書庫組サマービーチ・オリンピア!
●開会宣言。
アスリートアースの夏。
照りつける太陽、波打つ海、白砂のビーチ。
季節柄、人が賑わうビーチの一つ、競技用エリアを五人の猟兵たちが借り受けていた。
その目的は彼ら彼女ら、旅団【封じられた魔導書庫】のメンバーによる夏のオリンピアを開催するためである。
「みんなで大運動会、楽しみなの!
旅団長としても、友人としても、手は抜かないで一生懸命がんばるの」
主催者である魔導書庫の管理人、ロラン・ヒュッテンブレナー(人狼の電脳魔術士・f04258)が元気よく開会宣言を告げる。
その場にいるのは共に競技を楽しむ仲間たちと、競技のお手伝いスタッフとして配備されているサポートロボットの類のみ。
プライベートな催しに笑顔を浮かべるロランに、他の仲間たちも笑みを浮かべる。
「大運動会と来たか。皆で競い、或いは協力して汗を流すというのは良いもんだ」
サクラミラージュ出身の剣豪、夜刀神・鏡介(道を貫く一刀・f28122)は今回刀を置いて、鍛え抜いた自身の身体能力を発揮するつもりだ。
付き合いの長い仲間たちが相手だからこそ、勝負事に手を抜かずに楽しもうと意気込みを見せている。
「それじゃあ、まずは全員で軽く準備運動をするとしよう。怪我をしないのが最優先、そして楽しむ事……だ」
「うん! 安全に、なの!」
「ふっふっふ……僕はそれなりに負けず嫌いでね、スポーツが苦手でも戦えるような競技を提案しておいたよ」
鏡介が準備運動のストレッチ体操の音頭を取り、皆でいち、にと身体を解し始める。
黒い睡蓮の花と純銀の羽根を持つオラトリオ、アン・カルド(銀の魔術師、或いは銀枠の魔術師・f25409)はその羽根の重量のせいで動くこと自体が苦手である。
それでもお祭りごとは好きなので、みんなと楽しむためにも入念に身体を伸ばしていく。
また、主催者のロランに頼み込み今回の競技ではユーベルコードの使用も有りにしてもらったので、アンは勝率が上がったとテンションを高めながら意気込んでいる。
だが、それで有利になるのはアンだけではない。
「フフッ。強い魔力を持つロラン君、強い破魔の力を持つ銀の翼をもつアンちゃんが気になるところ」
不老長寿の研究をしており、自分の研究のためなら他人がどうなろうと知ったことではないと公言するネクロマンサー。
ビッグ・サン(|永遠を求める研究者《ナイスガイ》・f06449)は競技中に事故で誰かが死んだら遺体が欲しいなー、と物騒なことを思いつつ。それはそれとして競技を楽しむべく笑顔を浮かべている。
背筋を伸ばす運動をするそのボディは、金髪ストレートの少女の姿をした人形(フレッシュゴーレム)である。
……本体がマスクなのに運動する意義はあるのかというツッコミは受け付けません。
「遊びといえど勝負事は勝ちに行きますよ」
「うちも負けてられんね。正々堂々と全力勝負に臨むなぁ」
そして、身体を前後に曲げる運動の際に自らのおなかがちょこっと気になったUDC出身の大学生。
七瀬・一花(執政官代理・f35875)はちょうど良いエクササイズのついでと、正々堂々と競技に臨むつもりだ。
何でもこの夏休み中、ビアガーデンやカジュアルバーなどでアルバイトをしていた都合でお酒を飲む機会が増えてしまったそうです。
「よし。準備運動はこれくらいでいいだろう」
「じゃあ、始めるの!」
ロランたちはストレッチを終えて、サポートロボットが用意した競技会場に向かう。
此度の競技は全部で五種目。
各自が記載した競技の中から、サポートロボットが無作為に引いたくじ引きで選出される。
勝敗ポイントは個人ごとに集計されるが、優勝しても商品はない。
みんなからの賞賛と拍手が送られるのだ。
こうして、純粋に運動を楽しむための催しが始まる。
●第一種目:潜水宝探し。
穏やかな浅めの海中に、いくつもの宝箱が隠されている。
その中に収納している一つだけの『当たり』ボールを海面まで持ち出せた者が勝者となる競技、潜水宝探しだ。
五人のうち四人が水中を動き回っている。
「ふぅ、よしっ次だ」
