Mission:秋祭りを履修せよ!
●秋祭り? 食べ物ではない事は分かるよ、大丈夫
それは、現在世界の空を飛ぶ『飛空戦艦ワンダレイ』にて起こっていた。
飛空戦艦ワンダレイ――それは、マンタ型の空中戦艦である。
その初期は、まあ『グリードオーシャンに埋まっていた』という事象からも分かる通り、中々に言葉に尽くしがたい状態ではあった。しかし、順調に団員の人々が増えたこともあって、今やかなりの大所帯となったワンダレイは、既に飛空戦艦でありながらもひとつの街のような様相を示していた。
今も、相も変わらず歩けば船内の底が抜けたり、空を滑空すれば隙間風が吹き抜けるなどの不安要素もあるが、それは愛嬌と呼ぶには十分だ。それでもきちんと空も飛び、世界間移動もこなす船は、猟兵達にとっては既に、生活を営み、そして居場所のひとつとしても掛け替えの無い場所となっているのである。
その公共スペースの一角――様々な人々が足を止める、掲示板として用意されたポスターなどが張られている場所にて、エインセル・ティアシュピス(生命育む白羽の猫・f29333)とアヴィゲール・ティモルスケルタ(死を想う鷹羽の黒犬・f43503)の小さなふたりの年少コンビは、じっと一枚のポスターを見つめていた。
「『秋祭り【鱏秋祭!】開催するよー!!』――ん、秋祭りって何かな?」
その文字を不思議そうに見つめて、アヴィゲールが脳裏に浮かんだ疑問を口にする。
「え? あ、にゃーん! アヴィゲールはおまつり、しらない?」
「うん……僕は……」
「あ……」
相手の疑問に対し、瞳に輝く緑の喜色で答えようとしたエインセルが、そのアヴィゲールの悲しい過去に思いを馳せて言葉を濁らせた。ダークセイヴァーにあった彼の過去を知っていれば、その『お祭り』という概念を知っていようはずも無い。
思わず跳ね上げた耳と尻尾をしょんぼりと下げたエインセルは、それでも、と落ち込んだ心に気を取り戻した。
――悲しい過去があった。ならば、それだけ楽しいことは知っていなければならないのだ、と。
むしろ沢山、たくさん、それはあればあるだけ困らない。
「おまつり、たのしいよ! ひかってて、まぶしくて、ぽんぽんしてるの! アヴィゲールも、いっしょにいこうよ!」
「……でも、ぼく何も知らないから、行っても邪魔になってしまう気がする」
「それなら、いっしょにおべんきょうしようよ!『よしゅう』っておべんきょうしておけば、きっとだいじょうぶだよ! たのしいよ、おまつり! すごいの!」
「エインセルがそう言うなら……うん、そうする。頑張るよ、ぼく」
「にゃーん! いっしょにおまつりいこうー!!」
エインセルは、カクリヨファンタズムでも、夏の水着シーズンでもお祭りを全力で楽しんだ記憶がある。それらは凄く楽しかったから、それをアヴィゲールにも楽しんでほしい――斯くして、エインセルとアヴィゲールの『お祭りの勉強』は幕を開けたのである。
●でも、具体的には何なのだろう?
そうして二人は、置かれていた配布用の紹介ポスターを一枚もらって、食堂を訪れた。
ポスターを広げて、アヴィゲールは少し困ったように首を傾げている。
エインセル曰く『ひかってて、まぶしくて、ぽんぽんしてる』――どうしよう、分からない。
「具体的に、何をするものなのかな?」
そう呟いた時、少し席を外していたエインセルが戻ってきた。
「にゃーん! あのね、あのね! すごいのアヴィゲールにもみてほしいから、せんいんさんから、これをかりてきたよー!」
ポスターの隣に置かれたのは、ネット検索用の大きめサイズのタブレット端末だった。エインセルも、にゃんこカバーのスマホを持っているのだが、それはあくまで連絡用の可愛いキッズ向けで使い方も勉強中とあり、少し欲しい情報が手に入るとは言い難い。
その点、このAIを積んだタブレット端末はタップひとつで音声入力による検索が出来るのだという。船員さんに検索用の画面を出してもらって、そこからの操作方法を教えてもらったエインセルはもはや『無敵』なのである。
――そんな自信を、ほんのりと。ちょっとだけ可愛く露わにしながら、エインセルはアヴィゲールの隣に座り、タブレット端末をタップしながら話し掛けた。
「あのね、あのね、『あきまつり』についてしらべてほしいにゃーん!」
すると――タブレット端末には、ある程度の文字列と共に、画像で夜の風景の中、ほのかに明るく照らされる提灯の下で笑う男女や、立ち並ぶ夜店や境内、様々なものを手に持ち歩く子供の姿を映し出した。
「わぁ……」
その幸せそうな夜を堪能する人々に、アヴィゲールが思わず小さな歓声を上げる。
「も、もじたくさん……よめないかも……」
「えっと、ポスターにもあったけど、ガレージで『夜店』っていうのをやるって……エインセル、それは何だろう?」
「『よみせ』! よみせ、ぼくしってるにゃーん! いろんなひとがね、くれるの! タブレットさん、『よみせ』おしえてー!」
