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散り別る双花~きみと共に在るために

#ダークセイヴァー

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#ダークセイヴァー


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●二人
 ――私たちは、生まれる前からいつも一緒だった。

「この家には、私一人きり。父は稼ぎに出、独りの身にございます」

 だから、家の物入れの中、身を潜めて震えていた時凜然とした響きを持って届いた言葉に、モーラは一瞬自分の耳を疑った。
(「……キキ? 何言って……」)
 何故なら、それが双子の姉の声だったからだ。病に母を亡くし、月に一度しか帰らぬ父を待つ日々へと変わってから――寄り添い共に生きて来た姉・キキ。
 緩く波打って落ちる長く美しいプラチナブロンドの髪に、瞳は薄氷の蒼を帯びて。瓜二つ、と二人は幼い頃から言われてきた。だけど、その性質は正反対。
 だから仲は良くとも、小さな諍いくらいはする。つい先ほども、居間でキキが割ったモーラの鉢植えについて口論したばかりだった。ただでさえ、前日の雨に体を冷やし、熱に浮かされている所なのに――素直な謝罪の言葉を聞けず、悔しくてモーラは居間から部屋へ戻った。だって夜の世界で花を育てるのはとても難しいのだ――だけどそれが、こんなことになるなんて。
 村へ突如子供狩りに現れた女領主・ヴァンパイアを前にして、廊下の物入れへ隠れそびれた姉は確かに言ったのだ。
 つまり、『私に妹なんていない』と。
「――そう。まあいいわ」
 そして、語尾に微かな嗤いを含み応えた女の声は冷淡で、その音色を聞くだけで再び全身を震えが襲った。でも――恐れ、震え、熱も手伝い動けぬモーラの内、待って、待ってと心は悲鳴を上げていた。
 だって、相手はヴァンパイアだ。逆らえば命はないけれど――従っても、平穏無事に生きられる筈が無かった。だからこそモーラは隠れたのに。そしていつもなら、キキだって一緒に隠れていた筈なのに。
「――帰るわよ!」
 張り詰めた声の後に、つかつかと煩い足音ともう一つ、小さな足音が遠のいていく。家の中にはしんと重い沈黙が残され、……そろりと物入れから顔を出したモーラは、そっと居間を覗き込んだ。
 床に落ち割れたモーラの鉢植えの破片が、テーブルの上、敷いた紙の上に不自然に並んでいた。――やがてそれが姉が修復を試みていたためだと察した時、モーラは開け放たれたままの玄関から、強く雨打つ家の外へと飛び出した。
「キキ……!!」
 叫びながら。名を呼びながらモーラは駆ける。
 いつもなら、今日の些細な喧嘩など、時間が解決する筈だった。だけど今姉は居ない。恐ろしい女領主を前にして――震えながらも、あの一言で妹を命を懸けて守ったのだ。
「いや……嫌だ……!!」
 そして一人連れ去られた姉にはきっと、このままもう二度と会えない。あんなつまらないこと、どうして許してあげられなかったのか――とめどなく瞳から溢れる涙を堪えることは出来なくて、モーラは泣きながら領境の村を飛び出し、雨道を領主館目指して駆ける。
 助けられるかなんて知らない。でもだって、嫌だ、こんな、こんな終わりは――。

「……あぁ、美しいな。プラチナブロンドとは」

 ――ピシャン! 急いて駆けるモーラの足を突如、強い力で何かが打った。
 予期せぬことに対処しきれず、蝕む熱に重い体は滑る様に前へと倒れる。全身を泥に汚し、額や頬に擦り傷が出来たモーラの美しい顔前に、直後――ぱしゃん! とヒールブーツの足が水溜まりを叩いて降りた。
 見上げれば、翳した傘の下に蠱惑的な姿態を惜しげもなく晒し、モーラを見下す見慣れぬ女――。
「人間風情が、こんな高貴な色を持つなど。懲罰が必要か……?」
 モーラの足に絡げた鞭を手に笑む女が、姉を連れ去った領主とは異なるヴァンパイアだと気付いた時――モーラのアイスブルーの瞳を、絶望と恐怖が支配する。

 ――この日、或る姉妹の命運は、闇夜の世界の理不尽に音も無く引き裂かれた。

●共に在るために
「妹を守った姉は領主に拐され、姉を思い駆けた妹は隣接領の領主に囚われる。……不運、と一言で括るには、あまりにも惨かろう」
 グリモアベース。声音や表情に苦い心中を決して窺わせず、サモン・ザクラ(常磐・f06057)は淡々と予知を語る。
「この惨さ、理不尽さから察するだろうが、向かうのはダークセイヴァーだ。ヴァンパイアどもが世に蔓延る、搾取支配の夜の世界。引き裂かれた双子の名はキキとモーラ。――お前達には、妹のモーラの救出を任せたい」
 サモンの言葉に、一人の猟兵から疑問の手が上がった。するとサモンは、その問いを煙管持つ手で制して薄く笑む。
「解っている、『姉の救出はどうなるのか』ということだろう? ……心配には及ばんよ。俺とは別に、姉の不遇を予知したグリモア猟兵が居る」
 ――つまり、姉・キキの救出には別動隊が動くということだ。
 そもそもが離れた場所で同時に進む悲劇。一班で同時に攻略が困難な以上――『手練れの猟兵達が集まる筈』とのサモンの言葉を信じて進むしかないだろう。
 納得し頷いた猟兵に頷き返すと、サモンは隣接領領主館の仔細へと言及する。
「俺の転移で、お前達を件の領主館の玄関ホールへ送る。正面に真っ直ぐと伸びる廊下を抜け、突き当たりの扉を開けばホールに出よう。オブリビオンはそこに居る」
 ホールは戦いには申し分ない広さだ。そこで猟兵達は女領主と、モーラに出会うことだろう。
 女領主は、加虐性が極めて高い。人間を奴隷や物扱いする、典型的な吸血鬼――虐げ搾取することを躊躇わない、女帝の様な立ち振舞いで、モーラを蹂躙しようとしている。
「理由は、……何であろうな、俺には理解が及ばんよ。美しい娘が気に入らぬのか、或いは気に入るからこそ虐げるのか。何にせよ――娘については一つ、気掛かりなことがある」
 サモンが懸念する、それはモーラの体調だ。今朝から熱を出して寝込んでいたモーラは、雨に濡れたまま縄に縛られた状態でホールに横たわっている。
 体調の更なる悪化も考えられる上、ヴァンパイアの拷問となれば――その至る結末は、命の危機に相違ない。
「齢十五、六程のか弱い娘だ、急ぐ必要があるだろう。……とはいえ、一筋縄ではいくまいよ。領主館はヴァンパイアの領域。ホールを目指して駆ける廊下には確実に配下が出て来る。……お前達に求められるのは、配下の最速での撃退と、ホールでのモーラの救出及びヴァンパイア討伐の並行」
 想定されるあらゆる困難。攻略は決して簡単では無いだろうが――それでも。煙管にグリモアの藍光浮かべるサモンが笑むのは、猟兵達が困難にこそ強く在れることを知って信じているからだ。
「――これほど積み上げた困難にも、お前達ならば打ち克つのだろう? 少なくとも、俺はそう信じて待とう。……望むまま、心のまま進み掴む様願っているよ」
 語尾に仄かな温もりを帯びた竜人の声が、転移の藍光に消えていく。
 向かうは、ダークセイヴァー――キキとモーラ、分かたれた二つの命の結末が、それぞれへ挑む猟兵達に託された。



 蔦(つた)がお送りします。
 宜しくお願い致します。
 そして、Special Thanks! 煙MS様!!

●はじめに
 このシナリオは、煙MS様が運営するシナリオ『散り別る双花~きみが幸せで在る様に』とのリンクシナリオとなります。
 シナリオ進行中、煙MS様と届いたプレイングの共有や参加者様の擦り合わせは行いませんが、両シナリオへ同時参加しますと時系列的辻褄が合わなくなるため、参加は一方に絞ることを推奨します。
 また、煙MS様の運営されるシナリオに参加されている方であっても、当シナリオに参加されていないキャラクター様のお名前はリプレイに描写出来ませんのでご了承ください。

●構成
 以下の構成でお送りします。
 第一章: 集団戦 VS堕ちた死体(対多数乱戦)
 第二章: ボス戦 VSヴァンパイア(1体)
 第三章: 村への帰還(非戦闘パート)
 第三章は、モーラと共に村へ帰還していただくパートです。能力内容は気にせずに行動をご指定ください。
 どんな結末になるかは、二本のシナリオの結果次第。今第三章への詳しい言及は致しませんが、どうか皆様が望む結末へ辿り着けます様に。

 命の価値があまりにも低い世界線。寄り添い生きてきた姉妹の今日の別離に、皆様は何を思いますか?
 このシナリオは妹モーラにスポットしています。彼女へいただくお心に応えられる様蔦も力を尽くしますので、何か感じるものがございましたら、是非プレイングをお寄せください。
 転移に全力尽くす為リプレイ参加は叶いませんが、当シナリオではサモンが皆様を見守っております。残念ながら壥・灰色くんは登場しない点、また煙MS様のシナリオにサモンも登場しない点は、察して何卒ご了承ください。

●ご注意ください
 各章、プレイングに受付時間を設けさせていただきます。蔦のマスターページにて都度告知致しますので、ご確認の上ご参加ください。
 また、蔦はプレイングの全採用を保証しておりません。
 採用基準、着順優先等はありません。内容に問題がなくともプレイングお返しの可能性がある点、予めご了承の上ご参加を検討ください。

 それでは。皆様のプレイング、心よりお待ちしております!
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第1章 集団戦 『堕ちた死体』

POW   :    噛み付き攻撃
【歯】を向けた対象に、【噛み付くこと】でダメージを与える。命中率が高い。
SPD   :    一度噛まれると群れる
【他の堕ちた死体の攻撃】が命中した対象に対し、高威力高命中の【追撃噛み付き攻撃】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ   :    仲間を増やす
戦場で死亡あるいは気絶中の対象を【堕ちた死体】に変えて操る。戦闘力は落ちる。24時間後解除される。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●希いて進む道
 ――外から、雨が屋根を、壁を、世界を叩く音が聞こえる。
 猟兵達が降りたそこには、そんな騒がしき外界の音色を除けば沈黙が在るだけだった。とてもこの世界とは思えぬ、明るく広い玄関ホール。
 正面には赤い絨毯に覆われた長い長い廊下が伸び、松明がその道筋を照らす様はまるで『こちらへおいで』と訪問者達を誘う様。
 事実、そう感じた猟兵達の感性は的外れでもない。グリモア猟兵が進めと語っていたのは間違いなく眼前に伸びるこの廊下だからだ。今は遠く、突き当たりに見える大きな扉の先に――今日の首魁と、救うべき娘・モーラが居る筈だ。

 ――一歩。誰からともなく扉へ向かって猟兵達は駆け出した。
 何しろ、時の猶予は無い。明確なリミットは予知で語られなかったが――この場に降りた猟兵すべて、絶対に譲れぬ結末のために戦うことを選んだのだから。
 モーラを、絶対に死なせはしない。分かたれた姉妹の望む未来を、必ず掴み取るのだと。
「―――……、ぅウう……」
 だがそのためには先ず、侵入者の気配を察知して廊下の各所から現れた無数の屍体を排除する必要があろう。
 進路を塞ぐ邪魔な存在。これらを残してホールへ突入しヴァンパイアとの戦いに臨めば、背後を取られ、自分達だけならまだしも守るべきモーラに危険が及びかねないのだ。
 邪魔は、させない――その手に得物と決意を握る猟兵達の救うための戦いが、今、遂に幕を開けた。
神代月・黒
【POW】

嗚呼、全くひでぇ話だ
姉と喧嘩別れ、そのまま報われることなくお終いだって?
そんなの嫌だろ?俺は嫌だ
俺は兄だけどな、すっげえ可愛い弟がいんだよ
だから他人事には思えねえわ、絶対に助けるから待ってろよ

1発くらったら他からも追撃が来るんだろ?
それは<残像>だ、遅いんだよ
【無銘刀】の<なぎ払い>で<鎧無視攻撃>の【剣刀一閃】をするぜ
知ってるか?日本刀って本来そんなに切れ味は長く続かねえんだ
だから俺は慣れたやり方、<怪力>で無理やり押し通すぜ

御免な、俺は神社の家系の出ではあるけど祓い討つことしかできねえんだ
せめて今世での穢れは祓ってやる、だから潔く神様の御許に逝きな


蒼城・飛鳥
くっそ、本当にダークセイヴァーって世界は…!!
間に合わないなんて俺が許さねえッ!
止まない雨なんかないんだ
モーラは俺たちが絶対に助けてみせる…ッ!!

「…アスカ、最短最速、頼むッ!」
アスカを召喚、敵の配置や行動パターンからの予想最速戦術の算出を頼む
今回は軽口はナシだ
時間がない、頼りにしてるぜ…!

フォースセイバーで斬りまくりながら進む
必要なら銃を使う事も厭わない
続けて噛みつかれちゃヤバいしな
他の猟兵とも連携して囲まれないようには十分注意するぜ!

とはいえ、時間がないのも事実だからな
過度な安全策はとらねー
必要とあれば俺がこいつらを引き受けて、他の猟兵を行かせる覚悟もある
間に合わせるのが最優先だ!



「くっそ、本当にダークセイヴァーって世界は……!!」
 強くそう素直な心を吐き出すと、たん、と強く足音響かせ蒼城・飛鳥(片翼の鳥は空を飛べるか・f01955)は前へ飛び出す。
 赤絨毯の真ん中を、胸衝く想いは一直線に遠くホールの扉の向こう――今は見えぬ救いたい娘・モーラ目指して前へと駆ける。しかしその視線を、何処から現れたか無数の屍人が遮っていた。
「――嗚呼、全くひでぇ話だ。姉と喧嘩別れ、そのまま報われることなくお終いだって? そんなの嫌だろ? 俺は嫌だ」
 飛鳥の背を追う神代月・黒(神討・f01177)は呟くと、腰に差す刀を鞘をぐっと掴んだ。黒の纏う着物の背と袖に負う波模様が、駆け足に跳ねて荒立って――それはまるで、今日の姉妹が辿ろうとしている過酷な運命の様。
 しかしそれを断ち切るべく駆ける黒は、無銘の刀を鞘から抜いた。
 瞬時飛鳥の前へと飛び出で、擦れ違い様に屍人へと鋭い刃を滑らせる。緩く波打ち描いた斬線には、二体の屍人がどっと赤絨毯に倒れ伏した。
「俺は兄だけどな、すっげえ可愛い弟がいんだよ。だから他人事には思えねえわ、……絶対に助けるから待ってろよ」
 どこか優しい温もりを帯びた声音で今は見えぬモーラへ呟いた黒に、猛る心で応じた飛鳥は握った拳に魔力の一部を集める。
「間に合わないなんて俺が許さねえッ! ……アスカ、最短最速、頼むッ!」
 直後、一瞬手の甲に蒼い光の線が陣を描き反応すると、その上に召喚されたのは小さな妖精。
 ――いや、フェアリー型戦術指南AI・アスカ。
「……敵は屍人、つまりゾンビね。攻撃は主に噛み付き。動きは単調で単純だけど、此処にいる猟兵よりは数が多いわ」
 ユーベルコード『バトル・インテリジェンス』――いつもならば出会い頭に飛鳥への軽口が飛ぶ自律型のAIは、飛鳥の心を汲んでか今日は即座に敵の配置や行動パターンからの予想最速戦術を算出する。
「アスカ。時間がない、間に合わせるのが最優先だ。過度な安全策はとらねー」
「ならシンプルよ。囲まれると厄介だから、その前に倒して」
「――了解だ!」
 笑みは無い。昼の蒼空纏う様な飛鳥の瞳は、怒りにか決意にかいつものおおらかさを失して強く屍人を射抜いた。フォースセイバーを縦に一閃。目の前に立ち塞がる一体を先ず左右に斬り裂くと、次いで右側に迫った影を、返す刃で斜めに切り上げその首を空へと飛ばした。
「止まない雨なんかないんだ、モーラは俺たちが絶対に助けてみせる……ッ!!」
 その想いを剣に乗せ、声に乗せて飛鳥は前へと突き進む。斬って、斬って、斬って――伴う黒もまた、その刃に少しずつ魔力を注ぎ高め、隙見て一度立ち止まった。
「――知ってるか? 日本刀って本来そんなに切れ味は長く続かねえんだ」
 低く構え、刀身をぴたりと空一点に停止する。斬る度少しずつ切れ味を失う刃を自覚する黒だが、その心に焦りはない。
 切れ味なくとも――得意とするのは力技。強引でも、多少無理を通してでも慣れたやり方を押し通す。無銘の刃は深い森色の魔力を帯びて――同じく森色の瞳はすぅと、屍人を見つめる色彩を瞼へ収めた。
「……御免な、俺は神社の家系の出ではあるけど、祓い討つことしかできねえんだ」
 ――刹那、踏み出した一歩から、黒の刃は迫る屍人達の体を上下二つへ斬り裂いた。無銘の刃で繰り出したのは、鎧までをも通す一撃――ユーベルコード『剣刃一閃』。
「せめて今世での穢れは祓ってやる。だから潔く神様の御許に逝きな」
「……ウゥウウ、あぁ……」
 言葉にもならぬ唸り声を上げ、屍人は倒れ込む。その数三体。しかし刃浅く打ち逃した一体が、すれ違い今は背を向ける黒へとその腕を伸ばして――。
「……それは残像だ、遅いんだよ」
 掴もうとした瞬間に、目前の黒の姿は消え、屍人の手は空を切った。そして直後、こめかみにカチリと音立て触れたのは、押し付けられし飛鳥の冷たき鋼の銃口。
「邪魔だ。お前らに構ってる時間が勿体ねぇんだよ」
 ――ドン! 密着した銃口から解き放たれた弾丸が、屍人の頭を吹き飛ばす。
 廊下に起こった突然の騒ぎ、そして敵意に――屍人達が集まって来る。
 静かであった廊下には、来訪者への明確な殺意が不穏に渦巻き始めていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

シャルロット・クリスティア
……死体!?
この数……いったい何人の犠牲を強いてきたというんですか、吸血鬼……!

あまり時間はかけていられません。遠慮はしませんよ……!

本格的な交戦に先立ち、手元のポイズンボールを敵陣目掛けて【投擲】。
筋肉の動きを阻害する麻痺毒(【マヒ攻撃】【毒使い】)の煙、元が人間の死体なら、効くはずです。
吸わなければ平気です、気を付ければ進行は十分に可能ですので!
動きが鈍ったら、後は一体ずつ【早業】で手早く頭部を【スナイプ】、着実に数を減らし、手間取っている仲間がいれば【援護射撃】を飛ばします。

祈りは後程。……今は、行かせてください。
これ以上、あなたたちのような犠牲を出すわけにはいかないんです……!


雷陣・通
死体を倒したら仲間を増やすで復活とかないだろーな?
とはいえ!
ここは通させてもらう!

「ライトニングに行くぜ!」

戦闘においては上を取るのが常道っていうか、数が多いなら動ける頭の上を動くもんだ
スカイステッパーで空中を蹴りながら二回攻撃一撃で動きを止め、二撃目で止めを刺しつつ、相手を蹴ってまた上を取る
こうすることで移動の邪魔をされずに頭を蹴っ飛ばせる寸法だ
勿論、咬みついてくるだろうからそこは見切って、先制攻撃で先に蹴りを入れて封殺をかける
チビだからって甘くみんなよ。
威力不足かもしれないけど大丈夫
「あとは兄ちゃん達に任せた!」
俺は一人じゃない!



