6
アダム・カドモンの帰還①

#クロムキャバリア #アダム・カドモン

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#クロムキャバリア
🔒
#アダム・カドモン


0




 天を仰げば、凍りついた様に輝く濃紺の夜空のもと、散りばめられた星々が、清浄たる銀色の砂となって漆黒の帳を潤色している。
 砂塵まじりの冷風が、肌に絡みつきながら彼方へと流れてゆく。
 荒野に一人立ち、後景を見遣れば、茫洋と広がる砂の大地のもとで、尖塔の様な構造物が夜空を貫くような格好で、丈高く背を伸ばしているのが目についた。
 尖塔の壁面より淡い光の泡沫が、光のしぶきをあげている。蛍の光を思わせる柔らかな緑玉の光の粒が糸雨となり、尖塔周辺に立ち並ぶ家々を照らし出されていた。
 巨大な尖塔を中心にして、猫の額の様な敷地にコンクリート張りの小さな家屋が、ひっそりと身を寄せ合っている。家々の窓々から白色光が零れていた。
 今、尖塔周囲の街々は、翡翠の光と白色光とが織りなす二色の眩耀のもと、暗澹と佇む荒野に希望の花を咲かせたのだ。人々の安息地とでも言うべきプラント都市は、孤独に、しかし力強くそこに佇んでいた。
 薄明りを纏うプラント都市を目の当たりにした時、半機人の青年アダム・カドモンの胸裏を綿花の様な光が包み込んだ。
 カドモンは瞠目とともにプラント都市を見送ると、代わって鋭い視線を前方へと戻した。
 舞いあがった砂塵がぼけた黄色の垂れ幕となり、視界を閉ざしていた。目を細めれば、黄ばんだ視界のもとで黒い陰影が一つ、二つと浮かび上がるのが分かった。耳を澄ませば、不快な耳鳴り音が遠く聞かれた。
 濛々と立ち込める砂埃の中で、黒点が数を増していく。耳朶を揺らした耳鳴り程度の騒音が、瞬く間に獣の咆哮へと変貌した。
 数百を超える陰影が黒山となってカドモンへと迫る。黒い陰影はカドモンへと近づくにつれ、その輪郭を明瞭としてゆき、ついぞ巨大な鉄機兵の姿となってカドモンの眼前に現前した。
 量産型キャバリア、ガーディストームの大群がそこにある。
 先の帝都櫻大戰の余波で、アダム・カドモンは異世界を彷徨うこととなった。数多存在する世界のうち、カドモンが訪れたのは、数多の都市国家がプラントなる万能の生産拠点を血眼になって奪い合う、穢土を絵に描いたような世界だった。
 至る所で硝煙があがり、つんざく様な悲鳴が山野の果てまで轟いていた。積み重なった死体の山が、黒ずみとなり、灰となり不快な死臭をあげていた。大地は生者の血を吸い上げて、茶褐色の素肌を赤黒く染め上げた。
 絶望に彩られた灰色の世界にて、しかし、カドモンは必死に生を紡ぐ人々の姿をたしかに見た。
 カドモンは、DIVIDE世界において特務機関DIVIDEの長官職を担っている。カドモンは、自らが、異世界においてケルベロスを統括する長官であることを片時も忘れたことは無かった。また、DIVIDE世界が、デウスエクスの侵略に晒されていることに目を背けたわけでも無かった。自らの基軸世界を一時的にとはいえ離れ、他世界に介入することに葛藤を覚えたのも事実だ。
 だが、目の前で弄ばれ、今まさに刈り取られんとする命の輝きを前にした時、こみ上げる義憤の感情を留めることはカドモンにはで出来はしなかった。
 大局観から鑑みた時、一兵卒の如き短慮が、戦略的に不利益を生じるだろうことは理解できた。
 だが、人命を冷酷な瞳で俯瞰し、彼らの生命を単なる数字として捉え、合理性という天秤の上で単純に足し引きすることにカドモンは嫌悪感を覚えずにはいられなかった。
 幸い、DIVIDE世界には強力なケルベロスの存在があり、現代科学の粋を集めて築城された決戦都市が人々を守護している。国家群はより綿密につながっており、民主的に成熟した近代国家群がDIVID世界をリードしている。
 巨大な敵を前にしても尚、DIVIDE世界における国家間の紐帯は、容易にほつれることは無いはずだ。現状、DIVIDE世界は比較的安定を保っていると言えるだろう。
 故に、故郷の事は記憶の端に追いやろう。カドモンは、現在の世界を覆いつくす惨劇にのみ意識を傾注させる。
 そう、カドモンは、鉄と硝煙で塗り固められたこの世界で、無辜の民を救うための刃となることを決めたのだ。
 鉄の巨人が、砂の帷幕を突き破り、カドモンの目前へと続々と躍り出るのが見えた。鉄の軍靴が耳障りに大地を踏み鳴らしていた。機兵らが背負った砲身のもと、鋭い砲口が、カドモンを一斉に睨み据えていた。
 しかし、カドモンは怯まない。
 迫り来る侵略者の先鋒から集落を守るために、カドモンは即座に臨戦態勢を取り、自らの体内に蓄えられた力を一挙に開放する。
 左目より噴出する焔が益々に勢いを増していく。機械仕掛けの心臓が熱く鼓動するのが分かった。今、ここにケルベロスの刃が振り下ろされるんとしていた。

 突然の予知夢に目覚めたのは、蒼白い冷気が立ち込める25時40分の頃だった。
 窓辺から覗かれる夜の街は閑散と佇んでおり、寂しげに明滅する街燈の並びが、夜明け前の町筋に静脈血の様に張り付いていた。
 エリザベスは気怠い全身に鞭打ち、ベットから早々に這い出る。視界に広がる夜の街と、予知夢のプラント都市が、なぜか重なって見えた。
 アダム・カドモンは今、クロムキャバリアにて無辜の民を守るために戦いを続けている。劣勢にありながらも長官は、孤軍奮闘を続けている。そんな彼の姿に思いを馳せた時、冷気はむしろエリザベスの心に燈火を灯した。
 直ちにクローゼットを開き、クロムキャバリア制のパイロットスーツを取り出して袖を通すと、エリザベスはベースへと直行する。
 未だ、日の出は遠く、ベース内は陰鬱とした様子で静まり返っていた。
 しかし、エリザベスは光を信じている。第六の猟兵達という希望の光が、曙光よりも尚眩い燈明となって暗闇に覆われた世界を切り開くことを信じていたのだ。
 そして福音が訪れた。そぞろ足音が鳴り響き、ベース内に続々と姿を現した猟兵たちを前にした時、喉元から絞り出された第一声は、歓喜まじりに震えていた。
「来てくれて、ありがとう――。さっそく予知を伝えさせて貰うね」
 言いながら、エリザベスは指示棒を振り上げる。大気に象嵌されたスクリーンのもと、やにわに映像が映し出される。
「アダム・カドモン長官の居場所が分かったの。帝都櫻大戰の後、彼はクロムキャバリアの世界で人々を守るために戦い続けているみたいなんだ」
 孤軍奮闘を続ける長官の姿を目の当たりにした時、目頭が熱くなるのを感じた。冷静に言の葉を重ねようと努めども、気分の高揚を抑えることは出来はしなかった。
「長官が守っているのは砂漠の中の小さなプラント都市みたい。ガーディストームっていうキャバリアの群れを一人で相手どっているの。とは言え、流石に多勢に無勢。一人で押し返すことは難しいみたいで、予知によれば、押し寄せる敵を前に奮戦虚しく、都市は破壊される。そんな結末が予想されたの」
 暗澹とした未来図をしかしエリザベスはきっぱりと否定する。今、ここには猟兵の存在がある。未来は別の分岐へと向かい、走り始めたのだ。
「彼のため、プラントのため、みんなには力を貸して頂きたいの。絶望の未来にどうか光を…。」
 一堂に会した猟兵一人一人に会釈して、再び杖を振り上げれば、スクリーン画面は砕け散り、光の雨が降りしきる。虚空に転送用ゲートが口を開いた。グリモアに象嵌された翠玉が、艶やかに輝いている。ここに彼我は一つに結ばれた。


辻・遥華
 シナリオご覧くださいありがとうございます。辻・遥華と申します。
 この度は、クロムキャバリア世界よりアダム・カドモン長官との共闘依頼になります。長官と共に、押し寄せるキャバリアからプラント都市を防衛してください。以下、各章についての説明となります。

●第一章『ガーディストーム』との戦闘。敵は量産型キャバリアです。彼らとの集団戦闘となります。集団戦闘を想定した立ち回りで、敵を撃破しましょう。詳細な状況などにつきましては、一章断章参照ください。
●第二章『ファーストヒーロー『ピーピング・トム』』との戦闘となります。優れたハッカーである彼はプラント破壊をもくろんでいます。敵は一体ですが非常に強力な個体となっています。詳しい状況などについては二章断章参照ください。
●第三章『日常』、防衛都市にて戦闘後のひと時をお過ごしください。子細については、三章断章をご確認ください。

●クロムキャバリア世界の注意点
 戦闘中、一定の高度を超えた場合は、ホーリークレイドルと呼ばれる衛星兵器によって攻撃されます。高高度よりの攻撃をプレイングに記載された場合は、失敗と判定させていただきます。
 量産型キャバリアの貸し出しが可能ですので、必要な方は適宜、ご使用ください。
23




第1章 集団戦 『ガーディストーム』

POW   :    不退転突撃
予め【EPメガスラスターで直進し続ける】事で、その時間に応じて戦闘力を増強する。ただし動きが見破られやすくなる為当てにくい。
SPD   :    砲火弾幕
【EPメガスラスター】を用いた戦闘時に、一点を貫く【RSキャノン砲】と広範囲を薙ぎ払う【RSガトリングガン】を一瞬で切り替えて攻撃できる。
WIZ   :    浸撃弾雨
【集団による砲撃弾雨】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を更地にし】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。

イラスト:イプシロン

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 群がる黒点が熱砂の砂漠を駆け上がっていく。
 ガーディストーム背部に備え付けられた大型スラスターが火を噴けば、砂埃や砂礫が立ち上がり、周囲へと流れていく。
 数百にも及ぶ大量の鉄機兵は、雪崩をうって、砂の大地へと溢れだしてゆく。彼らは遮二無二、地を駆けてゆく。西洋兜に覆われた顔面部にて、命灯らぬ機械の眼が、無機質な朱色を帯びながら皓々と輝いている。赤い瞳は、眼窩と思しき顔面の窪みの上を忙しなげに左右しながら、徐々にふり幅を狭め、ついに一点で固定した。
 ファーストヒーロー『ピーピング・トム』に掌握された、無数の無人機らが、命の尊厳などというものを斟酌する必要はない。ガーディストームの群れへと送られた命令信号は、一重にプラント都市の破壊であり、目的達成を阻むものの排除にあるのだから。
 つまり、ガーディストームがプラントへの進路の途上で、彼らの障害物として立ちはだかった半機人の青年へと砲火を放ったのは、至極当然の反応と言えた。
 心無き機械の群れは、冷酷な眼差しでもって半機人の青年に狙いを定め、肩に背負った巨砲を数多、放ち続けた。
 砲口は、絶えず赤い火の舌を伸ばし、黒い鉄塊を吐き出しながら砂の大地を赤黒い焔で焼灼した。絶えず火を吐く銃列のもと、黒煙が立ち上り、黒い雲となって空へと流れていった。絶えず放たれる砲弾が、篠突く雨の如く降り注ぎ、黒い大粒の雨滴でもって砂の大地を貪り食らい、平坦な大地に無数の窪地を穿っていく。
 だが、ガーディストームの大攻勢が、半機人の青年アダム・カドモンを捉えることは無かった。
 降り募る弾丸の雨の中を、赤い閃光となったアダム・カドモンが走り抜けていく。
 ジグザグに赤い尾を曳きながら、閃光は散弾の隙間を縫う様にして駆けあがり、ガーディストームの軍団のもとへと踊りかかる。
 繰り出された鉄拳が、分厚い装甲で覆われたガーディストームの胸元を貫き、しなやかな左脚がガーディストームの頭部を粉砕する。放たれた熱光線がガーディストームの一団を飲み込み、砂漠の塵として焼灼した。
 半機人の青年アダム・カドモン――、邪悪なる神々らと熾烈な戦いを繰り広げる異界の戦士は、悪魔の如き勢いで続々とガーディストームを薙ぎ払っていく。
 鉄屑が砂漠に散乱し、爆炎が上がった。物言わぬ、鉄の残骸が砂漠の上に山積していく。
 しかし、いかにアダム・カドモンが敵機を破壊しようとも、ガーディストームはまるで群がるイナゴの大群の如く続々とあふれ出し、アダム・カドモン目掛けて押し寄せてくる。
 疲労の翳りが、アダム・カドモンの端正な相貌に薄らと浮かび上がって見えた。
 再び、砂漠に火の手が上がる。 
ハル・エーヴィヒカイト

連携○
長官相手には敬語

またうちの長官はあちこちに首を突っ込んでいるな……
まぁいい、この状況下で帰れとは言えまい
とにかく援護して落ち着いて話せる状況を作らなくては

「話をしたいところですが、まずはこの場を乗り切りましょう」
巨神キャリブルヌスに[騎乗]して参戦
長官とは戦争の時も共闘しており、また、その後のクロムキャバリアでも戦場を共にしている
今回も共に戦い帰ってもらえるよう説得のチャンスを伺おう

「無人機か。ならば遠慮はいらないな」
[心眼]によってこの戦場を見通し、それぞれの攻撃タイミングを[見切]る
たとえ数で攻めてこようとそんなわかりやすい突撃、当たってやる道理はない
それらを回避、長官と連携してUCで一気に斬り裂いていく
切断した部位や撃破した敵機は再利用し、自身の武器として相手に射出したり、自身や長官を守る盾として運用しよう




 砂の海の上を黒波が蚕食してゆく。黒い無数の水沫は、その一つ一つが独自に意思を持ち、しかし確固とした法則に従いながら大地を蝕んでいく。遠目には、飛沫の一滴一滴に見えた陰影は、具に伺えば手足を持ち人型の頭部を有している事が分かった。中世の騎士を彷彿とさせる鋼鉄の機兵が群れをなして夜の砂漠を縦断してゆく。
 この鉄機兵が集簇することで生み出された黒い波濤は、まさに黒いイナゴの大群や不気味な葬列を想わせる不気味さで、砂の大地を覆いつくしていく。
 白く清浄たる砂の大地を浸食し、そこに暗澹とした死の大地を生み出さんとする黒波を、ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)は、一人静かに注視する。
 数千メートル先の砂漠を走り抜けていく黒い波を、ハルはキャリブルヌスの操縦席にて、息を潜めつつ、自らの剣を振り下ろすべく瞬間を窺った。
 四囲を隔てるは鋼鉄の隔壁が風音を遮り、コクピットの中を静寂で満たしている。巨神の体内に身を置けば、吹き付ける暴風も、ざらつく熱砂もすべてが外界の異物と化した。
 巨神はハルを鋼鉄の揺りかごで匿し、主催者の座に据えたのだった。
 ここにハルは巨神と同化し、巨神もまたハルの一部となったのだ。
 今、巨神の瞳は、メインモニターを通して自らの捉えた周囲の風景をハルへと伝え、対して機械仕掛けの巨神の碧眼はハルの意思を如実に汲み取り、眼球運動や縮瞳や散瞳と共に詳細な映像を作り上げた。
 鋼鉄の肌は大気の熱量を触知し、頭部に施されたセンサーは軽微な音を拾い上げて、それらをサブモニターや各種計器類に投影する。
 巨神の四肢はハルの手足の延長であり、ハルの随意筋の収斂はそっくりそのまま鋼鉄の四肢へと伝達された。いわばキャリブルヌスの騎乗とはハルと巨神の同化を意味したのだ。
 ハルは、切れ長に斜を描く黄金の瞳を細める。
 キャリブルヌスと無数の敵影とは、横たわる広大な砂漠によって遮られていた。
 しかし、ハルが目を細めれば、キャリブルヌスもまた眼球の焦点を絞り、砂の大地を這う無数の黒い機影をメインモニターに明瞭と映し出すのだった。
 重厚な装甲を身にまとった巨大な騎士らが、三々五々で隊伍を組みながら、猛然と砂の大地を疾駆している。彼らは、整然と隊列を組みながら、重厚な鉄鎧を揺らし、傍若無人に大地を踏みにじっては、大砂漠を踏破していく。
 肩元に背負った黒い砲身は、青白い月光を浴びながら、その表面に鈍い光沢を滲ませた。狼の口元を彷彿とさせる鋭い砲口は前方へと向かい大口を開き、間断なく赤黒い舌を伸ばしては、夥しい数の銃弾で砂の大地をかみ砕い。
 降り注ぐ銃弾の先、鉄の残骸が、巨大な山を築いていた。
 立ち並ぶ黒山の中で、半機人の青年が泰然とした様子で背を伸ばし、脇を締め、拳を前方に突き出す姿が伺われた。
 降り注ぐ弾幕は、驟雨の様に降り注ぎ、鉄屑の山々を撃ち抜き、青年へと押し寄せる。
 しかし、機銃の連射を前にしても青年が慌てふためいた様子は無い。矢の様な鉄の雨の中、青年は、銃弾の一つ一つを避ける様に、軽やかに前後左右へと身をひねる。
 結果、数多の銃弾は、まるで自ずから青年を避けるかのように、てんでばらばら四方へと飛散し、虚しく砂の大地を撃ち抜いていく。
 黒い雨が晴れた時、半機人の青年アダム・カドモンは無傷のままに背にした大剣を上方へと振り上げるのだった。
 ハルは苦笑まじりに、DIVIDE長官アダム・カドモンを見送った。現状をおおむね把握し終えたところで、キャリブルヌスのエンジンに炎を灯す。
 瞬間、機内の計器群が翡翠の光を湛えて輝きだした。キャリブルヌスの纏った鋼鉄の装束の隙間から翡翠の粒子が迸っている。機内に蓄えられた膨大な粒子は、キャリブルヌスの胎動と共に奔騰を始めたのだった。
 機内が、激しく動揺を始めた。ぐらつく足場のもと、ハルは両の足に力を込めて無機質な足場に踏みとどまった。
 振動はますます強まってゆき、ついぞ極点へと至る。瞬間、軽やかな浮遊感が機体ごしにハルへと伝搬した。モニター越しに離陸した大地が浮かび上がっていた。
 ハルは即座に機体を操り、前傾姿勢にて機体を制御すると地表面すれすれを滑空してゆく。キャリブルヌスが、低空ぎりぎりを走り抜けてゆくたびに砂埃が濛々と立ち上がり、礫が周囲へと四散した。
 前方の空気は急速に密度を増してゆきながら、高速機動を開始したキャリブルヌスを押しつぶす。急加速に伴う強力なGがコクピット内のハルへと打ち付けた。
 見えない力に圧迫されて、肺臓が重苦しく悲鳴を上げた。慣性力は、巨大な掌でハルの心窩部を圧排し、乱暴に胃をかき回し、心の臓を絞扼した。
 物凄い慣性力の中で、しかし、ハルの口元に刻まれた微笑の影は、ますますにその陰影を濃くしてゆく。
 正面の液晶画面では、カドモン長官は雪崩となって押し寄せる敵軍を相手取り、大立ち回りを繰り広げている。メインモニター脇のサブモニター上では、敵影を示す夥しい数の赤点が不気味な明滅を繰り返しながら徐々にその数を減らしていった。
 多勢に無勢な状況にありながらも、しかしカドモン長官は不惜身命を賭して、自らの信条のために無数の敵と戦相対しているのだ。孤高を貫く戦士の姿が、憧憬の風をハルの心中へと吹き込んだのだ。
 薔薇色の唇から零れ落ちた吐息が自然、熱を孕んだ。剣を握る掌がじぃんと発赤した。手当たり次第に面倒ごとに首をつっこむ長官の存在が妙に眩しく感じられた。気づけば、自らの心が湧きたつように高鳴っていることにハルは気づいた。
 ハルは意識を集中させてますますにキャリブルヌスを加速させていく。
 キャリブルヌスを繭の様に覆う鋼鉄の外套が一枚、また一枚と翻り、鋼鉄の蕾を開いてゆく。零れ落ちる淡い翡翠の粒子が益々に量を増してゆく。充溢する光が、大気に光の綾模様を描き出す。淡い光の奔出の中、キャリブルヌスは、漸々と速度を増してゆく。
 音の壁を一枚、二枚と突き破り、ついぞキャリブルヌスは極音速の壁をも突破する。速度を増すたびに、耳をつんざく様な飛翔音が遅れて轟いた。今や全ての音は、キャリブルヌスに追従する事となったのだ。
 クロムキャバリア世界では、ホーリークレイドルによる高度制限によりキャバリア同士は必然的に低空もしくは地上での交戦を余儀なくされる。この不文律には、巨神の一柱に名を連なるキャリブルヌスと言えども背理することは許されない。
 この制約により、上空よりの強襲は事実上不可能となり、結果、戦場では、戦いは平面にて行われることが専らだ。剣を獲物とするハルやキャリブルヌスにとっては、この制約は大きな足かせとなった。
 元来ならばハルは、垂直軸を交えた立体機動を駆使して敵機の銃弾をやり過ごしながら敵影へと迫り、剣で敵機を切り裂く。
 しかし、クロムキャバリア世界では、高速飛翔体は高度という制約を受け、必然的にハルは自らが得意とする立体機動を棄却し、かわって低空における極高速戦闘にて敵との雌雄を決する事を決めたのである。
 少しでも高度を上げれば、中天に座す無慈悲たる聖櫃がキャリブルヌスごとにハルを焼灼するだろう。逆にホーリークレイドルを恐れ、必要以上に高度を下げたり、操舵を誤るようなことがあれば、機体は砂丘や地表に衝突して、鉄屑と化すだろう。
 ハルは、液晶画面の上で絶えず変転する映像や計器類が知らせる情報を子細に分析し、綱渡りを続けたのだ。
 ハルの卓越した集中力があってこそ、ぎりぎりの高度を維持した高速機動は実現したと言えるだろう。
 キャリブルヌスが更に速度を増した。鉄の巨体が、幾層にも張り巡らされた分厚い砂塵の帷帳を次々に突き破っていく。正面の液晶画面に映し出されたカドモン長官が一息の間にハルへと迫る。
 「カドモン長官――言葉は不要でしょう。まずは共にこの場を乗り切りましょう。私が先陣を切って、敵陣へと突貫します。長官…援護を任せます」
 勢いそのままカドモン長官の側方へと躍り出る。通信回線を開き、疾走と共に告げれば、カドモン長官がはっきりと首を縦に振る姿が伺われた。
 首肯するカドモン長官を横目に見やりながら、ハルはキャリブルヌスを駆り、敵の前衛部隊へとますますに距離を詰める。
 敵の前衛部隊の数は凡そ百機といったところだろうか。騎士の姿を模した、黒い巨人がひしめき合っている。
 騎士達は、後方へとゆくに従い厚みを増していく楔の様な陣形を取りながら、一糸乱れぬ連携のもと行軍を続けていた。
 彼らは八の字を描くようにして砂の大地を滑走していた。両肩に担いだ二門の砲台が、絶え間の火砲でもって空気を揺らし続けた。
 カドモン長官の側方をすり抜けた瞬間に、大気を埋め尽くす弾幕はその密度を増してゆき、猛烈な鉄の雨となって上空よりキャリブルヌスへと襲い掛かった。
 最も、音速の壁を十と五つほど突き破ったキャリブルヌスの速力は、降り注ぐ銃弾のそれを遥かに超えていた。ハルの心眼も相まった今、降り注ぐ弾幕の雨が、キャリブルヌスの障害となりうることはありえはしなかった。 
 弾幕はまるで巨大な網の様になって、飛翔を続けるキャリブルヌスを強襲する。
 数多の銃弾は、キャリブルヌスの眼と鼻の先まで迫り、その頭部に鋭い牙を突き立てんとする。
 衝突のまさにその瞬間、ハルは咄嗟に体躯を左方へと捩った。瞬転、キャリブルヌスもまた、精緻にハルの動きを再現する。
 巨神がわずかに左方へと姿勢を倒せば、押し寄せる無数の銃弾は、キャリブルヌスの下腹部を潜る様にすり抜け、遥か後方へと霞んでいく。
 結果、数多押し寄せた銃弾は、銀白の装甲に涙の痕の様な浅い裂創を余韻を残しつつ、虚しくも過ぎ去っていった。
 弾幕の第一陣を避け、ついで、更に迫り来る第二陣、第三陣をキャリブルヌスは輪を描きながらやり過ごす。
 鉄の巨体が揺曳するたびに、キャリブルヌスを飲み込まんと迫る黒い巨大な銃弾の嵐は、飛翔するキャリブルヌスから大きく離れ虚空を掠めながら遠景の小さな黒点と化した。
 無傷のキャリブルヌスが、弾幕の嵐を突き破り、黒い騎士『ガーディストーム』の先頭集団の前へと躍り出た。
 目の前に現れた黒い騎士を前にハルは機体を制御する。
 前方へとつんのめるような格好で低空を飛翔していたキャリブルヌスを静止させると、ハルは機体の上体を起こし剣戟の体勢を整える。
 ハルがすり足気味に右足を踏み出して、剣を振り上げれば、キャリブルヌスもまたハル同様に剣を正眼で構えた。
 既に黒騎士とキャリブルヌスとは、剣一つ分の距離まで肉薄している。この距離ならば、ハルは肉眼でもって敵の一挙手一投足を窺うことが出来た。
 鋭い剣の切っ先でもって、カーディストームの喉元を睨み据える。
 目前に現出したキャリブルヌスを前に黒騎士ガーディストームが突如、動きを止めるのが伺われた。
 黒騎士の顔面部で、命灯らぬ赤銅の瞳が激しく明滅を繰り返す。黒騎士が緩慢とした挙止でもって腰を落とすのが伺われた。
 ガーディストームの背部にて、EPメガスラスターが激しく火の粉を吐き出した。金粉舞い散る中、ガーディストームの背部より耳障りなエンジン音が轟いた。
 なるほど、ガーディストームはキャリブルヌスへと突撃を試みるつもりだろうか。
 突然の奇襲に対して、即座に対応するあたりは見事と言えたが、しかし、無人機の宿痾とでもいおうか、あまりにも無駄がない挙止は単調に過ぎ、かえって敵の意図を暴露していた。
「すまんな。そんなわかりやすい突撃、当たってやる道理はないのでな…」
 ガーディストームが動き出すよりも尚早く、ハルは剣の一閃にて機先を制する。コクピット内の足場を力強く踏みしめ、ついで、手にした剣を袈裟切りに一閃すれば、キャリブルヌスもまたハルの挙止をそっくりそのまま再現する。
 三日月の様な軌道と共に剣の切っ先が、黒騎士の右肩を打ち付けた。剣先は、鋼鉄で覆われた重厚な肩元に亀裂を穿つと、まるで海綿でも両断するように鋼鉄の中へとするすると身を埋めてゆき、黒騎士の右肩から左臀部へと走りぬいていった。
 白い光芒が一閃、空に瞬いた。残光が淡く夜空を照らし出す中、黒騎士がわずかに震えだすのが分かった。
 黒騎士の表面に薄らと白い筋が浮かび上がった。筋目は、瞬く間に右肩元から左臀部へと輪状に広がっていくと、機体を全周性に縁どった。
 瞬間、黒騎士の眼窩にで輝く赤色光が色を失った。
 黒騎士ガーディストームの輪郭が左右非対称にぼやけて見えた。刻まれた断面を中心にして黒騎士の体躯が左右へと分かたれた。
 左右に分断された物言わぬ鉄の遺骸が、ずるずると断面の上を滑り落ちて、砂の大地に沈んでいく。巨大な鉄塊が砂埃を巻き上げ、残存するガーディストームの大群とキャリブルヌスとの間に黄色い砂の帳帳を立てかけた。
 舞い上がる砂埃の中、ハルは振り下ろした剣を返し、上段へと振り上げる。
 砂嵐の中に、黒騎士ガーディストームの大群がうすぼんやりとした輪郭を浮かび上がらせていた。
 未だに敵は大量に存在している。一機を切り伏せたところで、数の利は敵側にある。
 とはいえ、いかに敵が数で勝ろうともハルが敵に後れを取る理由は無い。
 ハルには、奇跡の力ユーベルコード、いわば切り札が残っている。
 ますますに勢いを増していく奇跡の光の奔流は、今や決壊寸前まで奔騰し、ハルの体内にて今や今やと解放の時を待ち望んでいる。
 この猟兵のみに与えられた奇跡の力を、ハルは剣技へと昇華させればよい。
「境界形成――」
 ハルが一言そう零せば、キャリブルヌスを中心にして四方の空間がぐにゃりと歪曲する。歪曲した空間のもと、無数の剣が虚空より現出する。
 数多現れた剣は、互いに折り重なりあいながら、紡錘形に膨らみ、蓮の花を彷彿とさせる白く可憐な鋼鉄の花を静寂の夜空に咲かせた。
「――状況を開始する」
 艶のあるしっとりした声音がコクピット越しに響き渡った。潮騒の如く響き渡る声音と共に、キャリブルヌスは蓮の花咲く戦場を滑るようにして駆け抜けていく。
 声音が花々の花弁を揺らすたび、花は一輪、また一輪と散り、舞い散る花弁が無数の刀剣となって、数多押し寄せる黒騎士達を飲み込んでいく。
 ふっくらとした蓮の花弁が、黒騎士を四囲から包み込んでいく。鋼鉄の花弁は、黒騎士の表面にぴったりと張り付くと、黒一色の装甲を清らなかな白色で埋め尽くし、無慈悲たる抱擁でもって彼らを圧殺する。
 花弁の隙間から、身もだえする黒騎士の姿が垣間見えた。
 しかし、彼らの悲痛な叫びを、冷酷たる花々が斟酌することなどありえはしなかった。鋼鉄の花々は、黒い騎士に取りつくや、鋭い刃を屈強たる胸部に突き立て、抉るようにして機械造りの心臓を刺し貫いた。花々は、ひくひくと収斂しながら黒騎士を切り刻むと、黒騎士の表面より流出するオイルまじりの黒い血を吸い上げ、ひらりと再び空へと舞い上がった。
 花吹雪が吹き去れば、ガーディストームが一機、また一機と砂の大地の上に力なく膝をついた。
 今や世界はハルによって法則を書き換えられたのだ。砂漠を彩る、白く清浄なる花々は邪悪なる侵略者を切り裂く流麗の刃と化したのだ。
 キャリブルヌスは、白い光の奔出する中で舞踏を続ける。
 白い無数の花弁が帯の様にたなびく中で、キャリブルヌスもまた優雅に剣を振るい、次々と敵機を切り落としてゆく。
 黒騎士ガーディストームとて、もちろん、キャリブルヌスへと反抗を試みる。彼らは、生命の光を感じさせぬ赤銅の瞳をけたたましく動かしながら、キャリブルヌスを睨み据えると、両腕と一体化した機銃を連射させた。
 発射された銃弾がキャリブルヌスへと迫る。
 まさにキャリブルヌスすれすれまで迫った銃弾は、しかし、突如、地面より起き上がった巨大な黒影により遮られた。
 キャリブルヌスを守るようにして、黒壁が聳えている。打ち寄せる弾丸は、黒壁の表面へとめり込み、その分厚い鋼鉄の装甲を蝕みつつも、ついぞ体内を貫通すること叶わずに黒壁の中で静止した。
 そこには鉄屑と化したガーディストームの残骸があった。ハルによって改築された世界においては、無機物はハルの武器となり、鎧と化す。
 ひしゃげた装甲のもと、ガーディストームの内部構造にあたる基盤や配線が顔を覗かせている。鉄屑と化しても尚、かつてガーディストームを形どっていた残骸は、ハルを、そしてハルに遅れて戦場へと駆けつけたカドモンを守る盾となって、戦場を彷徨い続けるのだった。
 最早、ここに態勢は決したと言えるだろう。ガーディストームが一機、また一機と崩れ落ちていくたびに、指数関数的にハルは自らの武器を増やしていく。
 更にハルの攻勢にカドモン長官が続く。
 ますますに攻撃の手を強めていく白銀の機体、アダム・カドモンの奮戦によってカーディストームの大群は見る間にその数を減らしていった。
 ついぞ、ハルが最後の一機を手にした剣で切り伏せた時、百を超えた存在したガーディストームはそのすべてが黒い残骸となって、砂の大地の上でとこしえの眠りにつくのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シホ・エーデルワイス(サポート)
助太刀します!


