VIXIと言うには遠く、されど、風は吹く
●人の心は弱きものであるがゆえに
立場、境遇、出自。
多くのものが生まれた生命、人の間で異なる。
性差もそうであるし、生まれた家もそうである。
人は平等であるし、生命に貴賤はないと言う。
けれど、ならばどうしてこんなにも人は不平等に塗れなければならない。
長く生きるものもいれば、短き一生を終える者もいる。それはどうしようもないことなのか。避けようのない不平等なのか。
「古の力は、我らに恵みをもたらしてくれる。それはきっと我が祖先が遺してくださっていたものである」
「故に我らは、この遺構を引き継ぐ権利がある」
「排斥されるべきは我らではなく、奴らだ。不当なる簒奪者を許してはおけぬ! 立ち上がるのだ、同志たちよ。我らが楽園はここにおいてほかはないのだ!」
そんな声が響く。
熱に茹だるような熱狂的な彼らの声を赤く染まる視界の中で見た。
これはどうしようもないことだったのか。
避けようのない現実だったのか。
誰がわるかったのだろう。
何がいけなかったのだろう。
この世に平和はない。あるのは争いばかりだ。争いのために争いを呼び込む。その理由さえ定かでなくても、己が手にした銃が己の敵を穿てばいいのだと引き金を軽くする。
どんなどうしようもない弱さを持つのが人間であり、その弱さを認めるのが強さの証明であるというのならば、なんと虚しいものであろうか。
「……」
遺跡発掘隊として同行した先にあったのは、亡国の民たちであった。
難民なれど受け入れるだけの余裕は、どの小国家にもない。
プラントの存在なくば小国家は成り立たない。
生きてはいけないのだ。
それほどまでに人びとはプラントに依存しきっていた。彼らを弱いと思うだろうか。
客観的に見れば弱いのだろう。
どうしようもない弱さに打ちのめされているとも言える。
だから、許せ、とは思わない。
生命を奪ったものは、生命で贖わなければならない。
「……でも、それがあなたでなければいい」
誰につぶやいた言葉かなんて、気恥ずかしくて言えない。
でも、自分の生命を奪った誰かに贖わせるような行いを、彼にしてほしくはないと思う。
そうした思いさえもきっと伝わらない。
戦いの炎というのは、いつだって、そうした些細な思いさえも燃やし尽くしてしまうものであるから。
なら、せめて、と自らは思う。
願う。
祈る。
何になるのだと問う者がいたとして、きっと己は風になって彼の元に向かうだろう。
寄り添うのではなく、過ぎ去っていく風となることを望むのだ――。
●寄り添うものであるし、他者を認識するものである
「もう結構時間が経ったな」
地下遺跡、その遺構の入口にて数機のキャバリアが降着状態ではなく、警戒態勢で周囲のデータを習得し続けていた。
彼らはこの地下遺跡に派遣された遺跡発掘隊からの連絡が途絶えたことを受けて派遣されたキャバリア部隊であった。
地下遺跡と言っても亡街地帯と呼ばれる衰退した大昔の大国の名残である。
クロムキャバリア、ビルフォートレス大陸地方にはこうした地域が多く存在している。
その多くは無法者や犯罪者が行き着くような場所であった。
と言っても、プラントがなければ生活は立ち行かないだろう。
結局、彼らは勢力を拡大することもなく、代替わりするまでもなく滅びていく。
そして、また流れ着いた者たちが遺物を用いて生活し、また滅びていくのを繰り返すばかりであった。
また時として小国家同士の争いの場でもあった。
互いの国土を荒らさずに雌雄を決するという意味では、この亡街地帯は都合が良かったのだ。
言ってしまえば、集塵地とも言えるだろう。
「こんな辺鄙な場所、早くおさらばしたいぜ」
「そういうなよ。でも確かに遅いな。隊長、梃子摺ってんのかね? 通信も繋がりやしねぇし」
「地下遺跡だからな。通信障害は仕方ない。こんな直線距離が大したことなくっても、隔てるものの体積が大きければ簡素な通信すら途絶しちまう。厄介なもんだ」
「しかも入り組んでるってわけだろ? どこがどうなってんのやら。ま、隊長に限って、もしもはねぇだろ」
「違いない」
彼らの隊を率いているのは、トラスト・レッドライダー(レプリカントのデスブリンガー・f43307)である。
隊員からの彼への評価は極端に二分される。
確かに彼のキャバリア操縦技能は凄まじいものであった。隊の誰もが模擬戦で彼に勝利を得ることはなかったし、認めるところであった。
しかし、彼の甘さは時として戦いの場においては厄介とも言えるものであった。
部隊を指揮する姿は慎重にして冷静。
だが、その実、情に厚き優しき心を持っていた。それは確かに共に戦う隊員たちにとっては好ましいものであっただろう。
だが、彼は部隊員のみならず敵対する者にさえ、その優しさを発揮するような男であった。
混迷極める世界にあって、秩序と平和をもたらすために戦うと公言はしないが、胸に秘めていた。その様は隊員たちにも知れるところであったが、それ故に戦いの中にあっては非常を捨てきれぬ甘さを唾棄する者もいたのだ。
