●鯨の残響
百年にも及ぶ戦乱が続く世界、クロムキャバリア。
アーレス大陸の東部に位置する国家連合体、レイテナ・ロイヤル・ユニオンは、人喰いキャバリアと呼ばれる無人機群の襲来に曝され続けていた。
イーストガード海軍基地とは、大陸の東部から突出した半島、東アーレス半島の最南端に築かれた軍事拠点である。
東アーレス半島から人喰いキャバリアを一掃するべく実施された鯨の歌作戦においては、人類軍の攻勢を支える重要な拠点として機能していた。
鯨の歌作戦の完了宣言から数ヶ月後。イーストガード海軍基地の喧騒は、当時と比較して幾分か穏やかになっていた。
正午の曇り空がイーストガード海軍基地に冷たい空気を下ろす。クイーン・エリザヴェートの艦長のブリンケン・ベッケナー大佐は、冬らしく張った空気を肌に感じ取っていた。
しかし空気を張らせている原因は乾いた寒さばかりではない。
大型輸送車に積み込まれつつあるコンテナの放射能標識こそが原因であった。
「ケイト参謀次長め、思ったより動きが早いな」
僅かに渋面を作ったブリンケンは搬入作業を見つめながら呟く。
「あれをユニオン政府に渡すのは、エリザヴェート陛下にとって大きな損失となるのでは?」
隣に立つ大和武命の艦長――白木矢野大佐は、感情を匂わせない顔を輸送車に固定したまま言う。
「誠に遺憾ながらやむを得ん譲歩ですよ。鯨の歌作戦の独断決行。日乃和政府との単独条約締結。そして被った損失……それらを理由に、ユニオン政府は旧レイテナ派を蹴落とそうと躍起になってますんで」
「ですが作戦成功の見返りは損失を補填するに余りあるとも思いますが……」
矢野の意見はブリンケンにしてみれば率直な正論である。
鯨の歌作戦の成功の恩恵は、東アーレス半島の奪還だけに留まらない。東部一帯の制海権を得た事で柔軟な戦術が取れるようになり、日乃和側の支援も受けやすくなった。失血量は多大なものの、人類の反攻の足掛かりとしては極めて大きな意味を持つ勝利であった。
でなければならない。ブリンケンと矢野のみならず、作戦に参加した日レ両軍の兵士達の多くがそう信じている。さもなくば、犠牲の収支が付かない。自分が幾多の骸を踏み締めて立っている意味がない。
幾千と幾万の骸で埋め尽くされた海を越えて、自分達はここにいるのだ。
だがブリンケンは頷きを返す気にはなれなかった。
「民衆は良いところよりも悪いところを見る生き物ですよ」
「だとしても、エリザヴェート陛下が納得されるとは考え難いのですが。猟兵達が招き入れた偶然とはいえ、多大な犠牲を支払って確保したあれをみすみす手放すなどと……」
「そりゃあもちろん。沸騰したヤカンみたいになってますよ」
ブリンケンが両肩を落とすと白い息が広がった。
「白木キャプテンにとっても面白い話しじゃあないでしょう? なので、悪足掻きをしてみますがね」
「|香龍《政治家》にとってはそうかも知れませんが……自分は軍人ですので」
「オレも軍人だけをやっていたかったもんですな」
コンテナが輸送車に搬入されたのを見届けたブリンケンは、矢野に背を向けて歩き出した。
レイテナの空を覆う曇天は、時間の経過と共に重さを増してゆく。
●輸送車輌護衛
「お集まり頂きまずは感謝を。依頼の内容を説明するわ」
グリモアベースにて集った猟兵達を前に水之江が首を垂れる。
「依頼主はレイテナ・ロイヤル・ユニオンの参謀本部。目標は輸送車輌の護衛よ」
杖の石突きが床を鳴らす。出現した地図の立体映像はUDCアースの朝鮮半島によく似ている。
「イーストガード海軍基地から機密物資を積んだ輸送車輌が出発するわ。この輸送車輌が無事に目的地に辿り着けるようエスコートしてちょうだい」
●積荷の中身
地図に続いてトレーラーの立体映像が飛び出た。
過酷な環境下での走行を想定しているらしく、大型の車体は増加装甲で覆われている。
「こちらが護衛対象の輸送車よ。積荷の中身は核兵器。しかも戦略級。鯨の歌作戦でしくじった場合に使用する予定だったんですって。でも使わないまま作戦が終わっちゃったから、ゼラフィウムの核兵器保管施設に戻すそうよ」
●目的地
輸送車輌の進路を示すラインはイーストガード海軍基地から東アーレス半島を北上し、内陸部まで続いている。
「輸送車の目的地はこちら、東部戦略軍事要塞ゼラフィウム。物々しい名前通りにかなり大規模な軍事拠点よ」
立体映像の地図情報からして戦略軍事要塞の名前は伊達ではないらしい。少なくとも核兵器保管施設を置くに相応しい軍備は用意されているのだろう。
●道中
「ゼラフィウムまでの正確なルートは極秘なんですって。まあ、私は予知で一部を見ちゃってるんだけれど。途中で破壊された市街地を進む事になりそうね。襲撃を受けるのはたぶんそのタイミングよ」
該当地域一帯の市街地は人喰いキャバリアの襲来によって無人となっているはずなので、人的被害を考慮する必要はない。とはいえ将来的には人類の生活圏に回帰する地域だ。深刻な環境汚染を残す兵器やユーベルコードの使用には契約上で制限が課せられている。
●敵勢力
そしてグリモア猟兵が依頼を斡旋してきたという事は、オブリビオンマシンの介入があると断定して間違いない。
「敵勢力については……何が出るかはお楽しみ。人喰いキャバリア。物資を狙った武装勢力やなんやら。とにかく輸送車を狙う奴は全部やっつければオーケーよ」
核兵器……それも戦略級となれば、敵を殲滅する以外にも様々な用途がある。欲しがる勢力は決して少なくない。
●友軍
「それから……レイテナ側が二つのキャバリア部隊を護衛に着けるわ。ゼラフィウムからはレブロス中隊。レイテナ第一艦隊からはスワロウ小隊。作戦指揮権はレブロス中隊が持ってるわ。協力して輸送車を守ってね」
重要機密物資の護衛に抜擢されているという事は、それだけの信頼と実力を持つ部隊なのだろう。
●失敗条件
「当たり前の事だけれど、輸送車の積荷が奪われたり壊されたりしたらその時点で作戦失敗よ」
敵の攻撃は言うに及ばず。輸送車の付近で戦闘する際には猟兵の攻撃に巻き込まないよう注意を払う必要がある。
●ゼラフィウムに到着後
「無事に輸送車を送り届けたら作戦成功。あとはすぐ帰ってもいいし、ゼラフィウムを見て回ってもいいんじゃない? 修理と補給もやってくれるわよ。ああでも、スラム街の方に行くのはおすすめしないわ。治安も衛生環境もよろしくないみたいだから」
俯瞰地図で見たゼラフィウムは城塞都市の様相だ。基地自体の敷地面積は非常に広大で、周辺には基地の機能を支援するための物流拠点やインフラ施設が存在する。
その外周を商業区と住宅地が取り囲んでおり、さらに外側にはスラム街が無秩序に広がっている。
●ブリーフィング終了
「内容は以上よ。積荷は物騒だけれどやることはシンプル。報酬は……まあそれなりね。やってみる? よろしければ契約書をよく熟読の上、サインをどうぞ。ご静聴どうも」
水之江は緩慢に腰を折る事で締め括りとした。
猟兵達に開かれたアーレス大陸の扉。
扉の向こうに伸びる道は、大陸の奥深くまで続く。
そしてやがて深淵へと至るのだろう。
因果の終着点、ゼロハート・プラントの深淵へと。
塩沢たまき
お目通しありがとうございます。
以下は補足となります。
●目標=輸送車輌の護衛
輸送車が破壊された場合でも、積荷が東部戦略軍事要塞ゼラフィウムに届けば成功となります。
ただし、積荷の性質上、依頼主は猟兵に積荷の移送を任せる事は基本的にありません。
●戦域
市街地です。
戦闘で損壊、倒壊したビルなどがあります。
無人となっているはずなので周辺への人的被害を考慮する必要はありません。
ですが、将来的に再び人類の生活圏となるので、環境に深刻な影響を及ぼす兵器やユーベルコードの使用は制限されています。
戦闘開始時刻は午後。天候は雪。積雪量は数センチ程度。
●第一章=集団戦
出現する敵勢力を排除してください。
敵は『ユニコーン』です。
迷彩で姿を隠しながら正確な狙撃を行います。
●第二章=ボス戦
出現する敵を排除してください。
敵は『モノアイ・ゴースト』です。
機動性に優れるだけでなくバリアシールドを備えた生存性の高い機体です。
指揮官機の機能も有します。
●第三章=日常
東部戦略軍事要塞ゼラフィウムに到着します。
基地の設備でキャバリアの補給や整備を行えます。
許可された範囲となりますが見学もできます。
基地の外には商業施設や住宅街、更に外側にはスラム街があります。
●輸送車輌
護衛対象となる大型トレーラーです。
キャバリアを数機積載できる程度の車体の大きさを持ちます。
戦闘地域の突破を想定して装甲が強化されています。
●輸送車輌の積荷
戦略核弾頭とされています。
奪取されたり破壊された場合、作戦失敗となります。
●レブロス中隊
ゼラフィウムが派遣したキャバリア部隊です。
部隊を構成するキャバリアはグレイルです。
隊長はアルフレッド・ディゴリー大尉。
金色短髪のマッチョマン。
本作戦の指揮権を持ちます。
●スワロウ小隊
レイテナ第一艦隊が派遣したキャバリア部隊です。
隊長機はアークレイズ。隊員はイカルガに乗っています。
隊長はテレサ・ゼロハート少尉。
容姿は https://tw6.jp/gallery/?id=181919 をご参照ください。
全隊員が同じ容姿・性格・名前です。
●その他
高速飛翔体を無差別砲撃する暴走衛星『殲禍炎剣』にご注意ください。
キャバリアを持っていないキャラクターでも、キャバリアを借りて乗ることができます。
ユーベルコードはキャバリアの武器から放つこともできます。
第1章 集団戦
『60式量産型キャバリア『ユニコーン』』
|
POW : 密集狙撃陣形【ファランクス・シフト】
【防衛戦線を死守すべく敵を狙撃する仲間 】が自身の元へ多く集まるほど、自身と[防衛戦線を死守すべく敵を狙撃する仲間 ]の能力が強化される。さらに意思を統一するほど強化。
SPD : 武器切替即掃射【スイッチ・バースト】
【RS-AL-059 アサルトライフル 】から【弾幕】を放ち、【その威圧効果】により対象の動きを一時的に封じる。
WIZ : 虚空からの一刺し【ユニコーン・チャージ】
レベルm半径内の、自分に気づいていない敵を【RS-SL-058 スナイパーライフル 】で攻撃する際、ほぼ必ず狙った部位に命中する。
イラスト:柿坂八鹿
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●雪
イーストガード海軍基地から見上げるレイテナの空は、仄暗く重たい。
雲の分厚さは太陽がどこにあるのか見通せないほどだ。
「レイテナ陸軍第8機甲師団レブロス中隊隊長、アルフレッド・ディゴリー大尉だ。コールサインはレブロス01。本輸送任務における指揮権を預かっている。よろしく頼む」
駐機場に集結した猟兵を含む作戦参加者を前に、アルフレッドと名乗った男は陸軍式の敬礼姿勢を取る。
その肉体は、鍛え抜かれた軍人を実直に体現していた。
居並ぶ他の隊員と比較しても頭一つか二つ分は高い背丈。身体に密着するパイロットスーツの皮膜を押し上げるのは、隆々とした筋肉の山。
レイテナ人らしい金髪は短く整えられており、身だしなみからしても硬く生真面目な内面が窺える。
周囲を見据えてる青い瞳は刃物のように鋭利で、角張った頬骨と眉間の皺の深さは、戦場で数多の試練をくぐり抜けてきた証なのだろう。
「レイテナ海軍第一艦隊スワロウ小隊隊長、テレサ・ゼロハート少尉です。コールサインはスワロウ01。よろしくお願いします」
テレサの敬礼は海軍式だった。
硬質な生気が籠もったアルフレッドの声音と比較すると、テレサの声音は沈んだ雰囲気が滲んでいる。
身なりにも覇気がない。伸ばした白い髪はところどころに痛みが目立つ。
サファイアブルーを湛えた目は暗く、双眸も少し落ち窪んでいるようだった。
隊長のテレサのみならず隊員のテレサ達も――アルフレッドの存在によって際立つ身長の低さと童顔が、テレサをより矮小に見せているのかも知れない。
パイロットスーツの中で窮屈そうにしている吊鐘の存在感だけは圧倒的だが。
「猟兵の働きに関しては私も耳にしている。あのスカルヘッドを撃破したこと、鯨の歌作戦の成功に大きく貢献したこと……併せてスワロウ小隊の健闘についてもな。共に重要な任務に当たれることを誇りに思う」
「いえ……わたしは……」
アルフレッドの眼差しにテレサが曖昧にはにかんだ時、白い一片が舞い降りた。
「雪……?」
テレサにつられてアルフレッドと猟兵も顔をあげる。重く黙り込んだ曇天から、白い点が踊りながら降りてくる。ひとつふたつ……無数の冬の化身達が。
「天気予報通りなら積もるはずだ」
アルフレッドが白い息を吐く。降雪はすぐに本格的な量となった。やがてキャバリアにも降り積もるだろう。
冷たい鋼鉄を、淡く柔らかな白が包み込んでゆく。
●雪中の襲撃者達
猟兵達がイーストガード海軍基地を出立する前に降り始めた雪は、数時間を経過した現在も降り続いている。
緩やかに。
穏やかに。
静かに。
市街地に深く刻まれた戦いの痕跡は、白に覆い隠されつつあった。
音が吸い込まれるような静寂。それを幾つもの重低音がかき乱す。
内のひとつは大型車輌のエンジン音だった。残りはキャバリアが発する駆動音と歩行音である。
車輌の周囲を取り囲むキャバリアの集団が、雪の積もったアスファルトを踏みしめて進んでゆく。
輸送車の先を行くレブロス中隊と、後方に展開したスワロウ小隊の各機は、いずれも油断なく携行火器で周囲を睨んでいた。思い思いの形で警戒に当たる猟兵のキャバリアにも同様だった。
「私ならここで仕掛けるがな……」
アルフレッドは機体の光学センサーを介し、鋭い眼差しをビルとビルの隙間に差し込む。眼球がレーダーマップに移ったその時、市街を風切音が駆け抜けた。
戦場を知る者の耳には馴染の深い風切り音――。
「射撃!? 来ます!」
いずれかのテレサが発した叫びは爆轟によって上書きされた。
輸送車輌の周りの路面から、アスファルトと土と雪の混合物が噴出する。砕けたビルの側面がコンクリート片の雨となってキャバリアの装甲を叩く。
「待ち伏せされたの!? 輸送ルートは極秘のはずじゃ!?」
テレサのアークレイズがEMフィールドを展開して輸送車の後ろに立ち塞がる。隷下のスワロウ小隊のイカルガもフライトユニットを広げて交戦体制に入った。
「レーダーに映らんが囲まれているな……!」
アルフレッド機を筆頭にレブロス中隊のグレイルは、自機を遮蔽物として輸送車両の正面に扇状の陣形を取る。
「スワロウ01より友軍各機へ! 敵は……タイプ60ユニコーンと思われます! 数は十以上! 遠距離から狙ってきてます! ビルの上にも!」
テレサは遠方のビルの屋上に環境色と同化したキャバリアを見た。角ばった輪郭をレティクルに捉えたのと同時にトリガーキーを引いたが、アークレイズのリニアアサルトライフルから青い電光が閃いた途端、灰色の機体は頭を引っ込めてしまった。
敵は都市構造を巧みに利用し、ビルの間を縫って移動しては狙撃を繰り返しているようだ。
「接近しないと……!」
テレサはフットペダルに足を掛けたが「テレサ少尉! 待て!」と叫んだアルフレッドによってつま先を離した。
「レブロス01より友軍各機。敵の狙撃は恐らく陽動だ。我々を輸送車から引き離すのが狙いなのだろう」
戦闘経験を積んだ猟兵ならアルフレッドと認識を共有できただろう。
ユニコーンの狙撃には輸送車を直撃するつもりがまるで感じられない。破壊が目的なら初手で撃破しているはずだ。だが今もこうして輸送車の周りを乱雑に撃つばかりである。
「正規軍に仕掛けてきている時点でそれなりの策と戦力を抱えた相手だ。別働隊がいるかも知れん。護衛対象の周囲を手薄にするな」
「でも撃たれっぱなしじゃ……!」
アルフレッドの言い分はテレサも理解できるし、テレサの言い分はアルフレッドも理解できる。敵からすれば、こちらが動かないならじわじわとすり潰せばいいのだから。
「レブロス01より猟兵各位。現在輸送車を狙撃している敵の排除を頼む。輸送車はレブロス中隊とスワロウ小隊で防御する」
だからアルフレッドの指示はテレサにとっても当然であった。猟兵の性質を知っているからなおさら。猟兵の突出した個々の戦闘力は、特に遊撃で発揮される。
「敵は全方位に散ってます! 気を付けて!」
アークレイズのすぐそばのビルを火線が貫いた。構造材の破片が降雪に紛れて飛び散り、EMフィールドに触れて弾かれる。
レブロス中隊とスワロウ小隊が四方に砲火を伸ばす。爆発音と共に噴出するアスファルトの断片。降り続ける白い雪。
それらの狭間で猟兵達は見た。
赤い光を灯す、オブリビオンマシンのセンサーカメラを。
イクシア・レイブラント
護衛車量から先行し、各部を発光させながら低空飛行し強行偵察を実行。
敵からも察知されやすいデコイドローンを展開し[視力、気配察知、索敵]で潜伏中の敵機を探し、
ドローンが撃たれても[弾道計算]で敵の座標を特定する。
こちらからもエクスターミネイターの[レーザー射撃]を撃ち敵をあぶり出す。
さあ、敵はここよ。
派手に動いて[存在感、注目を集める]ことで【虹霓心縛翼】でターゲットを私自身に固定。
シールドビットで[盾受け]の構えを維持しつつ、
[戦闘演算、空中機動]で敵の攻撃を回避。
車両が通り過ぎるまで[おびき寄せ]するよ。
●虹色の雪
灰色に煤けた市街に雪が降る。
激しい戦闘の痕跡が刻まれた街並みを、冷たい白が覆い隠してゆく。
輸送車輌の進路を先行偵察していたイクシア・レイブラント(翡翠色の機械天使・f37891)は、背後に銃声を聞いた。襲撃者の出現を告げる音だった。
「敵?」
“機体”ごと後ろに振り返る。サイキッククリアウィングがライトブルーの残光を引く。
騒がしさを増す通信帯域。輸送車が狙われている――イクシアはサイキックスラスターのベーンと、背負う妖精の翼のような推進装置に火を灯す。輸送車の元へ加速しようとした瞬間だった。
突き刺すような視線。殺気。直感という名のセンサーが、スラスターの推力を横方向に偏向した。イクシアの機体が弾かれたかのごとく横へ飛ぶ。
集音機関が掠める銃弾の音を拾った。
「スナイパー……!?」
音の方角から弾の出どころを割り出す。可視化されたガイドの先に、崩れた建物の中に引っ込んだ何かが見えた。
イクシアは自身の全高に匹敵する長銃身ハイレーザーキャノン、エクスターミネイターを構えた。敵が隠れている建物に照準を重ねる。
トリガーに指を掛けたのと同時に、ロックオンパルスの感知を報せるアラートが鳴った。瞬間加速で降下する。頭上を四方から伸びた火線が交差した。
「こっちを狙ってくるなら、かえって都合が良いよ」
デコイドローンをリリースし、光翼を伸ばす。ライトブルーの推進噴射光は極彩色の虹に変じ、その光をさらに大きく押し広げた。
イクシアは視覚野に展開した高度計を確認する。
殲禍炎剣の照射判定高度は……ビルの屋上を飛ぶ程度なら問題なさそうだ。
当然地上からは格好の的になるが――作戦遂行のためにはむしろ望むところである。敵の攻撃を輸送車から遠ざけなければならないのだから。
「さあ、敵はこっちだよ」
虹の翼を羽ばたかせてイクシアは急上昇した。
姿を現さない敵の狙撃は全方位から飛んでくる。それらをイクシアは直進加速に大げさなマニューバを交えて躱す。
虹霓心縛翼の効力は確実にあっただろうが、派手な燐光を撒き散らしながら忙しなく動き回るイクシアに、敵の狙いが集中するのは必然だった。
そこには敵の目的も重なっている。
敵は輸送車を狙ってはいるが、破壊したい訳ではないらしい。
敵が排除したがっているのは護衛なのだ。
「これだけ引き離せれば十分かな?」
イクシアは機体の向きを急反転させる。新たに射出した浮遊端末を正面に回す。端末が展開したエネルギースクリーンが徹甲弾を阻み、ガラスの破片のような光の断片と火花を散らす。
「見付けた」
ビットを盾にエクスターミネイターの砲身を目標へ向けた。ユニコーンの姿が視覚野のサブカメラに映っている。先んじてリリースしたデコイドローンの中継映像だ。
目標は崩れた建物の中から狙ってきている。エクスターミネイターの出力なら壁ごと撃ち抜ける計算だった。
ロックオンは動かさない。機体の挙動は途切れさせない。エネルギーの充填率を示すエネルギーゲージが既定値に達した。
「まずは一機」
必中の確信を込めてトリガーを引く。エクスターミネーターの砲門から鋭く束ねられた光線が伸びる。
白雪を溶かしながら突き進んだ光線は建物の壁面に突き刺さり、壁一枚を隔てた先に潜むユニコーンを貫いた。
イクシアには爆発と黒煙を見届けている暇などなかった。
可視化した動体予測軌道から逃れつつ、その大本へとエクスターミネーターの収束レーザーを撃ち返す。
「隠れているなら、あぶり出す」
イクシアが一挙手一投足するたびに虹の翼が燐光を撒き散らす。
まるで虹色の雪のように。
大成功
🔵🔵🔵
リーシャ・クロイツァ
スナイパーが相手ってことだね。
これは負けてられないね、狙撃手として。
とはいえ、迷彩で隠れている相手を見つけるのはなかなか骨が折れるからねぇ。
初手の相手の攻撃から弾道計算を行って瞬間思考力で判断。
導き出されたポイントに向ってメテオールでミサイルを一斉発射。
その間にバスターランチャーへエネルギーを充填させるよ。
ミサイルが撃ち落とされたポイントへ、バスターランチャーからUC「月の満ち欠け」を撃つよ。
広範囲に撃ち抜けばいやでもあたるだろ?
該当ポイントへ薙ぎ払いを行っていくよ。
当たりを付けた狙撃ポイントは味方と共有を行うよ。
情報は少しでも多い方がいいからねぇ。
●狙撃手の駆け引き
敵襲を報せるアルフレッドとテレサの声が、通信帯域を一瞬で緊張させた。
冬の冷気に包まれた廃墟の市街地。その静寂を破ったのは、徹甲弾が大気を裂く鋭い音だった。
「……さて、スナイパー対決ってとこだね」
リーシャ・クロイツァ(新月の狙撃手・f42681)はティラール・ブルー・リーゼのコックピットで視界を巡らせた。
敵の射線は? 狙撃ポジションは? 相手側の立場となって当たりを付ける。
「負けてられないね、狙撃手として」
レーダーには敵影なし。迷彩か、それとも電子戦仕様か。どちらにせよ、このまま手をこまねいていては一方的に撃ち抜かれるだけだ。リーシャはわずかに操縦桿を傾け、前方にそびえる瓦礫の陰へと機体を滑らせた。
途端に連続する弾着音。砕けたコンクリートが飛び散ってティラール・ブルー・リーゼに降り掛かる。
「悪くない腕だ」
故に位置が読み易い。
先ほどの攻撃からおおよその発射地点は割り出した。
「こっちは撃たれるだけの的じゃないんでね」
自分ならそこに潜むであろうポイントに向け、肩部のメテオールを解き放つ。誘導機能を切ったミサイルの群れが、青白いロケット噴射の光を引き連れて廃墟の奥へと突き進む。
その瞬間、敵影が動いた。連続して飛び散る火線。敵のユニコーンはアサルトライフルで迎撃に出た。ミサイルが火球に転じる、リーシャの予測が確信へと変わる。
「そこか……!」
ティラール・ブルー・リーゼのジェネレーターが唸りを上げる。腰だめに構えたバスターランチャーの砲身が徐々に高熱を帯び、チャージの兆候として砲門の奥底から青白い荷電粒子が漏れ出す。内部のコンデンサーが極限までエネルギーを蓄え、機体の駆動音すら振動するほどだった。
「プレヌ・リュヌモードで!」
青白い光軸が大気と雪を蒸発させながら突き進む。瓦礫が蒸発し、コンクリートが砕け散る。ティラール・ブルー・リーゼが砲身を横に凪ぐと、ビームも追従して水平に瓦礫を薙ぎ払った。ビームの照射というよりも、長大なビームサーベルで撫で斬りにしたかのようだった。
土埃を上げて崩壊する建造物。その中から、灰色の市街に溶け込む迷彩を施したユニコーンが姿を現した。
「二機隠れてたのか」
リーシャはすかさず味方へ通信を送る。
「狙撃地点、座標送るよ。情報は多い方がいいからねぇ」
レブロス中隊、スワロウ小隊の部隊端末に即座に座標データを転送する。その僅かな隙に敵は反撃の態勢を取った。
「容赦ないねぇ?」
ユニコーンのスナイパーライフルが瞬く。だがリーシャはそれを予測していた。ティラール・ブルー・リーゼの背部バーニアノズルがわずかに角度を変えた。背部のエール・リュミエールが機体を瞬間加速させる。敵の射撃は粉雪を穿ち、風切り音を残した。
「この腕前……ただのテロリストじゃ済まないね」
リーシャはヌヴェル・リュヌを狙撃モードに切り替えた。黒い瞳がユニコーンを追う。
「今度は一点狙いだ」
高出力の収束ビームがユニコーンのオーバーフレームを貫く。膨張する火球を見届ける間もなく、ティラール・ブルー・リーゼは手近な廃墟の中に滑り込む。
もう一機のユニコーンのパイロットは判断を誤らなかった。攻撃を続行すれば撃墜されると悟ったらしい。即座に後退する。
リーシャは追撃しなかった。いま迂闊に出ていけば四方から狙い撃ちされるからだ。
「こいつは時間がかかりそうだ」
雪の降る戦場で、狙撃手同士の静寂なる駆け引きが続く。
大成功
🔵🔵🔵
ノエル・カンナビス
レーダーに映らないのは面倒くさいですねぇ。
エイストラにはECCMがあるとはいえ、無人機の戦闘効率が低下します。
私が直接制御しなきゃなりませんか……。
マニュアル式のリモコン無人機とか、いつの時代ですか全く。
ま、この状況で護衛対象から離れたくもありません。
統合センサーシステムの大出力で周辺を監視しつつ、ハニービーの一部を目視捜索に散らして、発見した端から残りの機体で張り倒しますかね。
目標追尾用の複合カメラで捜索するのも効率が悪くはなりますが。
750機を同時に個別制御できるリンクシステムを、ここで活用しない手もありません。
そんなわけで、後続のコンバットキャリアにハニービーの射出命令を出しましょう。
●蜂が飛ぶ
曇天から降る雪は、少しずつではあるが確実に量を増していた。
エイストラの冷たい鋼鉄の白に、淡く柔らかな白が積もっていく。
ユニコーンの狙撃が、視界の内外からひっきりなしに飛んでくる。回避機動を取りたいのは山々だが、敵の狙いが見え透いている以上、輸送車から離れるわけにもいかない。コンバットキャリアという背中を預けられる壁があるとはいえ――ガーディアン装甲が高硬度衝撃波を放つたびに、エネルギーゲージが大きく減少して、機体が激しく揺れる。
「レーダーに映らないのは面倒くさいですねぇ」
リンケージベッドに零したノエル・カンナビス(キャバリア傭兵・f33081)の呟きは、雪のように溶けて消えた。
レーダー上での敵機の輝点は、途切れ途切れにしか映らない。ユニコーンが持つ電子欺瞞か、レーダー波を吸収する特殊迷彩塗料の仕業だろう。エイストラのECCMシステムでその影響を抑えてはいるものの、そちらにリソースを回す分だけ他の機能が疎かにならざるを得ない。
仕方がない事だった。誰しもキャパシティというものがある。
ノエルは顔色を変えずに深いため息をつき、コンソールパネルに手を伸ばす。
彼女が選んだ手段は、統合センサーシステムの最大出力で周囲をスキャンすることだった。レーダーと光学探知機、音響センサーが一斉に作動し、周囲を包み込むように捉える。視覚野に展開した俯瞰地図に、敵機の位置が浮かび上がった。強力なレーダー波で敵の気を引くことになってしまうが、今の状況ではこの方法が最も確実だ。
「マニュアル操作のリモコン無人機とか、いつの時代ですか、全く」
彼女の冷徹な手つきが、エイストラの制御システムにデータを送り込む。
後方のコンバットキャリアのバックドアが開き、そこから夥しい数の無人機が溢れ出る。
その数は750機。
羽を生やしたマイクロミサイルのような無人機群が市街の各地に散開する。ノエルはそれら一機一機をマニュアルで操作し、先のスキャンで見当をつけたポイントへと向かわせた。
偵察に使っているのは一部とはいえ、幾百もの視界が頭の中に広がる感覚に、常人ならとても耐えられるものではないだろう。しかし、ノエルはリンクシステムで機械的にそれを克服していた。
大穴が空いたビルにハニービーを入り込ませた途端、映像が途切れた。ユニコーンがアサルトライフルで迎撃したらしい。
「とんだ隠れんぼですね」
即座に周囲のハニービーを突撃させる。運用方法は完全に自爆ドローンだ。ユニコーンは応射しつつ離脱を試みるも、場所が悪かった。逃げ場がない。殺到するハニービー。連鎖する爆炎。崩れ落ちるビル。
「効率は悪くなりますが……」
地道にやっていく他はない。
こちらはプロだが、敵も恐らくプロだ。簡単には引いてくれないし、勝たせてもくれないだろう。
コンバットキャリアに命中した徹甲弾が鳴らす金属音が、ひどく耳障りに聞こえた。
降雪量が増す廃墟の街に、季節外れの蜂が飛ぶ。
大成功
🔵🔵🔵
フレスベルク・メリアグレース
さて、狙撃するというなら……こちらは過去の刃を浮かび上がらせるとしましょうか
瞬間、500は軽く超える斬撃――”敵の過去から発生する”故、回避不能の過去属性の”虚空から現れる『空間に刻まれた斬撃』”が60式量産型キャバリア『ユニコーン』の機体から浮かび上がり、そのまま斬滅していく
狙撃位置を捕捉せずとも、自動的に『敵の過去』から発生する故に……捕捉も照準も不要
ただ――消えざる過去から、刃は浮かび上がりオブリビオンマシンを殲滅する
スナイパーライフルで狙撃するというなら、先にスナイパーライフルという”敵の過去の一部を担う概念”を斬滅し、無力化
そのまま狙撃を封じながら一方的に滅ぼしますね
●過去の刃
煤けた灰色の廃墟群が、白雪に包まれながら静かに息をひそめている。空は厚く鉛色に覆われ、どこまでも重く、凍りついたように沈黙していた。雪は静かに舞い落ちるが、その一粒一粒が冷徹な刃のように感じられる。地面に触れる前に消える雪は、戦場を無言で覆い隠してゆく。
突如としてその沈黙を破るように、遠くの廃墟の一角から鋭い金属音が響いた。見えざる初撃手が放つ徹甲弾が、白と灰の世界に引き裂かれた軌跡を残す。黄金の弾道が一筋、まるで流星のように空を切り裂き、その軌道が瞬く間にビルの壁面を砕く。石とコンクリートの破片が宙を舞い、アスファルトの地面が弾け飛んだ。冷たい空気が戦慄く。
神騎『ノインツェーン』の玉座に腰を沈めるフレスベルク・メリアグレース(メリアグレース第十六代教皇にして神子代理・f32263)の双眸は苦く険しい。
ノインツェーンが左右のマニピュレーターから展開した帰天の円環が銃弾を受け止めた数だけ、コクピットの中にまで貫くような鋭い衝撃が伝わってくる。
敵の総数は不明。全方位から狙われている点からして、テレサの言う通り10機以上はいるのだろうが……敵のユニコーンは頻繁に位置を変えているらしく、なおさら所在と数の把握は困難だった。おまけに降る雪は次第に強さを増している。視界の悪さは敵の味方だ。
時折微かに垣間見えた敵影は、すぐに過去の残影となり、瞬時に消え失せる。
「さて、位置が掴めないというのなら……」
ユニコーンが残した軌跡を追う。見えずとも、そこに居たという過去は揺るがない。そしてそこから移動したという過去も。
「現在と言う幹に、未来と言う枝を伸ばす時間という名の世界樹は根たる過去があってこそ。故に消えざる過去にこそ救いと裁きは体現されるべし――」
フレスベルクは双眸を薄めて祈りを紡ぐ。
ノインツェーンが左右のマニピュレーターにかざす光輪が急速に回転を始めた。
その光輪から生じる黄金の刃が、ユニコーンの放った銃弾の軌跡を……過去を遡るかのように追い、切り刻む。
空間を引き裂く刃の断裂が遠方のビルの屋上へと到達した。バーニアの閃きが見えた瞬間、金色の刃が走った。まるで曇天の空を稲妻が貫くかのように。
鋭い音が空を震わせ、その後に爆炎が遠くで膨張した。それを見届けたフレスベルクは深く息を付いた。
「これなら、狙撃位置を捕捉せずとも……」
消えざる過去の刃が、見えざる狙撃手の弾道を追い、切り裂いていく。
大成功
🔵🔵🔵
数宮・多喜
【アドリブ改変・連携大歓迎】
あん時の海戦ぶりだな、テレサさん。
だいぶ苦労したみたいだねェ、うちの団からちょいと「口利き」しておこうかい?
ま、それはそれとして……テレパスのネットワーク、広域リンク頼まぁ。
Overedは遊撃に移るよ、芋掘りは任せときな!
待ち伏せを敢行するほどだ、敵さん方はこっちのテレサたちの念導能力も把握してるだろ。
その上で車両の護衛に釘付けにするつもりなんだろうけど……そうは問屋が卸すかってんだ!
まずはアタシのOvered自身が直掩を離れるように動くのを見せつけて狙撃兵どもの撃ち気を煽る。
その敵意を先に射出しておいた”|英霊《einherjars》”の『弾幕』で撃ち崩してやる!
鳥羽・弦介
狙撃たぁな!コソコソ隠れやがって!くそ面倒だ!
引きずり出してやらぁ!!
回点号【操縦】サイキックシールドで【弾幕】を【オーラ防御】
『回点弾』併用『ディストーションフィールド』発動。
念動歪曲空間を展開、戦場内の敵共を【第六感】で把握!
此処にきて逃げ出すほど軟弱者でもあるめぇよなぁ!
逃がしゃしねぇがな!弾幕張ってる敵機共へパルスマシンガンの威力増強【制圧射撃】位置を変えようと動いた奴を【念動力】空間歪曲、眼前に強制移動!フォースサーベルで不意打ち【切断】そんでもって
ウィングキャノンを展開して隠れてる敵機へ【レーザー射撃】
弾道変化射撃で障害物を避けてぶち抜く!!
●ポテトマッシャー
吹雪の名残が戦場を覆う。
アスファルトの路面に積もった雪が、風に吹かれて粉となって舞う。粉雪が吹き荒れる廃墟の街を、Overedが疾走する。踵部のダッシュローラーが鋭く雪道を抉り、轍を刻んでいく。氷雪を砕く振動が機体を通じて伝わり、数宮・多喜(撃走サイキックライダー・f03004)は視界の端で敵影を探った。
「テレサさんらと一緒に戦うのも数ヶ月振りだね! あん時は海の上だったけどさ!」
多喜は通信装置に語りかける傍ら、操縦桿を傾斜させてOveredにジグザグの軌道を促す。走行した後を、横を、行く先を、鋭い黄金が貫く。ユニコーンが撃った徹甲弾だ。
『そう、ですね……!』
サブウィンドウに映るテレサの姿は、以前と比べてやつれて見えた。サファイアブルーの瞳には疲労の色が浮かび、声にも覇気が欠けていた。
激務に追われているからだろうか?
鯨の歌作戦以降も、人喰いキャバリアを東アーレス半島から叩き出す戦闘はずっと続いていた。
聞けば、テレサ達スワロウ小隊はずっと最前線で戦い続けていたという。
だが――本当にそれだけなのか?
「だいぶ苦労したみたいだねェ? うちの団からちょいと“口利き”しておこうかい?」
『えっ?』
きょとんとしたテレサの顔が返ってきた。
「顔色が悪そうだったからさ」
『あっ……ああ、そういうことですか。大丈夫です。戦えます』
テレサは困り眉を作って言葉を濁す。
多喜は、その表情の変化を見逃さなかった。
「しっかしエースチームのスワロウ小隊を待ち伏せした相手だ。テレサさんたちの精神同調ってやつ? アレも敵さんは把握してるんじゃないかね?」
『サイコミュの感応は今のところ感じませんけど……わたしたちへの敵意というより、使命感のようなプレッシャーが……』
「使命感、か。やっぱりただの悪党団じゃないってかい!」
多喜はOveredのスラスターを全開にし、一気に前へと踏み込んだ。氷雪を巻き上げながらの高速走行。
高台の瓦礫に潜む敵のユニコーンは、ライフルのセンサースコープ越しにOveredを狙う。熱源探知とレーダーロックを併用し、次弾の準備を進めるが、ダッシュローラーで雪上を滑るように機動するため、照準が定まらない。
「殺気の出どころ! 読めた!」
多喜が叫ぶや否や、Overedの肩部に装備された三基のフローティングシールドが即座に応答した。
「サイコミュが引っ張ってくれるから、逃しゃしないよ!」
|英霊《Einherjar》が多喜の思念を引き受け、Overedに集う殺気の源へとレーザーを連射した。
咄嗟に高台を飛び降りたユニコーンが機体全身を撃ち抜かれ、そのまま路面へと衝突する。
Overedが全方位の狙撃に対し、全方位へレーザーによる反撃を繰り返す。
姿を現さない狙撃手達が堪らず後退する。
その直後、鳥羽・弦介(人間のキャバリアパイロット・f43670)が動く。
「コソコソ隠れやがって! くそ面倒だ! 引きずり出してやらぁ!」
Overedの攻撃で姿を晒したユニコーンに向けて、回転号が急加速を掛けた。四枚羽のメガスラスターから推進噴射の光が炸裂する。
猪突する回転号に対し、ユニコーンは兵装をアサルトライフルに切り替えた。
フルオートで連射された弾雨に回転号は一層加速する。連続で直撃弾を受け続け敢え無く撃墜――とはならなかった。
「こっちにはバリアがあるんだよ!」
展開したディストーションフィールドが銃弾をあらぬ方向へと逸らす。ユニコーンとの間合いが一気に詰まる。
「逃がしゃしねぇがな!」
回転号がパルスマシンガンを撃ち散らしてユニコーンの機動を封じる。そして交差した刹那、フォースサーベルを抜剣した。
ライトグリーンの刃が、ユニコーンのオーバーフレームとアンダーフレームを真っ二つに引き裂く。
「後ろ! 狙われてるよ!」
多喜が回転号に向かって叫んだ。テレパスに敵の位置のイメージを乗せる。
「隠れてたってなあ!」
潜む敵の位置を直感的に理解した弦介は、操縦桿を引き戻し、回転号を急反転させた。
四枚羽に格納していたキャノンが砲身を伸ばす。
「あたしのテレパスで誘導する! 撃ちな!」
「おうよ! 芋虫みたいに引きこもりやがって! ぶち抜いてやる!」
弦介はトリガーキーを引いた。ウィングキャノンが放射した圧縮粒子は、多喜のイメージ通りの弾道を描き、倒壊したビルの中に潜んでいたユニコーンを貫いた。
ジェネレーターから膨張する爆発が機体を押し広げ、火球へと変容させた。
灰色の市街に降る雪は、戦闘の深化と共に量を増してゆく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ジェイミィ・ブラッディバック
【イェーガー社】
核兵器…ですか…んー、面倒なことにならなければ良いですが
現在のレイテナは議会派と国王派で真っ二つになっている上に、特大のO事案を抱えている状況です
そこに核の移管…後々厄介になりそうですな
一応アイアンズ社長はじめ、イェーガー社の人員も同道することになりましたが
「もちろん、核を運用している相手はこの眼で直接確認する必要がある。それに、この手の事案のエキスパートも呼んである」
敵スナイパーの位置ですが、イヴさんに逐次索敵いただいてます
こちらは陽動に徹するので、見つけ次第アレクセイさんはカウンタースナイプを
直掩にプラチナムドラグーンをつけておきます
イヴ・イングス
【イェーガー社】
あ、どうもどうもお久しぶりですテレサさん
大丈夫です? なんか疲れ切ったような感じですが
さてと、今回ちょっと大所帯になっちゃいましたけど、
私はいつもどおり管制官としてお仕事しますからねー
あ、店長、反撃はアレクセイさん任せで大丈夫ですかね
うわさっむ!! 暖房入れててよかったです!
ジェイミィさんが派手に暴れてくれてるおかげでこっちは敵の動きが丸わかりです!
はーい、アレクセイさん座標特定しました!
ここめがけてズドンしてください!
スポッターもこっちでやるんで! 誤差修正マイナス20…はい次!
アレクセイ・マキシモフ
【イェーガー社】
なるほど? そこで俺にお鉢が回ってきたというわけか。
了解した、旧知の仲のアイアンズの頼みだ。
ミッションを開始する。
俺のキャバリアは今回スナイパーライフルを持たせてある。
イヴの索敵と観測、そしてジェイミィの陽動で敵の位置は丸わかり。
対してこちらはしっかりと隠密。1射毎に位置も変える。
スナイパーとしての年季の違いを見せてやる。
核か……UDCアースでも何度か見てきたが、まさかこの世界でも扱うことになるとはな。
●白い静寂の向こう
穏やかに降り続く雪が、打ち捨てられた市街を柔らかな白で覆い隠してゆく。
ジェイミィ・ブラッディバック
(脱サラの傭兵/Mechanized Michael・f29697)を内部に収めたキャバリア、HMCCV-CU-01[M] TYPE[JM-E]"MICHAEL"は、路上の雪を粉塵のように舞い上がらせて地表を滑走する。
見えざるユニコーンが四方から伸ばす狙撃の火線を、スラスター噴射の瞬間加速で躱す。縦軸のロールも交えたその挙動は、良く言えば大胆で、悪く言えば無駄が大きい。
どちらにせよ目立ち過ぎる挙動――意図した挑発行為であった。
『んー、面倒なことにならなければ良いんですが』
ジェイミィの気掛かりは戦況だけではなかった。それ以上にレイテナの政治の状況が問題だった。
レイテナ・ロイヤル・ユニオン。
人喰いキャバリアへの対抗を目的に結成した、東アーレスの国家連合体。
人種、宗教、利害。さまざまな価値観の壁を乗り越えて一丸となったはずの統治機構は、盟主である旧レイテナとユニオン議会派の対立により分裂し、一つの国家連合の中に二つの政治システムが並立する歪な状況を作り出してしまった。
しかもゼロハート・プラントの暴走と、そこから文字通り無限に湧き続ける人喰いキャバリア――オブリビオンマシンという、アンサズ連合流の言い方をすれば特大の"O事案"を抱えている。
『そこに核の移管……後々厄介になりそうですな』
ジェイミィは半ば確信に近い予測を抱いていた。
核が持つ威力は単なる破壊規模だけではない。存在自体が多様な意味を持つ禁忌の兵器。
政治という言葉の駆け引きの場においても絶大なる影響を及ぼす。
『だから我々も同行しているのだろう? 核を運用している相手は、この眼で直接確認する必要がある』
視覚野に開いたウィンドウに映るのは、イェーガー社の社長、アイアンズだった。
社長率いるイェーガー社のスタッフ達は直接戦闘にこそ参加していないものの、クレイシザー・アンサズ仕様に搭乗して情報管制の補佐や弾薬などの補給物資の運搬に携わっている。
なお、彼らもユニコーンの狙撃のターゲットに漏れないが、直掩のプラチナムドラグーンと、クレイシザー持ち前の装甲と地中潜行能力を活かして持ち堪えていた。
『それに、この手の事案のエキスパートも招いているからな――』
「さっっっむ! 外気温、氷点下をがっつり下回ってますよ!」
アイアンズ社長の言葉尻にイヴ・イングス(RTA走者の受付嬢・Any%・f41801)の悲鳴に近い叫びが重なった。
彼女はARL-YGCV-23 オリハルコンドラグーン "EVE"を倒壊したビルに潜ませ、派手に動き回るMICHAELを介し、戦場を俯瞰しながら敵の所在を探っている。
「冬のレイテナってこんなに寒くなるんですか? 暖房入れてて正解でしたよ。テレサさん達は平気なんです」
『えっ? ええ、まあ……パイロットスーツの保温機能もあるので……』
メインモニターのサブウィンドウに、白髪で碧眼の少女が投映される。
「その割には元気なさそうですね? 前会った時よりやつれてません?」
『まあ、その……厳しい任務が続いてて……』
テレサは目を泳がせて言葉を濁した。
何かがあった。何かを抱えている。
単なる仕事疲れだけではない何かを。
イヴは直感で察したが、敢えて追求はしない。
「そうですかー。お疲れさまです。でも今回は楽させてあげられると思いますよ? 何せ完全武装のイェーガーが22人ですからね! 22人ですよ!? しかもイェーガー社の御一行も! 私たちは一体何と戦うつもりなんでしょうね?」
「あはは……」
眉宇を傾けて苦く笑うテレサ。
だがイヴは口で言うほど楽観視していない。これだけの大所帯とレブロス、スワロウ両隊が守備に就く輸送車を襲撃できる実力を持っている敵と戦っているのだから。事実、いまこうして狙撃に苦しめられている。
その苦しい状況を打開するべく、イヴは孤独なコクピットで敵の狙撃位置の割り出しに専念していた。
「アレクセイさん! 座標特定しました!」
「了解だ。スナイパーとしての年季の違いを見せてやる」
モーラットにしては渋過ぎる声音。鋭過ぎる目付き。アイアンズ社長がこの手のエキスパートと呼んでいた彼――アレクセイ・マキシモフ(歴戦の|もふもふ傭兵《ファーリー・ラット》・f36415)は、MPCV-AL-013J STRIKE HELIOSのコクピットで息を潜め、イヴから送られるデータをつぶさに読み解いていた。
崩れたビル同士が折り重なる瓦礫の中で、STRIKE HELIOSはMRSR-2600のスコープ型センサーを覗き込む。
「旧知のアイアンズの頼みでもあるからな。外しはしない」
トリガーを引くタイミングを待ち、環境に同化したかのように動かない。機体にはすっかり雪が積もっていた。
スナイパー同士の戦いでは、先に動いた方が死ぬ。
敵の陽動はジェイミィが。索敵と観測はアイアンズとイヴがやってくれている。アレクセイの役目は一撃必殺。
「敵の腕も悪くはないが……」
イヴがオペレートした先、建物と建物の狭間にユニコーンの姿を捉えた。
射線は、針の穴に糸を通すほどの狭さ。だがこちらには優秀なスポッターもついている。
「北からの風があーでこーで、誤差修正マイナス20! どうぞ!」
アレクセイはイヴの誘導に従ってレティクルを動かす。STRIKE HELIOSのマニピュレーターがMRSR-2600のトリガーを引いた。
目標に吸い込まれるように命中した徹甲弾は、ユニコーンのオーバーフレームの中心点を貫いた。
「流石の手並みだな」
アイアンズの賛辞に応じる暇も、膝から崩れ落ちるユニコーンを見届ける暇もなく、アレクセイはすぐさまSTRIKE HELIOSを移動させた。
その数秒後、背後でコンクリートが砕ける音が連続した。
やはり敵のスナイパーも優秀だ。そうなると輸送車の安否が気掛かりになってくる。
「アイアンズ、護衛対象は無事だろうな?」
「今のところは。敵は輸送車より護衛に夢中らしい。積荷を持ち帰るつもりだな」
「核か……」
UDCアースの紛争地帯を渡り歩いてきたアレクセイにとって、核は耳に馴染みのある兵器だった。
時に発展途上の弱小国家が、超大国を交渉のテーブルに着かせることもできる、大いなる兵器。
忌まわしい大量破壊兵器であることに間違いはないが、同時に戦争を封殺するための抑止力の担保としても働く。
核による守護。核の傘――唯一の被爆国である日本は、皮肉にも同盟国の核兵器によって安全を担保されている事実もある。
「世界は変われど、価値は同じか?」
アレクセイは崩れたビルの中にSTRIKE HELIOSを飛び込ませ、伏せの姿勢を取る。
MRSR-2600にマウントしたセンサースコープが、白い静寂の向こうにユニコーンを捉えた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
防人・拓也
リベレーションゼロに搭乗。
相手は狙撃が得意な機体か。だが、相手が悪かったな。こっちも狙撃できる機体なんでな。
『カウンタースナイプという事かい? まぁ、原初の魔眼の能力にかかれば造作も無いね』
「(そうだな。さっさと片付けて本命にご登場を願おうか)」
テレパシーで語りかけてくる零也にテレパシーで返答し、指定UCを発動。
敵機の位置を把握しつつ、敵機の行動を未来予測で先読みし、攻撃に対して回避か斥力で攻撃を吹き飛ばし、2挺のビームライフルを連結させてロングライフルモードに切り替え、敵機を狙撃。
数が多ければフィン・ファンネルを飛ばしてオールレンジ攻撃を仕掛ける。
輸送車か近くの友軍機に攻撃が当たりそうになったら、4機のフィン・ファンネルで三角錐のバリアを張って輸送車を守る。
『拓也君って本当に器用だね~。2つの事を同時進行でこなすって凄いと思うよ』
「(長年戦場で培ってきた技術と経験、血の滲むような鍛錬をこなしてきたからこその芸当さ。ま、他の猟兵ならいとも簡単に出来るかもな)」
アドリブ・連携可。
●マルチタスク
リベレーションゼロのコクピットに収まる防人拓也(奇跡の復活を遂げた|原初の魔眼《ゼロノメ》の開眼者・f23769)は瞳を巡らせる。
全天周囲モニターに映し出される戦場は、荒廃した市街地の残骸と、降り積もる雪が視界を阻む、灰色と白のコントラストが織りなす世界だった。
「軌道は読めても……!」
全方位から鋭い殺気が自身に収束する。
魔眼が可視化した弾道予測は網目のようだ。
おおよその発射位置は掴めるが、正確な所在は曖昧だ。
それはつまり、敵のステルス能力は幻術や催眠術ではなく、レーダー波を吸収する特殊塗料や、赤外線探知を阻害する科学的かつ物理的なアクティブ・パッシブステルスなのだろう。
交錯する弾道の中で、リベレーションゼロがビームシールドでコクピットを庇いながら極短距離跳躍を繰り返す。全ての弾を躱すことはできない。敵は攻撃のタイミングを合わせてこちらの回避運動を封じてきている。
「プロだな。ただの強盗団にしては連携が取れすぎている」
ユニコーンが装備するスナイパーライフルの徹甲弾は、魔眼による斥力とβネオキャバリニウム合金製の装甲を貫くには至らない。しかし金属同士が衝突する音を鳴らすたびに、コクピットにまで鋭い衝撃が伝わる。
敵は狙撃特化型のキャバリア。迷彩機能を駆使しながら、長距離狙撃でこちらの戦力を削ぐ作戦に違いない。だが、それは拓也にとって想定の範囲内だった。
「だが位置は読めてきたぞ。そろそろ撃ち返す頃合いだ」
『カウンタースナイプという事かい? まぁ、原初の魔眼の能力にかかれば造作も無いね』
零也の声が頭蓋の中に響く。それに対し、拓也はコンソールパネルを指先で弾いてウェポンセレクターを回しながら胸中で応じた。
「(そうだな。さっさと片付けて本命にご登場を願おうか)」
原初の魔眼が輝きを増す。弾道から位置を逆算。一射ごとに位置を変えるユニコーンの機動を読み解く。マルチカムの迷彩パターンに塗装されたユニコーンが、バーニアノズルを焚いて跳躍するビジョンが視えた。
視線を向けた先は、遠く離れた高層ビルの屋上。降りしきる雪のカーテンの向こうにユニコーンを捉える。リベレーションゼロは二丁のビームライフルを連結させ、一丁のロングライフルモードへと変形させた。
「当てる!」
蒼白のビームが舞い落ちる雪を引き裂いて伸びる。一条の光線が、ユニコーンのオーバーフレームを貫いた。爆発とともに、敵機はビルの屋上から跳ね飛ばされ、地面に激突する。
『とりあえず一機やったね』
零也の囁きを無視して拓也は即座に周囲に知覚の波を広げる。さきほどの攻撃で、敵側はこちらの正確な位置を捉えたはずだ。
魔眼が見せたのは、リベレーションゼロを貫く幾つもの弾道。
「やられる!?」
拓也の防御衝動を感知したリベレーションゼロが、背負う板状のファンネルを連続して射出する。その内の四基のファンネルはリベレーションゼロを取り囲み、ピラミッド状のビームバリアを形成した。バリアに阻まれた徹甲弾が火花へと転じる。
並行して弾道の元へと残りのファンネルが向かう。ファンネルから見た光景が拓也の視覚野に開く。穴の空いたビルを抜け、カーブ抜け、瓦礫の合間を通り抜け――。
「視えたぞ」
ユニコーンの姿が。フィン・ファンネルのビームが標的を射抜く。市街の遠方のあちこちで爆発が連鎖する。
『拓也君って本当に器用だね~。マルチタスクできる人って、すごいと思うよ』
零也は軽々しく言う。拓也はファンネルバリアを解き、射出したファンネルに引き戻すイメージを送る。
「(長年戦場で培ってきた技術と経験、血の滲むような鍛錬をこなしてきたからこその芸当さ。ま、他の猟兵ならいとも簡単に出来るかもな)」
リベレーションゼロの背部マウントにファンネルが帰還し、静かに収束していく。モニター上のサブウィンドウに各ファンネルのエネルギー残量を示すレベルゲージが映る。じわじわと再充電が始まった。
「輸送車は……無事か?」
拓也がフットペダルを踏み込むと、リベレーションゼロのブースターノズルが炎を噴き出す。
六翼のキャバリアが、アスファルトに積もる雪を吹き飛ばし、閃光の軌跡を描いて滑走する。
大成功
🔵🔵🔵
シル・ウィンディア
スナイパーは厄介だよね。しかも隠れているし…。
うーん、装甲が厚くないからやりたくはないけど、この手段をとるかな。
推力移動で上空へ移動!
もちろんこれだと的になるんだけど…。
レゼール・ブルー・リーゼの装甲の薄さは知れ渡っているから、逆に狙われやすいともいえるよね。
第六感を信じて、敵攻撃の位置を感じ取って、魔力防御・オーラ防御を全開で防ぐよ。
こちらに向いた敵意があるのならエレメンタル・バラージで歓迎しちゃうっ!
そして、敵意の多い方角へ向かってスラスター・ロングビームライフルの推力移動で加速して向かうよ。
敵攻撃は、残像を生み出して攪乱しつつ攻撃だね。
攻撃が来る方角さえわかれば、リーゼの機動力についてこれないよねっ!!
攻撃はブリュームを射出して、カルテッドキャノン、ロングビームライフル、左腕ビームランチャーの一斉発射でまとめて撃ち抜くっ!
属性攻撃で雷を纏わせての射撃だね。
その後も各ビーム兵器で敵へ攻撃。
狙撃手なら近接を嫌がるから、速度を生かしてそのまま接近。バルカンと左手のビームセイバーで攻撃っ!
●青き流星からは逃れられない
淡い白を被った廃墟群に、幾つもの光条が瞬く。
灰色に朽ち果てつつあるコンクリート製の建造物の狭間を突き通るそれらは、キャバリア達が交錯させる銃弾やビームの軌跡だった。
「厄介だなぁ……!」
コクピット越しにでも伝わる生身の視線と殺気。シル・ウィンディア(青き流星の魔女・f03964)は首を締め付けるプレッシャーに双眸を苦々しく細める。
航空機を想起させる形状のレゼール・ブルー・リーゼの機体デザインは、その特性を反映している。
軽快な運動性を得るために装甲を薄くせざるを得なかったレゼール・ブルー・リーゼにとって、ユニコーンの正確無比な狙撃はまさしく脅威と言えた。
ひょっとしたら敵はその点を察知している可能性も否定できない。
|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》。
鯨の歌作戦の成功。
日乃和総軍のキャバリアパイロットの中でも最強格と噂される、不死身の灰色狼こと、尼崎伊尾奈との御前試合。
それらを経て、レゼール・ブルー・リーゼの存在は、シル・ウィンディアの名と共にレイテナに知れ渡っていたからだ。
撃ち返す余裕もなければ、敵機の正確な位置を把握している余裕もない。シルは直感を信じてフットペダルを小刻みに踏む。レゼール・ブルー・リーゼが機体各部に備わるスラスターを瞬間噴射し、ウイングスラスターのアジュール・リュミエールの可変翼を激しく可動させる。交わる徹甲弾の軌跡。球体状に展開したフィールド――魔力を帯びた粒子を整波した物理的な障壁が削り取られた。水の飛沫のように飛び散る青白い光。
シルの表情が苦さを増す。直撃は紙一重で避けているが、いつまでも続けられるものではない。市街地という地形事情もあって、機体本来の機動性が活かし難いという不利もあった。
一方の敵側は瓦礫の影に潜んだり、ビルに穿たれた穴から狙撃銃だけを覗かせるなど、典型的ではあるが嫌らしく地形を活用して目標を狙い撃ってくる。
レーダーに映らない特性と迷彩効果で判然としないが、数は目算で10機以上。
市街の各所に散開しているが、一部は何機かで集まっているようだ。
同じ戦闘方法を繰り返していれば、いずれこちらが削り負けする。やりたいかどうかは別として、状況を打開するにはリスクを被る思い切りが必要だとシルは決断した。
思い切って敵の都合に合わせて動く――あえて露出を増やす事で、敵意を一身に集め、反撃の流れを掴む。
「狙われっぱなしじゃあ!」
操縦桿を引いてフットペダルを踏み抜く。レゼール・ブルー・リーゼの可変翼が空に対して直角に立つ。真下を抜いた腰部スラスターのノズルが噴射炎を吐き出す。
上方向への急加速がシルの身体をシートに押し付ける。モニターの片隅にグラビティ・ガードシステムの発動を示す警告メッセージが点灯する。続いて鳴ったアラートが、機体高度の殲禍炎剣照射判定のイエローゾーン到達を報せる。
レゼール・ブルー・リーゼは市街に聳え立つビルの内、最も高いそれの屋上程度にまで急上昇した。ブースターが残した派手な光跡といい、遮蔽物が無くなった状況といい、敵にとっては格好の的である。
だが市街という枷から解き放たれたシルは、レゼール・ブルー・リーゼで雪降りしきる曇天色の空の下を駆け巡り、刺す敵意を振り切って飛ぶ。
「そっちの位置は! こっちからも分かってる!」
背部と腰部にマウントしたビームキャノン、グレルテンペスタの砲身を伸ばす。
「精霊達よ集いて力になり、敵を追い立てる光となれっ!」
シルの叫びと共に、合計四基の砲を触媒にエレメンタル・バラージを放出した。156にも及ぶ数の魔力光弾は四方八方に拡散し、レゼール・ブルー・リーゼに狙撃銃を向けるユニコーン達の元へと殺到する。
エレメンタル・バラージの光弾は敵意の出所を追う。光弾がより密集している場所に、敵の集団が潜んでいる。
「そこぉ!」
退避する敵の動きに合わせて軌道を変える魔力光弾に紛れるようにして、レゼール・ブルー・リーゼが驀進した。抱え込むエトワール・フィランドの銃身後部から、箒星のような残光を引きながら突進する。
複数の赤いセンサーの閃きが見えた。徹甲弾の迎撃を縦軸回転で躱す。退避する隙は与えない。
「行って! プリューム!」
シルの思惟を受けた自律攻撃端末がレゼール・ブルー・リーゼの機体各部から離れ、エトワール・フィラントの砲撃に合わせてホーミングレーザーを乱れ撃つ。
グレル・テンペスタと左前腕部のヴォレ・ブラースクも重ねた一斉射。航空機の爆撃の如き猛攻から、ユニコーンは逃れる術はない。
魔力粒子が引き起こす青白い爆発の連鎖に飲み込まれたユニコーンが火球に転じる。
しかしそれでも全滅とならなかったのは、ユニコーンのパイロットの技量が成した業なのか。或いは幸運か。片腕を失った中破状態の一機が爆風の中から後退離脱する。
「逃がさないよっ!」
道路に積もった雪を粉塵のように吹き飛ばし、急降下したレゼール・ブルー・リーゼの頭部バルカンが激しく瞬く。魔力粒子の飛沫が波線を描き、ユニコーンの迎撃姿勢を崩す。
レゼール・ブルー・リーゼの左腕のマニピュレーターがエトワール・ブリヨントの柄を掌握したのと、ユニコーンと交差したのはほぼ同時だった。
「ビームセイバーでぇっ!」
流星がユニコーンのすぐ隣をすり抜けた。横一文字に閃いた青い輝き。光の刃に溶断されたユニコーンのオーバーフレームとアンダーフレームが分離し、無機質な残骸となる。
爆発するでもなく路上に転がるユニコーンの骸。シルはそれに一瞥を寄越すと、レゼール・ブルー・リーゼを次なる標的へと加速させた。
青き流星が、雪を引き裂いて飛ぶ。
大成功
🔵🔵🔵
皇・銀静
ギガスゴライア出撃発動中
機神搭乗
核か…僕らの世界では兵器としてはあまり意味がないがな
「エスパー達はユーベルコードやサイキック以外は傷付かないんだっけ?」
UCとして使われたら話は変わるが…懐かしい気持ちにもなる
サリアは輸送車護衛
基本のんびり一緒に歩き狙撃の盾として護衛
その大きさと装甲を利用して狙撃は届かせない
荷電粒子砲は牽制射撃
【属性攻撃】
光水属性を神機に付与
光学迷彩で存在を隠し雪の障壁で熱源隠蔽
【戦闘知識・念動力・オーラ防御・空中戦】
ゆっくり飛びながら念動力とオーラを広範囲に展開
敵の位置を捕捉
機体構造から搭乗者の位置の解析
【二回攻撃・切断・功夫・リミットブレイク・蹂躙】
UC発動
槍の神同時発動
超高速で襲いかかり槍で貫き
魔剣で四肢をバラバラに
拳を叩き込み粉砕
蹴りで粉砕
須く破壊を尽くすがコックピットは避けて破壊し無力化
不殺徹底
可能な限り人は捕まえる
取り敢えず縛り上げてレブロス中隊やスワロウ小隊等に引き渡す
コイツらは何者なんだ…?バーラント?だったか。そこの奴らか?
「元アーレス教国だね☆」
●黒龍殺し
スナイパーライフルのスコープ型センサーと連動した、高感度センサーの先を見たユニコーンのパイロットは驚愕した。
巨躯を揺らし、一歩ごとに地を震わせながら進む、巨大な機械竜の姿に。
白い雪化粧と灰色の市街の中で一層際立つその漆黒は、並の装甲のキャバリアなら一発で貫通してしまう徹甲弾を機体全体に受け続けていた。しかしまるで意に介さず前進し、両腕部からビームキャノンを撃ち返してくる。
黒く巨大な壁が迫りくるようなプレッシャーに、ユニコーンのパイロットは我知らずの内に息を止めていた。
「ギガス・ゴライアだと!? じゃあ奴は、南方の黒龍を……エーリヒ・ガーランドを殺した、黒い嵐だっていうのか!?」
臓腑の震えに、操縦桿を握る手が強張る。
エーリヒ・ガーランド――奴と戦場で出会えば、死ぬ。
アーレス大陸の東西南に広まった、黒い龍のエンブレムと共に恐れられたまことしやかな伝説。
幾多の戦場に血の雨を降らせた、正真正銘の化け物。
だが数年前、その化け物が討滅された。
より巨大で、強大で、凶暴な化け物によって。
化け物を滅ぼした化け物の名は、グレイグ・エルネイジェ。
エルネイジェ王国の現皇王である。
そして、ロックオンサイトの向こうに見る黒い機械竜……ギガス・ゴライアは、グレイグの乗機であり、南方の黒龍の伝説を終わらせたスーパーロボットであった。
『落ち着きなさいよ。エルネイジェの黒い嵐が東アーレスに現れる筈がないでしょう。ましてやレイテナに与するなんて』
友軍の通信が、ユニコーンのパイロットの硬直した思考を解いた。
言われた通りだ。アーレス大陸は中央に支配圏を持つバーラント機械教国によって東西南北に分断されている。レイテナとエルネイジェも例に漏れず、2カ国間に正式な国交は無い。
暫く前に、アンサズ連合からの政府関係者の来訪に合わせ、エルネイジェの王族がイーストガード海軍基地を訪れた事は知っていたが、グレイグ皇王自身が訪れたなんて話は微塵も聞いていない。
しかし、現実にギガス・ゴライアは存在している。ターゲットの輸送車輌の進路を先行する形で。
「だが、あれは間違いなく……」
『きっと|リダクトモデル《輸出仕様》よ』
リダクトモデル――グレイグ皇王専用のギガス・ゴライア以外は皆そう呼ばれている。
言われてみれば存在感こそ圧倒的だが、噂に聞くほどの凶暴性は感じられない。
嵐のように暴れまわるわけでもなく、逆に輸送車の盾となりながら緩慢な動作で歩行し、ビームキャノンの砲撃からも周囲の被害を慮る意図が伺える。理性的のある動きだ。
『連中、部隊の構成からして正規のレイテナ軍じゃない。二機のリーゼとエイストラがいるから、猟兵を雇ったに違いないわ』
「猟兵……スカルヘッドを殺した連中か……」
となれば尚更よくない相手だ。
当初より戦闘が目的ではないにしろ、レブロス中隊とスワロウ小隊と共に輸送車輌を護衛する猟兵達は、避けては通れない大きすぎる障害物だ。
『まともに戦う必要なんてないわ。ターゲットはもうちょっとで予定の位置を通過する。それまで護衛の注意を逸らして、進路を変えさせなければいいだけ』
「そう、だな」
パイロットは深く息を吐き出した。照準をギガス・ゴライアに合わせる。
操縦桿のトリガーキーに掛けた指を引く。近接戦術データリンクで結ばれた友軍機とタイミングを計る。タイミングと射線を重ねることで、回避が困難な同時攻撃を仕掛けるのだ。
「何とだって戦ってやるさ。東アーレスを、レイテナ・ロイヤル・ユニオンから開放するためならな」
機体色を瓦礫に同化させて伏せるユニコーンがスナイパーライフルを撃つ。排出された薬莢が地に落ちるより先に、跳ね起きてビルの狭間へと飛び込んだ。
●黒竜の守護
シールドファンダーというキャバリアが存在する。
標準的なキャバリアの全高を一般成人男性の身長とすると、シールドファンダーはゾウほどの体格を持つ。
ギガス・ゴライアの体格は、そのシールドファンダーよりも一回り以上大きい。
標準的な大きさのキャバリアからすれば、幼児が大人を見上げるような感覚だ。
市街を歩行すれば、片側数車線の大通りを一機で占有してしまう。
それだけの巨躯であるからにして、敵の注目を引き付けるのは当然だった。存在自体が大きな遮蔽物でもある。
機体全体を覆うアダマンチウム製の分厚い装甲は、無数の火花と共に徹甲弾が跳弾する音を奏で続ける。
「さっきからずっと撃たれまくってるんだが、サリアは平気なのか?」
激しい攻撃を一身に受けながら、輸送車輌の先を悠々と歩き続けるギガス・ゴライア――個体名称サリアを見て、皇・銀静(陰月・f43999)は痛々しげに双眸を細める。
『全身がチクチクするって!』
銀静の乗る絶対神機『グリームニル』の高い声がコクピット内に反響する。理屈は不明だが、グリームニルはサリアの言葉を通訳できるらしい。
攻撃を引き付けるサリアとは対照的に、グリームニルは光の悪戯で姿を隠し、雪の悪戯で熱を隠し、戦場を俯瞰できるほどの高度で滞空している。
念動力による敵意の探知と、サリアに向けられた攻撃の角度から、敵の位置を正確に把握するためだ。
「まるでエスパー並の頑丈さだな」
サイキックハーツを出身世界とするエスパーは、基本的にユーベルコードやサイキックの類い以外で傷付くことはない。灼滅者の銀静からしても、ギガス・ゴライアの頑丈さはそれと同等にすら思えた。
「だからっていつまでも好き放題撃たせてるわけにはな。サリアはそのまま攻撃を引き付けつつアームビームキャノンで牽制だ。当たらなくてもいい。ただしメガビームキャノンとデストラクションバスターは使うなよ?」
サリアは低く重い唸り声で了解を示す。徹甲弾が飛んできた方向に対して腕部を向けると、内蔵した中口径荷電粒子砲を速射した。ライトレッドの灼熱の光弾がビルの壁を、路面のアスファルトを砕く。
銀静が言った後者二つの火器はより強力だがこの場では使えない。謂わば戦艦の主砲を持ち出すのに等しく、市街地戦で使うには強力過ぎて友軍まで巻き込みかねない。
「敵は……僕が仕留める!」
銀静は敵の一機に狙いを定めた。グリームニルの肩と脚に備わる推進装置が噴射光を噴き出す。瞬時に加速を得て、獲物に襲いかかる猛禽類の如く急降下した。
纏う光学迷彩も流石に推進噴射までは覆い隠してはくれない。接近に気付いたユニコーンが狙撃銃を向ける。
「一呼吸遅かったな」
グリームニルは大槍――グングニールの捻れた双頭を突き出した。
咄嗟に半身を逸らしたユニコーンの動きから、銀静はパイロットの反応値と練度の高さを推し量った。
「完全な不意打ちのつもりだったんだが……」
だがグングニールの矛先は、ユニコーンの肩部を刺し貫いていた。
ユニコーンは受けた衝撃によって姿勢を大きく崩す。
グングニールを手放したグリームニルは逆手に持った黄金の魔剣、Durandal MardyLordで切り込む。すくい上げる斬撃。残されたもう一本の腕が宙に飛ぶ。
「須らく、砕け散れ」
脚部のスラスター噴射を駆使した回し蹴りによる足払いがユニコーンを浮かせた。間髪入れずに胸部へ正拳突きを打ち込む。
ユニコーンは吹き飛んでビルの壁面に叩き付けられて動かなくなった。コクピットブロックを振盪させた衝撃に、パイロットは気絶したらしい。
「殺しはしない。お前たちが何者なのか、アルフレッド大尉達は気になってるだろうからな」
銀静はコンソールパネルを指先で叩き、友軍と共有するマップデータにポイントをマークする。
『バーラントからの刺客かな? かな?』
グリームニルの声に銀静は「バーラント?」と眉を寄せる。
『元アーレス教国のドデカい国家連合だよ☆ レイテナやエルネイジェとものすごーーーく仲が悪いんだって!』
「そうか」
銀静には正直よく分からない話しだった。
だが拳を通して分かったことはある。
輸送車輌を襲撃中の敵勢力は、寄せ集めのゲリラや野盗の類いでは済まない。
背景にどんな事情が潜んでいるのかは知らないが……グリームニルのセンサーカメラ越しに、銀静は動かなくなったユニコーンを見下ろした。
大成功
🔵🔵🔵
カシム・ディーン
…護衛依頼か…このくそさみー時期によくやるな
「お家でぬくぬくしてればいいのにね☆」
事前確認
輸送車両の中身を確認
また輸送車積荷内に人や生物がいるかの確認
いるなら人数も確認
侵入者が居たら面倒だからな
襲撃時
【属性攻撃・迷彩】
UC発動
爾雷彌参上同時発動
光水属性を全員に付与
光学迷彩で存在を隠し水の障壁で熱源や音を隠蔽
ユニコーン共を殲滅して来い
「承知!アイサツも出来ぬサンシタ等おそるるに足りぬ!」
隠れて狙撃されるなら隠れてボコられる覚悟もあるよな?
