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夏夜に舞い散る、白雪の花びら

#カクリヨファンタズム #戦後

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#カクリヨファンタズム
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#戦後


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● カクリヨファンタズムの夏の夜

 此処は儚くも優しき世界。
 もはや名残でしかないとしても。
 自らの全てを、思い出せないとしても。
 それでいいのだと、穏やかな光と夜が包み込む。
 幽世の幻想はあらゆるものを抱きしめるのだから。
 例え、その想いが破壊の滅びを真似ていたとしても。

 忘れられない。
 消し去れない。
 その願いが、情念が、たとえ全てを滅ぼすものだとしても――私は貴方のことが、世界より大切なのだから。
 愛と希望、そして祈りは永遠にして不滅なるもの。
 私は暖かいといってくれた、貴方を忘れない。
 機織った襟巻きの布を抱きしめ、暖かいねと笑ってくれたあなたのことを。
 ああ、でもどうしてだろう。
 受け取ってくれた貴方の好きだった色を思い出せないの。
 笑ってくれた貴方の、その名前さえ思い出せないの。
 これが骸の海に流れ着いた、過去の残滓ということなのだろうか。
 それでも愛していますと私は、ことん、ことんと糸を紡いで布を織る。
 貴方が暖かいねと笑ってくれる、その貌だけを思い描きながら。
 だからこそ。
 世界は彼がこの布を受け取って、暖かいと笑えるように、冷たくなければ。
 いと冷たく、いと白く。
 全てを忘れ去る私のように、世界は雪に包まれて真っ白であって欲しい。
――その白さの中でなら、私は貴方を思い出せる筈だから。
 

 そうして季節外れの雪は降り注ぐ。
 滅びの予兆として、ひらりひらりと無数の幽世蝶が舞い踊る。
 あなたの為と、糸を紡ぐ女の想いに引き寄せられながら。


●グリモアベース


 狂い咲く桜のように、夏に雪が降っている。
 いいや、それは雪で紡がれた花びらだった。
 誰の思いが引き寄せたのか、白雪の花びらが真夏の夜にと降り注ぎ、しんっと世界を冷たく、白くと染め上げる。
「想いにて揺れ、優しい幻を見せ、愛で滅びる。そんなカクリヨファンタズムの姿のひとつですね」
 そう囁くのは静峰・鈴(夜帳の玲瓏・f31251)だ。
 夜の帳めいた艶やかな黒髪と、濡れたような黒い眸をゆるりと揺らし、先を紡ぐ。
「けれど、同時に滅びの予兆である幽世蝶の群れも観測されてしまいました。このままでは、この危うい程に優しい世界は、滅びてしまいます」
 想いによって、あらゆるが呼び起こされるカクリヨファンタズム。
 奇跡のような、夢のような。時には死者とも言葉を交わせる。
 そんな現象がとてもよく起きる世界だとしても。
 世界のほころびを感じて現れる幽世蝶は見過ごせない。そのままにすれば、確実な崩壊を招いてしまう印なのだ。
「幸い、幽世蝶が元凶たる存在には導いてくださるでしょう」
 よって、夏とは思えない静けさと、冷たさに満ちる世界を歩いていけばいい。
 時刻は夜。
 深い夜の黒さと、美しい白雪の織り成す綾模様の中を巡ればいい。
 元凶たる存在も恐ろしさはなく、あるのはただ消し去ることの出来ない情念だけ。世界に滅びを招くほどの、情念を募らせるものがいるだけ。
 このカクリヨファンタズムの世界でなければ、いっそ無害であったかもしれない。
 だが、この幻想の世界でなければ、その存在はただ掻き消えてしまう、ひとひとらの雪でしかないのかもしれない。
「ならせめてと、この雪の花びら舞う夜に、幸せを浮かばせませんか?」
 鈴が提案するのは、この夏に確かな思い出を残そうということ。
 きっとカクリヨで雪の花を降らせ、滅びを招くものも、ただそうしたい訳ではないのだ。
 忘れられない思い出が、感情が、祈りがあるだけ。
 なら、それを見て、感じて、今を生きるひととして、雪降る夏の夜道を歩けるならば。
 それが思い出となるのならば。
「きっと、元凶の想いも、悲しみも、何も意味がなかった……なんて事にはならないでしょうから」
 しずしずと口ずさむ鈴が微笑む。
「きっと美しい夢のようで、幻想的な姿ですよ。夏の夜に降る、雪の花びらたちは」
 だから少しだけ。
 少しだけ、危ういほどに優しく、繊細な幻想の世界に触れよう。
 現実では叶わないものだけれど。
 他の世界では結ばれないものだけれど。
「優しすぎる世界で、大切な思い出をどうぞ」
 鈴はくすりと微笑み、猟兵たちを見送った。


● そうして雪と、花と、蝶は揺れる

 
 はらりと。
 黒い夜の裡に、優しい雪の花びらが重なる。
 さながら夜に浮かぶ白櫻が舞い散る姿。
 尽きることのない真白き花びらたちは、ただ音もなく夜空から降り注ぎ、黒と白の綾を描いていく。
 それはさながら一枚の布のようで。
 誰かに手渡す為、とても大切なな思いを込めて織った布地のよう。
 ああ、白く染めなければと。
 冷たい中でこそ暖かい、あの心。
 寒いねといって、寒いねと微笑んでくれるあの優しい幸せを。そんなひとを暖めたいう、かつての願いを抱いていく。
 もう一度、もう一度と、糸を紡いで祈っていく。
 けれど女は思い出すだろうか。
 ひとつの色彩だけでは悲しいということを。
 誰かと共にあってこそ、寒い中でも暖かいということを。
 世界の滅びなんて、男も、女も、望む筈がないということを。
 


遙月
 何時もお世話になっております。
 MSの遙月と申します。
 この度は夏休みシナリオが出ないかもと思いまして、個人企画での夏休みシナリオに近しいもの……第一章は遊びも出来るものをと出させて頂きますね。
雪こそ降り積もっていますが、水着姿でもひんやりとするぐらいですので、何ら問題は御座いません。
 雪合戦ぐらいなら完全に無視しても大丈夫ですので。

 二章編成のシナリオですが、日常パートの第一章だけでも大丈夫です。
 参加して頂ける方がいれば、戦闘パートとなる二章目も頑張りますが、最悪はサポート様で完結させて頂こうかと。
 
 

 舞台は夏のカクリヨファンズム。
 時刻は夜。
 とても不思議な世界では、元凶である存在の思いに寄せられ、雪で紡がれた花びらが降り注ぎ、周囲に積もっています。
 とても美しい、黒と白の織り成す雪夜の情景。
 その中で幽世蝶に導かれて歩く道程を、どうぞご堪能ください。
 談話されてもいいですし。
 降り注ぐ雪の花びらに思い出を浮かべるのもよいでしょうか。
 或いは、これからのことを話してもいいかもしれませんし、互いの事ばかりを口にしてもいいかもしれません。
 全ては自由。
 遊んでしまっても構いません。
 滅びさえも抱きしめる優しい幻想の世界なのですから、キャラクター様の思いでも何かが引き起こされるかもしれません。
 綺麗で幻想的な、雪の花びら降る夏の夜の散策をお楽しみください。
(死したひとと巡り逢える、まぼろしの橋は今回、ご利用出来ません。どうかご容赦頂けると幸いです。そちらは夏休みノベルをご利用ください)


 それでは、ご縁がありましたらどうぞ宜しくお願い致します。 

●プレイング受付について
 七月二十日(土)08:31からの受付で、無理のない範囲でとさせて頂きます。
 一応、夏休みノベルの企画は、この雪の花びらの降るカクリヨ以外でも幾つか出そうと思いますので、スケジュールが合わなかった方もそちらを見て頂けると幸いです。
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第1章 日常 『季節外れの雪の花びら』

POW   :    寒さに逆らって進む

SPD   :    降り積もる雪から推測する

WIZ   :    ぬくもりを用意して進んでみる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

八坂・詩織
今年新調した水着もあるのですが…今回は去年の、黒いビキニに銀糸で星座柄が描かれたパレオ姿で。こちらの方が雪夜を歩くにはふさわしい気がして。

雪女の私には心地良いですね…世界が滅びるのは困りますが。
…でも、消し去ることの出来ない情念というのは分からなくもない、かな…

…私の、あの人への想いも。いつからなのか分からなくなるくらい前から積もり続けてるもの。この雪みたいに…
長年積もり積もったこの想いを、それでもまだ私は伝える気にはなれない。
想いを伝えて、今の心地よい関係を失うくらいなら今のままがいい。叶わなくてもいいの、ただ傍で見つめていられれば…

…私と元凶たる存在は、どこか似ているのかもしれませんね。



 夜空から降り注ぐ雪は、何を囁くのだろう。
 しずしずと。
 はらはらと。
 あらゆる音を奪うような静けさで、夜闇に舞い降りる真白き色。
 黒と白が綾なす姿に八坂・詩織(銀誓館学園中学理科教師・f37720)は吐息を零す。
 そんな美しき雪夜の裡に歩む詩織の水着姿は、黒いビキニに銀糸で星座が描かれたパレオを纏ったもの。
 星屑を纏う夜の情景を纏うような詩織もまた、目を奪うほどに麗しい。
 今年に新調したものよりも去年のこの水着の方が、この雪の夜を歩くのに相応しいと詩織が見立てたのは、きっと間違いではない。
 本当の星空も月も見上げることは出来ないけれど。
 雪雲に隠されて、真実の夏夜の姿を詩織の眸に映すことは出来ないけれど。
 ああ、こんな夢の姿もよい筈だと、雪に音を吸われる夜の静寂を感じて詩織は瞼を落とす。
 かつてあの世界に、あの青春にと降り注いだ銀の雨のように、美しくも危うい綺麗さだけれど。
 破滅を招くものだけれどと、何処か懐かしい思いを詩織は抱くのだ。
 肌に触れるひんやりとした空気も、雪女である詩織には心地よかった。
 透けるような白い肌を撫でる風にゆったりと身を任せれば、長いパレオも靡いて艶やかな黒と銀の色を瞬かせた。
けれど、ただ佇むことは出来はしない。
「世界が滅びるのは、困りますから」
 だから一歩、一歩と。
 降り積もり始めたばかり新雪に、詩織は足跡を刻んでいく。
 さくり、さくりと。
 星彩を纏った雪女が、道を進みながら想いを口ずさむ。
「想いが引き寄せる、|滅び《はかなき》夢」
 口ずさめば、導くようにと幽世蝶がひらひらと舞っている。
 このカクリヨファンダムを包む終わらない願いを、世界を滅ぼす祈りを、どうか救って欲しいというのに。
 けれど。
「……でも」
 今は雪が全ての音を、言葉を攫ってくれるから。
 だからと詩織は、猟兵という世界を救うものとしてではない、ひとりの女としての言葉を囁いた。
 何も語ることのできない雪の代わりというよな、儚くて美しい声色で。
「消し去ることの出来ない情念というのは分からなくもない、かな……」
 忘れればいい。
 心の底から、記憶から、感情から。
 全てを消し去って、優しい忘却に包まれてしまえばいい。
 そんな風に、詩織は想うことが出来ないのだ。
「……私の、あの人への想いも」
 ほっそりとした指先を、舞い散る雪花へと伸ばして。
「いつからなのか分からなくなるくらい前から積もり続けてるもの。この雪みたいに……」
 時を遡り、過去から自らの胸に募り続ける想いに眸を揺らす。
 何時からだろう。
 どれほどにだろう。
 募り続ける想いは雪のようにひとつの色ではなくて、あまりにも複雑な色彩を重ねて描かれている。
 それは夜空の星灯りのように無数の色彩。
星座のように、見つめる角度を変えるだけで、色んな記憶と姿を取る点と点。
 どれも大切で、愛おしくい。
 長年に積もり積もったこの想い。
 溢れるほどにとある筈の心を、それでも詩織は伝える気にはにれない。
 想いを伝えて、今の心地よい関係を失うくらいなら今のままがいいのだ。
 たとえ臆病だと言われたとしても、その思いは変わらない。
 夜が終われば、あの儚い月と星の輝きは消えてしまう。
 どれほどに太陽のぬくもりを語れて、朝日の美しさを説かれたとしても、今に抱く想いを喪いたくはないのだ。
 優しくて繊細な夜空が好き。
 だから夜がずっと続けばいいと願うひとがいても可笑しくないように。
 詩織は今の穏やかな気持ちを、日常を、距離感を、絆を抱き続けたい。
「叶わなくてもいいの、ただ傍で見つめていられれば……」
 きゅっと胸の奥、鼓動が切なく疼く。
 それは本当の願いなのだろうか。
 ずっと想い続けることが、幸せなのだろうか。
 解らない。けれど、愛しいと想うこの切実なまでの慕情だけは真実。
 叶わなくてもいい。
 傍で見つめ続けながら、ずっと想い続けさせて欲しい。
 痛いと疼く心さえ、詩織には大切なのだから。
 決して曇ることも、色褪せることもない、美しい想いばかりを抱えて、生きていきたい。
 この吐息は、あなたの傍でこそ暖かさを感じる証拠だから。
 離れることだけは出来ないのだと、詩織は目の奥から熱さを感じた。
 ふ、と。
 うっすらと濡れた眸を揺らせば、幽世蝶が踊っている。
 どうしたのと。
 雪の白さに彩られた夜系の中、ひらひらと翅を瞬かせている。
――涙、なんて。
 きっと、意味はないもの。
 この叶わなくてもいい大切な願いを、ただ滲ませるものだからと。
 詩織は息を整え、幾度か瞬きをして、また夜の雪路を歩き始める。
 冷たさが嬉しかった。
 熱すぎる情念を冷やしてくれた。
 夏夜の幻想が、この瞬間だけは詩織を包んで慰めていた。
 ああ、と。
「……私と元凶たる存在は、どこか似ているのかもしれませんね」
 雪に囁く詩織。
 叶わぬ思いを、叶わずとも抱き続ける願いを。
 手放せない慕情を、詩織はそっと胸の底に仕舞う。
 降り続ける雪は一言も囁くことはない。
 誰かの声を待つかのように夜に舞い散り、地面へと積のるばかりだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルナ・フィネル
レスティア(f16853)と