ロマンだと、彼は言うかもしれないが、そのロマンが隊員の生命を脅かすかもしれない芽を育てているのかもしれないと危ぶむ者もいたのだ。
「しかし、連中……なんつったか。カルト集団でいいんだっけか。どうしてまた国が調査しているってわかっている地下遺跡を狙うのかねぇ?」
そう、それが彼らがここに着た目的だった。
連絡が途絶えた遺跡発掘隊の捜索と保護、そして、もしも地下遺跡内部に脅威があるのならば、この排除。
この二点が彼らに課せられた任務であった。
とは言え、周囲は亡街地帯。
打ち捨てられた過去の戦いの跡が生々しく遺された場所である。
「カルトっていっても、キャバリアも対して揃えられていないんだろ?」
「そういう話だったが……はあ、貧乏くじ引いた気分だ」
「いいや、わからんぜ? もしかしたら、こっちが当たりだって可能性もある」
彼らは呑気とも言える態度であった。
彼らを率いている隊長であるトラストがいれば、まだ雰囲気箱となったかもしれない。けれど、今、その彼は地下……その遺跡へと向かっている。
咎める者は誰もいなかった。
そう、センサーに反応した僅かな揺らぎを、彼らは慢心と油断でもって見逃してしまっていたのだ。
ゆらり、と朽ちた遺構、そのビルディングの傾ぐ最中に揺らめく赤い眼光めいたアイセンサーが灯る。
「こんな場所に逃げてもプラントがなければ生活もできないってわかってんのに……」
隊員の一人が軽口を叩こうとして、次なる言葉を飲み込む。
喉が鳴る。
センサーを見る。
反応がない。
熱源も。なにもない。
なのに。
「て――」
敵襲、と警告を飛ばすことすらできなかった。
時間にすれば一瞬にも満たぬ時間であったことだろう。
ただ一人赤い人魂の如き揺らめくアイセンサーに気がついた隊員以外の全てのキャバリアが瞬時に崩れ落ちる。
鈍色、と気がついた隊員はつぶやいた。
だが、そのつぶやきは届くことはなかった。
ここは亡街地帯。
多くの死の残留が認められる濃縮された死の気配濃き場所。
暗転する視界の中で、悔恨すら許されぬ僅かな瞬間を隊員は呪うしかなかった――。
●恩讐というのならば、きっと人の情なのだろう
「俺ぁ、やっぱり納得いかねぇ隊長!」
鳥羽・弦介(人間のキャバリアパイロット・f43670)は口角泡を飛ばす勢いで、己が隊を率いる隊長機に向かって叫んでいた。
その怒号とも言うべき声に、身を竦ませる者たちはまるで己が身を以て助命を嘆願するようにひれ伏していた。
完全なる降伏。
誰も彼もが同じようにしていたが、弦介の声にいよいよもってダメかと諦観にも似た感情を、その肩に滲ませるようであった。
「こいつらは発掘隊を虐殺したんだぞ!!」
「……俺達もだ、隊長。こんなのは納得しかねるぜ……!!」
地下遺跡の発掘調査に向かった隊の連絡が途絶えた。
故にこれを探索し、保護する事を任務としていたキャバリア部隊の隊員たちは、眉根を釣り上げていた。
見開かれた瞳は血走っているとも言えただろう。
それほどまでに彼らは激昂していたのだ。
そう、彼らは見た。
己たちが探索し、保護すべき対象たちが無惨にも殺され、この地下遺跡を不当にも占拠していたカルト集団たちによってまるで旧時代の生贄にされるように悍ましい姿に変えられていた姿を見てしまったのだ。
到底、許容できるものではない。
生命には生命で贖わせなければならない。
だが、隊を率いていた隊長トラストは頭を振る。
「ダメだ」
にべにもない一言であった。
なぜ、と問いただすように弦介たちはトラストに詰め寄る。
だが、彼はやはり頭を振って否定するばかりだった。
「先ほど通達したとおりだ。何度もな」
「それが納得できないって言ってんだよ! なんで連中を捕虜にするような真似をする! アイツらは発掘隊の連中を殺してんだぞ!」
「それが事実だとしても、彼らは難民だと言っている。殺す必要はない。このまま国に連行する」
その言葉に弦介は頭に血が上る思いであった。
どうして通じないのだ。どうしてトラストは己たちの同胞を殺されたことを悼みながら、殺した者たちを許すような真似をするのだ。
生命に贖えるのは生命しかない。
有史以来、人類が取れる択はただ一つしかないのだ。
それ以上を奪うことはできないから、生命の代価は生命でなければならないのだ。
「んなもん嘘っぱちに決まってるだろうが! 奴ら見たかよ! こっちの装備に歯が立たねぇと見るやすぐに降伏しやがった! 勝ち目がねぇからって出鱈目言って、この場をなんとか乗り切ろうってことしか考えてねぇんだ!!」
弦介の言葉に他の隊員たちも同調する。
尤もだ、とトラストは思った。
確かにカルト集団のキャバリアはお粗末なものだった。アンダーフレームとオーバーフレームの統合性すらなかった。
寄せ集めの上に、さらにジャンクやスクラップをつなぎ合わせただけのお粗末さ。