「ぷはぁ、はぁ……!」
鏡介は水中呼吸のノウハウを持たないため、一つ宝箱を見つけては息継ぎのために上まで戻り、潜り直してから開けてを繰り返すタイムロスを重ねていた。
一花に至っては潜水という競技自体が不得手で、最新型のゴーグルを着用して懸命に潜って宝箱を探して回るも、潜水時間一分くらいが限界でそのたびに上がっては呼吸を整える状態であった。
「なかなか、効率よくはいかないな」
「いきなり、難しい競技やね」
人間には難易度の高い競技の中、ロランはシャーマン風の水着姿に相応しく水を操る魔術を駆使して水中呼吸を可能として水底をのっそのっそと歩いて回っている。
結界を応用して口元に集める形で少しだけ長く水中に滞在できるようにすることで、海面まで戻る回数をかなり少なくしたのだ。
毛並みが濡れると動きが鈍くなるものの、タイムロスを省けるのはとても効率が良く、次々に宝箱を開けて回っていく。
「これでもないの」
「もう半分くらい探したと思うんだけど」
そしてアンは《ライブラの愉快話・子猫(コネコノショウ)》を駆使して頑張っている。
召喚する大量の子猫に、様々な生物の下半身を生やすことであらゆる環境での飛翔能力と戦闘能力を与える不思議なユーベルコードにより、サメの下半身の子猫を呼び出してビート板のように掴まることでパタパタと水中を泳いでいた。
もっとも、アン自身は息継ぎのために水面付近を泳ぐ必要があり、宝箱を見つけてから潜る必要がありロランほどの周回速度は得られない。
「っ! 見つけたの!」
その結果、『当たり』ボールを発見したのはロランになった。
運だけでなく、試行回数の差が成果となった形だ。
水中で笑みを浮かべ、ボールに手を伸ばしたロランに……待ってましたとばかりにビッグの放った魔の手がしがみつく。
「待ってましたよ、この時を!」
「わわっ!?」
「砂の中からビッグ君!?」
『当たり』ボールを海面まで持ち出せたら勝ち。
なのでビッグはわざわざ探して回ることはせず、誰かが見つけたところで横取りする作戦で海の底の砂の中で隠れ潜んでいた。
如何にして水中でじっと待ち続けることができたのかというと、ビッグは精霊魔法を駆使していたのだ。
だが、ビッグは何故か不思議な事にどういう訳か精霊に好かれていない。そこで、
「いや~、水の精霊さんいつもきれいですね。風の精霊さんにも負けないくらいきれいですよ。
え? 風の精霊推しに聞こえた? ほら、水の中じゃ呼吸できないでしょ、だから風の精霊さんかなと。
うん、水の中で呼吸できたら水の精霊さん一択なんですが」
という具合に媚びへつらい、水中で呼吸ができるように協力を頼みこんでいたのだ。
こうしてビッグは海底で網を張るように《サモンアンデット》による小型のアンデットを大量に召喚して、ロランの足を文字通りの意味で引っ張らせる。
突然のアンデットに奇襲を受けたロランはビックリして、慌てた隙を突かれる。
アンデットにボールをひょいっと奪われ、バケツリレーの要領でボールがビッグの手中に収まった。
「っ! 精霊さんに水中呼吸を頼んで……! その手があったわね、流石ビッグさん」
「海底で待ち伏せ、か……やるじゃないか、ビッグ」
「ははは、お宝は確かにいただきましたよ」
ビッグは悠々と、アンデットたちをスクリュー状に変形させて推進力にすると一気に海面まで上昇する。
こうして第一種目は、どや顔を輝かせるビッグの勝利となった。
●第二種目:海上ゆらゆら押し相撲。
次なる種目は、海上に設営されたゆらゆらと動くフローターの上で行われる。
そこそこ広めの円形フィールドはウレタン素材でできている。
中に空気を入れて膨らませることで浮力を保持しているのだ。
この上で、相手の腰や肩を押して海に突き落とすバトルロイヤル型の競技。
それが海上ゆらゆら押し相撲である。
危ないので、相手の身体を掴んだり逃げる人の背中を押すのは反則となっております。
「今度は負けないの!」
「これも勝負やね、お覚悟!」
「来い、ロラン、一花」
開始直後から激しい戦いが展開される。
