【旅団】いつか、|彗星《ほし》の|終焉《おわり》に
【これは旅団シナリオです。旅団「MM Kingdom」の団員だけが採用されます】
二人の赤ん坊がいる。
一卵性双生児――即ち、同じ遺伝子を有しているはずなのに、こんな時分から明確に見てわかる差異が存在するのは、“それ”にとって興味深い事案であった。
子供の可能性は、いつだって無限の未来に満ちている。
それを、ああ、この手で|育て《もてあそび》|導く《くるわせる》事の、なんと甘美なことか!
「――――――誰だ!」
おや、しまった。
感動に心を打ち震わせていたら、見つかってしまった。
だが、そもそも本来の用件は“こっち”ではないのだ。
だから、“それ”は慇懃無礼に腰を折って、腹が立つほど優雅に、そう告げた。
幸い、己を発見したのは猟兵ではなく――――只の守衛であったので。
指をぱちんと鳴らした瞬間、彼の視界が明滅した。
頭の上から聞こえてくる、どこか機会じみた声が、耳に染み込んでくる。
「私の最高傑作が、そろそろご挨拶に伺いたいそうです、そうお伝え願えますか?」
“それ”の手が赤子の元に伸びて――――。
◆
「ボクたちの子供が……誘拐された」
「そして、この事件を予知してしまったばっかりに、ボクも同行、できなくなった」
「君と……君が心から信じられる数人で、コトに当たるしかない」
集まった猟兵たちに向けて、そう告げるミコトメモリ・メイクメモリア(メメントメモリ・f00040)の表情は、苦々しい苦悶に満ちていた。
「君がこなければ、子供たちの命はない…………そうだよ」
「……ジャガーノート・ハーレー。そう聞けばわかるよね、ジャガーノート・ジャック」
誘拐された子供の父親、つまり――自らの夫が、変じた姿。
そしてジャガーノート・ハーレーの執着である……ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)に向けて、そう告げる。
「彼は、君との決着を望んでる。場所は……かつて君たちが“ジャガーノート”となった場所」
「とある学校の一室が、電脳空間に変じている。そこにある端末に触れれば、異界に飲み込まれる事になって、即、勝負が始まるだろう」
動揺を抑え込みながら、ミコトメモリは続けた。
「……ハーレーと戦うのは、あくまでジャガーノート・ジャックだ。他のみんなには、それを支援してもらいたい」
「ハーレーは、“約束”に縋っている。いつかもう一度、ジャックと決着をつける事……その“約束”への執着が肥大化して、暴走しているんだ」
「言い換えるなら……|約束が果たされない限り《、、、、、、、、、、、》、|ハーレーは蘇る《、、、、、、、》」
トドメの一撃は、必ず、ジャガーノート・ジャックが行う必要がある――だけではない。
その戦いが相応しき『決着』に相応しない、とジャガーノート・ハーレーが判断しても、やはり元の姿を取り戻すだろう。
「難しい戦いに、鳴ると思う」
「…………だけど、言うよ」
「あの子たちを助けて」
「相手が誰であっても、倒して」
「必ず、帰ってきて、って」
「…………頼んだよ」
甘党
お久しぶりです。
甘党です。
大変長らくおまたせしました。
ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)さんの宿縁依頼。
ジャガーノート・ハーレーとの決着です。
細かいことは申しません。
約束を果たしに参りましょう。
第1章 ボス戦
『ジャガーノート・ハーレー』
|
POW : オレハ オ ハ 何ダ?
自身が【斃されるべき"世界の敵"であるという認識】を感じると、レベル×1体の【破滅を齎す彗星】が召喚される。破滅を齎す彗星は斃されるべき"世界の敵"であるという認識を与えた対象を追跡し、攻撃する。
SPD : ……勝負ハ、3Rマデ ダ
【約束を果たす迄絶対に斃れられない】から、対象の【「再戦」】という願いを叶える【"復活した自分"と復活の度強化される光剣】を創造する。["復活した自分"と復活の度強化される光剣]をうまく使わないと願いは叶わない。
WIZ : ――ハ 度デモ 立チ ガル
【瀕死時即復活。復活する毎に前より強い状態】に変身し、武器「【光剣】」・「【瞬間的光子化による超加速】」の威力増強と、【復活回数分の流星を召喚。流星は敵自動追尾】によるレベル×5km/hの飛翔能力を得る。
イラスト:落葉
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠ジャガーノート・ジャック」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
「…………ここから先は、ジャックに……レンには聞かせられない」
ミコトメモリは彼が立ち去ったのを確認してから、集まった猟兵たちに向けて、告げた。
「子供を攫ったのは、『Dr・ティック-トックマン』と呼ばれるオブリビオン……|ジャガーノートの開発者《、、、、、、、、、、、、》」
「別名は“時計頭”、彼は二人の戦いを見届ける事を目的として……勝負の舞台となる電脳空間を観察しているはずだ」
「そして集めたデータを元に、またあらたな実験を始めるつもりだろう……ともすれば、二人の勝負そのものにも、介入する可能性もある」
「――ボクたちの子供を、|憶《おもい》と|録《ろく》を攫い、人質にしたのも奴だ。当然、タダで返してくれるわけがない。今この瞬間にも、何をされているか、わからない」
「ジャックも、二人も、…………このまま奴の思い通りに事が進んだら、無事ではすまないと、思ってる」
焦燥と恐怖、あるいは――湧いてきた絶望を飲み下しながら、ミコトメモリは続ける。
「……君たちには、ジャックとハーレーの戦いの間に、『Dr・ティック-トックマン』を見つけ出し、二人を取り返して欲しい」