そんなもので正規のキャバリアに敵うべくもない。
だからこそ、彼らはわずかな打ち合いだけで此方に投降するように白旗を上げたのだ。
わかっている。
これは争いだ。
生きるか死ぬかでしかない。
まかり間違えば、流れ弾で死ぬことだってある。
重々承知だった。
「そうだ! 仲間だって殺られたんだ!! こちらは全員此処で殺るべきだ! 隊長ぉ!!」
憎しみが憎しみを呼ぶ。
傷は痛みを呼ぶし、痛みは怒りに変わる。
そうやって転がる岩のように止めようがないものである。
けれど、そこにロマンはあるのか。
トラストは己の心に問いかける。
そう、ロマンだ。
確かに戦いはどうしようもないものだ。
非生産性にすぎるし、遺されるのは傷跡ばかりだ。けれど、と彼は思うのだ。
怒りと憎しみは忘れられない。
けれど、乗り越えることができる。その乗り越えた先にこそ、きっと己たちが求める何かがあるのかもしれない。
未だそれが言葉にならぬものであり、己たちが獲得し得ぬものであったとしても、きっと尊いものであると思うからこそ、トラストは、それをロマンと語る。
殺意が膨れ上がり、己の背後にひれ伏すように身を震わせるカルト集団を見やる。
生きていたいのだろう。
それは彼らに殺されたもの達だって同じであったはずだ。
だからこそ、こうして命乞いをしている。
どうか、どうか殺さないでくれ、と。
もしも、己が逆の立場だったのならば、と考える。
「……もう一度言うぞ。彼らを拘束し、国に連行する。彼らの処遇、処断は国が決める事だ」
彼らを殺すことは最も簡単な道だ。
だからこそ、己達は厳しくも長い道を選ばなれければならない。
いつだってそうだ。
人は楽な方に流れていく。
水の流れのように上から下へ。けれど、状況に流されるばかりではいけないはずなのだ。きっと、そこになにかあると信じるからこそ、川の流れを逆流して上がり、龍となる存在だっているはずなのだ。
トラストの言葉に部隊員たちのさっきが膨れ上がる。
ダメか、とトラストは思った。
だが、弦介を見やる。
彼は部隊でも特に己が目をかけている者だ。
サイキック能力を備えているし、負けん気の強さだって買っている。
どんなに模擬戦闘訓練を行って、己に打ちのめされても挫けぬし、捨て鉢にもならない。
常に勝ち筋を虎視眈々と狙う豪胆ささえ持ち合わせているのだ。
言葉にはしないが、期待している。
だからこそ、彼には踏ん張ってほしかった。踏みとどまってほしかったのだ。
けれど、言ったところで彼が、彼の中にある感情の行場がないところもまた承知の上である。ならば、とトラストは己が帰還した後に、彼の感情を受け止めればいいと思っていたのだ。
それはあまりにもトラストにとって都合が良すぎる想像でしかなかった。
「……隊長、あんたの命令は聞けない」
弦介は踵を返すと止める間もなくキャバリアへと乗り込む。
起動する機体。
その腕部が持ち上げたのはパルスマシンガンであったし、その銃口が狙っていたのはカルト集団であった。
どんな人間であれ、無抵抗の人間に、それもキャバリア戦闘に用いる武装を向けることはためらわれるものであった。
オーバーキルが過ぎる。
虐殺行為と取られかねない。
そうなれば、如何に情状酌量の余地があるのだとしても、彼を軍法会議から庇い立てすることはできない。
だからこそ、トラストは己もキャバリアへと飛び乗り、弦介のキャバリアとカルト集団の間に割り込む。
「鳥羽。お前は……発掘隊に友人がいたな。友人を殺されて、お前は今、正気ではないのだろう」
彼は語らなかったが、しかし発掘隊の遺骸を発見した報告を彼自身からトラストは受けていた。
声は震えていた。
親しい人間を失ったのだ。
この世界は失うばかりだ。
得られるものは圧倒的に少ない。いつだって奪われるか、壊されるかでしかない。
だからこそ、辛いのだ。
生きるのが苦しいのだ。
けれど、人の社会はそうした傷を補い合うものである。
誰かの憂いに寄り添うから優しさが生まれる。
確かに人は強くなければ生きてはいけない。けれど、優しさを失っては生きる資格さえないのだ。
トラストは己のそれが優しさだとは思っていないが、しかしそれでも今、弦介を止められるのは彼自身が得た優しさしかないと思ったのだ。
「その気持は理解できる」
失ったものにしかわからぬ言葉であった。
お前は強い奴だ。
どんなに心折れても、それでも立ち向かう気概を持っていた。
だからこそ、トラストは彼ならば踏みとどまると思っていたのだ。
「命令違反は重罪だが、今は目を瞑ろう。だから、銃を下ろせ」
その言葉に弦介のキャバリアの腕部がわずかに下がる。
それをみて、トラストは息を吐き出す。
一触即発の事態。
けれど、ギリギリで弦介は踏みとどまってくれたのだ。
また一つ悲劇を乗り越えて彼は強くなる。そう確信した瞬間、トラストは見た。
一度は下がりかけたキャバリアの腕部が再び持ち上がり、その手にしたパルスマシンガンの銃口がカルト集団へと向けれたのを。
