|聖歴《●●》2025年5月2日。
春盛りの東アーレス大陸は温かい。
ゼラフィウムから南西500キロメートルに位置するバスカル市。
かつての都市国家は、人喰いキャバリアとの戦闘で無人となって久しい。
故に、東アーレス解放戦線はここに活動拠点を構築した。
市街のあちこちから噴煙が立ち昇っている。
晴れ空に轟く爆音が、割れたガラスを震わせた。
『レブロス01よりカイゼル01、敵の抵抗が激しくなっている。急ぎ戦線を押し上げてくれ』
アルフレッドからの通信に、ヴィリー・フランツ(スペースノイドの傭兵・f27848)は「カイゼル01了解」と短く応じた。
それが簡単に行かないから苦労しているんだろうに。漏らしかけた愚痴を寸前で飲み込んだ。
ヴィリーが率いる降下装甲小隊は、もう数十分以上はこの場で足止めをくらっている。
理由は単純である。
敵の数が多いのだ。
「連中……さっきより増えてないか?」
ヴィリーは乗機のヘヴィタイフーンMk.Ⅹの頭部をビルの角から覗かせる。すぐに凄まじい量の弾丸や榴弾が殺到してきた。即座に機体を引っ込める。
「やっぱ増えてやがる!」
道路が榴弾で砕かれた。アスファルトの欠片が雨となって降ってくる。装甲を叩く音に苛立ちが募る。
「奴ら、こっちが猟兵だって気付いて戦力を集中させてきたな?」
一瞬だけ垣間見えた光景に舌を打つ。
大通りに設置されたバリケード群。その奥にグレイルやオブシディアンMk4が展開している。規模は中隊以上。
コンソールパネルを叩いてレブロス中隊との通信を繋ぐ。
「カイゼル01よりレブロス01! 敵部隊が迎撃陣地を張っていて先に進めん!」
『レブロス01よりカイゼル01へ。そちらの座標位置は?』
「X254のY148だ! 真ん中からへし折れたホテルビルが見えるか? その真下にいる!」
『了解した。その位置なら十字砲火に持ち込めるな。無理はできるか?』
「無理をさせるための猟兵だろ?」
通信の向こうで失笑が起こった。ヴィリーからすれば冗談ではない。
だが覚悟はしている。元より少数戦力での敵陣地攻略戦だ。作戦を立案して承認したケイトは、よほど猟兵を戦力として信頼しているのか、猟兵の作戦遂行能力を測っているつもりなのか――どちらにせよ、覚えをめでたくするチャンスではある。
『こちらの突撃タイミングは、そちらの突撃後とする』
「俺達を囮に使うつもりかよ?」
『シリウスはヘヴィタイフーンほど頑丈に出来ていないのでな』
「最新鋭機の名前が泣くぜ」
ヴィリーは最後に嫌味たらしく舌を打った。
「降下装甲小隊。3、2、1で出るぞ。固まってる敵連中にコングⅡを叩き込め。戦闘工兵隊はキャバリアを盾にして前進。バリケードを撤去しろ。その後に海兵強襲部隊が前進。敵の歩兵を始末しろ」
ヴィリーの矢継ぎ早の命令に、隷下の部隊が了解の応答を返す。いずれもヴィリーがユーベルコードで召喚した部隊だ。
単騎で軍を成す。これこそ生命の埒外たる猟兵でなければ出来る筈もない。ケイトが猟兵に求めている働きとはこういう事か? ヴィリーは内心でここに居ない相手に問う。
「野郎ども、腹は括ったな? 3、2、1……」
フットペダルに乗せた足に力を込める。
「出るぞ!」
ヴィリーのヘヴィタイフーンMk.Ⅹがスラスターを焚いた。降下装甲小隊も後に続く。
土埃を巻き上げて滑走し、ビルの影から躍り出た。早速敵のキャバリア部隊から強烈な歓待を受ける。
グレイルのアサルトライフル。オブシディアンのミサイルとグレネード。それらが暴風の如く真正面から打ち付ける。
「痛えなチクショウ!」
コクピットを揺さぶる衝撃にヴィリーが堪らず毒を吐き出した。
ヘヴィタイフーンMk.Ⅹはフォートレスアーマーを最大出力で展開して耐える。
球状のバリアが爆風と金属片を浴びて激しく明滅した。
真っ先に身を曝したヴィリー機が敵の注意を引き付けている間に、降下装甲小隊のヘヴィタイフーンMk.Ⅹが横一列に並んだ。
そしてコングⅡ重無反動砲を一斉発射。噴煙の尻尾を引いた徹甲榴弾が、敵の密集地帯へと突っ込む。