「必要なのは隠された電脳空間を暴き出す為のハッキング能力」
「そして、速やかに『Dr・ティック-トックマン』を仕留める、戦闘力」
「それが叶えば、ハーレーはくびきから解き放たれて、一時的にだけど理性を取り戻す」
「|本当の決着《、、、、、》を、つけることができるはずだ」
「だから、お願い皆」
「ボクの家族を、あの人を……助けて」
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プレイングの選択肢は二つ
Aルート
ジャガーノート・ハーレーと直接対決を行います。
実際に戦うのはジャガーノート・ジャックのみとなり、
その他の猟兵がこちらのルートを選ぶ場合は、何か一言かましてやりたかったり、支援をしたり、
『Dr・ティック-トックマン』が行う『介入』から戦いそのものを守る事になります。
具体的には、大量に召喚され、戦いを妨害してくる量産型ジャガーノートの撃退です。
Bルート
『Dr・ティック-トックマン』を探索・撃退します。
・電脳空間に隠れた『Dr・ティック-トックマン』を探し出す。
・人質となっている双子を救出する。
・『Dr・ティック-トックマン』を倒す、または負傷を与えて撤退させる。
これらの条件を満たすことで、ジャガーノート・ハーレーを呪縛から一時的に解放することが出来ます。
ただし、『Dr・ティック-トックマン』は発見された場合、【相手の願望を否定する能力】を使用し、撃退を試みます。
どちらのルートを選択するかを添えて、プレイングをお願いします。
◆プレイング提示〆切
12/10(火) 23:59
ロク・ザイオン
憶も録もとてもとても心配で
あの仔らを脅かすものをおれは絶対にゆるさないけれど
ゆるさないのも全部、すごく、こっそり、すごく、ふたりに頼んだし。
大丈夫。
(バレないように森番全力のポーカーフェイス)
じゃ、またあとで。
……キミのしたいこと、叶えてこい。
おーば。
あれは病葉の。歪んでしまったものの匂いだ。
けれども、最初のジャックと同じ。
はぐれた仔の匂いだ。
これは雄と雄の闘いだ…と言ったら、ジャックは「言い方」って怒るかな。
男と男の、だって。
こんなふうになっても、それは森がゆるした営みのかたちで
だからおれは、ふたりが縄張りも未来もこころもすべて賭けて、ふたりのためだけに闘えればいいと、思う。
邪魔は森番が赦さない。
おれたちは『レグルス』
おれという星を種に芽吹く森、今より此処を「禍園」とする
はりぼての偽物どもも、邪な目も
狩り、焼き潰し、骸を糧に、森はますます燃え栄えよう
キミの「親友」がこころを取り戻すまで、何も通すものか!!
最後に、ことばを交わせるなら。
それが、最後は、ひとだったってことだよ。
零井戸・寂
(──やり口が余りにもハルらしくない。むしろこんな回りくどい事をする輩に心当たりがあり、そしてこの場に兄貴分と頼れる電脳使いがいない事を加味すれば──背後にいる「奴」に察しがつく。僕と彼の勝負に最大限水を差されないように、皆が手を尽くしてくれてるのだろうと言うことも。【学習力】)
(それらを経験則で全てわかった上で)
──有難う、ロク。露払いは任せる。
(そして、頼む、匡。ヴィム。息子達は任せる。僕は──)
僕は僕の全身全霊を懸けて
ハルを、斃す。
…………約束、果たしに来たよ、ハル。
『Access: Juggernaut』。
肉体電子化シーケンス完了、
戦闘用鎧装モード展開──
あの日、君を助けたかった僕より
君が僕を先に助けて
1ラウンド目は君の勝ち。
あれから、八年掛かったけど
──再開しよう。
"──勝負は3ラウンド目までだ。"
君との残り2ラウンド分の勝負を──
君を止めるための戦いを。
君に勝つための戦いを。
最後の勝負をしよう、『ハーレー』。
僕のヒーロー。(ザザッ)
*f02381のプレイングに続く
ジャガーノート・ジャック
【Aルート】
(ザザッ)
最後の勝負をしよう、『ハーレー』。
僕のヒーロー。
|EXP-ectation《経験予知》。
遍く世界で戦った。
時に自分の弱さに挫けそうになりながら
時に大事な記憶を失いながら。
それでも多くの敵を倒してきた。
鷲野と白峯も乗り越えてきた。
怪物である自分を乗り越えて
人である自覚を経て、騎士の心構えを学んだ。
背中を任せられる相棒を得て
心強い兄貴分に出逢って
頼れるチューマもいて
──姫に巡り会って、人を愛する事を知って
家族の温もりも知った。
今まで積み重ねてきた戦いの記録がある。
僕を支えてくれる人の温かさを知っている。
それに──
君の事は、何より、誰より。
僕が一番、憶えてる。
それら全ての『経験』を元に
君の攻撃を予測し回避し、僕の攻撃を君に当てる。
(【学習力・戦闘知識・見切り】+【スナイパー・砲撃・レーザー射撃】)
────なあ、ハル。
僕は
──本当は
言いたい事なんて
言い切れないくらい
沢山あるんだ。
言い切れないから
あとは、最後に、これだけ。
ゲームセットだ、ハル。
──僕の、勝ちだ。
鳴宮・匡
【B】
隠れてるやつはこっちで排除だな
行こうぜ、ヴィクティム
……しかしロクのやつ、ちゃんと隠せんのかな
絶対顔か態度か耳に出るだろ……まあいいか
ジャックは多分、それで揺らぐようなやつじゃない
知覚機能は最初から全開
位置を把握した瞬間からその全てを観察し
その行動を予測する
――ああ、ありがとな
よく視えるよ
頼まれるまでもない、知ってるだろ
一撃で終わるよ、あとはゆっくりしておきな
『千篇万禍』――千を篇もうが避け得ない万の禍
そう呼ばわれたあの人の技術の粋
受け継いだそれを何千と踏み越えた戦場で己のものにしてきた
そこへ重ねるのは裡に宿した影がもたらす『滅定の楔』
俺の手にある全てを以て、確実にお前を排除する
願望の否定?