そして、キャバリアのマニュピレーターが引き金を引かんとした瞬間も。
息が漏れる。
やはり、とも取れたし、なんとも言い難い感情がこみ上げてきたのもわかる。
けれど、己がやるべきことは反射的にできてしまっていた。
踏み込んだトラストのキャバリア『レッドドール』が駆動し、手にした高周波発する片手剣の一閃が弦介のキャバリアの腕部ごとパルスマシンガンを切り捨てたのだ。
やはり、動きがいい。
こんなことがなければ、彼を次なる隊の隊長に推挙するところであった。
けれど、それも御破算だ。
こうなっては、どうしようもない。
「ぐ、……!! て、めぇえええええ!!!」
弦介の咆哮に呼応するように次々とと他の隊員たちのキャバリアも起動する。
まるで彼の憎しみに反応するようであった。
「……お前たち」
「隊長、やっぱりアンタは間違っている! こいつらはどうしようもねぇクズだ! 強者に媚びて、弱者を虐げるクソみてぇな連中ばっかりだ!」
「生きている価値なんて一つもねぇ! こんな連中に殺された奴らが不備でねらねぇよ!」
「だから、俺達が殺してやる! こんな存在していたって意味ねぇ奴らなんかぁぁぁぁ!!!」
憎しみが、怒りが伝播してくのをトラストは見ただろう。
洪水のように感情がキャバリア越しにも伝わってくる。
一時の感情に飲まれてしまった者たちを留めるのは至難の業だ。
この状況では己が身も危うい。
だが、トラストはキャバリアの操縦桿を握りしめる。
「命令違反には厳しい罰則がくだされる」
「何を言ってやがる!」
弦介が吠えた。
その通りだった。
このような状況に至って尚、トラストは部隊員たちを止めるつもりでるのだ。
罰則でもって留める。
現地における最高の司法を持つのが隊長であるというのならば、それはこの場で置き止めるものであると言わんばかりであった。
そして、同時にそれは弦介たちに対する侮りでもあったのだ。
多数に囲まれて尚、トラストは己達を小僧を叱るように制圧してみせると言ったのだ。
「覚悟しておけ」
馬鹿にするな、と弦介は思ったかもしれない。
いや、現に思っただろうな、とトラストは思った。だからこそ、止めねばならない。
まだ小僧の彼らを諌めるのが、隊長としての己なのだから――。
●それゆえに人は懊悩しなければならない
キャバリアが地下遺跡の遺構、その限られた空洞の最中を疾駆する。
無数の機体が入り乱れるようにして隻腕となった機体がトラストの乗騎『レッドドール』に迫る。
それは捨て鉢めいた特攻に思えただろうが、トラストは看破していた。
サイキックシールドを前身に展開して後に、抜き払ったフォースセイバーによる格闘戦。
これによってトラストの機体を縫い留めるつもりなのだ。
良く見た光景だった。
何度も実践形式の訓練で弦介が見せた挙動。
パターンになっているのだ。
それを指摘したが、彼は感情が高ぶるとどうしても突撃機動に頼るところがある。サイキックシールドという強固なアドバンテージがあるからこそなのかもしれない。
故に、諌めたのだ。
感情を高ぶらせるのはよいが、振り回されるな、と。
そんな教えめいた言葉も彼は忘れてしまっていた。
「できるだけ被害を抑えろだなんだのと、てめぇはいっつも敵に甘ぇ! なんで敵に情を駆ける必要がある!」
激突するフォースセイバーとプラズマの大剣。
奔流が周囲に余波として飛び散りながら、『レッドドール』を駆るトラストは言う。
「徒な破壊は、却って状況を悪くする。必要な事だ」
「何が! それでこっちの損害が多くなれば、意味のねぇことだろうが! これは! 滅ぼすか滅ぼされるかの戦いでしかないだろうが!」
鍔迫り遭う機体。
アイセンサーが煌き、互いのヘッドユニットが額を合わせるようにして激突する。
「そんなだから、俺達は苦労しっぱなしだ!」
「だろうな」
鍔迫りあい、けれど『レッドドール』は弦介のキャバリアを弾き飛ばす。
その最中に打ち込まれる他の隊員の弾丸。
縫うような挙動でもってトラストは躱し、肉薄する。
手にしたパルスマシンガンをプラズマの大剣が切り裂き、破壊する。容赦のない動き。だが、コクピットを狙うことはなかった。
あくまで戦闘能力を支える武装だけをトラストは破壊していた。
ともすれば、それは余裕めいた戦いであったことだろう。
いかに同じ部隊員であろうとも、これだけの差があるのだと示すようであった。
この戦乱の世界にあって力とは絶対的なものだ。
強者は弱者を食い物にして然るべきであるし、弱者は強者の言葉に従わねばならない。
だからこそ、この世界では争いが絶えないのかもしれない。
「その、くそ傲慢ちきな考え方がぁ!!」
許しがたい。
弦介は思う。
どうして己とトラストはこうも違うのか。
一対多数の戦いでありながら、こうも己達を諭すように戦えるのか。
コクピットを狙えばすぐさま終わるというのに、それをしない。