ロランは人を越えた俊敏性と尻尾を使ったバランスを活かし、鏡介を落としにかかる。
一花も長い間スポーツジムに通っているために身体能力はやや高めだが、対する鏡介は屈指の剣豪で、徒手であろうとその身のこなしは五人の中でも特に優れていると判断できる。
そのため二人は、意図せず協調する形で鏡介に襲い掛かったのだ。
「行くの!」
「えいやー!」
「なんの!」
突き出される二人の手から逃れつつ、鏡介も反撃を繰り出していく。
卓越した足さばきで回避して、滑り込んだ側面から二人の腰を押そうと手を伸ばす。
それをロランは狼の瞬発力で素早く離れ、一花も頑張って俊敏な身のこなしで避けていく。
また、追い撃つ鏡介の掌底打ちを、ロランと一花はそれぞれの手の平を素早く振るって打ち返し、三者は互いに鎬を削る。
そんな白熱した勝負をビッグは見て……いなかった。
「フフフッ。背中を押したら反則というのなら、水際で海に向かって立っていれば決して押されることはない。完璧な防御手段ですね」
そう。ビッグは押し合う他のメンバーに背を向けて、フィールドの端で堂々と立っていた。
ルールを上手く利用する頭脳プレーである。
「あとはロラン君や夜刀神さんが消耗する頃合いを見計らって、アンデットを大量召喚して皆さんを海に突き落とさせれば私の二連勝と言う訳です」
「そうはいかないんだよねぇ」
「おや、その声はアンちゃん」
だが、その頭脳プレーを考え付いたのはビッグだけではなかった。
同じようにフィールドの端に立つアンが、横にいるビッグに声をかけた。
「人海戦術される前にね。ビッグ君には落ちてもらいたいよね」
「そうですか。しかしどうやって私を、おやっ? お、おっと?」
その時、ビッグの背中に何かが触れる。
不意の衝撃で海に落ちそうになるビッグは踏み止まろうと堪えるものの、全体重が載った何かの手により押し出されて体勢を崩し、第二種目最初の敗退者となってしまった。
「アンちゃん? 背中を押すのは反則ですよ?」
「なんのことかなー? 僕はこの通り端に立ってるだけだよ」
そう、アン自身は何もしていない。
したのはアンが召喚した姿の見えない凄腕の忍者、《ライブラの愉快話・忍者(ニンジャノショウ)》だ。
極めて発見され難く、アン自身と五感を共有し、指定した対象を追跡する忍者がビッグを後ろから押し出したのだ。
汚い、流石忍者汚い。
「なるほど……アンちゃん、忍者を使いましたね? 何て悪い子だ!」
「おや? 姿が見えないのにどうして忍者ってわかるんだ?」
アンは、とても良い笑顔を浮かべて海に浮かぶビッグを見下ろす。
そして役目を終えた忍者を還し、悠然と振り返ると、ロラン、鏡介、一花が押し合いをしている盤面に突撃する。
ビッグが着水した音を聞き、動きを止めてアンのいる方を向いた今、三人がまとめて正面を向いているこの状態を狙ったのだ。
「うおおおー!」
アンは両手を振り、翼を頑張って大きく広げてロランたちに向かって突撃する。
海上ゆらゆら押し相撲は、相手の腰や肩を押して海に突き落とす競技だ。
押し出すために翼を使ってはいけないというルールは、ない。
「わわっ!?」
「むっ、しまった」
「なん、きゃあっ!」
迎撃、あるいは回避しようとする三人だったが、先程まで互いに押し合っていたためにそれぞれの身体が邪魔をする。
腰の入らない体勢では重い銀の羽根を背負うアンを突き飛ばすには力が足りず、もみ合った状態では広がった翼を避けることは難しい。
上手く逃れることも踏み止まることもできず、ぼふんぼふんとウレタンフィールドを踏み鳴らして突進してきたアンの体当たりに三人は巻き込まれる。
四人が絡み合って、海面に着水する。
よって、一番最後に着水する形になるアンが第二種目を制することになった。
「や、ったあ……! 勝てた……!」
「やられたの。アンさん、おめでとうなの!」
「ぷはっ! やられたわぁ……」
●第三・第四種目:砂城作成・山登りラリー。
続いての競技は、各々が巨大な砂山で城を作り、それぞれの山を順番に上って回るというビーチフラッグの亜種。
