星守と銀星の剣光
ケルベロスディバイドの市街地の外れ。
模擬戦や技術訓練の場として使われている、瓦礫に囲われた広場がある。
各々が力と技を磨き上げ、そしてぶつけ合う場所。
今はただふたり、麻生・竜星(銀月の力を受け継いで・f07360)と北十字・銀河(星空の守り人・f40864)が対峙していた。
訓練用の簡単なプロテクターをつけ、銀河と竜星は木刀を向けあう。
「最初に言っておくが、ここは戦場で俺は敵と思え。手は抜かないからな?」
「もちろん、望むところです」
灰色がかった銀色の双眸を鋭く向けて銀河が告げれば、竜星も強気に微笑んでみせていた。
竜星も幾度となく戦場を潜り抜けてきた猛者である。腕に自信はあった。
むしろ、竜星からすれば銀河は普段は尊敬する先輩であり師のような存在。
彼に全力を見せるのだと最初はスマートに戦おうとする竜星だが、優勢を取れたのは初戦だけだった。
真っ向から立ち会い、斬り結ぶ中で竜星の放った一撃が銀河の脇腹に入る。
その痛みこそが銀河の闘志にスイッチをいれてしまっていた。
「はっ! やるじゃないか。だがまだまだ甘いな」
それから先、加速して苛烈になっていく勝負。
一戦目はドローだった。
そうして始まる二戦目こそ、銀河は本領を見せはじめていた。
疾風の如く攻め懸かり、受け流して反撃へと繋げる動きに、加減という言葉はない。
剣戟の音が激しくなるにつれ、竜星の木刀の切っ先は空を切り始める。
(何故だ。全部かわされる……)
竜星の攻め筋が甘い訳ではない。
それ以上の銀河の立ち回りが鋭いのだ。
木刀の動きだけではない。竜星の構え、身体の位置、爪先の動きに至るまでを見切り、先読みして銀河は身を翻す。
後を追うように竜星が木刀を繰り出すが、まるで翻弄されるかのよう。
「おいおい、どうした? さっきの勢いは」
煽るようら荒い言葉の銀河だが、それは竜星に『強くなって欲しい』という願いもあるから。
いいや、それが分かるからこそ竜星は攻撃の当たらない今の自分に苛立ちを覚えてしまう。
(さっきは脇腹……なら次は)
銀河がするようにと太刀筋を読み、そして隙を狙う竜星。
右側面の余りが甘いと見て踏み込み、斬り上げの一撃を放つが、逆に読まれて躱される。
決して竜星の技術が疎い訳ではない。
だが、銀河がそれ以上をいくというだけ。
師でもある彼からの罵声が飛ぶものの、竜星は格上の相手に如何に動くかと頭をフル回転させていた。
(隙なんて、いったい何処に……)
先程、初戦で一撃を当てた脇腹。
そこにもう一度と竜星が剣撃を走らせるが、続くのは木刀が弾かれる澄んだ音。
「竜! さっきから何度言えばわかる。同じ手は二度と通用しないぞ!」
弾いた直後、銀河には確かに反撃へと転じるだけの余裕があった。
だがその好機に乗ることはなく、竜星の動きをしっかりと捉え続ける。
(焦るな、まだだ。見極めろ……そこか!)
瞬間、迅閃と化す竜星の斬撃。
だが、それさえも後方へと一歩引いた銀河には届かない。
「遅いぞ! 一瞬の隙を見極めろ。それができたものが生き残る」
戦場とは本来、正か死か。
故に死なない為に、戦場で強くあれるようにと銀河は師として竜星に立ちはだかる。
(……っそ! 何であたらねぇんだ!)
それでもなお、流星は言葉にならない闘志を燃やして銀河へと食らい付いていく。
走り抜ける切っ先も、互いに隙を伺い滑らせる脚も止まることはない。
流れる水が動きを止めれば濁るのみ。
剣もまた同じく。一瞬の停滞が、闘争心と感情の停止が敗北と死に繋がっていると、竜星も銀河も分かっているのだ。
「攻めろ! 諦めたらあるのは死のみだぞ!」
だからこそ、叱咤と激励を込めて叫ぶ銀河。
どれほど果敢に攻めても当たらず、気勢で負けて防戦に引き込まれかけてしまう竜星に、それでは相手の狙い通りだと。
だが、竜星がどれほど必死に太刀筋に隙を探して、僅かな勝機を惹き寄せようと斬り懸かっても届かない。
――俺はこの人には勝てないのか?
竜星の胸に、僅かな迷いと影が走る。
冷たい敗北の予感。だが、直後にそれを拭い去る熱を鼓動の奥から湧き上がらせた。
――いや、勝ってみせる!
勝って堂々と共に戦場を走ってみせるのだと、気勢を燃やして再度と攻め懸かる竜星。
勝ちたい。勝って、認めさせたい。
息も次第に上がるが、太刀筋はより苛烈に、そして精妙となっていく。
もう少し、もう少しで届くのだ。決して諦めてなるものかと、竜星は藍の瞳に尽きせぬ闘志を燃やす。
(まるで昔の俺だな……)
懐かしいと竜星の姿に銀河は目を細めた。
若い頃、銀河もまた師へと剣を当てるべく必死に向かっていった。
諦めと限界を踏破し、昨日の自分を越え、次の一撃へと全てを込め続け、そうやって強くなった。
だが、勝てたことは一度もなかったのだと……僅かな寂しさを胸に抱く。
そんな心の揺らぎこそが、竜星の見出した一瞬の隙。
「……見つけた!!」
踏み込みながら、烈火の如く上段より木刀を振り下ろす一撃。
空より降る流星の如き切っ先――竜星の思いを、勝って並びたいという願いを賭して走る一閃。
文字通りの竜星の渾身。だが、それを迎え撃つ銀河の一閃のほうが迅い。
まだ勝つには早い。もっと強くなって貰わなければと、星空を守るひとの剣が刹那を斬り裂いて奔る。
下段より跳ね上がった切っ先が竜星の木刀を跳ね飛ばすと同時、足払いをしかけて転倒させる銀河。
そのまま、何をされたのかと分からない竜星の喉元に剣先を突き付けた。
「どうした、もう終わりか?」
挑発じみて煽る銀河の声に、竜星は睨み返していた。
「くっ……まだまだ!」
燃え盛る思いを抱いた、良い目だった。
だが、身体はもう限界を超えているのだ。
ニヤリと笑う銀河をどれほど睨んでも、立ち上がれそうにない竜星。
「よく降参しなかったな。いい根性だ」
お前は伸びしろがあるよ。
そういいながら銀河はいつものように、優しさを秘めた笑顔で手を差し出した。
何かを誰かを守ること、戦場で生き抜く意味……。
それを教えてくれたからこその、師なのだ。
負けぬ事は悔しくても、改めてこのひとを越えたいと竜星に思わせるものだった。
「次は必ず一太刀浴びせますよ? 覚悟しててください……」
手を握りあい、頷きあうふたり。
心・技・体が揃って良い戦士となれる。
なら竜星はその資格と素質を十分に持っている筈だと、銀河に思わせるのだ。
「お前の大切な人や居場所の為に……強くなれ!」
そして俺を超えて行くといい、月の盟友よ。
師を越え、更なる高みへと至ること。
そして、それを次の誰かに託して、育てていくことこそ強さと矜恃なのだから。
誇りとは、作るものではない。
育み、受け継ぎ、高めていくものなのだから。
さながら、それは空に浮かべる星と月の光の如く――いずれ夜空の高きへと届くのだろう。
誰かの願いを叶え、幸せを届ける光となって。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