ただただ無力化し、怒りと憎悪に染まった己たちの茹だった頭に冷水をぶちまけるかのように彼は武装を破壊していくのだ。
それはきっと優しさなのだろう。
この戦乱の世界にあっては、得難い強さなのだろう。
だが、優しさだけでは生きてはいけないのだ。強さがなければ生きてはいけない。優しさは資格だというのならば、力と資格を備えたトラストに己たちが勝てるべくもないのだと示しているようだった。
傲慢だ。
あまりにも傲慢が過ぎる。
まるで己たちが間違っているのだと憚らぬような態度でしかない。
それがどんなに自分を惨めなものに思わせたか。
今だけではない。
これまでもずっとそんな思いだけを抱えて己達は生きていたし、このまま生命を守られれば、一生トラストの影がまぶたの裏にちらつく。
そんなのは。
「ごめんだって言うんだよぉおおお!!!」
咆哮と共に迸るサイキック。
その気魄にトラストは一瞬だけ怯んだ。
弱者のみが持ち得る切り札。
生命に貴賤がないというのならば、強者の生命もまた弱者と同じ理屈で失われるものだ。
故に隊員たちのキャバリアが一斉に捨て身で『レッドドール』へと組み付き、その動きを止めたのだ。
まるで破滅的な行動だった。
ありえない行動だった。だからこそ、虚を突かれたトラストは彼らの機体に抑え込まれる。
けれど、彼は動揺しなかった。
「悪くはない手だった。だが……」
この『レッドドール』の出力ならば、強引に引き剥がすことができる。
なのに。
「グッ!? なんだ!?」
機体の出力が低下していく。
この状況でパワーダウンなどありえない。なのに『レッドドール』は急速に出力を低下させ、部下たちの機体を振りほどけなくなっていた。
抑え込まれる機体。
そのモニターに映るのは、極大にまで形勢されたサイキックの刃。
弦介のキャバリアのフォースセイバーが振りかぶられていた。
このままでは組み付いた部隊員たちを巻き込むとトラストは理解していた。
「やめろ、このままでは味方をころすぞ!」
「もらったぁああああ!!!」
だが、弦介は聞く耳を持たなかった。
殺す。
こいつを殺さねばならない。
己の前に立ちふさがる脅威ではなく障害として排除しなければならない。
そうしないと前に進めない。
己が失ったものは帰ってはこない。
ならば、贖わせねばならないのだ。
生命の対価は生命しかない。だから。これは間違っていない。
己を否定するな。
己の前に立ちふさがるな。
何度も明滅するトラストの姿に弦介は苛立ちながらも、しかし渾身の力を込めフォースセイバーを振るう。
「……!」
瞬間、『レッドドール』が動く。
出力の不調がまるで嘘で合ったかのように組み付いていたキャバリアを弾き飛ばし、フォースセイバーの刀身への盾にしたのだ。
振るわれた一閃はキャバリアごと登場者を焼き尽くす。
爆散する機体。
二騎のキャバリアは爆発を挟み、対峙する。
煌々と立ち込める光。
照らされた装甲。
互いはわずかに思考を忘れた。
なぜ、という問いかけすら呼び起こされることはなかった。
はじめに正気に戻ったのはトラストだった。
「……これは、違う。これは……!」
だが、その言葉さえも嘘偽りのように思えてならなかっただろう。
己達に組み付かせたのは、攻撃の盾にするためだったのだと思われても仕方のない挙動だったのだ。
「てめぇ……!」
「殺してやる! あんたも、あいつらも!! 全員殺してやる!!!」
殺気が迸る。
トラストは己が悪手を取ったのだとにわかに理解する。
だが、全ては遅きに失する。
此処はもう戦場だった。
混乱と絶望が満ちる戦場に変わってしまったのだ。トラストが踏みとどまれと言った言葉は無惨にも踏みつけられ、彼自身の行動によって破局を迎えたのだ。
怒りが、憎しみが、鏃のようにトラストの心をえぐる。
「違う、俺は……!」
否定する言葉が自然とこみ上げる。
だが、否定してどうなる。
眼の前の光景は、己の行動をしか肯定しない。
命を守るために他者の生命を利用したとしか言いようがない。そのような行いをした者を彼らが許すわけもなかった。
疾駆し、迫るキャバリア。
いずれもが殺意に満ちていた。
殺す。
殺す。
殺す。
殺す。
必ず殺す。
その意志にトラストは、飲み込まれた。
己を渦巻く殺意。それが己という存在を取り込み、違う者へと変容させるのだ。
止めようがないことだった。
『レッドドール』のアイセンサーが怪しく煌めく。
それはまるで本性をさらけ出すようであった。
コクピットの中に飲み込まれるようにしてトラストの体躯が沈んでいく。
「俺は、違う……俺は、そんな」
そんなつもりじゃなかったのだ。
場を収めたいと思っただけなのだ。
より良い結果に繋がる道はいつだって、長く険しいものなのだ。
だからこそ、選ばねばならない。
どんなに苦しい道程も、共に歩む者がいれば、と示したかったのだ。
だが、そんな己の独り善がりが――。
●贖罪の道は険しく、答えは何処と
生命を殺した。
「オオオオオ!!!!」
