リーン……――。
聞こえる鈴虫の音色と、肌を撫でる仄かに冷たさを帯びた夜風は秋を告げている。
星々が瞬く中、月明かりに照らされて輝く、淡い灰色の髪と――。
「いやはや、分かっていたけど女性の方が浴衣は華やかなものだなぁ。メノンも美人なものだから相乗効果でますます煌びやかに見えるよ」
桜咲く黒の浴衣を身に纏ったメノン・メルヴォルド(wander and wander・f12134)の姿に、霑国・永一(盗みの名SAN値・f01542)はゆるりと紡いだ。彼のその言葉にメノンは仄かに白い頬を桜色に染めると、ほにゃりと笑む。
「今回の浴衣は、少し大人っぽく仕立ててもらったから……そう言ってもらえると、嬉しいのよ」
照れながらも紡ぐ言葉は喜びの色を込めていて。そのまま真っ直ぐに永一を見れば、落ち着いていて素敵だと黒地に灰色の帯を纏う彼を誉め返した。背が高いからこそシンプルな装いでも様になるのだろう。嬉しそうに笑う彼に笑みを返しながら、自分の頬へと指先を当ててみれば随分と熱くなっている気がして。メノンは誤魔化すかのように手にしていた桔梗の影絵咲くランタンを置く。
カシャン。
静かに響くその音色の後、袋から取り出したのは――よくある花火セット。
「永一さん、花火大会の始まりなのよ」
「いやぁ愉しみだよメノン。花火などいつやっても良いものさぁ」
ずらりと並ぶ様々な手持ち花火を前に、どこか子供っぽく瞳を輝かせ永一は紡ぐ。
此処は住宅街から少し離れた公園。花火をしても大丈夫な此の場で、小さな花火大会を開催しようと言い出したのはどちらからだったか。最近は秋の花火大会も珍しくは無いが、夜空で無く手元で花を咲かせるのも乙なもの。
何からやろうか、ばらした手持ち花火を前に指をうろうろと。その中からメノンの緑の瞳に映ったのは、その瞳と同じ色合いの緑色。
「ワタシはこれにしてみよう、かしら。永一さんは?」
そっと浴衣の袖を押さえながらその一本を手に取って、傍らの彼へと語り掛ければ。丁度同じタイミングで彼も手に取っていた。
「俺はこの金の火花が出る手持ち花火だよ。俺も先ずはスタンダードなもので愉しもうかなぁってねぇ」
揃えなくともお揃いになってしまった瞳の色。その事実に二人は一つ笑いを零し、まずは永一がゆらゆら揺れる蝋燭の炎へと花火を近付けた。
じりじりと火が点いたかと思えば――シュワっと弾ける色の花。
「おぉ出た出た。金属を切断する時の火花のような色合いだけど、比較にならないくらい良いねぇこれは」
メノンの持参したランタンの灯りと、星と月の明かりのみの世界ではその花の光は強く瞳に残るもの。その鮮やかな光と色合いに、永一の眼鏡もキラリと光る。
勢いよく出るその光を見つめていれば、永一は何やら思いつき。
「……。ビームソード」
「まあ! とってもカッコいいのよ」
花火を揺らめかせるように振りぬいて、それっぽい動きをすれば。光の花が軌跡を描き夜の中によく映えた。眩しそうにメノンはその色を見守っていたけれど、彼の少し子供っぽい少年のような姿にくすくすと小さな笑い声を零してしまう。
彼の手持ち花火も段々と小さくなってきた頃に、メノンも蝋燭へと花火を近付ける。再び上がるシュワっと弾ける音色と共に、零れ出るのは赤い炎――そこから緑へと色は変わり、世界に火の花を咲かせていく。
「わあ、キレイ――ごほっ……ん、風で煙が……」
炎の煌めきを瞳に映せばメノンの緑の瞳はキラキラと輝く。……けれども、火を使えば煙も上がるもの。微かに吹いた秋風に乗り煙を浴びてしまったメノンは、小さく咳き込むと浴衣の手元で口許を覆った。
「……おぉっと、大丈夫かいメノン。風下側とかにはあまり回らない方が良さそうだよ」
彼女の火の移り変わりを綺麗だと見守っていた永一は、咳き込むと同時に風を読みこちらだと彼女を導く。彼に従い移動すれば、今度は集中して花火を見守ることが。
「結構煙も出るの、ね」
少し驚いた風にメノンが紡げば、永一はそうだねと笑顔を零す。彼自身は、花火特有の火薬の煙の匂いは嫌いでは無いけれど――消えた花火をバケツに浸す瞬間もまた、独特の情緒があるもの。
強い光故に一瞬で消えてしまったメノンの花火。次の火花を手にメノンは、光が弱くなった永一の手元へとその花を近付けた。
小さな火種は、移り変わり大きな新しいピンク色の火種へと。
小さな光は大きな光を生み、秋の夜長を強く照らす。
――それは人と人の間で起こる正と負、あらゆる物事のようだ。
永一はそんな事を心で想いつつも、新たな光を眩しそうに見つめる。
「花火特有の横着……いやぁ、醍醐味だねぇ」
「こういう花火も楽しい、ね」
花が咲いたかのような色に瞳を少しだけ見開いた後、嬉しそうに笑うメノン。その表情を見て――此度は明らかに正の側面で火種が繋がったと、盗人も笑った。
こちらを見ているのに、どこか見ていないような不思議な眼差し。
