幼日の心を思えば
●聖誕祭なるを知るには
八秦・頼典(平安探偵陰陽師ライデン・f42896)は酒の席での失敗というものを恐らく経験したことがあるだろう。
醜聞と言っていいことなので、おいそれ失敗しました、とは居直れないのが辛いところであるが、まあ、あるにはある。
その最たるものが、今回の出来事の起因であった。
そう、クリスマス。
「いかなるものか、と思っていた所なんだ」
「そう、くりすます。面妖な言葉の響き」
「おうおう、確かに。だが、外なる異世界より来訪せし者は、この時期になると皆、宴を開くのだと伝え聞く。噂とは言え、真偽如何なるかと気になるのは仕方のないことであろう。なあ、八秦卿」
ばしん、と彼の背中を叩くのは、赤ら顔の若き平安貴族たち。
いやぁ、と彼は曖昧に笑っていたが、しかし、その頬は赤らみ、息は酒気を帯びていた。
酒の力というのは、げにも恐ろしきものである。
今や、頼典の階位は最上位の正一位である。
だがしかし、この場に居合わせる者たちは、そんな階位というものを一度、宴の席の端に寄せる事のできるほどには気心の知れた者たちであった。
今より幼き日々においては、悪い遊びをしたものであるし、この場にいる誰もが八秦家筆頭、家人式神であるところの、獅子戸・馗鍾(御獅式神爺・f43003)によって雷を頭蓋に響かせ、拳骨の硬さというものを知ることになったものである。
しかしまあ、そういう共に同じ経験をした者同士、例え、階位に隔てられたとて、変わらぬ友情というものは不変なのである。
そんな彼らが言うクリスマスなる催し。
「うむ、そうであるよな。気になるよな、クリスマス」
「そうは言うが、あんまり興味ないであろう」
「そうそう、いつだっておなごのことばかりであるからな、八秦卿は」
「無礼であるぞ。ここに御わす方を何方と心得る!」
なんて、そういう茶番が始まって大笑いが起こってしまうのは時間の問題であった。
頼典も頼典である。
久方ぶりに、こうして肩ひじを張ることもなく、また気の置けない仲が変わらぬというこっとを実感して気が緩んだのかもしれない。
「わかった。あいわかった。であれば、このボクが直々にクリスマスなるものを見聞し、キミたちに披露して見せようじゃあないか」
「おお、さすがは正一位!」
囃し立てる声に頼典は酒の勢いというものが自身にどんな事態をもたらすことかを知らぬままに大仰に頷き、大見得を切るのだった――。
●雷
「なんという浅はかなことを請け負って参られたのか!!」
どずん、と落ちるような声であった。
それは馗鍾の主を嗜める叱責であったし、正一位に上り詰めたとて変わらぬ主従の分をわきまえたものであった。
いや、むしろ主従であるからこそ、頼典が簡単に安請け合いをしてきたことと、叱責したのだ。またクリスマスなる催しが如何なるものかを知っていれば、そんなこと請け負う位ことではないと理解できるはずであろう、という意味合いも込められていた。
そう、平安貴族は確かに庶民平民たちから見れば、遊んで暮らしているように見えるものだ。
だが、彼らが雅なる歌を読み、風雅に過ごすことで、このアヤカシエンパイアを守る平安結界が維持されているのだ。
そこにクリスマスなる……語弊があることを先に言っておくが、現代社会の都合よくジャパナイズドされた俗っぽい催しを行えばどうなるか。
「わからないでか!!!」
ずどん、とまた雷が落ちたのを頼典はわずかに顔をしかめて、顔色のよろしくない額を抑えた。
「わかっているとも。ああ。わかっているとも。だが、ちょっとはボクの言い分も効いて欲しい」
「何がでありましょうか!!」
「ああ、もう、だから。いいかい、馗鍾。ボクはね、何もクリスマスなる催しそのものを行おうとしているのではないのだよ」
「先ほどそう仰られた!」
「違う違う。クリスマスなる催しは、確かに多くの多世界でも行われている行事だ。けれど、それは世界によって……それこそ地域によっても変容しているものだ。変化を受け入れるだけの余地があるということだし、またそれができる下地だということでもある」