街中で、同じ姿の人と出会った。男女の違いはあれどもあまりに鏡移しのようだったので誘われるままに相手のマンションへ赴き談話していたのだが、どうにも相手の同居人がものすごい勘違いをしたらしい。仲違いの現場を見た後、そのままなにやら依頼が発生して共に移動する。あの一撃は痛いだろうな…

とても、とても綺麗な場所。ここで、こんな場所で戦闘が始まるとはとても信じがたいが、これからの手順を分かり易く教えてくれる相手を見れば、本当のことなのだろう。初めての戦闘で足手まといにならないための最重要は防御。話せばオーラ防御なるものがあり、それは私にもできそうだ、ということでコツを見せてもらう。表れ出でた荘厳なる蒼銀のオーラ。美しくてため息が出る。自分はここまでできるだろうか?違いを見せたら、あの私をドッペルだと勘違いした人も納得するかしら――不謹慎ながらちょっと笑みがこぼれた。さぁ、何が起こるかわからないのだから、気を引き締めなければ。猟兵と呼ばれたからにはふさわしい戦いを。


レスティア・ヴァーユ
ルナ(f44133)と

親友と仲違いした。しかも笑うしかない酷い相手の勘違いで
共に住むマンションに女性を連れ込んだ――自分は初だが、これは互いに不可侵
だが、彼女を見た親友は正気ではない事を口にした
「お前…いくら何でもUCで自分のドッペル作って侍らすのはどうかと思う」
確かに、性別以外酷似する外見は会話の切掛けではあったが。腹立たしさ余り、相手を一発殴って家を出た

そのまま、まだ猟兵としては戦闘侭ならないという彼女と、依頼に向かう機会を得て今、幻想深い雪道を歩く
此度の些事無く、この光景が親友と来れる風景であったなら、と
思い、辞めた
今は己拙いながらも、彼女という未来の手助けをする番だ

雪舞い散る中、戦闘の事を話す内、戦況立て直しの一環でオーラ防御の話題が上がる
自分を中心に、意識を向け…巡らす、のみ。しかしこういうものは彼女の場合見せた方が早い
実演し、彼女が見せた色は黄金
目を奪われ浮かんだものは『自分と違う、相違点への安堵』と『似て非なるからこそ感じ得る、近さ』――やはり自分が二人など想像もしたくない



 心の隙間に雪は降り注ぐ。
 はらり、はらりと舞うその白き姿はさながら白櫻のようで。
 けれど、肌に触れる感触は涙のように冷たい。
 夏の夜に零れる白い涙。
 或いは、花になりたい悲しき白の姿。
 はらり、はらりと降り積もる。
 ふと、何かを見つけたように少女は瞼を震わせた。
 紫がかった碧眼が夜の奥で何かを見つけた訳ではない。
 心にふと湧き上がった思いを、どのような言葉に表すべきだろうかと、少しだけ迷っただけ。
 神秘的な美貌に、僅かな情緒の揺らぎを見せただけ。
 いや、彼女は少女なのだろうか。 
 その貌に乗る美しさに、齢などあって無きが如し。
 柔らかな無垢さを帯びる表情は少女めいているが、その眸は咲き誇る乙女の気品もある。
 それがルナ・フィネル(三叉路の紅い月・f44133)という存在。
 世界へと迷い込んだ、何かの運命を帯びる女神の姿だった。
「それで」
 声もまた、鈴を鳴らすかのように美しい。
 金糸を編んだような麗しき金色の長髪をさらりと夜風に靡かせながら、ゆらりと眸を流す。
「まだ痛む?」
雪と夜を挟んだ僅かな向こう側で、くすりと笑う青年の声。
「殴ったのは私だがな」
 応じるのもやはり、金髪碧眼の存在だった。
 そう、彼はとてもルナに似た美貌を湛えていた。
 神秘的な美しい男。
 声色も歌うような甘やかさがあり、聞く者の心をそっと奪う。
 舞い落ちる雪の花びらの中、羽ばたく白い翼はさながら女神に寄り添う天使のよう。
 レスティア・ヴァーユ(約束に瞑目する歌声・f16853)。
 金髪に飾られた青い花がオラトリオという存在だと示すのだが、そんな現実感もこんな幻想的な夜景の中では薄らいでしまう。
「けれど、貴方がひとを殴るなんて。……とても心が痛かったからでしょう?」
「…………」
 ルナの言葉は、確かにレスティアの感情の芯を射貫いていた。
 殴った方も痛いのだという暴力的な論ではない。
 どうしてだろうか。泣きたくなる程に痛む心が、相手へと拳を向けてしまうのだ。
 そんな言葉は聞きたくなかった。
 どうして、と振り返っても、レスティアは応えは出ないのだけれど。
 応えなんて、出したくはないのだけれど。
「まだ痛いかしら?」
 尋ねるルナの貌に、僅かに微笑んでレスティアは応える。
「いいや、きっともう大丈夫だ」
 まるで鏡合わせのような、とてもよく似た美貌の存在へと、静かに微笑み合うふたり。
 とても、とても。
 それこそ双子ではないのかと思うような。
 美しいという事は、これほど世界から浮くものだということなのかと思うような、似通ったルナとレスティアの風貌。
 沢山のひとが行き交う街で互いを、まるで奇跡のように見つけてしまったのも、きっと貌と姿のせいだろう。
 街中で、同じ姿のひとと出会った。
 ルナとレスティアに男女の差はあっても、あまりにも鏡映しのような存在に、声をかけずにはいられなかった。
 もしかすれば、それが迷い込む運命だったのかもしれない。
 思わずレスティアは自らが棲まうマンションにルナを誘い、穏やかに談笑をしていた。
共に猟兵だった。
 普通のひとには話せないものを、沢山、言葉に出来た。
 けれど少しだけ問題があったのはレスティアが暮らすマンションは親友と共に生活をするものであったということ。
 レスティアとルナが話している最中にその親友が帰ってきたのだ。
 女を連れ込んだルームメイト。それだけでも相応の修羅場だというのに、レスティアの親友が発したのは正気とは思えない言葉だった。
『お前……幾ら何でも、ユーベルコードで自分のドッペルゲンガーを作って侍らすのはどうかと思う』
 あまりにもひどい勘違い。
 確かに、酷似する外見は会話の切っ掛けではあった。
 だが、だが――それは果たして、レスティアが親友を殴って、ルナを伴ってその場を去るほどのものだっただろうか。
 どうしてだろうか。
 間違えて欲しくなかったのだろうか。
 例えどれほどに外見が似ていても、その心の色彩や雰囲気が似ていたとしても。
――私は、お前に、私だと見て欲しかった。
 どんなに似ていても、|親友《あなた》は私を間違えない。
 本当にドッペルゲンガーと並んでいたとしても、少しも惑うこともなくレスティアであると見抜いて欲しい。
 ルナとレスティアの、些細な差に、ほんとうに微細な違いにも気づいて欲しかった。
 他の誰かを、レスティアと間違えて欲しくなかった。
 世界中の誰もが、レスティアさえもが惑う中であっても、|親友《あなた》だけは。
 それが痛いほどの滲む思いで、願い。
 レスティアが視線を真っ直ぐに向けて、気づくかはまた別の話。
 ただ、壮絶な仲違いの現場を見て、ルナが何かをする前にとこのカクリヨファンタズムの世界へと訪れていた。
 ルナが思うのはやはりひとつ。
――あの一撃、痛いだろうな……
 殴られた方も、そこまで怒って悲しむほどのレスティアの心も。
――まだ痛いだろうな。こんなに美しい雪が降り注ぐ、幻想の世界でも。
 心の痛みは、優しい風景だけでは癒やせない。
 と、ルナは思う。ともすれば、この夏夜に降り注ぐ雪の花びらも、誰かの悲しみと痛みなのだろうか。
 悲哀の声で、涙なのだろうか。
 世界を滅ぼす落涙を拭うことが、猟兵という運命なのだろうか。
 そんなことを僅かに思いながら、ルナはさくり、さくりと雪の花びらの募る夜道を歩いて行く。
「とても綺麗な場所」
 ルナが吐息を揺らす。
 夏の夜に降り注ぐ雪のひとひとらを手のひらで掬う。
 やはり花びらの形をしていた。ゆっくりとルナの肌のぬくもりで溶けて、消えていく、儚い白花だった。
「ここが、こんな場所で滅びをかけた戦いが始まる……」
 そんなことは到底思えないのだと、ルナは首を振るった。
「此処はカクリヨファンタズム。ほんの些細なことで……いいや、他の世界には些細とも思える、心のひとつで滅びを迎えてしまう世界だからな」
 雪花という幻想深き道へと、さくり、さくりと足跡を刻んで進むレスティア。
 綺麗だとルナが口にした通りだと、レスティアはゆっくりと目を細めた。
 夏の夜が見せるような光景。
 はらり、はらりと雪が夜の帳にと舞い踊り、白と黒が綾を織り成す。
 ともすれば白と黒のコントラストが美しい画布の一枚にも思えた。
 或いは、白と黒ばかりの夜宙を歩くかのような。
――此度の些事無く、この光景が親友と来られる風景であったなら。
 思い、心揺らし、唇から吐息を零しながらも。
 そこでレスティアは止める。辞める。
 今は拙いながらも、ルナという未来の手助けをする番なのだと、白い翼をゆっくりとはためかせる。
 傍に居るものの心を忘れてはいけない。
 忘れてしまたら、|親友《かれ》にどんな顔をして逢えるというのだろう。
 だからこそルナは思うのだ。
 そんな情念を抱く心はまだ痛いのだろう。
 殴られた側も、殴った側も、心こそがしくりと痛む。
 きっと降り続けるこの雪のように、冷たく、冷たく、痛みを訴え続ける。
 だから、と。
 ルナは少女のように柔らかな貌に、乙女のように真っ直ぐな表情を浮かべながら、唇を動かした。
「ねえ」
 ルナの声が響く。
 純粋な疑問と、その底に眠る優しげな気遣い。
 このままではいけいない。話題を少しでも変えないと。
 そう。舞い散る雪のように冷たく痛むのなら、その白さを晴らすべく戦いへと向かう今の話を。
 戦って、救う為の話を。
「どうやって戦うの。足手まといにはなりたくない」
「ああ。そうだな」
 ルナはまだ猟兵となったばかり。
 その戦い方を知らず、どうすればいいのかと迷っている。
 だからとルナが尋ねるのは、せめて身を守る術。最も重要なのは自らの身を守ること。
 攻撃されても戦況を立て直し、また一撃で動きを止めさせられない為のもの。
「そういうものだと、オーラ防御というものがあるか」
「気、のようなものかしら」
 小首を傾げながら問うルナに、そうだなと雪舞い散る中、レスティアが手本を見せていく。
 自分を中心に、意識を向けて、自らの輪郭へと巡るように循環させていく。
 そうしてレスティアが身に纏うのは荘厳なる蒼銀のオーラ。
 汝、その神聖なる姿を穢すことなかれ。
 そんな守護の念すら抱いてしまう。
 確かにこれは護る為の力。
 そして同時に。
「ああ、美しい……」
 その美麗さに、思わず零れ落ちるルナの溜息。
 触れてよいのかと迷うルナの指先。
 そっとレスティアのオーラを纏う腕に触れ、確かなる力を伝えさせる。
 そうすれば、ルナの僅かな紫を帯びた碧眼が艶やかな光を帯びる。そのまま術式を理解し、自らの力と術として魂に宿すのだ。
 実際、ルナには見せた方が早いのだろう。
 女神という存在は論を超越した感性と力がある。いわば運命であり、神秘であり、奇跡である。
 そういったものは、あらゆる法則と理屈、論理を越えるのだ。
――私はここまで出来るかしら?
 そんなルナに胸に滲んだ僅かな惑いと恐れも、彼女の魂が放つ輝きこそが払っていく。
 ルナの貌は不安に翳るのではない。
 希望に手を伸ばすものが浮かべる、穏やかな微笑みのまま。
「ああ、出来た」
 指先に凝らしたオーラが、守護の力となって巡っていく。
 まずは指の一点。けれど、そこからルナの全身を巡っていくのは、満月が湛えるような黄金。
 周囲の目と心を奪う、無垢にして柔らかなる光。
「ちゃんと、出来たわ。私の色で」
 あどけなく微笑むルナ。
 猟兵として初めて紡いだルナの色、初めて灯したルナの光。
 どれほどにルナとレスティアの貌や姿が似ていても、魂の底から湧き上がる|奇跡《かがやき》は違うものだから。
 レスティアもまた感嘆の息を漏らす。
 彼の心に浮かんだのは自分とは違う相違点への安堵。
 どれほどに近くても、オーラ、心の色彩は違うのだということ。
 そして似て非なるからこそ感じ得る、近さ。
似すぎていれば、それこそ同一であれば、逆に遠さを感じるものなのだ。
 例えるならばぬくもりというもの。相手が暖かいから、冷たいからと感じるものであり、一切の狂いのないプライマイナスゼロの温度は、極論もっとも感じることから遠いぬくもりだろう。
 やはり、自分が二人など想像したくもない。
 自らという存在は、心と魂はひとつだけだから価値がある。
 レスティアが苦く笑えば、ルナは少し幼げな微笑みを見せた。
「この違いを見せたら、あの私をドッペルゲンガーだと勘違いしたひとも納得するかしら?」
 不謹慎だけれど、少しだけ笑みが零れてしまう。
 どういう態度をして、謝って、レスティアと彼は仲直りをするのだろうと。
 女神であっても、明日や未来は解らない。
 だからこそと、さくりと白雪を踏みしめ、ルナは前へと進む。
「さあ、何が起こるかわからないのだから、気を引き締めなければ」
 雪の花びらが舞い散り。
 悲しいほどの白さが夜の黒を染めていく。
 ひんやりとした空気は、それこそ涙に濡れた頬のようで、触れてあげなければいけないのだ。
 消すか。或いは、救うべき過去の残滓。その嘆きの白へと、ルナは指先を伸ばして。
「猟兵と呼ばれたからにはふさわしい戦いを」
 無垢なる貌に、されど凜然とした美姫の色を帯びさせて告げる。
 ああと、レスティアもその唇から甘い歌声めいた囁きを漏らして。
 さくり、さくりと。
 真白き幻想の降り注ぐ夜道を進んでいく。


