心に咲いた恋の花。
その色を確かめることは出来ないけれど。
きっと好きという思いで、美しく咲き誇っている。
こんなにも鼓動が暖かくときめくのだから。
あなたの傍にいるだけで。
幻朧櫻が咲く広場に佇むのは八秦・頼典(平安探偵陰陽師ライデン・f42896)。
白と黒の水干と浴衣を粋に着こなし、穏やかな微笑みを浮かべて愛しいひとを待つ。
今は秋祭り。夜には鮮やかな花火の打ち上がる。
秋風に舞う桜の花びらを眺め、ゆっくりと息を吐く。
風雅な景色に、鮮やかな情感が脈打つひととき。
どんな歌が浮かぶだろうか。
どんな記憶を贈れるだろうか。
そう思考を巡らせる頼典に気品ある少女の声が届く。
「ごめんなさい、お待たせしてしまって」
碧い浴衣を身に纏いミルナ・シャイン(トロピカルラグーン・f34969)は、柔らかく微笑えむ。
何処か金魚を思わせる可憐な浴衣姿。
ふわり、ふわりと浮かぶ尾と、赤い帯が頼典の視線を浮かぶ。
慣れない和装ということもあり、着付けに時間がかかってしまったのだろう。
だが頼典が聞きたいのは謝罪ではなくて、嬉しさに弾む声だから。
このデートでは、ずっと笑顔でいて欲しいから。
愛から新しい愛は生まれるのだと、胸の奥から湧き上がる言葉をゆっくりと紡ぐ。
「いいや、ボクも今来たばかりだよ」
明らかな優しい嘘に、ミルナは少しだけ嬉しそうに目を細めた。
その嘘の中に、優しい愛を見出して。
それなら、もっと愛が欲しい。
嘘のない、純粋な愛が欲しい。
だからこそまずは、愛される美しさを、優しさを贈ろう。
愛は歌のように囁き、囁き返されるものだから。
「わたくしの浴衣はどうかしら? 髪もお団子にしてみたのですけれど似合うかしら?」
「ああ、勿論。ミルナ様の普段と違う姿に、この鼓動が早くなってしまうぐらいにね」
碧色のミルナの髪にある、白紫陽花の髪飾りがきらりと輝いた。
何にも染まらない純白だけれど。
この花の色は、きっと光る君の為だけに咲き誇る。
――だからこの時間、この瞬間、この姿も頼典様の為だけに。
「でも……ミルナ様らしい浴衣だ。愛らしさも、美しさも、ミルナ様のものだよ」
「嬉しい言葉を、有り難う御座います」
ミルナは頼典様の浴衣姿に見惚れながら傍に寄りそう。
目的の花火までは時間がある。
なら少しばかり散策をしようと、透き通るような秋風と桜の流れる帝都の路を歩くふたり。
雑踏の中でも離れないようにと、そっと頼典がミルナの手を握る。
そうして気づけば指先を絡め、恋人として繋いで、桜花の舞う路を進むのだ。
何ということはない、美しいだけの穏やかな景色。
その中で感じる安堵と平穏に、ふたりは吐息をこぼす。
幾度と出会い、幾らと一緒の時間を重ねても。
この胸の奥を包む愛しさが薄らぐことはないのだろうと。
●
ふとミルナが足を止めたのはとある活動写真館。
「観ていきましょうか?」
「ふむ、これが話に聞くキネマか」
平安の世界を出自とする頼典にとっても、これは初めて目にするもの。
「話には聞いていたけれど、そうなると互いに初めて同士だね?」
「ふふふ。そういうものを積み重ねて、大切な記憶にしたいですもの」
ふたりだけの、大切な記憶のひとかけら。
増えていく宝物の輝きを眸に浮かばせるミルナに、頼典もまた優しげに頬を緩めた。
キネマの銀幕では、目まぐるしく場面が変わる。
言葉巧みに活動写真に魂を込め、想いを語る活動弁士の声に耳を傾ける頼典。
ミルナもまた無声映画という体験は新鮮で、胸をときめかせていた。
題材は帝都の休日。お互いにひとめ惚れをしたサクラミラージュの皇族の若き皇子と、庶民の女性の身分違いの甘くて切ない恋を描いたロマンス。
最後の最後、万感の思いを込めて互いを見つめ合う様子は、ただただ感動ばかり。
そうしてキネマが終わって外へと出れば、ミルナがそわそわとしておっかない様子。
どうしたのだいと頼典が尋ねれば、ミルナは口付けのシーンでこの前のファーストキスを思いだしたという。
そわりと恥じらうミルナは可愛らしかった。
人目さえなければ抱きしめて、大丈夫だよと耳元でささやきたい程に。
もっと愛しい絆を重ねたい。
こんなに可愛らしいミルナの姿を、顔を、傍で見られるのなら。
もっとも……。
(大好きな人とのキスがあんなに気持ちいいものだなんて……またしたいな、なんて)
頬を赤らめるミルナの思い気づくことはなかった。
今は、まだ。
「わたくし達も映画みたいなデートしましょう!」
しばらく、そわそわとしていたミルナだが、吹っ切るようにと口にすれば、秋祭りの屋台へ頼典の手を引いていく。
「ああ。それなら、ボクらもキネマのような素敵な逢瀬を楽しもう」
ふたりして童心に返ったように無垢に笑い、露店を巡っていく。
美味しそうな匂いや楽しげな気配に釣られて、ふらりふらりと海を泳ぐように。
この時ばかりは頼典も正一位という日頃の重責を忘れ、ミルナの傍にいる、ただの恋人として笑うばかりだった。