馗鍾は、黙って続きを促した。
この時点で聞く体制に入っていることに彼は気がつくべきであったが、年々、頼典の口が達者になっているのだ。
「であれば、だ。我ら平安貴族が常に平安結界を維持するために風靡にして風雅を心がけていることに繋がるのではないかな? そして、新たな雅なる催しが、この年の瀬に加えられる……となれば、どうだろうか? 平安結界の強固なるにつながる。そうは思わないか?」
「ですが」
「宴だよ。なんなら、平安結界が強固にならずとも、しかし人の心の安らぎにつながるのならば、それは喜ばしいことじゃあないか?」
ん? そうじゃないか? と頼典は首を傾げる。
この時点で馗鍾は押し負けていた。
彼の弁舌は確かに筋が通っているように思える。
だからこそ、唸ってしまったのだ。
「そういうわけだ。ボクはこれにて」
「あ、しばしお待ちを! 真に、そのクリスマスなる宴を行われるのですか! 仮にそうだとして、その面々というのは……!」
またぞろ女性をというのならば、話は変わってくる。
無論、頼典も彼がその心配をしてることも理解していた。いくら恋多き君とは言え、わきまえている、というところを一度は示さねばならない。
「クリスマスなるを知りたいという仲間たちと、だよ。大丈夫だ。ボクとて、得難い男友達との宴というのは大切にしたい。そうだろう?」
まさか、男の友情というものに水を差すまいな、と頼典は言っているのだ。
「さすれば……承知いたしました。ですが、このワシも同行いたしますぞ!」
馗鍾は、なんだか嫌な予感がしたが、そう言われては頷くしかなかった。
それが後々にあんなことになるなんて、という予感を飲み込むだけの行いだったとしても、そうするしかなかったのだ。
「ああ、わかっているとも」
頼典はそう言って頷く。
それはどうにも不穏なことの成り行きであった――。
●ディスカッション
そういうわけで八秦邸へ招かれた猟兵の人数は八人にも登ることになった。
雅なる屋敷の中に装いの異なる猟兵達がそれぞれ座す。
円座を組む様は、宛ら円卓の騎士の如きであるな、とエリアル・デハヴィランド(半妖精の円卓の騎士・f44842)は思った。
なんでも、この屋敷の主もまた猟兵であるという。
そして、彼が知りたいと願ったことについて、己が良識の範囲で語ることを求められているというのだ。
「やあやあ、これはお集まり頂き恐縮だ。多世界に跨ぐ猟兵である諸兄らの見識の深さを見込んでクリスマスなる催事のことについて見解を賜りたいと思っている」
そういった頼典の言葉にエリアルは頷く。
これが円卓である、というのならば立場や位というものを気にしなくて良いとのことだろう。であれば、己が故郷であるバハムートキャバリアにおけるクリスマスをいの一番、それこそ一番槍の誉として得ることは、円卓の騎士として求めるものであった。
「八秦卿。私から構わないか」
「ああ、勿論」
「であれば、クリスマスとは主の降誕を記念する祭日である。これは多世界においても共通するところのものであるだろう。だが、その実、我らが世界バハムートキャバリアにおいては神が人類の罪を償うために人の姿でこの世に現れたことを信じることこそが、クリスマスを祝う最大の目的である」
その言葉に頼典は、ふむ、と頷く。
「故にバハムートキャバリアの人々は過去に犯した大罪、その食材のために毎年欠かさずクリスマスを祝うのだ」
「だが、バハムートキャバリアでも人々は皆、言い方は意地悪に聞こえるかも知れないが、多少は浮かれているのだろう? であれば、贖罪の行事と言うには違うのではないかな?」
「然り。我らも彼らもまた人の子。であれば、心の何処かで、それは抜きにして楽しみたいという気持ちがあるのもまた正しいことだと思う。だが、我らが祖先が虐殺を行った|百獣族《バルバロイ》の風習であったということも伝え聞くところ……」
エリアルは瞳を伏せた。
確かに贖罪の意味はある。
だが同時に人は忘れる生き物だ。
