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虹色レイン・ドロップ~紫陽花と星空のイロ~

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マシュマローネ・アラモード



ティタ・ノシュタリア




 ――雨の日は好きです。
 ――緑に水の生気を与え、土をやわらかな潤いで満たしていく。
 ――モワ、私の大好きな人にそれを知ってもらえたのが、とても嬉しかったです。

●雨の国
 その地に降り立つと同時、頬を打つ温かな雫を感じた。
 夏とも冬とも言えぬ心地良い水の温度。つうっと頬を伝い落ちゆくその雫を掌で受け止めれば、光を浴びてキラキラと輝く。
 その煌めきにほうっとマシュマローネ・アラモード(第一皇女『兎の皇女』・f38748)が溜息を零せば、ティタ・ノシュタリア(夢を見る|宇宙《そら》・f38779)は瞳を見開く。
「ひゃー……いつも雨の国、とは聞いてましたけど……ほんとですねっ」
 しとしとと降る雨は自然溢れる愛らしい世界へと等しく落ちる。けれど不思議な光景なのは、その雫が色付いており、世界中を染め上げていること。
 桜色の雫が落ちる木々は、まるで桜の木のように。紺碧色の落ちる泉は深い深い夜のような紺色の泉に。ミントとチョコレートの二色が降れば、花々は愛らしいチョコミント。
 思わずティタは手を伸ばし、その雫を掌で受け止める。淡いピンクの雫はぴちょん、と彼女の柔い掌に落ちると不思議なことに水へと変わり、そのままぽたりと零れ落ちる。
 そんな不思議な光景を実際に体験し、驚いたように大きな緑の瞳をぱちぱちと瞬いた。
「本当に珍しい景色ですわね!」
 彼女の様子にどこか嬉しそうに微笑み、マシュマローネは声を上げるとそのままぽんっと透明な傘を差した。彼女に倣いティタも傘で雨を避け、上を見上げれば透明ゆえに色が落ち、流れていく様がよく分かる。
「ふふふ。ほらっ、マシュマローネっ。すっごくカラフルですっ!」
 ころころと嬉しそうに笑うティタ。――けれど、その心の奥に一瞬だけもやが掛かる。
(「――雨の日が苦手でした」)
(「まるで空に蓋をして、お星さまを隠してしまうようだったから」)
(「……去年の、今頃までは」)
 長い睫毛で瞳に影を作るティタ。
 けれど一つ、瞬き。顔を上げればそこには笑顔を向けてくれるマシュマローネの姿。
 ぽつり、ぽつり。
 雨が傘へと落ちれば響き渡る音色が心地良い。ぽたりと雫が落ちれば足元の水溜まりへと落ち、微かながら音を奏でる。その音色をマシュマロ―ネは心地良いと思うが――。
「ティタ、一緒にインク探しに参りましょう!」
 行こう、と満面の笑みで告げるマシュマローネ。その眩しさは、雨の世界でも強く強く輝く一等星のようで――。
「ではではっ! 行きましょうかっ!」
 自然と口許に笑みを零しながら頷いたティタの心には、もうもやは消えていた。