「……死体!? この数……いったい何人の犠牲を強いてきたというんですか、吸血鬼……!」
 少しずつ増え行く屍人達を前に、シャルロット・クリスティア(マージガンナー・f00330)は怒りを叫ぶ。
 姉妹を引き裂いた今日の出来事に、強い正義感宿す蒼瞳はとうに怒りに燃えていたけれど。此処に至って目にした屍人の数を見れば、その心は苛烈なまでに今日の進軍の足を速める。
「――あまり時間はかけていられません!」
 声張る間に、シャルロットの手が懐からガラス玉を引き出した。全ての指の間に挟んで四つ、それを両手に合わせて八つ。
 ――中に、透明な液体を含んでいた。
「遠慮はしませんよ……!」
 投げつけたそれら全てが、屍人の顔を叩いて砕けた。
「――ウゥウウう!?」
 中の液体が、一瞬でジュッと音立て気化し、屍人の群れを覆った。神経に作用し筋肉の動きを阻害する麻痺毒――シャルロット特製のポイズンボールは、死した人体である屍人の体を蝕み、その動きを一時ずしりと重くする。
「吸わなければ平気です、気を付ければ進行は十分に可能ですので!」
「よっしゃ! ライトニングに行くぜ!」
 シャルロットの声に、応えて空へと飛び出す小さな影は雷陣・通(ライトニングキッド・f03680)だ。動きの鈍る屍達の頭上を、道着に身を包む少年はタタタと軽やかに駆け抜ける。
 『スカイステッパー』――敵数の多い地上密集戦に於いては、頭上に空く空間を利用出来れば動きやすく、また敵の大きな隙となり得る。幼い身体にあらゆる戦闘戦術を叩きこまれてきた少年は、即座に常道と信じる手段を選び、実践する判断力を持っていた。
「死体を倒したら仲間を増やすで復活とかないだろーな? ……とはいえ! ここは通させてもらう!」
 ニィ、と強く明るくも年相応の笑顔を浮かべ、通は先ず一歩空を翔けると、動き鈍った敵を頭上から両の足で一度ずつ叩いた。
 二打目で体は更に高く空へと翔けて、また一歩で態勢を整えると、また両の足で一度ずつ。標的を変えながら繰り返す攻撃は一体ずつ確実に命を狩り、敵無き空で有利を取ったが――何分、その動きが単調になることが弱点とも成り得た。
 突如、叩いた屍人の隣から、ぬっと手が通の足首を掴む。
「……わっ!?」
 ぐらり、と引く力を受けて、通の体が傾いた――一瞬驚く声を上げた通だが、しかしその明るい翡翠の瞳は、決して怯んではいなかった。
「――へへっ、あとは姉ちゃんに任せた!」
 地面に引きずり降ろされ掛ける通の視線の先には、動き鈍い屍人達を次々と高速で倒し迫るシャルロット。
「――祈りは後程。……今は、行かせてください」
 その動きが、通の足掴む手へと何かを構えてぴたりと止まった。
 ルーンを銃身に刻む愛用の銃で無数の屍人の頭部を射抜き、骸の道を作ったシャルロットの高速銃術。
 今は一時立ち止まりしその技の名は、――ユーベルコード『魔導銃マスタリー』。
「これ以上、あなたたちのような犠牲を出すわけにはいかないんです……!」
 叫ぶと同時、トリガー引いた愛銃からルーン魔術の触媒を混ぜ込んだ弾薬が空を奔った。
 通を掴み、噛み付こうとする屍人の首へと着弾。すると同時、弾頭に刻まれたルーンが蒼い光を帯びて発動、爆ぜてその体を吹き飛ばした。
 自由になった通は再び空へと軽やかに駆け上がると――。
「――へっ、チビだからって甘くみんなよ!」
 今度はくるりと空から一転、直下の屍人へと重力乗せ蹴りを叩き込んだ。ぐしゃりと崩れ落ちた屍人の上から辞し、ひらりとシャルロットの傍らへ舞い降りた通は――得意げな少年の笑顔を浮かべ、こう宣言する。
「俺は一人じゃない!」
 威力が不足しようとも、例え少し不覚を取ったとしても。決して一人ではない――集いし猟兵達が今日求めるは、二人の姉妹の共行く明日。
 屍人との戦いは、まだまだ序戦。しかし信じる今日の仲間達と共に、再び通とシャルロッテは赤い絨毯の道を駆ける。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

黒海堂・残夏
……ああ、悲しい……
悲しいんですぅ、ざんげちゃん

喧嘩してさよならするくらいなら、お姉ちゃんの幸せを祈ってあげたかった
ざんげちゃんの願いごとが、お姉ちゃんを殺すなんて思いもしなかった――
そんな昔のことを思い出してしまって

うん、こーゆー後悔はしない方がいいですよねえ
人生の先輩として教えてやらなくちゃ
今日が土蜘蛛の休暇でよかった
今回はめいっぱい、ボランティアしますよ〜お

集団戦こそリボン使いが輝くんですよねえ
捕まえて、縛って、視界に捉えたらそれでおしまい
ざんげちゃんは二度目の生を許さない――ゴミはゴミ箱、死体は土に還しましょうねぇ

なんだか他人ごととは思えないので
手遅れになる前に
手ばやく、先へ、先へ



「……ああ、悲しい……悲しいんですぅ、ざんげちゃん」
 眼帯が覆い右だけ覗く茶の瞳を悲しく歪めて、黒海堂・残夏(Atropos・f14673)は屍人を前に俯く。
(「喧嘩してさよならするくらいなら、お姉ちゃんの幸せを祈ってあげたかった。ざんげちゃんの願いごとが、お姉ちゃんを殺すなんて思いもしなかった――」)
 モーラとキキ、今日の姉妹の境遇を思うと、まるで自分と重なる様で他人ごととは思えない――残夏の胸を苛む痛みには、涙もろい茶の瞳がゆらゆらと揺らいでしまう。
 ……だけど、ぎゅっと強く握り締める手は、既に迫る屍人を殲滅する力を既に戦場へと繋いでいた。
「――うん、こーゆー後悔はしない方がいいですよねえ。人生の先輩として教えてやらなくちゃ!」
 次いで言葉が放たれた時、顔を上げた残夏の瞳に悲しみは浮かんでいなかった。
 ただ強く、手遅れになる前に手早く先へ、前へ進めと急く心――その思いに応える様に、突然残夏の目の前の屍人が、縦一直線に次々と傷を刻まれ血飛沫を上げた。しかし倒れることは許されず、何かに縛られたかの様に不自然な姿勢で空中へと固定され――無数の呻き声が廊下を渡る。
 当の残夏は、一歩と動いていないのに。……ただその握る両の手を、頭上に高く掲げた以外は。
「集団戦こそ、リボン使いが輝くんですよねえ。今日が土蜘蛛の休暇でよかった。今回はめいっぱい、ボランティアしますよぉ?」
 その手に握るは拘束の得物『菊理《アトロポス》』――愛用のそれをぐい、と引いて敵を締め上げ、呻き声は更に大きく騒がしくなった。一方でにこ、と瞳を睫毛の下へと仕舞って笑う残夏はピンクの巻き髪も手伝って愛らしかったけれど――愛らしいゆえに、その光景はあまりに歪。
「ざんげちゃんは、二度目の生を許さない――ゴミはゴミ箱、死体は土に還しましょうねぇ」
 笑顔のまま、無邪気な声音でそう告げて、残夏はその茶瞳に魔力を宿して見開いた。ユーベルコード『《黄昏の都に月が昇る》(カラメル・エトランゼ)』――眼差しが囚われの屍人達を射抜くと、騒がしき呻き声はぴたりと一斉に止む。
 やがて束縛の解放と同時に、屍人は次々と床面へ落ち――そのまま動かなくなった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロカジ・ミナイ
嗚呼、妹の慟哭は聞くに堪えない
体調不良の時に不運まで回してくるとは
なんて意地の悪い運命なんだろうねぇ
こっちまで具合が悪くなりそうだ

とにかく僕は、
件の嬢ちゃんに早く薬を飲ませてやりたいのさ
風邪薬を飲むのは早い方がいい
それだけのために僕は走れる
しがないお節介好きの薬屋さ

だから、この死体達が死に直すのも早い方がいい
噛み付くばかりで行儀も忘れちまったかい
死んでも食欲ばかり残るものなのかねぇ……
やれやれ、体を残して死にたくはないもんだ

折良くペットの蛇達が腹を空かせていてね
屍肉は3番目の好物なんだ
いいかいヤマタちゃんたち、ちゃぁんといただきますを言うんだよ



(「嗚呼、妹の慟哭は聞くに堪えない」)
 幾分拓かれた道を見つめ、ロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)は松明照らす廊下の上、煙管をくゆらせその思いを独り言つ。
「体調不良の時に不運まで回してくるとは、なんて意地の悪い運命なんだろうねぇ……こっちまで具合が悪くなりそうだ」
 特徴的な眉を顰めて、モーラを思い零す言葉は心当たりのある感情なのか。今一度煙管銜えて浮かべる苦々しげな表情からは、吸った深き香りと共に実感の溜息が落ちる。
 しかしそんな心中を推し量ることもせず屍人の腕が伸びれば――ロカジは煙管を垂直に立てると、ぱしりと横に払う動作でそれを躱した。
「……とにかく僕は、件の嬢ちゃんに早く薬を飲ませてやりたいのさ。風邪薬を飲むのは早い方がいい」
 ニッと笑み、とん、と軽く爪先で床面を叩いた瞬間、ロカジの姿がその場から掻き消える。
 屍人の群れへと駆ける、その手は懐から長い簪を引き出した。腕振るう度ひゅひゅん! と風切る音がすれば、ロカジの過ぎた道の上に、屍人の黒ずんだ血が噴いて落ちる。
 その切れ味がただの簪である筈も無い――巧妙に仕込んだ刃で斬り裂いたのだ。
「――それだけのために僕は走れる、しがないお節介好きの薬屋さ。……だから、お前達が死に直すのも早い方がいい」
 呟き振るった簪が、屍人の腕を突き刺す。しかし斬り裂くと違い引き抜くその間は隙となった――歯をむく一体の屍人が、その一瞬生じた間にロカジの左腕へ噛み付いた。
「……っ、……やれやれ、噛み付くばかりで行儀も忘れちまったかい。死んでも食欲ばかり残るものなのかねぇ……体を残して死にたくはないもんだ」
 一体噛み付いたことで、後続の屍人が血に群がろうとロカジ目掛けて殺到する――しかしその時、ぽっと突然灯る火は、魔力を宿したロカジの煙管の先からふわりと周囲へ広がった。
「折良くペットの蛇達が腹を空かせていてね。屍肉は3番目の好物なんだ」
 軽口の間に広がる熱はかたちを成して、取り巻く屍人達を巻き込み燃え盛る。その姿は――七ツ首の大蛇であった。
 ユーベルコード『素戔嗚(スサノオ)』。
「いいかいヤマタちゃんたち、……ちゃぁんといただきますを言うんだよ」
 ニィと笑んだロカジの声は炎の中に消え行く亡者の呻く声に埋もれて消える。やがて紅大蛇が薄れ空へと掻き消えれば、伴い悲痛な呻き声は静かに音を失った。
 あとに屍人の痕跡は――噛み傷から流れるロカジの鮮血しか残されてはいなかった。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

杜鬼・カイト
姉と妹か
オレも兄さまに何かあったらって思うと、いてもたってもいられないだろうなあ
お姉さんの救出は他の猟兵くん達に任せて、オレは妹救出に専念する
2人が再会できるように、オレも頑張るよ
……で、あんた達はそれを邪魔する敵ってことでいいんだよね?
装備した妖刀を片手に、眼前の敵に笑顔で殺気を放つ

敵の攻撃を見切ってからなぎ払い、さらに追撃。確実に仕留める
敵の数が増えたら、ちょっと面倒だな
邪魔なヤツらにはさっさと退場してもらわないと
【妖剣解放】の斬撃による衝撃波を利用して、周囲の敵も巻き込みつつ攻撃
「悪いけど、オレはキミ達に構ってるほど暇じゃないんだよね」



「姉と妹か。……オレも兄さまに何かあったらって思うと、いてもたってもいられないだろうなあ」
 思えば幾分憂鬱に傾く心を即座に律して、杜鬼・カイト(アイビー・f12063)はその手に怨嗟の刀を鞘から抜いた。
 今、モーラを救おうと動く自分達とは別に、キキを救わんと動く猟兵達が居る――どちらと言わず救いたい。その心を、瞑目から開く赤青両色の瞳に宿してカイトは眼前の敵を見据えた。
「オレは妹救出に専念する。2人が再会できるように、オレも頑張るよ。……で、あんた達はそれを邪魔する敵ってことでいいんだよね?」
 すらりと前へ構えた刀が、カイトの笑顔と殺気の様に妖しげな光を纏った。
「――うぅう、アァアア……!」
 ぐらりのたりと体を揺らして迫る屍人の手が、前と両側面からカイトへ伸びた。屈めば躱せる、だが上から囲まれかねない――判断したカイトの選択は、前への突き。そしてその後の薙ぎ払い。
 上体を僅かに前に、踏み出す一歩でドッと前面に立つ屍人の胴体を貫くと、抜く間も惜しんでカイトはそこから体を回転、体を軸に弧を描いて妖刃をぐるりと一周薙いだ。
 振り向く遠心力乗せた刃は両側に居た屍人を腰から上下二つに断ち切って、さらにその後続の屍人まで浅くも斬り傷に呻かせる。数の多さには舌打ちしながら、カイトは一度下がって間合いを取ると、カチャリと刀を構えなおした。
 瞑目し、刀身から放出される暗い妖気を受け入れる――ユーベルコード『妖剣解放』。
「……邪魔なヤツらにはさっさと退場してもらわないと!」
 その唇に笑みを刻んで、カイトは追撃の刃を振るった。駆け出し一閃、また一閃と刃滑る毎に跳ぶ衝撃波は標的以上に敵を斬り裂き、黒い血飛沫が赤い絨毯に無数に落ちる。それでも、高速で敵を薙ぎ進むカイトの足は止まらない。
「――悪いけど、オレはキミ達に構ってるほど暇じゃないんだよね」
 救いたい命を目指して、前に、前にと少年の心は叫ぶ。
 目指すホールの扉は――見えるのに、未だ随分遠かった。

成功 🔵​🔵​🔴​

朽守・カスカ
不運や悲劇の一言で済ませればそれだけかもしれない
でも、それだけで済ますつもりはない
だから疾く向かおう

此処に群れる屍も
領主の犠牲者なのだろうか
…ならば、君達には罪はないのだろうが
これ以上犠牲者を、生み出すわけにはいかない

【幽かな標】
噛み付かれても良いことは無い
囲まれぬよう気をつけて、戦うとしよう
相対する敵に対してはガジェットを
杭を打ち出すものへと変えて
一体ずつ壁に打ち付けていくよ

これならば、再び動き出そうにも
自由は効かないだろう
時間をかけるつもりはない

骸の海へ標は此処にある
もう、この世に迷い出ることのないよう
静かに還るといい


キリオ・ハルヴォニ
おれも兄さんと姉さんがいるんだ
だから彼女が姉を思う気持ちは……わかるつもりだ

おれの力は守る力ではないから、
こうして斧を振るうことしかできないけれど
彼女が助かるよう、精一杯頑張るね

死体を見れば眉をひそめて
ごめんなさい、道を開けてもらうよ

黒斧を握れば黒の甲冑が身を包み、禍々しい異形の怪物へ
武器を握る前とは違う荒々しい動きや声
いくら胸糞悪い事情があろうがそれはそれ
純粋な戦いは、こんなにも楽しい!

【羅刹旋風】で攻撃
もし外しても甲冑の中で楽しそうに笑う
所構わず噛み付いて、そんなに美味いか?
じゃあおれのとっておきの一撃も喰らってくれよ



(「此処に群れる屍も、領主の犠牲者なのだろうか。……ならば、君達には罪はないのだろうが」)
 群れて迫る屍人達に杭打つガジェットで対応しながら、朽守・カスカ(灯台守・f00170)はその命の行く末を思う。
 所詮、骸の海から出でた報われない過去の命だ。……それでも、命だったものだ。思えば、朽ちた肉体で戦う不自由にカスカの胸も痛むけれど。
「……これ以上犠牲者を、生み出すわけにはいかない」
「――ごめんなさい、道を開けてもらうよ」
 ふと。カスカのガジェットが屍人を吹き飛ばして空いた空間へ、声と共にすっと人影が割り入った。キリオ・ハルヴォニ(ホペア・f04567)――眉顰めて前へ飛び出した少年は、カスカの生んだ空間を利用し、手に握る黒斧を縦横無尽に振り回す。
「おれも兄さんと姉さんがいるんだ。だから彼女が姉を思う気持ちは……わかるつもりだ」
 小さく呟く、その言葉はモーラへと。自分を守り散る覚悟を決めた姉、だけどそれを許容できない、――共に生きたいと願った少女の今の痛みと無念を思う時、キリオの斧握る手はぎり、と軋む音を立てる。
 黒斧から突如噴き出した闇が、キリオの全身を包み込んだ――。
「おれの力は守る力ではないから、こうして斧を振るうことしかできないけれど。……彼女が助かるよう、精一杯頑張るね」
 やがて闇霧が晴れた時――その全身は漆黒の甲冑姿。禍々しき漆黒の異形は穏やかな声音から一転、鋭いまでの殺意を放つと、斧持つ腕は更に荒く、屍人達を振るう一撃で吹き飛ばして蹂躙する。
「――なぁ、どうせなら愉しませてくれよ」
 まるで別人のようだった。突如戦場に嵐でも巻き起こったかの様に、黒騎士たるキリオの斧は、荒く、大胆に、屍人を屠っていく。その有り余る力、増強した戦闘力は――ユーベルコード『羅刹旋風』。
 黒い血飛沫が甲冑を汚そうとも、キリオの足は止まらない。今のキリオの心中はきっと、今日の戦いの事情よりも、戦い愉しむ鬼の本能が支配していた――。
「……ウゥ、アァアアあ!!!」
 ――しかし、手荒く大振りなその攻撃には隙も多かった。甲冑の腕に一体屍人が噛み付くと、みしり、と骨軋む音の後に他の屍人もキリオの体へ殺到し、次々と噛み付いていく。
 バキン、と甲冑の一部が欠けて、屍人とは異なる赤い生きた血が隙間から滑り落ちた。
「……所構わず噛み付いて、そんなに美味いか?」
 だがそれでも。甲冑に隠れ窺えないキリオの表情は、その声から、勝気に笑みを浮かべると知れた。
「――じゃあおれのとっておきの一撃も喰らってくれよ!!」
 声張る瞬間キリオは黒斧を頭上でひゅん! と振り回し持ち替えると、全身に取りつく屍人を払う様に地面目掛けて叩き付けた。
 赤絨毯を斬り裂き、下から割れた木製の廊下の破片が飛び散ると、弾かれた屍人がキリオから離れ――。
「……骸の海へ標は此処にある。もう、この世に迷い出ることのないよう、静かに還るといい」
 その時、声と共にリィン、とまるで鈴の様な清純な響きが辺りを渡った。ふわっと仄かに明るさと熱の増した空気を感じたキリオが振り向くと――そこにはランタンを掲げて立つカスカ。
 ユーベルコード『幽かな標(ボクノランタン)』。
「……時間をかけるつもりはない」
 揺らめく幽かなランタンの灯が、一筋カスカの眼前にふわりと浮かんだ。すると直後、キリオから弾き飛ばされた屍人がその灯目掛けて倒れ込み――それをするりと回避して、カスカはガジェットで側面からその頭蓋部を杭で叩くと、廊下の壁へと打ち付け、その動きを縫い留める。
 ――予測回避の力。そして打ち出す杭で敵を壁へと留めてしまえば、再び動き出そうにも自由は効かず、その間に仲間が仕留めることも出来ようと。殺意より効率を考えた筈の戦略で、しかし今壁に打ち付けられた屍人が一撃消失したのはきっと――疾く、疾くと願う心が、カスカの振るう刃を更に鋭くさせていたから。
(「不運や悲劇の一言で済ませればそれだけかもしれない。……でも、それだけで済ますつもりはない」)
 明確に、今日の首魁への怒りを抱いて――目指す命を思うカスカは、ガジェットで迫り来る屍人達を壁へと打ち付け進路を拓き、疾く、より疾くと願って前へ突き進む。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

セリオス・アリス
アドリブ歓迎

姉の方へは世界一信頼できる相手が向かってる
なら、帰って来た姉が誰もいない部屋を見る
…あの絶望を味わう事のないように
一番姉を助けに行きたかっただろうモーラがせめて家で迎えられるように
そうするのが俺の仕事だ

ご託はいらねぇ
さあ、一気にかたをつけようぜ!