望みでも願いでもない、それは“結果”だ
撃った時点でお前の運命は決まってる
この影が与える滅びは神にだって覆せない
お前の小細工程度で曲げられやしないさ
妹分にも重々頼まれたけど
こう見えて俺も多分怒ってるんだ
あいつの子供なら、俺にとっても家族みたいなものだから
二人に危害を加える暇も与えない
返してもらうぜ
ヴィクティム・ウィンターミュート
B
報酬は上等な酒でいーぜ
このビズは成功するさ──俺がいるからな
このデッキは5枚の手札で構成されている
まずは『Wintermute』──演算拡張、ハッキング能力を上げる
続けて『Sanctuary』──場に着弾、これでこの電脳空間は【ハッキング】によって自在に書き換え可能となった
つまり?隠れた間抜けを引きずり出すも自在ってことさ
タグ付け完了、ニューロリンクしたからお前にも見えるだろ?
おっと、暴かれたから攻撃してきやがった
セット切替、電霊幻想:《運命転換》──反転により、否定は「肯定」になった。
俺の願いはテメエが否定できるほど安くねえってことさ
それに、叶えるべきは叶えた──今は、誰かのを叶える側なんでね
さらにセット切替、『Weakness』『Analyze』
大量のデバフとチューマへのバフを上乗せだ…出血がきついから早めに終わらせてくれ、頼むわ
頭の時計チクタクさせても、テメエの時は進歩しねえな
所詮は過去の残り滓
永遠に進歩の無い研究者ってなぁ、随分皮肉じゃあねえかよ なぁ?
1.
事件の始まりは2016年、12月。
とある小学校の、とあるクラスが、まるまる一つ“行方不明”になった。
厳密にいえば、行方不明というのは正しい言葉の使い方ではない。
拉致、監禁、そして|実験《ゲーム》。
渦中で起きたあらゆる物事を、極めて単純化すれば、そういう言い方になる。
存在こそ幾度も確認されては来たが、その度に大きな被害と、|実験《ゲーム》の結果だけが残されてきた。
知的好奇心というものを満たしたいだけなのか。
あるいは、追い求める『何か』があるのか。
生物には|願望《ねがい》がある。
この世界に生まれたからには望み、求め、欲し、手にしたいと思うものが。
たとえそれが過去から生じた|虚像《オブリビオン》だとしても。
|それ《、、》の|願望《ねがい》は混沌だ。
成果物ももちろん重要だが、そこに至るまでの過程が何よりも大事である、と|それ《、、》は思っている。
|計画《プラン》は壮大に!
|方法《やりかた》は千差万別に!
数多の命を使い捨てるのは、それそのものが必須工程だから……では、ない。
感情を、信念を、思考を、選択を、|記憶《メモリア》を、|記録《ログ》を、過去を、未来を。
踏み躙り、踏み潰し、汚し、穢し、その果てに、最後に残った物にこそ――――――――。
唯一無二の。
たった一つの。
この世に|代替《かえ》の効かない――――次の玩具としての使い道が生じると、|それ《、、》は信じている。
1.
二度とこの場所に来ることはないと思っていた。
夜闇に飲まれ、明かり一つない小学校の校舎を、零井戸・寂(PLAYER・f02382)は校門の前で見上げていた。
もう、九年も前の事になるのか。
あの日から……UDCのエージェントとなってからは、もう通わなくなってしまった場所。
時計頭がこの場所を|実験《ゲーム》の舞台としたのは、ただの気まぐれで、必然性があったわけではなく、
再発の可能性が低い公立の小学校一つの中身をまるまる入れ替えるのは効率が悪い……という諸事情もあって、
事件の事後処理をした後も、かつて寂が通っていた教室以外は、まだ普通に運用されているらしい。
……結局、今一度戦いの舞台になるのであれば、その判断は間違いだったのかもな、と他人事のように思ってしまう。
状況は最悪で、怒りで血液が沸騰しそうなのに、なぜだか凍るように頭は冷静で、不思議と焦りを感じていない。
「ジャック」
頭上から声。
誰かと確認するまでもない、ロク・ザイオン(ゴールデンフォレスタ・f01377)が、校庭の外周に生えた樹を伝って、降りてきた。
「周りには誰もいない。生き物がいるのは、あの部屋だけだ」
校舎のとある一室を指さす。
紛れもなく、かつての彼らの教室だった。
「そっか、ありがと、ロク。少し気が楽になった」
「ふむ」
ロク・ザイオンは森の番人である。
昨今は数多の人の縁もあって、様々な文明に触れてはきたが、体に漲る野生はもはや抜け得ぬ野生のそれ。
戦場においては常に張り詰めた意識が、野生の勘と混ざって、本能的に危険を察知する感性を備えている。
その視点から言うと――――。
ここは、|嫌だ《、、》。
もし果たすべき務めがないのであれば、一秒たりとも居たくない。
それは底知れぬ悪意によって生み出された魔境なのだと、本能が告げている。
勿論、その程度で尻ごむ森番ではないが。
「行こう」
歩き出す相棒の少し後ろを、警戒しながらついて行く。
しかし、言葉は発さない。
励ましも、慰めもない。これから起こる“こと”は、もうそういう段階の話ではないことを、森番はよく理解している。
理解しているから……酷く、体が|うずうず《、、、、》する。|そわそわ《、、、、》と言い換えてもよい。
森番の今回の役割は、ただ、相棒を、目の前に戦いに集中させる事。
その為に、あらゆる邪魔を排除すること。
そう――――ロク・ザイオンは言い含められている。
この場にいない二人の戦友に、しっかりと
……俺たちは裏で子供たちを助けに行くけど。
……気負わせたくないから、悟られないようにしてくれよ、と。
余計な情報を入れないことも、仕事の内。
故に、森番は、しっかり口を噤むのだ。
(…………耳が凄い動いてるなあ)
多分、言えないことがあるんだろうなあ、と寂は思った。
そもそも相棒は隠し事にほんっっっとうに向いていない。
嘘が下手、なのではなく、偽るということに意味を見出していないという意味で。
そんなロクが黙っているということは、今は聞かないほうが良いことなのだ。
それに、妻が――ミコトメモリが自分には言わず、他の猟兵たちに告げた事があるとするなら。
おおよその、想像はついている。
……しかし、こうやって廊下を歩いていても、階段を登っても、懐かしさの一つも感じなかった。
小学校の校舎そのものは、寂にとって特に重要ではなかった、ということなのだろう。
大事だったのは、そこにあった友達と――――――。
「着いた」
かつての学び屋、かつての教室。
一呼吸を挟んで、扉を開く。
(よっ、遅かったじゃん、ジャック!)
