ルイーグ・ソイル
金木犀が香る秋空の下で、ユーベルコード「シンフォニック・キュア」の練習をするキャラクターを書いていただけると嬉しいです(秋祭りノベル対象です)。
>シンフォニック・キュア【歌声】を聞いて共感した対象全てを治療する。
現在自分が持っている中で唯一ポジティブ方向のユーベルコードです。
悲劇的過去を忘れても前向きに生きようとする過程で取得したものになります。
ゆったりとした雰囲気で歌唱する一面が見られるようですととても嬉しいです。
お任せ大きめのリクエストになってしまい恐縮ですが、何卒宜しくお願い致します!
金木犀。
月に住む女神の踊りに合わせて、夫が合いの手で振るった枝から飛び散った実が農作物が全く育たないほど痩せていた地に落ちて芽吹き、山水画そのものと言われるほどの風光明媚な名所へと変貌させたという伝説のある植物である。
それは日の光が差すことなく偽りの月だけが照らす澱んだ地下の世界でも小ぶりな橙色の花をいくつも風に揺らしていた。
満開の桜の樹の下には死体が埋まっているというけれど、こんな環境でも花を咲かせた木の下には何が埋まっているのだろうか。
元から自生していたのか、吸血鬼の屋敷で育てられていた物が野生化したのか……はたまた一息つくために立ち寄った者へ襲いかかる食人植物の擬態なのか。
じんわりと優しい、独特な甘い芳香に包まれた森とも林とも言えないほどこじんまりとした空間の一角にルイーグは腰を下ろした。
異世界にはこの匂いを「芳香剤の匂いみたいで嫌い」という人が少なからずいると聞くが、人よりも鼻がきくルイーグが特に不快感を覚える事はなかった。そもそも金木犀の芳香剤自体に馴染みがないとも言えるけど。
足を伸ばして寛いでいても地面が揺れ動く気配はないので、少なくとも人を害する存在ではないらしい。ルイーグは細い幹に後頭部を預けてバラードじみた緩めのテンポの歌を唄い出した。
ルイーグの歌声には心身を癒す力があるという。でも誰も聞いてくれなかったら意味がない。どれだけ神秘的な力を有していてもその恩恵を受けるのは聞き惚れたり共感を得たりした者だけだ。
だからこういうゆっくり羽を伸ばせるところを見つけられたら、ルイーグは休憩がてら歌うようにしていた。
練習するなら感想をもらえるように人前で歌えとか、もっと姿勢を正せとか、色々と文句を言ってくる人もいるかもしれないが、少なくともルイーグはこれでいいと思っていた。
これは悲劇的な過去を忘れてしまっても、前向きに生きようとする過程で覚えた歌。それに絶対同情して欲しいと訴える気も、生計を立てようとする気もない。
ただ強いて言うなら……等身大の自分に共感してくれたら、私も前に進もうと思ってくれたら、それでいい。
足を組み直し、頭の中に流れているメロディに沿って、ルイーグは体を前後にゆっくりと揺らしながら詞を紡いでいく。
もしこれが絵本の中の世界なら何処からともなく鳥や小動物がやってきてルイーグの周りに集うのだろう。だが|吸血鬼《オブリビオン》が最も過ごしやすい環境に作り替えられたこの地ではそんな出来事は起こらない。
もしファンタジーやアクション漫画の世界なら、吸血鬼本人かそれに襲われて逃げてきた人がここに飛び込んで来るのだろう。でもそんな不穏な物音が聞こえてくる気配はなく、ルイーグの歌声だけがのびやかに響いていた。
ただただ何事もなく歌い終わって、息をつき、立ち上がり、臀部を軽く手で払う。そして全く整備されていない道なき道を再び歩き出す。
自分がさっきまで唄っていた歌の通り、前へ、前へ、前へ。
成功
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