後はこの隙を狙って侵入してくるかもしれない輩の迎撃だ
メルシー軍団の内25人を輸送車の護衛に回す
侵入者とか怪しい奴がいたら捕まえろ
「畏まり☆」
【情報収集・視力・戦闘知識・念動力】
念動力を広範囲に展開
敵機の位置の捕捉
同時に…積荷内の生命反応の解析
【弾幕・空中戦・二回攻撃・切断・盗み攻撃・盗み】
周辺の敵に爾雷彌と共に美少女達が襲いかかり切り刻み分解して資源と搭乗者強奪!
後は容赦なくメルシー達の尋問
所属とか目的とか諸々根こそぎ吐かせる
殺しはしないが尊厳は死ぬかも?
●雪中に忍ぶ
灰色に朽ち果てた市街に、撃鉄や爆発の音が反響する。
大気を震わせるそれらとは対照的に、雪は無音で穏やかに降り続いていた。
「ええい、こんなくそさみー時期に車なんて転がすから!」
メルクリウスのコクピットは暖房が効いている。だがカシム・ディーン(小さな竜眼・f12217)は機体越しに幻の寒気を肌身に感じていた。レイテナの冬は優しくない。
優しくないのは敵機の狙撃もだ。
メルクリウスは光学迷彩と熱源や音まで遮断しているものの、迂闊に動けば気配を察知されてしまう予感がする。それほどまでに敵が発する視線は鋭い。
「アルフレッド大尉! ブツは無事なんだろうな!?」
倒壊したビルを遮蔽物にして、敵の様子を伺いながらカシムは問う。
『レブロス01よりメリクリウスへ。問題ない。輸送車も予定通りのルートを進行中だ』
輸送ルートは極秘とされ、アルフレッドと輸送車の運転手だけが知っている。
襲撃を受けてはいるが、輸送作戦自体は滞りがないようだ。
「本当か!? こっちがスナイパーに夢中になっている間に、トラックに侵入されたなんてオチは御免だからな!?」
『コンテナは二重三重の厳重なロックが掛けられている。電子的にも物理的にもだ。破壊しない限り内部への侵入は不可能だ』
敵の動向からはコンテナを無傷で手に入れたい狙いが伺える。アルフレッドの言い分と照らし合わせると、今のところ侵入の心配は必要なさそうだ。
「じゃあ早いとこ奴らを追い払わないとな! メルシー!」
「ひゃっはー☆」
カシムのユーベルコードに呼応して、合計162体のメルシーがメルクリウスの周囲に出現する。いずれもパラダルクが侍らせていたドラグナーの似姿を持ち、人間大にまでスケールダウンしたメルクリウスが携行する武装を携行している。
「それと爾雷彌!」
「ハハハハハ! 爾雷彌参上!」
高笑いと共に、ニンジャめいた外観のキャバリアが付近のビルの屋上に着地した。
「メルシー軍団の内25人はトラックの護衛だ! 残りは全員ユニコーン共を殲滅して来い! パイロットはなるべく生け捕りにしろ!」
「畏まり☆」
「承知! アイサツも出来ぬサンシタ等おそるるに足りぬ!」
メルクリウスと同様に光学迷彩を施されたメルシーと爾雷彌が散開する。
「どこに潜んでやがる……?」
カシムは感覚を拡大させる。押し広げた直感が、建造物の狭間を縫う徹甲弾の軌跡を網目状に幻視させる。その軌跡の出どころにユニコーンがいるはず――!
「ぎゃん!」
市街に放ったメルシーの一体が、断末魔と共に血煙に変容した。
「どうやって当てたんだ!?」
カシムが目を剥く。指示を飛ばすよりもメルシーを引き連れた爾雷彌が音もなく跳躍した。
メルシーの一体を犠牲に射線の出所を察知したのだ。
中層から崩れ落ちたビルの中。窓からスナイパーライフルだけを覗かせたユニコーンがそこにいた。
「ドーモ、ユニコーン=サン。ジライヤです」
ユニコーンの背後にゆらりと現れた爾雷彌。アイサツから0.02秒。ニンジャソードが閃いた。振り向きかけたユニコーンの頭部が空中に舞った。ワザマエ。
「メルシーの仇だぞ☆」
随伴していたメルシー達がビームサイズを振るう。両腕部が切り落とされ、オーバーフレームとアンダーフレームの接合部が横一文字に引き裂かれた。
オーバーフレームがコンクリート製の床に落ちた。ただの箱も同然となったそれに、爾雷彌とメルシーが手にした刃を向ける。
「コクピットを開け。さもなくばハイクを詠め」
『アッハイ』
爾雷彌の要求に、オーバーフレームのコクピットハッチはあっさりと開かれた。
ヘルメットを被ったパイロットスーツの人間が内部から這い出てくる。挙げた両手は、抵抗の意思がない事を示していた。
「ご主人サマー! パイロットを捕まえたよ! どーする?」
「所属を吐かせろ。それから目的もだ。もし口を割らなけりゃ、ちょっくら尊厳を辱めてやれ」
カシムは爾雷彌が中継する映像でユニコーンのパイロットの姿を確認していた。
顔は伺い知れないが、漂う気配から素人ではないのは明白だ。狙撃の腕の良さもその裏打ちとなっている。
「……我々は東アーレス解放戦線。目的は、お前たちが護衛しているトラックの積荷だ」
メルシーに包囲されたユニコーンのパイロットは、慎重かつ粛々とした言葉運びで語る。両手を上げる姿と合わせて、振る舞いは正規の軍人染みていた。
「東アーレス解放戦線だぁ?」
カシムは顔をしかめて首を伸ばす。
目的は聞くまでもなく分かりきっていたが、新たに耳にした組織の名に、そこはかとない面倒事の気配を感じ取っていた。
大成功
🔵🔵🔵
ガル・ディール
核兵器の輸送は、このように実施されるのが一般的なのでしょうか
現状での正式な接触は尚早と判断、今は猟兵の一人として護衛の遂行に専念します
スワロウ小隊に倣い、コールサインとして使用する鳥の名称を検索
私は"ワグテイル"として友軍と通信します
現時点で位置を特定可能な敵機に対し、まずは通常出力のFLR-06Gで射撃
効果の有無に依らず、敵集団は次の行動に移行すると推測
【月晶輝蹟】で出力制限を一部解除し、殲禍炎剣に検知されない限界まで、敵集団に急速接近
市街地内の最短ルートを最速で通り抜け、狙撃の機会を極力与えないようにしたいです
敵機が遮蔽から移動しない、または次の狙撃地点へ移動しようとするなら射撃
接近してくる、または射撃が困難な地形に入り込まれた場合は副兵装のFLD-01に切り替えて攻撃
追い詰めた敵集団がどのような行動に移行するか不明、交戦により得られた情報は友軍に共有
レブロス01の言う通り敵の別動隊が待機している可能性を考慮、陽動や奇襲への警戒を継続します
●セキレイ
「ワグテイル01よりレブロス01へ。現在輸送部隊を襲撃中の敵の所属は東アーレス解放戦線と判明」
ガル・ディール(インターセプター・f44871)は横倒しになったビルの壁面に背中を預け、通信装置に声を吹き込んだ。
我々の所属は東アーレス解放戦線。
友軍が捕らえた敵兵は確かにそう言っていた。
『レブロス01よりワグテイル01へ。こちらでも通信の内容は確認している』
微かにノイズの混じったアルフレッドの声音は、敵の正体に納得した気配を含んでいた。
「東アーレス解放戦線とは?」
『レイテナ・ロイヤル・ユニオンに対する反政府組織だ。作戦に変更はない。引き続き敵部隊の排除を頼む』
「了解」
敵は自分を雇ったレイテナ・ロイヤル・ユニオンと敵対関係にある。今はそれだけ判明すれば十分だった。
他国家の情報収集と友好関係の構築……フルオ公国の女公より賜った命令はあれど、背景に抱える事情が分からない現状では、どちらか片方に深く関与するべきとは思わない。
けれど何も思わないわけでもない。戦略核を狙う敵の意図や、レイテナの政治事情が頭をよぎった。
戦略核という輸送物を狙う敵勢力、東アーレス開放戦線の出現に、自分に課せられた責任の重さが改めて身にのしかかった。
それにおそらく、彼らが東アーレス開放戦線を名乗るに至った背景には、レイテナ・ロイヤル・ユニオンが抱える内面的な問題……例えば抑圧や紛争が関係しているのだろう。
考えるのは女公に報告する時でいい。今は契約内容を忠実に履行するべく、身を潜めていた物陰から飛び立つ。
ガルの下半身に接続された――というより、ガルが接続された空戦ユニット、FAU-X2は、キャバリアのアンダーフレームと見紛うばかりに大型だった。
空力を得るための主翼を持ちながらも、その形状は鳥よりも海洋哺乳類の尾部に近い。
扁平の装甲からなる主機のスリットがブースターの噴射光を吐き出す。増速した機体の進行方向を可動式の尾翼が調整する。
ロックオンパルスの被照射警報が耳朶を打つ。ガルは身を捻ると螺旋の軌道を描いて上昇した。弾丸が大気を引き裂く音が横と足元で鳴った。
「発射地点、逆算」
振り向きざまにハイレーザーライフルのFLR-06Gを構える。華奢な体格に不釣り合いな大きく長い砲身から光軸が伸びた。
降る雪を灼き溶かしながら直進したレーザーは折り重なった瓦礫を直撃。灰色の土煙をあげた。その向こうで光が瞬く。
ガルは反射的に瞬間加速して機体を横に反らす。鋭く重い衝撃に息を詰めた。ユニコーンが撃ち返してきた徹甲弾が、FAU-X2の装甲の表面を掠めたのだ。作動したオートバランサーの激しい揺れに耐え、ガルは姿勢を立て直して直進加速した
「出力制限解除」
ガルが短い声を発した。FAU-X2の中央に埋め込まれた発光体がライトイエローの光を増幅する。
ブースターから噴射炎が炸裂し、機体を突き飛ばすかのごとく増速させた。
ガルは敵機に一気に肉薄する事を選んだ。最短距離――即ち、狙撃にさらされるリスクを承知で、空中を駆け抜け、一直線に。
音を置き去りにするほどの速度。ショックコーンが後方に広がり、建造物のガラス窓を砕く。降り積もった雪が瓦礫ごと舞い上がった。
だが加速すればするだけ高度計がどうしても気になる。殲禍炎剣の照射判定高度に達すれば一撃で撃墜されてしまうからだ。計器類を信じるのならば、市街で最も背が高いビルの屋上が危険域だ。そこまでは上昇できない。
ガルの機動に呼応してユニコーンが動き出す。複数機が一斉にポジションを調整し、統制された狙撃――ファランクス・シフトで追い込みにかかる。しかし標的は小さく、あまりにも速すぎた。
四方からの狙撃を、ガルは縦軸の回転で躱す。進路の先の目標は先ほど撃ち返してきたユニコーン。既に移動しているが、微かに見えたブースターの光が飛び込んだのをガルは見逃さなかった。
榴弾かビームを受けて大きく口を開けたビル。敵はそのビルの壁一枚を隔てた先に隠れている。
「この距離なら……外しません」
FLR-06Gを壁に向けて構える。エネルギーを超過充填した砲身が稲妻を纏う。
手動照準でトリガーを引く。強烈な反動に急激な逆制動が加わった。
放射したライトイエローのレーザービームがコンクリートの分厚い壁を貫通する。レーザーは減衰することなく、市街地を横断するように一直線に駆け抜けた。一拍遅れて昇った灰色の噴煙が、市街の果てまで連鎖する。遠くのビル群を貫通する轟音が遅れて響き渡った
撃ち抜いた壁の向こうでは火球が膨張した。どのような形であれ、狙ったユニコーンの撃墜を確信させるに足る爆発音が続く。
目視で確信していられるほどの余裕はない。ガルはレーザー照射終了と共に主翼と尾翼を可動させ、機体の進路を直角に折った。衝撃波を肌に受けた後に、空気を貫く音が聴覚を痺れさせた。
徹甲弾の発射元を緑色の瞳が追う。崩れた建造物から覗くライトレッドの眼と視線が交差する。
それがユニコーンのセンサーだと認識するよりも先に、ガルは機体を突進させていた。
ユニコーンが次弾を発射するよりも先に、あるいはアサルトライフルに持ち替えるよりも先に、ガルが飛び込む方が早い。
すれ違った瞬間に左腕を振り抜く。FLD-01から発振したレーザーダガーがユニコーンのメインカメラを引き裂いた。
半身のブースターを短く噴射し、推進力を偏向せずに姿勢だけを反転させる。黄色に瞬くFLR-06Gの砲口。レーザーに背中を貫かれたユニコーンが膝から崩れ落ちて伏す。
一連の光景を横目で確認したガルは、機体を反転させ、路面とFAU-X2の腹が触れ合う寸前の高度で急加速した。
「敵の別動隊は……?」
街中から飛来する狙撃を躱すべく、ランダムに機体を翻しながら周囲に視線を巡らせる。
敵は組織だ。ともすれば、アルフレッドが言うように別動隊が待機している可能性は十分あり得る。
あるいは……既に私達は敵の罠に誘い込まれているのかも知れない。
だとしても、現状でやるべき事は明確であった。
罠が敷かれているのであれば、友軍と共に突破する。
「ワグテイル01より友軍各機へ。把握した敵の位置座標を送信します」
『レブロス01よりワグテイル01へ。了解した。座標をレブロス中隊に展開する。スワロウ小隊も対応を』
『スワロウ01! 了解です! バラバラに散っているようで、輸送車をしっかり包囲してる……!』
アルフレッドの落ち着いた声音と対照的に、テレサの声音は切迫している。
ガルは急上昇すると同時にFLR-06Gのトリガーを引く。黄色の光軸が、雪中の市街を走った。
大成功
🔵🔵🔵
ヴィリー・フランツ
※ヘヴィタイフーンに搭乗
心情:野盗にしては数が多い、第三国の非正規戦部隊か?まぁ捕らえた所で口を割る連中じゃない、捕虜は取らんで良いだろう。
手段:「カイゼル1からカイゼル2とカイゼル3へ、今日は白羽井や灰狼中隊の連中が居ないから静かだな」
【海兵降下装甲小隊第46機動部隊】を2機召喚、護衛対象に張り付いて守ってくれ、俺と同じ装備なら多少性能が見劣っても防げる筈だ、反撃可能なら吹っ飛ばせ。
俺の方はアウル複合索敵システム作動、サーマルセンサーも併用しながら輸送車より先行、虱潰しだ。
敵が単純な高所ならクロコダイル電磁速射砲で叩き落としてもいいし、ビルの中に潜んでるなら…155mm榴弾を撃ち込んで炙り出した方が早いな、牛刀で鶏を捌くと言われそうだが、スナイパーなんぞ大雑把に吹っ飛ばした方が楽なんだよ。
万が一撃たれても増加装甲で胴体はガード、その前にサブジェネレーターで強化したフォートレスアーマーも張ってる、寧ろ射線からどの高度、どの方角から撃たれたか分かるからカウンターパンチを食らわせやすいな。
●牛刀で鶏を捌く
雪は降り止まず、市街地に反響する撃鉄の音も止まない。
各方位で瞬く光線や火球が、雪中に紛れた敵との乱戦の様相を呈していた。
それらの中心にあるのは、レブロス中隊、スワロウ小隊、そして猟兵に手厚く護衛されながら進む大型輸送車輌。
刻んだ轍は市街の中央にさしかかろうとしていた。
敵部隊の襲撃よりも前。輸送車輌のルートを予測して先行していた猟兵達が少なからず存在した。ヴィリー・フランツ(スペースノイドの傭兵・f27848)もその猟兵の一人である。
「野盗にしては数が多すぎると思ったら、東アーレス開放戦線だと?」
ヴィリーはHMDゴーグルで覆った目を顰めた。
ヘヴィタイフーンMk.Ⅹがビルの壁面に背中を付け、モノアイセンサーで周囲を探る。灰色を基本色とする迷彩パターンは、市街の環境によく溶け込む。
「分かりやすくて結構な名前だぜ。だが、もう少し開放的になってくれりゃ、探す手間が省けるんだがな」
姿を見せない敵機に向けて皮肉を吐く。
名は体を表すとはまさしく連中に違いない。アルフレッドに言われるまでもなく反体制派組織である事が窺える。
人喰いキャバリアに対抗するべく、レイテナが盟主となって結成した人類連合――レイテナ・ロイヤル・ユニオン。
だが東アーレスに存在する全ての国や組織がその枠組を受け入れた訳ではないらしい。
抑圧に対する抵抗か? 利害の不一致か? はたまた宗教上の都合か?
東アーレスの開放を謳っているからには、定められた縛り……秩序と反りが合わなかったのだろう。
しかしそれらはレイテナと彼らの問題だ。
ヴィリーは己がサインした契約書の内容を果たすべく、攻勢に出る意思を固めた。
最大の防御とは攻撃である。ヴィリーは操縦桿のトリガーキーに指を掛けた。
「カイゼル1からカイゼル2とカイゼル3へ。今日は白羽井や灰狼中隊の連中が居ねぇから、静かだな」
通信機越しにそう告げる。輸送車輌の直掩に回した二機のヘヴィタイフーンMk.Ⅹから失笑と『寂しいもんですな』と冗談めいた声が返ってきた。
「カイゼル2と3は引き続き護衛対象に張り付け。ヘヴィタイフーンの頑丈さの見せどころだ」
了解の応答に混じる金属音は、海兵降下装甲小隊第46機動部隊の二機が、ユニコーンの狙撃から身を挺して輸送車輌を守っている証だった。
ユーベルコードで召喚した二機は性能こそ半減しているものの、装甲厚は狙撃銃の徹甲弾に対して十分な耐久度を維持していた。ヘヴィタイフーンMk.Ⅹは元々量産型キャバリアとしては破格の防御力を誇る機体である。
先行するヴィリーのヘヴィタイフーンMk.Ⅹは、EP-Sアウル複合索敵システムを起動した。肩部のレーダーが発する電波が拡大し、サーマルセンサーが雪に覆われた市街を走る敵の熱源を追う。
その時だった。鋭い衝撃がコクピットを震わせた。鳴り響く被弾警報。ヴィリーは舌を打つ。
「レーダー波に釣られやがったな?」
強力な電波を発した事で、敵はこちらの位置を特定してきたらしい。
さらに鋭い衝撃が続く。だがモニターのサブウィンドウに表示された機体のコンディションを示す色は緑のままだ。
「どんどん撃ってこい! こっちにはフォートレスアーマーがあるんでな!」
ヘヴィタイフーンMk.Ⅹを球体状に包み込むバリアフィールドが、突き立てられた徹甲弾を弾いて火花を散らす。
ユニコーンの狙撃は正確で威力も十分だった。しかしサブジェネレーターで出力を増幅したフォートレスアーマーの防御はその上を行く。仮に貫通されたとしても、バリアで減衰した弾速では、増加装甲を含む機体本体を撃ち抜くには威力が足りない。
「で? どこだ? そっちか?」
ヴィリーの目が敵機の射線を追う。搭乗者の目の動きに連動したヘヴィタイフーンMk.Ⅹの頭部が見上げた先――ビルの屋上の角に、蛍光色の赤が微かに灯っていた。
バリアへの被弾が続く中、構わずクロコダイル電磁速射砲を撃つ。40mmの徹甲弾が破線を刻む。ユニコーンは機体を引っ込ませるも一瞬遅かった。穿たれたオーバーフレームが内部で膨らむ爆炎によって吹き飛んだ。
「今度はそっちか!」
ヘヴィタイフーンMk.Ⅹは側面から槍を突き立てられたかのような衝撃を受けた。よろめきながら旋回する。崩れたビルの奥に、ライフルだけを覗かせるユニコーンが垣間見えた。クロコダイル電磁速射砲を撃ち込む。しかしコンクリートの壁は分厚い。貫通するに至らなかった。
「ええい、火力が足りんか?」
ヴィリーの指先がコンソールを叩く。マップデータ上にマーカーが示された。
「カイゼル1よりカイゼル2と3へ。ポイントAにコングⅡ重無反動砲をぶち込め! 弾は榴弾だ!」
通信装置に向かって叫ぶ。コングⅡは155mm無反動砲だ。ジオメタル社製のこれは、並のキャバリアを木っ端微塵にするだけの威力を有する。
二人分の了解の声と共に、輸送車の所在地の方角から爆音が響いた。続いて風切り音が近付いてくる。
ヴィリーのヘヴィタイフーンMk.ⅩもコングⅡを発射する。弾種は榴弾。手動照準での曲射撃ちだ。反動を相殺するバックブラストと同時に射出された弾体が、山なりの軌道を描く。コンクリート製の壁ひとつ向こうに、155mmの榴弾が三連続で飛び込んだ。
弾着し、炸裂。爆轟が市街に響き渡った。
火柱と共に昇った黒煙と、舞い上がった瓦礫を見れば、潜んでいたユニコーンの顛末など確認しに行くまでもない。
「スナイパーはこうするに限る」
精密な狙撃を大雑把な砲撃で吹き飛ばしたヴィリーは鼻を鳴らす。
敵はまだそこら中に隠れている。痛烈なカウンターパンチを見舞うべく、ヘヴィタイフーンMk.ⅩはコングⅡに次弾を装填した。
大成功
🔵🔵🔵
露木・鬼燈
輸送車輌護衛ですかー
確かに重要なお仕事なんですが…
うん、僕には向いてないんだよねー
ほら、僕の気質としては守りよりも攻めなんで
とは言え、お仕事として受けた以上は上手くやらないとね
熟達の忍の仕事を見せてやるですよ
こーゆー時には大事なのは受け身であることではなーい
積極的に索敵して、敵の位置を把握することなのです!
とゆーことで秘伝忍法<結>を発動
アポイタカラごと分身してるので索敵能力はいつも以上!
ついでに分身なんて補充すればいいだけなんで、いくらでも使いつぶしてヨシッ!
索敵を分身に任せて本体は輸送車の近くで待機
そして分身で敵の意図を把握したらアポイタカラ用の竜殺之剛弓で狙い撃つ!
射線が通ってなくても弓なんで位置さえわかっていれば曲射でイケるイケる
ついでに自身の周囲に残しておいた少数の分身は盾として運用するですよ
身を挺して輸送車を護るっぽい!
●曲芸撃ち
市街を進む輸送車輌を中心に拡大した戦域は、雪と共に混迷を深めていた。
レーダーに探知され難く、環境色に溶け込む敵機を見つけ出して撃破するために、多くの猟兵は各方面に散開している。
周囲は乱戦状態だ。真冬の寒気を裂いて交錯する銃弾は、敵か味方かどちらが放ったものなのか、もはや判別が付かない。
「守りのお仕事って僕には向いてないんだよねー」
大弓を携えて輸送車輌に随伴するアポイタカラのパイロット、露木・鬼燈(竜喰・f01316)は、ひっきりなしに飛び交う徹甲弾の軌道を目で追いかける。
鬼燈の性格としては攻めに転じたいところであったが、輸送車輌の周囲を手薄にするわけにもいかない。
輸送車輌にはレブロス中隊とスワロウ小隊、それから幾らかの猟兵が直掩に付いてはいる。
とはいえ、正規軍に仕掛けてきた相手だ。何の策も用意していないとは考え難い。待ち伏せした上で、地形を活用し、まるで忍者のように逃げ隠れして狙撃してくる技量も備えている。慢心すれば足を掬われてしまう。
かといって攻めに転じなければ、いずれ敵にすり潰される。
「こーゆー時には大事なのは! 完全に受け身であることではなーい!」
護衛対象から離れずに敵機の位置を特定し、撃破する戦術を鬼燈は持ち合わせている。
「秘伝忍法、結!」
アポイタカラが右腕部の人差し指と中指に相当するマニピュレーターを立てる。すると機体の影が伸び、そこから滲み出るかのようにして小型のアポイタカラが続々と現れた。
総数にして161機。0.8メートル程度の全高まで縮んではいるものの、姿も携行する兵装も、本体のアポイタカラを忠実に再現している。外観のみならず、センサー類を含む内部機構までも同一であった。
「散れっ!」
本体のアポイタカラがマニピュレーターを広げた左腕を突き出す。何機かの分身体はその場に留まり、我が身を挺して敵の狙撃から輸送車輌を守護る。
残りの機体はスラスターを噴射すると、市街の全方位に向けて跳躍した。
モニターに開いた無数のサブウィンドウに鬼燈は目を巡らせた。分身体のそれぞれが、センサーカメラを通じて映像を中継している。
崩れたビルを足場に跳躍した一機が、瓦礫の影に灯る赤い蛍光色を発見した。視線が交差した瞬間、ユニコーンが放ったアサルトライフルの連射を受けた。
直撃を受けたアポイタカラの分身体は火球に転じることなく、煙となって霧散する。
『爆発が発生しない……? ダミー?』
ユニコーンは滞留する煙に向けて、怪訝にアサルトライフルを構え続けた。
その様子を廃墟の中に潜んだアポイタカラの分身体が見ていた。
「ふーむ? そこを狙うなら……」
鬼燈は他の分身体が中継する市街の映像を元に、視界の中に射線を描く。
アポイタカラとユニコーンの間には多数の遮蔽物がある。戦艦の主砲級のビームでも全てを貫通するのは現実的ではない。
鬼燈の指がコンソールパネルを叩く。ロックオンモードがマニュアルに切り替わる。操縦桿のトリガーキーを引く。
アポイタカラがアスファルトの地面に竜殺之剛弓を突き立てた。竜をも射殺す大弓に相応しく、つがえる矢も太く大きい。弦を引き絞ると弓がしなり、軋む音が鳴った。
「角度はこのくらいっぽい?」
斜め上に構えた弓に矢の軌道のイメージを重ねる。殲禍炎剣の照射判定域に触れない、際どい高度だ。センサーで風向きを確認し、弓を軸として機体の位置を微調整した。弦を引く力はインターフェース上のゲージで100パーセントを示している。
中継映像越しに見る敵はまだ動いていない。鬼燈はトリガーキーを離さず、呼吸を止めて待った。矢を放つ瞬間を。
「いまっ!」
直感がそう告げた。竜殺之剛弓から放たれた矢は、重く鋭い風切り音と共に灰色の空に吸い込まれていった。
緩やかな放物線を描き、倒壊したビルや瓦礫を飛び越え、落下の軌道に移る。
標的を届くまで残り3、2、1――。
雪に覆われた市街に、金属を貫く衝撃音が響いた。槍のような矢にオーバーフレームを射抜かれたユニコーンの姿勢が大きく崩れ、背中から倒れ込んだ。積もった雪が土埃ごと舞い上がる。
ユニコーンは爆散するでもなく、センサーの発光を明滅させ、すぐに沈黙した。
「ヨシ!」
鬼燈にして会心の一撃だった。運も絡む芸染みた曲射であったが、とりあえずは一機仕留めた。次も上手く行く保証はないが、命中せずともプレッシャーを与える事はできるだろう。
「しかし敵もなかなか手練れっぽい」
分身体の視覚を中継するサブウィンドウは、少なくない数がブラックアウトしている。スナイパーライフルかアサルトライフルで迎撃されてしまったらしい。
次はどの標的を狙おうか……距離と位置から吟味しつつ、アポイタカラは新たな矢を弓につがえた。弦を引き絞る音が鳴る。
大成功
🔵🔵🔵
ウィル・グラマン
●POW
うっひょー、雪だ雪だ!
雪って見てるだけでもテンション上がるぜ!
んでも、ここまで吹雪くと考えもんだな…ま、オレ様は大型トレーラーの助手席でぬくぬくしてっからちっとも寒くはねぇけどな
オブリビオンマシンの狙いはこの輸送車両っつー事はよ、これ自体が的って訳だ
なら、敢えて的に撃たせてしまって周りの風景に同化してるスナイパーを炙り出しちまえば良いって訳だ
でも、そうすると銃弾に晒されちまう訳だから…『アローライン・スクリーム』!
輸送車の周りを矢印で囲んじまって、直進してくる弾をぐるっとUターンさせてスナイパーにお返しするって発想さ!
着弾地点が割り出せば…ベア!
雪玉の代わりに瓦礫をぶん投げてお返しだ!!
●黒い雪熊
時間の経過と共に降る雪が次第に量を増してゆく。
輸送車輌の残す轍の深さが、積雪量を物語っていた。
「うっひょー! 雪だ雪だ!」
白い路面を踏み締めて進む輸送車輌。その助手席でウィル・グラマン(電脳モンスターテイマー・f30811)は、窓の外で流れる景色に瞳を無邪気に輝かせる。
窓一枚を隔てた世界は凍える空気で満ちている。しかし車内は暖房が回っており、寒気などとは全く無縁だった。
だが市街のどこかで爆音が轟くたびに、超剛性プラスチックの窓が痺れるようにして戦慄く。戦場の空気は、車内にいても間近に体感することができた。
「雪って見てるだけでもテンション上がるぜ!」
「正気ですか!? 敵に狙われてる真っ最中なのに……ひぃっ!」
輸送車輌の進路上に命中した弾丸が、雪とアスファルト片を噴き上げる。運転手の女が頭に生やしたロバ耳ごと身体を縮めた。
東アーレス解放戦線――自らをそう名乗った敵勢力の目的は、あくまで積荷であり、輸送車輌そのものではないらしい。運転席を狙ってくる事がそれの裏付けとなっている。
レブロス、スワロウ両隊と他の猟兵に手厚く防御されてはいるものの、全ての攻撃を遮れているわけではない。
自律行動する漆黒のスーパーロボット――ベアキャットも、輸送車輌と足並みを揃えて直掩に当たってくれている。だがそれでも、時折輸送車輌の増加装甲がユニコーンの徹甲弾に激しくノックされる。ロバ耳の運転手がまた短い悲鳴を上げた。
「イェーガーなら外に出て戦ってくださいよぉ!」
「やだよ。寒いし。オレ様はここでぬくぬくしてたいんだよ」
「じゃあ何のために雇われたんですか!?」
「ベアが戦ってるだろ?」
「あなたは戦わないんですか!?」
「今はチャンスを待ってんだよ!」
「そのチャンスっていつ!? もう大ピンチなんですけどぉ!」
「んー、そうだなぁ……そろそろ頃合いだな!」
ウィルは輸送車輌が集中攻撃を受ける事態を想定し、敢えてこの快適で危険な助手席に居座っていた。
一部の敵は攻勢に出た猟兵を輸送車輌から引き離す動きを見せている。
その一方で輸送車輌……特に運転席を狙撃する敵は依然として多い。時間の経過と共に激化しているとも感じた。幾つかのグループに分かれて集中攻撃してきているらしい。
攻撃が激化する頃合い。ウィルが待っていたチャンスはまさにこれであった。
「今だ! アローライン・スクリーム!」
ウィルが突如叫んだ。ロバ耳の運転手が背中を跳ねさせて悲鳴をあげる。
輸送車輌を中心に、カラフルに発光するホログラフィックの矢印が無数に出現した。その矢印の先端は全て外側に向かっている。
「そっくりそのままお返しだ!」
飛び交う徹甲弾が矢印に接触した途端、向きを急反転させた。弾は初速以上に加速し、空気摩擦で生じた熱の跡を引いて発射元へと返ってゆく。弾丸が金属を撃ち抜く音や、コンクリートを砕く音が連鎖して響いた。
「ベア! スナイパーと雪合戦だ!」
ウィルの声に呼応して、ベアキャットが唸り声と共に雪の塊を持ち上げる。だがそれは雪ではなく、雪を被ったコンクリートの塊だった。
左右の腕部で保持したそれを頭上に構え、大きく振りかぶり、投擲する。
アローライン・スクリームの効果で加速した大質量の物体が弧の軌道を描く。向かう先は徹甲弾の発射元。先程反転させた弾が引いた熱の跡で見当は付いている。そこにユニコーンが潜んでいるはずだ。
かつては高層ビルの根本だったと思しき瓦礫の向こうに、ベアキャットが放り投げたコンクリートが吸い込まれる。直後に轟音が反響した。僅かな時間を置いて爆発音が冷たい外気を伝い、輸送車輌の窓を震わせた。
「当たったかぁ? たぶん当たったな! ベア! その調子でどんどんブン投げろ!」
隣で怯えながらハンドルを握るロバ耳の運転手を他所に、ウィルはスポーツ観戦でもするかのようにして嬉々とした表情を見せる。
吹雪の中、黒い雪熊は、単調ではあるが豪快に瓦礫を投げ続けた。
大成功
🔵🔵🔵
ティオレンシア・シーディア
…まあ、あらゆる意味で二度はできない乾坤一擲の一大総力戦だったわけだし。「そういうモノ」の一つや二つあるのは当然といえば当然よねぇ。
使わずに済んだのは実に結構なことではあるんだけれど…それはそれで政治的には色々と厄介なのよねぇ、やっぱり。
ステルスの狙撃手が相手かぁ…多少面倒ではあるけれどやりようはあるかしらねぇ。マルガリータ、索敵任せるわぁ。各種レーダー及びセンサー類、最大稼働よろしくねぇ。
|韋駄天印|《俊敏》と|虚空蔵菩薩印《技芸向上》でバフかけて●轢殺・揺走でテイクオフ、殲禍炎剣に引っかからない程度に上空へ。|エオロー《結界》による●黙殺・砲列の結界弾幕と○オーラ防御を下方向に集中展開、狙撃に合わせてマホガニーでカウンタースナイプブッ放すわぁ。クロスボウだからHEATやSSFも撃てるのよねぇ。
どうも相手に飛翔系兵装はないようだし、射撃は下からしか飛んでこない。なら、遮蔽物の少ない上空から攻撃したほうが効率良いわよねぇ?
この後にもまだ襲撃は控えてるんだし、さっさと片付けちゃいましょ。
●スノウブレイク
雪中の戦場での音響は独特だ。
撃鉄の音や爆発音が籠もって聞こえる。
降る雪、積もる雪が音を吸収しているからだ。
雪は全てを等しく覆い隠してゆく。
朽ちた街並みも。倒れ伏したキャバリアも。
そして、鯨の歌作戦で刻まれた、激しい戦いの痕跡も。
「……まあ、そういうモノが用意されてたって聞かされたところで、今更ぞっとしない話しよねぇ」
スノーフレークを駆るティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)は、モニターの隅に映り込んだ輸送車輌に向けて呟いた。
鯨の歌作戦――東アーレス大陸に住まう人類の存亡を賭けた、一大総力戦。
ティオレンシアにとって、鯨の歌作戦がいかに過酷な戦いであったのかは骨身に染みている。
それも、猟兵の存在を前提としてだ。
EVOLの大軍勢。
スカルヘッド。
激浪。
ヘルストーカー。
猟兵であるティオレンシアにして息つく間もなかった。
敗北は許されない。だが敗北しない保証は、猟兵でさえもできない。
絶対に敗北が許されない戦いに、プランのBやCの保険が用意されていたとしても、当然と言えば当然であろう。
しかしそのプランが選ばれていたとしたら? 戦略的に勝利したと言えたのだろうか?
人喰いキャバリアとの戦いの目的の根本は、人類の生存圏を取り戻す事だ。
もしも猟兵を投入した上で鯨の歌作戦が失敗に終わっていたら、たったいま皆で大事に護送している輸送車輌の中身が投入されていたのだろうか?
その結果は? 人喰いキャバリアは殲滅できたかもしれない。だがそれは一時的にだ。
残されるのは広範囲に及ぶ放射能汚染。
人の生存圏を取り戻す戦いのはずが、自ら生存圏を狭めてしまう結果になった事は用意に想像がつく。
そして人喰いキャバリアを一時的に殲滅したところで、どれほどの意味があるものか?
ティオレンシアは鯨の歌作戦を通じ、二度に渡って人喰いキャバリアの物量を経験した。
人喰いキャバリアは津波のように押し寄せてくる。防衛線という防波堤を築かない限り、奴らは文字通りに無限に流れ込んで来るのだ。
しかも奴らは人間と違って放射能を恐れない。
人が入り込めなくなった領域は完全に無防備だ。
そうして人類は戦線を下げ、全滅という壁に向かって押し出されてゆく。
ティオレンシアは思う。
人喰いキャバリアの戦いにおいて、どれほどの威力があろうとも、環境に重大な影響を及ぼす核などの兵器の使用は、自らの首を締めるだけなのだと。
日乃和やレイテナが通常兵器での撃退に拘る理由はこれだと。
「そもそも核を投入して終わる戦いなら現状は生まれてないし、使わずに済んだのは実に結構なことではあるんだけれどねぇ?」
ティオレンシアは輸送車輌から目を背けた。
改めて考えると、鯨の歌作戦での猟兵に課せられた責任とは、凄まじい重量だったのかも知れない。
猟兵が果たした役割とは、戦略核の投入を阻止したという点で、勝利に貢献した以上の価値を持っていた。
「で……こうして厄介も引き寄せてくれると」
輸送車輌の襲撃犯――東アーレス開放戦線と名乗った敵勢力は、気風からして単なるテロリストではないらしい。
戦略核を奪って何に使うつもりかは分からないが、政治的な駆け引きに役立つ事は確実である。
むしろ兵器としての価値よりも、政治的な価値の方が大きいのでは? ティオレンシアにはそのようにも思える。
「よりによってステルスの狙撃手なんて面倒な相手を呼んでくれちゃって……」
ティオレンシアの眉宇が外側に傾く。スティックを引いてフットペダルを断続的に踏むと、スノーフレークが後方に向かって右に左にと短距離を跳んだ。一瞬前まで居た路上に弾丸が飛んできた。ユニコーンの狙撃だ。
「マルガリータ、索敵の方はどうかしらぁ?」
『はいますたぁ、芳しくありませぇん』
レーダーマップを一瞥するとマルガリータの言う通りらしい。レーダー波とセンサー感度は最大稼働中だ。しかし敵機の反応を示す赤い輝点が一瞬灯っては消えてしまう。おおよその方位は把握できなくもないが……マルガリータにもスノーフレークのセンサーにも性能に不足はない。敵機は待ち伏せしていたのだ。入念な隠密の方策を取っていたのだろう。
鉄筋コンクリート製の建物だらけの市街地ではレーダー波が遮られやすいという問題もある。敵側もそれを理解しているらしく、物陰からの狙撃に徹し、移動時も瓦礫などを利用してなかなか姿を見せない。
「これは上に飛んじゃった方が楽そうねぇ?」
ティオレンシアはコクピットの天井を見上げる。スノーフレークの頭部も連動して上を向いた。無辺に広がる空は重い灰色で、雪が踊りながら降りてくる。
ゴールドシーンが黄金の筆跡で、韋駄天と虚空蔵菩薩の印を宙に描き出す。
ティオレンシアがフットペダルを踏みしめると、スノーフレークは軽やかに、かつ俊敏な動作で曇天に向かって飛翔した。
轢殺・揺走の助走を得た加速。最高時速にして約805キロメートル。音速の約7割弱に相当するスノーフレークの飛翔は、まさに一瞬であった。
「はい、ここまでよぉ」
殲禍炎剣の照射判定高度のイエローゾーン――具体的には、市街に聳立する中で最も高いビルの屋上程度まで飛んだスノーフレークが、スラスターを噴射して急停止する。
周囲を遮るものは高層ビルが精々だ。市街を見下ろすスノーフレークは、下から見上げれば丸裸も同然だった。
スラスターの噴射炎を目印として敵機がスナイパーライフルを向ける。市街のあちこちで光ったマズルフラッシュ。幾つもの徹甲弾がスノーフレークを貫く。
『防護呪紋、下面に集中展開しまぁす』
マルガリータの間延びした電子音声に合わせて、金属が弾かれる音が連続した。
敵の大半は市街に潜んでいる。スノーフレークから見て市街は下方。なら攻撃は下方からしか飛んでこない。
狙撃銃の弾丸の径は大きく、威力も高い。だが十分に収束した障壁は、それらから機体を確実に保護してくれた。
「へぇ? 地対空ミサイルの類いはお持ちでないようねぇ? それじゃあゴールドシーン、お願いねぇ?」
筆が踊る。スノーフレークの左右に魔術文字の列が浮かび上がり、そこから黄金のクロスボウが迫り出す。
「空爆されるとは思ってなかったかしらぁ?」
スノーフレークが機械式大型クロスボウ、マホガニーを下方に向かって構えた。
敵機の位置は、弾道から逆算して見当が付いている。マルガリータがロックオンモードをマニュアルエイムモードに切り替え、射撃のガイドと敵機が潜む予想地点にマーカーを表示した。
「大尉さんも言ってたけど、この後にもまだ襲撃は控えてそうだし、さっさと片付けちゃいましょ」
クロスボウの砲列とマホガニーが一斉にボルトを放つ。
ボルトの|ヴェイン《羽》が雪交じりの空気を引き裂く。見下ろす市街で、複数の赤黒い爆炎が膨れ上がった。ボルト先端部の榴弾が炸裂したのだ。
マホガニーの自動再装填機能が次のボルトを巻き上げる。スノーフレークがトリガーを引くとまたしても市街に爆炎が生じる。
朽ちゆく瓦礫に潜んでいたユニコーンを粉砕した熱波が、雪を灼き溶かす。
スノーフレークの装甲は、緋色を照り返していた。
大成功
🔵🔵🔵
ティー・アラベリア
奉仕人形ティー・アラベリア、ご用命に従い参上いたしました
此度のお相手は、遠距離狙撃戦に特化した機体なのですね
製品コンセプトが明確であることは良いことです。運用に迷いがなくなりますものね
精密な射撃管制と、狙撃を実現するためのセンサーやシステム。真面目に運用しようとすれば、中々にお金がかかりそうな機体でもあります
ふふっ、此度も刺激に富んだ旅となりそうですね
さて、お客様のご要望を完璧に叶えてこその奉仕人形でございます
今回は火力以外の手管を用いましょう
目立ちます。それも徹底的に
友軍や他の猟兵様方の囮となるように都市内部を飛び回ります
索敵のための魔導波も電波の形に変えて、それはもう盛大に発振しましょう
注意が向きましたら、輻射波動分析機構を用い、照準のために発せられる電波やレーザーから敵位置を逆探知致します
得られた位置情報は友軍に提供しつつ、95式で敵の移動を妨害。槍斧片手にご挨拶に参ります
目立つ戦い方で敵の注意を惹きつつ、並行して自爆妖精を展開。頃合いを見て起爆させ、敵の抵抗を粉砕いたしましょう
●奉仕人形は目立ちたい
白に染まりゆく灰色の世界で、その鮮烈なる赤は一際異彩を放っていた。
軽やかに飛び跳ねながら瓦礫の街を行く人形は、明らかに場違いな風貌であった。
赤と黒が織りなす戦衣は、まるでアリスラビリンスから飛び出してきたような、ハートの女王を想起させる風貌だった。心臓を象った装飾がその印象をより際立たせている。
篭手で携えた複雑怪奇な意匠を持つ長杖も、印象の強調に相乗効果を及ぼす存在だ。
吹雪に煽られて波を打つのは、ハニーゴールドの柔らかな髪。
頭に戴いた冠では、荊棘がハートの花を咲かせている。挿した黒い羽は、三つの赤い眼で周囲を訝しく覗う。
青い瞳はガラス玉のような美しさを放ちながらも、生気を感じさせない人工物の不気味さを宿していた。
左右に連れ添う黄金の小さな人形が運ぶのは、柄が歪んだ大斧。
何を断ち切るために用意した大斧なのか……それは刃に染み込んだ赤が答えを示している。
「60式量産型……ユニコーン。遠距離狙撃戦に特化しているだけではなく、環境に適した迷彩パターンと電波を吸収する特殊塗料、電子欺瞞を備えた機体なのですね」
猟兵と敵機の間で交錯する火線を飛び越えながら、ティー・アラベリア(|ご家庭用奉仕人形自立駆動型戦略魔導複合体《自立駆動型戦略魔導複合体》・f30348)は、長い睫毛に縁取られた双眸を細めた。
微かな喜色の曲線を描く口から発せられた声音は、ユニコーンの狙撃の精密さへの感嘆を含んでいた。
スナイパーライフルは整備が行き届いており、火器管制もセンサーユニットも最適なものが搭載されているに違いない。それが10機以上。調達価格を計算すれば、なかなか良い値段に達する。
しかも運用方法も最適だ。
散乱する瓦礫や建造物を巧みに利用して姿を見せず、友軍との十字砲火を意識しつつ、射程の長さを活かして不意を突いてくる。
輸送車輌とその護衛を襲撃した彼らの名前は、東アーレス解放戦線。
響きはテロリストだが、キャバリアの運用力、パイロットの技量、どちらも正規軍のそれと同水準だ。
「此度も刺激に富んだ旅となりそうですね」
奉仕のやり甲斐に笑みが溢れる。
「それでは、お客様のご要望にお応えいたしましょう」
ティーは“スカートの裾から見えざる妖精を放出しつつ”、手近な建造物の屋根に飛んだ。
めくれ上がるスカートを片手で押さえながら淑やかに着地すると、両手を広げて曇天を仰ぐ。
「さあさ、ここですよ。ボクを見つけてくださいな」
冠に挿した黒羽、92式魔導波探信儀が三眼を忙しなく動かす。
魔道波をレーダー波に変換して放出すると、それは実体の無い強烈な波となって街中に拡大した。
ティーの背丈は、戦場の主役であるキャバリアと比較して明らかに小柄だ。
携行する杖と斧の存在感こそ大きいものの、ガルのように身体を包み込むほどの大型ユニットを装着しているわけでもない。
無論、環境色と真逆の色合いはどこにいても際立つ。
だがキャバリアよりも小さいという点が、敵側の注目を集めない理由となっていた。
しかし強力な電波を発しているとなれば話しが変わってくる。
敵は発振元を特定し、そちらへ照準を向ける。
スナイパーライフルを向けた対象が友軍の識別信号を出していなければ、問答無用でトリガーを引く。
ごく当然の対応――囮役を担うティーにとって、望むところの対応である。
「反応もお早い。これは尚更……」
ロックオンパルスの照射警報が聴覚機関の奥で鳴った。ティーは屋根から飛び降りる。様々な方位から放たれた徹甲弾が虚無を切った。
「狙いも正確。きっとよくご研鑽なさっているのでしょうね」
道路上に降りたティーは、積もる雪に足跡を残しながらジグザグに跳躍を繰り返す。建物の壁が、アスファルトが、砕けて破片を撒き散らした。
ティーは肌身を突き刺す視線の出所を眼で探索し、視野に広げたレーダーマップにマークを付け、友軍間の戦術データリンクに流す。聳立する高層ビルの中程で光が瞬いたのはその時だった。
キャバリア用のスナイパーライフルの弾丸は、命中すれば人間の身体など血煙に変えてしまう威力を持つ。掠めずとも伴う衝撃波でさえ危険極まりない。雪とティーの髪を散らせたのは、その衝撃波だった。
「ああ、後ほど整え直しませんといけませんね」
瞬いた光はマズルフラッシュだ。高層ビルに一瞥をくれたティーは残骸を踏み台に、かつてはオフィス街だったと思われる廃墟群を飛び越えた。
着地すると、再度大きく大跳躍。捲れ上がったスカートの中からドロワーズが露わになるのも構わずに、高層ビルの窓に足をかけ、窓から窓へと垂直方向に跳ぶ。すぐ背後を銃撃の音が追いかけてくる。僅かにでも直線にも動けず、足も止められない。
「こちらですよ。こちらですよ。どうぞ憂いなく、狙ってくださいませ」
奉仕人形の見えない鎖が、敵の視線を繋ぎ止める。
目論見通りの成り行きに、ティーの唇は楽しげな弧を作った。
「ごきげんよう。ご挨拶に参りました」
中程の階層まで登りきったのと同時に、ライトレッドの眼差しと視線が交差した。
『待っていたぞ』
スナイパーライフルをアサルトライフルに持ち替えたユニコーンが、言葉通りに待ち構えていた。
通信装置越しに聞こえたのは、きっとユニコーンのパイロットの声であろう。
ユニコーンのマニピュレーターがトリガーを引き、チャンバーに装填された弾丸の雷管が叩かれ、薬莢の輩出と共に弾丸が射出される――よりも僅かに早く、ユニコーンの膝関節部分が爆発した。
『なにっ!?』
短い驚愕の声。姿勢を崩したユニコーンが天井に向けてアサルトライフルを連射する。火花と跳弾の音が弾け、コンクリート片が雨のように降り注いだ。
「自爆妖精、お気に召されたでしょうか?」
ティーが肩の埃を払って淑やかに笑う。
ユニコーンの膝関節を破壊したのは、予め放出していた92式浸透自爆妖精だった。
だがユニコーンはオーバーフレームの片側を喪失してもまだ動ける。アサルトライフルの銃口がティーに向かう。
土埃を切って走り出したティーは、95式思念誘導型魔杖から火球を撃つ。アサルトライフルが腕部を道連れに爆散した。
吹き付ける熱風がティーの髪を炙る。杖を手放して隣接する妖精から二振りの槍斧を受け取る。
「そうです。そのままボクから目を離さないで」
ユニコーンとの距離がゼロに詰まった刹那、高魔力伝導型大質量槍斧を左右に凪いだ。
重い衝撃音が階層を震わせ、火花と共にユニコーンの頭部が飛んだ。
そして斧槍を二本合わせて縦に振り下ろす。首なしの胴体がひしゃげた。
頭部が鈍い音を立てて床に転がる。作動油とも伝導液とも判別し難い黒い液体が胴体と首から流れ出て、床に広がってゆく。
ティーはめり込んだ斧槍の刃を外すと、刃に付着した液体を振り払った。
「いかがでしたでしょうか?」
機能を停止したユニコーンに背を向けて歩き出す。
黒い液体溜まりに映った人形の顔は、穏やかであり、満足げでもあった。
大成功
🔵🔵🔵
菫宮・理緒
【箱庭】
護衛任務にはちょっと過剰な気もするけど、
オブリビオンマシンもくるし、【ネルトリンゲン】で出撃するね。
えーっと。
とりあえずファルシータさんとははじめまして、なんだけど……。
まぁ錫華さんと仲よさそうだし、おいておこう。
挨拶は改めてすればいいよね。
って、来たかー。
ここまでは水之江さんの予想通りって感じだね。
錫華さん、迎撃よろしく。ファルさんは空から……。
えっと。ファルさん?
真面目にやらないと――。
わ、アミシアさん怖っ。静キレモードはマジ怖いから、真面目にやろうね?
ということで、あらためて!
【Density Radar】で敵の居場所を特定しつつ、情報をみんなに共有。
『希』ちゃん、ファルさんとははじめてだけどリンクいけそう?
『問題ないよ。でもこう……戦術コンピュータにクセがあるのは、マスターの個性なのかな?』
ま、そこはあとで詰めよう。
わたしは錫華さんとファルさんを抜けてきた敵を叩くね。
輸送車は【リモートリーシールド】で完璧防御するから、
錫華さんとファルさんは安心して敵を叩いてきてね。
支倉・錫華
【箱庭】
いや推しとかいいから。輸送車護って?
ガン見するなら、周囲の警戒にしてくれないかな。
っていうかへそ拓ってなに。
んー。どうする、と言われても……。
こっちは護衛だから、あまり過剰なアクション録れないしね。
まぁ雪降ってきたし、襲われるには絶好の場所だし、そろそろそろくると思うけど、
作戦はたぶん理緒さんが考えてくれるよ。きっと。
ほら、きたきた。
わかりやすいところでわかりやすい襲撃。
って。ファルさん突っ込みたいの?
いや、わたしの口になにを突っ込むっていうのさ。
『……ファルさん? 敵のクロスファイアポイントに突っ込ませてあげましょうか?』
アミシア、ハッキングの準備はあとにして、いまは迎撃。
『ちっ……』
うわ、アミシアの舌打ちとかひさびさに聞いた。
以前聞いたのいつだっけ。故郷の街脱出したとき以来かも。
って、ごめん。錫華機でるね。
アミシア、理緒さんのレーダー索敵ポイント見ながら、
輸送車に近いところから叩いていくよ。
ファルさんは空から弾幕よろしく。
あ、依頼が全部終わっても、なにも突っ込ませないからね?
ファルシータ・フィラ
【箱庭】
今日の!推しは!!錫華お義姉様のおへそ!!!
間違えました、今日の推しは錫華お義姉様一択ですわ!
ああん、そんな目で見ないでくださいませゾクゾクします
あ、理緒さんはじめまして
ファルシータですわ
捨てがたい、とっても良いカタメカクレですが
今日は!お義姉様が!いるので!!
推すのはまた今度にいたします
お待ちくださいませね!
というわけでお義姉様?
仕事の合間にガン見しても?
prprしたいとかへそ拓取りたいとか思っていますが
ああん、『ファルさん』とか、他人行儀冷たい!
萌え、もっと虐げて(はぁはぁ)
アッハイ護衛もします
さて、どうしましょうか
突っ込めと言われましたら突っ込みますが
え?お義姉様のお口に?
ではこの依頼が終わってから、って舌打ちが聞こえましたが?!
怖いんですが!?
致し方ありません
それでは空から
ティタニア!飛翔型です!
殲禍炎剣の標的にならないようにいきますわよ!
【真夏の夜の夢】で踊って頂きましょう!
炙り出した後は錫華お義姉様と理緒さんにお任せしましょう
あ、録画していいですか?(心のメモリーに)
●真珠色の傘
輸送車輌の正面の防壁がギガス・ゴライアであるならば、頭上の傘はネルトリンゲンだった。
巨大な影を落とす船体が、凍える大気を押し退け、悠然と前進を刻んでいた。
敵にとっては絶好の標的と映った。集中砲火を受ける事は必然だった。だが、雪化粧を纏う真珠色の装甲は、イーストガード海軍基地を離れた瞬間の光沢をなお失わず、静かにその威容を誇示し続けていた。
『ネルトリンゲンには構うな。その他の護衛の誘引と排除を優先しろ』
『了解。どうせスナイパーライフルじゃ、あれの装甲は抜けないし、対艦武器の持ち合わせも無いしね』
ユニコーンのパイロット達はネルトリンゲンの撃沈を早々に諦めていた。
艦船を相手取る想定の装備は無く、目的を達成するだけなら攻撃をする必要もない。
撃沈の可能性があるとすれば、エンジン部分への集中攻撃だが、D.F.シールドで守られているため攻撃が通らない。
「やっぱりネルトリンゲンを出すのは過剰戦力だったかな?」
敵軍の通信の内容なぞ知る由もなく、ネルトリンゲンの艦長席に座す菫宮・理緒(バーチャルダイバー・f06437)は、眉の端と首を傾けた。
襲撃を受けた地点は想定していた通りだったが、本艦に対する敵の猛攻は幾ら待っても来ない。
護衛部隊の過剰な戦力に圧倒されたのか? しかし市街の各地、そして輸送車輌の周囲の交戦状況は、依然として静かに激しく推移している。
まるで戦場からネルトリンゲンだけが切り離され、孤影を漂わせているかのようだった。
だが意図されているとしか思えない無視は、不気味でもある。
やはりアルフレッド大尉の言うように、敵は何らかの策を抱えているのかもしれない。
ではどんな策を? 疑念が頭蓋の中で渦を巻き、出口を求めていた。腕を肘掛けに預け、両手を固く組み合わせる。指の隙間を凝視するが、そこに垣間見える策はなく、暗い狭間だけがあるばかりだった。
『今日の! 推しは!! 錫華お義姉様のおへそ!!!』
それはあまりにも唐突過ぎた。少女の叫びがネルトリンゲンの部隊が共有する通信チャンネルをつんざいた。音割れするほどの声量に理緒の両肩が跳ねる。
「間違えました、今日の推しは錫華お義姉様一択ですわ!」
ファルシータ・フィラ(アレキサンドライト・f44730)は溢れ出る衝動を言葉にして叫ぶ。
妖精を象る騎士型のキャバリア――ティタニアの羽根から放たれる複合属性散弾は、乱舞する光となり、パイロットの昂ぶりをそのまま戦場に刻み込んでいた。
「いや推しとかいいから。輸送車|守護《まも》って?」
支倉・錫華(Gambenero・f29951)の声音は実に冷ややかだった。顔に感情の色を出さずとも、僅かに細めた双眸は呆れとも軽蔑とも取れる色彩をしている。
理緒がDensity Radarで得た索敵結果を元に、錫華のナズグルはFdP CMPR-X3のトリガーを引く。徹甲弾が敵機の潜む建物の壁面を叩き、コンクリートの破片を散らせた。敵の居場所は判然としていても、肝心の姿を見せない。焦りと苛立ちは判断を曇らせる。錫華は冷静に努めていたかったが、ファルシータが水を差す。差すどころか最大まで開放したシャワーも同然だ。
「ああん、そんな目で見ないでくださいませゾクゾクします」
サブウィンドウから卑しい者を見る眼差しを向ける錫華に、ファルシータは身をくねらせて背筋を震わせる。垂れた涎を腕で拭った。
「えっと。ファルさん? 真面目にやらないとアルフレッド大尉から怒られちゃうよ? これシリアスなシナリオだからね?」
苦く笑う理緒の口角は露骨に引きつっていた。
「とっても良いカタメカクレ! こちらも捨てがたい!」
ファルシータが瞳をギラつかせる。理緒は文字通りに身の毛がよだつ感覚を味わい「ひぇ……」と小さく短い悲鳴を漏らした。
「ですが! 今日は! お義姉様が! いるので!! 推すのはまた今度にいたします!」
惜しそうに、あるいは悔しそうにファルシータは首を激しく横に振る。
「そ……そうなの? じゃあまた別の機会にね……」
理緒は内心で安堵した。同時にファルシータにロックオンされている錫華が不憫にも思えた。
「楽しみにお待ちくださいませね!」
「あはは……遠慮しておこうかなぁ?」
順番の問題だった。胃が締め付けられる感覚に、理緒の表情がますます引き攣る。
「というわけでお義姉様? 仕事の合間にガン見しても? ペロペロしたいとかへそ拓取りたいとか思っていますが!」
「フィラさん」
「ああん、ファミリーネーム呼びとか! 他人行儀冷たい! もっと!」
ファルシータの息が荒さを増す。ティタニアのコクピットは快適な温度に保たれているはずなのに、吐息が白い。
「護衛して。役目でしょ」
冷ややかに突き放す錫華にファルシータは「アッハイ」と即答で応じる。
「ではでは? どう護衛します?」
「ええっとね、輸送車はリモートリーシールドで防御してるから、ファルシータさんは敵を撃破しに行って――」
「突っ込みます? 突っ込めと言われましたら突っ込みますが! いつでも! どこでも!」
理緒が全部を言い終える前にファルシータが大声を被せる。
「探知できた敵の位置を教えるから、錫華さんと――」
「え!? お義姉様に!? いいんですか!? お義姉様に突っ込んでも!?」
ファルシータがシートから身を乗り出してモニターに食い入る。理緒の背中が艦長席からずれ落ちた。
「いや、わたしに何を突っ込むっていうのさ」
錫華の眼差しがいよいよ氷点下を下回ってきた。
「いやん! 何と聞かれましたらそれはもうなんでもかんでもどこにでもしっぽりずっぽり――」
『ファルさん? 友軍と敵のクロスファイアポイントに突っ込ませてあげましょうか?』
普段よりトーンを落としたアミシアの電子音声が続きを断ち切った。
「アミシア、ハッキングの準備はあと。いまは迎撃」
錫華はナズグルを遮蔽物に滑り込ませながら言う。状況は切迫している。支援AIの貴重な処理能力を余計なことに裂いている場合ではない。
『ちっ……』
「うわ、アミシアの舌打ちとか久々に聞いた。最後に聞いたのいつだっけ? 故郷の街脱出したとき以来?」
「錫華、戦闘に集中してください」
ファルシータへの当て付けを含んだアミシアの台詞に錫華は「了解」を返す。
「いまの舌打ちはどちらさま?! そちらさま?! 怖いんですが!?」
本人は竦んでいるが、理緒と錫華にはあまり怖がっているように思えなかった。
いつまでも盛り上がっているわけにもいかない。こうしている間にもユニコーンは錫華機とファルシータ機を強かに狙ってきているのだから。
理緒は咳払いをひとつして背筋を伸ばす。
「希ちゃん、ファルさんとの近接戦術データリンク、大丈夫そう?」
艦長席備え付けのサブモニターに尋ねる。
『問題ないよ。でもこう……戦術コンピュータにクセがあるのは、マスターの個性なのかな? グリフォンキャバリアだからなのかも?』
サブモニターの中で揺蕩うM.A.R.Eは首をしきりに傾げていた。ファルシータの機体の原産地はクロムキャバリアではなく、バハムートキャバリアだ。世界が違えばテクノロジーも違う。システムの齟齬が出るのは当然だった。
「今後もファルさんと一緒に戦うなら、ちゃんと擦り合わせしなきゃダメかな?」
だが後で考えればいいことだ。敵機が潜む位置座標のデータをミサイルに入力する。
「援護するから、二人とも突っ込んじゃってー!」
M.P.M.Sが複数発のミサイルを解き放った。ロケットエンジンが噴射するガスの尻尾を引く。
「では遠慮なく突っ込ませていただきますわよ! 例え火の中水の中お義姉様のスカートの中!」
ティタニアが騎士から飛竜の姿へと瞬時に変形した。双翼を広げて一気に加速する。殲禍炎剣の照射判定高度未満という成約付きだが、雪風を切って飛ぶ速度はグリフォンキャバリアの本領だった。
ネルトリンゲンが先んじて発射したミサイルが、損壊した建物に殺到する。着弾と同時に発生した爆発が、鉄筋コンクリートの構造体を粉砕した。
間一髪で直撃を逃れたユニコーンが、黒煙と炎を突き破って姿を現した。刹那、ミサイルの尾を追うティタニアが暗雲を切り裂き、その輝く輪郭を浮かび上がらせた。
「さぁ、踊ってくださいまし! 妖精の夜は少々騒がしいのですわ!」
ティタニアが開いた顎から光の剣――ファータ・レイが拡散放射された。無数のそれらは超高機動マイクロミサイルの如きサーカスめいた軌跡を引いてユニコーンを追跡する。
ユニコーンもアサルトライフルで応射するも、数が多すぎた。たちまちに機体をファータ・レイに突き刺され、まるでハリネズミのような有り様になってしまう。
「念の為に言っておくけど、どこにも突っ込ませないからね?」
ティタニアがユニコーンの頭上を通り過ぎた後、錫華のナズグルが飛び込んだ。歌仙を突き立て、ユニコーンを足場にして跳ぶ。背後で生じた爆発を、錫華は横目で見届けた。
「では代わりに突っ込んでいただいてもよろしいのですよ? わたくしいつでもバッチコイですわ!」
飛竜形態から騎士形態に変形したティタニアに、エアブレーキによる急激な逆制動が加わる。機体の方向を180度転換させると、雪が降り積もったアスファルトに降着した。
「いい感じに連携できた、ねー」
この調子でどんどん敵機を撃破していこう……と理緒が言いかけた矢先だった。
「はて? 信号弾ですか?」
日中でも際立つ眩い光が弾けた。ピンク色のそれは何を示すのか? 誰が上げたのか? ファルシータが首を伸ばして双眸を怪訝に細める。
直後、一際大きい爆発音が二つ、市街に満ちる冷たい大気を震撼させた。
さらに雪崩のような轟音が続く。
理緒、錫華、ファルシータが一斉に音の元へと振り向いた。
だが理緒と錫華の向いた先は輸送車輌の進路の先で、ファルシータが向いた先は輸送車輌が通り過ぎた後だった。
「ビルが爆破されて……崩れた?」
輸送車輌の前方と後方で膨れ上がる灰色の煙。その奥に錫華は目を凝らす。
『レブロス01より友軍全機へ。進路が塞がれた。我々はどうやら誘い込まれたようだ』
通信装置越しに聞いたアルフレッドの声は、冷静沈着ながらも深い苦みがこもっていた。
風向きは良くない方向に変わりつつある。
「何か来るね?」
ネルトリンゲンの索敵システムが敵影を捉えるよりも先に、理緒の神経が鋭く震え、迫る危機を予感していた。
転換する状況に備えて唇を固く閉ざす。
吹雪く白の深淵から、|単眼の亡霊《モノアイ・ゴースト》達が迫りつつあった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『モノアイ・ゴースト』
|
POW : バリアチャージ
【バリアを纏った】突進によって与えたダメージに応じ、対象を後退させる。【支援機】の協力があれば威力が倍増する。
SPD : パルス・オーバーブースト
レベル×100km/hで飛翔しながら、自身の【オブリビオンマシン】から【光学兵器による一斉攻撃】を放つ。
WIZ : ゴーストスコードロン
自身が【敵意】を感じると、レベル×1体の【支援キャバリア】が召喚される。支援キャバリアは敵意を与えた対象を追跡し、攻撃する。
イラスト:タタラ
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●進退窮まる
戦略核弾頭を輸送する大型トレーラーが、市街を分かつ大通りに差し掛かった時だった。
崩れかけた高層ビルの根本で、緋色の炎と黒煙が炸裂した。
「レブロス01より輸送車へ! 前進を止めろ!」
アルフレッドの鋭い号令が、輸送車輌の運転手に急ブレーキを踏ませた。
ビルはゆっくりと傾斜を始める。やがて90度の直角まで折れ曲がると、雪崩のような地鳴りと、視界を覆い隠す灰煙を押し広げながら、コンクリートの瓦礫となって大地に身を沈めた。
倒壊したビルは1棟だけではない。輸送車輌が通過した後のビルも、全く同じタイミングで爆砕され、倒れ伏した。大小様々なコンクリート片が大量に飛散する。
「スワロウ小隊! 瓦礫から輸送車を守れ!」
進路を先行していたレブロス中隊のグレイル達は、アルフレッドに命令されるまでもなく横並びとなってシールドを構えた。飛来する殺人的な質量物体が、機体の装甲と盾に打ち付けられ、鈍い金属音を鳴らす。
「EMフィールド! 最大出力でぇッ!」
スワロウ小隊は輸送車輌の後方を守備していた。隊長機のアークレイズが荷台の背後に屹立し、電磁障壁を正面に集中展開する。崩れたビルの欠片が衝突して弾き飛ばされるたびに、青白い電流が激しく明滅した。
輸送車輌の直掩に当たっていた猟兵達の中にも、機体を挺して守る者がいた。
その甲斐あってか、輸送車輌も荷台も手傷を負う程度で済んだ。
次第に瓦礫の飛来が収まり、灰色の煙が薄らいでゆく。その先の光景を目の当たりにしたテレサは息を詰めた。
「道が……! これじゃ進めない!」
「計算し尽くされた爆破だったな。レブロス01より友軍全機へ。進路が塞がれた。我々はどうやら誘い込まれたようだ」
アルフレッドもテレサと同じ光景を見ていた。
進路が前後共に、倒壊したビルが築いた瓦礫の山で、完全に塞がれてしまった。
進退は極まったか。アルフレッドは視線を鋭く走らせ、思考を巡らせる。
輸送車輌が通行できる横道は見当たらない。
瓦礫はすぐに撤去できるほどの量ではない。仮に撤去するにも重機が必要だ。
破壊して突破する手段もあるが、それでもすぐにとはいかない。ビルが崩れて余計に進路が塞がれてしまう恐れもある。
積荷だけをキャバリアで運ぶか?