エインセルが画面を再度タップして、タブレット端末に話しかける。すると、今度は、様々な夜店の種類について表示され始めた。
まだ幼く勉強中のエインセルには読めない文字も、アヴィゲールには読めるものがある。そのニュアンスを拾いながら、アヴィゲールは納得したように頷いた。
「ガレージで、色んな模擬のお店を出すんだね」
「そう、きっとおまつりらしく、かざりつけとかもしてもらえるにゃーん」
「具体的には、どんなお店があるんだろう……」
二人でタブレット端末を覗き込む。まず目に付いたのは、王道の食べ物の屋台。
たこ焼き、お好み焼き、イカ焼き、ホットドッグ、バナナチョコに、リンゴ飴など――夜店の上部の屋根部分からそのような文字が見て取れる。
「あのねっ、どれもおいしいんだよ! ふわってしてたり、もちってしてたり……あまかったり、あめがかりってしてたの!」
「……」
そこでようやく、食べ物夜店の概略を理解したのか、今までずっと頭上にハテナマークを浮かべていたアヴィゲールの表情が、明るく僅かな羨望に滲んだ色へと染まる。
しかし、その表情に少しだけ陰りが差した。
「それだけ美味しいもの……きっと対価、いるよね? 何を払えば良いんだろう」
考え方がどこかダークセイヴァーのそれを拭いきれないアヴィゲールに、エインセルが慌てて言葉を重ねる。
「『おまつり』だから、みんなたのしいの! みんなえがおになれるから、きっと、ぼくたちがいつももらえるおかねでだいじょうぶー!」
「凄く、美味しいんだよね? ぼくたちの持っているお金で足りるのかな……?」
「!!」
少し不安そうな眼差しでエインセルを見るアヴィゲールに、エインセルがはっとした顔をする。
確かに、エインセルが見てきた夜店の値段は全て均等なわけではなかった気がする。
しかも食べてきたものは、依頼のお礼としてもらったものを含めて、エインセルには思い出深く至福の味だった――あれを金額化したら、『すごく高くてもおかしくない』かも知れない。そんな思いが脳裏をよぎった。
勿論、二人は猟兵として戦う以上、金銭管理は保護者が行っているとは言え、金額としては生活に困らない程のお金を所有している。それが夜店で揺らぐことはまず有り得ないのだが――後で必ず返してもらえるに違いないとはいえ、ここまでピュアであると、性格上ぼったくられないかの方が心配になってくるというものだ。むしろ性癖の中には、理由を付けて高額をふっかけて『困って動揺する顔が見たい』という人がいたとしても、おかしくはない――そんな可愛い二人組なのである。
●お勉強の成果
「お、お金は多めに持って行った方が良さそうだね」
そう予習の成果を出しつつ、アヴィゲールはふとその視線を娯楽系の屋台へと向けた。
「金魚すくい……」
「あ、それね! およいでいるきんぎょさんをすくうの! うまくすくわないとおちちゃうから、むずかしいの」
「金魚さんというお魚を『救う』んだね……楽しいお祭りでも、そこまで一生懸命に生きたなら……ぼく、頑張って救わなくちゃ――」
「にゃーん!!!! ちがうよぉー! おみずからおよいでるのをもちあげて『すくう』するのーっ!! つれてかえっても、もとにもどしてあげてもいいんだよー」
「あ……『掬う』――」
エインセルが半泣きでこくこくと頷いてみせる。
危うく屋台の金魚が、アヴィゲールという存在から『死』によって安らぎに召し上げられるという事態を避けられることが出来た。これだけでも『お祭りの予習』には意味があった――のかも知れない。
「あとは、おみやげー。わたあめとかねー、あとからもたべられて、ふわふわしててねぇ、たのしいよー!」
「……綿を、食べるの?」
「うんっ、ぜんぶねぇ、あまいあめでできてるんだよ! ふくろにいれてもらえるから、かえっておみやげで、みんなでたべられるのー」
「二人で買ったら、もっと皆で食べられるから喜んでもらえるかな?」
「うんっ!!」
●お祭りは、きっと楽しい
――そして。数時間、タブレットとにらめっこをして。
「エインセル、これだけ勉強したなら大丈夫かな……? 秋祭りたのしめるかな、邪魔になったりしないかな?」
「だいじょうぶだよー! こんなにがんばっておべんきょうしたもん! アヴィゲール、じしんもって!『おまつりはたのしい』よ!!」
「……。うん、そうだよね。楽しみだね」
アヴィゲールがようやく、心から安心したようにエインセルに笑って見せた。
つられてエインセルも嬉しくなる。胸の中が、温かさでいっぱいになる。
「にゃーんっ、いっしょにいこうねっ。アヴィゲール! ぜったいぜったい、たのしいよ!!」
こうして、たくさん勉強もしたのだから。
自分の対と、参加する秋祭り【鱏秋祭】は――きっと楽しくなるに違いない。
成功
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