●
――サクラミラージュ某町にて。
その桜並木のある街外れの神社で行われている夏祭りではポツポツと開かれた出店や、疎らな参加者達が銘々にこれを楽しんでいた。
――夕陽に照らされて煌々と煌めく幻朧桜並木を眺めながら。
「いやー、助かったよ、リダンさん」
そう、先程の出店で購入した焼きトウモロコシを豪快に食べながら、左隣を歩くリダン・ムグルエギ(宇宙山羊のデザイナー・f03694)にそうほっ、と安堵の息を漏らしたのは、戒道・蔵乃祐(荒法師・f09466)
その蔵乃祐と共に周囲を何気なく見遣りながら、ほかほかのフランクフルトにパクつきつつうんうんと、相槌を打ったのは月夜・玲(頂の探究者・f01605)
「いやさぁ、暇だし! 猟兵夏の大仕事、水着コンテストも終わったから! あんまり土地勘無いけれど、偶にはサクラミラージュぶらぶらするのもいいかなー、と思ったところをリダンさんが案内買って出てくれたからねー。いやぁ、ラッキー、ラッキー!」
そう笑って告げる玲のそれに、くいっ、と何時の間にか購入していたラムネを一杯やりながらリダンがあぁ、と何処か眠たげな翡翠色の眼差しで軽く微笑を閃かせて。
「支店視察のついでだったし、気にしないで」
と、朝~昼に掛けて視察した、都市部の方にあるGOATia社支店の様子を思い出しながら何処か気だるげに語るリダンのそれに。
「いやいやいや、十分助かっているから! と言うか、実は僕、サクラミラージュに来るのは初だから、土地勘全く無いしなぁ。だからこそ、2人が一緒に来てくれたのは凄く助かっているんだよ」
そう蔵乃祐が頭を横に振りながら食べ終えたトウモロコシを近くのゴミ箱に放り込んでいる。
そんな蔵乃祐の様子を見つつ、焼き鳥を食べ終え串を同様にゴールインさせた玲がニヤニヤと何処か悪戯めいた笑みを浮かべてウインクを1つ。
「両手に花で夏のサクラミラージュ観光とか、人によっては結構良いご身分じゃないかとからかわれそうな状況だね、戒道く~ん?」
そうからかう様な玲のそれに、蔵乃祐がいやいやいや、と慌てて頭を横に振る。
「此、グリモア猟兵からの正規の任務じゃ無いけれども、割と重要なお仕事だからね? 最近ちょくちょく起きている『無差別大規模テロル』に対する哨戒任務だからね?」
「まあ、支店観察のついでに哨戒任務するってのも珍しいわよね。まっ、別に良いんだけれど」
取り敢えず、朝~昼に支店回りのついでで街中で行った警戒では、特に問題が無かった。
最近ちょくちょくグリモア猟兵達が確認し、超弩級戦力として猟兵達を派遣している案件である以上、恐らく、帝都桜學府もテロルへの警戒を巌にしている、と言う事情もあるのだろう。
まあ、だからこそ夕暮れ時からこの町で始まるという、町外れの神社でひっそりと行われている夏祭りにも行ってみるかとなった訳だが。
元々、この辺りの町に百貨店宜しく支店を持つ事でコネを持ち、周囲の立地や地域で行われているお祭り等に詳しいリダンだからこそ、取れた選選択肢とも言えるだろう。
「そう言えば、リダン君。支店の方はどんな感じだと思ったんだい? やっぱり絶好調で今日見たみたいに繁盛している感じ?」
昼にリダンと共に回り、それなりに人々を集めていたリダンのGOATiaサクラミラージュ支店の様子を思い出しながら玲が問うと。
いやぁ、とリダンが何とも言えないという表情でボリボリと頭を掻きながら、がぶりとラムネを飲み干した。
「視察したサクミラの百貨店支店はお昼時だし、今日が休日だってのもあるから中々繁盛している様に見えたかも知れないけれどね。サクミラは、和服はそこそこ売れるんだけれど、やっぱり老舗が強いのよねー。お陰様であんまり仕事も多くないのよ」