否だ。積荷は重く大きく、キャバリアの機動力を潰す。猟兵の護衛があったとしても狙撃の餌食になる。敵のスナイパーの優秀さは、先刻の戦闘で猟兵までもが痛感している。
艦艇を持ち込んでいる猟兵がいた。運搬を任せるか?
採れない選択肢だ。猟兵に運搬を任せるのは、積荷が持つ性質上、厳禁とされている。
しかし、東アーレス解放戦線に戦略核を渡すわけにはいかない。あるいはここで破壊されて、放射能で街を汚染させるわけにもいかない。
敵の目的が戦略核の奪取にせよ破壊にせよ、確実に我々を包囲するつもりだ。こちらは輸送車輌を逃がす事もできず、圧倒的に不利な状況で迎撃戦を強いられるに違いない。
思考に費やした時間は、ほんの僅かだった。その僅かな時間で、作戦目標と命令内容の狭間で苦慮している最中だった。
『スワロウ05より友軍全機へ! 新たな敵反応が接近中です! 数は中隊規模!』
アルフレッドはすぐさま思考を断ち切る事を余儀なくされた。
滞空するスワロウ小隊のイカルガ達によってもたらされた索敵情報が、レーダーマップ上の赤い輝点として示される。
赤い輝点は輸送車輌を中心として、市街の四方八方から高速で接近しつつあった。
「包囲される……!?」
テレサは身体に突き通る敵意に身を固くし、アークレイズを浮上させた。
吹雪く白の深淵の奥から、モノアイの赤い光が迫る。
追い詰めた獲物を決して逃さない、猟犬のような眼光――テレサにはそう感じられた。
●リリエンタール・ブランシュ
降る勢いを増した雪の向こう。
瓦礫やビルの上に佇み、輸送車輌を取り囲んで見下ろす“それら”は、深淵に潜む亡霊の如き機体だった。
モノアイ・ゴースト――薄い紫の滲む鈍色の装甲が、吹雪の白濁の中で不気味に浮き立つ。
流麗な曲線が人型の輪郭を形作りながらも、どこか人体から外れた歪な気配を漂わせる。肩部から垂直に伸びる板状の部位と、肩部の側面から伸びるアームで接続された、円形のバリア発生装置の存在が、異形さを際立たせていた。
額に聳立する角と、単眼のセンサーカメラは、亡霊というより悪鬼を想起させる。
輸送車輌を包囲するモノアイ・ゴースト達は、レーザーマシンガンを構えたまま微動だにしない。背部から伸びるアンカーをヘビのようにしならせるばかりだ。
銃口に睨まれたレブロス中隊、スワロウ小隊、猟兵達もそれぞれに武器を構えている。
まるで時間が止まったかのような白い静寂が降りる。
双方が相手の出方に全神経を集中させている。その矢先だった。
『私は東アーレス解放戦線、スティーズ中隊隊長、リリエンタール・ブランシュ大尉よ』
涼やかで気品に満ちた女性の声がオープンチャンネルに響き渡る。
通信を受け取った各機、または各員の視覚野に開いたサブウィンドウに映し出されたのは、十代後半から二十代前半が精々の女性の姿だった。
緩いウェーブのかかった長髪は艶のあるハニーゴールドで、シトリンの色を宿す瞳はいかにも高潔そうな光を湛えている。
顔立ちは美少女の一言で片付けられるほどに精緻だ。だがそこにか弱さはない。画面越しに相手を真っ直ぐに見据える眼差しからは、揺るぎない決意が籠められていた。
女性である事を示す双丘は、なだらか過ぎず急勾配過ぎず。肢体に密着するパイロットスーツが、芸術品じみた完璧なバランスを強調している。
「リリエンタール・ブランシュ……だと……?」
双眸を険しくするアルフレッドは、その名を記憶の隅に置き忘れていたような気がした。
『レイテナの兵士、それからイェーガーに告げるわ。その輸送車を置いて撤退しなさい。そうすれば身の安全は保証してあげる』
交渉の余地はない。聞くもの皆にそう思わせるほど、リリエンタールの声音は凛然としていた。
「レイテナ陸軍第8機甲師団レブロス中隊隊長、アルフレッド・ディゴリー大尉だ。リリエンタール・ブランシュ大尉に告げる。貴官の要求は受け入れられない。また、スティーズ中隊他、我々に攻撃を加えている部隊の即時撤退を要求する」
アルフレッドは機械的ですらある硬い声音で跳ね返す。
『逆に要求するとはね? アルフレッド・ディゴリー大尉、あなたは自分達が置かれた状況を把握してないの――』
「輸送車輌を手に入れて何をするつもりなんです!?」
テレサの焦燥した叫びが、リリエンタールの言葉を遮った。
「あなた達は! あれが何を運んでいるのか分かっているんですか!?」
『分かっているから要求しているのよ』
リリエンタールは呆れをこめた吐息を漏らす。
「分かっているならどうして!? あれがもし壊されたり、よくない事に使われたらどうなるか……!」
『レイテナがよくない事に使う前に、私達が貰い受けるのよ。私達ならより有意義に活用できるわ』
「有意義……? どんな使い方をするっていうんです!?」
『私達は東アーレス開放戦線よ? レイテナ・ロイヤル・ユニオンから東アーレスを開放するために使うに決まっているじゃない』
「あなた達は状況が分かってない!」
テレサは首を激しく横に振り、サブウィンドウのリリエンタールに怒声を叩き付ける。
「いまは皆が力を合わせて、人喰いキャバリアに立ち向かわなきゃいけない時なのに! 人同士で争ってる場合じゃないんです!」
リリエンタールは『反吐が出るほどの正論ね』と嘲笑した。
そして眼差しはすぐに侮蔑を含んだ色味に変わった。
『でもその皆の力を束ねるべきなのは、レイテナじゃないわ。ましてや日乃和でもないわ。二つの国に、そんな資格はないのよ』
「なんで――」
『今の状況は、レイテナと日乃和が引き起こしたからよ』
テレサの呼吸が止まり、表情が呆気に硬直した。
●人災
オープンチャンネルの空気が凍り付く。
『その様子だとなんにも知らないようね? 愚かな。かわいそうに』
凍った空気を砕いたのは、リリエンタールの嘲り、または軽蔑、もしくは哀れみだった。
『レイテナの哀れな走狗達、それからレイテナに雇われた、かわいそうイェーガー達に教えてあげるわ。ゼロハート・プラントの暴走は事故じゃない。人為的に起こされた人災よ』
リリエンタールの口振りに迷いはない。あるのは確信だ。目元の歪みには深い恨みが垣間見える。
『実行犯はレイテナと日乃和。この二カ国は共謀し、ゼロハート・プラントを暴走させた。東アーレスの国々を滅ぼし、その上でゼロハート・プラントを自分たちだけで独占するためにね』
「そんな話、信じられるわけ……!」
テレサは震える瞳をリリエンタールから離せなかった。
『アークレイズに乗っているあなた、テレサ型レプリカントよね? スワロウ小隊のテレサ・ゼロハート少尉。あなたの存在こそ、それの証明よ』
リリエンタールの放った言葉の矢に肺を射抜かれ、テレサは絶句した。
『ゼロハート・プラントは発見された当初、暴走なんてしていなかったのよ。少なくとも何百、何千、ひょっとしたら何万体ものテレサ型レプリカントを運び出すまではね』
黙して聞いていたアルフレッドは、胸中で事実だと認めざるを得なかった。その事実がもたらす重圧に、人知れず息を飲む。
確かにゼロハート・プラントは発見した途端に暴走した訳では無い。テレサの存在がその証明だ。
『でもゼロハート・プラントを調査している内に、レイテナと日乃和は閃いたのよ。ゼロハート・プラントは小国家ひとつ分以上の面積を持つ、広大な大規模プラント群。これを手に入れた者は、東アーレスの王となれる。いいえ、それどころか、アーレス大陸の王にだってなれる。だからこのプラントを巡って、絶対に大きな戦いが起きるってね』
リリエンタールの言葉を、アルフレッドはまたしても認めざるを得なかった。
人喰いキャバリアの戦いの最終的な目的は、発生元の停止。即ち、ゼロハート・プラントの確保。
これはクロムキャバリアで繰り返されてきた、“プラントの争奪戦”となんら変わらない戦いなのだ。
そして、東アーレスを滅亡の縁に追いやるほどの脅威をもたらしたゼロハート・プラントを手に入れれば、リリエンタールの言うように、東アーレスに覇道を敷く力が得られる事は間違いない。
それは、紛れもなく王の力だ。
だが、リリエンタールの言葉が全て事実なら、これまで積み重ねてきた骸の意味は――。
「もしそうだとしても……だからって、どうして人喰いキャバリアなんか!」
『邪魔だったからよ。自分達以外の国が』
「他国を滅ぼすのに、コントロールできない無人兵器を使う理由なんてないじゃないですか!」
『それがあったのよ。レイテナも日乃和も、自分達以外の東アーレスの国全てを本当に滅ぼせるなんて思ってはいなかったわ。その前に目論見が露呈して、レイテナと日乃和の討滅を目的とした同盟を組まれて、逆に滅ぼされる可能性を見越していたんでしょうね』
「だから――」
『事故に見せかける必要があった。そしてゼロハート・プラントを暴走させて、東アーレスの国々を弱らせて、滅亡寸前になるのを待って、主従関係と引き換えに、やっと手を差し伸べた。レイテナ・ロイヤル・ユニオンという国家連合を成立させるためにね』
テレサのアークレイズと、リリエンタールのモノアイ・ゴーストの間に、白く冷たい風が吹く。テレサと“テレサ達”は絶句したまま、身体と思考を固まらせていた。
レイテナが日乃和と共謀し、何十億人もの東アーレスの人々を死に至らしめた?
ゼロハート・プラントの暴走は事故じゃなく、意図的に起こされた人災だった?
じゃあ、あの“|最初の私《オリジナル・テレサ》”は?
でもリリエンタール大尉の話が全部事実なら、私が尋問を受けた理由は?
レイテナ・ロイヤル・ユニオンは、この事を知らないの?
それとも隠しているの?
リリエンタール大尉が嘘を言っているだけ?
蔦のように絡み合った思考が、頭蓋の中を支配してゆく。
『ま、半分はレイテナと日乃和の思惑通りになったけど、人喰いキャバリアの数が想定よりも多すぎたみたいね。それで自分達まで滅亡のピンチになっているんだから、自業自得というか、間抜けというか……』
「リリエンタール・ブランシュ……思い出したぞ」
アルフレッドの低い声音が通信装置を震わせる。
「ラディア共和国軍のエースパイロット。かつては大統領が直轄する部隊の一員だったな?」
『よくご存知ね? そうよ。あなた達の国のせいで滅ぼされたラディア共和国。それが私の祖国よ』
リリエンタールの面持ちが一瞬曇り、儚げに双眸を伏せる。だがすぐに深い憎悪を秘めた目付きに変貌した。
『素晴らしい国だったわ。ラディア共和国のために戦える事が、私の誇りだった。綺麗な街並みも、道徳と秩序を重んじる国民性も、国民の生活を第一に思いやる政府も……友人も! 父と母も! 兄妹姉妹達も! ぜんぶぜんぶ壊されて! 殺されたわ! あなた達の祖国が……レイテナと日乃和が解き放った人喰いキャバリアにね!』
膨れ上がる憎しみ、そして殺気がキャバリアを通して放出される。リリエンタールのモノアイ・ゴーストだけではない。他の機体も、まるで紫の炎を立ち昇らせているかのようだ。
『これが最後の警告よ! 輸送車輌を置いて撤退しなさい! あなた達に用はないわ!』
レブロス中隊、スワロウ小隊、猟兵達ごと輸送車輌を包囲するスティーズ中隊が一歩踏み込む。
アルフレッドは猟兵とテレサのアークレイズに一瞥してから口を開いた。
「繰り返す。貴官の要求は受け入れられない。戦闘を停止し、即刻撤退せよ」
その軍人らしい定型句に、テレサは頭の中で絡み合う思考を振り払った。
『いいのかしら? こちらは戦略核を壊してもいいのよ?』
「そんな事をすれば、ここは放射能で汚染されるぞ?」
『そうね。そして事実が残されるわ。レイテナ・ロイヤル・ユニオンは、イェーガーを雇ってまで行った戦略核の輸送作戦に失敗し、放射能の汚染を撒き散らしたという事実がね?』
「レイテナを貶め、ユニオン政府の分断を図るのも目的の内という事か……!」
戦略核が奪取されても破壊されても、相手の都合の良い方向に事は転がる。アルフレッドは閉じた口の中で歯を噛み締めた。
「レブロス01より友軍全機へ! スティーズ中隊を迎撃せよ! 我々は軍人だ! 任務を遂行せよ! そうだな? テレサ少尉!」
「は、はい……!」
テレサは双眸の中でサファイアブルーの瞳を泳がせながら、震えた声音で応じる。
『スティーズ01よりスティーズ中隊全機へ! 哀れな走狗達を教育してあげなさい! 敵の中には|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》もいるわ! 油断しないことね!』
敵と味方、両者の間で敵意が急激に膨張し、ぶつかり合う。
最初の撃鉄を起こしたのは?
レブロス中隊か?
スワロウ小隊か?
スティーズ中隊か?
それとも猟兵達か?
白に染まりゆく灰色の市街で、キャバリア達が戦いの火花を散らす。
弱者必滅。強者絶対。
何が真実で何が偽りなのか。
どちらが正しくてどちらが間違いなのか。
決める権利があるのは、生きて勝ち残った者だけだ。
ノエル・カンナビス
演説は終わりましたか?
とりあえず、準備時間をありがとうとは言っておきますね。
護衛に関しては、他の人がどうにでもするでしょう。
一方向に限ってですが私のキャリアで遮蔽しておきます。
キャバリアの比ではない大出力と重装甲とにガーディアンシステム付き、電子装備も火器類もエイストラの予備部品ですからね。
狙撃機などは全部止まります。
なんなら厳禁なぞ知った事かと、誰ぞが運んでいくでしょうし(ぽそ
にしても、またバリアですか。面倒くさいこと。
一応バリアクラッカーも持って行くとして。
高度制限の上に地上はビル街とあれば、高速空中戦に持ち込んでくれましょう。
強い制約下での高速戦闘には一瞬のクローキングが効くんですよ。
●オーバーブースト
作戦指揮権を握るアルフレッドからの号令が達せられた直後、エイストラはコンバットキャリアのルーフを蹴って跳躍した。
「やっと演説が終わりましたか」
ノエルは足下の輸送車輌を一瞥する。
物理的な装甲厚と反応装甲を備えたコンバットキャリアで一方向を遮っている。対キャバリア用のスナイパーライフルで貫通できるほど柔らかくはない。モノアイ・ゴーストのレーザーマシンガンの流れ弾を受けているが、びくともしない。弾除け役には十分だった。
「……後は他の人が勝手に|護衛《まも》るでしょうし、なんならネルトリンゲン辺りが運ぶでしょうし」
核弾頭の輸送を猟兵が行うのは厳禁と契約書に記載されていた。それはノエルの記憶を司る機関にも保持されている。だが、契約という手綱は、猟兵という暴れ馬を縛るにはあまりにも細すぎる。
依頼での猟兵の行動を確実に制御するには、グリモアの転送というフィルターを通す他にない。
それよりも問題は自機のほうだ。四方八方から伸びる青白い破線。エイストラはスラスターの連続噴射で左右に切り返しつつ後退する。全ては躱しきれない。甘んじて受けた被弾にガーディアン装甲が反応し、その度にエネルギーゲージが小刻みに減退した。
「殲禍炎剣の照射判定高度は……航空戦闘が可能なほどではありませんね」
ノエルは高度計に目配せし、操縦桿を引いてフットペダルを踏み込む。
高層ビルの中程の高度まで上昇したエイストラは、敵に正面を向けた状態でバックブーストした。
『そのまま逃げ帰ってくれても構わないのよ?』
リリエンタールのモノアイ・ゴーストが、僚機と共に跳躍して追跡してくる。リリエンタール機は正面から迫る。僚機は左右に迂回した。
「そうはいきません。こちらも生活費が掛かっていますので」
敵は三方向から仕掛けてくると見込んだエイストラは、リリエンタール機をロックオンサイトの中央に捉えた。
インターフェース上で充填率を示すゲージが30パーセントを越えた瞬間、ノエルはトリガーキーから指を離した。
エイストラのライフルから荷電粒子の光線が迸った。リリエンタール機は愚直に突っ込んでくる。プラズマビームは水のように弾かれた。
「ああ……モノアイ・ゴーストはバリアを持っていましたね。面倒くさいこと」
リリエンタール機の速度は多少衰えたが、損傷らしい損傷を与えるには至らなかった。
『こんなものではないでしょう? |髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》は!』
側面からロックオンパルスを受けた事を報せるアラートが鳴った。
エイストラに引けを取らない速度で飛ぶ三機のモノアイ・ゴーストが、三方位から一斉にレーザーマシンガンを連射した。
連続して被弾するエイストラは、ガーディアン装甲の放つ高硬度衝撃波で耐える。発生と消失の狭間を突いたレーザーが装甲に到達し、|耐久値《アーマーポイント》をじわじわと削り取ってゆく。
「どんなものだと思われているのかは知りませんが」
エイストラは急反転してリリエンタール機に背を向けた。爆ぜるブースターの噴射光。瞬時に増速し、高層ビルの影に飛び込む。
『逃がさんよ!』
リリエンタール機の僚機が追いかける。左右に別れて挟み撃ちを仕掛けるつもりだ。
しかし、高層ビルの裏手には、いるはずのエイストラの機影が無かった。レーダーにも反応がない。パイロットは周囲に視界を巡らせる。
『どこに消えた? ビルの中――』
一方のモノアイ・ゴーストが、突如として頭上から振ってきたエイストラに叩き伏せられた。
「高速戦闘では、一瞬のクローキングが効くんですよ」
光学迷彩を解いたエイストラが、降下スピードを相乗させてバリアクラッカーを打ち込んだ。射突した杭がモノアイ・ゴーストを覆うバリアごと装甲を貫通する。
間髪入れずにプラズマライフルを接射した。灼熱の収束粒子に貫かれたモノアイ・ゴーストが、内部から膨張する。それを足場としてエイストラがジャンプした。
咲く火球の華が、市街に爆音と振動を押し広げた。
大成功
🔵🔵🔵
ガイ・レックウ
【POW】で判定
『…少し遅れたが‥話の内容的には理解できる。だが‥俺にとっては‥‥‥関係ない!目的のために手段を選ばない時点でてめぇらも斬り捨てるべき畜生だからな!』
【オーラ防御】による防壁を固め、コズミックスター・インパルスに乗って到着したあとに吐き捨てるように言うぜ!
電磁機関砲による【制圧射撃】と【フェイント】を織り交ぜた動きで相手を翻弄、ブレードでの【鎧砕き】で攻撃をしかける!
『例え、どんな事実だとしても…俺は俺の信条で斬る!……その上で全てを終わらせよう…』
最後の方は呟くように言って、ユーベルコード【雷神竜魔法『帝釈天・護法雷霆』】を発動、雷撃で蹴散らしてやるぜ!
●雪中の霹靂
グリモアの転送陣から滑り落ちたコズミック・スターインパルスは戦域の中心部……立ち往生する輸送車輌を目指して増速した。
スラスターの噴射圧が、滑走する道路上に積もった雪を吹き飛ばす。
「リリエンタール・ブランシュ……お前の言いたいことは理解した」
轟音が響くコクピットでガイ・レックウ(|明日《ミライ》切り開く|流浪人《ルロウニン》)は呟きを零す。
リリエンタールの個人的な動機は、つまるところ復讐だ。ガイはそう解釈した。
間接的にでもラディア共和国を滅ぼしたレイテナが東アーレス大陸の諸国の中心的な役割を果たし、あろうことかレイテナ・ロイヤル・ユニオンなどどいう国家連合体を築いた事が――事実上、東アーレスを支配している現状が許せないのだろう。
東アーレス解放戦線に参加する個人や団体も、きっとリリエンタールと似たような境遇を抱えているのかも知れない。
「だがな! 俺には関係ない!」
ロックオンサイトで凝視する吹雪の奥に、単眼の亡霊を捉えた。条件反射でトリガーキーを引く。試製電磁機関砲1型・改から黄金の破線が走った。
電磁加速弾体の弾幕を張りながら突進するコズミック・スターインパルス。スティーズ中隊の各機は隊長に命令されるまでもなく散開した。リリエンタール機に合わせて各方位からレーザーマシンガンを浴びせにかかる。
「お前の言い分が全部事実だとしてもだ!」
レーザーの雨がコズミック・スターインパルスの装甲を叩く。ゴールド・オリハルコニウムを装甲材に練り込んでいるおかげで致命傷には至らないが、微量に蓄積する損傷を報せるアラートに、ガイは顎を引いて目付きを渋くした。
『当然ね。あなた達イェーガーは所詮ただの雇われよ。関係があるのは報酬だけでしょ』
リリエンタールは冷めた声音を青白い破線に乗せ、コズミック・スターインパルスに浴びせ続ける。
「金の問題じゃねえ! 俺は俺の信条で斬る!」
ガイは軽微な被弾に構わず、左右への瞬間加速を織り交ぜた直進でリリエンタール機に肉薄する。
「目的のために手段を選ばない時点で、てめぇらも斬り捨てるべき畜生なんだよ!」
怒声と共に闘鬼刃を抜いた。硬質な輝きが空気と雪を切る。その空振りが致命的な隙となった。
『その理屈なら! 先に斬り捨てるべきなのはレイテナと日乃和でしょうに! 畜生に味方する|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》!』
重く痛烈な衝撃がコズミック・スターインパルスのコクピットを激震させた。バリアを纏ったモノアイ・ゴーストの体当たりをまともに受けて弾き飛ばされる。ガイの食い縛った歯の隙間から呻きが滲み出る。
「その上で終わらせてやる!」
『何を!』
多方面から突き刺さる殺気。レーザーマシンガンを向けたモノアイ・ゴーストのセンサー越しに、リリエンタールと視線が交わる感覚を味わった。言葉の意味を問いただす眼差しだった。
「全部だ!」
コズミック・スターインパルスは、集中砲火を浴びながらも機体を一回転させた。稲光を纏った闘鬼刃が帝釈天・護法雷霆の円を描き出す。稲妻が竜の姿を得て荒れ狂う。周囲に拡散したそれは、モノアイ・ゴーストを打ち払って飛び退かせた。
白雪吹き荒ぶ市街に迸る霹靂。
轟く雷鳴に、凍える大気が戦慄した。
大成功
🔵🔵🔵
フレスベルク・メリアグレース
…エビデンス、を貴方に問いかけるのはナンセンスですね
なら、わたくしが自らのUCを以てその真実を明らかにしましょう
モノアイ・ゴーストと交戦しながらUCを発動
”終焉《エンディング》”を見て破壊するUCを持って、逆算を行いましょう
”リリエンタールの言葉は事実であり、リリエンタールの認識や思考にオブリビオンマシン等の歪みは無いか?”
クロムキャバリアの|棘《ソーン》に働きかけ、過去と未来、現在全てを見据えて『本当の客観的真実』を算出していくーー
それが本当ならば、わたくしも手を差し伸べましょう
だけども、だからこそ調査をさせてくださいな
●ブレイクエンド
ノインツェーンはかざした両手に帰天の防護壁を開き、絶え間ないレーザーマシンガンの洗礼を受け止め続けた。光の雨に紛れて届く、貫くような衝撃は、先程の戦闘の残存部隊か、新たな増援か、ユニコーンのスナイパーライフルの一撃に違いない。
「根拠は……いえ、それをあなたに問うのは意味のないことですね」
面持ちを硬くしてノインツェーンの玉座に身を沈めるフレスベルクは、リリエンタールが並べ連ねた言葉を胸の内で反芻する。
どこまでが真実なのかは定かではない。だが、リリエンタールが発する言葉には強い力があった。合理や理屈の定規では測れない説得力が。
一方で鵜呑みにできない自分もいるのも事実だ。
リリエンタール機を含めたモノアイ・ゴーストは皆、オブリビオンマシン化を遂げていた。オブリビオンマシンは搭乗者のみならず、周囲の者の精神を蝕む。リリエンタールだけには及んでいないと誰が断言できようか。
「あなたの言葉が全て真実なら、わたくしにも差し伸べられる手があります」
『なら仕事のパートナーを間違えたわね!』
リリエンタールは僚機と共に一層攻撃を集中させてくる。明滅を繰り返すレーザーマシンガンのマズルに、フレスベルクは明確な拒絶の思惟を見た。
いまの彼女に手を伸ばしても、振り払われてしまう。
「言葉を重ねる事に意味がないというのなら……!」
フレスベルクは糸を手繰り寄せる。
過去、現在、未来。それらを繋ぐ、複雑怪奇に絡み合った一本の糸を。
「企みの果てに導かれた運命を、否定する。この物語の結末は人々の願いが決める。故に遍く人々の瞳に映る終焉を、我が帰天により破壊する――」
時が巡るようにして、ノインツェーンが背負う黄金の輪環が回る。
そしてこの世界に楔を撃ち込んだ棘に問いかけた。
やがて至る終焉の姿を。
終焉から真実の根源を辿るために。
●破滅の終焉
泣き出しそうな仄暗い曇天。
切ない潮の香りをはらんだ風。
虚しく広がる砂浜へ哀しげに寄せる波。
「ここは……?」
ノインツェーン越しに見渡す光景に、フレスベルクは覚えがあった。
数年前の記憶が呼び起こされる。
間違いない。
ここは沙綿里島の海岸線だ。
アーレス大陸から海を渡ってきた人喰いキャバリアを迎撃した、一大激戦地。
左を見ても、右を見ても、後ろに振り返っても、夥しい数のキャバリア達が居並んでいる。
オブシディアンMk4。
ギムレウス。
アダタラ。
クレイシザー。
グレイル。
イカルガ。
アークレイズ・ディナ。
弐弐式剛天。
トール。
後にシリウスという名前だと知る青い機体。
他にも多種多様な、見た事もない機体まで、ありとあらゆるキャバリアが砂浜を埋め尽くしていた。
灰色の海原に目を向ければ、馴染みのある艦艇が多数見受けられた。
大鳳。三笠。大和武命。
ウォースパイト。クイーン・エリザヴェート。
その内の殆どの艦艇が……艦艇だけではない。
砂浜一帯に展開するキャバリアも、程度の差はあれど傷を負っている。
装甲の交換さえ行われていない機体があった。
有り合わせの部品で継ぎ接ぎとなった機体があった。
喪った腕の代わりに武器を溶接した機体があった。
淀んだ空模様から降りるのは、重く息苦しい空気。
地上と海上に漂うのは、疲弊と絶望。
まるでここが人類最後の防衛線のような――現実味の無い光景に、フレスベルクは言葉を失っていた。
『もう遅すぎたのよ』
通信装置から聞こえたのは、リリエンタールの冷淡な声音だった。
『人は変わらない。学ばない。打算で動いて、もうどうしようもなくなって、やっと自分達が置かれている状況に気が付く』
返す言葉を探してフレスベルクは口を開きかける。けれど先が見つからない。ためらいながら目を伏せた。
そしてフレスベルクは気付いてしまった。
この光景は、この場所は……過去、現在、未来。それらを繋ぐ、複雑怪奇に絡み合った一本の糸。その終着点。
『でも……それでも戦う事だけが、わたくし達の生き残る道だと……』
那琴の消え入りそうな声は、己に言い聞かせるべく唱えた言葉と受け取れた。
『我々は軍人だ。最期まで使命を果たす。そのためにここに集ったはずだ』
アルフレッドは感情の揺らぎを匂わせない。運命を受け入れる覚悟をした者の気配が、低く太い声から伝わってくる。
『……来たぞ! 全軍! 迎撃開始!』
矢野の号令にフレスベルクは水平線に目を移した。
緩やかな曲線を描く海と空の狭間。その横一面を埋め尽くすのは、緑と赤。
艦艇が火砲を轟かせた瞬間、フレスベルクはそれらが人喰いキャバリアの群れである事に気が付いた。
巨大な津波となって押し寄せる人喰いキャバリアが、膨張する火球と昇った水柱に蹴散らされる。だが僅かにでも隙間が生じることはなかった。やがて金切り声が近付いてくるのと同時に、海面が白く泡立ち始める。
海底を進んでいた人喰いキャバリアが、海面を割って続々と上陸を開始したのだ。
群れの中には全長50メートルを超える巨大な個体までもがいた。
海上に展開していた艦艇は一瞬で蠢く深緑に呑み込まれてしまう。
海岸線に展開していたキャバリアが一斉に攻撃を開始する。凄まじい量の弾幕。あらゆる弾丸、砲弾、ビームが文字通りに面となって、人喰いキャバリアの大群と真正面から激突する。
波打ち際には瞬く間に骸の絨毯が広がった。だが、押し寄せる人喰いキャバリアの勢いは衰えるどころか一層物量を勢いを増してゆく。
最前線のキャバリア部隊は抵抗する間もなく緑の津波に圧砕された。
巨大な個体が腕をひと薙ぎすると、何十機ものキャバリアが粉砕されて飛び散った。
「これが……算出された真実なのですか? わたくしと、人々の願いが決めた終焉なのですか?」
フレスベルクはサイキ・アンリミテッドレールガンを最大出力で撃ち放つ。
ただの一撃で夥しい数の人喰いキャバリアが肉片に転じた。
しかし道が拓かれる事はない。
一体倒せば十体が。十体倒せば百体が。百体倒せば千体が。
幾万幾億の人喰いキャバリアが殺到する。
フレスベルクとノインツェーンは持ち得るあらゆる武器、あらゆるユーベルコードを用いた。それが例え世界の不変律を捻じ曲げることになったとしても。
されど終焉は変わらない。
濃い緑が何もかもを呑み込み、塗り潰し、喰らい尽くしてゆく。
「わたくしは認めません。悲劇の終焉を破壊する。それが帰天を持つわたくしの――!」
『イェーガー……やっと私は“最初の私”が言っていた事を理解できたんです』
耳朶を直接打った声に、フレスベルクは呼吸を止めた。
その声が誰の声なのか? 自分はよく知っているはずだ。
レイテナ第一艦隊、スワロウ小隊所属――。
『あなた達こそが、アーレス大陸を……いいえ、世界を焼き尽くす、戦禍そのものだったと!』
怨嗟。否定。拒絶。
あらゆる敵意を籠めた“テレサ・ゼロハート”の声。
視界を覆う緑が深遠に収束してゆく。
その向こうで、巨大なブースターを背負った濃い青色のキャバリアが、倒れゆく者を睥睨するようにして見下ろしていた。
「……これが、過去と未来、現在全てを結んだ因果の終焉だと?」
意識を引き戻されたフレスベルクは、喉が窄まる感覚を味わった。まるで自分が真っ黒な空洞の中に放り出されたかのような虚無感に、身体から力が抜けてしまう。
だがすぐに顎を引き、眉を寄せた額に力を込める。
「なればわたくしは破壊しましょう。この終焉を」
因果を紡ぐのは己の意思。
道は己で拓く。
結果は己で掴み取る。
答えは自分で選択する。
終焉から始まりを辿るのはもう止めよう。
自分自身がいる今から始めるのだ。
未来は変えられる。終焉も変えられる。変えなければならない。
フレスベルクは決意に固めた拳を強く握り込んだ。
ノインツェーンが背負う円環は、眩い黄金を放ち続けている。
大成功
🔵🔵🔵
イクシア・レイブラント
そうね…もし、あなたと同じように大切な人を殺されたり世界を壊されてしまったら、
私だって復讐に囚われてしまうかもしれない。
だからこそ、私たちの|世界《クロムキャバリア》を傷つけるのであれば、私は剣を抜く。
鎧装騎兵イクシア、交戦を開始する。
[瞬間思考力、弾道計算、戦闘演算]を行い、
敵の超音速機動の進路上に置くように[レーザー射撃]で【強襲支援】を実行、
機動力を削いだところでスワロウ小隊など僚機と連携して攻撃を仕掛ける。
あとはドローンを展開して[気配察知]で敵の一斉射撃を警戒。
[情報伝達]で散開の合図を出してシールドビットで[護衛]して、自身も[推力移動、空中機動]で回避。
戦闘を継続するよ。
●雪上の十字火
誰かが鳴らした撃鉄に、白い静寂は破られた。
弾丸とビームの軌跡が交錯し、ブースターの噴射音が朽ちたビル街を駆け巡る。
路面に積もった雪を舞い上がらせて滑空するイクシアは、瓦礫の狭間からこちらの動きを追いかける単眼と視線を交わらせた。
すぐに脇に抱え込んだエクスターミネイターのトリガーを引くべきだった。
だが一瞬の迷いが、引き金に掛けた人差し指に力を込める事を躊躇わせた。
敵は躊躇しない。高速機動しながらレーザーマシンガンを連射してくる。
『生身だからといって容赦なんてしないわよ!』
単機ではなく複数機での十字砲火。リリエンタール機を筆頭とするスティーズ中隊の連携は、滑らかで隙がない。
イクシアは喉が詰まる重圧を背中に受けながら、急上昇して火線を躱す。
「私がもし、あなたと同じように大切な人を殺されたり、世界を壊されてしまったら……」
ロックオンサイトの中に収めたリリエンタール機に、自分の姿が重なる。
本当に撃てるのか? あり得たかもしれないもう一人の自分を。
誰かの策略のついでに、強い恋心を抱いた相手を奪われていたら、自分がリリエンタールになっていたかも知れない。
復讐に囚われないなどと断言しようもない。
だからよく理解できてしまう。重ねてしまう。
相手が抱える思いと、痛みと、悲しみを。
それが、イクシアにトリガーを引く事を躊躇わせた。
「スワロウ05よりイクシアさん! 単独で戦っちゃいけません! こっちも連携しなきゃ!」
イクシアを包囲しつつあったスティーズ中隊を、スワロウ小隊のイカルガが逆に包囲する。
解き放たれたマイクロミサイルに追い立てられたモノアイ・ゴーストは、遮蔽物を巧みに利用しながら動き回り、誘導を切る。金属片と炎がそこかしこで炸裂した。
「でも、だからこそ、私たちの|《クロムキャバリア》を傷つけるのであれば」
意思を固めた時には、既にトリガーを引いていた。
エクスターミネイターが光軸を伸ばし、一瞬前までモノアイ・ゴーストがいた路上を撃ち抜く。青白い火柱が昇る。アスファルトの欠片が噴出した。
敵の動きを捉えつつも、視野に表示されたレーダーマップを一瞥する。
スワロウ小隊がスティーズ中隊を押し込み返し、輸送車輌から離そうとしている意図を読み取った。戦列に加わるべく、イクシアもサイキッククリアウィングを広げて増速した。
イクシアとスワロウ小隊の各機は、互いに距離を開けつつ、敵に対して正面と横からプレッシャーをかける。
スティーズ中隊側は、ビルの残骸で射線を遮りながらレーザーマシンガンを撃ち散らし、散開しつつ後退する気配を見せた。
「イクシアよりスワロウ01へ、敵は私たちを引き付けてから逆包囲するつもりかも知れない。動きに気をつけて」
『スワロウ01よりイクシアさんへ! わかりました!』
スティーズ中隊との戦いを、イクシアは胸中で波に例えた。
押して引くタイミングを誤れば一瞬で各個撃破されてしまう。
敵は押されているのではない。こちらを誘導しているのだ。
レーダー波が通り難い戦域事情を加味してデコイドローンをリリースした。敵の動きを先んじて察知するためだ。挙動が変化したタイミングがこちらの引き時である。
スワロウ小隊のイカルガはアサルトライフルの連射とマイクロミサイルの断続的な発射で、モノアイ・ゴーストの動きを抑制している。
だが敵の練度は相当に高いらしい。イクシアが想定する方向とは正反対、あるいは敢えて想定通りの方向へと下がり、スワロウ小隊を一定距離以内に接近させない。
「エクスターミネイター、ジョイント解除」
こちらは意表を突く必要があった。
アームドフォートと接続を切り離されたエクスターミネイターが、銃身後部のエンジンを起動した。
安定翼で空気を切って飛ぶそれは、イクシアの思い描いた通りの挙動で直進し、交差路を曲がる。モノアイ・ゴーストの一機をアークレイズとの十字砲火の位置に追い込んだ。
「スワロウ01、いま」
『撃ちます!』
リニアアサルトライフルと収束レーザーが交差し合う。
金色と青白い火花が飛び散り、モノアイ・ゴーストが機体を回転させた。直後に失速して制御を失い墜落。雪ごとアスファルトを削って路面に伏す。
スティーズ中隊はその一機の犠牲を無駄にしなかった。
スワロウ小隊が構成する包囲陣の最も外縁のイカルガに、全機が一気に急速接近を仕掛ける。
「スワロウ07、狙われてるよ。下がって」
デコイドローンでその動きをいち早く察知したイクシアは、シールドビットに急行を命じた。同時にエクスターミネイターを帰還させる。サイキックスラスターが生み出す推力を前方へと偏向した。
スワロウ07は了解の応答をする余裕もなく、ビルや瓦礫の狭間を縫ってバックブーストする。
「躱しきれない……!」
様々な方位から浴びせられるレーザーマシンガンが、イカルガの軽量な装甲を削り取る。
イカルガもアサルトライフルで応射するも、モノアイ・ゴーストは纏うバリアを頼りに攻勢を緩めない。
そこへシールドビットが割って入った。展開したサイキックエナジーのスクリーンが短間隔で撃ち付けるレーザーと相反しあい、飛沫のような青白い光を撒き散らす。
「落とさせないよ」
『ルナライトのプラズマキャノンでぇっ!』
急行したイクシアがエクスターミネイターの光軸を、テレサのアークレイズが左腕のプラズマブレード発振基から光弾を放つ。
『へえ? 仲がよろしいのね?』
リリエンタールの発した声は称賛か皮肉か。
宙を走った光軸が、スワロウ07を追い詰めるモノアイ・ゴーストの動きを止めた。路面に着弾した光弾から膨張したプラズマの爆発が、スティーズ中隊を引かせた。
さらに他のスワロウ小隊のイカルガ達が援護の弾幕で押し返す。
守りたいもの。失いたくないもの。
それらの十字架を背負っている者は、戦うしかない。
誰しもが。例外なく。
この世界はいつだって街を覆う雪のように冷たく、冬の寒気のように厳しい現実を突き付けてくる。
だから私は剣を抜く。銃を撃つ。翔け続ける。
イクシアは内なる思惟をエクスターミネイターに籠めて、トリガーを引いた。
大成功
🔵🔵🔵
鳥羽・弦介
ま分からん事は横に置くしかねぇわ。
でもな、分かる事もあるぞおい
回点号【操縦】『カットストック』発動
|歪曲空間《サイキックシールド》【オーラ防御】
レーザー射撃、遠距離攻撃を逸らし、10倍機動力で【推力移動】
ウイングブースター・メガスラスター【空中機動】
俺を、|下に見《哀れみ》やがったな!!
モノアイ野郎に注意しながら、フォースサーベルで敵スティーズ中隊共を斬り払い、
俺は!俺を見下す奴が嫌いなんだよ!!
刃を振り回しながらモノアイ野郎へ追従、怒りと本音で視野狭窄に見せかけ
空間断裂発生位に追い込み【切断】空間断裂を放ち、F武器群の壁と【制圧射撃】で【不意打ち】軌道を封じて変形フォースサーベルで斬り裂く!
ウィル・グラマン
●POW
確かに実戦で使わず終いだった大量の核弾頭を一気に運んでいれば、誰でも疑心暗鬼するだろうけどよ
テメェらみてーな連中に奪われて悪用されねぇために戻してる最中だ、っつーても聞く耳もねぇなこりゃ
ロバ耳の姉ちゃんが取り乱してる隙に車載備品の熱源探知ゴーグルを借りてっと
よーし、吹雪の中でもベアの熱源はキャッチできた
どんなに吹雪こうが見逃さねぇぞ
ベア、奴は支援機を随伴させて仕掛けてくる
こっちは何も持ってないと思ってるだろうが、広域高出力の電磁光線を浴びせて電子系を破壊してやれ!
それにバリアって奴はな…根性入れて攻撃すれば、必ず割れるって相場が決まってるんだよ!
ベア、【ファイナルキャノン】で迎え撃て!
●ラース・オブ・ザ・パワー
吹雪が視界を閉ざす中、スティーズ中隊の連携はまるで機械仕掛けの舞踏のように滑らかだった。
リリエンタールが率いるその戦列は、最小エレメント――二機一組を決して崩さず、攻撃目標にされた一方が囮となり、もう一方が側面から鋭い一撃を繰り出す。
モノアイ・ゴーストの群れが、スケートリンクを滑るような機動で廃ビル間を縫い、レーザーマシンガンの破線を容赦なく刻み込む。
弦介の回点号は、その猛攻に翻弄されながらも機体を球状に覆うサイキックシールドで被弾を凌ぐ。反撃のパルスマシンガンが虚しく空を裂いた。吹雪の向こう、残光を引きながら移動する敵のセンサーカメラを銃口で追うが、射線は障害物に遮られ、視界は濁るばかりだ。
『よく耐えられてるわね。でもかわいそうに。何も知らされずレイテナに雇われ、その才能を無駄に使い潰されるなんて』
リリエンタールの声が通信越しに響く。嘲りではなく、どこか冷徹な憐憫を帯びていた。
「んなこと、俺が知るかよ!」
弦介の両眉が吊り上がり、目尻が怒りに歪む。
「でもな、分かったこともあるぞ」
『へえ? それは?』
弦介が言い返すよりも先に、衝撃が回点号のコクピットを叩いた。サイキックシールドの整流が乱れ、表面が水面のように波を打つ。ロックオンした敵の機影が吹雪に溶け、苛立ちに喉を締め付けられる。
スティーズ中隊によって孤立させられた回点号の様子は、輸送車輌の運転席からも辛うじて確認することができた。緑色のバリアに青いレーザーが絶え間なく突き刺さり、回転号がその中で苦し紛れの応射を繰り返している。
「確かに使わず終いだった戦略核なんつー物騒なシロモノ運んでりゃ、誰だって疑心暗鬼になるだろうけどよ」
ウィルにはリリエンタールの言い分が分からないでもなかった。どんな用途であれ、核兵器などというものは、絶対にろくな事に使われない。しかしそれはレイテナに限らず、東アーレス解放戦線とて同じだ。だからスティーズ中隊に奪わせてはならない。使われないまま倉庫の奥にしまい込まれて、永遠に埃を被っているべきなのだ。
「テメェらみてーな連中に奪われて悪用されねぇために戻してる最中だってのに……!」
輸送車輌の増加装甲を叩く銃弾の音に、ウィルは顔を苦しくしかめる。
スティーズ中隊が出現してから、輸送車輌に対する敵の攻撃は遠慮がなくなってきた。
ベアキャットも巨躯を張って防御してくれているが、ユニコーンの生き残りやモノアイ・ゴーストが、隙間から狙い撃ちしてくる。針の穴に糸を通すような精密さだ。
敵は奪取の予定を変更しつつある……手に入らないなら破壊も厭わない、という事は本気らしい。
「ひぃっ! ルートは極秘だったはずなのに……どうして待ち伏せなんかぁ!」
運転手はロバの耳ごと頭を抱えて縮こまっている。
肩を震わせている彼女は本当に軍属なのか? ウィルはだんだん怪しく思えてきた。
できることが無くなった運転手はそのままにしておくとして、回点号の戦況に目を移す。
「敵さん連中はプランBか? 手に入らねぇならやっぱり壊す気だな、スティーズの連中」
ウィルは歯噛みする。敵の意図が読めた瞬間だった。回点号の孤立、輸送車輌への集中攻撃――全てが破壊への布石だ。
「回点号もヤバいな……おい! 一人で戦うな! 相手はチームだぞ!」
通信装置に向かって叫ぶも、弦介は聞いていないのか、喋っている余裕もないのか、応答がない。吹雪と乱立するビル群でまともに視界が通らないが、あまりよろしくない事態に陥っている事は察しが付く。
「せめて視界が効けば……!」
サーマルゴーグルの一つでもありはしないかと車内を見回す。
そんなものが都合よく置いてあるはずが――と、視線が運転手の頭に止まった。
「ロバ耳の姉ちゃん! ちょっとそれ貸せ!」
「ぎゃー!? なに!?」
悲鳴を無視して強引に剥ぎ取った四眼のゴーグルを覗き込む。
「おお! バッチリよく見えるぜ!」
モノクロの視界の中、レーザーの軌跡とブースターの尾、それから明滅するサイキックバリアが浮き上がる。
ウィルは即座に通信機を頬に押し当てた。
「ベア! 回点号の援護だ! オレの指示通りに進め!」
ベアキャットは唸り声を上げ、積もった雪を蹴散らしながら駆け出した。
吹雪の中、ウィルの眼がベアキャットの眼となった。
減少を続けるエネルギーゲージ。軋むサイキックシールドの安定率。弦介は焦燥と苛立ちを募らせる。
「気に食わねぇ……さっきからグルグル回って好き放題撃ちやがって!」
とどめを刺しに接近してくればカウンターを叩き込めるものを。こちらの思い通りには決して動こうとしない相手に奥歯を噛む。リリエンタール機らスティーズ中隊のモノアイ・ゴースト達は一向に近付こうとしてこない。射撃戦で削り倒す意図が透けて見える。
こちらから猪突する手段もあるが、一機を狙えばその僚機がすぐに襲いかかってくるに違いない。
前進しようとすれば前から、後退しようとすれば後ろから、制圧射撃というプレッシャーをかけてくる。いよいよ身動きが取れなくなってきた時だった。
ウィルの声が通信を切り開いた。
「ベア! 電磁光線だ! ちょい右向け! そう! 撃て!」
雪ごと路面を踏み締めながら駆けつけたベアキャットが、両目から電流を発射した。射線軸にいたモノアイ・ゴーストが瞬間加速して退避する。弦介はそれを起点として牽制にフォースサーベルを振り回す。包囲網に僅かな隙間が生じた。
『そのスーパーロボット、岩を投げるだけが芸じゃないのね?』
リリエンタール機は連続して発射される電磁光線から逃れるべく、後方に向かって連続跳躍した。だが、ウィルの視界は熱源を逃さない。
「ベア! ちょい左上! そこだ!」
ウィルの大雑把な指示に、ベアキャットは的確に応えてくれる。まるでウィルと視界を共有しているようだった。リリエンタール機はさらなる後退を余儀なくされ、ビルの背後に回り込んだ。
『しかし動きが単調ですね!』
カバーに入った僚機がレーザーマシンガンを浴びせる。
「そんな攻撃! ベアには効かねぇ!」
ベアキャットはスーパーロボットらしい装甲厚で堪え、振り向きざまに電磁光線を放射した。
「ベア! 乱れ撃ちだ!」
今度は発射ではない。放射だ。広域に拡散したそれにモノアイ・ゴーストが一瞬怯んだ。シールドを浸透して内部に到達した過電流に、機体の挙動が鈍る。
「バリアって奴はな、必ず割れるって相場が決まってるんだよ!」
ウィルの咆哮に呼応して、ベアキャットの胸部装甲が外側へとスライドした。
露出した大口径の内蔵砲身が、蓄えたライトグリーンの電流を迸らせる。
「ベア! ファイナルキャノンだ!」
黒鉄の大熊が叫ぶ。胸部の砲から解き放たれた超高圧電流の球体は、動きが鈍ったモノアイ・ゴーストを直撃。落雷の轟きと共に機体を爆砕した。
『やるわね!』
リリエンタールの声に敵への称賛と僚機を喪失した怒りが混じる。
発射の反動で緊急冷却モードに陥ったベアキャットが膝を付く。リリエンタールはその隙を逃さなかった。
『こっちもやらせて貰うわ!』
レーザーブレードを抜剣し、崩れたビルを足場に跳躍して斬りかかる。
「アンタの質問にまだ答えてなかったな」
屈んだベアキャットの背中を蹴って弦介の回点号が跳んだ。
「あいつ、ベアを踏み台にした!?」
ウィルが唖然と口を開ける。
「アンタ、俺を|下に見《哀れみ》やがったな?」
フォースサーベルを横に薙ぐ。空間にライトグリーンの傷が開いた。
「俺は! 俺を見下す奴が嫌いなんだよ!!」
戦う前から『お前の負けだ』と言われているようだから。弦介は負けるのが嫌いだった。
裂帛と共にフットペダルを踏み抜く。ウイングブースターが推力の光を炸裂させ、回点号を突撃させた。
同時に空間に刻まれた傷跡から何機もの板状のサイコ・ドローン――バウンスが飛び出し、回点号を中心として円形の編隊を構成。レーザーを斉射する。
そして回点号は、サイキックシールドで歪曲させた空間が戻る反発現象を利用して、瞬時に爆発的な加速を得た。
「おらぁ!」
流星群のようなレーザーと共に突進した回点号が、リリエンタールのモノアイ・ゴーストと切り結ぶ。
『今度は私が下に見られる番かしら!?』
リリエンタール機は推力差で押し込まれる。そこにレーザーが殺到した。纏うバリアフィールドに衝突し、激しい明滅の光を散らす。
弦介は一気に押し込んで断ち切らんとする気迫でフットペダルを踏みしめる。
フォースサーベルとレーザーブレードの鍔迫り合いにスパークが荒れ狂う。
「ベア! 電磁光線!」
オーバーヒートから復帰したベアキャットの両目が稲妻を放つ。
リリエンタール機の無防備な側面に命中したそれは、物理的な衝撃で吹雪の向こうに弾き飛ばした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
カシム・ディーン
日乃和とレイテナでやったゼロハートプラントの事故だったか
「それと灰狼中隊の子達と白羽井小隊の子達が反乱を起こした事件だね☆」
今度結城艦長に遊びに行った時にでも聞いてみ…
…それともう一つやる事が出来た
UC発動中
叡智の神発動
【情報収集・視力・知識系全技能】
他の猟兵が見た…得た情報も統括しての情報解析を行う
過去現在未来と全ての情報の精査と結論を導き出す
其れとは別に
現状の戦況と敵機の性能とリリエンタールの能力把握
敵の陣形を把握
まぁ理由は判った…んで…おめーは何を望む?この大陸の生きてる奴全部ぶっ殺しか?レイテナや日乃和も全部その核で焼き払うのか?過去ではなくおめーは之から何がしてーんだ
【属性攻撃・迷彩】
光水属性を機体に付与
光学迷彩で存在を隠し水の障壁で熱源隠蔽
【空中戦・念動力・弾幕・二回攻撃・切断・盗み攻撃・盗み】
速足で駆ける者発動
超絶速度で飛び回り念動光弾を敵機群(支援機も)に叩き込み蹂躙
視界を乱す
リリエンタールに襲いかかり
鎌剣による連続斬撃
武装とバリア発生装置を切り裂き
搭乗者強奪!
不殺徹底!
防人・拓也
リベレーションゼロに搭乗。
核を有意義に使う…か。抑止力の為に保持するか…復讐の為に使うか…。まぁ、どのような理由があるにしろ、これだけは言えるな。
核を使ったら、使用者も被害者もロクな事にならない。核の炎を目の当たりにしたら、嫌でも分かるさ。
『さて、拓也君。強敵がぞろぞろ来た訳だけど…どうする?』
「(どのみち奴らを片付けなければ、先に進めない。実力行使で阻止してくるなら、こちらも実力行使で押し通るまでだ)」
零也とテレパシーでそう話し、仙術魔力を周囲から取り込む。
『お? 僕が教えた技を使うんだね。確かにこの状況を打開するにはもってこいだ』
「(ああ、お前から教わった技で道を切り開く)」
必要な仙術魔力を取り込めたら、拳を放つ構えをとる。敵達が危険だと思って攻撃してきたらむしろ好都合だ。
「風と空気を利用する仙魔疾走!荒れ狂う巨大竜巻の仙魔疾走!!」
敵の攻撃に合わせて指定UCを放つ。この竜巻は敵の攻撃を吸収し、更に強化される。
『周囲の自然環境を利用して戦える…それが仙魔疾走さ』
アドリブ・連携可。
●灰燼の咎
リリエンタールの言葉に、カシムは覚えがあった。
ゼロハート・プラントの暴走。
その内容は、首相官邸占拠事件の折に、東雲正弘官房長官の口から語られた内容と合致する。
日乃和とレイテナの関与があった事も。
人喰いキャバリアの発生で、日レ両国は大きな損害を受けた一方、非友好国の消滅や国家併合という権益を得ていた事も。
しかし齟齬もある。
東雲官房長官がゼロハート・プラントの暴走は事故と言っていたのに対し、リリエンタールは意図的に起こされた人災と言っている。
「お前の言ってる事は僕も小耳に挟んだがな……」
どちらの言い分が正しいのか? 喉の奥に骨が引っかったような違和感だった。
『おんなじ理由で、灰狼中隊の子達と白羽井小隊の子達も反乱を起こしたんだよね☆』
「おい……それは守秘義務に……」
拓也は通信装置越しにメルクリウスを嗜める。
興味の有無は別として、白羽井小隊の殲滅作戦に加わっていた拓也も、カシムが聞いた内容と同じ話を聞かされていた者の一人だ。
だが任務で知り得た情報には守秘義務が課せられている。ここではスワロウ小隊とレブロス中隊の耳もある。迂闊に口に出していいはずもない。
また、首相官邸占拠事件の公式記録は大きく書き換えられている。
事件の犯人は大陸外より国内に浸透したテロリストで、白羽井小隊と灰狼中隊、特務艦隊、それに猟兵達の手によって解決されたというのが公の事実だ。
これは、大津貿易港でのテロリスト排除作戦で強力な裏付けがなされた。
加えて拓也が東雲官房長官に渡した、機械教皇アナスタシアの偽造署名付きの書簡の存在も、テロリストが関与している裏付けの一助となった。
結果的に東雲官房長官からゼロハート・プラントが暴走した理由は語られていない事となっており、本来ならリリエンタールの言葉に聞き覚えがある事を明かしてはならない。
「僕だって分かっちゃいるがな。でも気になるだろ?」
カシムはモノアイ・ゴーストと交戦中のスワロウ小隊に視線を流す。
東雲とリリエンタール、両者の言い分と、テレサがこの場にいるという状況証拠から推察するに、ゼロハート・プラントは始めから暴走していた訳ではないという点は事実と思える。
猟兵の中には他の情報を見聞きした者もいるかも知れないが、今は調べている余裕はなかった。敵は余所見しながら相手取れるほど生半可ではない。
スティーズ中隊を難敵たらしめているのは、流麗なまでに統制の取れた連携だ。廃墟群の合間を縫って高速滑走し、モノアイを閃かせたと思いきやレーザーマシンガンを連射してくる。反撃を行えば、異なる方向から別の機体がレーザーブレードでの一撃離脱を図る。ハルペーで切り返せばまた別の方向からレーザーマシンガンが……その繰り返しだ。
メルクリウスは光学迷彩で姿を隠し、熱源は水の障壁で隠匿している。にも関わらず、敵はまるでこちらの位置が見えているかのように攻撃を加えてくる。
「姿が見えてるのか? 吹雪のせいか……!」
吹き付ける風に乗った雪が、透明化しているメルクリウスの姿を白濁した市街に浮かび上がらせていたのだ。
「さっさと終わらせて結城艦長のところにでもお話に行きたいってのに!」
「だから俺達には守秘義務が……」
苦しい戦いを強いられているのはリベレーションゼロも同様だった。
なし崩し的にメルクリウスとカバーし合い、孤立させられる状況は防げているが、スピードに翻弄されてしまっている。
ME社の最新鋭機であるリベレーションゼロは、機動性においてモノアイ・ゴーストに引けを取らない。しかし市街地戦ではどうしても持て余しになりがちになってしまうのはやむを得ない。飛翔すれば機動性を遺憾なく発揮できるのだが……まだスナイパーの生き残りが潜んでいる。的になるような迂闊な行動は避けたい。
だが敵の思惑通りに包囲はさせない。右腕のマニピュレーターで保持するビームライフルと、展開したファンネルを縦横に撃つ。左腕はビームシールドを発生させてコクピットブロックを防御している。時折命中したレーザーが青白い飛沫を散らせた。
「まぁ、お前ら東アーレス解放戦線が襲ってきた理由は分かった。んで? お前は何を望む?」
カシムは背後をリベレーションゼロに預け、念動光弾の乱射で敵機を追い払いながらオープンチャンネルに問う。
『何を言い出すかと思ったら……もう教えたはずだけど?』
リリエンタールの呆れた息遣いが聞こえた。
「核を有意義に使う……か」
カシムの問いに、拓也はカメリアで見た光景を脳裏に思い返す。
「どのような理由があるにしろ、使用した者もされた者もロクな事にならない。核の炎を目の当たりにしたら、嫌でも分かるさ」
『へえ? まるで目の当たりにしたとでも言いたげな物言いね?』
「したんだ。カメリア戦争でな」
遠方に立ち昇る茸状の雲。
一瞬で焼き払われたグランシスコの街。
記憶の中で、カメリア合衆国の経済基盤の一端を担う大都市の白昼は、赤と黒の煉獄に変貌していた。
あんな光景を生み出す武力を行使する権利は誰にも無い。
握った操縦桿が軋む。
『カメリア? ああ、ならカメリア人の|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》はあなただったのね?』
「俺はカメリア人ではない」
『目の当たりにしたなら分かるわよね? 核兵器の使用がどんな結果を生み出すのか』
「ああ、さっきもいった通り、ロクな事にならなかった。グランシスコは焼かれ――」
『そう。“ろくな事にならなかった”のよ』
「あぁ?」
防人の言葉を断ち切り、抑揚を強調付けたリリエンタールに、カシムは傾げた首を前に伸ばした。
「レイテナと日乃和は当初、人喰いキャバリアと周辺国の共倒れを狙っていた。けれど人喰いキャバリアの侵攻は予想を大きく上回る勢いだった。まさかあんな短期間でサン・クレスト要塞にまで迫ってくるとは思いもしなかったんでしょうね」
カシムが「サン・クレスト要塞?」と聞き返す。
『レイテナの王都を守る大要塞だね☆ もう王都のソラール・ロンドごと陥落しちゃってるぞ☆』
頭の上に乗っているメルクリウスの鶏型インターフェースが代わりに答えた。
「それでどうしたって?」
『レイテナは大慌てになったのよ』
先を察した拓也が双眸を険しく細める。
「焦ったレイテナは核を使ったのか?」
『使ったってレベルじゃないわ。焦土作戦よ』
「サン・クレストでか? 自業自得じゃねーか」
カシムは馬鹿馬鹿しいと鼻を鳴らした。
『他国の領内でよ! 何発もの戦略核を! まだ生き残りがいたのに!』
オープンチャンネルに叩き付けられたリリエンタールの怒声に、カシムと拓也は息を詰めて押し黙った。
『核で焼かれた各国の兵士はまだ防衛戦を続けてたのよ! 援軍も補給もない絶望的な状況で! 民間人を守りながらね!』
拓也はグラント・サイコゼロフレームを通して、リリエンタールの思惟が肌身を突き通る感覚を覚えた。
悔恨。無念。身を焼くようなそれらの思惟。
思惟を発しているのはリリエンタールばかりではない。スティーズ中隊のモノアイ・ゴーストや、市街のどこからか虎視眈々とこちらを狙うユニコーンも、暗い湯気を立てながら、静かに沸騰する熱湯のような思惟を発している。
「それで怨念返しかよ……!」
カシムもまた身体に打ち付けるプレッシャーという形で思惟を感じ取っていた。
『カメリア人の|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》、あなたは核の炎を目の当たりにしたら嫌でも分かると言ったわね?』
「見たのか?」
「私がラディアも焼かれた事を知ったのは、救援を求めにレイテナに行った後だったわ。みんなが私に希望を託して送り出してくれたのに……! 私もあの場所に残って最後まで戦いたかったのに!」
「だからといって悲劇を繰り返す事の正当化にはならない」
少なくともカメリアは堪えた。俺も堪えた。
悔しい、苦しい、悲しい、そんな気持ちを抱えているのはお前だけではないんだ。拓也は奥歯を噛んで言葉を飲み込んだ。
『ろくな事にもならないって言ったわよね? 確かにそうね。核で焦土作戦をしてまで得られた戦果はなんだったと思う? ただ防衛線を大きく後退させただけよ! ラディアや他の国々、そこで生き残っていた人達ごと人喰いキャバリアを吹き飛ばしてね!』
拓也は膨れ上がる殺気を受けて機体を旋回させた。ビームシールドで受け止めたレーザーが、重さと鋭さを増していた。攻撃に乗った思惟を、リベレーションゼロが拓也の肌身に直接浸透させる。
『私は絶対に許さない。それを決定したレイテナを。反対しなかった国々や、後ろで黙って見ていた日乃和だって同罪だわ! しかもまた繰り返そうとしてたのよ!? 鯨の歌作戦で! 戦略核の準備があるって事をあなた達は知らされてたの!? あなた達だって核で焼かれていたのかも知れないのよ!?』
「だからこの大陸の生きてる奴全部ぶっ殺しか!? レイテナや日乃和も盗んだ核で焼き払うのか!?」
ハルペーを振りかざしたメルクリウスがリリエンタール機目掛けて突進する。
『ふざけないで!』
モノアイ・ゴーストが抜剣したレーザーブレードにメルクリウスは刃を弾かれた。
『冗談じゃないわ! 私達はそんな過ちは犯さないし犯させない!』
『隊長、無駄ですよ。連中はイェーガーでも所詮はただの雇われです』
リリエンタールの僚機がレーザーマシンガンの援護射撃を加える。賢者の石で構成された装甲表面を叩かれて破片を散らせた。メルクリウスは念動光弾を撃ちながら後退する。
「だったらおめーはこれから何がしてーんだ!」
『止めるのよ! レイテナ・ロイヤル・ユニオンが同じ過ちを繰り返す前に!』
「順序ってもんがあるだろーが! 今は人様同士で争ってる場合じゃねーだろ!」
『それで手遅れになったらあなたは責任が取れるの!? 何も知らず、お金で雇われているだけの分際で!』
「おめーらは先走りすぎなんだよ!」
『手遅れになる前に行動を起こしてるのよ! いまのレイテナ・ロイヤル・ユニオンじゃ、人喰いキャバリアには勝てないわ!』
カシムとリリエンタールが言葉をぶつけ合っている最中、拓也は頭蓋の中で反響する声を聞いた。
『さて、拓也君。このままじゃ埒が明かないようだけど……どうする?』
「どの道奴らを片付けなければ、輸送車はゼラフィウムまで辿り着けない。立ち塞がる敵は倒すまでだ」
頭蓋の中で零也に答えを返し、操縦桿のホイールキーを親指で回す。インターフェース上でロングライフルモードに兵装選択項目が重なる。トリガーキーを引くと、リベレーションゼロは二丁のビームライフルを縦に連結した。
メルクリウスがリリエンタール機を抑えている今が好機だ。他のスティーズ中隊機にはファンネルで牽制射撃を継続する。その間にリベレーションゼロが両脚を大きく開いて路面を踏み締めた。そしてロングライフルを投棄。ビームシールドの防御まで解くと、右腕を引いてマニピュレーターの拳を握り固めた。
『お? 僕が教えた技を使うんだね。確かにこの状況を打開するにはもってこいだ』
「ああ、お前から教わった技で道を切り開く。文字通りにな」
リベレーションゼロの周囲で吹雪が渦を巻く。まるで機体に吸い込まれて行くように。
『周囲の自然環境を利用して戦える……それが仙魔疾走さ』
零也がしたり顔を思わせる抑揚で言う。
吹雪だけではない。モノアイ・ゴーストのレーザーまでもが渦に取り込まれている。
『こちらスティーズ06! 羽根付きの様子が妙だ!』
『まさかユーベルコード!? スティーズ03より全機! 後退を! ブランシュ隊長!』
異変に気付いたスティーズ中隊の各機が波のように一斉に退く。リベレーションゼロのツインアイセンサーが睨むのは隊長機のみ。
『また変な武器を使うつもりね!』
リリエンタールも拓也が発するただならないプレッシャーを察知して急速後退する。
「メルシー! ブーツオブヘルメースだ!」
『いっくぞー☆』
タラリアから推進噴射の光を炸裂させてメルクリウスが突っ込む。レーザーマシンガンの迎撃は甘んじて受け、ハルペーを高速で横薙ぎに回転させた。一撃目がモノアイ・ゴーストのレーザーブレードの刃と弾かれ合い、二撃目で姿勢を崩させた。
「拓也ん!」
メルクリウスはユーベルコードで強化した速力を以て神速で飛び退く。
「風と空気を利用する仙魔疾走! 荒れ狂う巨大竜巻の仙魔疾走!!」
リベレーションゼロが脚と腰ごと右腕を突き出す。開いたマニピュレーターが発するのは、巨大な風の渦。吹雪を伴うそれは崩れかけのビルの根本を風で抉り取りながら直進。その向こうにいるリリエンタールのモノアイ・ゴーストを飲み込んで突き進んだ。竜巻が伸びた直線上に灰色の煙が連続する。暴風と建造物が崩れ落ちる音が市街の空気を戦慄させた。
吹雪はより強く、気温と戦いは冷気を増してゆく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リーシャ・クロイツァ
なかなかややこしい話になっているんだねぇ。
どっちがどっちとか、あたしにはわからないけど。
でも、この荷物をここで破壊させるわけにはいかないというのは仕事だからね。
邪魔するなら容赦しないよっ!
これだけ近いと隠れて狙撃は出来やしないか。
バスターランチャーは警戒されているとはいえ、こっちはこれがメインだからねぇ。どうやって当てるかな?
バスターランチャーへエネルギーを回しながら推力移動。
移動しつつ、左腕ビームライフルとミサイルランチャーで牽制射撃。
距離を詰めたがるだろうから、ビームサーベルも両手にもって対峙。
これでバスターランチャーはないと思わせればいいんだけどね。
接近されたら、ビームサーベルとバルカンで応戦。
押された振りをしながら、敵一直線に並ぶように誘導してから、バスターランチャーからの三日月の閃光でまとめて撃ち抜く!
もちろん射線上に護衛対象が入らないように注意はするけどね。
あたしは不殺なんて器用なことは出来ないからね。
当たり所が悪くても恨むんじゃないよっ!
…練度が高い相手は厄介だねぇ。
シル・ウィンディア
日乃和とレイテナが人喰いキャバリアを解き放った?
