きで光合成してろ!
●戦場:北部
紅玉の瞳をにわかに細めながら、聳える巨大な人影を見上げた。
人を模した蔦の怪異『神経樹グラビティピラー』は、まるで怪物映画かなにかから飛び出してきたような非常識な出で立ちで、大都市東京にて巨体をせり立たせている。
いまいち現実感に乏しいグラビティピラーの巨体を見上げながらカーバンクル・スカルン(クリスタリアンの懲罰騎士・f12355)は憂愁の吐息をこぼした。
この吐息の理由はつまるところは、困惑から生じたものだ。
そう、カーバンクルは、グラビティピラーの進化という物言いに、ざらついたしこりのようなものを感じずにはいられなかったのだ。
進化という言葉をあえて定義するとしたら、それは変態の一種だとカーバンクルは考える。
むしろ、内省的な自己醸成なりの末に齎される変化をカーバンクルは「成長」と捉えることこそ適切だと考える。
書物を渉猟し知識を深め、世界を渡り歩いて経験を積む。しばしば猟兵が経験するだろうユーベルコード取得の過程は「成長」の典型と言えただろうし、また真の姿を顕現させることも、多かれ少なかれ自らと向き合う事を強制されるために「成長」の範疇に分類されるだろう。
成長、進化という言葉に関する定義づけなど言葉遊びの領域を出ることはないのだろうが、グラビティピラーが口にする進化というものに、カーバンクルは釈然としないものを感じていたのだ。
とはいえ、カーバンクルはあえて、グラビティピラーの言葉を肯定する。
彼の思想に感化されたわけでもなければ、共感したわけでもない。
ただ、あえて進化というものに身を任せるのも悪くはない、そんな思いから多少のわだかまりを感じつつもカーバンクルは、あグラビティピラーの言葉に耳を傾けて進化の光のなすままに、自らの真の姿を解放したのである。
真の力の解放が呼び水となり、グラビティピラーがその数を急激に増していく。
手品かなにかのように、なにも存在しなかった空間より、高層ビルよりも巨大な蔦の怪異が、あまた姿を現し、カーバンクルを取り囲んだ。
巨大な人影に大空が遮られて、日が翳り、薄闇がカーバンクルに圧しかかった。
あまたのグラビティピラーが互いにへし合い押し合いしながら、カーバンクルを圧迫していた。
カーバンクルはふんと鼻を鳴らした。
戦場に赴いた時より、全てが敵だと覚悟は住んでいた。
居並ぶ無数の巨影は、もちろんのこと、コンクリート張りの足場や立ち並ぶビル群に至るまで、戦場における建造物の隅々にまでグラビティピラーが自らの末梢神経ともいうべき微細な神経線維を紛れ込ませて、自らの支配下においたことは予想がついていた。
乳白色の足場がせり上がり、絨毛を彷彿とさせる、白く鋭い槍を突き立てる。ビル壁が泡立ち、無数の突起を突き出した。グラビティピラーより垂れた蔓が螺旋状に絡みつき、鋭い槍を形成する。
八方から包み込むように、神経樹で形作られた、鋭い槍の穂先がカーバンクルへと一斉に襲い掛かった。
大したことは無いと、カーバンクルは身構えるでもなく、槍衾へと身をさらけ出した。
なにも伊達や酔狂で死地へと飛び込んだわけでは無い。
神経樹の槍による一撃、一撃によって齎されるだろう負傷に関して目算はすでに済んでいた。
数こそ多いが、敵の槍の一撃、一撃は真の姿を解放したカーバンクルには通用しないだろう。
手数が多くとも肝心の威力が弱かったら、此方側よりの強力な攻撃に相殺されるどころか押し切られるだけなのは火を見るよりも明らかだ。
蟷螂の斧とはよく言ったもので、いくら頭数を揃えようとも竹槍の槍衾が重戦車の分厚い装甲を貫通する事がないように、真の力を解き放ったカーバンクルの前には、神経樹による槍の一撃一撃などは有象無象に過ぎなかった。
鋭い無数の槍がお互いに等間隔に空間に居並び、銀の繭となりカーバンクルを包み込む。鋭い穂先がカーバンクルを指呼の間に捉えた。
なんら脅威すら感じられなかった。
自らへと降り注ぐ、無数の槍先を、カーバンクルは流し目で眺めながら、暴発寸前まで昂った力をわずかに開放する。
そう、それだけで十分との自信がカーバンクルにはあったのだ。
真の姿を解放して、更には暴発寸前まで膨れ上がった奇跡の力をわずかながらも開放すれば、無数の槍は、赤い閃光によって弾かれ、虚しく宙を舞う。
全身にくすぶる熱気を解き放つようにガーネットは声を荒らげた。
「植物は大人しく遠巻きで光合成してろ!」
叫びの声が、カーバンクルの中で今や暴発寸前まで膨れ上がった力をたちどころに開放した。
カーバンクルの全身を赤い光芒が包み込んだ。
カーバンクルの怒声とともに光は瞬く間に膨張していくと、遂に砕け散り、放射状に赤い閃光を突き出した。
光は、赤い彗星の尾となり中空を無軌道に走り回りながら、刷毛で掃き出すように上空へと広がってゆくと、グラビティピラーの巨体を上下左右より射抜いた。
巨人の心臓部たる青い光の結晶が、閃光に貫かれ、青い砂となって大気に流れていく。
あまた存在したグラビティピラーは、閃光に焼灼されて、塵芥と化したのだ。青い残光が舞い散る戦場にて、カーバンクルは感嘆交じりに吐息を漏らした。
北部の戦いはここに幕を下ろしたのである。
大成功
🔵🔵🔵
シル・ウィンディア
グラビティピラー…。懐かしい響きではあるけど、害をなすならっ!
光刃剣と精霊剣の二刀流で立ち向かうよ。
近接攻撃を行いつつ、多重詠唱を開始。
魔力溜めを限界突破まで行っていくね。
そして、同時進行でUCの詠唱を。
詠唱はしっかりと、一言一句、祈りと意思を込めるように…。
あなたは間違いなく強いよ。
進化を受け入れたほうが確実に勝てるんだろうと思うけど。
人の進化は、そんな強制的なものじゃなくて、自分の足でゆっくりでも行うものだよ。
だから、わたしはあなたの与える進化は拒否するからっ!!
言い放った後は、全力魔法でのヘキサドライブ・エレメンタル・ブラスト!
これがわたしの全力全開っ!
遠慮せずにもってけーーっ!!
●戦場:南南東
吹きすさぶ風に乗り、虹色の微光が濁った空へと流れていく。
精霊剣「六源和導」の刀身から零れ落ちた光の雫は、今や、鈍色の空を彩る希望の燈火となった。
シル・ウィンディア(青き流星の魔女・f03964)は、さながら白砂のように宙を揺蕩いながら、遥か上空へと舞い上がっていく淡い光の軌跡を穏やかに眺めつつ、手にした二刀の剣を力強く握りしめた。
シルの青空の瞳に映し出されたのは、暗闇に沈む大都会東京だった。
真昼にもかかわらず、大都会は巨大な影にくっぽりと覆われ、暁暗のごとく暗澹と佇んでいた。
立ち並ぶ瀟洒なビル群には人の気配は露とも感じず、都市自体がまるで人に見捨てられてかのように閑散と静まり返っていた。
無人と化した大都会東京にて、しかしシルは異様な人影を見る。
それは人と呼ぶには奇怪に過ぎたかもしれない。
まず第一に人影は、人体を何百倍にも拡大させたかのような巨躯を誇っていた。
蔦を幾重にも束ねることで手足らしいものを形成し、枝葉と巨木の幹とが折り重なることでがっしりとした体躯を作っている。蔦、蔓、小枝が絡まって申し訳程度に粗い顔貌が形作られていた。
顔面の正中部に彫られた、眼窩と思しき窪みには、青白い光がさながら眼球の光を彷彿とさせるように煌々と輝いていた。
『神経樹グラビティピラー』、十二剣神なる至尊の名を冠するデウスエクスは、まるで自らが地球の支配者とでも言わんばかりに、ビルの屋上に傲然と手をかけて、無思慮な足先で舗道を踏みにじりながら、人類の前に、シルの前へと立ちはだかったのだ。
グラビティピラーという懐かしい響きに心を寛がせたのも束の間、さながら主上として振る舞うグラビティピラーを前にした時に、シルに去来したのは、グラビティピラーに対する激しい嫌悪感だった。
グラビティピラーの巨体が気味悪げに左右していた。
眼下に嵌め込まれた蒼白い光が、不気味に蠢動し、シルへと鋭い視線を投げつける。
相貌を形成する木々が擦れあい、老人を彷彿とさせる、しわがれた声音がグラビティピラーの口と思しき小孔から吐き出された。
「我が求むるは強者のみ。主にはその素養がある……。進化を受け入れよ」
声音ともつかぬ、くぐもった声が、死に絶えたように静まり返った大都会東京に重苦しく響き渡った。
主上グラビティピラーの声音に従うように、大地に張り巡らされた神経叢より緑色の微光が奔出し、黴かなにかのように空へと這いがり、充溢していった。
「私は……」
シルはぽつりと零した。
敵は間違いなく、強い。
絶対に勝てるかと問われた時に容易に首を縦に触れるほど、シルは自らにうぬぼれてはいない。
一瞬、シルは言葉を切った。
シルの沈黙を逡巡と取ったのだろうか。
充満していく緑の微光が、羽虫かなにかの群体のように蠢き、巨大な靄となってシルへと迫る。
シルは伏し目がちに視線を落とすと、白いアスファルト舗道の一点を凝視した。
まるで白い鏡面みたいな足場に、ふと家族の姿が浮かび上がった気がした。勝気な二卵性双生児の妹と、大人びた末妹とそして優しい母の姿がシルの脳裏を横切った。
ウィンディア家の長女として生まれて、そうしてこれまで色々な世界を渡り歩いてきた。
母の死に心を痛め、強くなりたいと自分に誓った。
猟兵として覚醒し、世界が抱える懊悩を目の当たりにするたびに、自分の無力さに打ちひしがれることもあった。
それでも、シルはここまで歩き続けてきたのだ。
母との約束である笑顔を武器にして、たえず足を踏み出して来た。
シルは眦を上げる。
もはや、迷いはなかった。
光刃剣「エレメンティア」を一閃させれば、鋭い光の剣戟が一閃、空を走り、まるで絹かなにかを裂くように緑色の靄は切り払う。
霧散していく微光の中、シルは微笑む。
母と約束した笑顔を、無垢の小顔に湛えながら、シルは光刃剣の切っ先でもってグラビティピラーの喉元を制した。
「これが私の解答だよ、グラビティピラー。……人の進化は、そんな強制的なものじゃなくて、自分の足でゆっくりでも行うものだよ。だから、わたしはあなたの与える進化を拒否するっ!!」
進化という甘言をシルは一も二も無く峻拒する。
彼の進化とは人類をあざ笑い、シルや猟兵達の生をそのものを否定するものだ。力を得られるとて、自分は絶対に頷くことはできないものだった。
グラビティピラーの瞳が憤懣の色を帯びながら震えだす。
彼は歯ぎしりするように木々を擦りあわせ、鬱屈したような葉擦れ音を響かせながら、シルを謗る。
「ならば……進化に辿り着けぬままに死んでゆくがよい」
グラビティピラーは吐き捨てるや、大腕を大きく横に薙ぐ。
瞬間、グラビティピラーの掌より、彼を構成する体細胞が無数の銀槍となって零れ落ちた。
薄暗い空に無数の銀の雨滴がねっとりとこびりついた。
雨粒の一つ一つが銀の光沢を滲ませながら、鋭い銀の穂先をシルへと向けていた。
槍先がわずかに震え、下方へと微動したのを合図にシルは力強く大地を蹴った。
目指すはグラビティピラの懐だ。
未だ、グラビティピラーは魔術の射程範囲外にあるために、まずはなにがなんでも接近する必要がある。
そのためには、魔術の攻勢と接近とを同時に行う必要がある。
シルは、ふんと小さく鼻を人ならしすると、離れ業を実行すべく詠唱ながらに、大地を疾駆する。
上空を一瞥し、銀雨となって降り注ぐ槍の軌道を瞬時に見抜く。
一槍、一槍の落下軌道は直線的で比較的、判別しやすいものだった。数こそ多いものの、シルの両の眼は槍の間隙をすぐさまにあぶり出していた。