そう眠たげな眼差しを、幻朧桜並木を見上げる様に向けながら愚痴るリダンを見て。
「そうなんだ? あの盛況具合だと全然忙しくないって感じには見えなかったけれどな」
と蔵乃祐が近くの出店を覗いてさりげなく買ってきた3本の爪楊枝を差した18個入りたこ焼きのパックを開きながら相槌を打つ。
焼きたて感満載のたこ焼きにたっぷりと付けられたソースのかぐわしいそれが、食欲をそそるのに。
「おっ、気が利くじゃん、戒道君!」
早速とばかりにタコ焼きに手を伸ばし早速パクン! と口の中に放り込む玲。
リダンも眠たげで興味のなさそうにも見える瞳をさりげなく其方に向けると、蔵乃祐が心得ているかの様にたこ焼きを目の前にリダンに差しだすので、リダンは「ありがと」、と軽く礼を述べてたこ焼きを頬張り始めた。
その味を一通り堪能してたこ焼きを全て胃袋に収めたところで、次は近くのかき氷店でそれぞれにかき氷を購入し、近くの休憩机に各々腰を下ろして人心地付いていると。
「ところでさぁ、戒道君?」
不意に、自分の正面に座った玲が、その赤い瞳に『興味』の光を津々と称え、口の端に何処か悪戯めいた笑みを浮かべて問いかけるのに。
「どうかしたの、月夜さん?」
何処かキョトン、と呆けた様な焦げ茶色の眼差しを向けながら、何故か普段の戦闘では掻きそうに無い冷汗を背中で流しつつ問いかける蔵乃祐。
そんな蔵乃祐の様子を見て、玲の隣に腰掛けたリダンもまた、眠たげな翡翠色の眼差しを向けつつ、寛いだ様に休憩机に肘を乗せて蔵乃祐を見ているのに頷いて。
「ほら、折角の水着コンだったんだから、私達に言う事無いのかな??? うん???」
「そうですよねー。蔵乃祐ちゃんがアタシ達の水着をどう思ったのかちょっと気になりますよねー」
と、そんな玲のからかう様な問いかけに便乗してリダンが態とらしくペロリと舌を出して同意を示すのに。
「いやいやいや僕はね? 賑やかすぎると気疲れしちゃうと言うか? 案外小心者なんだよね?」
何か、妙な汗が背筋を流れていくのを感じつつ、慌てて弁明する様に頭を振る蔵乃祐。
明らかに戦の時より狼狽えている蔵乃祐を見て、玲が益々獲物を見つけた女豹の様な光を赤い瞳に称えて笑いながら続けた。
「ふんふん、気疲れしちゃうかー、そうかー。でも、折角だし、私達だって殿方の率直な感想って、聞いてみたくなるよねー?」
「そうですよねー。そう言う感想みたいなのはやっぱり気になりますよねー」
ねー、と言う様に顔を見合わせて笑顔で頷く玲とリダンのそれに、蔵乃祐が遂に半目になって嘆息を零して。
「……と言うか君等、分かって言っているよね? 僕、感想とか言うの苦手って……知っているよね?」
と早口で一気に告げる蔵乃祐のそれにハハッ、と短く笑声を上げてから、玲がリダンの方を見て。
「リダンちゃんはさぁ、デザインとかあるし、水着コンテストの後だと、会社のプロモーションも含めて忙しいんじゃ無いの、そう言えば?」
そう話題を変える様に問いかけると、リダンはまあ、と軽く頭を横に振り、そっと息を漏らして、かき氷を意味なく掻き混ぜながら肩を竦めた。
「水着コン周りはまぁ、ウチの会社は元からそう言うシフト組んでたから大丈夫だし……寧ろ、殿堂上位のあきらさんの方が取材とかヤバそうよね」
実際、玲は2024年水着コンテストにて、殿堂4位と言う上位を獲得している。
となれば、グラビア取材やインタビュー等の諸々の事情で多忙を極めていてもおかしくない様に思えるが……。
「まっ、私はリダンちゃんみたいに会社の広告とか、そう言うの面倒だから、パスしているんだよ。そう言う意味では、今回の件は都合の良い話でもあったね」
