艶やかな紅と心を交わらせて
雪の降り積もる姿は、まるで白い花びらのよう。
しずしずと、はらはらと。
まるでクリスマスの夜を祝福するように舞っている。
恋人たちの暖かな幸福を見守るのは、きっとこのシルバーレインの世界でも同じこと。
黒いコートに身を包んだ八秦・頼典(平安探偵陰陽師ライデン・f42896)はゆっくりと、雪を掬うように手を伸ばす。
少しばかり早くきてしまっただろうか。
けれど、愛しい少女の為ならどうしても身も心も急くもの。
何時ものように政務を片付けて、残るものは影武者に任せてこの世界に渡った頼典。
彼の世界であるアヤカシエンパイアと比べれば、あらゆるものが鮮やかだった。
道征く人々の様子や景色さえも、何もかもが新鮮。
だから待つ事は苦にならず、雪の上を泳ぐように現れたミルナ・シャイン
(トロピカルラグーン・f34969)に優しく微笑んだ。
やはり待たせてしまいましたかとミルナが顔を覗き込む。
いいや、今来た処だとはにかむ頼典がフォローするのも何時ものこと。
けれどミルナが手を繋げば頼典の指は冷たかった。せめて暖めてあげたいと、きゅっと切なく絡めていく。
頼典の心をもっとも暖める、ミルナの明るい笑顔を向けながら。
「わ、頼典様。今日は洋装なんですのね……! 黒いコートもよくお似合い!」
ミルナの嬉しさを表すように、美しい尾びれが揺れる。
「それにわたしくが贈った勾玉もつけてきださっているんですね、嬉しいですわ!」
冬の寒さを払い、花さえも綻ばせるような暖かいミルナの微笑み。
向けられた頼典も頬か緩む。じわりと胸の奥に暖かさと優しさが広がり、ミルナの為だけの笑顔を紡ぐ。
「ああ。そして、勿論。クリスマスの作法もね。今度は、ボクがミルナの為に」
頼典が懐から取り出すのは贈り物である京紅だ。
決して気取る訳ではなく、軽やかな口調で説明していく。
「八秦一族の里から京に献上される末摘花を使ったものですね、止事無き身分の御方も御愛用止まない艶紅だよ。ミルナには似合うと思ったからね」
優美なる気品を示す紅桜の色である。
姫君のようなミルナの美貌、その唇を飾るに相応しい。
「まあ、口紅の贈り物だなんて嬉しい……!」
説明を聞けばかなり高価なものではと。
いただいていいのかしら、と少しだけ気後れしてしまうけれども。
恋心寄せる殿方から貰ったのなら、やはり使ってみたいのが女心。
「早速使っても良いでしょうか?」
「そうだね。ちょっとこれには癖があって……」
と、頼典の指が風に流れる雪に触れる。
指先の温もりで溶かせば紅点し指を湿らせ、京紅と馴染ませるように溶いていくのだとミルナら教えていく。
「なるほど、そうやって使うんですのね……」
ミルナもこくこくと頷いている。
美容系の専門学校に通うミルナ。リップカラーの指塗りテクも知ってはいるものの、湿らせて使う紅は初めてだった。
それにしてもタイミング良く雪が降っているのも、頼典は持っているという事だろう。
僅かに思うのは最初の一塗りは頼典の指先でミルナの唇に塗って欲しかったというのは、はしたない我が儘だろうか。
それとも可愛らしい乙女の願いだっただろうか。
ともあれミルナの指から紅は唇へとさされ、海の人魚姫の貌に艶やかな彩を添える。
桜とも珊瑚とも取れる色はミルナの麗しさをより引き立てるからこそ、頼典は満足そうに眺めてぽつりと呟く。
「……ボクの見立て通りだ」
或いは、それ以上だろうか。
一方でのミルナは頬も赤くそまっている。
(そういえば殿方から口紅を贈られるのって、キスしたいって意味だとか……これは期待していいかも?)
