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贄|金《にん》魚伝説殺人事件

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榎木・陽桜



彩瑠・さくらえ



榛名・真秀



神鳳・勇弥



プリシラ・アプリコット



未留来・くるみ



鈍・脇差



神鳳・加具土




【殺人事件】
◆舞台裏 はじまり
 この島には映画監督になりそこなった亡霊が憑いている。奴は来訪者を殺し役者にして操る――そんな都市伝説を聞き解決にと乗り込んだ。
 が。
「撮影はしたいです、けど誰も私が見えないんです~」
 都市伝説は自作のモブ役者をずらりと連れて、見つけてくれた猟兵に悩み相談開始。
 名前は華、男女どっちもやれそうな中性美人だ。
「プロットはあるんですが、私とモブちゃんズでこなすのは無理でして」
 そんな話を聞いて、面白いことや芝居が大好きな彼らが飛びつかないわけがない。

『贄|金《にん》魚伝説殺人事件』クランクイン!


●配役
神鳳本家の長 神鳳一郎:神鳳・勇弥(闇夜の熾火・f44074)
本家長男 イサミ: 同上
本家長女 華:都市伝説“映画監督・華”

羽柴旅館の娘:榎木・陽桜(ねがいうた・f44147)
陽桜付き使用人、メイク:彩瑠・さくらえ(望月桜・f44030)

友人(どじっ子):榛名・真秀(スイーツ好き魔法使い・f43950)
友人(ルポライター):未留来・くるみ(女子大生宴会部長・f44016)

刑事:鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・f36079)

謎の少年:神鳳・加具土(火之炫毘古神・f44058)
カメラマン役、他:同上

出入りの商人:プリシラ・アプリコット(奥様は聖者・f35663)

その他:都市伝説“映画監督・華”モブの皆さん


††††

 ――魚鳳村では“金魚”と書いて“にんぎょ”と読む。無論“人魚”も存在している。

●21年前 |魚鳳《ウオトリ》村 神鳳本家
 上座側の壁には埋め込み式の水槽、煌びやかな|金魚《稚人魚》がひらりひらり。

「さて継男。去年は、仕方なくうちの華を人魚様に捧げた。本来はお前達“弐家”の番なのに」
 弟夫婦は一郎の傍らのゆりかごを流し見て忍びなく目を伏せた。
「人魚様への捧げ物は男女の兄妹二人が決まりだ。その見返りに本家と弐家の夫婦は永遠の命を施してもらう」
 だが、
 弐家には男の双子しかいない。
「なんなら儂が仕込むか? 妻が赤子でご無沙汰じゃしのう」
 猥雑な|兄《・》の冗談に弐家の妻は目を逸らす。

 三百年前より、
 神鳳家本家と弐家の当主夫婦は、海底に棲まう人魚様に、男女の我が子を捧げてきた。
 生け贄を投じた夫婦は、子どもが沈んだ直後、我が子とそっくりの姿に|若返る《・・・》。
 傍目には『夫婦が生け贄として沈められ、残された子が跡を継ぐ』と映る。
 村人達が神鳳家に畏怖と忠誠を誓うのは斯様な背景があるからだ。

「兄さん、我が子を犠牲に永遠を生きるなんてもぅ……げほっ」
「去年は赤子の華ちゃん、今年はうちの加具土とお……うぅッ」
 男女の口から血の塊が溢れたかと思うとあっさりと事切れた。
「永劫からおりる腰抜けは神鳳には不要よ。おい羽柴屋! こやつらのガキ二人を沈めろ」
『畏まりました。それで人魚の肉は……』
 金魚襖の向こう側にふんと鼻を鳴らす。
「貴様の娘の陽桜が成人し|儂《イサミ》が娶る際には貴様にも喰わせてやる。それまで精々尽くすがよい」
『御意に』



●20××年10月24日 |魚鳳《ウオトリ》村 羽柴旅館 から 村内
 多忙なる捜査一課に属する脇差だが、ぽかりと休みがとれた。訪れたのは、新米で交番に勤務した魚鳳村だ。 
 羽柴旅館にて一泊。玄関におりた所で「お久しぶりですネ」と声がかかる。獣耳を揺らすプリシラだ。祭前にだけ来るイベント屋である。
「そういや祭の時期だな、これから準備かい?」
「いえ、港までバスを転がします。宿からお迎えを頼まれましてネ」
 ちゃっかり金はせしめたのだろう、鍵を揺らしプリシラは舌を出す。
「港まで片道2時間ですからネ、そろそろ行かないと。お巡りさんはどちらへ?」
「古巣の交番辺りをぶらつこうかとね」

 祭本番は1週間後の10月の最終日、村人が準備に奔走している。
(「時が止ったようだ。全く変わっちゃいない」)
 フェリーが近寄れぬほど入り込んだ浜は魚が集う。村人の8割が漁師なのも頷ける。
「……さん、お巡りさん」
「お、加具土か。元気だったか?」
 交番の横壁を背に立つ顔見知りの少年に脇差の頬が緩んだ。
 犬なら焦げ茶のしっぽがゆれる破顔で脇差の手を取った。当時から水底のように冷えた指は変わらぬままだ。
「ボクが言ってたこと、憶えてる?」
「妹か弟がいるが細かくは思い出せない言ってたよな」
 加具土のことを村人に聞いたなら若い者は知らぬといいそれ以外は目をそらす。そういう複雑な子かと当時の脇差は追求しなかった。
「ボクの片割れがこの村に、いる。悪いこと考えてる。お巡りさんは正義の味方だよね? だから止めて」
 助けて、と少年は唐突に締めくくる。
「……事件となりゃあ解決に努めるが」
 返答に肩を落とし瞳を濡らして去っていく。ばつが悪いと頭を掻く手が止る。
「あいつ、なんでだ?」
 脇差が島を離れ7年、だが加具土は当時から全く変わっていない。