人柄

普段は物静かで儚げな雰囲気ですが
戦闘時は仲間が活躍しやすい様
積極的に支援します


心情

仲間と力を合わせる事で
どんな困難にも乗り越えられると信じています


基本行動

味方や救助対象が危険に晒されたら身の危険を顧みず庇い
疲労を気にせず治療します

一見自殺行為に見える事もあるかもしれませんが
誰も悲しませたくないと思っており
UCや技能を駆使して生き残ろうとします

またUC【贖罪】により楽には死ねません

ですが
心配させない様
苦しくても明るく振る舞います


戦闘

味方がいれば回復と支援に専念します
攻撃は主に聖銃二丁を使用


戦後
オブリビオンに憎悪等は感じず
悪逆非道な敵でも倒したら
命を頂いた事に弔いの祈りを捧げます



●一分十三秒の静寂
 砂埃が柔らかな金粉となってさらさらと流れていく。ざらりとした砂の感触が頬を撫でていた。乾燥した大気は冷気を孕み、呼吸のたびに凍てつく刃でもって肺臓をさした。
 天を仰げば、中天にかかった三日月が、銀蒼色の月光が権高な眼差しでもってシホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)を見下ろしていた。
 ゲートを抜けた先、シホを出迎えたのは夜にくれる、殺風景な砂漠であったのだ。
 四方を見渡せども、山野や湖水、田畑などといった自然の姿は露として伺われなかった。
 白砂や玉砂利を敷き詰めた平坦な砂の大地が、黒褐色の岩々を幾つか並べながら、遥か地平線の先まで広がってるだけだった。
 それでもなお、この淑やかな夜の砂漠が妙に優艶と映ったとするのならば、それはおそらく、月光が放つ幽玄の光によるものだろう。
 シホは青白く輝く砂の大地を踏みしめながら、耳を澄ませる。
 耳朶を揺らす轟音が戦いの予感をシホへと伝えた。火砲の音だ。無数の爆音が、近場の砂丘附近にて轟いている。
 砲撃音に続き、近傍の砂丘の裏手より黒煙が立ちの昇っていくのが分かった。鼻腔へと充満する、硝煙の匂いにたまらずシホは、澄んだ藍色の瞳を歪ませた。
 シホは足早に大地を駆け上がる。見る間に砂丘が近づいてゆき、爆音がますますに勢いを増していった。
 砂丘の裏手へと躍り出れば、シホの前景にて無数の火の手が上がる。
 砂の大地の随所にて爆炎が起こり、激しく焔を振り回していた。焔は、赤い焔の舌でもって、夜空をねっとりと舐めまわしながら、おだやかな闇を赤黒く塗りつぶしていく。
 紅い焔に見送られながら、一機、また一機と西洋騎士を彷彿とさせる黒影が、猛然と砂漠の中を突き進んでくるのが分かった。
 人の数倍はあろうという巨大な鋼の騎士らの姿がそこにある。彼らは、がちゃがちゃと黒鎧をかき鳴らしながら、粗暴な足取りで砂の大地を踏み荒らし前方へと向かい、一直線に駆け上がってくる。
 彼らの向かう先には半機人の青年、アダム・カドモンの姿があった。
 騎士らが手にした機銃が、その無慈悲たる鋼鉄の銃口を青年へと向ける。まさに一側触発の空気が漂う中、たまらずシホは駆け出していた。
 シホの内奥にて絶えず溢れる慈愛の心が、シホの両の足を動かしたのだ。
 砂の大地を蹴り上げるたびに、砂礫が飛び散った。息も絶え絶えに大地を駆ければ、間もなくシホは青年の前へと躍り出る。
 カドモン長官の息遣いを背中に感じながら、シホは華奢な両の手を広げると数多押し寄せる鋼の騎士の前に立ちはだかった。
 グリモア猟兵の予知によれば敵の機種はガーディストーム系統に分類され、今回の戦いに投入されたものはそのすべてが量産型の無人機という。
 本来ならば自らの意思を持つことの無い、この巨大な鋼鉄の騎士達は何者かの悪意により操られ、非道な侵略に加担したというわけだ。
 彼らを縛る悪意の鎖を断ち切るのだ。そう思った瞬間に、奇跡の光がシホの中で奔出した。
「歪みの主よ、その依代を解放してください」
 祈るようにシホは呟いた。
 無数の銃口がシホを捉える中、しかし、シホは恐怖するでもなく、敵を憎悪するでもなく、ただ救済のみを祈りながら、群れなすガーディストームらへと微笑を送ったのである。
 そして、ここに救済の願いは奇跡の力となって昇華する。
 護符がひとりでに宙を舞った。一枚、また一枚と舞い上がった護符が漆黒の中に純白の斑点を散りばめていく。
 そう、シホのユーベルコード『魔を討ち祓う聖なる護符』はここに顕現したのである。
 無数の護符が漆黒の夜空へと舞い上がった。護符は風にあおられ、まるで白い絹帯の様にひらひらとその身をはためかせながら、黒騎士へと透明な指先を伸ばしていく。
 護符は、機銃を構える黒騎士の装甲へと取りつくと、黒光りする鋼鉄の肌を絹のごとき指先でもって優しく一撫でする。
 純白の指先に洗われたまさにその瞬間、ガーディストームの両の腕が力なく下垂した。大木の様な両脚が九の字に折れ、巨体が勢いよく砂の大地へと沈み込む。
 皓々と輝いていた赤色光は消え失せ、虚空の光が眼窩に淀んだ。
 シホの救済を願う心が護符に破魔の力を付与したのだ。結果、無数の護符は破邪の力でもって、ガーディストームを苛む悪意のみを祓ったのである。
 護符がその繊細な指先でもってガーディストームをなぞるたびに、鉄の巨人らは、一機また一機と、まるで糸の切れた操り人形の様に、砂の大地に膝をつき機能を停止していく。
 そうして純白の光が闇夜より完全に消え去った時、砂漠地帯の一角には無傷のままに身を横たえるガーディストームの山が築きあげられた。
 シホは、倒れ伏したガーディストームらへと深々と一揖する。シホは、しばし瞼を閉じて、祈りをささげた。
 有機物無機物問わずにシホはありとあらゆる命を尊ぶ。善悪の概念や敵味方の関係なく、全ての命は尊重されるべきとの思いから、自然、シホは鉄の機兵らへと黙祷をささげたのである。
 夜の砂漠に訪れた、七十三秒間の静寂の間、シホは彼らの魂の安寧を祈ったのである。
 七十三秒間というわずかな間の鎮魂の願いは、しかし、遠景にて轟く駆動音にて破られた。
 耳障りな雑音に、シホが再び瞼を開いた時、ふと、傍らに青年の姿を現した。
 差し込む月光の中、半機人の青年アダム・カドモンはその端正な面差しをやおら綻ばせながら、シホへと穏かな眼差しを投げかけていた。
 物言わぬ瞳は、寡黙な青年の謝意を如実に物語っているようだった。
 シホは挙措を正して、長官へと会釈する。
「助太刀しますね、カドモン長官」
 言いながらシホは前方へと視線を戻す。巨大な鉄の嵐が、シホ達へと迫っていた。
 胸奥には、薔薇の棘の如き鋭い痛みが走っていた。しかしシホは努めて微笑を浮かべながら、自らを苛む疼痛に蓋をする。
 次なる戦いの火ぶたは、今まさに切って落とされようとしていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

月隠・新月

連携〇

異世界であっても人々を助けるために力を尽くすカドモンさんだからこそ、DIVIDEの長が務まるのかもしれませんね。
カドモンさんに負け戦をさせるわけにはいきません。俺も助力しましょう。

敵の数が数です、できれば同士討ちなどさせて数を減らしたいですね。
召喚した【ブランクオベリスク】に雷の魔力を籠めて電磁波を発生させることで、【ジャミング】を行えないでしょうか(【武器に魔法を纏う】)。敵のレーダー等を狂わせて同士討ちを誘発できれば一番いいのですが、そうでなくとも味方に攻撃が向きづらくなれば十分でしょう。

敵に攻撃された際は、【敵を盾にする】ことで防御したいですね。生身な分小回りが利きますので。



 夜の砂漠に重苦しい破裂音が轟いていた。
 戦場においては、それは生活音の一つにしか過ぎぬ騒音であったが、オルトロスたる月隠・新月(獣の盟約・f41111)には、破砕音と銃撃音が入り混じったこの重低音がやや耳障りに過ぎた。
 周囲を見渡せば、砂漠の随所で赤い炎が空へと向かい、たなびいていた。
 無数に立ち上る炎は、ざらついた赤黒い舌でもって、夜空を舐めまわしては大気を焦がし、艶っぽい漆黒の空に爛れた赤い斑点を無数、散りばめた。
 炎立ち込める夜空を、無数の銃弾が横切っていく。
 無数の鉄の雨が、黒い驟雨となって爆音と共に砂の大地を抉りぬき、爆炎と共に砂塵を巻き上げた。
 砂と炎で歪められた視界のもとで、けたたましい足音を鳴らしながら、巨大な人影が、一つ、二つと闇夜の砂漠を横断していく。
 鉄の足音が徐々に数を増してゆくに従い、砂漠には、一機また一機と巨大な人影が姿を現した。
 子細に巨大な人影を窺えば、それが人ならざる者であることが容易に分かった。
 巨大な人影は、人間同様の体幹を持ち、人間とよく似た頭部と四肢を有していたが、その身の丈は砂丘ほどあり、彼らの肌は血の通わぬ無機的な鋼鉄により覆われていたからだ。
 分厚い鋼鉄の胸板が、赤黒く濁って見えた。鋼鉄の肌で覆われた顔面のもとで、窪んだ眼窩に嵌めこまれた赤黒い瞳は、生命力無く淀み、機械的にただ明滅を切り返していた。
 彼らは鉄の軍靴で白砂の大地を無遠慮に踏み鳴らしては、銃砲を打ち鳴らし、わが物顔でそこかしこを闊歩してゆく。
 鉄機兵ガーディストームの姿がそこにある。
 この巨大な鉄機兵が、数多群れを成して、続々と砂の大地へと殺到してきたのだ。
 眼窩に灯った赤黒い眼光が、暗闇の中で歪に揺らめいていた。無数の赤黒い鬼火は、さながら不気味な葬列の様に、いかにも厳粛とした様子で長い列を敷きながら、じわじわと砂漠を浸食してゆく。
 最も、新月は、無数に連なる赤黒い点の集簇を一切の感慨無く俯瞰するだけだった。新月にとっての重要事項とは、いかにして敵を殲滅するかという事に集約される。
 故に新月は息を潜めて闇の中に身を隠し、前脚に力を込めては奇襲の瞬間に備えた。
 機械兵らは、まるで光に引き寄せられる夜の虫の様に、砂漠の中の一点へと向かい遮二無二に地を駆けてゆく。
 機兵らの向かう遥か先、翡翠の微光を全身にまぶした小さなプラント都市が、どこか窮屈そうに砂漠の中に身をうずめる姿が見えた。
 おそらく、あの小型の都市が彼らの目的地なのだろう。
 しかし、機兵らが黒波の様に大地へと溢れ出し、そうして彼らの進軍先であるプラント都市へと向かおうとも、彼らの行軍はその悉くが中途で遮られたのだ。
 新月は、理知を湛えた銀の双眸をにわかに細めると、遠景を注視する。
 黒い波濤が石堤へと勢いよく打ち付け、水飛沫をあげながら砕けてゆくように、隊伍を組みながら前進を続けるガーディストームの群れもまた、半ば程、砂漠を進んだところで、なにかに阻まれるようにして突如、四方へと弾かれ、四散していった。
 一機、また一機と鉄機兵らが火の粉を爆ぜながら、爆散し、砂の大地へと巨体を埋めてゆくのが見えた。
 崩れ落ちてゆく機兵らの中を、人影が走り抜けていく。人影がガーディストームの間を縫うようにして疾駆していった。
 ガーディストームが迫るたびに人影は、時に鋼鉄の拳を突き出し、時に背負った大剣を袈裟切りに振り下ろした。
 鋭い銀色の閃光が一条、二条と闇夜を切り裂くたびに、ガーディストームが続々と両断され、舞い散る火の粉が、金砂の鮮烈さで薔薇の大輪を夜空に咲かせた。
 淡い人影は、五体よりなるガーディストームの斥候部隊のことごとくを切り刻むや、間髪入れず後方へと飛びのき、次なる敵部隊への強襲に備える。
 ふと、中天にかかった三日月が、蒼白い月光でもって砂上の人影を照らし出した。
 銀青色の光の中、半身を機械で覆われた美丈夫が雄々しく胸を張り、佇立している。
 染み一つない乳白色の滑らかな相貌のもと、澄んだ鼻梁がせり立っていた。焔を宿した左目が、無慈悲な光を湛えつつ、押し寄せるガーディストームを静かに見据えていた。
 半機人の青年。彼の名を知らぬものはおそらく、DIVIDE世界には存在しなかろう。
 そう、特務機関DIVIDEにおける最高司令官、アダム・カドモン長官の姿がそこにはあったのだ。
 孤軍奮闘戦う長官を、新月は、新鮮な感情で見守っていた。
 というのも、新月は長官自らが直接に戦場に臨むという事をこれまで目撃したことが無かったからだ。
 そのカドモン長官が、今、別世界で刃を振るっている。かつて、DIVIDE世界のために戦う事を選んだ長官は、別世界においても人々を守る刃となり盾となることを選んだのだ。
 新月は、カドモン長官の中に、決して色褪せる事のない気高い精神の格調を見た気がした。
 そして平素、薙いだ湖面の様に落ち着き払った自らの心が、激しく高揚するのを感じた。
 心の臓が仄かな熱気を帯びながら、心地よく鼓動を始めた。両の眼に熱いものが走り、自然、鋭い口角が心地よげに上方へと三日月を描いた。
 ――あぁ同じだ。
 と、新月は一人、内心で呟いた。
 これまで新月は、DIVIDE世界における多くの依頼に携わってきた。そして、デウスエクスと戦火を交える中で新月は多くのケルベロスらと共闘を果たした。
 その一人一人の眼差しを新月は脳裏にはっきりと記憶していた。
 そして、彼らの眼差しは、今まさに一兵卒として戦うカドモンのそれとぴたりと符合して見えたのだ。
 目の前のカドモンとこれまでDIVIDE世界で関わって来た無数の戦友の姿が新月の中で自然と一つに重なって見えた。
 そうだ、カドモンが人類へと協力を申し出てよりDIVIDE世界に根付かせてきた精神は、28年の時をかけて、DIVIDE世界で花を開いたのだ。
 かの世界のケルベロス達は、人知れずにカドモンの気高い意思を継承し、彼の精神の体現者となったのだ。
 DIVIDE世界が、必ずしも安定しているとは言えないことを新月は理解していた。だが同時に、自らの生まれ育った世界が長官一人の不在によって直ちに崩落するほどに、脆弱なものであるとも思えなかった。
 長官の意思を継ぐ無数のケルベロスが世界を支えているからだ。
 新月は、柄の間、目を閉じる。
 ふと、網膜に赤いマフラーをたなびかせながら、生真面目そのもの表情をこわばらせる少女の姿が浮かび上がった。
 再び、新月が目を開いた時、少女は残影と化し、カドモン長官へと溶け込んでいった。
 ふと新月の口元が柔和そのもの綻んだ。
 微笑というにはぎこちなく、かといって笑みという以外には形容する事の出来ない、仄かな表情の変化が新月の口端に刻まれていた。
 少女の残影を砂塵の中へと見送り、新月は一歩を踏み出した。
 ならば、自らはあえて慣れ親しんだDIVIDE世界の事を一時忘却しよう。
 この血と硝煙で塗り固められた世界に吹く一陣の風となり、アダム・カドモン長官に勝利を運ぶことを約束しよう。
「――俺も助力しましょう」
 新月は誰に言うでも無く独りごちた。
 そうして前脚で大地を踏み抜けば、全身が軽やかに宙を舞った。心地よい浮遊感が全身を走り抜けていった。
 宙を泳ぐようにして空を進みながら、新月は砂の大地すれすれを高速で飛翔してゆく。
 再び、前脚で大地へと着地した時、踏み抜いた第一歩目の足音がかなり遅れて鼓膜を打った。
 新月は、二歩目、三歩目を踏み抜いた。左右に身を振りながら、足取り軽やかに前傾姿勢で疾駆を続けてゆけば、新月の全身は文字通り、黒い旋風となって低空を駆け抜けてゆく。
 こみあげてくる正体不明の感情を吐き出すように新月は、足早に歩を踏み抜いた。ものの数十秒の疾駆の間に、長官やガーディストームの群れが新月の目の前に躍り出た。
 群がる敵影の輪郭が、月明かりと爆炎に煽られて、明瞭と浮かび上がる。鉄の機兵らが乱舞する中で、カドモン長官が、押し寄せるガーディストームを切り裂くのが見えた。
 高揚感とも呼ぶべき感情の高鳴りは、新月の中でますますに高まり、感情はそのまま奇跡の力へと性質を変えていく。
 四肢の血脈を通して、奇跡の力が全身へと充溢していくのが分かった。吐く息にすら、残滓が漂っているように錯覚された。
 疾駆ざまに新月は周囲を子細に観察する。
 鉄機兵は切り伏せられても尚、暗闇の中から続々と現れてはカドモン長官のもとへと押し寄せてくる。連なる機影は、遥か遠方の闇へと向かい、長い長蛇の列を未だ作っていた。
 カドモン長官の足元には、物言わぬ鉄屑と化した鉄機兵ガーディストームの残骸が数多山積している。友軍およびカドモン長官の奮戦により、夥しい数の敵機が戦場の露と消えたのだ。
 一目したところ、無尽蔵に存在するかに思われた敵機だったが、息絶えた敵機と闇夜に浮かび上がる赤点の数から類推するに、敵が有限であるばかりか、むしろ既に半分近い兵力を喪失したであろうことを新月は知る。
 おおよその目算だが、残残する敵は二百機強といったところだろうか。
 そして新月は、ここに半ば勝利を確信した。
 たしかに自らを含めて数人程度の友軍と二百を超える敵との間には数の上での懸隔が存在する。
 しかし純粋な戦力面という意味では彼我の戦力はほぼ伯仲しているだろうと、新月は見ていた。一重に新月らが使役するユーベルコードが、数という戦いにおける絶対的な要素を希釈するからだ。
 となれば新月が追求するべきは、現状五分と五分で推移する戦況を、七分かた程、自軍優勢に傾ける事にあり、ひいては、いかなるユーベルコードを使役してより円滑に目的を達成するかという事に考えは終始した。
 脳裏に浮かぶ可能性を一つ、また一つと棄却していく。
 敵の群れへと駆け上がる傍らで、新月は激しく思考を巡らせたのだ。
 気づけば、敵影が、間近に迫る。鋼鉄の機兵が赤黒い瞳が剥き出しにして、鋭い眼光で新月を貫いた。
 同時に新月は、ここに最適解を導き出す。
「現れ、写し、砕く――」
 右足で砂の大地を蹴り上げれば、砂埃が舞い上がり、薄絹の靄となって周囲へと立ち込めていく。
 更に一歩を踏み出せば、鉄機兵との距離はますますに詰まり、無慈悲な鉄の銃口が新月へと牙を向いた。
 銃口の前に身を躍らせながらも、新月は一切、怯むことは無かった。
 鉄の銃口が爛れた炎の息を吐きだした。けたたましい銃声と共に、空の薬莢が砂の大地へと身を横たえ、数多の銃弾が新月を襲った。
 しかし、今や新月の意識は極限まで濃縮され、時間感覚は限界まで引き延ばされていた。
 銃弾は、まるで凍り付いた時の中で静止したかの如く、緩慢と新月へと向かうばかりであった。
 新月がわずかに身を左方へと切れば、無数の銃弾は新月の肌先三寸を掠めながら後方へと虚しく飛び去っていった。
 最低限の回避行動で、自らを襲う銃弾をいなすと、新月は、脳裏にて浮かび上がったユーベルコードに合わせ、暴発寸前まで奔騰した奇跡の力に形を与えていく。
「――此方は白紙のオベリスク」
 新月の声音が、清浄の調となって闇夜の中に木霊していく。
 言の葉を重ねるたびに、声音に籠められた奇跡の力の奔流が、泡だつ白い光となって、溢れ出していく。
 束の間、闇夜が純白に漂白され、視界が白一色で塗りつぶされた。
 光が渦を巻きながら高まり、そうしてゆるやかに消褪していけば、砂漠地帯には奇跡の御業の産物が虚空より産み落とされていく。
 砂漠地帯の至る所で白い揺らめきが陽炎の様に立ち上るのが見えた。無数の鉄機兵を囲む様に、白煙とも見紛う白い揺らめきが風雅そのもの身をくねらせていた。
 白煙は揺れ動きながらも、徐々にそのぼやけた輪郭を確固としてゆき、ついぞ尖塔へとその身を変貌させると、乳白色の壁面を暗紫色に煌めかせるのだった。
 そこにあるは、白紙のオベリスク。――古代世界のモニュメントを彷彿とさせる尖塔が、おおよそ百と五十、なんの前触れもなく砂漠に現出したのである。
 無数の鉄機兵を囲む様にして、百と五十にも及ぶ大量のオベリスクが砂漠に控えている。
 ――この白亜のオベリスクこそが、新月の切り札だった。
 白壁の睥睨が、束の間、鉄機兵の足を止めた。
 最も、意思なき機械の群れが静止したのは一瞬の事で、彼らは、尖塔が障害になりえぬと直ちに判断するや、背負ったスラスターを駆動させ、立ち並ぶ尖塔を突破すべく滑走を始めた。
 鉄機兵の群れが、尖塔目掛けて猛然と迫る。
 群がる鋼鉄の猛獣を前にして、しかし、白亜の尖塔は微動だにすることなく静止したままだった。
 尖塔は、水鏡の様に研ぎ澄まされた尖塔の壁面に暗紫色の光を滲ませながら、鉄機兵の群れを冷笑でもって出迎えたのだった。
 けたたましい駆動音をあげながら、鉄機兵が尖塔間近に殺到する。
 両者の距離が近づき、鉄機兵の鋼鉄の胸板が、白紙のオベリスクの距離が肉薄した。
 そうして、ガーディストームが林立する尖塔を一挙に突破せんとしたまさにその瞬間、しかしガーディストームの一団は、何を思ってかぴたりと足を止めた。
 まさに尖塔目前まで迫ったガーディストーム達は、まるで壊れかけのブリキ人形の様に関節部を軋ませ、ぎこちなく手足を攣縮させては、踵を返すのだった。
 赤黒い瞳が忙しなげに明滅していた。
 尖塔に背を向けるや、ある者は来た進路をそのまま逆行してゆき、またある者はカドモン長官や新月へと向けていた火砲を味方へと向け、乱射する。空へ向かって機銃を斉射するものがあり、ジグザグに大地を駆けながら後続部隊へと雪崩込み、自壊を果たす機体すら現れた。
 それまで理路整然と隊伍を組み、一心不乱に進撃を続けていた鉄機兵らが、てんでばらばら砂上を彷徨い出したのである。
 この異常事態はもちろん、新月のユーベルコード『ブランクオベリスク』が引き起こしたものだ。
 新月のユーベルコード『ブランクオベリスク』を、単純に威力という点から見た場合、その真価を窺い知ることは出来はしないだろう。
 ブランクオベリスクによって生み出される白亜の尖塔は、ガラス細工や紙細工程度の強度しか有していなかったし、内部にはもちろんのことだが、火器の類などは内包されていなかった。
 仮にこの技を物理的に運用したとすれば、尖塔は鋼鉄を身に纏った鉄機兵の装甲により粉みじんに粉砕されただろうことは火を見るよりも明らかだった。
 だが新月は、生み出したオベリスクを単なる攻撃の手段として使役しようとはしなかった。
 むしろ新月がオベリスクに期待した役割とは、電波塔としてのそれだった。
 暗紫色を帯びた壁面が、乾いた捻髪音が音を上げていた。目を凝らせば、尖塔の壁面よりは羽毛の様な雷が一条、二条と尾を伸ばしていた。
 そう新月は、脆弱なオベリスクを雷の魔力で帯電させることで、強力な力場を発生させたのである。新月は、いわば尖塔の一本、一本を強力な電界を生み出す基地局とすることで、強力な電波を発生させ、遠方より絶えず送信される命令信号を相殺し、ガーディストームらの神経系統を異常信号で上書きしたのである。
 結果、ガーディストームらは統制を失いそれぞれが野放図に行動を開始したのである。
 現状、ガーディストームの軍団の中には、同士討ちを始める機体も現れる始末である。辛うじて電波障害を免れた機体も存在したが、そうした個体はすかさず新月が爪撃で無力化していく。
 新月は、生身であったために小回りも利いた。混乱した敵機を盾にしながら、大地を駆けてゆけば敵機には労せずに取りつくことが出来た。
 音も無く敵機へと忍び、そうして急所目掛けて爪を突き立てる。そのたび、鉄機兵は自らの身に何事が起ったのか理解出来ぬままに、落命するに至るのだった。
 押し寄せる鉄機兵ガーディストームの悉くが、ブランクオベリスクによるジャミングの網に絡めとられていく。
 一機、また一機と巨大な鉄の機兵が砂の大地へと崩れ落ちていくのが見えた。新月のユーベルコードの発動に気づいてか、カドモン長官が積極的に攻勢に打って出たのだ。彼は、もはやすべての神経を攻勢にもに傾注することが出来た。繰り出された剣戟が、ガーディストームを次々と切り裂いていく。
 無秩序に放たれた火砲が虚しく空を砂漠を横切っていく。焔に飲まれ、鉄機兵が崩れ落ちていった。機銃の乱射がガーディストームの装甲に鋭い牙を突き立てた。
 百を超えたガーディストームの第三陣が、瞬く間にその数を減らしていった。そうして新月が自らの鋭い爪でもって最後の一機を貫いた時、最後の一機たる鉄機兵が、力なく砂の大地へと身を横たえた。
 銃声が止み、けたたましく鳴り響いていた破裂音が鳴りを潜めた。巻き起こる砂埃が晴れ、暗紫色の光子が綿雪となって大地へとしみ込んでいく。
 無数のオベリスクが、その輪郭を闇と一体化させてゆき、蜃気楼の様に大気へと溶け込んでいくのが見えた。束の間の静寂が闇夜へとのしかかった。
 砂塵と炎の揺らめきに満たされた世界が、宵闇にとって代わられた。降ろされた夜の帳が、物言わぬ無数の鉄の残骸を穏やかに抱きかかえてゆく。
 水をうった静けさだけが周囲には木霊していた。
 ろくな交戦も行えぬままに鉄屑となり果てたガーディストームの大群は、この静寂の中、白砂の抱擁のもと、永久の眠りについたのだ。
 森閑と佇む砂漠の中、新月は指先にこびりついた黒褐色のオイルをぬぐい、再び大地を踏みしめた。
 ふと横目にアダム・カドモン長官と目が合ったが、しかし、新月は彼への挨拶は、あえて軽い目配せ程度の目礼にとどめ、間髪入れず、次なる戦場へと急行していくのだった。
 戦況が落ち着くまでは、無用な会話は不要であると考えたからだ。
 どうやらカドモンもまた新月と考えを同じくするようで、彼は、新月同様に無言のままに会釈を返すや、次なる敵の一団へと狙いを澄まし、砂の大地を大地を駆け上がっていった。
 今、クロムキャバリア世界にて二対のケルベロスの牙が夜空に走る。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エミリィ・ジゼル
アダム・カドモンは早くケルディバに帰って仕事してくだち!
長官職から逃げるな