疾走しながらに、シルは左右の足でくの字を踏み抜き、舞踏するような足さばきで小さな円を描く。
銀槍が一つ、また一つと降り注ぐ。
しかし、雨となって降り注ぐ無数の槍は、拳一つ分ほどの距離までシルへと追いすがるも、最後の一歩が届かずに虚しく空を切り、鋭い穂先を続々とアスファルト舗道へと突き立てていった。
敵の第一波をやり過ごし、ついで、第二波に備えた。
目の前より無数の槍が横殴りにシルへと押し寄せて来る。小刻みに足を左右させ、わずかに上体を捻りあげた。
鋭い銀槍がシルの頬すれすれを掠め、脇の下をするすると走り抜けていった。
シルにはもちろん損傷らしい損傷はない。
白磁の肌が熱気を帯びてわずかに赤らんだが、ただそれだけだった。
槍の間隙をつくようにしてシルはジグザグに大地を走り抜けていき、第二波も完全にやり過ごすと、一挙にグラビティピラーへと距離を詰めた。
4月の中旬、英国では巨人を相手取り、より強力な無数の礫を避けてみせたのだ。
それと比べれば、雨の雫となって降り注ぐ銀槍などたいした脅威ではない。
槍の雨を後方に見送りながら、シルは魔術の詠唱に移行する。
「闇夜を照らす炎よ、命育む水よ」
ゆったりと肩を上下させながら、言の葉、言の葉、一つを紡いでいく。
昔なら、すぐに息があがってしまっただろう。
だけど今は違う。
多くの修練を積み、数多の戦場を駆け抜けて来たからこそ、精緻な運動命令と魔術詠唱という本来ならば互いに独立して行うべき命令を、シルは同時に処理することを身につけたのだ。
張りつめた意識のもと、シルの前頭野は複雑な術式を巧みに練り上げて、脳幹組織は半ば、反射によって機敏な動きをシルへと再現させた。
前方のアスファルト舗道で、銀色の棘のようなものが輝いて見えた。
咄嗟に後方へと飛び退けば、シルの進路を塞ぐように、大地より二対の銀槍がせり立った。
銀槍は、勢いよく大地より頭を突き出すと、意思でも持っているかのように、軟体動物のように体を不気味によじらせて、空を這いずり、シルへと襲い掛かる。
「悠久を舞う風よ、母なる大地よ」
詠唱は決して止めずに、シルは更に一歩を踏み出した。
青空の瞳がグラビティ、ピラーと左右より迫る銀槍とを交互に見やった。
走りざま、左右から迫る鋭い銀槍目掛けて、二刀の剣を振り上げた。
光刃剣「エレメンティア」で左手より迫る銀槍を切り伏せて、精霊剣「六源和導」で右手より鋭い牙をむき出しにした銀槍を払い上げた。
光の剣に切り裂かれるや、銀槍はたちどころに色つやを失い、単なる蔦や枝切れへと変わった。
アスファルト舗道へと木々の残骸がぐずりと崩れ落ちる。
たまらず、口元が綻んだ。
魔法の才能は昔からあったけれど、剣術は自分が一歩一歩と培ってきた努力の末に錬磨されたものだった。
グラビティピラーが説く性急で冷たい進化ではない、着実で温かな進化を自分も続けているのだ。
口元をついた桜色の吐息が、白い靄となりゆったりと立ち上っていく。熱気と魔力とを孕んだ吐息が、翡翠の微光を飲み込んだ。
「暁と宵を告げる光と闇よ……」
一言一句に祈りと意思を込めるように言葉を紡ぎ、術式を洗練させていく。
溢れかえった膨大な魔力が、自らの中で激しくのたうち回っているのがわかった。
あとは、この膨大な力の奔流に秩序と形を与えるだけだ。
シルは膨大な魔力の激流を、光刃剣「エレメンティア」の切っ先へと集中させた。
あと一歩だ。
あと一歩で、敵を魔術の射程内に捉えられる。
目の前には、神経樹の槍が幾本も連なり、檻のようになってシルの進路を防いでいた。
精霊剣「六源和導」を振り回し、鎌で刈り取るように格子状に張り巡らされた樹木を一本、一本と薙ぎ払う。
たちどころに、樹木の檻は取り払わて、ついにグラビティピラーの青く燃え盛る心臓部がシルの視界の先に姿を現した。
足元に横たわる樹木の残骸を飛び越えて、シルは最後の一歩を踏みぬいた。
光刃剣を振り上げて、敵の核たる心臓部を狙いすます。
「六芒星に集いて全てを撃ち抜きし力となれっ!」
精霊剣を大地に突きさして、ついで、左手を、光刃剣を握る右手に重ねた。
右手の甲を通して左手にも、膨大な魔力の残滓が痺れとなって走った。
今や、シルのすべての魔力は剣の切っ先に集積している。
両手で力強く剣の柄を握りしめる。
この技は、ただの魔法ではない。
シルがこれまで地道に培ってきた技の結晶だ。
高まっていく魔力の波動にたまらず、笑みが深まった。
敵への憎しみは無い。ただ、シルは母親と約束した笑みを湛えながら別の進化の在り方を、グラビティピラーへとシルは知らしめるだけだ。
――さぁ、グラビティピラー。あなたに人類の可能性を教えて上げる。
シルは限界まで溢れかえった魔力の奔流をここに一気に解き放つ。
「ヘキサドライブ・エレメンタル・ブラスト...!」
シルの声音に呼応するように、光の刀身が砕け散り、虚空に六芒星を刻印する。
六色の光芒を滲ませた六芒星のもと、大気は震え、空間がわずかに湾曲した。たなびく六色の光の尾が、大気を強引に殴りつけ、地鳴りにも似た音を響かせた。
まるで世界が静止した様に、全ての音が絶えて、草花もグラビティピラーも、そしてシルすらも、全てのものが動きを止めた。
ただ六芒星より吐き出される膨大な魔力の光だけが静止した世界の中を、わが物顔で動き回っていた。
大気の軋みが絶叫に変わり、ついぞ、破裂音へと変わった。
六芒星より溢れだした光の尾は互いに絡みつき合いながら渦を巻き、巨大な波濤へと昇華した。
そう、ここに地風火水、そして闇と光の力を帯びた魔力の砲弾が生み出されたのだ。
「これがわたしの全力全開っ!遠慮せずにもってけーーっ!!」
シルは叫んだ。叫びながらに、剣を振り下ろして、魔力を放つ。
シルの挙止に従うように、巨大な破滅の光は六芒星から解き放たれると、渦を巻き、光の飛沫を上げながら、巨大な波濤となってグラビティーピラーへと向かい空を走り抜けていく。
まさに一瞬で、光の津波がグラビティピラーを飲み込んだ。
泡立つ光の激流が、グラビティピラーを攪拌し、貪食した。
眩い光に洗われて、グラビティピラーの巨体が黒ずみ、徐々に原型を崩していき、砂粒のように霧散していくのが分かった。
眩い光の激流はグラビティピラーを飲み込んでもなお、しばらく大空に居座っていたが、ついに六つ又に分裂し、流れ星のように空へと流れていった。
分かたれた六色の光の尾は、ゆったりと空を揺蕩いながらも、徐々に色褪せてゆき、ついぞ空気へと溶け込んでいく。
放たれた魔力の残滓が、綿雪の様な白く輝く光の粒となって、春先の都内へと舞い降りた。
降りつのる純白の光の中で、シルが中天を仰望すれば、もはやそこにはグラビティピラーの姿はなかった。
シルの瞳と同じ、青く澄んだ空が明朗と顔を覗かせていた。
大成功
🔵🔵🔵
ギュスターヴ・ベルトラン
◎
オレらは傷つき、折れて、寄り添わなければ生きられない存在だってのは認める
…だからこそ
|Je dis non.《ぼくはその進化を拒否するよ》
進化なんて看板で魂を乗っ取る奴が『到達点』だなんて笑わせる
【祈り】を捧げて発動するUCはオレの世界の名を冠してる
本来は一つの種族全員が合体する事で生まれる『究極の生命体』の事を指す
…まぁあんたが認める姿の一つでもあるかもな
でもオレたちはそれを否定し、全人類を小さなサイキックハーツとする方向で進化した
…紆余曲折あれど、人類の有様は『共に支え合う』のが本質だ
上から見下ろす神様気取りの神の如きもの風情は、どこの世界もお呼びじゃねえんだよ
●戦場:南南西
薄緑色の微光が霧となり戦場を飲み込んだ。
はたして、ギュスターヴ・ベルトラン(我が信仰、依然揺るぎなく・f44004)が、この薄霧の光に包まれた時、全身に去来したのは、なんとも名状しがたいざらざらとした不快感だった。
ギュスターヴは、たまらず眉をひそめた。
右手は、腰に下げた日本刀「Maiden's Lament」へと反射的に伸び、指先は剣の柄にがっしりと絡みついていた。流れるような挙措でもって抜刀し、鋭い剣戟でもって薄霧を切り裂いた。
霧散していく靄のかなた、ギュスターヴは、この光を齎した張本人の姿を睨み据える。
敵が人の形をしているのは、敵の配慮によるものなのだろうか。
蔦と蔓、それから葉木とを粗悪に組み合わせて塑形された、人ならざる人の姿がそこにある。
人を模して形作られた木の化け物は、十二剣神『神経樹グラビティピラー』なる随分とものものしい名前を、冠していた。
彼は、大都市を飲み込むほどの巨体を宇内に現出させ、厄介極まりない進化の光なんてものを振り撒きながら、上空から都市へと覆いかぶさり、都市まるごとを薄闇の中に閉ざしたのである。
巨大な化け物を見上げながら、ギュスターヴは嘲笑まじりに鼻を鳴らした。
この異形の怪物は、進化を齎すなんて大言壮語を掲げて地球へと侵略の食指を伸ばしたのである。
さながら絶対主然とふるまう彼の姿があまりにも滑稽にギュスターヴには感じられたのだ。
はたして、そんなギュスターヴの態度がグラビティピラーの琴線に触れたのだろうか、それまで押し黙ったままにギュスターヴを見下ろしていた怪異が、口なき口を動かして声らしきものを放った。
「強き者よ。なぜ、貴様は進化を拒むのだ。種としての強さとは、共生などというまやかしの中には存在せぬ。貴様にならわかるであろう。人という下等な種の中で奇跡の力を有する貴様ならば、有象無象にしかすぎぬ、取るに足らぬ凡骨どもが毛ほどの価値も持たないことなど知悉しているはずら。そして、貴様は力の持つ絶対性を十二分に理解できるはず」
葉擦れの音にも似た、くぐもった音がギュスターヴの耳朶を揺らした。
グラビティピラーの顔面部の窪みに象嵌された、瞳らしき青い塊が陰湿な輝きを帯びながら蠢いた。
ギュスターヴはあえて返答することなく、振り下ろした刀を再び鞘に収めると、静かに一歩を踏み出した。
ギュスターヴの沈黙を自らに対する無言の肯定と見なしたのか、グラビティピラーが饒舌気味に言葉を重ねる。
「ありとあらゆる種は他者を食らい生きる。食物連鎖において、力とは絶対的な指標なのだ。そもさん、人間種のみが共生などというまやかしを謳い、すべての生命に定められた不文律に背理することが正しきか? 弱者を貴ぶ人類に存在意義などあろうか」
声音には愉悦の色がにじみ出していた。
彼の感情の昂りを示唆するかのように、戦場に隈なく張り巡らせた神経という神経から翡翠の光がより一層激しく迸った。
あえて、黙ったままにギュスターヴは二歩ほど、歩を重ねた。
右手を胸の上に重ねて、伏し目がちに足元を見る。
ふと過去の自分の姿が脳裏を横切り、たまらず、ギュスターヴは皮肉げに唇をゆがめた。
「あぁ、認めてやるよ。オレらは傷つきやすい。すぐに折れちまう。寄り添わなければ生きられない存在だってのは認める」
追憶の日々が、胸裏を横切り、脳裏をかすめた。
ダークネスという存在自体、人の弱さの証左といえるかもしれない。
だが、闇を抱えながらも光へと向けて踏み出したものをギュスターヴは数多く目の当たりにしてきた。
使い古された言葉だが、光が強いほど影もまた濃くなる。つまり、光と闇とは一心同体なのだ。 そして強さと弱さとは背中合わせの関係にある。
武蔵坂時代に、ギュスターヴは人の弱さと、だが弱いが故の人の強さを数多く目撃してきた。
偉人も天才も、はてには勇敢な戦士も誰もが心に闇と光を、強さと弱さを同居させていた。