どういうことよ?
あなた、人喰いキャバリアのことをどこまで知っているの?
しかし…。
こんなに密集してたら砲撃魔法撃てないじゃないーーっ!!
…久しぶりにやるか、この戦法
なんか有名になっているけど、こういう戦い方もできるんだいっ!
推力移動から空中機動へ移行。
但し、低空飛行でスナイパーから射線を取られないように注意!
リフレクタービットは自機の周囲を覆うようにして展開。
光学兵器ってことは、反射しやすいはずだしね、このビットなら!
小刻みに三次元機動を行いつつ、ロングビームライフルや左腕ランチャー、カルテッドキャノンにバルカンと遠近の射撃兵装を織り交ぜて攻撃を仕掛けるよ。
少し下がり気味に…。
大型砲撃を撃ち込むと見せかけつつ射撃戦を繰り返すね。
多重詠唱で魔力溜めをしつつUCの詠唱も開始。
詠唱が終わったら、スラスターとロングビームライフルの推力器を全開にして隊長機に全力で向っていくよっ!
そして、限界突破で全力魔法のエレメンタル・スラッシュっ!
闇を切り裂けっ!!
ガル・ディール
任務に変更なし
敵指揮官の話について確認するためにも、上手く切り抜ける必要があります
敵機の電磁障壁と見られる武装、通常出力で突破するのは困難
瓦礫の隙間を通り抜けて回り込み、【月晶輝蹟】でFLR-06Gの出力制限を解除し撃ち抜きます
レーザーは収束させて武装や推進器を狙い、可能な限り無力化、パイロットの捕獲を試みたいです
ただ先程の言動、敵勢力が護衛対象の破壊を強行する可能性あり
敵機が突撃し無力化による阻止が困難な場合、最大出力による殲滅も致し方ありません
敵が仕掛けてきたようにビルを倒壊させて遮蔽とすることで突撃を阻止できるかもしれませんが、いずれの方法を取るにしても、護衛対象や味方を巻き込まないことが必須
進路を切り開くためのエネルギー残量の確保も、できれば良いのですが
敵はこちらを猟兵と知った上で挑んでくる程ですし、余裕のある戦闘にはならないでしょう
露木・鬼燈
まぁ、世の中いろいろとあるみたいだよねー
僕には関係ないけどねっ!
お仕事に正義とか真実とかは関係ないのだ!
大事なのは契約なのです
とゆーことで…お仕事は続行~
今回のお仕事は護送車を護ることであって敵に排除は二の次
忘れてないですよ?
なので今必要なのは敵を近づけない弾幕!
秘伝忍法<写見>からの<制圧射撃>が最適解っぽーい!
空間振動弾なら直当てする必要もないしね
それに発生する空間振動波が敵に攻撃を防ぐ盾としても機能するからねー
つまり分身したことによる命中率の低下は問題なし!
威力の低下は数で補えばヨシッ!
さらに所詮は分身なんで反撃で被害が出ても問題なし!
本体である僕さえ無事ならいくらでも補充が利くからね
そんなわけで回避など捨てて砲台として働くですよー
分身がねっ!
●赤壁の戦い
白雪が吹雪く冷たい市街に、暴風が轟いた。
破壊されたホテルビルの屋上に佇むアポイタカラが、彼岸花色の装甲に雪化粧を纏う。
「まぁ、世の中いろいろとあるみたいだよねー」
鬼燈は気の抜けた声音を零し、リリエンタールが語った内容を思い返す。
猟兵と人喰いキャバリアの因縁が始まった愛宕連山での戦い以降、日乃和の様々な内部事情に不可抗力で触れてきた者の一人が鬼燈だ。
中には恐らくゼロハート・プラントに纏わる事件の真相に関連すると思われる内容もあった。
南州第一プラントと沙綿里島プラントが、ゼロハート・プラントと同種の生産補助施設を有している事も然り。
前述の二つのプラントが“人型インターフェース”や“母機”と呼ばれる、プラントを制御する機能を持ったレプリカントを擁している事然り。
香龍で発生した首相官邸占拠事件の際、東雲正弘官房長官の口から語られたゼロハート・プラントの暴走理由も然り。
だからといってどうするでもないし、どう出来るとも思わない。
「僕には関係ないけどねっ!」
鬼燈は自分を金で雇用されているだけの戦力だと規定している。
何が真実でどの陣営が正義で悪いのは誰なのか、そういった事にはさして興味を惹かれない。
重要なのは確実な契約内容の履行と報酬の支払い。
守護れと言われた対象を、雇用主の要求と契約の規制に従って遂行する。
今やるべき事は揺るがない。間違えもしない。
だから鬼燈は虎視眈々と待ち構えていた。
敵は必ず輸送車輌の元へやってくる。その際に備えてゴールキーパーが必要だ。
逆に言えば必ずしもこちらが攻勢に出る必要はない。
猟兵の使命としてはオブリビオンマシンを破壊しなければならないところだが、鬼燈個人の認識としてはこれは仕事である。
極論だが、敵を一機も撃墜せずとも、輸送車輌をゼラフィウムまで送り届ければ作戦的には成功なのだ。
仕事に正義や真実が関係なければ、世界に命じられた抗体としての役割も関係ない。
仕事を果たすために鬼燈とアポイタカラは待ち続けた。
じきに役割が必ず回ってくる。市街の各所で閃く光線と膨れ上がる爆煙を眺める紫の目は、確信の虹彩を宿していた。
リベレーションゼロが放った竜巻の刃は市街の外にまで達した。
腹を抉り取られた建造物が次々に膝を崩し、崩壊の断末魔をあげる。そして曇天より濃い灰色の煙を一帯へ押し拡げた。コンクリート片の吹雪の中から、スティーズ中隊のモノアイ・ゴーストが次々に離脱する。
『とんでもない威力ね。トレーラーを巻き込むのもお構いなしってわけ?』
間一髪で窮地を脱したリリエンタール機の纏うバリアが石を投げ込まれた水面のように揺らめく。細かな残骸がぶつかる度に電流が明滅した。
「どういうこと!?」
シルが叩き付けるようにして問う。主翼の末端から灰煙の尾を引いて地表を滑空するレゼール・ブルー・リーゼは、ヴォレ・ブラースクとエトワール・フィラントを交互に連射する。どこに潜んでいるか分からないスナイパーに捕捉されないよう、三次元機動は抑えつつも前後左右に細かい瞬間加速を繰り返しながら。
『何がよ!?』
リリエンタール機はビルの狭間を縫ってレーザーマシンガンを放つ。僚機がその動きに合わせて迂回路を取り、十字砲火を浴びせる。
「日乃和とレイテナが人喰いキャバリアを解き放ったって!」
瞬発力に優れたレゼール・ブルー・リーゼとはいえ、移動方向が制限される市街地戦では、機動性能を完全に発揮する事は極めて難しい。しかし避けられないのなら防御兵装がある。機体を囲む配置で展開したプリュームがビーム・リフレクター・フィールドを広げ、モノアイ・ゴーストが放つレーザーマシンガンを四方八方に飛散させた。
『そのままの意味よ!』
「あなた、人喰いキャバリアのことをどこまで知っているの!?」
『奴らはレイテナと日乃和が|自作自演《マッチポンプ》の為に作り出した尖兵よ!』
「自作自演!?」
『さっきも言った通りよ! ゼロハート・プラントをわざと暴走させて、東アーレスの諸国を瀕死に追い込んだ。救いの手を差し伸べる代わりに、レイテナ・ロイヤル・ユニオンへの加盟という名の主従関係を結ばせて、全ての権益を独占するためにね!』
「その証拠はどこにっ!?」
『今の状況が証拠よ! 旧レイテナ政府の高官も教えてくれたわ! 聞き出すまで時間が掛かったけどね!』
接近警報がシルの耳朶を打つ。モノアイ・ゴーストが一機、後方から突進を仕掛けてくる。リリエンタール機に注意を集中させすぎた。回避が間に合わない事を直感したシルは、全身を硬く強張らせて強烈な衝撃に備える。
しかしモノアイ・ゴーストはレゼール・ブルー・リーゼを目前に急制動を掛けた。すぐにバックブーストに転じるも、二機の間をライトイエローの光線が迸る方が速かった。光線はモノアイ・ゴーストが纏うバリアごと装甲を削り取る。直後に光線を追って残光を引いた飛翔体――飛行ユニットに下半身を埋め込んだガルが駆け抜ける。
「……任務内容に変更なし」
それだけ呟いたガル・ディールは飛行ユニットの|AMBAC《能動的質量移動》とスラスター制御によって交差路をほぼ直角に曲がる。殺人的な重力加速度に基礎骨格が軋むも、顔色一つ変えずに機体を横滑りさせ、乱立するビルの狭間に垣間見えたモノアイ・ゴーストへ、ハイレーザーライフルの照準を重ねる。
ルナクリスタル・システムが引き出すFLR-06Gの出力は、モノアイ・ゴーストのバリアを貫くに足る。しかし射線を建造物に遮られた。だがガルは構わずトリガーを引く。密に束ねたレーザーは、コンクリートの壁を数枚貫いて、標的の側面を掠めた。なおも減衰しないレーザーが市街の彼方にまで伸びる。射線上のビルが幾つか崩落し、瓦礫の山を築いた。
『あの人魚もどきは、場を荒らして地上での機動戦を潰すつもりか?』
敵機のパイロットは通信帯域を切り替え忘れていたらしい。こちらの目論見を当てられたガルは、微かに双眸を細めた。
ビルを崩し、直線の道を潰す事で加速を得難くし、敵の突進攻撃を封じる狙いは確かにあった。ついでに射線を遮ってスナイパーの目を眩ませる狙いも。
だが、この飛行ユニットは魚型ではない。認識の訂正を要求する前に青白い破線が多方面から襲いかかる。ガルは身を捻って縦軸にロールし、際どい回避運動を取る。レーザーの熱がFAU-X2の腹を擦過した。ダメージは軽微だが、被弾の衝撃で姿勢が揺らいだ。それによって生じる減速をスティーズ中隊は見逃さない。
だが、新月の狙撃手もまた、ガルに攻撃を集中させたスティーズ中隊を見逃さなかった。
「ただの護衛任務だったはずなのに、どんどんややこしい話になってきたねぇ」
リーシャは「あぁやだやだ」とロックオンサイトの先に敵機を捉えてトリガーキーを引く。積もった雪を舞い上がらせながら滑走するティラール・ブルー・リーゼは、主砲のバスターランチャーの代わりに、左腕部に装着したエクレールを立て続けに撃ち込む。セミオートで発射された荷電粒子の火線がモノアイ・ゴーストに命中。バリアで威力が減衰したが、若干の損傷と狙いを逸らさせるだけの衝撃を与える事には成功した。
『あの機体はメガビームライフルを装備してます! 注意して!』
「ありゃ、やっぱ警戒されてるか」
エクレールとレーザーマシンガンの機動射撃戦の応酬。リーシャは距離を詰める気配を匂わせた敵機を重複ロックオンした。ティラール・ブルー・リーゼのメテオールから解き放たれた何発ものミサイルが、白いガスの尻尾を引いて目標へと殺到する。モノアイ・ゴーストは横方向への急加速で瓦礫とビルの狭間に飛び込む。目標を見失ったミサイルがビルの壁面に衝突。火炎球と爆音を膨張させた。
『ゼロ距離に飛び込めばなァッ!』
別方向から敵機がレーザーマシンガンを乱射しながら突っ込んでくる。
リーシャはサブウィンドウに映る“バスターランチャーへのエネルギー充填率”に一瞥を送り、左右の操縦桿を引いてフットペダルを踏み締めた。迫る敵機に対してティラール・ブルー・リーゼが正対したまま後退加速する。エクレールとエリソン・バールをフルオートで撃ち続けるも、敵はバリアを頼りに距離を詰める。
「流石に速いね!」
リーシャの親指がホイールキーを回す。選択兵装項目がクレール・ド・リュヌに重なった。しかしトリガーキーを引くよりも先に、鈍く重い衝撃がコクピットを揺さぶる。モノアイ・ゴーストの肩部装甲がティラール・ブルー・リーゼを打った。
「刃物が無いと思ってくれちゃってさ!」
リーシャが顔を苦しくしかめる。仰け反る機体をオートバランサーが無理矢理に立て直す。モノアイ・ゴーストがレーザーブレードを抜いた。振り抜かれる青い刃。その刃をティラール・ブルー・リーゼのクレール・ド・リュヌが打ち返した。二機の間にスパークが走り、互いに同極の磁石のように弾かれ合う。
「練度が高い相手だ。こいつは厄介だねぇ……!」
敵はこちらが本来なら遠距離狙撃を得意としている機体だという事を見切っている。一度詰めた距離を離そうとしない。追い立てるレーザーマシンガンに装甲をじわじわと削り取られる。
『この間合いは! こちらの距離です!』
モノアイ・ゴーストがレーザーブレードを振りかざす。振り下ろされた超高熱の刃が、ティラール・ブルー・リーゼを縦に両断した。爆発することなく機体は音もなく霧散する。
『なっ!? 質量を持った残像!?』
「今のはちょいと危なかったね!」
ミラージュ・ファントムが生み出した囮で九死に一生を得たリーシャは、止めていた呼吸を一気に吐き出した。だが安堵する余裕はない。
『二度目はありませんよ!』
モノアイ・ゴーストが踏み込んでレーザーブレードを突き出した。メインモニターに迫る青白い刃に、リーシャは片目を閉ざして背中をシートに押し付けた。
「こちらワグテイル。援護します」
まさに間一髪だった。レーザーブレードの切っ先がティラール・ブルー・リーゼのコクピットに触れる寸前、ガルが発射した収束レーザーがモノアイ・ゴーストの腕部を撃ち抜いた。
予期せぬ方角からの攻撃で片腕を喪失したモノアイ・ゴーストは、よろめきながらも横方向へと飛び退く。
それをガルが追う。生身が被弾すれば一撃必殺のレーザーの雨を、身体の小柄さを活かして掻い潜る。FLR-06Gが伸ばすレーザーの一射が、モノアイ・ゴーストのバリアを装甲ごと貫いた。しかし敵は怯むどころか逆に攻勢に転じる。重量と加速で轢き潰すべく突進した。
ガルは飛行ユニットの可動翼でエアブレーキを掛ける。急激な減速に身がくの字に折れた。飛行ユニットのブースターを最大噴射して上昇して回避する。そのガルの背後から、レゼール・ブルー・リーゼが直進してきた。
「斬り裂けっ!」
交差する刹那、抜剣したエトワール・ブリヨントのエレメンタル・スラッシュがモノアイ・ゴーストのオーバーフレームを横一文字に溶断した。一拍遅れて爆散。内部から膨張する火球。微塵となって飛び散る金属片。
『流石は|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》ね!』
敵機の撃破を目視確認する間もなくリリエンタールのモノアイ・ゴーストが鬼気迫る勢いで猛追してきた。
『仲間の仇! 討つ!』
スティーズ中隊の機体達も横並びの編隊でレーザーマシンガンを浴びせにかかる。一機を撃破した代償に、シル達は追い込まれる格好となってしまった。
「下がって!」
撃ち降ろされるレーザーに、シルは止むなく機体を上昇させる。スナイパーの存在を気にかけている余裕が無くなった。ついでにプリュームのエネルギーも無い。点滅する再充電中のメッセージに、リフレクターに頼りすぎたと表情を苦くする。
「同意します」
「そいつが良さげだねぇ」
シルに言われるまでもなく、ガルとティラール・ブルー・リーゼは後退加速に転じながらそれぞれに応射する。バリアを纏っている分、耐久力ではモノアイ・ゴーストの方に分がある。撃ち合いでは不利だ。三機は強引な押し込みに圧倒されつつあった。
「って、これより下がるのはヤバいんじゃない?」
リーシャは後方を映すサブカメラのウィンドウに嫌なものを見てしまった。護衛するべき輸送車輌が停まっている。
「ちょっと待って! トラックを狙ってるんでしょ!? 壊してもいいの!?」
シルは無駄を承知でオープンチャンネルに呼びかける。
『人質のつもり? 言ったはずよ? 手に入らないなら壊してもいいってね』
「ダメでしょ!? 放射能が!」
『|護衛《まも》りきれなかったらあなた達が責任を追及されるのよ?』
リリエンタールの言う通り、猟兵側は壊されていい訳がない。破壊された時点で作戦失敗だ。
輸送車輌はレブロス中隊と直掩に付いている猟兵が|護衛《まも》っているが、それぞれの敵への対処で手一杯らしい。リリエンタール機とそれが伴う僚機の猛攻まで凌ぎ切れるかどうか――。
その時だった。ついにアポイタカラに役割が回ってきたのは。
「三人とも、ちょっとそこ開けて貰いたいっぽい!」
待ち構えていた鬼燈が動き出した。レゼール・ブルー・リーゼ、ガル、ティラール・ブルー・リーゼは殆ど条件反射で横方向へと退避した。
「忍!」
鬼燈のその一言で、輸送車輌とリリエンタール機達の間に彼岸花色の壁が聳立した。
総数17機のアポイタカラの写し身が構築した赤壁。しかも一機一機が電磁投射式のガトリングガンという重火器を備えている。それらがレーザーの暴雨を真っ向から受け止めた。ナノクラスタ装甲改が弾けて破片を散らす。ほぼ全てが直撃弾だったが、魔術文字の保護と強化された自動修復機能の力技で堪える。どうせ写し身だからと撃墜は恐れない。
「全機! 撃ちまくるっぽーい!」
本体の号令に合わせて残存するアポイタカラが一斉にガトリングレールガンを発射した。分間発射間隔は5桁に届くほどの超高速連射。形成した弾幕は幕というより壁だった。
スティーズ中隊は正面から撃ち合うつもりは無かったらしく、各機が散開して回避運動を取る。だが、信管を作動させて爆発した弾丸に機動を妨げられた。
『振盪弾!? |髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》は妙な武器ばかり使うわね!』
空間が波を打つ。波は物理的な振動となってモノアイ・ゴースト達に衝撃を及ぼした。秘伝忍法<写見>を介したユーベルコードであるが故に威力も命中率も半減しているが、動きを鈍らせるには十分だった。
アポイタカラが足止めしている間にレゼール・ブルー・リーゼ、ガル、ティラール・ブルー・リーゼは敵集団の側面へと回り込んだ。
「致し方ありません。最大出力で殲滅します」
ガルは捕虜の確保の為に直撃を避けていたが、護衛対象に接近されて、いよいよなりふり構っていられなくなってしまった。構えたハイレーザーライフルが砲口の奥底に黄色い光を蓄える。
「やっと撃てるよ」
リーシャは息を一つ吐き出した。エネルギーを充填し続けていたバスターランチャーの砲身が放電している。ティラール・ブルー・リーゼがその長大な砲身を脇に抱え込み、発射体制を取った。
「今ならっ!」
シルの指先が左右の操縦桿のトリガーキーを引く。レゼール・ブルー・リーゼが背負う二門の砲身が伸長し、腰部の左右に備えた砲身共々敵軍へと向けられる。
「殲滅開始」
「ぶっ放すよっ!」
「吹っ飛べー!」
FLR-06Gがレーザーの、ヌヴェル・リュヌがプラズマの、カルテット・グレル・テンペスタが魔力粒子の、ビームを解き放った。
交差する光条に沿って幾つもの火球が咲く。曇天を吹雪ごと引き裂かんばかりのそれを、アポイタカラは腕でセンサーカメラを庇いながら静観していた。
「……敵より猟兵の流れ弾の方に気をつけた方がいいっぽい?」
鬼燈の脳裏に一抹の不安が過った。
もしあの攻撃の一発でも輸送車輌を掠めていたら?
視線を落とした先で護衛対象が健在である事を確認すると、胸を撫で下ろした。
報酬は失われていない。少なくとも今はまだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
皇・銀静
UC発動中
ギガスゴライア出撃継続
おいグリム…この女の言ってる事は真実なのか?
「実際に日乃和では叛乱も起きてるね☆」
まぁ…どちらにせよ真実は今は判断出来るわけでもないな
お前の証言は一応聞いてやった
だが…それで核を奪って内乱広げてる時点で単なるやけくそ八つ当たりでしかないな
【戦闘知識】
敵機の動きと攻撃の癖や能力を把握
サリアは輸送車両の護衛と迎撃
僕は…あの女を叩き潰すとしよう
「主ー☆此処はグリムちゃんの力の出番だよ☆」
魔王竜の蹂躙
防御強化
勝利の神同時発動
…グリム…もう少し遠くの未来演算も行っておけ
「畏まり☆今の未来予知は絶対ではないけどね☆猟兵のお蔭でね☆」
槍の神発動
サリア
【蹂躙・砲撃・オーラ防御・属性攻撃】
輸送車両を防衛し荷電粒子砲を乱射
主に支援機迎撃
パルスシールドで防衛しつつ尻尾や爪で蹂躙
尚敵意はない
【空中戦・念動力・弾幕・属性攻撃】
超高速で飛び回りながら念動光弾と火炎弾を乱射して攪乱
【二回攻撃・切断・功夫・串刺し】
リリ何とかに襲いかかり魔剣で切り刻み槍での刺突から格闘でボコる
不殺徹底
皇・絶華
神機の主発動中
おお…なんと言う事だ(何故か神機の上に立つ
「いや主様?なんで俺の上に立ってるんですか?」(とても嫌な予感
つまり…お前達はそのような他者を蹴落とし殺し合わせる事に終始してしまったというのか!?何と言う事だ…!(慟哭)
そしてお前は復讐に狂い無辜の人々諸共核で全てを灰にしてしまいたいという狂気に侵されてしまったのだな!?(彼女はそこまで言っていない
しかもこんな危ない物に頼るとは…リリエンタール・ブランシュよ!お前には足りないものがある!そう!それはパワーだ!
だが安心しろ…お前達に圧倒的なパワーを与えよう!
「わ、わぁ…!」
【念動力・弾幕・空中戦・第六感】
念動障壁を展開しつつ飛び回りながら弾幕展開
直感を働かせ回避
【二回攻撃・切断】
近づいてきてるのは鎌剣やTCで切断
「って俺の中に戻らないんですか!?」
勿論ださっちゃん
これから此処は…大いなるステージになるのだからな!
「ひぃ!?」
【爆破・バーサーク・薬品調合】
地獄のUC発動
対象は戦場内のモノアイ達
死にはしないかもしれないが此の世の地獄発生
●雪ところにより槍ところにより名状し難い何か
リリエンタールが率いるスティーズ中隊は一人一人の練度が高い。
操縦技術の良し悪しは言うに及ばず、連携に隙が無い。
一人の猟兵に決して単独で挑まず、常に複数機で攻撃を仕掛ける。猟兵の注意を誘った一機は回避と防御に徹し、他の機体が集中攻撃を行う。
「単独で戦って勝てる連中ではないな」
スティーズ中隊の動きを目で追いかけていた銀静が呟く。
「ところでグリム……あの女の言っていた事は真実なのか?」
搭乗中の機体に尋ねると『わかんない☆』と即答が返ってきた。
『でも日乃和でもおんなじ理由で叛乱を起こした人たちがいたみたいだね☆』
「どこからの情報だ?」
『メルシーちゃん☆』
その名前が出た瞬間に銀静の中で信憑性が失墜した。
「まぁ……どちらにせよ、この場で判断出来るわけでもないな」
戦闘は依然として継続中だ。スティーズ中隊が難敵である事はもはや疑いようがない。呑気にお喋りしていれば狩られてしまうだろう。知りたい事があれば、ゼラフィウムに輸送車輌を送り届けてから調べたいだけ調べればいい。良識の範囲内で、だが。銀静は余計な思考を振り払った。
「サリアは引き続き輸送車輌の直掩に付いていろ」
黒龍殺しの黒竜はアームビームガンの乱れ撃ちを応答とした。
ハイパーパルスシールドとアダマンチウム合金製の重装甲から成る二重の守りは鉄壁だ。敵の攻撃のみならず、猟兵の流れ弾をも遮ってくれている。
さらにクラッシャーテイルを振って敵機を近寄らせない。これで輸送車輌の方を気にする必要はなさそうだと、銀静は他の猟兵と激しい射撃戦に臨むスティーズ中隊を見据え直した。
「僕はあの隊長機を叩く。グリム……もう少し遠くの未来演算も行っておけ」
『畏ま……あ! ヤバいのが見えたよ☆』
思わず片眉を吊り上げる。さっそく状況が悪い方向に傾くのかと身構えた。
「ふぇっくしょい!」
誰かのくしゃみが通信帯域を震わせる。銀静には聞き覚えのあるくしゃみだった。
「おお……! なんて寒さだ!」
氷点下を下回る吹雪の中、皇・絶華(影月・f40792)は連環神機『サートゥルヌス』の肩の上で腕を組んで仁王立ちしていた。
『いや主様? そりゃ寒いでしょうね? というか、なんで俺の肩の上に立ってるんですか?』
「そしてリリエンタールとやら。お前達はそのような他者を蹴落とし、殺し合わせる事に終始してしまうというのか!? 何と言う事だ……! 嘆かわしい!」
サートゥルヌスの怪訝な声を無視しているのか聞いていないのか、絶華は芝居じみた大げさな動きで慟哭してみせる。
「そしてお前は復讐に狂い、無辜の人々諸共核で全てを灰にしてしまいたいという狂気に侵されてしまったのだな!?」
『いやー……そこまで言ってないと思うんですが……』
『だから! そうしないし! させない為に! 私達が貰い受けるって! さっきから言ってるでしょう!?』
サートゥルヌスの言葉にリリエンタールの怒鳴り声が覆いかぶさった。
「あんの狂人め……何をしに来たんだ?」
銀静はひたすら嫌な予感を抱いていた。あの人の話を全く聞かず、勝手に脳内で物語を作ってそれを前提に勝手に喋り続けるチョコレートの狂人が現れると、ろくな事が起きた例しが無いからだ。
「しかもこんな危ない物に頼るとは……リリエンタール・ブランシュよ! お前には足りないものがある!」
「お前には理性と良識と正気が足りないがな」
銀静が通信装置に辛辣な嫌味を吹き込むも、絶華の耳には入っていない。
「そう! それはパワーだ!」
絶華は両腕を開いて曇天を仰ぎ見る。またしても大きなくしゃみをした。
「だが安心しろ……お前達に圧倒的なパワーを与えよう!」
リリエンタールには既に無視されていたのだが、絶華は気付かず構わず勝手に喋り続ける。かと思いきやサートゥルヌスが念動障壁を纏って唐突に動き出した。クロノスチャクラムが生み出す推力でリリエンタール機目掛けて飛び立つ。
「ええい狂人め、単騎で突出するな!」
なし崩し的にグリームニルも高戦域に突入しなければならなくなってしまった。
『主様!? コクピットに入らないんですか!』
レーザーマシンガンの破線が縦横無尽に乱れ飛ぶ最中にサートゥルヌスを飛び込ませた絶華は、肩に乗ったまま凍える冷気に身を震わせていた。
「不要ださっちゃん! これから此処は、大いなるステージになるのだからな!」
我が主は低体温症で死ぬのが先か、掠めたレーザーで消滅するのが先か、念動障壁があるとは言えどもサートゥルヌスは気が気でない。せめて敵を近づけまいとクロノスチャクラムで弾幕を張り、ハルペー2と逆手に持ったTCを振り回す。
「大いなるステージ……だと……?」
銀静は顔を強くしかめた。確実によくない事が起きる。グリームニルが見たヤバい未来とは恐らく絶華によって引き起こされるものだ。
「そうなる前に! リリ何とか! お前を叩く!」
『やってみなさいよ!』
ジグザグの機動でレーザーマシンガンを連射するリリエンタール機に対し、こちらも鋭角な瞬間加速を交えて念動光弾と火炎弾を乱射。僚機との分断および撹乱を狙う。わずかに動きが鈍った瞬間に被弾を無視して猪突した。
魔剣と神の槍の二刀流が繰り出す嵐の如き連撃。リリエンタールのモノアイ・ゴーストは咄嗟に抜剣したレーザーブレードで切り返す。
『敵ながら見事な太刀筋ね!』
「この連撃を受けるのか!」
縦横無尽の剣戟を繰り出す二機の間でスパークが明滅する。
『金色! 取ったぞ!』
スティーズ中隊は容赦が無い。背後と側面で膨らんだ殺気に銀静が舌を打つ。
レーザーマシンガンに射抜かれ、レーザーブレードに引き裂かれるグリームニルの姿。その光景の未来を演算したグリームニル自身が、銀静の操縦を無視して後退する。
「さあ! 圧倒的なパワーを皆に披露しよう!」
絶華の声が戦場に響き渡ったのはその時だった。
「な……あぁっ!?」
銀静が口を開いて顔を引きつらせる。
絶華の言う圧倒的なパワーとは、軟体生物と眼球を混ぜ合わせた、名状し難いチョコレート色の何かであった。
カカオ濃度1億パーセントの自称植物型チョコレート邪神は、のたうつ触手をモノアイ・ゴースト達に伸ばす。
『これは何!? イェーガーのペット!? また妙なモノばかり出して!』
リリエンタール機とその僚機は迫る触手の群れを、レーザーマシンガンで迎撃し、レーザーブレードで切り払いながら後退する。
「……これだからあの狂人とは関わりたくないんだ」
銀静は窮地を脱したはずなのに、余計に状況が悪化したように思えた。両肩を落としたグリームニルが呆然と滞空している。
「どうしたのだ? 皆遠慮せずに受け取るがいい!」
絶華のチョコレートを受け取る者は、敵味方含めて誰一人としていなかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
数宮・多喜
【アドリブ改変・連携大歓迎】
……テレサさんよ。
アンタの”苦労”は多分無駄じゃない。
奴さんの言った事が本当だとしても、全てを語ってるとは限らないだろ?
だから戦って、生き延びて。その先を知ろうじゃないのさ。
この件、あと何段も底が控えてる気がするよ。
しかしまぁ、予想以上の大物が釣れたもんだねぇ。
アンタらがある意味被害者だってのも違わないかも知れねぇ。
けどなぁ、その振る舞いはもうテロリストだ。だからアタシは抗わせてもらうよ。
……アンタらの目論見を台無しにすることでね!
スワロウ小隊を『鼓舞』しつつ、アタシは早速交戦に……向かわない!
目指すのは列車の進路上にできた瓦礫の山さ!
”英霊”はOveredの背後をガードする位置に展開し、マルチプルブラスターの重力波で横たわるビルを分断しながらローラーダッシュで接近する。
瓦礫に取りつけたならクローをぶっ刺して、アタシの目論見に気付いた敵中隊の支援機目がけてぶん投げるよ!
戦況をひっくり返すのが猟兵だってんなら、この【道拓く爪】で戦場そのものをひっくり返してやる!
ヴィリー・フランツ
※ヘヴィタイフーンに搭乗、海兵降下装甲小隊を引き続き2機召喚
心情:クソッタレ、いらん事をベラベラ喋りやがって、核爆弾以上の面倒事をバラしやがった!
手段:「カイゼル1から2と3へ、あのテロリスト達を叩き潰すぞ、さもなきゃ俺達も仲良く蒸発だ!」
2と3は支援機を叩け、オールウェポンズフリーだ、捕虜?いらん、今後の面倒事を避ける為に今回の事は全て闇に葬れ、猟兵としての倫理とか人道とか関係無い、ここで第二・第三の後藤大佐が生まれ反乱祭りで連邦が崩壊したら折角の金づるがパーだ。
コングⅡ重無反動砲で砲撃、バリアで銃弾はいなしても、自走砲と同サイズの衝撃までは防げんだろ、それにバリアはこっちも使える、重量の差でも此方に分がある。
それでこっちに体当たりするなら逆に弾き返して近接武器で叩き切ってやる、髑髏征伐だけじゃない、他の国でも叙勲を受けてんだ、俺をただの傭兵と思うなよ。
相手が警戒して距離を取るなら、チマチマと敵の僚機を叩くだけだ、こっちは連射の効くクロコダイルがある、ユニコーン程度なら楽勝だ!
ファルシータ・フィラ
【箱庭】
くっ、錫華お義姉様の塩対応が止まらないっ!
これはアレですか『へそ塩』とかそういう新しいジャンルですか!?
あー、どこかで聞いたような話ですわねえ
いえいえ、挑発でも伝聞でもなく
故郷が隣接なり近隣の2国に滅ぼされて
さらに人喰いキャバリアに喰われるって話でしょう?
『フィラの街』そのままではないですか
ならよかったですわねお仲間が生きていて
フィラお兄様なんて戦争で全滅
仲間含めて生き残りはお兄様ひとりで
唯一の肉親がクローンのわたくしですわよ?
街もプラントから生まれた人喰いキャバリアに喰われましたし
あら残念
お兄様の分身たるわたくしが此処に居るとなると
貴女がたの主張は押し通せませんわね?
わたくしの故郷を侮辱する気ですか?
ティタニア!【チェンジリング】騎士形態!
押し通りますわ!
『ファータ・バラージ』をばら撒いて牽制&弾幕
接近してティラトーレ・ツインブレードによる近接攻撃を
斬り刻んで差し上げます!機体だけですけどね!
えっ!『終わってから諸々突っ込む』?!
推し事中に推しが変わるなんてあり得ませんわ!
菫宮・理緒
【箱庭】
まぁ言いたいことは解る。
で、|元ラディア共和国《あなたたち》の狙いはどこにあるのかな?
今さらラディア共和国の復興ではないよね。
なら、レイテナと日乃和への復讐ってところかな?
どこかでも言ったけど、わたしたちは……少なくともわたしは正義の味方じゃない。
オブリビオンを倒すのが第一目的。あとは守りたいものを自らの意思で守るだけ。
ならわたしは、今生きている人たちがいちばん被害を受けない方法を取るよ。
だからあなたには核は渡さない。
いまのあなたでは、碌なことに使いそうにないしね。
あ、あとうまく爆破したみたいだけど、瓦礫とか消せばいいだけだから。
(【虚実置換】で瓦礫消去)
錫華さん、ファルさん、輸送車の進路の確保お願い。
『希』ちゃんは、レーダーで敵の位置をみんなに伝えて。
今回は火器管制わたしがやるよ。
【M.P.M.S】CIWSモードで起動。全方位弾幕!
同時に【D.U.S.S】照射。相手の耳を壊しちゃえ!
錫華さん、ファルさん、|輸送車《こっち》は任せて。
思い切り暴れてきていいから、ねー!
支倉・錫華
【箱庭】
滅ぼされた国、か。
ま、|敗北《まけ》ると国って滅ぶよね。そして滅ぶと恨みが残るよね。
よく知ってる。
復讐したいならすればいいんだけど、
それにオブリビオンや核を使うのはちょっとね。
理緒さんも言ってたけど、わたしたちはオブリビオンを倒しに来ただけ。
あなたの国が滅んでレイテナや日乃和がまだ存在してるのは、ただ単にタイミングの問題で、
|わたしたち《猟兵》がもう少し早く来ていれば、ラディア共和国も滅びなかったかもしれない。
そこは申し訳ないけど、だからといってあなたを見過ごすことはできない。
オブリビオンマシンに乗ってる以上、倒すよ。
そこから降りて戦争したいならすればいい。
そこには割り込めないからね。
ま、それでも核は使ってほしくないけど。
アミシア、『希』ちゃんから位置きてるね?
輸送車の進路の邪魔になる敵を優先的に排除していくよ。
『了解錫華。マーカー出します』
ファルさん、とりあえず終わってから諸々ツッコミいれるから、いまは進路確保よろしく。
まぁ理緒さん推しに変わってくれても全然いいんだけど。
ティオレンシア・シーディア
覇権を狙った連中がド派手にやらかして、血反吐吐き散らしながら後始末に奔走してる…あるかないかで言うなら、実にありそうな話ではあるわねぇ。
…まあ現状あたしのやることは特に変わらないし、正直真実とか割とどうでもいいわねぇ。正確には「どうでもいいけど興味はある」程度かしらぁ?結局最終的に世界を動かすのはこの世界の人たちだしねぇ。
それに|まだやらかしてない雇い主《未確定》と|これから確実にやらかす敵《確定》じゃあ優先順位は明白でしょぉ?
この状況、護衛が拠点防衛に切り替わったと割り切ってしまえばそう慌てる必要もないわねぇ。|エオロー《結界》・|オセル《領域》・|大元帥明王印《守護滅敵》で基点設置型の○オーラ防御を展開して輸送車両の直掩に入るわぁ。マルガリータ、センサー類は引き続き最大稼働よろしくねぇ。
●黙殺・目録より鏖殺・滅謡及び虐殺・壊擂を励起、合わせて黙殺・砲列を同時起動。ガン積みした火器・火砲のフルバーストをベタ足トーチカで三倍化、魔術と合わせた二重弾幕を完全制御して敵陣に叩きつけるわよぉ。
ジェイミィ・ブラッディバック
【イェーガー社】
マズいですね
下手をすると対O事案に関してレイテナ・日乃和と協調関係にあるアンサズ連合側にも飛び火する問題です
「今の話を公に喧伝された場合、対外的に説明していたアンサズ・日乃和の協力関係の前提そのものが崩れる」
ヴェクタ条約機構がこの状況に乗じてくるでしょう
解放戦線と結ぶ可能性だってある
…イェーガー社所属コントラクターは解放戦線側の機体のサブジェクトO認定を申請
「AUPF最高司令官アイアンズは当該申請を承認、O事案マニュアルに基づき行動せよ。件の証言だが、ガイアス大公にも報告を上げておく」
アレクセイさんに陽動をバトンタッチ、イヴさんが敵の行動を縛りました
その間に私は周囲を囲む敵をWORM KILLERで狙撃、無力化を図ります
テレサさんたちにはO事案マニュアルに基づく援護を要請
アンサズ連合は現在の状況においてレイテナ側の立場ということをお忘れなく
と、いうことで
我々アンサズ連合は現在のO事案を引き起こした東アーレス解放戦線への武力攻撃を開始いたします
ま、政治ってやつですよ、これが
イヴ・イングス
【イェーガー社】
あー、これこういうことだったんですねー
(クーデター時の報告書を見返しながら)
でもまぁ、結局のところ両国がO事案の被害国であることには変わりませんし、
結局東アーレス解放戦線はサブジェクトOの運用をしている時点で|我々《イェーガー社》、
ひいては|アンサズ連合治安維持軍《AUPF》としては「信憑性を認めない」
対処はヴェクタ条約機構と一緒ですよ
サブジェクトOの運用を堂々と正当化してないだけ解放戦線の方がマシです
というわけで敵機に対して攻撃スキルを実行!
まぁ私ゴッドゲームオンラインのシステムで動いてましてー
グリッチもそのまんま引き継いでましてー
オリハルコンドラグーンのガンナードームから敵機めがけて手近なビルの壁に機体を擦り付けるようにしながらレーザー発射しましてー
そうすると攻撃エフェクトと当たり判定が残存するんですよ
そしてこのガンナードームのレーザーって偏向可能なんですよ
敵機の周りをレーザーで囲みます
そこ通ったら貴方のキャバリア、スライスハムになるんでご注意くださーい
アレクセイ・マキシモフ
今の会話…公表されればアンサズ連合側も非常に厄介な状況に巻き込まれるぞ
唯一突破口があるとするならば"O事案の特性"、か
O事案マニュアルによれば、「その時点でサブジェクトO影響下が明らかな場合、O事案当事者の主張・証言には一切の信憑性を認めない」だったな
だが、改めて東雲官房長官には説明を求める必要があるだろう
火のない所に煙は立たん
アイアンズ、その辺りは任せる
…あぁ、ガイアスの大公の耳にも入れておくのは名案だ
レイテナと直接やり取りしていたのは、まさにジェイミィとヴィルヘルム陛下だったからな
動かせなくなった核について、ひとまず手は無くはない
だがそれには核を護ることが大前提だ
俺が前に出よう
狙撃機を敢えて前に出す、この状況に敵は俺を狙うだろう
しかし俺もバリアによる突撃陣形にかかってやるほど馬鹿ではない
不利な状況下でこそ生を実感できる
ネズミらしく回避に徹するさ、その後はイヴとジェイミィの仕事だ
まぁ…少しでも隙を晒せばバイタルパートを容赦なく撃ち抜いてやるが
俺はただで遊んでやるほど聖人では無いんでな
●道を拓く
吹き付ける風が白濁するにつれて積もる雪と戦闘は一層深さを増す。張り詰めた冷気と交錯する弾道痕は鋭さを研ぎ澄ましていった。
戦域の中央で進退窮まった輸送車輌。それを守るレブロス中隊、スワロウ小隊、猟兵。
護衛を引き剥がす、あるいは防御の間隙を目敏く狙うスティーズ中隊。
両陣営の攻防は半ば膠着状態に陥りつつあった。
「覇権を狙った連中がド派手にやらかして、血反吐吐き散らしながら後始末に奔走してる……あるかないかで言うなら、実にありそうな話ではあるわねぇ」
ティオレンシアにとって、リリエンタールの発言の信憑性は如何とも判断し難い。だが、今自分達が置かれている戦況を踏まえれば、虚言を吹いているとも思えなかった。漁夫の利を狙うのに失敗したと言えばいいのか、先見が暗かったと言うべきなのか。
輸送車の側面にポジションを決めたスノーフレークは、止む気配の無いレーザーマシンガンを魔術文字の障壁で防ぐ。エオロー、オセル、大元帥明王印の三文字が攻勢する守護は、モノアイ・ゴーストの攻撃のみならず、時折飛んでくる猟兵の流れ弾も確実に受け止めていた。
「まあ、あたしのやることは特に変わらないし、どれが本当で誰が悪者とか、正直割とどうでもいいわねぇ」
「どうでもよくねえ! ってか、全くもってよくねえ!」
ヴィリーの声音は、ティオレンシアのチョコレートのような声音とは真逆の苦々しさだった。
一瞥したレーダーマップ上では幾つもの敵影が機敏に動き回っている。しかし今の彼にとって最大の敵は、お喋りが過ぎる金髪の美女とその仲間たちだった。
「あのクソッタレ連中め! いらん事をベラベラ喋りやがって!」
中指を立てる代わりに、ヘヴィタイフーンMk.ⅩがコングⅡ重無反動砲を叩き込む。モノアイ・ゴーストは疾風の如き軌跡を描きながら回避する。しかし、ヴィリー機が放った砲弾は、着弾地点を中心に金属片と熱を伴う衝撃波を押し広げ、巻き上がる雪煙と共に敵機の姿勢を乱した。
カイゼル2と3もヴィリー機に倣って砲撃を行う。タイミングを僅かにずらして発射した砲弾は、風切り音を鳴らした後にアスファルトの路面を炸裂させた。重い爆音に大気が怯える。
「随分とご機嫌斜めねぇ?」
「ったりめーだ! あのファッキンシットども、核爆弾よりタチの悪いネタをブチ撒けやがったんだぞ!」
「少し大げさ過ぎないかしらぁ? おおごとと言えばおおごとでしょうけどねぇ」
「大げさなもんか! これをレイテナの連中に全部ぶちまけてみろ!」
ヴィリーの声が怒気を孕む。
「あっちこっちで暴動反乱祭り、下手すりゃユニオン崩壊で折角の大口の仕事先がパーになるかどうかってとこだぞ!」
ヴィリーはリリエンタールに、今は亡き日乃和陸軍の後藤宗隆元大佐を重ねた。白羽井小隊と灰狼中隊、その他の同調する者たちを率い、南州第一プラントの暴走を隠蔽した政府に反旗を翻した男。リリエンタールと東アーレス解放戦線がその男の存在に重なって見えて仕方がない。
もしこの場に那琴と伊尾奈達が居合わせていたら……リリエンタールに同調して着いて行くという厄介な光景を、ヴィリーは砲弾に詰めて射出した。
「生活が掛かってる人は大変ねぇ……」
切迫した大真面目なヴィリーに、ティオレンシアは溜息を禁じ得なかった。
「他人事みたいに言うがな、お前さんだって当事者だぞ? まさか報酬額を見ずにこの仕事に乗ったなんて言うんじゃないだろうな?」
「あたしもお金に釣られてないと言えば嘘になるかも知れないけどねぇ……興味はあるけどその程度ってところかしらぁ?」
ヴィリーの言う通り、他人事と言ってしまってもいい。クロムキャバリアの世界の出身者でもないティオレンシアには、引いた線以上に深入りするつもりにはなれない。
雇用契約という形態で依頼に参加してはいるものの、究極的に言ってしまえばこの戦いはオブリビオンという病原菌と猟兵という抗体の戦いだ。白血球の役割は発生した病原菌を死滅させる事で、酸素や栄養を世界という身体に循環させる役割は持たない。ましてや自己管理の意思決定権があるわけでもない。他者はいざ知らず、ティオレンシア自身は己をそう規定していた。
「俺みたいな職業傭兵には興味が尽きない死活問題でな」
「踏み込み過ぎるのはねぇ……あたし達がどうこうしても、最終的に世界を動かすのはこの世界の人たちでしょう?」
「猟兵としちゃあ、オブリビオンマシンをぶっ潰した後は知らぬ存ぜぬだろうがな。だが俺は猟兵の前に傭兵だ。この世界の人間には、俺の都合の良い方に世界を動かしてもらわにゃ困る」
「潔いまでに現金ねぇ。でもまぁ……今眼の前でやらかしてる敵と、やらかしてるかも知れない雇い主じゃあ、対応するべき順番は明白よねぇ?」
猟兵は一枚岩でも無ければ、思惑も個人で異なる。しかしこの場において、任務遂行という目標は同じだ。ヴィリーは沈黙を肯定とした。
「でも、相手の言い分も解らなくはないかな」
D.F.シールド越しにネルトリンゲンの巨躯に伝う微震を尾てい骨に感じながら、理緒は囁くように呟いた。
自分だって同じ立場に置かれれば、彼女達と同じ怨恨を抱くかも知れない。粛々と防空火器の管制を行い、大切なものを奪われた自分の姿を脳裏に形作る。
「滅ぼされた国、か」
互いに機動戦を繰り広げるモノアイ・ゴーストを錫華の瞳が追う。
いま相対している彼女達は、滅んだ国に残された恨みを体現する者達。
街を喪った身としても理解できる部分はある。よく知っていると言ってもいい。
「で、元ラディア共和国のあなた達の狙いは――」
「くっ、錫華お義姉様の塩対応が止まらないっ!」
まるで温度差が違う声音が理緒の言葉を遮った。ファルシータの苦悶しているのか歓喜しているのか判然としない音声だった。
一応ティタニア自体はまともに戦闘しているらしく、飛翔型と騎士型を忙しく切り替えて敵機とモノアイ・ゴーストと側面の取り合いに勤しんでいる。
「これはアレですか『へそ塩』とかそういう新しいジャンルですか!?」
「アミシア、ファルシータさんの通信だけ音量半分の半分で」
『了解』
錫華とアミシアの口振りは降る雪のように冷たい。
「それで、狙いはどこにあるのかな? レイテナと日乃和への復讐?」
理緒は咳払いを一つ置いてから尋ねた。
『正解よ。とでも答えておけば満足する?』
市街の狭間を駆けるリリエンタール機が僚機と共に青白い破線を十字に伸ばす。ネルトリンゲンのD.F.シールドに阻まれたそれが、どんな答えを示唆しているのか、理緒は推し量りかねた。
「今さらラディア共和国の復興ではないよね?」
『それは最終的な目標の一つね。ラディアだけじゃない。レイテナの焦土作戦に巻き込まれた他の国々の復興も。復讐心だって勿論あるわ。でも――』
「まー、どこかで聞いたような話ですわねえ」
ティタニアが乱射したファータ・バラージの属性弾がリリエンタール機を退かせる。
『掃いて捨てるほど有り触れた話とでも言いたげだな?』
太い男の声と共に鋭い殺気が飛んできた。肉薄したモノアイ・ゴーストがレーザーブレードを横に薙ぐ。
「いえいえ、挑発でも伝聞でもなく」
騎士型へ瞬時に変形したティタニアは短距離跳躍で一閃を躱す。
「故郷が人喰いキャバリアに襲われて、隣接なり近隣の2国に滅ぼされたって話でしょう? 『フィラの街』そっくりではないですか」
ファータ・バラージの牽制射撃で追撃を阻止する。単眼の亡霊は建造物の狭間に滑り込んで姿を消した。
「よかったですわね? お仲間が生きていて、フィラお兄様なんて戦争で全滅。仲間含めて生き残りはお兄様ひとりで、唯一の肉親がクローンのわたくしですわよ? 街もプラントから生まれた人喰いキャバリアに喰われましたし」
全ては記憶の中の過去の出来事だ。街の古井戸の暗い深淵。その底で生じた不幸な事故と、オブリビオンマシンの出現。振り返っても、胸の中に開いた空洞が虚しい風の音を鳴らすだけだった。
『それはご愁傷さまね!』
ビルの屋上から屋上へとジャンプするリリエンタール機。ティタニアは飛翔型に変型して降り注ぐレーザーから逃れる。
「残念ながら、お兄様の分身たるわたくしが此処に居るとなると、貴女がたの主張は押し通せませんわね? わたくしの故郷を侮辱する気ですか?」
『今のレイテナ・ロイヤル・ユニオンでは人喰いキャバリアには勝てないという私達の主張が、あなたの故郷の侮辱とどう結びつくというの? それともまさか、フィラの街の所在が東アーレスで、ラディアと同じく、レイテナの核の焦土作戦に巻き込まれたなんて言わないわよね?』
「言いませんわよ? アーレス大陸なんて今日までアの字も存じませんでしたもの」
『惜しいわね。もしそうなら、志を共にできたでしょうに』
ファルシータはティタニアを騎士型に変型させて背中をビルに預ける。リリエンタールの声を耳で追い、モノアイ・ゴーストのセンサーカメラの残光を目で追う。
『受け取り方はご自由に。でも私達にはあなたの故郷を侮辱する理由がない。誰もがそうであるように、あなたもあなたにしか分からない辛い思いを抱えているのでしょうね。けれど私達は自分達が被った悲劇を誇示しに来ているつもりもないわ』
首筋を突き通る殺気を受けてトリガーキーを引いた。ティタニアが機体ごと横に振り向く。抜き放ったティラトーレ・ツインブレードがレーザーブレードと切り結んだ。
「そうですか。 それで? ご要件は?」
『雇い主選びに失敗した、かわいそうなイェーガー達に本当の事を教えてあげただけよ。任務のついでにね!』
鍔迫り合う二機の間で目を焼かんばかりに光が明滅する。間近に迫った一本角を生やした単眼の頭部に、ファルシータはリリエンタールの姿を見た。シトリンの瞳が決意と使命を湛え、こちらの目を真っ直ぐに睨んでいる。
「わたしたちもついでだよ。あなたと戦うのはね」
ネルトリンゲンのD.U.S.Sが収束発射したショックウェーブが、バリアで覆われたリリエンタール機の装甲を打つ。横殴りに弾かれて姿勢を崩したところへティタニアが踏み込む。だが他のモノアイ・ゴーストからレーザーマシンガンの横槍が入った。
「どこかでも言ったけど、わたしたちは……少なくともわたしは正義の味方じゃない。オブリビオンを倒すのが第一目的。あとは守りたいものを自らの意思で守るだけ」
M.P.M.Sから連続して放たれるミサイルがリリエンタール機と僚機を追い立てる。各機は共々に後退して誘導を切った。遮蔽物に激突したミサイルが火球を咲かせる。
「だからわたしは、今生きている人たちのための手段を取るよ」
死者は返らず、失ったものは戻らず、確定した過去は変わらない。
なら今を繋げて行く他にどうしろというのか?
それが幾千幾万の骸を踏み締めて立つ義務と責任……いや、そんな大層なものではないし、そんなたった二つの言葉で自己を縛ってはらない。その言葉自体が理由だ。あなたは? 理緒は無言で問う。
『ただの雇われだと思っていたのに、立派な思想ね。皮肉じゃないわよ?』
理緒にはリリエンタールの声音に敬いの念が込められているように聞こえた。
もしかしたら彼女もわたしたちと同じで、守りたいものを守っていただけなのかも知れない。
「理緒さんも言ってるけど、わたしたちは――」
ビルの隙間から飛び出したモノアイ・ゴーストのレーザーマシンガンをナズグルは天磐で受けて逸らす。コクピットに伝う震撼に錫華は言葉の続きを飲み込んだ。
わたしたちはオブリビオンを倒しに来ただけ。そう伝えたところで常人には理解が及ばない。
オブリビオンマシンを認識できるのは猟兵だけだ。
それも本能的に認識しているのであって、常人に存在を証明できるような科学的根拠は存在しない。
オブリビオンマシンが人の精神を蝕むメカニズムも然り。リリエンタールを例に出せば、どこまでが彼女の本心で、どこからがオブリビオンマシンが及ぼす破滅的思想とやらなのか、明確に判別できる者は誰一人としていない。
猟兵と常人。両者の見ている世界には、ビル一棟分以上の分厚い隔たりが存在している。
「|わたしたち《猟兵》がもっと少し早く来ていれば、ラディア共和国も滅びなかったかもしれない」
代わりに出たのは慰めにもならない言葉。FdP CMPR-X3のフラッシュハイダーが瞬いてリリエンタール機を追う。
『別に。私達はあなた達イェーガーに哀れみこそあれど恨みがあるわけじゃないわ。でもそれだけの力があれば、ラディアを救えたかもね』
レーザーマシンガンの激しい反撃とは対照的に、リリエンタールの口振りは穏やかだった。
「そこは残念に思う。でも、あなたたちを見過ごすことはできない」
オブリビオンマシンに乗り、心を蝕まれ、破滅を振りまくのであれば。
魂に染み付いた宿命が言っている。あれを破壊せよと。
「だから核は渡せない」
抑えきれない衝動が錫華にナズグルを突き動かさせる。オブリビオンマシンがそこにいるなら、割り込まなければならない。破壊しなければならない。
その先は人が決める事だ。生命の埒外の自分達は、きっと介在するべきではないのだから。
「アンサズ連合としても、だがな」
アレクセイのSTRIKE HELIOSは輸送車輌の正面に出てMRSR-2600のトリガーを引く。薬莢が排出される度に、耳朶をつんざくような発砲音が反響した。
「リリエンタール・ブランシュ大尉の会話が公表されれば、ひょっとするとアンサズ連合側も非常に厄介な状況に巻き込まれかねん」
『ひょっとしなくてもマズいですね』
ジェイミィが格納されているMICHAELもWORM KILLERで砲撃を加える。ビルの狭間を掻い潜って高速機動するモノアイ・ゴーストは中々命中弾を許してはくれない。しかし針のような独特の弾体が着弾時に発生させる電流は、音響と視覚の両面で敵にプレッシャーを与えていた。
『下手をすると対O事案に関してレイテナ・日乃和と協調関係にあるアンサズ連合側にも飛び火する問題ですよ』
「そうだな。今の話を公に喧伝された場合、対外的に説明していたアンサズと日乃和の協力関係の前提そのものが崩れる」
地中に潜伏して支援に徹するクレイシザー。そのコクピットでアイアンズは眉間に皺を刻み、手で口元を覆う。
リリエンタールの話が真実だという確証はない。だが実に大衆が好みそうなスキャンダルだ。嘘か真かどちらにせよ、アンサズ連合の世論にも悪い意味で影響を及ぼす事が容易に想像できる。
『ヴェクタ条約機構がこの状況に乗じ、解放戦線と結ぶ可能性も無いとは言えません』
ジェイミィがさも当然の想定と言わんばかりに語ると、アイアンズの目元はますます険しくなった。ヴェクタ条約機構にとってはアンサズ連合を叩くのに都合の良い棒で、燃やすのに適した着火剤だ。
『白騎士の事象予測で真相を正せませんかね?』
『必要な数字が出揃っていないのに、式が立てられると思うか?』
市街を覆う雪のようなWHITE KNIGHTに、ジェイミィは『いえまったく』と頭部を横に振る。
「唯一突破口があるとするならば"O事案の特性"か?」
アレクセイは何度目になるか分からないリロード操作を行った。STRIKE HELIOS自体はともかくとして弾が残り少ない。恐らく友軍は皆同じ状況だろう。じわじわとすり潰されつつある。
「O事案マニュアルによれば、『その時点でサブジェクトO影響下が明らかな場合、O事案当事者の主張・証言には一切の信憑性を認めない』だったな?」
『ええ、それに当てはめればリリエンタール・ブランシュ大尉の発言は、アンサズ連合内において証拠としての法的機能を有しません』
しかし法的には、だ。ジェイミィには彼女の発言の信憑性の判断材料について、思い当たる節があった。
「あー、これこういうことだったんですねー。つまり東アーレス解放戦線は、後藤宗隆元大佐の一派と殆ど同じと」
イヴはジェイミィから送付された報告書の内容と、彼女達の行動動機を重ね合わせた。
暴走したのがゼロハート・プラントか南州第一プラントかの違いだけで、リリエンタールと後藤はどちらも人喰いキャバリアの発生を起因とした被害、それを隠匿した政府に対して反乱を起こしている。
「でもまぁ、結局のところ両国がO事案の被害国であることには変わりませんし、東アーレス解放戦線はサブジェクトOの運用をしている時点で|我々《イェーガー社》、ひいては|アンサズ連合治安維持軍《AUPF》としては信憑性を認められませんよ。ともすれば対処はヴェクタ条約機構と一緒です」
『結局、いつも通りですか』
「はい。サブジェクトOの運用を堂々と正当化してないだけ解放戦線の方がマシですけどね」
厳密には気付いていないだけなのが実情だろうが、イヴは皆まで言わなかった。
アンサズ連合と日乃和、レイテナではオブリビオンマシンへの認識が根本的に違いすぎる。
前者は広く周知され、関連する法整備さえも施行されている。
後者では存在自体の認識が希薄だ。猟兵達が追っているある種の敵勢力と見做されているようだが、科学的根拠に基づいた立証がなされない限り、その存在を認める事は難しいといったスタンスを取っている。
加えて言えば、イェーガー社は日乃和とレイテナの領土内でO事案マニュアルに則った対処の計画及び実行を許可されてはいるものの、あくまで契約の範囲内で、仲介人――グリモア猟兵の審査を経由し、尚且つ統治機関からの事前承諾が得られている事が前提だ。しかもレイテナ側では、エリザヴェートの承認を受けてはいれども、ユニオン政府とは接触すらできていないのが現状である。
イヴだけでなくジェイミィらとしては、ユニオン政府の関係者との接触を図りたいところではあったが――最短での可能性があるとすれば、無事に東部戦略軍事要塞ゼラフィウムに辿り着いた直後だろうか?
この依頼はレイテナ・ロイヤル・ユニオンの参謀本部からの依頼だ。
依頼主の名前はケイト・マインド参謀次長。
イヴの記憶が正しければ、参謀本部のトップ2とされている女性だ。
参謀本部は軍の中枢機関であり、政府との繋がりは非常に密接である。ユニオン政府との接触の足掛かりどころか、ケイト参謀次長こそが接触するべき最初の相手なのかも知れない。
『という訳ですのでアイアンズ司令、如何します?』
ジェイミィは既に答えが分かりきっていたが、敢えて尋ねる。言質を得る必要があったからだ。
「AUPF最高司令官アイアンズは当該申請を承認、O事案マニュアルに基づき行動せよ。件の証言だが、ガイアス大公にも報告を上げておく」
「あぁ、ガイアスの大公の耳にも入れておくべきだろうな」
マニュアルエイムモードのロックオンサイトで敵機を追いながらアレクセイは言う。
レイテナの小さな暴君、エリザヴェート・レイテナと直接やりとりを行っていたのは、ジェイミィとヴィルヘルムだ。ついでにヴィルヘルムにはエルネイジェと長旅に興じた実績があり、エルネイジェも日レ両国と独自に接触している。クレイシザーを贈って気に入られた程度の仲ではあるらしい。この繋がりが役立つ時が来るかも知れない。
『ではアンサズ連合は現在の状況において、レイテナ側の立場という認識でよろしいですね?』
ジェイミィにアイアンズは「そうだ」と短く応じる。
『確かに承りました。ということで、我々アンサズ連合は現在のO事案を引き起こした東アーレス解放戦線への武力攻撃を開始いたします。もしもしテレサさん?』
「は、はいっ!?」
唐突にジェイミィから呼びかけられたテレサは息を詰まらせた。額に滲む汗からは疲労困憊の色が窺える。ジェイミィは種族柄故に失念してしまっていたが、生身の肉体には相当堪える戦況に自分達は陥っている。半分レプリカントのテレサですらこの様子なのだから、アルフレッド達はもっと疲弊しているのであろう。
『O事案マニュアルに基づく援護を要請したいのですが』
「えと、ええっと……アルフレッド大尉、どうしましょう?」
「私はそのO事案マニュアルというものの概要を関知していない。だが、その内容が、敵勢力を排除するのに必要な戦闘行動であるならば、スワロウ01への援護要請は承諾しよう。込み入った話はゼラフィウムに到着後、ケイト参謀次長と直接相談するように」
実直で堅苦しいアルフレッドの口振りに、ジェイミィとイヴとアレクセイはアイアンズと同類の匂いを嗅ぎ取った。職業軍人の匂いだ。
しかしアルフレッドはO事案マニュアルの概要を関知していないと言った。つまりユニオン議会派の人間なのだろうか? ジェイミィは電子の脳裏で疑問を膨らませた。
テレサは曇る面持ちをひた隠しながら応答した。
「スワロウ01、了解、です」
声がつまずく。脳量子波で伝わってくる。自分だけではなく、スワロウ小隊の“私達全員”が同じ気持ちを抱いていると。
今は人類の力を結集して人喰いキャバリアに立ち向かっていかなければならない時だ。
レイテナ・ロイヤル・ユニオンはその力を束ねる組織であると思っていた。
だがその成り立ちが打算から始まり、現状を生み出した元凶だったとしたら、私は……どうすればいい?
