夏休み生配信『ケルチュ――ブ!!!』
犬巻・隼斗
【ケルチューバー】
夏休みは様々なお祭り企画が目白押しの季節。
それはメディア業界も一緒で、この時期となれば多種多様な特番が話題にも。
しかし、今やメディア業界は個人レベルで情報コンテンツを制作してSNSや動画投稿サイトで発信できる時代。
これはケルチューバーと呼ばれる、普段は宇宙からの侵略者「デウスエクス」と戦う|正義の味方《ケルベロス》達とその仲間達がケルベロス動画投稿サイト「ケルチューブ」を舞台に行う|啓蒙活動《やりたい放題な無法地帯》を記録した面白おかしい物語である──!
(お手数をお掛けしますが、今回もノベル納品後に【ケルチューバー】のタグ付けをお願いします)
●隼斗
将校待遇であるドーラの当番兵として甲斐甲斐しくお世話するシバイヌの一等兵です。
基本的には名前の下に階級と殿をつけるステレオタイプの日本兵ですが、このシナリオを通してドーラからは正式な軍歴はもう無い身であるのと堅苦しいとの理由で名前呼びを許可されています。
https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=48581
撮影慣れしていませんので、ガチガチに緊張しております。
また某探検隊にありがちな頭の上からヘビ獣人が尻尾から降ってくる、動かないサソリが襲ってくる、サソリの次は毒グモ、底なし沼に嵌まるなどの被害担当役。
何故か底なし沼で溺れようとする様子は、楽しんではしゃいでいるワンコそのもの。
●ケルチューバー
夏休み。
それは幼き日に見る憧憬。
そう思うのは年を取ったからかもしれない。早く大人になりたいと願ったあの日の自分が、幼き日の自分を羨む日が来るとは思いもしないかもしれない。
『エイル』博士は、ケルベロスディバイド世界において、とある湾岸の決戦都市の管理者をしている。
彼女にとって戦いとは常なるものだった。
大人になれば戦う力が手に入ると思った。
事実、彼女は手に入れたのだろう。宇宙より飛来する侵略者と戦う力を。
しかし、彼女はケルベロスでもなければ猟兵でもない。
連戦連敗。
挫けそうになっても、この年になるまで歯を食いしばってでも、侵略者たるデウスエクスに対抗するために多くの時間を研究に費やしてきたのだ。
「今切実に必要なんだよね、休みが!」
「そうなの?」
『エイル』博士の言葉に彼女を乗せたライドキャリバーの真・シルバーブリット(ブレイブケルベロス・f41263)はライトを点滅させて首を傾げるようだった。
大人って大変だなーとシルバーブリットは思ったかもしれない。
「オーホッホッホッホ!! ならば『エイル』博士、休息には娯楽というものが必要でしてよ! そして、お嬢様たるもの、休息もまた優雅たれ! ですわ~!!」
ヴィルトルート・ヘンシェル(機械兵お嬢様・f40812)がひとっ走りしてきたシルバーブリットと『エイル』博士の元に降り立つ。
なんだか上機嫌である。
夏休みだからか?
それもあるが、違う。
そう、今日は彼女のライバルもとい、先輩後輩の間柄とも言う動画配信者――『ケルチューバー』の配信日なのである。
「あの狼ゴリラの配信がちょうど始まりましてよ」
「ちょうどよかった。『エイル』博士も一緒に見ようよ!」
シルバーブリットはそう言うが、内心ホッとしていた。
獣人戦線での戦いから動画の編集が遅れに遅れていたため、今日の配信時間に間に合うのか瀬戸際だったのだ。
きっと、企画プロデューサーである『ナノP』こと、ナノ・ナーノ(ナノナノなの・f41032)が頑張ってくれたのであろう。
まあ、そんなこんなで始まるよ。
これはケルチューバーと呼ばれる、普段は宇宙からの侵略者『デウスエクス』と戦う|正義の味方《ケルベロス》達とその仲間たちがケルベロス動画投稿サイト『ケルチューブ』を部隊に行う|啓蒙活動《やりたい放題な無法地帯》を記録した面白おかしい物語である――!
