ふぁむ・くりすます・けーき
●荒ら屋とて楽しみたい
この季節、所用で出掛けた折々に目につく赤と緑の装飾。煌びやかな電飾で家を飾り、大きな靴下を子供に与えたり──贈り物を考えたり。
その景色についつい類の口許も緩んでしまうのだけれど、棲み処に戻ればそこはサムライエンパイア。
山奥の村外れという立地も影響して、周囲にその気配はあまり感じられない。だから。
「くりすますけーきを作ってみないかい?」
ぬくぬくとこたつに埋もれる長い尾っぽの猫さんと、みかんを剥いてあげていた愛しい奥さんに声を掛けたなら、猫さん──フェレスはぴこっと耳を跳ねさせた。
「けーき……けーきってけーきか?!」
猫の姿で過ごす時期の長かったフェレスも、きらきらして見えるお菓子のことは知っている。
「あれってつくれるのか。わたしでもできる?」
けーきはお店に並んでいるもの。つくる、なんて。想像したこともなくて。我知らず期待が籠もる若苗色の双眸に、類が「もちろん」と肯けば、
「やる!」
「はーい、私も!」
奥さん──リティ……いばらもめいっぱいに眦を緩めて片手を挙げた。応じてくれるだろうとは思っていたけれど。実際に微笑んでくれた今にこっそり類は胸を撫で下ろす。
「リティの居た国では、けーきも木に生るの?」
「ふふ、うん。ケーキの木さんにも実るけれど、きっと皆で作ったのも格別のお味だわ」
口から食べるのはヒト型に成ってから覚えたことで、生ったケーキの記憶はあまりないけれど。みんなで作るのなら素敵になるに決まってる!
自信満々ないばらに「そうだね」類も相好を崩し、早速用意した雑誌を捲った。
「じゃあ、どんなけーき作ってみたい?」
簡単なのなら……と告げる彼の手許を覗き込めば、本当にお店に並ぶようなお菓子がたくさん載っていて。フェレスは胸の奥からそわそわ──ざわざわ? ちがう、わくわく!──が湧き上がるのを感じた。
「いちご! いちご、いっぱいのせる!」
「苺? いいね。かっぷけーきを焼いて、飾り付けってのもあるね」
「でっかいのがいい!」
「大きいケーキさんなら、パンケーキタワーさんが良いかしら。作るのも、飾るのもきっと楽しいの」
フェレスの希望を踏まえていばらも類の手許の雑誌を覗き込む。見開きで載った、ケーキで出来たクリスマスツリーがかわいくて。いばらの指先を追って、類も肯く。
「なるほど。ぱんけーきを重ねて、好きな果物とくりーむでつりーっぽくするのか……。うん、それなら豪華になるだろうし、賛成!」
類もいばらも、複雑な工程が必要な凝ったお菓子は作ったことがないけれど、これなら難しくもなさそうだし。ちらとフェレスの輝く瞳をふたりで盗み見て、ふふりと笑み交わして。
「そうと決まったら、お出かけね!」
サムライエンパイアの荒屋ではけーきを作るには心許ないからと、アックス&ウィザーズの鮮やかな屋根がいくつも連なるマーケットへと足を運んだ。
あちこちから売り子の声が聴こえてくるけれど、やはりここも赤や緑の装飾が目につく。
「この時期は聖夜の準備で賑やかだねぇ」
あっちを見て、こっちを見て。めいっぱい目移りしながらもフェレスは製菓材料の屋台を見つけて大騒ぎ!