そう愉快そうに笑って告げる玲のそれに、成程、とリダンが首肯するその間に。
「こう言うお祭りも良いけれど、どうせならパーラーとかも入ってみたいかなぁ」
等とかき氷を食べ終わり、ふと、思った儘を口にする蔵乃祐のそれに。
「ああー、それならこの神社から少し行った所に大きくないし、人気も少ないけれど美味しいフルーツパーラー屋があるわね。……確か、夜8:00位迄はやっているから、丁度良いかも?」
そう今、正にふと思い出した様に。
そう地元のコネクション経由で入ってきた情報を基にしたリダンの提案を受けて。
「そっ、そうなんだ。じゃあ、皆と一緒にそこに行ってみたいな?」
そう蔵乃祐が何処となく落ち着かない……何となくそわそわした様子を見せるのを見て。
「じゃっ、リダンちゃん案内してよ」
そう笑って玲がそう告げるのに、良いわよ、とリダンが笑い返して、休憩椅子から立ち上がり、其方の方へと向かって行った。
●
――街のパトロールを昼迄行い、夕暮れ時の始まったばかりの小さなお祭りを楽しみ……締めとして蔵乃祐が行きたがっていたパーラーに向かおうとしたその道中で。
不意に、ぴゅう、と風が吹き、無数の幻朧桜並木がそれに煽られ、パラパラと桜の花弁を地面にばらまかれ。
その無数の桜吹雪の向こう側で、藏之介は|それ《・・》を見た。
――複数体の青き怪物の群れを。
そして、それを率いると思しき1人の娘を。
その娘は、先程蔵乃祐達が楽しんでいたお祭りの会場と、その方角にある町へと向かい始めている様に見える。
その姿を見て、先程迄の気楽な態度は何処へやら、不意に蔵乃祐がビシリ、と全身の筋肉を引き締める様にして大連珠を構え。
「……初回で、いきなり当たりを引いたんじゃ無いか? 悪い意味で……」
その複数体のデモノイドを率いる漆黒の|學徒服《セーラー服》に身を包んだ大学生位に見えるその娘の姿を見て、蔵乃祐が目を眇める。
――その娘から放たれる激しいまでの憎悪とデモノイド化している刀身と衣服から察するに、彼女は『デモノイド』の中でも極めて特殊な存在……ロードなのだろう。
況してや、洒落っ気の無い三つ編みの腰まで届く程の黒髪を桜吹雪に靡かせ、空から差し込む夕陽に照らし出されるその姿から感じる酷く幻想的でありながらも『異質』に感じられるのだから尚更だ。
そもそも彼女を守る様に共に歩く数体の青き怪物達……『デモノイド』の存在が何よりもそれを物語っている。
いや、寧ろそんな理屈を付けるまでも無く……何よりも蔵乃祐の中の|それ《・・》が、彼女との縁と彼女がどんな存在かを直観させていた。
彼女もそれに気が付いたのであろうか。
蔵乃祐達を見つけた彼女から叩き付けられる様に放たれるのは――果て無き連環を想像させる、憎悪。
「……まあ、お陰様か、|転ばぬ先の杖《備えあれば憂いなし》っていった感じはするけれどね」
その憎悪に全身を汗に塗れさせつつ、大連珠を構えた蔵乃祐の言葉を受けて。
「2人とも、何か滅茶苦茶ヤバげな相手だけれど、とりまこのマント使って!」
泡を食った様な表情を浮かべながらリダンが、今日のお昼に支店の手伝いをしている間に倉庫から持ち出していたGOATiaのロゴが入ったマントを蔵乃祐と玲に配り。
自らも|GOATiaの服《リダンカスタム》の上から同性能のマントをバサリと羽織り、その裾を桜吹雪に乗せて靡かせると。
「此、使っても大丈夫なの? 確か、お店にも飾ってあった商品じゃ無い?」
目前に現れた女と数体の青きデモノイド達の姿を見て、自らの胸中に闘志と興味が滾るのを感じながら。
口の端に愉快そうな笑みを浮かべた玲の問いかけに、リダンが大丈夫よっ! とハキハキと叫び返す。