 雨からインクを作ることが出来る不思議な国。その為の準備として、小瓶の生る木から小瓶を手にしなければいけない――そんな不思議なことがあるのかと、小首を傾げながら少女達は辺りをきょろきょろと見回す。
 すると空から雨雲の隙間から零れる陽射しを浴び、キラリと輝く何かが。
「あ、あの木になっているのが小瓶でしょうか?」
 その光につい吸い寄せられれば、マシュマローネの青い瞳が捉えたのは煌めく光を宿す木々。本当にあったと、二人は自然と顔を見合わせ――同じことを想っているのだと、くすくすと笑い合うとその木へと近付く。
 そこには確かに木の実のように硝子の小瓶が成っている。透き通るもの、擦り硝子のもの、色合いも形も様々で。この中から自分だけの小瓶を見つけるのだ。
「ふふふ、どれにしましょうっ……! マシュマローネ、気になるのありましたか?」
 見上げながらも瞳をあちらこちらへ動かしながら、心から楽しそうに紡ぐティタ。彼女の問い掛けにマシュマローネは迷っていると素直に零し、ティタはどうかと問い返した。
「んー……あっ、あれかわいいっ!」
 彼女の問いに改めて探せば、彼女の心が惹かれたのは蝶があしらわれた美しい小瓶。少し上のほうにあるから、えいっと背伸びをし手を伸ばしてみるけれど――平均程の背丈の彼女では、まだ大分距離がある。
「……あのぅ、マシュマローネっ」
 一瞬の思考の後、隣の彼女へちらりと視線を向ける。彼女の行動とその視線に、マシュマローネは直ぐに意図を察すると。
「えぇ、おまかせを! さぁ、お手をとって」
 差し出される手に柔い手を重ねれば、ふわりと身体が浮き上がる。身体が軽いような不思議な感覚の中、あっという間にお目当ての小瓶が目の前に見え、割れないようにとそうっと手に取れば――その小瓶は意志を持つかのように、ティタの掌へと落ちてきた。
「えへへっ、ありがとうございますっ」
 お気に入りを手に入れる事が出来た。それだけでなく、こうして身を任せれば、安心出来る浮遊感に包まれることが嬉しくて。つい自然と零れてしまう柔らかな笑み。
「モワ、どういたしまして! ふふふ、私も素敵な小瓶が見つかりましたわ!」
 彼女の嬉しそうな笑みにマシュマローネも釣られるように笑みを零して。温かなその笑みと共に彼女が途中心惹かれ手にしたのは――寛ぐ猫が飾られた可愛らしい小瓶だった。

●傘をさして、思い出の花と
「モワ、インク集め、私も気になる場所がございます」
 透き通る傘をくるりと回しながら、マシュマローネはころころと転がるような音色で言葉を紡ぐ。雨音の中、心地良いその音に耳を傾けながらティタは小首を傾げた。
「む、気になるところ? ……紫陽花ですかっ?」
 暫し考え、彼女の考えを読み取ればマシュマローネは頬を桜色に染め、嬉しそうに瞳を輝かせ大きく頷きを返す。
「紫陽花の花、しとしと雨が降る季節に寄り添うように咲く花の思い出は、ティタと一緒の思い出ですから!」
「えへへっ、そうですねっ。とっても大切な、思い出のお花ですっ」
 煌めく瞳で、弾む声で紡がれるその言葉が嬉しくて、くすぐったくて。ティタも柔い頬を仄かに染めると、自然と零れる笑みと共に頷きを返す。
