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甘い桜でご機嫌よう

#サクラミラージュ #ノベル #猟兵達のバレンタイン2025

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ユウ・リバーサイド





 活劇映画の役作りで訪れた影朧歌劇団とユウ・リバーサイド(Re-Play・f19432)の縁は未だ続いている。
 主に八咫烏のブランに逢いにぶらり立ち寄ることが多い。今日も朝から訪れたなら、トドの雄叫びめいた泣き声に出迎えられた。
「一体なにがあったの?」
 腕伸べればブランはごく自然に止まってトットットッと肩まできた。羽根繕いをしている間もトドの号泣は続いている。
「身内の娘が死んじゃってね」
 デモンだからか物言いは軽い。ただその身内とやらへの嘲りはない。
「身内って?」
「おやっさん」
 ああ、とユウは手を打った。
 タオルを首にまいた如何にも肉体労働叩き上げの親父さん、その豪放磊落さが慕われている。
「とにかく話してみようか」


 おやっさんの気がおさまるまで話を聞きつつやってきたのは娘の墓前だ。
“道玄坂家の墓”
「そうか、つゆは道玄坂家の墓に入ったのか」
 墓石に手をついておやっさんはまた泣き声をあげる。

 ――ここにくるまで聞いた話。
 おやっさんは華族道玄坂家の娘と駆落ちをした。
 子宝に恵まれたまではよかったが、おやっさんは所謂「働かず酒ばかり飲むダメ男」を地で行く奴であった。
 最初は細々と働いてはいたが、|縫子《ほうこ》が実家より金を用立ててプライドが折れた。そんな夫に愛想をつかし、縫子は12歳のつゆを連れ姿を消したのだ。

「オレだって必死に養ってたんだ。だけどぽんっと金が出て来たらバカバカしくもなる」
「人間ってそういうこと言うよね。欲望に負けたのに言い訳するする」
 冷めたブランのツッコミにデモン感を見出す。いやこれむしろこんな風に言ってくれるのは誠実かもしれない。
(「墓前で泣くなと言うのも違うしなぁ」)
 仏花を供えるユウは、おや、と瞬いた。しゃがんだ視界には、袴の裾と編み上げブーツ。
「とーちゃん、そんな性根だからお母様に愛想を尽かされるのですわ!」
 腕組みをしてぷっと頬を膨らますお嬢さんの姿は透けていた。
「つゆー!! お前、影朧になってたのか!」
 娘に抱きつきに行くのを己の墓石でガード。クンッと鼻をひくつかせてぽつり。
「あら、お酒の臭いがしませんのね」
「おやっさん、酒をやってないよ」
 ぽふんっと白鴉の姿を解き、8歳ぐらいの翼色の髪と艶やかな赤い双眸の美少年は続ける。
「桜學府お墨付きのスタア甲冑をやってる。面倒見がいい頼れるおっちゃんだよ」
「失礼、お嬢さん。俺はユウ・リバーサイド、超弩級です。そちらのお父様が亡くなられた娘さんの墓前に花を供えたいと切望されたのでお手伝いで来ております」
 父の外歩きの付き添いだとサクラミラージュ育ちの娘は瞬時に理解し俯いた。
「とーちゃん、亡くなっていたのね……」
「ご存じなかったんですか?」
「お母様の所に月イチで現れては復縁を迫ってきたので、てっきり生きているのかと思っていましたわ」
「――すっごい生命力に満ちた影朧だな」
 この時点でブランのツッコミポジションが確立した。
「神様よぉ、オレの命をかわりに持ってってくれよぅ」
「とーちゃんはもう死んでるでしょ」
 つゆは、おいおいと泣く父の頭をやや乱暴に撫でる。そこに家族の情があるのをユウはしっかりと感じ取る。
(「とーちゃん、と、お母様、ね……」)
 恐らく家を出た後は、母の実家でお嬢様として暮らしていたのだろう。しかし影朧となっている以上はなにか未練がある筈だ。
「私は割り切れてますのよ。どうせ来月には顔も見たこともない人の元にお輿入れ予定だったんですもの、死ぬのと大して変らないですわ」
 成程、母が恥を忍んで実家に戻る代わりに、孫娘を政略結婚の道具として差し出せと言われたか。
「お母様も『恋に狂わず、ちゃあんとしたお家に嫁ぐのが女の幸せよ』っていつも仰ってましたし……」
 母親は実感が籠もってるなぁとユウとブランはしょぼくれるおやっさんを見やる。
 つゆお嬢様は苦笑い。
 本当は、おやっさんのように自由に生きたかった。それが「とーちゃん」という親しき呼び方に籠もっている気がする。
「生まれ変わってなんだかすごい能力を授かって無双する方が楽しそうですわ、フフ」
 ――ん?
「だって、|私《わたくし》の死因は“轢死”! つまりハヤリの「異世界トラックに跳ねられた」訳ですの! 幸せは約束されてますのよ!」
 自慢げに口元を傾がせるのに、ブランはこきゅり首を傾けてユウを見る。角度が深いのは鳥ならではだ。