頭の中が絡まり合って纏まらない。
「テレサさんよ、そんな考え事しながら戦ってたら、墜とされちまうよ?」
心中を見透かしてか、多喜は口元に浮かべた微笑をサブウィンドウの中のテレサに投げかけた。
「え……」
「顔に書いてあるよ?」
テレサがサファイアブルーの瞳を左右に泳がせる。その様子に多喜は失笑を吹き消した。
「アンタの”苦労”は無駄じゃない。多分、だけどね?」
多喜はテレサの戦いを間近で見ていた。ゼロハート・プラントの落とし子という出生から来る贖罪の精神にしろ、誠心誠意何かのために戦っているにしろ、“自分達は知る由もない苦労”があったにせよ、テレサは今を懸命に抗っている。
「奴さんの言った事が本当だとしても、全てを語ってるとは限らないだろ?」
「それは……」
「だから戦って、生き延びて、その先を知ろうじゃないのさ」
言葉を行動で示すかの如く、JD-Overedはダッシュローラーで雪道に轍を刻みながらマルチプルブラスターを撃つ。収束した重力波がモノアイ・ゴーストを掠め、ビルの角を抉り取る。
「この件、あと何段も底が控えてる気がするしね」
この手で――正確にはJD-Overedのマニピュレーターで捕らえたオリジナル・テレサの言葉もある。誰が本当の事を語っているかなど、多喜にしてみれば分かったものではない。それこそ控えている底の底……人喰いキャバリアの根源となっているゼロハート・プラントの中枢まで到達しなければ、答えを知ることなど叶わないかも知れない。
そのためには、戦って生き残ることだ。真実を知る権利は生き残った者だけに与えられる。きっとそうして今日までの歴史は作られてきた。
「そう、でしょうか……?」
頭蓋の中で重く混沌とした疑問がテレサに肯定を躊躇わせる。
「多分ね?」
多喜は口だけで不敵に笑ってみせた。
「なら、そうかも知れませんね……最初の私を捕まえた一人の数宮さんがそう言うなら」
テレサは力の抜けた微笑みを作る。
「しかしまぁ、予想以上の大物が釣れたもんだねぇ……っと!」
進路上に突如としてモノアイ・ゴーストが横から滑り込んできた。しかも背後をもう一機に取られた。
「トラックを護送するだけの簡単なお仕事じゃなかったっけ!?」
振り抜かれるブレード。シールディングオービットで背中に浴びせられるレーザーを逸らす。サイオニッククローでブレードを撃ち返しつつも敵機の横に抜ける。片足のダッシュローラーにブレーキを掛けて180度のドリフトターン。マルチプルブラスターを連射した。
『そこの赤い機体! 上手いわね!』
「そりゃどうも!」
後退滑走しながら収束重力波でリリエンタール機を狙う。建物を使って射線を遮られた。
「アンタらがある意味被害者だってのも違わないかも知れねぇ……!」
多喜は舌を打つ。まるで思い通りに狙わせてくれない敵機に苛立ちを募らせる。
「けどなぁ、その振る舞いはもうテロリストだ。だからアタシは抗わせてもらうよ」
真相を語っていようがいまいが、認められないものは認めない。多喜は引いた一線を守りの要として叫びを叩き付けた。
「アンタらの目論見を台無しにすることでね!」
JD-Overedがドリフトターンして進行方向に向き直る。三基のEinherjarを正面に回し、サイキックリフターの主翼を広げてダウンフォースを発生させ、スラスターノズルを全開に焚き、全力加速して立ち往生する輸送車輌の横を通過した。
「JD-Overed……何をするつもりだ?」
アレクセイは怪訝に双眸を細める。JD-Overedの向かう先は行き止まりだ。横たわった高層ビルによって大通りが塞がれている。
もしや――そう思った時には、既にイヴが通信で呼びかけていた。
「もしもしネルトリンゲンさーん。JD-Overedが向かった先の瓦礫なんですけど、艦砲で吹きとばせませんかねー?」
いまこの場にいる戦力の中で、最大の火力を持つ機体はネルトリンゲンがギガス・ゴライアであろう。しかし後者のデストラクションバスターは、威力が過剰過ぎて瓦礫を撤去するために使用するのにはリスクが高すぎる。ともなればネルトリンゲンが適任であった。
「んー、できなくはないけど……危ないかな? みんなはともかく輸送車まで……あ」
理緒の頭に閃きが灯った。正確には思い出した。
「ちょっと待って、ねー! 希ちゃん! スクショ取って!」
手元のサブモニターを操作し、輸送車輌の進路上の映像をズームアップした。
『これでいいの?』
M.A.R.Eが映像を静止画として保存する。
「なんだっけ、アレ! 写真屋さん! 消して! 瓦礫!」
理緒に言われた通りにM.A.R.Eはペイントソフトを呼び出す。大通りを封鎖するビルを選択して消去した。対象物を指定するだけでAIが勝手にやってくれる。時代は便利になったものだ。
「レタッチ、アンド、ペースト! 虚実置換! はい! できあがりー!」
編集された画像の通り、なんの前触れもなくビルが忽然と消失した。アルフレッドとテレサは我が目を疑い無言となった。
「んなユーベルコードがあるなら初めっから使えよ!」
ヴィリーは怒声を上げながらヘヴィタイフーンMk.ⅩにコングⅡ重無反動砲の最後の弾倉を叩き込ませた。カイゼル02と03は機体越しに互いの顔を見合わせて肩を竦める。
「いやぁー……こういうの持ってたの忘れちゃってて」
舌を出す理緒にヴィリーは深く項垂れた。
「だいぶ無駄弾を使っちゃった気がするわねぇ……」
ティオレンシアは今までの苦労はなんだったのかと頬杖をついて息を吐き出す。
『お待ちを。まだ瓦礫が残ってます。これでは輸送車は進めませんよ』
ジェイミィの指摘通り、大通りには消し残しと思われる巨大なコンクリートの塊が散乱していた。ビルが倒壊した際に飛び散った名残りだろう。
「ま! これで戦況をひっくり返せたんだ! 今度は戦場そのものをひっくり返してやる!」
JD-Overedが驀進する。意図を察したアルフレッドが「レブロス01より中隊全機! 並びにSTRIKE HELIOSとMICHAEL! JD-Overedを援護しろ!」と鋭い号令を飛ばす。敵も同様に察したらしく、JD-Overedに攻撃を集中させる気配を見せた。
「了解だ」
『そのつもりです』
アレクセイは既に機体に射撃姿勢を取らせていた。STRIKE HELIOSがスナイパーライフルを、MICHAELがスタンニードルランチャーを撃つ。JD-Overedの頭上を取ったモノアイ・ゴーストが撃ち抜かれ、被弾時の衝撃で弾き飛ばされた。
「錫華さん、ファルさんも、思い切り暴れてきていいから、ねー!」
ネルトリンゲンもD.U.S.Sの広域放射で援護を重ねる。
「アミシア、突っ込むよ」
『了解。優先ターゲットをマークします』
「えっ!? 突っ込む?! このタイミングで?! わたくしバッチコイですわよ!」
「ファルさん、いまは進路確保よろしく」
錫華は冷徹に言い捨てるとナズグルを加速させた。モノアイ・ゴーストのレーザーマシンガンに被弾する覚悟でFdP CMPR-X3のマズルフラッシュを瞬かせる。
「へそ塩対応堪りませんわー!」
ファルシータは溢れる思いを爆発させながら飛翔型に変型したティタニアを突き進ませる。ファータ・バラージが鮮やかな輝きを放つ無数の流星を生み出す。
「理緒さん推しに変わってくれたらいいのに」
ナズグルはモノアイ・ゴーストと正面きっての撃ち合いにもつれこんだ。コクピットブロックを防御する天磐にレーザーの破線が突き刺さる。
『つくづく予想できないわね! イェーガーの戦い方は!』
ティタニアの前にリリエンタール機が立ち塞がった。背部より伸びるアンカーをレーザーブレードの発振基に接続。通常の数倍以上に膨れ上がった刃を振り下ろす。
「推し事中に推しが変わるなんてあり得ませんわ!」
ティタニアは瞬時に騎士型に変型。そのモーション中にティラトーレ・ツインブレードを抜刀。暴風の如き乱舞で無尽の剣戟を刻み、出力で勝るリリエンタール機のハイパーレーザーブレードを押し留める。
「痛ってえなこの野郎! どこのどいつだ!? そこのそいつか!?」
ヴィリーは歯を剥いて悪態を付く。連続の被弾で整流が乱れたヘヴィタイフーンMk.Ⅹのフォートレスアーマーを徹甲弾が貫いた。弾は装甲に到達して止まったが、衝撃はコクピットに浸透するほどだった。
「死に損ないの芋砂が! 木っ端微塵にしてやる! こちとら|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》でアークライト名誉勲章持ちだ! ただの傭兵だと思うなよ!」
一瞬だけライトレッドのセンサーが見えた方角のビルに対し、カイゼル02と03と共にコングⅡ重無反動砲をこれでもかと叩き込む。さらにありったけのクロコダイルを無誘導モードで連続発射する。内部に潜んでいたユニコーンは灰色の煙を上げて崩れ落ちるビルと運命を共にした。
「やりすぎじゃないのぉ? 弾薬費が怖い事になっても知らないわよぉ?」
鬼気迫る三基のヘヴィタイフーンMk.Ⅹの砲撃に、ティオレンシアは身を引いて眉を八の字に傾けた。
「今後の面倒事を避ける為に今回の事は全て闇に葬る。捕虜なんざ少ない方がいい」
物騒なことで……ティオレンシアは内心で零し、自機を輸送車の荷台の上に乗せた。
「ちょっと足場にさせて貰うわよぉ?」
スノーフレークは防御結界は維持しつつ、苛烈さを増すスティーズ中隊を迎撃する役回りを選んだ。魔術文字の砲列を横に広げた。鏖殺・滅謡で装填したグレネードが一斉発射され、近接信管を作動。虐殺・壊擂で広域化した爆風が視界を赤黒い煙で埋め尽くす。
「まぁ、あたしも人の事をとやかく言えないけれどねぇ?」
しかしスティーズ中隊も粘る。ここで逃すまいと全方位を囲んで輸送車輌へ攻撃を集中させ始めた。
「なりふり構っていられないって空気ですね? じゃあ私もグリッチ使っちゃいますよー」
榴弾の暴威を振り回すスノーフレークの横からオリハルコンドラグーンが飛び出した。ビルの壁面にセミのように張り付いて機体を擦り付ける。はたからすれば気色が悪い奇行だった。
「この状態でレーザーを発射しますとですねー」
オリハルコンドラグーンの背負うガンナードームからレーザーが伸びる。幾つものそれはビルを貫通――するかと思いきや、壁に接触して直角に折れ曲がると、左右にレーザーのフェンスを形成する。
「ここを通りますとスライスハムに……ってさっそく一機できあがってしまいましたね」
説明し終えるより先に、不幸にも通過したモノアイ・ゴーストが横に五等分されてしまった。
「どぉーりゃっ、安全第一っ!」
多喜の裂帛と共に、JD-Overedがサイオニッククローを突き刺したコンクリートの塊をモノアイ・ゴースト目掛けて放り投げる。超質量の物体はバリアで防ぎきれるものではない。敵はそれを理解しているらしく、JD-Overedへの接近を躊躇してレーザーマシンガンでの牽制射を浴びせにかかった。フローティングシールドがそれを防ぐ。JD-Overedがビルの残骸を投げる。道が拓かれる。
「レブロス01より輸送車へ! ただちに前進しろ! ゼラフィウムの防空圏内まで全速力だ! 他の友軍各機はこれを全力で援護! 当戦域から離脱する!」
「スワロウ01! 了解です!」
レブロス中隊、スワロウ小隊、猟兵達が集結してありったけの弾幕を張り続ける。その様子はまるでハリネズミの背中であった。
「ふえぇぇぇ……! もう核の輸送なんて懲り懲りだよぉ……!」
ロバ耳の運転手は涙目になりながらアクセルを踏み抜いた。輸送車輌が再び動き出す。護衛部隊も合わせて移動を開始。強引に突破を図る。次第に敵の攻撃の勢いが減速し、負け惜しみのようなスナイパーの一撃を最後に鳴りを潜めた。
『スティーズ11よりスティーズ01へ。これ以上はもう……』
『分かってるわ。戦力を消耗し過ぎた。まさかこの作戦を破られるとはね』
リリエンタールは全く予想もしていなかった。ほんの一瞬で作戦の根本を丸ごと覆されるとは。下唇を噛み締め、悔しさで固めた拳をサイドパネルに叩き付ける。
『私達の負けよ。スティーズ01より中隊全機へ。負傷者と機体を回収しつつ撤退するわ』
吹雪の奥に消えゆく輸送車輌、そしてイェーガー達に悔恨の視線を送りながらリリエンタールは機体を翻した。
『イェーガー……手強い相手ね。でも、その力があれば、東アーレスを救えるかも知れない』
その言葉を引き潮として、スティーズ中隊は市街地を後にする。
残されたのは、戦いの名残りを感じさせる炎と、吹雪く風の音だけだった。
レイテナと東アーレス解放戦線の両陣営が去り、市街地には冷たい静寂が満ちた。
揺らめく炎と黒煙以外に何の動体も無いそこで、複数機のグレイルが周囲の気配を窺いながら、慎重に這い出してくる。
瓦礫の中から。
ビルの中から。
破壊されたキャバリアの残骸の下から。
吹雪の中で、無機質なセンサーライトが次々と灯る。
それらの姿は、戦場に取り残された亡霊のようでもあった。
いつから潜んでいたのかは定かではない。しかし機体に積もった雪の厚さからして、或いは交戦が始まる前からずっと隠れていたらしい。
『ゲイザー01より小隊全機へ。戦闘終了を確認。これよりイーストガード海軍基地へ帰投する』
短い通信が飛ぶ。隊員達が了解の応答を返す。
隠密偵察仕様のグレイルの一個小隊が密やかに移動を開始した。
積雪に刻まれた足跡は、南の方角――東アーレス半島の南端へと続いている。
彼らの任務は戦うことではなかった。
見ること。記録すること。そして、それを届けること。
市街地に再び静寂が戻る。
無人となった戦場で、炎だけが、何かを語るように燃え続けていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 日常
『インターミッション』
|
POW : 基地やバザーで、キャバリア用の補給物資を手に入れよう
SPD : 格納庫に佇む、戦いで傷ついたキャバリアの修理をしよう
WIZ : 次の戦いに備えて、キャバリアを強化改造しよう
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●ゼラフィウムへの玄関口
東アーレス解放戦線との交戦を経て、市街を脱出した輸送車輌は、護衛部隊と共に北西の方角へと走行し続けた。
レブロス中隊とスワロウ小隊、猟兵達が神経を張り詰めて周囲に目を光らせていたが、敵の追撃はなく、吹雪の勢いが緩やかになるにつれて緊張の糸も緩みつつあった。
やがて、雪に埋もれた平野を突き抜ける街道の先に、小規模な基地施設が姿を見せた。街道は鋼鉄の大きな門で封鎖されており、道の両脇には銃と盾を携えた青いキャバリアの歩哨が立っている。
『接近中の部隊へ告ぐ。その場で直ちに停止せよ』
オープンチャンネルに声が走る。輸送車輌がブレーキの音を鳴らし、護衛の部隊が足を止める。基地の方角から小銃を持った兵士と、歩哨の青いキャバリアが近付いてくる。相手が事情を問い質すよりも先に、アルフレッドが口を開いた。
「レイテナ陸軍第8機甲師団レブロス中隊隊長、アルフレッド・ディゴリー大尉だ。現在、ゼラフィウムへの物資輸送任務を遂行中だ」
アルフレッドはグレイルに駐機姿勢を取らせ、コクピットハッチを開放して定型文で呼びかける。この無防備さは、停止指示自体が規則に沿った定例の措置である事の証だった。
「任務お疲れ様です。アルフレッド大尉。ご無事で何よりです」
兵士はアルフレッドに陸軍式の敬礼の姿勢を取る。
「無事だが無傷とは言えないな。道中で東アーレス解放戦線との交戦があった」
「東アーレス解放戦線と遭遇したんですか? 災難でしたね。ところで後ろの方々は?」
「スワロウ小隊とイェーガーだ。イーストガード海軍基地で合流し、共に輸送車を守った戦友達だ」
「イェーガーですって? じゃあひょっとすると|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》も?」
「いるぞ。その名が伊達でないことを実戦で証明してくれた」
「それはとびきり頼もしい戦友ですね」
「私の戦友達もここを通れるな?」
「もちろんです。管制室、ゲートを開けてくれ」
兵士がインカム型の通信機に声を吹き込む。数秒後、凍りついた鋼鉄の扉が軋みを上げて左右に割れ、ゼラフィウムへの前口が開かれる。
「スワロウ小隊とイェーガーのみなさん、遠路遥々ようこそ。でもゼラフィウムの基地はまだ先ですよ」
兵士が道を開けた。
遥か彼方の地平線に、人工の巨大構造物が霞んで見える。それは遠目からでも分かるほどの大きな存在感を放っていた。
巨大構造物を中央とし、その外周をビル群や工業地帯が取り囲んでいる。さらに外周を商店街と住宅地が囲む。そのまた外縁には、崩れかけたバラックのような粗末な住居群――スラム街が無秩序に拡大していた。
アルフレッドのグレイルがコクピットハッチを閉ざして立ち上がる。レブロス中隊の隊長機が歩き出すのに倣って輸送車輌も発進した。
『シリウス、もうこんなとこにまで配備が進んでたんですね。あたし達がゼラフィウムを出た時にはまだグレイルだったのに』
レブロス中隊の隊員の一人が歩哨のキャバリアを眺めながら言う。
「この任務が完了したら、我々の部隊のグレイルもシリウスに総交換だ。すぐに機種転換の訓練に取り掛かるぞ。覚悟しておけ」
『うへえ……勘弁してくださいよ。帰ったら休暇とる気満々だったんですけど』
舌を出して辟易する隊員に、アルフレッドは一切の冗談も返さない。むしろ、無言の圧で隊員の口を塞いだ。
すらりとした体型に紺色の装甲を纏ったそのキャバリアは、レイテナ・ロイヤル・ユニオンの最新鋭量産機だった。
手持ち武装は高周波ブレードを備えたアサルトライフルと実体盾という標準的な組み合わせで、背部のマウントには四連装ミサイルランチャーとビームキャノンを搭載している。
機体名はシリウス。
人喰いキャバリアへの反抗の星となる願いを込められた名前だ。
雪原を背景にして堂々と聳立する姿に、猟兵達も視線を集中させていた。
興味の有無、戦闘経験や軍歴にかかわらず、目を逸らすことが許されない“理由”が、そこにあった。
なぜなら――。
そのシリウスは、オブリビオンマシン化していたからだ。
●ゼラフィウムの吹き溜まり
南部方面の前哨基地の門を抜けた輸送車輌と護衛部隊は、風力発電機が立ち並ぶ穀倉地帯を進んだ。
遠方に臨むゼラフィウムが近付いてくるにつれ、人の気配と粗末な小屋、使い古されたテントが増えてきた。点在していたそれらは、やがて集合地帯へと移り変わる。
そこは、人喰いキャバリアから逃れてきた人々によって形成された難民キャンプ――さらに規模が拡大したスラム街だった。滞留する淀んだ空気は、キャバリア越しにでも汗と糞尿の饐えた臭いを鼻に錯覚させる。
十代前半の子供が道の傍らに横たわっている。積もる雪に覆い隠されつつあったその子供の身体を、数羽のカラスが啄んでいた。
その光景を視界に入れたテレサは伏せた目を逸らし、唇をきつく結ぶ。
火を焚いたドラム缶を囲んで暖を取る者。松葉杖を突いて歩く片足の無い者。こちらに奇異の目、もしくは恨めしい目を向けてくる者。
彼等を襲った災いは、全てはゼロハート・プラントがもたらしたものだ。
自分を産んだ母なるプラントが大罪を背負っているのなら、自分もまた同じ――。
もしゼロハート・プラントが無ければ、彼等は寒さに凍える事もなかったし、足を失う事もなかった。誰かを憎むことだってなかったかも知れない。
テレサ達がこの場所を通るのはこれが初めてではない。元々は独立部隊として各地を転戦していたスワロウ小隊は、ゼラフィウムを何度も訪れた事がある。 訪れる度にこの場所の光景を目の当たりにし、改めて重い罪悪感に背中を押し潰されそうになる。
『あれはバーラントの国旗じゃないか?』
猟兵の誰かが怪訝な声を出す。テレサが視線を巡らせると、雪風を受けてはためくバーラント機械教国連合の国旗が目に留まった。闘神アーレスの姿を想起させるシンボルが描かれた国旗だ。
国旗が掲げられた柱の下には比較的大きなテントが設営されていた。雪景色の中で一際異彩を放つ、真っ黒なテントだった。
『アーレス教徒の慈善活動だとよ。連中、こういうところでお信者様を増やしてるのさ』
レブロス中隊の隊員が皮肉を含めて言う。
テレサは視線を正面に戻した。すると、視界の隅で何かが蠢いた。そちらへ顔を向けると、みすぼらしい身なりの若い女性が、レイテナ軍の兵士二人に取り押さえられて抵抗している。兵士二人は女性を引きずってバラック小屋の中へと消えた。
猛烈に嫌な予感が膨らみ、身の毛がよだつ。
『スワロウ01、どうした?』
アルフレッドの呼びかけが聞こえた時には、アークレイズを道の傍らに駐機させてコクピットから飛び出していた。白い息を吐いて女性と兵士達が消えた小屋へと走る。
「いや! やめて! 離して!」
女性の悲鳴が聞こえた瞬間、テレサは全身の神経が逆立つ感覚を味わった。
「あなた達! 何をしてるんですか!?」
小屋に飛び込むや否や、肩を上下させながら声を荒げる。
「あ?」
不躾な男の声。兵士の一人が女性を後ろから羽交い締めにして、もう一人が女性の足を割って入っている。上半身の服を引き裂かれた女性は、双丘を露わにして顔面を恐怖と嫌悪に歪めていた。
「おっと、これは少尉殿」
兵士の一方はテレサの階級章に気付いたらしい。だが態度を改めるどころか、気色の悪い笑みを作り、パイロットスーツが強調する肢体の輪郭を視線で舐め回した。
「何をしてるのか聞いてるんです!」
小屋の中にテレサの怒声が響く。
「何って、ご覧の通りですが?」
兵士二人は互いに顔を見合わせて首を傾げる。
「我がユニオン領内に不法に住み着いている民間人を発見しましてね。危険物を持っていないか身体検査を行っていたんですよ」
分かりきった口八丁に、テレサは軽蔑を込めた怒りの眼差しを向ける。
「ふざけないでください! あなた達! 軍人として恥ずかしくないんですか!」
「ギャーギャーうるせえなあ……」
女性を羽交い締めにしていた兵士が腕を離す。女性は恐怖で腰が抜けてしまったらしく、部屋の隅まで這って逃れると、震える身体を抱いて縮こまった。
「不法滞在のお目溢しをくれてやってるんだ。ちったあ家賃を頂いたって構わねえだろ?」
「こいつら薄汚い難民共は自分の権利ばっかり主張しやがって、何の役にも立ちやしねえ」
兵士二人が揃って溜息をつく。その態度にテレサはますます眉間を険しくし、二人に詰め寄る。
「民間人を守るのが私達の使命でしょう!? それどころか乱暴して……!」
「じゃあ代わりに少尉殿がこいつの分を肩代わりしてくれてもいいんだぜ?」
一方の兵士がテレサの右に、もう一方が左に回り込み、小さな肩に腕を回す。
「顔は子供っぽいが胸はご立派ですね? オレは少尉殿みたいな胸のでかい女の方が好みですよ?」
下衆めいた笑みと臭い息を顔にかけられ、テレサは顔をしかめた。
ふざけないで。怒声が喉元から飛び出そうとした瞬間、部屋の隅で震える女性の、恐怖に染まった瞳と視線が交わった。
「……わかりました。それで、あなた達の気が済むなら」
顎を引いたテレサは言葉を詰まらせながら言う。兵士二人の口角がこれまでになく吊り上がった。
「マジかよ? 言ってみるもんだなあ?」
「泣かせますねえ少尉殿。その献身っぷりは勲章モノですよ? ご褒美にたっぷり気持ちよくしてあげますからねー?」
「これは何の騒ぎだ?」
兵士の手がテレサの胸に伸びた時だった。
静かな怒りを潜ませた、太く低い男の声が背中に浴びせられた。
「ああ? 誰だお前? 混ざりたいのか?」
片方の兵士が嘲ると、もう片方の兵士が顔を青くして、テレサの肩に回していた腕を解いた。
「はっ! アルフレッド・ディゴリー大尉殿!」
佇まいを正して敬礼する相方に「アルフレッドってレブロスの……!?」と怯えた声で呟いた兵士も背筋を伸ばす。
「そこの民間人の女性はどうした? 何故服を破かれている?」
鋭利な双眸で目配せするアルフレッドの声音には、この狭い空間を圧する気迫があった。
「不審な動きをしている難民を発見し、身体検査を行っていた最中であります!」
兵士は予め容易していた言い訳の台詞を述べた。
「それで何か出てきたのか?」
「いいえ! 何も!」
「ではただちに彼女を開放しろ。お前たちは与えられた任務か持ち場に戻れ。今すぐにだ!」
小屋の中の空気を痺れさせるアルフレッドの怒声に、兵士だけではなくテレサまでもが肩を竦ませる。兵士二人は「はっ!」とだけ返事をすると駆け足で小屋から出ていった。テレサはしゃがんで縮こまっている女性に駆け寄って跪く。
「もう大丈夫ですよ――」
震える小さな肩に添える。
「触らないでっ!」
テレサの手は、乾いた音と共に振り払われた。一瞬何が起きたのか分からず唖然とする。
「人喰いキャバリアが襲ってきたとき!」
振り向けられた女性の顔は、恐怖と嫌悪と憎しみで修羅の形相と化していた。
「レイテナも! ユニオンも! 日乃和も! イェーガーも! 誰も助けてくれなかった!」
急に立ち上がった女性の両手が硬い握りこぶしを戦慄かせる。
「ぜんぶ大っ嫌い! みんな死ねばいいのにっ!」
涙の雫を散らせて小屋から逃げ出す女性に、テレサはただ目を丸くして呆然としている他に無かった。
容姿だけなら自分と近い歳の女性だった。髪は金色で、赤い瞳だったから、レイテナ人とどこかの国民のハーフだったのだろうか? 未だに何が起きたのか理解できない頭が、否。起きた事から逃避したい頭が、関係の無い思考を回す。
「テレサ少尉」
アルフレッドの声に、どこかにいってしまっていた意識が引き戻される。
「まだ輸送は完了していない。任務に戻れ」
先ほどとは違う、怒りが潜んでいない低く落ち着いた語り口。
「了解……です……」
テレサは足のふらつきを抑えて立ち上がる。重い足取りでアルフレッドの横を通り過ぎ、小屋の外へと向かう。
「気にするな」
小さな囁きに、テレサは「はい……」と消え入りそうな声を返す。
胸に刺さった棘は、消えない疼痛を残していた。
●ゼラフィウムの光
人喰いキャバリアから逃げ回った末、この地に漂着した難民たちが作ったスラム街を抜け、またしても前哨基地の門を潜る。
さきほども通ったような平野部を越えると、小綺麗な住宅地に至った。
さらに輸送車輌と護衛部隊は先に進む。
道中でシリウスの一個小隊とすれ違った。
機体の挙動で敬礼したそれらの機体達は、何機かがオブリビオンマシン化を遂げていた。
広大な敷地面積を持つゼラフィウム。
その繁華街は、まるで人類の存亡を賭けた抗争の真っ最中であることを忘れさせるほどに、人の往来と活気に溢れていた。
大通りに沿って喫茶店や飲食店が立ち並び、いかにも高級そうな服飾店や時計屋など、富裕層しか相手にしない店舗も散見される。背の高いビルはオフィスかホテルなのだろう。そんな明るい繁華街を行き交う人々や車も、また明るく綺羅びやかで、清潔感があった。
人々の多くは金髪碧眼で白い肌が特徴のレイテナ人だ。黒髪が美しい日乃和系人も意識して探せば見付けられた。
これこそが人らしい生活の有り様――スラム街と対象的な空気に、テレサは倦んだ目のやり場を失う。
スラム街がゼラフィウムの闇だとするなら、正規の居住区と商業区はゼラフィウムの光だ。
自分達の母がこの歪な光と闇を作り出してしまった。
持てる者と持たざる者。二つの相違の間に生じた格差は、妬みや憎しみを生み、きっと争いも生み出す。
その全てが、ゼロハートの名前を持つ自分の罪。
シリウスの機種転換について盛り上がるレブロス中隊の隊員達。
任務完了後の行動方針や、報酬について語り合う猟兵達。
スワロウ小隊のテレサ達には、そのどちらもが遠くの存在に感じた。
●ゼラフィウムの生命線
前哨基地と平野部。このセットはゼラフィウムの型枠であるらしい。
テレサが聞いたところによれば、非戦闘時の平野部は風力発電を兼ねた食料を栽培する穀倉地帯で、戦闘時には敵を迎撃する区画になるという。農地に等間隔で聳え立つコンクリートの巨大な壁は、戦闘の際に遮蔽物として用意されたものだと思われる。キャバリア大の長方形の物体は補給コンテナだ。
そしてこの先がいよいよゼラフィウムを戦略軍事要塞たらしめている根拠の区画だ。
複数のプラントを含めたインフラ施設、24時間体勢で兵器を生産し続けている工廠。
ゼラフィウムの戦力と機能の基盤の生命線が、ここに揃っている。
「そんなに珍しいんですか?」
やたらと周囲を気にしている猟兵にテレサが尋ねた。
「いや、別に」
その猟兵は素っ気なく答える。
生命の埒内のテレサに言っても理解は及ぶまい。オブリビオンマシン化しているキャバリアを探しているなどと。トラックで運び出される、組み立てたばかりのシリウスや、警備にあたっているグレイルなど、キャバリアというキャバリアに目を光らせ、内なる宿命で判別を行う。
全部が全部ではないが、やはりオブリビオンマシンが紛れている。
つまり、オブリビオンマシンは、レイテナ・ロイヤル・ユニオンの内部にまで浸透を果たしているということだ。
だが、これを伝えたとして、事態が変わるかと問われれば、その猟兵は肯定できかねた。
オブリビオンマシンは猟兵にしか認識できない。そうでない者達――世界の九割を占めているであろう只人には、認識できないどろこか、存在を証明する手立てがない。もし強引に騒ぎ立てれば、猟兵全体にまで波及する遺恨を残しかねない。
どうしたものか――サブウィンドウの中で顎に手を当てて思案する猟兵を、テレサは不思議そうに首を傾げて見ていた。
●東部戦略軍事要塞ゼラフィウム
「毎度のことだが、玄関口から国一つを跨いだ気分になる移動距離だな」
アルフレッドが深い息を吐き出したのはこれが初めてかも知れない。テレサは誘導員に指示される通りにアークレイズを歩行させながらそう思った。レプリカントという種族柄忘れがちだが、生身の人間は自分の二倍程度の疲労を抱え込んでいる。歴戦の|兵《つわもの》で、鯨の歌作戦ではレブロス中隊の名を東アーレス中に知らしめるほどの獅子奮迅の活躍を見せたアルフレッドですら、疲れる時は疲れるのだなと安堵に近い所感が湧いた。
誘導員が誘導灯を降ろす。ここで駐機せよとの指示だ。操縦桿にかけていた力を抜いた。歩行を停止したアークレイズに膝立ちの姿勢を取らせた。
「んぅっ……」
機体に神経を接続していた回路が抜ける独特の感覚に声が漏れる。キャバリアの大きさにまで拡大されていた感覚が、人間の大きさに縮小してゆく。コクピットハッチを開放すると、冷たい空気が雪ごと機体の中に入ってきた。パイロットスーツの生命維持機能によって適切な体温が保たれているが、吹き付けた風が顔に凍みる。
輸送車輌の背中が、自分達と別れて去っていく。ゼラフィウムの本部の奥へと。
東部戦略軍事要塞ゼラフィウム。
東アーレス大陸の東部戦線を統括する大要塞。
その本部は、まるで荘厳なる鋼鉄の神殿だった。
分厚い城壁に囲まれたそれは、本部だけでも規格外な敷地面積規模を持つ。
見る者すべてを圧倒し、無言のうちに畏怖の念を抱かせる威容は、外観以上の重みを放っている。
ゼラフィウムはただの武力の枠組みでは収まらない。人類の矛であり、盾であり、頭脳でもある。謂わば人類の意志を象徴する存在そのものだ。
頼もしくも恐ろしい。この印象は猟兵に近いのかも知れない。機体から降りたテレサは、暫しの間、呆然と立ち竦んでいた。
レブロス中隊と、猟兵達と力を合わせて、ゼラフィウムへ輸送車輌を無事に送り届けることができた。
任務の成功に深い充足感と達成感が胸に湧き上がる。
「スワロウ小隊、猟兵各位、ご苦労だったな。任務完了だ。各位の奮闘に敬意と感謝の意を表する」
除雪車やキャバリアが往来して騒がしい駐機場であっても、アルフレッドの低く太い声はよく通る。
「みなさん、お疲れ様でした」
テレサは表情を綻ばせながら声を張った。レブロス中隊とスワロウ小隊の隊員達は、互いに健闘を称え合う。テレサには、戦いを通じて全員を繋ぐ絆が生まれたように思えた。
猟兵達はどうだろうか? それは各々で異なるところであろう。
『いまのレイテナ・ロイヤル・ユニオンじゃ、人喰いキャバリアに勝てないわ!』
戦闘中に聞いたリリエンタールの言葉が蘇る。
しかし、みんながこうして力を合わせられるなら、人類は人喰いキャバリアに負けない。無言で首を横に振り、アルフレッドと視線を交わらせる。生粋のレイテナ人らしい紺碧の瞳が強い意志を湛えている。口元に微笑を作って頷くアルフレッドに、テレサも同じ表情で頷いた。
「お待ちしていました」
穏やかで落ち着いた女性の声が掛けられる。
それに気付いた者達は、アスファルトを突くヒールの音が鳴る方向へと顔を向けた。
影のように真っ黒な女がそこにいた。
●ケイト・マインド
その女性は、まるで影そのものが形をなしたかのような、黒尽くめの容姿だった。
低身長だがバランスが取れた体型に装うのは、無駄な装飾を一切排した黒いスーツ。羽織ったコート、第一ボタンまで閉じたブラウス、模様の無いネクタイ、丈の短いタイトスカート、厚手のストッキング、ローファーに至るまで黒に統一している徹底ぶりだ。
スーツをほどよく押し上げる形の良い胸元。そこで光を反射する徽章が、彼女の役職をさり気なく示している。
服も黒ければ髪も黒い。顎のラインで切り揃えたボブカットが、顔の輪郭を際立たせる。
黒の中で妖しげに輝く瞳はレイテナ人らしい紺碧だが、髪と肌色からして日乃和人の血も流れているようだ。
その際立つ顔の輪郭は、人工物めいているほどに整っていた。細い双眸と口元に浮かぶ穏やかな笑みと相まって、いっそう人工物的なある種の不気味さを――どこか信用ならない怪しさを、隠す素振りも無く周囲にひけらかしていた。
「レブロス、スワロウ両隊、そしてイェーガーの皆様、今回の任務、誠にお疲れ様でした」
警護員と思わしき気丈夫な黒服の男達を連れて現れたケイトは、猟兵達を前に軽く会釈をする。
「初めてお目にかかります。私はレイテナ・ロイヤル・ユニオンの参謀本部所属、参謀次長、ケイト・マインドです。此度は|仲介人《グリモア猟兵》を通じ、イェーガーの皆様に依頼をご提案させて頂きました」
ゆったりとした口調でケイトは続ける。
「皆様の働きにより、無事に重要機密物資をゼラフィウムへ輸送する事が叶いました。ありがとうございました」
さきほどよりも深く頭を垂れた。
口元に浮かべた薄笑い。
細めた双眸。
それらから装甲空母大鳳の艦長、葵結城と同種の不気味な印象を受けた者もいたかも知れない。
「ケイト参謀次長、輸送中に東アーレス解放戦線の襲撃を受けました」
アルフレッドが一歩踏み出す。政府とも密接な繋がりを持つ、レイテナ総軍の意思決定を担う女性を前に、萎縮する様子は微塵もない。
「完全な待ち伏せです。敵は我々の移動経路を正確に把握し、周到な準備をしていました」
「まあ、それは大きな問題ですね」
ケイトは驚いたと言いたげに、或いはわざとらしく口元を手で覆う。
「アルフレッド大尉もご存知の通り、輸送ルートは“限られた極一部の者にしか知らされていない”はずです。もちろん、猟兵の皆様にもお伝えしていません」
ケイトの言っている事は正しい。グリモアベースで依頼内容の説明中にも、輸送ルートは極秘とされているとグリモア猟兵自身が言っていた。襲撃されるビジョンと戦域は予知していたものの、それが具体的にどこであるかまでは語られていない。戦闘で破壊されて放棄された市街地など、イーストガード海軍基地とゼラフィウムの間には幾らでもある。
「仰られる“極一部の者の中に、内通者がいる可能性がある”と?」
アルフレッドは硬い顔つきで核心に踏み込んだ。
「その件に付きましては、情報局とも連携してこちらで調査します。アルフレッド大尉は後ほど報告書を取り纏め、私に直接提出してください」
「了解です。それと、交戦した東アーレス戦線についてですが、リーダーと思わしき人物が、ラディア共和国軍のリリエンタール・ブランシュ大尉を名乗っていました。また、ある種の不確定な情報をイェーガーに向けて流布しています」
「そうですか……分かりました」
ケイトは猟兵一人一人と視線を交わらせる。まるで舐め回すかのように。
「イェーガーの皆様には、契約内容に基づいて依頼主の権限を行使し、今回の任務上で知り得た全ての情報の全てに、守秘義務を課させていただきます。もし……どうしても真相を知りたいのでしたら、私に直接お訪ねください。お答えできる範囲でお答えしましょう」
瞑目を一つ置いて、ケイトはテレサ――コールサインでスワロウ01のテレサへと身体を向ける。
「そしてテレサ・ゼロハート少尉。よく無事にゼラフィウムへ辿り着いていただけましたね」
「え……あ、はい……」
テレサは唐突に振られた労いに躊躇いながら応じる。
平静を取り繕った表面の裏で過るのは、あの時の記憶。
ヘルストーカーを撃破した後、密室で受けた尋問。
尋問は参謀本部から派遣された職員によって行われた。
自白剤を注射された際の、脳が溶けそうになる悍ましい感覚は、あれ以来ずっと頭蓋にこびり付いて剥がれない。
他のテレサを横目に入れる。顔に浮かぶ恐怖をひた隠しにしようとしている様子が見て取れた。
「テレサ少尉。あなたとは直接お話ししたいと思っていました。後ほどお時間を頂いてもよろしいですね?」
ケイトが双眸をアーチ状に細める。
「はい、大丈夫……です……」
テレサにはそれ以外に答えようがない。なるべくケイトの碧眼を見ないように視線を逸らし、震えそうな身体を抱きかかえる。
「それでは猟兵の皆様、私は皆様へお支払いする報酬の事務手続きがありますので、一旦失礼します。報酬の相談や、その他のご要件があれば、ご足労となりますが、私の執務室までお越しください」
ケイトが猟兵に向けた薄笑いは、テレサに向けたそれとは別種だった。目標を達成して心底満足している薄笑いだ。
「今回の皆様の働きは、今後のレイテナ・ロイヤル・ユニオンの……強いては東アーレスに住まう全ての人々にとって、“極めて大きな意味を持つ”働きです。レイテナ軍とユニオン政府を代表し、重ねてお礼を申し上げます」
深々と腰を折る。そして顔をあげると、穏やかな笑みを作った。
「レイテナ・ロイヤル・ユニオンは、全ての東アーレス人のためにあります」
その言葉を最後に、ケイトは踵を返してゼラフィウムの本部へと足を進めた。
●それぞれの終わり方
さて、これからどうするか――。
猟兵達の前には様々な選択肢が広げられている。
依頼の契約内容は既に履行された。特に用が無いのであれば、ここで直帰するのも悪くないだろう。居残ったからといって残業代が出る訳でもない。
機体の修理や弾薬の補給などは、ゼラフィウムの施設を借りれば無償で行える。
と言っても、あまりにも特殊すぎる機体――具体的には|巨神《機械神》の類いや、異世界の技術をふんだんに使用したキャバリアは、応急処置が精々となるだろうが。
ゼラフィウムには地上戦艦用のドッグも完備されているため、艦艇や規格外の大型機も問題無く受け入れてくれるはずだ。
ケイトに相談したい事があるのであれば、彼女の執務室を訪れればいい。芳醇な香りが立ち昇るコーヒーで歓迎してくれるはずだ。
ただし、その相談内容が特殊であったり、重要な事柄であったり、政治的な絡みを持つ内容であった場合、“非常にシビアな駆け引きとなる”かも知れない。
ケイトの猟兵に対する印象、猟兵への待遇や取り扱い、今後のレイテナ・ロイヤル・ユニオンの動向、様々な分野で影響を及ぼす可能性もある。それも、個人の括りではなく猟兵全体を通じてだ。
とは言え、何事もやってみなければ分からない。大概の場合、もしも話が拗れて都合がよろしくない方向へ転がった場合、“絶対に自分のやりたい事の意志を貫き通す姿勢を明言でもしない場合”、退くべきところで退かざるを得まい。
なお、グリモア猟兵はレイテナ・ロイヤル・ユニオンとの対立は望んでいない。
なぜなら、仕事が取れなくなるからだ。
オブリビオンの撃滅という猟兵の宿命を果たす上でも、対立は望ましくない。もしも現在のレイテナ・ロイヤル・ユニオンと敵対すれば、東アーレス大陸への介入が非常に難しくなる事は確実だ。
基地や工業区画、市街を見て回るのも選択肢の一つだ。
重要な施設への立ち入りは許可されないだろうが、基地の食堂やシャワールームくらいなら二つ返事で使わせてくれるはずだ。
市街地に行けば市民の生活の様子を体感できるだろう。
グリモア猟兵は依頼内容を説明した際、ゼラフィウムの外縁部であるスラム街へ訪れる事は非推奨としていた。
治安が悪く衛生状態もよろしくないからだ。
しかし行こうと思えば行けなくはない。全て自己責任の上でとなるが。
できる事は様々だ。選択肢はゼラフィウムのように広大である。
曇天から緋色の西陽が滲み始めた時間帯。
戦いに疲れた猟兵達を労うかのように、雪は静かに降り続いていた。
ガイ・レックウ
【POW】で判定
『‥‥‥ままならねぇな…』
東アーレス解放戦線との通信を思い出し、更にスラム街を見ながら呟くぜ。
コンピューターで【情報収集】しながらだが、これからどう東アーレスと関わるか考える。
『‥‥いいぜ‥全部、明らかにしてやるよ、真実を‥裏の裏までな…!
…邪魔する奴等には‥俺を縛る事は出来ないって教えてやる‥!』
愛刀ヴァジュラに手をかけながら、決意を、覚悟を決めるぜ!差し当たり、【戦闘知識】で要塞の内部を見極めておくか
●決意
ゼラフィウムの冬は優しくない。日中でも氷点下を下回る。濃い曇天の空に緋色が滲む時間帯からは、さらに気温が低下してゆく。
雪を乗せた冷たい風が、スラム街を吹き抜ける。
「ここは寒いな……」
ガイはドラム缶の中で揺れる炎に呟く。隣で暖を取っている男が訝しい横目を注いでいた。
風が運んでくるのは雪と冷気だけではない。まるで清掃されていない公衆便所のような臭い――汗と糞尿の悪臭が、鼻腔を不快に刺激する。
粗末な小屋とテントに、みすぼらしい身なりの住民達。
雪を被ったそれらの光景が、不潔な空気と共にゼラフィウムの外縁を取り囲んでいる。
ここは吹き溜まりだ。人喰いキャバリアの戦いで生じた、夥しい数の難民の吹き溜まり。
炎の向かい側に項垂れている男がいた。座ったまま動かない男の身体には雪が積もっている。彼が動かなくなってからそう短くない時間が経過している事が窺い知れる。
道端に打ち捨てられた死体を、誰も気にも止めない。時折通りがかった者が遺体のポケットを探るが、舌を打って素通りしてゆくだけだった。
このスラム街では皆、自分一人が今を生き抜くのに必死だ。人としての尊厳など道端に転がる塵ほどの価値もなかった。
「……ままならねぇな」
己が幾らオブリビオンを斬ったところで、彼等が救われるわけでもなければ、難民が減るわけでもない。
状況を良くするために戦ってきたつもりだ。しかし現状はどうだ? 己の戦いには本当に意味があったのか?
『かわいそうなイェーガー達に教えてあげるわ。ゼロハート・プラントの暴走は事故じゃない。人為的に起こされた人災よ』
リリエンタールの言葉を脳裏に呼び起こす。
己は何も知らないまま、日乃和とレイテナの走狗として使われていただけなのか? むしろ人類同士の争い……プラントの争奪戦の片棒を担がされていただけではないのか? 戦禍を拡大させるオブリビオンマシンを斬り捨てるつもりが、幇助してしまっていたのでは?
自問に自答は返らず、冷たい現実が肌身に凍みるだけだった。
「なにがままならねぇだ……んな小綺麗な身なりして……」
隣で両手を炎にかざす男が小声で吐き捨てた。
ガイは耳に入れなかった振りをして、携帯端末を取り出す。
ゼラフィウム内のソーシャルネットワークで、レイテナを取り巻くそれらしい言葉を検索する。
これから自分はどういったスタンスで東アーレスと関わっていけばいい?
人々の声から疑問の答えの手がかりを得ようとした。
しかし電子の海で飛び交っているのは、レイテナ・ロイヤル・ユニオンを支持する声。非難する声。中道的な声。
何が真実で、誰を信じるべきか、ガイは判断にあぐねた。
「自分で考えろってことかよ」
携帯端末の画面の照明を落とす。暗闇から自分の顔が見返していた。
「いいぜ……全部、明らかにしてやるよ、真実を……裏の裏までな……!」
腰に帯びたヴァジュラを握る手に力を籠める。
「邪魔する奴等には……俺を縛る事は出来ないって教えてやる……!」
己は己のやりたいようにやる。その上で答えは己の目で見て、耳で聞き、心で感じる。
覚悟と決意を宣誓したガイに、隣の男が得体の知れないものを見るような目付きを寄越す。
しかし誰の目にどう映ろうとも関係ない。
「帰る前に要塞を見学しておくか」
ガイは着流しを翻して、ゼラフィウム要塞の方角へと身体を向けた。
そして歩き出す。雪に刻んだ足跡は前だけに進んでいる。ガイは一度たりとも後ろを振り返らなかった。
大成功
🔵🔵🔵
鳥羽・弦介
報酬でパーっとっつうにはな、
オブリビオンマシンが真横に居る所で呑気に遊ぶ気にはなれねぇ。
……やることねぇし、あのケイトってのに傭兵として売り込みするか。
■礼儀作法に気つけて、マインドさん訪問
運んでたもの、あれの用途云々は俺にはどうでもいい。
大事なのは、今後も仕事があるかどうか。嘘や嘲りとかで俺を使わないなら、他の猟兵との関係もあるからなんでもとはいきませんが、
報酬次第でなんでもやるんで、鳥羽弦介を今後ともよろしく頼んます。
【第六感】でケイトの反応を伺いつつ、程々に切り上げて帰る。
俺にゃ裏ないし、強いていうならどういう反応すんのかなぐらいだ。
あんまり時間取らせても仕方ねぇんで、じゃ失礼しました。
●コーヒーの味
こいつはなんの因果だろうか。
弦介は内心うんざりしていた。
オブリビオンマシンの狂気に蝕まれた国家から脱走した兵士が、曲がり曲がってオブリビオンマシンが浸透している国家の手伝いをする羽目になろうとは。
成り行き上の不可抗力にしても気に食わない。ましてやゼラフィウムはそこら中でオブリビオンマシンが我が物顔で歩き回っている。暴走だなんだとの騒ぎこそ起きる気配もないが、その大人しさが返って意味深で気に食わない。
道中で遭遇した敵勢力を撃退した手当が付いた報酬は、十分に懐を潤す金額だった。しかし素直に満足できない自分がいる。
仕事内容に不満があったわけではない。リリエンタールとかいう奴の言い草は癪に触ったが、運んでいたものの用途だとか、あり得ない筈の待ち伏せを受けたとか、そんな事はどうでもよかった。
「お口に合いませんでしたか?」
暗い靄を抱えた胸の内を見透かしたかのように、ケイトが不安そうな面持ちを傾けた。
長机を挟んで対面に座る参謀次長は、紺碧の瞳で常にこちらの目の動きを追ってくる。
「いや、そういうわけじゃないんですがね」
弦介はコーヒーを啜る。濃厚で深い苦みが口腔内に染み渡る。焙煎された豆の香ばしさが呼吸に乗って鼻腔を抜けてゆく。ほどよい熱さと味わいに頭が冴えた。
「それはよかった」
薄笑いを作るケイトも胡散臭くて気に入らない。だがコーヒーの味は認めざるを得なかった。
「では、そろそろご要件をお伺いしても?」
渡された会話のボールを受け取った弦介は、コーヒーを一気に飲み干した。頼んでもいないのにケイトがカップへ二杯目を注ぐ。
「誤解されたくないんで先に言わしてもらいますが、トラックが運んでたブツやそいつの用途云々について、俺はどうでもいいと思ってます」
だから余計な腹の探りは入れないでくれ。弦介が暗に含めた意味を汲んだのか、ケイトの双眸がゆっくりと瞬いた。
「俺の要件は、マインドさんが今後も俺に仕事を振ってくれるかどうかです」
長々とした前置きはしたくない。変に頭を働かせる傭兵だと思われそうだからだ。
「他の猟兵との関係もあるから本当になんでもとはいきませんが、騙しや嘲りとかで俺を使わない限り、報酬次第ではなんでもやるんで」
飾らない率直な要望だった。今回の依頼主は金払いが良い。仕事の内容はそれなりに危険だったが、当面は働かなくても食っていけるほどの報酬を寄越してくれた。個人としては兎も角、一介の傭兵として今回きりで関係を終えるには惜しい雇い主だ。クロムキャバリアのこんな御時世、契約書の額面通りの報酬をきっちり払うだけでも貴重な働き口である。
「なるほど……」
ケイトは目を伏せてカップに口を付ける。ソーサーが陶器の音を鳴らした。
「鳥羽さんは実直で誠実な傭兵なのですね。私達は、あなたのような人材を常に必要としています」
薄笑いはやはり胡散臭い。だが発言に偽りは無いと見た。
「今後も度々|仲介人《グリモア猟兵》を通じ、イェーガーに任務を依頼する事があるでしょう。その際には、是非ともレイテナ・ロイヤル・ユニオンへのご協力をお願いします」
売り込みは成功……と解釈してよいのだろうか? 素直に受け取れない自分が居た。ケイトの言葉選びには、どこか身を躱されているような感覚がある。
「そいじゃ、この鳥羽弦介を今後ともよろしく頼んます」
「こちらこそ。今後ともより良いパートナーとなれる事を期待しております」
そのつもりは無かったが、ご機嫌取りには成功したらしい。大きな顧客を開拓できた事は多大なる成果だ。目的を終えた弦介は、さよならの挨拶代わりにカップの中身を飲み干す。
弦介が飲むケイトのコーヒーは、旨味が濃厚で、苦みが深い。
大成功
🔵🔵🔵
リーシャ・クロイツァ
基地についたら補給を受けさせてもらおうかね。
ダメージチェック、エネルギー回路とかそういう部分を重点的に行うよ。
基地内の整備兵達と機体チェックをしながら、それとなしに新型機の話を聞いてみるかね。
あの青い機体、今まで見たことない機体だけど、新型機が配備されているのか?
何でって言われても…。
あたしもメカニックのはしくれだし、新型機には興味があるよ。
あ、データ取りとかそういうのじゃなくて、純粋な興味ってことだね。
スペックより、整備の方面で特徴とかあったりするのかね?
まぁ、整備の合間の雑談ってことさ。
整備が終わったらシャワールームを借りて、汗を流してから食堂かね
さすがに疲れたねぇ…。
●インターバル
ゼラフィウムの工業地帯にはキャバリアの整備工場がある。
数は一軒や二軒どころではない。
国有企業から民間企業まで、あらゆる整備工場が区画ごとに集約されていた。
昼も夜も稼働し続ける整備工場には、日々多くのキャバリアが搬入されてくる。そして修理を終えたキャバリアが搬出されてゆく。延々と繰り返されるその光景は、最前線の戦闘の激しさを物語っていた。
溶接機、切断機、天井を跨ぐ大きなガントリークレーン。整備工場の中は、さながら機械が奏でるオーケストラである。静寂とは真逆の騒々しい空間だ。
「やっぱりバスターランチャーのヒューズが飛んでますね。エネルギーコンデンサも破裂寸前でした」
整備士から手渡されたタブレット端末にリーシャの目が走る。画面内のヌヴェル・リュヌのステータスは、各部が黄色や赤の警告色に点灯していた。
「あー、派手にぶっ放したからねぇ」
心当たりはある。市街地でスティーズ中隊の襲撃を受けた際、ガルとシルと共に最大出力のチャージショットを発射したからだ。もしあと一戦控えていれば保たなかったかも知れない。
「機体本体の方は?」
尋ねると整備士が画面をスワイプした。
「致命的な損傷はありませんが、右腕の肘関節と肩関節にダメージが結構蓄積してますね」
「バスターランチャーの反動かねぇ?」
「中身を見てみないとはっきりとは言えませんが、診断プログラムを走らせた限りじゃ、被弾で受けたダメージじゃないですね」
「他は?」
「装甲があっちこっち損傷してますね。レーザー系の攻撃を受けた痕跡があります。ま、大したことじゃありませんよ」
モノアイ・ゴーストのレーザーマシンガンやレーザーブレードで受けた傷に違いないとリーシャは納得した。躱していたつもりだが、掠める程度の小さな被弾が蓄積していたようだ。
「そっか。じゃあミサイルとエネルギーの補給と合わせて修理を頼めるかい?」
「もちろんです。なにせ参謀次長からイェーガーの機体は優先してお世話しろってお達しが来てますからね。そういえば、この機体で鯨の歌作戦に参加してたんだとか?」
「ん? まぁね」
キャバリアハンガーに佇む傷付いたティラール・ブルー・リーゼを見上げ、戦いの記憶を振り返る。
鯨の歌作戦――その名を聞くと、ヘルストーカーを思い出す。あの赤い悪魔は途轍もない強敵だったが、リリエンタール・ブランシュ大尉率いるスティーズ中隊も負けず劣らずの難敵だった。
ふと、隣のハンガーで修理を受けている青いキャバリアが視界に入った。ゼラフィウムの本部までの道中で何度も見かけた機体だ。
「そっちの青いのは?」
「シリウスですか? 最新鋭の量産機ですよ」
整備士が発した名前は耳に覚えがある。グレイルからシリウスに機種転換するという話題でレブロス中隊が盛り上がっていた。
このシリウスは――オブリビオンマシン化していない。
「最新鋭機ねぇ?」
シリウスの全部が全部オブリビオンマシンとなっている訳ではないらしい。リーシャは鼻から息を抜いた。
「気になります?」
「あたしも趣味で設計や武器の改造とかしてるからね、興味はあるよ。で、シリウスってどうなんだい? スペックじゃなくて、メンテ性の方ではさ」
整備士は「そうですねぇ……」と機体を見上げて考え込んだ後、口を開いた。
「グレイルほど簡単ってわけじゃないですけど、最新鋭機なだけあって悪くはないですね。特にコクピットの整備がやりやすいんですよ」
「コクピットが?」
「はい。股間に立派なのが付いてるでしょう? あそこがコクピットなんですよ……って失礼、こいつはセクハラでしたね」
リーシャは短い失笑を漏らす。ちょうどシリウスの股間ブロックが外されて、クレーンで吊られているところだった。
「へぇ、丸ごと外せるのかい?」
「そうなんですよ。簡単に外せるんです。しかも本体が破壊されてもコクピットさえ無事なら、別の本体にコクピットを載せ替えてすぐに再出撃できるんです」
「そいつは便利だね」
カートリッジ式のコクピットか……そういうのもあるんだなと、リーシャは顎を指でなぞった。シリウスのコクピットは正面斜め下向きに突き出した構造をしている。矢面になるのが気になるところだが、縦に細い正面投影面積でパイロットの生存性を確保しているのだろうか?
「前線からは命拾いした直後に再出撃させられるのは嫌だって文句も出てますけどね」
パイロットの心設計者知らずか? リーシャは鼻を鳴らして眉根を傾けた。
「そいじゃ、リーゼの方は頼むよ。あたしはシャワーを借りてくるからさ。腹も減ったし」
「任せてください。シャワールームの場所は分かります?」
「案内板に書いてあったから大丈夫だよ」
「そうですか。ゼラフィウムは広いですから、迷子にならないでくださいね」
向けた背中でならないよと返して手を振る。早く纏わりつく汗を洗い流し、空虚な腹の中に物を詰めたい。
「流石に疲れたねぇ……」
深い溜息を吐き出して硬くなった両肩を回す。
生身にも整備と補給が必要だ。そういう意味では、キャバリアは人体の延長線と言えるのかも知れない。
大成功
🔵🔵🔵
ウィル・グラマン
一時はどうなるかと思ったぜ
でも、ロバ耳の姉ちゃんはあんま頼りなさそうに見えて運転のテクは確かだったから、最後まで愉快な遠足気分だったな!
そうだよなベア?
『ガオン』
つーことで、無事輸送任務達成のお祝いで相棒だったロバ耳の姉ちゃんと細やかな打ち上げだ
基地の売店は見るからに食欲が湧きそうもねぇパッケのレーションばっか置いてるし、ここはオレ様とっておきの駄菓子で…って、泣きながら食ってやがる…
ここまで優しくされた事がねぇとか辛い身の上話とか始めやがったし、たぶん泣き上戸って奴だろ…これ
ロバ耳の姉ちゃんはやれば出来る奴だって
オレが保証してやるよ…そういや名前まだ聞いてなかったっけ
改めて自己紹介しよーぜ!
●ロバ娘 ラブリーポーター
重要な輸送任務を終えたロバ耳の運転手。
疲れからか、不幸にも黒塗りのスーパーロボット、ベアキャットにぶつかってしまう。
狼狽するロバ耳の運転手に対し、ベアキャットの主、ウィル・グラマンが言い渡した示談の条件とは――。
「ヤバイよヤバイよ……!」
「おいクルルゥア! 免許持ってんのかぁ? 見せろ!」
「はい……」
「ベルルァについて来い」
「免許返してください!」
「とりあえず姉ちゃん土下座しろよ」
「許してください! お願いします!」
「ならウマの真似しろよ。ヨツンヴァインになれよ。あくしろよ」
「私ウマじゃなくてロバなんですけど……」
「ウルルゥセェよ!」
「ひぃっ!」
「ウマだよ。あくしろよおう」
「ウマの真似したら返してくれるんですか?」
「あぁ、考えてやるよ」
「ひ、ひひーん」
「なんかウマっぽくねぇなぁ……? ぴょいしてみろよこの野郎」
「ウマはぴょいなんて鳴かないと思いますけど……」
「おうあくしろよ。免許返さねぇぞ?」
「ぴょ……ぴょいぴょい。ぴょい」
という世界線もあったかも知れない。
だが、存在していたとしても、それはもう並行世界での出来事である。
●アルミリア・シビライト
輸送車輌がゼラフィウムの要塞本部の奥へと去ってゆく。
その背中を見送るウィルは、凝り固まった背筋を逸らして身体を大きく伸ばした。
「一時はどうなるかと思ったぜ」
輸送車の助手席は温度こそ快適だったものの、座り心地は良くなかった。シートが硬く、突き上げる衝撃は尻に痛い。
「でも、ロバ耳の姉ちゃんの運転テクのお陰で生き延びられたぜ。最後まで愉快な遠足気分だったな! そうだよなベア?」
見上げたベアキャットが一吼えする。真っ黒な装甲には、傷や凹みや焦げた痕が無数に刻まれている。道中の戦闘の激しさを雄弁に物語る名誉の負傷に、ウィルは胸を誇らしさで膨らませた。
「うぅぅ……こんな任務、もう二度とやりたくない……」
運転手はロバ耳と両肩を深く下げた。
「そう言うなって。ちゃんと荷物は送り届けたんだし、運転のテクだって確かだったんだからさ」
ウィルの言葉は慰めではない。
手厚い護衛に守られていたのは事実だが、輸送車輌をここまで無事に走らせてきたのは紛れもなくこの運転手だ。
雪道という悪条件の中でスリップ事故やスタックを起こさずに走破できた理由は、車輌の性能ばかりではあるまい。戦闘中は耳ごと頭を抱え込んで震えているばかりで、本当に軍属なのか疑いたくなるほどの頼りなさだったが、運転技術の高さを疑う余地はない。
「つーわけで打ち上げやろーぜ!」
「えっ?」
「打ち上げだよ! 任務達成祝いだ! ここの基地の売店ってどこにあるんだ?」
「ええっと……PXなら、あっちの棟に……」
「オレたちが打ち上げしてる間にベアは修理してもらってこいよ!」
ウィルは黒鉄の相棒に言付けすると、運転手に案内されて基地の中へと向かう。
見慣れない真っ黒な機体が基地をさまよっているとの騒ぎが起きたのは、暫く経ってからの事だった。
基地の売店に併設された休憩所はそれなりの広さで、椅子とテーブル、観葉植物などのインテリアが置かれている。質素ながら兵士達がくつろげる環境が整っていた。
「なんでレーションってどれもこれも食欲の沸かないパッケしてんだろーな?」
腕を組んだウィルは、テーブルを挟んで斜め横に座る運転手を眺めていた。
「うぅ……こんなに食べたら太っちゃいます……」
でも止めない。運転手はウィルが放出したとっておきの駄菓子を貪っている。まるで家畜のような食いっぷりだ。
「気にすんなって。ながーい運転した後だし、カロリーなんてプラマイゼロだろ」
ウィルも棒状のスナック菓子を齧る。チーズ風味のそれは、まさに駄菓子とはこうあるべきという食感と味わいだった。数十年以上に渡って広く愛されているだけの事はある。
「運転した後はお腹空いちゃって、いつも食べ過ぎちゃうんです……今日みたいな任務の後は特に……」
ウナギの蒲焼風の板状駄菓子を一口でたいらげた運転手は、目尻に涙を溜めて嗚咽し始めた。
「ルートは極秘だから襲撃を受ける可能性は殆ど無いって言われてたのに……どうして、あんな、あんな……」
「お、おい……」
運転手は涙を零しながら口を動かす。ウィルは自分が泣かせたかのような絵面になってしまった事に焦りを感じた。
「私、お父さんが怪我で働けなくなっちゃって、お母さんは病気で、妹は学費が高い学校に通ってて、弟達は食べ盛りだから、家族を養うために軍に志願したのに……」
急に重くなり始めた空気にウィルは辟易した。
「戦闘もキャバリアもダメダメで……みんなからダメロバって呼ばれて……でも車の運転だけは得意だったから、トラックの運転手になれたけど……いっつもは弾薬とかキャバリアを運ぶだけだったのに、急に極秘任務に呼ばれて、核弾頭なんて運ばされて……私一等兵なのに、こんな重要な任務なんか……」
運転手は言葉を詰まらせながら言う。しかし食べるのは止めない。
「おい、泣くなって……!」
ウィルは声を潜めた。周囲の視線が首筋に痛い。
「アルフレッド大尉はなんか怖いし、テレサ少尉達はなんか元気無いし、イェーガーは見たことないキャバリアや変な武器を使う人ばっかりだし……」
「変な武器っておい」
そこまで言いかけてウィルは続きを飲み込んだ。
変な武器とはユーベルコードを指しているのだろうが、だとしたら否定はできない。猟兵を生命の埒外たらしめている理由の一つがユーベルコードなのだから。埒外とは普通ではない。つまり変なのである。
「スナイパーには狙われるし、東アーレス開放戦線は来るし……ゼロハート・プラントはレイテナと日乃和がわざと暴走させたって言い出すし、今日の任務のために買った赤外線ゴーグルも取られちゃうし……」
「あれ自腹だったのかよ」
もぎ取った際に運転手が嫌がっていた理由が判明して、ウィルは少しの罪悪感に駆られた。
「このお菓子は美味しいけど……」
「だろ? オレ様のとっておきだからな!」
運転手は泣きながら食べ続ける。泣き上戸というのだろうか? 積み重なってゆく空の袋を見ながらウィルは考えた。
「ビルが倒されて隠れてることしかできなかったし……」
「ありゃ仕方ないだろ。でもその後ちゃんと離脱できたんだから、ロバ耳の姉ちゃんはやれば出来る奴だって。オレが保証してやるよ」
そこでウィルは気が付いた。まだ彼女の名前を知らない。いつまでもロバ耳と呼んでいるのも失礼に思えた。
「そーいや、まだ名前聞いてなかったな。オレ様はウィル・グラマン。レプリカントだ。趣味と特技はゲーム! そっちは?」
「アルミリア・シビライトって言います。本名がカッコ良すぎて恥ずかしいので、アーミアって呼んでください。見ての通りのロバの獣人で、特技はトラックの運転で……趣味はプチプチマットを潰すこと……」
鼻を啜りながら、口に駄菓子を運びながらアルミリアは言う。
「お、おう?」
潰したくなる気持ちはウィルも理解できる。だが趣味にしているとは少し変わっているな。そう思ったが口には出さなかった。
「じゃあアーミアの姉ちゃんよ、レイテナで獣人って珍しいのか? あんまり見掛けない気がするからさ」
「まぁ……多くは無いと思うけど……珍しいってほどじゃないかも……私達のご先祖様は、大昔に別の世界からやってきたとか……ウィルくん、これもっと食べていいですか?」
「おう、じゃんじゃん食ってくれ」
この食欲の旺盛さはロバの獣人だからなのだろうか?
ウィルはアルミリアの姿に、干し草を頬張るロバの姿を重ねずにはいられなかった。
大成功
🔵🔵🔵
フレスベルク・メリアグレース
レイテナ・ロイヤル・ユニオン……魑魅魍魎の群れと化している、という訳ですか
ならばこそ、わたくしが踏み込むべきでしょう
UCで交渉系・対人系技能をUCの域まで強化し、ケイト・マインド参謀次長にアポを取り、デブリーフィングを対面で行いたいとする
場所はゼラフィウムの大通りにある喫茶店、そこを貸切にして二階で二人きりで話を行う
真相を知りたいなら、貴方に直接訪ねる事……でしたね
わたくしは、シリウス関連について知りたいですね
アレは”どういうキャバリアで、どういう目的を果たす”のですか?
そこから、情報を持ち帰れば……或いは
少しでも、この痛みしかない場所を変えられるかもしれないから
●明星
カップを満たす漆黒の液体。その中から翡翠色の瞳がこちらを覗き返している。フレスベルクの瞳だった
「どうぞお召し上がりください。レイテナ・ロイヤル・ユニオン領内で採れる、最高品質の豆をじっくり焙煎したコーヒーです」
応接用の長机を挟んで座るケイトは薄く笑い、カップに口を付けた。まるで毒など入っていないとでも言いたげに。
フレスベルクはカップを手に取り、抱いた猜疑ごと中身を口に含んだ。深い苦みが舌の上に染み渡る。鼻腔を抜ける芳醇なコーヒー豆の香り。余韻を引く味わいは紛れもなく一級品だった。
「お口に合いましたか?」
僅かに首を傾けるケイトに、フレスベルクは「はい。とても」と率直に述べた。
「それはよかった」
ケイトの双眸がアーチを作り、綻んだ口元から白い歯を覗かせる。
その表情からフレスベルクは悟った。
振る舞われたコーヒーは、ケイトの客人に対する歓迎の証であるのと同時に、こちらがケイトをどの程度信用しているかの定規であったのだと。
そして今、会話をする前提は整った。フレスベルクはもう一口コーヒーを含んで喉を湿らせると、ゆっくりとした言葉運びで切り出した。
「私はフレスベルク・メリアグレース、メリアグレース聖教皇国の第十六代教皇にして、|神子代理《VFD》です」
「神騎ノインツェーンの巫女とも聞き及んでいます。神騎とは機械神……|外界《アーレス大陸の外》で言うところの巨神と解釈してもよろしいのでしょうか?」
机の上に置かれたタブレット端末にケイトの指が滑る。画面にフレスベルクの顔写真付きのプロフィールが表示された。依頼の契約時に提出した内容だ。
「そう解釈されても語弊はないかと」
「|仲介人《グリモア》から情報の提供は受けていましたが、教皇ご自身が出撃なされているとは。私としましては驚きを隠せません」
「終わりなき戦禍世界に光明を差す。それが、わたくしとノインツェーンの使命なのです。使命を果たすためには、自ら戦場へと赴かなければなりません。その際のわたくしは、己を一介の傭兵と規定しています」
「素晴らしい思想をお持ちなのですね」
フレスベルクの微笑みにケイトは薄ら笑いで応じる。社交辞令なのか皮肉なのか、彼女の顔は本音が読み取れない。
「ケイト参謀次長、さきほど貴女は、真相を知りたいなら、貴方に直接訪ねるようにとおっしゃいましたね?」
「はい。とはいっても、守るべき国家機密を抱えています。あくまでもお答えできる範囲で……ですが」
ケイトの口元から笑みが消え、双眸が細くなった。
質問に身構えた気配を漂わせるケイトに、フレスベルクは一拍置いてから単刀直入に本題へと踏み込んだ。
「シリウスについて、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
フレスベルクは緋色の西陽が差し込む窓の外に瞳を向けた。地上から数階にあるこの執務室からは、基地の歩哨に立つ青いキャバリアの姿が見下ろせた。
「シリウスとは、どのようなキャバリアなのですか?」
オブリビオンマシン化を遂げたそれを見つめながら言う。
ケイトも目をシリウスに移した。
「シリウスは、レイテナ・ロイヤル・ユニオンが新たに採用した量産型キャバリアです。特徴は優れたトータルバランスにあると言えます」
フレスベルクはケイトから差し出されたタブレット端末に視線を落とす。シリウスの正面と横の二面図と搭載した武器の概要が映し出されていた。
ケイトの言葉は腑に落ちた。機体のシルエットはすらりとしているが細すぎるというほどでもない。武装はオーソドックスで、近中遠のどの距離でも使用可能なものが揃っている。
「特化した分野は無いにしろ、言い換えれば目立つ弱点が無い機体であると?」
「そうとも言えます。|仲介人《グリモア猟兵》を代理人として、イェーガー向けにも販売を行っているのですよ」
シリウス自体は、とんでもない秘密を抱えているような機体ではないという事か。少なくない機体が既にオブリビオンマシン化している点に目を瞑ればだが。これは猟兵ではないケイトに話しても理解を得られないし、次第によっては参謀本部と猟兵の関係を拗れさせかねない。フレスベルクはより深く踏み込みたい思いを抑え、ケイトに視線を戻した。
「このシリウスはどういった目的を果たすために作られたのでしょうか?」
「もちろん、人喰いキャバリアの問題に対処するためです」
迷いなく言い切るケイトに、嘘の気配は匂わない。
「シリウスの設計には、前線で戦う兵士の声が強く反映されています。私達が戦いの中で培ったノウハウが生かされているのです。謂わば、多大なる犠牲の上に生まれた、戦いに終止符を撃つための尖兵……」
幾万幾億の積み重ねてきた骸の重さを言葉から感じ取り、フレスベルクは面持ちを俯けた。
「希望を灯す明星……」
「よくご存知ですね。シリウスとは、レイテナの古い言語でそのような意味を持っているのです」
零した呟きに、ケイトが穏やかな微笑みを浮かべる。
希望の星……確かにそうなのだろう。
シリウスには人喰いキャバリアに抗う人々の希望が籠められているに違いない。
だがその思いをオブリビオンマシンが蝕もうとしている。
明星が、彼等の中に潜む破滅的思想を増幅する暗星と化す。
それはやがて痛みを生み出す狂気的な凶器となるかも知れない。
いまの自分に何ができる? フレスベルクはカップの中で揺れる自分の姿に問う。
いまは何もできない。だが、それが運命と諦めるつもりはない。
「シリウスが明星なら、わたくしとノインツェーンも明星となりましょう。この魑魅魍魎が闊歩する地で、闇を祓う明星に」
それが、痛みしかないこの世界を、少しでも変えることだと信じて。
一口で飲み干したコーヒーは、まだ熱を保っていた。
大成功
🔵🔵🔵
ノエル・カンナビス
政治的状況などはどうでも良い事ですし、犯罪の追求も当事国が揉めるだけであって、私には無関係です。
闘争を必要とするが戦力を持たない者の代理人、それが傭兵の本義です。
そうした『職業』のありかたは分業社会の根幹であって、医者も靴屋も新聞配達もみな、同じ論理の下に働いています。
即ち。理念は大切ですが、自身の感傷は意味を持ちません。
という事で、私は私のお仕事に邁進します。
誰ぞに話を通してシリウスの公開データを頂き、同時にエイストラの探査機能で(秘密裏に行える限り)実機のシリウスを直接解析しておきます。
私はエイストラ素体の開発に携わった技術者でもありますので、結構な部分まで【情報収集】できますよ。
●取らぬプラントの皮算用
レイテナ・ロイヤル・ユニオンという国家連合体は名前こそ一つだが、内部はレイテナとユニオンに二分されている。
エリザヴェート・レイテナを筆頭とした旧レイテナ派閥。
これを好機にと旧レイテナ派閥から離反して権益を得ようとする者や、併合された国々からなるユニオン議会派閥。
バーラント機械教国連合との融和路線を模索する親バーラント派閥。
さらにその内部派閥を細分化すれば切りがない。
各派閥は人喰いキャバリア問題の終結後のゼロハート・プラントの所有権を巡り、あらゆる方面で足の引っ張り合いを続けている。
人は共通の敵を前にしても、一丸とはなれなかった。
人は変わらない。学ぼうともしない。闇から生まれ闇に落ち、落ちた奈落の底でも明かりを寄越せと奪い合う。
だが、そういった政治背景も、内部情勢も、ノエルには興味が沸かなければ関係があるとも思えない。
ノエルは自分を傭兵と規定していた。
他者の傭兵の定義はそれぞれだが、ノエルの定義上では、闘争を必要とするが戦力を持たない者の代理人である。
戦いは傭兵に。餅を捏ねるのは餅屋に。病人の診察は医者に。その分野はそれを専門家とするべき者が担うべきであり、門外漢が下手に手を出すべきではない。
だから自分はレイテナ・ロイヤル・ユニオンが抱える問題に関与しない。興味を持たない。感傷を受けない。
そもそも感傷という感情がこのレプリカントの身体にあるのか、ノエル自身にしても定かではなかった。これまでに何かを悲しいと感じた事はあっただろうか? 記憶を探してもどこにも見当たらない。
それよりも、ノエルの興味は物質的で、実務に関わる事に向けられていた。
エイストラの修理と補給を口実にゼラフィウムの整備工場を訪れたノエルは、工場内を自分の足で歩いて見て回っていた。
目的はシリウスの調査だ。オブリビオンマシン化している以上、いずれどこかで戦う事になる。その時に備えて、機体の特徴を掴んでおきたいと考えていた。
見学するなら被りなさいと、どこぞの班長に渡されたヘルメットと安全メガネが煩わしい。足の甲にプロテクターが付いた安全靴が重い。
照明が眩しい工場内には、ヘルメットを被って指差し呼称をする猫のポスターがあちこちに掲示してある。天井に渡されたガントリークレーンの安全第一の文字が仰々しい。工作機械が奏でる騒音といい、実に整備工場といった雰囲気だ。
「シリウスだらけですね」
思わず独り言が漏れる。
並ぶキャバリアハンガーに佇んでいるのは同じ機体ばかり。
四肢を取り外されていたり、装甲が剥がされたりしているが、一機とて異なる機体は見当たらない。
現物を眺めながら視覚野にシリウスの機体データを呼び出す。
といっても機体の骨格や装甲、搭載する武器などの大雑把な概要だが。これらは誰でも閲覧できるデータだ。
流石に軍や工場のデータバンクに侵入して詳細なデータを抽出するのは躊躇われた。もしも足が着けば、自分一人の行動で猟兵全体に敵愾心を抱かれない。そうなれば当然仕事が回ってこなくなる。自分の生業を果たせなくなってしまう。わざわざそこまでのリスクを被る理由も無かった。
第一そんな事をするまでもない。整備中のシリウスを眺めているだけでも、自ずと分かってくる事も多々ある。本業は傭兵だが、エイストラの素体の開発に携わった経験もあり、キャバリアの開発や設計に関する知識もそれなりに備えていた。
ノエルは半身が骨だけになったシリウスを見上げる。
「イカルガに似たフレームですね」
その姿からは、大鳳の艦内で何度か見掛けたイカルガの骨格構造に近いものを感じた。
イカルガは高速機動戦闘を前提としたキャバリアである。似ているということは、シリウスもまた同じ戦闘スタイルを前提としていて、高G機動に耐え得る頑強な骨格構造を有している必要があるのだろう。
機体自体は空気力学を意識したと思われるすらりとした体格だが、細身というほどでもない。装甲は近接戦闘に耐え得るだけの十分な強度を有し、見た目の印象よりも頑丈に仕上がっているようだ。
「メインの推進装置は左右の腰部に付いているあれですか」
腰部に配置された板状のそれは、フレキシブルに可動するジョイントで接続されており、前後左右への自在な加速と減速を可能としている。
噴射口の複数の可動式フラップは推力を偏向させるためのものだ。
推進装置の形状自体がやや独特だが、これは推力をより効率良く圧縮するための形状で、推進剤消費の抑制に一役買っているのだという。また、高速巡航時には安定翼の、戦闘時には|AMBAC《能動的質量移動》の機能を発揮する。加えて、正面投影面積を薄くすることで被弾率を抑えている。
「コクピットは……股間なんですね」
正面斜め下方向に突出したブロック。そこがシリウスのコクピットである。
このコクピットはカートリッジ式で、簡単に着脱が可能だ。
機体本体が破壊されても、コクピットを別の機体に接続するだけで、すぐに戦線に復帰できる。人喰いキャバリアの物量に対抗するための設計思想が伺えた。
パイロットの生存性にも配慮されている。撃墜された僚機を救助する際にはコクピットごと運搬できるので、戦線離脱時の機動でパイロットに加わる負担を気に掛ける必要がない。
被弾時の耐弾性が気になるところだが、そこはメインの推進装置と同様に、正面投影面積を細長くすることで、被弾し難くする工夫がなされている。
そしてコクピットの形状自体が、直進時における空気抵抗の分散効果を有し、推進剤の節約と加速性の向上に貢献している。
「標準武器の構成に特筆するべき点は無し、と……」
高周波ブレード付きのアサルトライフルは、武器の持ち替え動作無しで射撃戦と近接戦に対応可能だ。
シールドは機体本体と合わせて空気力学を考慮した形状設計だ。裏面には多目的マウントを隠し持っている。縁の部分の装甲が強化されているのは、打突武器として使用するためであろう。
背部のマウントに搭載する四連装ミサイルランチャーはともかく、ビームキャノンの口径と大きさは目を惹くものがあった。
「この二つの武器には注意しておくべきでしょうか?」
ビームキャノンはコンデンサにかなり容量があるらしく、チャージによる威力の増強が可能だ。更にはバックユニット用と武器本体、機体本体のセンサーを連動させ、時間を掛ければ精密な照準も可能である。チャージさせ続けてしまえば、必中必殺の攻撃になってしまう。
「エイストラとしては、特にこのディフューズミサイルに用心する必要がありそうですね」
シリウスのミサイルは分裂式の弾頭を採用している。このミサイルは装填する炸薬量と推進材が少ない代わりに、追尾性と面制圧力が高い。多数の人喰いキャバリアを一挙に殲滅する目的で採用されたのだろう。
シリウスは量産機だ。もし相対する場合は、一度に複数のシリウスからミサイルを滅多撃ちにされるに違いない。ミサイルの性質上からして、機動力で躱しきるのは困難だ。フォックストロットで避けられるのか? 威力自体はそこまでではないので、ガーディアン装甲で防御できるとは思うが……エネルギーをかなり持っていかれそうだ。
「まぁ、総評するとトータルバランスに優れた機体。敵対時にはチャージ式のビームキャノンと分裂式のミサイルに注意といったところですか」
いま手に入る情報だけで判断するならば、だが。
特段革新的な技術が投入されているようには見えないし、とんでもない兵器を内蔵しているとも考え難い。
イェーガー・デストロイヤー・システム――JDSのような隠し玉を搭載していないとも言い切れないが……そこでノエルは気付いた。
「対猟兵戦も視野に入れている……?」
目線と共に呟きを床に落とす。
自分がシリウスに乗った立場になって、対エイストラ戦をシミュレートしてみる。
エイストラの主兵装であるプラズマライフルを警戒し、中距離でシールドを構えつつアサルトライフルで牽制。接近された際は高周波ブレードで追い払う。
周囲の友軍機がディフューズミサイルで波状攻撃してフォックストロットを潰す。連続しての被弾によりガーディアン装甲を発動させてエネルギーを消費させた後、ビームキャノンのチャージを終えた僚機が必中必殺の一撃を叩き込む。
そこまで思い描いて首を横に振った。
「別に猟兵を倒すためだけの武装構成でもありませんね」
レイテナが置かれている戦況を鑑みるに、ビームキャノンは時折出現する大型種の撃破や火力支援のための、ディフューズミサイルは面制圧やスカルヘッドのような超高速で動き回る人喰いキャバリアと遭遇した際の装備なのだろう。
或いは――猟兵に対抗できるなら、人類にも対抗できるはずだ。
「今からゼロハート・プラント制圧後に備えているとしたら、取らぬ狸の皮算用ですね。私には興味の無いことですけどね」
ノエルはずり落ちたヘルメットを被り直し、シリウスの前を後にした。
横から「そこの銀髪の子! ちゃんと顎紐を締めなさい!」と怒鳴り声が飛んできた。
物作りの現場において、安全の理念は品質と同レベルに重要である。
大成功
🔵🔵🔵
アレフ・フール
少し気になる事があったのでお邪魔するぞ
今回はスラム街に向かうとする
アレウスは今回は連れてはいかない
余り連れ歩くわけにはいかないしな
「あー…マスター…気を付けてくれよ?」
スラム街にて一応復興手伝い
亡骸等の埋葬
【属性攻撃】
焚火など安全な場所で暖を取れるようにする
何方にせよこれは凍死の危険もあるしな
後は怪我人や病人等知識の許す限り治療を行う
アーレス教徒が接触してきたら手伝いも行いつつ
…アーレスについて色々と聞いてみる
色々と世間話等をしながら復興や炊き出しやここでの援助等素晴らしいと称えて…どういう教義なのかを色々と聞いてみる
ああ…誰かを助ける…善い行いならそれは素晴らしきものであろう?