「確かに在庫品だけれど、此売れ残りのセールスに出すものだったのよね! 因みにカーボン使った特殊構造で防刃性は結構良いから……っ!」
と一気に焦って捲し立てるリダンのそれを断ち斬るかの様に。
――ブォン。
とまるで陽炎の様に姿を眩ます様に桜吹雪に紛れて肉薄してきた女が、デモノイド化している刀を袈裟に振るう。
――その、袈裟懸けの斬撃は。
「え、いきなりですか!?」
咄嗟に金剛身――自らの鋼の如き肉体の全てを怒らせる様に踏ん張らせた蔵乃祐のその上に羽織っていたマントを……。
「って、ウッソでしょ!? 何かたった一発であっさりと真っ二つにされちゃっているんだけれど!?」
と、黄色い悲鳴を上げるリダンのそれを聞きながら……。
「まっ……そう来なくっちゃね!」
そう口の端に愉快そうな笑みを浮かべた玲が、背中のバックパックに装備していた二刀を抜刀。
――《RE》Incarnation&Blue Bird。
それは、『再誕』の詩を意味する刃と、在るべき場所へと『還り付く』言の葉を冠するUDCの力を再現することを目指した『模造神器』
双刀を抜刀すると同時にその刃に浄化の【蒼焔】を宿すと同時に、無言で引こうとする彼女に向けて横薙ぎに刃を一閃。
その浄化の蒼焔が、彼女を灼き払わんと迫り掛かった、正にその時。
『グルオオオオオオオオッ!』
雄叫びと共に、玲と彼女の間に割り込む様にデモノイドが飛び込み、自らの双腕を交差させてその蒼焔を受け止めるその間に。
『オオオオオオオッ!』
咆哮と共に更に2体のデモノイドが、まるで目前の女に勝るとも劣らぬ正確さで、その拳を振り下ろしてくる。
「この強烈な拳は、|攻撃役《クラッシャー》……?!」
その正確無比なデモノイドの拳の一撃に咄嗟に割り込んだ蔵乃祐が自らの急所を確実に狙ったその一撃を受けて、ガハッ、とその身を傾がせていた。
それでも尚、続けざまに振り下ろされた拳を。
「ふん!」
と目にも留まらぬ速さで踏み込むと同時に、その腕にブンブンと大連珠を我武者羅に振り回してその拳を粉砕し、その攻撃を辛うじて相殺し、呟く。
「一先ず皆、命大事にでいこう。それを許す|相手《宿敵》では無いのかも知れないけれどね」
その蔵乃祐の言葉に不敵な笑みを浮かべた玲が。
「続くよ!」
叫びと共に素早く蒼焔を解除し、今度はその刃に雷鳴を纏わせた斬撃を解き放った。
咄嗟に玲が蔵乃祐の大連珠の振り回しによりその拳を砕かれてよろけながらも、他のデモノイドに守られる様に後退しようとするのを追撃するが。
『グオオオオッ!』
もう1体のデモノイドがその雷鳴を纏った斬撃と拳を割られたデモノイドの間に割り込みその身を以て雷鳴を受け止め、返す刃と言わんばかりに自らの剣状に硬質化した腕部で玲を貫かんとする。
その一撃は、リダンが用意してくれたナノカーボン特殊構造のマントを易々と貫き、疑似UDCの力を纏った玲の体を深々と抉ろうと……。
「……ええい、やらせないわよ!」
自らの会社のマントが易々と切りさかれ、或いは貫かれて使い物にならなくなってしまった様子に息を飲みながら、リダンが叫びと同時に月光/激昂の色香を取り出して。
「もう……! 買ったばかりのサクミラフレグランスなのにー!!!!」
と、半ば涙目になりながらパキンと甲高い音と共にそれを叩き割り、自らにその香水の香りを纏わせる。
それは……催眠性の高い香水の香り。
それを自らの身に纏ったリダンが自らの全身から怪しく妖艶な香りを戦場へと漂わせていく。
その妖艶な香りが4体のデモノイド達を包み込む様にしているのを見て。
(「……ちっ」)
と内心で何処か苛立たしげに舌打ちした女が自らの左拳を悪魔化させて、玲の後ろに居るリダンを叩き潰そうと……。