 幽世蝶はひらひら、ひらひらと、導くように飛び往く。
 ふたりは辿る。
 その道を、或いは、この物語の先さえも。 
   

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

栗花落・澪
【金蓮花】

服装:今年の水着を澪の姿で着用
足の花も真の姿時の記憶も無し


この水着の事何も覚えてないんだよねぇ

飛べるし寒さも然程感じないけど
今日は敢えて手を伸ばす

歩きづらいから
だっ…おん………手、繋いで

慣れない甘えは恥ずかしくて徐々にハードル下げて
屈んで貰えれば大きな背に身を預け

…えへへ、あったかい
ねぇ、9月で僕も二十歳だよ
ふふー、早いでしょー
だから…こういうの、最後にするから
今日だけは…僕の我儘、全部聞いてね
いいのー

(断られた事、一度も無いけど)

食べてるよー、一応…(小食
クロウさんの色、雪の中だと目立つね
髪に花びら乗せて良い?
えー絶対可愛いよ!
断るの禁止ー♪(デコる

……あのね
クロウさん、お兄ちゃんみたいで
構われるの、結構…好きで
でも、大人になったら自立して、対等になりたい
だから、今日のわがままで、終わりにしなきゃ、って…思って
付き合わせてごめんね

けれど真剣な返事には決意も揺らいで

…ズルい
僕にはまだ…自覚、難しいけど
認めてくれてるなら、嬉しい

僕、結構構われたがりだよ
面倒になっても知らないからね


杜鬼・クロウ
【金蓮花】
水着は露出控え目でお任せ

夏に雪が降り積もるのも風流だなァ

掌に雪結晶乗せ溶かす
白い息吐く

お前じゃない”お前”が着てたってコトか
…(裸足姿を見て
抱っこはお前の一等に譲るからよ
ほら(屈んで
冷たいだろ、足

もう二十を迎えるたァ…月日が経つのは早ェな
…それは
今日だけでイイのか?
ンな焦って背伸びしなくても構いやしねェのに(肩竦め我儘とは思えない願いを聞く

お前、ちゃんと飯食ってる?軽すぎねェ?
俺の髪色、鴉羽色だから際立つよなァ
花?俺に?可愛くねェからイヤだ
な…それも我儘の一つかよ…
仕方ねェな、好きにしろや

話を歩きつつ背中越しに真剣に聞く

澪の気持ちは分かった
でもな
甘えは自立してねェってのと違うぜ
二本足で立って
己が見据える途を往く
ずっと見て来た俺だから理解ってる
─お前は、変わった
確かに芯が未だ未熟なトコはあると思うが
存外、強ェよ

ま、俺から見たらいつまで経っても子供だがな(揶揄う
その気概(対等)はしかと受け取った

大人になろうと
澪は澪だ
尚早に決断を下さずともイイんじゃねェか
俺に構われねェと寂しいだろ?



 夏夜とは思えない幻想的な景色が広がっていた。
 あるいは心の望む儘にと世界が夢を見せているのだろうか。
 夜の黒と、雪の白さが美しい綾模様を描いている。
 ただそれも、儚く移ろうもの。
 はらり、はらりと。
 白雪が風に舞い踊る度に、綾の姿は変わっていく。
 ひとときとして、同じものが残ることはない。
 無常さを感じることとてあるだろう。けれど、何故か雪夜を眺めるものには、そんな冷たい思いは浮かばない。
 ひとは、ひとの心は変わるものだと。
 明日の路行くものとして、心の底に優しい希望を抱いて男は瞼を閉じた。
 そうして一言、夜の静寂に確かな声を響かせる。
「夏に雪が降り積もるのも風流だなァ」
 何処までも真っ直ぐな声色は杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)。
 露出控え目な水着姿を纏っているが、男の華やかさは夜闇で損なわれるものではい。
 輪郭は細やかに見えても、引き締まった筋肉が見せる肉体美が布の上からでもしっかりと伝わる。
 雪降るの寒さ、冷たさ。それで震える男の姿ではなかった。
 クロウが笑いながら瞼を開けば、その眸は金銀妖瞳。
 夕赤と青浅葱が左右で異なる色彩を湛えている。
美しい色合いは、強い意志の輝きに支えられて見るものの心を奪う。
 いいや、ただ強いだけではなかった。
 義を重んじ、思いを通し。けれど、風情を心の底で味わう雅さを持つ。
 雪に触れようと腕を伸ばし、真白い欠片を掌へと乗せる。
 だが、これはなんとも儚いものだった。
 触れれば壊れてしまう夢のような存在だった。
 クロウのぬくもりに触れて、雪の結晶はじわりと溶けていく。
 掌から零れる雫に、まるで涙のようだとクロウは感じて、穏やかに眸を揺らす。
 そんなクロウの傍を歩くのは、光を弾くような艶やかな琥珀色の長髪を持つ少女――と見紛うような少年、栗花落・澪(泡沫の花・f03165)だ。
仄かな灯りの中でもはっきりと美しい色彩を見せる澪の髪に咲くのは金蓮花。
 ともに雪風に揺れながら、楚々とした白花の色を表に、裏には星を散りばめた宵空のような色彩を拡げるワンピース水着に身を包んでいる。
 まるで静かな朝焼けのような姿だった。
 夜を白く染めながら、けれど僅かな宵の瑠璃色を残している。
 とても静かで、何処か神秘性さえ感じるものの、澪は唇より言葉を落とした。
「この水着の事何も覚えてないんだよねぇ」
 確かに、澪の水着姿は何かが足りない。
 今でも十分に綺麗が、完成した美にはピースが足りないのだ。
 それは真の姿であった時のことでもあり、足に花を纏っていた時のこと。
 ただ、それを何も憶えていないのだから澪には分からないし、埋めることのできないこと。
 だがクロウは完成されていない澪の姿に、首を傾げることはしない。
 この姿はこの姿でいい。花が八部咲きだから惜しいなどと口にするのは無粋ということ。
 似合っている、素敵だと褒め称えるのがクロウ。
 足りないなど成長の余地のあることだと、来年を楽しみにしていると笑ってみせる男。
 が、今ばかりは澪へと目を細める。
「お前じゃない”お前”が着てたってコトか」
「…………」
 澪は応えない。
 雪と戯れるようにと純白の翼をはためかせるだけ。
 澪も寒さはあまり感じていなかった。
 不思議と冷たすぎることのない雪たち。
 足の指先に触れる柔らかな新雪の感触も、何処か楽しいぐらい。
 さくさくと、ふわふわと。涼やかさばかり感じる雪を踏むのは、まるで雲の上を歩くかのよう。
 もちろん、翼で空を飛ぶことだって出来るけれど。
 それでもこんな幻想的な雪夜の路ならと、今日はあえて手を伸ばす澪。
「だっ……おん……」
 抱っこして欲しいと思ったけれど、それはまた違うような、大きすぎるお願いのような。
 おんぶもまた違うような、そこまで甘えていいのだろうと言葉を喉に詰まらせていく。
 慣れない甘えは澪の頬をうっすらと赤く染め、歌うような澄んだ声色を恥ずかしさで少しずつと小さくしていく。
「……手、繋いで」
 そうやってようやく言えた澪の言葉。
 どうだろう。
 大丈夫かな、やり過ぎて困らせていないかな。
 そんな迷いと不安の影が澪の心を掠めていく。雪よりなお冷たく、胸の底に染みこんでいく。
 けれど、そんなのはただの杞憂だった。 
 クロウは、ふたと気づいたように一点へと目を凝らしていた。
「…………」
 どういう訳だか澪は裸足だった。
 ひんやりと涼しい程度とはいえ、降り積もった雪に美しい足を埋もれさせている。
 柔らかな肌は、落涙めいた白雪の冷たさに痛みを感じていないだろうかと、クロウは片方の瞼を閉じた。
「抱っこはお前の一等に譲るからよ」
 クロウはほら、と屈んで逞しい背中を澪に見せる。
「冷たいだろ、足」
 繊細な風貌をしている澪。
 けっして、その見た目通りに儚く、淡く、脆い存在ではないとクロウも分かっている。
 自らの胸に炎を灯し、希望へと羽ばたくことを知った。
 求めることを、正しく願うことを。
 そんな澪を危ういとはもうクロウは云わない。
 それでも――傷つきやすい身体と心は、あるのだ。
 誰だって、そうなのだから。
「…………」
 澪は思う。
 クロウは誰にだって、そんな痛みを遠ざける優しさを見せるだろうと。
 正しい背中は何時だって導のようで、憧れるようにと追いかけてしまうクロウの後ろ姿。背中で語るとはこの事なのだろう。
ああ、と澪は安心したように吐息を零し、クロウの大きな背に身を預ける。
 触れてわかる、クロウという存在の確かさ。
「……えへへ、あったかい」
そうして、さくり、さくりと。
 夏夜に雪の降り注ぐ、不思議な路を進んでいく。
 そう、人生と運命のように、とても不可思議な路を。
「ねぇ、九月で僕も二十歳だよ」
 嬉しそうな澪の言葉に、クロウもまた声色に喜びを乗せる。
「もう二十を迎えるたァ……月日が経つのは早ェな」
 祝ってやらねェとな。
 どんな風に人生の節目を、それからの旅立ちを彩ってあげられるのか。
 思案するクロウの耳に「ふふー、早いでしょー」と軽やかな澪の声が届く。楽しくて、嬉しそうで、その先もまた見つめるような声色が耳朶をうつから、澪も未来をしっかり見つめているのだとクロウは頬を緩めた。
 幸せとは、こんなひとときに感じるのだろうと。
 ひとは変わる。
 夜と雪の描く綾模様の変化は、ひとの成長を囁くようだった。
 成長するからこそ澪はゆっくりと言葉を続けた。
「だから……こういうの、最後にするから」
だからと澪は祈るようにと声を紡ぐ。
 言葉にする以上、絶対なのだと約束するように。
「今日だけは……僕の我儘、全部聞いてね」
「……それは」
 静かな夜の裡に広がる何かを感じてクロウは聞き返す。
 何処か切なく、美しく。
 それでいて、心がしくりと痛むような何か。
 だが、クロウは何時もと変わらない様子で聞き返す。
「今日だけでイイのか?」
「いいのー」
「ンな焦って背伸びしなくても構いやしねェのに」
 肩を竦め、我が儘と思えない願いを聞くクロウ。
 成長していくとは、少し離れていくことかもしれない。
 そんなことをクロウは思って、しんみりと湧き上がった情感が言葉になる前に胸の奥に仕舞う。
 言葉を交わす澪は、クロウへと柔らかな信頼を寄せるばかり。
(断られた事、一度も無いけど)
 それでも、最後にするのだと澪は柔らかく思った。
 ふと、クロウが聞いた。
「お前、ちゃんと飯食ってる? 軽すぎねェ?」
 背中に感じるのは果たして少年の重さなのか。
 少しだけからかうようように、それでいて心配を隠して尋ねるクロウに、澪は小声で返した。
「食べてるよー、一応……」
「一応でも、食べてるンなら安心だ。少しずつ、食べられる量も増やさないと、だがな」
 少しの心配を、それでも押し付けないクロウに、やはり澪は頬を緩めた。
 そうして、雪の白さの中にあって、澪の琥珀色の眸を引き寄せるひとつに言葉を寄せる。
「クロウさんの色、雪の中だと目立つね」
「俺の髪色、鴉羽色だから際立つよなァ」
 クロウの濡れたように艶やかな光沢を帯びる黒い髪。
雪の中にあって目立ち、夜に溶け込むことなく存在を示しているのは、どんな時でもクロウを見つける為にあるのかもしれない。
 きっと見間違えたりしない、美しい鴉羽色の憧れ。
 ぬばたまの夜のいろ。
そこへと澪は視線を向けていた。
「髪に花びら乗せて良い?」
「花? 俺に? 可愛くねェからイヤだ」
 流石にそれは男として嫌なのか、甘くて優しいクロウでも断るものの。
「えー。絶対可愛いよ! それにこれも、さっき許された我が儘だから断るの禁止ー♪」
「な……それも我儘の一つかよ……」
 が、約束を違えることは決してないクロウ。
 溜息をついて、続けていく。
「仕方ねェな、好きにしろや」
 その言葉を待って、クロウの鴉羽色の髪を花で飾り立て始める澪。
 ただ、それも長くは続かなかった。
 まるで意を決する時間が欲しかったというように、花を飾る指先をとめて澪は云う。
「……あのね」
 声に秘められた想いの確かさ。
 クロウも感じて、歩きつつも背中ごしに真剣に澪の言葉と思いを聞いていく。
「クロウさん、お兄ちゃんみたいで」
 記憶を辿るように。
「構われるの、結構……好きで」
 大切な思い出の、ひとつひとつに触れるように。
 ああ、けれどそれは過去。未来に向かって踏み出すのだと、澪は声を響かせた。
「でも、大人になったら自立して、対等になりたい」
子供と大人ではなくて、人と人として。
 人間として対等な関係を築きたい。そんな絆と関係を持ちたい。
「だから、今日のわがままで、終わりにしなきゃ、って……思って」
緩やかに澪は微笑んだ。
「付き合わせて、ごめんね」
 顔を向け合わず、瞳を見つめ合わず、それでも確かに澪の心からの言葉を聞き届けたクロウが、ゆっくりと唇を開いた。
「澪の気持ちは分かった」
 クロウは澪の思いと気持ちを尊重し。
「でもな、甘えは自立してねェってのと違うぜ」
 何時ものようにクロウは正しき言葉を世界に、澪の心の裡へと響かせる。
 決して否定するのではなく、腕で包み込むような安心と、そして前を向かせる光を声に宿しながら。
「二本足で立って、己が見据える途を往く」
 それが自立するということ。大人として進むということ。
「ずっと見て来た俺だから理解ってる――お前は、変わった」
 いまの澪は、それがちゃんと出来ている。
 これから先は大丈夫だろうかと心配なら、二十歳という大人への一歩を祝ったりなんか出来ない。
 笑って見送ることが出来ること。
 それが何より嬉しいのだと、クロウは笑った。
「確かに芯が未だ未熟なトコはあると思うが。存外、強ェよ」
「…………」
 雪の降り注ぐ、神秘的な夏の夜。
 夢と思うような景色の中でも、これは現実だと伝えてくるクロウの声に、澪は僅かに心を潤ませた。
 憧れのひとに、対等となりたいヒトに、認めて貰えている。
 変われたのだと。進めたのだと。
 確かに見て、言ってくれた。
 これは夢ではなくて、現実であり事実。
「……ズルい」
 澪は僅かに声を揺らす。
 そうやってズルいなんて言うのは、子供っぽいことかもしれないと分かりつつも、今は、まだ九月までの僅かな時間は許して欲しい。
「僕にはまだ……自覚、難しいけど。認めてくれてるなら、嬉しい」
 雪の舞い散る静かな夜へと、澪は言葉を染み渡らせた。
 忘れない。消し去らない。
 心に、魂に抱いて、未来へと繋ぐのだと。
 今は背負われながらも、雪路を歩く澪は頷いた。
 ただ、そんな張り詰めた空気だけなんて、物悲しいとクロウは声を少しずつ弾ませる。
「ま、俺から見たらいつまで経っても子供だがな」
そうやって揶揄うクロウ。
 少しだけむっとした澪の気配に、感情の動きに楽しそうに笑って見せて、続けるのだ。
「その|気概《対等》はしかと受け取った」
 気概なくして、何が理想へと近づけるだろうか。
 祈り、願い、求める姿は様々。
 この雪のように静かに降り積もり、世界の色を染め抜くことも。
 揺れることさえなく燃え盛る炎のように、消え去らぬ熱情で進むことも。
 或いは刃金のように澄み渡り、ただ一点へと進み続けることも。
「他を傷つけ、壊すことのない正しい気概が勇気だ。信念や誇りってやつでもあるンだぜ」
 だから嬉しいとクロウは語り、続けてみせる。
「大人になろうと、澪は澪だ」
 九月という節目の日まで、もう少しだけある。
 そのモラトリアムを幾らでも感じて、心と想いを揺らしていいだろう。
 静かに降り積もる雪だって、今もこうして、ひらひらと、はらはらと、まるで白い桜が散るように夜空を揺蕩っている。
「尚早に決断を下さずともイイんじゃねェか」
 その決断の時まだ一緒にいてやるよと。
 言葉にせずとも澪の伝わるクロウの心。
「僕、結構構われたがりだよ」
 澪もまた、穏やかな声で告げていく。
「面倒になっても知らないからね」
 ああ、知っているよ。
 知っているからこそ、大事な存在なのだとクロウは思うし。
 正しく進む限り、決して見捨てられることはないのだと澪は安堵する。
 そうして、明日へと進む心の強さを抱くのだ。
「俺に構われねェと寂しいだろ?」
 揶揄うようなクロウの声は、とても優しいから。
 世界を包んでいる雪夜の幻想よりもなお、優しくて、触れられて、そして確かなものだから。
 きゅっ、と澪はクロウの首へと回した腕に力を込めた。
 もっと構って欲しい。
 だから進もう、明日へ。
 音のない雪の夜から、色んな音と色彩溢れる世界の路へと。
一緒に進むのだと澪は心に決めた。
 雪は降る。
 何処までも、何処までも。
 思いの募ること、祈りを重ねることは終わらないのだというように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

