粉糖は冬の風に、熱は溶けて消えゆく
●ガトー・オ・ショコラ
それは黒い宝石に例えられる。
艷やかな色。
きめ細かく、なめらか。
まるで湖面を割るようにして銀のフォークが、その表面をすくい取る。
持ち上げて見やるだけでも、煌めいて見えるものだ。
時はバレンタインデー。
場所は楽浪郡。
『花雪』にとって、それはまったくもって不思議な縁であるように思えてならなかった。
厳・範(老當益壮・f32809)の普段の様子からは、到底縁があるようには思えない。
いっそ、世俗に染まりきっているとも言える。
仙人の道というのは、むしろ他者との縁を断絶するものであると日々修行の中で思うようになっていた。
確かに、だ。
己は宝貝人形である。
成長、という概念はあるが、日々変わりゆく肉の体躯持つ人間や仙道に踏み入れた者とでは、その歩みは大きく異なるものであった。
だが、遅いか早いかだけの違いでしかない。
歩むことができるのならば、その道を歩んでいけば良い。
他者と比べる必要などない。
これまで範とその周囲の者たちの姿を見て、そう思ったのだ。
他者とは即ち自分と違う者である。
己と比較することは、真に愚かなことだ。
自分より優れている。自分のほうが優れている。
これは真に意味がない考え方だ。
「だから、きっとこのように我道を邁進される方の作り出すものは素晴らしいのですね」
『花雪』は楽浪郡にあるクリスマスに配送を手伝った菓子店の前に立っていた。
店の中に見えるガラスショーケースの中には、味は勿論のこと、細工も細部まで拘りぬいた造形を見せる菓子……ここではスイーツと呼ぶにふさわしいものが鎮座している。
「お買い上げありがとうございます」
「いえ、こちらこそ……あ、このクッキーは?」
「おまけ、です。先日は大助かりでしたから」
「そんな……でも」
『花雪』はそう遠慮するが、とても嬉しい。
「いいのですか?」
「ええ、食べていただくため、ですから。そして、贈られた方にも喜んで頂けたら、と思います」
「きっとみんな喜んでくださいます。だって、こんなに素敵で美味しいんですもの!」
そう言って、店主は微笑んだ。
誰に認められるかではない。
己が心に認められるものを作り続ける。
その飽くなき道、果てなき道を邁進する職人の顔を見やり、『花雪』は己もまた精進しなければと思った。
そう、さしあたっては。
このガトーショコラのカロリーを消費するために修行せねば――!
成功
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