●『超大国の幼女総統!『ギガンティック』は存在した!!』
その真相を探るべく我々はアマゾンのプライム会員特典の動画配信サブスクへと飛んだ。いや、飛んでない。
画面は『ケルチューブ』の動画サイトである。
今のは多分、広告である。多分。
「よくあるやつだね」
『エイル』博士の言葉にシルバーブリットは頷く。15秒くらい待つとスキップできるやつ。
ヴィルトルートは優雅な動作でもって広告をスキップさせた。
『探検隊はウラル山脈の麓に広がるジャングルを彷徨っていたなの』
なんか急にナレーションが始まる。
「あ、ナノの声だ」
「ナレーションも兼任しておりますのね。動画編集もしてプロデュースもして、まことナノP様は類稀なる資質をお持ちなのですわ!」
『謎の某政府機関から託されたキーワード、『ギガンティック』なの」
そんな二人の関心した様子とは裏腹にナレーションは真剣な面持ちを強めたような声色になっていく。語尾が『なの』なので微妙に変な空気感になっている。
『そう、我々が探し求めているのは正しく超大国の幼女総統『ギガンティック』なの。かの幼女総統の実在を確かめるため、我々はウラル山脈に向かったなの』
「幼女、なに?」
『エイル』博士の疑問は尤もである。
「巨大な幼女だよ」
「数百メートルの巨体をもってウラル山脈をまたいでやってくる巨大な幼女ですわ」
言葉は耳に入ってくるが、何一つ理解できん。
でかい幼女?
『調査隊を率いるは、狼ゴリラことジークなの』
ナレーションと共にジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・f40843)の顔がアップされる。
ケルチューブをご覧の皆様にはもうご存知。
『自分より強いお婿さんを探す』ために、弱者の牙として剣を振るう人狼の傭兵騎士!
ケルチューブ内では残念美人であるとか、俺がお婿さんだ! とか、顔は良いけど中身がゴリラだから……とか、散々な評価を受けている彼女であるが、今回は調査隊のリーダーを務めている。
「これは極秘任務だ。皆、気を抜くな」
ジークリットの傍らで、探検隊副隊長役のドーラ・ラングナーゼ(Kampfgruppe HNN D9・f40217)が場の空気を引き締めるように言い放つ。
ごくり。
緊張が走る。正しく規律厳しい軍隊の中に身をおいたかのような緊張感がドーラの一言から動画でも伝わってくるようだった。
コメント欄もジークリットが画面に映し出された時の一種の慣例みたいなノリが静まっている。
いや、何一つわかってない『エイル』博士は困惑しまくっていたが、動画は無常にも進んでいく。
「ちょっと待っておくれよ。彼女が? ええと、隊長?」
「そうだよ。ジークが隊長役なんだって」
「ええ、わかりますとも『エイル』博士。言いたいことはわかっておりますわ」
ヴィルトルートは頷く。
そう、なんか隊長であるジークより副隊長のドーラのほうが隊長っぽいのだ。
それもそのはずである。
ドーラは獣人戦線世界においては、元機甲科将校であり、現在はシバイヌ同胞団の近代洗車軍事顧問を兼ねているれっきとした軍人なのである。
彼女の身に纏う空気は、画面を通してでもビシバシ伝わってくるのだ。
「はっ! ドーラ車長殿!」
ビシィッ!! と直立不動で敬礼をするのは、同じく探検隊員の犬巻・隼斗(ここ掘れワンワン・f39980)であった。
イヌの獣人である彼は、慣れない撮影に緊張してガチガチであった。
なので、役柄も忘れてシバイヌ同胞団においても普段から将校待遇であるドーラの当番兵としての癖が抜けきっていないのだ。
彼の様子を見て、動画の視聴者たちは思った。
ジークリットよりも、ずっとドーラの方が隊長っぽくね? と。
「隼斗、普段も言っているが」
「はっ! 失念しておりました!」
ビッシィ!!