いけない、いけないと首を振るうミルナだった。
「雪も降り始めたことですし……わたくしからもぴったりな贈り物がありますの。手編みのマフラーですわ!」
ミルナが取り出すのはマフラーだった。
奇しくも口紅と似た赤い色。
そして、手編み。毛糸のないアヤカシエンパイアでは、まさか機織りでわざわざと紡いでくれたのかと頼典が驚く。
「あ……確かにアヤカシエンパイアには毛糸はなかったですわね……編み方にも色々ありますけど、これは二本の編み棒を使って編んだんですの」
「へえ。そんな方法があるんだね」
知らない技法を聞いて、興味津々と子供のように目を輝かせる頼典だった。だが、柔らかな毛糸に触れてふと気づく。
「それでもひとりで首に巻くには長いよね?」
「すごく長いですけどこれはですね……」
優しく頼典の首元に巻いた後、ミルナは自分の首元にも巻いてゆく。
「このように二人で巻いて使う、あいあいマフラーというものですわ。暖かいでしょう?」
「ああ、暖かいね」
何より吐息を感じる程の距離で見るミルナの笑顔が暖かい。
その紺碧の海の眸が、京紅をさした艶やかな唇が、心の奥に幸せという温もりをくれるのだ。
「それではいきましょうか」
「ああ、行こうか」
マフラーで繋がり、腕を組んで温もりを共有しながら、ふたりが向かう先はクリスマスイルミネーションデート。
ただの公園とは思えない光が溢れていた。
「まるで星たちが地上に降りて、祝いあっているかのようだ……」
アヤカシエンパイアではまず見られない光の織り成す模様、眩い光と色彩の数々。
初めて見る幻想的な光景に、思わず子供のような無邪気さと抑えきれない好奇心で童心に返ってしまう頼典だった。
くすくすと傍でミルナが笑う。
そんなあなたがみられて、わたしくもも幸せですと。
「綺麗でしょう」
何時もならミルナの眸の方がと甘く囁く頼典も、今ばかりは目をきらめかせるばかり。
そんな様子もただひとり、今はミルナだけが感じられるのだと柔らかな心地を覚えて瞼を閉じて続ける。
「シルバーレインのような世界ですと毎年冬にはこのような電飾の飾り付けがあちこちで行われますの」
もちろん、幻想というのならこの世に在りはしない愛おしさを紡ぐアヤカシエンパイアも素晴らしいだろう。
でも、自分の生きる世界の素敵さもまた知って欲しいから。
一緒に感じて、生きていきたすから。
「アヤカシエンパイアではまず見られない景色、頼典様も気に入ってくれると良いのですけど……」
「勿論。気に入ったよ。もしもミルナ様がいなければ、此処で歌を詠みたいぐらいにはね」
「まあ。それは後でお聞かせ頂けないかしら?」
「雪景色と、幻想的な地上の光に飾られたミルナ様のことをね。ミルナ様がいるから、余計に今が美しいのだから」
さらりと口にした頼典と、頬を赤らめながらも嬉しそうに微笑むミルナだった。
そうして巡っていると、ハートのフォトスポットを見つけるミルナ。
自分のスマホで頼典とふたりで一緒に写真を撮って、くすくすと楽しげな息を零すミルナと、その吐息を頬で感じる頼典。
「これ待ち受けにしちゃおうっと♪」
そうして、大切な宝物にするのだと海の色をした眸が嬉しさと喜びのさざ波を立てる。
他にも映える光景や場所はたくさんある。
巡っても、巡っても終わったりしない。
きらきらのイルミネーションや光る動物のオブジェ。
ミルナも頼典も恋人とふたりきりで巡る、雪と光の幻想的なクリスマスデートの中で、きらきらと目を輝かせていた。
そんな互いの瞳を見て、幸せを感じ続けていた。
ふたりで歩を進め、新しくて美しいものを見て、互いの心が揺れる様を愛おしいと感じあう。
触れた身体や吐息だけではなく、声や視線のひとつひとつに、互いのぬくもりを感じるふたりだった。
だが、ふとミルナの視線が奪われる。
「あ、ヤドリギ……」
頭上にあるヤドリギにミルナが気がついて、少しだけ慌てるような、頬を赤めて恥じらうような仕草を見せるミルナだった。
「どうかしたのかい、ミナル様?」
「あの。その、ですね。はしたないなど思わないで欲しいのですが……」
ミルナが、頼典から視線を逸らしながら口にする。
「えっと、英国ではクリスマスにヤドリギの下にいる女の子には口づけしていいってことになってますの」
「…………」
ミルナの頬が赤い。
その頬より艶やかな紅を塗られたミルナの美しい唇。
囁くように、傍にいる頼典だけに届けと声を震わせた。
「だからヤドリギの花言葉は……『キスしてください』……」
目を閉じて頼典に寄り添い、キスを待つミルナの美貌。
花言葉とミルナの願いを聞き届けて、ゆっくりと頼典は頷いた。
「勿論だよ、ミルナ様……そんな願いなら、幾らでも叶えてあげたい。いいや、ボクこそ叶えて欲しい。触れさせて欲しいのだと、口付けさせて欲しいのだと」
だからとミルナの身体をしっかりと両腕で抱きしめる頼典。
触れあった唇の柔らかさ。でも、もっと互いが欲しいと以前よも深くと寄せ合い、絡ませる。
確かな頼典の身体が、柔らかなミルナの身体を力強く抱き寄せた。
嬉しさと切なさを交わらせたミルナの唇が、柔らかくもゆっくりと頼典の温もりと愛を味わう。
啄むは子鳥のように。
けれど、恋人の甘やかさを感じる深さで、ふたりは長く唇を触れあわせていた。ぬくもりを抱き合う身体の全てと、愛を囁きあう唇で感じあう。
お互いに白い吐息を交わらせて。
その温もりも、匂いも、味も、全てを交わらせて、永遠に結ばれる愛のおまじないとしていく。
ようやく離れたミルナが、幸せそうに微笑んだ。
「……口紅ついてしまったかしら?」
「ならお揃いだね。ミルナ様とのお揃いを、誰にみられても構いはしないゆヶ
水気を帯びた唇に紅が移っても、ふたりは笑い合うばかり。
ならと、ミルナは艶やかな微笑みを浮かべた。
海のように広がる、柔らかな愛情を示す貌だった。
だって、心には海よりなお果てはないのだから。
「これからこうやって少しずつお返ししますわね」
ミルナは悪戯っぽく笑う。
そんな姿にも好きなのだと、もう一度ふたりは雪と光とヤドリギの下で唇を重ねた。
成功
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