とりあえず彼がさっさと帰還できるように都市を守りましょうか
このままだとケルディバの戦争時に長官不在とかになりかねませんし

UC「自分より背が高いやつ絶対ぶち殺しビーム」を使用し、迫りくるキャバリアたちを片っ端からビームで血祭りにあげていきます
相手は直進主体なので【弾道計算】もしやすいでしょう

ビームの対象にはたぶんアダム・カドモンも含まれると思いますが、長官は強いのできっと自力で回避すると思います
がーんばれ、がーんばれ



 星明りを道しるべに、夜の砂漠を急ぐ。
 夜半ともなれば、砂の大地は一挙に気温を下げ底冷えした冷気を孕む。
 冷気に撫でられれば、白磁の頬は自然と仄かに赤らみ、防寒性に乏しいオペラグローブが薄く張り付くだけの二の腕が粟立った。
 吐息が糸くずの様になって、凍り付いたように青く澄んだ夜空へと立ち上っていく。
 この冷え冷えした夜の砂漠を往きながら、エミリィ・ジゼル(かじできないさん・f01678)が、思いを巡らせたのは、現在行方不明中のアダム・カドモン長官その人についてだった。
 突然の失踪に続き、カドモン状態の現在を予知で知り、エミリィは愕然とした。
 それもそうだ。なんせかの長官は、颯爽とDIVIDE世界を去り、職務怠慢上等、別世界で転戦を繰り返しているらという事だ。
 そんな予知を耳に挟んだ時、自然、エミリィはゲートを潜り、そしてクロムキャバリア世界へと足を踏み入れたのだった。
 ――モノ申さなければいけない。
 胸中に抱いたそんな想いが、ざらついた感触で肌を撫ぜる砂風や、重苦しい冷気を幾分も和らげ、エミリィをここまで誘ったのだ。
 そして、エミリィの目標は既に目と鼻の先まで迫っている。
 エメラルドグリーンの瞳を瞠目させ、砂漠の一隅へと鋭い視線を注げば、ぼんやりと山影が霞んで見えた。そこに垣間見えた人影を前に、たまらずエミリィの薔薇の唇が綻んだ。
 両の足が躍るようにして砂上を踏みしだいた。白のフリルで飾られたゴシック調のメイド服が、エミリィの挙止に合わせて優雅に裳裾を翻し、まるで白波のようにはためいた。
 一歩、一歩を軽やかに踏みしめてゆけば、無数のエミリィの足跡が後方の足場に連なっていく。
 瞬く間にエミリィは、どす黒い低山が連なる砂漠地帯の一隅へと躍り出るのだった。
 砂漠の一角にて、視界を覆いつくすようにして無数の山々が丈高く控えている。それまで、せいぜい砂丘が散見される程度だった平坦な砂の大地へと、突如、複数の低山が夾雑したのである。
 エミリィの鼻腔へと、粘っこい刺激臭が充満した。
 火薬と重油、そして鉄とが混淆し、その末に醸成された戦場特有の香水の香りがそこかしこから立ち込めていたのだった。
 匂いの発生源を追ってゆけば、自然、周囲に控える黒山へとたどり着く。
 荒っぽくせり立つ山肌が、月光を浴びて、爛れた黒色の光沢を滲ませていた。
 黒山からは重油の様な染み出し、それらは山肌を伝い白砂の大地へ流れ落ち、そうして大地をどす黒く染めていた。
 山と思しきものはその実、鉄屑の集積である事に直ちに気づく。
 そこには、抉られた抉られた鋼鉄の胴体が横たわり、砕かれた四肢が数多、積み重なっていた。
 黒山は、つまりは敵部隊の残骸の集積である。
 これまで、カドモン長官とそして友軍猟兵によって打ち捨てられた鋼鉄兵『ガーディストーム』の遺骸が、砂漠の随所に物言わぬ黒山を築いたのである。
 そして、遺骸の山を築いた主犯格は、エミリィと七間程の距離を隔てた斜め前方で、悠然と大剣を構えながら遥遠景を睨み据えていた。
 そこには大剣を大地へと突き刺し、胸をそびやかす青年の姿があった。櫛比した金色の頭髪が、風にあおられて闊達とした様子でなびいていた。
 顔面以外の大部分を機械で塑形された半機人の青年、アダム・カドモンは向かい風の中、凛然とした挙止のもと、背をそびやかしている。
 エミリィが、こんな辺鄙な砂漠くんだりまで足を運ぶきっかけを作った張本人は、今、砂漠にて黄昏ていると北。
 この人騒がせな長官殿を連れ戻すために遠路はるばる、砂漠の中をエミリィはひた歩いてきたのだ。
 そしてこともあろうに、カドモン長官は、そんなエミリィの苦衷など知らぬ存ぜぬと言った風に、前方を睥睨する始末である。
 ふと、エミリィの耳朶に、甲高い機械音が振れた。
 致し方なく、カドモン長官に視線を這わせてみれば、前方にてごうごうと砂嵐が立ち込めていることに気づく。
 甲高い雑音は、どうやら砂嵐の中から轟いているようだ。
 エミリィが翡翠の瞳を細め、そうして砂嵐を凝視してみれば、ぼけた砂塵の帷帳の中、人の姿を模した無数の黒影がうすぼんやりと浮かび上がって見えた。
 人影は、三々五々で隊伍を組みながら、砂埃を巻き上げ、カドモン長官目指して大地を浸食してゆく。
 人影が左右に揺れ動くたびに、赤黒い燈火が左右する 
 おおよそ、百を超える赤黒い燈火が砂嵐の中で蠢いていた。無数の鬼火は、砂嵐を歪に照らし出しながら、徐々に徐々にとカドモンやエミリィのもとへと近づいてくる。
 この不気味な赤光の数だけ、鋼鉄の機兵『ガーディストーム』は存在するのだろう。
 エミリィが、子細に瞳の数を数えていけば、それらはちょうど、百を超えた。なるほど、少なく見積もっても百機にも及ぶ大量の鉄機兵が、今、エミリィら目掛けて襲い掛かってくることが推察された。
 カドモン長官が、腰をかがめ、疾駆の体勢を取るのが見えた。機械造りのしなやかな肩元がぐっと落ち、長官の焔の瞳がますますに火勢を増した。
 今まさに、敵陣へと単騎飛び込まんとするカドモン長官の背中を静かに見つめながら、ついにエミリィは、それまで必死に答えていた言葉を一気に吐き出した。
「長官職から…逃げるな!」
 銀糸を引くような声音が砂漠に木霊した。
 瞬間、今まさに敵軍へとなだれ込まんとしたカドモン長官が、ガクリと膝を折る。
 カドモン長官が、恐る恐るという様子で後方へと振り返るのが見えた。
 突如、自らへと放たれた叱責の言葉が堪えてか、振り返ったカドモン長官の紅玉の隻眼が、いかにもばつが悪そうに動揺していた。平生は冷静沈着で知られる長官の端正な面差しに、困惑の色が広がっていた。
 カドモン長官は、しばし視線を虚空に彷徨わせると、ゆっくりとエミリィへと視線を戻す。
 まるで、捨てられた子犬の様な、哀愁を感じさせる赤銅の瞳が、エミリィを見つめていた。
 しかし、エミリィは追撃の手を緩めるようなことはしなかった。微笑をますます濃くしながら、青年へと追い打ちをかける。
「早くケルディバに帰って仕事してくだち!」
 エミリィの辛辣な、それでいて真理をついた一言にカドモン長官が、ビクンと肩を竦めた。まるで教師に叱責された生徒の様に、長官は消沈気味に肩を落とす。
 赤銅の瞳が、伏し目がちに地面へと視線を落とす。
 気まずい沈黙の中、カドモン長官が口元をもごもごと動かした。
 長官は、不明瞭な言葉をしばし口ごもっていたが、ようやく覚悟を決めてか、絞り出すようにして、言い訳じみた答弁を行う。
「…わ…私は無辜の民を守るために――」
「仕事してくだちい!」
 カドモンの言葉を遮って、畳みかける。
 有無を言わさぬ口調で、カドモン長官の言葉を遮れば、気迫に押されてか、カドモン長官がじわりと後ずさった。
 淡々とした少女の譴責は、清廉恪勤で知られるカドモン長官には特に効果てき面だったようだ。
 暴政に唖然と立ち向かい、侵略者に反旗を翻した正義の人は、その公正さや実直さゆえか、エミリィの正論の前には、しどろもどろといった様子で押し黙るばかりだった。
 カドモンは、まさに二の句も継げぬというありさまで、目をぱちぱちと瞬かせるばかせながら、立ちすくむばかりであった。
 砂礫まじりの風が、カドモン、エミリィのやり取りをどこか微笑まし気に眺めながら、彼方へと吹き抜けていった。
 しばし口を噤んでいたカドモン長官であったが、優しい微風に背を押されてか、おずおずと顔をあげると、エミリィをちらちらと眺める。
 そうして。
 ――すまぬ、と言葉短く言い放つと、長官は、まるで逃げる様にしてエミリィから背を向けた。
 脱兎のごとく、カドモン長官が、迫り来るキャバリアの群れへと向かい、一気呵成に攻めあがっていくのが見えた。
 遠ざかってゆくカドモンの背中を見送りながら、エミリィは軽く肩を竦める。
 なにもエミリィは、こんな物寂しい砂漠地帯へと物見遊山のためだけに足を運んだわけはない。また、長官へと小言をぶつけるためだけに―もちろん、その意図は多少はあったが―遠路はるばる戦火に身を置いたわけでも無った。
 エミリィの最大の関心事は、DIVIDE世界の安定にあった。
 日ごとにきな臭くなっていくDIVIDE世界において、戦乱の予感は日ごとに増していった。
 仮に今この瞬間に大戦が起きるようなことがあれば、DIVIDEにおける意思決定の責任者たるアダム・カドモンを
欠く人類側は、致命的な痛手を被るだろう。
 戦いの勝敗とは、兵器の質や量以上に、それを支えるロジスティクスであったり指揮官の采配に左右される。
 故に、エミリィは人好きな長官を早々に帰還させるため、自らもまたこの戦乱渦巻く世界へと武力でもって介入し彼をサポートする事を決めたのだ。
「まっ、長官がさっさと帰還できるようにサクッと敵を倒して、都市を守りしょうかね」
 去り行く長官の背中へとぽつりと言い放つ。心情は吐露できたし、とあれば、あとは早々に敵を殲滅し、カドモン帰還のために一躍買おう。
 エミリィは、左手を振り上げるやさっそくユーベルコードを発現させる。
 溢れ出す奇跡の力を指先に集積させ、手慣れた挙措でもって夜空をなぞっていけば、虚空より燈明の如き微光が突如、奔出した。
 踊る指先が中空を彷徨うたびに、光はますますに奔騰し、集簇と離散を繰り返しながら無数の光の斑点を夜空へと描き出していく。
 目前では舞いあがる砂嵐がますますに勢いを強めていた。耳朶を揺らす程度だった雑音は、今や地鳴りにも似た巨大な騒音となって、乾いた砂の大地を乱暴に殴りつけていた。
 立ち込める砂塵を切り裂いて、一機、また一機と黒鋼の機兵が姿を現した。
 八体からなる鋼鉄の機兵が、四方からカドモン長官へ取りつくのが見えた。
 カドモン長官の姿が、八機の鉄機兵によって完全に覆い隠された。もちろん、カドモン長官もただただ敵の攻撃を許すつもりは無いようで、彼は背負った大剣を横薙ぎし、自らに押し寄せる敵機兵を振り払っていく。
 一機、二機とガーディストームが砂の中へと身を横たえるのが見えた。
 しかし、一機を失えば、損失を補う様にしてそれに倍するガーディストームが間髪入れずにカドモン長官に押し寄せてくる。
 八機のキャバリアによる強襲が呼び水となり、後続の部隊が雪崩をうった様にカドモン長官へと群がっていく。
 砂漠の一隅が、押し寄せた無数のガーディストームの群れによって騒然となった。
 カドモン長官は、今や幾重にも連なるガーディストームの大群の中に埋もれた。
 そして、この状況こそが、まさにエミリィが心より待ち望んだものであったのだ。
 ガーディストームは餌に食らいついた間抜けな獲物と言ったところだろうか。
 一心不乱にカドモンに押し寄せたために、彼らは一か所に密集し、結果、エミリィのビーム砲の射程に無防備に身をさらけ出すこととなったのだ。
『自分より背が高いやつ絶対ぶち殺しビーム』
 名は体を表すというが、このユーベルコードほど、その体を雄弁に物語る技は存在しまい。
 ユーベルコード『自分より背が高いやつ絶対ぶち殺しビーム』とは、まさにその名が示す通り、長身なるすべてのものを高出力のビーム砲で焼殺する、奇跡の御業である。
 エミリィの四方八方にて描かれた光の斑点は、そのすべてが高出力ビームの砲口であり、奔出する光の粒は亜高速まで加速された粒子の残滓であった。
 敵機は当然の事、エミリィより丈高い。そのすべてがビームの的と相成った。
 加えて、直進主体の敵機動はあまりにも単調に過ぎた。つまり、エミリィは、複雑な弾道計算などを用いずとも容易に敵を撃ち抜くことが出来た。
 最早、エミリィがなすべきことは、鎮座する砲口からビーム砲を解き放つだけだった。
 唯一の危惧と言えば、ガーディストームに取り囲まれたアダム・カドモン長官の存在である。
 このビーム砲は特性上、範囲内におけるエミリィより背高い標的へと無差別に矛先を向ける。エミリィとカドモンの身長差を考慮すれば、必然、ビームは彼の事をも攻撃の対象と認識するだろう。
 エミリィはたまゆら、思索する。
 ――まぁ、長官は強いので自力で回避するでしょう。きっと。…たぶん?
 そうして、ただちに、不安要素は否定された。
 エミリィはふふんと心地よげに吐息を吐き出すと、次いで一指し指と薬指を擦り合わせる。
 指と指とが擦れあい、乾いた音が木霊する中、まさにそれを合図に虚空を彩る無数の斑点が一斉に白光を吐き出した。
 宵の空が一瞬、夜明けを彷彿とさせる黎明の光で満たされた。
 白みがかった空のもと、空には幾条もの光の矢が走り、それらは、銀白の尾を長く曳きながら群がるガーディストームの集団へと殺到すると、そのことごとくを巨大な光の大腕で抱きかかえた。
 眩い光の中で、黒影が苦しげに身を捩らせ、見る間に委縮していくのが見えた。奔騰する光にかみ砕かれ、洗われ、黒影が人としての原形失い、次いで不定形の陰影と堕し、ついぞ、灰の様になって霧散してゆく。
 光が彼方へと駆け抜けて、再び濃い闇が戻ってくれば、すでにそこにはガーディストームの機影は存在せず、ただ一人辛うじて生き残った半機人の青年アダム・カドモンがくたびれた様に肩で息をしている姿が伺われた。
 石膏細工の面立ちは、煤で黒く染まり、金色の頭髪にはやや焦げ目がついたように見えたが、幸いにも大事には至ってはいないようだった。
 エミリィがにんまりと微笑を送れば、カドモンが苦笑でもって返事した。
 おおよそ、百近い敵を、エミリィは一瞬にして焼殺してみせたのだった。
 結果、敵軍の後続部隊はついに途切れ、周囲に静寂が満たした。
 静まり返った大砂漠にて、火の手が一つ、二つと上がるのが見えた。
 立ち上る炎に気づき、エミリィが前景を遠望すれば、遥か彼方の敵陣容で焔の揺らめきが確認された。
 エミリィ同様に友軍も奮戦を続けているのだろう。既に敵の本陣は、友軍の強襲により各所で分断され、細切れ状態になっているようだ。
 すでに敵軍は、軍団としての機能を保つことは叶わないだろう。遠間にて、一機、また一機とガーディストームの眼窩より赤黒い眼光が失われていくのがはっきりと伺われた。
 間もなく、火の手は止み、ついで大砂漠全体に静かなる夜が訪れた。
 未だ敵の首魁は姿を現していないものの、ここに猟兵達は悪辣なる侵略者の第一の矛を完全に打ち砕いたのである。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『ファーストヒーロー『ピーピング・トム』』

POW   :    オーダートゥオープンファイア
【全武装を遠隔操作可能なオブリビオンマシン】が自身の元へ多く集まるほど、自身と[全武装を遠隔操作可能なオブリビオンマシン]の能力が強化される。さらに意思を統一するほど強化。
SPD   :    電光石火のクライムファイター
【改造グローブとマーシャルアーツで連続攻撃】を放ち、命中した敵を【気絶させる電気ショック】に包み継続ダメージを与える。自身が【プラントへの破壊工作を中断】していると威力アップ。
WIZ   :    ジャッジメント・デイ
自身の【クラッキングで侵入した最終防衛システム】から、自身の技能どれかひとつを「100レベル」で使用できる、9体の【決戦兵器】を召喚する。