「リダンさん達を倒したいなら、先ずは|盾役《ディフェンダー》の僕を止めて見せてくださいよ」
その言の葉と、共に。
悪魔化した彼女の拳とリダンの間に割り込んだ蔵乃祐がそれを受け止める様に大連寿を振り回してその威力を削ぎながら。
「せいや!」
と叫びと共に彼女の脇を駆け抜け、彼女を守る様に布陣していたデモノイドの内、先に自らの大連珠で腕を粉砕したデモノイドへと出鱈目に振るう。
我武者羅に破魔の力を籠めて振り回された大連珠による殴打がその攻撃役のデモノイドを打ち破ろうとしたところに。
「……」
すっ、と後方に下がり玲からの雷鳴の斬撃を易々と躱した女が何かを合図するかの様にデモノイド化を解除した左手を挙げると。
『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲッ!』
蔵乃祐と手傷を負ったデモノイドの間に恐らく蔵乃祐と同じく|盾役《ディフェンダー》の役割を割り振られていたのであろう。
デモノイドが素早く割り込み、蔵乃祐の滅多打ちに傷ついたデモノイドの代わりに受け止め、その攻撃にその身を傾がせているその間に。
「やっぱり同じ技ばかりだと敵に|飽きられ《見切られ》るよね! ならば、此で灼き払うさ!」
その叫びと、共に。
何時の間にか蔵乃祐の脇から高速で残像を曳く様にしながら姿を現した玲が双刀に蒼焔を纏わせ、蔵乃祐の攻撃を受け止めたデモノイドに肉薄した。
「……」
その様子を見た女が蔵乃祐に滅多打ちにされ、今にも玲に灼き尽くされようとしているデモノイドを守る様、他のデモノイドに指示を出すが。
「あら残念、玲さんなら、あなたの右よ!」
そう背後から妖艶な香りと共にリダンが魅惑の言の葉を投げかけ、それに釣られる様にして、デモノイドが右側面へと跳躍する。
――それは、玲が正に断ち斬らんとしていたデモノイドを守るには明後日の方向への跳躍。
――轟!
玲の蒼焔纏った斬撃は、蔵乃祐の殴打でその両腕による防御を破壊されていたデモノイドを問答無用で焼き尽くした。
黒焦げになってどう、と倒れる|盾役《ディフェンダー》のデモノイドの1体を見て、玲が笑う。
「さぁて、未だ未だ行くよ!」
「こっちだって|妨害役《ジャマー》としてやれるだけのことはやってみせるんだから!」
軽快に踊る様な足捌きで再び自らの身に疑似UDCの力を纏った玲が高速で戦場を疾駆しつつ、くるくると双刀をプロペラの様に旋回させながら稲妻を纏った斬撃の波を解き放った。
蒼焔から即座に切り替えられた雷纏う斬撃の波が傷ついたデモノイドを薙ぎ払おうとするのを確認し、|盾役《ディフェンダー》のデモノイドがその攻撃を受け止めたところに。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……!」
そう小さく念仏を唱えながら。
玲の雷撃纏う斬撃によろめいたデモノイドに向かって蔵乃祐が肉薄し、大連珠を力一杯振り回した。
高速回転しながら振り回されたその大連珠による殴打に既に片腕を潰されているデモノイドが耐えきれる筈がない。
――それが、分かっていたからこそ。
「……」
無言の儘最初の一撃を除き、比較的指揮に徹していた女が、まるで舞踊を踊るかの如く大地を蹴り。
そのまま目にも留らぬ早さで高速移動している筈の蔵乃祐の懐に潜り込むと同時に、何時の間にか鞘に戻していた刀を抜刀し。
――閃。
そうとした形容の出来ない一撃必殺の目にも留らぬ早業と共に、デモノイド化した己が刀で蔵乃祐の胴と腰を泣き別れにさせようとするのを。
「うわっ……ととととっ!」