「るい、いばら! あれ! ちょこの! ぜったいのせたい!」
チョコレートプレートに、赤い服を着た妖精みたいな姿のマジパン、銀色の丸い粒やカラフルな棒なんかもたくさん並んでいるのを見回せば、誰だって心が浮き立つ。
「ふふ……、フェレスちゃーん、とっておきかっこかわいいのをお願いするね」
そう伝えて、類といばらもそれぞれにケーキの材料を探しにマーケットの中を歩き出す。
──希望のあった苺はもちろん……葡萄とか柑橘もありかな。
果物の屋台の並ぶ一画をぶらつく類がいくつか袋に詰めてもらった頃合いで「小麦粉さんたちは買えたのよ。他に買い忘れはない?」いばらがひょいと彼の傍に顔を覗かせるものだから、「ありがとう」重いはずのその袋を受け取ってから類は訊ねる。
「リティはどの果物が好き?」
「んー……じゃあ、カットアレンジし易いオレンジさんがいいわ」
「かっとあれんじ……? そんなことができるの?」
「るい! いばら! かえた!」
左右色違いになった瞳をまんまるにする類。そこへ元気いっぱいに猫さんが飛び込んでくるものだから更にいばらは頬がゆるゆるさんになるのを感じた。
●れっつ!
三口の竈は広々としていて、大きな窓からは光が射し込む。一枚板の重厚な調理台は余裕をもって飾り付けをするのにも充分だろう。実際、買ってきた食材をぜんぶ並べてもまだまだ余裕がある。
火の扱いこそ竈ではあるけれど、台に並んだ銀色のボゥルや泡だて器なんかはフェレスにはほとんど出逢ったこともない道具たちで、ついつい物珍し気にまじまじと眺めてしまう。そもそも危ないから、と普段は荒屋の台所にもあまり入ったことがないということもある。
「フェレス、来て。……、そうね、大事なふわふわさんが焦げないよう……髪も結ぶ?」
呼べば素直に従うフェレスへエプロンを着せ、しっかりバッチリ可愛く結んで。くるくる回ってその結び目をなんとか見ようとする彼女の豊かな黒髪が躍るのを見て、いばらが首を傾げる。
フェレスも鏡写しに首をこてん。こげる? こげる! 自分の中で想像がいばらの言葉と結びついたなら、ぶわわと尻尾も逆立った。火のこわさは、充分知っている。
「むすぶ! しっぽも燃えないようにきをつける!」
「うん、そうしようね」
自らとお揃いのお団子に結い上げて、いばらも微笑んだ。彼女とて元はと言えば火とは無縁の白薔薇だ。だから隣の旦那さんを見遣る。
「洋風だけど、薪さんで火おこしするのは荒屋のコと同じかな」
ね、先生。火の扱いを教えてくれた彼へ問えば、お揃いの髪型に仲良しだなぁと眦を緩めていた彼はうんと気負わぬ様子で肯いた。
「ああ、UDCの電子れんじ? よりはこちらの方が馴染むね」
火の扱いは任されたとも。そう宣言して手を洗ったなら──さぁ、いざ挑戦!
「さいしょ、なにする?」
「そうね……小麦粉さんたちは計るし、類が火と果物さんの準備をしてくれるから……それじゃあ、フェレスには沢山混ぜ混ぜしてもらおうかな?」
「そうだね。分担してやろう」
「わかった!」
ケーキを作るのは全くの初めて。どんなふうにしたら良いのか想像もつかないけれど、ふたりが教えてくれるのなら。鮮やかな若苗色の瞳に安心が浮かぶのを確認して、類も肩の力を抜いた。
「はい、フェレス。ボウルに入れてくれる?」
振るった小麦粉と大きめの銀色のボウルを差し出したなら、元気よく受け取ったフェレスはそのまんま、くるん!
