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重ねるフルーフの融

#ダークセイヴァー #ノベル #猟兵達のクリスマス2024

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朧・ユェー



ルーシー・ブルーベル




「ルーシーちゃん、そっちのお皿とか用意をお願いしますね」
「はーい! ゆぇパパ」
 朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)が声を掛ければ、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)が返事を返しテーブルの周りをぱたぱたと忙しげに回る。
 大きなテーブルクロスの掛かったテーブルの上に並ぶのは、ぴかぴかのお皿。一枚一枚、うっかり落としてしまわないように注意をしつつ並べた後、ルーシーがフォークやナイフ、スプーンをぴかぴかに磨き上げて横に置けば、立派なディナーの準備が完成。
 窓の外に広がる常夜の世界は、ちらちらと雪が降っている。光の届かぬ外は冬の寒さが厳しいけれど、しっかりと温められた部屋の中ならば寒くはない。
 部屋に飾った色鮮やかなクリスマスツリー。テーブルの上には花やキャンドルを並べて、いつもの食卓よりもちょっぴり豪華で特別な様子。――そんな『特別』も、初めて見た時は不思議な心地だったもの。
 ルーシーにとってクリスマスは、『本物のルーシー』にのみ与えられた祝福の日。何時だってお留守番で、ひとりぼっちで寂しい日。
 ユェーにとってはクリスマスなど存在しないもの。幼い頃からイベントと云うものには無縁であった為、こうして外の世界へと出て、この館へと訪れるまでは季節毎を意識すらしていなかった。
 けれども、親子二人でクリスマスと云うイベントを過ごすのは今年で何度目か。年を重ねればこの『特別』が、とても温かで大好きなイベントとなった。
 準備が整ったテーブルを見て、ルーシーが腰を手に当て満足そうに笑えば。丁度準備が出来たようでユェーが料理を運んでくる。ほかほかと温かな湯気の立つスープに、焼き立ての芳ばしいパン。色とりどりのサラダに、クリスマスと云えばな大きなチキン。
「どれもこれも良い匂いだわ。とっても豪華なパーティーになりそう!」
 何時だって美味しいパパの料理だけれど、イベントの料理は特別でやっぱりワクワクしてしまう。瞳を輝かせながら前のめりに語る彼女に微笑んで、ユェーが娘の椅子を引いてやれば彼女はお礼の後ちょこんと席へと腰掛ける。
 正面に並び、瞳を交わし。
「では、メリークリスマス、ルーシーちゃん」
「ええ、改めてメリークリスマス!」
 磨き上げたグラスを掲げ、チンっと重ねる音色を響かせればパーティーが始まる。
 ゆらり揺れる水面は、濃いワイン色の葡萄ジュース。それを一口含みながら、ルーシーは目の前の真っ赤な液体――トマトジュースを飲む父の姿をじっと見守った。
 ドキドキと、胸が鳴っている。
 それは何故か。彼の飲んでいるトマトジュースは、朝彼女が採り、そして絞ったお手製の品だから。これが美味しい筈、と必死に一番を選んだつもりだけれど大丈夫だろうか。
「ん、美味しい」
「美味しい? 良かった」
 じっと見つめる彼女の青い瞳のその意味には気付いている。けれど小さく微笑みユェーの唇から零れた言葉は、安心させるもので無く彼の心からの言葉だった。愛しい娘が、自分の為に朝からトマトを選び、頑張って絞ってくれたのだから嬉しいに決まっている。
 嬉しそうに頬を緩ませ、スプーンを手に甘いコーンスープを口にする彼女を見守って。彼も同じくスープを口に付ける。
 いつもと同じ、夕食の景色。
 けれども――視界の端に映るグラスの『赤』に、ルーシーの視線はつい奪われる。
 鮮やかで、濃い赤色。
 それがトマトだとは解っている。彼女自身が絞ったのだから、当然だ。
 けれどもその色合いは、違う色を連想させて――その考えが過ぎった瞬間、ルーシーの身体がぞわりとした。
 彼と彼女は、血の繋がりこそ無いけれど同じダンピールである。
 そして、だからこそ吸血への欲求には身に覚えがある。その欲求は、ブルーベル家の血を啜って命を繋いできたルーシー自身にも、勿論あるものだから。
 けれども、父のそんな姿は見たことが無い。
(「でもパパはトマトが代わりなのだと言っていたっけ」)
 その時は、理由を教えて貰えなかったっけ……。
「ルーシーちゃん? どうかしました?」
 スプーンを手にしたまま、どこか意識が遠くなる少女に不思議そうにユェーが声を掛ければ、ルーシーは意識を戻しぱちぱちと瞳を瞬いた。
「――あ! パパ、ごめんなさい。じっと見てしまって」
 謝りながら、止まっていた手を動かしまたスープを一口。
 けれども――意識がそちらへいってしまったからだろうか。彼の手元の、赤い液体から視線が逸らせない。
 その視線の先にユェーも気付くと、彼は小さく微笑んだ。
 彼がトマトやトマトジュースを好み、血の変わりにしているのだと説明したことは彼も覚えている。その理由を説明しなかったのは、彼女が大きくなるまではとの親心。
 けれども、もう良いのだろうか。
 あれも、これも――大人になるまでは、と黙っていたことはある。
 けれども旅の先で彼の過去を視て、語って――その結果、彼女はしっかりと受け止めてくれた。小さな小さな子供だった彼女の、成長した姿を見た。
 思考が迷う。
 彼女の家の事も聴いている。誰よりも『血』の事は、彼女にとっても良いモノでは無いのだろう。けれども――真っ直ぐに向けられた青い瞳は、『今』だと語っているようで。
 眼鏡の奥の瞳を一瞬伏せ、考え……ユェーはゆっくりと、唇を開いた。
「ルーシーちゃん、食べながらでも良いですから聴いてください」
 ――何故僕が『血』を飲まないか、飲めないのか。
 彼のその言葉に、ルーシーは今度こそ視線を彼の月色へと向けた。
 ごくりと唾を飲み、静かに頷きを返した彼女の姿にユェーは微笑むと語り始める。