小さくメノンが首を傾げた時、永一の手元の仄かな光はついに消えてしまい――それにより視線を下ろした後、永一も新たな花火を手にメノンの傍へと。
「メノンも火種をくれるかい?」
「もちろん、どうぞなの。……あ、永一さん、早く早く」
それは丁度メノンのピンクの花が消えそうなタイミングで。消えてしまう前にと慌てて手元を差し出す少女。鮮やかな橙が世界を照らした時、ピンクの花は散り去った。
「さて、俺の方はこれを愉しむとするかなぁ。見る分には一番愉快だよ」
「ん?」
手持ちの花火をひとしきり楽しんだところで、永一が取り出したのは――ネズミ花火。仄かな灯りに照らされた小さなそれはメノンにとっても予想通りで、やっぱりと表情に出てしまうのは仕方が無い。彼女のその様子に気付いてはいるけれど、永一は楽しそうに笑うと三つほどのネズミ花火へと次々火を灯し地に投げる。
じりじりと火が灯ったかと思えば、しゅるしゅると音を立て回転を始める。火花は段々と大きくなり、鮮やかさが強くなっていく。
「凄く勢いがあって……んー、勢いが良すぎるの」
「おおっ、暴れ回っててやはり面白いなぁこれは。おやぁ?」
想っていたよりも大きな回転に、メノンが一歩足を引いた時と永一が楽しげな声を上げたのはほぼ同時。しゅるしゅると回る火花はメノンの近くをくるくると回り出し――。
「きゃぁ……!」
自身の周りを回転する花火にメノンは悲鳴を上げつつ逃げ惑う。そんな彼女の様子に意地悪な笑みを浮かべ眺める永一。――この流れは想定済み。実はこっそりと、用意したネズミ花火の角度を調整したものが混じっていたのだ。
「いやぁメノンは人気者だねぇ。ネズミ花火にモテモテさぁ!」
どこかわざとらしく、白々しい永一の声。そんな彼の言葉は逃げるメノンの耳に届いているのかいないのか、逃げても逃げても花火が追い掛けられ、メノンは身を守るように永一の背へと隠れる。
「……ん? うわっ」
彼女のその行動は予定外だったのだろうか。永一は瞳を見開き瞳を瞬くと、足元で勢いよく回転するネズミ花火にうろうろと足元を動かしたかと思えば――パンッと大きな音と共に幾つかのネズミ花火が弾けた。
大きな音も鮮やかな光も止み、世界は夜闇と虫の音色が響くだけ。
放心したような僅かな間の後――。
「はっはっは、参った参った。最近のメノンは一筋縄ではいかないなぁ」
心底楽しそうに永一が爽やかな笑い声を上げる。それは、仕組んだ悪戯がもたらした成果に、露骨に楽しそうにしていて。メノンは小さく頬を膨らませると、彼の背中を軽くぽかりとぐーで叩いてみせる。
「もう……っ! やるかもって思っていたのよ!」
頬を膨らませたまま抗議をするけれど――直ぐに頬から空気が抜けたかと思えば、彼女も楽しげにくすくすと笑い声を零してしまう。
だって、あまりにも彼が楽しそうに笑っているから。
それから、「ワタシも凄いのが、あるの」とメノンが珍しく得意げな表情で掲げたのは筒形の置き花火。
「成程打ち上げ花火かぁ。割と大型だし、市販のとはいえ派手になりそうだな」
ドキドキしながら火をつけて、二人並んで空を見上げる。
ひゅぅ……――僅かの間の後、打ちあがる花火。それは公式の花火大会とは違う小さなものだけれど、花火と云う風物詩を何よりも表していた。
最後は――と、二人が手にしたのは儚い線香花火だ。
「派手さは無いけどこの情緒が良いというものだ。……まぁ戦闘狂人格(あいつ)は理解できないだろうけど」
「そうなの?」
しゃがみ、線香花火を手渡す時に紡がれた言葉にメノンは不思議そうに瞳を瞬いた。
「――おぉっと、文句は後で聞くさぁ。花火愉しんでるのに、脳内ででかい声での文句が聞こえるのは風情が無いからねぇ」
そんな彼の呟きを耳にすれば、もう一人の彼との対話を察する事が出来る。
「せっかくだから、一緒にできればいいのに」
少しだけ悲し気な色を瞳に宿らせながら、ぽつり零れた言葉は『自分』と対話する彼には聞こえただろうか――永一は一つ息を零すと、メノンへと真っ直ぐ視線を向け。
「何方が長く持つか勝負と行こうかぁ」
「ふふ、勝負は負けないのよ」
気を取り直すような提案に、楽しそうに笑いメノンは頷く。
小さな紐を片手に、同時に火を灯せば儚い光が灯る。
ぱちぱちと弾ける小さな光の花は時間と共に形も変わり、数多の色が咲き零れる。
(「秋の思い出がまた増えたの……」)
その光も、松葉のように弾ける音も心地良くて。小さく微笑みながらメノンは想う。毎年巡る四季の思い出を、一つ一つ重ねていく事が嬉しいから。
その時、ぽとりと炎が落ちたのは――。
「おや、」
「ふふ、ワタシの勝ち、なの」
永一の花火の光が消えた時、メノンの手元はまだ小さな花が咲いていて。
彼女は少しだけ得意げに、笑みを浮かべてみせた。
成功
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