これが己の咆哮だとトラストは自覚できなかった。
『レッドドール』と呼ばれた機体は、もはや見る影もなかった。
恐るべき姿。
神化と呼ぶに相応しい威容を得た『レッドドール』は、一歩を踏み出す。
その歩みにためらいはない。
この先が修羅道であろうとも、神なる身にためらいはない。
そして、神のゆく道を阻む凡夫に生命は不要である。
振るわれる腕部がキャバリアを叩き潰す。
圧倒的な一撃。
破壊だった。暴風そのものであったことだろう。
それが『レッドドール』の如何なる機能であったのかを誰も知る由はなかった。当のトラストですら知らなかったのだ。
「なんだよ……なんなんだよ、その姿はぁ!!」
弦介は己の怒りに染まる瞳に映る圧倒的な存在に目を見開く。
訓練ではいつも手を抜かれていたことはわかっていた。
けれど、こんなにも差があるとは思っていなかったのだ。
まるで超常の力。
振るわれる一撃に機体が弾かれる。
サイキックシールドが在ったからこそ無事であったが、シールドが砕かれている。次に同じ一撃を受けて無事でいられる保証はどこにもなかった。
「オオオオ!!!」
咆哮が迸る。
だが、次の瞬間、大地を貫くように大蛇の如き鋼鉄の駆体が『レッドドール』を襲ったのだ。
突如として現れた機体。
「いや、蛇……なんだよ、あれは!」
頭部らしき部分に衝角を備えた機体。
そう、それこそがこの地下遺跡に遺されていた存在であった。
これを発掘隊は調査しにきていて、そして、贄としてその血潮を、死に際しての絶望のエネルギーを注ぎ込まれることで不完全ながら復活を遂げたのだ。
だが、それだけでは此処まで起動できるわけがない。
如何にカルト教団の民たちが優れていたのだとしても、古のキャバリアを起動させることはできない。
そう、此処には神がいる。
神に至り掛けとは言え、神化の力を持った存在がいる。
それこそが、大蛇の如きキャバリア、|まつろわぬ大魔『夜剣大蛇』《パンツァーキャバリア やつるぎのおろち》を呼び覚ましたのだ。
神や、神に類するものへの憎悪を持って駆動する意志持つキャバリア。
それが今まさに神化へと至らんとしていた『レッドドール』に呼応し、この場に介入したのだ。
「Gggggggggg!!!!」
「オオオオオオオオ!!!!」
咆哮と咆哮が重なる。
衝角と激突したプラズマの大剣が火花を散らす。
大蛇の巨躯が弾かれるも、しかしその駆体は地中に座したままである。そこへ追撃の一撃を叩き込まんとした『レッドドール』は、しかし、己が叩きつけた大剣が砕かれているのを知る。
柄だけとなった武装を放り捨て、掴みかからんとした瞬間、大蛇の全身に配された回転刃が駆動する。
掴みかかった腕部を切り裂く刃。
「グウウウウウゥゥゥゥ……!!!」
呻くような声は『レッドドール』のものか、それともトラストのものか。
わからない。
わからないが、弦介は踏み込む。
どういう理屈化はわからないがトラストの『レッドドール』の動きが鈍った。
彼は知らなかったが大蛇は、神を呪う毒液を持つ。
その刃によって傷つけられた『レッドドール』は、内部からその毒に侵されていたのだ。故に動きが鈍ったと弦介は理解し、踏み込むようにフォースセイバーを掲げる。
殺す。
殺さねばならない。
その狂気に囚われて弦介は、踏み出していた。
コクピットの中だというのに、風が吹いたような気がした。
瞬間、彼は思ったのだ。
いや、思い出した、というのが正しいのかもしれない。
生命を失った肉体を見た。
血に塗れた友人の姿を見た。友人と呼ぶには親しすぎたし、恋人と呼ぶにはまだ時間も関係も足りなかった。
だが、それがかけがえのないものだったのだ。
失いたくないものだったのだ。
それを失ったという感情が、己の胸に穴を開けた。そこに滑り込む狂気があった。けれど、穴が空いたということは。
「風通しがよくなった、ということでしょう。なら、風は去りゆくものでしょう?」
誰かの言葉かわからなかった。
わからないほどに弦介は狂気に取り憑かれていたのだ。
瞬間、機体が揺れる。
『レッドドール』の腹部を貫いた大蛇の衝角。
されど、その巨体を引き抜いた『レッドドール』が大蛇を振るい、迫る弦介のキャバリアごと吹き飛ばしたのだ。
誰が見ても、この場の勝者が誰かなのかは明白だっただろう。
そう、『レッドドール』である。
勝利を確信した咆哮が上がる最中、しかし、その勝利に水を差すように飛来するのは重機爪と呼ばれる一撃だった。
鋭い一撃は、まるでこの場に在りし因縁と狂気を振りほどくように運命を引き裂いた――。
●見果てぬ答えを求めて彷徨うのが罪人
わからなかった。
なぜ、こんなことになっているのか。
次から次に現れる介入者。
大蛇の如きキャバリアの持つ力は、『レッドドール』の出力を徐々に減じていたが、その効力も衰退してきている。
それに、投げ飛ばしたキャバリアは二騎とも沈黙している。
言うまでもなく己の勝利であったはずだ。