イラスト:アルカリ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は戒道・蔵乃祐です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 寒風が吹き募れば、濛々と舞い上がった砂塵が互いに絡み合い、金糸の鮮やかさで糸を引き、流れていく。
 凍てつく宵闇の帳のもと、金糸の刺繍が仄かに浮かび上がっていた。
 差し込む月明かりが、狂おしいまでの銀の微光でもって宵闇に浮かぶ金糸に銀粉を振り撒いた。
 金と銀との二色の彩光の混淆の元、宵空は幻燈の煌めきに満たされる。
 ゆらりと揺れた影は、亡者であったのか、それとも、砂漠が生み出した陽炎であったのか。
 砂漠の中腹にて、揺れる複数の影を目の当たりにした時、カドモンが感じたのは、人ならざる者の気配であった。
 神聖さや畏敬の念すらも感じる、神にも似た超常的な存在感をアダム・カドモンはかの男、ファーストヒーロー『ピーピング・トム』から感じ取っていたのである。
 かつては、ザ・スターの同志として暗躍していたこの男は、なんの因果か、現在はプラント破壊を生業に各都市の襲撃を続けていた。
 風貌に関して言うのならば、彼はやや瘦身気味な童顔気味の青年であったし、服装に関しても、黒のパーカに青のホットパンツ、青の薄手のジャケットを簡素に羽織ったその姿はDIVIDE世界における学生のそれを彷彿とさせた。
 だが、青年の眼光の鋭さや彼の異能は、紛れもなく、脅威であろう。
 青年が左手を高らかと振り上げ、指揮者よろしく優雅に一振りすれば、突如、青年の後背より数多の鉄機兵『ガーディストームの群れ』が駆けつけ、ファーストヒーロー『ピーピング・トム』を守るようにして、分厚い陣列を彼の前方に幾重にも連ねるのだった。
 甲高い駆動音が響いていた。
 ファーストヒーロー『ピーピング・トム』は一切、口を開くことなく、ただ星空を仰望していた。
 緑玉の瞳は、憂愁の色を帯びていた。切れ長の目じりが、沈鬱げに下方へと斜傾している。
 彼の本意は分からない。だが、寂寥感を漂わせる彼の姿にアダム・カドモンは狂信者特有の苛烈さの影を垣間見た気がしたのだ。
 背負った大剣をアダム・カドモンは構える。
 カドモンに気づいてか、ファーストヒーロー『ピーピング・トム』が再び魔法の指先を一振りする。 
 ファーストヒーロー『ピーピング・トム』へと突撃を試みるカドモンの元へ、無数のガーディストームの群れが襲い掛かった。
 今、再び戦いの幕が切って落とされた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
 ボス戦になります。
 敵は、ファーストヒーロー『ピーピング・トム』と彼が従える無人機『ガーディストーム』になります。

・ファーストヒーロー『ピーピング・トム』×1
・無人機『ガーディストーム』×200

プレイングボーナスは、戦況によって変化します。
(前半)ガーディストーム対策を行う事。
(後半)アダム・カドモンと協力する事。
となっています。
🔵×6獲得時点で前半→後半と切り替わる予定になっています。切り替わりのタイミングは、タグ欄でお知らせしますので、参考になさってくだい。
ハル・エーヴィヒカイト

連携○
キャリブルヌスに[騎乗]

数が多いな……仕方あるまい
「この無人機群はこちらで引き受けましょう。ご武運を」
長官にそう宣言すると刀剣の群れによる[乱れ撃ち]で道を開く
長官を先に行かせると長官と無人機群の間に割って入り[結界術]を展開
長官を領域の向こうへ、ボスを除く可能な限り多くの敵の群れを領域の内側へ分断する

ボスがこちらへ攻撃を仕掛けてくることも考えられる
[気配感知]を総動員し、ボスの攻撃が来た場合[心眼]で[見切り]、その格闘攻撃を回避する

こちらは無人機群への攻撃に専念する
「さて、この分断はお前たちを通さないための物じゃない。長官をこちらに巻き込まないためだ。キャリブルヌス、オーバーロード。外套展開、"妖精"起動」
UCを起動し、効果範囲を結界内に限定して全ての機械を分解する波動を解き放つ

「すまないが急いでいるんだ。放っておくと長官がまた次の戦場に飛んで行ってしまうからな」



●妖精光
 無数の黒ずみがサブモニター上で不気味な明滅を繰り返している。赤く歪に点滅する点の集簇を横目で確認しつつ、ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)は鋼鉄の揺りかごのなかで意識を集中させる。
 正面のメインモニターを窺えば、サブモニター上に投映された黒ずみをそっくりそのまま反映するように、点と同数の夥しい数の機影が月明りの下、銀砂の大地に長く伸びた黒影を連ねている。
 ガーディストーム、機兵の大群がモニタのー端から端に至るまでを埋め尽くし、ひしめきあっている
 二百にも及ぶ赤黒い瞳が獰猛な色を湛えつつ、凛然とした夜を不気味に潤色していた。
 それは、さながら血に飢えた黒い獣の集団が、瞳をぎらつかせながら、獲物をもとめ、山野や草原を彷徨い歩くかの如き残虐の象形であり、殊更、機兵が無機質な人工物であることが不気味さや冷酷さに拍車をかけていた。
 碁盤の目状に陣列を敷いた大量の機兵が、整然と砂漠を進む。
 鋼鉄の軍靴が砂の大地を踏みにじるたびに、銀糸の様な砂埃が立ち上がり、寒々とした空へとたなびいていった。
 モーター音一つ鳴らさずに、敵軍は粛々と歩を進めているのだ。
 果たして、この不気味な敵の行軍を前にした時、ハルは、敵の軍団に得も言われぬ違和感を感じずにはいられなかった。
 思えば、先ほど干戈を交えた斥候部隊は、速力と火力、更には数にものを言わせて、こちらを攻めるに攻めてきた。
 おそらくは彼我の数や火力差といった、有形事象に重きを置いて演繹されただろう行動原理のもと彼らは戦闘を行ってきたのだろう。

 直線的にこちらへと迫り、ただただ火砲の斉射でもって攻撃を続ける彼らの挙動は非常に単調であり、随所に、機械的な不備や緩慢さ、拙速が散見された。
 意思なき兵などハルの敵では無かった、
 ひとたび、卓越した剣術と理外の埒外たるユーベルコードとを駆使すれば、鎧袖一触のもと、百を超える敵は直ちに戦場の露と消えていった事をハルははっきりと記憶していた。
 しかし、現在の敵はどうだろうか。
 敵機影ガーディストームの姿かたちは、先刻、相まみえたものとなんら変わりない。
 しかし、事、挙動の質の部分に関して言うならば、先遣部隊との間には雲泥の差があった。
 ハルはじっとメインモニターを睨みつける。
 ガーディストーム、鋼鉄の機兵が足を振り上げ、大地を踏みしめるのが見えた。
 ただの歩行における単純な挙動にしか過ぎない。だが、そんな些細な挙止にすら両者の懸隔ははっきりと表れていた。
 今、ハルに目前で歩を刻むガーディストームらの動きは、人体の歩行そのものだったからだ。。
 精緻な関節運動に加えて、下腿部から体幹へと続く駆動系の円滑な運動によって、さながら人体の随意筋運動を再現するかのように彼らは歩を刻んでいるのだ。
 歩行に加えて体幹部の些細な体動、腕部関節の複雑な回旋運動にいたるまで、目の前の敵は人間の動きをそっくりそのまま模倣した様な挙動を繰り返している。
 この光景はあまりにも異常に過ぎた。
 いかに精巧につくられた機械とはいえ、機械で体躯が構成される以上、機械特有のぎこちなさから脱却するのは事実上、不可能なのだ。
 しかし彼らは違う。
 最早、敵を機兵と呼ぶことさえ憚られるようだった。まさに、ハルは、明確な意思を持って行軍を続ける無数の騎士の姿をそこに見たのである。
 そして、この異常な事態を引き起こした立役者を、ハルは既にモニター上の一隅に捉えていた。
 人に数倍するほどの背丈を誇る鋼鉄の騎士らに守られるようにして、一人の青年の姿がある。
 『ピーピング・トム』と呼ばれるハッカーだ。
 痩身気味の青年は、鋭い視線を前方の暗闇の一点に固定させながら、両の手を虚空に彷徨わせていた。
 青年の指先が闇夜をなぞるたびに、紫色の筋が虚空に走る。青年の指先が、鍵盤を引くように優雅に空をはじくたびに、生み出された紫色の光は弾け、そうして樹枝状に分岐してゆきながら空に広がり、無数の枝葉をガーディストームへと伸ばしていく。
 まさにこの『ピーピング・トム』によって生み出された無数の電波信号が、大気という神経系を伝導し、ガーディストームの一機、一機へと命令を直接に伝え、意思なき機体の一機、一機を『ピーピング・トム』の完全な傀儡へと変貌せしめたのである。
 いわば、キャリブルヌスはこれより百を超える『ピーピング・トム』を相手取ることを迫られたとも言えるだろう。
 苦笑を零しながら、コクピットの中、ハルは使役するべきユーベルコードを直ちに幾つかに絞る。同時に外部通信を開通、後方のカドモン長官へと打診する。
「この無人機群はこちらで引き受けましょう。これよりキャリブルヌスのすべての力を開放します。卒爾ながら、長官はしばし後退を。打ち漏らした敵の迎撃を願います」
 多勢に無勢の状況に加えて、敵の一機一機の質も決して低くはない。
 一つまた一つと選択肢が消えていく。結果、必然的にハルが使用すべき技は一つに絞られる。黒い波の不気味さで迫る陣容をモニター越しに睨み据えながら、ハルは脳裏にて今、自らが使役可能な最凶の技を思い浮かべるのだった。
 やや早口気味にキャリブルヌスに告げた。
「キャリブルヌス…第一外套を展開する」
 ハルの言葉に応じるかの様に、機内の計器群が翡翠の色に輝いた。
 して、煌びやかなる微光はハルが秘めた猟兵としての力の根源であり、同時にそれはキャリブルヌスにとっての血液でもあった。
 そしてまさにコクピット内が燈明の輝きで満ちたまさにその瞬間、強力な脱力感がハルを襲う。
 眩暈にも似た感覚に、両足ががくがくと震えだした。必死に意識の糸を紡ぎながら、体から急速に喪失していく奇跡の力を補填すべく、丹田に意識を集中させる。
 呼吸を整え、ハルは再び手にした剣を力強く握りしめた。
 視界の歪みが取り除かれ、耳鳴りにも似た異音が遠ざかっていく。
 深呼吸を続けながら、ハルは、自らの中で奔騰する奇跡の力を手にした剣を通してキャリブルヌスへと傾注させていく。
 体内で水嵩を増やした奇跡の力がすぐさまに払底するのが分かった。して、ハルは枯渇しつつある力を無理やりに賦活させる。
 ようやく機内の計器群が微光を湛えて眩く光り出したかと思えば、まるで花の蕾の様に、互いに折り重なりあいながらキャリブルヌスを包む鋼鉄の外壁が一枚、また一枚と解放されていく。
 鋼鉄の蓮花はここに蕾を開き、キャリブルヌスの純白の装甲が宵闇の中へと解き放たれたのだ。
 ここにようやくハルはキャリブルヌスの力の片鱗を引き出したのである。
 そして、未だ自らがキャリブルヌスの力の一部を引き出せているにすぎないという事態に、たまらず、ハルは複雑に表情をしかめた。
 巨神は纏った外装を脱ぎすてたにすぎない。ただ外套を脱ぎ捨ているというたったそれだけの行為を行うためだけに、猟兵の最高峰の一角とも言うべきハルは、大くの力を費やしたのだ。
 未だキャリブルヌスの力の底はまったく伺いしれなかった。
 畏怖とも感嘆ともつかぬ感情がハルの胸中を横切っていった。
 ますますに苦笑を深めながら、ハルは臨戦態勢を取る。
 メインモニター上、敵の一個小隊が駆け出して来たからだ。
 どうやらキャリブルヌスの外装展開にただならぬ気配を感じてか、ガーディストームの一隊が本隊を離れ、キャリブルヌスへと急迫して来たのである。
 メインモニター上で刻々と陰影を濃くさせていく敵影を前にして、ハルは束の間、沈思する。
 おおよそ瞬き二度の刹那の間に、ハルは次なる一手を即決した。
 受け流すか、はたしてあえて敵へと突き進むかの判断は、サブモニター上の敵味方の位置から必然的に決定されたのである。
「キャリブルヌス結界術を全周囲性に展開する。長官を守りつつ、私たちで敵の半数を打つぞ」
 ハルが声を張れば、キャリブルヌスの眼光が一瞬赤く染まった。
 赤い光は直ちに消褪し、ついで、キャリブルヌスを中心にして生糸を思わせる高エネルギー体の集合体が、周囲へと長い手を伸ばしていく。
 不透明な光の生糸は互いに身を絡めながら八方へと広がっていき、キャリブルヌスを中心にして巨大な光の繭を形成する。
 光の繭は、ちょうどカドモンの前方で自らの不可視の障壁を築くと、カドモン長官らを外界へと置き、一方キャリブルヌスおよびガーディストームの大群らを結界の内界へと内包するのだった。
 今や、一層の結界によってカドモンとキャリブルヌス達は隔たれたのである。この障壁がある限り、内界と外界とは完全に途絶されたと言えるだろう。
 つまり、ここにフェアリーシステム発動の環境は整ったのだ。
 あとは、フェアリーシステム発動のため、ハルはキャリブルヌスへと膨大な奇跡の力を注ぎ続け、システムを賦活化させる必要がある。
 ハルは機内の計器群の一つへと目を遣った。無機質な液晶画面には筒状の目盛が浮き彫りになっている。目盛は、フェアリーシステム発動のために求められるエネルギー量を現しており、現在、七目盛あるうちの三つと四つの中間点までが翡翠の光で塗りつぶされている。
 つまり、フェアリーシステム発動のためには、これまでに与えたと同程度量のエネルギー量を更にキャリブルヌスへと注ぎ込む必要があるという事だ。
 半ば呆れがちに、苦笑を漏らす。苦笑と共に計器群を視線を離し、再び正面モニター上の敵影を注視する。
「わかった、キャリブルヌス――。敵の斥候は私がすべて切り伏せる。お前は、好きなだけ私の力をその身に蓄えるが良い」
 言いながらハルは固いコクピット床を踏み抜いた。
 瞬間、キャリブルヌスの巨体がふわりと宙を浮き、群がる敵影目掛け、地面すれすれを高速で飛翔していく。
 慣性力が重苦しい不可視の大腕でハルを苛んだ。
 なんら気にせず、ハルはますますにキャリブルヌスを加速させた。
 瞬きする間に両者を隔てる間合いは狭まり、一呼吸を終える頃には、ガーディストームらが刀剣による投擲の有効範囲内へと躍り出た。
 駆け上がりざま、結界術にて刀剣を顕現させ、自らへと迫る敵影へと投擲する。三振りの剣が、虚空より姿を現し、矢のような鋭い直線機動でもって空を駆けていく。
 銀の閃光と化した三振りの剣が、ガーディストームの装甲へと鋭い刃をぎらつかせた。
 銀色の剣先が、ガーディストームらを切り裂かんと、彼らの装甲目前に一挙に迫る。
 喉元に突き立てられた刀剣を前に、ガーディストームらの赤黒い眼光をますますに盛んに燃えだした。突如、直進していた三機が足を止め、膝を大きく屈曲させるのが見えた。
 三機の内、左右の二機は、両の足で力強く砂の大地を踏みしめるや、側方へと大きく飛びのいた。白い光が、ガーディストームの側方部すれすれを掠めながらも彼方へと飛び去っていくのが分かった。
 次いでハルが、中央から迫る一機へと目を遣れば、中央機は、なんと垂直方向へと跳躍し、まるで曲芸師よろしく迫り来る剣の上に飛び乗り、そこを足場にするや、再び跳躍。優雅に宙をまいながら、そのまま前方へと滑空してゆく。
 虚しい風切り音が、キャリブルヌスの音響装置を通してコクピット内へと木霊する。
 跳躍する三機のガーディストームは矢のような放物線軌道を描きつつ、ほぼ同時に砂場に着地する。
 三機は膝を大きく屈め、前傾に背を折った。
 ぎろりと赤黒い視線がキャリブルヌスを三方から射抜く。
 矢のような眼光と共に、三機のガーディストームが砂の大地を蹴り上げた。
 まるで、三機の機兵は、人というよりは獣であった。
 上体を地面ぎりぎりまで倒し、そうして地面すれすれを疾駆するその様は、黒豹や獅子を彷彿とさせるものがあった。
 赫赫と輝く瞳が闇夜の中で計六つ、不気味に蠢いた。
 すかさず、ハルは機体を静止させ、迎撃の構えを取る。
 赤黒い瞳が、闇夜の中を不気味に駆け上がり、瞬く間にキャリブルヌスの寸前へと接近する。
 左右前方より、鋭い光の矢となったガーディストームらがキャリブルヌス目掛け、一斉に迫る。
 闇夜の中、赤黒い眼光に交じり、紫色の光が瞬いた。。紫電を纏ったキャリブルヌスの拳よりあふれ出した微光が夜空を彩ったのだ。
 紫色の微光が銀糸のように空にたなびき、キャリブルヌスの眼と鼻の先まで迫る。
 にょきりと伸びた黒影のもと、黒々とした岩の様ななにかがキャリブルヌスの頭部へと肉薄する。
 ハルの両の眼が捉えたのは、キャリブルヌスの眉間に迫る、蒼く煌めく鋼鉄の拳だった。
 突き出された紫電の拳を、ハルは咄嗟に頭部をひねることでいなしてみせる。
 キャリブルヌスの頭部を目掛けて放たれた一撃は、キャリブルヌスの残像を貫きながらも、虚しく空を切る。
 奇襲の一撃をいなされ、ガーディストームの一機が、前方につんのめるような格好で体勢を崩す。
 すかさず、ハルは下方にて剣を構えると、つんのめりになったガーディストームの側方すれすれを駆け、無防備そのものさらけ出された下腹部目掛けて、一の太刀を放つ。
 掌を返して上方へと刃先を返す。一歩を踏み出すと同時に、ガーディストームの懐へと目掛け、逆袈裟に剣を振り上げた。
 巨神キャリブルヌスが剣を振り上げる。
 音も無く一閃の光芒が闇夜を走り抜けていった。 
 逆袈裟切りの勢いそのままキャリブルヌスが前方へと駆け抜けていけば、上ガーディストームの体と下体とが、胴部を境界にしてするすると離れ、力なく砂の大地へと沈んでいくのがメインモニター越しに横目に伺われた。
 ハルは咄嗟に剣を正眼に構える。
 残る敵は二機。一糸乱れぬ連携の元、左右より敵ガーディストームが迫るのが視認された。
 左方よりガーディストームの影がするりと伸びる。敵影は、跳ねる様にして砂の大地を踏みしめながら、歩幅を不規則に変化させつつ、まるで風の様にキャリブルヌスの前方に現出したのである。
 狡猾な騎士の第二撃は、崩れゆく友軍機を隠れ蓑にし、残骸が舞き上げる砂塵の中より突如、キャリブルヌスへと突き出されたのである。
 稲妻の如き電光石火の拳は、拳というよりはむしろ閃光であった。
 放たれた一撃は、音の壁を強引に突き破り、横殴りにキャリブルヌスの胴部に迫る。
 光点が鋭い弧を描きながら、キャリブルヌスの胴部に伸びる。
 一般のものならば、決して見切れぬだろう攻撃の軌道を、しかしハルの金色の瞳は完全に看破していた。
 まさに光点がキャリブルヌスを胴部に重なりあう刹那の瞬間を見極め、ハルはわずかに後方へと身をのけぞった。
 凍り付いたような時間の中、キャリブルヌスがわずかに上体を倒した。結果、光点とキャリブルヌスの胴部との間に、拳一つ分あるか無いかの間隙が生み出された。
 このわずかな、しかし、戦いの場においては決定的とも言える一尺半の空隙の上を紫電を帯びた拳が通り過ぎていく。
 キャリブルヌスの胴部装甲に青い影が一瞬横切った。もちろんの事、キャリブルヌスに創傷らしい創傷はなかった。
 ハルは一歩を踏みしめ、二機目のガーディストームを剣戟の間合いに捉える。流れるような挙止で剣を振り下ろせば、剣の切っ先はガーディストームの装甲に深々と身をうずめ、勢いそのままガーディストームの左肩元から右臀部へと走り抜けてゆき、分厚い鋼鉄の装甲ごとに敵機影を一刀両断にするのだった。
 掻痒感の様なものがハルの掌に走っていた。鉄を切り裂く感触を指先に感じながら、ハルは剣を払い、三機目へと体勢を変える。
 次なる敵を正面に見据えるや、ハルはあえて剣を振り下ろしたままに敵の懐へと無防備なままに飛び込んだ。
 一見、無謀にも見えたこの行動にはハルなりの算段があった。
 敵機がいわゆる無人機であるなら、ハルはこのような策を弄することはないだろう。
 無人機の行動原理とは突き詰めれば効率性と合理性の追求にあり、良くも悪くも彼らには読み合いが介在する余地はなかったからだ。
 仮に目前の敵機が無人機であった場合、敵機は軽挙妄動なハルの行動に対して火砲や機銃の斉射という最適解で相対しただろう。
 だが、現在のガーディストームは『ピーピング・トム』により直接操作されている一種の有人機とも言えた。
 達人同士の立ち合いにおいては、わずかな息遣いにすら虚実が入り混じりる。これまでのガーディストーム行動には明らかに達人ともいうべき者の意思が介在していた。そう、ガーディストームの一挙手一投足は、彼らの支配者たる『ピーピング・トム』のそれを正確に反映しするものであったのだ。
 故にはハルは、この賭けに出たのだ。
 『ピーピング・トム』は、合理性の埒外にある行動を単なる不合理や弱点の発露と割り切ることはなかろうと読み切り、あえて死地へと飛び込んだのである。
 剣を引き刺突の態勢を取る。鷹揚と剣を振り上げれば、必然的に、剣に守られぬキャリブルヌスの肩部から胴部が完全にがら空きとなる。
 射撃にせよ打撃するにせよ、今こそが千載一遇の好機であるのは誰の目にも明らかだ。
 だが『ピーピング・トム』駆るガーディストームは、僅かにピクリと拳を動かしつつも、ハルの行動の裏に狡猾な毒針を見てか、絶好の機会を無為に見逃したのである。だが、ガーディストームは動かなかった。
 銀の切っ先が優雅な三日月の軌道を描きながらガーディストームの喉元を睨み据えた。ガーディストームの無機質な瞳が、焦慮の色を帯び、揺れ動いて見えた。
 硬直したガーディストームの指先がようやく微動し、拳を握る。鋼鉄の騎士が脇を締め、わずかに拳を引いて身構える。
 だが、ガーディストームの反応は事、戦いの場においてはあまりに遅きに逸した。
 わずか瞬き数回ほどの刹那の空白は戦いにおいては命取り以外のなにものでもなかった。
 既に刺突へと移行したキャリブルヌスと、辛うじて動き出したガーディストームとの間では、もはや攻防における主導権は完全に入れ替わっている。
 ハルが剣を突き出した。
 鋭い刺突の一撃は、ようやく動き出したガーディストームの拳よりも尚早く、鉄機兵の心窩部を貫くやそのまま動力部を穿ちぬき、一刀のもとに機兵の命を絶つ。
 ハルの目前で、ガーディストームが力なく膝を折るのが見えた。
 これにて三機だ。
 一瞬の間に、計三機ガーディストームをハルは無力化したのだ。
 もちろん、三機の損害など、敵の総数から鑑みれば微々たるものに過ぎないだろう。
 だが、ハルにとってはこの三機をいなす事が大きな意味を持つ。それもそうだ。この三機との交戦の間にキャリブルヌスは、フェアリーシステム発動の力を蓄えたのだから。
 敵先鋒からやや遅れるようにして、ガーディストームの第二陣が押し寄せてくる。
 しかし、彼我の距離と速度から鑑みるに、接敵には未だ時間がかかるだろうことは一目瞭然である。
 計器群を一瞥すれば、フェアリーシステム発動を示す七つの目盛は、そのすべてが翡翠の光に満ち満ちている。
 「どうだ、キャリブルヌスよ、腹は膨れたか?さぁ往くぞ。第二外套、展開――、フェアリーシステムを発動する」
 ここにハルは、フェアリーシステムの発動を解禁したのである。
 ハルの艶っぽい低音が残酷な調子でコクピット内へと反響した。鋼鉄の隔壁のもと、潮騒の様に鳴り響く声音は高まり低まりながらも徐々にその声音を落としてゆき消えていった、
 ふと、粉雪を思わせる翡翠の粒子がキャリブルヌスの外套の隙間から零れ落ちた。
 当初、弱弱しげに流れ出した微光は、瞬く間に勢いを増してゆき、絡み合っては絹帯の様な光条となってたなびいていく。 
 充溢していく泡立つ光の奔流は、無限の輪を描きながらキャリブルヌスの周囲を巡り、背部に蝶の翼とも、妖精の翼とも見紛う光の翼を塑形する。
「すまないが急いでいるんだ――」
 並みいるガーディストームの大群を睥睨し、ハルは言葉短く、そう告げた。
 左目を眇めて、それからコクピット床を蹴り上げる。
 瞬間、キャリブルヌスもまた、ハルの脳波に呼応するように大地を蹴り上げ、低空を飛翔しながら、ガーディーストームの大群目掛け突き進んでいく。
 数多、蠢くガーディストームがモニター越しにハルの周辺へと集簇してゆく。
 たちまちに、モニターが黒一色で塗りつぶされ、世界が光を失った。
 黒い雲霞の中へと緑玉の翼を広げた純白の騎士は飲み込まれ、砂漠に不気味な静寂が木霊した。
 水をうった静けさの中、ガーディストームが、まるで昆虫の様な声で軋みをあげた。
 不気味にひしめき合う、ガーディストームの群体のもと、砂埃に交じって翡翠の光が夜空へと流れていく。
 零れだした光はますますに勢いを増し、黒ずんだ大地の至る所からますますに奔出していく。
 砂埃と翡翠の微光、さらには灰の様な灰白色の粒子とが、相混ざりながら夜空へと舞い上がっていく。
 ひしめき合うガーディストームの中央にて、キャリブルヌスが再び姿を現した。キャリブルヌスは自らを包む光の翼を優雅にはためかせては光の羽毛を撒き散らし、群集するガーディストームらを、淡い光の濁流でもって洗い出す。
 無数の光がガーディストームへと奔出し、彼らを翡翠の輝きで包み込む。
 フェアリーシステムが放つ眩耀の光だ。この淡い翡翠の微光こそが、フェアリーシステムによって生み出された破壊と再生の微粒子である。
 集った粒子が、無慈悲な指先でもってガーディストームの重厚な鋼鉄の肌を撫でつける度、頑健たるガーディストームの装甲はまるで砂か何かの様にぐずりと崩れ落ちていく。
 フェアリーシステムによって生み出された無慈悲たる光は、ありとあらゆる無機物の存在を許さない。ただただ、容赦なくすべてを絡めとり、塵と化す。
 キャリブルヌスへと押し寄せてきたガーディストームらは、迸る眩い光の中で黒い影を捩らせながら、人型の原型を歪め、そうして無へと帰る。
 柄の間、夜空に緑色の綾を描きだされた。
 眩いばかりの玉緑の輝きの中で、ガーディストームはもはや、なんら抵抗できないままに、塵へと化したのだった。
 極点まで至った光の波濤は徐々に潮をひいてゆき、再び砂漠へと寂寥の宵闇が帳を下ろした。
 静寂の砂漠には、キャリブルヌスへと襲い掛かった百を超えるガーディストームは既に無く、茫然自失といった様子で立ちすくむ『ピーピング・トム』と彼を遠巻きに見守る供回りが数十機ほど残るだけだった。
「放っておくと長官がまた次の戦場に飛んで行ってしまうからな?すまんが許せよ」
 ハルは吐き捨てるように言葉を紡ぐと、そのままカドモンの元へと下がる。
 わずかな翡翠の残光を湛えた夜空が、冷徹な眼差しでもって地上を見下ろしていた。この猟兵達による第一の太刀により、『ピーピング・トム』はいわば、半身を失ったのである。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エリー・マイヤー(サポート)
フラスコチャイルドのサイキッカー × 寵姫です。
常に丁寧語で、あまり感情を乗せずに淡々と話します。
ユーベルコードは指定した物をどれでも使用し、目的達成のために全力を尽くします。
他の猟兵に迷惑をかける行為はしません。
また、例え依頼の成功のためでも、公序良俗に反する行動はしません。