そんな幻聴が聞こえるぐらい、その姿は、あの頃のままだった。
|あいつ《、、、》がいつも座っていた、教室一番奥の、後ろから二番目の席。
あの頃と変わらない姿のまま――――ああ、そうだ。
零井戸・寂は生き残って、成長した。
星見・晴は死んで、停滞した。
ジャックは大人になって。
ハルは子供のままだった。
「…………や、久々」
それでも、寂は、ただ手をあげて、親友にそう呼びかけた。
その言葉に、少年はゆっくり顔を向けた。
「約束、果たしに来たよ、ハル」
その顔には、黒いノイズが走っていた。
その体には、縦横無尽のヒビ割れが走っていた。
一秒後には、机を押し出して走っていた。
世界の形が、切り替わった。
――――『Access: Juggernaut』
さあ――あの日の続きを、始めよう。
2.
最近の小学校には、そこそこ良い性能のパソコンが揃っている。
勿論、ヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)の基準からすれば、電卓か、そろばんに等しいぐらいのものだが。
キーボードに最初に触れる、|お遊戯《チャイルド・プレイ》にしては悪くないもの、これを学び屋で知れるのだから、いい時代で、いい世界なんだろう。
「ここか?」
コンピュータ室、と書かれた部屋に、鳴宮・匡(凪の海・f01612)が先行して踏み込む。
彼からすれば、ただ規則正しくパソコンが並んでいる、普通の学習室に見える訳だが。
「ああ、間違いねぇ。よくもこれだけ悪臭を垂れ流せるモンだ」
ヴィクティムが軽く手を振ると、眼前に電子のディスプレイが表示される。
別に、本来はこの動作すら必要ない、思考内でサイバーデッキを起動する事すら可能ではあるが。
まあ、様式美というやつは大事だろう。
ヴィクティムは部屋の電気のスイッチを軽くつけるような、そんな気軽さで――――プログラムを起動した。
――Extend Code『Wintermute』。
それは己が持つ機能を全て使用するためのリミッター解除機構。
ヴィクティム・ウィンターミュートの全能力を使用する為の前提条件。
代償は――あまりの高速演算故に、どうしても無視できない、生態脳への負荷のみ。
故に、もう世界は|書き換え終わっている《、、、、、、、、、、》。
『おや』
薄暗いコンピュータ室が、いつの間にか広大な空間へ変じていた。
0と1しか存在しない、果てのない無機質なその場所に、異形のモノが立っている。
ソレは、首から上が懐中時計の形状をしている。
ソレは、白衣を着込んでいる。
背後ではぐるぐると歯車が回り続け、虚空の空間に置いて、何かの機構を動かしている。
――――UDCは、そのオブリビオンをこう呼んでいる。
Dr.ティック-トックマン。
全てのジャガーノートの生みの親にして、零井戸・寂に纏わる、あらゆる悲劇の首謀者。
『ここに来訪者が来るとはね。申し訳ない、お茶の用意はしてないんだが……ああ、だが一人で見ているのもいささか退屈でね』
そして、空間の上空には、数多の電子ウィンドウが浮かんでいた。
こことは違う空間で、誰かが戦っている――――それは紛れもなく。
「ジャックと……あれがハーレーか」
小さな舌打ちと共に、鳴宮が呟く。
二機のジャガーノートが、お互いの武装をぶつけ合い、戦っていた。
『おや、事情はお知りおきなのかな? さすがは猟兵だ。耳が早い、いや、ここを突き止められるとも思っていなかったのだけどね』
「御託はいい」
銃声、というにはあまりにささやかな三点射。
Dr.ティック-トックマンの頭部に三つの穴が空いた。
どさ、と倒れ込んだ体がノイズになって分解されると――別の空間から、再び時計頭が姿を現した。
『これは酷いことをする。礼儀正しく迎え入れたつもりだったのだが――――』
「………………」
鳴宮の視線が、ちら、と隣のヴィクティムに向く。
一方、ヴィクティムは目の前の現象には一切興味を引かれてないかのように、小さく頬をかいた。
「こいつは疑問なんだがなミスター・|時計頭《ティック・トック》。アンタが実験したいってんなら、どうして自由に戦わせてやらない?」
『おや、それはどういう意味かな?』
首を傾げるDr.ティック-トックマンに、ヴィクティムは言葉を続けた。
「性能が見たきゃ全力のジャックとハーレーをぶつけりゃいい。ガキを人質に取る必要も、他の|量産品《レプリカ》を噛ませる必要もない。アイツは本気で戦うぜ? もう腹は決まってる」
『ああ、なるほど。それは正しい意見と言えるだろう。しかしそれは“正しいだけ”じゃぁないかね?」
「あ?」
『考えてみたまえ。考えて見給えよ!』
時計頭は高らかに両手を掲げ、叫んだ。
『戦いを拒む学友すらも一方的に鏖殺し!』
『たもとを判ったかつての仲間を惨殺し!』
『数多の戦いを経て成長し、その極点に至った最強のジャガーノート!』
『つまり、そもそも! 根本として!』
『この戦い――――――ジャガーノート・ハーレーが勝てる可能性は、もとより0%なのだよ』
「――――――――――」
『数年前の段階であれば感情が足を引っ張る所もあったろうが、今のジャガーノート・ジャックは精神的にも成熟してしまった』