 此処は不思議な国。
 見たことも無い植物も多いようだけれど、きっとある筈。
 ――だって、紫陽花は雨の中でこそ映える花なのだから。
 何処にあるだろうと、傘を打つ雨音に耳を傾けながら彼女達は歩んで行く。
 同じ植物なのに、降りしきる雨色により変わる色合いで同じには見えない。ぴちょん、と葉から零れる雫を傘が受け止める音色が響いたその時、傍らに咲く花弁に自然と二人は「あ、」と言葉を零し顔を見合わせた。
 ――見つけた。
 顔を寄せ、嬉しそうな笑みが零れ合う。
 其処には、想像よりも立派な紫陽花畑が広がっていた。
 遠く、遠く――どこまでも続いているかのような紫陽花の海。小さなガクを抱く花毬達はどれも瑞々しく咲き誇る。そして、それらは雨粒に煌めくがその色合いは変化する。
 見慣れた青や紫、ほんのり緑を帯びた白にピンク。其れだけでなくオレンジや真っ赤な花弁は視線が惹きつけられる程鮮やかで、端を見れば見たことも無い漆黒も。
 七変化、と語られる紫陽花の花。
 けれど此処に咲く紫陽花は、七よりも多くの色へと変化する、不思議な景色。
 それらが寄り添うように咲き誇り、雨粒を受けキラキラと煌めく彩りにマシュマローネはつい、ゆっくりと吐息を零してしまう。
「わあっ、すごい……きれい……それになんだかふしぎな感じがします……」
 口許に手を当て、見惚れるように瞳を輝かせるティタ。その唇から零れる深い深い吐息も、またマシュマローネと同じで此の景色に感動していることが分かる。
 見たことも無い、紫陽花の花景色。
 それらがどこでも広がる此の世界に共に訪れたことが嬉しくて、二人はまた瞳を交わすと嬉しそうに微笑んだ。その後片手に握りしめていた小瓶を握り直すと、二人は雨粒を採取する為に紫陽花へと近付いた。
 つうっと花弁を、葉を伝う色雫。
 それらをゆっくり、ゆっくりと小瓶へと落としていく。雨に負けそうな程仄かな水音はどこか特別な音色で、数多の大切な花の色を掌へと。
 軽く揺すれば小瓶の中の雨色が揺れ動く。数多の色を落とした筈なのに、それは決して混ざり合わずに揺らす度に見え方が変わるグラデーション。
 ちゃぷりと音が鳴る程に、まだ余白を残しているのは――もっと色んな色を集めてみたいと二人とも思っているから。
「モワ、紫陽花をこうして観るのも、一年振りですわね、ティタ」
 ちゃぷりと響く小瓶の音色に耳を傾けながら、どこか懐かしそうに瞳を細めマシュマローネが紡げば、顔を上げたティタもまた懐かしそうに瞳を閉じる。
 紫陽花をみながら色んな話をして、いっぱい気付かせてくれて、聞いてくれて――。
「宝物みたいな出来事。あのときのこと、今でも鮮明に思い出せますっ」
 幸せそうに微笑みながら、大きな瞳を細め告げる彼女のその声色は、雨模様とは対照的に晴れやかで。そんな彼女の姿に、マシュマローネの心も嬉しさが満ちる。
「雨の日も好きになってくださったのがとても嬉しくて、私の中にある想いを共に出来たようで、私にとっても大切な思い出なのですわ」
 ――あの時があったから、今の二人は此処に居る。