●弱者必滅。強者絶対。
俯いた太陽が雪の降りる曇天に緋色を滲ませる。
廃材を継ぎ接ぎにして作った小屋や、穴の空いたテントが軒を連ねるゼラフィウムのスラム街。
アレフ・フール(愚者・f40806)は、人間の大人一人分の大きさはあろうかという黒い袋を引きずって歩いていた。
アレフが通った後は、積もった雪が抉られたかのような跡が残されている。
頑強な肉体を持つドワーフにとっては苦になる重さではないが、引きずる袋は重さも大人一人分はある。
「嫌な臭いだな……」
清掃されていない公衆便所のような饐えた臭い。それが呼吸の度に嗅覚を不快に刺激する。どこからか発せられている臭いというより、スラム街に滞留する空気自体が臭いを持っているような気がする。
はっきり言って居心地が悪い。理由は悪臭だけではない。奇異の視線、刺々しい視線、盗人が隙を窺う視線。そういった友好的ではない周囲の視線を背中に感じるからだ。
「あまり長居はしない方がよさそうだ」
すぐに消えるから放っておいてくれと含め、わざと周りに聞こえる声量で呟く。
スラム街の外れを目指してアレフは歩き続けた。
そこで待っている相手がいるからだ。
アレフが黒い袋を引きずって歩く事になる暫く前――。
「流石にもう終わっていたか」
それが、グリモアの転送門から滑り落ちたアレフの第一声だった。
スラム街の様相はとても穏やかとは言えないが、護衛するべき輸送部隊は既に無く、肌がひりつく戦闘時の独特の空気もない。感じるのは、生理的嫌悪感が湧く不快な臭いだけだった。
報酬は貰えそうにないが仕方あるまい。
せめてゼラフィウムの要塞を拝んでから帰ろう。そうして振り返ると、風に揺れる旗が視界に入った。
「あれは……」
雪を纏った旗のシンボルに既視感がある。まるでアレウスの意匠を汲んだようなシンボル――旗を掲げたポールの下には、真っ黒で大きなテントが設営されていた。
スラム街の中にあって、他とは決定的に違う異質な存在感を放つそこへ、アレフは誘われるかのように足を運んだ。
テントの入口は誰にでも開かれていた。
室内に踏み入れたアレフを迎えたのは、沈静な空気と、鼻につく消毒液の匂い。
淡い照明が灯された薄暗い空間に、簡易ベッドが等間隔で並べられている。
ベッドの上には大怪我を負って包帯巻きにされた者や、苦しげに呻きながら点滴を打たれている者が横たわっていた。
傷病者を世話している者は、皆が皆真っ黒な修道服を着ている。
「ここは……病院か教会なのか?」
アレフは訝しげに様子を室内を見渡しながら、慎重に一歩を踏み出す。
「はいはい、いらっしゃいませー。我らが母なるアナスタシア聖下の慈悲の間にようこそ。本日の迷える子羊さんのご要件はなんですか? お祈りですか? 懺悔ですか? それともどこか悪いんですか? 悪いのは身体? 心? それとも頭?」
唐突に真正面から掛けられた女の早口に、アレフは条件反射で肩を跳ねさせた。
「ああ……いや……少し気になったんでな……」
「そーですか。じゃあテキトーにお祈りでもして……ん? んんんー?」
炎のような紅蓮の髪を伸ばした修道服姿の少女が、腰を曲げて顔を突き出し、疑う表情でアレフのフードの中を覗き込む。アレフは「な、なんだ?」とたじろいだ。
「褐色肌のフードを被ったちびっこ……さてはきみ、アレフ・フールくんじゃないですかぁー? ですよねぇー? 絶対そうです。アーレスのパチモンに乗ってるアレフくんでしょ? 今月のお給金ぜぇぇぇんぶ賭けてもいいですよん?」
見ず知らずの相手にずばり名前を言い当てられたアレフは、反射的に顔を強張らせた。
「なぜわしの名前を知っている?」
「そりゃあ知ってますとも」
姿勢を戻した修道女は何食わぬ顔で言ってのける。
「どこかで会ったか?」
「いいえ? お会いするのは今が初めてですけど?」
アレフの記憶にも思い当たる顔が浮かばない。
「なら何故……」
「アレフくんだけじゃありませんよ。ええと? イクシア・レイブラント。ティー・アラベリア。ガイ・レックウ。鳥羽・弦介。ノエル・カンナビス。リーシャ・クロイツァ。ウィル・グラマン。フレスベルク・メリアグレース。ノエル・カンナビス。シル・ウィンディア。ガル・ディール。ヴィリー・フランツ。露木・鬼燈。防人・拓也。菫宮・理緒。支倉・錫華。ファルシータ・フィラ。数宮・多喜。カシム・ディーン。ティオレンシア・シーディア。ジェイミィ・ブラッディバック。イヴ・イングス。アレクセイ・マキシモフ。皇・絶華。皇・銀静。ここに来てるイェーガーの名前はぜぇぇぇんぶ! 知ってますよ?」
「お、おう……」
凄まじい早口に、アレフは呆然とする他になかった。
「修道女よ、一体何者なのだ?」
猟兵達の友人という様子にも思えない。不真面目そうな振る舞いの奥に潜む、得体の知れない気配。アレフにとって、それは只ならない敵を前にした時に受けるプレッシャーと同質のものであった。
「執行官ですよん」
「執行官?」
その一言に胸が不穏にざわめく。
「知ってる人は知っている。知らない人は覚えてね。バーラント機械教皇庁の一等執行官、エクシィ・ベルンハルトでぇぇぇす。どうぞお見知りおきを。あぁでもやっぱり覚えなくても結構ですよん」
バーラント機械教皇庁――アレフの記憶が正しければ、アーレス大陸で最大最強の軍事力を誇るバーラント機械教国連合の最高意思決定機関。
闘神アーレスの巫女、機械教皇アナスタシア・アーレス・リグ・ヴェーダを玉座に据えた、アーレス教の総本山だ。
「そのエクシィ・ベルンハルト一等執行官が、何故ここに?」
アレフは声音を硬くして問う。
「何故って? この地はアナスタシア聖下のものですよ? 聖下の忠実なる執行官の私がここに居ちゃいけない理由ってなんです?」
問い返したエクシィにアレフは口を噤んだ。
「まぁまぁ、そんな身構えなくても大丈夫ですよん。幸い今日のイェーガー達はお行儀よくしてましたからね。断罪執行する必要もいまのところありませんし?」
「断罪執行だと? 猟兵の首を狩るつもりなのか?」
「私的には先手を打ってそうしておきたいのも山々なんですけどねぇ……アナスタシア聖下からお手つき禁止を厳命されてまして。まぁ今日はただの見張りですよ。み・は・り」
「わしの名前を言い当てたりと、随分と猟兵に詳しいようだったが……」
「そりゃそうですよ。仲介人……そっちじゃグリモア猟兵でしたっけ? その人が依頼でイェーガーをこっちに送ってくるたびに、毎回きっちり全員分のプロフィールを教えてもらう決まりになってますんで」
あのグリモア猟兵が、自分を含めた依頼に携わった猟兵の情報をバーラント機械教皇庁に流していただと? どういった理由で?
「んでんで? 何しに来たんです?」
アレフの猜疑の思考はエクシィに断ち切られた。
「気になったから立ち寄っただけだ。ここはどういう場所なんだ?」
「ご覧の通り教会ですよ教会。アーレス教の出張所ですよん」
「教会というよりも病院に見えるのだが……」
「アナスタシア聖下の御慈悲を広めるのも仕事の一環ですもん。この地で生まれた人々はみーんな、元を辿ればアナスタシア聖下の子どもなんですから。お母さんが我が子に優しくするのは当然でしょう? あ、もしかして親の顔なんて知らないとかそういう系ですか?」
「しかしバーラントは他国を積極的に侵略し、夥しい犠牲者を生んでいるとも聞いたぞ?」
「侵略ぅ? はぁぁぁー……やれやれやれやれ。これだから|外界《アーレス大陸の外》の人は……」
エクシィは嫌味なまでに深い溜息を吐き、項垂れて首を横に振った。
「その誤解、よくないですよ? アナスタシア聖下はバラバラになったこの大陸を、元の姿に戻そうとしてるだけなんですから」
「それは大陸を統一するという意味か?」
「まぁそーなりますねぇ」
「だが犠牲を生んでいるのは事実であろう? この地で生まれた人々は皆アナスタシアの子だと言ったが、我が子を手に掛けるのは赦されるのか?」
「お母さんが反抗期の我が子を叱って何がいけないっていうんです?」
「叱るという範疇を越えているようにも思えるが……」
「うちはうち! よそはよそ! アナスタシア聖下にはアナスタシア聖下なりの躾け方ってのがあるんですよ! わかりましたか!? 返事は!?」
エクシィの追及にアレフは目を逸らして押し黙る。またしてもエクシィが深い溜息を吐いた。
「だが……難民をいたわるその行いは素直に尊敬しよう」
「それはどーも。褒めても何も出しませんけどね? それとも尊敬の証にアナスタシア聖下の軍門に下ります?」
「急過ぎる誘いだな?」
「外界のイェーガーは歓迎しませんけど、こっちも来たる日のためにイェーガーの手札を揃えときたいのも本音ですからね」
「来たる日?」
「猟兵戦争」
アレフは心臓が大きく脈を打つ音を聞いた。
猟兵戦争。猟兵同士の戦争? 意味を問おうとして口を開きかけたが、喉元にまで出てきたところで飲み下した。
今は深く聞くべきではない気がする。知る必要が無い気がする。
恐らく意味は言葉通り。猟兵なら誰もが一度は想像する、きっとろくでもない事だ。
「……ところで、人手は欲しくないか?」
「はい?」
無理矢理に話題を変えると、エクシィが眉根を下げて首を傾げた。
「遅刻が過ぎて依頼に参加しそびれてな。ならばせめて、誰かの手伝いのひとつでもして帰ろうと思ったのだ」
「ふーん……? で? その誰かがなんで私達なんです?」
「誰かを助ける……善い行いならそれは素晴らしきものであろう? 故に手を貸すのもやぶさかではない」
アレフはベッドで修道女達から手当てを受ける傷病者達を見回しながら言った。
「わしはドワーフでな。小柄だが体力には自信がある」
「お給金は出しませんよ?」
「構わんよ」
「あっそう。じゃあお手伝いしてもらいましょーかねー?」
「何をすればいい?」
「死体運び」
短く言い切られた業務内容に、アレフは口を閉ざして眉をひそめた。
雪が降る夕暮れ時のスラム街の外れ。
遥か遠くにゼラフィウムの本部が見えるそこに、いくつもの黒い袋が整然と並べられていた。数は目算でも百を越えている
人の形に膨らんだその袋のひとつひとつに、修道女たちが抱えたポリタンクの中を満たす液体をかけて回る。揮発性の油の匂いがする液体だ。
幾多の骸を前に、エクシィは膝を折って両手を合わせ、双眸を閉じる。
「汝ら、死してなお、闘神の審断を逃れ得ず。血は枯れ、肉は朽ちても、魂は闘神アーレスの歯車に呑まれ、裁かれ、選別される。弱者必滅。強者絶対。強き者は昇り、弱き者は砕かれる。されど恐るるなかれ……死もまた、選別の環の一環にすぎぬ。闘神アーレスよ、かの者達に真なる価値を見出したまえ。価値無きならば、燃やし尽くせ。名も無き塵として。そして全ての魂は塵になりて、母なるアナスタシア・アーレス・リグ・ヴェーダの胎に還り、やがて再びこの地に産声を響かせるであろう――」
寒々とした平野に、エクシィの祈りの詩が広がる。
「それがアーレス教の……アナスタシアの教義か?」
死体袋を眺めながらアレフは問うた。
答えは返らず、エクシィは手を解いてゆっくりと立ち上がる。
そして修道女達が作業を終えると、首をアレフに振り向けた。
「それじゃ、着火どうぞ」
「うむ」
アレフが両手で握った魔剣『力の叫び』の切っ先を地面に突き立てる。
そこから伸びた炎が黒い袋の下まで伝い、かけられた液体燃料に引火して業炎を立ち昇らせた。
名も無き骸が燃えてゆく。周囲に肉の焼ける臭いが充満する。アレフはエクシィの様子を窺ったが、無味な横顔が炎に照らし出されているだけだった。
「弱者必滅。強者絶対。それが、私達の教義。アナスタシア聖下の教えです」
エクシィがアレフと視線を交わらせないまま言う。
「そしてこの地の……いいえ、|この世界《クロムキャバリア》の規範。アレフくんもよぉぉぉく知ってますよね?」
猟兵である者に否定する権利は無い。そう籠もったエクシィの瞳に、アレフは目を射抜かれた。
「だとしたら……力尽き、死してなお蘇ったわしは、その規範から外れた、罪人であろうな」
アーレスの教義に反した罪人。
エクシィは疑わしげに双眸を細めると、もう視線を交わらせることはなかった。
弱者必滅。強者絶対。
ゼラフィウムのスラム街は、アーレスの地に定められた規範の体現である。
大成功
🔵🔵🔵
皇・銀静
UC常時発動中
「主ー☆此処がゼラフィウムだよ☆」
ふん…それで…あれがOマシンか…さっさと破壊しても悪くないと思うが
「あまりお勧めはできないね☆」
判ってる
面倒くさい上に後々に禍根を残すってんだろ
取り敢えずテレサっつったか
お前はこの基地には詳しいんだろう?ならいける範囲で案内してくれ
という訳で案内してもらいつつ各施設を観察
改めて此処がどういう場所なのかも教えて貰えるか?
あいにく僕はこの都市や大陸には詳しくないんでな
「主ってば☆グリムちゃんだけじゃ不服かな☆」
お前はいらん!
「えー☆」
後はケイトの所も案内してくれるならスラム街についてとこのユニオンの現状の対策についても聞
序にゼロハートで起きた事も
●深淵なる紺碧
ゼラフィウムの滑走路に雪が降り積もる。
白い化粧を装った滑走路の駐機場に、黒い大型キャバリアが居座っていた。
標準的な規格のキャバリアが子どもに見えてしまうほどの大柄な体躯。雪景色の中にあって一際重厚な存在感を放つ機体を、観衆が遠巻きに囲み、何事かを囁き合う。
「ここではサリアは随分と人気らしいな」
銀静はギガス・ゴライア――サリアを見上げて呟いた。
「羨ましいぞ☆ このこの☆」
金髪の少女の姿に変容したグリームニルが、サリアの足を平手で叩く。重低音で唸るサリアの全身には、夥しい数の裂傷や銃創が刻まれている。いずれも先の戦闘で受けた傷だった。
だが、注目を一身に集めている理由は傷ではあるまい。
「あはは……例え|輸出仕様《リダクトモデル》でも、南方の黒龍ことエーリヒ・ガーランドを倒したグレイグ・エルネイジェの乗機ですからね」
テレサ達の一人が眉根を傾けて微笑を作る。
「南方の……誰だと?」
銀静は双眸を細めて問う。耳に入れた気がするが、思い出せない。
「南方の黒龍の異名で知られるエーリヒ・ガーランドは、バーラント南方軍に所属していたエースパイロットです」
「どんな奴なんだ?」
「凄まじいまでの戦績を持ち、アーレス大陸全土でもかなり有名な人物でした。私は直接戦闘した事はありませんけど……名前を聞いただけで、逃げ出す兵もいたそうです」
「で、その南方の黒龍を倒したのが、グレイグ・エルネイジェが乗っていたギガス・ゴライアだったというわけか」
エーリヒはアーレス大陸を震撼させるほどの猛者だったらしい。ならば、それを打ち破った者は、名前を聞いただけで兵士を逃走させるどころでは済まないのだろう。
サリアの温和な性根を知っている銀静には、大げさな逸話に思えた。観衆が噂している相手は人違いならぬギガス・ゴライア違いなのだが……と。
次第に大きくなるエンジン音。音の発生源は滑走路を走るシリウスの一個小隊だった。鏃型の編隊を組んだシリウスは、大気を震わせる轟音と共にゼラフィウムの外縁部へと滑空していった。
喉が詰まるような違和感。神経がひりつくような不快感。意識するしないに関わらず、本能が無理矢理に知らせてくる。飛び去った編隊の一部に、オブリビオンマシンが紛れていたことを。
「さっさと破壊するのも悪くないと思うが……」
彼方で小さく灯るブースターの輝きを見詰め、銀静はテレサには聞き取れない声量で呟く。
「あまりお勧めはできないね☆」
「判ってる」
憎たらしいがグリームニルの発言は正論だった。
猟兵としてオブリビオンマシンを撃滅するのは正当な行いであり、世界に定められた宿命でもある。白血球が体内に侵入した病原菌を排除するのと同じように、ごく当然の摂理だ。
だが、今それを行えば、事態は確実に悪い方向へと転がる。
猟兵でない者にはオブリビオンマシンを認識することはできない。
猟兵が抱えた宿命や、オブリビオンマシンがもたらす破滅と精神汚染を説いたところで、只人には理解できないし、むしろ猟兵に対して猜疑の目を注ぐ事は想像に難くない。
最悪の場合、レイテナ・ロイヤル・ユニオンと猟兵全体が対立関係に陥る可能性もあり得る。
あちらが何らかのアクションを起こさない限り、こちらからできることは今は何も無い。ゼラフィウム中に蔓延るオブリビオンマシンから嘲りを受けているようで不愉快だ。銀静はやり場のない鬱憤を息と共に吐き捨ててスワロウ小隊に振り返った。
「取り敢えずテレサっつったか?」
「はい?」
「ええ」
「そうですけど?」
「どうしました?」
「なんでしょう?」
「よびました?」
同じ声。同じ顔。同じ容姿。スワロウ小隊のメンバーは、|テレサだけ《●●●●●》で構成されている。
一斉に反応したテレサ達に、銀静は顔を渋くしてたじろいだ。
「その……なんだ、お前達はこの基地には詳しいんだろう?」
「まあ、それなりには」
「何度も来てますから」
「広すぎるので行った事の無いところもありますけど」
「詳しいってほどじゃないかも……」
「行きたいところがあるんですか?」
「たまに迷子になっちゃいますけどね」
またしてもテレサ達に一斉に反応されて銀静は息を詰めた。全員が全員同じ顔と声をしているので、誰がどのテレサなのか分からない。しかも名前も同じと来ている。
「いける範囲で案内して貰いたいんだが……ああ、一人だけでいい」
躊躇しつつ銀静が言う。テレサ達は互いに顔を合わせる。
「じゃあ私が案内しますね」
「頼む。因みにコールサインは何番なんだ?」
「スワロウ05です。あぁ、私達ってみんな同じテレサですから、紛らわしいですよね」
苦笑いする様子からして自覚はあるらしい。だが、そこに自分の在り方に後ろめたさを感じている雰囲気はない。自分達がテレサ・ゼロハートという個にして全であることを常識として受け入れている。銀静は彼女達の振る舞いをそう解釈した。
「主ってば☆ グリムちゃんだけじゃ不服かな☆」
「お前はいらん」
「えー☆」
銀静はグリームニルを冷たくあしらい、五番目のテレサに改めて尋ねる。
「そもそもとして、このゼラフィウムはどういう場所なんだ?」
「ゼラフィウムはレイテナ・ロイヤル・ユニオン統合陸軍の、東方面における最大規模の基地施設です。東側一帯の戦略指揮を担当しているんですよ」
なるほどなと銀静は内心で納得を得た。最大というのは間違いなさそうだ。イーストガード海軍基地に負けず劣らずな敷地面積といい、市街と工業地帯、複数のプラントを内包している点といい、戦略軍事要塞の名前は決して大げさな飾りではない。
「最大規模か。小国家並だな」
「元々ゼラフィウムは都市国家でしたから。レイテナ・ロイヤル・ユニオンに併合された時に、軍事要塞として都市全体が再開発されたんです」
「本当に小国家だったのか……どうりで馬鹿でかいわけだな」
だがそこで一つ疑問が浮かんだ。
「ゼラフィウムが軍事要塞になった時、元々住んでいた国民はどうなったんだ?」
ゼラフィウムの要塞部分……本部の敷地面積は滑走路も含めると非常に広大だ。要塞になる以前には、ここの敷地に住まう者達も少なからずいた筈だ。農地を転用したわけでもない限り。
「多くの国民は市街地区画に移り住んだって聞いてます。でも、全員が移り住めたわけじゃないとも……」
五番目のテレサが悲しげに俯き、面持ちをゼラフィウムの外へと向ける。
銀静は彼女の視線を追って首を振り向けると、彼方の外縁を囲んで無秩序に広がるスラム街が目に入った。
「取り残された奴や、締め出された奴もいる……か」
そこにはどういった格差があったのか、銀静には想像を働かせる他にない。
だが、持てる者と持たざる者がいた事は間違いないと思えた。
かざした手に落ちた大粒の雪は、現実のように冷たかった。
ケイト・マインド参謀次長の執務室は、飾りすぎず地味すぎずな調度品で纏められている。真っ黒なスーツを着こなすケイトの存在は、その空間の中に落ちた影のようでもあった。
執務室を訪れた銀静に振る舞われたカップの中身も黒い。芳醇な香りを立てる深淵を覗き込めば、もう一人の自分がじっとこちらを見返してくる。
「私は行政に携わる立場にはありません。ですが、レイテナ・ロイヤル・ユニオンの政府関係者として、難民の現状には心を痛めています」
長机を挟んで座るケイトが目を伏せる。
隣に座るグリームニルは大量のガムシロップとクリームを投入していた。まるで上等な料理に蜂蜜をぶち撒けるような愚行だ。
銀静はそれを無視してコーヒーを啜った。カップをソーサーに置くと、陶器が触れ合う音が静謐な室内によく響いた。
「ここに来る前に実際スラム街を見てきた。かなりの規模にまで広がってたし、環境もよくなかった。ユニオン政府はどういった対策を講じているんだ?」
「民間の公益団体や、アーレス教の宗教団体とも協力し、食糧や医薬品の支援を進めています。ですが、人喰いキャバリアの対処が優先され、予算も人員も不足しているのが実情です」
銀静は深い苦みの余韻とケイトの言葉を噛みしめる。
要は、いまのユニオン政府に難民の面倒を見ている余裕など無いということか。
人喰いキャバリアと東アーレスに住まう人々の戦いは、開戦からもう数年以上は経過している。ゼロハート・プラントから無限に湧き出る人喰いキャバリアは、人だけではなく物や金もひたすらに食い潰してゆく。ユニオンとて望んで難民を放置しているわけではあるまい。
戦いは常に選択を迫る。何を切り捨て、何を得るか。
銀静とて幾度となく選択してきた。故に、ユニオンの政策への苦言ははばかられた。
「その人喰いキャバリアの発生元は、ゼロハート・プラントだったな? あそこで一体何が起きたんだ? 初めから暴走していたわけではないだろう?」
暗にリリエンタールから色々と話を聞いたと含ませて尋ねる。
ケイトは伏せた目を銀静に据え、口を開いた。
「国家機密に抵触する点もありますので、全てはお答えできかねます。ですが、皇さんの仰られる通り、ゼロハート・プラントは発見当初から暴走していたわけではない事は事実です」
リリエンタールの言い分とケイトの言い分は完全に合致している。
この点に関しての信頼性は非常に高まった。
「そして、レイテナ・ロイヤル・ユニオンが置かれている現状は、私達が望んだ状況ではありません。私達はあらゆる手段を講じ、一刻も早く人類の主権を取り戻すべく、日夜戦っているのです」
ケイトの発言は多様に解釈できる発言だ。
どこまでが望んだ状況ではないのか? リリエンタールが言っていたように、ラディア共和国を含む東アーレスの諸国を疲弊させるところまでは望み通りだったが、東アーレス全土が滅亡の瀬戸際に追い込まれるところまでは望んでいなかったのでは?
銀静はケイトの瞳を覗き込む。だが深い紺碧がどこまでも続いているだけで、意図も読み解け無ければ底も見えなかった。
ケイト・マインド参謀次長……この女は嘘は言っていない。だが本音を見せていない。
根拠は無いが直感がそう告げている。
「レイテナ・ロイヤル・ユニオンは、全ての東アーレス人のためにあります。イェーガーの方々におかれましては、今後も助力を頂けますことを、心より願っています」
いつかユニオンがゼロハート・プラントを手中に収め、東アーレスの……アーレス大陸の王となるために。
そう言いたいんじゃないのか? 銀静は沈黙で問う。
ケイトは薄笑いを滲ませるだけだった。
彼女の紺碧の瞳は、まるで海のように深く、暗い。
大成功
🔵🔵🔵
皇・絶華
神機の主発動中
うむ…残念だ…彼女らの狂気を晴らしてやりたかったのだが
「被害者が出なくてよかったですよ…(ふるふる」
しかし…ゼロハートプラントとは…この間のテレサを生んだプラントだったか?
「オリジナルテレサだったか?彼奴もトチ狂っていましたが…。」
何となく彼女の発言を色々と思いだしてみる。その上でリリエンタールの主張も回想してみる。
とはいえまずは此処で出来る事をするとしよう!
確かオブビリオンマシンになっているのだったな?では記憶しておくとしよう
さっちゃんところちゃんも記録を頼む
「お、おお…(主様がまともな事を!?」
そんな事で基地内を見ておく
Oマシンについても把握
それ以上は何もしない
次はスラムに行くぞ
「ええ!?非推奨ですよ!?」
何、自己責任ならと言っていたろう?
健康を害している人々を助けに行くぞ!
UC発動(ごくごく
「わ、わぁ…!」
という訳で病気の人達や怪我人の治療を行うぞ
危ない人は|チョコドリンク《カカオ汁》を飲ませ復活!
アーレス信徒とかも元気がなさそうな人は治療!(チョコは状況次第
●回想
東アーレス解放戦線の襲撃こそあったものの、猟兵達は輸送車輌を守り抜き、無事にゼラフィウムへ送り届ける事に成功した。
目標は果たされた。輸送車はゼラフィウムの奥へと去ってゆく。それを見送る絶華は、遺憾の籠もった白い息を吐き出した。
「ううむ、残念だった。リリエンタールらの狂気を晴らしてやりたかったのだが」
「被害者が出なくてよかったですよ……」
少女の姿に変容したサートゥルヌスは絶華の後ろで安堵に肩を落とした。雪を纏う風に長い黒髪がそよぐ。
「しかし、奴らが言っていたゼロハート・プラントとは……テレサ達の生まれ故郷でもあったな?」
絶華はリリエンタールの言葉を思い返す。
人喰いキャバリアを無尽蔵に生み出し続けている大規模プラント群、ゼロハート・プラント。
テレサ・ゼロハートは、ファミリーネームが示す通り、そのプラントで生み出されたという。何百何千、ひょっとしたら何万ものテレサがそこで生まれ、運び出された。リリエンタールはそのように言っていた。
「オリジナルのテレサもゼロハート・プラントの事に触れていましたね」
サートゥルヌスの記憶にもそれは決して古くない。
オリジナル・テレサ――鯨の歌作戦でヘルストーカーを駆り、猟兵達の前に立ち塞がった強敵だ。
「オリジナルのテレサって?」
金髪の幼子が尋ねるも、絶華は腕を組んで沈黙する。
戦いの最中に聞いたオリジナル・テレサの言葉。それらを瞑目の裏に呼び覚ます。
「あなたは! 私なんですか!?」
テレサが叩き付けた問いに、オリジナル・テレサは確かにこう答えていた。
「私は、最初のあなた」
オリジナル・テレサの言葉を鵜呑みにするなら、オリジナル・テレサは最初の一人目のテレサとなる。だが彼女は続けてこうも言った。
「人類文明再構築システムが最初に生んだ、人類繁殖統制端末の一体」
システムというのが何を指しているのはか分からない。しかしゼロハート・プラントの事だとするならば、わざわざそんな小難しい名称で呼ぶものだろうか? そもそもプラントは生産施設だ。人類の文明を再構築するシステムであるなどという話は聞いた事がない。
「あんな事はもう二度と繰り返させない。アナスタシアのように間違いも犯さない。あなた達のような存在はあってはならないし、産まれてきてもいけない。どんなに大きな犠牲を払ってでも、アーレス大陸を|守護《まも》る……今度こそ!」
百億の怨恨と千億の後悔で濡れたオリジナル・テレサの怨嗟。
彼女は猟兵を明確に敵視し、アーレス大陸を守るという強い決意の元に戦っていた。
さらに絶華はメルクリウスの主とオリジナル・テレサの否定の応酬を思い返す。
「気づいてねーとは言わせねーぞ? てめーが今乗ってるソイツこそアーレス大陸を焼いたのと同じようなもんじゃねーかボケェ!」
「対イェーガー用に作ったこのヘルストーカーは関係ない! それにエヴォルグシリーズを選んだのは人類を殲滅するのに効率がいいというだけ!」
「そーいう話しじゃねーよ! こんだけ猟兵にボコスカ殴られてもまだピンピンしてるってのが俺らと同じか以上の化け物じゃねーかって言ってんだよ!」
「私にその化け物を産み出させる理由を作ったのがあなた達でしょう!? あなた達さえいなければ……! 現れなければ……! 一度大陸を滅ぼしておいてまだ壊し足りないんですか!? まだ奪い足りないんですか!? あと一体何人殺せば気が済むんですか!?」
「殺しまくってるのはてめーだろ! 東アーレスで何十億人死んだと思ってやがる!」
「あなた達がもたらすより破滅的な破滅を避けるにはこうするしかないんです! 人がいる限りイェーガーの発生は止まらない!」
閉ざした瞼を開いてサートゥルヌスの方へと振り向く。
「さっちゃんよ、オリジナル・テレサの言葉はまだ覚えているか?」
「えっ……まぁ……それなりには……」
サートゥルヌスが目を逸らした。絶華にはそれが何か後ろめたさを抱えているように思えた。
「だからオリジナル・テレサって? 誰?」
「あぁ、コロニスは鯨の歌作戦の時にはまだいませんでしたね。彼女は――」
サートゥルヌスがかいつまんで説明している傍ら、絶華はリリエンタールの発言の記憶を辿る。
「レイテナの哀れな走狗達、それからレイテナに雇われた、かわいそうなイェーガー達に教えてあげるわ。ゼロハート・プラントの暴走は事故じゃない。人為的に起こされた人災よ」
あの時のリリエンタールの口振りに迷いの色は無かった。
確信を持つ者の声。嘘を言っていない保証は無いが、裏付けはある。
「アークレイズに乗っているあなた、テレサ型レプリカントよね? スワロウ小隊のテレサ・ゼロハート少尉。あなたの存在こそ、それの証明よ」
他の猟兵と会話を交わすスワロウ小隊に視線を流す。彼女達は間違いなくこの場に存在している。
「ゼロハート・プラントは発見された当初、暴走なんてしていなかったのよ。少なくとも何百、何千、ひょっとしたら何万体ものテレサ型レプリカントを運び出すまではね」
リリエンタールの言葉通り、そうして運び出されたからこそスワロウ小隊は存在しているはずだ。
もしもゼロハート・プラントが初めから暴走していたなら、呑気にテレサ型レプリカントを回収している暇などあり得ない。
「でもゼロハート・プラントを調査している内に、レイテナと日乃和は閃いたのよ。ゼロハート・プラントは小国家ひとつ分以上の面積を持つ、広大な大規模プラント群。これを手に入れた者は、東アーレスの王となれる。いいえ、それどころか、アーレス大陸の王にだってなれる。だからこのプラントを巡って、絶対に大きな戦いが起きるってね」
そうなる前にレイテナと日乃和はゼロハート・プラントを意図して暴走させた。
だがゼロハート・プラントの生産力が……人喰いキャバリアの勢力があまりにも強大過ぎたがために、東アーレスの諸国を弱体化させつつ共倒れを狙う目論見は外れた。
そして結果的に東アーレスを滅亡の瀬戸際に追いやった。
以上を踏まえて、オリジナル・テレサとリリエンタールの発言を照らし合わせたらどうなる?
オリジナル・テレサの言動は、人喰いキャバリアを使役しているのは自分だと言っているように解釈できる。
人類を滅ぼすのに効率が良いエヴォルグを選んだという発言からして、その線は濃厚だ。
リリエンタールは、レイテナと日乃和が事故に見せかけてゼロハート・プラントを暴走させ、人喰いキャバリアを発生させたと明言していた。
こちらは情報の出所が明確ではない。
どちらが真実なのか?
人喰いキャバリアを使役していたオリジナル・テレサの発言の方が信憑性は高いのだろうが……どちらも真実であるという可能性も否定できない。絶華は結論を出せなかった。
アスファルトを伝う振動と歩行音が近付いてくる。シリウスの一個小隊が眼の前を横切っていった
「うむ。あれもオブリビオンマシンだな」
ゼラフィウム本部に至るまでに見掛けたシリウスと同様、小隊の中にオブリビオンマシン化した個体が紛れている。
今この場でどうこう出来ることは無い。オブリビオンマシンだからといって問答無用で撃破にかかれば、他の猟兵をも巻き添えにする最悪の結果が待ち受けているに違いないからだ。
「さっちゃんところちゃんは、あの機体をよく見て覚えておくように。いつか戦うことになるぞ」
「お、おぉ……!」
珍しくまともな事を言っている我が主に、サートゥルヌスが感嘆の声を漏らす。
「ふーん、へー」
コロニスはあまり興味がなさそうだった。猟兵でなければオブリビオンマシンは認識できない。その理は神機とて変わらないらしい。
「よし! ゼラフィウムの基地内を探検するぞ!」
「ここは寒いですからね。売店を探して温かい飲み物でも……」
「その後スラム街に行く!」
「ええ!?」
絶華が短く言い切るとサートゥルヌスが悲鳴を上げた。
「グリモア猟兵があそこには汚いし危ないから近付かない方がいいって……!」
「なに、行くなら自己責任と言ってただろう?」
「言ってましたっけ……?」
「さっちゃんも道中で見ただろう!? あそこには健康を害している難民達が大勢いるのだ! ぜっちゃんチョコで救済しようではないか!」
「わ、わぁ……!」
絶対に碌なことが起きない。顔色を青くするサートゥルヌスの心境など露ほども知らずに絶華はゼラフィウム本部へ歩き出した。
「どうでもいいから中に入りたい……寒い……」
コロニスは凍えた身体を抱きかかえて絶華の足跡を追う。
結果、サートゥルヌスの予感は的中した。
バーラント機械教皇庁が設営したアーレス教会の出張所。
その真っ黒な天幕の中で、絶華の一行は正座させられていた。
「……ったく、これだからイェーガーはイヤーダーなんですよ。 あのねぇ? 人道支援の精神はとってもすんばらしぃぃぃぃ事だと思いますよ? でもね? やり方ってものがありますよね? あるんですよ。わかります? 返事は!?」
炎髪を揺らす修道女――バーラント機械教皇庁一等執行官、エクシィ・ベルンハルトと名乗った少女が怒声を飛ばす。
「はい……主様がすいません……」
サートゥルヌスが肩を竦めて頭を下げる。
「わかんない」
「解せぬ」
コロニスと絶華は怒られるようなことはしていないと、不遜な態度で抗議の意志を示す。
「傷病者にチョコドリンクを振る舞って何がいけなかったと言うのだ? 病気も怪我もたちまち回復する圧倒的なパワーのチョコドリンクだぞ?」
よせばいいのにとサートゥルヌスは開いた口を戦慄かせた。しかし絶華は反論を止めない。エクシィの据わった眼差しに影がかかる。
「それは確かに逃げたり抵抗したりする者にも飲ませたのは少しばかり強引だったかもしれな――」
「はああぁぁぁー!? 少しどころじゃないでしょーが!」
エクシィの雷が落ちた。天幕が震えるほどの声量に、サートゥルヌスばかりではなく、修道女たちも背中を跳ねさせた。
なお、修道女たちが介抱をしているのは、絶華にチョコドリンクを飲まされてあまりの味に卒倒した者達である。ただでさえ教会内は傷病者でパンク状態なのに堪ったものではない。
「挙げ句に教会にまで乗り込んできて! あなた達と違ってこっちは遊びじゃないんですよ! これアナスタシア聖下から賜った神聖な御務めですから! わかりますか!? 最後までチョコたっぷり入ってそうな頭じゃ分かんないですよねぇぇぇ!? あーあ、さっき来てたアレフくんはまだ物分りが良かったのに……やれやれやれやれやれやれ……これだからイェーガーってのは……」
「こちらも遊びではないぞ! エクシィ一等執行官とやらも我がぜっちゃんチョコドリンクを一口飲めば理解できるだろう。ほれ遠慮せずに」
「いやそういうのいいですから。余計な仕事を増やさないで貰えます? 処しますよ?」
エクシィの低い抑揚は本気の殺気を含んでいた。
なおも解せぬといった表情を崩さない絶華。
不遜な態度で成り行きを眺めているコロニス。
平謝りするサートゥルヌス。
いよいよ拳銃かナイフでも取り出してきそうなエクシィ。
アーレス教会の天幕の中の状況は悲惨だった。
大成功
🔵🔵🔵
カシム・ディーン
UC発動
疾駆する神発動
十人と本体はカシムの護衛
「ご主人サマー☆スラムの人達を助けるならもうここはあれだよね♥」
うっがぁぁぁぁ!!(絶叫
ケイトと面会
テレサが望むなら同行は許可
挨拶はするが基本的に怪我に繋がる行動は一切しない
ま…聞きたい事はシンプルだ
出来ればちゃんと正直に…隠し事無しで教えてくれるとありがたい
ゼロハートプラント…そこで何が起きたかを教えてくれ
当時のレイテナの意図もな?
腹を割って話してこそ信頼ってのも得られるもんだろ?
メルシー軍団
先ずはスラム街の清掃
糞尿はしっかりと掃除して消毒
そしてトイレも作成設置
骸は埋葬
「こんなに寒いのにくちゃいのは衛生的には危険すぎるぞ☆」
「疫病待ったなしだぞ☆」
という訳で徹底掃除洗浄
後は周辺で食べられそうな物の確保
確保出来たら炊き出し
後は怪我人病人の症状確認して出来る限りの治療
許されるならアーレス教徒達の手伝いも行う
「ボランティアは皆でやればもっと良くなるぞ☆」
後は暴走事故について知ってそうな人がいたら聞く☆
後は仮設住宅を可能な限り作成
「凍死防止だぞ☆」
●犠牲の収支
青薔薇をあしらったソーサーに乗ったカップ。
中を満たすピアノのように黒い液体が、深入りで焙煎された香りを昇らせている。
カシムはカップの縁に口を付けた。強い苦みとコクが舌の上でじんわりと広がる。鼻腔を抜けるコーヒー豆の香りは、溜息を禁じ得ないほどに豊かだった。
「お口に合いましたか?」
長机を挟んで対面するケイトが尋ねる。カシムは「ああ」と短く応じ、二口目を味わった。
「それはよかった」
ケイトは薄い微笑を口元に浮かべてコーヒーを口にする。左右の席では少女の姿に変じたメルクリウスの本体と分身体が、カップにガムシロップとミルクを大量に注いでいる。上質な黒は茶色に濁っていた。
カシムはケイトがカップをソーサーに戻すのを待ち、慎重に口を開いた。
「でだ、色々聞きたいことがあるんだが」
「はい。お答えできる範囲でよろしければ」
ケイトの語り口はゆっくりとしている。
「出来ればちゃんと正直に、隠し事無しで教えてもらえるか?」
「申し訳ありませんが、私の立場上、確約しかねます」
眉根を傾けるケイトに、カシムは正直な女だと印象を受けた。
参謀次長という立場にある彼女だ。喋れない事は幾らでも抱え込んでいるだろう。だが隠し事はしても嘘は言わない……言葉選びから、そういった人物像が垣間見える。
「腹を割って話してこそ、信頼ってのも得られるもんだろ?」
カシムはさらに踏み込む。
「私には守らなければならない規則があります。それに、人と人との信頼とは、一朝一夕で形成されるものではないことを、ディーンさんもよくご理解されていらっしゃるのでは?」
このケイトという女は胡散臭いが物腰は柔らかい。だが守るべき一線は譲らない。妖しく、柔らかく、堅い女。本音を引き出すのは難しい相手だとカシムは思えた。
「じゃあ答えられる範囲でいい。ゼロハート・プラント……あそこで何が起きたんだ?」
「既にご存知かと思われますが、生産機能の暴走です」
「ラディア共和国のリリエンタール・ブランシュ大尉から聞いた。その暴走は、レイテナと日乃和が意図して起こしたものだと。人喰いキャバリアを使って、東アーレスの諸国を疲弊させるために」
「そういった情報が市井の間でも流布されている事は承知しています」
「実際のところはどうなんだ?」
ケイトは首を横に振る。
「否定も肯定もできかねます」
「答えられないってことは認める事になるんじゃないか?」
「仮にここでディーンさんの主張を認めたとしても、私の証言を裏付ける証拠があるのでしょうか? 証拠を得るためには、ゼロハート・プラントを直接調査する必要があると認識しております。そこで何が起こったのか、判明した事実を以って返答とさせて頂きます」
カシムは双眸を細めた。狡い答え方だ。真相を知りたければゼロハート・プラントの確保に協力しろと暗に含めている。
「それで証拠を得られるって確証もなさそうだけどな」
「ですが、他に手段があるとも思えません。全ての答えは“ゼロハート大聖堂”に置き去りにされているのです」
「ゼロハート大聖堂?」
ケイトの口からカシムの耳に馴染みの無い言葉が出てきた。
「ゼロハート・プラントの制御中枢が置かれていると思われる施設。それが、ゼロハート大聖堂です。聖堂のような外観をしている事から、そのように命名したと、調査団が報告しています」
そこを目指せば僕が気になっている答えが判明するのか……途方もなく険しく遠い道のりを予感した。
「ということは、だ。調査団はそのゼロハート大聖堂に入った。つまり制御中枢にアクセスしたってわけだな?」
カシムが声で切り込む。ケイトは「はい」とあっさり応じた。
「それが暴走のきっかけになったんじゃないか?」
「先に述べた理由の通り、その質問にはお答えできかねます。ですが、テレサ型レプリカントをゼロハート・プラントの外部に持ち出すまでの間、暴走状態に陥っていなかった事は、現状が証明しています」
スワロウ小隊……テレサ達が生き証人か。そこでカシムは思い出した。鯨の歌作戦で確保されたテレサ型レプリカント――オリジナル・テレサの存在を。
「鯨の歌作戦でとっ捕まえたオリジナルのテレサについては?」
「現在調査を継続中です」
「ゼロハート・プラントを暴走させた犯人がレイテナでも日乃和でも無いっていうなら、奴が暴走の鍵を握ってるんじゃないか?」
「私達が知るテレサ型レプリカントでは無い事は事実です。ですが、現状ではそれ以上お答えできる事はありません」
知らないのか、知っていて答えないのか、追及したところでケイトの返事は変わらない。カシムは諦めを溜息にして吐き捨て、カップの中身を飲み干した。
「ゼロハート・プラントを暴走させたのが日レであれ、オリジナル・テレサであれ、あんた達にとって状況が都合よく転がったのは事実だろ? リリエンタールはそう言っていたが?」
ケイトがポットから二杯目のコーヒーを注ぐ。慣れた手付きだ。既に同じ質問攻めを受けてきたのだろう。
「人喰いキャバリアの脅威が、東アーレスに住まう人々の意志を、レイテナ・ロイヤル・ユニオンに束ねるまたとない機会となった事は認めます。しかし、今の私達が置かれた現状は、意図して望んだものではありません」
「となるとレイテナ・ロイヤル・ユニオンの結成は、ゼロハート・プラントの暴走の如何に関わらず、元から構想があったんだな?」
「はい」
東アーレスに乱立する小国家。それらを一挙に纏め上げる大いなる野心。その野心の存在を呆気なく認めたケイトに、カシムは続ける言葉を選びかねた。
「バーラント機械教国連合に対抗するため。アーレス大陸に覇道を敷くため。そして恒久的な平和のため。そうした目的のために、レイテナ・ロイヤル・ユニオンという、人々の意志を束ねる受け皿が必要だったのです。図らずもそれは、人喰いキャバリアという人類共通の敵の出現によって実現しましたが……」
「それらの目的のために、ゼロハート・プラントが必要だったと?」
「国力はプラントによって決定付けられます。ディーンさんもよくご存知かと思われますが、多くのプラントを擁する国ほど経済は潤い、兵力は強靭となります。ゼロハート・プラントほどの規模を有したプラントを手中に収める事が叶えば、それは大陸の王となる権能を得た事と同義となるでしょう」
クロムキャバリアにおいて、国家間のプラントの争奪戦は日常である。それについてどう考えているかは別として、常識であることは間違いない。
「……人喰いキャバリアとの戦いも、結局はプラントの奪い合いか」
事態は複雑に絡み合っているようで、ほぐせば一本の糸だ。ゼロハート・プラントという切欠から伸びる糸。人間同士のしがらみや国家間の思惑が複雑怪奇に見せているだけで、本質はプラントを奪い合っているという単純明快な構造なのだ。
「レイテナ・ロイヤル・ユニオンは、東アーレスに住まう全ての人々のためにあります。ゼロハート・プラントもまた、東アーレスの人々のために有効に活用されるべきと私達は考えています」
「逆に言えば、ゼロハート・プラントを手に入れなきゃ、今まで積み上げてきた犠牲の収支が付かないってか」
ケイトは沈痛に双眸を伏せ、カップを唇に寄せた。
カシムが思い返すのは、スラム街で見た大勢の難民達。彼等もまた、積み上げてきた犠牲の山の一角だ。
ゼロハート・プラントを抑えるまで、一体あとどれほどの犠牲を……骸という代価を支払う事になるのか?
もし振り向けば、きっと骸の海が広がっているのだろう。
どこまでも、果てしなく。
そう言えば……スラム街に向かわせたメルシーの分身体達は上手くやってるのか? カシムは西陽が差し込む窓に目を移す。
雪は降り止まず、ゼラフィウムを往来する車輌やキャバリアの走行音も鳴り止まない。
●公衆衛生
カシムの心配とは裏腹に、無数のメルクリウスの分身体達は、慈善活動に勤しんでいた。
「こんなに死体を野ざらしにしてたら変な病気発生待ったなしだぞ☆」
スラム街のそちこちに放置された亡骸を袋に詰め、四、五人で担いでアーレス教会の出張所が用意した火葬場に搬送する。火葬場といっても実際は平地で焼却処理するだけだ。死者への尊厳も何もあったものではないが、バーラント機械教皇庁より派遣されたエクシィ一等執行官が捧げる手向けの祈りがせめてもの救いだった。
その他の多くのメルクリウス達は清掃や土木作業に携わっている。
特に深刻な衛生環境の改善のために、この世の地獄の様相となっていた便所を埋め立て処理し、新たに建設し直す。
「こんなに寒いのにこんなにくちゃいのは衛生的に危険すぎるぞ☆」
冬場でこの臭気なのだから、夏場になれば想像するのも悍ましい状態に陥るのは明白だ。ハエの大量発生の原因となり、疫病が蔓延するに違いない。
とはいっても資材が足りない。ケイトの伝手で多少は調達できたが、肥大化しすぎたスラム街全域をカバーできるほどの量ではなかった。
止むなくアーレス教会の出張所周辺の整備を中心に進める事となった。選定の理由は、まともに機能している難民救済拠点だったからだ。
「でも水道も通ってないし下水もないぞ☆」
メルクリウス達は悩んでいた。清潔な水洗トイレの設置は非常に困難だ。それこそ大規模な都市開発でもしない限りは。
いくらメルクリウスが大勢揃っているとはいえ、少女の姿では重機の代わりにはなれないし、資材を無限に作り出すこともできない。住民、自治体、政府との折衝も必要になる。しかも難民は、法的には不法占拠者の扱いとなっているのも問題をより困難にしていた。
「VIP式トイレでも作ったらいいんじゃないですかねぇ? 知りませんけどー」
頭を悩ませているメルクリウス達の背後にエクシィの声が浴びせられた。
「お金持ち式のトイレかな?」
「絶対言うと思った。こんな汚くて臭いところにそんなの作ってどうするんです? VIP式トイレっていうのは通気改善型ピット式トイレの略ですよん」
エクシィが一冊の本を放り投げた。
「おバカな人でも簡単に扱えるんですって。ここの人らにハイテク持たせてもどーせ壊すだけですから、そーいうのがお誂え向きじゃないですかねー。知りませんけどー」
自分の仕事に戻るエクシィを他所に、メルクリウスは投げ渡された本を広げる。本はVIP式トイレに関する手順書だった。設置から運用、修理方法のみならず現地人への教育方法まで記載されている。
「ふむふむ、ちょっとの材料で簡単に作れそうだぞ☆」
「このピットって穴のことかな?」
「ピットから真っ直ぐ伸びたパイプが臭いを外に逃がしてくれるみたいだぞ☆」
「パイプの上には網を張って虫が入らないようにするんだね☆」
「ピットの中にはバクテリアがいっぱいいるんだぞ☆」
「このバクテリアが分解してくれるのかな☆」
「一つのピットで5年から10年も持つんだぞ☆」
「満杯になったピットは埋めて2年もすれば肥料になるんだって☆」
「雨水が入りこまないように注意って書いてあるぞ☆」
本を囲んで読んでいたメルクリウス達はさっそく作業に取り掛かる。
難民達が怪訝な目を注ぐ中、建築作業は人海戦術で恐るべき速度で進められた。
メルクリウス達が改善した衛生環境は、スラム街全域から見ればごく一部でしかない。だが、それで少なくない人々が救われるのも事実だ。
全体像が判然としないクロムキャバリアは、ゼラフィウムを囲うスラム街のように広く、途方もない。
そこには確実に人の営みがあり、今日まで続いている。
オブリビオンの目指す世界の滅びが人々の営みの破壊であるならば、メルクリウス達はそれに対する抗体であった。
大成功
🔵🔵🔵
防人・拓也
リベレーションゼロの通常整備でも行うか。
機体の動作確認など基本的な整備を行う。
『へぇ~、今のキャバリアってそういう風に整備しているんだ』
「(昔とは何か違うのか?)」
『機神達が整備されているところを見た事があってね。同じようなところもあれば違うところもあるかな』
「(そうなのか。まぁ、こいつは機神でも何でもないがな)」
『それよりも拓也君。お客さんが来ているみたいだよ』
そう零也とテレパシーで話をしていると、テレサが機体を眺めている事に気付く。
「どうした、少尉? 何か気になる事があったのか?」
とテレサに質問。彼女はこの機体は不思議な感じがすると言う。機神でもないのに優しい雰囲気を纏っているような感じがすると。
「…少尉。この機体の名前にある『リベレーション』という言葉には解放すると意味があってな。この機体が世界を負の連鎖から解放する…そういう願いと意味合いで名付けられたそうだ」
と解説すると、テレサは俺の方を見て貴方も似た雰囲気があると言われ、ピンと来ない俺は首を傾げるのだった。
アドリブ・連携可。
●解放者
ゼラフィウムに軒を連ねるキャバリア整備工場はどれもこれもが大規模だ。
ひとつの整備工場で一体何機ほどを収容できるのだろうか。
そこで働く大勢の整備士が忙しく動き回っている。一機の整備が終わればすぐに次の機体が運び込まれてくるので、彼らの手が休まる時間はない。
工作機械や溶接機の騒音に満たされた工場内で、拓也はキャバリアハンガーに聳立するリベレーションゼロを見上げていた。天井に等間隔で吊るされた照明が目に痛い。
各部にホースやコードを繋がれたリベレーションゼロには、装甲のあちこちに傷や焦げた痕跡が見受けられる。東アーレス解放戦線、リリエンタール・ブランシュ率いるスティーズ中隊との交戦で受けた名誉の負傷だ。
「装甲の修理はME社に持ち込まなければ無理だな……」
腕を組んで呟く。
サイコゼロフレームもβネオキャバリニウム合金もレイテナでは生産されていない。どちらもマイティ・エレクトロニクス社秘伝の製法の貴重な装甲材である。ここで出来る……雇用主負担で受けられるサービスは推進剤とビーム兵器のEパックの補給までだ。
『へぇ~、今のキャバリアってこういう風に整備しているんだ?』
頭蓋の中で零也の声が反響した。どうにもこの旧文明時代の亡霊は人の頭の中に勝手に住み着いているらしい。あまつさえ目も勝手に使っている。肉体の持ち主の許可も得ずに。
「昔とは何か違うのか?」
拓也は頭の中の不法入居者に声無き声で問う。この会話方法に慣れて久しいが、あまり好ましくなかった。自分の思考を覗かれているようで不愉快だからだ。
『機械神達が整備されているところを見た事があってね。ちょっと違うところもあるかな』
「どう違ったんだ?」
『基本は変わらないよ。機械神とは呼ばれているけれど、結局はキャバリアだからね。でも機械神の整備や修理は儀式的というかな? 専用の神殿で、神官達が機械神を讃える詩を詠みながら行われていたのが印象的だったね』
「毎回そんな事をされていたら、余計な作業が増えて堪ったものではないな」
祭壇に祀り上げられているリベレーションゼロを想像した拓也は、自機が宗教的な象徴を持つキャバリアで無くてよかったと少しばかり安堵した。
そしてアラムの手に落ちた三機の巨神の顔を思い返す。彼女達は今頃どうしているのだろうか。いずれ必ず救い出さなければ――。
『拓也君、右からお客さんが来てるみたいだよ』
そちらへと首を向ける。するとテレサが物珍しそうな様子でリベレーションゼロを見上げていた。
「どうした、その……コールサインは?」
拓也はどう呼んだものかと躊躇した。彼女は何番目の隊員だ? スワロウ小隊は全員が同じテレサ・ゼロハートという名前で、しかも容姿が皆が皆完全に同じ。性格や口調まで同じなので見分けが付かない。
「えっ? あ、スワロウ03です。テレサで大丈夫です。私達は全員同じテレサ型レプリカントですから」
テレサは眉宇を傾けてはにかんだ。
「そうか。テレサ少尉はリベレーションゼロに何か気になる事でも?」
「はい。サイコ・ドローンを搭載しているキャバリアはあまり見掛けないので、ちょっと珍しいなって」
「サイコ・ドローン?」
「背中のフィンです。あれが動いている時、脳量子波を感じたので」
テレサがリベレーションゼロの背部ラックを指差す。左右にそれぞれ三基接続したフィンは、射出するとコの字に変形し、遠隔操作が可能な多目的機動端末となる。端末間でビームバリアも展開可能だ。状況によって応用が効く兵装である。
「フィン・ファンネルのことか。レイテナの機体には、ああいった装備を持つキャバリアはいないのか?」
「あるにはありますけど、あまり見ないですね」
「テレサ少尉は使わないのか? 脳量子波を感知したということは、サイコ・コミュニケーターへの適性は持っているんだろう?」
「使えないことはないと思いますけど……ミサイルで十分かなって……それに高価な装備なので、たぶん申請しても許可されないんじゃないかと……」
「まあ、確かにな」
拓也は改めてリベレーションゼロのファンネルラックに目をやった。
敵機を追い回したいだけならミサイルで十分。複雑な機能を内蔵しているため一基辺りのコストも高い。数を揃える必要のあるイカルガには無用の長物なのかも知れない。
「でも、イェーガーのキャバリアには、こういう装備が必要なんですね。難しい状況で、強くて大きな敵と戦わなきゃいけないから……」
リベレーションゼロに向けたテレサの呟きは、言外に含んだ意味を持っているように聞こえた。
「このリベレーションゼロも、他のイェーガーのキャバリアと同じような雰囲気がするんです。なにか使命を持って作られたような……」
「使命を持って作られた……か……」
テレサの言葉を反芻する。使命――その響きが、ME社の設計開発担当者から聞かされた話を思い出させた。
「カメリア語で『リベレーション』という言葉には、解放すると意味があってな。世界を負の連鎖から解放するキャバリアとなってほしい……そういう願いを籠めて名付けられたそうだ」
東アーレス解放戦線と交戦した後では質の悪い冗談に聞こえたか? 言葉選びに少しばかりの後悔を覚えた拓也は横目を送る。テレサはリベレーションゼロをずっと見上げていた。
「そうなんですか……確かにこの機体とあなたのイェーガーの力があれば、人喰いキャバリアから東アーレスを解放できるかもしれませんね。きっと」
「そう単純に解放できれば苦労も無いがな」
あまり期待を掛けられても困る。肩に乗った重いものを感じた拓也は、鼻から深い息を抜いた。
キャバリアハンガーに聳立するリベレーションゼロのツインアイは、黙して遠くを見詰めているようだった。
大成功
🔵🔵🔵
ガル・ディール
まずは補給です
とにかく補給です
糧食と飲料水を、消費期限間近の処分寸前のものでも構いませんので、なるべく多く供与いただけると嬉しいです
全て残さず美味しく頂きます
難民に供与されることもなく廃棄される予定でしたら尚更、無駄にするのは許されないと考えます
私の機体で要塞内を自由に動き回ってはトラブルになりかねませんし、補給中でもありますから移動はしません
ここで補給や整備に携わる方々と色々お話できればと思います
互いに守秘義務がありますから、任務に関することではなく、最近の生活や要塞周辺の時事についてお聞きしたいです
勿論、私に供与いただいた糧食についても、メニューの人気や不人気、改良や変化の話なども聞けたら良いですね
純粋な興味もありますが、このような話から推測できる軍や地域の事情もあるので
今後の任務に少しでも役立ちそうな情報は、他の猟兵にも全て共有します
……これ、凄く美味しかったのですが、おかわりいただけないでしょうか?