どうあっても過去の出来事の風化は免れ得ぬだろう。だがしかし、大罪の贖罪は未だ潔斎されぬままである。
であればこそ、楽しさの裏側に潜む過去の出来事を思うのもまた必要なことなのだ。
「もしかしたのならば、我らの心の何処かに滅ぼしてしまった彼らの代わりに謝罪の意識を忘れぬためにと続けられているのかもしれない」
「ふむ。少し以外だったな。そういう後ろ向きな意味合いもあるとは」
「ハンッ、確かにそういう意見もあるよなァ」
そんなエリアルの蘊蓄にザビーネ・ハインケル(Knights of the Road・f44761)はふてぶてしい態度を崩すことなく頬杖を付いて頷いた。
確かに彼女の来歴は、騎士とは言えエリアルのようなものではない。
だが、それでも己が矜持は確かにあるものだ。
それは育ての親である者たちにも言えることだった。
どれだけ行いが盗賊のそれであったとしても、心の根幹にあるものは誠実なものであったのだと、ザビーネは思い返す。
育ての親たちもまた、クリスマスの日だけは厳かなる振る舞いをしていたように思い出せたのだ。
だが、世間では|百獣族《バルバロイ》への贖罪を込めた風習であっても、自分にとってはご馳走が食べられる特別な日であったのだ。
「ま、確かに建前はそうだろうが、オレにとっちゃ七面鳥にケーキが食える日ってことしか頭にはねーな」
「そうか」
エリアルの言葉にザビーネは調子が狂うな、と思ったかも知れない。
「俗っぽいとは言わねーのかよ」
「いいや。聖なる日を祝う気持ちに貴賤はない。加えて言うのならば、それはどんな立場の者にも訪れるべきものだと私は思うだけだ。貴殿もまたその一人だ」
「チッ……ちょーし狂うわ。もっとこう、子供っぽいのだな、とかそんくれーの皮肉は言われるものと思っていたのによ」
「フッ、エッグノッグを頼む口実は必要だろう?」
「ウィスキー入れてるわ、こっちは!」
二人のやり取りに頼典は首を傾げる。
なんだか新たな単語が出てきた。
「エッグノッグ、とは?」
「あァん? エッグノッグ知らねーのかよ」
「エッグノッグとは、牛の乳を使った甘い飲み物だ」
ほう、と頼典は頷く。
甘いもの。であれば、ご婦人方が好みそうだ、と思ったのかも知れない。興味のベースがいつだって女人のことであるのは抜け目ないところである。
「牛の乳、砂糖、鶏卵を用いて、香辛料で味付けたものだ。彼女が言うようにアルコールを加えたものも存在している。ふわふわした舌触りの飲み物、と言えば伝わるだろうか」
「ふむ。それもまたクリスマスに欠かせぬものだ、と?」
「そういうんじゃあねーが、こっちでは定番って言えば定番だ」
「しかし、鶏卵、というのがなんとも……」
そう告げるのは、馗鍾であった。
そう、仏教信仰篤いアヤカシエンパイアにおいては、鶏の卵を食べると悪いことが起きるということがまことしやかに伝えられている。
殺生の概念においても避けるべきことである。
「へえ、そういうのはどっこも一緒なんだなァ。ったく、腹をふくらませるためにゃ、殺生もしたかねーところだろうによォ」
ザビーネノ言葉にサブリナ・カッツェン(ドラ猫トランスポーター・f30248)は頷いた。
生きることは戦うこと。
戦乱の世界であるクロムキャバリアには戦火が絶えることはない。
だが、小国家同士の争いにおいても、戦場の仁義というものは少なからず存在している。
「でもまあ、クリスマス休戦っていう暗黙の了解もあるんだから、そう捨てたもんじゃあないなって思うよ」
ときに仁義を解せぬ上官が戦闘命令を下しても、これを意図的に無視する部隊もあることから見ても、こうした祭事というのは人の心の根幹に深く寄与するするところなのだろうと実感できる。
「一日限りではあるけれど、聞いた話じゃあ、戦場で敵同士が肩を組んで讃美歌を歌いあい、またある戦場じゃあ、休戦がどちらからともなく一週間続いたりなんていうこともあるんだそうだ」
だが、そういう行いを快く思わないのが戦争の主導者というものだ。
人道に悖る行いであっても勝利で塗りつぶせばよいと考える者は必ずいる。