●空の切れ間、虹の円弧
 小瓶を揺らし、次の色を探す為不思議の国を彷徨っていれば――突如光が射してきた。
 眩しそうに瞳を細め、無意識に雨の降り続ける空を見上げれば――。
「モワ! ティタ、虹が見えますわ!」
 そこには雨の中に掛かる鮮やかな虹が見えた。
 不思議な程にくっきりと、大きく大きく見えるのは此処が不思議の国だからだろうか。キラキラと輝くかのようなその虹からは瞳が逸らせずに、ティタはほうっと溜息を零す。
 そのまま彼女は無意識に手を握り――そこの感触を確かめるように、視線を落とす。そこには、数多の紫陽花色を閉じ込めた蝶の舞う小瓶。
 そのまま小さく笑みを零すと、ティタは顔を上げ真っ直ぐにマシュマローネを見て。
「マシュマローネっ。集めに行ってみませんか?」
 ――虹色の国にかかる、虹のしずくをっ!
 真っ直ぐな眼差しと言葉を受けて、マシュマローネは瞳を瞬く。虹の雫をインクに――そのアイディアに想いを馳せれば、胸がとくんと大きく鳴った。
 陽のあかりに照らされて色付いた雫がどんな色になるのか……移ろいやすい紫陽花の雫と、水と光が描き出す七色の虹の雫。
「モワ、どんな雫になるでしょう! きっと素敵なことになりそうですわ!」
 ティタの姿を映す彼女の大きな青い瞳は、キラキラと輝いている。そのまま二人は頷き合い、手を取ると虹に向かい空へと舞い上がる。地に足が着いている時では味わえない浮遊感。こういった空の旅は、そう。空の世界以来だと二人してあの時を想う。
「あのときはびゅーんって風を切って、今回はこうしてふわふわーって。……ふふふ、うれしいなぁ」
 同じ空の旅でも違う感覚に、ティタはほわりと笑みを零す。
 けれども、この笑顔の意味はそれだけでは無い。
(「虹に手が届きそうなのがうれしい」)
(「また大切な思い出ができるのががうれしい」)
(「それと、さっきも思ったこと。あなたの戦うための力が、こんなにあったかくて安心できるのがうれしいのです」)
 満ちる想いは心をじわりと温かくする。その温もりが心地良くて、自然と笑みが零れてしまうのだろう。そして――そのティタの笑みを見て、マシュマローネも笑みが零れる。
(「側にいる貴女が、優しい表情をして、嬉しさや楽しさに満ちた時、その在り方次第で、この力は願い星のように輝くもの……」)
 そう思っております――唇からは息だけで音は零さずに。自身の心を零せば、いつの間にか視界は鮮やかな色に染まっていた。
「マシュマローネっ、マシュマローネっ! 来れちゃいましたねっ!」
「……モワ! 今回は不思議の国の虹ですもの、ただの光の現象ではないかもしれませんわ」
 その眩さに興奮気味に言葉を零すティタ。彼女と同じく、マシュマローネも頬を染めじいっと目の前の七色を見つめる。
 とくん、とくん。
 逸る鼓動は恐らく一緒。こうして目の前に七色が広がるのは、不思議な国ならではの不思議な事象。だって、本物の虹ではこんなにもくっきり見ることは出来ない筈。
 空に近付いても雨粒が落ちるのは変わらずに、傘では庇い切れない髪や衣服を濡らしていく。その重さが、これが不思議な事でも、現実に起きている事なのだと教えてくれる。
「きれい……ど、どうしましょう……! 触ったりしてもいいんでしょうか……?」
 胸元で手を握り、どこかそわそわと落ち着かない様子でティタが紡ぐ。此の世界に危険は無いと聞いているけれど、不思議な世界だからきっと触れられるだろうけれど。何が起きるか分からない事には違いなく。どうしようかと、握った手を虹へと伸ばし、また引っ込めてを繰り返すティタ。そんな彼女の様子にマシュマローネは小さく笑むと。
「ティタ、虹に触れてみますか?」
 そっと繋いだ手を軽く握り締めながら、そう紡いだ。
 え? と虹から視線をマシュマローネへ移すティタ。ぱちぱちと瞬かれるその瞳へと、安心させるように「ご安心を、私が側におりますので!」と続ける。
 その言葉に、ティタは息を呑んだ。行ったり来ていた手が止まる。とくん、と跳ねる心の音は、じわりじわりと彼女の言葉が勇気となり沁み込むかのようで。
「……はいっ、そうですよねっ。マシュマローネがいっしょなら大丈夫ですっ」
 こくり、大きく頷きを返すと二人は頷き合った。
 そうっと、そうっと。
 相変わらず何が起きるかは分からないから、慎重に。二人は一緒に、右手と左手を伸ばし七色の虹へと近付けると――触れると同時、ぱしゃんっと弾ける感覚と音が響く。
 手を動かす度に弾けるそれは何なのだろう。同時に辺りがキラキラと輝けば、降りしきる雨粒と射し込む光が合わさり世界は幻想的に染まっていく。
「わあっ……すごい、すごいっ……! こんなのはじめてですっ!」
 思わず感嘆の声を零しつつ、ティタは興奮を露わにした。
 こうして指先に伝わる初めての虹の感覚も、弾けるその音も、キラキラと輝く世界も。全てが夢のように美しく、本物だと云う事に驚きが隠せない。
 そしてそれは、マシュマローネも同じだ。他の世界の虹はこのように触れる事など出来ないだろう。けれども、その夢を叶えてくれるのが御伽の国。七色の弾ける輝きは世界を照らし、マシュマローネを照らし、ティタを照らしていく。
 その眩さがあまりにも強く、そうっと瞳を逸らした時――。
「モワ! 虹の雫が!」
 思わず声を上げた通り、マシュマローネの視線の先、虹の端から、ぽたぽたと雫が零れていた。一雫毎に色が変わるようで、どうやら七色零れている様子。慌てて猫の小瓶の蓋を開けると、ぽとり、ぽとりと虹の色を落としていく。
「あっ、私もっ!」
 マシュマローネの声で気付いたティタは、彼女の行動を見て小瓶の存在を思い出す。蝶の踊る小瓶を、マシュマローネと同じように虹の色で満たしていく。
 ゆっくり、ゆっくりと。
 焦らずに一滴一滴大切に、小瓶へと集める二人。段々と空いていた部分が満ちてきたところで、きゅっと蓋をしっかり締めれば。
「これで……小瓶がいっぱいになりましたわね!」
「はいっ! これでばっちりですねっ! どんなインクになるんでしょうっ。楽しみですっ!」
 ちゃぷんと小瓶を揺すり、二人は視線を交わし笑い合った。
 小瓶に閉じ込めたのは、紫陽花と虹の色。
 此処からどのような魔法で、自分だけの色が生まれるのかと――更なる不思議なことに、二人の心はとくんと跳ねた。