辛うじて心眼で察していた蔵乃祐が咄嗟に取り出した金丹仙薬を一気に飲み干し、一時的な不老不死と化して、その刃をギリギリで耐え抜いた。
「いたたたたたたたたた! ちょっと、ちょっと殺気が抑え切れて無いんじゃ無いですかねぇ、あなた?」
「大丈夫よ、かいどーさん! いたくなーい、あんな攻撃いたくなーい!」
涙目になりながら、自らを狙った女に抗議する蔵乃祐の痛みを緩和するかの様に自らの体に吹き付けた香水の香りを発するリダン。
強い催眠効果のある月光/激昂の色香の香りが、金丹仙薬を飲んで一時的に不老不死になっているらしい蔵乃祐に痛みが無いと言う錯覚を与え、その痛覚を麻痺させてくれる。
一方、女は、その色香に惑わされるつもりは無いらしい。
淡々と呼吸を殺す様にして、激しい憎悪を蔵乃祐に叩き付けつつタン、とバックステップで近くのデモノイドと入れ替わる様に後退し。
半ば盾の様に突き出された|攻撃役《クラッシャー》のデモノイドがその両の拳を握りしめ、蔵乃祐に最上段から叩き付けて、その存在を叩き潰そうと……。
「全く、そんなんじゃダメダメ! さっさと君を片付けて君達のボスの所に行かせて貰うよ!」
その瞬間には、疑似UDCアースの力で高速移動していた玲がそのデモノイドの死角をつく様に肉薄し、『再誕』の詩奏でる刀を横薙ぎに払い。
猛り狂う雷の代わりに、蒼焔を纏ったその刃でデモノイドの胴を横薙ぎし、内側から蒼焔でその身を焼き尽くす。
「これで、後は2体かな? 全くこの程度のデモノイドの手勢で私達を倒そうとか、テロルを起こそうとするなんてちゃんちゃら可笑しくてへそで茶を沸かせそうだよね」
そうからかう様に笑う玲に向けて、既に拳を潰されながらも尚、生き残っていた|攻撃役《クラッシャー》のデモノイドが肉薄。
同時にその腕を剣状に変形させて、玲を再び貫こうとしたところを。
「ああん、もう! 同士討ちは難しくても、そんな攻撃あきらさんなら右に跳ぶだけであっさり避けちゃうんだから!」
そうリダンが叫ぶと同時に、そのデモノイドが見た光景は、正しく右に跳躍して自分の攻撃を躱そうとする玲の姿。
ならばと言わんばかりに機敏に跳躍し、デモノイドが右に跳んだ玲をその剣で貫こうとしたところに。
「ざーんねん! 反対側でしたー!」
|左に跳躍《・・・・》することでその背後を当然の様に取った玲がすかさず雷撃を纏ったBlue Birdを下段から撥ね上げると。
撥ね上げられた雷纏った斬撃が、デモノイドの右脇腹から左肩にかけてを一気に斬り上げて。
同時に凄まじい雷撃がそのデモノイドを縛り上げる様に咆哮の如く走り回り、かのデモノイドの全身を焼き払った。
『……!』
そのデモノイドの仲間を殺された事に対する怒りからか。
微かに憎悪と憤怒を撒き散らす様に全身にぐっ、と力を溜めた彼女の口から。
『あああああああああああっ!!!!』
けたたましい憎悪の咆哮が迸り、それが戦場に居る玲・蔵乃祐・リダン……そして、辛うじて生き残っていたデモノイドをも打ち据えた。
●
「くっ……!」
抑えきれぬ殺意と憎悪の綯い交ぜになった咆哮を叩き付けられ、頭の中でパーカッションが鳴り響くのを聞く蔵乃祐。
その蔵乃祐の後ろでは、彼に庇われる様にしたリダンが青ざめた表情を浮かべて全身汗塗れになっている。
「ちょちょちょ……何、今の咆哮!? 敵も味方も関係無しに鼓膜を破らんばかりの勢いで叩き付けてくるとか、卑怯にも程が無い!?」
蔵乃祐が出来うる限り自らの身を以て相殺してくれたにも関わらず戦場全体に鳴り響いたその咆哮に軽い目眩を覚えたリダンが思わずそう叫ぶその間に。
同様の咆哮を聞いた玲は、ははっ、と愉快そうに笑いながら蒼焔を解除すると同時に、その刃に雷を纏わせ、斬撃の刃を解き放った。