***
ごきげんよう。
戦力が必要と聞いて手伝いに来ました、エリーです。
念動力で、戦いをサポートしますね。

敵の攻撃を妨害したりとか目潰ししたりとか、そういうセコイ工作は任せてください。
攻撃は念動力で締めたり潰したり斬ったり突いたり…
まぁ、敵の物性に合わせてそれっぽくやりましょう。
状況に応じて、適当にこき使ってください。




 見渡す限りの殺風景な砂の大地が、地平線の彼方まで広がっている。砂の大地に存在するものと言えば、せいぜいが灰褐色の岩々程度であり、緑はもちろん、水源とも無縁であった。
 墨色の空は、真珠の様に輝く星々で宵闇の衣を飾り、頭上に銀色の月を戴いては、権高そのもの地上を見下ろしていた。
 吹く冷風がざらついた指先で素肌を刺し、青の長髪をかき乱す。
 このすげない砂漠の洗礼にたまりかねて、エリー・マイヤー(被造物・f29376)は、無表情に眉をひそめた。
 こんな辺境くんだりまで足を運んだというのに、この仕打ちだ。
 乱れた横髪を左手で抑え、空いた右手でシガーケースから煙草を一つまみし、口に咥える。
 乱れ髪から左手で直し終えるや、エリーは中指と薬指とを擦り合わせた。乾いた擦過音が砂漠へと甲高く鳴り響いてゆけば、エリーの指先に赤々とした炬火が灯る。
 超能力とはまったく便利なものだ。
 エリーの内奥に湛えられた力の源泉より一掬いばかり力を抽出し、そこに方向性を与えればエリーの想像に沿った現象が現実に再現される。
 炎をと思えば焔が生じ、不可視の壁をと念ずれば、まさしく不動の壁が幾重にも張り巡らされるのだ。
 煙草を吸うのにライターやマッチ箱の類はエリーには不要である。
 指先に灯る炎の揺らめきが、超能力の万能性を雄弁と物語っているようだ。そっと、指先を煙草の先端に近づけ、火を点す。
 乏しい赤色光が、煙草の先端で震えるようにして揺れていた。
 エリーは指先の炎を消すと、さっとく束の間の安息に耽る。
 二指と三指でゆったりと煙草を挟み、口をすぼめ息を吸い込めば、先端の燈火が愉快げに揺れ動き、じりじりと黒ずみが広がっていく。
 口の中に、雑味ばかりが目立つ不快な苦みが広がっていく。濛々と立ち込める白煙が、幾分か粗悪な苦みを減じている気にさせた。
 こんな汚染物質の塊を、心から美味だと思い吸っている人間がいるとしたら、彼らはきっと狂人の類に違いない。少なくともエリーにはこの苦味の豊饒さなんてものはちっとも理解できなかった。
 しかし、苦味に耐え、しばし口内に広がる苦味の余韻を味わっていれば、心地よい脱力感と共に得も言われぬ多幸感が波の様にエリーの全身へと満ち満ちていく。
 横髪を指先で繰り、薔薇の唇より紫煙を吐き出せば、白煙が糸くずの様に立ち上っていく。
 白煙は、まるで霧や靄の様に夜空を揺曳しながら、その後蜃気楼のように大気の中へと溶け込んでいった。
 ぼんやりと虚空を眺めながら、再び煙草を咥え、白煙をくゆわせる。
 退廃と堕落の余韻をかみしめながら、ぼんやりと後方を見遣る。アクアマリンの瞳に、小さなプラント都市が飛び込んできた。
 再び、エリーが前方へと視線を返せば、人影がいくつか目についた。
 半機人の青年アダム・カドモン長官に加えて、猟兵と思しきものの姿がそこに散見された。
 カドモン長官を一瞥すると、エリーはそのまま視線を更に前方へと移し、カドモンらと対峙するように布陣する敵軍団へと目をやった。
 巨大な鉄機兵を周囲に従え、陰気そうな青年が立っていた。
 グリモア猟兵の説明によれば『ピーピング・トム』といっただろうか。青年は苛立ち気味に瞳を細めながら、舌打ちまじりに周囲を見回していた。
 青年の指先が鍵盤でも弾くように夜空を滑るたびに、彼のまわりに控える鉄機兵たちが不気味に体動する。機械の軍団の鋭い視線がカドモンや友軍の猟兵達を射抜いていた。
  いくつかの戦場でカドモンと共闘したエリーであったため、状況はすぐに飲み込むことが出来た。
 プラント破壊をもくろむ『ピーピング・トム』の野望を挫くため、カドモン長官は彼らの前に立ちはだかったのだろう。
 カドモン長官は、善意と義侠心の塊のような男だ。おそらく後方の小プラント都市を守るために、わざわざ砂漠くんだりまで足を運んだのだろう。
 自分たち猟兵よりも世界の守護者に幾分もふさわしいなと、エリーは、カドモン長官の背中を眺めながら自嘲気味に独り言ちる。指にさしはさんだ煙草を放り投げれば、乏しい炬火が緩やかな放物線を描きながら宙を舞い、そのまま白砂の大地へと飲み込まれていった。
 エリーは軽やかに歩を刻むとカドモン長官の傍らに躍り出た。
「ごきげんよう、カドモン長官。戦力が必要と聞いて手伝いに来ました、エリーです。念動力で、戦いをサポートしますね。」
 言葉短くカドモンへと告げれば、隣立つカドモンが瞠目がちにエリーへと顎を向けた。
 カドモンの表情に乏しい端正な面差しが、どこか穏やかに綻んで見えた。エリーもまた、無表情なまま、目配せ一つでカドモンへの挨拶とすると気怠げな足取りでカドモン長官の側方を進み、『ピーピング・トム』の前に立ちはだかった。
「ピーピング・トムさんでしたっけ? 申し訳ないのですけど、退いてくれませんか。率直に申し上げると、私とあなたの相性って最悪だと思うんですよ。周りの玩具が壊されたくなかったら、早々にお引き取りおねがいします」
 氷の様な、感情こもらぬ凛然としたエリーの声音が砂漠へと響いてゆく。
 しかしエリーの勧告を前にしても尚、『ピーピング・トム』は一切の挙動を止める事無く、不機嫌そのもの眉宇に怒気を滲ませるや、舌打ちでもってエリーへの返答した。
 『ピーピング・トム』の指先が苛立たしげに虚空をなぞる。続いて、居並ぶ鉄機兵『ガーディストーム』の大群が一斉に砂の大地を踏みにじった。
 巨大な鋼鉄の大腕が振り上げられ、狼の口を彷彿とさせる鋭い機銃が重苦しい沈黙の中で、エリーを睨み据えた。
 たまらず、エリーは嘆息を零した。
 博愛主義者に自分は程遠いだろうが、しかし、他者を害することに狂喜乱舞するような異常者でも無い。ありていに言うのならば、エリーには『ピーピング・トム』の相手どることが億劫以外のなにものでも無かったのだ。
 実力差はともかく、エリーの有する超能力は『ピーピング・トム』とは殊更に相性が良い。
 薔薇の唇が憐憫の色を帯びながらへの字を描く。蒼水晶の瞳でもって、『ピーピング・トム』を一瞥する。
 戦意を湛えた翡翠に瞳がエリーを見返していた。
「どうぞ、ご勝手に。まぁ、無駄な戦いになると思いますけれどね…」
 エリーの言葉に対して『ピーピング・トム』が腕を振り上げた。彼の挙止に従う様に、機械兵ガーディストームが赤い瞳を燃え滾らせた。
 ――エリーを睨む無数の銃口が火を吐き、空間を埋め尽くすほどの銃弾がエリーを飲み込んだ。無数の銃弾は、華奢なエリーの全身へとその鋭い牙をつけるや、容赦なく四肢を食み、肉をちぎり、骨を貪る。無数の銃弾にさらされ、エリーの肉塊は原型を留めぬほどに攪拌されていく。立ち込める硝煙と砂塵だけが、虚しく周囲へと流れていく。
 ――少なくとも『ピーピング・トム』が送った電気信号通を、鉄機兵『ガーディストーム』がくみ取ることが出来たのなら、『ピーピング・トム』の都合の良い想像は多少なりとも現実へと反映されたのやもしれない。
 むろん、エリーは無傷なままだ。付け加えるならば、銃弾は一発として放たれてはいない。
 エリーは屈託まじりのあくびと共に周囲を睥睨する。
 エリーを取り囲んだ機銃は微動だにすることなく静止したままだったし、ガーディストーム自体が微動だにすることなく、まるで静止画の様に、棒立ちしたまま佇んでいる。
 銃声はもちろん無く、駆動音も絶えた砂漠地帯には、穏やかな静けさだけが立ち込めていた。
 動揺めいた『ピーピング・トム』の瞳と、無表情なエリーの碧瞳がぴたりと視線を重ねあう。
 エリーはシガーケースに手を伸ばすと、煙草を一つまみ、薔薇の唇に添えた。
「。まぁ、あなたと私は相性が悪すぎるんですよ」
 言葉短く『ピーピング・トム』へと吐き捨てると、エリーは煙草に火を点す。本日、二度目の喫煙を楽しむべく、再び大きく息を吸い、大量の不純物を肺へと送り込む。
 口腔内の不快な苦みをたっぷりと楽しみ、白煙をくゆわせる。
 吐息と共に濛々と立ち込めてゆく靄のもと、無数の蒼白い光条が幾条も浮かび上がっていた。
 半透明の光条は、エリーとガーディストームの間で網目の様に絡みつきながら厚みを増し、膜の様な形を作ってはガーディストームの後頭部に蓋をしている。
 この光の一条、一条がエリーの放つ念動力の反映であり、エリーが好んで使用する念動バリアの正体であった。
 エリーは自らの念動力を使役し、念動力の生糸を無数に生み出しそれらを幾重にも折り重ねることで不可視の障壁を生み出したのである。
 この障壁は、強力なエネルギーを有した盾とも言えたし、矛とも言えた。
 ひとたびエリーが攻勢のために障壁を使役すれば、障壁は光弾となって敵を撃ち、自らを守る盾として周囲に展開すればやや脆弱ながらもほぼすべての攻撃を無力化させる盾となる。
 もちろん、盾や矛に限らず、この技の用途は多岐にわたる。
 事実、エリーは、今回の戦いにおいて障壁を物理的に使用するのではなく、『ピーピング・トム』が発する電気信号を遮断するための絶縁体として使用したのだ。
 ガーディストームを操るように無数の電気信号が発せられていたことをエリーは当初より看破していた。もちろん、その発生源は『ピーピング・トム』のもとにある。
 つまり電気信号によってガーディストームは彼の傀儡と化したのだ。
 畢竟、『ピーピング・トム』とガーディストームとの間を遮蔽物で遮れば、無人機であるガーディストームが動きを止めるのは明らかだった。
 目の前では『ピーピング・トム』が苛立ち気味に、両の指先をわななかせ、無為に虚空を叩きつづけていた。おそらく、エリーがジャミングやらなにかで対抗したのだと憶測したのだろう。
 とはいえ信号をいくら書き換えようとも無駄である。『ピーピング・トム』が電磁波という物理現象に従ってガーディストームを操る以上、それを上書きするほどの力を有したエリーのサイキック能力は彼のすべての物理現象を無力化させるのだから。
「とはいえ、あなたの技は厄介にすぎますね」
 白煙を吐き出しながら、エリーは言い切った。
 『ピーピング・トム』が今後もガーディストームを無限に使役しつづければ、流石に不利は免れない。
 おおよそエリーが同時に展開できる障壁の数は百六十程度である。現状の敵機はだいたい七十機程度だが、これが百を超え、二百を超えれば、流石のエリーにもすべての敵機を無力化することは難しい。
 煙草を咥えたまま、鋭い視線を『ピーピング・トム』へと向ける。
 次いで、エリーが意識を研ぎすまし、念じる。
 思い浮かべたのは、無数の光弾だ。防御に転じた障壁の幾つかを、攻撃のための光弾へと変えるべくイメージしたのである。
 瞬間、想像は現実へと昇華する。
 蒼白い光の糸が絡みつき、くるくると巻き付きながら拳大の光弾を、十数個ほど虚空に形作った。
 エリーが息を吐き出した。わずかに目を細めてみせれば、十数にも及ぶ光弾が、勢いよく『ピーピング・トム』のもとへと押し寄せていく。
 瞬く間に第一の光弾が『ピーピング・トム』を指呼の間に捉えた。『ピーピング・トム』の左前頭部、目前にて光弾が瞬いていた。
 しかし、さすがは『ピーピング・トム』といったところだろうか。彼は、不測の事態にも関わらず、すぐさまに自らに迫る異変を察したようだ。
 彼は咄嗟に態勢を整えるや、半身を引き、自らに迫る光弾の一撃目を手刀で切り裂いた。
 光弾がはじけ飛び、奔出した微光がほの白く闇夜で瞬いた。
 『ピーピング・トム』は二撃目の光弾をしなやかな右足で粉砕するや、立て続けに迫る三撃目、四撃身を軽やかな身のこなしでいなし、五撃目を右拳で貫いた。
 だが、それでもなお、未だ十を超える光弾が『ピーピング・トム』を取り巻いている。
 間髪入れず、光弾が『ピーピング・トム』の肩部を左右から挟み込むようにして襲い掛かった。突き出した拳をひくよりも早く、光弾が左右より『ピーピング・トム』の肩元を激しく刺し貫いた。
 エリーは目を細めて『ピーピング・トム』を凝視する。
 光弾に押し込まれるようにして、『ピーピング・トム』が身じろぎする様が伺われた。
 ここが好機だ。
 エリーが意識を集中させれば鋭い光弾が続々と『ピーピング・トム』へと殺到していく。
 光弾は八方より『ピーピング・トム』へと押し寄せ、彼を圧殺するように前後左右より押しつぶし、ひしめき合っては膨張し、極点を超えて膨れ上がるや、ついぞ圧力に耐えかねて自壊し、激しくはじけ飛ぶ。
 激しい白色光が奔出し、束の間、宵闇が真昼のごとく駆るんだ。白色光のもと奔出した爆炎と共に、『ピーピング・トム』の瘦身が毬玉の様に宙を舞うのが見えた。
 『ピーピング・トム』は、爆風に煽られるままに三間ほどの距離を力なく彷徨い、その後、重苦しい音を立てながら砂の大地へと沈み込んでいった。
『ピーピング・トム』を見送りながら、エリーは再び大きく息を吸い込むと、溜息まじりに息を吐きだした。
 周囲へと立ち込めていく煙草の煙と共にエリーは呟いた。
「まぁ、お仕事は果たしたでしょうか。次…任せましたよ」
 白煙の中、たまゆら浮かんで見えた友軍に後事を託し、自らはカドモンのもとへと下がる。
 後退するエリーの前方で『ピーピング・トム』が苦し気に立ち上がるのが見えた。ぐったりと下垂した両腕よりは赤い雫が滴り落ち、砂の足場を赤黒く染めていた。彼は、両指を動かし、ガーディストームを操っていたが、損傷ぶりから察するに、今後はガーディストームを操ることにも難儀するだろう。
 となれば、エリーは、専ら自らの役目を果たしたと言える。そして、今後、戦いは搦め手から主攻へと移行するだろう。となれば、主攻役の適任者は自分以外に、ごまんといるはずだ。
 半ばほどまで燃え尽きた煙草を指先に摘み、エリーは『ピーピング・トム』より遠ざかっていく。
 冷風が吹き、砂塵が舞い上がる中、エリーと入れ替わるような格好で、次なる猟兵の牙が『ピーピング・トム』を襲う。

成功 🔵​🔵​🔴​

ティモシー・レンツ(サポート)
基本は『ポンコツ占い師』または『本体を偽るヤドリガミ』です。
カミヤドリも魔法のカードも、「Lv依存の枚数」でしか出ません。(基本的に数え間違えて、実際より少なく宣言します)
戦闘についてはそれなりですが、戦闘以外は若干ポンコツ風味です。(本体はLv組で出せない、UCの枚数宣言や集団戦は数え間違える、UCを使わない占いは言わずもがな)

ヤドリガミの「本体が無事なら再生する」特性を忘れて、なるべく負傷を避けつつ戦います。
オブリビオンに止めを刺すためであれば、猟兵としての責任感が勝り、相討ち覚悟で突撃します。
でも負傷やフレンドファイヤ、代償は避けたいお年頃。



 怯懦の誹りを受けようとも生き残ることこそが肝要だ。勝てば官軍という事もあるし、古今東西の歴史を俯瞰した時、凡庸な者ながらもしぶとく生きながらえたが故に天下を治めたという事例は枚挙に暇がない。
 砂丘の影に身を隠しながら、ティモシー・レンツ(ヤドリガミのポンコツ占い師・f15854)は、伏し目がちに砂の大地を見下ろすや、掌を握り、自らに強くそう言い聞かせた。
 額に滲んだ冷汗が形の良い頬を滑り落ち、そのまま頤より滴り落ち砂の大地へとしみ込んでいく。
 ティモシーは一人、固唾を飲みながら、砂丘から身を乗り出してはひっこみ、逡巡と血気の堂々巡りを永遠と繰り返していた。
 戦況という天秤は、未だに左右に揺れ動きながらも結局のところは均衡をたまったままの様にティモシーには感じられた。
 ティモシーが砂丘の影より恐る恐るで垣間見た戦場の趨勢は、本質的な部分で理解の範疇をはるかに逸脱していたのだ。
 赤い目をぎらつかせながら、小さなビルほどの背丈を誇る鉄の機兵がちょうど、数十体ほどで隊列を組んでいる。
 実のところ、ティモシーは開戦早々に戦場へと駆けつけており、戦いの推移を子細に伺っていた。
 当初、鉄機兵は数百二も及んでいたはずだ。
 そんな鉄機兵の大群は、今や何故か、その数を十分の一以下に減らし、騒然とした様子で砂上で右往左往していおり、彼らの指揮官である『ピーピング・トム』も、どういうわけかは判然としないものの体中、傷だらけの重傷を負っている。
 恐怖まじりの瞳で眺めた戦場が、ティモシーに伝えた情報はあまりにも微々たるものであった。
 因果関係において、正直、この戦場は謎めいているのがティモシーの率直な感想である。
 第一に、味方キャバリアと思しき純白の騎士はただ光の翼をはためかせ、敵陣へと突撃したにしか過ぎなかった。にも関わらず、数多存在したキャバリアの群れは光を浴びるや、まるで灰かなにかのように消え去っていったのだ。ちょうど、吸血鬼が朝日を浴びて、さらさらと崩れ落ちていくかの様なそんな不可思議な光景をティモシーは目の当たりにしたのだ。
 第二に、現在の状況は更に奇怪である。
 煙草を咥えた青髪の女性が今、敵の銃列の前に無防備に身をさらけ出している。彼女は無表情に煙草をふかしているだけに過ぎないのに、なぜか、彼女を取り巻くキャバリアは身動き一つすること無く、まるで女王に拝謁する騎士如く首を低く倒し、うなだれたままだったし、更にどういうわけだろうか、敵の指揮官だろう『ピーピング・トム』は派手に宙を舞いながら大地に叩きつけられ、青あざと裂創を体中に刻んでいるというありさまだ。
 ティモシーには現状が全く理解できなかった。
 だが、なんとはなしに敵軍が大きく勢いを削られ、更には追撃の好機が自らのもとに到来したとのことを肌感覚で直感していた。
 もとより、ティモシーは必要以上に傷を負うのを避ける傾向があった。
 ティモシーの行動原理は、命は一度限りだとの想いに端を発する。例えヤドリガミだろうと、他種族であろうとも、この不文律はすべての生ある者のもとに絶対的に横たわっている。
 少なくともティモシーはそう信じている。
 生きてこそ咲く花も存在する。猪突猛進の愚を犯す事などは、そもそもがティモシーの思考の埒外にあった。
 とは言え、ティモシーも猟兵のはしくれだ。オブリビオンに止めを刺すためであれば、ティモシーは自らに鞭を打ち、多少の危険を追う事もやぶさかではない。
 現状を自分なりに見極め、ティモシーはようやく第一歩を踏み出した。
 砂丘から身を乗り出した瞬間に、妙な冷気と熱気とが全身に重苦しくのしかかってくる気がした。
 大きく息を吸い込めば、砂漠特有の冷え冷えとした空気が針のような感触で肺を刺してくる。鼻腔に充満していく砂まじりの空気にたまらず、咽ぶいた。
「トリニティ・エンハンス――!」
 背筋をしとどに濡らした冷汗の存在も、重苦しい緊張感もあえて、一時的に忘却しよう。
 声を荒げながら、ティモシーは炎、水、風の三種の魔力を自らの中で練り上げて、身体能力を賦活化させてゆく。
 炎の魔力が高騰してゆけば、心臓は燃え立つかのように激しい鼓動を刻み始める。水の魔力は一挙に高まってゆき、まるで濁流の様に四肢の末端へと溢れていく。風の魔力が、足裏に魔力の力場を生み出した。
 ティモシーは、前傾姿勢を取るや疾駆の体勢を整える。
 両の足に力を籠めつつ、肉食獣が駆けるかのごとく、上体を地面すれすれまで倒し、敵機兵へと焦点を絞る。右手を振り上げ、炎の魔力を右手に集中させる。
「いちかばちか…。いきます…よ?」
 ティモシ―の声音は、尻すぼみに調子を落としてゆきながら途切れる様にして紡がれた。
 未だ、敵は動けずにいる。その一時だけが、ティモシ―の背中を押していた。
 もはや破れかぶれと言ったように、風の足場を思い切り踏み抜いて、敵キャバリアの群れへと突進を敢行する。
 踏み出した一歩と共にティモシーの体は、鋭い風となり鉄機兵『ガーディストーム』の元へと躍りかかった。徒手空拳とは言え、右手は炎の力を宿している。
 ティモシーの目と鼻の先で、油の切れたゼンマイ人形同然、『ガーディストーム』は動きを止めている。
 もはや、相手の挙措など知ったことかと、ティモシーは後先考えずに拳を振り回した。
 拳が、騎兵の分厚い装甲を掠めた。固めた拳に、鉄を撃つしびれるような感触が走った気がした。一切の力を緩めることなく、ティモシーが拳を振り抜けば、ガーディストームの胸元が爛れた様にひしゃげてゆき、そのまま燃え尽き、崩れ落ちていく。
 拳を振り抜きざま、前方のガーディストームを一瞥すれば、装甲ごと動力部を焼き尽くされた鉄機兵が自重を支えきれずに大の字に転倒する様が伺われた。
 ティモシーは拳を引くと、半狂乱になりながら、拳を振り回し、戦場を駆け巡っていく。
 炎の拳が夜空を走るたびに、ガーディストームが一機、また一機と崩れ落ちていく。
 ティモシーはただ突撃し、拳を振り回すという単純作業を繰り返したに過ぎない。しかし、糸の切れた様に立ちすくむばかりの鉄機兵は、そんなティモシーの攻撃に一切の反応を示すことすら無く、拳に撃ち抜かれ、続々とその数を減らしていったのだ。
 とうとう、ティモシーは『ピーピング・トム』の前まで突き進んだ。
 『ピーピング・トム』は数機ほど残った供回りを自らの周囲へと集めんと、いびつに折れ曲がった指先を必死に蠢かせ、虚空を叩いていた。
 それでもなお、鉄機兵ガーディストームは微動だにする事は無かった。
 なにが起こっているのかティモシーには理解できなかった。だが、拙速は巧遅に勝る…だったろうか。言葉の意味するところをティモシーは十全に知悉していたわけでは無いが、無駄に策をめぐらすよりも尚、遮二無二、動き回ることこそが往々に状況を打開することだけは何とはなしに理解できていた。 
 『ピーピング・トム』の懐へと飛び込み、そうしてティモシーが拳を突き出せば、焔纏った拳が下腹部へと突き刺さる。ティモシーが腰をひねり、二の腕を伸展させれば、拳に押し出されるようにして『ピーピング・トム』の体がくの字に折れ曲がり、棒切れかなにかのように宙を舞った。
 拳にあおられて『ピーピング・トム』の痩身が、二転三転と身を翻しながら宙を踊りくるう。後方へと吹き飛ばされてゆく『ピーピング・トム』を目の当たりにしながら、ティモシーは安堵の吐息をついた。
 負傷なしに敵へと一撃を加えることが出来た。そして、敵は今や虫の息である。これ以上、自分が関与する必要は無いだろうとの思いから、ティモシーは脱兎のごとく後退を始める。
 事実、拙速の一撃は、『ピーピング・トム』に致命的な傷跡を刻んだのであった。

