──しんしんと降った雪は、世界を白く染めあげていた。
ハァ、と吐く息すら白い空気の中、冴島・類(公孫樹・f13398)が荒屋の縁側に腰掛けて、のんびりと外を眺めている。火鉢を側に置いては居ても、積もる雪を溶かさない寒さは健在だ。では何故家内では無く縁側に、と言う疑問については──入り口に現れた人陰、ディフ・クライン(雪月夜・f05200)がその答えだった。
『親友を招いて、新年を共に過ごそう』
年明けに友への挨拶に伺うことが、すっかりならわしになってここ数年。此度の正月は類からの提案で、荒屋のあるサムライエンパイアへディフを招待することとなった。以前にディフを荒屋に招いた時は、燦々と陽の降り注ぐ夏だった。ただ冬に親しいディフたちには少々暑さに過ぎる季節だったようで、ならば今度は慣れた気候の中、違う土地の冬を楽しんで貰おう──と、考えたのが発端だった。夜を連れるような黒藍の姿を見つけて、類がいらっしゃい、と手を振ると、気づいたディフも表情を和らげ手を振りかえす。サクサクと雪路に足跡を残し、勧められた縁側に腰をかけようとして──それより先にシュバッ!と白い影がディフの上着から飛び出してくる。続いて類の肩上からも茶色い影が勢いをつけて飛び上がり、ネージュと灯環が抱き合ってキュイキュイと再会を喜びあった。雪精とヤマネ、いつの間にかまるで姉妹のように仲睦まじくなった家族の姿に、見守っていたディフと類もつい互いに顔を見合わせ綻んでしまう。そして改めて、新年の挨拶を口にした。
「明けましておめでとう、類。今年もどうぞよろしく」
「明けましておめでとうございます、ディフさん。こちらこそ、また1年よろしくお願いしますね。道中は寒くなかったですか?」
「慣れているから問題なかったよ。けど、この辺りも冬は結構冷えるんだねえ」
一礼の後はいつも通りの気やすさで、道すがらの事を尋ね合う。──文でのやり取りは好きだ。ふと読み返し、筆跡をなぞる瞬間の楽しさは換え難いものがある。けれど、やはりこうして顔を合わせる瞬間もまた尊いもので、お決まりの挨拶でさえなんだか嬉しくなってしまう。
「ええ、ここ数日冷え込んだので山の奥には雪も残ってますよ。でも今日は晴れてよかった!外へ出やすいですし」
密かに用意していた外遊びが出来そうで、類が見上げる空の青さに感謝する。いつごろ提案しようかと考えたところで、ふと脳裏に浮かんだ疑問をディフに尋ねる。
「そういえば、アルダワでは新年のお祝いや、冬時期の遊びってどんなことをします?」
「アルダワでの新年か……クリスマスから年明けまではお祭りなんだけどね。明けてしまえば割といつも通りかも」
世界を跨いでも行く年来る年を祝う風習はあるようで、ディフが指折り思い起こしながら、アルダワの冬の風景を語りだす。
「新年を祝う料理を食べたら、あとはゆっくりと休暇を楽しむ感じかな。」
「成程、長いお祭りの後はゆっくりお休みという感じかぁ」
「オレがいるのは北方帝国だから雪が多くて、子ども達はソリで遊んだり氷のリンクでスケートしたり……という感じ」
「すけーと!ディフさん似合いそうだなぁ…」
長身黒髪のディフが真っ白な氷上を滑る姿は、きっと絵になるだろうと類がこくこく納得するのを見て、ディフがふ、と笑いながら今度はサムライエンパイアでの冬を問う。
「サムエンでは、雪が積もったら雪合戦とかしますね。これはどの世でもありそうかな?他だと、新年なので神社へのお参りに行ったり、あとは──凧揚げしたりすることが多いかな。」
サムエンでは至って馴染みの風景を語ったつもりの類だったが、ディフが不思議と固まったのを見て首を傾げる。
「タコアゲ……タコ、海にいる……?」