●20××年10月24日 マイクロバス車内
 魚鳳村があるのは|金鰭島《きんぴれとう》という太平洋にぽかりと浮く島だ。本州からフェリーで3時間。港から魚鳳村までは車で2時間、悪路を抜ける。
 ガタンッと石を跳ねマイクロバスが山道に飛び込んでくる、白い車体には『金魚様の里・羽柴旅館』の文字とゆるきゃらのイラスト。
「ホンマめっちゃ揺れるで」
 運転席の後ろ、くるみの元気な赤茶の髪がはねっかえる。
「……うぅ」
 隣で口元を押さえるのは真秀。向日葵の髪にくりっとした瞳も車酔いか冴えぬ色。
『真秀ちゃあん、大丈夫ぅ』
 後部座席から頬をつつかれて、真秀はビクッと震える。
「だ、だいじょうぶ、です」
『そお?』
 脂ぎった男の笑みはただただ下品だ。
「――ッ」
 嫌悪。
 だが、突っぱねるのは後ろめたい――ルームミラーには複雑な表情が映る。
(「真秀さんと配信主クンは、知合いですかネ。他人のフリをしてますけど……」)
 配信主の片割れは犬めいた気配で景色を撮影するのみ。
「吊り橋を渡ったら休憩小屋がありますんで。それまで気を紛らわせる金魚祭の話でもしますかネ」
 青になったので向き直り、タイトスカートから伸びるしなやかな足がアクセルを踏みつけた。
「魚鳳村って不老不死の伝説があるんですヨ。“金魚祭”はそのお祭りです」
 集音マイクがにゅっと伸びてきた。
『アレでしょ。村長が人魚の肉を食って不老長寿。村人も稚魚を喰わせろと大騒ぎ』
「そんな伝説があるん? 陽桜ちゃんからは聞いてへんで」
「ひとの形をしてるのを食べちゃうなんて……ますます気持ち悪いよぅ」
 口を覆う真秀へ、配信者は瞳をギラリとさせる。
『うん、悪趣味だねぇ。だけど|誰かさん《・・・・》のせいでお金に困っちゃってぇ、動画配信で当てるしか』
 真秀は気まずげに口を噤んだ。プリシラは敢えて構わず話を続ける。
「人魚と言っても、見た目は金魚ちゃんですから。お祭りでは、赤い金魚の衣装を思い思いに身につけて漆の箱を捧げる仕草で踊るんですヨ」
 撮影係が漆箱をあけると玩具の札束が入っている。
「賄賂かーい!」
「前年に死者がいる家は、形見の服に人魚様めいた改修を施して、死者になりきって踊るんですヨ」

♪ハァ~、人魚さん、人魚さん
♪ウチの肉喰み、地上に戻せ

「……なんや、不気味な歌やな」
 くるみの体が横揺れする、吊り橋に入ったのだ。
「村長は金色の最中を入れて漆箱を返すんですけど、お眼鏡に叶った家には人魚の肉入り、そして――」

“白札が入っていた場合、人魚を養うための|餌《生贄》にされる”

 しんッと静まる車内。
 吊り橋を渡りきった所で車は路肩に寄った。
「……と言ってもコレ、村おこしで20年程前から言い出した話なんですけどネ」
 齢二十歳にしか見えないプリシラはまことしやかにそう語ると外をさした。
「細道をのぼるとトイレがありますヨ」
「真秀ちゃん、行こ」
「大丈夫だよ、ひとりで行けるから」
 配信者とカメラマンは後部で機器の最終チェックをはじめる。
「うちも外の空気吸お。あれ? 自販機ないの?」
「村まで10分なもんで却ってないんですよネ」
 くるみに続きプリシラも車を降り、他愛のなく喋り出す。
 プリシラがスマホで確認した時間は午後1時になるかどうか、更に10分は経っただろうか。

 ガンッ! べごッ! と、マンガめいた音をたててバス後部に巨大な岩が突き刺さる。
「!!」
 くるみとプリシラの目の前で、マイクロバスの後部はガムのようにひしゃげた。
 耐えきれず割れた窓ガラスからだらりとはみ出た腕が千切れて落ちた。
 どろりと止めどなく落ちる血に、車体に描かれた金魚祭のゆるキャラが徐々に塗られていく……。

「……なんだか凄い音がしたけど、どうしたの?」
 すっきりした真秀が戻ったのは全てが終わった後だった。
「ああ、すみません。落石事故です」
 プリシラの通報淀みない通報。直後、交番勤務の警官と脇差刑事が乗ったパトカーが出発した。



●20××年10月24日 羽柴旅館 離れ 一人娘陽桜の私室
 ――時間は少し遡る。午前11時すぎ、プリシラが港で客を拾った時刻だ。

 観音開きの鏡には、桜色の髪を梳かす容が映りこむ。自信なげ双眸が、物音ではたりと開いた。
「陽桜様」
 鏡に映るさくらえは影が寄り添うように傍らに。
「そろそろバスは|金鰭港《きんぴれこう》についたでしょう」
「わたくしも一緒に行く筈でしたのに……イサミさまのせいで予定が狂いましたわ」
 忌々しいと歪む顔なんて使用人のさくらえにしか見せられない。
「昨日の夜は、妹の華様のせいで急遽流れてしまいましたからね」
 肩に羽織りをかけ桜飾りでとめる使用人はため息。
「……いずれは分家となる華様のせいで」
 ぼそり、と毒を娘に注ぐ。
「本当! 将来の妻たるわたくしを軽んじるなんて可笑しな話ですこと!」
 化粧が済んだ陽桜は、魔法にでもかけられたようにキンッと目が吊り上がった。