『歌い』身体強化
グッと身を屈め勢いをつけて『ダッシュ』
それと同時に【蒼ノ星鳥】を前方の敵に向けて放つ
スピードを落とさず
焼け残った敵に『2回』剣を振り終わらせる
噛みついてくる敵へは『カウンター』
肉の代わりに蹴りを食らわせ吹っ飛ばす

こっちも一人で戦ってる訳じゃねえんだ
多少の討ち漏らしは気にしねえ
とにかく速く道を開く
自身の役割をそこへ置いて
駆ける



 屍人の群れの中、闇に溶ける黒い髪を松明の光の中に跳ね散らしてセリオス・アリス(黒歌鳥・f09573)は廊下を駆ける。
(「姉の方へは、世界一信頼できる相手が向かってる……!」)
 扉を目指すその間に、強化の歌声を響かせて。己のみならず仲間を鼓舞する、その歌声は『赤星の盟約(オース・オブ・ナイト)』。
 旋律に足は次第に速度を増して、拳で蹴りで、屍人を吹き飛ばしながら進む最中に――ふと、過った思いにセリオスの脳裏を暗く悲しい記憶が掠めた。
(「必ず、取り戻してくれる筈だ。なら、俺は帰って来た姉が、誰もいない部屋を見る、――……あの絶望を味わう事のないように……!」)
 ぎり、と歯を喰いしばる。
「……一番姉を助けに行きたかっただろうモーラがせめて家で迎えられるように! そうするのが、俺の仕事だ!!」
 胸に疼く傷は飲み込み、今日の食い止めたい悲劇へ抱く剥き出しの心を叫ぶと同時、ダン! と力強く床面踏みしめ、屈んだセリオスは前へと思い切り地を蹴った。
「ご託はいらねぇ! さあ、一気にかたをつけようぜ!!」
 更に一段階速度を増し、前に連なる屍人へとセリオスは白剣を振り抜いた。
 解き放たれるは斬撃と、星の煌き――否、星の尾を引く大鳥、そのかたちをもった炎の闘気。
 ユーベルコード『蒼ノ星鳥(アステル・テイル)』。
 先ずその一閃が手前三体、屍人を斬り伏せた。空いたスペースに闘気の炎が渦巻くと、翼を広げた瞬間に、炎は周囲の屍人へと燃え広がる。廊下を眩く炎が照らした。
 苦悶の声が響くそこに――止めは斬撃。速度そのままに白剣滑らす、これはセリオスからの三段構えの怒涛の攻め。その間にも腕掴まれれば、噛み付く口へと蹴りを叩き込み、周囲の屍人ごと吹き飛ばす。
(「こっちも一人で戦ってる訳じゃねえんだ。多少の討ち漏らしは気にしねえ。……とにかく速く道を開く……!!」)
 切り拓くこと。前進すること。今の役割をそこへ定めてセリオスはただ前へと駆ける。
 猟兵達の快進撃――少しずつではあったけれど、群れ為す屍人の数はいつしか、目にもまばらになってきていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アンバー・バルヴェニー
突然の来訪、御免下さいまし。
無礼を承知の上で、奥へ進ませて戴きますわ。
わたくし、急いでおりますの。

『精霊さん、精霊さん。
力を貸して頂戴。
光を纏いし嵐で哀れな乙女までの道を切り拓いて』

スカートの裾を掴み、ゼフィールをくるくると回しながら高らかに歌い上げ。
【高速詠唱】【全力魔法】【属性攻撃】をこめて【エレメンタルファンタジア】を発動し、屍の群れを吹き飛ばして一掃します。
ああ、でも他の猟兵の方々まで巻き込まないよう注意致しますわね。
不意討ちや数の暴力に対しては【オーラ防御】で身を守りますわ。

「待っていらしてね、モーラさん。ちゃんと仲直りできるよう、絶対ここから救いだしますから」



「突然の来訪、御免下さいまし。無礼を承知の上で、奥へ進ませて戴きますわ」
 アンバー・バルヴェニー(歌う琥珀嬢・f01030)は足首まで隠すスカートの裾を摘まんで品良く体を翻し、時にオーラで身を守り、屍人の襲撃を躱しながら前へと進む。
 ケットシーの小ささゆえに、群れる屍人に遮られ、目指す扉がアンバーにはずっと見えていなかった。しかし今や屍人の数はまばらだ。大きな木製の二枚扉を遂に視界に捉えれば、瞬く琥珀の瞳は喜びに緩み、掲げた握る杖先の緑の宝石が、より鮮やかに光を放って煌いた。
「――見付けましたわ! 『精霊さん、精霊さん。力を貸して頂戴。光を纏いし嵐で哀れな乙女までの道を切り拓いて』」
 くるくるくるりと、アンバーの頭上で弧を描く鮮やかな緑色の魔力線。愛杖『ゼフィール』がアンバーの歌と全力の魔力に呼応すれば――明滅する緑晶から、突如暴風が巻き起こった。
 ユーベルコード『エレメンタル・ファンタジア』。
「わたくし、急いでおりますの。――少々、失礼致しますわね」
 アンバーが杖で描いた弧が、そのまま風の渦を作り出す。緑色帯びたその風は、よく見れば無数の葉を巻き上げていた。
 その引きずり込まれそうな強大な渦を、小さな体、杖一本で何とか制御し――アンバーは今、目前に立つ敵よりも、真っ直ぐと目指す扉を見据えて微笑む。
「……待っていらしてね、モーラさん。ちゃんと仲直りできるよう、絶対ここから救いだしますから」
 優しく告げて、杖先を扉へ向けて突き出した時、竜巻は扉目掛けて解き放たれた。
 緑を纏う暴風は、その進路に在る屍人を薙ぎ倒し、吹き飛ばし、また刃と化した葉で切り刻み――屍人を一掃する勢いで吹き進み、木製の扉を強く叩いた。他の猟兵を巻き込まぬ様に加減はした――その結果だろうか、みしり、と鈍い音はすれど、……しかし、扉は開かない。
 だが、今の一撃でかなりの数の屍人が地に伏し、壁へ飛ばされ、赤絨毯の廊下に残るは猟兵達と僅かな残党。
 ――あと一歩。そうにっこり笑んだアンバーは、残る僅かな屍人を攻略すべく、再び魔力を杖で手繰った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

筧・清史郎
お互い、伝えたい事がまだあるだろう
姉は其方に征った仲間を信じて
俺はモーラを救うべく、成せる事を仲間と共に全力でやろう

モーラの体調を思えば時間もない
囲まれぬよう注意しつつ他猟兵と協力し、駆け抜け薙ぎ払っていこう
「悪いが時間もない。早々に道をあけて貰おう」
多くの敵を巻込み回数重視【桜華葬閃】
領主戦に備え討ち漏らさぬよう仕留める
弱った敵には命中率重視【桜華葬閃】で確実に止めを

噛みつきは見切り躱し、なぎ払いや衝撃波でカウンター
叶わぬ時は扇で武器受け
他猟兵が噛まれそうな時も代わりに同様に防げればと
「生憎だが、大人しく噛まれるほどお人好しではない」

この闇夜の世界に咲く双花を、決して散らせるわけにはいかない



(「――お互い、伝えたい事がまだあるだろう」)
 残る僅かな屍人へと駆ける傍ら、筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)は紅蓮の瞳でちらりと開かぬ扉を見遣る。
 姉・キキと妹・モーラ。救いたいと願う二人の内、扉の先に居るモーラは今、元の体調も手伝って衰弱の一途だという。
 キキは其方に征った仲間を信じて託すのみであったが、モーラの命は、今この場に戦う猟兵が握っていると言っても過言ではない――時間が無かった。敵がまばらとなった今でも、常静を纏う清史郎の胸中には、じり、と焦がれる様な痛みが奔る。
「……悪いが時間もない。早々に道をあけて貰おう」
 だから、桜の意匠が散る蒼刀を構える瞳は、放つ言葉は、平時のそれより熱を持って屍人目掛けて渡った。
「参る」
 短く呟く刹那、駆けた蒼い斬線に遅れて桜の花弁がふわりと降りた。
 閃き散るは、黄泉桜――長い藍の髪を後ろへ流し、清史郎の愛刀『蒼桜綴』が屍人を斬り裂いた。一体裂いてもその足は止まらず次なる屍人へと駆けて、翻す斬線で次々とその魂を骸の海へと送り返す。
 ユーベルコード『桜華葬閃』――剣豪たる男の刃の後には静寂と、儚く舞い散る桜の花弁。
「……っ、ゥウウあぁ――……」
 だがその静寂を引き裂いて、一度伏した屍人が三体、清史郎を囲む様に足元から立ち上がった。
 油断していたわけでは無い。何故なら、確かにこの屍人達は戦いの中既に生無きただの骸へ戻っていた筈だからだ。
「……っ、くっ……」
 三体同時の噛み付きが、清史郎を襲う――。
「……生憎だが、大人しく噛まれるほどお人好しではない」
 直後、――パン! 激しく叩く音が鳴り響いた。
 清史郎のその手元。右には変わらず、二つの屍人の凶歯に噛ませた愛刀『蒼桜綴』。そして左には、蒼天に舞う桜の美しい扇が開かれ屍人の噛み付く口を遮っていた。
 そのまま愛刀を押し込み二体の屍人の喉奥から後頭までを斬り裂くと、扇で止めた標的を払うその動作はまるで完成された舞いの様。
「……俺はモーラを救うべく、成せる事を仲間と共に全力ですると誓った」
 扇に払われ後ろへ傾いだ屍人を滑らせた愛刀で上下二つに両断し、清史郎は刀を収める。
「――この闇夜の世界に咲く双花を、決して散らせるわけにはいかない」
 モーラ、そしてヴァンパイアへと、この手が届くに屍人はあと数体。
 紅蓮の瞳に珍しくどこか冷徹な光を宿し、清史郎は開いたままの扇の汚れを払うと――ぱちりと静かに親骨を閉じた。

成功 🔵​🔵​🔴​

蓮花寺・ねも
困難に打ち克ってこその猟兵だ。
置かれた信には、応えるとしよう。

悪いが、然程時間がないのでね。
ぼくも攻勢に回ろう。
適宜同道している皆とも協力して、討ち漏らしのないように。

空間の隔たりや遮蔽物の隔たりなど、サイキッカーには関係ないとも。
――彼方より墜ちろ、【星の雨】
もう起き出さないよう砕け散れ。

そう、死に何度も起きられては困るんだ。
倒れて原形をとどめている屍体があるのなら、気付いた都度砕く。
数が多いのも厄介だな。
手を取られ過ぎても目的を果たせないので、念動力で寄せ集めるなり首を外すなり、効率良く無力化するように。

弔ってやれなくて悪いけれど、生憎ぼくは見送るだけの身の上でな。
今は只、静かにしておけ。



「……悪いが、然程時間がないのでね。ぼくも攻勢に回ろう」
 赤絨毯の廊下の攻防、その戦いの最後を飾るべく、蓮花寺・ねも(廃棄軌道・f01773)は駆け抜ける。視認できる動く屍人は少ないが、倒れ伏すものの中には形を留めたものも見えた。
「そう、死に何度も起きられては困るんだ。弔ってやれなくて悪いけれど、……生憎ぼくは見送るだけの身の上でな」
 堕ちた死体として再び動き出すのを警戒し、ねもはそれらの空の骸を気付いた都度叩いていた。だが、数が多い――判断すれば、念動力で空の骸を叩くではなく一所に纏める。
「ゥウウ、うああぁ……」
 それらと蠢く屍人、全てを射程に収めたならば、そこからはねもの独壇場。この戦場の、最後の大掃除とも言えた。
「――『そこには、だれもいない』」
 起動言語。力持つその言葉に、ねもの魔力が内から外へと溢れ出す。空に掲げる指一本へ次第に力が集まれば、その頭上、屋敷の天井から現れしものは星の世界、広がる宙より空間裂いて導かれた衛星の破片。
 ユーベルコード『星の雨(ポイント・ネモ)』。
「空間の隔たりや遮蔽物の隔たりなど、サイキッカーには関係ないとも。――彼方より墜ちろ、星の雨」
 声も魔力を帯びるのか、それとも物理法則を超えた超常の力に空間が歪んだ故か――言葉もどこか不思議な響きを持って、松明照らす廊下の中を静かに渡る。
 やがてねもの指先が空の骸と屍人、その塊を指し示した時、空に留まる召喚されし天体のかけらは、忽ち流星の如き速さで指に従い空間を駆けた。
「今は只、静かに。――もう起き出さないよう砕け散れ」
 ドドド、と衛星の破片が一斉に屍人達へ降り注ぐ。質量、速さ、熱――あらゆる要素が死を歪めた体を潰し、貫き、灼き切っていく。呻き声など聞こえなかった。そんな声より、怒涛の攻撃に床の砕ける音が余程響いた。土煙が上がり、ねもだけではない、猟兵達の視界から、暫し目指す扉の姿が消える――。

 ……カラン、と、金属の落ちる音がした。

 やがて土煙の静まったそこに、骸の姿は一つもなかった。そして、ずっと目指していた扉――ホールの扉が、ねもの攻撃に巻き込まれ大破していた。
 大穴となったそこに、焼け焦げた金色のドアノブがぽつんと横たわっている――この大穴の向こうに、今日の首魁――ヴァンパイアと、散り別る双子の片割れ、モーラが居る。
「……困難に打ち克ってこその猟兵だ。置かれた信には、応えるとしよう」
 必ず果たすと、ねもが誓うはモーラとキキの無事の再会。
 言葉に頷き猟兵達は――遂にホールへ繋がる大穴を、潜った。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『人間の上に立つヴァンパイア』

POW   :    虐げ搾取する女帝の鞭
【鞭】が命中した対象にルールを宣告し、破ったらダメージを与える。簡単に守れるルールほど威力が高い。
SPD   :    頂点に立つ者の暴力
自身に【責め苦を与えてきた人々の苦しみ】をまとい、高速移動と【虐げ搾取する女帝の鞭の効果を持った衝撃波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    インモラルテンタクルズ
【痛みや苦しみや恐怖】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【無数の蠢き絡みつく触手のかたまり】から、高命中力の【思考力を奪い下僕として洗脳する効果のガス】を飛ばす。
👑11
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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はキア・レイスです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●宝石は祈望に笑う
 ――私たちは、生まれる前からいつも一緒だった。

「……騒がしいな。下僕どもは何をしている」

 遠のいていた意識が、女の声と扉を叩く何か大きな音によって不意にモーラの元へと戻った。
 ぱち、と僅かに薄氷の瞳を開くと、頬に触れるのは豪奢な絨毯。とても大きな――ダンスホールか何かだろうか、うつ伏せで寝かされる自分の体は酷く重く、そしてとても寒かった。あまりの寒さに、意識せずとも勝手に小刻みに震える程に。
 自由が利かないのは、何も体の重さと寒さだけが理由ではない。腕と胴、足首、手首がそれぞれ何かで拘束されていたからだ。此処が一体何処なのか、今自分はどういう状況であるのかを――頭痛の中で考えて、モーラはほどなく理解する。
 自分は、囚われたのだ。傍らに立つこの女に。
 ――あぁ、酷く瞼が重い。眠ってしまえば楽だろうかと、朦朧とする意識の中でモーラは思って、再びそっと瞳を閉じる。
 ――少し、夢を見た。

「……あ、はは、ごめん、モーラ」
 何かが割れる音を聞きつけて、熱にふらつく足で自室から居間へと向かうと――気まずそうな苦い笑顔で振り向いた姉・キキに怪我が無さそうなことに、モーラは先ず安堵した。
 体調を崩した自分の為に、姉がいつもはしない炊事を引き受けてくれたこと。日頃野良仕事や力仕事ばかりの姉には、きっと簡単ではないだろうに――心遣いは嬉しくて、だけど少し心配だった。だから、無事さえ確かめたなら、大丈夫だと笑って見せる筈だった。
 ――だけど。
「あの、ちょっとうっかり、……足を滑らせちゃって」
「――……」
 姉の足元で砕けていたのは、モーラの大切な鉢だった。
 植えた種からはキキとモーラの瞳の様な淡い蒼の花が咲くと聞いて、一緒に見たくて大切に育てていたのに――きっと高熱も手伝ったかもしれない、モーラはその時、冷静になれなかった。
「……大事に、してたのに。キキはいっつもそう、私の好きなものをそうやって、壊しちゃう」
「わ、私だってわざと割った訳じゃないわ! 謝ってるのに、何よその言い方……!」
「うっかりだとか、わざとじゃないだとか、それだけで許されてれば楽よね! 後始末を誰がしてるか、知ってる? 全部私よ? 嫌になるわ!」
「あんたねぇっ!」

 ――罵声、口論。このような諍いそのものは、これまでだって幾度とあった。だけどそのどれもが、……二人だから。キキが居たからこそ出来た、愛おしい時間だったのに――。

「……キキ……」

 再びモーラが重い瞼を開いた時、覗いた姉と揃いの瞳から、熱い涙が零れ落ちた。
 姉は、この絶望の世界での別れが何を意味するかを正しく理解していた筈だ。それなのに、行ってしまった――恐ろしい領主の元へ、たった一人で。
 生まれる前からいつも一緒だったのに、こんなにも突然に、こんなにもあっけなく、分かたれる時が来るなんて。
 ――どうして、素直に受け入れることが出来ようか。

「おや、漸く目覚めたかプラチナブロンド」

 悲嘆にくれるモーラの頭上から、突如鋭い女の声が降った。直後、ぐい、と強い力で長い白金の髪を引かれる。
 痛みに顔を歪めると、そこには満足気に笑むヴァンパイアの女の顔。
「……本当に、下賤には不似合いな美しさよな。さて、どうしてくれようか」
 ――怖い。怖くて怖くて、小刻みな体の震えが更に強く大きくなった。――だけど、その瞬間に、あの時のキキを思い出す。

「『――この家には、私一人きり。父は稼ぎに出、独りの身にございます』」

 ――寒い。寒くて寒くて、震えが止まることは無いのに胸だけはどうしようもなく熱かった。怖くて、逃げ出したくて、痛くて、苦しくて、……だけど、それでも自分を守った姉はあの時戦っていた。
 だから、今度は自分が助けたい。共に居たいと願うから、どうしたらいい、どうしたらキキと共に在れるのかと、モーラは必死で考える。考えて考えて――モーラはやがて、震える唇の口角を微かに上げると、髪を掴む女へと抵抗の言葉を吐き捨てた。

「……髪なんて、好きにするといい……ここから逃れて、私はまた、あの家でキキと暮らすの……」
「――ほう?」

 言った瞬間、更に強く髪を引かれて、モーラは膝立ちの姿勢になった。自力で立つことも難しいほど体は重く、言うことをきかなかったけれど――負けたくなかった。生きたかった。
 涙に濡れる瞳でキッと強くヴァンパイアを睨み付けると、蠱惑的な姿態を惜しげもなく晒すその女は、愉悦の笑みでモーラを見下しその手に小さなナイフを掲げた。
「仕置きが必要なようだ。――先ずは、流れ落ちるこの美しい髪」

 ――ブツン!

 首の後ろで鳴った音ののち、引く力から解放されてモーラは前へと倒れ込んだ。
 ぱらりと視界に見慣れた色が落ちて来る。それが姉と揃いの髪だと知れれば、また少し瞳に涙が滲んだ。
 悔しい。何とかしたいのに、……生きたいのに。だけどもう、体が全く言うことをきかない――。

「……次はどうするか。逃げられぬ様その脚を削ぎ落すか。それとも――ああ、得意の鞭でその全身に傷を刻むか」

 一方愉しげな蹂躙の女は、カラン、と手に持つナイフを床へと落とすと、さも今思い付いた様なわざとらしさで、その手に腰に提げていた鞭を構え――。

 ――ドン!!!!!

 突如、爆音がけたたましくホール中に響き渡った。大きな木製の扉が木っ端微塵に砕け散り、抜ける突風がモーラの切られた白金の髪をホールの空へと巻き上げた。
 何が起こったのか、モーラには解らない。だけどもう動けなかった。だからただただ、薄氷の瞳で爆発に空いた大穴の向こうを見つめていた――。

「……何の騒ぎかと思えば。貴様らか、猟兵ども」

 ち、と小さく舌打つ音と共に、鞭持つ女の意識は扉の外へと向かう。猟兵、と、その言葉をモーラは知らなかった。しかし、何故だか少しだけ安堵した。
 それは、ヴァンパイアの声が、明らかに敵を認識したものだったからかもしれない。
 ……カラン、と、金属の落ちる音がして、間もなく。
 うつ伏せに倒れるモーラの薄氷の瞳の中に、無数の人影――猟兵達が、ヴァンパイアへの強い戦意を湛えた瞳で此方を見据え、立っていた。
仁科・恭介
※アドリブ、連携歓迎
UC対象:モーラ(生きたいと願うテンション)

行動:モーラの確保
私なら出来る。生きたいと願う心…確かに受け取った今なら。
生還させる。絶対に確保する。【ダッシュ】だけは誰にも負けない。
「鍛え続けろって言ってたね。約束は守ってるさ」

ホールに入るなりホール内の吸血鬼、猟兵、モーラ、障害物の位置を把握。【学習力】
フォーカスをモーラに設定し最短ルートを。

【携帯食料】を【大食い】で大量摂取後細胞を超活性化し、マフラーを外し【目立たない】よう気配を消す。
そして、UCをのせた【ダッシュ】でモーラに急行し優しく確保する。
確保後は安全な場所または保護猟兵の元へ。
「怖かったろ。あとは帰るだけだ」


神代月・黒
【POW】

助けに来たぜ
もう少しの辛抱だ、保ってくれよモーラ……!

それにしても年端もいかえね女子の髪を切るたあいい度胸じゃねえか、滅ぼしてやんよ、吸血鬼の女さんよ

最初から飛ばすぜ、【神代転生】で身体能力を底上げして【時間稼ぎ】だ
あの子を保護したい奴、いるだろ?任せろ、敵は引き付けてやる
【殺気】で誘う、来ないならこっちから行ってやるがな
この状態の俺なら壁も天井も関係ねえ、速さと力押しで陽動するぜ
まあしっかり首も狙わせてもらうがな!