砂城作成・山登りラリーだ。
それぞれの顔アイコン入りの旗を2つずつ用意して、一つは山の頂上に立てて置き、もう一つを手にスタートして山頂の旗と交換することで踏破した証明にする形式だ。
当初は全員で協力して巨大な砂山を作る競技だったが、せっかくならば砂の城を作成してその美しさを競うのはどうでしょう? という一花の提案を採用して合併した。
突破したことでの勝利ポイントと見目による芸術点が個別に評価される種目である。
砂山の形状は自由自在、時間はたっぷり道具も豊富。
人手が必要な時に備えてサポートロボットがスタンバイしている。
砂城の美的感覚の審査もサポートロボットがやってくれる。
「と言う訳で、みんなできたの!」
「フフフ。自信作が仕上がりましたよ」
「ええ! うちもよ! 記憶を頼りに頑張って、再現したのよ!」
「俺は競争狙いで実用性を重視した。……俺が最初に挑むのは、ビッグの山か」
「僕はロランくんの山だね。見た目はとてもカッコイイ」
「アンさんも、みんなの城も、とってもカッコイイの!」
そして書庫組の五人はたっぷり時間をかけて、各々の砂の城を完成させた。
みんな満足気に、自分の造った山を見つめている。
鏡介、ビッグ、一花、アン、ロランの順番に、並ぶ砂城をサポートロボットたちが順番に眺めて採点していく。
鏡介の砂城は質実剛健な印象を感じさせる円筒状の塔を作り、砂山の壁をよじ登る動作を強いる代物を作り上げた。
ビッグの城は四角形の箱のようになっており、垂直の壁がそびえ立つ形になっている。
「ダイスをイメージしております。これで勝って高笑いしたいものです。
(砂の中にはアンデットを潜ませて、触れると山の中に引き摺り込む罠を仕掛けております。これで楽勝でしょう)」
「なるほど、サイコロのイメージか。ビッグらしい」
「しゃちほこの間に旗を立てておくわね」
一花は、頭の中にあるイメージ通りの名城を再現しようとしていた。
美的感覚は人並で手先も不器用だが、サポートロボットたちの協力もあり……熊本城の石垣と姫路城の本丸と名古屋城の天守閣を混ぜ合わせた、立派な和風の砂城が完成していた。
中に入ることはできないが、石垣の傾斜や本丸の返しが登攀を難しくするだろう。
ロランとアンの砂城はシンプルに|円錐《コーン》型に山を盛った形状だ。
アンは《ライブラの愉快話・縫包(ヌイグルミノショウ)》で召喚した大量のぬいぐるみ(自立行動可能)を降らせて防衛戦力として配置し、ぬいぐるみたちのふわふわもこもこ世界と同じ環境に変化させて踏破を妨害するもふもふ戦術を仕込んだ。
そしてロランは螺旋状の坂道を作ることでコースを作り、一直線によじ登っていくか道なりに走って登るか選択を強いる知的な城を造っていた。
五人それぞれの個性的な砂山城を鑑賞する審査員(サポートロボット)たち。
競技の結果、一番ビジュアルに凝っている城を造った一花を第三種目勝者とした。
決して、自分たちもいっぱい協力した名作だという私情が交じっている訳ではありません。公正な審査の結果です。
「嬉しいわ。途中で悩んだから名城のイメージが混ざったのが悔しいけれど……これでは理論崩れのシュターデンやね」
「何を比喩しているのかわからないが、おめでとう。だが……砂山登りで勝つのは、俺だ」
「ぼくも負けないの! がんばるの!」
そして、始まる山登りラリー。各自、一斉に走り出す。
鏡介は鍛錬目的で砂浜を走る経験を活かし、順調に駆け出す。
ビッグの仕掛けたアンデットトラップを『左腕』の力だけでねじ伏せて無事にダイス型砂山を踏破した。
一花の三種盛り和風一夜城の登頂には逡巡するも、身に着けた集中力と戦術眼で攻略可能なルートを見抜き、少し手間取りながらも乗り越えていく。
「よっと。登山というより、クライミングみたいだな」
「アンデットがああも容易く……スライムを仕込んでおくべきでしたか?」
ビッグは一花の一夜城を正攻法で昇るのではなく、召喚したアンデットを組立体操のように重ねて階段を形成した。