「貴女に父の、あの人の話をしましたよね?」
「う? うん。もちろん憶えているわ」
 春と夏の狭間のあの日。何時ものように館近くの夜のお散歩をしていた時、彼の唇から零された過去の話。ユェーの父と出逢ったあの時、彼は操られたとは云え少女を、村の人を殺してしまった。
 あの時の風も、空気も、彼の初めての熱と恐れの感情も全て覚えている。
 そして――痛ましい話を聞いた時の、煮えるような怒りも、改めてパパを守りたいと強く思った気持ちも、忘れた事は無い。
 きゅっと唇を噛む彼女の姿に、ユェーは小さく微笑んだ。
「その時と同時に『呪い』をかけられたのです」
「呪い?」
 ――まだ、明かされていなかった真実にルーシーは瞳を見開く。
 その繰り返した言葉にユェーはこくりと頷くと、静かに続きを語り始めた。その『呪い』とは、血を吸った者はユェーと同じ様になる事。同じ、と云うのは種族であるダンピールになるのとは違い。
「僕と同じ様に生き、死ぬ事です」
 ユェーはそうそう死ぬことは無いが、自害が出来ない訳では無い。
 あの男は、ユェーの身体が目的である。だがユェーが成長するまで自害されても困る。だから彼が本能として、衝動として、血を飲んで同じ呪いを受けた相手がいれば、そうそう自害は出来ない。させないように『呪い』を掛けたのだ。
 さも当たり前のように、淡々と語るユェー。
 喉を潤す為に、赤い液体の入ったグラスを手に取ると軽く揺らした後一口飲む。
 そんな彼の様子を瞳で追いながら、ルーシーはきゅっとテーブルの上に乗せたフォークとナイフを握る手を強く握り締めた。
(「パパと同じになれる『呪い』」)
 とくん、と胸が強く鳴った。
 正直に言うと、素敵なものにルーシーには聞こえた。
 父の優しさに付け込むような呪いを掛けた相手には、改めて怒りも湧く。けれどもパパと一緒に生きて、果てる時も同じなんて。
 なんて――魅力的な約束だろう。
 それが、ルーシーの心から湧き上がる素直な気持ち。
 きっとユェーは、もし自身が死んでしまう時。ルーシーが、愛しい娘が道連れになるとなれば全力で生きようとしてくれると思う。
 『呪い』である筈なのに、ちっとも嫌では無い。
 食べられても良い、と思ったのも本当ならば、この想いも本当で。逆にこれならば共に生きる事が出来るのは、むしろ幸せなのでは無いかと思ってしまう。
 俯き、考え込む娘の姿を瞳に映しながら、ユェーは「でも、」と唇を開く。
 トンっとグラスをテーブルに置く音を鳴らした後、彼は微笑んだ。その笑みを見て、ルーシーは顔を上げると彼の言葉を待つ。
「ルーシーちゃんの家もある意味『呪い』。実はね、ルーシーちゃんがあの家から解放されるには僕の『呪い』は有効かも? と思った事があります」
 ――それならば、君は死ぬ事も無く、僕は死ぬまで生きる事が出来る。
 その言葉に、ルーシーは不思議そうに瞳を瞬いた。
「ルーシーの呪いに、パパの『呪い』が?」
 最初は理解出来なかった。けれど、よく考えれば確かにそうだ。青花の神の贄になる定めと、死ねない『呪い』は相反する。二つの呪いが重なれば、どうなるかは分からない。けれども、良い方向へと変わる可能性だって十分ある。