しかし守らないといけない法が増えるのは厄介だな……ああ、なら断ち切ってやりゃいいだけか
なにするかって?
奴さんの面に【破魔】の神力を込めた<陽名菊>を【投擲】してやんのさ!


シャルロット・クリスティア
何とか、最悪の事態は避けられましたか……。
一安心、と言いたいところですが、まだ油断はできませんね。
他の皆さんが吸血鬼に攻め込んでくれるのを期待し、私はモーラさんの救出に。
手早く駆け寄って、自分とモーラさんを覆うように隠れ身の外套を纏います(【早業】)。
魔力リソースは私が請け負うので、彼女への負担はありません。
後は【目立たない】ように部屋の外の物陰まで。外は体力的に辛いでしょうし。
抱えて移動する程度の【怪力】ならあります。
勿論、こっちを狙ってくるなら銃での迎撃はしますし、ポイズンボール(今回は毒性の無い煙玉)で視界を封じるのも視野に。

大丈夫、私達が守ります。安心してくださいね。(【優しさ】)


蒼城・飛鳥
モーラの安全確保が最優先だ!
隙あらば間に入って庇い、敵から引き離す
俺より上手く出来る奴がいるならそいつの援護だ!

…よく頑張ったな
お前の姉さんも仲間が助けに向かってる
もう少しの辛抱だぜ

ルールは”全て破ってやる”
お前なんかには絶対に従わない
けど、苦しむ顔一つ見せてやらないぜ(ボロボロになりつつもニッと笑い)
どうした、ご不満かよ女帝サマ

…昔、すげー馬鹿なガキがいたんだ
親父に仕込まれた銃技がありゃあ何でも守れるって天狗になって
――結局何一つ守れず大事な妹まで亡くした大馬鹿野郎がさ
力なんかなくても、身一つで妹を守ろうとしたキキに
そんな馬鹿と同じ絶望を味合わせる訳に行くかよッ!

来いッ、ゲシュペンストッ!!


朽守・カスカ
喧嘩をして、困難がいくつもあったけれど
それでも、姉妹は仲直りをして
仲良く暮らしたましたとさ

ありきたりの不幸ではなく
どこにでもあっていい、そんな些細な幸せとするためにも
全力を尽くそう

私は医術を修めていない
モーラの容体を診ることもできないから
私の出来る限りをするしかない

【還す標】
これ以上の狼藉を見過ごすつもりはない
美しい色を羨み虐げるのなら
その瞳が色を映せないようにしよう
(モーラへに意識が向かないようにするためにも)

お前達がこの世界を支配したとて
此処はいるべき世界ではない

私は灯台守だ
還るべき、在るべき場所を忘れたのなら私が示そう
眩む目でも見えるだろう、この標が示す先が
骸の海へ、還れ


雷陣・通
(アドリブ、連携歓迎です)
父ちゃんが言ってたよ、髪は女の命だって
それを玩具の様に扱い、帰りたいと望む人に対しての仕打ち
許せねえ!
「紫電会初段、雷陣・通。治に居て乱を鎮める武を以って暴政を戒めん!」
『ライジングスタイル!」(真の姿開放)

UCで電撃を付与した拳と向上した能力を活かして、右へ左へとフェイントを効かせて、左右から攻撃する
攻撃は二回攻撃でチクチクと
相手の攻撃は残像と見切りで回避し
敵のUCは勇気をもって跳ね除ける
「しゃらくせえ! 彼女の方がもっと痛いんだ!!」

散々翻弄した後、殺気を込めた残像からのフェイントで警戒が薄れるであろう敵の真正面に立ち
二つ目のUC『正中線五段突き』を叩きこむ!


セリオス・アリス
アドリブ◎
【青星の盟約】で攻撃力をあげ『ダッシュで先制攻撃』
『属性攻撃』を込めた蹴りをぶちかます
当たらなくてもいい
相手が後退してくれさえすれば
そうしてモーラと敵の間に割り込むように位置どる
チラッとモーラに視線をうつし
折れてなさそうな表情に口の端をあげる

お前の姉は絶対助かる
助けが行ってる
だから…お前も連れて帰ってやるから
もうちょっとだけ待ってな

詳しくは他のやつに聞けと言いはなって
早くと急く心を静めようともせず
再び距離をつめる
攻撃は見切り回避
なるべくモーラから離れるように気を付け『2回攻撃』
もし当たっても屈してやる気はさらさらねえ
従うくらいなら『捨て身』覚悟で炎の『全力』をのせた一撃をぶちかます!


斬崎・霞架
【泡沫】
感情を抑え込んでいるマリアを見て、その頭に優しく手を乗せる

「吸血鬼。貴女の目的が何なのかは知りませんが、言わなくても結構ですよ。…何であれ、僕らは僕らの目的を果たさせて頂きますので」

指を鳴らし、手甲の封印を解く
前衛
相手の動きを見つつ、常に動き攻撃する
【戦闘知識】【見切り】【早業】

「自分が傷つく事も厭わぬ覚悟。素晴らしいです。
…ですが、命を省みないのは頂けません。
“覚悟”と言うのならば。“総て”と言うのならば。
自らの命も守りなさい。
傲慢に、不遜に、完全無欠のハッピーエンドを目指しなさい。
…大丈夫。その為に、僕が貴女の力になるのですから」

【御し難い暴虐】を発動
マリアを守るように赤雷を放つ


マリアドール・シュシュ
【泡沫】

横たわるモーラを見て今すぐ駆け寄り救いたい感情を必死に抑制

(この痛みが忘却の彼方へ往く前に
この不条理の理を断ち切る力(ひかり)を)

「彼女は強いわ。本当に。
だからあなたの人形にもならない。彼女のこころや願いを手折る権利もない。
モーラが望む楽しい未来を、笑顔を守るために。
わたしの総てを以て、全て終わらせるのよ」

後衛
霞架へ呼掛け星雫を閉じて開く
竪琴構えマヒ攻撃で演奏
敵の攻撃は音の誘導弾でカウンター

「…相対したらマリアごと討ちなさい。躊躇ってはだめ。
猟兵である以上、覚悟の上よ。霞架。
マリアは折れないわ。この身に誓って(蜜華の晶は信じてと笑う」

【茉莉花の雨】使用
竪琴を花弁へ
咲き馨る旋律で洗い流す


杜鬼・カイト
「ねぇ、女の子に対してその扱いはひどいんじゃない?」
ヴァンパイアに対して殺気を放ちつつも、笑顔を保って妖刀を構え、威嚇

敵の鞭による攻撃は、刀でなぎ払って躱す
【永遠の愛を誓え】で敵の動きを封じてみる
ってか、これ兄さまを捕まえておくためのものなのになあ…
「あんたみたいなオバサンに使わせないでくれる?」
ああ、なんかだんだん目の前の敵が、オレと兄さまの愛を邪魔する存在に見えてきた
壊さないと、はやく壊さないと
「…あはは、邪魔する奴らはみんな…みんなオレが壊してあげる!!」
多少攻撃を受けても気にせず突っ込み斬りつける。2回攻撃

■アドリブ歓迎


久礼・紫草
「モーラ殿よう気張った、あと一寸の辛抱じゃ」
水瓶持ち込みモーラに飲ませる
救助活動に腹立て甚振りに来たら儂を攻撃させる
その後も継続し身を挺してモーラをかばう

攻撃は極力武器受けし成功失敗関係なくカウンターして手数を稼ぐ

ほう、ルール(決まり)を科すとな?
言うてみい、無茶だろうが訊いてくれよう
貴様程度の相手、其れぐらい枷をかけられ丁度よかろうよ
と挑発し的に
更に【達人の智慧】にてインモラルテンタクルズ封印
皆の者
気が小さいが故に自らを強う見せんと喚き立てる小童の何が怖いものか
故に触手とやら木偶の坊

儂を狙って二つの攻撃無意味にすりゃあええわい
味方の為時間稼ぎ、鋭き太刀のお膳立て上等じゃ

外道死すべし慈悲はない


ロカジ・ミナイ
めちゃくちゃ具合悪そうじゃないか!かわいそうに、
ああ、ああ、あの様子だとアレとコレとソレと……、
頭ん中にズラリと薬のリストが浮かぶほど、だがしかし、
駆け寄る前にしなけりゃならない事がある様だ

鞭ってのは色んな意味でおっかないが
長モノ相手なら懐に入ればこっちに分がある
捉えた女には笑顔で対応するのが信条だけど、
手元の刃はそうとは限らない
さぁ奇稲田よ、黒い腹に穴を開けてやろう
腹の中から出るのは…何だろうねぇ、怖い怖い

嬢ちゃんの様子を窺える位置に付けたなら
容体を見ずにはいられない
一瞬敵に背を向けるのも仕方ない
だってこの子は帰らなきゃならない
守られちまった者のオトシマエってのがある

寝てていいよ、すぐ終わる


筧・清史郎
…間に合ったようだな
よく頑張ったな、モーラ
此処からは俺たちが一頑張りする番だ
いざ、参る

扇広げ【百華桜乱の舞】の衝撃波で攻撃
他猟兵を援護する様に、女領主に強烈な衝撃波を見舞い崩していく
「一刻を争う。風情の欠片もない遊戯に付き合う気はない。早々に終わらせて貰う」
モーラの命が助かるのならば
双花が再び寄り添い咲けるのならば
俺の極僅かな一時の代償など、安いものだ

残念だが…痛みや苦しみや恐怖の感情など、お前に対して一切ない
只在るのは、モーラは一刻も早く連れて帰る
キキと必ず再会させる、それだけだ
触手も全て叩き斬り、斬れぬものは見切りや残像で躱すか扇で受ける
ガスなどもこの【百華桜乱の舞】で吹き飛ばしてみせよう


キリオ・ハルヴォニ
いよいよ領主様のおでましか
さっきの奴らよりも愉しませてくれるんだろうな?

真の姿は黒曜石の角が増えた鬼の姿
言い終わるやいなや戦闘態勢へ
【黒風鎧装】を使用して真の姿を強化

そっちのルールなんて知ったことじゃない
おれはおれのしたいように戦うだけだ
禍々しい斧を振り回して好き勝手に振る舞う
はは、鞭使いと戦うのは初めてだ
感謝しないとな。最高に楽しいよ、お前

戦闘を終えれば武装を解く
痛たた、と流れる血を拭って
困ったなぁと笑って、モーラに近づいて

おれは怪しい人じゃない、君を助けに来たんだ
さぁ、もう大丈夫。
……お姉さんのところに帰ろう


ヴォルフガング・ディーツェ
【SPD】

持ち前の俊敏を活かす時だ
【調律・墓標守の黒犬】を召喚しオレは鞭、わんこは爪で牽制攻撃を行いつつ吸血鬼とモーラの間に割り込み
体を張ってでも切り離そう…!

そのままオレはモーラを庇いつつ光の【属性攻撃】を乗せた鞭の【2回攻撃】、わんこは吸血鬼に爪や牙での近接戦を仕掛けよう
【武器受け】で回避も試みる

…大丈夫、君の片割れは仲間が助けに行っているよ
また会える、また笑える。だからもう少しだけ…頑張ってくれるかい
衰弱が激しいなら【医術】で簡単に診察し、症状に合わせ薬効を調整した【ノドンスの霊薬】の投与も検討

無論、吸血鬼にも油断せず対処
同じ鞭使いとは業腹だが…君の様な性根が下餞な輩に折る膝はないよ?


蓮花寺・ねも
すこしばかり遅刻してしまったな。御免。
嗚呼、でも。折れない心根の子で良かった。

苦痛がトリガーになるなら、ぼくは回復に努めよう。
他に傷を癒やすひとが居るなら手分けをしつつ、
酷い傷から優先して【生まれながらの光】
ぼくの疲弊は些末な事だ。立っていられる限りは治療を。

可能なら、敵とモーラの間に入って射線を通さないように。
体を張ってでも、これ以上の傷は負わせない。
傷みにも恨み辛みにも慣れているんだ。
ぼくが死ぬまでやってみても良いけれど、そんな余裕がおまえにあるかな。

ひとは理不尽に蹲るばかりじゃあない。
痛みも苦しみも、恐怖だって、越えられる。
……おまえには判らないだろうね。

ひとを侮った、おまえの負けだ。



「――我が館で随分と勝手をしてくれたようだな、猟兵」
 集まる多勢の視線を受け止め、オブリビオン――ヴァンパイアの女は嗤う。手にする鞭が、ピシャン! と一度絨毯纏う床面へ激しく叩き付けられた。
「いよいよ領主様のおでましか。……さっきの奴らよりも愉しませてくれるんだろうな?」
 しかし、全く怯む様子も無く、キリオ・ハルヴォニ(ホペア・f04567)は眼前に突き出す黒斧の先をヴァンパイアの女へ向けた。
 黒鎧に身を包む、キリオは先の戦いを維持して既に臨戦態勢だ。鎧に隠す口角を歪に上げた笑みの声は、強い戦意、強い殺意を宿して女へと送られる――だがその足元に、うつ伏せに倒れ虚ろに此方を見つめるモーラを見れば、ロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)は顔色を変えた。
(「……めちゃくちゃ具合悪そうじゃないか! かわいそうに、……ああ、ああ、あの様子だとアレとコレとソレと……!」)
 忙しなく脳内にズラリと使えそうな薬のリストを浮かべながら、ロカジはモーラの体の現状を推察する。
 遠目に見ても解るほど、その体は小刻みに震えて、頬は赤いのに顔色は蒼白。視線は潤みながらも虚ろで、縛られた四肢は完全に脱力している。恐らくは酷い高熱、かつ脱水状態だ。ただでさえダンスホールの様に広いこの部屋では熱が籠らず冷えそうなものを――泥水に濡れたままの服も、縛られ床に転がされている有り様も、医術を修める者として、到底看過出来る状況ではなかった。
(「――だがしかし、駆け寄る前にしなけりゃならない事がある様だ」)
 そして即座に医術処置を振る舞える状況に無いことだって、勿論ロカジは理解していた。何しろ、今モーラが居るのはオブリビオンの足元だ。
「何とか、最悪の事態は避けられましたか……一安心、と言いたいところですが、まだ油断はできませんね」
 警戒の声は、シャルロット・クリスティア(あの雲の向こう側へ・f00330)。今生きているモーラを確認出来たことには安堵するほかは無いが、だからといって状況は未だ予断を許さない。
 何とか、叶う限り速く、モーラへ近付かなくてはならない。このままを維持し長い時間が経過すれば、モーラの体調が更に悪くなることは誰にも解り切ったこと。
 先ずは、あの女とモーラを引き離さなくては。
(「――喧嘩をして、困難がいくつもあったけれどそれでも、姉妹は仲直りをして、仲良く暮らしたましたとさ。……ありきたりの不幸ではなく、どこにでもあっていい、そんな些細な幸せとするためにも」)
 朽守・カスカ(灯台守・f00170)が抱く思い。それもまた、モーラの無事の村への帰還だ。
 そのために、今日これから達成すべき事項は三つ。先ずは一刻も早いモーラの安全確保。そしてヴァンパイアの討伐と――モーラをこれも出来るだけ早く、医師に診て貰うこと。
(「全力を尽くそう。……私は医術を修めていない。モーラの容体を診ることもできないから――」)
 モーラの体に何が起こっているか、どうしたら治るのかが、カスカには判断出来ない。或いは仲間に判断できる者が在るのかもしれないが、いずれカスカは、出来る限りをするしかなかった。
 急く心から生じる汗を額に滑らせヴァンパイアを見つめるカスカの後方――並ぶ仲間達の影で携帯食料を次々と口内へ放り込んでは噛み砕き、仁科・恭介(観察する人・f14065)は茶の瞳でじっとモーラを見つめる。
(「私なら出来る。生きたいと願う心……確かに受け取った今なら」)
 既に頭はフル稼働、突入時からホール内の敵味方調度品など全ての配置を把握していた。その上で今、フォーカスをモーラへ設定し恭介が体の内で密かに進めるは――生きたいと強く願うモーラの心と、食べ進める携帯食料を糧に行う細胞活性。
 ユーベルコード『共鳴(ハウリング・レスポンス)』。
(「生還させる。絶対に確保する。――速さだけは誰にも負けない」)
 最後の携帯食料をガリ、と噛み砕いた瞬間、活性化した脳細胞が、モーラ救出の最短の道程を頭の中に叩き出した。脳だけではない、全身に脈打つように行き渡ろうとする活性細胞の生む強大な魔力を恭介は足に集約させると、するりとマフラーを外し、気配を消して隙を窺う。
 後は仲間がヴァンパイアを引き付け、その意識を摑まえる――必ず来る最上の好機を待つだけだ。
「……あの子を保護したい奴、いるだろ? 任せろ、敵は引き付けてやる」
 その時ふと、ヴァンパイアに聞こえぬ微かな声が猟兵達の鼓膜を揺らした。
 神代月・黒(神討・f01177)――纏う着物に荒波を背負う少年は、呟きすっと一歩前へ出る。一瞬ちらりとモーラを見遣ると、その後森緑色の視線は、ゆるりと此方へ向けられたヴァンパイアの女の視線と交錯した。
(「助けに来たぜ。もう少しの辛抱だ、保ってくれよモーラ……!」)
 心の内に強く願えば、比例して握る己が拳もぎり、と鳴るほど強くなった。
 鋭い殺気を誘う様に挑発的にちらつかせながら、黒は対峙せし女へこう切り出す。
「それにしても年端もいかえね女子の髪を切るたあいい度胸じゃねえか。滅ぼしてやんよ、吸血鬼の女さんよ」
 しかし女は動かない。ふ、と黒の言葉を鼻で笑う様子に、杜鬼・カイト(アイビー・f12063)も殺気を放ち、しかし笑顔は保って威嚇する。
「……ねぇ、女の子に対してその扱いはひどいんじゃない?」
 自身も女の子の様な出で立ちで妖刀を前に構えたカイトの問いに、しかし女は心底理解が及ばぬといった様子で挑発的に言葉を返した。
「――何を怒っている? この様な下賤の髪一つで」
「……父ちゃんが言ってたよ、髪は女の命だって」
 腹の底から絞り出す様に、漸くと言った様子でこう続けたのは雷陣・通(ライトニングキッド・f03680)だ。その顔はやや俯いて、しかし体はふるふると、モーラの姿、その弱った命の灯を見て感じた怒りに震える。
「そうか、命か。ならば私に蹂躙され、私の為に散るが正しい」
「――お前は……!!」
 そして笑みを深め宣う女の言葉は、通の怒りに火を点けた。思わず飛び出た声に上げた顔、その緑晶の様な瞳は見開かれ、その鋭さで女の笑みを否定する。
 女にとっての命の価値、モーラの価値はまるで玩具だ。帰りたいと望む人の心踏み躙るこの仕打ち――怒りのままに続けた宣言が、通の周囲にぱちり、ばちりと見るも眩き紫電を生み出す。
「許せねえ! 紫電会初段、雷陣・通。治に居て乱を鎮める武を以って暴政を戒めん! ――『ライジングスタイル』!!」
 生命体の埒外にある猟兵の、真の姿。人の在り方を超える証明、その力が、通の体奥から溢れ出る。そしてその有り余る力さえも制御し、更に強化する通の紫電は――ユーベルコード『ライジングスタイル』。
 そして、その隣でもう一つ、対照的に暗く深い根源の闇の中へ身を預ける姿が在った。
 セリオス・アリス(黒歌鳥・f09573)。その喉震わせ歌うは『青星の盟約(オース・オブ・ディーヴァ)』――星夜の世界を渡る様な不思議な旋律を歌に紡ぐと、セリオスの奥深くから闇色の魔力がじわりじわりと体を侵食、体表面までも溢れ出る。
 闇纏う色の髪、今は閉じる星空抱く瞳までも深く根源魔力が浸透すれば、しかし見開かれたセリオスの瞳には、支配に抗う強き光が煌いた。
「……行くぞ」
 セリオスの呟きののち、内なる強化を遂げた二人が一瞬でその場から掻き消えた。
「「っらぁああああああ!!!」」
 二つの声は重なって、雷電纏った力強き通の拳が、ヴァンパイアの右側に迫った。左側からは突撃の勢い乗せたセリオスの蹴り。しかし女はふ、と笑んでその手の鞭を撓らせると、パシンと通の拳を上から叩き、手を置いた通の頭を軸にして蹴りを跳躍回避する。
 その立ち回りはあまりに身軽で、やはり一筋縄ではいかない相手だ。……だがその華麗なる回避が生み出した一瞬に生じた光景を視界に捉え、女の瞳が見開かれた。
 自分を狙い迫った筈のセリオスが、蹴りに乗じて割り入った位置でモーラをその背に庇い、此方を警戒の眼差しで見つめていた。そしてその傍らには、気配殺し至ったそこでモーラを抱きかかえる恭介の姿――。
「……ッ、貴様ら、初めからそれが目的で……っ!!」
 声を怒りに軋ませて、女は着地と同時にセリオスへと鞭を振るった。責める様な強い眼差しで睨み付ける美しいセリオスの顔を崩さんと――放った鞭先は、しかし標的へは届かない。
「一刻を争う。風情の欠片もない遊戯に付き合う気はない。早々に終わらせて貰う」
 パン! と鞭先を弾き返した蒼き刀の払いの一閃は、ユーベルコード『桜華葬閃』。
 セリオスよりも更に手前、立ち塞がる様に現れた男の名は筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)。
「初めからモーラの安全確保が最優先だ。お前のことなんざはなから眼中にねーんだよ!」
 そして、言葉継いだ強気の声は蒼城・飛鳥(片翼の鳥は空を飛べるか・f01955)だ。モーラを救う仲間の支援に動いたその少年の隣には、邪鉄の武装を纏う大きな黒犬に跨る男――ヴォルフガング・ディーツェ(咎狼・f09192)の姿も在った。
 ユーベルコード『調律・墓標守の黒犬(コード・ブラックドッグ)』。顕現せし機霊・テオの獣の俊敏は忽ちにヴォルフガングを最前線――モーラとオブリビオンの間へ押し出し、今その巨大な威容は女の視界からモーラをすっぽりと覆い隠す。
 そして今女の周囲は、この一瞬にモーラ救出の全てを賭けた猟兵達の布陣に囲まれ、簡単に抜け出すことが叶わなくなっていた。つまり、モーラを抱え退避準備する恭介の背中を視認することが出来ないどころか陣も抜け出せない女には、モーラを追うことは叶わない――。
「……舐めた真似を……!!」
「――モーラ!!」
 足首、腕と順に拘束を解く恭介の腕の中で、何とか意識を繋ぎとめているモーラは今何が起こっているのか理解が及んでいなかった。でも、何故だかとても暖かくて――名を呼ぶ声は鋭かったけれど不思議と怖さは感じずに、モーラは声を上げた主へと薄氷色の虚ろな視線を向ける。
 良く知る世界の空の色。暗くて、でも綺麗な煌く夜空の瞳――手の届く距離に居たセリオスの、少し強気な笑みが映った。
「お前の姉は絶対助かる。……助けが行ってる。だから……お前も連れて帰ってやるから、もうちょっとだけ待ってな」
「……え……?」
 熱のせいか、少しだけ音が聞き取りにくかった。でも、確かに届いた言葉の意味を一瞬遅れて理解した時、虚ろだったモーラの瞳が僅かにだが見開かれる。
「よく頑張ったな! お前の姉さんも、仲間が助けに向かってる。もう少しの辛抱だぜ!!」
「よく頑張ったな、モーラ。――此処からは、俺たちが一頑張りする番だ」
 飛鳥も、それに言葉を継いだ清史郎もまた、顔こそヴァンパイアへ向けたままだが、声に笑みが窺えた。それはとても希望に満ちた響きをしていて――未だ混乱するモーラだが、心は意味を理解したのか、それとも欲しかった言葉だったからだろうか。
 瞳から、……一雫、涙が落ちた。
「……詳しくは他のやつに聞け!!!」
 しかしオブリビオンとの戦闘下、時間にこれ以上の猶予は無い。名残惜しくも叫びたい思いを断ち切り、セリオスはとん、とモーラを抱える恭介の背を押した。
 直前にモーラの拘束を解き終えた恭介もまた、背を押す温もりと託された想いを確かに受けて――言葉は返さず、ただモーラを抱く腕を強める。
「鍛え続けろって言ってたね。……約束は守ってるさ」
 心に浮かぶ追いたい背中へ呟き笑むと、モーラを戦線から離すべく、そしてモーラを迎える準備をして待つ仲間の元へと届けるべく――恭介は強く床面を蹴った。