●同日 神鳳本家
 羽柴旅館より神鳳本家までは女の足で5分ほど。
 然もありなん、旅館も元は本家所有の一軒家。開いた庭に建て増して陽桜の父が宿屋を始めたのは21年前のこと。

『おっ、父様っはっ、どうしてもイサミを余所モノにくれてやると!』
「その話は何年も前に済んだ。どれだけ貴様が縁談を蹴ろうが変わらぬ」

 玄関まで聞こえる派手な父娘喧嘩、吐かれる台詞もおなじみだ。
『失礼しました。イサミ様のお部屋へ……きゃあっ』
 駆けだしてきた華に突き飛ばされる使用人。
「……っと、華がまた父さんと喧嘩ですか」
 転ばぬよう抱き留めたと言えば好青年に聞こえるがイサミの姿は奇異過ぎる。赤いヒラヒラつきのシャツにスラックスには鱗模様。
「ああ、陽桜さん、こんにちは」
『イサミ! 神鳳の流れを汲まぬ者に色目を使わないで!』
 陽桜は太々しさが滲む笑みを浮かべ言い放った。
「華さん、跡取りのイサミ様と妻のわたくしに対して、相も変わらず無礼ですわね。そろそろ分家の身の程をお勉強なされたら?」
 ――さくらえが言ったから、正しい。華は分家、わたくしより下。
『いい気でいられるのも今の内よ。閉鎖的な村を面白可笑しく暴く動画撮影者とやらを呼んだんだから!』
 瞠目する兄と陽桜を見据え、華はこう締める。
『あたしを娶らないのなら神鳳も人魚もどうでもいいわ、全て白日の下に晒されればいいのよ! あーっはっはっ!』
 陽桜とさくらえの間をわざと肩で割り華は駆け出していった。

 気まずげな空気を払うようにイサミは陽桜を自室へ連れて行く。さくらえはいつものように客間に陣取り宿の事務仕事だ。
 電波は貧弱で切れやすいが発注仕事にはなんとか耐えうる。実際に、陽桜が今回本土から招いた友人もネットで繋がった縁だ。
「どうかお構いなく。いつも通りですので」
 そう使用人を追い払うと、さくらえはピアスに触れる。
 ――左右それぞれ別の場所を盗聴している。右は陽桜の留め飾り、左は警察無線の傍受だ。


●同日 神鳳本家 イサミの私室
 陽桜は、何度訪ねてもこの部屋に慣れない。
 だだっ広い部屋を囲む水槽には、人魚様とやらがひらりふわり。この神鳳本家の坊ちゃまはいつもいつも水槽に頬を宛がい、人魚様と語るのだ。
(「大した学もありませんのに人魚人魚と……うんざりですわ」)
 この島には大学は愚か高校すらない。皆が中卒で漁師になるか嫁に行く。
 以前は教会の神父が勉強を教えてくれた。お陰で陽桜もイサミも大検の資格持ち。だが天蓋神父は2年前に忽然と姿を消したのだ。
(「……天蓋のおにいさま」)
 一見女性見まごう顔に華奢な四肢……中学を出たばかりの小娘は仄かな恋をした。
 天蓋神父は、司祭服の内側に鮮やかな赤を着込みそれが似合っていた。イサミが真似るようになったのは彼が消えてからだ。
(「わたくしは天蓋さまへの想いも諦め、嫁ぐ覚悟を決めているというのにこの人は……」)
 イサミを愛していない。
 いや、周囲に流されるしかできぬ女が自身の気持ちなぞわかりゃしない。だから今も適当な相槌を打つだけだ。
 だが、今日は違った。
「ああ、天蓋神父様が生け贄にならなければ、僕の研究も更なる扉を開いたでしょうに」

 |生きていれば《・・・・・・》。
 つまり、天蓋神父は|死んでいる《・・・・・》。
 |こいつが《・・・・》、|殺した《・・・》!!

 解剖用のメスが誘うようにギラリと輝く。陽桜は激情の儘につかみ取ったメスで許嫁の腹を刺した。
「何を言っても人魚、人魚……その挙げ句、天蓋さまを生け贄ですって?! 赦せない、赦せないですわぁ!」
「?! な……あぅ……ッ! 陽桜、さ、は……羽柴屋の娘、なのに、神父が贄……知らな……った?」
 これだけ喋れる。つまり傷は余りに浅い。
 わぁっと顔を覆い錯乱する婚約者へ、イサミは脂汗を浮かべつつも微笑みかけた。
「……陽桜、さん。僕、神父様を助けたかった……けど、父様と羽柴屋に見つかって……詳しくは、ちゃんと話…………」
 背後でドアの開く音。
「陽桜お嬢様、どうかなされましたか」
 現れたのは、影のように黒一色を身に纏う使用人さくらえだ。


●同日 神鳳本家 イサミの私室『side:さくらえ』
“――ああ、これはまさに天啓だ”
 右からは、陽桜がイサミを刺した混乱が流れ込んできた。
 左からは、吊り橋小屋の崖から岩が落ち、不幸な事故で客が死んだ。察するに、被害者は華が呼びつけた秘密暴きの配信者達。
 3つの死に様から、此度の連続殺人事件の犯人を錬成しようじゃあないか!
(「犯人は複数でもいい。それは流れに任せよう」)
 殺したいのは21年前に両親と双子の兄を殺した神鳳家本家の一郎、そして羽柴屋。陽桜は犯人役だ、殺す必要はない。