またも最敬礼である。ドーラの持つ雰囲気がそうさせているのか、はたまた単純に隼斗が撮影慣れしていないだけなのか、視聴者側からはさっぱりわからない。
けれど、場の空気は一変した。コメディ寄りに。
「まあまあ、隼斗隊員、気を抜くなとは言わないが君の普段通りの力を発揮してくれれば、それでいいんだ」
なっ、とジークリットが漸く隊長……いや、これ絶対副隊長とか隊員に慕われる兄貴的ポジションの人がやることだな。
「ジーク、なんか食われてる気がする」
「主役なのに副隊長役の方に飲まれておりますわね。主役の自覚が足りなくてよ!」
シルバーブリットとヴィルトルートは画面の中のジークリットの姿にやきもきしているようであった。
そんなこんなで動画が進んでいく。
探検隊の三人はなれぬウラル山脈にて謎の巨大幼女『ギガンティック』の影を追う。
巨大であれば足跡が見つかりそうなものであるが、足跡一つ見つからない。
これは一体どういうことなのだろう。
謎は深まるばかりである。
「いや、謎か? 謎なのか?」
「そういうお約束だよ」
「八方手を尽くして最後にたどり着いた場所こそが、というお約束ですわ」
そういうもんなの? そういうもんなの。
「あたしのガイド代は高くつくよ。それでもいいのかい?」
場面は代わり、ウラル山脈の広大な地域を闇雲に探すことは困難を極めた探検隊は現地のガイドのネコ獣人を頼ることになった。
その役を演じるのは、サブリナ・カッツェン(ドラ猫トランスポーター・f30248)。
正確には彼女はネコ獣人ではない。
彼女はアンサーヒューマン研究初期に獣の遺伝子を取り入れてデザインされた亜人型アンサーヒューマンとも言うべき存在の末裔なのだ。
その経歴からか、ナノは彼女を現地獣人としてごまかせるという理由から演者として雇ったのだ。
彼女の役割はガイド。
けれど、サブリナは台本にないアドリブを加えていた。
「歩荷の役割もするんだ。そりゃあ、当然必要経費ってのは生じるだろう?」
「なっ、すでに前金は払っているではないか」
ジークリットの言葉にサブリナは肩を竦める。
肩に乗ったタマロイド『|MK《ミーケー》』もサブリナのアドリブに乗るようにして言葉を紡ぐ。
『そのとおりだ。アクシデント、不測の事態。そうしたことへの保険というものは必要だ。それが金銭で贖えるのならば、安いものだろう?』
その言葉にドーラは頷く。
確かに、と。
けれど、判断をするのはジークリットだ。
アドリブに彼女がどのように返すのか腕の見どころだと思ったのかもしれない。
だが、ジークリットはガチゴチであった。
シバイヌの隼斗と同じぐらいアドリブに弱かった。
機能停止したようにジークリットは固まっているし、隼斗は何故か頭上からいきなり落ちてきたヘビ獣人の尻尾に顔面を打たれて、キャインキャインとないたり、なんか動きもしないサソリに驚いたり、毒グモを大袈裟に飛び退いて避けたりと大忙しでった。
なんで今、その場面になる? と言った具合に動画が編集されているのだ。
挙句の果てには底なし沼なのに、隼斗はまるで泥浴びのように燥ぐシバイヌそのものである姿を見せていた。
なんていうか、此処だけ切り抜けば隼斗の動物切り抜き動画である。
これはこれでバズりそうな気がしないでもない。
「なんで商談シーンがカットされるのに、話が展開して言っているんだろうか?」
『エイル』博士の疑問も当然であった。
「あ、ナノが映り込んでる」
「カットしきれなかったんですわね……スケジュールが過密なのも考えものですわ」
しみじみとシルバーブリットとヴィルトルートは頷いている。
そういうもんなの? と『エイル』博士は首をかしげる。
そうしているとサブリナのガイドにしたがってウラル山脈を進む彼等の前に異変が起こる。
どこからともなく響き渡る笑い声。
「ムハハハ!!!!」
それは高笑いとも言うべき笑い声であったし、なんだか調子に乗っているような雰囲気さえあった。
探検隊の面々の前に立ちふさがっていたのは、白きトラを思わせる飛・曉虎(大力無双の暴れん坊神将・f36077)であった。
「兄者不在の今こそ、我輩の天下よ! 撮影なにするものぞ! 我輩、少々ふらすとれーしょんなるものが溜まっておる! 故に……ふんむ。挨拶がてら、しばし付き合ってもらうぞ!!」
そう、曉虎は古代中国戦闘生物。
『神将』と呼ばれる存在であり、封神台より現界したあどけなさを残していながらも絶大なる戦闘力を持つ存在なのだ。
かつて彼女は兄者と呼ぶようになった瑞獣のゲンコツ一発で調伏され、その暴れん坊なる力を封ぜられているのだ。
しかし、そばにゲンコツ一発で黙らせる兄者はいない。
となれば?