連続する爆轟。効果の確認を待たずにヴィリー機が前進する。
「押し込め!」
灰色の煙の中に機体の影が映る。それらを並列ロックオン。ピラニアミサイルを発射した。
8連装式のランチャーから飛び出した誘導弾がそれぞれの目標へと向かう。
降下装甲小隊も敵の反撃を装甲を頼りに受け止め、コングⅡを撃ち返す。
『おのれイェーガーめ! なんて強引な戦い方だ!』
重装甲と重火力が生み出す圧力。それに押された東アーレス解放戦線側は後退し始める。
逃げ遅れた数機がピラニアミサイルの直撃を受けて爆散した。
「海兵戦闘工兵隊! バリケードをぶっ壊せ!」
ヴィリーは後方に控えている隷下の部隊へ怒声を飛ばす。
さらに戦線を押し上げたいところだが、バリケードに阻まれてしまっている。
コングⅡかアーティラリーキャノンで吹き飛ばす事も可能だ。しかし瓦礫ごと巻き添えにして道を塞ぎかねない。
ヴィリー機はフォートレスアーマー、スパイクシールド、増加装甲で敵軍の攻撃を受け止めつつ、バリケードの撤去までの時間を稼ぐ。
戦闘工兵隊は速やかにバリケードに取り付いた。より効率良く破壊できる位置に高性能爆弾を設置する。
ヴィリーは工兵隊の撤収を待って指示を下した。
「起爆しろ!」
数秒も置かずしてバリケードの接地面で爆発が生じる。
目障りで仕方なかった障害物は、地面に沈むようにして呆気なく潰れた。
「上出来だ! 前進するぞ! 強襲部隊はキャバリアの後に続け!」
ヴィリーのヘヴィタイフーンMk.Ⅹがバリケードの残骸を踏み越えて進む。
敵軍の反撃はなおも止まらない。グレイルが発射した榴弾が足下を炸裂させた。
ヴィリー機は大きく姿勢を崩した。だが致命的な損傷には至っていない。
「ビルの中にもいやがるな! 方位125!」
攻撃してきた敵機の位置を、アウル複合索敵システムは正確に把握していた。
その方位へと降下装甲小隊の数機がアーティラリーキャノンを構える。
重厚な衝撃と反動を伴って発射された203mmの砲弾が、遠方に聳立するビルの中間層を直撃。
鉄筋コンクリート諸共に潜んでいたグレイルを粉微塵にした。
「まだいるぞ! 歩兵にも気を付けろ! 奴ら――」
ヴィリー機を覆うバリアの周囲で幾つもの火球が膨張した。
後続の降下装甲小隊の機体も何機かが被弾を受けた。
「対キャバリアロケットを持ってるぞ!」
ビルの中に迷彩服を着た人影が見えた。
センサーでも人間大の動体と熱源反応を捉えた。
「そこら中敵だらけかよ!」
インターフェーズ上でファイアアント対装甲火炎放射器を選択。操縦桿のトリガーを引く。
ヘヴィタイフーンMk.Ⅹが右腕マニピュレーターで保持する砲身から灼熱の奔流が噴き出した。
火炎はビルの内部をも火の海にし、ゲリラ戦を挑んできた敵軍歩兵戦力を文字通りに焼き尽くした。
右のビルが終われば左のビルに。敵の有無を確認するまでもなくしっかりと焼却してゆく。
その間にもヴィリー達は戦線を着実に押し上げていった。
降下装甲小隊は敵機を発見するや否や躊躇なくコングⅡを撃ち込む。
戦闘工兵隊は装甲車に搭載した重機関銃で対人戦闘を目的とした援護射撃を行う。
装甲車の護衛には歩兵戦力の強襲部隊が就いている。こちらも建物の内部からキャバリアを狙う敵軍歩兵を発見次第処理し続けていた。
「ええいキツいな!」
ヴィリーはゴーグルの奥の双眸を苦く歪めた。
前に進めてはいる。だが敵の反抗も激しい。連続の被弾で乱れたバリアの整波の間隙を突き、小銃弾や榴弾の衝撃が機体に直接届くことも多くなってきた。
降下装甲小隊も損耗がじわじわと蓄積しつつある。
レブロス中隊の方はどうなっている? 敵の注意は十分に引き付けたはずだが……ヴィリーの手がコンソールに伸びた。
「カイゼル01よりレブロス01! そっちは何やってる!? こっちは大盛りあがりだぞ!」
『レブロス01よりカイゼル01、敵の拠点と思われる施設を発見した』
「なんだとぅ? それで?」
『現在攻撃中だ。しかし敵の反抗が激しい。急ぎ攻撃に参加してくれ』
「十字砲火で敵陣地を潰すんじゃなかったのかよ」