成功 🔵​🔵​🔴​


 度重なる猟兵の大攻勢により、数多存在した『ガーディストーム』の大群はその数をおおよそ十程度まで減らした。更に『ピーピング・トム』も、青色吐息で片膝ついて、辛うじて意識を繋いでいるにしか過ぎない。
 とはいえ、追い詰められた獣は時に予想外の反撃で牙を剥く。
 アダム・カドモンは一挙に戦いを決する事を決め、一歩を踏み出した。赫赫と輝く焔の瞳は、義憤の色に燃えたまま、鋭い視線を『ピーピング・トム』へと注いでいた。
――――――――
『ピーピング・トム』は重傷を負っており、各種攻撃は幾分も精彩を欠くだろうことが予想されます(SPDのみ本来通りに使用可能と思われます)。
・ファーストヒーロー『ピーピング・トム』×1
・無人機『ガーディストーム』×10~20機(機能を停止しているために、ほぼ戦闘不能です)
・『プレイングボーナス』:アダム・カドモンと協力する事
月隠・新月

連携〇

ガーディストームのほとんどが撃破された今であれば、奴もさほど能力を強化することはできないでしょう。この機に畳みかけたいところですね。

奴は重傷を負っていますから、こちらの攻撃は通りやすくなっているでしょう。とはいえ、手負いの輩が思わぬ力を発揮することがあるのも事実。反撃の隙を与えないよう【不意打ち】したいですね。
機能が停止しているガーディストームの影に隠れながら接近し、【黒焔獄鎖】の地獄の魔力で攻撃しましょう。成功すれば地獄の鎖で互いを繋ぎ、奴の動きを制限できるでしょう(【捕縛】)
同時に俺の行動もある程度制限されはしますが……カドモンさんが敵を攻撃する隙を作ることができれば十分です。



 斜に注いだ月光が、『ピーピング・トム』のほっそりとした影を砂の大地へとあぶり出している。
 月明りの中、遠望された青年の相貌は、病的に青白く、窶れはて、苦悶まじりに歪んで見えた。
 青年『ピーピング・トム』は、両膝に手を当て前屈姿勢を取りながら、なだらかな肩元を上下させては息も絶え絶えに喘鳴をあげていた。服の所々は破れ、筋の様な裂傷や熱傷の痕が顔を覗かせていた。染み出した静脈血が、黒のパーカに赤黒いまだら模様を描いていた。
 青年のこめかみに浮き出た静脈は、玉の様な汗を滲ませ、軟体生物かなにかの様に身をくねらせている。
 『ピーピング・トム』は今や半死半生というありさまだ。
 そして、この瀕死の青年を目の当たりにした時、月隠・新月(獣の盟約・f41111)は即座に追撃を企図した。
 銀色の瞳でもってためつすがめつ周囲を窺えば、青年を取り込むようにして、うずくまる鉄機兵『ガーディストーム』の小集団が見て取れた。
 当初数百機存在したガーディストームは既に無く、あまつさえ残存した供回りのガーディストームすらももはや機能停止状態に追い込まれるという惨状ぶりを敵陣容は呈していた。
 今こそが追撃の好機である。
 というのも、『ピーピング・トム』に関して言うならば、彼の厄介さとは個の武勇というよりは、集団の暴力というものに大部分を負っていると新月は当初より見ていた。
 ガーディストームとは、いわば、『ピーピング・トム』が使役する尖兵であり、そして、彼にとっては自らを賦活させるためのカンフル剤でもあった。
 しかし、ここに『ピーピング・トム』は数の利を失ったのである。
 ガーディストームのほとんどが撃破された今、彼らを矛として扱うのは事実上不可能だったし、『ピーピング・トム』の能力を強化するための盾として使っても、当初ほどの力を発揮できないだろうことは一目瞭然だった。
 矛は失われ、盾もそぎ落とされつつある。
 更に敵は重傷を負っており、こちらの攻撃は幾分も通りやすくなっているはずだ。
 とはいえ、懸念もある。
 新月は青年の瞳を静かに伺った。
 青年の翡翠眼は凪いだ海の様に落ち着き払っていた。翡翠眼は、静かに揺らぎながら、殉教者や狂信者を彷彿とさせる執念の色を湛え、眼光鋭く輝いている。
 あの目は厄介だと、獣の直感が新月に告げていた。
 手負いの輩が思わぬ力を発揮することがあるのも事実である。となれば、一切の油断はできないだろう。
 自らにとっての役割とは、現状、七分まで自軍優勢に傾いた戦況を九割へと高めることであり、可能ならば、一撃のもとに『ピーピング・トム』の命を絶つことにあるから。
 新月は『ピーピング・トム』の一挙手一投足を子細に伺った。
 青年は翡翠眼を剥き出しにしては、嘱目の眼差しで注意深く薄闇の中を窺っていた。
 新月は、わずかに上体を倒すと、目の前で巨大な壁となって横たわる『ガーディストーム』の遺骸を遮蔽物に、闇の中へと身を潜ませた。
 『ピーピング・トム』の視線が、緩慢とした様子で左方へと走り、ついで闇夜に紛れた新月の上を滑るようにし通り過ぎ、そのまま右方へと向かっていた。『ピーピング・トム』はしばらくの間、左右を注意深く睥睨していたが、新月の存在には露とも気づかぬまま、前方へと視線を固定するのだった。
 『ピーピング・トム』の視線の先、アダム・カドモン長官その人の姿があった。
 猟兵による連撃が途絶えるのに代わって、カドモン長官その人が『ピーピング・トム』の前方へとにじり寄ったのである。
 両者を隔てるのは、おおよそ五間程度の薄闇である。
 このわずかな間合いを挟んで、『ピーピング・トム』とアダム・カドモンは身じろぎ一つする事無く、対峙を続けているのだ。
 つまり敵の意識は、今やカドモン長官へと割かれていると言っていいだろう。
 新月の明晰な頭脳が、現状からに最適解をはじき出す。
――この機に畳みかける。
 まさに敵の注意がカドモン長官に向いているこの好機を逃さない手はない。
 銀白の瞳を細めながら、新月は疾駆の体勢を取る。二度、三度と後脚で砂の大地を蹴り上げれば、細かい砂塵が金紛の様に空を揺蕩い、冷風にあおられて後方へと流れていった。
 息を大きく吸い込めば、肺臓へと流れ込んだ砂まじりの空気が、肺と血管とを隔てる間質の壁を透過し毛細血管群へと溶け込んでいく。
 新月は更に二度ほど砂の大地を踏みしめた、助走をつける。
 取り込まれた新鮮な酸素が、奇跡の力と混淆し、濁流の様に全身の血管網を駆け巡っていくのが分かった。四肢の隅々が、奔騰していく奇跡の力によって熱を帯びてゆく。
 こみあげてくる力とは対照的に、思考はますますに研ぎ澄まされていくようだった。 
 研ぎ澄まされた意識のもと、新月の時間感覚は無限に引き延ばされてゆき、時はにわかに動きを止めた。
 たなびく砂塵がぴたりと動きを止めた。冷風の軌跡すらも目で追うことが出来るようだった。月光や星明りの光子一つ一つの運動すらも補足できるようだった。
 目に映る世界が、まるで呼吸することでも忘れたかのように静止して見えた。
 新月は、右前脚へと意識を集中させる。
 星明りが『ピーピング・トム』へと至る軌跡を、地上へと描き出している。周囲に堆く積み重なったガーディストームの残骸の切れ間を縫うようにして、一条の光の道が築かれていた。
 新月はこの光の道を往けばよい。
 狙うは、『ピーピング・トム』の首ひとつ。電光石火の勢いで認識の埒外から『ピーピング・トム』の懐へと飛び込むのだ。
 新月は、砂の大地を踏み抜いた。瞬間、新月のしなやかな体躯が、一陣の疾風へと変じる。
 漆黒のたてがみが、風にたなびき轟轟と逆立っている。宙を舞う体が、瞬きの間に遥かな距離を踏破した。
 鋭い飛翔軌道を描きながら、新月がガーディストームの残骸の影へと舞い降りた。前脚で砂の大地に踏みとどまり、疾駆の勢いを殺す。ついで、流れるような挙止でもって後ろ足で砂の大地を踏み抜くや、再び宙へと飛翔した。
 跳躍と着地を繰り返しながら、新月は、音も無く、影も残さずに黒い疾風となって、残骸と残骸の間を縫う様にして飛び移っていく。空を飛翔する度に、心地よい疾走感がしびれるような感触となって四肢の末端へと走り抜けていった。
 当初、薄闇の中、輪郭もおぼろげだった『ピーピング・トム』の面差しが、今、両の眼に鮮明に映し出されていた。
 『ピーピング・トム』は未だ新月の接近には気づかず無防備な姿をさらけ出したままだった。
 心地よい遊泳の中、新月は右前脚に力を込めた。
 オルトロスチェイン、コートの隙間から顔を覗かせていた黒鎖ががちゃがちゃと音を立てながら砂の大地に切っ先を横たえた。
 今や、敵は攻撃の間合いにある。となれば新月がなすべきことは、極限へと至った奇跡の力に形を与え、解き放つ事だけだ。
「爆ぜ、生じ、繫ぐ――」
 中空にて吐き出された言葉は、新月の着地に続き、幾分も遅れて周囲へと反響していった。
 新月の声音に『ピーピング・トム』の眼瞼がわずかに収斂した。
「此方は鎖――」
 着地と共に彼我の距離を目算する。二人を隔てる様に、おおよそ七間程度の暗闇が横たわっている。
 問題ない。伸縮自在の黒鎖は、間もなく『ピーピング・トム』を絡めとるだろう。
 着地に伴い、砂埃があがった。
 絹糸の様にたなびく砂塵の中で、『ピーピング・トム』の翡翠眼が、いかにも憮然とした様子で見開かれ、妙に緩慢とした動きで新月へと向けられた。
 新月と『ピーピング・トム』との視線がたまゆら交錯する。
 銀白と翡翠が混ざり合う中、『ピーピング・トム』の左腕がまるで壊れた木偶人形の様にたどたどしい軌道でもって水平へと振り下ろされた。華奢な肩元がぎこちなく回外し、形の良い相貌が新月へと向きを変えた。
 新月は、オルトロスチェインを開放し、『ピーピング・トム』目掛けて解き放つ。
 たわんだ鉄鎖が、しなやか鞭のように伸展し、らせん状に回旋しながら空を切り裂いていく。
 鉄鎖は、さながらとぐろを巻いた黒蛇が獲物へと襲い掛かかるように、軽やかな風切り音を鳴らしながら七間という空隙を一瞬で走り抜けると、『ピーピング・トム』の左腕へと殺到し、幾重にもなって絡みつく。
 鉄鎖を介して、新月の体躯に重苦しい荷重が伝搬する。
 そう、ここに新月と『ピーピング・トム』とは束縛の鎖を介して一つに結ばれたのである。
 だが、敵の拘束は、あくまで前段階に過ぎない。
 新月の意図は、縛鎖に続く対象の爆破にあった。
 がちゃがちゃと『ピーピング・トム』が左手を振り回し、新月へと抵抗するのが分かった。
 どうという事はない。しなやかな四肢でもって、必死に大地に踏みとどまれば、鉄鎖は直ちに静止する。
「此方は鎖――」
 術式を重ねる。新月の体内で溢れかえった地獄の魔力が鉄鎖へと伝っていくのが分かった。
 理知の瞳で、冷静そのもの『ピーピング・トム』を睨み据える。
「――神をも縛る地獄の黒鎖」
 そうして、静かに終焉の言葉を紡げば、溢れかえった地獄の魔力は、新月と敵とをつなぐ鉄鎖を介して『ピーピング・トム』の左前腕へと駆け上がっていく。
 一条の赤黒い閃光を新月はそこに見た。
 自らの中で膨れ上がった魔力は、宵闇を切り裂く赤光の矢となって、鉄鎖の上を這う様に進み、『ピーピング・トム』を蝕んだのだ。
 光条を視認するのも束の間、赤黒い光芒が『ピーピング・トム』の二の腕周辺を覆うや否や、光は瞬く間に膨張してゆき、ついぞ極限へと至るやまるで水晶の様に粉々に砕け散るのだった。
 『ピーピング・トム』を中心にして、眩いばかりの白色光と共に赤黒い炎が巻き上がった。
 つんざく様な爆音が突如、激しく鼓膜を揺らす。眩耀の瞬きに、たまらず新月は目を伏せた。
 立ち込めた焔が渦を巻きながら、赤く爛れた火柱となって夜空を焼く。爆ぜる火の粉が、闇夜をほの赤く潤色していた。爆心地を中心にして砂の大地は大きく抉られ、まるで隕石が衝突したかのような巨大な窪地を形成していた。爆風にあおられた砂埃が、黄ばんだ帷帳となって視界を覆いつくした。
 新月は薄目でもって白色光をやり過ごしつつ、爆炎の中心地を注視した。
 獣の第六感は未だに、けたたましく危険信号を鳴らし続けている。
 爆風が勢力を弱め、立ち込める白光に宵闇が混じり出す
 ふと新月は、爆心地の中心で黒影が揺れ動くのを見た。薄光の中で、意志力を湛えた翡翠の瞳がゆらりと揺れていた。
 絡み取られた左手を下垂させたまま、『ピーピング・トム』が弱弱しげに右手を振り上げるのが見えた。ほっそりとした彼の第二指に、紫電がまとわりつき、ぱちぱちと火花を上げていた。
 地獄の魔力を込めた一撃は、本来ならば『ピーピング・トム』の命を奪って余りあるほどの威力を秘めていたはずだ。
 敵は周囲に友軍機を置けば置くほどに力を増すという。
 すんでのところで、壊れかけのガーディストームより力を抽出して盾としたのだろう。辛うじて、敵は命を取り留め、今や魔力の尽きた新月へと反撃へと打って出たというわけだ。
 だが――。
「カドモンさんが敵を攻撃する隙を作ることができれば十分ですからね…」
 ぽつりと新月が呟いた時、なにか巨大な影が新月の側方すれすれを駆け上がり、『ピーピング・トム』の前方へと躍り出た。
 ぼやけた視界の中にあっても、巨影が放つ気配が雄弁にその正体を新月へと物語っていた。
 歴戦の勇者たるアダム・カドモンが、新月に続き追撃に打って出たのである。
 アダム・カドモンと新月との間には取り決めなどは存在しなかった。一瞥すらもいらなかったし、両者の間で合図や会話などが交わされたわけでも無かった。
 ただ息遣いさえ感じ取ることが出来れば、それだけで良かったのだ。
 新月もカドモンは基軸世界を同じくし、顔は知らずとも共闘してきたある意味、同志である。
 二人の間に共有された一種独特な空気が、以心伝心の洗練された連携を可能としたのである。
 カドモンの影と『ピーピング・トム』の影とが砂塵の中で一つに重なりあうのが見えた。
 カドモン長官の背負った大剣が袈裟切りに振り下ろされ、『ピーピング・トム』を肩元から鋭利に切り裂いた。
 銀色の閃光が一条走れば、ついで、赤々とした血の飛沫が剣戟の軌道に一致して夜空に飛び散り、曼珠沙華の大輪を咲かせた。
 夜空を染める鮮血の鮮やかさを目に焼き付けながら、新月は鉄鎖を引き、後方へと飛びのいた。未だ、カドモン長官は、新月に振り返るでもなく、『ピーピング・トム』に向き合ったままだったが、しかし長官の後ろ姿を目の当たりにした時、新月は彼の心の声を聞いた気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エミリィ・ジゼル
長官が仕事に戻るためには敵を倒すしかありません
ちゃきちゃき敵を倒してさっさと強制送還しましょう、この帰国拒否者を…!

せっかく長官がいるならケルベロスっぽいUCを使いましょう
ケルベロスっぽいUCとは言えば、そう『増える!囲む!ボコる!DXかじできないさんズ』ですね

敵を囲んでぼこるのはケルベロスの流儀です

ほら貝を吹いて開戦を告げ、
チェーンソー剣で装甲を破り、
エクスカリバールでダウンを取って、
爆破スイッチを連打してとどめを刺す連続攻撃で
|覗き魔《ピーピングトム》をフルボッコにしてやります

あ、長官はどのポジにします?
やっぱりクラッシャーですか?


エリー・マイヤー

連携〇

せっかくなのでダメ押しです。
既に誰かが言ってそうですが…
できれば、早めに帰って欲しいんですよね。
何かあった時、長官がいるのといないのとで大違いでしょうから。
そう、全てはカドモン長官さんのサビ残防止のためということです。

そんなわけで、お仕事お仕事。
辺りをサイキックエナジーで覆い尽くし、【念動ルーム】を構築。
範囲内の全ての敵の動きを減速し、行動を妨害します。
まぁ、実質的に残りはトムさんだけですが…
制御を取り返されても問題ないよう、一応ガーディストームも減速します。
攻撃はカドモン長官にお任せです。
インパクトの瞬間に加速して威力を増強しますので、そこだけご注意を。



 吸いかけの煙草が喘鳴まじりの吐息を荒げている。
 巻紙の七割ほどは既に黒ずみと成り果てた煙草は、今や指先附近にまで至り、燻ぶる燈火でもって白磁の指先をじりじりとあぶっていた。
 冷気極まる夜の砂漠にて、灰塗れの温もりを感じる。
 エリー・マイヤー(被造物・f29376)は、二本目の煙草を指先で摘む。
 口腔内には、雑味ばかりが目立つ苦みが未だにくすぶっていた。断酒後、唯一の友となった相棒の味は、相も変わらず苦みばかりが目立ち、少しも口にはなじまなかった。それでもなお、多少なりとも高揚感を齎してくれるのだから無下には出来ない友とも言えよう。
 ふんと軽く鼻を鳴らすと、エリーはまなじりを持ち上げ、全景をじっと見遣る。
 立ち上がる焔が、夜の砂漠をほの赤く染めだしていた。
 宵空は煌びやかなる漆黒の素肌を赤い衣で包み、『ピーピング・トム』とカドモン長官率いる猟兵たちの戦いを静かに見守っているようだった。頭上に戴く、三日月が、絹糸の様な月光で砂の大地に透明な綾を描いていた。
 エリーのアクアマリンの瞳が、焔の中、息も絶え絶えの『ピーピング・トム』を捉えた。
 痩身の『ピーピング・トム』は喘鳴ががちに肩を上下させては、両膝に手を突き、棒のような両足を弱弱し気に震わせていた。
 最早、半死半生とはこのことだろう。
 纏った黒のパーカは所々が破れており、覗かれた白い素肌の上には、みみずばれとなった熱傷が、痛々しげに這いずって見え、肩元から腰元へと走った刀傷を中心にして黒ずみの様な静脈血が衣服をねっとりと染め上げていた。
 とはいえ、度重なる猟兵の攻撃を受けながらも一命を取り留めているだけでも、敵の生存力の高さは驚異的である。
 加えて、あの眼光の鋭さだ。
 未だ、闘志むき出しに見開かれた瞳からは、なみなみならぬ気迫の様なものが伺われた。
 敵は傷だらけであり、今やほぼ態勢は決まりつつある。だが、あと一押しのダメ押しは間違いなく必要だろう。
 エリーは観察を終えると、もはやあるかないかもわからぬほどの煙草へと唇をあてがい、くゆらせる。
 吐き出した白煙が、銀糸の輝きで蜘蛛の糸の様に視界へと立ち込めていった。
 白い靄の中、『ピーピング・トム』と対峙するようにして大剣を構えるアダム・カドモン長官の後ろ姿が霞んで見えた。
 ――できれば、早めに帰って欲しいんですよね。
 長官の背を眺めながら、エリーは嘆息まじりに独り言つ。
 アダム・カドモン、本来ならばDIVIDE世界にある組織の長は、今、義憤に駆られ別世界で戦いに明け暮れているという。
 カドモン長官の高潔さというものには、たしかにエリーとしては頭が上がらないものがあったが、反面でDIVIDE世界における要が、基軸世界を長期間不在にする現状にはやや危機感を抱いているのもまた事実だった。
 エリーは別にDIVIDE世界の政治全般に精通しているわけでは無かったし、かの世界で跋扈するデウスエクスとやらの動静を具に観察してきたわけでは無いが、DIVIDE世界が今でもなお、デウスエクスの脅威下にあるのは事実だったし、デウスエクスの大規模侵攻がDIVIDE世界に訪れるという推測は日に日に高まっている。
 万一、DIVIDE世界に一有事あった際に長官がいるのといないのとで大違いだ。
 ――全てはカドモン長官さんのサビ残し防止のためということですかね。
 ちりちりと熱感が指先を伝っていた。すでに黒ずみは、ほぼ煙草全体を浸食していた。
 親指の第一関節程度になった吸殻を指先で弾けば、煙草はひと際赤く輝きながら空中を舞い、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
 自然左手が、三本目の煙草を纏めてシガーケースへと伸びていく。
 ぱちんと、伸びた左手を右手で一叩きして自制する。
 かわって、ひっこめた左手で後ろ髪をたくし上げ、理知の右手で髪を結わう。髪留めが後頭部を締め付ける感覚と共に、エリーは感覚は研ぎ澄まさせていった。
 三本目は仕事を終えてから、と自らに制約を立て、エリーは砂の大地を優雅に進み、アダム・カドモンの傍らに歩み出る。
「ダメ押しとゆきましょうか、カドモン長官」
 平素と変わらぬ抑揚の無い口調で言葉を紡ぐ。カドモン長官が首をエリーへと傾け、焔の瞳を瞬かせた。
「了解した。あらためて援護に感謝する」
「まぁ、長官にはお早い帰還をお願いしたいですからね。さっさと終わらせましょう」
 互いに無機質な声音でやり取りする。社交辞令などという億劫なやりとりを排した会話は、エリーにとっては幾分も心地よく感じられた。
 エリーは軽くカドモン長官へと目配せで合図すると、早速、呼吸を整え意識を集中させてゆく。
 超能力を発現させるべく、自らの中へと没入していく。
 自らの中で大海が横たわっている。エリーの瞳と同じ濃紺を湛えた水面が、波紋一つ刻むことなく凪いでいた。
 大海とは超能力の源泉であり、この無限とも思しき海から水を掬い続け、そこに形を与えることこそが超能力の本質である。
 脳裏にて揺蕩う大海へと想像の指先を伸ばし、水を一掬いする。
 瞬間、両の指先が紫電を纏う。青みがかった指先が僅かに熱気を帯びていき、余韻が蒼白い火花となって爆ぜた。
 大海より水を掻き出すたびに、指先の熱感はますますに昂じていく。迸る紫電が、一筋、二筋と薄闇の中を走りぬけ、冷めた大気を暗紫色に潤色していった。
「まずは敵を封じこめて動きを止めます」
 淡々とカドモンへと告げる。声音に従う様にカドモンが首肯で返した。
 白磁の指先を一本、また一本と伸ばしていく。寒気立ち込めた大気を指先がなぞるたびに、指先から伸びた紫電は蔦の様に中空へと伸びてゆき、それらは互いに蔓を絡ませあいながら、エリーを中心にして球体状の力場を形成してゆく。瞬く間に、繭の如き力場がそこに形作られた。
 そこに生まれしは、超能力の檻である。
 サイ・ルームとでも形容する事も出来るだろうか。今や、このサイ・ルームの中にエリー、カドモン、『ピーピング・トム』らはすっぽりと覆い隠されたのである。
 エリーは紫電の指先を『ピーピング・トム』らへと向けるとゆっくりと左掌を振り下ろした。
 瞬間、辛うじて片膝で姿勢を保持していた『ピーピング・トム』の体躯が大きく左方へとぐらつくのが見えた。
 まるで不可視の掌に強引に圧排されるように、『ピーピング・トム』の痩身が前のめりにつんのめるのが伺われた。
 サイ・ルームとはいわば、エリーの支配下に置かれた特殊空間とも言えた。
 ありとあらゆる物理現象を再現するエリーの超能力は、今、幾重にも連なる重力の枷でもって『ピーピング・トム』を束縛したのである。
 『ピーピング・トム』は平伏するようにおもざしを下げていた。項垂れた『ピーピング・トム』の翡翠瞳は、しかし、未だに猛々しく輝いており、不屈の光を湛えていた。
 『ピーピクング・トム』の赤く濡れた指先がにわかに収斂するのが伺われた。『ピーピング・トム』は鋭い眼光でもってエリー、カドモン長官を射抜きながら、やっとのことで片膝に右手を突くや、弱弱しながらもその場に立ち上がり、両の足で砂の大地を踏みしめた。
 エリーの振り下ろした左手が上方へとじわじわと押しやられ、中天を仰ぐ。掻痒感のものがエリーの指先に走っていた。
 ふむ…と小さく感嘆の声が漏れた。
 エリーの使役する超能力とは、基本的には物理法則を逸脱することは無い。それゆえ、敵がエリーの超能力を上回るエネルギーでもって抗うことさえできれば、敵は超能力の軛を脱して行動することはもちろん可能だ。
 エリーは押しやられた左手を再び振り下ろして、『ピーピング・トム』を睨み据えた。
 追い込まれたものが土壇場で火事場の力を発揮するというのは見る者にとっては、一種の深い感慨を齎すのかもしれない。
 エリーは、別段、それほどの感慨を受けてはいなかったが人によっては『ピーピング・トム』の姿に胸を熱くするものもいるのかもしれない。
 エリーには精神論だとか、根性論だというものが万能の処方たりえるとはどうしても思えなかった。
 想いの力というものを否定するつもりはさらさらない。だが、力学的法則の適用されない現象論を問答無用で信じる事が出来るほどに無垢な性質になれるはずが無かった。
 感情豊かに表情を変え、時にそれを力に変える人々に一種の憧憬や驚愕にも似た感情を抱かないわけでは無かったが、しかし少なくともエリーのアクアマリンの瞳は、『ピーピング・トム』が立ち上がったカラクリを精神論などとは関係ない、まったく別のところに見出していた。
 『ピーピング・トム』はオブリビオン・マシンを自らの周りに置く事で、自分の力はもちろんの事、周囲の機体をも強化する事を可能とする。
 今、ピーピング・トムの周囲に控えるのは、油が切れた様に片膝をつくガーディストームばかりであったが、半死状態とも言うべきガーディストームでも彼の身体能力を賦活させるための燃料としての役割程度は果たすことが出来たのだろう。
 彼はガーディストームより力を抽出することで、サイ・ルームの中でも戦える程度に自分を強化したのだろう。
 とはいえ、本来ならば超人ほどに強化されるであろう『ピーピング・トム』の身体能力は、少なくとも速度に関する限り、常人レベルに制限されているはずだ。
 エリーは、左手で『ピーピング・ストーム』を制したまま、右手を振り上げてカドモン長官に合図する。
「敵の動きは封じ込めました。攻撃はカドモン長官にお任せです。補助として、インパクトの瞬間に加速させます。速度と威力を増強しますので、そこだけご注意を」
 端的に告げれば、カドモン長官が肩に挿した大剣を前方へと構える。
 まったくもって、不愛想という生真面目というか。カドモン長官とのやり取りは苦労しないで助かる。エリーは右手を振り上げたまま、カドモンの疾走に備えた。
 そうしてまさにカドモン長官が走り出そうとした矢先、しかしエリーは、後方にて、唸りにも似た奇妙な海鳴り音を突如、その耳にするのだった。

