花と夢のように飾るクリスマス
寒い冬の夜に甘やかな祝福が響く。
今宵はクリスマス。
夜帳の裡で恋人たちは囁き、星灯りの中で微笑むのだ。
それは紫の闇を纏うふたりとて例外ではない。
「さあ。手をどうぞ、魅夜。その美しい指先が冷たくならないように」
「ふふふ。では、お願い致しますねキリカさん」
穏やかな旋律の流れる街へと、靴音を響かせるふたり。
キリカ・リクサール(人間の戦場傭兵・f03333)は迷うことのないようにと手をとって導き、優雅に微笑む。
クールビューティーな美貌は、決して褪せることのない想いに飾られていた。
頷く黒城・魅夜(悪夢の滴・f03522)もまた柔らかな笑みを浮かべる。
夜闇の姫君たるダンピールであり、悪霊でもある魅夜。
清らかなる祝いの日には遠い存在であっても、キリカの傍ならと安堵に漆黒の眸を揺らす。
ふたりで共に賑わう街中をデートしながら、お互いに渡すプレゼントを探していく。
ショーケースに飾られた色鮮やかなアクセサリーや、可愛らしいインテリアは見るだけでも楽しめる。
「この黒薔薇のチョーカーは魅夜にぴったりだね」
「まあ。キリカさんは黒薔薇の花言葉をご存じですか?」
「知っているとも。だからこそ、贈りたいと思うんだからね」
くすくすと笑う魅夜に、優雅にウィンクをしてみせるキリカ。
決して滅びることのない愛を、ぬばたまの夜より麗しき黒の乙女たる貴女へ
キリカの唇が囁くことはなくとも、言葉と思いは繋がり、魅夜は指を深く絡め合う。
慕情は深まる。
愛はいくらでも募り、大切な記憶はもはや数えることはできないほど。
ただ、今回のデートで求めるものは決まっている。
「このパームリングも、キリカさんにはお似合いですけれど」
あくまで今回のお目当ては衣装だった。
たまたまふたりで配信を見ていたら、フリフリの可愛らしい衣装が広告として出て来たのが発端だ。
可愛らしいファッションのモデルだと魅夜が嬉しそうに微笑んだことは覚えている。
ならばキリカが魅夜なら似合うと口にするのは当然で、でも魅夜が違うと頬を赤らめるのもまた何時もの流れだ。
あくまで魅夜はダークゴシック系。
そしてキリカはアダルトやセクシーさ。つまりはスタイルの良さを示すタイプの衣装を好む。
ふわふわとした可憐な衣装は普段と違い、似合わない筈だと悩んだのは覚えている。
だが、もしもという思考が捨てきれなかったのだろう。
気づけばどちらともなく「こういう服も着てみようか」という流れとなり、こうしてクリスマスの街を歩いている。
「私に似合うかは疑問だが……折角のクリスマスだ。お互いにこんな衣装をプレゼントするのも良いだろう」
ヴァイオリンの音色のような、硬質で美しい声色で紡ぐキリカ。
「ましてや、そんな特別な姿をお互いだけが知っている。なんてね」
「まるで夢を共有して、交換するようですね」
少しばかり考えるような魅夜も、ふと気づいたように笑う。
「こんな可愛さ全振りの格好のキリカさんも見てみたい気がしてきました、ふふ」
「ゴスロリ。最近は『ゆめかわ系』と云うのかな。……確かに可愛らしさに全力の私というのも、中々にないか」
「いいではありません、ご遠慮なさらずに」
キリカの声から恥ずかしさを感じ取った魅夜が優しげに言葉を揺らせば、キリカもそれ以上に困った様子は見せない。
他ならない魅夜が求めるというのなら、抱擁するように応じるだけ。
恋人の我が儘に振り回されるのは、むしろ特権であり喜びだった。何しろ、一番傍にいられるということなのだから。
「それに、私も……お揃いで着てみたくなったのです、ふふ」
何しろ、最初は可愛らしいものはと恥じらってみせた魅夜も、今やキリカとなら楽しげな調子を見せてくれているのだから。