月白・雪音
…夏に振る白雪。されど冷たくはあれど凍える程ではなく、その形は春めいた花弁。
我らを狙うモノの姿も無し…。此度の異変を引き起こした元凶の想いは、凍てつき滅びよと世界を憎悪するものでは無いのでしょう。
されどその想い強きが故にそれがこの地の滅びに繋がろうとは、何と皮肉である事か。


白が地を染める雪の夜…。今この時ほど暖かくは無かったのでしょうが、野に生きた幼い私が師に拾われ、私として生が始まった夜も似た風景であったのでしょう。
未だ道は半ば。昔日を懐かしむほど齢を重ねたわけでもありませんが…、それでもあの夜は私にとって幸いであったものとして覚えています。

…もっとも、当時の私はただ師に向けて牙を剥くばかりでしたが。
思い返せば恥じ入るばかりですね。


この花の雪を降らせた者が募らせた想いも、或いは誰かとの出会いに端を発するものであったのでしょうか。
誰かを想い、愛し、その誰かが生きる世界を愛したが故に今この時、その誰かが生きた世界を滅ぼさんとしているとあらば…。
…斯様に悲しい滅びは、防がねばなりませんね。



 白き花嫁を迎えるように、静かに降り積もる雪花たち。
 夏の一夜の夢の如く、儚く幻想的に思えても。
 終わること、果てること。
 その一切がないような、白と黒の綾模様が続いている。
「……夏に降る白雪」
 ひらりと舞う雪の花びらへと伸びる手も、また同じ色をしていた。
 透き通るように白く、柔らかな乙女の肌。
 陽の光を浴びれば溶けてしまうかもしれない。
 そんな印象を抱くのは情動に一切の揺らぎのない、冷たい声のせいでもあった。
「されど冷たくはあれど凍える程ではなく、その形は春めいた花弁」
 詠うように言葉を続けたのは、月白・雪音(月輪氷華月影の獣・f29413)だった。
 白桜の花びらめいた雪に彩られた、真白き花嫁のような儚げな風姿。
 静かに佇むばかりでありながら、何処かひとの心と視線を奪う存在感があった。
 神秘的だというのならば、そう、この雪の降る夏夜に雪音の姿は映える。
 ただ一点、深紅を湛える双眸がするりと夜帳の向こうへと向けられている。
「我らを狙うモノの姿も無し……」
 そう言いながら、さくりと雪を踏みしめて歩く雪音。
 雪は冷ややかではあるが、寒いと凍て付くほどではない。
 むしろ春溶けの水より人肌に馴染むだろう。夏の暑さを忘れさせる涼やかさを感じさせる。
 これに、悪意や敵意というものはありはしない。
「此度の異変を引き起こした元凶の想いは、凍てつき滅びよと世界を憎悪するものでは無いのでしょう」
 ただ降り続けるだけ。思いのように募らせていくだけ。
 夏夜に雪を降らせ、カクリヨファンタズムに滅びをもたらす願いをもたらしたものは、一途に願い続けるものなのだろう。
 傷つけることや排除するのではい。
 もう既になきものを、消え去ってしまった存在の残したひとかけらに縋り付き、ひたすらに求め続ける残滓。
 消えてはならない。
 喪われてはならない。
 まだある筈だと過去の残滓は悲しみの中で祈り続けている。
「されどその想い強きが故にそれがこの地の滅びに繋がろうとは、何と皮肉である事か」
 祈ることを、願うことを、決して罪咎だなんて言えない筈。
 が、この危ういカクリヨファンタズムの世界では、切実な思いが滅びを呼ぶのだ。かつて、愛したものを永遠に傍にと求めたものが、他の世界ごと破滅させようとしたように。
 愛することさえ、滅びを招く。
 なら、どんな思いを抱けばいいというのか。
「或いは――生きるからこそ想いを抱き、その想いの為に世界に抗えというかのような」
 夢を、幻想を、天の星の如く手では届かぬ憧憬を。
 それでも自らの腕で抱き寄せることを求めるような、優しく、儚く、それでいて――恐ろしいほどに願いに純粋な|世界《カクリヨファンタズム》。
 さながら愛のように、残酷であるとも言えるだろう。
 だからこそと雪音は、猟兵として、世界を救うものとして。
 さくり、さくりと雪を踏みしめ、同じ白き色に溶け込みながら、夜路を進む。
 幽世蝶が導くように翅を瞬かせていた。
 雪が音を吸い込んでいるのだろう。
 周囲は、ただ、ただ静寂。
 息遣いというものが一切なく、雪音は自らの鼓動のみを感じていく。
静かなる夜闇は安寧をもたらすという。
 そうして眠りへと誘い、夢で傷ついた心を包み込む。
 だが、見る夢が必ずしも幸いなるものではないというのが、夢の恐ろしい処。
 この静謐なる雪の景色に、雪音はかつての記憶を、さながら夢の追憶のように浮かび上がらせていた。
 そう、かつて。
 白が大地を染める雪の夜……。
 今、この時ほど暖かくはなかったかもしれないが、そも、冷たいも暖かいも知らずに雪音は野を駆けて生きていた。
 どうして。
 さあ、分からない。
 確かな心を持った時から雪音は獣として野を生き、殺戮の衝動のままに獲物を追い続けていた。
 それより昔の記憶は雪の底に覆われている。
 或いは、もとからそんなものはなかったのかもしれない。
 今の、雅ささえ憶える静かな雪音の風情からは想像も付かない、ヒトではなく獣であった時代。
 が、それはこんな夜に終わりを迎えたのだ。
 師に出逢い、拾われ、ヒトとしての人生の起点となった雪の夜。
「そう。この雪夜の風景は、私として生が始まった夜に似ています」
 だからしずしずと。
 僅かばかりの後悔と、悩みと、過去を振り返るが故に憶える恥ずかしさを心の底で揺らす雪音。
 どのようにと情緒を表す術を知らず、だから一切が雪のような白さに覆われていたとしても。
 生きているのだ。
 だから、今までを振り返ることもあるのだ。
 雪と夜が描く白黒の綾なす夜帳へと、記憶を浮かばせる雪音。
 ああ、未だに道は半ば。
 師の教えの全てを知り、身につけた訳ではない未熟な身と心。
 昔日を懐かしむほどに齢を重ねた訳ではなく、何か変わったと明言できるものがあった訳でもない。
 為せたことも、まだまだ。
 時として数えても、さて、どれほどだろうか。
 渓流の如く澄み渡る記憶はあったとしても、それは浅いと断じられても仕方ないものだと雪音は心得ている。
 世は濁流。その複雑で深い淵で、それでもと抱きしめたものが輝きとなるのだから。
 そういうものを幸せと呼び、守りたいのだから。
 ああ、でも……。
「それでもあの夜は、私にとって幸いであったものと覚えています」
 偶然に手に入れた雪音の幸福なるひとつ。
 いいや、人生そのもの。出逢いが紡いだ、今に至る奇跡めいたもの。
 そっと心で触れて、思いを寄せる雪音。
 嬉しさがある。喜びがある。
 どうすれば表情にして他人に伝えることが出来るかは分からなくても、雪音がずっとこの胸に抱いていればいいとだけ、頷いてみせた。
「……ただ、もっとも。当時の私はただ師に向けて牙を剥くばかりでしたが」
 それこそ礼節も情も知らない獣だった。思い返せば恥じ入るばかり。
 思わず虎の耳がたれ、尾の先端がゆるりと動く。
 そんな雪音をヒトとして育て、心を与えてくれた。牙ではなく言葉で触れあうことを教えられ、爪を抑えて掌を重ねることを伝えてくれた。
 なんて幸せなことだろうか。
 そんな大切な思い出は忘れられない。
 忘れて、消え去らせることなんて、決して出来ない。
 ならこの雪と滅びを呼んだものを、どうして憎むことが出来ようにかと。
 憐れむことは、冷たき慈悲を寄せることはあったとしても。
どうして、世界の敵と決めつけることが出来るのだろう。
「この花の雪を降らせた者が募らせた想いも」
 きっと誰にも届かない雪夜の裡で。
 顔に、声に、表すことのできない優しさを秘めて、雪音は呟く。
「或いは誰かとの出会いに端を発するものであったのでしょうか」
 出会い、巡り、そして絡み合っていく思いの糸と糸。
 複雑に絡み合うからこそ情念はより深まり、気づいて振り返れば、綾模様を描いている。
 この夜の黒と白のように。
 |男《くろ》と|女《しろ》の愛のように。
「誰かを想い、愛し、その誰かが生きる|世界《かこ》を愛したが故に」
 もうそれはいないのだと。
 そう何度言い聞かせても、決して、忘れることは出来ない。
 棄てることなんて、決して出来ず、想い続けるばかり。
「今この時、その誰かが生きた世界を滅ぼさんとしているとあらば……」
 それが世界の滅びを招いたとしても、きっと愛を諦めるなんて出来ないから。
 祈ること、願うこと、求めること。
 それはヒトとして生きるということだと、師に教えられた雪音だから。
 心の一部になるほどに大切な誰かと出会うことが、そのひとを思うことが破滅を呼ぶなんて」
「……斯様に悲しい滅びは、防がねばなりませんね」
 決して認められないと、ふるりと首をふった。
確かに雪音自身は自らに強い願いを抱かずとも、今と未来に生きることを求めるものだから。
 それが優しき愛ではなく、なんというのだろう。
 誰しもが思い浮かべる、その願いが為に。
 その祈りを続けていくために。
 さくりと、雪音は|雪原《いま》に足音を刻む。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『機織りの姫』