ギュスターヴは鼻を鳴らす。
「だが、そこまでだ。人間の弱さに関するアンタの見解はともかく、進化云々に関しては、あんたのいう事にはちっとも共感できやしない」
ギュスターヴの言葉を受けて、グラビティピラーがどこか苛立たしげに木々をざわつかせた。
言いながら、ギュスターヴは十字を切り、ついで祈りを捧げる。
「――天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。御国がきますように」
ギュスターヴの祈りの声を、グラビティピラーがあざ笑う。
「神か……。弱き者どもが縋る存在などまやかしだ。神とは、力だ。貴様らが我らをなんと呼ぶか知っているぞ。貴様は我らを|Deus《神》と畏怖する。我に祈りを捧げるか、哀れなる人間よ」
耳障りな葉擦れ音が、鼓膜に突き刺さった。
神を僭称するとは、不敬にもほどがある。
もっとも、ギュスターヴはあえて嘲笑でもって偽神の言葉を受け流した。彼との問答はおそらく永遠に一方津工だろう。
故にギュスターヴはただ一つ付け加えるだけで言葉を切った。
「もう一つだけ教えてやるよ。さっきの祈りは、俺が来た世界の名前を冠している。サイキックハーツって言うんだ。まぁ、この言葉の持つ、本来の意味は一つの種族全員が合体する事で生まれる『究極の生命体』の事を指していたらしい。...…まぁアンタが認める姿の一つでもあるかもな」
からからと葉擦れ音が再び、鳴り響いた。
ギュスターヴの言葉に気をよくしたのか、グラビティピラーが歪に葉木を擦り合わせたのだ。
緑色の微光がさらに濃度を増して、空間を膜のように包み込んでいく。
緑一色に包まれた世界の中をギュスターヴは顔色一つ変える事無く、一歩、また一歩と歩を重ねながら、グラビティピラーのもとへと近づいた。
仮に常人が、この光の中に身を置けば、その精神はたちどころにグラビティピラーによって浸蝕され、発狂すること間違いなしだろう。
だが、祈りの力がギュスターヴを守護の光で守ったのだ。
上空より哄笑するような葉擦れ音が下りてきた。
「貴様の世界の住民は多少は聡明だったのだろうな。同種を貪食してひと塊となり至上へと至る。そうだ、それこそが進化だ」
グラビティピラーがどこか熱っぽく語った。
たまらず、ギュスターヴは苦笑の陰影を濃くした。
長広舌を振るうグラビティピラーへと手痛い平手打ちを浴びせるべく、口火を切る、
「でもオレたちはそれを否定して、全人類を小さなサイキックハーツとする方向で進化させた。オレはそんな人類の決断を誇りに思う」
ギュスターヴは豪語した。
ついで、不良仲間たちを真似るように、親指を立てると首の前で横に切った。
相手をにべなく侮辱するこのジェスチャーは、十字を切る聖職者には粗野に過ぎるが、しかし、自らを神と称し、あまつさえ進化に抗うのならば人類を根絶するなどと説く偽神を相手どるには適切な作法と言えるだろう。
「|Je dis non《ぼくはその進化を拒否するよ》。ははは、進化なんて看板で魂を乗っ取る奴が『到達点』だなんて笑わせる」
吐き捨てると同時に、ギュスターヴは駆け出した。
思えば、先日、ギュスターヴは英国で人類に与して、巨人狩りを遂行して来た。
巨人に続き、今度は偽神と来たものだ。
まったくもって、神話の登場人物も顔負けの怱忙ぶりだ。
とはいえ、存外に気分は悪くはない。
奇跡の御業『|到達《サイキックハーツ》』により、偽神が掲げる『到達点』なんて慢心に引導を渡してやるのはなかなかに心躍るものがある。
未だにギュスターヴの奥底には、過去という名の重苦しい暗黒が蠢いている。
だが、あの十一月のフランスの日々を経て、贖罪の日々には、光が射した。
過去の十字架は、断罪の指先でもってギュスターヴのほっそりとした首元をぎりぎりと締めつけて、悔恨という名の暗闇へとギュスターヴを引きこんだ。
だが、母の声が、無数の人々の声が、関わりのある人々の笑顔が今や暖かな光の手を形づくり、ギュスターヴをほの暗い洞穴から掬い上げてその背中を押したのだ。
四月には弟分も出来た。
アルに限らない、度重なる戦いの中でギュスターヴは多くの知己を得た。
自分は確かに特殊な力を有している。
だが、その力とは人と人とのつながりの中でこそ真価を発揮するものだ。
他者を排斥し、あまつさえ他者から略奪することで進化したなどと嘯き、一人よがりに悦に入る。そんな偽神が謳う進化の終着点とはまるで異なるものにこそ、ギュスターヴは進化の果てを見たのだ。
人類の有様は『共に支え合う』ことに本質を置くのだ。
「ちぃっとばかし力を貸せよ? 次は偽神が相手なんだからよ?」
誰に言うでもなく、ギュスターヴは呟いた。
ギュスターヴの声に応えるように、天に数多の星が輝きだす。
視界は緑色に濁っていたが、それでもなお、太陽を押しのけて、中天にて眩耀する白い無数の星々をギュスターヴの金色の瞳が見誤るはずがない。
――シオンの光は明るく、その星は高みへと昇る。
その言葉が示すとおりに、グラビティピラーを見下ろすように、白い星々が中天を飾った。
グラビティピラーは地上を見下ろすばかりだ。
人を醜悪と見なし、傲慢にも滅ぼそうとする神もどきは、空に輝く無数の星々に気づいてすらいないようだった。
敵はあまりにも巨体に過ぎ、その巨体に比例するように核たる心臓もまた巨大であった。
葉木と蔦とで作られた粗雑な胸郭は、偽神の急所を包むこと叶わずに、外界へと核たる心臓部をさらけ出していた。
観測手などは必要なかった。
ただ、心臓の一点へと向かいギュスターヴは技を放てば良いのだ。
「あんたみたいな偽神はどこの世界もお呼びじゃねえんだよ...!大地へと這いつくばりな」
言いながらギュスターヴは手を振り下ろす。
瞬間、無数の閃光が斜に空を駆け下りた。
ぎらつく白銀と赤銅の尾を長く曳きながら、矢のような閃光が、グラビティピラーの背後から、その核たる心臓部へと押し寄せたのだ。
無数の光の刃が荒い枝葉の皮膚を穿ち、蔦の筋組織を抉り抜き、宝珠の様な青い心臓を貫いた。
降り注ぐ光の中で、核を失ったグラビティピラーの体躯が蔦や蔓の残骸となって崩れ落ちていくのが見えた。
グラビティピラーが消滅するのとともに、都市全体に充溢していた翡翠の光も、ゆめまぼろしのように霧散していく。
ギュスターヴ自身が歩を刻み、邁進していくように、人もまた繋がりという輪の中で進化を続けていく
しかし、偽神は力による到達点というものばかりに目を奪われて、別の進化の形を見失ったのだ。
結果、偽神は彼にとっての未知なる力に敗れ去った。
足元の残骸を一瞥するやギュスターヴは天を仰いだ。すでに空には星は無く、中天の首座には太陽が居座っていた。偽神なき大都会東京にやわらかな春風が吹き込んだ。
さながら神の息吹を感じさせる、涼風の中にギュスターヴは新たなる進化の光を見た気がした。
大成功
🔵🔵🔵
ロロ・ラリルレーラ
「すっごォーい☆★☆ そんなにエダワカレしてたら、ウチュウのみんなとテがツナげちゃうねェ★☆★☆」
「ショアクとかコンゲンとかよくワかんないけど★ つまりキミも、ロロとオトモダチになりたいんだよねッ☆★☆」
強制進化に超越知覚、なんて嬉しいプレゼント!
もちろん当然受け入れます。だってお陰で、より多くのあなたと繋がれる。
貰ってばかりじゃ悪いから、こちらからもお返しだ。
神経侵食を通じてロロちゃんのみなぎる血潮に触れたなら、そこから始まるユーベルコード。
素敵な|知覚《チャンネル》を|啓《ヒラ》いてあげる。
神経の末端から維管束を夢みたいに伝って全個体へと。
すなわち全宇宙を埋め尽くす、開眼電波を送信します。
●せんじょう:みなみ
愉快なオトモを引き連れて、ロロ・ラリルレーラ(猛毒電波を送信します・f36117)は鼻歌まじりに歌い出す。
おっきな体にも収まりきらいなくらいの、夢と希望を胸に抱いて、足取り軽くソフトクリームの足場をぴょこんと飛び跳ねれば、ゆったりと膨らんだスカートがたんぽぽの綿毛みたいに、気恥ずかしそうにふわふわ笑う。
ふわふわケガワのねこさんと、黒々斑点ワニさんに、蜂蜜模様のカブトムシ。
大事なオトモダチの手を引きながら、ミニチュアみたいな小さなお家を飛び越えて、にょきっと突き出た煙突にハイタッチ!
ぐるぐる渦巻く、赤目と青目にきらきら星を宿しながら、夢見る視線でじっと前方を覗き込めば、おおきなおおきな人影とぱっちり目と目とが合っちゃった。
わんわん。
きゃんきゃん。
みゅう、みゅう。
ぷぅぷぅ。
オトモダチは、楽しく愉快な音楽隊だ。嬉しそうに声を弾ませている。
耳の奥でも、じぃーん、じぃーんと、天使の囀りが響いてる。
――鼓膜がくすぐっタいな☆★
声の主はきっと目の前の、大きな、大きなおともだちさん。
ロロよりずーっと大きな体を、ずしんと反らし、にゅるにゅるおててをうねうねさせて、恥ずかしそうに手招きしてる。
じぃじぃじぃ、蝉さんみたいな優しい声が、耳の奥で響いている。
耳の奥がくすぐられたみたいに、むずむずしてる。
あはっと、声が零れちゃう。
――ショアクとかコンゲンとかよくワかんないけど★
ロロには、大きなおともだちが言っていることは、難しくてよーくわかんない。
だけど、頭の中の太陽が、いっつもロロの手を引いて、瑪瑙入りのお花畑へとロロを連れて行ってくれるの。
花がらんらん蕾を開けば、みんなの声が聞こえてくるよう。
きっと、お友達になりたいって、たくさんのお友達を連れて来たいって、大きなおともだちは言ってるの。
るんるん心の声が、天使の歌声でロロを優しく包んでくれる。
ぽかぽか陽だまりの心が震えてる。
ルビーとアクアマリンのぐるぐるお目目から、きらきら星が零れてきちゃう。
ロロの素足が、ソフトクリームの大地の上をするする滑れば、白い泡がゆらゆらと、シャボン玉みたいに空に溢れていく。
くるんくるんと身を捻り、大きなおともだちの前へと躍り出て、ぱぁっとひまわりみたいな笑顔の花を咲かせれば、大きなおともだちも、ロロへとむっつりお顔をつきだした。
大きなおともだちの青いおめめが、きらきらきらきら、ロロを映してる。
青いビー玉に、ロロと同じ青い星が輝いた。
「つまりキミも、ロロとオトモダチになりたいんだよねッ☆★☆」
エメラルドの真珠がざぁざぁ降りはじめて、ロロを優しく撫でてくる。
毛虫が這いあがるみたいに体がむずむずくすぐったくなっちゃった。ぶるるって体が震えだす。
真珠が大地にぶつかって、ぱりんぱりんと砕けてく。
さらさら流れる緑の砂がカーテンみたいに、ロロを抱きしめた。
ふんわり、緑のカーテンに包まれて、きょろきょろ周りを眺めていれば、大きなおともだちが、一人、また一人と増えてくる。
みんながみんな輪になってロロを囲んで、くるくる、くるくる踊ってる。
世界が虹色に輝いている。優しい歌が耳の奥で、波の音みたいにふんわりゆらゆら響いている。
なんて嬉しいプレゼント!
お陰で、両手で抱えきれないくらいのあなたと繋がれる。
「すっごォーい☆★☆ そんなにエダワカレしてたら、ウチュウのみんなとテがツナげちゃうねェ★☆★☆」
みんながみんな輪になってぎゅうぎゅうロロに推しよせる。
嬉しくって色んな音が洪水みたいに溢れてきちゃった。頭の中で幸せ音波が、優しいお歌を奏でてる。
でも貰ってばかりじゃ悪いから、こちらからもお返しだ。
ロロの声も宇宙のみんなに届けてあげるの。
めざせトモダチ一億人!