●デンジャラス・レーション
キャバリア整備工場は、言及するまでもなくキャバリアの修理や補給を行う施設である。
その為に必要なありとあらゆる機材と設備が揃っており、専門の教育を受けた整備士が実務に携わっている。
一定の間隔を開けて設けられたキャバリアハンガーの殆どでは、シリウスを初めとするキャバリアが傷の補修を受けていた。
その内の一つを、キャバリアとは異なる兵科の機動兵器が占有している。
下半身は海洋生物の尾びれと鳥類を合体させたような形状の空戦ユニット。
上半身はパイロットスーツ、或いは耐Gスーツと思わしき装備を纏った少女の姿。
航空戦用レプリカントのガルは、飛行ユニットに推進剤を補給する一方、レプリカントの身の方では水分とカロリーの補給を行っていた。
東アーレス解放戦線と、リリエンタール・ブランシュ大尉率いるスティーズ中隊との交戦で、機体も身体も大きな消耗を強いられた。相当な量の補給を受けなくてはならない。
幸いにも、補給にかかる費用は依頼主のケイト・マインド参謀次長が負担してくれる。ガルとしては厚意を有り難く受け取り、存分に補給を行うつもりだった。
「ありゃあパワードスーツの類いかねぇ……?」
自分に奇異な目を向ける整備士の存在など知らず、ガルはボトルの水を一気に飲み干す。
周りに積み上げられているのは飲料水や戦闘糧食の数々。Bレーションと記載されたパッケージの一つを手に取り、開封して中身を広げた。
中身の構成はデミグラスソースのハンバーグを主菜にクラッカー、キノコと野菜のアヒージョ、レバーペースト、フルーツジャム、粉末ジュースとコーヒー。サプリメントも入っている。
付属のヒートパックに入れて温めるのが本来の食べ方だが、ガルは封を切ってすぐに齧り始めた。
「あの子ヒートパックの使い方知らないんじゃないの?」
整備士の囁きはガルにも聞こえていた。けれど使い方を知らない訳ではない。今はとにかく効率よく補給するために、温めている時間が惜しかった。
ハンバーグはトマトの酸味がよく染みている。アヒージョはかなり脂っこい。レバーペーストは塩気が強かった。味のしないクラッカーに付けて食べれば丁度よい。ジャムはブルーベリーとオレンジの二種類で、人工甘味料の風味が強い。水に溶かして飲んだジュースはケミカルなグレープ味だった。コーヒーは苦いばかりで旨味が薄い。錠剤のサプリメントまで飲み終えると、次のパッケージを掴んだ。
「あー……嬢ちゃん、そいつはおすすめせんな」
年配の整備士に掛けられた声にガルは首を傾げた。
「それDレーションでしょ? 美味しくないわよ?」
他の整備士達も心配そうな顔で覗き込んでくる。
ガルはダークブラウンのパッケージをまじまじと眺めると封を切った。
「いいえ、全て美味しくいただきます」
「わざわざ食わんでもええだろうに」
ガルは物珍しそうな視線、或いは危なげな視線を注がれる中、パッケージの中身を確認した。
メニューはさきほどのBレーションと大差無いようだが、主菜が豆と肉を煮たものに変わっている。チョコレートバーも入っていた。
まずは主菜を口にする。刺々しい酸味とスライムのような粘り気のある食感が口の中を不快にした。しかしガルは表情を変えずに黙々と腹に詰める。味や食感は二の次。無償で供与されているのだから、補給できるだけありがたく補給させてもらう。
口腔内をコーヒーと言う名の黒くて苦い液体でリセットすると、チョコレートバーを開封した。
「やめときなさい。歯が折れるぞ?」
さきほどの年配の整備士が渋い顔で警告してくる。ガルは整備士の顔とチョコレートバーを交互に見比べると、黒い四角柱に前歯で齧りついた。
硬い。キャバリアの装甲のように硬い。
食べるよりレールガンの弾体として発射した方が役立ちそうなレベルに硬い。
だがガルは頑張った。なんとか噛み砕いて咀嚼する。
不味い。
味のない古くなった芋のような味がする。
「よく食えるなぁ……」
作業着姿の観衆に見守られる中、ガルは一本丸々を完食してみせた。
硬い不味いで褒められたところなど無いと思ったが、一本食べただけでかなりのエネルギーを摂取できたように思えた。視野の中のインタフェース上では600キロカロリーの数値が表示されている。
「歯、大丈夫なの?」
心配そうに尋ねてくる整備士にガルは「問題ありません」と至極平然に応じた。
「Dレーションとは、評判が悪いのですか?」
ガルが尋ね返すと皆が一様に渋い顔を横に振る。
「悪いってもんじゃねえ」
「DレーションのDはデンジャラスのDですよ」
「ありゃバーラントの秘密兵器さ」
「人喰いキャバリアもあれだけは食べないんだよ」
「豆と肉の煮物は酸っぱくてネチャネチャしてるし」
「ゲロ食ってる気分なんだよなぁ……」
「知ってる? あんたが食べたチョコバーって敵に投げつける武器なんだよ?」
「あれの角に頭をぶつけて死んだ奴がいるって聞いたぜ」
「こいつを噛めたならキャバリアだって噛み砕けるんじゃないか?」
「蒸した芋をそのまま食ってる方がマシだね」
散々であった。誰一人として評価する者はいない。
カロリー効率は良いらしいが、硬いし不味いしで食べられなければ意味がない。非難の理由はガルにも分からないでもなかった。
「では、逆に評価の高いレーションはどれなのでしょうか?」
「Bかな? あのハンバーグは美味いね」
「チキンの照り焼きが入ってるAレーションも悪くない」
「魚派だからCだな。あのサーモンの煮付けはビールに合う」
「まあ……日乃和のレーションに比べたらどれも大差ないと思うけど……」
「日乃和が美味すぎるだけなんだよ」
Dレーションが別次元に不評なだけで、他のレーションのメニューの評価はそれなりといったところらしい。
特にBレーションはガル自身にしても良好な食感と味わいだった。温めてから食べれば、本来想定された味を楽しめたのだろうか。
「うちの軍はレーションにあんまり金を掛けんからなぁ……」
年配の整備士が腕を組んで天井を仰ぎ見る。ヘルメットで見えなかったが、額に古い切り傷が浮かんでいた。窪んだ双眸と鋭い眼差しから、かつては前線に居た兵士であった背景が窺える。
「レイテナ軍は戦闘糧食の改良に消極的なのですか?」
ガルの質問に「金がないんだとよ」と誰かが即答した。
「国をデカくしすぎて首が回らなくなったんだ」
「多くのプラントが人喰いキャバリアに奪われたまんまだし」
「キャバリアや兵員の調達が最優先。飯はその次。難民の問題なんて蚊帳の外さ」
ガルは彼らの声からこの世界を取り巻く情勢、そして仕組みを垣間見た。
東アーレスを束ねる国家連合体、レイテナ・ロイヤル・ユニオン。
肥大化した統治機構を養っていくには、膨大な経済力と軍事力が必要となる。
そして拡大し過ぎた戦線を維持するために、兵器と人を費やし続けなければならない。
そのためにはプラントも勿論だが、物と人を送り届ける兵站のネットワークが必要だ。
しかし殲禍炎剣によって広域通信網が喪失している現代、それを維持し続けるのは困難を極める。
クロムキャバリアで小国家が乱立し、大規模な国家が少ない理由が、そこにあるのかも知れない。
国が一定以上の規模まで膨らむと、物流という血管が詰まってシステムが機能不全を起こし始める。それでも強引に規模を膨らませようとすれば……レイテナ・ロイヤル・ユニオンのように首が回らなくなる。
すると多くの人々を切り捨てる必要に迫られたり、東アーレス解放戦線のような反体制派を生み出し、最終的には緩やかな分裂か破滅の道を辿ってゆく。
これが、いまのクロムキャバリアの世界の常態を構成している理由なのでは?
ガルは手にしたBレーションのパッケージを見詰めながら思案を巡らせた。
「……これ、凄く美味しかったのですが、おかわりいただけないでしょうか?」
世界情勢は兎も角、このBレーションは美味かった。
今回知り得たレイテナ製の戦闘糧食の情報は、他の猟兵にも共有する必要があるかも知れない。
Dレーションのチョコレートバーは危険だという点については特に。
大成功
🔵🔵🔵
露木・鬼燈
自由時間!
契約通りにお仕事は終えたので僕は自由!
なので栞奈ちゃんとかと遊んでもいいのですが…
まぁ、向こうは自由時間とはいかないよねー正規の軍人だしね
んー、することもないので素直に帰ってもいいのですが…
まだ薄っすらとしたものだけど闘争のにおいがするからなー
このあたりが戦場になりそうな予感もあるので地理の把握でもしておこうかな
僕って真面目!
とゆーことで…敢えて非推奨なスラム街へいってみよー
治安が悪くて衛生状態も良くない?
そんなの猟兵ならへーきへーき
衛生面は猟兵用の宇宙服なんてものあるからね
宇宙服を地上でも着たっていいじゃない!
そして治安面は化身鎧装<影猫>で影に潜って活動すればヨシッ!
なんか不快なものも見そうな気もするんだけどね
まぁ、状況次第では介入してもいいかもね
僕は戦闘時は除いて非戦闘員の女子供にはやさしいのでね
猟兵の介入とはわからないように処理するなら問題ないと思うのです
影に引きずり込んで呪詛に食わせれば行方不明者が出るだけなので
多分スラム街ではよくあることっぽい!
●影討
アポイタカラを整備工場に預けてきた鬼燈は凝った背中を伸ばした。
「んー……! 暇になったっぽい!」
ケイト参謀次長が報酬支払いの事務手続きを終え、アポイタカラの補給が終わるまでやることがない。前者は後からグリモア猟兵伝手に受け取ればいいが、後者は置き去りにして帰るわけにもいかない。
懐から携帯端末を取り出して時間を確認する。丁度日が沈み始める時間帯だ。雪を降ろす西の曇天に緋色が滲み出していた。
「イーストガード海軍基地には……ここからじゃ電波が届かないよね」
暇つぶしに栞奈の連絡先に電話を掛けてみたが、圏外の音声が虚しく流れるだけだった。
殲禍炎剣によって広域通信網が断絶されたこの世界では、街を一つ分離れただけでも連絡が付かなくなる。
「イーストガード基地に戻るのはちょっと時間が掛かりすぎるよねぇ」
南の空を眺めながら栞奈の顔を思い浮かべる。
栞奈は今頃どこで何をしているのだろうか。
鯨の歌作戦はとっくに終わった。派遣されていた日乃和艦隊は、日レ間で交わされた契約を満了している。いずれは栞奈達は日乃和に帰る運びになるはずだ。しかし暫く前に小口の依頼を受けた際には、那琴や伊尾奈らと共に、まだ東アーレス半島で軍務に当たっていた。栞奈達の帰国には、まだまだ時間がかかりそうだ。
「まぁ、栞奈ちゃんの方は正規の軍人だし、遊んでる時間もなさそうだよね」
足下に落ちる長大な影に気が付いて振り返る。鋼鉄の神殿たるゼラフィウムの本部……その中央に聳え立つ巨塔が、無言の威圧感を放ちながら一帯を睥睨している。
本部を取り囲む分厚い城壁は、工業区画からでも確認できるほどに背が高い。
城壁の上に設置された連装砲台やランチャーが四六時中目を光らせている。見張りに立つキャバリアの姿も確認できた。
不意に車のエンジン音が聞こえてきた。首を音の元へ向けると、眩しいヘッドライトを灯した大型トラックが工場から出てきた。荷台にはシリウスを仰向けに寝かせている。
トラックは鬼燈の眼の前の道路を通過し、ゼラフィウムの外の方角へ走っていった。
「うーん……闘争の匂いがするなー」
直感ばかりが根拠ではない。いま通り過ぎていったトラックが積載していたシリウスは、オブリビオンマシン化を遂げていた。
オブリビオンマシンがいる所では必ず戦闘が起こる。
それがいつになるかは判然としないにしろ、ゼラフィウムのどこかで……或いは全域が戦場になる可能性は限りなく確定事項に近い。そして戦闘が起きればきっと依頼の公募がある。
「前もって地理を把握しておこうかな」
敵が内部から出現するにしろ、外部から襲来するにしろ、ゼラフィウムがどういった全体像を有しているのか、改めて確認する必要性を感じた。
鬼燈は護衛していた輸送車輌が来た道を辿って歩き出す。
ゼラフィウムは広い。戻って来る頃にはケイトの事務手続きも、アポイタカラの補給も終わっているだろう。
工業区画を抜けると検問所を兼ねた基地施設がある。
ゼラフィウム本部のものほどではないが、頑丈そうな城壁が工業地区を取り囲んでいた。
基地に配備されている機体はグレイルやシリウス、それにギムレウスにアダタラといった機体だ。
敵が襲来してきた際には、この基地の付近に砲撃陣地を構築する手筈となっているのだろう。
検問所のゲートを抜けた先には穀倉地帯が広がっていた。
穀物ばかりではなく様々な作物の栽培や畜産が行われているらしい。
都市国家ひとつ分の規模を持つ戦略軍事要塞となると、プラントだけでは食糧の供給をまかないきれないようだ。工業区画と並ぶ兵站の生命線である事も間違いない。
等間隔で建設された風力発電機も、プラントの補助として電力を供給していると思われる。
あちこちに聳立する分厚いコンクリートの壁は、ここでの戦闘が発生する事を想定して設置された遮蔽物であろう。補給コンテナと思しき四角柱の存在も、その想定を強調した。
穀倉地帯は食糧の供給元であるのと同時に、迎撃区画でもあるようだ。
真っ直ぐに伸びる道路を進んで行くと、またしても検問所兼基地施設にぶつかった。
身分証代わりに胸に付けていた|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》の勲章を見た警備兵が、あっさりとゲートを開いてくれた。
ここからは商業区と居住区だ。
街並みはクロムキャバリアの世界全体の水準と比較しても高度に発展している。
綺羅びやかな商店に行き交う人々。往来する車輌。
ここが人喰いキャバリアとの戦いの基盤を支える重要な軍事拠点であることを忘れてしまいそうだ。
「ユニオン政府は真実を公表しろー!」
場に不相応な、穏やかではない声が上がった。鬼燈は後ろを振り返った。
通ってきたゲートの前に人集りが出来ている。それぞれがプラカードを掲げ、声を荒げていた。
「人喰いキャバリアの暴走は日レ政府の自作自演だー!」
「核兵器の投入による焦土作戦を決定したユニオン政府を許すなー!」
「ラディア共和国を始めとする、焦土作戦に巻き込まれた国家の再建と賠償の責任を果たせー!」
つい先刻どこかで聞いたような内容を市民団体が叫んでいる。
警備に当たる兵士達は、小銃を下げたまま微動だにしない。
様子からして、今日始まった光景ではない事を鬼燈は察した。
「もう闘争は始まってるっぽい?」
これもオブリビオンマシンの破滅的思想とやらの仕業の一端なのか? はたまた人間同士の問題なのか?
どちらにしても今の鬼燈は関わりたくなかった。彼らの怒声を背中で聞き流しながら更に外縁部を目指す。
検問所を兼ねた基地。その先に広がる穀倉地帯。これらは区画の間でセットとなっている。基地の頭脳である本部を守るために、二重三重の防御線が敷かれているのだ。
これなら相当数の人喰いキャバリアが攻めてきたとしても跳ね返せそうなものだが――。
「|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》、この先はゼラフィウムの外ですよ?」
「ん?」
勲章をパスにゲートを解放してもらえると思ったが呼び止められた。
「ここから向こうはスラム街じゃないっぽい?」
「そうですが……ゼラフィウムの敷地じゃありません。城壁で守られてる訳でもないですし、危険ですよ?」
「ふーん?」
城壁が無い。
つまり人喰いキャバリアの襲来に対して、スラム街は裸も同然なのだ。
人喰いキャバリアが襲来した際には真っ先に被害を受ける場所。
しかも大勢の難民が押し寄せて街を形成している。
「おまけに変な病気も流行ってますし、犯罪者の温床にもなってます。行ってもいいことなんてありませんよ?」
「へーきへーき。ちょっと見学してくるだけだから、通して欲しいのですよ」
警備兵達は互いに顔を見合わせて肩を竦めた。すると程なくして分厚い鋼鉄の門が重低音と共に左右に割れた。門は人が一人通れる程度しか開かれていない。
「通ったらすぐ閉めますので。くれぐれも気をつけてくださいよ」
「ほい」
鬼燈は門を潜った。
途端に空気の変化を五感で感じ取った。
スペースシップワールド製の超極薄透明宇宙服越しにでも感じる、淀んだ空気。
綺羅びやかですらあった商業区や居住区とは真逆の、汚く見すぼらしい街並み。
街と呼べるものではない。ガラクタを集めて作ったと思われる小屋や、ボロ布を継ぎ接ぎにしたテントが道の左右を埋め尽くしている。
「なるほど、確かに近付かない方が良さそうっぽい」
視覚でも饐えた臭いが感じ取れそうな腐った吹き溜まり。
そこへ一歩踏み出した瞬間だった。すぐ横の小屋から数人の人影が飛び出してきた。
鬼燈は条件反射で身構えるも、飛び出してきた者達は鬼燈に一瞥もくれずに閉じる寸前の門へと走ってゆく。
「お前たち! 止まれ!」
警備兵が横にした銃で抑えにかかる。
「離して! 私はあっちに行くの!」
「お願いします! せめて娘だけでも!」
「もう人喰いキャバリアに怯えるのは嫌だ! 壁の中に入れてくれ!」
難民達は激しく抵抗して警備兵を押し退けようとする。
「だめだ! お前たちにはゼラフィウムの滞在許可は与えられていない!」
「元々私達はゼラフィウムの市民だったのよ!? それをレイテナに追い出されたから!」
押し合う警備兵と難民。鬼燈は呆然として眺めていると、ガラスの割れる音がした。直後に警備兵の傍で火の手が上がる。運悪く火元に足を踏み入れてしまった警備兵がたちまち火に巻かれ、悲鳴を上げて地面を転がる。
「こいつら火炎瓶を!?」
「HQ! 直ちに発砲許可を求む!」
『了解! 発砲を許可する!』
警備兵が小銃を構えた。フラッシュハイダーが瞬く。頭や腹から血飛沫を撒き散らして倒れる難民達。門の監視塔から数人の警備兵が駆け付け、火達磨になる寸前の警備兵に消火器を噴霧する。
「HQ! 一名負傷! 火傷を負っている! 意識はあるが急ぎ処置を求む!」
『了解。直ちに医務室へ搬送せよ』
苦しげに呻く警備兵に二人の警備兵が肩を貸して監視塔へと入ってゆく。
残った警備兵達は、動かなくなった難民達の身体を銃の先端や足で転がし、仰向けにした。
「あーらら、怖い場所なのですよ」
死亡を確認する警備兵達の様子に鬼燈は両眉を上げた。
難民の遺体は黒い袋に詰められて、道端へと移動させられた。
「アーレス教徒達がまたその内回収しに来るだろう……」
警備兵の手際の良さと発言からして、いまの惨状は日常的に繰り返されている――そう察した鬼燈は、死体袋を一瞥してから歩き出した。
「コソコソしてた方がいいっぽい?」
厄介事の気配を察知した鬼燈は、ふらりと路地に身体を流す。そしてユーベルコードで喚び出した外骨格を身に纏い、影の中へと沈み込んでいった。
腐った肉と血の臭気。
天井、壁、床の赤黒い染みが、ぶらさげられたランプによって薄暗闇に浮かび上がった。
小屋の中央に置かれた長方形のテーブル。
その上にロープで何重にも拘束された少女が、必死の形相で悲鳴を上げようとしていた。
だが「んー! んー!」と弱々しい声にしかならない。頭もロープによって固定され、口には布を詰め込まれていたからだ。
「こいつは久々に上物が手に入った」
髭を生やした大柄な男が、小屋の暗闇から滲み出るようにして現れる。掛けたエプロンは赤黒い飛沫で染みだらけとなっており、手にしたノコギリがランプの光を反射して輝いた。
「おめぇさんみたいな若い娘の内臓は、とびきり高く売れるんだ。手足も変態どもが良い値段を付けてくれる」
少女は顔を絶望と恐怖で蒼白に染め、目尻から涙を滝のように流す。拘束を解こうと身体を動かすが、テーブルの足が音を鳴らすだけだった。
「悪く思うなよ。こっちも家族の生活がかかってるんでな。なるべく痛くないようにしてやるから……」
少女の喉元にノコギリの刃が触れた。
「ぬおっ?」
直後、男が水没するかのようにして床に飲み込まれた。
少女は何が起こったのかまるで理解できず、目を見開いたまま声を失う。
腐った血肉の臭いで満ちた小屋の中を静寂が支配する。
男が突如として消えてから少し経過した後、床に広がる影の中から赤い髪の鬼が姿を現した。
再び恐慌に駆られてもがこうとする少女。赤髪の鬼は少女を見下ろしながらテイルブレードを揺らす。
刃が風を切った。少女は目をきつく瞑る。
一拍遅れて少女の身体が五等分に――される事もなく、身体を縛るロープだけが音もなく切断された。
「もう大丈夫っぽい」
さきほどの男とは全く違う、穏やかな声音に、少女は恐る恐る目を開く。
赤髪の鬼……鬼燈が少女の顔を覗き込んでいた。
少女は拘束が解かれている事に気が付いた。上体を起こして両手を見詰める。
「あなた……助けて……くれたの?」
震える声に、鬼燈の首は横にも縦にも動かなかった。
「僕は女子供には優しいのでね」
鬼燈はごく平然と言ってのける。ようやく状況を理解できたらしい少女が安堵の息を吐き出し、テーブルから降りた。
「あの、ありがとう……でも、お礼なんてなにも……」
「じゃあ僕に会ったことは誰にも言わないこと。今日の出来事は忘れること。約束できるっぽい?」
声を失った少女は瞳を戦慄かせて何度も頷いた。
「それならいいのですよ。さ、早くどっかに行くっぽい。ここは特に空気が良くないからね」
鬼燈が手を振ると、少女はじっと目を合わせながら一歩二歩と後ろに下がり、振り向いて小屋の外へと走り出した。
「こういうの、スラム街ではよくあることっぽい?」
グリモア猟兵から聞かされていた、治安が悪いという情報に間違いはないらしい。
ランプの光が明滅して一瞬だけ真っ暗になった瞬間、もう鬼燈の気配はどこにもなかった。
その日を堺に、暗い業界ではそれなりに名の知れた臓器売買業者の男が姿を消した。
男が消えてから数週間以上経過しても行方は誰も知らず、死体も見付かっていない。
小屋の中には今も、ノコギリだけが転がっている。
大成功
🔵🔵🔵
菫宮・理緒
【箱庭】
確かにまだ動いてないうちに叩いたほうがいい気もするけど、
予知から外れるとなにか問題が出るってことなのかな?
まぁ、悪さしだしたらまたくればいいってことにしておこう。
え?
ファルさん今日はへそ見の日なの?
それじゃわたしは……。
っていや、錫華さんもだけど、アミシアさんの声が怖いから!?
スラムは……みんながいいならいいよ。
そのかわり、あぶなそうな人来たら守ってね。わたし物理は弱いよ!
ファルさんなにこれ、ドラゴン!?護衛!?
アームドフォートなんだ!……ね、これバラしても……。
『おねーちゃん。楽しそうだからってすぐそういうことしない』
あっ、はい。ではでは借りちゃうね。
『希』ちゃん、いざというときはよろしく!
まぁ、錫華さんとファルさんのほうが襲われ確率は高いと思うんだけど、ねー。
……襲った方が危ない気もするけど(笑
さて。せっかく行くならなにかしたいけどー……直接は問題になりそうだし、
実情をレイテナに報告するくらいにしようかな。
あとなにか役立ちそうなものとか人とかいたら、チェックしておこう。
支倉・錫華
【箱庭】
んー。
起動前に叩いちゃうと、問題になっちゃうとかじゃないかな。
ヘタしたら|猟兵《わたしたち》がテロリストの疑いとかけられるかもだし。
……。(無言&ジト目でファルさん見つめ)
『錫華、ここは実体化してツッコむべきでしょうか』
アミシア、刃物はツッコミに入らないからね?
え?スラム?
構わないけどなにか気になることでも?
ああ、『天邪鬼』ね。なら行ってみようか。
理緒さんはほら……襲われのスペシャリストだから……。
『希』ちゃん主導で護衛できるならなんとかなるか。やり過ぎないでね?
それとファルさんはなにを言ってるのかな?
常人どころか猟兵にも見えないなにかが見えてる?
あと、性癖に問題あるの、|ヘタレ兄妹《あなたたち》くらいだからね?
わたしと理緒さんはノーマルだよ。
まぁどんな性癖でも襲われてあげる気はないけど。
ファルさんの言ってることは解るんだけど……。
いきなりシリアスになると場が混乱するよ?
それに、わたしたちに怨みを向けてくるのはいいんだけど、それは力になるのかな。
変な力にならないといいんだけど。
ファルシータ・フィラ
【箱庭】
ふむ、オブリビオンマシン化してるなら
今此処で叩くべきだと思うのですが……
グリモアの予知から外れるべきではない、か
何をしているのでしょうねわたくし達は
仕方ありません
では錫華お義姉様のおへそを拝観して癒しを
アッ冷たいマナザシ
んーそれならスラムの方へ行きたいのですが
よろしいでしょうかお義姉様?
いえ、特段何かがしたいわけではないのですが
そうですわね
きっとフィラお兄様みたいに天邪鬼をしたくなったのですわ
えーと、理緒さんはどうします?
護衛ならわたくしのペット(ドラゴン)のカリーノを預けますが
いざという時はアームドフォートに戻して
希さんにコントロールしてもらえれば
お義姉様はおへそで周囲を魅了すれば問題ありません
真面目な話、どの性癖から何が起こってもお義姉様が
一般人に負ける未来が見えません
さて、と
此処のスラムはおよそ人が生きる環境ではない
でもここで生きる『人』がいるならば
わたくし達は目をそらしてはいけないような気がするのです
怨嗟も生きる力となるならば
その的になりましょう
不埒な輩がいたら潰します
●流行り病
シリウスは最新鋭の量産型キャバリアである。
設計開発元はレイテナ・ロイヤル・ユニオンの国有重工メーカー、ロイヤル・アーマメンツ社。
生産されて間もないにも関わらず、ゼラフィウムには既に相当数が配備されている。
「ふむ? あちらのシリウスもオブリビオンマシン化しておりますね?」
ファルシータは滑走路に進入したシリウスの動きを目で追う。降り積もった雪を吹き飛ばしながらランディングしたその機体に、猟兵としての本能が警鐘を鳴らす。あれは倒すべき敵だと。
全てが全てではないが、ゼラフィウムで稼働しているシリウスの内、オブリビオンマシン化を遂げている数は決して少なくない。
「今此処で叩くべきだと思うのですが……?」
ファルシータに目で尋ねられた理緒は、視線を上げて口に人差し指を添える。
「んー……猟兵としては確かにそうなんだけど、今叩いたら絶対まずいことになるよね?」
「レイテナと敵対することになっちゃうからね」
錫華がさも当然と呟くが、ファルシータは納得しかねる表情を作った。
「先方に事情を説明すればよろしいのでは?」
錫華は首を横に振る。
「たぶん無駄じゃないかな。猟兵じゃないとオブリビオンマシンは認識できないし」
「ですが実際にそこに存在しておりますよ?」
ファルシータの問いに理緒は頭を傾けた。
「でも猟兵じゃない人達に存在を証明する手段がないから……人の心をおかしくする仕組みだって解明されてるわけじゃないし……」
理緒の言葉に、錫華は肯定の意味を込めてファルシータへ横目を送る。
「頭にアルミホイルを巻いてるタイプの人だと思われるのがオチだよ。ヘタしたら、わたし達どころか、猟兵全員がどこかの国のスパイの疑いを掛けられちゃうかもだし」
「予知にも引っかかってなかったらしいから、今回は様子見ってことにしておこう? 予知の内容から外れたことをすると、もしかしたら状況が変な方向に転がっちゃうかも?」
錫華と理緒の言葉を咀嚼しながら、ファルシータは駐機場へと進むシリウスを見送った。
「グリモアの予知から外れるべきではない……ですか」
シリウスは誘導員の指示に従って歩いてゆく。決して誘導から外れる事なく。
「わたくし達はなにをしているのでしょうね?」
「なにって?」
含む意味を察しかねた理緒が問う。
「オブリビオンを駆逐するのがわたくし達の使命ですけど、それはグリモア猟兵の予知に従って行うことですもの。世界のためではなく、グリモア猟兵のために戦っている……戦わされているような気がしないでもありません」
「でもわたし達には自分の意志で依頼を選ぶ権利がある。それって戦わされてるんじゃなくて戦ってる理由にならないかな?」
錫華にファルシータは沈黙を伴う瞑目で応じた。
この依頼に参加する事を選んだのは紛れもなく自分自身だ。錫華の言う通りではある。だが承服し難いわだかまりが腹の中に居座っている。
「私も依頼を出すけど、みんなに戦わせてるつもりはないよ? 戦ってもらってる感覚に近いかも?」
理緒は眉宇を八の字に傾けて力なく笑った。
予知で知り得たオブリビオンの蠢動を止めるため、グリモア猟兵である理緒は時に猟兵を送り出す側となる。
グリモアの転送門を開けば、門を維持し続ける事に専念しなければならないため、自分は戦えない。それで歯痒い思いをした経験が無いかと聞かれれば、一度も無いとは答えられない。
「理緒さんが仰られるならそうなのでしょうね」
一番近い距離にいるグリモア猟兵が言うなら、実際そうなのだろう。送り出す側と送り出される側で、それぞれに抱く思いがある。ファルシータは理緒の言葉を一区切りとして己を納得させた。
「では錫華お義姉様のおへそを拝観して癒しを」
「急に話が飛んだね? そんなに錫華さんのおへそが好きなの?」
文脈の無さに戸惑う理緒を他所に、ファルシータは錫華の艶めかしい腰を凝視した。
錫華は冷めた目付きでファルシータを睨む。
「あっ氷のようなアザラシ……じゃなかった、眼差しに無言のプレッシャー! 堪りませんわ!」
ファルシータは背筋が震え上がる感覚を味わった。勝手に悶え始めそうな身体を抱きしめる。
『錫華、ここは実体化してツッコむべきでしょうか』
浮かび上がったアミシアの立体映像は出刃包丁を握っていた。
「アミシアさん声怖いよ!?」
どういうつもりにせよ、理緒の耳には冗談には聞こえなかった。
「アミシア、刃物を突っ込むと普通の人間は死んじゃうから」
錫華に一瞥をしたアミシアは出刃包丁を手放す。鋭い光を放つ凶器はアミシアごと電脳空間に溶けた。
「んー、おへそを愛でるのがダメでしたら、スラムの方に行きたいのですが」
ファルシータが錫華に伺いを立てる。
「依頼を受けた時に、危ないから近付くのはお勧めしないって言われてなかったっけ?」
「もちろん覚えておりましてよ」
「でも行きたいってことは、何か理由があるの?」
「いえ、特段何かがしたいわけではないのですが……きっとフィラお兄様みたいに天邪鬼をしたくなったのですわ」
「ああ、天邪鬼ね。なら行ってみようか」
錫華はファルシータに彼女の兄の顔を重ねた。正確には兄の遺伝子情報を使用したクローン体なのだが、故に思考も同じ方向に傾いているのだろう。
「理緒さんはいかがなされます?」
「わたしはシリウスを見ておこうと思ってたんだけど……二人が行くならわたしも行くよ」
「では三人で参りましょう」
「でもそのかわり、危なそうな人が来たら守ってね? わたし物理は弱いよ!」
理緒は別に自分を卑下しているわけではない。本来は技術畑の人間で電脳魔術士だ。パイプレンチを振り回せば脳天のひとつ程度ならかち割れるかもしれないが、錫華とファルシータほど運動神経に優れているでもなければ、格闘術の心得があるでもない。
「理緒さんは襲われのスペシャリストだからね」
「まるでわたしが狙って襲われに行ってるみたいに言わないで!?」
理緒は否定するが錫華は冗談を言っているつもりはなかった。
「護衛ならわたくしのペットを預けますよ?」
「ペット? いたっけ?」
首を傾げる理緒。ファルシータが「いらっしゃい、カリーノ」と呼ぶと、錨泊中のネルトリンゲンから機械の翼竜が飛来した。
「へー、こんな子がいたんだ?」
「こちらのカリーノ、いざという時にはアームドフォートになります。というよりアームドフォートがミニドラゴンに変形しているんですが。希さんにコントロールしてもらえれば、自衛には十分かと」
「この子アームドフォートなの? ね、これ後でバラしても……」
『おねーちゃん。楽しそうだからってすぐそういうことしない』
理緒の内で湧き上がった好奇心は、カリーノの背に乗るM.A.R.Eのホログラフィックに窘められた。
「希ちゃんのサポートが付いてるなら大丈夫か。一応言っておくけど、やりすぎないでね?」
錫華は過剰防衛の四文字が脳裏に浮かんだ。
「じゃあ暫く借りちゃっていいかな?」
「どうぞどうぞ」
「希ちゃんもいざという時はよろしく!」
カリーノは希を背に乗せて理緒達の頭上を旋回飛行している。偵察用ドローンとしても役立ってくれそうだった。
「まぁ、わたしよりも錫華さんとファルさんのほうが襲われ確率は高いと思うんだけど、ねー」
スタイルと露出度的に。
理緒はふと疑問が湧いた。どちらも腹を出しているのだが、雪の中で寒くないのだろうか?
「お義姉様はおへそで周囲を魅了すれば問題ありません」
ファルシータは自信満々に言い切る。
「それ問題ないの?」
理緒はそろそろ付いていけなくなりそうだった。
「真面目な話、どの性癖から何が起こってもお義姉様が一般人に負ける未来が見えません」
「ファルさんはなにを言ってるのかな? 常人どころか猟兵にも見えないなにかが見えてる?」
錫華はファルシータが独自の言語と文化を持っているように思えてきた。
「むしろ性癖に問題あるの、|ヘタレ兄妹《あなたたち》の方だからね? わたしと理緒さんはノーマルだよ」
「そんな褒めないでくさだいませ。照れ過ぎて死んでしまいます」
錫華と理緒は互いに顔を合わせて首を竦める。
「……錫華さんもファルシータさんも、襲った方が危ない目に遭いそうだけど」
理緒の小声には確信があった。不埒な輩が二人に手を出そうものならば、絶対に重い代償を支払う事となるとの確信が。
「まぁ、どんな相手でも、襲わせてあげる気はないけど」
錫華は懐に忍ばせた刃の重さを確かめながら言った。
滑走路に降り積もった雪に、三人分の足跡がゼラフィウムの外縁部に向かって刻まれてゆく。
スラム街の出入り口となる基地施設兼検問所は、来た時と同様に鋼鉄の扉が閉ざされていた。
「お勧めはできませんけどねぇ……しかもいくら|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》がいるとはいえ、女性三人だけでは危険過ぎますよ?」
警備兵達が門の解放に何色を示す。
「それなら心配ございません。護衛も準備しておりますので」
ファルシータが人差し指を立てた。頭の上をカリーノが円を描いて飛んでいる。
「危険なのはよからぬ輩だけじゃありません。スラム街じゃ“変な病気”が流行ってるんですよ」
「変な病気ってどんな病気?」
理緒が首を傾げて尋ねると、ややあって警備兵が答えた。
「その病気は風邪のような症状なんですが、原因も治療法も分からないそうです。医者もお手上げだとか」
「風邪みたい……ね」
錫華が思うに、エボラ出血熱や天然痘のような危険性が極めて高い疫病ではないらしい。だが原因も治療法も分からないという点が喉に引っかかる。
「まあ、大丈夫かな? もしわたし達が感染したら、スペースシップワールドに行って、ナノマシンで治療すればいいしね」
理緒は特段恐れてはいない。即死性の病気でなければ、スペースシップワールドの医療技術で治せる確信があったからだ。しかも自分も錫華もファルシータもグリモアを有している。いざとなった時には即時に転移門を開く事も可能だ。
「というわけですので、通していただけませんか?」
警備兵達は互いに顔を見合わせて、躊躇いがちに頷いた。
「本当に気を付けてくださいよ? 何があっても責任は取れませんからね?」
「お心遣い痛み入ります」
地響きと共に鋼鉄の門が左右に割れる。門は人が三人分通れる横幅まで開くと、動きを止めた。
「もし流行り病について知りたいなら、アーレス教会の出張所で聞いてみることをお勧めしますよ」
「アーレス教会? 出張所?」
理緒が尋ねると、警備兵がスラム街の奥を指さした。
「あそこにバーラントの国旗が立ってるでしょう? その下に黒いテントがあるのは見えます?」
ファルシータ、錫華、理緒は警備兵が示す方角を見た。
白い雪をはらむ風になびく旗の下に確かにあった。
ボロ小屋とボロのテントが軒を連ねるスラム街の奥。異様な存在感を放つ、漆黒の大きなテント。そこがアーレス教会の出張所であるらしい。
「あそこでバーラント機械教皇庁から派遣されたシスターが病人の世話をしてるんです。行けばきっと病気についての話が聞けるでしょう」
「分かった。行ってみる」
錫華が歩き出すと理緒とファルシータも続いた。
スラム街に踏み出した三人は、閉まる扉の音を背中で聞きながら、滞留する饐えた臭いを鼻腔で感じていた。
「なんていうか……やな臭いだね……」
生理的嫌悪感を誘う臭気に、理緒は顔を手で覆う。
「それに周りの目もね」
錫華の瞳が周囲を巡る。道端でうずくまる者。小屋の中からこちらの様子を窺う者。眼の前を横切っていく者。
いずれの誰もが自分達に好意的な視線を向けていない。
視線に篭もるのは敵意。警戒。そして恨みの感情。
「此処のスラムはおよそ人が生きる環境ではありませんね」
ファルシータは率直に言ってのける。
清掃されていない公衆便所のような臭いを纏う空気がまず最悪だ。スラム街が置かれている衛生環境が嫌でも察せられる。これなら疫病が蔓延するのも当然であろう。
そこらで寝そべっている子どもはカラスに啄まれても起きない。放置された死体に誰も見向きもせずに通り過ぎてゆく。
名前に街とは付いているが、ガラクタを継ぎ接ぎした住居と呼べない住居が集合しているだけだ。ベニヤ板を張り合わせた犬小屋の方が百倍まともに思えた。
難民たちの吹き溜まりとなったこの場所は、人が人として生活できる場所ではない。だが――。
「でも、ここで生きる『人』がいる以上、わたくし達は目を逸らしてはいけない気がするのです」
彼らもまた世界を形成するピースの一片。それらが己に現実を突き付けてくる。
猟兵は世界を救えても人一人を救うことはできない、或いは全ての人を救うことはできないという現実を。
「ファルさんの言ってることは解るんだけど……いきなりシリアスキャラになられると、わたしでも混乱するよ?」
とは言う錫華もファルシータの所感を理解できなくもなかった。
ゼラフィウムのスラム街は、世界の現実を五感に訴えてくる。
「そして、わたくし達に向けられる怨嗟が生きる力となるならば、その的になりましょう」
ファルシータは物陰からこちらを恨めしく睨む少女と視線を交わらせた。
少女がどういった経緯で自分を恨んでいるのか……それは分からない。
だが構わない。絶望に蝕まれ、怨嗟を抱く心まで失うよりは。
「怨みを向けてくるのはいいんだけど、それは力になるのかな。変な力にならないといいんだけど」
錫華は思う。少女が抱く怨嗟がオブリビオンマシンによってもらたされた怨嗟だったら?
だとしたら確かに力になるだろう。やがて世界を破滅に導く力に。
「えーと……とりあえずあの黒い大きなテント、アーレス教会の出張所? 行ってみる? 流行り病の事とか聞いてみたいし」
理緒は重量を持ち始めた空気に辟易して困惑した笑みを浮かべた。
アーレス大陸には機械神を崇拝する宗教が無数に存在する。
機械神はアーレス大陸の外で言う巨神と同義であり、多くは特別な価値を持つキャバリアとされている。
その機械神の一柱、闘神アーレスを祀り、アーレスの巫女である機械教皇アナスタシア・アーレス・リグ・ヴェーダを聖母とする宗派が存在する。
それがアーレス教だ。
スラム街に出張してきたアーレス教の教会。
そこを訪れたネルトリンゲンの一行を迎えたのは、燃え盛るような赤い長髪を揺らす修道服姿の少女だった。
「まぁぁぁたイェーガーですか。これで何人目だっけ? イェーガーってスラムが好きなんですか? よくこんな臭くて汚いところに来れますね?」
修道女はうんざりとした様子を隠しもしない。どうやら今日はもう何人もの猟兵の相手をしているようだった。
「あのー、わたしは――」
「はいはい。ネルトリンゲンのぺったんこ艦長、菫宮・理緒さんですね。そっちのヘソ出し一号は支倉・錫華さん。そっちのヘソ出し二号はファルシータ・フィラでしょ? 知ってますよん」
理緒の言葉を遮った修道女は三人をそれぞれ指で差した。
「ご挨拶ですわね? どこかでお会いしました?」
ファルシータは右手をライトリッパーの柄に掛ける。
修道女が纏う気配は只人のそれではない。
それに、匂いがする。まるで処刑人のような、何人もの人を殺めた者の匂いだ。
「いいえ? 今日が初めてですよ? あぁ申し遅れました。私、バーラント機械教皇庁のエクシィ・ベルンハルト一等執行官と申します。どうぞお見知りおきを。まぁ別に覚えてもらわなくてもいいですけどね」
形ばかりの挨拶をするエクシィに、錫華は不信感を抱かずにはいられなかった。横に目配せすると、着地したカリーノの背中に乗るM.A.R.Eが訝しい眼差しをエクシィに注いでいる。
「んで? ご要件は? お祈りですか? 懺悔ですか? それともどこか悪いんですか? ひょっとしてまたお手伝い希望のイェーガーですか? 死体運び係はいつでも歓迎しますけどね。でもお給金は出ませんよ?」
「スラム街で変な病気が流行ってるって聞いたんだけど、何か知らないかな?」
理緒が問うとすぐに「知ってますよん」と答えが返ってきた。
「症状は風邪っぽいんですけどね、何週間も何ヶ月経っても治らないんですよ。抗生物質も効果なし。幾ら検査しても原因は分からないんで、お医者さんももう手を上げちゃってましてね」
「症状についてもうちょっと詳しく聞かせてもらえる?」
「んー、そーですねぇ……ダルい。頭痛。吐き気。発熱。そんなとこですかね? 人によっては咳が出ますねぇ……症状がおもぉぉぉい人は寝たきりになっちゃうんですよん。ほら、そこに寝てる人達、みぃぃぃんな同じ症状! 幾らベッドがあっても足りませんよ」
エクシィが手で示した患者達は、皆簡易ベッドで横になって点滴を受けている。咳き込んでいる者や頭痛から来る痛みに呻く者も少なくない。黒い天幕の中に設置された病床は全て埋まっていた。仕方なく床で寝ている者や荷物に背中を預けて項垂れている者もいる。
「ベルンハルト一等執行官や、看護に当たっている修道女の方々は平気なのですか?」
ファルシータは率直な疑問を投げかけた。
先ほどの話の内容によれば、彼女達はもう何ヶ月にも渡って患者を看ていると解釈できる。
にも関わらず眼の前のエクシィの顔色は良く、修道女達も疲労の色はあれど病状を抱えている者は見当たらない。
というより、自分達も危ないのでは? ここは病原菌が蔓延している屋内空間。呼吸をするのがはばかられた。
「私はレプリカントなんでー。他は知りませんけど。でも不思議と|感染《うつ》らないんですよ。なんででしょーね?」
「感染しないの? じゃあなんでこんなに患者がいるの?」
錫華が理緒とファルシータの疑問を代弁する。
病気には必ず感染源があるはずだ。
「さあ? 私もしーりませーん。でも私はご覧の通りピンピンしてますし? ならない人はならないんですよ」
「病気の人達に何か共通点とかはないのかな? 例えば、どこかの井戸水を飲んでるとか」
理緒は毒や寄生虫による症状を疑った。スラム街は見るからに最悪な衛生環境だ。知らず知らずの内に、毒や寄生虫に汚染された水や食べ物を摂取している可能性は大いに考えられる。種類にもよるが、毒や寄生虫による症状なら他者に感染しない理由も説明が付けられなくもない。しかし先ほどエクシィは幾ら検査しても何も出てこなかったと言っていた。
エクシィは腕を組んで暫し瞑目してから口を開いた。
「共通点共通点……難民ってことぐらいですかねぇ? 病気持ちの人達は人喰いキャバリアに住んでるところを追われてゼラフィウムに逃げ込んできた人達が殆どなんですよ。まぁ、しっかり調べたわけじゃないですけど? 逆にゼラフィウムに元々住んでて追い出された人達の中で病気にかかった人っていましたっけ? 私しーらないっと!」
「ではゼラフィウムの外から持ち込まれた病気の可能性があると?」
ファルシータが問うもエクシィは「わーかりーませーん!」といい加減な返事をするだけだった。
「病気持ちの人達は、人喰いキャバリアに住んでるところを追われて、ゼラフィウムに逃げ込んできた人達が殆ど……か……」
錫華は俯けた顎に手を当ててエクシィの言葉を反芻する。
理緒もその言葉に何か引っかかりを覚えた。
逆にファルシータには特段思い当たる節は無かった。
発症者の共通点は、人喰いキャバリアから逃げてきた者達。
数年前、どこかで見聞きした何かと似ているような気がする。
理緒と錫華の二人は記憶の引き出しを漁る。
心当たりはある。だが、それがどこで、何だったのかが思い出せない。
「人喰いキャバリアとの戦いも、もう随分と長くなったね」
錫華の呟きに理緒は無言で頷いた。
「お二人揃って考え事ですか? なんだかわたくしだけ放置されているようで、大変ゾクゾクしてしまいますわ」
アーレス大陸での依頼は今回が初体験のファルシータは、理緒と錫華に蚊帳の外に置かれて一人悶えていた。
理緒と錫華、二人にあって、ファルシータにだけは無い心当たり。
二人がこれまでの戦いで積み重ねた経験と、知り得た膨大な情報のどこかに、流行り病の正体を暴く手がかりがありそうなのだが――。
記憶の引き出しはあまりにも大きく、内部は雑然混沌としていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヴィリー・フランツ
※他猟兵との合わせもOKです
※一応軍服に着替えてから参謀との会談に臨む
目的:ケイト参謀次長との会話
心情:新鋭機がOマシンなのは驚きだが、事が起こる迄は手が出せん、起きた時点で最悪のタイミングだと思うが…
とにかく、色々と話を聞いてみよう。
手段:「途中で見ましたが、新鋭機があれ程揃ったとは、やはり大国の工業力は凄まじいですね。
ところで…前哨基地の機体は全てここのプラントで生産・組み立てをした物で?」
それとなく探っておく、最悪ここの管区プラントがオブリビオン化してる可能性もある。
だが第一に聞きたいのは東アーレス解放戦線の規模だ、今回のユニコーンとゴーストを含めると2個中隊程いて、後方支援部隊も含めたら一個機械化大隊規模だ。率直に聞くが…連合発足時に帰順を拒否した部隊や連絡を絶った部隊はどれ程いた?
いや別に糾弾しようとした訳じゃない、そちらが要請さえ掛けてくれれば、此方も❘掃討戦《ネズミ駆除》の手伝いは出来るのでな?無論、料金はそれなりに頂くが、どうするね?
●傭兵なりの取引
ケイト参謀次長の執務室に赤い西陽が差し込む。
カーキ色の軍服に赤いベレー帽という格式張った装いのヴィリーは、座り心地の良いソファに腰を沈め、ブラインドの隙間から外の様子を眺めていた。アークライトと|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》の勲章が胸元で存在感を主張している。
「あいつは……アークレイズ・ディナじゃないか」
暗い青の装甲色の機体を忘れもしない。
日乃和の香龍で激戦を繰り広げた機体なのだから。当時は激昂したかの如き赤黒い色に染まっていたが。
今は尼崎伊尾奈や東雲那琴の愛機となっているキャバリアが、トラックの荷台に仰向けになってどこかへと運ばれてゆく。
あのアークレイズ・ディナは、オブリビオンマシン化を――遂げていない。
安堵に肩を落として正面に向き直る。
長方形のテーブルを挟んで向かい側に座るのは、ケイト・マインド参謀次長。
アーチ状の双眸の奥に光る碧眼は、こちらの興味がどこにあるのかを観察しているようだった。
「ゼラフィウムにはディナも配備されているんですか?」
ヴィリーはカップを手に取りながら尋ねる。顔の傍まで持ってくると、深煎りされたコーヒー豆の豊かな香りが強く感じられた。
「いいえ。あの機体は、|仲介人《グリモア猟兵》から技術協力の一環として提供されたものです。調達費用などの諸事情から正式採用には至りませんでしたが、シリウスの開発に関わるデータ収集のために役立てています」
ヴィリーは香龍での記憶を脳裏に呼び起こした。
那琴が駆るアークレイズ・ディナとの死闘は忘れもしない。文字通りに砕け散るまで戦ったのだから。
レイテナが採用しなかったというより、日乃和があの戦闘を見て採用に踏み切ったと考えるべきだろう。
そんな機体がここにいるのはどうも引っかかる。
オブリビオンマシン化はしていない。
だが妙な胸騒ぎがする。
戦いの記憶がそうさせているのだろうか?
テレサが乗っているアークレイズとて猟兵から供与されたキャバリアだ。
それをおかしいと思った事はない。
しかし、ディナの存在にはやはり嫌な予感がする。
「貴国の本命は、やはりシリウスの方ですか?」
ヴィリーはコーヒーを一口啜る。まろやかなで強い苦みと濃厚なコクが、身体の芯にまで浸透してくるようだ。鼻腔を満たす香りが疲れた頭をすっきりさせてくれた。
「そうですね。ロイヤル・アーマメンツの技術力と工業力を結集し、現在急ピッチで生産を推し進めている最中です」
「ロイヤル・アーマメンツとは?」
「レイテナ・ロイヤル・ユニオンの国有重工業メーカーです。元々はレイテナの国有企業でしたが、ユニオン発足の際に経営権が移管されたのです」
シリウスの生みの親であり、防衛産業の要となる企業。ロイヤルにアーマメンツという名前の響きは、安直とすら感じるほどに分かりやすい。
「ゼラフィウム本部に向かう道中でも拝見しましたが、最新鋭の量産機がもうあんなに配備されているとは。ゼラフィウムの持つ工業力は凄まじいものがありますね」
ヴィリーは我ながら社交辞令染みた文句だなと思った。しかし所感は本音だった。
正式採用が決まってからまだ日が浅いというのに、既に本格稼働に入っている。このスピード感は確かに凄まじい。
「それもゼラフィウムが戦略軍事要塞たる由縁だと考えていただければ、と」
ケイトが物腰の柔らかな愛想笑いを送ってきた。
優れたキャバリアの供給という兵站を支えている点について、ゼラフィウムは名前が示す通りに戦略を左右する要塞だった。
「ところで……ゼラフィウムで稼働中のシリウスは、全てここのプラントで生産と組み立てをした物で?」
「はい。厳密には、プラントでメインユニットを製造し、工場で部品の生産加工と、最終組み立てを行っています」
「プラントでは直接丸ごと生産しないんですか?」
「不可能ではありません。が、先に述べた生産方法の方が効率面で勝るのです」
ヴィリーは「なるほど」と相槌を打つ。
キャバリアの生産をプラントに丸投げするより、作業を分担した方が短い時間でより多く作れるのだろう。
プラントでキャバリアのメインユニットを生産し、その他の部品を並行して工場で加工し、組み立てラインに送る。組み立てが終わった頃には、プラントは次のメインユニットの生産を終えているから、それをまた組立ラインに送り……といった具合に。
この点に関しては雇用政策なども絡んでいると見える。
シリウスのメインユニットはゼラフィウムのプラントで生産されている。
そして、少なくない数のシリウスが、オブリビオンマシン化を遂げている。
となるとプラントのオブリビオン化の可能性が浮上してきた。
仮にそうだとしたら? オブリビオン化しているのはどのプラントだ?
シリウスの生産台数から推し量るに、ゼラフィウムの工業区画に存在するプラントは、一基や二基ではあるまい。
その内の一つか? 二つか? 全部か?
プラントの場所も含めて簡単には判明しないだろう。
そもそもとして、プラントは国の生命線だ。
昨日今日会った者に見せびらかすほど、ユニオンが能天気な連中とは思えない。
防衛産業に関わるならなおさらだ。
ヴィリーは残っていたコーヒーを一口で飲み干す。
空になったカップをソーサーに置くと、ケイトが「お気に召されたようですね?」と穏やかに笑った。そして自らポットから二杯目を注ぎ入れた。
「どうも。戦闘で疲れた身体に沁みる味です」
「輸送中の交戦は私達にとってもイレギュラーでした。その分の報酬は上乗せさせて頂きます」
「ありがたい限りです」
本命を切り出すのは今だ。ヴィリーはカップより立ち昇る香りを堪能しつつ、慎重な語り口で尋ねた。
「交戦した相手は東アーレス解放戦線と名乗っていましたが、これは所謂反体制派の武装勢力という認識でよろしいんですかね?」
「その通りです。ただ、武装勢力と呼ぶには、いささか肥大化し過ぎていますが」
「自分もケイト参謀次長と同じ見解です。今回のユニコーンとゴーストを含めると。二個中隊程はいました。後方支援部隊も含めたら一個機械化大隊規模にはなったかと。長年荒事に携わって来た身から率直に申し上げると、単なるテロリストの規模ではありません。パイロットの練度も高かった。正規軍並の戦力でした」
ヴィリーの言葉に、ケイトは浅く二度頷いた。
「フランツさんの所感は当然でしょう。彼らは正規軍並ではなく、元正規軍なのです」
薄々勘付いてはいたが、参謀次長という立場を持つ人物の口から直接語られると、自分の直感は正しかったと無意識な頷きを禁じ得ない。
「……ユニオン発足時に、帰順を拒否した部隊や、連絡を絶った部隊の成れの果てですか?」
ケイトは首を横に振る。
「それだけではありません。併合を拒んだ国々。ラディア共和国など、人喰いキャバリアによって滅亡した統治機関の残存軍。元々東アーレスを活動域としていた複数の武装勢力。そういったまつろわぬ者達なのです。より正しい言い方をすれば、反体制ネットワークとでも言うべきでしょうか。彼らは必ずしも一丸となっているわけではありませんが、レイテナ・ロイヤル・ユニオンの解体という共通の目的を有しているのです」
「内部はバラバラだが、戦力だけ見るなら国一つどころか国家連合並。そんなレベルですか」
ケイトは双眸を伏せてカップに口を付けた。
護衛任務の筈が、国同士の戦争も同然の戦いに巻き込まれていたとはな。
内心で呟いたヴィリーは、よく無事に任務を果たせたものだと自分を褒めてやりたくなった。
「念の為にお断りしておきますが、別にそちらを糾弾しようとした訳じゃありませんよ。ただ、傭兵として戦場の背景を知っておきたかっただけです」
今回の依頼、ヴィリーとしては、命知らずの強盗団か、人喰いキャバリアの取り溢しとの交戦が精々と考えていた。だが実際に会敵した相手の戦力規模は、完全にイレギュラーだった。
しかし文句は付けない。ケイトからは納得の行く追加報酬額が提示されたからだ。
大勢の反体制派を生み出した点についても非難するつもりはない。事情はどうであれ、人喰いキャバリアは人類全ての敵である事実に違いはない。なら人類は一丸となって戦うべきだという主張は極めて正論だ。人類同士の戦いはその後で好きなだけやればいいのだから。
「ここからはビジネスの話になるんですが……よろしいですかね?」
ヴィリーがケイトの顔色を窺いながら聞くと「お聞かせください」と短い快諾が返ってきた。
「貴国の力を侮ってる訳じゃありませんが、東アーレス解放戦線には相当手を焼いているように思えます」
「はい。おっしゃる通りです。私達は人喰いキャバリアの対処で手一杯なのが実情です。東アーレス解放戦線への対処に割ける戦力は限られており、やむを得ず優先度を下げなければならないのです」
「そこで提案です。此方は猟兵である前に傭兵を生業としてましてね。日々仕事を探している身の上です。もしよろしければ、そちらの手伝いの仕事を回していただければと」
「ご希望される内容を具体的にお尋ねしても?」
「流石に正面切っての激突は苦しいものがあります。|掃討戦《ネズミ駆除》程度であれば身分相応かと。プロとして、報酬分の仕事振りは約束しますよ」
ケイトは双眸を細め、横に伸ばした口角を上げる。
「私達にとっても魅力のあるご提案です。|髑髏征伐猟兵《スカルヘッドキラー》である時点で、フランツさんの実力に疑いを掛ける余地はありません。その手腕をレイテナ・ロイヤル・ユニオンの為に活かしていただけるのなら、幸いです」
「では、今後ともご贔屓に……と受け取ってよろしいですかね?」
「実際の任務の委託は仲介人……そちらでのグリモア猟兵を通す事になりますが。私達と仲介人の間には協定がありまして。猟兵が介在する案件には、かならず仲介人を通す決まりとなっているのです」
要はグリモア猟兵がフィルターの役割をしているという事だなと納得した。
危険な意味で、猟兵の中にはとんでもない輩が少なからず存在する。
そういった輩を選別するため、グリモア猟兵が気を利かせてやっているのだろう。
まあ、自分に都合の良い猟兵のみに絞って依頼を斡旋しているだけなのかも知れないが。
ケイトの言葉を内心で咀嚼したヴィリーは一つ頷いた。
「事情はお察しします」
新しい働き口と収入源の確保。これらはヴィリーにとって死活問題である。
レイテナ・ロイヤル・ユニオンという大口の取引相手を得られた事は非常に有意義な結果だった。
「フランツさんもお忙しい身でしょう。任務への参加申請はご都合が付いた時に。申請をいただければ、こちらで目標の選定とスケジュールの調整を行わさせていただきますので。もちろん、フランツさんご自身が目標を選定していただいても構いません」
「配慮に感謝します。今後ともどうぞよろしく」
「こちらこそ。レイテナ・ロイヤル・ユニオンは、全ての東アーレス人のためにあります。フランツさんには、その一助となる働きを期待します」
ケイトから差し出された手を握り返す。
参謀次長の指は細く、肌は柔らかい。
不自然なほどに汚れを知らない手だ。
ただ、体温は自分よりも冷たかった。
大成功
🔵🔵🔵
ジェイミィ・ブラッディバック
【イェーガー社】
改めまして初見となります、マインド参謀次長
イェーガー社共同CEO、並びにアンサズ連合治安維持軍司令官付顧問のブラッディバックです
「同じく、イェーガー社CEO、並びにアンサズ連合治安維持軍司令官のアイアンズだ。我々2名は仲介人による依頼受託者であると同時に、アンサズ連合より特使として貴国に派遣されたものである」
まずは貴国へのコンタクトが遅れたことについてお詫びを
我々アンサズ連合は日乃和、エルネイジェとは安全保障上の協調路線を歩んでおります
無論、貴国とも同様の関係を築きたい
その上でネックとなるのが東アーレス解放戦線が主張する内容です
彼らの主張は如何なる根拠をもとに発信されているのでしょうか
そして声明についての真相と見解をお聞きしたい
ここをクリアにした上でお願いが一点
貴国政府とアンサズ連合代表団との直接会談の場を設けさせていただきたい
対価としては…連合勢力圏内に現れた「アーレス」の情報、そして貴国における治安維持任務請負ですかね
アンサズ地方におけるバーラントの情報もおつけします
イヴ・イングス
【イェーガー社】
一応会談にはくっついていきますよー
調べ物はアレクセイさんがやってくれるので、ケイトさんのことはじっくり観察しちゃいましょうか
なんというか親近感めいたものを覚えますしー
(ケイトからアンサズ連合の目的について聞かれた場合)
(ジェイミィやアイアンズに促されて答える)
目的は明白ですよ
今はあの暴走衛星のせいで物流もままならない状況ですけれども
その暴走衛星もいずれ消えるときが来ます
あんなんでも機械ですからね、いずれ壊れるものでしょう?
その結果どうなるでしょうか
ある程度国際協調ができていればよいですね、しかしそうならなかった場合は?
とんでもない覇権国家が出現して世界を侵略するために何十ダースもの核ミサイルと
何万ものキャバリアを持ち出してこないとも限らないのです
そんな事態に備えるため、我々は率先して動いているんですよ
そう──言うなれば世界平和のために
そのあたりは貴方も共通の目的をもっていると「確信」していますが、ね
アレクセイ・マキシモフ
【イェーガー社(別行動)】
さて、外交周りは得意な連中に任せてある
俺はイェーガー社の諜報班としてやれることをやるさ
もちろん潜入してもいいが今の俺は雇用戦力
当然監視の目は多いだろう
そんな状況下で潜入などの非合法な諜報活動はどういう影響があるかわかったものではない
そうなると…簡単なHUMINTこそが効果的だ
テレサやアルフレッド、ゼラフィウムに駐屯する一般兵と雑談しながら色々と聞いてみよう
話せる範囲の情報など知れているが、この集合体はバカにしたものではない
例えば自分の周囲で雰囲気の変わったやつがいるか、
運用しているキャバリアの調子が良くなったり性能が向上したりしたケースはなかったか、
いつ頃から起きたか…あたりは聞いておく
何しろユニオンはサブジェクトOの巣窟と化している
東アーレス解放戦線も同様…そしてレイテナの女王陛下の機体もだ
最新鋭機のシリウスがサブジェクトOと化している以上、いつ頃から配備されたのかも聞いておくか
スラム街についても遠巻きに眺める程度には見ておくか?
その時は段ボールの出番だな
●準備会談
曇天から雪が穏やかに降っている。
柔らかな白に覆われたゼラフィウムの中央に位置する要塞本部。
要塞本部の中央に聳え立つ巨塔の中層に、ケイトの執務室はあった。
室内に満ちるのは、焙煎されたコーヒー豆の香り。
その香りは、ケイトが多くの客人をもてなした後の残り香でもあった。
背の低い長机を前に、ジェイミィは腰を据える。大柄なウォーマシンの機体重量に、ソファが大きく沈み込んだ。
中央の席のアイアンズを挟んでイヴも座る。座高が階段を作っていた。
アイアンズとイヴの前に出されたカップに、ケイトが漆黒の液体を注ぐ。
ジェイミィのスリットアイタイプのセンサーが温度を感知した。人間にとって寒い時期に飲むのに最も適した温度だ。
ふと、コーヒーを注ぎ淹れるポットがジェイミィのカップの前で止まった。
「お飲みになれますか?」
ケイトが尋ねる。
『ええ、いただけます』
ジェイミィが合成音声で応じる。ケイトは「それはよかった」と微笑を浮かべてコーヒーを注いだ。
ケイトのカップが満たされたのは一番最後だった。
「自慢のコーヒーです。どうぞ」
ケイトが誰よりも先にカップに口を付ける。ジェイミィには、それがまるで毒など入っていないと言いたげな所作に分析できた。
ジェイミィがカップのハンドルをマニピュレーターで摘む。頭部に近付けて傾けると、カップから零れ落ちた真っ黒な液体は瞬く光の中に消えた。
機体内に取り込んだ液体の成分を分析する。クロロゲン酸類。ニコチン酸。トリゴネリン。カリウム。マグネシウム。タンニン。ジメチルジスルフィド――カフェインの量がやや多めだが、コーヒーの成分で構成されている。分析結果から味を出力する。
「口全体に広がる深い苦み。まろやかなコク。頭が冴えわたるようなお味ですね。それに、焙煎された豆の香りも風味豊かです」
ケイトの面持ちに微笑が滲む。
ジェイミィがセンサーカメラを二度点滅させた。イヴとアイアンズがコーヒーを口にする。二人は味への称賛を深い頷きで示した。
アイアンズがカップをソーサーに置く。鳴った陶器の音が、会談を始めるきっかけとなった。
『改めまして、初見となります。ケイト・マインド参謀次長。イェーガー社共同CEO、並びにアンサズ連 合治安維持軍司令官付顧問の、ジェイミィ・ブラッディバックです』
「同じく、イェーガー社CEO、並びにアンサズ連合治安維持軍司令官のアイアンズだ」
「受付嬢兼情報処理要員のイヴ・イングスです」
「レイテナ・ロイヤル・ユニオン統合総軍参謀本部所属、ケイト・マインド参謀次長です」
四者が格式張った社交辞令を交わす。
カップから立ち昇る香りが、引き締まった空気を柔らかくしてくれていた。
「私とジェイミィ・ブラッディバックの二名は、|仲介人《グリモア猟兵》によって斡旋された依頼の受託者であると同時に、アンサズ連合より特使として貴国に派遣されたものである」
アイアンズは努めて毅然な態度で準備していた台詞を言い切る。
「アンサズ連合につきましては、かねてより日乃和政府からお話を伺っていました」
ケイトの反応にジェイミィは電子頭脳の中で呟いた。こちらの事には把握済みか。長い前置きが省けて助かったと。
『まずはレイテナ・ロイヤル・ユニオンへの接触が遅れたことについてお詫びを。先んじてエリザヴェート・レイテナ女王陛下に謁見した当時の我々は、ユニオン政府との接触の手段を有していなかったのです』
双眸を細めたケイトの首が僅かに横に揺れる。
「当時は鯨の歌作戦という非常時でした。やむを得ない事です。今回、こうしてお話の機会の設置をご希望なされたこと、私どもとしても嬉しく思っています」
『以前ガイアス大公と共にイーストガード海軍基地を訪れた際、マインド参謀次長ともお会いできていれば幸いだったのですが……』
「それについても、やむを得ない事情があったものと認識しております。お会い出来なかった不幸よりも、我がレイテナ・ロイヤル・ユニオンとエルネイジェ王国の間に、国交の兆しをもたらしてくれたことに感謝しています」
会談に臨むにあたり、ジェイミィは多少なりアーレス大陸の歴史や情勢を記憶媒体に取り込んできていた。
東アーレスと西アーレスは物理的な距離以上に遠い。大陸中央をバーラントに分断されているからだ。
加えて殲禍炎剣によって広域通信網が喪失している事もあり、アーレス大陸東西の国々は、互いのことをあまり知らない。
だが先のガイアス大公のイーストガード訪問の際、レイテナはエルネイジェという同じ反バーラント政策を掲げる国家との交わりの足掛かりを得た。
「これは、アーレス大陸の歴史的観点からしても、非常に稀な例です」
『既にご存知かも知れませんが、我々アンサズ連合は、日乃和、エルネイジェと安全保障上の協調路線を歩んでいます。レイテナ・ロイヤル・ユニオンとも、将来的に同様の関係を築きたいと考えております』
一拍の沈黙が流れる。ジェイミィはケイトの反応を静かに待った。
「この世界を取り巻く情勢化の下、国と国が歩みを共にする事は生半可な努力で成せることではありません」
ジェイミィとアイアンズが揃って頷く。
ケイトが言うこの世界――クロムキャバリアにおける基本的な認識として、他国はプラントを争奪し合う敵だ。その点については理解している。口振りから察するに、ケイトも同じ認識を持っているようだった。
「ですが、我々レイテナ・ロイヤル・ユニオンは、理性と秩序ある国家連合体として、価値観を共有し、協調の道を歩める国家を歓迎します」
『心強いお言葉をありがとうございます。ですが、その前に直接確認を取らせていただきたい件が幾つかございまして』
ジェイミィが前置きすると、ケイトは無言の頷きで続きを促す。
『その確認要件とは、東アーレス解放戦線のリリエンタール・ブランシュ大尉が主張していた内容です』
不躾とも解釈されかねない直球を敢えて投げる。
反応を探るために一旦言葉を区切った。
「なるほど」
ケイトは小さな呟きを零す。だが部屋の空気を変えるほどの力を持った呟きではない。ジェイミィが投げたボールは、柔らかく受け止められた。
音声。表情筋の動き。それらの分析結果から、ケイトに怒りや不快を示す反応は確認できない。
ジェイミィはさらに直球を投げる。
『彼らの主張は如何なる根拠を元に発信されているのでしょうか? そして、声明についての見解を真相と合わせてお聞きしたいのです』
ジェイミィは敢えて直接的な質問を投げかけた。
ケイトは双眸を閉ざし、手にしたカップに唇を付けた。
「参謀次長という立場上、お答えを差し控えさせて頂かなければならない点もありますが――」
カップがソーサーに戻る。ケイトの双眸が開かれた。
「まず、前提としまして、今の私達が置かれた状況は、私達の意図するところではありません」
口振りは穏やかでありながら、はっきりとしている。
「ゼロハート・プラントの暴走は、我が国と日乃和が事故に見せかけた人災との主張については、否定も肯定もできかねるというのが我が国の一貫した姿勢です」
『それは国家機密上の問題で答えられない、という意味ですか?』
ケイトの首は縦にも横にも動かない。
「否定するにも肯定するにも、確たる証拠が存在しないのです。よって、予断を持ってお答えすることはできかねます」
『リリエンタール・ブランシュ大尉は、旧レイテナ政府の高官から真相を聞き出したと発言していました。これについての見解をお聞かせ願えますか?』
「その証言を裏付ける証拠を得るには、ゼロハート大聖堂を調査する必要があります」
『ゼロハート大聖堂とは?』
「ゼロハート・プラントの中枢と思われる施設です。外観が聖堂に似ていることから、調査団がそう命名したと報告を受けています」
つまり真相を知りたければ、人喰いキャバリア問題の解決に協力しろと――ジェイミィには暗にそう含められているようにも解釈できた。
「東アーレス解放戦線が主張するように、人喰いキャバリアの発生によって得られた外交的利益の存在は認めます。ユニオンがここまで規模を拡大できたのも、人喰いキャバリアという人類共通の敵が出現したからです。しかし、重ねて申し上げますが、現状は私達が意図した状況ではないという点は、紛れもない事実です」
『ユニオンの盟主たるレイテナは、王都ソラール・ロンドと、最大の軍事拠点、サン・クレスト要塞の陥落という大きな痛手を受けているとお聞きしています。さらには前女王と王が|MIA《作戦行動中行方不明》認定され、両前陛下が駆る機械神、オーディンとウェヌスも現在に至るまで所在が確認されていない。意図した状況ではないとはこの点でしょうか?』
「ご指摘された点も含まれます」
『東アーレス解放戦線の出現についてはどうお考えになられていますか?』
「反体制勢力の出現は想定済みでした。しかし規模がこれほどまでに拡大した事は想定外の事態です」
『リリエンタール・ブランシュ大尉から、ユニオン政府は戦略核の投入による焦土作戦計画を立案し、実施したとの主張も受けています。それが反体制勢力の増大の要因であるとのお考えはありますか?』
「それも理由のひとつでしょう」
『では、貴国は他国を巻き込んだ焦土作戦を実施した事実をお認めになると?』
ジェイミィは半ば誘導尋問に近い格好で鋭く突き刺した。
「認めます」
ケイトは狼狽するでもなく毅然と答えた。相手の目を見つめる紺碧の瞳には、過ちに対する後ろめたさや後悔といった感情の色は宿っていない。
「やむを得ない選択でした。そうしなければ、人喰いキャバリアの侵攻速度を抑える事はできなかったのです」
『リリエンタール・ブランシュ大尉は、貴国の判断が逆に人類軍の防衛線を下げ、人喰いキャバリアの侵攻を激化させる要因になったと主張していました。この点についての見解をお聞かせください』
「戦線が著しく後退した事実は認めます。しかし、一時的にとはいえ、人喰いキャバリアの侵攻を遅滞させた事もまた事実です。焦土作戦によって私達は戦力を再編する時間を捻出し、それ以上の侵攻を食い止める事に成功しました。戦略上の目標は達成されたと認識しています」
リリエンタールとケイト、どちらの言い分も一理ある。しかし――。
『これはあくまでリリエンタール大尉の主張となりますが、焦土作戦を実施する地域に、まだ生存者が残っていた事はご存知でしたか?』
「生存者がまだ残留している可能性を捨てきれない状態で、作戦を実行した事は認めます」
『作戦の立案者と実行した人物はどなたですか?』
「ケイト・マインド参謀次長。私です」
言葉に淀みも躊躇いもない。正しい事を成したという確信を持った者の声だ。
『ゼラフィウムのソーシャルネットワークを拝見させていただきました。それによれば世論は賛否両論ですが、マインド参謀次長自身として、作戦の結果をどう受け止めになられていますか?』
「犠牲になられた方々を悼む気持ちは強くあります。ですが、先に述べた通り、やむを得ない選択でした。そして、私は逃げることなく己の職責を果たしたと認識しています」
いつからか微笑を消したケイトは、ジェイミィのスリットアイセンサーを真っ直ぐに見据えている。
「少数を切り捨て多数を生かす……この功利主義的論理が絶対に正しいとは言えません。ですが、私はそうしなければならない義務と責任を負っています」
トロッコ問題のレバーの操作役。それがケイト・マインド参謀次長だった。
当時の詳細な状況は推測に依拠する演算を働かせるしかない。
だがリリエンタールとケイトの主張を参照すると、ケイトが言う通りにやむを得ない状況であった可能性は高い。
ジェイミィは自問する。自分ならどうする?