だが、戦争を引き起こしたのが人ならば、戦争を止めるのもまた人なのだ。
平和を願い、安息を願う者の心がある限り、クリスマスという祭事はただの祭事ではない。人々の願いを聞き届け、争いを続けようとする者への些細な抵抗として示されるものでもあったのだ。
少なくとも、サブリナはそう思っていた。
「互いに戦争状態であっても、ですか。なるほど。そういう意味では、スペースオペラワールドでも変わりないですね」
そういったのは、ミルドレッド・フェアリー(宇宙風来坊・f38692)である。
彼女の出身世界、スペースオペラワールドは、他の世界を顧みても、広大である。
星と星との間を行き来するほどであるのだから、そのスケールの大きさと文化の多種多様さは言うまでもない。
銀河憲章があろうとも、星によって独自の風習や言語が存在していることは言うまでもないだろう
「混沌そのものだね。では、クリスマスも?」
「いいえ。クリスマスは銀河を見渡しても共通認識として受け入れられている祭事です」
「ほう。星の世界であっても?」
「はい。噂に聞いたことはありませんか。サンタクロースという存在を」
「さんたくろーす?」
それは一体、と頼典は首を傾げる。
また知らぬ単語である。
クリスマスの全容が如何なるものか。益々持って興味深いところだ。
「ええ、一夜にして銀河系を渡り歩いて惑星ごとにプレゼントを届けるスペースサンタ。その実在性は疑わしいものですが、しかし信じられてもいるのです」
「星に一つに贈り物を!?」
いや、どう考えても嘘だろうと思う。
が、それを否定はできない。なぜなら、グリモア猟兵という存在もいる。多世界の転移を可能とする存在。
であれば、スペースサンタという存在がいても何らおかしくはないように思えてならなかったのだ。
「まあ、そういうわけです。でも、クリスマスと言えば宇宙モンゴリアン・デスワームですね」
「も、え、デス、え? なに?」
「宇宙モンゴリアン・デスワームです。クリスマスは、あれがないと越せませんから」
まったくイメージがわかなかった。
だが、ミルドレッドが息を宙を見上げて、彼女の欲するところの宇宙モンゴリアン・デスワーム料理を幻視しているところを見るに、とても美味しい料理であるのだろうということは想像できた。
「まあ、兎角、美味しい食べ物を共に食べるということは共通しているんだね。それも敵味方に隔てられていても、その垣根を超えるほどに」
「そういうことですね」
「銀河のクリスマスとは、そのような風習もあるのですね」
ミルドレッドがうっとりトリップしていると、シグルド・ヴォルフガング(人狼の聖騎士・f06428)が納得したように頷いた。
「私にとってのクリスマスとは、星空と語る特別な夜でしたから」
彼は懐かしむようでもあったあし、その思い出を脳裏に浮かべるようでもあった。
「クリスマスの夜に雪が降れば喜ばれますが、降らなくてもよいものですよ」
「なの! 確かに企業の商戦たくましい時期でもあるなの。どの企業もこぞって宣伝を打つものなの。それにどこか年末に向けてみんなのお財布の紐が緩む日でもあるなの」
ナノ・ナーノ(ナノナノなの・f41032)の言葉にシグルドは頷いた。
確かにそういう側面もある。
今まで語られる所は、クリスマスが如何に宗教的な側面が強いものであるのか、ということであった。
戦いを止めるほどの祭事であると同時に、慶事でもある。
それは宗教的な意味合いを土台にしているからこそ、起こり得ることでもあるとシグルドは思っていた。
だが、それも如何にして過ごすかは個人の裁量に任されるところであるとも思っていたのだ。
「それに最近のクリスマスのトレンドは|鮭《シャケ》なの!」
「ああ、確かにUDCアースでも、そのような話題が起こっていたでありますな」
伊武佐・秋水(Drifter of amnesia・f33176)はナノの言葉に頷く。
そう、近年UDCアースにおいてもナノが語る謎の風習が隆盛を見せているというのだ。