『以前、別の私がアレと邂逅したことではっきりしたよ。“ハーレー”の強さはジャックとの決着を望むモノ、即ち会敵した時点で半ば目的を達してしまっている』
『成果としてみるならアレは成功作だが、|見世物《ショー》としてはいささか物足りない。目に見えた結果は退屈だし、苦悩を飲み込める程に成長されてしまってはね」
「お前にとって、|アイツ《ジャック》の人生は見世物か?」
『当然だとも。――――おっと、また銃弾なんてのは止めておくれよ。どうせ大した意味などないのだから』
砲弾と光剣が幾度も斬り結び、爆音と破砕音が生じる。
画面の向こうの戦いは、一進一退に見える――――が。
『ただ、彼は成長の代償に未来を失ってしまったというだけだよ』
「未来?」
『単純な話さ。|子供には無限の未来がある《、、、、、、、、、、、、、、》。その可能性がどんな花を咲かせるかは、開いてみるまでわからない!』
Dr.ティック-トックマンにとって、それは当然のことだった。
何故、かつて零井戸・寂のクラス丸ごとを拐い、実験と称して殺し合わせたか。
『実験するなら子供に限る――――――なにがどうなるかわからないからね!』
考察するまでもないのだ、当たり前の事実が、ただ当然のようにそこに存在しているだけ。
『だから、彼に対する興味は、もうあまりないのさ。ジャガーノート・ジャックもジャガーノート・ハーレーの上限は、もう大まかに見えた』
本当にどうでもよさそうに。
今まで注いでいた執着も、結果も、大した価値などないかのように。
『|アレはもう良い《、、、、、、、》』
そう、言い捨てた。
『おっと、とはいえ自分の仕事の成果だ。ちゃんと見届けるつもりだよ。彼らにとってふさわしい結末、最高の終焉を用意した、どうかな? 一緒に観劇するというのは――――――』
返答は銃声。
再度頭部を貫かれ、同じ様に消滅し、そして同じ様にまた、時計頭は現れた。
『むしろ、こちらの方に興味があってね――君たちは|これ《、、》を取り戻しに来たんだろう?』
何もなかったかのように時計頭が指を鳴らすと、ザザ、とノイズが走り、新たなディスプレイが浮かび上がった。
画面の向こうには……二人の赤ん坊の姿が、映し出されている。
眠っている、というよりは、意識が途絶えているのか。
ピクリとも、動かない。
「―――――チッ」
その姿を見て、僅かに顔を歪めたヴィクティムを見て嬉しそうに、Dr.ティック-トックマンは手を叩き、嘲笑った。
『ジャガーノートになった者が子を成したことはなかったからねぇ、故に私の心も踊る!』
『その性質は遺伝子によって継承されうるモノか? 双子における能力の差異は? 一卵性なら素晴らしく都合が良い、比較実験がやり易いのは何たる好都合か!』
『もはや|絶対破壊《ジャガーノート》という名すらふさわしくないか! ネーミングも考えなくてはねえ。名付けというのはこういう気持ちなのかな、うん――――』
3.
じゃがぁのぉと。
森番が普段使わない言葉の響きだが、相棒の名だけあって、流石に聞き慣れた。
突然空間が広くなり、木や草、石の臭いがしない場所に投げ出され、同時に、相棒と敵が戦いを始めた。
今更、止めようなどとは思わない。雄と雄の闘いだ。双方納得するまで、思うがままやると良い。
もっとも、こう言ったら、ジャックは怒るかもしれない。
「言い方!」と一言注意して、「せめて男と男の」とか、訂正を求めるのだ、うん、相棒のしそうなことがよくわかる。
だから――――――だから、この戦いには、誰であっても割り込んではいけない。
「近づくな」
意味などないと判っていても、警告する。
それが己に強いた法、自然の中で定められた掟。
「此処は今から、"おれ"だ」
刃の一閃を、バチバチ弾ける大地に刻み、そこを起点に世界が塗り替わる。
揺らぐ熱が炎となって、炎は森を形作る。
命を育む環境ではなく、命を焼いて、くべて、葬る為の|終焉《つい》の|園《その》。
『なんでよ――何であんな事したの!』
『俺は戦うつもりなんてなかったのに!』
『帰りたかった、帰りたかったぁ!』
『酷いよ――許せない――――!』
簡素な機械の骨格を持つ、量産品の様なむくろたち。
それは怨嗟だ。
それは慟哭だ。
失われたいのちの、残滓に――|見えるもの《、、、、、》だ。
森番にはわかる。これらは過去の偶像、即ちオブリビオン――ですらない。
かつてジャガーノート・ジャックが覚醒の折にただの|数字《スコア》に変えたクラスメートたち。
――――――の、再現体。
彼らに中身はない。彼らに意思はない。
ただ、かつてどこかで生じた思いを音ににして、ジャガーノート・ジャックの後悔を呼び起こさせる為だけに作り出された山彦だ。
だから――――その悲鳴は、ここで食い止めよう。
それを吼えるべき者は、もう居ないのだから。
影は影――――虚は虚。
森は無粋な侵入者を拒む。わきまえぬ者を拒む。
「る――――――おぉ――――――――!」
その咆哮は、ただただ一人のために。
はりぼての偽物を。
無粋に見下す、邪な目も。
狩り、焼き、潰し、葬り、森は一層、高らかに燃える。
思い切りやれ、後悔を残すな、ためらうな。
おれたちは『レグルス』、獅子の星。
キミの「親友」がこころを取り戻すまで、何もここを通すものか!
4.