やることは一つ。
「暴れることであーる! ムハハハハッ!!!」
「台本とちがうぞ!」
アドリブにめっぽう弱いジークリットであるが、しかし曉虎が放つ闘気が本気であることを知り、抜き払ったゾディアックソードで彼女の拳の一撃を受け止めるのだ。
迸る力の奔流。
「なんかバトル漫画っぽくなった」
「演出かな?」
「いえ、普通のガチですわ、これ」
画面の中で繰り広げられるケルベロスVS猟兵のバトル。
エフェクトもCGも早回しもなーんもない。まじりっけなしの純粋な戦闘は、迫力満点である。
しかし、この戦いは台本にない。
「ムハハハッ、やるな|隊長《ボスゴリラ》! だが、これはどうだ!」
「今、なんか失礼な呼び方がステレオで聞こえたような気がするんだが!」
激突する二人の力の奔流に隼斗は吹き飛ばされそうになるが、ドーラが首根っこを捕まえて吹き飛ばないように抑えている。
「すごいであります!」
「舌を噛むぞ隼斗。しかし、いいのか? 台本にはこんなシーンはなかったように思えるが」
ドーラはナノを見やる。
いや、まて。
普通にナノが映り込んでいるのはいいのか。
「アレは絶対台本飛んでるなの」
「というより、完全にやりたいことをやっているだけに過ぎないな。暴れたいだけの子供か」
「なの……」
こうなればボスゴリラことジークリットに任せるほかない。
この状況でどうにかできるのは、やはり彼女だけなのだ。
「なかなかどうしてやるものだな!」
「ムハハハ、お前もな!」
互いに弾かれるようにして距離を取る。
息が僅かに乱れているが、しかし両者は譲らない。そこにナノは飛んでいって、台本を曉虎の眼前に差し出すのだ。
「ナノ、普通に映り込んでる」
「台本憶えぬ役者が悪いのですわ!」
「編集でどうにかならなかったのかな……どうにもならなかったのだろうなぁ……」
シルバーブリットたちは、撮影が難航したであろう跡であるナノの映り込みにしみじみと頷く。大変そう。
「むむ。ふむ、ふむ。ふむ! ん、『ここから先は我らドラ族の聖域であーる。何者もとおることは罷り通らないのであーる! であるが、我ら部族が奉る神獣様の許可があれば別なのでーある』」
割りと棒読みである。
だがしかし、台本通りに読むことができただけ上出来であるとも言えた。
そんな曉虎の後ろに控えていた、皇・美虎(壁絵描きのお虎・f18334)がずずいっと前に出てくる。
本来彼女は撮影班の美術兼メイクスタッフ。
画面の前に出てくる役どころではない。しかし、せっかくだからという理由で原住民設定なトラ部族のドラ族役として登板することが決まったのだ。
曉虎の原住民なメイクとボディペインティングは彼女の仕事である。
しかし。
何故か、美虎は見栄を切る。
「お控えなすってぇ!」
腰を低く落として掌を天に向け。示すはネイルチップにラインストーンキラキラの爪先。
「あたいは生まれも育ちもキマイラフューチャー。産湯に浸かった頃より筆を握りしめておりやした! 姓は皇、名は美虎、人呼んで“壁絵描きのお虎”と発します!」
無頼漢そのものたる名乗り口上。
まるで世界観に合っていないが、なんか妙に獣人戦線出身のドーラたちの胸を打つ美虎の口上にコメント欄も大盛り上がりである。
まさしくチンピラ。
言うまでもなくチンピラ。
だがしかし、ツッコミを入れたら負けである。
「どう考えてもおかしくないかい? ここ、ウラル山脈だろう? なんで原住民が江戸っ子仕草をしているんだい?」
はい、『エイル』博士の負けー。
「絶対流さないといけない所だよ。考えたら負けだよ」
「考えるな、感じろ! ですわ~!」
「えぇ……」
『エイル』博士の困惑をよそに、事態は急転直下を迎える。
「なに? それではここを通るには許可がいる、ということか。それも神獣、だと?」
「ムハハ、その通りであーる。そのとおりなのであーる」
「ミーシャ、フュンフ、見てる~?」
ん?
今なんか重要なシーンで金髪クマ獣人の温和なママが映らなかった?
