銀雪に刻むは、笑顔の予感
●三頭立て
雪原を滑走するソリが雪と摩擦する音が響く。
今日はクリスマスである。それは此処、楽浪郡でも変わらない。
積雪した銀世界は、吐き出す吐息すらもキラキラと輝くようだと『花雪』は思った。
何故、彼女がソリに乗っているのかと言われたら、少しだけ珍しい理由からだった。
「配達、ですか?」
「そうだ」
厳・範(老當益壮・f32809)はいつものように頷いた。
彼が言うには、どうやら最近楽浪郡にて範の弟子が開いた菓子屋が開業する運びになったらしい。
勿論、もうすでに開業し、開店の賑わいを見せているそうだ。
それは喜ばしいことである。
商いというのは、とても大変なものだ。
やろうと思うことはできても、長くこれを続ける事は難しい。
物価に左右されることもあるし、そもそも味がよくなければ人は通うこともないだろう。
そして、忙しいときは本当に忙しいのだ。
どうしてこんなに、と思うこともあるだろう。
そして、季節柄……菓子屋と言えばクリスマスがやってくる。
そう、クリスマスと言えばケーキである。
ケーキの注文が殺到すれば、開店したてともあって、無理に受注をしてしまうだろう。
なんとかタスクを解消していこうとするだろう。
事実、その弟子はしっかりやれたようだった。
無数のクリスマスケーキを仕上げ、箱に詰め、さあ後は配達するだけだ、という段に至って漸く気がついたのだ。
そう、配達する人間がいない。
「というわけだ。奴め、作るのに夢中で配送分を如何にして届けるのかまで頭が回っていなかったと見える」
呆れた、と範は言っていたがこうして『花雪』に話をふるということは、見捨てることができぬからであろう。
「その配達を手伝えばよいのですね?」
「ああ、頼めるか?」
「勿論です!」
「そうか。ソリを用意しているので、それを使うといい。『无灰』、『阴黒』、『阳白』にも手伝ってもらえるように伝えている。クリスマスだというのに済まないな」
「いいえ! これも修行です!」
「そ、そうか……」
『花雪』の度を越したような修行狂いにも、少し困ったな、という顔を範はしていたが、彼女はまるで気が付かなかった。
そういうわけで彼女は『阴黒』が引くソリに乗って、クリスマスケーキの配達に勤しんでいた。
「風が強い……雪も大粒になってきました……でも、修行! 修行です!」
「わーい、ソリだ!『花雪』、肩の力を抜けばいいのに……」
「いいえ、そういうわけにも参りません! 効率よく、素早く! このケーキを待っている方々がいらっしゃるのです! 何をおいても、皆様の笑顔のために!」
それはそうだけどな、と『阴黒』は思ったが、彼は知っている。
「それにいろんなケーキ、食べたいもんね」
「う、それは」
そう、『花雪』はこっそりとケーキを数種類頼んでいたのだ。
やっぱりクリスマスケーキは種類も多いのだ。
どれもこれも魅力的すぎて、選ぶに選べなかったとも言える。
そんなわけで彼女はいろんな種類が食べられるようにと、今まさに張り切っているのだ。
「どれもこれも美味しそうだったんです。皆さんで食べたいと思ったんです。だからがんばりますよ!」
「そうだね! がんばろー!」
楽しげにソリを引く『阴黒』。
跳ねるようにしてソリが浮かび上がり、『花雪』は小さく声を上げる。
まだまだ配達は終わらない。
ケーキが待ち遠しい。
けれど、がんばればがんばっただけ、きっとケーキの味わいもよくなるだろう。
それを心に秘め、『花雪』は『阴黒』ともに雪原を駆けていくのであった――。
成功
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