そのまま悠々と天守閣を踏破して、次なるアンのもふもふ城へと踏み入ったところで、自らの身体にふわふわもこもこなアニマル系アンデットで覆うことで環境に適応していた。
「お先に失礼しますよ」
「うぅ、もふもふが、かわいい……!」
一花はアンが召喚した大量のぬいぐるみのふわふわに捕らわれて、笑顔で駆け抜けるビッグに置いて行かれてしまった。
つぶらな瞳で見つめて手足にしがみつくぬいぐるみたちを振り払って進むことはとても心苦しく、一花がもふもふ城を突破するには時間がかかりそうである。
「こ、これ、無理だってぇ……」
アンはロランが用意した螺旋砂城の道をありがたく利用して安定して踏破するものの、鏡介の円柱砂城を前に絶望する。
何とかしてよじ登ろうと手足を動かすも背中の羽根がとても重いため、壁面の登攀が適わず膝を屈する。
後ろから螺旋砂城を道なりに上り抜けたビッグが追いついてきた頃に、アンは《ライブラの愉快話・子猫》で飛翔すれば突破できるのでは! と閃くも、砂山を登る競技で空中移動はよろしくないという判定を受けて、再度屈した。
「もうダメだぁ」
「ははは、今度こそ二勝目をいただきますよ」
そしてロランはユーベルコードを行使することなく、狼の身体能力を十全に奮って駆け抜けていた。
鏡介の円柱砂城を数歩で駆け抜け、ビッグのダイス砂城のアンデットたちも鏡介が先に見せてくれたため事前に対処できた。
浄化作用のある魔術を放ち引きずり込もうと手を伸ばすアンデットたちを退けると、あっという間に砂山を乗り越えたのだ。
その後も一花の一夜城の石垣や瓦を俊敏な動きで登り切ると、先を行く鏡介の背中を追いかけてアンのもふもふ城に突入した。
「ぼくも、もふもふなの!」
「しまった!」
「せめてここだけでも越えないと……でもかわいいのよっ!」
竜胆色の毛並みに覆われたロランの腕や耳や尻尾は、ふわふわもこもこ世界に適応する。
ふわふわもこもこに足を取られる鏡介と一花を置き去りにして、ロランは自らの造った螺旋砂城に到達する。
その時ビッグはアンデットタワーを足場にして円柱砂城の登頂を果たしていたため、紙一重の勝敗であった。
「やったの! 勝ったの!」
「うーん、一歩及ばず。お見事です、ロラン君!」
第四種目に勝利したロランが砂山の上で喜び様を、仲間たちは拍手で賞賛した。
●最終種目:スイカ割り。
楽しかった書庫組の大運動会もクライマックスを迎える。
最後の競技は、スイカ割り。
目隠しをしてぐるぐる回り方向感覚を迷わせてから、周囲の誘導や虚言にしたがってスイカを探し、木刀を使ってスイカを叩き割るという競技だ。
勝敗基準はタイムアタックとスイカを上手に割れたかどうかで判断されるため……剣豪たる鏡介が苦笑する。
「あー……いいのかな?」
「もちろんなの! くじ引きで決まったことなの!」
「鏡介さんの得意分野やね。せやけど勝ちを譲るつもりはないんよ?」
「ふっふっふ……油断していると二勝目は僕がいただくよ」
「(フフフ……地面に潜ませたアンデットにスイカを下から移動させれば何とかなるでしょう。あとは念には念を入れまして)」
和やかに語らう仲間たちを尻目に、ビッグはこっそりと飲み物を用意する。
そこには身体の動きを鈍くするような毒を混ぜてあった。
露骨に影響が出ればすぐに勘付かれるため、ここまでの競技による疲労感と誤認できるよう終盤まで温存した切り札であった。
なおこの所業はサポートロボットが見届けたため、こうして報告書に記載しております。
「(一花ちゃんは一応弟子なので入れません。ロラン君やアンちゃん、夜刀神さんに毒が効くかの実験になりますね)
さあ、皆さん。水分補給は大事ですからね、ドリンクを用意しましたよ」
「わ。ありがとうなの、ビッグさん!」
「いただきますね」
疑うことなくビッグの差し出したドリンクを手に取り、喉を潤す書庫組の面々。
微笑むビッグは毒が回る時間を稼ぐために、一番手に名乗り出る。
「それでは私から参りますよ。……あ、この目隠し、ちゃんと視界封じられますね。何使ってるんです?」