宇宙のお友達全員と繋がれば、一億人だって夢じゃないから。
「みんなァ☆★ ロロといっぱいアソぼーねェ☆★☆」
おおきなお友達とぎゅっと握手した。
木で出来た掌はちょっとだけゴワゴワしていて、たまらず、ぴりぴり指が震えちゃう。
大きなおともだちがすっごい力でロロのてのひらを握るから、ロロのお手手は真っ赤な手袋みたいにぷくぅと腫れて、真っ赤な涙をこぼしちゃう。
零れ落ちてく真っ赤な涙が、ざぁざぁぶりの雨になり、ごわごわ掌を赤い赤いリンゴみたいに染め上げた。
赤はお友達の色だもの。
これでロロ達、本当のお友達だね。
ロロのみている、きいてる、素敵な世界をあなたにも見せてあげる。
うずまきお目目をぱちぱちさせれば、赤い涙の雫が嬉しそうに震えだす。
赤い雫が、ゼリーみたいにくねくね踊り、りぃんりぃん、りぃんりぃん歌い出す。
夢みたいな子守唄が、揺りかごみたいに大きなおともだちをゆらしてる。
大きなおともだち達は仲良しそうに手を繋ぎ、嬉しそうに体を揺さ揺さ。
ロロの周りをくるくる、くるくる回りながら、踊り疲れて、床にごろん。
ソフトクリームの床で、いも虫さんみたいに楽しそうに体をよじりながら、びくんびくんと手足を伸ばしてお空とじっとにらめっこ。
ロロの素敵な世界に感動しちゃったのかな。
踊りつかれてみーんな、眠っちゃったみたい。大きなおともだちは、寝息もたてずに、だらんってなって、ごわごわ手足がばらばらに。
「やったァ☆★☆★ キミもワかってくれたんだね★☆」
見上げた青空は、宇宙の色だ。どんやり、きらきら、深くてきれいな海だ。
ぴたんと、天使が歌を止め、緑の雨が鳴り止んだ。
ぐっすりお休みしていた大きなおともだちも、みんながみんなお帰りの時間。
ソフトクリームの大地にはも、チョコミントだけがこんもりと。
シンデレラみたいな素敵な時間は、もうおしまい。
ガラスの靴を失って、ロロ一人だけが、お留守番。
……みぃんな、みぃんな、さようなら。
みんな、ロロとひとつになれたかな。
真っ赤なお手手を空にふりふり。またねと、天使の囀りを。
りぃんりぃんと、また歌が聞こえた。
大成功
🔵🔵🔵
久遠寺・遥翔
◎
当然進化を受け入れる。この惑星を覆っている奴らを見て見ぬふりするわけにもいかないしな。より多くの敵を駆逐するためそれ以外の選択肢はない。
「それじゃあ行こうかラクス。悪いがちょっとした冒険に付き合ってもらうぜ」
『問題ありません。いまだかつてない活躍をお見せしましょう。すごいですよ』
真の姿となったディバイン・レヴィアラクスに[騎乗]しての[空中戦]。
UCを起動し、その圧倒的な速度を以て敵集団から発せられる霧の広がりに追いつかれないように戦場を翔ける。
そうして影響範囲外に出たところで進化した[心眼]で戦場の全てを俯瞰、敵集団を一網打尽にできるポイントを[見切]る。
『掌握しました。いつでも行けます』
ラクスの合図を受けて世界を分かつ光を放ち、惑星を覆う神経樹の集団を全て断ち切る。
「元がどれだけ大きかろうと、俺達に触れられる所にまで降りてきてしまった。それがお前の敗因だ神経樹。俺達のスケールに寄り添わず孤高であればよかったんだ」
●戦場:東
溢れだした淡い翡翠の微光が繭となり、大都市東京を包んでいる。
コクピット越しに見下ろした大都会は、羽化する前の昆虫かなにかのように、緑褐色の暗闇の中で、その白い巨体を、恐る恐るといった様子でこごめていた。
緑の雨が、連なるガラス張りの摩天楼をぼかし、クリーム色のアスファルト舗道を緑の海に沈めた。
赤と白との塗装がなされた、長大な電波塔だけが、緑の繭から頭を突き出して、まるで敬虔な祈りを捧げる殉教者みたいに、丈高く空を見据えていた。
久遠寺・遥翔(焔の機神イグニシオン/『黒鋼』の騎士・f01190)は、愛機レヴィアラクスを上空五千フィートにて静止させながら、翡翠の繭に蝕まれた大都会東京を窺った。
高度五千フィートの空は青々と輝いていた。
昼日中ということもあり、中天の首座には南中した太陽が鷹揚と身を横たえ、眩いばかりの陽射しを放っている。
陽光によって明朗と照らし出された上空五千フィートの青空と、巨大な影により暗く閉ざされ、暗澹と佇む地上との間には、それが同じ地域におけるものとは思えぬほどの懸隔があった。
雲一つない空の下、地上を閉ざし、翡翠の雨で汚したものの正体を遥翔は今、目の当たりにしている。
モニター越しに下方へと視線を遣れば、異質な人影が都市を飲み込むように前屈みに身をのりだしているのが見えた。
樹木と蔦とが複雑に絡み合い、さながら人の姿を模した怪異の姿がそこにある。
十二剣神『神経樹グラビティピラー』だ。
遥翔は、眉根を寄せて、グラビティピラーを睨み据える。
巨体が放つ威圧感は、なみなみならぬものがある。
彼の姿を目にしただけで、人の根源に潜む恐怖のようなものがてこみあげてくるようだった。
刳れた胸郭に覗かれた、青白い光の塊は、彼の動力源だ。機体内の熱量センサーは彼の核より発せられる巨大な熱量を検知し、激しく明滅を繰り返していた。
この一事だけとっても、敵がただ巨大なだけの木偶の坊というわけではないのは一目瞭然だった。
遥翔は表情をますますに険しくする。
しかも、更に厄介なことに、ハルの眼下に顕在化したグラビティピラーは実際には、この惑星を覆う敵の氷山の一角にしか過ぎないということらしい。
実際には、遥翔の認識の出来ぬ領域において、無数のグラビティピラーが地球を覆いつくすようにと蠢いているという。
遥翔の知覚能力が追いつかないために、グラビティピラーの大群を視認できずに、その尖兵たるたった一体のグラビティピラーをのみ捉えているのが現状だ。
だが、遥翔は彼らを認識するための術をただ一つ有していた。
それこそが、愛機レヴィアラクスの真の解放にある。
機体の性能を限界まで解き放つことで、半強制的に自らの視覚野を、そしてレヴィアラクスの索敵能力を賦活化させるのだ。
そうすることで遥翔は蠢く無数のグラビティピラーを認識下に置くだろう。
もちろん、力の解放にはつねにリスクがつきまとう。
ひとたび敵を認識下に置くこととなれば遥翔は無数の敵と戦う事を余儀なくされるだろう。また、進化の光とやらに機体を晒した時、いかなる変化が訪れるかは判然としない。
もっとも、いくら矯めつ眇めつで地上を眺めても、身を隠したグラビティピラーが浮かび上がってくるようなことはなかった。
そして、この惑星を覆っている連中を見逃すつもりは、遥翔にはない。
この世界とは少しばかり関りがあるだけだったが、地方都市で食べた松茸はなかなか悪い味では無かった。
世界に生きる人々は、熱っぽいながらも皆が皆、秩序をわきまえて協調の中に生きている。善良な彼らをやすやすと敵の毒牙にかけるつもりは無い。
グラビティピラーが、この星を蝕むというのならば一体残らず、根こそぎ刈り取るだけだ。
そして、より多くの敵を駆逐するためには、グラビティピラーが仄めかす、進化とかいうものを受け入れるより他ない。
遥翔は愁眉を開いた。
ついで、操縦桿を切り、地表面へとむけてレヴィアラクスをゆるやかに降下させていく。
そうだ、覚悟は当初より出来ている。
となれば、遥翔は平素通り、相棒へと軽口の一つでも叩けばよい。それこそが自分らしい戦いのやり方だ。
「ラクス、どうだい。一緒に雨に打たれにいかないか? 緑の雨だ。なかなか乙なものがあるだろ」
遥翔が笑いながら言った。
瞬間、目の前の液晶画面上に、立体映像が浮かび上がる。
豊かな肉感を持った、立体的な少女の姿は、はたしてそれが実物なのかそれとも機体が作り出したホログラムなのか判別できないほどに精緻なものであった。
紅玉の瞳を燦々と輝かせながら、少女は白漆喰の頬を薔薇の色に染め、艶っぽい唇をほんのわずかに綻ばせた。
『女性の誘い文句としては及第点はあげられませんが、戦いの提案としてならば、「良」の成績といったところでしょうか』
少女は微笑ともつかぬ微笑を口端に浮かべると、薄手のスカートの裾を指先で摘まみ、からかう様に上目遣いに遥翔を見上げた。
遥翔は肩を竦めてみる。
「良」の成績ならば悪くはないと内心で苦笑いする。
得意顔で履修した、古代ギリシャ政治学ですらB-の判を押された遥翔にとっては大金星と言えるだろう。
「おあいにく様、ロマンチシズムは履修してなくてね。じゃあ、こうしようか。ちょっとばかし雨に打たれて冒険といこう。悪いが付き合ってもらうぜ、ラクス?」
『問題ありません。いまだかつてない活躍をお見せしましょう。すごいですよ、今日の私は』
鼻腔の奥でわずかな余韻を残しながら響く、幼さと艶っぽさが混淆した声音がコクピット内に反響する。
立体映像の少女は言いながら、メインモニターの上でどこか嬉しそうに足を鳴らして踊るように腰を捻った。白の裳裾がひらひらと揺れ動き、白いやわらかな足が嬉しそうに上下した。
「それじゃあ、ラクス。舞踏会ならぬ武闘会の開幕だ。荒っぽくいくぜ?」
遥翔はゆったりと笑う。
そうして機体を一挙に加速させると、地上より噴き出る緑の雨の中へと突入する。
スクリーンモニターが緑の霧に包まれた。
うすぼんやりとした視界のもと、第一に起こった異変は計器群の甲高い悲鳴だ。
熱量計が、膨大なエネルギー量を表示していた。速度計や高度計が明滅し、物凄い勢いで表示を変えていく。
ついで純白の光が、緑色の霧を払い、モニター上にまるで、白い敷物のようにゆったりと下りてくる。
絹帯のような光がレヴィアラクス、いや、ディバイン・レヴィアラクスを光の膜となって包んだのだろう。
純白の微光はディバイン・レヴィアラクスの背部スラスターから絶えず吐き出される、祝福の吐息だ。
進化の雨に洗われて、レヴィアラクスは純白の衣を纏い、その真の姿を顕現させたのである。
力の開放に伴い、溢れ出した膨大なエネルギーが綿雪のような微光となって機体を覆ったのだ。
『マスター、敵です』
ラクスの声が耳朶を揺らした。
メインモニターのスクリーン上で、大気が蜃気楼のように揺らめいたかと思えば、おぼろげな人影が虚空にぽつりぽつりと浮かび上がっていく。