「終わったか? ヴィクティム」
身勝手なことをのたまう時計頭に対し。
鳴宮・匡という男は、淡々と役割を果たすべく、動いた。
もともと、こんな相手に揺らぐ様な感情など持ち合わせていない。
ただ、普通に撃っても通じないのはわかったから、|待っていた《、、、、、》だけだ。
「ああ、ペラペラと語ってくれたおかげで助かったぜ」
『は――――――?』
意図を読みきれず、首を傾げるDr.ティック-トックマン。
その有り様に、ヴィクティムは呆れ顔で――嗤い返した。
「お前、誰を目の前にしてると思ってる?」
彼は自身を端役、と称する。
主役になり得ぬ者だ。
決着を委ねる者だ。
進む誰かの背を押して、往く道を整えるくらいのことしかしてやれない。
歩いていくのは何時だって主人公たちだ、英雄の物語の中で、彼は正しく、その一端に在るだけの|群衆《モブ》でしかない。
しかし。
「ここは|電脳《デジタル》、俺は|冬寂《ウィンターミュート》、そしてテメェは単なるノイズだ」
|冬寂《ウィンターミュート》の名を物語に刻みつけた者に、誰一人として敗者は居ない。
ヴィクティムの手には、いつの間にか弾丸が握られていた。
それを、軽くぴん、と指で弾いて、仕事仲間に渡す。
「後は頼むぜチューマ、こいつ、作るの手間なんだ」
「ああ」
任せろ、の一言すらなかった。
言葉にする必要が、ないからだった。
『何をする気かは知らないが――――この空間で君たちの|願望《のぞみ》は叶わないよ』
Dr.ティック-トックマンのユーベルコード。
あらゆる願いを反転させる“反・願望器”の具現化。
この電脳空間において、それは厳密に、精密に作用する。
予測、期待、願望――――ありとあらゆる『未来を定める』概念を曖昧化する領域。
それは即ち、実験体に彼が求めるモノでもある。
不確定な未来こそが面白い。不確実な予想こそに価値がある。
だから、大人の相手は面白くない、結果はわかりきっているのだから。
対して、鳴宮・匡は受け取った弾丸を、全く淀みのない丁寧な動作で銃に装填し、構えた。
予備動作や躊躇いといったもののない、流れるように放たれる、プロフェッショナルの黒い弾丸。
それはただごく自然に、川が流れるように、木の葉が落ちるように。
世界がそうできているから、そうなった、と定義できてしまえそうなほど自然に、時計頭のど真ん中をぶち抜いた。
『――――――――――うん?』
Dr.ティック-トックマンに、二つの異常事態が生じた。
一つはそもそも、この弾丸が当たるはずがないということ。
狙いを定めて撃つ、という行為は、即ち対象への着弾を望む行為だ、それは否定され、敵わないはずだった。
もう一つは、己の身体に生じた異変だった。
この空間における法則、自身の存在を不確定にするが故に、負傷や死という現在を、あやふやな未来に変えて自己を保つ、時計頭の|機構《システム》が――働かない。
撃たれ、砕け、壊れ――――己が滅びへ向かっていることを、時計頭は一拍おくれて理解した。
『これは、どういう―――――』
「お前に理屈を説明しなきゃいけないのか?」
動いているから、もう一度撃つ。
追撃の理由はシンプルで、だからこそ止まらない。
』
「俺は何も望んじゃいない」
鳴宮・匡は、ただ淡々と、与えられた仕事をこなす。
「これはただの“結果”だ。俺が撃った時点で、お前の運命は決まってる」
しかし、その行動の最奥に――――――。
かつての彼ならいざ知らず、今現在において。
弟分の人生を踏みにじった元凶に。
その過程と結果に興味を喪失したのたまう醜悪に。
その家族に手を出した卑怯者に対して。
ただ、表に出さないだけで――怒りは確かに存在する事など、
Dr.ティック-トックマンには、知る由もない。
千篇を越えて飲み込む万の災禍。
木っ端な策略など無用、雑多な戦略など無意味。
その極点が、『|滅定の楔《ダウンフォール》』。
鳴宮・匡は期待しない。それは一切の祈りなく、ただ蓄積された経験と技術によって放たれる。
鳴宮・匡は願わない。それは一切の躊躇なく、ただ定められた軌跡を駆けてゆく。
鳴宮・匡は予測しない。それは一切の推測なく、ただ目標を貫くことが決まっている。
故に、その理は単純明快。
鳴宮・匡が弾丸を撃った時、それは|放たれた時点で《、、、、、、、》、|運命を決める《、、、、、、》。
ビシリ、と、Dr.ティック-トックマンの身体に亀裂が走った。
『――――――ふ、ははは、ははははは! 面白い! 面白い面白い! 成る程、成る程――――!』
自らの終焉を悟りながら、時計頭は喜びの声を挙げた。
『これは稀少な体験をした! 是非、次に活かしたい! 嗚呼、この私が消えるのは残念だが――しかし!』
『ほかの私がどうとでもするだろう! 何せ材料は未だこの手にあるのだから!』
『安心したまえジャガーノート・ジャック! 君の子は確かに私が預かろう! 君の未来に新たな絶望を撒こう! 案ずるな――最高傑作に仕上げるとも! 必ず――――――』
Dr.ティック-トックマンにとって、それは確定事項だった。
人質を現場につれてくるなんて愚かな真似を、彼はしない。
双子はすでにここではない研究所に移動しており、もう実験が始まっている頃合いだ。
かつての親友を殺し、たどり着いた先で、我が子を失った彼の事を想像すると、ああ――興味を失ったというのはやっぱり嘘だ。
もう一段、上を見せてくれるかも知れない――――――。
パリン、と、何かが砕ける音がした。
『――――何?』
「おいおい、どうした。|豆鉄砲《ジャック・バレット》でも喰らったようなツラして。ああ、鳩時計ってか?」
「上手いこと言えてないぞ」
「…………駄目か。チッ、疲れてんだよ、色々頭をぶん回したからな」
|二人の赤ん坊を抱えた《、、、、、、、、、、》鳴宮に悪態をつきながら、端役は時計頭を見下して、当然の様に告げる。
「|画面越しに俺に見せたら《、、、、、、、、、、、》、|守りきれるわけないだろ《、、、、、、、、、、、》」
見えるということはつながっているということ。
つながっているということは、手が届くということ。
ここが現実でない以上――ヴィクティムが法則を書き換え、定義した|電脳空間《デジタル》である以上は。
|硝子《ウィンドウ》を叩き割って、中身を取り出すぐらい訳ない。
「頭の時計チクタクさせても、テメエの時は進歩しねえな」
『か、返せ! 返せ! それは私の――――――――』
「ここにお前のものなんて」
冷たく、ただただ、温度のない瞳で。
「何もない」
告げた鳴宮の言葉が、Dr.ティック-トックマンが聞いた最後の言葉だった。
頭部から広がった滅びが全身に達し――時計頭は、塵になって消えた。
同時に、空間が元に戻る。コンピュータ室には、戦いの痕跡は残っていなかった。
「……ふう」
「お、どうしたチューマ? 今更冷や汗か?」
「そりゃそうだろ。――――抱き慣れてないし」
「はっはっはっは、言っとくが俺に期待するなよ?」
「わかってるよ。……教わっておけばよかったな」
時計頭の狂気よりも。
願望を反転させる世界よりも。
ただ眠っている赤子二人のほうが、歴戦の勇士二人を悩ませていた。
5.