 さくらえがイサミの部屋に踏み込んだ刹那、縋るような声が掛かる。
「さくらえ……! わたくし、イサミ様をこ、殺して……」
 残念ながら、イサミはまだ死んでいない。だが陽桜が手を下したと思い込んでいるのは非常に行幸。
 さくらえは、目についたイサミの上着を取ると検分をする素振りで跪いた。
「……ッ、ぐっ!」
 直後、物言いたげなイサミの瞳がカッと見開かれる。
「かはっ……ッ!」
 さくらえが、腹に軽く刺さるメスを押し込み心臓の位置まで斬り裂いたのだ。指紋は付けず返り血も上着で避けた。
 ガクガクと痙攣し、イサミはあっさりと事切れる。
「わたくし、なんてことを……」
「大丈夫ですよ、陽桜お嬢様。さくらえはいつでもあなたの味方です」
 村はしばらく落石事故に注目する、隠蔽工作には打って付けだ。
「イサミ様は自ら人魚様の贄となられたのです。流石は本家の跡取り息子」
 しれと嘯きながら、さくらえはタンスから更にイサミの服を引っ張り出して簀巻きにする。
「さくらえ、わたくしは何をすれば……?」
 依存心しかない双眸にはこう切り返す。
「そうですね。まず鍵をかけ、3時間ほどイサミ様に女として可愛がられてください。使用人が来たらそのように振る舞うのです」
「なっ……そんなはしたないこと! 経験だって……」
 やはりこの朴念仁は陽桜に触れてもいなかった。呆れは隠し、安心させるように努めて優しく喉を震わせた。
「この島に検死できる者はいません。だからイサミさまが生きていた時間をずらして陽桜様から疑いを逸らします。『恥ずかしいから開けないで』とでも言っておけば良いです。主人が婚約者と睦みあっている所を邪魔する使用人なんていませんから」
 庭に出て、玄関から回り込める場所にイサミの遺骸を隠す。そうしてさくらえは何食わぬ顔でドアノブに指をかける。
「大丈夫です、なにも問題ありません。どうか、全て私にお任せください」



●20××年10月24日 吊り橋小屋のたもと
 時刻は午後1時半、パトカーが到着した。
『事故現場は……ああ、こりゃあひどい』
 馴染みのバスが後ろ半分を大岩に押し潰されているのを見て警官が顔を顰める。
「運転されていたのは? ああ、私は県警捜査一課の鈍脇差です。村井と共にこの事故を担当します」
 と、警察手帳を見せる。
「誰が運転してたかってご存じでしょう、今朝旅館で話してますヨ」
 怪訝に首を傾けるプリシラへ、脇差は手を振った。
「こういうのは形式ってのが大事なんだよ。プリシラさん、ご無事でなによりです」
「……休憩せずに走り抜けていれば、あの2人も無事だったんでしょうネ」
(「面倒くさい含みを持たせやがって」)
 脇差の胸に浮かぶのは、めっちゃ可愛い奥さんと2人の我が子だ。お土産の金魚ちゃん人形もゲットしたし無難に処理して地元警察に引き継ぎたい。
「そちらのお嬢さん方は?」
「うちは、未留来くるみ。こっちは友達の真秀ちゃん。ちゅうても直接逢うのは初めてやけどな」
「榛名真秀です、よろしくお願いします。わたしたち、陽桜ちゃんにお呼ばれして、初めてこの島に来たんです」
 くるみとプリシラが「真秀が乗り物酔いをおこし、小屋で休憩した。真秀がトイレに行っている間、上から大岩が落ちてきて、バスの中にいた2人が被害にあった」と説明した。真秀は俯くのみ。
「あの奥に林業の人が使うトイレがあるんですヨ。真秀さんはそこに行きました、ひとりで」
「せやで、うち着いてこかってゆーたのに、いらんって。中々帰ってけーへんし、心配してたんやで」
 プリシラの誘いにのり、くるみは真秀の疑いを深める証言をしてしまう。
「一人で? 恐くなかったんですか?」
「わたし、ドジで迷惑かけるから、くるみちゃんを巻き込んだら嫌だなって……あと、吐くのを見られたくなくて」
 もじもじと言い募る様は却ってあやしさを積み増す。
『脇差刑事。仏さんの免許証から都内在住の30代の男性とわかりましたよ』
「貸してくれ」
 白手袋越しに受け取って、脇差は免許証の顔写真を見せる。
『1人目が武田トモキ、2人目が前田ゴロウ。あんたら知合いか?』
 くるみはぶんぶんと首を横にふる。
「知らんで。なんや武田いう方はねちょねちょしてて感じ悪かったわぁ。前田さんはずーっと撮影してて空気やった」
「……わ、わたしも知らないよ」
 真秀は蚊の泣くような声で証言すると、プリシラの眉がわざとらしく持ち上がった。
「男性2人は神鳳本家の華お嬢様のお客サマですヨ。乗せてくるよう命令されました」
 神鳳本家のことはご存じでしょうと含み笑い。脇差も警官も頷いた。
「アタシはそこのお二人さんを港から拾うよう羽柴旅館のお嬢さんに頼まれたんですヨ。本当は彼女も乗る予定でしたガ、本家からの呼び出しでキャンセルです」
「つまり、男女グループそれぞれが、別の者から招かれていたってことか」
「はい、だから、不思議だなぁって思ったんですヨ」
 プリシラは意地悪く笑い真秀を見る。それからもったいつけて脇差へと視線を移し爆弾発言を投下。
「真秀さん、明らかに武田さんと知合いデス。“|誰かさん《・・・・》のせいで、お金に困って動画配信で当てるしかない”と、真秀さんを見て仰ってましたからネ」
「!」
 ハァハァと荒くなる真秀の呼吸、頬を伝う冷や汗。どんなに違うと言っても身体反応が真実だと物語る。
「真秀ちゃん、あのキモい奴と知合いやったん?」
「……お手洗いから戻ったら岩が落ちていて……違うの……」
 蹲る真秀を前に、脇差とプリシラは視線を絡める――明らかに、榛名真秀と被害者の間にはナニカありそうだ。