 ……間。
 この間にユウが「異世界トラックとはなんぞや」からUDCで少し前に流行った創作物の|お約束《テンプレート》を説明をした。

「影朧化したということは思い残しがある訳ですよね? なにか思い当たることはありませんか?」
 大方“両親が仲直りして欲しい”辺りか。悩み出したつゆにさりげなく水を向ける。
「縫子と仲直りして成仏してくれるんなら、とーちゃんは頑張るぞ!」
「それはないですわ」
 即答。
「母がとーちゃんに呆れたのもわかりますわ、けれど母も甘ちゃんなので。祖父からの結婚話を私に確認もせずに決めた辺り、あの方もいつまで経っても華族のお嬢様なんですの。復縁して上手くいくはずがないですわ」
 ガックリと肩を落とす父親を越えて、つゆは随分と大人びた物言いだ。
(「だけど、ここまで頭のいい人が“異世界トラックにはねられたから”なんて絵空事をアテにする程には追い詰められていたんだよね」)
 追い詰められ理由は『抗えぬ結婚話』と見て間違いない。
 母より「恋愛はロクでもない」と言い聞かされたのが、納得してないのも明らか。
「……踏み込んだことを聞いて申し訳ないです。もしかして、意中の方がいらっしゃったのでは?」
「とーちゃんは赦さんぞー!」
「おやっさん、もうつゆさんは結婚が決まってたんだよ?」
「娘が結婚?! ……ダメだ!」
 ブランは後に語る“おやっさんの未練は「妻と娘」で、それが絡むとテンションがおかしくなる”と。まぁ言われなくてもわかる。
「いませんわ。母の実家に戻った後は、男子禁制の女子校に入れられましたし使用人も女性で固められました。殿方とお話するのは、おじい様以外ですとユウさんが久しぶりですわねぇ」
 徹底している。駆落ちした娘の二の舞は演じぬとの祖父の執念が伝わってくる。
 さらりと髪を零し、俯いたつゆが続ける。
「……けれど、まぁ、私には赦されぬこと、ですけれど……恋って、どんなものかとは、その……興味は、あって……」

 恋に恋はしていた。
 それが未練だ。

「ねぇ、つゆさん」
 ユウは朗らかに破顔する。直後、スッと表情を引き締めて「失礼」と断わってから壊れ物を扱うようにつゆの手を取った。
「俺でよければ、これから『デート』をしてはいただけませんか?」
「……え」
 蠱惑的な切れ長の瞳、熱を孕む誘い――ユウは既に|恋の始まり《・・・・・》を演じている。
「私と、デート……?」
 もう感覚は無いはずなのに、包まれた手が熱い。既に土の中なのに、心臓の鼓動がとくんとくんと響いてくる。
「はい、喜んで……エスコヲトをお任せしてもよろしくて?」
「ええ、お任せあれ。よき1日にしましょうね、つゆさん」
 ちなみに、背景で大騒ぎのおやっさんは「保護者同伴ならいいだろー」とブランに説き伏せられておりました。


 女学生と青年が、仲睦まじく手を繋ぎ寄り添って、何処までも爽やかに歩いて行く。
 此処は若者向けの繁華街だ。桜カフヱや桜コスメ名店などなど、超弩級にも人気がある。それ故、こうした影朧の未練解消も大歓迎。
「うむ、つゆよ、大人になったなぁ……ってこやつ近過ぎだ!」
「はいはい、おやっさん、いつもの事だけど落ち着けー?」
 ……影朧とデモンがつけてるのも「連れです」とユウは了承を得ている。無論、つゆがコスメや茶葉や洋服に夢中になっている間にだ。舞台裏は見せません、それが役者というものです。
「まぁ! ユウ様、このお洋服、着物の布が使われていますわ!」
「リメイクという奴ですかね。却ってお洒落ともてはやされています。ほら……」
 と、襟が千鳥模様の和布である華ゴシックをつゆの胸元に宛がって鏡台に映してみせる。
「とっても似合っていますよ。つゆさんは肌が雪のようですから、くっきりとした蒼が映えます」
「……そんな」
 鏡に映る知らない自分にときめいている。
「店員さん、お幾らですか?」
 値段を告げた店員は、奥で着替えられるし似合うメイクと髪結いもサアビスすると請け負ってくれた。
 トントン拍子に進む話に目を白黒するつゆへ、ユウは頬を掻き照れ笑い。
「きっとつゆさんに似合います。俺が見てみたいんですよ、ダメですか?」
「……! じゃあお言葉に甘えて、着てみますわ……」
 店員に促され奥に入りしばし。蒼の膝丈ドレスを纏い、愛らしくお団子に髪を結ったつゆが現れた。
「! やっぱり、すごくお綺麗ですよ、つゆさん」
 違う。
 自分の姿にではなくて、ユウに綺麗と言ってもらうことにときめいているのだ。