そう、画面に急に映り込んできたのはオフショットかな? と見紛うほどの、のほほんとした雰囲気のナターリヤ・トゥポレフ(母熊は強し・f40514)の姿であった。
カメラに向かって手をフリフリしている。自由か。
「ナターリヤ。今は撮影中だぞ」
ドーラの言葉にナターリヤは、あら、と困ったように笑む。
カメラがあるから、つい我が子たちに呼びかけてしまった。常に獣人戦線は戦いが続いている。
オブリビオンとの戦い、その最前線に我が子らを連れて行くことは叶わない。
ならばこそ、こうしてカメラを前にいてメッセージを送りたいと思ってしまうのは、ナターリヤの親心というものであったことだろう。
わかる。
それはとてもわかることであった。
ナターリヤもまたシバイヌ同胞団の客分であり、古参兵の一人である。
その来歴はドーラよりも長い。
元コマンド部隊所属であったこと、叩き上げの軍人であることから、今はドーラ小隊付きの軍曹として辣腕を振るっている。
今回彼女が演じるのは、ドラ族が奉る神獣。
名を『バリショーイ・マーマ』という。
そういう設定なのである。
「でも、そろそろ出番よね~?」
「そうであるが」
「じゃあ、ママがんばるわ」
ユーベルコードに煌めくナターリヤの瞳。
第一階艇であっても、我が子らならば自分の姿を見間違うことはないだろう。さらにユーベルコードによって巨大化した姿へと変貌すれば、それ正しく『夜の森の神』そのものであった。
無論、今回の特番の最大の見どころである幼女総統『ギガンティック』との戦いを引き立てるための役どころである。
超巨大なクマを一度出すことで、動画の後半にて現れる『ギガンティック』の巨大さの鮮烈さを際立たせたいと思ったナノの構成であった。
「おお、あれなるは!」
ええと、なんだっけ、と現れたナターリヤの姿に曉虎はまたも台本がすっかり抜け落ちた様子で首を傾げる。
その後ろから美虎が耳打ちする。
「バリショーイ・マーマ」
「そう、ばりばりしょい、まま、であーる!」
言えてない。
けれど、ナターリヤの変じた神獣たる巨大クマの威容は凄まじかった。
月光受けて煌めく体毛。
爛々と輝く眼光。
鋭き爪に、屈強なる体躯。
そして、何より唸りを上げる恐ろしげな声……。
「ママですよ~」
恐ろしげな……。
「ミーシャ、フュンフ、ママがんばってるわ~」
恐ろ……。
うん、恐ろしげな神獣にジークリット隊長たちは立ち向かう!
ここで恐ろしさに後退しては、彼女たちが求める幼女総統『ギガンティック』に至るための手がかりを得ることはできないのだ。
故に進め!
恐れを振り切って、果敢に戦う者にこそ、神秘への道は開かれるのだから!
「が~お~」
ナターリヤはおちゃめにカメラに向かって手を降っている。
恐ろしさも威厳もクソもないあれであるが、ナターリヤのお茶目具合が見て取れる演出であった。なんでカットしなかったんです?
『そんなこんなで探検隊は、神獣より通行の許可を得てウラル山脈の奥地へと足を踏み出した、なの!』
もうヤケクソな編集である。
敏腕たるナノの手腕を用いても、世界情勢の混乱による度重なるリスケから生まれた過密スケジュールは覆しようもないものであった。
もはや、どうしようもないと万策尽きた上に、ヤラセと情熱の伝説的番組をオマージュするしかなかったのだ。
誤算であったのは、集めた演者たちが、その。なんていうか。
ドーラ以外は全員素人に毛が生えた感じのポンコツだったということである。あ、ジークリットに関しては、普段から知っているのでノーカウントポンコツである。
こんな、なんとも言えない番組にシバイヌ同胞団が参加しているなどと知られようものなら、他の獣人たちから何を言われるものかわかったものではない。
だが、ふざけた内容とは言え、超大国と今は亡き幼女総統の名を貶めるプロパガンダであることは言うまでもない。
すでに獣人世界大戦の趨勢は決している。
だが、まだオブリビオンの蠢動は確認されているし、これを叩くためにはこうしたプロパガンダは有効であるとドーラは理解していたのだ。
「まあ、これも経験だろう」
「はっ! ドーラ殿の賢明なご判断には感服するばかりであります!」
隼斗の言葉にドーラは止せ、と手で制する。
何度も堅苦しいことは好まないと隼斗に伝えているのだが、どうにも彼は癖が抜けきらないらしい。
それに泥に塗れまくっていても、嬉しそうに尻尾を振っているところがなんとも憎めない。
「一等兵、後でシャワー室の使用を許可する。撮影が終わったらゆっくり休め」
「はっ! 恐縮であります!!」
そんなやり取りもしっかり動画に収まっている。