「成程ねぇ……。私が敵の攻撃に|飽きられ《見切られ》るのを避ける為に交互に切り替えていた戦術を模倣してくるとはねぇ……。実に狡猾な奴らしいね。でも、折角デモノイドを制御できるデモノイドロードって言ってもオブリビオンになっちゃってればねえ!」
そう強気な笑みを崩さぬままに挑発する玲だったが、その膝は微かに笑っている様にも見えた。
「あきらさん! あっ、あんなの只の大声に過ぎないから、アタシ達には痛くも痒くも無いわよ!」
そう自らから放出される妖艶な香りを玲に吸い込ませながら必死になって声を張り上げリダンが叱咤激励。
そのリダンの催眠効果を持つ香りと共に放たれた言葉に玲が蠱惑的な笑みを浮かべて。
「全くだ。それに今ので風通しも良くなったしね!」
そう叫ぶと同時に、先程解き放った雷撃からその身を挺して主を庇った最後のデモノイドの死体を踏み越えた玲が蒼焔を纏わせた双刀を振るう。
右の手の玲の蒼焔纏った《RE》Incarnationの袈裟の斬撃が、咆哮のダメージをものともしない(様に見える)玲の斬撃を軽く後退しながら、自らのデモノイド化した退魔刀で受け止め。
そのまま一気に鍔迫り合いに持ち込もうとしたところを。
「ほら、如何した、如何した!? 私の刀は飾りでも何でも無いんだよ!」
そう笑いながら叫ぶと共に。
Blue Birdに雷光を纏わせた玲の逆袈裟の一閃を解き放つ。
解き放たれた雷撃纏うその斬撃を左手で力任せに受け止めた彼女の掌から、ぱっ、と血飛沫が舞う、その間に。
「……しっかし、どうやって僕達を見つけたんです? と言うか、|真面目《マジ》な話、DSKノーズに探知される様な『|業《カルマ》』を負う程の覚えは無いんですけれど……。仮にあなたがサイキックハーツのデモノイドロードだとして、如何してデモノイドと一緒に|異世界《サクラミラージュ》に居るんですかね? やっぱり、幻朧戦線のカルロス・グリードにお呼ばれでもされましたか?」
そう問いかけながら、傷だらけの自らの身を押す様にして踏み込み、大連珠を振り回す蔵乃祐。
その蔵乃祐の一撃が、さっ、と咄嗟に後退した玲の刃と交代する様に接近し、振り回された蔵乃祐のそれが、デモノイド化している女の退魔刀を側面から殴打すると。
――ピシリ。
と自らの刀に僅かに罅が入ったのに気が付いた女は、特に顔色を変えるでも無くぶん、と自らの悪魔化した腕を横薙ぎに振るった。
「……っ!」
その握りしめられた拳の一撃を後退して躱そうとする玲だったが、間に合わず咄嗟にそこに蔵乃祐が割り込みその攻撃を受け止めるが。
「グハッ!?」
実は渾身の力が籠められていたその凶悪な悪魔化した拳の一撃が蔵乃祐の鳩尾を直撃し、思わずゴボリ、と喀血して、思わずその場に膝をつくのを見て。
玲が咄嗟に蔵乃祐の背中を掴み、素早く後退。
が……その時には、彼女はこれ以上の追撃はせず、その場から素早く身を引く様にバックステップで距離を取り。
周囲を油断なく警戒する様に見回していた。
その様子を見て、リダンが眠たげな緑色の瞳を思わず眇めた。
(「あれ……もしかして、この人、誰かに目撃されるのを恐れている?」)
目撃されれば援軍を呼ばれうる可能性が在る故か。
それとも……今、恐らくデモノイドロードたる自分が、サクラミラージュに居ることを他者に知られたくない、と言う思惑があるのか。
具体的な事情は全く分からないが……此方も玲が一太刀を浴びせた一方、蔵乃祐が決して浅くは無い傷を負っていると言う均衡状態に思案を巡らせ。
(「ならば此処は……アタシの磐外戦術の出番って訳ね」)
リダンの真の武器、それは……。