「どこまで演技でどこまで本気なんだかな」
 洋品店から出て来た二人にぼそっと呟くブランは、傍らの気配がおかしくなったことにハッとなる。
「ぐ、ぐ、ぐぅぅ、つゆの為ぇ……いや! 演技は赦さん、真面目な交際を……いやいや、やっぱりダメだぁ!」
 しまった、口は災いの元。
「おやっさん、どうどう……お嬢さん幸せそうだしー」
 オープンテラスのカフェ。二人の前には色違いの甘いホットチョコレヰトが置かれている。
「まぁ! なんて素敵なの?! 飲み物に絵が描いてあるわ!」
 ラテアートという言葉は知らずとも、もこもこピンクの生クリームに描かれた桜はウキウキを誘う。
 幻朧桜が風で靡き、更に本物の花弁が色を寄せたのに、つゆは瞳を輝かせた。
「飲むのが勿体ないですわぁ……」
「でしたら俺のを飲みますか?」
 既に口をつけていたコップを差し出して、ユウはつゆを見つめる。
(「こ、これは……間接キス?!」)
 ――ドキドキしながら受け取って娘が飲み干すのを血涙流し震えるおやっさん。ユウへの殺戮の衝動が弾ける前にブランはちゃっちゃと麻痺して処理しました★
「……甘い」
「ええ、甘さが嬉しいものです」
「恋とは甘いものですね」
 そしてこの恋には中身がない。このチョコレヰト程のものすらないのだ。
 ……そう、中身を育てる時間が私には、ない。
「……」
 俯いて、切なさを綴じ込めるように胸でぎゅっと両手を組む。このやるせなさこそが恋なのだと、眼前の彼はわかっていてやっているのだろうか? だとしたら――。
「意地悪な方ですわ」
「――」
 演技をミスったと内心焦るユウ。謝罪は舞台の夢を壊すからと曖昧な笑みをまず浮かべ、次の手を必死に探る。

 ――しかし、つゆお嬢さんがもう一枚上手で御座いました。

 スプーンで掬った生クリームを己の唇ギリギリまで近づけてから、ユウへ差し出す。
「はい、あーん。甘くてとても美味しいですわよ」
 先ほど一口喰んだ銀のスプーンに、とびきり甘い桜をのせて。
「……ありがとう、いただくよ」
 口調を親しみに崩しスッと口づけたならば、生クリームは淡くとけた。
 そして、
 つゆお嬢様も、頬を真っ赤に染めたはにかみ笑顔を遺して、来世へと旅だっていった。
「――よい来世を。そして、素晴らしい置き土産をありがとうございます」
 一人になったテーブルで、ユウは手向けの桜を彼女が居た場所に置く。
 台詞なくとも万感の思いを伝える術は役者の肥やしとなる――本当に良い時間であった。


「なんだかんだでおやっさんが居なくなると寂しくなるなぁー」
 どこか拗ねたようなブランの物言いに、二人から手が伸びる。だがユウは引っ込める、ここは譲るべきだ。
「つゆが先に逝ったのに、足踏みしてる訳にいかん、よ」
 ブランを撫でるおやっさんは満足げだ。
「最後の最後で良い顔が見れた。いい夫にはなれんかったが……」
 娘の幸せを慶べる父親ではいたいってことよ――もう声は聞こえないけれど、娘そっくりの破顔は確かにそう言ってた。
「あーあ、逝っちゃった」
 ブランはそれっきり唇を閉ざし、こつんと頭をくっつけた。
「二人ともいい旅立ちだったね。ブラン、手伝ってくれてありがとう」
 ここで『俺はずっとそばにいるよ』と言ってやれればいいのだけれど、軽々に嘯いてはならぬ気がした。
 だから、温もりを伝えるようにずっとずっと髪を撫で続ける――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年04月15日


挿絵イラスト