「……、…………っ」
 離れていく恭介の背、痛ましいモーラの姿を見送りながら、マリアドール・シュシュ(蜜華の晶・f03102)は駆け寄りたいと願う衝動を必死に押し殺していた。
 このホールに至って横たわるモーラの姿に、どれほど心を痛めたか。どんなにか駆け寄り救いたいと願ったか――それでも、状況がそれを許してはくれなかった。
 彼女の保護を仲間に託し戦うと決めた今ですら、仲間を信じていながらも、その体の状態はどうしても気遣われて。しかし決意を抱くマリアドールは、星芒の雫の瞳でしっかりとオブリビオンを見据える。
(「この痛みが忘却の彼方へ往く前に、この不条理の理を断ち切る力(ひかり)を」)
 これは自分が決めたこと。姉妹を襲った苦しみ、悲劇の連鎖を断ち切るのだと――戦う決意で感情を抑え込むマリアドールの頭をそっと、大きな手が優しく撫でた。
「吸血鬼。貴女の目的が何なのかは知りませんが、言わなくても結構ですよ。……何であれ、僕らは僕らの目的を果たさせて頂きますので」
 斬崎・霞架(ブラックウィドー・f08226)のマリアドールを労わる様なその手は酷く優しいのに、オブリビオンの女へと向ける殺意は鋭かった。丁寧な口調で淡々と女へ否定の言葉を送ると、そっとマリアドールから離れた手が、パキン、と一度指を鳴らす。
 黒触『エンクローチ』――呪われし手甲の封印がその一音で紐解かれると、無数に伸びた触腕が、それぞれに武器を手に取った。
 自分の前へ守る様に立った男に背押される様な安堵を覚えると、マリアドールも手に『黄金律の竪琴』を掲げ、星雫の双眸をそっと睫毛の奥へと閉じる。
「――彼女は強いわ。本当に。だからあなたの人形にもならない。彼女のこころや願いを手折る権利もない。モーラが望む楽しい未来を、笑顔を守るために。わたしの総てを以て、全て終わらせるのよ」
 奏でるは、心震わせ麻痺誘う魅了の旋律。モーラのために戦う決意はより強く、星雫の双眸は、霞架へと笑みを浮かべて言葉を送る。
「……相対したらマリアごと討ちなさい。躊躇ってはだめ。猟兵である以上、覚悟の上よ。霞架。――マリアは折れないわ。この身に誓って」
 信じてと、蜜華の晶はふわりと笑う。例え己が身が傷つこうともモーラのために――その思いを、美しいと思えばこそ霞架もマリアドールを称賛しながら、しかし続く言葉では否定した。
「自分が傷つく事も厭わぬ覚悟。素晴らしいです。……ですが、命を省みないのは頂けません」
 バチリ、と、告げた瞬間呪われし手甲から赤い雷か迸った。自己犠牲をいとわぬマリアドールを守るため――溢れし力は、ユーベルコード『御し難い暴虐(クリムゾン・レイジ)』。
「“覚悟”と言うのならば。“総て”と言うのならば。自らの命も守りなさい。傲慢に、不遜に、完全無欠のハッピーエンドを目指しなさい。……大丈夫。その為に、僕が貴女の力になるのですから」
 バチバチと、溢れる赤い雷は徐々に強く大きくなって、掲げた腕から放射されると真っ直ぐヴァンパイア目掛けて迸った。マリアドールへ言い聞かせる様に伴い紡がれた言葉では自己犠牲を否定しながら、その雷の魔力は、振る舞う時が長い程、己が命を削る諸刃の力。
 ――守りたいだけなのだ。マリアドールを。
 そしてその心を知ってか知らずか、霞架の言葉を受け止めて、マリアドールの澄んだ魔力の煌きが弾く琴線を震わせる。すると竪琴はふわりと空舞うジャスミンの形をした水晶の花弁となって、咲き馨る旋律で敵を洗い流さんと空からヴァンパイアへ降り注いだ。
 ユーベルコード『茉莉花の雨(ヤースミーン)』。
「ハルモニアの華と共に、咲き匂いましょう、舞い踊りましょう──さぁ、マリアに見せて頂戴? 神が与えし万物を」
 無数降り注ぐその美しき花弁たちと赤い雷。迫るそれらを煩わしそうに鳴らす鞭で一つ一つ打ち払いながら、ヴァンパイアは囲む猟兵を一巡り見て、ふん、と一つ鼻を鳴らした。
「どうやら余程死にたいらしいな。――いいだろう。この世界の頂点たる我らに歯向かう愚かさを、その身に刻み込むがいい……!」
 背に流れる髪と外套をばさりと払い、女は高らかに宣言する。
 向かい駆け出す猟兵達に見下す女王の笑みで応じて、女は鞭を頭上から全方位へと取りまわした――。

「――怖かったろ。でもあとは帰るだけだ」
 戦場となったホールの入口。扉が爆ぜて空いた大穴、大きな礫の影で、恭介とモーラを待ち構えていたのはシャルロットと久礼・紫草(死草・f02788)。
「モーラ殿、よう気張った。あと一寸の辛抱じゃ」
 シャルロットがヴァンパイアの接近を警戒する中、紫草は恭介からモーラを受けると、その背を支えて上体を僅かに起こし、持ち込んだ水瓶からモーラにゆっくりと水を飲ませる。
「……なぁ、大丈夫か? モーラ」
「……これほど熱が高いとは……」
 抱えていたから恭介も理解し、それ故に思わず紫草へ問うた。背を支える紫草の手に伝わるモーラの体温は、尋常でなく高かったのだ。
 救助の知識はあろうとも、紫草は医術を修めたわけでは無い。心の内に幾許かの焦りが顔を覗かせた時、――戦場から一時駆け付け、傍らに膝をついた少女が生み出す温かな光がふわりとモーラを包み込んだ。
「すこしばかり遅刻してしまったな。御免。……嗚呼、でも。折れない心根の子で良かった」
 それは蓮花寺・ねも(廃棄軌道・f01773)の力。癒しのユーベルコード『生まれながらの光』――モーラの額や頬にあった擦り傷が忽ち消え去り、温かな輝きは僅かに体の震えを緩めた。
 その分ねもは疲弊するけれど、そんなことは些末なことだ。心の痛みを拭うのは難しくとも、せめて体を蝕む痛みくらい、取り去ってあげたかった。
「……かわいそうになぁ、嬢ちゃん。待ってな、今何とかするからな」
 そして癒しの光が収束する頃、ねもが声に振り向くと、立っていたのは一時戦線を離れたロカジ、そしてヴォルフガング。
 二人抜けた戦線を顧みれば、頷いたねもと恭介はその場を託し、戦場へと駆け出した。それに幾分申し訳なさを感じながらも――敵に背を向けてでも、此処へ来なければならない理由がロカジには在った。
(「だってこの子は帰らなきゃならない。……守られちまった者のオトシマエってのがある」)
 モーラの衰弱を黙って見ていられなかった医学、薬学に明るい二人は、紫草に肩を預けるモーラの体温、脈などを順に確かめ状態を探る。
「嬢ちゃん、寝てていいよ、すぐ終わる。――やっぱりな、先ずは高熱。加えて少し脱水もあるか。だとすると、飲ませるならただの水じゃ足りない」
 そして、簡単な診察を終え、ごそごそとロカジが自前の薬箱を探る間に――ヴォルフガングは紫草へと、蒼薬を一つ渡した。
「水は自力で飲めるのかい? ……なら、これを一緒に」
 差し出したそれは『ノドンスの霊薬』――モーラの症状に合わせて薬効を調整したそれは、滋養強壮効果も持っていた。それを興味深そうに見たロカジは、粉薬を取り出すと、ヴォルフガングへ確認する。
「そいつは俺の薬と併せて飲んでも?」
「問題無いよ。……君のそれは、補水率を高める薬だろう?」
「おっ、わかるかい。そうだ、脱水が熱上昇を手伝ってる可能性が高いからな、水分入れた方がいい」
 互いの薬効を確かめ合って、ロカジは紫草の水瓶へ粉薬を溶かし入れ、紫草へと差し出した。ヴォルフガングの蒼薬と共にそれをモーラへ飲ませた紫草は、水瓶を置き、そっとモーラの額へ触れる。
 直に触れれば尚更に、その熱の高さが伝わってくる。これで意識を保っているのが不思議なほどだ――考え手を放そうとしたその時、引き掛けた紫草の手に、熱い手が一つ重なった。
「……おじいちゃん、の、……手、冷たくて、気持ち良いのね……」
 弱々しく触れ、力なく笑うモーラの震える声を聞けば、紫草はふ、と優しく笑んだ。請われるままに再びその手を額へ宛がうと、モーラは安堵した様に瞳を閉じて、ふ、と一つ息を吐き出す。
 飲んだのが、霊薬だったからだろうか――効いたとすれば速すぎるが、幾分か、モーラの呼吸が落ち着いた様な気がした。
「……元気になれ、モーラ殿。童子の姉妹喧嘩は仲が良い証拠じゃ、このまま『赦し損ねた』とのしかかる錘は苦しかろう? ……必ず助けるから待っておれ」
 安堵し紫草が告げた言葉に、モーラの肩が大きく揺れた。怯えでも、不調から来る震えでもない。先ほどまでよりはっきりと瞳を見開き、――心に由来する震える声で、モーラは恐る恐る問いを返す。
「……助ける、って、キキのこと……? キキを、助けてくれるの……?」
 それは、幾度と今日の猟兵達が掛けた言葉。『姉は必ず助ける』と――確かめる様に不安げにモーラが問うのは、混乱と不調の中で聞いたそれが信じられなかったのかもしれないし、そもそも絶望に満ちたこの世界で、簡単に信じられることでもなかったかもしれなかった。
 懸命に強がり祈望を語って見せてはいても、……モーラもずっと、不安と絶望の最中に在ったのだ。
「……大丈夫、君の片割れは仲間が助けに行っているよ。また会える、また笑える」
 ――だから。言葉を選び、安心させる様に、確かめる様に現実だよとそう伝え、ヴォルフガングは微かに笑んだ。
「だから、もう少しだけ……頑張ってくれるかい」
 薄氷の瞳を覗き込むヴォルフガングの紅蓮の瞳は鋭くて、でも不思議と、怖くはないとモーラは思った。
 信じて良いと、――そう思えた瞬間に。
「……っ、う、ううぁ……っ……!!!」
 それはまるで瞳の薄氷が溶けてしまったかの様に。モーラの瞳から、涙が一挙に溢れ出した。
 不安と恐怖。突然意識した自分と姉の死と喪失。きっと体の不調も手伝っただろう――支配していた極度の緊張感から解放され、モーラの瞳から溢れる想いは急ぎ両手で蓋をしても、手の隙間から頬を伝って零れ落ちる。
「モーラさん……」
 それまで、ヴァンパイアの接近を警戒し戦場を見守っていたシャルロットは、その涙に思わず駆け寄る。
 駆け寄って、そっと涙を受け止める様に、モーラの顔を肩へと寄せて抱き締めた。
「――大丈夫、大丈夫です。私達が守ります。……安心してくださいね……」
 シャルロットの優しい声に、モーラはその肩に縋って泣く。依然熱は高いままだ、泣くことも体力を消耗してしまうけれど――モーラの胸から溢れた想いは、涙は、もう止められないのかもしれなかった。
 怖くて、どうしようもなく怖くて仕方なかった少女は、姉を助ける、また会えると信じることで、強く居られただけだったのかもしれない。
「……任せて良いか」
 医術面で出来ることは全てした――ならば後は、早急に今日の戦いを終えるべきと、判断して立ち上がったヴォルフガングはシャルロットにモーラを託す。
 紫草とロカジも、言葉にしないがヴォルフガングの声に伴い立ち上がった。三者の視線を受け止めて――シャルロットは頷くと、身に着ける外套の裾を掴む。
「……守ります。ですから、お願いします」
 告げて直後、ばさりと翻した外套がシャルロットとモーラを覆えば、その姿は始めからなかったかの様に、目の前の空間から掻き消える。
 シャルロットが、今日モーラを守るために用意したその力の名は、ユーベルコード『隠れ身の外套(ハイディングクローク)』。魔力リソースをシャルロットのみに依存するその力が、モーラへ負担となることは無いだろう。
 このままを維持して、シャルロットはモーラを大穴の外の廊下まで退避させる心積もりだ。猟兵であるシャルロットが、少女一人担げぬ非力である筈もなければ、仮にヴァンパイアに狙われたとして、迎撃出来ない筈もない。
「……征こう」
 託した心を伝える代わりに呟いて、ロカジとヴォルフガングを伴い紫草は空間へと背を向ける。
 戦いへ赴くその背中を、取り残された水瓶だけが見送っていたが――それもやがて、見えぬ何かに引かれた様に空間の中に消え失せた。