コメント欄にはシバイヌである隼斗に対する人気がボスゴリラをぶち抜きそうな勢いである。
やはり動物。それもワンちゃんは鉄板ネタである。
バズの気配しかしない。
「へへっ、ではあっしがご案内させて頂きやす!」
さっきまでの大見得はどこに行ったのかと思うほどに美虎が掌返しに歓迎ムードのまま、神獣たるナターリヤの許可を得た探検隊を送り出す。
宴と旅の無事を祈る祈願。
『部族の歓迎を受けて、探検隊はさらにウラル山脈の奥地へと飛んだなの』
もうナノのナレーションもヤケクソじみてきている。
「おきをつけてー!」
「ムハハハッ! 我輩がいれば、幼女総統なぞ一捻りぞ!」
「いってらっしゃ~い、気をつけるのよ~」
そんなドラ族たちに見送られ、ジークリットたちは、さらに秘境を進んでいく。
なんかどう見てもウラル山脈っぽくない場面が連続する。
特撮に詳しいものがいたのならば、それがよく撮影に使われる鉱山跡地であったりとわかるものであったが、ツッコむのは野暮ってもんである。
ナノのデスマーチっぷりが伺えるのは、すでに動画を見てきた通りである。
彼の白いまんじゅうみたいな体が映り込んでしまったり、ジャングルといっても文明の色が色濃くでていたり。
未開の部族って言いながら、ネイルチップしていたり。神獣役のママが子供らに向かってメッセージを送っていたり、それはもうなんていうか、ナノの限界が突破している様が見て取れる跡であった。
そう、それはデスマーチ。
『細かい所は御愛嬌なの』
ナレーションに本音が混じっている。
悪戦苦闘、孤軍奮闘。
正しくナノはやり遂げたとも言える。
「やり遂げる過程と結果が伴っていないことは、ままあることだがね」
『エイル』博士はナノに同情的であった。
労力に対して報われないことなど人生において往々にしてあること。
こればかりはどうしようもない世の摂理であるとも言えただろう。
「それでも、やり遂げた事自体が美しいのですわ。例え、醜く藻掻く様があろうとも、それを懸命に隠してでも誰かに伝えたい、届けたいという思い。それこそが生命の連鎖、紡がれてきたものの真の美しさなのですわ~!」
ヴィルトルートは感涙していた。
いや、彼女はジークリットの編集動画がどんなものかお手並み拝見と、悪役令嬢ムーヴでいつものように高飛車に批評するつもりだったのだ。
だが、今や動画の前半が終わりを告げようとしている今、そんな批評根性というものはどこかに吹き飛んでしまっていた。
それはジークリットの怪演に対しての涙ではないし、脳筋ぶりがウケているからとかではない。
ただただ感謝。
ナノPの過密スケジュールを推してのデスマーチの結果に対してヴィルヘルムは感涙しているのだ。
「ナノP、大変だったでございましょう。あの小さなお体で一体どれほどの修羅場をかいくぐってきたことか……!」
「きっと今頃、死屍累々な感じでお部屋でぐっすりじゃないかな」
シルバーブリットは脳裏に様々とナノが爆睡している様を思い浮かべる。
本当に大変だったんだなぁ、と動画の前半を見ていればわかるのだ。
そして、前半ということは後半がある、ということだ。
そう、ここからが本番!
「あれを見ろ!」
ジークリットが熱演でもって指差す先。
その先にパンしたカメラが捉えたのは、ウラル山脈を踏み越えてきた巨大な幼女であった。
まるで書き割りの世界である。
それくらいにスケールがあっていない。まるで子供の演劇じみた大仰な光景。
「見たか、これが幼女キックというものであーる!」
山の一つが巨大幼女の一蹴でもって吹き飛んでいる。
衝撃的な映像であった。
「……!?」
『エイル』博士は目を見開く。
「な、な!?」
「あれが『ギガンティック』だよ」
そう、シルバーブリットたちの説明はまじりっけなしの真だったのだ。
文字通り。
巨大な幼女、『ギガンティック』は数百メートルあろうという巨体でもって進んでくるのだ。
ジークリットたちは、その巨体を前に立ちふさがる。
「ここからはノー編集ノーカットだ」
そう、これより公開されるは世界の脅威。
巨大な幼女こと、幼女総統『ギガンティック』と猟兵たちの苛烈なる戦いの記録。
今まではフィクションであったが、これよりはノンフィクション。
これはフィクションであり、実在の物とは一切関係ありません――などという文言は一切存在しない。
なら、前半は、と言われたら押し黙るしかないが、まあ、それはそれ!
ヤラセのオンパレードが霞むような圧倒的リアル。
激震するカメラに響くは、そう、『ギガンティック・ソング』――!!
成功
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