――支店での売上金と。
――現地の人々や組織との各種コネと。
そして……。
そこまで思案を巡らせたところで、リダンがビシッ、と強気に胸を張り、その指を彼女に向けて突きつけて叫んだ。
「お嬢さん、アナタの望みも狙いも知れないけれど……アナタがアタシ『達』目撃者を消したがっているのは分かるわ!」
同時に懐から最後の武器、通信……の主役たるスマホを取り出し、印籠の如く突きつけて続ける。
「たった今、帝都桜學府を初めとしたこの世界の有名どころに通話を繋いだわ。これで、これ以上アタシ達とやるならば、この場所の目撃者がもっと増えて、アナタの目撃談が世界中に広がることになるわよ!」
実際、リダンのそのスマホ……万魔電のウリは、全ての世界から動画投稿できる機能と絶対に壊れない事だ。
もしそれが相手にも分かるのであれば、今の自分の言葉にも一定の理解をして貰えるだろう。
――とは言え、目撃者を消そうとしているというのは、推測に基づいたハッタリに過ぎないので、確信がある訳ではないのだが。
そんなリダンの胸中とハッタリの意味を正確に理解して。
鳩尾を抑えて膝をつく蔵乃祐を守る様に油断なくBlue Birdを目前の敵に突きつけながら、玲が仰々しく叫ぶ。
「おお、あれはGOATia社製特別スマホ、『万電魔』! あれは全ての世界から動画投稿が出来る上に絶対に壊れない素晴らしい製品じゃないか! 成程、君との戦いを此で動画投稿してアップすれば君の存在は全世界に知らしめられることになるね!」
そんな玲の便乗挑発を聞いて。
目前の娘が微かにその表情を強ばらせる様子を見て、リダンがさあ、と不敵に笑う。
内心で冷汗を思いっきり掻きながら。
「どうかしら? 通話は繋いであるから此処でアタシ達を倒しても、目撃者はゼロに出来ないし、これ以上何かあれば、直ぐに帝都桜學府から優れたユーベルコヲド使いが援軍に駆けつけてアナタを|救済《・・》するわ。そんなつまらない理由で此処で終わる位なら、アナタもこれ以上下手に消耗するより前に、退いた方が良いんじゃ無いかしら?」
そう相手に催眠性のある香水……サクミラフレグランスの艶やかな匂いを発しながらのリダンの畳みかける様なハッタリに。
『……』
彼女はそっと退魔刀を納刀しつつも、玲達に追撃させる隙を与える事も無く、静かにその場を撤退した。
――最後までその憎悪を、蔵乃祐達へと叩き付けながら。
●
「……取り敢えず、無事に退いてくれたみたいね」
やれやれ、と安堵した様にその場にへなへなと座り込みながらリダンが安堵の息を漏らす。
玲は少し暴れ足りなそうな表情を浮かべていたが……。
「まっ……決着のお楽しみは次回に取っておいた方が良いよね」
そう軽く肩を竦めてそれを受容しつつ、Blue Birdと《RE》Incarnationの二刀を納める。
その様子を見ながら、最も重傷を負い、危うく戦闘不能に追い込まれ掛けた蔵乃祐はまさかね、と小さく呟いた。
「……僕自身に|DSKノーズ《業》を負う程の悪行を為した覚えは無いけれど、それで彼女が僕を探知し、憎悪して襲ってきたのだとしたら……」
|罪深き刃《ユーベルコード》とは……。
「|そういうこと《・・・・・・》、なのか……?」
――で、あるのだとしたら、その意味は……。
「この世界に居る|ユーベルコヲド使い《・・・・・・・・》全員が、憎悪の対象の可能性すらあるって事……?」
微かに自らの背筋に走った戦慄に寒気の様なものを覚えながら。
そう呟く蔵乃祐のそれに、応えを返すことが出来る者は、誰もいなかった。
成功
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