『作戦に変更は付き物だろう?』
「こっちも手一杯なんだが」
『イェーガーならどうにかなる筈だ。そちらは大通りを真っ直ぐ進んでくれ。その先に駅がある。敵の拠点は恐らくそこだ』
すっかり買い被っているアルフレッドに辟易し、ヴィリーは「へいへい了解」とうんざりした息を吐き出した。
だがここを押し切れば敵の拠点は目前だ。
拠点さえ潰してしまえばその他大勢は降伏か撤退するだろう。
ヴィリーは戦いを通して東アーレス解放戦線の気質を把握しつつあった。
ケイトも言っていたが、構成員の多くは元正規軍なだけあって、無謀な戦いには積極的ではない。
戦略的かつ組織的に動ける統率の取れた集団だ。
全滅させる必要はない。敗北を突き付けてやればいい。
「カイゼル01より各部隊へ。何ブロックか先に敵の拠点があるらしい。これを潰して終わりにするぞ」
ヴィリーがフットペダルを踏み込む。ヘヴィタイフーンMk.Ⅹのキャバリアスラスターに噴射炎が灯った。
「強行突破だ! 雑魚の処理は最小限でいい! 各隊遅れるな!」
声量を張ると威勢の良い応答が返ってきた。
ヴィリー機を中心かつ先頭にして装甲小隊が鏃型の編隊を構築する。
その後に戦闘工兵隊と強襲部隊が続く。
装甲車を有する前者は兎も角、後者には辛い進軍であったが、いずれの兵も敵を蹴散らしながら必死に先頭集団を追った。
『合流する気か! やらせん!』
数機のグレイルが道を阻む。正面から殺到する徹甲弾と榴弾。しかしヴィリー達は止まらない。
「交通事故の多い季節だな!」
降下装甲が一六式自動騎兵歩槍の弾雨を浴びせ、ヴィリー機が機体諸共スパイクシールドを叩き付けた。
吹き飛ぶグレイル。砂埃を上げて突き進むヘヴィタイフーンMk.Ⅹ達。
ビルの窓から対キャバリアロケットを覗かせる敵歩兵を、戦闘工兵隊の装甲車と強襲部隊が怒涛の射撃で肉片に変える。
ヴィリー達は、機体の名が示す通りに嵐となってバスカル市の大通りを駆け抜けた。
シリウスが発射したディフューズミサイルが、バスカル中央駅を防衛するキャバリア部隊に降り注ぐ。
チャージ式のビームキャノンは、一射ごとに駅の構造体を抉り取っていった。
そこへ別方向からヘヴィタイフーンMk.Ⅹが砲撃を加える。
統制されたアーティラリーキャノンの連射は、さながら絨毯爆撃の様相だった。
東アーレス解放戦線のキャバリア部隊が次第に数を減らしてゆく。
廃墟となっても立派だったバスカル中央駅は、今や穴だらけで崩れ放題の無惨な有り様をさらしていた。
激しい射撃戦の応酬。それが突如として勢いを失った。
戦いの流れが決まったな――ヴィリーが察したのと、アルフレッドが通信を寄越してきたのは、殆ど同じタイミングだった。
『レブロス01よりカイゼル01へ、敵部隊が撤退を開始した』
「ああ、こっちでも確認できてる。次はどうする?」
『撤退する敵への追撃の必要はない。敵拠点を制圧し、完全に無力化してくれ。我々は周囲の警戒を続ける』
「投降してきた奴は?」
『捕虜として拘束する。それから、敵司令部を抑えておくように。位置的にスティーズ中隊との関連があるかも知れない』
本来なら重要機密だった筈の輸送経路。その情報がどこから漏れたのか、アルフレッドも気にしていたらしい。
ヴィリーは了解と応じ、強襲部隊と共に敵拠点内の制圧へ向かった。
「スティーズ中隊はここから出てたのか……」
司令室のデスクから出てきた部隊表を見てヴィリーは呟いた。
リリエンタールの名前がある。
資料は殆ど処分されてしまっていた。しかし断片的ながら重要性が高そうな情報も得られた。
「この地図に書いてある赤い線、確実に核の輸送ルートだよな?」
出自は分からない。
だが、彼らがこの地図を何者からか得たという証拠にはなる。
これを見せたらゼラフィウムの女狐はどんな反応を示すのだろうか?
精々猟兵の価値を証明する材料になってくれ。ヴィリーは地図にそう願掛けした。
成功
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