なのに。
「グオオオオオ!!!」
己に組み付くキャバリアがあった。
鋼鉄の駆体。
圧倒的な装甲。
膂力、その出力であっても負けるとは思えなかったというのに、迫る鋼鉄の巨人『ディスポーザブル01』は、まるで意に介していないかのようにブラストナックルの一打を『レッドドール』へと叩き込んでいた。
迸る電磁波。
機体が怯んだ瞬間、殴り飛ばされ、吹き飛ぶ機体。
立ち上がれども力が失われていくのを感じる。
これは、と思う瞬間『ディスポーザブル01』の一撃が『レッドドール』の頭部を捉えた。
倒れ伏す機体。
見上げる先にあったのは、ユーベルコードの輝き。
恐るべきことに大蛇を『ディスポーザブル01』は握り締めていた。
変容していく姿。
それは機械大剣のごとき姿へと変じ、輝きを放っている。
呪詛が満ち、本能的に機体が恐怖を感じるようにジェネレーターが唸る。
本能的にあれに対抗するために機体の出力を上げているようであった。
「――」
言葉はなかった。
『ディスポーザブル01』の搭乗者はただの一言も言葉を発しなかった。
発する意味がないと思っていたのかもしれないし、そのような機能など不要としていたのかもしれない。
だが、厳然たる事実がそこに在る。
オブリビオンマシンを破壊するという一念。
ただそれのみにおいて『ディスポーザブル01』は、機械大剣へと変貌した古のキャバリア大蛇を振るうのだ。
叩きつけられた一撃が『レッドドール』の片腕を吹き飛ばし、返す刃が脚部を寸断させる。
為す術もない。
その光景をどこか他人事のようにトラストは見ていた。
仕方のないことだ、と。
このような運命をたどるしかなかったのだろう、と。
受け入れる。
ひどく疲れたし、これが己の道の最後であるというのならば、自業自得であるし地縄地縛そのものだっただろう。
だから、受け入れるのだ。
もういい、と。
けれど、それを遮るように咆哮が走る。
疾駆するキャバリア。
「……鳥羽」
振るわれる機械大剣の前に踏み出したのは、弦介であった。
なぜ、と問うより早く彼は叫んでいた。
「殺させねぇ! あんたを殺すのは、俺だぁああ!!??」
錯乱している。
狂気にも侵されている。
けれど、風が吹いていた。
この地下にあって、風を感じさせる。なぜ、と思うまでもなかった。
これは自分でもなければ、弦介でもない。ましてや、古のキャバリアでもなければ、眼の前の悪霊めいた『ディスポーザブル01』でもない。
生命失っても、己の生命の代価を誰かの生命で贖うことのないようにと願った誰かの優しさが、風となって吹いた。
念動力がほとばしっている。
弦介の持ち得る全ての力を持って『ディスポーザブル01』を押さえつけるが、しかしあっさりと振りほどきブラストナックルの一撃が弦介のキャバリアを粉砕する。
その姿を見て、トラストは気がつく。
己をかばった者を。
そして、己が何をしているのかを。
不甲斐ない。
こんな不甲斐ない隊長を守らんとしている者がいる。ならば、それに報いなければならない。
叩きつけた拳は、己の駆体を跳ね上げさせる。
最後の力だった。
あの脅威はここで滅ぼさなければならない。
滅ぼす意味さえも見いだせないけれど、しかし滅ぼさないと滅ぼされる。
己だけではない。
弦介もまた脅威にさらされる。ならば、と放つ一撃。
「鳥羽ぁあああああ!!!」
叫ぶ声と共に叩きつけられる一撃は、『ディスポーザブル01』の装甲を拉げさせるものではなかった。
砕ける拳。
そして、駆体が掴まれる。
終わる。
終わってしまう。
長く険しい道。その共にゆく者たちすら守れずに潰える。
「ここ、まで……なのか!!」
一度は投げ捨てた選択。
だが、今一度手を伸ばさんとしていたのだ。それさえも意に介さぬと大剣掲げる『ディスポーザブル01』。
翻る剣閃が最後にみた光景だった――。
●されど、道は続いていく
視界が開ける。
眩しい、と感じるよりも早く、己の視界が暗闇から開放されたことに驚きを覚える。
揺れている、と感じたのは己の体躯が神経を取り戻したからだろう。
「あ、おい! 隊長が目を覚ましたぞ! 意識レベルは!」
「鳥羽、おい、鳥羽! お前も目を覚ませよ!」
声が聞こえる。
辛うじて動く首を横に動かせば、そこには横たわる弦介の姿があった。
意識はまだ取り戻してはいないようである。
しかし、生きている。
己も生きている。
全てを失ったかもしれないというのに、まだ残るものが己の手の中にあることにトラストは安堵してしまう。
「……状況は」
かすれる声に己達を救ったであろう遺跡の入口に待機させていた部隊員たちに問う。
彼らの語る言葉はどうにも歯抜けであったし、状況的にも不可解な点は多くあった。
彼らもまた謎のキャバリアに襲撃されたのだが、損害少なくキャバリアを破壊されるだけにとどまったのだという。
不思議なことである。
いや、不可解なことである。
キャバリアだけを破壊し、人員を見逃す?