 水一滴存在しない砂の大地に、潮騒の音が木霊する。
 底こごもった重低音が、じりじりと大気を震わせながら横たわるガーディストームらの間で反響し、荘厳とした残響音を残しながら、吸い込まれるようにして夜の砂漠へと溶けてゆく。
 今まさに駆けだそうとしてカドモン長官が、足を止めて、肩越しに後方へと振り返るのが伺われた。
 鳶色の瞳を不思議そうに震わせながら、カドモン長官は音の出どころへとゆっくりと視線を移してゆく。
 エミリィ・ジゼル(かじできないさん・f01678)とカドモン長官の視線とが交錯した時、生真面目なカドモン長官の眉宇にはっきりと焦燥の色が滲みだして見えた。
 エミリィはカドモン長官よりの視線に目礼で返す。可能な限り、陽気な笑みで応えてみせたのだ。
 ついでエミリィは手にした法螺貝を手放すと、カドモンを正面に見据えた。
 翡翠の瞳を柔和そのもの細め、ついで薄桜の唇を明朗と綻ばせる。
 花咲く唇が、歌う様に言葉を紡ぎだす。
「勝手に走り出しちゃって…!すまぬじゃないですよ…長官。まったくこの帰国拒否者が…!」
 花の唇が陽気に開閉されるたびに、銀糸を引くような柔らかな声音が、カドモン長官を容赦なく突き刺した。
 言葉を受けるや、カドモン長官が力なく肩を落とし、憮然とした様子で項垂れる。
 ふぅと一息ついて、エミリィはいたずらめいた陽気な瞳をカドモン長官から前方へと移す。エミリィの翡翠の眼に半死半生の『ピーピング・トム』の姿が飛び込んでくる。
「ちゃくちゃき敵を倒してさっさと強制送還させますからね? いいですね、長官?」
 視線で敵を制しながら、エミリィは長官を尻目に辛辣にそう告げた。カドモン長官が唖然とした様子で口を開閉させるのが見えた。
「…ど、努力しよう。しかし、なぜ君は鮫の着ぐるみを? いつの間に? それにその法螺貝は…」
 カドモン長官の瞳が狼狽気味に瞬いていた。
 大きく見開かれた鳶色の瞳に疑問符が浮かんでいるのが見てとれた。
 もちろんエミリィはあえて答えずに、大きく一呼吸するや法螺貝を咥え、あらんかぎりの息を吹きこんだ。彼への答えは法螺貝の音色がきっと応えてくれるはずだから、わざわざ答える必要性をエミリィは感じなかったのだ。
 吐き出した吐息と共に、法螺貝が海嘯の音色で砂の大地を満たしていく。
 底ごもった重低音がじわじわと広がってゆき、反響音と相まって高まり低まりを続けながら、そうして消褪していった。
 音が絶え、再び静けさが砂漠を支配してゆけば、エミリィの近傍にて空間が蜃気楼のように歪みだす。
 突如、大気がひび割れたかと思えば、こじ開けられた虚空のもと円らな瞳が顔を覗かせる。
 ひび割れた虚空のもと、巨影は気持ちよさげに体を揺らしていた。
 ゆさゆさと体を震わせながら、黒い巨体はひび割れた虚空より、大股で右足を踏みだすと、そのまま砂の大地に降り立った。
 ふっくらとした白のカチューシャを頭頂部に頂いた、キルト生地の青鮫が、二足歩行でそこに立っていた。
 もちろん、着ぐるみの中にはエミリィとうり二つどころか、まったく同一の風貌体裁の少女の姿がある。
 エミリィがもう一人のエミリィへと微笑みかければ、もう一人のエミリィもまったく同一の笑みを送って返す。
 そう、エミリィは法螺貝の音色と共に並行世界の同一存在、通称「かじできないさんズ」をこの場に召喚したのである。
 エミリィが使役するユーベルコードである『増える!囲む!ボコる!DXかじできないさんズ』こそが、この不可思議な現象をもたらしたのである。
 多元宇宙論においては、宇宙は複数個存在すると提唱されているらしい。果たしてこの理論が正しいかどうかという事をエミリィが知る由は無い。
 だが、原理原則やその整合性の如何に関わらず、エミリィは並行世界の扉を開くカギをユーベルコードという形で所持していた。
 エミリィが法螺貝を噴くたびに、潮騒が響き渡る。
 静寂の砂漠へと、海鳴りの様な福音が走り抜けてゆくたびに世界と世界とを隔てる扉は、奇跡の力によって一つまた一つ強引にこじ開けられ、一人、また一人と鮫ぐるみを着込んだエミリィが姿を現してゆく。
 エミリィがオブリビオンやデウスエクスとの戦いの際に常に重視したのは数の優位性というものだった。
 ケルベロスの流儀とは至って単純なものであり、数の優位性のもと敵を徹底的に撲滅することにある。少なくともエミリィは経験則からそう理解していた。
 おそらく異界より現れたエミリィもまた考えを同じくするだろう。
「おらぁ、おらぁ」
 とチェーンソーを激しく軋ませながらエミリィの一人が口を尖らせつつ、声を張りあげた。
「数でボコるのがケルベロスの流儀よ」「脛ねらえ脛!」
 雄々しげにエミリィ達が声音を重ねた。さながら素行不良な不良学生のように、棘付きのいかめしい鉄のバールを肩に担いだエミリィ達が砂の大地踏み出した。
 エミリィは、法螺貝から再び手を離すとカドモン長官へと視線を遣る。
 カドモン長官は、思考が状況についてこれていないといった様子で、茫然自失そのもの目を丸くしている。
 はたとエミリィはここにきて、自分の至らなさを痛感する。
 ――そうだ…まだポジションを表明していなかったと。
「私はクラッシャーで」
 基軸世界のエミリィが号令をかけた。
 瞬間、異世界からのエミリィ達による「クラッシャー」の大合唱があふれ出した。
 薔薇の微笑を湛えながら、基軸世界のエミリィはカドモン長官へと視線を遣る。
「あ、長官はどのポジにします?やっぱりクラッシャーですか?」
 エミリィは微笑まじりに長官を覗き見る。カドモン長官が二度、三度と目を瞬かせた。語気に疑問符を混ぜながら、カドモン長官が返ずる。
「ク…クラッシャー? しかしここはDIVIDE世界では――」
「おくすまポジクラ…?」「いま表明!?」
 しかしカドモン長官に待ったなし。群がるエミリィの集団の中から、間髪入れずに譴責の声が上がる。
 カドモン長官が鳶色の瞳を動揺がちに目を瞬かせるのを尻目にして、エミリィはますますに微笑を深くする。
 ついでエミリィは、カドモン長官にて凛然と身をそびやかす青髪の女性へと目を遣った。
「えっと、貴女は猟兵さんですかね?…ポジションどうしましょうか?クラッシャーやジャマー、ディフェンダーとその他、諸々ありますけれど?」
 微笑まじりに尋ねれば、青髪の女性は、古代彫刻を彷彿とさせる白磁の相貌をわずかに傾げて、蕾の様な唇を震わせた。
「じゃあ、ジャマーとかで」
 青髪の女性は指先で絹のような髪の毛を繰りながら、エミリィへと即答した。
 ふふんと鼻を鳴らしながら、エミリィは目合図で応える。
「了解しました。それではCr、Cr、Cr、Cr、Cr、Jm、Cr…と前のめりの編成で参りましょうか」
 語気を強めてエミリィは返答する。青髪の女性は、アクアマリンの瞳を澄んだ湖面そのもの怜悧に光らせながら、エミリィへと軽い目礼で返した。
 あえて名前は尋ねはしなかった。
 こんな砂漠くんだりまで、カドモン長官の救援に駆けつけたという一事が、彼女の目的を雄弁に物語っている。
 となれば、名前なんていうものは記号にすぎない。共に戦う猟兵として、その認識さえ共有できていれば問題ない。
 エミリィは青髪の女性から視線を前方へと戻した。薔薇の唇に人差し指を添えて、シリアスは終了と自分に言い聞かせる。
「それでは、カドモン長官。見知らぬお嬢様…。法螺貝と共にいざ、出陣とゆきましょう」
 二人へと視線を遣れば、両者は真剣そのもの『ピーピング・トム』を正面に見据えていた。
――さて、お二人のシリアス、私の法螺貝の音色で解きほぐして差し上げましょう。


 鮫ぐるみを纏った無数の少女を引き連れて、カドモン長官が砂の大地を駆け上がっていく。
 一見すれば喜劇の一幕かとも見紛うような光景を前にして、しかしエリーは不器用に口元を攣縮させながら、作業をこなすことにだけ意識を集中させていた。
 混沌とした戦場というのもたまには悪くは無いなと、そんな想いと共に友軍の背中を見送れば、カドモン長官率いる鮫ぐるみの大群は『ピーピング・トム』へと目にも留まらぬ速さで押し寄せていく。
 彼らの手にした白刃を光らせていた。
 エリーは左手で『ピーピング・トム』牽制したままに、味方の攻撃に合わせて速度を加速させる。
 エリーが友軍の行動を加速させれば、鮫ぐるみの少女がまるで弾丸のようになって地を駆けてゆく。
 金切り音を上げたチェンソーが『ピーピング・トム』を守るようにして居並ぶガーディストームをたちどころに切り裂いた。
 ぐずりと崩れ落ちていくガーディストームの残骸を飛び越えて、影絵となったカドモン長官、残った鮫ぐるみの少女たちが一斉に『ピーピング・トム』へとなだれ込んでいく。
 サイ・ルームで『ピーピング・トム』の動きは可能なまで鈍らせてある。
 とはいえ、敵はさしもの『ピーピング・トム』といったところか。ここまで防戦に徹してきた猛者はたちどころに状況を理解したのだろう。彼は、眼光鋭く鮫少女たちを睨み据えると、重苦しかろう体躯を必死に動かして、目前に迫った攻撃に即座に対処してきた。
 まず、『ピーピング・トム』は自ら迫る鮫少女の刃を、半ば身をひねることでやり過ごした。
 棘付きバールが銀色の残光を残しながら虚空を掠めていく中で、痩身の青年は、鮫少女と入れ違いになるようなかっこうで半歩を踏み出すと、むしろ死地へと一歩を踏み出した。
 それは刹那の攻防と言えるだろう。
 青年は、するりと踊るようにして砂の大地を半歩ほど進むと、隙だらけのカドモン長官の懐に入り込み、掌を突き出し、反撃に移った。
 咄嗟にエリーが左手を力強く握りしめた。
 超能力の掌が『ピーピング・トム』に圧し掛かる。瞬間、痩身の青年はくの字に膝を折り、前腕を下垂させた。
 突き出された拳はやにわに勢いを落としてゆき、まるでスロー映像を思わせる、拍子抜けするような速度で力なく振り下ろされてゆく。
 最早、電光石火の一撃は鈍重な拳へと変じたのだ。
 カドモン長官が悠々といった挙止でもって半身を捻れば、拳は虚空を掠め、『ピーピング・トム』の痩身がつんのめるような格好で前方へとよろめいていった。
 すかさず、鮫少女の一人が体勢を崩した『ピーピング・トム』の前方へと躍りかかる。
「数でボコる…。これがケルベロスの流儀よ」
 と、数多いる鮫の少女の一人が荒々しげに声を張り上げた。
 少女が棘付きのバールを振り上げたのを合図に、エリーは指を擦らせる。指と指とが絡み合い、擦過音が鳴り響けば、指先より零れだした青白い光条は鮫付き少女のバールへと絡みつき、錆びた刀身を銀蒼色に照らし出してゆく。
 ここに少女の一撃は音速の一撃と転じた。『ピーピング・トム』が飛びのくよりも早く、少女の振り下ろした鉄バールが『ピーピング・トム』の肩元を正確に抉りぬいた。
 軋みを上げながら、『ピーピング・トム』が側方へと力なく倒れ込んでいく。
 ふと『ピーピング・トム』に群がる鮫少女の一人と目があった。
 エリーが会釈で応えれば、少女は温顔を綻ばせながら、掌の中に収めた起動装置と思しきスイッチを力強く押し込む。
 瞬間、『ピーピング・トム』を中心にして、白光が周囲へとあふれ出した。
 激しい爆音と共に、巨大な焔が立ち上がる。
 霞目で、『ピーピング・トム』を見遣れば、赤い炎の中で青年の影は弱弱しくも崩れ落ちていく。
 エリーは両の掌を下ろして、恭しく礼容を正した。
 エリーは哀悼の眼差を燃えゆく『ピーピング・トム』へと注ぎ、ついで、月光を帯びながら淡く発光するカドモン長官や、きゃっきゃっとはしゃぐ鮫ぐるみの少女たちを順繰りに見回した。
 彼らに一揖して、エリーは自らの嗜好を解禁する。
 シガーケースへと手を伸ばし、本日三本目の煙草を口に咥えると眩いばかりの光から目を背け、そうして後方へと振り向いた。
 茫洋と広がる砂漠のもとで翡翠の微光を纏ったプラント都市がエリーの視界に飛び込んでくる。
 煙草に火をつけ、一息つく。
 街を覆う、綿花の様な光芒が、まるで緑雨の如く夜空を装飾していた。降り注ぐ光の雨が、プラント都市の灰褐色家々を柔らかに潤色していた。
 表情筋一つ動かすつもりも無かったが、自然と口端が優雅に綻んでいた。苦味ばかりが目立つ煙草の味が、この時ばかりは僅かながらも甘美に感じられる気がした。
 吐き出した煙草の煙が濛々と凛然と佇む空へと立ち込めていく。
 ここにアダム・カドモンを巡る戦いの序章は幕を下ろしたのである。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『キャバデコ!』

POW   :    カッコよく仕上げる

SPD   :    可愛く仕上げる

WIZ   :    この世界に爪痕を残すレベルで独創的に仕上げる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 戦いが終わり、夜が明ける。
 地平線へと顔を現した日輪は、黎明時の空を薔薇色に染め出し祝福の光でもって、大砂漠に横たわる小さなプラント都市を柔らかに照らし出していた。
 安穏とした眠りから目覚めた住民たちが、一人また一人と通りへとあふれ出してゆく。
 日が空の東端より南中へと亀の歩みで身を進めてゆくたびに、雑踏は増し、街中が色めきたってゆく。
 人口数万人程度の小都市に、平素と変わらぬ朝が訪れたのだ。
 アダム・カドモン率いる猟兵達による戦いの痕跡は、すでに大部分は砂に埋もれ、一部は灰となり跡かたなく消え果た。
 市民たちは戦いの存在など露知らずに、今日という日を過ごすのだろう。
 ある猟兵は旅籠にて一夜を明かしたかもしれない。また、夜を徹した者もいるかもしれない。砂漠にてキャンプを張ったものもあれば、街の一隅にて身を横たえて朝を迎えたものもいるかもしれない。ゲートを潜り、自らの世界へと舞い戻ったものもいるだろう。
 いずれにせよ、既に脅威は去ったのだ。となれば、猟兵としての責務は果たされたと言えるだろう。
 これからの時間を利用して、アダム・カドモンその人と接触を取るなり、街を散策するなりは各々の自由だ。
 さぁ、陽射しの中へと駆け出そう――。
――――――――――――――――――――――――
 第三章は砂漠都市での散策やカドモン長官との談話がメインになります。
 街は人口三万人程度の小都市になっています。街並みは石畳の中世風都市ですが、文化レベルは近現代の水準を満たしており、喫茶店や露店街、砂漠を彩る「サラザーラル」と呼ばれる花公園などが存在しています。
 キャバデコが一例に挙げられていますが、そちら以外も含めてご自由に行動ください。
【※以下、一応、過ごし方の一例をあげておきますね】

①『朝』『昼』『夕』から時間帯を選んでくだされば、そちらに合わせて場面描写を開始します。
②カドモン長官との会話の有無を記載ください。
→有の場合は、カドモン長官との会話をメインにします。
③訪問先を記載ください。
→以下の中から選んでください。②がありの場合は、カドモン長官との会話の舞台はそちらになります。②が無しの場合は、やりたいことなどを選択してください。

●訪問先:
1.喫茶店:町はずれの一角には喫茶店どおりが広がっています。ティーンエイジャー向けのお店からシニア向けのお店まで多種多様ですが、どの砂漠の花『サラザーラ』をもとにして作られる工芸茶はすべてのお店で提供されています。
2.花公園『サラザーラル』。つつじにやや似た『サラザーラ』が咲き乱れる花公園です。景観鮮やかな花公園は、時折訪れる旅人や、市民にとっての憩いの場です。
3.露店街。書店や衣服、食料品などを扱う露店が連なっています。
ハル・エーヴィヒカイト

連携○
長官相手には敬語を心掛ける
長官との会話がメインだ。時間帯と場所はあちらの都合に合わせよう

別の戦場で確認した限り、やはり目の前の戦いを終わらせるまで帰ってくれるつもりはなさそうだがその心に変わりはないか尋ねよう

もっとも現状は帰る方法もわからないからそのようなことを話す意味はないのかもしれない
今帰るつもりはなくてもいざという時に帰られるように準備を整えておくことは大事だろう
そちらについての進展はないのかも尋ねてみる。DIVIDEに問題が発生した場合はせめて帰ってもらえるように
それまでは長官の戦いが早く済むように私も剣を振るうことを誓おう




「ハル、また君に助けられたな。古今稀に見る勇武の才、長官、いや一人の戦友として敬愛している。我らが基軸世界での活躍はもちろんだが、この世界での共闘、あらためてここに感謝する」
 晴れやかなる大気のもと、早朝の花公園に男の声が響いた。ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)がベンチごしに左方へと目を遣れば、アダム・カドモンの面差しが両の眼を独占した。
 ハルは、目礼でもってカドモン長官へと答えると、手にしたコーヒーカップへと唇をつける。両膝の上に肘をつき、やや前屈みになって、コーヒーをすすった。
 舌の上に苦味が広がっていく。しばし舌の上でコーヒーを転がせば、奥行きのある豊饒さのようなものが口腔内に漂ってゆく。
 あえて言葉を切って、ハルが前方へと視線を移せば、公園中央に備え付けられた『サラザーラ』の花々が、風に煽られては優雅に身をくねらせ、白い泡沫の花々をゆったりと震わせた。
 ハルはかぶりを振る。ついで、苦笑交じりに口を開いた。
「お言葉ながら長官。私など匹夫の勇に過ぎません。長官の評価はいささか過分に過ぎますよ」
 ハルが答えれば、隣席のカドモン長官が思案顔で俯いた。横一文字に噤まれた唇がわずかの間、いかにも曖昧に収斂していた。
 カドモン長官は、あえて黙したままにコーヒーで一息をつくと、『サラザーラ』の花々とハルとの間で交互に視線を動かしながら、訥々といった様子で口を開いた。
「そうであろうかな、ハル。…君が放つ光は猛々しく、そして穏やかだ。私は君の様な人間こそを乱世における希望と見なしているよ」
 カドモン長官は、コーヒーカップをベンチの脇に置くと、『サラザーラ』の花々を食い入るように眺めた。語気を強めた声音は、おだやかな抑揚と共に花と花との間を揺蕩い、風雅な心地でハルの耳朶に触れた。
 ハルは即座に首を左右する。
「いえ、希望というのならば、それはあなたでしょうよ、カドモン長官。私は、あなたに伺候して参りましたが、この乱世において、あなたはいくつもの都市と数多の人々をお救いしてきました。私は匹夫の勇で構いません。しかし、あなたは王道を往く人だ。私は、あなたの様な正しき者のもとでこそ、この蛮勇を発揮したいのです」
 ハルが答えれば、間髪入れずにカドモン長官が弱弱しげに首を振る。
「…君こそ私を課題に評価しているよ。おおよそ、為政者とは虚飾と実質を織り交ぜながら、均衡を保つ者の事を指すのだろうが、虚と実を顧みない私もまた蛮勇の域を抜け出せていないのだ」
 カドモン長官は、嘆息まじりにそう言うと、再びコーヒーカップへと口づけした。
 俯きがちに視線を落としながら、カドモン長官は暫くの間、沈黙を貫いた。
 人寂しい朝の自然公園で、風音と噴水だけが、静寂に交じり憐憫の音色となって木霊していた。
 この沈黙こそがカドモン長官の苦悩の形であり、彼の偽らざる心の声だった。
 そう、彼は未だ、DIVIDEに戻るつもりはないのだろう。この硝煙と血の匂いが染みついた世界で、彼は戦いつづけるつもりなのだ。
 しばしの沈黙の後、ハルは静かに口を開くと長官へと尋ねた。
「また、往かれるのですね?」
「あぁ…すまないな。ハル」
 互いに言葉短く言い交した。木々を渡る風は、容赦なく白い花々へと吹き付けては枝を折り、粒の様な花々を一輪、二輪と空へと運んでいった。
 束の間、澄んだ大気が粉雪の煌めきで色めき立つ。
「ままならないものですね、長官。――帰還の方法に関しては、その後、いかに?」
 おそらくは、未だに長官は帰還のための手段を欠いているだろう。いや、仮に帰還の目途が付こうとも、王道を尊ぶ、このお人好しな我らが最高司令官は、クロムキャバリア世界の惨状に目を瞑り、早々にDIVIDE世界へと帰還するという選択肢を選ぶことは無いのだろう。
 カドモンがまなじりをわずかに落とした。鳶色の瞳が、まるで暮日の様に色褪せ、憐憫の色を深めていく。
「すまないな。今はまだ帰れぬ」
 カドモン長官は曖昧に言葉を濁したが、彼の隻眼は言葉よりも雄弁に彼の本意を語って見えた。
 ならば仕方が無いだろう。
 ハルは口元をわずかに緩めながら、わずかに顔を上げる。木の背もたれに大きく身を預けてみれば、雲一つない青空がハルを出迎えた。
 雲一つない青空の元、東空で日輪が煌々と輝いている。
 アダム・カドモンを喩えるのならば、太陽の如き王者という比喩こそが最も相応しいだろう。彼は善悪により行動を決する。そんな徳に重きを置く彼の姿勢が、果たして組織の長にとって正しいものなのかは、正直なところ、ハルには分からなかった。
 だが、アダム・カドモンの決意と行動がこの小さなプラント都市を救ったという事実は、もはや誰にも否定できはしないだろう。
 そしてハルは、小事に目をつぶり大事のみに邁進する者のことを、自らの長として仰ぐことは出来はしない。
「了解しました、カドモン長官。あなたをもはや、止めはしない。同時に私はここに誓いましょう。ハル・エーヴィヒカイト、非才の身でありますが、私はあなたを支える一振りの剣となりましょう。この世界で、ケルベロスの刃をあなたのために遺憾なく振るわせていただく所存です」
 コーヒーカップを再び右手に、ハルはベンチから立ち上がる。つられるようにカドモン長官もまたベンチより立ち上がった。
 そうしてハルが、カドモン長官へと視線を遣った時、ハルはたまらず目を瞠目させた。
 そう、平素無表情なカドモンの怜悧な面差しが、今、ハルの隣で綻んでいたのだ。
 石膏を思わせる端正な面差しが、薔薇色の光を湛えて仄かに赤らんでいた。平素、横一文字に結ばれた唇はやおら弛み、白い歯が大理石の輝きを湛えていた。
 たまらずハルは声を零した。
「あなたでも笑う事はあるのですね、長官」
 ハルが問えば、カドモン長官は、嬉々とした様子で首を縦に振る。
「うれしければ、私も笑うよ、ハル――。刎頸の友を得た心地はまさにこの事さ。心が躍り出すのも当然というものだろう?」
 カドモンは柔和に微笑みながらからかう様に肩を竦めてみせた。たまらずハルの笑貌がますますに陰影を深めた。ハルは、一揖と共に歌う様にカドモンへと答える。
「友…というには過分にすぎますよ、長官。私はあなたの部下なのですからね?」
「友はいかんか、ハル?これまで君は幾度も私の窮地を救ったではないか。主従ではない。友として、私は君を慕っているのだ。主従の関係など、デウスエクスや専制君主のそれと変わらない、脆いものさ。私たち人類…いやケルベロスの真の刃とはつまりは対等な関係のもとに成り立つ、友諠の剣であろう」
 カドモンは、そう言うと、ハルに背を向け、一歩を踏み出した。
 彼はどこか面映ゆげに手を振り上げると、ハルに別れを告げ、そのまま自然公園を辞去する。
 半機械の背が遠ざかり、瞬く間に黒点となり、雑踏する街中へと消えていく。
 彼の背を眺めながら、ハルはあえて敬礼の類は返さなかった。友という言葉が、ハル・エーヴィヒカイトの胸中で永遠と反響していた。
――ならば、俺も友のために再び、刃を振るおう。
 自らにそう誓い、ハルはコーヒーカップを拾い上げ、自然公園を後にする。
 誓いはここに立てられた。友のために戦う――そんな思いを抱きながら、ハルもまた次なる戦場へと向かう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エリー・マイヤー