ジャガーノート・ハーレー。
かつて、星見・晴という名だった少年を素体とする、最強のジャガーノート。
その能力の本質は、不滅、不屈、不死。
かつて戦場に出現し、猟兵に討伐された記録が残るオブリビオンではあるが……その能力は、まさに暴君。
幾度滅ぼされようと、その装甲は周囲に大きな被害を巻き散らかしながら再生し、その威力を増していく。
『オオオオオオオオ、オオオオオオオオオオオ――――――――!』
軌跡を描きながら縦横無尽に空を駆ける様は、まさに彗星。
一撃一撃が知覚出来ぬ速さと、致死の破壊力を有する絶対破壊。
その、喰らえば致命傷となる、数多の斬撃を。
怒りのままに振るわれる剛腕を。
衝動のままに流れる|彗星《ほし》を。
ジャガーノート・ジャックは、触れて、しかし受けずに。
あるいは、避けて、そのまま受け流し――――。
ただの一撃も喰らわず、いなし続けていた。
かつて、この身体は破壊を具現化したような、獰猛な獣の姿だった。
少しずつ少しずつ、研ぎ澄まされていく刃のように、そのシルエットは人に近しいそれへと変じていった。
最初からそうなるように仕組まれていたのか……そうなるべくしてそうなったのか、
恐らくだが、違うはずだ。これは零井戸・寂という人間が生きてきた、心の形が磨き上げられて、変わったもの。
獣を超えて、人となり。
人として、騎士となった。
悲劇も、惨劇もあったけれど。
同じぐらいの喜びと嬉しさを、零井戸・寂は知った。
かつて星見・晴がその命を救ったことで。
生きざるを得なかった。変化せざるを得なかった。
その集大成が………ここにある。
(変わらない)
|ハル《、、》は何も変わらない。
直情的で、まっすぐで、思ったことに一直線で。
曲がったことが許せなくい……僕にとっての、ヒーロー。
だからこそ。
『こんなもんじゃないだろ』
今だけは、|演技《ロールプレイ》を忘れた。
だって今日は、あの日の続きだ。
『こんなもんじゃないだろ、ハル!』
ジャガーノート・ジャックとして生きることを決める前。
ジャガーノート・ジャックという存在が生まれる前。
『本気で来い――――わかってるぞ!』
『――――――!』
『――――正気なんだろ、さっきから!』
だって今日は! |前日譚《あの日》の、続きなのだから!
6.
ピタリ、とハーレーの動きが静止した。
ゆっくりと剣を構え直し、顔を上げる。
衝動のままに振る舞う、|狂戦士《バーサーカー》はそこには居なかった。
『…………なんでわかった?』
『|時計頭《アイツ》が一番、やりそうなことだろ。最後の最後で、正気に戻った君を殺させる』
『違ぇねえや、ほんっと、趣味悪いよな』
ははは、と……笑い声だけは、あの日のままだった。
生きてきた人生の、半分近い時間が流れても、なお忘れない。
『あーあ、あのままぶっ倒してくれてれば、楽だったんだけどな』
『できるわけないだろ』
わかってた。
わかっていて、知らないフリすることも出来た。
『できるわけ……ないだろ』
このハルは本物じゃない――生き返ったわけじゃない。
UDCの記録にも、ジャガーノート・ハーレーの出現記録は残っていて……撃破された事実も、存在する。
骸の海から舞い戻ったオブリビオン、世界の天敵、滅ぼすべき存在。
ポーラーやイーグルがそうだったように、ジャガーノートはある程度、宿主の自我を残して行動する事もあるのだ。
星見・晴という人間の人格を表層的になぞっているだけかも知れない。
あるいは、現状すらも、ジャガーノート・ジャックの動きを鈍らせる罠かも知れない。
『何だよ、変わってないな――ジャック』
だけど、何故か確信がある。
困ったように笑いながら、剣を構える目の前のそれは。
紛れもなく、嘘偽りなく、星見・晴だ。
『いや、変わったよ――ハル』
それでも――それでも。
ただ倒すことなんて、できるはずがなかった。
言い残したことも、言いたいことも、伝えたいことも、謝りたいことも。
沢山ある、言い尽くせないぐらい、いくらでも時間をかけて、話をしていたい。
だけどそれら全てが――――今はきっと、必要ないものなのだ。
『…………勝負をしよう、“ハーレー”』
――――「オレと、もう一度逢った時。勝負しようぜ」
二人の間にある約束。
3ラウンド勝負は、まだ一回しか、終わっていないから。
『なんだ、ちゃんと約束、覚えてんじゃん』
『忘れるかよ、一秒だって』
『――――遊ぼうぜ、ジャック』
『負けないぜ、ハーレー』
『追いつけるかよ』
『追い越せるさ』
『――――やってみな!』
『――――やってやる!』
灼光と黒光。
二つの光が、交錯した。
7.
