2人のホワイトクリスマス~忌まわしき雪を蕩かせて
「大丈夫ですか? もしかして、どこか具合が悪いとか?」
あの日の、グリモアベース。
その片隅で一人寂しげに座っていた彼女は、突然そんな声をかけられた。
突然の事に驚いたように顔を上げれば、そこにいたは特徴的な姿の女性。気遣うようにこちらを見つめるその左眼を、だが直視出来ずに目を反らす。
そして、首を横に振る。実際、別に身体の具合は悪くない……悪いはずがない。だからもう構わないで欲しいと、拒むような――けれど、どこか人の暖かさを求めるような、そんなどっちつかずな態度。自分で自分を嫌悪するように、俯いてしまう。
けれど女性はそんな態度に機嫌を損ねるでもなく、こちらの隣に座る。少し驚いているとその顔を覗き込まれ、そしてにこりと微笑みかけられた。
「私は、咎大蛇・さつき(愛を貪る鮫・f26218)と言います。あなたは?」
「……翠華。美国・翠華(生かされる屍・f15133)です」
その日の事を翠華は、昨日の事のように思い出せる。
以来、2人はよく出会い、そして共に出かけるようになった。時には食事に行ったり、時には観光スポットに遊びに出かけるようになったり。
UDCアースのレストラン、グリードオーシャンの不思議な島々。スペースオペラワールドの星の海を旅して、サクラミラージュで歌劇を観覧する。
そんな数多の思い出が、翠華の心の中に積もっていく。それが、冷たくなった自分の心に暖かな熱を灯してくれている事を、いつしか自覚するようになった。
(「私は……さつきさんが好きだ」)
そっと胸を押さえてそう呟く度に、翠華の心は暖かくなる。女性同士が好き、と言う訳ではない。さつきの愛情を感じられたからだ。
その愛に包まれる度に、翠華は言いしれぬ安堵を感じる。いつも抱いている不安も恐怖も、その時だけは感じずに済む。
積もっていくのはもう、思い出だけではない。さつきと出会う度、さつきの愛に触れる度に、彼女の心にも、愛が積もっていく。
「いやぁ、綺麗ですね」
「……そう、ですね」
――クリスマス。今年は2人で一緒に過ごそうと訪れた、UDCアースのとある街。白い雪に包まれた街のイルミネーションはとても綺麗で、さつきは声を弾ませる。
だが、それに対して翠華はどこか上の空で……その様子に気づくと、さつきが心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫ですか? 今日は随分冷え込んでいますからね」
あの時と同じような、こちらを気遣う表情。初めて出会った時から今までの思い出が、翠華の脳裏に過っては消える。積もりに積もった感情が、抑えられない。
「さつきさん……その……私を抱いてください!」
気づけば、そう口にしていた。だが、驚いたように目を丸くするさつきを見ると、すぐに自分の言葉を後悔する。
さつきに嫌われたら――それを思うだけで、翠華の身体は恐怖に強張る。嫌われるくらいなら今のままが良い、だからこの思いは、ずっと秘めておくはずだったのに。
いや、今ならまだ、冗談だと言えば良い。それで元の通りに――。
「――翠華さん」
「っ……」
そんな翠華に先んじるように、さつきはこちらの両手をぎゅっと握ってきた。じっとこちらの瞳を覗き込むと、安心させるように微笑みかけてくる。
そこに、深い愛情を――翠華がさつきを好きになった理由を見て取ると、恐怖はゆっくりとほどけていく。
「……話を、聞いてくれますか?」
「ええ、もちろん」
ぽつりと漏れたその言葉に対して、さつきは深く頷いた。
「あの時も――こんな雪の日でした」
あれはまだ、翠華が猟兵ではない――こんな身体ではない、普通の少女であった頃。彼女は地元の不良集団に襲われ、嬲られ、穢され……そして、命を落としかけた。
今、彼女が生きているのは、たまたまUDCが通りかかり、気まぐれに彼女に憑依融合したからに過ぎない。
「その日から、雪が怖いんです」
「……だったら、どうして?」
その翠華の言葉に、疑問を口にするさつき。そう、雪が怖いならどうして今日、この街を訪れたのか。クリスマスをさつきと過ごしたかったにしても、雪の降らない世界などいくらでもある。