連携〇

法螺貝で士気を高揚させ、前触れなく増殖して囲んで敵をボコる。
ケルベロスの理不尽さを思い知らされた戦いでした。
組織の軛が解き放たれて、彼らが思い思いに暴れ始めたらと思うと…
カドモン長官の責任は思った以上に重大なのかもしれませんね。

なんて冗談はさておきまして。
折角なので、喫茶店で軽食でも頂いていきましょうか。
カドモン長官のおごりで。
早く帰って欲しいのは山々ですが…
この街を守れたのも、カドモン長官の尽力によるところが大きいです。
人々が平和に過ごす様を眺めて行っても、バチは当たらないでしょう。
帰るにしても、次の戦いに赴くにしても、休憩は必要ですしね。
私としては、帰って欲しいのですが。



 ガラス窓を透過した真昼の陽射しが、純白の卓上を光の刷毛で優雅になぞっている。
 レースのテーブルクロスを掛けただけの食卓が妙に煌びやかに見えるのは、陽射しが齎した一種の奇跡のようなものなのだろうか。
 光が射しこみ、散乱するたびに、卓上では白波が砕けるかの様に光が弾け、卓端に置かれたガラス細工のティーポッドを眩耀の輝きで照らし出した。
 ティーポッドの中、なみなみに注がれた琥珀色の液面の上で、半ば蕾を開いた白い花がどこか恥じらいがちに身を震わせている。
 白い花は、名前を『サラザーラ』と言っただろうか。綿雪を彷彿とさせる粒の様な花弁をつけた白い花『サラザーラ』は、息を潜めながら開花の時を待ちわびているようだった。
 エリー・マイヤー(被造物・f29376)が鼻をひくつかせてみれば、木造家屋特有の朴訥とした木の香りに混ざって、甘美な花の香りが鼻腔へと充満してくる。
 喫茶店選びも、注文内容もそのどちらもが正解の様だった。だが、まだ足りない。昼時といえば口寂しくなるのも当然で、肝心のメインディッシュにエリーは未だありつけていない。
 工芸茶をぼんやりと眺めながら、エリーは揶揄うように声音を弾ませる。
 相手はもちろん、小さな木机一つを挟んでエリーと対座するアダム・カドモン長官そのひとである。
「工芸茶だけというのも物足りないですよね、長官。喫茶店に来たのだから軽食でも頂いていきましょうか。…もちろん、カドモン長官の奢りで」
 鼻歌まじりに言の葉を紡ぎ、そうして、いたずらっぽく片目を眇めてみせる。右指先に、喫茶店のメニューを挟んでカドモン長官のもとへと差し出せば、カドモン長官がメニューをつかむ。
 無垢の色を湛えた鳶色の瞳が、乗り出すような格好でエリーの事をじっと見つめていた。
「好きなものを頼むといいだろう。なにせ先の戦いでは随分と力を使っただろうからね」
 カドモンは、表情らしい表情を浮かべること無く、無表情なままにエリーへと答えた。それでも尚、放たれた声色は幾分も柔らかく聞かれた。
 そんな無表情な長官に対して、エリーもまた、見る者によっては辛うじてわかる程度の微笑でもって答えた。
 もちろん、頼むメニューの算段は既に付いている。
 メニュー表の一番上段から下へと向かい、エリーはゆっくりとメニュー表をなぞってゆく。そうして、メニュー下段でぴたりと指を止めると口端を綻ばせる。
 この無垢の男を揶揄いたいとの好奇心がますますにエリーの中で募っていくようだった。
「それじゃあ、プレミアムアフタヌーンティーコースで」
 エリーがメニュー表を指差しすれば、白磁の指先を追うようにカドモン長官の視線がメニュー表の上を上から下へと走り抜けていく。
 メニュー表の上段から下段に下るに従い、値段は比例して倍加していった。
 プレミアムアフタヌーンティーコースなる綴りの上でカドモン長官が視線を留めた時、鳶色の瞳が慌てふためいたように二度ほど瞬くのがはっきりと分かった。
 ますますにエリーは笑貌を深くする。
 カドモン長官は、暫くの間、黙りこくったままにメニュー表と格闘していたが、三度、四度と瞬きを終えると咳払いがちにおずおずと口を開く。
「ス…スペシャルアフタヌーンティーコースはどうだろうか?」
 躊躇いがちに口をもごつかせるカドモン長官へとエリーは首を左右して応える。
「キッシュが入ってないじゃないですか、長官。ふんわかキッシュ食べたくありません?」
 エリーが端的に答えれば、カドモン長官は再び口を噤む。
 カドモン長官は、束の間、放心したようにメニュー表の上で視線を彷徨わせていたが、諦念した様に眦をつりあげると、メニュー表を両手で閉じた。流れるような挙止で振り上げられた半機械の右手が、黒のエプロンを身に着けた、短髪のウェイターを呼び止めた。
「プレミアムアフタヌーンティーコースを頼むよ」
「へっ…プレミアムアフタヌーンティーコースですか?」
 カドモン長官の注文に青年が、目を丸くしながら注文を反芻する。
 仰天する青年を尻目に、カドモン長官は力強く頷いた。
「あぁ、このメニュー表の一番下のプレミアムを。プレミアムアフタヌーンティーコースを二人分、頼みたい」
 青年は、半ば放心したように身を見開いたまま、カドモン長官とエリーとの間で視線を泳がせていた。ウェイターの青年が指をひとつ、ふたつ、みっつ、そしてよっつと折り、遂に掌を閉じた。
 無意識で握りしめたであろう右手を震わせながら、青年がカドモンへと再び尋ねる。
「プレミアムアフタヌーンティーコースで間違いありませんね、お客様?」
 青年の拳が、どこか機嫌よさげにわなわなと震えていた。
 カドモン長官は生真面目そのもの、「間違いない」と言葉短く告げると、青年へとメニュー表を手渡して、軽く会釈した。
 メニュー表を受け取るや、青年は、弛んだエプロンをぎゅっとしめて、襟を正し、エリー、カドモンへと深々と一揖する。
 再び青年が首を上げた時、エリーの視界に飛びこんできたのは、妙に溌剌と表情を輝かす青年の面差しであった
「プレミアムアフタヌーンティーコースを二つですね。承りました。では、追加のティーについては後程お伺いしますので、まずは『サラザーラ』をお楽しみください」
 青年は挙止を正して、『サラザーラ』の工芸茶へと手を伸ばした。ティーポットの中、白い花は既に満開の花を咲かせている。
 ウェイターの青年は、机端のティーカップを手元にひき、カップを紅茶でなみなみに満たすと、エリー、カドモンの両名へと差し出すと、一礼と共に、足取り軽く厨房の奥へと消えていく。
 青年の後ろ姿を見送りながら、エリーはさっそくティーカップを片手に苦笑交じりのカドモンへと目合図する。
「それでは乾杯ですね」
「あぁ、乾杯だ」
 はにかんだように首を傾げながら、カドモンもまたティーカップを持ち上げた。
 軽くカップを擦り合わせると、エリーはさっそくティーカップに口をつけた。
 花模様のティーカップに口づけし、紅茶を一口すすれば、ふくらみのある甘味が絹のようまろやかな舌触りで口腔内一杯に広がっていく。
 丸みのある液体を舌の上で転がし、そうしてゆっくりと咀嚼すれば、蜂蜜の様な柔らかな甘い余韻が口腔から鼻腔へと突き抜けていった。
 たまらず、憂愁まじりの吐息が口をついた。
 この世界の相場は分からなかったが、カドモン長官が言うには『サラザーラ』の工芸茶はそれなりにお値段が張ったという。
 なるほど、味わいといい香りと言いそれなりの値段を出す価値は十分にあるといえるだろう。もちろん、カドモン長官の奢りでという前提付きだが。
 くすりと微笑みながら、エリーはティーカップから目を離して、カドモン長官を一瞥する。
 目についたカドモン長官はいかにも安閑とした様子で窓外の景色を眺めていた。
 古代彫刻を思わせる整った面差しのもと、鳶色の瞳が穏やかな色を湛えながら揺れている。
 カドモン長官は卓上で頬杖を突き、平素と変わらぬ面差しを窓際へと向けていたにすぎない。見ようによっては、カドモン長官は、不機嫌そのもの外を眺めているように感じられただろう。
 しかし無表情仲間の面目躍如というところか。彼の鳶色の瞳に浮かぶ、微笑の光をエリーが見逃すはずは無かった。
 エリーのアクアマリンの瞳は、険しさの仮面の下で少年の朗らかさで微笑む長官の姿をありありと映し出していたのだ。
 彼の無表情とは、無関心や冷酷の証左ではありえず、むしろ、純真さの反映でもある。真っ白なキャンバスが一見、冷たい印象をあたえるものの、その実、無垢の白を現しているように、彼の心根もまた透明であるのだ。
 自らは半ばは億劫さゆえに、長官は無垢ゆえにこの無表情というわけだ。差異こそあれ、どこか通じるものがある。
 無言のままに、エリーもまた、カドモン長官の視線を追って窓外を眺めた。
 褐色肌の少年少女が快活と表情を輝かせながら通りを勢いよく走り抜けていくのが見えた。
 長官と自分が似ているとは別に思わない。だが、自らの感情を一切表情に現すことなく、しかし、内心では誰よりも歓喜するカドモン長官の姿に共感できる部分が多かったのも事実だ。
 揶揄ってみたいと思うのは、自分の悪癖だろうか。
 だが、胸中でこみあげてくる多幸感は、エリーを幾分も饒舌にしていたし、のどまで出かかった言葉をひっこめることは最早エリーには出来はしなかった。
「それにしても、カドモン長官。先ほどの戦いは、あらためてケルベロスの理不尽さを思い知らされた戦いでした。法螺貝で士気を高揚させ、前触れなく増殖して囲んで敵をボコる。組織の軛が解き放たれて、彼らが思い思いに暴れ始めたらと思うと…カドモン長官の責任は思った以上に重大なのかもしれませんね」
 微笑がちに言って見せれば、カドモン長官が二の句も継げぬといった様子で身をたじろかせた。
 揶揄う様に肩をそびやしながらエリーは続ける。
「冗談ですよ、冗談。正直、頼もしい仲間だと思います。とはいえです。長官に戻っていただきたいのは正直なところではあるのですよね」
 ぽつりとつぶやきながら、再び視線を窓外へとやる。
 やわらかな日差しの中、精緻に敷き詰められた石畳は白砂の輝きを帯びながら、砂浜の鮮やかさで市街を覆いつくしている。
 通りの雑踏は絶える事無く、黒山の様になった人だかりが、狭い通りにひしめきいながら通りを往来していく。耳を澄ませば、おだやかな喧騒がエリーの耳朶に触れた。
 この街の平和が保たれたのは、カドモン長官の奮迅に依るところが大きい。
 彼がこの世界で戦う事を選んだからこそ、銃弾が都市を掠めることは無く、安穏とした景色がここに残ったのだ。
 もちろん、エリーとしては彼に基軸世界への帰還を打診したかった。だが、窓外の景色を目の当たりにした時、エリーが躊躇いを覚えたのもまた事実だった。
 DIVIDE世界の危機に目をつぶるつもりは無い。だが、この硝煙と銃火くすぶる世界を守るべく立ち上がった人物の本意を翻すことが正しい事なのか、明確な答えを出すことはエリーには出来なかった。
「すまない…」
 あまりにも弱弱しいカドモン長官の声がエリーの鼓膜へとしみ込んできた。絞り出すように放たれた男の声には、自責の色が色濃く漂って聞かれた。
 まったくもって、このアダム・カドモンという男は、眩しくもあり、歯がゆくもある。
 エリーは憐憫がちに嘆息して肩を竦めてみせる。
「まぁ、奢っていただいちゃいましたからね。帰るにしても、次の街に向かうにしても…あなたの意思を尊重します。休憩は必要です。今や、せっかくのプレミアムな時間を楽しむとしましょうか?」
 はたして、大皿を何枚も重ねたカートを引いて、ウェイターの青年が再び厨房より姿を現した。
 アダム・カドモン――このいまいち煮え切らない男の事を自分は今、どんな表情で眺めているのだろうか。口端の朗らかな攣縮が、エリーの偽らざる心の声を証左しているようだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月隠・新月

連携〇
①時間帯おまかせ②会話有③露店街

さて、夜も明けましたし……土産でも探しましょうか。クロムキャバリアに来ることはあまりありませんから。この都市には花をもとに作られた工芸茶があるようですが、露店でも買えるでしょうか。
どこかの店で工芸茶を見かけなかったか、カドモンさんに尋ねてみましょうか。

ええ、俺は一足先にケルベロスディバイドに帰ります。カドモンさんは、まだこの世界で戦うのですよね。俺としては、あなたのしたいようにするのが一番だと思いますが……あなたの帰還を待つ者も多くいますから、できるだけ無茶はしないように。お願いしますね。
必要とあらば、またこの世界でのカドモンさんの戦いに助力しましょう。




 砂漠に咲く花とはまさにこの都市の事を指すのだろうか。
 夜が明け、昼が過ぎ、そうして訪れた昼下がりの市街は、茫洋と広がる荒涼とした砂の大地の中、純白の色を帯びながら、優艶と輝いていた。
 月隠・新月(獣の盟約・f41111)が街に立った時、新月を取り囲んだのは、絵本から飛び出してきたよう背の低い家屋であり、歓喜を上げながら数多ひしめき合う人々の雑踏だった。
 精緻に敷き詰められた大理石の歩道が、『サラザール』の花を彷彿とさせる白さで街の東西南北へと伸びている。それぞれの歩道は市街中央のプラント塔で十字に交わりながら市内を這うように進み、砂漠と市街とを境界する四方の門へと光の尾を伸ばしていた。
 砂漠に位置するプラント都市という事もあってか、市内には砂まじりの乾いた空気が張り付いていた。南中した太陽は燦燦と輝きながら、鋭い白銀の刃でもって地上を、新月の黒のたてがみを灼いていた。
 射しこむ陽射しは、無数の人いきれと混じり合い、重苦しい暑気となって市内全体へとたちこめていた。
 頬のあたりに汗の雫が浮かび上がっていくのが分かった。軽く左右に頭を降れば、滲みだした玉の様な汗は飛び散り、澄んだ大気の中、水晶の輝きで砕け散る。
「少し人ごみが堪えますね」
「そうだな。少し近道するとしようか」
 新月が問わば、阿吽の呼吸でアダム・カドモンが答えた。
 戦いを終えた翌日、新月はカドモン長官と待ち合わせし、土産ものを目当てに人ごみに紛れ露店街を目指し、市内をひた進んでいた。
 新月のお目当ての品は『サラザール』の花を使った工芸茶であり、その旨を伝えるや、カドモン長官は案内役を買って出たのである。
 アダム・カドモン長官を先頭にして新月は、人の波に揺られながら大通りを数区画ほど進んでいく。
 人並みは途絶える事無く、周囲の建造物も変わり映え無く見えたが、カドモン長官はどうやらこの市内に精通しているようで、彼は通りを淀みなく進んで行き、新区画へと出るや、直ちに左に折れて小道へと足を踏み入れた。
 裏路地へと乗り換え、人のばらけた小道を快適に進むに進んでいけば、混雑する正面通りを迂回するような形で新月たちは露店街の一角へと躍り出る。
 白いテント張りの露店が、快晴の青空を切り抜くようにして通りの先まで連なっている。通りを挟んで、道端の左右には無数の露店が立ち並び、数多の人々を曳きつけていた。
 殷賑を極める露店街は、昼の盛りにありながらも、足の踏み場もないほどの盛況ぶりを呈していたのだった。
 プラント市は、数万人程度の人口を抱える程度の小都市だとの触れ込みであったが、露店街だけでも万を超える人々で溢れているように見えた。
 よもやこの区画にすべての人が押し寄せてきたのでは無いかというほどの活気が露店街には充溢している。
 新月は半ば茫然と目を丸くして、行き交う人々を眺めていた。そんな新月をよそに、カドモン長官が呟いた。
「あちらの店だが…、少し待つことになるかもしれないな」
 カドモン長官が天幕の一つを指差し、そう言った。
 指さす方へと目を遣れば、白い天幕が張られた木造りの露店に辿り着く。
 店先に乱雑に置かれた立て看板には、白つつじを彷彿とさせる『サラザーラ』の花の絵が大きく描かれており、傍らに工芸茶販売中との文言が付記されている。
 ――間違いない、新月の目当ての品がそこにある。
「そのようですね…。しかし、これほどの長蛇の列ですからね」
 店先の立て看板を基点にして、新月たちが現れた裏路地の入口付近までに至るまで、巨大な黒蛇が這いずったような長蛇の列が築かれている。無秩序と言っていいほどに溢れかえった人の列を目の当たりにして、内心で新月は深く嘆息を零さずにはいられなかった。
「とはいえ、二、三十分ほどもあれば人もはけるだろう」
 なんという事もないようにそう言うと、カドモン長官が列の最後尾へと歩を進めた。新月もまた、ふむと一頷きすると、カドモン長官に続いて裏路地を後にし、列の後尾で待機するのだった。
「それにしても、カドモンさんはよくご存じでしたね。例の工芸茶の事を。ちょうどお土産にと思っていたから、本当に助かりました」
 新月が言えば、前方の黒蛇が、牛歩の進みでゆるりと身を捩らせた。
 カドモンが、新月をエスコートするように歩を踏み出した。
「あぁ、先ほど、喫茶店で一服…いや、満腹になるまで昼食を楽しんだ折に、たまたまたサラザーラの工芸茶を頂いたのだ。非常に洗練された味わいでね。興味が湧いて、工芸茶について店員に尋ねたところ、販売店まで教えてもらったとうわけだ」
 抑揚の無い声で、しかしカドモン長官は磊落といった様子で新月へと答えた。
「そうでしたか…。それは僥倖でした。そして、俺のわがままに付き合っていただき――重ね重ね御礼申し上げます」
 長蛇の列が、くねくねと大通りを這いずってゆく。それでも尚、販売店と新月との間には無数の人々が数多の黒い影となって横たわっている。
「いいや、君の活躍を思えばこれくらいはお安い御用だよ」
 列の前進と共にカドモンが一歩を踏み出し、応えた。
 会釈で返すと、新月は口を横一文字に結び、黙考したままカドモン長官をまじまじと見据えた。
 カドモン長官の石膏細工の様な細面に、疲労の翳が薄らと刻まれているのが分かった。長官のクロムキャバリア世界に対する苦衷が、やつれた長官の面差しから伝わってくるかの様だった。
 クロムキャバリア世界は、新月にはまったくといいほどに馴染の無い世界であった。
 ことこの世界における戦いに関して言うならば、新月は、別の都市にてカドモン長官と共闘し、次いで転戦するような形で砂漠都市での戦いに従事したというたったの二度の戦いを経験したに過ぎなかった。
 だがそれでも新月は、クロムキャバリア世界がどれほどに暗澹としたものかを肌身で感じることが出来た。
 空には、ホーリークレイドルが居座り、地上では暴虐たる支配使者たちが鋭い瞳を常に光らせていた。
 百年にも及ぶ戦乱の果て、文明や経済は停滞していたし、世界各地にはオブリビオンマシンや暴君の類が跳梁跋扈している。
 このクロムキャバリア世界において、人類というものがどれほど危うい均衡の上でなりたっているのかという事を新月は短い滞在の中で、嫌というほどに思い知ったのだ。
「これで少し進むかな」
 隣行くカドモン長官が呟いた。
 新月は、ふたたび前方へと視線を戻す。
 遅々として進まない長蛇の列に辟易としたのか、並び客が一人、二人と列を離れて通りの中へと紛れていくのが見えた。
 長蛇の列がさらに一歩を踏み出した。
 カドモン長官が一歩、二歩と歩を重ねた。石畳を踏みしめる軽快音が、心地よさげに鳴り響いていく。
「えぇ…そのようですね。思った以上に早く商品にありつけるかもしれません」
 新月は、カドモン長官に歩調を合わせつつ、答えた。前進に従い、列よりは更に人がはけてゆく。
 束の間、途切れた人波の隙間から、店先に立つ販売員の姿が、はっきりと浮かんで見えた。目的地は遠いようで近いといえるだろう。
 そして新月が目的地へと到着し、そうして工芸茶を購入したところで新月の此の旅は終わりを迎えるのだ。
 新月は間もなく、DIVIDE世界へと帰還する。しかし、新月がこの地を離れても尚、カドモン長官は逗留をつづけるのだろう。
 DIVIDE世界でそうだったように、彼はこの世界においてもまた、人々の希望の光となるべく戦いに身を投じていくに違いない。
 当時、未だ生を受けていなかった新月が直接、知るすべはなかったものの、一九九八年のデウスエクスの大規模攻勢に際して、開戦当初、人類はデウスエクスに太刀打ちする術を持たなかった。
 圧倒的な力を有するデウスエクス達を相手に、人類側は一切なすすべなく命を刈り取られていくだけだった。
 そんな中、黎明の光はカドモン長官らデウスエクス亡命者によって齎されたのである。
 アダム・カドモン長官らの高潔なる精神が、DIVIDE世界を救ったのだ。おそらく、彼はこの世界で同様の事を再現するつもりなのだろう。
「俺は一足先にケルベロスディバイドに帰ります。でも…カドモンさんは、この地で戦い続けるのですよね?」
 前方を見据えたままに新月は尋ねた。答えは聞くまでも無く予想できたが、カドモン長官が口を開いたのはしばらくの沈黙を挟んで後の事であった。
「あぁ。まだ帰還するには足りぬのだ」
 焦慮の翳が、艶のある長官の声色より滲みだしていた。
 新月もまた無言のままに一頷きすると、列に続き、歩を進めた。
 迷いと決意の感情は、カドモン長官という傑物の中でも離れがたく同居し、常に彼を葛藤させるのだろう。
 これまで、新月が出会って来た者達がそうであったように、アダム・カドモン長官もまた、絶えず悩み続け、そしてか細い糸の上を綱渡りで進んでいるのだ。
 彼は、冷血漢でも無ければ、野放図なわけでもない。実直で誠実であり、しかしあまりにも優しくすぎる、修練者なのである。
 以前の新月ならば、カドモン長官の行動原理をいまいち理解できなかっただろう。いや、今だって完全に彼の気持ちが分かったわけでは無い。
 だが、気づけば、新月の口元が弓なりに弧を描ていた。深奥がほの温かく、高鳴った気がした。
「俺としては、あなたのしたいようにするのが一番だと思います」
 思いの丈を吐き出すように、声高に言い放つ。
 口元をついた文言は、凛然と石畳に反響していく。ふと、新月は、平素抑揚の無い自らの声音が、わずかに丸みを帯びていることに気づいた。
 カドモン長官の思考には常に、人ならではの感情が介在している。
 だからこそ、自分は、いやDIVIDE世界に生きる者はカドモン長官の事を敬愛できるのだろう。
 気高い精神の格調とは、生の感情が齎す苦悩を乗り越えた先に錬磨されていくのだ。そうして磨き上げらた高潔な魂こそが、人間の強さであり、ケルベロスにとっての真の刃なのだ。
 これまでの戦いの中で、新月は人の心が持つ可能性をまじまじと見せつけられてきた。友軍のケルベロスはもちろんの事、猟兵や、そして最愛の義妹もまた例に漏れず、人が元来持つ、しなやかな強さというものを新月へと知らしめてきた。
 ふと、横目にしたカドモン長官の姿が、なぜか義妹の姿と重なって見えた。
「とはいえ……あなたの帰還を待つ者も多くいますから、できるだけ無茶はしないように。お願いしますね」
 新月は言葉を重ねる。
 気づけば、視界の先を山の様に覆い隠していた群集はまばらとなり、長蛇の列の先、木机と白の天幕を張っただけの工芸茶販売店が視界に飛び込んできた。
 新月は続ける。
「必要とあらば、またこの世界でのカドモンさんの戦いに助力しましょう――故にいつでもお声がけください。私もまた、あなたと志を同じくするケルベロスなのですから。ご武運をお祈りしています、カドモンさん」
 新月がすべてを言い終えた時、これまで無限とも思えた行列はついぞ解消され、眩いばかりの陽光が新月のまわりを充たしていく。
 陳列棚を飾る白い花『サラザール』が、射しこむ陽射しを浴び、爛漫と花弁をそびやかせていた。店先に立つ褐色肌の店員が、輝くばかりの笑みを新月、カドモンへと向けている。
 そう、この光満ちる世界こそがカドモン長官が焦がれてきた平和の形なのだろう。
 守るに足る光景だと、新月は内心で一人ごちる。
 未だ、陽光は天高く座し、平穏そのもの地上を照らし出している。
 横目を伺えば、カドモン長官は、どこか穏やかにまなじりを落とし、僅かに微笑を浮かべていた。
 この不器用ながらも、しかし誰よりも気高く慈愛に満ちた長官と共に戦えた事がなによりも誇らしく新月には感じられて仕方が無かった。
 ここに戦いの始まりが終わりを告げる。雲一つない蒼天は、戦乱の兆しとは無縁に安閑と晴れ渡っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2024年11月14日


挿絵イラスト