その呟きで、あ、見たことないかと合点がいった。丁度良いタイミングだと用意していた凧を奥から出してきて、類がディフに見えやすいよう掲げながら説明する。
「魔法とか使わず、これを風に乗せて糸で手繰り、高く飛ばすのを楽しむんですよ」
壺を好み墨を吐く|海洋軟体生物《オクトパス》では無く、空を遊ぶ玩具としての|凧《カイト》だと解くと、ディフが興味深そうに全容を見つめる。
「へえ、これが凧。骨組みがついた絵なんだね。これが魔法も使わずに空を飛ぶの?」
「ええ、単純だけど奥深いので…一緒にやってみませんか」
「…やってみたい。やり方教えて、類」
いつもなら見た目に沿った『大人』を取り繕うこともあるディフだが、今ばかりは心の赴くままに答える。親友はそれを年甲斐もない、なんて笑わないでいてくれることを知ってるから。それに、作られた身である自らにはなかった『子ども時代』というものを、体験させてもらっているようで嬉しくて──少しくらいはしゃいでもいいよね、とディフが瞳を輝かせる。その興味が視線に滲むのを、乗ってくれたと嬉しく思って早速類が準備に取り掛かる。庭に離れて立ち、経験のある類は凧持ち役として後方に、糸の先端はディフが持ち。そのまませーの、で速度を合わせて暫し掛けてから類が手を離すと──風を掴んだ凧が、ディフのするする伸ばす糸を導に高く空を泳いで行く。
「…地域によってはぶつかり合わせて遊ぶ
喧嘩だこ、なんてのもあるらしいです」
「ええ、喧嘩させちゃうの? 色々遊び方があるんだねえ」
「でも澄んだ空に上がっていくのをみてるだけで、十分気持ちいいですよねぇ」
「ふふ、ホントに。どこまでも高く飛ばしたくなってしまうな」
高く空に昇っていく凧に、ふと目を細めて暫し二人が静かに見入る。どこまでも自由な凧の姿にどことなく親友の姿を重ね、気づけば祈るように互いが互いの先行きの幸を願っていた。けれど凧にもふたりにも、今や|手繰るべき《かえりたい》|糸《ひと》が在る。幾度も迷い悩み、そうして巡った軌跡の果てに見つけた|ひかり《はな》。そんな帰る場所の得難さを知っているからこそ、今こうして互いに自由に駆けられることを、幸せに思える瞬間を大切にできるんだと噛み締めて。やがて天から戻り来る凧を、またいつか共に遊べるように、と大事に迎え入れた。
「少し冷えたかな…そうだ。甘酒あるので、あったまってくださいな。火鉢や炬燵もあるのです」
楽しい外遊びも、やはり冬の日には自然と体が冷えるもの。ひと区切りをつけて類が次の遊びを提案すると、嬉しい申し出だとディフが頬を綻ばせる。
「甘酒、飲んでみたい。あとそう、その炬燵!魔性の道具だって聞いたよ、実物見てみたいって思ってたんだ。なんでも、人を捉えて離さないんだって?」
「ふふ、あれは魔性の暖房具ですよ…」
まだどんなものかを知らずに想像を膨らますディフに、類がにんまりと悪戯っぽさを滲ませて煽り文句を口にする。ディフの大人っぽく物静かな所も素敵だけれど、こうして垣間見える好奇心に満ちた少年のような様もいいところだと、浮かべた笑みの裏にこっそり潜ませつつ。とは言え類の言葉が誇張では無く、本当のことだと分かるのはすぐだろう。炬燵で足を温めながらたわい無い会話をし、戯れる姉妹を横目に、優しい味わいの甘酒を口にする。類は親友の寛ぐ姿に、和らぐ胸の内を思い出として。ディフにはまたひとつ、冬のぬくみを愛おしむ記憶を書き加えて。ああ、新年の始まりがこれほどあたたかで幸せなら。
──今年もきっと、いい年になりそうだ。
成功
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