POW   :    赤き花よ、天まで登れ
【深紅の織布で作られた椿の花】が命中した対象を燃やす。放たれた【花紅の】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
SPD   :    我が織布は全てを絡め捕る
【実綿】【織り糸】【反物】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
WIZ   :    集え我が同胞よ、その恨みを晴らすが良い
【過労で命を落とした機織り女】の霊を召喚する。これは【砧】や【握り鋏】で攻撃する能力を持つ。

イラスト:ゆりちかお

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠御乃森・雪音です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


● 断章~織り成す過去は、取り戻せない~


 ことり、ことりと女は織り上げる。
 運命の糸と糸を繋いで、過去にあった幸せを描くように。
 あなたを思う心で、あなたの微笑みを取り戻したくて。
 暖かいといってくれた、あなたの顔を、その姿を、頬を撫でてくれたあの指先を。
 愛おしいと思う心は永久不変。
 冬が終わり、春となっても桜の白い姿に雪を思い。
 夏の暑さに溶けたとしても、ああ、やはり寒いといって欲しくて。
 ただ、ただと布を織る。
 あなたにもう一度、マフラーを渡せたら、きっとと。
「だから、私は思うことを、祈ることをやめられません」
 冷たい白雪が舞っている。
 夏にあり得ない幻想は、滅びの予兆として幽世蝶を女に纏わせていた。
 ああ、分かっている。
 女には自らの祈りが、この世界を破滅させるとわかっている。
「それでも、世界が冷たければいいのです」
 情念は雪のように募り。
 終わることなく、求め続けている。
「そうすれば、彼はきっと私のマフラーを求めて会いに来てくれる。例え、あの世からでも……」
 そうでしょう。
 夏に雪が舞い降りるほどの幻想と神秘。
 冬と夏という季節が逆転するのなら、生と死という理が狂っても可笑しくない。
「あの世からでも、彼は……」
 その名を。
 愛しい男の名を。
 もう女は覚えていないのか、彼の名を告げず、織ったマフラーを抱きしめる。
「彼に、私の名を呼んで欲しいのです」
 そう囁いて、女は涙のような白い雪に濡れていく。
 その深紅の花の描かれた織布。それは、彼の色だったのかもしれず。
 けれど、女には確かめる術はもはやない。
「もう、私は私の名さえ忘れて――彼の『暖かい』と笑ってくれた顔と声だけしか、覚えていないから」
 悲しく、愛しく。
 白く、白くと忘却のいろの中で。
「彼が黄泉より来られるよう、世は冷たく、白くあって欲しい」
 女は呟いた。
 彼は赤いのだろうか。花紅の姿だったのか。でなければ、どうして白い姿をした女が、彼の為に深紅のマフラーを織り続けたのか。
 喪失の悲しみで忘れられた真実は、何も分からない。
 冷たい、冷たい世界。
 女の双眸ばかりは、静かな儘に切望の炎を渦ませていた。
 しずしずと。はらはらと。
 炎の花の姿をした愛という狂気に、女こそが焼かれていた。
 理と論をもって説得など出来る筈がない。が、情にてのみ触れられる魂がそこにある。
 全ては愛の為に。
 そんな女に、幽世蝶はひらひらと舞う。
 
 運命の糸を紡ぎ続ける。
 命という糸が途切れても、別たれてもなお。

===================================================

●解説

 戦闘の第二章です。
 説得は不可能で、最終的には倒すしかなく、消える事の出来ない女は全力で抗い、戦うでしょう。
 が、女にどんな言葉を向けるのか。
 どんな最後を迎えさせるかは、皆様次第です。
 素敵なプレイングをお待ちしています。
ルナ・フィネル
レスティア【f16853】と

私は知っている。
狂おしい程までに唯一人を追い求める心を。
だがしかし。どれほど切実な願いであったとしても、それが世界の死を招くのであれば容赦はできない。
巡る場があってこそ、この女の真の願いは果たされるのだから。

私は知っている。
この想いを命の巡りに乗せる方法を。
真に求める者たちを、時の輪に送る方法を。
胸の奥に、権能の一つが湧き立つのを感じる。そうか、これが私のUCか、なんともこの場にふさわしいものか!

会得したばかりのオーラ防御で女の攻撃を避けながら今一時の相方をちらりと見れば、頷き一つの後にその声音は更に強くなる。それをもって己の力が強化されていくのにふっと微笑み。
これならば我が権能の一つを十分に示せよう。護りは任せた。そうアイコンタクトに乗せて。
私は死の老婆の力を向ける。
惑いし者に道標を。
三叉路の女神より愛と祝福を込めて、せめて苦しまぬように。
次なる巡りの為に、今、お前の存在を刈り取ってくれよう。
地面に降り積もった雪の花びらが、湧き出ずる光と共に夜空に舞う――


レスティア・ヴァーユ
ルナ【f44133】と

物悲しいまでの機織りの音
もし自分の想う者が消えた時、同じ様な存在にならないと言えるのか
…考え振り切り、今の答えを導き出す
少なくとも『万一、想い人が現れたとしても…その先滅ぶこの世界に…貴女の未来はないのだ』と

武器を構え、先の心情を交えてUCを
苛烈な戦歌だけが総てではない。ただひたすらに祈りを込めて、粛々と『今、全力で祈り戦い倒す事こそが鎮魂の一筋となり得る』事を歌に込め、それを戦いの士気に示そう

ルナと自分を中心に、結界術を下地とした、神罰を交えてのオーラ防御を展開。触れるものに神罰を与える攻勢防御壁に
最悪でも、ルナの方に飛来する【実綿】【織り糸】【反物】だけは意地でも防がなくてはならない。彼女のUCこそが切り札
UCの合間に感じるルナの視線による合図
それに合わせて一つ頷き、歌に込める心情と力を限界まで跳ね上げる

彼女のUC発動まで保てば、オーラ防御の結界はいつ崩れても構わない。多少の怪我等やむを得ないのは覚悟の上
それよりも、相手に束の間でも安らぎが訪れる事を祈りながら…