当初、輪郭も不明瞭な人影は、ゆらゆらと体をゆらしながら徐々に形を整えていき、蔦と蔓、樹木で出来た体躯を浮き彫りにした。
グラビティピラーの群れだ。
今や、知覚能力を限界まで引き上げた遥翔とディバイン・レヴィアラクスは大量の敵をここに視認した。
グラビティピラーの群れは、互いにぎゅうぎゅうと体を押し合いへし合いしながら狭い市街を圧迫し、ひしめきあっては、不気味な眼差しを遥翔へと一斉に向ける。
サブモニターの上へと遥翔が咄嗟に視線を移せば、緑色の液晶画面に敵を示す赤黒い点が続々と数を増していく。
遥翔は敵の総数を数えるのをすぐに止めた。敵の位置関係をざっと頭に叩き込むと、かわって遥翔は、苦笑気味に首を竦め、ラクスに尋ねる。
「ラクス……! 領域外から一挙に殲滅する。ユーベルコード発動までの時間を教えてくれ」
遥翔はビル群に張り巡らされた無数の蔦や蔓を睨み据えながら、ラクスに尋ねた。
今や市街は、グラビティピラーによって完全に取り囲まれている。
いわば遥翔は都市ひとつを相手取り、大立ち回りを演じる必要があるというわけだ。
生命力を帯びぬ青白い眼球をむき出しにしながら、グラビティピラーの群れが鋭い視線でもって遥翔を貫いた。
彼らの殺意を具現化するように、グラビティピラーの全身より火山ガスの類を彷彿とさせるような白い霧のようなものが噴出し、大気へとねっとりと滲みだす。
無数の霧は、意思でももったかのように、手や指の様な形をとりながら、低空を高速で飛翔するディバイン・レヴィアラクスへと迫り来る。
遥翔は、メインカメラを上下左右へと隈なく動かしながら、敵の領域外へと至る航空軌道を算出する。
ビル群や、立ち塞がるグラビティピラーの間隙を縫うようにして伸びた、針の穴を通すような、か細い一条の道しるべを遥翔は辛うじて戦場に見出した。
折よくラクスの回答が返ってくる。
『五十七秒。正鵠を期するのならば、五十六秒、コンマ二二五で最大威力の攻撃を発動可能です』
遥翔は笑みを深めた。
敵の猛攻を掻い潜り、ついで相手の領域外に躍り出るまでには最短でも五十秒程度の時間を要する。
敵の包囲を突破した後に直ちに攻撃に移るというのならば、五十七秒という時間は絶妙だ。
悪くはない。
「了解だ、ラクス――。もう一度、言うぞ。荒っぽいが……一気に行く!」
言いながら、遥翔はフットペダルを踏み込んだ。
操縦桿を上方へと切り、機体の高度を低空へと落とすと、地表面すれすれを滑走させる。
上空より、霧の塊がディバイン・レヴィアラクスめがけて下りてきた。
悪意を持った霧は、白く爛れた大腕を、蠢く不気味な触手のように伸張させて、前後左右よりディバイン・レヴィアラクスへと襲い掛かる。
操縦桿を巧みに操り、機体を左右させる。
機体を左右に切りながら、正面から襲い来る霧の大腕に対処した。
白くねっとりとした霧の掌が、ディバイン・レヴィアラクスを鷲掴みに飲み込もうとしたその瞬間、機体は飛翔ながらに、優艶と腰を捻り、上体を反らしては、まるで熟練の踊り子そのもの、粘着気質な指を軽やかにやりすごしてみせた。
白霧の拳はただ虚空を掴むだけだった。
白霧の雲居を抜けてディバイン・レヴィアラクスが姿を現した。
遥翔は、後方へと遠ざかっていく霧の塊を見送ると、左右、そして後方より迫る敵の第二波、第三波へと対応する。
ディバイン・レヴィアラクスの左手に携えたクエーサーブレイドで左方からの霧を薙ぎ払い、切り払いざま、機体を左回りに旋回させて、右手より迫る霧の大腕による熱い抱擁を紙一重でかわす。
ついで、遥翔はフットペダルを思いきり踏み込むと、最大速度まで機体を加速させて、後方より追いすがる霧より一挙に距離を取った。
急旋回からの急加速に伴い、コクピットには物凄い慣性力が圧し掛かった。まるで、巨大な波に翻弄されるかのように機体がガタガタと振動している。
遥翔は両足でコクピット床を力強く踏みしめて、激しい衝撃に耐えた。
この程度、慣れっこだ。心配そうに声を掛けるラクスの声を振り切って、強気に嗤うと、遥翔は更に機体を加速させた。
大都会東京は、ビル群が林立する喧騒の都だ。
遥翔の前方には、密林の如く立ち並ぶビル群やグラビティピラーの集団が立ちはだかり、行く手を遮っている。
霧の攻撃をやり過ごすも束の間、ビル群が遥翔の行く手を遮り、身動き一つせずに動静を窺っていた グラビティピラーの群れがディバイン・レヴィアラクスへと無数の銀槍を放つ。
遥翔は、機体を上下左右へと立体的に機動させながら、ビル壁とビル壁の隙間、そして銀槍の間隙へと縫うようにして潜らせて、ビル街を抜けて、槍の嵐を潜り抜けていく。
『マスター、五十二秒経過です――』
凛然としたラクスの声音が熱を帯びたように震えていた。
「了解だ――」
遥翔は、機体を左右させて、突き出された銀槍を回避する。
一体、また一体とグラビティーピラーが後方へと遠のき、視界が開けていく。
ついに遥翔はすべてのグラビティピラーを後方へと追い抜き、都市の外縁部へと至った。
グラビティピラーに覆われた空域より機体が飛び出せば、瞬間、上空より柔らかな陽光が降り注ぐ。
ただちに、機体を旋回させて後方へと踵を返す。
『マスター、五十九秒が経過。同時にすべての敵、掌握しました。いつでも行けます』
前方モニター越しに、無数の敵がまるで気味の悪い虫の如く蠢いていた。
遥翔は、彼らの一体一対へと照準を移しながら、すべてを攻撃の対象としてロックする。
――あぁ、回避一辺倒の戦いはこれで終わりだ。
「ラクス、ワールド・エンドのセーフティを解除!」
『発動承認。取り扱いにはくれぐれもご注意を。発動可能時間は、十コンマ三秒――です』
遥翔の指示に、間髪入れずにラクスが答えた。
火器管制を操り、ディバイン・レヴィアラクスと自らの手の挙動を完全に同期させる。
クエーサーブレイドの刀身を寝かせて、剣を下段で構えた。機体の姿勢を前のめりに傾けて斬撃の体勢を整える。
ついで遥翔は、臨界寸前まで奔騰した全てのエネルギーを開放する。背部スラスターより光が奔出し、容赦なく大気を薙いだ。
そうして背部スラスターより溢れ出した光の粒子は、そのまま大気を漂いながら、高密度の膜となり球体状にディバイン・レヴィアラクスを包み込む。
高濃度エネルギーは今や視認可能な程に厚みを増して、水晶の輝きを放つ鎧へと姿を造形する。
機体を全周性に守る、高エネルギー障壁がここに完成したのだ。
「いくぞ、ラクスっ。敵に――終止符をうつ!」
『了解――』
遥翔は機体のフットペダルを踏み抜いた。
瞬間、機体はジェット音を遥か後方に置きざりにして、勢いよく空を走り抜けていく。
ディバイン・レヴィアラクスは一筋の、白銀の閃光となって空を切り裂いた。
遥翔が瞬き一つする間に、グラビティピラーの巨体が目と鼻の先に迫った。
遥翔は避けるでもなく、そのまま、機体をグラビティピラーの心臓部目掛けて、機体を一直線に走らせた。
直ちに、ディバイン・レヴィアラクスとグラビティピラーとを隔てる間隙はゼロとなった。
ディバイン・レヴィアラクスが全身に纏う光の衣が、グラビティピラーの核たる心臓部とぴったりと重なり合った。
やわらかな銀光の絹帯が、青白い光の表面をなぞれば、球体をなしていた光の塊は、まるで脆弱なガラス細工のようにひび割れて、刹那の間に無数の青い微光となって粉々に砕け散った。
砂粒の様な、青みがかった微光が周囲に溢れ出し、光のカーテンの中をディバイン・レヴィアラクスが飛び去っていく。
青ざめた視界の中で、遥翔は樹木の巨体がぐずりと崩れていくのを尻目にしながら、次なる、グラビティピラー目掛けて、縦横無尽に機体を飛翔させる。
純白の尾をじぐざぐにひきながら、白銀の閃光と化したディバイン・レヴィアラクスが破壊の光を振り撒きつつ、大都市東京の上空を走り回る。
背面スラスターより零れた純白の微光が、ディバイン・レヴィアラクスの航跡をなぞるようにして空に一条の淡い光の道しるべを引いた。
光は鮮やかに見えて、その実、破壊の象徴だ。
光の線上が空に浮かび上がれば、それを合図に青い光が舞い上がり、そのたびにグラビティピラーの巨体が崩れていく。
閃光と化したディバイン・レヴィアラクスは、自らが世界を分かつ光となり、進路上にあるすべての敵を貫いたのだ。
気づけば、絶えず大地より噴出していた翡翠の微光は急速に勢いを弱めており、都市を覆っていた濃霧は霧散した。
ものの十秒が経過する頃には、霧や翡翠の微光は完全に消失し、かわって、粉雪のように降り注ぐ白銀の微光だけが都市をやわらかに照らし出していた。
グラビティピラーは、そのすべてが白銀の閃光に撃ち抜かれ、物言わぬ葉木と蔓の残骸と化したのだ。
大都市東京には、銀の陽光とともに静謐が戻ってきた。
ここに神経樹の集団は、悉くが断ち切られたのである。
遥翔は機体の速度を落としながら、残骸と化した樹木が山となって積み重なる、静寂の大都市を見下ろした。
「元がどれだけ大きかろうと、俺達に触れられる所にまで降りてきてしまった。それがお前の敗因だ神経樹。俺達のスケールに寄り添わず孤高であればよかったんだよ」
静かに吐き出して、戦場を後にする。
ここに、東部における戦いは幕を下ろしたのである。
大成功
🔵🔵🔵
佐東・充
確かに私の手に負える相手ではない
ならば大人しく進化とやらを受け入れよう
|ヨマンダ《使役するUDC》に主導権を明け渡した状態に
「キヒヒッ、やっと自由に動けるよ」
ボクの精製する神経を蝕む毒
今ならキミ達にも届くかな?
植物なら毒もよーく吸い込めるかもね
【冷罵】の行動停止も混じえて
じわじわいたぶってあげる
ほらほら、もっと遊んでよ!
ほんと人間って自分の体さえうまく扱えないんだから!
今のボクはコイツの体のリミッターを自由に外して限界まで酷使できるよ
暴走デウスエクス化する回復とやらは何としても避けたいね
だって理性のないケダモノなんて最もボクとはかけ離れた存在だもの、美しくないよ
食らう瞬間だけコイツに主導権を返して
また無理やり奪い取ることで回避しようかな
それでコイツが苦しもうが
或いはうっかり冷罵のタイムリミットで死んじゃおうが構わないし?
