●暗闇の中で輝く
子が愛の結晶だというのならば、あの仄暗い地の底似合った世界において己にとって我が子は闇を照らす輝きだった。
自分を照らす光でもあったし、結晶というのならばひとりでに生まれてくることはない。
産声は祝福。
祝福は心より出る。
そういうものだと、単純なことだと知れたのは、この子がいればこそだ。
散る鮮血の紅さも、この仄暗い地の底のような世界にあっては、あの子の瞳には映らないだろう。
それだけが幸いであった。
自分があの子にしてやれたことはほんの僅かなことだったように思える。
彼が長く生きるのならば、それこそ些細なこと。
どうか忘れないでいて欲しいと願ってしまうのは、利己的すぎるだろう。
けれど、子は親から生まれる。
自分はあの子のおかげで親になれた。
この世界で、それはどんなに素晴らしいことなのかを知れた。
例え、母を忘れても生きていて欲しい。
どんな形であれ。
生きて欲しい。
その願いが聞き届けられたかどうかはわからないけれど――。
●再会
神城・瞬(清光の月・f06558)にとって、それは思いも寄らない出来事だった。
桜の花弁が散る世界にあって、その光景は酷く白昼夢のようなものであったからだ。
「15年振りだね。それに随分と背が伸びた」
そう云うのは、神城・麗奈(天籟の氷華・f44908)。
自分の実母である。
ダンピールである自分のルーツの片割れ。
そして、あの常闇の世界にあって、己の庇護者であった母親。
最期まで彼女は己に対して、そういった態度を崩さなかった。
祝福されない身であることは、周囲の視線から感じ取る事ができていた。
慈しみ、というものがあるのならば、きっとそれなのだろうと思って、これまで生きてきた。
人の出自に忌避を示さないのは、きっと実母の影響なのだと思っていた。
「どうしたの?」
「あまりにも実感がなくて」
「それはそうでしょう。私だって実感はないわ」
そう告げる母、麗奈の言葉に瞬も頷く。
それもそのはずだ。
突然、自分をかばって眼の前で死んだ母が魂人として眼の前にいるのだ。
運命とは数奇なるものであると言われても、流石にこれはあまりにも奇異なことである。いや、と瞬は考えを改める。
実父のこともある。
なら、と心の何処かで実母のことが頭をよぎらなかったわけではない。
「それより、この世界のことを案内してくれるんでしょう? サクラミラージュっていうんだっけ?」
「そうです。幻朧桜が年中問わず咲き誇る世界。それがサクラミラージュです」
「色んなものがあるんだね。あれ何?」
「トラムです。路面電車……と言っても」
「わかんないわね。不思議。一体何がどうやって動いているの? 術? それとも魔石とかそういうもので?」
「いえ、電力というものです」
「電力!」
益々以て目をキラキラさせる実母に瞬は、死に別れた時と変わらないな、と思ったのだ。
思い返せば、実母である麗奈は、あの常闇の世界にあって多くの物事に対して好奇心を働かせていた。
しかも、未知なるものに対してひるまない。
そういうところが義母と似ているのかもしれない。
現に麗奈と義母は気が合うようであった。
自分が似ていると思った部分、肝っ玉の太さや大胆さ、そういう部分がなければ逞しくもあの世界を生きてはいけなかったのだと思う。
「これは? なんだかお貴族様みたいな装飾品だけれど」
「似合うと思いましたので」
「そう? 似合わないんじゃない?」
「そんなことはありません。一等に似合ってます」
「なんだか手慣れているじゃあないの?」
「本心ですから」
そんなやり取りをしながら、二人はサクラミラージュの街並みを歩んでいく。
なんてことのない、変哲もない日常の一幕であったけれど、それがどんなに得難いものかを自分たちは知っている。
本来は得られるはずもなっかった未来だ。
だからこそ、瞬は己の心中が柄にもなく浮足立っているのだということを理解してしまう。
母がいる。
其れだけで胸がいっぱいになる想いであった。
夕日が二人を照らしている。
過去を振り返れば、その影の大きさがわかるだろう。
よろめく母の体。
自然と抱きとめた腕に力が籠もる。
「ありがと。でも、大げさ……」
でもないのか、と母は笑む。
自分は子供なのかも知れない。
己の脳裏に浮かぶのは、あの日、あの時の過去の一幕。
受け止めるだけでよかった麗奈の体を抱きしめるようにしてかき抱く。
そこにある、と教えてくれる。
もう失いたくはない。
「大丈夫、今度はどこにもいかないよ」
背を叩く掌。
其れが優しくて、どうしようもないほどに涙が眦からこぼれて落ちていく。
子どものように泣き喚くのを堪えられたのは、自分が強くなったから。
それでも、母の掌の感触に心が子供に戻ってしまう。
親にとって子はいつまでも子だ。
それは変わらない。
それが嬉しい――。
成功
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