●雫に色を満たして
 小瓶を満たし終え、虹の景色を満喫し――再び二人は、雨降る地上へと舞い降りた。
 ちゃぷりと鳴る満ちた小瓶はこの国の思い出のカタチ。そして、この色を更に素敵にしてくれる人が、この国の入り口にいると言うから。二人は色の道が描かれた透き通る傘を片手に、不思議の国を歩き出す。
 先程のお日様はすっかり隠れてしまっていて。またしとしとと降る色の雨が満ちる。染まる色は相変わらず様々で、この国全体が絵具を塗るキャンバスのように想える。
 どんな色が出来上がるのか――浮き浮きする心地を表すように、二人の足取りはどこか軽い。ぱしゃりと大きな黄色の水溜まりを踏みしめたと同時、小さな小屋から現れる黒い影を見つけ二人は同時に「あ」と声を零した。
『おやおや、御機嫌よう』
 黒のヒトはこちらに気付くと、恭しく礼をする。翼を抱くそのヒトこそ、彼女達の探していた鳥男。雨を集めた小瓶を掲げてみせれば、彼は直ぐに理解し受け取ってくれる。
 きゅっと握れば七色の光が瞬き――小瓶の中がキラキラと輝く色で満ちる。
「さてさて、試し書きですねっ」
「いったいどういう色ができるでしょう?」
 礼を述べた後ピンクの詰まった猫の小瓶と、キラキラ輝く青の詰まった蝶の小瓶を片手に二人がそう紡げば、辺りをふよふよと漂っていた愉快な仲間達が集まってくる。ノートの彼はパタパタと頁を捲り、羽ペンの子はくるくると宙を泳いでいる。
 それは『自分を使って!』と二人にアピールしているようで、くすくすと小さく笑い声を零しつつ、二人の少女は好意に甘えて愉快な仲間達を手に取った。
「モワ? 小瓶が? どちらに置いたでしょう?」
 さて、何を書こうかと考えた時――先程までマシュマローネが持っていた小瓶が無い事に気付く。きょろきょろと辺りを見回せば、何時の間にやら手元の紙には猫の足跡が。
「わ、わ……これって猫さんの……?」
 彼女の声に不思議に思い、ティタも覗き込む。ぺたぺたと、一定のリズムで刻まれていくピンク色の足跡。その後を二人で追っていけば――マシュマローネが大切に此処まで連れてきた、のんびりと眠るように猫の小瓶があった。
「ふふふ! ちゃんとしまっておかないと逃げてしまうかもしれませんわね!」
「ふふふ、そうですねっ。これはちゃんとしまっておかなくっちゃですっ!」
 猫の小瓶を光にかざせば、ちゃぷりと水音が響く。揺れたそのインクは足跡を描いたのと同じピンク色をしているけれど、揺らすとその奥に数多の色が覗くような気がする。描けば描くだけ、色合いに変化が起きるのかもしれない。
「ティタは?」
 インク瓶から視線を逸らし、ティタを振り返れば彼女もペンを握り紙と向き合ったところだった。深い青のインクへとペン先を浸け、そうっと紙へと走らせてみれば――真白の世界に、星が瞬くかのような煌めくインクが広がっていく。
「まあ……!」
 その煌めきに瞳を輝かせ、感嘆の声を上げるマシュマローネ。その声に小さく微笑んだ後、ティタはふと閃き小瓶を傾け指先にインクを取ると――。
「ふふふ、思った通りっ! さすが魔法のインク、ですねっ!」
 すうっと宙に指で描くと、そこに広がるのは星空。ティタとマシュマローネを中心にして、キラキラと煌めく満点の星空空間が広がっていく。
 降る雨は変わらない。
 けれども、満点の星々はあまりにも美しく――きっとこれは、ティタの『好き』を体現しているのだろう。そう想えばこの美しさも納得で、マシュマローネは見惚れてしまう。
(「……本当にピッタリのインクを作れたことに、魔法のインクの凄さを改めて、大事にしたいと思う一品になりましたわね」)
 瞳を細めながらも、生まれた小さな星空に釘付けになるマシュマローネ。
 そんな彼女の傍らで、ティタは小瓶を大切そうに仕舞った。