――ああ、だからきっとさっきの言葉は、咄嗟に出てしまった衝動などではない。本当はこうなる事が分かっていて、この街を選んだのだ。
「雪の日を、素敵な思い出で塗り潰したいんです。だから……」
あの時に、感情が溢れたのではない。もうとっくに、溢れて抑えきれなかったのだ。縋るような視線で、さつきを見つめる翠華。
その真摯な感情を受け取ったさつきは、翠華を真摯に見つめ返して。
「……私は誰かのものにはなれません。この世のすべてを愛していますから……」
「っ……!」
その瞬間、翠華の身体が冷たくなる。全ての熱が、色が失われたかのように感じられ、呆然とその場に立ち尽くす。
ああ、だから言わなければ良かったのに。時間が戻せるなら戻してしまいたい。ふらりとよろめきそうになったその身体はしかし、ぎゅっ、とさつきに抱きしめられた。
「っ、さつき……さん……?」
「けれど、すべての中には……翠華さん。もちろん、あなたも含まれているのですよ」
その言葉と共に、翠華の中から失われた熱が戻って来る。いや、戻るどころか、身体が火照り、顔が真っ赤に染まる。
恐怖も絶望も後悔も、全てが愛によって溶かされていく。このまま雪も一緒に溶けてしまうのではないかと、そんな事すら感じるほどだ。
自分だけに愛を注いでくれなくたって構わない。さつきが自分を愛してくれると言うだけで、他に何も要らない。
「さつきさん……お姉ちゃんって……呼んでいいですか?」
「うふふ、甘えん坊ですね。いいですよ――『私の翠華』」
上目遣いで告げれば、甘く囁きを返される。優しい愛が、全てを包み込んでくれる。
その幸福感と安心感だけで、翠華の心は、熱く火照りで蕩けていく――。
「はぁ……あんっ……んぅ……」
それから一時間後。二人は、近くのホテルを取り、ベッドの上で抱き合っていた。翠華が願い出たように、絶望の記憶を愛で塗り潰すために。
互いに一糸まとわぬ姿でベッドの上に座り、肌を重ねる。翠華の大きな胸が、さつきのそれ以上に大きな胸と重なり合って、むにゅりと形を変えていく。
「んっ、むっ……んっ……♪」
(「甘い……いい匂いがする……」)
部屋に響くのは熱い吐息と、唾液が奏でる水音。激しい口づけで、互いの唇を貪り合っていく。
翠華の頭の中をそんな言葉が過ぎり、そしてまたすぐに消えていく。どんな言葉よりも何よりも、さつきの愛に包まれている快感をこそ、強く感じていく。
「んむっ……んっ、ちゅっ……♪」
「ふぁっ、むぅっ……んっ……♪」
翠華がどれほど強く求めても、さつきはそれを受け止めてくれる。いや、受け止めるだけではない、それ以上の愛を返してくれる。
これ以上の幸福など、何もない。
「ぷはっ……はぁ、はぁ……」
とはいえ、いくら心が満たされていても呼吸には限度があるので、名残惜しくも唇を離す。逆に言えば、呼吸が満足に出来ないほどに情熱的なキスを交わしていたと言う事であるが。
大きな胸を上下させ、新鮮な空気を貪る翠華。そんなこちらの姿をさつきは、優しい瞳で見つめてくれる。
「翠華……あなたは汚れてなんていませんよ」
「んっ……!」
そんなさつきの手が、翠華の身体を撫で回す。肌の上で踊るような指使いの刺激に、反射的に全身が強張った。
だがもちろん、嫌な気持ちはしない。いや、本当は少しだけ、自分の汚れた身体に触れられる事にへの嫌悪はあるけれど。
「だって、こんなにも……美しいじゃありませんか」
「ふ、ぁ……!」
その嫌悪感も、さつきの愛撫に、囁きによって溶かされていく。強張った身体を解きほぐすように、丁寧に撫でられる。
しっとりと汗で湿った身体の上を、優しく這い回る指。それは、翠華の忌まわしい記憶の中にあるような乱暴な手つきとは、まるで違う。
その愛撫の中に感じるのは、翠華の事を想う強い愛。ただ快楽を貪るためではない、互いの愛を確かめるための愛撫。
「ほら……♪」
「ん、ふっ……ぁ……さつき……お姉ちゃん……!」
お姉ちゃんと呼びはするけれど、本当は、姉よりももっと。まるで、母のようにすら感じられる情愛。