「クリスマスプレゼントとして、ね」
「ああ。お互いへの、クリスマスプレゼントだ」
十二月の風は冷たい。
けれど、ふたりなら心は暖かいと視線を合わせ、微笑みながら足を進める。
そう。キリカと魅夜。ふたりなら、互いの為なら、何を恥じることがあるだろうか。
可愛らしくて、愛おしいだけ。
それをお互いに思い合うふたりなら、少しだけいつもと違う装いであるというだけ。
クリスマスという日に、少しだけ違う姿を見せたいと、踊るように足音が響く。
●
そうして目星を付けていた店へと入るふたり。
こういう店は総じて専門店であり、初めての来店ではあったが動じる様子はない。
むしろ場に馴染み、雰囲気を楽しんでさえいた。
「ふむ、これなんか魅夜に似合いそうだな」
そういってとびきりの審美眼を発揮する魅夜だった。
真っ白なフリルとレースが飾られるのは、優美な紅い色の生地。
ふんわりと可憐な姿ではあるが、同時に気品というものも感じられる。
花のように可愛らしくて、夢のようなデザイン。
ふわふわと童話めいて現実感がないというのも、夜の姫君たる魅夜にぴったりだったかもしれない。
「まあ」
その上で魅夜が喜びの息を漏らした。
元々、ダークゴシックを着こなす魅夜。この手の目利きは良い。
だがキリカのイメージカラーである紫を差し色にされているのに気づけば、喜びに声を漏らしてしまう。
相手の色を与えられている。
私の色に染まって欲しい。
そんな真っ直ぐな思いと、悪戯めいたキリカのウィンクにとくすくすと応じる魅夜。
「それなら……キリカさんにお似合いのものは……」
幾つもの衣装の中から探す魅夜。
そうして見つけ出したのは、とてもよく似た、けれど細部が異なっているデザインのものだ。
「いわゆる双子コーデ、というものです」
そして勿論、魅夜がキリカに示した差し色は紅。
「フフッ……。互いの色を入れた、いわゆる双子コーデだね」
ならとリボンも形の似たものを、元のモチーフが似ているものをと選んでいく。
ゴスロリといものは、衣服もさることながら、この小道具もまたひとつひとつが洗練されている。
どれもが現実にないような可愛らしいデザイン。
コンセプトとして、夢や童話の世界に埋もれるような現実感を奪うほどの美しさと可愛らしさがあるのだ。
こんなに沢山の優美なレースとフリルは、中世ヨーロッパの貴婦人たちも施さなかっただろう。
だがもっとふわりと。
もっと、もっとふんわりと可愛らしく。
柔らかな布地をさらに膨らませて、蝶の翅のように繊細に色艶を描かせて。
ああ、これが好きなのだと甘い溜息をついて、夢や理想の世界へと浸る。
そういう意味でキリカと魅了は、やはりふたりならこの手の衣装を楽しむ適性があったかもしれない。
ふたりで、互いの素敵な姿を。
そう思って、願って、夢中になって微笑む姿は、とても可愛らしいものだった。現実を忘れて、傍にいるお互いのことだけを思い続ける。
そんな浮世離れした雰囲気があったからかもしれない。
元から一般の姿とは掛け離れた美貌を持つのもあるからだろう。
気づけば店員が近付いて、キリカと魅夜に声をかけていた。
「……あら? 店員さん、どうかしましたか?」
「おや。私たちに何かあるのかな。その顔を見るに、困りごとのようだが……」
そうして店員が、ふたりの美女の前で恐る恐ると言い出したことを求めると、つまりはお願いだった。
「うちの店で、うちの商品での撮影予定だった雑誌モデルがドタキャンした、と」
そして時間もなく、代わりも見つからずにどうしようもなく困っていたのだと。
だがそこにキリカと魅夜という凄い美人が現れ、テーマであった双子コーデの衣装を店で見ていた。
「これは偶然とも思えないから、是非とも撮影モデルになって欲しい……とね」