●雨の日
 ぽつり、ぽつり――。
 心地良い雨音が、傘を伝っては大地に落ちていく。
 世界を色に染め上げ、恵みを落として――此の世界ではずっとずっと、こうなのだ。
 ティタが空を見上げれば、マシュマローネも倣い空を見る。大好きな此の景色に自然と笑みが零れるが――傍らのティタがずっと差していた傘を畳んだことに驚きを隠せず。
「ティタ!?」
 つい、声が漏れていた。
 慌てたように口許を自身の手で隠すマシュマローネ。けれどティタはマシュマローネへと向きを変えると、濡れた手をかき上げながらふわりと微笑んだ。
「……うん、今はなんとなくこうしたくなったのです」
 ぽつり、ぽつり――髪を、頬を、雨が濡らしていく。
(「こんなこと、今まで一度だってしたことなかったけれど」)
 ぽつり、ぽつりと降りしきり世界を覆い隠す雨。それを嫌だと思わなくなったのは、傍らの彼女が教えてくれたから。
 段々と湿り気を帯びてくるティタの姿を見て、マシュマローネの心が締め付けられる。濡れた髪をかき上げて、肌を惜しげもなく濡らすその姿に。心配よりも先に、どこかどうしようも愛おしく、美しく、神秘的な存在のように想えて――。
(「雨の日は好きです――」)
(「私の大好きな人に、その美しさを知ってもらえたから」)
(「そして――」)
(「雨によって彩られ、描き出された大好きな人の姿は……とても……」)
 きゅっと唇を結んだ後、マシュマローネは自身の手を差し出すと。
「……モワ、ティタ、お手を」
 濡れ続ける彼女へと、そう紡いだ。
 振り返りこちらを見る濡れた彼女は、尚も神秘的で吸い込まれるよう。声を唇から零すのも難しいけれど、振り絞るようにマシュマローネは言葉を落としていく。
「一緒の傘に入りましょう、こうすれば、手を繋いでも一つの傘でおさまりますもの」
「ふふっ、もうびっしょりですけどっ。でも――はいっ。それがいいですっ」
 ――そうしたいって思う。
 彼女の差し出してくれた手を取って、透明な傘の下に二人で。自然と距離が近くなれば、傘により外と遮断された為か互いの息遣いすら聞こえるよう。
 ティタの頬を、雫が滴る。
 それでも二人は離れずに、寄り添うように傘下で立つ。
(「濡れることは厭いませんわ、大切な人が温かな気持ちでいられるなら、雨の日も素敵なものに変わるのですから」)
 重ねた掌から伝わる熱が、何時もより心地良いと思うのは、雨により体温が冷えたからだろうか。それとも――きゅっと手を握り返すと、ティタは愛おしさにほわりと笑む。

 ――雨の日が苦手でした。
 ――まるで空に蓋をして、お星さまを隠してしまうようだったから。
 ――……でも、雨の美しさを教えてくれたひとがいるのです。
 ――それと、もうひとつ。
 ――たとえ空にお星さまが見えなくても。大好きなひとが、いちばんきらめくお星さまがいっしょにいてくれるのですから。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年07月23日


挿絵イラスト