──ばふっっ。
「……、……?」
「ふ、んふふっ。大丈夫よ、フェレス。次は卵さんね」
「! たまご……わる!」
当然派手に舞い上がった小麦粉が黒い猫さんを粉まみれにするけれど、多少のアクシデントも織り込み済で計量してあるから問題ない。なにが起きたかも判っていないフェレスを促せば、彼女にも気にする様子はない。
たまごはわれると意気込む彼女にいばらがボウルの縁を使った割り方を伝えたなら、
──メシャっっ。
「あっわっわっ?! つぶれた! いばら、るい、つぶれた!」
見せてもらったまんまるな見本とはまったく違う。殻ごとぐしゃぐしゃになった卵は白身も黄身も混ざり合い、粉雪みたいに綺麗だった小麦粉の山をどろりと汚していく。いかにも『失敗』な光景にフェレスは三角の耳を下げてふたりを見るけれど。
「混ぜちゃうから大丈夫よ」
「殻もこうして除けば問題ないから」
ふたりは全く動じず、類が箸を使って殻を丁寧に取り除いていくし、いばらもはいと針金が何本も集まった謎の器具を手渡してくる。瞬く彼女に、いばらは彼女の顔を彩るさっきの小麦粉をさっと払ってあげる。
「さぁ、本日の混ぜ大臣さんに活躍してもらおうかな」
類が促す。挽回の機会! ぴゃっと尻尾を立て、フェレスは早速謎の器具──泡立て器──をボウルに突っ込んだ。
ボウルの押さえ方も教えてもらったから、がっしゃがっしゃと力いっぱい掻き混ぜてもひっくり返したりはしない。類といばらは顔を見合わせ、微笑ましさに相好を崩し合った。
彼女が頑張り屋さんなことはよく知っている。だからこそ困っていそうならお手伝いしてあげたいし、彼女のいつも全力全身でパワー満載なところはとっても頼もしくて可愛いのだ。
そうして出来上がった生地は。
「……どろどろだ……。これが……けーきになる……?」
ほんとに? フェレスは無表情な瞳の中に不安を宿してふたりを交互に見た。お店で並んでいるきらきらしたお菓子とは全くかけ離れていて、確かになんだかふんわりあまい香りはするけれど、これはまた自分が『失敗』したのでは?
「うん、焼いたら固まるんだよー」
「焼く前最後のお手伝いのお願い! 一緒においしくなーれの魔法をかけましょう」
「! まほう……!」
力強く肯く類と両手を合わせて微笑むいばらに、フェレスの中の萎みかけた気持ちももう一度あたたかく膨らんだ。フェレスは自らに魔法の素養がないと感じている。だからいばらの魔法を奇跡のように思っているから、なおのこと。
両手を揃えて、銀色ボウルの中のどろどろな生地に向けて。
「「おいしくなーれっ」」
そんなふたりの姿にふふと類の口許も綻ぶ。
「おいしくなあれ、の気持ちが大事なのはお菓子もご飯も変わらないね」
熱したフライパンを濡れ布巾で冷まして温度を一定にして。音に目を丸くするふたりの表情にも笑顔になりつつ、類は素早く大きめのバターをフライパンに落とす。
あっという間に溶けていくそれにまたもや釘づけのふたりの前で、生地を流し込む。
じゅわぁあ、と耳にも幸せな音が響き渡って、少しすると香ばしいあまい香りが|厨《くりや》に広がった。
「わぁ……!」
「この焼ける時の良い香りは、自分たちで作る醍醐味だよね」
ひっくり返すと現れたこんがり狐色の焼き目にいばらが歓声をこぼし、フェレスの瞳はきらきら。
蜂蜜をたっぷり掛けて焼きたてを頬張りたい気持ちをぐっと我慢して、類は一枚、もう一枚と三口の竈で次々にパンケーキを焼き上げていく。
「ホイップクリームさんの混ぜ混ぜを手伝ってくれる?」
「いっぱいまぜるの、とくい!」
類が生地を焼いていく間にただの牛乳にしか見えなかったものをふわふわのクリームに仕上げ──たまに焼けていく生地に視線を奪われて──。
「ふたりとも、一回やってみるかい?」
「えっ」
興味津々ではあったけれど。少し耳を垂らした猫さんに、白薔薇はきゅっと胸の前で指を握り込んだ。
「フェレス、一緒に挑戦してみましょう」
火の扱いは苦手。でも火加減の調整は旦那さんがしてくれる。きっときっと、大丈夫。