†††
◆舞台裏 海岸の死体工作
 ざっぱぁ~ん!
 潮の香り漂う海岸に、真っ赤なドレスの人魚姫がひとり。
 姫?
 ――そこには、てんぷら喰ったようなグロスでギラギラしてるウルトラ女装の勇弥が転がっていた!

加具土 「えへへ、ボクが選んだんだよっ! 似合うようにって! ポーズは、こう!」

脇差  「わー、すごいびじーん(棒)びじんのひらおよぎー」

さくらえ「とりさんの唇どう? ドレスの色と合わせたんだけど。マーメードドレスの角度とこのアイラインがねー……あ、月明かりも計算してるよ」(以下拘りを話す)

陽桜  「絶妙に美しくにならないように仕上げていますよね、巧みの技です」

プリシラ「そうそう、本編もネ。アタシに黒のタイトスカートに黒のストッキングって、中々冒険しますよネ」

さくらえ「絶対デキる女系が似合うと思ってね」

(女子ズ「似合ってたー」とキャーキャー絶賛)

華   「キモヲタとお嬢さん、私も見事に化けられて嬉しいです」

真秀  「ねえねえ、目の下とデコルテにラメ散らそうよ♪華やかになるよ!」

さくらえ「OKOK、こんな感じ?」(キラキラ指数が増した!)

くるみ 「ぷはっ! めちゃウケるわ! こんな恐いべっぴんさんおらんで。今の内の笑っとこ。本番で吹きださんようにな」

 網に掛かった人魚姫(わぁ、ひさん)がひとり。
「そういえば、勇弥の父親役の出番があるじゃないか。加具土、変われ」と足掻いたが「ボクが声だけでやるもん」「ライティングで顔は隠せばいいね(さくらえ)」と論破されましたとさ。



●20××年10月24日 夕方 羽柴旅館一室
 陽桜が、くるみと真秀と羽柴の部屋で相まみえたのは、軽く4時をまわっていた。。
「まぁ、本当に災難でしたわね。でもお二人ともご無事でよかったですわ」
 歓待の声も何処か他人行儀だ。今朝は逢えるとウキウキしていたのに、婚約者を手にかけてしまい気もそぞろだ。
「ホンマあの刑事さんヒドイわ。真秀ちゃんを完全に犯人扱いしてんねん」
「きつかったよぅ」
 きゅっと目を閉じる真秀は、襖の開く音にぴくっと背中を引き攣らせる。
「失礼致します。お茶が入りました」
 金魚の愛らしい饅頭を盆にのせさくらえが顔を出す。
「わたくしの使用人、さくらえですわ」
 会釈したさくらえは、わざと真秀を盗み見る。
「しかし、華様が村の秘密を暴く為に呼んだ方が亡くなられるとは……事故とは言え不思議なものですね」
 さくらえの言に釣られて陽桜の目が疑いを増した、裏には後ろめたさを隠して。
「わたしはやってないよ、本当だよ……それより『らぶ★あっぷ』話をしようよ! わたしね魔法ステッキ持ってきたんだよー……と、あれ? どこにしまったかなぁ……」
『らぶ★あっぷ』とは伝説の女児向けアニメであり、これこそが3人をSNSでつないだ切っ掛けだ。
 だが鞄を引っかき回す真秀の陽気は空回り、くるみは眉間をつまみうぅんと唸る。
「うちは真秀ちゃんを信じたいけど、アカンことばっかするし、隠し事はしてるし……」
 疑いの眼差しが集るのに、真秀はハムスターのようにか細く震える。
「陽桜ちゃん、くるみちゃんまで……わたしのこと、信じてくれないの? ひどいよぅ」
 がらりっと、全ての話を切断するように襖が開いた。
「おい。浜に死体が出たそうだ。お前らもこい」
 脇差の有無を言わさぬ命令に、全ての人間が現場へ連れ出される。



●20××年10月24日 魚鳳村海岸 ~嫁入り~
 花
  嫁
 赤いマアメイドドレスに身を包み、血のようなグロスで縁取られたのは、実は
  花
 婿

 憐
  れ
 ビシャビシャと海水を浴び、憐れなるかな赤い花嫁は投網に絡まり浜に引きずられた
  人
 魚

 神鳳本家の長男イサミの遺骸は腹が割かれ、食い荒されたかの如く内臓がなかった。
 野次馬の村人達が次々と集る中で、ひときわ目を惹いたのは号泣する神鳳一郎、本家の長でありイサミの父だ。
『イサミぃー、何故なのだ……』
 傲慢不遜に家族や村人を支配していた姿は見る影もない。膝をつきぶつぶつと呟きを連ねるのみ。
「水浸しじゃないか、死亡推定時刻がわからんぞ」
 バリバリと頭を掻く脇差へさくらえが声をあげる。
「それなのですが……イサミ様は午後4時までは確実に生きてらっしゃいました」
 実際の死亡時刻の1時過ぎをしれと隠蔽。
「午後4時というとー、アタシたちがパトカーで村に戻った1時間後ですか。困りましたネ、アタシ達も容疑者になっちゃいますヨ」
 プリシラは意味深な視線を真秀へと投げる。
「なんで4時までは生きてたと言い切れるんだ?」
「陽桜様はイサミさまの許嫁。年頃の男女ですから2人きりはよくあること。今日もイサミ様から誘われて午後4時までご一緒でした。神鳳家の使用人も証言できますよ」
 陽桜は頷きボソボソと「一緒でしたわ」と零す。
「ねぇ、脇差刑事。1日で死体が3つ、全て神鳳本家絡み……偶然にしては出来すぎと思いませんカ? 華様は……」
 更にプリシラが続けようとしたら、その華様のけたたましい笑いに遮られる。