「まあ、私たちをモデルに?」
ふたりしてきょとんとした表情を浮かべてしまう。
キリカは柔らかな表情を浮かべた。
「まぁ……私は構わないが、魅夜はどうだ?」
偶然とは思えないからとは、キリカも同じ思いだったから。
折角のクリスマス。そのデート。何かしらハプニングとイベントは歓迎で、むしろ大事な記憶の一欠片となりそうなものならなおのことだ。
「それは……まあ構わないのですが」
「よし、じゃあ撮影モデルを引き受けよう」
キリカが頷く中、魅夜の胸の中に浮かぶのは淡い問題。
魅夜はダンピールの悪霊である。
吸血種であるゆえに鏡には映らず、悪霊であるがゆえに写真で捉えようとしてもぼやけてしまう。
そんな魅夜には本来、モデルが務まる筈もないのだが……。
「ですが、折角のキリカさんとの思い出のためです」
その為にと、魅夜はユーベルコードのひとつを世界に浮かべる。
ああ、罪深き刃とはまさにこのこと、
ただ恋人との思い出の為だけに、世界の法則を僅かであっても書き換えてしまうのは、罰当たりだろうか。
でも恋というのはそういうもの。
愛に条理は通らない。
だから許して欲しいと、魅夜は自らが写真に写るようにと現実を改変して、くすりと笑う。
だって今日はクリスマス。
ダンピールという闇夜の存在にも、少しの祝福が欲しい。
我が儘を、許して欲しい。
切なくも甘い、恋人とのひとときの為に。
●
そうして大きくてふわふわのソファに座るふたり。
リボンやヘッドドレスを付けて、更に可愛らしくと着飾る姿は、まるで人形のようだった。
双子コーデなら髪型もと、本来はモデルの為の美容師が似せて整え、化粧も可憐さを際立てるものに。
お互いに渡された熊のぬいぐるみを抱きしめ、にっこりと微笑む。
何度か角度や表情を変えて、ポーズを変えてと出される指示に従いながら、それでも楽しい時間を過ごしながら……。
そして、そっとお互いの手を繋ぐ。
「はい、チーズ」
花のように微笑むふたりの姿が、写真に残された。
夢のように、現実を忘れて無垢なる少女のような貌をみせるふたりが、そこにはあった。
変わることのない写真を見れば、その時の記憶と感情が呼び覚まされるだろう。
良かったと。
ただの偶然であっても、幸せだったと。
この為に現実を書き換えても仕方がありませんとね、魅夜は上機嫌になって口ずさむ。
●
「ふふ、素敵な写真となりました」
嬉しそうに目を細める魅夜の横で、キリカもフフと瞼を閉じて笑っていた。
「こんなにフリルのある服は久しく着ていなかったが、着てみると案外楽しいものだな」
あくまで理想。夢。
けれど、それを纏うということは幸せそのものなのだ。
「魅夜の方もとてもよく似合っているよ」
そうして、撮影のお礼という事で、撮影で使った衣装と写真を渡されるキリカと魅了。
ふたりで眺めながら、優しい吐息を零す。
ほんとうに近くて、息と息が触れあい、そして溶け合う距離で。
「フフッ……思わぬところでクリスマスプレゼントをもらったな」
「ふふ、素敵な写真になりました」
写真のふちを、愛おしそうに魅夜は撫でる。
「可愛らしい二人だけの思い出……」
「この写真は大切に飾っておこう」
ええ、と魅夜は頷くが、少しばかり可愛らしく拗ねてみせる。
「ですが写真の私に少し嫉妬しますね」
だって、と。
「キリカさんの隣で、こんな幸せそうな顔をしているなんて、ふふ」
いいやとキリカが囁く。
――この魅夜は、私の眸の美しさを感じられていないだろう?
そうしてふたりは写真を手に、真っ直ぐに見つめ合う。
甘くて、美しく。
可愛らしい記憶を、絆のひとつと織り重ねながら。
成功
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