いばらに誘われて、フェレスも竈の前へ。バターの溶けたフライパンに生地を落とす。じゅわわわ……と音を立てていくのを、はらはら見守る。類が焼くときにはあんなに簡単そうなのに。
「るい、ひっくりかえすのまだ?」
「うん、もうちょっとかな」
「まだ……、まだ……うあー!」
上手にできているだろうか、焦げてしまっていないだろうか、待ち切れないとふたりの周りをうろうろするフェレスへ、いばらが柔らかい口調で告げる。
「パンケーキさんはひっくり返すという試練があるけれど……ちょっと焦げても、カタチが崩れてもご愛嬌なの」
その分、大好きでたっぷりお洒落をすれば問題ないのだわ。
「いくよ、フェレスちゃん。それっ」
「おぉ……!」
類の手を借りてひっくり返した生地はフライパンの上で跳ねた。綺麗な狐色は、類が作ったそれと遜色ない。
自分たちで作った事実が誇らしくすらあって、フェレスといばらはパンケーキに夢中になってしまうけれど、これで完成じゃない。
「飾り付けは自由! だよ」
果物もたっぷり買い込んだから、余ることはあっても足りないことはないだろう。フェレスは早速苺を手に取った。
「いちご! みかん!」
「じゃあその間をクリームさんが通りまぁす」
いばらが絞り袋でホイップクリームの雲を描いていく。雲は時々花になり、星にもなって。魔法みたいな手際に類も感心と共に食い入ってしまう。
「くりーむでお化粧しているみたいだね」
「ふふ、そうね」
──よくばりかもしれないけど。
いっしょにつくるのが、たのしくて。
笑い合う類といばらの横顔を見つめては、フェレスはあったかくてむずむずする胸の奥の感覚にぴぴぴと尻尾を震わせた。
瑞々しい葡萄に、薔薇のようにカットしたオレンジは見えないのも勿体ないから上段にもってきて。
「るい! これは?」
「いちばん大きいのは、てっぺんに置こうか」
モミの木や妖精のような形チョコレートのプレートを点々と、食べられるらしい銀色のまるい飾りも散らして。
「こうするだけで随分クリスマスらしくなるでしょう?」
「ゆき!」
全体に粉砂糖を降らせ、最後に大きな星型のチョコレートプレートをクリームの台座に置いたなら──完成!
「随分豪華になったね……」
盛り盛りのクリームにふんだんなフルーツ。想像以上に高くなったパンケーキタワー。出来上がったそれに感嘆の吐息をこぼしたのは類だけではない。
「つよい……つよいけーき……さいきょうになってしまった」
「ふふ、うん。つよくてかわいい、すなわち最強のケーキさんね」
「最強、かぁ! いいね、かっこかわいい」
注文どおりだ。類の感想に猫さんはあまり変わらぬ表情の中でも得意気で。
「るい、いばら、はやくたべたい!」
「うん、お写真撮ったらいただきますしましょうね」
「そうだね、思い出も残してから」
まずはパンケーキタワーだけを。そう思ってレンズを向ければひょこっとフェリスがフレームインして、つい笑みがこぼれてしまう。
「じゃあみんな一緒に」
傑作で最強なケーキを囲んで、三人でぱしゃり。
それから手を合わせて──いただきます!
ナイフで大きく切って口に詰め込めば、ふかっとした食感と甘くやわいまろやかなホイップクリーム。
続いて噛み締めれば果物の瑞々しい果汁が混ざり合って──「~~っ」フェレスは眦を和らげた。それは屋根のない夜に長らく生きた猫が近頃手に入れた、めいっぱいの『うれしい』だ。
出会った頃より豊かになったその表情を、類はちゃんと見て取ることができた。
隣を見れば、奥さんもぱふりとケーキをひと口食み瞳を潤ませる。花であった彼女の味覚は未ださほど鋭くないのだと聞いていた。それでもこうしていばらが微笑むのは『美味しい』を分かち合う時間が好きだからだ。
それを知っている。
それらを知ることができる。
その事実がなにより温かくて、優しくて。
──お腹も胸もいっぱいになりそうだ。
類もふんわり甘いケーキを、またひと口頬張るのだった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