そんな頼典の笑顔に、きっと胸が温かくなるミルナもまた、無邪気に笑って、遊んでいく。
屋台通りを向け、鳥居を潜って辿りついた神社は、なんと恋愛成就の神が祀られているという。
「これも素晴らしい出会い、そして縁。きっと呼ばれたのですわね、わたくし達は」
成就したこの身と心が、末永く付き合い続けることが出来るように。
そんなお告げのように思えて、ミルナはくすくすと笑みを綻ばせる。
が、社の前に立てば真剣に手を合わせて祈るミルナ。
(『頼典様とずっとラブラブでいられますように!』)
この恋と思いは本気。
何事であっても真剣に向き合い、祈り、ミルナは願い続けるのだろう。
どれほどに無意味に思えても、どんなに小さなことであっても。
擦れ違う悲しいことが起きないように。
求めるのは誰も彼ものハッピーエンドなのだから。
そんなミルナの一途さに、頼典も肩を並べて静かに手を合わせて、お祈りを捧げていた。
●
宮司に聞けばこの奥にも社はあるが、急な階段が続くので人気がなく、花火がよく見える穴場スポットだという。
「わたくし達も行ってみましょう!」
明るく、軽やかな声色で告げるミルナ。
だが、その直後にふと気づいたように彼女は身を翻してしまう。
「……あ、申し訳ありませんが先に行っていてくれます? すぐに追いつきますので!」
何かを思いついたか、思い出したかのようなミルナ。
「ああ。いってらしゃい、ミルナ様。ボクは先に向かって、待っているよ」
頼典としてもミルナを置き去りにしてしまうのは心苦しいもの。
けれど、ミルナが頼典と離れてでもというのならきっと大切なことがあるのだろう。
それなら一番見晴らしのいい場所をと頼典は足を向ける。
そうして数十分の後。
たったの数十分であっても、ひとりの静けさに寂しさを感じるのは、互いの存在の大切さだろう。
だからこそ頼典は、ミルナの声が聞こえた時に嬉しそうに笑う。
「お待たせしました……!」
平安貴族の重責、務めるべき責務。
それらを忘れて恋人と向き合う、ひとりの青年として。
愛しい人魚姫、ミルナの姿をを迎えた瞬間。
夜に響き渡る音色。
直後、夜空に咲き誇る鮮やかな花火たち。
「わ……! 綺麗……!!」
「……そうだね。でも、花火の光に飾られたミルナの貌の方が美しい」
「ふふ、嬉しいです。でも、今は花火を見ましょう。私も、色とりどりの花火の光に彩られた頼典様の顔を見たいですが」
ふたりでくすくすと笑い、肩を寄り添わせてしばし見入ってしまう。
しばらくして。
「あ、そうだこれ…!」
ミルナが取り出したのは小さな包みだった。
大切そうに両手で頼典とへ渡して、もっと大事な言葉を紡ぐ。
「お誕生日おめでとうございます、頼典様」
頼典が中身を見れば、入っているのは虎眼石の勾玉だ。
「先ほどの神社ではパワーストーンのお守りも授与していただけるみたいで……お誕生日プレゼントに何か差し上げられないかと探してたのですわ」
出来るのなら恋愛を司る神様の何かがいい。
ミルナと頼典の恋仲が長く、そして深く続きますようにと。
「これをボクに? ……ありがとう。大切にするよ」
まるで頼典の瞳のような虎眼石の勾玉を翳せば、透けてくる花火の煌めきはまるで万華鏡のよう。
ああ、或いは。
「ミルナの恋の心の色が見えるようだ」
見える筈もないものが見えている気がしたのだ。
分かる筈がなく、触れられる筈ない、互いの心。
それでも確かに、今この瞬間には重なり合っている気がするから。
愛しいと、暖かさが胸の奥からじわりと広がる。
「それともう一つ贈り物が……目、閉じててもらえます?」
「目を…? いいよ、こうかな?」
瞼を閉じた頼典へと、ミルナは背伸びをするように近付く。
触れる。重ねる。愛しくて大切なひとの唇に、自らの唇を。
唇という身体の端からぬくもりと吐息が混じる。
屋台を巡った時に恋人繋ぎをした手よりも小さな接点なのに、体中へと染み渡る互いのぬくもり、柔らかさ。
心を奪う感触に、頼典は目を閉じた儘にミルナの身体を抱きしめていた。
唇を離しても、頬を擦り合わせるように抱きしめ合うミルナと頼典。
「映画の二人は別れの口付けでしたけど、わたくし達は一緒に幸せになりましょうね…!」
「…ボクもキミを必ず幸せにしてみせるよ」
そういって、柔らかなミルナを抱きしめ、美しい碧海色の髪を指先で梳くように撫でる頼典。
「もう十分幸せですけれど……」
十分だけれど。
けれど、まだ先があるのなら。
ふたりで、更なる幸せを広げていけるのなら。
「もっと幸せを教えてください、頼典様」
そうして、また花火が打ち上がる。
祝福するように華が咲く。
あらゆる花に終わりはあれど、恋という花に終わりはない。
成功
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