ああでも
コイツって結構面白いオモチャなんだよね
まだお別れは惜しいかな
死にそうで死なないくらいで手を打ってあげようっと
またね、ボクの可愛い充
ヨマンダ:化学者風の女性人格
●戦場:西
雨が降っていた。
周囲に燻ぶる淡い微光を雨粒と定義するのには語弊があるだろうが、しかしこれを説明するのに、雨という単語以外に適切な表現を佐東・充(オルタナティブ・f21611)は有してはいなかった。
微光は、雨が持つ清冽さや、時に空虚な心を優しく包み込んでくれるような包容力とは無縁に、さながら鉈や斧の刃で体を強引に裂くようなそんな鈍い痛みの感触を充に齎していた。
微光は空より斜に降り注ぐのではなく、足元のアスファルト舗道に張り巡らされた樹木のような神経叢から絶えず吐き出され、空へと舞い上がっていく。
この地上より噴き出す雨の雫は、小虫のように大気を這いずり回りながら、苔のようになって空気に張り付いて、瀟洒な街並みを緑濁色の帳で隠した。
今やガラス張りの瀟洒なビル群は、この緑色の霖雨の中に霞み、白く輝くアスファルト舗道は、錆のような緑青色の泡沫によって覆い隠されたのだ。
充は、崩落した瓦礫の上に立ち、この雨とも呼べぬ光の微光に打たれるままに身を任せた。
濡れそぼった黒の背広を脱ぎ、肩に背負うと、固く結んだネクタイへと黒手袋ごしに指先をかけて、襟元を軽く緩めた。
充は、指先でシガーケースを擦るように開くと、煙草を一本取り出し、口に咥えた。
簡素な包装がされただけの、ありふれた煙草だ。
葉巻などと比べれば、味も俗っぽいし、奥深さも感じられない。
それでもなお、一口嗜めば、精神が研ぎ澄まされていくのは確かだったし、なによりもこの雑味ばかりが目立つ味わいを充は思いのほか、好んでいた。
大都市東京には人の気配はまったくといっていい程に感じられず、市内からは音という音は絶えていた。
時折吹く風だけが、死んだように静まり返った大都市東京のビル壁に打ちつけて、底ごもったような苦悶の声を上げている。
ざらつく風が、充の褐色の頬を無機質な指先でまさぐった。
薄い唇から煙草を離して、ゆったりと呼気を漏らせば、糸くずのような白煙が、風に煽られるままにゆらゆらと中天まで立ちのぼり、巨大な影に飲み込まれるようにして霧散する。
憂いを帯びたネオンブルーの瞳でもって、充は空に蓋をする巨大な人影を一瞥した。
奔出する翡翠の微光が、雨の帳でもってすべてを遮ろうとも、十二剣神『神経樹グラビティピラー』なる巨大な人影を包み隠すことなどは叶うまい。
鈍色の空を背景にして、傲然と聳える異様な人影がそこにある。
人というには、その造りはやや粗雑であるものの、蔦や蔓、樹木で形作られた手足や体幹を持ち、顔面部を有し、更には心臓を持つ人影は辛うじて人と定義する事が出来るだろう。
グラビティピラーは摩天楼をも飲み込むほどの巨躯をそびやかしては、傲岸不遜の眼差しで地上を睥睨していた。
彼は充の存在には気づいていないようで、眼窩に嵌った、瞳と思しき蒼白い光の塊は、心ここにあらずといった風に虚ろな視線を地上に彷徨わせていた。
思えば、グラビティピラーは、まるで煙かなにかのように突如、大都会東京へと姿を現すや、人類の進化を謳い、人類殲滅を布告したのだった。
UDC組織に所属し、数多くの事件に関わってきた充であったが、グラビティピラーの登場を目の当たりにした時、やはり非現実冠を感じずにはいられなかった。
グラビティピラーは出現後、ビル群からアスファルト舗道までありとあらゆる場所へと彼の神経叢とでも言うべき樹枝を潜り込ませると、たちどころに東京中を進化の光で満たしたのである。
今や、進化の光は充溢して都市そのものを覆いつくしたのである。
煙草の先端で燻る赤い炬火が、余喘でも上げるかのようにちりちりと乾いた音を上げながら、身を捩らせていた。
既に煙草は大部分が炭化して燃え尽きている。
充は、胸ポケットから携帯型灰皿を取り出すと、吸殻を几帳面に押し込んだ。
儀式というわけではなかったが喫煙により、更に現状を正確に捉えることが出来た気がした。
|使役するUDC《ヨマンダ》なしには敵には太刀打ちすることすら難しいだろうと、やはり結論づける。
充は当初、グラビティピラーを目の当たりにした時より、事態が自分一人の手に負えぬことを直感的に見抜いていた。
UDC組織に所属して幾度も修羅場を潜り抜けてきたのだ。状況判断能力には、一日の長がある。
グラビティピラーの異質性はもちろんのこと、なによりも脅威のほどは肌感覚で理解できた。
グラビティピラーは、霖雨のごとき、緑色の微光でもって人を進化させるとうそぶく。そして、充はあえて彼の進化を利用する事と決めたのだった。
――雨に自らを浸食させて、ヨマンダを開放する。そうすることで敵を殲滅することを作戦の基調としたのだ。
一服を済ませると充は一歩を踏み出した。
ますますに雨脚を増していく翡翠の雨粒が、体にぴったりと張り付いた白のワイシャツを透過して、パライバトルマリンの素肌に沁み込んでいく。
ざらざらとした感触が肌をなぞり、ついで、熱っぽい感覚が背筋を走りぬけていった。
「おとなしく進化を受け入れよう……ヨマンダ、主導権を」
告げるや否や、甲高い音が内耳に響き、ついで全身が沸騰した様に熱を帯びていく。
雨音が急速に遠ざかっていき、視界が暗転していくのが分かった。
全身が脱力して、閉じた瞼のもと、闇が純白の繭となって充の全身を柔らかにくるみこんだ。
●Jomanda
「キヒヒッ、やっと自由に動けるよ」
声が響いた。
それは、充の口元から発せられたもので、生物学的に分析するのならば音波の周波数から振幅までぴったりと充のものと一致していたはずだ。
だが、声音には男性の発声に特徴的なくぐもったような響きは無く、かわって蠱惑的な科のようなものが滲みだしていた。
充だったものが、だらんと両腕を脱力させて、顎を引いた。
見開かれたネオンブルーの瞳からは、先ほどまでの実直さや意志の強さを彷彿とさせる純朴な光は失われて、かわって暗い宵空を思わせる蒼白い光が零れ落ちた。
|使役するUDC《ヨマンダ》はここに覚醒を済ませたのである。
からからと哄笑しながら、ヨマンダは二歩、三歩と歩を刻む。
瞬間、それまで充のことなど気にも留めていなかっただろうグラビティピラーが、瞳らしき光の塊を蠢動させて、ヨマンダへと向かい瞳孔を動かした。
ヨマンダは、大地を蹴り上げていた。
人体生理学は勿論のこと、ヨマンダは充の体は十二分に知り尽くしている。
ヨマンダが灰色と少しばかりの白色で構成された脳細胞をいじくってみせれば、脳神経系は賦活化し、跳躍伝導を遥かに超える速さで、激流のような運動信号をいたいけな充の全身へと走らせた。
随意筋にヨマンダが少しばかり意地悪な細工をしてみせれば、充の筋組織は過剰収縮と過伸展を行い、人ならざる激しい力を生み出す。
結果、充の体は、脳中枢なんていう無用な枷から解き放たれて、驚異的な身体能力を発揮する。
ただの一歩大地を踏み抜いたにも関わらず、充の体はさながら弾丸の様な速さで、グラビティピラーの視野の外縁の果てへと飛び去って行く。
ヨマンダは、充の体を再びいじくると、アスファルト床へと強引に着地した。
アスファルト床を踏みしめた充の右足が大木が軋むような重苦しい悲鳴をあげたが、もちろん、そんなことはヨマンダの知ったことではない。
崩落したビル壁の裏側に身を隠す。
グラビティピラーの視線が最も厄介だ。
ひとたびあの視線に捉えられれば、理性のないケダモノへと自分は落とされるだろうことをヨマンダは知りえていたからだ。
視線がひとたび、充の体を捉えれば、宿主である充の体に生じた損傷はどうやら快癒するらしいけれど、そんなことは些事だ。
理性や知性を捨てて、本能のままに赴くケダモノほど醜悪な存在がこの世に存在するだろうか。
知性を失った自らのことを想像するだけで、身の毛がよだつほどだ。
ヨマンダの美学は自らが獣へと落とされるのを激しく峻拒していた。
最も、対応はさほど難しくは無いだろう。充の体を限界まで酷使させて敵の視線よりも早く動かし続ければよいだけだ。
キヒヒ、と内心でヨマンダは嗤う。
仮に敵の視野に入ったとて、瞬間的に充へと支配権を移して、暴走の痛みと醜悪さは彼に任せればよい。
暴走して充が苦しもうが、ヨマンダが一切の罪悪感を感じることなどはないのだから。
むしろ面白いおもちゃである充が四苦八苦する様を目の当たりにすることを想像だにするだけで、喜悦の情念すらこみ上げてくるほどだ。
ヨマンダは建物の影よりグラビティピラーを窺った。
未だグラビティピラーはヨマンダを見つけ出せずにいる。
まさに巨大なばかりが長所の木偶の坊の姿がそこにある。知性をさほど感じさせない、この人と木との混合物こそ、冷罵による毒で蝕むのに恰好の敵といえるだろう。
冷罵により神経毒を生み出して、真綿で首を締めるようにグラビティピラーを苛んでいく、というのはなかなかに心躍るものがある。
とはいえ、この技をひとたび発動させれば、宿主である充は多大な負担を強いられるだろう。
興が乗って、うっかりと時間の調整を間違えた場合には、充の命が失われる可能性すらある。
最悪、彼が死んでしまったとしてもヨマンダは、きっとなんら心を痛めるようなことはないだろうが、とはいえ、充は面白い玩具だ。
簡単に壊してしまうのはもったいない。
生と死のぎりぎりの狭間でもがき、苦しみながら余喘をあげて、あの端正な面差しを懊悩の色でぐしゃぐしゃにするのを目の当たりにするときこそ、ヨマンダは至福の喜びを感じるのだ。
こんな木の化け物ごときに、充を死なせてやるのはやや勿体なくも感じる。
キヒヒッ。
キヒヒッ。
哄笑と共に、ヨマンダは自粛を言い聞かせると脳裏で時間をカウントしつつ、さっそく冷罵により、グラビティピラーにはおあつらえ向きな神経毒を生成した。
一体また一体と霖雨の中でその数を増やしていくグラビティピラーの位置を即座にあぶり出して、彼らの死角から死角へと回り込んだ。
ヨマンダは、充の体を破壊ぎりぎりまで酷使しながら戦場を駆け回る。
もちろん、敵の視線からただただ逃げ回っているわけでは無い。
ヨマンダは、戦場の要所要所で神経毒を振り撒きながら、グラビティピラーの群れを汚染させたのだ。
大地にはグラビティピラーから伸びた神経叢が根を張っていた。この神経叢は比喩でもなんでもなく、グラビティピラーから伸びて、地上へと張り巡らされた彼らの体組織の一部なのだ。
ヨマンダはこの末梢神経へと、冷罵により生成した薬剤を流し込み、彼らの反応を窺ったのだ。
UDC世界において、人類は二十世紀末に白金製剤と呼ばれる薬剤を開発した。
主に化学療法と呼ばれる薬剤で、薬剤機序としては悪性腫瘍細胞に浸透して DNA組織内で架橋形成し、特異的に悪性腫瘍を障害するというものだ。 しかし薬効が強力であるからこそ、薬剤使用には有害事象としての神経障害といった問題が常につきまとった。
ヨマンダは、白金製剤の有害事象に目をつけたのだ。この薬剤を参考にして、彼らの動きを麻痺させて死に至らしめる薬剤を冷罵により作り出したのである。もちろん、毒性を何百倍にも濃縮してという前提付きだが。
グラビティピラーの体組織の分析は既に完了し終えていたために存外に早く、神経毒は完成した。
グラビティピラーの視線をやり過ごすように、充を酷使させつつ、ビル影からビル影へと飛び移り、毒を撒く。
時折、グラビティピラーが苦し紛れで放った、彼の触手が充の体を掠め、損傷を齎すこともあったがヨマンダはどこ吹く風で毒を振り撒いた。
ヨマンダは充の体を無理やりに酷使させて、目にも留まらぬ速さで強引に地を走らせ、大地に張り巡らされた神経叢の要所要所へと強襲させる。
自動式けん銃『Ebony』で大地に浮き彫りとなった神経叢に僅かな傷を作り、そこに新種の薬剤ならぬ毒薬を注入していく。
グラビティピラーはわずかな違和感を感じてか、蔦と蔦とを絡めては槍として、未だ姿形すら捉えられぬヨマンダをあてずっぽうに狙い、あまた放った。
ヨマンダはグラビティピラーの視線へと意識を傾注させながら、回避行動と神経毒の散布に専念していた。
むろんのこと、鋭い槍先に対処する程の余裕はない。
時に鋭い槍先は、ワイシャツごしに充のがっしりとしたパライバトルマリンの肉体を容赦なく傷つけ、痛々しいまでの裂創を刻んだ。もちろん、槍の一撃一撃は決して軽いものではないだろうが、致命傷には程遠かった。
となればヨマンダが気にすべきことは何一つとしてない。
戦いが長引くにつれて、グラビティピラーの挙動は精彩を欠いていく。
冷罵によって生成された薬剤がグラビティピラーの体をじわじわと蝕んだからだ。
まず手足が機能不全に陥り、ついで眼球運動すらも覚束なくなった。
空を飛びかう槍は急激にその数を減らしていき、ヨマンダを捉えるべく慌ただしく蠢いていた蒼白い光の眼球が動きを止めた。
神経毒はグラビティピラーの四肢を侵し、頭部を蝕み、ついに彼らの心臓部へと侵食の指先を伸ばした。
心の臓を形作った蒼白い光の塊に黒い染みが浮かんだ。
当初、単なる小点にすぎなかった黒い濁りは、ひとたび、心臓に異質な夾雑物となって現れるや、まるで墨汁を垂らすように心臓全体へと速やかに広がっていき、青い光を黒一色に塗りつぶした。
黒い染みに飲まれた青い光は、光量をじわじわと落としながら萎んでいき、まるでろうそくの灯が燃え尽きるように力なく消え果てた。
核を失えばグラビティピラーは最早、人の形を留めることかなわず、蔓や蔦、ばらばらの樹木となって崩れ落ちていく。
木々が崩れ落ちながら擦れあい、さながら断末魔のような音を上げた。
神経毒に蝕まれた哀れな患者たちの悲鳴が戦場のいたるところで木霊した。
木々が奏でる、耳心地の良いレクイエムを、たった一人の観客であるヨマンダは愉快そのもの聴き入っていた。
レクイエムは終盤へと至り、最高潮に至るや急激に勢いを落としていく。すべてのグラビティピラーが死に絶えるとともに、断末魔の調は、残響だけをビル壁に反響させながらぽつりと途切れた。
ヨマンダは崩れ落ちていくグラビティピラーへと冷笑で見送ると、辛うじて命を長らえた自らの宿主に気づき、たまらず相好を崩した。
充は大切な人。
ヨマンダの飽くなき欲求を、満たし続ける玩具。
まだまだヨマンダは彼で遊び足りない。
――またね、ボクの可愛い充。
ヨマンダは蠱惑的に囁くと、宿主である充へと肉体の支配権を返し、再び眠りにつく。
――今日はなかなかに甘美な夢が見られそうだよ。
苦悶げに美貌を歪める充を脳裡に描きながら、ヨマンダはゆったりと瞼を閉じた。
大成功
🔵🔵🔵
幸・鳳琴
◎
「進化を受容する」
この姿は、「暴走」(年齢10歳前後燃える赤い髪)!
http://tw5.jp/gallery/combine/55569
自我が失われていない、これが猟兵の真の姿というものですか
知覚を先鋭化させ、無数の身で殲滅するつもりでしょうけれど
――貴方が諸悪の根源というなら、打ち砕いてみせましょう
番犬の牙にて食い破りましょう、神経樹!