『イサミという器を亡くした|お兄様《・・・》がどうすれば良いかって? 簡単よ、あたしを娶ればいいの、いつものようにね』
 いつも『おっ、父様』とそこだけどもるがそれもない。ただ父に向け|お兄様《・・・》とは奇異なことだ。
『華……ッ!』
 焦る一郎をひとしきり笑いものにしてから砂を掴むと父目掛け投げつけた。
『もう遅いわよ。それでも人魚様との契約を続けたいのなら、せいぜいあたしに媚びることね。21年頑張れば相手してあげるかも、フフ、お兄様の寿命が尽きそうだけど!』

 遣り取りを前にして、年老いた村人達が忍びなさそうに目を逸らす。
『お前らッ散れっ!』
 羽柴屋こと陽桜の父が、項垂れる一郎の背を支え睨みを効かすと、一瞬で場が騒然となった。
「うわっ押すなやっ! いたた、おーい、陽桜ちゃん真秀ちゃんどこやー?」
 人が入り乱れ誰がどう消えても判別がつかない。
「わたくしはここです。けれど真秀さまがいらっしゃらなくて……」
 ことりと首を傾げる陽桜の傍よりさくらえが「探してきます」と駆けだしていく。


●同日 夜 魚鳳村海岸 
 海岸線を歩く女と付き従う男。
『そう。あなた弐家の……へぇ、生きてたの。確かに|妹《・》と|弟《・》に似てるわ』 
 男が何か言うと女、華はにんまりと口角をあげた。
『確かに、300年番ったあたしを捨てた一郎兄様より、若いあんたの方がこれからのパートナーとしてイイわね。器の要件は満たしているし人魚様もご納得されるでしょう』
 ――“神鳳の血が入る者を定期的に捧げてご機嫌は伺っていたから”と華は得意げに添えた。
 2年前の天蓋神父他、この村は神鳳の分家の末裔だらけだ。数年ごとに祭で白紙を出し贄を決め、粛々と海に沈めてきた。
『フフ、あんたもヒドイわねぇ。羽柴屋は一郎兄様と一蓮托生、だからさっさと乗り換えるなん……ぐッ!』
 つっと、華の仄白い顎に血が伝う。
 心臓にメスを受けて呆気なく事切れた女を男は担ぎ上げた。
「一郎を殺そうと思ってたけど気が変わったよ。アンタの言う通り、老いさばらえて命尽きる恐怖に向き合わせてやることにした」
 この女が死ねば『神鳳で永久に生きた女』は消滅する。それ即ち、人魚様の契約の強制終了を意味するのだ。


●同日 夜 洞穴 ~婿入り~
 海岸から戻り息をつく間もなく一行は再び海岸へと連れ出される。
 先ほどのイサミの現場のそばの洞穴へは、脇差が選んだ|関係者《・・・》だけが連れ出された。
「――ッ」
 中に入りすぐに、ピリッと空気が張り詰める。
 華様ッと息を飲んだのは陽桜だ。

 逆さづりにされた華は黒い金魚の花婿姿。
 美しく整えられた中、胸に刺さる妙に子供じみた装飾の杖だけが異彩を放っている。

 皆が騒ぎ出す前に脇差は切り出すことにした。
「単刀直入に聞くが、あのステッキの持ち主は誰だ?」
 問いかけに陽桜とくるみが真秀を見る。
「……うん、わたしのだよ……だけど、なくなってたの」
「言い訳がオソマツ過ぎますヨ」
 片目を閉じて割り入ったのはプリシラだ。
「アナタ、バスから挙動不審でしたしね。神鳳本家は村の外にも敵が多いんですヨ。金魚祭のプロデュース、アタシが独占してるワケじゃないんデス。だぁれも手をあげない」
 村外の敵について語るプリシラ、内容は略す。
「華が殺されたのは誠に短い時間だ。その間、真秀さんはアリバイがなかったと聞く」
 はい、と頷いたのは陽桜とさくらえだ。
「真秀さんだけはぐれておりました」
「私が探したのですが見当たらず。驚くことにご自身で宿に帰られたんですよ」
 証言にふむりと頷く脇差の隣、プリシラは「あらら、変ですネェ」と芝居がかった口ぶりで再び割り込んだ。
「初めて来たこの村で迷わず帰れるなんて。結構入り組んだ道ですヨ?」
 なーんか役割を取られてる気もするが、楽だしいいかとは脇差の本音。
 とっとと片付けて明日には帰りたい。
 あと恐い。
 見立て殺人とか人魚様とか、関わりたくない。
「わたし、ドジっていつも迷ってはぐれるから、ちゃんと戻れるように道を憶えるクセがあるんだよ。さっきはぐれたのも、沢蟹に目を取られていたら押されて、それで……」
「「「沢蟹?」」」
 緊張感のなさに呆れが場を支配した、気まずい。
「本当だよぅ、信じてよぅ……」
 縮こまる真秀の手首に手錠がかかった。
 影の中、にぃっと唇を吊り上げたのはさくらえ、そして控えめだが頬を緩めたのは陽桜だ。
「あんた、イサミ殺しの時刻も風呂に入ってひとりだったそうじゃあないか。で? 落石事故の時もトイレに行ってひとりか」
「そうだけど、でもやってないよぅ」
 目に涙を溜めて首を振る真秀から、ひとりを除いて皆がじりっと後ずさる。
「なぁ真秀さん。実はね、落石事故被害者の武田と君の間に訴訟沙汰があったとは調べがついてるんだよ。示談で片がついたようだがねぇ」
 “|誰かさん《・・・・》のせいで、お金に困って”
「成程、武田さんは示談金でスッテンテンですカ」
 脇差は耳に小指を入れてほじると、こう締めくくった。
「全ての殺人においてアリバイがない。第一の殺人にゃあ動機もある。村でのコロシも追々調べりゃ線がつながるだろうよ。さぁ行くぞッ!」