「来ないならこっちから行かせてもらうぜ!」
 一転し、此方は戦場――体奥から稲荷神の力を覚醒、帯びた魔力をその身に巡らせ黒は全身を変化させる。
 ユーベルコード『神代転生(カミシロヅキノヒギ)』――半狐と化したその体に爆発的な力が宿ると、その力を足へ巡らせ、黒はヴァンパイアを翻弄させる様に女の周囲を縦横無尽に駆け回り、その体を斬り付ける。
「この状態の俺なら、壁も天井も関係ねえ! 速さと力押しで陽動するぜ……! まあしっかり首も狙わせてもらうがな!!」
「……ふん、そう簡単にこの首取れると思うなよ。――『足を止めろ』」
 対するヴァンパイアは冷静だ。振るう鞭で黒の足首を捕らえると、その動きを縛るべく、全てを従える女帝のルールを宣告する。
 簡単に守れるルールほど受けるダメージが大きくなる――その技の持つ特性を、悔しいかなこのヴァンパイアは理解していた。逆らい動かんとした黒の足首から、突如傷も無いのにどぷりと血が噴き出したのだ。
「……くっ……!」
「ふふ――どうした? 威勢の良いのは口だけか?」
 満足気に笑みを深めて、女は更に鞭を周囲へと振り回す。命の蹂躙を愉しむ絶対女王――更に血が噴くのを覚悟で後退した黒は、ち、と小さく舌打ちをする。
「守らないといけない法か、厄介だな……ああ、でも」
 ふと思いつき、黒は手に持つ刀を鞘へと収めた。
 ――そして、今一度。異なる鞘から抜いた刀は、歴史ある社の御神体。破魔の神力秘めし『陽名菊』。
「……なら断ち切ってやりゃいいだけか!」
 呟くが早いか、黒は振りかぶると、刀を女目掛けて投擲した。真っ直ぐと、帯びる魔力に白く輝き空を奔った光の線は、咄嗟に交わした女の頬と髪を一房斬り裂いて、ホールの向こう、奥の壁へと突き刺さる。
「……私の顔に傷をつけるとは……!」
 この一撃は怒りに触れたか、先の満足気な笑みから一転、女は頭上へ鞭を掲げると、辺り一面、所構わず打ち叩いた。
「この、猟兵風情が……!」
 怒りに任せ、荒れ狂う鞭の打撃は周囲への接近を許さない。しかし、それでもその乱打の嵐を掻い潜り、一人の男がその懐へと詰め寄った。
「鞭ってのは色んな意味でおっかないが、長モノ相手なら懐に入ればこっちに分がある。……さぁ奇稲田よ、黒い腹に穴を開けてやろう」
 その猛進とも言うべき突然の接近は、先までモーラへ付いていたロカジ。
 手を差し入れた懐から、大振りの簪を引き抜いた。本来ならば飾るもの、しかし、その簪には仕込み刃が付いていた。
「腹の中から出るのは……何だろうねぇ、怖い怖い!」
 軽い口調でそう言って――スパン! ユーベルコード『奇稲田(クシナダ)』が、ヴァンパイアの女の左脇腹を引き裂いた。それは、反応した女が咄嗟に体を逸らした結果であったけれど――突き刺す一刀が逸れたことで、却って女の腹部は深く斬り裂かれ、奔った痛みはその動きを僅かにだが制限した。
「――っ、お、のれぇっ……!」
「……どうした? お前こそ、威勢の良いのは口だけか?」
 その一瞬の隙を狙って、斧持つキリオは前へと攻める。今その姿は黒鎧纏う体に黒曜石の角を生やした真の姿だ。
 挑発的に笑んで幾度と振り下ろす黒斧は漆黒の旋風を纏い、風巻き起こして閃いた。ユーベルコード『黒風鎧装』――人を超えし真の姿、その過ぎるほどの力を更に強化せしその風は、鎧の中のキリオの笑みを更に愉し気に歪ませた。
「はは、鞭使いと戦うのは初めてだ。感謝しないとな。……最高に楽しいよ、お前」
 告げて無作為に振り下ろす斧は、言葉と併せたキリオからの挑発だ。威力が大きいとはいえ、大振りで単調な攻撃を繰り返し行えばきっと相手も油断する――その狙いに、ヴァンパイアの女は気付けない。
「お前にもルールをくれてやろう。『武器を置け』」
 やがて、狙った通りキリオの斧持つ手へ向けて撓らせた鞭先が伸びた。その鞭の攻撃を打ち払いしは、黒斧ではなく――刀の一閃。キリオの前へと飛び出した、少女の様な少年カイト。
 薙ぎ払う刀の斬線は思いの外であったのだろう、キリオとの攻防の間へ突如割入ったカイトの姿に、女の瞳が一瞬驚きに見開かれた。
 そしてその一瞬こそが女に生じた大きな隙。カイトの左手薬指の指輪から、魔力が編んだ束縛の蔦が容赦無く女を捕らえ、縛り上げて動きを封じる。
 ユーベルコード『永遠の愛を誓え(シンデモハナレナイ)』。
「なっ……!?」
「――ってか、これ兄さまを捕まえておくためのものなのになあ……」
 拘束術に、ヴァンパイアの女は成すすべなく囚われた。しかし術掛けた当のカイトは不満げだ。
「あんたみたいなオバサンに使わせないでくれる?」
 カイトの純粋にして歪んだ兄への愛情が、目前の女への敵意へ変わった。ああ、なんだかだんだん目の前の敵が、自分と兄との愛を邪魔する存在に見えてきた――その愛が破壊衝動へ形を変えれば、囚われ動けぬ女の体を、蹂躙せんとカイトの刃が再び蔦の中を翻る。
「……あはは、邪魔する奴らはみんな……みんなオレが壊してあげる!!」
 幾度と切り込むカイトの斬線に、ボディラインも露わな女の白肌から鮮血が舞い飛んだ。しかし共に拘束の蔦も幾分斬られる。自由を取り戻した腕で、女は再びルールを強いる鞭の一撃を繰り出した。
「……っ調子に、乗るなよ下賤が! ――『攻撃をするな』!」
「ほう、ルール(決まり)を科すとな?」
 その鞭を、鞘に収めた無銘の野太刀に巻き付けカイトの代わりに紫草が止めた。
「言うてみい、無茶だろうが訊いてくれよう。貴様程度の相手、其れぐらい枷をかけられ丁度よかろうよ」
 受け止めたから課されなかった女王のルール。にも拘わらず「言え」と挑発的に言葉を重ねてみせることで、目の前の女の怒りと鋭い視線は紫草へと注がれた。
 しかし歴戦のつわものである紫草に、そんな怒りなど敵に我を忘れさせる材料にしかならない――髭蓄える口元に含みのある笑みを浮かべ、老兵は淡々と誰へか何へか聞かせる様に言葉を紡いだ。
「――皆の者」
 その声が、魔力を帯びたものであると気付くには、その時の女は怒りに囚われ過ぎていた。
「気が小さいが故に自らを強う見せんと喚き立てる小童の何が怖いものか。……故に、触手とやら木偶の坊」
 ユーベルコード『達人の智慧』――敵の繰り出す力の弱点、それを指摘し実証することで、一定時間能力そのものを封じる特異な力。
 女の背後へ顕現した守護明神が、女の洗脳ガス放つ触手の召喚を一時封じる。圧倒的な好機だった。直接傷刻む攻撃よりも或る意味手痛い、戦う手段を一つ奪われた女の怒りの形相に、紫草は口元の笑みを更に深める。
「――外道死すべし。味方の為時間稼ぎ、鋭き太刀のお膳立て上等じゃ」
 慈悲など、初めから掛ける気など紫草は無かった。仲間へ繋いだ180秒のこの好機を、引き継いだのはセリオスと通。
 一刻も早く終わらせるべく、早くと急く心を鎮めることなくセリオスは女へ迫った。炎の属性と根源魔力を付与した拳が先ず正面から女の腹部を叩くと、共に迫った通の腕は、高圧の紫電纏いて側面から女の右肩を叩いて内部の骨まで砕いたのち、左側面へと回り込む。
 左右からのフェイントを効かせた通の打撃は、纏う紫電の効果もあってヴァンパイアへ確実なダメージを蓄積させていく。時折セリオスの炎の拳も腹部を打てば、一定でない打撃リズムに振るわんとする鞭が、ルールを告げるタイミングを失して空を切った。
 ――その好機を、獣の嗅覚は逃さない。
「……行こう、わんこ」
 鞭が空切った瞬間に、テオを伴うヴォルフガングが、一気にヴァンパイアへの距離を詰めた。生命力を共有する相棒・テオが鋭き爪で女の背を斬り裂けば、深く抉られ上がった悲鳴にヴォルフガングは愛鞭『葬列の黒』でその傷を重ねて打つ。
「――っあぁあああ!!」
「同じ鞭使いとは業腹だが……君の様な性根が下餞な輩に折る膝はないよ?」
 眩き光の属性込めて、叩く打撃が往復すれば女の喉から痛みに鋭い声が上がった。繰り返し、幾度も、幾度も。その背を鞭が打つ間に、女の真正面で正拳突きの構えを取った通の準備が整えば、ヴォルフガングは鞭の軌道を変え、前傾する女の体をぐい、と直立まで起こす。
「正中……見えた!」
 その瞬間に――通の手が、女の正中線上への急所へ向けて正拳突き五連打を放った。
「――っぐ、……げほ!!」
 心臓、内臓を押し上げる様な強烈な打撃に、ヴァンパイアは強くむせ込む。その強烈な打撃を受ければ、これまでまだ幾分余裕を保ってきた女の目に、それまでにない鋭さが宿った。
「――くも、よくも、この私にこれほどの屈辱を味わわせてくれたな……!!」
 女が振るう、鞭がまるで生きているかの様に自在に撓った。様子の変化に咄嗟に通が後退した時、空いたそのスペースに、攻撃受けると解っても狙い澄まして一人の人影が飛び込んだ。
「『そこから動くな』!!!」
 パァン! 激しい音立て、鞭が人影――飛鳥の腕を打って捕らえる。
「……ルールは”全て破ってやる”。お前なんかには、絶対に従わない」
 腕に絡む鞭を払ってニッと笑んだ瞬間に、飛鳥の全身から、突如鮮血が溢れ出た。『動くな』と、単純なその命令に逆らった反動――咄嗟に癒しを送ろうとするねもをしかし手で制した飛鳥は、制する動きにまた噴く鮮血に笑みを深めて、ヴァンパイアへと対峙する。
「けど、苦しむ顔一つ見せてやらないぜ。――どうした、ご不満かよ女帝サマ」
 ただの笑み一つ、言葉一つ放つだけでも、飛鳥の体にまるで亀裂でも走る様に新たな傷が刻まれた。それだけの痛み、蹂躙にも動じない飛鳥の様子に、ヴァンパイアはぎり、と歯を鳴らし、強い憎しみの視線を向ける。
「――どうやら死にたい馬鹿らしいな」
「あぁ、そうだな。……昔、すげー馬鹿なガキがいたんだ。親父に仕込まれた銃技がありゃあ何でも守れるって天狗になって、――結局何一つ守れず大事な妹まで亡くした大馬鹿野郎がさ」
 過去を語る飛鳥の心は、今此処に居ないキキを想う。モーラの姉。命を懸けても妹だけは救おうとした、心強き少女。
 ――妹を守れなかったかつての自分が、予知を聞いた瞬間から、モーラを救えと叫んでいた。
「……力なんかなくても、身一つで妹を守ろうとしたキキに、そんな馬鹿と同じ絶望を味あわせる訳にいくかよッ! 来いッ、ゲシュペンストッ!!」
 叫ぶ声に、飛鳥の肌を流れ落ちる血がまた増した。しかし狙っていたのは瀕死まで自身を追い込む極限。その表情は笑顔のままで、意識が遠のく瞬間に、飛鳥の眼前に強い魔力反応が出現した。
 ――ユーベルコード『戦場の亡霊』。高き戦闘力を誇るつわものが、閉じる視界にヴァンパイアへと襲い掛かるのが見えた――。
「……無茶をしたね。でも、これ以上の傷は負わせない」
 絨毯が覆う床面へ倒れる飛鳥を、眩い光が包み込んだ。止められ、使用を耐えたねもの癒しの力――瀕死故に失った意識は暫し回復しないだろうが、みるみる癒える飛鳥の傷が、ねもの心を表していた。
(「苦痛がトリガーになるなら、ぼくは回復に努めよう」)
 自身の疲労が伴おうとも、立っていられる限りは癒す。傷みにも恨み辛みにも慣れているから、体を張ることに何の躊躇いもねもにはなかった。
(「ぼくが死ぬまでやってみても良いけれど、そんな余裕がおまえにあるかな」)
 戦いを、続けるというなら応じようと。だが目の前のヴァンパイアには、もうそれほど余力は残されていない様に見えた。開戦時より明らかに精彩を欠く攻撃も、発言から消えた余裕も。窺い知れる状況全てが、女の劣勢を明確にねもへと示す。
「……ひとは理不尽に蹲るばかりじゃあない。痛みも苦しみも、恐怖だって、越えられる。……おまえには判らないだろうね」
 だから、呟く言葉は心を知らぬヴァンパイアへ向けても、伝えた所で伝わらないからぽつりと静かにホールへ落ちる。
「ひとを侮った、おまえの負けだ」

 蒼天に桜舞う春めいた扇をぱちん、と広げ、清史郎はホールに舞う。
「――いざ、参る」
 どこから散るか、辺りに艶やかに花弁が舞えば、ひらりと空切る扇の一閃から放たれる衝撃波が、地に落ちようと流れる花弁を再び空へと押し戻した。
 ユーベルコード『百華桜乱の舞』――舞う程清史郎の体を覆う魔力は、蒼き八重咲きの桜を纏いし神の霊体。尊きその力を得る代償に、生きる時を削られると知っても清史郎はこの戦いに舞を選んだ。
(「モーラの命が助かるのならば、……双花が再び寄り添い咲けるのならば。俺の極僅かな一時の代償など、安いものだ」)
 二つの命の無事を願って、或いは二人が共行く未来を願って。舞う清史郎の衝撃波は、しかしヴァンパイアの鞭の一振りに叩き消される。その表情には怒りが在った。威圧。殺気。恐怖でもって支配する女領主に――しかし清史郎の心は動じない。
「残念だが……痛みや苦しみや恐怖の感情など、お前に対して一切ない。只在るのは、モーラは一刻も早く連れて帰る、キキと必ず再会させる、――それだけだ」
 女が何をしようとしていたか、清史郎には解っていた。『インモラルテンタクルズ』――恐怖を植え付けた対象へと、洗脳するガスを放ち蹂躙する女の力。だから効かぬと断言して、女から選択肢を一つ奪った。
 そうすれば、残る選択肢は二つ。己が命を削る力か、或いは――。
「……っ、恐怖で支配するまでもない! 『私に従え』!!」
 この戦いの中、幾度となく振るわれた力。命が僅かである以上、使って来るのはこの技だと思っていた――女帝が示す、力を持つ言葉の強制。
 迫った鞭を舞う扇で叩いて退けた清史郎は、女を引き付けるこの隙に、仲間が繰り出す最後の一手を待っていた。二度、三度と鞭を扇で弾く間に――やがて、リィン……と鈴鳴る様な音色と熱の拡がりを感じれば、その時が来たと察して清史郎は薄く微笑む。
 紅蓮の瞳が見つめる先に、カスカのランタンが淡い光を明滅させていた。
「これ以上の狼藉を見過ごすつもりはない。美しい色を羨み虐げるのなら、その瞳が色を映せないようにしよう」
 告げた瞬間、ランタンの光が突如目も眩むばかりに激しく輝く。
「……ぅあっ、目が!!!」
 眩さに猟兵達も自然瞳を細めるけれど、不思議と目が眩むことは無かった。両目を両手で覆い、眼が灼き切れたとでも言わんばかりに痛みの悲鳴を上げるのはこのホールにただ一人、ヴァンパイアの女のみ。
「お前達がこの世界を支配したとて、此処はいるべき世界ではない。……私は灯台守だ。還るべき、在るべき場所を忘れたのなら私が示そう」
 再びリィン、とカスカのランタンが不思議な音色で鳴いた時、ヴァンパイアはびくりとその肩を揺らした。
 視界奪った鈴の音。周囲の何一つが窺えない、何一つとして頼りの無い状況下でそれを耳にし、女は何を思うのか――恐ろしさか。悲しさか。
 だが、その何れもが今日、モーラが受けた恐怖であった筈だった。日常から突然引き離され、体の自由は効かず、共に生きて来た姉の安否も知れぬままに、絶望が押し寄せる恐怖。しかしそれでも強がって見せた少女の、何と強かったことか。
 ――だがその尊く愛しき強がりも、遂に此処で終焉を見る。
「眩む目でも見えるだろう、この標が示す先が。……骸の海へ、還れ」
 ユーベルコード『還す標(アルベキトコロヘ)』――カスカが灯した美しき光に導かれ、過去の残滓は骸の海へと還り行く。
 ……そして、救いし少女の未来もまた、当たり前に在るべき明日へと、猟兵達の手によって送り届けられようとしていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第3章 日常 『救われた者の明日の為に』

POW   :    体の鍛え方や力仕事のコツを教える

SPD   :    生活に必要な技術を教える

WIZ   :    心を豊かにしてくれる芸術や知識を教える

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●ウェルカム・ホーム
 ――少し、眠っていた。夢はみなかった。

 カタカタと何かに揺られる音に、モーラはそっと瞳を開ける。その薄氷の様な淡い淡い色彩の中に、よく知る暗い夜の空と、雨に降られた世界が映った。
 ふかふかの毛布に包まれ横たわる自分は動いていないのに、その景色は動いていて――ぼうっとする頭をむくりと起こすと、ぱさりと額から太ももの上へと、水に濡らした布が落ちた。
 あぁそうだ、私は今日、朝から熱を出していた。休んでいてと姉のキキに言われて、自室で休んでいて、それで――……。

「……あぁ、気が付いたか。気分はどうだ?」

 思い出した悲しい記憶にズキリと胸が痛んだ時、ふわりと優しい声がして、モーラは声の方へと顔を上げる。すると声の主らしい人影の他に、ひょこひょこと、幾つかの顔が馬車の中へと顔を覗かせ、安心した様に笑みを見せた。
 屋根のつく上等な馬車は、両側に一つずつある扉が壊され外され吹き抜けになっていた。その馬車の中にこれでもかと敷かれた布や毛布の上を占領して、モーラは眠っていたらしい。
 何故そんなことになったのかは解っている。ゆっくりと進む馬車の両側で、モーラを守る様に歩く――猟兵達が、体調の悪いモーラの様子を見守るためにそうしたのだ。

「……大丈夫、です。ちょっとだけ、頭がぼうっとしますけど……」

 答える最中、そっと頭に手を伸ばして、モーラは自分の変化に気付いた。
 今日の記憶を、あの恐ろしさを忘れたわけではなかったけれど――指で梳く髪の短さにそれが夢ではなかったと思い知れば、一瞬見開かれた薄氷の瞳は悲し気に視線を落とす。
 突然現れた領主。くだらないことで喧嘩して、でもモーラを守って姉は連れ去られていった。もう会えぬとそう思えば、モーラは熱も忘れて雨の中へと飛び出した。そして――自分もまた、連れ去られた。
 この身が引き裂かれる心地だった。悲しくて、苦しくて、悔しくて――だって私たちは、生まれる前からいつも一緒だったのだ。

 ――だけど、この命は救われた。

 信じて良いと思えた人達。自分を拐した恐ろしい吸血鬼と戦って、救ってくれた猟兵と呼ばれた存在。あの吸血鬼と対等に戦う人達が居るなんて、モーラは考えたこともなかったけれど。
 でも事実として、あの恐ろしく寒いホールの中、猟兵達は吸血鬼を倒したのだ。その結末を見届けて――吸血鬼が夢の様に消え失せた瞬間に、モーラは意識を失った。
 容体の悪化ではなく、……救われたという安堵からだ。

「……ご挨拶が遅れました。私は、モーラ・ヴェンデンス。……この様に伏して挨拶する無礼をお許しください……猟兵の皆様、この命を救っていただき、ありがとうございました」

 恩人への心からの敬意と感謝を込めて、まだ幾分熱に怠い身体を起こしてモーラは深く頭を下げた。
 ――キキは無事かと、一番聞きたい問いをモーラは口に出さない。今日のこの恩人達を、信じている。信じている筈だった。でもあの激闘を見守れば、もしかして、もしかしたらと不安が胸に渦巻いた。
 下げた頭を、上げることが出来なかった。だって今顔を上げたら、救けてくれたこの人達に――怖くて怖くて溢れる涙を見せてしまう。

「……ありがとう、……ございました……」

 でも、モーラの震える肩と震える声、そして下げたまま見えない顔に、猟兵達は全てを察する。
 ――傷付いている。心弱るのは体調のせいもあるだろう、でもそれだけではきっとない。必ず救うと誓った時、キキも救うと伝えた時、零れた涙に――モーラがどれほど怖かったか、そしてどれほどに姉を想うかは痛いくらい伝わって来たから。
 隣接領の領主館からモーラの住まう村へ帰る道はまだ長い。送り届けるまでの間に、……彼女に出来ることはないだろうか。
 少女が今日の恐怖を乗り越え、姉と共に在るために――猟兵達は微笑むと、モーラの震える肩へ、心へ、そっと優しい手を伸ばした。
仁科・恭介
※アドリブ、連携歓迎
 UCは使用しませんがフレーバー
真紅に変わりそうな瞳を必死に【目立たない】よう抑えつつ話しかける。
(怖がらせないように帽子を目深にかぶる)
モーラが抱きしめて落ち着くように(ぬいぐるみがないので)毛布を渡しながら。
(トーンはできるだけ落として囁くように)
「モーラ、私は君を絶対救うと誓った。君が生きたい…そう願わなければ間に合わなかった。本当に会いたい人なんだね」
UCを使っていたからはっきりわかる。生きたいという気持ち、それと、会いたいという気持ち。
「モーラ。今君は毛布をぎゅっと抱きしめている。それができるのも君が願ったからだ。生きたいとおもったからだ。その願いは君だけ…かな」