その愛撫に、身も心も委ねていく翠華。彼女の全てを、さつきは受け入れてくれると言う強い安心感。
「なんですか、私の翠華?」
「気持ち、いい……です……ひゃ、あっ……♪」
愛撫で解されたその身体に、今度はさつきの舌が這う。ぴくり、ぴくりと身体が震え、甲高い声が口から漏れる。
翠華は汚くなんかないと証明するかのように、丁寧に、そして艶めかしく、舐め上げられていく。指とはまた違う暖かな感触が、翠華の身体をもっと蕩かしていく。
「はぁ、はぁ……あっ……んっ……お姉、ちゃんっ……♪」
「……ふふ。そろそろ、欲しいですか?」
汗を舐め取られる代わり、汗ではない液体がベッドを濡らす。そんな様子を見たさつきは、翠華の顔をじっと覗き込んでくる。
見られる恥ずかしさはあるが、それよりも渇望の方がずっと大きい。言葉の代わりに両腕を広げ、受け入れる体勢を取る。
「ええ、では……」
「ぁっ……♪」
それに応えたさつきの抱擁で、再びその胸同士が重なり合う。今度はそのまま押し倒されて、ベッドに身体を投げ出した。
上からのしかかってくる大きな大きな胸が、翠華の胸を押し潰す。多少の息苦しさと、それ以上の期待感。
「さあ、いきますよ?」
「は、いっ……ふぁっ、ひゃ、ぅんっ……!」
そうして一番大事な場所同士がくちゅりと触れ合えば、翠華の喉から蕩けるような悲鳴が漏れた。擦れ合う粘膜から脳へと、電流が駆け抜けるような感覚。
全身がピリピリと痺れるようにも感じるが、もちろんそこに不快感などあろうはずもない。圧倒的な快楽が、電流と一緒に全身を駆け抜けていく。
「あっ、ひゃっ……ひゃんっ、ひっ、あふっ……♪」
「んっ……気持ちいい、ですよ……あっ……!」
口を開いても言葉にならず、喘ぎばかりが溢れ出す。そんな状態でもさつきが甘い表情で見下ろしてくるのを感じると、言いしれぬ幸福感が身体を満たす。
それが快楽と混じり合えば、一気に昂り、何かがこみ上げて来て。
「お姉ちゃん……さつき……お姉ちゃんっ……!!」
「ああっ……とても美しいですよ……翠華っ……私の翠華ぁっ……!」
なんとか舌を回して愛しい相手を呼べば、さつきもまた同じように、甘く蕩けた声で名前を呼んでくれる。
それがまた翠華の幸福感を高め、そして快感へと繋がっていく。もう抑える事は出来ないし、抑える必要もない。
「「あああああああ~~~っ……♪」」
重なり合ったその場所から、同時に迸っていく飛沫。相手の身体から溢れる熱い快楽の証を、一番敏感な場所で感じ合っていく。
頭の中が、真っ白に染まるような感覚。だが、その状況に感じるのは、圧倒的な安堵。快楽のための快楽ではない、愛し合うための快楽とは、これほどに素晴らしいものだったか。
(「ああ……」)
その快楽の熱に、忌まわしい記憶が溶けていく。彼女の心を凍てつかせていた雪が、甘く甘く蕩けていく。
快楽の頂点はすぐに過ぎ去り、くちゅり、と水音を立ててさつきのソコが離れた。代わりに、脱力したさつきの重みを身体の上に感じる。そこから伝わってくる体温を、全身で感じ取っていく。
(「これが……たとえ、これが一夜の過ちだったとしても……」)
快楽の波が収まると、僅かに冷えた頭がそんな事を考える。だが、それでも構わない。だってこの一夜の熱はきっと、ずっと翠華の胸に灯り続けてくれるから。
ああ、でも、そのためには――。
「おね……えちゃん……もっ……とぉ……♪」
「いい、ですよ……翠華……私の、翠華……っ♪」
そのためにはこの夜だけで、一生消えない熱を自分の心に宿して欲しい。そんな翠華のおねだりに、さつきは全幅の愛をもって応えてくれる。
しっかりと翠華を抱いたまま、再びそこが触れ合って。
「一晩中でも……愛してあげましょう……♪」
「あっ、あっ……あっ……お姉ちゃんっ……お姉ちゃんっ……!」
窓の外ではまだ、しんしんと雪が降り積もっている。けれどさつきの愛に満たされた翠華の心にはもう、雪が積もる事はない。
成功
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