「ちょい待ち。筋が通ってるようでめちゃくちゃやんか。うちは真実暴くルポライターや、こういう嘘は気持ち悪くてしゃーない!」

 ここで漸く、探偵役が口を開く。
 進み出たくるみは、真秀を庇うように肩を抱き、すいっと脇差とプリシラを睨みつけた。


●同日 夜 洞穴 ~関西少女探偵起動~
「ええか」
 各人を見据えてからくるみは口火を切る。
「示談やけど、お金払ろてんのは武田や。恨むとしたら武田から真秀ちゃんやろ。なぁ真秀ちゃん、武田とのこと話してくれへんか。この期に及んで隠し事はなしにしようや」
 こくりと頷いた真秀は、か細く武田との関係を語り出す。
「わたしね、コスプレイヤーだったの。くるみちゃん、陽桜ちゃん、わたし達は『らぶ★あっぷ』でつながったよね。ネットのコスプレ画像を見てすごいって言ってたの、あの中で『引退した伝説のレイヤー』ってわたしだったんだよ……」
 ええっ?! と驚いたのは陽桜とくるみだ。他はきょとんとしている。
「……ちょ、あれめっちゃすごい人やん! なんでコスプレやめたん?」
 真秀はぎゅっと目を閉じると意を決し打ち明けた。
「武田さんに、着替えを盗撮されたの。わたしが鍵を閉め忘れたドジで更衣室に入られちゃって……」
 まだ未成年だった為、瞬く間に親が出て来て訴訟だなんだと話が大きくなった。
 事件は片付いたが、既に着替え写真はネットに出回ってしまった。親にもキツく叱られて、真秀はレイヤー引退を余儀なくされた。
「そんな、真秀ちゃん悪ないやん! なんで言わへんだん?」
「……これから『らぶ★あっぷ』の楽しい話をしようって時だったし、特に陽桜ちゃんは初めて外の友達と会えるって愉しみにしてくれてた。あとね、事故で死んだ人を悪く言いたくなかったんだよ、武田さんは示談金をちゃんと払ってくれたもん」
 俯く真秀を見て陽桜は袖で口元を覆う。
 ああなんて、己の心は醜いことか! 純粋な友情と死者を辱めぬ為に口を噤んだとの志し、そんな人に自分の罪を着せようとしていたのだから。
(「さくらえ、わたくしはどうすれば……?」)
 縋るように見た横顔は、暗がりで歪んでいる。
「事故とはまだ決まっていないでしょう? あと、恥ずかしい写真を撮られてばらまかれたは充分に殺害動機になるはず、ねえ、刑事さん」
「お、おう、そうだな」
 ややこしくなって欲しくない、もう真秀が犯人でチャッチャと片付けたい。そんな気持ちが先に立ち脇差は頷いた。
「そんなん、あの落石が事故やないって証拠を並べてから言いーよ! 岩を落とす爆弾でも仕掛けてあったんか?!」
 村井警官は後ろでふるふると首を振る。
「ほら、ないやん! それとなぁ、華殺しのアリバイがないのんは、さくらえさんかて一緒や。ひとりで探してたんやろ? さくらえさんが怪しいんなら、イサミ殺しのアリバイかてホンマかわからへん」
「……ッ、あなたこそ、随分と曖昧な話を並べているじゃないですか」
「語るに落ちたなぁ、曖昧さはどっちもどっちや。それとあれ」
 と、華に刺さるらぶ★すてっきを指さす。
「あんたらアホか! もし真秀ちゃんが犯人なら“自分が犯人ですぅ”ってあんなんぶっさすかい! 大方、真秀ちゃんが怪しまれてるから盗んで刺したんやろうけど、普通は隠すわ。もしくはそれを越えて意味があるなら見立てで刺すかもやけど……ステッキの意味を言える奴はおるか?! うちはわからんわ!!」
 毅然と切り返し、くるみは手錠に指を触れる。
「ほら、外したげて。もしくはさくらえさんにも手錠をかけるかぁ?」
「ぐ……ッ。ああ面倒だなぁ! また逆戻りかよ」
 つい本音をもらしつつ脇差は真秀の手錠を外した。
「へぇ、さくらえさんが……そう言えばですネ」
 プリシラは、意味深にぴこりと三角耳を動かす。
「アタシ、陽桜さんの相談のってますヨ。イサミさんが気持ち悪い、ただ金魚にお熱で手を出されないからそれは安心してる……なのに今日は2人で|仲良く《・・・》してたんですか? 昨日から随分と進展しましたネ」
 ここにきて、プリシラが掌を返して羽柴を刺した。ヒッ! っと、洞窟を打ったのは、観念した陽桜の悲鳴だ。
「わ、わた、わたくし……あのあの、どうしましょう。さくらえ……さくらえぇ、わたくしがしたことが……あぁぅああ」
「……私が庇ったのが水の泡じゃないですか」
 冷たく言い放つさくらえだが、まだ演技をしている。
 むしろこれが最善にして想定通りのルートだ。
 杖を刺す稚拙な細工をしたのは、暗愚な陽桜お嬢様の思いつきを演出するため。
 ほら、脇差は厳しい眼差しを陽桜へと向けている。全て計算通りだ。
「……羽柴陽桜さん。今のを自白と受け取ってよろしいか」
 ハッと瞳を皿にして陽桜が棒を飲まされた様に硬直する。
「いえ、あの、けど、華様はわたくしでは……」
 余計なことは言わせない。
 さくらえからそっと口元にハンカチが押し当てられた。あどけない双眸に靄が掛かった所で、ハンカチが水に濡れて融け落ちた。

