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贈り物は、希望を贈り散っていった花びらへ。

#サクラミラージュ #ノベル #猟兵達のバレンタイン2025

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嶺・シイナ
サクラミラージュでシイナが恩人の墓参りに行くお話をお願いいたします。オロボマスターのグリモア猟兵、ノキ・エスプレッソさんの同行を望みます。

サクラミラージュの町外れ、一本だけ幻朧桜たちから離れて立つ木。そのそばに手作りのお墓があり、「|亜桜《あざくら》|南弥《なや》」と刻まれています。これが恩人の名前です。
恩人はシイナの持つ文庫本「亜桜研究所」に綴られているシイナを実験体として扱っていた研究所を管理する家の出の人でした。
恩人は体が花びらに変化して散っていくという怪奇体質に苛まれており、花びらが散るごとに命も散らしていっていました。
シイナが看取った最期では、恩人は人の姿で力尽きた後、少し目を離した隙に消え、手のひらに乗るくらいの花びらしか残りませんでした。
墓の下には、その花びらが埋められています。

死ぬのが怖い、というシイナの思いは、恩人のそんな死に様を目にしたからです。

墓前にラッピングしたチョコの箱を供え、手を合わせます。このラッピング、実は最初、不祝儀(御仏前の包み)にしようとして止められたというエピソードがあります。

恩人についての話は、独白でも、ノキさんに話す形でもかまいません。お墓参りでチョコを供えるのがメインなので、ある程度簡略化していただいてもかまいません。
シイナは基本無表情ですが、恩人の話をするときは少し悲痛さが漂います。亜桜研究所は閉鎖となっており、バッグにいた亜桜家(恩人の実家)も潰れていますが、シイナは憎しみを抱いています。
亜桜研究所云々関係なく、口調は言い捨てが多く、ぶっきらぼうです。
ノキさんのスタンスをはじめとしたその他細部は、オロボマスターにおまかせ致します。



 木の枝から離れる花びらが、1枚。
 
 その桃色の花びらは、風に乗って空へと駆けていく。

 桜の木が生きる中で行われるその行為も、人の目には命が儚く散る瞬間に映る。

 それならば、地面へと落ち行くこの花びらも。

 未来を作るために消費された、過去なのだろうか。

 世間はバレンタインであっても、サクラミラージュの幻朧桜構わず咲き乱れる。

 思いを伝える表現として、誰かに見せているかのように。



「ここでいいですか?」

 バイクを止めて尋ねる運転手に、後部座席に座っていた|嶺《りょう》・シイナは無表情のままうなずいた。その手には、文庫本とラッピング用紙に包まれた箱を大事そうに抱えられている。
 目的地までの運転手として同行していたノキ・エスプレッソは、ラッピングされた箱を眺めていた。落ち着いたような表情だが、色に興味を持つ彼女はそのラッピングの色使いに興味津々な様子だ。
 そんなノキからの視線を感じつつも、シイナは目の前の木を見上げた。

 それは、このサクラミラージュの至る所で見られるたくさんの幻朧桜たちから離れた場所に、たった1本だけ立つ木。
 側には、小さな墓が誰かを待つように佇んでいた。

 人の手で作られたことがわかる、小さな墓。
 墓には『|亜桜《あざくら》|南弥《なや》』と刻まれている。

「その方が、恩人……ですか?」
 ノキの問いに、シイナはこくりと頷いた。
 そんなふたりの上で、木の枝から離れる花びらが舞い落ちる。ひらり、ひらりと、ふたりに気づかれることなく落ちていく花びら。地面に着地してようやく、シイナはその花びらの存在を認識した。
「……」
 ぎゅっと、胸に抱えているものを抱きしめる。
 それはまるで、生きることにしがみついているかのように。その花びらに、過去の光景を重ね合わせているかのように。
「この墓の下に埋まっているのは、少しの花びら」
 ぽつり、とシイナは口を開き。座り込んだ。
「僕に生きる希望を教えてくれた人。僕が絶望を知ったきっかけになった人。この墓の下で、彼女は眠っている」
「……」
 ノキも座り込み、シイナへと目線を向ける。
「聞かせて、くれますか?」
 シイナは頷くと、抱きしめていたもののひとつである文庫本を見つめ、ぽつぽつと語り始めた。

 その本の題名は、『亜桜研究所』。



 怪奇人間であるが故に短命だった僕は、少し器用に能力を使えるからと奴隷や密偵として使われ、果てに実験施設へと送られた。
「短命なのだから、命の限り、役に立て」
 今までもそう言われ続けていた。虐げられることにも慣れていたから、怒りも、悲しみも、なにも感じることはなかった。