 そっと隠した右目へと触れるルーシー。彼の言葉の意味が沁み込めば、胸がきゅうっと苦しくなり震えるのが分かる。
(「そんな風に考えて下さっていたんだ……」)
 自分だって苦しいのに。何時だって自分の事を考えてくれる優しい大好きなパパ。
「なら、それならルーシーの――」
「でもそれは違うと思いました」
 ――血を飲んで、と紡ごうとした時。重なるように紡がれたユェーの言葉にルーシーの言葉は消えていく。首を振り、真っ直ぐにこちらを見るユェーの瞳を見ればその続きを大人しく待ってしまう。違う、とは何だろう。
 微笑み、彼は続きを語る。――きっと、ルーシーの言葉は聞こえていた。けれども彼は敢えて、重ねるように言葉を紡ぐのだ。
 だって、『呪い』を『呪い』で上乗せしたとしても、ルーシーちゃんの幸せでは無い。
「それにそのまま成長が止まってしまうので、大きくなった君を父親して見届けると約束しましたし」
 ――僕が一番それを見たいから。
 そっと細められた夜空を照らすお月様の瞳は、何時ものように優しい色を宿している。 愛しく小さな娘の成長を見守れる。それは、父親としてはとても幸せな事だから。その未来を閉ざす事を、ユェー自身で行うなど出来ないのだ。
 彼の言葉が。心が。じわりと広がればルーシーの胸がとくんと跳ねた。
「……そう、そうよね」
 心に落ちた言葉を大切に仕舞うように、ルーシーは胸元できゅっと小さな手を握る。呪いで成り立つ幸せである必要は無い。でも、それは――。
「わたしだけの幸せじゃないわ、パパの幸せもよ!」
 そこは大事なのだと言いたげに、強い口調で少女は紡ぐ。その言葉に、彼女の瞳に。ユェーは微笑み、頷きを返してくれた。
「だから『呪』われるのでは無く、コレからの冒険で『呪』を解く方がいいなと。二人の呪いが解けるのは何年? 十数年? いつになるかわかりませんが……一緒に楽しみましょうね?」
「まあ? 冒険!」
 紡がれたその言葉は、どこまでも続く未来への約束。
 輝かしい程に眩しくて、先の遠い遠い――幸せへの御話。
 その優しくも温かな言葉に、ルーシーの瞳は輝きついつい口許には笑みが咲く。何年、十数年……それは長い御話だけれど、彼の唇から零れた未来の約束は嬉しくて。
「……そうね、楽しめば良いんだわ」
 いつかは青花の神様へと、この身を捧げる定めであるルーシー。そしてそれを、奪わせないと。一緒に呪いを解く方法を探そうと言ってくれたあの約束に、ルーシーだけでなくユェーの約束も重なるのだ。
 だって、一緒に『生きる』事がララの務めで。それは幸せで無くてはいけないから。
 去年のクリスマスの時、パパはひとりぼっちだったルーシーの過去すら救ってくれた。11年分彼女のクリスマスへと、贈り物と共に寂しさを温もりで埋めてくれた。
 今だって大切にしている幸せな品の数々を思い出せば、幸福感が溢れてくる。だからこそ、今度はルーシーの番。この気持ちを、パパにもあげたい。
 あなたの未来を、ひとりぼっちにはしない。
「必ずパパの呪いを解きましょう」
 決意をしっかりと言葉にすれば、ユェーは微笑み頷いてくれた。
 ――きっとその笑みには、ルーシーの呪いも解こうと云う意味が込められているのだろう。そんな優しい彼の心を、やっぱり救いたいと思ってしまうのだ。
 大好きな、パパだから。