 叶わぬ願いに、世界は埋もれていく。
 冷たく、白く。
 夏という今を、もう喪われた現実を忘れようと。
 愛しき過去へと世界を染め抜く機織り姫の思い。
 ことん、ことんと布を織る音は、機織り姫の鼓動のように悲しげだった。
 ずっと思い続けていると、そう祈る歌のようだった。
 もしもと、レスティア・ヴァーユ(約束に瞑目する歌声・f16853)が瞼を落とし、静かな夜の裡に思いを巡らせる。
 自らが想う者が消えた時、同じような存在にならないと言えるのだろうか。
 偶然で、或いは理不尽に、ただ一途に思う相手が、このひとでなければという存在に手も声も届かなくなった時に。
 それでもと願い続け、世界を滅ぼす愛を歌わないと誓えるのだろうか。
 彼は求めないだろう。
 だがそんな事をレスティアが、自らの魂に許せるのか。
 もう一度と、愛しい存在に触れられるならば世界を覆しても構わない。奇跡を願うというのはそういうこと。
 ああ、でも。
 それでも、脳裏に浮かぶ笑顔に――レスティアは頭を振るい、今の答えを導き出す。
 彼という心に、恥じない為に。
「少なくとも」
 さくりと雪を踏みしめ、進むレスティア。
 続く言葉は、胸に秘めながら。
――万一、想い人が現れたとしても……その先滅ぶこの世界に、貴女の未来はないのだ。
 言われたとしても、それで納得はしないだろう。
 理解はするから心が痛み、涙を零しながら切望するだろう。
 指摘されるからこそ、より魂を蝕む|愛《のろい》がそこにある。
 故にと無言で構えるは蒼に透き通る剣、『シンフォニックソード』。
 響き渡るレスティアの歌を増幅し、力へと変じさせる刃がするりと夜を泳ぎ、落ちる雪の花びらを断つ。
 歌剣の切っ先を向けられ、なお響くのは機織りの音。
 ことり、ことりと、雪に響く小さな願い。
 それがどれほどに物悲しい音色だとしても。
 ああ、認めてはならないとルナ・フィネル(三叉路の紅い月・f44133)も真っ直ぐに歩を進め、積もりに積もった白雪を渡る。
「私は知っている」
 幼く見える美貌に、清冽なる輝姫の眸を以て対峙するのだ。
 ルナの響き渡る美しき声色は、さながら戦の始まりを告げるヴァイオリンのように静寂を払う。
「狂おしい程までに、唯一人を追い求める心を」
 どれほどに痛ましいかを。
 鼓動と共に在る祈りだからこそ、生きる限りは止められない心というものを。
 だとしても。
 どれほどに切実な願いであったとしても。
「それが世界の死を招くのであれば、容赦はできない」
 今を生きるものとして、未来を求めるものとして、当然のこと。
 死という破滅。
 終わりという停滞。
 それがどんな幸せを届けてくれるというのだろう。
 女の織り上げたマフラーが、この世界が滅びれば誰の手に届くこともないのだから。
 それでも、それでもと思う気持ちをルナは否定できないけれど。
「魂と思いの巡る場に、夜空を渡る月の導こう」
 冷たい雪の花が募る場所ではない。
 優しい月灯りが包み込む、楽園のような領域。
――そんな場所でこそ、この女の真の願いは果たされるのだから。
 ああ、とルナの唇から吐息が零れる。
 女神が自らの感性で掴んだ閃きに、その技に、自らの想いを託していくのだ。
 この想いを、命の巡りへと乗せる方法。
 真に愛を求める者たちを、時の輪へと送る方法。
 それこそが今、この瞬間にルナが切望し、そして叶えるべきもの。
 ルナの胸の奥、権能として湧き上がるひとつの力。最初は形も色もないものが、今や輝く宝石のようにと輪郭と存在、色を示している。
「そうか。これが私の|奇跡《ユーベルコード》か。なんともこの場にふさわしいものか!」
 微かな喜びの色を帯びるルナの声。
 ルナとレスティア、そのふたりの碧眼には一切の迷いも曇りもなかった。
 黄金のオーラで身を包むルナにちらりと視線を寄せられ、レスティアも自らの|奇跡《ユーベルコード》を刻む。
 それは天の御使いが手を差し伸べる歌。
 歌い上げるレスティア自身には何ら効果を届けない。自らにその資格はないと断じるからこそ、天使の歌にように甘く、切なく、他なる者の魂を包み込んで祝福するのだ。
――世界が滅んでは、貴女の求める未来はない。
 他人の声として届けられても、それは心を傷つけるだけの言葉。
 故に粛々と『今、全力で祈り戦い倒す事こそが鎮魂の一筋となり得る』のだと歌声に籠め、戦いの士気と示す。
 だが、レスティアが歌い上げれば、それは涙を誘う慈愛の抱擁でもあった。
 甘くて切なく響く天の歌声に心と魂を慰撫されれば、常人であれば心の傷を疼かされ、泣かずにはいられない。
「ああ……ああっ」
 そんな救いを、けれど、機織りの姫は受け入れられない。
 願い続けること、祈り続けること。
 世界が滅びるほどの想いを抱くことこそ、機織りの姫の生きる理由だったから。
 認められない。許せない。
 けっして消え去らせてなるものかと、悲しき恨みの霊魂を呼び起こす。
 向けられた鋏の切っ先からは、自らの命を棄てるほどの情念が溢れるかのようだった。
「……っ」
 拙いとレスティアが身構え、ルナが身を翻す。
 レスティアは結界を軸として、天からの神罰を交えたオーラ防御を展開している。
 触れることなかれ。冒すことなかれ。
 蒼銀の色彩に抱かれた者を傷つけるものには、光罰の刃にて応じよう。
 神域を守るが如き聖なる攻勢防壁。
 亡霊には特攻とでもいうべき神聖なる光が夜には満ちていた。
 たとえそれを抜けても、ルナも先ほどに習得したとは思えない、柔らかな黄金のオーラを纏って身を守っている。
 だが薄い。浅い。
 広くと範囲を取ったせいで、それは鋏の切っ先に凝らした情念に易々と貫かれてしまうのだ。
 どうして|広範囲《みんな》に向けた優しさが、ただ|ひとり《一点》に向けた愛に比するというのか。
 亡霊もまた神罰の光壁に触れて身を焼かれ、その身を霧と化すが何も躊躇いはない。レスティアの脇腹を鋏で切り裂き、ルナの腕を刃先が掠めていく。
「これが女の|殺意《あい》」
 愛を忘れられない魂は、神域の神秘さえ傷つける。
 ルナは自らの肌より溢れる血の鮮やかに、僅かに目を細める。
 痛みより、驚きよりも、女神を傷つける程の深さに至った女の想いに心が引き寄せられる。
 ああ、なら。
 だからこそと。
「これほどに切に願う心と魂を、正しき時の輪へと」
 決して、ひとり留まらせない。
 澱み、霞み、世界を滅ぼす悪になんかにあなたをさせない。
 必ずや巡り合わせるのだと、その為にルナは胸に浮かんだ残酷なほどに無垢なる光を抱いて、眦を決する。
 ルナがちらりと相方たるレスティアを見れば、彼もまた同様の思いを抱いていると頷き会う。
 シンフォニックソードで亡霊の鋏を押さえ込むように刃を重ねながら、レスティアの歌声は更に澄み渡り、いと高く、いと強くと夜天に届く程に響き渡る。
 天使いの歌に背を押され、ルナの力は強まるばかり。
 これならルナも権能のひとつを十分に示せよう。
 月の女神が、歌の天使が、求める事は必ずや為せるはず。
 ふっと柔らかく微笑むのは、これからこの世界に示す自らの奇跡、そして辿る結末を信じるから。
 護りは任せたとルナは瞬きに乗せてレスティアへと告げる。
 ならば応じてみせようとするレスティアは純白の翼をはためかせ、神聖なる光の満ちる攻勢結界の輝きを強める。
 鋏を持った亡霊も、ついに形を保てずにぼろぼろと輪郭を崩して霧散していく。
 だが、真に恐ろしいのはこれからだと機織りの姫の姿を凝視するレスティア。
 神の領域へと辿り着く、女の|ユーベルコード《あい》。
 ならばそれが十全に効果を出せば、女神の奇跡と権能とて封じてみせるだろう。
 事実、ことり、ことりと戦いの最中でも女の手で織り続けられた布が、まるで魂を宿したかのように広がっていく。
 雪を、夜を、この世界の全てを絡み取る滅びのように。
「ああ。この織布があなたに届きますように」
 決して起きない奇跡と知りながら、女が放つは真綿に織り糸、思いの込められた反物。
 心を奪う程に美しいが、故にこそ恐ろしいと魂で直感する。
 聖なる光の攻勢防壁を突き抜ける三種は、どれも触れただけで力を減衰させるものだ。これがルナにひとつでも触れては、ふたりの願いは叶わない。
 故にと身を躍らせるレスティアがシンフォニックソードを翻し、ルナへと迫る反物を断ち斬る。
 澄んだ蒼の剣光は、さながら一筋の彗星のよう。
 闇夜にあって一際に輝き、誰かの為にと色彩を零す麗しさ。
 元よりレスティアは防御の結界はいつ崩れても構わないと思っていた。多少の怪我や負傷もやむを得まい。
 真綿は光の結界を収束させて灼き払い、それでもと迫る織り糸は身で受けてルナを庇うレスティア。
 ぎしりと、糸に籠められた悲しい願いがレスティアの歌う力を霞ませても。
――それでも、ルナが導け。
 決意を秘めた碧眼が、清らかな祈りを宿す歌歌が、レスティアの覚悟をルナへと響かせる。
 ルナを夜空へと羽ばたかせ、この狂い咲く白雪を止めるのだと。
 悲しい、悲しい、機織りを止めるのだと。
 ルナがこの世界へと引き寄せるのは、死の老婆の力。
 惑いし者の魂へと道導を授ける、運命の持つひとかけら。
「三叉路の女神より愛と祝福を込めて、せめて苦しまぬように」
 しずしずと。
 ルナは見る者の魂にまで染みこむような、美しい月光を身に纏う。
「次なる巡りの為に、今、お前の存在を刈り取ってくれよう」
 女神の冷たくも優しい慈悲を。
 死という終わりを、無数の光として女へと向ける。
 大地より湧き出ずる光の群れは、さながら彷徨える魂が地から天へと還る為の導であり、橋のよう。
 幾つものか細い光に貫かれる機織りの姫に悲鳴はなかった。
 繊細なる光の筋に照らされ、見上げた夜空の向こうに何かを見つけたのように。
 その頬にひとしずくの涙を零していた。
 ただひとことばかりを、零して残す。
「ああ、暖かい」
 光が、歌が、雪の舞い上がる姿が。
 かつて彼がいった言葉を繰り返すように、女は呟いて微笑んだ。
 地面に降り積もった雪の花びらは、神秘さを湛えた光の柱に巻き上げられて、はらり、はらりと、夜空へと帰って行く。
 巡りて、巡り。
 在るべき場所へ、辿り着くべき場所へ。
 愛しき魂眠る処へと、誘うかのように、ルナの放った光は静かに夜を照らす。
 願いの真実とは、愛するものとまた巡り会い、抱きしめあい、言葉を交わすことだろうから。
 暖かい、と言ってくれた彼に。
 あなたの声が暖かいと、いって欲しいのだろうから。
 ルナならきっとそう。
「ひとりだから、冷たいわ。寒いほどに、孤独なのだわ。でも、きっともう大丈夫」
 黄金の月灯りを纏い、緩やかに微笑むルナ。
 ああ、と。
 レスティアも喉を鳴らし、それでも言葉ではなく歌を女に向けた。
 僅かでも、束の間だとしても、仮初めであったとしても。
 本当に求めたものではかったとしても。
――その心に、魂に安らぎが訪れる事を。
 美しい程に残酷なる骸の海という真実を知るからこそ、じわりと胸は痛むけれど。
 それでも、レスティアの知らない奇跡が起こることを、この雪夜にルナの姿に見たのだから。
 何も知らなかったルナが一夜にしてオーラの輝きを得て、ユーベルコードの術を手繰り寄せた。それを奇跡といわず、何というのだろう。
 そういうものを見て、生きて、呼吸を続けていくからこそ。
 祈ることは止められない。
 誰かの為に、自分の為に、幸せの為に。
 例えこの身が儚んだとしても。
「祈る心ばかりは、奪えない」
 レスティアは歌詞として歌声に籠めて、夜に浮かべて雪と舞わす。
 そうね、とルナが微かに笑った。
「願う心も、求める心も。愛することも、希望も。――もしもという奇跡を信じることも」
 だから、さあと。
 月光と雪が綾なす夜に、ルナは手を差し伸べた。
 進みましょう。
 護りましょう。
 あらゆる今を、未来を、過去が呼ぶ滅びから救う為に。
「迷い込んだ運命を信じましょう」
 この世界にルナが辿り着いたのは、偶然か必然か。
 はたまた、そのふたつには本質的な違いはなかったとしても。
「奇跡は、起こせるのよ」
 レスティアは瞼を瞑り、雪の止みはじめた夜にと歌を浮かべ続けた。
 歌い続ければ、求める幸せに辿り着くだろうか。
 ああ、まずは。
 擦れ違った彼に、どう謝ろうと。
 そう思った瞬間に初めてレスティアの歌声が揺れて、乱れて、喉が詰まる。歌い続けられず、そっと息を吸い込んだ。
 ルナが囁いた。
 少女めいた柔らかな無垢の微笑みで、狂おしい程にひとりを求める心を知ったしまった乙女の美貌で。
「まだ、痛い?」
 殴った手が。殴ってしまった心が。
 大切な存在を、無条件に信じているという気持ちが。
 全てを見つめるような碧の双眸で、レスティアの心の底を覗き込む。
「でも、それは世界を滅ぼす痛みではないわ。そうでしょう?」
 そう聞いてくれる、とても似ているけれど、とても違う存在に、レスティアは微かに微笑んだ。
「痛いとも。世界と共に生き続けて、願い続けているのだから」
 そうして終わらない関係に、変わる何かと変わらない何かに、レスティアは頷いた。
 全てに満足できなくても、きっとこれでよいのだから。
 それが未来を生きることと。
 さくりと、ふたりは消えゆく|雪《とき》に足跡を残す。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シホ・エーデルワイス(サポート)
助太刀します!