「クリスマスには鮭を食え、でありましたかな? 塩焼き、味噌焼き、ホイル焼きにムニエル……まあ、鮭を使った料理は多くありますからな。淡白な味わいは、どんな食材にも合うというもの……さけとばで、くいっというのも乙なものでありましょう」
そういった秋水は単純に酒が飲みたいだけなのではないかと思われても仕方のない仕草をしてみせた。
「鮭、か。なるほど。それならば、このアヤカシエンパイアにても手に入る食材であるね」
頼典はその言葉に頷く。
これまで聞いた猟兵たちの語る言葉を聞いていると、どうにもアヤカシエンパイアの雰囲気には合わない料理が多数見受けられる。
だが、ナノと秋水の語った鮭であるのならば、アヤカシエンパイアでも違和感があるとは思えない。
「まあ、目的が平安結界をより強固に、と申されるのであれば、ふむ。物珍しい程度がよろしいのでは?」
「だろうね。でもなんで鮭を食べるんだろう?」
「なの。でも、最初はみんなそんな風に思っていたなの。でも、文化の定着っていうのは、そういうものなの。このアヤカシエンパイアでなら、ハレの日の料理にぴったりなの!」
二人の言葉により典は、料理、即ち食という側面から文化の定着を狙うのはアリだな、と思うに至る。
そして、これまで一人、ただひたすらに押し黙っていたものがいた。
そう、カタリナ・ヴィッカース(新人PL狩り黒教ダンジョンマスター・f42043)である。
彼女はゴッドゲームオンラインの組合員である。
だが、その実彼女は自らが作ったダンジョンにプレイヤーを誘い込み、黒教を布教うる信徒でもあったのだ。
「八秦卿、ここまでお聞きになってご理科頂けましたでしょう?」
彼女はあくまで恭しく言う。
慇懃無礼にならぬ程度をわきまえたようにカタリナは頼典を見やる。
「そうだね。宗教に根ざした、という意味でも人の心の根幹にある大切な行事だとは……」
「ええ! その通りでございますよ! そう、例えば礼拝やミサ! 確かにアヤカシエンパイアの宗教的観点から見ても相通ずるところはありましょう! しかしながら、下手に取り入れれば、トンチキなことになるのは、お二方のお話を伺えば知れるところ!」
「確かにトンチキなの」
「でありましょうなぁ」
ナノと秋水は、たしかになぁ、と同意する。
否定できはしないし。
「トンチキブディズム化するのは明白」
「文化の多様性というのであれば致し方ないのでは?」
シグルドの言葉にカタリナは頷いた。
「ええ、ええ。ここはクリスマスにふさわしい宗教……黒教を布教するしかありません!」
なんで?
誰もがそう思った。
急にどうした、とも思ったことだろう。
だが、カタリナは立ち上がって拳を握りしめた。
「クリスマスとは欲望の聖夜! プレゼントは、わ・た・し❤ というのも然り! そのままなだれ込むようにシームレスにベッドインな聖なる契然り!」
カタリナは間髪入れずにまくしたてる。
あまりにもあんまりな剣幕。
「アヤカシエンパイアにおいて贈り物と逢瀬は日常的と聞き及んでおります! であれば、ここに特別な意味を持たせてこそ、クリスマスは根付くのではないでしょうか! 確かに礼節品性、大切でありましょう。むしろ、そのような情緒があればこそ、一層欲望というものは燃え上がるはず! だめよだめよもすきのうち! そういうものでしょう! クリスマスというハメを外す口実は、人の抑圧された欲望を開放するために必要なスパイス! であれば! 黒教の教えこそがクリスマスには必要だと言っても過言ではないでしょう!」
一息であった。
カタリナの語りはあまりにも怒涛の勢い。
まるで機関銃そのものであった。
正直に言って過言でしかない気がする。
「ですので、是非とも黒教布教のお許しを頂ければ……」
「ふむ」
「いやダメですぞ」
「ダメか」
「えっ!? そ、そこをなんとか……さきっぽだけ! さきっぽだけですから! それだけですから! それ以上は何もしませんから!」
「カタリナ嬢、それはもうなんというか、押しの強さでもって強引にことを運ぼうとする不埒者と同じなのでは……?」