答えは簡単だ。トロッコを破壊して全員を救出する。
だがそれは猟兵だから出来る選択だ。
そもそもとしてケイトの判断の正誤に審判を下せる立場でもなければ、批評が目的でもない。
東アーレス解放戦線が主張する声明についての真相と見解を直接尋ねることが目的だ。
望む答えを全て得たジェイミィは『お答えいただき感謝を』と一言置いてコーヒーを一口機体の中へ流し込んだ。
『ここでアンサズ連合としてユニオン政府に要望があるのですが、よろしいでしょうか?』
「お聞かせください」
ケイトの面持ちに、穏やかだが胡散臭い微笑が戻った。
『貴国政府とアンサズ連合代表団との直接会談の場を設けさせていただきたいのです』
「直接会談の目的をお尋ねしても?」
ジェイミィが頷くとアイアンズも合わせて頷いた。そして両者は共にイヴの方へと顔を向け、続きのバトンを手渡した。
「目的は簡単です。世界規模の平和を構築するためです」
イヴは流暢に結論から述べた。ケイトが僅かに双眸を細める。
「より詳しくお聞かせください」
ケイトの反応はイヴの想定通りだった。
ジェイミィとのやりとりをつぶさに観察していたが、どうにもこの人物は自分と似た部分がある。
親近感が湧くといってもいい。運営者同士だからだろうか?
「ご存知の通り、この世界は殲禍炎剣によって分断されてます。あの暴走衛星が睨みを効かせている限り、世界を繋ぐ広域通信網は構築できないまま、世界の全体像も分からないまま、物流も分からないままです。実際つい数年前までアンサズ連合はレイテナの存在をアーレス大陸ごと知りませんでした。ですよね?」
アイアンズに振ると頷きが返ってきた。
「ですが殲禍炎剣もいずれは消える時が来ます。あんなんでも機械ですからね、いずれ壊れるものでしょう?」
ケイトの緩慢な瞬きは肯定を示唆していると解釈した。
殲禍炎剣は少なくとも百年以上は稼働している。
機械の寿命は永遠だと言う者もいるが、実際は違う。
それは適切な運用方法で適切なメンテナンスを怠っていないから長持ちしているのであって、宇宙の終わりまでメンテナンスフリーで動き続けられる機械など存在しない。存在したとしたらそれは見た目だけ機械の別の何かだ。
殲禍炎剣も恐らくは機械だ。暴走衛星と呼ばれているのだから。
空に蓋をされた現代、殲禍炎剣に至る手段は今のところ発見されていない。この輪郭すら判然としない世界のどこかに、殲禍炎剣に続く軌道エレベーターの一つでも生えている可能性も捨てきれないが……つまり部品の交換や点検を行える者は誰一人としていないのだ。
だからいずれ必ず壊れる日が来る。その日がいつなのかは誰にも分からないが、イヴは確信を持っていた。
「その結果どうなるでしょうか? 日常的にどこもかしこも戦争をやっている世界です。今は殲禍炎剣という審判者がいるお陰で、長射程の大量破壊兵器やその運搬手段が殆ど意味をなしてません。ですが審判者がいなくなったら? 無法地帯です」
ケイトは膝の上で手を組み合わせて聞き入っている。
イヴは続ける。
「とんでもない覇権国家が出現して世界を侵略するため、何百何千発もの長距離核弾頭核ミサイルと、それらを搭載した何万もの超高速超長距離巡航機能を備えたキャバリアを持ち出してこないとも限らないのです」
とんでもない覇権国家――それはケイトらアーレス大陸の人々にとって、現実味を持つ存在であるとイヴは自信を持っていた。
バーラント機械教国連合。中央アーレスの大部分を支配権に置く、大陸中最大最強の軍事力を有する覇権国家。
ユニオンは前身であるレイテナの時代から常にバーラントと争い続けてきた歴史を持つ。故にこの仮定は彼女たちにとって仮定ではない。実際に起こり得る、もしくは既に起きている現実なのだ。
「そんな事態に備えて、我々は率先して動いているんですよ。そうなる前に、ある程度の国際協調を築くべくして」
イヴが言葉を区切ると、ケイトはコーヒーを一口含んでから語り始めた。
「実に興味深い着眼点です」
「レイテナ・ロイヤル・ユニオンも、似たような目的を持って結成されたのだと考えていますけどね」
「イングスさんの仰る通り、ユニオンの統治機構としての役割は、人喰いキャバリアへの対抗だけではありません。東アーレスの安定化……将来的にはアーレス大陸全土に法と秩序に基づいた、恒久的な平和を実現することにあるのです」
イヴは眉宇を僅かに動かした。
ケイトの言うユニオンの将来的な目的とは、アンサズ連合が目指す世界規模の平和の実現と確かに近い。
だが若干の齟齬があるように思える。ユニオンの目的は、より支配的な印象が強い。
「私達は争いを望んでいるのではありません。ましてや全滅戦争などもっての他です。この点に関しまして、レイテナ・ロイヤル・ユニオンとアンサズ連合は、価値観を共有できるものと認識しております」
ジェイミィにはケイトの言葉に含むところが無いとは断言しかねた。
だが表面上でも目指している着地点は同じだ。
『会談の場を設けていただけるのでしたら、対価として連合勢力圏内に現れた闘神アーレスのコピーモデルについての情報、アンサズ地方におけるバーラントの情報をご提供します』
アーレスとは機械教皇アナスタシア・アーレス・リグ・ヴェーダが巫女を担う|機械神《巨神》。
この機械神はアーレス大陸に現存する八百万の機械神の中でも、格別の存在だ。
しかしどういう訳か、昨今のクロムキャバリアでは、各地でコピーモデルと思わしきアーレスが度々出現している。しかもオブリビオンマシンとして。
ユニオンがアーレスについてどれほどの情報を求めているかは分からない。けれども何かしらの価値は持っていると見込んだアンサズ連合から、ジェイミィはこのカードを託されていた。
『それと、貴国における治安維持任務請負ですかね』
人喰いキャバリアとの戦闘で疲弊しきったユニオンは、治安維持に割く兵力に余裕がない。
それはゼラフィウム本部までの道すがら、スラム街の様子からして容易に推測できる。
少なからず需要はあるはずだ。
「アーレスのコピーモデルですか……アナスタシア聖下の……バーラントと明確な対立関係にある私達にとって、アーレスに関する情報には価値があります。アンサズ地方でのバーラントの情報についても」
一つ目の対価をケイトが啄んできた。
「治安維持任務請負も一定の魅力を持つご提案です。長期化した人喰いキャバリアとの戦闘で、軍の兵力は常に不足しています。傭兵を雇用しても補いきれていないのが、私達の置かれている現状です。ゼラフィウムの周囲に形成された難民街についても、治安維持に割ける兵力はごく限られています」
ジェイミィは沈黙してケイトの続きを待った。
こちらの提案に、今度は相手が注文を付けてくる番だ。
「アンサズ連合代表団との直接会談の設置について、前向きに検討させていただきます。参謀長官を通して首相にも強く働きかけを行ってみましょう。ですが、予めお断りしておかなければならない点がいくつかあります」
何を出してくるか――ジェイミィは隣席のアイアンズを視野に入れる。無言で成り行きを見守り続けたこの人物は、相変わらず口を硬く結んで伸ばした背筋を微動だにしない。
「まず、恐らく絶対となる条件がひとつ。それは、相互不可侵条約の締結合意を会談の目標に織り込むことです」
『むしろ我々としても是非とも締結しておきたい条約ですな』
アンサズ連合の目的にも一致する。逆にしない理由が見付からない。
「そして、ゼロハート・プラントに関して一切の利権を主張しないこと。また、ゼロハート・プラントの全ての管理と運営権がレイテナ・ロイヤル・ユニオンに帰属することを認めていただきます」
ジェイミィは反応にあぐねた。
『本当はゼロハート・プラントの分け前が欲しいのじゃろ?』
エリザヴェート・レイテナの訝しい目付きを音声記録と共に視覚野で再生した。
この場での迂闊な解答は避けた方が懸命だ。レイテナとレイテナ・ロイヤル・ユニオン、二つのレイテナとの関係が拗れかねない。
持ち帰って対レイテナ外交の議題に乗せる必要がある。
『お尋ねします。ユニオン政府はゼロハート・プラントの奪還後は、どのような目的で管理運営をなされる想定なのでしょうか?』
「第一に、人喰いキャバリア問題で疲弊した東アーレスの回復が最優先となるでしょう。ゼロハート・プラントは、東アーレスに住まう全ての人々ためにあります。そして民意の受け皿であるユニオンによって、適切に一元管理されなければならないのです」
ユニオンはゼロハート・プラントの桁外れの生産力を以ってして、東アーレスを統括する――支配下に置く。そうとも解釈できるのではないか? ジェイミィの電脳はケイトの語る未来像を演算した。
アンサズ連合がゼロハート・プラントを欲することは恐らくないだろう。
しかしユニオンに全権を委ねて良いものなのか?
ゼロハート・プラントは、東アーレスを滅亡の瀬戸際に追い込むほどの生産能力を有したプラントだ。
それを手にした者は、王の権能を得るも同義。
イヴの言う、とんでもない覇権国家にレイテナ・ロイヤル・ユニオンがなってしまうのでは?
『確かにゼロハート・プラントが持つ破壊の力を再生の力に振り向ければ、東アーレスは恐るべきスピードで復興を果たせるでしょうね』
ジェイミィは無難な反応を返す他になかった。言葉選びに失敗すれば、内政干渉の意図を持っているとの誤解を与えかねないシビアな話題だったからだ。
「治安維持任務請負につきましては、こちらから貴国に要請を送る事となった場合、ユニオン統合軍の指揮監督下に置くことと、駐留させる兵力に制限を課せさせていただくことになると思われます」
『詳細は会談の内容次第でしょうね』
所感を抱く事でもない。安全保障を担保する上での当然の制限だ。
「そうですね。とりあえずは今回のお話はここまでとして、双方共に然るべき省庁に持ち帰り、検討を行う。という結論でよろしいでしょうか?」
『了解しました』
「それで異存は無い」
アイアンズが続く。
「あ、もう一杯おかわり貰えます?」
イヴがカップを差し出す。ケイトは「もちろんです」と温和な微笑を添えてコーヒーを注ぎ入れた。
『では私も』
ジェイミィが飲むケイトのコーヒーは、苦い。
味わいは、この会談のように深かった。
●スニーキングミッション
UDCアースのバグダッド、モガディシュ、テルアビブ、イラク、アフガニスタン、シリア、スーダン、イエメン、エチオピア、ナイジェリア、ミャンマー、ロシア、ウクライナ、イスラエル、ガザ地区、北朝鮮、沖縄、台湾……数々の戦場を渡り歩いてきたアレクセイにとって、潜入任務はもはやライフワークと呼んでも過言ではない。
事実、イェーガー社の諜報班として手腕を振るい続けてきた。
今回の依頼では同社から秘密裏にレイテナ・ロイヤル・ユニオンに発生したサブジェクトOの偵察任務を与えられている。
だが雇用戦力という立場上、万が一にもそれが露呈することはあってはならない。
依頼主は猟兵を猟兵という一括りで見ている。
もしも仮にその中の誰かが不審な行動を取れば、猟兵全体に猜疑の目が波及しかねない。
今後の依頼の斡旋にも支障が出るだろう。
プロとしてそんなミスは犯せない。
獲物を狙う|蛇《スネーク》のように慎重かつ周到。そんなアレクセイが選んだ今回の手段は、|人的情報収集活動《HUMINT》だった。
無事に護衛任務を終えたレブロス中隊とスワロウ小隊は、格納庫に設けられた休憩所で互いの働きを労っていた。
「アレクセイ、見事な狙撃の腕前だった」
双眸を細めて笑うアルフレッドに、アレクセイは鼻を鳴らした。
「当然だ。狙撃に集中できるほどの腕前を備えた仲間が揃っていたからな」
「だそうだぞ? スワロウ小隊の各員」
アルフレッドに言葉を振られたテレサ達が眉宇を傾けてはにかむ。
「私達はあんまり役立ってなかった気がしますけど……」
「殆どの敵はイェーガーの皆さんが倒してくれましたし……」
「敵のユニコーンに翻弄されちゃってて……」
テレサ達が揃って似たような反応を示す。
「まったく揃いも揃って。過ぎた謙遜は嫌味だぞ?」
アルフレッドが嗜めると違いないと短い失笑が起こる。
失笑に乗ったアレクセイは、どれがどのテレサなのかまるで見分けが付かず、困惑を禁じ得なかった。
戦闘時にはコールサインが振られていたので判別できた。しかし機体から降りるとどのテレサがスワロウ01なのか全く分からない。まるでコピーしたかのように、容姿から性格まで何もかもが丸々同じなのだ。
「気になっていたのだが、テレサ少尉達は全員が姉妹なのか?」
率直に尋ねる。
「全員がゼロハート・プラントで産まれたので、一応姉妹ってことになる……んでしょうか?」
テレサ達は互いに見合わせた顔を傾げる。
「あ、もしかして見た目が同じだから紛らわしかったですか?」
「すまんが正直なところ見分けが付かん」
「大丈夫だアレクセイ。私でも見分けが付かん。アレクセイぐらい個性的だったら助かったんだがな」
またもアルフレッドが失笑を起こした。
ここではモーラットは珍しいようだから個性的に思われるのは当然か。アレクセイは苦笑を零す。
すると休憩室の床に規則的な振動が伝わってきた。
振動の元へ目を移すと、青いキャバリアが格納庫の扉を潜って中へと入ってきていた。
レイテナ軍の最新鋭量産型キャバリア、シリウス。
この個体は――オブリビオンマシン化していない。
「法則性が読めんな……」
アレクセイはひっそりと呟いた。
「シリウスがどうかしました?」
テレサの耳聡さに思わずつぶらな目を見開いた。
「いや、いつ頃から配備され始めたのか気になってな」
「鯨の歌作戦が完了してから数カ月後ですね」
「では、実働時間はまだそれほど経っていないということか?」
「はい。といっても、前線にはどんどん投入されてますけど」
「レブロス中隊にもな」
アルフレッドは窓の外で歩行するシリウスを見上げながら言った。
「私達はシリウスに乗り換えだ。グレイルもタフで悪くない機体だったが……」
アレクセイもシリウスを見上げつつ、テレサから聞いた配備時期を頭の中で反芻した。
ジェイミィ曰く、鯨の歌作戦で、エリザヴェート・レイテナ女王の|機械神《巨神》、トールのオブリビオンマシン化が確認されていたという。
人喰いキャバリアはオブリビオンマシンだらけ。ゼラフィウムのシリウスもオブリビオンマシンだらけ。エリザヴェート女王のトールもオブリビオンマシン。東アーレス解放戦線のキャバリアもオブリビオンマシン。敵も味方もオブリビオンマシン。
いまの東アーレスはサブジェクトOの魔窟と化している。
これだけオブリビオンマシンが蔓延っていれば、常人の精神などあっと言う間に汚染されてしまいそうなものだが……談笑し合うレブロス中隊とスワロウ小隊の様子を見るに、必ずしもそうとは限らないようだ。
では、機体本体の方はどうか?
「ところでアルフレッド大尉、シリウスの調子は実際のところはどうなんだ? 前線での評判は?」
「すこぶる良いと聞いている」
「そうか。テレサ少尉の話から察するに、短期間で大量生産されているようだが、品質面での個体差が出るんじゃないかと思ってな」
「目立ったトラブルが起きたという話は聞かないな」
「なら逆にカタログスペック以上の性能を発揮するような個体が出てきたなどと噂は?」
「それも聞かんな。いや……だが機体ではなく、武器側にそういった現象が起きたという話を小耳に挟んだ記憶があるな」
「武器側にか?」
「ディフューズミサイルの分裂数が規定数より多かったり、ビームキャノンにエネルギーを過充填しても壊れないどころか、最大値の倍以上でも発射する事ができたり……という話だ。前者は気のせいで、後者は偶然だろうがな。チャージ式の武器は限界値以上に充填される事を前提とした耐久度となっている。倍以上は盛りすぎだが、150パーセント程度なら持ち堪えられなくもない」
「ふむ……」
アレクセイはシリウスの攻撃手段のユーベルコード化を疑った。オブリビオンマシン化したキャバリアに必ず見られる兆候だ。
「その話が出回ってきたのはいつ頃からだ?」
「私が最初に聞いたのは、実戦配備間もない時期だったが……何か気になることでも?」
「いや……俺はこう見えてジンクスやオカルトを信じる質でな。シリウスがパイロットの思いに応えているんじゃないかと」
「キャバリア乗りとして、時々そう考えてしまう気持ちは分からなくもないな」
「私も分かる気がします。アークレイズにかなり無理をさせちゃった時、それでも頑張ってくれてるというか……」
アレクセイは冗談のつもりで言い繕ったのだが、アルフレッドとテレサ達には真面目に受け止められてしまった。
「パイロットの方の調子や反応はどうだ? 新型機の導入で心機一転といったところじゃないか?」
「兼ね好評だ。だがグレイルの扱い易さや、イカルガの身軽さが恋しいといった声も聞く」
「乗り慣れたキャバリアからの機種転換は、やっぱり違和感が出ちゃいますもんね。私もイカルガからアークレイズに乗り換えた時は感覚が全然違ってて、慣れるまで機体に振り回されっぱなしでした」
「戦いにも精が入る……か」
精神汚染の影響は軽微である模様。アレクセイがそう結論付けようとした時、アルフレッドが「しかしな……」と言葉を濁した。
「シリウスの乗り心地の良し悪しは別として、兵士がな」
レブロス中隊の隊員達が顔をしかめ、テレサ達は曇った面持ちを俯ける。
「どうやら人の部分に問題を抱えているようだな?」
アレクセイが問う。アルフレッドは顔を苦々しくして腕を組んだ。
「人喰いキャバリアとの戦闘の長期化が、確実に兵士の心を荒ませている」
唇を噛んだテレサが小さく頷いた。
「民間人に乱暴したり、略奪したりする兵士が増えてきてるんです」
アレクセイはスラム街での一悶着を思い返す。
レイテナ軍の兵士二人が、バラック小屋に民間人の女性を連れ込んだ。
その後すぐにテレサが小屋に駆け込み、アルフレッドが後を追った。
少ししてから小屋から飛び出してきた女性は服を破かれていた。涙をながしていたような気もする。
そしてレイテナ軍の兵士二人が小屋から逃げ去った後、険しい顔付きのアルフレッドと、暗い面持ちのテレサが出てきた。
小屋の中で何が起こったのかはおおよそ察しが付く。
あれはオブリビオンマシンの精神汚染によるものなのだろうか?
それとも人が本来持っている本質が顕現したのだろうか?
「心だけではない。身体もだ」
「身体も?」
オブリビオンマシンが精神汚染を及ぼすのは猟兵なら誰しもが知っている。
だが身体に見える形で影響を及ぼした例は……アレクセイには思い当たる節がなかった。
「最前線じゃ変な病気が流行ってるんです」
「疫病か……戦闘が長引けば当然そういったものも問題になるだろうな……」
アレクセイも過去に渡り歩いた戦場で幾度も病という敵と遭遇した経験がある。
多くは不衛生な塹壕の環境で蔓延していた。
「それが妙な病気でな」
「妙な病気だと?」
アレクセイはアルフレッドに怪訝な眼差しを向けた。
「症状は風邪に似ているのだが、原因が不明なんだ。どんな精密検査を受けても何も出てこない。私の部下も数人感染していてな。いまはゼラフィウムの病院で療養中だ」
「アルフレッド大尉は平気なのか?」
「幸いなことにな。その流行り病は不思議と人から人へと感染しないらしい。だから尚更原因が掴めないんだ。一体どこから来ているのか……」
「テレサ少尉は?」
「今のところは特に……私はレプリカントなので多分大丈夫かと……ロボットヘッドの人も感染事例が無いって聞いたことがあります」
「生身の人間のみが発症する、原因不明の病気……か……」
病原菌や毒素を撒き散らすキャバリア自体は存在する。スクンクやパラティヌス・スローター、ロクシアスなどだ。だがいかなる検査もすり抜ける病原菌あるいは毒素を有するキャバリアなど聞いた例がない。
オブリビオンマシンとの関連性は不明としか言えない。そもそも本当に病気なのかも分からない。しかし全く因果関係を持たないとも断言し難いところだ。直感が騒ぎ立ている
「同じような病気がゼラフィウムのスラム街でも流行っているらしくて……」
「スラム街でもだと? 難民の間でもか?」
テレサは無言で肯定した。
帰還の時間にはまだ余裕がある。ジェイミィ達の会談も立て込んでいるようだ。
様子を見に行ってみるか……アレクセイは休憩所を後にした。
みすぼらしいスラム街で一際異彩な存在感を放つ漆黒の天幕。
そこはアーレス教会の出張所だった。
バーラント機械教皇庁より派遣されている修道女達が、ここを拠点として医療を始めとした慈善活動に取り組んでいる。
その天幕から離れた路肩に、UDCアースの日本語で静岡みかんと印刷した段ボールが置いてある。
時折通行がすぐ横を通り過ぎるも、気に掛ける者など誰もいない。
ましてや中に炎の匂いが染み付いた強面のモーラットが潜んでいるなど、想像もつかなかった。
「奴らが例の病人か……?」
段ボールの穴から覗き込む先。天幕の中に収まりきらなかったと思わしき患者が項垂れていたり、雪の積もった道端に寝転がっていたりしていた。真っ黒な修道服に身を包んだ修道女が見て回っては、水の入ったボトルを置いている。
「ここだけもでかなりの数がいるようだな」
カラスに啄まれても動かない者もいる。きっと既に息絶えているのだろう。
人から人に感染しないとは聞いていたが、いざ現場を目の当たりにすると、呼吸一つするのにも抵抗感が湧く。
「ゼラフィウムで一体何が起きている? 何が起ころうとしている?」
ここに長居するべきではない。傭兵の勘がそう告げている。
段ボールは風に吹かれるようにして移動し始めた。
雪道に残った小さな足跡を発見したスラム街の住人は、不思議そうに何度も首を傾げていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
数宮・多喜
【アドリブ改変・連携大歓迎】
さぁて、ひとまずはお仕事終了かねぇ。
……いや、ある意味ここからが本番かな?
まずはケイトさんとの対話に向かう前のテレサさんに、「アンタたちは人だ、それは忘れるな」と『鼓舞』するメッセージとアタシの連絡先を書き付けた紙のメモを密かに渡しとく。
バレるかもしれないのも織り込み済みさ。その間にアタシは……報酬もあるし、軽く繁華街で買い出しからかな。
で、道中で横目にシリウスを眺め、Overedにも砲撃用バックパックみたいなのもあれば良いのになぁとか仮に敵対したらどう立ち回るとか考えながら、カブでスラムに乗り付ける。
そして繁華街で買い付けた食料や物資を振舞いながら『コミュ力』で現地の兵士や住人たちと話してお互いの態度を軟化させようと試みるよ。
国や信仰が違っても、お互い同じ東アーレスに住む人なんだからさ。
景気付けにガソリンを軽く振りまいて、慌てる周りを尻目に裏垢でコッソリと投稿するよ。
「みんなの考える、東アーレス人は?」ってね。
さあ、雪を解かさぬよう慎重に火消ししとくれよ?
●二次元の裏のイメージ
曇天に滲む夕日。東から這い寄る宵闇の気配。
雪は降り止まず、除雪車が通った後の滑走路を、淡い白で覆い隠してゆく。
「いやぁ、酷い目に遭った……終わってなによりだけどさ」
JD-Overedの補給と整備を工場に丸投げしてきた多喜は、任務が終わった実感をようやく得ることができた。後は報酬を貰って帰るだけ。事務手続きが終わるまで暫く時間が開く。
どうしたものか――冬景色で寒々とした滑走路を眺めていると、テレサ達の一団が目に留まった。
テレサ達は誰一人として個体差を持たない。不気味とも思えるほどにそっくりな彼女達は、格納庫へ向かっているようだった。
そういえばテレサはケイト・マインド参謀次長に呼び出されていたような……雪のように白い髪が揺れる背中を呆然と眺めていると、ふと思い立って懐からメモ帳とペンを取り出した。手早く殴り書きしてページを一枚引き千切る。それを小さく折りたたんで握りこぶしの中に隠した。
「おーい! テレサさんよー!」
声を張って手を振る。するとテレサ達は一様に足を止めて振り向いた。
「あ、多喜さん?」
呆けたテレサに駆け寄って背中を叩く。
「お疲れさん!」
「多喜さんもお疲れ様でした」
テレサの微笑には疲労の色が濃く出ている。疲労しているのは必ずしも肉体ばかりではないだろうと多喜は察した。
「道中は散々だったけど、なんとかなったね!」
「そうですね……え? あの……?」
多喜は困惑するテレサの片手を取り、開かせて折り畳んだ紙を押し付ける。そして指を握り込ませた。
「じゃあアタシは報酬貰ったら繁華街の方で買い物でもして帰るから!」
紙を握らせたテレサの手を両手で包む。顔を寄せてウィンクを飛ばす。
テレサは困惑した面持ちで手と顔を交互に見合わせる。多喜は片手を挙げるとテレサに背を向けて足早に駆けていった。
「あの……これ……!」
多喜は背中に声を掛けられるが、片手を振るだけだった。
テレサへ渡したメモは誰に読まれても構いはしない。
直接話すほどでもない言葉をしたためただけなのだから。
去りゆく多喜の背中。
スワロウ01のテレサは、手の中に握り込んだメモ紙をそっと開いた。
記載されていたのは連絡先を示す数字と文字の列。
そして簡潔な文章だった。
『アンタたちは人だ、それは忘れるな』
テレサはメモ紙ごと握り込んだ拳を胸に当て、読んだ文章を内なる声で反芻する。
「私達は人……だから」
閉ざした闇の中に浮かぶ“最初の私”の姿。
「止めて償わなきゃ。人は罪を犯したら、償う生き物だから……」
オリジナル・テレサを、ゼロハート・プラントを止める。
それが贖罪。
人間だけが罪を持つ。人が人であるが故に。
より重くなった決意を、心臓よりも深い胸の内にしまいこんだ。
ゼラフィウムの繁華街の景観は、UDCアースの西欧諸国に近い文化形態を持つ。
交通事情も大差ない。舗装された道路があって、交差点があって、自動車や人が行き交っていて……信号が青に変わり、多喜は跨ったカブのスロットルを回した。
食文化もあまり変わらないようだ。トップケースとサイドケースに詰め込めるだけ詰め込んだ中身を思い返す。スラム街で放出する予定の食糧品だ。
だが、西暦2025年代のUDCアースの西欧諸国には、絶対に存在しないものがあった。
「こんな街中にもキャバリアが突っ立ってるんだ……」
信号待ちの車列の中で余所見をすると、広場で歩哨に立つ青いキャバリアが嫌でも視界に入ってくる。
レイテナ軍の最新鋭量産機のシリウスだ。
「あれはオブリビオンマシンになってないっぽいね」
じっくり見詰めても、オブリビオンを眼の前にした時に感じる独特な嫌悪や胸騒ぎがしない。ゼラフィウムに配備されているシリウスの全機がオブリビオンマシンではないようだ。
「装備は……ソードライフルにシールド、背負ってるのはミサイルとビームキャノンか……」
スタンダードと言えばスタンダードだ。全ての距離と様々な戦況に対応できそうな構成に思える。
「後ろのアレはOveredにもあったら便利かもねぇ?」
砲戦仕様としてパッケージングしようか? 知り合いの猟兵の伝手を辿れば調達も難しくはない。
幸いにも、今回の依頼で特別危険手当がたんまり支払われている。ちょっと良いミサイルランチャーやビームキャノンを買ったところで、当面は遊んで暮らせる程度の金額だ。
莫大な金額だった。核兵器の運搬とは言え“過剰”と思えるほどに。
金額としては“ヘルストーカーと交戦した依頼で支払われた報酬”と殆ど同額だ。
グリモア猟兵は報酬はまあそれなりと言っていたし、契約書で見た額面も実際それなりだった。
追加報酬分がこんなにも膨れ上がるほど厄介な相手と戦わされていたと思うとぞっとする。
だが――これほどの金額をすぐに用意できるものなのか?
ケイトの役職は参謀次長だ。ユニオン全体の中でも、特に高等で重要な役職であることは察せられる。金を大きく動かす事は難しくないだろう。
しかし一人辺りの金額が非常に大きい。
これを20人と少しに支払っているのだから、総額は国家予算級に昇っているはずだ。
そんな金額は、流石の参謀次長でも“事前に用意しておかなければ支払えない”のでは?
ふと疑問が差し挟まったが、給料など多ければ多いに決まっている。
愛機により良い装備を買ってやれるのだから。
「でも逆に敵に回したら面倒な相手になりそうだ」
シリウスにオブリビオンマシン化している個体が存在する以上、いずれは交戦する時が来る。
その時はどう戦う?
見た限り、シリウスはバランスの取れたキャバリアと思える。
汎用性が高い。特徴がないのが特徴。器用貧乏。
言い方は様々だが、極端に尖った部分が無いということは、決定的な弱点がないということだ。
シリウスは量産機だ。正面から撃ち合うとなると数に押されるかも知れない。
遠距離ではビームキャノン。中距離ではミサイル。近距離ではソードライフルと武器の間合いに隙が無い。
しかもシールドを持っている。見た目こそすらりとしたスタイリッシュな体格だが、決して脆弱ではない事は確かだ。
しかも、あの鶏冠とも背鰭とも形容できる、頭部のレーダーセンサーと思しき部位の存在。
大きさからして、通信機能回りも従来の機体より強化されているのでは?
ということは、友軍とのより綿密な連携が取りやすい機体なのではないだろうか?
「量産型キャバリアだからって舐めて掛かると、痛い目を見そうだね」
交戦時には力任せに攻めるより、地形を利用したり、友軍と協力し合いながら丁寧に戦うべきだろう。或いはこちらが持つ優位性を押し付けていくか。
シリウスは極端な特徴を持つ機体ではない。故に、こちらの極端な特徴を活かした戦闘スタイルが有効とも考えられる。
素早いが、イカルガほどではない。
火力はあるが、ギムレウスほどではない。
頑丈だが、JD-Overedほどではない……のか?
多喜の思考は背後で鳴ったクラクションの音に断ち切られた。
「あ、やっば」
信号はもう青に点灯しており、前の車はとっくに進んでいた。アクセルハンドルを回してカブを一気に加速させる。マフラーが景気の良い音を鳴らした。
スラム街を訪れた多喜を真っ先に迎えたのは、清掃されていない公衆便所の臭い。
それが雪をはらんだ風に乗って漂ってくる。
景観は繁華街とは真逆の様相だ。
腐った木材を継ぎ接ぎした犬小屋以下の住居。
雨も風も雪もしのげるとは思えない、ボロ布で張られたテント。
道端で項垂れていたり寝転がったまま動かない者は、カラスの餌になりながらゆっくりと雪に埋もれてゆく。
銃声や悲鳴が聞こえることもしばしばあった。けれども誰もさしたる反応を示さない。
衛生と治安のどちらも最悪だった。
人が住まう場所ではない。
だが、それでもここで人は生きている。生きる事を強いられている。
「さあ好きなのを持っていきな! でも一人食べ物一つ! 飲み物一つまでだよ!」
スラム街の中で比較的まともと思える場所、漆黒の大きな天幕――アーレス教会の出張所の前にカブで乗り付けた多喜は、パンを始めとする様々な食糧や飲料水を雪の上に広げていた。全て報酬を元手に繁華街で買い込んだ物資だった。
レイテナ兵が疑わしげに遠くから眺めている。
天幕の外にまで溢れた傷病者を看護するアーレス教徒の修道女達は、一瞥をくれただけで黙々と作業を続ける。
警戒を露わにする難民と思しき大人達と違って、子供たちは素直だった。
我先にと駆け込み、食べ物と飲み物を引っ掴んで逃げるように去ってゆく。
その様子を多喜が腕を組んで眺めていると、ようやく大人達も猜疑の眼差しを注ぎながら寄ってきた。
「……あんた、イェーガーだろ?」
やたらと咳き込んでいる中年の男が睨みを寄越しながら問う。
「それがなにか?」
「どういう魂胆だ?」
「見ての通り、食い物を配ってるんだけど?」
多喜はどうという事はないと肩を竦めてみせる。
「後からふっかけるつもりだな?」
「金ならとっくに貰ってるよ。お偉いさんからたんまりとね」
彼方に見えるゼラフィウム本部を親指で示す。
「甘やかさない方がいいですよ。そいつらは自分の権利ばかり主張して、義務を果たそうとしない。兵役に就けば市民権が得られるっていうのに……」
遠くから様子を伺っていたレイテナ兵が声を張った。
「義務を果たしてないのはどっちよ! あたしらがこうなったのは、あんたらレイテナのせいなのに!」
「てめえらがあの化け物どもで東アーレスをメチャクチャにしたんだろうが!」
「人喰いキャバリアの発生を口実に私の国に核を使って……!」
「この妙な病気を広めてるのもレイテナなんじゃないか!?」
一人の難民から始まった非難の炎が急激に燃え上がる。
詰め寄る難民にレイテナ兵が「それ以上近付くな!」と小銃を向ける。トリガーに指が掛けられているのを見た多喜は、慌てて両者の間に割って入った。
「まあまあ、お互い同じ東アーレス人には変わりないじゃないか? ここは穏便に……」
「レイテナのクソ共と一緒にすんな!」
「何がユニオンよ! 弱った国を無理矢理併呑しただけのくせに!」
「ラディアを返せ!」
「黙れ! 近付くなと言っている!」
「ちょっとぉぉぉ! ギャーギャーうっさいんですけどぉぉぉ! ここは教会の前ですよぉぉぉ! 他所でやってもらえませんかね! ったく、イェーガーが来るとロクな事がないんだから……」
炎髪を揺らすアーレス教徒の修道女までもが参戦し、いよいよ収拾が付かなくなってきた。
これは火にガソリンを注いでしまったかと辟易した多喜は、群衆から下がった。
しかしこれでスラム街での世論はだいたい掴めた。
では、より広い範囲での世論は?
携帯端末を取り出し、ゼラフィウムのネットワークにアクセスして匿名掲示板を開く。ピンクの背景にサムネイルがずらりと並ぶレイアウトの匿名掲示板だった。
みんなの考える、東アーレス人は?
そのタイトルでスレッドを立てる。騒然としている群衆を眺めていると、ほどなくしてレスポンスが付き始めた。
『政治はだめ。デリート』
『金髪碧眼』
『それはレイテナ人だけです』
『レイテナ人は選民思想強すぎ』
『東アーレスの人って喧嘩っ早い人が多いよね』
『バーラント人よりマシ』
『レイテナがラディアとかを核攻撃したの忘れてないからね』
『ゼロハート・プラントで自作自演の事故起こして自滅しかけてるアフォ』
『東アーレス解放戦線さん今日もネット工作お疲れ様です』
『人喰いキャバリアでしょ』
『同意』
『東アーレスの総人口より人喰いキャバリアの総数の方が多いらしい』
『東アーレス人は衰退しました』
『実際そうだから笑えない』
『もはや人は少数派なんだよなあ』
『時々でいいから日乃和人のことも思い出してあげてください』
『日乃和人は日乃和人ってカテゴリじゃね?』
『日乃和人だけ顔付き違うんだよね』
『人類共通の敵を前にして一丸となれない愚民』
『ユニオンで一丸となってるじゃん』
『なってねーよハゲ』
『あいつら相手の批判ばっかりして何も決められないじゃん』
『バーラントの工作員が議会に紛れ込んでるからね』
『はいはい陰謀論』
『身内で争ってるだけなんだよなぁ』
『まずレイテナ・ロイヤル・ユニオンって名前がムカつく』
『レイテナが盟主だから仕方ない』
『つまり東アーレス人=レイテナ人』
『レイテナ人は全員エヴォルグに喰われて死ね』
『レイテナの足を引っ張ってる奴らこそエヴォルグに喰われて死ね』
『結局のじゃロリ女王とハゲ首相のどっちが偉いんだ?』
『俺は貧乳派だからエリザヴェート陛下についていく』
『ロリコンきもい』
『ハゲよりマシ』
『どっちも死ねばいいよ』
『イェーガーに決めさせよう』
『肝心な時に肝心な所に来ない役立たずじゃん』
『イェーガーはスカルヘッド落としたろ』
『鯨の歌作戦の成功もイェーガーのお陰なんですがそれは』
『いいえ日乃和の増援艦隊のお陰です』
『レイテナの艦隊が弱体化したのは日乃和の暁作戦のせいだけどな』
『日乃和じゃイェーガー雇いすぎて破産寸前ってマジ?』
『マジ』
『イェーガーのせいで日乃和の消費税が30%になったらしい』
『ユニオンもヤバいんじゃね?』
『今日イーストガード基地から出ていくイェーガー見たよ』
『俺も見た』
『何させてんだろ?』
『トラック守ってたっぽい』
『わざわざトラック守るためにイェーガー雇うとかバカじゃねーの?』
『何かヤバいブツを運んでるとみた』
『スレ違いだ失せろ雑魚ども』
『お前が失せろ敗戦国の負け犬』
『さっきから荒らしスパム湧いてんな』
『スレ主管理して役目でしょ』
飛び交う罵倒雑言。差別発言。意味不明なスラング。
人の醜悪な本音が露わになりやすい匿名掲示板では、東アーレス人の生々しい声を知る事ができた。
「政府も政府なら、国民も国民ってわけかい……?」
東アーレス人同士の軋轢は相当な深度まで亀裂を及ぼしているようだ。
あくまでゼラフィウムのネットワーク上ではだが。
ここにオブリビオンマシンの影響が介在しないとは言い切れないが、逆にどこまでが東アーレス人の本性なのか……多喜は推し量りかねた。
或いは、人は共通の敵が現れても、一つとなる事はできない生き物なのかも知れない。
もしくはクロムキャバリアの世界構造がそうなるように作られているのか?
人類を小国家という細切れにし、一丸となる事を許さない。
その世界構造を作り出しているのは――多喜は頭上を見上げる。
雪を降らせる分厚い雲の向こう側。透き通るような夕焼け空から全てを見下ろし、監視する眼。
「どれもこれも殲禍炎剣のせいなのかね……?」
何者も抗えない絶対の審判者。
多喜の両肩に雪が積もり始めた頃には、冬の寒気が喧騒の火を消していた。
ゼラフィウムのスラム街は汚く、危険で、冷たい。
それでも人はここで生きている。
生きるということだけについては、東アーレスに住まう者――否、この世界に住まう者の共通の意志であり目的だった。
今も生きる者の誰もが戦っている。
今を生き残るために。
大成功
🔵🔵🔵
シル・ウィンディア
守秘義務かぁ…。
まぁ、なんか厄介そうだったしね。
気になることは多いけど、そこは得意な人に任せようっと。
戦闘データを整理した後はテレサさんを見つけて、市街地へお誘いしてみようかなー。
ね、一緒に甘いもの食べに行かない?
ケイトさんに呼ばれていたけど、後ほどってことだから、少し時間があるよね。
気分転換も必要だよ?
そう言って手を引っ張っていこっと。
んー、どこか景色のいいカフェを見つけたら突撃っ!
今日はわたしが出すよ。ほら、お誘いしたのはこっちだしね。
お金は今回の報酬があるし気にしないっ。
わたしはスフレチーズケーキと紅茶にするけど、テレサさんはどうする?
食べてお喋りして…。
基地に戻る途中、手をぎゅっと握って囁くように伝えるよ。
わたしはあなたの味方だよ。
だから、頼ってもらっていいよ。
ただ、間違っているってことをしたら全力で止めるから。
戦友ではなく、友達っておもっているから。
だから、よかったら友達になってくれない?
これを伝えたかったんだ。
基地内でこれは喋れないから、だから、連れ出しちゃったわけ。
ティオレンシア・シーディア
うーわぁー…
依頼人は胡散臭いし周辺も上層部もきな臭いし、おまけに相当数のオブリビオンマシンが浸透済みとか…
コレ情況に流されてるだけだとうっかり詰みかねない…んだけど。
色々とコネがないこともないけれど、こういう状況で即効性ある類じゃないのよねぇ。はぁ…
まーとにかく、現状できることからしていくしかないかぁ。
…とりあえず、現在精神的耐圧耐久試験真っ只中なテレサちゃんかしらねぇ。お茶会にでも呼んでメンタルケアしようかしら。
政治的な腹芸だの軍事的な情報収集だのもできなくはないけれど、そういうのは専門家に任せたほうが効率的だし。
…カウンセリングとか、ガラじゃないんだけどなぁ…
…前に、マルガリータに言ったことではあるんだけれど。「生きる」ってのは生まれた奴の特権だもの、死にたくないから生きてても別にいいんじゃない?
それと…あたしは|この「テレサ」《あなた》だからお茶会に呼びたかった、ってことは覚えておいてほしいわねぇ。
…ひょっとしたら、あたしよりマルガリータ相手のほうが話が弾んだりするのかしらねぇ?
●生き抜くこと
格納庫の片隅で、ティオレンシアは携帯端末の画面に表示された数字に眉をひそめた。
数字が示すのは支払われた報酬総額。
追加分を含めて結構どころではない額に昇っている。
普通なら懐が潤って喜ばしいところだ。しかし素直に喜ぶ気にはなれなかった。むしろ色々と勘ぐってしまう。
「これ……準備も無しに出せる金額なのかしらねぇ?」
一人頭でこの額なのだから、20数名分の報酬を合計すると、とんでもない額に達する。
幾らケイトが参謀次長という重役だからといって、すぐに動かせる金額なのか?
何割かは口止め料だとしても、待ち伏せを受けた事もあって、どこか茶番めいた気配が匂う。
それにケイト自身の人柄だ。
「あれは絶対腹に抱えてるタイプの人間よねぇ……」
影が形を成したかのような真っ黒な風貌。浮かべる微笑は胡散臭い。
彼女は東アーレス解放戦線の待ち伏せがある事を知っていたのではないか?
そう思わせるほどの準備の良さだ。しかしだとしたら露骨過ぎる。
まるで、この依頼に隠された別の何かから注意を逸らさせる囮とも思えてしまう。
「おまけにオブリビオンマシンは浸透してるし」
薄く開いた双眸を駐機中のシリウスに移す。
全てではないがオブリビオンマシン化している個体が散見される。
いまでこそ大人しく跪いているが、それが返って疑わしい。こちらが手出する口実を与えないために動きを見せていないのでは?
「状況に流されてていいのかしら? 気付いた時にはもう詰んでたりしない?」
ティオレンシアは自問するも現時点で流れを変える術はない。
切れる手札にコネクションが無いことも無いが、いずれも穏やかな流れの中での即効性は見込めなかった。
シリウスの光が落ちたセンサーカメラを見詰めていると、視界の隅に白い髪の少女が入り込んだ。
地味な制服に装いを改めているが、スワロウ小隊のいずれかのテレサだった。格納庫を出てどこかに向かおうとしているらしい。
「あの子もあの子で放って置くと、どこかでぐしゃっといきそうなのよねぇ……」
テレサが抱え込んでいるものをティオレンシアは知らない。だが抱え込んでいることは分かる。
それは重く、今もきっと耐圧試験のようにじわじわと重圧を増しているのだろう。
滲んだ亀裂からオブリビオンマシンが浸透しないとも限らない。連中は人間のそういうところにすぐ付け込む。
「あたしはカウンセリングなんて柄じゃないけれど、お茶くらいならね?」
どうせスノーフレークの補給と整備完了まで時間がかかる。暇を潰すついでに、誰かが巧妙に整えた状況の流れを少しでも乱す事ができるなら悪くない。
ティオレンシアがテレサの背中に声をかけようとした時、格納庫の出入り口からシルが駆けてきた。
「テレサさーん!」
ファンタジックなデザインのセーラー服に着替えたシルは、青い大きなリボンとフィッシュテールを揺らしながらテレサに駆け寄る。
「やっと見つけた!」
ゼラフィウムは本部周辺だけでも広大な敷地面積を持つ。滑走路や本部内を探し回っていたシルは白い息を短い間隔で吐き出した。
「シルさん? 私に何か?」
「いま時間あるかな? ケイトさんに呼ばれてたみたいだけど」
ケイトの名前を出すとテレサの表情筋が一瞬強張る。しかしすぐに微笑で上書きされた。
「大丈夫ですよ。まだ呼ばれてませんから。イェーガーの人達との話し合いが長引いてるみたいで……」
「そっか。じゃあさ、一緒に甘いもの食べに行かない?」
「甘いもの?」
テレサが目を丸くして首を傾げる。
「気分転換に! ここに来る途中で街中を通ったでしょ? その時美味しそうなカフェがあったから!」
シルはテレサの手を掴む。自分の手とさほど変わらない大きさの手だった。
「あっ……えーっと……」
「あら? 先を越されちゃったかしら?」
困惑するテレサの後ろからティオレンシアが声を掛ける。
「あたしもテレサちゃんをお茶に誘おうと思ってたところなのよ。お邪魔だった?」
「ううん、じゃあ三人で行こ!」
「ならご一緒させて頂くわねぇ」
「えっと……はい」
シルがテレサの手を引く。
ティオレンシアには二人の姿が歳の近い友人同士に見えた。
斯くしてゼラフィウムの市街のカフェを訪れたティオレンシアとシルは、テレサを挟む格好でテーブルに着いた。
「んー、おいし!」
シルはスフレチーズケーキの味に笑顔をほころばせる。泡のように軽い舌触りと、爽やかな酸味と甘さで口の中が幸福感で満たされた。
「へぇ? 良い豆を使ってるみたいねぇ?」
ティオレンシアはコーヒーのまろやかな苦みと深いコクを味わいつつ、丁寧に焙煎された芳醇な香りを堪能した。
「テレサさんのチョコケーキはどう?」
シルが尋ねる。テレサは背中を跳ねさせて落としていた目線を上げた。
「えっ? あ、はい。美味しいですよ」
ほんの一口分だけ手を付けたチョコレートケーキ。咄嗟に取り繕った笑み。
ティオレンシアの糸のような目は、それらからテレサの心境を透視した。
「思い詰めてるわねぇ……」
「いえ、そんな……」
苦く笑うテレサにシルが「そーなの? 何を? どうして?」と詰め寄る。
「産まれたプラントのことかしら?」
ティオレンシアはするりと滑り込むようにして核心に触れた。
「テレサさんが産まれたプラント? ゼロハート・プラントのこと?」
シルがテレサの瞳を真っ直ぐに覗き込む。
「まあ、その……はい……」
目を逸らしたテレサの言葉は細く、消え入りそうだった。
「ゼロハート・プラントが暴走しなければ、あんな目に遭う人達も生まれなかったのに……そんなところかしら?」
東アーレス解放戦線。リリエンタール・ブランシュ。スラム街の難民達。
いずれもゼロハート・プラントから湧き出る人喰いキャバリアに被害を受けた者達である。
彼らばかりではない。東アーレスでは既に何十億人もの犠牲者が出ている。
総人口はゼロハート・プラントの暴走以前と比較して三分の一を割り込んでいるとも聞いた。
無差別大量虐殺者を母に持つ者の心境……ティオレンシアには分からずとも、落ち窪んだテレサの目から、それが背中に掛ける重圧を推し量る事はできる。
もしもゼロハート・プラントが暴走していなかったら?
こんなにも人が死ぬことはなかった。
ラディア共和国を含む諸国が焦土作戦に巻き込まれることもなかった。
住む場所を追われた難民たちが過酷な環境に置かれることもなかった。
「あたしはテレサちゃんに責任があるとは思えないけどねぇ?」
ティオレンシアはカップに口づけしながら言う。
「わたしも。だってテレサさんがプラントを暴走させたわけじゃないでしょ?」
シルはテレサの横顔を見つめるが、伏せた目と視線が交わることはなかった。
「はい。分かってます。でも……私が償わなきゃだめなんです。きっと」
「なるほど? 身内のやった事に責任と罪悪感があるわけねぇ……」
一般的な感覚からすればティオレンシアにも理解できる。
この子も人なのだなと、安堵を含めた吐息を零してカップをソーサーに置く。
「だから……戦い続けなきゃ。私がゼロハート・プラントを止めないと。それに、最初の私……オリジナル・テレサも……」
「テレサさん?」
皿の上のチョコレートケーキに視線を落としたテレサは、ずっと遠くて深く、暗い場所を見ている。シルはそのように思えた。
「そんなに思い詰めないでとは言わないけどねぇ。なら生き抜くことよ」
テレサが微かな横目をティオレンシアに流した。
「前にマルガリータって子にも似たような事を話したんだけどねぇ、生きるってのは生まれた奴の特権だもの。生きていないとできないことは山ほどある。償いたい。戦い続けないといけない。そう思うなら生き抜かなきゃ。死んじゃえば全部できないでしょう?」
言葉にすれば当たり前のことだ。だがそれをするのは言葉ほど容易ではないし軽くもない。
テレサの口がほんの少しだけ開いた。けれど声を発する前に閉ざされてしまう。
「まぁ、死んでも成し遂げるなんて考えはお勧めしないってことよ」
「そうだよ? そんなの絶対ダメだからね?」
ティオレンシアの後にシルが念入りに畳み掛ける。
「は、はい。それは大丈夫です。ティオレンシアさんが言う通りだと私も思いますから……」
顔を寄せるシルにテレサは眉宇を傾けて仄かに微笑む。
「それと、あたしはあなただからこそお茶に誘った……ということは憶えておいてほしいわねぇ?」
「私だから……?」
ティオレンシアに向いたテレサの面持ちは疑問符を浮かべていた。
「そう! わたしもテレサさんだから誘ったんだよ!」
はっきりとした笑顔を作るシルに、テレサの表情もつられて緩む。
「えっと、ありがとうございます……」
はにかむテレサの頬がほんのり朱色を灯した。
「だから食べて! ここのケーキとってもおいしいでしょ?」
「そうですね。美味しいです」
笑い合うシルとテレサに、ティオレンシアは日向に咲く蒲公英のような相方を重ねた。
「……ひょっとしたら、あたしよりマルガリータ相手のほうが話が弾んだりしたのかしらねぇ?」
「マルガリータって?」
シルが尋ねる。
「あたしの相方よ」
「へー、どんな人なの?」
「そうねぇ……蒲公英みたいな子かしら?」
「タンポポみたい……それって明るいってことなんでしょうか?」
「そう。いまはスノーフレークでお留守番させてるけどねぇ」
「キャバリアの中にいるの?」
「あぁ、マルガリータはAIでね――」
他愛の無い話題が続く。
こうして語れるのも生きている者の特権である。
死人に口なし。
時間は、生きる者のために前へと過ぎてゆく。
●別れの際に
スノーフレークとレゼール・ブルー・リーゼの補給と整備が完了し、シルとティオレンシアはゼラフィウムでの用事を全て終えた。
後は滑走路脇の駐機場に開いた転送門を通り、グリモアベースに戻るだけだ。
「それじゃあご機嫌よう。また機会があったら、一緒に仕事が出来るといいわねぇ」
「またね! 他のテレサさん達にもよろしく!」
ティオレンシアとシルは、見送りのテレサとアルフレッドに手を振って背中を向けた。
「任務の協力に感謝する。また共に戦える時を楽しみにしている」
「ありがとうございました!」
アルフレッドの野太い声と、テレサの少女らしい声を背中に受けながらティオレンシアは転送門が放つ光の中へと進んでいった。
シルも同じく転送門を潜り――抜けようとした時、足を止めた。
「あ!」
振り返ったシルに「忘れ物ですか?」とテレサが首を傾げて尋ねる。
シルはテレサに駆け寄ると、両手を取って強く握り込んだ。
突然のことに目を丸くして呆気に取られるテレサ。シルはテレサの額に自分の額を寄せる。
「わたしはテレサさんの味方だよ」
「え……?」
「だから、頼って」
覗き込んだサファイアブルーの瞳に囁く。
テレサの瞳にはシルの顔が。シルの瞳にはテレサの顔が。無限に繰り返して映り込む。
「ただ、間違っていることをしたら全力で止めるから。戦友ってだけじゃなく、友達って思ってるから」
「シルさん……?」
テレサは困惑の色を顔に宿す。
「だから! よかったら友達になってくれない?」
シルは急に額を離して声量を上げた。
「それだけ! じゃあね!」
答えを待たず、シルはテレサの両手を包む手を離した。そして踵を戻して転送門へ走り出す。
「あ……! あの!」
「またカフェ行こうね!」
呼び止めるテレサに横顔を向けた。
転送門に入る直前、手を伸ばすテレサの姿が見えたが、視界はすぐに光で塗り潰された。
ティオレンシアとシルを吸い込んだグリモアの転送門が、急速に収縮して消失する。
後に残されたのは、雪化粧を纏う駐機場だけだった。
呆然と立ち尽くすテレサの腕がゆっくりと下がる。
「新しい友人ができたな」
横に並んだアルフレッドが双眸を細めて言う。
テレサが応じる言葉を発する間もなく、アルフレッドは背中を向けて立ち去ってしまった。
「シルさん……」
ただの虚空となった転送門の跡にテレサは呟く。
「また、会いましょうね」
笑みを綻ばせて空を見上げる。
曇天は夕暮れを越えて宵闇に染まりゆく。
冷たい雪は今も降り続いている。
胸に押し当てた手には、シルの体温がまだ残っていた。
●小さな暴君の大きな憤怒
吹雪に見舞われた市街を震撼させる轟音。
聳立する高層ビルが横倒しとなり、輸送車輌の進路を塞ぐ。
巨大で分厚すぎる壁。それが猟兵達の埒外の力によって瞬く間に撤去された。
『レブロス01より輸送車へ! ただちに前進しろ! ゼラフィウムの防空圏内まで全速力だ! 他の友軍各機はこれを全力で援護! 当戦域から離脱する!』
『スワロウ01! 了解です!』
声を張ったアルフレッドに必死のテレサが続く。
走り出す輸送車輌。レブロス中隊とスワロウ小隊、猟兵達が弾とビームの暴雨を撒き散らす。
スティーズ中隊のモノアイ・ゴーストは近付くことすらままならない。
負け惜しみの銃声が響いた時には、輸送車輌のテールランプは吹雪に掻き消されてしまっていた。
呆然と立ち尽くすモノアイ・ゴースト。目標を見失ってもまだ降ろされないレーザーマシンガンは、パイロットが噛み締める悔しさを表現しているかのようだった。
やがて現実を受け入れた各機が未練を残して撤退してゆく。
『ゲイザー01より小隊全機へ。戦闘終了を確認。これよりイーストガード海軍基地へ帰投する』
短い通信音声が過った後、世界が停止した。
一連の光景は、クイーン・エリザヴェートの艦長室のモニター上で再生された映像だった。
「うぬぬぬぅぅぅ……!」
モニターを睨むエリザヴェートの表情は険しい。食い縛った白い歯の隙間からは憤怒の唸り声が漏れる。ソファから腰を浮かせた身体は微かに震えていた。
「こっちが流したネタに、東アーレス解放戦線が食い付いたところまではよかったんだがなあ……」
ブリンケンはソファに沈めた身体を前に屈め、深い溜息と共に両肩を落とした。
「おのれイェーガーどもめぇぇぇー! よぉぉぉくも妾の邪魔をしおってぇぇぇ!」
エリザヴェートが両手の小さな拳でテーブルを激しく叩く。驚いたティーカップがソーサーから跳ねて、中の紅茶を飛び散らせた。
「ま、ケイト参謀次長にイェーガーを雇われちゃあ、こうなりますわな」
「ぬぅぁぁぁにを他人事のように言っておるのじゃ! “あれ”は妾が手に入れたものじゃぞ!」
エリザヴェートの怒鳴り声は頭に痛い。ブリンケンは渋い面で硬い顎髭を撫でた。
「正確にはイェーガーがとっ捕まえてきたものですがね」
「イェーガーを雇ったのは妾じゃ! イェーガーが捕ってきたものは妾のものじゃ!」
エリザヴェートはますます沸騰した鍋のように怒気を湯気立たせる。
「これからどうされるのです?」
静観していた矢野が硬い表情で尋ねる。
「そりゃあ取り返したいのは山々なんですがね、ゼラフィウムに殴り込むわけにもいきませんからな」
打つ手なし。ブリンケンはそう言わんばかりに腕を組んで天井を仰ぎ見た。
「もうよい! 事の真相を妾が全部ばらしてやるのじゃ!」
「すると今度は身内争いが始まりますな。陛下と参謀本部以外にもユニオンの主導権を握りたい連中はゴロゴロいますんで」
「構わぬ! あれは妾のものじゃ!」
「もはやあれが誰のものかは問題じゃありませんよ。誰が持っているかです」
「なら黙ってケイトに持たせておけと言うのか!?」
「そうです。今はそれが最善ですよ。白木キャプテンだってそう思うでしょう?」
唐突にブリンケンに問いを振られ、エリザヴェートに睨まれた矢野は、曖昧に首を捻る他になかった。
「いえ……自分はあくまで一介の艦長に過ぎませんので……」
「まったく白木キャプテンは欲がなさすぎますな」
ブリンケンはもう何度目になるか分からない溜息をついた。
「ともかく陛下、今は静観する時です。どの道あれだけじゃ意味を持ちませんからね」
「ぐぬぬぬぅぅぅ……!」
「“あれ”はあくまで“宝箱の鍵かも知れない”ってだけの代物ですよ。鍵だけ持ってても、肝心の宝箱がなけりゃあ、鍵だって意味がないでしょう?」
「鍵を持ってなければ開けられぬではないか!」
「開けようにも近付くことすらできませんよ。ま、それに関してはこっちも事情が同じですがな」
ブリンケンにやり返す言葉が見付からないエリザヴェートはソファに腰を放り出し、紅茶を一口で飲み干す。
「ふん! 最後にゼロハート・プラントを手にするのは妾じゃからな! ブリンケン! ケイトに先を越されるでないぞ!」
「やれるだけの事はやってみますがねぇ……」
「さもなくばギロチンじゃ!」
無理難題を押し付けられたブリンケンは、うちの女王陛下は困ったものだと含めた目を矢野に向ける。
矢野は自分を一介の軍人と規定している。故にきつく口を閉めて瞬きを返す他になかった。
エリザヴェートという小さな暴君から吹きこぼれる憤怒は、当面収まりそうにない。
●猟兵達が守り抜いたもの
最後に残留していた猟兵が帰還して数刻後。
陽は完全に沈み、分厚い雪雲は闇色のカーテンとなって空を覆い尽くしている。
ゼラフィウムの要塞本部には幾つかの機密区画が存在する。
機密区画の内の一つは、広さはキャバリア用の格納庫程度で、分厚い天井と壁に覆われただけの殺風景な空間だった。
静謐に支配されたそこの中央に、一台の大型トラックが止まっている。
間違いない。猟兵と共にゼラフィウムまで護衛してきた輸送車輌だ。
テレサはこの車輌がどうしてこんな場所に止まっているのか理解できなかった。
荷下ろしをするため、核兵器貯蔵施設に行ったのでは?
それが何故、こんなところに――しかも周囲を完全武装した何人もの兵士とシリウスが囲んでいる。
いずれの者も機体も銃口こそ下げているが、いまこの瞬間にでも戦闘態勢に入れる。そんな緊張感を漂わせている。
テレサにとってもっと分からないのは、今自分が置かれている状況だ。
ケイトから呼び出しを受けたのが数十分前。
イーストガード海軍基地で尋問官にされた仕打ちを思い出し、全身を強張らせて参謀次長の執務室の扉を叩いた。
けれど連れてこられた先は、狭く冷たく薄暗い尋問室ではなく、この機密区画だった。
「あの……ケイト参謀次長……これはどういう……」
横に立つ影のような黒尽くめの女性に恐る恐る尋ねる。
「あなたに会っていただきたい人がいます」
意味不明な答えに思わず声が漏れそうになった。しかし人という響きが胸の奥底を不安にざわめかせ、声を詰まらせた。
「開けてください」
ケイトの一言で二人の兵士が動き出す。
輸送車輌が牽引するコンテナの後部の扉のかんぬきが外され、左右に開かれる。
三葉放射能標識が仰々しく描かれた扉が現れた。
電子的な、物理的な、何重もの施錠が一つずつ解除されてゆく。
またしても扉が現れる。兵士は黙々と解錠作業を進める。
最後の分厚い扉が開かれた時、テレサの頭の奥底で疼痛が脈を打つ。
鯨の歌作戦で感じた感覚。
スカルヘッドと、ヘルストーカーと交戦した時に感じた感覚。
そしてテレサは悟った。
この輸送車輌は、初めから戦略核弾頭など積載していなかった。
アルミリア一等兵が運び、私が……アルフレッド大尉が……猟兵達が護衛していたもの。
それは――。
兵士二人がコンテナの暗闇の中へと入ってゆく。
照明が届かないその奥で、何者かが兵士二人に両脇を支えられて立ち上がった。
「お待ちしていました」
親しい笑みを浮かべるケイトの声が反響する。
慎重な足取りで進む兵士二人に合わせ、何者かがコンテナの中から降りてくる。
照明の元に露わとなったその何者かは、拘束着によって四肢を厳重に束縛されていた。
テレサが呼吸を止めて目を見開く。
小さめの体躯に豊かな釣鐘型の胸。
童顔の双眸に秘められたサファイアブルーの瞳。
白い長髪は、風が吹いていないにも関わらずなびいているように見える。
テレサはこの少女をよく知っている。
知らないはずがない。
毎日顔を合わせ、共に戦い、死んでいった少女。
あまりにも自分そっくりの容姿……違う。少女の容姿は自分自身だ。
「まさか……オリジナル……テレサ……?」
喉が勝手に掠れた声を漏らす。
彼女は海原のような瞳でじっと見返すだけで、何の反応も示さない。
「ゼラフィウムへようこそ、オリジナル・テレサさん。それともゼロハート・プラントの“母機”とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
幾年来の友人を出迎えるようなケイトの声音。
「アルミリア一等兵とアルフレッド大尉はこの事を知っていたんですか!? イェーガーは!?」
驚愕。困惑。不信。テレサは膨れ上がった感情の勢いのままにケイトを問い詰める。
「いいえ。輸送物がオリジナル・テレサであった事は、私を含めた極一部の者しか知りません」
「どうして……!」
「テレサ少尉。彼女を無事にゼラフィウムへ送り届けてくれたこと、改めて感謝します」
ケイトは表情も語り口も優しげで穏やかだった。
「騙すような形になってしまった点については謝罪します。ですが、彼女を安全かつ確実にゼラフィウムへお迎えするには、味方の目さえも欺く必要があったのです。あなたになら、理由は分かっていただけますね?」
テレサは息を詰めた。
オリジナル・テレサ――鯨の歌作戦中に、猟兵によって身柄を確保された、テレサ型レプリカント。
言動から人喰いキャバリアの制御元である容疑が掛けられているのと同時に、ゼロハート・プラントと密接な繋がりを持つと推定されている。
それこそ、ゼロハート・プラントを止める手段を有している可能性も否定できない。
彼女の存在は作戦中に図らずも公となった。
だがその後の身柄については極秘扱いとされていたらしく、一介のパイロットであるテレサでは居場所すら知る事は叶わなかった。
イーストガード海軍基地のどこかに収監されているとは思っていたが……自分達が護衛した輸送車輌の中にいたなどとは想像も及ばなかった。
テレサが言葉に迷って瞳を彷徨わせている間に、ケイトが口を開いた。
「テレサ少尉にご同行をいただいたのは、万が一の保険のためです」
「保険……?」
「テレサ型レプリカントには、死亡した際に周囲の同型のレプリカントに記憶をコピーする機能がある事は、よくご存知のはずですね?」
「最初の私を、オリジナル・テレサをここで殺して、私に記憶を引き継がせるっていうんですか!?」
ケイトの首が横に振られる。
「万が一の保険と言いました。私達はそのような手段は避けるべきと考えています。それよりも……」
「無意味ですよ」
冷徹な声音がケイトの言葉を遮った。
「私が自分の脳量子波をコントロールできないとでも? それに、私があなた達の言う“母機”だったとして、バックアップも用意せずに前線に出てくると本気で思ってるんですか?」
「母機って……?」
「プラントが産み出した制御装置。それを私達は母機や人型インターフェースと呼んでいます。日乃和の南州第一プラントと、沙綿里島プラントにも母機が存在します」
オリジナル・テレサに代わってケイトが答えた。
最初の私以外にも、同じようなレプリカントがいる? ケイトはその存在を知っていた?
テレサの内でケイトに対する猜疑がますます膨張する。
「ここにテレサ型レプリカントを連れてくるなんて、むしろ迂闊ですよ。コントロールを乗っ取られるような事態を思い付かなかったんですか?」
「そのような場合には、誠に不本意ですが、安全装置を起動させていただきますので」
安全装置――レイテナが回収した全てのテレサ型レプリカントに仕込まれている爆弾だ。人喰いキャバリアを産み出したプラントから回収されたレプリカントなど、レイテナは元より信用していない。万が一暴走の兆しがあれば、首に埋め込まれた高性能小型爆弾が頭部を確実に粉砕する。
「オリジナル・テレサさん。私はあなたと交渉がしたいのです」
ケイトがオリジナル・テレサに一歩近付く。
テレサは危険だと止めようとしたが、身体が動かなかった。
「私達の目的はゼロハート・プラントの有意義な活用です。破壊でもなければ、あなたの命を奪うことでもありません。現在は止むなく武力衝突の最中にありますが、出来ることならばあなたとは友好な関係を築きたいと願っています」
「それは何のために?」
オリジナル・テレサが問う。
「全ての東アーレス人のためです」
ケイトは迷いなく即答した。
「オリジナル・テレサさん……あなたの目的をお聞かせ願えませんか?」
照明が眩しい機密区画を、耳が痛くなるほどの沈黙が暫しの間支配する。
「私の目的は――」
テレサはもう知っていた。
鯨の歌作戦で、ヘルストーカーと猟兵達が交戦した時からずっと。
「アーレス大陸からイェーガーを殲滅すること。そして、猟兵を生み出す人類をアーレス大陸から根絶すること」
オリジナルテレサは平然と……しかしはっきりと断言した。
それを真正面で受け止めたケイトは驚くでもなく恐れるでもない。
今更分かりきった答えを確認し、変わらず穏やかな面持ちで「分かりました」とだけ答えた。
「では、場所を変えて、お互いに意志の理解を深めることをご提案したいのですが、いかがでしょう?」
オリジナル・テレサは瞬きするだけで動かない。睨みつける眼差しも冷たいままだ。
視線を交わらせる両者。
先に動いたのはケイトだった。
オリジナル・テレサに背中を向けて歩き出す。
するとオリジナル・テレサがケイトの後に続いた。
兵士達とシリウス各機が一斉に銃を向ける。それをケイトは片手を挙げるだけで制した。
ケイトの背中を据わった目付きで睨みながら歩いてゆくオリジナル・テレサを、テレサは身構えたまま凝視し続けていた。
そしてすれ違った瞬間だった。
「私をここに連れてきてくれて、ありがとう」
オリジナル・テレサが確かにそう囁いた。
テレサは我が耳を疑い、目を見開いて振り返った。
自分と同じ容姿の少女がケイトの後をついて行く。沈黙を保ったままで。
広すぎる殺風景な屋内に、ケイトのハイヒールが床を突く音が響く。
これは良いことなの? 悪いことなの?
私はどうするのが正解なの? ケイト参謀次長は何をしようとしてるの?
最初の私は? 囁きの意味は?
濁流となった疑問が頭蓋の中で渦を巻く。
テレサはただ、猟兵達が守り抜いたものの背を見て、立ち尽くす他になかった。
猟兵達が切り拓いた分岐路。
本来ならば存在し得なかったその路は、より深刻な因果の終末点へと伸びてゆく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