人柄

普段は物静かで儚げな雰囲気ですが
戦闘時は仲間が活躍しやすい様
積極的に支援します


心情

仲間と力を合わせる事で
どんな困難にも乗り越えられると信じています


基本行動

味方や救助対象が危険に晒されたら身の危険を顧みず庇い
疲労を気にせず治療します

一見自殺行為に見える事もあるかもしれませんが
誰も悲しませたくないと思っており
UCや技能を駆使して生き残ろうとします

またUC【贖罪】により楽には死ねません

ですが
心配させない様
苦しくても明るく振る舞います


戦闘

味方がいれば回復と支援に専念します
攻撃は主に聖銃二丁を使用


戦後
オブリビオンに憎悪等は感じず
悪逆非道な敵でも倒したら
命を頂いた事に弔いの祈りを捧げます



 夏だというのに、この幽世では冬の彩が満ちていた。
 しくしくと、悲しむように雪の降りしきる夜。
 そこに現れ、そっと祈るを捧げるは楚々たる花の乙女。
 想いのひとつで滅びを招いてしまう、儚き|この世界《カクリヨファンタズム》に。
 そこで残ってしまった憐れな女の影へと微笑むのはシホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)だ。
「もう、悲しまなくていいんですよ」
 シホが静かな囁きは、きっと届かないと分かっていても。
 神秘的な美貌に、優しさと慈愛を浮かばせる。
 この世界に望まぬ滅びを真似ていてしまう、オブリビオンとなってしまった機織りの姫へと、緩やかな声を続けた。
「きっと、あなたは救われるのですから」
 冷たい白が彩る中、麗しき銀色の髪がさらりと靡く。
 ただ、終わりを迎えるだけ。
 祈りの終わり。それを認めることの、なんと難しいことだろうか。
 贖罪に生きる聖女たるシホだからこそ、切実な願いの強さは分かっている。
 救われる。
 そう言われても、決して笑えない。
 たとえ百万の痛みが訪れても、心に懐いた祈りは手放せない。
「だしても、あなたには救いがあるんです」
「…………」
 機織りの姫は沈黙するばかり。
 ただことり、ことりと織り続けられる慕情の布。
「その織り布は」
 白と黒の双つの聖銃を携えて、シホは雪に足跡を刻む。
「きっと、あなたの悲しみを綴るだけだから。繋げるだけなのですから」
 手放しましょう。
 この悲しい世界から解き放たれれば、もしかしら。
「愛しいひとに、また出逢えるかもしれません」
 シホは残された機織りの姫にそっと言葉を投げかける。
 純粋に、心を、魂を、愛を助けたいのだ。
 ただ誰かを求める心が、世界の滅びを招くなんてあんまりだと、機織りの姫の周囲を舞う幽世蝶を見つめた。
「でも……私は」
 機織りの姫の喉から後悔のような、名残りのような、決して棄てきれない想いが零れる。
 棄てられない。手放せない。
 どれほどに大切か分かるのならと、濡れた女の瞳がシホを捉えた。
 そうして悲しき怨念が果てた女の霊を呼び起こす。
 鋏を構え、悲恋の定めを断ち切ろうとかのように迫る亡霊の影。
 なんて哀しい姿だ。
 それほどに抗っても意味のないことなのに。
 他人を、世界を、傷つけて起きる奇跡なんてないのだから。
 シホはゆっくりと瞬きをする。
 次の瞬間、純白の羽を舞わせ、雪風を携え身を躍らせた。
「少しでもあなたの苦しみと寂しさが紛れますように……」
 双銃より連続で放たれる銃弾は、けれど直線に走らない。
 まるで何かの模様を描くようにと、数え切れない程の弾丸が空を舞い、花火のように色鮮やかに輝いていた。
 それはさながら、美しき流星群のよう。
 奏でる音も、星たちが転がる玲瓏とした響き。
「心を籠めて奏で紡ぎましょう」
 或いは、この|奇跡《ユーベルコード》は誰かの為にと天が落とす慈愛の涙。
 星彩の煌めきをもって女と、亡霊の心を奪う光だった。
「あなたの魂に救いあれ」
 シホが踊るように身を転じて告げた瞬間。
 鎮魂の旋律を奏でる銃弾が、一斉に女と亡霊へと走り抜ける。
 色鮮やかなるは雪夜の白と黒のみの世界を晴らす。
 綺麗な音色を奏でる銃撃は、弔いの祈りとなって女の胸に、魂へと届く。
 果たしてそれは、どれほどに心に響くのか。
 雪の上にとさりと倒れた機織りの姫に、世界を滅ぼす祈りを抱えてしまった女に、シホは穏やかに近付く。
 雪に埋もれた腕を取り、優しく、物静かに祈りを捧げた。
――あなたの愛に、救いあれ。
 雪とも銀とも違う。
 淡くて儚い、何かの光が空へと舞い上がっていく。
 それは妄念を祓われた女の魂の欠片だったのかもしれない。
 星奏の魔弾に無数に砕かれたからこそ、広い世界に、数多とある世界に、愛しい彼という存在を求めて飛び立てる。
 何処にいても、彼を見つけるのだと、幾つもの流れ星のように旅立つ姿を見送り、シホは瞼を閉じた。
 ただ今は、祈るばかり。
 きっと、心ある限り、ひとは祈り続けるのだから。

成功 🔵​🔵​🔴​

マチルダ・バレンタイン(サポート)
ケルブレ世界から来たヴァルキュリアの鎧装騎兵
普段着がメイド服
外見から想像出来ないが大食い
戦闘前に余裕が有れば事前に【情報収集】をする
戦闘時はバスターグレイブと23式複合兵装ユニットの【エネルギー弾、誘導弾】の【一斉発射、砲撃】で攻撃。接近戦になったらゲシュタルトグレイブの【なぎ払い】で攻撃
敵の攻撃は【ジャストガード】で受けるか回避する。

 ユーベルコードは指定した物をどれでも使用し、多少の怪我は厭わず積極的に行動します。他の猟兵に迷惑をかける行為はしません。また、例え依頼の成功のためでも、公序良俗に反する行動はしません。
 あとはおまかせ。よろしくおねがいします!



 ただ破滅を拒む為に。
 夏の夜を染め抜く幻想の雪を、儚き白を越えていく。
 ここはカクリヨファンタズム。
 想いひとつにて移ろう優しき世界。
 果てぬ祈りにて、滅びを招く危うき世界。
 何もかもを抱きしめるからこそ、何もかもが不確かなまぼろしの世。
 まるで、違う。
 戦う必要があり、外から来るもの達と抗い続ける|剣の世界《ケルベロスディバイド》とは何もかもが違うのだと。
 マチルダ・バレンタイン(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・f40886)はゆっくりと呼吸を重ねる。
 涼やかな空気は夏と思えなかった。
 しくしくと悲しみに濡れた、冷たいさえ感じられた。
 だからといって、道は譲れない。
「未来を奪われる分けにはなりません」
 凜々しい声色で告げるマチルダは、バスターグレイブを構えてみせる。
 蒼い双眸は静かな戦意を秘め、銀の髪は雪夜の色の中でもはっきりと映る。
「道を譲って頂きます」
 そう言うや否や、両腕で構えたバスターグレイブと、背負った23式複合兵装ユニットから放つのは輝くようなエネルギーの砲弾。
 一斉に放たれたそれら、終わりを呼ぶ流星のようだった。
 破滅を砕く力こそが、今のマチルダが操る力。
 轟音と共に積もった雪が打ち払われ、夜が白光にて照らされる。
 情を以て触れたとしても、それがオブリビオンとなってしまった機織りの姫にどうなるというのか。
 慕情にて動き、残り、世界を滅ぼす祈りを捧げてしまった女。
ならば、情念にて触れれば、ただ女をより傷つけるだけ。理と論の冷たさではなく、優しいぬくもりでこそ女はより、しくりと痛みを覚える。
 痛む心があるから、止められないのだと加速するのだから。
「…………」
 マチルダには何も言えない。
 砲撃を連続させながらヴァルキュリアの翼にて高速で飛翔し、至近距離へと至ればゲシュタルトグレイブで薙ぎ払う一閃にて夜闇と女の迷妄を斬り払ってみせる。
 瞬く白刃は、さながら一筋の光だった。
此処で終わればね機織りの女もまた幸せだったかもしれない。
 けれど。
「ああ、まだ」
 心と体の傷口から溢れる血と涙。
 それに気づきながらも、機織りの姫は祈り続ける。
「……彼が、愛しい彼が忘れられないのです」
 私が忘れてしまえば、果たして。
「彼が、ほんとうに消えてしまう気がするから」
 だから諦めないのだと、真綿に織り糸、美麗な反物と放ってあらゆる力を絡め取ろうとする。
 それは確かに、必死な抗いだった。
 運命さえも絡め取り、定めさえも変えてしまおうとする女の願い。
「けれど、それが手繰り寄せるのは滅び。だれひとり、本当はあなたさえ望まないもの」
 そうと知るからこそ、マチルダは決して怯まず、揺るがない。
 凜然と眦を決して、迫る女の想いを見つめる。
 ただ無心に打ち払うことの出来る敵の、なんと容易いことだろうか。
 が、討たねばならない。身が滅びるまで、世界が壊れてもなおこの女は求め続ける。
 そんな直感を抱くからこそマチルダもまた全身に全霊を以て、手より長柄武器を投じていく。
 刹那の百を超える刃へと変じる姿は、さながら白刃の百花繚乱。
 真綿を、織り糸を、反物の全てを切っ先が捉えて地面へと縫い付け、動きを止めるは導く戦乙女の技。
 機織りの姫もまた例外ではなく、無数の穂先に捉えられていた。
 一瞬の狂奔と衝突にて、舞い上がった雪が再び降り注ぐ。
 冷たい真白の色に包まれながら、マチルダは手にしたグレイブの矛先を定めた。
 終わりを見つめるは、マチルダの凛と静かなる蒼の眸。
 ただ一点。
 苦痛なく慈悲の終わりを届ける為に。
 音もなく、声もなく。
 けれど美しく羽ばたく光翼のように、戦乙女の刃はその心の蔵へと奔り抜ける。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

八坂・詩織
|起動《イグニッション》!

髪を解き、瞳は青く変化。防具『雪月風花』を纏う。

炎とはあまり相性はよくないんですけどね…
氷雪のオーラを纏い【オーラ防御】、さらに【天候操作】で吹雪を起こし相殺を狙います。
世界を冷たくしたいのに、貴女の心は燃えているみたいですね。
…少しだけ、貴女の気持ちも分かるつもりですが。
でもね…貴女の愛した人が笑ってくれたのと、世界が冷たいのはきっと関係ないです。
マフラーを織ってくれた貴女の心が嬉しかったんです。傍にいられるなら理由は何だっていいんですよ。

私は雪女だから。冷たくするのは得意ですが…どうかそのぬくもりを抱いて還ってくださいね。
『さよならの指先』でそっと一撫で。



 かつて、とある世界では。
 空より降り注ぐ銀の輝きは、生を否定する死だった。
 先へ、先へと生きることを拒む美しくも恐ろしき雨。
 それは今に降り注ぐ、真白き雪ととても似ている。
 黒き夜空に浮かぶは白い色なれど。
 ああ、美しいそれは破滅を呼ぶ恐ろしき色彩。
 夜宙に浮かぶ星の輝きにも。
 幻想の雪の白さにも。
 一切の罪はないのだからこそ、滅びのみを払うべく、高らかに響くは雪女の声。
「|起動《イグニッション》!」
 ひとつの宣言と共に、雪花たる戦衣装へと変わるは八坂・詩織(銀誓館学園中学理科教師・f37720)。
 艶やかな黒髪を解けばさらりと靡き。
 双眸は青く、青くと澄み渡っていく。
 身に纏うは雪月風花。美しい白の着物の袖には、ピンク色の花と蝶が戯れるように舞っている。
 美麗な容貌は、されど、隣合わせの死へと抗う麗しき想いの姿。
 今は滅びの幻想へと立ち向かう詩織は、ひとつ冷たい吐息を零す。
 見れば雪の中に佇む機織りの姫が両手を広げて深紅の織布を掲げてみせていた。
「天まで登れ」
 呼ぶべき名も忘れた、この愛よと。
 花紅の炎を纏う布が詩織へと放たれる。
 それを元にしたのは過去に在りし熱情か、切望か、それとも憧れなのか。
――胸の底にある、秘めたる想い。
 このように美しいのかと、詩織は確かにみていた。
 決して自分は表に出して、誰かへと告げて届けるつもりのない想いは、こんなにも目を奪うのか。
 いいや、だからこそ、胸の奥に秘め続けるのだと詩織は感じていた。一度放てば、世界を滅ぼすまでに燃え広がるのが愛なのだと。
――彼か私を、或いは、今の関係と絆を滅ぼすまで止まらない。
 そんな滅びの赤光を止める為に。
 炎を迎え討つのは、いと冷たき氷雪の舞踏。
 ただ白く、白くと織り成す詩織の思いを表すように。
 この夏夜に雪降らす元凶である機織り姫と、詩織は似ていると、先に思い浮かべた儘に。
「世界を冷たくしたいのに」
 花紅の炎に蝕まれながらも、終わることのない吹雪が織布を包んでいく。
 雪を溶かす布を、それでも凍て付かせ、力を奪い、ついには雪の上へとぽとりと落とすのだ。
 それでもと、詩織は向き合う機織り姫の目を見て、しっかりと告げた。
「……貴女の心は燃えているみたいですね」
 愛は心を燃やすもの。
 いいや、身も魂さえも。
 一度動き出せば過去さえ薪として投じてしまう。
 とても、とても恐ろしいものだった。
「……少しだけ、貴女の気持ちも分かるつもりですが」
 だから少しだけ、ほんのすこしだけ、詩織も機織り姫の気持ちは分かるものの。
 痛みの一部を、同じく胸に疼かせるもの。
 違うのだと、その穏やかな美貌に優しく微笑みを浮かべてみせる。
「でもね……貴女の愛した人が笑ってくれたのと、世界が冷たいのはきっと関係ないです」
 告げられないからの諦めではない。
 雪花のような、柔らかなその表情に嘘偽りなどなかった。
 混じりけのない真心が、機織りの姫の心に刺さるように届いていた。
「マフラーを織ってくれた貴女の心が嬉しかったんです」
 考えれば、分かること。
 彼の気持ちを、愛を思えば感じること。
「傍にいられるなら理由は何だっていいんですよ」
 盲目になるほどに祈り続けたから。
 悲しく、悲しく、それでもと願い続けたから。
 忘れてしまった、彼の思い。
 傍にいたいという気持ちを向けてくれたことを。
「いいえ、傍にいたいと思う彼の気持ちは……今もあなたの傍にある筈です」
 その真実を告げられて、機織り姫は僅かに顔を伏せた。
 ああ、そうだ。そうなのだ。
 彼が傍から離れる筈がない。
 今だっているいる筈で、冷たく、冷たくと閉ざすから、分からなくなっただけではと。
「それでも」
 と、機織りの姫はマフラーから手を離せない。
 名を忘れた。姿だってどうだろう。
 自分の名前も忘れ果て、それでもと願うのだから、マフラーから離れられない。
 もう一度と、願わずにはいられない。
 けれど、詩織の言葉は。
 ことり、ことりと雪の裡で続いた機織りを止めていた。
 詩織の想いは、優しさは、情は、頬を撫でる雪よりなお機織り姫の傍にあった。
「私は雪女だから」
 さくり、さくりと雪を踏みしめ。
 手の届く場所へと。
 より小さな声も、囁きも、泣き声も。
 お互いの心に触れる距離へと、詩織は近付く。
「冷たくするのは得意ですが……どうかそのぬくもりを抱いて還ってくださいね」
 詩織がゆっくりと微笑むと、機織りの姫もまた。
「……ええ」
 と、柔らかく微笑んだ。
 諦めたのではなく、何かを見つけたようだった。
 機織り姫は、雪の中に咲く青い花を見つけたように、詩織の青い双眸を見つめていた。
 だからそっと。
 そっと、ひとなで。
 さよならの輪郭をなぞり、冷たい終わりを告げる詩織の指先。
 胸に秘めるなら、きっと永遠で不滅なのだから。
 想いを、機織り姫の命を、この世ではない向こう側へと渡す詩織。
 夏は取り戻され、一夜にして積もったこの雪も朝には溶ける。
 滂沱と零した涙のように大地を濡らすだろう。
 そして新しい夏の草花を潤し、花を開かせるのだ。
 ただ、それは先の話。
 今はと空を見上げれば、雪雲も消えていく。
「月と、星」
 澄んだ夏空はくっきりと。
 見つめたあの星座が浮かんでいる。
 誰かと誰かが見つめた、あの美しい星彩が紡ぐ形。
 夢のように不確かで、心で繋いであげないと浮かび上がらない星座というもの。
 夏の夜に雪は通り過ぎ、儚い星ばかりが残った。
 きゅっと。
 切なく胸を締め付ける星の瞬きばかりが、残っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月白・雪音
…死より蘇り、新たな生を得て現世に在る種も居るものです。
なれば死した命が黄泉返るもまた在り得ぬ話では無いのでしょう。
されどその魂が既に滅び骸の海に沈んだとあらば、それが貴女の愛した人であったとてそこに在るのは過去の残滓と変じ歪んだ別のモノ。