玖・珂
口惜しくも吸血鬼退治には駆けつけられなかった故
迷うたが……姉妹の様子はずっと気懸かりだった

モーラもキキも良く似ている
己の身を危険に晒してまで互いを守ろうとしたのだから

涙を隠しているなら気付かぬ振りをし
顔を上げておるなら遠慮無く
やわらかい濡れタオルで髪や身を拭いてゆこうか
髪を整えられると良いのだが……私は疎くてな

体に負担を掛けぬよう具合をみつつ喋ろう

熱はまだ残っておるようだが、無事で良かった

家に帰ったら、壊れた鉢を直してみてはどうだ
一人では難しくとも、二人ならきっと繋ぐことが出来るだろう

そのためにはゆっくり休み、体力を取り戻さなくてはな

※同じ考えを持つ者がおれば私は黙し、見守るに留めよう


キリオ・ハルヴォニ
よく、がんばったね。もう大丈夫だから。
彼女はしっかりしているように見えたけれど、
まだ自分と同じ年頃だったはずで

安心させようと彼女に笑顔を見せる
眉が下がって自信なさげに見えてしまうのはいつものこと
笑顔の練習、しなきゃダメだな

実は君にお姉さんが居ること、知ってるんだ
……君が彼女と喧嘩してしまったことも
気を悪くさせてしまったらごめんね

もしよかったら、なんだけど
君のお姉さんの話、おれに聞かせてくれないかな
無理にとは言わないんだけど!
よければ、君の口から聞かせてほしい



「――モーラ」
 そっと頬に触れたひやりと冷たい感触に、モーラの方がびくりと揺れた。鐵覆う爪先で傷付けぬ様に手の甲で――触れたのは、玖・珂(モノトーン・f07438)だ。
 カタカタと揺れる馬車の中に、壊れた扉からそっとまるで白い大鳥の如く舞い降りて。翼を畳むかの様に白い外套が空気抵抗からぱさりと降りれば、濡らす雨露はつう、とまるで涙の様に布上を滑った。
「口惜しくも、私は吸血鬼退治には駆けつけられなかった故迷うたが……姉妹の様子はずっと気懸かりだった。……よく耐えてくれた、モーラ。こうして無事に、会うこと叶った」
 言葉は温かで、柔らかで、まるでこの馬車に積み敷かれた毛布の様なのに、触れる無機質な冷たさは、未だ熱残るモーラの頬にはひんやりと心地良かった。僅かに雨にも濡れたその感触に、逆に胸は温かくなって――ますます顔を上げられないモーラに、珂は穏やかな笑みを深める。
「……ああ、すまぬ。濡れた手で触れてしまってはモーラの頬も濡れてしまおうな」
 肩震わせるその涙は雨と自分のせいだと逃げ道を作り、珂はそっとモーラの体を起こした。
 ――泣き濡れた瞳は、美しい薄氷の蒼。短く揺れるプラチナブロンドは、切り揃わない今ですら僅かな光を映して煌いて――そこに居たのは、華奢で頼りないけれど、息を呑む程に美しい少女だった。
 その顔に掛かる濡れた髪をそっと横に払うと、とめどなく頬を伝う無数の滴を、珂は柔らかなタオルでそっと拭う。
 頬の後は、タオルを広げて髪全体を覆う様に拭きながら――静かに、語り掛けた。
「髪を整えられると良いのだが……私は疎くてな。しかし、熱はまだ残っておるようだが、無事で良かった。……モーラもキキも良く似ている。己の身を危険に晒してまで互いを守ろうとしたのだから」
 体の負担へ配慮しながら語る最中、珂は自然とキキの名前を口にした。タオルの下、僅かにぴくっと震えた体に気が付いて、珂はそっと、微笑みの視線を馬車の外へ向ける。
 そこには、どこか緊張した面持ちの――キリオ・ハルヴォニ(ホペア・f04567)の姿。
「……モーラさん、おれ達、実は君にお姉さんが居ること、知ってるんだ。……君が彼女と喧嘩してしまったことも。気を悪くさせてしまったら、……ごめんね」
 珂の髪拭くタオルから顔を出したモーラへ向けて、キリオは先ず詫びを延べた。モーラは緩く首を振る。何故知るのかと気味悪く思う様子もない少女には少しだけ安堵もしながら、キリオはモーラを安心させる様、懸命に笑みを浮かべた。
「……よく、がんばったね。もう大丈夫だから」
 予知を聞いた時。実際に吸血鬼と共に在るのを目にした時。モーラはとても確りしている様に思えたけれど、こうして対面してみると――まだ自分と同じ年頃の少女なのだと思い知る。
 だからこそ、安心させてあげたいのに――浮かべた笑顔は眉が下がって、どこか自信なさげないつもの笑みだ。誰もを安心させる様な、守る人が持つ笑顔には足りなくて。
(「……笑顔の練習、しなきゃダメだな」)
 そんな風に苦笑いして反省するキリオの隣で、真紅に変わりそうな瞳を目立たないよう必死に抑える仁科・恭介(観察する人・f14065)は、ふわりと低く優しく喉を揺らしてこうモーラへ切り出した。 
「モーラ、私は君を絶対救うと誓った」
 雨はこの世界を訪れた時に比べれば、幾分弱くなっている。だから囁くようなその声音は、雨音に遮られることもなくモーラの耳へ確かに届いた。……僅かにその瞳が見開かれたのは、声に聞き覚えがあったからだ。
 吸血鬼の元から自分を連れ出した、温かな腕。意識は朦朧としていたけれど、抱く力強さも、優しい声も、モーラは確かに覚えていた――。
「……助けて出してくれた、方ですね……」
 あの時抱いた安堵が思い起こされれば、薄氷の瞳はまた揺れて、ほとりと一粒涙が落ちた。その思いすら、恭介には全て伝わる。伝わっている。あの時、ユーベルコードで感じ取っていたのだから。
 『共鳴(ハウリング・レスポンス)』――生きたい、そしてキキに会いたいと強く願ったモーラの心を、あの一時、ユーベルコードを介して誰より近くに感じていたのは他でもない、恭介だった。
「君が、生きたい、……そう願わなければ間に合わなかった。……本当に会いたい人なんだね、キキは」
 言いながら、頷いて場を辞した珂と入れ替わり、恭介は馬車の入り口へ近付いた。
 吸血鬼を思わせる真紅へ変わりつつある瞳を、目深に被った帽子で隠して。怖がらせぬ様細心の注意を払いながらそっと毛布の一つを手に取った恭介は、くるくると丸めると――それをそっとモーラへ手渡す。
 ぬいぐるみでは無いが、抱き締めて落ち着けばいいと――そんな風に思いながら渡した毛布を、モーラは少しだけ首を傾げて腕へ収めた。
「……モーラ。今君は毛布をぎゅっと抱きしめている。それができるのも、君が願ったからだ。生きたいとおもったからだ。……その願いは君だけ……かな」
 暗に、『キキもきっと願っているよ』と、そう伝える恭介の表現は不器用だったが、その言葉に、再びモーラの瞳が見開かれた。じわりと浮かぶ想いの雫に、キリオは少し遠慮がちに、でも心を解放する様に、優しくこう問い掛けた。
「モーラさん、もしよかったら、なんだけど、……君のお姉さんの話、おれに聞かせてくれないかな」
 ぱたぱたと、涙はモーラの頬から膝の上へと滑り落ちる。
「無理にとは言わないんだけど! ……よければ、君の口から聞かせてほしい」
 練習しなきゃと、本人はそう思うキリオの笑顔はこの時、とても温かくて――溢れる涙に、応えたいと願ったモーラの想いは言葉にならない。
 その様子に、珂は恭介の後ろから、再びタオルをそっと差し出す。
「……家に帰ったら、壊れた鉢を直してみてはどうだ? 一人では難しくとも、二人ならきっと繋ぐことが出来るだろう。……そのためにはゆっくり休み、体力を取り戻さなくてはな」
 この先に、続く未来の希望を語って珂は微笑む。
 雨は次第に弱まって。モーラの心からもまた、少しずつ悲しい雨が遠ざかろうとしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
アドリブ◎

起きたのかモーラ

ほっと息を吐く
これで姉はあの絶望を味わう事はない
10年かけて鳥籠を脱し
故郷に戻ってみれば既に潰えていた
守りたかった唯一さえ失ったと思った
自分と同じあの絶望を

満天の笑みで近寄るが
…心配か?
そりゃそうだな

あー…
お前の姉を迎えにいってる中に
世界一信頼できるヤツがいるんだ
バカみたいに優しくて
強くて、真っ直ぐで
物語の王子様みたいなヤツ
だから絶対助けてくれる
…ちょっとは安心したか?
なら帰ってきたら「お帰り」って言ってやんな
すげー嬉しいから

しかし勿体ねぇ
モーラの髪を掬いあげ
髪も細胞だ
怪我だって思えば治ったりしねえか
【シンフォニック・キュア】を『歌う』
髪は無理でも体調がよくなればいい


杜鬼・カイト
そういえば、ちゃんと挨拶してないんだっけ
猟兵さんって言われるのもなんか他人行儀な気がするし、ここはきちんと自己紹介しておかないとだよね
「オレは杜鬼カイト。カイトでいいよ、モーラくん」

笑顔でモーラに語りかける
オレには兄さまがいるんだけどさ、オレは兄さまのことが大好きなんだ
この世の誰よりも、何よりも愛してる
兄さまさえいれば他になんにもいらない
ねぇ、モーラくんは?
「お姉さんのこと好き?嫌い?」
好きなら、笑顔でいようよ

キミが笑顔になれるように、髪を可愛く結ってあげよう
……なに、不満でもあるわけ?
オレは女ものの服を可憐に着こなす男だよ?
まかせときなって(※仕上がりはおまかせ)

■アドリブ歓迎



 受け取ったタオルに顔を埋めるモーラの姿に――馬車から少し距離置き歩くセリオス・アリス(黒歌鳥・f09573)は瞳を伏せ、ほっと安堵の息を落とした。
(「起きたのか、モーラ」)
 浮かぶ微笑みは、喜びから来るものである筈なのに切なさを帯びていた。――今遠くで仲間が救っている筈のモーラの姉・キキと嘗ての自分を重ねていたのだ。
(「これでキキは、あの絶望を味わう事はない」)
 思えば、閉じた瞼の奥深くに、鈍色の記憶が再生される。
 十年もの時をかけ、鳥籠を脱し戻った故郷は既に潰えて。守りたかった唯一すらもうこの世に無いのだと、絶望した遠いあの日――。

「――そういえば、ちゃんと挨拶してないんだっけ」
 明るい声にセリオスがはっと瞳を開けば、その視界の前方に、モーラへと笑い掛ける杜鬼・カイト(アイビー・f12063)の姿が在った。
「オレは杜鬼カイト。カイトでいいよ」
 自己紹介した少年・カイトはセーラー服に袖を通し、女子の様な出で立ちだ。中世的な愛らしさにはモーラも不思議そうにしながら――未だ涙に震える声で、恐る恐ると言葉を返す。
「……カイト、様」
「……もう。様、なんていいのに。うん、でもよろしくね、モーラくん」
 にこりと明るく笑顔を向け、カイトが願うはモーラの笑顔。キキを慕い、その無事を願うモーラの気持ちを、少し自分に重ねていた。
「ねぇ。オレには兄さまがいるんだけどさ、オレは兄さまのことが大好きなんだ。この世の誰よりも、何よりも愛してる」
 誇らしげに笑んで語る、少年の兄への想いはきっとモーラがキキに抱くものとは違う。自分のそれはもっと熱くて盲目的で、捻じれた嫉妬や執着に満ちたものだとカイトとて解っていた。
 でも、その根底にあるのは『大好き』という共通する気持ちだ。
「兄さまさえいれば、他になんにもいらない。……ねぇ、モーラくんは?」
 だから、カイトはモーラへ問うた。 
「お姉さんのこと好き? 嫌い?」
「――好きに、決まっています……!」
 問うた瞬間反射的に答えたモーラは、苦しそうに瞳を閉じる。
 閉じた瞼に浮かぶのは、生まれてからずっと共に在った唯一の姉の姿。喧嘩したままあんな別れ方をして、……無事で居て欲しい。こんなに胸が痛むのに、嫌いだなんて、そんなことある筈が無かった。
「会いたいです! 私を庇ってあんな恐ろしいものに連れ去られて、無事だとしてもどんな気持ちでいることか……!」
 押し殺していた思いを吐き出し、ぽろぽろと涙を零すその様子に――カイトはそっと、馬車の中へと踏み入った。
 膝を折り、モーラに視線の高さを合わせると、……気配にそっと開かれたモーラの瞳に、微笑むカイトの赤青の瞳が映り込む。
「――好きなら、笑顔でいようよ」
「え……?」
 意外な言葉に、モーラの瞳が丸くなった。その拍子に零れ落ちた滴を伸ばした親指で拭うと、カイトはにこっと優しく笑う。
「好きな人には一番いい顔見せようよ。それに笑顔ってうつるんだよ。……笑っていて欲しいじゃない」
 モーラにも笑って欲しいから、カイトは笑顔を絶やさない。……まるでその笑顔がうつった様に、カイトとは逆側の扉から馬車へ飛び乗ったセリオスも、浮かべる笑みに切なさは姿を消していた。
「……姉が心配か? そりゃそうだな」
 その瞳は、良く知る世界の空の色。笑みに細めたその内側が満天の星空の様に煌くと――声に振り向き、視線重ねたその色をモーラは確かに知っていた。モーラの心に、記憶の中の強い祈望の声がリフレインする。
 姉は絶対助かると。助けが行っているからと――安心させるためだけでは無い、信じる心と確信を帯びた声。
「……あの時の。……姉の無事が、解るのですか……?」
「あー……」
 そのモーラの問いには、セリオスも言葉を濁し苦笑いを浮かべる。
 キキ救出へ向かった別動隊の動きなど、此方に届く筈も無い。でも『絶対』と言い切れたほどに、必ず成し遂げる筈とセリオスは確信していた。
「……お前の姉を迎えにいってる中に、世界一信頼できるヤツがいるんだ。バカみたいに優しくて、強くて、真っ直ぐで、物語の王子様みたいなヤツ」
 バカみたいに、なんて軽口混ぜたその言葉は、進むにつれセリオスへと穏やかな笑みを齎した。必ず成し遂げてくれる――信じるからこそ突き進んだ今日が在ったのは、きっと向こうも同じ筈だ。
 セリオス達がモーラ救出を成し遂げると、信じていてくれた筈。
「だから、絶対助けてくれる。……ちょっとは安心したか? なら姉さんが帰ってきたら『お帰り』って言ってやんな。すげー嬉しい筈だから」
 笑顔浮かべ、モーラの頭を撫でようと手を伸ばした時。触れた髪の短さに、セリオスの顔がむぅと不満げなものへ変わった。
「……しかし勿体ねぇ」
 短くなったモーラの髪。最速で駆け付けた猟兵達に非は無く、きっとどうしても避けられない出来事だったのだろうけれど。
「髪も細胞だ、……怪我だって思えば治ったりしねえか……?」
 モーラの髪を掬い上げ、――思うと、自然にセリオスの喉から癒しの歌声は溢れ出た。
 『シンフォニック・キュア』。欠けた髪が伸びることはなくてもいい、モーラの疲れた体と心が、少しでも休まれば良いと――柔らかくのびやかな歌声にモーラは暫く聞き入ると、浮かべた涙を自分で拭って、なおも涙浮かぶ瞳を緩めた。
「……ふふ、そんなに簡単に、伸びません。何年もかけて、キキと一緒に伸ばした髪です……」
 モーラが浮かべたその笑みに、カイトも更に明るく笑う。
「うん、いい笑顔。でもキミがもっと笑顔になれるように、髪を可愛く結ってあげよう」
 その言葉には、セリオスがえっと歌を止めてカイトの顔を凝視する。
「……なに、不満でもあるわけ? オレは女ものの服を可憐に着こなす男だよ? まかせときなって」
 セリオスへウインクをしながらモーラの髪を撫でるカイトに、モーラはクスクスと小さく笑う。
 その目尻からは――生きることを喜ぶ涙が、とめどなく流れていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朽守・カスカ
困った。
モーラ君の体調が気になるものの
快復のために、私が出来ることがない

声をかけようにも、まだ体調が優れない様子で
私には何も出来ず、別に感謝が欲しいわけでもなし。
気を使わせるぐらいなら、休んで欲しいので
危険はないとは思うが馬車の警護にあたろう

それでも、話す機会があるならば、少しだけ
生きていく中で、諍いや素直になれないときは
幾らでもあるだろう
でも、掛け替えのない大切な家族なのだと
自らでも気づいているのだろう?
ならば、自らの心に従って行動すればいい

ふふ、説教じみてしまったか、すまないね
簡単に言い直そう
モーラ君の幸せな顔を見たい
(それが、私にとっての報酬だから)
(君達の幸せを、願っているよ)


ロカジ・ミナイ
そういや、あっちはどうなったんだろうねぇ
まぁ上手いこと格好つけてやっているだろう
猟兵ってのはすごくすごいから

いずれにせよモーラの嬢ちゃんがピンピンしてなきゃ
姉さんも形無しだ

考えたって仕方ない事は置いといて
帰ってからの事を考えようじゃないの
そうさなぁ…僕が先なら
掃除して風呂を沸かして、茶の準備は万端に
あっちが先なら
ニッと笑ってただいまとおかえりを言う
それから、これからやろうとしてた事を聞いて一緒にやる

絵空事に聞こえるかい?ハハッ、いいじゃない
一番効く薬はチチンプイプイのおまじないってくらい
気休めは心に効く

…なんてセリフを吐いて
(あの子は今頃どこで何をしているのやら)
遠い空を見上げて煙草をふかす


ザハ・ブリッツ
モーラに伝えたい言葉はあるのだけれど
ここまで色んな事が起こったのだから、俺が声を掛けていいものか…
こういう時、同性のほうが言葉を掛けやすいのだろうね
不調なのだから一人になりたいのでは?とか
声を掛ける事によって疲れないか?とか…
どうもその辺りを考え過ぎてしまっていけない
言葉を掛けるのは、彼女の様子を見ながら
あまり気の利いた事は言えないのだけど
「…よく頑張ったね。君はとても強い子だ」

まだ熱があるのなら、水を絞った布を代えてあげよう
短くなってしまったけれど、綺麗な髪だね
家に帰って、体調が戻ったら整えて貰おう…君を待ってくれている人に
きっと大丈夫。会えると俺も信じているよ
勿論、君達が仲直りできる事もね


筧・清史郎
まだ無理は禁物だが…助ける事ができてよかった

年の近い者や同性の者の方がモーラも安心するだろう
俺は無理に声を掛けず、皆やモーラを見守ろう

モーラが寒そうならば、保温水筒で持参した温かい飲み物を渡そうか
「甘いものは好きか? もしよかったら」
温かいミルクに、優しい甘さの蜂蜜を溶かしたもの
先日出向いた祭りで俺も初めて飲んだものだが、心癒されたので

モーラの言葉に対しては、ひとつひとつ大事に返したい
月の如き美しい髪も…なんとも痛ましい
…本当に辛かったな
もしよければ、此処に赴く直前に見つけた桜の双花をその髪に飾ろう
怖がるならば決して無理はせず手渡しで
只一言だけ、添えよう