気功法を練り上げ、レーザー射撃で撃ち抜く
相手の攻撃が届くというなら、知覚している以上
此方からも届かせます!
攻撃をオーラ防御で堪え
振るうUCは攻防一体の《幸家・亢龍》!
あらゆる攻撃を蹴りで止め、拳で返す
確かに十二剣神たる貴方は強い
でも貴方はただ強い「だけ」
私達の本当の強さを
支えているものを識らない
それにですね
不滅の強者たるデウスエクスもまた
寄り添わねば生きていけない方も多くいましたよ
だからこそ、分かり合えたんですッ!
言葉を証明するように
己の培ってきた功夫、力、想い
愛する人達との日々を支えに
傷付いても何度でも限界突破し立ち続け
敵軍団を蹴散らしていきます!
●戦場:中央
翡翠の雨が、しとどに服を濡らしていた。
服にしみこんで肌をぐっしょりと濡らす冷たい雨に打たれながら、幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・f44998)は無人の大都市を覚束ない足取りで彷徨った。
無遠慮な雨の雫が黒髪を撫でるたびに、黒の頭髪は赤みを帯び、胸の奥に針で刺し貫かれるような鋭い痛みが走った。
翡翠の雨の中、ビル壁の隅に堆く積み重なった白い瓦礫の山に、鳳琴は今は亡き父母の姿を見た気がした。
たまらず息を飲み、鳳琴は雨に沈む町の隅々に視線を泳がせた。
気の力をつぶさに察知する鳳琴が、人の気配に気づかぬはずが無い。
父母と見たものは、崩れ落ちたビル壁の残骸に過ぎないのだとすぐに知る。
九才を迎えた折、鳳琴はデウスエクスに父母を奪われたのだ。そんな両親が、まさか生存し、別世界にて生を長らえているはずは無い。
気づけば、薄桃色の唇が苦悶げに震えだしていた。全身から、熱が失われていくような、そんな錯覚を覚えた。
思えば、自分の戦いはデウスエクスへの憎悪を源泉としたものだった。
鳳琴はかつては復讐者として戦いに身を投じたのだ。
横殴りの雨粒が、頬や額をざらざらとした感触で殴りつけてくる。
翡翠の雨が止む気配はなく、むしろ雨脚はますますに強まり、気づけばアスファルト舗道は緑濁色の雨水の中に冠水していた。
膝元までせり上がった水面が、泥濘となって鳳琴に絡みつき、足を取る。
歩を刻むたびに、胸の奥に蔓延る不安の翳りが、ますますに色を濃くしていくようだった。
鳳琴はそれでもなお顔を上げた。
視界に浮かび上がった大都市東京は、霖雨の中で弱弱しげに身を縮めていた。
都市が抱く恐怖が鳳琴にも伝わってくるようだった。
大都市に覆いかぶさるようにして屹立する、巨大な人影がある。
この翡翠の雨をもたらした張本人である十二剣神『神経樹グラビティピラー』だ。
彼はビルの屋上に肘をつき、蔓を複雑に絡めた前腕を、不気味な深海生物のようにいびつに蠢めかせながら、傲然と地上を見下ろしていた。
樹木で塑形された両の足が、ひび割れたコンクリート舗道を荒々しく踏みにじっていた。
樹木で形作られた粗雑な顔貌にて、眼球と思しき蒼白い光の塊が陰湿な色を帯びながら揺らめいていた。
葉木と蔓や蔦で全身を形作った異形、グラビティ・ピラーが東京都市へと出現したのはケルベロス・ウォー開戦時に遡る。
彼は人類の前へと姿を現すや、開口一番、人類を醜悪と痛罵し、そして種としての脆弱性を痛烈に説いた。
グラビティピラーは、葉擦れの様なかすれた声でもって、進化とそれに伴って起こるだろう自然淘汰について舌鋒鋭く自説を説き、言葉を締めくくった。
鳳琴は彼の言葉に拒否感を覚えた。
だが、 一言。
『進化』という言葉だけが妙な違和感を残しながら、鳳琴の心にしこりとなって深く刻まれたのだ。
そうしていざ戦場へと赴き、市内に充満する緑色の雨粒に打たれた時、鳳琴は、心の奥底で澱のように沈殿する暗い感情と共に『暴走』という事象をふと思い出したのだ。
『暴走』とは、ケルベロスにとって魂の慟哭だ。
かつてのデウスエクスとの戦いにおいて『暴走』とはケルベロス側に残された切り札であった。
ケルベロスは暴走するに至り、身体能力をはじめとした各種能力を爆発的に増大させる。そして、『暴走』の末に自我を失い、己が衝動に突き動かされるままに、破壊の権化と化す。
ブレイド世界で戦っていた時分より、鳳琴は暴走へと至った戦友たちを幾度も目の当たりにしてきた。
聡明たる友人や、慈悲深いものですら、暴走がもたらす破壊の衝動には抗えなかった。
果たして、グラビティピラーが説く進化が、ケルベロスにおける暴走と同義のものであるのなら、父と母とを失い、復讐のために立ち上がった自分の奥に潜む真の姿とはいかなる存在となるのだろうか。
鳳琴は、グラビティピラーを恐れたのではない。自らの内奥に潜む獣の存在をこそ恐れたのだ。
肩元が僅かに震えているのが分かった。
桜色の唇は小刻みに熱っぽい吐息を吐き出している。
心臓が、不可視の指先に鷲掴みにされてけたたましく鼓動を続けていた。
自分の根底にあるのは決して冷めることの無い憤怒の感情であり、ひとたび『暴走』という手段に頼った時、果たして自分がかけがえのない世界や愛するべき人にいかなる破滅をもたらすのか、それを鳳琴は想像するのが怖かった。
――だけれど。
ゆったりと鳳琴は瞼を閉じた。
黒く閉ざされた視界のもとで、浮かび上がったのは城ヶ島沖の青く澄んだ海だった。
城ヶ島沖の海は青とも緑とも見紛う、柔らかな色調を湛えながら静かに薙いでいた。あの日、鳳琴は戦艦竜との激戦を経て、船上にて身を横たえていた。射しこむ陽光を浴びながら、鳳琴は、太陽の齎した光よりも尚も眩い少女の介抱を受けたのだ。
浮かび上がった海の情景は遠のき、ついで、網膜に映し出されたのは夕映えに燃える山々だった。
栃木県の山中は、晩秋を迎えて葉木を黄色に朱色にと染めながら、燃えるような朱色に輝いていた。黄葉した葉群れが、さやさやと風に揺れて郷愁の調べを奏でていた。
葉擦れの音が、鳳琴の胸の中で泣きじゃくる少女の声を従容と包み込んでいた。
山々は霞み、ついで純白の光が瞼の裏に蘇る。オーロラだ。
オーロラは、白い微光を振り撒きながらレース飾りのような尾をゆったりとはためかせては、永遠の愛の中に鳳を閉じ込めたのだ。
アラスカ中央のフェアバンクスで蒼白い光の抱擁に抱かれながら、鳳琴の桃色の唇にふたをした、あの甘美なる愛の結晶は未だにその余韻を鳳琴の中に残している。
超会議において、Featherの友人と悪戦苦闘しながら接客業に明け暮れた日常の光景が。
闘技場で汗を流し、腕を磨いた日々が。
愛すべき人と重ねた大切な一日一日が。
デウスエクスとの戦いの中で積み重ねてきたありふれた日々が、虹色のパノラマ写真の様に鳳琴の脳裏をかすめていく。
「本当に……素敵な時間でした」
鳳琴は、ぽつりと零した。
そうだ。
復讐から始まった鳳琴の戦いは、掛け替えのない友人や、共に世界を生きた人々、そして鳳琴が愛してやまない恋人との繋がりを経て、色彩を変えたのだ。
追憶の日々は宝石の様な輝きを放ちながら走馬灯のように脳裏を駆け抜けていった。どの記憶も鳳琴にとっては、かけがえのない思い出だった。
追憶の日々は彼方へと遠ざかり、再び暗闇が降りて来た。
鳳琴は暗闇の中、目を真っ赤に腫らして、嗚咽をあげる少女の姿を見た。
燃えるような赤髪をくしゃくしゃにしながら、少女は紅玉の瞳をどんよりと淀ませては、ただ一人で、声なき声をあげていた。
そうだ……あれは、過去の私だ。
両親を失い、そしてデウスエクスに復讐を誓った日の私だ。
鳳琴は少女のもとへと駆け寄った。そっと少女を胸元に抱き寄せて、優しく頭を撫でる。
全ての過去を忘却の彼方に置いてきたわけではない。両親を失った心の傷は、未だに鳳琴の中に深々とした傷跡を残していた。
だけれど、世界は絶望一色に塗り固められていたわけではない。
世界には黒もあれば白もある。黄色に揺らめき、紫色に輝く。太陽の象徴たる煌めくような赤があり、そして青空を映した、なによりも眩い青が世界を明るく照らし出していた。
鳳琴は少女に告げなければならなかった。
憎しみの先に広がる希望の灯を。
少女をじっと正面から眺めれば、紅玉の瞳が鳳琴を覗きこんでいた。
鳳琴は口元を綻ばせると満面の笑みを浮かべた。
力を恐れる過去の自分へと優しく告げる。
――貴女は一人ではない。だって、あなたは復讐だけに生きているわけではないから。ねぇ、そうでしょ、幸・鳳琴(天高く羽ばたく龍拳士)?