「――もう終わりにしようよ、|桜次郎《おうじろう》」

 華の遺骸の向こうから現れたのは、さくらえをあどけなくすればそっくりになるであろう少年加具土である。
「ぼくと違って折角生き延びたんだから、新しく“さくらえ”という名を得て。主従を越えて頼った陽桜さんに罪を着せたら、本当にもう浮かび上がることはできないよ」
「な……お前、は、加具土……にいさん…………」
 蹌踉け倒れる陽桜を抱き留めて、さくらえは呆然と兄の名を呼んだ。
「それとも水底にくる? 天蓋神父さんは、そして生きたまま海に投げられた子たちは存在はしているよ、稚魚となってね。だけど陸には戻れない。ぼくは、さくらえが地上に居たから、ここで人の姿をとれたんだ」
 ゴォゴォと水が巻く音がする――。
「ああ、ああ、待って、お願い、みんな、もう少し待って……」
 加具土は切なげに目を伏せ首を振る。そこにはもう“どうすることもできない”という諦めがはりついている。
「ぼく、賭けに負けちゃった。神鳳の男女が尽きたなら契約は終わりだって人魚様達が言ってたの。300年、神鳳の贄として沈められた子らは人魚になって水底に居るよ。ねえ、桜次郎」

 ――生きのびたお前より、命を絶たれて食い荒らされた子供らの方が恨みが深いと何故わからないの?

「ッ! それは……じゃあ僕は、この島に戻らなければよかったと言うのか!!」
 復讐を吐露する弟へ、もはや兄は憐れむしかない。
「イサミは地上の金魚様となり、ぼくらを弔ってくれた。それが怒りを鎮めていたんだよ」
「ああぁ! わたくしがイサミさまを刺し殺してしまったから……あぁぁあ!」
 騒ぎ出した陽桜を見据える加具土の眼差しは、深海のように蒼く凍てついている。
「……時間だよ」
 そうして、加具土は満ちてきた海へ仰向きに倒れた。
「みんな、ぼくとぼくに連なる人を贄にする。だからね、どうか外から来た人は奪わないで――」
 じくじくと食まれ、加具土の躰が輪郭を失っていく。
「ああ、あぁぁ、僕は……」
 ぼちゃんっと、さくらえも仰向けに倒れた。
「僕も連れて行っておくれよ。みんなの元へ……永劫に潰された、僕の先祖の元へ……」
 双子の兄と同じだけ、彼も輪郭を失っていく。


●同日 海の上
 ――さくらえと陽桜を除く皆は、何処からきたかわからぬ簡素な船の上にいた。
 船の底板は十字架の形をしており、キラキラのステンドグラスが周りを囲っている。
 こつんと、沈み損ねた陽桜が先端にぶつかる。まるで、船自体が「助けてやってくれ」と言いたげに。
「……ッよっし、まだ息があるで」
「陽桜ちゃん、陽桜ちゃん、しっかりして」
 頬を叩き呼びかけるくるみと真秀を背に、大人達は呆然と村があった方を見つめている。
 脇差と村井という警官は、ゴゥゴゥと渦巻く波に魚鳳村が飲まれていくのをただ見ているしかできない。
「わ、わたくしは……」
「陽桜ちゃん! 目が覚めたか」
「よかったよぅ」
「ごめんなさい、わたくし、真秀さんに罪を被せるなんて怖ろしいことを……」
「いいよもう……ッ!」
 なんて友情物語、テレビの向こうのようだなぁと脇差は夜空に目を向けた。
「ああ、はやく家に帰りたい。妻と子供たちの笑顔に囲まれたい。というか帰れるのかこの船」
 大丈夫ですヨと軽妙に笑ったのはプリシラだ。彼女だけは何があっても動じずにいる。余程人魚より怖ろしい存在かもしれない――しれないが、ここで開示されることはないのだ。
「人魚様のお怒りの範囲は魚鳳村だけで、港町は無事ですヨ。ほら、見えてきましたヨ」
 指さす先には、港町の光が浮かぶ。
 先ほどまで魚鳳村が見えていた。船は進まずほぼたゆたっていただけ――航路が明らかにおかしいのだが、脇差はもう考えるのを止めた。
「そうだな。帰ろう」
 考えてはいけない、水底に囚われる――。


◆追記
「思う存分やりきりましたぁ!」
 都市伝説“映画監督・華”は、お気に入りの神鳳華(吐血つき)の姿でモブと共に無事に召されましたとさ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年12月18日


挿絵イラスト