「ふふっ、お話が長くなりましたね」
 小さく笑った彼の言葉に、少しだけしんみりした空気が流されていく。テーブルの中央で揺れる蝋燭は気付けば随分と短くなっていて、話した時間の長さを物語っていた。
「ううん、お話してくれてありがとう。よ~~~し! やるぞ! って気持ちが湧いてきたわ」
 彼の言葉にルーシーはやる気をアピールするように両手を握る。無理はしないように、と一応心配の言葉を添えれば、彼女は笑いながら頷いた。
 カトラリーを置いてご馳走様を告げれば、次に用意されるのは特別なケーキ。子供の夢見るサンタさんの飾りが乗った綺麗なケーキをユェーが用意する傍ら、新しいお皿を出してルーシーもお手伝い。慣れた手付きで切り分けながら、ユェーはそうだ、と唇を開く。
「ルーシーちゃん、クリスマスプレゼントを用意したので後で見てください」
「クリスマスプレゼント! うん、見るわ! ルーシーからもあるから、楽しみにしていてね?」
 11個のプレゼントに並ぶ12個目。それが嬉しくてワクワクする気持ちを隠せぬ笑みのまま、今年はルーシーも用意したのだと嬉しそうに彼女は語る。
「おや? 僕にも? 嬉しいですね」
 彼女へと贈る事が出来るだけで幸せなのに、お返しを貰える事が嬉しくてついついユェーの口許は笑みが咲いていた。隠す事でも無いのでそのまま嬉しそうに微笑んだまま、二つのお皿にケーキを乗せて、改めて――。
「ありがとう、改めてメリークリスマス。来年もその年もまたその年もお祝いしましょう 」
「ええ、メリークリスマス! パパ」
 新たなグラスを鳴らし、改めての挨拶を。
 甘く蕩けるクリームの味と共に、二人の想いと約束はじわりと溶け込んでいくよう。

 ピカピカ光るクリスマスツリーの光は、来年もその先も、二人を照らすのだろう。
 それは、貴女が大きくなるその時まで。
 ずっと、ずっと――君の傍で、見守らせて欲しいと、願うのだ。
 天使のような、優しく愛しい君を。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2025年03月02日


挿絵イラスト