鳳琴は穏やかに言い放った。
瞬間、少女の白く小さな面差しに安堵の色が広がった。
少女は目端に滲んだ涙の雫を指先で払うと、はにかんだように微笑み、踵を返す。
少女のつま先が光に包まれるのがわかった。光はつま先から膝元まで伝わり、ついでそのまま上半身へと広がっていきながら、少女の全身を光の泡で包んだ。
少女の陰影が闇の中へと消えて、タンポポの綿毛を彷彿とさせる微光が周囲へと溢れ出す。
瞬間、心象世界に光が射しこみ、世界が虹色に輝きだした。
色彩を帯びた世界にて、何よりも眩い青と赤の光が二重螺旋を描きながら空へと舞い上がっていく。
――そうだ。もう何も怖くはない。私は……小さいままの私ではないのだから。
鳳琴は瞼を開いた。
ふと足元に張られた水面に目をやれば、過去、自らが恐れたもう一人の自分の姿が映し出される。
燃えるような朱色の長髪を風になびかせながら、紅玉の瞳をそっと細める自分の姿がある。
かつて『暴走』ケルベロスと呼ばれた自らの姿を鳳琴はそこに見る。
だが、心は、波紋一つ立たぬ水面のように凪いでいた。
――私の心は私のままだ。
自我を失わずに、鳳琴は自らの真の姿をここに顕現させたのだ。
微笑みが口をついていた。
もはや、手足の振戦は消え、胸を締め付ける絞扼感は消失していた。
鳳琴はゆったりと空を仰ぐ。
見開かれた紅玉の瞳は、続々と数を増してゆくグラビティピラーをはっきりと映し出している。
笑みを深めながら、鳳琴はぐるりと敵を見渡した。
わずかに腰を落として、丸めた拳を前方へと突き出した。
「――貴方が諸悪の根源というなら、打ち砕いてみせましょう。異世界の番犬の牙、とくと御照覧あれ」
口火を切るや、鳳琴は大地を踏み抜いた。
体は綿の様に軽く、一歩を踏み抜いた瞬間に、鳳琴の全身は軽やかに空を舞い、瞬きする間にグラビティ・ピラーの懐へと潜り込んだ。
丹田に意識を集中して気功法を練り上げる。
気を放出させて、空中に不可視の足場を作り出す。気を張り巡らせることで、空中にはさながらガラス張りの足場が生み出された。
両の足で空の足場を踏みしめれば、靴裏に、硬いコンクリートを踏む様な感触がはっきりと伝わってくる。
腰を落とし、ついで、肘を引いて体に溜めを作る。
鳳琴の移動は、音速を遥かに超える。
グラビティ・ピラーは、稲妻のように空を走り抜けた鳳琴の速度に反応することが出来ずに、青白い光の眼球を動揺がちに瞬かせるばかりだ。
「番犬の牙にて食い破りましょう、神経樹!」
叫ぶと同時に拳を突き出した。
気の力を纏った拳が、空気をかき分けながら、するりと前方へと走り抜ける。前腕が伸展すれば、
拳からは赤い光芒が迸った。
鳳琴は気を練り光弾を生み出したのだ。放たれた光弾は、赤い閃光となって大気を切り裂きながら、グラビティ・ピラーのむき出しの心臓部を一直線に穿ちぬいた。
閃光は、グラビティピラーの胸部を突き抜けて、彼方へと過ぎ去っていく。
核たる水晶の様な青い光の塊は、光の矢に撃ち抜かれ、たちどころにひび割れ、粉々に砕け散り、無数の青い微光となって空中に漂った。
噴水のように迸る青い微光の向こうで、グラビティ・ピラーの体躯がぐずりと崩れ、地上へと向かい仰向けに倒れていくのが見えた。
一体、と打ち倒した敵の数を数え、鳳琴は呼吸を整える。
再び全身に闘気を巡らせた。吸い込んだ空気は肺臓へと至り、それらは血管系を駆け巡りながら、闘気へと昇華していった。 平素とは比べ物にならないほどの膨大な力の激流が、鳳琴の体内を駆け巡っていく。
鳳琴の全身が、薄い紅玉の光で包まれた。
気の力だ。
膨大な闘気が鳳琴の皮膚を透過して、赤褐色の可視光を滲ませる、光の衣となって鳳琴を包んだのだ。
かつて、「暴走」の果てにようやく使役可能だった力を遥かに上回る力が、今、鳳琴の中からあふれ出している。
ブレイド世界で積み重ねてきた日々が、暴走の先に進化へと鳳琴を支えていた。
鳳琴は、暗い宇宙でたった一人で戦い続けているのではない。今、鳳琴はかつての世界の人々と、そしてディバイド世界における人類、新世界で激闘を続ける猟兵たちと共に戦っている。
宇宙は『共生』という名の、人の温かな光で満たされている。
となれば、鳳琴に敗れる道理などあるはずがない。
鳳琴は拳を握り、自らを取り囲むグラビティ・ピラーを睨み据える。
そうして苦笑まじりに鼻を鳴らした。
「共存」を否定し、力の絶対性を説いたグラビティ・ピラーは群れを成して、鳳琴の前に今、立ちはだかった。対して、鳳琴は形の上では一人きりで彼らの前に相対している。
実際に、鳳琴を突き動かしているのは、無数の人々の願いであり、対するグラビティ・ピラーといえば、群体を形成していると見えて、実際には単一の個体に過ぎないのだろう。
目に見えるものがすべてではない。それは力にもいえることだ。 数値に現れる力が絶対的な力の指標となろうはずがない。想いの力は、個の力を遥かに凌駕する。
微笑とともに鳳琴は告げる。
「確かに十二剣神たる貴方は強い。……でも貴方はただ強い『だけ』。私達の本当の強さを……。支えているものを識らない」
自らの中に眠る力を更に解き放つ。
幸家・亢龍――。鳳琴の切り札と言うべき、攻防一体の構えでもって鳳琴は戦いに臨む。
憎しみはない。
恐怖もない。
ただ、鳳琴はグラビティピラーには告げねばならなかった。
それは、ブレイド世界において、激闘の末にアダム・カドモンと心を通わせた自らだからこそ、口にしなければならない言葉だった。
「力がすべてだというのならば、アナタをここで倒してみせましょう。私たちの『共生』の力をあなたに示してみせる。ですから、不死のあなたが私の力に敗れて、そして人の力を受け入れてくれるというのならば、あなたともに生きる未来を――私に示してください...!」
口をついた言葉はあの日、アダム・カドモンへと告げたものとまったく同じ内容のものだった。
分かり合えるかは分からないけれど、それでもなお、鳳琴は願いの言葉を一人、空に歌ったのだ。
鳳琴の言葉は、豪雨のごとく降り注ぐあまたの槍によってかき消された。
居並ぶグラビティ・ピラーは、蔦を絡めて作られた銀槍があまた作り出し、霧を吐き出しては世界を汚す。
たちどころに銀槍が、雨のごとく降り注ぐ。
降り注ぐ銀槍の中を鳳琴は、踊るように走り抜けていく。
槍の軌道は単純だ。
槍の一本一本は、多少の誘導性を備えてこそいるものの、動きは基本的には単調であったし、なによりも飛翔速度は目視にて視認できる程度のものだった。
空をジグザグに走りながら時に身を捻れば、降り注ぐ槍の雨は、心地よい微風でもって鳳琴の肌を仰ぎながら、虚空へと飛び去って行った。
後方より追いすがる槍の嵐を蹴撃でいなし、跳躍してグラビティピラーへと躍りかかった。
気を放ち、再び空に足場を作る。
グラビティピラーは瞳孔を収斂させる事すらできなかった。
すでにグラビティピラーの核は、指呼の間にある。拳を伸ばせば容易に打ち砕ける距離にある。
鳳琴は、蹴撃から流れるような挙止でもって拳の一撃へと移行する。
「輝け!私のグラビティ。我が敵を――砕け!」
右足に集簇していた闘気を拳へと移して、思い切り拳を突き出した。
瞬間、鳳琴の拳はさながら弾丸のように空を切り裂き、グラビティピラーの核を貫いた。
青白い光が弾け、無数の青い光の砂が、色鮮やかに大気を潤色した。
幸家・亢龍は当意即妙に守りと攻め手を切り替えながら、敵を迫る。千変万化の拳と襲撃の乱打は、威力もさることながら、守りと攻撃を両立させる。いわば鳳琴はここに無敵の矛と盾を同時に備えたのだ。
鳳琴は苛烈にグラビティピラーの群れを攻め立てる。
右足が三日月の軌道を描く度に、赤黒い光の龍がたちこめる霧ごとにグラビティピラーの心臓部を貪った。
神速の拳を放てば、青い光が瞬き、蔦と樹木の残骸が空に飛び散った。
鳳琴は電光石火の勢いで、一体、また一体と敵を撃ちぬいていく。
むろん、鳳琴とて、無傷で敵を屠っていったわけでは無い。
闘気の鎧に守られているとはいえ、時に銀槍が鳳琴の柔肌を抉り、たちこめる白霧が神経性の瘴気でもって鳳琴を蝕んだ。
白い素肌には、赤い染みがぐっしょりと染み出して、粘つく赤い液体が白磁の肌より滴り落ちた。
白霧は、細かい細霧となって鼻腔や口元のみならず、皮膚からも鳳琴へと浸透し、神経組織を苛んだ。
すでに指先は麻痺し、体は鉛のように重苦しかった。
視界は霞み、敵の姿が二重、三重にダブって見えた。
だが、意識を失いそうになるたびに、かつての世界の友人たちが鳳琴の背を押さえた。
培ってきた功夫の技は、鳳琴の中にしっかりと根付いている。時に無意識下に陥りながらも、体は呼吸するように功夫の技を繰り出した。
満身創痍ながらも鳳琴は、無数の人々と自らの積み重ねた技に支えられて、戦い続けたのだ。
すでに都市を包んでいた翡翠の微光は勢いを落として、かわって、青白い光が都市に充溢した。
ガラス張りのビル群は、射しこむ青の彩光を反射して大気に光の綾を描く。
青い光の綾模様を目の当たりにした時、鳳琴は失いかけた意識を辛うじてつなぎとめ、血にまみれた満身創痍の肉体に活力を漲らせた。
グラビティピラーが死に際に放つのはグラビティチェインの輝きなのだろうか。
思えば、あの人は……誰よりも鮮やかで強力なグラビティチェインの光を放っていた。青い光が鳳琴に行く先を示している。下垂した右手を必死に持ち上げて、拳を握る。
すでにグラビティピラーは、たった一体を残してすべて息絶えていた。
鳳琴は、唯一、残存したグラビティーピラーへと笑みを投げかける。
「あなたは、共に生きることを醜悪と説きました。そして人類は死ぬべきと豪語した。ですが、不滅の強者たるデウスエクスもまた寄り添わねば生きていけない方も多くいましたよ……。だからこそ、私達は彼等と分かり合えたんです。ねぇ……あなたは。あなたの声を聞かせて?」
喘鳴まじりに鳳琴は吐き出した。
唯一残ったグラビティピラーが、青い瞳をわずかに蠢かせるだけだった。
拒絶からか、はたまたそれは彼なりの鳳琴に対する試練だったのだろうか。
グラビティピラーは、濃密な霧の塊を吐き出すや、鳳琴へと放ったのである。
白霧が、轟轟とのたうち回りながら濁流となって上方より鳳琴へと鋭い牙をむく。
上方へと視線をやれば、視界が吹雪で閉ざされたかのように、白一色に染まった。
霧の表面からたなびいた白濁色の吐息が、鳳琴の頬にねっとりと絡みつく。
すでに体に残る気の力はしぼりかすに過ぎない。長期戦によって、気の力は払底しつつある。
今や、鳳琴の瞳からは赤みは消えて、腰までのびた頭髪は淡い紅玉色を湛えるだけだった。
だが、鳳琴は自らの言葉を証明しなければ。
共に生きる力が、個の力を凌駕する事をグラビティーピラーに示さなければならない。
息も絶え絶えに鳳琴は最後の一撃を繰り出した。
下腹部に力をこめて、左足でアスファルトの足場を踏みしめる。ついで全ての力を絞り出し、霧の濁流へと目掛けて右足を振り上げた。
鳳琴のしなやかな右脚が霧の塊とぶつかり合い、一瞬ぴたりと動きを止めた。
右足に物凄い重圧感がのしかかった。若木が強風によってたわむように、鳳琴の足が霧に圧迫されて下方へと沈み込む。
踏みとどまった左足がアスファルト舗道にめり込み、地面にひび割れが生じた。
――このままでは押し切られる。
唇をかみしめて、丹田に残った最後の力すらも絞り出す。
一滴の気の水滴が、全身を駆け巡りながら体幹から右脚へと走り抜けていった。
右足が熱を帯びて、紅玉の光に包まれる。すべての熱を解き放つんだ。
だって……。
――今度は、私がぜんぶを……あげる番だからッ!
内心で叫びをあげると同時に、限界の先の先すらも鳳琴は解き放つ。
右脚に宿った紅玉の揺らめきが、竜の姿を形どり、圧し掛かる霧を、鋭い牙と爪でもって押し返し、ついで、払いのけた。
霧の束縛から解き放たれた右足が緩やかな弧を描く。
再び右足が大地を踏みしめた時、霧は弾け飛び、視界が開かれた。
青く開かれた空を、気の力によって生み出された一頭の龍が、蹴撃に押し出されるような格好で走り抜けていく。
紅玉の龍は、グラビティピラーの心臓部に牙を突き立てるや、青い光と一つに混じり合い、青い光の塊ともども、弾け飛んだ。赤と青の光が奔騰する中、グラビティピラーの巨体がぐずりと崩れ落ちた。
物言わぬ樹木と蔓となり果てたグラビティピラーの残骸が、二色の彩光に見守られながら地上へと降り注ぎ、アスファルト舗道に小山を築く。
霧が完全に晴れ渡り、陽光がさし込んだ。
激しく肩で息をしながら、鳳琴は両手を膝の上にのせた。
もはや、立つことすら叶わない。両足は棒となり、指先は満足に動かすことすら叶わない。
鳳琴は、両の足をがっくりと折るとそのまま仰向けにアスファルト舗道に横たわった。
蘇った蒼天に、太陽が赫赫と揺らめいて見えた。
世界は黒に淀んでなどはいない。
世界は青と赤の光彩を湛えながら、ただ優しく鳳琴を包み込んでいた。
大成功
🔵🔵🔵