メドーセージを手向けて
墓があった。
いくつもの墓がそこにあった。
人の往来が絶えて久しいその場所に、少しばかり不ぞろいに見える墓標が並んでいた。
もっとも、その多くはその名残を残して倒れてしまっているものも見られ、長い間人々から忘れられていたことが伺える。
「……まぁ、当然といえば当然、か」
そこに立っていた白い女が、ぽつりとつぶやく。
幾らか自嘲とも気恥しさとも取れるものが混ざった声色を零しながら、ベスティア・クローヴェル
(salida del sol・f05323)は|自分が建てた《・・・・・・》墓へ視線を向けていた。
此処に並ぶ墓に眠る人々とベスティアの関係は、少々複雑だ。
ベスティアも知らぬ、けれどその目で|見た《・・》昔に吸血鬼に滅ぼされた無辜の人々。
猟兵である彼女がこの地を訪れた時に出会い、殺めたオブリビオンたち。
二つの立場はイコールで結ばれたものであって、逃げ惑う彼らを、涙ながらに叫ぶ『彼女』を殺し直したのは他ならぬベスティアたちだった。
せめてもの弔いにと墓を建てたけれども、ベスティア自身、彼らを最後に殺した自分がどの面を下げて墓参りなぞ、という躊躇いの感情を捨てる事が出来なかったのだ。
そんな彼女がこの地を訪れたのには当然、とある心境の変化があったから。
けれどもそれを語る前にと、ベスティアは目の前の墓標を見ていた顔を上げ、周囲を見渡した。
荒れている。荒れ果てていると言っていい。
元々が、すべての村人が殺されて廃村になって久しかった村なのだ。
ベスティアたちが訪れ戦った時点で村とは呼べぬ『跡地』であったし、それから今日まで碌に訪れる者がいなかったのだから、人の営みの痕跡は草木に覆われてしまっている。
此処が日の差さぬダークセイヴァーでなかったなら、墓も含めて全てが自然に還ってしまっていたのではなかろうか。
そういうわけだからこの地に辿り着いたベスティアの最初の仕事は、墓周りの掃除と手入れであった。
伸び放題の草木を刈り、倒れた墓標を直して、供え物を供える。
用意した供花は別の世界で見つけたもの……少しだけ、友に似た名前だった。
こういう事態は予想していたから道具は準備していたのだが、流石にベスティア一人では手が回らない。
結局、墓の手入れを済ませた頃にはもう月が登って、ひと際暗い夜の時間帯になってしまっていた。
「村の方には手が回らなかったな……」
少しばかり残念そうにぼやいた彼女が、指を振った。
そこから生じた小さな火が向かったのは、ベスティアが刈り集めた雑草の山であり、猟兵の操る種火を受けたそれは勢いよく燃え上がり始めた。
当然、この地に生きている者はベスティアだけなのだから、炎に赤く照らされる彼女へと文句をつける声が上がるはずも無かった。
「――死んでも良いと思ってたんだ」
代わりに無人の墓場に響くのは、懺悔するような女の声だった。
ベスティアがこの村を真に滅ぼしたあの日。
それ以来、彼女はただ只管に人を救う為に戦い始めた。
勿論、元々そうであったが故にこの村で戦った彼女ではあるのだが、自分の命をも省みぬその姿勢が病的に加速したのは、この地での戦いがきっかけだった。
当然、無茶な戦いをして死にかける事もあった――それでも良いと思っていた。
「あなた達の仇を見つけられないことは心残りだけど、残り僅かな私の命で救えるならそれでいいって。私が憧れた太陽のように、|誰か《・・》の明日を照らすことが出来たならそれでいいって」
その根底にあったのは、贖罪を渇望する意志だった。
ベスティアが見たこの村の人々は、とうに命を失ったオブリビオンだった。世界の未来を守る為に残しておくことが許されぬ、過去の残滓だった。
どうしようもない。仕方のない事だった。彼らを救う方法など、既に無くなった後にベスティアはここに来たのだ。
――だから死ぬのは嫌! 消えるのは嫌! こんな惨めなまま終わって、仕方ないって忘れられていくのは嫌!
どうしてもそう思えなかった。思いたくなかった。
あの日、炎の中で涙ながらに叫んだ彼女の声を、ベスティアは今でも忘れてはいない。
自分たちが、彼女たちが心底恐れた死を以って悲劇を終わらせるしかなかった事を、忘れてはいないのだ。
だからベスティアは走り出した。
振り下ろすしかなかった刃を握りしめたまま、それが自分の責任であり、義務であり、罰だと言うように走って、戦って、救って。
己の身が焼け焦げて燃え朽ちるその日まで止まってはならぬと信じて。
「そしたら『どう死にたいかじゃなくて、どう生きたいか考えてよ』って親友を泣かせちゃってね」
その疾走の終着を報告するベスティアの表情は、まさしく叱られた子のように恥ずかしそうなものであった。
実際、ベスティアにとっては恥じ入るばかりの記憶なのだ。
あの美しい青の瞳を悲しみに曇らせてすぐにその言葉を聞き入れれば良かったのだが、そうはならなかった。
まず自分の事を考えろと言われればこの村で起きた事、自分が犯した所業を出して、その人々を勝手に怨霊にするのかと目を伏せられれば、それでも殺めたのは自分なのだと首を振り。
自分を思いやり涙を流す友に対して、ベスティアは中々粘った。そのせいで余計に泣かせてしまった。
ベスティアの擁護をするのであれば、その時の彼女は本気で信じていたのだ。自分が死んで、悲しむヒトなどいないと。
――そういう風に、幾らかの押し問答を経て突きつけられた事実は。
「……太陽のように色んなヒトの明日を照らしたいって思ってたのに、一番身近な親友を照らすことが出来てなかったって気付いた」
誰かの幸いを願い戦っていた自分の視野が、如何に狭まっていたかという事だった。
独白を続けていたベスティアの表情が変わる。
はかなげで、消えてしまいそうな常のものとは異なる、屈託のない笑み。
「だから、無茶をするのはお終い」
そうして語られるのは、彼女の新たな決意だった。
すぐに、これまでの在り方を変えるのは難しい。単なる村娘であったベスティアを猟兵たらしめる借り物の炎。彼女をむしばみ続けるそれを手放すことはまだできない。
だけど、死ぬ前提はもうやめにするのだ。
親友の言葉を借りるのなら、うんと悩んで苦しんで藻掻いて足掻いて――生き残る前提でこの身を焦がすのだ。
「そして本当に身勝手な言い分になってしまうけれど……細く長く、少しでも多くのヒトの明日を照らせるよう頑張るから、それを以て償いとさせて欲しい」
あの日、罪悪感でろくに見られなかった墓を真っすぐに見据えて、ベスティアは誓う。
それに答える声はない。
決意を聞き届ける声も、ベスティアを責め立てる幻も、此処には無いのだ。
既にこの世に居ない彼らは、ベスティアを正しいとも間違ってるとも言ってはくれない。
きっと、それで良いのだと。
笑みを浮かべたままのベスティアを照らす炎がやがて燃え尽きれば、辺りに闇が戻ってくる。
火の始末をする物音と、立ち去っていく足音がして。
やがて戻ってくる静寂は、どこか穏やかなものを宿しているようだった。
成功
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