 そんな僕に、南弥は手を差し伸べてくれた。

 その手から、花を散らして。

 体が花びらに変化して散っていくという怪奇体質。
 見た目だけでなく、命を散らして……それでも、僕に希望を見せてくれた。
 研究所を管理する亜桜家の出の人でありながら、僕を守ってくれて、導いてくれて、幸せを教えてくれた……かけがえのない人。
 そして……僕が死にたくないと、願うきっかけになった人。

 横たわる南弥を看取ったあの時、最期の時まで僕を見つめていた優しく儚い眼差し。

 静かに瞼を閉じ、眠るように動かなくなった南弥。

 ふと目を離した瞬間に、その原型はなくなっていた。

 ぱらぱら、と指の隙間から通り抜ける花の感触。

 目を向けると、人のシルエットを形作っていた花びらが、窓の外へ向かって飛び立っていた。

 それを必死に追いかけて、窓の外へ手を伸ばして、

 握りしめることができたのは、手のひらに乗るぐらいの数枚の花びら。

 今まで感じたことのなかった感情が、溢れる。
 いつ死んでしまっても構わない。短命なのは仕方ないから、自分はそういう存在なのだから。
 そう割り切れたのは、過去の話。

 死ぬのは嫌だ。

 死にたくない。

 死ぬのを見たくない。

 あんなに生きることを望んでいたあの人が、叶うことなく散っていくその姿。

 残酷で、美しい……その光景が、絶望として僕の脳裏に残り続けている。

 僅かな、花びらとともに――



 シイナの語りを聞いたノキが、静かに呟く。
「ごめんなさい」
 その声にシイナが顔を上げてみれば、ノキの表情に曇りが見えていた。
「南弥さんのことを語っているシイナさんの顔は、とても苦しそうな……悲痛さが感じられるような、色だったんです。辛かった……ですよね」
 色を追い求める彼女ならではの表現とともに、自分から聞いたことを悔いるノキ。シイナは気にする必要はないと首を振り、墓をそっと撫でる。

「この下には、僅かに残ったあの日の花びらが埋まってる。南弥が残した、南弥が存在していた……証」

 そして、ラッピング用紙に包まれた箱を、墓の前に添える。

 贈り物を、手渡すように。

 墓の前という、見た目だけ言えば少し不釣り合いなラッピング用紙に包まれた箱。
 それを見ながら、シイナはノキとともに手を合わせる。
「元々この包み紙は、不祝儀に使うつもりだった。派手すぎるから止められたけど」
 確かに、このラッピングは派手すぎて相応しくないだろう……不祝儀に使うのであれば。
 ラッピングの色に見とれていたノキが顔を上げ、シイナに微笑む。
「でも今日は送ることができる。バレンタインの贈り物として……ですよね」

 チョコレートの入った箱を包み、天から降り注ぐ光を受けて輝くラッピング。それは先ほどの悲痛さが感じられる空気に光を刺すように、輝いていた。

「……南弥、喜んでくれるかな」
「喜んでくれてるよ、きっと。こんな素敵な贈り物を、シイナからもらえたんだから!」

 ノキが確信したように頷き、思わず敬語口調がなくなっていたことに気づいて恥ずかしそうに口を塞いだ。

 シイナがどのような気持ちでこのラッピングチョコを用意したのか。
 その意図はシイナ本人のみぞ知る。絶望を超えて、短命の運命から逃れようともがき、文豪となった彼女ならその気持ちを言葉で表わすことはできるかも知れない。

 それでも、言葉は必要ないだろう。
 大切な人へ思いを伝えるバレンタインの贈り物が、その気持ちを届けてくれるのだから。

 南弥の眠る墓を背にして、歩き始める2人。ふと、ノキがシイナに尋ねる。
「その後、亜桜研究所はどうなったのですか?」
「閉鎖された。バッグにいた亜桜家も潰れた……当然の末路」
 たとえ恩人の家系であろうと、自身を実験体として利用したことには変わりない。シイナの言葉に憎しみが込められているのも仕方ないだろう。ノキは納得するようにうなずいた。

 2人はバイクに乗り込むと、共に振り返る。

 満開の桜を咲かせて、墓を守るように立つ1本の木は、生きている。
 花びらを散らし、また花びらを咲かせて。それを繰り返して、死から逃れようともがくように生きている。

 文豪として、猟兵として、今を生き続けるシイナのように。
 誰かに思いという名の贈り物を渡すように、今日も花びらを散らしている。

「……またね」

 シイナが呟くと、ノキはアクセルを踏み込む。

 走り去るバイクに手を振るように、ひらひらと舞い落ちる花びらは、

 贈り物を受け取った墓の上で、静止した。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年03月17日


挿絵イラスト