「まるで隊長みたいなヤツですよね。あ、いや、これはそういんじゃないですが」
「いい。元より、俺は戦争犯罪者だ」
トラストは不可抗力とは言え、部隊員の一人を殺すことになってしまった。
罪人となった者の末路など言うまでもない。
だからもう隊長と呼ぶ必要はないのだ。
「そんな……機体のレコーダを解析すれば……」
「いいや、どちらにせよ無理だ。罪状は変わらない。生命が残っただけでも儲けものだと思うしかない。いや、むしろ、罪を精算する機会を与えてもらったことに感謝しなければならなんのかもしれんな」
その言葉に悔恨はなかった。
けれど、トラストに罪人としての死は訪れなかった。
ましてや、勾留されることも牢にて一生を終えることもなかった。
そう、此度に仕組まれたのは、オブリビオンマシンと呼ばれる存在の罠。
己の中に在るロマン。
それはともすれば、視野狭窄であり、先鋭化にすぎるものであったのかもしれない。
けれど、己が狂気に囚われていた証明はできない。
そう、誰も証明できないのだ。
だからこそ、トラストは思う。
「俺がやらねばならない」
オブリビオンマシンという見えざる狂気。
これを廃するために戦わねばならない。荒野にて彼は遠く見える小国家を見つめる。
あの先にもオブリビオンマシンが潜んでいるかもしれない。
猟兵ならぬ身にオブリビオンマシンとキャバリアの見分けはつかない。だからこそ、この世界には戦乱が満ちている。
平和という己が言葉に出来なかったものを破壊して回る存在がいる。
「俺は、まだ戦える」
そうつぶやくトラストの背中に言葉が投げ込まれる。
「まーた、そんなこと言ってんのかよ。気に食わねぇ。ずるずると引きずってよ。マジ気に食わん」
弦介であった。
彼もまたあの事件から猟兵に覚醒した者だった。
トラストと同じく、というが、どうにも彼には気に食わないものであったようだが、トラストは瞳を伏せて息を吐き出す。
「何がそんなに気に食わんのかわからんがな」
「アンタがそれを言うのかよ! ったくよ。で、あの小国家にオブリビオンマシンがいるってのか?」
「ああ、9人の英雄が興した小国家……名を」
「『グリプ5』だろ。しかし、オブリビオンマシンっていうのは、どこにでも湧き出すもんだな。最近では武装ボランティアとかいう訳のわからん名前を名乗った連中もでてきているって話だ」
気に食わん、と弦介は腕を組み憤慨する。
彼にとってオブリビオンマシンは狂気と戦乱をもたらす害悪でしかない。トラストに置いてもその認識だ。
だからこそ、彼らは戦う。
今は廃都と呼ばれる居場所からこうして、クロムキャバリアに蔓延るオブリビオンマシンの脅威を打ち払うために活動している。
明日もしれぬ身であるが、しかし、不思議と充足めいたものがある。
誰かのために戦うこと。
それこそロマンだろう、とトラストは思うのだ。
「戦う理由、か。ふっ……ロマンの一言に尽きるな」
「急に何いってんだ? 気が触れたか?」
「それもまたロマンというものだ、鳥羽」
「マジ気に食わんな」
二人は、互いの肩を小突きながら一歩を踏み出す。
多くを失った。
多くの幸いは戦火に消えた。
けれど、それでも前に進まねばならぬのが人の満ちであるというのならば、懊悩と贖罪を持って進むしかない。
それをやめては、失われていった生命に贖うことはできないのだ――。
●そして、風が吹く。
朱鷺透・小枝子(亡国の戦塵・f29924)は、ゆっくりと空を見上げた。
そこにあるのは青空と白い雲、そして太陽だった。
見上げてよかった、と思った。
なぜなら、そこに輝きがあるからだ。破壊しか出来ぬ身であれど、しかし、己は手を伸ばすことができる。
「……戦う理由、でありますか」
兵士だから。
けれど、風が吹いている。
ならば、道行きを決めるのは風に任せればいい。
手にした未来の切符は、いつだって自分が記せるのだから――。
成功
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