炎がもゆる森の中で、森の番人は舞うように刃を振るう。
喉から出る音は、唄とは呼べず、しかし、戦場を彩る調べが響く。
ああ、空が光っている。
解し合うためにぶつかりあって。
伝える為に弾けあって。
繰り返すたびに重なって。
少しずつ少しずつ、失ったものを取り戻して、埋めてゆく為の儀式。
言葉も、思いも、感情も、時間も、過去も、現在も、未来も、全て、全て。
ああ。
二つの光、二つの祈り、二つの|彗星《ほし》。
綺麗だな、と思った。
熱が強ければ強いほど、いずれ燃え尽きて、塵になる。
その瞬間は、もうまもなく訪れる――――。
8.
「ていうかさぁ、大きくなりすぎじゃねえ?」
――そりゃそうだよ、二十歳だもん、僕。
「はた…………お、おおお、大人じゃねえか!」
――ちなみに、奥さんもいる。子供も。
「はぁぁぁぁぁぁ!? じゃあお年玉とかあげないと駄目じゃん!」
――何でだよ! ハルは小学生のままだろ!
「そうなんだけどなんとなく……あー、くっそ」
「……わり、やっぱちょっと思っちまった」
――何を?
「オレも一緒に大人になりたかったなーって」
――……そんなの、僕だって。
「あーもー、悪かったって。泣くなよ、大人なんだろ?」
――泣いて、ないよ。……ハルの前では、もう泣かない。
「…………そっか」
――うん……ありがとう、ハル。
「一応聞いておくけど。……何がだよ」
――あの日、僕を助けてくれて。
――――なんて言われても、今更、嬉しくないだろ。
「あっぶねぇ、思わずぶん殴る所だった」
――ハルの腕じゃ今の僕には届かないんじゃないかなぁ。
「言ったなこの野郎! ……オレはさ」
「オレは、助けたいから助けたんだよ」
――知ってる、ハルはそういう奴だ。
――約束、守るために。待っててくれたんだろ、今まで。
「…………おう」
――僕の勝ち。
――ゲームセットだ、ハル。
「……まだ一ラウンド残ってねえ?」
――うん。
「だったら、へっ、まだ負けは認めねえぜ!」
――何だよそれ、ガキだなあ。
「だってガキだもんよ! ジャックと違ってな!」
――……………………。
「……だから、またやろうぜ」
「この続きを、どっかでさ」
――ああ。
――必ず。
――ハル。
――ハル?
――――ああ、そうか。
――――おやすみ、ハル。
9.
子どもたちを保護した一報をメッセージで受けとって、流石に力が抜けた。
気づけば、教室はもとに戻っていた。
誰かが居た痕跡も、戦いの傷も、何一つ、残っていなかった。
「どうだった」
「お別れを、してきた」
「そうか」
「……あれは、ハルだった。たとえ、オブリビオンでも」
「ジャックがそう思うなら、そうだったはずだ」
ロク・ザイオンは窓の外に出て、空を見た。
「最後に、ことばを交わせたなら」
二つの光の軌跡が、その残光が、未だ焼き付いている。
あの光は、紛れもなく――――――。
「それが、最後はひとだったってことだよ」
「…………そっか」
「うん」
それから数十秒、二人は黙って、夜の星を見つめていた。
…………が。
ピロン、ピロン、と、今度は通話がかかってきた。
ウィンターミュート、頼れるチューマからの、緊急通信、
「ヴィム、どうかし――――」
『よう親愛なるチューマ、一仕事終えた後で申し訳ないがトラブル発生だ。俺の手には負えないビズだ。助けてくれ』
「……――っ!?」
かの端役の手に負えない事件が起きた?
想像もつかない、一体何が――――。
『うああああああああああああああああああああああん!』
『………………うわーん』
『ぴいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』
『………………ぴー』
……受話器の向こうから、ここしばらくですっかり聞き慣れた鳴き声が、聞こえた。
『おむつか? ミルクか? 備蓄もなけりゃ知見もない。さっさと合流して姫サマの所へ届けよう、おい鳴――――ぶははははは!』
『……………………』
『見えてないよな今の! 今無表情でいないいないバアをかましてスルーされ――OKチューマ落ち着け、まずは銃を下ろそうぜ――――』
ピッ。
通話を切る。
うん、なんて大きなトラブルなんだ。
早めに迎えに行ってやろう。
「安心しろ、ジャック」
頼りになる相方が、びっ、と親指を立てた。
「おむつとミルクは……おれが持ってる」
それは本当に…………助かる話だった。
10.
大事なものは、たくさんできた。
守りたいものも、尊敬する人も、愛する人も、血のつながった子供さえも。
いつしか僕の世界には君以外の誰かも居るようになって。
手を汚した罪を許してくれる人も、厳しく支えてくれる人も。
沢山の――本当に沢山の、大事なものが出来たんだ。
けれど、それでも、何時になったって。
君の席だけは、誰も埋められなかった。
|寂《ジャック》という人間の真ん中に、根幹に……今までも、そして多分、これからも。
まばゆい|彗星《ほし》の輝きの様に、有り続ける。
ありがとう、さようなら。
僕の、たった一人の|親友《ヒーロー》。
もしも――――いつか、どこかで会えたらその時は。
最後の一ラウンドの結果を賭けて。
また、勝負の続きをしよう。
大成功
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最終結果:成功
完成日:2025年04月06日
宿敵
『ジャガーノート・ハーレー』
を撃破!
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