…或いはそれを知った上で、それでも貴女は今一度愛した人に会いたいと願うのでしょう。
名さえ忘れ、顔と声だけの記憶になってさえ、世界を滅ぼさんとする程に。
…いいえ、故にこそ顔と声の記憶だけは喪う事無く残っているのでしょうね。
それほどまでに強く紡がれた縁と愛。なんと眩しく美しい事か。

…なればこそ、私はその愛の結末が破滅であって欲しくは無い。
互いが生きるが故に愛した世界。彼の愛した貴女が生きた世界。
それを護る為に、貴方を殺めるという業を。この身を以て背負わせて頂きます。

…滅びの核が互いの想いなれば、彼にもまた世界を滅ぼさせるという事であるが故に。


UC発動、野生の勘、見切りにて織布の軌道を予測し残像にて回避、肉薄
殺人鬼としての技巧も併せ、苦痛を与える事無く止めを



 世界の理さえも越えて、雪の花びらが舞い落ちる。
 白く、冷たくと夏を染め。
 あらゆるをひとりの情念で覆い尽くす。
 静かに、静かにと思い続けた羽織りの姫の願いばかりで。
 愛しいひと、愛しいひとと。
 もはや名さえも忘れさられた、終わりの向こうに語りかける。
 今は雪の白と、夜の黒さが綾を描くばかり。
 だが、女がいずれ呼び覚ますのは破滅の色。
 ならばとふるりと身を震わせて、虎の尾をゆるりと泳がせて。
 月白・雪音(|月輪氷華《月影の獣》・f29413)は美しい幻想ではなく、残酷な現実へと呟いた。
 確かに、確かに。
 機織り姫を責めるばかりではないのだと。
「……死より蘇り、新たに生を得て現世に在る種も居るのです」
 もはや鼓動を刻まぬ骸人に、肉体さえ持たぬ悪霊とて。
 或いは自らの意志で極楽より戻りし即身仏とて、今という時を歩いている。
 幻朧桜の癒やしと慰め、輪廻転生の巡りにはいらずとも、世界にあれるというのならば。
「なれば、死した命が黄泉返るもまた在り得ぬ話では無いのでしょう」
 どうして祈る女を咎められようか。
 もしかすれば手に入るかもしれない願いを前に、さあ、今すぐに諦めるのだと言えようか。
 もしかすれば、ひとときを経て奇跡は叶うかもしれないというのに。
 だが。
 だがと、雪音は深紅の双眸を機織り姫へと向ける。
 何処までも残酷な現実を告げるように。
 その言葉が、どれほどに胸へと痛みを届けるか、知ってなおと。
「されどその魂が既に滅び骸の海に沈んだとあらば」
 紡ぐ言葉を止めることは出来ない。
 雪風に撫でられた白い貌は、ぴくりとも動かず、情緒の一切を表さないままに。
 冷たく、透き通るような声色で続ける。
「それが貴女の愛した人であったとて、そこに在るのは過去の残滓と変じ歪んだ別のモノ」
 骸の海という無慈悲な場所。
 自らそうと名乗る、あの白い混沌の姿を脳裏に浮かべる雪音。 
 ああ、あの|滅びの炎《カタストロフ》を望む者に触れられれば、もはや元の身と心は保てまい。
 歪み、拗くれ、愛は狂いて世界を傷つける。
 そう感じるのは対峙した雪音だからこそ。
 いいや、向き合ったことのない者でもなくとも懐くかもしれない。
 世界は無慈悲で、残酷なまでに美しい流れの裡にあると。
 冬は過ぎ去れば雪は溶け、春となれば桜は散る。
 夏の日差しに咲いた花さえも、秋の霜風に触れれば枯れ果てるように。
 そうして、また冬の白き情景に閉ざされるように。
 全ては移ろい、流れ、形を留めずに散っていく。
 何もかもは残らない。
 永遠などないのだと、心と魂にさえ告げていく。
「……或いはそれを知った上で」
儚く思える程に小さく、ほっそりとした雪音の姿。
 雪の花びらに飾られ、埋もれ、冷たい風に触れられて。
 されど、僅かに揺るがない。
 繊細な容貌は、微かにも震えはしない。
「それでも貴女は今一度愛した人に会いたいと願うのでしょう」
 雪音は男女の愛の秘やかさ、その切なるを知らずとも察するに余り在る。
 だが胸の裡にどれだけの情を抱え、懊悩を巡らせ、痛みを憶えても雪音は澄み渡る月のように佇むばかり。
 ただ真っ直ぐに女を見つめ、見送るのだ。
「名さえ忘れ、顔と声だけの記憶になってさえ、世界を滅ぼさんとする程に」
 ふるりと、雪音は首を振るった。
 白髪に積もった、真白き雪が零れ落ちて、虎の耳もするりと動く。
 まるで女の声を、吐息を、そこから情念を察しようとするかのように。
「……いいえ」
 女は無言だった。
 が、その沈黙こそが全てを語る。
 百の言葉を尽くしたからこそ、もはや何も言わない。
 何も言う必要はなく、ただ祈り続けるばかりと、か細い息と存在の中で想い繋ぐのだ。
「故にこそ顔と声の記憶だけは喪う事無く残っているのでしょうね」
 そんな女を諭し、助けるものはない。
 世界のあらゆる彩りを、華やかさを、優しさとぬくもりを。
 掻き集めて渡しても、女にはひとかけらの慰めともなりはしないのだ。
「それほどまでに強く紡がれた縁と愛」
 白雪の中、ひとり立つ雪音は僅かに瞼を細める。
 心の底から感嘆し、これもひとつの強さだと嘘偽りのない賞賛を贈る。
「なんと眩しく美しい事か」
 女は確かに、このカクリヨファンタズムという儚くて危うい世界とはいえ、現界の理に打ち克ったのだ。
 夏に雪を降らすこと。
 それがどれだけの切実な祈りの為したことなのか。
 降り積もる雪の重さを集めても、機織り姫の情念の重さには叶うまい。
 幻想を招く、一途な願い。
 決して今の雪音には手に出来ぬもの。
 同じ土俵にあれば、必ずや敗北するのだと認めて頷き、その美しさに幾度となく瞬きを重ねた。
 微笑むこともできないから。
 ただ雪音は、静かに見つめるばかり。
 これ以上の言葉など、他人である雪音の声など、女にとっては意味も価値ないことだと知りつつも。
 無価値なものにこそ、想いは湧き上がるのだから。
 そも、ただ生きるならば愛とて不要。
 血肉にもならず、生きるにも不要。子を残すにも障害でしかない。
 そんな壊れた狂気じみたもの、どうしてひとは抱いてしまうのか。
 それでも、もっとも大切だと叫ぶものなのか。
 冷たき世界の風には、理解の及ばないことだろう。
 夜空も月も、全てはひとの心と魂を知ることはないのだから。
 だから、だからと雪音は囁く。
「……なればこそ、私はその愛の結末が破滅であって欲しくは無い」
 それは我が儘。
 世界を塗り替えるほどの想いを抱けぬ、真白き女の身勝手な願い。
 それでもと、自らの想いを貫き通すのが雪音だった。
 猟兵として、世界の破滅を見過ごせない。
 確かにそんな想いもあるだろう。だが、それ以上にこの眩しき美しさを、決して穢したくはなかった。
「互いが生きるが故に愛した世界」
 彼と彼女が巡り会い、微笑みあい、愛を語らった世界。
「彼の愛した貴女が生きた世界」
 ひとつ、ひとつと吐息を零し、鼓動を重ね、記憶を編み上げたこの世界。
 ああ、そうだ。
 世界は愛に満ちている。
「それを護る為に、貴方を殺めるという業を」
 世界を殺めて塗り替えるほどの、愛の存在を知るからこそ。
「この身を以て背負わせて頂きます」
 愛を抱く祈りと心を砕くこと、そのあらゆる罪咎を背負うのだと。
 凍て付く白月のような美貌にて、静かに静かにと告げる雪音。
 何故ならばと、一瞬だけ瞼を伏せた雪音はさくり、さくりと足音を夜の静寂に響かせる。
「……滅びの核が互いの想いなれば」
 これだけは譲れないのだと。
 これだけは美しいが故に守りたいのだと。
 眩い光へと向かうように、深紅の双眸を確かに雪音は向けて、囁く。
「……彼にもまた世界を滅ぼさせるという事であるが故に」
「――――」
 初めて、女の吐息が止まった。
 世界を滅ばせても彼に逢いたいという女の願い。
 だが、それはまた同時に、彼の愛で世界を殺すという事に他ならない。
 だって愛は双方向。ふたつでひとつ。
 彼がいなくば彼女の愛はなく、彼女がいなければ彼の愛は存在しなかった。
 機織り姫の愛は、彼の愛でもあるのだから。
 自分のやっていた事に初めて気づいたように、機織り姫の眸が揺れる。
 呼吸を止めた儘に雪へと手を伸ばし、そのひんやりとした感触に、瞼を閉じさせた。
 彼の愛は、世界を滅ぼす冷たいものだったのだろうか。
 いいや違う。とても、とても暖かいものだった。
 暖かいといって、微笑んでくれたから、機織りの姫もまた心が暖かったのだ。
 彼の愛はこんな冷たい白ではない。
「――――ッ」
 まるで泣き叫ぶように真綿が、織り糸が、反物が荒れ狂う。
 全てを絡め取ろうとする愛が、ああ、違うと悲痛に叫ぶかのように。
でも――と。
 雪音もまた、息を止める。
 残像伴いて身を翻す白い姿は、さながら決して逃れられぬと歌う雪の死神。
 美しいが、避けられぬ残酷な運命そのもの。
 咎を背負いても世界と心を護るという、果敢にして高潔なる意志そのもの。
 真綿と織り糸は仕方ないと身で受けても、織布のみはと起動を予測して躱し、一瞬で手の届くことで肉薄している。
 それは殺人鬼の技巧であった。
 とても冷たい貌をした、けれど確かに情を懐く、同じ女からの慈悲でもあった。
 新たにひとつ、息を世界に残す前に。
 愛を抱いていた吐息ばかりが、世界に残るように。
――愛に涙だと、不要だというように。
 ひとつの苦痛を、新たなる悲しみを心に浮かべる間もなく、静かなに流れる雪音が、機織り姫の命を絶つ。
 もう悲しい吐息は、世界を滅ぼす愛は零れ落ちなかった。
 ただ儚い花を手折るように。
 そうして、彼と彼女の愛へと手向けるように。
 雪音は散らばった織布を、糸を、真綿を、女の骸へと重ねていた。
 彼女の愛がこの織布を紡いだのならば。
 そして、彼の愛と彼女の愛が同じならば。
 機織りの女は、彼の愛に抱かれて逝く筈だから。


 そんな想いは、はたして無意味だろうか。
 無意味なことにこそ、愛はある筈だけれど。
 暖かいと微笑んだ声に、きっと何かの意味などなかったように。
 意味なんてなく、ただ愛しかっただけなのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2024年07月31日


挿絵イラスト