「もう、安心だ」

勿論、今頃キキもきっと



 モーラとその傍らを歩く猟兵達の中に、優しい空気が流れていた。
 気付けば、まるでモーラの心模様の様に雨は烟る霧へと変わって、真昼の時すら夜の世界は大気の湿りに冷気を帯びる。
 馬車の中、その冷気を感じ取り無理はするなと猟兵達から毛布を巻かれるモーラは今、確かに微笑んでいた。笑えるくらいには安息を得られたかと、その様子に安堵しながらも――ザハ・ブリッツ(氷淵・f01401)は今は一人、やや遠巻きにモーラの様子を見守るに留める。
(「モーラに伝えたい言葉は、……あるのだけれど、ここまで色んな事が起こったのだから、俺が声を掛けていいものか……」)
 褪めた青の瞳なのに、ザハのその視線にはモーラを気遣う温度が在った。不調なのだからもしや一人になりたいのでは、声を掛ける事によって却って気を遣って疲れはしないか――考え過ぎるくらいにモーラの状態を鑑みては、心の内に巡る思いがザハの足を止めさせる。
(「……こういう時、同性のほうが言葉を掛けやすいのだろうね」)
 その進むに躊躇する背中が――まるで自分の様だったから、朽守・カスカ(灯台守・f00170)は苦笑して、白い睫毛で瞳を閉ざした。
(「……困った。モーラ君の体調が気になるものの、……快復のために、私が出来ることがない」)
 微笑んではいても、モーラの薄氷の瞳にはまだどこか翳りが見えて、その紅潮する頬は、未だ熱がある証だろう。声をかけようにもまだ体調は優れない様子であり、自分には何も出来ず、別に感謝が欲しいわけでもなし――ならばカスカは気遣わせるより休ませたいと、馬車の最後方に位置し、一人警備にあたっていたのだ。
 そんな馬車から距離置く二人に気付いて――敢えてやや後方に位置したままでモーラへと声を掛けたのは、筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)だった。
「……モーラ、甘いものは好きか?」
 清史郎とて、歳近い者や同性の者の方がモーラも安心するだろうと様子を見守って来たけれど。笑顔が見られたモーラの様子に大丈夫だろうと呼び掛ければ、後方へ振り向いたモーラの瞳にザハやカスカも共に映る。
 あぁ、守ってくれている――安堵と感謝に顔を綻ばせたモーラにそっと近付き馬車の入口へ腰掛けた清史郎は、揺れる桜紋の着物の袖から、そっと保温水筒を取り出した。
「助ける事ができてよかった。だがまだ無理は禁物だ。……寒くはないか? これは先日出向いた祭りで俺も初めて飲んだものだが、心癒されたので、もしよかったら」
 言いながら水筒の蓋へそっと筒を傾ければ、ほわりと柔らかな湯気が上がって、乳白色の液体が注がれる。
 温かい、ミルク。しかしその味わいは、じわりと優しく体へ染み入る甘い蜂蜜を溶かしたもの――。
「……あったかい……」
 一口飲んでほう、と安らぐ様な溜息を落とし、モーラは浮かべた笑みはそのまま、手の中のカップに揺れる乳白色の水面を見つめる。下向くその時ぱら、と顔に掛かる様に落ちたのは――仲間に愛らしく編み込まれながらも、不揃い故に零れた白金の髪だ。
「……月の如き美しい髪も……なんとも痛ましい。……本当に辛かったな」
 それを見れば、清史郎の紅蓮の瞳は気遣わしげに悲しく揺らぎ、伸ばした指先が零れた髪を顔の横へと除けた。しかしモーラは顔を上げると――悲し気に微笑んで、緩く首を横に振った。
「……救けて、いただいたのです。皆様がおられなければ、またこの髪を伸ばすことも叶いませんでした」
 その言葉に、清史郎は驚いて紅蓮の瞳を見開いた。
 ただ悲しむだけではない。先までずっと怯えて涙していたモーラの言葉に、初めて、この先に続く明日が窺えた。救われて、また髪伸ばす明日が在ると――そんな思いを感じ取れるモーラの変化は、猟兵達との関わりの中で生じたものに他ならない。
 キキを奪われ、手段は無くとも共に在る明日を取り戻したくて一人駆けた、モーラという少女の根が持つ心の強さ――前向くと伝わる少女の変化に、清史郎は再び紅蓮の目元を緩めると、水筒とは逆の袖からそっと何かを取り出した。
 それは、この地に赴く直前に見つけた、美しい桜の双花。
 綻ぶ心に相応しい、絢爛の景色に咲く花。
「……きれい……」
 ぽつりと呟いたモーラの言葉は、恐らく無意識に零れたのだろう。清史郎は柔く笑むまま、双花をモーラの髪へと飾って、ただ一言言葉を添える。
「――もう、安心だ」
 勿論、今頃キキもきっと――願うではなく信じる清史郎の言葉に、ロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)も馬車の外、くるりと手回した煙草を懐へ仕舞うと、からりと笑う声で言う。
「そういや、あっちはどうなったんだろうねぇ。まぁ上手いこと格好つけてやっているだろう、猟兵ってのはすごくすごいから」
 まるでちょっとお茶しに行ったとでも言わんばかりの軽やかなその笑顔と声に、場の空気はふわりと和んだ。モーラの視線を受け止めてまたにっこりと笑みを深めたロカジは、ふわっと馬車へ飛び乗ると、ごめんよと一言断りそっとモーラの手首に触れる。
「いずれにせよモーラの嬢ちゃんがピンピンしてなきゃ姉さんも形無しだ。……うん、脈はよし。……考えたって仕方ない事は置いといて、帰ってからの事を考えようじゃないの」
 簡単な診察を進める傍ら、ロカジはモーラにキキと何がしたいかを問い掛ける。未だイメージが出来ないのか、少し戸惑う様子のモーラの額に手を当てて熱を確かめると――うん、と頷いたロカジは薬箱を探りながら、自分の想像を例えとして楽し気に語り出した。
「そうさなぁ……僕が先なら、掃除して風呂を沸かして、茶の準備は万端に。あっちが先なら――ニッと笑ってただいまとおかえりを言う」
 並べ挙げたそれらは、いずれも特別なことではなかった。それでも、モーラへ当たり前の日常へ戻れる事を示したくて――カタリ、と音立て薬箱を閉じると、幾つかの袋入りの丸薬を掌へと手渡しながら、ロカジはぱちりとモーラへ向けてウィンクをしてみせる。
「それから、これからやろうとしてた事を聞いて一緒にやる。……絵空事に聞こえるかい? ハハッ、いいじゃない。一番効く薬はチチンプイプイのおまじないってくらい、気休めは心に効く」
 今はまだ飲んだ薬が効いていること、手渡した薬は無くなるまで毎朝一錠飲む様にと言葉を添えて。モーラの肩へぐるりと毛布を巻き直すと、ロカジは後ろ手で手を振って、ふわっと馬車から飛び降りる。
(「――あの子は今頃どこで何をしているのやら」)
 最中に、再び懐から煙草を取り出し、遠く空を見上げながら――心に浮かんだ人を思った。 
「……キキと……したいこと……」
 馬車から降りるロカジの背を見送りながら、モーラは呟き考える。
 本当にもう一度会えるのならば――きっと恐ろしい思いをしただろうキキのことを抱き締めて、ごめんねと謝って、それから……何をしたら良いだろう。
 ただただ、会いたいと今は思う。
「……よく頑張ったね。君はとても強い子だ」
 その時、鼓膜を揺らした低温の声に、モーラはもう一度顔を上げた。思考に少し意識を取られていたらしかった、馬車の入口にはザハが居て――新雪の様な白い髪から、青い瞳が真っ直ぐと此方を見ていた。
「……あまり気の利いた事は言えないのだけど」
 苦笑いを浮かべながら、躊躇いがちに額へ触れたザハの手は冷たく、心地よいとモーラは感じた。でもそのまま――とすん。馬車の毛布の上に額押す力だけで寝かせられると、体の熱さを自覚して、少し熱が上がっていたらしいことに気が付いた。
 横たわったその額に、水絞った布を乗せ、ザハはさらりとモーラの前髪を優しく撫でた。
「……短くなってしまったけれど、綺麗な髪だね。家に帰って、体調が戻ったら整えて貰おう……君を待ってくれている人に」
 ね、と僅かに微笑むザハの言葉は助け船。
 ――そうだ、キキと再会出来たなら、この髪を切って貰おう。今日の出来事を全て話して、キキからも聞いて――そうして、互いに無事で良かったと、喜び合えたら良いなと思う。
「……そう、ですね。キキと、一緒に……」
 熱に浮く思考で考えて、出来るかな、と少しだけ瞳を伏せたモーラに、ザハはその目元を緩めて、穏やかに低温の声を震わせる。
「きっと大丈夫。会えると俺も信じているよ。……勿論、君達が仲直りできる事もね」
 その低くもどこか温かな声に、いつしか近くを歩くカスカも、笑みの中に言葉を重ねた。
「モーラ君。生きていく中で、諍いや素直になれないときは幾らでもあるだろう。でも、掛け替えのない大切な家族なのだと、……自らでも気づいているのだろう?」
 ならば自らの心に従って、行動すればいいだけだと――諭す様なカスカの声に、病床のモーラは熱に潤んだ瞳を向ける。
 薄氷の中に、ふふ、と笑ったカスカが映った。
「――ふふ、説教じみてしまったか、すまないね。簡単に言い直そう。……モーラ君の、幸せな顔を見たい」
 それが、私にとっての報酬だから――心にそう思いながら紡がれたあまりに直球なカスカの言葉と美しい笑顔に、女性と解っていながらも、モーラの顔が朱に染まる。
(「――君達の幸せを、願っているよ」)
 その様子に、更に笑みを深めながら、そっとカスカは瞳を伏せると、姉妹のこれからに幸在らん事を、常夜の空へ静かに願った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

久礼・紫草
※絡み歓迎

つくまで爺の暇つぶしに付きおうてくれるかの
のう、自分と違う者がおるというのは素晴らしきことじゃな

儂ぁ頑丈だけが取り柄のごんたくれ
傷は括ってほったらかし
熱うなったら水を浴びるように飲む
それ以外知らぬとお主の苦痛を取り除けず歯噛みしておったら
医術を修めた者らは術でもかけたかお主の顔色をようしてくれた
ほんに良かったわい

じゃが卑下はしておらぬ
儂の手を心地よいとゆうてくれたようにの
その時その時、その人にしか出来ぬことがあるものじゃ
姉君とっても「お主でなければならんこと」は多々あると儂は思う

年寄りが「初めて知ったわい」など云うて学べるんじゃ
童子のお主はいわんや
辛い事も多いが楽も諦めず生きて欲しい


蓮花寺・ねも
……こういうときに、心を晴らす笑い話のひとつふたつがあれば良かったのだけれど。
できることも然程ないけれど、話を聞くことくらいなら。

怖かったことも、苦しかったことも、たまには全部涙に変えて零してしまうと良い。
心に凝ると石になってしまうんだ。
何もかも伝える必要はないし、我慢したいときはすれば良いけれど。
偶には自分を甘やかすと良いよ。

――よく頑張ったね。きみが折れなかったから、ぼくたちは間に合ったんだ。

笑い話はないけれど、ポケットを探ったら飴玉のひとつふたつくらいはある。
甘いものは心が安まるんだ。
ひとつはきみに。
もうひとつは、きみのかたわれに。
きみたちが共に笑いあえることを、ぼくも祈っている。


蒼城・飛鳥
…そりゃ怖いよな
あんな目にあったんだし…何より
大事な人を失いかけて、今もまだその無事に確証が持てないんだ

無理はしなくて良い
キキが心配なんだろ?
大事な家族なんだ、当然だぜ

けどな
モーラがキキを想うように、キキだってモーラを想ってる
あの時ヴァンパイアにまたキキと暮らすんだって言い切ったモーラと同じだ
そう簡単に諦めるかよ
そこに俺らの仲間まで加わったんだ、絶対に無事だぜ!

再会した後の事は心配はしてない
お互いをこれだけ強く思い合う姉妹なんだ
もう一度会う事さえできれば元通りだろ

そのもう一度の機会がいきなりなくなっちまうかもしれないっていう事も今回知ったんだ
後は…後悔だけは、しないように生きてくれよな



(「……こういうときに、心を晴らす笑い話のひとつふたつがあれば良かったのだけれど」)
 頬を赤らめ毛布に隠れる少女の様子に、蓮花寺・ねも(廃棄軌道・f01773)は柔く口元に笑み浮かべると、そっと長い睫毛を下ろした。
 できることも然程なかった――だから静かに傍らを歩き、仲間とモーラの話に耳を傾けてきたねもは、交わす多くの言葉達の温かさを噛み締める。
 今は、馬車の中、久礼・紫草(死草・f02788)の語る声が、優しく耳に届いていた。
「つくまで爺の暇つぶしに付きおうてくれるかの。……のう、自分と違う者がおるというのは素晴らしきことじゃな」
 今は毛布に収まりながら和やかな空気の中心に居るモーラは、そっと毛布から顔を出して紫草の言葉を聞いている。その頭を撫でながら、馬車の入口へ腰掛ける紫草は、まるで父か祖父の様な慈しみの瞳でモーラのことを見つめていた。
「儂ぁ頑丈だけが取り柄のごんたくれ。傷は括ってほったらかし、熱うなったら水を浴びるように飲む。……それ以外知らぬと、お主の苦痛を取り除けず歯噛みしておったら、医術を修めた者らは術でもかけたかお主の顔色をようしてくれた。ほんに良かったわい」
 その語り口は少し自分を茶化すようでもあったし、モーラが気を遣わぬ様にとおどけている様でもあった。だけど優しい、優しい声に――モーラはふふ、と小さく笑うと、髪撫でつける紫草の手を取り、そっと額へ導いた。
「苦痛を取り除けないとか、そんなこと、ないです。おじいちゃんの手、冷たくて、気持ち良かった」
「そうじゃな、卑下はしておらぬ。……お主が儂の手を、心地よいとゆうてくれたようにの、その時その時、その人にしか出来ぬことがあるものじゃ」
 交わす視線と言葉に、笑みを深めて――額のタオルを水に浸す間、紫草はその手を一時モーラの額の上へ預ける。
 戦場のホールで触れた時と比べれば、モーラの熱は随分と下がり、その表情も穏やかだ。幾分良くなった体調に、弱気も影を潜めたのだろう――思えばふうと安堵して、紫草は絞ったタオルをモーラの額へ宛てがった。
 その上に手を重ね、まるで頭の中へと直接言い聞かせる様に、ゆっくりゆっくり言葉を紡ぐ。
「この手がお主の安らぎとなり、お主の言葉が儂の心を軽くした。……姉君にとっても、『お主でなければならんこと』は多々あると儂は思う」
 キキへと敢えて言及すれば、モーラはほんの少しだけ、その表情を緊張させる。勿論、それでも出逢った当初に比べたらその様子は安らいで、反応は顕著ではなくなったけれど――そんなの当然のことだろうと、蒼城・飛鳥(片翼の鳥は空を飛べるか・f01955)は見守る青い瞳を足元へと悲しく落とした。
(「……そりゃ怖いよな、あんな目にあったんだし……何より、大事な人を失いかけて、今もまだその無事に確証が持てないんだ」)
 キキの安否は、飛鳥とて疑っていない。猟兵ならば必ず成し遂げる――でもそれは、猟兵が如何なる存在であるかを知っている立場だからだ。モーラにそれを説明しても、猟兵でないモーラには、全ての理解は難しいだろう。
 ましてここはダークセイヴァー――オブリビオンの支配という絶望と混沌を、民が受け入れ生きる世界なのだから。
「――モーラ、無理はしなくて良い。キキが心配なんだろ? ……大事な家族なんだ、当然だぜ」
 思えば飛鳥の続く言葉は、意図せずその心から、労わる様に優しい声音で零れ落ちた。
 気丈に振る舞い笑顔を見せても、モーラが不安でない筈が無いのだ。だけど、……だからこそ飛鳥は、モーラが他の何を信じられなくとも――キキのことだけは、信じていて欲しかった。
「けどな、モーラがキキを想うように、キキだってモーラを想ってる。……あの時、ヴァンパイアにまたキキと暮らすんだって言い切ったモーラと同じだ」
 根拠ならある。だって飛鳥は知っている。未だ会ったこともないキキが、命を懸けても妹だけは救おうとしたその事実を。
 嬉しかった。絶望の世界の中に、こんなにも強い想いが在ったこと。
「そう簡単に諦めるかよ。……そこに俺らの仲間まで加わったんだ、絶対に無事だぜ!」
 だからその言葉の最後に、キキへのめいっぱいの希望を託して飛鳥はモーラへ笑顔を向けた。明るくて、人に笑顔を齎す笑顔だ。モーラが知らない、昼の青空の様な清々しい笑顔。
 その希望を引き継いで――見守るだけだったねもが、そっとその口を開いた。
「――怖かったことも、苦しかったことも、たまには全部涙に変えて零してしまうと良い。……心に凝ると石になってしまうんだ」
 笑える様になったモーラ。それは本当に尊いことで、喜ばしいことであるけれど――その心に未だ緊張帯びる想いがあるなら、解放されて欲しかった。
 少しでも心軽く在る様にと、願うねもが微笑んだ時、緩く波打つ長い髪が風にふわりと後ろへ流れる。
「何もかも伝える必要はないし、我慢したいときはすれば良いけれど。偶には自分を甘やかすと良いよ。……――よく頑張ったね。きみが折れなかったから、ぼくたちは間に合ったんだ」
 場を明るくする様な、笑い話は持たないけれど――にこ、と浮かべたねもの優しい微笑みは、それだけでそこに花咲く様だった。
 そして頑張ったね、と称える声ののちにねもがモーラへ差し出した手には、ポケットから取り出した飴玉が二つ、ころんと並んで乗っていた。
「……甘いものは心が休まるんだ。ひとつはきみに。もうひとつは、きみのかたわれに。……きみたちが共に笑いあえることを、ぼくも祈っている」
 再会したら、きっとキキへと渡して欲しい。願いを、祈りを、希望を込めてねもが差し出した小さな粒をモーラは受け取り、ぎゅっとその胸元に寄せる。
「……ありがとうございます。こんな、貴重なもの……キキも、きっと喜びます」
 会えたら必ず渡しますと、瞼を閉じて噛み締める様に呟いたモーラに、飛鳥は緩く微笑むと、心にその未来を思う。
(「再会した後の二人の事は、心配はしてない。お互いをこれだけ強く思い合う姉妹なんだ、……もう一度会う事さえできれば元通りだろ」)
 しかし今日姉妹を見舞った悲劇は、両者への猟兵の介入なければその『もう一度』が永遠に失われてしまう所だった。
(「その『もう一度』の機会が、いきなりなくなっちまうかもしれないっていう事も二人は今回知った筈だ。……後悔だけは、しないように生きてくれよな」)
 その現実を自らの過去と重ねながら――しかしきっと口にせずとも知る筈と、思うから飛鳥は言葉にはせずモーラを見守る。
「年寄りが『初めて知ったわい』など云うて学べるんじゃ、童子のお主らはいわんや。……辛い事も多いが楽も諦めず生きて欲しい」
 紫草に撫でられ、激励を受けるモーラは――温かな毛布と笑顔に包まれて、自らも笑み頷いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴォルフガング・ディーツェ
【SPD】
オレもこの世界の生まれだから分かるよ…希望を持ち続けることは辛く、厳しい
だから、不安に思うのも当然だ。怖かったら泣いて良い、当たって良い
呪われたオレを、この目を、怖がらないでくれたキミに何かしたいんだ

モーラも本調子でないから【医術】や持ち込みのヘルメスで様子観察
前回に引き続きノドンスを調整して体調を補えたら良いな
同じ試みの人がいたら協力し合う

帰ってから、姉妹揃って今回の件で心の傷に伴う精神的な病を負うこともあるかも知れない

精神安定効果がある薬草の見分け方、煎じ方、効果や副作用を説明しながら紙にも書き残して渡そう

キキも、君も…傷ついた分、幸せになるんだよ
近くで支えられないのが歯痒いね…



 ――いつしか、道はモーラも見慣れた村近くの景色へと到っていた。
 御者台の上で一人、馬と対話しモーラを村の帰路へと導いてきたのはヴォルフガング・ディーツェ(咎狼・f09192)だった。夜空の世界は薄暗く、決して明るくは無かったけれど――覆う厚い雲を眺めながら、紅い瞳はよく知る世界に憂いを帯びて細められる。
(「オレもこの世界の生まれだから分かるよ……希望を持ち続けることは辛く、厳しい」)
 暗い、暗いこの世界。絶望はいつだって身近に在って、今日のモーラとキキの様な境遇は、きっと今も何処かで当たり前に起こっている。
 その在り方こそが日常で――そうでない世界を知ればこそ猟兵達は立ち上がれたが、民はきっとそうではない。それを、民の一人であったからこそヴォルフガングは識っていた。
(「だから、不安に思うのも当然だ。怖かったら泣いて良い、当たって良い。――呪われたオレを、この目を、怖がらないでくれたキミに何かしたいんだ」)
 ――思えば。馬達へと声掛け進路を託して、ヴォルフガングは御者台を降りると、モーラの元へと歩み寄る。
 覗き込んだ馬車の中――毛布にくるまれ猟兵達と会話する、モーラは笑顔を浮かべていた。領主館、救出した時とは全く異なるその様子は、モノクル――『ヘルメスの片眼鏡』で解析しても、持ち得る医学知識と照合しても、随分と穏やかで。
 ずっと背に聞いていた会話によって、あぁ、救えたのだと――救われたのだと、ヴォルフガングはそう思った。
「……あ……」
 ――ふと。モーラの薄氷の瞳に、ヴォルフガングの視線が重なる。
 紅蓮の瞳は鋭いのに、見つめるモーラはそのまま笑んで――信頼を感じるその穏やかな微笑みは、決して怯えてなどいない。あなたは、怖くなんかないと――ヴォルフガングへ、そう語り掛けるようだった。
「……モーラ」
 ほんの少しだけ熱くなった目頭を誤魔化す様に、ヴォルフガングはモーラの名を呼び、その手に数枚の書き付けを手渡した。
 認められていたのは――精神安定効果がある薬草の見分け方、煎じ方、効果やその副作用。
「帰ってから、姉妹揃って今回の件で心の傷に伴う精神的な病を負うこともあるかも知れない。……役に立つかもしれないから、俺の手書きで悪いけれど、暫くは持っていて」
 モーラとキキを気遣って、御者台で急ぎ書き付けたものだった。頷きモーラが目を通すその間に――ふと前方へと視線を向ければ、ヴォルフガングの紅蓮の瞳に、揺らめく小さな光が映る。
 それはまだ遠いけれど、モーラにとってはきっと希望の光――キキを連れる猟兵達の帰路の光だ。
「キキも、君も……傷ついた分、幸せになるんだよ」
 ふわりと降りた声に不思議と切ない音色を感じて、モーラは書き付けから視線を上げた。
 そこには、遣り切れないという表情のヴォルフガング――何故そんな顔を、とモーラがむくりと体を起こせば、ヴォルフガングの大きな手は、モーラの髪を優しく撫でる。
 今日はこうして救えたけれど、別れたこののち、この絶望の世界ではモーラもキキもその明日が明るいかは、誰にも決して解らない――。
「……近くで支えられないのが、歯痒いね……」
 悲し気に伏せられた紅蓮の瞳が、モーラの為に何かしたいと、言葉より饒舌に語っていた。
「……いいえ」
 しかし、ヴォルフガングの嘆ずる言葉を、モーラは緩く微笑み否定する。
「今日のことは、この胸に、――この心に。確かに救っていただきました。私は、……私達は、忘れません」
 見つめる薄氷の眼差しが、感謝に優しく煌いた。大丈夫、生きていけるとそう言っている様な輝きに――ヴォルフガングは目を見開くと、やがて逆に救われた様に微笑んで、静かに前方の光を指差す。
 キキが来る、とそう告げれば、モーラの瞳は見開かれ――やがてめいっぱいの涙を湛えて体を起こすと、走る馬車を飛び降りた。

「――ありがとうございました……!」
 少しだけ前方で、振り向き深い礼と共に述べられた感謝は、これまでと違う笑みと涙の中に語られた。
 本当に嬉しそうな、幸せそうなその笑顔と涙は――幾度と美しいと思ったモーラを、今日一番に輝かせた。

「……キキ!!」

 ――そして、そのまま。散り別れし花の一つは、灯目指し前へと駆け出す。
 猟兵達の誰一人、その背を止める者はいなかった――だって今雨は止んで、少女は悲劇の未来ではなく、共行く明日へと駆けているから。
 苦しき悲劇の最中にも、ずっとずっと願い続けた――双花共に在る未来へ向けて。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年03月31日


挿絵イラスト