ヒーローマスクの視界もしっかり遮断する目隠しで公正さをアピールしつつ、スイカ割りが始まる。
しかし視界が見えずとも問題はないと、ビッグは仕込んでいたアンデットに合図を送る。
スイカを手元まで運ばせて、その場から動くことなく悠々とスイカを叩き割った。
「よいしょっと」
「なるほど、スイカのほうを動かすのね」
「ビッグ君、それ運動してなくない?」
「ちゃんと振り下ろし動作をしているからOKですよ。ねえ?」
「オッケーなの! じゃあ次はぼくが行くの!」
続いて木刀を握るのは、ロランだ。
狼のような獣火した手で物を掴むのは難しいものの、振り上げて下ろす程度であれば問題はなく、目隠しをされても嗅覚でスイカの位置を割り出せる。
ビッグの毒は回っているはずだが、体質なのか何らかの要因によるものか、特に異常はなくスタスタと砂浜を歩いてスイカのもとへと辿り着く。
勢いよく振り下ろした木刀が命中し、スイカを欠けさせることに成功する。
「(ふむ……魔術で中和された様子はない。人狼の回復力か、ロラン君の免疫力か……それとも例の力のせいか……)」
「えーい、なの!」
「いい太刀筋だ、ロラン」
「おお、うまいようまいよ。それじゃあ次は僕が」
「頑張ってね、アンさん」
鏡介はトリに回ってもらおうと、アンと一花が順番にスイカを割りに行く。
アンには毒が効いているようで、視界を覆われた状態で左右にふらふらと揺れ動き、覚束ない足取りで迷走する。
その様子をビッグは笑顔で観察し、ロランたちは懸命に誘導する。
「ううん、流石に疲れが溜まったかなぁ?」
「アンさん、もうちょっと右なの!」
「あと5歩、前に進んで……あともう一歩よ!」
「そこだ。まっすぐ振りかぶって、そのまま振り下ろすんだ」
アンは一花や鏡介の声を信じてスイカの元にようやくたどり着き、ポカンと木刀を振り下ろす。
スイカは砕けはしなかったものの、命中して亀裂を与えることに成功する。
「当たったよぉ」
「おめでとうなの!」
「(アンさんには効果覿面、と。鏡介さんは……ふむ、その身に宿る『神気』で打ち消されてるようですね。もっと量を足せばどうなるかな?)」
「どうかしたか、ビッグ?」「いえ、何でもありませんよ。さあ、一花ちゃん頑張って」
「はい、行くわね」
一花は猟兵として武芸に秀でたタイプではないが、健康的な身体能力は十分な運動神経を有している。
しっかりと仲間たちの誘導に耳を傾け、しっかりとした足取りでスイカに一歩ずつ近づいていく。
そして大きめに自己主張されている身体部位が振り下ろしを阻害することになるものの、ちゃんとスイカを粉砕する。
「っと、やったわね」
「お見事です、一花ちゃん」
「みんな上手なの!」
「それじゃあ、トリだねぇ」
「期待に応えるとしよう」
そして、全員が思っていた通りの。
目隠しをしてクルクルと回転させられようと、鏡介の心眼に何の影響も及ぼさない。
鏡介は開始と同時に一足飛びでスイカのもとへ跳び込み、木刀を以てスイカを綺麗に両断する。
「こんなところ、だな」
鏡介は目隠しを外すと仲間たちに振り返り、拍手喝采に笑みを返した。
誰もが満場一致で納得する、勝者の業前を披露した。
●閉会の余韻。
こうして書庫組の夏のオリンピアは朗らかに終了する。
競技の内容を振り返りながら各々が叩き割ったスイカを食べて、最後の記念撮影を行う。
「とても楽しかったの!」
「えへへ……またみんなで遊ぼうね」
「ああ。純粋に競い合うのは楽しいものだな」
「次はもうちょっと、引き締めておかんとなぁ」
「ははは、一花ちゃんはどんな状態でも綺麗なものですよ」
集まった書庫組が身を寄せ合い、海と、みんなが作った砂城を背景に思い思いのポーズを取る。
サポートロボットがカメラを構え、シャッターを切る音が響き渡る。
このひと夏の思い出をしっかりと形に残して、ロラン、アン、鏡介、一花、ビッグの楽しい夏は過ぎていくのだった。
成功
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