カタリナの勢いにシグルドは手で制する。
「ですが、確かに宗教的儀式とだけ断ずるのも人の営みの中においては、違うことでしょう。私は確かにどのように過ごすかは、と申し上げました」
カタリナを制するようにシグルドは告げた。
見事なカタリナ・インターセプトであった。
「あるものは家族との団らんを。あるものは仲の良い友人たちと。あるものは恋人や伴侶と……それぞれのクリスマスがあるのです。なので、私からはどれが間違っていて、どれが正しいと申し上げることはできません。しかし、です」
シグルドは頼典を見やる。
彼がクリスマスを知りたいと願ったのは、彼の幼い頃からの男友達のためである。
気の置けない仲である彼らと共に新たなる試みを、と願ったのはきっと本音であろう。
であれば、如何なる行いをするか、ではないのではないかと思ったのだ。
そう、誰と共に過ごすか、が肝要ではないのか。
「卿が共にありたい、と願う気持ち。それを忘れることがなければ、それこそが真のクリスマスである、ということになるのではないでしょうか」
にこやかに笑むシグルド。
カタリナは、その後ろで踏み台にされたことを理解した。
いやむしろ、逆。
シグルドは絶対、カタリナが黒教という名の欲望解放の機会を布教せんとするであろうことを見抜いていたのだ。
だからこそ、このタイミングでインターセプトしたのだ。
「なるほどね」
頼典は参考になった、とクリスマスというものに対しての理解を含めて、集まった八人の猟兵たちに礼を告げる。
馗鍾は、そんな頼典があまりにも聞き分けが良いところを見て、一抹の不安を覚える。
確かに猟兵たちの語る言葉に偽りはないだろう。
だが、頼典は頭も回れば、口も回る男である。
所謂、シゴデキ男子である。
であれば、このような数多の世界の風習や事情、世俗というものを得たのならば……――。
●クリスマス・アヤカシエンパイアVer.
「ふむふむ。これなるがクリスマス、と」
「いやはや、鮭料理を堪能する会、とは。しかし、雅であるなぁ」
「うむうむ。隣には美女。目の前には馳走。天には雪と月。確かにクリスマスなる催し、確かに」
彼らはいずれもが頼典の昔からの男友達である。
そして、彼らが今堪能しているのは、多世界からのエッセンスを取り入れ、アヤカシエンパイアの雅の枠組みの中に落とし込められたクリスマス。
いや、と本来の意味でのクリスマスを知る者たちからすれば、違う! とツッコミを入れられるところであったことだろう光景なのは否めない。
が、しかしである。
一見すれば混沌めいた光景であっても、それらを包み込むのは雅そのもの。
女人を侍らせてご機嫌な頼典は彼らの言葉に満足げであった。
やりきった、とも言えるし、カタリナの言葉を都合よく拡大解釈してクリスマスを催さなかっただけ成長が見えるというものかもしれない。
だが、馗鍾は思う。
これが果たして本当に平安結界を強固にする催しなのだろうか、と。
見た感じ、そんな雰囲気はない。
「まあいいじゃあないか」
「ちいとも良くはありませぬぞ。ただこれでは宴会をしているだけでは」
「いいのさ、それで。階位が異なれば立場も違う。だが、ボクと彼らの友情には変わりない。だが、時に人というものは色眼鏡で物事を見たがる」
それは、そうだ。
「だから、同じ色眼鏡で見られるにしても同じ色で見られたいというもの。また平安貴族が遊び呆けていると思われるのなら、それでいいじゃあないか。だって僕らは何も変わっていないのだからね」
「……もしや」
「ふ、また雷と拳骨をボクらに落とすかい、馗鍾」
「……滅相もございませぬ」
そう、ただクリスマスという口実を頼典は得たかっただけなのかもしれない。
階位を駆け上がるだけ駆け上がった彼にとって、気兼ねないことというのは得難いものだったのかもしれない。
そのために大げさに猟兵を集めたのも、きっと――。
成功
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